英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか? (超高校級の切望)
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未熟な英雄

 ダンジョン。

 モンスターが無限に湧き出る、地下に広がる魔窟。

 モンスターから取れる魔石や、そこでしか取れない鉱物に植物。

 一攫千金や名声を求め数多くの者達が穴に潜る。

 祖父は言った。モンスターから可愛い子を助け、惚れさせ、ハーレムを作れと。

 師は言った。モンスターは酷い味だがそこそこ食えると。

 母は言った。心の赴くままに行動しろと。

 少年は、物語の英雄のような活躍がしてみたかった。誰でも助けられる英雄になりたかった。出来る事なら女の子とも仲良くなりたい。

 だけど、何より、英雄になりたい。

 ()()()()()()

 

「来い、ミノタウロス!」

「ブゥ、フ──ブオアアアアア!!」

 

 目の前で吠えるのはダンジョンの中層と呼ばれる階層に住まうはずのモンスターであるミノタウロス。

 上層、それも中層から離れた第5階層にはいる筈がないモンスター。駆け出しなど直ぐに殺される。

 なのに少年は生きていた。

 

「オオオ──!」

「ツゥ!!」

 

 振り下ろされる石斧をナイフで反らす。弾くなど不可能だ。筋力に圧倒的な差がある。

 振るわれる拳も同様。右足を軸に左足で地面を擦りながら半身になり躱し、伸ばされた腕の関節を狙う。

 

「っ!」

 

 刃は、刺さらない。ミノタウロスは伸ばされた腕を横凪に振るう。体を後ろに倒しながら避け、そのまま後転しながら距離を取る。

 

「あ、う───」

「何してるの!? 早く逃げて!」

 

 ちなみに言っておくと、彼は師から逃げる事も大切だと教わった。というか少年の父は逃げ足が早かったらしい。

 きつすぎる修行時代、何故父は自分にそれを色濃く受け継がせてくれなかったのかちょっと恨んだ事もある。まあ恩恵無しで既に並の恩恵持ちを超えられる逃げ足を持つ時点で凄いことなのだが。

 そんな彼が、逃げない理由。それは背後の少女にあった。栗色の髪をした、自分より背の低い少女。足から血を流しており、走れないようだが這って逃げることは出来るはず。その時間を稼ぐ為に戦っているのだ。

 

「オオオオオオ!!」

 

 そんな少年の事情など知らぬと猛牛は少年を殺そうと迫る。

 

「【ブロンテー】!」

「オアアア!?」

 

 少年の手から雷光が迸る。魔法だ。超短文詠唱。否、()()()()()()()()少年だけの特別な魔法。

 とはいえ詠唱の長さが攻撃の威力に直結する魔法で詠唱が存在しないというのは攻撃力で劣るということ。なのに、わずかだがミノタウロスにダメージを与えたのはスキル故か。

 それでも微々たるダメージ。しかし薄暗いダンジョンで強烈な雷光はミノタウロスの視界を一時的に奪うには十分。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 怒涛の猛撃(ラッシュ)がミノタウロスを襲う。一撃一撃に決死の思いを込めた猛攻。

 呼吸を行うために弛緩するのすら惜しいゆえに、呼吸を止めて行う全力の攻撃にミノタウロスの皮膚に少しずつ傷が刻まれていく。

 

「オオオオオオッ!」

 

 敵が見えぬまま、しかし傷つくという事は近くにいると言う事と判断したミノタウロスが地面を殴りつける。砕けた地面が散弾となり襲いかかってくる。

 

「ぐう───!!」

 

 服を割き、皮膚を破り、肉を千切る。

 痛い! 物凄く痛い。涙が出て来た。吹き飛ばされた少年に、少女はハッとして漸く逃げようと地面を這う。

 視力が戻ってきたミノタウロスはしかしそんな少女に目を向けず少年だけを睨む。不自然なまでに、少年しか、見えていない。

 

「ヴオオオオオオオ!!」

 

 ドスドス地面を揺すり少年に接近し、その蹄鉄などより遥かに硬い蹄を振り下ろす。

 少年の姿は、ない。

 

「────ヴァ!?」

 

 ブチュリと湿った音と共に左の視界が奪われる。光に焼かれ真っ白に染まった先ほどと違い、暗闇。いや、響く激痛が赤を連想させる。

 

「ヴオオオオ!!」

 

 首を大きく降るう。あの一瞬でミノタウロスの体を登り、首に絡みつきナイフで目を貫いた少年は投げ飛ばされる。

 残った右目で睨みつけてくるミノタウロスの前で少年は奇行に走る。あろう事か、ミノタウロスの左目を喰った。

 ゴクリと喉を鳴らし、ミノタウロスを睨みつける少年。

 次の瞬間、地面を蹴る。

 

「────!?」

 

 先程より、速い。先程より、一撃の威力が重い。

 膂力で勝るはずのミノタウロスだったが、技術と速度により、押され始める。赤い双眸がミノタウロスを睨視する。力任せに石斧を振り回しなんとか距離を取らせるが、捕食者は自分だとでも言うようなその視線に、思わず後退るミノタウロス。

 そもそも彼は、自分より強い相手から逃げて来た。逃げる事を覚えたのだから、一度も二度も変わらない。

 

「決着を、つけよう」

「───ッ!?」

 

 その言葉に、ミノタウロスの足が止まる。人の言葉など、知らない。知らぬ筈だ。だが、その言葉を聞き、足が地面に縫い付けられたかのように止まる。

 

「ヴヴウウウ」

「【ブロンテー】」

 

 息を深く吐き出し、地面に手を、()()のようにつくミノタウロス。

 対する少年は雷を纏う。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 咆哮と同時に駆け出す両者。

 全てを貫かんとするミノタウロスの角に相対するは、みすぼらしい短剣。短剣は、砕け散る。

 だが、少年は予想していたと言うように低く構えたミノタウロスより更に低く地を這いミノタウロスの懐に入り込む。

 

「【福音(ゴスペル)】! 【サタナス・ヴェーリオン】!!」

 

 短文詠唱の魔法が発動される。憧れより生み出された強力な魔法が、少年の魔力を食らっていく。その魔力を対価に奏でられる大鐘楼(グランド・ベル)

 音は衝撃波となりミノタウロスの身体を吹き飛ばす。

 

「ヴ、グブォアアアアア!!」

 

 内臓が揺さぶられた。否、潰された。

 血を吐きながら弧を描くミノタウロスはしかし闘志は消えない。己が『宿敵』を睨みつけ、少年もまたミノタウロスに追撃を仕掛ける。

 

「ブルアアアアアア!」

 

 角には劣るがミノタウロスの強力な武器の一つ、蹄が振り下ろされる。空中で回転しながら放たれるそれはLv.3でも致命傷を追うだろう。

 対する少年は、発動には詠唱が不要なその魔法に、()()()()を加える。

 

「【大神の雷よ(ケラヴノス)】!!」

 

 纏っていた雷が掌に集まり槍を形成する。振るわれる雷霆は物理的に存在しているかのようにミノタウロスの蹄とぶつかり合い、焼き尽くす。

 雷霆が少年の手から離れる。本物の雷のように、空を駆け抜ける。

 

「──────」

 

 視界を覆う雷光を、ミノタウロスは目に焼き付ける。最早それしか不可能。次の瞬間には雷光がミノタウロスの上半身を消し飛ばした。

 

 

 

 

「ハ、ハァー…………ふぅ、はぁはぁ………」

 

 その場で膝を付き肩で息をする少年。名を、ベル・クラネル。

 

「勝っ………た? 勝った…………はは、勝てた」

 

 勝利を自覚するにはしばし時を要した。だが、理解し笑みを浮かべる。ミノタウロスの影響かモンスター達は逃げるように姿を消していた。しばらくは大丈夫だろう。

 そういえば、先程の少女は?

 そう思い立ち上がろうとしたベルの耳に、ピキリと亀裂が走る音が聞こえる。慌てて振り返れば壁の一部が割れ、モンスターが姿を表していた。

 

「っ!」

 

 コボルトだ。大して強くないモンスターだが、満身創痍のベルにはキツい。立ち上がろうとして、足にうまく力が入らない。そんな獲物を前に舌なめずりするコボルトだったが…………

 

「…………え?」

 

 その首が、金色の風に切り落とされる。

 

「あの………大丈夫ですか?」

 

 否、それは金色の風ではない。金の髪を持った、少女だ。ベルより僅かに年が上の少女は、金色の瞳をベルに向ける。どうやら、彼女が助けてくれたらしい。

 綺麗な人だ。母に匹敵するかもしれない。母を知らなければ一目惚れしてたかもしれない。そう思うほどに美しい少女。

 

「あの、この辺にミノタウロス見ませんでしたか?」

「ミノタウロス?」

「えっと…………逃げちゃって」

 

 なるほど、ミノタウロスが5階層に現れたのは、彼女、もしくは彼女達に追われたからか。被害者として、言うべきことはあるのかもしれないが、今は後回しだ。

 

「すいません! 用事があるので、また!」

 

 先程の少女が逃げ遅れてないか探すために、ベルは走り出した。幸いというか残念ながらと言うか、少女は見つからなかった。途中血の跡が途絶え、空の瓶が転がっている事を察するに、ポーションで傷を癒やし地上まで逃げたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………」

 

 ダンジョンから出て、ベルは大きく息を吸う。ボロボロになったベルを見て嘲るような視線が幾つも向けられるが気付かない。

 ダンジョンに来て、初めて誰かを助けた。助けられた。

 

──ぼくがさいごの『英雄』になる

 

 母との約束。まだまだ未熟な身なれど、取り敢えずは一歩進めたのではないだろうか。

 パン! と両頬を叩く。よし、と歩き出す。ここからだ。ここから始める。僕の、ベル・クラネルの英雄譚を!

 だから、どうか見守っていてくれ。

 空を見上げ、今は亡き尊敬する師と、愛する義母を思い出し、ベルは天に願った。




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ギルド

期待に答えて2話目


 いやあ、大変だった。何だろうなあのミノタウロス。

 ()()()()()()()()()()()

 先程の光景を思い出しながらベルはギルドに向かう。一応ミノタウロスが5階層に現れたことはきちんと報告するべきだろう。生き残りがいたら周りの冒険者も被害に合うわけだし。

 

「あ………」

 

 ミノタウロスの魔石、すっかり忘れてた。売れば金になっただろうに。

 師の料理が美味しすぎてすっかり大食いになったベルは今日もあまり食べれないなあ、と落ち込むのだった。

 

 

「エイナさーん!」

「あ、ベル君!」

 

 ギルド職員、エイナ・チュールは自分を呼ぶ声に振り返ると、白いふわふわした毛並みが見えた。

 つい最近冒険者になりエイナの担当にもなったベル・クラネルだ。己の背が低いを事を気にしてかピョンピョン跳ねながら駆け寄ってくる姿は髪や目の色のように兎のようで愛らしく、思わず笑みが浮かぶ。

 

「どーしたの、ベル君。今日は早いね?」

「いやぁ、実は5階層でミノタウロス3匹にあっちゃって、武器も壊れちゃったし今日はもう探索無理かなあ、って」

「……………ん?」

 

 エイナという美少女が微笑みかけてきて、照れくさそうに頭をかくベルだったがその発言にエイナは首を傾げる。いまなんつった?

 

「………ミノタウロス?」

「はい。ミノタウロスです。上層に出たので、一応報告に」

「3匹?」

「2匹と対面して、そっちは何とかなったんですけど悲鳴が聞こえた方に向かえば3匹目が。大変でした」

 

 ベルは今回起きたことを話す。

 しかし情報が足りず、エイナの中では2匹から逃げ、悲鳴に向かって慌てて走り3匹目に遭遇したことになった。

 

「良く無事だったね」

「えっと、確かに危なくなりましたけど金色の髪と目の女性に助けられまして」

「ああ、多分アイズ・ヴァレンシュタイン氏ね。【ロキ・ファミリア】のLv.5の………」

「【ロキ・ファミリア】って、確かLv5が7名居る?」

 

 確か師匠が勇者がいるとか言っていて、一目見ようとして門前払いを食らった覚えがある。因みに母からは【フレイヤ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】には近付くなと言われている。

 

「そうだよ。綺麗な人だったでしょ? まあ、だからって好きになってもあんまりチャンスはないけど」

「いえ、お義母さんのほうが綺麗でした」

「…………ベル君って結構マザコンだよね」

 

 エイナは呆れたように言うのだった。

 

「でも、なんでミノタウロスが上層に」

「ヴァレンシュタインさんが逃げちゃって、って言ってましたけど……」

 

 と、彼女との会話を思い出すベル。だからミノタウロスを探していたらしい。

 

「それじゃあ、この事はギルド上層部に伝えておくね。【ロキ・ファミリア】は、まあ何らかのペナルティは負うと思うけど、ベル君から被害届も出せるよ。どうする?」

「いえ、大丈夫です。いい経験になったので………」

「そう、ならいいけど。ところでベル君、5階層って、どういうことかな? かな?」

 

 ベルは説教を食らった。

 

 

 

 

 すっかり日が暮れ、ベルは正座し続けて痺れた足と固くなった背中をほぐしながら帰路につく。

 オラリオの夜はあまり出歩かない方がいいので、人通りの多い所を通れとのことだ。人気のない所には【闇派閥(イヴィルス)】が潜んでいるかもしれない。

 ほんの4年程前まで猛威を振るっていた、混沌を起こそうとした集団。殺し、恐喝、強姦は当たり前。無秩序に暴れ、意味なく殺し、他を害することを良しとする恐るべき一団。未だ目撃情報がまことしやかに囁かれている。

 

「あれ? こぉら、駄目だよ子供がこんな時間に出歩いたら」

「え?」

 

 憲兵のようなものである【ガネーシャ・ファミリア】達を見ながら大変だなあ、と見ていると声をかけられる。振り返ると銀髪のあどけない笑みを浮かべた女性が立っていた。

 

「わあ、真っ白。うさぎみたいで可愛いね。ちょっと撫でていい?」

「え? え?」

「あはは。冗談だよ、冗談。でも、君みたいな子がこんな夜遅く出歩くのは本当に危ないよ? 最近では聞かないけど、まだまだ【闇派閥(イヴィルス)】が壊滅したとは言えないから」

「あ、えっと………すいません。ギルドから帰る途中で」

「あ、冒険者だったんだ。駆け出し、だよね? なら、ますます気をつけて。あいつ等ってば、冒険者を目の敵にしてるから…………送ってくよ。【ファミリア】は何処?」

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】のホーム。ベルは【ガネーシャ・ファミリア】の女性とともに、門まで歩く。門番はベルを見ると軽く挨拶した。

 

「ありがとうございました。えっと………」

「アーディだよ。アーディ・ヴァルマ。君は?」

「ベルです。ベル・クラネル」

「よろしくね、ベル君」

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】ホーム。その中の、主神室。この時間ならここだろう、とドアをノックする。「入りなさい」と中から声がかけられた。

 

「おかえりなさいベル。今日はやけに遅かったわね、心配したのよ?」

「うばあ〜」

 

 中にいたのは2柱の神。赤い髪を持ち、眼帯で顔半分ほどを隠した美女。鍛冶の神であり、【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストス。

 そしてそんな彼女の神友でありニート街道まっしぐらだったがキレたヘファイストスにより働かされている駄女神にしてベルの主神、ヘスティアだ。




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ステイタス

 女神ヘスティア。ベルの祖父の姉であり、見た目は少女、なのに巨乳なロリ巨乳の女神である。

 そんな彼女は地上に降りてきたは良いが何をすればいいのかさっぱり分からず天界時代からの神友であるヘファイストスの下に訪れ、こっぴどく叱られた。

 最近は昔のように地上から魂が帰ってくる量が減っているので安全かと思ったのだが未だ闇派閥(イヴィルス)の完全殲滅は成っておらず、とある勇者曰く残党ぶらせた捨て駒達が時折現れる。

 そんな彼等にとって目障りなのは冒険者。未だ眷属を持たぬ女神などいい的だ。まずは勧誘され、ヘスティアは絶対拒否するだろうから天界に送り返される。

 そんなこんなで保護したはいいものの、この女神、働かない。一日中ぐーたら過ごし、とうとうおかんがブチ切れ強制的に仕事を手伝わせ、その結果が机に突っ伏した今の有様だ。

 

「ほらヘスティア、ベルが帰ってきたわよ?」

「んあ〜? あ、ベル君おかえり。今日もステイタス更新する? 明日にしない?」

「ヘスティア、あんた唯一の眷属なんだからシャンとなさい」

「うう、そうはいっても疲れたよ〜」

 

 もう、とため息を吐くヘファイストス。毎日休みたい休みたいと言っているが、朝起こせば律儀に働くヘスティアを思い出し、肩を竦める。

 

「あなたの眷族入団祝い、してなかったわね。明日、何処かで軽いお祝いをしましょう? だから元気出して」

「ほんとうかい!? 言質はとったぜ!」

 

 わーいと喜ぶヘスティアに、仕方ないわね、と苦笑するヘファイストス。

 

「愛してるぜヘファイストス!」

「もう、調子の良いこと言っちゃって。はいはい、私もあなたが大好きよ。本当に現金な子ねえ」

「だって、下界に降りて君と外食するのは初めてなんだぜ? そりゃあテンションもあがるさ」

「そういえば、そうね。フフ、私もなんだか嬉しい。遠慮せず食べるのよ?」

 

 何となくダメ男に引っかかる女のような発言だが、その辺りは気にしなくていい。何故なら……

 

「ならヴェルフ君も連れて行こうぜ。彼がベル君と僕を引き合わせたわけだし」

「え? ああ、そうね。うん……ヴェルフはベルの友達だし、誘ってあげなきゃ可愛そうよね」

 

 頬を赤く染め言い訳がましい言葉を吐くヘファイストス。ヘスティアはニヤニヤ笑っていると、その視線に気付きからかわれたとキッと睨みつける。

 

「もう、早くベルのステイタスを更新なさい!」

「わー、怒ったー! はいはい、それじゃあベル君、始めるぜ」

 

 その言葉にベルが服を脱ぐ。細身だが、かなり鍛えられた肉体は熟練冒険者と比べても遜色ない。

 ヘスティアは指に血を滲ませベルの背に触れる。比喩なく、その血はベルの中へと吸い込まれる。

 その血は眷属の背に【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻み、対象の能力を引き上げる。これが『神の恩恵(ファルナ)』だ。

 【経験値(エクセリア)】という下界の子供達の誰もが持ち、しかし()()()()においては下界の者では手が出せぬ形無きその者の歴史をすくい上げ肉体に刻む。

 例えば「大きな岩を持った」という【経験値(エクセリア)】はステイタスに刻まれる「力」に振り分けられる。あるいは、物を持つ事に補正の入る《スキル》になったりする。

 

「さあてと、うへぇ……」

「どうしたのよ…………ああ…………」

 

 ヘスティアが呆れたように声を漏らし、ヘファイストスも覗き込み納得する。

 

『ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→H108

 耐久:I69→H193

 器用:I93→H156

 敏捷:G282→F393

 魔力:G298→E408

《魔法》

【ブロンテー】

・速攻魔法

付与魔法(エンチャント)

・詠唱連結

・雷属性

・追加詠唱【ケラヴノス】

【サタナス・ヴェーリオン】

・広域魔法

・詠唱連結

・音属性

・詠唱式【ゴスペル】

・追加詠唱【ルギオ】

【シレンティウム・エデン】

付与魔法(エンチャント)

対魔法(アンチ・マジック)

・外部よりの魔法の無効化

・内部よりの魔法効果減衰

・詠唱式【アタラクシア】

【ジェノス・アンジェラス】

・超広域魔法

・音魔法

【レーア・アムブロシア】

・強化魔法

・炎属性

・全能力(ステイタス)高域補正

・詠唱式【父神よ許せ、神々の晩餐をも平らげる事を。貪れ煉獄の舌。喰らえ灼熱の牙】

《スキル》

承継一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

憧憬(憧れ)が続く限り効果持続

・憧憬の丈により効果向上

英雄決意(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

親象風景(ファミリア)

・憧れの対象の魔法習得

・憧れの対象のスキル習得

神饌恩寵(デウス・アムブロシア)

強喰増幅(オーバーイート)

・発動中全能力(ステイタス)上昇

・捕食対象により効果変動

 

 上がり方が半端ない。半月も経ってないうちからHはもちろんG飛んでEやDがあるってどういう事だ。

 これもベルのみに発現した成長補正スキルの力か。憧れの丈というが、どんだけスキルの対象に憧れてるんだ。

 それと、慣れてきたがやはりスキルも魔法もおかしい。魔法の上限は3つまでなのに2つもオーバーしている。

 スキルもLv.1で4つもあるし。

 この子から初めて【経験値(エクセリア)】抜いた時は驚いたなあ、と現実逃避を始めるヘスティア。一体どんな経験を積めば初の【経験値(エクセリア)】抽出でここまでになるのか。

 

「あの〜………」

「ああ、何でもないわ。ほら、ヘスティア」

「書き写すから待っててね〜。ホイ、できた」

 

 成長補正だけを書かずに羊皮紙に写し取ったヘスティアはそのままベルに手渡し、ステイタスが見られぬようにロックする。ヘファイストスから聞いたのだ。

 

「それじゃあヴェルフ君のところに行ってあげな。頼まれてた剣、完成したって」

「本当ですか!? 行ってきます!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はい!」

 

 元気良く返事したベルは服を着ながら走り去った。

 

「………改めて見ても、スキルも魔法も異常だよねえ」

「………魔法に関しては、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】も似たような魔法があるわ………スキルではなく、魔法だけど」

「バレたらまずい?」

「不味いでしょうね…………」

 

 2柱の女神ははぁぁ、と長いため息を吐いた。




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親友

 それは何時だったか。

 まだ両親を尊敬していた頃だと思う。何せ、馬鹿にされる家族のために手柄を立てようなどと考え戦場に忍び込んだのだから。

 まあ、全く役に立たなかったが。というか、その場に訪れたたった一人の存在が、文字通り()()()()()()()()()。黒い鎧を着込んだ男だった。

 死者はいない。だが地面に線を2つ引き、それを超えるものは保証しないと上から目線で言ってきた。要するに、戦争をやめろと言ってきたのだ。

 ラキアから仕掛けた戦争。ラキア側はやめる気がないし、向こうだっていきなり襲われたのだ。ただでは引き下がれない。

 しかし圧倒的な力を持つ男を前に一歩踏み出せる者はおらず、ただ一人、彼だけは飛び出した。ほぅ、と感嘆したような男の声。

 

──勇気は認めよう。だがそれは蛮勇だ。喰らうまでも喰らわせるまでもないが、良い刺激にはなるだろう

 

 そうしていけ、と命じた男の影から現れたのは白い影。強かった。

 恩恵こそ刻んでいないものの、腕には自信があった。しかしまるで敵わなかった。

 ラキアも相手も、特攻した彼を見て、鎧の男が怒りだすのではと逃げ出し唯一残された彼は白い少年に負け地面に横たわる。

 

──どうだった?

 

 そう聞いてくる鎧の男に、少年は敗北者を真っ直ぐに見つめ、答える。

 

──強かったです

 

 かっと怒りが沸いた。自分は負けたのだ。無様に地面に転がされた。泥で身を汚し、挙げ句の果てに年下に同情されたのかと歯を噛み締めた。

 

──信念がありました。勇気がありました。師匠は蛮勇と言いましたけど、僕はやっぱり、蛮勇でも、愚行でも、踏み出せる人は、強いと思う

 

 赤い瞳が、真っ直ぐこちらを見抜く。炉の中の炎よりも尚赤い瞳。その目に嘲りは無く、ただ称賛があった。

 

──あの、本当に良かったんですか? この戦争止めちゃって。いや、それは確かに戦争なんて良くないと思いますけど

 

 戦っていた時からは想像もできぬどこか弱々しさを感じさせる少年に、構わんと鎧の男は告げる。

 もとよりラキアの主神の悪癖が働いただけ。理由のない戦争。信念なんて初めから無い戦争。なら死者が出る前に終わらせるに限る、との事だ。

 

──信念はありましたよ。この人には

 

──見込みがあるのはこんなガキ共だけとは世界は停滞どころか衰退してやがる

 

 と、鎧の男は呆れたように言うとその場から立ち去ろうと歩き出し少年も慌てて後に続く。

 

──あ、えっと。なんか、すいませんでした

 

 謝る少年に、問う。何故強いのかと。少年は何処か遠い目をして、青くなって震えだした。辛い修行のおかげだと。

 何故続けられるか、そう問うと、少年は再び真っ直ぐ赤い瞳を向けてくる。

 

──英雄になりたいから。あの人達のように。それが、あの人と交わした約束だから。それが、僕の原点だから

 

 だから、全力で駆け抜ける。あの人の笑顔を嘘にしない為に、そう言い切った少年はペコリと頭を下げると師を追って走り出す。

 きっと、鎧で身を包んでいた彼は自分の顔など覚えていないだろう。だが、あれは自分にとって始まり。

 剣を作ろう。元より自分は戦士ではなく、鍛冶師だった。クロッゾである前に、ヴェルフだった。

 鉄を打つのが好きな、強い剣を打ち、それを誰かに使ってもらいたいただの何処にでもいる鍛冶師で、強い剣を己の手で生み出す事こそが信念で原点の、鍛冶馬鹿。

 魔剣が打てる? 知った事か。ある程度の強さは生み出せようとそこで停滞して、持ち主まで停滞させているようじゃ話にならない。家から飛び出し、ヴェルフはオラリオにやってきた。

 魔剣は金稼ぎに丁度良い。本命は、ヴェルフ自身が打つ剣。それ自体は別に魔剣でもいい。相手が停滞しないのなら、その魔剣を持って、さらにその先を目指すのなら。

 

 

 

「…………と、寝ていたか」

 

 懐かしい夢を見ていた青年は目を覚ます。一仕事を終え、気が緩んでいたらしい。

 壁に寄りかかり眠っていた彼の前には、一本の大剣。

 依頼者は華奢な少年。普通なら片手剣か、良くて両手剣を選ぶべきなのに、敢えての大剣。それを望む理由が分かる彼としては、出来るだけ形も記憶のものを再現したつもりだ。脅かしてやろうという悪戯心もある。

 

「ヴェルフ!」

「お、タイミングが良いな」

 

 丁度思い出していた親友がやってくる。

 

「ほらよ、頼まれていた剣だ。要望通りの形にできてるか?」

「うん! ありがとうヴェルフ!」

 

 本来ならベルの細腕には合わない無骨な大剣だが、力が3桁になったベルは見事に持ち上げる。彼曰く木刀などで大剣を使う練習はしていたらしい。ただ、母が「筋肉の塊になるのは許さん」と言っていたらしく、大剣を振れるだけの筋肉をつけることは敵わなかったらしい。しかしステイタスを手にした今なら話は変わる。

 

「とはいえ慣らしてえだろ? いっちょ実践形式で振ってみるか?」

 

 手伝ってやると、と笑うヴェルフは壁に立てかけていた紅蓮の大剣を握る。ベルは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 そして、二人は修練上に移動する。

 

「俺はLv.5だ。加減はしてやる………」

「ヴェルフと戦うなんて6年ぶりくらいかな? 久し振りだなあ」

「─────っ」

「どうしたの?」

 

 ベルの言葉に目を見開くヴェルフ。覚えていたのか、あの時の事を。知らず知らず、笑みを浮かべるヴェルフ。

 

()()俺の方が強い、遠慮せず全力でこい」

「もちろん、全力で………」

 

 リン、リンと鈴の音が響き、ベルの体が白く輝いていく。それまで使うか、とヴェルフはならばと己の内に眠る力に意識を向ける。

 

「行くぜ──『ウルス』」

 

 火の粉が体から溢れ出す。炎は人のような形を取りヴェルフを守護するように纏わりつき、ヴェルフの剣は炎に包まれ、ベルの剣もまた雷を纏う。

 

「「勝負だ!」」

 

 

 

 その夜二人はホームの修練場を吹き飛ばした事と夜中に爆音を響かせたことでヘファイストスからこっぴどく叱られた。庇おうとしたヘスティアはヘファイストスに一睨みされ用事を思い出したと逃げていった。




ヴェルフ・クロッゾ

本編より早くオラリオ入り。全盛だった暗黒期に揉まれLv.5に。ベルに憧れながらも対等でありたいと思っている。
ウルスに関してはなんか何時の間にか使えるように成ったステイタスに刻まれてない便利な力と認識してる


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豊穣の女主人

 ベル・クラネルの朝は早い。その日は何時にもまして早かった。何せ憧れの師と形だけとはいえ同じ形の大剣を手にし、テンションが上がって速攻でダンジョンに向かった。

 狭い通路で器用に大剣を振るい敵を切り裂いていく。

 

「むぐむぐ。やっぱりこの辺のモンスターじゃ、効果は薄いかあ」

 

 モンスターの死骸を食いながら、昨日のミノタウロスを食った時の高揚感を思い出し呟くベル。

 再びモンスターの気配がしたので、大剣、『暴裂の大災塊』を構える。師の剣の模造品。ヴェルフは『()()剣を真似した()()……シノタンはどうだ?』と聞いてきたがもちろん却下した。

 

「さてと、夕飯もあるし、奢りだし……もう少し、喰らわせてもらおう」

「グギャ!?」

 

 ベルの、捕食者の視線に、ビクリと震えるモンスター達。次の瞬間ベルはモンスター達に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 哀れ犠牲になったモンスター達の魔石やドロップアイテムを換金し、ホームに戻ったベルはヴェルフ、ヘファイストス、ヘスティアと共に飲食店を目指す。ヘファイストス曰く美味しい料理が食える場所のようだ。

 

「おお、ここかいヘファイストス」

「ええ。『豊穣の女主人』………可愛い子が多いけど、手を出しちゃ駄目よベル」

「だ、出しませんよ!」

 

 神であり整った容姿を持つヘファイストスが認めるということは、本当に美人が集まった店なのだろう。僅かな期待で赤くなるベルを見て、ヴェルフがからかうように笑う。

 

「おいおい何恥ずかしがってんだ、男だもんな。仕方ねえさ」

「そ、そういうヴェルフはどうなのさ」

「俺はヘファイストス様一筋だからな」

「っ! も、もうヴェルフ! こんな時に何を言ってるのよ!」

「どんな時だって言いますよ。俺にとって、あんたより良い女は居ないんですから」

「…………馬鹿」

「なんで唐突にいちゃつき始めるんだい君達は」

 

 突然桃色空間を展開した神とその眷属にヘスティアは呆れ、周囲の恋人のいない者達が「これみよがしにイチャイチャしやがって」と嫉妬の視線を飛ばす。

 ヘスティアはさっさとこの場から離れようと二人の背を押し歩き出し、ベルもそれに続こうとして、不意に視線を感じた。

 

「───っ!?」

 

 無遠慮にこちらを覗き込む視線。こちらの事情などお構いなしに、全てを見せよと言ってくるこの視線は、間違いない、神だ。ヘスティア達のような良識のある神と違い、己の欲求を優先する神らしい神からの視線。どこから、と周囲を警戒するベルだったが唐突に視線は消える。そして…………

 

「あの〜、どうかしました?」

 

 店の前で立ち止まるベルを不審に思ったのだろう、店員らしき女性が話しかけてきた。鈍色の髪を持つ、美しい女性。

 

「あ、すいませ────っ」

 

 謝罪しようとしたベルは、唐突に固まりその女性を真っ直ぐ見つめる。

 

「? どうかしました?」

「………貴方は………()()()()()()()()?」

「………………………………」

 

 捉え方によっては失礼なその質問に、女性は固まり、しかしすぐに笑い出した。

 

「ふふっ、あはははははははははっ! そんな事言われたの、二度目です。私、モンスターなんかに見えますか?」

「あ、いや…………すいません。何となく………」

 

 神、には見えない。モンスターにだって当然見えない。なのにベルは、その女性が人間であるか疑問に思った。何故だろうか。

 

「僕はベル・クラネルと言います。貴方は?」

「シル・フローヴァです。よろしくお願いしますね、ベルさん」

 

 先程の発言は気にしていないのかニッコリ微笑むシル。店の中からベルを呼ぶヘスティア達の声が聞こえ、ベルはシルに頭を下げると店の中に入っていった。

 

 

 

 

 店の店員強すぎない?

 みんなそこらの冒険者より強いのだけどどうなっているのだろうか。豪快に笑う店主など明らかにヴェルフより強い。

 

「それじゃあ好きなだけ頼みなさい」

「あ、はい。じゃあこのページのメニュー全部」

「……………はい?」

「あ、大丈夫です。今日は1ページ分で大丈夫なようにお腹ためてきましたから」

「ためてきた………?」

「ベルは結構食うんすよ」

 

 この中で唯一ベルと食事に行った事があるヴェルフは俺も最初は驚きましたよ、と笑う。ベルは運ばれてきた料理を次々平らげていった。

 

「おお、ベルさんってば大食漢なんですね」

「あ、シルさん」

「むっ。誰だいベル君、この女は」

「はじめまして女神様。シル・フローヴァと言います。ベルさんとの出会いは………ちょっと人には言えません」

 

 いたずらっぽく微笑むシル。そりゃ確かに初対面の相手に人間か疑問に思われたなんて言いふらしたくないだろうけど言い方あ! とベルはシルを見る。シルはペロ、と舌を出した。まさか仕返しのつもりだろうか。

 

「ほっほ〜う。ベル君、話を聞かせてもらおうか」

「ち、違うんです神様ぁ!?」

「団体様ご到着にゃ!」

 

 と、ベルが慌てて弁明しようとする中猫人(キャットピープル)の店員が元気よく叫ぶ。

 予め予約していたのか、そういえば店の一角が空いていた。

 

「…………おい、みろよ」

「ああ、えれぇ上玉」

「馬鹿、エンブレムを見ろ」

「っ! 【ロキ・ファミリア】! 巨人殺しのファミリアか………」

 

 入ってきた一団はそちらに向かう。美男美女の集団だ。中には特徴がないのが特徴とも言えそうな平凡な容姿の男も居たが、基本的には顔立ちは整っている。主神の趣味だろう。そんな彼等の登場に、店の中がざわつく。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! ギルドからのペナルティはあるが、取り敢えず死者はいなかったらしいし今日は宴や! 飲めぇ!」

 

 おそらく主神であろう女神、つまりロキが音頭を取るとヘスティアが明らかに不機嫌そうな顔をする。死者こそいないが被害者はいる。

 それも自分の眷属だ。

 しかも最初の眷属だ!

 いくら事前にベルから気にしてないと言われてもはいそうですかとあっさり受け入れられるものでは無い。しかし、ベルは許した。【ロキ・ファミリア】との敵対は、世話になっている神友のヘファイストスにも迷惑がかかる。ここは我慢。我慢だ、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 

「そうだアイズ! お前あの話を聞かせてやれよ!」

 

 と、不意に獣人の男が叫ぶ。アイズは首を傾げた。 ベルは運ばれてきた料理を食べていく。皿の塔が築かれていた。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の1匹、お前が5階層で始末したんだろ!? そんで、ほれ、そん時いた兎野郎!」

 

 兎と聞き、ヘファイストス、ヘスティア、シル、ヴェルフはモキュモキュと最初と変わらぬペースで注文した料理を8割ほど食べているベルを見る。

 

「べ、ベルさん。これも食べてみませんか? はい、あーん」

 

 もはや獣人の言葉などそっちのけでベルの食事シーンを見たくなったシルが料理を差し出す。母親にやられなれたベルは躊躇いなくパクリと食べる。

 

「たかが5階層の、コボルト如きにボコボコにされててよぉ!」

 

 コボルトにボコボコにされたならベルじゃないな、と2柱の女神と一人の男は話から興味を無くす。

 

「5階層でちゅーなら、よく居る恩恵得たてで調子乗ってもうた駆け出しか? なんでうさぎなん、兎人(ヒュームバニー)やったんか?」

「いやぁ、兎みてえに真っ白な髪と赤い目をしてたんだよ」

 

 あれ、やっぱりベルの事だろうか?

 

「抱腹もんだったぜ、アイズに助けられて、逃げ出してやんの! コボルト殺せる程度の女も怖いらしい!」

「………くっ」

「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふっ………ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

 どっと周囲が笑いの声に包まれる。エルフの少女、主神、長髪のアマゾネスが、堪えきれず笑う中アイズだけはまるで自分だけ一人、遠いところに取り残されたかのような疎外感を感じているような顔を浮かべ、ベルが食事の手を止め立ち上がる。

 

「まったくあんな雑魚がいるから、俺達の品位が下がるってのによ。力もねえなら引っ込んでりゃいいんだ。なあ、アイズ?」

「私は───」

「あの、大丈夫ですか?」

「…………え」

 

 同意を求めるような獣人の声に、アイズが何か言う前に声がかけられる。その声に振り返れば、ベルが立っていた。ちょうど今、アイズの脳裏に浮かんでいた少年。ヘスティアが「ベル君!?」と叫ぶ。

 

「えっと、よくわからないけど。そんな泣きそうな顔、しないでください。僕は平気ですから」

「泣き、そう? 私、が………?」

「はい、泣きそうな顔をしてますよ。だから来ました。女の子が泣きそうになってたら、そばにいてやれっておじいちゃんに言われたので」

 

 それが、ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタイン、ダンジョンで出会いすぐに別れた男女の早い再会であった。




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ロキ・ファミリア

 アイズにとって白髪の少年は名も知らぬ、しかし再び会いたい相手であった。理由の一つは、ミノタウロスの討伐。

 最初はコボルトにやられたのかと思っていたが近くで見ればあの傷はコボルトにつけられたものではないとすぐに分かったし、近くにミノタウロスの魔石と角が落ちていた。自分達が逃したミノタウロスに襲われたのだ。謝りたい。それと、もう一つ。

 懐かしい夢を見た。まだ平和だった頃の、両親と共にいる夢。あの少年に幼い頃の自分を見たのだ、純粋で、未来を夢見る赤い瞳に。

 その少年が、馬鹿にされている。

 彼等が、彼女等が笑っている。何が楽しいのか解らない。

 怪物に、モンスターに殺されそうになってたんだよ、人が、人間が。何でそれで笑えるの。

 いや、彼等に悪意がないのは解る。助かったからこそ笑えているのだ。だけどそれは結果論で、怪物に殺されそうになった彼は怖かったはずだ。アイズも、昔は怖かった。

 何で、笑うの?

