君色の栄冠 (フィッシュ)
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設定集(至誠)

多分キャラが多すぎて混乱すると思うので


至誠(しせい)高校

 

神奈川県横浜市に位置する私立高校。

校則が緩く染髪、髪型自由で私服登校やアクセサリー着用も許可されている。

普通科と体育科に分かれており、普通科の偏差値は45、体育科の偏差値は40。

学業、スポーツ優秀者を推薦で獲得しており、推薦を受けた者は学費全額免除。審査は年に1度。

 

校則の緩さと明るい雰囲気で中学生からの人気はあるが、保護者からの評判は良くない。

特にプロのアスリートを目指している家庭からはやる気のない高校だと思われている。

 

普通科は2年次に文理選択があり1組から4組までが文系、5組から7組が理系となっている。

体育科は成績順でクラスが決められておりA組が最高クラス、D組が最低クラス。

 

 

 

浜矢 伊吹(はまや いぶき) 神奈川県出身 1年2組

 

本作の主人公。投手兼右翼手/右投右打。162cm50kg。12月22日生まれ。

青色で肩につかない程度のショートカット。

青色でつり目寄りの普通の目。

類稀な野球の才能と持ち前の運動神経で凄まじい上達を見せる初心者。

投手としては速球派だがコントロールは悪い。

野手としてはライナーの処理は上手いがフライの処理は下手。

 

片親で裕福ではない家庭なので、親を助ける為にプロ入りし多額の契約金を手にする事を夢見る。

テンションは高いが決して頭は悪くない。

 

 

鈴井 美希(すずい みき) 神奈川県出身 1年2組

 

第二の主人公。遊撃手/右投右打。

160cm52kg。6月22日生まれ。

長い茶髪を下の方で纏めている。琥珀色の猫目。

高い守備能力とミート力が売りの大型遊撃手。

野球脳も高くサイン無しでも自分で考えてプレーする事ができる。

少し毒舌な所もあるが仲間想いの優しい子。

 

成績優秀、容姿端麗で学内での人気も高い。

今のポジションは遊撃手だが、何やら秘密があるらしい。

 

 

柳谷 真衣(やなぎや まい) 神奈川県出身 3年Bクラス

 

至誠を纏め上げるキャプテン。捕手/右投左打。168cm64kg。2月14日生まれ。

茶髪のミディアムヘア。

茶色でタレ目よりの普通の目。

走攻守三拍子揃った名選手で、高校No.1捕手としての呼び声も高い。

得点圏に滅法強く、チームでは4番を務める。

平均以上ではあるが、守備面では少し不安も残る。

進学理由は灰原監督がいるから。

監督からは至誠史上最強打者になれる逸材との評価を受けている。

 

 

中上 佳奈恵(なかがみ かなえ) 静岡県出身 3年Bクラス

 

至誠のエース。投手兼外野手/左投左打。165cm58kg。1月1日生まれ。

黒髪ストレートのミディアムヘア。

黒色のつり目。睫毛が1番長い。

投げられない変化球は無いと言われるが、実はフォークとナックルは投げられない。

多彩な変化球とコントロールを武器に三振の山を築く技巧派投手。

打撃面でも頼りになる先輩。

柳谷程ではないがプロからのスカウトも来ている。

 

 

糸賀 由美香(いとが ゆみか) 茨城県出身 3年Cクラス

 

至誠の斬り込み隊長。外野手/左投左打。172cm65kg。6月30日生まれ。

茶髪のふわふわショートカット。紫色のつり目。

高いミート力と走力を武器に斬り込み引っ掻き回す1番打者。

広い守備範囲と強肩の持ち主で守備でも活躍する。

実はホームランを打てる長打力も持っているが、打率重視の為に狙う事はほぼない。

柳谷、中上と同じくプロから注目されている。

 

 

金堂 神奈(こんどう かんな) 東京都出身 2年Bクラス

 

全国1のミート力を誇る。一塁手/右投右打。160cm55kg。11月26日生まれ。

緩いウェーブがかった茶髪のセミロング。

金色のタレ目。

体を投手に向ける独特なフォームから安打を次々と製造していく。

顔付近の球やワンバウンドした球でも難なく打ち返す。その反面パワーは無く、長打は打てない。

至誠の中で唯一の木製バット使い。

 

 

山田 沙也加(やまだ さやか) 山梨県出身 2年Dクラス

 

パワーの化物。三塁手/右投右打。

170cm66kg。5月5日生まれ。

黒髪の肩につかない程度のショートカット。

黒色のややタレ目。

アウトローの緩い球を流してスタンドインするパワーの持ち主。

三振が多く肩は強いが守備は苦手でエラーも多い。

ホームランを量産するが、鈍足でフェンス直撃の単打も量産しがち。

来年度の4番候補その1。

 

 

青羽 翼(あおば つばさ) 長野県出身 2年Cクラス

 

ロマン砲。左翼手兼投手/右投右打。

169cm65kg。10月19日生まれ。

金髪のベリーショート。

青色のつり目。部内で1番目つきが鋭い。

元ヤン疑惑があるがそんな事実は無い。

チーム内で山田に次ぐパワーの持ち主。

得点圏に強いが三振も多く守備も苦手。

山田の次に足が遅いが、高い走塁意識でカバーしている。来年度の4番候補その2。

 

 

菊池 悠河(きくち ゆうか) 神奈川県出身 2年Dクラス

 

守備職人。二塁手/右投右打。

156cm52kg。7月20日生まれ。

茶髪の肩にかからない程度のショートカット。

赤色のパッチリしたタレ目。

広い守備範囲と送球技術を武器に至誠の守備を支える職人。

足も速く小技も上手いので2番を打つ事が多い。

打撃は苦手意識があり、三振が多か得点圏にも弱い。明るい性格で後輩に慕わやすい。

 

 

千秋 美月(せんしゅう みづき) 神奈川県出身 1年3組

 

マネージャー。左投両打。

154cm46kg。10月22日生まれ。

茶髪のミディアムヘア。アホ毛で感情表現をする。

黄緑色のパッチリした普通の目。

広く深い野球知識でチームを支える戦略担当。

マッサージや料理だけではなくノックも打てる万能プレイヤー。

有名選手に会いたくて至誠に入学した。

中学時代は無名だった鈴井の隠れ大ファン。

 

 

灰原 麗衣(はいばら れい) 神奈川県出身 26歳

 

野球部監督。捕手兼三塁手/右投右打。168cm64kg。9月18日生まれ。

茶髪をハーフアップに纏めている。水色のつり目。

サングラスは日光に弱い体質の為つけている。

現役時代は高校No.1捕手としてドラ1でプロ入りし、新人賞も獲得した選手。

肩の怪我が打撃にも影響を及ぼしたのと、素行不良で5年目に戦力外通告を受ける。

ちょうど至誠で体罰が起きた後だったので、トライアウトを受けずそのまま至誠の監督に就任した。

 



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設定集(他校)

佐久間 玲(さくま れい) 静岡県出身 1年生 投手

 

蒼海大相模の1年生。右投右打。

165cm57kg。

黒髪ショートで茶色のつり目。

1年生ながら県内最速を誇るストレートが武器の速球派投手だが、絶望的にコントロールが悪い。

四死球を連発してランナーを溜め、そのテンポの悪さで守備の乱れを生んでしまう事も多々ある。

身長と目つきのせいで怖がられるが、実際は面倒見の良い性格。

 

1年生とは思えないフィジカルと打撃センスの持ち主で主に代打として出場。

予選では2本塁打を含む5安打6打点と大暴れ。脚も遅くは無く、将来性の高さを窺える。

投手としては7イニングで5四死球と制球の悪さが浮き出た。

県内最速を誇るストレートでこれからの活躍が期待されている。

 

 

飛鷹 涼風(ひだか すずか) 東京都出身 1年生 外野手

 

ディーバ学園のセンター。左投左打。

164cm59kg。3月14日生まれ。

黒髪ショートでワックスで髪を整えている。

青色で少しつり目。

1年生でスタメンを勝ち取りチームを全国まで導いた立役者。

打順は主に1番か3番を打つ事が多い。

走攻守三拍子揃った名選手であり、人徳もある。

バットで肩をトントンと叩くタイミングの取り方が特徴。

作中屈指の美形であり、性格も良し。

厨二病で痛い発言を多くするが、普通に喋れる。

 

予選では25打数8安打、1本塁打5打点の活躍。2盗塁も決め走力もアピールした。

 

 

斑鳩 雪凪(いかるが せつな) 奈良県出身 1年生 三塁手

 

ディーバ学園の4番打者。右投右打。

165cm60kg。9月10日生まれ。

茶髪のショートカットで普段は左目を隠している。

水色で少しつり目寄り。

同じく1年生でスタメンを勝ち取り、主に4番を打っていた。

守備走塁は課題が残るが、長打力は既に全国トップクラス。

チャンスにも強く何度もチームを助けてきた。

飛鷹と同レベルの美形で性格も良い。

常にクールを気取っているタイプの厨二病。

 

予選では24打数7安打、2本塁打7打点と大活躍。

しかし2失策と守備では精細さを欠いた。

 

 

大鷲 千晴(おおわし ちはる) 栃木県出身 1年生 投手/外野手

 

ディーバ学園の1年生エース。右投右打。

154cm49kg。12月1日生まれ。

茶髪のセミロングでインナーに赤を入れている。

赤色の垂れ目。ぱっちり二重。

1年生ながら1番を奪い取った投手。

豪快なフォームとは裏腹に制球重視の投球をし、ブレーキの効いたチェンジアップが武器。

心の中に妄想を溜め込むタイプの厨二病。

 

投手としては26イニングと1/3を投げ防御率2.39。

しかし被本塁打4と球質の軽さが露呈した。

打者としては11打数4安打、2打点と中々の活躍。

 

 

 

神田 翠嵐(かんだ すいらん) 東京都出身 1年生 投手/外野手

 

祥雲(しょううん)学院のエース。左投左打。

168cm62kg。12月28日生まれ。

黒髪の肩にかかるくらいのストレートヘア。

緑色で鋭い目つき。

姉は現役のプロ野球選手でレジェンドの神田朱里(じゅり)

制球、変化量、球威全てがハイレベル。

頭も容姿も良く、欠点が無いとメディアには言われているが、実際は他人を見下した発言を多くする。

 

投手としては28イニングを4失点、防御率1.55、奪三振43と素晴らしい成績を残した。

打者としても優秀で24打数9安打、2本塁打8打点と大暴れ。

盗塁も2個決め盗塁技術の高さも見せつけた。

 

 

孤塚 志黄(こづか しき) 東京都出身 1年生 捕手

 

祥雲学院の正捕手。右投右打。

160cm56kg。2月3日生まれ。

茶髪のふわっとしたセミロング。

黄色で優しい印象を与える垂れ目。

神田とは幼稚園からの幼馴染だが、ある時期から距離が遠くなった。

性格に難のある神田とは違い、優しい心の持ち主で神田のフォローをしている。

キャッチング力と肩は全国でもトップクラス。

 

予選では24打数5安打、1本塁打3打点とまずまずの成績。

しかし本塁打もマグレの当たりで、打率も2割を切らないギリギリのライン。

守備面では神田のキレのある変化球をガッチリと捕り失策0。



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シーズン1
第1球 はじまりの物語


ーー日本の高校野球。その歴史は100年前から紡がれてきた。

最高峰を目指す者、青春の一部とする者、地元の期待を背負い越境する者。

様々な思いを抱いた者が集まった高校野球。

グラウンドに汗や涙を流しながら、4千校余りの頂点を目指す。

 

 

そして此処ーー神奈川県横浜市に位置する至誠(しせい)高校に、新たな物語が紡がれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

(入学式って緊張するなぁ……。クラスに馴染めるといいな)

 

今日は高校の入学式。4月から晴れてこの至誠高校へ入学する事ができ、ワクワクが抑えきれない。

至誠といえば校則の緩さで県内でも有名だ。

髪型と髪色は自由、制服はあるが私服登校もOKと高校生にとって天国のような環境。

 

(まあ保護者ウケは悪いから入学者も減ってるんだけど……)

 

近所にこんな学校があって嬉しい。

見たところ新入生で既に髪を染めている人もいるみたいだし。

それより早くクラス分け見に行かなきゃな。

 

(確か校門を入って右に曲がって……あった。さてと、私のクラスはどこかな〜)

 

人混みの後ろから背伸びし自分の名前を見つけようとする。

こういう時自分の背の高さを誇らしく思う。

ちょうど人と人の間から私の名前が見えた。

浜矢伊吹(はまやいぶき)と書かれた部分から目線を上に上げると、2組と書かれていた。

 

(知ってる人はいなさそうだな。ま、その方が楽しいか)

 

校内の張り紙の指示に従い、これから1年間お世話になる自分のクラスへ辿り着く。

既に半分以上揃っているが、皆緊張してる様子。

私も自分の席を見つけて座る。

 

(流石に話しかける勇気は出ないな〜。明日の自己紹介終わってからでいいや)

 

 

しばらく経つと担任の先生がクラスに入ってくる。

 

「皆さん入学おめでとうございます。2組を担当する小林です」

 

黒髪ロングの美人な先生だ。結構若いけど新任ではなさそう。

それから先生は入学式の流れについて説明をする。

点呼があり、名前を呼ばれたら立って礼をするらしい。

 

体育館へ移動し、入学式が始まる。

校長特有の長い挨拶を船を漕ぎながらも何とか耐え、点呼がはじまる。

ここで名前や顔を出来るだけ覚えておこうと、呼ばれた生徒の顔をよく見る。

 

 

鈴井美希(すずいみき)さん」

「はい」

 

その人が立ち上がった瞬間、私の目は奪われた。

茶髪を下の方で結んだ超絶美人。

ちょっとキツそうな印象はあるけど、その程度で顔の良さは霞まない。

同じクラスになれてラッキーだ。

 

 

「浜矢伊吹さん」

「はいっ!」

 

やっと私の番が回ってくる。

大きな声を意識して返事をし、来賓と保護者に向け礼をして着席。

たったそれだけの事なのに、こんなに緊張するのは納得いかない。

 

 

 

長い長い入学式を終えて下校の時間。

部活体験も今日から行っていいらしく、皆どの部活に行こうか悩んでいるみたい。

私は部活に入る気はないし帰ろうとした。

すると目線の先に何か落ちているのを確認する。

 

(なんだこれ……って、生徒証じゃん! 誰だよ落としたの……あ)

 

そこには鈴井美希と書かれていた。

同じクラスの美人さんだ。これを機に仲良くなれるかも。

そう思った時、私は既に走り出していた。

少し走ると、視界に茶髪が入ってきた。

 

「鈴井さん!」

「……なんですか」

 

(結構警戒されてんな。知らない奴が走って追いかけてきたらそうなるか)

 

「これ、落ちてましたよ」

「あ……ありがとう、浜矢さん」

「へっ……なんで私の名前」

「同じクラスでしょ? 覚えてるよ」

 

記憶力は良い方だから、と付け加えられる。

いやいや、今日会ったばかりの奴の名前なんて普通覚えられるか?

まあ私も人のこと言えないけど。

 

 

「敬語はいいよ、同い年なんだし」

「うん、よろしく。鈴井さんは部活見学行くの?」

「うん、野球部」

「……マジ? 野球やるの?」

 

こんな美人で華奢な人が野球をやるとは思えない。

驚いていると、鈴井さんは更に驚く発言をした。

 

「推薦で入ってきたし」

「……へ? すい、せん?」

「うん、野球部へ推薦入部」

「え、ええええ!?」

 

(野球部に推薦!? ここって一応元強豪だろ? そんなとこから推薦ってことはかなり有名な選手なんじゃ……)

 

「伊吹ちゃん」

「ん? な、なに……?」

「一緒に行く? 野球部」

「…………行く」

 

私は名前で呼んで貰った事とか、見た目からは想像出来ないちゃん付けに気を取られかけたが、何とか返事をする。

一緒に野球したいというより、プレーしてる姿が見てみたい。

その後私も名前呼びの許可が降りたが、なんとなく名字呼びにした。

 

 

 

グラウンドへ向かって歩いている間に色々なことを話した。

家までの距離や進学した理由、野球について詳しいかどうか等。

私の家は歩いて10分程度、プロ野球は好きだけど高校野球はそこまで詳しく無いことを伝えた。

グラウンドへ着くと、既に何人か部員がいた。

 

「監督、こんにちは」

「お、来たか鈴井。そっちのは?」

「同じクラスの人です、野球は好きだけど経験はほぼ無いらしいです」

「そっか、おーい! 集合!」

 

鈴井と似た髪型だ。髪の色も同じ茶髪だし、親子と言われても違和感ないかも。

いや、結構若いかな? でもあんな先生いたっけ。

監督と呼ばれた人の集合でグラウンドにいた部員8人が集まる。

 

 

「まずは私からだな、私は監督の灰原麗衣(はいばられい)。外部コーチだから教師では無いぞ」

「あ、だから挨拶の時いなかったんですね」

「そうそう。ほら、3年から挨拶してって」

 

灰原監督か、サングラス付けててちょっと怖いけど優しそうかも。

監督に促されて3年生と思われる人たちが前に出る。

 

「キャプテンで捕手(キャッチャー)柳谷真衣(やなぎやまい)。よろしく」

「私は投手(ピッチャー)中上佳奈恵(なかがみかなえ)だよ、2人ともよろしくー!」

「んで、最後に私が外野手の糸賀由美香(いとがゆみか)。ほら、次は2年」

 

柳谷先輩は茶髪のミディアム、中上先輩は黒髪のミディアム、糸賀先輩は茶髪ショート……。

3人共ガタイが良いし背も高い。特に糸賀先輩は170あるんじゃないかな。

 

「私は2年二塁手(セカンド)菊池悠河(きくちゆうか)! よっろしく!」

三塁手(サード)山田沙也加(やまださやか)!」

一塁手(ファースト)金堂神奈(こんどうかんな)です。よろしくお願いします」

「……左翼手(レフト)青羽翼(あおばつばさ)

 

菊池先輩と山田先輩は元気で声が大きい。

背がちっちゃい方が菊池先輩で、大きい方が山田先輩。金堂先輩は上品というか大人しそう。

青羽先輩はクールだし、目つき鋭くて怖いかも。それに金髪だし。

 

 

「1年もあいさつあいさつ!」

遊撃手(ショート)の鈴井美希です。守備面で迷惑をかける事は無いと思うので、よろしくお願いします」

 

守備に自信があるタイプか。しかもショート。

私に目線が集まっているのを感じたので話し出す。

 

「浜矢伊吹です。小学生の頃に2年間だけ野球はやってました、けど今はほぼ初心者です……よろしくお願いします」

「よろしく、小学校の時のポジションは?」

「えっと、セカンドでした」

「なるほどなるほど」

 

菊池先輩から圧をかけられてる気がする。

初対面の後輩を威圧するなって青羽先輩にチョップされたけど。

 

「なら浜矢は今日は私とキャッチボールしようか、残りは普通に練習して! 鈴井にも教えてやって」

「はーい!」

 

 

監督とキャッチボールをするらしい。

私と鈴井は部室で着替えてからアップをする。

 

「浜矢、経験者なら覚えてるか?」

「多分……握りはこうですよね」

「そうそう。フォームとかは気にせずまずは投げてみて」

「はいっ」

 

監督の言う通り、まずは軽く投げてみた。

胸元を狙って投げたら、意外とまっすぐ飛んだ。

 

「ナイスボール!」

「ありがとうございます!」

 

褒められるのって嬉しいな。

監督は私の構えた所にドンピシャで投げてきた。

そうして暫く投げていると、監督が座って構える。

 

 

「コントロール考えず全力で投げてみて」

「? ……はい、分かりました」

 

ワインドアップは難しいから、足を引くのと同時にグラブを胸元をまだ上げるだけ。

膝にグラブを1回当てて思い切り腕を振り抜く。

すると構えた場所の遥か上にボールが向かったが、監督が捕ってくれた。

 

「わ、すみませーん!」

「いや平気……良い球投げるな、本当に投手未経験?」

「えっ、はい」

 

監督が笑顔のままで近づいてくる。

そして私のグラブの中にボールを入れ、問いかけてくる。

 

「うちで投手やってみる気ない?」

「え…………」

「いや、そもそも入部するかも分かってないけど、もし入部するなら!」

「えっと……」

 

そういや入部するとは言ってない。

どうしようかな、正直うちも裕福って訳ではないし野球ってお金掛かるしお母さんに迷惑かも。

 

「その、費用ってどれくらいかかりますか……?」

「グラブとかバットくらいなら貸せるよ。あとはアイツらのお古とかになるかな」

 

監督はそう言って先輩達を指差す。

これ以上色んな人に迷惑かけたくないし、やっぱ入部はやめようかな。

 

「私が指導すればプロにだって入れるぜ?」

「ぷ、プロ……!?」

「ああ、それもドラフト上位。そうなれば契約金も年俸も大金になる」

「契約金……! 私、入部します!」

 

金に釣られて入部するとかいう不純にも程がある動機ではあるけど、よく貧乏な家庭を助ける為にプロになった人とかいるし平気だよね。

 

「お、浜矢も入部ー?」

「はい! これからよろしくお願いします!!」

「よろしくー、そんな固くならないでいいよ」

「そうそう、尊敬される先輩じゃないし」

「ちょっとキャプテンどういう意味ですかー!?」

「そのままの意味でーす!」

 

菊池先輩っていじられキャラなのかな。

柳谷先輩も、初めはクールなのかと思ったけど意外とノリが良い人だ。

他の先輩達も笑ってるし、雰囲気はかなり良さそう。

 

 

「そういえば他の部員っていないんですか?」

「そう、これで全員」

「前まではちゃんと部員いたんだけどな、単純に結果出せなくなったのと体罰でさ……」

「確かに数年前そんな話を聞いた気が……」

 

野球部顧問による体罰の発覚。

それが原因で退部した部員も大勢いて、翌年の推薦入部は取り消し。

元々保護者からのウケが良くなかったのが、さらに悪くなったと聞いている。

 

「入れ替わりで私が監督になってからは、推薦で入ってくれる奴もいたんだけど……」

「それ以外での入部が少なくてこんな人数になったんだ」

「そうだったんですね……柳谷先輩も推薦ですか?」

「というか浜矢以外全員推薦だよ」

「はっ!? え、嘘ですよね?」

「残念だけど本当のことだよ」

 

部員9人で推薦8人ってどんないじめだ。

というか推薦だけで9人集められなかったのか。

 

 

「なんで推薦で9人集めなかったんですか?」

「校則の緩さと体罰、後は近くにもっと設備いいとこが何校もあるのが原因かな」

 

校則の緩さは私達一般入学組には嬉しい事だけど、プロのアスリートを目指している家庭からするとチャラチャラしてるように見えるらしい。

それに加え体罰に評判の良い他校……。そりゃ部員も集まらない。

 

「浜矢が入ってくれたら連合チームじゃなくて済むから助かったよ!」

「なるほど……え、大会出るんですか?」

「もっちろん! 目指すは全国制覇のみ!!」

 

山田先輩と菊池先輩、中上先輩がハモった。

確かにスカウトされるほど凄い選手が集まってるなら、全国も夢じゃないのかな。

 

「というわけで、本格的な練習は明日にしよう、今日は解散! 浜矢と3年はちょっと残って」

「はーい!」

「あざしたー」

 

 

皆が帰るのを見送ってから、監督が話し出す。

私の金銭的な事情についてだ。話す許可はさっき出した。

 

「なるほどなー、なら私使ってないのあるよ! 身長何センチ?」

「162です」

「おーデカい、私のが1番いいかな」

「佳奈恵って165だっけ、ちょっと大きくない?」

「いやあんたらのがデカいから……」

 

柳谷先輩は168、糸賀先輩は172らしい。

あと監督は柳谷先輩と同じ168。大きい人に囲まれてる。

 

「アンシャとー、バッテとー、あと守備手と投手用のグラブも使ってないのあるよ」

「なんでそんなにあるんだよ……」

「いやー福袋とか安くなったのとか見るとさ、買いたくなるじゃん?」

「またそうやって無駄遣いするー!」

 

"また"って事は前科が何回もあるのかな。

けど私からしたらめちゃくちゃ助かる。

 

「今回は伊吹の為になったから無駄じゃないしー! なー?」

「えっ、はっ、はい!」

「ちょっとー、後輩脅さないでー」

「脅してないし! 事実だし!」

 

3年生ってもっと大人かと思ってたけど、意外とテンション高い。

そういう方が話し易いし、早く仲良くなれそう。

 

「じゃあ明日持ってくるから」

「色々とありがとうございます……」

「気にしないでいいよ、持っててもどうせ使わないし」

「浜矢に助けられたな」

 

「あ、あの! 名前でも全然平気ですよ」

「ほんと? なら伊吹、よろしく」

「私はもう伊吹って呼んでたけどね!」

「佳奈恵は距離詰めるの早すぎなんだよ……」

 

中上先輩が1番優しいかも。

いや別に他の2人が優しくないとかじゃなくて、1番距離感が近いというか、友達感覚で接してくれるというか。

 

 

「あれ? 中上先輩って左投ですよね? 何で右投のグローブなんて……」

「あー……別にね? 右利き用だけどデザインが気に入ったから買ってインテリアになってるとかじゃないからね?」

 

糸賀先輩の言ってた"また"ってこういう意味か。

グローブがインテリアになるってどういう状況なんだ。

 

「……というより、グローブってそんなポンポン買えるものですか?」

「佳奈恵はこう見えてお嬢様だからな」

「えっ!?」

「いつもそれ言ってるけどそんなんじゃないってば〜」

「いやいや、あの実家の写真見たらそんな事言えなくなるわ」

「田舎は何処もあんなもんです〜」

 

どこか上品というかそんな雰囲気は出てたけどお嬢様だったんだ。

その割にはすごく親しみやすい人だなあ。

 

「伊吹もそんな目で見ない! ほら、帰るよー!」

「怒んない怒んない〜」

「長話しちゃってごめんねー、また明日!」

「はい! お疲れ様でした!」

「バイバーイ」

「おつかれー」

 

先輩達が先に帰っていく。

うちには寮があって、鈴井を除く先輩達は皆寮で生活しているとのこと。

鈴井は近所だから自宅からでも練習に支障がないらしい。

 

「寮って事は県外からなんですか?」

「そうそう、柳谷と菊池以外は県外だな」

 

中上先輩は静岡、糸賀先輩は茨城、山田先輩は山梨、青羽先輩は長野、金堂先輩は東京から来ていると教えて貰った。

野球をする為に県外まで行く時ってどんな気持ちになるんだろう。やっぱり不安なのかな。

 

 

「ま、浜矢も早く帰りなよ。入学式だけなのにこんな時間じゃ親御さんも心配してるよ」

「いえ、親はまだ帰ってこないですよ」

「そうなの?」

「はい、いつも私が寝てから帰ってきますし、私が起きる前には家を出てます」

 

片親だから仕方ないとはいえ、大変なんだろうな。

私が全部家事をやってるから家での負担は少なくできてると思う。

 

「浜矢も大変なんだな……ますますプロにならなくちゃな」

「はい! 目指すはドラ1! 契約金1億ですよ!」

「おっ、言ったな? それなりに厳しくいくから覚悟しとけよ!」

「はいっ!」

 

私はこれから体験する事になるキツさを想像するが、怖いとか辞めたいとか思う気持ちはなかった。

むしろ早くやりたい、早く上手くなりたいという気持ちの方が大きい。

ドラ1でプロに行って、多額の契約金を掴み取る。

それが私の夢であり目標だ。

 




簡単な舞台設定

女子しか存在しない世界。
なので野球は女子がやるスポーツという認識。
身体能力はこちらの男性と同じ。
甲子園もあるしプロも12球団あるし、独立リーグもある。


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第2球 マネージャー

入部翌日、本格的に練習を開始した。

周りがキャッチボールやトスバッティングをしている中、私はかれこれ10分近くプランクをしている。

 

「うぐぐ……きっ、つい……。かんとくー! 私もボール触りたいです!」

「ダーメ、基礎をしっかり鍛えなきゃピッチャーは務まらないぞ」

「たし、かに……そうですけどー!」

「……じゃああと5分! 終わったら休憩挟んで投球練習しようか」

「やったー!」

 

明確に終わりを伝えられるとやる気が出てくる。

キツいと思っていたプランクをなんとか耐え切ってベンチで休んでいると、人が近付いてくるのが見えた。

 

 

「こんにちは」

「こんちはー、入部希望ですか?」

「いえ、マネージャー希望です」

「へー、監督ー! マネージャー希望の人でーす!」

 

背の低さも相まって小動物みたいな人が来た。

選手層的にはプレイヤーが良かったけど、こんな可愛い子がマネージャーになってくれたら嬉しいし結果オーライ。

 

「うちマネージャーいなかったんだよ、助かる!」

「さっそく自己紹介しましょうよ!」

「はい、1年の千秋美月(せんしゅうみづき)です。これからよろしくお願いします」

 

千秋さんか。見た事ないし別のクラスだな。

けど同じ1年の仲間が出来たのは心強い。

 

「なんでマネージャーなろうと思ったの?」

「それは…………」

 

そこで言い淀んだ千秋さん。まさか聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかと中上先輩は怯えている。

 

「野球選手がすっっごく好きなんです!! 至誠の選手は全員知っていますし、灰原監督の現役時代も知っています! そんな皆さんの力になりたいと思って入部しました! あと出来ればサインも下さい!!」

 

あの量の言葉を一息で言い切ったぞ。

大人しい美少女かと思いきやまさかの野球オタク。

というか引っかかる言葉が1つ。

 

「……監督の現役時代?」

「はい! 灰原監督は現役時代高校No.1捕手として有名で、ドラフト1位で入団した選手なんですよ!」

「……え、まさかあの灰原選手!? 新人賞も獲得したあの!?」

「なに浜矢、知らなかったの?」

「いや灰原監督と同一人物だとは思いませんでした!」

 

ドラフト1位、鳴り物入りで入団した灰原選手。

シーズンの半分しか1軍にいなかったものの3割打ちホームランも10本放って新人賞を獲得した選手。

プロ5年目で戦力外通告を受けたけど、まさか至誠にいたとは。

先輩達が至誠に来た理由が分かった。

 

 

「本物の灰原選手……! あとで私もサイン良いですか?」

「はいはい、後でな。それより千秋だよ」

 

千秋さんに再び目線を向けると既に山田先輩と菊池先輩によるサインと握手会が開かれていた。

千秋さんは大喜びだし先輩達は嬉しそうにしてる。

てかアホ毛めっちゃ動いてるし。

どうなってんだあのアホ毛は。

 

「おーい、せんしゅー」

「はい! ……そういえば貴女は?」

「1年の浜矢伊吹、野球初心者だけどよろしく」

「初心者! 無限大の可能性を秘めている初心者ですね!」

「お、おう……」

 

なんか勝手に無限の可能性秘めてることにされた。

監督があながち間違ってないとか言うから余計に期待のこもった目で見つめられる。

 

「マネージャーも入ったことだし、練習再開! さっそく仕事してもらうよ」

「はいっ!」

 

マネージャーといえばおにぎり作ってるイメージ。

だいぶ肉体労働だろうけど、あの熱意があれば平気そうだな。

むしろ私は自分の事を心配しなくちゃダメだな。

これから投球練習しなくちゃだし。

 

 

「よーし、こい!」

「はい!」

 

(まずはストレートから……。ミット目掛けて投げるっ!)

 

中上先輩と比べるとかなり遅いストレートがミットに収まる。

けどしっかりコントロールは出来た。

 

「ナイスボール! あと20球投げるぞ!」

「はーい!」

 

監督の言う通り20球投げ込む。

最初はいいけど、だんだんと体がいう事を聞かなくなってきた。

多分さっきのプランクのせいだろうけど。

 

 

「おっけ、やっぱ足腰足りないから体幹トレーニングは多めにやるぞ」

「うっ、はーい……」

「厳しくいくから覚悟しとけって言われて元気よく返事したのはどこの誰だっけ?」

「私でーす……」

 

確かに言ったけどやっぱキツいもんはキツい。

私が少し憂鬱な気分になっていると、監督が中上先輩を呼んだ。

 

 

「浜矢に変化球教えてやってくれ」

「え、まずフォーム固めないでいいんですか?」

「なんか知らないけどもう既に完璧なんだよ。だから頼むわ」

「はーい、伊吹は何投げたい?」

「スライダー投げたいです!」

 

投手といえばスライダーが投げられなくちゃ。

高校野球はスライダー投げられる選手が多いし私も投げたい。

中上先輩から握りを教えて貰い、必ず真っ直ぐと同じ腕の振りで投げるようにと付け足された。

 

「変に捻ったりすると怪我のリスクが高くなるから、絶対ダメだよ。高校生は皆変化を大きくしようと捻るけど、そんな事しなくたって曲がるから」

「なるほど……ありがとうございます」

 

せんしゅー曰く変化球マスターと呼ばれている中上先輩。変化球のことについて誰よりも詳しい。

先輩から言われた事を守って1球軽く投げてみる。

 

「おお、本当に曲がった!」

「1球目から曲げられるとか伊吹って天才?」

「そんな事ないですよ、小学生の時はダメダメでしたし」

「へー……じゃあちょっと気持ちリリース遅めにしてみて」

「はい!」

 

 

言われた通りに投げてもちゃんと曲がった。

 

「お、凄い。今のはストレートと同じリリースで投げて貰ったんだ」

「へ、私1球目の時リリース早かったですか?」

「ちょっとね、それ直すと投げにくくなる人もいるんだけど……平気だった?」

「はい、全然なんともなかったです」

 

これが天才か、と中上先輩は嘆いている。

私からすればどんな変化球でも投げられる先輩の方が天才だと思う。

それを伝えると、フォークとナックルは投げられないという衝撃の事実を教えられた。

あくまでフォークとナックルだけで、スプリットやナックルカーブなどは投げられるらしい。

 

 

「高校野球って何球種くらい投げられればいいんですか?」

「理想は3球種だけど、負担もかかるしスライダーともう1個何かあれば平気かな」

「もう1個かぁ……」

「なんだったら私の想いを乗せてフォーク投げてくれてもいいけど」

「フォークかぁ……良いですね」

 

落ちる球で三振を奪っていくのはカッコいい。

そんな事を考えているとまずは指のストレッチからだと注意された。

確かに私は先輩と比べて指が開かない。

手は大きいけど、これだとフォークは投げられないと言われる。

 

「まずはストレートを極めるところからだね」

「ストレートが良くないと変化球も効果ないですからね……」

 

リリース、フォーム、握り。

その3つでストレートの質は上げられると先輩は言う。

正しい握りに正しいフォーム、そしてリリース時の力の加え方。

リリースする時に力を抜いてはいけないと教えて貰い、それをさっそく実践すると僅かに良くなった気がする。

 

「伊吹凄いなあ、こんなすぐ良くなるんだから。教えてる方も楽しいよ」

「先輩の教え方が上手いだけですって!」

「嬉しいこと言ってくれるね〜! このこの〜」

「えへへっ、痛いですって〜!」

 

頭をわしゃわしゃと撫でられる。

今まで部活なんて入った事ないから、先輩にこんな風に接して貰えて私も楽しい。

 

 

「うかうかしてると1番奪われるかもな」

「なっ! 流石に1年に遅れをとる訳ないですよ!」

「そうですよ監督、私なんてスタミナもコントロールもまだまだですし」

 

問答無用で中上先輩がエースだ。

まだ会って2日目だけど、この人には1番以外は似合わない。そんな確信が持てる。

 

「けど伊吹ちゃん凄いよ! 初心者なのにこんなに早く変化球も投げられて、成長が早くて……」

「せんしゅーもありがとっ」

「けどちょっと気になったんだけどね、スライダーの時はちょっとリリースポイントが高いかも」

「そんなのよく気付くな……早めに直してみるよ」

 

せんしゅーは有能マネージャーになる気配がする。

というか先輩達が気付かなかった事を指摘するってどういうことだ。

リリースポイントにも気をつけてさらにもう何十球か投げ込む。

肩で息をし始めた頃に投球練習は終了と言われる。

 

 

「浜矢はライトも守ってもらうから、守備入って」

「ええ……聞いてないですよ、てかグラブ持ってないです」

「私の貸すよー! ごめんね、私が登板してる時は野手足りないから」

「あ、そうですよね……分かりました、頑張ってやります」

 

先輩からグラブを受け取りライトの位置につく。

すぐさま定位置はそこじゃないと糸賀先輩から指摘され、正しい位置を教えて貰う。

 

「軽く打つから安心しろよー!」

「はーい! さあこーい!」

 

キン、と甲高い金属音がした後打球がこちらへ向かってくる。

外野なんて初めてだから落下地点とか全然分からない。

 

「浜矢、前! 前!」

「はいっ!」

 

糸賀先輩の指示で前に出て、グラブの先ギリギリでキャッチする。

しかし体勢を崩してしまい転んでしまう。

 

(うへぇ、私ダッサ……)

 

「ナイスガッツ! 今のよく取ったな」

「ありがとうございます……落下地点分からないんですけど、どうすれば良いんですか?」

「これに関しては慣れだし、数こなすしかないよ。あとはあえて取らずに打球の軌道を見るとか」

 

私は糸賀先輩のノックを見ることにした。

一歩目の速さ、落下地点への迷いのない移動、捕球から送球の流れ。

全てがハイレベルで、高校の中でもトップクラスに上手いと感じた。

 

「どう? 分かった?」

「糸賀先輩っ! すごく守備上手いですね!」

「ありがとう……?」

 

(違う違う、こうじゃない。私の守備の為にノック見せてくれたんだ。先輩を参考にしなきゃ)

 

「さあこーい!!」

「よっし、いくぞ!」

 

今度はさっきよりも弾道が低く少し強めの打球が飛んできた。

突っ込むことはせず、打球の強さを確認しながら前に出てキャッチする。

 

「ナイスキャッチ!」

「ライナーなら取れますよ! もっとこーい!」

 

フライは飛距離分からないけど、ライナーなら何となく分かる。

理由は自分でも分かってないけど、何故かライナーは得意みたい。

その後も前後左右に揺さぶりを掛けられながらノックを続けていき、終わる頃には足が震えて立つ事が出来なかった。

 

 

「もう立てないんですけど……」

「おっ、寮泊まるかー?」

「いえ、家事しなきゃなので……」

「家事もしてるのか? 偉いな」

「してるというか、しなきゃいけないので」

 

親が早く帰ってこれないから自分でやるしかない。

部活との両立は難しいけど、プロを目指すならこれくらい厳しい事も乗り越えなくちゃ。

それに家事してると体力もつくしね。

 

 

「解散の前に1つお知らせ。2週間後に試合組んだから」

「どこですか?」

「相模中央だ」

「ベスト16級のチームですね。守備が売りの」

「そうそう、そこまで強くもないし初陣には丁度良いかなと」

 

(神奈川ベスト16がそこまで強くない……? この人たちの"強い"はどれだけハードル高いんだ)

 

「先発は中上、浜矢も初の試合だし楽しんでいけよ!」

「はいっ!」

「もちろん勝ちに行く事も忘れずに、記念すべき初陣は勝利で飾ろう。それじゃ解散!」

「あざした!!」

「ありがとうございましたー」

 

2週間後にこのチームで初の試合だ。

楽しむのが最優先だけど、勝てるなら勝ちたい。

そして足を引っ張らないようにしなきゃ。

 



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第3球 初陣

あれから2週間が経ち、ついに初の練習試合。

私は9と書かれたユニフォームに袖を通した。

 

「伊吹ちゃん似合ってるよ!」

「ありがとう、せんしゅーがデザイン考えてくれたんだっけ?」

「うん、8年前に優勝した時と似たデザインにしたよ」

 

白ベースに赤のラインが入ったユニフォーム。

左胸の所に縦書きで至誠の文字が刻まれている。

 

至誠が優勝したのももう8年も前の話か。

監督はその頃ウチで4番だったんだよな。

エースが好投して4番が打つ。そんな王道野球ではあったけどそれがカッコよくて仕方なかった。

 

 

 

「集合ー! 千秋、相手の情報を」

「はい、相模中央は高い守備力が売りのチームです。勝った試合はほぼ全てロースコアの接戦。反面強打のチームには大量失点をして負ける事も多いので、うちもそれを狙いましょう」

 

(すごい分析だな……。監督からも信頼されてるみたいだし)

 

「そういえば練習試合ってコールドあるんですか?」

「今日はあるよ、向こうも公式戦を見据えて試合してるからね」

「つまり公式戦と同じルール!」

 

先輩達がルールについて教えてくれる。

5回で10点差、もしくは6回7点差でコールド。

プロは9回だけど高校までは7回制。延長は最大12回までで、タイブレークは10回から。

今日はお互い公式戦に向けての試合なので公式戦と全く同じルールでやる。

 

 

「打順を発表しますね。1番センター糸賀先輩、2番セカンド菊池先輩、3番サード山田先輩、4番キャッチャーキャプテン、5番レフト青羽先輩、6番ファースト金堂先輩、7番ショート美希ちゃん、8番ピッチャー中上先輩、9番ライト伊吹ちゃん」

 

まあ妥当な打順だと思う。

俊足2人は1、2番に置いて長打力のある3人をクリーンナップに。

ミート力の高い2人をその後ろに置いてチャンスメイクをして中上先輩が還す。

私にも得点圏で回ってくるだろうし、なんとか1本は打ちたいな。

 

「キャプテン、声出しをお願いします」

「ああ、これが初めての試合だ、絶対勝つぞ!!」

「おおっ!!」

 

円陣を組み声出しをする。

ついに試合が始まる、先攻は私達だ。

糸賀先輩が左打席に入り、バットを投手に向けて構える。

 

「由美香ー! 打てー!」

「私にチャンスで回せ!」

 

(おお、これがベンチでの声出し……。近くで聴くと迫力あるなぁ)

 

 

糸賀先輩は初球の外角、難しい変化球を捌いてレフト前に運ぶ。

菊池先輩は小技が上手いので文句無しでバント。

1アウトランナー二塁、初回から得点のチャンス。

 

 

「山田先輩ー! 打てー!」

「ホームランかっ飛ばせー!」

 

山田先輩の魅力はそのパワー。

打球速度はキャプテンを抜いてチーム内トップ。

それを本人も自覚しているのでスイングは大振り。

 

2球で追い込まれてからの内角のストレート。

山田先輩は上手く肘をたたんで打ち返したがサードライナー。

 

(しっかしあんな速い打球よく捕れるな……)

 

2アウトながら打席にはキャプテンが入る。

三拍子揃った高校ナンバーワン捕手。

2年間他校との連合チームで積み重ねてきた成績は恐ろしい。

打率は5割を超え、通算本塁打は30本を超える化け物バッター。

 

 

至誠最強打者とも呼ばれるキャプテンは、この打席でも期待に応えるバッティングを見せてくれた。

鋭いスイングでボールを捉えたと思った瞬間、打球はフェンスの上段は到達していた。

 

 

「……え、ホームラン?」

「初回2ラン! 最高っすよキャプテーン!」

 

打球が速すぎて全然目で追えなかったけど、ホームランらしい。

青羽先輩が三振してこの回の攻撃は終わったが、初回2点先制。幸先のいいスタートを切れた。

 

 

「よーし、抑えるよ〜!」

「中上、完封頼むぜ」

「はいっ! バックは任せたぞ!」

「おー!」

 

こちらの先発、中上先輩がマウンドに上がる。

正直まだ守備ヘタクソだからライトには飛ばさないで欲しい。

そんな祈りが通じたのか、先輩は初回を三者連続三振で終わらせる。

ツーシーム、スライダー、カーブ、スプリット。

これが先輩が実戦で投げる変化球だ。

他も一応投げるけど、メインはこの4球種らしい。

 

 

「ナイピ!」

「へへ、外野に飛ばさなかったよ」

「内野にすら飛ばされてないっすよ。私はもっと守備したいです!」

「じゃあ次はセカンドに打たせるわ!」

 

菊池先輩は守備が大好きだから、三振で仕留められるのはつまらないみたい。

最悪ライト方向に飛んでも菊池先輩に任せれば平気な気がする。

 

 

2回表、先頭の金堂先輩が打席に入る。

 

「金堂先輩って試合でも木製なんですね」

「そうそう。長さとか重さの調節が効きやすいからだって」

「木製でも打てるもんなんですか?」

「まあ見てなって」

 

山田先輩にそう言われて金堂先輩を見ると、やはりファームが目についた。

 

「……あのフォームどうにかならないんですかね」

「私も初めて見た時は驚いたけど、もう慣れた」

「体ピッチャーに向けてるじゃないですか……バット構える位置も低いし」

 

金堂先輩のフォームは良く言えば独特、悪く言えば変だし気味が悪い。

体を殆どピッチャーに向けた状態で、バットのグリップがちょうどおへその前に来るくらいの位置で構えている。

投手は構えを見てるだけで威圧されるだろうな。

 

 

「ほら打った」

「いや今の球明らかなボール球だったんですけど」

「神奈はそういう奴だよ」

「むしろボール球打ってる方が多いんじゃない?」

 

ボール2つ分くらい外れた球を軽く打ち返した。

それに対して皆普通の反応をしているから、当たり前の事なんだろう。

鈴井も続いてノーアウト一・二塁。

中上先輩はライトフライに終わるが、金堂先輩がタッチアップして一・三塁に。

 

 

「伊吹、やっぱりスライダーとカーブしか投げられないっぽい」

「分かりました」

 

中上先輩から相手投手の球種を教えてもらう。

スライダーとカーブ。去年の夏から時間は経ったが変化球は増えていないらしい。

カーブが決め球でスライダーはカウント取りに。

せんしゅーが教えてくれた事を頭に入れて打席に入る。

 

初球は内角へのカーブ。

とっさに避けるが、捕球した位置は普通にゾーン内だった。

 

(打席で見るカーブは怖いって聞いたけどほんとだな。当たる気配無いのに当たると思っちゃったし)

 

捕球位置だけ見れば私がなんで避けたのか向こうには分からないだろうな。

けどこれ打者からすると怖すぎるって。

絶対ぶつかると思ったもん。

 

 

2球目、同じコースにカーブが投げ込まれる。

さっきは初見だったからビビったけど、当たらないと分かっていればもう怖くない。

球筋を予測してバットを振るが、ボールの下を叩いてしまいキャッチャーフライ。

 

 

「すみません……」

「よく当てたよ。カーブ怖いでしょ?」

「はい。けど同じコースに続けられたおかげで、あのリリースポイントでも当たらないって分かったので良かったです」

 

中上先輩とベンチで話していると、ちゃっかり糸賀先輩がツーベースを放ち更に2点追加。

菊池先輩はショートゴロに終わり2回表も終わり。

 

 

中上先輩はさっきの宣言通りセカンドへ打たせまくり、菊池先輩も難なく捌いて3アウトを取る。

難しいプレーもあったのに、菊池先輩がやると簡単そうに見える。

守備が上手い人は難しいプレーを簡単そうに見せるってのは本当みたい。

 

 

3、4回はヒットは出たものの両チーム点は動かず。

5回表、先頭の山田先輩がフェンス直撃の単打を打った後のキャプテンの打席。

ここまで2打数2安打。打てば猛打賞の場面。

そんな場面だろうがキャプテンが緊張なんて感じる事は無く、外角低めのスライダーを引っ張りツーベース。

 

「猛打賞!」

「真衣っていつも猛打賞だよな」

「ほんとほんと。打ちすぎだっての」

 

糸賀先輩と中上先輩がキャプテンの打撃を見て微笑んでる。3年間で積み重ねた絆が見えた気がした。

 

青羽先輩が犠牲フライを打った後は続けず1得点で終わる。

その裏、ここまでノーヒットピッチングを続けていた中上先輩も打たれて1失点する。

 

 

5回裏、2アウト二・三塁。

甘く入った球を弾き返され私の方へ打球が飛んでくる。

 

(うわ来た! 前、だよな……?)

 

確信は持てないが恐らく前だと思い突っ込む。

予想が的中し、ギリギリでグラブの中に打球が収まる。

 

「ナイスキャッチ! 初フライだな」

「ありがとうございます……!」

 

初めてのフライキャッチ。それがこのピンチの場面で出来たんだ。

私も少しずつではあるけど成長はしている。

もっともっと上手くなって、これくらいの打球は簡単に捕れるようになりたい。

 

 

 

6回はお互い1点を取り合い、7回表は無得点。

7回裏、2アウトランナー無し。勝利まで後1人というところまできた。

 

 

「佳奈恵! 思いっきり腕振れー!」

「三振三振!」

「セカンド打たせていいっすよ!」

 

マウンドに立つエースに声をかけ続ける。

2ストライクに追い込んだ後、ワインドアップからの3球目。

それはこの試合で初めて投げる変化球だった。

当然打ち返せずに空振り三振でゲームセット。

初めての試合は6対1で勝ちを飾った。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

対戦してくれた相模中央の選手に礼をして見送る。

監督とせんしゅーが試合の振り返りをする。

 

「ベスト16相手に5点取り、1点しか取られなかったのは良かったな」

「守備でも失策0かつファインプレーも出たので問題は無いですね」

 

ベスト16相手に完勝出来るとか、もしかして至誠って強い? いや元から監督含めた面子は強すぎるか。

 

「あとは伊吹のヒットだけだな!」

「はは……。早いうちに1本打ちたいです……」

「まあ焦んなくてもいずれ打てるよ」

「だと良いんですけど」

 

4打席回して貰って1本も打ちなかった。

なんだったらバント失敗してるし反省しかない。

守備では失策無いとはいえ、範囲が狭すぎて菊池先輩や糸賀先輩に助けて貰ってばかりだった。

 

 

「けど良い勝ち方だったよ。大会に向けて自信もついただろうし」

「大会までの期間であと10試合は練習試合を予定しているので、気合入れていきましょう!」

「おー!」

 



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第4球 親睦を深めよう

初の練習試合を白星で飾った翌日、私達はベンチ前に集合した。

監督とせんしゅーから話があるらしい。

 

「来週からGWに入るので、合宿を行おうと思っています」

「合宿!? やった!」

「3泊4日、学校に併設されてる合宿所で行うよ」

 

うちって合宿所も併設されてたんだな。変に遠出するよりお金かからなくていいや。

 

「合宿の最終日には成田西、及び春日部栄との練習試合を組みました」

「春日部栄って去年の埼玉ベスト4ですよね?」

「ああ、けど成田西も千葉ベスト8だぞ」

 

そんなチームと試合が組めるのは監督の実績のおかげかな。

今回の相手は流石に先輩達でも苦戦しそうだし、少しでもいいから貢献しなきゃ。

 

 

 

その日の練習を終え、帰宅した私は家事を終え母の帰りを待った。

合宿の事を話さなくちゃならない。

どうやって話を切り出そうか考えていると、玄関のドアが開いた。

 

「ただいま」

「おかえりー。帰ってきてそうそう悪いんだけど、話があるんだ」

「話? なに?」

 

疲れ切った顔をしている。私の為に掛け持ちして働いてくれている母。

野球部に入ると言った時にも、お金の心配をしないでいいって言ってくれた。

私が先輩達から道具を貰えるって言ったらホッとした表情をしていたから、多分自分の食費なりを削って出そうとしていたんだ。

 

 

「来週から3泊4日で合宿があるんだ」

「合宿……どこに行くの?」

「学校に併設されてる施設だから、遠征費は掛からないよ」

「あら、良かった。…………ごめんね」

 

母は小さくそう漏らした。

何を謝ることがあるんだろう。むしろ謝らなくちゃいけないのはこっちの方なのに。

 

「本当は何も気にせず野球して欲しいんだけどね……」

「いいって。むしろ私の方こそごめん。急に野球やるなんて言い出して」

「今まで不自由な思いさせちゃってたからね、高校でくらい好きにしていいのよ?」

 

1番不自由な思いしてるのは私じゃない、母だ。

こんな生活を続けていたらきっといつか倒れる。

 

「私、必ずプロになるから。それまで迷惑かけると思う」

「本当になれるの?」

「元プロが行けるって言ってるし、私はプロになる気しかないから」

「……そう。楽しみにしてるわ」

 

監督が目をかけてくれて、せんしゅーや先輩達が支えてくれる。

そんな恵まれた環境にいるんだから、最低でもプロ入りはしなくちゃ恥ずかしい。

目指すはドラ1入団で人生の大逆転。

母の為にも私はもっと強くならないといけないんだ。

 

 

 

 

 

ーー合宿当日。

学校のグラウンドで外野陣はノックを受けていた。

 

「いくぞー!」

「こい!」

 

もう遠慮なんて無くなった監督のノック。

いきなり大飛球を打ち上げられるが、今までの経験で落下地点を予測する。

ある程度走ったあと打球を確認し位置を微調整。

最後は余裕を持ってキャッチする事が出来た。

 

 

「ナイス! 次! 青羽!」

「はいっ!」

 

青羽先輩も守備は苦手らしいけど、私よりは上手い。

打球が上がってからすぐ動き出し、正面の難しいライナーをキャッチ。

 

「おおー……!」

「ナイスー。私にもこーい!」

 

糸賀先輩は何も言う事はない安定の上手さ。

監督が打つ前に1回軽くジャンプしてるから、動き出しがスムーズだ。

両翼が守備苦手だからかなり負担をかけてしまっていると思う。

 

 

40分に及ぶ地獄の外野ノックを終え、ベンチで水分補給。

 

「きっつ……」

「こんなんでバテてたら大会持たないぞー?」

「ですよね……」

「投手もあるから余計に体力使うだろうしなー。ま、大会までには何とかなるっしょ!」

「何とかします」

 

糸賀先輩はバテてないみたい。1番打球ゆさぶられてたのに。

投手陣に集合が掛かったので集まると、青羽先輩も呼ばれていた。

 

 

「青羽、急で悪いけど投手もやってくれる?」

「私が投手、ですか……?」

「1番向いてるのは糸賀だと思うけど、流石にあいつ以外のセンターは考えられないし」

「その次に向いてるのが青羽先輩ってことですか?」

「そういうこと」

 

青羽先輩は一応納得したみたいで、ボールを受け取った。キャプテンがマスクを被り構える。

セットポジションから投げ込んだ球は、ミットから鈍い音を出させた。

 

 

「おお、重そうな球……!」

「いいストレート投げるじゃん。これなら変化球1個でもそこそこ抑えられると思うぞ」

「……緩急つけるやつ、ですか?」

「そうそう。カーブかチェンジアップかな」

「なら2人ともカーブ覚えようよ。教える側としても同じ変化球のが助かるし」

 

中上先輩しか変化球を教えられる人はいないから、その先輩に負担がかからないやり方でいいと思う。

私はスライダーとカーブ、青羽先輩はカーブのみ。

急造の投手陣ではあるけど、いないよりかはマシなはず。

 

カーブの握りを教えてもらい、まずは1球。

その後私はキャプテン、青羽先輩は監督と組んで投げ込む。

 

「青羽のカーブ良いな! 浜矢は?」

「なんか上手く曲がらないんですけど……」

「見せ球くらいには使える……と思う。それにスライダーは良いし」

 

青羽先輩のカーブは大きく曲がってるけど、私のカーブは変化が少なすぎる上に曲がり出しが早い。

幸いスライダーは文句無しと言われるくらいの質にはなったので、そこまで悲観するほどでもないけど。

 

 

投げ込みを続けているとせんしゅーが声をかけてくる。

 

「投げ込みは1日60から70球くらいで。練習試合でも投げて貰うよ」

「えぇ……。打たれる気しかしないんだけど」

「けど公式戦に出たらあのレベルと戦わなきゃいけないんだろ。なら今のうちに慣れておいた方がいい」

「青羽先輩の言う通り! 何失点してもいいから思いっきり投げてね」

「はーい」

 

成田西か春日部栄か……。ベスト8だし成田西の方がいいな。

何失点してもいいとは言われたけど、出来る限り失点は少なくしたい。

その為にはとにかく投げ込み……なんだけど70球までって言われたんだ。

1球1球、丁寧に投げ込んでこの日の練習を終えた。

 

 

 

「いただきまーす!」

「沢山あるのでゆっくり食べて下さいね」

「せんしゅー! 美味しい!」

「そう? ありがとう」

 

合宿中の夕食はせんしゅーと監督が作ってくれる。

この料理がめちゃくちゃ美味しい。

サラダのドレッシングが今まで食べた事ない味だし手作りかな。

メインの豚カツも衣がサクサクで箸が止まらない。

結局私達はせんしゅーの忠告には従えず、30分という短い時間で大量のご飯を平らげた。

 

 

「学校探索せずに何が合宿かー!」

「お、いいですね! 私も行きます!」

「私もー!」

「寮が近くにあるから静かにな。それと自主トレする奴は程々に」

 

夜の学校なんて入る機会全然無いんだし、思いっきり楽しんでやろう。

鈴井とも一緒に行きたかったけど、鈴井は自主トレするらしい。

山田先輩、菊池先輩と共に夜の学校へ繰り出す。

 

 

「いやめっちゃ怖いんですけど……」

「そういやここ出るって噂だな」

「ちょっ、先に言ってよ! 出たら頼むよ沙也加」

「ゴーストに格闘は効かないんですよ」

「それゲームの話じゃん! てか沙也加は地面でしょ」

 

関係ない話をして気を紛らわしていたが、何か物音がした。

音が聞こえた瞬間、私達は臨戦態勢に入る。

 

「マジでなんかいるぞ……」

「先輩! 先頭は任せましたよ」

「真っ先に先輩を売ったな、この後輩!」

「まあ伊吹は弱そうだから1番後ろでいいよ」

 

弱そうって言われたのは癪だが事実だから受け入れよう。

山田先輩を先頭にし、私は菊池先輩にしがみつきながら歩く。

そして物音のした方。いや、している方と言った方が正しいか。

そちらへ向かって歩いて行き、物陰に身を隠しつつ現場を覗き込んだ。

 

 

 

 

「…………キャプテンじゃん」

「えぇ……」

「てか3年だよ」

 

そこには素振りをしていた3年の先輩達がいた。

何も出なくて良かったという感情と、期待を裏切られたような感情が混ざって複雑な気持ちになる。

 

 

「もー! せんぱーい!」

「うわビックリした!! なんだよ!」

「お化けでも出たのかと思ったー!」

「何してんの?」

「学校探索してました……」

 

菊池先輩が飛び出したせいで3年生が驚くっていうハプニングが。

こっちも驚いたんだから同じ気持ちを味わえって事なのか。

糸賀先輩に頭を小突かれてる菊池先輩を見ていると、さっきまで怖がっていたのがおかしく思えてきた。

 

 

「先輩方は自主トレですか?」

「うん。私達は最後の夏だからね」

「連合チームじゃないし、折角なら優勝したいじゃん?」

「私達なら神奈川どころか全国の頂点にだって立てますよ!」

 

先輩達は最後の夏なんだ。

2年間連合チームでやって、初めて至誠として出場できる大会。

私達には分からない、強い思いがあるだろう。

 

「私達が先輩たちを全国へ導いてみせますよ!」

「なーに言ってんの。私達3年が導くの、後輩達が輝ける舞台へ」

 

キャプテンがそう言い切った後、一瞬の間が生まれた。

 

「……カッコいいっす!! 一生ついて行きます!」

「一生はいいから、打ってくれよな。次期4番候補さん?」

「任せて下さい!」

 

知ってたけどキャプテンってかっこいい。

自分が実力ある選手だっていうのを自覚しているのに、それが鼻につかない。

堂々としているっていうのもあるけど、今みたいな台詞を言えちゃう所が嫌味ったらしくさせないのかも。

 

 

「悠もファインプレー期待してるからなー?」

「ふふん、私にかかれば毎試合ファインプレー出来ますよ!」

 

毎試合ってそれはもうファインプレーを偽造してるんじゃ。

少し冷静になって菊池先輩を見ていると、中上先輩が私の前に立つ。

 

「私がエースだけど、もう1人の先発は伊吹だと思う。けどあんまり気負わないでほしいな」

「……はい!」

「それにいくら打たれても私達が取り返してやるから」

「そうそう。打線だけで言えばウチは全国トップクラスだぜ?」

「キャプテン、糸賀先輩……。もし炎上したらお願いしますね!」

「任せろ! バンバン打ってやるからな!」

 

キャプテンや糸賀先輩だけじゃない。

山田先輩や青羽先輩、金堂先輩といった強打者が揃ったチームだ。

仮に10点取られたとしても11点取り返してくれるような打線なんだし、私はただ全力で投げるだけだ。

 



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第5球 反省しよう

各々課題をこなしていき、GW合宿はあっという間に最終日を迎えた。

私は監督に守備時の動き方、配球の読み方、走塁判断の仕方について実践を交えて教わった。

 

 

千葉の成田西との練習試合、私と青羽先輩の継投。

キャプテンはストレートとスライダーを中心に組み立てていき、私はそれに従って全力投球。

 

「あっ、やばっ……」

「よし、ホームラン! もっと点取れるぞ!」

 

全力投球の影響か、制球ミスが多く痛打される。

けど全力で投げないと抑えられないからペース配分なんて考えられない。

意地で4回まで投げるがなんと7失点。

打線は4点も取ってくれたのに、不甲斐ない。

 

 

「すみません……」

「初登板お疲れ様。4回7失点なら十分だよ」

「打線に頑張って貰おう」

「はい……青羽先輩もお願いします」

「任せろ」

 

青羽先輩は一言そう呟くと、有言実行のソロホームランを放った。

キャプテンといい青羽先輩といい何なんだウチの先輩達、かっこ良すぎじゃない?

私も続こうと打席に入るが、変化球に手も足も出ず空振り三振。

 

 

「伊吹ちゃん」

「なに、鈴井?」

「次からバッターボックスの後ろ側に立ってみた方がいいんじゃない?」

「後ろ? 線ギリギリってこと?」

「うん。今までの感じからすると変化が予測できずに空振ってるから、後ろに立って長く見た方が良いと思う」

「なるほどな……。ありがとう、そうしてみる」

 

同じ1年なのに鈴井は私と違い打ちまくってる。

というか入部の時守備では迷惑かけないとか言ってた癖に、打撃でも大活躍とかどういうことだ。

せんしゅーが言うには元からミート力は凄いらしいし。打撃力を逆サバ読んでんじゃないよ。

 

 

5回からは青羽先輩が登板する。

重いストレートとカーブを武器に序盤は好投を見せるが、徐々に慣れてきたのか連打されて3回4失点。

2人合わせて10失点だ。

打線も青羽先輩のホームラン以降まともなヒットも出ず5得点で終わった。

 

 

「落ち込んでる暇はないよ。次は春日部栄との試合なんだから!」

「そうだよ伊吹ちゃん。初ヒット打ちたくないの?」

「打ちたい!!」

 

2試合やって8打数0安打。四死球、犠打も0。

7失点した挙句ヒット0とかお荷物以外の何者でもないし、次の試合は死に物狂いでヒット打つぞ。

 

 

 

春日部栄との練習試合。

先発の中上先輩は安定感のある投球を見せ5回終了時点で1失点。

しかし打線が湿り未だヒットは3本。

2アウトランナー無し、私の2打席目が回って来る。

 

 

(後ろで立つと確かに球が見やすい。焦らず甘い球を仕留める!)

 

カウント1-2からの4球目、内に食い込んでくる甘いスライダー。

それを逃さず強く振り抜くと、三遊間を抜けるヒットになった。

1塁でコーチャーの山田先輩とグータッチをする。

 

「初ヒットおめ!」

「ありがとうございます! やったやった!」

 

本当にここまで長かった。

3試合目、10打席目にしてようやくのヒット。

甘い球ではあったけど、打撃の基本は好球必打。

基本に忠実なバッティングが出来たと言ってもいいんだろうか。

 

 

糸賀先輩がツーベースで続いた後の菊池先輩の犠牲フライで生還。

しかし後続は抑えられこの回は1点止まり。

6回表、中上先輩が捉えられ一気に2失点。

その勢いのまま乗り切られその後は無得点で敗戦。

 

 

合宿での練習試合は2連敗。

大会までまだ時間があるとはいえ、少し不安の残る結果となった。

成田西と春日部栄の試合を観ながら反省会。

 

 

「というわけで、反省会をします! 3年生は塁審してるので不在です」

「監督は?」

「球審です」

 

普通にせんしゅーが仕切るんだな、先輩いるのに。

2年生の中で仕切りたがる人居ないし、まぁいいんだけど。

 

「では今日の連敗の原因を、せーので言いましょう。守備or打撃で」

「何そのビーフorチキンみたいなノリ……」

「いいから! はいじゃあ、せーの!」

 

『守備!』

『打撃』

 

綺麗に半々くらいに分かれた。

守備派は私、青羽先輩、菊池先輩、山田先輩。

打撃派は金堂先輩、鈴井、せんしゅー。

 

「てか守備派全員エラーしてんじゃん!」

「自分がエラーしたから守備にしたんだよ……」

「流石に2試合で4失策はまずいですもんね……」

「全国出るようなチームは、予選全試合でその位だからな」

 

予選ってどこの県も最低でも5試合はこなすよな。

5試合分の失策を2試合でやってしまったのか。

てか菊池先輩までエラーするのは珍しい。

けど守備範囲広い人って、範囲が広すぎるが故にエラーが増えることもあるんだっけ。

 

 

「打撃派の意見を聞こうじゃないか!」

「えーっとですね……」

「……これ、名指しで言ってもいいの?」

 

せんしゅーが言い淀んでいると、金堂先輩が話し始めた。

 

「反省会だし名指しじゃなきゃ意味ないっしょ!」

「それで落ち込んでも慰めないからね〜」

「ちょっと!? 友達だろ??」

「こんな圧かけてくる友達やだ……」

 

なんて山田先輩と菊池先輩がコントみたいなやり取りしてると、金堂先輩が咳払いをする。

 

「じゃあ遠慮なく……まず問題点は、ヒット数は勝ってるのに得点数で負けてたことだと思う」

「得点圏で繋がらなかったって事ですよね?」

 

「そうだけど、具体的に言うと悠河みたいに得点圏が苦手なタイプ、沙也加や翼みたいな確実性のないタイプ、伊吹みたいにそもそも打てないタイプ、そして私のように打てるけど単打ばかりでランナーを還せないタイプがいるの」

 

思った以上に遠慮が無かった。

そもそも打てないとか言われちゃったよ。

 

 

「それに加えて慣れない打順……この2つの要素が悪い方向で噛み合った可能性は高いね」

「美月的にはどう?」

「私も金堂先輩と同意見ですね」

 

この2人がこう言うって事は正しいんだろう。

打順と選手の弱点が悪い意味で噛み合ってしまった。

だからあんなヒット打っても得点に繋がらなかったんだ。

 

「どの打順でも打てろとは言わないけど、最低限は出来るようにした方がいいかもね」

「ほら沙也加に翼、言われてるぞー」

「ブンブン振り回して三振するのは悠河も一緒だろー!」

「私は振り回してないけど三振するんだよ!」

「……もっとダメだろ」

 

菊池先輩には守備があるから許される。

それに小技もチームトップの上手さだし。

 

「というわけで試合が終わったら守備派の人はノック、打撃派の人は打撃練習をしましょう」

「おっし、やる気出てきた!」

「ノックは監督がやりますよ」

「えっ、やだ……」

 

監督のノックって厳しいからなぁ。

前後左右に振ってくるし、そもそも打球が速すぎる。内野だと特にキツそう。

 

「打撃派はマシン打撃メインですかね」

「高速トスも混ぜてもいいんじゃない?」

「いいですね! じゃあ打撃派はそんな感じで」

 

 

反省会はひとまず終了。

私は個人的に気になったことがあるから鈴井に聞こう。

 

「鈴井的に私の初登板はどうだった?」

「サインミスしないか心配だった」

「それに関しては私自身も心配してたよ……」

 

公式戦はもっと緊張するだろうし、ミスしないようにしないと。

投球だけじゃなく守備と打撃のサインもあるし、頭に叩き込んでおかなきゃ。

 

 

「せんしゅー? どした?」

「あっ、伊吹ちゃん……」

 

せんしゅーが金堂先輩の方をじっと見てたから、つい気になって声をかけてしまった。

 

「金堂先輩って優しいなって思って」

「んー? 今そんな事思う要素あったっけ?」

「……反省会でね、打線の具体的な悪い所言ってくれたでしょ? あれ本当は私が言おうとしてたんだ」

「ああ、そういえば美月ちゃんあの時何か言おうとしてたね」

 

確かに言い淀んでたな。

それを見て金堂先輩が話し出して……。

 

「先輩相手に言いにくいなって思ってたら、金堂先輩が代わりに言ってくれたんだ」

「そうだったんだ」

「私が言おうとしてた事全部分かってたんだもん、びっくりしちゃった」

 

金堂先輩は別に参謀って訳ではない。

それなのに選手個人の弱点や敗因を分析していた。

周りをよく見ている人なんだと思う。

 

「普段あまり主張してこない人だけど、その分みんなの事をすごく見てくれてるんだね」

「……キャプテン向きかもね」

「もしかしたら次のキャプテンは金堂先輩かもな」

 

 

 

せんしゅーのおかげで、普段あまり話さない先輩の良い所が知れた。

けどいつまでも話してばかりじゃいられない、地獄ノックに向けて覚悟をしなくては。

 

「どんな体勢でもいいからまず捕る! 正面っていう意識は失くせ!」

「はいっ!」

「ノーバン送球も意識しないでいい! ワンバンだろうが何だろうが確実にアウトを取れる送球をしろ!」

 

試合後だっていうのに100球以上ノックを受けた。

終わる頃には汗だくで、3年生ですらヘトヘトだ。

せんしゅーと監督が合宿の終わりを告げる。

 

 

「これにて合宿を終了します! 試合結果自体は残念でしたけど、形になるのは確認できました。これからも力をつけていきましょう。監督、何かありますか?」

「練習は短縮するが、試験の前後も試合自体はある。試合に気を取られて赤点なんて取らないようにすること!」

『はーい……』

 

山田先輩と菊池先輩のテンションが下がってる。

勉強苦手そうなイメージあったけど、間違ってないっぽい。

 

「伊吹ー? そんな余裕そうにしてて大丈夫かー?」

「いや、そもそも私特待生で入ってるので……」

「は!? 特待生!?」

「はい。学費免除組です」

 

いくら至誠が他校に比べ学費が安いとはいえ、免除されないと私立なんて入学できない。

 

「普通科は無理だって言われてスカウトで入った私は一体……」

「え、うちの普通科って頭悪い方ですよね?」

「伊吹、察してやれ……」

 

うちの普通科って偏差値40ちょっとだったよな。

そこ厳しいとかこの2人相当成績ヤバいんじゃ。

 

「体育科のが偏差値低いし平気でしょ」

「いや、体育科も無理っす!」

「頑張ってくれよ! 赤点取ったら大会出られるか分からないんだから」

「なんとか赤点は回避します!」

 

体育科ってギリ偏差値40だっけ。

そこで赤点って、どんだけ頭悪いんだ……。

いやまあ私も人のことは言えないけど。至誠だから特待生なれたんだし。

 

 

 

 

合宿の2週間後、練習試合と試験を終えた。

返ってきたテストはほぼ85点以上を記録していた。

特待生の審査は1年ごとだから、まだ安心は出来ないけど。

 

 

「伊吹ちゃん、どうだった?」

「ふふーん。どやどや!」

「へー。本当に頭良いんだ」

「どういう意味だよ……。鈴井は?」

「はい」

 

鈴井から渡された試験の結果表を見ると、私よりも良い点数がズラリと並んでいた。

 

「なんで特待生より頭良いんだよ!」

「そりゃあ私だいぶ偏差値下げて入ってきてるし」

「本当はいくつ?」

「68」

「ウチに居ていい偏差値じゃないぞ……」

 

なんで至誠なんかに来てしまったんだろう。

わざわざ普通科に来たのも普通の勉強したいからって言ってたし、ちょっと変わってるんだよな。

 

「伊吹ちゃん、美希ちゃん。テストどうだった?」

「お、せんしゅー。問題ないよー」

「わ、2人ともすごいね! 尊敬しちゃうなぁ」

「美月ちゃんはどうなの?」

 

せんしゅーの結果表を見せてもらう。

確かに私達2人よりは低いが、それでも全教科80点以上だ。

 

「いや全然平気じゃん」

「英語は伊吹ちゃんの倍あるじゃん」

「うるさい! 英語のことは言うな!」

「なんで英語だけ40点台なの……?」

「苦手なんだよぉ〜……」

 

ほぼ全ての教科で85点以上を記録したが英語だけは43点という低い点数。

いくら勉強しても英語とは仲良くなれる気がしない。

 

 

「野球の話しよう! 英語は2人に教えてもらう!」

「はいはい。美月ちゃん、今アレ持ってる?」

「もちろん!」

 

せんしゅーが試合結果と成績を纏めてあるタブレットを取り出してくれたので、3人で覗き込む。

 

「10試合やって6勝3敗1分け……かなり良い方じゃない?」

「うん。ベスト16以上相手なのにこれだけ勝ててるのは凄いよ」

「成績……見る?」

「……見る」

 

個人成績と書かれた場所をタップすると、部員全員の成績が並ぶ。

 

「キャプテンの打率えっぐ。.562ってなんだよ」

「3本塁打10打点……。正真正銘の4番だね」

「中上先輩も28イニング投げて防御率1.50だよ!」

「糸賀先輩も4割超えてんのか……。盗塁も5つ決めてる」

 

3年トリオの頼もしさが尋常じゃない。

6割弱の4番に1点台のエース、打率4割超えと盗塁成功率10割の1番。

 

「じゃあ2人の成績も見ようね?」

「う、見たくない……」

「現実から目を逸らさないで、伊吹ちゃん」

「はい……」

 

まずは鈴井の成績から。

36打数14安打、打率.389。

四死球と犠飛が1つずつ。そして4打点。

1年でこれだけ出来れば誰も口出しできない。

 

 

問題は私の成績だ。

36打数7安打、打率.194。

1四死球で打点は僅か2。

投手としても24と1/3イニングで18失点。

防御率は5.18と酷い有様だ。

 

「いやぁ……我ながらグロい成績だ」

「まあ試合重ねていくごとに失点が減っていったのは良かったね。最後の試合は5回2失点だったし」

「投手としてはだんだん良くなってるのは自覚してるけど、打撃がなぁ……」

「打撃だけじゃなく守備もちょっとね……。フライ上がるとヒヤッとしちゃうかな」

 

守備も相変わらずで、外野でありながら2失策。

投手は鈴井もフォローしてくれたけど、野手としては最低だ。

人数的にスタメンから外せないし呪いの装備みたいになってる。

 

 

「けど伊吹ちゃん以外は打てるし、とりあえず投手能力を鍛えた方がいいのかな」

「出来る限り投手陣の消耗は少なくしたいからね、それで良いと思うよ」

「今はとにかく投手としての成長がメインか……」

 

私以外はどこからでも点入るんだし、私が打つ必要は正直無い。

それよりも投手として成長した方がチーム的には嬉しいと思う。

ストレートとスライダーはどんどん良くなってるけど、カーブは相変わらず。

ストライクゾーン内に投げるとほぼ確実に打たれてるレベル。

 

けどもう時間も無いし新しい変化球を覚えてフォーム崩してもあれだからって事で、この2球種で大会に臨むことになった。

 

 

「そういや打順って決めたの?」

「うん。相模中央戦の打順が1番良いかなって監督と話したよ」

「やっぱアレが1番だよな。王道というか」

「打順変わると途端に打てなくなる人もいたし、あの打順が合ってたんだろうね」

 

主に山田先輩と菊池先輩、あと青羽先輩だ。

あの3人は打順変えると全く打てなくなってたから菊池先輩2番で、山田先輩と青羽先輩はクリーンナップから動かせない。

いやむしろクリーンナップ打てる選手他にいないから別に良いんだけど。

 

 

「そういやそろそろ抽選会?」

「うん、再来週だね。楽しみだな〜」

「てか制服持ってないんだけど」

「クジ引くわけじゃ無いし良いんじゃない? 先輩達も制服持ってない人何人かいたし」

 

けど私服で抽選会場入るのって変な感じだな。

生徒手帳は持っていかないと受付で弾かれるかも。

せんしゅーもそうだけど、私も楽しみだ。

早く抽選会の日にならないかな。

 



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第6球 抽選

「さあさあ! ついにこの日がやって来たよ! 早く中入ろう!」

「ちょ、せんしゅー落ち着けって!」

「そんな事言って、伊吹ちゃんもだいぶはしゃいでるけどね」

 

6月10日。大会を1ヶ月後に控えたこの日は待ちに待った抽選会だ。

せんしゅーは沢山の高校球女を目にしてテンションが上がってる。

鈴井に言われた通り、私もかなり浮かれてる。

ここに激戦区神奈川で戦うライバルが集っていると考えると、テンション上がらない訳がない。

 

 

「おおー!」

「見て! あそこにいるのが藤蔭学園(とういんがくえん)のスタメン! あっちは蒼海大相模(そうかいだいさがみ)の1年生、県内最速投手の佐久間さんだよ!」

「1年で県内最速!? 凄いな……」

「高校通算40本、京王義塾(きょうおうぎじゅく)の4番結城さんに通算6割超えの水瀬さんも!」

 

せんしゅーが次々と解説してくれるから楽しい。

注意しなきゃいけない人も覚えられるし、緊張だってほぐれる。

 

 

「2人とも行くよ?」

「ごめんごめん。足元気を付けろよー」

「うん、ありがとう」

 

鈴井に促されて席に着く。

シード校が抽選を終え、ついにうちの番。

キャプテンが箱の中から紙を引き、スタッフの人にその紙を見せる。

 

「至誠高校、68番」

 

読み上げられた番号は68番。

トーナメント表から68を探し出し、初戦の相手を確認する。

今年の出場校数的に運が良ければシードだったんだけど、残念ながらノーシード。

 

「……茅ヶ崎西幡(ちがさきにしはた)? 知ってる?」

「普通の公立校だよ。あんま強くない」

「なら楽勝だな。そこに勝ったら城南(じょうなん)か」

「前までは強かったけど最近はそこそこだし、イケるかもね」

 

公立校と古豪が1、2回戦の相手。

油断はしないけど、いきなり蒼海大とかじゃなくて助かった。

先輩達も同じ気持ちみたいで笑顔でハイタッチをしている。

 

 

 

 

抽選会を終え、早速練習を始める。

いざ相手が決まったら練習をしたくなるのは野球部の性なのか。

野手陣は外でせんしゅーのノックを、投手陣は室内練習場のブルペンで投げ込みをする。

せんしゅーはマネージャーなのにノックまで打てる。しかも両打。

もう選手になっても良いんじゃないかと思う。

 

 

 

「うん、ストレートもスライダーもいい感じ! これならそれなりに通用するよ」

「ほんとですか!? やった!」

「ただカーブがなぁ……。一応チェンジアップも覚えようとしたんだっけ」

「はい。けど全然投げられなくて……断念しました」

 

ボールを抜く感覚っていうのかな。いくら教えて貰ってもあれが全然分からなくてすっぽ抜けしか投げられなかった。

1週間練習してもそんなだったから習得は断念した。

 

 

「青羽もコントロール付いてきたし、2人とも頼むぞ」

「はい! 中上先輩だけに負担かけさせる訳にはいきませんし!」

「……与えられた仕事はこなしますよ」

「翼はクールだなぁ。あっ、そうそう。私のリードが嫌だったら首振ってくれて構わないからな」

「けど私、配球の事とか全然分かりませんし……」

「平気平気。試合中に何となくこの球は投げたくないなって思う時はあるから」

 

そういうものなんだ。今までの試合ではそんなの感じなかったけど、公式戦だとまた違うのかな。

 

「それに柳谷の配球はそんな良くないしガンガン首振っていいぞ」

「ちょっと監督!? 最近は良くなってきましたよね!?」

「やっと平均程度かな〜。1年の頃は酷かったな」

「打撃全振りだったのは認めますよ……」

 

元々強打が売りで入学してきたって言ってたな。

その代わりにリードと守備がアレだったのか。

今組んでるけどキャッチングとかも酷いとは思わないし、よほど監督にしごかれたんだろうなぁ。

 

 

「中上、野手にノックあと30分って伝えて来て。終わったらここに集合な」

「はーい」

 

監督からの伝言を伝えに中上先輩が外へ出る。

私はあと30球投げたら終わりだし、1球1分のペースで投げてみよう。

実践だとそんな長く間を取ったらダメなんだろうけど。

 

 

 

30分後、投球練習を終えると同時に野手が室内練習場に集まる。

全員の姿を確認したあと、監督が段ボール箱を持ってくる。

 

「ちょっと早いが対戦相手も決まってるし、ユニフォームを配布するぞ!」

「ユニフォーム! きたっ!」

「待ってました!」

 

段ボール箱に入っていたのは、人数分の公式専用ユニフォーム。

せっかく至誠として出場できるのだからとデザインを一新したみたい。

練習試合用のユニフォームとほぼ同じだけど。

 

 

「それと、予算が下りたからアンシャも買ったぞ」

「うわっ、派手ですね」

「情熱の赤! って感じで良いじゃん?」

「威圧感ありますねコレ」

 

赤色のアンシャに白赤ユニフォーム。

黒のアンシャより光を集めなくて暑くはないんだけど、見た目がすごい暑い。いや熱い。

 

ユニフォームとアンシャを順番に取りに来るように言われ、ワクワクとドキドキが混ざりながら名前が呼ばれるのを待つ。

 

「1番、中上!」

「はいっ」

 

やっぱりエースは中上先輩か。

2番は柳谷先輩、3番は金堂先輩と次々に名前が呼ばれていく。

 

「9番、浜矢!」

「はい!」

「投手兼任で大変だろうけど、頼りにしてるからな」

「……! ハイ!」

 

そんなこと言われちゃったら頑張るしかない。

口元がニヤけるのを感じながらユニフォームとゼッケン、そしてアンシャを受け取る。

 

 

「それと、10番。千秋」

「えっ!? 良いんですか……?」

「どうせユニフォームも余ってるしな。試合には出さないけどコーチャーには出て貰うかもしれないし」

「開会式一緒に出れるじゃん!」

「ほら、早く貰いなよ。憧れの至誠のユニフォームだよ?」

「うん……!」

 

今にも泣き出しそうな、それでいて喜びが隠し切れていない表情でユニフォームを持つせんしゅー。

割れ物を扱うかのように大事な手つきでユニフォームを抱きしめる。

 

「よかったな、せんしゅー」

「うん、うん……! これは間違いなく至誠の公式戦ユニフォーム。ほら! メッシュ生地だしフロントラインが1本多いんだよ! それに袖の所にもラインが入ってる!」

「お、おう……。すごいな」

 

色んな意味で。知識の豊富さもだけど喋る速さやら声の大きさやらがすごい。

凄い勢いで距離を詰められたからつい後ずさった。

 

 

「早く着たいなぁ……」

「もう着ちゃったら?」

「それはダメ! 大会までじっくり待ってから着るのが最高に幸せなんだよ〜!」

「そ、そうなんだ……」

 

鈴井ですらも気圧されてるし。

あんなに喜んでもらえたらユニフォームも嬉しいだろうな。

結局、私と鈴井はかれこれ10分以上せんしゅーの至誠トークを聞く事になった。

知らなかったことを知れるし、分かりやすいから面白いんだけどね。

 

(ただ、圧がすごいんだよな……)

 

そこだけは何とかして欲しいかな。

それ言うとヘコみそうだから言わないけど。

 

 

ユニフォームを配り終え、今日の練習は終わり。

監督はあまり長時間練習をするのは好きじゃないみたいだ。

短時間で効率良く練習をするのが1番成長出来るってよく言ってる。

実際それで先輩達も育ったし、私も野球を始めて2ヶ月とは思えないくらい成長したから合ってるんだと思う。

 

 

「伊吹ちゃん、美希ちゃん。帰ろ?」

「おー、ちょっと待ってねー」

「早く準備しなよ」

「むしろ何で鈴井はそんな準備早いんだよ……。さっきまでせんしゅーの話聞いてたじゃん」

「私は聞きながら準備してたんだよ」

「くそぅ……」

 

2人を待たせちゃいけないと思い急いで帰り支度を終える。

せんしゅーの顔を見てたら、1つ疑問が浮かんだ。

 

「そういやせんしゅーって何でそんなに至誠が好きなの?」

「元々野球は好きだったんだけどね。8年前……ちょうど監督が至誠の選手だった頃だね。あの時、私は県大会の決勝戦を球場で見てたんだ」

「へー。それってせんしゅーが行きたいって言ったの?」

「ううん。親も野球好きだったから連れられて」

 

8年前っていうと小学校入りたてくらいだよな。

そんな頃から野球が好きなんて考えられない。

生まれる前から野球好きだったんじゃないのか?

