Re:ゼロから始まる闇の道化生活 (アーロニーロ)
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ぷろろーぐ

いちわめです。


「ああっ!やっっと、終わったぁぁ!」

 

 俺は目の前の文字が埋め尽くされたレポート課題を見て、両手を上げながらかなりの音量で叫んだ。

 終わった、というのは正確ではない。実際にはまだまだ全ては終わってはいないし、明日提出すべきものに全く手をつけていないという点を鑑みてみればむしろ始まったばかりと言うべきだろう。

 

 にも関わらずなぜ俺がこんなにもはしゃいでいるのかと言うと、

 

「な、長かったッ!こんなにも時間がかかるなんてッ!本っ当に疲れたぁ」

 

 目の前のレポートがやたら難しい科目の上に、さらに解くべき課題の量が多いからだった。

 

 因みにだが俺は自分で言うのもなんだがこれといって特徴のない人間だ。短い黒髪に、高くも低くもない平均的な身長。鍛えていると言うには肉付きがあり、太っていると言うには肉がついていないというどっちつかずの体型。さらには、目が悪い上に以前中学生の頃に黒板を書き写している際に隣の子から「え?君、なんでそんなに不機嫌なの?」と真剣な顔で聞かれるほど、目つきが悪い。(完璧に余談だが、高校に上がる頃には眼鏡を購入し目つきの悪さは改善された)

 

 ついでに言うと性格もおっとりしている上に友達も両親に心配されるレベルで少ない。

 

 そんな自分でも言ってると悲しくなるほど群衆に紛れれば一瞬で見失いそうなほど凡庸さを持った俺だが今回ばかりは諸手を挙げて喜んだ。実際に、この課題を終えるのに約1日と半日はかかったのだ。この苦痛を理解できる人がいるのならば俺のはしゃぎようも理解できるだろう。

 

 それから、十分ほどはしゃいでいると。

 

「ちょっと!うるさいんだけど!何かあったの!?」

 

「うおお!って、なんだよ、ビックリさせんなよお前かよー」

 

 妹が半ギレ状態で俺の部屋に突入してきた。

 

「「お前かよー」じゃないって!!本気でうるさいよ!!はしゃぐんだったら、もう少し声を落としてよ!」

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

「本当に反省してんの?」

 

「してるってーの」

 

 実際、妹が怒るのも無理はない俺自身も「流石に声をだしすぎたなぁー」と思うほどには大きな声をあげたからだ。

 

「それはそうとさぁ、お兄ちゃん早く寝ないの?もうすぐ十二時だよ?」

 

「明日提出しなきゃいけない課題があるから今日は徹夜するよ」

 

「ふーん、まぁどうでもいいけどさぁ、早く終わらせなよ。徹夜が理由で授業中寝てしまいました、なんて笑えないからさ」

 

「ういうい、わかってますよ」

 

 俺がそう答えると妹は「もう、うるさくすんなよー」と言いながら自分の部屋へと帰っていった。

 

「さぁーて、妹が帰ったし続きをしますかねえ」

 

 俺はそう言うと再び机の前に向かい課題に取り組んだ。

 

 

 

 俺は平成日本生まれのゆとり教育世代出身である。

 

 俺の人生は十八年、その全てを語り尽くすにはそれこそ十八年の時間を必要とする。

 それらを割愛し、俺の現在の立場を簡単に説明するのならば『なりたてホヤホヤの大学生』となる。

 

 より詳細に説明すると『大学受験を舐めまくってセンターと第一次を盛大に失敗し、自信喪失や半泣きの状態で第二次を受けて何とか希望した大学に受かった大学生』という俺は初めてやることにどこか少し楽観視してしまうような人間だ。

 

 中学生の頃は、小学生の頃に作った友達と明るく仲良く楽しく過ごして、

 高校の頃には中学や小学生の頃に作った友達がいなくなり初対面の相手になんで話せばいいのか分からず少し孤立気味になり、

 それでもいいか、と自分に言い聞かせながら日がな学校がない日は一日、本や漫画、ゲームを貪る毎日。

 そして、先程のとおり大学受験を失敗しかけ何とか成功させ、今ではーー、

 

「課題に追われる毎日かぁ。ふふ、あの頃に戻りたい(泣)。本当に今更だけどやっぱり高校の時にいくつか免許でも取っとくべきだったなぁ」

 

 俺は、何度目かも知らない涙目でため息をつきながら自分に対しての愚痴を零した。

 

 そんな、くだらないことを考えながら机に向かうこと早一時間。

 

「うっし、終わったぁ!」

 

 俺は残りの課題を全て終わらせたことに声を落としながらはしゃいだ。

 

「んー、もう一時かぁ。はは、明日は学校で寝ないといいなー。まぁ、そんなこと明日の自分に任せればいいか」

 

 限りなく他力本願なことを口走りながら目の冴えている俺はベッドに横になった。すると、

 

「痛、んだこれ?」

 

 枕元に無地の表紙。厚手の造り。辞典ほどの大きさで、持ち運ぶのにやや難儀しそうな重量感の黒塗りの本が置かれていた。

 

「こんな本買ったっけか?」

 

 確認のため中身を見る。しかし、そこには何も書かれてはいなかった。俺はこの本をみてふと思った。

 

「何つーか、リゼロの福音みたいだな」

 

 そう、リゼロの福音書に驚くほど似ていたのだ。俺はこの本を見たとき少し驚かされた。しかし、

 

「まぁ、なんかの勘違いだろ」

 

 俺は、眠気に負けて思考を放棄して寝る準備に移行した。少しだけ、先ほどまであれ程目が冴えていたのにいきなり眠くなるのは妙だと思いながらも俺は微睡の中へと意識も沈めた。

 

 次の瞬間、身体中に激痛が走った。

 

 

 




はい、読んでくれて有難うございました。
あまり、原作を知らないので時系列など教えていただければ幸いです。


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きっかけ

すみません、こっちが第一話です。


 「え?グッ、ギ、ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突如として襲ってきた身体中の痛みに俺は絶叫し、発狂した。

 

 痛い!痛い!!痛い!!!身体中が焼けるように痛い!!俺はすぐにその場でのたうち回った。恥も外聞も捨てて痛い、痛いと、痛みを誤魔化すようにその場で転がりながら泣き叫び続けた。元々痛い、辛いなどが大嫌いだった俺にとってこれほどの痛みはとても受け入れられるようなまではなかった。それから俺はその場でのたうち回った。痛みの余り、どれほど転がっていたか分からない。しかし、長い間転がっていたのだけはわかった。

 

 俺は、しばらくしてある程度痛みに慣れてきたころある事に気づいた。

 

「だ、誰なんだ?コ、コ、コイツは?な、なんで、お、俺の目線がこんなにもひ、ひ、低いんだ?」

 

 そう、この身体は俺の身体では無かったのだ。なぜなら、低いはずの俺の声は高く、今の俺の体はどう考えても子供のもので、高く見積もっても5歳程度の子供の身体だった。

 しかし、俺の身体がそのまま若返ったわけではないことはわかった。何故わかったかというと、俺の髪は白くは無かったからだ。

 そして、俺は周りを見渡してみた時、さらに、絶句した。

 

「こ、こ、此処は何処なんだ?」

 

 見渡す限りの草原が俺の目の前に広がっていた。

 

「だ、誰かいないのか?…ヒッ!」

 

 俺は後ろを見て悲鳴が漏れた。何故気付かなかったのか疑問に思うほど大きな館が俺の後ろにあり、その館は大きく崩れていた。そして、その館の中には大量の血で溢れていた。俺はその血の匂いの濃さにむせ返りその場で吐いた。

 

「ヒュー、ヒュー、こ、此処から離れないと」

 

 俺はその場から離れようと身体を動かそうとした瞬間再び身体中に痛みが走った。しかし、今度は腕や肩の方から痛みが走ったことに気付き。ふと、痛みが走った場所に目を向けた。

 

「な、なんだよ、なんなんだよこの怪我」

 

 俺?の肩は深々と切り裂かれていて、腕もへし折れたのか関節がもう一つ増えていた。俺はいよいよ恐怖した。得体の知れない身体に、得体の知れない場所に、得体の知れない怪我に、俺はただひたすら恐怖した。そんな状況に置かれた俺は、

 

「い、いやだ、だ、誰かぁ、助けてぇ、助けてくれ」

 

 助けを求めた。みっともなく誰かにすがるように求めるようにその場を歩き始めながら助けを求めた。傍目から見れば見苦しいであろうその様は今の俺にはどうでも良いものだった。幸いと言っていいのか微妙だったが下半身は無傷とはいかないが無事で歩くのになんの問題も無かった。

 

 しばらく歩いていると村が見えた。俺は泣きたくなるほど安堵して歩く速度を早めた。途中で疲れ果てて倒れたくなっても助かりたい一心で我慢し、その場を歩き続けた。すると十分ほどで村に到着した。恐る恐る村の中を入ると少しも時間も立たずに中年の女と遭遇した。村人の姿を見て安心した俺は泣きながら助けを求めた。

 

 しかし、

 

「あ、あの!助け「ごめんなさいねぇ」…え?」

 

「す…すぐ、“誰か"が…来るからね」

 

「え、は、え?」

 

 そう言うと中年の女は、その場を早足で去っていった。

 

「え?どういうこと?」

 

 俺はその光景に戸惑いながらもすぐに近くを歩いている青年に声をかけた。

 

「あ、あの!助けてください!」

 

「……」

 

 今度は、青年は声も掛けられずにその場を去っていった。それから俺は同じことを何度も繰り返した。その度に村人たちは無視するか「誰かが助けてくれる」と言いその場を焦ったように去っていくだけだった。

 

「なんで、誰か…」

 

 フラフラと転びそうなほど危うい歩みで歩いていると。

 

「おやおや、大丈夫かい?」

 

「え?」

 

 ふと、声をかけられた。顔を上に向けるとそこには二十代半ばほどの青年が立っていた。しかし、少しだけ違いがあり先ほどまでの村人とは違い身なりが良かった。

 

「ひどい怪我じゃないか!少し、止まって!」

 

「あ、あの」

 

「もう大丈夫だから、少し深呼吸しなさい」

 

「う、っく」

 

「って、おいおい!どうしたんだい!?」

 

 俺は自分が今救われていると理解した瞬間涙が止まらなかった。やっと誰かに手を差し伸べられたと理解した瞬間嬉しくてしょうがなかった。泣き止み落ち着いた頃、ようやく礼が言えた。

 

「あの、本当にありがとうございます」

 

「いやいや、大丈夫だって。君、親御さんは?」

 

「……いません」

 

「ふーん、そっかぁ。よし、わかった。その怪我治すために今から治療院へ向かうからついてきてくれ」

 

「わ、わかりました」

 

 そう言うと、青年は軽い応急処置をした後に俺と手を繋ぎ森の奥へと進んだ。少し不安に駆られたがすぐに見えた屋敷をみて安心した。

 

「すまないが少しだけ待っててくれないか、今竜車がくるんだけど、ああ、来た来た」

 

「竜、車って……え?」

 

 俺はすぐに見えた光景に絶句した何故なら目の前に今緑色の硬質の肌、見上げるほどの巨躯、黄色く鋭い双眸をした巨大な竜が荷台を引いて現れたからだ。

 

 は?いやまて、竜車?竜車って言ったか、こいつは?いや、まさか、この世界はリゼロの世界……なのか?いや、そう考えるには証拠が少なすぎる。そう思うとすぐに平静を取り戻し改めて青年の顔を見た。

 

「おや?竜車には初めて乗るかい?」

 

「は、はい」

 

「はは、なら楽しんでいってくれ」

 

 そう言うと青年は俺を抱き抱えて竜車に入った。中には護衛らしき人が数人いた。入ってすぐに竜車は出発した。いつもだったら興奮しながら外の風景を眺めていたが怪我のこともありそんな余裕もなく半ば気絶するように俺は眠りについた。

 

 

「おーい、ついたぞー少年」

 

 身体が揺さぶられると同時に声が聞こえた。うわ、マジか俺、恩人の前で爆睡こいてたのかぁ、ないわー。そう思いながら身体を起こす。痛みですぐに目が覚めた。

 

「あ、あの、何から何までありがとうございます」

 

 そう礼を言いながら俺は外を出る。すると、

 

「え?」

 

 そこはあたり一面が森だった。道を間違えたのか。そう問おうと後ろを見た瞬間。動きが止まった。理由は、笑みを浮かべていたからだ。これだけだったら俺を励ますために笑っていると考えられた。しかし、今の青年の顔に刻まれた笑みは恐ろしく醜いものだった。

 

「あ、あの」

 

「早く、降りろよ」

 

 青年は冷たい声でそう言うと俺の腹を強く蹴り飛ばした。

 

「ぎゃっ」

 

 俺は竜車から転がり落ちた。

 

「ぷっ、あはは!『ぎゃっ』って!なんだよ、その声。俺を笑わせる気かよ!最っ高に面白いから大成功だぞ、お前、あはははは!」

 

「え?え?」

 

「お前は鈍いなぁ、まぁ、わかるように言ってやるよお前のことなんて助けるわけないだろ」

 

 突如の出来事に俺はフリーズした。は?なんで、こんなことする。騙されたってことか?

 

「いやぁー、よかったよかった。暇で暇でしょうがなかったんだよぉー。こっちはさぁー」

 

「暇って、どういうことですか?」

 

「待て待て、喋るな。一回黙れ」

 

「あの!だから、どういう意味かって「黙れって言ってんだろ」」

 

 そう言うと青年は再度俺の腹を蹴飛ばした。今度は鳩尾にあたり俺はもう一度吐いた。

 

「うげえ、汚ったないなぁ。これだから孤児は」

 

「な、なんで「黙れって言ってんだ。もっかい蹴り飛ばされたいの?」……」

 

「よぉーし、いい子だ。そんないい子なお前にチャンスをやろう。光栄に思えよ」

 

 チャンス?絶対ロクでもないな。まぁ、生き残るにはそれを飲むしかないな。

 

「……なんですか」

 

 そう問うと男はニヤリと笑いながら言った。

 

「お前が今からやる試練を通過できたら、さっき言った治療院に連れていってやろう。失敗したら…そのお粗末な頭でもわかるよな」

 

「……わかりました。やります」

 

 もう、それ以外道がない。だから、乗るしかない。

 

「いい返事だ。おい、連れてこい」

 

 男がそう言うと護衛の男が森の奥から何かを連れてきた。俺はそれを見て目を見開き凍りついた。男はそんな俺を見て嗤っていたが、俺にはそんなのは気に入らなかった。だって、当たり前だその生き物は俺の好きな作品にしか登場しないはずの生き物だからだ。

 

「ウル、ガルム」

 

「おお、なんだよお前知ってんのかよ。説明するまでが楽しいのに萎えるなぁ」

 

 んなことどうでもいい。いやまて、まさか。

 

「そいつと戦って勝ったら治療院に連れて行ってやる。それが今回の試練だ」

 

「」

 

 あまりの出来事に凍りついた。周りを見渡すと護衛らしき人たちもニヤニヤと笑っている。いや、待て、そんなの。

 

「無理に決まってる」

 

「おや、じゃあ、諦めるのかい?だったらそのまま犬死にしてくれ僕も見てみたいんだ。魔獣に踊り食いされるとどんな風になるのかさ」

 

 考えろ!考えろ!いかにこの場を抜け出すか考えろ!まず、怪我云々の問題以上に体格差が絶望的だ。万全の状態でもこの身体じゃあ一分もせずに捕まって犬の餌だ。絶対絶命にもほどが、

 

「いつまで突っ立ってんだ。うちの飼い犬は、血気盛んだぞ」

 

 瞬間、ウルガルムの姿が消えた。それと同時に俺の肩が少し軽くなった。

 

「え?」

 

 後ろの方から、クチャクチャと音が聞こえる。後ろを振り返ると口を赤く濡らしたウルガルムがいた。軽くなった肩に目を向けると、俺の肩が大きくえぐれていた。ウルガルムに肩を噛みちぎられたことを理解した瞬間。傷口が熱を浴びそして、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 叫んだ。こちらに来て?二度目の絶叫だ。嗤い声が聞こえるがそんなことが気にならないほど痛い!ていうかまずい!目で追うことも出来なかった。逃げるのは無理だ。嘘だろ、俺は死ぬのか?

 

「なんで…」

 

「ん?」

 

「なんでこんなことするんですか……」

 

 ふと、何故か俺はそう言った。すると、半笑いしながら男は答えた。

 

「そんなの簡単だよ。理由はなぁ、このルグニカが平和だからだよ」

 

「……は?」

 

 何を、言ってるんだ…コイツは。

 

「…どういう意味だ」

 

「あー、なんて言うかな。この国は平和すぎるんだよ。平和ってのは恐ろしく退屈だからなぁ、だから俺は遊ぶんだよ。例えば、村人に法外な税を要求したり、お前みたいに犬に食わせてみたりしてさ」

 

「あ、」

 

 ようやく理解した。なんで村人たちはおれを助けなかったのかを。助けなかったんじゃない、助けられなかったのか。だったらなんで。

 

「俺には、そのことをなんで教えてくれなかったんだ」

 

「そんなもの俺の機嫌がしばらく悪かったからだよ。俺の怒りの向けどころを探していたところにちょうどお前が来たんだ。連中も喜んでるだろうよ」

 

 それを聞いた瞬間、俺の中の何かにヒビがはいったような気がした。ふざけんな、俺はそんな理由で死ぬのか?

 

「長くなったな、もういいだろう?できる限り長く苦しんで俺の娯楽になってくれ」

 

 ふざけんな。こんな男の娯楽がわりに死んでたまるか。どうせ死ぬならせめて、一矢報いてやるよ。

 

「じゃあな、クソガキ。死んでくれぇ!?」

 

 男の言葉が詰まった。まぁ、当たり前だ。俺が全力で股間目掛けて頭突きをかましたからだ。火事場の馬鹿力というやつか予想よりも早く動けた気がする。

 

「ギャアアアア!!」

 

「ハッ、ザマァみろ」

 

 飼い主に異常が起きたからかウルガルムの動きが鈍った。よし、予期せず隙ができた。今のうちに、

 

「てめぇ!!」

 

「うぐっ」

 

 逃げようとした瞬間。俺は1人の護衛らしき人に殴り飛ばされた。やっばい、コイツらのこと忘れてた。ああ、これは完全に詰んでしまった。

 

「殺す!殺す殺す殺す!!!この俺様にこんな恥をかかせやかって!!!このクソガキがぁぁ!!」

 

「ギャア!」

 

 激昂した男が蹲った俺に向けて何度も蹴りつけた。額を切って血が目にかかったせいか視界が真っ赤に染まる。蹴りつけが十秒ほど続いた後、男は。

 

「もういい!!望み通りすぐに殺してやるよ!!殺せぇ!!ウルガルムゥ!!」

 

 男がそう言うと犬の威嚇のような鳴き声が近くで聞こえた。ああ、今度こそ俺は死ぬのか。いやだ、いやだいやだ、俺はまだ。そう思い俺は頭を抱え目をギュッとつまり来る痛みに備えた。しかし、一向にそれは訪れない。何事かと思い顔を上げると目を見開いた。だって、当たり前だ。俺に死を与えるはずだった、ウルガルムの首が宙を舞っていたのだから。周りを見ると男も護衛も口を開けて惚けていた。

 

「一体…何が」

 

 俺が茫然とつぶやいていると。森の奥から複数の影が現れた。いや、影ではない。それは黒い装束に身を纏った集団だった。理解が追いつかないまま、影たちは道を開けその場に恭しく頭をたれた。

 

 俺はそうしてここで、悪意の塊と顔を合わせることとなる。

 

 ――痩せぎすの男だった。

 

 黒い装束の男たちに囲まれるその男は、自らも黒の法衣に身を包んでいる。

 身長は以前の俺よりもやや高く、深緑の前髪が目にかかる程度の長さに整えられている。頬はこけており、骨に最低限の肉と皮を張りつけて人型の体裁を取っている、と表現するのが適当に思えるほど、生気が感じられない肉体の持ち主だ。

 

 ただし、その狂気的にぎらぎらと輝く双眸がなければの話ではあるが。

 

 男は身を傾けて、地面に身体を伏せている俺をジッと観察している。曲げた腰の上でさらに首を九十度傾け、ぎょろついた目で無遠慮に眺める姿は常軌を逸した奇体さを露わにしており、事実その男の言動は常人と一線を画していた。

 

「おやおや、このようなところにいるとは全く探すのに苦労したのデス」

 

 ひとしきり、舐めるように俺を上から下まで眺めた男は、納得したような頷きでもって周囲の男たちに賛同を示す。

 黒装束の人影は男の肯定に顎を引き、無言のまま男の言葉の続きを待つようだ。

 

 男は人影の沈黙を守る姿勢になんらリアクションせず、ひとり考え込むように右手で自分の左手を握りしめ――手首に生じている傷口に親指をねじ込み、血が滴るそれを意に介さず、自らの血肉を穿り返す。

 

「あぁなぁたが、『傲慢』デスよね?」

 

 姿勢を曲げたまま振り返り、男は奇妙な体勢のまま俺を振り仰ぐ。問いを発したその口に、傷口を抉った血に染まる親指を差し込み、鉄の味をその舌でねぶりながら恍惚に、澱んだ光を放つ瞳を震わせて。

 

 問いかけられた俺は返事が出来ない。身体中が軋むように痛むのもあるがそれ以上に衝撃的すぎて声が出ないのだ。

 

 何を勘違いしたのか男は音を立てて唇から指を抜くと、

 

「あぁ、そうデスか。これはこれは、失礼をしておりました。ワタシとしたことが、まだご挨拶をしていないではないデスか」

 

 男は色素の薄い唇をそっと横に裂き、禍々しく嗤うと、ゆっくり丁寧に腰を折り曲げ、

 

「ワタシは魔女教、大罪司教――」

 

 腰を折った姿勢のまま、器用に首をもたげて真っ直ぐ俺を見つめ、

 

「『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!」

 

 名乗り、両手の指で俺を指差し、男は――ペテルギウスはケタケタと嗤った。

 

 

 ケタケタ、ケタケタ、ケタケタと。




思った以上に長くなりました。
読みにくかったらすみません。


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ゼロから始める異世界生活

自分の文才の無さが憎いです。


 哄笑が、ほの暗い森の中に反響していた。

 

 ケタケタと、嗤うペテルギウスはなにがそれほど面白かったのか、血が付着して赤く斑に染まった歯を剥き出して嗤い続けている。

 止めるものがいなければいつまでもそのままでいそうなペテルギウス。

 

「いやはや、しかし、このような幼き子供がワタシと同じように大罪を背負う存在とはぁ!ああ、その若さで魔女の愛を背負うその勤勉さ!!ああ、脳が震えるるるるる!!」

 

 うわ、マジモンのペテルギウスだ。側から見るとマジでキモいな。いや待て、今そんなことはどうでもいいんだ。子供?それってもしかして、

 

「お、俺のことですか?」

 

「ええ!アナタですとも!アナタ以外誰がいるというのデスかぁ!?」

 

 身体を痛めながら聞くとさらに感情を昂らせたのか身体を抱くながら身体を左右に振り始めた。なんていうか、血が飛び散ってるから今すぐにやめて欲しいなぁ。っていうか、大罪を背負うってまさか。

 

「お、おい、嘘だろ。な、なんでこんなところに魔女教徒が」

 

 先程俺をいたぶっていた男が震えた声でそう言った。ペテルギウスの存在で忘れてたけどまだ居たのか…こいつら。少しだけ、余裕ができたため思考が捗っていると男の声に反応したのかペテルギウスが男の方に顔を向けた。

 

「おやぁ、アナタ。どちら様デスかねぇ。ああ、それと我が同胞を抑えてるアナタ邪魔デスねぇ」

 

 ペテルギウスがそう言った瞬間、俺を抑えていた力がなくなった。するとすぐにちかくでベチャっという音が響いた。音のする方を見るとそこには護衛の男の上半身が落ちていた。ふと、上を見ると俺のすぐ前に十字架を象った短剣を振り抜いた教徒がいた。

 うわぁー、短剣で人の上半身って飛ぶんだなぁ。事態が急変しすぎて半ば現実逃避しながら目の前で起きた惨状を受け入れる。

 すると、すぐに俺の元にペテルギウスがやって来て質問をして来た。

 

「福音の提示をお願いしたいのデスが?」

 

 福音?福音ってもしかして。

 

「これのことですか?」

 

「ああ!間違いなくそれは福音デスねぇ!最早確認するまでもないのデス!!アナタこそ新しき大罪司教に他ならないのデス!!さて、さてさて、新しき同僚であるアナタの名前を問いたいのデスが?教えていただいても?」

 

 名前?俺のか?もしかして、さっきまでのが自己紹介のつもりなのだろうか?正直言って名前を教えたくはないが狙ってないだろうが俺のことを助けてくれたので俺は憑依する前の名前を言おうとした。

 

 しかし、

 

「俺の名前は……あれ?」

 

「……おやぁ、どうかなさいましたぁ?」

 

「あれ、まって」

 

 いや待て、俺の名前ってなんだ?

 

 いやあり得ない。十八年間も使って来たんだぞ!忘れるなんてあり得るはずがない!!思い出せ、思い出せ!俺は誰だ?そもそも十八年も使ってたのか?いや、使っていた筈だ。親につけられた存在証明のようなものを忘れるわけがない。仮にこれを忘れて無くしてしまったら。

 

「俺は一体誰になるんだ」

 

「おやおや、どうやら名前を覚えていないようデスねぇ。それはさて置き、少し良いデスかぁ?」

 

「な、なんですか?」

 

 俺は自分の名前を忘れてしまったというショックを受けながらもペテルギウスの言葉になんとか受け応えた。すると、

 

「く、くそ!おい!離せ!離せよ!」

 

 俺の目の前に俺をいたぶった男を数人の魔女教徒に押さえつけられた。男を押さえつけられるのを見たペテルギウスはこう言った。

 

「まず、アナタの勤勉さを示すためにこの男を殺すのデス!!そして、初めてアナタは1人の信徒としての道を歩み始めるのデス!!」

 

「え?」

 

「は?」

 

 俺と男は絶句した。次の瞬間、俺は身体を震わせて、男は顔を青くした。俺が人を殺す?自分の手で?そんなこと、

 

「…出来ない」

 

「ハイィ?」

 

「出来るはずがない」

 

 人を殺すということは人が考えつく中でもやってはいけないことだ。少なくとも俺はそう思っている。この行動が悪手なのはアニメを何度も見てきた俺が何よりも知っている。この後、ペテルギウスは間違いなく激昂しながら俺にとって理解できないことを言いながら俺を罵るだろう。いや、罵るだけならまだいい。下手すればペテルギウスの権能である『見えざる手』によって殺されるかもしれない。それでも、俺は人は殺したはないんだ。来たる、暴力や暴言に備えるべく先ほど以上に気を張った。しかし、一向に訪れない。そのことに疑問を覚えていると、

 

「一つだけ質問を良いデスか?」

 

「は、はい」

 

 俺はペテルギウスから来る質問に答えるために構えた。しかし、俺の予想していた質問とはかけ離れた問いだった。

 

「アナタァ、何故まともなフリなどしているのデス」

 

「…は?」

 

 まともな、フリ?一体全体どういうことだ。じゃあ、なにか?俺が本当は狂ってるってか。ありえない、俺が狂ってるはずがない。だって、俺は今までまともだったはずだ。

 

「アナタの目の奥に宿る狂気は深すぎる。しかし、アナタは上手いこと抑えているのデスよ。これならば、そこらの人間にはわかることが出来るはずがない。しかし、ワタシのようなものからすればその上っ面はすぐに剥げる。ハッキリ言って哀れなのデス」

 

 ペテルギウスは呆れと哀れみを込めた目で俺にそう告げた。俺はその声と目がやけに感に触った。

 

「ふざけるなぁ!お前に俺の何がわかるって言うんだ!」

 

「ああ、可哀想に何を恐れているというのデス?心の赴くままに動けばよいというのに。でなければ、アナタは1人苦しむだけなのデス」

 

 諭すようにわからせるように手振りをつけて話すその様にさらに、神経を逆撫でされているとペテルギウスの裾からポトリと何かが落ちた。俺は、その落ちた何かを見た瞬間。身体に電流が走ったような感覚に襲われた。

 間違いなく見たことも触れたこともないはずなのに落ちたそれを見たとき何故だか懐かしく感じた。

 

「おや、これが気になりますかねぇ?これは福音によって導かれた場所で見つかったのデスよ。しかし、建物が完全に崩壊してしまっていましたのがこの護符は綺麗でしたので回収したのデス」

 

 俺の視線に気づいたのかペテルギウスが親切にそう答えて来た。すると、

 

「お、おい、嘘だろ!それは、ファイオス家の護符じゃねぇか!ま、まさか、あの家系が魔女教に落とされたっていうのか!?」

 

 ファイオス家?聞いたこともない。だけど、懐かしい。

 

「触ってみます?」

 

 ペテルギウスは俺にそう提案してきた。俺はその言葉を首を縦に振ることで受け入れた。恐る恐る、そのアミュレットにふれる。

 

 瞬間、俺が自分の手で家族を殺す瞬間を鮮明に思い出した。

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

 咆哮が、絶叫が、暗い森の中に響き渡る。

 喉を塞ぐほどの絶望が、言葉にならないほどの激情が、血の涙が流れるほどの無念が、俺に襲い掛かった。

 

 あり得ない、有り得ないんだ。俺がこの俺が自分の手で家族を殺すなんてあり得るはずがないんだ。だけど、手に残る感覚も血が滴る感覚も全部何故だか身体が覚えている。じゃあ、本当に俺はみんなを父さんや母さんや兄弟もみんなみんな殺したっていうのか?俺は頭で理解できても身体では理解できるという矛盾に襲われるあまりの気持ち悪さにもう一度吐いた。

 

「我慢せずとも良いのデス。それは決してダメなことではない。さあ、アナタはどうしたいのデス?」

 

 吐き散らかしのたうちまわる俺にペテルギウスはそう尋ねた。俺はその質問にこう答えた。

 

「俺をいたぶったそいつを……殺したいっ。こんなこと今までなかったんだ。でも、なんでか嫌な気持ちが止まらないんだ、抑えられないんだ」

 

 俺の答えにペテルギウスはニヤリと笑うと言った。

 

「ならば頑張るのデス!」

 

 そう言うとペテルギウスは俺の手の中にあるアミュレットを指差して言った。

 

「それを肌身離さず持ち続けるのデス!その想いが風化せぬよう、今アナタの抱いた感情を決して忘れぬよう!」

 