 再びそんな疑問が溢れ出す。

 自分だけが、世界から切り離されたかのような疎外感。【ロキ・ファミリア】古参でありアイズの教育係でもあったリヴェリアがその変化に気付き一同を止めようとしたその時だった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「…………え」

 

 アイズに話しかける声。少年の声が聞こえ、アイズが顔を上げると件の白髪赤目の少年がいた。

 どうして彼がここに? いや、ここに客として来ていたのだろう。なら、あの会話を聞かれてしまったはずだ。馬鹿にされ、笑われたのを、聞いてしまったはずだ。

 自分がきちんと報告しなかったせいで…………。

 そうだ、謝らなきゃ………。

 

「えっと、よくわからないけど。そんな泣きそうな顔、しないでください。僕は平気ですから」

「泣き、そう? 私、が………?」

 

 その言葉にキョトンとするアイズに、少年は何処かこちらを安心させようとするような笑みを浮かべる。年下の筈なのに、何処か父を思い出させる微笑みだ。

 

「はい、泣きそうな顔をしてますよ。だから来ました。女の子が泣きそうになってたら、そばにいてやれっておじいちゃんに言われたので」

 

 泣きそうな顔? そうか、自分は、泣きたくなったのか。だってそうだ、彼が馬鹿にされて、笑って、それが嫌だった。けど、黙り込むばかりで、溜め込もうとしてしまって………。

 彼は被害者なのに。今まさに自分を馬鹿にしている者達が集まった場所に、泣きそうな人がいると言うだけで来てくれた。優しい人だ。そんな彼が馬鹿にされた原因を作ったのは、自分。ますます泣きたくなってきた。

 

「ああー? 誰かと思えば兎野郎じゃねえか。なぁにアイズに話しかけてんだ、身の程弁えろや雑魚!」

 

 と、アイズに話しかける人影に気付き獣人の男、ベートがアルコールで赤くなった顔で叫ぶ。彼以外にもアイズに話しかけるなんて無礼な! と言いたげな者もいる。

 

「雑魚って、そりゃ僕は貴方達に比べたら弱いけど」

「はっ。馬鹿が、冒険者の中でも最弱に決まってんだろうが。コボルト如きにああまでボロボロにされてんだからよお。んな雑魚が、アイズと話そうなんざ身の程知らずにも程がある。なあ、アイズ?」

「いい加減にその口を閉じろ、ベート。アイズの人間関係にお前如きが口を挟む権利はない」

「黙れ、ババア。雑魚は強者に媚び諂って、自分も強くなったと勘違いしやがる。強くもねえ奴が、強い奴に話しかける権利はねえんだよ。アイズだって、5階層で死にかけるような雑魚と仲良くする必要なんざねーと思ってんだろ?」

「そんなこと、ないです……」

「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって……じゃあ質問を変えるぜ? そのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 酔いながらもどこか真剣なその顔に、少年は口を挟むべきか迷うような仕草を見せた。何だろう、なんか、モヤっとした。

 

「………ベート、君、酔ってるの?」

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 この時ばかりは、はっきりと、アイズはベートに嫌悪を覚え迷いなく隣に立ちアイズを心配そうに見ている少年の腕を抱き寄せた。

 

「この子がいいです」

「…………え?」

「…………は?」

 

 ベートと少年から、間の抜けた声が溢れる。

 

「この子を、滅茶苦茶にしたいです」

 

 …………あれ、逆だっけ?

 アイズが咄嗟に自分で言った言葉に首を傾げていると、ゴチンと頭を叩かれる。

 

「何を言ってるんだお前は!」

 

 リヴェリアの拳骨だ。

 反応できなかった!

 魔導師なのに!

 自分は前衛なのに!

 隣で少年が「おかあさんみたいだ……」と呟く声が聞こえた。その発言にリヴェリアがギロッと少年を睨む。が、それよりも早く反応する者がいた。

 

「はあああ!? 俺より、そんなガキのほうが良いだぁ!? おい、冗談だよなアイズ!」

「そそそ、そんな、まさか………違いますよね!? ベートさんが死ぬほど嫌だっただけですよね!? ゴキブリの方がマシとか、そういうあれですよね!?」

「ぶっ殺すぞクソエルフ!」

 

 ベートとエルフの少女が叫ぶ。エルフの少女、レフィーヤが自然にベートをディスってた。

 

「なんで俺とその雑魚で、その雑魚を選ぶんだよ! そいつはコボルトにもやられるような雑魚だぞ!?」

「違います」

 

 と、アイズはベートの言葉を否定する。

 あん? とベートが訝しむ。

 

「あの場に、ミノタウロスの魔石が落ちてました。この子はミノタウロスと戦って、勝って、その後にコボルトに襲われただけです」

「はん。何言ってやがる、あの装備はどう見ても駆け出しだったろうが。そんな奴がミノタウロスを倒す? 出来るわけゃねーだろ」

「え? あ、ミノタウロスなら3匹程倒しましたけど?」

「ああん? 嘘つくんならもっとマシな嘘を───」

「いい加減にしろぉ!」

「ごふ!?」

 

 と、ツインテールで螺旋を描きながらヘスティアがドリルキックをベートに喰らわせる。もちろんダメージはないが酔っていたベートは椅子ごと倒れ床に転がる。

 

「んなあ!? ドチビ!? うちの可愛い眷属に何すんねん!」

「それはこっちの台詞だぁ! 黙って聞いてれば僕の可愛いベルくんを滅茶苦茶にしたいだの雑魚だの滅茶苦茶にしたいだの兎野郎だの滅茶苦茶にしたいだの好き勝手言って! というか君もベル君から手を離せー!」

「ご、ごめんなさい………」

 

 その剣幕に押されアイズがベルから腕を離す。

 

「もう怒ったぞ! ベル君の優しさに免じて見逃してやろうと思ったがもうやめだ! ギルドを通して、ミノタウロスの件を正式に抗議してやる! 慰謝料払わせてやるからなー!」

「か、神様、僕は別に気にして………」

「シャラップ! これは、僕の私怨だ。主神(おや)としての怒りだ。ベル君は黙っていたまえ」

 

 ヘスティアの言葉にベルは黙り込む。ヘスティアはそのまま、赤い髪の糸目の女神、ロキに目を向けた。

 

「久しぶりだねロキ。君も一柱(ひとり)眷属()を持つ主神(おや)とする前提で話すけど、いいかい?」

「……………ああ」

「なら、その会話に私も混ぜてもらっていいかしら?」

「ん? ファイたん、なんでおるん?」

「その子は、私のこ、こ………んん、私のところの副団長の親友で、私は眷属が一人しかいないヘスティアを保護してる身だもの。話し合いに参加する権利はあるはずよ」

「ヘファイストス様、椅子持ってきました。ヘスティア様も」

「あら、ありがとうヴェルフ」

「気が利くね」

 

 と、ヘファイストス達までやってくる。ヴェルフの登場にエルフの何人かが「クロッゾッ!」と呟きながらヴェルフを睨む。

 

「話し合いだぁ!? ざけんな、ミノタウロスに襲われようが、そもそも強けりゃいいんだろうが! てめぇの弱さの責任を押しつけんじゃ──んぐお!?」

「はいはい、黙ろうかベート」

 

 ベートが起き上がりながら叫ぼうとしたが小人(パルゥム)の拳が顎をかすり脳を揺らし床に転がす。

 

「正式な被害届は後日受理するとして、今日はまず侘びましょう。申し訳ありません、神ヘスティア」

「ん、ウチからも謝る。ベートがすまんかったな」

「………………」

 

 ロキと小人(パルゥム)……フィンの謝罪から会話が始まる。

 ミノタウロスは17階層で一気に生まれ、新人に経験を積ませようとしたがまさかの逃げ出すという予想外の行為をとったとのこと。

 モンスターが相手が己より強いとはいえ集団で逃げ出すというイレギュラーに対応が遅れたことを正式に謝罪するとの事だ。後日、慰謝料は送るとのこと。

 

「しっかしミノタウロスを3匹も、なあ。なんで駆け出しの装備なんかしとるん? ヘスティアの来た日数考えても、外からの改宗(コンバージョン)やろ?」

「? いえ、神の恩恵を得たのは半月ほど前が初めてですけど?」

「……………え、待って。嘘やないやん」

 

 下界の民の嘘を見抜ける神は、初めて自分の能力を疑った。




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酒場の暴食

 モンスターにはレベルが存在しない。当たり前だ、恩恵がないのだから。

 しかし適正レベルは存在する。それは長い歴史の中、ギルドが先人達の情報を持って帰り、厳正に審査し、そのレベルに至った者達と戦わせ出した結論。

 ミノタウロスの適正レベルはLv.2。それはつまりLv.2以降でしか勝てた者は居らず、Lv.1では絶対に勝てないと千年続く歴史で決定づけられたこと。

 勿論それを覆す者はいる。そういった者達がランクアップするのだ。ただ、それはつまりランクアップ出来るだけの経験を積んだということだ。外で経験を積んでいたと言うなら、まだ解る。

 

「………もう一度確認なんやけど、自分はヘスティアの恩恵やなくて、神の恩恵そのものを半月前に得たんやな?」

「はい」

「で、今日ミノタウロスを3匹倒したと?」

「はい」

 

 とてもではないが信じられない。しかし嘘をついているようには見えない。念の為、彼が嘘をついた時わかるか確かめてみるか。

 

「なあ、ちょっと嘘言ってみてくれん?」

「え? あー…………【ロ、ロキ・ファミリア】の人達は美人ばかりですね。お義母さんより綺麗な人、初めて見ました」

「ふむ、ウチの子達より母親の方が綺麗と思っとる、と」

 

 ついでに言えば初めてという台詞から察するにこの場に人間以上の容姿を持つ女神が3人も居るのに誰一柱(ひとり)として母親より綺麗だとは思ってない。とんでもねえマザコンだ。

 

「はあぁ!? 何を言ってるんですか貴方は! 一児の母よりアイズさんやリヴェリア様のほうが綺麗に決まってます!」

「いえ、僕のお義母さんです。断固として譲りません」

 

 レフィーヤの言葉にキリッとした表情で告げるベル。無礼な〜と唸るレフィーヤ。と……

 

「うん、解るよ。お母さんって、誰に何と言われようと綺麗だよね。私も私のお母さん、私より、リヴェリアより綺麗だと思ってる」

「え、あ、アイズさん!?」

「…………………」

 

 アイズの言葉に固まるレフィーヤ。リヴェリアは何とも言えない顔をしている。

 

「そうですか。じゃあアイズさんが綺麗なのは、お母さん似なんですね」

「…………綺麗?」

「はい、綺麗です」

「……………そう、なんだ」

 

 下心一切ない、無垢な称賛に照れるアイズ。レフィーヤが慌てたように「私も綺麗だと思ってます!」と叫んだが()()()()()()()にアイズ、は「う、うん」とだけ返した。

 

「嘘は一度も言っとらんなあ。全部本音や」

「つまりミノタウロスを倒したのも本当、と。参考に、どうやって倒したか聞いていいかい?」

「えっと、2匹は簡単に倒せたんですが最後の一匹だけやたら強くて。2匹は武器が弱くても魔石を狙えるほど鈍かったんですが3匹目が………速さとかは変わらないんですけど、なんていうか、人を相手しているみたいな………」

 

 うまく言葉にできずに唸るベルに、フィンは目を細める。彼がミノタウロスを倒したのも、2匹を倒せたのも嘘ではないだろう。なら、彼が苦戦すると事になったミノタウロス、その一体だけがあのイレギュラーの中でも突出したイレギュラーということだろうか?

 

「ありがとう。君が対処してくれなかったら、死人が出ていたかもしれない」

「そうさ。そんなベル君を笑ったんだ、勿論相応のそれなりの謝罪は見せてもらうからな」

「か、神様ぁ……」

「いいんだ。神ヘスティアの言う事は最もだ………時に、駆け出しということは装備も心許ないだろう? 慰謝料とは別に、そちらで謝罪できるなら僕からプレゼントさせてくれないだろうか」

「お気持ちは嬉しいですけど、僕はヴェルフの剣があるので」

 

 ベルの言葉にどこか誇らしげに胸を張るヴェルフ。エルフの何名かが「クロッゾの……」と何処か蔑むような視線を向ける。

 

「勘違いすんなよ? 俺がベルに造った剣は魔剣じゃねえ。あんな使えば砕けるような武器として三流なもん、ベルに渡すわきゃねえだろ」

「? ヴェルフ、なんかエルフに嫌われるような事したの?」

「俺は、何もしてねえよ」

 

 と、その言葉にエルフの男が立ち上がる。

 

「貴様、よくもぬけぬけと言えたものだな! 貴様ら一族が造った魔剣により、どれだけの同胞の森が焼き払われたか!」

「え、ヴェルフ魔剣をオラリオの外にも売ったの?」

「売るかよ。その辺り、ギルドのロイマンが管理してる。そりゃまあ、そういう目から溢れたのもあるかもだが、彼奴が言ってんのは俺が生まれるずっと前の話だ」

「じゃあ、あの……ヴェルフの魔剣は、エルフの森を焼いてないんじゃ…………」

 

 と、鋭い剣幕でヴェルフを睨むエルフにベルが話し掛ける。エルフの男はそれでも怒りが収まらないのか今度は怒りの矛先をベルに向ける。

 

「ならば貴様は、クロッゾの魔剣が故郷を焼き滅ぼして、なおその男の友でいられるとでも言うとのか!」

「え? はい。えっと、だってその魔剣造ったのも、使ったのもヴェルフじゃないんですよね?」

 

 あっさりと回答したベルに、エルフの男は思わずロキを見る。ロキは嘘やないで、と返した。

 

「それに、その魔剣を打ったのがヴェルフだとしても、恨みませんよ。だって、少なくともヴェルフは魔剣をそんなことの為に使って欲しいなんて思いませんから」

「っ………だが───!」

「そこまでにしなさい」

 

 と、凛とした声が響く。

 

「っ……アリシア、お前はなんとも思わんのか!」

「何も思わぬという訳ではありませんが、その猛火を目にした事もない私達が、その時代生まれても居ない方を血筋というだけで糾弾するのはお門違いです」

「はは、何だよ。あんたも丸くなったなあアリシア、初めてあった時はあんなに噛み付いてきたのに」

「昔の話はしないでください………」

 

 ヴェルフのカラカラとした笑みに頬を染め、プイと顔をそらすアリシアと呼ばれた妙齢のエルフ。ヘファイストスはん? と彼女とヴェルフを見て、頬を膨らませヴェルフの腕を抱き寄せた。

 

「おっと、どうしたヘファイストス様」

「…………別に」

「ヴェルフ君は鈍いなあ」

「ヘファイストス様、どうしたんでしょう」

「ベル君も鈍いなあ〜」

 

 と、ヘスティアは名前のよく似た親友同士の親友と自分の眷属達の鈍さに呆れた。

 

「まあ、そういうわけで武器は間に合ってます」

「ポーションの類もね。ナァーザ君が工面してくれるしね」

「ナァーザ………【冥府の番犬(ナベリウス)】か………彼女の品質なら、アミッドとも同等か」

「え、ナァーザさんそんな恐ろしい二つ名だったんですか?」

「生者を冥府に通さないという意味の番犬だよ。アミッドに並ぶ世界最高のヒーラーだ」

 

 暗黒期、ダンジョンも地上も怪我人が増え、地上のアミッド地下のナァーザといった感じになっていたらしい。その際一度片腕を失う大怪我とそれによるトラウマを負ったが支えてくれる団員達と主神により再び立ち上がったらしい。

 ベルは片腕? と首を傾げよく両手でピースする無表情な知人を思い浮かべた。

 

「そうやな、何ならここの飯を好きなだけ奢るちゅーのはどうや?」

「ロキ、ここは確かに高めの店だけど、それでは謝罪にならないよ」

「ええやん、ようは気持ちやろ? ほれベルっち、好きなだけ頼んでええよ。大手やからな、金なら大量にある」

「「………あ」」

 

 ヘスティアとヘファイストスがやっちまった、と言うような声を出す。ロキがん? と首を傾げた。

 

「いいんですか? その、僕って結構食べますけど」

「かまへんかまへん。育ち盛りや、好きなだけ食べるとええ」

「じゃ、じゃあ…………すいませーん、さっきの注文も含めてメニューに載ってるの全部くださーい!!」

「「「……………は?」」」




ミアハ・ファミリアの借金はこのご時世に医療系ファミリアかつ民心の支持を集めるミアハ・ファミリアの消滅を恐れたギルドが変わりに請け負いました

アストレア・レコードでもまず頼りにされるとディアンケヒトとミアハの2つらしいですしね



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初の休日

 支払いは言い出しっぺのロキの財布から行われた。ロキは二度と奢らんからな〜! と泣き言を言って去っていった翌日。

 ベルはヘスティアからいい加減に休めと言われ、仕方なくその日はダンジョン探索を取りやめナァーザの手伝いをしに行った。

 

「休みを貰ったのに、他のファミリアの手伝いに来るなんて、ベルは良い子だね。よしよし、飴、食べる?」

 

 薬瓶の入った箱を運んでいるベルに犬人(シアンスロープ)のナァーザが話しかける。

 水飴、あるいは膠飴に包まれた果実に棒が刺さっている。両手塞がっているベルはあー、と口を開きかぶりつく。

 

「! …………っ!? ………!」

 

 パァ、と目を見開き、ニョンと伸びた水飴を見て慌てて伸びたぶんをハムハム口に入れていく。とても可愛らしく、店員(主に女性)やお客様(主に女性)がほっこり。

 一部の店員やお客様(主に男性)はナァーザに食べさせてもらっているベルに嫉妬の視線を向けたりしている。

 一人の店員が箱を代わりに受け取ってくれたので、自分の手で食べるベル。

 

「美味しいですね。これは?」

「水飴………薬の、一種だよ。体力の低下、胃腸機能の改善に対して使われる。ポーションに比べたら微々たる効能だけど、子供が好きなんだ」

「なるほど。でも、この果実は?」

「出店に出すんだ」

「出店?」

「? ああ、ベルは来たばかりだから知らないか」

 

 一瞬不思議そうな顔をしたという事は、オラリオではこの時期に出店を出すのは恒例なのだろう。

 

怪物祭(モンスター・フィリア)って言ってね。モンスターを調教(テイム)する見世物をやるの」

「モンスターを? 見世物って事は、地上に? よくギルドが許可出しましたね」

「それがね、むしろギルドが発案なの。オラリオの七不思議の一つ」

「七不思議」

 

 そんなものがあるのか。

 

「お仕事お疲れ様。働き者の知人が出来て助かる」

 

 イェーイと両手でピースするナァーザ。ベルはその両手をじっと見る。

 

「………? どうか、した?」

「あ、いや………その、昨日ちょっとナァーザさんの話を聞いて………」

「ああ、ひょっとして、私が片腕を昔失ったってこと?」

 

 ムニムニと右手でベルの頬を突いてくるナァーザ。ナァーザは少し暗い顔をしている店員達を見て、場所を変えよっかと店の奥にベルを連れて行く。

 

 

 

「ご覧の通り、今はきちんと両腕あるよ」

「今は、ってことは」

「うん。昔、モンスターに食われた」

 

 聞けば全身を炎で焼かれ生きたままモンスターの群れに食われたらしい。その事を聞かされ顔を青くするベルをヨシヨシと撫でるナァーザ。

 その事件の後、ミアハの献身的な看護と投薬により、一命はとりとめ全身の重篤な傷も癒されはしたのだが、骨までなくなってしまった右腕だけは高級ポーションでも治す事ができず「銀の腕(アガートラム)」と言う義手をミアハが購入したらしい。

 とても高額で、莫大な借金を負うはずだったがそれによるファミリア解散を恐れたギルドが負担。そしてギルドの豚と呼ばれるロイマンにミアハが逆らえなくなるのを嫌ったミアハファンのエルフの女性達を筆頭に市民や冒険者達が寄付してくれて事なきを得たらしい。

 

「沢山の人に、迷惑をかけた。だから、頑張ってトラウマを克服して、皆の力になりたくて、私と同じ思いを誰かにしてほしくなくて。魔法に目覚めた」

 

 それが再生魔法と呼ばれる四肢欠損も内臓欠損も癒せる規格外の奇跡(まほう)。その名も【ノーデンス・サウエレイント】。

 

「もう腕とかニョキニョキ生えるよ」

「ニョキニョキと………」

 

 想像してみて。ちょっと怖い。

 

「嘘。銀色の光がなくなった部分の形になって、光が収まると治ってる」

「すごい魔法ですね」

「そのぶん精神力(マインド)も多大に消費する。要予約」

 

 ベルは特別に友情割引と優先をしてあげる、と再び頭を撫でるナァーザ。モフモフの髪の毛は獣人にも引けを取らない。

 

「当時、腕が治った嬉しさで見せつけるようにピースサインを繰り返してたら、何時の間にかくせになって今の私になった」

 

 イェーイと無表情のまま両手でピースするナァーザ。神々の間では「虚無顔ダブルピース」と呼ばれているらしい。

 

 

 

 

 手伝いも終わったベルは街を歩く。祭りが近いからか忙しなく動く人も見受けられる。そういった人が集まる時期こそ警戒しているのか【ガネーシャ・ファミリア】の団員が多い。と、その時だった………

 

「やっほー、ベル君!」

 

 ベルの後ろから抱きついくる何者か。褐色肌の少女、アマゾネスだ。

 

「昨日ぶり〜、あたしの事覚えてる〜? ……………あれ、ちょ、ベル君!?」

 

 【ロキ・ファミリア】所属のLv.5、『大切断《アマゾン》』ティオナ・ヒリュテは突如固まったベルを慌てて揺する。

 

「っ ………ああ、えっと、ティオナさん」

「びっくりした〜。ごめんね、驚かしちゃった?」

「ああ、いえ。後ろから女性に抱きつかれると、物音を立てないようにする癖があって」

「変な癖だね」

「ちなみに大きな音を立てると家を建て直すことになります」

「なんで!?」

「主におじいちゃんが原因でした」

「か、変わったおじいさんだね」

「壊すのはお義母さんでしたけど」

 

 不思議な家庭だ。ティオナは生憎姉しか血の繋がりを自覚できる家族は居ないが、ファミリアとは別の家族とはそのようなものなのだろうか?

 

「ちょっと馬鹿ティオナ、いきなり走り出してどうしたのよ。あら?」

「どうかしまし────あっ」

「……………ベル?」

 

 と、さらに【ロキ・ファミリア】のメンバーが合流していく。女子ばかりなのを考えると女子会でもしていたのだろうか?

 

「昨日の大食い兎!」

「ベルじゃない。どうしたのよティオナ」

「捕まえた!」

「あ、あの………ティオナさん、そろそろ離れてもらっても良いですか?」

 

 複数人の美少女達の視線にさらされ居心地が悪そうなベル。ティオナは離れろと言われえ〜、と不満そうな声を出す。

 

「良いじゃん別に。それとも、あたし重い?」

「い、いえ………ただ、その………む、胸があたって」

「…………………」

 

 一瞬キョトンとしたティオナだったが、次の瞬間目をキラキラ輝かせ笑う。

 

「えへへ〜♪」

「な、なんでもっと押し付けてくるんですかぁ!? あ、ちょ、まっ………ほ、骨が」

「あ、ご、ごめん!」

 

 慌ててパッと離れるティオナ。ベルはふぅ、と一息ついた。と、そんなベルにアイズが話しかけた。

 

「ねえ、ベル」

「はい、何でしょう」

「あ、え…………あ、そ、そうだ! 君は、どうしてミノタウロスを倒せるほど強くなれたの?」

 

 ベルの返事に、どこか慌てるように、誤魔化すように質問をしてくるアイズ。不思議に思いつつもベルは応えることにする。

 

「強く、なれてます? 皆さんの方が強いような」

「そりゃ、私達はLv.5だもの。当然よ」

「私はLv.3ですけど、貴方なんかにやられたりはしませんからね!」

「Lv.1でミノタウロス倒せるのはすごいよ〜。それに駆け出しでしょ? なら、もともと強かったって事になるじゃん。どうやったの?」

 

 ヒリュテ姉妹はオラリオの外でも冒険者に負けぬ実力を手に入れる術は知っている。しかしそれも神の恩恵あってのもの。恩恵そのものを手にしたばかりのベルがミノタウロスを倒せたのはまさしく偉業だ。

 

「えっと、取り敢えず7歳から10歳頃までは師匠とお義母さんに鍛えてもらいました。その後4年ほど教わった技術の反復を」

「どんな、修行………」

 

 アイズはかなり食い気味に聞いてくる。彼女も、強くなりたいのだろう。

 

「えっと………モンスターの巣に放り込まれて陵辱されたり、川底の岩にくくりつけられて死の感覚を叩きこまれたり、拳大の石一つ渡されて熊も出る森の奥深くで一ヶ月生き残ったり、ナイフだけ渡されて雪山に放置されたり、一時間以内に登ってこいと崖に落とされて落ちてくる岩や丸太を避けながら登りきっても一秒遅刻すれば遅いとやり直しさせられたり、ワイヴァーンの足に紐で結ばれて迎えが来るまで頑張ったり、リヴァイアサンの子でもある亀みたいなモンスターと戦わせられたり、戦場をはしごしたり、毒草、毒を持った動物が犇めく森の中を一ヶ月生き残ったり、素潜りで海の魚をなんの道具も使わず取れるようになったり………まあ、そんな感じです」

「それはしゅぎょうではないとおもいます!」

 

 ティオナが思わず敬語で叫んだ。ティオネやアイズも引いている。レフィーヤは固まっている。

 

「え? え? お、恩恵無しでやらされたの?」

「はい」

「……………………」

「限界を三百回ぐらい超えろと言われて」

「限界の意味とは!」

 

 昔似たようなことを突っ込んだなあ、と懐かしさにしみじみするベル。思えば随分遠くまで来た。

 

「そ、そっか………強くなるには、それだけしなくちゃ」

「参考にするんじゃないわよアイズ…………ていうか、よくそんな修行続けられたわね」

「………誓ったんです。あの人に」

「誓った? 何を?」

「『英雄』になる」

 

 瞬間、空気が変わる。少なくとも、対面していたアイズ達はそう感じた。

 

「あの人が言ってた、『終末の絶望』を、滅びを覆らせる………笑顔を浮かべてくれたあの人みたいに、多くの人が笑ってくれる。滑稽でも、無様でも、誰かを救える英雄になる。そう、誓ったんです」

 

 大切な宝物を思うような、そんな顔。ティオナははー、と口を開け惚ける。

 

「…………英雄」

 

 アイズは思わずといったふうに呟く。と、その時………

 

「うんうん。良い言葉だね。英雄か、そうだね。なれるよ、きっと」

 

 と、何処かほんわかした声がかけられる。ティオナはあっ、と振り返る。

 

「アーディ!」

「やっほーティオナ。相変わらず元気いっぱいで可愛いね。抱きしめていい?」

「良いよ!」

 

 灰色の髪を持つボーイッシュな女性、アーディがそこにいた。ティオナが両腕を広げるとそのまま抱き着いた。

 

「久しぶりベル君。君も可愛いね、頭なでていい?」

「え? えっと…………はい」

「ありがとう…………おお、これは………くせになりそうな………」

「そんなにすごいの?」

「うん。すごい、モフモフ………」

 

 ほぁ〜、とベルの頭を撫でるアーディ。ベルが身をよじるとごめんごめん、と手を離した。

 

「アーディってベルの知り合いだったんだ」

「ほんの2日前だけどね。夜遅く歩いてるから、危ないよ〜って………」

「ああ、アーディは働き者だもんね」

「……………お二人は、別のファミリアですよね? 仲が良いんですか?」

「「仲良し!」」

 

 そう言ってアーディとティオナは互いの肘をくっつけ反対の方に向かって伸ばし、反対の手を頭の上に弧を描くように構える。ハートマークが出来上がった。神々から教わった仲良しポーズらしい。

 

「私、英雄譚が好きだから。ティオナとはその関係で仲良くなったんだあ」

「アーディは凄いんだよ。あたしが英雄クイズ出しても全部答えられるの」

「そういえば私の方から出した事とかないね。じゃあ、今から問題です」

 

 マイペースな二人が何やらクイズを始めた。何時ものことなのか【ロキ・ファミリア】の面々は特に気にした様子はない。

 

「騎士ガラードが助けようとする人の名前は?」

「「王女アルティス様」」

「…………ん?」

「あ、すいません。つい………」

 

 ティオナの他に、ベルが答えるとベルが慌てて口を抑えティオナとアーディは目を合わせ同時に頷く。

 

「竜殺しのジェルジオが倒した怪物の住処は?」

「シレイナの湖畔……」

「なら、その時に竜を倒した武器は何でしょーか」

「槍と見紛う聖剣……と、乙女の(リボン)

「語り部のオルナが語った狼人(ウェアウルフ)の戦士の名前は?」

「狼帝ユーリス」

「えっと……荒れ狂う黒獅子を倒した英雄は!?」

「剛力無双、ドワーフの戦士ヘルグス」

「「おお〜!!」」

 

 キラキラした瞳をベルに向けるアーディとティオナ。彼女達は自分達が少々英雄譚を好きすぎる自覚がある。そんな自分達の会話について来れる人間がまさかいようとは。

 

「ううん、もっと話したいところだけど私もお仕事あるんだ。ごめんね、二人とも」

「いえ、お仕事頑張ってください」

「祭りのあと、話そうね。ベル君もいいでしょ?」

「………まあ、構いませんけど。あ、じゃあ僕もこのへんで」

「うん。ばいばーい」

 

 と、ティオナが手を降る。レフィーヤはホッとため息を吐き、ベルが思い出したようにあ、と足を止める。

 

「アイズさん」

「ん、なに………?」

「その服、私服ですか? とても似合ってますね」

 

 ニッコリ微笑み、ベルはつい先程購入したばかりのアイズの服を褒める。

 元々暇があればダンジョン探索ばかりするアイズは服装を拘ったことはない。普段はダンジョンに向かう時と変わらぬ服装で、違いと言えば鎧の有無程度。

 レフィーヤ達からは似合うと言われたがついベルにも尋ねようとして、やっぱり聞くのをやめた疑問にベルは質問の有無に関係なく応えた。

 

「………あ、ありがとう」

「いえ、ではまた」

 

 さよ〜なら〜、と手を振りながら去っていくベルにティオナが元気よく手を振り、ティオネも軽く手を降っていた。レフィーヤはまた女性に甘い言葉を〜と警戒していた。

 アイズは、小さく手を降った。




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神の宴

 神々の会合、神会(デナトゥス)とはまた異なる、主催者の神がホームに人を集め行う神の宴。

 主に行うのはガネーシャだ。今回も入るのに勇気がいる『アイアム・ガネーシャ』と言う巨大なガネーシャの姿をした建物の中で行われる。入り口? 股間だけど?

 これを気にしない者など面白がる神かとあるほんわかした女冒険者ぐらいだ。

 

「いやあ、悪いねヘファイストス。ドレスなんて買ってもらって」

「折角の機会だもの。綺麗よ、ヘスティア」

「ヘファイストスありがとう! 愛してるぜ!」

 

 と、嬉しそうに、無垢な笑みを浮かべるヘスティア。こういう所があるから放っておけないのだ。

 【ガネーシャ・ファミリア】が用意した料理に舌鼓を打ちながら、ヘファイストスはクスリと微笑んだ。

 

「所で、これ残ったのはどうするんだろう? 残飯として捨てるのは勿体ないなあ」

「残ったのは私達で食べるんですよ、女神様」

 

 と、一人の団員が話しかけてくる。仮面で顔の上半分を隠しているがそれでも可愛らしいとわかる顔立ちと声。

 

「ガネーシャ様は無駄にテンションが高いけど、無駄遣いは嫌いますからね」

「そうなのかい。いや良かった、僕もガネーシャと同じ意見だからね。もし廃棄するようならベル君でも呼んで食べてもらおうかと思ったよ」

「…………ベル? ああ、じゃあ貴方がベル君の主神なんですね」

「おや、知り合いかい?」

「はい。兎みたいで可愛いですよね…………もう少し話していたいですけど、お姉ちゃんに見つかったら怒られそうなので、また………」

「ああ、仕事の邪魔をしてしまったね。またね〜」

「は〜い、また……」

 

 何となく、ベルと相性が良さそうな子だな〜と去っていく背中を見つめる。ベル君も何時か誰かと恋愛をするのだろうか? 取り敢えず滅茶苦茶にしたいなんて言う非常識な子でないなら良いが。

 

「フフ、可愛い子よね、あの子………」

 

 と、ヘスティアの背後から一柱の女神がやってきた。容姿の優れた女神の中でも抜きん出て美しい容姿をした女神が立っていた。

 

「うぇ、フレイヤ……」

「あら、貴方が来るなんて珍しいわね」

「ええ、ちょっと探しものがね。でも、それはもうすんだの」

「? ふーん、それは良かったね。時に、あの子を知ってるのかい?」

「ええ、澄んだ湖のような、蒼い綺麗な色………出来ればそばに置きたいのだけれどフられてしまったわ」

 

 無理矢理魅了してしまうのは簡単だがそれではあの魂は手に入らない。彼女自身が心から惹かれる相手でないとあの澄んだ魂は直ぐに色を変えてしまうだろう。そういう意味では、見つけたばかりの()も同じだろう。

 

「まあ、そういう訳だから私は帰るわ。もう収穫はないもの」

 

 そう言って去っていくフレイヤ。収穫がないとは、この場にいる男神とは全員関係を持ったということだろうか?