 

 

「そこで監督の活躍に目を奪われたんだ。4打数3安打1本塁打3打点……。逆転サヨナラ2ラン」

「あったね。私もそれで監督のファンになったよ」

「美希ちゃんも? お揃いだね。……それからずっと至誠が好きなんだ」

「監督のファンだけじゃなく、至誠のファンにもなったんだ」

「うん。特に八神選手が好きだったな」

「八神さん! 私も好きだよ、あのフォーム!」

 

八神さん。高校時代監督とバッテリーを組んでいて、今もプロで活躍している選手だ。

コントロールの良いサイドスロー投手で、毎年のように先発として二桁勝利を挙げている名選手。

 

 

「……いつか、私も至誠の人間として全国に行きたい。全国の頂点に立ちたいって思ったんだ」

「選手になろうとは考えなかったの?」

「元から人のサポートするのが好きだったし、私小さい頃はあんまり体強くなかったから」

「そっか……。けどユニフォーム貰ったし、グラウンドにも立てる!」

「そうだね! それが嬉しくてしょうがないんだ」

 

そう言って笑うせんしゅーの顔は、なんだかとても幼く見えた。

背は小さいし顔も幼いのに、普段はどこか達観しているように見えていた。

大人っぽいところが目立っていたのに、今は小さな子供が初めておもちゃを貰った時のようにキラキラした目をしている。

 

 

「早く試合したいな……。それでせんしゅーを全国へ連れて行く!」

「期待しててね」

「2人とも……。うん、期待してる! 勿論2人の活躍もね!」

「よっしゃー! 完封してやるぜ!」

「じゃあ私は猛打賞かな」

「ふふっ、2人とも頑張ってね!」

 

大会をどういった風に見ているかはそれぞれ違う。

私はスカウトへのアピールの場として、鈴井は自分の実力を試す場として、せんしゅーは全国への道として見ている。

 

けど、全国へ行くという気持ちは全員が持ってる。

目標が一致している、それだけで私達はどこまでも強くなれる気がした。

 



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第7球 開会式

すっかり梅雨も明け、猛暑の始まりを告げた7月。開会式当日、私達は横浜スタジアムに集まった。

 

「これ全員野球選手か……」

「やっぱりレギュラーは体格良いね」

「だな」

 

背番号が1桁台の選手は皆ガタイが良い。

先輩達と同じくらいだけど、1年の私達と比べたら全然違う。

足の太さとか、倍あるんじゃないかってレベル。

 

 

「あ、あっちに佐久間さんがいるよ!」

「おー……1年の割には鍛えられてるな」

「だからこそ県内最速なのかもね」

 

蒼海大の18番、佐久間玲。

私と同じ1年なのに既に体格は2年クラス。

じゃなきゃあんな速い球放れないか。

 

「佐久間ってバッティングはどうなの?」

「打撃も得意で、中学時代は4番を打ってたよ」

「エースで4番か……良い選手捕まえたんだな」

 

佐久間の事は事前に調べていた。

神奈川出身じゃなくて静岡出身。スカウト組だ。

才能のある奴らが寮に入り、充実した設備で毎日遅くまで練習している。

それを越せるだけの実力は、今の私には無い。

 

けど、私には先輩たちがついている。

どんな相手だろうが負ける気はしない。

勿論私も頑張って抑えようとは思うけど。

 

 

「おーい、そろそろ入場だぞ」

「はい! ……キャプテンは緊張してないんですか?」

「もう3年だしな、あんまり」

 

私は緊張しまくりなんだけど。

行進とか今まで運動会でしかやった事無いから手足同時に出たら公開処刑されるじゃん。

しかも人数少ないからすごい目立つし。

 

「ここで堂々としてなきゃダメだぞ〜。ナメられちゃう」

「糸賀先輩も余裕そうですね……」

「3年は緊張なんかしてる暇ないからね」

 

3年からしたらこの大会は最後のアピールの場。

緊張して本来のパフォーマンスが出来なくなったら意味がない。

それは分かっているけど、緊張するもんはする。

 

 

「よし、入場するぞ! 演奏よく聴いてテンポ合わせて、左右は美月に合わせてな!」

「はいっ!」

 

せんしゅーが先頭を歩くのか、一番緊張しそう。

当の本人は楽しそうにしてるのが恐ろしい。

鈴井といいせんしゅーといい、なんで私以外は緊張してないんだ。

 

 

どれだけウジウジ言ってても時間は来る。

緊張はあるが、拍手に送られながら入場する。

並んでみると分かるが想像を絶する人数の多さ。

全員と戦う訳では無いけど、全員がライバルだ。

そう考えるととんでもない世界に足を踏み入れたなと思う。

 

 

『選手宣誓』

 

その声に応え蒼海大のキャプテンが前に出る。

堂々とした立ち振る舞い、ハキハキした喋り。

まさしく強豪校のキャプテンといった人だ。

蒼海大は間違いなく決勝まで勝ち上がってくる。

私達も勝ち上がって、蒼海大と戦いたい。

 

 

 

「あー終わったー!」

「お疲れ。帰ったら練習だからな」

「よっし! いっぱい投げますよー!」

「打撃もあるからそこそこにね」

「おう!」

 

長かった開会式も終わってバスに乗り込む。

ああやって他校の選手を見ちゃうと、練習したい欲が生まれる。

沢山練習して、少しでも差を縮めないと。

 

「蒼海大のキャプテンって名前なんだっけ」

「ファーストの山城斎さんだよ。高校通算40本! 1年からベンチ入りしていた名選手なんだ」

「山城ね……よし、覚えた」

「むしろまだ覚えてなかったの?」

「いやー、佐久間の事調べてて他は……」

 

1回しか戦わない3年より、3回戦う同い年の方が気になるし。

しかも同じポジションだし余計に。

 

「佐久間は投げないと思うよ、ノーコンだし」

「けど代打としては出てくるかもね」

「投手として戦う事になるかも知れないのか……抑えられるかな」

「今の伊吹ちゃんなら間違いなく打たれるね」

「そんなキッパリと……」

 

自分でも薄々分かってはいたけど、断言されると悔しい。

というか鈴井やせんしゅーにそこまで評価されてるって、佐久間って本当に凄い奴なんだな。

 

 

「ただ変化球はあまり得意ではないみたいだし、スライダーなら抑えられるかも」

「もしくは新しく何か覚えるか」

「流石に今から覚えるのはな……。私の登板時に代打で出てこない事を願おう」

「大会終わったらすぐ変化球覚えてもらうからね」

「スライダーだけじゃキツいからなぁ」

 

カーブは結局使い物になりそうもない。

スライダーとストレートだけで戦わなきゃ行けなくなった。

それでも公立とか弱小校相手なら通用するっぽいけど。

 

「帰ったら教えようか?」

「良いんですか?」

「といっても簡単なのになっちゃうけど」

「3球種投げられるようになればマシになると思いますし、お願いします!」

 

中上先輩が変化球を教えてくれるみたい。

先輩なら何でも投げられるし、簡単な変化球の中でも抑えられる変化球を教えてくれるかも。

 

「何教えてくれるんですか?」

「ツーシームかなぁ。1番簡単だし」

「金属でツーシームって意味あるんですか?」

「強い当たりは飛ぶけど、意外と抑えられるよ」

 

そういえば中上先輩も投げてたか。

ライナー性の当たりが多いからヒヤヒヤするんだけど、平気な物なのかな。

まぁ今は選んでる暇なんて無いし、ツーシーム覚えなきゃ。

 

 

 

「じゃあこの握りで投げてみて」

「はい」

 

学校へ戻り早速ツーシームの練習。

青羽先輩もやっぱり1球種じゃ足りないからって一緒に教わるらしい。

 

「ストレートと握り似てるんですね」

「まあね。というかツーシームだって言っちゃえば直球の一種だしね」

「確かにあまり変化球って感じはしませんね」

「けど、木製だと途端に猛威を振るうから、意外と侮れないよ」

「木製は芯外されたら終わりですもんね」

 

木製は芯が狭い上に、芯を外されたら全く打球が飛ばない。

だからツーシームのような手元で変化する球は有効なんだ。

けど金属は殆どが芯だし、多少外されても飛んでいくから変化の大きい変化球の方が有効だと思う。

 

「腕の振りはストレートと同じでね」

「はい! キャプテン、いきますよー!」

「よーし、こい!」

 

キャプテンのミット目掛け腕を振り抜く。

途中まではストレートと同じ軌道で、打者の手元でグッと曲がった。

 

「おお……意外と変化大きい」

「そういう握り教えたからね」

「握り1つで変化って変わる物なんですか?」

「うん。私も変化の小さいスライダーと大きいスライダー投げ分けてるし」

「投球の幅も広がるからキャッチャーとしても有り難いんだよな」

 

小さな変化はカウント取りやゴロを打たれるのに、大きい変化は空振りを取るのに使ったり。

使い分けが出来たら実質2球種あるのと同じ。

私に必要なのは、新しい変化球よりそっちなのかな。

 

 

「ま、2人はとにかくツーシーム覚えよ! 意外と良い変化してるし、多分実戦でも使えるから!」

「はい!」

「……はい」

 

実戦で使えるようになれば、見せ球としてのカーブも役に立ちそうかな。

せっかく覚えたんだし使ってあげたい。

 

 

「早く試合したいな」

「私達は2日目でしたっけ」

「そうそう。それに2試合目。1試合目だったら緊張してたと思うし良かったな」

「ですね」

 

他校の試合も観たいし2試合目で良かった。

だけど早く試合したいと思う気持ちもある。

早く試合当日にならないかな。

 



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第8球 夏の開幕

遂に1年目の夏が始まります。
この作品は浜矢達の卒業までを描きます。


私達の夏は、静かに始まった。

それもそのはず。観客なんて殆どいないんだから。

 

「先輩達ってかなり凄い選手なんでしょ? 何でこんだけしかいないの?」

「初戦は注目されないからねぇ……。勝ち進めば増えると思うよ」

「それに相手が相手だしね」

 

茅ヶ崎西幡の選手のノックを見ると、緊張のせいか簡単な打球すらも溢していた。

怪物の中に1人混ざった一般人の私としては、正直向こうの選手の気持ちは分かる。

観客がほぼいないとはいえ公式戦。緊張するよなぁ。

 

「てか何で小林先生がいるんだ……」

「監督はウチの教員じゃないからでしょ。教員居なきゃ公式戦出られないし」

「あ、そうなんだ」

「高校野球の監督って先生兼任してる人も多いからねぇ」

 

むしろ監督が特殊なのか。

いやそれは良いんだけど、担任が見てるとなると変な感じになるというか、妙に緊張するというか。

 

「浜矢さん、鈴井さん。私の事は気にせずにプレーして下さいね」

「は、はい……」

「わかりました」

 

鈴井は全然何とも思ってないみたいだし、私が気にしすぎなのか?

まあいい、活躍すれば評価上がるし頑張ろう。

 

 

「さあ初戦! 5回でコールド決めるぞ!」

「オオー!」

 

5回で10点取ってコールド勝ち。

部員の少ない私達にとっては、それが一番消耗しない戦い方。

この打線なら10点くらい余裕で取れるはず。

 

私達は後攻だからまずは守備から。

裏の方が有利だから別に良いんだけど、先発がよりによって私なのは一体何故なんだ。

いや公立校相手に中上先輩出すのは勿体ないけど、だったら青羽先輩でも良いわけで。

 

 

『明日の先発は浜矢でいくぞ』

『え!? 正気ですか!?』

『私は至って正気だよ。中上は出したくないし、青羽はリリーフメインで起用する』

『だとしても私って…』

『浜矢は良い投手だよ。信頼してるぞ』

 

……あんなこと言われちゃったら投げないって選択肢は無くなる。

私に目をかけてくれた監督を裏切りたくない。

いつまでも初心者だからってウジウジしてられない、与えられた仕事はこなす。

そしてこのチームの役に立つんだ。

 

 

 

ーープレイボール!

 

試合はもう始まったんだ。逃げ道なんて何処にも無い。

なら私がやるべき事は、3人で抑える事だけだ。

先頭への初球は覚えたてのツーシーム。

しかし1番を打っているだけあって、この球には合わせてくる。

 

「おっけー!」

「ナイスセカン!」

 

頭上を越すと思われた打球を、菊池先輩がジャンプしてキャッチ。

いきなり助けられてしまった。

 

(あんまり守備にばかり頼っちゃいられない……な!)

 

2人目はスライダーを打たせファーストゴロ。

3番もストレートを詰まらせショートゴロで終える。

 

「ナイピ!」

「ありがとうございます」

 

まさか本当に3人で抑えられるとは。

今日はスライダーの調子も良いし、完封狙えるかも。

 

 

「1回裏! まずは2点取るぞ!」

「ハイッ!」

 

1回で2点取る。それを5回繰り返せばコールド。

私が点を取られないの前提ではあるけど、最短でコールドを決めたい。

下位打線は私が居るから点取るのは厳しいけど、上位はいくらでも取ってくれる。

 

「由美香ー! まず出ろ!」

「いつものバッティングー!」

 

糸賀先輩は、初球をあっさりと打ち返してツーベース。

 

(菊池先輩はバントかな……。いや、あのサインは)

 

初球エンドラン。スタートを切った糸賀先輩に動揺したのか、ストレートが甘く入る。

それを逃さず打ち返してタイムリーツーベース。

 

「先制!」

「ナイバッチー!」

「まだまだ点取ってくぞ!」

 

ノーアウト2塁、そしてここからはクリーンナップ。

それらが意味するのは猛攻の始まり。

山田先輩、キャプテン、金堂先輩が続き3点追加。

 

「猛攻にも程がある……」

「まあそれがウチの打線だし。ほら、早く守備つこう」

「はいはい、抑えますよっと」

 

山田先輩と青羽先輩以外は守備得意だし楽に投げられる。

それに加えてこんなに援護も貰えて、私は恵まれた環境にいると感じる。

まぁ、だからこそ自分の実力の無さが浮き彫りになるんだけど。

だけどやるしか無いんだ。

 

 

4番はそれなりに実力のある選手。

油断してかかると痛い目を見るのは分かってる。

キャプテンのサインはスライダー。

 

(内角か……。当てそうだから怖いけど、投げ切るしかない!)

 

顔の前を通過する内角高めのスライダー。

仰け反らせて1ストライクを取り、そこからは外角攻め。

2球続けて外角はストレートを続け、内角にカーブを見せる。

 

(最後は……スライダー)

 

サインに頷き、アウトローのストライクからボールになるようにスライダーを投げ込む。

つい手が出てしまう球。4番を三振に切り取った。

 

「よしっ!」

「ナイピ!」

 

4番を三振に切った事で自信が出てきた。

5番、6番も打ち取ってこの回も被安打0に抑える。

 

「これ5回までノーヒットいけるでしょ」

「すぐ調子乗らない。2巡目から打たれるよ」

「そうだよ伊吹ちゃん。油断してると失点しちゃうよ?」

「ごめんごめん」

 

けど、本当に5回までノーヒットピッチ出来たら良いな。

正直クイック苦手だし、キャプテンの肩があっても盗塁刺すの難しいんだよね。

だからあんまランナー出したくない。

 

「浜矢、ネクスト!」

「あっ、はーい!」

 

ネクストの事すっかり忘れてた。

ヘルメットとバットを持って中上先輩の打席を見る。

相手投手の球種はストレート、カーブ、スライダー。私とほぼ同じ球種だ。

 

「ドンマイです」

「カーブ狙い目かも」

「分かりました」

 

凡退した中上先輩からアドバイスを受け打席に入る。

カーブ狙いつつストレートが来たら迷わず叩く。

スライダーと低めは捨てる。

キャプテンとかは狙いと違う球が来ても打てるけど、私は無理。

 

(なら自分が打てる球を待つだけ!)

 

 

初球のスライダーは見逃してストライク。

2ストライクと追い込まれた後、1球ボールを挟んだ。

息を吐いて緊張をほぐし次の球に備える。

勝負の4球目は内角、少し甘めに入ったカーブ。

 

(このコースは当たらない、打てる!)

 

死球の恐怖はあるが、このコースは大丈夫だと分かっている。

ボールの軌道に合わせるようにバットを出し打ち返す。

 

「……よしっ!」

「ナイバッチ! 公式戦初安打おめでとー!」

「ありがとうございます!」

 

しっかり振り抜いた打球は三遊間を抜けた。

公式戦初打席初安打、上々のスタートを切った。

 

(盗塁できたら良かったんだけどな……)

 

私には盗塁を決められるだけの脚は無い。

というか部内でも下から数えた方が早いレベル。

糸賀先輩や菊池先輩が続くのを待つしかない。

 

 

(……エンドランか、よし)

 

初球を見逃し、監督からエンドランのサインが出る。

糸賀先輩ならよほどの事が無い限り打ち上げない。

投球モーションに入った瞬間、私は走り出す。

金属音がしたと同時に打球を確認すると、一二塁間を抜けていた。

 

「伊吹! 三塁!」

 

三塁コーチャーの青羽先輩の声に応え、二塁を蹴って更にスピードを上げる。

スライディングをして危なげなくセーフ。

 

「ナイバッチ糸賀先輩!」

「伊吹もナイスラン」

「先輩の声が無かったら二塁で止まってました、ありがとうございます」

 

青羽先輩とグータッチをする。

菊池先輩の打席、内野は前進守備。

パワーがあまり無いからか外野も少し前進気味。

弾き返された打球はライトへの深めのフライとなる。

 

ボールがグラブに収まったのを確認してから走り出し、ホームイン。

 

「ナイス最低限」

「ナイバッチナイスラン!」

「いえーい!」

 

ベンチに戻り皆とハイタッチ。

これで5点目、あと5点でコールド成立の点数だ。

その後更に1点を追加し6対0で2回を終える。

 

 

3回はお互い1点も入らず4回表の守備を迎える。

相手は3番からの好打順、ここは抑えなきゃならない。

2球で追い込んでからのサインは、インハイボール球のストレート。

頷いてからロジンバックを触り、コントロールミスがないよう心を落ち着ける。

 

腕を振り下ろし内角高めへのストレートを投げる。

ボール球ではあったが打者が振ってくれたお陰で三振。こういうのを釣り球って言うんだよな。

 

4番、5番も抑えて4回表も終了。

ここまで被安打2、四死球1の好投を出来ている。

 

「ナイピ。伊吹のストレートはノビがあるから、高めに投げると振ってくれるな」

「ノビが……」

「受けてると分かるよ。時々弾くんじゃないかって思うし」

「そんなに凄くないですよ!」

「ストレートは自信持っても良いよ」

 

ストレートは、かぁ。

けど自信を持てる球が1つでもあるのは心強い。

ノビがあるストレート、だからこそ高めの釣り球が効いてくる。

それに釣り球で空振りと取れるとピッチャーとしても気持ち良いからバンバン投げたいと思える。

 

 

「この回であと4点取るぞ!」

「オオッ!!」

 

監督の声に気合を入れ直し、打線が奮起した。

クリーンナップから始まったこの回は、山田先輩のホームランを含む5連打で一挙4得点。

私は続けなかったのが心残りではあるけど、これで次を0に抑えればコールド成立だ。

 

 

「この回しっかり抑えていくぞ!」

「ハイッ!」

「伊吹ちゃん頑張ってね!」

「任せろー!」

 

せんしゅーからの声援も受け取った。

援護もこんなに貰った。

なら、私はただ抑えるだけだ。

先頭は2球で追い込んでから釣り球のストレートを振らせ三振。

次は内角のスライダーを打たせてショートゴロ。

 

 

最後のバッターは守備は良いが打力は無い。

落ち着いて投げれば抑えられない相手じゃない。

公式戦初勝利が目の前にあるが、気分の高揚を抑えて打者と向き合う。

まだ試合をやりたい、コールドにはしたくない。

そんな事を考えているような顔をしていた。

 

(……複雑だけど、私だって勝たなきゃならないんだ)

 

ど真ん中に向かって初球を投げる。

失投だと思ったのかバットを振ってくる。

しかし、私が投げたのはツーシームだ。

絶好球と思われたその球は手元で変化し内角へ。

勿論詰まった打球になり、サードゴロで試合終了。

 

「勝った……」

「伊吹! 初勝利おめでとう!」

「伊吹ちゃん、ナイピ」

 

次々とお祝いの言葉を掛けられるが、正直実感は湧いてない。

コールドだからなのか、試合慣れをしていないからなのか。

 

「ほんとに私が勝ち投手……?」

「何言ってるの伊吹ちゃん、正真正銘勝ち投手だよ」

「今年チームの公式戦初勝利投手は伊吹ちゃんだよ!」

 

2人にそう言われると、やっと少し実感が持てた。

私が投げ切ったんだ、そして勝ったんだ。

 

 

「初戦突破! けど物足りないだろうし帰ったら練習するぞ!」

「はいっ!」

「城南のデータもあるので、見たい人は言ってくださいね」

「じゃあ私は見よっかな〜」

 

せんしゅーの言葉に中上先輩がそう答える。

明日の先発は中上先輩だから、負けるとは思えない。

 

 

「伊吹ちゃんお疲れ」

「お疲れ……鈴井は大暴れだったな」

「そんなでもないよ」

 

2安打2打点は大暴れだと思うんだけど。

私はヒット1本打つだけで大喜びなのに、鈴井は打っても当然のような反応してるし格の違いを感じる。

 

「次の試合も勝とうね」

「……おう!」

 

私達は勝ち上がらなくちゃならない。

学校の評判も回復したいし自分の評価も上げたい。

もっともっと、スカウトの目に止まるような活躍をしなきゃ。

 



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第9球 勝ち抜けろ

明確なライバル校以外の試合はダイジェストでお届けします。
今回は少し短いです。

それと、1話にて中上先輩が右投用のグローブを持っている理由を書き忘れていたので加筆しました。


2回戦の相手は古豪の城南。

それなりにレベルは高いが、データは豊富にある。

相手はチェンジアップを決め球とする技巧派左腕。

けど球速はそんなでもないからチェンジアップさえ捨てればまだ打てる気がする、多分。

 

先発の中上先輩は完璧な立ち上がりを見せ、良い流れで攻撃へと繋げてくれる。

打線も好調を維持し続けていて糸賀先輩の出塁、菊池先輩のバント、そしてクリーンナップのタイムリー。いつものパターンで初回から先制。

 

「城南のクリーンナップは長し方向への打球が多い、シフトを敷いておけよ」

「ハイッ!」

 

要注意なクリーンナップへの対策もしっかりし、中上先輩は6回1失点。

打線も8点を取ってコールド成立。

 

 

 

3回戦は私が4イニングを、青羽先輩が2イニングを投げる継投。

守備型のチームで打線はあまり脅威ではなく、投手始めたての私達でも6回を3点に抑えられた。

投手力が高いチームで、2番手以降も手強い選手は揃っていた。

 

「よっし! やっと1本出た!」

「ナイバッチー!」

 

しかし糸賀先輩のホームランを始めとし、3年生の打撃が爆発。

それと金堂先輩は巧打力はあるけど長打は無いからクリーンナップに据えられる事は殆どなかったけど、こういう投手力高いチーム相手でも余裕で打てる事から今回は5番。

 

足と打力を兼ね備えた最強の4番と、長打は無いがどんな投手のどんな球でも打ち返せる5番。

何とか出塁して2人にランナーを溜めた状態で回す。それがうまくハマって6回でコールド。

 

 

4回戦、5回戦は打撃重視のチームで打撃戦が予想された。

そして予想通り5回戦は打撃戦となった。

この二試合は中上先輩が7回2失点、私が5回3失点、青羽先輩が2回2失点。

 

打撃陣は好調を維持し続け二試合で9得点。

この二試合はコールドは成立せず7回まで試合をする事になった。

 

 

「5回戦突破おめでとう。あと3つ勝てば優勝だ、気を引き締めてくぞ!」

「はいっ!」

 

あと3回勝てば神奈川の頂点に立つ。

もうそこまで来たのかというのが正直なところ。

疲労はだいぶ溜まってきてるけど、優勝さえすれば全国まで少し休める。

あと3試合乗り切ればいいんだ。

意地を見せなきゃならない。

 

「もう向こうは試合終わったんですかね」

「ちょうど試合が終わったみたいです」

 

神奈川は出場校が1番多いから複数の球場で試合が行われる。

だから中継でしか試合が観れないのが残念。

生で観ることによって気付くことだってあるはずなのに。

 

 

「6回戦の相手は……藤蔭学園です」

「ついに当たったか……強豪と」

「今年の藤蔭はどんな感じだ?」

 

藤蔭学園。春夏11回の全国出場を誇る強豪校。

今年の優勝候補の一角だ。

全寮制で部員は有力選手を県内外から集めている。

うちとほぼ同じだけど、たぶん向こうのが規則とか厳しいだろうな。

 

強豪校のなにが怖いってメンタルの強さ。

試合に慣れているのは勿論、逆境に対する強さ、得点圏での強さなどはやはりメンタル面が関わってくる。

強豪校で試合を多くこなし、色んな場面を乗り越えてきた選手たちはメンタルが鍛えられている。

少しのミスにも動じずプレーが出来るだろうし、かなりの強敵だ。

 

「今年は投手力、守備力が高めのチームですね」

「かといって打線が弱いわけでもないんだろ?」

「そうですね。クリーンナップは全員4割打ってますし下位打線も3割前後の選手が並んでいます」

「そんだけ打てて守備型のチームなのかよ……」

 

 

4割打者3人、その他3割前後で守備型のチームって呼ばれるなんてどういう事だ。

よっぽど失点が少ないのかな。

 

「せんしゅー、藤蔭の総失点は?」

「5試合やって2失点だよ」

「はっ? つよ……」

 

うちは5試合で13失点。

別にうちだって悪いわけではない、藤蔭の投手陣がおかしいだけだ。

 

「対策とかは無いんですか?」

「あるにはあるぞ」

「え、あるんですか」

「なんで驚いてんだ……ちゃんと調べてきたよ」

 

監督の言う対策とは、エースはコントロールはいいが球威はあまり無い。

持ち球はスライダー、カーブ、スプリット。

その内のスプリットはコントロールが付かないので捨ててスライダーとストレート狙い。

スライダーは変化が小さく狙いやすく、ストレートも速くはない。

 

「スペックだけ聞くとなんでそんな抑えられたのか謎なんですけど……」

「打たせて取れる守備力のお陰もあるし、コースギリギリに決められたら手が出ないだろ?」

「なるほど……」

 

確かに私は選球眼悪いから、コースギリギリに投げられたら打てない。

それに高校野球は少しゾーンが広めだから余計に。

 

 

「あとはカーブの存在だな……。あいつのカーブは縦に曲がるんだ」

「パワーカーブとかナックルカーブって事ですか?」

「ああ、それに変化量も大きく制球も効く。あのカーブがあれば予選くらいなら簡単に抑えられる」

 

縦に割れるカーブか、今まで見た事ないな。

制球も効くなら際どい所に投げられそうで怖い。

コースギリギリに変化球なんて投げられたら見極められないって。

 

「カーブを打てそうな奴は打っていって、無理なら捨ててスライダーとストレート狙い。それしかないな」

「あんま対策ってレベルじゃない気が……」

「それだけ向こうも凄いって事だ。それにうちだって誰も打てないなんて決まった訳じゃない」

 

そう、うちにはキャプテンがいる。

青羽先輩と山田先輩だって当たれば飛ぶし、それにミート力の高い金堂先輩と糸賀先輩、鈴井もいる。

この中で1人か2人合ってくれれば点はきっと入る。

明日の先発は中上先輩だし、そうそう点は取られない。

 

「明日は投手戦になりそうだな……」

「だね、まあ私に任せといてよ」

「後ろは必ず守ります!」

「おっ、いい返事! 任せたよ〜!」

 

中上先輩はまだ手の内を完全には明かしていない。

この大会で投げていない変化球は何個もある。

それを駆使していけば打たれる確率は下がる、それで流れを持っていくんだ。

 

 

「浜矢も投げてもらうかもしれないから、心の準備しとけよ」

「はい」

 

私もなんだかんだ言って悪くはない成績。

左の変化球投手から右の速球派が来たら打ちにくいはず。

私が試合を壊すわけにはいかない、出番があったら抑えるだけ。

 

「帰ったら明日に向けて練習するぞ!」

「オオッ!」

 



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第10球 投手戦

今回は監督目線になります。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


「うわー! すっげー客の入り!」

「吹部も来てくれてるみたいだな」

「あまり浮かれすぎるなよ」

「はーい!」

 

準々決勝という事もあり観客席は満員。

夏休みに突入したことで、お互いの学校の吹奏楽部も動員されている。

 

「柳谷、行くぞ」

「はいっ」

 

メンバー表を持ち柳谷と共に審判団に挨拶に行く。

三塁側からは藤蔭の監督と主将が。

 

「最初はグー」

「じゃんけん」

 

掛け声と共に先行後攻を決める大事なじゃんけんが行われた。

柳谷が負けてしまい、後攻を譲ることに。

 

「良い試合にしましょう」

「ええ、お手柔らかに」

 

本当にお手柔らかにして欲しいものだ。

藤蔭の投手育成力は県内でもトップクラス、ここ数年結果が出ていなかったのが不思議なくらい。

 

 

「すみません、後攻取られちゃいました」

「気にするな、打撃力重視のチームではないからな」

 

蒼海大みたいなチーム相手だと、後攻を取られるとサヨナラの確率が高くなる。

しかし藤蔭の打力は際めて高い訳では無いので、そこまで恐怖は感じない。

藤蔭の攻め方が分からないのが懸念材料か。

 

予選の全試合を観てきたがランナーを溜めて4番に回す王道野球、粘りに粘ってエースを降ろす野球。

他にも様々な攻め方をしてきたチームだ、攻略法が見つからない。

うち相手なら恐らく粘って中上を降ろす戦術を取るはず、中上には打たせて取るピッチングをしてもらった方が良いか。

 

 

「ついに準々決勝。今年の藤蔭は油断出来ない相手だ、気を引き締めていくぞ!」

「おおっ!!」

 

試合開始のサイレンが鳴り響く。

今日は糸賀を1番、金堂を2番、そして柳谷を3番に置く速攻型オーダー。

打率の高い2人を上位に置きアウトカウントが少ない状態で柳谷に回す。

藤蔭相手なら恐らくこれが1番効果がある。

 

 

《1番、センター糸賀さん》

 

(外野はレフト寄り……内野はセーフティ警戒でやや前進か)

 

あいつは自分で考えて打てるタイプだ、出す指示は無い。

それにシフトにかかっていても無理矢理抜ける打球を打てる力も持っている。

私が口を出すのは糸賀が打ち取られてからだ。

初球のアウトローのカーブを無理矢理引っ張るがファール。

 

(初見であのカーブに対応出来ている、これなら心配ないな)

 

引っ張ったにも関わらず藤蔭は流し打ち警戒をやめない。

滅多に引っ張らないから打てないと思われているのか、もしくはどんなバッティングをしてきても打ち取る自信があるのか。

恐らく後者だ。それだけの投手力と守備力は持っている。

 

 

2球目はスプリットを見逃し、3球目もボール。

4球目は内角のスライダーにタイミングをズラされファール。

 

(ここが勝負の1球だ……。頼むぞ、糸賀)

 

勝負球に選んできたのはカーブだった。

初球こそ当たっていたが、今回は空振り三振。

滅多に三振をしない糸賀が三振した。

 

 

「いやーすみません、藤咲いい投手ですね」

「予想以上だったな……次は打てるか?」

「当然!」

 

落ち込んでるかと思ったけど、心配は要らなかったみたいだな。

糸賀はこういう時にこそ燃えるタイプだ。

 

しかし、これだけでは終わらなかった。

金堂も3球で打ち取られ、ベンチの空気が少し変わった。

この2人が連続で打ち取られる確率はかなり低い。

少し藤蔭を舐めてた空気があったから、チームとしてはこっちの方が正解だろうけども。

 

 

「何落ち込んでるんだ? 次は柳谷の打席だぞ! ほら声出せ!」

「あっ、はい! キャプテンー! 打てー!」

「ホームランホームラン!」

 

ベンチの空気を良くするのは監督の務めだ。

流石にここまで柳谷に任せたら負担が大きすぎるからな。

さてと、相手は長打警戒のシフトか。

 

(遠慮はいらない、山田が言ってるようにホームラン狙いのスイングで良いぞ)

 

柳谷は頷いて藤咲と相対する。

初球のカーブは見逃して1ストライクだが、今のは軌道確認。

あいつなら次からは打っていく。

2球続けてのカーブ、柳谷は簡単にセンター方向へ打ち返す。

 

「よしっ! ……なっ!?」

 

完全に抜けたと思われた打球だった。

しかしセカンドの好プレーによってその打球は阻まれる。

 

 

(この3人が全員凡退するのは滅多にない……。しかも実力を上回られた感じがある、これは少し厳しいか)

 

皆は柳谷ですら簡単に打ち取られた事に、動揺を隠せない様子。

 

「まだ1回だぞ! こっちも3人で抑えるぞ!」

「は、はいっ!」

「それと柳谷……この回、打たせて取るリードを頼む」

「了解です」

 

一応作戦が通用するのか確認しておきたい。

おまけにこの回は普段と同じ球種を投げるように伝えておいた。

これで通用すれば中上の本当の実力を隠せる。

 

「千秋、1番は3割打ってたっけ?」

「ギリギリ打ってますね、あとは4番と5番も3割超えてます」

「それ以外は2割台か?」

「そうですね」

 

今までの試合結果から見て、藤蔭は1から5番までで何とか1点取ってそれを守り抜く野球をしている。

逆に言えば、その5人を抑えれば失点の心配はほぼ無い。

もちろん油断は禁物だが、あの2人なら大丈夫だろう。

 

 

1番への初球はスプリット。相変わらずスプリットとは思えない変化量をしている。

中上は変化球でカウントを整え、速球で三振を取る投球を得意としている。

けど、今日はあえて速球中心で投げてもらう。

2球目のツーシームで詰まらせ1アウト。

 

(真ん中付近に甘く入ったと思わせ、そこから変化するツーシーム……いい配球だ)

 

1番を抑えればあとは怖くない。

2番、3番と初球を打たせてサクッとこの回を終わらせる。

 

「ナイピ」

「どうでしたか?」

「そうだな……今日はずっと打たせて取るピッチングで」

「はーい!」

 

三振にこだわりがあるかと思っていたが、意外にもあっさり受け入れてくれた。

けど、これで不安は少し減る。

この投球スタイルは球数を少なくする事により、スタミナの減りも少なくできる。

ここまでフルで出場してきて疲労も少なからずあるだろうし、この試合は早く切り上げたい。

 

 

2回表、打席には4番の山田。

山田にはシフトの逆をつくなんて器用なことは出来ないから、思い切り振り抜いてもらう。

全国でもトップクラスの打球速度を誇る山田なら、それが1番良いだろう。

 

バキャ、という金属とは思えないような音がした。

プロレベルの鋭い打球がサードに飛んだが、それも巧く捕られてしまう。

 

(守備も上手いな……。流石藤蔭ってところか)

 

青羽、鈴井も凡退してこの回も三者凡退で終わる。

しかし中上だって全国クラスの好投手だ、ツーシームを中心に組み立てた投球でこっちも3人で抑える。

 

 

 

そんな調子で4回までお互い1安打で終わってしまった。

試合が膠着するとは思っていたが、まさかここまでだとは思いもしなかった。

 

《只今よりグラウンド整備を始めます》

 

「まさかここまで打てないとはな」

「すみません……」

「当たってはいるし、何かきっかけがあれば打てそうなんだけどな……」

 

四球も選べてるし、連打さえ出来ればその勢いで点をもぎ取れそうではあるんだけど。

連打が出来る、そのきっかけが欲しい。

 

「というかそもそもあのスプリットのどこが打てるって判断したんですか?」

「え? いや、打てるだろ?」

「……まさか、監督基準の打てるですか?」

「あっ」

 

そうだったな、規定は乗ってないが私は捕手として3割打った人間だ。

私基準で打てると思ってもこいつらから見たら全然打てない球なのか。

 

「ごめん……」

「あっ、いや、謝らないでください!」

「浜矢は優しいな……」

 

しかし、こうなると本当に打てる球が見つからない。

カーブは1番変化が大きいし、今日はスライダーの調子が良い。

 

 

「代打私したいな……」

「金属はダメですよ? 死人が出そうなんで」

「バックスクリーンにしか打たないから安心しろ」

「バックスクリーン壊れそうっすね」

「弁償はできるから安心しろ」

 

打球速度的に金属なんて持ったらきっとファールボールで死人が出る。

私もまだまだ鈍っては無いし、本当に代打で出たい。

 

「監督ってそんなお金あるんですか?」

「失礼な……これでも5年はプロでやってたんだぞ。しかも新人賞取ったし」

「そこなんですけど、それだけの選手が何で5年でクビになったんですか?しかも捕手で」

「そういや素行不良って報道もされてたみたいっすけど……」

 

山田は何でそんな事知ってるんだよ。

あの報道は正直ムカついた、けども。

 

「……まあ、事実だよ。誰彼構わず噛み付いてたし、監督やコーチに反発しまくってたからなぁ」

「でもどこか取るとこ無かったんですか?」

「そもそもトライアウト受けてないからなぁ」

 

戦力外になってからすぐ監督の誘いを頂いたから、トライアウトなんて受けずにそのまま承諾したんだよな。

仮にトライアウト受けていたら、きっとどこか拾ってくれる球団はあったはず。

 

「ブルペン捕手の話とかは無かったんですか?」

「多分トライアウト受けて、それから連絡くるだろうし。そもそも受けてない私には来ないってわけよ」

 

そこでも性格の悪さが災いして取ってもらえなかったかもしれない。

ブルペン捕手は文句を言わず壁になるポジション、当時の私には全く向いてなかったと思う。

 

 

「それより、こんな話してないで作戦会議するぞ!」

「とは言っても、打てそうな球が無いんですよね……。こっちも打たれはしないですけど」

「ストレート狙いにしても、アイツ全然ストレート投げないんだよな……」

「粘って球数稼いで降ろしますか?」

「うちにアイツの球を粘れる奴はそんないないぞ」

 

それこそ今日の1から3番までの3人くらい。

あとは鈴井も意外と粘れるか。

 

「何かのきっかけで向こうが崩れるのを待つとか?」

「流石にそれは運要素が強すぎるだろ……」

 

何か考えなくちゃ、私が監督なんだ。

コイツらを全国に導くのは私の役目なんだ。

全員が実行出来て、そして効果が絶大な戦術を……。

 

 

「……千秋?」

「……え!? はいっ?」

「大丈夫か? ぼーっとしてたけど」

「えと、大丈夫です。ちょっと気になることがあって……」

 

まだ確証を持てていないからもう少し待ってください、と言われた。

もしかしたら、この試合のキーマンは千秋になるのかもしれない。



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第11球 突破口

今回も監督目線になります。


5回表の攻撃が始まる。

ここまでお互い1安打ずつ、四死球はこちらが1、あちらは0。

うちの打線がここまで抑え込まれるのは初めてだ。

藤蔭の好守備に阻まれている部分もあるし、そろそろ打てるんじゃないかとは思っているが。

 

「美希ちゃん、できる範囲でいいから粘ってきてくれる?」

「うん、やってみる」

 

そう言って鈴井の打席を見る千秋は、普段からは想像出来ない程の鋭い目をしていた。

1秒でも速く突破口を見つけ出す、そんな顔。

不利な状況でここまでの顔が出来る、これが真の指揮官か。

 

 

鈴井は6球粘った末のセカンドフライに終わったが、千秋の顔は変わらない。

粘るだけが目的ではないということか。

 

「美月、私たちは何したらいい?」

「相手にカーブを投げさせて欲しいです」

「了解」

 

私より監督してるなぁ、千秋。

しかしカーブか……カーブを投げさせるために粘れって意味だったのか。

藤咲のカーブがそう簡単に打てるとは思えないが、千秋ならそれを覆せる作戦を生み出してくれそうだ。

 

中上は7球粘ってファーストゴロ、菊池も5球目まで粘っているがカーブは無し。

 

「カーブ投げないな」

「多分次あたりに投げてくると思うんですけど……」

 

千秋の予想通り、5球目はカーブ。

 

「あっ……!」

 

小さく呟いた声に反応し、千秋の横顔を見た。

私の目には、不敵な笑みを浮かべる指揮官の姿が映っている。

突破口を見つけ出した、いい作戦を思いついたと言わんばかりの表情。

 

 

「千秋、見つけたか?」

「はい! ……これなら、きっと打てます!」

「よくやった!」

 

早速菊池と浜矢以外の全員を集めた。

千秋が皆の前に立ち、作戦を話し始める。

 

「藤咲選手のカーブはかなり手強いです、ただ1つ欠点を見つけました」

「欠点……?」

「投げる際、腕の角度が微妙に違います」

「癖ってこと?」

「そうだね、カーブを投げる時だけ少しオーバースロー気味になってるみたい」

 

そう言われて全員で藤咲に注目する。

私は菊池にもう少し粘ってくれとサインを出す。

続いて投げられたストレートとカーブ、言われてみれば確かに腕の角度に違いがある。

 

「……全然分かんね」

「それくらい小さな違いだからね、気にしないで? 分かる人はカーブ狙いで打ってください」

「よしっ、任せろ!」

「私も分かったよ」

「さすがキャプテンと美希ちゃん!」

 

相変わらず頼りになる2人だ。

特に鈴井はこれから身体を鍛えていけば金堂並みのバットコントロールになるだろうし楽しみだな。

 

 

菊池も打ち取られて攻守交代。

さっきの作戦を菊池と浜矢にも伝えて守備についてもらう。

攻撃はあと2回しか残されていない、1点でいいから欲しい。

ここからは作戦を厳選しなくちゃいけないし、ミスは許されない。

どうすれば完璧な指示が出せるんだ。

 

「監督」

「小林先生……」

「あまり思い詰めない方がいいと思いますよ、生徒にも伝わっちゃうと思いますし」

「…………ありがとうございます」

 

指揮官が揺らげば皆が迷う、監督たるもの常に堂々としてなければ。

千秋は前を向き続けているんだ、大人の私がこんなんでどうする。

 

「この回も点をやるなよ! いい流れで攻撃に繋げるんだ!」

『ハイッ!』

 

この回から中上はナックルカーブを解禁した。

藤咲の決め球と似た軌道の球、一種の挑発と取られても仕方ない。

だが、そうすれば対抗してカーブを投げてくれる確率は上がるかもしれない。

柳谷の考えそうなリード、そういうのは大好きだ。

 

 

藤咲にも負けず劣らずのカーブで3人を切って取り、6回表の攻撃を迎える。

 

「この回が最初で最後のチャンスだと思え! 必ず点取るぞ!」

『オオー!!』

 

この挑発が効くのはおそらくこの回まで、この回で試合を決めなければならない。

 

「中上先輩の為に3点はもぎ取ってきますよ!」

「いや、1点で十分だよ」

 

そう言ってニヤッと笑う中上。

これがエースの風格って奴か、八神を思い出すな。

 

「その通りだ、中上はもう点は取られない。死に物狂いで1点取ってこい!」

 

浜矢と糸賀の背中を叩いて送り出す。

ベンチからは過去最高の声援が飛び交っている。

そして客席からは吹奏楽部の演奏に乗せられた応援。

これが高校野球の醍醐味ってやつだ。

 

「伊吹ー! 落ち着いて打てー!」

「四球でもいいよー!」

 

浜矢は追い込まれてからも必死に喰らいつく。

変化球を見極められるだけの経験も目もないってのにあそこまで出来るのは、意地かもしくはセンスか。

多分両方だな、あいつは3年になる頃には化け物級の選手になってそうだ。

 

 

「逸らした! 伊吹走れ!」

「よっし! ナイラーン!」

 

キャッチャーの後逸により振り逃げ成立。

中上に対抗意識を持ちすぎた結果変化が大きくなったんだ。

ラッキーではあったが、これで上位にランナーがいる状態で回った。

 

(追い込まれるまではカーブ以外は捨てていけよ……)

 

サインを出したら私に出来ることは信じる事だけ。

選手は私のサインなら大丈夫だって思ってくれている、なら私もあいつらなら大丈夫だって信じてあげるんだ。

多少無茶なサインでもうちの最高の選手達ならやり遂げてくれる、これからはもっと皆を信じてあげよう。

 

 

「しゃー!!」

「ナイバッチー!」

「金堂先輩! 決めてください!」

 

糸賀のライト前ヒットで繋いだ。

ライトの強肩によりホームは阻止されたが、その間に糸賀は二塁へ進みランナー二・三塁。

打席に入るはここまで一度も打率が5割を切ってない金堂。

 

長打力こそないが、あのバットコントロールは目を見張るものがある。

そんな奴がここまで全打席抑えられてたら悔しいよな。

 

「金堂! 打て!!」

 

 

次の瞬間、金属の甲高い音とは違う木製の乾いた音が響いた。

打球は大きく伸びていきセンターとライトの間に。

藤蔭の守備を考えると捕られるかどうかギリギリの打球だ。

 

 

 

「落ちた!! 回れ回れ!」

「2人還れるぞ! 速くー!」

「よっしゃー! 先制! 神奈ナイスー!」

 

打球は野手の手前にポトリと落ちた。

バウンドが高く処理に少し手間取った隙を糸賀は見逃さずホームイン。

お互いチャンスすら作れてなかったこの試合、やっと均衡が破られた。

 

「はぁ〜〜やっっと点入った……」

「お疲れ様です、監督」

「いやいや、千秋の方が疲れてるだろ」

「私は作戦とか立てるの大好きですから」

「けど実行するのは選手だぞ? 信じて待つのはだいぶ息苦しくないか?」

 

私は苦しい。選手を信じてないわけではないが、本当にこの作戦で良かったのか、成功するのかという考えばかり頭によぎって気が気じゃない。

 

「監督は全部の責任を負わされますもんね……大変な立場ですよね」

「自分で話を受けたからには、それくらい受け止める覚悟はあるよ」

「私はたまにしかサインを出さないから、あまり責任っていうのが感じられてないのかもしれません」

 

そう言って悲しそうな表情を浮かべる千秋。

選手が頑張ってて、監督が気負ってるのに自分だけ楽しい思いをしているとでも思っているのか。

 

「マネージャーなんてそれくらいで良いんだよ、皆の支えになってほしいんだから。むしろサイン出してるマネージャーなんてそういないぞ?」

「監督……」

「千秋はそんなの気にせず、やりたい戦術があったらどんどん言ってくれ。責任は私が取る」

「……ありがとうございます」

 

生徒に気を遣わせる事はしたくないし、苦しい思いもしてほしくない。

私が出来るのは責任を負うだけ、歳を取ると挑戦する勇気が出なくて嫌になるな。

千秋や、野球を楽しんでいる部員が眩しく見えて仕方ない。

 

 

「監督! 美月! 私も打ったんですけど!」

「えっ、柳谷!? いつの間に戻ってきてたんだ……」

「今ですよ……もう交代ですよ?」

「す、すみません……! 話に夢中になってて……」

 

そんなに楽しかったのかと笑って聞いてくる柳谷。

スコアボードを見れば6回の所に3と書かれている。

あの後柳谷が還してくれたんだ。

キャプテンの頑張りを見てやりたかった。

 

「柳谷ごめんな? 守備はちゃんと見ておくから」

「おっ、言いましたね? 全部見てくださいよ!」

 

(……大人になったと思ったが、笑うとまだまだ子供だな)

 

久しぶりに見たいたずらっ子のような笑顔。

1年の頃は表情がコロコロ変わって面白かったが、今はどこかクールな印象を持っている。

あいつをキャプテンに指名したのは間違いじゃなかった。

 

 

「柳谷は成長したな……」

「3年間見てきたんですもんね」

「ああ、1年の頃はかなりやんちゃだったんだぜ? 反発してくるしさ」

「今じゃ考えられませんね……。どうやって指導したんですか?」

「目の前でバッティングして私の実力を見せつけた」

 

千秋は少し引いてる感じではあったが、当時のあいつにはこれはかなり効いたらしい。

周囲には自分より凄い選手なんていなかっただろうし、指示を聞いてもらうには私の方が良い打者だった教える必要があった。

あれ以来自分から指導を仰ぐようになった。

 

やると決めた時の集中力、積極性。

そして野球に対する愛情や向き合い方。

それが柳谷をここまでの選手に育てたんだ。

 

「千秋、少しでいいんだ。気付いたことがあったら鈴井や浜矢に指摘してみたらどうだ?」

「へ?」

「……自分が育てた選手が成長する姿を見るのって、すごく楽しいぞ!」

「い、いいんですか!?」

「千秋ならそんな酷い指導はしないだろうし、それに私も手伝うから」

 

一緒にあの2人を最強のバッテリー(・・・・・)に育てていこう、そう伝えた。

すると千秋は目を見開いたのち、強い意志を持った目で頷いた。

 

「……監督は知ってたんですね」

「そりゃあな」

「私も知ってたんですけど、美希ちゃんその話しないし嫌なのかなって」

「まあ、この話を持ち出した時あまりいい顔はしなかったよ」

「でもチーム事情的には……」

「やってもらう必要がある」

 

今はまだこの話を詳しくする段階ではない。

いずれ時が来たらまたこの話をしよう。

 

 

 

「しゃー! 抑えたー!」

「フォアボール2連続で出した時はヒヤヒヤしたよ」

「ごめんごめん」

 

2アウトからランナー一・二塁のピンチを作った中上だったが、なんとか点を取られることなくこの回を終えた。

 

「珍しいな、中上が四球連発するなんて」

「いやー、ナックルカーブのコントロールが効かなくって」

「なんで佳奈恵が向こうに対抗してんのさ……」

「へへー、カーブ対決したかったんだー」

 

挑発目的でやってたのに、何故かこっちまで焚き付けられてたって事か。

胃が痛くなる試合展開だけは勘弁してほしい。

うちの投手陣で安心できるのは中上だけなんだから。

 

 

私がさっき言った"最初で最後のチャンス"という言葉は当たっていたらしく、この回は簡単に打ち取られた。

だが、これで最終回を迎えた。

プロと違って7回制だから展開が速くて助かる。

 

「この回キッチリ3人で抑えて気持ち良く勝つぞ!!」

『オー!!』

「怪我には気をつけて! 風向き確認しろよー!」

 

最後の守備につく9人を見送ってベンチに座る。

準々決勝まで勝ち上がってきたからか、顔つきが良くなってる。

1年2人は言わずもがな、2年のメンツも勝負師といった表情だ。

3年は最後の夏というのも背負っているから気合は十分。

 

 

対して藤蔭ベンチは緊張して張り詰めた空気。

諦めているような顔をしている選手もあるし、うちとは正反対だ。

 

「……勝ったな」

「はい」

 

諦めムードが漂っているチームに至誠が負ける筈ない。

要求通り中上が3人でピシャリと抑え準決勝進出を決めた。

 

「中上ー! ナイピ」

「球数も少なくできて良かったです」

「7回で68球、上々じゃないか?」

「あれ、そんな少なかったか」

 

1回10球も投げてないのか、相当省エネ出来たな。

これなら決勝も投げてもらえるが、今心配しているのは準決勝。

対戦相手はまだ分からないが、どこが勝ち上がっても苦戦するのは目に見えている。

そんな大事な試合で登板させられるのが浜矢と青羽だけっていうのはちょっとなぁ。

 

 

「監督、これなら次も投げられますよ」

「だめだ! プロ行くんだろ? だったら怪我のリスクが高い事はさせない」

「えー!」

「浜矢と青羽で何とか抑えられるようなリード頼むぞ、柳谷」

「言われなくても!」

 

私はじっくり試合映像見て少しでも相手の弱点を見つけよう。

あとは打者の苦手コースと得意コースをまとめて、球種別の打率もまとめておこう。

カウント別の打率もあった方がいいかな。

幸い時間ならある、フル活用して次の試合に臨もう。



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第12球 休息を取ろう

今回は浜矢目線になります。
間違えて削除してしまった為投稿し直しました。


準決勝を翌日に控えた日、私と鈴井はせんしゅーの家に集まっていた。

 

「ひっろ……」

「伊吹ちゃん! はやくはやく!」

「うわっ! なっ、なに?」

「今日はゆっくり休む日だよー!」

 

言ってる事は分かるけど、それと行動が一致してない。

手を引かれた状態で2階のせんしゅーの部屋に行く。

 

「荷物置いてお風呂入ろっか!」

「んん? 言ってる意味がよく……」

「一緒に!」

「はぁ!?」

 

仲は良いけど2人っきりで入るとか緊張するんだけど。てか家の風呂に2人とかキツイでしょ。

 

「いいからいいから!」

「ええー……」

 

こうなったせんしゅーは誰にも止められない、私は抵抗をやめ大人しくお風呂場に連行される。

 

 

「せ、せんしゅー……そんな見ないで」

「腕まわりの筋肉が付いてきたね、けど下半身はまだ細いかな……」

「まさかそれ見るために呼んだ?」

「もちろん! あとはマッサージかな」

 

せんしゅーに見られながらという羞恥プレイのような風呂の時間を終え、部屋に戻る。

恥ずかしすぎて風呂場での記憶が殆どない。

 

「横になって! マッサージするから!」

「てか鈴井は入れなくていいんですかー?」

「もう入ったよ」

「あ、もう被害者だったのね……」

 

1日で2回風呂入るとかせんしゅーも大変だな。

いやでも女の人ってそういう人たまにいるから。

 

「痛かったら言ってね?」

「ほーい……いでで」

「もうちょっと耐えなよ」

「無茶言うな……あー気持ちいーでっ!」

 

力加減が絶妙で、痛いと気持ちいいの間を彷徨っている。

 

「痛いのか気持ちいいのかハッキリしなよ」

「痛気持ちい!」

「伊吹ちゃん肩周り柔らかいね〜!」

「なんかメリットあんの?」

「速い球が投げられるっていうのと、やっぱり1番は怪我をしにくくなるってとこかな。ピッチャーはどこか怪我したらバランスが崩れる繊細なポジションだからね」

 

だから私はそれなりに速い球が投げられるのか。

肩を怪我したら球速は遅くなるし、身体柔らかくて良かった。

 

 

「前から柔軟とかやってたの?」

「ぼちぼち、時間がある時は」

「そっか、続けてたら本当に怪我しにくくなるから頑張ってね」

「りょーかい」

 

ずっと続けてたらもっと速い球が投げられるかもしれない。

そうしたら京王や蒼海大だって抑えられるようになる、もっとレベルアップしたい。

 

「てか鈴井はなに見てんの?」

「京王の個人成績」

「まさか京王になっちゃうとはね」

「予想通りだったけどね」

 

準決勝の相手は京王義塾。

決勝はまだ分からないけど、多分蒼海大が勝ち上がってくる。

強力打線と2連戦は部員の少ないうちにはキツイって。

 

 

「やっぱ結城さんと水瀬さんが要注意かな」

「通算40本と6割打者か……。けど6割打者ならうちにも金堂先輩がいる!」

「昨日の試合で6割切ってたよ」

「嘘っ!?」

 

タブレットで確認してみると本当に6割切ってた。

だとしても5試合やって打率6割キープ出来てたのは普通に凄いと思う。

 

「他の部員はあの2人に回すのがメインだから、あんまり長打警戒しなくていいかも」

「実際ホームラン打ってるのは殆ど結城さんだけだからね」

「水瀬さんが出て2番バント、3番が繋いで結城さんが還すっていうのが得点パターンだね」

 

なんかうちみたいなチームだな。

絶対的な4番がいるチームはこれが1番効率良いから仕方ないけど。

 

「敬遠は?」

「してもいいけどヤジ耐えられる?」

「……無理」

「それにそんな事したら5番以降が奮起しちゃう。せっかく下位打線が怖くないっていうのに」

 

鈴井曰く京王の下位打線は打力は無いらしい。

下位打線はいつも守備重視のスタメン起用で、そのせいで下位打線での得点はほぼ見込めないとのこと。

 

「伊吹ちゃんに抑えてもらうしかないんだけど……」

「私があの化け物2人抑えられるイメージが浮かばね〜」

「一応監督がデータ集めてるらしいけど……それでも抑えられるかは分からないし」

 

いくらデータの通り投げたとしても、私の実力は相手を下回っている。

そんな投手の球なんて、苦手なコースに投げられたとしても打ち返されるだろう。

 

 

「ツーシームとスライダーで何とかするしかないね」

「無茶苦茶言うなあ……」

「というより取られた分取り返せばいいんじゃ」

「向こうの投手って誰?」

「多分2番手の2年生かな? あんまり良い投手ではないよ」

 

エース温存とは舐められたものだ。

私はともかく、他の人は皆打てるっていうのに。

 

「けどあまりにも失点が多いと流石にダメだし……5点」

「へ?」

「5回を5失点で抑えてきてくれたら多分勝てるかも」

「……が、頑張るわ」

 

5回5失点か、1巡目はまだ抑えられるかもしれないけど、2巡目以降ボコボコにされる事を考えると3回までは1失点までが許容範囲か。

そうなると2イニングで4失点……京王相手にそれは厳しくないか?

 

「なんならショート打たせてくれれば全部捕るけど」

「うちの二遊間は鉄壁だからね! そこに飛ばせば抜かれないよね」

 

菊池先輩と鈴井のコンビは鉄壁だ、本当にどんな打球でも捕ってくれる。

2人とも肩はそこそこだけど、捕ってからが異常に速いからカバー出来ている。

 

「なら任せるわ! てか最初から三振取れるとは思ってないし」

「球数少なくする為にも打たせて取る方がいいよね」

「打たれて取るって感じになりそうだけとな……」

 

 

鈴井が持ってきた京王の試合映像を見て今日は別れよう、となったので今年の予選の映像を見る。

 

「まって、水瀬脚速くね?」

「全安打の3割くらいが内野安打だよ」

「長打力は無いから、うちの守備なら前進しても良いかも……?」

「塁に出たら絶対走ってくるから敬遠も出来ない」

 

めちゃくちゃ嫌な選手が1番だな。

見てたら分かるけど選球眼も良いしカット能力もある。

守備も上手いし長打力以外は隙なしって人だ。

 

「こんなん抑えられる気しねーよ……」

「2番はほぼ確実にバントだし、3番は繋ぐ事意識で長打は狙ってこないから、なんとかそこでアウトカウント増やしたいね」

「2アウトの結城さんならまだなんとかなるかも……」

 

せんしゅーが言うには、2アウト時の結城は他のアウトカウントの時よりも打率が落ちるらしい。

だから2、3番を確実にアウトにすれば結城を打ち取れる確率は上がる。

 

「てかそんなとこまで知ってるんだな……」

「今監督からデータ送られてきたんだ」

「あっ、リアルタイムで」

「凄いよこれ、カウント別の打率まで載ってる」

 

結城は2ストライクでは打率は3割くらいだが、フルカウント時の打率は6割。

ボール先行は絶対ダメだけど、あの打力を知ってるとボール先行で攻めたくなる。

怖いけど初球からゾーンに入れていくしかないのか。

 

「水瀬は?」

「えっと……ノーアウト時の打率は7割だね。カウント別は……初球が5割以上」

「初球打ちが多いってこと?」

「うん、水瀬さんは積極性のある打撃が売りだからね。けど初見の相手にもガンガン振っていくから、1打席目はなんとかなるかも」

 

なるほど、少し希望が見えてきた。

 

「……今のは1打席目は必ず抑えろってことだよ」

「はい……」

 

なんて楽観視してると鈴井に釘を刺された。

けど2人の言う通り、1打席目で抑えられなかったらその後が相当キツくなるんだよな。

 

「つまり、1打席目の水瀬と2番3番、それと2アウトの時の結城は絶対に抑えろと」

「そうだね、そうすれば失点の確率は大きく下がるよ」

「よしっ、そうと決まれば練習だ! 2人とも付き合ってくれるか!?」

「もちろん」

「言われなくてもそのつもりだったよ」

 

 

鈴井が捕ってくれるらしいので、加減して投げ込む。

したら全力で投げてこいなんて言われちゃったからお望み通り全力投球。

 

「鈴井捕るの上手くね? もしかしてキャッチャーやってた?」

「…………別に、やってなかったよ」

「そっかー。やっぱ守備上手い奴ってこういうのも上手いんだな」

 

なんか一瞬変な間が空いてたけど、もしかしてこの話題地雷だったのかな。

今度からはあんま触れないでおこう。

 

 

40球、全球種を全力で投げ込んだ。

これで本当に解散、鈴井を見送って私も帰ろうとした。

 

「伊吹ちゃん、ちょっといい?」

「ん? なに?」

「さっきの美希ちゃんの事なんだけどね……」

 

さっきの鈴井ってなんだ、もしかしてキャッチャーの事かな。

てかせんしゅーもあの空気察してたんだな。

 

「美希ちゃんはね、元々捕手だったんだよ」

「えっ!? でもアイツ、やってないって……!」

「うん……ああ言った理由は私にも分からないんだよね」

「なんかトラウマでもあるのかな?」

「どうだろう……けど1つだけ分かっているのは、美希ちゃんは正捕手の座を奪われてショートに回ったってこと」

 

もしかしたらそれが原因で捕手の話をしたくないのかも、とせんしゅーが言った。

あの鈴井がレギュラー奪われるなんて信じられない。

あんなに守備が上手くて打撃も凄くて、なんだったら脚だってある。

 

「伊吹ちゃんの言いたい事は分かるよ、けど中学時代の美希ちゃんは打撃は良くなかったんだ」

「鈴井が……?」

「うん、あとは肩も全然強くなかった。それ以外は今と同じなんだけど、その欠点2つが響いたんだろうね」

「じゃあなんでショートに……?」

 

肩が弱いショートなんていらないだろ。

それにショートで起用するんなら捕手で起用したっていいのに。

 

 

「あれ以降、美希ちゃんの力が目覚めたんだと思う。目覚めたって言うよりは努力の末開花したって言う方が正しいのかな」

「努力……」

「2割前後だった打率が一気に4割超え、肩も強くなってショートとしては申し分ないレベルにまでなった」

「正捕手奪われた事で奮起したってことか……」

 

けど、私だったら打撃型の捕手よりも鈴井が良い。

あんなに上手く捕ってくれる捕手なんてそうそう居ないだろ。

多分キャプテンよりも上手かった。

 

「言い方は悪いかもだけど、美希ちゃんって少しプライド高いとこあるじゃない? だから嫌だったのかなって」

「あー確かに、アイツそういうの言及されるの嫌いそう」

「だからこの話は美希ちゃんの前ではしないようにしよっか。いつか本人が話してくれるまで待とう」

「うん、私も鈴井に嫌われたくないしね」

 

しかし鈴井が捕手だったとはな。

もしアイツが過去を乗り越えて、また捕手をやりたいって言う日が来たら、その時最初に組むのは私がいいな。



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第13球 抑えたい

京王義塾との準決勝当日。

ここまで来るとスタンドは満員で応援の熱も凄い。

それに、ここまで勝ち上がったチームの選手は体格が違いすぎる。

結城とか腕の太さが私の倍くらいある。

 

「さて、浜矢! 青羽! この試合は2人にかかってるぞ、気を引き締めていけ!」

「ハイッ!」

「はい」

 

青羽先輩は緊張してないのかな。

いや、してるわ。すっごい手震えてる。

緊張が顔に出ない人なんだなぁ。

 

「まっ、打たれた分打ち返してやるから! 安心して投げてこいよ」

「分かりました……」

 

キャプテンや皆がついている。

けど少しでも負担を減らしたいし、何より自分が成長したい。

京王義塾なんて強敵と戦えるチャンス、もう2度とないかも知れない。

ここを乗り越えれば私は精神的に強くなれる、そう信じてる。

 

「せんしゅー、5点まではよかったんだよな」

「そ、そうだけど……」

「悪いけど、そんなに取られないぜ!」

「伊吹ちゃん……。うん! 任せたよ!」

 

こんな所で負ける訳にはいかない、負けるならせめて決勝戦じゃないと。

40本だか6割だか知らないが、私は必ず勝つ。

 

 

《1番、ショート水瀬さん》

 

とは言ったものの、オーラが凄いな。

水瀬って確か長打力は無いんだよな、そうとは思えない威圧感があるんだけど。

けど、ここを抑えれば最高のスタートが切れる。

 

(初球打ちが多いって言ってたから……ですよね!)

 

キャプテンのサインはツーシーム。

ストレートと惑わせて詰まらせる作戦だ。

左脚を後ろに引き、反動をつけて思いっきり振り下ろす。

データ通り初球から振ってきた。

 

「っ、ショート!」

「オッケー!」

 

センター返しをされ、私は捕れず鈴井に頼む。

シフト的に普通のショートならギリギリのタイミングになりそうなのに、鈴井は簡単に捕ってアウトにしてしまう。

 

「サンキュー鈴井!」

「ワンダン!」

 

水瀬をアウトに出来ればあとは平気だ。

2番は2割5分だし、冷静になれば抑えられない相手じゃない。

 

(初球は内角のスライダーか、了解。しっかり投げますよ)

 

ぶつけないように指先に神経を集中させるイメージで投げる。

かなり曲がったスライダーには、バットの根元で当てるのが精一杯だ。

 

「おっけー! 自分で!」

「任せた!」

 

このボテボテの当たりは自分で処理して2アウト。

3番は2割8分だから気を付けないと。

 

 

アウトローの直球はファールで1ストライク。

2球目はカーブを見せ玉として使い1-1。

3球目のスライダーも外れてしまいバッティングカウント。

 

(カーブか……。いや、ここは強気に攻めましょう)

 

初めてサインに首を振った。

ここは絶対強気にいかないとダメな場面だと思ったから。

 

(初球と同じ、了解!)

 

アウトローの直球、さっきよりも少しゾーンギリギリを狙って。

これは入ってる、頼むから振ってくれ!

 

 

「っ、キャッチャー! 後ろ!」

「オーライ!」

 

強く振り抜かれたからビビったけど、タイミングがズレたおかげでキャッチャーフライ。

作戦通り初回はヒットを許さなかった。

 

「ナイピー!」

「あざっす!」

 

捕ってくれたキャプテンとグラブタッチ。

ベンチに戻ってせんしゅーともハイタッチする。

だいぶ守備に助けられたけど、抑えれば勝ちだ。

京王の先発の投球練習を眺めてると。

 

 

「……速いな」

「あれで2番手か〜、さっすが京王」

「けど、うちの打線なら打てると思うよ」

「だな! 前の試合打てなかったし今日は打つよ!」

 

2年は準々決勝で金堂先輩以外あまり打ててなかったから、気合十分って感じ。

3年はもう集中してて声が聞こえてないと思う。

それ思ってしまうほどの鋭い眼光で向こうの先発を見てる。

 

「鈴井はどう? 打てそう?」

「どうかな……当てられるけど内野を越せるかな」

「弱音吐くなんて珍しいじゃん」

「互いの実力を考えた上での発言をしてるんだよ」

 

鈴井はあまり長打力は無い。

なのに走塁が上手いからすぐ二塁打にしてしまう。

パワーの無さを足でカバーする打撃スタイルだ。

 

「向こうは初めてベンチ入りした2年生だ。大会の雰囲気に慣れていない、不安定なところを叩くぞ」

『ハイッ!』

 

かなり悪役っぽいこと言ってるけどいいのかな。

けど精神面の弱さにつけ込むのは実際効果はある。

連打されればさらにメンタルにクるだろうし、速攻決めたいな。

 

 

《1番、センター糸賀さん》

 

「やっぱこの打順が落ち着くよな〜」

「いつもの打順ですね」

「藤蔭の時のもめっちゃ攻撃的で好きだけど、やっぱこっちだよな」

 

今日は糸賀先輩が出塁、菊池先輩がバント、そしてクリーンナップで大量点を狙ういつもの打順。

山田先輩の言う通りこれが1番しっくりくる。

 

「糸賀が打てるかどうかで、チーム全体がどれだけ打てるか決まる所あるからなぁ」

「それって何でですか?」

「糸賀は対応力が高いんだよ。その糸賀が打てなきゃ他も打てないことが多い」

「伊吹もさ、由美香先輩が打てなかったら無理だって思うことあるっしょ?」

「それは……ありますね」

 

糸賀先輩に打てないのに私に打てるはずがないって、よく思ってた気がする。

てことは糸賀先輩は私達の基準みたいなのになってるのかな。

 

「そういう意味でも由美香先輩には打ってもらわなきゃ!」

「なるほど……! 糸賀先輩ヒットお願いします!」

「ホームランでもいいですよー!」

 

 

糸賀先輩は警戒されてるから際どいコースへの投球が多い。

それでも打てるのは際どい球はカットして、甘い球だけを打ち返せる技術があるから。

好球必打は野球の基本、だけどそれが難しい。

先輩はそれが出来るからずっと1番に据えられてるんだ。

 

「おっ、抜けた!」

「ナイスヒットー!」

 

なんて考えてたらいつも通り流してヒット。

糸賀先輩は安打の半分以上が流し方向なんだっけな。

 

「走りますかね?」

「どうだろう……初回だし慎重に行くんじゃない?」

 

監督を見ると悩んだ末にサインを出していた。

あれはグリーンライト、つまり行けたら行け。

グリーンライトのサインが出されるのは基本的には糸賀先輩だけで、あとはたまに菊池先輩にも出る。

それだけ脚に関しては信頼されてるんだろうなぁ。

 

 

「走った!」

「うわっ、ギリギリ! 間に合え……!」

「……セーフ!」

 

セーフになったけど、あの糸賀先輩がギリギリ。

少しスタートが遅れたのもあるけど、あそこまで危なかったのは初めて見た。

 

「クイックが速いな」

「青羽先輩……ですよね。それにキャッチャーの送球も正確でした」

「それだけじゃない、捕ってからも早かった」

 

あれが強豪校の守備力か。

一体どれだけの時間を練習に費やしてきたんだ。

そう思うくらい正確かつ素早い動きだった。

 

「これは悠河は無理だな」

「菊池先輩も盗塁上手いのに無理なんですか……」

「脚の速さは由美香先輩のが上だからね」

 

まあ菊池先輩はそもそもバントのサインばっかでヒット打つことがあんまないけど。

そしてここも当然バントのサイン。

 

「ちゃんと決めろよ!」

「ここ決めたらかっこいいぞー!」

 

こんな声援必要なかったかのように、あっさりと決める菊池先輩。

さすがバント成功率チームトップ。

 

「これで犠牲フライでも1点ですね」

「神奈なら打つっしょー」

「そういえばいつも通りって言ってたけど山田先輩5番ですよね」

「まあここが入れ替わるのはよくあるし」

 

菊池先輩以外の2年は打順が固定されてない。

まぁ基本的に3、5、6番以外には入らないけど。

今日は金堂先輩が3番、山田先輩が5番、青羽先輩が6番。

 

「よーし神奈! 打ったれー!」

「打率6割に乗せましょー!」

 

 

金堂先輩への第1球は、外へ曲がりながら落ちるスライダー。

普通なら手が出ない球だけど、金堂先輩なら。

 

「おっ、高く上がって……落ちた!」

「しゃー! 回れ回れ!」

「先制! やった!」

 

レフトの前へのポテンヒットで1点先制。

それよりも気になるのは。

 

「あの人またボール球打ちましたよ……」

「あれもいつも通りだな!」

「神奈に普通の打撃を求めない方がいいぞ」

「ええ……」

 

相変わらず天才的、いや変態的なバットコントロール。

選球眼は悪くないみたいな事言ってたけど、打てるから振っちゃうのかな。

 

「キャプテンにも続いてほしいな」

「ただいまー」

「おかえりです!」

 

ベンチに戻ってきた糸賀先輩とハイタッチ。

キャプテンはきっと続いてくれる。

 

「うわっ、打球速っ!」

「これも抜けますね!」

「神奈は還って……これないか」

「金堂先輩もそんな脚遅くないんですけどね」

 

うちで脚が遅い分類にされるのは私、青羽先輩、山田先輩。

少し速いくらいが鈴井、中上先輩、金堂先輩。

速いのが糸賀先輩、菊池先輩、キャプテン。

こうしてみると綺麗に3人ずつに分かれてるんだな。

 

 

「……ちょっと先輩たちー!?」

「いやーごめんごめん」

「あれは無理だ」

「そんなはっきりと言わなくても……」

 

あの後、山田先輩と青羽先輩は連続三振。

2人とも最近は調子悪いみたいだ。

 

「守備は頑張るから!」

「え、正直そっちに飛ばしたくないんですけど」

「センター方向が安全すぎるからな」

「そうなんですよねぇ」

 

うちのセンターラインは固すぎて、そこ以外に飛ばしたくない。

レフト方向なんて、サードが山田先輩でレフトが青羽先輩だ。

同じチームとは思えないくらい守備力の差がある。

 

「とにかく結城を抑えなきゃ、ですよね!」

「当てられたら終わりみたいなもんだからなぁ」

「内野の出番は無いかもな」

「怖い事言わないで下さいよ……」

 

 

2回表の守備につく。

打席に入った結城を見た瞬間、全身に電流が流れたような感覚が。

 

(何だこの威圧感……!? 水瀬とは比べ物にならないぞ!)

 

18.44mも離れているのに、まるですぐ近くにいるような迫力。

投げる前から打たれると感じてしまい、体が動かせない。

 

「伊吹!」

「! あ……キャプテン」

「結城は怖いよな、けどさっきも言っただろ? 打たれても私が打ち返すって。それに、"そんなに取られない"んだろ?」

「……はい! 5点未満に抑えてやりますよ!」

「最高の球を頼むぜ、必ず受け止めてやるから!」

 

キャプテンに気を遣わせちゃったな。

それにしてもキャプテンってほんとカッコいい。

一言二言喋るだけで緊張がほぐれて、絶対大丈夫だって気持ちにさせてくれる。

 

(……よし、もう平気。結城相手に投げられる事を楽しく思えばいいんだ)

 

サインはスライダー。

流石に結城相手に初球ストレートから入る度胸はないが、絶対にコントロールはミスらないように。

 

(くらえっ! これが私の最高の球だっ!)

 

「なっ!?」

 

際どいコースに決まったスライダー。

手が出るような球ではないのに、結城は簡単に打ち返した。

しかもツーベースだ。

 

(今のを打たれるか……よし。なら後続を切るだけだ)

 

6番は追い込んでからの高めのストレートで三振。

7番はセカンドゴロで、その間に結城は三塁へ。

 

 

(2アウト三塁……打席には8番か。下位打線相手なら私でも優位が取れる)

 

下位相手だからこそ出し惜しみはしない。

全力のストレートで打ち取ってやる。

 

「セカン! 1塁!」

「任せろ!」

 

そう言ってファーストに送球する菊池先輩。

しかし、その送球が金堂先輩のミットに収まる事はなかった。

 

「!? しまっ……! 二塁二塁!」

「オッケ!」

 

私の指示と金堂先輩のカバーが速く打者は二塁には進ませなかったが、結城はホームに還っていた。

 

(別の人がフラグ回収しちゃったよ……)

 

「伊吹ごめん……」

「い、いえ大丈夫ですよ! というかあの流れは山田先輩か青羽先輩がエラーする流れでしたよね」

「なんで私たちに飛び火したの?」

「まあレアな物見れたってことで」

 

確かに菊池先輩のエラーなんてそう何回も見れるものじゃない。

まだ同点で2アウト、そして9番。

ここを抑えれば流れは渡さずにすむ。

 

まずはストレートで見逃し。

その後はボール球にカーブを投げたら振ってくれて2ストライク。

最後はスライダーで調理完了。

 

 

「伊吹も不運だったな」

「野球やってればこんな事もありますよ」

「自責点じゃないから気にしないで投げようね」

「おう! てか私は全然平気だから菊池先輩の方をなんとか……」

「うん、任せて」

 

せんしゅーが菊池先輩を励ましてくれる。

私はあんまり人を励ますのが得意じゃないし、そもそもエラーした時の対処法とか分からない。

それに菊池先輩の守備にはいつも助けられてるんだから全く気にしてない。

 

「取られたら取り返す! それが至誠の野球だろ? 大量に点取ってこい!」

『オー!』

「美希と私が打つから、自援護よろしくね〜」

「えっ、それは流石に……」

 

遂に打率2割切った私になんて要求をするんだ。

けど、バントも苦手だし得点圏で回ってきたら打つしかないよな。

投手は9人目の野手だ、少しで良いから打撃でも貢献しなきゃ。



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第14球 負けてたまるか

2回裏の攻撃は7番の鈴井から。

内野の頭は越せないかも知れないが、当てられると言っていた鈴井。

その発言通りどんな球でも当ててはいる。

ただ前に打球が飛ばない。

 

「鈴井ー! 頑張れー!」

「真芯で捉えればいけるよー!」

 

直後、鈴井は今までで1番の打球を放った。

フェンス直撃のツーベースになる。

 

「ないばっちー!」

「美希ちゃんは流石だね……!」

「私も負けてられないな!」

 

ネクストに入り中上先輩の打席を見る。

中上先輩は鈴井に教えてもらったらしく、フォームが鈴井と全く同じ。

左右が違うだけで、タイミングの取り方やスイングの仕方は同じ。

2人ともいわゆる振り子打法ってやつだ。

 

 

「ヘイヘー……うわっ!」

「あっ、ごめん!」

「き、気にしないでください……」

 

中上先輩の打った球が凄い勢いで真横を通過した。

そうだよな、選手であってもファールボールには気を付けなきゃ。

今度からベンチにいる時もグラブ嵌めておこうかな。

 

(お、サイン出た……。バント?)

 

何故かカウント1-1からバントのサイン。

中上先輩はしっかり送って1アウト三塁。

 

「ナイバン!」

「任せたよ」

 

犠牲フライでも1点の場面、ただ向こうの打線と私の実力を考えると1点じゃ足りない。

だからここは最低限なんて意識は持たず、とにかくヒットで繋ぐ事を考えよう。

 

 

(うわ、はっや……)

 

想像していたよりも球速が速く、手が出なかった。

こんな速いのに制球も良い。

中上先輩にバントのサインが出た理由がちょっと分かった。

 

けどとにかく振らなきゃ何も起きない。

球種は確かカーブ、スライダー、カット。

私が打てるのはストレートかカットだけ。

 

(きたっ! 甘い! ……あっ)

 

ストレートだと思い振ったが、多分カット。

打ち上げてしまいライトへの犠牲フライに終わる。

 

(打って繋ぎたかった……!)

 

 

「いーぶき、ナイスフライ!」

「ナイス最低限!」

「よく当てたな」

 

ベンチに戻ると先輩達が明るく迎えてくれた。

そうだ、先発がクヨクヨしてちゃ抑えられるものも抑えられなくなる。

もっと自信を持たなきゃ、スカウトに注目される活躍なんて出来ない。

 

「とは言っても流れは切れちゃいましたからねぇ……」

「ま、次の回が勝負よ」

「ですね」

 

結局あの後糸賀先輩は打てずに3アウト。

3回表、1番の水瀬からの好打順だ。

水瀬に打たれたら確実に失点すると思って投げよう。

 

(ストレートから入るの怖いなぁ……。スライダー? 了解です)

 

アウトローに構えたキャプテンのミット目掛けスライダーを投げる。

水瀬は膝をうまく畳んで引っ張る。

 

「げっ……!」

「おっけー!」

「! ナイスキャッチ!」

「へへっ、イージーイージー!」

 

菊池先輩の超ファインプレー。

飛び込んで捕るのはもちろん、そこからグラブトスで鈴井が正確な一塁送球。

こんなプレーが出来るのは全国探してもこの人くらいしか居ない。

普通だったらあの打球には追いつくことすら出来ない。

 

(流れはこっちのものだ、あとは抑えるぞ!)

