ポケモン世界に来て適当に(ry (kuro)
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第1部 プラチナ編
第1話 出会い①


「私の、師匠になってください!!」

 

「……は?」

 

 

 今オレの目の前には、腰を直角に曲げて頼み込む、モンスターボールがプリントされた白いニット帽の隙間から紺色の髪を覗かせてているを被っている少女がいる。

 正直、「だれこの子?」と一瞬思ったのだが、赤いコートにピンクのブーツ、白いマフラーが目に付き、「もしやあの……?」、とも思い至った。

 そう、オレにとってみれば、相当見慣れている。がしかし、この目にしたのはまだ二回目という、矛盾をはらんだ言葉で表現するのだが妥当だろうか。

 その少女の名は――

 

 

「えっと、ヒカリちゃん?」

 

 

 そう、彼女である。

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

 シンオウ地方ハクタイシティ。ジョウト地方エンジュシティのように歴史を重んじる気風が漂う町である。

 そしてどこの町にもほぼ必ずあると言っていい施設があり、その一つがポケモンセンターと呼ばれる施設である。この施設は大まかに言ってしまえば、ポケモンの治療や回復・メディカルチェックなどの病院としての機能と、トレーナー同士の交流や旅のトレーナーのための宿泊所としての機能を有している。加えて、ポケモンに関わる者であるならば施設利用料が無料であるということもあり、まさにポケモントレーナーにとってはなくてはならない施設でもある。

 さらに、ここ最近では、旅の必需品を揃えるのに必要不可欠なフレンドリィショップ(ただしフレンドリィショップは有料)もセンター内に開かれる場合もあり、ポケモントレーナーに関わらず、ポケモンと親しむ者にとってみれば、総合施設といった色も見せ始めている。

 

 さて、そんなハクタイシティにあるそのポケモンセンターの一角でオレは小休止していた。

 ちなみにオレの名前はユウト。このシンオウ地方とはかなり距離のあるホウエン地方(シンオウは比較的寒冷な気候なのに対して、ホウエンはそれとは真逆なかなり温暖な気候なことからその距離は推して知るべし)ハジツゲタウン出身のポケモントレーナー。年は現在十六歳。ただ、フツーの十六歳ではなく、中身を考慮するとだいたい三十代半ば過ぎといったところか。

 というのもオレ、憑依というのか、それとも生まれ変わり・転生というのか、よくはわからないけど、まあそういうことだ。

 実際気がついたらいつのまにか此方にいて、赤子になっていたという状況だった。

 幼少期まではいろいろ混乱していたが、あるときここがポケモンの世界ということを知ってから、オレの心境は変わったと思う。

 ポケットモンスター、略してポケモン。これは“前の世界(以前過ごしていたところ)”にはポケモンという生き物は存在しておらず、ゲームやアニメという架空の世界に生きるのみであったから、ここはゲームやアニメの世界で、オレはそこに入り混んでしまったのだと感じた。

 ポケモン歴(ゲーム)はといえば、全世代をプレイして、かつ後半の世代ではそれなりにやり込んできたと思っている。

 なので、ポケモンの技・特性・性格・種族値とかある程度は知っているつもり。

 で、ポケモンと言えば個体値・性格・努力値の廃人ゲーみたいなもので、オレもそういった廃プレイをやっていた一人だった(タマゴ技習得・たくさんタマゴ産ませて、性格や個体値の厳選・選考から外れてしまった残念賞なポケモンの放流等)。

 ただ、それはゲームという非現実の中での話だからできることであって、ここは(ゲームの中と言えど)実際の現実に限りなく近い。正直、この世界でそれをやったら、「オレってロケット団やゲーチスなんて目じゃないほどのクズになるんじゃないか?」と思う。あんな、ゲームだから許されるような非人道的なことをしなければならないのか、また、そう思いつつも、そういった行動を取ってしまうのではないか。あの当時のオレはそういった不安を抱えていたと思う。

 それから、時が経って五歳の誕生日の日。ホウエン地方での『ポケモン預かりシステム(パソコンを使ったポケモンの転送等を行う)』の管理を一任されているのマユミさんというおb……(ゲフンゲフン)、キレイなお姉さんが近所にいるのですが、その人にポケモンのタマゴをもらった。

 ゲームでは、所詮ゲームといったところで最高の個体が産まれたとき以外はあまり感慨も湧かなかったけど、ここでは、タマゴを受け取ったとき、きちんと生き物特有の“あたたかさ”といったものが感じられた。そのときは悶々と葛藤していたことも確か(ただ、今思えばこの段階でそんなことを行うのは無理だという気持ちが(まさ)ってきていたと思う)だったが、子供心で孵化するのを本当に楽しみに待っていたことも確かだった。

 

 で、いざ孵ると――

 

「ラルー、ラルトー!」

 

 

 まるで心臓を鷲掴みにされたような――あまりに衝撃的で言葉もなかった……!

 腕の中に小さいが、確かな温かみと重さを感じた。

 この子がただ一つの生命であることを感じた。

 

 そして、あんなことを考えてしまっていた自分を思いっきり恥じた。

 

 そんなこと、絶対にしない、ありえない……!

 オレはこの子たちと対等に接し、ずっといっしょにいよう……!

 

 そう誓った。

 

 

「そういえば――」

 

 たしかジョウト四天王のカリンのセリフだったかで、

 

 

 

『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』

 

 

 

 こんな言葉があったハズ。

 オレはこれを少し弄って、人生の至言にしようと思った。

 

 

 

 

 で、なんだかんだいいつつ、八年ほどでホウエン・ジョウト・カントー・ナナシマを旅してきた(ナナシマ地方はFRLGでいう1~7の島、アニメでいえばオレンジ諸島にあたる)。

 そうして、しばらくぶりにマサラタウンのオーキド博士に会ったら、

 

「シンオウ地方に一緒に行かんか?」

 

と言われてそのまま“拉致”をされてきた。

 

「なんじゃ、人聞きの悪い言い方をしよって」

「お言葉ですが、オーキド博士。返事も聞かずに、いきなりフシギダネのねむりごなを浴びせられて、気がつけばシンオウに向かう船の上って、どうしようもないほどおかしくないですか?」

 

 と、こんな感じで皮肉を言ったら、返ってきた答えがコレ。

 

「お前のママさんとラルトスには了解を取ってある」

 

 ていうか、ちょっと待って。いろいろとオカシイですよ?

 なんでラルトスに聞くの? オレに聞いてくださいよ、そういうのは。

 それにラルトスも母さんも勝手にそう言うのは止めてくれない?

 

 まあ、ここまで来たらあれこれ言ってもどうしようもないんですけどね。それにオーキド博士の研究のため、というのもあるが、オレがゲットしたポケモンは自動的に博士の研究所に送られて博士やそこの研究員に面倒を見てもらっているなど、なんだかんだでいろいろとお世話になっているのは確かなことで。

 ちなみになんでオーキド博士と知り合いかというと、オレがホウエン図鑑を“幻のポケモン”と呼ばれるポケモン以外のデータを完成させたのを機にオダマキ博士が紹介してくれたからだ。オダマキ博士、そしてオダマキ博士に、オレにホウエン図鑑を渡すよう促してくれたセンリさんには感謝している。

 

 

 さて、話は元に戻して、とにかくやってきました、シンオウ地方。経緯はどうあれ、まだ訪れたことのない初めての地方なので、やっぱり初めての場所を旅するという、このワクワクするようなこの高揚感は抑え切れない!

 さて、そうこうしているうちに船が着いたのはマサゴタウンというシンオウの町の一つ。町の名前とかって正直あんまりよく覚えてなかったのだが、博士の知り合いの研究所がこの町にあると聞いて把握。

 ゲームの第一印象ではあのかなりダンディーなオジサマですね。尤も、デパートの地下でフエンセンベイが売ってないとかで涙したり、別荘で家具を買ったら勝手に上がり込んできていたりでだいぶそれも薄れたけど。

 そんなことを思い出しながら博士の後を付いていくと、大きな研究所に到着。

 そのまま研究所の主であるナナカマド博士を紹介された。

 それから、そのときはちょうど新人のトレーナーが最初のポケモンをもらっていたみたいだった。

 名前は女の子の方がヒカリちゃん、男の子の方がジュンくんとコウキくん。DPPtのメインキャスト三人です。本編のストーリーとはズレがあるようだけど、プラチナをやったことがある身としてはこの三人より年上ということに何とも言えない感じがする。

 尤も、RSE.FR.LG.HG.SSの男女主人公とライバルさんたちがみんな年上なので、そっちについてもアレですけど。

 

「なんじゃ、そんな遠慮なんかしおって。コイツはなぁ、今まで旅した地方の図鑑はほとんど完成させている上にポケモンリーグでも上位に入賞するとっても素晴らしい腕を持っておるトレーナーなんじゃぞ」

 

 お互いの紹介をしている中でオーキド博士がそんなことを言ってくれました。折角無難に当たり障りのない挨拶をしたのに、できればそういう紹介はしないでください。

 

「ウソ~!? すっごーい!」

「マジ!? オレ憧れちゃうかも!」

「僕も!」

 

 あー、またこういうキラキラとした目で見られる。今までも多々あったけど、やっぱり慣れない。すっごく恥ずかしいので、お願いだからやめてください!