 俺は一度アミュレットを見つめるとすぐに身体に身に付けた。ああ、気持ち悪い、吐き気がする、でも何故だろうか、とても落ち着く。今なら何をしても許させる気がする。そう思えたんだ。

 

 俺は顔を男の方へ向けた。男は顔を青くしながら何か言っている。何を言ってるのかわからないがその様はひどく滑稽で笑いを誘うものだった。俺は男に向けて一歩一歩、歩を進めるその度に身体が軋み、傷口がジクジクと痛む。それでも前に進み続ける。頭の中に俺の扱える能力について展開された。能力を把握したと同時に俺は男の前にたどり着いた。

 

「た、頼む。殺さないでくれっ」

 

 俺はその懇願に対して笑顔を持って答えた。

 

「俺がそう頼んだ時、お前はどうしたんだ?」

 

 俺がそう答えると同時に絶望に染まった男の顔に手を乗せる。すると、男が目の前から服だけを残しパッと消えた。それと同時に俺の中に何かが流れ込んできた。流れ込んでくるなにかは俺に少しばかりの全能感を与えた。俺はその余韻に浸り終えると、

 

「ぎ、ギャハハ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 声高々に笑った。ああ、壊れた。俺の中の大切な何かが音を立てて壊れた。恐らく、憑依前の俺が死んだ音なのだろうか?まぁ、そんなこと今更どうでもいいことだけどね。ああ、楽しいなぁ。

 すると、

 

「ようこそ、魔女教へ。歓迎するのデスよ、新しく愛しい大罪司教よ!」

 

「ええ、よろしくお願いしますねぇ。ペテルギウスさん」

 

「それはさて置きアナタのことを今後なんと呼べばいいのでしょうか?」

 

「……」

 

 確かにそうだ。今の俺には名前がない。だったらなんて呼んでもらおうか?自分の呼ばれ方に頭を悩ませていると、

 

まるで、直感的な何かが体中を駆け回ったような感じ。電気がはしる・・・といえばいいのだろうか。

 

俺は、何を考えたのか、おもむろに福音書を取り出す。そこには最初の一文とは違い、新たに書かれた文章があった。

 

 そこには俺の新しき名前が刻まれていた。

 はは、魔女様やタイミング良すぎやしませんかね?俺は福音に書かれた名前をそのままペテルギウスに告げた。

 

「エピタフ」

 

「ん?」

 

「ワタクシのことは今後はエピタフと御呼びくださいな?」

 

 そう言うと俺は再度ケタケタと笑った。ペテルギウスははじめキョトンとしていたが「エピタフ!いい名前デスねぇ!」と言うと俺と同じようにケタケタと笑いあった。

 

「ところでエピタフさん?」

 

「なんですか?ペテルギウスサン?」

 

「今から村の住人を魔女に捧げるのデスが、手伝って一緒にやりますか?」

 

 俺はペテルギウスの質問にニヤリと笑うことで答えた。

 

 その日、また一つの村が魔女教によって滅ぼされた。俺は燃えていく村を蝋燭がわりに自分の新しい生を祝った。




設定

○フィエゴ・ファイオス
……ファイオス家の三男坊。年齢は6歳。原作スタート十八年前。現段階で明かせる情報はこんなもんです。

○◼️◼️◼️◼️
……18歳の大学一年生。見た目も性格も可もなく不可もなくといった感じで平凡そのものだった。

○エピタフ
……ファイオスに◼️◼️が憑依し、狂った結果生まれた存在。因みにあっさり殺してしまった原因は魔女因子に後押しされた結果でもある。何故◼️◼️の記憶が一部無くなったかというと憑依したのが理由です。イレギュラーな転生の仕方だったのが理由だったのか異世界に行く通行料として最も大切な記憶をぶん取られた。もう取り戻すことも思い出すことも出来ない。結果的に残ったのは◼️◼️の記憶と人格が混じったファイオスであるエピタフという存在になった。

設定が少し自分でも無理矢理感があるのは御愛敬。

余談ですが、アミュレットと護符は同じなので誤字ではないです。

2020/10/05にサブタイトル変更しました。


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自己紹介

遅くなって済みません。


 

 

 村を燃やしてすぐ俺はペテルギウスに連れ去られた。

 

「ワタクシに何をするのですカァ?ペテルギウスサン?」

 

「簡単なことデスよ、エピタフさん。新しき大罪司教ができた事を皆に報告するのデス!」

 

 ああ、なるほどね。確かにメンバーが増えたことを周りに教えるのは当たり前か。指先の1人に抱えられた状態で治療されながら運ばれている俺は人を殺した余韻に浸りながらうっすらとそんなことを考えていた。

 あー、なんで言えばいいんだろうこの感覚。なんつーか、ヌいた時に似てるなぁこの感覚。賢者タイムって言えばいいのだろうか、これは?まぁ、何にせよ今となってはどうていいことだな。

 

 ……今の俺を見たらかつての俺は何て思うだろうか?

 

 間違いなく軽蔑してくるだろうなぁ。薄ら笑いを浮かべながらそんなことを考えいると、いきなりペテルギウスが止まり、俺をその場に下ろした。移動の途中で治癒していたのか体の痛みがなくなっていた。

 

「おやぁ?到着しましたか?」

 

「ええ!到着したのデス!」

 

 俺の問いにペテルギウスがそう答えた先に薄暗い洞窟があった。ただ、その洞窟は恐ろしく不気味な雰囲気を醸し出していた。何度か洞窟など訪れていた俺からして理由がわからなければ違和感を覚えるものだが、

 

「まさか、他の大罪司教の方々が此処に?」

 

「ええ!その通りなのデス!!さぁ!共に行きましょう、エピタフくん!新しき我らが同胞よ!」

 

 やや、というかだいぶ興奮した様子で俺にそう言ってきた。ていうか口臭いから喋らないで欲しいなぁ。そんなことを考えながら洞窟の中を歩いていると三つの影が奥に存在していた。

 

「待たせたのデス!」

 

「本当だよね。あのさぁ、こんなこと当たり前のことだから言うまでもないから言おうとしなかったんだけどさぁ。僕のことを待たせるなんて何様のつもりなの?人のことを待たせてはいけないなんていい年した大人なら誰でもわかることだろ?今こうして待ってる時間も無駄だっていうのにさあ。それって僕の権利を侵害するってことだ。僕の僕に許されたちっぽけな僕という自我を、私財を、僕から奪おうってことだ。

 

――それは、いかに無欲な僕でも許せそうにないなぁ」

 

 1人はあって早々いきなり罵倒してきた男。細身の体つきに、長くも短くもなければ奇天烈に整えられたわけでもない白髪。白を基調とした服装は特別華美でも貧相でもなく、面貌も整ってこそいるが特に目を引く特徴はない。いたって平凡で、どこにでもいそうでどこにでも溶け込めそうで、街中で見かければほんの十数秒で記憶から消えてしまいそうな、そんな凡庸な見た目の青年。( 噛み砕いて言って仕舞えば憑依前の俺同様どこにでもいるモブ顔)

 

「きゃはははは!相も変わらず器極小のヤローでやがりますねぇ!この男はぁ!」

 

 もう1人の品なく笑う女は腰の部分に巨大な瘤のような器官が二つ付いている、右のモミアゲだけが異様に長いショートヘアに、下着同然の衣服を身につけている金髪の童女。

 

「コルニアス司教、エメラダ司教、2人共落ち着いて。ロマネコンティ司教、この度はお疲れ様です。そちらにいる子供が連絡にあった例の?」

 

 そして、その2人の中央にそんな2人を諫める女がいた。長く透き通る白金の髪をもつ、見るもの全てが震えるほどの美貌をもった少女。

服装に至ってはたった一枚の白い布だけというかなり際どいものに身を包んでいる。

 

 ……うん、間違いなくレグルスとカペラとパンドラだわこいつら。言動と見た目が完全に一致してるもん。つーか、パンドラがエロいなぁ。俺、別にロリコンじゃねぇけど本当に美人って思わされるくらいには顔整ってるなぁ。そんなことを考えていると、

 

「おやおや?新入りちゃんは、パンドラ様みたいなメス肉がお好みでやがりますかねぇ?」

 

「あらあら、私のことを好いてくれるなんて嬉しいですね」

 

 ニヤニヤと笑いながら揶揄うカペラと口元に手をやりながら上品に笑うパンドラがそこにいた。うぜぇ、ノリが完璧に男子高校生のそれだ。贔屓目に言ってもウザすぎるよ、殴っちゃダメかなぁ。でも、今は堪えよう。

 

「いやぁ、パンドラさん?でしたか?彼女の見た目が麗しすぎて見惚れてただけですヨォ〜」

 

 俺がニヤニヤと笑いながらそう返す。すると、カペラが腹を抱えて笑い出した。

 

「きゃははははは!!その年で愛すべきものは見た目だけだと理解してやがるんですか!?素晴らしいじゃあねぇですか!あたくしは気に入ったですよ!」

 

 うわ、意図せずして気に入られたなぁ、全然嬉しくねぇんだけど。こんな気持ちある意味で初めてだよ。俺が変態相手に気に入られたことにゲンナリしていると。

 

「あのさぁ、いい加減その茶番劇をやめてくれないかなぁ?人のこと待たせといてさらに待たせるってどんな了見なのさぁ!?時間の無駄なんだよ!これ以上待たせるんだったらこっちにも考えがあるよ」

 

 おーっと、めんどくせぇのが癇癪を起こし始めたぞう。こいつに暴れられたら面倒だしとっとと済ませるか。

 

「確かに、そうですネェ。これ以上待たせるのは時間の無駄というもの。ワタクシは本日付で魔女教大罪司教『傲慢』の座に就かせていただきます、エピタフというものです。以後お見知り置きを」

 

「ええ、よろしくお願いしますね、エピタフ司教。私の名前はパンドラ。この魔女教の御目付け役とでも思ってください」

 

「あたくしは魔女教大罪司教、『色欲』担当のカペラ・エメラダ・ルグニカちゃん様でーす!よろしくねー!」

 

「僕は魔女教大罪司教、『強欲』担当。レグルス・コルニアス」

 

 俺が自己紹介するとパンドラはにっこりと笑いながら、カペラは下品に笑いながら、レグルスは面倒くさそうに自己紹介をしてきた。

 

「では、自己紹介も済みましたし解散としましょうか。ああ、それとエピタフ司教はしばらくの間はロマネコンティ司教と行動を共にしてください」

 

「ええ、わかりました♪」

 

「了解したのデス!!」

 

 パンドラが手を叩きながら解散を促し始めた。やっと、終わった。ていうかしばらくこいつと一緒かぁ。ヤダなぁ。でも、パンドラの命令だし、色んなことを知るためにもこいつと行動しなきゃいけないか。渋々ながら自分を納得させる。そして、カペラが去ったのを見て俺も帰ろうとした時。

 

「あのさぁ、何帰ろうとしてんの?」

 

 面倒臭い奴に呼び止められた。

 

「どうかしましたか?」

 

「『どうかしましたか?』じゃないんだよ。何で謝罪がないのかなぁ」

 

 謝罪?…ああ、なるほどね。ねちっこいって言うかなんと言うか。少なくとも面倒臭いって言葉は当てはまるな。

 

「ああ、遅れてきたことですね。申し訳ありませんでした」

 

「はぁ?なにその謝り方?本気で謝る気あんの?」

 

 UZEEEEEEEEEEEE!!なんだこいつウザすぎるよ!!つーか、俺自身も自己紹介する必要があること自体、初めて聞いたんだよ!それくらい大目にみろよ!

 

「謝り方もロクに出来ない餓鬼が、調子に乗るなよ!!」

 

 怒り狂ったレグルスが俺に向けて手を大きく凪いだ。瞬間、俺の体が文字通り消し飛んだ。それと同時に目の前が真っ暗になった。

 

 

 え?マジで?マジでアイツ俺のこと殺したの?うわぁ、ないわー。せっかくの残機が減っちゃったじゃん。腹立つわー、流石に1発だけ殴り飛ばそ。そう心に誓いながら俺は意識は浮上した。

 

 

 遠くで何か騒ぐ声が聞こえる。恐らく俺のことを殺したことをペテルギウスかパンドラが攻めているのだろう。そんなことを考えながら目を開けて声をかけた。

 

「あのー、なーに、言い争ってるんですカァ?」

 

 すると、三人が信じられないものを見たかのような目でこちらを見てきた。まあ、何となく驚いた理由はわかる。

 

「なんで、お前が生きてる?」

 

「ワタクシが権能を発動させたからですヨォ」

 

 そう言うとレグルスは納得したのか落ち着いた。それと同時に嘲笑うようにこちらを見てきた。

 

「復活が君の権能?随分と弱い権能だなぁ」

 

 ひっでぇ言いよう。復活も十分凄いと思うんだけどなぁ。まあ、権能は復活じゃないんだけどね。そう思いながら、レグルスに向けて俺は全力で踏み込み駆けた。あまりの速さに景色が後ろにいったような錯覚を覚えた。権能を用いた自分の全速力にビビりながらもゼロ距離までレグルスの元まで詰めたと同時にレグルスの手を握りつぶした。

 

「ぎゃああああぁぁぁ!!」

 

「おお!いい声で鳴きますネェッ!!」

 

「がぁっ!」

 

 俺はとどめと言わんばかりに加減しながらレグルスを蹴飛ばした。ヒュー!超気持ちー!!いやぁ、本当に紙屑みたいに飛んでったなぁ。加減したから大丈夫だと思うけど。

 

「あああ!!」

 

 あ、無事だ、残念と言うべきか、よかったと言うべきかわかんねぇなぁ。口から血反吐をぶちまけながらレグルスは問うてきた。

 

「お、お前!何で僕を傷つけることが出来るんだ!?」

 

「んなもん、単純ですよぉ。ワタクシがアナタの権能を使えなくしたんですヨォ〜」

 

「なっ!何だよそれ復活がお前の権能じゃあ!?」

 

「そんなこと一言も言ったことないですよ」

 

「じゃあ、一体どんな権能だっていうんだ!」

 

「そんなことどうでもいいでしょう?だって今からアナタは」

 

 死ぬんですから。そう言い切ると俺は再度拳を構え踏み込み突貫しようとする。すると、

 

「お二人ともそこまでです」

 

 俺とレグルスの間にパンドラが現れた。まあ、止めんのは当たり前か。俺はその指示に従い拳を下ろした。しかし、

 

「……なんですか、パンドラ様。僕は今、権利を侵害されて心の底から怒りに震えてるところです。そんな僕に、何の御用ですか? 何のつもりで、止めるんですか? 言葉に気を付けて、今すぐに、答えろ……」

 

 レグルスの怒りは止まらなかった。

 

「怒りを収めてください、レグルス司教。彼を、この場で殺害することは許しません。新しき大罪を埋める信徒を見てもどうも思わないのですか?」

 

「今の僕の様子を見て、どうも思ってないように見えるんですか? ――僕が下手に出てやってれば、調子に乗るなよ、女がぁ!」

 

 そう言うとレグルスは全力で腕を凪いだ。しかし、俺が権能とレグルスを『分けて』いるため何の意味のない行動に終わった。

 

「はぁ、話になりませんね。では私の方で。『レグルス司教が、ここにいるはずがない。彼は自分の屋敷で、妻に囲まれて過ごしている』」

 

「ま――」

 

 次の瞬間、何かを叫ぼうとしたレグルスの姿が忽然と消えた。本当に忽然と、その場から消失したのだ。彼のいたはずの場所には、俺が殴り飛ばした際に流れた血液も存在していなかった。

 まるで、『ここにいるはずがない』というパンドラの言葉を肯定するように。

 ……知ってるとはいえ。いざ実際に見てみるとマジでヤバイ権能だよなぁ。

 

「これで騒がしい方は退場されましたね」

 

「ええ、ありがとうございました。イヤァ、助かりましたヨォ、ホントに♪」

 

「ふふ、あえてどちらの意味で言ってるのかは問いません」

 

 賢明だなぁ。この場で戦っても勝つのは向こうだろうけど確実に痛手は負わせられるからね。さてと、では今度こそ。

 

「では、これに「申し訳ありません、エピタフ司教。少しだけ聞きたいことができました」」

 

 ああああ!!もう今度は何!?

 

「あなたの権能について教えてくださいませんか?嫌ならば結構ですが」

 

 ああ、そんなこと。教えると弱点も露呈するけどまあ、信頼を得るためにも教えるか。

 

 

 




次回は主人公の権能の説明です。


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セツメイ

日間ランキングに乗っているのを知って思わず変な声がでました。お気に入りに登録してくれた方々や評価してくださった方々に読んでくださっている方々本当にありがとうございます。今回は短めです。


「ああ、そんなことですカァ。ワタクシの傲慢の権能は『分離』と『混合』ですヨォ〜」

 

「分離と混合、ですか?」

 

 そこまでバレないよう祈りながら自分の権能の説明を始めた。

 

「ええ、簡単に言ってしまえば他のものを自分や他人に取り込んだり、逆に相手や自分から混ぜたものや元々持っていたものを分ける能力、とでも言っておきましょうかネェ」

 

「……なるほど、先程コルニアス司教に殺されながらも生き返った仕組みはそう言うことですか」

 

 ……やっぱ、バレるかぁ。予想してたとはいえこれだけの説明でバレるとはやっぱり永く生きてるのは伊達じゃないか。まぁ、でも間違ってるかもしれないし聞くだけ聞いてみるか。

 

「ほぉ?今の説明だけで蘇生の仕組みが理解できたと?」

 

「ええ、貴方は貴方が取り込んだ命に自らの死を肩代わりさせることで疑似的な蘇生を行なっているのですね?そして、コルニアス司教に攻撃を与えられたのは貴方が権能を『分離』したから。違いますか?」

 

 ああ、もう大当たりだよ、百点満点の回答だよ、チクショウ。やっぱ、説明すべきじゃあなかったか?

 

「そして、貴方の権能の能力はそれだけではありませんね?」

 

 は?嘘。まさか、バレた?

 

「……言ってみてくださいナ」

 

「取り込んだ。いえ、この場合は『混ぜた』と言うべきでしょうか?ともかく、自身に『混ぜた』相手の身体能力や人生経験や技術なども自分の力として使うことが出来るのでは?それならば先程、コルニアス司教の腕を握りつぶした握力や駆けた際に見せた脚力なども説明がつきます。私の回答は間違ってますか?エピタフ司教?」

 

 ……ああ、もう!

 

「百点満点中、百五十点の回答をありがとうございますネェ。パンドラ様」

 

「まぁ、嬉しいですね」

 

 艶やかに笑うパンドラを俺は内心エロいと思う気持ち三割、忌々しいと思う気持ち七割で見ていた。パンドラの言う通り今の俺には村を燃やす前に村人を自身に『混ぜた』。そのおかげで今の俺は三十人程の命と力を持っている。噛み砕いて言って仕舞えば今の俺は三十人力で命のストックが三十個あるということになる。弱点は直接触れなきゃ発動しないってことかなぁ?今の説明だけでここまでバレるとは。やっぱり、話すべきじゃあなかったかぁー。嫌になるなぁ。まぁ、それはさて置き。

 

「こんなことあまり言いたくありませんがァ。ワタクシは権能の説明をしたので何か対価を頂けませんかネェ?」

 

 そう、対価が欲しい。ぶっちゃけた話、この対価欲しさに自分の権能を説明したと言っても過言ではない。すると、パンドラは少し考えるような素振りをした後、答えた。

 

「ええ、いいですよ。そうですねぇ、……私が一度だけ叶えられる範囲でよければどんな願いも聞くというとのはどうでしょう?」

 

 ……え?マジで?

 

「本気ですか?」

 

「ええ、本気ですよ。どうせなら今この場で『約束』しても構いませんよ」

 

 ええ!!『約束』するってマジじゃん!この世界において契約などの約束はクソ重要だからなぁ。破れば、破った側にはそれ相応の罰が降るらしい。パンドラがそのことを知らないわけがないし、本気だこれ。だけど、これは。

 

「マズいですねェ〜」

 

「?」

 

「イヤァ、何を叶えようか迷ってるんですヨォ」

 

 いや、どうしよう本気で思いつかないんだけど。取り敢えず思いつかないし。

 

「一旦、保留してもよろしいですカ?流石に思いつかない」

 

「ええ、いいですよ」

 

 よし!これはホントに都合がいいな、ラッキーにも程があるよ。自身に舞い降りた幸運に歓喜していると。

 まるで、直感的な何かが体中を駆け回ったような例えるなら電気が走ったような感覚に襲われた。俺はすぐさま懐にしまってある福音書を開き読んだ。そして、直ぐに固まった。

 

「?どうかしましたか?エピタフ司教?」

 

 いきなり固まった俺を訝しんだのかパンドラは俺のことを心配そうに見つめて聞いてきた。ああ、神、いやこの場合魔女か?いずれにせよ何故こんなことを?あれか?禍福糾えるは縄の如しってか?何にせよクソにも程がある。俺は内心で魔女または神を罵倒しながら福音に綴られた文を読んだ。

 

「『3日後に強欲の大罪司教と共に城塞都市ガークラを攻め落とせ』、だそうで」

 

 半笑いの状態でそう言うとパンドラはにっこりと笑った。ああ、やっぱり世の中はクソだ。




余談ですが混ぜられるものは有機物だけでなく無機物も可能です。そして、主人公の使える魔法は陰属性で魔法の才能は結構あります。


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バケモノ

中々オリジナルで考えるのしんどいです。後、たまに更新速度が遅くなりますのでご注意を。


 

 

 さて、城塞都市ガークラについて知ってる限り説明しよう。

 

 城塞都市ガークラとは兵は常に精強たれ――その精神が国土に息づく都市であの『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア曰く、一兵卒ですら修羅のような強さを誇ると言わしめたヤベー都市。その中でも特にヤベーのはクルガンと呼ばれている多腕族だ。多腕族とは人類種と違って二本以上の腕を持つのが特徴だが、その腕の数には個体差がある。しかし、亜人種にしては魔法を扱う適正が著しく低いことから、種族単位で劣等と考えられてきた。多くの場合、四本から五本に留まる多腕族の中でも、『八腕』の異名の通り八本もの腕を生やしたクルガンは異色の存在であった。

 

 そして、クルガンとはヴォラキアの英雄。最強の存在である『剣聖』をも打ち破った全盛期のヴィルヘルムと幾度か剣を交えた関係で、特に数年ほど前のルグニカとヴォラキアの領土争いを決した決闘として名高いピックタットの銀華乱舞では5戦行い、八つある腕の六本まで切り落とされ、代わりに腹を串刺しにした。互いに瀕死で痛み分けとして、決着はつかず終いになったとかいう頭のおかしい逸話を持つバケモノ。原作では魔女教の中でも最強格のレグルスに打ち取られる。

 

 え?何でこんな説明をしてるのかって?まぁ、わかりやすく言うとさ。

 

「マジで行きたくネェ……」

 

「何を言うのデスか、エピタフくん!?アナタは福音書に記された通り城塞都市ガークラを攻め落とさねばならないというのに!今のアナタのその振る舞い、ああ!!なんという怠惰!!到底許されることではないのデス!!」

 

「言ってみただけですヨォ、ペテルギウスさん。ですからいちいち荒ぶらないでくださいナ」

 

「……わかっていればいいのデス」

 

 ホント、(まだ大罪司教全員と話してるわけではないが)ペテルギウスは話せるから楽でいいなぁ(諦観)。

 いや待て、現実逃避してる場合じゃあないな。現実逃避をして目の前の特大の死亡フラグが消えて無くなるわけではないのだから。さぁ、現実を見て考察する時間だよエピタフ。

 

 はっきり言って今回の福音書から提示された仕事?は無茶にも程がある。単純に都市にはクルガンだけしか強い奴がいないっていうならやりようがあったが、今回の仕事先の兵士は一人一人が厄介なのだ。レグルスに減らされた分を考えればどうあがいても残機が足りない。

 そもそも、仮に減らされなかったとしても確実に足りないしね。あー、何であの村には兵士や騎士とかそういう闘う専門の人がいなかったのだろうか。

 まぁ、いたとしても焼け石に水もいいとこなんだけどね。はぁ、仕方ない案を考えようか。

 

 はいまず一つ目、『レグルスに役割を全投げして俺は傍観者を気取る大作戦』。これはダメだな。一応流れとしては原作通りだけどこんなことやろうもんならレグルスがマジギレする。「やること全てを僕に押し付けて僕の自由を奪うなんて何様のつもりなんだい?」って、言いながら俺のこと殺しにきそう。

 対処は出来るけど、その後にバラされたら恐ろしく面倒だ。パンドラだったら問い正して説教で済むだろうけどペテルギウスはほぼ間違いなく俺のことを怠惰なことをしたとして殺しにくるだろう。それは絶対に避けたい。

 何でこんなにもペテルギウスを警戒するかというとペテルギウスの権能と俺の権能は相性最悪だからだ。

 

 ペテルギウスの『見えざる手』はその名の通り不可視の魔手を操り、攻撃するものだ。

 この魔手の膂力は凄まじいものであり、森だろうと岩だろうと悉く破壊し、人体を触れただけで容易く抉るほどの威力を持つ。

 更に出せる本数も射程距離もなかなかのものであり、あるとわかっていても回避は容易ではない。

 また、手に自らをつかませる事で高速で移動したり、欠損した部位を補わせたりと、攻撃以外にも応用が利く。

 

 欠点としては、魔手の速度はそれほど早くはないという点と、不可視ではあるがあくまで実在した力場であるため土煙、水滴などを利用すれば朧げながら確認することができるという点。

 見えてさえいれば全く攻略が不可能というわけではなく、熟達した戦闘技術の持ち主には全くといっていいほど効果がない。

 

 俺の権能は距離を詰めて相手に触れないと発動できないためどう足掻いても相性最悪だ。俺は熟達した戦闘技術の持ち主ではないから回避もほぼ不可能だ。仮に挑もうもんんならほぼ確実に鏖殺される自信がある。

 よって、この案は無し。

 

 二つ目、『福音書無視してばっくれる』。言うまでもなく論外。やろうもんならレグルスやペテルギウスだけでなく、もれなくパンドラも俺を殺しに来る可能性が大きいからだ。

 

 三つ目、『思考を放棄して神頼みならぬ魔女頼み』。やる価値もない。そんなことして命を放棄するほど死にたいとは思ってない。そもそも、神頼みして成功するほどこの世界は甘くない。

 

 うん、本当にどうしよう。今から3日後までに人間を取り込みまくってもたかが知れてるし、ん?いや待てよ。俺の権能なら人間以外も取り込まれるんじゃね?いやでも時間が……、ああクソあん時の笑顔はそういうことかよ。あの性悪魔女め。もっと、後の方で頼もうと思ってたのに。俺はそう思うと立ち上がり渋々とパンドラのほうへ向かった。

 そして、十分ほど歩いているとパンドラを見つけた。

 

「おや、エピタフ司教ではありませんか?願いは決まりましたか?」

 

「ええ、決まりましたとも。今からワタクシをーーーーに送ってくれませんかネェ?」

 

「ええ、お安い御用です」

 

「出来ればついてきていただけるとありがたいのですが」

 

「ふふ、特別ですよ」

 

 そう言うとパンドラは俺を見てにこりと笑った。

 

 

 パンドラに頼み込んで3日が経ち今俺は。

 

「時間通りだ。それでいいんだよ。相手を尊重することで、自らもまた尊重される。当たり前の配慮が、互いにとって住みよい世界を作る。その点に関しては君は十分に実行できてるよ新入り」

 

 今ぶつぶつと何かを喋っているレグルスと共に城塞都市ガークラのすぐ近くにいる。さて、やれることや準備できることは全てやった後はこれらの手札をどう活かすかだ。そう思いながら一歩一歩歩を進めていると。

 

「ん、見えてきたな城塞都市の門が。おや、門兵がいるね、君に任せたよ新入りくん。まさか、出来ないなんてあり得ないこと言わないよね?」

 

 いちいち、こいつは煽らないと気が済まないのか?俺は煽られたことに苛立ちを覚えながらも答えた。

 

「ええ、わかっていますとも。ま、見ててくださいナ」

 

 そう言いながら俺は門を兵士に近づく。

 

「ん?おい、子供がいるぞ?」

 

「ああ、本当だ。おい、ここは許可証か住民かどうか提示できるものがなきゃ通れないすまないが帰ってくれないか?」

 

 子供を諭すように俺に話しかける2人の兵士。俺の今の格好を見て普通の餓鬼だと判断してるのか?何にせよこれは好都合。俺はそのまま歩き兵士達に近づくき、1人の兵士に触れて自身に『混ぜた』。

 

「は?お、お前!?一体…」

 

 何者だ、と言おうとしていた兵士もまた自身に『混ぜた』。うん、やばいわ。ガークラの兵士。1人につき村人三、四人分の戦力ってどうなってんのよ本当に。

 

「へぇ、便利な権能だな周りを汚さないなんて。今後つゆ払いは君に任せたよ。さてと」

 

 そう言うとレグルスはポケットに入れた手を出した。しかし、

 

「……何のつもりだい?」

 

 俺は咄嗟にそれを止めた。危ない危ない危うく試す場が無くなるところだった。

 

「僕の行動を邪魔するなんて何様のつもりなんだい?それって僕の権利を侵害するってことだ。僕の僕に許されたちっぽけな僕という自我を、私財を、僕から奪おうってことだ。いかに穏健な僕でも許せないことがあることくらい解れよ。これだから餓鬼は嫌いなんだ」

 

 言葉の節々に苛立ちを混ぜながらレグルスは俺を責め立てた。うん、贔屓目に言ってもうざいが対処法は考えてある。

 

「落ち着いてくださいナ、レグルスさん。後輩の晴れ舞台に花を持たせるのもアナタの一つの権利では?」

 

「……確かにそうだね」

 

 ちょろっ、うっわ、クソちょろいわ。御し易いにも程がある。よし、邪魔者から許可も取ったしやってみるか。すると、俺は右手に力を収束させた。すると、

 

「へえ、面白いな。君の権能って、カペラの権能に似てるね」

 

 不服だけど外側は確かに似ている。だけど本質はまるで違うからカペラとは全く別の権能なんだよね、コレ。今の俺の腕は身の丈を何倍も上回るほど異様に長く、黒い毛で覆われて見える腕は太く、爪は恐ろしく鋭い。まるで様々な魔獣を混ぜ合わせたかのような腕を俺は大きく振り被り。鉄のような金属でできた門に思い切り叩きつけた。すると、門は冗談のようにアッサリと壊れ宙を舞った。さぁてと、

 

「都市崩し開始と行きますカ、フヒヒw」




次回、戦闘シーン。


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都市崩し

作者は戦闘シーンが苦手なため駄文となってしまいました。


 

 

 さぁて、攻略難易度ルナティックな都市崩しRTAはぁじまぁるよぉ〜。(淫夢用語とかは)ないですよ。さぁてと、今回のRTAの目的はいかに早くそして一度も残機を減らさず増やして都市崩しを実演するかというものだよ。さあ、張り切ってやってみよー!