 

2番は三振、3番はツーシームを打たせ3アウト。

まさか京王相手にリードする展開を出来るとは思ってもみなかった。

 

 

「ナイピ」

「ありがとうございます」

「あと2回、いけそう?」

「この調子ならいけますよ!」

 

球数もまだ30球くらいだし、5回までは持つ。

青羽先輩が2イニングをどれだけ抑えられるか心配だけど、まあ大丈夫か。

 

「菊池先輩も地味に打率ヤバいですよね」

「まあ守備の人だからな……」

「それなのにエラーしたって落ち込んでたよ」

「でもさっきみたいなプレーがほとんどだし、こっちは気にしてないのに……」

「普通のエラーとタイムリーエラーじゃ全然違うからなぁ」

 

さっきから気まずいのか何なのか、菊池先輩が顔を合わせてくれない。

たかが1失点しただけ、しかも同点にされただけで勝ち越されたわけではないんだから普通にしてて欲しい。

 

「おっ、珍しく打った」

「挽回しようとしてるなぁ」

「てことは走りますかね?」

「どうかな……」

 

そう言って糸賀先輩は監督を見る。

私も続いて監督を見ると、サインに悩んでいるようだった。

糸賀先輩でもギリギリだった事が足枷になっている様だ。

 

(お、盗塁のサイン)

 

監督としてももっと攻めたいんだろうな。

けど失敗した時のリスクが高いから慎重にならざるを得ない。

けど今はちゃんと攻めた采配をしてくれた。

 

「走った!」

「うおっ、速っ……!」

「セーフ!」

「菊池せんぱーい! ナイスランです!」

 

向こうが来ないならこっちから行くまでだ。

私の声に反応して、やっと見てくれた。

笑顔でエアグータッチ。

 

 

「てかギャンブルしたな〜」

「モーション入る前に走ってましたよね」

「それだけ活躍したいって思いがあるんだろうな」

「菊池先輩……」

 

そんなにして貰えることが嬉しい。

チームとしても、個人としても。

ノーアウト二塁という、最高のチャンスで金堂先輩に回る。

 

「……上がってきたな」

「さっきタイム取ってたもんな、あれで立ち直っちゃったか」

 

変化球のキレ、スピード。直球のコントロールが良くなった。

捕手がタイム取って内野陣集まってたし、多分あの時に上手いことやられた。

向こうもそういうの上手いなぁ。

 

 

金堂先輩はセカンドへの進塁打で終わる。

1アウト三塁、この場面でチーム最強打者に打席が回った。

キャプテンはかなり集中してるみたいで、いつもの様な笑顔は無い。

鋭く相手を睨みつけ、獲物を狩る獣の様な目をしている。

 

2球続けて見逃して1-1。

その後も打ち損じたり見逃したりでフルカウントとなった。

展開自体は無いのに、1秒たりとも目が離せない。

どっちがこの勝負に勝つのかを見逃したくない。

 

 

勝負の7球目、キャプテンは高めの速球に負けず力強く弾き返した。

痛烈な打球はセンターを襲う。

 

「っ、センター!」

「落ちろ!」

「抜けろー!」

 

水瀬が前に出てきて、あと少しでグラブが届く。

あと一歩のところだった。

 

「落ちた!」

「ゴーゴー!」

「よっし! 3点目ー!」

 

守備が上手く俊足の水瀬でも届かなかった。

しかしそこからの対応は流石という感じで、キャプテンは一塁ストップ。

 

「3対1か……まだ油断はできないな」

「監督的には、私があと2イニング抑えられると思いますか?」

「正直同点までは覚悟してる」

「結城が怖すぎるんですよね……」

 

結城に打たれるのは覚悟してる。

だからこそ得点圏で回すのだけは絶対にダメだ。

ランナー無しの状態だし今回は平気だけど。

 

 

結城対策を考えていると攻撃は終わっていた。

考えてたって実行出来ないとダメだ、強い気持ちを持って臨まなきゃ。

 

(ふぅ……。相変わらずすごい威圧感だ)

 

結城からは絶対に打つという意志を感じた。

いくら名選手が多いとはいえ、こんな急造チームにリードされてるのが相当悔しいんだろうな。

自分が何とかして見せるという眼、まさにキャプテンだ。

 

(私だって負けたくないんだ、全力でいかせてもらうぞ)

 

まずはカーブを見せ球に使って1ボール。

次にインハイのストレートで仰け反らせる。

さらに内角をえぐるツーシームを投げたが、釣られることなく2-1。

 

(ボール先行はまずいな……。ストライク入れたい)

 

4球目は外に逃げるスライダー。

少し手元が狂ったのを感じた次の瞬間だった。

 

 

「……まじかよ」

「結城さーん! ナイバッチー!」

「さすが4番!」

 

少し甘く入っただけでスタンドに運ばれた。

しかも流してホームラン。

どんなパワーと技術があったらあんな打球飛ばせるんだ。

 

「伊吹ドンマイ!」

「まだ1点差あるよ! 気にせず投げようぜ!」

「……はい!」

 

顔を叩いて気合を入れ直す。

結城を過ぎたらあとは楽だ、次に繋ぐために抑えよう。

 

6番にはヒヤッとした当たりは打たれたが糸賀先輩の守備範囲。

7番と8番は完全に手玉に取り抑え込む。

あと1イニングを抑えれば交代だ、頑張らなきゃ。

 

「浜矢、次の回行けるか? 辛そうだけど」

「大丈夫です! まだ投げられます!」

「そうか、なら頼んだぞ」

「はい!」

 

確かにちょっと疲れてきたけどまだ平気。

球数はまだ57球、あと1イニングは持つはずだ。

しかしこの回の打線から快音は出ることは無く、初めて無得点で攻撃を終えた。

 

 

5回表、私はこの回で降りる。

だからこそしっかり抑えて青羽先輩に繋ぐんだ。

9番は絶対抑えなきゃいけないんだから頑張ろう。

 

(っ、しまった……!)

 

「デッドボール!」

 

今大会、初めて当ててしまった。しかも投手に。

すぐさま帽子を脱いで謝る。

なんかさっきから手元が安定しない、ロジン触っとこう。

 

ここで回ってくるのは水瀬だ、ゲッツーは取れないと考えよう。

1番嫌なのはヒットを打たれて一・三塁にすること。あと少しだから抑えなきゃ。

 

「伊吹ー! 落ち着いて!」

「ここまで抑えられてんだから平気だって!」

「ショート打たせていいよ!」

「センターでもいいぞー!」

 

皆の声で我に帰れた。

このままだったらずっと焦ったままだった。

キャプテンは私を信じて構えてくれる、それに応えなきゃ。

 

(くらえっ、最高変化のスライダー!)

 

「セーフティーだ!」

「くそっ、間に合えっ!」

「セーフ!」

 

完全に意表を突かれてセーフティー成功。

2番は予想通りバントだったから落ち着いて対処できたが、問題はここから。

3番に打たれたら1アウトで結城に回る。

得点圏なのはこの際どうでもいい、2アウトで回すんだ。

 

 

(ストレート……分かりました)

 

最初はインハイのストレートで空振り。

キャプテン曰くノビがあるから高めで生きるとのこと。次はカーブで緩急をつける。

スタンダードな配球だけど、それが意外と打たれない。

 

「ストライク!」

 

今のはちょっとヒヤッとしたな。

けど当たらなければどうということはない、躱す投球でいこう。

 

(決め球は……スライダー)

 

外角のストライクからボールになるスライダーで釣る。

キャプテンの思惑通り釣れてくれて、ピンチの場面で三振。

 

「よっしゃ!」

「ナイピー!」

「ナイスボール!」

 

さてと、ここで真打登場か。

ランナーは2人で打席には結城だ。

ここを打たれたら流れは持ってかれる、必ず抑えるんだ。



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第15球 良い投手の条件

ピンチの場面で結城と向かい合う。

私自身になんて興味が無い、とっとと投げろと言わんばかりの視線。

全身から嫌な汗が流れるのを止められない。

周りの声も、京王の声援も何も聴こえない。

ただ結城と私だけの世界に入り込んだ気分だ。

 

(落ち着け……向こうだって人間だ。緊張はしてるはず、そこを突くぞ)

 

ストレートを高めに外して1ボール。

結城レベルの打者は当然釣られてくれなかった。

2球目はスライダーがワンバンして2ボール。

 

(ここでストライク欲しさに甘い球を投げちゃいけない……とにかくコースを攻めるぞ)

 

カーブは見送ってもらい1ストライク。

心臓がバクバク言ってて煩い。

ここをミスったら終わりだ、悔いなく投げ切ろう。

 

(覚悟しろ、結城っ!)

 

投げた瞬間、抑えたと確信した。

それほど良い球を投げたとリリースの瞬間に感じた。

 

 

 

 

 

--だが、その思いは結城の一振りで打ち砕かれた。

 

「ぁ…………」

「よっしゃー! 逆転!」

「結城さん最高です!」

「ナイバッチー!」

 

5回表、4番の逆転タイムリー。

1番打たれちゃいけない場面で打たれた。

こんな事なら敬遠しておいた方がマシだった。

 

「伊吹、大丈夫か?」

「キャプテン、私……」

 

ここで降りる事だって可能だ。

このまま打ち込まれるくらいなら降りて青羽先輩に託した方が何倍も良い。

 

「まだ投げたいです」

「そうか、頼んだぞ!」

「……はい」

 

けど、このまま負けっぱなしじゃ終われないよな。

ここで降りたら一生後悔する。

そんなのは絶対に嫌だ、私はまだやれるって見せつけてやる。

こんなとこで終わってたまるか。

 

 

「おらっ!」

「ストライク! バッターアウト!」

 

「フッ!」

「ストライク、バッターアウト! チェンジ!」

 

5番と6番を連続三振に仕留めて登板を終える。

5回4失点、京王相手にここまで出来たのは良かったが。

 

「せんしゅーごめん……逆転されちゃった」

「けど、5失点はしなかった」

「だけど……」

「カッコよかったよ、伊吹ちゃん」

「お、おぅ」

 

せんしゅーも可愛いから、こんな真っ直ぐ見つめられて褒められるとなんかソワソワする。

嬉しいような恥ずかしいような。

 

「それに、伊吹は良い投手だよ」

「中上先輩……。けど、逆転タイムリー打たれましたし」

「確かに打たれないのが1番だけど、それでも死球を引きずらなかったのは良かったよ。セーフティーは仕方ないし、3番は三振に出来た」

 

そして何より、打たれた後に続投を志願しキッチリ抑えたところ。

それこそが良い投手の条件だと中上先輩は言った。

 

「死球を出そうが逆転されようが切り替えられる。それがエースの素質があるってことだよ」

「エースの素質……」

「私だって四球連発しても抑えられるじゃん? そういうこと」

 

良い投手は気持ちを切り替えられる。

それが出来た私は良い投手の素質を持っているらしい。

 

 

「それに、伊吹ちゃんはまだ体が出来てないからね……。いずれエースになると私は思ってるよ」

「私がエース……」

「うん! それも全国でもトップクラスのね!」

「せんしゅー……ありがとう」

 

たった1回打たれただけで凹んでちゃダメだ。

今日が終われば結城とはもう対戦しない、なら私が越えるべきは今の1・2年生。

だったら私は今日のことを引きずらないで前だけ向く。

 

「いつか私が至誠最高のエースになってやる!」

「よく言った! 応援してるよ」

「私にもそのサポートさせてね」

「あったりまえだ! せんしゅーがいなきゃ無理!」

 

1番私を信じてくれたせんしゅーだからこそ、サポートして欲しい。

そしてせんしゅーだからこそエースになった姿を見せてあげたい。

私はあと2年かけて成長出来るんだ。

 

 

「よしっ、応援するか!」

「うん! 美希ちゃん頑張って!」

「……伊吹ちゃん」

「なにー? って、近い近い」

 

すぐ目の前に鈴井の顔があった。

もう少しで触れ合うんですけど、最近の子ってこれくらいの距離感が普通なの?

いや私も最近の子だし鈴井と同い年だけど!

 

「私と中上先輩で同点にするから」

「へっ?」

「伊吹ちゃんはそこで見てて」

 

今のは一体何だったんだ。

てか私にも打席回ってくるんだから、自分で打てって言われるかと思った。

 

「美希ちゃんなりの励ましかもね。援護するからそんな落ち込まないでいいよって」

「素直じゃねぇな〜」

「けどそういう所も好きでしょ?」

「うん、せんしゅーもでしょ?」

「もちろん!」

 

鈴井が素直じゃないのなんてとっくに知ってる。

私もせんしゅーもそういうとこが好きなんだ。

冷たいようで大事にしてくれてるのは伝わってくるし。

 

 

鈴井の持ち味はミート力と選球眼。

際どいコースは粘り少しでも外れたら見極める。

だから1年なのにあんな高打率が残せているんだ。

私も少しは見習わないと。

 

「おっ! 長打コース!」

 

鈴井が甘く入った球を打ち返し右中間。

外野が前進していた事もあり捕球にはまだ時間がかかる。

 

「二塁蹴ったぞ!?」

「美希ちゃん……!」

「逸れた! 右右!」

 

だからといって二塁を蹴るとは思わなかった。

送球が逸れたのを見てコーチャーの青羽先輩が指示を出して、鈴井もどんどん加速していった。

指示通りベースの右側に滑り込んでスリーベースヒット。

 

「あいつ……」

「執念、かな」

 

あんなに感情を剥き出しにして叫んでる鈴井は見た事がない。

よっぽどこの打席で打てたのが嬉しかったんだ。

私を支えようとしてくれてたんだ。

 

「佳奈恵! 繋げ!」

「美希をホームに還してやれー!」

 

中上先輩はベンチに向かって微笑む。

そして期待に応える犠牲フライで同点。

どんなに打たれてもその分援護してくれる、それが投手から見たらどれだけ心強いか。

 

 

私も負けていられない。

いくらでも食らい付いてやる、どんな球でも当ててやる。

鈴井が執念を見せてくれたんだ、私だって。

このまま舐められっぱなしで終われるかよ。

 

「ボールフォア!」

「よしっ!」

「ナイセーン!」

 

犠牲フライの後は攻撃が続きにくい。

ランナーも居なくなって流れが途切れるから。

だからその次の打者が出ればまだ攻撃は繋げられる。

私はその役目を果たせたんだ。

 

(さてと、サインは……特になしか。まあそんな頻繁にエンドランなんか出来ないよな)

 

糸賀先輩なら出来そうだけど、仮に打ち上げた場合私の脚と打球判断では帰れない確率が高い。

四球を出した後の1球目、糸賀先輩が選んだのはセーフティーだ。

 

(セーフティー! そうくると思ってましたよ!)

 

いきなりセーフティーで焦ったが、二塁で刺されるなんて事はなくセーフ。

糸賀先輩も一塁セーフで1アウト一・二塁。

四死球出して動揺してるところを狙ってセーフティー、さっき水瀬がやった事だな。

 

 

菊池先輩の打席、バントか強攻か。

監督は長考した末、強攻を選んだ。

1点じゃ足りない場面、アウト1つタダでやる訳にはいかないってことか。

この采配が吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

--答えは吉だった。

 

菊池先輩の打球は前進守備の間を抜けライト前。

1アウト満塁、ここからはクリーンナップだ。

金堂先輩はセカンドゴロになったが、私の脚じゃ流石に還れない。

糸賀先輩なら多分還れたんだと思う。

 

と、ここで投手交代のアナウンスが。

1番を背負った京王のエース様登場だ。

投球練習を見ると確かに良い球を投げている。

さっきまで投げてた2年が2番手だったのも頷ける。

けど、打席にはキャプテンだ。

 

「キャプテーン! 私をホームに還してくださーい!」

「じゃあ私もー!」

 

私の声に糸賀先輩も便乗する。

キャプテンはこちらを見てニッと笑うと、拳を突き出した。

後は任せろ、そう言ってるみたいだった。

 

 

キャプテンがスイングすると、打球は一瞬にして外野に到達した。

反応が遅れてしまったが走り出し生還。

糸賀先輩も余裕のホームインで勝ち越し成功。

 

「キャプテーン! ナイバッチー!」

「サンキュー真衣!」

 

4対6、まさかあの京王がこんなに点取られるとは誰も予想してなかっただろうな。

しかも自慢のエースだって自責こそ0だが打たれたし。

 

 

 

山田先輩はこの打席も打ち損じた。

今日打てなかったあの2人の先輩には決勝で頑張って貰おう。

それに青羽先輩はずっと登板の事が頭にあってそれどころじゃなかったのかも。

 

「先輩、あとは任せました」

「伊吹がここまで粘ってくれたんだ、私も負けないぞ」

「はい! ライトには飛ばさないで下さいね!」

「なら飛ばしてやるよ」

 

そんな軽口を叩き合って笑い合う。

青羽先輩は見た目は怖いし感情が顔に出ないけど、冗談を言うと返してくれる。

 

「あ、そうそう。下位打線はストレートで押せば打たれませんよ」

「分かった」

 

私も今日、下位打線にはストレート中心で投げた。

それに力負けしてる感じだったし、そもそも当てられてもいなかったから多分速球に弱い。

 

 

 

青羽先輩もここまで投げて来て、投手としてのノウハウや能力も鍛えられている。

そこに私のアドバイスとキャプテンのリードが加わった。

そんな青羽先輩は誰にも打たれない。

下位打線を圧倒して6回表の守備を終えた。

イニングはあと1回、リードは2点。



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第16球 終わりは唐突に

今回は短めです。
まさか京王義塾戦に4話もかかるとは思っていませんでした。


6回裏はエースの本領発揮をされた。

青羽先輩は3球三振、鈴井もスプリットに手を出してしまいショートゴロ。

中上先輩も高めのストレートに釣られて三振。

この3人がこんなあっさり打ち取られるとは。

 

「青羽先輩! 負けてられないですよね!」

「ああ、この回抑えてお前に勝ちをつけてやる」

「頼みますよ!」

 

ハイタッチをしてライトに向かう。

この回を抑えれば決勝進出だ。

風向き確認よし、太陽の位置よし、グローブの状態もよし。

 

 

《1番、センター水瀬さん》

 

出やがったな水瀬。

ラスボスみたいなオーラを纏って打席に入ってる。

藤蔭と違って京王はまだ諦めちゃいない、強豪の意地を見せにきた。

水瀬は力任せに振り切ったが、いい所に飛んでヒットとなる。

 

「走った!」

 

水瀬は初球からスタートを切っていった。

青羽先輩が投げたのはストレート。

そしてそれを捕球し二塁へバズーカのような送球がされた。

 

 

 

「アウトー!」

 

そのコールがされた瞬間、球場が湧いた。

県内でもトップクラスの俊足を誇る水瀬が刺された。

そんな場面を見たら興奮する気持ちは分かる。

この歓声は、私達を後押ししてくれる。

 

しかし2番には四球を与えランナーが出る。

ここをゲッツーに切らなきゃ結城に打席が回ってしまう。

逆境の場面に滅法強い結城にだけは回したくない。

 

「ここで終わらせろー!」

「翼! 投げきれー!」

「セカンド打たせろー!」

 

青羽先輩は1度心を落ち着けるためにロジンを触った。

試合前、手が震えていた先輩はもういない。

私に見えるのは、ただ勝利を掴み取ろうとしている投手の姿だけだ。

 

 

「セカン! 行ったぞ!」

「おっけ! へいショート!」

「はいっ!」

 

流れるような動きでセカンドからショートへとトスされる。

そして鈴井は二塁ベースを踏んだ後、一塁へ転送。

 

 

「アウト!」

 

--試合終了のコールがされた。

 

長い試合だったのに終わるのはあっさりだったな。

まぁこれが野球ってものだよな。

 

「青羽せんぱーい! ありがとうございます!」

「礼はあの2人に言いな」

 

そう言って指差したのは鈴井と菊池先輩。

確かにあの2人にはだいぶ助けられた。

 

「鈴井! 菊池先輩! ありがとうございました!」

「エラー分取り返せてた?」

「十分すぎるほどに!」

 

鈴井もお礼は言わないでいい、と口にしながらも笑っていた。

ほんっと素直じゃないよなぁ。

 

 

「決勝進出おめでとう! 相手はこの後の試合で決まる、皆で観戦しよう」

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ蒼海大でしょ」

「相手市大藤沢ですよね!」

「なら私は市大藤沢予想かな」

 

確か市大もかなりの強豪だ。

守備寄りのチームだけど打力も申し分ない。

接戦が予想された準決勝第二試合。

 

 

 

 

それは私達の予想を遥かに上回る結末だった。

 

「なんだよこれ……」

「……市大って強いんですよね?」

「今年は投手も2枚看板で優勝候補だぞ……」

 

スコアボードには24-1と刻まれていた。

優勝候補とまで言われたあの市大藤沢がこんなに点を取られて、なおかつ1点しか取れなかった。

 

「どこからでも点が入る打線か……」

「それどころじゃない、どこからでもホームランが出るぞ」

「投手も良いな……」

 

3年の先輩達も驚いてる様子だった。

蒼海大は毎年のように優勝してるが、まさかここまで圧倒的だとは。

 

「そういえば佐久間は出なかったね」

「この試合展開だし、経験を積ませるためにも投げさせるかと思ってたよ」

「そういやなんで出なかったんだ?」

「ここ数試合リリーフで投げてたから温存したのかな?」

 

もしくは完膚なきまでに叩きのめそうとしたのか。

それともエースの評価を上げるために続投させた?

 

「それに関しては球数だろうな、6回で60球だと」

「ろ、60……」

 

完投して60球って少なすぎだろ。

あれ、球数少ないって事は。

 

「打たせて取るタイプですか?」

「いや、元は奪三振を取るタイプだ。きっと決勝も投げるから球数抑えようとしたんだな」

 

決勝も投げるなら継投すればよかったのに。

佐久間を投げさせたくない理由でもあったのかな。

 

 

 

「まぁ、何はともあれ決勝の相手は蒼海大に決まった。明日は軽く練習はするが、その後はゆっくり休んでくれ」

「おっ、休みでいいんですか?」

「決勝でバテてもらっちゃ困るからな。それに私もデータ収集するから時間取れないし」

「ちなみに私もお手伝いします」

 

せんしゅーも居ないんじゃチームにノック打てる人がいなくなる。

なら言われた通り私はゆっくり体を休めよう。

今日の登板で体も心も疲れ切ってるし。

 

「3年は練習後も残ってくれ」

「えっ!? 私らなんか悪い事しました?」

「違う違う、インタビュー」

「やったー! インタビューだ!」

 

決勝まで残ったからインタビューを受ける。

こういうのって監督とキャプテンだけなのかと思ったけど、うちは3年が3人しかいないから全員に聞くらしい。

テレビで放送されるらしいし、録画しとこ。

 

「優勝したら伊吹ちゃんも取材受けるかもよ」

「へっ!? いや私は取材する意味無くない!?」

「初心者が京王を5回4失点は普通に取材殺到すると思う……」

 

もし取材とか来てもちゃんと答えられる自信無いんだけど。

注目されたらスカウトの目にも止まるだろうし、良いことではあるんだろうけども。

 

 

「あんまり浮かれるなよ!」

「はっ、はい!」

 

監督に釘を刺されてしまった。

こんな浮かれた気分じゃ蒼海大には勝てない。

気合い入れ直して明後日の試合に臨もう。



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第17球 決戦! 蒼海大相模

浜矢がさん付けする基準は完全にランダムです。
その人のオーラ次第では同い年でもさん付けにする可能性もあります。


決勝戦当日、スタンドは当然のように満員だ。

テレビ放送もされているので、この試合を今観ているのはここにいる人だけじゃない。

この何倍もの人数が試合の行方を見守っている。

 

「やば……」

「緊張しすぎて倒れないでよ」

「大丈夫……多分」

 

こんな大舞台に立つことなんて今まで無かったから緊張が過去最高。

今倒れたら多分起き上がれない。

なんて話してると、ワッと歓声が上がった。

 

蒼海大の選手が入場してきた。

当然、佐久間もその中にいる。

 

「相良ー! 頼むよー!」

「佐久間も出場してー!」

「ここまで来たら優勝1択!」

 

相良と呼ばれた投手が客席に手を振ると、その都度キャーキャーと黄色い悲鳴が上がってる。

佐久間は名前を呼ばれても一切反応してないし、正反対だな。

 

 

 

「遂に決勝だね……。警戒するのはやはりエースの相良(さがら)投手。フォークとシュートが武器の左の本格派投手です」

「リリースポイントが見辛いフォームが特徴だな」

「弱点はあるんですか?」

「特に無いが……フォークは捨てた方がいいかも知れん。変化量が多くてワンバンする事が多い、見逃せば逸らす可能性もある」

 

運要素が強すぎるけど、それくらい良い投手ってことだ。

映像も見たけど弱点なんか見つからなかった。

ストレートも変化球もコントロールもスタミナも、全て一級品だった。

そのレベルじゃないと蒼海大でエースは務められない。

 

「それと、伊吹ちゃん的には佐久間さんも気になるかな?」

「おう!」

「出てくるのは恐らく試合終盤……代打として出てくるよ」

「うち相手に投げてくるかな?」

「どうだろう……。けどここまで良い成績残してるし、もしかしたらあるかも」

 

佐久間は投手としてより打撃の方が評価されている。

それでも県内最速のストレートなんて打てる訳ない。てかバットに当たるかすらも怪しいと思う。

 

「打線に関しては、全員警戒して下さいとしか言えません」

「だよなぁ……」

「打線強すぎて投げるの嫌なんだけど」

「私も嫌です。中上先輩頑張って下さい」

 

蒼海大相手に私投げさせたら多分二桁失点する。

うちには蒼海大を抑えられるのは中上先輩しかいない。

 

「幸い後攻だ、しっかり守って攻撃に繋ぐぞ!」

「ここまで来たら絶対勝つぞ!!」

『オー!!』

 

 

蒼海大の1番は打率4割越えのバケモン。

水瀬と比べたらマシに思うかも知れないけど、長打力がある分水瀬より嫌だ。

けど中上先輩だって防御率1点台の投手だ、こんな化け物達と互角に渡り合える実力がある。

 

 

運命の第1球、中上先輩が投げたのは私が見た事ない変化球だった。

 

「オーライ!」

「アウト!」

 

それでも初球から手を出してくれたおかげでサクッと1アウト。

もしかして練習試合で県外とばっかやってたのは、中上先輩のデータを渡したくないからだったのかな。

 

2番打者への投球も見た事ない変化球ばかりだった。

1つは恐らくスライダー系だとは思うけど、あんな球投げられるなんて知らなかった。

向こうもそれに戸惑っているのか三振。

 

 

しかしここまででだいぶ手の内を明かしてしまった。

3番には追い込む前にストレートを打たれヒット。

 

《4番、ファースト山城さん》

 

そうだ、蒼海大には山城さんがいた。

今年の練習試合と予選を合わせたら通算50本を超えた、プロ注目のスラッガーだ。

メディア曰くドラ1は確実らしい。

 

内外野ともに後退、外野は背中にフェンスが付くくらい下がる。

落ちる球から入ったこの打席、山城さんの打球が高々と舞い上がりセンター方向へ。

 

(え、これホームランじゃ……)

 

と思ったがフェンスギリギリの所で糸賀先輩がキャッチ。

あとボール1つ分伸びてれば終わりだった。

中上先輩の方を見ると、何やらドタバタしていた。

 

 

「山城怖い! なんだよアイツー!」

「飛ばされすぎー」

「無茶言わないでよ! スプリットあんな飛ばされると思わないよ!」

 

あ、あれスプリットだったんだ。

その割には結構変化が大きかったけど。

 

「そういえば、今日投げてた球種って何ですか? 私は見た事ないと思うんですけど」

「えっと、スラーブとサークルチェンジ、あとはシンキングファストに縦スラかな」

「そんな色々投げてたんですね……」

 

やっぱり中上先輩は凄い。

これだけ色んな変化球を投げられるのもだけど、球種を封印していて抑えられていたって事も。

 

 

うちの攻撃が始まる。

相良さんがマウンドに上がった瞬間歓声が上がる。

投球練習をしようもんならうちの応援よりも大きいんじゃないかってクラスの声が。

 

「コントロールいいな」

「シュートの変化量すご……怪我しそう」

「ちゃんと投げればシュートは怪我しないよ。曲げよう曲げようって思って変に捻るから怪我する」

 

中上先輩は変化球について詳しい。

そしてその中上先輩曰く相良さんはちゃんとした投げ方をしているし、綺麗なフォームをしてるからあんな良い投手になったらしい。

 

「確かにフォーム綺麗ですね」

「1つ1つの動きが繋がってるんだよね。高校レベルであんな完成されたフォーム、見たことない」

「見ていて楽しいフォームですよね」

 

多分投球集みたいな動画があったら延々と見ちゃうような、見惚れてしまう投手だ。

 

 

「相良さんが左でよかった……内角抉られないで済むし」

「確かに内角のシュートは怖いよね、最近は絶滅気味な球種っていうのもあるし」

「確かにシュートを決め球にしてる投手なんて最近見ないなぁ」

 

スクリューやパームもそうだけど、投げ方次第では怪我しないのに怪我しやすいってイメージが先行して投げる人が少なくなる。

それってなんか悲しいよなぁ。

とか思ってても私は投げる気は無いんだけど。

 

「初回から相良を打ち崩せるとは思うなよ? じっくり時間をかけて攻略していこう、先に焦りを見せた方が負けるぞ」

「こちらでも何か気付いたことがあれば言うので、とにかく粘って下さい」

「りょーかい、任せといてよ」

 

今日の打順では3番金堂先輩、5番山田先輩、6番青羽先輩だ。

他はいつも通りの打順。

 

「1巡目でどれだけ喰らいつけるかだな」

「ですね、何とか当てて貰いたいんですけど……」

「コントロール悪くないから四死球も望めないしな」

 

糸賀先輩の打席で今日の苦戦度が分かる。

運命の決勝戦、最初の攻撃が始まった。

 

「ストライーク!」

「うへー、ビッタビタの制球」

「ノビもありそうですね」

 

いきなりストレートを低めにズバッと決めてきた。

コントロール良しノビ良しの好投手だ。

この人もドラ1確実ってせんしゅーが言ってたし、今年の蒼海大は例年よりも手強いみたいだ。

 

 

「ストライク! バッターアウト!」

「由美香が手が出ないって……」

「変化球もしっかりコントロール出来てる、厄介だな」

 

あの糸賀先輩が見逃し三振。

キャプテンの言う通り、変化球であってもコースに決めてくる。

それがどれだけ打ちにくいか、投げにくいか。

同じ投手だから分かるけど、あの人は今まで出会ってきた中で1番の投手だ。

 

「うちも相良欲しかったんだがなぁ」

「スカウトしてたんですか?」

「断られたけどな」

 

相良さんは野球大国大阪出身。

多くの名門校がこぞってスカウトしたらしいが、選んだのは蒼海大。

理由は不明だが、噂では山城さんと一緒になりたかったんだとか。

 

「相良さんと山城さんって仲良かったんですか?」

「いや、そういうのじゃなかったみたい。けどライバルだったんだよ」

「だから同じチームに?」

「そう言われてるけど、あくまで噂だからね」

 

けど蒼海大に入ってからのインタビューを見る限り、信憑性は高いかもとせんしゅーが言う。

ライバルと同じチームか、そういうのって憧れる。

 

「ん? もしかして私は第二候補だったってことですか?」

「いや、その……」

「相良がダメだったから同じ左の私が選ばれたって事ですか!?」

「……まぁ、そうなるな」

「……相良にだけは絶対負けない」

 

中上先輩が焚き付けられちゃった。

そりゃあなたは2番目ですよなんて言われたら燃えちゃうか。

 

 

「ぜーんぜん当たらん!」

「何あのコントロール!」

 

菊池先輩と山田先輩も三振して帰ってきた。

初回から三者三振とかほんとすごい投手だなぁ。

 

「相良せんぱーい!」

「かっこいー!」

「今日も勝ってくださーい!」

 

観客席からは相良さんへのラブコールが聞こえる。

 

「相良さんって何であんな人気なの?」

「東海大のエースっていうのもあるし、それに美人さんだしね」

「確かにそうだな……」

 

アイドルとか女優って言われても信じると思う。

野球選手って顔が整ってる人多い気がする。

 

「それに加えて頭も良くて性格も良いらしいよ? 校内にはファンクラブもあるんだって」

「えぇ……ドラマかよ」

 

まさに完璧超人って感じだな。

ファンクラブがあるのも頷ける。

 

「私はファンクラブなんてないのに……! 相良ー! 見てろよー!」

「どこで張り合ってんの……」

「熱いのはいいけど空回りすんなよー」

 

なんか中上先輩がやる気なんだけど。

でも探せば先輩達のファンクラブもありそう。

特にキャプテンとか後輩に人気だし。

 

 

「今日の私は一味違うよ……悪いけど外野は暇になるよ!」

「私としてはそれでも良いですよ」

「同じく」

「センターには飛ばして〜」

 

中上先輩が本気になったらほんとに外野に打球が来ない。

私や青羽先輩は守備苦手だからそれでもいいんだけど、糸賀先輩は嫌らしい。

てことでセンター方向にだけ飛ばすと宣言してマウンドに向かっていった。

 

 

"今日は一味違う"その言葉通りのピッチングを中上先輩は見せた。

また見覚えのない変化球で次々と三振に切っていき、相良さんに対抗するように三者三振で終わらせた。

 

「相良に出来て私に出来ない訳がない!」

「流石です……で、今の変化球は?」

「シュートとフォークとチェンジアップ! あとドロップカーブも」

「完全に意識してるじゃないですか……」

 

シュートとフォークって完全に相良さん。

対抗意識があるとはいえ本人の前で真似するような投球なんて、向こうはどう思ってるのか。

 

「ヒィッ!」

「伊吹? どした?」

「べ、ベンチ……相良……!」

「んー? うわっ」

 

相良さんが満面の笑みで中上先輩を見ていた。

あれ絶対怒ってる。顔が整ってるから余計に怖い。

美人が怒ると怖いんだよ。

 

 

「こりゃ投手戦になりそうだなぁ……」

 

糸賀先輩の呟きは的中した。

4回まで相良さんはノーヒット、中上先輩も初回のヒット以外はほぼ全員を三振に切った。

内容だけ見ると熱い投手戦に、事情を知らない観客は大盛り上がり。

本人達は違う意味で盛り上がってるけど。

 

 

「ほら! 相良を打ち砕こう!」

「……中上がそう言ってるから頼むぞ」

「お、オー……」

 

監督ですらも気圧されてる。

中上先輩がここまで熱くなるの初めて見た。

ここまでノーヒットに抑えられている、ここらで1点取りたいな。



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第18球 伏兵登場

5回裏の攻撃が始まる。

打席に立つのは珍しくノーヒットのキャプテン。

内角を抉るシュート、外角の見極めが難しいコースへのフォークで追い込まれる。

 

そしてラスト1球は、まさかのカーブだった。

それも中上先輩のと似た軌道の。

 

「相良ァ〜!」

「めっちゃ煽られてるじゃーん」

「ドヤ顔でこっち見てきてるっすよ」

 

あのキャプテンを、中上先輩と同じカーブで三振に仕留めた。

直後こちらのベンチを見てドヤ顔。

完全に挑発されてる。

 

 

「佳奈恵ごめん」

「いや、別に良いよ! でもあのカーブ投げてきたのは許さん!」

「お互い意識しまくってんなぁ……」

「泥沼ですね」

 

お互いがお互いの得意球で勝負するという、何とも見応えのある勝負が始まった。

てか中上先輩はわかるけど、なんで相良さんもカーブ投げられるんだ。

 

「相良さんって今までカーブ投げてきたの?」

「うーん……あんまり投げてた印象は無いかなぁ」

「てことは今回ほぼぶっつけで投げてるってこと?」

「うん、だから打とうと思えば打てる……かも」

 

そんな話をしてると、快音と歓声が聞こえてきた。

急いでグラウンドの方を見ると、二塁に滑り込んでいる山田先輩が。

 

「おお! 山田先輩打った!」

「沙也加のヒット久々に見たな〜」

「悠河も人のこと言えないよ」

「か、神奈ぁ……厳しいよ」

 

金堂先輩って地味に毒舌なとこあるんだよな。

大人しそうな顔だし、実際そうなんだけど口を開くと毒を吐く所が多々ある。

まぁそれでも2年の仲が良いのは、全員本気で人を悪く言わない人達だからだと思う。

 

 

「翼も最近ヒット出てないよ! 打ってー!」

「味方をヤジってくのってどうなの?」

「まあ、その方が尻に火が付きそうだしいんじゃね?」

「そんな適当な……」

 

味方にヤジられるとか、相手や観客に言われるよりキツそう。

しかも金堂先輩みたいな優しそうな人に言われるのは余計に。

 

「おっ、打った!」

「先制打ー! ないばっちー!」

「沙也加脚おそーい!」

「私は悠河と違って長距離砲だから仕方ないんです〜」

「キャプテンは長打も打てるけど脚速いよ」

 

流石にキャプテンと比べるのは可哀想。

山田先輩だって普通に全国クラスのスラッガーなのに。

 

 

勢いに乗れると思ったこの回の攻撃だったが、相良さんもあのタイムリーからバットに当てることすらさせない投球で最少失点。

5回終了時点で1-0と息が詰まるような投手戦が続いている。

 

「向こうは中上を意識して崩れた、こっちはそんな風にはなるなよ!」

「任せて下さい! 3人で抑えてみせますよ!」

 

なんて言ったのがフラグになったのか分からないけど、普通に山城さんにソロホームランを打たれて同点。

それで目が覚めたのかその後は無失点のピッチング。

 

 

「なーにが3人で抑えてみせますだ! 普通にホームラン打たれてるじゃん!」

「相良が見てると集中出来なくてさ……」

「どっちもどっちだな」

 

お互い意識しすぎて1失点ずつ。

仲が良いのか悪いのか。見てる方は面白いから良いんだけど。

 

「球数も嵩んできたな……大丈夫か?」

「まだいけますよ! というより相良が降りる前に降りたくありません!」

「そ、そうか……じゃあ頼むぞ」

 

なんかまた二の舞を踏みそうな気がする。

けど監督が送り出したってことは今度は平気ってことだ。

今までチームを引っ張ってくれたエースを信じよう。

 

 

6回裏の攻撃が始まったのだが、向こうの様子がおかしい。

グラウンドに集まってるし、佐久間も準備してるって事は投手交代か。

 

「そんな投げてたっけ?」

「えっと……100球超えてるね」

「けど相良さんってスタミナあるでしょ? なんでここで降りんの?」

「……多分、怪我かも」

「怪我?」

「確か去年の冬くらいに肘を怪我してた気がする」

 

多分ドクターストップが掛かってるのかも、とせんしゅーの予想。

ドクターストップ無視して投げさせて、再発なんてしたら監督の責任が問われる。

それだけはしたくないってのが向こうの気持ちなんだろうな。

ていうか怪我持ちであのピッチングか。

 

 

《蒼海大相模、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー相良さんに変わりまして、佐久間さん》

 

次世代のエース候補の登場に球場は盛り上がる。

だがそれと同じくらい、相良の降板を惜しむ声も聞こえてくる。

 

「佐久間さんはノーコンだから、真ん中以外は見送ろうね」

「了解」

 

制球は球速の犠牲になった、それが佐久間だ。

私でも出塁くらいは出来るかもしれない。

 

「お願いしまーす」

「プレイ!」

 

初球からフルスロットルの豪速球。

こんな球投げられて1年とか信じられない。

 

2球目もスライダーに空振ってストライク。

変化球なのに私のマックスと同じくらいの速さなんだけど。

全然制球も乱れてないし、これどうやって攻略すればいいんだよ。

 

 

なんて思ってたら急に乱れ始めた。

いきなり外れてフルカウントまで持ってこれた。

ムラが激しすぎるだろ。

多分佐久間はボール球で勝負なんてしてこない、ゾーン内のストレート狙いだ。

 

 

(おっ、ど真ん中!)

 

まさかのど真ん中ストレート。

速かったがヤマを張っていた事もあり反応でき、フルスイングで打ち返す。

すると今まで感じたことの無い感触と快音が。

 

「……へっ?」

「嘘だろ? いくな!」

「伊吹! 走れ走れ!」

 

状況が理解出来ないまま走り出す。

もしかしてこれって。

 

 

 

「は、入った……?」

 

白球がスタンドに消えた直後、様々な声が聞こえてきた。

歓喜の声に悲鳴、悔しさを吐き出すような叫び。

全てが私の1つのプレーに向けられたと思うと怖くなる。

実感なんて何もないままホームを踏みベンチへ戻る。

 

「ナイスホームラン!」

「伊吹ー! やっぱお前持ってるよ!」

「……ほんとに私がホームラン打ったんですか!?」

「今更!? マジで打ったんだって!」

 

いやまあ客の反応やら何やら聞いてたら分かってる。

けどまさか私がホームラン打てるなんて思う訳ないじゃん。

誰も予想してなかったよこんなの。

 

 

「伊吹ちゃんないばっち!」

「いやー、ど真ん中に来たから思いっきり振ったんだけど……まさかホームランとは」

「運も実力のうちだからね」

 

鈴井の言う通り、今のは運が良かっただけだ。

本来私の実力なら佐久間の球なんてホームランに出来ない。

 

「速い球の方が飛距離は出るからね、ジャストミート出来たらそりゃ飛ぶよね」

「でもホームランダービーとかって遅い球じゃない?」

「プロは遅い球打てる人しか居ないからね。本来遅い球のほうがタイミング合わせにくいんだよ」

「だからチェンジアップが魔球なんて呼ばれるんだしね」

 

確かに遅い球の方が打ちにくいかも。

遅い球をジャストミートして飛距離出すなんて、プロレベルの技術とパワーじゃないと無理なんだな。

 

 

「けど佐久間さん調子良さそうだね」

「さっきのは偶々だったみたいだね」

「打ててよかった……」

 

佐久間は豪速球とスライダーで糸賀先輩と菊池先輩を三振に切って取る。

さっきど真ん中に来たのがおかしかっただけで、本来の投球はこっちだ。

 

「まさかこんな展開になるとは思ってなかったが……1点リードで最終回だ。しっかり守って神奈川の頂点に立とう!」

『ハイっ!』

 

ホームランのインパクトで忘れてたけど、ここ抑えれば優勝だ。

連合チームじゃなくなって1年目で優勝とか快挙だろうな。

全国の話題をかっさらってやろう。

 

 

相良さんを意識しなくなった中上先輩は無敵だ。

スプリット、カーブ、スライダー、ツーシーム。

4球種を駆使して打者を翻弄していくスタイルは安心する。

7番はショートゴロ、8番も三振で最後の打者は。

 

《9番、ピッチャー佐久間さん》

 

打者としての佐久間登場だ。

今大会は投手としてよりも打者としての活躍が凄かった。

それに加えて先程の失点、最後の打者に相応しい相手だ。

 

 

「ファール!」

「うわ、打球はや……」

「伊吹ー! バックバック!」

「あっ、はい!」

 

佐久間相手にも山城さんと同じ守備シフト。

フェンスギリギリまで下がって長打を警戒する。

ここまで警戒される1年なんて全国探しても佐久間くらいしかいないだろうな。

 

「ストライーク!」

 

1球ボールを挟みつつ2ストライクまで追い込んだ。

ここが勝負の1球だ、いつ打球が来ても対処出来るように目は離さない。

 

「って、ほんとにこっち来んのかよ! オーライ!」

 

鋭いライナー性の当たりがライトを襲う。

だけど悪かったな、私が苦手なのはフライであってライナーは得意なんだ。

 

 

 

「アウトーー!!」

「しゃあっ!!」

 

前に倒れ込みながらもがっちりキャッチ。

この瞬間、至誠の8年ぶりの県大会優勝が決まった。急いで立ち上がりマウンドへ駆け寄る。

 

「中上先輩! やりましたね!」

「伊吹ー! ナイスキャッチ!」

「沙也加と翼も、よくやったな!」

「ここまで野球やってきて良かったです……!」

 

青羽先輩が泣き始めた瞬間、全員泣き崩れた。

だって1番泣かなそうな人が泣くんだもん、仕方ないじゃん。

せんしゅーや監督、それに小林先生も飛び出してきて歓喜の輪に加わる。

 

 

 

 

ひときしり泣いた後、整列して握手をする。

蒼海大の選手も泣き腫らしたようで、目は充血してるし鼻も真っ赤だ。

特に相良さんは1番泣いてたみたい。

何だったら今も泣いてるし。

逆に佐久間は泣いてないんだよな、精神的に結構キタだろうに。

 

 

 

握手も校歌斉唱も終え、あとは帰るだけ。

蒼海大に挨拶に行った先輩たちを待ってる間、辺りをうろついていると。

 

「おい! 浜矢伊吹!」

「ひぃ、フルネーム……!?」

 

振り向くとそこには佐久間がいた。

睨みつけるような表情、そして腕組み。

結城や水瀬とは違った威圧感を感じる。

 

「ホームラン打ったのはお前か」

「は、はい……すみません……」

「私の球打っておきながら何で謝るんだよ! いいか、よく聞け!」

「な、なに……?」

「……必ず勝てよ。初戦で負けたりしたら容赦しねーからな! 連絡先教えろ!」

 

話に繋がりがなくて困惑はしたけど、取り敢えず連絡先は交換した。

何を話せばいいのか分からないでいると、胸の辺りを拳で触れられた。

 

「来年も勝ち上がってこい! お前を倒すのは私だけだからな! 負けんじゃねーぞ!」

「……お、おう! 言われなくてもそのつもりだ!」

「いい返事じゃねぇか。私は来年までにもっと強くなる、覚悟しとけよ!」

「ああ!」

 

 

とは言ったけど、今の何だったんだ。

急に話しかけられて捲し立てられて、正直なところまだ困惑してる。

 

「よかったね」

「なにが?」

「初めてのライバルが出来たじゃん」

「ライバル……」

 

佐久間のさっきまでの発言、私をライバルだと認めてくれたと考えれば辻褄が合う。

 

「遠回りすぎんだよ〜!」

「ライバル認定なんて、そんな直球に言うようなものでもないでしょ」

「だからといってアレは分かりにくいって!」

「そう? 結構分かり易かったと思うけど。特にお前を倒すのはってとこ」

 

言われてみればそうだな。

あんなセリフライバルだと思ってる奴にしか言わないよな。

 

 

「……来年も、また戦いたいね」

「だな」

 

今度は実力で佐久間を打てるようになりたい。

そして投手としても対戦して抑えたい。

その為にはもっともっと力を付けなきゃいけない。

帰ったら練習頑張ろう。



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第19球 エースの誓い

試合終了後の中上先輩視点です。
かなり短いです。


今年の神奈川県大会決勝は、2対1で至誠の勝利で幕を閉じた。

私は7回1失点と、エースとしての役目を十分に果たせたと自負している。

しかし、まだ気掛かりがある。相良だ。

 

降板した時のあの悔しそうな顔や、試合終了の瞬間に普段の澄まし顔が崩れ、周りの目なんて気にせず泣きじゃくっていた姿を見たら、居ても立っても居られなくて歩き出していた。

 

蒼海大のバスが見えた、あそこに相良がいるはず。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、もしかして相良ですか?」

「はい」

「おーい、陽菜(はるな)ー! 向こうのエース!」

 

出迎えてくれたのはキャプテンである山城。

既に気持ちを切り替え、後輩達を励ましていた。

同じ最上級生として見習うべき姿がそこにはあった。

 

 

「……どうも」

「お疲れ様、いい勝負だったよ」

「それを言うためだけにわざわざ来たの?」

 

相良はちょっと不機嫌そう。

それもそうだろう、相良からしたら煽りに来たとしか思えないだろうし。

 

「そうじゃなくて、何て言えばいいんだろう……まだ別れたくなかったというかさ」

「は?」

「いや本当に自分でも何言ってるか分からないの! けど、相良ともう戦えないのが寂しくて……」

 

気付いたらここに居た。

そう言ったら少しの静寂の後、笑い声が。

 

「本当に何言ってるか分からないわよ、けどそうね……私も同じ気持ちかも」

「えっ……」

「何で先に言ったほうが驚いてるの? ……中上が初めてだよ、投手としてのライバルだと思えた相手は」

 

山城がライバルだとは知ってたけど、思い返せば今まで投手としてのライバルの存在は聞いた事がなかった。

 

「私はライバルだった斎と同じチームになれればそれで良かった、自分より優れた投手なんて同世代にはいないと思ってたから」

「それは間違ってないよ、相良より良い投手なんてこの世代にはいない」

「私も今日までそう思ってた。けど中上、貴女がいたのよ」

「…………」

 

私は相良より良い投手ではない。

勝てたのは沙也加と翼、それに伊吹が打ってくれたおかげ。

それと勝てるリードをしてくれた真衣。

 

 

「真似されるし同じタイミングで失点するし、最初は何こいつって思ったけれど……それが嬉しかった」

「私も真似されたんだけどね」

「そんな風に、相手を意識して投げ合うなんて事したことなかったから。負けたけどすごく充実感があるわ」

「相良にそう言って貰えるなんて嬉しいよ」

 

同世代最強の相良にベタ褒めされるなんて。

この喜びは唯一相良に勝った私だけのものだね。

 

「……だから、中上と今年まで出会えなかったのが悔しい」

「私もだよ、もっと早く出会いたかったな」

「もう戦えないのが残念だけど、プロは目指すの?」

「もちろん、相良もでしょ?」

「ええ……なら、次に勝負するのはプロの舞台ね」

 

お互いプロ入りを志望している選手同士。

同じチームになる確率は低い、ならまだ戦えるチャンスはある。

 

「貴方と投げ合って、今度は私が勝つ」

「……次も私が勝つよ」

 

顔を見つめ合い、お互いの熱意をぶつけ合う。

必ずこの人にだけは負けたくない、そんな人が初めて出来た。

 

 

「蒼海大の誇りも背負って、全国でも思い切り戦ってきなさい」

「分かった。1つでも多く勝ってくるよ」

「この私に勝ったんだから、不甲斐ない投球なんてするんじゃないわよ」

「私がそんな投球をするように見える?」

 

煽られたら煽り返す。

一見不穏な空気かも知れないけど、今の私たちにはこれでいい。

寧ろこれがいいんだ。

 

「まあ、期待してるわよ。優勝校のエースさん」

「期待しててよ、準優勝校のエース様」

 

最後に握手をして、お互い自分のチームメイトの元へ帰る。

必ず勝つと誓ったから、もう後ろは振り向かない。

蒼海大の誇りと至誠の夢を乗せて、私達はこれからも戦う。

至誠の評判を復活させるんだ、エースである私のこの左腕で。

 

 

 

「お、佳奈恵戻ってきた」

「由美香? 真衣? どうしたの?」

「佳奈恵が蒼海大に挨拶に行くって言うからさ、喧嘩にならないか心配でついてきてた」

「えっ、てことは今の会話……」

「ごめん、聞いちゃった」

 

ウインクされながら謝られても説得力無い。

けど、由美香のそういう所が好き。

 

「相良って本当にいい人だったね」

「疑ってたの?」

「別に疑ってたわけじゃないけどさ、あそこまでいい人だとは思ってなかった」

「ちょっと煽られたけどね」

 

けどやる気の出る心地良い煽りだった。

喋り方も綺麗だし、煽りに不快感が無い。

あの話術は一昼夜で身につく物ではない。

育ちの良さやメディア露出の多さが感じ取れた。

 

「勝たないとな、全国でも」

「蒼海大に勝ったのがマグレだと思われないようにしないとね」

「私が抑えるから、2人は援護頼むよ」

 

そう言うと由美香は親指を立てて、真衣は静かに頷いた。

少しでも長くこの3人で野球がしたい、その為にはやはり勝ち続けるしかない。

 

 

私の初めてのライバルとなってくれて、私を初めてのライバルと認めてくれた。

ありがとう、相良。

相良の分まで私達は、私は勝ってくるよ。



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第20球 祝勝会

今更気づいたのですが5話で鈴井の偏差値60になってますね……。
本当は68です。


神奈川の頂点に立った私達は、監督の奢りで焼肉屋に来ている。

 

「ガンガン食って体力回復しろよー!」

「あざーっす!」

「お米頼もうかな」

「神奈お米派なんだ、私は肉だけ派〜」

 

決勝が終わったので抽選会まで1週間近く休める。

ここまで過密日程をこなしてきた私達にとっては、天国のような時間だ。

 

「まさか今年優勝出来るとは……」

「そうか? 私は今年逃したらもう無理だと思ってたけど」

「監督ー! 私たちにも期待してくださいよー!」

「1・2年が期待出来ないんじゃなくて、今の3年が頼りになりすぎるからだよ」

 

確かにこの3人は準々決勝辺りからプロに注目され始めていた。

特に決勝戦後のインタビューでは、何十人もの記者がこの3人に群がっていた。

 

 

「多分、後にも先にもこの世代が1番総合力高いんだろうな……」

「それだけの面子が揃ってますからね」

「守備力、攻撃力、投手力……全てを取ってもバランスの良いメンバーだからな」

 

センターラインは堅いし、クリーンナップは強いし、投手はエースの中上先輩と、一応私もそこそこの成績は残せた。

際立った長所は無いけど、かといって短所もないバランスの取れたチームだ。

 

「他県の代表も錚々たる顔ぶれだったな」

大阪桐葉(おおさかとうよう)は勿論、西東京の祥雲(しょううん)や宮城の仙台陸海(せんだいりくかい)といった強豪校が勝ち上がってきてますもんね」

 

私でも聞いた事のあるような名門校ばかりだ。

神奈川以外の48校、どこも予選を勝ち上がってきたチームだ。

今までとは比べ物にならない戦いが繰り広げられるだろう。

 

「けど、そういうとこにも勝つしかないよな」

「そうだね! 今の実力なら良い勝負はできると思う」

「あの蒼海大に勝てたんだからな」

 

藤蔭、京王、蒼海大と神奈川の強豪を倒してきた。

自信も実力も最初より付いた自覚はある。

それを全国の舞台でも発揮しよう。

 

 

「注目選手とかっていますか?」

「やっぱり大阪桐葉の永谷(ながたに)かな」

「どんな選手なんですか?」

「簡単に言うと佐久間の強化版」

「うわぁ……絶対ヤバいやつじゃないですか」

 

佐久間が1年で、その永谷って人は3年。

その分体つきも良いだろうし、パワーなんかも桁違いなんだろうな。

 

「ちなみに現在通算84本」

「はっ!? 84!?」

「練習にも12球団のスカウトが見に来てるんだと」

「そりゃそうでしょうね……」

 

結城の40本や山城さんの50本で驚いてたら、更にその上がいたとは。

試合数の差とかもあるんだろうけど、流石に80本超えは恐ろしい。

 

 

「キャプテンは今何本ですか?」

「えーと……確か40超えてた気がする」

「ちょうど40本ですね」

「だって」

 

キャプテンだって凄いのに、その倍を打つってどんだけだ。

けど先輩達は連合チームでやってきて、あんまり試合も出来なかったから本塁打が少ないのは仕方ないか。

同じ試合数こなしてたら多分キャプテンも80本は打てる。

 

「これは祝勝会ではあるけど、反省点がある奴はそこもちゃんと全国までに自覚しておけよー」

「反省点かぁ……私は打率かな」

「神奈は5割超えてるでしょ……」

「6割切っちゃったから」

 

ストイックというか何というか。

5割で不満なら私は一体。

 

「伊吹ちゃんは結局2割ちょっとだったね」

「うっ、その話は……」

「けど蒼海大戦、良いところで打ってくれたから……」

「そうそう! ちゃんと仕事はしたよ! てか投手としてはそこそこ良いでしょ!」

「そこそこどころかかなり良いよ?」

 

19イニングを投げ8失点の自責7、防御率は2.58。

初心者と考えたらかなりの成績を残したかも知れない。

 

 

「鈴井は打率どんくらい?」

「4割5分5厘」

「1年で4割超えかよ……」

 

分かってはいたけど、やっぱ鈴井の打力は凄い。

ホントなんで入部の時打撃は自信無いみたいな言い方したんだ。

けどホームランは0なんだよな。

 

「美希ちゃんはチーム3位の打率だからね、頼りになるよ〜!」

「ん? 2位は? 1位は金堂先輩だろうけど」

「キャプテンが5割ちょうどで2位だよ」

「そんなに打ってたんだ……」

 

いつも打ってるイメージはあったけど、まさか2人も5割超えがいるとは。

糸賀先輩はギリギリ4割届かないくらいで4位らしい。

 

「チーム打率どんなもん?」

「.343で全国出場校の中では真ん中くらいかな」

「これで真ん中なの……?」

「高い所は4割超えてるからね。それこそ大阪桐葉とか」

 

全国って私の想像より凄い選手が揃ってるんだな。

うちも打撃はいいと思ってたけど、まさか真ん中だとは。

いや、というか大体私が足引っ張ってるんじゃ。

 

 

「早く見たいなぁ〜! 全国の有力選手!」

「抽選会まで我慢してね」

「1回戦はどこと当たるかな」

「予選と違って弱い高校なんてないし、どこと当たっても正直同じだと思う」

「それもそうだな……」

 

勝ち上がって来たんだからどこも平均以上のチーム力はある。

ならどこと当たっても同じか。

けどいきなり大阪桐葉とかは嫌だなぁ。

 

「今年はダークホース枠とかあるの?」

「東東京代表のディーバ学園かな、ここ最近どころか今まで1度も全国出場をした事がない高校だよ」

「何だったら野球部が出来たのだって何年か前の話らしいよ」

「へぇ……指導者が良いのかな」

「私もまだあまり詳しくはないんだ、今度調べるね」

 

出来たばかりの野球部がいきなり全国か。

推薦で来た選手だった少ないだろうに、よくそんな勝てたな。

東東京って普通に激戦区なのに。

 

 

「で、今年の優勝候補は?」

「祥雲か大阪桐葉を予想してるところが多いね、私も同意見だけど」

「絶対的エースがいるとか?」

「2校ともエースがいて、更にもう1人安定感のある投手がいる。それに加えて桐葉は圧倒的な打力が、祥雲は堅い守備力があるよ」

 

1点を取るのが難しい祥雲と、打ち勝つのが難しい桐葉。

決勝がそこの2つになったら面白そう。

けど私達だって全国制覇目指してるんだから、いつまでも観客気分じゃいられないな。

 

「早く抽選会にならねぇかな〜」

「それさっき美月ちゃんが言ってたよ」

「私もなんか有力選手に会いたくなっちゃった」

「だよね! サインとか貰いたいよね!?」

「え、いやそれは別に……」

 

プロでもない人にサインお願いするのはちょっと気が引ける。

でも今指名確実って言われてる人はサインとか考えてたりするのかな。

とにかく、抽選会までしっかり練習して準備してよう。



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第21球 抽選会再び

見返したら金堂先輩の出番があまりにも少なかったので、5話に出番を追加しました。


全国大会の抽選会会場。

予想通りせんしゅーは隣で大興奮中。

 

「せんしゅー落ち着こうぜ……」

「落ち着いてなんかいられないよ! プロ注目選手がこんなに沢山……!」

「伊吹ちゃん、諦めよう……」

 

鈴井が匙を投げるって相当だぞ。

まあこの好奇心があるから、誰も予想出来ないような戦術も考えられたりするんだろうけど。

 

「ほら、早く座って。そろそろ始まるぞ」

「はーい」

「すみません……」

 

キャプテンに促され席に着く。

さて、初戦の相手はどこになるのか。

 

『至誠高校、20番』

 

20番か……対戦相手はまだ引いてないな。

別に今する必要はないのに、緊張しすぎて足が震えてる。

 

『神聖ディーバ学園……19番』

 

なんだその校名は、神聖って事はキリスト系とかの高校なのかな。

その割には普通の制服だな、そういうとこってセーラー服とかのイメージがあるけど。

うん、あの変なマントみたいなの以外は普通だな。

 

 

『祥雲学院、21番』

『大阪桐葉高校、22番』

 

まさか初戦からそのカードが成立するとは。

今大会、ここがクライマックスとかやめてくれよ。

ダイジェスト番組が困っちゃうじゃん。

 

 

 

「初戦の相手はディーバかぁ! どんなとこっすか?」

「実は殆ど調べてなくてな……打撃型のチームという事は分かってるんだが」

「でしたら私が。神聖ディーバ学園、名前からも分かる通りちょっと変わった高校です」

「変わった? キリスト系とかそういう感じじゃ無いの?」

「ううん、全然そういうのじゃ無いんだよ」

 

となると、考えられるもう1つの可能性は。

 

「……まさか、厨二?」

「ホームページとか見る限り、多分そう……」

 

ホームページすらも厨二とか逆に興味ある。

あとで調べとこっと。

 

「出場してる選手は殆ど上級生なんだけど、中心となっている選手は1年生3人です」

「1年が中心?」

「はい、元々出来たばかりの野球部という事もあり、あまり強くは無かったんです。けど今年、恐らく推薦で入学してきた1年生が予選で大活躍して全国まで引っ張ってきたみたいです」

 

1年がチームを引っ張るって凄いな。

けど、なんでその3人はわざわざ弱小校に入ったんだろう。

 

 

「まず1人はセンターの飛鷹(ひだか)さん。走攻守3拍子揃った名選手で、特筆すべきはその得点圏の強さ。予選での得点圏打率は5割を超えているよ」

「得点圏5割!? なんちゅー奴だ……」

 

「次にサードの斑鳩(いかるが)さん。ディーバの人らしく打撃特化の選手です。予選ではグランドスラムを含む2本のホームランを放ち、チームトップの打点を挙げています。守備は苦手だし確実性は高くないんですけどね」

「沙也加みたいな奴だな」

「翼も人のこと言えないだろー!」

 

けどサードって事を考えると山田先輩だ。

飛鷹が得点圏5割だけど斑鳩がチームトップの打点って事は、飛鷹はそんな長打力はない感じなのかな。

 

「最後にエースの大鷲(おおわし)さん。精密なコントロールとチェンジアップが武器の技巧派投手で、防御率は2.39。反面球質が軽いのか被本塁打は4本、そしてこの人も打撃が良いです」

「コントロールが良いチェンジアップか……打ちにくそー」

「けど被本塁打多いんだろ? なら打てるだろ」

 

どいつも個性があるなあ。

てか全員1年とは思えない成績してるな。

 

 

「打撃戦になるのは明らかだ。いかにしてエラーを減らすか、チャンスをモノに出来るかが勝敗を分ける」

「帰ったら守備練習を重点的にやりましょう!」

「おっしゃ! やるぞー!」

「私ももっと守備鍛えるぞー!」

「悠がこれ以上鍛えたらセンターの仕事無くなりそー」

 

そんな話をしながらバスに乗り込み、学校へ帰る。

ディーバに勝ったら次は祥雲か桐葉か。

どっちが勝ち上がってきても嫌だなぁ。

 

「そういや祥雲の注目選手聞いてなかったな」

「1年生エースの神田(かんだ)さんかな。投打共に超一流、防御率は1点台で打率も4割弱。本塁打も2本と大活躍だったよ」

「何でこの世代化け物しかいないの?」

「そりゃ黄金世代って呼ばれてるからね」

 

鈴井が言うには、中学の時からこの世代はそう呼ばれていたらしい。

投手野手共に有力選手ばかりで、全員の進路に注目が集まっていたみたい。

 

 

「神田さんと言えばやっぱりその育ちだよね。両親が医師をやっていて、お姉さんは現役のプロ野球選手!」

「現役……まさか、朱里(じゅり)さん?」

「正解!」

「嘘だろ!? あの朱里さんの妹!?」

 

神田朱里さん。3拍子揃ったセカンドで打てば3割100打点、走れば30盗塁、守ればゴールデングラブと生きるレジェンドだ。

今の日本球界でトップの実力を持つ選手と言っても過言ではない。

 

「頭脳明晰、容姿端麗……それに性格も良いみたいだよ」

「……相良さんみたいだな」

「同じ左だし、確かに似てるよね」

「神田の話か?」

「うわっ、監督!?」

 

神田の話をしていると、監督も混ざってきた。

 

 

「懐かしい名前が聞こえたもんでな」

「懐かしい……?」

「ああ、私と朱里は同い年だからな」

「そうなんですか!?」

「そう。朱里は私が唯一、高校でもプロでも勝てないと思った相手だよ」

 

守備も打撃も走塁も全部アイツには敵わなかった。

そう言って少し寂しそうに、けどどこか清々しい表情で監督は言う。

 

「朱里さんの妹さんも知ってるんですか?」

翠嵐(すいらん)だな。小さい頃しか知らないが……礼儀正しくて、飲み込みが早くて。可愛かったなぁ」

「神田、翠嵐……」

 

同世代でそんな凄い選手がいるなんて。

早く会ってみたいから祥雲には初戦勝って欲しいな。私たちも初戦突破して、祥雲と戦いたい。

 

 

「あともう1人、同じく1年で正捕手の孤塚志黄(こづかしき)さんもいるよ」

「1年で正捕手……」

「打率こそ伊吹ちゃんより低いけど、高い守備能力と巧みなリード、それと強肩が売りの選手だね」

「私より打率悪いのか」

 

野手専任で私より打率悪いって相当だぞ。

それでも正捕手って事は、よっぽど投手の能力を引き出すのが上手いのか。

 

「神田さんとは幼馴染らしいよ」

「へー! だから正捕手なのかな」

「かもね、気の知れた相手ならかなり投げやすいだろうしね」

「だから防御率1点台なのかなぁ」

 

1年にして名バッテリーだな。

神田にも孤塚にも会ってみたいし戦ってみたい。

早く開会式当日にならないかな。

 

 

 

 

「投手陣は実戦形式のフリーバッティングをしよう。柳谷と……山田! 相手してやれ」

「はい」

「よりにもよってその2人ですか……」

「強い奴とやらないと成長できないだろ?」

 

それはそうだけど、その2人相手に投げるのは緊張する。

2人ともパワーがあるから当てられたら飛ばされるし。

 

「あれ? キャプテンが打つ時のキャッチャーって……」

「私が務めよう」

「監督が!? うわ〜! レアだなぁ」

「浮かれて手元狂うんじゃないぞ」

 

まさかあの灰原選手に受けて貰えるとは。

これだけで至誠に入った価値がある。

 

 

「じゃあまず柳谷から!」

「はいっ」

 

キャプテンはミート力もパワーもある。

やっぱり面倒なのは外角を流してスタンドイン出来るパワーだ。

少しでも甘く入ればかっ飛ばされるから、とにかく気が抜けない。

 

(いきなり内角のスライダーか……)

 

手元狂うなって言ったのはこういう意味か。

先輩、それもキャプテン相手に内角責めなんて怖いけど投げるしかない。

 

胸元を抉る、ボールになってもいい。

とにかく攻める姿勢を見せるんだ。

 

「ボール!」

「良い球きてるぞ!」

 

仰け反らせて1ボール。

普通に味方に投げるような球じゃないよな。

 

(次はアウトローの直球か)

 

インハイで仰け反らせてアウトローに投げる。

よくある配球だけど、裏を返せば効果があるって事。

ここで外れると一気に不利になるから大事に投げよう。

 

 

「ファール!」

「ひぃ……こわ……」

 

並の打者なら打てないが、相手はキャプテン。

手を出すし何だったら当ててくる。

もう少しタイミングがズレてればヒットだったな。

 

(次は……カーブを見せ球か)

 

インローに外れるカーブを見せる。

相変わらずカーブは見せ球くらいでしか使えない。

それでもコースの際に投げればたまに振ってくれる人もいるけど。

 

(ツーシームで詰まらせる!)

 

キャプテンならそんなの関係無しに打ちそうだけど、逃げてちゃ何も始まらない。

ここで思いっきり腕振り抜いて投げれば何かが起きるかもしれない。

 

 

「おらっ!」

「ライト……これはヒットか」

 

内角のツーシームで詰まらせようとしたが、簡単に打ち返された。

それならまだ良かったがヒットにされた。

 

「くそぅ……」

「伊吹、良いボールだったよ」

「柳谷相手にホームランを打たれなかった。それだけで成長したのは分かっただろ?」

「確かに……」

 

前までの私だったらフェンスまで飛ばされてた。

それが単打に抑えられたのは、紛れもない成長の証。

強打者相手なんだから、打ち取らなくても良い。

単打なら勝ちくらいの気持ちで投げればいいんだ。

 

 

「ただやっぱ落ちる球が欲しいな……」

「落ちる球……フォーク系ですか?」

「だな、浜矢の球速を生かすならスプリットかフォークだけど……大会後にしようか」

 

大会前に変化球を覚えようとしてフォームを崩したらいけない。

しかもフォーク系は負担が掛かるのもあり、もしかしたら怪我をしてしまうかもしれない。

その為新変化球は大会後となった。

 

「1打席が投手有利とはいえ、柳谷を単打に仕留めたんだ。自信を持っていいと思うぞ」

「はい! これなら全国の強打者相手にも立ち向かえそうです!」

 

この練習は単純な野球の実力を付けるのが目的じゃない。

メンタルを鍛えるためのものだったんだ。

大会が始まって、全国の強打者にずっと怯えてる訳にもいかないしね。

この経験を糧に大会に挑もう。



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第22球 襲来のディーバ

☆9評価を下さったパンダkkk様、ありがとうございます!
自分はオリジナルは初めて書いたので、まさかこんな高評価を頂けるとは思っていませんでした。


開会式も終わり、とうとう全国大会の幕開けだ。

初戦の相手は厨二病疑惑のあるディーバ学園。

1年が中心選手という元弱小校だ。

 

「飛鷹と斑鳩をどう抑えるかが鍵だな……」

「中上先輩、頼みましたよ」

「なんとか5点以内には抑えるよ」

 

ここから2回戦は中上先輩と私の継投。

いかにして球数を少なく出来るかが肝だ。

 

 

「ディーバの選手はどんな感じなのかな」

「フッ……我らに与えられし名を呼んだか?」

「な、何だこの喋り方……」

 

声は低音でカッコいいんだけど、この厨二臭い喋り方はまさか。

 

「ディーバ学園1年、飛鷹涼風(ひだかすずか)!」

「同じく1年、斑鳩雪凪(いかるがせつな)……」

「さらに同じく1年! 大鷲千晴(おおわしちはる)だよ!」

 

なんかカッコいいポーズを決めながら登場してきたのは、噂のディーバの1年生だ。

ただ、登場の仕方が余りにも酷すぎるから空気が凍りついてる。

 

「フッ、この溢れ出る波動(オーラ)に畏怖したか……?」

「普通に引いてるんだと思う……」

「それでこそ頂点を目指せし者の集い……! どちらが神の裁きを受けるのか、愉しみにしているよ」

「神の裁きって……普通に負けるって言えよ」

 

 

私がそう返すと、ディーバの3人が目を見開いてこちらを見る。

 

「生き別れし同士……!?」

「同士じゃない! 私はもう患ってないわ!」

「もう? てことは伊吹ちゃんって、元厨二病?」

「あっ……いや、その……」

 

やばい、厨二バレとか1番きついって。

いや確かに厨二病を患ってたのは認める、けどもう完治したから平気だし。

まだ患ってるこの3人とは違うし。

 

「なるほど、同士討ちか……。心苦しいが神が決めたこと、やるしかないか」

「だから同士じゃない! あと決めたのは神じゃなくてクジ!」

「付き合ってくれてありがとうね、他校の人に言ってること分かってもらえるの初めてなんだ」

 

大鷲は普通に喋るんだな。

斑鳩は喋らないでずっと腕組んでるけど、多分あれはクールぶるタイプの厨二病だ。

飛鷹が1番スタンダードな厨二病か。

 

「ちなみに私は変化球に名前付けてるタイプの厨二病だよ」

「ヴッ……」

「伊吹ちゃん!?」

「せ、せんしゅーありがとう……」

 

大鷲のが1番精神的にくるやつだ。

仕方ない、人間ってのはいつだって必殺技を欲しいと思う動物なんだ。

つまり本能、つまり不可抗力。

 

 

そしてこちらを見て、話し出そうとする飛鷹。

正直何を言われても驚かないが、ダメージがくるのだけはやめてほしい。

 

「至誠高校の皆さん、激戦区である神奈川を勝ち上がってきた貴方達と戦えるのを楽しみにしていました。いい勝負をしましょう」

「…………普通に喋れるのかよ!!」

 

何で私が付き合わされたんだ。

最初っから普通に喋ってくれれば、私が元厨二病だということがバレずに済んだのに。

 

「おつかれ、伊吹ちゃん」

「ほんとだよ、何なんだよアイツら……」

「ちょっと変だけど実力は確かだから、気は抜かないでね」

「おう……」

 

そうだよな、厨二だけど東東京代表だもんな。

アレに負けるって結構悔しいと思うんだけど。

 

「てかディーバのユニフォームカッコよかったな……」

「青を基調としてたから、爽やかさがあったよね」

「筆記体いいな〜」

「……やっぱりまだちょっと患ってる?」

「大丈夫だから!!」

 

外国人が漢字をかっこいいと思うように、日本人は筆記体をかっこいいと思うもんなんだよ。

赤の至誠と青のディーバ、真逆の戦いが始まるな。

 

「面白い子たちだったね」

「え、そう?」

「私はちょっとダメージくらったんだけど」

 

キャプテンもこちら側の人だったか。

中上先輩って確かお嬢様だったよな、だから厨二病とか縁がなかったのかな。

 

 

 

「ディーバはとにかく打撃力が高い、その反面守備は不安定な所があるからそこを突こう」

『はいっ!』

 

斑鳩を始めとし、打撃は良いが守備が苦手な選手がレギュラーに多くいる。

そこを突くような打撃が出来れば勝てる。

まぁ、私はそんなの出来る技術は無いから強攻するしかないんだけど。

 

 

 

--試合開始(プレイボール)

 

先攻はディーバからだ、しっかり守ろう。

飛鷹は3番、斑鳩4番、大鷲6番だからそこには警戒して。

てかクリーンナップ2人が1年って、やっぱアイツら凄いんだな。

 

「よーし! 抑えてこー!」

「おー!」

 

中上先輩は声がよく通る。

蒼海大戦から妙に投げたがってるし、何か良いことあったのかな。

 

 

自信満々なエースは誰にも止められない。

1番は三振、2番もショートゴロに仕留め飛鷹との1度目の勝負。

キャプテンからの指示も出たので外野は少し後退。

 

(なんか独特なフォームしてるな……)

 

バットを投手に向け、肩をトントンと叩きタイミングを取る。

打つ時はバットを立てて足を上げる、結構個性的なフォームだ。

そして何よりも打ちそう。

 

 

「ライト!」

「ひっ、打球はや……」

 

鋭い打球が襲ってきたが、これはファールラインを割った。

1年とは思えない打球速度、佐久間も似た感じだったな。

まぁ1年からレギュラー張ってるんだから、上級生顔負けの実力があってもおかしくないか。

 

中上先輩はまだ球種は残してる、いくら飛鷹でも流石に打てないだろ。

スローカーブで緩急をつけ、ばっちりタイミングを外した。

それでも外野まで飛ばされるんだけど。

 

「ナイピ」

「ありがと、飛鷹すごいね」

「緩急つけても普通に打ってきますもんね」

 

タイミングを外されても、フォームが崩れる事はなかった。

足を上げるフォームでそれは難しいのに、よく出来るな。

 

 

「大鷲は球質が軽いんでしょ? なら意外と打ちやすいんじゃない?」

「制球が良いしチェンジアップが決め球だったよね、結構難しいかもよ」

「それにあのフォームを見てみろ」

「ダイナミックだなぁ……あれからチェンジアップ投げられるのか」

 

投げる前に一瞬跳ねるような感じでその勢いを使ってリリース。

あの豪快なフォームから制球重視の決め球チェンジアップとか想像出来ない。

イメージと違いすぎて打ちにくいかも。

 

今日の打順はスタンダードなやつ。

 

1番糸賀先輩、2番菊池先輩、3番山田先輩、4番キャプテン、5番金堂先輩、6番青羽先輩、7番鈴井、8番中上先輩、9番私。

 

向こうは攻撃的だしこっちもそうしても良かったらしいんだけど、変に打順変えるよりもこの方が打てそうだからという理由らしい。

 

 

「さて、じゃあいつもの由美香の占いか」

「由美香が打てるかどうかだね……」

「それ広まっちゃったんですね……」

 

あの話は私と監督がちょこっとしてただけなのに。

いつの間にか広まって、今では占いだとかクジだとか言われてる。

糸賀先輩もなんかノリノリだし、まぁいいのかな。

 

「ストライク!」

「うーん、由美香タイミング合ってないかな」

「チェンジアップえっぐ、めっちゃブレーキかかってたよ!」

「……少し厳しそうだな、私も沙也加も」

 

2人とも長打力はあるけど確実性に欠ける。

だから大鷲みたいなタイプが1番苦手みたい。

 

 

4球目に投げられたのはど真ん中。

勿論打てると思ったが、そこから内角に鋭く抉り込んだ。

糸賀先輩も巧く打とうとするが、引っ掛けてしまい内野ゴロ。

 

「なんだ今の変化球?」

「多分スラーブですね」

「普通ならあれが決め球になりそうだけどね……」

「それ以上にチェンジアップが良かったですもんね」

 

中上先輩の言う通りで、あれが決め球でもおかしくない。

けどそうじゃないのは、チェンジアップの存在があるから。

あそこまでブレーキの効いたチェンジアップは見たことが無い。

 

 

制球の良さも重なって、菊池先輩と山田先輩は連続三振。

四隅にビシビシ決められるし変化球の精度も高い。

乱打戦になりそうだと思ってたけど、もしかしたら投手戦になるかも。

 

「さてと、次は斑鳩からか」

「……先輩、楽しそうですね?」

「えっ? そう見える?」

「はい、蒼海大と戦った後から」

 

強打者と戦うことを楽しんでるように見える。

前みたく怖いって言わなくなったし。

そう伝えると、中上先輩は少し考えるような素振りを見せた後。

 

「そうだね、良いことあったんだ」

「へー! 何があったんですか?」

「……それは秘密、だよ」

 

口に人差し指を当て、しーっと言うような仕草。

それが大人っぽくて様になってて、ちょっとドキッとした。

けどやっぱり蒼海大のあと何かあったんだ。

 

「ほら守備につくー!」

「はーい!」

 

私も佐久間とライバルになったし、中上先輩も似たような事があったのかも。

佐久間ももしかしたら見てるかもしれないし、気の抜けたプレーは出来ない。

そんなプレーしたら、連絡先知られてるし絶対怒られる。

 

 

 

斑鳩が打席に入ると、違和感を感じた。

何が違うのか一瞬分からなかったが、すぐに両目が見えているのが要因だと分かった。

試合前は前髪で片目を隠してたけど、試合が始まったらちゃんとピンか何かで纏めてる。

アレもきっと厨二病の一種なんだろうなぁ。

 

 

厨二病だが実力は確かだ。

恐ろしいスイングスピードと打球速度、一瞬でもボールから目が離せない。

こんなの見せられたら黄金世代とか呼ばれるよな、そりゃ。

 

 

何度もファールゾーンに鋭い打球が飛び続け、その瞬間は来た。

高く上がった打球が落ちてこない。

スタンドに向かって伸び続けていく。

 

ポール際スレスレの打球。

ここからじゃよく分からなかったが、審判の判断は。

 

「……入ってたか」

 

右手を挙げ、頭上でゆっくりと回した。

まさかの先制ホームランで試合は動いた。

 

 

だが打たれっぱなしで終わる先輩ではない。

5番、6番の大鷲、7番を打ち取って最少失点で終わらせた。

 

「大鷲はどうでした?」

「結構怖かったかな、豪快なスイングだけど芯に当てる事重視してる感じだったよ」

「なんか投球フォームと似てますね……」

「そうだね、派手に見えるけど実は繊細な技術を持っている……面白い選手だよ」

 

試合前の会話でも私達がちょっと引いてるのを感じてフォロー入れてたし、意外と繊細なのかも。

フォームだけ見るとそんな感じしないけど。

 

 

「先制はされたがまだ1点だ、早く大鷲の球に慣れてこちらも取り返すぞ!」

『オーッ!!』

 

1点差で迎えた2回裏、キャプテンからだ。

流石にキャプテンは怖いのかボール球先行。

カウントを取りに来た球に対しフルスイング。

しかし打球はセンターを守る飛鷹のグラブに収まった。

 

「サークルチェンジも投げられるみたいだな」

「チェンジアップの一種ですよね……何が違うんですか?」

「ざっくりとだけど、利き手側に曲がりながら沈むチェンジアップかな」

 

普通のチェンジアップと混ぜられたら判別がつかない、キャプテンすらもそう太鼓判を押す。

 

「まぁ、神奈なら打てるかもな」

「ですよね……って言ってるそばから打った」

 

話の最中に普通にヒットを打つは金堂先輩。

あのバットコントロールの前には、どんな変化球も無意味なのか。

だがそこからは青羽先輩三振、鈴井レフトフライで続けず。

 

 

「打てそうなのに打てないのが1番腹立つ」

「落ち着けよ……鈴井がそんな怒るの珍しいな」

「投げてる球だけ見たら普通なんだよ? なのにあのフォームと緩急で打てなくさせるのムカつく」

「そういう投球スタイルなんだよ……」

 

投手ってそうやって工夫を重ねて抑えていくポジションだから。

けど、多分これも遠回しに褒めてる。

相変わらず素直じゃないけど、鈴井がここまで褒める投手は少ない。

だとしても、私だって粘るくらいは出来るはずだ。



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第23球 群青に染まる

3回表のディーバの攻撃が始まったが下位打線だ。

いくら強打のチームと言えど、中上先輩は下位打線に打たれるような人じゃない。

3人でピシャリと抑えて攻撃に移る。

 

「下位打線は意外と抑えられそうです」

「まあ、飛鷹たちと違って推薦で入ってきてはないしな」

「やっぱりあの3人は要注意ですね」

 

監督と先輩の話に聞き耳を立てる。

中上先輩と私じゃ実力も違うし、参考程度にしかならないと思うけど。

あの3人に気を付けつつ、他で油断はしないようにすれば大丈夫。

 

 

3回裏の攻撃、中上先輩がヒットで出塁。

マグレっぽかったけどヒットはヒットだ。

 

(バント……了解)

 

ここで送れば後ろがきっと還してくれる。

私はバッティングは期待出来ないし、ここくらいは活躍しなきゃ。

大鷲が投げた瞬間、ファーストとサードが突っ込んできた。

 

(けっ、どこに転がせば……。くそっ、ヤケクソで投手前!)