 

「(ユウトったらいい加減慣れたら?)」

 

 そう思っていたら、それを察したのか、オレの一番のパートナー、いや、親友が腰のベルトにセットされているモンスターボールから飛び出てきた。

 一見すると真っ白い服の裾を引きずっている人間の幼児にも見えるが、緑の頭部に、前頭部と後頭部から生えている二本の赤い突起状の角で人間やポケモンの感情を読み取るといったことは人間にはとても出来ず、これがこの子がポケモンであることを示している。

 

「こぉら、ラルトス、勝手にまた出てくるんじゃない」

 

 五歳のとき、初めて孵したあのタマゴから産まれたポケモンであるラルトスです。ちなみに性別は♀。

 

「(だってヒマだったんだもん、ねぇ、いいでしょ?)」

「あ~、ハイハイ。わかったよ」

 

 図鑑に心を読むと載っている上、エスパータイプであることから、今ではテレパシーによるコミュニケーションも取れている。

 ただ、このことは今のところ、打ち明けている人はオレの家族以外はいない。なぜなら、この世界は普通にロケット団やポケモンハンターといった密猟や人のポケモンを奪い取る人種もいたりするので、こんな、人と言葉を交えることができるポケモンいると知られたら、そういった輩どもの恰好な対象になることはまず間違いないからだ。

 で、ラルトスの鳴き声からなんとなくラルトスの意を汲んで会話をしているような雰囲気を醸し出すオレたちに吃驚仰天な新人三人。逆に博士たちはいたく感心していた。

 

「まあ、オレたちは親友だし、付き合いも長いからね。パートナーの言いたいことはなんとなくわかる、というかわかるようになるもんだよ」

 

 オレはこうなったときにいつも言う言葉を口にした。キラキラ目線の度合いがさらに深くなったのは言うまでもない。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「さて、それじゃあ博士、オレはこの辺でいいですかね?」

 

 新人たちの旅立ちを見送り、シンオウ地方に連れてこられた目的(シンオウのポケモン図鑑の作成の依頼)も聞いて図鑑をもらったオレとしては、早くこの見知らぬ大地を踏みしめて、新しいポケモンたちや地方ごとに異なった顔を見せるポケモンたちと出会いたい。

 

 了解をもらったオレはすぐさまマサゴタウンを出て北の方角、コトブキシティの方向に向かった。

 ところで、オレは新しい地方に来たら、ラルトス以外の手持ちポケモンはすべて預けて、その地方でゲットしたポケモンを一から育てる、というアニメの主人公サトシのようなスタンスを取っている。その方が旅をする中での苦労や楽しさ・面白さ・達成感をより彼らといっしょに共感できるからだ。

 ただ、今回は少し違う、というか変えた。なぜなら、イッシュやカロス地方を除き、このシンオウ地方でしか手に入らない(進化しない)ポケモンがいるからだ。シンオウに来たからにはやはり彼らに出会い、旅したい。

 

「よろしくな、お前たち!」

「ブイ!」

「ブイィ…ブイ~」

「(イーブイたちもよろしくねだって)」

 

 ということでまずは、ついこの前タマゴから孵った彼らを加えている。目的はもちろん、分かる人なら分かると思うが、リーフィアとグレイシアである。もちろん彼らだけではなく、図鑑のためにも出来るだけすべてを網羅したいが、いきなりは厳しいので、まずはこの二体である。リーフィアはハクタイの森、グレイシアは217番道路で進化をするため、まずは一番近いハクタイの森を目指しているのだ。

 

「ゆくゆくはお前たちとポケモンリーグに出たいもんだぜ」

「ブイ! ブイブイ!」

「ブイ~」

 

 ラルトスを介さなくても、なんとなく彼らが意気込んでくれているのが分かる。

 

「ブイ~」

 

 しかし、こっちの珍しい♀のイーブイはずいぶんとおっとりしてるな。そういう性格なのか?

 

「(あら、個性がある子たちでかわいいじゃない。それにこの子たちをいかに育てていくかも、ユウト、あなたのトレーナーとしての資質が問われているのではないかしら?)」

「まあ、それもそうだな。追い追い見極めていこうかね」

 

 ちなみにラルトスも普段はずっと外に出していて、こういった内容から他愛もないものまでの話し相手になっている。そういうのがいない旅ってのはやっぱり寂しいからね。

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

 とまあ前置きが長かったが、こんなふうにジム戦は後回しにして、無事彼らを進化させたオレたちはハクタイシティに戻ってきた。さて、いざジム戦に臨もうかというところで、冒頭の

 

「私の、師匠になってください!!」

 

と言ってナナカマド博士の研究所で出会ったヒカリちゃんが腰を九十度まで折るほどにお辞儀して頼み込んでいる、という今の状況に戻るのである。




図鑑の完成とは『出会ったポケモンの数』で計算してます。


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第2話 出会い②

「ふーん、なるほどね」

 

 ひとまずオレは、ポケモンセンター内の一角にある食堂で昼食を摂りながら、ヒカリちゃんがそう思い至った事情を聞いてみることにした。

 内容としては、ヒカリちゃんはあの旅立ちの後、クロガネシティとこのハクタイシティ、二つのジムを回ってジム戦をしたらしい。ただ、どちらも手も足も出ず、コテンパンに負けてしまったという。その際、いろいろと厳しいことを言われたようで、出会ったころのような快活さは、今目の前にいる彼女からは感じることが出来ず、すっかり鳴りを潜めてる。

 で、これから自分はどうすれば、と考えていた折、このハクタイシティでオレを見かけて、ポケモン研究の権威であるオーキド博士にあそこまで言われる人ならということでオレに特訓を施してほしいんだそうだ。

 

 こんな調子で頼まれたら断ることのほどでもないし、教えること自体は(やぶさ)かではない。

 

「別にいいよ、大層なことは出来ないかもしれないけど」

「うわぁ! ありがとうございます!! よろしくお願いします!!」

 

 そう言ってヒカリちゃんは急にガバッと立ち上がって、これまたバトミントンのラケットでも振るかの如く、頭を下げてくる。

 その際、大きく椅子の足が床をこする音、そして体育会系もかくやというぐらいの気合いの籠もった挨拶。いきなりそれらを目にしたオレは驚きと同時に呆気にとられてしまった。

 

「…………と、とりあえず、いくつか大事なことを聞こうかな。まず一つ目、キミはポケモンは好きかな?」

「ハイッ!!」

 

 気を取り直して質問してみたはいいものの、まだ先程の余韻を引きずってか、オレの心臓はバクバクいっている。

 

「(ユウト)」

(ん?)

 

 そして気がつけば、オレたちがいるこのテーブルに食堂内の視線が大いに注がれてしまっている。

 

(そうか、さっきのヒカリちゃんので)

 

 ここは静まり返っているというわけではないが、それでも

 でも、周りのことも考えてくれると助かるかなぁ。

 今のヒカリちゃんの声のおかげで『なんだなんだ?』と

 恥ずかしいから指摘したいんだけど、こんなことで話の腰を折るのもアレだしなぁ……。

 

「(いい加減その恥ずかしがり屋はなんとかしなさいよ。ホント、何年経っても変わらないわね)」

「……次、キミの手持ちのポケモンたちは大好きかな?」

 

 隣に座るラルトスのボヤキを意図的に黙殺しつつ、この質問を投げかけると、先程同じ返しをしてた。だから、周り……。

 

「でも、ポケモン勝負には勝てないんだよね? それでも好きなの?」

「それでも好きです! だって、こんなあたしのことを慕ってくれているし、一緒に居てくれるから!!」

 

 これなら……なんとかなりそうかな。

 

「(そうね、ユウトの方針に反発するようならユウトが監督するとかムリだもの)」

 

 ラルトスも頷いてくれる。

 ここまでポケモンに真摯に向き合えるならきっといいトレーナーにもなってくれるにちがいない。最後の失礼な質問を陳謝してオレはこの格言を持ち出した。

 

『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』

 

「これはオレの中の格言の一つなんだ。ポケモンというのは本当に奥が深い。トレーナーの育て方一つで星の数ほどの違いを見せてくれる。ただ、その中で絶対に必要なものというのがトレーナーのポケモンに対する愛情なんだ。それがなければたとえどんないい育て方をしたところで、ポケモンは強くなれない。いや、そのポケモンが持つ真価を発揮出来ないと言うべきかな。で――」

 

 

「あら、何やら素晴らしく興味深い話をしているようね」

 

 

 話を続けようとしたオレに、いきなり頭上から降りかかってくるように聞こえた声。

 そちらを見ると、黒いドレスのようなコートを身に纏って膝までありそうな長い金糸のような髪を特徴的な髪留めでとめている一人の女性が……って、たしかこの女性は!?