 来てないタケミカヅチやミアハは真面目だから一夜の関係など持たないだろうがこの場の男神達ならあり得る。

 

「うーん、やっぱり苦手だなあフレイヤ。まあ処女神(僕達)が真面目すぎるって…………訳じゃないよね」

「そうね。フレイヤ達美や愛の神は、それらを司るものだから仕方ないといえば仕方ないのだけど………まあ、秩序を守護するはずなのにだらしないお父様に比べれば、マシに見えるけど」

「あ、アストレア! 久しぶりじゃないか!」

 

 ヘスティアがその声に振り返り笑顔を浮かべる。

 美の神には劣るがそれでも神の中でも美しい女神がそこにいた。彼女こそ正義を司る女神、アストレアだ。

 

「ええ、久し振りね。下界に来たって聞いてたのに、会いに来てくれないから寂しかったのよヘスティア伯母様」

「うぐ……お、伯母様はやめてくれよ………」

 

 彼女の父と呼べる神は、ヘスティアの弟だ。故に伯母というのは間違いではないがそのような呼ばれ方を喜ぶ女は、神であろうと居ない。

 

「どうせならお義母さんが良いぜ僕は」

「そう? じゃあ、ヘスティア母さん」

「ごめん、あの(馬鹿)と夫婦みたいだし、ブラコンヤンデレ(いもうと)に僕が殺されかねないから無しで」

 

 そんな事はないんじゃ、とは誰も言えなかった。

 なんとも言えない空気に、ヘスティアは空気を変えるべく話題を変えることにした。

 

「そ、そういえばアストレアの子達は皆良い子なんだってね。聞いてるよ、皆が皆正義の行いをする正義のファミリアなんだろう?」

「ええ、皆いい子よ………ガネーシャやロキの子達と仲が良いの」

「へえ〜。まあ大手ファミリアはそれだけ街の警護に参加するもんね。僕の眷属は一人だけだけど、君と僕の誼だ。力を貸して欲しい時は言ってくれ。まあ、ミノタウロスに苦戦しているから大した力にはならないけど」

「いいえ、その心意気だけでも嬉しいわ。うちの子達と貴方の子、仲良くできるといいわね」

 

 

 

「へへっ、いただき!」

「俺の全財産666ヴァリスがぁぁぁぁ! 誰か取り返してくれえぇぇぇぇぇ!!」

 

 一人の男が男神から財布を盗み取り街中を走る。と、そんな彼の前に人影。邪魔をする気だろうか。

 

「どけぇガキ! ぶっ刺されててえか!」

 

 短剣を取り出し滅茶苦茶に振り回す男。一般人達はそれだけで男から距離を取り──

 

「シッ!」

 

 滅茶苦茶に振り回されたそのナイフに対し、正確に短剣の腹に爪先が放たれる。蹴り飛ばさたナイフはクルクル吹き飛びながら誰もいない場所にガシャーンと落ちる。

 

「な………っ、あぁ───!?」

「………………」

 

 ナイフを弾かれ痺れる腕を見て呆然とする男の腕と襟を掴み、地面に押し付けられた。

 

「うぐえ!?」

 

 肺の中の空気を吐き出しゲホゲホ咳き込む男から財布を奪い取るベル。

 

「駄目ですよ、人から物を盗んだら。いえ、人ではないけど」

「くっ、くそ! なんだよ畜生! 冒険者がこんな時間に! 地下に潜って仕事してろ!」

「えっと………なら貴方も仕事して稼いでください」

 

 男の激高にド正論で返すベル。そんなベルを男は忌々しげに睨む。

 

「るせぇ! こんな年になって、雇ってくれるところなんてあるかよ! てめぇ等冒険者が悪党を追い払わねえから、ちょっとでも仕事にありつけねえ期間がありゃすぐ疑われる………」

 

 未だ闇派閥(イヴィルス)が目撃、少数ではあるが討伐される昨今、疑心暗鬼に陥る者達は多い。

 オラリオに来たばかりとか、まだ子供などなら雇うところもあるが何をしていたか不明な期間があるともしかしたら、と疑い雇わない店も少なくない。

 

「てめぇ見てえに容姿や才能に恵まれてりゃ冒険者になって稼げるだろうよ! 俺等みたいな浮浪者ばかりが苦労する! あ〜、不公平だよな人生ってのわよ!」

「いやあ、そんな。容姿に恵まれてるなんて事ないですよ。滅茶苦茶門前払いされましたもん」

「はん! だとしても今は冒険者になって稼いでるのは事実だろうが!」

「……………じゃあ、ウチのファミリアに入ります?」

「………は?」

 

 と、ベルは良いことを思いついた! と家様な顔をして男を立たせる。男は当然困惑した顔を浮かべた。

 

「お金があれば他人から奪わないんですよね? なら、一緒にお金を稼ぎましょう!」

「ふ、ふざけんな! ダンジョンなんて、危険なところ………!」

「神様が持ってるお金って、大半がそういった危険なところに向かった眷属が神様のために用意したお金ですよ?」

「っ! だ、だけど………奪わなきゃやってけねえんだよ! 俺だって奪われてんだ、いいじゃねえか、少しぐらい!」

「奪われる苦しみを知ってるなら、それを誰かにやっちゃ駄目です」

「─────っ!」

 

 その言葉に言葉をつまらせる男を見て、ベルはこれには開き直らないのかと頷く。

 

「ところで、お腹すきません?」

「…………あ?」

「僕、この街に来たばかりなんです。美味しいお店知りませんか? 教えてくれたら、一食ぐらいは奢りますから………」

「…………み、見逃すっていうのかよ」

「もう二度としないと、誓ってくれるなら」

 

 困惑する男は、ベルの瞳にたじろぐ。真っ直ぐな瞳。このご時世、早々見ることのできない目。と、その時

 

「それは駄目だ。彼は罪を犯した。然るべき報いを受けさせなければ………」

「…………貴方は?」

「彼は【ガネーシャ・ファミリア】に引き渡す。見逃すなど、許されない」

 

 覆面で顔を隠したエルフの女性だ。キッ、と男を睨んでいる。

 

「甘さと正義は両立しない。貴方のそれは、罪人を逃しさらなる被害を増やすだけだ」

「それは、まあ………そうかもしれません。でも、僕とこの人はあったばかりだ」

「それが、何だというのですか」

「僕は、その悪事が人殺しや人の尊厳を奪う類などではない限り、一度目はまず信じてみようと思ってます」

「それで彼が、新たな被害を出したら」

「その被害者の方には僕からお詫びします」

「それでは、貴方はそのものを援助するようなものだ! このご時世、そのような優しさを持てるのはいい事なのかもしれない。だが、そのような悪事は見逃せない!」

 

 そう叫ぶエルフに対して、しかしベルは引き下がる気は無い。

 

「優しさじゃ、ありません。単なる、偽善です。人にこうあって欲しいと願う、僕の我儘。だから、子供の我儘だけど、責任はきちんと持ちます」

「それは───!」

「はいはい、そこまでよリオン」

 

 なおも食ってかかるエルフだったが、彼女の隣にいた赤髪の女性が止める。

 

「いいんじゃないかしら。そこの兎君が、きちんと償うって言ってるんだし」

「な、あ、アリーゼ! 貴方まで!」

「ほらあれよ、極東の。なんだっけ? 亀は無知?」

「飴と鞭です」

 

 何も知らない亀がなんだというのか。

 訂正したベルに対してアリーゼと呼ばれた女性はそうそれ、と返す。

 

「私達が鞭なら兎君は飴………後一人ぐらい飴になりそうな子が居るけど、とりあえずそういう事でいいんじゃない? 鞭でビシバシ叩き続けても喜ぶのは一部の男神様ぐらいよ」

「その理屈はよくわかりません」

「それにこの後一緒にご飯食べるんでしょ? ならそんなふうに仲良くなった子供に責任を取らせるようなことをする大人なんてあんまり居ないわ!」

「少しは居るのではないですか」

「でも兎君はそんな彼を信じた。だからおじさん、裏切っちゃわないようにね。というかこんな純粋そうな子を裏切ったら人間性疑うわ!」

「う、うるせえ! バーカ! バーーカ!」

 

 なんてありきたりな捨て台詞!? と驚くアリーゼの前で男は走って逃げていく。

 

「彼はもう大丈夫ね。あんなありきたりな台詞しか言えないならきっと改心できるわ!」

「なんですかその理屈は………しかし、これでは秩序が………」

「リオンってば頭硬いわね。もっとお尻やお胸のように柔らかくなりないさい!」

「胸やお尻は関係ないでしょう!? な、何故抱きつこうとしてるのですか。揉むのですか? 公衆の面前で揉む気ですか!?」

 

 己の体を抱きながら警戒するように距離を取るリオンというらしいエルフ。場の空気はすっかり和んだ。

 

「さてと、はじめまして兎君。私はアリーゼ………【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェルよ!」

「…………リオンと名乗らせて頂いています」

「はじめまして………アストレア? って、確かおじいちゃんの………あ、すいません。僕はベル・クラネル。【ヘスティア・ファミリア】の………まあ、団長ですかね?」

 

 と、改めて自己紹介する3人。と、ベルは思い出したようにそうだ、と呟く。

 

「すいません、僕はこれで。とりあえずこの財布を返してこなきゃ」

「その必要ならないよ。追いついた」

「あ、先程の神様」

 

 と、踵を返そうとしたベルに声をかける人影。漆黒の髪の一部だけが灰色という変わった髪を持つ、神らしく整った顔立ちの男神。しかし何処にでもあるような服はその存在を霞ませる。

 

「さすが、正義の冒険者達だね。助かったよ………ん、あれ? なんだろう、君俺と何処かで会ったこと無い? なーんか既視感というか親近感が湧くなあ」

「………同じく。なんでしょう、この既視感は」

「……ああ〜…………フッフーン。私、解っちゃったわ!」

 

 と、男神とベルが何やら不思議そうな顔でお互いを見つめ合っているとアリーゼが叫ぶ。

 

「二人は声がそっくりなのよ! デッデーン!」

「「ああ、それか」」




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エレン

「あーあー、俺の名前はエレン」

「あーあー、僕はベルです」

「うん、本当によく似た声だわ。目をつぶったらどっちがどっちだか解らなくなりそう」

 

 でもこっちの声は軽薄そうだわ! と、エレンと名乗った神をビシリと指差すアリーゼ。

 

「アリーゼ、それは流石に失礼です」

「あはは、いいよいいよ。なれてるからね………で、えっと。君達は同じファミリアなのかな?」

「いえ、僕は半月ほど前に出来たばかりの【ヘスティア・ファミリア】の団員です」

「私達は【アストレア・ファミリア】ですよ………え、まって、半月? あらやだ本当に新人じゃない。良くあんな動きできたわね」

「鍛えてますから」

 

 と、アリーゼが感心したようにベルを見るとベルは祖父から学んだ返答をする。

 

「アストレアに、ヘスティアか…………天界きっての善神達じゃないか。なるほど、な〜るほど………まさしく『正義の使者』と『慈愛の使徒』との出会いだったわけか。実にいい、こういった出会いは。これだから散歩はやめられない」

「? …………何を言っているのですか?」

 

 飄々としてどこか掴みづらい、神らしいその態度にリオンが思わず呟く。神の神意など理解できるものでもないが、つい口に出たようだ。

 

「何、君達に助けられて良かったって話さ。見事だ、本当に見事」

「フフーン。そうでしょうそうでしょう、私達は正義のファミリアだもの」

「アリーゼ、今回私達は何もしていない」

「いやいや、していたさ。各々の正義を探していたろ? 単なる勧善懲悪じゃないところなんか感動しちゃったよ」

「僕は、ただ甘いだけですよ」

「慈愛は時に救いとなる。ならそれも正義さ………うん。いい………君と、エルフの君。面白いなあ」

 

 ベルとリオンを見ながら笑う神。

 

「エルフの君は、潔癖で高潔。しかし確たる答えは未だ持たず、まるで雛鳥だ。正しく有りたい心は誰よりも純粋なのに………一見平和ながら未だ『悪』は途絶えぬ薄氷の上の平和。こんな時代んだからこそ、君がどう考え、()()()()()()()。そしてどんな『答え』を出すのか………ああ、興味がありまくりだよ」

「………………」

 

 悪意はない、敵意も感じない。見下してる風でもないのに、()()()()()()。そんな神にどこか警戒心を抱くリオン。と───

 

「なんだかその言い方、いやらしいわ! リオン、離れて! きっとその神様も『ふひひ』とか笑い出す変態よ!」 

 

 空気を読まず、或いは読んだからこそアリーゼが空気をぶち壊す発言をする。こんな反応は予想外だったのか、予想通りで演技なのか定かではないがエレンはショックを受けた! と言うような顔をする。

 

「あ、やめて。本気で傷つくからやめて! 俺そういうモブ神とは違うからぁん!」

「神様は皆そう言いますよね!」

 

 と、そんなエレンの言葉に対してベルの後ろから現れたアーディが笑いながら結構ズバッといった。後ろからの気配には気づいていたベルだが基本的に敵意と下心もない女性の気配には大人しくなるように洗脳、もとい調教……でもなく教育されているゆえ大人しく抱きつかれ、すん、と大人しくなる。

 

「アーディ!」

「そうだよ! 品行方正で人懐っこくてシャクティお姉ちゃんの妹でリオン達と同じLv.4のアーディ・ヴァルマだよ! じゃじゃーん」

「誰に説明しているのですか、貴方は」

「やあリオン。相変わらず綺麗で可愛いね。いい匂いもするし、抱きついてもいーい?」

「話を聞いてください」

「フフーン! 私は昨日しっかりリオンを抱き枕にして寝たわ! リオンたら照れちゃって可愛かったんだから」

「私の周りには人の話を聞かない者が多すぎる! と言うかアーディ、みだりに異性に抱きついてはいけない」

「ていうか急に大人しくなったわね。え、もしかして気絶してる?」

 

 ヒョイ、としゃがみこみ大人しくなったベルの顔を覗き込むアリーゼ。ベルはようやく正気に戻った。

 

「い、いえ。大丈夫です………! あの、アーディさん離して!」

「なんかね、この子。後ろから抱きつかれると………と言うよりは、抱かれそうになった時点で大人しくなる癖があるみたい」

「不思議な生態の小動物ね。自然界で生きてけるのかしら」

 

 そう言いながらベルの頭を撫でるアリーゼ。モフモフのその髪に、これは! と目を見開く。

 

「ねー、気持ちいいでしょ? 捕まえれば撫で放題だよ」

「良いわね。撫で回してあげるから覚悟なさい!」

「いいよ〜」

「僕の意見は!?」

「ははは。何だ、急に目の前で話してた少年が女の子に囲まれる光景を見せつけられたぞ。さては天然ばかりだなこの空間」

 

 と、エレンはそんな光景を見て楽しそうに笑う。

 

「まあ良いさ。日もだいぶ傾いてきた。俺はこれから夜の街に出掛けるからね。少年も来るかい?」

「夜の街? もう夜になるんだから、どこでも同じじゃ……」

「…………ああ、なるほど………理解理解。ん〜、【イシュタル・ファミリア】に顔を出さない? 騙されたと思ってさ」

「すいません、【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】には近づくなとお義母さんに言われてるので」

「………まあ、困ってるようには見えないか」

 

 アーディに抱きしめられアリーゼにワシャワシャ無で回されるベルをみて、うんうんと頷くエレン。じゃあね〜、と言いながら去っていった。

 

「は〜、すごいわこれ。くせになりそうなモフモフ! ほらほらリオンも、この前猫ちゃん撫でようとしてたのに逃げられて出来た傷を癒やすチャンスよ!」

「余計なことは言わなくて良い!」

 

 アリーゼの手が離れ、ベルは何とかアーディの拘束からも逃れる。本当にこの癖何とかしたい。しかし自分が暴れているうちにすきあり! と飛んでくる祖父が家もろともに吹き飛ぶ光景を幼心に刻まれた故に、体が勝手に止まってしまう。

 

「申し訳ありません、アリーゼとアーディが迷惑をおかけしました」

「いえ、大丈夫です。なれてますから……」

 

 どこか同情的にも見えるリオンの目に、ベルは遠くを見つめながら笑うのだった。

 

「迷惑なんてかけてないわ。リオンだって猫ちゃんを撫でようとしてたじゃない。それと同じよ」

「私はベル君に用事があったから来たんだよ。何も迷惑掛けに来たわけじゃないよ?」

「用事?」

「昨日の神の宴、美の女神様が来てね。その噂だけでも多くの神様達が集まるからご飯多めに用意したんだけど女神様がすぐに帰っちゃって、当然それ目当ての男神様達も。だから、ちょっと【ガネーシャ・ファミリア】(うち)だけじゃ処理しきれない量が余っちゃって。ベル君は結構食べるって、君の主神様から聞いたから食事のお誘い。なんならリオン達も来る?」

「気持ちは嬉しいけど巡回(パトロール)の途中なのよねこれが。ん? 結構食べる? もしかして噂のオラリオに突如現れた大食い兎って貴方!? なんてこと、野菜畑を荒らすかわいい困ったちゃんだと思って捕まえようとしてたのに!」

 

 ガーン、と口で言い大げさに落ち込むような仕草を取るアリーゼ。ちなみにもし畑を荒らす兎が出ても【デメテル・ファミリア】に捕まりその日の夕食になる。彼らは農家、畑を荒らす害獣に慈悲などない。

 

「僕って、何処に行ってもまず兎扱いされるんですね………」

「兎、かわいいよ?」

「でもあまり強くなさそうです」

「大丈夫大丈夫。ベル君は強い子」

 

 落ち込むベルの頭をよしよし、と撫でるアーディ。行こっか、とベルの手を引く。

 

「あ、あの、まだ返事はしてないんですけど」

「食べないの?」

「食べます」

 

 即答だった。

 

 

 

 

「………………」

 

 日持ちしない物は昨日のうちに片付け、日持ちするものや冷蔵庫で保存が効くものは数日かけて消費するのが【ガネーシャ・ファミリア】の神の宴の後の恒例だ。

 とはいえやはり出来たての料理が食べたいと若干思う者も居たが、今回は明日から好きな料理を食いに行けそうだ。

 

「すごいな、お前が連れてきた………ベル・クラネルだったか? なんというか、すごい」

「うん。私もここまでとは予想外だったよ」

「あの食いっぷりは、ガネーシャだ!」

 

 ベルの食べ方は綺麗だ。口の周りを汚さず、音も殆ど立てない。育ちの良さが伺える。だけど速度と食う量が半端じゃない。

 

「いや〜、食べるねえベル君」

「あ、アーディさん。その、やっぱり遠慮したほうが良いですか?」

「ううん。あ、そうだ。実はこっからが本題なんだけどね」

「…………?」

「外部参加枠で、『怪物祭』(モンスター・フィリア)に出て欲しいんだ」

「アーディ? お前、何を………彼はLv.1なんだろ?」

「んー。でも、ベル君が戦う姿見せないと納得しなさそうな女神様が居るというか」

「……?」

「……………」

 

 アーディの言葉に姉であるシャクティは困惑し、主神であるガネーシャは神の宴のさい、アーディが言っているであろうとある女神を思い出す。

 

「そういう事なら俺からも是非頼もう。安心しろ、レベルにあった、それでいて見応えのあるモンスターを斡旋してやる。なぜなら俺はガネーシャ! 民衆の主だ!」

 

 主神まで肯定したことにますます困惑するシャクティ。アーディは「ね、いいでしょ?」と首を傾げてくる。可愛らしい。年上だけど。

 良く解らないが、ベルが『怪物祭』(モンスター・フィリア)に参加する事で彼らの助けになるらしい。一食の恩もある。

 

「わかりました。参加させていただきます」




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怪物祭

「モンスターの調教(テイム)の見世物に、参加?」

 

 帰ってきたベルから突然『怪物祭』(モンスター・フィリア)の目玉であるショーに参加すると聞かされ固まるヘスティア。

 何でそんなことになったのか、聞けばベルが参加しないとある女神が問題を起こす可能性があるのだとか。どんな因果関係だそれは。

 

「うーん、大丈夫なのかいそれは」

「まあ、所謂調教(テイム)の難しさを主張するための引き立て役で、何なら倒しちゃっても良いそうですし」

 

 あくまでも見世物だから、モンスターも相手に合わせて強さを調整しているとの事。

 

「うーん、まあ、危険がないならいいかな」

「大丈夫ですよ。それに、いい経験にもなるでしょう………終わりましたよ」

 

 ベルはそう言ってヘスティアの髪を解いていた櫛を離す。タケミカヅチというらしい極東の神から教わった椿油というものを馴染ませたヘスティアの髪はしっとりと輝く。

 

「フフン、中々良いじゃないか。しかしそうか、ベル君と祭り回りたかったなあ」

「出るのは本当に最初の方だけですし、終わったら一緒に回りましょう」

「本当かい? 約束だぜ!」

「はい、約束です、神様」

 

 

 

 

 

「…………ふぅん。あの子が………アーディの提案かしらね」

 

 バベルの頂上、まるで己が王であるとでも言うように都市を見下ろせる場所に住まう女神はガネーシャより渡された手紙を見つめる。

 あの時アーディは己の反応を見ていた。警戒されていたのだろう。気に入ってる女の子が自分を意識していたと言うのはなかなか嬉しいことだ。そして、自分が探していた兎を知っている。都市に来たばかりということも。

 普段は顔を出さぬ女神の出席、その女神が気に入りそうな相手、その時期。そこから推測を重ねたのだろう。普段はほんわかしているが人も時には神の本質を見抜くいい目をしている。

 

「だけど、50点かしら」

「と、言うと……」

 

 愛すべき主神の言葉に猪人(ボアズ)の男が反応する。鍛え抜かれた身体に、身に纏う覇気。冒険者と言うよりは、武人という言葉が似合う男だった。

 

「だってあの子の相手、シルバーバックよ?」

「駆け出し相手に、随分と無茶な」

「? ああ、貴方、あの子を見たことないものね………」

 

 一瞬不思議そうな顔をした女神はしかしすぐに納得したように頷くと、闘技場を見ながらスッ、と目を細める。

 

「アレンを呼びなさい」

「何を……?」

「対戦相手を、変えてもらうの………」

 

 だって、どうせならあの子のかっこいい姿を長く見ていたいもの、と女神は笑う。

 恋する乙女の我儘のように、いたずらを思いついた少女のように、気に入った相手に、命の危険すらある試練を与える。

 

 

 

 翌日、ベルは時間はまだあることを確認しつつ闘技場の近くの出店を回る。と、見知った影を見つけた。

 

「あ、あれ〜…………?」

「姉ちゃん、財布忘れたのかい?」

「そうみたいです。すいません、せっかく揚げていただいたのに………」

 

 ジャガ丸の店の前でしょんぼり落ち込む薄鈍色の髪を持った女性。シル・フローヴァがそこにいた。

 

「シルさん」

「あ、ベルさん!」

「財布、忘れちゃったんですか」

「はい、お恥ずかしい」

 

 シュン、と落ち込むシルに悪くないのに罪悪感でも抱いたのか店主がうぐ、とうろたえる。ベルはなら、と懐から財布を取り出す。

 

「僕が払います。幾らですか?」

「え、そ、そんな! 悪いですよ。お返しも出来ないのに」

「えっと………じゃあ、デートしてくれませんか?」

「…………はい?」

 

 突然の逢瀬の誘いにコテンと可愛らしく首を傾げるシルに、ベルは少し頬を染めながら照れたように言う。

 

「その、シルさんみたいに可愛い人とデートできたら、十分なお返しになるので」

「…………ぷっ。あははは!」

「わ、笑わないでくださいよ!」

「ふふ、ごめんなさい。ええ、そう言うことならベルさんに買われちゃいますね。さ、じゃあ早く買って行きましょう。周りの人の目も怖いですからね」

 

 その言葉に振り向けば、確かに列に並ぶ者たちから物凄い視線を向けられていた。

 

「す、すいません! 邪魔でしたよね!」

 

 殆どがこれみよがしにイチャイチャしやがって! と言う嫉妬の視線なのだがベルはその辺り、とても鈍感だった。

 

「へえ、それじゃあベルさん、『怪物祭』(モンスター・フィリア)のショーに出るんですね」

「はい。成り行きで………ですから、あまり一緒には回れません」

「残念です」

 

 ベルからショーに参加するということを聞き、すぐに別行動になると聞かされ残念そうなシル。

 

「まあ、少し時間はありますし軽くお腹に入れようかと思いまして…………すいませーん、このタコ一匹まるまるたこ焼き10個セット、3つくださーい」

「おお!? 気前がいいんなあんちゃん、食べ切れたら1万ヴァリスだ!」

「っ! ご馳走になった上に、お金を貰えるんですか!?」

「…………かるくおなかにいれる?」

 

 シルは知っている言葉のはずなのに知らない何処か別の国の言葉を聞かされたかのような顔をしたのだった。

 

 

 

 

 美神、フレイヤは不機嫌そうに窓の外を眺める。

 これから闘技場に向かおうと思っていたのに、突然呼び出されたのだ。

 無視しても良かったのだが時間はある、仕方なく出向けばロキはまだ来ていないの来た。

 

「よぉー、待たせたか?」

「ええ、待ったわ。呼び出したんだから、もう少し早く来てほしいわ」

「うん?」

 

 何時もなら気にしないであろう僅かな遅刻。それを叱責して来るなど今日はやけに機嫌が悪いようだ。

 こんなところに呼び出した理由はなんだ、手短に言えとやはり不機嫌そうなフレイヤにロキは単刀直入に聞く事にした。

 

「何をやらかす気や」

「何を言ってるのかしら、ロキ?」 

「とぼけんな、あほぅ」

 

 最近フレイヤが動いているのには気付いていた。

 普段参加しない『神の宴』に参加したり、情報収集をしていたり、ついでにガネーシャから何かを貰ったらしい。

 あのガネーシャが関わるのなら危険はないと判断したいが目の前の相手が相手ではろくな事になるとは思えない。

 

「男か?」

「………」

 

 無言で笑みを浮かべるフレイヤにやっぱりか、と内心舌打ちするロキ。この色ボケはまたどこぞの男にうつつを抜かしたらしい。

 

「どんな男や、自分の目に止まった子供は? 何時見つけた?」

「とても、強い子よ。何より透明で、透き通って、綺麗だった………」

 

 うっとりと頬を染めるフレイヤ。そして、窓から街を眺め目を閉じる。

 

「時間よ。私はこの後用事があるから、それじゃあね」

 

 フレイヤはそう言うと立ち上がり、店から出ていく。

 

「なんやぁ、あいつ。ま、ええか。ウチ等も向かうでアイズたん。今からなら間に合うはずや」

「…………あの女神様も、同じようだったり」

「いやいや、あの色ボケがモンスターの調教なんかに興味あるわけ無いやん」

 

 

 

 

 

「ん〜、ベル君似合ってるね。歴戦の戦士、って感じだよ」

「あ、ありがとうございます。でも、なんか着ていると言うより着せられてる感が………」

 

 メインは調教(テイム)を行うことだがモンスターも人も見栄えが大事だということで渡されたショー用の鎧。

 青をメインカラーとした軽装にベルは何処か気恥ずかしそうだ。

 

「それじゃあ、頑張ってね。かっこいい姿を見せればあの女神様も満足だと思うから」

「は、はい! 女神様も楽しめるように、頑張りまふ………あ、あの、アーディはん?」

 

 気合を入れるように叫んだベルの両頬を、アーディはモニモニと掌で押す。困惑するベルに対してアーディは何処か不満そうだ。

 

「あのね、ベル。背負わなくていいんだよ?」

「………へ?」

「女神様が何かをするにしても、それがベルを目的としたものでも、ベルのせいじゃなくて女神様のせいなんだから」

「で、ですけど………」

「本当なら私達だけで何とかするべき事。でも、本気で来られたら自信ないから、ベルに手伝ってもらった私達の方こそ謝りたいよ」

 

 はぁぁ、とため息を吐くアーディ。件の女神はそれほどまでに厄介ということだろう。

 

「だからね、ベル。逃げてもいいよ調教(テイム)を心掛けてなくても、ひょっとしたら大きな怪我をするかもしれない…………逃げても、誰も責めない」

「……………逃げません」

「…………………」

「女の子が助けてくれないか? そう聞いてきたなら、見捨てるなんて出来ませんよ。おじいちゃんに怒られちゃいますし………それに、一度参加すると決めたのに逃げたら師匠やお義母さんに怒られます」

「………そっか、うん。解った……」

 

 ニコリと微笑んだアーディはパッ、とベルから手を放す。

 

「じゃあ、頑張ってきます」

 

 ベルはそう言うと控え室から出ていった。

 

 

 

 

 闘技場の地下、【ガネーシャ・ファミリア】の女冒険者がモンスターが運ばれてくるのを待つ。最初は外部参加。モンスターの調教の仕方などまるでわからぬ素人だから、まず調教(テイム)は無理だろう。だが雑魚モンスターで失敗すればその冒険者が笑いものになるかもしれないのでそれなりに強そうなモンスターがあてがわれる。もちろん、それは第3級でも十分倒せる相手だが。

 

「…………ん!?」

 

 だが、運ばれてきたモンスターを見て、女冒険者は目を見開く。後ろから一人で押していて姿は見えないが、そいつに文句を言ってやらねば気がすまない。

 

「おい! どういうつもりだ、そのモンスターは明らかに素人用じゃない────がっ!?」

 

 突如折り向こうの人影が消え、物凄い力で地面に押し付けられる。その衝撃で、意識が暗転した。

 

 

 

 

 現れたのは獅子の身体に鷲の翼と頭、足を持ったモンスター。そのモンスターの登場に観客達がわく中【ガネーシャ・ファミリア】の者達が目に見えて動揺する。

 

「何故鷲獅子(グリフォン)が!? くそ、どうなっている!」

 

 Lv.3にも匹敵しうる力を持ったモンスターの登場。観客達は喜んでいるが今すぐ中止に、と思った時ベルも現れる。

 グリフォンを真っ直ぐ見つめるその目に、シャクティは思わず言葉に詰まる。ベルは、モンスターを目にしてもやる気だった。その目は闘志に満ちていた。

 背中の大剣をスラリと抜くベル。その大剣に、数人の者達が目を奪われた。

 

 

 

 

「───っ! あれは、あの剣は!」

「…………そう、そういう事。何処まで貴方の思惑通りなのかしらね、ゼウス」

 

 ベルの剣、正確には『彼』の剣では無いだろうが、模したと分かるほど瓜二つの剣を見て動揺する己の眷属を横に、美の女神は笑う。

 かの大神が残した存在。それを手に出来たなら、ああ、それはきっと素敵だろう。




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テイム

「ベル君! 戻って! あれは、君の相手じゃない!」

 

 ベルを見送り、闘技場に現れたモンスターの咆哮を聞き相対するはずのモンスターが変わっていることに気づき慌てて後を追ったアーディはトラブルが起きたと気づかれ余計な混乱を避けるために観客席から見えぬ位置で叫ぶ。

 

「大丈夫ですよ………」

 

 ベルはそう言って、安心させるように微笑むとグリフォンに向き直る。ガネーシャ達が慌てているのが見え、大丈夫と言うように視線で伝える。何やら慌てて命令を飛ばしていたシャクティをガネーシャが止める。

 

「クルルル!」

「あ!」

 

 と、グリフォンは翼を羽ばたかせ浮かび上がると空へと逃げようとする。が、見えない壁にあたったかのように弾かれた。

 逃走防止の結界が張られているのだろう。魔法か魔道具かは不明だが。

 何度か壁にぶつかり逃げるのは不可能と判断したのか、グリフォンは自分が移動できる範囲の地面を睨む。木々を組み合わさって作った柵や大きな岩が無造作に置かれた場所で、人間(獲物)が一匹。

 

「クルルルル……」

 

 ズシャ、と地面に降り立ち僅かな砂煙を上げる。

 それはある種の余裕だ。自分を捕らえた人間達に比べ、華奢な体。武器はでかいが、それだけだ。

 

「……………」

「─────」

 

 赤い瞳が、真っ直ぐ向けられる。ゾクリと言いしれぬ何かを感じとり思わず後退ったグリフォンはしかし己の行動に苛立ちを覚える。人間などに、ましてやあんなに弱そうな相手に怯えたなどと屈辱だ。

 

「クエエェェェェッ!!」

 

 鳥類特有の甲高い声を上げ、猫科の猛獣に相応しい瞬発力で駆け、猛禽類の鋭い爪で切り裂かんと振るう。

 わぁ!? と悲鳴が上がる。勝利を確信したグリフォンは、しかし横から加わった力に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「あれ〜、ベル君だ! なんでぇ!?」

「外部参加でしょ。けど、いきなりグリフォンってなんか変な話ねえ」

「グ、グリフォンってLv.3扱いのモンスターじゃ………」

 

 ちょうど観戦に来ていた【ロキ・ファミリア】のティオナは知り合いが出てきた事に驚愕しティオネが冷静に答える。レフィーヤはLv.1の筈のベルの相手として現れたモンスターがグリフォンであることに困惑する。と、グリフォンが駆け出した。

 観客の殆どは一般人か、オラリオの冒険者の大半を占めるLv1から2。下層域に生息するグリフォンなど初めて見るのだろう。思っていたよりずっと速いその動きに悲鳴を上げる。

 レフィーヤも自分だったら間違いなく反応できないと目を見開く。鋭い爪がベルの体を切り裂くのを幻視する。しかし、それは所詮幻覚。

 

「…………え?」

 

 吹き飛ばされたグリフォンにポカンと固まるレフィーヤ。何が起きたのか、さっぱり解らない。ティオネとティオナには見えたのかおお、と感心したように声を漏らしていた。

 

「な、何をしたんですか、あのヒューマン」

「爪を大剣でそらしてた」

「で、その爪の勢いも利用して回転しながら思いっきり斬りつけたってわけ………でも、すごい反応速度に筋力ね」

「ね〜、ミノタウロス倒したって言うから、普通のLv.1より強いとは思ってたけど………」

 

 何でもないことのように言うのは、彼女達にとっては再現可能な技だからだ。だが、レフィーヤは違う。

 前衛、後衛の違いはあれどレベルは2つも離れているはずだ。ランクが異なれば前衛後衛関係なく普通は勝てないほどの差が出る。だが、ベル・クラネルと同じことをしろと言われ、果たして出来るか?

 

「……………何なん、ですか。貴方は………」

 

 アイズに何やら気に入られている他派閥の人間。最初の印象はそれだった。ミノタウロスを倒したと言ってもLv.1。認めたくない部分があった。憧れの人の目に止まる彼に対して嫉妬があった。

 だけど、あるのか? 自分に、嫉妬する資格が。

 アイズに、彼より自分を見てくださいと言えるだけの強さが、自分にあるのか?

 

「─────ッ!」

「あ、レフィーヤ!?」

 

 その光景をそれ以上見たくなくて、レフィーヤは逃げ出すようにその場から走り出した。突然の行動に驚くティオナ達だったが、祭りの間は【ガネーシャ・ファミリア】も普段より多く見回りしてるし大丈夫だろうと観戦を続ける事にした。

 

 

 

 

 

(硬い───!)

 

 斬りつけたが、殆ど切れなかった。あの毛皮、まるで鋼鉄のようだ。オマケに空を飛ぶためか体躯に対してやけに軽く、衝撃の殆どを受け流された。

 

「…………」

 

 不意に感じる無遠慮な視線。グリフォンとベル、両者に向くべき視線がベル一人に向けられる感覚。こちらを観察する視線の出処を追えばVIP席が見える。中は、この位置からでは伺えないがおそらく問題を起こしそうな女神だろう。傍迷惑な女神だ。

 

「ケェアアアア!!」

「────!!」

 

 グリフォンは怒りの咆哮を上げ叫ぶ。魔力の流動を感じた瞬間、翼の周囲に風が発生する。

 モンスターは中層あたりから魔法のような現象を引き起こす。グリフォンも同様。本来なら飛行に向かぬその体躯には些か不釣り合いな、滑空が出来れば御の字の翼に風を纏わせ物理法則を超えた、その巨体を浮かべる。

 翼をはためかせ、砂煙を巻き上げる。ベルの視界を大量の砂塵が覆い隠し、先程より遥かに速いグリフォンの爪が迫る。

 

「───!!」

 

 首を狙ったその一撃を上体をそらし避けるが僅かに触れた爪が頬と喉に赤い線を走らせる。追撃しようにも遥か遠くで、遥か上。クルリと向きを変えたグリフォンはベルに向かって再び下降する。

 落下の速度もプラスされた襲撃は地上から飛び出すより速く、反応しきれなかったベルの左肩を大きく切り裂く。

 わっ! と悲鳴が上がり、グリフォンは再び上昇しベルに向き直ればベルは背を向け駆け出していた。

 逃げる気か、と優越感を覚える。逃がすものかと追い掛ける。

 

「────!!」

 

 動く相手には狙いが付けにくい。何度か強襲するも浅い傷をつける程度。背中や肩が傷だらけになるベルを見て、悲鳴が上がる。心配の声も。グリフォンは挑発するように闘技場の中をグルリと一周する。

 

 

 

「ベル君! ───っ!?」

 

 もはや見ていられないと飛び出そうとしたアーディだったが、背後から誰かに掴まれ、後ろに投げられる。

 

「っ!?」

「大人しくしてろ」

 

 何処から現れたのか、槍を持った小柄な猫人(キャットピープル)がアーディの前に立ち塞がる。その威圧感を感じ取るまでもなく、実力差を知っている。

 

「………また、女神様の命令?」

「……………」

 

 答えないが、聞くまでもない。彼がかの女神のため以外に動くとは思えない。

 

「そこを、どいて! ベル君が殺されちゃう!」

「…………死ぬのなら、あの方の期待に答えられぬなら、あのガキはそこまでだ」

 

 一方的に試練を与え、一方的に期待し、一方的に失望する。相手の事など考えない。なんとも神らしい。

 

「だから私、あなた達の女神様に愛されたくないんだよ」

「………………」

 

 怒りは、ない。所詮小娘の戯言としか取られていない。この程度は侮辱とすら受け取らないほど、目の前の男は己の主神たる女神を敬愛している。

 アーディが剣を抜いて、目の前の男も槍をアーディに向けた。

 

 

 

 翼を持つモンスターは調教(テイム)が難しい。

 それは単純に制空権を取られ相手しにくいと言う強さの他に、モンスターが持つ愉悦感故だ。地を這う冒険者を、下に見る。今のグリフォンの様に───

 

「……………」

 

 上空からベルを見下ろす。彼の速度にも慣れてきた。自分より遅い。狙いは、ここ!