 

「あっ」

「オーライ!」

 

普通に打ち上げてしまった。

ゲッツーよりマシだけど、転がせないのは流石に。

だってベンチから監督がこっち来いって手招きしてるし、行きたくない。

 

 

「浜矢〜?」

「すみません!!」

「まぁでもゲッツーよりかはマシか……次からは木製使うか?」

「あー……私木製でもこんな感じなんですよ」

「なら帰ったらバント練だな」

 

地味な練習って嫌いなんだけど、そんな事言ったら本気で怒られる。

 

「監督って本気で怒った事ないですよね?」

「だって萎縮してプレーが縮こまったら嫌だろ、叱るのと怒るのは違うんだ」

「……監督がうちの監督で良かったです」

 

感情的に怒りをぶつけてくる人だったら、私はもうとっくに辞めてる。

監督は私達選手の立場に立って考えてくれるから好きだ。

藤蔭戦みたいに少し失敗したとしてもそれを謝るし、良い人だよなぁ。

 

 

「おっ、由美香打った!」

「あー! 見逃したー!」

 

監督の顔見て話してたから、打席の方を見れなかった。

知らないうちに糸賀先輩が繋いでくれて1アウト一・二塁。

菊池先輩にはバントのサインは無し。

初球から積極的なスイングをしていくが。

 

「あっ……」

「あーあ……1番やっちゃいけない事を……」

「うーんこれはキツイな」

 

この場面で綺麗なゲッツー。

チャンスが一瞬にして潰れてしまった。

 

「……ごめんなさい」

「まぁ、次があるから……そんな落ち込むなって」

 

ここまで落ち込まれると監督も叱れない。

少し嫌な空気で攻撃が終わり、守備につく。

 

 

もう4回か、意外と早く進んでるな。

向こうもホームラン以外はヒットすら出てない。

予想通り投手戦になったな。

まぁ、お互いエースが投げてるからそうなるのは当たり前みたいなとこあるけど。

 

 

いきなり先頭にヒットを許してしまい、飛鷹の打席。外野は後退で長打に備える。

 

「なっ、オーライ!」

「任せた!」

 

セカンドとライトの間にポトリと打球が落ちた。

その間にランナーは三塁まで進み一・三塁。

飛鷹の奴、私の守備力見越して打ちやがったな。

 

「すみません!」

「今のは仕方ないよ、それより次は斑鳩だから下がってね」

「はい!」

 

次は今日ホームランを打ってる斑鳩だ。

1番警戒しなきゃならない相手、それは分かってた。

 

 

だが、またしても捉えられた。

打球は一瞬にして外野の最奥部へ。

 

「っ、飛鷹二塁回ってます! 急いで!」

「オーケー!」

 

糸賀先輩が捕球する頃には飛鷹は二塁を回ろうとしていた。

レーザービーム送球で三塁へ送球をしたが、判定はセーフ。

 

「脚速すぎだろ……」

「それだけじゃないよ、走塁も上手かった」

 

私や悠河にも匹敵する、と糸賀先輩が言う。

長打力が無いと思って油断してたけど、塁に出すだけでダメな相手だったか。

流石にタイムを取ってマウンドに集まる。

 

 

「いやー、流石に2点目はキツイな……」

「頑張って援護するからもう少し堪えて!」

「伊吹は6回からだっけ?」

「そうです」

「ならこれ以上失点しないから、6回までに逆転頼むよ!」

 

また私達は守備位置に散っていく。

中上先輩を責める人は誰もいない、当たり前だ。

ここまで連れて来てくれて、ディーバを2点で抑えてくれる先輩を責めるような心の無い人は至誠には居ないから。

 

 

「センター打たせて良いぞー!」

「セカンドもいいっすよ!」

「ショートなら全部捕りますよ」

 

センターラインが1番頼りになるから、そこに打たせれば失点の確率は下がる。

投手である中上先輩は当然それを知ってる。

5番は三振、大鷲はセンターフライ、7番も三振。

 

「有言実行ナイス!」

「ありがと、援護お願いね!」

「任せろ!」

 

 

 

4回裏の攻撃は山田先輩から。

ここ最近結果が出てないし、ここらで1本出そうだなと思っていた時。

 

「うわっ、いったろこれ!」

「飛距離エグッ……」

 

芯で捉えた打球は一瞬にしてスタンドに突き刺さった。あんなのに当たったら無事じゃいられない。

 

「いえーい!」

「ほんと、沙也加っていきなり打つよな……」

「打席ごとのムラが激しいので〜」

「そんなんじゃ4番任せられないぞー」

 

キャプテンにすらイジられてるし。

確かに山田先輩って打席ごとの調子の変動が激しいかも。

4番って常に結果を出す事が求められるから、山田先輩みたいなタイプは向いてないんじゃ。

多分6番とかで何も気にせず振る方が良い結果残せそう。

 

 

「けどこれで1点差だ! この回追いつくぞ!」

「おー!」

 

キャプテンにもヒットが出てノーアウト一塁。

ここで金堂先輩だし期待が出来る。

 

「走った!」

「マジか……!」

「よしっ、セーフ! ナイラン!」

 

初球から走って盗塁成功。

得点圏の金堂先輩は強い、それを証明するように先輩は初球からライト前に流し打ち。

 

「回れ回れ!」

「ノースライ!」

 

キャプテンの脚で還れない筈もなく、悠々と生還。

なんかあっさり同点になったな。

 

 

「大鷲球軽いな、すごい飛んでった」

「の割には単打だったんだけど〜?」

「打球速すぎて二塁は無理」

 

飛びすぎて逆に単打になってしまった。

けどキャプテンは盗塁出来るし関係無かった。

盗塁出来るキャッチャーって稀だよなぁ。

 

 

青羽先輩はレフトライナーだが、鈴井はセンター返しで出塁。

しかしそこから中上先輩は内野フライ、私は三振で続けず。

同点には追いついたが、勝ち越すことは出来なかった。

 

「ま、次は下位打線だからいけるって」

「佳奈恵頼むぞ……」

 

キャプテンの不安をよそに、中上先輩は好投。

また見た事ない変化球で打者を翻弄していき、3人でシャットダウン。

 

「よーし、私が打ってくる!」

「由美香ー! 頑張れー!」

 

いつもの有言実行、糸賀先輩。

インローのチェンジアップを難なく打ち返し出塁。

 

 

「さてと、ここはどうするかな……」

「バントじゃないんですか?」

「いつもならそうだけど、さっきあんな顔してたからな……糸賀ならゲッツーにならないだろうし、託すか」

 

菊池先輩には強攻のサイン。

さっきのゲッツーは自分で取り返せとのこと。

内角のチェンジアップ、外角のスラーブに手も足も出ず2ストライク。

 

「悠河! 打て!」

「いけるよー!」

「落ち着いてボールよく見て!」

 

先輩は一旦バッターボックスから出て間を取る。

深呼吸をして心を落ち着かせ、大鷲と向き合う。

1球外れて1-2となった後の4球目だった。

 

 

甘く入ったストレートを完璧に打ち返し三遊間を破るヒットに。

糸賀先輩は三塁ストップで一・三塁。

 

「なんで今の当たりで三塁行けるんですかね……」

「由美香って少しでも行けると思ったら走るタイプだから」

 

今までそれに救われていたが、見てる方は結構ヒヤヒヤする。

けど、多分アウトにならないと分かって走ってるんだろうな。

走塁判断ってどうやって身に付ければいいんだろう。

 

「スクイズさせます?」

「確かに不意はつけるけど、1点じゃ足りないしそもそも山田は普段バントさせてないから無理だ」

 

それに山田先輩絶対嫌そうな顔してサインバレる。

というわけで監督は普通に打たせたけど、豪快な空振りで三振。

 

 

「真衣ー、頼むよ」

「了解」

 

キャプテンが打席に向かう。

今までで1番集中しているようだ。

ここで打たなければ中上先輩に勝ちは付かない、だからこの集中力なんだろう。

 

 

初球の内角低めのチェンジアップ、それは少し甘めに入っていた。

 

「いったな」

「真衣……!」

 

打った瞬間それと分かる当たり。

キャプテンは打球の行方を確認した後、バットを放り投げた。

本来なら許されないバット投げ、でもこの場面なら良いと思う。

 

「勝ち越しスリーラン!」

「ナイバッチ!」

「さすがキャプテン!」

「打ててよかったよ」

 

キャプテンはホームランを打っても落ち着いてる。

いつだったか、捕手として出てると攻撃の時も配球の事が頭に浮かんでくるって言ってた。

今もそうなのかも知れない。

 

 

「これで5点目か……なかなかいい攻撃だな」

「あとは伊吹が抑えれば完璧!」

「頑張ります……」

 

マウンドでは大鷲を囲うように内野陣が集まっている。だがここは続投の模様。

 

「控えに投げさせるより大鷲のが抑えられるって事なんですかね?」

「だな、ディーバの控えとか4点台しかいないし」

「そりゃ続投させますね……」

 

金堂先輩は今日初めての凡退、青羽先輩ヒット、鈴井は内野フライで3アウト。

ホームラン打たれた後にここまで抑えられる、あいつも正真正銘のエースだ。

 

 

「じゃ、伊吹頼んだよ」

「はい、なんとか抑えます!」

「2点までだったらいいからね〜」

 

ディーバ相手に2回2失点もなかなかキツそうだけど、やるしかない。

全国の舞台で勝利を手にするんだ、初戦敗退で終わりたくない。



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第24球 真紅に染まれ

全国大会初めての登板だ。

6回の表、打席に立つは今日ここまでヒットの出てない3年生。

気は抜けないから慎重に攻めよう。

 

 

(めっちゃ粘ってくるじゃん! なんで中上先輩は抑えられたんだよ……)

 

そんなの分かりきってる、実力が違うからだ。

私が抑えられない相手を先輩は抑えられる、それだけだ。

たったそれだけなのに、その事実が私に重くのしかかる。

 

6球も粘られたら投げる球なんてなくなる。

変化球の少なさがここで足を引っ張る。

 

(ストレート、おっけーです!)

 

インハイのストレートで空振りにするしかない。

多少なりともノビはある、頼むから打ち取られてくれ。

 

 

「やば……!」

「伊吹ー! まだヒット1本!」

「ですよね……」

 

よりにもよってツーベース。

得点圏で飛鷹に回してしまった。

どこから攻めるかキャプテンも迷ってるようで、サインが出ない。

 

(スライダーか……)

 

外角、ボールからストライクになるスライダーでまず1ストライク。

流石に今のを打たれたら何も投げられないから、見送ってくれて助かった。

次に要求されたのはカーブ。

入れたつもりだったけど、ボール1個分くらい外れてたみたい。

 

 

(ここでツーシームか……了解)

 

ツーシームを投げた瞬間嫌な感じがした。

投げた瞬間分かった、絶対打たれるって。

真芯で捉えられた打球がレフト方向へ飛ばされたのが分かった。

もう何が起こったのか理解してるから、振り向かなかった。

 

 

「……くそっ」

「伊吹……今の打たれたら仕方ないよ」

「そうそう、まだ1点差あるんだし切り替えてこ!」

「……はい!」

 

クヨクヨしていられない、次は斑鳩なんだから。

ここれまたホームランなんて打たれたら同点だ。

私が中上先輩の勝ちを消すことになる、それだけは嫌だ。

 

 

(斑鳩、勝負だ!)

 

敬遠したってよかった、けどそれは私のプライドが許さなかった。

それにこんな凄い同級生と戦えるのが嬉しいんだ。

貴重な機会を、自分から逃がす訳にはいかない。

 

 

カーブなんか投げない、ストレートとスライダーだけで勝負。

斑鳩もミート力は無いから、内外に散らせば何とかなる。私のスライダーをそう簡単に打たせるかよ。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「しゃーー!!」

「ナイピ!」

 

三振に切ってつい叫んでしまった。

全国大会だと色々うるさいから、もしかしたら注意されるかも知れない。

けど、こんな熱い勝負の最中に叫ぶなってのも酷な話だ。

1球ごとに全力をぶつけ合ってんだ、それで打ち取れたらこうもなる。

 

 

5番サードゴロ、大鷲ライトフライ、6番三振で切り抜けた。

大鷲も凄いけど、力で押せば勝てない相手じゃない。

 

「浜矢ー! あの後よく抑えてくれた!」

「けど打たれちゃいました……悔しいです」

「だったらまた来年リベンジすればいい」

「そっか……ですよね!」

 

今まで戦ってきたのは3年ばかりで、戦えるのは今年限りだった。

けど佐久間や飛鷹たちは同い年だ、まだあと2年間戦える。

同い年の存在がこんな嬉しいとは思わなかった。

化け物ばかりの黄金世代、いつか私もそこに名を連ねたい。

 

 

 

だいぶ球威こそ落ちてきたが、大鷲もエースの意地をぶつけてきた。

コントロールなんて無視してとにかく全力で投げる。

そんな姿を見せつけられて3人で抑えられた。

 

「最終回だ! ここを抑えて必ず勝つぞ!」

『オオ!』

 

下位打線だけど、多分代打を送ってくる。

それを迎え撃ってやらないと。

 

「ここで終わる訳にはいかないだろ! ディーバの底力を見せてやれ!」

『ハイっ!』

 

まだ1点差だもんな、諦めるわけないよな。

だけど私だって負けたくないんだよ。

 

 

予想通りいきなり代打の登場だ。

ディーバの控えはほぼスタメン組と変わらないか、それ以上の打力を持っている。

守備が余りにも酷くて控えに回ってるのが多いらしい。

 

(さっきまで下位打線は余裕だったけど、今回はそうはいかないってことか……上等だ!)

 

ストレートのゴリ押しは通用しない。

なら次に自信があるスライダーで抑える。

予選が終わってからも鍛え続けていたおかげか、変化量が増えた気がする。

予選までの私だと思っていたら痛い目見るぜ。

 

「ストライク、バッターアウッ!」

「よっし、まず1人!」

 

狙い通り外スラで空振り。

困った時はインハイのストレートか外スラで大体何とかなる。

飛鷹みたいな奴には通用しないけど。

 

次の代打も困った時のインハイストレートで空振り三振。最後もビシッと締めたい。

 

 

アウトローのカーブ、インハイのストレートで1-1。

更に外スラとツーシームで並行カウントに。

 

「伊吹ー! 決めてやれ!」

「腕振り抜いてね!」

「ばっちこーい!」

 

息を吐いて一度空を見上げる。

青い空と太陽、まるでディーバと至誠みたいだ。

……なんて変な事を考えてる場合じゃない、顔を下げて打者と向き合う。

 

全国大会初勝利のマウンドには、私がいる。

それがどれだけ嬉しくて幸せなのか知りたい。

だから私は全力で腕を振り下ろして、最高のストレートを投げる。

 

 

 

「オーライ!」

「……アウト! ゲームセット!」

 

試合が終わった。

ディーバの選手が膝から崩れ落ちている。

泣き喚いている選手もいた。

 

(勝利の瞬間は、いつになっても実感が湧かないな……)

 

どうしても客観的に見てしまう。

試合中はそんな事ないのに、何でだろう。

まあでも、それのおかげで色んなことに気付けたりもするんだけど。

 

 

「良い試合だったよ」

「ありがとう、そっちも強かったよ」

「へへ、ありがとう」

 

整列をし、大鷲と握手を交わす。

7回5失点と、数字だけ見れば褒められたものではないかも知れない。

けど、大鷲はどんな場面でも笑顔を絶やさずチームメイトを鼓舞していた。

本当のチームの精神的支柱は、飛鷹じゃなくて大鷲なのかも。

 

 

 

私達がバスに乗り込む前に、飛鷹たちがやってきた。

3人とも目元が赤くなっていたから、多分さっきまで泣いてた。

 

「……良いスライダーだった」

「え? あ、ありがとう……」

 

斑鳩が急に喋るからびっくりした。

無口キャラで売ってると思ってたのに、まさか第一声が斑鳩だとは。

 

「次の相手は桐葉か祥雲でしょ? どっちが来ても苦戦はするだろうけど、私たちに勝ったんだから!」

「……必ず勝利を約束しろ」

「何でそんな上から……まぁいいよ、約束するよ」

 

鈴井が斑鳩と勝利を約束した。

何だかんだ、鈴井も同い年のライバルができて嬉しそうだ。

 

 

「また季節が巡りし刻、3つの心が合わさり全てを破滅へと導く力を生み出す。其の刻を待っているがいい!」

 

飛鷹がそんな捨て台詞を吐いて帰っていく。

大鷲と斑鳩もその後について行き、何とも不思議な3人との別れを迎えた。

 

「……で、飛鷹は何て言ってたの?」

「なんでこっち見るんですか……」

 

通訳を期待されている。

私だって厨二病ではあったけど、飛鷹みたいなタイプじゃなかったからあんま詳しくないんだけど。

 

「多分ですけど、来年は3人でクリーンナップ張って勝ち上がってくるから、覚悟してろ……みたいな感じですかね」

「なるほど」

「さすが名通訳!」

 

私は通訳になった覚えはない。

それに正解している確証も無いし。

 

 

「ほら、早くバスに乗り込めー」

「はーい」

 

疲れを取るためにも、第二試合は宿で観る。

祥雲と大阪桐葉、激戦が予想されていたが実際は。

 

 

「はー……神田すげぇ……」

「桐葉相手に2失点完投……」

「ストレートはノビがあるし、変化球はキレも変化量も素晴らしい。それに加えて全球種コントロール出来る……完璧だね」

 

1年でこれなら3年になったらどうなっちゃうんだ。

見た事ある変化球しか投げないのに、これだけ抑えられるって事は基礎能力が高いんだろうな。

 

「2回戦の相手は祥雲か……守備型のチームだからディーバよりかはいいけど」

「そう? むしろ1点を争う展開だと精神的に疲れるよ」

「あーそっか、どっちもどっちだな」

 

ディーバ戦は点の取り合いで体が疲れた。

それで次の祥雲では精神が疲れるんだろ、嫌になる

どこが相手でも勝つしかないんだけど、あんなピッチング見せられたらちょっと不安になる。

 

「伊吹ちゃん、明日は楽しもうよ」

「鈴井がそういう事言うの珍しいな」

「同級生と戦えるのが楽しみってだけだよ」

 

鈴井が楽しもうって言ってるんだ、だったら私も楽しもう。

勝敗がどうであれ悔いが残らないようにしたい。



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第25球 翡翠の君は

全国大会2回戦の相手は、西東京代表の祥雲だ。

1年生エースの神田と同じく1年生正捕手の孤塚のバッテリーは勿論、全体的に守備力が高いチームだ。

速攻を決められる相手でも無いし、じっくりと弱点を見つけて攻めていこうというのが今日の作戦。

 

「伊吹ちゃん、あれ神田さんじゃないかな?」

「ほんとだ」

「マウンドでは凛々しかったけど、普段はお淑やかな人なんだね」

 

鈴井の言う通り、神田はマウンド上では凛々しい表情をしていた。

だが決して睨みつけるような顔はせず、淡々と投げ込んでいた。いわゆるポーカーフェイスだ。

それが今は記者の人に丁寧に対応している。

 

 

「てか試合前にあんな群がっていいのかよ……」

「多分ダメ、なのかな? けどあまり気にしてないみたい?」

「そうでもないんじゃない?」

 

鈴井にそう言われ、神田と記者の会話を聴く。

 

「神田選手、対戦相手の至誠高校について一言!」

「良いチームだと思いますよ、部員が少ないのにここまで勝ち上がれるのは凄い事だと思いますし」

「自信のほどは?」

「それはまだ分かりませんよ、どれだけ対策されているのかも把握できていませんし……それより」

 

そこで神田から笑顔が消えた。

違和感を察した記者を見渡してから言い放った。

 

「他の選手は試合前にインタビューを受けないのに、私だけ例外というのはあまり良くないのでは? それに練習時間も減ってしまいますし……試合後でしたらいくらでもお受け致しますので」

 

それでは、と言って球場に入っていった神田。

多少怒ってはいたんだろうけど、それを表に見せず相手を納得させて去る。

大人な対応ってああいう事なんだろうな。

ていうか大人が子供に大人の対応教えられてちゃダメでしょ。

 

 

「相手を悪く言う事なく、かといって自分の株も下げない言い方したね」

「あったまいー……」

「試合後にサイン貰えるかな!?」

「せんしゅーは相変わらずだなぁ」

 

神田って評判通りの人だったんだ、正直疑ってた。

1年からこんな評価受けつつ結果も残してるから、少しは天狗になってるのかと思ってたけど。

 

「人としても選手としても憧れるなぁ」

「そうだよね!? 神田さんは凄いんだよ〜!」

「伊吹ちゃん逃げるよっ!」

「はっ?」

「このままじゃ神田の話30分コースだよ!」

 

試合前にそれは嫌だ、そう思ったので鈴井と一緒にせんしゅーから逃げる。

私も一応野球部員だからそこそこ走れる。

 

 

「伊吹ちゃん脚遅い」

「うるせー……」

 

少し走っただけでめっちゃ離された。

鈴井の脚はそこまで速くない、なのにこれって事は私の脚が遅すぎるんだ。

 

「来年はもうちょっと速く走れるようになってね」

「へーい」

「2人とも〜! 見つけたよ!」

「ゲッ! てか何でそんな元気なんだよ!」

「私だって伊達にマネージャーやってないからね! 誰が毎日ノックしてると思ってるの〜?」

 

そうだ、監督と2人でノックしてんだった。

しかも時には一緒に走り込みとかもしてるし、下手な野球部員よりも体力あるかもしれん。

 

 

「こら、試合前に体力消費しないの」

「こ、金堂先輩……すみません」

「楽しそうで良いとは思うけどね、ディーバ戦で体力使ってるんだから少しでも休もうね?」

「はいっ!」

 

あんまり話さないけど金堂先輩も優しいよなぁ。

別に仲は悪くないんだけど、先輩って結構大人しいから。

2年生で集まってる時も一歩引いてる感じがする。

 

「どうしたの?」

「あっいえ! なんでも……」

 

今思った事正直に言ったら、絶対亀裂入る。

黙る時は黙って言う時は言う。

それが正しいコミュニケーションの取り方だ。

 

 

「さてと、神田対策の事だが……」

「正直なところ、弱点が見つからないんですよねぇ」

「じゃなかったら防御率1点台なんて無理だもんな」

「球種も多いから粘るのだって一苦労だしね」

 

不調を願うか、もしくは絞り球を決めてそれだけ狙うか。

それ位の事しか出来ないと監督が言う。

 

「1球種以外捨てると、それ以外の球投げられた時に対応出来ないから打てる確率は低くなるんだけどな……」

「けど狙い球を絞らないと多彩な変化球に翻弄される……」

「やりたくなくてもやるしかない、か」

 

うちの指揮官をここまで悩ませるって、神田は凄すぎる。

ほんと同い年だとは思えない。

 

 

「1点を争う展開になるのは分かってる、エラーしたら終わりだと思え!」

「指差しあってるけど、そこ全員危ないよ」

『はい……』

 

全員、っていうのは青羽先輩と私と山田先輩。

まあいつものメンツだよね。

よくよく考えたら両翼守備下手ってやばいな。

 

「バッテリーも慎重に攻めていけよ、派手なプレーなんて必要ないからな! 1つのアウトをとにかく丁寧に取っていけ!」

『ハイッ!』

 

 

試合開始のサイレンが鳴る。

今日は先行だから、いきなり糸賀先輩の占いの時間だ。

 

「由美香がどれだけやれるか……」

「……先輩が背負ってるもの凄い重いですよね」

「本人は楽しんでたよ」

「えぇ……? 何でですか?」

「それだけ評価されてるのが嬉しいんだって」

 

自分の結果がそのままチームの結果に繋がると思われている。

確かに1番打者としてこの上ないくらいの好評価かも。

 

 

神田は大きく振りかぶって、高い身長を生かして腕を振り下ろす。

外角高めに投げられたストレートは、バックスクリーンに表示された急速よりも速く見えた。

 

「はっや……」

「ノビが凄いな……良い回転が掛かってる」

「多分角度もあるから打ちにくいよ」

「せんしゅー、神田って何センチ?」

「えっと……168cm」

 

デカすぎだろ、キャプテンと同じじゃん。

1年のくせして身長は上級生と変わらなし、まだ伸びるかも知れないな。

 

 

「スプリットえぐっ」

「ガクッて落ちましたね……」

「ストレートの後にあれ投げられた打てないな」

「キャプテンすらも無理ですか……」

 

スプリットもキレが良く、手元で急に落ちる。

元の球速もあり糸賀先輩ですら三振させられた。

 

「神田やばいわ、今まで戦ってきた中で1番かも」

「次は打てそう?」

「どうせ次回ってくる時までには全球種見れるでしょ、なら打つよ」

「頼もしい限りだな」

 

全球種見れたからといって打てる自信はない。

神田の攻略は先輩達に任せて、私は回ってくるであろう投球をどう乗り越えるか考えよう。

 

菊池先輩はカーブで三振、山田先輩もスライダーで三振。

初回から三者三振で実力を見せつけられた。

 

「どの変化球でも三振が取れるんだな」

「そうなんだよねぇ……予選での奪三振率は10超えてるし」

「化け物かよ……」

 

28イニングで43奪三振なんだと。

中上先輩ですらそんな三振取ってないぞ。

 

 

「なにそんな辛気臭い顔してんの! 私だって抑えるからね!」

「中上先輩! もちろん期待してますよ!」

「向こうはエースの実力を見せてくれたんだ、私だってやってやる」

 

祥雲のエースだって凄いけど、至誠のエースだって凄いんだ。

今日は殆どの球種を封印し、自信のある4球種だけで勝負するみたい。

祥雲は打撃のチームでは無いから簡単に抑えられた。

 

「ほれ三凡! 神田以外から打たれる気しないから頑張って1点取ってね!」

「りょーかい」

 

しかしキャプテンも鋭く曲がった変化球に詰まらされセカンドゴロ。

 

「何だ今の球?」

「多分ツーシーム……」

「ツーシームって普通あんな曲がるか?」

「神田のは曲がり大きいよ」

 

なんて話してると、やっぱり打ったのは金堂先輩。

木製だから力負けするかと思ったけど、そこは流石の先輩だ。

 

 

「相変わらず神奈のバッティングは訳わからない……」

「いくら全球種見れたからってさぁ」

 

そういやもう全球種投げたのか。

ツーシーム、カーブ、スライダー、スプリット。

中上先輩と全く同じだけど変化は人それぞれ。

先輩で見慣れてると侮っていると、その違いにやられる。

 

青羽先輩は速球派に強いけど、変化球中心で責められて凡退。

 

「クソッ……何だよあの1年」

「あの朱里さんの妹だしなぁ、やっぱこれくらい手強くなくちゃね」

 

やっぱり朱里さんの妹って事は皆知ってるんだ。

ずっと注目され続けてたんだろうな、息苦しそう。

いや本人は嬉しいと思ってるのかも知れないし、人の気持ちを憶測しちゃいけないな。

 

 

「鈴井打った! ナイスー!」

「さすが美希ちゃん!」

 

鈴井もヒットを打ちチャンス到来。

だが、その後ろに続くのは中上先輩と私。

それが意味するのは凡退であり、3アウトとなる。

 

「ピンチでの強さは流石エースだな」

「神田さんメンタル強いですよね」

「だから重圧があっても今まで潰れなかったんだろうな」

 

あれだけ期待されていれば、何処かしらで崩れる。

それが無かったから神田はここまでの投手になったと監督は分析する。

 

 

「監督! 私もメンタルはエースですよ!」

「メンタルだけじゃなくて実力もエースだからな?」

「へへ、じゃあ抑えてきますね!」

「任せたぞー」

 

4番を張る神田との対決だ。

あれは神主打法って言うんだっけ、というか朱里さんに似てるな。

神田のがちょっとだけバットを立ててる気がする。

 

 

あのフォームで打つの難しそう、そんな事を考えていると打球が襲ってきた。

ワンバンした打球をしっかり掴んで次の塁には進ませない。

神田以外は打撃凄い選手は居ないし、神田さえ越えれば安心。

 

先頭の神田にこそヒットは許したが、そこからは3人で抑えて交代。

お互い打てはするが、得点には繋がらないような攻撃になる予感。

 

「金堂や鈴井は打ててるし、上手く噛み合えば点も取れそうだな」

「逆に向こうは神田以外に怖いの居ないですからね!」

「抑えるだけならディーバよりは苦戦しなさそうですね」

 

その分点取るのは難しそうだけど。

ただ、点を取られる心配がほぼ無いのは気が楽になる。

 

 

3回表の攻撃は私からだ。

神田の長身を生かしたフォームは、打席から見ると威圧感もあるし球に角度もついてて打てる気がしない。バットに当てることさえもままならない。

 

(おっしゃ、ストレート!)

 

追い込まれてからの勝負球は、スプリットだった。

ストレートだと思ったのにバットを出した瞬間落ち始めた。

そのキレや変化するタイミングに惑わされた。

 

 

「スプリットやばいな……」

「正直狙い球絞っても厳しいかもね」

「でも鈴井打てたじゃん」

「ストレートだったからね、変化球は当てるのが精一杯かな」

 

鈴井がそんな事を言っている傍らで、糸賀先輩が低めのカーブを巧く掬って出塁。

糸賀先輩はパワーがあるから変化球でも打てたのかな。

 

「監督、バントなんですか?」

「1アウトからバントなんて珍しい……」

「スモールベースボールって正直好きじゃないけど、期待値的にはこっちの方が良いと思ったんだ」

 

監督はスモールベースボールは好まない。

ランナー出たらすぐバントとかは菊池先輩以外にはあまりしないし、1アウトからのバントなんてもってのほかだ。

レアな采配を見れた気がする。

 

「ナイバーン」

「神田相手でもバントは出来るぜ!」

「さっすが!」

 

私だったら絶対打ち上げてる。

菊池先輩は打てないけど、こうやって最低限が出来るから凄い。

あの速球相手にバントとか怖すぎて腰引けそう。

 

 

2アウトのピンチ、神田はギアチェンジしたような投球で山田先輩を手玉に取る。

内に食い込むスライダーで仰け反らせた後、外角のスプリットで三振。

内外に投げ分けられるコントロールに、インを責められる度胸。

 

「尊敬するなぁ……」

「伊吹ちゃんも3年生になったらあれくらい投げられるといいね!」

「期待が大きすぎるんだけど?」

「それだけの才能はあると思うぞ?」

 

監督とせんしゅーに期待されてるのは嬉しいが、神田レベルの投球をしている自分が想像出来ない。

 

 

この回の祥雲は下位打線からだから、中上先輩がサクッと抑えてベンチに戻る。

前評判通り、孤塚はバッティングは良くなさそう。

 

「てかもう4回!? 全然ヒット出てないじゃん!」

「神田さんも中上先輩もテンポ良いからね、打たれなかったらすぐ回が進んじゃうね」

「これ延長入るんじゃねーの……?」

「もし延長まで行っちゃったら、圧倒的に不利だね」

 

そもそも選手数が少なすぎる。

それに加えて予選や全国で注目を浴びている中でのプレー、前回のディーバ戦のせいで疲れが溜まっている。

更には本職投手が中上先輩以外にいないから抑えられるか不明。

延長に突入させる訳にはいかない。



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第26球 琥珀色の作戦

4回表の攻撃はキャプテンから。

神田相手に唯一ホームランが打てそうな人だけど、その期待は砕かれた。

ストレートで押してからの外に逃げるスライダーで凡退。

真っ向勝負でキャプテンが負けたんだ。

 

「ギア上がってきたか?」

「まだ上がるんですか……」

「ここら辺で叩けないと難しいな」

 

頼みの綱の金堂先輩だ。

しかしその先輩すらも力で押されてファールフライ。長打力がない事を見極められたみたいだ。

 

この回はもう無理かも知れない、そう思って守備の準備をしていたら青羽先輩がヒット。

ストレートに力負けせず、外野まで弾き返した。

 

しかし次の鈴井もストレートで押されて凡退。

長打力の有無で責め方を変えてくる、厄介だ。

 

 

「交わす投球と力で押す投球……それを両立出来る投手は少ない」

「技術があって、体格も良い神田さんだからこそ出来る投球術ですね」

 

朱里さんも力と技術を両立している選手だ。

野手と投手でポジションこそ違えど、そういう所まで似たのか。

ていうか双子じゃないのに顔も似てるんだよな。

 

「私だって負けてないからね! 何だったら被安打数は私の方が少ないよ!」

「ですよね、あと1イニングお願いします!」

「えっ? 後1イニングなの?」

「向こうの打順次第ではあるけど、そう考えてるよ」

 

ここを勝ち上がったらまだ試合は続く。

その戦いに備える為に、中上先輩を引っ張る事はしない。

あと単純に、祥雲なら私でもある程度抑えられるという考え。

 

「打順次第って神田?」

「うん、出来れば神田さんと当たらない所から投げさせたいんだけど……」

「ふーん……よし、任せろ」

 

誰が相手でも抑えなきゃいけないし。

仮に神田と当たってもホームラン打たれなきゃ勝ちだ。

 

 

祥雲は2番打者からの攻撃。

先頭はしっかり切ったが、3番には出塁を許してしまいランナーありの状況で神田。

ここでキャプテンによりタイムが取られる。

敬遠するかどうか話し合ってるのかな。

 

 

話が終わり、キャプテンは座った。

敬遠はせず真っ正面から勝負するらしい。

外野は長打警戒で後退する。

 

中上先輩のスライダーとカーブは一級品だ。

神田より変化量も多いし制球も効く。

なのに神田は当てていきファールを連発。

 

 

勝負の1球、実は先輩の得意球であるスプリットだ。

手元で小さく変化するスプリットは、途中までストレートと見分けがつかない。

だが、神田はそれを打ち返した。

 

「伊吹! 三塁!」

「オーケー!」

 

ランナーが二塁を蹴って三塁へ。

私が初心者だからって舐められてるな。

 

(けど、流石にそれは暴走だぜ!)

 

山田先輩のグラブ目掛けて送球する。

大きく逸れないように、だけどランナーには当たらないように。

 

 

「アウト!!」

「よっし!」

「レーザー、レーザー!」

 

糸賀先輩には遠く及ばないけど、私だって投手やってんだから肩は強い。

普段はコントロール悪いくせに、こういう時ばかり制球が効くのはなんなんだろうな。

まあそれでアウト取れたから良いんだけど。

 

今のアウトで得点圏では無くなった。

それが投手にとってどれだけ嬉しいか、調子が上がるか私は知ってる。

これで中上先輩は抑えられる、そんな私の考えは現実となった。

 

 

「いーぶき! ありがとー」

「そんな……アレは暴走だっただけですよ」

「けど嬉しかったよ! それと初捕殺おめでと」

 

練習試合も含めて、初めてランナーを刺した。

アウトコールが響いた瞬間の気持ち良さは外野手にしか分からない。

もっと守備が上手くなりたい、そう思えた。

 

「いい守備の見せて貰ったんだし、攻撃も頑張らないとね!」

「はい!」

「……盛り上がってるところ悪いけど、早く先頭とネクスト行こう?」

「あっ、そうだった」

「すみません!」

 

この回の攻撃が中上先輩からってのを忘れてた。

糸賀先輩からバットを受け取り、ダッシュでネクストへ。

中上先輩も打席で審判と捕手に謝ってる。

 

それで調子が崩れたのか分からないけど、先輩は3球で凡退。

 

「いやー恥ずかしい……」

「ど、ドンマイです」

 

 

私だって恥ずかしい思いはしたけど、先輩がいい感じにほぐしてくれた。

こっちはいい加減打たないとまずいんだよ。

先輩は平気だけど、私は全国でまだ1本もヒット打ってないんだぞ。

1人だけノーヒットとか嫌すぎるから、この打席で打ってやる。

 

初球は低めのストレートだ。

これでスプリットだったら知らない、ストレートだと信じて強く振り抜く。

すると手にビリビリとした感触が、当たったんだ。

二遊間を襲った打球は、ギリギリ守備範囲内かという所だ。

 

「抜けろっ!」

 

無意識のうちにそんな事を叫んでいたと思う。

全国に来てから気付いたら叫んでるって事が増えた気がする。

それだけ野球に真剣になれてるんだ。

 

 

「お、抜けた!」

「ナイバッチ」

「イェーイ」

 

コーチャーに出てた鈴井とグータッチ。

ショートが飛び込まなかったおかげでセンターに抜けた。

まぐれ感が強いけど、それでもヒットだ。

 

しかし糸賀先輩、菊池先輩と立て続けに打ち取られ得点には繋がらず。

嫌な流れになってしまった、少しでもそう思った自分が馬鹿だった。

中上先輩も尻上がりなタイプの投手だ、ここにきて三者三振。

 

 

「5回終わってお互い無得点か……」

「ここまでの投手戦になるとは思いませんでした」

「正直1点は取れると思ってたな」

 

神田も中上先輩も点を取られる気配が無い。

先輩はそもそも打たれる気配すらないし。

神田も神田でピンチになってからの投球が凄いし。

 

 

あと2イニングで決着をつけたい。

先頭の山田先輩は緩急を付けられて凡退したが、キャプテンがヒット。

金堂先輩もそれに続くように、低めのスライダーを巧く打ち返した。

 

 

「落ちろ!」

「セカンド……あー!」

「今の取るか……」

 

セカンドの後方に上がった打球だった。

それを後ろ向きでジャンプしながらキャッチ。

守備型の祥雲らしいファインプレーだ。

 

青羽先輩も強い打球を打ったが、外野陣の守備範囲の広さにやられ3アウト。

 

「やっぱり繋がらないなぁ……」

「あと1イニングですか……厳しいですね」

「けど延長にはしたくないし、次で決めるしかないな」

 

そういえば私の登板はどうなったんだ。

5回からの予定なのにずっと中上先輩投げてるんだけど。

 

「なーなー、私の登板は?」

「あっ、そうだよね……どうします?」

「6番からだよな……よし、頼んだ」

「やった! 行ってきます!」

 

私は肩を作るのが早い。

マウンドで何球か投げればすぐに肩が作れるので、こういう場面にも対応出来る。

 

 

「伊吹、任せたよ」

「了解です!」

 

私だって下位打線くらい抑えられる。

6番にこそヒットは許したが、その後は抑えて最後のイニングに。

 

「さて、最終回だ! ここで決めるぞ!」

「今までの責め方を思い出して、狙い球を絞るのが良いと思います」

 

私の場合だとストレートが多く投げられてた。

そんな感じで、打者によって多く投げられる球種が違う。

それを思い出して打席に臨めばきっと打てる、というかそれしか打つ手段がない。

 

 

だが、神田はここでも私達の予想を上回った。

鈴井がストレートを狙っていると分かった途端、責め方を変えてきた。

 

「くそっ、神田のやつ……」

「……いや、多分これは孤塚さん」

 

そういや孤塚が居たんだ。

鈴井に投げさせた何球かでこっちの攻め方を当て、それに対応するような配球を考える。

簡単なように聞こえるが実際は難しい。

そもそも相手の攻め方なんて簡単に読めないし。

 

 

「孤塚を警戒してなかったのが今になって響いたか……」

「守備能力しか見てませんでしたからね」

 

打撃が悪く、肩と守備が良いってだけの選手では無かった。

観察眼もあり、瞬時に対策を考えられる柔軟性に頭の回転の速さ。

1年から正捕手を奪えた理由が今になって分かった。

 

神田だけではなく、孤塚にも翻弄されこの回は三者凡退。これで抑えても延長戦に突入だ。

 

 

「ヒット1本許したら神田に回る、それだけは何としても避けよう」

「はい」

 

1番からの攻撃だ、ここは絶対に抑えよう。

初球はストレートで空振りを取る。

2球目のスライダーは外れたので、カーブで緩急つけつつカウントを整える。

 

カウント1-2から投げたのは、やっぱり高めのストレート。

1番得意な球種で投げやすいコース。

三振に切り取って1アウトだ。

 

 

 

あの2人を抑えればいいだけ。

しかし、そう上手くいくことはなかった。

守備型といえど、相手は全国まで勝ち上がってきた名門校だ。

意地でも神田に繋ぐためにゾーン内の球はカットし、少しでも外れれば見逃してくる。

いつの間にかフルカウントにされていた。

 

 

(落ち着け……ここは外しちゃいけない。かといってヒットもダメだ)

 

なら要求されるのは1択だ。

困った時のインハイのストレート、これだ。

 

(しまった……!)

 

外しちゃいけないという焦りが手元を狂わせた。

1番得意なコースな筈なのに、ボールは高めに外れてしまった。

けど、今ので完全に頭が冷えた。

3番をゲッツーに打ち取ればいい。

 

 

(インのツーシームで打ち損じろ!)

 

内角低めのツーシームでゴロを打たせようとした。

しかし相手がとってきた作戦は。

 

「なっ、バント!?」

「伊吹! 一塁!」

「はいっ!」

 

ベアハンドで捕球し一塁に投げ2つ目のアウト。

しかしランナーは二塁まで進み、打席には神田。

ここで送ってくるなんて思っていなかった、油断が招いたピンチだ。

最終回にして最悪の展開を迎えてしまった。



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第27球 裏の顔

最終回、2アウト二塁で4番の神田。

2アウトにしてでも神田に繋ぐなんて、どれだけ信頼されてるんだよ。

 

「伊吹、ここからはコントロールミスはダメだ」

「はい……必ず抑えます」

 

さっきみたいな失態は許されない場面。

キャプテンが構え、神田と相対する。

勝敗が喫するこの場面で、神田(アイツ)は緊張なんてしてなかった。

ただただ冷静にこちらを見続けている。

 

(試合慣れってこういう事を言うのかね……)

 

 

ボール先行にしたくないからアウトローの直球から入る。

指にかかった感覚もしたし、リリースも完璧だ。

コースギリギリの良い直球が投げられた、そう確信した。

 

(えっ?)

 

次の場面に見えたのは、神田の振ったバットがそのストレートを捉える瞬間だった。

 

「っ、ライト!!」

「バックホーム!」

 

難しいコースのストレートを無理やり引っ張りライトへ。

ランナーは俊足だ、もう三塁を蹴ってホームへ向かっている。

私もバックホームのカバーに走る。

 

 

そしてその瞬間は訪れた。

キャプテンが捕球し、ホームに突入してくるランナーにタッチする。

タイミングはほぼ同時だ、球審に全てが委ねられた。

実際はたった1秒くらいだろう静寂は、私にとってた何分もの時間に感じた。

 

 

「……セーフ!」

 

その瞬間、敗者と勝者が決まった。

祥雲のベンチから選手全員が飛び出して、神田とランナーに飛びつく。

私といえば、ただ泣き崩れる先輩たちを見ているだけしか出来なかった。

 

 

(……そっか、私が終わらせたんだ。先輩たちの夏を)

 

ことの重大さがやっと分かった。

思い返せば、今まで自分勝手だった。

投げたいからと登板を志願し、好きなように打ち、抑えたら叫ぶ。

ただ自分の為だけに野球をやっていた。

それが今の状況を招いた。

 

 

「伊吹ちゃん」

「鈴井、どうしよう……! 私、先輩たちの夏……!」

「……神田相手に、よく投げたよ」

 

頑張ったね、そう言われてからは記憶がない。

ただ大声で泣いていた、それだけは分かった。

 

 

鈴井に慰められながら何分も泣いた。

自分がしてしまった事の重さに胸が苦しめられた。

けど、先輩たちはもう泣いていない。

来年以降もある私がずっと泣いている訳にはいかないんだ。

 

「よし、もう大丈夫かな……整列しよう」

 

キャプテンの声で整列する。

祥雲の選手は喜びを必死に隠そうとしながら、私たちの健闘を讃えてくれた。

そうだ、神田に挨拶に行こう。

ここまで来たんだから優勝して欲しい、その想いを伝えたい。

 

 

 

「神田さん」

「…………」

 

私の鈴井が挨拶に行くと、神田は見定めるような視線を送る。

試合前の優しそうな目じゃなく、冷たい目をしていた。

 

「ふん、あの灰原監督の認めた逸材だと聞いていたが……期待外れだったな」

「……は?」

 

神田は今なんて言ったんだ。

本当にさっきまで喜んでいた奴か? 試合前に大人の対応をしていた奴か?

私には、この神田を本物だと認識しようとしても出来ない。

 

 

「聞こえなかったか? 期待外れだと言ったんだ」

「……聞こえてるに決まってんだろ! 何だよお前、勝ったからって調子に乗りやがって!」

「調子に乗る? 笑わせるな、勝つのは当然だと思っていたが?」

「はぁ!?」

 

口を開くたびに煽ってくるな。

メディアの前では猫被ってたってことかよ。

 

「下がって」

「鈴井?」

「……アンタなんかに伊吹ちゃんを否定されたくない」

「確かお前も1年だったな……悪いがお前も知らないな」

 

私は実力者しか覚えていないんだ、そう言われた瞬間私の中で何かが切れた。

 

「っ、ふざけんなよ!! 鈴井はお前にバカにされるような選手じゃねぇんだよ!」

「ハッ、負け犬同士の慰め合いか? 滑稽だな」

「神田ァ!」

 

鈴井がそう叫んで神田に掴みかかる。

あの鈴井が本気で怒ってる、そんな姿を見て少し冷静になれた。

だが、それだけで私の怒りは収まらなかった。

鈴井に加勢しようとした、その瞬間だった。

 

 

「2人とも、落ち着いて!」

「翠嵐も……!」

「せんしゅー……」

 

せんしゅーと孤塚が来て間に割って入った。

2人の悲痛な顔を見ると落ち着けた。

 

「なんだ孤塚、私はただ自分の実力を把握してない奴らに現実を教えてやっていただけだぞ?」

「もう行こう……!」

 

そう言って孤塚は神田の背中を押した。

そして一度こちらを振り向くと、謝るように礼をして去っていった。

 

 

「……なんだよアイツ」

「神田って性格悪いね」

「まさかあんな人だとは思わなかったよ……」

「あっ、そうだ! せんしゅーありがとう、止めてくれて」

 

せんしゅーと孤塚がいなかったら、多分殴り合いに発展してた。

そしたらマスコミになんて書かれるか分かったもんじゃない。

 

「ううん、私じゃないよ。孤塚さんが教えてくれたんだ」

「孤塚が?」

「うん、3人が言い争ってるから止めるの手伝って欲しいって」

「そうだったんだ……孤塚は良い人そうなんだけどなぁ」

 

何で幼馴染の神田はあんななんだ。

というかアレとずっと付き合ってる孤塚って凄いな。

 

「3人とも! 大丈夫か!?」

「監督? どうしたんですか?」

「それはこっちの台詞だ! 祥雲と至誠の選手が言い争ってるってスタッフが話してるのを聞いて……!」

 

やばい、周りに聞かれてた。

この事がネットで広まらないといいな、なんて考えてると。

 

「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です。伊吹ちゃんと美月ちゃんも無事です」

「良かった……!」

 

監督は思っていたより心配してたみたいだ。

それより気になる事がある。

監督がバスの中で言っていた神田の話、アレが信じられない。

 

 

「監督は神田と知り合いだったんですよね?」

「ああ……昔はあんな子じゃなかったのに、どうして……」

「今みたいに猫被ってたんじゃないですか?」

「あの年齢じゃ考えられないな、多分何かあったんだろうけど」

 

どんな理由があったとしても、私は許せない。

自分が悪く言われるのはまだいいが、アイツは鈴井すらもコケにした。

それが1番許せなかったんだ。

 

「……まぁ、大会はもう終わった。翠嵐とも暫くは会わない、だからこの事は一旦忘れよう」

「ですね、ずっとイライラしてる訳にもいきませんし」

 

監督の言葉でやっと怒りが全て収まった。

アイツの事なんかもう二度と考えたくない。

 

 

「あっ、帰ってきた! おーい!」

「大丈夫でしたか?」

「ああ、全員無事だったぞ」

 

部内にはもう知れ渡ってたみたいだ。

神田があんな性格だった事に対する失望や驚き、私達に対する励ましや慰めの言葉が飛び交った。

 

「あまり気分は良くないかも知れないが、帰ろう」

「全国大会2回戦敗退……まぁ、最近の成績考えたら充分だな」

「むしろ快進撃だよ! 胸張って帰ろう!」

 

3年生の言葉を最後に、球場を後にする。

自分達の夏が終わったってのに、私達の話題になってしまって申し訳ない。

 

 

 

 

学校に戻る頃には外は暗くなり始めていた。

お疲れ様会は後日やる事になり、この場は解散となった。

 

「伊吹? 帰らないのか?」

「キャプテン……」

 

私は帰らないんじゃない、帰りたくないんだ。

 

「……最後に、受けてくれませんか? 私の球」

 

アイツにバカにされっぱなしで帰れない。

少しでも投球練習がしたかった。

 

「ああ、いいよ。 思いっきり投げてこい!」

「……ありがとうございます」

 

私は怒りをぶつけるように、何十球も投げ続けた。

コントロールなんて気にしない、無茶苦茶な投げ方。

でもそれが心を落ち着かせてくれて、肩で息をする頃には気分が晴れていた。

 

「すみませんキャプテン、こんな遅くまで付き合って貰って……」

「気にしないでいいよ、ストレス発散になったでしょ?」

「はい……けどキャプテン達の夏が終わったのに、こんな……」

「さっきも言ったけど私達は全国出られただけで嬉しいし、それに後輩が頑張るなら手伝ってあげたいと思うのが先輩だ」

 

だからそんな顔するな、と言われ頭を撫でられた。

それがどうしようもなく優しい声で、優しい手つきで。気が付いたら私はまた泣いていた。

 

 

 

「……落ち着いた?」

「重ね重ねすみませんでした……」

「今日は謝ってばかりだなー」

 

はっきりと言われると恥ずかしくなる。

けどそれだけ私に過失があったと思っている。

 

「伊吹はさ、どんな投手になりたい?」

「……神田を超える投手」

「ははっ! いいね、それ最高! ならやっぱり新しい変化球覚えようか」

「新しい、ですか……」

 

前にも話した新変化球。

スプリットとかのフォーク系が良いと話した記憶がある。

 

「私達は引退だからあんま練習手伝えないけど……アイツがいるからな」

「アイツ?」

「すぐ分かるよ」

 

一体誰のことなんだろう。

3年生ではないだろうから、2年生かな。

けど2年で投手の事に詳しそうな人なんていないしなぁ。

 

 

「そんな考え込まないでいいって! 多分、何日か後くらいに分かるんじゃない?」

「そんなに近いんですか!?」

「多分ね……アイツならきっとそうする」

 

柳谷先輩がこんなに信頼を寄せている相手って誰なんだろう。

けど、数日後には分かるらしいしそれを楽しみにしていよう。

 

 

「伊吹、前を向けよ」

「え……?」

「神田に言われた事をずっと気にするよりも、今の自分に何が出来るか、何をしたら成長出来るかを考えるんだ」

 

過去を引きずってても仕方ないだろ、と言われた。

確かにキャプテンの言う通りだ。

神田を意識するあまり自分を見失っては意味がない、あくまで自分の為になる事をしなくちゃいけないんだ。

 

「それで伊吹はエースになるんだ」

「エース……」

「そう、至誠最高のエースに。伊吹ならそうなれる素質はある」

 

だから、全国制覇(私達の夢)を叶えて欲しい。

真っ直ぐ見つめられながら、そう言われた。

 

「……わかりました、必ず叶えます」

「期待してるよ、未来のエース」

 

キャプテンとバッテリーを組むことはもうない。

次は誰と組むことになるかまだ知る由はないが、誰が相手でも完璧なコンビになってやる。

そして先輩たちの夢を叶えるんだ。



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第28球 来年に向けて

0時半に他校のキャラ紹介も投稿します。
ちなみに小林先生は監督の1つ上です。


祥雲戦の2日後、私達は学校の一室でお疲れ様会を開いていた。

 

「皆のおかげで全国大会まで進めた、ありがとう! 長ったらしい事は皆嫌いだから……早速乾杯!」

『かんぱーい!』

 

キャプテンの掛け声からパーティーが始まる。

料理も山盛りであるし、飲み物やお菓子だってバッチリ。

 

「この教室っていつも何に使ってるんですか?」

「私らはパーティー部屋って聞いてるけど」

「私の代からそれ言われてるぞ……」

 

少なくとも10年前には定着していた。

けど普通の学校にパーティー専用の部屋なんてある訳ない。

 

「元は多分会議か何かに使う予定だったらしいけど、いつの間にか運動部のパーティー部屋になってたらしいぞ」

「立地的にもしょうがない気が……」

「2つ隣が調理室だもんなぁ」

 

何だったらこの部屋には冷蔵庫もあるから、直前まで飲み物やアイスを冷やせる。

これはパーティー部屋と言われても仕方ない。

 

 

「ほら伊吹! もっと肉食え〜」

「ちょっ、糸賀先輩!? 流石にその量は無理です!」

「じゃあ野菜もあげるね」

「じゃあじゃねぇよ! 肉だけじゃ量食べれないって意味じゃないわ!」

 

何故か鈴井から野菜を押し付けられた。

てか鈴井も細いんだからそっちもターゲットにしようよ。

 

「美希ちゃんも細いからもっと食べようね?」

「……うん」

「やーい言われてやんのー!」

「伊吹ちゃんうるさい」

 

鈴井って私には当たり強いけど、せんしゅーには弱いんだよな。

いや、せんしゅーに対しては皆甘いか。

マネージャーには優しくするのが運動部だからな。

 

 

「みなさーん、お菓子も作りましたよ〜」

「やった! 小林せんせー好きです!」

 

小林せんせーは家庭科の先生だから料理が上手い。

甘めのチョコクッキーが疲れた体によく効く。

 

「そういえばせんせーって何で顧問になったんですか? 野球好きってわけでも無さそうですし……」

「きっかけは灰原監督に声をかけられたからですね」

「へー、監督が……」

「私も同年代の方がいいし、それに部の評判もあんな感じだったから、せめて顧問だけはクリーンなイメージのある人にしたかったからな」

 

確かに小林せんせーはクリーンなイメージがある。

てかこの2人って同年代だったんだ。

 

「私も顧問を持ちたいと思ってましたし、それに教師というのは頑張ってる子を応援したくなるものですから」

「頑張ってるかぁ……」

「ええ、特に野球部の子達は県外から来てる子が多いですし、そんな姿を見たら支えてあげたいと思うものですよ」

 

この中で県内出身は5人だけだ。

全部員の半分が県外出身というチーム、比率としてはかなり多い。

 

「これからも活躍する姿を見せて下さいね」

「任せてください!」

 

 

そんな感じで話していても、終わりの時間はやってくる。

というか現実に引き戻される。

 

「腹も膨れたところでそろそろ本題に入るぞー」

「本題って何すか?」

「キャプテン決め」

 

監督がそう言った瞬間、2年生がざわついた。

誰がやるのが一番いいのか、誰が向いてるのかを考えてるようだった。

 

「ちなみに現キャプテンはどう思う?」

「私ですか? うーん……神奈とか?」

「1年全員賛成でーす!」

「勝手に人の意見を言わないで……まぁ賛成だけど」

 

反省会やら何やらで、金堂先輩が周りを見ている人だっていうのは知っている。

2年生の中で一番キャプテン向いてるのは、多分金堂先輩。

 

「私かぁ……みんなはそれでいいの?」

「部長会議とか嫌だから、神奈お願い!」

「私も嫌だ!」

「……同じく」

 

全員部長会議のこと嫌いすぎでしょ。

 

「部長会議ってそんなに面倒なんですか?」

「神奈以外に予算の交渉とか出来ると思う?」

「あ〜……無理ですね」

 

菊池先輩と山田先輩は勢いだけで乗り切りそうだし、青羽先輩は怖がらせちゃいそう。

金堂先輩なら物腰も柔らかいし、交渉術も長けてそう。

 

 

「金堂はそれでいいのか?」

「ここまで言われちゃったらやるしかないですね」

「じゃあ今からキャプテンは金堂だ!」

「イェーイ! 神奈キャプテーン!」

 

新しいキャプテンが誕生した。

言動で引っ張っていくタイプでは無いけど、人望があるから平気だと思う。

それに相談とかもしやすいし。

 

「それともう1つあるんだけど、秋大はどうする?」

「どうするって……何がですか?」

「部員足りないけど、連合チームで出場する? それとも出ないで基礎練するか?」

 

そういや部員足りないじゃん。

また連合チームに逆戻りしちゃうのか。

 

 

「メリットとデメリットを言った方が良いんじゃないですかね」

「そうだな……まずメリットとしては勝負勘が鈍らないし、当然だけど実戦でプレー出来る」

 

野球選手にとっては、実戦でプレー出来る事がどれだけ経験値を得られることか。

勝負勘もすぐ鈍っちゃうしね。

 

「デメリットはまず連合チームを組めるか分からないし、組めたとしても練習時間が激減する」

「お互いの高校行き来しないといけないですもんね」

「そう、そして公平にメンバーを選ばなきゃいけないからチームの総合力は落ちる」

 

一応半々くらいの選出にした方が後腐れは無い。

けどその分チーム力は落ちてしまう。

忖度してるようなもんだからなぁ。

 

「新しい事試したいなら出場しなくてもいいし、そんな事より試合したいんなら出場してもいい」

「ここは早速キャプテンに決めて貰おうか」

「えぇ……その前に、まず新しい事試したい人はいる?」

 

変化球新しく覚えたいし、一応挙げておく。

私の他に手を挙げたのは鈴井と青羽先輩だ。

 

「一番悩む割合だね……どうしよう」

「神奈的にはどうしたいんだ?」

「私は別にどっちでもいいんですよね、みんながやりたい方で」

 

周りを見ているからこそ、全員が納得出来るような選択をしたいと思ってるんだろう。

 

「……けどそうだね、大会を通して基礎的な技術が足りて無い人も多く見られたし、今回は見送ろっか!」

「オッケー! ならバリバリ練習しよう!」

「私もさんせー!」

 

私のスタミナやコントロール、鈴井のパワー、山田先輩や青羽先輩のミート力など、基礎能力が足りてない所はあった。

そこを鍛えればもっと上を目指せる、ならやるしかない。

 

 

「じゃあ今回は見送りって事で……その代わり、大会出るのと変わらないくらい厳しくいくからな!」

「かかってこーい!」

「乗り越えてやりますよ!」

 

夏大を通して皆自分の課題が分かった。

だからこんな練習に乗り気なんだ。

 

「ついでに反省会……する?」

「……せっかく全員で集まれたんだしやろう!」

 

てな訳で予選と全国の反省会を開始。

いきなりだったけど、誰も反対しなかったのは多分予想してたから。

 

 

「じゃあ3年を除いた背番号順に……金堂!」

「打率が6割切ったのと、あとは長打率ですかね」

「打率5割で長打率も5割だもんな」

「ヒット全部単打は流石に駄目だと思っているので、少しでも長打力を身に付けたいですね」

 

そういえば全部単打だった気がする。

得点圏で打ってもランナー還ってこれない場面もあったし、確かに反省点だ。

 

「じゃあ次は菊池」

「まぁ普通に打撃全般っすよね……2割はちょっと」

「いくら守備が良くても上位で2割はな……」

「だからせめて粘れるようになりたい!」

 

菊池先輩が打てるようになれば打線に厚みが出る。

それに強打のセカンドってカッコいい。

 

「次、山田!」

「やっぱミート力ですかね……全国は2割切っちゃったし」

「唯一のヒットがホームランってのはなかなか面白いけどな」

「ホームラン打てても打率低いと使いにくいですよね……」

 

打順に困るって監督が言ってたなぁ。

だから青羽先輩とかも打順がコロコロ変わってたのかも。

 

「鈴井は?」

「私は……長打力ですね、神田のストレートに力負けしましたし」

 

盗塁出来る脚もあるしそこまで気にしなくてもと思ったけど、神田に打ち取られたの結構気にしてたんだな。

 

 

「青羽!」

「私も沙也加と同じで確実性ですね、せめて得点圏に強くなりたいです」

「2人が安定して結果残せれば、来年の打線も強いからな」

 

けど青羽先輩は結構ケースバッティングとか考えて打席に入ってるっぽい。

それを実行出来ないのが悩みって言ってた。

 

「最後は浜矢!」

「野手としてはまず打撃がヤバかったので選球眼鍛える所からですかね……投手としては、コントロールと変化球の精度ですね」

 

変化球を見極められる眼が欲しいし、ストライクに安定して投げられるコントロールも欲しい。

あとはもっと変化球の精度を上げなくちゃ、全国の相手には通用しないって事が分かった。

 

 

「自分の課題が分かっているようで結構! それを実現する為にはとにかく分析と練習の繰り返ししかない、この秋と冬で鍛えるぞ!」

『はい!』

 

キャプテンも決まり、各々の目標も決まった。

大会も無いしじっくりと時間をかけて練習が出来る、私も焦らず頑張ろう。



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第29球 新たな相棒

0時半に夏大の総評も投稿します。


お疲れ様会の翌日の練習。

自分の課題を克服する為に、それぞれ特別メニューをこなしている。

 

「なんで私は今更基礎トレなんですか〜!」

「基礎が足りてないから制球も効かないし打撃も酷かったの、春までに身体作るぞ〜」

「ボール投げたいんですけど……」

「あとでな」

 

周りはボールを使ってるのに、1人だけ基礎トレとか寂しい。

いやでもキャプテンもウエイトやってるのか。

 

 

「にしても随分と静かになりましたね」

「3年が居なくなったからなぁ……室内にはいるけど」

「スカウトの人も来てるんでしたっけ」

「そうそう、全球団から来てるんだぞ」

 

中でも柳谷先輩はかなりの注目を集めてるそう。

複数球団にドラ1指名されるんじゃないかって報道もされていた。

 

「2回戦敗退でここまで注目されるんですね」

「まあな、それに全国出てなくてもドラ1指名される奴もいるし」

 

柳谷先輩みたく、打ちまくってるのが前提ではあるらしいけど。

全国出ないで40本ってのは凄いよなぁ。

 

「浜矢は新しい変化球覚えるんだったよな」

「はい! フォーク系のを1つ覚えるつもりです」

「フォークは難しいから、粘り強くな」

「それは承知してます!」

 

フォーク系は負担かかるし、投げるのも難しいけど投げたい。

中上先輩の思いを引き継いだってのもあるし、それに自分の投球スタイル的にはフォークが1番良い。

 

 

「……よしっ、OK! 全員休憩しろよー」

「やったー! もう疲れました……」

「まだ何時間もあるんだから頑張れ」

 

せんしゅーが作ったドリンクを飲みながら休憩。

違うメニューではあるが、疲れているのは皆一緒。

 

「そういや鈴井は何処ですか? さっきから見当たらないんですけど……」

「もうすぐ来るよ」

 

鈴井は途中で抜けてから戻ってこない。

方向的に部室の方に行ったって事しか分からない。

 

「お待たせ」

「おー鈴井待ってた……って、その格好!」

「うん、いろんな意味でお待たせ」

 

鈴井はキャッチャー防具一式を身につけ、私たちの前に現れた。

柳谷先輩の言ってたアイツって、鈴井のことだったのか。

 

 

「これからは私が伊吹ちゃんの球を受けるから、ぬるい投球なんてさせないからね」

「ああ! 鈴井こそ逸らすんじゃないぞ!」

「ふふっ、誰に言ってるの? 私は絶対逸らさないよ」

 

まさか鈴井とバッテリーを組む事になるとは。

あと隣でせんしゅーの様子がおかしい。

 

「……せんしゅー、解説よろしく!」

「うんっ! 美希ちゃんは高い捕球能力と送球精度、そして投手それぞれに合ったリードを操る名捕手だよ! これをずっと言いたかったんだぁ〜!」

「美月ちゃんもお待たせ」

 

やっとこさホントの鈴井の解説が出来て嬉しそうなせんしゅー。

あそこまで嬉しそうに話すのはせんしゅー位しか居ないでしょ。

 

 

「てかキャッチャー嫌なんじゃなかったのか?」

「まあそれは後で……それより早く投げてよ」

「そうだな、話は後にしてとにかく投げるか!」

 

満を辞しての投球練習だ。

今日初めてボールに触るから、まずは軽くキャッチボールから。

 

「私捕手やってたこと言ってないんだけど」

「あっ……」

「美月ちゃん経由でしょ? 何となく分かってた」

 

そういや鈴井って一度も捕手やってたなんて言ってなかったな。

何で私が知ってんだって思うよな。

 

「……打撃の良い選手に正捕手の座を奪われてね、捕手をやってたって事を話したくなかった」

「そこに相関性ある?」

「追いやられてショートやってるってのを知られたくなかったんだ」

 

前にせんしゅーと話した時、鈴井はプライドが高いから言いたくないんじゃないかって言ってたな。

まかさアレが的中してるとは。

 

「それに、また捕手をやって座を奪われたくなかったしね」

「けど今やってるじゃん」

「うん……その思い以上に、伊吹ちゃんを鍛えたいって気持ちが湧いてきたから」

 

捕手と投手はお互いに成長し合えるポジション。

だからこそバッテリーの関係は重要なんだけど。

 

 

「けどいきなりじゃない?」

「……アイツに、神田に伊吹ちゃんをバカにされたのが許せなかったから」

「そこ関係だったか」

「私は神田を見返したい、伊吹ちゃんはこんなものじゃないって教えたい」

「だから自分が鍛えてやるってか……」

 

鈴井の考えそうな事だな。

けどその考えと試みは面白い、乗った。

 

「ビシバシ鍛えてくれよ! 私だって神田をギャフンと言わせたい!」

「伊吹ちゃんならそう言うと思ったよ、もう投げられるでしょ?」

「ああ! 私の球、しっかり受け止めてくれよ!」

「だから誰にそんな事言ってるのってば」

 

せんしゅーの家に行った時に受けて貰ったけど、正直めちゃくちゃ上手い。

捕球してからミットがブレたりしないし、すごく投げやすい。

 

 

「じゃあまずストレート」

「オッケー」

 

あの時は防具付けてなかったから、全力と言っても加減はしてた。

でも今はフル装備だし本気で投げても大丈夫だ。

鈴井のお眼鏡にかなうと良いけど。

 

「ナイスボール! いいストレート投げるじゃん」

「まあな! これでも神奈川で防御率2点台だし」

「ノビがあるから高めに投げると活きるね」

「……それ柳谷先輩にも言われたんだけど」

 

うちの捕手は似たようなこと考えるのかな。

これからもインハイに要求されそうだから、当てない為にもコントロール付けないと。

 

 

「スライダーとツーシームも良いね、カーブは微妙だけど」

「ウッ、やっぱカーブはダメか……」

「まぁフォーク覚えればカーブ投げなくても平気だと思うし、早く覚えようね」

「けどどうやって覚えよう……中上先輩も投げられないし」

 

スプリットなら投げられるっぽいけど。

けど出来れば変化大きい奴がいいんだよなぁ。

 

「伊吹ちゃんが良ければだけど、オリジナルのフォークを考えるっていうのはどう?」

「オリジナルの?」

 

ウンウン唸ってるとせんしゅーから助言が。

オリジナルって事は握りとかも考えなきゃならないのか。

 

「それこそ中上先輩にも手伝って貰って、軌道も握りも伊吹ちゃんだけの物にしちゃうの!」

「……いいなそれ! 私だけの変化球!」

「そう! それにオリジナルの変化球なんてエースっぽくない!?」

「ぽいな! よっし、なら早速先輩のとこ行くぞー!」

 

スカウトに迷惑はかけないように、と監督に念を押され室内練習場へ向かう。

そこでは3年生が練習をしているのをスカウトの人がじっと見つめていて、少し居心地が悪い。

 

 

「あれ、伊吹に美希? どうしたの?」

「実は先輩にお願いがあるんですけど……」

「お願い? 私にできる事ならいいよ」

 

握りも軌道もオリジナルのフォークを作りたい事、その為に協力して欲しいという事を伝えた。

 

「オリジナルねぇ……面白そう! 手伝うよ!」

「やった! ありがとうございます!」

「すみません、いきなりこんな事頼んでしまって……」

「可愛い後輩の頼みは聞きたいのが先輩だから」

 

中上先輩から、色々な変化球の握りを教えて貰う。

それぞれどんな軌道をするのかの解説付きで。

 

「どういうフォークにするとかは決めてるの?」

「うーん……誰も投げた事ないようなってことしか……」

「ならそうだな〜……斜めに落ちる、とかは?」

「えっ、そんなこと出来るんですか?」

 

私が聞くと、中上先輩は柳谷先輩を座らせて投げ込んだ。

多分スプリットだったけど、それはスライド気味に変化した。

 

 

「今の見たこと無いんですけど……」

「最近完成したからねー」

「スライド気味に曲がるスプリット……私もそんなフォークが良いです!」

「オーケー、じゃあまずこれがさっきのスプリットの握りね」

 

普通のスプリットと握る位置をずらしている。

これだけで変化が変わるってんだから面白いなぁ。

 

「スライド気味のフォークかぁ……スライドフォーク?」

「おっ、いいネーミング! じゃあ私のはスライドスプリット?」

「カッコいいですね!」

「こうやって色々引き継がれていくのって良いね」

 

先輩から後輩へ引き継がれていくのは想いだけじゃない、こうやって技術も引き継がれていくんだ。

私も後輩に何か引き継げられたらいいな。

 

 

「じゃあ握り試してみよっか……けど、かなり時間はかかるからね?」

「それは承知してます! それでも投げてみたいんです……誰にも打たれないような球を」

 

そんな球が無いのはわかってる。

けど打たれにくい球を生み出すことはできる。

なら私はそんな球を開発するんだ。

 

「おっけ、じゃあ色々試そう!」

「はい!」

 

まずはスタンダードなフォークの握りから。

普通のフォークが投げられなきゃアレンジするのだって難しい。

基本をこなしてから応用が出来るようになるんだから。

 

 

「難しい……」

「フォークはねぇ……私も投げられないし、ちょっと苦戦しそうかな」

「でも時間はいっぱいありますし、頑張ってみます!」

「その意気だ! 私も時間ある時は手伝うし」

 

指名されれば先輩達は1月に球団の寮に入る。

それが終わったら新人合同自主トレや、春季キャンプがある。

つまり私が教えて貰えるのは年内までだ。

あと4ヶ月ちょっとでこの変化球を完成させなきゃならない。

 

 

 

「……間に合わせなきゃな」

「ん? なんか言った?」

「いえ、何でも! 先輩も自分の練習してていいですよ!」

「そう? じゃあ遠慮なく」

 

先輩達がここから居なくなる前に見せてあげたい。

私の成長した姿を。



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番外編 夏大総評

神奈川予選での成績まとめです。
書いてない項目は0と考えてください。


中上佳奈恵

 

投球回27 被安打23 四死球3 奪三振34 失点6

自責点6 防御率1.56 WHIP0.96 奪三振率8.81

 

打席数25 打数23 安打数6 打率.261 本塁打1 打点4

四死球2 三振4 出塁率.323 長打率.435 OPS.755

 

【備考】

防御率1.56とエースとして完璧な投球をした。

奪三振率の高さとWHIPの優秀さが際立つ。

打撃でも1本の本塁打を放ち長打力をアピール。

 

 

柳谷真衣

 

打席数26 打数22 安打数11 打率.500 本塁打4

打点15 四死球3 犠飛1 盗塁2 三振3 出塁率.538

長打率1.227 OPS1.765

 

【備考】

本塁打、打点共にチームトップを誇る。

4番らしい得点圏での強さを見せつけた。

2盗塁と脚も使えることをアピールし、スカウトを唸らせた。

 

 

金堂神奈

 

打席数26 打数24 安打数14 打率.583 打点3

四死球2 出塁率.615 長打率.708 OPS1.323

 

【備考】

チームトップの打率を誇る次期キャプテン。

打率に対し長打率、打点が低いのがネックか。

木製でありながらこれだけの成績を残せる安打製造機に、プロも注目。

 

 

菊池悠河

 

打席数27 打数24 安打数5 打率.208 打点2

四死球1 犠打2 盗塁4 三振10 出塁率.240

長打率.292 OPS.532

 

【備考】

チーム最下位の打率だが盗塁数は評価できる。

打撃での鬱憤を晴らすかのような美しい守備は、何度も球場を沸かせた。

 

 

山田沙也加

 

打席数26 打数25 安打6 打率.240 本塁打3 打点7

犠飛1 三振9 出塁率.231 長打率.600 OPS.831

 

【備考】

長打力は魅力だが確実性の無さが課題。

守備でも2失策と精細さを欠いた。

打率改善されれば、守備には目を瞑り1位指名される可能性がある。

 

 

鈴井美希

 

打席数25 打数22 安打数10 打率.455 打点4

四死球2 犠飛1 盗塁1 三振3 出塁率.480

長打率.727 OPS1.207

 

【備考】

高打率を誇るニューホープ。

長打力の無さが気になるが、脚の速さでそれをカバー出来る。

守備でも1年生ながら1つだけと、堅実さを窺える。

 

 

青羽翼

 

投球回6 被安打7 四死球3 奪三振5 失点4 自責点4

防御率4.67 WHIP1.67 奪三振5.83

 

打席数25 打数24 安打数6 打率.250 本塁打2 打点6

犠飛1 三振7 出塁率.240 長打率.538 OPS.823

 

【備考】

確実性が不安だが、得点圏での強さとパワーは魅力的な選手。

来年以降は野手に専念すれば打撃面が改善される可能性が。

 

 

糸賀由美香

 

打席数27 打数25 安打数9 打率.391 本塁打1 打点5

四死球3 犠飛1 盗塁5 三振3 出塁率.444

長打率.783 OPS1.227

 

打率、出塁率、盗塁数どれをとっても文句無しの1番打者であり、パンチ力もある。

守備でも両翼をサポートする広い守備範囲と強肩を誇る。

 

 

浜矢伊吹

 

投球回19 被安打22 四死球4 奪三振20 失点8

自責点7 防御率2.58 WHIP1.37 奪三振率7.37

 

打席数25 打数23 安打数5 打率.217 本塁打1 打点2

四死球2 三振12 出塁率.280 長打率.261 OPS.478

 

【備考】

この夏注目を集めた期待の新星。

安定した投球でチームのブルペンを支えた。

反面野手としてはあまり良いところは無かったが、蒼海大戦での勝ち越しホームランを放った。



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第30球 プロになるということ

スライドフォークの開発に向け、鈴井や中上先輩との練習中。

1週間投げてるけど、全然完成する感じもないしちょっと心配。

 

「ん〜……難しいなぁ」

「フォークは投げられるようになったんだけどね」

「けど制球効かないですし、もうちょっとフォークの精度も上げてからの方が良いですかね?」

「どうかなぁ? スライドフォークを制球効きやすい握りにすれば平気だと思うけど……」

 

握りもまだまだ試行錯誤中。

そもそもスライド気味に曲げる、という事しか決まってない。

 

「よーっす、やってるねぇ」

「糸賀先輩! 今日はグラウンドなんですね」

「そうそう、スカウトの人がマシンも見たいって」

「なるほど……そういえば木製ですね」

 

プロや大学になったら木製バットを使用する。

今のうちから慣れておくのが良いと監督が言っていた。

 

 

「いやー、木製難しいよ〜。神奈の凄さを実感したよ」

「キャプテンは1年の時から木製だったんですか?」

「そうだよ、入部の時にも木製持ってきてて、凄い新入生入ってきたなぁって思ってた」

 

1年が木製バット担いできたら、どんな選手かと思う。

それで結果残せてるのは凄い。

 

「キャプ……柳谷先輩は苦戦してるんですか?」

「最近慣れてきたっぽいよ? めっちゃ飛ばしてる」

 

最初と比べて飛距離が明らかに違うんだと。

そんな柳谷先輩は室内でノック受けてるらしい。

何でも打撃は知ってるから守備の実力も知りたいと言われたっぽい。

 

 

「木製ってどこが難しいんですか?」

「まず芯が狭すぎるんだ、金属とか最悪根本でも飛んでくでしょ? 木製でそれやったら折れるからね」

 

先輩はコンコンとバットを叩いていき、音が変わった箇所を何回も叩いた。

 

「ここだけ音が響かないでしょ? 木製の芯ってこの部分だけなんだ」

「狭いですね……ここじゃないと打てないんですよね?」

「打てない事もないけど、さっき言ったように折れる可能性が高くなるし、めっちゃ手が痺れる」

 

しばらく残るし、その衝撃が手に来て豆ができやすくなるという。

木製にムービング系が有効なのが分かったと先輩は言った。

 

「芯で捉えた場合、木製のが飛んでくって聞いた事あるんですけどアレって本当なんですか?」

「ほんとほんと、真衣とか金属の時より飛ばしてるし。まあでもそういうのは技術ある人だけなんだろうけど」

 

力任せに打っても、技術がなければ前に飛ばすことすら出来ない。

それが木製の難しいところであり、面白いところだ。

 

 

「……なんか、本当にプロになっちゃうんですね」

「なに〜? 寂しい〜?」

「正直、凄く寂しいです」

 

右も左も分からない私に、優しく教えてくれた先輩達。

実力もあり、チームとしても私個人としても居なくなって欲しくない。

 

「でも居なくならなくちゃいけない……それが高校野球だから」

「悲しいけど、先輩達がまた1つ上の舞台に行くって事ですもんね! 応援しますよ!」

「ありがとう、まぁ指名されなきゃ大学なんだけどね」

「先輩達なら大丈夫ですよ」

 

3人とも素晴らしい成績を残している。

支配下で絶対指名されるはず。

 

「嬉しいこと言ってくれるね〜! んじゃ、そろそろマシン打たないと」

「ですよね! すみません時間取ってしまって」

「良いって良いって!」

 

 

糸賀先輩はスカウトの人達に礼をして、マシン打撃を始める。

本人はまだ苦戦していると言っていた木製も、外野から見たら十分対応出来ていると感じた。

 

「伊吹もいずれ木製で打てるようにならないとね」

「キャプテン……ですよね」

「最初は大変かもだけど、まぁ慣れれば打てるから」

 

キャプテンが言うと説得力がある。

この人は簡単そうに木製で打ってるけど、3年生ですら苦戦しているのを見るとキャプテンって凄いんだなぁと改めて思う。

 

「キャプテンも最初は苦労したんですか?」

「そりゃあね、でもずっと木製で打ちたかったから」

「その理由って教えて貰えますか?」

「特に深い理由は無かったんだよ? ただ単にプロの選手が使ってるのと同じのを使いたかっただけ」

 

それで打てちゃうんだから恐ろしい。

もうプロ入ってもある程度打てそうだなぁ。

 

 

「正直私、バットの事とか詳しくないんですよね……バランスとか」

「今使ってるのってどれだっけ?」

「えーっと、確かミドルバランスってやつです」

「1番振り抜きやすいし、良いと思うよ」

 

ミドルが初心者向きだって言われたから使ってる。

他のを振ったことが無いから本当かどうかは分からない。

 

「あとはトップと何でしたっけ? グリップ?」

「カウンターね」

「それです! それの違いが分からないんですよね、どういう打者が向いてるのかとか」

 

色々違いもあるし、打者によって使いやすいバットとかも違うんだろうけどよく分からない。

ミドルが使いやすいって事しか知らない。

 

「まずトップはその名の通りバットの先端に重心があるタイプね、操作性は低いけど上手く振ってあげれば飛距離は出るよ」

「確か柳谷先輩はトップでしたよね」

「パワーヒッターが使ってるイメージがあるかな」

 

柳谷先輩は上手くバットを使えるから、難しいトップバランスのバットでもあんなに打てている。

飛距離は1番だけど、難しさも1番。

 

 

「そしてミドルバランスは、とにかく振り抜きやすいのが特徴。操作性も飛距離も真ん中だから初心者にも安心」

「だから私はミドルをオススメされたんですね……」

 

実際振りやすいから良かったけど。

トップバランスだと実際より重く感じるらしい。

 

「最後がカウンターバランス、操作性は高いけどあまり飛距離が出ないタイプだね。ちなみにカウンターは短く持つのが良いらしいよ」

「私バットを短く持ちたくない派なんですよね……」

「ならトップかミドルだね」

 

じゃあ今のままでも良いのかな。

木製にしたとしても、多分ミドルが1番合ってるんだと思う。

 

 

「木製って長さとか重さ自由に変えられるんですよね?」

「そうだね、私のは87cm840gのだよ」

「えっ、軽くないですか? それに長い……」

「私はとにかくどんなコースでも打ちにいくからね、操作性を重視してるんだ」

 

こうなったら先輩達のバットも気になる。

糸賀先輩がちょうどマシン打撃を終えたので聞いてみよう。

 

「糸賀先輩! バットってどれくらいの長さと重さですか?」

「んー? 私のは確か85cmで900gだった気がする」

「キャプテンのと比べると重いですね」

「神奈のは軽いよね〜」

 

やっぱキャプテンのがおかしいだけか。

最近は軽いバットが主流になってるらしいけど、それでもキャプテンのは軽すぎる。

 

「柳谷先輩はどうですか?」

「えっ、私? ……86cmで920gだったかな」

「重っ! ほぼ1キロ振り回してんのね……」

「まぁパワーはあるからな、プロの球に対応出来なかったら軽くするつもり」

 

こうやって微調整を加えられるのも木製の強みだよなぁ、コスパは高いけど。

 

 

「今まで高卒の選手が打てないのは、木製に慣れてないからだと思ってたけどプロの球に対応出来ないってのもあるんですね」

「速さも変化量もキレも段違いだからなぁ」

「それにコントロールも良いしね」

「だから高卒は出てくるまで5年待てとか言うんですね」

 

高校からプロに行くと一気にレベルが高くなる。

それに加え慣れない木製だから、余計に打てなくなる。

 

「まぁ私は1年目からレギュラー狙ってくけどな」

「さっすが真衣! 私は1軍上がるの目標かなぁ」

「私は開幕一軍狙ってくよ!」

 

それぞれゴールは違えど、1軍に居るというのは一致している。

高卒1年目の選手がレギュラーなったら、そのチームのファンは大喜びだろうなぁ。

それに柳谷先輩は捕手だ、そんな事になったら10年くらいは捕手の心配をしなくて済む。

 

 

「先輩方なら出来ますよ」

「私もそう思います!」

「ほんと〜? ありがと、1軍定着できるように頑張るよ」

 

先輩達がプロで活躍する姿を見たい。

それまでどれ位の時間がかかるのか分からないが、気長に待つとしよう。

 

 

「よしっ! 私も練習頑張ろう!」

「私も手伝うよ〜」

「ありがとうございます! 目指せスライドフォーク完成!」

 

私も一刻も早くスライドフォークを完成させ、プロ注目の選手達すらも手玉に取れるような投手になりたいな。



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第31球 季節よ巡れ

一気に秋まで進めていきます。


全国大会も終わり、ドラフト会議やU-18が注目を集めている。

U-18に出る選手は今日か明日、学校に連絡が来るらしい。

 

「誰か選ばれるかなぁ」

「柳谷先輩は選ばれるかもね」

「だよな〜、それに今年の捕手って他に凄い人いたっけ」

「うーん……孤塚さんが居るけど1年生だし、それに打撃はあんまりだからなぁ……」

 

本当に柳谷先輩が選ばれたら嬉しいな。

身近にこんな凄い選手がいるって自慢できるし。

 

「てか祥雲優勝したんだよな……」

「神田さん凄かったねぇ」

「性格は酷いけどな」

 

神田と孤塚の存在もあり、祥雲は今年全国制覇を果たした。

決勝戦で先発した神田は5回を2失点。

そして3年の2番手が2回を無失点で抑えて勝利。

 

 

「来年こそウチが優勝するぞ!」

「その為にもスライドフォークを完成させなきゃね」

「なんとか春までには……」

 

実はまだスライドフォークは完成していない。

良いところまではいってるんだけど、あともう少しが足りない。

握りも試し切ったし、正直どん詰まりだ。

 

「柳谷はいるか?」

「あれっ、監督? 先輩なら打撃練習やってますよ」

「そうか、ありがとう」

 

もしかしてこれってU-18の電話が来たんじゃ。

そう思いせんしゅーと顔を見合わせる。

ソワソワしながら監督達の会話が終わるのを待つ。

 

「全員しゅうごーう!」

「うーっす」

「なんすか?」

 

監督から集合がかかった。

全員が揃うと、監督は皆の顔を見渡して一言。

 

 

「柳谷がU-18に選ばれたぞ!」

「……えっ!? マジですか!? やったー!」

「真衣!やったじゃん!」

「まさか選ばれるとは思ってなかったよ……」

 

むしろ柳谷先輩が選ばれなかったら誰が選ばれるのか。あれだけ打ってるし、守れて脚も速い。

選ばれない理由がないんだよなぁ。

 

「他の選手はいつ分かるんですか?」

「明後日だな」

「うわー楽しみ〜!」

 

一体誰が日本代表に選ばれたのだろう、そんなワクワクを抱えながら2日後を待った。

 

 

 

 

「そろそろ始まるぞ……!」

「相良は選ばれるかな」

「どうだろう……選ばれそうな気はするけど」

 

選手発表当日、私たちはテレビで映像を見る。

柳谷先輩が出るのは分かっているけど、それ以外に誰が選ばれたのかは知らない。

もしかしたら今まで戦った人たちが選ばれるかも。

 

《蒼海大相模、相良陽菜選手》

 

「うわっ、いきなり選ばれた!」

「相良……! 不甲斐ない投球するんじゃないぞー」

 

まさかいきなり相良さんが呼ばれるとは。

背番号は18じゃないから、エースって訳では無いけど。

 

《至誠高校、柳谷真衣》

 

「真衣めっちゃ緊張してるじゃん」

「柳谷先輩でも緊張することってあるんすね」

「久しぶりにあんな緊張してる真衣みたよ〜」

 

柳谷先輩は緊張してますって言ってるような表情で出てきた。

ユニフォームは似合ってるんだけど、どうしても表情に目がいってしまう。

 

「てか10番って正捕手じゃない?」

「そっか、U-18って捕手は10番からか」

 

我らの柳谷先輩が日本代表の正捕手。

ものすごく誇らしい事だと思う。

 

 

《蒼海大相模、山城斎》

 

「おっ、山城も選ばれた」

「……50本打ってますからね」

「プロ注は基本選ばれるよね〜」

 

数少ない3年生のファースト。

打力と守備力を兼ね備えた山城さんが選ばれるのは当然だろう。

 

あとは名前は知ってる程度の人しか呼ばれなかった。けど全国のスター選手が集まったのは確かだ。

今年は優勝出来る力があるって記者も言ってる。

 

「んー……! よし! 練習するか!」

「ですよね! 私も打撃練習したくなりました!」

「沙也加はいつもそれ言ってるでしょ〜」

「じゃあ私は守備練しよ〜っと」

 

自分とほぼ同じ年代の人が世界と戦うんだ。

そんなのを知ったらやる気が出るってもの。

私もスライドフォーク完成に向け、もっともっと投げ込もう。

 

 

 

 

 

 

月日は流れ、もうすっかり気温は下がってきた。

植物も夏の緑色の葉ではなく、紅葉が見られるようになった。

結局U-18は3位だったし、スライドフォークも完成していない。

少し焦り始めているけどまだ大丈夫な筈。

 

「で? 何を春までに間に合わせるって?」

「いや〜……8割くらいは出来てるんだよ」

「その割にはスライド気味に曲がった事無いんだけど?」

「もうちょっと! もう少しだけ練習させて!」

 

あと少しで何かが掴めそうなんだ。

完成しそうな気配というか、感覚は自分の中にはある。けどその足りないピースが分からないんだ。

 

「そういえば、そろそろドラフトだね」

「先輩達呼ばれるかなぁ」

「育成まで含めれば絶対呼ばれると思うけどね」

「いや〜、支配下いけるっしょ」

 

あれだけの成績を残したんだから呼ばれない筈ない。誰か1人は1位で呼ばれて欲しい。

 

 

「ドラフトねぇ……思っていたのと違う球団とかもいくし難しいよね」

「先輩達は特に希望ないって言ってたけどね」

「けどやっぱ行きたくない球団とかあんじゃないの?」

 

思っていたのと違う……。

フォークだと思わないで投げる、のは違うなぁ。

ならフォークの常識を変えるような握り?