 

「シロナ……さん!?」

「あら、よく知ってるわね」

 

 吃驚。いきなり現れるんですから。

 たしかゲームでの彼女とのファーストコンタクトはここハクタイシティだった。でも、ゲームのような現実で、ゲームのストーリーとはかけ離れていたから、こんなところで出会うとは思いもしなかったさ。

 ……しっかし、「シロナさま!?」とか言わなくて(言いそうだったけど)良かった……。

 

「(ユウト、その思考は変態よ?)」

(やかましいわ! つか、勝手に人の頭の中を読むんじゃない!)

「(わたし、“きもち”ポケモンなのよ? その辺は察しなさい)」

 

 なんていうやり取りを脳内で繰り広げつつ、周りを見てみる。

 すると、ただでさえヒカリちゃんのおかげで注目の的だったのに、ここにシンオウチャンピオンのシロナさんが来たら……

 

ざわ……ざわ……

  ざわ……ざわ……

    ざわ……ざわ……

 

 なんだかいろんな視線がこちらに向けられて大変なことになっている……。

 ヒカリちゃんも周りの様子に気がついたようで、唖然+アワアワしている様子(もっと早く気がついてほしかったデス)。

 ただ当のシロナさんの方は、

 

「ねえ、その話、もっと聞かせてもらえる?」

 

 全然気にしてねぇ。

 あんた、こんなに周りが騒がしいのに気にしないのか。

 前世小日本人なオレはすぐさま逃げ出したい。

 

 ということで、オレの意向により、オレたちは早々にそこを立ち去ることにした。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「すみません、シロナさん、ヒカリちゃん。勝手にこんなところに連れて来ちゃって」

 

 オレたちがやってきたのはハクタイの森の一角。ちなみに薄暗い森の洋館のあるところではなく、ゲームで抜け道のようになっているところだ。

 

「それはいいですけど」

「そうね。私も構わないけどどうして?」

「いやぁ、人込みが苦手なんですよ。あんな注目の的とかは特に……。てか、シロナさんはよく平気な顔してますよね」

「周りはもう気にならなくなっちゃった。それにそう思うなら」

 

 そう思うなら?

 なるほど、なにか参考になりそうなことが――

 

 

「周りは人間などという俗的なものではなくて全ておイモか何かだと思えばいいのよ」

 

 

 ……オイ、なんだこのシロナ様は……。

 確か部屋の片付けが苦手でお茶目で恥ずかしがり屋で子供っぽいところがあるけど、明るい性格じゃなかったのか? なんでこんな黒いんだよ。

 おまけに最後のセリフのときの笑みはまるっきり悪女じゃないか。

 これじゃあシロナ様じゃなくてクロナ様じゃないですかヤダー。オレの中のシロナ様のイメージが絶賛崩壊中なんだけど……。

 

「(ねぇ、ユウト、本当にストーカーとかしてないわよね?)」

 

 ……ワザとだよな? うん、口が吊りあがってるからワザとだな。

 だいたい、オレはお前とずっと一緒にいるんだから、そんなことはしてないってわかってるはずだし。

 

 ということで、また無視を決めつつ、これ以上シロナさんのイメージを壊されたくないため、話題を他のに変えることにした。

 

「そういえばどうしていきなりオレたちに?」

「う~ん、一つはキミのあの格言みたいな言葉かな」

 

――強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう努力するべき――

 

「あれを直に聞いたとき、私の中にストンと落ちて何かカチリと嵌った気がしたの。なるほどって。私もこの言葉を大事にしていきたいわね」

 

 なるほど。この言葉は旅をする中で、常に心掛け、折を見て口にすることにして、少しでもこの世界に生きるトレーナーやコーディネーターたちに広まってくれればとも思っているので、ここでもまた一人、そういった人がいてくれて嬉しく思うな。

 

「それから、もう一つはキミ自身に興味があったんだよ」

「オレに?」

「そう。ホウエン・ジョウト・ナナシマリーグチャンピオンでカントー準チャンピオンであるユウト君、キミにね」

 

 ……なんでそんなこと知ってるんだ?

 この世界はその地方外の情報って普通はなかなか入ってこないみたいだし、いくらチャンピオンといえども……。

 というかなんでオレの名前を知ってるんだ?

 

「この前ナナカマド博士とそれからオーキド博士という方にお会いしてね、キミのことを聞いたんだ」

 

 さいですか。

 博士ェ。

 

「それに知ってる? オーキド博士が仰ってたんだけど、キミのあの言葉は今じゃキミの旅した地方では大流行だそうよ。チャンピオンやそれに近い人が言う言葉だし、アナタ自身もそれを実践してるみたいだしね。その言葉を聞いた人にとってはよっぽど衝撃的だったらしいわよ」

「えっ、そうだったんですか!?」

「(自覚なかったのね。ちなみにその言葉ってポケモンたちにとっても、嬉しい言葉よ。その言葉を実践してくれるトレーナーなら、きっとどんなトレーナーでも、ポケモンたちはついていくわ。だから、その言葉が流行ってくれるなら、一ポケモンとしては嬉しい限りね)」

 

 そーだったのか!

 いやぁ、だったらこれほど嬉しいことはないのかもしれない。人伝で聞いただけだから、実感わかないんだけど。

 とにかく、リーグ優勝したら、とりあえずそそくさとその地方を脱出して旅に出てたりとかしたからそんなことは知らなかった。

 や、なんとなく人ごみという点でマズイかなという予感がしたんですよね。事実、チャンピオンのシロナさんは街中で現れるだけでさっきみたいにちょっとした騒ぎになるみたいだし。

 ていうか、これってもとはカリンさんの言葉なのに……カリンさんゴメン。

 

「で、いろいろな地方のリーグを制覇し回っているキミのことだから、きっとこの地方のリーグにも出場するのかなって思って、各地のジムを回ってキミのことをジムリーダーに聞き回って探してたら、ここで見つけたってわけ」

「意外にアグレッシブな方なんですね、シロナさんは。ひょっとして神話研究の考古学者という方々はみんなそんな感じなんですか?」

「あら、よく私が考古学者だって知っているわね」

「風の噂によると、その筋では若いのに一角の研究者だと有名なようですから」

 

 たしかブラックホワイトで、アロエさんがシロナさんのことを尊敬しているといった描写があったと思う。博物館の館長をしているような人がそれほどの念を懐くのだから、優秀なのは間違いないだろう。

 そんなことをつらつら思いつつ、ヒカリちゃんが視界に入ったところで、ヒカリちゃんがアングリと開けた口を手で押さえているのが見える。

 

「ん? どうしたの、ヒカリちゃん?」

「いえ、シロナさんは知っていましたが、まさかユウトさんもそんな凄い人だとは知らなくって」

 

 まあ、極力そういうことは人には言わないようにしているからね。

 

 

 

 さて、そんな話はあとにしてとりあえず本題の方に行きますか。

 

「ヒカリちゃん、手持ちのポケモン全部この場に出してくれる?」

「ハイ! みんな出ておいで!」

 

 空に放りあげられた三つのモンスターボール。

 

「うん、出てきたのはポッチャマにムックルにヒトカゲと。珍しいわね。このヒトカゲはどうしたの?」

 

 確かに。

 ヒトカゲはシンオウ地方にはいないポケモンだ。野生で出会うことはほぼないと思ってもいいだろう。

 それにしてもこのヒトカゲ、幾分普通のヒトカゲより小さいし、なんだか様子がおかしいような?

 

「その子なんですけど、ケガをして置き去りにされていたところを介抱してあげて、ただものすごく元気がない感じだったので、そのままサヨナラするのも気が引けて、とりあえず手持ちにいれているんです」

 

 ポッチャマとムックルもヒトカゲを気にかけている。

 というより、なにやら励ましているような?