 

 ……うん、現実逃避しても意味はないんだろうけどさぁ、流石に都市一つを人間2人が喧嘩売ったら現実逃避ぐらいしたくもなるよ。分厚い金属製で出来た門を吹き飛ばした俺は城塞都市ガークラの中を見る。俺が吹き飛ばした金属製の門に巻き込まれたのか辺り一面が血だらけで阿鼻叫喚の渦だが。中は思っていた以上に栄えていた。まあ、どうでもいいか、んなこと。少しだけボケっと突っ立っていると。沢山の武装した兵士たちが現れた。

 

「貴様ら!何者だ!」

 

 ん?ああ、そういえば挨拶がまだだったな。まあ、そりゃあ、知らない奴がいきなり扉を吹き飛ばして現れたら混乱もするか。俺とレグルスは互いに顔を合わせてニヤリと邪悪に嗤うとそれぞれ名乗った。

 

「魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス」

 

「同じく、魔女教大罪司教『傲慢』担当、エピタフというものです。一時の間ですガァ、よろしくお願いしますネェ」

 

「なっ!魔女教徒だと!?とうとうこのガークラを攻め落としにきたか。クソ、総員気を付けろ!他にも戦力が「ああ、安心してくださいナ、今回ガークラを攻め落としに来たのはワタクシたちだけですからネェ」……なに?」

 

 俺がそう言うと兵士のリーダーらしき男は訝しむように此方を見た。まあ、そりゃあ信じられんわな。

 

「嘘を言うな」

 

「言ってないですって〜」

 

「仮に嘘でないのであればとんだ愚か者たちだ。たった2人でこの城塞都市を本気で攻め落とせるとでも思っているのか?」

 

 男が鼻で笑いながらそう言うと周りもそれに釣られて俺たちを指差して愚かな奴らだと笑った。うーん、腹立つなぁ。だったら、

 

「うーん、信じていただけないとは悲しいですネェ…。ああ!そうだ!今からワタクシ一人でアナタ方を殺せば信じていただけますかネェ?」

 

 俺がそう問うとリーダーらしき男は嘲笑しながら答えた。

 

「ああ、この数を相手にやれるものならな」

 

 よし!許可は貰った後は実行するだけ。えーっと、人数は大体五十人前半ってところか。俺はすぐに腕に保有している魔獣の力を集中させる。すると、俺の腕が身の丈を何倍も上回るほど異様に長く、黒い毛で覆われて見える腕は太く、爪は恐ろしく鋭い物に変わった。

 

「は?」

 

 リーダーらしき男が悪化にとられたような声を上げ周りの空気が凍ったように思った。

 

「では、サヨウナラ」

 

 その一言ともに俺は腕を大きく振り回した。その結果、俺達を囲んでいた兵士たちが半分ほど消しとんだ。

 

「おー、全滅させる気でヤったのに半分も残りましたカァ、残念残念。まあ、次は消しとばしますので安心してくださいネェ♪」

 

「あのさぁ、僕がいること忘れてない?思いっきり巻き込まれたんだけど?」

 

「クヒヒ、イヤァ、すみませんネェ」

 

「はぁ」

 

 うーん、本気でやったんだけど。やっぱり攻撃範囲が短かったか?次からは気をつけよ。そんなことを考えていると。

 

「こ、殺せぇぇぇ!!あの二人を今すぐに殺せぇぇぇ!!」

 

 兵士の一人が大声で叫んだ。それを号令がわりに戦闘が始まった。

 

 

 戦闘が始まってから早数十分、現在俺は。

 

「イヤァ、参りましたネェ」

 

 レグルスと完璧にはぐれた。何でこうなったかというと理由は単純で協調性のないレグルスが自分のペースで戦えないことに腹を立てて暴れまくった。俺はそれを回避するためにその場から全力で離れた。その結果逸れた。結論、

 

「全部あの人が悪いですよネェ。おっと、六十人目」

 

「ギャッ」

 

 手を鋭い魔獣の手に変えて兵士の首を掻っ切って殺した。コレで『混ぜた』人が二十人、単純に殺したのが四十人だ。

 いやぁ、それにしてもこれ本当に便利だな。パンドラに頼み込んだ甲斐があるよ本当に。

 俺が頼み込んだ願いとは魔獣の群生地帯で魔獣を自身に『混ぜる』ための手伝いと群生地帯に行くまでの足代わりだ。

 

 え?どんな種類を取り込んだって?えーっと、アウグリア砂丘で花魁熊を6体と地中で運良く見つかった餓馬王1体。メイザース領でウルガルムを15体と岩豚を2体。ヴォラキア帝国付近の森奥にいたギルティラウ1体。2日かけて合計で25体の魔獣を体に『混ぜた』。シャクだけどパンドラには感謝してる。お陰様で今じゃあここまで強くなれたからね。

 

 まあ、それはさて置き。レグルスの奴どこに行った?レグルスを探していると一つの大きめの建物から動物の唸り声らしきものが聞こえた。何がいるのか気になり寄ってみると。

 

「おやおや、これはまさか飛竜ですかネェ?初めて見ますが男心をくすぐるフォルムをしてますネェ」

 

 鎖に繋がれている2体の飛竜がそこにはいた。触るべく手を差し伸べると。

 

「おっと」

 

 危なっ!火吐いてきんだけど!ていうか飛竜ってマジで火を吐けるんだね初めて知ったよ。ロマンがあっていいねぇ。にしても、飛竜かぁ欲しいなぁ。そう思った瞬間俺は手前にいた飛竜に触れて自身に『混ぜた』すると。

 

「お、おお!!」

 

 えっ!ヤバッ、スゲェ力が溢れてくんだけど!初めて魔獣を『混ぜた』時に似た全能感が身体を駆け巡る。うわ、これはスゲェよ。竜種がこうなのかそれとも飛竜がこうなのかいずれにせよ凄まじいな。

 

「これは見逃す理由がどこにもありませんネェ」

 

 そう言うと俺はもう一体の飛竜に手を伸ばし『混ぜた』。

 

 

 さてと、用事も済んだしレグルス探しを続けるか。道中何度か武装集団に襲われたが難なく皆殺しにできたし、もう脅威と言える脅威はクルガンくらいだな。それにしても歩きながら探しても効率が悪いし、

 

「今回は空から探してみますかネェ」

 

 そう言うと腰辺りから何か突き出すイメージをする。すると、腰辺りから二対の竜の翼が生えてきた。俺は力強く踏み込みとんだ。すると瞬きの間に俺は天高く翔んでいた。うわっ、高く飛びすぎた。雲が俺の目線と同じ高さにあるってこの高さはいくらなんでも怖いな。そう考えながら俺は今度はゆっくりと下に降りる。少しして視認できる高さまで降りると目を良くしてレグルスを探す。えーっと、あっ、見つけた。レグルスは城塞都市ガークラの中央にある1番大きな建物の前にいた。俺がその場に近づくと、

 

「へぇ、タイミングがいいね。僕の速度と同じくらいの早さで仕事が出来るなんて中々将来有望だね」

 

 顔を合わせるとレグルスはやたらと上から目線で褒めてきた。……全然嬉しくねぇ。むしろ死んで欲しいなぁ。そんなことを考えていると建物の門が開く。そして、それと同時に膨大な圧を錯覚させるような闘気が俺を襲った。

 は?なんだこれ?クルガンって人だよな?人ってこんなにも強くなれるもんなの?俺は生まれて初めて個人の気に圧倒されていた。ヤベーなこれ、ちょっと勝てるかどうかわかんなくなった。不意打ちが決まれば確実だろうけどさぁ。勝つための算段を頭で考えていると。

 

「貴様らか?」

 

「ん?」

 

「貴様ら二人がこの都市を壊し尽くしたのか?」

 

 言葉の一言一言に憤怒を混ぜながら俺たちに聞いてきた。怖っ、怖すぎんだろこいつ。

 

「そうだ、と言ったらァ?」

 

 挑発まじりにそう言った瞬間、

 

「死ね」

 

 その一言ともにクルガンの持つ分厚く無骨な四つの刃が俺の体を文字通り爆散させた。へっ?え?嘘でしょ?構えてなかったとはいえ対応できなかったんだけど、ヤバすぎんだろ。さぁてと、ここからどうしたもんかねぇ。そう考えていると、

 

「仲間の一人は殺した。次は貴様の番だ」

 

「はっ、君如きに負けた奴と同類にするなんて。君には僕が僕自身の立場を決める権利を奪い取る権利があるとでも?ハッキリ言って不愉快だよ」

 

 ん?もしかして俺、死んだことになってる?でも、クルガンはともかくとして何でレグルスも勘違いしてんだ?とうとう痴呆で頭が逝かれたか?レグルスの頭事情を考えると、ふと、ある事を思い出した。

 あ、そう言えばレグルスはあの時自己紹介をした時の際にパンドラに『いなかった』ことにされてたんだっけ?まあ、何にせよ好都合だ。俺はすぐさまギルティラウの隠密性を利用しながらクルガンの背後に近づくと同時に変形させた手で心臓を貫き引き抜いた。

 

「なっ!何故、貴様が、生きて、いる!?」

 

「おやおや、心臓が無いのにも関わらずまぁーだそんな元気があるとは全くバケモノじみてますネェ」

 

「驚いたなぁ、復活型の権能かい?微妙な能力だなぁ」

 

 レグルスを殴りたい衝動に駆られながら俺はさらにクルガンを死体撃ちをするかのように煽った。

 

「ヒヒ、辛辣ですネェ。まあ、何にせよありがとうございますネェ、クルガンさん。アナタがワタクシの事を舐め切ってくれたおかげでこの奇襲は成功できたのですから。本気で警戒していたアナタならこれは確実に成功しなかったでしょうナァ。ネェネェ?どんな気持ちィ?格下相手に油断して死という永遠の敗北を押し付けられてサァ。ねぇ、どんな気持ちなんですカァ?教えてくださいヨォ、クヒヒ、ギャハハハハハ!!」

 

「最低の気分だっ。くっ、自らの…信念も…待ち合わせない…未熟者に…敗北…する…と、は…無…念」

 

 そう言うとクルガンは膝から崩れ落ち、絶命した。はー、『八腕』と言われた英雄がこーんな呆気ない終わりなんて気を張ってた俺が馬鹿だったわ。

 

「じゃ、帰りますカァ」

 

「そうさせてもらうよ。ああ、あと中々やるじゃないか君。名前、覚えてなかったからもう一回聞かせてくれない?」

 

「ヒヒ、エピタフですヨォ、レグルスさん。後、この死体貰ってもよろしいですカ?」

 

「僕がこんなの欲しがるとでも?いらないよ、勝手に持ってけば?」

 

 そう言うとレグルスは背を向けて去っていった。思わぬところでパンドラに手土産ができたな、ラッキーだ。さてさて、あとはクルガンに減らされた残機を補充するか。いくつ減らされたんだ?えーっと、はっ?5つ?俺1発しか喰らってないんだけど。……まともに戦ったり相手が油断してなきゃ負けてたなこれ。俺は帰り道クルガンの死体を背負いながら逃げ惑う兵士たちを自身に『混ぜた』。

 

 こうして俺の初仕事である城塞都市ガークラの陥落は大成功という形で幕を降した。




何で飛竜を『混ぜて』強くなったかというと、「ガークラの兵士たちが精強ならば飼育してる生き物も精強なんじゃね?」と言う作者の完全な独自解釈です。


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部下

だいぶ長くなりました。


 

 

 城塞都市ガークラを攻め落として早半日が経過した。ペテルギウスの元に到着した俺は戦った疲れもあってすぐに寝てしまった。起きたときペテルギウスに怠惰だ何だなんだのとどやされるのかと思ったら、

 

「聞いたのデス、エピタフくん!あのレグルスが認めるくらいの働きをしたそうではないデスか!自分に甘く他人に人一倍厳しいあの男が認めたほどの活躍をしたアナタの勤勉さに!働きに!ああ!脳が震えるるるるるるるるる!!」

 

 と、めちゃくちゃ褒められた。ただ、起き抜けにあのテンションの高さは寝起きの悪い俺にとって大分鬱陶しかった。後、どうでもいいけど眠りが浅すぎて全然寝た気がしないんだけど。あまり寝付けなかったこともあり少し憂鬱になりながら俺はパンドラの元へと向かった。

 

「さて、私に何の様でしょうか?エピタフ司教?」

 

「手土産ですヨォ♪パンドラ様♡」

 

 俺はそう言うと体内からクルガンの死体を取り出した。それを見たパンドラは目を軽く見開き驚いた様を見せる。その様子に少し俺は笑みを浮かべたがすぐに顔を戻し、話を続ける。

 

「オヤァ?反応がないのは寂しいですネェ、パンドラ様?」

 

「いえいえ、ある程度要件について予測していたのですが、これほどのものとは思っても見なかったので驚いているのですよ。しかし、これは嬉しい手土産ですね。ありがとうございますエピタフ司教」

 

 よかったぁ、お気に召した様だな。

 

「それよりもよろしいのですか、エピタフ司教?」

 

「と言いますと?」

 

「『八腕』のクルガンを自身に混ぜなくても?」

 

 ああ、そゆこと。まあ、確かに取り込めば確実な戦力アップに繋がるけどさぁ。

 

「取り込まなかった主な理由はですネェ、彼の戦闘経験はワタクシとは合わなかったからですヨォ♪」

 

「合わない、ですか」

 

「エエ、まあ、わかりやすく言ってしまうと彼の腕は8本あるのに対してワタクシの腕は2本でショウ?その時点で戦闘の仕方に差が生じてしまうのですヨォ。ワタクシの権能は相手の能力値と経験が自身にかち合う事で初めて真価を発揮するのですから。取り込んで力を得られたとしても得られるのは力だけですからネェ。マァ、取り込まない理由はこんなもんですヨ」

 

 まあ、本音をいくつか混ぜたけど実際には原作ブレイクを避けるためにもクルガンの死体は混ぜられないってのが本音なんだよね。

 

「なるほど…。わかりました、この死体は有効に使わせていただきますね。ありがとうございますエピタフ司教」

 

 パンドラはそう言うと微笑みながら魔女教徒の1人にクルガンの死体を渡した。ああ、なんて言うか本当に疲れた。さて、要件が済んだ以上ここにいる意味もないし帰るか。俺が振り返り帰ろうとすると。

 

「ああ、待ってください、エピタフ司教」

 

 ……なにこれなんてデジャヴ?クルガンの死体が気に入らなかったのかなぁ?

 

「なんです?」

 

「いえ、これほどの土産を貰った以上私も何かお礼に何か贈ろうかと思いまして、なにがいいですか?」

 

 随分と義理堅いなぁ、パンドラは。つーか、欲しいもんかぁ。そーだなぁ。

 

「部下」

 

「ん?」

 

「部下が欲しいですネェ」

 

「部下、ですか?」

 

 今回の苦労を通して欲しいと思ったのはやっぱり有能なサポーターだ。個人的には強い奴が好ましい。後、索敵と料理が得意な奴。え?何で料理が得意な奴が欲しいかって?理由は単純。まだ魔女教徒初めて4日目だけど自分でメシを作んのがいい加減めんどくさいからだ。目の前で考え込むパンドラを見ながらそんな事を考えていると。

 

 ふと、身体に電流が走ったかの様な衝撃に似た何かに襲われた。その衝動に駆られながら俺は懐にあった福音書を取り出し内容を見た。空白であったはずの用紙には『村にいる人々を殺さずに囚われている1人の男を攫え』と書かれた文が書いてあった。ご丁寧に村の座標付きで。

 

 はぁぁぁぁぁ、一つ仕事を終えて疲れた矢先にこれかよ。本気で俺をここに送りつけた魔女に殺意を抱きながらも俺はパンドラに向き直り話をした。

 

「パンドラさん。ワタクシ、今福音書から命令が下されたのでそれでは失礼「待ってください。良ければ私が送りますよ?」…いいのですカァ?」

 

 俺が訝しみながらパンドラに聴くとパンドラはいつものようににこりと微笑むと。

 

「ええ、勿論ですとも」

 

 そう答えた。

 

 

 場所は変わってルグニカの山の中にある辺境の村。俺は今その村の森の中でギルティラウの隠密性を利用しながら囚われて男を探していた。

 

 はあ、何でこんな面倒なことをしてるんだろうか?つーか、1人も殺すなってどういうことなのさ?気配を殺すのって結構面倒いんだけど?流石に顔も知らない人を探すのに30分も時間をかけているとイライラし始めている。途中で現れた魔獣を取り込んで力を蓄えられてなければこの苛立ちはさらにやばいことになっていただろう。それにしても、

 

「なんつーとこに村を建設してるんですかネェ?この部族は」

 

 そう、この森は魔獣の群生地、と言うには少し規模が小さいが歩けば何度か出くわす程度には魔獣に出会すほど魔獣が多かった。

 

 アニメや小説を見ていた時にフェリスなどが魔獣の群生地であるメイザース領に屋敷を建てているロズワールの異常性を指摘した際、俺自身フェリスが嫌いだったことも相まって何を大袈裟な、と鼻で笑ったが。魔獣を『混ぜる』ために何度も魔獣と相対した今だからわかるが魔獣の住処に村を作るのはハッキリ言って異常だ。

 

 魔獣は普通の獣とは違い恐ろしく好戦的で縄張りに入った瞬間には襲いかかるくらいには獰猛だ。パッと見た感じ屋敷などがないことから独立した部族なのはわかるがこれは果たして生活面では大丈夫なのだろうか?俺が少し呆れかえっていると。

 

「おい、早くしろ」

 

「わかってるって、ったく何だって俺たちがこんな面倒臭い事をしなきゃ何ないんだ」

 

「気持ちはわかるが早く終わらせよう。後で長から叱られるのは俺たちなんだぞ」

 

「はいはい、それにしても何だって長はアイツを殺さないのかねぇ?世話をする方の身にもなれってんだ」

 

「仕方ないだろ大切な儀式なんだから」

 

 2人の男達は口々に愚痴を漏らしながら森の奥へと向かって行った。どうやら福音書に記された男はアイツ等に付いていけば会えるらしい。早速、攻略の糸口を見つけた俺は2人の後をつけた。

 

 

 歩いて10分もしないうちに一つの洞窟が見えてきた。その中を少し進むとそこには福音書の通り男がいた。しかし、男は片目や喉を潰され、四肢は指を全て切り落とされ、残った目も閉じないように目蓋を固定されていた状態で固定されていた。うわっ、エッグいなぁ。さっき言ってた儀式ってやつか?すると、

 

「おい!起きろ!飯を届けに来たぞ!」

 

「なあ、もういいじゃん帰ろうぜ?」

 

「いいわけないだろ、そんなに早く終わらせたいんだったらお前がやれ」

 

「はいはい、わかりましたよ。ほ〜ら、アーン」

 

 そう言いながら男は固定されている男の口に飯をねじ込んだ。しかし、いきなりそんな風に扱ってまともに食べられるはずもなく。

 

「ゴホ、オェ」

 

「うぇ、汚っ、テメェ服が汚れたじゃねぇか!!」

 

 そう言うと服を汚された男は怒りに任せて殴り始めた。洞窟内にニブイ音が鳴り響く。すると、もう1人の男が止めに入った。

 

「おい、止めろ!死んだらどうするんだ!?コイツが死んで困るのは俺たちなんだぞ!」

 

「チッ、わかったよ。オイ、よかったなぁ。助かってよぉ」

 

 2人の男が去るのを見届けると俺は隠密を解除した。そして、固定された男を見る。酷いなぁ、これは。儀式って言ってたけどなんの儀式なんだこれ?まあ、これでミッションコンプリートってね。俺は固定された男に触れて持ち帰りやすい様自身に『混ぜた』。うーん、マジで戦力になんねぇな。正直言っていない方がマシってくらいだ。俺はそう思いながらその場を後にした。

 

 

「お疲れ様です。エピタフ司教」

 

「ありがとうございますネェ。パンドラ様♪」

 

「それにしてもこちらが福音書に記されていた男ですか?」

 

「ええ、そうですヨ」

 

「その、何と言いますか…」

 

 パンドラが寝転がらせている青年を見ながらその先を言いづらそうに言葉を濁す。まあ、言いたいことはよくわかる。贔屓目に言っても死ぬ一歩手前のゴミである。その点に関しては大いに同意できる。何だって福音書はこんな奴を拾ってこいと?俺が少し疑問に思っていると。

 

「ああ、そうだ、エピタフ司教。彼に何か混ぜては如何です?そうすれば多少は戦力になるはずですが」

 

「無理、ですネェ」

 

「と、言いますと?」

 

「簡単な話、耐え切れないんですヨォ。一般人に他のものを混ぜるというのは」

 

 そうなのだ。他人に『混ぜる』ことは出来る。しかし、やろうとすると肉体の方が耐え切れないのだ。例えば人間同士混ぜようとすると弾けてしまうのだ。

 

 何故弾けるのかというと同じ生き物同士を混ぜると魂がそれを拒否して反発し無理矢理混ぜると反発に肉体が耐え切れず自壊してしまうのだ。同じ種を混ぜるということは言ってしまえば磁石のS極とS極を引き合わせているのと同じ状態になのだ。

 

 ならば、魔獣を混ぜる?これは出来る。ただし、混ぜられるのには限度がある。混ぜられる量というのはいわば受け入れられる量、致死量のようなものなのだ。

 

 例えば人間はコーヒーの場合は70杯ほど飲めば死に至るのと同じように混ぜるものにも限度があるのだ。どれだけ強くても混ぜられる生き物は3〜5体が限界でそれ以上は耐え切れないのだ。俺でも大体取り込めて四大精霊を全て混ぜてその後に数十体ほど魔獣を混ぜたらおそらく限界だ。ラインハルトを取り込んだ日には1発で爆散である。

 

 え?何でそんなに色々と知ってるかって?ガークラで散々試したからだよ。それにここまで弱っているなら多分1体も混ぜられないんじゃないかな?いずれにせよ役に立たないのは事実だ。この男の処遇に頭を悩ませていると。

 

「おや?この人、加護を持っていますね」

 

「ホウ。どんな加護かわかったりします?」

 

「ええ、わかりますよ。ちょっと、待ってください」

 

 そう言うとパンドラは青年の身体に触れ始めた。にしても加護かぁ。珍しいなぁ。まあ、あんまりすごいもんじゃないんだろうけどさ。半ば期待せず待っていると。

 

「わかりました。珍しいですね、『受容の加護』ですね」

 

 …ん?受容の加護?

 

「なんですかそれ?」

 

「わかりやすく言えば受け入れて耐えられる加護ですかね、死に至る毒や病気などを受け入れて耐えられるというものです」

 

 は!?チートじゃあねぇか!もしかしたら、そう思った俺は試しに道中で出会った魔獣10体を青年に混ぜてみる。

 

「マジ、みたいですネェ」

 

 青年の四肢は禍々しい獣の様なものに変わっているだけで四散しなかった。すると、

 

「う、あ、」

 

「オヤァ?お目覚めですカァ?」

 

「ヒィ、」

 

 青年はゆっくりと体を起こしと、俺の存在に気づくと大きく後退りした。

 

「ヒドイですネェ、せっかく助けてあげたというのに」

 

「え?あ、え?」

 

 俺がそう言うと青年は困惑した様に自身の両手両足を確認した。しばらくしてから青年はボロボロと涙を流した。え?恐っ、何?

 

「あ、ありがとう、ありがとうございます」

 

 涙ながらに青年は俺に感謝してきた。ああ、なるほどね四肢が戻ってきて嬉しいのか納得したわ。それにしても、思わぬ戦力が手に入ったなぁ。これなら後いくつか混ぜても問題なさそうだな。俺は今後の展開に頭を回していると。

 

「エピタフ司教」

 

「…何です?パンドラ様?」

 

 パンドラが話しかけてきた。会った時から思ってたけど多いな話しかけてくんの。

 

「混ぜるので有ればもっといいものがありますよ」

 

 ん?もっといいもの?なんだそれ?

 

「それはどこに?」

 

「来てください」

 

 俺はパンドラについていった。しばらくして、壁に着いた。何をするのか疑問に思うとパンドラが壁に触れ何かを呟いた。すると、壁に大きな穴が空いた。うわ、流石ファンタジー。奥に続く階段を降りて広間に着く。そこには強大な圧力を放つナニかの死体ががそこにあった。待て、何なんだこれ?クルガンの比じゃない。なんなんだこれ?

 

「……パンドラ様?これは一体?」

 

「ふふ、初めて貴方の驚く顔が見れました。嬉しいです」

 

「パンドラ様?」

 

「これの名前は"石塊"ムスペル。四大精霊の内の一体です」

 

 はっ?なんつーもん持ち込んでんだ!いや待て、まさか。

 

「コイツを混ぜろと?」

 

「ええ、そうです」

 

「無理ですネェ」

 

 即答した。無理だ。いくら「受容の加護」を持っていたとしてもこれは無理だ。器が保たなくなり逆に取り込まれそうだもん。しかし、

 

「やるだけでもいいのでやってみましょう」

 

「無理だと言ってるので「失敗した場合は私が権能を使って直しますので安心してください」…」

 

 んー、博打が過ぎる。成功させる確率を上げるためには器を強化する必要があるその為には。

 

「パンドラ様ァ」

 

「なんですか?」

 

「カペラを呼んでくれませんかネェ?」

 

 カペラの権能がいる。

 

 

「呼ばれてきてみれば。男を強くするために手伝え?ハッ、意味がわからねぇですよ。帰っていい?」

 

「エルメダ司教?呼び出された以上帰るのはダメですよ?」

 

「チッ、わかりましたよ、パンドラ様。オイ、クズ肉ちゃっちゃと終わらせやがりますよ」

 

「ヒヒ、りょーかい」

 

 まさか、本当に対価なしで来るとはちょっと予想外だわ。まあ、何にせよ早めに終わらせよう。ただ、その前に。

 

「おさらいですガァ、ワタクシがムスペルの死体を混ぜます。その間に」

 

「あたくしが権能を用いて器を強大なものに変更させるでしょう?いい加減聞き飽きたんですよ」

 

「ふふ、それでは始めましょうか。私もどうなるのか楽しみです」

 

 手順の確認をしたけど問題無し。さて、あとは。

 

「最後に確認ですガァ、いいんですねェ?」

 

 確認だけした。

 

「勿論です」

 

 まあ、Noって言っても実行したんだけどねまぁ何にせよここまで覚悟が決まってるんだったら問題無しだな。

 

「では、気張ってくださいネェ。負けたら死にますヨォ」

 

 そう言うと俺はムスペルの死体と青年の身体に触れ、権能を発動させた。瞬間、青年の声にならない叫び声が洞窟内をこだました。俺を通して凄まじいエネルギーが通っていくのがわかる。そして、それと同時に青年の身体にヒビのようなものが走る。

 

「カペラさぁん!」

 

「わかってやがりますよぉ!!」

 

 少しずつ確実に青年の身体が大きくなっていく。それに合わせて受け入れられる力の量が増えていくのがわかる。この作業を続けること数分。ようやく俺の中を通り続けた力の本流がなくなった。ふと、青年がどうなっているのか確かめる。するとそこには10メートルにも及ぶ背丈の筋骨隆々な大男がそこにはいた。髪は逆立ち、口元には大きな牙が生えていた。生きているのか確かめるべく脈を測る。力強い鼓動を感じる。つまり、

 

「成功、ですネェ」

 

 俺はどこか疲れを含ませながら。

 

「ふふ!驚きました!まさか、これほどのものが仕上がるとは!」

 

 パンドラは言葉に興奮を含めながら。

 

「ま、あたくしが手伝ったんですから成功して当たり前なんですねぇ」

 

 カペラは当たり前だと言いながらどこか興奮したように成功を祝った。すると、

 

「終わった、のですか?」

 

 岩のような巨人が体を起こした。それだけで凄まじい圧が俺にいや俺たちにかかる。

 

「ええ、終わりましたヨォ。よく耐えましたネェ、ハッキリ言って驚きですヨォ」

 

 本当にね。コイツの精神力が成功の鍵だったと言っても過言じゃないだろうな。まあ、それはさて置き。

 

「パンドラ様ァ、ちょっとだけいいですかァ?」

 

「ふふ、試したいんですね。わかりますよ」

 

「あーっと、あたくしも見てみたいですねぇ。コイツの暴れっぷりを!」

 

「さて、今からアナタの故郷に行くのですが里帰りしますゥ?」

 

「…わかりました。ただ、一つだけお願いがあるのです」

 

「と、言いますと?」

 

「村人を私の手で殺す許可をっ!!」

 

 言葉の節々に恐ろしいほどの殺意や憎悪を感じる。まあ、あんな目に合えば誰でもそう思うか。

 

「ええ、いいですヨォ」

 

「感謝いたします!」

 

「では、パンドラ様」

 

「ええ、行きましょう」

 

 俺たちは転移した。その数分後、3つほどあった山々が更地に変わった。

 

 

「イヤァ、壮観ですネェ」

 

 山だった場所を俺は巨人のうえから眺めた。いやマジで一方的だった。なんて言うかthe蹂躙ってかんじだった。もう容赦無し。腕を軽く振っただけで山がえぐれてたもん。カペラはある程度したら帰っちゃったし、パンドラはこの景色を心地良さそうにみている。少し、強化し過ぎたかな?俺は少し『混ぜた』ことを後悔していると、

 

「主よ」

 

「……」

 

「主よ」

 

「…もしかして、ワタクシのこと言ってます?」

 

「勿論でございます。私に力を与えて頂いた貴方様に一つお願いがあるのです」

 

 何となく予想つくけど。

 

「なんです?」

 

「貴方様の部下にしてください」

 

 予想通り。答えは勿論。

 

「いいですヨォ」

 

「オオッ!ありがたき幸せ!」

 

 はしゃぐ巨人。足踏みだけで大地が響いた。

 

「よろしくお願いしますネェ。えーっと」

 

「私に名はありませぬ」

 

 名前なしかぁ。流石に名無しとは呼べないしそうだなぁ。

 

「マキア」

 

「はっ?」

 

「今後、アナタはマキアと名乗りなさい♪」

 

 そう言うと巨人は呆気に取られた表情をしてすぐに大声で泣いた。

 

「オオッ!オオオオオオオオオオオオオオオオッ!なんというッ!なんという幸せッ!ありがとうございます!主よ!」

 

 大袈裟過ぎじゃね。まあ、何にせよ。

 

「有能な部下Get♪」

 

 この日、俺は後に『厄災』と呼ばれるようになる部下を手に入れた。




最近バイトを始めたので少し更新速度が落ちます。

"石塊“ムスペルなのですが。今から百年ほど前にレグルスが仕留めています。何故皆気づかないかと言うとパンドラが皆に「ムスペルはまだ生きている」と錯覚させているためです。仮に本作で登場したとしてもそれは分身体ということにしてます。


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特訓

今回は短めです。


 

 

 マキアの試運転が終わった後、大きめの対話鏡を渡しマキアにしばらくの間は活動しないから身を隠せと言っておいた。初めは断られるかと思っていたが直ぐに「わかりました、主よ」と言いながら地面の中に潜っていく姿を見てあまりの聞き分けの良さに少しだけ感動したのは内緒だ。まあ、それはさて置き拠点に戻った俺は今何をしているのかというと。

 

「さてと、やってみますかネェ」

 

 一つの実験を行なっていた。今から行うのは割と一か八かの賭けだ。失敗しようもんならとてつもない戦力ダウンに繋がりかねない。だが、成功すれば権能の応用できる幅が大幅に広がる。目を瞑り覚悟を決めた俺は俺自身を『分けた』。

 

 すると、俺の身体の能力値が半減したのでは無いかと錯覚させられるほどの脱力感に襲われた。失敗か?そう思いながら恐る恐る目を開けると目の前には『俺』がいた。

 

「クヒヒ、実験は成功ですカ?ワタクシ?」

 

「エエ、大成功ですよ、ワタクシ」

 

 互いに認識をすることが出来るできる。完璧だ!パーフェクトだ!いやぁ、よかったぁ。失敗したら目も当てられなかったもん。最悪、意思疎通が出来なくてもいいかと思ってたけどその辺は成功してよかった。

 

「エエ、ワタクシもそう思いますとも」

 

 ……なんだ?今の返答のタイミング。まさか、こっちの思考が読めるのか?