 

「鈴井〜、ちょっと受けてくんない?」

「いきなりだなぁ……いいよ」

「なんとな〜くインスピレーション的なのが湧いてきた」

 

挟むのは当然なんだけど、それとは違う感じで。

思っていたのと違う……違う縫い目を挟む?

あえて斜めに握って投げてみた。

 

 

「っ!……伊吹ちゃん、これって」

「…………え? 嘘でしょ?」

「今、スライド気味に曲がったよ」

 

こんな事で変化球完成するのかよ。

てかなんで今までこの握りを試さなかっんだ。

 

「どうやって握ったの!?」

「えーっと、こう」

「見てるだけで痛そうな握りだね」

「実際痛いよ」

 

フォークとは思えない握り方。

人差し指と中指を1時35分みたいな形にして握る。

正直指が裂けるんじゃないかって思うほど痛い。

 

「変化は小さいけど、この軌道なら簡単には打てないよ」

「だよな? よーし! これをマスターするぞ!」

 

この日から私はスライドフォークを中心に投げ込んだ。制球、変化のキレ、球速……。

全てを実戦で使用できるレベルにまで上げる為に。

 

 

 

 

「これなら流石に使えるだろ!」

「そうだね……! こんな変化するフォーク、見たことないよ!」

「スライドフォーク、完成!!」

「おめでとう伊吹ちゃん、美希ちゃん!」

 

2週間が経ち、ようやく実戦レベルまで仕上がった。フォームも崩れてないしキレもある。

制球は少し効かないけど、鈴井は全部捕ってくれる。

 

「てかよく捕れるな」

「美希ちゃんだからこそ捕れるんだと思うよ」

「伊吹ちゃんには負けてられないからね」

 

柳谷先輩にも受けて貰ったけど、先輩は何球か逸らした。

多分完璧に捕れる鈴井がおかしいんだろうな。

 

「もうそろそろドラフトも始まるし行こっか」

「もうそんな時間か、急ごう!」

 

ドラフト当日に完成した変化球って良いな。

まぁ別に私のドラフトって訳ではないんだけど。

 

 

「記者めっちゃ来てるじゃん……」

「そりゃ柳谷先輩いるしね」

「けどこんなにいっぱいいるなんて……!」

 

会場はすでに満員だった。

先輩達のクラスメイトや、呼ばれるのを今か今かと待っている記者。

そして私たち野球部のメンバーなどなど。

 

席について暫く待っていると、ドラフト会議の始まりを告げるアナウンスが響いた。

ドラフト1位は12人、この中で誰か呼ばれるか。

 

《第一巡選択希望選手 千葉マリンシーガルズ

相良陽菜 投手 蒼海大相模高校》

 

「相良さんドラ1じゃん」

「千葉が獲るとは思ってなかったなぁ」

 

うちのチームでは無かったが、知り合いだ。

あそこまでうちを苦しめた相良さんがドラ1は嬉しいな。

 

 

《第一巡選択希望選手 埼玉ホワイトパンサーズ

山城斎 一塁手 蒼海大相模高校》

 

「うわっ、蒼海大コンビが1位か」

「まぁあれだけ打てばね……」

 

相良さんに続き山城さんまで1位指名とは。

けどその後は1位で知り合いが呼ばれることは無かった。

 

《第二巡選択希望選手 宮城ファルコンズ

結城葵 三塁手 京王義塾高校》

 

「結城も呼ばれたか」

「確か結城って宮城出身でしょ?」

「へー、そうなんですね」

 

地元球団に呼ばれるって嬉しいだろうな。

それにファルコンズって長打力ある選手いないし、いいドラフトだなぁ。

 

 

《第二巡選択希望選手 福岡スナイパーズ

柳谷真衣 捕手 至誠高校》

 

その名前が呼ばれた瞬間、会場は静寂に包まれた。

そして一瞬間を置き、その感情が弾けた。

 

「真衣ーー! ドラ2だよ!」

「おめでとー!」

「柳谷先輩……! ドラ2! 凄い!」

 

しかもスナイパーズってめっちゃ強いじゃん。

そんなとこから指名されるとか先輩の実力が認められたも同然。

先輩も日本シリーズとか出るのかなぁ。

 

一斉に記者からマイクやカメラを向けられ、今の気持ちやらスナイパーズの印象やらを聞かれている。

それに対し、少し焦りながらもしっかりと答えていく先輩。

 

 

「あとは2人が呼ばれるかだね」

「ちょっと沙也加、怖い事言わないでよ」

「先輩たちなら呼ばれるだろ」

 

あとは中上先輩と糸賀先輩の2人。

まだドラ2だ、呼ばれるチャンスは十分ある。

 

《第三巡選択希望選手 千葉マリンシーガルズ

中上佳奈恵 投手 至誠高校》

 

「中上せんぱーい!」

「やった! これであとは糸賀先輩だけ!」

「てか相良さんと同じチーム!」

 

シーガルズは投手より野手を補強した方がいい気もするけど、確か先発も枚数足りてないんだっけ。

 

「けど高卒左腕2人ってどうなん?」

「でも1人は本格派、もう1人は変化球マスターだよ」

「活躍出来れば左右なんて関係ないから」

「……それもそうか」

 

2人とも活躍しちゃえば問題はない。

ルーキーイヤーから1軍で投げて欲しいな。

 

 

ドラフト3位の指名が終わり、4位指名も始まった。

現在5球団が指名をしたが、糸賀先輩の名前は呼ばれていない。

 

「……大丈夫かな」

「先輩、明らかに不安そうだよね」

「そろそろ呼ばれそうだけど……」

 

《第四巡選択希望選手 大阪オーロックス

糸賀由美香 外野手 至誠高校》

 

ついに全員の名前が呼ばれた。

指名漏れもなくドラフトが終わり、会場は大盛り上がり。

 

「よかったぁ〜〜!」

「神田さん……朱里さんがいるチームだね」

「けどあんま強くないよね」

「最近は徐々に力付けてきてるし、私は来シーズンの優勝候補だと思ってるよ」

 

あの朱里さんと同じチーム。

サイン貰ってきて欲しいけど、先輩にそんな事頼めない。

 

 

 

「というわけで、無事全員呼ばれたな!」

「呼ばれないかと思った……」

「ヒヤヒヤしたね〜」

 

記者会見も終わり、プチ打ち上げ。

糸賀先輩はもうすっかりくたびれたみたい。

1人だけ指名されなかったらって不安がよぎるのは、精神的に辛そう。

 

「身内がドラフト指名されるとやる気も出るだろうし、明日からは厳しくいくぞ!」

「はいっ!」

「私たちも来年指名されるように頑張るよ!」

『オーッ!!』




ちなみに京王の水瀬と藤蔭の藤咲は大学進学を選びました。


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第32球 体力つけろ!

今日の練習は何やら普段とは違うみたいだ。

ユニフォームじゃ無くジャージで良いって言われたし、集合場所はグラウンドだけどそこから移動してる。

 

「室内……って訳でもないよなぁ」

「すぐに分かるよ」

 

せんしゅーはこう言って今日の練習内容を教えてくれない。

変な特訓とかはさせられないだろうけど、ちょっと不安。

 

「てか監督はー?」

「スカウトに行かれましたよ、福岡まで」

「福岡!? そんな遠くまで行ってんだ……」

 

先輩達は殆どが関東出身だ。

近場メインでスカウトするのかと思ってたけど、福岡まで行くんだ。

そんなに良い選手が居るのかな。

 

 

「みんなは年末年始何してた?」

「ふつーに帰省してダラダラしてた」

「県内組は自主トレしてたのに!」

「久しぶりに家族と会ったから、つい怠けちゃった」

 

冷静に考えたらこの歳で家族にも滅多に会えず、結果を出す事を常に求められてるんだよな。

県外組って大変なんだなぁ。

 

「あのメンバーで練習って珍しくて楽しかったです」

「自主トレって何やったの?」

「美月がいるからノックしたでしょー? あと実戦形式のフリーバッティングに〜」

「走塁練習もしましたよね」

 

結構充実したトレーニングだった。

せんしゅーが居たからノックも出来たのは大きかったな。

そして鈴井が居たから実戦形式でフリー出来たし。

 

「私も東京だし、行こうと思えば行けたんだけどね」

「年末年始くらい家族と一緒にいた方がいいよー」

「けど素振りしか出来なくて暇だったな」

「翼はマシン打撃大好きだからね」

 

青羽先輩と山田先輩の強打者コンビは、とにかくマシンが好き。

マシンが空いた瞬間、ダッシュで向かってるの見た事あるし。

 

 

「はいっ、着きましたよ!」

「……ん? ここって」

「お、来たね! じゃあハイ、これ」

「ちょっ、話が見えない……」

 

サッカー部のグラウンドに着いたと思ったら、番号の書かれたゼッケンを渡された。

いきなりすぎて話についていけない。

 

「野球部の冬は体力作りが基本! というわけでサッカーやりましょう!」

「サッカーやっていいの!? よっしゃー!」

「早くアップしよう!」

 

なんで山田先輩と菊池先輩はこんなやる気なんだ。

野球部だからサッカー出来るのが新鮮なのかな。

 

「普通の走り込みじゃダメなの?」

「逆に聞くけど、伊吹ちゃん何時間も走り込みしたい?」

「……嫌だわ」

 

少しでも楽しく体力が付けられるように、サッカーを提案したらしい。

そんでサッカー部も快く受けてくれたみたい。

サッカー部の人達には感謝しなきゃ。

 

「あっ、ちなみに伊吹ちゃんはミッドフィルダーね! 走り回ってもらうよ」

「えぇ……なんで……」

「先発投手が夏場完投すると、サッカー1試合出るのと同じかそれ以上のカロリーを消耗するんだよ? だから頑張ってね」

 

いい笑顔で言われたけど、すごい圧かけてきたな。

けどせんしゅーの言うことが正しいなら、この練習はかなり有意義なものになる。

 

 

「じゃあこのフォーメーションでいくね」

「サッカー詳しく無いから、このフォーメーションがどういうのか分かんないんだけど」

「けど3-4-3って事はスタンダードですよね?」

「そうだね、それとウチは基本的にはサイドから攻めてくよ」

 

ならサイドの人たちにボール回せばいいのかな。

上手くプレー出来ればいいな。

 

「まぁこっちで指示は出すから、思いっきりプレーしてね!」

「はい!」

 

これは大会じゃなく体力作りだから。

私達はとにかく動き回ればいいんだ。

 

 

「んじゃグッパで分かれよう」

「よーし、メンバー大事だぞ」

「菊池先輩上手そうだから一緒になりたいですね」

「こん中で1番上手い自信あるよ!」

 

それは頼もしい。

どうにかして菊池先輩と同じチームになりたい。

 

「グッとパーでわっかれましょ!」

「綺麗に分かれたな」

「じゃあ私と翼、美希はこっちで残りの3人はそっちね」

「あいよー」

 

キャプテン、青羽先輩、鈴井がグー。

私、菊池先輩、山田先輩がパー。

 

「せんしゅーはやらないの?」

「みんなの動きを見るのが目的だからね、それと! しっかり90分出てもらうよ」

「なっが」

 

試合と言っても練習だから、短縮してやるのかと少し思ってた。

まさかフル時間でフル出場とは。

 

 

「だろうなとは思ってたけど……」

「諦めなよ、伊吹ちゃんが1番のターゲットだから」

「くそぅ……私にもっと体力があれば!」

 

逃げる事はできないからやるんだけど。

私に渡されたゼッケンは9、本当にMFだ。

 

「よーし、準備はいい? 始めるよー」

 

試合開始のホイッスルが響いた。

キックオフは向こうから。

いきなり攻められてるけど、スライディングとか出来ないから奪えるかな。

 

けど向こうも手加減はしてくれてる、これなら。

一瞬足からボールが離れた瞬間に奪い取る。

 

「伊吹ー! ヘイパース!」

「おっけー!」

 

FWの菊池先輩にパス。

ちょっと逸れたけど菊池先輩の脚なら追いつける。さてと、私も前線に上がらないと。

 

 

向こうのDF陣まで来たところでパスされる。

空いてるスペースはないから、ドリブルで抜けてくかセンタリング上げるか。

このフォーメーションと今の配置ならセンタリングかなぁ。

合ってるか知らないけど、他に手段は無いしやるしかないな。

 

「菊池先輩っ!」

「任せ……って、高い!」

「すみませーん!」

 

菊池先輩の身長を忘れてた。

相手の届く範囲にパスするのって難しいな。

サッカー部の人は簡単そうにやってるけど、自分でやってみるとその難しさが分かる。

 

 

そんな攻防もありながら、前半戦が終わった。

サッカー部の人達はまだ余力がありそうな感じだけど、私達はこんな動くのなんて慣れてないからバテてる。

 

「けど後半も出なきゃなんだよな……」

「しかもずっと動きっぱなしだからね」

 

鈴井も涼しそうな顔はしてるが息が上がってる。

1年組はやっぱり体力が課題か。

先輩は私達よりかはバテてない、1人を除いて。

 

「なんで菊池先輩そんな疲れてるんですか……」

「いや〜、FWだからって飛ばしすぎた……」

「ずっと走り回ってたからね」

 

確かに菊池先輩は常に走ってた。

攻撃的なFWって感じがして好きだったけど、アレは疲れそうだ。

 

 

「はい、伊吹ちゃん」

「せんしゅーありがと……これ何?」

「スポドリのあったかいの!」

「それ美味いの……?」

 

スポドリは冷たいのしか飲んだ事ない。

ぬるいスポドリは不味いけど、あっためたのはどうなんだろ。

 

「あっ、意外とイケる」

「でしょ? 寒い時期にぴったりだよ!」

「今度から家で温めてから持ってこようかな」

 

冬場に冷たいスポドリは体が冷えるけど、これなら丁度いい。

普通にお湯飲むより美味しいし。

 

 

「じゃあ後半戦も頑張ってね!」

「おう! ゴールかアシスト決めてやる!」

「私も決めるぞー!」

 

後半戦が始まった瞬間猛攻を仕掛ける。

FWだけじゃなくMFも全員突撃して1点をもぎ取る作戦だ。

菊池先輩が上がっていくと、向こうのDFの鈴井にボールを取られるが。

 

「油断すんなよ!」

「くそっ、伊吹ちゃん邪魔!」

「うっせ!」

 

誰にパスするか悩んでる隙に奪取。

真ん中から突撃しようかと思ったけど、ここはサイドのFWにパス。

だが向こうも守備が固く攻めあぐねている。

 

(……あそこ空いてるな、行くか!)

 

「ヘイパス!」

「任せた!」

 

完全にフリーの状態でボールを受け取りシュート。

まぐれだったがゴールの隅に決まり1点先制。

 

「いぇーい!」

「ナイッシュー!」

 

サッカーも野球と一緒で、点取った時のパフォーマンスとかあるんだよな。

意外とサッカーも面白いかもな。

 

 

 

「試合終了! しっかりダウンしてねー!」

「へー……やっと終わった……」

「伊吹ちゃんおつかれ! 大活躍だったね」

「一応伊吹ちゃんって運動神経良かったんだったね」

 

一応は余計だ、そう言おうと思ったけど疲れて喋る余裕すらない。

90分フルで出た挙句、ロスタイムもあったから実質100分動きっぱなし。

 

「体力付きそうな感じしたでしょ?」

「まぁ、体力は尽きたな……」

「ダジャレはいいから」

「はい」

 

実際、これを続けてれば体力付きそうだ。

こんだけ動きっぱなしで頭も使うのはいい勉強になった。

 

「冬の間はサッカーがメインになるからね! もちろんそれ以外の練習がしたかったら言ってね」

「変化球も完成したし、私はサッカーやろっかな」

「私もサッカーやりたい!」

「言っておくけど、遊びじゃないからな」

 

青羽先輩にちゃんと野球の練習もやるようにと釘を刺された。

けど私の1番の課題って体力だから、多分サッカーメインにした方がいいんだよな。

 

 

「冬場にどれだけ身体を作れるかが大事です、皆さんこれからも気張っていきましょう!」

『オー!!』

 

もう少しすれば新入生が入ってくる。

後輩達の見本になれるように、実力を磨こう。



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第33球 バレンタイン

2月14日、いわゆるバレンタインデーだ。

本来のバレンタインは迫害がどうのこうのらしいけど、ここは日本だから日本の文化に従おう。

 

まぁ、普通に自分がチョコ貰いたいだけなんだけど。全国にも出たし多少は貰えるだろ。

 

「鈴井ー! チョコ貰ったー!?」

「うるさい……貰ったよ」

「なーんで鈴井のが多いんだよ……私5個しか貰ってないのに」

「それだけあれば十分でしょ」

 

鈴井は10個くらい貰ってる。

同じ1年なのにこの差はなんだ、顔か? 顔なのか?

それともピッチャーよりショートのがモテるってのか。

 

 

「食費浮くからもっと欲しい」

「急に現実的な話をしないでよ……」

「日持ちするから出来れば市販品で」

「バレンタインでそんな注文付けてんの、多分伊吹ちゃんくらいだよ」

 

お菓子とかあんま買えないから、こういうイベントは助かる。

けど手作りだと日持ちしないんだよなぁ。

甘い物は量食べれないから、全部食べ切るって意味でも市販品がいいな。

 

「せんしゅーから貰ったのは市販ので嬉しかったな」

「えっ」

「えっ? まさか鈴井……」

「私の手作りだったんだけど」

 

なんだろうこの嫉妬の様な感情は。

別にせんしゅーの事が恋愛的に好きって訳じゃないけど、差をつけられるとジェラるのは人として当然だと思う。

 

「……伊吹ちゃんの事考えて市販にしたんじゃないの?」

「なるほど? むしろ私の事が好きってことか!」

「はっ? いや普通に私の方が好きでしょ、手作りなんだし」

「せんしゅーからの愛はやらんぞ!!」

 

てかこういう話に鈴井が乗ってくるのは珍しい。

それだけせんしゅーに懐いてるって事か。

お互い、貰えるだけありがたいって事で話は終わった。

 

 

 

 

そして部活の時間、先輩達はかなり貰ってるんだろうな。

 

「金堂先輩が1番貰ってるの意外なんですけど……」

「私自身そう思ってるよ、なんでだろうね?」

「そりゃ大人っぽい方が好きなんじゃないの? 特に後輩とかは」

「監督〜! 私達に救いの言葉を!」

 

確かに後輩からしたら、大人っぽい先輩の方が好きかも。

青羽先輩も落ち着いてるけど、知らない人からしたら怖いんだろうな。

貰ったチョコ眺めて微笑んでるのも、私達以外は知らないのかぁ。

 

「柳谷先輩とかはエグい数貰ってそうですよね」

「球団のバレンタインのチョコ貰った数ランキング1位だって」

「ルーキーでそれですか……」

「寧ろルーキーだからだろ? 1番人気がある時期だし」

 

全国で活躍したルーキー、確かに人気出そうだ。

今頃キャンプ地のホテルでチョコの山を見てるんだろうな。

 

 

「糸賀先輩もチーム3位くらいに入ってるらしいよ」

「朱里さんが毎年1位なんだっけ」

「相手が悪すぎるなぁ」

 

今の日本球界に、朱里さんより貰える人なんて居ないんじゃないかな。

朱里さんって凄い美人だし、というか神田家は美形らしい。

ムカつくけど神田も顔は良いからな。

 

「中上先輩の所はまだ公表されてないんですよね〜」

「……中上なら、さっき相良に数負けて煽られたってメッセージ送ってきたぞ」

「中上先輩……」

「てかめっちゃ仲良くなってますね」

 

相良さんといつも一緒に居るらしい。

ご飯とかも隣だし、何だったらホテル相部屋らしい。

他校の選手なのに煽り合いできるほど仲が良いって素敵。

 

 

「私達もプロ入ったらそんくらい貰えるのかな」

「球団にもよるだろうけど……それでも一般人よりかは貰えるよね」

「楽しみだなあ!」

「……そういうのって、食べられはしないんじゃないんですか?」

 

普通ファンの人から貰った奴って食べないよな。

ファン装ったアンチが何入れてるか分からないし、手作りとかは余計に。

 

「ま、まぁ貰った数がステータスになるし……」

「バレンタインでマウント取るんですか?」

「むしろ取らないの?」

「取れるほど貰える気がしないんですけど……」

 

同い年に美形ばっかいるのが厳しいな。

飛鷹に斑鳩と鈴井、あと神田。

あの辺りにメディアと一般客からの人気奪われてる気がする。

 

 

「それより! 練習始めるぞー」

「はーい」

 

バレンタインだろうと部活は普通にある。

今日はサッカーはやらないで通常の練習だ。

キャッチボールを終え投げ込みを始める。

 

「ナイピ、フォーク良い感じだね」

「これなら全国相手にも通用しそうかな」

「それは厳しいかな、1球種が良くても他が良くなきゃ打たれるし、それにコントロールはまだアバウトだから」

 

飛鷹や神田みたいな、ミート力も兼ね備えたパワーヒッターは抑えられないと言われた。

 

「なら、通用する球を投げられるようになればいいんだな」

「そうだね、私も付き合うから頑張ろう」

「へへっ、鈴井がそう言ってくれると頼もしいな!」

 

捕手の鈴井にもだいぶ見慣れてきた。

キャッチングは上手いし返球も逸れないし、意外と褒めてくれるし。

普段あんなツンツンしてるから、一切褒めてくれないのかと思ってた。

 

 

「鈴井的にさ、飛鷹と神田どっちのが怖い?」

「悩むけど飛鷹かな、何でも当ててくるじゃん」

「確かに」

「インハイで仰け反らせてもその次のアウトロー打てるとか、普通できないよ」

 

打率だけなら確か飛鷹のが良かったはず。

そういう意味でも神田より強敵か。

 

「まぁどちらにせよ、今のままじゃ打たれるだろうね」

「ストレートも磨かないとな」

「というか全部だね、全部の球をカウントも取れて空振りも取れるような球にしたい」

「そこまでしないと抑えられない、か……」

 

そのくらい強い方が燃えてくるってもの。

アスリートなんて負けず嫌いばかりなんだ、私もだいぶ染まってきたかな。

 

「来年こそ神田に勝つぞ!」

「あの鼻っ柱をへし折ってやろう」

 

不穏なことは言ってるけど、まだ落ち着いてる。

当時は暴力に訴えかけようとしてたからな、それと比べたらマシだ。

野球選手なら野球で決着を付けなきゃ。

待ってろよ神田、必ずお前に勝つからな。




改めて世界観を説明すると、女性しか存在しない世界です。
なので浜矢達は本命チョコの話をしています。

何故こんな設定にしたかというと、百合と男女の筋力差などを同時に解決出来るからです。


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第34球 卒業式

3月1日、今日は卒業式だ。

つまり今まで引っ張ってくれていた3年生の卒業。

同じ立場の後輩は沢山いるから、周りは泣いてる人だらけだ。

 

「せんぱいいい〜!!」

「ちょっ、悠……涙と鼻水が……」

「そつぎょうじないでぐだざい〜!!」

「無茶言わないでよ……」

 

留年でもしなきゃ無理でしょ。

しかも留年したら試合出れないから意味ない。

 

「伊吹は意外と落ち着いてるんだな」

「まぁ、泣いてても仕方ないというか……先輩達が居なくなるってことは、自分が先輩になるってことですから」

「先輩としての自覚、か」

 

それに私は祥雲戦後に思いっきり泣いたし。

これ以上涙関連で迷惑かける訳にはいかない。

 

 

「新入生は何人入るのかな……」

「スカウトはかなり順調だったって言ってましたけど」

「とはいえ人数制限とかあるからなぁ」

「先輩達の穴を埋められるような後輩が入ってきたら、嬉しいんですけどね」

 

今の私じゃ中上先輩の穴は埋められない。

だから後輩と一緒に埋めたいな。

 

「流石にそれは厳しいだろ、今年の3年生って全国でも際立ってる選手だし」

「ですよねぇ……けど有名選手とか入ってきてくれたら良いなぁ」

 

中学から名前が全国に知られてるような選手とか。

まぁそんな選手はウチには入ってきてくれないか。

体罰事件からそんな経ってないし、それに設備の問題もあるし。

 

 

「プロでも変わらず活躍してくれよ」

「監督! 任せてください、新人賞獲っちゃいますよ!」

「負けてたまるか」

「案外私が獲るかもよ〜?」

 

先輩達は全員パリーグに行ったから、新人賞を争う形になる。

今まで仲間だった人と対戦するのってどんな感じなんだろう、早く私もプロに行きたい。

 

「5年以内ならセーフだから、全員獲れる可能性もあるけどな」

「それだと2年間燻ってる選手が出ちゃうんで……」

「高卒なら2年くらい別にいいと思うけどな」

 

高卒なら5年は待ってくれるのが普通だ。

てか予想はしてたけど、全員1年目で新人賞取る気なのか。

 

 

「来年は神奈たちの番か……待ってるよ」

「必ずシーガルズ行きますね!」

「……散らばってもいいと思うけどな」

「敢えて全員違う球団とか?」

 

それはそれで面白そうだけど、会えなくなるのは寂しい。

私は出来れば1人は同じ球団にいて欲しい。

 

「そういえば監督、来年は何人入ってくるんですか?」

「一応5人スカウト成功したぞ」

「おお! 一気に賑やかになりますね!」

「結構いい選手も獲れたし、楽しみにしててな」

 

監督の顔を見るに、本当にいい選手が獲れたんだなと分かる。

あんなに嬉しそうな監督見た事ない。

と思ってたけど、一瞬切ない表情をしていたのを見てしまった。

 

 

「……監督?」

「いやな、毎年この時期は慣れないなと思ってたんだ」

「慣れない?」

「新しい選手を獲るって事は、誰かが居なくなる……分かってても淋しくなるんだ」

 

監督だと時間が取れなくて、少し会うことすらも出来ないらしい。

向こうから来てくれないと会えない、それって確かに悲しいかも。

 

「青羽も言ってたけど、この世代は優れた選手揃いだったから特にな……」

「手塩にかけて育てても、3年でいなくなっちゃいますもんね」

 

監督的には、もっと長くいて欲しいんだろうな。

プロと高校の違いはここなんだよな、選手の入れ替えが激しい。

プロももちろん激しいけど、ある程度の実力があれば戦力外になる事は無い。

高校は成績に限らず居なくなってしまうから。

 

「いつまでもクヨクヨしてちゃいけないんだけどな、浜矢たちにも期待してるし」

「今年も全国行きますよ!」

「……ああ、楽しみにしてるよ」

 

自分の思いだけじゃない、先輩達の想いも乗せているんだ。

また蒼海大や京王あたりが立ちはだかると思うが、全部乗り越えていかなきゃ。

佐久間、飛鷹、斑鳩、大鷲、孤塚……神田。

この1年でライバルがこんなにも出来た。

野球をしてなかったら見れなかった世界、これからも楽しもう。

 

 

 

「……よし! 柳谷、中上、糸賀! 卒業おめでとう」

『ありがとうございます!』

「これから先、今までとは比べ物にならない困難が襲ってくるだろう、だけど3人なら大丈夫だ! それにいつだって私に頼ってもいい、無理だけはしないようにな」

 

監督が優しく微笑んでそう言うと、ずっと慰める側だった先輩達が泣き始めた。

 

「あーあ、今日は泣かないって決めてたのにな……」

「監督ズルいですよ……」

「そんなの言われたら泣くに決まってるじゃないですか!」

「子供は強がってちゃダメだぞ?」

 

先輩達が私達に気を遣って泣かないでいたのを見抜いたんだ。

3年生とはいえ、やっぱ大人には敵わないんだなぁ。

 

「そして2年生と1年生! 2年生は最上級生に、1年生は先輩になる……大変だとは思うが周りを頼れよ」

「はい!」

「最後に全員に言っておくが、絶対1人で抱え込むなよ! 周りを見れば、必ず手助けしてくれる人はいるはずだ」

 

私には鈴井やせんしゅー、そして先輩達に監督や小林先生もいる。

そして3年生も、プロに行けば先輩に囲まれてる訳だし頼れる人はいる。

今の言葉を忘れないようにしないと。

 

 

 

「来年自主トレの時期になったら戻ってこい、その時に全員笑顔で再会するぞ!」

 

監督がそう言い切った瞬間、心地よい風が吹いた。

桜の花びらが風に乗って舞い散り、まるで私達を祝福してるようだった。

来年のこの時期にはまた別れがやってくる。

その時に悩み事なんて無ければいいな。




君色の栄冠シーズン1はこれにて完結となります。
時の流れは早いもので、1話の投稿から2ヶ月も経過していたんですね。

長らくご愛読頂きありがとうございました、そしてシーズン2もこれから始まります。
設定やプロットを練るため時間は空いてしまいますが、必ずまた投稿いたします。

2ヶ月間本当にありがとうございました!


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シーズン2
キャラ設定と呼称表


浜矢 伊吹(はまや いぶき) 2年4組 投手 右/右

164cm/52kg 12月22日生まれ

 

野球初心者から急成長した投手。

同い年のライバルの存在により、競争心に火がつき厳しい練習にも弱音を吐くことが減った。

先輩となった為、後輩には情けない姿を見せられないと奮起している。

自信のなかった野球でもチームを引っ張っていこうと決意。バントは相変わらず苦手。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→苗字呼び捨て

例外→せんしゅー、じんぐー、イシ、ナミ

 

 

鈴井 美希(すずい みき) 2年6組 捕手 右/右

160cm/53kg 6月22日生まれ

 

ショートから捕手に転向した守備の名手。

守備の負担が大きい捕手になったが、高い打率はそのまま。

愛想は無いが、後輩には優しく接する。

三好に好意を寄せられているのは悪く思っていない様子。

捕手として監督と話せる機会が増えたのが地味に嬉しいらしい。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前+ちゃん付け

 

 

千秋 美月(せんしゅう みづき) 2年4組 マネージャー 左/両

154cm/46kg 10月22日生まれ

 

ノック、分析、戦術なんでも出来るマネージャー。

2年生になり後輩達のメンタルケアも受け持つようになり、後輩と先輩の架け橋のような役割も。

貴重な左利きだが、選手になる予定は無い。

実は両打ちでノックをしている。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前+ちゃん付け

 

 

金堂 神奈(こんどう かんな) 3年Bクラス 一塁手 右/右

160cm/58kg 11月26日生まれ 221号室

 

キャプテンに任命された安打製造機。

穏やかな喋り方をしているが、言わなければいけない時はズバッと言うタイプ。

人の変化に気付きやすく、その変化を千秋に伝えている。3年生になっても木製バットは相棒。

 

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

菊池 悠河(きくち ゆうか) 3年Dクラス 二塁手 右/右

156/54kg 7月20日生まれ 220号室

 

打撃の改善が課題の守備の名手。

誰が相手でも話しかけていけるコミュ力の持ち主。

年齢問わず好かれやすい性格で、自覚はしていないが橋渡し的な存在。

華麗な守備は忍者と例えられることもある。

 

同い年以下→名前呼び捨て

例外→イッシー、トモ

 

 

山田 沙也加(やまだ さやか) 3年Dクラス 三塁手 右/右

170cm/68kg 5月5日生まれ 220号室

 

確実生が課題の長距離砲。

パワーと打球速度は全国トップクラスだが、守備が足を引っ張っている。

青羽とは4番の座を争い合う仲になった。

3年生の自覚は正直無い。

 

同い年以下→名前呼び捨て

例外→イシ、ナミ

 

 

青羽 翼(あおば つばさ) 3年Cクラス 外野手 右/右

169cm/66kg 10月19日生まれ 221号室

 

得点圏打率が課題の長距離砲。

3年生の自覚や4番に必要なものを考え、自分の打撃スタイルを改めようとしている。

肩は強いが守備範囲と精度が低いのがネック。

後輩に怖がられているのを気にしている。

 

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

洲嵜 真理(すざき まり) 東京出身 1年Bクラス 投手 左/左

164cm/56kg 9月27日生まれ 306号室

茶髪のセミロングで目は茶色

 

東京No.1左腕という肩書きがある投手。

持ち球はスラーブ、パーム、スクリュー。

打撃は苦手だが小技は上手く、脚もそこそこ速い。

制球重視でコースを突いていく技巧派。

神宮とは小学校が同じだった。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

神宮 空(じんぐう そら) 東京出身 1年Dクラス 投手 右/右

156cm/52kg 2月7日生まれ 306号室

茶色に染めたショートで前髪は短め、目は水色

 

明るい性格のサイドスロー投手。

持ち球はスライダー、シュート、カーブ。

コントロールが悪く四死球を連発するが、ピンチの場面には強い。

1年生馬鹿トリオの1人。

洲嵜とは小学校が同じだった。

 

先輩→名前+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

荒波 友海(あらなみ ともみ) 神奈川出身 1年Dクラス 外野手 左/左

155cm/50kg 1月25日生まれ

黒髪ショートでワックスを使っていて、目は青色

 

派手な守備が売りの外野手。

脚の速さと肩の強さも売りだが、三振が多い。

守備時は常にサングラスを付けているが、理由はカッコいいから。

1年生馬鹿トリオの1人。

岡田の事はライバルだと思っている。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

例外→ハマ先輩

 

 

岡田 早紀(おかだ さき) 千葉出身 1年Dクラス 外野手 右/右

152cm/48kg 7月6日生まれ 307号室

黒髪ショートで目は琥珀色

 

元陸上部の名中堅手。

守備と走塁に関してはプロの1軍レベルだが、打撃は小学生レベル。

セーフティは得意だが送りバントは苦手。

選球眼も良くないので、四球での出塁も絶望的。

何とか高校のレベルについていこうと頑張っている。

 

先輩→名前+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

例外→ハマ先輩

 

 

三好 耀(みよし ひかる) 福岡出身 1年Bクラス 遊撃手 右/両

150cm/47kg 6月7日生まれ 307号室

黒髪ポニーテールで茶色のつり目

 

スイッチヒッターの遊撃手。

カット技術と選球眼が売りの嫌らしい打者。

鈴井に憧れて至誠に入学し、普段はクールだが鈴井にだけは感情をむき出しにする。

方言が出るのを恥ずかしいと思っている。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

伊藤 彗(いとう けい) 神奈川出身 1年1組 捕手 右/右

155cm/52kg 4月23日生まれ

黒髪ミディアムヘアで水色のつり目

 

強肩が武器のクールな捕手。

打力は無いが選球眼の良さで出塁率を稼ぐ。

鈴井と監督に憧れており、ずっと至誠に入学したいと思っていた。

頭が良く1年生の中ではツッコミ役のポジション。

石川とは生まれる前からの幼馴染。

 

先輩→苗字+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

 

 

石川 灯(いしかわ あかり) 神奈川出身 1年2組 二塁手 右/左

156cm/50kg 7月10日生まれ

茶色に染めたウルフカットで目は赤色

 

器用さが武器の二塁手。

本職は二塁だが捕手と投手以外はどこでも守れる。

走塁、盗塁技術が高く積極的なプレーをする。

テンションは高いが、馬鹿トリオの仲間では無い。

伊藤とは生まれる前からの幼馴染。

 

先輩→名前+先輩

同い年以下→名前呼び捨て

例外→ハマー先輩

 

 

灰原 麗衣(はいばら れい) 神奈川出身 27歳 捕手 右/右

168/64kg 9月18日生まれ

茶髪のローポニーテールで水色のつり目

 

高い分析力でチームを導く監督。

元プロ野球選手の実力は今も健在。

昨年の反省を生かし、もっと皆の実力を把握しようと決めた。

実はU-18で日本が優勝した時のメンバー。

八神涼香(やがみりょうか)神田朱里(かんだじゅり)とは同い年。

 

生徒→苗字呼び捨て

先生→小林先生

 

 

小林 周子(こばやし しゅうこ) 東京出身 28歳

黒髪ロングで茶色のタレ目

 

学年が上がっても浜矢達の担任。

担当科目は家庭科で、野球には詳しく無い。

夏の大会を通じてもっと野球の事を知らないと思い、猛勉強中。

至誠のOGという訳ではない。

監督の事は年下なのに頼りになると思っているが、同時に放っておけない存在だとも思っている。

 

生徒→苗字+さん付け

監督→灰原監督



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第1球 新入部員

シーズン2の始まりとなります。
浜矢以外の心情も描きたいので、シーズン2からは三人称視点になります。

それと描写に間違いがあり、至誠の全国優勝は10年前ではなく8年前です。
該当箇所を訂正しておきました。


4月7日、この日に入学式を迎える学校は多い。

至誠高校も例に漏れず、この日が入学式であった。

 

「いやー、せんしゅーとクラス一緒でよかった」

「美希ちゃんは離れちゃったからね」

「アイツは理系選んだからな……」

 

高校2年生は文理選択の時期。

至誠では文系は1から4組、理系は5から8組と決まっている。

鈴井は理系、浜矢と千秋は文系を選んだ為、この3人が同じクラスになる事はない。

 

 

「まぁ、今はそれより新入部員が気になるけど」

「確かスカウトは5人だって言ってたよね」

 

昨年の実績により、至誠は再び強豪校と呼ばれるようになった。

その結果1学年におけるスカウトの制限人数が増え、今年はその上限の5人が入学する。

 

「みなさんおはようございます、このクラスの担任を受け持ちます小林です」

 

教室の扉を開け、このクラスを1年間纏める担任が入ってきた。

浜矢達にとっては見慣れた顔だ。

 

「……絶対野球部でまとめられたよな」

「その方が楽なのは分かるけどね」

 

他の教師に話を聞くよりも、実際に自分で見た方が生徒がどんな生活をしているのかが分かりやすい。

このクラス分けにはそんな意図が透けて見えていた。

 

 

 

始業式と軽い自己紹介を済ませ、放課後の時間。

部活に行く者や寄り道をしようと楽しげに話している者、真っ直ぐ帰る者などに分かれていた。

 

「せんしゅー! 早く行こ!」

「待って伊吹ちゃん、すぐ行くね」

 

この2人は部活に向かう者だ。

荷物をまとめ、見慣れない廊下を歩き慣れ親しんだグラウンドに向かう。

グラウンドに着くと既に何人かの姿が見えた。

 

「おはよーございます!」

「おはようございます」

「おはよ」

 

鈴井と灰原監督が浜矢達を出迎える。

浜矢達に続くように、新3年生の4人がやってくる。

 

「新入部員ってまだですか?」

「新入生は色々話す事あるからな……もう少し待とう」

 

監督がそう言うと、部員は一旦は落ち着きを見せたものの、すぐさまソワソワした雰囲気に包まれる。

その様子を見て苦笑いをする監督と小林先生。

 

 

「あっ、来たんじゃないか?」

 

監督の声に全員が反応しその指が示す方を見る。

向かってくるのは5人、スカウトした新入部員の数も5人だ。

 

「遅れてすみません!」

「私達が早く来すぎただけだから、気にしないで」

 

茶髪をワックスでセットしている少女が、勢いよく頭を下げる。

それに対し優しい表情で気遣う、キャプテンである金堂。

 

「よし来たな、じゃあ洲嵜から自己紹介!」

「はい」

 

洲嵜と呼ばれた、肩までの茶髪が綺麗な少女が前に出る。

 

洲嵜真理(すざきまり)、ポジションは投手です。これからよろしくお願いします」

 

大人びた雰囲気を纏いながら、落ち着いた喋りで自己紹介を済ませる洲嵜。

大物を予感させるそのオーラに、先輩となるメンバーは喜びを隠しきれていなかった。

 

「す、洲嵜さん……!? あの東京No.1左腕の……!!」

「そんな凄い選手なのか? てか県外まで把握してるんだな……」

「県外といっても関東だけなんだけどね」

 

特に千秋は興奮を抑えきれないと言った感じで、洲嵜の手や筋肉のつき具合を見る。

彼女のその反応からも、洲嵜の実力が窺える。

 

 

神宮空(じんぐうそら)です、同じく投手です! 精一杯頑張ります!」

 

(投手2人目かよ……)

 

周囲が祝福ムードのなか、浜矢は危機感を覚えていた。

自分の出番が減るのではないか、そんな焦燥感を感じていた。

 

荒波友海(あらなみともみ)、外野手です! 守備と脚なら誰にも負けません、よろしくお願いします!」

「言ったなー!? 私は負けないからね!」

 

荒波の言葉に、同じように守備と走塁が武器の菊池が反応した。

 

岡田早紀(おかださき)、同じく外野です! 私も守備と脚には自信があるので、荒波には負けません!」

「なっ、ライバルか!?」

 

まさかの同級生のライバルの存在に、慌てふためく荒波。

その様子を見ながら、少し呆れた表情で前に出るポニーテールの少女。

 

 

三好耀(みよしひかる)、ショートです……よろしくお願いします」

 

(美希ちゃんと似た雰囲気の子だね)

 

千秋は新入部員の中で、誰が誰に似ているか、誰と誰が仲良く慣れそうかを考えていた。

優れた観察眼を持つ千秋だからこそ分かる事だ。

 

(相性は悪くなさそうかな?)

 

不仲になりうる組み合わせはいないと判断された。

 

 

「全員が仲間で、全員がライバルだ! 年齢なんて関係ない、レギュラーを奪い取るつもりでやってくれよ!」

『ハイッ!』

 

監督の激励に、新入部員は呼応する。

その言葉を聞き先輩の中にも、やる気が出てきた者もいる。

 

 

「じゃあさっそくだけど、実力チェックといくか! 特に守備が得意って言った2人! 良い方がセンターだ!」

「ホントですか!? 負けないぞ〜!」

「私がセンターになるんだ……!」

 

発破をかけられ燃え上がる荒波と岡田。

このテストで、守備力が優れていると判断された方がセンターのレギュラーを掴み取る。

 

「じゃあいくぞ、捕ったらすぐバックホームな!」

「はーい!」

「しゃあこーい!」

 

(あの2人なら、ちょっと難しくても平気だろ)

 

監督は2人の試合を観たことがある。

つまり守備範囲を把握しているということ、ならばその範囲ギリギリを狙って打とうと考えている。

 

 

「1球目! 岡田!」

 

木製バットが乾いた音を響かせ、センターに鋭い打球が飛ぶ。

定位置を考えれば、普通のセンターであればワンバウンドで捕る打球。

しかし、監督に実力を見出された岡田はノーバウンドで捕球。

すぐさまホームへと返球するが、その送球も素晴らしい。

 

「ナイスー!」

「イージーイージー!」

 

その言葉に偽りは無かった。

前のめりになる事もなく簡単そうに打球を掴み、ホームへの鋭く正確な返球。

その動きは、まだ上の実力を秘めているようにも見えた。

 

 

「次は荒波いくぞー!」

「はい!」

 

(正直かなり上手いけど、負けてられない!)

 

先ほどの華麗な守備を見て奮起する荒波。

守備位置から大きく左に逸れた打球に追いつき、バックホーム。

岡田には劣るが、レーザービームと呼ばれるような送球だ。

 

「オッケー! 2人とも良いよ!」

 

(やっぱり守備は岡田だな。けど打撃は荒波か……)

 

守備、走塁に関して言えば岡田の方が上だ。

なら何故荒波を獲ったのか、理由は打撃だ。

 

 

 

「岡田打撃ヤバくない?」

「いや〜……実は野球始めたのって中2からなんですよね、だから全然打てません!」

 

マシン打撃を始めていた岡田は、ボールを全く前に飛ばせていなかった。

 

「元は何やってたの?」

「陸上やってました! けど中学の時の陸部があんまり雰囲気良くなくて……それで辞めた後野球部にスカウトされたんでやりました!」

 

彼女は地元である千葉の中では有名な陸上選手だった。

しかし中学の陸上部は、お世辞にもやる気があるとは言えなかった。

その雰囲気に慣れる事はできず、部を辞めてすぐに野球部に勧誘され、野球選手としての道を辿る事になった。

 

 

「陸上はもういいの?」

「未練が無いって言ったら嘘になりますけど……でも野球もめっちゃ楽しいんで!」

 

満面の笑みでそう言い切った岡田。

彼女は楽しい事は進んでやるタイプで、彼女からすれば野球はまさに楽しい事。

陸上への未練はありつつも、これからは野球選手として過ごしていく事を決めた。

 

「そういや皆なんで至誠を選んでくれたの? 近くに蒼海大とかあるのに……」

 

浜矢の純粋な疑問である。

近くには設備も整っており、強さも申し分ない蒼海大相模がある。

実力を伸ばしたいのであればそちらに行った方が良い。

 

 

「だって至誠って校則緩いじゃないっすか!」

「同じく〜」

「私も同じです!」

 

荒波の言葉に岡田と神宮が賛同する。

確かにその言葉通り、この3人は高校生らしからぬ髪型や髪色をしている。

 

「なるほどね……他の2人は?」

「私は鈴井先輩と一緒にプレーしたくて……」

「へえ! 鈴井よかったじゃん!」

 

三好にファン宣言をされ、少し恥ずかしそうな表情を浮かべる鈴井。

だが悪い気はしていなかった。

 

「鈴井先輩はまず守備が良いですよね、あの華麗さと俊敏さを兼ね備えた動き! まさに守備職人といったところです。それに打撃や走塁の動きも素晴らしく……」

「ちょっとストップ! 落ち着こう……」

 

(ここまでのファンだと、私のこと神格化しそうだな)

 

三好のマシンガントークに鈴井は思わずストップをかけた。

語り方や着眼点から、鈴井には三好が自分を神格化しているファンにしか見えなかった。

 

(そこまで言われるような人間じゃないのに)

 

嬉しさもあるが、それはそれとして落ち着かない。

彼女は自分の事を神か何かだと思っているのでは無いか、そう感じ取っていたからだ。

 

 

「す、洲嵜は?」

「……祥雲と、神田さんと戦いたいからです」

「えっ?」

 

洲嵜の言葉に浜矢は驚愕した。

 

「く、詳しく聞かせてもらってもいい?」

 

(アイツのことが少しでも知りたい)

 

浜矢からすれば神田は倒すべき存在だ。

ならば少しでも相手の情報を知っておいた方が良い、そう思っている。

 

「……あの人は、昔は優しい人でした。同じ左腕としてアドバイスをくれたり、野球以外の相談にも乗ってくれて……」

 

(信じられないけど、監督の言ってた事と同じだ)

 

監督は以前、神田は昔は良い子だったと言った。

それと似た話をする洲嵜を見て、あの話は事実であったと知る。

 

 

「でも、中学2年の夏頃から様子がおかしくなったんです」

「……周りを見下すように?」

「もしかして浜矢先輩もですか?」

「ああ……アイツにバカにされたよ」

 

その言葉を聞き、洲嵜は少し苦い表情をする。

現在も自分の知っていた神田では無い、そう確信してしまったから。

 

「けど中学2年か……その時期に何かあったのか」

「恐らく……けど理由は分かりません」

「その理由を知るんだったら、祥雲に入った方がよかったんじゃないのか?」

 

浜矢のいう事はもっともである。

神田の過去を知りたいのであれば、同じ高校に通った方が良い。

 

「それじゃダメなんです、私は神田さんに勝ちたいんです」

「……! 私も、同じだよ」

 

(洲嵜には悪いけど、あまり協力は出来ないかな)

 

神田を倒すのは自分だ、そう考えていた浜矢にとって洲嵜はライバルだ。

洲嵜が神田に勝ってしまった場合、自分はずっと鬱憤を晴らせないまま。

 

 

「至誠なら全国に出られると思っているので、ここを選びました」

「なるほどね……」

 

(だったら蒼海大とかでもよかったんじゃ……)

 

蒼海大も神奈川屈指の強豪校だ。

毎年のように決勝まで進み、ここ何年かは連続で全国出場も果たしていた。

蒼海大に入学しても、全国出場は果たせただろう。

 

「それに、育成プランまで考えてくれたのは至誠だけですから」

「そんな事まで考えてんだ……」

 

スカウト時に、3年間の育成プランを提示したのは監督だけ。

その情熱を感じて洲嵜は至誠への入学を決めた。

 

 

 

「……空?」

「へっ? な、何ですか?」

「様子がおかしいけど大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

 

洲嵜の話を聞いてるうちに表情が暗くなっていく神宮を、鈴井は見逃さなかった。

今も誤魔化したが、大丈夫ではないのは明白だった。

 

(誰しも言いたくないことはあるよね)

 

捕手をやっていた過去を隠していた鈴井だからこそ、神宮の気持ちも理解できた。

無理に聞き出すことはせずに、この場はやり過ごした。

 

 

 

「美月ちゃん」

「なぁに?」

「空だけど、もしかしたら真理と何かあるかも」

「そっか……分かったよ、ありがどうね」

 

鈴井は、参謀であり口が固い千秋にのみ告げる事にした。

 

(真理ちゃんと空ちゃんか……気をつけて見てよう)

 

チームの不和を人一倍恐れている千秋は、当事者2人を見守る事を決意する。

洲嵜と神宮の間に一体何があるのか、それを突き止めようとしていた。



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第2球 親友

至誠高校の寮は、2年生までは相部屋だ。

先輩後輩で1部屋ではなく、同級生との相部屋なので緊張感は少ない。

 

通常高校生2人が同じ部屋となれば、様々な話に花を咲かせるもの。

しかしここ306号室は静寂に包まれている。

 

「……空」

「な、なに……?」

 

この空気に耐えられず、声を出したのは洲嵜。

神宮はそれに対し気まずさを前面に押し出していた。

 

「話があるんだけど、いい?」

「……いいよ」

 

(私も真理に言いたいことはある。けど怖いな……)

 

洲嵜は意を決して次の言葉を口にする。

 

 

「私のこと、避けてるよね?」

「っ! それは……」

 

その反応は、洲嵜の言ったことが事実であると肯定するようなもの。

しかし神宮はこれ以上口を開くことはなかった。

 

「お願いだから教えて、なんで私を避けてるのか」

 

ライバルでしょ、そう言った次の瞬間神宮が叫ぶ。

 

「ライバルじゃないよっ!! だって、真理は神田さんと戦いたいんでしょ? 私の事なんか眼中にないんでしょ……!?」

「待って空、そんなの誰が言ったの?」

「見てれば分かるよ! 私からエースの座を奪ったと思ったら、すぐ神田さんって……!」

 

(そっか、空はそれをずっと気にしてたんだ)

 

この2人は小学校からの幼馴染だ。

一緒に野球を始め、ポジションも同じ投手。

しかし当然エースになれるのは1人だけ。

 

 

エースの座を掴んだのは、洲嵜だった。

 

「エースになったと思ったらすぐ神田さんに出会って、それからはずっと神田さんに憧れてて……! 私の事なんて、最初からどうでもよかったんじゃん!」

「……それは違う」

 

神宮は、自分が見捨てられたと思っていた。

しかしそれは勘違いであった。

 

「覚えてる? 空が私の投球を見てカッコいいって言ったの……だから私はもっと良い投球が出来るようになりたかったの」

 

洲嵜の問いかけに神宮は答えなかった。

しかしハッキリとその言葉を言った日を思い出していた。

 

 

「空のことを忘れた日はなかった、中学が一緒じゃなかったのだって寂しかった」

「……真理」

「また、一緒にプレーできて嬉しいよ」

 

洲嵜が微笑んでそう言うと、神宮は泣き出してしまった。

ずっと届かないと思っていた彼女が、自分を大事に思ってくれていた。

共にプレーできる事を喜んでくれている、それがどうしようもなく嬉しかったんだ。

 

 

「嫉妬し損じゃん……」

「嫉妬しててくれたの? ありがとう」

「そこはお礼言うところじゃないってぇ〜!」

 

(真理が離れたと思ってたのに、本当は私の方から離れてたんだな)

 

「……私も、真理とまた一緒で嬉しい」

「一緒に至誠の投手陣を支えよう」

「うん!」

 

2人は固い握手を交わした。

3年ぶりに触れた相手の手は、思ったよりも大きいと2人は感じる。

再びこの2人で活躍できる、そう考えた2人には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

入学式翌日の放課後、浜矢と千秋はグラウンドへ向かう。

 

「ん? なんか知らない顔がいるんだけど」

「一般入部の子かも!」

「マジか!? やった!」

 

(もしかしてあの2人は……!)

 

千秋はグラウンドに立つ2人組に見覚えがあった。

高揚感を必死に抑えながら現場へ向かうのだった。

 

 

「浜矢、千秋! 新入部員だぞ」

「やっぱり! 自己紹介お願いしてもいい? あっ、私は浜矢伊吹!」

「私は千秋美月です」

 

浜矢と千秋が名乗るとその2人組の片方は笑顔で、もう片方は澄ました表情で自己紹介を始める。

 

「セカンドの石川灯っす! よろしくお願いしまーす!」

「伊藤彗、キャッチャーです。先輩、これからよろしくお願いします」

 

守備の要のセンターラインを守る2人が入部した。

チームとしてはこれ以上ない補強だろう。

名前を聞いた途端、千秋が興奮で震えながら話し出す。

 

 

「ユーティリティー性が売りの石川さんに強肩が武器の伊藤さん! まさかここに来てくれるなんて……!」

「まぁ千秋なら知ってると思ってたよ……」

 

(けど、まさか本当に調べていたとはな……少し侮ってたな)

 

監督からすれば、この2人はいわば隠し球。

その存在すらも調べられていた事に少しの恐怖を覚える。

 

「スカウト……ではないですよね?」

「声だけは掛けといたぞ、体育科ではないけど」

「そういうのもアリなんですね……」

 

体育科はスポーツ推薦で入学した生徒しか入れない。

その為この2人は普通科だが、実質的にはスカウトしたのと同義。

 

 

「2人は仲良いの?」

「生まれる前からの幼馴染です!」

 

浜矢にそう聞かれると、石川は笑顔のまま答える。

 

「どういう意味?」

「親同士が仲良くて、家も隣なんですよ! だから生まれる前からずーっと一緒にいるんです!」

「へー……すごいな」

 

幼馴染という存在に馴染みのない浜矢は、長年も同じ人間と仲が良いのが想像できなかった。

 

「2人とも至誠を選んでくれてありがとうね! これから一緒に全国目指して頑張ろう!」

「はいっ!」

「はい」

 

(……なんか監督みたいな発言してるな)

 

浜矢は口にはしなかったが、心の中ではツッコんでいた。

事実千秋は昨年の大会を終えてから監督と共にスカウト候補のリストアップをしており、ただのマネージャーという立場ではなくなっていた。

 

 

「さっそく実力を見てもいいかな? 特に石川さんはほとんどのポジションを守れるし……」

「はいっ! それと呼び捨てでいいっすよ! ハマー先輩も!」

「お、おう」

 

(ハマー先輩……? 距離詰めるの早いな)

 

しかし悪い気はせず、その呼び方を受けいれる。

そして石川と伊藤の守備と打撃の実力チェックが始まった。

 

「じゃあノックからいくよー!」

「はーい!」

 

千秋はノックバットを持ち、記憶している石川の守備範囲を思い出しながら緩い打球を打つ。

前後左右に揺さぶりをかけじっくりと実力を見極めていく。

 

「他のポジションもやってもらっていい?」

「了解でーす!」

 

ショート、サード、センター……バッテリー以外の全ポジションの守備力を把握する為にノックを続ける。

 

(やっぱりセカンドが1番かな……でも他のポジションも上手いし、起用するなら代打か代走からの守備固めかな? スタメン併用でも良いかも)

 

既に起用法を考える千秋の目は、指揮官そのものだった。

 

 

「じゃあ次は彗ちゃん! 伊吹ちゃんマウンドに立って、灯ちゃんと……耀ちゃんが二遊間ね!」

「はい」

 

(いきなり肩と送球を見るのか……気合入れてこう)

 

伊藤はキャッチャー前に転がされたボールを捕球し、素早く二塁へ転送する。

そのボールの弾道は低く、投手が屈まなければ避けられないほどだ。

 

「ナイスー! やっぱ彗の肩強いな!」

「ありがと」

 

(肩が強いのは勿論だけど、送球の精度と捕ってからの速さも良い……! 控えにしておくのはもったいないなぁ)

 

打撃も守備も全国クラスの鈴井が正捕手の座を掴むのは確定だが、伊藤も他校では正捕手になれるレベルだと千秋は確信していた。

今の一瞬で肩だけではなく、送球までの動作や体の使い方まで見ていたのだ。

 

 

「2人とも守備上手いね! 打撃も見せてもらってもいいかな?」

「りょーかいです!」

「分かりました」

 

(灯ちゃんは元気だね、彗ちゃんも落ち着いてるけどコミュニケーション能力に問題は無さそうかな)

 

新入部員がチームの雰囲気に馴染めそうか否かまでチェックする千秋。

その様子を見て察した鈴井が苦笑いをしているのには、彼女は気付かなかった。

 

 

 

「打撃はあんまりだな……」

「2人ともそこがネックなんだよねぇ」

 

打撃練習を観察する浜矢と千秋。

2人の言葉通り、伊藤と石川は打撃が弱点だ。

 

「灯ちゃんは内角が苦手、彗ちゃんは外角が苦手なんだよね」

「フォームが崩れてる感じあるな」

「けど、あれくらいなら直せると思う!」

 

(2人ともポテンシャルは高いから、ちゃんと指導すればかなり打てそうな気はするかな)

 

千秋も既に3年間の育成プランを立てていた。

自身は2年しか一緒にいられないが、最後の1年は監督に託そうと考えている。

 

 

「そういえば2人とも、どうして至誠に来てくれたの?」

 

打撃練習を終えた2人に、ドリンクとタオルを渡しながら千秋が尋ねる。

その言葉に2人は息を整えてから答える。

 

「私は監督と鈴井先輩が憧れだったので……お二人に指導をしていただきたく入学しました」

「私は彗と一緒ならどこでも良かったんで!」

 

(また鈴井目当てのが来たのか……いつからこんな人気になったんだ?)

 

三好に続き2人目の鈴井のファン。

思い当たるのは昨年の大会くらいだが、ここまでの人気が出るとは浜矢には思えなかった。

 

「ちなみに鈴井のどこが好きなの?」

「1番は守備の動きですね、あの無駄のない動きと判断力、それにあの送球精度の高さは憧れです」

「なるほど……」

 

(私も鈴井の守備は綺麗だと思うから、そんな感じなのかな)

 

 

そして石川はというと、その話を少しつまらなそうに聞いている。

 

「灯ちゃん?」

「聞いてくださいよ! 至誠に入学が決まってからずっと鈴井先輩と監督の話するんですよ! 私というものがありながら!!」

「それはごめん、でも1番好きなのは灯だから安心して」

「……なら許す!」

 

(我が幼馴染ながら、ちょっと心配だな……)

 

石川の単純さに不安を隠しきれない伊藤。

その場にいた千秋や浜矢ですらも似たようなことを考えていた。

 

「結構部員増えたな〜……14人?」

「去年から一気に増えたね、それに灯ちゃんが居るから疲労の心配も無いし」

 

ユーティリティープレイヤーである石川が居ることにより、疲れの溜まっている選手を休ませることが出来る。

石川がカバー出来ない投手は洲嵜と神宮が、捕手は伊藤がいる。

 

 

(これなら今年も全国はいけるかも……投手次第だけど)

 

高揚した気持ちを抱えながらも、多少の不安は持っている千秋。

絶対的エースであった中上の卒業により、今の至誠にはポテンシャルは十分だが荒削りな浜矢、実力はあるがスタミナに不安のある洲嵜、球威は抜群だが制球面が課題の神宮しかいない。

 

「美希ちゃんが鍵かなぁ……」

「呼んだ?」

「わっ、聞いてた?」

「うん」

 

小声で呟いた言葉を当事者に聞かれてしまい、少し赤面する千秋。

 

「今の投手陣ってみんな一長一短って感じだから、美希ちゃんのリード次第かなって思って」

「やっぱり中上先輩の穴は大きいよね……頑張ってみるよ」

「ごめんね? こんなに負担かけちゃって」

 

千秋が謝ると、鈴井は気にしなくて良いと言った。

 

「自分の実力が試されてるみたいで楽しみだし」

「美希ちゃん……やっぱり美希ちゃんは頼もしいね!」

 

 

笑みを浮かべながらそう言う鈴井の顔を見て、自分の不安は杞憂だったと知る千秋。

早速投手陣の育成プランについて話し合う2人を、浜矢は苦笑いをしながら見ていた。

 

(これはこれは……かなり厳しい練習させられそうだな)

 

そう思う浜矢の表情にも楽しさが滲み出ていた。

鈴井と千秋を見て、浜矢の心にも火がついたのだ。



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第3球 4番の自覚

「つーばーさ! 部活いこー!」

「……声デカい」

 

放課後の始まりに、山田の大きな声が響き渡る。

クラスメイトは既に慣れているので、その声に驚く事はあっても目線を送る事はなかった。

 

「悠河は……居ないんだったな」

「悠河も風邪引くんだね」

「バカは風邪引かないってやつか……沙也加も気をつけろよ」

 

部屋分けは山田と菊池が220号室、青羽と金堂が221号室だ。

同じ部屋である山田が1番風邪を警戒した方がいいのは明らかだ。

 

 

「聞きたいことがあんだけどさ」

「なにー?」

 

青羽が少し言いにくそうに話し出すが、山田は普段通りの反応を返す。

 

「沙也加は、4番になりたい?」

「……なれたら良いと思うって感じかな」

 

一瞬間を開けてから、少し寂しさと悔しさの混じった表情で言う。

その表情を見た青羽は聞いてはいけないことを聞いたか、と内心焦った。

 

「私じゃ柳谷先輩みたいにはなれないから」

「……別に、あの人の真似をしなくてもいいだろ」

 

(あの人は確かに凄いけど、自分の打撃スタイルがある……)

 

それを曲げて4番になるつもりは、青羽にはない。

自分のスタイルを貫き通して4番を掴み取ろうとしている。

 

 

「なら私が4番取るけど」

「……平気?」

 

(コイツ……どういう意図で言ってるのか分からないんだよな)

 

「別にあの人と全く同じ成績を残す必要なんてないだろ」

「そうだけどさ、やっぱり比べられたりとか……」

 

普段後輩の前では見せない不安そうな表情。

そんな表情を、同じ4番候補の立場である青羽には見せる。

 

「そんな事気にしてんのかよ」

「いやーだって柳谷先輩が凄すぎたからさ」

 

(柳谷先輩は私達の憧れだったから……)

 

柳谷は神奈川の球女で知らない人は居ないというレベルの有名人だ。

当然、その事を知った2人も尊敬の念を抱いていた。

 

 

「じゃあ沙也加は私が4番になっても良いのか?」

「正直それでも良いかな……自由に振りたいし」

 

山田の打撃スタイルはどんな時でもフルスイング。

ランナーの状況や脚などを考慮して、ケースバッティングも出来た柳谷とは正反対のスタイル。

 

「けど、翼も4番出来るの? 私と同じで確実性は無いじゃん」

「だからこれから鍛えるんだよ、今までの自分を変えるんだ」

 

長打狙いのスタイルは変えずとも、打席での臨み方は変えられる。

自分らしさを残したまま至誠に相応しい4番になろうと決意していた。

 

「私が4番を打つ、それで決めきれなかったら沙也加が決めろ」

「……そうだね、2人並んでたらピッチャービビるよね!」

 

全国でもトップクラスの長打力を誇る2人。

仮に4番と5番に並んでいたら、相手からしたらたまったものではないだろう。

 

「そうなると3番は神奈かな?」

「……凄い嫌な打線だな」

 

近い内に実現するその打順を思い浮かべ、苦笑いをする青羽と山田。

2人の目にはもう迷いは無かった。

 

 

 

放課後、真っ先に浜矢に駆け寄る2人。

 

「てわけで伊吹! 相手頼むよ!」

「すみません、今から筋トレするんで洲嵜に頼んでください」

「じゃあしょうがないか、真理ー!!」

 

浜矢がダメと分かると、すぐ洲嵜に声を掛ける山田。

その声に反応しボールを持ちながら向かってくる洲嵜。

 

「何ですか?」

「フリー打撃手伝って欲しいんだ」

「私でよければお受けします」

 

洲嵜がマウンドに上がり、相方である伊藤が構える。何球か投球練習をした後山田を呼ぶ。

 

 

「本気で来てよ!」

「それは勿論です」

 

(山田先輩はインハイとアウトローが得意……インローにストレートよろしく)

(了解、しっかり投げるよ)

 

技巧派で制球重視の洲嵜であるからこそのリード。

伊藤の意図を読み取り、しっかりとか内角低めにストレートを投げ込む。

 

「いい球だね〜」

 

見逃したが伊藤がストライクを宣告する。

山田の言う通り、構えた場所にズバッと決まる良いストレートだ。

 

 

(次はスクリューにするか?)

 

スクリューのサインに首を振る。

次にパームのサインを出すと頷いた。

 

(何がくるかな……スラーブ?)

 

山田は外角のスラーブにヤマを張る。

しかしそのヤマは外れ、ストライクからボールになるパームに空振りさせられる。

 

「沙也加打てよ?」

「大丈夫! ツーストライクからが本番だって!」

 

実質2ストライクからの山田は、三振も多いが長打を打つことが多い。

追い込まれてから本領を発揮できるタイプだ。

 

(だからこそ4番は向いてないんだけど……追い込まれると相手を勢いづけちゃうし)

 

 

洲嵜と伊藤が選んだ次の球はパームだった。

振る直前までバットを出したが、ギリギリの所でバットを止めた。

 

「ひ、耀ー! どっちだと思う?」

 

ベンチの前で素振りをしていた三好に判断を求める山田。

一瞬悩んだ後、セーフのジェスチャーをした。

 

「よしよし、簡単に三振はしないぞ!」

「その割には振りそうだったけどな」

 

息を吐いて凛とした顔でマウンド上を睨みつける。

その表情に洲嵜は威圧感を感じながらも、動揺は見せなかった。

 

 

(最後はストレートいくよ)

(分かった)

 

インハイに構えた伊藤のミットをノビのあるストレートが襲う。

山田はそれに狙いを定めてフルスイングをするが、そのバットから快音が響くことは無かった。

 

「くっそー! いいストレートだったよ!」

「ありがとうございます」

 

(伊吹程では無いがノビは感じた……あまり威力は無さそうだったな)

 

次に打席に入る青羽は、洲嵜の球質や球筋をじっくりと見ていた。

青羽は相手を打ち崩すイメージを持ってバッターボックスに足を踏み入れる。

 

 

「さあこい」

「では遠慮なくいかせて貰いますね」

 

(この人も長打力があって内角が得意だ、慎重に攻めよう)

(オッケー、彗に従うよ)

 

サインに頷きグラブの中のボールを見つめる。

慣れた手つきでお目当ての球種の握りをし、ゆっくりと振りかぶって初球を投げた。

 

「っ、本当にいい球を投げるな」

「ですよね、受けてる方も楽しいです」

 

1球目はスクリューで空振り。

手元でグッと曲がりながら落ちるスクリューには手も足も出ないといった様子だ。

 

(これで1年か……よくこんな選手がウチに来たな)

 

実際洲嵜の元には十何校もの野球名門校からの誘いが来ていた。

それでも至誠を選んだのは、神田に対する失望や期待、理由を暴きたかったからに過ぎない。

 

 

ファールやボールを挟みつつ、並行カウントとなり迎えた6球目。

選ばれた決め球は、洲嵜が得意としているパームボール。

真ん中からボール球になるその球はそう簡単には打たれない。

 

だがグラウンドには金属の甲高い音が響き渡り、白球は外野フェンスの手前まで飛んでいった。

 

「……これはヒットでいいだろ?」

「はい、完敗です」

 

低めの球を上手く掬いレフトオーバーのヒットとなった。

完璧な制球を意識した洲嵜の技術を、青羽の技術とパワーが上回った。

 

(やはり球に威力は無いな……当てられたら飛ぶタイプか)

 

逆に言えば躱す投球を得意とするタイプだ。

当てられさえしなければヒットになる心配もない、そんな投球スタイルで洲嵜は東京No.1左腕の称号を手にしたのだ。

 

「いきなりごめんね、楽しかったよ!」

「本当にいきなりだったからな……ありがと」

「いえ、こちらこそ反省点も見つけられましたし勉強になりました」

 

深くお辞儀をする洲嵜と伊藤の2人。

育ちの良さが出ていると山田と青羽は感じた。

 

 

 

 

「伊吹ちゃんもあれくらい投げられないとね」

「じんぐーもいるし、負けられないな」

 

グラウンドの外で筋トレをしていた浜矢と鈴井が、洲嵜達の対決を見て感想を話し合っていた。

 

「けど私も秋冬で結構良くなったっしょ? 球速も上がったしコントロールも前よりかは効くようになったし」

「それでもまだノーコンだけどね、まぁやっと人並み程度にはなったかな」

 

鈴井が浜矢に対して人並み、と言ったのはこれが初めてだ。

つまりかなりの高評価であるが、浜矢も当然それを分かっている。

 

(相変わらず素直じゃないな……まぁその分褒められた時が嬉しいんだけど)

 

だから浜矢も積極的に褒められようとはしない。

その意図を鈴井が知る由は無かった。

 

 

 

 

 

一方その頃、会議室で監督と千秋が今後の予定について話し合っていた。

 

「この時期はやっぱり練習試合を組みますか?」

「だな、合宿前に実力は把握しておきたいし」

「なら良い方法があるんですけど……」



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第4球 実力チェック

「今日はダブルヘッダーだからね! みんな気合い入れていこう!」

『オーッ!!』

 

ベンチの前で円陣を組み、千秋の声出しに応じて叫ぶ至誠ナイン。

本日の試合は午前1試合、午後1試合のダブルヘッダーだ。

 

「1試合目は1年メインで、2試合目は出てないメンバーを出すぞ! 連続で出るメンバーもいるがアピールのチャンスだと思え!」

「だからダブルヘッダーなんですね」

「ああ、全員の実力を1日で見られる良い方法だろ?」

 

千秋が考えてくれたんだ、そう監督が言うと千秋に向けて拍手が起こった。

照れ臭そうな表情でその拍手を受け止める千秋。

 

 

「じゃあまずは1試合目のスタメンを発表します!」

 

千秋から告げられた1試合目のスタメン。

 

1番 荒波友海(左)

2番 三好耀(遊)

3番 金堂神奈(一)

4番 山田沙也加(三)

5番 青羽翼(左)

6番 石川灯(二)

7番 岡田早紀(中)

8番 伊藤彗(捕)

9番 洲嵜真理(投)

 

宣言通り神宮以外の1年生がスタメンとなった。

その神宮もリリーフ登板の予定なので、1年生は全員出場ということになる。

 

 

「クリーンナップは先輩達なんですね」

「まぁ折角なら勝ちたいしな」

 

それに加え、山田と金堂以外にファーストとサードを守れるのは石川しかいない。

石川を本職で採用する以上、この2人が2試合連続で出場するのはやむを得ない事だった。

 

「1年だからって遠慮するなよ、暴れてこい!」

「はいっ! 打つぞー!」

 

1番に入る荒波の打席から試合が始まる。

 

(球種はスライダーとスプリット……追い込まれるまでは変化球は捨てよう)

 

その狙いは的中し、2球目のストレートを弾き返して高校初打席でヒットを放った。

 

 

「ナイバッチ!」

「あざっす!」

 

(盗塁のサインは出るかな?)

(三好の実力も見たいし、1打席目は盗塁はなしで)

(はーい……)

 

荒波の長所はその俊足だ。

しかし三好が集中してバッティングに臨めるよう、この場面は盗塁はさせないとの指示を出す。

 

(三好は粘って四球狙いで)

 

ヘルメットを触って了解の合図を出し、投手と向き合う三好。

彼女は類稀な選球眼とカット技術を持ち、中学時代に多くの四球を選んできた。

監督もそこを評価して至誠にスカウトをした。

 

 

そしてその評価通り際どいコースはどんな球でもカットし、少しでも外れれば見逃して四球で出塁。

 

「ナイセン」

 

一塁上でグータッチを交わす菊池と三好。

三好はさも当然のように涼しい顔をしている。

 

「初回から点取るぞ、クリーンナップ頼んだ!」

「はい」

 

金堂が足元をならしてからバットを構える。

 

 

(友海の脚なら単打でも帰って来れそうだけど、狙うのは打球判断が簡単な……レフト線!)

 

狙いを研ぎ澄ませ振り抜いたバットは、白球を強く叩いてレフト線を破るヒットを生んだ。

 

「回れ回れ!」

「耀はストップ!」

 

ベンチからの声で荒波は三塁を蹴りホームイン。

三塁コーチャーの浜矢の指示で三好はストップ。

1点を取り、さらに一・三塁の状況だ。

 

 

 

その後も山田のタイムリーで1点を追加し、2点リードで1回裏の守備を迎える。

 

「緊張してる?」

「別に普通かな」

「なら良かった、思い切り投げてきて」

 

マウンド上でグラブタッチをし、バッテリーは投球練習を始める。

 

(今日はスラーブあんまり良くないな……スクリューは良さそうだしそっちメインで組み立てるか)

 

今日の洲嵜はスラーブの曲がりは悪いが、スクリューはキレのある良い球を投げていた。

伊藤はそれを踏まえて配球を組み立てようと判断する。

 

 

「どれくらい出来るか楽しみだな」

「私としては嫌ですよ……同じチームにライバルとか」

 

洲嵜の投球を楽しみにしている監督と、不安を覚えている浜矢。

それもそのはず、浜矢からすれば自身が狙っているエースの座を奪われるかも知れないのだから。

 

(私が洲嵜より良い投球すればいいだけなんだけど、アイツ中学から凄い奴だしなぁ)

 

そもそも持っているものが違う、そう思い込んで自信を失っている様子だ。

そんな浜矢を尻目に守備は始まってしまう。

 

 

(内角にストレート、コントロールミスるなよ)

(分かってるよ)

 

インを突くストレートは、正確な軌道を描きミットに収まった。

洲嵜が一番得意としている内角へのコントロール、それをこの一球で見せつけた。

 

その後もパームとスクリューで三球三振。

2番、3番も完璧に打ち取っていき、初登板の1年生が圧倒的な実力を見せつけた。

 

 

 

2回表の攻撃は岡田から。

当てること重視な彼女は、バットを短く持っている。

 

(私のパワーじゃ飛ばせても内野まで……だけどこれがある!)

 

投球モーションに入ってからバントの構えを見せる、セーフティーだ。

三塁線に転がった打球を三塁手が掴んだ時には、岡田は既に一塁付近まで走っていた。

 

「脚はやっ……」

「さすが元陸上部って感じだね、トップスピードに乗るまでが速い」

 

鈴井の分析通り、岡田は陸上選手の中でもトップスピードに乗るまでにかかる時間が短い。

だからこそ陸上界でその名を輝かせたのだ。

 

 

「彗ちゃんはどうしましょうか」

「初めての打席だし打たせるぞ」

 

監督はヒッティングのサインを出し、伊藤は頷く。

三好と似て選球眼が良い選手である伊藤、この打席もその持ち味を生かし好球必打で出塁。

 

(洲嵜はバントだな)

 

バントのサインを出し、そのサイン通り洲嵜はきっちり送りバントを決める。

 

「洲嵜って打撃はどうなの?」

 

先程の打席を見て疑問を抱いた浜矢が鈴井に尋ねる。

 

「エースってセンスのある人がやるから打力もあるパターンが多いんだけど、真理は正直打撃センスはないかな」

「ふーん……そういや中上さんも打撃良かったな」

 

(脚があって小技も上手いのに、ちょっと勿体無いかな)

 

恐らく鍛えれば覚醒する素材なだけに、今まで打撃を磨いてこなかった事を勿体無く思う鈴井。

 

 

 

試合は進み5回裏、3-1で至誠リードだ。

この場面で監督が選手交代を告げ、神宮がマウンドに上がる。

 

「じんぐー抑えてこいよ!」

「もちろんですよ! 見ててくださいね!」

 

高校初投球は決め球であるスライダー。

打者に向かっていき、あわや外角のボール球と思うまで曲がるそのスライダーに打者は手も足も出ず空振り。

 

「曲がりえっぐ」

「あんなスライダー投げられる投手居たんだな……」

 

数多の名投手と対戦してきた山田と青羽でさえも唸らせるスライダー。

そのスライダーを軸に組み立てていき、最初の打者は三振に切る。

実力は十分か、誰もがそう思っていた。

 

 

 

「ボールフォア!」

「おいおい、満塁だぞ……」

 

神宮はその後ヒットと四球で1アウト満塁にしてしまう。

彼女の1番の弱点であるコントロールの悪さが出てきた。

 

(ここからが本番だもんね!)