 

「─────!!」

 

 ベルの動きを先読みし、襲い掛かるグリフォン。観客からこれまでで一番の悲鳴が上がる。爪が狙うは、ベルの喉。

 だが………ベルが()()した。

 

「────!?」

 

 仕留めたはずの獲物に攻撃を回避され動揺したグリフォンはベルのすぐ後ろにあった木で造られた障害物にぶつかる。大きな音を立て地面に転がったグリフォンは体勢を立て直そうとし、目の前に迫る大剣を見て慌てて浮かび上がる。

 ギィン! と右前足の剛毛に剣が叩き込まれる。浮いていたのと、風を纏っていたおかげで威力は落ちたが吹き飛ばされ、岩に背中をぶつける。

 わあああ! と歓声が上がる。ベルを称える声だ。

 

「クルルルル!!」

 

 ハメられたと理解したグリフォンは怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 ベルがやったことは単純。あえて本来の速度より遅く動き、攻撃を最低限くらい、相手が速度に慣れてきたら障害物に誘導し、加速してぶつけるというもの。障害物にぶつかった程度では大したダメージにはならないが、真の狙いは別にある。

 

「クケエエエエ!!」

 

 もう油断はしないとベルの周りの障害物を意識しながら狙いを定め、迫る。しかし先程の攻防で速度に慣れていたのはベルも同じ。回避し───

 

「やあ!」

「クア!?」

 

 木を固定するのに使っていた鎖がグリフォンの前足に絡みつく。

 ベルの本命はこちらだ。攻撃をかわすと同時に上昇するために僅かに速度が落ちたのを見逃さず鎖を足に絡めたのだ。

 

「クルルゥ! ────クアァ!」

 

 バチリと雷が鎖を通りグリフォンを襲う。

 速攻魔法【ブロンテー】は詠唱も必要とせず、文字通り雷の速さを誇る魔法。しかし放つのはベルだ。狙うと言う過程が必要になる。動きを止める必要があった。

 

「【ケラウノス】!」

「キエェェェ!?」

 

 雷が地上から天に向かって昇る。まともに食らったグリフォンは地面に落ちる。大剣が振るわれ、鋼鉄の如き羽毛が僅かに斬られ、白い毛が赤く染まる。

 

「おおおおおおお!!」

 

 連撃が振るわれる。一撃一撃は大したことないが、少しずつダメージを負っていくグリフォンは、魔力を最大限にためる。

 

「クルアアアアアア!!」

「───!!」

 

 ゴォウ! と暴風が吹き荒れる。ベルの体が浮き上がり障害物として用意されていた岩の一部が転がるほどの風速。砂どころか土すら舞い上がり、小さな石が散弾のようにベルを襲う。

 地面を転がりながら目を守るベルはグリフォンの気配を探る。と、何かが風を切り落ちてくる。

 咄嗟に大剣を盾のように構えるが、一部が足に突き刺さる。

 

「────っ!? これは、羽!?」

 

 グリフォンの羽だ。抜けても鉄のような硬度は変わらず、ドロップアイテムとしてもそれなりの価値を持つ羽がベルの太腿に付き刺さっていた。

 

「クアアアアァ!!」

 

 上空で叫ぶグリフォン。その翼を風が纏い、巻き上がった土煙のお陰で風の動きが見える。大きく羽ばたくと同時にベルに向かって突風が吹き荒れ無数の羽が飛来する。

 

「くぅ!!」

 

 動きにくい程の強風に加え、無数の羽の弾丸。かするだけでも羽毛が肌を裂き、羽柄は鎧を貫き突き刺さる。

 そうそう回復するものでも無いだろう。使い過ぎれば飛べなくなる、文字通りの奥の手。

 

「クエェェェェッ!!」

「────!!」

 

 体中に怪我を負い、動きが鈍ったベルを狙い真上からの急降下。この試合始まって最大速度の攻撃。

 

「【福音(ゴスペル)】………」

 

 対してベルが放ったのは、超短文詠唱でありながら範囲魔法というチート技。ある程度指向性を持たせられるが、今回はそのあたりの調整は一切しない。ベルを中心に全方位に広がる音の暴風がグリフォンを襲い、速度を緩める。

 

「クルアアアアア!!」

 

 それでもなお爪を振るうグリフォン。狙いは首だったがタイミングがズレ、顔に向かって振るわれ鮮血が舞う。

 歓声に包まれていた闘技場が再び悲鳴に包まれる。

 

「────キィ!?」

「────!!」

 

 だが、その血はベルだけのものではない。頬に大きな傷を作ったベルはグリフォンの足に噛み付いていた。

 

「ぐうう!」

 

 そのまま首の力で地面に叩きつける。リィンリィンと鈴の音がグリフォンの耳に聞こえ、ベルは白い光を纏った剣を────()()()()()

 突然の奇行にグリフォンも観客も戸惑う。ベルは自分が入ってきた入り口を睨んでいた。

 グリフォンはその隙を逃さず猛禽の前足でベルの肩を掴み浮かび上がる。

 

「ぐう──!!」

 

 肩に食い込む爪、振り回される事により発生するG。グリフォンはベルを掴んだまま地面スレスレを飛んだり障害物にぶつかったりと、ベルにダメージを与えるように飛ぶ。

 魔力を練る暇もない。一際大きな岩にベルの頭を叩きつけると結界ギリギリまで移動する。

 リィンリィンと、鈴の音が響く。

 

 

 

 ゴクリと、何かを飲み込む音が聞こえた。

 

 

 

 

「ケェェェェェッ!!」

 

 落下、さらに加速。観客たちの悲鳴が上がり、グリフォンは地面スレスレでベルを放すと翼を広げ勢いを殺し地面を転がる。

 ドォン! と闘技場の中央で巨大な土煙の柱が上がる。グリフォンは食いちぎられた脚を引きずるように立ち上がり土煙を見つめる。

 観客達は息を呑む。あの威力でLv.1、助かるとは思えなかった。

 グリフォンもまた、先程までの相手の耐久値なら確実に殺せたと勝利を確信し────鐘の音が響いた。

 砂煙が晴れ、ボロボロだが確かに立っているベルの姿が現れる。白い光を纏い口元の血を拭う。

 

「─────!」

 

 ベルの姿を確認して逆立っていた毛も、しかしすぐに伏せる。ベルが一歩近づく。後退り、しかしベルが再び一歩進む。

 

「──────」

 

 目の前の、己より目線が低い人間に、グリフォンは翼を広げ嘴を大きく開く。対してベルは、そのグリフォンの額に手を優しく置いた。

 

「………………………クルルル」

 

 グリフォンは目を細め、その場にしゃがみ込んだ。敵意は完全に消えた。観客達は、まだ呆然と見つめている。

 ふぅ、と息を吐いたベルはグリフォンに背を向け、恭しく礼を取る。

 

「喝采を。劇は終わった」

「「「オ───オオオオオオオオッ!!」」」

 

 歓声が大気を揺すり、拍手の雨が降り注ぐ。ベルはグリフォンの背に乗ると顎である方向を指す。意図を察したグリフォンは直ぐにベルの入ってきた入り口に向かって飛ぶ。

 調教(テイム)してすぐに騎乗したベルに再び大歓声が送られた。

 

 

 

「アーディさん!」

「あ、ベル君…………うわぁ、勝ったんだ」

 

 通路の壁に寄り掛かり肩から血を流すアーディがグリフォンに乗ったベルを見て微笑む。

 

「大丈夫ですか!? さっきの人影は!」

「あー、うん。逃げたよ。私と戦ってる方が、ベル君の邪魔になるって思ったみたい」

 

 ベルが突然剣をぶん投げたのは、アーディが誰かに襲われているのが見えたからだ。グリフォンに対する攻撃をやめ、そちらに力の限り大剣をぶん投げた。その後すぐにグリフォンに襲われ結果は見えなかったがアーディはどうやら無事のようだ。

 足音が聞こえてくる。【ガネーシャ・ファミリア】の団員達だろう。予定していたモンスターではなく本来なら優秀な調教師(テイマー)のためのモンスターが出てきて慌てて地下に向かったのだろう。そして、地下にも通じてるコチラにも来たようだ。大怪我していたベルが向かったというのもあるかもしれない。

 

「アーディ!? 大丈夫か!」

「多めにポーション持ってきたぞ! ベル・クラネルと一緒に飲め!」

「あ、この子の世話お願いできますか?」

 

 ポーションを飲み傷を癒やしたベルはグリフォンの顎下を撫でながら床に突き刺さっている大剣を抜く。

 

「じゃあ、僕はこの後神様と祭りを回る予定があるので!」

 

 そう言って、ベルはその場から去っていった。

 

 

 

 

 

「……………はぁ、何してるんでしょう私」

 

 思わず逃げ出したレフィーヤは、ため息を吐く。どんよりとしたその雰囲気に、誰もが知らず知らず距離を取る。

 憧れの人の目に止まった相手の活躍が見たくないなんて、控えめに行っても自分勝手が過ぎる。ティオナ達も心配しているかもしれない。

 

「…………さっきの歓声、終わったんでしょうか?」

 

 悲鳴では、なかった。なら勝ったのだろうか?

 Lv.3のモンスターに駆け出しが勝つ。普通に考えればあり得ないが彼ならやってのけそうな、そんな妙な確信がある。

 

「………ふぅ…………よし!」

 

 取り敢えず突然飛び出したことをティオナ達に謝りに行こうと踵を返し駆け出すレフィーヤ。と───

 

「ぐっ!?」

「きゃ!?」

 

 曲がり角で人にぶつかる。冒険者と一般人がぶつかれば一般人だけが転ぶが今回は相手も冒険者だったのかレフィーヤもよろける。走っていたレフィーヤにぶつかった相手は尻もちをついていた。

 

「す、すいません! 大丈夫ですか!?」

 

 手を伸ばし、相手を見る。黒髪に、赤緋の瞳を持った凛々しい顔立ちの同胞(エルフ)だ。彼女は差し出された手と同胞(レフィーヤ)を見て顔色を変える。

 

「私に触れるな!」

「──え」

 

 パン! とその手が弾かれる。何だ何だと視線が集まる中、固まるレフィーヤに目の前のエルフはハッと目を見開く。

 

「大丈夫だ、もう行かせてもらう」

 

 そう言って、立ち去ろうとしたまさにその時だった。

 

「────!」

 

 路地裏から一人の男が走ってきた。その目は血走り、手に持つ剣は燃えている。魔剣だ。

 その怪しい様子からまさか闇派閥(イヴィルス)かと構えるレフィーヤとエルフ。その答えはすぐに男の言葉から帰ってくる。

 

「死に沈め、オラリオォォォォォォッ!!」

 

 確定だ。すぐに捕らえねばと動こうとしたレフィーヤだったが、その必要は無かった。男はすぐに無力化された。無力化したのはエルフ、では無い。

 

「……………え?」

 

 グチャリ、と生々しい音が響く。

 路地裏から現れた()()は、真っ白な歯で男を咀嚼し、ダランと垂れ下がった腕からこぼれ落ちた魔剣に食い付きバキリと噛み砕く。

 

 誰かが恐怖から持っていたものを思わず落とす。

 

「………あ」

 

 誰かが恐怖から声を漏らす。

 

「ひぃ!?」

 

 誰かが、恐怖から叫ぶ。

 

「モンスターだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオっ!!」

 

 毒々しい極彩色の花弁を空に向かって咲かせたモンスターの咆哮が、()()()()()()()()()




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祭の騒動

 闇派閥(イヴィルス)を喰らいボタボタと血を口から零す食人花。次の餌はどこだと言わんばかりに鎌首をもたげ、人類を見つめる。

 

「ひ、わ………うわあああ!!」

 

 一人の叫びに、混乱が伝播する。我先にと駆け出す町民。中には冒険者すら交じる。彼等はLv.1や2ばかりだが、長い間冒険者をやっていた。初めて見る新種であろうと、己では絶対勝てぬと悟ったのだ。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 そんな逃げ惑う獲物に、蔓を一振りする食人花。

 鞭のように振るわれた蔓は建物の壁を破壊し、落ちてきた瓦礫に人々が叫ぶ。

 その殆どが一般人。全力で走っても、モンスターからすれば笑える程遅い。無数の触手が再び振るわれる。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)!】」

 

 しかしそんな彼等とモンスターの間に割って入る影。黒髪の妖精(エルフ)短杖(ワンド)を構え、詠唱しながら割り込んだのだ。

 本来魔道士は固定砲台。強力な力を発動できるぶん、魔法詠唱中、魔力を練っている間は動けないという制約を持つ。それを覆すのが、魔力という難物を抱えながら別の行動を行う平行詠唱。未だ到達できている魔道士は多いとは言えないが中には同ランクの冒険者と戦闘行為を行いながら詠唱を行う強者もいる。

 彼女はそれと同等とは言わぬが、それでも平行詠唱を行える熟練者。しかし、間に合わない!

 

 

────()()()()()()()

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 足元に魔法円(マジックサークル)が展開し、純白の障壁が展開される。

 超短文詠唱。詠唱の短い魔法だが、本来なら威力に劣る魔法。しかし展開された魔法円(マジックサークル)が彼女が『魔導』という魔法を強化するアビリティを持っている証左。強力な魔法は食人花の攻撃を防ぎ、食人花は障壁を破ろうとしているのかガリガリと障壁に牙を突き立てる。

 

「う、うおおお!!」

 

 と、勇敢な一人の冒険者が食人花に突っ込むが、蚊でも払うかのように無造作に振るわれた蔓でゴミのように飛んでいく。あの蔓の速度、近付くのは危険だ。

 

「【解き放つ一条の光。聖木の弓幹。汝、弓の名手────】」

「─っ!? いかん、逃げろ!」

「………え」

 

 不意に聞こえた同胞の叫び。同時に、腹に衝撃が走る。

 

「───? がぁ!?」

 

 逃げ惑う人々を獲物と定めていた食人花は突如レフィーヤに振り返り、蔓の一本を振るう。脇腹に腕のように太い蔓が直撃し、レフィーヤの体が吹っ飛ぶ。

 それを認識したのは屋台に突っ込み瓦礫に埋もれてから。

 

「あ、かぅ………げほ! おぇ………げぇ!」

 

 後衛とは言えLv.3のレフィーヤを一撃で吹き飛ばす威力。口の中に鉄の味が広がる。胃の中のものが赤い液体と共に地面に零れ落ちる。

 手足が痺れたように動かない。食人花はレフィーヤに向かって近付いていく。

 

「………………」

 

 嫌だ、とレフィーヤは思った。

 立ち上がろうとするレフィーヤを嘲笑うかのようにゆっくりと近付く食人花。ボタボタと垂れる唾液。生暖かい息が近付く。

 嫌だ、嫌だ。もう嫌だ。

 動け、腕でも足でも体でも、何処でも良い!

 心は叫ぶ。こんな所で死にたくないと。役立たずでいたくないと。何より、諦めるのは嫌だと。なのに、体は動かない。動いてくれない。

 ゴォン、と鐘の音が響く。

 白い流星が食人花の頭を貫いた。

 

 

 

 

 ヘスティアと合流すべく街に出たベルはふと一人の人間に目を止める。

 師に言われた。『獲物の状態(あじ)を感じ取れ』と。様々な成分が混じった汗の匂いを鼻孔が、短い呼吸音を鼓膜が、僅かな動作を瞳が捉え、状態(あじ)を伝えてくる。

 焦燥、不安、僅か後悔に、期待? そして────殺気。

 

「アルシア、今そちらに向かおう───」

 

 取り出した魔剣が光を放つ。その程度の魔剣。周りの者達は何だ何だと足を止め振り返る。ベルは魔剣を持った男に向かって走る。

 その男の足元が盛り上がり、巨大な花が現れる。

 花弁の中央に生えた白い歯が男を食いちぎった。

 

「────!!」

 

 ボタボタと口から血が溢れる。ビチャリと体の一部が地面に落ちる。悲鳴が響く。

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮が響く。目の前の一つだけではない。様々な方向から何重にも声が聞こえてくる。恐らく複数現れた。

 先程の男の行動から察するに魔剣で誘導したのだろう。何故魔剣で? 疑問はあれど後回しだ。

 蜘蛛の子を散らすように逃げる住人達を逃がすために戦闘行為に移るベル。

 雷を纏い、己を加速させる。

 

「────!!」

「っ!!」

 

 グリンとベルに向かって振り返った食人花にベルは反射的にその場から飛のく。ベルが先程までいた場所から、地面を貫くように蔓が伸びる。

 

(攻撃力はグリフォンよりは無さそうだけど、レベルは恐らく3────ッ!?)

 

 再び迫る蔓。鞭のようにしなり、あるいは槍のように真っ直ぐ突っ込んでくる無数の触手はベルにとっては一撃とてまともに食らうわけには行かない。

 周りで逃げ惑う住人に目を向けず、ベルばかりを狙う食人花。それ自体はベルも助かるが、不自然だ。

 

「オオオッ!!」

「くっ!」

 

 かわした攻撃が他の人に当たらぬよう常に周りに気を配る。建築物の被害は気にしていられない。

 雷を纏った脚が地面を叩き勢いを失った蔓を蹴りつけ街頭や屋台を巻き込み吹き飛ぶ。

 

「っ! 今の………!」

 

 ベルは目敏く不自然な挙動を見つけ、魔法を解く。地面はあちこち破壊されており、その破片の一つを街頭に投げつける。街頭の光は、魔石灯。破壊され零れ出た魔石に目ざとく反応する。大口を開け路面ごと噛み砕く勢いで魔石に迫る食人花。その首を、大剣で切り落とした。

 

「………っ…………ふぅ」

 

 蔓を蹴った感触から、打撃には相当強いようだが斬撃に対してはそこまでの耐性は持っていなかったようだ。

 先程、蹴った蔓が街頭を破壊した際出て来た魔石に一瞬だが反応していたのは見間違いではなかったらしく、作戦が成功したベルは一先ず安堵の息を吐く。

 優先順位は魔力、魔石(モンスター?)、人の順番のようだ。ある程度の特性が解った。次からはもう少し楽に殺せるだろうが、問題は数だ。

 悲鳴は、方向は未だやまない。敏捷(あし)には自身はあるが全てに対処できるはずもない。叶うなら他の強い冒険者がいる場所なら任せて、一般人しかいない所を目指したい。と───

 

「クルルルル!」

「え、君は………どうしてこんな所に!?」

 

 ベルの横に大きな影が降り立つ。グリフォンだ。それも、ベルが先程屈服させた。

 新たモンスターの登場にますますパニックになる中、ベルは丁度いいとグリフォンに語りかける。

 

「お願い、乗せて!」

「クルルル」

 

 グリフォンの飛行速度はベルより速い。背に乗り、飛んでもらえばかなりの時間短縮になるし上空からなら近くに冒険者がいるかも分かる。載せてくれというベルの提案にグリフォンは翼を動かし浮かび上がる。地面から数センチ、進む速度も遅い。

 ベルはその背に追いつき飛び乗る。

 

「ケエェェ!」

「わ、とと!」

 

 上空に向かうために斜めになり、ぐん、と加速し落ちそうになるベルは首に巻き付いていた鎖を掴む。

 というか良く見ると足にも鎖が絡まってる。これって【ガネーシャ・ファミリア】から、団員達を振り切り無理やり脱出してきたのでは? 後で謝ろう。

 

「っ! これは………」

 

 食人花の数は、想像以上だった。地上にモンスターなど早々運べるはずがないのだから、十数匹だと思っていた。

 しかし明らかに数十匹は居る。どうやって運んだかよりどうやって倒すかが先決だ。地上を見る限りアイズやアリーゼ達も戦っている。彼女達の方は優勢だが他の場所は微妙だ。と言うか町民に混じって逃げている冒険者まで居る。

 

「数が多すぎる、どうすれば………!」

 

 ベルのレベルは未だ1。本来なら食人花など軽く屠ったであろう魔法は、『彼女』に遠く及ばない。

 【英雄決意(アルゴノゥト)】を使えば及ばすとも食人花を消し飛ばすことは可能だろうが、時間も体力も使い過ぎる。

 

「……………いや、待てよ」

 

 あれはベルのみを強化するスキルではない。と、思う。

 理由はアーディを襲っていた何者かに向かってぶん投げた大剣。

 【英雄決意(アルゴノゥト)】はチャージ時間によって光量が変わるが、少ない時間なら光が集まるのは行動に移す場所だ。拳なら腕。蹴りなら足。剣戟なら剣。そして、ぶん投げた剣は尚も光り続けていた。

 剣そのものが強化されていたなら、とベルは跨っているグリフォンを見つめる。賭けだ……。

 ゴォン、と鐘の音が響く。

 

「合図したら、逃げてる人が多い所にいる順に体当りしてくれ」

「クエェ?」

 

 ベルの言葉に動揺するグリフォン。それはそうだ。グリフォンの突進ではあの食人花は倒せない。だけど──

 

「信じてほしい」

「ケェェェェン!」

 

 任せろ! と言うように叫ぶグリフォン。ベルは同時に英雄をイメージする。英雄ヒポノゥス。別名ベレロフォン。天馬(ペガサス)に乗り、数多の戦場を駆け抜けた戦士。

 鐘の音が響く。オラリオの住民達が空を見上げる。純白の光を纏うモンスター(グリフォン)が翼を羽ばたかせていた。

 

「行くぞ!」

「クエエエエ!!」

 

 一際大きな鐘の音が響き渡り、オラリオの空を不規則に飛ぶ白い流星が駆け抜けた。

 食人花達の頭部が破壊される。丁度魔石のある位置だ。その身を灰へと還し高速で物体が通過した影響で巻き起こった風に散らされる。

 

 

 

 確認できる限り逃げ遅れた住民が残っている最後の場所に到着すると同時にグリフォンが力尽き地面に転がる。

 

「うげ!?」

 

 ゴロゴロ地面を転がるベル。慌てて立ちあがりグリフォンに駆け寄ると肩を大きく上下させている。ベルも疲労が襲うが何時も程ではない。デメリットの殆どはグリフォンが請け負ったのだろう。

 

「ありがとう、助かったよ………」

「キュルル………」

 

 気にするな、と言うように鳴いたグリフォン。頭を撫でてやり、周りを見る。呆然と固まる冒険者達やオラリオの町民。微かに残った魔力の残滓から、黒髪に赤緋の瞳を持つエルフが戦っていてくれたらしい。

 怪我人は居ないかと視線を巡らせれば、見知った人物が倒れているのが見えた。

 

「レフィーヤさん! 大丈夫ですか!?」

 

 倒れているレフィーヤに駆け寄るベル。腹あたりの服が避けており、白い肌が赤黒く染まっていた。

 手を伸ばすベル。だが、その手がパンと弾かれる。

 

「………え?」

「…………あ」

 

 ポカンとするベルに、レフィーヤ。咄嗟の行動だったのだろう。レフィーヤ自身呆然としていた。

 エルフは認めたもの以外との肌の接触を嫌うが、これはそういった理由では無いだろう。

 黒く淀んだ目には、嫉妬があった、憎悪があった、憤怒があった………でも、後悔があった、自虐もあった、己自身に向けた、軽蔑があった。

 ベルが何かを言えば、壊れてしまいそうなレフィーヤに言葉を失う。

 

「あ、えっと………すいません、僕がエルフの方に触るのは………代わりに運んでもらえませんか?」

 

 と、黒髪のエルフに声をかける。

 

「………無理だ」

「え?」

「私が触れれば、その同族を汚してしまう」

 

 レフィーヤに劣らぬ程の自虐の瞳。ベルが固まっていると、不意に冒険者の一人が黒髪のエルフを見て声を漏らした。

 

「彼奴………まさか、『死妖精(バンシー)』?」

 

 バンシー? と首を傾げるベル。二つ名だろうか? なんとも不吉な。と、その冒険者の瞳に、憎悪が宿る。

 

「────っ!」

「なっ!?」

 

 男はエルフに向かって石を投げる。エルフは避ける素振りも見せず、しかし咄嗟に前に出たベルの額に石がぶつかった。

 

「お、お前、何を!」

「じ、邪魔すんじゃねえよガキ!」

「嫌です! 邪魔します! なんで、いきなり攻撃したんですか!」

「そいつは、死を運ぶんだよ! そいつと関わった奴は皆ダンジョンで死んだ! 等々地上にまで不幸を運びやがった! クソが、ダンジョンで大人しくしてりゃいいのに、モンスターがよ────!!」

 

 モンスターは人を襲う絶対的な悪。人をそう呼ぶのは、最大限の侮辱だ。それを行った男にベルが思わず叫ぼうとするがその前に別の人物が叫ぶ。

 

「そ、そうだ! お前のせいで………! ふざけやがって、どんだけ怪我人が出たと思ってやがる!」

「地上に出てくるんじゃねえよ!」「ダンジョンに帰れ! 化け物が!」

「………………」

「っ! や───!」

 

 甘んじて罵倒を受けようとするエルフだったが、ベルは我慢できなかった。何処か優越感に浸る彼等に正当性があるなどと、断じて認められない。再び叫ぼうとしたベルだったが……

 

「やめてよ!」

 

 一人の少女が叫んだ。子供の言葉だが、子供に叫ばれたことに何人かが睨む。ビクリと怯えた少女はしかし怯えながらも大人達を睨み返す。

 

「お姉ちゃん達は、私達を助けてくれたよ。皆と、あのおじさんしか戦おうとしてなかったもん。逃げてたばかりの人が、お姉ちゃんをいじめないでよぉ!」

「っ! このガキ、言わせておけば!」

 

 と、腕を振り上げる。ベルが、エルフが止めようとしたまさにその瞬間、ズン! と地面が大きく揺れる。少女のみならず、冒険者達まで浮き上がる衝撃。

 地震、ではない。ボゴォ! と音が響く。場所はダイダロス通り。

 地上の迷宮の奥から聞こえた破壊音は、しかし現れたそれを見て、迷宮など意味がないと誰もが思った。

 

「………何だ、あれ……」

「か、階層主………?」

 

 何故ならそれは余りに巨大だったから。建物など間違いなく破壊しながら突き進めるだけの巨体。数十メドルはある巨体はベルは遭遇したことはないが階層主クラスの規格外。

 毒々しい花弁を咲かせた食人花に酷似した極彩色の巨大花。誰もが固まるその場所に、巨体を倒した。




ヴィオラスに続きヴィスクム登場。ちょっとハード過ぎませんかねえ?
何処の邪神が思いついたんだ全く

因みにベレロフォンはギリシャ神話に登場する英雄


関係ないけどFate/HFでライダーが士郎に信頼されてるとセイバーにマウント取るとこ好き 


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千の妖精

 その巨体が倒されただけで大気が唸る。地面に体を叩きつければ路面はひび割れ爆風が吹き荒れる。

 

「あぐっ!」

 

 ゴロゴロと地面を転がったレフィーヤはフラフラと立ち上がる。先程ベルの手を払ったように、漸く身体が動くようになって来た。

 

「あ、え………?」

 

 そう、漸く。

 レフィーヤに、巨大花の攻撃を避ける手段は無かった。投げ飛ばされたのだ。ベル・クラネルに。

 何故一緒に回避しなかったか。レフィーヤになるべく触れないように気をつけた? それもあるだろう。それ以外の理由もある。

 

「っう………ぐ、な……何が………」

 

 巨大花を挟んだ向こう側。黒髪のエルフは背後から誰かに吹き飛ばされた。彼女だけでは無い。突然現れた規格外の大きさのモンスターの出現に呆然自失になっていたモンスターの攻撃範囲内すべての人間が誰かに突き飛ばされた。

 

「…………………」

 

 ズルリと瓦礫を引きずりながら起き上がる巨大花。その下に、赤い花が咲いていた。否、それは広がった血だ。その中央にはベル。人が何気なく踏み潰した虫のように地面にへばりつく様に倒れて。

 

「な、あ………え?」

 

 黒髪のエルフは赤緋の瞳を見開く。助けられたのだ。自分は。

 自分以外にも助けられた者は居る。全員見事に助けきった。なら、1人見捨てるだけで少年も助かった筈だ。だから、思う。誰よりも己を罪人だと思う彼女は、自分のせいだと。

 

「う、うわああああ!」

「に、逃げろ! 逃げろぉ!」

「どけ! 邪魔だ!」

 

 漸く我に返った冒険者、住人は我先にと逃げ出す。先程の衝撃で崩れた建物の瓦礫が行く手を阻み、誰もが己が助かるために目の前の相手を引っ張る。

 その光景を、黒髪のエルフは知っている。今も夢に現れ己を苦しめる、その絶望を覚えている。

 胸の奥からこみ上げる吐き気に蹲る。喧騒が、モンスターの咆哮が、視界に映るその全てが遠のいていくような感覚。そして同時に、聞こえるはずのないあの時の悲鳴が聞こえてくる。

 

「────」

「お、お姉……ちゃん」

「────っ!!」

 

 だが、視界や聴覚が乖離していく中触覚に何かが触れ、消えかけた聴力に幼い少女の声が交じる。意識を現実に戻し振り返れば先程自分を庇っていた少女が腕を掴んでいた。

 その瞳にはこの状況に対する恐怖と、黒髪のエルフに向けられた懇願と期待。もう一度助けてと、その目が語る。

 

「わ、私に触れるな!」

「っ!?」

「っ………無理、だ。期待するな。私は、お前が思うような、高潔な存在じゃないんだ………私は、あの時……」

 

 驚愕で尻もちをつく少女の視線から逃げるように顔をそらし蹲る。絞り出すような声に、少女の目から期待が消える。それでいい。助けなど、求めるな。求めたところで───

 

「に、逃げよう!」

「…………は?」

 

 少女は再び手を掴んでくる。今度は先程のように縋りつくでもなく、引っ張ろうとしている。非力なただの少女に出来るはずもないが。

 

「逃げろと、お前は私に言うのか?」

「だ、だって、ここに居たら危ないよ……」

 

 巨大花は何故か鎌首をもたげたまま動かない。しかし何時動き出すか解らない。そんな恐怖の中、少女は己を助けてくれた冒険者に、もう一度戦えではなく、共に逃げようと言ってくる。

 その姿はあまりに眩しくて、自分が惨めになってくる。

 

「はははははは! 5年、たった5年だ! あの時よりも衰退したなあ、オラリオォ!」

 

 と、その時男の哄笑が響き渡る。振り返れば骨を被った男が両手を広げその場の惨状を見て笑っていた。恐らくは闇派閥(イヴィルス)なのだろう。何処か異質な気配を放つ男の登場にある者は恐怖をある者は怒りを向ける。

 

「やれ! 巨大花(ヴィスクム)! 『彼女』の威を、この目障りな街に刻め!」

 

 その言葉と同時に巨大花が動く。まさか、だれかが思う。あり得ぬと否定するが、そうとしか思えない。あの男はあの巨大なモンスターを操る調教師(テイマー)

 ならば必然的にモンスターより強いということになる。ただでさえ勝ち筋の見えないモンスターに加え、それ以上の実力者。怒りは冷め恐怖のみが支配し、懸命に逃げようとする住民に巨大花が迫る。 

 

「ははははははは!!───あ?」

 

 悲鳴に混じり、鐘の音が響く。

 白い光が高速で駆け抜け、巨大花の前に立ち塞がる。

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

 特大の鐘の音が響き渡り大気を揺する。巨大花は首を擡げるように仰け反り動きを止める。

 

「な、はあ!? 馬鹿な、何だ今のはぁ!」

「……………」

 

 魔法を放ったのはベルだ。今にも死にそうなほど血だらけで、右腕など完全に折れている。それでも立ちあがり、住民を庇うように立ち骨兜の男を睨みつける。

 

「っ! ふん、心意気だけは立派だな冒険者。だが、いつの時代も身の程知らずの馬鹿から死ぬ」

「………嘘ですね」

「なに?」

()()()()()()()()()()()

「─────! そのガキを殺せ! 巨大花(ヴィスクム)ゥ!」

 

 ベルの挑発にあっさり乗り、この辺り一体をものの数秒で瓦礫に変えるモンスターをベル一人に差し向ける男。

 ベルは迫りくる触手をかわし、振り下ろされる巨体が誰かを巻き添えにしないように駆ける。

 傷口から血が吹き出す。ゴボリと口から血が溢れるのを見て、男は笑う。

 

「ははは! 何だ貴様、既に死にかけではないか! そんな身体で何故戦う? 大人しくしていれば楽に殺してやるぞ!?」

「───!」

 

 動きが鈍くなっていくベルの脚を蔓が掠り肉を抉る。脚が止まり、別の蔓がベルの体に打ち付けられ吹き飛ばす。

 

「冒険者と言うのは何時の時代も愚かだ。身の程を弁えず、強者に挑み蹂躙される。貴様は私が知る中で最も愚かな男だった」

「貴様ぁ! 【一掃せよ、破邪の聖杖《いかずち》】!【ディオ・テュルソス】!」

 

 黒髪のエルフは、その男の笑いが妙に癪に触った。もとより闇派閥(イヴィルス)等到底受け入れられぬ存在ではあるが、その笑い方、姿、立ち振る舞いが誰かを連想させる。

 

「ぐあ!?」

 

 ベルに気を取られ完全に不意を疲れた男は魔法をもろに喰らう。だが、無傷。骨の眼窩の向こうからフィルヴィスを忌々しげに睨み付け───

 鐘の音が響く。男の腕が切り飛ばされた。

 

「ぐあああ!?」

「─────っ!」

 

 ベルだ。先程よりボロボロになりながらも男に接近し、腕を切り裂いた。男はすぐさま反撃に移るがリィンと鈴の音が響きベルがその場から高速で移動する。

 

「か、はっ! は────っ! ゲホ、はぁ………はぁぁ!」

 

 ただでさえ重症だと言うのに体力を大幅に消耗しその場で倒れるベル。片腕を失った男はベルを睨み、しかし睨み返されビクリと肩を震わせる。

 

「ふん、どうせ直に死ぬ命。せいぜい絶望に飲まれながら朽ちていけ!」

「ま、待て!」

 

 静止の声を振り切り逃げ出す男。残された巨大花は命令するものが居なくなり、しばらく殺すように命じられていたベルと餌である人間達に交互に振り返る。

 

「お、お姉ちゃん…………」

 

 キュッと己の手首を掴む小さな手。せめて、この子だけで逃さなくては。だが、今不用意に動けば……!

 と、ベルが立ち上がる。反応するように振るわれる蔓。避けることも叶わず吹き飛ばされ、運悪く近くにいた冒険者がひぃ! と叫ぶ。

 

「ま、待って、ください………助けて………」

「う、うるせぇ! 知るか! てめぇの方がどうせ強いだろ!? だったらてめえが戦えよ!」

 

 死にかけの人間に言う言葉ではない。黒髪のエルフは、少年の言葉に、助けを求める事ができるあり方にどこか安堵した。しかし………

 

「戦い、ます。だか、ら………彼処に、人が瓦礫に埋まって………」

「………は?」

「冒険者、なら……瓦礫をどけて……逃げられるはずです」

 

 助けて欲しいのは、自分の事ではないらしい。他人の為に立ちあがりボロボロの体で戦おうとするベル。男は、そのあり方を理解できない。

 蔓が振るわれる。今度はなんとか防ぐことに成功する。

 

「早く!」

 

 言うことを聞く道理はない。助かりたいから逃げるのだ。時間を稼ぐなんて言って、死にかけの男に何が出来ると言うのか。

 なのに、結果を示す。迫りくる蔓を躱し、切り裂き、巨大花を誘導する。少しでも誰かが逃げる時間が稼げるように、死にかけの体を動かす。自分の半分も生きてないような少年が、下手をすれば親子ほど年の離れている幼い子供が。

 

「…………っ! ああ、くそぉ! おいお前等、手伝え!」

 

 罪悪感を少しでも軽くしたいだけなのかも知れない。だが、冒険者達が怪我人や一般人達に手を貸す。その光景を見て安堵してしまったのか動きが鈍り、巨大花の巨体が降ってくる。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】【ディオ・グレイル】!」

 

 しかし現れた白い障壁が一瞬だけ防ぐ。ピシリと直ぐにひび割れるが、その一瞬で黒髪のエルフが己の純白の服が赤く染まるのも気にせずベルにタックルでもするかのように飛び付き抱き締め飛び、地面を転がりながら距離を取る。ズズン! と地面が揺れる。

 

「馬鹿かお前は!? そんな体で、何ができる!」

「─────」

「さっさと助けを求めれば良いんだ。どうせ、死にそうになれば助けを求めるくせに………どんな高等な志を持とうと、死の前には抗えぬくせに」

 

 何処か懇願を含んだその言葉に、ベルは固まる。己の首元を掴むその手に、己の手をそっと重ねる。

 

「………じゃあ、助けてください」

「─────」

「僕一人じゃ、勝てません。げほ! だから、力を貸してください……」

 

 そんな言葉を聞くのは、何時以来か。近付くなと、何度も言われた。『恥晒し』と同族達に罵られた。

 それは仕方のない事だと思っていた。だって、力を貸してくれと、そう言ってパーティを組んだ相手を、一人だと可愛そうだと手を伸ばしてきた相手を、死なせたのだから。

 だから、忘れていた。誰かに頼られるのは、こんなにも………

 

「それで、どうする………私の魔法では決定打にかける。お前のあの妙な光なら」

「あれは、その威力となると、多分もう無理です………」

 

 まああれだけの力を発揮できるのだ。代償は存在するだろう。だがそうなるとどう倒すか。

 救援が来るまで待つか? それまでベルが持つとは思えない。

 

「心当たりはあります。説得するので、時間を稼いでください!」

「あ、おい!」

 

 呼吸を整え少しだけ体力を回復させたベルが駆け出す。再びゆっくりと首を持ち上げ、鎌首もたげた巨大花が動き出す。黒髪のエルフは迫りくる蔓に舌打ちしながら元気になったら絶対文句を言ってやると心に誓った。

 

 

 

 

「レフィーヤさん!」

「え? あ、貴方は……無事、だったんですね」

 

 ベルが吹き飛ばされたのは丁度巨大花の反対側。レフィーヤからすれば潰されて起き上がって、謎の男の腕を切って吹き飛ばされて、流石にこれ以上は起き上がれないんじゃないかと思ったが、その予想をあっさり覆す。

 その結果に、ズキリと胸が痛む。

 

「何をしに………」

「力を、貸してください。レフィーヤさんは、沢山の魔法が使えるんですよね?」

「………無理、ですよ。貴方にも出来ない事が………私になんか」

「………レフィーヤさん?」

 

 断られるかもとは、思っていた。断り方は予想外だった。

 

「あの、でも………レフィーヤさんの方がレベルが」

「無理だって言ってるんですよ!」

「っ!」

「私は、私には………そんな事、できない。何時も、皆さんを足を引っ張って、助けられてばかりで………貴方みたいに、レベルの差を超えるなんて出来ない。あの人達に認められる貴方を、嫉妬する資格すらない………」

 

 ボロボロと涙を流すレフィーヤ。

 素直に認めよう。ベル・クラネルは強い。グリフォンを連れているということは、Lv.3のモンスターに実力差を示したと言うこと。それはレフィーヤには決して出来ないであろう偉業だ。

 あの人達が認めるのも解る。

 

「レフィーヤさん、気持ちはわかります」

「っ! 貴方に、何が! 解るわけないじゃないですか! 周りの皆さんは、すごくて、なのに自分が弱くて………追い付きたいのに、追いつけなくて……………」

「はい。()()()()()()()()

「……このっ! ………あ」

 

 思わず顔を上げ、ひっぱたきそうになった。しかし、その手は止まる。ベルが向けてくるその目は、知っている。強さを求めるめだ。誰かに追いつきたいと、願う者の目だ。

 そうだ、この人は、才能があったから強いんじゃない。自分は、それを聞いていたではないか。冗談みたいな、一歩間違えれば死んでもおかしくない、彼の修行時代を。

 

「大丈夫ですよレフィーヤさん。泣けてる内は………泣くともせず、どうせ勝てないからと諦める人達だって居るのに、貴方は悔しいと泣いてみせた。だから、泣ける間は大丈夫です………」

「それ、でも………やっぱり、私なんか」

「僕だって、そう思ってます。僕なんかって、思ったから助けを求めたんです…………貴方が勝手に僕に勝てないと思うなら、僕も勝手に貴方に魔法では勝てないと思う。だから、力を貸してください………」

 

 そう言って巨大花に向かって駆け出すベル。レフィーヤは、暫く固まったあとグシグシと涙を拭う。

 ベル・クラネルは凄い。それはもう疑いようのない事実だ。だけど………それを認めて涙が出る。悔しいと思える!