 

(ポッチャマたちの話から推測して、どうやらあのヒトカゲはバトルに勝てないからとトレーナーに捨てられたようね)

(そうなのか、かわいそうに。そんなのはトレーナー自身の責任なのにな)

(腕のないトレーナーでそこまで自覚出来る人間は少ないわ。でも、それにしてもあのヒトカゲ、かなりの潜在能力がありそうよ。きっとヒカリのポケモンの中で間違いなくエースになれるわ)

 

 なるほど。

 元から、まずやってもらうことは決まっていたけど、益々その重要度が増したかな。

 ヒトカゲに近づくとビクッと震えて逃げようとする。

 だが、そこは気にせずあえて無視して、ヒトカゲと目線を合わせて肩に手を置き、じっとその目を、瞳孔を覗きこむ。

 オレの真剣な様子に周りも、そしてヒトカゲ自身も感じ入るものがあったのか、震えは一向に治まっていなかったが、おとなしくなった。

 

「ヒトカゲ、前のお前のトレーナーはどうだか知らない。だけど、今のトレーナーのこの子。この子は絶対にお前を捨てたりすることなんかしないから」

 

 なるたけ怖がらせないように、優しい声を心掛ける。

 

「よく思い出してみ。さっき、お前のトレーナーはなんて言った? 『ポケモンが好き!』、『こんな私と一緒にいてくれるポケモンたちが大好き!』って大声で言ってたよな? だから、心配なんかしなくていいんだぞ。むしろ、困ったときにはお前を頼りにするようになるんじゃないかな」

 

 先程のやり取りは当然聞こえていたと思うのでそのことを指摘すると、なおも怯えは残っているが、震えは止まり、また逃げ出そうとする素振りも見えなくなった。

 

(きっとこの子も恐怖は懐いていても、人とのぬくもりは求めているのね)

 

 ラルトスの言うとおりだろう。

 ポケモンは一度ボールに入り、人とふれあったら、つながりを求めようとするといった話をどこかで聞いたことがある。ついでにこの子はそういった気が少し強い、ちょっとしたさみしがりやなのかもしれない。

 

「あの、今の話ってどういうことなんですか?」

 

 事態を飲み込めていない様子のヒカリちゃんにオレはラルトスの翻訳した話をきかせた。シロナさんはなんとなく想像がついていたようだった。

 

「そうだったんだ……。ゴメン、ゴメンね……」

 

 ヒカリちゃんはその話を聞いてすぐさまヒトカゲを抱き寄せていました。

 この『ゴメン』にはきっといろいろな意味があるんだろうな。

 

 

 

「さて、オレがヒカリちゃんに出す一つ目の課題。それはこのハクタイの森で、三日間ポケモンをモンスターボールに入れずに、ポケモンたちと協力して過ごすこと」

 

 なぜ、モンスターボールに入れないのかというと、それぞれのポケモンの性格だとかなにが好きだ嫌いだといった個性を知るため。

 本来なら期限を区切るということはしたくはないのだが、自分のポケモンたちが大好きなら、だいたいならば把握出来るだろう。

 その三日間の過ごし方は、必要ならば町に買い出しに出てもいいし、ヒカリちゃんに全て任せる。

 

「わかりました! 精一杯やってみせます!」

 

ハクタイの森に元気な声が響き渡りました。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「シロナさんは自分のポケモンたちの個性とか知ってますか?」

 

 興味本位でハクタイシティへの帰り際、シロナさんに聞いてみた。

 

「う~ん、そうねぇ。なんとなく、この子はこんな感じなのかなっていうのはわかるんだけど……何か秘密があったりするの?」

 

 流石にチャンピオンだけはあったりするな。

 

 いや、実際この着眼点ってこの世界にはないみたいなんだよな。

 アレがしたいとかアレが食べたいなんていうのは、ポケモンたちはトレーナーに言ったりとかはしなかったから、そういう部分に目が行ってないみたいなんだよね。

 

「ポケモンには技の得意不得意があったりします。実はそれが性格や個性の影響を強く受けたりするんですよ」

 

 その言葉に目を見開いたシロナさん。年上の人を驚かすのってちょっと楽しいですよね。

 ちなみにアニメの方はその辺はよくはわからないが、この世界ではいろいろ実験してみた結果、ゲームとアニメが混在していて、ゲーム準拠な部分も多い。

 尤もレベル差があるとアニメのように、氷や水四倍の相手にふぶきやハイドロポンプをしても効果が全くないってこともあったりするが。

 

「(相変わらず、趣味悪いわよ?)」

 

 ラルトスは年上云々のことを言っているようだった。

 

「いや、じゃあお前はどうなんだよ?」

「(パートナーとのスキンシップは大切よ?)」

「はぁ~、ああ言えばこう言う。昔はこんな性格じゃなかったのに」

「(特に親しい人間以外には昔の性格のままよ? 女は使い分けが大切なのよ)」

「どこで覚えた、そんな言葉……」

「(ユウトのママ)」

 

 種族は違えど女の繋がりはどこに行っても変わらないってことですか……。

 

「すごいわね、本当にラルトスの言葉がわかるんだ? それに今の性格とかの話ってものすごい発見なんじゃないの?」

「その件はあまり人に話さないでください。それから、今のはあくまでオレの経験と推測のみなので。証明とかも難しいですよ」

「ふ~ん。ね、この後私もキミに付いていっていい?」

 

 え? チャンピオンがわざわざ一トレーナーの旅路に付いてくるの?

 

(その『一トレーナー』って言葉には激しくツッコミたいわね)

 

 んん゛。

 それにチャンピオンとしての仕事とかもあるだろうに放っておいてもいいんですか?

 

(ねぇ、待ってるの? それって待ってるのよね?)

 

「だって、ああいった話をするキミが何をしていくのか興味あるじゃない。それにキミがあの子に何を仕込むのかすっごく気になるし」

「彼女はダイヤの原石ですからね。そのまま曇らせておくには勿体ない」

「そうなのかしら。まあ、いいわ。で、この後だけど、三日後にはハクタイの森に戻るとして、それまでの間はどうしてるの?」

「とりあえず、まだジムバッジを一個も取ってないので、一番近いハクタイジムでジム戦ですかね」

「あら、じゃあさっそく拝めるわけね。楽しみだわ。すぐやっちゃう?」

「一応準備はしてあるので、出来ることは出来ますね」

「OK! じゃあ出てきなさい、あなたたち!」 

 

 宙に掬い上げるように投げられたモンスターボールから現れたのは、

 

「トゲキッス、ウォーグルですか?」

 

 二体の飛行タイプを持つポケモン。どちらもゲーム中でシロナさんの手持ちに入っていたポケモンたちだ。

 

「へぇ、ウォーグルはシンオウ地方にはいないポケモンなのによく知っている、というかなんだかんだでいろんな地方のチャンピオンだったわね。そりゃ知ってるのも当然かな」

「でも、実際に見るのは初めてです。それに一応言っておきますが、それらは全て辞退していますから、今は一トレーナーですよ」

「どうかしら。まあ、それはいいわ。とりあえず乗って。ハクタイジム前まで送ってあげるわ」

 

 なるほど。意外に子供っぽい一面があるというか、楽しみにしているといったワクワク感が伝わってくる。これは期待に応えられるよう精一杯やってみせるしかないか。

 ということで、お言葉にあまえて、オレはトゲキッスの上に乗ることにした。

 

「(ちょっと! わたしを無視しないでよぉ!)」

 

 ついでにラルトスはジムに着くまでシカトを決め込んでみた。



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挿話1 出会い ヒカリ シロナ

 その人と出会ったのはあたしがナナカマド博士からポケモンを貰ったときだった。

 その人は、オーキド博士というカントーという地方の偉い博士と一緒に紹介された。

 その人自身の挨拶は至って普通だったけど、実はすごい人らしく、オーキド博士曰く、その人はポケモンリーグでも上位入賞出来るほどの腕前なのだとか。

 

 あたしは、お母さんがポケモンコンテストでの優勝常連者なためか、周りは娘のあたしもコンテストを目指すものだと周りは思っていたと思う。

 でも、あたしは、コンテストよりかはリーグの方に心引かれた(理由は、追い追い話す機会があれば、話すことにする)。

 ただ、ポケモンを貰ったばかりのあたしにはまだまだリーグは遠い。

 

 だから、彼がポケモンリーグの上位に食い込めると聞いて、素直に憧れたし、あたし自身もいつかそうありたい。

 そう心から願った。

 

 そうしてあたしは博士に貰ったポケモン、ポッチャマといっしょに旅に出た。

 正直、一人旅っていうのはちょっと不安だったけど、ポッチャマが居てくれたから、あまり寂しくはなかった。

 

 そして自力での初ゲット。

 これはやっぱりものすご~く嬉しかった。

 そのときはポッチャマと一緒に抱き合って喜んだ。

 そこからはあたし、ポッチャマ、そしてムックル。この三人での旅が始まった。

 

 ポケモンリーグに出場するためには、ポケモンリーグが開催されるその地方で八つ以上のバッチを集めなければならない。

 あたしはまず、一番近くにあるクロガネシティに向かうことにした。

 

 雨が降りしきる中、クロガネシティに通じるクロガネゲートの手前で、傷つき見るからに弱っているポケモンを見つけた。

 図鑑で調べようにもエラーが出て、このポケモンがどういうポケモンなのかわからなかった。

 でも、放っておくことなんかは絶対にできなかったので、あたしはとりあえず手持ちの傷薬を全部使った後、近くのポケモンセンターに駆け込んだ。

 ポケモンセンターのジョーイさん曰く、このポケモンはヒトカゲというポケモンで、尻尾に点いている炎が消えると死んでしまうらしく、そのまま怪我を負った状態でこの雨の中にいたら、死んでしまっていた可能性が高かったそうだ。