 

マウンドに立つ神宮の目つきが鋭くなった。

そこからの投球は、まるで別人のようだった。

キレが増した変化球にゾーン内で散らばる荒れ球のストレート。

1アウト満塁から二者連続三振で無失点の投球を見せる。

 

「胃が痛くなる投球はやめてくれよ」

「けどこれが私の投球スタイルなので」

「知っててスカウトしたけど、実際見るとハラハラするな……」

 

四死球で場を悪くしてからスイッチが入り抑える。

中学時代からずっとその様な投球をしてきた神宮だが、ベンチからすれば堪ったものではない。

 

その後はお互い無失点で切り抜け3-1のまま試合は終了。至誠は今年度初の試合を白星で飾った。

 

 

 

昼食と観戦を挟み午後の試合が始まる。

この試合の先発メンバーが発表された。

 

1番 菊池悠河(二)

2番 三好耀(遊)

3番 山田沙也加(三)

4番 青羽翼(左)

5番 金堂神奈(一)

6番 鈴井美希(補)

7番 浜矢伊吹(投)

8番 荒波友海(右)

9番 岡田早紀(中)

 

2・3年生はフル動員、1年生はポジションが被ってない選手のみの出場となった。

 

「岡田9番じゃん」

「納得はしてます……納得は……」

 

納得はしているが悔しさはある様子だ。

岡田と荒波よりは浜矢の方が期待ができるというベンチの考えだ。

 

 

(正直どっちもどっちだけどな……けど浜矢は少し身体も大きくなったし、去年のホームランを見るにセンス自体はありそうだし)

 

偶然とはいえあの佐久間から本塁打を放った実績がある。

あの打撃から浜矢の打撃センスを見抜いた監督は、浜矢を育てる名目で7番に置いた。

 

「伊吹ちゃん、しっかり抑えよう」

「分かってるって! 洲嵜には負けてられないしな!」

 

試合が始まればいつも通りの浜矢だ。

さっきまでの自信のなさはどこへ行ったのか、洲嵜に対抗する気でいる。

 

 

(ストレートで押してこう)

(アレはまだお預けか……分かった)

 

浜矢の1番の武器であるノビと球威のある直球。

高めに投げられたそれは実力ある打者でも簡単には打てない。

変化球で2ストライク目を取り、出されたサインは。

 

(! そっか、決め球として使うんだな)

(去年の伊吹ちゃんとは違うって事、見せつけてやろう)

 

先頭打者への勝負の一球。

真っ直ぐの軌道を描き手元へ向かったボールは、ガクッと斜めに曲がりながら落ちていく。

 

 

「ストライク! バッターアウト!」

「おっし! 完璧ー!」

 

浜矢の新変化球であるスライドフォーク、変化こそ小さいが珍しいその変化は相手打者を翻弄する。

だが鈴井はその変化に合わせて、地面にバウンドする前にガッチリと掴んだ。

 

(今のを捕れるのか……やはり鈴井先輩は捕手の方が向いてる気がする)

 

ベンチで伊藤が鈴井のポジションの適性を考える。

鈴井のセンスと努力があれば、どのポジションでも平均以上の守備が出来るが、それでも捕手が1番だと伊藤は評価する。

 

そしてこの三振によって勢い付いた浜矢は、三者連続三振で抑え洲嵜と同じスタートダッシュを切った。

 

 

2アウトランナー二塁での青羽の打席。

高校で初めて4番に入った彼女はやる気に満ちていた。

 

(今までだったら振り回してたけど、今は4番だ。ランナーを返す事が仕事なんだ)

 

初球の難しい球には手を出さないで見逃す。

昨年までの青羽であったら、無理矢理打ちにいって凡退していた球だ。

 

(柳谷さんみたいには私だってなれない、けどあの人に近い成績を残す事は出来るはずだ!)

 

2球目は内角高めにすっぽ抜けたスライダー。

もちろん青羽がそんな絶好球を見逃す筈もなくバットを振り抜く。

 

 

次の瞬間打球はフェンスへ突き刺さる様に当たり、グラウンド内にポトリと落ちた。

 

「ツーラン! ナイス翼ー!」

「青羽先輩すげー!」

 

ベンチでは全員が盛り上がり、青羽がダイヤモンドを一周しベンチに戻ってくるのを今かと待っている。

 

(考えてホームランを打てたのは初めてだ……これが4番の仕事)

 

珍しく笑顔を浮かべ、ベンチでハイタッチに応じる青羽。

 

「青羽せんぱーい! ナイバッチです!」

「ああ、私が打ったんだから抑えてな」

「はいっ!」

 

青羽からの激励もあり、浜矢は7回を2失点で抑えた。打線も爆発し6得点、2試合連続で勝利した。

 

 

 

「今日は2試合とも良い勝ち方が出来たね! 大会に向けてもっと試合を組むから、更に実力を付けていこう!」

 

千秋の声でダブルヘッダーは締め括られた。

試合前は少し緊張していた様子だった1年生も、今では自信に満ち溢れた顔をしている。



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第5球 合宿しよう!

4月末、世間はGWの話題で持ちきりだ。

しかし野球強豪校ともなれば、そんな物は存在せず。

 

「今年も合宿するぞ!」

「うへー……休みは無いんですね」

「他校よりかは練習時間短いんだから頑張れ!」

 

監督の方針により至誠は短時間で効率の良い練習をこなしている。

他の強豪校は22時あたりまで練習をしているのに対し、至誠は遅くても20時には片付けを終える。

 

それでも神奈川という激戦区を制したのは、プロで得たトレーニングの知識や厳しい上下関係を無くし遠慮をしない環境を整えたのが大きい。

 

 

「場所はどこなんですか? あんま遠くには行けないですよね?」

「宿舎あるし学校でやるぞ」

「えーつまんない……」

 

岡田を始めとした1年生が不満を漏らす。

寮生の彼女達からすれば、夜の学校など見慣れた景色であり別段テンションの上がる物では無い。

 

「文句言う奴は厳しくいくぞー?」

「全く不満などございません!!」

 

効率は良いが、決して楽ではない練習内容。

それが更に厳しくなれば身体がついていかないのは明白で、不満を漏らした面子は掌を返した。

 

 

 

 

そして合宿当日、寮生以外も荷物を用意し学校に集まる。

全員がこの合宿で成長しようと意気込んでいる。

 

「言い忘れてたけど、合宿の最終日には試合組んであるから」

「ダブルヘッダーですか?」

「残念ながら1試合だけ」

 

その分試合後の練習に当てられる時間が増える。

元々試合経験が豊富なメンバー、勝負勘は既に十分あると判断し地力を上げることを選んだ。

 

 

「じゃあ合宿開始だ! 投手と外野はグラウンドでフリー打撃、内野は室内で千秋のノック!」

 

監督の一声で選手が室内と屋外に分かれる。

投手陣はキャッチボール、外野陣は素振りを始める。

 

初めに浜矢がマウンドに上がり、打席には青羽。

捕手はもちろん鈴井で球審は監督だ。

 

(青羽先輩はストレートが好きだし、変化球でカウント稼ぐよ)

 

スライダーのサインに頷いた浜矢は左足を引く。

ぎこちなさが消えたそのフォームから放たれた変化球は、斜めに滑るように曲がっていき外角に構えたミットへ収まる。

 

 

「良い変化するんだな」

「今日がたまたま調子良いだけですよ」

 

(とはいえ、たまたまでもこのスライダーが投げられるのは成長の証かな)

 

鈴井は口ではそう言うが、実際の所は高い評価をしていた。

昨年よりも曲がりが大きく制球も効くようになり、カウント稼ぎにも決め球にも使える優れた球だ。

 

今の浜矢の決め球は、と聞かれた際にストレートもしくはスライダーと答える人は多いと予想される。

そのクラスまでスライダーは磨かれている。

 

 

(フォークはまだ温存したいしツーシームで、引っ掛けさせられるかも知れないし)

(内角か……なんか打たれそうだし嫌だ)

 

内角低めに構えた瞬間、浜矢は首を振る。

マウンドから見える青羽の姿から何かを感じたのだろう。

 

(内角がダメなの? けど外も飛ばされるしな……ならボールからストライクになるように投げてよ)

(任せろ、今の私ならやってやるよ!)

 

ツーシームは利き手側に曲がる変化球だ、浜矢は右利きなので右打者の内角を抉る軌道になる。

青羽は右打席に立っている、つまり外角に投げれば青羽からすればボールからストライクに入ってくる打ち辛い球となる。

 

 

鈴井の意図を読み取った浜矢は、外角のボールゾーン目掛けてツーシームを投げる。

シュート方向に曲がりながら沈むツーシームは、バッテリーの思惑通りストライクゾーンへと向かっていく。

 

ボールを受け止める準備をしている鈴井の視界にバットが入ってくる。

そのバットが白球を捉え痛烈な打球がライト方向へと飛ぶ。

 

 

「ちっ、ファールか」

 

(あぶな……もう少しタイミングが早ければホームランにされてたかも)

 

打球は惜しくもラインを割りファールとなった。

タイミングがズレていただけで、球自体は真芯で捉えられていた。

青羽のパワーなら簡単にホームランに出来ただろう。

 

(ならフォークいくよ、伊吹ちゃん!)

(おう! 先輩に見せつけてやるぞ!)

 

ストレート、スライダーと来て新しく決め球候補に挙がったスライドフォーク。

手元で鋭く落ちるこの球には、流石の青羽も対応出来なかった。

 

 

「三振だったけど手応えはあっただろ?」

「はい」

 

(この調子なら大会までには間に合いそうだ)

 

青羽は自身の打撃スタイルを変えるべく急いでいた。根本から変えるのではなく、一部だけ。

もっと4番に相応しいバッティングが出来るようにと研究を続けている。

 

「2人ともありがとうな」

「いえいえ! こちらこそ楽しかったです!」

「またよろしくお願いします」

 

3人はそれぞれ礼をしながらグラウンドを離れる。

洲嵜や神宮もマウンドに上がり、伊藤と組みながら外野陣と戦った。

しかし洲嵜に食らいつけたのは青羽と鈴井の2名のみであった。

 

 

 

 

「よーし、次はゲッツーいくよー!」

 

外でフリー打撃をしている一方、室内練習場では千秋の内野ノックが行われていた。

二遊間を守るのは三好、菊池、石川の3人。

石川がショートとセカンドを交互に守り、組み合わせを変えながら行う。

 

「ナイッスロー」

「キャプテン捕るの上手いから楽に投げられますよ!」

「そう? ありがとう」

 

ファーストは世間一般的に、守備力が低い選手がやるポジションと思われがちだ。

しかしアマチュアレベルであれば送球の精度に問題がある内野は珍しくなく、その送球を全て受け止めなければならないファーストこそ守備力が必要だ。

 

 

(上手いファーストがいるだけで内野の守備レベルは上がる……キャプテンには感謝しなくちゃ)

 

千秋もそんな考えの持ち主であり、内野陣の中で菊池に次いで捕球が上手い金堂がファーストだから内野のエラー数が減っていると分析する。

 

「サードいきますよー!」

「こーい!」

 

緩い打球に猛チャージをして捕球し、一塁に目掛けて低く鋭い送球をする山田。

右に逸れたその送球を金堂は脚を開いてキャッチする。

 

「ごめん! 神奈ありがとー!」

「これくらいなら捕れるから気にしないで」

 

(ここまで上手いと、キャプテンの後継者探しは大変かな……なるべく良い選手は獲りたいけど)

 

金堂は今年で卒業なので、当然新入生でファーストを獲得する必要がある。

しかし金堂は高い守備力を持ちつつ類希なミート力も兼ね備えている。

守備面でも攻撃面でも大きな穴が開くのは必至、その穴を埋められる中学生など殆ど存在しないだろう。

 

 

(山田先輩に青羽先輩もいなくなると、本格的に長打力不足になる……最悪打力重視のスカウトも考えなくちゃいけなさそうかな)

 

浜矢は打力が低く、鈴井はミート力はあるが長打力は無い。

1年生を見ても打撃が得意な選手自体がおらず、打力不足になるのは防げない。

その為来年の新入生は、全体的に打力重視のスカウトになってもおかしくはない。

 

(けど大会の結果次第かな。夏大で成長した選手が多ければスカウトできる選手の幅も広がるだろうし)

 

補強ポイントが分かるのは大会が終わってから。

そこで成長する選手が多ければ補強しなければならない箇所は少なくなり、自由に選手をスカウト出来る。

 

その為にもこの合宿で総合力の底上げをし、夏の大会で何かを掴めるきっかけを作らなければならないと千秋は感じていた。

 

 

 

打球音と捕球音、そして足音や選手たちの声が響き渡る練習場とグラウンド。

1日目は守備練習をメインに終わっていった。

 

選手達が片付けをしている最中、小林先生は合宿所のキッチンで夕飯を作っていた。

 

「すみません先生、手伝って貰って……」

「私は野球に詳しくありませんから、これくらいは手伝わせて下さいください」

 

顧問でありながら野球という競技に詳しくない。

普通の学校では珍しくない事だが、ここは強豪校の至誠だ。

そこに少なからず負い目は感じているのだろう。

 

 

「それに千秋さんは一際頑張っていますから、少しでも負担を少なくしたいんですよ」

「そんな私なんて……! ただ好きだからやってるだけですよ」

「でしたら私も好きでやっているんですよ、家庭科の教師ですから」

 

優しく微笑みかけながら千秋にそう語る。

元々料理や裁縫が好きで家庭科教師になった身、この言葉も事実だろう。

 

「ありがとうございます、本当に助かります」

「ふふっ、気にしないでもっと頼ってくれていいんですからね?」

 

(分かってはいましたが、千秋さんは人に頼るのが苦手そうですね。私や灰原監督位には頼ってくれてもいいのですが……)

 

"何でも出来る"そう思われているのを自覚しているからこそ人に頼れない。

しかし監督や先生は千秋の倍近く生きている大人だ、その2人からすれば完璧と言われる千秋も周りと同じ高校生だ。

 

「……少しだけ、頼っても良いですか?」

「もちろんです! 可愛い生徒の頼みとあれば断るなんて選択肢はありませんよ」

 

 

 

片付けと入浴を終え選手達が集まってくる。

 

「腹減ったー!」

「もうご飯は出来るよ! 先生が作ってくれたんだ」

「あれ? せんしゅーは作ってないの?」

「私は明日のメニュー考えてたんだ」

 

(先生が全部やってくれたから、私はメニュー作りに集中できた。休んでないってちょっと怒られちゃったけどこれで良いんだ)

 

今日の練習中の動きを見て、翌日のメニューを少し組み直した千秋。

休ませる為に先生は頼みを聞いたのだが、千秋は野球に触れていないと落ち着かないようだ。

 

「1年生は特にいっぱい食べてね! 身体大きくして夏乗り切ろうね!」

「はーい! いっただきまーす!」

 

食べ盛りの高校生が14人だ、山盛りのご飯とおかずがあったとしても一瞬で無くなる。

 

 

「先輩! この後って自由時間ですか!?」

「そうだよ、遊んでても良いけど寮が近くだから静かにね」

「はーい、友海! 早紀! ボードゲーム持ってきたから遊ぼー!」

「負けないぞ!」

 

神宮、荒波、岡田の3人が集まり遊んでいると、石川や菊池も寄ってきて参加する事に。

最終的には1年生全員が参加する大所帯でのゲームになった。

 

 

 

そんな楽しい時間を過ごしている1年生とは打って変わり、宿舎の裏では。

 

「伊吹ちゃん? 素振りしてたんだ」

「うん、やっとバッティングにも手応え感じてきたしモノにしたいなって思ってさ」

 

浜矢は昨年に比べスイングスピードも上がり、変化球の見極めも出来るようになった。

 

「打率こそあんま変わらないけど、良い当たりは出るようになってるしね」

「そうそう、上手くいけば中上さんと同じくらい打てるかなって」

 

野手の正面にいってしまうだけで、打球の質自体は格段と上がっている。

あとはタイミングを合わせられるようになれば、チーム内でも上位の打力は身につくだろう。

 

 

「鈴井は何してたの?」

「私も素振りしようとしてたんだよ、今年は打撃も求められてるし」

「あー、1年貧打だもんな」

 

(私が言えたことではないけど、岡田とか荒波は私より下位うってたしなぁ)

 

この2人も打力の低下には危機感を覚えていた。

特に浜矢は自身よりも下位を打つ後輩の存在を重く見ている。

 

「せんしゅー達も大変だなぁ、スカウト候補のリストアップ」

「今年は守備重視で獲ったって言ってたし、逆に来年は打撃重視かもよ」

「投手としてはそっちのがありがたいな」

 

いくら守備が良くても、点が入らなければ野球は勝てない。

浜矢のような奪三振率が高く守備を頼らない選手からすれば、打撃型のチームの方が合っている。

 

 

「今年も勝ち上がって佐久間に会いたいな」

「意外、蒼海大の打線とはもう戦いたくないとか言うと思ってた」

「私だって成長してるんですー! それに佐久間はライバルだし!」

 

(初めて私のことをライバルだと認めてくれたんだ、アイツの目は狂って無かったことを教えてやりたい)

 

自身が不甲斐ない投球をすれば、その人間に目を掛けた佐久間に失望されるのは分かっていた。

そんな事が無いように浜矢は投手としての成長を続けていた。

 

「そういや鈴井ってライバルいないの?」

「いないかな」

「神田は?」

「あれはただのムカつく奴」

 

(気持ちは分かるけどキッパリ言うなぁ……)

 

 

浜矢も神田に対してライバルという感情は無い。

しかし、見返してやりたいという気持ちは強くある。

 

「佐久間にも勝って、神田も見返す! それが今年の目標だな!」

「だね、だから生半可な投球はしないでね」

「なら鈴井も酷いリードはするなよ!」

 

星空の下でバッテリーはお互いを焚き付け合う。

群青の瞳と琥珀の瞳を持つ2人の心は赤く燃え上がっていた。



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第6球 ナイスピッチ!

新入生を迎えてのGW合宿は終盤に入っていた。

1年生の野手は主に打撃練習を、投手は連携プレーと投球練習をメインに行なっている。

 

「浜矢と鈴井はやっぱ体格がネックだよなぁ」

「2人とも細いですよね」

 

練習風景を眺めながら、監督と千秋は2年生の2人について語り合っていた。

浜矢と鈴井は実力こそ十分だが、体格は中学生にも劣る。

 

「どうにかして身体を大きく出来ないものか……」

「体重が増えたらその重さに慣れるまで時間が掛かるってよく聞きますけど、監督は実際どうでした?」

「1、2キロ増えるだけでもだいぶ変わった感じはあったな」

 

野球の世界はコンマ1秒を、たった数センチを争う繊細な場だ。

体重が2キロほど増えるだけでも、体のバランスは乱れスイングや投球にも影響が出る。

そしてそのバランスに慣れるまでには時間が掛かる。

 

 

「とはいっても、あれだけ細いと夏場キツいだろうしな……去年は結局全国2回戦負けだったからあれだけど」

 

祥雲戦を勝ち上がっていた場合、あの2人が耐えられた保証はない。

監督は厳しい表情でそう断言する。

 

「確かにそうですね、食べる量を増やすように言いますか?」

「それは難しいだろうし食事の回数自体を増やして貰おう、それとベンチプレスとかウエイトとかを積極的にやらせようか」

 

選手1人1人に合ったトレーニングは必ずある。

それを見つけ出していき、選手に正しく伝えるのが2人の役目だ。

 

 

 

「というわけで2人はこれから食事の回数を増やしてね! あとはトレーニングの内容も更新するよ!」

「うへぇ……キツそー」

「伊吹ちゃんはともかく、私ってそんなに細いかな?」

 

その言葉を聞いた瞬間、千秋の眼が光った。

 

「美希ちゃんって確か160cmだよね? 体重は?」

「53だったかな」

「細いよ! というより軽いよ! 最低でもあと2キロは増やして欲しいな」

 

今の鈴井のBMIはちょうど20といったところ。

あと2キロ増えればBMIは21.8となり、スポーツ選手として最低限の体重は確保できたと言っていい。

 

「伊吹ちゃんは美希ちゃんより背が高いんだから、当然もっと増やしてね」

「はーい……」

 

この状態の千秋が見逃す筈もなく、浜矢もしっかりと釘を刺される。

 

(2人には期待してるんだから……これくらい厳しくいかないとね)

 

期待をしていなければメニューの更新などしない。

千秋が2人に特別厳しいのは、期待の表れであるのが分かる。

 

 

 

 

「試合をやって合宿も終わりだ! 勝ってビシッと締めよう!」

『ハイッ!!』

 

監督からスタメンが発表される。

 

1番 菊池悠河(二)

2番 三好耀(遊)

3番 山田沙也加(三)

4番 青羽翼(左)

5番 金堂神奈(一)

6番 鈴井美希(補)

7番 石川灯(右)

8番 浜矢伊吹(投)

9番 荒波友海(中)

 

公式戦でのスタメンに最も近いメンバーだ。

浜矢が先発のマウンドに上がり足元をならす。

 

「三連勝がかかってるからね、気合入れて投げてよ」

「分かってるって! 鈴井も援護頼むぜ」

「言われなくても」

 

相棒と称するに相応しい2人がお互いの守備位置につく。

鈴井の激励を受け取った浜矢は初回から好投を続ける。

スライダーとスライドフォークの調子が良く、面白いように打者を三振に切り取っていく姿は圧巻だ。

 

 

4回まで無失点のピッチングを続け、裏の攻撃を迎える。

 

「三好出てくれー!」

「分かりました」

 

(いい加減先輩を援護したいし、ここは四球狙いかな)

 

三好が打席に入り息を吐く。

彼女の真骨頂と言えるカット技術で粘り続け10球目。

 

「ボールフォア!」

「よしっ……」

 

四球でノーアウトからのランナーが出る。

3番の山田が気合の入った表情で打席に向かう。

 

(コントロール乱れてるし、甘くきたら狙っていこうかな)

 

どっしりと構えてホームランを狙う姿勢になる。

制球の乱れ、そして三好に四球を出したことによりストライクを先行させたいという焦り。

その2つの要素が合わさり、失投を招いた。

 

(もらった!!)

 

 

山田の振り抜いたバットがボールを捉えた瞬間、打球は外野フェンスに突き刺さった。

打った瞬間、誰も動く事は無かったのは本塁打を確信したから。

 

「ナイバッチ」

「2点守り切ってね!」

「了解です!」

 

グータッチを交わし合う山田と浜矢。

2点の援護は今の浜矢には十分すぎた。

尻上がりに調子を上げ6回まで1失点の投球を続ける。

 

 

「さてと、自援護しなくちゃな」

「スライダーが狙い目だよ」

「せんしゅーありがと!」

 

(伊吹ちゃんが打てればチーム的にはかなり助かる……ここで結果を出して欲しいかな)

 

千秋は浜矢の打席を厳しい目で見つめる。

1年生の中で打撃型の選手がいない以上、浜矢に頼らざるを得ないのが現状だ。

 

 

(おっ、甘い!)

 

浜矢に対しての初球は、真ん中高めに浮いたスライダー。

それを逃さず打ち返し打球は右中間を真っ二つ。

 

「二塁行けるぞ! 走れ!」

 

一塁コーチャーの青羽の判断に従い、二塁目掛け全力疾走をする浜矢。

脚からスライディングをし、少しの余裕を持ってセーフとなる。

 

(よしよし、ホームランには出来なかったけど長打は打てた)

(今の仕留められないか……けど去年を考えたら成長してるね)

 

2人して似たような事を考える浜矢と千秋。

事実去年の浜矢であれば打ち損じていた球だ。

それを長打に出来たのは、間違いなく成長している証であった。

 

 

(荒波はヒッティングで)

(了解っと、出来る限り引っ張った方が良いかな)

 

浜矢の足を考えると、内野ゴロでは進塁出来ない。

最低でも引っ張って外野フライにしなければならない。

 

「ストライクッ!」

 

(まぁ敵さんも分かって外角に投げてくるよね〜……どうしよっかな)

 

引っ張らせないように外角に変化球を投げ込んでくる相手投手。

 

(流してヒットにできるのが1番か……難しいけどやってみよう)

 

2球目も外角にカーブを投げ込んでくる。

荒波はしっかりと待ちの姿勢を貫き、タイミングを合わせて流し打つ。

打球はフラフラっと上がり、幸運にもレフトとショートの間に落ちた。

 

「ナイバッチ」

「ラッキーでしたけどね」

 

 

菊池が打席に入り投手と相対する。

 

(スクイズのサインは無い……犠牲フライで1点だけど、伊吹の脚を考えるとライトかセンター方向か)

 

しっかりと狙いを定めて構える菊池。

その初球は真ん中高めへのストレート、絶好球だ。

 

(もらった! あっ……)

 

しかし菊池は打ち損じてしまい、ライトは定位置のまま動かない。

 

「行けそうかな」

「行けますよ……ゴー!」

 

捕球したのを確認した伊藤の合図で浜矢が走り出す。

ライトもホームで刺そうと鋭い送球をキャッチャーへと送る。

 

 

「セーフ!」

「オッケー! 先輩ナイスフライ!」

「伊吹もナイスラーン!」

 

僅かに浜矢の方が速く、これでまた2点差となる。

ベンチに戻りハイタッチをしながら伊吹は息を整える。

 

「てか今私何球だっけ」

「6回で68球! かなりの省エネ投球だよ〜!」

「ありがと、なら7回も私で良いですよね!?」

 

期待をしているような瞳で監督を見つめる浜矢。

苦笑いをしながら監督は答える。

 

「元から完投させるつもりだったんだから、頼むぞ」

「まっかせてください!」

 

"元から完投させるつもりだった"その言葉は監督からの信頼を意味している。

それを理解した浜矢は口元のニヤケを隠せなかった。

 

「キモイよ伊吹ちゃん」

「うっせ! キャッチャーは完投するリード考えててください〜!」

「はいはい」

 

悪態をつきながらもお互い信用はしている。

2人の様子を眺めながら、千秋は満面の笑みを浮かべている。

その後は追加点もなく2点差のまま7回裏を迎えた。

 

 

「よーし、サクッと3人で締めようぜ!」

「ど真ん中には投げないでね」

「ここまで来てそんな勿体無い事しないって」

 

浜矢と鈴井が微笑み合い、守備位置につく。

相手打線はクリーンナップから始まる好打順だ、油断は出来ない。

 

(フォーク警戒で前に立ってる……なら速球が効くかも)

 

バッターボックスの前に立つと、変化球はよく見えるが速球に差し込まれやすくなる。

それに加えて浜矢のストレートは質が良い。

その2つが合わさるとどうなるか。

 

「オーライ! ……はいワンダン」

 

勢いのないファーストフライとなり1アウト。

打者は浜矢のストレートの威力と速さに、愕然とした面持ちだ。

 

次のバッターは左打者、初球は内角低めにスライダーがビシッと決まり1ストライク。

 

(同じコースにツーシーム、甘く入らないようにね)

(了解、しっかり投げるよ)

 

同じコースに真逆の変化をする球種を投げる。

それに惑わされ、尚且つツーシームという球の特徴として手元で曲がるというのがある。

打者もうまく肘を畳んで打ち返したが、力のない打球はセカンド正面。

 

「ツーダンツーダン!」

「あと1人で決めるよー!」

 

 

(先輩達が率先して声出してくれるから、やりやすいんだよな……よしっ! 最後ビシッと決めよう)

 

スライダー、カーブ、ストレートと投げ1ボール2ストライク。

いよいよ最後の1球という所まできた。

 

(低めにストレート投げたから、同じコースにフォーク頼むよ)

(おっけー、三振取るぞ!)

 

最後の決め球はやっぱりスライドフォーク。

同じコースに2回続けてストレートを投げたと思った打者は手を出したが、そこからボールは曲がりながら沈み空振りを取る。

 

「鈴井! 一塁!」

「うん」

 

ワンバウンドした球を捕り、落ち着いて一塁に送球する鈴井。

これにて振り逃げは成立せず試合の終了が告げられた。

 

 

 

「ナイピ」

「あんがと、連勝途切れなくて良かった〜」

 

これでチームは今年に入ってから無敗の3連勝だ。

洲嵜と浜矢の先発2枚看板、そしてそれを支える神宮の安定した投球が勝利を呼び込んだのだ。

 

試合後の片付けや軽い守備練習もこなして、GW合宿は終わりを告げた。

 

「合宿お疲れ! 今後は練習時間は短縮するけど試合はあるし、テストもあるからまた気合入れていけよ!」

「うっ、テスト……」

「赤点取ったら補修だからな! 必ず赤点は回避しろよー」

 

 

テストの単語に反応したのは山田と菊池、岡田と荒波に神宮。

 

「灯はなんでそんな余裕そうなんだよ!」

「私には彗がいるし〜?」

「私も彗ほしい!」

「耀と真理いるじゃん」

 

石川は焦った様子もなく返答する。

伊藤と石川の家は隣同士、テスト前の勉強会を開くのには何も苦労は無い。

 

「クラス違うから教えてもらえないし!」

「私とは学科も違うんだけど!?」

「灯はこっちサイドの人間だと思ってたのに……!」

 

普通科という事は、体育科Dクラスの3人よりは頭が良いことになる。

 

「彗の幼馴染やってて頭悪くなれる訳ないよ……」

「あー……なんかごめん」

 

苦い顔をしながらそう呟く石川。

その表情は伊藤の勉強に対する厳しさを伝えていた。

 

 

「寮生は寮生で頑張りなよ、私達は2人で勉強会するし」

「そうそう、それに体育科だけの科目とかもあるんでしょ? 流石にそれは分からないから」

 

石川と伊藤にもっともな事を言われ閉口する3人。

この3人に勉強を教える事が確定した三好と洲嵜は、呆れたような顔をしている。

 

「2年は心配……ないか」

「まぁそうですよね」

 

2年生は特待生の浜矢に偏差値を下げて入ってきた鈴井、総合点なら浜矢より上の千秋の3人だ。

学業に対しては何の心配もなかった。

 

 

「悪いな、2人とも頼むよ」

「まぁ監督に言われたら仕方ないですね」

「そのかわり厳しくやるけん、覚悟してね」

 

監督に頭を下げられれば、三好達も断れなかった。

自分の勉強時間を削られる不満は3人にぶつけるようだ。

 

「勉強と部活の両立は大変だと思うけど、頑張ってくれ! 解散!」

『ありがとうございました!』

 

勉強が苦手なメンツと得意なメンツで表情と足取りが違う。

既にやる気が出ている浜矢に対し、岡田や神宮は三好と洲嵜に引っ張られながら寮へと帰っている。



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第7球 勉学に励め

ほのかに暖かさを感じる季節になった。

一軒家が並ぶ朝9時の住宅街に、活力の溢れる声が響く。

 

「お邪魔しまーす!」

「灯ちゃんいらっしゃい、彗なら部屋にいるわよ」

「はーい!」

 

石川は慣れた足取りで2階にある部屋に向かおうとしたが、伊藤の母に呼び止められた。

 

「これくらいしか無いけれど、2人で食べて」

「ありがとうございます! これ食べて勉強頑張りますね!」

「うふふ、頑張ってね〜」

 

伊藤の母からお菓子と飲み物の乗ったお盆を預かり、笑顔で2階へ上がる石川。

 

 

「けーい! 開けてー」

「灯、いらっしゃい」

 

自室のドアを開き伊藤が石川を招き入れる。

 

「相変わらず頭良さそうな本が多い……野球関連の本も増えたね」

「……今日は勉強会だからね?」

「分かってるって〜」

 

躊躇いもなく部屋を物色する石川に、その行動自体には何も言わない伊藤。

その遠慮の無さは2人の付き合いの長さを感じさせる。

 

「赤点取りそうなのはどれ?」

「どれも赤点は取りそうにないけど……強いて言うなら数学かな」

「理系科目得意じゃないもんね」

 

石川は文系、伊藤は理系科目が得意だ。

お互いの苦手な分野をカバーし合えるという点でも、この2人は良いコンビだ。

 

 

「因数分解と展開が分かんない……」

「だいぶ初期で躓いてるじゃん、見せて」

 

理系科目は苦手と言いつつ最低50点は取れる石川だが、高校に入ってからは授業について行くのすら精一杯の様子。

 

「X+5の二乗……これ普通に法則あるんだよね」

「マジで!? 教えてー!」

「Xの二乗+2aX+aの二乗、つまりこう」

「あー……なるほど!」

 

口で言われた時は理解出来なかったが、伊藤がノートに問題の答えを書きながら法則に当てはめて行くと納得といった表情を浮かべた。

 

「これ覚えれば簡単だな! ありがとう」

 

(……授業で言ってたと思うんだけどなぁ)

 

そうは思ったが口にはしなかった伊藤。

大方寝ていたか聞き逃していたのだろうと予想する。

 

 

 

2人が勉強している一方、至誠の寮でも同じ事が行われていた。

荒波は近所という事もあり、こちらの勉強会に参加している。

 

「2人とも厳しすぎるんだけど!」

「アンタらが基礎分かってればこんな厳しくしないんだけど?」

「基礎すらボロボロとはね……」

 

弱音を吐く神宮に対し、呆れながら現状を教える三好と洲嵜。

岡田、神宮、荒波の3人は基礎の部分すらも理解していなかったのだ。

 

「数aはまだ簡単な方だと思うんだけどなぁ……」

「九九分かっとー?」

「流石に九九くらい言えるわ!」

 

三好の発言に勢いよく反論する荒波。

ここまでの間違い具合を見ると、三好がそう思ってしまうのも無理はなかった。

 

「1学期の最初の所でここまで躓けるのは逆に才能だと思う」

「中学の範囲も分かっとらんかったらこんなもんやと思うけど」

 

勉強会が始まって既に1時間が経過している。

教える側の2人はお疲れの様子だ。

 

「とにかく、今日中に数Iと数aは終わらせるよ」

「早紀と友海は私が何とかするから、そっちは任せたよ」

 

気合を入れ直した2人がペンを手に取り、指導を再開する。

その2人のオーラに怯えつつも、逃げ場はないと悟った3人は諦めの表情を浮かべている。

 

 

 

後輩たちがそんな事になっているとは知らず、浜矢は自室で黙々と勉強を進めていた。

試験勉強用に配られたプリントを解いている最中、近くに置いておいたスマホが鳴る。

浜矢が携帯に目をやると、2年生だけのグループに千秋からのメッセージが入っていた。

 

《2人とも勉強は進んでる?》

《私は今やってる最中だったよー。テストは多分バッチリ!》

《私もやってたよ。点数なら問題ないよ》

 

浜矢が真っ先に返信し、次いで鈴井もメッセージを送る。

 

《伊吹ちゃんはちゃんと時間取れてる?》

《自由時間減らせば勉強出来るし心配しないで》

《それはそれで心配になるけど?》

 

浜矢の発言に鈴井が心配のメッセージを送る。

彼女は顔を合わせていると言えないが、メッセージでは浜矢を気遣った言葉を送る事が多い。

 

 

《そろそろ休憩するから安心しろ!》

《そういえば特待生ってどれくらい点取れば良いの?》

《評定4.0以上あれば良いらしいから、多分80くらい?》

 

特待生審査に通るには、1年間の評定が4.0以上必要となる。

部活もしつつ、常に80点以上をキープしなければならないのは厳しいだろう。

 

《まぁ至誠の偏差値考えたら普通にいけると思ってるよ》

《油断はしないでね》

《分かってるよ〜》

 

その後は野球の話に移り、図らずとも浜矢は休憩を強いられることとなった。

結局3人は1時間近く野球関連の話をし続けており、話が終わる頃には勉強をする気も起きなくなっていた。

 

《話しすぎたな……》

《まぁ休憩は大事だしね》

 

3人とも集中すれば休む事を忘れるタイプだ。

だからこそ千秋はメッセージを送り、休ませようとしたのだろう。

もう何通かメッセージを送り合いこの場での会話は終わった。

 

 

 

 

時は過ぎテスト返却の当日。

担任の小林からテストを受け取った千秋と浜矢は、ホッと息をついていた。

 

「伊吹ちゃんどうだった?」

「英語以外はバッチリ!」

「やっぱり? 英語は何点?」

「66……」

 

しかしそれ以外の科目はとれも85点以上を取っており、浜矢の学力の高さが窺えた。

 

「66点でも十分だと思うなぁ」

「せんしゅーは?」

「もちろん問題なしだよ!」

 

そう言って千秋は自身のテスト用紙を見せた。

そこには80点以下の点数は書かれていなかった。

 

「練習メニュー考えたりデータ収集したり……いつ勉強してんの?」

「流石にテスト期間は勉強に集中してるよぉ」

「あ、そうなんだ」

 

2人のやり取りを聞いていた小林は微笑んでいた。

自身の担当する生徒が好成績を残している、それは顧問としても担任としても喜ばしい事だからだ。

 

「1年の馬鹿トリオはどうなったかなぁ」

「馬鹿トリオってまさか……」

「じんぐーと岡田と荒波」

「だよねぇ……多分平気だと思うけど」

 

苦笑いを浮かべながら後輩たちを心配する2人。

その会話を聞いた小林もまた、苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

「1年全員赤点回避しましたよー!」

「おっ、マジか! 頑張ったなー」

「今までで1番勉強しましたよ〜」

 

部活の時間になり、部室に入ってくるや否やテストを見せびらかす例の1年3人組。

確かにその紙に赤点を示す点は書かれていなかった。

 

「石川は?」

「私は平均以上取りましたよ、理系科目以外は……」

「あ、苦手なんだ」

 

理系科目が得意なのは彗の方です、と言いながら伊藤を指差す石川。

それはイメージ通りだったらしい浜矢は納得したように頷く。

 

 

「ハマー先輩はどうなんすか?」

「ほれほれ」

「たっか! めっちゃ頭良いんですね!」

「意外ってよく言われる〜」

 

浜矢は普段の様子から頭が良いイメージは無い。

しかし実際はこのように成績優秀な生徒だ。

 

「3年生……というか金堂先輩以外はどうなんですか?」

「ふふん、バッチリ回避したよ!」

「あったりまえだよなー!」

「……おう」

 

山田、菊池、青羽も全教科最低でも50点以上は取っている。

全部員が赤点ギリギリより余裕を持ってテストを乗り越えられた。

 

 

「全員赤点なしって事で、これからは練習に集中していこう!」

「やーっと野球だけできるー!」

「監督! 今日は内野ノックいっぱいやって下さい!」

「はいはい」

 

テストが終わって気分が良い部員が、グラウンドへ駆け出す。

それを見てから監督や成績優秀な部員も後について行く。

 

(普段からやればもっと成績良くなるのになぁ……勿体無い)

 

監督はそんな事を思いながらも、野球を楽しんでいる部員の存在に喜びを感じていた。

 

 

「さあ! 久しぶりにいつも通りの時間までやるぞ、飛ばしていくからなー!」

『ハイッ!!』

 

初夏の日差しが照りつけるグラウンドに、1人の監督と14人の部員達の大きな声が響き渡った。




浜矢は場面によって人の呼び方を変えるタイプです。
なので今回は後輩を苗字で呼んでました。


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第8球 馬子にも衣装?

2017年度の神奈川県予選抽選会当日。

数多の野球選手が一斉に集まる日だ。

 

「制服以外と似合ってるじゃん」

「そうか? 私は落ち着かないんだけど」

「まぁ馬子にも衣装ってやつだけど」

「それ褒めてねーじゃん……」

 

珍しく至誠の制服を身に纏った浜矢を見て、ニヤリと笑いながらそう述べる鈴井。

 

「ウチが制服レンタルしてるなんて知らなかったな」

「空ちゃんたちがいて良かったね」

 

服装は自由だが、このような場で着用する時のために校内で制服のレンタルをしている。

神宮にその事を教えてもらった浜矢は、今日初めて制服を着用した。

 

「全員揃ってるな? 入場するぞー」

「はーい!」

 

監督が受付を終え部員を集める。

全員が揃っているのを確認してから会場へ入る。

 

 

 

「んでせんしゅー、今年の注目選手は?」

「佐久間さんはマストだよね! あとは京王の4番米原(よねはら)さんに藤蔭のエース竹谷(たけや)さん……それに市大藤沢が誇るエースと4番コンビの喜多(きた)さんと古野(ふるや)さん!」

 

浜矢に尋ねられ、大興奮で注目選手の名を挙げていく千秋。

その中には蒼海大の佐久間も含まれていた。

 

「今年の佐久間ってどうなの?」

「相変わらずの県内最速だよ、けど変化球が良くなってるから油断は禁物だね」

「そっか、ありがとう」

 

(早く佐久間と投げ合いたいな……成長した私を見せてやる)

 

凛とした表情で佐久間の後ろ姿を見つめる浜矢。

初めてのライバルである彼女の存在は、浜矢にとってかなり大きい。

 

 

「そういや今年ってシードなんだっけ」

「そうだよ、だから全7試合かな」

「体力の消耗を減らせるのは助かるね」

 

神奈川ではベスト16以上はシード権を得る。

ノーシード校に比べ1試合少なくなるため、疲れを減らすことができる。

 

最初にシード校の抽選から始まる。

くじを引くのはキャプテンである金堂だ。

堂々とした佇まいでくじを引き座席に戻ってくるその姿は、まさにキャプテンと言ったところだ。

 

 

次々と埋まっていくトーナメント表を見ながら千秋が呟く。

 

「初戦は市大藤沢かなぁ」

「強いの?」

「そこそこかな、けど市大の初戦は無名校だし多分勝ち上がってくるよ」

 

市大藤沢の初戦の相手は公立の無名校。

県内で中堅と称される市大藤沢が苦戦する相手ではないと千秋は伝える。

 

「エースと4番コンビだっけ?」

「そうだね、セカンド兼投手の喜多さんに右の大砲の古野さんが主軸だよ」

「二刀流かよ……って、高校はそういうの結構いるか」

 

市大藤沢の選手を見つけそちらを眺めながら語り合う2人。

その後も抽選は続いていき、1時間もしないうちに抽選会は終わった。

 

 

「終わったー!」

「帰ったらいっぱい練習しなくちゃね!」

「おう!」

 

ずっと座っていて硬くなった身体をほぐすように伸びをする浜矢。

相手も決まった事で練習に対するやる気も上がっているようだ。

 

「相変わらずお前の声はうるさいな」

「佐久間! ……てかお前の声もデカイと思うけど」

 

2年生組に声を掛けてきたのは佐久間。

その鍛えられた身体は昨年よりも大きく見えた。

 

「蒼海大と当たるならまた決勝なんだよね」

「フン、決勝以外でお前らと当たりたくないな」

「だよな! 最後に戦うのに相応しい相手だぜ!」

 

闘志を燃やしながら言葉を交わす浜矢達。

抽選の結果、この2校が戦えるのは決勝戦となる。

 

「浜矢、少しは成長したんだろうな?」

「あったりまえだ! 佐久間だってちゃんと成長したんだろうな?」

「当然だろ? もうお前には打たれないさ、それと鈴井にも」

 

挑発的な目で鈴井を見る佐久間。

それに対抗するように鋭い目を細めながら佐久間の前に出る鈴井。

 

「私は同い年に抑えられるような選手じゃないよ、打たれる覚悟をしておいてね」

「それ位強気な方が抑え甲斐があるな」

 

お互いに挑発し合う鈴井と佐久間。

佐久間は浜矢とだけではなく、鈴井ともライバルになった。

 

 

「玲ー? 行くよ?」

「はい! じゃあまた決勝でな」

「望むところだ!」

 

蒼海大の制服を着た先輩らしき人が佐久間を呼ぶ。

佐久間は浜矢達に別れを告げ先輩の元へ向かいながら、背を向けたまま手を振る。

 

「決勝まで負けられないな」

「当たり前だよね」

「今日の練習は厳しくいくよー!」

 

浜矢達もバスに乗り込み学校へ戻る。

車内では対戦が予想される相手校の話題や、注目選手を近くで見た事の感想などで持ちきりだった。

 

「……そういや佐久間と監督って名前同じなんだな」

「漢字は違うけどね」

「それに監督の名前って気にしないよねぇ」

「どんな名前だろうと監督って呼ぶしな」

 

2年生は監督と佐久間の名前が同じ事について話していた。

監督はその会話は聞こえていたが、混じることはなかった。

 

 

 

「さあやるぞ! 内外野はノック、バッテリーは投球練習始めろー!」

 

監督の一声で一斉に自分の位置に散らばる14人。

洲嵜と神宮は伊藤と交代で組みながら投球練習、浜矢と鈴井はまず話し合いを始める。

 

「投げないの?」

「大会も近いし確認しておきたい事があるんだ」

「確認しておきたい? 配球とか?」

 

浜矢の問いかけに頷く鈴井。

ストライクゾーンと打者が書かれた紙を取り出し、2人で配球について語り合う。

 

「まず伊吹ちゃんって決め球は何が良いの?」

「うーん……悩むけどやっぱストレートかな、決め球というより1番自信がある球だけど」

「分かった、じゃあ左右の違いでそれを変えたいとかはある?」

「あんま無いかな、けど右相手にはフォーク効くと思う」

 

自分の投げたい球だけではなく、効果的だと思う球を挙げていく浜矢。

それを聞き色んな場面を想定し配球を組み立てる鈴井。

 

 

「こうやって話してると思うけど、鈴井みたいな奴と組めて嬉しいよ」

「……そう」

「なんだよー! 人が褒めてやったのに!」

「うるさい」

 

浜矢から顔を背け冷たく言い放つ鈴井。

それを不服そうに見る浜矢に、千秋が耳打ちをする。

 

「美希ちゃんは照れてるんだよ、ちょっと顔赤くなってるもん」

「マジで? アイツも可愛いとこあんじゃん」

「2人とも聞こえてるよ!」

 

ほんのり赤く色づいた頬を隠さないまま、小声で話す2人に威嚇するように叫ぶ鈴井。

3人の信頼関係が見て取れるやり取りだ。

 

「ほら! まだ配球考えるから集中して!」

「はーい、せんしゅーはこれからノック?」

「そうだよ〜、2人とも頑張ってね!」

 

千秋は監督と交代してノッカーをやる為、バッターボックスに向かう。

残された2人は集中し直し、配球や打者心理を突き詰めていった。

 

 

 

「ラストー! ……よしっ、片付けるぞー!」

『はーい!』

 

練習開始から2時間以上が経ち、監督による最後のノックを終える。

疲れを見せながらも片付けを進めていく部員達。

 

「千秋、浜矢達はどうだった?」

「いい感じでしたよ、信頼関係も築かれてますしお互いの意見も交換し合ってましたし」

「同い年だとこういう点で楽だよな、気遣わないでいいから」

 

鈴井はそうでは無いが、浜矢は先輩相手だと気を遣うタイプである。

自分の意見を飲み込んでしまう事もあるため、鈴井と浜矢がバッテリーを組んでいるのはチームとしても良い事だ。

 

「野手陣も動き良さそうですね」

「特に外野は良いぞ、岡田と荒波は守備範囲も広くて肩も強いし」

「内野だと耀ちゃんも守備上手いですよねぇ」

 

今日の練習を見て感じた事を共有する2人。

指揮官である2人の考えを伝え合う事で、作戦の精密さも上がる。

 

 

「他は特に無いかな、引き留めて悪かったな」

「そんな……監督と野球のお話できるの楽しいですから気にしないで下さい!」

「嬉しいこと言ってくれるな、じゃあまた明日な」

「はい、また明日」

 

最後まで残った千秋を見送り、監督は深いため息をつく。

 

「灰原監督? 大丈夫ですか?」

「平気ですよ、ちょっと考え事してただけです」

 

心配という気持ちが乗った声色で伺ってくる小林に、ぎこちない笑顔で返事を返す監督。

今度は聞こえないように、もう一度小さく息を吐く。

 

(……いい加減、決めなきゃならないよな)




佐久間と監督の名前を同じにしたのには、別に意味はありません。
女性がこれだけ集まってるんだから、同じ名前くらいいるよねって感じで付けました。


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第9球 珍しさの連鎖

今は連日雨が降り続ける時期。

湿度も高く不快感を覚えるが、彼女達にとっては問題点はそこではない。

 

「外で練習したい〜……」

「もう4日も雨降り続けてるし、いい加減外練したいね」

「ピッチャーはやっぱりマウンドに立ってこそだと思うんだよ!」

 

強い雨が降りしきる外を、恨めしそうな顔で見つめる神宮と洲嵜。

広くはない室内練習場に14人、この場の密度は高い。

 

「外野も守備練満足に出来ないからなぁ」

「てか外で走りたい!」

「中学の時とかさ、階段で走り込んでる奴いたよな〜」

 

荒波と岡田も2人の会話に賛同し、まともに練習が出来ない現状に不満を漏らす。

 

「私らも階段で走るか!」

「いや普通に迷惑でしょ」

「だよね……」

 

提案を却下され目に見えて落ち込む岡田。

しかしすぐ立ち直った事から本気ではなかったのが分かる。

 

 

 

その頃部室では、監督が1人ため息を吐いていた。

他に持っているのは全12戦の練習試合の成績が書かれた紙。

 

(防御率2.18と1.96か……誤差ではあるが、これは……)

 

浜矢と洲嵜の成績表を険しい顔で眺める。

暫くして、決意を決めた表情で立ち上がる。

 

(……きちんと説明して納得して貰おう。それに起用法自体は去年と変わらない)

 

監督は何か(・・)が入った段ボールを持ち部室を後にする。

雨に濡れないよう注意しながら歩みを進め、室内練習場の扉を開ける。

 

 

「集合! 背番号配るぞ!」

「背番号?」

「至誠はゼッケン自分で付けるタイプのユニフォームなんだよ」

「へー、中学は貰った時から刺繍されてたなぁ」

 

段ボールを開けるとそこには、人数分の公式戦用ユニフォームとゼッケンが。

それを見る監督の目には、未だ迷いが見えていた。

 

「……背番号1、洲嵜」

「えっ?」

 

驚きに目を見開き浜矢の方を一瞥する。

浜矢は洲嵜の視線に気づくと、笑顔で一言。

 

「凄いじゃん! ほら、早く受け取れよ!」

「…………はい」

 

納得がいかない、だけど嬉しい。

そんな複雑な感情が混じり合った顔のまま、栄光の背番号1を受け取る洲嵜。

 

(……なんで私なんだ、浜矢先輩の方がいいのに)

(やっぱりエースは洲嵜か……)

 

お互い相手の方がエースに相応しいと考えていた。

だが浮かない顔をしている洲嵜に対し、浜矢は晴れやかな表情。

 

 

スタメンの背番号はポジション別に振り分けられ、控え選手の番になった。

 

「10番、浜矢」

「はいっ!」

 

背番号10は至誠では2番手投手の証。

2番目に評価されている事実を、ユニフォームと一緒に受け取る。

 

「11番神宮!」

「はーい!」

 

中継ぎである神宮の背番号は11。

今の至誠投手陣の中では、一番下の評価を受けてはいるがそれには納得している様子。

そして12番は伊藤が、14番は石川が受け取った。

 

 

「じゃあ最後、千秋は13番な」

「今年も良いんですか……?」

「登録しておけばコーチャーにも出せるし、それに枠はまだ空いてるからな」

 

誰よりも嬉しそうにユニフォームを貰う千秋。

その姿を見て自身も嬉しそうにしている浜矢を、鈴井はじっと見つめていた。

軽い筋トレに守備練習、投球練習と素振りで本日の練習は終わる。

 

 

「浜矢」

「伊吹ちゃん」

 

帰り支度を進める浜矢を鈴井と監督が同時に引き止める。

2人に同時に声を掛けられ、笑いながら2人に近づく浜矢。

 

「何ですか?」

「背番号の事なんだが……」

「伊吹ちゃんは納得してるの?」

 

いきなり直球で聞く鈴井に苦笑いをする監督。

鈴井の聞き方に慣れている浜矢は気にすることなく答えた。

 

「悔しいけど、納得はしてるぞ? 成績良いのはあっちだし」

「……私は確かに成績で背番号を選んだ、けれど浜矢を評価していない訳じゃない」

「それは分かってますよ、だから10番をくれたんですから」

 

人数が増えた分背番号は1つ後ろになった。

だが10番ということは投手として評価されたのを意味する。

それが浜矢にとっては何よりも喜ばしい事だった。

 

 

「起用法自体は去年と変えない、2枚看板で行く」

「……なら何も問題は無いです!」

「ありがとう、浜矢」

 

明るくそう答えた浜矢だったが、鼓動は運動後だからという言い訳で誤魔化せないレベルで速くなっていた。

 

(監督の性格的に2枚看板にするとは思っていたけど、確信は持てなかった……。本当に良かった)

 

洲嵜がエースになる事で、自分の登板が減るのではないか。

その不安を抱えていた浜矢はようやく安心できたのだ。

 

 

「少なくとも来年までには……」

「監督!」

 

鈴井の言葉を遮って浜矢が話し出す。

遮られた事に少し苛立ち、眉をひそめて浜矢の方を見た鈴井。

しかしその次の言葉は出てこなかった、鈴井の目に映る浜矢が珍しかったからだ。

 

「大会が始まったら、私を10番にした事後悔させてあげますよ!」

 

悪戯を仕掛ける子供の様な顔。

滅多に見せないその顔に、鈴井ですらも拍子抜けしたのだ。

浜矢は呆気に取られている2人に挨拶をして部室を出る。

 

「…………あいつ」

「強いですね、伊吹ちゃん」

「だな」

 

教え子の成長を実感した監督は、浜矢が出て行った扉を微笑見ながら見つめた。

 

(呼び止める必要なんて無かったかもな。……それにしても、近くで見てたつもりだったのに今更成長に気付かされるとは)

 

 

「これからも相棒を支えてやってくれよ」

「言われなくてもそのつもりです……お互いに」

 

はにかみながら言う鈴井を見て、今日は珍しい顔をよく見る日だなと思う監督。

自身が見出した才能同士が認め合い、実力を高め合っている。

それがどうしようもなく嬉しくて、監督も珍しく満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

月日は流れ開会式当日。

じりじりと照りつける陽の光に、長時間熱されたアスファルト。

上下から違う種類の熱を感じいつ熱中症になってもおかしくない暑さの中、球女達は一堂に会した。

 

「あっちー! こんな中野球やるとかバカでしょ」

「今更それ言う? それにまだここは神奈川だから」

「まぁ沖縄とかに比べりゃマシだろうけど……」

 

額にじんわりと汗をかきながら浜矢が項垂れる。

鈴井も口調は冷たいがこの暑さには参っているようで、アンダーシャツで汗を拭っている。

 

 

「ピカー、夏にアンシャ着るのってどうなの?」

「…………は? 私?」

「え、うん」

「何そのあだ名」

 

ひかるだからピカ! と岡田に元気よく言われ頭を押さえる三好。

三好は七分丈のアンダーシャツを着用しているが、岡田は半袖の物なので腕の汗は吸い取れない。

 

「外野はダイビングキャッチするでしょ、怪我防止にもなるから長袖着れば?」

「汗でへばりついて着替えめんどいんだよ〜……それに私は飛び込まなくてもある程度なら捕れるから!」

 

岡田の守備範囲の広さは尋常では無い。

プロの舞台で戦ってきた監督を持ってしても、最高の外野手だと絶賛する。

 

「それに陸上だとユニフォームは出来る限り軽くしてたんだよね、だからこっちのはまだ慣れないな」

「そういや陸上って布面積少ないか」

 

陸上から野球に転向した岡田からすれば、わざわざ服を重くする意味が分からなかった。

郷に入れば郷に従え、三好は岡田にそう言い切った。

 

 

 

至誠が集まっている場所から少し離れた地点で、蒼海大の選手が入場を心待ちにしていた。

 

「今年は必ず優勝するぞ! 打倒至誠!」

『オー!!』

 

キャプテンの一声で部員が大声を出す。

神奈川の頂点に立つ高校、そう言われれば誰もが蒼海大と答えていた。

しかし昨年は至誠にその座を譲った、これは蒼海大のメンツに関わる事であった。

 

「てかこれ聞こえてんじゃないすか?」

「聞いててもいいさ! むしろ聞かせてやれ!」

 

佐久間が至誠が集まっている方を眺める。

実力を見定める様に、1年生を中心にじっと見つめる。

 

 

(……ん? 浜矢(アイツ)の背番号……)

 

彼女は浜矢が1番でない事に気づいてしまった。

それが分かった瞬間、苛立ちや悲しみなどの感情が心の中に渦巻いた。

 

(何やってんだよ、お前なら1番取れるだろ。クソッ……! 私が言えたことじゃないのが1番ムカつく)

 

佐久間の背番号は昨年と変わらず18番であった。

しかし彼女の場合は、1番でないならこれを希望すると言って得た番号。

実際は浜矢と同じ2番手投手の評価を受けていた。

 

「玲? どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです」

 

不機嫌そうに浜矢の方を一瞥し背中を向ける。

球場中に選手入場のアナウンスが響き、彼女達は入場を始めた。

 

 

 

開会式が終わりバスに乗り込んで、学校で解散。

寮生はそのまま寮に向かい、それ以外の部員はそれぞれの帰路に着く。

しかし青羽はいつまで経ってもそこから動こうとしなかった。

 

「翼ー? 帰るよー」

「……ああ」

「なになに? 考え事?」

 

青羽の様子に気づき他の3年生が集まる。

思った以上に注目されてしまい、気まずそうな顔をしながらもぽつりぽつりと語り始める。

 

「私達は今年で最後……だから、悔いが残らないようにしたいと考えてただけだ」

「だよね……やっぱり今年もまた優勝したいよ」

「今年の至誠も強い! だからイケるって!」

 

青羽の言葉に山田と菊池が賛同する。

言葉は無かったが金堂も頷いていた。

 

 

「私が守備も引っ張るし先頭で出る!」

「なら私がチャンスを広げて」

「……私が決める」

「そして私がダメ押しの一発を打つ!」

 

菊池が人差し指を立ててそう宣言し、それに続き金堂も自信を持った声で言う。

一瞬の間を開け青羽が強い意志を込めた声で呟き、山田が得意げな顔のまま叫ぶように喋る。

 

 

何かを閃いた金堂が手を自身の前に差し出す。

彼女の意図に気付いた3人がその手の上に、次々と自身の手を重ねていく。

 

「泣いても笑っても最後なんだ、だから自分達の力を全部を出し切ろう!」

『おーっ!!』

「……おう!」

 

キャプテンである金堂の声出しに他の3人も応え、夏の夜空に鋭い気合いの声が響き渡った。



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第10球 作戦会議

今年も神奈川県予選が始まる。

2日目の第一試合は市大藤沢の試合となり、至誠ナインはテレビの前で観戦していた。

 

《さあピッチャーゆっくりと振りかぶって……投げた! 内角の球に詰まらされ……最後のアウトが宣告されました!》

 

「……決まったな」

「うん、予想通り初戦の相手は市大藤沢……」

 

市大藤沢が初戦を5回コールド勝ち。

10-0と圧倒的な実力を見せつけた。

 

「思ったより手強そうだね」

「ならやる事は1つですね! 作戦会議しましょう!」

 

千秋がニコニコしながら、かき集めたデータの詰まったタブレットの画面をモニターに映し出す。

 

 

「まず注意すべきはエースと4番です」

「喜多と古野か……」

 

千秋がタブレットを操作し、エース兼セカンドである喜多のデータを出す。

 

「ナックルカーブを軸に投球する技巧派投手ですが、注意すべきは打撃の方です」

「確か高校通算36本だっけ」

「はい! それにミート力も高くフィールディングも良いので、正直野手として出てきた方が厄介ですね」

 

そう言ってセカンドとして出場した喜多の映像を見せる。

二遊間を襲う痛烈な打球に滑り込みながら追いつき、すぐさま体勢を直し正確な送球をする姿が映し出された。

 

「上手いな……動きの一つ一つが綺麗だ」

「打撃の方も、対左にもチャンスにも強いので抑えるのは難しいですね」

「得点圏で回しちゃいけないって事か」

 

浜矢は強敵と闘える事を楽しみにしているようだ。

次は投手としての喜多の映像が流れた。

 

 

「ナックルカーブ、変化は小さいね」

「けどストレートはノビがあるし、奪三振能力に長けてるよ」

「……これ見た感じだと、野手の方が厄介ってのは分かるな」

 

(良い球を投げてるとは思うけど、怖くはないんだよな……)

 

同じ投手である浜矢は喜多の投球を的確に評価していた。

喜多は投げてる球は良いが強打者は抑えられない選手だ、そこを勿体無いと評する野球関係者も多い。

 

「てか球遅いな」

「けとリリースはどの球種でも一緒なんだよね……なんか変な投手」

「あはは……纏めると、喜多さんは投手より打者として警戒した方がいいです」

 

高卒でプロ入りするならば間違いなく野手転向をする、千秋はそう締めくくった。

続いて4番である古野の映像を移す。

 

「古野さんの特長はなんと言っても圧倒的なパワー! 見て下さい」

 

アウトローの緩い変化球を容易くスタンドイン。

それがどれだけ難しいことかはこの場の全員が知っている。

長い沈黙を経て金堂が口を開く。

 

「けど、確か左は苦手なんだっけ?」

「そうです! そこを考慮すると、市大藤沢との試合は真理ちゃん先発にしようかなぁと」

「そういう事でしたら投げますよ」

 

4番を封じ込めれば幾分かは楽になる。

至誠の初戦の先発投手は洲嵜に決まった。

 

 

「せんしゅー、喜多は先発しそうなの?」

「多分……初戦は2番手だったし次は喜多さんでくるとおもう」

「投手喜多の弱点は?」

 

浜矢に聞かれると千秋は、喜多の細かなデータを出す。

そこにはカウント別被安打や四死球率なども書かれていた。

 

「これを見て貰えば分かると思うんだけど、対左時の被安打が多いね」

「左が苦手なんだ」

「うん、だから左の子はスタメンで出すからね!」

 

千秋がそう言うと荒波と石川がガッツポーズをし、2人の騒ぎっぷりを見て呆れた顔をする三好。

スイッチヒッターである彼女もスタメンは確約されている。

 

 

「センパイ! 私はポジションどこですか!?」

「実はどうしようか迷ってるんだけど、ライトかセカンドかな」

「ならセカンドやっていいよー、私は左そんな得意じゃないし」

 

3年生は最後の夏である、それを知っていながら菊池は後輩にスタメンを譲った。

それには流石の石川も驚きを隠せなかった。

 

「えっ!? い、いや流石に先輩が出た方がいいですよ!」

「喜多みたいなタイプほんと苦手なんだって、そんなのが1番に座ってても邪魔でしょ? だからイッシーに任せたよ」

 

そのかわり初戦以降の試合は私が出るからな、と言い切る菊池。

 

「菊池先輩……千秋先輩、私セカンドで出てもいいですか?」

「もちろん! 菊池先輩、ありがとうございます」

「いいっていいって、チームの勝利の為だよ」

 

(分かってても実行に移すのは難しいんだけどね……)

 

口にはしなかったが、金堂は菊池を褒めていた。

自分が同じ立場に立ったら同じ事が出来るか、確実に出来ると言える自信は金堂には無かったからだ。

 

 

「スタメンは決定した、ならやる事は決まってますよね?」

「……練習するよ!」

『おー!!』

 

千秋の問いかけに金堂が立ち上がって指示を出すと、他の部員も一斉に叫びグラウンドへ一目散に向かう。

去っていく後ろ姿を眺め監督と千秋、小林は笑い合った。

 

 

 

「まずは当日のスタメンでノックするぞ、残りは千秋からメニューを聞いてくれ」

「じゃあ明日のスタメン発表しますね!」

 

千秋から市大藤沢戦のスタメンが発表された。

 

1番 石川灯(二)

2番 三好耀(遊)

3番 金堂神奈(一)

4番 青羽翼(左)

5番 山田沙也加(三)

6番 鈴井美希(捕)

7番 荒波友海(右)

8番 岡田早紀(中)

9番 洲嵜真理(投)

 

 

「てか私のとこに友海入れて、灯はライトじゃダメだったんですか?」

「市大は長打力があるチームだから、できる限り外野は守備重視で起用したかったんだ」

 

疑問に思った岡田が千秋に尋ねるが、そうしなかった理由を返された。

石川はあまり肩が強くなく、更に本職ではない分荒波や岡田と比べると外野での守備力は低い。

 

「それに公式戦でのエラーは怖いからね、緊張している初戦では本職で出してあげたかったんだ」

「そんなとこまで考えてるんですね……」

 

チームの初戦でミスをすればその後のプレーに影響が出る可能性がある。

いくら本職ではないと言っても、ミスをした本人は引きずるだろう。

そこを考慮してセカンドで石川を起用した。

 

 

「さっ! ベンチメンバーもやる事はあるからね! 伊吹ちゃんと空ちゃんは的当て、野手陣は室内でマシン打撃しよう!」

「道具を運ぶのは手伝いますよ」

「先生! ありがとうございます」

 

小林がボールの入った籠を室内練習場に運び込む。

普段から授業に必要な道具を運んでいる彼女は、見た目とは裏腹に力持ちだ。

 

「伊吹ちゃんと空ちゃんは向こうね、ちゃんとネットで仕切っておいてね」

「はいよー、じゃあ神宮キャッチボールやろうぜ!」

「はいっ!」

 

投手の2人は千秋お手製の的で投球練習。

9分割にされた枠を狙って投げる事で制球強化に繋がる。

 

「野手はノック……って言っても彗ちゃんと菊池先輩しか居ないんですよね」

「その分いっぱい受けられるからよし!」

「キャッチャーは普段ノックの本数少ないので有難いです」

 

普段の練習でのキャッチャーゴロやキャッチャーフライの本数は少ない。

しかし今は満足いくまでノックを受けられる、それは1年で成長中の伊藤にとって有難い事だった。

 

 

「2人とも50球投げ込んだらこっちに来てね!」

「はーい」

 

ピッチャーは9人目の野手とも呼ばれるポジション、フィールディングを鍛えるのは大切だ。

 

「じゃあノック始めますよ!」

「しゃーこい!」

「ノーミス狙いますよ」

 

千秋によるスパルタノックが始まった。

軽やかな動きでどんな球でも捕る菊池、派手さはないが正確かつ丁寧に守備をこなす伊藤の2人。

 

(菊池先輩は守備は文句なし……彗ちゃんも捕ってからが速い)

 

動きを見て脳内でデータを更新していく千秋。

監督のデータ収集力、千秋の観察眼があるから至誠の選手は実力を100%発揮できる。

 

 

 

「サード! ……今の前に出なかったら捕れたぞ! 何でも前に出ないで状況判断しっかりな!」

「すみません! もう一回!」

「次は捕れよー……ナイス! 今のだよ今の!」

 

グラウンドでは監督による厳しいノックが行われていた。

守備範囲ギリギリを狙い強い打球を打つ、彼女のやり方は実力はつくがその分疲労も溜まりやすい。

 

「セカン! よーし、石川いいぞ! 今の続けていけよ!」

「はいっ!」

 

このノックでは内野を集中的に鍛えていく。

打球が多く来るのは内野なのだから、その内野を鍛えるのは大会を勝ち進むんでいく為に必要不可欠だ。

 

「外野もいくぞ! 捕ったらすぐバックホームな!」

「こーい!」

 

高く舞い上がった打球を助走しながらキャッチし、その勢いのままキャッチャーの鈴井へ矢のような送球。

 

 

「岡田いいよ、完璧!」

「ありがとうございまーす!」

 

(岡田の守備は問題無し、どころか全国トップクラス……それだけに打撃がなぁ)

 

練習試合での成績は26打数5安打、打率.192。

守備では素晴らしいプレーを連発していたが、流石にこの打撃は何とかしなければならないと監督は思っていた。

 

(まだ1年だし打撃を集中的に鍛えて、3年になる頃にはまともに打てるようにしたいな)

 

育成プランは既に立ててあるが、その通りにいかないのが野球だ。

監督はしっかりと個人を見て適切な指導をしようと決意した。

 

 

 

「はい終了! みんな片付けるよー!」

「千秋さんは少し休憩しましょう、私が代わりにやりますよ」

「先生? でもみんなが動いているのに私だけ休むのは……」

「こうでもしなきゃ千秋さんは休まないでしょう?」

 

小林の言っている事はもっともだ。

部活が休みの日も他校を研究し、時には現地に赴いてまでデータを収集する。

千秋は生徒でありながら、監督や小林と同レベルの作業量をこなしている。

 

「そうそう! せんしゅーは休みなって! これもトレーニングだから」

「伊吹ちゃん……ごめんね?」

「謝るんじゃなくてお礼言ってほしいな〜」

「……ありがとう」

 

浜矢の気遣いが千秋の心に染み渡る。

ほんわかとした優しい空気の中片付けは終わり、スタメン組と合流。

情報を共有して本日は解散となった。

 

 

 

「先生もありがとうございました」

「試合になると出来る事がないですし、練習くらいは手伝いますよ」

「千秋がお礼言ってましたよ」

「ふふっ、お礼を言うのはこちらの方なのに……」

 

小林は千秋に野球について教えて貰った、というよりも千秋の近くにいる関係で自然と知識が耳に入ってきていた。

ルールも分からなかった最初の頃に比べ、今は専門用語も少しずつではあるが覚えてきた。

 

「皆さん頼もしいですね」

「高校生の成長速度って怖いですよね」

「本当にそうですよ、金堂さんだって初々しいと思っていたのに今じゃキャプテンしてますから」

 

小林は金堂達を1年生の頃から見守っていた。

家庭科教師であるが故に、様々な学年を見守れる。

 

(あまり主張しない子だと思っていましたが、あんなに皆を引っ張っていける力があったんですね……いや、その力が身についたんですかね)

 

高校生の成長速度は目を見張るほど速い。

少し見ないうちに大人びるのはこの時期の子供にはよくある事だ。

 

 

「浜矢さん達の成長も楽しみです」

「あの3人は多分1番成長しますよ、野球も精神も」

「でしたら、私達はそれを支えてあげないといけませんね」

「ええ」

 

生徒を評価するのは大人の役目。

2人の大人は、自身の教え子を高く評価していた。



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第11球 夏大開始!

市大藤沢との試合当日となる。

至誠は初戦だが相手は2試合目、球場の雰囲気やグラウンドに慣れているのは相手である。

 

「早い段階に喜多さんを打ち崩して降ろす! クリーンナップは長打警戒! この2つを頭に入れて戦いましょう!」

「観客は去年の夏から私らの公式戦を観ていない、成長した姿を見せて度肝を抜かせてやれ!」

『ハイッ!!』

 

じゃんけんの結果により先攻は一台藤沢となった。

前日に発表されたスタメンが守備位置につく。

 

(まさか初戦の先発が私とは……任されたからにはやるしかないか)

 

マウンド上で息を1つ吐いて空を見上げる洲嵜。

今はやる気よりも緊張が勝っている状態だ。

 

「完封する気で投げてね、全部受け止めるから」

「分かりました……よろしくお願いします」

 

鈴井と洲嵜がハイタッチをするのを、浜矢はベンチで面白くなさそうに見ている。

 

 

「くそぅ……あのポジションは私のなのに」

「次の試合は伊吹ちゃんが先発だから、ね?」

「…………我慢する」

 

心から納得している訳ではないが、千秋に言われたら仕方ないといった表情でそう答える。

 

(エースの座まで獲られてんのに、鈴井まで獲られたら堪ったもんじゃないぞ)

 

「心配しなくても真理ちゃんには空ちゃんがいるよ?」

「……ナチュラルに心読むのやめよう?」

「伊吹ちゃんが分かりやすいだけだよ〜」

 

千秋であれば本当に心を読むことも出来そうだな、と浜矢は思う。

 

「今日はどんな試合になりそうですか?」

「鈴井に相手の苦手コースは伝えてある……だから洲嵜の調子次第ですね」

「なるほど……」

 

小林と監督が今日の試合展開の予想をしていた。

彼女が自分から野球の話を振ってくるのは珍しい、と監督は感じた。

 

 

 

鈴井という全国クラスの捕手に洲嵜という中学No.1左腕の投手。

その2人が合わされば、激戦区神奈川でも圧倒するのは当然とも言えた。

初回を3人で完璧に抑えた洲嵜がベンチに戻る。

 

「洲嵜ー、ナイピ!」

「浜矢先輩……ありがとうございます」

 

浜矢はさっきまでの機嫌の悪さはどこへ行ったのか、今は洲嵜の好投を讃えている。

 

「さぁ初回から点取っていきますよ!」

「イシー! とりあえず出塁してくれ!」

「はい!」

 

 

1回裏の攻撃が始まり石川が打席に入り、マウンドには予想通り喜多が上がる。

 

(喜多さんか……ナックルカーブが厄介って言ってたし、最悪それは捨てよう)

 

喜多がスリークォーターから初球を投げ込む。

その球はまさかの真ん中付近の絶好球。

 

(甘い、もらった!)

 

捉えたと思ったその球は石川に手の痺れを与えつつ、セカンドへの平凡なゴロとなった。

 

「甘かったと思ったんですけどね」

「手元で小さく曲がった……カットボールかな」

「だから詰まった感覚があるんですか」

 

喜多はナックルカーブとノビのあるストレート、そして直球と惑わすカットボールがある。

 

 

(カットボールか……ギリギリまで見極めて打つしかない)

 

三好はバッターボックスの後方に立ち、変化を見極められるようにした。

その作戦は的中しカットボールにも対応出来ている。

 

7球粘り2-2の並行カウントまで持ち込んでからの8球目だった。

外角高めにすっぽ抜けの様な球が投げられ、三好は見逃そうとしたが。

 

(いやっ、落ちる! カットだけなら出来るはず!)

 

「ストライク! バッターアウト!」

「っ……!」

 

しかし反応が遅れたのは大きく、空振り三振となった。

 

「意外とあのナックルカーブ厄介そうです」

「小さく曲がるからああいう投球も出来るんだね……引き出してくれてありがとう耀ちゃん」

「いえ、どっかの灯が初回の先頭だってのに初球打ちしたから粘っただけです」

「うっ……、ごめんごめん!」

 

 

三好は初回の上位打線は粘って、全球種を投げさせるのが役割だと考えている。

その為甘いからと初球打ちした石川を少し叱る。

 

「次からはちゃんと粘るよ!」

「そういえば灯って粘れたっけ?」

「…………無理」

「じゃあやっぱ私が粘るから好きに打っていいよ」

 

石川は2ストライク時の打率が低い。

対して三好は打率自体は低いものの、余程のことが無い限り粘る事ができる。

だからこそ三好は不動の2番打者として確立している。

 

 

 

金堂がヒットで出塁したものの、青羽の打球はショート正面のライナーとなり3アウト。

この初回の投球そのままに、その後は投手戦が続き3回まで両チーム無得点。

 

「敵ながら喜多さんは良い投手ですね」

「まぁ去年の秋に参考記録ですけどノーノー達成してますからね」

「確か5回までだったか」

 

昨年の秋季大会2回戦、新チームのエースとなった喜多は5回をノーヒットノーランで抑えた。

コールドゲームだった為参考記録ではあるが、あの試合で彼女の名は全国に知れ渡った。

 

「真理ちゃん、クリーンナップからだから警戒ね」

「はい、抑えてきます」

 

千秋に見送られ洲嵜が4回のマウンドに上がる。

3番から始まるこの打順、4番の古野の前にランナーは出したくない。

 

 

ロジンバックを触りながら心を落ち着かせる洲嵜。

鈴井も至って冷静に、前打席でのスイング等を考えながら脳内で配球を組み立てる。

 

(この人はさっきスラーブを打ちにくそうにしていた……なら初球からいこうか)

 

サインに頷いてスラーブを内角高めに投じる。

左対左の対決、体に向かってくる球は反射的に仰け反ってしまう。

しかしボールはストライクゾーンを通過し1ストライク。

 

(次はスクリューをアウトローにお願い)

(分かりました)

 

スクリューは利き手側に曲がる変化球、外に投げれば明らかなボール球になると思われた球がゾーン内に入ってくるのだ。

打者からすればかなり打ち辛い球なのは間違いない。しかしこの大事な一球で洲嵜は。

 

 

(あっ、しまった……!)

(ヤバッ、失投!?)

 

すっぽ抜けた球は真ん中高めに浮いた。

それをクリーンナップを張る選手が見逃す訳もなく、ジャストミートされ外野まで運ばれる。

 

 

(ツーベース……やってしまった)

 

結果はフェンス直撃のツーベースヒットとなった。

4番古野を得点圏で迎えてしまう所で、鈴井がタイムを取りマウンドへ向かう。

 

「真理平気? スクリューの調子悪い?」

「いえ、すみません……少し気が抜けてたのかも知れません」

「なら良かった、次はしっかり投げて抑えよう」

 

試合中でもやり取りを交わし、意識の食い違いがあれば配球を変える。

捕手として必要な能力が鈴井には備わっている。

 

(古野は左は苦手……なら内角ガンガン攻めてこう)

(はい、今度はしっかり投げきります)

 

内角低めにパームを投げ体制を崩させファール。

続いて内角高めにクロスファイヤーを放り空振りを取る。

 

(最後はスラーブで決めるよ!)

 

外角低めにゾーンギリギリを攻めるスラーブ。

それに手を出し力で無理矢理運ぶが、レフトフライに終わる。

 

 

「ドンマイ」

「あのスラーブは警戒した方がいいぞ」

「分かった」

 

4番の古野を抑えても、5番には喜多が座っている。

情報を共有してから喜多は右打席に入る。

 

(1年だっていうのに凄いな……流石は西東京の黄金左腕)

 

喜多は洲嵜と同じ西東京出身、2つ下の洲嵜の事も知っていた。

対戦した事はない為球筋は知らないが、その分映像を観てきた。

 

(古野さんもだけどこの人も威圧感あるな、慎重に入ろう)

 

内角低めのストレートであわよくば詰まらせる、そう思ってこの球を選んだのだろう。

しかし喜多は上手く体を使い、ギリギリまでバットのヘッドを出さずタイミングを合わせる。

 

甲高い金属音が昼の空に響き、白球はレフトスタンドに吸い込まれるように落ちていった。

試合を動かしたのは、エース喜多による先制ツーランホームラン。

 

 

鈴井はタイムを取りマウンドの洲嵜の元へ向かう。

 

「真理ごめん、今のは配球が悪かった」

「私も打たれないと思って首を振りませんでした、先輩だけの責任ではないです」

「……そうだね、この後は抑えよう!」

「はい」

 

まだ試合は中盤だ、諦めるには早すぎる。

バッテリーは気持ちを切り替え後続をしっかり打ち取った。

 

「すみません、先制されてしまいました」

「あれを打たれたら仕方ないよ、ほら野手陣援護してやれ!」

「こっちもクリーンナップからだからね! 得点は期待できるよ!」

 

 

 

金堂が打席に入り真剣な表情でマウンド上の喜多を睨む。

その姿は普段の温厚な彼女からは想像が出来ない。

 

(至誠で1番警戒すべきバッター……対戦するのを楽しみにしてたよ)

(野手と比べれば、投手の喜多は脅威度は低い……私なら打てる!)

 

援護を守り抜きたい喜多と、後輩を援護したい金堂の戦いが始まる。

初球のストレートは見逃して1ストライク、2球目のカットは手を出さず1ボール。

 

2球続けてのカットは惜しくもファールで2ストライク。

しかし追い込まれてからのナックルカーブにも食らいつき、フルカウントになるまで粘った。

 

 

勝負の一球は高めのストレート、ノビがあり想像よりも打ちにくい球。

それに対し金堂は踏み込んでバットを出す直前まで振った。

スイングギリギリの所で止め、キャッチャーが塁審へスイングの判断を求める。

 

セーフのジェスチャーがなされて四球となり出塁。

普段ならボール球でも迷わずスイングしていたが、この大事な場面でハーフスイングを選んだ。

 

(ノビがあるから当てられてもヒットになるか分からなかった……振らないでよかった)

(この場面で止めてきたか……昔の君だったら迷わず振ってたのにね)

 

 

 

ノーアウト一塁で打席には4番の青羽。

威圧感を放ちながら打席に入り、ルーティンをする。

 

(ここで1番欲しいのはホームランだけど、喜多みたいな投手にそんなスタイルで攻めたら最悪ゲッツー……ならば)

 

初球のインローのカットボールを無理矢理引っ張りレフト前。

ノーアウト一・二塁で山田に繋いだ。

 

(ここで私かよ! 全く翼は無茶振りばっかして……けど)

(お前はこれくらいの方が燃えるだろ?)

 

塁上の青羽と視線を交え、喜多に向き合う山田。

プレッシャーは感じているが、その緊張感が楽しいといった雰囲気だ。

 

 

得意球であるナックルカーブをアウトローに。

普通の打者相手ならば当たるのが精一杯の球だろう。

だが、山田はその辺にいくらでもいる打者ではない。

 

「なっ……!」

「逆転スリーラン!! ナイバッチ!」

「山田せんぱーい! 好きでーす!」

「イェーイ!」

 

白球はあっという間にスタンドに突き刺さり、逆転スリーランとなった。

ベンチと観客席からの歓声に応えるように、満面の笑みでダイヤモンドを一周する。

 

「ありがとうございます」

「いいって! いやー、打てて良かった!」

「チーム第1号おめでとう」

 

今年のチーム初の公式戦本塁打を放ったのは山田だ。

4番だが後続を信じて託した青羽の采配も光った。

 

 

 

「洲嵜、どうよ?」

「……これだけ援護を貰ったら、負ける訳にはいきませんね」

 

浜矢は具体的に質問はしなかったが、同じ投手の洲嵜は意図を読み取った。

 

援護を貰った洲嵜は、今度は宣言通り完璧に抑え5回2失点。

リリーフで登板した神宮は2四死球を出したものの、要所は抑え2回無失点。

打線も6回に2点を追加し5-2で快勝した。



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第12球 自分らしく

市大藤沢の選手は泣き崩れていた。

来年であればベスト16争いには食い込める、それが今年は2回戦負け。

至誠でなければとベンチ外の選手の多くは思ったが、スタメン組は違った。

 

2回戦でなくともいずれ戦っていたであろう相手。

そこを勝たなければ優勝は無いのだから、至誠でなければというのはただの言い訳だと。

 

 

 

グラウンドから出て監督を待っている最中だった。

 

「金堂」

「喜多……久しぶり」

「覚えててくれたんだね、嬉しいよ」

 

喜多と金堂は同じ東京都出身で、一度ではあったが対戦した事もあった。

 

「流石に覚えてるよ、昔から有名だったんだから」

「それは君の方だろう? 東京の安打製造機なんて呼ばれてたじゃないか」

「私なんて打率だけの打者だよ、殆ど単打しか打てないし」

 

その打率をキープするのがどれだけ難しいのか、喜多はそう思いはしたが口にする事はなかった。

 

 

「……1度くらいは勝ちたかったよ、君に」

「喜多……」

 

中学での対戦成績は4-4で金堂の圧勝。

試合も5-3で敗れ個人でもチームでも負けた相手だ。

 

「けど、君が至誠に入って腐らなくてよかったよ」

「ちょっとそれどういう意味?」

「至誠は体罰事件があったからね……もしかしたら君の才能が傷付けられる事があるかもと、少しだけ危惧してたんだ」

 

体罰事件があったのは金堂が入学する2年前。

たった2年で体制が変わる筈がない、喜多はそう考えていた。

 

 

「けど杞憂だったみたいだね、まさかあの灰原選手が監督をやっているとは思いもしなかったよ」

「じゃなかったら入学してないよ」

「だね、君は合理的に物事を考えるタイプだ」

「……それはお互い様じゃない?」

 

喜多も自身の性格やプレースタイルを自己分析し、1番合っている高校を選んだ。

その高校の強さではなく、自分らしくプレーできるか。それを喜多は重要視していた。

 

「私達ってもしかして似てるのかもね?」

「私と君が似ている? そんなに自分を卑下する事ないよ」

「卑下してるのはそっちだよ……喜多と似てるって言われたら嬉しいよ」

「そうかい?」

 

喜多は野球も文句無しで上手いが、学業面も優秀だ。小中と成績はオール5をキープし続けた秀才。

 

 

 

「そろそろ時間だ、最後に聞かせてくれ……君はプロを目指しているのかい?」

「勿論だよ、喜多は?」

「…………そうだね、私も高卒でプロを目指す事にしたよ」

 

金堂がその返答について疑問をぶつけようとしたが、喜多は気にせず自らが率いるチームの方へと歩いていった。

 

(自分がまだこんなに熱くなれるとはね……彼女とまた、プロで戦いたいと思うなんて)

 

喜多は高校で野球を辞めようと考えていた。

両親を始めとした周囲は、彼女の頭脳に価値を見出していたからだ。

 

 

(市大で自分らしくプレー出来た……なら今度は、自分らしく生きるんだ)

 

その後ろ姿を見送った金堂は、自然と口元が緩んでいた。

何か言われた訳ではない、だが喜多が何故あんな発言をしたのか。

あの発言に隠された意味を読み取ったからだ。

 

(私と戦う事に執着してくれたんだ、あの完璧超人の喜多が)

 

「神奈」

「翼? ごめん今行くよ」

 

青羽に呼ばれ至誠のナインが集まる場所へと向かう金堂。

高校の間に会う事は恐らくもうないが、それでも彼女達はお互いの存在を忘れる事はないだろう。

 

 

 

 

学校に戻り他校の試合を観戦し、3回戦の相手を確かめる。

 

「2回戦の相手は京王義塾! まさか3回戦で当たるとはね」

「かなりの激戦が予想される、気を引き締めていこう」

 

昨年は準決勝で当たった京王義塾高校。

2、3回戦と強大な相手との戦いが続く。

 

「京王の4番はセンターの米原さん、魔術師という異名を持つ守備職人です」

「だが打撃も素晴らしいぞ、昨年の秋から打率は5割台をキープして本塁打も多い」

 

右投右打の大型外野手、京王義塾の米原。

本人は自身を守備型と評するが、打撃も全国トップクラスだ。

 

 

「京王は打撃型のチーム、1番から9番まで気を抜かないでね伊吹ちゃん!」

「任せとけ! 私が完璧に抑えてやる!」

「気合十分だな、なら今日は浜矢と野手陣でフリー打撃だ!」

 

監督のその言葉に反応し、一気にやる気になった3年の強打者組。

浜矢も臆する事なく頬を叩いて気合を入れている。

 

 

グラウンドに移動し、まずは1番打ちたがっていた金堂との対決。

 

「好調の金堂先輩が相手……どうする?」

「フォーク投げるのは怖いんだよね、多分狙われてるから」

「かといってストレートは得意だし……なら」

 

『スライダーで攻めよう』

 

同時に同じ言葉を発した2人は、一瞬の間を開けてからニヤッと笑い合った。

 

(2人は何話してたんだろう、まぁどんな球きても打つけど)

 

打席で待ちぼうけをくらっていた金堂は、そんなのは気にせず打つ気満々であった。

 

 

 

(初球はどうする?)