 

「エエ、読めますとも」

 

 尚のこといいな、それ!ヤバイ!超嬉しい!ここまでの達成感はこっちきて初だよ!さてさて、それよりもだ。本題に移ろう。まあ、最も。

 

「話すまでも無いですよネェ?ワタクシ?」

 

「勿論ですともワタクシ?」

 

 お互い、鏡合わせのように笑った後同時に答えた。

 

「「互いのやるべき事の役割分担ですよネェ?」」

 

 

 新しい部下を手に入れて次に俺自身がすべきことを思い浮かべたのは権能を使わない状態での俺の強化だ。まあ、わかりやすく言ってしまえば魔法や身体能力や武術などの技量の向上についてだ。

 

 え?権能あんだからそんな事する意味無いだろうって?……そんなこと無いんだよ。万が一、億が一にでも権能が使えなくなれば俺はただの無力な人間に成り下がる。実際、原作で権能が一部使用できなくなってそれが原因で負けた大罪司教がいるんだからな。それにそもそもこの世界では俺に才能が有る無し以前の問題で多芸で無ければ、やれることが少なければほぼ確実に死に繋がりかねない。

 

 とある武芸家曰く、"千招を知るを恐れず、一招に熟するを恐れよ"とのことらしい。因みにこの言葉の意味は千の技を覚えるよりも一つの技を徹底的に鍛錬し、根本原理を把握せよ、ということらしい。これに関しては激しく同意できる。武術の武の字も知らない俺からしても一つの技術を突き詰めた方が自身を強くするには一番いい。

 

 だけど、さっきも言った通り、このリゼロの世界では多芸でなければ死ぬこともあり得る世界だ。武術だけでなく魔法も極めたいと本気で思っている俺は初めはスケジュールを組んで行うべきだと思ったが不器用な俺では到底出来ないと悟った俺はすぐに自身がもう一人いればいいのでは?と思った。直ぐに俺は自身の『分離』を実行し、結果的に成功した。

 

 しかし、同時にデメリットが存在する。それは二つほど存在する。

 

 まず一つ目は、全体的な能力値の低下だ。俺自身を2人にした影響からなのか筋力や体力などが半減した。理由はおそらく存在を半分に『分けた』ことで肉体の性能自体も半分になったのではないかと考えられる。これに関しては対処法がある為問題無し。

 

 二つ目は、反逆の恐れ。SF映画でよくあるクローン体にオリジナル個体が反逆され殺される、というのがあるが普段であればよくあるB級映画でしか起こらない出来事も今この瞬間俺が実現させてしまった以上笑い飛ばすことは不可能と言ってもいい。しかし、この点に関しても対処法がある為問題は無い。

 

 俺が頭の中であーだこーだと思考を巡らせていると。

 

「デ?デメリットの解決法って何なのですカ?ワタクシ?」

 

「アア、単純ですヨ、ワタクシ。一つ目のデメリットの対処法はワタクシが魔力の全てをアナタに譲渡し、アナタはワタクシに身体能力を譲渡する。これが一つ目の対処法ですヨ。もう一つのデメリットの対処法はワタクシが権能の主導権を握る、こんな感じですガァ、何か質問ありますゥ?」

 

「……それは対処法とは言えないのでは?一つ目の対処法は魔力なきゃ死にますヨ?ワタクシ?最後に関してはワタクシの生きるか死ぬかの生殺の与奪権はアナタが握っているとしか思えないのですガ?」

 

 ん?思考を完全に共有することは出来ないのか?まあ、何にせよ。

 

「大丈夫ですヨ、ワタクシ。魔力面に関しては『混ぜた』人間のゲートを利用させて貰いますし、アナタの身体能力も心配ならワタクシと同じようにすれば良いだけデショ?二つ目の方に関しては当然ただでワタクシが権能の主導権を握るわけではありませんヨ、ワタクシ?」

 

「ホウ、それは?」

 

「権能の機能の大半をアナタに譲る。これでどうでしょ?」

 

 そう二つ目の流石に納得しないと思っていた為、考えていた対処法とは権能の機能をほぼ全てを譲ることだ。俺は主導権を得るだけの魔女因子と僅かばかりの魔女因子だけを残して残りの全ては『分けた』方の俺が持つ。これなら問題無いどっちにとってもWin-Winだ。そんなことを考えながら少し熟考する『俺』を眺めること数十秒。すると、

 

「いいでショウ。確かにワタクシにも利がある。では、今後はその方針で行きまショ」

 

 ああ、よかった。反対されたらどうしようかと思った。自分同士で殺し合うとか地獄絵図流石の俺もごめん被りたいもん。

 

「ワタクシもですヨ」

 

「アア、考え読めるんでしたネェ〜。さてと、それじゃ特訓する役割を決めますカ。と言ってもワタクシが身体能力を受け取る以上ワタクシが体術担当でアナタが」

 

「魔法担当ですネ」

 

「エエ、それでは。特訓開始。終わったらもう一度会議しまショウ」

 

 そう言って俺たちは各々の特訓に移行した。

 

 




・主人公の特訓方法
自身に『混ぜた』武芸家の技術を瑞体験することを通して自身にその動きをトレースすることを反復することで学んでいく。組み手などは残機がある為一切手抜き無しでどちらか片方が死ぬまで行われます。因みに主人公の武器は槍です。完璧余談ですが主人公ズはこの後特訓のキツさに悶絶しながら会議を行った。


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無茶振り

長めです。


 

 

「シャア!」

 

「シッ!」

 

 二つの声と武器と魔法がぶつかり合う音が洞窟内に響き渡る。音の発生源を見ると黒いピエロのような見た目をした男が2人そこにいた。

 

 2人は見た目が全く同じだったが、片方は身の丈を超えるほど大きな槍を持ち飛来する紫紺の鋭い結晶を一弾残さず撃ち落とし、もう片方は槍持ちからある程度離れた距離から魔法を放ち槍持ちを翻弄し続ける。均衡状態が続く中、槍持ちが縦横無尽に飛来する魔法を撃ち落としながら魔法使いに向けて突貫する。瞬きの間に空いた距離を詰めると同時に振り下ろされる槍、頭に刃が叩き込まれ様とした瞬間、

 

「ムラク」

 

 魔法使いが詠唱すると同時に槍使いの身体が浮いた。身体の重心を崩すことで魔法使いの頭に当たるはずの刃を回避される。

 

「ハァイ、チェックメイト♪」

 

 その言葉と同時に魔法使いの拳に括り付けられた短剣をアッパーの要領で喉に向かって放つ。バキッという音が響き渡る。そして、魔法使いは避けようのない攻撃を避けた槍使いを目を見開き見つめた。なんと槍使いは槍を棒高跳びの要領で使うことで当たるはずの攻撃を無理矢理回避したのだ。バキッという音は拳が槍の持ち手の部分を砕いた音だった。二つに分かれた槍の刃の部分を持ち、振り上げる。拳を振り切り身体が硬直した魔法使いは回避できるはずもなく。

 

「ザァンネェン、アナタがチェックメイト♪」

 

 その言葉と同時に天高く首が宙を舞った。

 

 

 城塞都市ガークラを攻め落とし、マキアを部下にしてから四年が経った。あれから俺は福音書からこれといって指示も無かった為、ただひたすら特訓を続けた。初めのうちは何度か心が折れそうになるほどキツい修行だったが強くなっていく実感があった為そこまで苦ではなかった。

 

 因みに俺の魔法の属性は『陰』で適性も相当高いらしくガークラの兵士の記憶から考えるとこのまま血の滲むような努力を重ね鍛えていけば世界的に見ても最高峰の使い手になれる程度にはいいらしい。

 

 まあ、実際普段から自身の腕が腐り落ちる寸前まで身体を鍛えたり体内のゲートが暴発一歩手前になるまで魔力操作してるから原作前までにはせめてルグニカの『黒』の称号を得られる程度には使いこなせる様になりたいなぁ。まぁ、それはさて置き。

 

「ハァイ!ザンネン、ワタクシの勝ちですネェ!?」

 

「…エエ、そうですネ。鬱陶しいから少し口を閉じてはいかがですか、ワタクシ?」

 

「イイエ、黙りませんともワタクシ!先日は散々煽られましたからネェ!ネェネェ、どんな気持ちぃ!?昨日煽りまくってた相手に負かされた負け犬のアナタは今どんな気持ちなノォ!!??ネェったらァ!!」

 

「死ね」

 

「クヒヒ、返答アザースw」

 

 俺こと身体担当は今魔法担当を死ぬほど煽っていた。側から見れば双子か兄弟が喧嘩して負かした方を煽ってるように見えるが本当は自分で自分を煽っているのだから知っている人間からしたらさぞ不気味に写るだろう。仮に俺がこの光景を側から見たら関わり合いたいとは思えない。

 

 ああ、それと一応あれから他の大罪司教が入った。加わった大罪は『憤怒』で大罪司教の名前はシリウス・ロマネコンティという。見た目は頭部を左目を除いて包帯で乱雑に覆い、サイズの合っていない魔女教徒特有の黒いコートを羽織り、両腕には長く歪な鎖を縛り付けフック状の先端を常に地面に引きずっている。 「怪人」としか呼びようがない不気味な人物で普段から

 

「人と人は分かり合える、思い合い、通じ合うことができるのです。優しさに優しさを、慈しみに慈しみを、愛には愛を以て! そうすることにこそ、幸せがあるのです」

 

 と言っているがはっきり言ってキモいし不気味だ。小説を読んでいて原作を知っている身だったから人物像は知っていたつもりだったが。いざ目の当たりにするとストーカー気質も相まって普通に嫌悪感がすごかった。後、俺はめっちゃ嫌われている。

 

 大罪司教になり魔女教に入ったのは2、3年前。魔法の暴発かなんかで全身を燃やされていたところペテルギウスに助けられてその行動に惚れたらしく。それ以来、シリウスは自身の姓を捨ててロマネコンティの姓を名乗るようになったとのこと。ここだけの話、惚れた理由がまともだと思った。

 

 因みに『なったとのこと』と判断した訳は一時期余りにも嫌われすぎてペテルギウスにどのような理由で自信を嫌っているのか知っているか?と尋ねた際にもしかしたらその理由が過去にあるのでは?という理由で過去を聞いたからである。

 

 そして、嫌われている理由だが、話を聞いていくにつれてすぐに分かった。どうやらペテルギウスが事あるごとに俺のことを褒めちぎっていたのが主な理由だ。あの時思わずペテルギウスの顔面に拳を叩き込んだ俺は悪くないと思ってる。ペテルギウスも「何をするのデス!!」と言って怒ってきたからペテルギウスとも仲を悪くするのもあれだと思い素直に謝った。いざ振り返ってみるとペテルギウスは本気で悪いことしたと思ってる。とはいえ、原作崩壊を避けるためとはいえこれ以上目の敵にされるのも厄介だと思っていた。

 

 そう思う理由はシリウスの権能にある。権能の能力は「感情の共有」文字通りシリウスやシリウスが指定した人物の感情を周りにいる人物にも共有させる。

 

 例えばシリウスが大喜びしていれば周りにいる人間は殺される直前まで大喜びし続けるし、シリウスに恐怖している人物がいれば周りにいる人間もどんなに気を強く持っていようが無条件で恐怖する。

 

 一種の洗脳のようなもので、初めはシリウスを警戒していたとしても彼女が友好的な態度を保っていればこちらも彼女を好意的に感じてしまう。

 実際にスバルは彼女と初遭遇の際、記事冒頭のようにシリウスに対する警戒と敵意を失ってしまい、違和感を感じることもなく無抵抗に殺害されてしまった。

 

 また共有化によって伝染した感情は共振するように増幅していく特性も持つ。

 

シリウスにAが恐怖する→その恐怖心をBが受ける→

Aが元々の恐怖心に更にBの恐怖心を上乗せされる→

Bの恐怖心にAの上乗せされた恐怖心が上乗せされる→Aが上乗せされた恐怖心にBの上乗せされた恐怖心が更に上乗せされる→Bの…

 

 といった具合に感染して時間が進むほど症状が悪化していってしまう。これは悲しみだろうと怒りだろうと同じ。感染者の精神はやがて強制的な感情の奔流に耐えきれなくなり、最終的には発狂死という末路を迎えてしまう。

 

 応用として、シリウスの相手に対する敵意を他の人物達に共有させ、傀儡として操ることも可能らしい。

 

 感染してしまう条件は不明で、発症に至るまでには個人差があるようだが少なくとも作中最強であるラインハルトですら防ぎようがない模様。

 

 他にも「感覚の共有」といったものもあり。シリウスやシリウスが指定した人物が受けた感覚を周りの人物にも共有させる。

 

 例えば少年が高所から墜落死すれば周りにいた人物も全員墜落と同じダメージを受けて死亡するし、シリウスが真っ二つにされて死亡すれば周りの人間も全員真っ二つになって死亡する。

 

 こちらも感染に個人差があるようだが、 ただ存在しているだけでも厄介な存在なのに、何も考えず仕留めてしまえば全員同じ末路を辿ることになってしまうという非常に意地の悪い能力。

 

 この『憤怒』の権能は範囲型攻撃のようであり、適用範囲に入った者は自動的に感染してしまう。ただし自身の意思で特定の人物を範囲外に除外することも可能とかいうクソ厄介すぎる権能。

 

 しかし、何故俺がこの問題を2、3年も無事であったかというと俺の権能が主な理由だった。簡単に言ってしまえば仮にシリウスが俺自身に権能を発動させたところで俺がシリウスとの繋がりを『分離』させてしまえばシリウスの権能は不発に終わってしまうからだ。

 

 ただ、厄介なことにこのことに腹を立てたシリウスが激昂しながら何度も何度も俺に権能を発動させ続けてきた為、ぶち切れた俺がシリウスを半殺しにしてしまったという過去があった。因みにその時ペテルギウスとパンドラが俺のことを止めたのがさらにシリウスの傍迷惑な愛情が拍車をかけいつしかストーカー属性にさらにヤンデレ属性まで追加されて俺とシリウスの仲は「目があったら殺し合い」というどこぞのマサラ人かのような物騒な関係になった。

 

 魔法担当を身体に混ぜ直しある程度、過去に想いを馳せていると。懐かしい感覚が全身に走った。福音書からの命令だ。

 

 俺はすぐに福音書を開き内容を確認した。そして、全力で福音書を地面に叩きつけた。

 

「フッザケンナヨ!アアッ!?クソ魔女がァ!」

 

 思わず普段の戯けた口調が崩れてしまった。だって、仕方ないと思うだって内容が酷すぎた。内容は

 

『ルグニカ王国で騎士になれ』

 

 といったものだった。

 

 

 ある程度落ち着いた後、もう一度自身を分けて魔法担当と俺の大声に反応したパンドラと思考と情報を共有すべく相談した。取り敢えず結論。はっきり言って今回の福音書の内容は酷すぎるというか無謀だ。

 

 あんまりな内容に普段は飄々としているパンドラですら口を濁したほどだった。福音書が命じたことは遠回しの自殺と言っても過言ではない。何が悲しくて俺は敵の本拠地でごっこ遊びをせねばならんのだ。さめざめとしながらパンドラに今回の福音書の命令は無視していいか許可を取る。すると、パンドラはニコリと花が咲いたように笑い答える。

 

「ダメです♡」

 

 ああ、やっぱりね、予想してたけど逆らえないのね。俺は魔法担当と向き合いお互いに覚悟を決めた顔で勝負を始める。

 

「「最初はグー」」

 

 その言葉と共に俺と魔法担当は拳を引き中腰になる。

 

「「ジャンッケン」」

 

 お互い言葉の一言一言に全身全霊の意思をこめ、

 

「「ポオオオオォォォォォォォォンンンーー!!」」

 

 吠えた。結果は魔法担当がパーなのに対して俺は、グーだった。

 

「ヒャッハーーーーーー!!!」

 

「チクショオオオォォォォォォォォ!!」

 

 拳を振り上げ心の底から喜ぶ魔法担当。地面に拳を打ちつけ全力で悔しがる俺。後から振り返ってもここまで勝負事で盛り上がったことは無かったと断言できる。

 

「サァテ、今後は頼みますヨォ、騎士様♪」

 

「エエ、わかりましたヨ。やればいいんでしょ、やれば」

 

 若干はふて腐れながらも俺はすぐに話を切り替えた。

 

「早速で悪いですガ、魔法担当。今すぐ「ゲートをアナタに譲渡する、デショ」流石、ワタクシ話が早いですネェ〜」

 

 そうやるべき事とは言ってしまえば俺を権能以外元の状態に戻す、という事だ。いつまでも混ぜているゲートを使っては間違いなくルグニカの最高位の治癒魔導師に怪しまれる。あんまり認めたくないが俺の権能自体、話から虚言や違和感などを取り除ける為潜入とかにはうってつけだと思っている。そう考えているうちに俺は魔法、いや魔女教担当からゲートを移してもらった。さてと後は潜入方だけど。

 

「パンドラ様ァ」

 

「なんですか?エピタフ司教?」

 

「この時期、白鯨って何処にいますかネェ?」

 

「そうですね、この時期だと白鯨はリーファウス街道ですね、それがどうかしましたか?って、ああ、なるほどそういうことでしたか」

 

 本当にパンドラは話が早くて助かる。度々、手を借りてるからなんか借りを作ってるみたいでやだけど。そんなことを思いながら割と覚悟を決めて俺はもう一度魔女教担当に向き直った。そこには満面の笑みを浮かべ拳を構えた魔女教担当がそこにはいた。

 

 

「ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー」

 

 ま、魔女教担当の奴マジで躊躇なくやりやがった。クッソ、全身がめちゃくちゃ痛い。ここ4年でどれくらいやれば死ぬか死なないかが互いにわかってきてたからか全部急所は外れてる。代わりに両手両足がへし折れてたり肋も何本かへし折れてるせいで目がチカチカして死ぬほど痛いけど。

 

 痛みに耐えること早数十分。今俺は満身創痍の状態でリーファウス街道にいる。別に自分を使ったSMプレイというわけではない。じゃあ、なんでこんなことしているのかというとこれは俺自身を使った囮作戦だったからだ。

 

 今日この日はルグニカ王国で白鯨討伐が行われようとする日だ。ルグニカ王国はほぼ間違いなく白鯨がリーファウス街道に現れることを察知している。俺はその討伐作戦を通して自身を保護してもらうために魔女教担当に死ぬ一歩手前までボコボコにしてもらった。お人好し集団の騎士たちならば確実にボコボコにされた子供を助ける。その精神を利用してルグニカ王国に潜入する。我ながらいい作戦だ、痛いけど。そう考えていると遠くから多くの竜車の足音が聞こえてきた。

 

「っ!止まって!これは……誰か!医療班を呼んで!」

 

 よし来た。って、この赤い髪に青い目。剣聖か?『剣鬼恋歌』が広まってまだ短いし、まさかテレシアか?まあ、なんにせよ俺は白鯨が来るまで足止めするぞー。

 

「………ちが」

 

「血?うん、わかってる今すぐ血を止めるっ!」

 

「……ちがっ」

 

「うん、大丈夫だよ心配しないで君を傷つける存在はいないよ」

 

 そう言うとテレシア?は俺をそっと抱きしめた。……うん、柔らかい。何がとは言わないけど柔らかい。さてと、そろそろいいかな?魔女教担当オッケー?『オッケーだよー』よし、じゃあここ!

 

「…ぢっ…が…ゔ」

 

「えっ」

 

「ごれば………わ…な」

 

 すると、いつのまにか辺りが霧に包まれていた。よしよし、作戦成功!うん、周りから「いつの間にっ」て声も聞こえるしかなりの数も巻き込めた。白鯨の誘導ご苦労様、パンドラと魔女教担当。これならなんの違和感もなくルグニカ王国に潜入できる。

 

「ねえ!」

 

「はっ、はい!なんでしょう!テレシア様!」

 

「この子の保護をお願い!」

 

「はっ、了解しました!おい、1人でいい医療班俺について来い!」

 

 俺はテレシアから名も知らないモブに受け渡されると治癒魔法の光を浴びた。身体に暖かい光が包んでいく、その暖かさに包まれると同時に眠くなる。さあて、後は野となれ山となれだ。この後の展開は起きた後の俺に任せよう。そう思いながら俺は深い微睡に落ちていった。




急展開すぎたでしょうか?


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説明

バイト始めてしばらく更新速度が遅くなるかもしれません。


 

 

 「……い、……きろっ!」

 

 声がする。

 

「おい……お…ろっ!」

 

 誰かが呼んでいる声がする。聞こえづらいが少しずつその声が明確に聞こえてくる。その呼びかけが何度か続いた後、

 

「おい!しっかりしろ!起きるんだ!」

 

 その呼びかけが明確に聞き取れた。ふと、目の動きだけで周りを見渡す。すると、周りには騎士が何人かいるのが見えた。お、これはもしかして。

 

「目が覚めたか!?」

 

「こ……こ…は……?」

 

「ここか?ここはルグニカ王国の治療院だ。あんな大怪我をした後だ。まだ、無理に喋らなくていい」

 

「い…え、もう、大丈夫……です」

 

 隣に立っていた、騎士風な男にそう優しく諭された。よし、潜入成功!今からやりたくもない騎士生活の始まりだぁ。はぁ、やだやだ。内心これからこの王国で騎士となり生活しなければならないことに本気で嫌気がさしながらも覚悟を決めた。

 

「わかった。じゃあ、いくつか質問させてくれ。なんだって、あんな所に居たんだ?」

 

 その質問をされた瞬間、俺は怯えたように体を震わせる演技をした。そして、それを見かねた若い男の騎士は少し同情しながら言った。

 

「喋りたくないなら無理に喋らなくていい。ゆっくり、自分の速度で話しなさい」

 

「大……丈夫、で、す。俺は、餌だった」

 

「餌?」

 

「は…い、白鯨を…討伐、する、王国騎士、団の気を、晒すための、餌」

 

「なに?」

 

 俺の言葉に若い男の騎士は目と言葉が少しだけ鋭くなった。それを見た俺はビクッと怯えたフリをした。それに気づいた若い男の騎士は少し反省したかのように目を瞑ると直ぐ言葉に優しさを込めながら話した。

 

「ああ、すまない。君に怒ったんじゃないんだ。因みにだが、それは誰がやったのか覚えているかい?」

 

「……魔女教の…大罪司教…って呼ばれてた…人が……俺の…ことを…殴りながら…笑い、ながら…言ってた」

 

 俺の言葉に若い男の騎士は大きく目を見開いた。自分だけでは対処しきれない問題だと悟ったのか若い男の騎士は「少しだけ待っててくれ」と言うと何処かに行った。よしよし、俺の演技も中々上手くいってるな。無感動なこの話し方も中々いいみたいだしこの調子で行こう。十分ほどしてから若い男の騎士が出て行った戸の奥から緑色の短髪の精悍というよりは厳つい顔立ちの巨漢の男が現れた。男は厳しい顔をしながら俺に話しかけてきた。

 

「はじめまして。私は近衛騎士副団長のマーコス・ギルダークだ。よろしく頼む」

 

 へ?マーコス?確か、未来の近衛騎士の団長さんだったか?今、副団長なのか?随分と大物が出てきたなぁ。思わぬ大物の登場にビックリしていると。

 

「すまないが、君の名前を教えてくれないか?」

 

 予想していたがあまり聞かれたくないことを聞かれた。つーか、名前かぁ。あん時は魔女教担当にボコされて考える余裕が無かったからなぁ今この場で言うためにも考えるかぁ。

 

「俺は……」

 

 少し吃ったふりをしながら自身の名前を考えてる。すると、

 

「フィエゴ」

 

「ん?」

 

「フィエゴ・ファイオス」

 

 口が勝手に考えてもいなかった名前がポロリと出た。は?なんで今俺は勝手に喋った?ていうか『ファイオス』ってこの世界に来てすぐに俺をウルガルムの餌にしようとしていた男が言ってた名前じゃないか?まさか、この体が名前だけ覚えていて反射的に本名を語ったのか?俺の中で色々と考察を立てていると。

 

「『ファイオス』、だと?」

 

 目を見開き驚いた顔をしたマーコスがそこにはいた。え?なんかやらかした?俺は自身が失態を侵したかヒヤヒヤしていると。

 

「おい、お前の祖父の名前はグラハム・ファイオスか?」

 

 いきなり祖父の名前を聞いてきた。ん?誰?グラハムって?そんな登場人物リゼロにいたか?本気で何を言ってるのかわからない俺はとあることを明かした。

 

「ごめん……なさい、俺…自分の名前以外覚えてないんです」

 

 それは自身が記憶喪失だということだ。これに関しては事実だけど納得してもらえるだろうか?この後の展開に不安を覚えていると。

 

「っ!なら、何か渡されなかったか?こう、護符のようなものとかなんでもいい!」

 

 護符?それってもしかして。

 

「これ、ですか?」

 

 そう言いながら俺は普段から身につけているアミュレットをマーコスに見せた。すると、確信していたのか驚かず少し目を伏せて考え始めた。ちょっとこれは予想外だ。反応次第じゃあ、マーコスから今日話した記憶を分離しなきゃいけなくなる。一応、弁明のためになんか言っとくか。

 

「言われたんです。顔も覚えてない誰かに。『それを肌身離さず持ち続けろ。決して忘れぬように』と」

 

 まあ、もっともこれ言ったのペテルギウスなんだけどね。俺がそう言うとマーコスは目を開き説明した。

 

「今から4年前にファイオス家の人間が皆殺しになった事件が起きた。私自身も現場に赴いたのだが凄惨すぎる光景だったから今でもよく覚えている。現場からはファイオス家に代々伝わる護符とファイオス家の三男が居なくなったいた。当時は三男坊も死んでいるものと思われていたがまさか生きていたとは。今まで何処に?」

 

 あー、なるほどね。つまり、この体の持ち主は憑依前からこのルグニカ王国に関わっていた一族だったってことね。だったら、尚のこと好都合だ、没落したとはいえ元々ルグニカに関係していた一族なら色々と融通が効くかもしれない。まあ、最も予想でしかないし詳しく聞いてみるか。

 

「えっと、俺はヴァラキア帝国の闘技場で四年間戦っていました」

 

「なに?」

 

 疑いの声を上げるマーコスに上着を脱ぎここ4年でついた傷や怪我を見せた。死んだ時に権能を発動させ死や致命的な怪我を肩代わりさせることが出来たが特に致命的でもなく残機がもったいないと思っていた傷は魔女教担当の魔力操作の練習として治癒していた為傷が残っていた。それが積もりに積もって全身にびっしりと怪我だらけになった。今になってこれらの傷がこんな所で役に立つとは、と内心苦笑いしていると、マーコスが痛ましいものを見る目でこちらを見ていた。

 

「すみません。お見苦しいものを見せました」

 

「いや、疑ったのはこちらの方だ。君は疑いを晴らすためにそうとしたに過ぎない。こちらこそ疑って申し訳ない」

 

 そう言うとマーコスは頭を下げた。やだ、この人マジでいい人。顔に似合わないマーコスの優しさに感動していると。

 

「それにしても、よくヴァラキアから脱出できたな」

 

「脱出できる手段を見つけてそれで脱出したんですけど、ヴァラキアから脱出してすぐに魔女教に捕まって……」

 

「なるほど、なんというか災難だったな」

 

 マーコスは俺の作り話に本気で同情したようにこっちを見た。つーか今更だけど俺の権能本当に便利だなぁ。そもそも、なんでこんなに俺の話を信用しているかというと。俺は俺の権能を使うことで自分の言葉から虚言や違和感を分離させている。そうすることでどのようなあからさまで違和感のある嘘をついたとしても例え『風見の加護』を保有していたとしても見抜くことが出来なくなるのだ。

 

「さて、お前には今道が二つほど選択できる」

 

「と、言いますと?」 

 

「まず一つ目は、独り立ちができるまで俺たちの支援を受けながら孤児院で過ごすこと」

 

 はい、論外。それじゃあ、福音の命令をこなせない。

 

「次に、この近衛騎士団で見習の騎士として働くことだ。これは本来用意されない道なのだが、没落したとはいえファイオス家の名前がデカイからこそ出来た道だ。さて、どちらを選ぶ?」

 

 当然こっちなんだけど。ファイオス家ってどんだけネームバリューがあったの?没落してなお騎士になれるって相当だよ?