 誰かのポケモンではなかったようなので、私はこのヒトカゲを引き取ることにした。

 

 そしてクロガネシティに着いてからは初のジム戦に挑んだ。

 

 結果はもうどうしようもないというほど、コテンパンに負けてしまった。

 悔しくて涙が出たのは生まれて初めてだった。

 そしてそれはあたしのポケモンたちも同じだったらしく、あたしたちはクロガネシティの外れやクロガネ炭鉱で特訓をした。

 道行くトレーナーとの模擬戦や技の練習、新たな技の習得とかだ。

 

 そうして新たに挑んだジム戦。

 

 しかし、結果はまたも同じであった。

 

 ジムリーダーのヒョウタさんに、「クロガネだけでなく、違うジムも回るといい」と言われ、そのまま失意のまま、今度はソノオタウンからハクタイシティを目指すことにした。

 

 道行く途中、ヒトカゲの様子も見てみたが、イマイチ元気がないように見える。

 それに何やら少し怯えているような気もしないでもなかったが、よくはわからなかった。

 

 途中、ギンガ団とかいう変な格好をした連中とのいざこざがあったりはしたが、ハクタイシティに着いたあたしたち。

 

 草タイプのジムと聞いて、相性の悪いポッチャマにはお留守番してもらって、ムックル・ヒトカゲという草タイプに相性のいい二人で挑んだ。

 しかし、それでも、ナタネさんに勝つことは叶わなかった。

 それどころかヒトカゲで負けたとき、その怯えた様子のヒトカゲを見て、ナタネさんに『どういう風にヒトカゲと接して来たのか。これではあまりにヒトカゲがかわいそうだ』的なことを言われて怒られた。

 あたしは何がなんだかわからず、ただただ謝ってばかりであったため、終いには「トレーナーを辞めた方がいい」とまで言われてしまった。

 そのまま、ポケモンセンターに戻ってポケモンを預けた後、その日は一日ポケモンセンター内の宿舎のベッドで横になっていた。

 翌日も寝ていようとは思ったのだが、なんとか体を起こして外に出てみた。

 でも、何もする気にはなれず、ポケモンセンターに戻った。

すると、一度見たことのある背中を見つけた。

 どこで見かけたのかというと、ナナカマド博士の研究所でだ。

 

 あたしはいてもたってもいられず、というより、何も考えられず、だが、

 

 

「ユウトさん!!」

 

 

その背中に声をかけていた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 あれからユウトさんはあたしに稽古をつけてくれることになった。

 途中、シンオウチャンピオンのシロナさんも現れてビックリしながらも、あたしたちはハクタイの森に来た。

 あたしはそこでヒトカゲについてのことをユウトさん(正確にはユウトさんのラルトスからユウトさんが聞いたこと)から聞かされた。

 何でも、このヒトカゲは、以前は誰か他のトレーナーの手持ちだったのだが、普通のヒトカゲより小さく、バトルでも勝てなかったことから、散々罵られ、捨てられたのだそうだ。あたしは思わず、ヒトカゲを抱きしめて、「ゴメン、ゴメンね」と口にしていた。

 

 そんな人がいたことに。

 出会って僅かのユウトさんにそれがわかって、どうしてあたしが気がつけなかったのか。思えば、兆候はいくらでもあったのに。

 そしてそんなあたしのトレーナーとしての未熟さに。

 

 ユウトさんのあたしに出した一つ目の課題。

 それはポケモンをモンスターボールに入れずに、三日間このハクタイの森でポケモンたちと協力して過ごすことだった。

 

「人間は生き物。だから、十人十色という言葉があるように、人によって様々な個性を持っている。そして、いろいろな種類の人間がいる。生き物はすべてそうなんだ。なら生き物として同じポケモンたちにだって、それらがあったってなんらおかしくない」

 

 なるほど、至極最もな話だ。というか、なんで今までこういった話が上がってこなかったのか、逆に不思議に思う。

 ポケモンだってあたしたちと同じ生き物なんだから、むしろ無い方がおかしいんだ。

 そしてトレーナーなら自分のポケモンのそれらは知っていなければならないということなんだろう。

 

「まあでも、そんなのは一朝一夕では出来ないから、とりあえずはより深く、ヒカリちゃんとポケモンたちが分かり合うことが目的かな。それが、今言ったことに対してのキッカケになっていくから」

 

 やり方はあたし自身の自由らしい。

 というかそれを考えろということなのかもしれない。

 

 シロナさんとユウトさんが去った後、みんなで輪を囲んだ。

 ヒトカゲは不安そうにしていたが、二人はやる気に満ちていた。

 あたしはヒトカゲを抱き寄せる。

 

「泥臭いけど、とにかく頑張るしかないわよね」

 

 ポッチャマとムックルは強く頷く。

 さて、とりあえずサバイバルということは水は絶対必要(街で買うより現地調達の方がラクそう)。それから火を起こすための枯木や寝床になりそうな場所か。

 

「ポッチャマ、ムックル、頼んだわよ」

「ポッチャマ!」

「ムックルー!」

 

 二人にはそれらを探しにいってもらい、あたしは一度ハクタイシティに戻った。

 ヒトカゲはその間、ずっと肌身離さず、抱えていた。

 あたしはこの三日間、特にヒトカゲには常にはりつき、常に語り掛けて過ごすことを決めた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 私は久しぶりに、トレーナーになってから、そして方面は違えど研究者として、大変お世話になったナナカマド博士の研究所を訪れた。

 するとちょうど客人が博士のもとを訪ねてきていたようでついでとばかりに紹介されたのだが、なんとその方はポケモン研究の権威として著名なオーキド博士だった。

 そして、研究者としては天と地ほどの違いがあるのを感じながらも、二人の博士と同席することになった。

 

 その中でオーキド博士の話は、ある一人の少年の話が大半を占めていた。

 

 なんでも、その少年はホウエン・ジョウト・カントーのポケモン図鑑を殆ど完成させてしまったらしい。

 ポケモンは全部で六百種以上いると言われている。その中でシンオウ・イッシュ以外の地方には少なく見積もっても三百種以上いるのは難くない。さらにオスとメス、加えて色違いのポケモンも列挙するにはとてもではないけど人手が足らない。

 私も以前シンオウ図鑑の作成に協力していたが、ページを埋めていくことすらかなりの労力を必要とする大変な作業だった。だから、完成とは言わずとも完成に限りなく近づけるだけでも諸手を挙げて賞賛するに値するものであった。

 だが、さらに驚くべきことがあった。

 その少年は、なんと十六という若さにしてホウエン・ジョウト・ナナシマ地方のポケモンリーグを制覇。カントーでも準チャンピオンにまで上り詰めるという偉業を成し得たそうだ。

 最年少でカントーチャンピオンになったレッド少年の記録は破られてはいないものの、これだけのリーグの頂点に立った人物はいないのではないかと思う。

 しかも、ナナシマ以外は行く地方ごとにポケモンを一から育て上げていたらしい。リーグではそうでもないようだが、それでも捕まえたばかりと言ってもいいポケモンでジムを勝ち抜くとはいったいどういう育て方をしているのか。

 一トレーナーとしては非常に興味をそそられる。

 彼は今、この二人が依頼したシンオウ図鑑作成のために、シンオウ各地を旅しているらしい。

 論文の方は粗方ケリをつけていたため、私は彼に会ってみたいと強く思ってしまった。

 各地方のリーグに出場している彼なら、おそらくこの地方のバッチも集めているはず。

 

 ならば、闇雲に探しても仕方がないと各地のジムがある街に飛び、ジムリーダーに聞き込みをすることにした。

 しかし、どの町のジムリーダーに尋ねても、誰もそんな少年を見かけていないという。

 

「しっかし、これだけ周ってまだ見かけないなんて。ジムバッジに興味がないとでも言うの? でも、行く地方行く地方で必ずリーグに出場してるみたいだから、バッジは必ず手に入れてなきゃおかしいのに……」

 

 最後にハクタイジムのナタネちゃんのところに寄ってみたが、芳しい返事は得られなかった。

 

「今後のことはとりあえず、お昼を食べながら考えましょうか」

 

 太陽が南中にあるような時間ということもあり、私は久々にポケモンセンターの食堂に寄ってみることにした。

 ポケモンセンターや食堂では周りの視線が私に集まってくるのをひしひしと感じる。慣れというのは恐ろしいもので、最初は気恥ずかしいものだったけど、今では気にも掛けなくなってきている。ということで、それらを無視しつつ、席を探していると、

 

 

「強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき」

 

 

そんな言葉が聞こえてきた。

 私の頭の中で何かがピンッと弾けた。

 

(これね!)