(……ストレート、絶対コントロールミスらないでね)

(分かった)

 

サインに頷いてから一つ息を吐く。

心を安定させてから初球のインハイへのストレート。

高めにノビのあるストレートを投げられたら、流石の金堂でも対応出来ないのか空振り。

 

「相変わらず良いストレートだね」

「ありがとうございます」

 

あの金堂がストレートに空振りをした、その事実に3年生がどよめいた。

 

「神奈って空振ることあるんだな」

「久しぶりに見た気がする〜」

「伊吹も凄くなってるんだなぁ」

 

3年間見続けてきた3人ですら、金堂の空振りを滅多に見たことはない。

彼女の類希なミート力の高さが分かる。

 

 

 

(まさかこの私が直球に当てられないとはね……さすが伊吹)

 

当人もまさか当てることすら出来ないとは思っていなかった。

後輩がここまで成長していた事に驚きつつも、素晴らしい投手と対戦出来て愉しそうにしていた。

 

(多分もうストレートは通用しない……ならボール球のフォークで)

 

アウトローにボール球のスライドフォーク。

金堂はバットを止め1ボール1ストライクとなる。

 

(今の振らないか、先輩も打撃スタイル変わったかな?)

(どうする? ボール球投げらんない?)

(……いや、まだ手はある)

 

同じコースにスライドフォーク、しかし今度はストライクになるように投げる。

今度はバットを振り抜いてファール。

 

 

(ツーエンドワンか、ここはボール球投げてくるかな?)

(もうボール球は投げないよ、最高の球をお願い!)

 

真ん中から外に逃げていくスライダー。

ボールではないと判断した金堂は当てにいくが、力の無い打球となりファーストゴロに終わる。

 

「ナイスボール、完敗だよ……美希も良いリードだったね」

「正直、最後の球当てられるとは思ってませんでしたよ」

「金堂先輩! 対戦ありがとうございました!」

 

高校通算打率6割弱の金堂を抑えた、それは浜矢と鈴井にとって大きな自信が付くものとなった。

 

 

浜矢が1日に投げていい上限の球数までフリー打撃を続ける。

その後は神宮と洲嵜が交代で投げ、実戦形式で練習をする。

打撃型の京王義塾だ、打球速度の速さについて行けるよう青羽や山田が多く打席に入った。

 

「よし終わり! しっかり休んで明日に備えろよ!」

「あざしたー!」

 

練習が終わると寮生が中心となって片付けを始める。帰宅に時間がかかる部員を気遣っての行動だ。

その一方でバッテリーは明日の試合について話し合っていた。

 

「伊吹ちゃん、調子は良さそうだね」

「洲嵜には負けてられないからな、合わせてきた」

「そっか、なら明日は完封してね?」

「出来る限り頑張るよ」

 

苦笑いでそう答える浜矢。

今の自分が成長したとは自覚しているが、それでもあの京王を完封出来る自信があるかと聞かれれば答えはNOだ。

 

 

「エース奪うんでしょ? だったらここでアピールしなよ」

「……そうだよな、京王だろうが何だろうが抑えてやる!」

「その意気だよ、私も抑えられるリード考えてくるから一緒に頑張ろう」

 

笑顔でハイタッチを交わすバッテリー。

2人の頭には「勝利」の2文字しか浮かんでいなかった。



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第13球 気持ちを切り替えて

恥ずかしながら人数以上の背番号は付けられないと知らなかった為、千秋の背番号を13に訂正しました。



京王義塾と至誠、注目のカードという事で3回戦ながら客席はほぼ満員だ。

強豪校同士の試合らしく、試合前の練習で緊張した選手がいる様子はない。

お互い妙なミスもなく練習を終え、試合開始の時が迫っていた。

 

「京王で警戒すべきは投手より打線! 最悪打撃戦も覚悟してくださいね!」

「エラーしたらそこから流れを持っていかれる、集中して試合に臨もう!」

『おうっ!!』

 

千秋と金堂の声出しで注意点を最終確認。

この試合は先攻なので1番の菊池から攻撃が始まる。

 

 

(1番の仕事は粘ること! 全球種引き出してやるから覚悟しとけよ〜!)

 

菊池は粘り続けスライダーとカーブを引き出した。

しかし最後に投げられたフォークには空振りし三振してしまう。

 

「ごめん、ツーシーム見せらんなかった」

「それは私に任せて下さい」

 

入学してから一度も変わらず2番に入った三好は、菊池が惜しくも引き出せなかったツーシームを投げさせた。

 

(2-2か……このバッテリーは確か、並行カウントからは釣り球を投げる傾向にある)

 

高めにストレートが投げられ、三好は少しも動くことなく見送った。

三好自身の判断通り、これはボールと宣告される。

 

 

(フルカンは絶対ゾーンに入れてくる、そこを叩く!)

 

千秋と監督から投球傾向を聞いていた、三好の判断は当たっていた。

ボールからストライクになるカーブにしっかり当てていくが、三塁線を破る事はなくサードゴロに終わる。

 

「粘ってくれてありがとうね」

「いえ……頼みました」

「うん、必ず打ってくるよ」

 

3番に入る金堂が守備シフトを見る。

 

(外野は前進気味……だけどレフトとサードの間は空いている、強く引っ張れないと思っているのかな?)

 

 

初球の外に投げていくスライダーは見逃す。

2球目のカーブも見送ってカウントは1-1。

3球目は内角高めに外れるツーシーム、金堂はその球に対し体制を崩しながらも振り抜いた。

 

芯で捉えられた打球はサードの頭上を超え、レフト前に落ちた。

 

「ナイバッチです!」

「打てて良かったよ」

 

ベンチは顔面に向かってくる球を巧みな技術で打ち返し、しかもヒットにしてしまう金堂に愕然としていた。

 

「今の打つのかよ……」

「流石に今の打てるのは人間じゃないでしょ」

「相変わらずの変態打ち……」

 

監督に菊池、浜矢が口々に思ったことを言う。

他の部員も何も思わなかったのではなく、驚愕すぎて何も言えなかっただけだ。

 

 

(何はともあれ得点のチャンス……青羽先輩、ここは長打狙いでお願いします)

(この状況ならそうだよな、任せとけ)

 

高めのストレートを打ち損じて1ストライク、低めのスライダーは見送って1ボール。

再度高めに投げられたカーブには反応せず追い込まれた。

 

最後の決め球も高めのストレート。

青羽はそれを初めから狙っていたかのように、迷いのないスイングでボールを捉える。

 

「左中間だ! 大きい!」

「打球はやっ!」

 

打った瞬間それと分かる打球だった。

初回から先制2ランを放ち良いスタートを切れた。

 

 

「なーいばっち!」

「おう、伊吹ちゃんと抑えらよ」

「当然ですよ! 何だったらもう援護なくても勝てますよ〜?」

 

祥雲戦の敗退で精神が鍛えられ、現在絶好調の浜矢はもう強敵相手にも臆さない。

山田が討ち取られチェンジになると、誰よりも早くベンチから出た。

 

「米原さんの前には極力ランナー溜めないように、気合入れて投げてね」

「もちろん! 誰が相手だろうと抑えてやるよ!」

 

ロジンを触ってから先頭打者と相対する。

左の俊足が持ち味の打者、言うならば打力が付いた荒波だ。

 

 

(この人は内角の球に強いけど速球には弱い、だからストレートで押すよ)

 

初球は外角高めにストレートで見逃し。

次はカーブで緩急を付ける筈だったが、外れてしまい1ボール。

3球目は内角高めのツーシームで仰け反らせる。

 

(高めのツーシームで仰け反らせた……なら次のこの球は対応できないはず!)

 

決め球として選んだのはアウトローのストレート。

前の球の効果もあり、低めの豪速球には反応が遅れ三振。

 

「ナイピー」

「ワンダンワンダン!」

 

(今日ストレートの調子良いな、もっと投げさせよう)

 

浜矢の調子が良い時のストレートは回転が多くなる。

回転が多くなればノビのある球となり、打者から空振りを取りやすくなる。

そして今の浜矢は絶好調だ、打者からすればまるで浮き上がっているかのような錯覚を覚える。

 

 

"浮き上がる"ストレートを駆使し三者三振に仕留め、初回の守備を終える。

浜矢はベンチに戻って水分補給をしながら、千秋と調子について話し合う。

 

「伊吹ちゃん今日調子良いね!」

「特にストレートが最高! 誰からでも空振り取れそうな感じする」

「うんうん、頼りにしてるよ!」

 

先頭の鈴井がツーベースを打って出塁。

7番に入った浜矢が素振りをしてから打席に立つ。

 

 

(ノーアウト二塁からどんな攻め方してくるのか分からないんだよな……けど、最低でも進塁打は打つ!)

 

浜矢は高めに浮いたフォークを弾き返すが、飛距離が出ずライトフライになる。

しかし鈴井の脚ならばタッチアップは余裕だった。

 

「ごめんな、ナミ頼むわ」

「任せて下さい! 追加点入れちゃいますよ」

 

荒波が左打席に入り、バットで地面を擦ってから構える。

オープンスタンスでバットをよく動かすのが特徴的だ。

 

 

(鈴井先輩の脚じゃ浅めのフライで還ってこれない……最低でも外野の最奥までは飛ばしたい)

 

荒波は初球から積極的に振っていくが、スライダーに空振り。

続くカーブにタイミングを外されファールとなる。

1球ボールを挟んでからの勝負球は、内に食い込むスライダーだった。

 

甘く入ってきた思った荒波はバットを振るが、曲がり始めたと気付いた時にはもう遅かった。

内に変化していく変化球をせめてカットしようとするが、窮屈なスイングとなりバットに掠ることすらなかった。

 

 

「友海ー、マジかよ」

「やっちゃったよ……早紀頼んだ」

「私に頼まれてもなぁ、頑張るけど」

 

ランナー三塁という絶好のチャンスで三振という最悪の結果を残した荒波は、ベンチに戻ってからも俯いていた。

 

「ほら荒波、声出せ! 自分の打席だけが仕事じゃないぞ、切り替えて応援するのだって仕事だ」

「……はい! 早紀打てー!」

 

監督はそんな荒波を直接的では無いが励ました。

チャンスでの凡退なんて誰にでもある、そこで気持ちを切り替えられるのが一流の選手。

プロの舞台で活躍した監督だからこそ、そう考えている。

 

(まぁ三振多いところは直さないとな……流石にこのままじゃダメだ)

 

岡田も3球で三振し、このチャンスを活かす事はできなかった。

 

 

 

「浜矢せんぱーい! すみませんでした!」

「もう2点援護貰ってるから平気だって……それに私もヒットは打てなかったし」

「うぅ……守備で貢献します!」

「頼りにしてるぞ、名センター!」

 

すっかり先輩役が板についた浜矢も、三振してしまった後輩を慰める。

岡田の打撃力の無さは守備力で十分カバーできる、それは全員が理解していることだ。

 

(さて、後輩にカッコつけた手前ここは抑えないとな!)

 

右打席には4番の米原が入る。

強力打線を誇る京王の中で4番に相応しいとされた彼女は、温厚そうな見た目とは裏腹に周りを圧倒するオーラを放っていた。

 

 

(柳谷さんみたいな感じの人だな、けどそれ位の相手じゃなくちゃ面白くないよな!)

 

初球から調子の良いストレートで押していく。

高めのストレートに合わせたフルスイングで、三塁側への痛烈なファールとなった。

 

(はや……あんなの捕れる気しないんだけど)

 

守備が苦手とはいえ、速い打球は見慣れている山田が一切反応出来なかった。

マウンド上の浜矢は一瞬焦った表情をしたが、すぐに凛とした顔で米原に向き合った。

 

 

(あの米原を打ち損じさせたんだ、私は自分の球に自信を持っていい)

 

続いてワンバンするフォークで空振りを誘うが、その誘いには乗らず見送られる。

外角低めのツーシームで引っ掛けさせようとするが、それもあわや長打コースのファールとされる。

 

(対応力が凄いな……どのコースに何投げても打たれそうな感じがする)

(けど、今の伊吹ちゃんならこの人も抑えられる筈!)

 

内角のボールからストライクになるカーブを投じる。

見せ球としか使っていなかったカーブを、ここで勝負球として使う。

米原はそれを想定していなかったが、それでも力と技術で無理矢理外野まで持っていく。

 

 

「センター!」

 

(早速きた汚名返上のチャンス、掴み取ってやる!)

 

岡田が最短距離で打球まで走り、センターとショートの間に落ちようかという打球に飛び付く。

地面に手を付いて滑り込みながら、ボールがグラブに入った感覚を頼りにグラブをガッチリと閉じる。

 

「アウト!」

 

アウトの宣告がされた瞬間、球場が沸いた。

汚名返上、名誉挽回の超ファインプレー。

岡田早紀という選手を良くも悪くも象徴する一連のプレーだった。

 

 

「岡田サンキュー!」

「今のは捕らなきゃダメですもん!」

 

ファインプレーの直後は流れを持っていきやすい。

浜矢もその例に漏れず更にギアを上げ、5番と6番を打ち取り2回もノーヒットピッチを継続。

 

「ナイピ、岡田もよく捕ったな」

「打撃じゃ貢献できないですしね、これくらいはやらないとですよ!」

「岡田がセンターで良かったよ!」

 

浜矢が岡田の頭をワシャワシャと撫でる。

荒波は気持ちを切り替えるとはこういう事だ、と教えられた気分だ。

 

(早紀には負けてられないな……! 私は打撃で活躍してやる!)

 

 

完全に流れを渡したくない相手の先発と、1点も許さないという希薄を感じる浜矢の好投により3回と4回はお互い無得点。

2対0と全く気の抜けない展開のまま、5回表の至誠の攻撃を迎える。



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第14球 流れという名の波に乗れ!

2対0で迎えた5回表の攻撃は7番に入った浜矢の打順から。

足元をならしつつバットを投手に向け、臨戦態勢に入る。

 

(岡田はもう平気だ、問題は荒波……プレーで立ち直させるしかない)

 

気合を入れ直してはいるが、まだ立ち直ってはいない後輩の為に浜矢はお膳立てをしようと考えた。

初球のフォークには釣られずしっかり見送り、次の低めのストレート。

 

彼女はそれに対しインパクトの瞬間に肘を伸ばして弾き返し、ライト方向への強い打球を打つ。

脚は遅く走塁技術もままならない、しかし後輩を助けたい一心で浜矢は二塁に滑り込む。

 

 

「荒波ー! 頼むぞ!」

「浜矢先輩……」

 

二塁上で自身に向かって拳を突き出す浜矢の姿を見て、荒波は浜矢の行動の意図を理解した。

 

(先輩は私を立ち直させる為に、二塁まで行ってくれた……なら私が先輩をホームに還すんだ!)

 

荒波は高鳴る鼓動を感じながらも、冷静に状況を整理する。

ノーアウト二塁で内野はやや前進してバントを警戒している。

 

(伊吹ちゃんが頑張ってくれたんだし、バントはさせないよ)

(バントはなし……打たせてくれてよかった)

 

 

低めのストレートを打たれたのが効いたのか、荒波に対しての初球は高めのカーブ。

荒波は左打者、そして相手投手は右投手。

ボールの出どころや軌道は右打者より見やすい、荒波はリリースの瞬間にカーブと分かっていた。

 

(じっくり待って、下半身でタメを作って打ち返す!)

 

変化球を打つ際の基本に従った荒波は、カーブにも体勢を崩されず思い切り引っ張る。

打球はライトの頭上を越えワンバウンドでフェンスに到達した。

 

その打球を見た浜矢は二塁から全力疾走で三塁を蹴り、ホームに突入する。

ライトはバックホームを諦め、荒波の信頼を防ぐ為に中継に送球する。

 

 

「荒波ー、ナイバッチ!」

「先輩もナイスランです!」

 

これで3点目を追加し、有利な試合展開となった。

後続は抑えられてしまったが5回で3点リードは大きい。

 

 

5回裏の京王の攻撃は1番からの好打順。

調子の良いストレートを投げ、先頭はショートゴロに仕留める。

しかし2番に四球、3番にヒットを打たれ1アウト一・二塁にされる。

 

「もしかして豆潰れたの?」

「いや平気、単純に打たれただけ」

「そっちの方が心配だけど……気合入れ直してね」

「あぁ、分かってる……」

 

打席には得点圏に強い4番の米原が入る。

ミート力と対応力の高さ、そしてパワーもある強打者だ。

ここが試合の分岐点と言ってもいいだろう。

 

 

(ストレートから入ろうか)

(いや、なんか打たれそうな気がするからヤダ)

(嫌なの? ならフォークをストライクゾーンに、あの球ならそう簡単には打たれないだろうし)

 

モーションに入るまでにたっぷりと時間をかけて、指先の感覚に集中する。

普段の倍は間を取ってから、クイックモーションでフォークを投げる。

真ん中高めから逃げるように沈み込むフォークには、流石の米原も当たるのが精一杯。

 

(普通に当てられるのおかしいでしょ、空振り取れると思ってたのに)

(当てるのすら厳しいか……2年でこれなら3年でどうなるんだろう)

 

米原は3年生なので、3年生になった浜矢の投球を見る事は叶わない。

だが確実に、全国を代表する投手になるというのは感じ取れた。

 

 

(敢えて低めのストレートで惑そう、外れてもいいから)

 

浜矢は先程のフォークの着弾点目掛けてストレートを放る。

ミットを構え捕球の体勢に入った鈴井の視界に、鋭く振り抜かれたバットが見えた。

 

(はっ? 嘘でしょ!?)

 

そう思ったのも束の間、打球は弾丸のような素早さで二遊間を襲う。

センター前に抜ける打球となる、誰もがそう思っていた。

--ただ3人を除けば。

 

 

「よっと、耀!」

「はい!」

 

米原が打ち返した瞬間に動き出した菊池が、ジャンプしてグラブの先でボールを掴んで2アウト。

そのまま三好にグラブトスをし、二塁ランナーは戻れず3アウト。

プロ顔負けの好プレーにまたしても球場が熱く沸いた。

 

「き、菊池先輩〜〜! 助かりました!」

「私は打たれた瞬間捕れるって分かってたけどな!」

 

ベンチにいる中の2人も、菊池はこの打球を捕れると確信していた。

 

「菊池先輩の守備範囲と動き出しの速さ……それが生かされた良いプレーですね」

「だな、アイツなら捕れると思ってたよ」

 

千秋と監督は彼女の守備範囲を把握していた。

そしてこのようなピンチの場面になると、集中力が増し動き出しが速くなる事も。

 

 

「米原ドンマイ」

「うん……まさか今のを捕られるとは思わなかった」

 

京王ベンチには重い空気が漂っていた。

先程は岡田に、そして今は菊池の好プレーに防がれた。その流れの悪さがこの空気に繋がっている。

 

「……凡退した私が言うのも何だけど、まだ試合は終わってない! 京王の底力を見せつけてやろう!」

『は、ハイッ!!』

 

キャプテンとして最後まで諦めず、周りを鼓舞し続ける。

金堂とは違うタイプではあるが、彼女もまた優れたキャプテンだ。

 

 

6回の至誠の攻撃は無得点で終わり、6回裏の守備を迎える。

 

「伊吹ちゃん今70球だけど、7回までいけそう?」

「多分……100球超えなきゃ平気」

「あと2回で30球かぁ、ギリギリだね」

 

浜矢の弱点は制球とスタミナ、特にスタミナの少なさだ。

基本的に7回を投げ切れる事はなく、大抵は5回か6回で降板する。

 

「まぁ今日はいけるよ! それに後ろに任せるの怖いし……」

「何でですか! 私だって抑えられますよー!」

「いやぁ……だって四死球がさ」

 

神宮はスタミナはあるが浜矢以上に制球が悪い。

そんな投手を京王相手に投げさせれば、何が起こるか分からない。

1回負けたら終わりのトーナメント戦、あまりギャンブルはしたくない。

 

「まぁ私が完投するよ、イケる気はするし」

「そう? なら任せたよ」

「安心してベンチで見ててくれ」

 

浜矢はそう言って肩を回しながらマウンドへ歩く。

その背中を見た監督は、何か引っかかるものを感じていた。

 

 

「5番からだから気を張ってね」

「まぁ3点リードだし楽に投げられるけど」

「適度な緊張感は大事だからね」

 

浜矢は堂々としながらマウンドに立つ。

そんな浜矢に対して、殺気に近いオーラを放ちながら5番打者の柏木がバットを構える。

 

(怖っ……野球してる人のオーラじゃないよこれ)

(米原は私達をここまで引っ張ってきてくれた、恩を返すなら今しかないんだ)

 

浜矢は背中に若干の寒気を感じながらも向き合う。

柏木に対しての第1球は外のスライダー、大きく曲がる変化球には手を出さずに見逃して1ストライク。

 

 

続いては内角のツーシームをファールにさせ2ストライクと追い込んだ。

3球勝負はせず1球外にカーブを外してからの4球目、勝負球の内角高めのストレートだった。

 

金属バットの甲高い打球音が響いたのち、青空に白い軌道が描かれていき新緑のスタンドにポトリと落ちた。

 

(良い配球だったがスタンダードすぎる……ヤマを張っておけば打てない事はない)

 

カーブからのストレートは球速差があり、簡単に対応出来ない。

しかし彼女のようにヤマを張った相手にこの配球は弱い。

それに加え浜矢のストレートはノビがある分、芯で捉えられた時の飛距離が出やすい。

 

 

 

「伊吹ちゃんごめん、今のは配球が悪かった」

「まあソロだから平気だろ、まだあと2点あるし」

 

柏木がダイヤモンドを一周している間に、浜矢は気持ちを切り替えていた。

 

(伊吹ちゃんはメンタルが強くなった、間違いなく去年から一番成長している)

 

初めてのライバルにサヨナラ負け、先輩という立場が浜矢のメンタルを強くした。

 

「そうだね、最少失点で済ませよう」

「ああ!」

 

鈴井がこの後配球の感じを変えたのが効いたのか、二者連続三振とサードライナーで3アウトを取る。

京王もこれ以上は点はやらず、7回表を無失点で抑えた。

 

 

 

「伊吹ちゃん、完投してきてね!」

「あいあいさー!」

「何その返事……」

 

浜矢のいい加減な返事に呆れた顔をする鈴井。

鈴井は元は船乗りの返事とは知っていたが、浜矢は絶対にそういう意味では使っていないと確信していた。

 

(まぁ伊吹ちゃんはこれ位脱力してた方が良い球投げられるから、別にいいんだけど……)

 

時々大人びた一面を見せる事はあるが、基本的に楽観的な浜矢。

普段通りの彼女が出ているという事はリラックス出来ている証拠。

投手というのは繊細なポジション、緊張しすぎで良い事はない。

 

 

「伊吹ー、セカンド打たせていいよー」

「サードも任せろ!」

「センターもっと打たせてくださーい!」

 

(……セカンドとサードとセンターに打たせればいいのかな? 難易度高いな……)

 

浜矢は言葉通りに受け取った結果、少しズレた事を考えていた。

彼女に狙ったところに打たせる技術はまだない。

 

「何ぼーっとしてるの?」

「あっ、いやなんでも……」

「ちゃんとしてよね、三振で仕留めてよ?」

「……うん!」

 

先輩達の言葉であっても、女房役の鈴井の言葉には敵わない。

浜矢は何よりも鈴井の言葉を優先する傾向にある。

 

 

(打順は9番からだけど代打攻勢でくる、油断は禁物か)

 

打撃全振りの選手が京王ベンチには多くいる、その選手を京王はここで出してくる。

代打が告げられると歓声が上がり、試合の展開を決める彼女達代打を受け入れる。

 

 

代打というものは独特の緊張感があり、十分な準備が無ければ体が硬くなってしまうもの。

鈴井程の観察眼を持つ選手がその様子を見逃す事はなく、その隙を突こうと考える。

 

(初球から仰け反らせてやろ)

(緊張してる相手仰け反らせるとか性格わっる……まぁ捕手としては良いけど)

 

浜矢は鈴井のリード通り、内角のストレートで仰け反らせる。

ガチガチになっていた体が今の一球で更に縮こまり、素人目に見ても打てない雰囲気が出ているのが分かった。

 

 

鈴井と浜矢は容赦なく攻めていき、まず先頭を三振に切り取ると次の打者もセカンドゴロに打ち取る。

そして最後の打者にも代打が告げられた。

 

(ここで決めないと米原さんに回る、そうしたら最悪同点にされるかも知れない)

(分かってる、絶対ここ抑えるぞ)

 

初球は内角低めのツーシームで引っ掛けさせようとし、結果は見逃し。

2球目と3球目は制球が乱れてしまい2ボール。

1番コントロールの効くストレートでカウントを整え、並行カウントとする。

 

 

(さぁ、ここで決めるよ!)

(サインは……当然それ(・・)だよな!)

 

浜矢が勝利への想いを込めて最後の一球を投げる。

打者は真ん中低めに投げられたその球を弾き返そうとバットを出したが、そのボールはスライド気味に落ちていき(かわ)される。

 

 

ワンバウンドしたスライドフォークを体で抑え、鈴井は打者にタッチし最後のアウトを取る。

3対1という接戦の勝利は至誠がもぎ取った。



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第15球 勝つ為に

試合後に至誠ナインと京王ナインは握手を交わす。

片や笑顔を浮かべながらも気を遣った様子で、片や涙を浮かべながらも笑顔で送り出そうとして。

そんな正反対な感情と表情を浮かべる彼女達は、グラウンドを後にした。

 

 

試合の疲れを癒すために、待ち時間でマッサージをしている至誠ナイン。

その輪から1人離れ、京王ナインの元へ向かう青羽。

 

「……お疲れっす」

「お疲れ青羽さん、勝ってきてね」

「はい……あの、米原……さん、は4番として大事にしてることってありますか?」

 

言いにくそうに、だが答えを求めて青羽が尋ねる。

4番として打席での意識を変えたが、それが正しかったのか。青羽は内心悩んでいた。

 

「私と青羽さんはそもそものタイプが違うから、あまり参考にはならないと思うけど……私は繋ぐことを意識してるかな」

「繋ぐ? 4番なのにか?」

「ウチが強打のチームっていうのもあるけど、私は自分で決める事に執着すると打てなくなるタイプなんだ」

 

青羽はその言葉に心当たりがあった。

昨年までの青羽は、とにかく長打を狙い難しい球に手を出して三振やゴロなどが多かった。

 

 

「それに自分が打てない相手っていうのも出てくる、そしたら長打どころじゃないからね」

「……だから後ろを信じて繋ぐのに徹する」

「そういうこと、参考になったかな?」

 

青羽の後ろには得点圏に強い山田、長打力はないが高打率を誇る鈴井が控えている。

彼女達の打力は十分信頼に値するだろう。

 

「凄く参考になった、ありがとうな」

「そう言ってくれて良かったよ、じゃあ……頑張ってね」

「ああ、必ず優勝してみせる」

 

青羽は米原と別れ自分達のチームの元へ戻る。

同い年の4番の意識を聞く、それは彼女にとって大事な事だったのだろう。

歩みを進める青羽は晴れやかな顔をしていた。

 

 

 

学校に戻った至誠ナインは小林の作った食事を食べながら試合を観戦し、次戦の相手を確認していた。

 

「次の相手は藤蔭学園! 去年も戦ったけど、今年は藤蔭は一味違うよ!」

「エース竹谷の存在だな、球が速くて変化球で緩急付けてくる本格派投手」

 

千秋が出したデータには竹谷の持ち球や配球分布、コースや球種別の被打率が載っていた。

 

「サークルチェンジ、スラーブ、スプリット……速球を生かす球種が多いです」

「特に厄介なのはサークルチェンジ、これと直球の組み合わせで数多の三振を奪ってきている」

 

 

京王や蒼海大といった強豪校から、サークルチェンジで次々と三振を取っていく映像が映し出される。

速球との球速の落差、単純な変化量の多さが幾多の強打者を苦しめた。

 

「対策しようにも、サークルチェンジ投げられる奴いないんだよな……」

「私投げられますよ」

 

監督の口からぽつりと溢れた言葉に、洲嵜が手を挙げて発言する。

視線を集めているのを気に留めず言葉を続ける。

 

「実戦で使える球ではないですけど、一応変化はしますし練習程度には」

「知らなかった……なら洲嵜に投げて貰おうか」

 

 

他の注目選手の解説もしてから、グラウンドに移動し洲嵜を相手にサークルチェンジ対策をする。

伊藤が捕手を務め鈴井が打席に入る。

 

「正直鈴井ならなんでも打てそうな気するけど」

「それでも対策は必要でしょ、それに私のフォームだと速球には対応しにくいし」

 

鈴井はフォームは振り子打法と呼ばれる物。

通常打席では頭を固定するのに対し、振り子打法は自分が動きその反動で強い打球を打つフォームだ。

 

非力な選手であっても強い打球が打てること、変化球を待ち速球はカットなどの対応をするという基本とは真逆の性質を持つ。

弱点は内角攻めに弱い、速球に振り遅れるなどがあるが、鈴井は持ち前の巧打力で内角の球をものともしない。

 

 

「いつでも投げていいよ」

「はい、彗も準備いい?」

「勿論」

 

鈴井は普段はあまり打撃練習に参加しない。

配球や守備練習を重点的にやり、打撃はマシンのみという日もある。

そんな鈴井の珍しい姿に、他の部員も自分の練習の手を止め眺める。

 

洲嵜がゆったりと振りかぶってサークルチェンジを投げる。

減速しながら斜めに沈み込む変化球、鈴井はそれを難なく真芯で捉えた。

 

「相変わらず凄いミート力してんな……」

「美希ちゃんって金堂先輩の後継者みたいなところあるよね」

「打率が高くて長打は少ない……確かに」

 

マシンではなく人なので、投げられる数は有限だ。

何球か投げたらすぐ他の人に交代、それを12人分続けた。

 

 

「じゃあ軽く練習するぞ、何かやりたい事ある奴はいるか?」

「はい、室内でもいいので」

「何か必要な物とかは?」

「カラーコーンさえあれば平気です」

 

カラーコーンで一体何をするのか、ほぼ全員が疑問に思ったのかその練習を見せて貰うことになった。

鈴井は等間隔に的を付けたカラーコーンを8つ並べ、マウンドにピッチングマシンも置いた。

 

「……打撃練習?」

「まあ見てて」

 

鈴井はマシンが投げた球を次々と打ち返していく。

ただ打ち返すだけではなく、打球を左の的から順に当てていく。

 

 

(……なるほど、鈴井のミート力はこの練習で身に付いたのか)

(普通の練習はしてないだろうなとは思ってたけど、まさかこんな事してるとはね)

 

監督と千秋がジッと練習を見つめる。

自分達に隠れてこのような努力を続けていた事、それがあの打撃に繋がっていたのだとようやく知れたのだ。

 

「神奈先輩も出来そうですよね!」

「流石にあれは厳しいかも」

 

神宮の問いに苦笑いで答える金堂。

彼女も類稀な巧打力は持っているが、偶にしか狙い打ちはしない。

 

 

「……これを続けたら今の私の打撃が生まれた、大事な練習だよ」

「出来る気しねーわ……やっぱ鈴井って凄いな」

 

浜矢は来た球を打ち返しているだけで、狙った所に打てる技術は無い。

ヤマを張り狙った場所に打つ鈴井とは正反対だ。

 

「すみません、グラウンド使いますよね?」

「続けててもいいんだぞ?」

「他にもやりたい練習はあるので……」

 

そう言って鈴井はカラーコーンを片付ける。

片付け終わった後は各々の練習を始めた。

 

 

「ほら、灯頑張って!」

「無理っ…! きっつ! おらぁーー!!」

「ナイスガッツ! 次、悠河」

 

1人が左右にボールを軽く投げ、もう1人はそれを素手で捕るペッパー。

二遊間を守る3人がこの練習を行なっていた。

 

「神奈先輩まじヤバい……終盤めっちゃ距離増やしてくるんだけど……」

「けどその方が練習にはなるでしょ」

「そうだけどさー! キツいもんはキツい!」

 

スパルタな金堂のトスに石川が嘆く。

まだそれを体験していない三好は、どこか余裕そう。

 

 

「悠河先輩お疲れっす!」

「おつかれー……神奈ってさ、こういうとこあるよな……」

「おおぅ……先輩までこんなくたびれて……」

 

自分の番が終わった途端地面に倒れ込む菊池。

石川は自分もそうなったから気持ちが分かっていたが、三好は少し不安を覚え始めていた。

 

(……灯はともかく先輩までこれって、相当ヤバいんやなかと)

 

嫌な予感は的中し、普段クールな三好からも悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

その様子を見て腹を抱えて笑う石川と、温かい目で見守る菊池の姿があった。

 

 

「どーよ? 神奈先輩のペッパーヤバかったろー?」

「…………監督より鬼」

「流石に監督ほどじゃないよ」

 

優しく微笑みながら言う彼女は、事情を知らなければ優しい先輩に見えるだろう。

 

「それと灯……後で覚えときんしゃい」

「ヒィッ、博多弁出るほどマジじゃん……」

 

三好はいつもは恥ずかしいからと博多弁を隠している。

それが出てくるという事は、余裕なんてないという事。

つまり今の発言はかなり本気であることが窺える。

 

 

 

一方その頃室内練習場では外野陣が打撃練習を、投手陣が投げ込みをしていた。

その片隅で1人黙々とバントをし続ける岡田。

 

「早紀ってバント上手いよねー」

「えっ? 上手くないよ?」

「いやいや、今ライン上に転がしたじゃん」

 

芝生の上に引かれたラインの上に、綺麗に転がしていた。

これだけ見ればバントが上手い選手と思われるだろう。

 

「私セーフティーしか出来ないよ」

「なんでそんな極端なんだよぉ……」

 

衝撃的な事実に頭を抱える荒波。

送りバントが出来ればまだ活躍の場も増えただろうに、そう考えていた。

 

 

「いや、けど早紀の脚を考えるとセーフティーが上手いのは良いのか」

「そうそう、セーフティーで出塁して盗塁! それなら私でも出来るから」

 

セーフティーバントと盗塁はそんなに簡単に出来る物ではないが、岡田の成功率はどちらも今の所100%だ。

 

「早紀って盗塁上手いよね、コツとかあるの?」

「えー? 何となくで走ってるだけだよ?」

「それであの成功率はおかしいでしょ」

 

ギリギリならまだしも、岡田は余裕で成功する。

何かコツがなければおかしいと荒波は思った。

 

 

「一塁でピッチャーの背中見るじゃん?」

「うんうん、んで?」

「それで牽制してこなさそうな時に走るの」

「んん? どういう意味?」

 

どういう意味と言われても、そのままの意味と返す岡田。

流石にそれでは納得できず、荒波は詳しい解説を求める。

 

「分かんない? 投げてこなさそうな雰囲気の時あるじゃん」

「分かるような分からないような……」

「逆に友海はいつ走ってんの?」

「普通にモーション入ってからだけど……」

 

このまま2人はお互いの盗塁に対する意識やスタートの切り方、リードの大きさを語り合った。

打撃練習を忘れているのを思い出したのは、練習が終わる10分前の事であった。

 

 

「じゃあ解散! 明日に向けて今日はゆっくり休めよ」

『ありがとうございましたっ!』

『あざしたー!』

 

各々の練習を終わらせ、藤蔭戦へ向け帰路へつく。

県予選4回戦、勝った方がベスト16の座を掴む。



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第16球 ガラスのハート

神奈川県予選4回戦、藤蔭学園対至誠高校。

彗星の如く現れた藤蔭のエース竹谷と、中学から野球好きの間では有名だった洲嵜。

この両投手の投げ合いを見る為に多くの観客が集まっている。

 

「竹谷から大量得点は難しいだろうし、頼んだぞ」

「はい、完封する気で投げてきます」

 

監督に背中を押され洲嵜がマウンドに立つ。

 

「藤蔭はどんなチームなんですか?」

「高い守備力を誇るチームですが、打撃もそこそこ良いですね」

「守備寄りのバランス型のチームですか」

「まあそんな感じですね」

 

監督と小林がベンチで藤蔭について話し合う。

毎年守備は県内有数だが、打撃は年によって違う。

今年の藤蔭は昨年に比べれば全体的に打撃力が落ちた。

 

 

「今日の調子はどう?」

「結構良いと思う、コントロールも良いし」

「分かった、なら内角も要求するから」

 

今日のスタメンマスクは鈴井ではなく伊藤。

スタメンが発表された時、鈴井のファンである伊藤と三好は猛反発したが理由を聞いたら納得した。

 

「鈴井も休むのは珍しいよな」

「捕手は疲れるんだよ、それに彗も育てたいしね」

「監督みたいな事言ってんな……」

 

鈴井の疲労回復と伊藤に経験を積ませる為、このような起用となった。

また伊藤に先発してもらう事により、配球を読まれにくくするという狙いもあった。

 

 

同い年バッテリーの方がお互い遠慮が無く、洲嵜も投げやすいし伊藤もリードしやすいのではないかという思いもあった。

 

(今考えると2人とも、野球では遠慮しなさそうだな……まあ鈴井を休ませられるからいいか)

 

洲嵜も伊藤も礼儀は大事にするが、野球になると言いたい事は全部言う性格だ。

それは裏表が無いとも言われるし逆に性格が悪いとも言われる。

2人はお互いの思考を理解し合っている為、後者のように思うことはない。

 

 

(さてと、早速内角投げて貰うからね)

(いきなり内角とか彗って感じする。投げるけど)

 

しなやかに振り下ろされた左腕から、糸を引くような直球が放たれる。

スピンのかかった球はただ真っ直ぐとミットだけを目掛けて走る。

打者は打てると確信しバットを出すが、ボールの下を振り空振り。

 

(これが洲嵜のストレート、浜矢とはまた違った球質……)

 

激しく空気を裂きながら進む浜矢の直球と、空気に乗っているかのような綺麗な回転をする洲嵜の直球。タイプは違うがどちらも一級品の直球だ。

 

その直球とキレのいい変化球をバランス良く投げ、初回は被安打ゼロの無失点に抑える。

 

 

「2人とも……特に三好、球数投げさせるのは任せたぞ」

「ラジャーッ!」

「任せて下さい」

 

菊池と三好の1・2番コンビが粘り打ちを任された。

まずは菊池が打席に立ち、竹谷の球筋を見極める役割をこなそうとする。

 

ストレートとスラーブを投げられ2ストライク。

その後もスラーブを続けられるが粘り、最後の一球。

 

(打てる!……っ!?)

 

低めに投げられた速球を打ち返そうとバットを出すが、ボールは急激に落ちてミットに収まる。

 

「スラーブばっか投げてきて、最後はスプリット……アレはヤバいから気をつけてな」

「はい」

 

スプリットに三振させられた菊池のアドバイスを聞き、三好が左打席に入る。

本来彼女は左利きであり、左の方が球を見極められるからという理由だ。

 

 

(ストレートは速かばってん伸びはなさそう、スラーブも変化はそげんでもなか……)

 

菊池が三振したボール球のスプリットも見極めバットを止める。

三好の選球眼は確かにチーム随一だが、弱点はある。

 

(これは……サークルチェンジか!)

 

大きく変化するサークルチェンジに、タイミングを外されセカンドゴロ。

三好の弱点とは、純粋な打撃能力自体は無い点。

基本は粘って四球で出塁、もしくは犠打という選手だ。

 

「どうだった?」

「変化が思ったより大きいです、それとブレーキも効いててタイミングを合わせるのは難しそうです」

「まあ三好がカット出来ないレベルだもんな」

 

思ったより手こずりそうな竹谷のピッチングに、監督は頭を悩ませる。

 

 

(サークルチェンジを捨てて速球狙いにするか? いや、それだとスプリットを振らされるか……?)

 

それぞれの得意球や苦手球、打撃能力に選球眼を考慮して作戦をいくつか組み立てていく。

 

「まず1巡目は好きに打ってくれ、サインを出すのは2巡目からだ」

「私も賛成です」

 

監督の発言に千秋が賛成し、まず1巡目は何もサインは出さない事になった。

 

(まずどれだけ対応出来るかを全員分見極める必要がある。1度負けたら終わりの戦い……大胆に攻めるのは、攻略の糸口を見つけてからだ)

 

監督の言う通り1巡目は好きに振った至誠。

その結果は金堂以外はヒットを打てず、ましてや三振だらけという惨状に。

 

 

 

「言い出したのは私だけど、もう少し食らいつけるとは思ってたな……」

「ですけど、もう十分ですよね?」

「ああ、データは集まった……ここから反撃だ!」

 

監督の声に声を出すナイン、その円陣に加わりながらも浜矢は。

 

(反撃って言ってもこれから守備なんだけどね……)

 

正しいがここで口にするのは正しくない、そんな事を思っていた。

洲嵜が4回表のマウンドに上がり投球を始める。

パームを低めに投げ空振りを狙うが、ヤマを張っていたのか迷いなく振り抜かれる。

 

「セカン!」

「オッケー!」

 

強烈な打球が一・二塁間を襲った。

菊池はその打球に全速力で走り、追いつく。

まるで足にバネが付いているかのような、軽やかな動きでジャンプし一塁へ送球するが。

 

 

「やばっ……」

「彗! 二塁!」

「はいっ!」

 

送球は金堂の身長を遥かに超える高さに投げられた。

伊藤が急いでカバーをすると、彼女の肩の強さを警戒したのか二塁には進まれなかった。

 

「ごめん!」

「いえ、平気ですよ」

 

(今のは菊池先輩だから追い付けた打球……エラーしても仕方ない)

(このプレーで守備下手って思われるの可哀想だな)

 

洲嵜と金堂は違う事を考えていたが、どちらも菊池を責めようという意思は無い。

今の打球は並の野手なら追い付けない、それに追い付けただけで素晴らしく守備が上手いことが分かる。

 

しかし世間は残酷で、今のプレー1つで菊池は守備が上手くないと評価してしまう人も多い。

並大抵の選手が追い付けない打球に追いつけてしまうが故に、エラーも増えてしまっているだけ。

 

 

「まだ1人出ただけだぞ! 集中!」

「はい!」

「はっ、はい!」

 

ベンチからの激励の声にハッとする菊池。

確かにノーアウトでのエラーは良くはない、しかしたった1人ランナーが出ただけだ。

 

(ここは洲嵜に頼るしかない。内野はゲッツーシフト敷きつつバント警戒)

(了解)

 

内野はゲッツーシフトを敷きながらも、バントをされたらチャージを掛けられるよう意識を持つ。

次の打者には6球を粘られ、甘く入ったスラーブをセンター前に弾き返される。

 

 

(流れが良くない……けど洲嵜なら、ん?)

 

監督が洲嵜の異変に気付いた。

普段はマウンド上ではポーカーフェイスを崩さない洲嵜が、動揺した表情をし額に汗を浮かべている。

 

「タイム!」

 

(伊藤、行ってやれ)

(分かりました)

 

タイムを取りバッテリー間で会話を交わさせる。

 

「真理、平気? まだ点取られた訳じゃないし気負わないでいいよ」

「……うん、大丈夫」

「とにかく腕振って投げて、そしたら絶対打たれないから」

 

伊藤は洲嵜の頭を軽く撫で、キャッチャースボックスで構える。

軽く違和感を感じてはいたが、あの洲嵜なら平気だと思っていた。

 

 

 

--しかし、そんな考えは一瞬にして砕かれた。

 

ど真ん中に入ったストレート、それを右中間に運ばれる。

しかも向こうはヒットエンドランを選択しており、二塁ランナーだけではなく一塁ランナーも三塁を蹴る。

 

「っ、バックホーム!」

「おう!」

 

荒波が投げた送球は低くて鋭い、弾丸のような球。

風を切り裂きながらホームに一直線に届いたその白球を受け取り、伊藤がホームに突っ込むランナーにタッチする。

 

「……セーフ!」

「よっし!」

 

しかし掻い潜られてホームベースを陥れられてしまう。中盤の流れの悪い状況で2点先制タイムリー。

 

 

「……なあ神宮」

「な、なんですか?」

「洲嵜ってメンタル弱いのか?」

「え? 別に普通だと思いますよ、むしろ強かった気がします」

 

だが今の投球を見たらそんな事は言えない。

神宮もそれは分かっていて、発言してからは口を固く閉ざしている。

 

「もう一つ質問しよう、洲嵜は今まで打たれた事ってあったか?」

「打たれた事? うーん……小学校の頃は殆ど打たれませんでしたね」

「じゃあもう一つ、小学生の時に洲嵜に敵う打者はいたか?」

「居るわけないですよ、だって防御率0点台でしたもん」

 

今の3つの質問で監督は全てを理解した。

 

 

「洲嵜は今まで打たれた経験が無く、同レベルの打者と対戦した事もない……そこから導き出される答えは」

「打たれる事に慣れていないから、いざピンチに直面すると動揺する」

「その可能性が高いな」

 

千秋と監督が同じ意見を出す。

今まではピンチを作っても相手に格下しか居なかったから楽に投げられた、そしてそもそもピンチを作ることが滅多に無かった。

 

「そういうタイプのメンタル弱いかよ……」

「流石にこれは想定外でしたね」

 

頭を抱える監督と、苦笑いを浮かべる千秋。

それはそうとしてこの状況を何とかしないといけない。

 

 

「浜矢、伝令行ってきてくれ」

「はーい、何話します?」

「何でもいいから好きな事話してこい」

 

(無茶振りにも程がある……言われたから行くけど)

(ここで1番洲嵜に効くことを言えるのは多分浜矢、任せたぞ)

 

浜矢がマウンドに向かって洲嵜と向き合う。

伝令に使える時間はたった30秒、浜矢はそれをフル活用しようと考えた。

 

「2点くらいウチの打線ならすぐ取り返してくれるから安心しろって! それにそんなウジウジしてると私がマウンド上がるぞ?」

「いや、まだ肩できてないじゃん」

「へへっ! ですよね、だから任せたぞ……エース」

 

 

浜矢が最後に真剣な表情でそう告げた。

ジョークで雰囲気を和ませ最後は決める、浜矢伊吹の人間性が全面に出ていた伝令だ。

 

(……私すぐ肩作れるから、普通に投げられたんだけど。まあここは洲嵜に譲るか)

 

ジョークのように聞こえた言葉は、実は本気だった。

 

(浜矢先輩は確か10球前後で肩を作れる、投げようと思えば投げられた。それなのに私にマウンドを譲ってくれた……)

 

同じ投手として共に練習をし、何度も技術について語り合った2人。

肩を作るのに何球を要するかも当然知っていた。

 

 

(……その恩は、ここを抑えることで返すんだ!)

 

浜矢の言葉で心に火が付いたガラスのエースは、まるで別人のような投球をした。

いや、寧ろこれが本来の投球である。

三人でピシャリと抑え大量失点の危機は防いだ。




パワプロ2020で旧3年生を作成し、アップロードしたのでブログで公開しました。
ある程度ですが容姿も分かるので、ぜひご覧になって下さい。

https://ray0080.hatenablog.jp/


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第17球 早手の如く翔け、明かりが灯る

試合が動く事はなく、5回裏の至誠の攻撃。

監督が全員を集めて作戦会議を始める。

 

「金堂はもう対応出来てるから良いとして、青羽と山田は基本ストレート狙いで低めは捨てろ!」

「もっちろんですよ!」

「やってみます」

 

長距離砲の2人はとにかく速球狙い。

低めの球は全て捨てて1発長打を狙うスタイルで。

 

「三好と伊藤はヒットはいいから球数投げさせてくれ」

「いつも通りですね」

「一応2人はサークルチェンジ狙いで」

「分かりました」

 

三好と伊藤の選球眼コンビは、出塁ではなく球数稼ぎに。

長距離砲コンビとは違い、こちらはサークルチェンジ狙い。

 

 

「菊池と荒波は三振多いから初球からガンガン振って驚かせてやれ! それに2人の脚なら何か起こるかも知れないし」

「ラジャッ!」

「りょーかいです!」

 

菊池、荒波の俊足三振多めコンビは初球から振っていく。

ゴロだったとしてもこの2人の俊足ならば、内野安打も期待できる。

 

「監督、私はどうすればいいんですか?」

「今日は岡田がキーになる、作戦はな……」

 

小声で岡田の作戦が語られる。

その作戦を聞いた岡田は満面の笑みで頷いた。

 

「この回最低でも同点にするぞ!」

『オーーーッ!!』

 

 

 

この回の先頭打者は7番の荒波から。

作戦通り初球から振っていくつもりの荒波の心に、迷いという文字はなかった。

 

(竹谷はストレートから入る事が多い……なら荒波の打力でも)

 

外角高めのストレート、荒波はそれを迷いなく振り抜いた。

打球は力強く左中間を抜きツーベースヒットとなる。

 

「ナイバッチー!」

「イェーイ!」

 

このチャンスで打席に立つのは、8番に入る岡田。

洲嵜と同レベルの打力か、それ以下ではあるが岡田には最高の武器がある。

 

 

(追い込まれるまではフルスイング……)

 

初球のサークルチェンジをフルスイングでファールにする。

岡田は元々バットを短く持っており、長打を売りにする選手では無いのは見ただけで分かる。

 

そんな選手が今はバットを長く持ちフルスイング。

それは守りにつく側からしてみれば、異質に映るだろう。

 

「ストライーク!」

 

(ストレートにタイミング合ってないな、ならもう一球ストレートで)

 

持っているのは金属バットだ、岡田のパワーでもフルスイングすれば強い打球は飛ぶ。

2球続けてのフルスイングで内野は前進守備を辞めていた。

 

 

(ストレート! 見てろよ、これが私の足掻きだ!)

(早紀、頼んだよ!)

 

ボールが投げられると同時に荒波は走り出した。

まさか三盗か、そう考えサードは三塁ベースに近付く。その僅かな動きを岡田は見逃さなかった。

 

「セーフティー!? ボールひとつ!」

「おっ、おう!」

 

三塁線上に転がされたボールを捕った頃には、岡田はもう一塁に到達していた。

 

(2ストライクからセーフティーって、ギャンブルすぎるでしょ……)

 

岡田を知らない相手からすれば、これは一か八かのギャンブルとしか思えなかっただろう。

 

 

「よしっ、作戦成功!」

「早紀ちゃんならやってくれると思ったよ〜!」

「岡田さんは流石の脚ですね」

 

しかしベンチでは監督、千秋、小林が口々に岡田を褒め称えていた。

これはギャンブルなんかではなく、れっきとした戦術だ。

 

「2ストライクからあんな完璧なセーフティー決められるのなんて、岡田くらいしかいないよな」

「これで送りバントも上手かったら文句無しなんですけどねぇ……」

 

セーフティーの上手さは誰もが認めるが、それ故に滅多にやらない。

警戒され内野に前進されれば当然失敗するし、フルスイング戦法はもうバレてしまった。

 

 

 

「これでノーアウト一・三塁……さあいくぞ! 石川!」

「任せて下さい! よーし、打つぞー!」

 

ここで洲嵜に代打・石川が告げられる。

三振が多く打力もそこまで無いが、得点圏の強さはピカイチ。

この場面での代打にはもってこいの選手だ。

 

「鈴井じゃダメだったんですか?」

「そこは育成も兼ねてだな、それにパンチ力は石川の方があるし」

 

石川と鈴井だったら石川の方がパワーはある。

普段のミート力を考えると確かに鈴井だが、今は得点圏だ。

得点圏での石川は別人のような打撃をする。

 

 

(さあ岡田、まだ仕事は終わってないぞ)

(りょーかい! 極限まで引っ掻き回してやりますよ!)

 

セーフティーで不意をつかれ、今は代打で出てきた石川に注意を引かれている。

そんなフリーパスの状態で岡田がジッとする訳がない。

 

「走った!」

「くそっ……!」

 

三塁に俊足のランナーがいる状況で二塁には投げられず、岡田は悠々セーフ。

ノーアウトニ・三塁の大チャンスを作り出した。

 

 

「分かってたけど、やっぱ岡田すごいな……」

「元陸上選手だから当たり前だけど、直線が速すぎる」

 

岡田は元は短距離走の選手、直線を走るスペシャリストと言っても過言ではない。

 

(友海がきっかけを作ってくれて、早紀が拡げてくれて……なら私がそれを活かす!)

 

初球の内角に食い込むスラーブに石川は合わせた。

インパクトの瞬間に最大の力を込めて、全身を使いフルスイング。

空を駆ける打球は右中間を真っ二つに割った。

 

 

「回れ回れ! 早紀も突っ込め!」

「まかせろー!」

 

岡田がホームに全速力で走り余裕の生還。

これで2点を奪い同点に持ち込んだ。

 

「2人ともありがとう」

「いいって! 私らもそろそろ活躍したかったんだよ!」

「そうそう、久々のヒットで嬉しかったし〜!」

 

洲嵜と岡田、荒波がハイタッチを交わし合う。

これで洲嵜の負けは消え、後はチームが勝つだけ。

しかし竹谷も今のヒットで立ち直り、反撃はここで終わる。

 

 

「神宮行ってこい!」

「はーい! ちゃんと抑えてきますよー!」

 

6回からは神宮がマウンドに上がる。

変化量の多いスライダー、切れ味鋭いシュート、緩いカーブを使い分けノーヒットピッチ。

 

「へーい、ナイピ!」

「あざっす!」

「さあ最終回だ、ここで勝ち越すぞ!」

 

息の詰まる接戦を終わらせる最後の攻撃が始まる。

右打席で威圧感を放つのは我らが4番、青羽翼。

 

 

(ここは1点とは言わず、2点3点欲しい……長打狙いだ)

 

監督に言われた通り、低めの球は全て捨てる青羽。

それが功をなし2球続けてボールとなる。

 

「これで見極められていると思ってくれればいいんだけど」

「多分思いますよ、今年の先輩は去年と全然違いますから」

「好球必打が出来るようになったから、今のも見極めていると感じそうですね」

 

私が捕手だったらそう思ってます、そう小林が言うと千秋と監督は驚きで目を見開いた。

 

「……好球必打って言葉を、覚えられたんですね?」

「ええ、一応これでも勉強してますから」

「何というか、すごく嬉しいです……!」

 

野球のルールすらも分からなかった小林が、クリーンなイメージだからという理由だけで顧問に選ばれた小林が。

専門用語を含んで2人の会話に混じってきた、それは2人にとって喜ばしい事だった。

 

 

(なんかベンチはしゃいでるな……いや集中、集中! せっかくカウント有利なんだ、次打つぞ)

 

2ボールからの投手心理としては、多少甘くなってもいいからストライクが欲しい。

そんな打ちごろの球を青羽は待っていた。

 

カキィンと小気味の良い音が響き、白球は青空に綺麗な放物線を描いた。

第3号は値千金、勝ち越しのソロホームラン。

 

 

「やっぱり今年の青羽はここぞという場面で決めてくれるな!」

「柳谷さんにも負けず劣らずの4番ですね!」

 

ベンチは大興奮で大仕事を終えた4番を迎える。

中にはそこそこの力で叩く人もいたが、青羽はそれを嬉しそうに受け止めた。

 

興奮が冷めやらない中、また1つの金属音が鳴り響いた。

先程の高くて痛快な物とは違い、パキャッという低くてどこか詰まったような感じさえさせる音。

 

しかし打球は高々と舞い上がり、青羽のホームランとは真逆のライトスタンドに吸い込まれた。

 

 

「ちょっとー! 見てなかったんですけど!」

「二者連続とかやるなー」

「対抗意識燃えちゃったんじゃないの?」

「……私に言われても」

 

各々好きな事を口にし、山田に手荒い歓迎をする。

青羽に負けじとホームランを打つ山田は、まさに第二の4番だ。

ここで藤蔭は投手交代、ここで流れが変わり2点差で最終回の守備を迎える。

 

 

「これだけ援護があれば安心だな」

「2点差あればもう十分ですよ〜、私を誰だと思ってるんです〜?」

 

神宮は腕を組んで自信満々にそう言う。

しかし浜矢や監督達の反応は芳しくない。

 

「ノーコン劇場型」

「胃薬必須ピッチャー」

「ちょっと酷くないですかー!?」

「でも事実だしなぁ」

 

神宮は完璧に抑えてその発言を撤回して貰いますよ! と言い放ちマウンドに向かう。

援護を貰ったのに怒りながらマウンドに立つ彼女は、周りから見たら奇妙に映るだろう。

 

 

だが、神宮は自分の発言を後悔する事となる。

1アウトからヒット2本と四球で満塁にし、初球。

 

「あっ、やべ」

「デッドボール!」

 

スライダーが曲がりすぎ押し出しの死球を与える。

流石にまずいと思ったのか伊藤がマウンドに向かう。

 

「空……」

「ほんっとーにごめん! 曲がりすぎた!」

「変化球自体は良いと思うから、気にせず投げて」

「へ?いいの……?」

 

怒られると思った神宮は、伊藤の優しい言葉に拍子抜けした。

 

 

「そもそもあの打者が避けるの下手だったんだよ、普通あの曲がりだったらスイングしないよ」

「て、手厳しい……」

「だから空は気にせず私のミットだけ目掛けて投げてきて……あっ、目掛けた所にいかないか」

「なー!? 見とけよー! ビッタビタの制球見せてやるからね!」

 

伊藤の茶化すような言い方でリラックス出来たようで、笑顔のままバッテリーはそれぞれ構える。

 

 

初球で勝負を決めるために、内角のシュートを投げて詰まらせる。

ショートの三好からセカンドの菊池に正確な送球、そして素早い動きで一塁に転送しゲッツー。

 

「ナイピ、良いシュートだったよ」

「普通当てた次に内角要求する〜?」

「空なら投げてくれるって信じてたから」

「……も〜! 彗相手じゃなかったら首振ってたからね!?」

 

最終回はハラハラする展開となったものの、何とか1点差で逃げ切り4回戦も突破。

至誠のベスト16進出が決定した。



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第18球 勝ち上がれ!

ダイジェスト回になります。

ブログの方で監督、八神さん、朱里さん、相良さんを公開しました。


至誠は破竹の勢いで神奈川を勝ち上がっていった。

序盤の3試合を市大藤沢、京王義塾、藤蔭といった強豪校としか当たらなかったのが良い方向に転がった。

 

5回戦からの3試合はその3校と比べると格落ち感があり、もっと厳しい戦いを強いられてきた至誠の敵ではなかった。

 

5回戦は浜矢が5回2失点、神宮が1回1失点の投球をした。

打線は本塁打は出ないものの大爆発し10得点。

結果は10対3で6回コールド勝ち。

 

6回戦は洲嵜が完璧な投球を見せ6回無失点。

打線も青羽の第4号の3ランホームランが飛び出て8得点。

8対0と2試合連続の6回コールド勝ちを収めた。

 

7回戦は浜矢が先発し6回2失点の好投、神宮も1回を無失点に抑える完璧な投球を見せた。

打線も山田の第3号の満塁ホームランも出て7得点。

7対2で快勝し、決勝戦へと駒を進めた。

 

 

 

そして決勝戦で頂を奪い合う相手は。

 

「2年連続で蒼海大になります」

「まあ知ってたよ」

 

佐久間が所属する蒼海大付属相模高校。

圧倒的な打力を誇る"打"のチームだ。

 

「7試合での総得点は52点です……」

「52点!? ウチでも確か37点でしょ?」

「はい、全国トップレベルの打力です」

 

今年は打力が上がった至誠ですら37得点。

それを遥かに上回る52得点、どれだけ凄いのかと言うと毎試合平均で7点を取る打線だ。

 

 

「それより先発は誰で来そうなんだ?」

「それが、多分佐久間さん……」

「マジで? アイツ2番手だろ?」

「でもここ2試合で投げてないし、それに至誠相手には投げてくると思う」

 

佐久間の性格であれば無理を通してでも先発する筈だ。彼女を知っている2年生はそう思っていた。

 

「じゃあこっちも伊吹先発?」

「……いえ、真理ちゃんで行こうと思います」

「そうなの?」

「伊吹ちゃんは去年投げてますし、蒼海大に警戒されすぎてます」

 

普通に考えれば浜矢を先発させる場面。

だからこそ逆をついて洲嵜に投げさせるのだ。

 

 

「けど伊吹ちゃんには早めに継投するのも考えてるから! 準備はしておいてね」

「了解! 登板したらちゃんと抑えるよ」

「あともう一つ理由があって、蒼海大の選手って速球には強いんだけど変化球が苦手な人が多くて……」

 

速球中心の浜矢より、変化球中心の洲嵜の方が相性が良い。

空気を読むのであれば浜矢で強行するが、チームの勝利の為にはやむを得ない判断だ。

 

「打者で警戒すべき選手は?」

「もちろん全員だよ!」

「うん、知ってた!」

 

 

蒼海大の打線の強力さは全国でも有名だ。

1番から9番まで、他所ならクリーンナップを張れる選手が並んでいる。

 

 

 

対戦相手が決まってからやる事といえば練習。

強力打線を相手にする為、投手陣はいつもよりやる気に満ち溢れている。

神宮と浜矢は並んで的当てをしていた。

 

「伊吹先輩気合入ってますね〜」

「じんぐーは気合い入りすぎて、いつも以上にノーコンになってるぞ……」

「多分投げないって分かってるのに、なんか緊張しちゃって」

 

神宮の投げた球は的に当たることすら殆ど無かった。

力んでボールをコントロールしきれていない様子。

 

「じんぐーはメンタル強いよな、ぶつけても平気そうだったし」

「悪い事ではあるんですけど、当て慣れちゃってるんで……今更それくらいじゃ動揺しませんよ」

「……コントロール鍛えるって事は選択肢は無かったのか?」

「色々試したんですけど、球威が落ちまくったんですよね〜」

 

 

神宮のメンタルの強さの理由は四死球の多さ。

ピンチの場面をよく作り、そのまま打たれることもあるので必然的にメンタルが鍛えられた。

 

「ピンチの時って何考えてる?」

「ピンチ作っちゃったー、じゃあこっから抑えよーみたいな感じです」

「楽天的というか何というか……」

「常に本気で投げてるんですけど、ピンチの時の集中力には勝てないですね」

 

神宮はピンチの時になると楽しそうにする。

そこから繰り出される曲がりの大きいスライダーは、数々の強打者を翻弄してきた。

 

 

「打たれたらどうしようとか考えたりしないの?」

「私は追いつかれなきゃ何点取られても良いって考えなんで、それにどちらかと言うとぶつける事のが多いので……」

「ピンチになると変化量増えるよな」

「そういう考えは持ってても、やっぱり失点したくないって気持ちが湧き上がってくるので」

 

投手というのはプライドが高い人間が多い。

神宮も例に漏れずそのプライドの高い人間であった、それだけの話だ。

 

 

「じゃあ私はフリー行ってくるわ」

「はーい、抑えてくださいね!」

「頑張る〜」

 

浜矢は外野陣とフリー打撃をする為に場を離れる。

1人の練習を退屈に感じた神宮は、監督に声を掛ける。

 

 

「監督、スライドフォークって何であんなに打たれないんですか?」

「斜めに落ちるフォークとか脅威だぞ、打席で見たら分かる」

 

途中までは真っ直ぐの軌道なのに、そこから斜めに落ちていく。

たったそれだけなのに、それがどれだけ打ちにくい事か。

 

「監督は打てますか?」

「うーん……現役の時だったら打てたな」

「今は無理ですか?」

「当てるのは出来そうだけど、ヒットにするのは難しいかな」

 

監督が引退してからもう3年半が経過した。

部員の練習を手伝ってはいたが、実戦からは離れている。

当時と同じ感覚で打撃をする事は難しいだろう。

 

 

「金属なら余裕でホームラン打てるけどな」

「……監督は金属持たないで下さいよ、死人が出ます」

「なんかそれ去年も誰かが似たような事言ってたなぁ」

 

昨年の3年生と話していた事と全く同じ。

あの時は監督に金属を持たせたら、バックスクリーンを壊すと言われていた。

 

「懐かしいな、元気にやってるかな」

「先輩達ですか? それなら十分元気ですよ」

「千秋……私あまり速報とかも見れてないんだよな」

 

監督がそう言うと千秋は任せろ、と言わんばかりにに3人の成績を喋り出す。

 

 

「お三方とも一軍に昇格しましたね、その中でも活躍してるのは中上先輩です」

「まあ左の変化球マスターは活躍するよな……」

「ですね、私の見た試合だと1試合で8球種投げてました」

「打者からしたら堪ったもんじゃないな……」

 

野球というのは狙い球を絞って打つもの。

それなのに8球種も投げられたら絞れる訳がない。

 

「柳谷先輩と糸賀先輩もいい感じですよ、打率も2割5分は超えてますし」

「高卒ルーキーがそれだけやれれば十分だな」

「監督は3割1分2厘でしたよね」

「よく覚えてるな……確かそうだった気がする」

 

シーズンの半分しか出場していないものの、打率は3割を超え本塁打も二桁に乗せた。

そんな高卒ルーキーの捕手が現れれば、新人賞を貰うのも納得だろう。

 

 

「おつ、連続で打ち取った」

「伊吹ちゃんの成長速度凄いですよねぇ」

「伊吹先輩も打たれてた時とかあったんですか?」

「そういや1年の時から結構抑えてたな、代わりに打撃と守備が酷かったけど」

 

1年生の時は打率2割前半、守備範囲も狭くフライ処理が苦手だった。

それでも防御率は2.58と2番手として十分な働きを見せた。

 

「今じゃ打席にもマウンドにも、安心して送り出せるもんな」

「本人はまだ納得してないみたいですけどね、特に打撃は」

「伊吹先輩って凄かったんですね……私も頑張らないと」

 

神宮は小さく、だがしっかりと決意を呟いた。

エース(背番号1)を背負った幼馴染にベンチからの信頼を得ている先輩、この2人には負けていられなかった。

 

 

 

軽く休憩をしている浜矢と洲嵜も言葉を交わしていた。

 

「浜矢先輩、佐久間さんってどんな人なんですか?」

「どんな? ……見た目は怖いしガラもちょっと悪いけど、優しい奴だよ」

「あの、そうじゃなくて……選手として……」

 

洲嵜が言いにくそうにそう伝えると、浜矢は顔を赤くして謝る。

 

「ごめんごめん! せ、選手としてね……バッティングがヤバいよ、打球速度がえげつない」

「投球の方はどうなんですか?」

「ノーコン速球派としか言えないかなぁ……けど調子良い時は手が付けられない」

 

調子のムラが激しいからこそ、調子が良かった時に誰も手が付けられなくなる。

蒼海大の2番手を担っている選手だ、スペック自体は高い。

 

 

「打席でも威圧感凄いけど、怖がらず迎え撃てば平気!」

「浜矢先輩が言うならそうなんでしょうね……分かりました、佐久間さんを迎え撃ちます」

「期待してるぞ!」

 

浜矢が歯を見せて笑いながら拳を前に出す。

控えめではあったが洲嵜も拳を突き出しぶつける。

この2人で明日、絶対王者の蒼海大に立ち向かう。



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第19球 立ちはだかる蒼き者

神奈川県予選決勝、ついにこの日がやってきた。

横浜スタジアムは陽と観客の熱気に包まれている。

選手が入場するとその熱気は増し、今ここが神奈川で一番熱い場所とい言ってもいいだろう。

 

「佐久間ー! 期待してるよ!」

「ここまで来たら優勝してー!」

「強力打線の力見せてやれっ!」

 

蒼海大には根強いファンが多く存在する。

それもその筈、蒼海大は神奈川の野球名門校は何処かと聞かれたら真っ先に名前が上がる高校。

古くからの強豪校には古くからの野球ファンが付くのだ。

 

 

「金堂先輩いつものバッティング期待してます!」

「伊吹ー、投げたら完璧に抑えてね!」

「ホームラン打ちまくってやれー!」

 

体罰事件や数年前までの低迷期のせいで数は減ったが、至誠にも古くからのファンはいる。

昨年の活躍で古豪復活と取り上げられ、それがきっかけで再び応援する人も少なくなかった。

 

 

「やっぱ決勝は人多いなー」

「当たり前だよ、それにこのカードは人気あるし」

「神奈川最強と古豪の対決は燃えるよね」

 

2年生の3人が談笑をしながら入場する。

観客席からの圧を感じてはいるものの、それに緊張させられる事はない。

 

「てか佐久間人気だな」

「県内最速はロマンあるからねぇ、それに打撃が凄いし」

「フォームも派手だからそういうのが好きな人は多いだろうね」

 

佐久間のフォームは打撃、問わず豪快だ。

そのフォームと同じくらい豪快なプレーに惚れる人は多い。

 

 

「……勝たなきゃな」

「まあその為に来たんだからね」

「野球ファンの人に、至誠が神奈川最強って言わせようね!」

 

炎のように紅いユニフォームを纏う至誠の前に立ちはだかるは、海のように深い蒼のユニフォームを纏う蒼海大。

真逆な色を見に纏う両チームの試合が、今始まった。

 

 

「……ふぅ」

「緊張してる?」

「まあそこそこには……けどやるしかないですからね」

 

緊張した様子で洲嵜が先発の、誰も踏みしめていないマウンドに上がる。

それを見た佐久間は持っていたバットを強く握りしめる。

 

(浜矢が先発じゃないだと……? ふざけるな、なんでアイツが控えなんだよっ!)

 

「れ、玲? 怒ってるみたいだけど……」

「……気にしないで下さい、ただちょっと先発のぶっ潰し方を模索してるだけです」

「お、穏便にね……」

 

先輩ですらも気圧される程のオーラ。

佐久間はいかに洲嵜を早い段階で降ろすか、その手段を考えていた。

 

(……普通に打てばいいな、ボコボコにして浜矢に投げさせるんだ)

 

 

 

洲嵜が投球練習を終え、遂に最後の試合が始まった。

 

(1番のクセに威圧感半端ないな……慎重に攻めよう)

 

1番打者のはずなのに、4番のような威圧感を醸し出している。

彼女は蒼海大という学校の打線を象徴しているだろう。

 

運命の第一球は洲嵜の得意球であるパーム。

緩く落ちる変化球が隅に決まり1ストライク。

 

(コントロールは良好、これなら抑えられそう)

 

2球目はスラーブで内角を抉り、力強く引っ張られるがファール。

1球インハイのボール球を挟み4球目。

 

 

打者は真ん中低めに投げられたボールを掬い上げようとバットを出すが、ボールはバットから逃げるように変化し空振り。

洲嵜の第二の決め球、スクリューが決まった。

 

「ストライク! バッターアウッ!」

「よしっ……」

 

ポーカーフェイスは崩さないものの、少しホッとした洲嵜。

1人目とはいえ三振を取れた事で不安が無くなった。

 

 

2番は対変化球に強い左の巧打者。

変化球が甘く入れば間違いなく打たれる相手、失投は許されない。

 

(変化球を打たれたくないからストレート……は流石に読まれてそうだからスラーブで)

 

顔付近に投げ仰け反らせつつストライクも取る、鈴井らしいリード。

そして2球目はアウトローのストレート。

インハイからアウトロー、それは一番球が多く感じる配球だ。

外れると感じ見逃したその球は、しっかりストライクゾーン内に入っていた。

 

 

(2ストライクからが怖いんだよな……ボール球のパーム、振ってくれたら儲けもので)

 

低めに外れるパームを投げると打者は無理やり当ててきたが、セカンドゴロとなり2アウト。

 

「ツーダンツーダン!」

「ナイピー!」

 

(ここまでは問題無し。次は佐久間さ、ん……?)

 

殺気に近いオーラを放ち、バットを洲嵜に向け宣戦布告をする佐久間。

 

(浜矢先輩、この人本当に優しいんですか? 殺気出してるんですけど……)

 

ベンチに座る浜矢の方を見るが、佐久間と洲嵜の対決に興奮している様子だった。

 

「洲嵜と佐久間はどっちが勝ちますかね!?」

「お前、意外と鈍感なんだな……」

「へ? 何がですか?」

 

こんな事になっているにも関わらず、浜矢は佐久間が自分と対決したくて気合が入ってる事実に気づいていない。

 

 

 

(怖いけど投げるしかない、ピッチャーライナー打たれない事を祈るしかないけど……)

 

心配しなくても、佐久間には狙って打てる技術が無いことを洲嵜は知らない。

この試合で一番警戒すべき相手、佐久間に対する初球はスクリュー。

力強く振り抜いたが、タイミングが少しズレ特大のファールに。

 

(こわ……またパワー付いた? とにかく当てさせない配球するよ)

(流石にこれは怖すぎますね、分かりました)

 

バッテリーは変化球で攻め、バットに当てさせないようにする作戦を立てた。

しかし佐久間は食らいつきカウント2-2まで持ち込まれる。

 

 

(前までこんなミート力無かったでしょ、そんなに真理から打ちたいのか……ならいいよ、打たせてあげる)

 

鈴井のサインは内角のスラーブ、打たれると思ったのか洲嵜は首を振る。

しかし鈴井はその後、守備シフトのサインも出す。

それを見た洲嵜は頷きスラーブを投げる。

 

絶好球と思った佐久間がフルスイングをすると、痛烈な打球が三遊間を襲う。

 

(定位置なら抜かれてるだろうね、定位置なら(・・・・・))

 

 

「なっ……!」

 

三塁寄りの深い位置で守っていた三好が、打球の勢いに押されながらも一回転して一塁に送球する。

 

「耀ありがとう」

「どんな球でも捕るから、安心して投げていいよ」

 

洲嵜の背中をグラブで優しく叩く三好。

プレーに派手さを求めない彼女が、勢いに押されたとはいえ回転して投げた。

確実にアウトを取る為にやったのだ、それが洲嵜には喜ばしいことだった。

 

 

 

「初回は三凡か、上々の滑り出しだな! さあ今度は攻撃だ、打ちまくれよ!」

『オーーッ!!』

 

至誠の1番はセカンドの菊池、速球には弱いが粘るくらいは出来る。

 

(ハッ、打ちまくる? 笑わせるなよ、浜矢(アイツ)が出てくるまで1点もやる気はないさ)

 

佐久間は不敵に笑いながら投球を開始する。

豪快なフォームから投げられたストレートは、昨年よりも球威と速度を増しているようだった。

 

(はっや……打つどころか当てるのもムズそうなんだけど!?)

 

県内最速のストレートに高速スライダー、そして新たに身に付けたフォークで打者を手玉に取ってきた。

更には今は集中力が増している為、コントロールも普段より悪くない。

豪速球にやられ菊池は三振する。

 

 

「いやー、あれはキツいわ」

「三好、一応粘れるか試してみてくれないか?」

「やるだけやってみます……」

 

三好は左打席に入りゆっくりと構える。

目の前から発されるオーラに負けず、ストレートをカットしていく。

 

(ストレートはまだカット出来そう……けど変化球は無理!)

 

何とかフォークに当てはしたものの、力の無い打球になりピッチャーゴロ。

3番に入った金堂が打席に入り、非力なバッターが3人続く。

 

 

 

(技術はあるようだが、それだけじゃ私の球は打ち返せないぜ? そのバットをへし折ってやる!)

 

佐久間は自信のあるストレートで勝負する。

ミート力が高い金堂なら余裕で当てられるが、力負けして前に飛ばせない。

 

(球が重すぎる、これが本調子の佐久間……)

 

4球続けてストレートを投げ、5球目だった。

この打席初めてのスライダーを内角に投げる。

金堂はスライダーに対応したが、詰まらされた為バットにヒビが入ってしまう。

 

「見てヒビ入った」

「うわっ、なんてストレート投げてんだアイツ……」

「まあ木製なんて芯外されればスローカーブでも折れるけどね」

 

アウトにされベンチに戻った金堂が、ヒビの入ったバットを置く。

芯を外れれば折れるしヒットも出にくいのが木製。

だからこそ面白いと感じ、彼女は高校から木製を選んだ。

 

 

(負けっぱなしは面白くない……私でも佐久間から打てるって事を証明したい)

 

口にはしないものの、金堂にも意地というものは存在する。

完璧に打ち取られた事がかなり悔しかったようで、彼女もまた強者のオーラを放っていた。

 

 

 

2回表はランナーを2人出したものの、下位打線だったという事もあり失点は免れた。

その裏、佐久間は2連続で三振に取り最後も打ち取る。

3回はお互いランナーを1人出したが、安定した投球で2塁を踏ませる事は無かった。

 

4回表の蒼海大の攻撃が始まる。

打席には先程の打席でヒットを放った4番。

5球目のパームを打ち返されシングルヒット。

 

(なるほど……これは、皆に伝えなきゃな)

 

 

その後はノーヒットで切り抜け4回まで無失点に抑える。

その裏の攻撃は金堂からの打席だったが。

 

「っ! くそっ……」

「ドンマイ! それに飛距離は出てるから!」

「……そうだね、次の打席は打つよ」

 

センターフライに終わってしまうが、前の打席と比べれば飛ばせるようにはなった。

この対応力の高さも彼女の武器である。

 

 

 

5回表の攻撃が始まる前、蒼海大ベンチは円陣を組んで作戦会議をしていた。

 

「無理に引っ張ろうとするな、そして低めの変化球は捨てろ」

「キャプテン、その理由は?」

「変化球ってのは引っ張ると引っ掛けやすくなる、だから長く見て流すんだ」

 

そこでは洲嵜の攻略法についてが話されていた。

 

「低めの変化球は?」

「ウチは高めが得意な選手が多いし狙う方がいい、それにコースを絞った方がいざそのコースに来た時に対応しやすくなる」

「なるほど、これで洲嵜攻略だね!」

 

蒼海大の選手で考えて打つ選手は少ない。

4番である彼女は今日のスタメンで唯一と言っていい、考えて打つ選手だ。

 

「蒼海大のスタメンであれば、狙っていたコースに来た球を打ち逃す事はないだろう? この回点を取るぞ!」

『オウッ!!』

 

 

 

不穏な空気を隠せないまま5回表が始まる。

この回は9番からの打席だったが……。

 

「ボールフォア!」

 

(急に見極められるようになった……さっきの円陣?)

(真理の攻略法が分かった? けど変な癖とかは無いのに……)

 

先頭に四球を与えると、1番と2番にも連続ヒットで満塁とされてしまう。

そして得点圏で1番回したくなかった相手、佐久間が相手だ。

 

(集中してるな……揺さぶりも効かなさそう)

 

低めに変化球を2球続けてあっさりと追い込む。

初球から振ってくる佐久間がピタリとも動かないのを、バッテリーは不審に思っていた。

 

 

(洲嵜を降ろして、浜矢を投げさせる為には……)

 

外角高めにストレートが投げられる。

それはボール1つ分外れていた明らかなボール球だった。

 

(ここで打つしかないよなぁ!!)

 

力強く踏み込んで全身を使ったフルスイング。

振り終わった後に膝をつくほどの勢いでスイングで当てられた白球は、高く高く舞い上がりゆっくりと、しかし確実にスタンドに近づく。

 

「入るなっ!」

「いけっ!!」

 

 

長い滞空時間が過ぎ、その打球が落ちた場所は。

 

--観客に埋め尽くされた、ライトスタンドだった。

 

試合中盤で打たれた先制の満塁本塁打。

蒼に染まったスタンドからは歓喜の声が、紅に染まったスタンドからは悲鳴や落胆の声が聴こえる。

 

 

「真理……」

「すみません、打たれてはいけない場面で……」

 

洲嵜は立ち直れそうにはない、そう感じた鈴井はベンチにアイコンタクトを送る。

 

「……浜矢、確か10球で肩作れるよな?」

「はい、今行きますか?」

「ああ、任せた」

 

監督が球審に選手交代を告げ、肩を回しながら浜矢がマウンドに向かう。

その瞬間に目を輝かせる佐久間。

 

 

(やっと出てきたか浜矢! 待ちくたびれたぞ)

(佐久間はやっぱ凄かったな……けど、私も負ける気はない)

 

浜矢は10球を投げ込み投球練習を終えた。

一度目を閉じて3秒間空を見上げ、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。

蒼色の瞳には炎のように燃えた意志が宿っていた。




*選手の体重設定の補足

全体的に一般的なアニメに出てくる女性キャラより重めです。
現実の女性ソフトボール選手のBMIは24前後。
ですが高校生ということを考え少し下げ、22前後になるようにしています。

柳谷先輩のようなパワーヒッターは168cm/66kgでBMIは23.38、菊池先輩のような走力と守備型の選手は156cm/50kgでBMI20.55と選手の特徴によってBMIは変えています。

何でいきなりこんな話をしたかというと、何となく話したかっただけです。


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第20球 エースの背中

浜矢は初球を投げる前に一つ息を吐く。

彼女の数ある内の1つのルーティンだ。

左脚を引きそのまま上げ、グラブで1回膝を叩いてから投球する。

風を切り裂いて進むボールは、重い音を響かせてミットに収まった。

 

「ストライークッ!」

 

この一球で球場の空気が変わった。

--浜矢のストレートの質が良くなっている。

観客ですら分かるので応援席にいる蒼海大の選手であれば全員分かる。

 

この選手から追加点を取るのは難しいのではないか、たった一球でそう思わせた。

 

 

(最高のストレート……よし、ガンガン攻めよう)

 

内角を多く要求する鈴井に、それにしっかり応える浜矢。

息のあった2人の配球は蒼海大を圧倒していた。

 

「ストライク! バッターアウッ!」

 

まず1人目は3球で三振に切り取る。

2人目も内角のツーシームを詰まらせセカンドゴロ。最後は2ストライクまで追い込んでから。

 

(さあ、スライドフォークいくよ!)