 

「………生意気…………な、生意気な、ヒューマン!」

 

 さらっと魔法()()と言った。魔法以外では勝てると暗に言ってるようなものだ。

 だったら見せてやる。魔法()()()()自分は貴方より強いんだと言うところを!

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 ふと、遠征の際アイズに言われたことを思い出す。

 『次はレフィーヤが助けて』……次。未来を期待する言葉だ。当たり前だ。Lv.3がLv.5を助けるなどよほどの状況にならなくては。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 だけど、ベル・クラネルは()()()()()()()の力を欲している。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 私が貴方を認めたように、貴方も私を認めた。ならば、対等だ。負けるものか。約束しよう。二度と自分は貴方の下だと思わない。だから、貴方も、私が認めた貴方のままで居て。

 

「【至れ、妖精の輪。どうか──力を貸してほしい】」

 

「【エルフ・リング】」

 

 

 

「ッ!! オオオオオオオオオオオ!!」

 

 周りをチョロチョロ飛び回るベルと黒髪のエルフに鬱陶しそうに蔓を奮っていた巨大花は、その莫大な魔力に反応する。どうやら食人花と似ているのは見た目だけではないらしい。

 

「【──終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に渦を巻け】」

 

 魔法名が紡がれたあとも詠唱が続く。それは、ベルのスキルと似た魔法。スロットを越え魔法を扱うことのできる魔法。ベルは憧れを胸に愛する家族達の、レフィーヤは、同法の誇りを胸に誇り高き同胞たちの魔法を扱う。

 レフィーヤは理論上、エルフの魔法ならば千を越えようと扱える。故に【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

「オオオオオオオオオオオオオオっ!」

「この、大人しくしろ!」

 

 だが膨大な魔力は巨大花の前では餌が現れたと同義。その巨体は妨害など物ともせず突き進もうとする。故に、『新たな餌』を用意する。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 自身の間近に現れた膨大な魔力に動きを止める巨大花。ベルは走りながら詠唱を続ける

 

「【禊はなく。浄化はなく。救いは───】っ! ゲホ、ガハ!」

 

 しかし詠唱は途切れ、魔力が霧散する。巨大花は再びレフィーヤに向かって首を伸ばす。だが──

 

「【吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱はここに完成した。後は魔法名を唱え放つだけ。しかし、その位置が問題だ。まずい、この位置だと街を巻き添えにしかねないと、思わず固まるレフィーヤ。

 魔力の拡大を感じ取ったのか、巨大花は無数の蔓を伸ばす。

 

「────!!」

「させん!」

 

 ベルと黒髪のエルフがレフィーヤの前に飛び出す。黒髪のエルフは詠唱を完成させていた。だが、防げるか?

 

「そのまま防御を!」

 

 ベルの『アルゴノゥト』は、本来の歴史に対して名前が違う。そして名前以外にも、別の特性がある。

 それはベルの過去にある人物達が居るか居ないかの違い。

 多くの英雄譚は一人の主人公からなる。どちらのベルも、そんな英雄になりたいと願う。

 だが、こちらのベルは師から教わった【ファミリア】の数多の英雄達を知っている。英雄達が、共に強敵に挑む話を何度も語られている。こちらのベルにとって、自分だけが英雄になるのでは無い。数多の者達と手を取り合い、共に英雄になるのだ。

 鈴の音が響く。純白の清浄なる光が、ベルから黒髪のエルフに映る。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

「─────!?」

 

 純白の巨大な障壁が、巨大花を文字通り吹き飛ばす。大きく身体をのけぞらせた巨大花の頭は、建築物より高い位置に。ここしか、ない!

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 時すら凍りつく絶対零度の吹雪が巨大花を凍らせていく。

 深い蒼色の、溶けることのない氷の檻に閉じ込められた巨大花の上にベルが降り立つ。

 

「【福音(ゴスペル)】──【サタナス・ヴェーリオン】!」

 

 ゴォォン! と鐘の音が響く。それは勝利を称える鐘の音。音の衝撃波により粉々に砕け散る巨大花。その位置に魔石があったのか、凍りつかなった部分は灰へと還る。

 氷の欠片と共に落ちるベルに慌てて駆け出す黒髪のエルフとレフィーヤだったが、空を舞う一つの影、グリフォンがベルを背に乗せ地面に降り立った。

 

「「「─────!!」」」

 

 歓声が、先程の鐘の音に負けぬほど響き渡りベルは意識を手放した。




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神々の会話

「…………う、ん」

 

 倦怠感を感じながらも、ベルは目を覚ます。

 見覚えのない天井だ。祖父いわく、こういうのは知らない天井と言うのだったか?

 などと考えながら起き上がる。どうやら医務室のようで、ベッドが複数ありベルの寝ていたベッドのすぐ近くでグリフォンが寝息を立てており隣のベッドにはヘスティアが寝ている。

 

「って、神様!?」

 

 ここは医務室。近くで寄り添うならともかく、ベッドに寝かされているという事はまさか怪我したんじゃ!? と慌てて駆け寄るベル。

 

「心配ありません、眠っているだけです」

 

 と、扉が開きそんな声が聞こえる。振り向くと銀髪の女性がいた。一瞬小人族(パルゥム)かと思うほど背が低い人形のような女性だ。

 

「はじめまして。私はアミッド。【ディアンケヒト・ファミリア】の団長です」

「ディアンケヒトっていうと………ナァーザさんが言ってた医療系ファミリアの………あ、じゃあ僕の治療を?」

 

 ナァーザが何かと悪口を言っていた記憶がある。ライバルファミリアだから仲が悪いのだろうか?

 

「はい。今回、死者こそ出なかったものの重傷者を数人、軽傷者は数人と言った規模で怪我人が出ましたから、万全とは言えませんが傷は全て癒やし増血剤も投与しました………熱を測ります、楽にしてください」

 

 そう言うとアミッドはベルの額に手を当て、脈を測り、口を開けさせ喉の奥を見る。

 

「貧血気味ですがそれ以外は大丈夫そうですね。増血剤を処方しておきます。食事をしっかりとり、食後の30分以内に飲んでください」

 

 テキパキと診察していくアミッド。流石、団長なだけあり優秀だ。自分だけに時間を取らせるのが何だか心苦しい。

 

「あの、神様はどうして隣のベッドで?」

「と、言いますと?」

「いえ、神様なら心配して僕のベッドに忍び込むか、そうでなくてもすぐ隣に座ってそうだったので」

 

 というかヘスティアの性格だと心配で寝ることなんてしないのではないだろうか? それとも、それだけベルが寝ていたのか。

 

「ああ、騒ぎ立てて治療の邪魔だったので。殴って寝かせました」

「…………ん?」

 

 おかしいな、今なにか変な言葉が聞こえたぞ。

 

闇派閥(イヴィルス)全盛期や、今回のような大規模な襲撃が起こると多いんですよ。自分の仲間を優先的に治せという方や、怪我をしてるのに戦線に戻るという方が。あれは2年ほど前……一ヶ月働き詰めだった私の部下達につめより役立たずだの罵り一刻を争う重傷者をどかし、まだ十分暴れる元気のある自分を治せと騒ぎ………つい、殴ってしまいました。割と全力で」

「わりとぜんりょくで………」

 

 その日アミッドは気付いた。暴れる者に、治療の邪魔をする者を説得するのに時間をかけたり鎮静剤を使うより、いっそ気絶させた方が早く、緊急で運ばれてくる患者のために薬も節約できると。

 

「治療の邪魔となる輩は、だいたい拳でおとなしくできる………私はあの時、真理に至ったのです」

「それは神様達の言う『テツヤテンション』と言うやつじゃ………」

 

 多分彼女も部下と同様か、それ以上に働き詰めだったのだろう。そして思考の鈍った頭で間違った方向に振り切ったらしい。

 振り切ったまま、彼女は重傷者より己や己の仲間を優先させようとしてくる者達や時に襲いかかってくる闇派閥(イヴィルス)を殴り続けた。なんなら蹴ったし半殺しにもした。どうせ治すし、結果は同じだ。

 一応二つ名はあるがそれとは別に『バーサークヒーラー』という名も浸透しているらしい。

 

「ヘスティア様は地上において全知零能の神。脳を揺らせば、大して痛みを感じぬ威力でも寝かせられます」

「それは一般的に気絶と言うのでは?」

「寝ています」

「あ、はい……」

 

 取り敢えずこの人は逆らっちゃあかんタイプだ。義母の折檻を何度も食らったベルはそう判断した。

 

「それと、ここは? 【ディアンケヒト・ファミリア】のホームでしょうか?」

「いえ。そのモンスターが離れようとせず、聞けば抑えようとした【ガネーシャ・ファミリア】の団員に対しても暴れて貴方のもとに向かったそうなので、いっそモンスターも収容できる『アイアム・ガネーシャ』に」

「アイアム・ガネーシャ?」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の本拠の名前らしい。巨大なガネーシャの姿をしているのだとか。足の間が入り口と言っていたが、それ股間のことですよね?

 

「では、私は他の怪我人の元に向かいます。気絶したヘスティア様は、そろそろ目を覚ますでしょう」

「やっぱり気絶じゃないですか!?」

 

 

 

 

「また色々やってたらしいなぁ………」

 

 とある酒場。貸し切りとなったそこで、道化の神と美の神が対面していた。

 ニヤニヤ笑うロキにフレイヤは何処か不機嫌そうだった。

 

「せっかくあの子の活躍を胸に秘めたまま帰りたかったのに」

「ああ、『街角の英雄』なぁ………それとも『新たな英雄(ニューヒーロー)』の方がええか?」

 

 街角の英雄、新たな英雄(ニューヒーロー)……。

 ロキが呟いたそれらはある一人の人間を指す、1日で広まった通り名だ。

 突如再び大規模な虐殺を行おうとした闇派閥(イヴィルス)……彼等が何処からか連れてきたモンスターを半数以上仕留めた。しかも調教(テイム)したばかりのモンスターに乗り、流星のように輝きながらというなんとも見栄えのあるやり方で。しかもその後階層主サイズの超巨大モンスターに挑みその場にいた二人の妖精(エルフ)と共に打倒したというのだ。

 これでLv.1だと言うのだから噂はますます加速する。グリフォンをLv.1が調教(テイム)しただけでも話題になるというのに、もはや第一級にも劣らぬ知名度だ。

 

「ベルよ。ベル・クラネル………貴方も知っているでしょう? それが、あの子の名前」

「名前も調べとんのか。まぁた随分なお熱やなあ……」

「ええ、とても素敵だったわ。余計な事をするまでも無かったけど……」

 

 やっぱりグリフォンの件はこいつの仕業だったか、と呆れたように肩をすくめるロキは、スッと目をかすかに開きフレイヤを射抜く。

 

「で? 闇派閥(イヴィルス)の件は、お前も知らんかったんか?」

「ええ、そもそもあんな黒く濁った魂なんて、視界に入れるだけでも不快だもの」

 

 だから徹底的に潰していたのだ。全くどこにあれだけの数が隠れていたのか。フレイヤの視界から外れる場所となると、地下だろうか? 地下水路なら徹底的に調べられているはずだが……。

 相当周到に隠されているのだとしても、闇派閥(イヴィルス)が現れて数百年、あれだけの規模の組織が隠れるほどの工事など秘密裏に行えるとは思えない。

 

「うちの子も怪我させられたしなあ、絶対潰したる。手伝えフレイヤ」

「面倒くさいわ。『27階層の悪夢』で主要の邪神は殆ど返した。あなた達だけでも十分じゃないかしら?」

「まあ、数はともかく纏めてる連中は少ないやろ。せやけど、何ちゅーか、妙な感じがするんよ」

「妙な感じ?」

「今回の騒動、多分やけど一枚岩やない。自分を囮にモンスター呼んだ奴等と、レフィーヤが会ったつー調教師(テイマー)は別やろう」

 

 何せ階層主サイズの新種を操れるなら、わざわざ仲間の命を散らして呼び寄せる必要があるとは思えない。あれ一匹を適当に暴れさせればそれだけで甚大な被害を出せた。肝心な主が子供の挑発に乗せられる単細胞ではあったらしいが………闇派閥(イヴィルス)に普通の価値観を求めるのがそもそも違うかもしれない。

 

「それと、魔石製品工場の襲撃なあ。こっちはモンスターは使わんかった。モンスターは陽動何やろうな………祭で休みやったから警備も甘く、必要なかったといえばそれまでやが…………」

 

 どうにも、幾つもの意図が関係しているように思える。なのに、1つの意志を感じるのだ。

 闇派閥(イヴィルス)という混沌を好む派閥、行ってしまえば好き勝手やるだけの神々を纏める、あるいは掌で利用している何かの意志を。

 

 

 

 

 

「よお、中々面白いショーになったなぁ、エニュオ」

 

 窓の無い、暗い広間。松明の明かりだけが照らすその場で、邪神が仮面をつけた神に向かい笑う。

 

『貴様………昼ノ一件ハ、ドウイウツモリダ? 『ヴィスクム』マデ使イ……冒険者共ノ警戒ヲ悪戯ニ上ゲタダケダ』

 

 男なのか女なのか、仮面でくぐもった声で判断できない。だが、微かな怒りを感じる。

 

「おいおい、俺のせいにするなよ。俺はちょっとオリヴァスに『地上でお前の愛しの「彼女」の手足が、エニュオの命令で暴れるらしいぜ』と教えてやっただけだ。ああ、ヴァレッタにも『今日は街が騒がしくなるな』と、祭りの世間話はしたか……」

 

 しかしその怒りを受け、邪神は悪びれることも無くヘラヘラと笑う。

 

『地上マデ運ンダ『ヴィオラス』モ、随分使ッタヨウダナ』

「お前だって3匹放ったじゃん。てか俺は使ってないって……使ったのはヴァレッタだよ」

『マア、良イ………私ノ目的ト、貴様ノ目的ハ一致シテイル………精々使ッテヤルサ』

「…………最近調子に乗ってんだなぁ、お前」

 

 静かな声だった。

 怒りを押し殺すでもなく、苛立ったでもなく、ただただ世間話でもするかのように放たれたその言葉に、仮面の神は思わず固まる。

 

「お前がオラリオに来たのは、十数年前………ゼウスとヘラが居なくなってからだ。彼奴等にはすぐバレて、潰されるもんな。身の程を弁えていると思ってたが、買いかぶりだったか」

『ナ、何ヲ…!』

「ん? 何故声を荒げる。虚勢を張るなよ、ただの世間話だ………俺はただ、ゼウスとヘラ………それからまあ、ウラノス。あの()()()3()()の内2人が居なくなってくれなきゃビビって地上にも降りてこれないクソガキが、最近面白い玩具を手にしただけでよく強気になれるなと、そう言ってるんだよ。ああ、それともまだ()()()()()()()()()()?」

 

 「俺も酔いたいぜ、今度一瓶寄越せよ」と笑う邪神に、仮面の神は一歩後退る。

 

「安心しろ。クソイケメンなお兄さんは年下思いだからな。お前が頑張ってる間は、きちんと使()()()()()さ………じゃあなエニュオ。次はきっちり酒抜いてから来いよ、年上に会うんだ。年長者は敬わなきゃ駄目だぜ?」

 

 そう言って部屋から出ていこうとする邪神に、仮面の神は叫ぶ。

 

『ッ! ゼウストヘラガ居ナクナリ地上ニ降リタノハ、貴様モ同ジダロウ!』

「馬鹿だな。俺は『今』を壊したいんだ………英雄共を失ったくせに、英雄共が残した安寧は続くと、暗黒はいずれこのまま未熟な英雄もどきの奮闘によって消え去ると信じている、この現状を踏みにじりたいんだよ」

 

 仮面の神の精一杯の言葉に、しかしやはり邪神は笑う。聞き分けのない、鶏だって飛べるんだと語る子供を見る大人のような目で。

 

「ゼウスとヘラの全盛期に行って、正邪大決戦なんてやっても、んなもん派手な世界戦争にしかならん。絶望が足りない、恐怖が足りない、憎悪が少ない、つまらない、認めない。アレスのチビじゃないんだ。俺が求める「悪」は戦争(そこ)にはない…………お前も破壊者を語るなら、そこにある悲鳴を、絶望を、怒りを、嘆きを、恐怖を、如何に盛り上げるか少しは考えろ」

 

 今度こそ出て行く邪神。その背中を見つめ、仮面の神は身を震わせるのだった。

 

『クソジジイガ! オ前ノ計画ナド、美学ナド知ッタ事カ!』

 

 忌々しい。忌々しい。

 忌々しい奴等が、()()()()

 仮面の神が思い浮かべるは黒き邪神と、そして白き光。絶望に染まるしか無かったあの状況で、奮闘し、絶望していた冒険者達に、瓦礫の下で、後は潰されるだけの民達に希望を与えた光。

 ああ、今回の騒動は予定以上に、計画以上に大きくなったが、そこに広がる絶望の慟哭でも聞けば溜飲も下がったろう。全てはあの光のせいだ。

 希望を、勝利を、自分の歩みが絶対であることを信じて疑わぬ傲慢さが邪神と被る。そうでなくとも、希望を灯す光が嘗ての神時代幕開けの英雄達を思い起こさせ気に入らない。

 ただでは殺さない。あの光を、あの白き光を汚したい。

 貶め、壊し、苦しめ、穢し、汚し、絶望に沈めねば気が済まない。

 

 

 

 

 

 祈祷の間と呼ばれる場所が、ギルドの地下に存在する。

 そこには千年も前からオラリオに君臨し、ダンジョンに祈祷を捧げモンスターの大量発生を抑えている一柱の老神がいた。

 

闇派閥(イヴィルス)のモンスター騒動で、死者は出なかったようだな」

「ああ。話題の英雄殿のおかげでね」

 

 老神の言葉に答えるのは、真っ黒なローブを纏った謎の人物。

 

「モンスターによる被害が、一般人の間で起これば目的が遠のくところであった」

「そういう意味では、此度の英雄殿は実に我々好みの展開を引き起こしてくれた。まさかモンスターに乗り人々を助けるとは」

「………………」

「いや、すまない。怪我人も出ているのだ、不謹慎だったな」

 

 老神の無言の圧力に謝罪するローブの人物。しかし、と呟く。

 

「彼ならば我々に協力してくれるのではないか?」

「………まだ、判断すべきではない。もしもの時、モンスターだからと切り捨てる者は、多く居た」

「それは、しかし仕方ない事だと思うが。殆どの調教師(テイマー)からすればモンスターは消耗品だ。信頼関係でも深く結べば別だろうが………いっそ、共にダンジョンに潜らせてみるのも手だな」

「…………続けろ」

「30階層の異変。ある冒険者を送る予定だが、そこに彼と例のモンスターを含ませる。かの冒険者なら余程の異常(イレギュラー)でも起きぬ限り、彼ひとりを守ることは可能だろう。とはいえ中層、彼にとっては危険な階層。人間は危険な場でこそ本性を表す……」

「そこで彼がモンスターを見捨てれば?」

「見込み違いであった、そういう事だろう。すぐに共闘するぐらいだ、見込みはあるが基準値に達していない。【ガネーシャ・ファミリア】に頼みまたモンスターと交流させ、モンスターに対する思いの変化を望む。事実そういう団員が居ないわけではない」

「…………解った、任せよう」

 

 

 

 

 

「よしよ〜し、ここだね?」

「キュルルル〜」

 

 獣毛用のブラシでグリフォンの毛づくろいをしてやるベル。グリフォンは気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 ここは【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター飼育の為の空間。数多くのモンスター達が檻の中に居る。

 基本的に力で屈服させられ傷だらけの彼等はベルとグリフォンのやり取りを遠巻きに眺めている。

 

「お〜、ベル君、その子と、もうそんなに仲良くなったんだね」

「あ、アーディさん………」

「きゅっ!」

「…………と、一角兎(アルミラージ)?」

 

 鳥類用のブラシに代え翼を磨いてやっていると、後ろから声がかかる。振り返ると真っ白な毛並みに赤いクリクリした瞳を持つ、可愛さだけなら人気の高い兎型モンスターを連れたアーディが居た。

 

「可愛いでしょ? 名前はラビィ………」

「きゅうん? きゅう!」

 

 ベルを見て小首を傾げたと思ったら、何故か嬉しそうにピョンピョン跳ね始めた。

 

「あはは、ベルの事仲間だと思ったみたい」

「へぇ、そうなんですか………僕はベル。よろしくね、ラビィ」

「きゅっ!」

 

 ラビィというらしいアルミラージはベルに撫でられ気持ち良さそうに目を細めた。

 

「…………ここまで懐くのって、時間がかかるんだよね」

「アーディさん?」

「結局は力で完全に屈服させるからさ。この子も、最初は従うけど怯えてた………」

 

 ラビィを抱き上げ頭を撫でてやるアーディ。その顔は、どこか寂しそうに見えた。

 

「だって、モンスターだもん。力関係をわからせなきゃって、思っちゃうよ。なのにベルは、完全に屈服する前に、優しくしてあげた。だからその子もそんなに懐いた………」

 

 普通の調教師(テイマー)なら、怯えたグリフォンに対しさらに追撃をするのだとか。そうして逆らわぬ様にしてから、触れ合い漸く背中などに乗る。

 

「私はこの子と仲良くなっちゃったからね。今じゃ卵から孵った子達しか面倒見てないの………」

「クオ? クウゥゥ」

 

 アーディが1つの檻に近付くと、中にいた飛竜3匹が近寄ってくる。

 

「だから、うん。ベル君は凄いよ………どうしてそんなにモンスターにも優しく出来るの?」

「………優しいわけじゃないですよ。だって、冒険者ですから」

「じゃあ、今日のその子みたいにモンスターが怯えたら? ベル君は、殺せる?」

「…………………」

「やっぱり、優しいよ君は………」

「………どうしてと、聞きましたよね」

 

 ベルはグリフォンの背中を撫でてやりながら呟く。そして、意を決したように振り返った。

 

「アーディさんは、人の言葉を解するモンスターがいると言えば、笑いますか?」

 

 そう言って振り返る。振り返った先では、予想していた顔とは違う顔をしたアーディが居た。

 

「…………アーディさん?」

「え? あの、ちょっと………ごめん。ま、待って…………? え、モンスターが、人の言葉を……………? お、お姉ちゃ〜ん! ガネーシャ様ぁぁぁ! 順序が! 順序がいきなりひっくり返った〜!?」




因みにアミッドのレベルは3だ。

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引っ越し

 【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)、『アイアム・ガネーシャ』の主神室。

 歯を見せるようにニカッと笑ったガネーシャの顔の口が入り口になっている、あまり入りたがる人間が少ないその部屋にてガネーシャと【ガネーシャ・ファミリア】団長【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマが対面していた。

 

「例の少年は、こちら側に来ると思うか?」

「焦るな、ガネーシャ。アーディのような人間はそうはいない………可能性は高いと思うがな。それに、眷属一人の【ファミリア】だ…………主神の説得も必要だろう」

「ヘスティアならば、きっと彼等を受け入れてくれるだろう。何故なら、彼奴はガネーシャだからだ!」

「ガネーシャはお前だ」

 

 真面目な話をしているというのに何時も通りの主神に呆れるシャクティ。と、その時だった。

 

「お姉ちゃん! ガネーシャ様!」

「アーディ? どうした……そんなに慌てて」

「まさか、ガネーシャか!?」

「ベ、ベル君が…………」

「クラネルが?」

「…………人の言葉を喋るモンスターが、いると言ったら信じるかって………」

 

 扉を勢いよく開き入ってきたアーディは走ってきたのか肩で息をしながら、呼吸を整えながらその言葉を紡ぐ。

 

「…………なに?」

 

 シャクティは目を見開き

 

「え、マジで?」

 

 ガネーシャは何時ものテンションを忘れ呆けた。

 

 

 

 

 それはベルが師と義母と祖父とともに旅に出ていた時の事。祖父が何時もの如く義母に吹き飛ばされ崖に落ち、師匠も義母も心配しないからベルが迎えに行くと、崖の下には馬車も落ちていた。

 馬車についた傷から、モンスターに襲われたのだろう。中に生存者がいないか慌てて駆け寄り中を確認したベルが見つけたのは、一匹のハーピィ。

 鎖に繋がれたモンスターを見て、モンスターの密輸と驚愕しながらも直ぐに剣を構えたベルだったが、声が響いたのだ。

 助けて、と。消え入りそうな声で、怯えた声で。

 だから助けた。助けを求められたから。相手がモンスターだとかは、関係ない。助けたいから助けた。いや、助けたかった。

 ボロボロだった。ベル達には、助ける手段がない程に。

 白い、美しい毛並みを持ったハーピィは何も出来ず、何もしてやれなかったベルの涙を拭おうと腕を伸ばし、翼でしかないその腕を悲しそうに見つめ息を引き取った。

 

「…………そうか。『彼等』が攫われていたのは知っていたが、まさか…………その場所は、覚えているか?」

「エルリアです」

「となると、港町(メレン)も介していると見るべきか? ううむ」

 

 ベルから言葉を介するモンスターと出会った場所を聞き唸るガネーシャ。シャクティも目を細めている。アーディも今は笑顔を引っ込めていた。

 

「時に、ベル・クラネル。お前は、手を伸ばせたのか? 人の言葉を操る、怪物に………」

「伸ばします。それが、怪物であろうと、人であろうと…………助けを求める手を、振り払いたくない」

 

 それは困難な道だろう。というか普通に考えて不可能だ。個人で行うことはもちろん、シャクティとて自分が生きている間に行えるとは思っていない。

 ガネーシャの神意はどうであれ、アーディの心情は理解しつつも、シャクティは己がいざという時は『彼等』を見捨てると自覚している。

 

「…………………」

 

 己の手を見て、ベルはあの時のことを思い出す。

 熱を失っていく翼の温もり。もう感覚も曖昧になってきたから、強く握ってくれと言われた。自分は握れぬからと………。

 お前が気に病むな、と師匠は言った。

 お前は優しすぎる、と義母は言った。

 それでも………何もしてやれなかった事が、こんなにも悔しいのだ。

 

「そうか…………お前は、ガネーシャだな!」

「いえ、僕はベル・クラネルですよ?」

 

 

 

 

 モンスターは転生する。人類が死後その魂を天に返すように、モンスターは死後ダンジョンに還り再び新たな命として生まれる。

 そんな転生の折り、強い情景を持ったモンスターは、忘れたくない記憶を手にした怪物はその記憶を保持したまま、その感情を理解できる知性を得て再び生まれる。それが異端児(ゼノス)

 ウラノス、ガネーシャ、アストレア、とある男神の4柱のみが知るダンジョンの新情報だ。

 

「そして僕が5柱目かぁ………うーん、モンスターが知性をねえ」

「やっぱり、ヘスティア様は受け入れられない?」

「僕は子供を守る神だ。その慈愛は主に孤児に向けられる………彼等が少しでも平穏に過ごせるように加護を与える。それが僕の本来の権能で………でも権能なんて使う機会がないことを何時も願ってた」

 

 だって、その権能が使われるということは親を失った子供達がいるという事だから。

 

「1000年前、孤児の生まれる主な理由は………モンスターだ。今でこそ人間同士も増えたけど、『英雄時代』やそれ以前に死した者達を合わせれば全く釣り合わない程に………」

「……………」

「………」

 

 ヘスティアの言葉は尤もだ。慈愛の女神として、モンスターが地上に進出し数多くの命を奪い天界に絶望や憎しみに染まった魂を送っていた時代、嘆いていた神の一柱は間違いなく彼女だろう。

 

「だけど、心を持ち、人と共に歩みたいと思う者を見捨てる事なんて、したくない………」

「っ! ヘスティア!」

「───神様!」

 

 ヘスティアは慈愛の女神だ。それは神々の子である人類のみに向けられるものではない。もっと広く、深く向けられる。故にこそ、神だ。

 

 

 

 

 

「引っ越す? あのねぇヘスティア、いくらベルと二人っきりになりたいからって………昨日の『怪物祭(モンスター・フィリア)』の事件を忘れたの?」

 

 唐突に引っ越すと言い出したヘスティアにヘファイストスは呆れたように言う。なにせつい先日闇派閥(イヴィルス)の大規模なテロ行為が行われたのだ。

 明らかに下層、或いは深層級のモンスターを地上で大量に放つと言う信じられない行為。事態を重く見たギルドはモンスター退治のスペシャリストとも言える【アルテミス・ファミリア】を呼び出すらしい。ダンジョン戦はともかく地上にて民を守りながら戦う事に関してならあの少数精鋭で並ぶ者は【アストレア・ファミリア】ぐらいだ。

 

「えっ、アルテミスに会えるのかい!?」

「ああ、貴方あの子と仲良かったわね」

「ふふーん。まあね、アルテミスと僕は大神友だからね!」

「…………ふーん」

「ヘファイストスと同じぐらい、大好きだぜ!」

 

 ゴン! とヘファイストスは頬杖から頭を滑らせ額を机に打ち付ける。

 「だ、大丈夫かい!?」と駆け寄るヘスティアに対して赤くなった顔をそむけながら大丈夫、と返す。

 

「ま、まあ………多分だけど本当の目的はオラリオの戦力向上……武闘派だもの。敵がモンスターか人かなんて関係ないわ。ロイマンの策でしょうね……」

 

 後、士気向上にも繋がる。美人ばかりだし。

 

「とにかく、そんなふうな策が行われるぐらい、今のオラリオは危険なの」

「ま、待ってくれ誤解だよヘファイストス! 僕が引っ越すのは、【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)だ!」

「えっ、貴方、正気なの?」

「好き好んで引っ越すわけじゃないやい!」

 

 引っ越しの理由はベルだ。あの後グリーと名付けられたグリフォンは、ベルが調教(テイム)したモンスター。しかし現在モンスターの飼育が認められているのは【ガネーシャ・ファミリア】のみ。

 幸いにも【ヘスティア・ファミリア】の団員はベル一人。ならいっそ【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)に引っ越そうとなったのだ。

 

「………そう、そういう事なら、まあ仕方ないわね………」

 

 流石にうちではグリフォンは飼えない。もっと弱い怪物なら団員を説得できたかもだが流石に中層域の怪物となると。

 

「あ、もちろん仕事はするぜ? ぐうたら神になる気はないから安心してくれ!」

「そう、ならいいのだけど……じゃあ、気をつけなさい。貴方も、ベルも」

 

 ベルは、少し派手にやりすぎた。それ自体は良い事だ。民を守るためにとっさに動いたのだから。だけど、折角の計画を台無しにされた闇派閥(イヴィルス)は何と思うか。恐らく邪魔な存在だと思うはず。しかもLv.1と知れば今のうちと考える輩もいるかもしれない。

 闇派閥(イヴィルス)は一枚岩ではない。ベルのような存在を面白がり放置する者もいれば排除に躍起になるものもいる。

 

「うう………ベル君、大丈夫かな」

「【ガネーシャ・ファミリア】の世話になるベルに下手に手を出す者はいないと思うけど……」

「うん、そうだよね……気をつけるよ。ありがとう、心配してくれて」

「まあ、神友だもの」

「ヘファイストス、だーい好きだぜ!」

「──っ!!」

 

 と、ヘスティアは無垢な笑みでヘファイストスに抱きつく。

 お前ホント、そーいうとこやぞ。天界でどれだけの男神、時には女神を勘違いさせて求婚問題に発展させたと思ってるのか。まあ彼女の弟がどうにかしたが。因みに、普段の彼の妻なら夫が他の女を助けたなんて聞いたらやばいことになるのだがヘスティアには何もしなかった。それだけ、ある意味で魅力的な女神なのだ。

 妙な扉が開きかけたヘファイストスは「私にはヴェルフが、私にはヴェルフが……」と己に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 その頃のベル。後ろから抱きつけば途端に物音を立てぬようにおとなしくなるベルは、抱き癖のある椿・コルブランドのいい獲物だ。今も抱きしめられて運ばれている。

 

「聞いたぞベルよ。ここを出ていくそうだな? 悲しいではないか、お主が居なければ手前に大人しく抱かれてくれるものがおらん」

 

 高身長の椿に対して未だ幼いベルはプランと浮かんでいた。さながら己がミートパイになるのを悟った野兎のようだったと、目撃者達は語ったそうな。

 

「ほれ、ついたぞ……」

 

 と、辿り着いたのは椿の工房だった。待っておれ、と開放され椿が持ってきたのは一本の短剣。『Hφαιστοs』のロゴが刻まれた鞘に入っている。

 

「モンスター解体用の剣だ。が、実戦にもある程度耐えられる」

「………いいんですか?」

「餞別だ。ベルが居なくなれば、好き勝手抱けるやつも居なくなるからなぁ…………まあ、世話になった」

「………………」

 

 毎度毎度抱き付かれているベルは何とも言えない顔をした。ベルとて男だ、椿のような美女に抱きしめられて悪い気はしない。だけど義母のようにそのまま寝ようとするのはやめてほしい。最近では【ヘファイストス・ファミリア】内で団長に春が来た!? などと噂されている。あと一部女性鍛冶師(スミス)達はベルヴェルとかヴェルベルとか言ってるのを耳にした事があるが、あれは果たして何なのだろうか?

 

「ありがとうございます椿さん。この剣も、椿さんだと思って大切にします」

「ははは。剣など所詮消耗品だぞ? お主、手前を使ってすぐに捨てる気か?」

「そんなことしませんよ! 絶対に、大事にします!」

「むぅ……」

 

 この光景をヘファイストスが見れば、この主神(おや)にしてこの眷属()あり、などと思った事だろう。

 

「まあ良い。どうせ大剣の修理に来るのだろう? その時に手前の工房に来い。ただで直してやる。ただし、その日はまた抱かせろ」

「う、わ………解りましたよ………」

 

 

 

 そして引っ越し当日。元々私物は少なく、すぐに終わった。夜は歓迎会を開くから早めに帰るようにシャクティに言われ、引っ越し当日にダンジョンに潜る気にもなれなかったベルはアーディと共に街を警邏する。

 一躍有名人になったベルは視線を集め、たまに子供が駆け寄ってくる。

 

「いや〜、すっかり人気者だね」

「なんか、ちょっと恥ずかしいです。まだLv.1なのに………」

 

 あの事件のあと、結局ベルのレベルは上がらなかった。結構大変だったから上がると思ったのだが………まあ、最短で一年だ、早々上がるものでもない。

 

「気長に行こうよ。ベルならきっと、世界最短記録(ワールドレコード)を塗り替えれるからさ」

 

 よしよしとベルを褒めるふりをしながら魅惑のモフモフを堪能するアーディ。この気持ちよさはラビィにも匹敵する。あるいは超えているかもしれない。と、その時だった………

 

「ハロー。相変わらず仲がいいのね貴方達。まるで姉弟ね」

「あ、アリーゼ、リオン。ハロー」

「アリーゼさんと、リオンさん?」

 

 声をかけられる。振り返った先にいたのは、アリーゼとリオンだった。

 

「アストレア様………私達の主神がね、ベル君に会いたいんだって。なんでも貴方が来る前から貴方の事を知ってたらしいけど、知り合い?」

「いえ、会うのは初めてです」

「そ。じゃ、会ってもらえる?」

「はい。僕も、アストレア様については知っていたのであってみたかったんです」

「じゃ、アーディ。ベル君借りてくわね」

「遅くならないでね?」

 

 こうしてベルは、『正義の女神』アストレアの元に向かうことになった。




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正義の女神

 【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)

 団員人数11人という少数精鋭ファミリアだけあり、あまり大きくない。内装も特に派手ではない。

 ただ、様々な種族が混じった見目麗しい美女達に見つめられるのは少しくすぐったい。

 彼女達も彼女達で主神が呼び出し、かつ一躍有名人になった都市の英雄に興味があるのだろう。「意外と小せえなぁ」と小人(パルゥム)に言われた。

 

「今日はごめんなさいね、突然呼び出してしまって……」

 

 そう申し訳なさそうに言うのは、この【アストレア・ファミリア】の主神、女神アストレア。とても綺麗な人だ。これで美の神で無いというのだからひょっとしたら美の神は母に匹敵する美しさなのかもしれないと考えるベル。

 

「それで、えっと………ベル君と、呼んでも?」

「は、はい、構いません………」

「良かった。あの人の手紙から貴方のことは良く知ってるわ………一度会って、お話してみたかったの」

 

 朗らかに笑うアストレア。なんというか、母性にも似たものを感じる。多分、いや間違いなく良い人だ。

 

「アストレア様、手紙というのはなんのことですか? そちらの英雄殿を、昔から知っていると仰っておりましたが………」

 

 そう切り出したのは極東の服に見を包んだ黒髪の美女。アーディやアリーゼ、リオン達に近い威圧感。恐らくLv.4なのだろう。

 

「昔っからの知り合いよ。とても、大切な(ひと)………まあ、少し自重して欲しいところは…………少しというか、沢山ある困った(ひと)だけど……」

 

 苦笑しながら頬に手を当てるアストレア。その顔は、困った奴と言いながらもその相手を嫌ってはいないと言っているようなものだ。

 

「ア、アストレア様の大切な!?」

「ネーゼ! しっかり、傷は浅いわ!」

 

 何故か狼人(ウェアウルフ)の女性がぶっ倒れリオンとは別のエルフの女性が介抱する。

 

「その、アストレア様………その大切な方と言うのは?」

「私の父よ」

 

 ガバリ! とネーゼというらしい女性が飛び上がる。復活したようだ。

 

「お父上、ということは、クラネルさんはその神の眷属? 都市の外で恩恵を得ていたということですか?」

 

 と、リオンが尋ねる。仮にそうだとしても彼の公式レベルは1。あれだけの活躍はできるとはレベルではない。

 もしやレベルを偽っているのだろうか?