 

 というのも、その言葉はオーキド博士の言う少年のポリシーだったらしく、何かあれば常に口にして、そしてそんな彼がリーグを制覇してしまうので、彼が旅した地方ではその言葉がブームとなって席巻しているらしい。

 シンオウでは終ぞ聞かないそれを聞いたことで、私の足は自然そちらへ向いた。

 

「ねえ、その話、もっと聞かせてもらえる?」

 

 私は逸る気持ちを抑えつつも、その少年に声をかけていたのだった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 お目当てのその少年――名前はユウト君というらしいけど――彼の話に私は衝撃を受けていた。

 正直今まで考えたこともなかったからだ。

 彼の話には引き込まれる。

 新たな世界が開けそうな気がする。

 

 彼はヒカリという女の子を鍛えることにしたらしい。

 彼の勘によると、彼女は素晴らしい才能を持っているらしい。

 

「ひょっとしたら、将来のシンオウチャンピオンマスターとなりうると言っても過言ではないと思ってます」

 

 彼にそこまで言わせる彼女が、彼ほどの経歴の持ち主に師事したらどうなるか、非常に興味をそそられる。

 それに、

 

「これからジム戦、しようと思えばできますね」

「じゃあ、一緒に付いていっていい?」

「いいですよ」

 

 よし!

 彼のポケモンとバトルが見れることをに、子供の頃のワクワクとした思いというものを久々に抱いた。

 心躍るバトルに思いを馳せながら、彼をハクタイジムまで送る。

 

 ついでに、見終わった後、私もこの三日間で、彼女に渡された課題を自分でも取り組んでみようかともそのときは思った。



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第3話 シンオウジム戦

技の表記はゲーム通りのかな表示(例:みがわり、ブラストバーン)、状態異常や状態変化は漢字表示(例:火傷、混乱、身代わり)としていきます。

にじファン時代にはなかった新話になります。
では( ・∀・)つドゾー


「おー! あなたがシロナさんの言ってた少年? いやー、お姉さん楽しみだねー」

 

 明るい茶色のボブカットだが、耳の前の部分だけは左右ともに髪が長いというアクセントが際立つ女性。

 

「あたしがここハクタイのジムリーダー、草タイプの使い手、ナタネよ。よろしく!」

 

 緑色のケープを羽織り、その下には手首までは覆っているが、へそは出ている黒い服、さらにはオレンジのハーフパンツが、雰囲気とともに全体的に彼女のスポーティさを演出している。

 

(というより、その年でへそ出しはないんじゃないかしら)

 

「むっ!? 今何やらセンサーがビビっときましたよ! どこぞの誰かが余計なことを考えたと」

 

(おい、ラルトス。お前と同類のエスパー様じゃね?)

(……否定しづらいのがいやなところね。これからは気をつけるわ)

 

 やっぱり女性は第六感が鋭い。余計なことは口に出さないようにしようと思った。

 

「えーと、こちらこそよろしくです。ちなみにシロナさんはオレのことなんて言ってたりしたんですか?」

 

 さて、さっきの話の中でなんだか気になることを口にしてくれたナタネさん。これは聞きださないとね。

 

「んー、なんかいろんな地方のチャンピオンになっててポケモン図鑑の完成にも一役貢献してる凄腕の人物とか」

 

 よし、今すぐ口止めしよう。

 正直言いふらされて有名になって追いかけられるとか、常に注目を浴びるとかは勘弁願いたい。

 できれば、静かに穏やかに旅をしていきたいんだ。

 ……それに恥ずかしいし。

 

(ホンネはそれよね)

 

 うっさい。ちょいと黙りなさいラルトス。オレはそういう性分だからこれでいいんだよ。

 

「ふーん、まあそういうことならわかったよ」

「そんなのケムシかなんかだと思えばどうってことないのに。しょうもないわね」

 

 あなたもちょっと黙っててください、シロナ改めクロナさん。

 アンタもうほんと腹黒過ぎ。というか、オレのシロナ様に抱いていたイメージを返してくれ……orz

 

 

「ま、その話は置いといて、とりあえずジム戦だね! じゃあルールの確認といこうか!」

 

 ナタネさんの提示したルールは

 

  1,一対一のシングルバトル

  2,使用出来るポケモンは各々三体

  3,ポケモンの入れ替えはOK

  4,道具の使用はなし

 

といった感じで、結構アニメ準拠ではあるが、とりわけて特徴的なものはない。

 強いて言うなら、ポケモンに持ち物を持たせることについては何も言われていないんだけど、これはひょっとすると項目4に抵触する場合があるので、持たせないようにしている。

 というのも、この世界はどうやら『ポケモンに持ち物を持たせてポケモン自身に使わせる』という発想がないといっても過言ではない。

 本音としては戦略の幅が著しく狭まるから、持ち物所持についての見識が早いところ広まってほしいところ。

 尤も、そこら辺はこの前ホウエンで会ったあの人に期待をするとして。

 

「私は客席の方で、キミのバトルを見学させてもらうわ」

 

 そうしてシロナさんはバトルフィールドとを隔てるフェンスを飛び越えて客席の一番前の列に陣取り、腰を下ろした。

 

(今回、というかポケモンリーグまではお前は出すつもりはないからな)

(はぁー、毎回のこととはいえ、つまらないわねぇー)

(今度、何かうまいもん食わしてやるから許せって)

(じゃあスイーツ食べ放題がいいわ)

 

 なんて会話をオレとラルトスがしている間に、オレとナタネさんはトレーナースクエアに入った。ちなみにトレーナースクエアとは、トレーナーがポケモンに指示を出す場所である。トレーナーはバトルの間はこの中にいなければならず、またこの外にも出てはいけないというのがルールである。

 そしてオレがそこに入ると同時に、さらに審判もついて、準備は完了。あとはトレーナー双方、及び審判の開始の合図によってバトルがスタートする。

 

「さって! シロナさんの期待するキミの実力、あたしにも見せてね!」

 

 そのナタネさんの言葉の間に、ラルトスはオレの肩に乗って頭に手を置くという、最近お気に入りの位置に陣取った。ここにいるということはさっきオレが言ったことを守ってくれるということだろうな。

 

 

「ではこれよりハクタイジムジム戦、ハクタイジムリーダーナタネと挑戦者ユウトのバトルを始めます! 両者、ポケモンを一体、フィールドに投入してください!」

 

 そうして審判の言葉が高々とフィールドに響き渡る。

 

 さて、いっちょいきますか!

 オレの一番手はこいつだ!

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「リーフィア、キミに決めた!」

「いくよー、ハヤシガメ!」

 

 バトル開始の合図が告げられてから、彼らの一挙手一投足を見失わないように目を皿のようにして見ている。

 まずはお互いの最初の一体が出揃った。

 

「でも、どうしてユウト君は草タイプのリーフィアなのかしら?」

 

 ここは草タイプのジムなんだから、同タイプ同士じゃなくて、相性的に有利な炎とか飛行タイプで勝負してもいいのに。それとも草タイプを封じる狙いがあるのかしら。でも、ナタネちゃんは草タイプに関しては私以上のエキスパートなのだから、そうそうそんなことも狙えるとは……。

 

「なるほど、同じ草タイプなら草タイプの技は効果いまひとつ。あたしのメインウェポンを封じられると思ったわけね。それならそれでみせてあげる! ハヤシガメ、すてみタックル!」

「ヤシガ!」

 

 まずはナタネちゃんの先制攻撃ね。

 百キログラム近い重量からのあの技はハヤシガメのパワーと合わさって脅威的な威力を誇っているはずだわ。

 それにあのハヤシガメは重量級クラスのハズなのに、思った以上にスピードが出ている。流石はジムリーダーのポケモンといったところね。

 はたして彼はどう対処するのかし――

 

「リーフィア、いばる!」

 

――ら?

 

「つづいてみがわり!」

 

 なっ――!?

 

「なっ、なにこれっ!?」

 

 ナタネちゃんの驚愕に、私も激しく同意する。

 あのリーフィアが何かをしたのか、いえ、ユウト君が指示をしていたから、何かをしたハズ。それによってハヤシガメは技の途中で失速。

 さらに見ていると、なにやら様子がおかしい。なんだかわけもわからず自分を攻撃しているようだった。

 

 これは――

 

「ハヤシガメが混乱しているというの? でも……これはいったい、どういうこと……!?」

 

 私は思わず立ち上がって、フェンスの縁を掴んで身を乗り出していた。

 ()()()()()今まで見たことがない!