(最高の球を投げるから、ちゃんと捕ってくれよ!)

 

決め球であるスライドフォークが投げられた。

斜めに曲がりながら落ちる魔球は、キレが増していた。

手元で急激に変化するフォークに対応出来ず三振、ワンバウンドした球は鈴井が体で止めて振り逃げも阻止。

 

 

「ナイピ」

「へへーん、どうよ?」

「まだあと2イニング残ってるんだから、調子乗らない」

「へーい」

 

悪い流れは浜矢によって完全に断ち切られた。

ここから良い流れに持っていこうと考えるが、そう甘くはない。

 

(あれでこそ浜矢だ、実力だけ見れば全国トップクラスの選手には及ばない。だが何かを持っているスター選手……だから私はお前と投げ合いたかったんだ)

 

佐久間が心の奥底から溢れ出る喜びを隠しきれていなかった。

殺気と見まごう程のオーラを放っていたとは思えない、高揚感に満ちた表情を浮かべていた。

 

 

「浜矢見ておけ! 私の投球を!」

「!? お、おうっ!」

 

いきなり大声で名前を呼ばれ、ビクッとする浜矢。

叫んだ後佐久間は、駆け足でマウンドに向かいマウンドをならす。

 

 

(投手としては私よりアイツの方が凄い……けど、お前には負けたくない! 初めてのライバルであるお前には!!)

 

佐久間はこの終盤で更にギアを上げてきた。

制球は少し乱れたものの、ゾーン内で散らばる程度の乱れ。

彼女の球速を考えればかなり凶悪だろう。

 

 

荒波、岡田、菊池の3人が打ち取られ5回裏は無得点。しかし佐久間のその投球を見た浜矢は。

 

(やっぱ佐久間はポテンシャルは高いんだよな……私もあんな投球してやる!)

 

嬉々としてマウンドに駆けていく。

浜矢の後ろ姿を見ていると、監督は思うことがあった。

 

(登板しただけで流れを変え、更に付け入る隙を与えない投球……。あれこそがまさしく、背番号1(エース)の背中だ)

 

佐久間の投球に感化された浜矢は6回を三凡で終わらせる。

お互いがお互いを高め合う投球をする、これぞライバルだ。

どんな悪い流れでも変えることができる、これがエースだ。

 

 

「いい加減1点欲しいな……」

「任せてください」

 

金堂がネクストバッターズサークルにしゃがむ。

ここまで2打席とも打ち取られ、1回はバットをへし折られた。

大きな屈辱を味わったのだ、自分もやり返さないと気が済まないのだろう。

 

 

「アウト!」

 

三好がファーストゴロに終わり1アウト。

それを見てから金堂はゆっくりと立ち上がった。

いつもは冷静で出塁するのが当たり前と思われていたし、事実そうであった。

それが今日は打ち取られっぱなしでチームとしても反撃すら出来てない。

 

(……私は一度負かされた相手に、最後まで抵抗できない選手じゃないよ)

 

バットは体の前に出し、体は投手の方に向ける。

特徴的なこのフォームが金堂を巧打者に導いた。

 

 

投げられた初球はストレートだった。

 

(ど真ん中、貰った!)

 

力負けをしないようにこちらも力強く振り抜く。

的確に芯に当て軽く振ってヒットを打ついつものスタイルとは違う。

木製特有の乾いた打球音が鳴り、打球は空高く舞い上がる。

ふらふらっと伸びていく白球はレフトスタンドに届いた。

 

「え? ほ、ホームラン……?」

「神奈ー! ナイスホームラン!」

「ほら回れ回れ!」

 

自分でも予想していなかった、寧ろ本人がこの結果に1番驚いていた。

本当に現実なのか疑いつつダイヤモンドを一周し始めた。

 

(あんなスイング初めした……私って意外と長打力あったのかな)

 

大事にホームベースを踏んで今ホームイン。

反撃の狼煙を上げたのはキャプテン金堂だ。

 

 

 

「ナイバッチー! 高校初ホームランだな!」

「キャプテンって高校でホームラン打ってなかったんですね」

「いや、人生初だけど……」

 

山田と浜矢が大はしゃぎしていると、衝撃の事実が本人の口から伝えられた。

 

「人生初!? え、神奈が野球始めたのっていつだっけ……?」

「……小学校」

「10年以上ホームラン打ってなかったの!?」

「そもそも打ちたいって思ったこと無かったし」

 

金堂が言うには、初めて見たプロ野球の試合でボール球を簡単にヒットする選手がいた。

その人に憧れて自身も今の打撃スタイルを身に付けたので、ホームランを打ちたいと思ったことは無かったらしい。

 

 

「ホームランって言えば野球の華じゃん……!」

「まあでも悪球打ちも華といえば華ですよね」

「でしょ? だから私はホームランはこれからも狙わない! 一本出れば逆転って時には狙うかも知れないけど……」

 

長い年月を掛けて体に染み付かせた打撃スタイルを、今更変えることはしたくない。

だが今後は状況を考え狙う事もあるかもと言った。

初めから完成された打撃の金堂が、更に成長する可能性を持った。

 

 

しかし良い知らせはここまでだ。

反撃の狼煙を上げたと思われたが、逆に佐久間に火がついた。

ストレートとフォークの組み合わせで次々と打ち取っていき、浜矢が3回を無失点の好投を見せるが援護は結局金堂の1点だけだった。

 

 

 

『ありがとうございました!』

 

決勝戦は呆気ない幕引きとなった。

至誠がもう少し反撃出来ると思っていた観客も少なくない。

しかし負けたのは事実、至誠の夏は県予選準優勝という結果に終わった。

 

「見違えるほど強くなっててビックリしたよ」

「お前もな……来年は必ず1番取れよ」

「言われなくてもそのつもりだ、佐久間も絶対1番な!」

「当然だ、来年は最初から最後まで投げ合おう」

 

浜矢と佐久間は来季の背番号1獲得を誓い合い、それ以降は言葉を交わさずそれぞれの道へ別れる。

 

 

「真理〜、平気……?」

「っ、わたしが……夏をっ……!」

 

洲嵜はベンチで俯いたまま泣きじゃくっていた。

あの満塁本塁打がなければ勝てたかもしれないと、そう考えていた。

 

「わたしの……せい、でっ……」

「そ、そんなこと……」

「そうだね」

「はっ?」

 

洲嵜の言葉を三好が否定しようとするが、神宮は肯定した。

その言葉に苛立った様子の三好は掴みかかろうとしたが。

 

「だから、私と一緒に練習しよっ? 私はメンタルなら真理より強いよ、打たれまくってるから!」

「空……」

「……それは誇る所ではないよ、それと私も打席立つくらいなら手伝う」

「耀……2人とも、ありがとう」

 

2人に手を引かれ、ようやく洲嵜は立ち上がる。

神宮、洲嵜、三好の3人の瞳は次を見据えていた。

 

 

 

蒼海大への挨拶も終え、浜矢と鈴井はバスの中で一息ついていた。

 

「蒼海大には優勝して欲しいな」

「……全国に伊吹ちゃんっていうライバルいないし、佐久間また不安定な投球になるんじゃ……」

「あっ……」

 

2人の不安が的中し、蒼海大は3回戦で散ることになるのだがそれはまだ後の話。

 

「伊吹ちゃんおつかれ」

「せんしゅーお疲れー!」

「今までで1番良い投球だったよ」

 

千秋がタブレットを脇に抱えながらバスに乗り込んできた。

そしてデータを映した画面を2人に見せる。

 

 

「これがボールがどこに投げられたかのデータで、これはストライク率に被打率……あとは平均球速と最高球速ね」

「結構良い数字なの?」

「かなり良いよ、安定してこの数字が出せれば間違いなくエースだよ」

 

ストライク率は72%と高水準の数字を残し、平均球速に至っては過去最高だ。

鈴井の言う通りこの数字を安定して出すことが出来れば、全国でも通用する大エースになれる確率は高い。

 

「来年こそ全国制覇目指すぞ! 帰ったら練習しよう!」

「伊吹ちゃん今日投げたから抑えてね」

「えぇー……でも洲嵜は私よりやる気みたいだけど」

 

そう言われ洲嵜の方を見る鈴井と千秋。

確かに1年生で固まり、練習メニューについて熱く語り合っていた。

 

 

「……いつも通りの球数投げて良いよ、その代わり休憩はしっかり取ること! ストレッチやアップ、ダウンも丁寧にね!」

「やったー! せんしゅー好きー」

 

浜矢が軽く抱き付くと、千秋は現役高校球女に抱き締められた事が衝撃的すぎてフリーズした。

 

「一旦静かにー、全員いるな?」

「1年いまーす」

「2年も1名フリーズしてるけど全員揃ってます」

「3年もオッケーです」

 

監督がバスに乗り込んで全員が揃っているか見る。

静かになったのを確認してから話し出す。

 

 

「残念ながら今年は全国出場は果たせなかった、だが神奈川で準優勝だ! 全員自信を持って、胸を張って帰ろう!」

『はい!』

 

監督は誰かを責める事はなく、部員の奮闘を讃える。

 

「激戦区神奈川で2年連続決勝進出、これは全く簡単な事ではない……至誠は間違いなく神奈川の強豪校だ、そこの生徒なんだから自信を持つ事を忘れるな!」

 

今の至誠はかつての強さを取り戻していた、いや寧ろ越えている。

そんな強いチームに在籍しておきながら、自分に自信が持てないのはいけない事だと監督は感じていた。

 

 

「自分がもっと活躍出来ていれば、少なからずそう思った奴はいると思う……けどな、私は自分が輝かせられる選手しか獲らない」

 

至誠のスカウトの基準が初めて語られた。

 

「だから今回の試合で活躍出来なかったとしても、次は必ず活躍出来る。3年は上の舞台で輝けると私は確信しているぞ」

「監督……」

 

素晴らしい投手とはいえ、2年生相手に抑え込まれた3年生の4人。

もっとチームを引っ張りたかった、全員がそう考えていた。

けれど監督は必ず自分達が活躍出来ると信じてくれた。

 

「私からは以上だ、キャプテンからは何か……」

「全員帰ったら猛特訓するよ! 来年こそ優勝するために!」

『オーーー!!』

 

監督が言い切る前に金堂が気合の入った声を出す。

その声に呼応して部員たちも腹から声を出し、窓がビリビリと揺れた。

 

 

 

 

学校に帰り早々、至誠ナインは一目散にグラウンドに向かった。

中には競争形式で走る選手も居た。

 

「自分の弱点はこの夏分かったよね? なら克服するよ! 持ち味がわかっている選手はそこも伸ばそう!」

『ハイ!!』

 

キャプテンの声出しから練習が始まった。

 

「野球部もう練習してるじゃん」

「はやっ! さっきまで試合してたんだよね?」

「惜しかったよねー、金堂先輩がホームラン打った時はいけると思ったんだけどなー」

 

通りすがった生徒たちは、試合が終わって1時間しか経っていないのに練習を始めている事に驚いていた。

 

 

 

全員が立つ事すら出来ない程の練習を終える頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 

「疲れた……」

「そういや秋はどうするんですか?」

「一塁と三塁が居ないんだよな……」

「私が一塁守りましょうか?」

 

伊藤が挙手をして一塁に立候補する。

それでも三塁を守れる選手が居ない上に、部員の数もたったの10人、選手は9人だ。

 

「神宮って投手以外もどこか守れないか?」

「小学校の時にセカンドやってましたけど……」

「なら石川を外野にして神宮を二塁にすれば、一応形にはなるか……?」

 

かなり無理のある陣形ではあるが、やってみようという話になる。

実戦経験を積んで来年に備える、そんな狙いもあった。

 

 

「それとキャプテン! 誰がやる?」

 

監督が2年生の3人を見て尋ねる。

3人がそれぞれ顔を見合わせてから、鈴井が言う。

 

「じゃあ私がやります」

「鈴井が? あんまやらなさそうなイメージあったけど……」

「伊吹ちゃんは家の事あるし、美月ちゃんはそもそもやる事が多すぎるでしょ」

 

浜矢は母子家庭のため家事をこなしており、千秋は今ですら仕事量が多すぎる。

これ以上2人に負担をかける事は出来ないという判断だ。

 

「でも鈴井も正捕手じゃん、負担はあるっしょ?」

「けど部長会議とかを伊吹ちゃんに任せたくないから」

「それ言われると何も言い返せない……」

 

結果としては鈴井がキャプテンになる、という事で纏まった。

監督、柳谷に次ぐ3人目の捕手キャプテンの誕生だ。



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番外編 夏大総評

夏の成績まとめ、好きな人は好きなやつです。
前回同様書いてない項目は0です。



至誠高等学校

チーム防御率2.09 チーム打率.357

 

 

洲嵜真理

 

投球回20 被安打24 被本塁打2 四死球3 奪三振25

失点8 自責点7 防御率2.45 WHIP1.35

奪三振率8.75

 

打席数6 打数5 安打数1 打率.200 犠打1 三振4

出塁率.200 長打率.200 OPS.400

 

【備考】

背番号1を背負った1年生の左腕エース。

安定した投球を見せたが、決勝戦では痛恨の満塁本塁打を被弾。

打たれ弱い面も見受けられたので、精神面での成長が鍵となりそうだ。

 

 

鈴井美希

 

打席数20 打数17 安打数10 打率.588 打点3

四死球2 犠飛1 盗塁1 三振2 出塁率.600

長打率.882 OPS1.482

 

【備考】

遊撃手から華麗な転身を遂げた扇の要。

守備での安定感は勿論、打撃でも常に高打率をキープ。本塁打がゼロなのが少し寂しいか。

 

 

金堂神奈

 

打席数24 打数22 安打数16 打率.727 本塁打1

打点5 四死球2 出塁率.750 長打率.955 OPS1.705

 

【備考】

 

神奈川の安打製造機は更に成長を遂げた。

遂に7割を超えた打率に高校初の本塁打も放った。

内野陣を支える守備も健在。

 

 

菊池悠河

 

打席数21 打数20 安打数6 打率.300 打点3 四死球1

盗塁4 三振5 失策1 出塁率.333 長打率.400 OPS.733

 

【備考】

忍者と呼ばれた守備職人は打撃でも輝いた。

1失策を記録したものの、守備範囲の広さと送球精度の高さは魅力的。

4盗塁も決め脚も十分にアピールした。

 

 

山田沙也加

 

打席数23 打数21 安打数7 打率.333 本塁打3 打点9

犠飛2 三振6 失策1 出塁率.304 長打率.810 OPS1.114

 

【備考】

 

得点圏で強さを発揮する第二の主砲。

昨年から打率を1割近く上げた彼女は、もうロマン砲とは呼ばれない。

三振が多いのは気になるが、それ以上に魅力ある選手。

 

 

三好耀

 

打席数24 打数19 安打数4 打率.211 打点1 四死球3 犠打2 三振3 失策1 出塁率.318 長打率.263 OPS.581

 

【備考】

至誠が誇るクセ者スイッチヒッター。

打率こそ2割前半だが、出塁率と犠打で貢献。

大会全体での1打席の平均投球数が3.51なのに対し彼女は5.25を記録した。

 

 

青羽翼

 

打席数24 打数21 安打数8 打率.381 本塁打4

打点12 四死球1 犠飛2 三振5 出塁率.375 長打率1 OPS 1.375

 

【備考】

確実性を増した主砲は頼りになった。

打率を4割弱とし本塁打4、今大会3位タイの打点12を叩き出した。

守備面ではまだ少し不安が残る。

 

 

岡田早紀

 

打席数22 打数21 安打数3 打率.143 四死球1 盗塁3 三振12 出塁率.182 長打率.143 OPS.325

 

【備考】

最強の守備と最弱の打撃を兼ね備えた名中堅手。

プロと言われても遜色ない守備力の持ち主だが、打撃面で大きな課題を残した。

藤蔭戦でのセーフティバントからの盗塁は、あまりにも鮮やかだった。

 

 

荒波友海

 

打席数22 打数20 安打数4 打率.200 打点1 四死球2 盗塁2 三振9 出塁率.273 長打率.250 OPS.523

 

【備考】

 

打撃が課題の守備型右翼手。

至誠では貴重な左打者なので、もう少し打力を付けて暴れて欲しい。

来年は勢いのある至誠という波に乗れるか。

 

 

浜矢伊吹

 

投球回21 被安打23 被本塁打1 四死球3 奪三振28 失点5 自責点5 防御率1.67 WHIP1.24

奪三振率9.33

 

打席数8 打数7 安打数3 打率.429 打点2 四死球1

三振2 出塁率.500 長打率.571 OPS1.071

 

【備考】

背番号1奪取に大きく踏み出した速球派右腕。

魔球を武器に次々と三振を奪っていく姿には、圧巻の二文字しか似合わない。

蒼海大戦では流れを変える投球を見せた。

 

 

神宮空

 

投球回6 被安打5 被本塁打1 四死球4 奪三振5

失点2 自責点2 防御率2.33 WHIP1.50

奪三振率5.83

 

打席数1 打数0 四死球1 出塁率1 OPS1

 

【備考】

 

スタミナ抜群のサイドスロー投手。

制球の悪さが目立つが失点はイメージより少ない。

ピンチには強いが、ピンチを作らないような投球をして欲しい。

 

 

伊藤彗

 

打席数3 打数3 安打数1 打率.333 三振1

出塁率.333 長打率.333 OPS.666

 

【備考】

陰ながらチームを支えた将来性のある捕手。

スタメン出場は1試合だったものの、神宮の登板時にはマスクを被る事が多かった。

少ない出場機会の中でも盗塁を刺すなど強肩を見せつけた。

 

 

石川灯

 

打席数7 打数6 安打数2 打率.333 打点2 犠打1

盗塁1 三振2 出塁率.333 長打率.500 OPS.833

 

【備考】

 

要所で輝いた至誠の灯火。

藤蔭戦での代打タイムリーはその後の流れを変えた。

バッテリー以外はどこでも守れるユーティリティー性も魅力。



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第21球 課題は明確

秋は基本的に飛ばします


秋大は夏の快進撃が嘘のようにボロ負けした。

具体的に言うと3回戦で敗退、しかも1・2回戦もギリギリの所で勝利した。

スコアは1試合目が2-0、2試合目が2-1、そして3試合目が1-5。

全ての試合に共通する、今の至誠の明確な課題は。

 

「打てなさすぎだったなぁ……」

「先輩達が居なくなるから打力落ちるのは分かってたけど、まさかここまでとはね」

 

長打力がある選手が居ないのは勿論、そもそも打てる選手が殆どいない。

岡田や荒波に三好は低打率、浜矢と鈴井は長打が少ない。

三振が多い石川や2割5分の伊藤がまだマシな方という惨状だ。

 

 

「秋はとにかく打撃練習だな……」

「ですねぇ、けど今の1年生って守備重視で獲ったんですよね?」

「まあな、糸賀や柳谷が居なくなるの痛かったし」

「ということは今年は打力重視のスカウトですか?」

 

千秋がそう尋ねると監督は頷く。

守備力は県内でもトップクラスだが、打撃に関しては私立の中ではワースト10には入るだろう。

 

「けど守備の乱れからの失点が無かったのは良かったな」

「失策ゼロで好守も目立ちましたからね、守備に関しては文句無しだと思います」

 

だからこそ打力の無さが勿体無い。

新入生に頼らなければならないのは情けないが、そんな事を言っている余裕は無い。

 

 

 

「……美月ちゃん、監督」

「美希ちゃん? どうしたの?」

「私が長打力を付けるって言ったら、どう思いますか?」

 

鈴井の提案はハイリスクハイリターンだった。

打線を厚くするために自分が長打力を付ける、しかしもし失敗すれば最悪長打力が身に付かないまま、ミート力も失うかも知れない。

 

「鈴井は今のスタイルでも良いとは思うが」

「新入生に頼ろうにも大一番に強い選手を獲ってくるのは難しいと思います、なら誰がやるかと聞かれたら私がやります」

「……フォームもそうだが、自分の打撃傾向を変えるのはリスクが高いぞ?」

「打率は多少犠牲にしても、長打力を身に付けられる自信があります」

 

鈴井は決意の灯った強い眼をしていた。

10秒間、誰も言葉を発しない空間となり最初に声を出したのは。

 

 

「そうか、なら私も最大限手伝わせて貰うよ、極力リスクは減らしたいしな」

「監督……」

「私も手伝うよ! 長打の打てる美希ちゃん、見てみたいもん!」

「美月ちゃんも……ありがとう」

 

鈴井の熱意を受け止め監督は許可を出す。

千秋も賛成し、秘密の特訓が始まろうとしていた。

 

 

「私の課題はやっぱスタミナかな」

「私は文句無しでコントロールですね……」

「……私はメンタル」

 

投手陣もそれぞれ自分の課題を洗い出していた。

浜矢はスタミナ、神宮はコントロール、洲嵜はメンタル。三者三様の克服すべき点があった。

 

「けど神宮はさ、ゾーン内で荒れる分には良いんじゃない?」

「ですよね、今の私は狙ってストライク投げられないんで……」

「空の球威で散らされたら多分打ちにくいと思う」

 

神宮はストレートの球威はある方だ、故にストライクを入れられるようになれば好成績が望めるはず。

 

 

「スタミナ付けるのはどうしたら良いんだろうな」

「まず先輩は線が細いんで、そこからですかね」

「食育トレーニングかぁ、ちょっと難しそうだな」

 

元々の食事量が少ないのもあるが、浜矢の家庭は裕福では無い。

経済的にも量を増やすのは難しいだろう。

 

「あとはランニングとインターバルですよ!」

「インターバル嫌いだけど、やるしかないよな……」

 

インターバルトレーニングはキツい分、効果は期待できる。

スタミナと下半身強化にはもってこいだろう。

 

 

「コントロールは……的当て?」

「それよりもシャドーやって、リリースとか体重移動を意識した方がいいと思う」

「確かになー、神宮ってリリースとかバラバラな感じする」

「なるほど……あとは下半身強化かな、先輩と一緒にインターバルやります!」

 

浜矢と神宮は自分に合ったメニューを見つけ、あとは千秋に確認するだけとなった。

 

「メンタルってどうやったら鍛えられるんですか」

「…………寺に行く?」

「もうちょっと真面目に考えてやれよ……ピンチ作ったら深呼吸するとか、ジャンプするとかそういうルーティン入れるとかは?」

 

浜矢もマウンドに上がった際は1回深呼吸をする。

1イニング毎にグラブで胸をポンと叩くのもルーティンだ。

 

 

「ルーティンですか……確かに私はルーティンとかあまり無いですね」

「ならやっぱ深呼吸した方がいいって、リラックス出来るしマイナス思考が無くなるし」

「それに真理は実力めちゃくちゃあるんだし、打たれるかもとか思っちゃダメだよ! 私はピンチ作っても打たれるとか思ってないし!」

「どっちかというと押し出しとかワイルドピッチのが心配だもんな」

 

浜矢の言葉に神宮が反論し、軽く戯れる感じで取っ組み合う。

2人の姿を見て洲嵜は今日、初めて笑顔を見せた。

 

「……私は、考えすぎだったのかも知れませんね」

「そうそう! 頭いい奴のが考えすぎちゃうんだよ」

「私達はバカだからそういう心配してないから!」

「人を勝手にバカ扱いすんなー!」

 

また浜矢と神宮による、コントのようなやり取りが行われた。

洲嵜はようやく吹っ切れられたようで、スッキリした顔をしていた。

 

 

 

「私達はまあとにかく打力だよね」

「耀は選球眼がある分、私達より活躍してるしね」

「打撃指導してくれそうな人……3年の先輩!」

「教えてくれるかなー、まあ言うだけ言ってみようか」

 

岡田と荒波の貧打外野コンビは、打撃を改善すべく3年生に指導を仰ごうと考えていた。

 

「て訳で打撃教えてくださーい!」

「別にいいけど……あんま教えられないよ?」

「スカウトの人最近よく来てるし、木製に対応しなきゃいけないし」

 

今話しているこの時も、各球団のスカウトは見ている。あまり教える時間は取れないだろう。

 

「神奈は平気じゃない? 木製慣れてるから」

「神奈せんぱーい! 打撃教えてください!」

「私でいいの? 長打の打ち方は教えられないよ」

「とにかく打率上げたいんで大丈夫です!」

 

そういう事ならと金堂の指導が始まった。

荒波と岡田の打撃が良くなれば脚を活かせる、チームとしても頼り甲斐ある選手になってくれるだろう。

 

 

 

金堂の打撃指導を眺めつつ自分の練習をしている3年生。

 

「私らももう引退かー」

「悠河はプロに行くのか?」

「んー……悩み中」

「えっ? 全員プロ志望だと思ってた」

 

山田は真っ先にプロ入りを宣言していたが、菊池は大会が終わって2ヶ月経っても進路に悩んでいる。

 

「そもそも私の成績でドラフトかかるかなー」

「上位は厳しいかもな」

「けど守備良いんだしワンチャンあるかもよ?」

 

今年の打率は3割を越えたが通算で見れば2割台。

また本塁打も殆どなく打撃ではアピール出来ていない。

 

「高校で打てない選手がプロで通用するとか思われなくない!?」

「それはまぁ……けど、あの守備なら獲る価値はあると思うけど」

「守備だけの選手なんてどの球団にもいるよー」

 

守備の上手さで打撃は免じて貰っている選手はいるが、あまりにも打撃が酷いと許容されなくなる。

菊池が今入団すれば、間違いなく後者になるだろう。

 

 

「だから独立とか行こうかなって」

「独立? って確か一応プロなんだっけ?」

「そうそう、それで元プロの人しか監督出来ないんだって」

「高いレベルでの指導が期待出来るし、大学や社会人と違って最短1年で志望届けも出せる」

 

大学は4年、社会人は3年かかる所を独立リーグは1年でドラフトで指名される権利を得る。

菊池は1年間で実力を身に付け、最短でプロ入りを目指していた。

 

「悠河の守備なら2割五分打てれば使われると思うし、頑張れ」

「独立もドラフトあるんだっけ?」

「えっとねー、トライアウト受けてドラフトかな」

 

一次試験を通過した選手が二次試験を受けられる。

その二次試験での結果やプレーが良ければ、完全非公開のドラフトで指名されるといった流れだ。

 

 

「私は実戦でプレーしなきゃだし、まだ頑張るぞー!」

「実戦あるの? なら伊吹達に投げて貰えば?」

「そのつもり、特に私は速球に弱いから伊吹に手伝ってもらうよ」

 

彼女もまた自分の課題を見つけ、それを克服しようとしていた。

秋の大会を終えた至誠は、確実に前へと進んでいた。

 

 

もっと強くなる為、練習メニューを新しく組んだ2週間後。

この日はオフだったが、鈴井は1人黙々とバットを振っていた。

その近くには監督と千秋が付き、指導をしている。

 

「長打は力んで打つものじゃないぞ! もっと力抜いて、インパクトの瞬間に爆発させろ!」

「はいっ!」

「美希ちゃん軸足がフラついてるよ、もっと踏ん張って!」

「分かった」

 

2人の熱のある指導を受け、段々と飛距離が出るようになってきた。

 

「ラスト!」

「はいっ!」

 

最後だからと身体に残っていた僅かな力を振り絞って、鈴井はボールを芯で捉えて飛ばす。

白球はライナー性の打球となり、外野にあるフェンスの上段へぶつかった。

 

 

「……ホームラン、だな」

「美希ちゃん……凄いよ! たった2週間でこんなに飛ばせるようになるなんて!」

「2人の、ハァ……お陰、です……」

 

鈴井は息が絶えながらも2人へ感謝を伝える。

冷静を装っているが、ホームランが打てた事で口元が緩んでいる。

 

「まさかこの短期間でスイングが身に付くとはな」

「まだまだです……まだ少し違和感があります」

「さっきラストって言ったけどもう何球か打って、感覚覚え込ませる?」

「そうだね、じゃああと10球お願いしていい?」

 

感覚を身体に覚え込ませる為に、さらにもう10球打ち込む。

 

(鈴井が飲み込みが速いのは知っていたが、ここまでとは……)

 

監督は鈴井の飲み込みの速さに驚愕していた。

たったの2週間で今の自分と正反対のスイングを身に付けたのだ、この反応は当たり前だろう。

 

 

「……これなら、来年は私が打線を引っ張れますね」

「ああ、頼んだぞキャプテン」

「美希ちゃんの公式戦初本塁打、期待してるね!」

 

鈴井美希という安打製造機が、今度は本塁打を量産するかも知れない。

来年の活躍が楽しみだ、3人は揃って同じ事を考えていた。




シーズン2、完結まで執筆終わりました。
残り4話、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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第22球 ドラフト!

前半はドラフト、後半はトライアウトです


今年もまた、ドラフト会議の日がやってきた。

視聴覚室には大勢の記者が集い、カメラを向けている。

 

「すごい数だな……」

「まぁ何だかんだ2年連続決勝進出だからね」

「それに私達の代って結構注目されてるらしいし」

 

7割打者の金堂に得点圏お化けの山田、そして4番として成長を遂げた青羽がいる。

菊池も注目されてはいたが、彼女は客席の方にいる。

 

「そろそろ始まるぞ、ピシッとしよう」

「はい」

 

ドラフト会議が始まり、まずは優先権を得たパ・リーグの指名から始まる。

 

《第一巡選択希望選手 東京ギガンテス

米原奈緒 外野手 京王義塾高校》

 

「米原か……」

「何球団競合するかな」

「さぁ……けど複数は確実だろうね」

 

その予想通り、10球団が指名した段階で4球団競合となった。

あと2球団、まだ至誠の選手は指名されていない。

 

 

《第一巡選択希望選手 福岡スナイパーズ

喜多司 二塁手 市大藤沢高校》

 

「おっ、喜多が指名されたか」

「野手転向したんだ」

「まあ打者としての方が凄かったし」

 

高校通37本を誇り、フィールディングも良い二塁手兼投手。

世間からは二刀流を期待されたが、本人は野手専念を選んだ。

 

《第一巡選択希望選手 東京クレモリツ

山田沙也加 三塁手 至誠高校》

 

「わっ、私!?」

「そうだよ、おめでとう!」

「ドラ1おめでとう」

 

会場からは大歓声が飛び交った。

本人は自分が1位指名だとは考えておらず、まだ動揺している。

 

 

「ほら、インタビューだ」

「山田選手! クレモリツからの1位指名ですが、今の心境はどうでしょうか!?」

「えーっと、まだ実感が湧いてないです……けど監督の所属していた球団なので、そこは嬉しいです」

 

東京クレモリツは監督が所属していた球団だ。

今季は96敗という大敗を喫しリーグ最下位となり、打線強化の為に山田を指名した。

 

「プロ一年目の目標はありますか?」

「目標……1年目からレギュラー奪います! それでいつか三冠王です!」

 

この瞬間SNSのクレモリツファンは歓喜した。

今の山田の言葉は、入団を決意したと捉えられてもおかしくない。

当人はそんな意図はなくただ単に目標を言っただけであったが。

 

 

4球団競合した米原の抽選となり、4人の監督が運命のクジを引いた。

手を挙げたのは、福岡スナイパーズの監督。

 

「おー、福岡か」

「柳谷さんと同じところかー」

「またスナイパーズが強くなる……」

 

福岡スナイパーズはここ数年圧倒的な強さを見せつけている。

その分レギュラー争いは熾烈だが、喜多の性格なら腐らずやっていけるだろう。

 

 

2巡目の指名はパ・リーグの上位チームから。

 

《第二巡選択希望選手 広島レッドテールズ

古野晶 一塁手 京王義塾高校》

 

「古野ドラ2かー」

「まあ全国は出てないからねぇ」

「けどあれだけの打力があれば、1位で呼ばれると思ってたけど」

 

京王の4番古野は広島に2位指名。

一塁手の後継者が欲しい広島にとって、古野はジャストだった。

 

その後も複数の球団が指名を終わらせていき、パ・リーグ3位の宮城ファルコンズの指名は。

 

《第二巡選択希望選手 宮城ファルコンズ

金堂神奈 一塁手 至誠高校》

 

彼女が指名された瞬間、ファルコンズファンは大盛り上がり。

高校から木製バットを使い7割を打った彼女は、高卒ながらに即戦力になれるとの評価をされていた。

 

 

「金堂選手、宮城ファルコンズからの指名ですが今の心境は?」

「第一に嬉しいですね、こんな高い順位で指名して頂いて」

「ルーキーイヤーの目標は何ですか?」

「まずは開幕一軍を、そして一塁レギュラーを掴み取ります」

 

彼女もまた1年目からのレギュラー奪取を誓った。

宮城は打力に難のある選手が多く、金堂のようなタイプは有難いだろう。

 

 

「……呼ばれねぇ」

「まだ二巡目だし平気だと思うよ」

「そうそう、翼が指名漏れとかあり得ないし」

 

高校通算32本、今夏の打率は.381で打点は12。

指名される可能性は十分にあるだろう。

シーガルズ、クレモリツが指名してからの3球団目。

 

《第三巡選択希望選手 北海道フェンサーズ

青羽翼 外野手 至誠高校》

 

全員が呼ばれた瞬間、会場は過去最高の盛り上がりを見せた。

フェンサーズはスター選手を多く指名する球団、青羽もその枠に入っていたのかも知れない。

 

 

「青羽選手! 今の心境をどうぞ!」

「指名されてホッとしています、この中で1番下なのはちょっと不満ですけど」

 

そう言って記者の笑いを誘う青羽。

SNS上では、"顔は怖いが意外とお茶目"と印象付けられた。

 

「1年目の目標を教えてください」

「レギュラー奪います、それと二桁本塁打も」

「あっ……私もそれ言えばよかった」

 

青羽の発言に山田が小声で後悔を呟く。

隣にいた金堂はその反応に笑ってしまう。

 

 

「何笑ってたんだ?」

「いや、沙也加が二桁本塁打の時に私も言えばよかったって……」

「人の会見中に話すなよ……」

「だって本当にそう思ったんだもん」

 

3人は安堵と歓喜が混じった笑顔を浮かべている。

菊池はそれを1人客席で見ていた。

 

(3人ともすごいなー、私も早くプロ行くぞ!)

 

上位指名された3人を見て更に気合が入った菊池。

彼女がトライアウトを受けるのはこの1週間後だ。

 

 

 

「3人ともおめでとー!」

「ありがとう、悠河も頑張れよ」

「悠河ならぜっったい合格出来るからね!」

「楽しんでプレーしてきなよ」

 

ドラフトが終わり4人は集まる。

指名された3人を祝福する菊池と、その菊池を激励する3人。

 

「試験って何やるの?」

「一次が守備とか50m、二次が実戦かな」

「守備と50mとか悠河の本領じゃん! いけるって!」

「合格目指して頑張るぞー!」

 

たった4人だけだったが円陣を組んで声を出す。

顔を上げた彼女達の笑顔は輝いていた。

 

 

 

ドラフト会議から1週間が経ち、独立リーグのトライアウト当日。

150人の受験者が浦和球場に集まった。

その選手を厳しい目で見つめる元プロの首脳陣。

 

(緊張するけど、とにかく楽しむ! 自分らしいプレーを心がけるんだ)

 

菊池は程よい緊張感で球場入りしていた。

一次試験では50m走と60m送球、シートノックにバッティングが行われる。

まずは50m走から始まり、1人1本を走る。

 

(やっぱ速い選手多いな〜、まあ基準さえクリアすれば良いしフォームに気を付けよ)

 

菊池の番がきて他の受験者と共に走り出す。

風を切って走る彼女のタイムは基準値を大きく上回っていた。

 

 

(このタイムなら十分かな、次は60m送球? か)

 

ただ遠くに投げれば良い遠投とは違い、60m先で構えたグラブ目掛け正確に送球出来るかを見るテスト。

 

「103番お願いします」

「はいっ!」

 

菊池の番号は103番、ステップを踏み60m先の選手に向かって投げる。

普段内野で遠投をすることがない彼女、届きはしたが山なりの送球になってしまった。

 

(もうちょっと力入れても平気かな……次は完璧にっと!)

 

今度は低めの弾道の球になり、最低評価は免れた。

しかし肩の弱さは知られてしまった。

 

 

「次はシートノックです、内野は一塁送球とゲッツー、バックホームをそれぞれ2本ずつ行います」

「はいっ」

 

シートノック、菊池の本領が発揮できる場だ。

菊池は派手なプレーよりも堅実な守備を見せ、守備力の高さをアピールした。

 

「ゲッツーいくよ!」

「しゃこーい!」

 

セカンド右方向に打球が打たれる。

それを滑り込みながら逆シングルで捕り、グラブトスでショートに渡す。

 

(やばっ……普通にいつものプレーしちゃった)

 

派手なプレーをしたら怒られるのではないか、菊池はそう考えていた。

しかしこの場は言葉を発する人間すら少ない。

 

(トライアウトだから当たり前なんだろうけど、やりづら〜)

 

至誠であれば大きな声が飛び交う中、ノックを受けるのが普通だった。

今はどんなプレーをしても声一つ聞こえない。

それはプレーをする選手達に緊張感を与える。

 

 

「最後はバッティングを行います、1人1分半! 番号順に打席に入ってください」

 

菊池は遅めの番号なので、素振りをしながら待っていた。すると近付いて声を掛けてくる女性が。

 

「菊池選手、先程は華麗な守備でしたね」

「ありがとうございます! けど派手なプレーってしちゃいけないのかなーって……」

「そんな事はありません、高校生であんな綺麗なグラブトスを出来るのはアピールポイントですよ」

「まあ……監督にしごかれたので」

 

菊池は元から派手なプレーを好んでいたが、グラブトスは出来なかった。

高校入学してから、監督が菊池の守備力を上げようと最初に覚えさせたのがグラブトスだった。

 

 

「灰原さんね……結構厳しいでしょ」

「結構キツいですね、けど優しいので」

「……変わったんですね」

「へっ?」

 

こっちの話です、と謝って他の話に移る彼女。

彼女はクレモリツで監督と同期だった選手だ。

 

「103番、お願いします」

「はーい!」

 

木製バットを持ち打席で構える菊池。

バッティングピッチャーの投げる球を、次々と打ち返していく。

 

(これはちょっと無理っと……)

 

難しい球は見送って打てそうな球だけ振る。

好球必打が出来ているのが分かるバッティングだった。

 

「ラスト!」

「はいっ! ……っと、よしよし」

 

最後は外野フェンスに直撃する良い打球だった。

限られた時間の中で、菊池は最大限のアピールが出来た。

 

 

 

野手全員のバッティングが終わり、少しの時間が空いた。そして遂に迎えた一次試験の合格者発表。

1番から順番に呼ばれていくが、脱落者がどんどんと出ている。

 

「103番!」

「! やった……」

 

菊池は無事一次試験を突破した。

最終的には投手24名、捕手8名、内野が各ポジション2〜4名、外野も各ポジション2〜4名の、計71名が二次試験へと駒を進めた。

 

(半分も落ちるんだ……そしてこの中からドラフトに掛かるのは、例年20人前後……)

 

狭き門ではあるが、菊池はそこに挑戦しようとしているのだ。

実戦前にシートノックが再度行われ、捕手の二塁送球タイムの計測などが行われた。

 

 

「最後は実戦テストを行います、カウントは1-1、投手野手共に3人の相手と対戦します」

 

まず菊池はセカンドの守備につく。

投手は緊張している様子で、コントロールはバラバラ。

 

「打たせていいよ! 思いっきり投げちゃえ!」

 

いつものノリで菊池は声を出し投手を励ます。

その声で緊張がほぐれたのか投手は別人のような球を投げ始めた。

2人続けて三振を取ったが、最後の打者にはピッチャー返しを打たれる。

 

「任せて! よっ……と」

 

菊池はセンターに抜けそうな打球を、飛び込んでキャッチ。

そのまますぐ起き上がって一塁に送球しアウトを取る。

 

「ナイスー」

「ナイスセカン!」

「イージーイージー!」

 

 

菊池はその後も安定した守備を見せつつ、打撃でも3打席に立ち1安打1四球と良い結果を残した。

 

「お疲れ様」

「お疲れ様です!」

「良い動きをしていたね、目を奪われてしまったよ」

「へへっ、ありがとうございます!」

 

その後も複数の人が菊池に声をかける。

やはりあの守備が注目を集めたのだろう。

 

「菊池さんはどこの球団に行きたいとかはあるの?」

「特には……けどセカンドが不足してるとこに行きたいですね」

「1年目からレギュラーの座が欲しい?」

「です! それですぐプロ目指すんです!」

 

独立リーグはあくまでプロへの架け橋、長居する場所ではない。

その為菊池のスタンスは正しいものだ。

 

 

「なるほど……2週間後に合格者が発表されるから、HPを見てね」

「はいっ! 今日はありがとうございましたっ!」

 

こうして菊池のトライアウト挑戦は終わった。

2週間後に彼女の命運が決まる。



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第23球 それぞれのやるべき事

今回は短めです
旧2年生組をブログで公開しました!


時の流れは早いもので、もう12月を迎えた。

神奈川はあまり雪が降らないのが幸いだが、気温は十分低い。

 

「さっむ!」

「こんな中練習するの〜? 風邪引くよ〜」

 

部員はほぼ全員寒さに震えていたが、長野出身で寒さには慣れている青羽は平然としていた。

 

「今日はただの練習じゃないですよ、これです!」

「サッカーだー! ほら早くアップするよ!」

「菊池先輩サッカー好きすぎでしょ……」

 

サッカーが好きな菊池は露骨にテンションが上がり、1人アップを始めていた。

彼女は無事トライアウトに合格し、不安が無くなった状態だ。

 

 

「監督が居なくても、全力でやるよー!」

「おー!」

 

監督は現在スカウトをしに滋賀まで行っている。

それが終われば和歌山に向かい、後日更に愛知や埼玉にも赴く。

神奈川に戻ってくるのは暫くしてからだ。

 

スタミナを鍛える必要のある浜矢はリベロに、どんな場面でも冷静な心が求められる洲嵜はミッドフィルダーとなった。

菊池は走り回りたいとの理由でフォワード、鈴井と伊藤は捕手だからとの理由でキーパーをする。

 

「今年もよろしくお願いします」

「いいよー、うちらも部員少ないし」

 

今年もサッカー部に頼み、この練習を組み込んだ。

サッカー部も3年生が引退して部員はたったの15人、公式戦は出来ない。

 

 

「ウチって全体的に少数精鋭好きだよね……」

「入学者が少ないとも言う」

「もっと人気出て欲しいんだけどなー……」

 

お互い部員が少ない事を愚痴りながらも、理由は分かるといった様子。

そんな彼女らを尻目に試合が始まる。

 

浜矢と菊池が動き回り場を引っ掻き回し、洲嵜がその動きを見て周囲に指示を出す。

更にその後ろからGKの伊藤が、洲嵜の目の届かない範囲のカバーをする。

 

 

(やばい、ディフェンスラインが上がってる……)

 

「灯、耀下がって! 浜矢先輩はサイドから攻めてください!」

「オッケー!」

 

(こうしていると周りの状況がよく把握できる……そんな中でどれだけ冷静な指示が出せるか、それが大事なんだ)

 

どんな場面でも焦らないメンタルを身につける、その為に相手側にはサッカー部を多く入れ敢えて実力差を付けた。

その甲斐もあり試合終盤になると、洲嵜の采配の精度は上がっていき、少しのピンチでは焦らないようになっていた。

 

 

前後半45分、選手交代は無いがロスタイムも含めて行い100分間試合を行った。

 

「へー……疲れた……」

「おつかれ伊吹ちゃん」

「せんしゅーありがと」

「全員ちゃんとストレッチして下さいねー」

 

水分を補給して一息ついてからストレッチをする。

怪我の予防や疲労を残さない為にも、運動後すぐにした方がいい。

 

 

 

浜矢達が体力作りに励んでいる最中、順調にスカウト活動が行われていた。

まずは滋賀の守備職人に声を掛ける。

 

「! 至誠……! 鈴井さんがいる学校ですね!?」

 

鈴井のファンだという彼女は、この感じならおそらく入学してくれるだろう。

続いては和歌山のヒットメーカー。

 

「本当に私ですか? 人違いじゃ……」

 

自分に自信のない名門チーム出身者は、後日連絡をすると言ったが手応えは十分あった。

 

 

更に愛知の中堅ガールズの4番打者は。

 

「本当ですか!? 嬉しいです!」

 

初めての県外からのスカウトに、喜びを爆発させていた。

そして埼玉のサブマリンと呼ばれた投手。

 

「へぇ……面白そうですね、色々お話を聞かせて下さい」

 

育成プランの話を持ち出すと食い付いてきた。

最後は神奈川にいる強打の内野手。

 

「……良いですね、この条件飲みますよ」

 

学校側から提示された入学条件に、彼女は口元を綻ばせた。

スカウト出来たのは5人だが、その5人全員に手応えがあった。

 

 

監督は千秋にスカウト成功のメッセージを送る。

 

《全員来てくれそうだ》

《良かったです! それとみんな監督のこと待ってますよ》

《明日から練習に参加するから、待っててくれ》

 

そう返信して監督は1週間ぶりに自宅に帰る。

横浜の1LDKマンション、一人暮らしには丁度いい広さだ。

久しぶりの自宅に安心感を覚えながら就寝する。

 

 

翌日ついに監督が練習に参加した。

 

「1週間ぶり、ちゃんと練習してたかー?」

「監督ー! そりゃもうばっちりです!」

 

一斉に監督の周りに集まる部員達。

元プロという事もあるが、その性格から部員からは愛されている。

 

「スカウトどうでした!?」

「大成功、多分全員来てくれる」

「おおー! これで来年の至誠も安泰ですね!」

 

1年生は特にスカウトの結果が気になるようで、根掘り葉掘り聞く。

どんな選手が入ってくるのか、性格はどんな子か、などなど。

 

 

「……で、洲嵜は何やってるんだ?」

「メンタルトレーニング、ですかね」

 

座禅を組んで悟りを開いている洲嵜。

これはメンタルトレーニングの一環だと千秋は言う。

 

「無心になるのって意外と良いんですよ、それにこうやって繰り返しやっておけばいざという時に役立つと思います」

「ルーティンみたいなものか」

 

今こうしておけば、ピンチの場面でも目を閉じて心を落ち着かせられるかも知れないという狙い。

 

 

「神宮と浜矢はどうだ?」

「2人とも結構良さそうですよ、伊吹ちゃんは最近インターバル投球で70球投げられるようになりましたし」

 

インターバル投球とは、何球かを投げ3分休憩を繰り返すトレーニングだ。

休憩を一度挟むことによって、試合と同じ感覚で投げる事ができる。

 

「普通の投げ込みの70球と、試合での70球は違いますからね……良い傾向だと思います」

「神宮はシャドーやってたんだっけ?」

「はい、最近は狙ってストライク投げられるようになってますよ」

「それなら来年はもっと期待できるな」

 

変化球は曲がりが大きくキレがあり、ストレートも球威があって強打者相手にも通用する。

ただ制球が悪すぎた為に失点してしまうのだ、つまりストライクを投げられるようになった神宮は強い。

 

 

「野手陣はどうだ? 特に外野コンビは」

「まだまだ要改善ってところですかね、良くなってはきてますけど……」

 

打撃練習をしている岡田と荒波の方に目をやる。

 

「確かにまだ未熟ではあるけど、スイングは良くなってきてるな」

「飛距離も前より出てますよ、早紀ちゃんは内野の頭越せるようになりましたし」

 

基本的にゴロか三振での凡退が多かった岡田。

しかし今は打球を外野まで運べているのは、大きな進歩だと言っていいだろう。

 

「三好とかはどうだ?」

「耀ちゃんは速球打ちの練習してて、彗ちゃんはキャッチングとリードを美希ちゃんに教えて貰ってます、灯ちゃんは選球眼を鍛えてますよ」

 

速球に対応出来るようになれば打率の上がる三好、捕手としてのレベルアップを図る伊藤、難しい球に手を出さないように特訓している石川。

3人とも自分の弱点を把握し、自ら進んで練習をしている。

 

 

 

「これは来年は全国制覇も狙えそうだな」

「全員入ってきてくれれば、ですけどね」

「だな、後はアイツをどう手懐けるか……」

「あぁ……あの子ですか」

 

来年のスカウト組の中には、1人性格に難のある選手がいる。

 

「事情が事情なだけに仕方ないけど、上手く馴染めるかな」

「美希ちゃんに任せれば平気そうですけど……」

「反発されそうなんだよな、そういうのは逆に浜矢のが得意そうだ」

「確かに……舐められても茶化す事はありますけど、ちゃんと叱りますもんね」

 

多少失礼な事を言われてもある程度ならネタとして消化できる浜矢。

しかし神田のように度が過ぎれば、ちゃんと怒りを露わにできる。

例の彼女には1番いい相手かも知れない。

 

 

「実力は十分だし、本心を出してくれるような環境を作らないとな」

「心の傷って何年経っても癒えませんからね……ゆっくり時間をかけてケアしていきましょう」

「先生……ですよね、それ位してもお釣りが返ってくる程の価値はありますからね!」

 

彼女の実力は申し分ない、もし改心させることが出来れば大きな戦力となる。

その為に監督と千秋、小林の3人は手を組む事となった。



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第24球 懐かしの3人

年末年始の束の間のオフを満喫した部員は、多少の気だるさを感じながらも練習に取り組んでいた。

 

「帰省組は大変そうだよな」

「久しぶりに会うと、親がいっぱいご飯作るんですよ……」

「あぁ……だからちょっとプニッてるのか」

「言わないで下さいよ〜! 頑張って落としますから!」

 

神宮はいわゆる正月太りをしており、頬の辺りが以前より柔らかそうに見えた。

 

「伊吹先輩は変わってないというか、寧ろ筋肉付きました?」

「まあ12月入ってからバイトしてたから」

「へー、どこでやってたんですか?」

「賄い出るから焼肉屋ー」

 

浜矢は12月から年末年始まで、焼肉屋でバイトをしていた。

給料を稼ぎつつ賄いで食費も浮かせる、まさに一石二鳥だった。

 

「けど久々に真理のお母さん達にも会えたから楽しかったです!」

「そっか幼馴染か〜いいなぁ……」

「美希先輩と美月先輩と仲良いのも、羨ましがられると思いますよ」

「確かになー、あの人気ありそうだもんな」

 

千秋は可愛くて鈴井は美人と言われる事が多い。

そんな2人と仲睦まじい浜矢のポジションは、羨ましがられるだろう。

 

 

「でも伊吹先輩も結構人気ありますよ」

「マジで!? うわー嬉しい……」

「蒼海大戦のピッチングがカッコ良かったって評判ですよ!」

「まああの試合の流れだとそうだよな……」

 

後輩が打たれた直後に登板し、相手を寄せ付けない投球を見せた。

その姿は特に年下には格好良く映っていた。

 

「てか三好は福岡まで帰ったの? 大変じゃない?」

「大変やったけど楽しかったです」

「……やっぱ帰省すると方言戻るんだな」

「仕方ないんです……! 周りが皆博多弁しか喋らないんです……」

 

地元に帰省すると、休み明けに方言が出る事は多くある。

三好も例外ではなく博多弁を隠すのに苦労しているようだ。

 

 

「ほらそこサボらない!」

「げっ、バレた! 今すぐやりまーす!」

「じゃあ私はカーブの精度上げてきます」

 

先程まで練習していた三好はともかく、話し込んでいた浜矢と神宮は一目散にマウンドへ向かう。

浜矢はインターバルで実戦を意識した投げ込みを、神宮は緩急を付けるためにカーブの投げ込みをする。

 

「休み明けでちょっとだらけてるな……」

「まあすぐ感覚取り戻してくれますよ、それに今日はあの人達が来ますから」

「だな、流石にアイツらが来ればやる気も出るか」

 

その話をしたタイミングで、グラウンドに見覚えのある3人組が現れた。

 

 

「おっ、きたきた! 久しぶりだな!」

「お久しぶりです、ここは変わってないですね」

「雰囲気も良いし、部員も増えましたね」

「なんか安心する〜」

 

現れたのは中上、柳谷、糸賀の卒業生3人だ。

自主トレの期間になり母校に戻ってきたのだ。

 

「ほっ、本物の柳谷さん……!」

「彗!? だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……捕手として憧れてた人がこの場に全員揃ってるんだよ!」

 

監督、鈴井、柳谷という捕手として高い評価を得ている3人がこの場にはいる。

しかも1人は元プロ、そしてもう1人は現役という大物ぶり。

 

 

「私のファン? なら後でサインあげようか?」

「い、いいんですか……!? ぜひお願いします」

「私の彗が遠くに行ってしまう……」

「別に灯のではないでしょ……え、違うよね?」

 

三好の問いに違うよー、と楽観的に答える石川。

単に幼馴染が自分には見せた事のない顔をしていたのが、気に食わなかった様子。

 

「灯も好きだから安心して」

「へへー、なら許す!」

「そのやり取り何回も見た記憶あるけど大丈夫? 灯騙されてない?」

「いや好きなのは本当だから」

 

その言葉に対し、好きと言いながら伊藤に抱きつく石川。

そんな2人を呆れた顔で見る三好。

 

 

「いーぶき! 夏大活躍だったじゃーん」

「中上先輩のお陰ですよ……色々変化球も教えてもらいましたし」

「先輩って呼ばれるの久しぶりだなー、前は中上さんって呼んでたし」

「引退してる人に先輩って呼ぶのはどうかと思って……今はつい呼んじゃっただけです」

 

私は別にどっちでもいいんだけどね、と中上。

その一方で外野組も話していた。

 

「外野が鉄壁になってて凄かったなー、2人ともいい守備するね」

「まあ我々守備と脚しか誇れないので……」

「あとは肩ぐらいしか……」

「私も入学したての頃は似たようなもんだったし、2人もすぐ打てるようになるよ!」

 

外野コンビは糸賀とすぐに仲良くなっていた。

3人ともコミュニケーション能力が高い人間だからだろう。

 

 

「そうだ監督、アレ届いてないですか?」

「アレって何だ?」

「変化球も投げられるピッチングマシン、3人で買って寄付したんですけど……」

「まだ来てないな、というかそんなの買ってくれたのか? ありがとう」

 

3人曰く、部全体のレベルを上げるために購入したとの事。

 

「それと恩返しですかね」

「私らは監督が居なければこんな大成してなかったと思いますし」

「特に私は至誠に来てなかったら、ずっと打てないままだったと思いますし」

「私はただダイヤの原石を選んだだけだ、私じゃなくても大成してたと思うぞ」

 

ダイヤの原石をダイヤにするのには技術はいる。

監督は采配には自信は無いが、育成に関しては胸を張って得意と言える。

 

 

 

「プロ野球ってどんな感じなんですか?」

「レベル高いよ〜、私なんて2軍にいた方が長かったし」

「私は開幕一軍だったけど、一度落ちてからはシーズン終盤まで戻れなかったな」

「私は夏に体力尽きて落とされた……」

 

活躍の度合いはそれぞれ違うが、それでも苦戦したのは共通している。

この中で1番一軍に帯同していた期間が長かったのは。

 

「中上先輩が1番活躍してましたよね」

「野手と投手なら、投手の方が通用しやすいからな」

「相良と同時に落とされてたのは笑ったなぁ」

「アレは何だったんだろうね、まあ陽菜だけ一軍ってのも負けた気がして嫌だったけど」

 

(……名前で呼ぶようになってる、仲良くなったんだなぁ)

 

これを言うと恥ずかしがりそうだからと、浜矢は口を閉ざした。

実際この2人は、あの時の煽り合いが嘘のように仲良くなっている。

プライベートで2人きりで遊びに行き、その様子をSNSにアップする程だ。

 

 

「まあ誰ももう新人賞の資格ないんだけどね」

「私が夏に落ちてなければ多分、って感じだったかな」

「何だかんだ6勝してるもんな」

 

中上は6勝5敗で防御率は3.86、柳谷は41試合に出場し102打数24安打、打率.235で3本16打点。

糸賀は38試合に出場し86打数20安打、打率.233で1本10打点。

3人とも高卒ルーキーとしては中々の活躍をしたと言ってもいい。

 

「来年はレギュラー定着出来そうか?」

「キャンプで調子良ければ先発ローテ確定です」

「良いなー、私はもっと頑張らなきゃ無理かも」

「私はもう少し打てれば多分一軍には居れます」

 

全員来季のレギュラー奪取に向け、気合が入っている模様。

 

 

「柳谷先輩! 対戦してくださいよ」

「おっ、いいね」

「鈴井ー、キャッチャー頼んだ」

「仕方ないなぁ……」

 

浜矢が柳谷との勝負を申し出る。

 

(来年こそ1番を取るために、今自分がどれだけ出来るか知りたい)

(久々に伊吹の球打つな……あのフォークを打席で見てみたかったんだ)

 

それぞれの思惑を胸に、全員が持ち場で構える。

高校時代から少し変わった打撃フォームだが、タイミングの取り方は変わっていない。

 

 

(出し惜しみはしない、最初からフォークいくよ!)

(了解、さあ柳谷先輩……これが私の魔球(フォーク)ですよ!)

 

初球から魔球と呼ばれたフォークを投じる。

球の軌道を見極める為に、手は出さずに見送る。

 

「これがスライドフォークね……良い球だね」

「ありがとうございます、モノにするまで頑張ったんですよ!」

「だろうな、これをコントロールするのは難しそうなのによくやったよ」

 

(軌道は分かった、次からは打ちに行くぞ)

(相変わらず凄い集中力……安易にストライクは入れられない)

 

 

ギリギリストライクにならない、際どいコースに投げていく。

しかし柳谷はそれに釣られずカウントは1-2。

 

(釣られないか、ならここは勝負するしかない。最高の直球を頼むよ)

(任せて、柳谷先輩相手にも空振りとってやるよ!)

 

インハイに投げられた豪速球は風を切り裂きながら前へと進む。

柳谷のバットも空気を裂ながらボールを捉えようとするが、空を切った。

 

「ノビが更に増してるね、流石は伊吹」

「まあ鈴井やら監督やらにだいぶしごかれたんで……」

「そのお陰で今空振り取れたんだから感謝してよね」

「分かってるってばー」

 

(さて、並行カウントか……柳谷さんは追い込まれたら多少のボール球は全部振ってくる、ここからはミスは許されないよ)

(オーケー、成長した姿を見せてやる)

 

内角のスライダーは右方向へのファール。

外のボール球のカーブも流されるがファール。

低めのストレートは大きく外れてフルカウント。

 

 

(まだ見せてないツーシームでも良いんだけど、ストレートの後に投げるのは怖い……なら最後はあの球しかない)

 

最後の勝負球として投げられたのは、初球と同じ内角へのスライドフォーク。

柳谷はそれを待っていたと言わんばかりに振り抜く。打球は鋭く低い弾道でライトを襲う。

 

 

「これは……」

「荒波なら捕れるかな?」

「シフトにもよるけど、定位置だったら捕れるね」

 

野手が守りについてなかった事もあり、打球はグラウンドに落ちはした。

しかし荒波であれば捕れるとの判定が下り、結果はライトライナー。

 

「まさか打ち取られるとは……あのフォーク凄いね」

「その分コントロールは難しいし、雨の日は投げられないんですけどね」

「欠点はあるけど、それを持ってしても使うメリットのある球……まさしく魔球だな」

 

今では浜谷伊吹の代名詞となっているスライドフォーク。

試合中の写真から真似をしようとする選手もいるらしい。

 

 

「後輩の球も打てないんじゃ、まだまだ一軍は遠いな! もっと投げてくれ」

「柳谷先輩……分かりました! いくらでも抑えますよ!」

「言ったな? 私は何度も打ち取られはしないぞ」

「何回か打ったら私にも代わってよねー」

 

打ち取られた悔しさから奮起した柳谷は、この後浜矢を打ち砕く。

糸賀も打席に立って洲嵜や神宮に投げてもらい、中上も今の至誠ナインを相手に投げ込んだ。

 

 

 

「いやー、楽しかった!」

「至誠に来ると安心してはしゃぎすぎちゃうね」

「けど来季への気合は充填されたな」

 

旧3年生トリオは満足した様子だ。

その対戦相手となった現部員も、プロを相手に出来たことがいい体験になったようだ。

 

「私らの1個下がもう入ってくるんだもんね……負けてられないね」

「まあ誰とも同じチームにはなれなかったけど」

「でも殆どパ・リーグだから戦えますよ」

 

新旧3年生のプロ入りした6人は、山田以外はパ・リーグの球団に入った。

 

「早く一軍上がって戦おうね、絶対二軍では戦わないから!」

「開幕から一軍に上がってみせますよ」

「交流戦楽しみにしてて下さいね!」

「早くシーズン始まって欲しいな」

 

先輩後輩対決が実現される日は近い。

それを知らない彼女達は、いつか来る日を想像して胸を躍らせている。



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第25球 別れの季節

今年もまた別れの季節がやってきた。

先輩の第二ボタンを受け取る者、卒業をして欲しくないと泣きじゃくる者、全く涙を流さない者もいる。

 

その一角で集まった、我らが至誠野球部は。

 

「卒業おめでとうございます」

「ありがとー、今年は頑張ってね!」

「必ず全国制覇してみせます」

 

浜矢は菊池と今年の事について話していた。

2人の目に涙はないが真っ赤に充血していたことから、先程まで泣いていた事が分かる。

 

 

「1年しか一緒にいれないなんて寂しすぎますよ……」

「自主トレの時期になったら戻ってくるから、ね?」

「うぅ……キャプテーン!!」

「わっ、もう……身動き取れないよー」

 

石川と荒波が金堂に抱きつく。

今の1年生は3年生とはたったの1年しか一緒に居ることができない。

キャンプでいなかった期間を考えれば1年未満だ。

 

「美希、チームは任せたよ」

「金堂先輩に負けないくらい、頼れるキャプテンを務めてみせます」

「信頼してるよ」

 

新旧キャプテンが優しい握手を交わす。

 

(美希のこの瞳、これなら安心して任せられるね)

 

強い意志が灯った瞳をしている鈴井、今の彼女は既にキャプテンのオーラが出ていた。

 

 

「打線が心配だけど、まあお前らなら平気か」

「任せてください! 守備だけじゃなく打撃でも貢献しますよ!」

「私もある程度は打てるように頑張ります!」

「打撃ばっかりやって守備と走塁が疎かにならないようにな」

 

青羽は外野コンビに念を押しておいた。

打撃に力を入れすぎて、1番の売りである守備と走塁が下手になってしまっては意味がない。

 

「投手陣マジで頑張りなよ、優勝できるかどうかは投手に掛かってるっぽいし」

「今の私に抑えられない相手はいませんよ!」

「私も、少しは度胸付いた気がします」

「ストライク入るようになったんで無敵です!」

 

山田が投手陣を激励する。

浜矢はこの2年で自信がつき、洲嵜はトレーニングの結果メンタルが少し鍛えられ、神宮も狙ってストライを投げられるようになった。

今の彼女達に加え、新入生にも1人投手がいる事を考えると投手陣は安泰だろう。

 

 

「やっぱ2、3年は楽しかったなー」

「2年で全国行って、3年は準優勝だもんな」

「神奈川で一度でも優勝したってのは自信になるよね」

「私もトライアウトの時それ言われたよ!」

 

卒業する4人は高校生活を振り返っている。

1年生の頃は連合チームで出番も少なかったが、2年になってからはスタメン。

県優勝と準優勝を果たした2年間は、充実したものとなった筈だ。

 

「監督がスカウトしてくれたおかげだね」

「だから私は何もしてないって、中学から有名だったから獲っただけだよ」

「でも監督が全員獲らなかったら、私達一緒の高校じゃなかったんですよ!」

「そうそう、だからそこも感謝してますよ」

 

この4人を巡り合わせたのは他の誰でもない、監督だ。

出身もポジションも性格もバラバラだが、それが上手い具合に噛み合った。

初めこそぎこちなかったが今はすっかり親友だ。

 

 

 

「この景色も最後かー……寂しいな」

「また1年後だな」

「けど1年も皆と会えないのかぁ」

「みんなが居るのが当たり前だったからね、キャンプの時とかも変な感じしたよ」

 

全員それぞれ違うチームへと入団する、次に会う時は敵同士だ。

その感覚にまだ慣れていない彼女達。

 

「もしホームシックになったら連絡してきてもいいぞ?」

「恥ずかしいんでいいです」

「えっ、連絡していいんですか!? やったー!」

「監督にいっぱい電話しよー!」

「ホームシックになったらって言ってるだろ……」

 

監督の提案を青羽は遠慮したが、山田と菊池は電話する気満々だ。

恐らくホームシックになってもならなくても連絡をするだろう。

 

 

「神奈も何か言ってやれよ」

「んー? 私も連絡しようかな」

「えっ」

「だって監督からアドバイスとかも貰えるかもしれないし」

 

(確かにそれは良いけど、卒業してからも頼りすぎるのはな……)

 

青羽は卒業した後も監督を頼る事に、気が乗らない様子。

 

「別に迷惑じゃないからな、もし困った事があったら遠慮なく聞いてくれよ、私は元プロなんだから」

「……そう、ですよね」

「そうそう! せっかくこう言ってくれてるんだから!」

「2人はもっと遠慮って言葉を覚えろよ」

 

青羽の考えを察して自分を頼るように促す監督。

その心遣いを理解した青羽は、少しくらいは連絡しようと思った。

 

 

「というか普通に私も寂しいし、試合観れないから近況報告くらいは連絡くれ」

「監督も寂しいんですね」

「そりゃあな、毎年見送ってはいるけどやっぱり慣れないよ」

「なら初ヒット打ったらメールしますね!」

「じゃあ私は初ホームラン!」

 

なら私はどうだ、なら自分はこうだと話が広がる。

この賑やかさが無くなり、また新たな風を吹き込む者が入ってくる。

それが悲しくもあり楽しみでもある。

 

 

 

「金堂、青羽、山田、菊池……4人とも卒業おめでとう」

『ありがとうございます!』

「プロはレベルが高校とは段違いだ、それはあの3人の成績を見ても分かるだろう」

 

高校では敵なしとまで思えたあの3人ですらも、ルーキーイヤーは苦戦を強いられた。

それほどまでにプロ野球とはレベルが高いのだ。

 

「けど全国を経験して精神面でも技術面でも鍛えられた筈、その経験を活かして、どんどん良い事を吸収して活躍してほしい」

「新人賞取っちゃいますよ!」

「なら私と狙おうかな」

「じゃあベストナイン取っちゃおー!」

 

山田と青羽は各リーグの新人賞を、菊池は独立リーグのベストナインを目標に掲げた。

何か目標言わないと、そんな視線を感じた金堂が口にした言葉は。

 

 

「それなら私は最多安打か首位打者を」

「目標高すぎじゃ……いや、神奈なら出来るかもな」

「神奈なら無理じゃなさそうって思わせちゃうの凄いよね」

「高卒ルーキーで最多安打とか前代未聞でしょ」

 

まさかのタイトル宣言、しかも首位打者もしくは最多安打と豪語した。

今まで高卒ルーキーが首位打者を受賞した事はない。

それでも金堂ならやってくれるのでは、そう思わせるだけの説得力が彼女にはあった。

 

「1番木製の扱いには慣れてるだろうし、3割は余裕かもな」

「監督の成績越しても平気ですか?」

「勿論、寧ろどんどん越してけ!」

 

監督も近年の高卒ルーキーとしては、トップクラスの成績を残した。

それを越えられる選手がいれば野球界は大盛り上がりを見せるだろう。

 

 

「とにかくだ、これまで作られた記録なんか全部ぶち破ってやれ! 至誠の卒業生なら出来るだろ?」

「当たり前ですよ! 最多盗塁してみせます!」

「本塁打記録なんて塗り変えてみせますよ!」

「私も、最多安打記録を塗り替えます」

「……じゃあ私は打点記録」

 

各々が得意分野で勝負する事を表明した。

菊池は盗塁、山田は本塁打、金堂は安打、青羽は打点。

 

 

「それだけやる気なら実現出来るだろうな……最後に一言」

 

監督はそう言って、涙を堪えるように空を見上げた後震えた声で呟く。

 

「……他の誰よりも輝いてこい! そして、胸を張ってここに帰ってこい!」

『ハイッ!』

 

それが監督の4人に向けられた最後の言葉だった。

誰よりも輝いて活躍して。

そしてまた1年後に実績を引っ下げて帰ってこい。

後輩から尊敬されるような選手となって戻ってこい、それが監督がどうしても伝えたかった事だ。

 

 

 

「……花吹雪」

 

その一言は誰が呟いたのだろうか。

次の瞬間桜の花びらが吹雪くように空を舞った。

まるで新たな人生の門出を祝福するかのように。

 

「よしっ! 誰が1番最初に一軍に上がれるか勝負だ!」

「翼言ったね!? 私が1番だよ!」

「ふふっ、私が最初だよ」

「独立リーグは一軍とかそういう概念無いんだけど……まあいいや! レギュラーの座を奪うのは私が最初ー!」

 

最後まで元気よく、賑やかに終わった彼女達。

その姿を見た後輩はこの先輩が帰ってきた時に、失望されないような成績を残そうと決意した。

 

 

 

 

卒業式から2週間以上が経過した。

春の選抜真っ只中、至誠は出場権は無いので他校同士の試合を観ることしか出来ない。

 

「鈴井、せんしゅー! 祥雲負けたってマジ!?」

「伊吹ちゃん知らなかったの?」

「いや、速報見たけど映像は見てないから……神田打たれたの?」

 

祥雲は選抜準々決勝で敗れた。

新チームというのは緊張や経験不足から守備の乱れが多いが、祥雲は毎年安定した守備を見せていた。

その為毎回のように優勝候補に挙げられる高校だったが。

 

「打たれたのは2番手、神田はライトで出場して全打席敬遠されたんだよ」

「ぜ、全打席敬遠!? 相手度胸あるな……」

「すごいブーイングされてたよね、ルール違反はしてないんだけどねぇ」

 

勝つための戦略として、チーム1の強打者を敬遠するのはおかしい事ではない。

しかし高校野球では"高校生らしくない"との理由で敬遠を批判される。

 

 

「そのチームは次の試合平気だったの?」

「普通に負けてたよ、けどあれは多分ブーイングとか関係なく実力で」

「元々最近は低迷していた学校だったからね、準決勝まで進めただけで凄かったんだ」

 

祥雲やディーバ程の有力選手はいない高校だった。

その為敬遠策を選ばざるを得ない状況だったのだ。

 

「というか普通に神田以外が打てば勝てたし、敬遠に文句言うのは違うよね」

「それは……言っていいのかな」

「ウチで青羽先輩敬遠しても、山田先輩と私が打てるでしょ? 祥雲はそれが出来なかったってこと」

 

祥雲はどちらかと言えば守備型のチーム、他の打者は抑え込まれてしまった。

 

 

「私の意見としては敬遠した後、しっかり抑えられた投手は褒めるべきだと思う」

「私も同じ意見だなぁ、良いピッチングしてたよね」

「ふーん……でも神田は抑えられないのか」

「腹立つけど神田は凄い打者だからね」

 

まだ神田とこの2人の間のわだかまりは解消されていない。

凄い選手だとは認めているが、人間性は認めたくない。そんな事を神田に対して思っている。

 

結局この選抜は、1番のライバルが居なくなったディーバが優勝旗を手にした。

 

 

「来年こそ至誠が夏春連覇するぞ!」

「その為にはまず夏の大会勝ち抜かないとね」

「2人が居れば大丈夫だよ! それに私と監督で新入生をみっちり鍛えるから」

 

笑顔でそんな事を話す千秋に、苦笑いを返すことしか出来ない2人。

千秋と監督のみっちりは、そんなレベルでは済まない事を知っているからだ。

 

「とにかく私がエースになって、全国制覇まで導いてやる!」

「言質はとったよ、なら私も最高の捕手を務めるよ」

「だったら私は全国1のマネージャーになるね!」

 

3人が来年こそは全国制覇をすると、手を重ねて声を出す。

たった3人だけの新3年生、彼女達がチームを引っ張っていく事となる。




これにてシーズン2は終わりとなります。
1ヶ月弱の間、毎日投稿を維持できて安堵しています。

シーズン3は今までで1番長くなるシーズンですので、ストックを書き溜めるのに時間が掛かると思います。
なるべく早く投稿できるよう努めますので、暫しお待ち頂ければと思っております。

またいつか、今度はシーズン3でお会いしましょう。ここまで読んで頂きありがとうございました!


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シーズン3
キャラ紹介(至誠)


浜矢 伊吹(はまや いぶき) 3年4組 投手 右/右

164cm/56kg 12月22日生まれ 神奈川県出身

 

至誠が誇る元初心者エース。

神田や飛鷹等の他校のみならず、洲嵜という校内でのライバルの出現により急成長を遂げた。

ノビのある速球と魔球・スライドフォークの組み合わせで次々と三振を奪っていく。

3年生としてチームを引っ張ろうと日々頑張っている。

 

 

鈴井 美希(すずい みき) 3年5組 捕手/遊撃手 右/右

160cm/55kg 6月22日生まれ 神奈川県出身

 

攻守の要となった守備型正捕手。

チーム事情により長打力をつけた事により、打率を多少犠牲にして長打が増加した。

正捕手というだけでなくキャプテンも兼任する事から、負担の大きさをを心配されがち。

キャッチングの上手さは高校随一。

 

 

千秋 美月(せんしゅう みづき) 3年4組 マネージャー 左/両

154cm/47kg 10月22日生まれ 神奈川県出身

 

年々権力を増していくマネージャー。

3年目となる今年はスカウト選手を決める会議にまで参加した。

両打ノックは変わらずだが、筋肉が増え打球速度が速くなったとの噂が。

可愛い見た目と裏腹に威圧感のある笑顔も相変わらず。

 

 

栗原 美央(くりはら みお) 1年D組 一塁手 右/右 307号室

161cm/55kg 1月8日生まれ 愛知県出身

ショートカットの茶髪と赤色の少しつり目

 

得点圏に強いホームランバッター。

明るい性格だが実はメンタルが少し弱め。

守備走塁面で課題が残るが、素直な性格なので周りのアドバイスを受け入れすくすくと成長中。

進学理由は県外からの唯一のスカウトだったから。

 

 

茶谷 佳奈利(ちゃたに かなり) 1年D組 二塁手 右/右

160cm/55kg 11月17日生まれ 神奈川県出身

セミロングのピンク髪と緑色のつり目

 

栗原と争う将来の4番候補。

守備範囲もそこそこ広く、強肩の持ち主だが送球精度に難がある。

メンタルは強いがチャンスの場面には弱い。

親が騙されて借金を抱え、施設に預けられそれ以来人間不信になった。

進学理由は条件が良かったから。

 

 

川端 渚(かわばた なぎさ) 1年B組 三塁手 右/左 307号室

156cm/50kg 10月16日生まれ 和歌山県出身

肩までの茶髪と青色のタレ目寄りの目

 

和歌山のヒットメーカーと呼ばれた選手。

パワーこそ無いがバットコントロールは素晴らしい。範囲は狭いが安定感のある守備が売り。

1年生の中では常識人ポジション。

進学理由はわざわざ自分をスカウトしてくれたから。

 

 

上林 真希(かんばやし まき) 1年B組 遊撃手 右/右 306号室

157cm/51kg 4月14日生まれ 滋賀県出身

茶髪のポニーテールで茶色のつり目

 

範囲は広くはないが、いざという時には思い切ったプレーが出来る。

捕球の上手さとパンチ力のある打撃が武器。

よく三好と言い争っているがお互い嫌いではない。

進学理由は鈴井と一緒にプレーしたいから。

 

 

三好 耀(みよし ひかる) 2年B組 左翼手/遊撃手 右/両 209号室

153cm/50kg 6月7日生まれ 福岡県出身

 

今年から外野手に転向したくせ者バッター。

選球眼の良さとカット打ちの技術が更に磨かれ、くせ者ぶりにも磨きがかかった。

上林に追いやられた事に思う所はあるが、外野転向自体は悪く思っていない。

 

 

岡田 早紀(おかだ さき) 2年D組 中堅手 右/右

155cm/50kg 7月6日生まれ 千葉県出身

 

至誠が誇るセンターの魔術師。

守備と脚は相変わらず全国でも飛び抜けているが、打撃も相変わらず苦手なまま。

しかし1年生の頃よりは打撃も上達している。

 

 

荒波 友海(あらなみ ともみ) 2年D組 右翼手 左/左 209号室

156cm/53kg 1月25日生まれ 神奈川県出身

 

打撃が成長した好守のリードオフガール。

速球にもある程度対応出来るようになり、1番打者としての起用が多くなった。

今後の成長が1番期待されている選手。

 

 

洲嵜 真理(すざき まり) 2年B組 投手 左/左 208号室

166cm/58kg 9月27日生まれ 東京都出身

 

メンタルが改善されてきた次期エース。

変化球のキレと制球の良さに磨きをかけ、更なる好投が期待される。

打てないが小技と脚の速さはそこそこ。

神宮は小学生の頃の幼馴染で、神田と因縁がある。

 

 

神宮 空(じんぐう そら) 2年D組 投手 右/右 208号室

158cm/55kg 2月7日生まれ 東京都出身

 

荒れ球を駆使するサイドスロー投手。

最近はコントロールが良くなってきており、打ち取れる確率が上がってきた。

しかし時々四死球を連発する事もある。

洲嵜とは小学生の頃の幼馴染。

 

 

伊藤 彗(いとう けい) 2年6組 捕手 右/右

157cm/54kg 4月23日生まれ 神奈川県出身

 

強肩が武器の将来性ある次期正捕手。

打撃とキャッチングの精度が課題。

2年生の中では常識人だが、ツッコミを放棄する事がある。

石川とは生まれる前からの幼馴染。

 

 

佐野 夏輝(さの なつき) 1年3組 一塁手 左/左

158cm/53kg 11月28日生まれ 神奈川県出身

黒髪のハーフアップと琥珀色のつり目

 

確実性が課題のロマン溢れる長距離砲。

中学までは家の都合で剣道を習っていたが、高校からは自由になり念願の野球部へ。

見た目は賢そうだが、実は頭は悪い。

進学理由は通学時間と学力。

 

 

石川 灯(いしかわ あかり) 2年4組 二塁手/他 右/左

158cm/54kg 7月10日生まれ 神奈川県出身

 

代打に代走、守備固めと様々な場面で活躍するが、便利すぎてレギュラーになれない。

伊藤のおかげで実は頭は悪くない。

今年から襟足を金髪に、それ以外は黒に染めた。

石川とは生まれる前からの幼馴染。

 

 

白崎 杏紗(しらさき あずさ) 1年3組 三塁手 右/右

162cm/58kg 8月20日生まれ 神奈川県出身

セミロングの茶髪と緑色のタレ目

 

至誠最高と呼ばれるバッター候補。

長打力とミート力、得点圏の強さが素晴らしい。

中学時代に誰も練習に付き合ってくれず守備と走塁が苦手。

進学理由は近くて雰囲気が良かったから。

 

 

牧野 湧(まきの ゆう) 1年A組 投手 右/右 306号室

160cm/54kg 8月17日生まれ 埼玉県出身

黒髪のローポニーテールと緑色のつり目寄りの目

 

"浮き上がる"ストレートが武器のアンダースロー。

精密機械と呼ばれる程の制球力の持ち主だが、球は軽く左打者には弱い。

持ち球はカーブ、スライダー、チェンジアップ 。

頭が良く唯一のA組だが、人をからかう事が好きな一面もある。

進学理由は育成プランと起用法の一致。

 

 

春宮 優維(はるみや ゆい) 1年3組 マネージャー 右利き

154cm/45kg 4月29日生まれ 神奈川県出身

茶髪ロングでピンク色の猫目

 

全く野球を知らないが、選手がカッコいいからという理由で入部したマネージャー。

入部した以上は真面目にやるといった考えの持ち主。学年1の美少女として校内で有名。

進学理由は通学時間と学力。

 

 

灰原 麗衣(はいばら れい) 監督/捕手 右/右

168cm/64kg 5月25日生まれ 神奈川県出身

 

元東京クレモリツのドラフト1位捕手。

現在は持ち前の分析力と指導力で至誠の監督を務めている。

厳しい面ばかり注目されがちだが、誰よりも部員の事を考えている人。

現在もプロで活躍している八神と神田とは同い年。

 

 

小林 周子(こばやし しゅうこ) 家庭科教師 右利き

160cm/53kg 10月1日生まれ 東京都出身

 

浜矢達の担任を務める美人教師。

最近は野球についてもだいぶ詳しくなり、千秋や灰原の会話にもついていけるようになった。

以前の自分と同じ立場の春宮に、優しく野球用語を教えている。



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第1球 新たな風

あけましておめでとうございます!
そしてお待たせしました、シーズン3の始まりです

ブログの方で新2年生組を公開しました



2018年4月2日。

ここ至誠高校に新たな風が現れる1日だ。

 

「またせんしゅーと同じクラスだー!」

「また野球部で纏められたんだねぇ」

「てことは担任は……」

 

2人の予想した通り、小林が教室に入ってくる。

分かっていた2人は苦笑いに近い笑みを浮かべていた。

 

「小林先生は好きだけど、クラス替えの楽しみがないんだよな……」

「担任が誰になるのかってワクワクするもんね」

「そう考えると鈴井がちょっと羨ましいかも」

 

2人は文系、鈴井は