 

「いえ、お爺ちゃんからは恩恵を受け取ってません。僕が神の恩恵を得たのはオラリオに来てからです」

「ええ、手紙でもそう書いてあるわ。それに、今の言葉にも嘘はない………」

「そうですか………」

 

 つまり純粋に恩恵得たてで、あれだけの偉業をなした。力がないから全ては救えぬからと、切り捨てるしかないと決めた自分の覚悟など嘲笑うかのように、と一人の眷属がなんとも複雑な心境でベルを見つめる。

 

「あの(ひと)はベルを私の【ファミリア】に入れてほしかったそうよ? 私も、手紙越しで貴方の人となりは知っていたし迎え入れるのは吝かではなかったのだけど………まあ、今はヘスティアの初めての眷属が出来た事を喜びましょう」

 

 そう言って微笑むアストレア。やはり善神のようだ。祖父から聞いていた通りの性格で、確かにヘスティアに出会わなかったら彼女の眷属になるのもありかもしれない、そう思わせる魅力が彼女にはある。

 

「…………ところで、ベル君はあの(ひと)の孫として育てられたのよね?」

「? はい、そうなりますね………」

「つまり、貴方は私の甥とも言えるわけよね?」

「それは、えっと、どうなんでしょう………」

 

 祖父との関係は、形だけのつもりはない。血の繋がりこそ無いもののベルはあの神のことを本当の家族のように愛しているし、彼からも孫のように愛されていたと信じたい。

 あ、それとも呼び方だろうか? 義母にはそれでよく殴られていた記憶がある。

 

「そうなのよ…………だからね、ベル君………いいえ、ベル───」

 

 ニッコリ満面な笑みで、アストレアは両手を広げる。

 

「アストレア叔母ちゃまに、好きなだけ甘えていいのよ?」

「…………………はい?」

「「「…………ゑ?」」」

 

 ベルは何を言われたかすぐに理解出来ずに、惚ける。【アストレア・ファミリア】の面々も、何を言ったか理解出来ずに固まる。アストレアはマイペースに両腕を広げながらベルに笑顔を向けていた。

 

「抱きしめて、ヨシヨシしてあげましょう。それとも膝枕がいいかしら? あ、クッキー食べる?」

 

 とても、とても朗らかな笑顔でベルに向かっておいでおいでしたり、膝をポンポン叩いたりするアストレア。全員が硬直している事に気付き、疑問符を浮かべ首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「あ、アストレア様!? い、一体何を!!」

「そうです! 頭ヨシヨシならアタシにしてください!」

「ネーゼ、貴方何を言ってますの?」

「お、おば………アストレア様が? あ、アリーゼ! 貴方からも何か………!」

「………………」

 

 騒ぎ出す【アストレア・ファミリア】の面々の中で、何かを考え込むように黙っているアリーゼ。

 

「…………アストレア様の甥ってことは、私達アストレア様の眷属()にとっては、従兄弟!?」

「あなたまで何を言っているのですか………」

「さあさあベル! アリーゼお姉ちゃんに頭を撫で回させなさいな!」

「う、うええ!?」

「何とち狂ってんだこの馬鹿は!」

「馬鹿は貴方達よ、ベルの髪すっっごくモフモフして撫で心地最高よ? それが合法的に撫で回せるのよ!?」

「合法的とは言わないと思いますが……」

 

 アリーゼの主張に呆れたように言うエルフ。ベルは状況に全然ついて行けない。取り敢えず母ならゴスペルだろうなぁ、とその状況を眺める。

 

「はいはい、皆そこまで。ごめんなさいね、ベル。確かに、知ってはいても会ったこともない相手。距離を詰めすぎたわ………」

「あ、はい……」

「でも、困ったことがあったら何時でも言ってね……」

「は、はい………ありがとうございます、アストレア様」

「叔母ちゃまでも、良いのよ?」

「さ、流石に恐れ多いですよぉ!?」

「私の事はお姉ちゃんで良いわ!」

「おい、誰かこの馬鹿を止めろ」

 

 その後ベルは『アイアム・ガネーシャ』に戻り、歓迎会を開く。

 ハシャーナが『俺はオラリオで最初に英雄と話した男だ!』とベルの肩を掴み会場を回ったり、酒飲み勝負をして殆どの団員の頭に『牛肉(ミノ)』と書かれたりした。

 

 

 

 そして………。

 

「グリー、重くない?」

「クルルル」

「ほぉ〜う、本当に懐いてんなあ」

 

 ハシャーナと共にダンジョンに潜るベルとグリー。【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムではなく兎を象ったネックレスが首輪にぶら下がっていた。

 その首輪についた手綱を握るベルはハシャーナを乗せながらダンジョンの中を飛び回る。

 目的地は30階層。人を二人乗せながらだがかなりの速度で飛ぶ。

 比較的安全な上空で移動するベルは、不意に何かを考え込む。

 

「……………」

「どうした、ベル?」

「いえ………17階層の破壊跡が気になって」

「ああ……【猛者(おうじゃ)】でも通ったんじゃないか?」

 

 17階層。ゴライアスという階層主が住まうその階層にて、破壊の跡があった。巨大な力と力がぶつかりあったような破壊の跡。

 リヴィラの住人達とゴライアスがぶつかった訳ではない。ゴライアスと戦ったのは、少なくともLv.5か、下手をすればそれ以上の相手という事になる。何か、嫌な予感がする。

 生憎と疼く親指は持っていないが、何かが待っているような予感がしてならない。

 

「…………と、拾ってくるもんはお前にも見られちゃならんらしいからな、ここで待っててくれ」

 

 ハシャーナはそう言うと広間(ルーム)の奥に入っていった。暫くすると変なもんがあったぜ、と肩をすくめながら戻って来た。

 

「んじゃ、リヴィラに戻って、これを仲介人に渡して、そこで一泊してから地上に戻るか………知ってるかベル? リヴィラにもな、たまに抱かれに来る女がいんだ。お前は有名人だからな、誘われるかもしれねえぞ?」

「そんな、まさか………」

 

 というかならず者の街で女に声を掛けられても普通に怪しい。

 だけどこの時顔を赤くしながら否定する初心な少年も、そんな少年に笑う男も知らなかった。これから起きる、リヴィラの街史上最低最悪の事件が待っていることを、まだ、知らなかった。




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リヴィラの騒動

 18階層、リヴィラの街。

 モンスターが生まれぬその階層には、地上との中継地が存在する。それこそがこの街だ。

 モンスターが生まれぬとは言っても他の階層から食料を求め森にやってくるモンスターも降り生態系じみた環境が出来上がっているが、それに気をつければ突然壁や床からモンスターが生まれることもなく、安全に過ごせる街。

 恩恵を持たぬギルドには介入できぬ故に、力こそが全ての場所。ハシーャナはLv.4で、ベルは話題のルーキー。

 ハシーャナは全身鎧で身元がわからぬようにしては居るがそれでも熟練の冒険者ともなれば相手の強さもある程度察せる。それに、全くの無秩序というわけでもなく特に絡まれる事も無く酒場に赴き例の荷物を人を渡す。ベルはそれを目撃しないように外で待っていた。

 

「おう、待たせたなベル」

「ハシャーナさん…………そちらの方は?」

 

 見た目弱そうな、しかし噂と合致するベルを遠巻きに眺めるリヴィラの住人。噂を知らぬ冴えない中年男がベルにいっちょ社会の厳しさを教えてやろうとした時、ハシャーナが戻って来た。

 その隣にはローブを纏った女が居た。顔を隠した女は、ローブ越しでも解るほど肉感的な肢体をしている。

 

「おう、誘われちまってな。いやぁ、やっぱりモテる男は違うっていうか?」

 

 ははは、と豪快に笑うハシャーナに対してベルは目を細める。無意識に背中に刺した大剣の柄に手を伸ばせるように構え、そんなベルの様子に気づいた女もフードの奥でベルを見据える。

 

「悪いなベル、こっから先は大人の時間だ。お前はまだ若い、金はやるから適当に宿を取ってくれ」

「───それは、ですけど………」

「ガキが見るような光景じゃねえよ………」

「…………解りました」

 

 ハシャーナの言葉に、ベルは体から力を抜き、宿のある区画を目指し歩き出す。その背を見送ったハシャーナは行くか、と歩き出し女もその後に続いた。

 

 

 

「おい、どこまで歩くつもりだ?」

「リヴィラは言っちまえば適当に作られた街だからな。壁が薄いんだよ………だったら、周りに人が居ない宿を貸し切ったほうが良いだろ? 声だけでも人が集まるかもしれねえ」

 

 雑多に人がいた場所から離れ、簡易的な壁を抜けテントなどが隣接する場所も過ぎ、資材置き場などがある場所まで歩き女が苛立ったように言う。ハシャーナは肩をすくめながら言うと女は黙り込むが、イライラした空気が伝わってくる。

 

「さっきの坊主………知ってるだろ? 今や有名人のベル・クラネル」

「知らん」

「え、マジで?」

 

 今やオラリオでは有名人なのに。まあリヴィラでは一部知らない人間も確かにいたが。

 

「あー、まあその………あれだ。彼奴はな、スゲー奴なんだよ。ぶっちゃけ最初見た時は、良い目をしてるが、弱そうだなあって思ってたんだわ。けどよ、思ったよりすげえ奴だった…………あれで冒険者として俺の後輩だってんだから立つ瀬がねえよなあ」

「……………何が言いたい」

 

 要領を得ないハシャーナの話に苛立ったように呟く女。ハシャーナは肩をすくめて苦笑する。

 

「まあ、あれだ………あんな格好いい奴に近くに居られるとよ、カッコつけなきゃだろ? 綺麗ってだけで女に一々興奮してみるべきもんを見逃すわけに行かねえ…………目的は何だ、なんの為に俺に近づいた」

「…………………」

 

 ゾワリと、女から殺気が広がる。

 はぁ、と女がため息を吐いた。面倒くさいというように、己が警戒されている事を、目の前に敵意を持つオラリオでも有数の第二級冒険者(Lv.4)がいる事など、面倒ごとが増えた、その程度の認識。それは、絶対の自信から来る傲慢。

 この魔境のオラリオにおいて………人外魔境のダンジョンに置いてそれが行えるのは、絶対的な力を持つ証左。

 

「まあ良い。人気がないところに来てくれたのは幸いだ…………死ね」

「────!?」

 

 ハシャーナの二つ名は【剛拳闘士】。その名が意味するは、近接戦の殴り合いにおいて並外れた強さを誇るという事。

 そのハシャーナが、驚愕する速度。敏捷が高い。ハシャーナよりも。明らかな前衛タイプのステイタス!

 

「っ!!」

 

 驚愕しながらも顔をそらし避けると金色の斧型の魔剣を取り出す。雷属性の魔剣。それを振るい、放たれるは光に並び最速の魔法の一つたる雷。女はそれを後ろに飛び避ける。その足が地面に付く前に、ハシャーナは全力で魔剣を振るった。

 オラリオ屈指の名工が作り出した魔剣でありながらも実践にも耐えうる戦斧。

 Lv.4の前衛職が振るった渾身の一撃は深層のモンスターすら屠るだろう。だが───

 

「Lv.5………いや、4か………ステイタス昇華間近と言ったところか?」

「嘘、だろ!?」

 

 片手で受け止められた。ステイタスの耐久を上げれば、確かに刃を肌で止めるのは可能だろう。だが、最上級鍛冶師(ハイスミス)が打った魔剣を、Lv.4の振るった一撃を片手で受け止めるなど、あり得ない。

 耐久、力だけなら下手をすればLv.6………【フレイヤ・ファミリア】しか保有していない最高ランクに匹敵する。

 

「っ!」

 

 女が手を伸ばす。爪のように曲げられた指がハシャーナの首の肉を一部えぐる。力はハシャーナの耐久を遥かに凌駕している。

 近接戦は不利! そう判断する日が来るとは。

 内心舌打ちしながら魔剣から魔法を放つ。敏捷だけなら規格外という程でもない。ある程度の動き読んでから放てば、当たる。そして雷は確実に動きを止める。

 

「────っ!」

 

 女もそれを解っているのか、魔法は避ける。使用回数に制限のある魔剣。当たらない魔法を無闇に打ちたくはないが近づけば間違いなく死ぬのだから仕方ない。と、その時だった

 

「っ!? な、何だあ!?」

 

 爆音が、響く。リヴィラの街の方からだ。その爆音に思わず硬直するハシャーナ。下層のモンスター相手なら隙にもならぬ一瞬。しかし、目の前の相手には決して晒してはならなかった一瞬。

 女の手がハシャーナの首に迫る。一度捕まればハシャーナでは振り解くことも叶わず首を折られるだろう。

 ハシャーナは死を覚悟し、女は勝利を確信する。一秒が永遠に引き伸ばされたかのような時間の中、ハシャーナは見た。

 遅緩した世界の中に置いても姿を確認できぬ白い流星が降り注ぐのを。女と同じく、一瞬の隙を虎視眈々と狙っていた襲撃者がいた事を。

 

「っ!!」

 

 死が遠ざかり時間の感覚が元に戻る。

 女を挟み込むように地面に激突した流星は地面を抉りながら突き進み、唐突に横に弾かれるように跳ねる。

 バサリと翼が羽ばたく風切り音が聞こえる。鳥、ではない。獣の体を持っている。

 

「クルゥ……」

「ハシャーナさん! 逃げましょう!」

「ベル!?」

 

 グリフォン、グリーに騎乗したベルは驚愕するハシャーナの腕を掴み無理矢理その場から引っ張っていく。有翼のモンスターと共に飛んだ事など無いハシャーナは初めての浮遊感に戸惑いつつもベルに向かって叫ぶ。

 

「まて、ベル! せめてとっ捕まえて所属を……!」

「無理です。あの人、あの状況で、あの体勢で………グリーを()()()()()()

 

 先ほど白き流星となったグリーが横に跳ねたのは彼女が横に飛んだからではない。女に殴られ、その力で吹き飛んだのだ。

 地面に擦りつけられながら、踏ん張りなどまともに出来ぬ状況で、腕の力だけでLv.3相当のモンスターを吹き飛ばした………異常な力だ。

 

「それに、先程の爆音も気になります」

「ああ、そうだな…………クソ、俺ってかっこわりい!」

「大丈夫です! 女性は、その、また寄ってきますよ!」

 

 どうやらハシャーナの言葉を寄ってきた女が命を狙っていたからショックを受けたゆえに出た言葉だと思われていたらしい。つまり、あの本人に聞かれたらこっぱずかしい台詞は聞かれていなかったようだ。

 

「それに、僕は今でも十分かっこいいと思ってます!」

「ええい畜生め!」

 

 と、叫ぶハシャーナだったかとりあえずリヴィラの街の方角から聞こえてきた爆音だ。グリフォンの飛行速度なら直ぐにリヴィラの街の中心地に辿りつくだろうが………。

 そして、その光景を見た。

 

「嘘だろ、こいつ等、どっからこんな!?」

 

 真っ白な布を纏った種族も年齢も性別もバラバラの暴徒達が魔剣やらを使いながらリヴィラの住人に襲いかかる。闇派閥(イヴィルス)だ。ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】により厳重に監視されているはずのバベルを抜けてきた? いいや、前回の大量のモンスターや階層主級のサイズのモンスターと言い、やはり何処か別の場所にダンジョンの出入り口があり利用していると考えるのが妥当か。

 

「ベル! 降ろせ!」

「はい!」

 

 ハシャーナを降ろし、ベルもまた飛び降りる。魔剣にさえ気をつければ、彼等のステイタスはさして高くない。ハシャーナが後で尋問する為だろう。一人捕まえる。見事な手際。

 だが、ベルはその状態(あじ)を感じ取りゾワリと怖気が走る。

 死への恐怖が()()。そしてこれは、期待?

 何に対しての期待かは解らない。だが、死と共に感じる期待がまともなはずが無い。

 

「ハシャーナさん! 離れて!」

「ああ!?」

 

 捕まえた相手を離せというベルの言葉に疑問を思いながらもその声に詰まった懇願にハシャーナは反射的に離れる。途端、男が爆ぜた。

 炎に包まれ爆音が響く。

 

「っ! こ、こいつ等………自爆!?」

「火炎石!? こいつ等、正気かよ!?」

 

 『火炎石』。深層域に棲息するモンスター『フレイムロック』から入手できるドロップアイテムであり、強い発火性と爆発性を持つ。

 殊更巨大なそれらを幾つも連なった数珠のように巻きつけた闇派閥(イヴィルス)を見て冒険者達はたじろぐ。

 

「アイリ! いま貴方の下へ!」

「ああ、ヨシア!」

 

 魔石製品生産工場の襲撃はあの自爆用の撃鉄装置を手に入れる為だったのだろう。恐怖を感じながらも喜々として死を受け入れる狂人達。死への恐怖と、期待の味にまじるこれは、再会への渇望。

 ………………()()()()()()

 

「ふざ、けるなあ!」

 

 殆どの冒険者が逃げ出す中、ベルは彼等に突っ込む。

 

「言うわけ無いだろ…………罪を犯して、他人を殺して、そんなお前等に、また会えて嬉しいなんて、私の為に人を殺してまで死んでくれてありがとうなんて、言うわけ無いだろ!!」

 

 彼等が望むのは、おそらく死後の再会。

 魂を管理する神なら、転生先をなるほど確かに死した大切な者のそばに送ることも可能だろう。

 だが、死後の再会を望むだけならともかく、そのために命を捨て、他者を巻き込むというなら、ベル・クラネルはそれを許さない。彼もまた、再会を望む死した愛する家族が、師が居る少年なのだから。

 彼女が、彼が、再会の為に命を捨てる行為も奪う行為も認めぬと知っているから。

 

「お前達の家族を、友を、大切な人を、お前達が侮辱するなァァァァ!」

 

 怒りがあった。

 憎悪があった。

 嫌悪があった。

 否定があった。

 

 

 

 悲しみがあった。

 哀れみがあった。

 理解があった。

 

 

 ベル・クラネルは彼等の目的を理解し、その思いも理解してしまった。故にその叫びに、闇派閥(イヴィルス)の大多数の動きが止まる。

 思い出したのだろう。自分達の家族を。他人を殺しても会いたい大切な誰かを。大切だからこそ、再会の折にお前の為に私は多くを殺したよなどと言えない存在であったことを。

 だが………

 

「惑わされるな同士達よ! 我等が死の先にこそ、敬愛すべき神の願う世界がある!」

 

 再会を神に誓ったのとは別に、ただただ神に忠誠を誓った者、ただ誰かが死ぬ世界を作りたい者など外れた人間には意味がない。

 そして、一人が行動すれば曲がりにも仲間意識がある者達は動く。

 この集団に恩恵を与えているのは一柱だけではない。恐らく死後の再会を約束した者の他に、誰かいる。と───

 

「貴様の言葉は、多少邪魔だな」

「────!?」

 

 『怪物祭(モンスター・フィリア)』の際の骨兜の調教師(テイマー)が現れる。攻撃しようと足を曲げているが、まだ距離はある。あの時、『英雄決意(アルゴノゥト)』を使っていたとはいえベルの反応に遅れた事から考える敏捷なら───

 

「はは!」

「っ!?」

 

 前より、遥かに速い。大剣を盾のように構える事しかできなかった。逸らすタイミングを掴む事すら出来ずに、その膂力が大剣から腕に伝わり体が吹き飛ぶ。

 放物線は描かず、一直線に吹き飛びテントを幾つか巻き込み巨大な水晶の柱に激突する。

 

「ありえ、ない………昨日今日、だぞ……!」

 

 自分が言えた義理ではないが、ステイタスの伸びが異常すぎる。まさか溜まっていた『経験値(エクセリア)』の更新? ランクアップでもしたのか?

 それ以前に、切り落とした腕が復活している。どうなっている!?

 

「ふん。都市を落とす、その確実性のためだ。階層主(ゴライアス)を喰らい、()()()()()()()()()()

「神の恩恵の、復活?」

 

 なんだそれは。先日までは、神の恩恵を得ていなかったとでも?

 混乱しながらも立ち上がり剣を構えるベルだが、その身体がふらつく。思った以上のダメージ。男は唯一見える口を優越感で歪める。

 

「っ!!」

「ただでは殺さん。貴様は今やオラリオの希望の一つらしいからなぁ? 四肢を千切り、目を刳り、歯を砕きその死体を晒してやれば、さぞ混乱が生まれる事だろう………」

 

 喜悦、愉悦。己が他者を苦しめている事に悦びを感じているであろう男はベルの首を掴み持ち上げる。ものすごい力で、ベルの力ではビクともしない。白い光を纏い鐘の音を響かせるベルに目を細め、地面に叩きつける。

 

「がぁ!?」

 

 何度も何度も叩きつけ、嘲るように笑う。

 

「まずは、右腕だ───」

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

 

 詠唱が響き、魔力の波動を感じる。男が漸く反応した瞬間には、もはや遅い。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 男の顔に純白の雷が落ちる。腕から力が抜け、落下したベルを白い影が攫う。

 

「っ! おの、れぇ! 何者だぁ!」

「無傷だと!? 化物め!」

 

 ベルを抱え走る襲撃者、黒髪に赤緋の瞳のエルフは振り返り毒づき、目を見開く。

 顔にかかっかた煙が晴れ、先程の魔法で骨兜が砕けたのかその顔が顕になる。

 

「………オリヴァス・アクト………?」

 

 くすんだ白髪を持つ男に、エルフの女は目を見開く。無意識に指に力が入りベルの肩に食い込む。

 

「やれ……芋虫(ヴァルガ)!」

 

 と、男の叫びにどこから現れたのか芋虫型のモンスターが現れる口から液体を吐き出す。ボタボタ垂れたそれは地面を溶かす、強力な酸性を帯びていた。

 だが、当たらない。エルフの女の真横に避けるように落ちる。

 

「…………あ?」

「………何故、お前が………何故死者が、ここにいる!」

 

 ビリビリと空気を震わせる怒気。だが、明らかに彼より彼女の方が弱い。ベルがヒュイ! と指を鳴らすとグリーが飛んでくる。

 ベルは彼女の手から抜け出ると逆に彼女を抱え腕を伸ばす。その腕にグリーが前足を伸ばし、掴む。グン、と体が浮き上がり壁に囲まれたリヴィラの中心に向かいエルフの女性を下ろす。

 鐘の音は、まだ止まらない。

 

「グリー!」

「クルアア!」

「皆さん! 大技を放ちます、その隙に避難してください!」

 

 その言葉にすぐさま避難するリヴィラの住人。後を追おうとする闇派閥(イヴィルス)。だが、白い流星と化したグリーが彼等を吹き飛ばした。

 芋虫型には触れない。衝撃波だけで吹き飛ばす。吹き飛ばされた芋虫型は破裂し腐食液をばら撒く。

 

「お前ら! 矢と魔剣をありったけ持ってこい! 自爆兵を近づけんな!」

 

 と、眼帯の大男が叫ぶ中リヴィラの中心地にグリーとベルが落ちる。

 一先ずは、そう、一先ずは硬直状態に持っていけた。だが、街の周りには芋虫型や食人花。そして闇派閥(イヴィルス)に、まだまだ健在な白髪の男に赤毛の女。

 質より量のこの時代に置いて量で押せる闇派閥(イヴィルス)の自爆兵に加え質が圧倒的な二人が居る。状況は少しマシになった程度。それは誰もが分かっている。現実的ではないが第一級冒険者複数人が来てほしい。

 と、その時だった。18階層入り口から膨大な魔力の気配。リヴィラの街の真横を全てを凍てつかせる吹雪が通り過ぎ、火炎石や腐食液は本来の用途を果たすことなく凍り付く。

 

「やあボールス、随分厄介なことになってるね」

 

 と、気楽な声が響く。長槍を携えた小柄な冒険者が、そう言ってリヴィラの街の代表に笑いかけた。

 

「【焼きつくせスルトの剣。我が名はアールヴ】!」

 

 更に、凛とした声がく加わる。現れたるはエルフの王族。先程の吹雪の全長に感じた魔力より更に膨大な魔力を纏い、杖を振るう。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

 

 リヴィラの街を中心に放射状に広がる炎の柱。火炎石に引火し連続して爆発音が響く。モンスターは尽く焼き尽くされた。

 

「状況を、説明してくれないかい?」

 

 都市最強派閥が一つ【ロキ・ファミリア】。アマゾネスの双子の姉妹に、金髪の剣士とエルフの師弟。その5人と止めに現れた【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナはそう言って微笑んだ。




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死妖精

 アイズ・ヴァレンシュタインは整備中の剣の代わりに借り受けていた剣を、何時もの不懐属性(デュランダル)の剣と同じ要領で振ってしまい『怪物祭(モンスター・フィリア)』の際に折ってしまった。その剣の値段はなんと4000万ヴァリス。

 ティオナも『大双刃(ウルガ)』という超大型の武器の金の為に潜る事を決め、どうせならと団長であるフィンを誘い、リヴェリアも潜る事にした。

 そしてフィンが行くならティオネが、アイズが行くならレフィーヤがとなり、この面々。

 そして18階層に到着してみれば闇派閥(イヴィルス)や新種のモンスターが襲っていると来た。

 すぐ様レフィーヤが魔法で道を作り、平行詠唱しながらその道を進んだリヴェリアによる殲滅。

 だというのに壁の外には50を超える闇派閥(イヴィルス)に数えるのが億劫になる程の新種の群。

 中には斬ればこちらの武器が破壊される芋虫型の新種までいる。

 

「無駄死には避けてえのか硬直状態だが、モンスター共が集まればそれも覆る。数で押せるからな………しかし何だこの数のモンスターは………」

 

 唯一モンスターを世話する派閥である【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナはありえない数のモンスターに顔をしかめる。

 これだけの強さの、これだけの数、一体何をどうすれば集められるというのか。現状の数なら【ロキ・ファミリア】ならば突破できる。リヴィラの住人を見捨てれば、だが。ならば【勇者(ブレイバー)】は、栄誉のために見捨てる選択は取れない。

 

「現状判明しているのは、あのモンスター達が魔法や魔石に反応するということと、植物型は打撃に強く芋虫型は傷つければ傷口から腐食液を放ち、死ねば破裂し撒き散らす………近付くのは得策とは言えないね。不懐属性(デュランダル)を持ち、敏捷の高い冒険者なら出来るだろうが生憎この中ではアイズだけだ」

 

 だとすれば彼女を芋虫型に当てるべきなのだろうが、白兵戦を得意とする第一級冒険者はできる事なら赤髪の女と白髪の男に当てたい。

 

「しかし、聞いたことがないね、そんな第一級冒険者………」

 

 オラリオでは強くなれば嫌でも有名になる。例え正式にギルドに加入していない闇派閥(イヴィルス)でも幹部級はレベルを推定され、勝手に二つ名をつけられる。

 レベルはそう簡単に上がらない。第一級と同等なら猛威を奮っていた全盛期の時点でも有名になってそうなものだが………。

 

「一人はオリヴァス・アクトだ………」

 

 と、簡易的な会議室の中に凛とした声が響く。振り返ると入り口に黒髪のエルフが居た。その赤緋の瞳がリヴェリアをとらえると明らかに居心地が悪そうな顔になる。

 

「オリヴァス・アクト? まさか、【白髪鬼(ヴァンデッタ)】か? 奴は『27階層の悪夢』で死んだのでは?」

「いいえ。あれは、間違いありません。私が彼奴を、間違えるわけがない!」

 

 食いちぎられた下半身が発見され、死亡したと断定された闇派閥(イヴィルス)全盛期、暗黒時代の幹部の一人の名につい聞き返すリヴェリアに、黒髪のエルフは俯き拳を握りしめ叫ぶ。顔にかかった髪から除くその瞳には、明確な憎悪。

 部屋の空気が悪くなったのを感じたのか、黒髪のエルフはリヴェリアに「お目汚しを……」と呟き去っていった。

 

 

 

 

「…………………」

「クルル」

 

 レフィーヤは現在、グリフォンと睨み合っていた。

 『怪物祭(モンスター・フィリア)』の際助けられ、その後協力して超大型級モンスターを退治したベルに色々言いたいことがあったのだが、彼は現在『スキル』の反動で疲れたらしく仮眠を取っていた。

 フィンの予想ではここに【ロキ・ファミリア】の団長(じぶん)がいる以上、集められるだけの戦力を集めるまでは兵を動かさない筈だと言っていた。かと言って、芋虫型が大量に犇めいている今こちらから攻めるのも得策ではない。

 ハシャーナが色のついた煙を上げ、これを見た【ガネーシャ・ファミリア】の関係者が応援要請をしてくれるはずと言っていたが【ガネーシャ・ファミリア】が潜ることは少ないのであくまで希望的観測。現状、戦況は硬直状態。

 その間に彼にお礼を、と思ったのだが眠る主人を起こしてなるものかとベルが寄りかかっているグリーはレフィーヤを威嚇する。

 

「う、うむむ………」

 

 潔癖なエルフの部分が、というかだいたいの人類はモンスターに気を許すベルに良い感情を抱かない。とはいえそのモンスターに助けられたリヴィラの住人は複雑そうに見ている。エルフは違うが。

 レフィーヤはしかしこんな時でも無いと礼は言えそうに無いと諦めきれない。だって『アイアム・ガネーシャ』に近付くなんて無理だ。それ以前に、お礼に行く勇気が出ない。

 

「何をしている」

「ひゃわ!?」

 

 後ろからかけられた声にビクリと震える。恐る恐る振り返ると、黒髪のエルフ。何処かで見覚えが、と記憶を探り思い出す。

 

「あ、貴方は………あの時の……」

「? ああ、お前は………あの時は、急に手を払って済まなかったな」

 

 思い出した。『怪物祭(モンスター・フィリア)』の際、ベルの活躍から目を逸らすように逃げ出した後闘技場に戻ろうとして、その時ぶつかったエルフだ。

 

「い、いえ! 私こそ、突然触ろうとしてしまい申し訳ありませんてした………同胞とはいえ、知らない人に触られるのは嫌ですよね」

 

 レフィーヤは良く言えば柔軟な、悪く言えばお気楽な部分を持つエルフだ。ぶつかり、差し伸べられた手は普通に握るだろう。だがエルフの里の中でも排他的な里の出のエルフはそうでない者が多い。彼女もそういったエルフなのだろう。同胞間では珍しいが。

 

「違う。そうではない………私に触れれば、お前を汚してしまうから………」

「…………え?」

 

 その言葉に戸惑うレフィーヤ。そんなレフィーヤの横を通り過ぎベルに近づいて行く黒髪のエルフ。

 グリーは一度主を助け、その後主と共に運んだ事を覚えていたのか警戒しつつも唸る事はしない。だが、触れようとすると主を起こさぬ程度に唸る。

 

「時間はあまりない。仮眠よりも、ポーションの方が確実なんだ。悪いが、起こさせてくれ」

 

 そう言ってグリーの嘴に手を添える黒髪のエルフ。グリーは鳴き止むと暫し黙りこみ、クルルと鳴き体を揺らしベルを起こそうとする。

 

「モンスターに、触れるんですね………」

「主の為に、人の為に動けるような奴だ………私の方が、よほど醜い………」

 

 黒髪のエルフは、自嘲するように笑った。

 

 

 

 

 ああ、これは夢だ。

 その景色を見ながらベルは思う。懐かしい祖父の家。少し古く………なってないな。何度も作り直したし。

 壁に立てかけられているのは義母の絵だ。我ながら上手くなったものだ。初めて義母を絵で描こうとし、上手くかけなかったと落ち込むベルに義母が懇切丁寧に泣き言を言おうと上手な絵の描き方を教えてくれたっけ。ちなみに下手くそな方の絵は、旅の時もずっと持っててくれたのを師がこっそり教えてくれた。そして師は吹き飛んだ。

 

「どうした、ベル………」

 

 その声に振り返ると、ベッドに眠る母が居た。絵の母よりも若干痩せ、肌も青白い。薄っすらと開いた目は、もはや目に頼らねば周囲の状況を把握できぬほどに感覚が衰えたらから。

 足音を立てぬように近付き、ベッドに乗ると母の頬に触れる。視界もぼんやりとしか映らなくなってきた彼女に自分はここに居ると伝えるためだ。

 

「………ああ、お前の手は、温かいなあ」

 

 そう言って微笑んでくれる義母に、嬉しくなる。義母は優しい手付きでベルの白い髪をなでた。

 

「………私は、もう長くない。もう、お前を守ってやれることも出来ない」

「………………」

「お前に呪いを残して逝く事を、どうか恨んでくれ」

「のろ、い?」

 

 その言葉の意味が分からず首を傾げるベルを、義母は優しく、それでも力強く抱きしめた。

 

「英雄になると、お前は言った。英雄が生まれぬことを己の罪とした私の為に、お前は言った………私はそれに安心してしまった。お前は、そんな私を見て安心してしまった………それが、どれだけ過酷な道のりかも知らずに」

「しゅぎょうより?」

「そうとも……困難がある。苦痛がある。全てを救いたいと願っても、救えぬ事もある。英雄たらんと力を付け多くを救っても、たった一度の挫折すら許されぬ事もある………茨の道だ。導いてしまったのは私。お前は何時か、あの時の約束を呪うかもしれない。私を………恨むかもしれない」

「そんな事!」

「良いんだ。恨まれても………私は、私達は世界の命運より、お前と過ごす僅かな時間を選んだ………己の願いを優先した。この灰色の髪と同じ、醜い人間なんだ、私は………」

「そんな事、無い!」

 

 その言葉に、涙が出て来る。他でもない彼女が、彼女を醜いということが許せなくて。

 

「お義母さんは、厳しいけど優しくて………冷たいようで、暖かくて………ぼくを、何度も守ってくれて、助けてくれて………嬉しかった。守られることが………だから、ぼくもそうなりたい………約束、だけじゃない。世界を、見てきた…から………それでもぼくは、英雄になりたい。あの人達が笑える、あの時のお義母さんみたいに、笑ってくれる世界が良い」

「…それは、とても辛い道だ」

「知ってる」

「……何度も何度も死にかけるかもしれない」

「体験した」

「………お前が、誰よりも苦しむ事になる」

「ぼくには、お義母さんとの約束があるから、大丈夫………」

「…………そうか………ああ、そうか」

 

 抱きしめる力が強くなる。ポタリと頬に水滴が垂れる。

 

「それでも、苦しかったら逃げても良いんだ。世界中の誰もがお前に戦えと言っても、辛かったら逃げても良いんだ…………だから、英雄になっても、英雄という装置になるな」

「それが、お義母さんを悲しませることになるなら……」

「お前は、本当に………何処までも。ああ、安心した………お前は何度でも、私を救ってくれるのだな。ありがとう、愛しい愛しい私の英雄()………」

 

 病人特有の、乾いた匂い。この匂いに包まれるのは嫌いではない。むしろ好きだ。抱きしめられ、彼女自身が醜いという灰色に囲まれるのも、大好きだ。それを伝えたくて、もう一度彼女の頬に手を添える。

 

「…………お義母さん………大丈夫、綺麗だよ?」

 

 

 

 

「あいた!?」

 

 コツンと頭に衝撃が走る。グリーの嘴で小突かれたようだ。少し寝すぎていたか。状況は? とまだ靄のかかった思考で現状を把握しようとする。

 

「……………………」

「あ、えっと………」

 

 寝ぼけていたのか、目の前の黒髪のエルフの頬に手を添えているベル。エルフは何故か顔を真っ赤にして固まっていた。

 

「その………ごめんなさい、寝ぼけてて」

「あ、ああ………そうだな。そうだよな………いや、すまん………起きれるか?」

 

 少し変な体勢で寝たからか、体を伸ばせばゴキゴキ音がなる。

 

「えっと………そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕はベル・クラネルです」

「フィルヴィス・シャリアだ………クラネル、寝るよりポーションを飲め」

「いやあ、ここのポーション、高くて」

「やる………お前の力は、起死回生の一助になる」

 

 フィルヴィスと名乗ったエルフはそう言ってポーションを渡す。ベルがお礼を言おうとすると直ぐにその場を去ってしまう。

 

「え、あ……フィ、フィルヴィスさん!?」

 

 その顔に見覚えがあった。その状態(あじ)を知っている。自分が誰よりも醜いと思っている者の状態(あじ)。だからあんな夢を見たのだろうか?