 

「いえ、そういえばたしか――」

 

 一つ思い当ることがあった。

 先日、フィールドワーク中にエニシダと名乗るワケのわからない男と出会った。

 そのとき、ポケモンの技には補助技・変化技という分類があるどうのこうのという話をされた。

 話半分に聞き流していたのだけど、その中には『みがわり』という単語が含まれていた。

 

「一応、リーフィアの使った技の効果を説明しておきましょう。いばるは相手を混乱させますが、攻撃を二段階あげてしまう技、みがわりは自分の体力を消費する代わりに身代わりを創り出す技です」

 

 彼の言うそれ。

 まさかこれがその補助技だとでも言うの?

 

「ハヤシガメ、頑張って! ギガインパクトよ!」

「リーフィア、つるぎのまい!」

 

 しかし、ハヤシガメは混乱による自滅ダメージをさらに負い、その間にまた、ユウト君の技らしきものが決まっていく。

 

 ジムリーダーは普通のトレーナーとは異なる。彼らはトレーナーたちの力を試し、見極めを行っていく立場だ。

 だから、実力的には彼らはそういったトレーナーたちの遥かを上をいく存在である。

 しかし――

 

「リーフィア、トドメだ! いけっ!」

「まだよ! 勝負はそんなに簡単に決まらないわ! ハヤシガメ、今度はリーフストーム!」

 

 今――

 

「よし、その調子よ! 頑張ってハヤシガメ!」

「ああ、どうやら混乱は解けたみたいですが、しかし――」

 

 

 私の目の前で繰り広げられているこの光景は――

 

 

「なっ、なんで!? リーフストームよ!? 草タイプの超大技なのよ!? いくら相手が草タイプだから効果は薄いといえど、ただでは済まないわ! なのに、なんでモロに直撃してもヘッチャラなの!?」

 

 

「言い忘れましたが、身代わり状態では身代わりが破壊されない限り、本体には一切ダメージが入らないんです」

 

 

 ――全く違っていた

 

 ジムリーダーを、()()()()()()()、まさに鎧袖一触、歯牙にもかけないという言葉が似合うほど圧倒した。

 

 これが――

 

「リーフィア、そのままトドメのシザークロス!」

 

 

 ――この少年の強さ

 

 

「ハ、ハヤシガメ、戦闘不能です!」

 

 

 ――変わる。

 

「いよっし!」

 

 ――この少年を中心として、全てが変わる。

 

「よくやったぞ! 頑張ったな、リーフィア!」

 

 彼の行く末、そして彼が巻き起こす旋風を想い、背筋に衝撃が走った。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ロズレイド、あなたに任せるわ!」

 

 さてさて、ハヤシガメ(ちなみにゲームではナエトル)を突破して、次に繰り出してきたのはナタネさんの切り札ロズレイド。まあ、コイツを突破するには切り札を切るしかないと判断したんだろうな。

 で、一方オレのリーフィアの状態は、一回つるぎのまいで舞って攻撃二段階アップはいい。

 しかし、

 

「(リーフィアの身代わりが壊されてしまったわね)」

「ああ。さすがジムリーダーのポケモンだな」

 

ということだ。

 ここでみがわりの説明をすると、みがわりは自分の最大HPの四分の一を充てて身代わりをつくる技だが、その身代わりを壊されない限り、ほぼすべての技を身代わりがダメージを肩代わりして本体への攻撃をシャットアウトしてくれる非常に優秀な技だ。そして、身代わりを壊すには、その身代わりのHP分以上のダメージを与えなければならない。

 いくら特防とHPの低さが目立つリーフィアといえ、同タイプで効果いまひとつ(威力半減)+特攻の低いハヤシガメのリーフストーム(特攻依存の特殊攻撃技)で身代わりを壊すとは、さっきも言ったとおり、流石はジムリーダーのポケモンといったところである。

 

「正直、シロナさんの話を聞いたときはまさかと思った。でも、今ので実感した。あなたにはあたしのすべてで以て、一人の挑戦者として、臨むわ」

 

 今までよりも眼光がさらに鋭くなったナタネさん。まさに本気の本気というところか。

 しかし、それはこちらも同じ。寧ろ臨むところだ、という感じである。

 

 さて、こちらは攻撃が上がった状態でのつばめがえし(物理:飛行タイプ)があるとはいえ、向こうはタイプ一致の上、非常に高い特攻からのヘドロばくだん(特殊:毒タイプ)がある。特防が低い上、弱点のそれをリーフィアが耐えるのはかなりつらいだろう。

 とすれば――

 

「(私ならここは交代ね)」

「ああ。でもただの交代じゃない。リーフィア、バトンタッチだ!」

 

 ということで二つのモンスターボールを真上に放り投げる。その内の片方に向かってリーフィアが飛び上がった。

 

「出番だ、ズバット! キミに決めた!」

 

 そしてもう片方からズバットが現れる。次いで、ズバットの羽とリーフィアの前足がちょうど空中でハイタッチされる形となった。ちなみにお分かりの人は「ああ!」となってくれると思うが、言い回しはアニメ主人公サートシ君の丸パクリです(サートシ君のモデルのレッドさんはゲーム通りだったので、被ってはいない)。

 

「よし、バトンタッチ成功! 頼むぞ、ズバット! お前が決めるんだ!」

「(しっかりね。期待してるわ)」

「ズバッ! スバッ、ズバッ!」

 

 ズバットの方も気合十分。ちなみにコトブキシティとソノオタウンの間の荒れた抜け道で捕まえた。その後ずっとやすらぎのすずを持たせていたので、他に捕まえたポケモンよりは懐いてくれてると思う。

 

「あのー」

「ん?」

「今のってただの交代じゃないの?」

 

 ほんの少しおずおずとした様子で尋ねてくるナタネさん。他の面々もこちらを見ている。

 

「バトンタッチっていうのは手持ちのポケモンと交代する技なんです。ただ、普通の交代と違う点としては、身代わりなどの状態変化や能力アップなどの能力変化を引き継げる点です。普通の交代ではそれらの効果は消滅してしまいますね」

 

 なので今は、身代わりは引き継げなかったが、つるぎのまいの効果は引き継いだ形となる。

 

「なるほど。いや、少しわかんない部分もあるけど、手強いってことに変わりはないわね。じゃあ、いくわよ、ロズレイド! ズバットにじんつうりき!」

「ズバット、ゆうわく!」

 

 ズバットはじんつうりきを食らいながらも、ゆうわくを決める。

 

「つづいてメロメロ!」

 

 先にゆうわくが決まったおかげで、効果抜群のじんつうりきを耐えられたズバットからピンクのハートがいくつか飛んでいき、それらがロズレイドにヒットした。

 

「ロズ~、ロズレ~」

「ちょ、ちょっと、ロズレイド!? どうしたのよ!? じんつうりきよ!」

「まだまだ! さらにいちゃもんだ!」

「ってあ~もう! 今度はなんなの!?」

 

 メロメロが決まった瞬間、ロズレイドの目がハートになり、さらにオレがいちゃもんを指示したことによって、連続でじんつうりきを出させなくした。

 

「ズバット、今度ははねやすめだ!」

 

 よし、これでじんつうりきのダメージの回復が出来る。

 

(えげつないわね~、今のは)

(いいだろ、別に。ちょうおんぱもやらないだけましだって)

(ま、それはいいとして、ユウト、周りを見てみなさい)

(ん?)

 

 ぐるりと見回すと、もはや目が点の状態となっている三人が見える。

 

「……あーと、説明、やっぱりいります?」

 

 するともう三人とも凄まじい勢いで首を縦に振っている。

 

「まず、エスパータイプの特攻技じんつうりきは毒タイプを持つズバットにとっては効果抜群の技になるのですが、ゆうわくは異性限定で相手の特攻を二段階下げる技で、これによりロズレイドの特攻が下げられたので、タイプ不一致ということもあり、なんとか耐えることが出来ました。さらにメロメロにいちゃもん。メロメロは異性にしか効きませんが、五十パーセントの確率で技を出させなくする技、いちゃもんは同じ技を二回連続で出させなくする技です。ちなみにはねやすめは体力を回復させる技になります」

「……なんだかいろいろと言いたいことはあるし、よくわからない部分もあるけれど、なんとなくは理解出来たわ」

「そうですか。では次で決めます!」

「あら、確かに追い詰められてはいるかもしれないけれども、そういう冗談はお姉さん好きじゃないわね!」

「はてさて! ズバット、ブレイブバード!」

「ロズレイド、リーフストーム!」

 

 ブレイブバードにリーフストーム。

 どちらも大技がぶつかり合った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「いやー、すごい! あなた本当に強いわね! それだけ、あなたのポケモンへの愛情が注がれてたってことでしょ? あ、そうそう、これフォレストバッジ。受け取ってね」

 

 ブレイブバードでロズレイドを下した後、ナタネさんの最後の一体、チェリムもズバットのつばめがえしで下してバトルも終わり、オレはナタネさんに3-0で勝利することができた。

 そして、シンオウに来て初めてのバッジを受け取った。

 それにしても、やっぱり勝った瞬間、そしてジムバッジを受け取る瞬間は何回やってもこみ上げてくるものを感じる。

 