 

「騎士になります」

 

「生半可な覚悟では到底なれん。足手まといだと判断したら当然切り捨てて、孤児院へと送る。それでもか?」

 

「はい」

 

 俺の福音書の命令だしね。本当は嫌だけど、逆らおうもんなら魔女教連中に殺されかねない。俺は内心嫌がりながらも即座に頷いた。

 

「よし、わかった。ただし、もう少しだけ待っててくれお前を受け入れてくれる奴らを見つけたい」

 

 へ?どゆこと?マーコスの言葉に俺は疑問を覚えた。

 

「どうゆうことですか?」

 

「ファイオス家の名前はデカイが没落している以上お前には後ろ盾が必要になるんだ。本来であれば俺が引き取っておくべきなんだが、すまないがそれどころじゃなくてな。取り敢えず必要なことだから納得してくれ」

 

 ああ、なるほどね。確かに原作でもフェリスがクルシュのカルステン家から支援してもらうことで騎士になれたしね。流石に俺だけ例外ってことにはなんねーか。ふと沸いた面倒くさいことに顔をしかめそうになると。

 

「なぁら、わたしがその役目を引き受けようじゃあないか」

 

 戸の方から所々を伸ばした間の抜けた喋り方をした声が聞こえた。え?ちょっと待てこの喋り方ってまさか。

 

「戸も叩かず入るとは礼儀がなって無いぞ」

 

「こぉれは、これは、失礼したぁよ。次からは気をつけるよぉじゃないか」

 

「そう言ったのは何度目だ?それに引き取る、だと?今度は一体何を企んでいる?ロズワール」

 

 俺がマーコスの睨む方へ顔を向ける。そこには髪は長めで藍色。左目が黄色、右目が青のオッドアイでまるで魔女教担当のような道化師の格好をした女がそこにはいた。知っている、俺はこの女をよく知っている。何故なら画面越しでいつも見ていたからだ。女は目を見開いている俺を見てにこりと笑うと自己紹介をした。

 

「はぁじめまして、私の名前はロズワール・J・メイザース。そぉろそろ、天寿まっとうしそぉうな宮廷筆頭魔術師だぁよ」

 

 

 突然だがロズワールという男について説明しようピエロのようなメイクを施した貴族で宮廷筆頭魔術師の称号を得ており、彼一人で軍隊に匹敵するほどの戦闘能力を持つ。 格闘術の腕前もかなり高い。

 

 所々を伸ばした間の抜けた喋り方をし、腹の内を読めない捉えどころのない性格。

 

 髪は長めで藍色。左目が黄色、右目が青のオッドアイ、高い地位を持つが、亜人趣味とも呼ばれ、変わり者として知られている。後々、ハーフエルフであるエミリアを擁立しているのもその一つである。 全系統のマナすべてに適性があり、いわゆる天才という奴だ。そして、その正体は400年間もの間、自分の子孫に魂や記憶を転写し続けており、精神的には初代ロズワールと同一人物。

 

 その目的は敬愛する師・エキドナと再会を果たすため、彼女の作り出した福音書の予言通りに事態を進めること。

 

 原作内での徽章盗難を巡る一連の事件、四章での屋敷の襲撃も福音書の記述に沿ったロズワール自身の指示であり、 第一部の最大の黒幕と言える。

 

「想いというものは、長い時間を経ても変わることがなく、他の全てを犠牲にしてでも貫くべきものだ」という信念の持ち主で主人公のスバルがやり直しの力をもつことを知っており、それを利用すべく彼を「エミリアだけに尽くす傷だらけの騎士」にしようと目論んでいた。

 

 それにしても、原作内でも重要性がトップクラスの奴がここに来るとは……。一応、Jってことはまだ先代か?でも、天寿まっとうって言ってる段階でもうすぐLに変わんのは間違いないな。にしても、なんだって俺を引き取ろうとする?あの合理的を突き詰めたような怪物が私情なんてまずあり得ない。となると、『叡知の書』に俺を引き取れたでも命令されたのかな?だとしたら俺と同じかぁ、いやになるな。でも、ハッキリ言って原作の中心とも言えるメイザース家に関われるのは好都合だ。

 

「……あの、本当に引き取ってくれるんですか?」

 

「なっ!?」

 

「ああ、勿論だぁとも。わたしは君を歓迎しよぉとも」

 

 俺の反応にマーコスは驚き、ロズワールは笑みを深くした。うわぁ、スゲェ。言葉の一言一言に胡散臭が隠れてて本音が一切ない。おもわず顔を顰めそうになったよ。俺が必死に平静を装い無害な子供を演じていると。

 

「おい、ロズワールは辞めておけ。ハッキリ言ってあいつと関わるのはいい選択とは言えない」

 

「おぉや、本人の前でそんなこと言うなんてひどぉいなぁ」

 

 確かにマーコスさん辛辣だなぁ。まあ、俺も原作の知識がなきゃ断ってたと思う。だけど、

 

「でも、俺のことを受け入れてくれる家は必ず現れるとは言えないのでは?」

 

「むっ、確かにそうかも知れんが。コイツのことを一通り知っている上で忠告しているのだが本当に大丈夫なのか?」

 

 俺の質問にマーコスが吃った。悲しいことに実際その通りなんだよね。没落した貴族なんて受け入れる方がハッキリ言っておかしい。仮に受け入れられる奴はよっぽど資産を持ってるか。なんか裏があるかなどっちかだ。だから、原作に関われるのもあるがこのまま早めに引き取られるという安牌を取るためにも。

 

「大丈夫、です」

 

「どうしても、嫌になってももう変えられないぞ」

 

「わかってます」

 

「はあ、わかった。おい、ロズワール今からこの子を引き取るに当たっていくつか手続きをしてもらうからな」

 

「はぁいはい、わかってぇるよ」

 

 ロズワールはそう言うとマーコスと共に出ていこうとする。おっとその前に。

 

「あ、あの」

 

「ん?なんだぁい?」

 

「フィエゴ・ファイオスです。よろしくお願いします」

 

 自己紹介されると思ってなかったのかキョトンとした顔を見せたかと思うとすぐににこりと笑った。うへぇ、いつ見ても胡散臭い。

 

「こぉちらこそ、よろしくねフィエゴ君」

 

 そう言うとロズワールは今度こそマーコスと共に出て行った。




・グラハム・ファイオス
→フィエゴの祖父。ヴィルヘルムよりも10歳ほど年上。亜人戦争で『剣浪』と言われるほどの剣の腕前を持つ。純粋な実力では全盛期のヴィルヘルムとほぼ互角だったとのこと。


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面倒

長くなりました。


 

 

 出て行く直前に何か思い出したのかロズワールが俺の元に戻り懐から対話鏡を取り出して渡した。

 

「いいかい、大体40分から一時間の間、君を引き取るために色々と書類を処理しなきゃならなぁいんだよ。だから、しばらくこの城内を探索すればいいと思うんだぁよ。時間になったら呼ぶから安心してぇね」

 

 屈んで俺と目線を合わせてそう告げると今度こそ去って行った。探索ってまあ、城内の中を探索って中々出来ないだろうしロズワールの言う通り探索くらいしてみるか。そう思った俺は立ち上がり魔女教担当につけられた傷が一切ないことに感動しながら城内の探索に向かった。

 

 

「飽きたな……」

 

 歩くこと十分。同じ景色が何度も何度も続いていたからか最初の感動は消え失せて今では周りの景色に俺は飽き飽きしていた。流石に代わり映えが無さ過ぎる。どっかに変死体でも落ちてねぇかなぁ。そんな物騒なことを考えていると。遠くの方で人影を見つけた。気になりその場に近寄るとそこには。

 

「むぅ……今日もおらぬのか。これほど余が足しげく通っておるというのに、無駄足を踏ませるとは実に怖いもの知らずな娘よ。まったく」

 

 頭から頭巾のようなものを被りながら欄干によじ登り何かを確かめる辺りを見渡しぶつぶつと何かを呟く不審者がそこにはいた。ええ……何あれ怖っ。俺が不審者の姿にドン引きしていると、ふとあることを思いついた。ん?まてよ。この不審者を警備の人間に渡せば俺の信頼を勝ち取れて騎士生活が楽になんじゃね?といったものだった。そうと決まれば有言実行。

 

「おい」

 

「む?なんだお主は」

 

 ……何だこの上から目線な不審者は。不審者の言動に眉を潜めながらも俺はここ四年で習得した歩法を使い接近し喉を掴み抑えた。

 

「へ?」

 

「動くな」

 

「な、何をするのだ!余が誰かと知っての狼藉か!?」

 

「少なくとも俺がやっているのは頭から深く頭巾を被りながら辺りを見渡す不審者をとっ捕まえただけだ。あと何でそんなに上から目線な物言いなのだ」

 

 俺がそう言うと捕まえた不審者はキョトンとした顔をした。そして、

 

「あ!ああ、そうかそうか!これは余の失態であった!」

 

 そう言うと不審者は深く被った頭巾を大慌てで外す。すると、頭巾の下からのは金色の髪と赤い目が現れた。え、待てよ金色の髪に赤い目って……まさか。

 

「この通り、余は不審者ではない。名をフーリエ・ルグニカである!さあ、この顔をとくと拝すがいいぞ!」

 

 お、王族かよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 俺は今頭の中が真っ白になっている。当たり前だ不審者だと思いとっ捕まえた相手が王族だったのだ。無礼打ちで斬首とか有り得そうで怖い。

 

 ていうかよりにもよってフーリエ・ルグニカって。確か番外編で登場した人物だったよな。クルシュの数少ない友人でクルシュが王戦で王を目指す理由になった奴だったか?いずれにせよ何にせよこれはヤバイ。今の俺は側から見たら王族の首を締めているヤベー奴だ。仮に見られてなかったとしてもフーリエ本人からすれば印象最悪だ。こんなところで王族の心証悪くすれば後々の騎士生活に影響する。

 

 俺はすぐさま全力で脳内で打開策を考えた。そして閃き即座に行動に移した。

 

「……ルグニカ?王国の名前と一緒ということは王族か、もしくはそれに連なる人物か?」

 

「む?当たり前であろう。古今東西ルグニカの名を背負っているのは我々王族だけだ」

 

「失礼、私はなにぶん記憶を失っておりましてこの世界の常識には疎いのです」

 

「なんと!」

 

 今この場で最も最善な手を取った。その作戦名は『記憶がなくて間違えてしまいました大作戦』だ。大人には流石に通じないだろうけど子供には通じるはずだ。後はフーリエの心の広さによる。内心ハラハラしながらその場に跪き言葉を放った。

 

「この度はこの様な態度をとってしまい誠に申し訳ございません。かくなる上は自刃も「待て待て!この場は顔を隠していた余にも責はある!ましてや記憶が無き者に自刃せよ、など余はとてもではないが言えん!」…ですが」

 

 よぉし!フーリエの心が広くてよかった!ロズワールの家に引き取られてここからスタートって時にこんな失態をやらかして終わったって思ったけどよかったぁ!心の中で大はしゃぎしていると。

 

「すまぬが、お主の名前を教えて欲しいのだが……」

 

「っ!申し訳ございません。私は名をまだ名乗ってはおりませんでした。私の名前はフィエゴ・ファイオスと申します。陛下の慈悲深き裁定に私は感激しております。しかし、私のしたことはそう許されるものではありません。それなりの処罰を下して頂けたら幸いです」

 

「む、むぅ。そなたは記憶がないのにとても言葉を知っておるな。まあ、良い。王族として当然の判断をしたまでよ。故にこれ以上そなたを攻めはせぬよ」

 

 よし、確かに許してもらった。これ以上引き下がるとウザがられる可能性がある。今はこれ以上は関わるのは良くないな。俺は立ち上がりそう思い立ち去ろうとする。すると、

 

「あ、いや待て!」

 

 呼び止められた。え?何?まさか今の無しってオチ?ねぇよな?そんなこと。俺は不安に駆られながらも恐る恐る振り返りフーリエと向き合う。

 

「本当に悪いと思っているのだな」

 

「ええ、勿論でございます」

 

「ならば今から余の人探しに協力せよ。それがそなたに課す罰だ」

 

「……了解、しました」

 

「うむ!ではついて来い!」

 

 俺が了承するとフーリエはご機嫌に歩き始めた。ていうか人探し?まさか、クルシュか?まあ、それよりもだ。

 

「お待ちを殿下」

 

「む、何だ?」

 

「お探しの人物の特徴と見かけた場所について教えてください」

 

 そう、まずはそこからだ。いくらなんでもその人物の特徴がわからない以上どう探せばいいのか分からん。仮に予想通りクルシュだったとしても何処にいるのか分からない以上探しようがないし時間の無駄だ。俺の質問にフーリエは「それもそうだな」と言いながら答えた。

 

「うむ、そやつは遠目で見たからハッキリとはせんがよく覚えておる。若草色のドレスを見に纏った少女で、見た目は緑色の髪に琥珀色の目であったな。見た場所なのだがこの辺り、としか言いようがないな」

 

 緑色の髪に琥珀色の目。予想通りといかやっぱりクルシュだな。しかし、この辺りってこの城結構でかいから苦労するな。まあ、探すだけ探してみるか。じゃあ、まずは。

 

「殿下。少々質問なのですが。この時間帯にその少女に出会ったのですか?」

 

「ああ、その通りだが……。どうしたのだ?その様なことを聞いて?」

 

「いえ、それだけ聞ければ十分です」

 

 俺はそう言うと心中で「ムラク」と魔法を唱え欄干を飛び越えて壁をつたい屋根に登った。高いとこからなら相手を探しやすい。憑依した俺は前世と違い目がいいからすぐに見つかるだろう。仮に騎士連中に見つかり叱られたとしてもフーリエの名前を出せば逃れられる。俺はそう思いながら周りを見渡す。すると、花々が咲き誇る庭園に緑色の髪をした少女が居るのが見えた。俺はそれを確認すると急いでフーリエの元に戻った。

 

「殿下。お探しの人物が見つかったかもしれません。……殿下?」

 

 あれ?何でフーリエの奴スゲェ固まってんの?俺がそう思った通りフーリエは顔を驚愕に染めながら俺を見ていた。しかし、直ぐに動き出した。

 

「お、おおおおお主、今の動きは何だ!?」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「い、今の凄まじく身軽な動き、余は生まれて初めて見たぞ!」

 

 顔を驚愕に染めながらもフーリエはまるで新しい玩具を買ってもらった子供の様にはしゃいでいた。

 

「この様な小技で殿下に喜んでいただき光栄です」

 

「これで小技とは!素晴らしいではないか!何処で習ったのだ!?」

 

「その話は歩きながらどうでしょうか?お探しの少女ならばここから十分ほど歩いた場所におりましたので」

 

「うむうむ!そうしようではないか!」

 

 俺がそう提案するとフーリエは楽しそうに歩を進め俺はその後を追いながら俺が辿ってきたという名目で作った作り話をした。

 

 

 十分後、先程の明るさは何処へやら。陰鬱とした空気が俺とフーリエの間に充満していた。えーっと、やっぱり子供にはきつい話だったか?俺は念のため俯いたままうんともすんとも言わないフーリエに声をかけた。

 

「あ、あの、殿下。大丈夫ですか?」

 

「いや大丈夫だ。お主の辿ってきた人生を聞き言葉を失っただけだ」

 

 やっぱりね。そんなに重いかなぁ。俺は自身の作った作り話に少しやりすぎたかと疑問に思っていると。涙目になりながらフーリエは言った。

 

「よし!フィエゴよ決めたぞ!」

 

「何をでしょうか殿下?」

 

「これだけの苦悩を乗り越えてなお折れずにあり続けるお主のことを余が生涯誇りに思い続けることをだ!」

 

 Oh……、思いの他高評価すぎた。これは少し盛りすぎたな。確かに敵視されるのは問題だけど、それと同様にあまり高評価だと周りに反感を買いそうだ。「没落した家計の分際で」って感じで。それはあまり望ましくないなぁ。俺は今すぐ話を変えるべく話を考えていると。

 

「おや、到着したようですよ殿下」

 

「なぬ!」

 

 そう言うとフーリエの関心は俺からクルシュへと移った。ああ、よかったあんまりいい意味で目をつけられると騎士としては融通が聞くけど周りの印象が悪くなるからなぁ。

 

 つーか、大丈夫か?あんなに欄干に前のみりだと落ちるんじゃね?ああ、何だってこんなやつを心配しなきゃいけないのだろうか。内心、イラつきながらも俺は必要なことだと言い聞かせながら声をかけようとする。

 

 しかし、それよりも早くバランスを崩したフーリエが欄干から落下した。はっ?え、いや待てここ相当高かったぞ。

 

 俺はそう確信した瞬間咄嗟に権能を発動させ脚力を強化して飛び降りた。魔女因子の量が少ないこともあり強化は微々たるものだったが壁に着壁して壁の上を走り追いついたフーリエの腕を若干乱暴に掴み空中で俺が下敷きになるように体勢を変えた。次の瞬間、背中に柔らかい感触が腹にはフーリエの体重と勢いがついた分の質量が襲い掛かった。

 

「カハッ」

 

 口から空気が無理矢理吐き出される。一瞬呼吸ができなくなり焦ったがすぐに落ち着いてゆっくり息を吸う様にする。すると、すぐに呼吸ができるようになった。あ、危ねぇ。いや、下が土でよかった。

 

「フィ、フィエゴ!大丈夫か!?」

 

「だ、大丈夫です。殿下」

 

「う、うむ。それならば良いのだが……」

 

 心配そうにこちらに声をかけるフーリエだったが今はとりあえず声をかけないで欲しい。本気で腹が立ってるから。俺は殺意の波動に目覚めながらも立ち上がる。

 

 するとそこには目を丸くしてこちらを見つめる少女が立っていた。結い上げられた美しい髪に、琥珀色の澄んだ瞳。うん、間違いないクルシュ・カルステンその人だ。

 

 しっかし、美人だなぁおい。将来は間違いなく有望だなあこれは。クルシュの美しい顔立ちに舌を巻きつつもフーリエのほうに顔を向ける。そこには

 

「お、おお、おおお………!」

 

 顔を赤くしながら奇声をあげるフーリエがそこにはいた。その様子に笑いがこみ上げてきたが全力で止めてクルシュに向き直る。クルシュは目を丸くしながら頭上を確かめる。視線は頭上と、俺たちの間を行ったり来たりしていた。ああ、驚いてんのね。わかるよいきなり空から男2人が落ちてきたらそりゃ驚くわ。フーリエもクルシュの様子に気づいたのか両手を伸ばしたポーズをとりながら天真爛漫に話し始めた。

 

「なに、心配いらぬぞ!余はほれ、どこも怪我しておらぬ!不安にさせたようだが気にすらでない。余は全身凶器のような男なのでな!」

 

 ……何を言ってるんだ、こいつは?え?えっと、自分は大丈夫だから問題ないって言いたいんだよな?だからって、全身凶器はないわー。半ば呆れながらもクルシュの方に視線を向けるすると明らかにクルシュは俺たちに敵意を込めた目線を向けていた。その視線に気づいていないのかフーリエは何やら言いながらその場を去ろうとするが。その一歩はフーリエの前に立ち塞がったクルシュの見た目にふさわしい凛とした声と鋭い視線によって遮られた。

 

「そんな言い訳が通ると思ったのか?不審者め」

 

 クルシュはそう言いながら懐から短剣を取り出した。ああ、やっぱりこうなるのね。俺は半ば確信していながらも襲ってきた現実の非情さに遠い目をした。フーリエは短剣に気づいたのかあからさまに驚いていた。

 

「おお!?ふ、婦女子がそのようなもの持ち歩くようなものではないぞ!?」

 

「父上も嘆かれるが、こうして役立つこともある。不審な動きはしないことだ。私を女子と侮ることも。ーーーーー王城での不埒な企み、安く済むとは思わないことだ」

 

「む?む?むー?」

 

 クルシュの声は辛辣で、落ち着かせようとするフーリエの声に聞く耳を持たない。どうやら本気で俺たちを不審者と睨んでるらしく、彼女の瞳に躊躇いはなかった。まあ、顔隠してるフーリエを不審者と判断するのはいいけど初対面であろう俺まで不審者って。いや、怪しい格好してるフーリエと一緒だから勘違いしてもおかしくないのか?

 

 それはさて置き。いやぁ立派だわ、その年で子供とはいえ男2人に啖呵きって武器向けられるの。まあ、最も。

 

「ーーーー」

 

 震えた手さえ無ければ尚立派だったよ。それでも、憑依前の俺より遥かに立派だわ。心底どうでいいけどこういうのが後々『英雄』ってのになんだなぁ。まあ、でも短剣向けられまんまってのもあれだしな。

 

「私たちが怪しいのは認めよう、だが短剣は下ろしてくれ。でなければ迎撃する」

 

 少し闘気を混ぜながらそう伝える。まあ、これで短剣を下ろすでしょっと思いながら見つめる。しかし、予想に反してクルシュは顔を青くしながらもより一層短剣を握る力を込めながらこちらを気丈に睨んできた。……いや、これに耐えんのかまじでスゲェな。まあ、それはそれ、これはこれだ。俺は内心驚きながらも歩を進めた。

 

「お、おい、フィエゴ!お主、手荒な真似はするでないぞ!」

 

「何を言っている」

 

「わかっております。これが最後だから武器をおろしてくれ。手荒な真似はしたくない」

 

「そう言われておろすと思っているのか?」

 

「……忠告はしましたよ」

 

 俺はそう言うと手首に向けて素早く手刀を放つ。クルシュは咄嗟の痛みに短剣を手放した。それを見た俺はすぐに短剣を蹴飛ばし武器を遠くへやった。

 

「さて、詰みですね」

 

「……やるならば一思いにやれ。辱めは受けん」

 

 ……こいつ本当にガキ?セリフといい貫禄といい大人のそれなんだけど。俺がクルシュの在り方に驚いていると。

 

「そなた、実に良い女子であるのだな」

 

 後ろから、フーリエの声が聞こえてきた。一応無事かどうか確かめるために振り返ると落ち着いてきたのか顔が穏やかだった。クルシュもその様子に困惑するように瞳を揺らめかせた。

 

「……私に誤魔化しは通用しないぞ。嘘や企みは、私の目には透けて見える」

 

「本心で話しているというのに、そのような受け取られ方は心外であるぞ。一体、余の何がそんなに気に食わなと言うのだ。申してみるが良い!」

 

「殿下、おそらくお召し物にあるのでは?」

 

「その通りだ。言葉だけで信用に値するなど……待て今なんと言った?」

 

「ー?あ、ああ、そうかそうか!そうであった!先程かぶり直したのであったな!」

 

 俺とクルシュに指摘されてようやく自分がまだ変装用の頭巾を被り顔が隠れていたことに気付いた。フーリエは先程の俺と出会った時と同じように頭巾を脱ぐと金色の髪と紅い瞳があらわになった。それを見たクルシュの目が見開かれる。……まあ、俺も同じ行動を取ってたから同情するよ。俺はそう思いながらクルシュの目の前にいるフーリエについて説明した。

 

「こちらにおわしますは。ルグニカ王国の第四王子、フーリエ・ルグニカ様です」

 

「うむ、フィエゴよ説明ご苦労!この通り余とフィエゴは不審者ではない。さあ、この顔を拝すがよいぞ!」

 

 驚くクルシュを見て気を良くして、汗ばむフーリエは汗を拭いながらそう言った。ああ、俺この後の展開が読めたよ。

 

「大変なご無礼、申し訳ありません、殿下!かくなる上は自刃もいといません!」

 

 あれ、なにこれデシャヴ。話は簡単には纏まらず、俺が言ったセリフと似たようなことを言いながら跪くクルシュを見て俺は思わずため息をついた。



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獅子王とは

fgoのイベントにのめり込んでいました。


 

 

 フーリエの素性が明らかになり、クルシュはその場に跪いた。まあ、無理もない話だよな、俺もやらかしたけど王城に不審者が現れたと思って捕らえたら、それが王国の第四王子だったんだから。剣まで突きつけた事実を思えば、その心情は察して余りあるよ。俺はそう思いながらクルシュに向けて同情を含めた目線を送った。

 

「そなたの気持ちはわかる。だからといって、その責を問うような真似を余ができるか!頭巾を被って不審者と誤解させ、その罪で臣民を裁くなどと暴君にも劣る裁断であるぞ!?」

 

「ですが、殿下にあのような態度……許されてはなりません。どうぞ処断を」

 

「変に頑なであるな、そなた!潔いが面倒くさい!ええい、フィエゴ!そなたからも言ってやれ!」

 

「わかりました。いいでしょうか、クルシュ殿。どうしても裁かれたいと言うのであれば殿下の言うことに従ってはいかがですか?殿下に謝罪したいのであれば、殿下の気の済むようにする。これでどうでしょうか?」

 

 今にも自害しそうな勢いのクルシュを、俺とフーリエはどうにか必死で引き止める。その言葉に納得したのかクルシュは「わかった」と頷いた。

 

「どうか、殿下のお望みのとおりにお裁きください。どのような罰でもお受けします」

 

「む、どのような望みでも罰でも受けると言ったな?なんだこの胸の高鳴り……」

 

 再度跪きながら真剣な表情でクルシュがそう言うとフーリエは少し動揺した。まあ、気持ちは分かる。クルシュレベルの美少女になんでもするって言われたら国中の同年代の奴やロリコンどもがスタンディングオベーションだもの。うん、フーリエ君。君の気持ちは大いに分かるよ?だけども。

 

「殿下、鼻の下が伸びていますよ」

 

 鼻の下は伸ばすのやめよう?表情に出るとドン引きされるよ?幸いと言っていいのかクルシュは跪いている為フーリエの顔は見えていなかった。俺がそう少し呆れ顔で指摘するとフーリエは顔を赤くしながら隠して懊悩を振り払うように顔を振り払い、心を落ち着かせるように深い息を吐いた。

 

「では、罰を言い渡す。そなたには、そうだな……しばらく、余の暇つぶしに付き合うように命じる。余の気が済むまで、慰みに会話に付き合うが良い」

 

「は……?殿下、そのどこが罰……」

 

「待て!反論は聞かぬぞ!そなた、余に望む沙汰をせよと申したではないか。よって余は望む通りにした。そなたはそれに逆らえぬ!それで話は終わりだ。良いな?」

 

 腕を組みながらフーリエはふんぞり返って乱暴に話をまとめた。少し乱暴に纏めすぎては?と思いクルシュを見ると少々唖然としていた。しかし、少しして口元に手を当てる。そして、

 

「ふふっ」

 

 堪えきれないといった様子で、クルシュは笑い出していた。おー、なんていうか年相応だね。アニメじゃあ見れなかったけどあんな顔もできたんだなぁ。クルシュの見せた愛らしい笑顔に少し驚きながら蹴飛ばした短剣を回収しクルシュに渡す。

 

「クルシュ殿、先程は申し訳ありません。こちらをお返しします」

 

「む、卿が謝る必要はない。むしろ、さほど歳は変わらないというのに先ほど私から短剣を奪って見せた技量は目を見張ったぞ」

 

「はは、恐縮です。ああ、申し送れました。私の名前はフィエゴ・ファイオスと申します。以後よしなに」

 

「ん?ファイオス、だと?ファイオス家は4年ほど前に事故か何かで仕えていた者も含めた関係者が皆亡くなったことが原因で没落したと聞いていたが……」

 

 ……マジでなんなんだ?ファイオス家って。少なくともカルステン家のガキでも知ってるってことは結構有名な一族なのか?一回調べてみるか。心の中でそう誓いながら俺はクルシュの問いに答える。

 

「どうやら私は運良く生き残ることができまして、あの日何が起きたのかもわからぬまま今日まで生恥を晒していました」

 

「……なにやら過去に何かあったのだろうが詳しくは聞かないでおくとしよう」

 

 そう言いながらクルシュは短剣を受け取った。まあ、それはいいとしてあの憐憫がこもった目。ああ、腹が立つ。クルシュの目線に殺意を抱いているとフーリエは何かに気づいたのか喋り始めた。

 

「その短剣の彫刻……牙を剥く獅子の家紋であるな。そうなると、そなたはカルステン家の関係者……いや、メッカートの娘であるか!そうであろう!」

 

 フーリエは短剣の彫刻を指差しながらそう言った。すると、クルシュは観念したように吐息を溢し、「はい」と厳かに頷く。

 

「陛下のご慧眼の通りです。私はカルステン家当主、メッカート・カルステンの娘。クルシュ・カルステンと申します。殿下に先に名乗らせるなど、不徳の至りです」

 

「名乗ったのは余の勝手。顔を隠しておったのも余の身勝手。先の話はこれより掘り返す必要はない。それにしてもそうか。そなたがあのメッカートの娘であったか」

 

 クルシュの名前を聞いて感慨深そうに頷くフーリエを見て少し驚いていた。俺は家紋だけでどこの家のものなのか理解するのは難しいと思っていたからだ。

 

「クルシュ……良い名だ。そなたの凛々しく、気高い印象によく似合っておるな」

 

「勿体ないお言葉です。ですが、ありがとうございます」

 

「な、なに、世辞ではない。フィエゴ、お主もそう思うだろう?」

 

「はい。素晴らしい名だと思います」

 

 はにかむクルシュに見惚れたのか、フーリエは顔を赤くしながら感情を誤魔化すように咳払いをした。

 

「それにしてもその短剣はずいぶんと丁寧に手入れをされているのですね」

 

「……ああ、父上からの贈り物なのだ。誕生日の祝いに気をつけて扱うようにと」

 

 躊躇いがちなクルシュの声は、先程向ける相手を間違えたことへの反省だろう。フーリエはそれに気づいたのかあえて話題を変えた。

 

「娘の誕生祝いに短剣とは、メッカートにしては気の利かぬ贈り物よな」

 

「私が欲しがったのです何が欲しいかと聞かれ、当家に伝わるこの家紋入りの短剣を」

 

「気が利かぬこともないな!うむ、短剣良いな!あると便利、それが短剣!」

 

「お気遣いいただかなくとも大丈夫です、殿下。私も自分の嗜好が少し、普通の娘とずれているのは理解していますから」

 

 フーリエの必死のフォローに、クルシュはどこか儚げな微笑みを見せる。うわぁ、フーリエの奴綺麗にクルシュの地雷を踏み抜いたなぁ。ていうか、フォロー下手くそか。まあでも、女がそれも子供が短剣をねだるって確かに変な話だけどね。

 

「良いのではないか?刀剣類に心を奪われ、その収集に傾倒するとならばさすがに変わり者であろうが……そなたはそうではあるまい?そなたの執着は獅子の家紋。であれば余にとっても悪い気はせぬ。これでも一応、獅子王の子孫であるからだ!」

 

「ーーーーーー」

 