 あわてて後を追うベル。もう一人その場にいたエルフ、レフィーヤも付いて来た。

 

「お、英雄じゃねえか、起きたのか」

「あ、えっと………ボーズさん?」 

「ボールスな。丁度良かった、フィンの予想ならそろそろ攻めてくるってよ。起こしに行こうと思ってたんだ………お前の配置は………」

「あの、フィルヴィスさん見ませんでしたか!?」

 

 と、途中であった眼帯の大男にフィルヴィスの行き先を尋ねると大男、ボールスは何とも言えない顔をする。

 

「あんま、彼奴と関わらんほうがいいぞ。特にこんな状況じゃなあ………」

「? どういう事ですか………」

 

 そう訪ねたのは、ベルではなくレフィーヤだった。ボールスは少し考え込みながらも教えてくれた。

 フィルヴィス・シャリアは『27階層の悪夢』と呼ばれる闇派閥(イヴィルス)が引き起こした事件の生き残り。

 闇派閥(イヴィルス)が敢えて流した偽情報でおびき寄せた有力派閥のパーティーに対して自らを囮にモンスターの大量誘導を行ったという。

 27階層各所を赤黒い灰、モンスターの死骸と人の血が汚し、人だった物を咀嚼するモンスター達。敵も味方も巻き込んだ悍しいその事件の数少ない生き残りがフィルヴィスだ。

 しかしその日以来、フィルヴィスと組んだパーティーは全滅した。判断を誤ったり、事故だったり、仲間割れを起こしたり。都合4度。彼女に関わると死ぬ、そんな噂が流れるには時間が要らなかった。

 パーティー殺しの妖精、『死妖精(バンシー)』……。そんな蔑称が二つ名のようにつくのも、時間はいらなかった。

 

「お前はすげえよ。まだLv.1なのにな………嫉妬する奴も多いし、疑う奴も居るがフィン達と同じぐらいお前を頼りにしてる奴等もいる。そんなお前が彼奴と近づくのは、いっちゃ悪いが不安を煽る………」

「…………フィルヴィスさんは、何処ですか?」

「…………あっちだ。あまり時間をかけるなよ」

「ありがとうございます!」

 

 ベルはそう言って再び走り出した。レフィーヤもその後に続く。

 暫く走ると人気のない場所で、フィルヴィスを見つける。

 

「フィルヴィスさん!」

「………お前達」

 

 呼びかけられ振り返るフィルヴィス。その目に宿るのは困惑。

 

「………戻りましょう。そろそろ相手も動くそうです」

「…………私の話を、聞いたのか?」

 

 ベル達の目に宿る感情を見て察したのか、やはり自嘲したように笑う。

 

「ならば、近づくな。私は今度は、お前達を殺すかもしれんぞ?」

「………その目………またその目だ」

「…………何?」

「嫌だな。ああ、嫌だ………そんなのは、許せない。僕の周りには、何で笑ってくれない女の人が現れるんだ」

 

 何処か怒ったようなベルの言葉に困惑するフィルヴィス。レフィーヤもどう声をかけるかオロオロしだす。

 

「その目………僕はその目が嫌いです」

「……私の、目?」

「自分が醜いと思っている目。自分は罪人だから、どんな不幸も自分の責任だと思ってるその目………僕は、お義母さんが大好きでしたけど、あの目は嫌いでした………貴方も、お義母さんも、せっかく綺麗な目をしてるのに」

 

 ベル・クラネルは母の目を綺麗だと思っている。だからこそ、濁らせる色が嫌いだ。目の前の女性の目も、同じ。

 

「………だが、事実だ。私は罪人だ………私は汚れている。私に関わるな………英雄を、同胞を、汚したくはないんだ」

「そんな事無い!」

「貴方は汚れてなんかいません!」

 

 自虐するフィルヴィスの言葉に、レフィーヤとベルの二人は行動で己の心情を示す。

 ほぼ同時に、それぞれが左右の手を掴む。打ち合わせなしで、同じ手を握らない。何だこいつ等息ぴったりだな姉弟か何か?

 

「貴方は汚れてなんかいない! 私なんかよりずっと美しくて優しい人です!」

 

 レフィーヤの言葉は、本心だ。同情でもなく慰めでもなく、気休めなんかでもない本心。

 

「だって貴方は、あの時子供を助けてくたじゃないですか。それに、多くの冒険者が逃げようとする中、僕と一緒に戦ってくれました。僕を、助けてくれた」

 

 レフィーヤとベルの思いは一緒だ。なにせ二人は共にフィルヴィスと共闘し巨大花を打ち破った。その時フィルヴィスが少女を助けていたのを見たし、共に戦ってくれた。

 

「そ、それだけだろう。お前達が知ってるのは、それだけだ………」

「なら、これからどんどん知っていきます!」

「だから、笑ってください」

 

 レフィーヤと言葉に続けるように、ベルが言う。

 

「貴方もきっと………いいえ、絶対。笑えば、とても綺麗ですから…………その、えっと………僕は、そんな貴方の笑顔を見たいと、思ってます」

 

 歯の浮くような台詞だが、下心は一切感じない。だから潔癖なエルフ達も黙って聞いている。

 

「貴方は呪われてなんかいない。それを今から証明します」

「ど、どうやって………」

「貴方が居るから冒険者が死ぬというのなら、これ以上、この場の冒険者を死なせない。殺させない………貴方がいても、皆生き残れるんだって証明します」

「わ、私だって頑張ります!」

「だから、その時は…………笑ってください」

「…………………」

「………あ、あの………フィルヴィスさん?」

 

 反応のないフィルヴィスにベルが恐る恐る声をかけると、フィルヴィスは何やら赤くなっていた。

 

「お前達は、変わった奴等だ………」

 

 そう、苦笑する。と、その時だった………

 カンカンと鉄を打つ音が響く。闇派閥(イヴィルス)が仕掛けてきたのだろう。魔法の音も響く。

 

「新種が来たぞ! 黒い蠍みてぇのも増えてる! 能力は不明、気をつけろ!」

 

 しかも新種の種類まで増えているらしい。すぐに向かおうとする3人。と、不意にベルが足を止め振り返る。

 ベルの視力では見えぬ遠く。18階層の端。そこから、視線を感じたような気がしたからだ。

 

──さあ、踏ん張りどきだ、英雄候補

 

「────!?」

 

 聞こえる筈のない声が聞こえた気がした。ドス黒い、深い深い奈落の底の闇のように黒い光が柱となって立ち上り、ダンジョンの壁に亀裂が生じる。

 そして、足場が揺れた。ダンジョンが、震える。

 怯えるように、苛立つように、憤慨するように。

 続いて次の変化。周囲が薄暗くなる。『夜』となった今、暗いのは当然だが更に暗くなった………。

 光源たる頭上の水晶を見上げた者は数人。直ぐに後悔する。中央部の巨大な白水晶の中で、何かが蠢いていた。一際大きな振動が起こり、バキリと水晶に亀裂が走る。

 

()()……!? まさか、モンスター!?」

「ありえん! ここは安全階層(セーフティーポイント)だぞ!」

 

 だが、その叫びを嘲笑うかのように、()()は現れた。

 耳まで避けた巨大な口には鋭い牙が生え、鱗に覆われた体が水晶から落ちる。

 ズゥン! と地面を揺らし新種のモンスター達を踏み潰す。長い尾を動かせば芋虫型が飛び散った破片だけで爆ぜる。

 

「グオオオオオオオオオッ!!」

 

 ただでさえ混沌と化した18階層の現状。ここに新たに()3()()()が加わった。

 

「くそったれ! 何だありゃ!? ああ、くそ! 頼むぜリド。フェルズに連絡しててくれよ!」

 

 ハシャーナの叫びは誰に聞かれることもなく混乱に飲まれた。

 

 

 

 

「知ってるか? ダンジョンの中では、神は完全に天界から切り離される。死ねば取り込まれる代わりに、神の力も使いたい放題」

 

 混沌と化した戦場を見ながら邪神は硬いものでも叩いたのか少し赤くなった手をプラプラしながら己の眷属に語りかける。

 

「まあ使いたい放題ってのは嘘だ。使いすぎればダンジョンの抵抗が激しくなる。ダンジョンは神の力を無効化するモンスターを産めるからな。直に殺される」

「あれもそうなのですか?」

「そうだな。だからちゃっちゃっと退散するぞ。直ぐに見つかる……」

 

 そう言って()をくぐる邪神に付いていく眷属。邪神は振り返り、生まれ落ちた抹殺の使徒を見る。

 

「さしずめ巨人竜(グレンデル)と言ったところか…………俺を失望させてくれるなよ? 英雄候補」

「大丈夫でしょう」

「ほう? 何故そう思う」

「あの()()光は、決して消えない………灰色の世界に置いて、唯一()()()()()()()()()あの神々しき光は、きっと貴方の落とした闇を払う!」

「やれやれ、どっちの味方なんだお前は」

「私は彼のファンで、貴方の眷属ですよ………それは両立する。あの光が世界を包んでくれるには、世界は闇に沈まなければならない。誰もが光を求めれば、あの光はそれに応えるでしょう」

 

 男の言葉には、信頼があった。

 信仰があった。

 狂信があった。

 確信があった。

 今まさに境地に追いやった相手に、確かな信頼と好感をもっていた。

 

「かの光に包まれた世界なら。ああ、きっと私はそんな世界なら愛することが出来る」

「難儀な奴だ。だが、そうだな………たかが18階層………この程度、乗り越えてくる『正義』がなきゃ『悪』を成す意味がない。ただ蹂躙して終わる、つまらない虐殺にしかならない………信じるとするか、次代の英雄………お前の光を」

 

 2つの影は『扉』の奥の闇へと消える。扉はそんな彼らを呑み込むように、音を立て閉まった。




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宝玉の胎児

 時間を少し遡る。

 フィルヴィスが去った後の会議室にて、フィンはハシャーナに敵の狙いを教えてほしいと言う。

 元々狙われていたのはハシャーナで、狙われた理由はおそらく30階層で拾ってきた何か。それは本来隠すように言われていたが状況が状況だ。ハシャーナは少し待ってろと会議室から出て行き犬人(シアンスロープ)の女性、ルルネを連れてくる。彼女がこの階層で物を受け取り依頼者に渡す役割を持っていた運び屋だ。

 

「こ、これ……」

 

 そう言って取り出したのは、宝玉。透明な宝玉の中には何やら胎児のようなものが存在した。一見すれば、何かの卵のようにも見える。

 

「……………っ!?」

「アイズ、どうした!?」

 

 フィン達が見たこともないそれに疑問を抱いていると、不意にアイズがその場で膝をつく。その顔から血の気が引いており、リヴェリアは心配そうに駆け寄った。

 困惑の視線が集まるが、アイズも解らない。と、その時だった………ダンジョンが、震える。外が騒がしくなる。食人花、芋虫に加え新たな新種が現れ、舌打ちしそうになるフィンを嘲笑うかのように再びダンジョンが震えた。

 

 

 

 

 突如モンスターの産まれぬ筈の領域に生まれたモンスターは一つ上の階層にて唯一生まれるモンスター、階層主『ゴライアス』同様巨人型。

 差異があるとすれば全身を覆う漆黒の鱗に長大な尾、そして角と牙か。

 まるでトカゲかドラゴンを無理やり人型に押し込めたかのような風貌のモンスター。邪神が名付けたる名はグレンデル。

 グレンデルは階層全体の空気を揺する咆哮を上げ、訝しむ。母たるダンジョンが自らを生み出した理由である母に傷つけた神が居ない。出入り口は塞がれたはずだというのに、どうやってか()()()()()()()()()()()

 ゴルル、と喉鳴らす。生まれた役目は神殺し。それが果たせぬ以上は、モンスターとしての本能に従う。即ち、人類の抹殺。

 

「…………?」

 

 ふと足元に違和感を覚える。何かが足に絡みついていた。蛇のような植物型の魔物。

 これは、違う。母なるダンジョンが生み出した同胞ではない。何かが混じった、ダンジョン内の異物。ガリガリと噛み付いてくるが、鱗に覆われた足を傷つけることはない。

 グレンデルは鬱陶しそうに唸ると片足を後ろに振り上げ、地面を蹴りつける。

 次の瞬間

 

 

 

 地面が爆ぜた。

 

 

 

 そう錯覚するほどの爆音が成り引き大量の土砂が巻き上がる。衝撃と飛んでくる土砂で一気に大量の新種がやられる。

 土砂の一部はリヴィラの街の外壁にも降り注ぐ。何なら中に食人花や芋虫も降ってきた。

 

「っ! 総員、構えろ! なだれ込んでくるぞ! 弓兵、魔導師は芋虫型、自爆兵に集中! 前衛は芋虫型、自爆兵に近付かず食人花、蠍型の新種に集中しろ!」

 

 ここに来て新たな新種、蠍型に加えて突如モンスターを産まぬはずの階層に現れた階層主級のモンスターの出現。

 誰もが呆ける中にフィンがすぐさま命令をだし、すぐに動きだす冒険者達。その足並みはお世辞にも揃っているとは言えない。だが、それも仕方ないだろう。

 読み間違えた………と言うよりは、盤上に突如別の指し手が現れた。いや、それも違う。例えるなら己の駒を確認し作戦を立てていたフィンと、己の駒を増やし戦力を増強してた闇派閥(イヴィルス)を嘲笑い、盤上に鼠でも放ったかのような。

 それほど、あの巨人竜には行動の合理性が見えない。ただただ盤上を指し手の思惑を無視して暴れまわり、指し手にはそんな状況でなお駒を動かせと高笑いしながら強要する何かの影が見えるかのようだ。

 

闇派閥(イヴィルス)の思惑も完全に無視か………!」

 

 しかしそれが完全に最悪な形で重なる。闇派閥(イヴィルス)も冒険者も、どちらも減らす気なのか、或いは手駒であるはずの闇派閥(イヴィルス)やモンスターを同時に失っても問題ないほどの『貯蔵』あるいは『切り札』でもあるのか。

 どちらにせよ厄介だ。一枚岩では昔から無かったが、ある程度足並みを揃えていた。恐らく今回の黒幕は、足並みを揃えない。動きが読めない。と───

 

「そこにあったか……」

 

 ルルネが慌てて宝玉をしまいながら外に飛び出ると同時に彼女に切りかかる影。アイズが咄嗟に動くも、後ろのルルネごと吹き飛ばされた。

 

宝玉(たね)を返してもらおう」

 

 そう言って、血のように赤く長い髪をした女は緑の瞳を吹き飛ばされたアイズ達に向ける。

 

「────ッ!!」

「…………」

 

 即座に反応したフィンが放った槍を首をそらし交わすと片足を軸に回転し蹴りを放つ。小さい体を利用して姿勢を低くし蹴りをかわしたフィンは立ち上がりながら勢いを乗せた拳を脇腹に放つ。女吹き飛ぶも地面を足の裏で擦り殴られた箇所を撫でる。

 

「…………Lv.5か………強さは、問題なさそうだ」

「…………っ!」

 

 女そう言って、己の有利が未だ覆らぬ事を確信する。その目に嘲りはない。ただただ純粋に、己の勝利を決定事項とした。

 

「調子乗ってんじゃねえぞクソ女!」

 

 愛する、そして【ロキ・ファミリア】のトップであるフィンを侮られた事にブチ切れたティオネが殴りかかる。アマゾネスという身体能力に優れた種族。バワーだけならフィンを凌駕するティオネの一撃は流石に食らう訳には行かないのか回避しながら防ぐ。

 ハシャーナの報告ではオリヴァスは身体能力任せだったらしいが赤髪の女は確かな技量を持つ。

 

「が!?」

 

 拳を受け流し頭突きをティオネに叩き込む。頭蓋が砕けるかと思うほどの衝撃。クラリと倒れかけるティオネに向かい大剣を振るおうとして、ティオナがウルガを振るう。

 超重量の第一級武装。明らかに出来の劣る大剣で防ごうとするも弾き飛ばされ剣に罅が入る。

 

「チッ………数だけはそれなりにいるか…………面倒な。彼奴は何をしている」

 

 舌打ちする赤髪の女に、アイズが高速で近づく。生半可な攻撃ではダメージを与えられない。殺さぬように、などと加減していては殺されるのはこちら。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 暴風を纏い速度が跳ね上がる。剣と威力に風の力が上乗せされた一撃。轟音が響き渡る。

 

「────っ!?」

 

 女が振るった大剣とアイズの『デスペレート』がぶつかり合い、その衝撃でアイズの【エアリアル】が消し飛ばされた。

 

「っ……」

 

 だが罅の入った剣は砕け散る。女はしかし気にした風もなく、アイズを見据える。

 

「今の風の………そうか、お前が『アリア』か」

「「「っ!」」」

 

 呟かれたその名前(たんご)にアイズが目を見開きフィンとリヴェリアが肩を震わせる。と、さらに───

 

「くはははは! どうした小僧? その程度で、その弱さで、良くも死なぬと言えたものだ! よくぞ私を侮辱してくれたものだ!」

 

 報告にあったオリヴァス・アクトが現れる。その顔を覚えている暗黒期からオラリオにいた冒険者達は目を見開く。そんな彼等を見向きもせず、オリヴァスは白髪の少年、ベルにのみ襲い掛かる。

 身体能力だよりとはいえ明らかにLv.5を凌駕しているオリヴァス相手によく凌いでいるベル。しかし攻撃が掠っただけで皮膚は裂け、血が流れていく。

 完全に私怨のみで動き協調する気もなさそうなオリヴァスに舌打ちする赤髪の女。

 

「──ァァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 そこで、突如。宝玉の胎児が叫喚を上げる。

 甲高い叫び声に誰もが思わず振り向き、ルルネの手から零れ落ちた宝玉の中で蠕き膜を突き破り、焦燥を顕にした赤髪の女とオリヴァスが反応するより速く飛び出す。

 アイズに向かって飛んだであろうそれは間にいたベルに接触しそうになり、咄嗟に左手で受け止めるベル。

 胎児は、ベルの腕に()()()()

 

「………!?」

 

 瞬間、ベルの視界が暗転した。

 

 

   ケタ

 ツ   タ

 

 ミツ    ケタ

 

 

   ミツケタ

 

 

     ミツケタ

 

ミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタワタシガミツケタワタシノワタサナイミツケタキテキテココハクライノムカエニアナタキテアナタノワタシミツケタミツケタワタシノアナタキテキテキテムカエニムカエニムカエニタスムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニケムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニタスケテムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニムカエニ

 

 

 

 

 

「────っ!」

 

 左腕から感じる熱で、思考が現実に戻る。オリヴァスに左手を手首あたりから斬られたと自覚し追撃に備えるも、オリヴァス達は切り離され宿主が死んだと思ったのか完全寄生する前段階で止まり元の姿に戻りかけている胎児を見る。

 胎児は、芋虫型の新種に落ち改めて寄生し直す。

 

『────────!?』

 

 ビクンと跳ねる芋虫型は、次の瞬間肉体が膨れ上がる。近くにいた芋虫型を巻き込むように膨張していき、飲み込み、体積をさらに増やしていく。

 

「これ……って………」

「50階層の………」

 

 およそ6(メドル)に成長したモンスター。芋虫を彷彿させる下半身を持ち、扇のような2対の4枚の腕を持つ女のような上半身を持ったモンスター。

 混沌は、まだ終わらない。




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反撃の鐘楼

 片腕を失った。灼熱の激痛が左手首を焼く。

 これまでの人生、当たり前だが千切れかけた事はあっても欠損したことはない。ましてや大剣使いのベルにとって、未だ片手で振り回せるだけの膂力を手にしていない致命的な欠損。動きに明らかな支障が出る。

 

「………あ、あぁ…………」

 

 だというのに、オリヴァスは弱体化したベルに目をくれずワナワナと目玉が零れ落ちそうなほど見開き、震える。女もまた、片手で頭を抑え忌々しげにベルを睨んでいた。

 

「貴様も捕らえる理由が出来たようだな……面倒なことばかり言ってくれる………そちらはお前に任せ…………おい、どうした」

 

 女がオリヴァスに何かを命じるがオリヴァスは聞こえていないというように反応せず、そして叫びだした。

 

「ああああありえぬ! ありえるかぁ! 何よりも崇高な『彼女』が、お前のような男に、小僧に会いたいなどと!! そんな事、あって良いはずがない! 『彼女』が! 自らが品を貶めようなどとあってはならぬのだぁぁぁ!」

「っ! 待て! ───ちっ!」

 

 目を見開き、血走らせ、オリヴァスはベルに迫る。

 

「何をしている!」

「黙れぇレヴィスゥ! 私は、『彼女』の為に! 是正せねばならぬのだああ!」

 

 その瞳に怒りと嫉妬を宿し猛攻を増すオリヴァス。レヴィスと言うらしい女性はそんな相方の様子を忌々しげに睨む。

 

「───!?」

「ははは! 捕らえた、捕らたぞ! やはり貴様のような男が、彼女に求められる筈がなぶぅ!?」

 

 痛みにより若干動きの鈍った左腕を掴み勝ち誇るオリヴァス。この距離では大剣も振れぬと判断したベルは大剣を捨て椿から貰った短剣で()()()()()()()()()

 そのままオリヴァスの鼻を力の限り蹴りつけ後ろに飛ぶ。傷口は電気で焼きながら、白い光を全身に纏い鐘の音を奏でる(カウントを始める)

 

「があああ! 己、この匹夫がぁぁぁ!」

 

 怒りで頭に血を登らせ迫るオリヴァス。ベルは短剣で攻撃を捌いていく。と、そんなベルに向かって巨大化したモンスターが腕を振り下ろしてくる。

 

「っ! 粉?」

「駄目、ベル! 逃げて!」

 

 アイズの言葉に咄嗟に煙のように広がった鱗粉から距離を取ると、鱗粉が爆発した。

 

「アアアアアアアァァァァァ!!」

 

 叫び声を上げ4本の腕を振るう女体型。アイズ達の知る鱗粉攻撃を行うが、ベースであるはずの芋虫が使っていた腐食液は使わない。恐らくは、ベルを溶かさぬ為だろう。あくまで捕らえたいらしい。だが───

 

「死ねえええ!」

 

 逆にオリヴァスはベルを殺したくて仕方がないらしい。動きが単調で読みやすいが、単純に速い。それだけで厄介だというのに、さらに混沌化は続く。

 

「ゴアアアアアア!」

「アアアアアアアァァァ!?」

 

 グレンデルがとうとうリヴィラに到達。足元の蠍や食人花を踏みつぶし、女体型を殴り付ける。鱗に覆われた拳はまるで無数の突起を備えたメイス。皮を割き、腐食液が傷口から飛び出す。

 高所から飛び散った腐食液は広範囲に振り巻かれる。冒険者達が距離を取る中、さらに追加で階層に住んでいるモンスター達もやってきた。黒い蠍、極彩色のモンスター、18階層のモンスター、冒険者、女体型にグレンデル。場は最早式など無用の混戦と化した。

 特に最悪なのが殺す事のみを目的としたモンスター達。仲間の死も気にしないし、仲間が減ることが逃げる理由にもならない。

 ただただ一人でも多く殺せれば、叶うなら全滅させればそれでいい。

 

「────あ」

 

 そして、その光景を見てフィルヴィスの思考が固まる。だって、数多のモンスターが人を襲うその光景は、人の群を飲み込まんとするその光景は、彼女の絶望の始まりの光景と重なるから。

 彼女は知っている。数の驚異を、階層主まで混じった絶望を。当事者として、覚えている。無理だ、死者を出さぬなど。最低【ロキ・ファミリア】と、数人が生き残れればそれで奇跡の、そんな最悪な状況。体から力が抜ける。胃の中が競り上がる。

 誰もが絶望に心を支配され始める。だが───

 

ゴォォン

 

 鐘の音が、響く。

 ベルが、まだ戦っている。Lv.1の冒険者が、駆け出しの少年が諦めていない。

 

「食い尽くせ! 食人花(ヴィオラス)!」

 

 オリヴァスの叫びに食人花がベルに殺到する。レヴィスが舌打ちし、オリヴァスがゲタゲタと笑う。

 

「クラネル!」

 

 グチャグチャと咀嚼音が響き、フィルヴィスの脳裏に蘇る、あの絶望の光景。貪り食われていく仲間の姿が過る。

 またか、またなのか。私に関わったばっかりに、そんな黒い感情が心を染め上げていく中、オリヴァスがフィルヴィスを殴り飛ばした。

 

「諦めろ、女。あの小僧はもはや助からぬ………助かったところで、何が出来る! 聞こえるだろう? 肉を喰らう音が………左腕だけでは済まさぬ。奴の死体はモンスター共の餌に────あ?」

 

 勝利を確信したオリヴァス、少年の死を予想した冒険者達………だけど、鐘の音が止まらない。

 

「アアアアアアアァァァァァ!」

 

 グレンデルとも連れ合い転がっていく女体型が嬌声の叫びを上げる。オリヴァスの顔が、ますます怒りに染まる。

 

「何をしている! 速く喰い殺せぇ!」

 

 痺れを切らし、食人花の集まった球体に向かって腕を振り下ろす。第一級を有に超える剛力で、食人花ごとベルを潰そうとする。その拳が、止められた。

 

「な、なんだと………?」

 

 ブチブチと食人花の身を喰い千切りながらベルがオリヴァスの拳に頭突きを食らわせる。

 

「お、おのれぇ! 抗ったところで無意味だと何故気付かぬ! 『彼女』が都市を滅ぼす、それは覆らぬ未来だ!」

「滅びが、確定………?」

 

 額から流れる血を拭いながら、ベルはオリヴァスを睨む。

 

「そうだ、貴様ら如き神の走狗が、傀儡が、彼女の素晴らしさを理解せぬ愚物が、私に、彼女の眷族に勝てる筈がないのだあ!」

「そうですか………なら、それを覆します」

「ああ?」

「僕()で、その滅びを覆します。僕は、そのためにここに来たんだ………」

 

 鐘の音が、響く。ベルの体を覆っていた光がリヴィラの街を包み込む。一人のドワーフが食人花を斧の一撃を持って吹き飛ばす。一人のエルフの魔法が芋虫型数匹を焼き殺す。一人のアマゾネスの一撃が黒い蠍を砕く。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

「ぐぅ!?」

 

 レヴィスが暴風に吹き飛ばされ、さらにティオネとティオナが追撃を食らわせる。

 それは、たったの一撃。たったの一瞬。だが──

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 その一瞬は、冒険者達の反撃の狼煙となった。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

「ぐお!?」

 

 オリヴァスの左腕が吹き飛ぶ。隙を晒したオリヴァスの右目を、ベルのナイフが切り裂いた。




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闇を払う光

 切られた右目を押さえ、左目で忌々しげにベルを睨むオリヴァス。

 

「ぐ、おお………おのれぇ、こぞおおお!!」

 

 憤怒に染まった視線で、咆哮を上げながら突っ込んでくる。それでも視界を半分も失い怒りに飲まれた大雑把な動きなどレベルさがあれど避けるのは容易い。自分の知る攻撃は、こんなものでは無かった。

 

「はあああああ!!」

 

 全力の拳を叩き込む。ごは、と肺の中の空気を押し出され咳き込むオリヴァスの顎を蹴り上げる。

 

「ぬぅ!?」

 

 ステイタスが、上がっている!?

 明らかに威力がLv.1ではない。いや、元からLv.1では説明がつかない動きだったが、それにしたってこれは!

 

「貴様、いったい何をしたぁ!?」

「ああ!!」

 

 敵の疑問になど、当然答えることなく、大剣を拾い、咆哮を上げ斬りかかるベル。傷は、まだ浅い。オリヴァスの『耐久』がまだ上回っている。

 だが、『彼女』の下僕でもない者が寵愛を受け、その相手に傷つけられていると言うのがオリヴァスは受け入れられない。

 

「たああ!!」

 

 鐘の音が響く中、ベルはオリヴァスの体を少しずつ傷つけていく。

 

「なめるなぁ!!」

 

 と、左腕の残りで剣を受け止め右手で刀身を掴む。剣ごと投げ飛ばそうとしたが、ベルはその前に剣を手放す。

 

「ぬぅ!!」

「おおお!」

 

 すぐに互いに拳を握る。『敏捷』的にもリーチ的にも、オリヴァスの拳の方が速く届く。

 

「それ、でもぉ!」

 

 勝利を確信したオリヴァスに対して、ベルは突撃する。馬鹿な奴だと嘲笑うオリヴァスの拳は、現れた純白の障壁に逸らされた。

 

「なんだと!?」

「今だ、やれ! クラネル!!」

「────っ!!」

 

 ギシリ歯を食いしばり、全身に力を込める。踏み込んだ地面がひび割れ、一際大きな鐘の音が響き渡る。

 オリヴァスの頬にめり込んだ白く輝く拳はオリヴァスの体を吹き飛ばし、芋虫型に突っ込ませる。

 

「ぐおあああ!?」

 

 全身が溶ける激痛にのたうつオリヴァス。再生能力で完全に溶けはしないが粘性のある腐食液が体についたたまま、むしろ苦痛を長引かせる。

 

「お、のれ………芋虫(ヴィルガ)! 食人花(ヴィオラス)! レヴィス! 誰でも良い、誰か、このガキをおぉぉ!!」

 

 その願いは、受理されない。そんな余裕、闇派閥(イヴィルス)にもモンスターにも無い。何故だ、押してたはずだ、勝っていたはずだ!

 なのに!

 

「………お前、お前だ! お前さえ居なければぁぁぁ!!」

 

 そうだ、あの妙な光、あの耳障りな音が響いてからだ、冒険者達が押し返し始めたのは。あの少年、思えば地上への襲撃も奴のせいで!

 奴さえいなければ、あの祭の日に多くを殺し『彼女』の力を示せた。奴さえいなければ、今日自分は【ロキ・ファミリア】の団長と幹部を殺せた。

 奴は自分の、『彼女』の邪魔ばかり、なのに彼女に求められる。認められるものか!

 

「カヒュ………ハ、ハァ………」

 

 【英雄決意(アルゴノゥト)】の副作用で肩で大きく息をするベルに、オリヴァスが向かう。

 

「クラネル!!」

 

 避ける力も残っていないベルをフィルヴィスが庇う。ベルを抱き締めたまま地面を転がるフィルヴィス。一撃掠ったのか、肩を抑える。僅かに付着していた腐食液がフィルヴィスの白い肌を汚す。

 

「フィルヴィスさん!」

 

 ベルが叫ぶ。オリヴァスが迫ってきているのが見えた。まともに動かない体を無理やり動かしフィルヴィスに覆いかぶさる。

 

「死ねえええ!!」

「────っ!!」

 

 せめてフィルヴィスだけは守ろうと全身に力を入れつつ、拳を出来る限り反らせるように構えるベル。目は閉じない。死が直面した程度で目を閉じていたら、本当に死ぬ。何も出来ずに死ぬ。それを知っているから。

 

「うんうん、流石男の子。かっこいいわよ!」

 

 だが、その拳を紅蓮が切り裂く。

 

「お、おおお!?」

「リュー、やっちゃって!」

「【ルミナス・ウィンド】!!」

 

 と、風の砲弾、風の魔砲がオリヴァスに襲いかかる。両腕を失い、全身表面が溶け出した体は踏みとどまることすら出来ずに吹き飛ばされた。

 

「お姉ちゃん、参上! どうどう、憧れちゃう? 何ならお姉ちゃんじゃなくておねえさまー、でも良いわよ?」

「アリーゼさん………」

 

 紅の花が、目の前に立つ。

 両手両足を炎で着飾る正義の使徒は、まるで花弁の様に美しい。

 

「ぐ、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】か!」

「え、【白髪鬼(ヴァンデッタ)】!? 生きてたの!?」

 

 起き上がったオリヴァスに驚愕の目を向けるアリーゼ。しかしオリヴァスはまさに瀕死。それでも、その力は明らかにLv.5すら凌駕している。

 

「ベル、貴方左腕!?」

「アリーゼさん、ここは頼みます」

「え、ちょ……! 駄目よ、その傷で動くなんて!」

 

 立ち上がり、ナイフを持つベルにアリーゼが慌てて叫ぶ。しかしベルは争う大型のモンスター達を見る。女体型は巨人竜を無視して今もなお、ベルに近付こうとしている。

 

「僕には、まだやれることがある!」

「…………やるべき、じゃなくてやる、なのね?」

「はい!」

「解ったわ……でも、必ず帰ってきなさい。帰ったらご褒美に撫で回してあげるんだから」

「あはは、すいません……」

 

 アリーゼは片腕の炎を消すと懐からポーションを取り出しベルに投げ渡す。ベルはナイフを持った手で器用に受取る。

 

「体力、魔力を回復してくれるポーションよ、せめて飲んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 

 と、ポーションを飲み干すベルはヒュイ、と口笛を吹く。他のモンスターと戦っていて、少し傷だらけのグリー。

 

「グリー、飛べる?」

「クルル」

「いい子だ」

 

 ベルがグリーに跨り、グリーが飛び上がる。女体型がベルを追おうと走り出し巨人竜も後を追う。

 

「ふぅ……」

 

 と、息を吐き出すベル。

 

「【祝福の禍根──】」

 

 鐘の音と共に響く詠唱()。最愛の母の魔法、三匹の厄災のうち一つを打倒した魔法を、純白に輝く英雄が放とうとしていた。



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鐘の音

 アリーゼの相手はオリヴァス。行く手を阻むアリーゼを邪魔だと睨みつける。

 

「どけええ! あの小僧は危険だ、殺さねば! 我等が計画の障害となる!」

「そんなこと言われてはい退きますなんて言うわけないじゃない、頭悪〜い」

「があああ!!」

 

 残った腕をブンブンと振り回すオリヴァス。Lv.4のアリーゼにとっては必殺。だが

 

「当たらなければどうということないのよ!!」

 

 正義の派閥。ダンジョン探索よりも、闇派閥(イヴィルス)との戦闘を主とし、ランクアップしてきたオラリオ屈指の対人戦エキスパートの【ファミリア】、その団長の前で弱体化して、かつ膂力だよりの攻撃など当たるはずもない。

 足裏で炎を爆発させ高く飛び上がり、空中で足を上にし再び爆発、落下作度をつけ右腕を肩から切り裂く。

 

「ぐぅ!?」

 

 炎に焼かれた腕は出血こそしないが、神経を焼かれる激痛に歯が砕けんばかりに食い縛るオリヴァス。地面を踏み付け、追撃しようと来てきたアリーゼに対する壁とする。そのまま短くなった左腕を振り回そうとして届かないと悟ると体当りする。礫が無数の弾丸のように襲いかかってくる。

 

「とと! あっぶなあ〜!」

「おのれ、おのれええ!!」

 

 しかしそれもかわされる。右腕を完全に失い、左腕も半ばから失ったオリヴァスは忌々しげにアリーゼを睨む。と………

 

「レヴィス!」

「赤い髪に、緑の目? 私とキャラ被ってる!?」

 

 ざ、とレヴィスが現れる。頬が僅かに腫れている女性の髪や目の色に、アリーゼが空気の読めない発言。それを無視して、レヴィスは遠く、巨人竜と女体型からの猛攻を避けるベルを睨む。

 オリヴァスは危険と言った、なるほど納得しよう。奴が街の冒険者に光を与えたその瞬間、一度だけ冒険者達の強さが増した。それはレヴィスがアマゾネスの攻撃をまともなダメージとして食らったことが証明している。

 

「レ、レヴィス! いい所に来た、時間を稼げ! 完全回復すれば、お前を助けてやる!」

「…………茶番だな」

 

 そう言って、レヴィスはオリヴァスの胸に手を突き刺した。

 

「「「!?」」」

「な、あ──?」

 

 言葉を失う冒険者達。

 レヴィスは生々しい音を立て血液の溢れる胸の穴へと手を沈めていく。

 

「レ、レヴィスッ! 何を!?」

「より力が必要になった、それだけだ」

 

 淡々と、冷酷に返される言葉。その声色に偽りなく、瞳もまた酷く冷たい。

 

「モンスター共では幾ら()()()()大した血肉(たし)にならん」

「まさか、よせ!? 私はお前と同じ『彼女』に選ばれた人間!!」 

 

 何をするのか察したオリヴァスが目を見開き慌てる。

 

「選ばれた? お前はアレが女神にでも見えているのか? アレがそんな崇高なものであるはずが無いだろう。お前も、そして私も、アレの触手にすぎん」

 

 くだらなそうに鼻を鳴らすレヴィス。

 両手を失っているオリヴァスに出来る事など、何もない。

 

「た、たった一人の同胞を殺す気か!? 私がいなければ、『彼女』を守る事は!?」

 

 レヴィスはオリヴァスの言葉に耳を貸さず、乱暴に手を抜く。

 

「………魔石?」

 

 そう呟いたのは、果たして誰か。レヴィスの手には絵の具を塗りたくったかのような極彩色の『魔石』が握られていた。

 オリヴァスの体が、まるで魔石を抜き取られたモンスターの様に灰へと崩れますます驚愕の視線が集まる。そんな中、真っ先に動いたのはフィンだ。

 人の体から魔石が出たのも、抜き出された人間が灰へと還るのも理解の外。ただ、発言からしてオリヴァスとレヴィスはただの仲間と言うだけでなく、()()。それが、魔石を持つ。

 行動はたしかに迅速だが、しかし遅かった。バキリと魔石がかみ砕かれる。かつて無いほど、親指が疼く。

 反応できたわけではない。長年の勘に従い咄嗟に槍の柄を顔の前に持っていき、槍の柄が圧し折られ拳がフィンの顔にめり込む。

 

「────!!」

「団長!?」

 

 廃材も建物も関係なく破壊しながら吹き飛ぶフィン。

 それはあり得ない光景。否、()()()()()()()()()光景。

 【ロキ・ファミリア】の要であるフィン・ディムナ。この場に置いて、心の支えの一柱。優勢に立っていた冒険者達が、凍り付く。

 アイズ、リヴェリア、ティオナ、ティオネはもちろん、フィルヴィスやアリーゼ達他派閥までもが………。そのような隙を、怪物は見逃さない。怪物らしく、人の命を奪うため、人間らしく、合理的判断で、怪人は最大火力の魔導師を狙う………

 

「────っ!?」

「リヴェリア!!」

 

 リヴェリアが正気に戻り、アイズが慌てて駆けだそうとするが、凍りついていた体は直ぐに本来の速度を取り戻してくれない。彼女達では、間に合わない

 

「【アルクス・レイ】」

「───!?」

 

 だから、唯一凍り付いて居なかった()()の魔法が間に合う。その弱さ故に、レヴィスの意識の外にあった存在、レフィーヤの放った魔法。威力は、驚異ではない。だが、速度が落ちる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

「チッ──」

 

 狙いは地面。足を浮かせ、強制的に吹き飛ばす。

 距離を取らされたレヴィスから魔導師達を守るようにティオネとティオナがフィルヴィスとリヴェリアの前に移動する。

 それでも、要のフィンがやられた動揺は抜けきらない。

 

「………あの鐘の音が、聞こえますか」

 

 そんな彼女達に、レフィーヤが言う。

 

「まだ、あのヒューマンが、ベル・クラネルが、駆け出しが戦ってるんです! だから、諦めないでください!!」

 

 鐘の音が響く。階層全体に、美しい鐘の音が。

 冒険者達の誰かが吠えた。それに呼応する様に、あちらこちらで咆哮が上がる。先の英雄の一撃をもう一度放てるようになったわけではない、ただの気合、根性論。だが、また押し返し始める。

 レヴィスは()()()()()()()レフィーヤを睨む。冒険者達の反撃の狼煙となったあの一撃を、まだ放っていない。つまりこの場で警戒すべきはリヴェリアの魔法だけでなく、レフィーヤの魔法も加わった。

 面倒な、と舌打ちする。

 策を弄するのはこの状況からして不可能。手駒も殆ど残っておらず、冒険者にやられるのは時間の問題。

 故に、取る方法は一つ………希望も、勝算も、蛮勇も、全て力でねじ伏せる。




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怪物

 人の姿をした怪物。まさにそう呼ぶに相応しき、圧倒的な暴力の体現。

 圧倒的な膂力は第一級冒険者であるティオネ達ですら、まともに喰らえば命を落としかねない。

 

「おおおおらあああ! このクソアマ! 良くも団長をおぉぉぉ!!」

 

 だがそんなことなど無視して殴りかかるティオネ。

 文字通り怒りを力に変えるスキルを持って、愛しい人を傷つけたレヴィスに迫る。

 

「チッ!」

 

 流石に無視できぬと舌打ちに対応するレヴィス。

 今のティオネならば、レヴィスにダメージを与えうる存在となった。だが怒りで我を忘れ防御するということが頭から抜けている。

 

「ほんと、世話が焼ける!」

 

 それをサポートするのはティオナ。大双刃(ウルガ)を振るいレヴィスの猛攻を迎え撃つ。

 

「いったあ〜! これ絶対ガレスとかオッタルぐらいあるって!」

 

 ビリビリと痺れる腕。それでも直接受けるよりはマシだ。レヴィスの攻撃を防ぎ、ティオネがその隙を逃さず襲いかかる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

「【燃え盛れ(アルガ)】!」

 

 さらにアイズとアリーゼの付与魔法を施した剣が迫る。アイズの風で火力の上がった炎がレヴィスの剣を砕く。

 

「よしよぉし! これはいけるわね! 別に倒してしまっても構わないんでしょう!?」

「相変わらず調子づきやすい方でありますねえ、我等が団長殿は」

「剣から拳一つに変わってもあたしら殺せる存在だってのは変わってねえからな?」

 

 呆れたように笑う輝夜とライラ。しかしそれが自分達を鼓舞するためのものであるとわかっているので、笑う。

 その様子を苛立たしげに睨みつけるレヴィス。

 

「くだらん。希望だ絆だと………そんなものに縋り現実から目を逸らす。醜悪に過ぎる、見るに耐えん」

「あらぁ、しかしこの人数、無手でわたくし達に勝てるおつもりで?」

「強がりはよせよ。虚勢を張り、敵を蔑み、策を弄するなど通じるのは僅かな格上のみ。そんなもの全て、捻じ伏せる相手には意味はない」

「────っ!!」

 

 輝夜の挑発をあっさり受け流す。と、冒険者も闇派閥(イヴィルス)の生き残りも不意に困惑したように止まる。

 地面が、震える。何かが、巨大な何かが迫る。

 

「………は?」

「嘘、だろ……?」

 

 19階層の入り口から姿を表した巨大な蛇。いな、蛇の如き体躯の植物型モンスター。

 極彩色の毒々しい花弁(かべん)を見せつけ、リヴィラに迫る。

 

「っ! 避けろぉ!」

 

 リヴェリアの叫びに蜘蛛の子を散らすようにかける冒険者達。街の一角に巨大な体が叩きつけられ砂埃と瓦礫が舞う。

 

巨大花(ヴィスクム)まで寄こすか。そうとう、あのガキを手に入れたいらしい」

 

 レヴィスは巨大花の体に触れるとその身に腕を沈める。抜かれた時には、先程まで存在していなかったものが握られていた。

 生物から切り取った血肉をそのまま鋳型に流し込んだかのような、紛れもない()()

 再び武器を得たレヴィスは付着した赤い液体を振い落し巨大花の突撃から逃れるために散った冒険者達を見据える。

 

「潰えろ冒険者。未来も希望も、ここで全て磨り潰す」

「っ!!」

 

 振るわれる長剣。

 ただの一撃でアリーゼを吹き飛ばす。踏ん張ることも叶わず飛ばされたアリーゼだったがリューが受け止め、レヴィスの追撃に左右に分かれて回避すれば地面が砕ける。

 

「この!」

「遅い」

 

 反撃しようとしたアリーゼだったが、レヴィスの蹴りが腹にめり込み吹き飛ばされる。リューがアリーゼに攻撃した隙きを着こうとするもあっさり防がれ、剣の一振りで発生させた衝撃波で輝夜ごと吹き飛ばした。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ】」

「……お前が一番邪魔だな」

 

 魔砲砲台(リヴェリア)の詠唱にレヴィスは狙いを彼女に決める。リヴェリアは並行詠唱、呪文を唱えながら別の行動をするという高等技術を修得していようと後衛。明らかなLv.6級(かくうえ)と渡り合えるはずもない。

 

「【黄昏を前に渦を巻】──がっ!?」

 

 回避に専念したとしてもその関係は変わらず、回し蹴りが脇腹に食い込み呪文の代わりにゴボリと血が溢れる。

 水晶に激突したリヴェリアは練っていた魔力の制御を失い内から爆ぜる。

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)、愚か者の火を意味する、魔力制御を誤った際起こる現象。都市最強の魔道士の暴発ともなれば水晶の柱も周りの建物も纏めて消し飛ばす。土煙が舞う中飛び出してくる複数の影。

 

「良くもリヴェリア様を!」

「不敬者が!」

 

 エルフ達だ。敬愛する王族を傷付けられ、エルフの戦士、魔道士、弓使いが迫る。

 

「くだらん。傷つけられるのが嫌なら、閉じ込めておけ」

 

 リヴィラにいる時点で全員Lv.2以上。Lv.3も混じっているというのに、歯牙にもかけないレヴィス。軽く腕を振るい吹き飛ばし、Lv.4(リュー)の魔法を剣を振るっただけで弾く。

 

「【閉ざされる光。凍てつく大地】」

「なに?」

 

 と、リヴェリアの魔力に隠れていた彼女に劣るも膨大な魔力。振り返った先には、白い光を纏ったレフィーヤ。

 

「ちい!」

「【吹雪け、三度の厳冬。我が名はアールヴ】!!」

 

 それはリヴェリアが放とうとしていた魔法。詠唱は完成した。放たれるは都市最強、魔法種族(マジックユーザー)たるエルフの王族の魔法。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 あらゆるものを凍らせる純白の光彩。英雄を導く鐘(アルゴノゥト)により強化された一撃はリヴェリアの魔法にも劣らぬ威力となって放たれた。

 

「か、は………はぁ……っ! なに、これ…………」

 

 Lv.3がLv.5、それもエルフがハイエルフに匹敵する魔法を放った。その代償に相応しい消耗。

 体力と精神力(マインド)をごっそり持っていかれ、膝を付き酸素を必死に吸うレフィーヤ。

 

「でも、これ……で……────あ」

 

 不意にかかる影。顔を上げ、迫りくる巨大花の姿。思わず思考が停止し

 

「ぼーっとすんなエルフ!」

 

 ライラがレフィーヤを抱え、巨大花は誰も居なくなった場所を叩き潰す。

 

「良くやったわサウザンド! 後は私達に任せてなさい! ていうか任せて、このままじゃいいとこなしよ! ゴフゥ!」

「ああ! アリーゼ!」

「団長様、せめてポーションで回復してから言ってください」

 

 吐血したアリーゼにポーションを渡す輝夜。

 飲み干し回復したアリーゼは鎌首もたげる巨大花に相対する。

 

「行くわよ皆!」

「「「応!!」」」

「────!!」

 

 声帯はなく、吠えることのない巨大花は目はないがおそらくベルを見た後目の前のアリーゼ達を邪魔だと言わんばかりに身を揺する。

 

「先の発言を思い出す限り、敵の狙いは剣姫とクラネルさんです」

「あの兎さんの鐘の音は鼓舞になっておりますからねえ、渡すわけにはいきません」

「それを抜きにしてもアストレア様が悲しむしね! 私達の弟は私達が守るのよ!」

「何時から兎がアタシ等の弟になったんだよ」

 

 と、話し込む【アストレア・ファミリア】に向かって巨大花が無数の蔓を振るう。その隙間を縫い加速していくリューが木刀で殴りつける。

 精神力(マインド)を消費し『力』を高める『精神装填』(マインド・ロード)、速度が上昇すればするほど攻撃力に補正が入る『疾風奮迅(エアロ・マナ)』を持つリューの攻撃に仰反る巨大花だったが、ダメージは対してないように見える。

 

「やっぱこいつも打撃に耐性があるみてえだな。輝夜! アリーゼ」

「解ってる!」

「任せろ!」

 

 と、輝夜が巨大花の身に一線。傷を刻みつける。

 

【炎華】(アルヴァリア)!」

 

 その傷口を広げるような爆炎。巨大花の身大きく抉り取りながら、内部をかける炎が内から焼き尽くす。魔石も焼いたのか、灰になって崩れ落ちた。

 

「やった!」

「油断しちゃだめよみんな。まだ変なサソリ型と闇派閥(イヴィルス)、極彩色のモンスターも……?」

 

 ガリ、と何かが噛み砕かれる音を聞いた。アリーゼは一つの小屋をじっと見つめる。

 

「ねえライラ、彼処って何だったかしら……?」

「ああ? 確か、魔石保管庫………っ!?」

 

 アリーゼの問いに何故今そんなことを、と疑問に思いながらも応えたライラは顔色を変えて氷河の如き氷を見る。大気の水分が凍りついてできた霧が晴れ始め、氷漬けの()()が見える。

 

「リオン! 今すぐあそこをふっ飛ばせ!」

「え? あ、はい!」

 

 困惑しながらも信頼しているのか、詠唱を完成させ魔法を放つ。

 

「【ルミナス・ウィンド】!!」

 

 放たれる風の暴威。エルフの戦士が放つその一撃を受け小屋は吹き飛ばされる。

 土煙の中から現れる人影は、しかし立っていた。

 

「チッ、この足ではろくに動けん」

 

 そう愚痴をこぼし地面を踏みしめる足は、人のものではなかった。緑の皮膚をした、食人花を思わせるもの。

 

「まあ、お前達を潰した後治せばいい」

「ちょっとちょっと……どんだけ化物なのよ」

 

 

 

 

「……………」

「っ……フィンか」

 

 ボロボロとなったリヴェリアの側に人影がさす。小柄なそれは、フィンだった。

 

「何か指示でも、出したらどうだ……」

 

 ゆっくりと身体を起こすリヴェリアの言葉にフィンは布を巻いている顔の下半分を指差す。

 

「ああ、成程………」

 

 リヴェリアはポーチから万能薬(エリクサー)を取り出し渡す。

 

「厄介なものだね、ルックスも利用して名を売りすぎたせいで、顔に大きな傷を残せば指揮にもやる気にも関わる」

「己そのものを利用すると決めたお前の責任だ」

 

 リヴェリアはそう言いながら立ち上がる。

 

「魔力操作を切り捨てれば、かわせたろう?」

「だがレフィーヤの魔法が間に合わなかったもしれん。無理やり底上げした能力値(アビリティ)、右足に比べ筋力に劣る左足。十分な成果だ………」

「身を張るね」

「弟子があれだけ啖呵を切ったんだ、師である私が我が身可愛さに臆するわけにはいかん。お前はどうだ、団長」

「無論、団員にばかり負担をかけさせるつもりはないよ」



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冒険者のあがき

 レヴィスはアイズへと迫る。

 理由は不明だがアイズ……否、アリアを狙っている。厳密には、アイズはアリアの縁者だが。

 

「鬱陶しい風だ」

「───っ!」

 

 攻防一体の母の風(エアリアル)を持ってしても、レヴィスの猛攻を凌ぐのがやっと。魔力が尽きれば、一瞬でも気を抜けば、その瞬間押し切られる。

 

「私と同じ髪や目なのに強さ全然違うのね、嫌になっちゃう!」

「今は巫山戯る暇……いや、軽口でも叩かんとやってられぬか」

 

 アリーゼ達も手伝ってくれているが、勝ち目は薄い。

 

「怪物め!」

 

 リューが忌々しげに叫ぶ中、レヴィスはベルとグレンデル、女性型ヴィルガを見る。ヴィルガは、『彼女』の分身の器。まだ成ってはいないはいえ、その性質を強く引き継ぎベルを溶かそうとはしていないが、グレンデルの猛攻で各所から腐食液が溢れている。何時ベルに当たるか………。

 

「っ!」

 

 ライラがその首にカルニボアを叩きつけるも、薄皮を僅かに斬っただけ。蚊虻(ぶんぼう)でも見るかのような瞳を向け、片腕で払う。

 

「くそ! 不意もつけねえのかよ!」

 

 異常なまでの『耐久』。冒険者などは恩恵による耐久値から最低限の鎧しか纏わないが、鎧すら纏っていないレヴィスはそれを優に超える。Lv.2のライラでは血の一滴流すことすら出来ない。

 

「まったく何時の時代も、お前達冒険者は煩わしい。地上で満足していれば良いものを………わざわざ地の底に潜らずとも、屍を晒したいなら己の首を掻き毟れ」

「生憎だけど、死ぬつもりで来たわけじゃないんでね」

「っ!」

 

 背後から響く声に反射的に振り返りながら蹴りを放つが思ったよりも低い相手に、しゃがんだだけで回避され隙だらけの緑の片足に短剣が振るわれる。

 

「チィ!」

 

 他の箇所に比べ脆い部分を傷つけられ、苛立ったように伸ばした足を振り下ろそうとすれば杖の石突が頬にめり込む。

 

「っ!!」

「やはり大してきかんな……」

「だが、十分だ」

 

 片足を振り上げた状態で、軸足も斬られた状態では後衛の一撃とはいえLv.5を喰らいバランスを保つなど不可能。体制が崩れたレヴィスの顔に拳がめり込む。

 

「リヴェリア様!」

「団長!」

 

 エルフ達やティオネに活力が戻る。

 

「さっきふっ飛ばされてたけど大丈夫なの、【勇者(ブレイバー)】?」

「それは君も同じだろう、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】」

「私は大丈夫よ! 内臓が潰れただけだもの! 回復したけど」

「僕も顎が砕かれただけだよ、回復もしたしね」

 

 お互い軽口を叩き合いながらレヴィスにそれぞれの獲物を構える。フィンは槍が折られたので短剣だが。

 

「お前達がどれだけ束になろうと、この街に勝ち目などない」

 

 数は減ってきたとはいえ闇派閥(イヴィルス)も食人花も黒い蠍、モンスターも健在。黒い蠍に至っては同族以外を無差別に襲い、食人花やモンスターと食い合って強化されて行く。

 

「生憎と、部下のはずの少女に発破をかけられてね」

「今も弟が頑張ってるもの、お姉ちゃんもかっこいいところ見せなきゃね!」

「団長と息合わせやがって殺す殺す殺す殺す!」

「後ろから殺気が!?」

「こんな時にまで発情しきった雌の脳とは流石はLv.5でございますねえ」

「ティオネのせいであたしも変わってると思われちゃってるじゃん!」

「軽口叩いてんじゃねえ」

 

 二級、一級冒険者様方は気楽で羨ましい、と戯けるライラ。そんな彼女達にレヴィスが迫り、フィンが素早く懐に入り込み腹に短剣を振るう。

 年最大派閥の一級装備にLv.5の膂力にて放たれる斬撃はレヴィスの腹に傷をつけ、隙きを逃さぬと前衛達が迫る。

 

 

 

 

「レフィーヤ、立てるか?」

 

 リヴェリアは肩で息をするレフィーヤに声をかける。溜めた時間に対して力が増し、発動した力に応じて体力も精神力も持っていくベルの『英雄決意(アルゴノゥト)』。

 それを一番強い威力で使ったレフィーヤは当然一番疲労が深い。それでも……

 

「……………」

 

 鐘の音が聞こえる。

 女性型の嬌声と巨人竜の咆哮。それに負けぬ、階層に響く大鐘楼。

 

「やれ、ます………やって、やります!」

 

 レフィーヤは杖を付きながら体を無理やり起こす。リヴェリアは微笑み、レヴィスに目を向けた。

 

「【疾風】、私達の炎を助ける風を貸してくれ」

「は、はい!」

 

 リヴェリアの言葉にリューは頷き3人のエルフが詠唱を開始する。

 

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」

「【間もなく焔は放たれる】」

「【今は遠き森の空、無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

 

 

「チッ」

「させない!」

「大人しくしてなさい!」

 

 詠唱の邪魔をしようと駆け出すレヴィスをティオナの大双刃(ウルガ)で足止めしティオネが追撃。二人共ダメージを追ってるだろうに、力はむしろ増している。

 

 

「【押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」

「【忍び寄る戦火 免れぬ破滅】」

「【愚かな我が声に応じ 今一度星火の加護を】」

 

 

「邪魔だあ!」

「【燃え盛れ(アルガ)】!!」

「【吹き荒べ(テンペスト)!!」

 

 女戦士(アマゾネス)の姉妹を剛腕で吹き飛ばした怪物に炎と風を纏いし乙女が迫る。互いの魔法を強化し合うように溶け合わせ生まれた炎熱の風は怪物の身を焼き、剣を熱しビキリと罅を刻む。

 

 

「【同胞の声に応え矢を番えよ】」

「【開戦の角笛は高らかに鳴り響き 暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 

「このまま、押し切る!」

「ああああ!!」

 

 アイズとアリーゼの猛攻にレヴィスが顔を顰める。

 バキンッと剣が半ばで砕け、その破片を掴みアリーゼに投げつける。

 

「っ!?」

「後ろが留守だ、ぶぁ〜かめ!」

「油断してんじゃねえよ!」

 

 背後から輝夜の斬撃。浅いが小さくない傷にライラが小瓶と短刀を投げつける。

 砕け、飛び散った液体が空気に反応し燃え上がり、空気が膨張し熱波がレヴィスを包む。第一級冒険者でもただではすまぬ連携。しかし、怪物は止まらない。

 猛火の中から飛び出した手が、ライラの首を掴む。

 

「【帯びよ炎 森の灯火】」 

「【至れ紅蓮の炎 無慈悲の猛火】」

「【来たれさすらう風流浪の旅人(ともがら)】」

 

 

 冒険者の首など軽く握りつぶせるもその馬鹿げた握力がミシリと音を立てると同時に、ライラが折れた槍をレヴィスの腕に突き刺した。

 

「っ!?」

 

 傷口を狙ったとはいえライラの武器では本来傷つけることは不可能。だが、それは第一級冒険者であるフィンの装備。深く深く食い込み、レヴィスの握力を奪う。

 それでも首を圧迫する力は強く、抜け出せない。レヴィスはライラを地面に叩きつけようとして……

 

 

「【打ち放て 妖精の火矢】」

「【汝は業火の化身なり ことごとくを一掃し 大いなる戦乱に幕引きを】」

「【空を渡り荒野を駆け何者よりも疾く奔れ】」

 

 

「あああ!」

「ぐ!」

 

 フィルヴィスの蹴りが折れた槍に当たり更に深く食い込ませ、握力がなくなりライラがレヴィスの頭を蹴りつけ距離を取る。

 忌々しげに睨んだレヴィスが地面を蹴ると大地がひび割れアリーゼ達がバランスを崩しレヴィスが襲いかかる。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

「【ヘル・フィネガス】!!」

 

 フィンも判断能力を無くした獣と化して怪物に迎え撃つ。間もなく詠唱は完了する。今必要なのは指揮官ではない。

 目の前の怪物を、致死の暴虐を相手に一秒でも時間を稼ぐ。限界を、超えて!

 

「がああああああああ!!」

「おおおおお!!」

「ぐぅ!」

 

 【アストレア・ファミリア】が、フィンが、アイズが、女戦士(アマゾネス)の姉妹が、フィルヴィスが己の限界を超え起こす猛攻の嵐に怪物の顔に焦燥が浮かぶ。

 傷は冒険者達の方が多い。数で勝ってこようと、総合的な強さは自分が上の筈。なのに、押しきれないどころか、押されている。

 

「────!?」

 

 と、一際巨大な鐘の音が階層を包み込んだ。続いて轟音。階層が震える程の衝撃に、思わず固まるレヴィス。壁に叩きつけられるような形で吹き飛ばされた巨人竜の姿が一瞬映り、直ぐに視線を戻した冒険者達に目を向ければ、笑みを浮かべていた。

 

 

「【雨の如く降り注ぎ 蛮族共を焼き払え】」

「【焼き尽くせ、スルトの剣 我が名はアールヴ】」

「【星屑の光を宿して敵を討て】」

 

 

 ここに来て、速度が、威力が増す。まるであの光景に負けてられぬというように。

 フィンが己の足をも砕くほどの力でレヴィスの急造の足を蹴りつける。急造では耐久力も劣り、折れるどころが爆ぜる。片足が折れたフィンをライラが抱き抱え駆ける。

 

「【燃え盛れ(アルガ)】!【燃え盛れ(アルガ)】!【燃え盛れ(アルガ)】! ────【全開炎力(アルヴァーナ)】!!」

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 業火の暴風がレヴィスを地面に叩きつける。リヴィラの一角が吹き飛ぶ衝撃に、怪物も動きを止める。

 妖精達の詠唱(うた)唱え終わった(完結した)。後は放たれるだけ。

 

「づ、あああ!!」

 

 冒険者達が一定の距離にいる間は放てない。その僅かな猶予に、レヴィスは瓦礫をリヴェリアに投げつける。

 

「ぐっ!?」

 

 腹に走る衝撃。ブチブチとうちから聞こえる悍ましい音。腹の中に熱した鉄球でも入れられたかのような灼熱の鈍痛。

 リヴェリアが魔力操作を手放せば、暴走した魔力は距離を取って詠唱していたとはいえ同時に魔法を放つためにある程度の位置関係にいた二人を巻き込む大爆発を起こす。そうなれば、誰も魔法を放てない。

 

「──────!!」

 

 だからこそ、耐える。先程魔力の手綱を手放す事となった一撃以上の激痛を無視して、エルフの王族(リヴェリア・リヨス・アールヴ)は荒れ狂う魔力を押さえつける。

 

「【ヒュゼライド・ファラーリカ】!!」

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 放たれる火矢。立ち上る炎柱。その炎を巻き込む、風を纏った星光の流星。

 即座に退避を選択したレヴィスを飲み込まんと迫るはかいの奔流。リヴィラの街の一部が、文字通り消し飛んだ。

 

 

 

 

 

「やった、のか?」

「少なくとも、この場には居ないね。そして、それで今は十分だ」

 

 最強戦力を飲み込んだ破壊を見て同様した闇派閥(イヴィルス)達に同様が広がり、制御が失われた極彩色のモンスターに襲われ他のモンスターを巻き込んで爆発していく。それでもまだそれなりの数が居る。

 

「行けるな、みんな」

「はい団長!」

「もちろん!」

「行ける」

 

 【ロキ・ファミリア】が残党狩りにかける。

 

「私達も行くわよ! あははは! 今なら何でもできる気がする!?」

「おいこいつ血ぃ流しすぎてハイになってるぞ」

「仕方のない団長様ですねえ。とはいえ、冒険者の士気が上がり奴等に動揺が走った。畳み掛ける」

「わかっています」

 

 【アストレア・ファミリア】も駆け出す。

 

「…………都市最強に、都市最良か……まさか私のような者が一時でも轡を並べるとは………」

 

 フィルヴィスは一人残り、何処か皮肉げに呟く。巨人竜が吹き飛ばされた方向を見れば、丁度灰に還る姿が見えた。

 

「って、クラネル!?」

 

 巨人竜を撃退したであろう冒険者を思い出し慌てて森へと走るフィルヴィス。すぐに見つけた。

 グリーに覆いかぶされ、守られているベル・クラネル。片腕を失い血と泥に塗れた皮膚の一部は焼け焦げ、腐食している。肩で息をするベルはフィルヴィスの気配に気づいたのかゆっくり顔を上げた。

 

「っ………あ、フィル……ヴィスさん………よか、った……無事なんです、ね」

「っ……お前…………お前は、そんな状態で何故私を、私なんかを心配する……!」

 

 その笑みにフィルヴィスは目を逸らし叫ぶ。その視線が、その思いが、執拗なまでに己の胸を抉る。

 

「………お前は、自分が大切じゃないのか?」

「大切、ですよ………お母さんが、産んでくれて、お父さんが、守ってくれて……お祖父ちゃんと、おじさんと…お義母さんが、育ててくれた。死んだら、泣かせしまう人も、居ます………」

「ならば……!」

「だから、助けに来てくれて………ありがとう、ございます」

「────!」

 

 ベルの礼にフィルヴィスは目を見費焼き息を呑む。

 

「………助けに来て、意味があるのか?」

「フィルヴィスさん?」

「私などが、助けにいって……それで、何が救える。何が出来る。何も出来るものか! 私は、私には何も………!!」

 

 胸の内を吐露するように叫ぶフィルヴィスの姿に、ベルは無理やり体を起こそうとし、グリーが手伝う。グリーの頭を撫でてやってからフィルヴィスの元まで歩いた。

 

「フィルヴィスさんは、やっぱり優しい人ですね…」

「………は?」

 

 手を優しく包み、微笑むベルにフィルヴィスは何を言ってるんだと言うような視線を向ける。

 

「僕も、似たような経験がありますから。助けたくて、守りたくて、何も出来なかった………ずっとずっと、弱いことを恨まれてるんじゃ、救えなかったことを怒ってるじゃと、思ってたこともあります」

「………………」

「実際そうかもしれませんよね」

 

 あはは、と笑うベルにフィルヴィスは思わず惚ける。

 

「でも、それは生きてる僕達にはわからないことです。僕達ができるのは、忘れないことと、思いを引き継ぐことだけです」

「忘れない……思いを、引き継ぐ? だが、もしその思いを引き継げなかったら」

「…………えっと、別に良いんじゃ」

「…………は?」

「僕は、お義母さんの願いを、引き継いだつもりです。でも……それを、誰よりも望まないのはお義母さんだから………」

 

 ベルはそう言って、どこか悲しそうな遠い目をする。

 

「人は、最後には自分で決めるしかないんです。生きている限り、死んでしまった人を救うなんて、できるわけがない。だから、フィルヴィスさんが死なせてしまった、救えなかったと嘆くなら……どうか、前を向いて歩いてください。生きて、生きて、生き続けて、その果にきっと救いがあるなんて言えませんけど………えっと、だから…………」

「…………お前は、向いてないな」

「…うぅ。で、でも……フィルヴィスさんは、噂されてるような人じゃ、ありませんから。今だって、心配して助けに、きて……」

「…………クラネル?」

「…………………」

 

 寝息が聞こえる。気絶したのだろう。相当頑張っていたし。

 

「…………ありがとう」

 

 その小さな呟きは、グリーだけが聞いていた。




次回はベルくんサイドのバトルシーン!
ベル君は今後も何度も大怪我します。

関係ないけど某聖女がうさぎ用の首輪を買う姿が目撃される未来も近い


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聖鐘楼の音

 グリーに乗り18階層の中空を駆けるベル。それを追いかける女性型に、この階層にてダンジョンにおける最大の異物である女性型を追うグレンデル。

 グレンデルまで誘えたのは僥倖だ。

 

「【祝福の禍根】──】」

 

 唱えるは愛しき義母(はは)より受け継ぎし魔法。魔力の膨張、女体型はもちろんグレンデルも反応する。

 

「グオオオオオオ!!」

「オオオオオオオ!!」

 

 撒き散らされる鱗粉。大気を揺るがす爆発が連続し、それを無傷に突っ込で来るグレンデルの爪が迫る。

 

「クアアァァ!」

 

 グリーの全速飛行で回避するも、ここに来て女性型が消化液を撒き散らす。飛沫のように広がるそれは、喰らえば全身が溶ける、というほどではないが、翼に当たれば飛行が難しくなる。

 

「【生誕の呪い。血縁(はんしん)喰らいし(わがみ)の原罪】」

 

 ベルは大嫌いな詠唱(うた)を唱えながら大剣を振るう。上級鍛冶師(ハイ・スミス)であるヴェルフ製の一品。もちろん第一級装備には見劣りするも、決して鈍らなどではない。

 それでも不懐属性(デュランダル)が付与されていない大剣は嫌な音を立てながら形が歪む。

 

「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ(わたし)の罪】」

 

「キュウ!?」

 

 ベルが飛び降り、グリーは慌てたように叫ぶ。追おうとするもベルに視線で来るなと言われ、引き返す。それでもベルを助けられる位置にいる。

 本当にいい子だな、と苦笑しながらグレンデルの踏みつけを避ける。

 

「【神々の喇叭、精霊の竪琴】」

 

 ベルが地面に降りた以上、消化液を使わず直接捕まえようとする女体型。グレンデルが邪魔だと言わんばかりに殴りつけベルに向かって両拳を振り下ろす。

 

「【光の旋律、すなわち罪過の烙印】──っ!」

 

 魔力が暴れそうになる。

 地上で行った、囮の時とは違う。正真正銘必殺の一撃を放つための魔力。制御の難しさが比ではない。

 それでも、耐える。耐えて見せる!

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ──砕け散れ。私は貴方(おまえ)愛して(にくんで)いる】!」

 

「グオオオオオオ!!」

 

 グレンデルの一撃により宙に舞った瓦礫を足場に跳ねて移動していたベルにグレンデルが瓦礫を吹き飛ばしながら迫ってくる。

 大剣で無理矢理そらそうとするも片腕では力もろくに入らず吹き飛ばされる。

 

「〜〜〜っ!! 【代償はここに】」

 

 直ぐにでも弾けそうな魔力を無理やり抑え、周囲の鱗粉が逃げ場がないほど撒き散らされる。

 

「ゴアアアアアア!!」

 

 更に放たれる、グレンデルの火炎。炎がベルを包み込む。

 

「オオオオオオ!!」

「……………」

 

 勝利を確信したように吠えるグレンデル。対して女性型はジッと爆炎を見つめる。炎を突き破り、毛並みが焼き焦げたグリーとその背に乗ったベルが姿を表す。

 

「【罪の証を持って万物(すべて)を滅す】!」

 

 ベルもまた、火傷を負いながらも詠唱を続ける。

 

「アアアアアアアアアア!!」

「ガアアアアアア!!」

 

 己の必殺を回避され苛立ったように吠えるグレンデルと、嬌声をあげる女性型。再び己の技を放とうとして……

 

「──【()け、聖鐘楼】!!」

 

 詠唱が完結した。

 漆黒の怪物。世界に絶望を振りまいた3匹の怪物、海の支配者を討ち滅ぼした魔法が、担い手がこの世を去った最強の魔法が今再びこの世に顕現する。

 

「【ジェノス・アンジェラス】!!」

 

 美しい鐘の音は海の王を滅ぼした滅界の咆哮。本家に劣るそれは、しかし鱗粉も炎も等しく吹き飛ばす。

 女性型が潰れ、魔石は圧壊し灰が飛び散り。より強靭なグレンデルは原型こそ保ったものの、壁に叩きつけられ鱗の殆どが砕けた。

 

「オ、ア………グルアアアアアアア!!」

「っ………ああああ!!」

 

 傷を再生させながら吠えるグレンデルに負けじと叫びながら駆け出すベル。『英雄決意(アルゴノゥト)』の副作用で今すぐ倒れてしまいたい程の虚脱感を無視して、無理やり動く。

 

「【ブロンテー】!!」

 

 巨人の竜は、己の血で歪んだ視界で確かに見た。自らに迫る雷を。喉を膨らませ吐き出した炎。しかし突き破り現れる雷に、拳を振るう。

 雷は森へと落ち轟音を響かせる。

 すぐに追撃するため、全身を回復させようとするグレンデルは、土煙の奥からその声を確かに聞いた。

 

「まだ、だああ!!」

 

 胸に突き刺さる折れた大剣の一部。魔石(しんぞう)には、届いて居ない。最期の抵抗? 否だ、あの()に一切の油断はできない。その死を確認するまで………!

 

「ああああああ!」

 

 土煙から飛び出してきたベルが突き刺さった大剣を蹴りつける。僅かに沈む。

 

「グル、グウウウウウ!!」

「つぅ、あああああ!!」

 

 胸に力を入れ、筋力で押し止め再生能力で押し出そうとしながら片腕を持ち上げるグレンデルに対してベルは大剣に拳を叩き込む。砕けた断面が皮膚を裂き、鉄の高度が骨を砕く。それでも……

 

「もう、一発!」

「────!!」

 

 雷がベルから大剣に移動し、グレンデルの内部を駆け巡る。筋肉はむしろ硬直したがベルは構わず拳を叩き込んだ。

 欠片が体内に沈みベルの腕も傷口に飲み込まれ、グレンデルの筋力に潰される。それでも、グレンデルの体が灰へと還っていく。

 

「………は、ふぅ…………」

 

 重力に従い森に落ちるベル。

 舞い散る灰に混ざり、グレンデルの鱗が近くに落ちた。しばらくしてグリーもやってくる。

 

「クルルル……」

「あはは、無理してごめん。グリーも、よく頑張ったね」

 

 無茶したことに対して、嘴でツンツンつつきながら抗議してくるグリーの顎を撫でやると仕方ないというようにノソリと移動する。

 気配が近づいてくる。これは、モンスターではない。人の、気配………

 

 

 

 

 

「……………」

 

 全身に大きな火傷を負い、所々炭化した女を男はじっと見つめる。

 

「死んだ? なら、誰かメス持ってきて。早速解剖してみよう」

「は? いや、ですが………」

「『研究』完成させたいならさあ、ここに丁度いい被検体があるんだから利用しない手はないでしょ、ほら早くしてよ」

 

 男の言葉に戸惑う部下に面倒くさそうに命ずる。と、女が目を覚まし身体を起こす。

 

「って、なんだ生きてたの」

「………貴様らが保管している魔石を寄越せ」

「起き抜けに命令とか………ま、死なれるよりはマシと思うかな。どうせ灰に変えるんだろうし、持ってきてあげなよ」

「解りました」

 

 そう言って去っていく部下を無視して男はこの場に興味を失ったとでも言うように出ていった。入れ替わるように、別の気配が現れる。

 

「派手にやられたな」

 

 漆黒のローブに、仮面をつけた男か女かもわからぬその人物に女、レヴィスは目を細める。

 

「アリアを見つけた」

「把握している。【ロキ・ファミリア】の剣姫だ………だが、一つわからない。あの男は何者だ、なぜ『彼女』は彼処まで固執した」

「知らんし、どうでもいいことだ。騒がれるのも煩わしい、奴の元に持っていけば大人しく黙るだろう」

「…………………」

 

 

 

 

 

「精霊が好きなもの、ですか?」

 

 これといった特徴のない、印象薄い男は己の神から投げかけられた言葉を反芻する。

 

「ああ、なんだと思う?」

「………それは、やはりエルフなのでは?」

「はは。はずれだ、それは傲慢なエルフ共が勝手に勘違いして広めた間違いだ。精霊がエルフを思うのなら、ラキアがエルフの森を焼いた時点で行動してるだろ?」

 

 だが精霊達は自分達の住処が焼かれるまで行動しなかった。数多の里が、エルフが焼かれようとも。

 

「なら、自然?」

「それもそうだが、そうだな。奴等の存在意義みたいなものだ………」

「…………申し訳ありません。浅識の身では、神の問いかけに答えることなど」

「まあ不正解でもガス吹き掛けたりはしないさ。答えは、英雄だよ」

「ああ、なるほど。確かに彼等彼女等の力となっていますね」

「特に古代の英雄、自らの殻を破った者達は精霊達からすれば垂涎ものだろう」

 

 クック、と笑う主神の神意を図りきれず戸惑う男。一つ言えることがあるとすれば、自分にとって輝かしい英雄は一人だけということだ。

 

「古代の英雄がどれほどのものであれ、今を生きる私には関係のないことでしょう」

「どうかな。お前の英雄も、さぞ精霊にモテると思うぞ。それこそ面倒事になる程度には、な………」

 

 暗い暗い地の底にて、薄暗い闇の中でなおドス黒い気配を纏う神はそう、楽しそうに微笑んだ。




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