「どうかしたか?な、なあ、フィエゴよ。余はまた何か良くないことを言ってしまったか?」

 

「いいえ、殿下。殿下らしい、素晴らしい言葉だったと思いましたよ」

 

 うんうんとうなずいて話していたフーリエを、クルシュが唖然とした目で見ていた。そんなクルシュの様子を見て少し不安になったのか小声で俺に同意を求めてきたので俺はフーリエの言葉に同意した。男二人でコソコソと話していると、クルシュは「い、いえ」と口ごもり、

 

「私が家紋に執着していると……そう受け取られたのは初めてのことで、驚きました」

 

「なんだ、そんなことか。だが、事実であろう?」

 

「はい。そう、なのですが」

 

 確信を持ったフーリエの問いかけに、クルシュはその根拠を求めている。まあ、気持ちはわからなくはない。いきなり自分の本心を言い当てられたら不気味なことこの上ないしね。それに俺も気になるなぁ、どうやってクルシュの本心を言い当てたのか。内心、フーリエの答えに期待しているとフーリエは堂々と胸を張った。

 

「なぁに、余がそう思った理由は特にはない。根拠などない、ただの確信である」

 

 ……はあ?ようは勘ってことか?しょうもなっ。いや待て、根拠無き勘ほど俺の権能の天敵となりうるのでは?内心であーでもない、こーでもないと自問自答しつつも会話は進んでいく。

 

「……殿下は本気でそうおっしゃっるのですね。ますます驚きました」

 

「余は基本的にいつも本気であるからな。とはいえ、余の規格外さはなかなか余人に計れるものではない。ふふ、余が怖いか?」

 

「いいえ。ただ、感服いたしました」

 

 クルシュは厳かに顎を引くと、俺たち二人にも見えるように短剣を持ち上げる。細い指先で彫刻を撫ぜながら、年相応に瞳を輝かせた。

 

「当家の……カルステン家の家紋が獅子である理由をご存知ですか?」

 

「ぬ……無論だ!当然知っておる。……知っておるが、念のためにそなたの口から話すがいい。余が自ら、合っているかどうか確かめてやろうではないか!」

 

「はい。殿下もご存知の通り、もともと獅子の紋章はルグニカ王家を示すものでした」

 

 フーリエが見え見えの嘘をつきながらもクルシュはそれを黙殺し獅子の紋章の説明を始めた。

 

 曰く、400年前に龍との盟約が交わされ、ルグニカが親竜王国を名乗る以前の話。

 

 曰く、ルグニカ王国には獅子の紋章を掲げ賢く、強く、万民を正しく導く国王がいて『獅子王』と呼ばれる時代だった。

 

 曰く、その呼び名が失われたのは、最後の獅子王が龍と盟約を交わし、ルグニカ王国において獅子よりも龍が尊ばれるようになったから。

 

「龍に守られる恩恵で王国は豊かになり、さらなる繁栄を得た。そして獅子王は必要とされなくなり、獅子の紋章は現在の龍の紋章にとって代わられるように」

 

「そうだ、思い出したぞ。その失われるはずの獅子の紋章を、当時の王家が重用していた家臣に与えたのだ。そのうちの『牙を剥く獅子』の紋章が」

 

「我が、カルステン家の家紋となっております」

 

 少し長めであったがクルシュは説明している間目を輝かせ続けていた。ていうかそういえばそういう内容だったなぁ。いやぁ、勉強になるなぁ。俺は割と使用するには用途が狭い知識に感心していた。

 

「全く、獅子王とは……」

 

「ええ、獅子王です」

 

 前者は少しうんざりとした様子で後者は親しみと憧れに満ちた声で獅子王の名を口にした。いい加減この状況に飽きてきた俺は欠伸を噛み殺しながら話を聞き続けていた。すると、

 

「あだーっ!」

 

「はっ?」

 

「殿下!?」

 

 いきなりフーリエが自分の顔に拳をたたき込んだ。この予想だにしない展開に俺は固まりクルシュは珍しく度肝を抜かれたような顔をした。いや、本当に何してんのよ。

 

「何かあったのですか、殿下?」

 

「な、何でもない。都合の悪いことなどこれっぽっちもなかった!ちょっと余の顔に虫が止まっただけだ!」

 

「だからといってお顔に拳をたたき込まないでください!」

 

 顔を赤くして涙目のフーリエに、クルシュは誤魔化された顔で「そうですか……」と納得して、俺は顔に拳をたたき込んだことを咎めた。それから改めて獅子王の話を戻し、

 

「察するにクルシュ、そなたは獅子王に並々ならぬ関心があるようだな。なぜだ?」

 

「大した理由では。それにこのようなことを、王城でお話しするようなことでも……」

 

「なんだ、誰ぞに聞かれては困る話か?ならば余とそなたとフィエゴの秘密にすればよい。余は決して口外せぬ。余は約束を違えはせぬぞ!」

 

「ええ、私も決して口外せぬよう誓いますとも」

 

 自信満々に言い放つフーリエとそれに便乗して同意する俺に、クルシュは少し毒気が抜かれたような顔をした後少し黙って笑った。

 

「時々、思うのです。自分の家の家紋の意味を知り、王国を守る龍の盟約を知って、この小さな体には過ぎたことだとわかっていながら」

 

「思うとは、何をだ?」

 

「獅子王の時代には、今ほどの安寧はなかったことでしょう。ですが、きっと今ほどの停滞もなかった。龍のゆりかごは安らかですが、あまりにも優しすぎる」

 

「ーーーー」

 

 ……なんつーこと考えてんだこの娘は。その歳で思いつくような考えじゃあないだろ。俺はクルシュという人間の思考に戦々恐々していると押し黙る俺たちを見て、クルシュはどこが大人びたものを感じさせる達観したような笑みを浮かべた。

 

「王国への不敬であると、殿下は咎められますか?」

 

「正直なところ、ここだけの秘密で良かったと思っておる。確かにこれは大っぴらに話して良いことでは無い。事ではないが……」

 

 フーリエはおそらくクルシュの言ってることがイマイチ見えていないのだろう。しかし、それは仕方のないことだ。人には人の生き方がある。出会ってまだ十数分程度の関係でクルシュ自体が抱いてきた疑問にあっさりと答えられるはずがない。寧ろ答えられるほうがおかしい。懊悩する俺たち二人を見て、クルシュは目を細めた。そして、肩の力を抜く。

 

「忘れてください。身の程知らずな娘の、単なる世迷い言です。兄弟がいないとは言え私は女。カルステン家の家紋に……獅子に見合った生き方は選べ「なぜ、できないと決めつけるのですか?」……なに?」

 

 俺はとっさにクルシュの発言に口を挟んだ。うん、長い。後めんどさい。自身の自虐だったら他所でやってほしい。だから、ちゃっちゃと話を終わらせよう。

 

「貴殿に私の何がわかるというのだ」

 

「さあ、それこそ知る由もありません。なぜなら、私は貴方様ではありませんから」

 

「ならば何故、今の発言を否定した」

 

 クルシュは少し鋭い目つきでこちらを見てくる。はあ、だるい。

 

「『魂の在り方が、その存在の価値を決める。己にとっても、他者にとっても、もっとも輝かしい生き方こそを、魂に恥じない生き方こそを人はするべきなのだ』」

 

「なに?」

 

「私が生きていく上で必要だと思ったことです。陛下はご存知の通り私には記憶がございません。私が目を覚ました時の私の状況は身体中に傷を覆い動くのがやっとな状況でした。そんな中必死に誰かに助けを呼ぶためにボロボロの体に無理矢理動かしていたところ私は奴隷商人につかまりヴァラキアに売り払われました」

 

 俺がそう言うとクルシュは目を見開き唖然とした。恐らく『風見の加護』でも嘘をついていないと分かったのだろう。まあ、この話は俺が適当に作った大嘘なんだけどね。実際のところは魔女教徒になって死なないよう日々戦場で必死に戦ってるだけなんだけどね。……うん、酷さで比べるとあんまり変わんねぇな。泣いてもいい?

 

 自分の境遇に心の中で半泣きになっているとクルシュが少し疑った目でこちらを見てくる。まあ、見なきゃ信じられないか…。俺は上着を少しまくり身体中に刻まれた生傷を見せる。すると、それを見たクルシュは顔を背けた。しかし、すぐに俺と向き直り問い詰めた。

 

「何故、それほどの仕打ちを受けて前を向ける」

 

「単純ですよ、私はやるべきだと思ったことをやり、そして自身の行動に一度たりととも疑問を覚えたことはないからです。右も左もわからない私にとって自身の行動こそが私の存在証明でしたから。自分の行いに疑問を持ってしまったら私は自分が誰なのかわからなくなってしまうのですから」

 

 これは本心。実際、自分の生き方とか行動に少しでも疑問を持ったら負けだと思ってる。じゃあ、負けないためにも後悔しないためにも自身の行動が最善であったと思えるようにやらなきゃね。ていうかクルシュめまだ理解しきれてねぇな。仕方ない。

 

「殿下からも言いたいことがあるのでは?」

 

「……ああ、あるとも。世迷言などと……誰に言われるにしても、自分で認めるほど屈辱的なことはないぞ。そなたが何を望み、何を直そうとしているのか余にはわからぬ。きっとそなたが願いに邁進した結果、今ここにあるそなたなであろう。そなたはその時間を、今を、どうやら無為なものだったと思っておるようだが…」

 

 フーリエが何を見て何を思ったのかは知らないが、今の話だけでもクルシュが諦めようとするのは大いに気にくわないということだけはわかる。

 

「きっとそなたはよよりも賢い。だが、余にとって賢さは関係ない。そなたは間違っている!余にはそれがわかるのだ!」

 

「……殿下も、やはり私の見るものは間違っているとおっしゃるのですね」

 

「知らん!何が間違っているのかはわからん!でも、何かが間違っておるのだ!」

 

 みもふたもないフーリエの言いがかりに、クルシュはあっけにとられた顔をした。今までの言い分から察するにクルシュにとって自身の考えを否定される機会は幾度とあったのだろう。それが理由で自分が正しくないのではと思わされたはずだ。ただ、フーリエの否定はそれまで彼女が浴びせられてきた否定とは、芯が違う。

 

「諦めた顔で勝手に笑うな!世迷い言でもそなたの言葉よ。余やフィエゴは笑わぬし、笑うようなものとて結果は見えてはおらぬ。どんな結果に……そう、どんな花が咲くかわからぬ。そなたはまだ蕾であるのだ!つぼみにどんな大輪の花が咲くか、花が開く前にわかるものか!」

 

 フーリエは花壇に振り返り、咲き乱れる花々の隅で蕾のままの一輪を指差した。おお、フーリエにしては良いこと言うなぁ。ドヤ顔じゃなきゃ百点満点だったよ。

 

「そなたが何を見ておるのか、余にはよくわからぬ。わからぬが、あのつぼみを見たときのソナタの気持ちはわかる。それはきっと、余と同じであるからだ!」

 

「ーーーーー」

 

「なるほど。つまり人に違う違うと自分を責めるのはやめたほうがいい。そんなことには意味がないし、大した事でもない、と仰りたいのですね」

 

「おおとも!同じものを見て、同じものを美しく思えるのであれば余たちはうまくやっていけよう!」

 

 拳を振り上げて熱弁すると、フーリエは「どうだ!」とクルシュに意気込んで見せる。クルシュはそのフーリエの勢いに圧倒されて、すっかり目を丸くしていた。ただ、彼女は黙ったまま、フーリエに釣られるように花園にあるつぼみの1輪を見る。

 

「……今日は、そのつぼみが花をつけたかどうかがみたくてここへ来たんです」

 

「であろうな。そなたは随分、興味深げに蕾を見ておった故にな」

 

「?殿下はここで私を見るのは、初めてではなかったのですか?」

 

「あ!いや、初めてであるぞ!今はなんだ、そう、勘である!嘘ではない!」

 

 余計なことを言って話の腰を折るフーリエに、クルシュは追求せずに笑った。

 

「同じものを見て、同じものを美しく思えるなら……」

 

 小さな声で、クルシュはそう口にする。それから彼女が少し吹っ切れたような顔で、

 

「殿下にフィエゴ・ファイオスこのつぼみが花を咲かせたら、ご一緒させていただいてもいいでしょうか?違っている私でも、、2人と同じものを同じように感じるか確かめるために」

 

「お、おう?かまわぬ!うむ、構わぬぞ。苦しゅうない!なあ、フィエゴ!」

 

「ええ、もちろんです」

 

 薄く微笑むクルシュに誘われて、フーリエは首から上を赤くして有頂天で答える。すると、対話鏡から声がした。

 

『おぉーい、フィエゴ君。必要な書類は全て書き終えたぁから、戻ってくるといいぃよ』

 

 随分とタイミングがいいな、どっかで見てたか?俺は軽く周りを見るが周りには誰もいなかったため勘違いだとわかり直ぐにクルシュとフーリエに向き直る。

 

「すみません殿下。ロズワール様に呼び出されましたのでこの辺で」

 

「うむ!よいぞ、フィエゴ。また会えたらその時はまたこの三人で話し合おうとも!」

 

「ええ、それはいいですね殿下。では、また会おうフィエゴ・ファイオス。私は貴殿と話せてよかった」

 

 二人からそれぞれ言葉を受け取った後、俺はムラクを使用して城の壁をつたってフーリエが落ちた柵まで登った。その後、柵に体を乗り出し再度礼をしてから駆け足でロズワールの元へと向かった。

 

 

「今日はどうだったぁかな?」

 

「はい、とても有意義な時間になりました」

 

「そぉれはよかった。私も新しい部下を簡単に退屈させるよぉうではこの先うまくやれるとは思えないからねぇえ」

 

 コイツ今絶対部下のところ駒ってルビをふっただろう。竜車に揺られながら約半日、今ではすっかり空が暗くなっていた。ロズワールのニヤケ面に腹立たしさを覚えると同時に出会った時と同じような疑問が芽生えた。なんでコイツは普通に立っていられるのか、と。ここ四年で魔獣を含めたら十万体に届くほど生き物を殺してきた俺だからわかる。ロズワールは長くても後一週間もすれば死ぬ、ということが。ロズワールのタフさに疑問を覚えていると。

 

「どぉやら到着したみたいだぁね」

 

 外を見るロズワールに釣られて俺も外を見るとそこには、

 

「でかっ」

 

 馬鹿でかい豪邸がそこにはあった。え、嘘でしょ。デカすぎない?流石に王城に比べれば小さいけどここまでデカいとは思わなかった。このデカさの屋敷って某ネズミの国ぐらいしか見たことないんじゃね?いや待て、こっちきてすぐに見た屋敷もこれくらいあったな。……嫌なこと思い出した。ふとした時に思い出したことに顔をしかめそうになったがロズワールに出てくるよう指示されたためすぐに元の真顔に戻り竜車から降りた。するとそこには一人の執事がいた。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

「ああ、今戻ったぁよ」

 

「そちらの方は?質問」

 

「ああ、新しい部下のフィエゴ君だぁよ」

 

 ん?この特徴的な喋り方。どっかで聞いたこと?いや見たことがあるな。

 

「あの……貴方は?」

 

「名乗るのが遅くなりました。私、このミロード家にて下男として働かせていただいております。クリンドと申します。恐縮」

 

 ああ、そうだクリンドだ、思い出した。潜在的変態ロリコン執事、クリンドさんだ。外見ではなく内面でもなく、相手の魂を見てロリか否かを判断するアルティメットにハイスペックな変態さんである。変態不審者さんだ。原作のほうでは名前くらいしか出てこなかったから覚えてることってこれくらいだから扱いに困るなぁ。

 

「さぁて、フィエゴ君。今日はこの通り夜も遅い、だから自己紹介とかはまた次の日にしようじゃあないか」

 

「わかり、ました」

 

「うんうん、じゃあまかせたぁよクリンド君」

 

「わかりました、ロズワール様。承認」

 

 そう言うとクリンドは「ついてきて下さい。懇願」と言うと先に進んでいった。俺は少し慌てながらクリンドの後をついていく。屋敷は広く道を覚えるのが大変そうだと、憂鬱になっていると。

 

「ここが貴方の今後過ごしていただく部屋になります。説明」

 

「ああ、わかりました」

 

 俺は相槌を打つと部屋に入る。すると、

 

「眠る前に一つよろしいでしょうか?質問」

 

 クリンドが声をかけてきた。なんだ、と思いながら振り返る。

 

「?はい、なんでしょう」

 

「これは個人的な質問なのですが。今貴方が見ている世界……どうですか?」

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間とっさに権能を発動させそうになった。まさか俺が大罪司教のこと言ってんのか?俺はその結論にたどり着くとクリンドをこの場で殺すか殺さないか考えたが、やめた。考えてみればクリンドという男が権能を発動させてるとして俺が大罪司教であったとわかったとしても根拠がない以上誰も言及しないか、と思ったからだ。そう考えたら後は簡単。

 

「世界?なんのことでしょうか?ロズワール様がそう質問せよと?」

 

「いえ、身に覚えがないのであればよいのです。ああ、この質問は忘れていただいて結構です。後、ロズワールは関係ありませんよ。あくまで、同じ時代を生きた者としての、ほんのちょっとした好奇心からの質問です」

 

 俺はクリンドに対する警戒レベルを跳ね上げながらそれを決して外に出さないよう努める。

 

「では、おやすみなさい。ここまでありがとうございました」

 

「いえいえ、執事として突然の務めをしたまでです。恐縮。この後、ご主人にもこの屋敷での出費について説明がありますのでこの辺で。ああ、憂鬱」

 

 そう言うとクリンドは今度こそその場を去っていった。俺はそれを見送ると今後の生活が一筋縄ではいかないことにため息を漏らしながら襲いくる睡魔に身を委ね意識を落とした。




クリンドさんてめっちゃ謎ですよねー。


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プロフィール

今更ですけど、主人公とマキアのプロフィールです。


 名前 エピタフ

 職業…魔女教大罪司教『傲慢』

 好きなもの…自分

 嫌いなもの…自分以外の生き物、憐憫

 趣味…特訓、(本人は認めてないが)菓子作り

 使用武器…魔法、槍、拳

 使用魔法…ミーニャ、エルミーニャ、ウルミーニャ、アルミーニャ、ムラク、シャマク、エルシャマク

 

 権能…『分離と混合』(作者は能力的にオールフォーワンと呼んでます)。その名の通り相手もしくは自分から『分けた』ものを『混ぜた』り、そのまま放置したりすることのできる権能。

 

 概要… 黒いピエロのような姿をしており、常にふざけたような態度を取っている。 「ギャハハハハッ!!」という笑い声が特徴。

 効率主義で性格は極めて凶暴、残忍、猟奇的、他者が悲劇的な展開を迎えながら朽ち果てていく姿を見る事を何より好むという危険人物。おまけに特訓の最中に何百回と死んでいる為痛みへの恐怖はなく危うい状況の中でも冷静に判断を下すことが出来るが想定外のことには弱い。ここ4年で各国で約四万人近い人間を老若男女問わず虐殺し国々で魔女教の中でも最も危険視されている。魔女教の中ではペテルギウスやパンドラなどと交流が多くエピタフの中では警戒しているがこの二人は基本的にまともに接することのできる人間だと思っている。特に嫌っている人物はレグルスとシリウス。

 

 戦闘力及び戦闘方法…「騎士担当」の場合は魔法と槍を用いて戦い。「魔女教担当」の場合は権能と魔法と四肢を使った近接格闘を得意としている。因みに魔法の属性は『陰』で「魔女教担当」の場合は権能の都合上で全属性が使用可能。ここ四年での大量の戦闘経験によって得た戦闘技術は凄まじく。相手の認識の外を歩く歩法を使用する、飛来する複数の魔法を槍で全弾撃ち落とす、相手の頭蓋を拳で砕き割るなどが可能で。今の段階でもツノ無しのレムやラム相手なら権能抜きでも善戦できるほど強い。権能有りな場合原作スタート時のヴィルヘルムならば圧倒できるうえに、ヴォラキア最強のセシルスにも勝つことが出来るほど。

因みに、原作スタートの初期の頃には権能ありの場合初代剣聖レイドにも勝つことができます。

 

*権能の説明

→相手の攻撃や事故などで怪我をしたり死んだ場合自身に混ぜた生き物にその死を肩代わりさせることができる上に怪我だけの場合は怪我自体を『分離』させることで無効化させたり負った怪我を相手に『混ぜる』ことで逆に怪我を負わせることができる。自身に混ぜた生き物の身体能力や経験などを使用したり自身に『混ぜた』生き物同士を『混ぜて』身体のどこかに『混ぜる』ことでこの作品での「都市崩し」回や「バケモノ」回でのように肉体を変異変容させることもできる。因みに相手を自身に『混ぜる』などを実行するためには触れなければ発動できないが指先が掠ったりすると発動する。

 

*他にも以下のように権能を使用できる。

 

・他者に魔獣などを『混ぜる』ことで改造人間もどきを作ることができる(例:マキア)。欠点としては人間同士を『混ぜる』ことは出来ず、仮に魔獣を『混ぜた』としてもせいぜい3〜5体でそれ以上『混ぜる』と肉体が耐えきれず自壊する。仮に耐えたとしとも人格を失う。

 

・地面に触れた箇所の分子の結合を『分離』し、そして別の形に『混ぜ直す』ことで鋼の錬金術師の真似事ができる(ただし、権能が発動するのは触れた箇所のみであり少しだけ伝播するが、伝播する広さは半径三十センチとだいぶ狭い為不意打ちくらいにしかならない)。

 

・身体のパーツを『分離』させることでオペオペの実もどきのようなことができるたり(主人公は余り使わない)、身体の結合を無理矢理『分離』させることで鋼の錬金術師に登場する傷の男のようなことが出来る。

 

・同位体となる分身の構築。

 

・2人以上の人間を無理矢理『混ぜる』ことにより生じた魂の拒絶反応を利用して魂の質量を爆発的に増大させ、ソレを攻撃として利用する。

 

・ヘルシングのアーカードのように『混ぜた』命を解放し操ることで相手を物量で圧倒できる。

 

・斬り刻まれた肉片一つ一つが自身に『混ぜた』魔獣などに変貌させることができる。

 

・言葉や行動から違和感や嘘を『分離』することで相手の敵陣地に潜入することが出来る。

 

などが可能と、恐ろしいほどに応用性が高く手数も桁違いに多い。強いて弱点があるとするならば強力な一手がないと言うことになるが、現在新技を考案中。もし予想通りの技が出来れば文字通りの必「殺」技になるとのこと。

 

 

 

 名前…マキア

 職業…エピタフの部下

 好きなもの…エピタフ

 嫌いなもの…エピタフの邪魔をするもの

 趣味…昼寝、エピタフに尽くすこと

 使用武器…なし

 使用魔法…ドーナ、エルドーナ、ウルドーナ、アルドーナ

 

 概要…エピタフの側近でエピタフがある程度信頼した人間。元々、とある部族の儀式の生贄にされかけていたところをエピタフに助けられ以降はエピタフに忠誠を誓っていて、周りからは「狂信者」とも評されている。彼自身もエピタフの事を「主」と呼んでいるなど最早神格化している。普段の格好は首からエピタフが渡した特注の対話鏡をぶら下げるのみで後は全裸というスタイル。対話鏡はエピタフとの通話手段として大切に扱っている。魔女教の中ではエピタフがよく接しているペテルギウスやパンドラにはそこまで警戒心を抱いていない。

 エピタフによって戦闘要員として四大精霊の一体であるムスペルを筆頭に出来るだけ長く戦場で戦えるようさまざまな生物や物質を混ぜられている。

 彼の特徴の一つとしてはその巨体。まるで岩山のようなゴツイ肌と体格、通常時でも数メートルはあろうかという大きさで見る者を圧倒させる。そして巨体に違わぬ凄まじいパワーとバイタルの持ち主でもあり、腕を地面に叩きつけるだけで辺りの地面が弾け飛ぶ、指を弾くだけで爆風にも近しい衝撃波を巻き起こし、挙句動くだけで山が削れるなど最早メチャクチャ。 防御力もすさまじく、ペテルギウスの『見えざる手』をモロに喰らいながら一切怪我を負わなかった。存在するだけで辺りに壊滅的な被害を巻き起こす為エピタフからは「歩く災害」と呼ばれている。

 

 戦闘力…上記の通りエピタフによって複数のを生物や物質を混ぜられていて純粋な戦闘能力であれば執行者モードのパックを相手に確実に勝つことができる。だが、特筆すべきは複数の生き物や物質を混ぜられたのにも関わらず体が自壊しないという耐久性にあり、もし仮に複数の生き物を『混ぜて』自壊しなかったとしても人格が消失してしまうのだが、マキアは自我を保てている。それを鑑みればその恐ろしさが実感できるだろう。

 

*能力一覧

 

・「高揚を体躯の変化エネルギーに変える能力」

 

 これは上記にもあった巨大化の正体でマキアを象徴する能力。要は気分が乗れば乗るほど大きくなるというシンプルながらも恐ろしい能力。普段の状態ですら数メートルもある巨体だが、その気になれば白鯨に迫るほど大きくなれる。当然大きくなればなるほど攻撃力も増し、何よりも移動するだけで地形が変わってしまうほどの甚大な被害となる。本人曰く、やろうと思えば傷ついた肉体を再生させることができ少なくとも欠損した部位すらも再生可能。

 この能力はアウグリア砂丘にいた餓馬王の強敵と相対した際に自らの肉体を自己強化する能力が起源。

 エピタフ曰く「本来であれば火も吐くことができたはずだったんですガァ。その機能すら肉体強化にまわっちゃったせいで脳筋の極みみたいな能力になっちゃいましたネェ。マ、強くなったんだし是非も無いよネ」とのこと。

 

・「痛覚の遮断」

 

 書いて字の如く痛みを感じなくなる。これによって痛みに怯むことなく継続戦闘を可能にしている。

 上記の巨大化と組み合わせて尚更マキアを止めることを困難にしている恐ろしい能力となる。

 ただし遮断するのはあくまで痛覚、つまり「痛い」と感じることでありダメージそのものは無効化されることなく溜まっていくものと思われる。

 尤もマキア自身がとんでもない防御力を誇るので、肝心のダメージを与えること自体が至難の技。

 これはマキアがエピタフに「あなたの盾でありたい」と懇願されたためエピタフに痛覚を『分離』してもらうことで会得した。

 

・「犬並みの嗅覚」

 

 相手の匂いから正確な位置を割り出すことが出来る。ウルガルムを混ぜた際に発現。

 

・「地面に潜ることが出来る」

 

 まるでモグラのようにあっという間に地面に潜ることが出来る。 これによって地面からの奇襲も得意としており、行動範囲を広げることにも一役買っている。因みに普段睡眠をとる時は地面に潜って寝ている模様。

 これはアウグリア砂丘にいた砂蚯蚓を混ぜた際に発現した。

 

・「マナやオドを用いたエネルギー砲」

 

 口内にムスペルの能力の一つである大地からの魔力供給を利用して貯めた魔力を魔力砲として放つという技。高威力すぎてエピタフがドン引きし、一度国単位で騒ぎになった為エピタフが許可なしで放つことを禁止した。

 

・「食事をする必要がない」

 

 食事によってエネルギー補給をする必要がない。エピタフが以前聴いた際には「大地からのエネルギーを利用している」とのこと。

 

・「樹木操作」

 

 今後出すかはわからないがムスペルを混ぜたことでマキアが保有した能力の一つ。大地にマキアの持つ無尽蔵の魔力を注ぐことで木々を活性化させる技。他にも体から樹木を生やすことも可能で物量で押しつぶしたり防御に使用したりと応用がだいぶ効く。




権能名、案が有ればお願いします。他にも「この権能ならこういうこともできるだろ」という意見が有れば感想欄などから言ってください。


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Sallowさん権能の案ありがとうございます。

突然ですが、大罪司教のエピタフに対する好感度十段階評価チェックです。

・ペテルギウス→好感度8。勤勉に働く良き信者。
・レグルス→好感度5。役に立つ奴。
・カペラ→好感度4。エピタフのことをお菓子製造機だと思ってる。
・シリウス→好感度2。愛するペテルギウスにつく悪い虫。
・パンドラ→好感度7。似たもの同士であるが故に放って置けない。


 

 

 そこに広がっていたのは、『無』の世界だった。

 

 何も見えない。何も感じない。何も、意味がない世界。俺はそんな世界で、

 

 地獄を見た。

 

『もう戦いたくなんてない』『王よ、この身を委ねます』『殺す殺す、殺す!』『おまえのような男は生きてはいけないんだ!』『私は貴様らを許さない!』『ダメです、逝ってはいけない』『おかあさん、どこ?』『また、失敗か……』『やーい、おまえの父ちゃん人殺しー』『嘘つき』『こんな、こんなはずではなかった!』『この我の子を孕めるのだ、有り難く思え』『よくも、私の家族を殺したな!』『ひゅー! こいつらはいい奴隷になりそうだ!』『生贄は、あのみなしごにしよう』『こわい、こわい、こわい』『復讐してやる』『食い扶持を減らさないと今年は厳しいな』『お願い、貴方だけでも生きて!』

 

 聴き慣れてしまった怨嗟が聞こえる。

 

『おとうさ――』『誰か、誰か助けて』『ふざけるな、俺が一体何をしたってんだ』『騙される方が悪いんだよ』『かわいそう』『来るな、バケモノ!』『安心しろよ、おまえの奥さんは俺が可愛がってやる』『どうして、どうして私の作った道具が戦争に使われる?』『いやです! この子は、あのヒトと私の子です! 絶対に渡しません!』『あいつがいなければ俺が出世できたのに』『やっぱりストレス発散は狩りに限るな』『判決、被告は咎人である』『おまえも、おまえも私を裏切るのかぁ!』『愛していました』『やめてくれ』『一緒に死のう』『もっと早く来いよ、役立たず』『おまえ、生きているだけで他人の迷惑だよな』『金を寄越せ!』『神龍様がなんとかしてくれると思った』

 

 聴き慣れてしまった怒号が聞こえる。

 

『死ぬがいい、大馬鹿者め』『ほざいたな……!』『壊れちゃった』『私は、私はまだ戦え――』『おなか、へったよぅ』『彼女は、貴様の言葉を信じて戦ったというのに!』『友よ、妻よ、どこにいる?』『私は決して、このような戦いがしたかったわけではない!』『許さんぞ、魔女教徒!』『さあ、魔女サテラの為に死ぬのです!』『ちっ、これもう使えないな。おい捨てとけ』『組織のために死んでくれ』『醜い』『必要な犠牲なんだ』『アンタなんて産むんじゃなかった』『どうか私を恨まないでください』『違う、違う! わ、私はそんなことしていない!』

 

 聴き慣れてしまった悲鳴が聞こえる。

 

『たすけ、て』『おまえは今日から私の奴隷だ!』『今回の実験は失敗に終わったか。次の被験体を用意しろ』『恨むなら己の運のなさを恨むのだな』『下民風情が!』『飽きちゃった。ねぇ、貴方のと私の交換しない?』『ほお、随分と珍しい加護だ。これは我が王に献上しなくては!』『下僕は主人の言うことを聞くものだろう?』『気丈なものは心を折ってからが面白いぞ』『どうして彼女が異端となるのですか!?』『ああ、全部僕が仕組んだことなんだよ』『私は――死にたくない』『魔女と蔑まれる私が、他人を愛してはいけませんか?』『僕たちから奪った幸せの数だけ、死を刻め、異形ども……!』『父よ、何故私を見捨てたのです』

 

 何もないはずの世界の辺り一面に泥が広がる。怨嗟が怒号が悲鳴が俺の耳元で喚きたてる。それは凍えるような冷徹さを秘めていた、それは燃やし尽くされるほどの怨念に満ちていた、その激情に俺はのまれるそうになる。すると、ふとした時に暖かな光のようなものが見えた。それに手を伸ばし触れると指先から泣きたくなるほど懐かしいナニカが溢れてきた。

 

『おかえり、■■』

 

『遅かったじゃねぇの、バイトか?』

 

 俺の帰りを祝福する夫婦の声が。

 

『お兄ちゃん!この勉強教えて〜』

 

 俺を兄と呼ぶ女の声が。

 

『おやおや?まぁた、居眠りかな?まったく、お前は寝るのが好きだなぁ』

 

『まあ、そう言うなって昨日は俺と遅くまでオンラインでゲームしてたんだから。ていうか、お前もコイツと一緒に授業中に寝こけてて二人仲良く教師に叱られてただろうが』

 

 俺を揶揄う声とそれにツッコミを入れる声が。

 

『おお!朝早くから頑張ってるなぁ。流石はあの人の子だ』

 

 何かに感心したように俺を褒める声が。

 

 俺の、いや俺が■■であった頃の記憶が俺の中に流れ込む。ああ、何一つと覚えがないというのになんて懐かしく美しい記憶なのだろうか。あの当たり前の日々があまりにも美しく、遠く感じる。ああ、そうだ。この世界に転生する前の■■が普通に送っていた日常。あれこそがこの憎悪を否定できるほど美しいものだったんだ。

 

 でも、もうあの暖かな日々には戻れない、だけどこの暖かな光を味わっていたい。そう思いその光に近づこうとした俺だったが、足が前に進まない。泥から這い上がってきたかつて俺が踏み台にしてきたであろう人間が俺の足首を掴んでいた。

 

『……ふざけるな』

 

 泥の中から生き物はどんどん増えていく。足だけじゃなくて腰や肩まで掴んで、俺のことも泥に引きずり入れようとしてくる。途方もない怨嗟を吐きながら。

 

『私たちは奪われたのに!』

 

『他ならないお前が奪ったと言うのに!』

 

『どうして、私が奪われなければならなかったんだ!』

 

 泥に飲まれかけた俺を襲うのは無限の怨嗟。

 

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』

 

『死んでしまえ、無責任な化け物め!』

 

『お前ほど強ければ他に選択肢があっただろう!』

 

『なんて悪い奴なんだ!』

 

『殺せ』

 

『そうだ殺してしまえ!』

 

『お前を殺して私がお前になってやる!』

 

 泥で出来た手が俺の首に掛かる。やめろ、どうして俺が責められるんだよ。俺は関係ないじゃないか。だって、他に選択肢がなかったんだ。あの日、あの場所で俺はあのクズを殺して魔女教徒になるしかなかったんだ。この過酷な世界で生きるには皆を踏み台にしないといけなかったんだ。だから、消えるんだったら。

 

「お前らが消えろ」

 

 俺がそう言い泥で拘束された腕を振り解き腕を払うと泥が退いた。しかし、また近づいてくる泥を見て、これがその場しのぎにしかならないことがすぐに分かり再度腕を振るおうとする。すると、

 

『随分と面白いことになってるじゃないか』

 

 憐れんでいるようでいないような、聞いたことがあるようでないような声が俺の耳元に聞こえた。俺は迎撃すべく咄嗟に飛び退き後ろを振り向き構える。しかし、後ろには誰も聞こえない。

 

『おいおい、そんな反応すんなよ。傷つくじゃないか』

 

 また、耳元で声がする。俺はその声を聞く度にえもしれぬ不安が俺を襲う。何故だろう、俺はなんでこの声を聞くたびに俺は普段の怨嗟の声よりも何千倍と何万倍もの恐怖に襲われるのだろう。俺はそんなことを思いながらも決して警戒を解かない。だというのに一向に声の主の姿は見当たらない。すると、あることに気づく。あれ程あった泥が見当たらないのだ。まるで、この空間には始めから泥などなかったかのように。

 

『くく、偽物』

 

 再度声がする。しかし、さっきと打って変わって体が動かなくなる。

 

『偽物、お前は偽物。あの取るに足らない日常を送っていた■■とフィエゴ・ファイオスの魂が混じりあったが故にできた、残り物、紛い物、贋作、出来損ない。わかってんだろ?理解してんだろ?自分が全てが嘘偽りなことくらい』

 

 何故だろう、何故普段言われてもなにも響かないはずなのに何故この声に否定されると腹立たしさが出てくるのだろう?

 

『その容姿も嘘、力も嘘、感情も嘘、性格も嘘、今ある関係も嘘、快不快も喜怒哀楽さえも嘘。ああ、なんて可哀想』

 

 誰だ、誰なんだお前は。

 

『今まで、この場に至るまでの道のりすらも嘘』

 

 そう言われた瞬間目の前が赤く染まったように感じた。うるさい、黙れ。否定されてなるものか俺が歩んできたものを選択してきたものをパッと出てきた奴如きに否定されてなるものか。

 

『歩んできた?はは、おかしなことを言うなぁ』

 

 後ろから再度声がした。しかし、先程とは打って変わりまるで俺を嘲笑うような声になる。すると、いつの間にか身体の自由を縛っていた何かは解けて動けるようになっていた。俺は声の主に攻撃を加えるべく後ろを振り返る。すると、『そいつ』は俺が振り返るのをわかっていたようにタイミングよく俺の顔を手で挟みこむ。それでも、攻撃しようとするがまた身体の自由は効かなくなる。俺の顔を掴んだ者は、まるで影に包まれたように黒い者は告げる。

 

『だって、お前……。最初から存ないんだから』

 

 その言葉と共に視界が歪み、意識が外に引っ張られた。

 

 

「—————カヒュッ

 

 息ができない。夢から覚めて真っ先に起こった現象に俺は一瞬パニックになる。しかし、すぐに状況を把握し息ができるように自身を落ち着かせる。

 

「プハッ、ハーハー」

 

 10秒程してようやく息ができるようになった。身体中汗まみれなことに気づき顔をしかめながら辺りを見渡すと見慣れない景色だったため一瞬警戒したが昨日からロズワール邸で過ごすことを思い出し肩の力を抜いて落ち着いた。

 

「なんだったんだ、アレは」

 

 ふと、夢に出てきた黒い影のような者を思い出す。黒い影といえば嫉妬の魔女サテラを思い出すが、あの時見た影の体型は見たところ男のようだったことを思い出しこの考えを否定する。ならばアレはなんだったのか、俺は必死に頭を回していると。

 

《おい、騎士担当》

 

 頭の中に声が響いた。ん?これって権能をつかった連絡か?一体なんで。いきなりきた連絡に驚きながら応答する。

 

《どうした、魔女教担当》

 

《どうしたもクソもあるか。何があった》

 

《……質問を質問で返すようで悪いけどなんかあった?》

 

《なにって、自覚なかったのか?いきなり、お前とのつながりがブレたもんだから死にかけてんのかと思って連絡したんだが……》

 

 ああ、なるほどね。

 

《なんか今日さ、変な夢見たんだ》

 

《夢?夢が理由ってこと?どんな夢見たら死にかけたと錯覚するくらいリンクがブレるのさ》

 

 俺の言い分に少し呆れたように安心したように話しかける魔女教担当に苦笑いしながらも話を続ける。

 

《事実なんだからしょうがないだろう。まあ、何にせよ悪いな心配させて》

 

《んー、まあ、わかったわ。で、今どこにいんの?》

 

《え?メイザース領のロズワール邸》

 

《は?マジで!?え、ちょっ、その話詳しく!》

 

 俺は魔女教担当の言葉を聞きながら時間を確かめる。すると、朝の4時半を指していた。

 

《OK、移動しながらでいいか?》

 

《うんうん!全然問題なし!》

 

 魔女教担当に王城での出来事を話しながら自分の格好を見て俺は着替えずに寝ていたことに気づき着替える手間が省けたと思いながら部屋を後にした。

 

 

《とまあ、俺の方から報告できるのはこれくらいかなぁ》

 

 俺はいつものように鍛錬をしながらルグニカの近衛騎士団に拾われてからの出来事を一から説明した。

 

《……取り敢えず、今後の行動としてはクリンドにいかに怪しまれずに行動するかだな》

 

《ああ、やっぱりそう思う?》

 

《当たり前だろ。なあ、本当にボロだした覚えはねぇんだよな?》

 

《あるはずがねぇだろ》

 

《だよなぁ……》

 

 俺と魔女教担当はクリンドの扱いに頭を悩ませた。一応、対策という対策は考えては見たがあまりいいものとは思えなかった。

 

 アイデアとして一つ目は、クリンドの記憶から昨日の出来事を『分離』することだ。これはハッキリ言って意味のないものだ。理由としては会った瞬間に俺のことをどこか理解したような奴の記憶を『分離』したとしてもまたすぐに俺の本質をついたようなことを言う可能性がある以上、これは無意味な行動であると思ったからだ。

 

 二つ目は、このまま昨日の出来事がなかったように過ごすこと。この行動は無難だが問題を先送りにしている以上いずれぶつかる問題となるためあまりいい案とは言えない。

 

 三つ目は、クリンドを殺害すること。これに関しては魔女教担当から話題にはなったが論外とさせてもらった。理由としては現状、一般市民であれば隠蔽することが出来るが流石に下男とはいえロズワールの従者に手を出すのはいい手とはとてもじゃないが言えない。何よりクリンドの実力がどれほどのものなのかわからない。よって、この案はボツ。

 

 取り敢えずまとめてみたけども、

 

《やっぱり、現状維持かなあ》

 

《そうしようか。それにしても、羨ましいなぁ。ロズワール邸で働けるなんて》

 

《ん?何故そう思った?》

 

 あんだけ騎士ごっこは嫌だってごねてたのに。

 

《いやぁ、だってさぁ、あのスバルの絶望顔が間近で見れるんだぜ?》

 

《まあ、ぶっちゃけた話それ以外に騎士になった唯一の利点だと思ってるよ。正直スバルの絶望顔が間近で拝めると想像したとき勃起したもん》

 

《うわぁ、ないわぁ》

 

《いや、引くなよ。ていうか、俺はお前なんだからこの気持ちはわかるだろうよ》

 

《……まあ、そうだけどさ》

 

 いや、理解できるんかい。さてと、俺からの報告は終わったことだし。

 

《そっちの調子はどう?》

 

《良い話しと悪い話どっちから聞きたい?》

 

《…不穏すぎるんだけど。ええ……じゃあ、悪いほうから》

 

《OK、改造人間の作成が全然進んでません》

 

《ああ、悪いことってそう言うこと》

 

 心配して損したわ。ていうか改造人間の作成についてかぁ。なら問題ない、ハッキリ言って全然期待していないからな。

 

《一応、今日も村一つ使って実験してみたけどさぁ。『混ぜて』みて形を保つ個体が現れるまでは良いんだけどね》

 

《やっぱり、自我が保てず命令を聞いてくんない?》

 

《うん》

 

 ああ、やっぱりか。そうここ4年間での改造人間の作成での問題点は命令を聞いてくれない、ということだ。

 

 俺の権能を使えば他者に魔獣などを『混ぜる』ことでマキアのような改造人間を作ることができる。当然、欠点が存在する。欠点としては人間同士を『混ぜる』ことは出来ず、仮に魔獣を『混ぜた』としてもせいぜい3〜5体でそれ以上『混ぜる』と肉体が耐えきれず自壊する。仮に耐えたとしとも人格を失う。

 

 何度も権能を使うことで権能の扱いに慣れてきた俺は別の生き物同士を『混ぜる』ことが上手くいくようになり今では十体中三体は成功するようになった。

 

 え?全然ダメだって?……いや、これでも前は一体も耐えることが出来ず自壊するとかあったくらいだからだいぶ進歩したんだよ?

 

 まあ、とにかく、誰が何と言おうと成功する確率は上がったのだ。ただし、ここで大きな問題が生じた。それが自我の喪失だ。これが恐ろしく厄介で自我を喪失した改造人間が行う行動がある。一つ目は、まるで木偶人形のように命令を聞くことはおろか動くことも出来ないもの。二つ目は、命令を聞かずにとち狂ったように暴れまくる。これが厄介で複数体の魔獣の力を持った改造人間を仕留めるのはそこそこ手間がかかるのだ。問題点はこの二つだ。こればっかりは今でもどうにも手がつけられない。まあ、それよりも今は。

 

《良い方は?》

 

《ああ聞いて驚け、必殺技が完成した!》

 

 ……は?

 

《マジで?》

 

《うん、マジで》

 

 うおおお!マジかぁ!これは本当に良いことだ。この世界で生き残る可能性が確かに高くなった。まあ、でも。

 

《完全には、じゃあないんだろ?》

 

《まぁね、欠点としては発動までに十分もかかる》

 

 ああ、なるほどね、確かにそれは欠点だわ。だけど、

 

《そこまで形作れただけでも大金星だから。他に報告ある?》

 

《え、そうだなぁ》

 

 魔女教担当がなにか言い出そうとしたその時。

 

「ここにいたんですか、探しましたよ。疲労」

 

 後ろから声がした。咄嗟の出来事に俺は全力でその場を飛び退いた。今の発言の最後に熟語を付ける特徴的な喋り方は。

 

「……どうかしたのですか?困惑」

 

 俺の動作に目の前にいる男、クリンドは困った顔でそう言った。

 

 

「あれぇ?騎士担当、騎士担当?聞こえてルゥ?って、連絡が切れた。なんかあったんですかネェ」

 

 俺は一つの村の中心でそう呟く。いや、『元』村の中心でそう呟いた。その村の辺りには死体が大量に積み重なっていた。

 

 しかし、死体は一様に異常な形をしていた。ある者は筋肉繊維が剥き出しになり目が至るところにある数メートルにも及ぶ巨漢、ある者は顔に大きな穴が空き右側に筋肉質な腕を複数本生やし左側には小さな鳥の羽のようなものを生やした男、ある者は背中と右手に大量の武器を生やし下半身がハエの顔があるケンタウロスのような女、異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形異形の山だった。これらの失敗作の上でこれらをどうしたものかと悩んでいる。そして、

 

「マ、ワタクシが全部混ぜれば良いんですけどネ」

 

 俺はそう言うと異形の死体に触れる。すると、異形は初めからそこにいなかったように消えて無くなる。それを黒い道化は何度も何度も繰り返していると。

 

「ヒィ!」

 

「オヤァ?」

 

 そこには口を押さえた女と目を見開いた子供がいた。

 

「おやおやおや、まぁさか、生き残りがいましたカァ。いや、今偶然帰ってきたってところですかネェ。だとしたら、相当ツイてない」

 

 流石に自身の姿を見られた以上こいつらを消すしか無い。何より権能を見られた。俺の言葉から自分が殺される事を察したのか女の方が子供の手を取りその場から逃げようとする。しかし、

 

「逃しませんヨォ〜」

 

 その判断は遅すぎた。いや、仮に早かったとしても一般市民ではとてもじゃないが逃げ切ることは出来ない。俺は子供と女に手を伸ばす。すると、

 

「お願い!」

 

「ん?」

 

「この子だけは、この子だけは見逃して!」

 

 女は子供を背中で庇うとそう訴えかけてきた。子供の方を見ると泣きじゃくっていた。その様子を見て親子なのだろうかと思いながらも言う事を聞く必要はないと思いながらそのまま殺そうとする。しかし、ふとある事を思いついた。

 

「いいですヨォ」

 

「!本当ですか!?」

 

「ええ、約束は違えませんとも。ただし、条件があります」

 

 俺の提案に女は希望をまたかのような顔をして条件があると言った時身構えた。

 

「なん、ですか」

 

「やることは単純ですヨォ。今から行うことに自我を保ってくださいナ。出来なきゃアナタも死んでそこにいる子も死ぬ。出来ればアナタも生きれてそこにいる子も生きることができる。ネ、単純でショ?」

 

「……わかりました。やります」

 

「オッケー、交渉成立です、ヨ♪」

 

 そう言うと俺は女に触れて数体の魔獣を『混ぜた』

 

「あぎっ!? やい゛、い゛い゛い゛ぃい゛い゛い゛ぃぃい゛ぃっ――!?!?」

 

 女の体が変質し変貌する。少しずつ異形に成り果てていく。子供はその様をただ茫然と眺めていた。数十秒もしない内に変異は止まった。そこにいたのは先程の女とは似ても似つかない怪物がだった。さて、どうなるかそう思いじっと見ていると体がピクリと動きそして、

 

「ア」

 

「お母さん?」

 

「オヤァ、まさか?」

 

 これはいけるか?子供が母であったものに近づく事を無視しながらそう思い様子を見る。すると、まるで子供と視線を合わせるように身体を屈ませた。そして、鋭い歯を備えた口を大きく開き子供を丸かじりにした。辺りに血飛沫が飛び散る。

 

「アア、やっぱり失敗ですカァ。マ、急がず焦らずに頑張っていきましょうカ」

 

 俺は女だった怪物が子供を喰い切るのを見届けながらそう言うと異形に触れて自身に『混ぜた』。そして、実験を終えた村を後にした。

 




権能を使った念話方法……権能を使った念話方法についてですが。肉体を二分割しても根本的なところでは繋がっているため「騎士担当」と「魔女教担当」はこうして遠距離でも連絡しあうことができます。一応、権能の主導権は「騎士担当」が握ってるため念話を切りたいときは強制的に切ることができる。


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やらかし、そして

すみません、今回バイトやら学校やらでだいぶ遅れました。


「どうかしたのですか?困惑」

 

 いや、俺も困惑してます。俺はそう言いたくなった。どうしたものかと思いながら取り敢えず無難な言葉を言った。

 

「何か御用でしょうか?」

 

「ええっと、旦那様にフィエゴ様を呼び出すよう仰せつかっておりましたので探してみたら一心不乱に槍を振るって鍛錬に勤しむフィエゴ様を見つけ声をかけて今に至る、と言った感じです」

 

 ああ、なるほどね。俺は内心納得しながら飛び退いた場所を見る。するとそこには水でもぶちまけたのかと疑いたくなるような量の汗が芝生の上にあった。え、ちょっと待てあの汗の量って。俺はハラハラしながらクリンドに尋ねる。

 

「つかぬ事を聞きますが、今何時ですか?」

 

「7時半ごろですね。ああ、後、敬語は使わなくて結構です。貴方様はむしろ敬語を使われる立場にありますから。無問題」

 

 や、やらかしたあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!初日から主人放って鍛錬してたら遅刻してましたとかヤバすぎる!

 

「あの…本当に申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ、すでに旦那様方には遅れることは説明済みですので焦らずにきてください。沈静」

 

 ああ、恥ずかしい。クリンドの慰めの言葉を聞いた後俺はやらかした事に頭を悩ませながら自室へと戻った。

 

 

「誠に申し訳ありませんでした、ロズワール様」

 

「いぃや、なんの問題もないとも。次からは気をつけてくれればいいともさ」

 

 ロズワールの寛大な処置に安堵しつつも別の話題に切り替える。

 

「今後は私はどのように生活すれば良いでしょうか?」

 

「ん、そうだぁね。まずは今からニヶ月後に行われる試用期間の準備をしようじゃぁないの」

 

 ん?試用期間?

 

「それはどういうものなのですか?」

 

「そうだぁね、言ってしまえば近衛騎士にふさわしいかぁどうかの入団試験のようなもんだと思えばいいよぉ」

 

 まあ、予想はしてたけどさぁ。こっちに来ても試験って、嫌だなぁ。にしても。

 

「なぜ、入団試験ではなく試用期間なのですか?」

 

 そうそれが疑問点だった。入団試験のようなものなら入団試験と言えばいいのにそう思いながらたずねると。

 

「単純な話、君はあまり期待されてないんだぁよ。簡単な話、期間中に君が使い物にならなぁければ入団の話はなしになるんだぁよ。その期間なら経歴にも傷は付かないというマーコス殿からの粋な計らいなんだぁよ」

 

 俺はロズワールの話を聞き納得する。ははぁ、なるほどねぇ。つまりぃ、マーコス殿が遠回しに気を使いながら言いたいのはぁ、俺の実力では分不相応と!な〜る〜ほ〜ど〜ねぇ〜、HAHAHAHAHAHA!!

 

「舐められたもんだナァ、オイ」

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけエピタフとしての俺が出てきた。ハッと、そのことに気づいた俺はすぐに元に戻り前を見る。そこにはニヤニヤと笑いながらこちらを見るニヤケ面のロズワールがそこにはいた。

 

「なぁるほど。それがヴォラキアにいた頃の君のもう一つの顔なんだぁね」

 

「品のないものをお見せして申し訳ありません」

 

「あはぁ、いぃや、いや、何の問題はないとも。寧ろ部下となる君のもう一つの顔をしれたんだ。『知ることができた』という喜びを得た以上寧ろ感謝したいくらいだぁね」

 

「はぁ…」

 

 俺は自分の迂闊さに腹が立ちながらもロズワールの見事な倒錯ぶりに少しドン引きしている。すると、ロズワールが「それに」と言葉を続けた。

 

「今の言葉を聞けば、毎年不幸面のマーコス殿も『いい度胸だ』とか言いながら獰猛な顔つきになるだろうさ」

 

 フォローしてるのかしてないのかよく分からないことを言っているロズワールに内心訝しんでいると。

 

「さぁてと、それじゃあ今日はここまで次は遅れないよぉーに」

 

「……はい、大変申し訳ありませんでした」

 

 幸先悪いなぁ、と思いながら出口のドアを開けると、

 

「あら、ベティーを待たせておきながら不遜にも堂々と遅れてきた恥知らずかしら」

 

 見覚えのない書庫の中、こちらを見つめる巻き毛の少女の悪態を受けた。

 

 

「ここは……」

 

 そこはまさしく、『書庫』と呼ぶしかない部屋だった。

 

 広いスペースは二十畳ワンルームの倍ほどもあり、壁際を始めとして至るところに書棚が設置されている。どの書棚にも本がみっちりと詰められていて、蔵書数はどれほどになるのか想像するのも難しい。そんな光景に戸惑い知らないふりをしながらも俺はここがどこでなんなのかを知っている。そして、少し興奮していた。ロズワール邸、そして書庫。間違えようがないこの部屋は。

 

「驚いたたぁね、まぁさか、初日から『禁書庫』に立ち入ることができるとは」

 

 そうこの部屋の名前は『禁書庫』、そしてこのドアの真前にいるのは、

 

「まったく、ベティーの書架をずけずけ眺めて、おまけに挨拶一つなしとはやはり礼儀知らずは礼儀知らずのままかしら」

 

「まあまあ、初日な上に疲労し切ってたんだから見逃そうじぁないの」

 

 このさっきから嫌味を垂れてるこの金髪ドリルロリは、

 

「ベアトリス」

 

 ベアトリスだ。

 

 ていうか、やっべー、ベアトリスだ、生ベアトリスだ。完全に余談なんだけどベアトリスとスバルのコントって個人的に好きなんだよね。そんなことを思いながらも俺はすぐに挨拶を実行した。

 

「これは失礼いたしました。私め今日よりこのロズワール邸にて働かせていただくフィエゴ・ファイオスと申します。以後お見知り置きを」

 

「あら、今更この場で態度を改めてもお前に抱いた印象はそう簡単には拭えないかしら」

 

「はい、全くもってその通りでごさいます。ですので、これからはベアトリス様への印象を払拭するために精進していきたいと思っています」

 

「……フン、多少は口が良く回るかしら」

 

 少し、気に入らないものを見たような顔をした後すぐに手元の本に目線を移した。俺はそんな様子を見ながらまさかこんなあっさりこの屋敷に来た目的の一つであるベアトリスに会えることに驚きながらも内心歓喜していた。

 

 当然だが、ファンだからという理由ではない。理由は単純、それはベアトリスが最高峰の陰魔法の使い手だからだ。『扉渡り』や失われた術など様々な魔術を使いこなし、あまつさえ、屋敷内など禁書庫の影響下ではあのロズワールとも渡り合えるほどの力を発揮できる。まあ、一方でそこから外に出ると大幅に弱体化してしまうんだけどね。

 

 まあ、もう何が言いたいのかわかってると思うけど一応答えるね。俺がやりたいことはベアトリスから陰魔法の指導を頼みたい。これにつきる。俺が原作のリゼロで読んだのはあくまでも途中までもしかしたらこの先、まだ出てきてなかった陰魔法の数々を知ることが出来るかもしれない。そう思い、良い印象を深めようと思ってたんだけど……。

 

「いつまで見てるかしら」

 

「あのぉ、折り入って、ご相談が「消え失せるかしら」……はい」

 

 取りつく島もないじゃないですか、ヤダー!!まあ、そうだよね!そうなるよね!俺だって時間にルーズな奴にそうするもん!なんだったらレグルスにはいつも拳を叩き込んでるもん!オロローン!と内心さめざめと泣いていると。

 

「そぉんな、意地悪しないの。ベアトリス、この子陰魔法の使い手でねとぉっても、才能があるんだよぉ。こんなところで潰れるのは惜しいんだ。なにより、子供の頼みくらい聞いてあげるのも大人の役目でしょ?」

 

 ロズワールが助け舟を出した。思わぬ後方支援に驚き、少し子供扱いされたことに腹を立てながらも少し期待していると。

 

「老い先短いお前の寿命をさらに縮めてやろうかしらロズワール。そもそも、時間にだらしないやつ、ベティーは嫌いかしら。というか、お前がベティーの扱う魔法の属性を教えたかしら」

 

 辛辣ながらも至極真っ当なことを言いながらベアトリスは助け舟を撃沈させた。だよね〜、諦めて鍛錬に勤しもうとすると。

 

「と、言いたいところだけど。特別にチャンスをやるかしら」

 

 ベアトリスが突然チャンスをやると言い出した。へ?どゆこと?

 

「おぉやおや、どうゆう風の吹き回しだい?」

 

「そのままなのよ、こいつの姿があんまりにも惨めだったから特別にチャンスをやると言ったのよ」

 

 こ、この、ドリルロリ。ベアトリスの言い分に腹を立てながらもすぐに動揺した演技をしながら聞き直す。

 

「ほ、本当によろしいのですか?」

 

「ベティーの寛容さに感謝するかしら」

 

 ない胸をはりながらベアトリスは誇らしげになった。

 

「ああ、なんて素晴らしい」

 

 背後から聞こえるロリコン(クリンド)の声をガン無視する。あ、ベアトリスがさらに胸を張った。聞こえてたのかなぁ。どれだけ張ろうと断崖絶壁なことにある意味感心しつつも、尋ねる。

 

「当然ですが簡単に教える、というわけではないのでしょう?」

 

「あら、少しは頭が回るかしら。ま、やることは単純なのよ」

 

 まあ、だよね。そう悟ると俺は跪き声を発した。

 

「はっ!ベアトリス様の言うことならば暗殺から豊胸までなんでもいたします!」

 

「お前!どんだけベティーが物騒なやつだと……いや、ちょっと待つのよ。お前今ベティーに対してとんでもないこと言わなかったかしら!?」

 

「さぁ、何のことやら。それはさて置き何をなさるのですか?ベアトリス様」

 

「お、お前、あくまでもすっとぼけるかしら。まあ、いいのよどうせお前にはベティーの難題は解けないかしら」

 

 なんか随分と自信満々だなぁ。原作のポンコツ具合から考えるとそこまで警戒しなくてもいいのでは?

 

「さっきも言ったけど単純なのよ。今からベティーは隠れるからそれを見つける、それだけなのよ」

 

 ————なるほど、それは厄介だ。俺は内心苦虫を噛み潰しながらも惚けた顔で尋ねる。

 

「えっと?それだけで良いのですか?」

 

「ああ、始まり方はお前がドアを開けた瞬間。後間違えていいのは一回だけなのよ。はい、じゃあ、初め」

 

 そう言うとドアが勝手に閉まった。さて、どうするか。策をいろいろと練っていると後ろからロズワールが声をかけてきた。

 

「まいったぁね」

 

 一応惚けたふりをする。

 

「何故ですか?ロズワール様」

 

「ベアトリスは『扉渡り』という魔法を使えてね。わかりやすく言えば扉が違う部屋同士繋がっているんだぁよ」

 

「……つまり?」

 

「見つけるのは困難だってことだぁよ」

 

 やっぱり、そうだよね。全力でため息を吐いた。申し訳なさそうなロズワールの顔を見て「自業自得だから安心して欲しい」とだけ告げた。

 

 さてやるか。そう思いドアを開ける。するとそこには、

 

「ムフフ、探しても探してもベティーのことを見つけられないアイツのことを笑う準備をしてやるかしら」

 

 あくどい顔で本棚の本を取ろうとしているベアトリスがそこにはいた。

 

 

 




 ネタバレになりますが原作スタート時の強さはラインハルトの実力と比較するとゴジラとカマキラスくらいの差があります。

 どれくらい強いかと言うと本気の状態で怠惰の魔女セクメト以上レイド以上で権能抜きでも少なくともヴォラキア最強のセシルス以上三大魔獣以下といったほどです


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弘法だって筆を誤るんだから、大精霊だって間違えるよね

はい、17話です。


 ええ、なにこれ?いざ、『扉渡り』で飛んでったであろうベアトリスを勇足で探そうとした俺の前に現れたあまりの光景に呆気に取られた俺は念のためロズワールを確認する。するとそこには顔を下に向けて必死に笑いを堪えるロズワールがそこにはいた。

 

 あの反応を見るに多分『扉渡り』は発動してたんだろうけどランダムで飛んだらここに戻ってきたって感じか?ええ、なにそれ……。わざとやってんのか?本気でやってんだったら賢者ぶってるだけのただの間抜けになるよ。念のため目を擦りもう一度確認する。しかし、現実は変わらず『禁書庫』の光景が広がっていた。後、なんでドアを開けたのに気づかねぇんだよあれか?俺の間抜け面を拝むことに頭がいっぱいになってて気づかないってか。

 

「くく、アイツきっと今頃涙目になってるかしら」

 

 やめようね、この事実に気づいたお前自身が涙目になるから。

 

「一回だけしか間違えちゃダメなんて意地が悪すぎたかしら。仮に見つかったとしても少なくとも数時間はかかるはず。ま、もっとも遅れてきたあいつが悪いから同情の余地はないかしら」

 

 うん、俺も意地が悪いことしてるよ。こんな間抜けな大精霊を間近で見てるんだから。

 

「にしても、間近でアイツの悔しがる顔が見れないのは残念かしら。ま、半日くらい経ったら声をかけてやるのよ。にしても、泣いてたらどう慰めてやろうかしら。憐れみの目で見ながら『誰だって間違いや挫折くらいあるのよ。ま、もっとも、人探しひとつできないお前じゃ先が知れるのよ』って言ってやるのよ。想像しただけで……ププーなのよ」

 

 ああ、そうだよ、ププーだよ。俺もロズワールもクリンドもお前の道化ぶりに今にも吹き出しそうだよ。普段のエピタフの時より道化してるってある意味才能だよ。これ狙ってるよね?笑っちゃってもいいよね?

 

「さてと、ベティーは適当に本でも読んで……。って、中々高いところにあるのよ。取りにくいったらありゃしない」

 

 お、このタイミングでいいんじゃね?でも、どうすんの?メッチャ声掛けずれぇよ。だって、メッチャ自信満々だもの!そう思う心とは裏腹にニヤけ続ける自身の顔を抑えながら後ろに振り返り転げ回る寸前のロズワールに向けてハンドサインもどきのようなもので意思疎通を計かる。内容を理解したのか声を殺して笑い続けながらGOサインをだした。

 

 『禁書庫』に入ったという感動以上に込み上げてくる笑いを必死に堪えながら一歩一歩踏み締めていき、ベアトリスの隣に立ちそして、背伸びをした。10歳にしては背が高めだったことが幸いだったためあっさりと本は取れた。

 

「ベアトリス様、こちらでよろしいでしょうか?」

 

「あら、気がきくかしら。この調子で頑張る……か…し…ら」

 

 俺の存在に気づいたベアトリスが目を見開き凍りついた。

 

「お、おおお、お前!いつからそこにいたのよ!」

 

「えっと、『ムフフ、探しても探してもベティーのことを見つけられないアイツのことを笑う準備をしてやるかしら』あたりからずっと見てましたね、ロズワール様と一緒に」

 

「!まさか、ロズワールの奴を頼ったのかしら!?」

 

「いえ、俺の後ろを見てください」

 

 そういうと同時に俺はベアトリスの目線から外れた。すると、

 

「な、なぁっ!」

 

 『抱腹絶倒』まさにその言葉がよく似合うほど笑い若干過呼吸気味のロズワールとクリンドがそこにはいた。それを見て自分の『扉渡り』が元いた場所に戻っていることを悟ったベアトリス。それが理由なのか俺の姿を視認した時とは青かった顔が真逆の真っ赤に染まった。

 

 うーむ、流石に嗤えrじゃなくて可哀想だなぁ。仕方ない、フォローしてやるか。

 

「ベアトリス様」

 

 俺が声をかけるとベアトリスはビクッと肩を震わせ錆びついた人形のように振り返る。そんな、ベアトリスに俺は一言。

 

「その顔、リンガみたいで素敵だね(笑)」

 

「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ちょっ!落ち着いてください!叩かないでくださいベアトリス様!」

 

「殺す!お前を殺してみんなも殺すかしら!」

 

「「アハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」

 

「ロズワールゥゥゥ!!クリンドォォォォ!!お前ら、あとで二人とも本当に覚悟しておくといいのよ!!」

 

「ちょっ、二人とも笑わない…クク、アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 二人の笑い声に俺も誘爆して吹き出してしまう。そんな様子を見たベアトリスは若干目に涙目になりながらさらに顔を赤くして先程以上の声で叫んだ。

 

「笑うなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 この日、ロズワール邸にて幼女の絶叫と男数人の笑い声があたりに響き渡った。後、屋敷の一画が崩壊した。

 

 

 あれから30分ほどたち、《ベアトリス、扉渡り失敗事件〜ロズワール邸の仲良しなみんなの笑い声を添えて〜》という悪夢のような事件が終わった。食堂の屋敷がある意味少し広くなったなどの被害を除けば負傷者ゼロなどある意味奇跡だったなぁと思えた。え?終わったのに今何してるかって?それはね。

 

「あ、あのぉ、ベアトリス様?」

 

「……ふん!」

 

 ベアトリスを必死に宥めてます。はぁ、面倒さい。ていうか、

 

「そんな、拗ねないでくださいよ。ほら、ロズワール様からもなんか言ってくださいな」

 

「くくく、でも、誰だってあんなの見せられたら腹抱えて笑うってもんだとは思わないかぁい?」

 

 まぁ、確かにね。実際に俺も笑ってたわけだし。内心納得しながらも後ろから漂う雰囲気が悪化したことを察した俺はジトっとした目でロズワールを見る。すると、ロズワールは観念したかのように手を挙げた。

 

「わぁかった、わかった、笑って悪かったぁよベアトリス。ほら、クリンドも謝ろぉうじゃないか」

 

「はい、申し訳ありませんでしたベアトリス様。反省」

 

 ロズワールに言われると申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながらクリンドは頭を下げた。そんな様子を見ていたベアトリスはふと、ため息を漏らすとスッと立ち上がりこちらを見据えた。

 

「いいのよ、不服だけど今回はベティーの誤った『扉渡り』の調整を行なったが故に起きた事件なのよ。だから、今回は特別に許してやるのよ」

 

 どうやら、許してもらったらしい。思いの外あっさりと許されたため安心していると。

 

「じゃあ、ベティーは帰るのよ」

 

 そう言って踵を返して『禁書庫』の中に帰ろうとした。え、いやいや待て待て。

 

「待ってください、ベアトリス様」

 

「なんなのよ。あんまり、しつこいと吹き飛ばすのよ」

 

 先程の一件でイライラしているのか、発言の一つ一つにどこか怒気を帯びているような気がした。おいおい、マジで覚えてないのか?少し、呆れているとロズワールが後ろから援護してくれた。

 

「おぉやおや、何、弟子を置いて帰ろうとしてるんだぁい?ベアトリス」

 

「はぁ?弟子ぃ?こいつが?ハッ、とうとうボケたかしら?ロズワール」

 

「それはこっちのセリフだぁよ。君は先程『今からベアトリスが隠れ、そして隠れたベアトリスを見つける』これを条件に弟子に向かえると言ってたじゃぁないか」

 

「あ」

 

「その様子だと、忘れていたようだぁね」

 

 最後の言葉にどこか呆れを含ませながらベアトリスの俺の弟子入りの条件を引き出し、それを達成したことを告げた。しかし、

 

「あ、あれは、『扉渡り』の不調が理由であってベティーにはなんの問題もなかったかしら」

 

「ベアトリス、君はなぁに言ってるんだい?君の発動させた術式である以上君の責任だぁろう?仮に、君に非がなかったとしても。それでも見つかった、という事実には変わりないだろう?そぉれとも?君ほどの大精霊が契約ではなかったとは言え約束を反故すると言うのかい?」

 

「ムググググググ」

 

 なんとか、先程のことを無かったことにしようとするベアトリスの言い分をことごとく論破していく。ていうか、どんだけ弟子を取りたくないんだよ。仕方ない、強くはなりたいけどこれ以上は時間の無駄だしね。

 

「あの、ロズワール様。もう大丈夫です」

 

「いいのかい?」

 

「はい、これ以上ベアトリス様に迷惑をかけるわけにもいかないので」

 

「はあ、わかったぁよ。じゃあ、お疲れ様、明日は遅刻しないよぉに」

 

「はい、本日はありがとうございました」

 

 俺はそう言うと先程よりも風通しの良くなった食堂を今度こそ後にすべくベアトリスの横を通り過ぎてドアに手をかける。すると、

 

「おい、待つのよ」

 

 どういうわけか呼び止められた。おいおい、勘弁してくれ。権能を使って分裂できない以上、これ以上は時間の無駄なんだよ。

 

 内心、殺意が芽生えながらも聞くだけ聞こうとベアトリスのほうを見る。

 

「なんでしょうか?」

 

「もう一度、もう一度だけ、さっきと同じ条件をクリアしたら弟子入りを許可するのよ」

 

 は?どゆこと?ベアトリスの発言に疑問を覚えていると。

 

「おやぁ?どうゆう風の吹き回しだい?ベアトリス?」

 

「ふん、このままだとベアトリスの名に傷がつくそう思っただけなのよ」

 

 ああ、なるほどね。つまり、自身の沽券に関わるから今さっきの言葉を撤回したってわけね。ということは、

 

「もう一度、機会を頂けると?」

 

「そうなのよ」

 

 不服そうにどこか上から目線で語りかけるベアトリスを見て、少し、というかだいぶ釈然しない気持ちになった。まあ、でも。

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 これに乗らない手はないな。

 

「じゃあ、さっきと同じようにベティーが扉を閉めたら開始なのよ。今回は自動で発動している『扉渡り』に座標を選ばせるのではなくベティー自らが隠れる場所の座標を決めて発動させる。さっきとは比にならないほど見つけるのは困難になる。それでもやるかしら?」

 

「もちろんです」

 

「ふん、じゃあ初め、なのよ」

 

 そう言うとベアトリスはドアを閉めた。俺はその後を追うようにドアを開ける。するとそこには先程あった『禁書庫』は消え失せ遠くまで続く廊下とドアが目の前に広がっていた。いやいや、待て待て。庭からこっち来る時とは違う場所に移ると思ったけどドアの数が予想の三倍は多いよ?見つけんの無理くさくね?

 

 少し、目の前の光景にゲンナリしながらも一個一個ドアに触れどのドアを開けるか考え続ける。その度にこの弟子入り条件の無理ゲーっぷりに文句が頭によぎる。見つけるために二つ三つほど思いつく。

 

 一つ目、権能を使い見つける。当然だが論外。ベアトリスを作ったのは『強欲の魔女』と呼ばれているエキドナである。今でさえ、ギリギリ気付かれていないというのにこれ以上魔女因子を用いて、権能を使えば流石にバレる。

 

 二つ目、魔力を用いて見つける。これは一つ目よりはマシな案であるがほぼ不可能だと思っている。そもそも、見つけ方についてなのだがここ4年の間に習得した週刊少年ジャンプで絶賛不定期連載中のある意味伝説の漫画を参考にした技を使用する。やり方はシンプルで本来人間が体の周囲数ミリ〜数センチくらいの間隔でまとっている魔力の間隔を故意的に広げることで、魔力の範囲内に入ったものの形や動きを察知できるようになるという技術。これはだいぶ便利でエピタフのころは魔力が尽きるまでの間常時発動させ続けていた。魔法などの反応に特に敏感なのだが流石にベアトリスが彼らに対する対策を練っていないとは考えにくい。現に発動させているが一切の反応がない。

 

 うーん、ある程度、考えてみたがどれもあまりいい案とは言えないなぁ。ちくせう。もうここはあれだ、勘でいこう。

 

「せい」

 

 ドアを開ける。不発。はいぃぃぃぃ!詰みがほぼ確定しましたね!やばいなぁこれ。だったらもう、これしかない。え?方法?やり方は単純かつシンプル。ただひたすらベアトリスのやりそうなことを思い深い思考の海に浸り集中する。

 

 すると、頭の片隅にふとある出来事が思い浮かぶ。2年前、いつものように自分同士で殺し合いを続けていた時のこと、あの時一瞬だけこの行動をとったら死ぬと思えた瞬間があった。勘だけであれば流石に気のせいで流せたが今思うとその時の『死』の形までイメージできていて、実際にその通りの行動をとって死んだ。当時は死に慣れていなかったため忘れていたが、今は……。そう思いドア触れる。すると、頭にドアを開けた先には『禁書庫』が存在せずそれを知った俺は膝から崩れ落ちる、というイメージが浮かんだ。なんだこれ?そう思い他のドアにも触れる。すると、また同じイメージが頭に浮かんだ。

 

 まさか、いや間違いない。どれが正解か間違いなのか答えが見えている。いやいや、待て、あり得ないだろ。俺は似たような能力を前世の漫画で見たことがある。それは『金色のガッシュ』と言う漫画に登場する能力である『アンサートーカー』という能力である。

 

 『アンサートーカー』とはどんな状況や疑問、謎でも、瞬時に「答え」を出せる能力。仮に戦闘中ならば、どのようにしたら相手に攻撃を当てられるか、どのようにしたら相手の攻撃をよけられるかなどの「答え」が出せる。本家本元の答えを出すスピード、答えの精度の高さは某仮面の反逆者や新世界の神、やる気の無い忍者やモンキー顔の大泥棒でさえアンサー・トーカーには敵わない、といったほどだ。流石に本家本元と比べれば精度は落ちているはずだと考えられる。

 

 だが、あり得るのか?そんな御伽噺のような能力が。一応、バレない程度に権能を使い確かめたが権能由来のものではないことがわかる。では、何故?そう思った瞬間、理由がすぐに浮かんだ。理由は大雑把であったが何十何百何千回と死に続け生存本能が自衛のために生み出した能力らしい。本当か?と疑問に思ったがそれ以上にこのタイミングでこの能力はありがたい。そう思い、俺は片っ端からドアに触れる。20を超えたあたりでようやく『当たり』のイメージが浮かんだ。半信半疑になりながらもドアを開ける。すると、

 

「見つけました」

 

「そうなのよ、この勝負お前の勝ちかしら。全く腹立たしいなのよ」

 

 そこには顔を歪めたベアトリスがそこにはいた。当たった、つまりこの能力は本物だ。新たに得た能力に内心狂喜乱舞しながらもベアトリスに念のため問う。

 

「では、これよりあなたの弟子、ということでよろしいのでしょうか?」

 

「当たり前なのよ。ここでさっきの話は無しにするほどベティーは恥知らずじゃあないかしら。望み通り、お前は今日からベティーの弟子なのよ」

 

 その答えに俺はガッツポーズをして喜んだ。やべぇ、素直に嬉しい。このまま、魔法の扱い方など様々なことを聞くべく『禁書庫』に足を踏み入れようとしたがひどい頭痛に襲われた。何事かと思い考えるとすぐに答えは出た。理由はアンサートーカーもどきの乱用で脳がオーバフローしていた。元々、無意識下で使用していたらしいが少し無理して意識して使った結果、脳に負荷がかかったらしい。ていうか、痛いって思ったの久しぶりだな。痛みには慣れたつもりだったんだけどなぁ。少し他人行儀に自身の状態を考えて今はまだベアトリスから魔法を学ぶべき時ではないと悟る。

 

「申し訳ありません、ベアトリス様。私は今こちらに来てから頭痛がひどくて魔法の授業はまた今度ということにしていただけませんか?」

 

「……まあ、いいのよ。この条件をクリアした褒美なのよ」

 

「ありがとうございます、ベアトリス様。いや、先生!」

 

「ッ!」

 

「では、失礼します!」

 

 俺はそう言うと禁書庫を抜け出し自身の部屋に戻り、頭痛に悩まされながらも眠りについた。

 

 

「ベティーが、先生?そんな風に呼ばれる日が来るとは思わなかったのよ……」

 

 どこか遠くを見るように呟く。そして腕を伸ばし、脚立の反対側――いつも彼女の座る足掛けとは対面の足掛けから、乗せていた本を抜き取り、掻き抱く。

 

「お母様、ベティーはどうすればよいのですか……」

 

 縋るように、迷子の子供のように、抱いた本を胸に抱えて、ベアトリスの小さな声が静かな禁書庫に響き渡る。

 

 腕に抱かれる黒い装丁の本は、彼女になにも答えてくれなかった。




あけましておめでとうございます。


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弟子入り

お久しぶりです。しばらく大学が忙しすぎました。今後も、ペースは大分遅くなってしまうかもしれません。見てくださってる人には大変申し訳ありませんが。今後ともよろしくお願いします。


 

 

 あれから数日が経過した。今日がベアトリスの魔法教室の始まりだ。本当であれば昨日の段階でベアトリスの魔法の授業を受けるはずがまだ屋敷内を把握できていないため、昨日は屋敷内を把握するのに使われた。とりあえずこの数日の間でアンサートーカーもどき出来ることを把握した。

 

・東大の入試試験だろうが、現在世界最難関とさえ言われる日本の司法試験だろうが満点で、しかも試験勉強なしで一発合格可能

 

・初めて見る道具や機械でもマニュアルなしで完璧に使いこなせる

 

・医学や発明、そして戦闘にも応用可能

 

 ……うん、これだけ聞くと完全にチートだ。下手するとペテ公の『見えざる手』やレグルスの『獅子の心臓』などよりもよっぽどチートだ。まあ、当然だけどチートであるが故にデメリットが孕んでくる。俺の場合不安定であり、尚且つ微弱であるためか一歩間違えれば最悪消失したりすることがある。

 

 しかも、注意点としてアンサー・トーカーもどきが出せる答えはあくまで『能力者の性能と知識、経験によるもの』の為、どれほど優れたこのアンサートーカーもどきとしての能力があったとしても基本的にアホだったり知識が無かったり引用が可能である経験等が一切無い者の場合は能力そのものが無駄となりうる。 つまり、『金色のガッシュ』の主人公のあの能力によってチート的な力を発揮出来るのも、その根底にある基礎能力の高さによる裏打ちがあってこそである。

 

 まあ、一言でまとめると要するに。「バカには使えない」ってことだな。ハハハハハハ!

 

 ……ヤベェ、ヤベェよ。このままじゃあ能力が消え失せるかもしれない。それだけは嫌だ。こんだけ便利な能力が消え失せるのだけは勘弁してほしい。え?なんで消える可能性があるかって?はっきり言おう、俺はそんなに頭が良くない。

 

 前世では高校時代で化学期末のテストとかで一桁をとったことがある程度には良くない。今世の身体は違うからあんまり関係してこないかもしれないがそれ以前にこっちに来てからロクに勉強してない。なんだったら、文字をかけるか不安だ。そもそも、脳が未発達のためかアンサートーカーもどきの負荷もでかい。発現理由が戦い続けて死に続けていたからだと考えられる以上、多分戦い続けるというか鍛え続けていれば消えない可能性はあるがそれでも万が一がある。

 

 え?じゃあ、適当な本を読んで知識を深めろって?そもそも、文字が読めない以上、本を読むもクソもないんだよ。どうしよう……。方法はあるにはあるけど間違いなく本人は嫌な顔するよね?時間を確認するともう30分後には指定された時間になることがわかった。もう少し考えていたいが、そう思いながらも進み続ける秒針に対してため息をすると俺は自分の身だしなみを整えてドアに手をかけた。

 

 

「……随分と遅かったのよ」

 

「いやぁ、すいません。ベアトリス様の『扉渡り』が中々曲者で」

 

 へらへらと笑いながらベアトリスの嫌味を受け流すと、

 

「はぁ、まあいいのよ。次からは気をつけるかしら」

 

 ベアトリスは少し呆れたようにため息をしてこちらに来るよう促した。言われるがまま、俺はベアトリスの指定した椅子に座る。すると、

 

「では、これよりベティーの魔術講座を行うかしら」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「途中で眠りでもしたらぶっ飛ばしてやるのよ」

 

「はは、そうならないよう気をつけますよ」

 

「わかればいいのよ。それじゃあ、まずはどれほど魔法を扱えるのか確かめるから。お前、今ここで実演してみるのよ」

 

「え?」

 

 いやいや、待て待て。

 

「大丈夫、なのですか?」

 

「なにがなのよ?」

 

「ここで魔法を放てば禁書庫の本に傷がつくのでは?」

 

 そう言うと、ベアトリスは少しキョトンとした顔をしたかと思うとすぐに鼻で笑ってきた。

 

「ここはベティー自身が支配している空間なのよ。お前如きの魔法で傷つくほどやわな作りはしてないかしら」

 

 はい、腹立つ。じゃあ、そこまで言うんだったら。

 

「アルミーニャ」

 

 俺はベアトリスに向かって全力で魔法を放った。すると、数十本にも及ぶ紫紺の魔法が着弾する寸前で霞の如く消え失せた。予想はしていたけども、

 

「ここまで差があるとは……」

 

「当たり前なのよ。アル系列を使ってきたのには驚いたけど術式が粗すぎるかしら。せいぜい、20点ってとこかしら」

 

 ああ、もちろん100点満点中かしら。手をひらひらとぶらつかせながらベアトリスは俺に向けて辛口の感想を口にした。

 

「因みに減点された理由は何なのですか?先生」

 

「さっきも言ったけど魔法を構築するまでの過程における術式が粗すぎるのよ。込めた魔力量に対して出てきたミーニャの数が少なすぎるかしら。お前が込めた魔力量だったら本来これくらいは出せるかしら」

 

 そう言うとベアトリスは虚空から数百にも及ぶ紫紺の結晶を顕現させた。

 

「…冗談ですよね?」

 

「本当なのよ。というか、お前の術式が変なのかしら。なんなのよ、あの『過程を無視して結果だけを出しました』みたいな術式は。気持ち悪いったらありゃしないのよ」

 

 少し不愉快そうにそう言うベアトリスを尻目に俺は少し納得した。………ああ、なるほどね。つまりは、俺の腕にも問題があるけどあのアンサートーカー擬きが弊害だったわけね。まあ、俺の魔法が下手くそな理由は十二分にわかったけど。

 

「改善する方法はあるのでしょうか?」

 

「そんなもん簡単なのよ」

 

 そう言うと背後にある辞書のような本を何冊か取り出すと俺の前に置いた。

 

「魔法のイロハを知ること、これに限るかしら。まずは、この書物をひたすら読み続ける、そして、基礎を知り本質を知るそうすることで初めてお前は陰魔法の使い手としての入り口に立てるかしら」

 

 ベアトリスが自信満々に言い放つと同時に俺は机に置かれた複数の本の内比較的薄めの本を開き軽く流し読みする。うむ、読めん。アンサートーカー擬きのおかげなのか薄ぼんやり理解はできるけど根本的なものは分からん。ベアトリスの方をチラリと見やる。ベアトリスは腕を組みながら少し怪訝そうな顔をしていた。うん、言うしかないよね。

 

「あの、先生」

 

「ん?何かしら?」

 

「文字、読めません」

 

 瞬間、空気が凍った。顔を上げるとそこには恐ろしく面倒くさそうな顔をしたベアトリスがいた。

 

 

「申し訳ありません、先生」

 

「いいのよ。だけど個人的にははもっと早く言って欲しかったかしら」

 

 若干呆れられながらぐうの音も出ないことを言われながら今、俺はひたすらロ文字について学んでいた。いや、まあ、しかし

 

「想像以上にきついですね…」

 

「文句言うなら辞めるかしら。それにしてもイ文字が簡単とはいえ初めて10分足らずで全部覚えるなんてやけに物覚えがいいのよ…。お前、実はベディーを揶揄っているだけでほんとは文字の読み書きができるんじゃないかしら?」

 

「そんなことないですよぉ」

 

 ベアトリスに揶揄っているのではないかと疑われているがこれに関しては経験としか言いようがない。アンサートーカーもどきの力もあったとはいえ仮にも大学まで進学したのだ。異世界とはいえ五十音くらいおぼえられる。まあ、最も。

 

「漢字もどきのロ文字を覚えらんないのは元大学生失格ですねぇ」

 

「なんか言ったかしら?」

 

「いいえ、何でも」

 

 俺の呟きに敏感に反応し訝しむベアトリスの視線を受け流すと改めてロ文字について書かれた文章に齧り付いた。

 

 

 あれから二時間が経過した。その間ひたすらに書物を読み漁りわからないところがあればベアトリスに尋ねるを何度も繰り返していた。途中で飽きたのか安楽椅子で寝掛けていたのを見てペンをへし折るという事故を除けば、特にこれと言って問題なく進んでいた。そして、

 

「じゃあ、今からテストを行うのよ」

 

「ハイ」

 

「指さしたロ文字が何なのか答えるだけの簡単なテストかしら。間違えたらもう二時間追加なのよ」

 

「ワカリマシタ」

 

「ではテストするのよ。この記号は?」

 

「灰」

 

「それじゃこれ」

 

「猫」

 

 灰と猫というロ文字を見てふと、エミリアのお供である猫型の精霊を思い出し、ああ、コイツそう言えばパックのことキャラ崩壊したんじゃねぇの?って聞きたくなるほど好きだったことを思い出す。

 

「最後の問題」

 

「ワカリマセン」

 

「正解、ベティーが適当に書いたから、ベティーにも分からないのよ」

 

「ソウデフカ」

 

「……とりあえずロ文字の習得は大丈夫そうなのよ。文字が読めないと聞いた時は正直焦ったけど予想より遥かに早く終わって安心したのよ」

 

「ソウラスカ」

 

「お前、どんだけ勉強が嫌いなのよ!ほぼ最後にいたっては言語が成立していないかしら!」

 

 ベアトリスの声が頭に響き渡る。おい馬鹿やめろ、年単位で勉強してなかったせいなのか、それともいきなり情報敷き詰めたせいなのか分かんないけど頭が馬鹿みたいに痛ぇーんだよ。二日酔いってこんな感じなのかなぁーと若干現実逃避していると。すぐ近くでハァ、というため息が聞こえた。

 

「もう今日はここまでなのよ。取り敢えず自主的やれるよう魔力操作の練習の仕方をここに記しておくから持ち帰っておくかしら」

 

「ハイ、ワカリマシタ」

 

 俺はそう言うとフラつきながら立ち上がり禁書庫を後にする。

 

「シツレイシマシタ」

 

 俺がそう言うとベアトリスは本を見ながら虫を追い払うように手を振るった俺はそれを見た後、ドアを閉め。部屋に戻り、脳を休めるべく寝た。

 

 

フィエゴとベアトリスの勉強会が交わされた朝――時間はそこから半日ほど進む。

 

 場所はロズワール邸最上階、中央の主の部屋である。そこで夜の密談が行われていた。

 

「やぁあやあ、ベアトリス。教鞭払った感想はどうだったかな?」

 

 やわらかな声には艶があるが、その口調はどこまでも軽々しく、聞いているものに当惑の感情をもたらす類のものだった。

 部屋の主であるロズワールのその言葉に、しかし相対するベアトリスは慣れているのか気にした様子もなくそっけなく答える。

 

「……あいつの素質が悪くなかったのか、それとも失った記憶が少しだけ戻ったかわからないけど中々、悪くはなかったかしら」

 

「おやぁ?君にしては珍しい、気に入ったのかぁな?」

 

「そんなわけないのよ」

 

 少しというには判りやすいほど顔を歪めながらベアトリスは強めに言葉を返した。

 

「そうかい?なら今回百点満点で評価するとするならば彼は何点だになるんだぁい?」

 

「まず第一に文字の読み書きが出来なかったのに-40点、下手くそすぎる魔力操作に-30点、たった二時間勉強しただけでぶっ倒れたかけた段階でベティーの中で0点が確定したのよ」

 

 その教育担当の明確なダメ出しに、ロズワールはきょとんとした顔をして、直後に吹き出しながら破顔した。少しせき込むほど。

 

「あはぁ、そうかい、全然ダメかい。それは騎士を目指すとしては由々しき事態だねぇ、特に最後」

 

「だけど」

 

「うん?」

 

「才能に関しては良かったから、まあ、10点はくれてやるのよ」

 

 その言葉にロズワールは再度キョトンとすると今度はいやらしく笑った。

 

「へぇ、君がそこまで言うほどかい?」

 

「魔力量に関してはロズワール、お前と同程度。しかも、あんな短時間でロ文字を覚えるなんて聞いたことないのよ」

 

「魔力量が私と同程度なのは驚いたけど、そぉんなに、頭いいの?」

 

「二時間足らずでロ文字を暗記しやがったのよあいつ。しかも、文章の構文まであっさりと」

 

「それは…とんでもないな」

 

 それを聞くとロズワールはなにかを考えるように目を閉じて再度目を開けた。

 

「ベアトリス、肝心の話だ。――それで、間者の可能性はどうかな?」

 

 声音の調子は変わらないまま、ロズワールは笑みを崩さず問いかける。主語のない問いかけだが、求めている答えはわかっている。

 

「否定はできないのよ、だけどその目はかなり弱いと思うかしら」

 

「ふぅむ、その心は」

 

「今回の一件で良くも悪くも……というか、特に悪い意味で目立ちすぎかしら」

 

 問いに対する否定の言葉ではあったが、ロズワールはその返答に満足したように微笑む。我が意を得たり、とばかりのロズワールの微笑み。ベアトリスはうげぇ、という声が聞こえてきそうな顔をした。

 

「なるほど納得。まあ、誘ったのは私なんだけどねぇ」

 

 言いながら椅子を軋ませ、ロズワールが体の向きを変える。これまで机と正面から相対していた体を正反対――ちょうど、月明かりが煌々ときらめいている大窓の方へ。

 左右色の違う双眸が細められ、眼下の光景に彼は口の端をゆるませたまま、

 

「しぃかし、彼もめげないねぇ」

 

 執務室の窓から見下ろせるのは、屋敷の敷地内にある庭園だ。少し背の高い柵と木々に囲まれたその場所は、外から見えない代わりに屋敷の窓からは非常によく見渡せた。

 その月明かりを盛大に受ける庭園の端、そこに一心不乱に槍を振るう姿がある。そこそこ長く振るい続けたのか少し動きに精彩を欠いていたが勢いは全く衰えていなかった。

 

「いやぁ、ほんと、どんな経験してたらあんな風になるんだろぉねぇ?」

 

「そんなことベティーには知ったこっちゃないかしら」

 

「ふーん、そぉうかい?まあ、いずれにせよ何にせよいつかくる我らが宿願のためにも彼という『駒』は非常に有用だ。今後も頼んだぁよ、ベアトリス」

 

「……わかっているのよ」

 

「ああ、それとあと数年のうちに私"L"になるからそこんとこよろしくねぇ」

 

 そう言うとロズワールは一足先に部屋を後にした。ベアトリスは少し槍を振るい続けているフィエゴを見たかと思うとすぐにその場を立ち去った。



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