「いやぁ、ここまで圧倒的に負けたのはホンット~に久しぶりかもしれないわ! ていうか、ここまでの負けっぷりだと、いっそ清々しささえ感じるわね! それと――」

 

「ナタネちゃん、ちょっと待って」

 

すると、ナタネさんを止めて、シロナさんが客席の方からこちらに来ていた。

 

「まずはおつかれさま、二人とも。それから、ユウト君はジムバッジゲットおめでとう」

「ありがとうございます、シロナさん」

 

 まずはオレたちを労ってくれたシロナさん。

 わざわざオレのバトルを見学して、彼女に得るものがあったか。

 いや、あるようにいろいろ頑張ってみたんだけど、どうだったかね。

 

「とりあえず、ヒカリちゃんとの約束のある三日目までヒマよね?」

「え? ん~、いろいろ図鑑埋めとかし――」

「ヒマよね?」

「いえ、ですから」

 

 

「 ヒ ・ マ ・ よ ・ ね ・ ?」

 

 

 なんだろう、この威圧感、というか圧迫感は。

 思わず、一歩引いてしまったくらいだ。

 

「ナタネちゃん、私は今こそチャンピオン権限を使うわ。今から二時間以内にシンオウ全ジムリーダー・四天王を召集する! 最優先事項よ! それから今のジム戦ももちろん記録しているわね? その映像も徴収します。いいですね?」

「わ、わかりました」

 

 ナタネさんもシロナさんの気迫に若干引いてるね。

 それから記録については、公式戦は映像の記録を必ず残すということをポケモンリーグが定めているらしい。なんでも、後世に伝える貴重な財産になり得るかもしれないということで。ただ、三年が経てばその記録は破棄してもいいことになっているので、記録自体は莫大というほどのものでもないとか。

 

「ユウト君、キミには今すぐ私たちと一緒にポケモンリーグに来てもらうわ」

 

(この女、なに? 何様なのよ?)

(まあまあ、そう言うなって。どうやら、予想以上のショック療法になってくれたみたいだからさ)

(……まったく。あなたも損な性格よね)

 

 ラルトスがやれやれとため息を吐く真横で、これからの三日間の大変さと充実ぶりと嬉しさを想像して、いったいどの比重が大きいのかとオレは苦笑いを浮かべた。




ゲームとは違い、技はいくつも覚えられるという仕様にしてあります。


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第4話 ポケモン講座

 さてさて、三日が経った。

 今は約束通り、ヒカリちゃんに会いにハクタイの森に向かっている最中である。

 

 それにしても、この三日間は本当にしんどくて大変だったけど、同時にとても楽しかった。

 何をしていたのかというと、ジムリーダー・四天王といった公式リーグの上の人の方を相手にした講習というか講義+実習みたいなものをしていた。

 ほぼ一日中缶詰めでやっていたとはいえ、時間が足らなかったから、種族値・個体値・努力値といった三値に性格・個性といったもの、技の種類・効果なんかの、ゲームでいえば基礎にあたる部分で終わっちゃいました。技の効果は数が多すぎて最初の方しか話せてなかった。

 今回は約束もあったし、オレが疲れ果ててしまったから、終わりになったんだけど、またこういった機会を近いうちに開くのだそうだ。ちなみに、参加者たちは全員目から鱗が落ちていたと同時に、大好評をいただいた。

 

 さて、三日後の約束というのだが、シロナさんも参加したいということらしい。

 だが、オレと同行するのではなく、一足先にヒカリちゃんのもとに行った。なんでも、彼女とサシで話してみたかったらしい。

 だから、オレは今、ラルトスを頭の上に乗っけながら、マリル・ウインディ・ヨルノズク・フシギダネ・マニューラと、今の手持ちのポケモン六体すべてを出して、みんなで歩いているといったところだ。

 なぜかというと、それはみんなの手(あるいはツタの先)にある。

 

「どうだ美味いか、みんな?」

「(もう、最っ高よ!)」

「リル、マリル!」

「バウォオ!」

「トゥロロロ!」

「ダネ! ダネフッシ!」

「マニュ! マニュ!」

「そっか。そいつは良かったな」

 

 そこには高級アイスクリーム店で買ったアイスクリームがあった。ラルトスとマリルは手で、手がないヨルノズク・ウインディ・フシギダネは、ヨルノズクはマニューラに差し出してもらって、ウインディとフシギダネはフシギダネのつるのムチの先をそれぞれのコーンに括りつけ、おいしそうにそれぞれの味を楽しんでいる。

 

「ま、ラルトスは不味いとか言ったら、振り落とすけどな」

「(そんなこと冗談でも言わないわよ)」

 

 ちなみにラルトスは三段重ねのアイスを食べていたりする。他の奴らも同じだ。

 

 ところで、このアイスはこの頭の上に乗っかっているこいつが「アイス食べたい」とか言い出さなければ、全員に買ってやる必要はなかったのである(アイスは食べたいって全員がモンスターボールから出てきた)。

 

 さらにラルトスにとってみれば、それは昼食の“締め”であって、昼食はケーキのバイキングに行った(以前言ってたジム戦に出ない代わりとしてである)。

 

 正直、時間内食べ放題定額制でよかった……。あれが単品いくらだか支払うのだとすると……。

 まったく……末恐ろしいもんだ。というか、あんな食ったら体重激b――

 

「(それ以上言ったらどうなるか、わかってるんでしょうね……?)」

「やっ、やだな~、な、何をおっしゃるラルトスさん。オ、オレは何も考えてないですよ? ホントだよッ? 信じてッ」

 

 さっき、ラルトスが頭の上に乗っていると言ったけど、ラルトス自身、体重が七キロ近くあり、普通ならそれが頭の上に乗っかった段階で首に致命的なダメージを受けるはずである。

 しかし、現状オレがそうなっていないのは、ラルトス自身それを考慮して自分をサイコキネシスで浮かせているのだ。だから、オレ自身に荷重は掛かっていないにも等しい。

 ただ、今ラルトスがオレに言ったのは、「そのサイコキネシスをやめてあげましょうか? なんならいっそ、そのまま下にグイグイ押し付けてみるのもイイかもしれないわよ?」ということである。

 

 オレ、謝るしかないよね。

 というか、女の子を体重の話でからかった自分が百パーセント悪いっていうのは自覚している。

 でも、お財布の中身が軽くなったのも事実で、少し当てつけをしたかった気持ちも汲んでほしかったんだ……。

 

 そういえば、いまの手持ちに関しては、一旦今までの地方を一緒に旅してきたポケモンたちにしていたりする。

 この三日間の用事とヒカリちゃんに対してのアプローチにはオレのことをより良く知ってくれているヤツらの方がよかったからね。

 

 とまあ、そんなこんなで、ハクタイの森に入った。どこで野営をしているかとかは聞いていないので、探すがてら適当にぶらついてみた。

 すると、一匹のムックルが飛んでいるのを見つけた。

 

「たしかこのハクタイの森にはムックルはいないはずだったよな?」

「(じゃないかしら? 図鑑で確認してみたら?)」

 

 ラルトスの言うとおり、ポケモン図鑑を取り出して開いてみる。ちなみにこれ、現実でのスマートフォンよりもやや大きいぐらいの、時代の最先端をいく機器である。

 やはりムックルの生息地を示すマークは付けられていなかった。

 とすると、残る可能性はトレーナーのポケモンであるということだ。ヒカリちゃんもムックルは持っていたが、現状彼女のポケモンではない可能性も充分にある。

 さてどうしようかと思っていると、向こうも此方に気づいて下りてきた。

 

「ムックルムックルー!」

「(どうやらヒカリのムックルみたい。付いてきてって言ってるわ)」

「わかった。案内頼むぜ、ムックル」

「ムックルー!」

 

 ムックルはゆっくりと飛び始め、ラルトスの言葉通り、ムックルの後を付いていった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ムックルに付いていくことしばらく。

 すると、やや開けた広場のような場所に出た。

 

「ムックルー!」

「(ここみたいね)」

 

 見渡してみると、ごく最近の焚き火の後もあり、さらには近くに川も流れていて、たしかに野営には絶好の場所だった。

 

「あっ、ユウトさん!」

「待ってたわ、ユウト君」

 

 そこにあった倒木の一つをベンチ替わりにして腰掛けていたヒカリちゃんとシロナさんが、ムックルのおかげでオレたちに気づいた。

 

「やあ、ヒカリちゃん。シロナさんもどーもです。で、ヒカリちゃん、どうだった、この三日間は?」

「とっても楽しかったですよー!」

「そっか」

 

 その様子から、この三日間でだいぶヒカリちゃんとポケモンたちの信頼関係がかなり進んだことが見て取れた。

 ヒカリちゃんのポケモンで一番気になっていたヒトカゲだが、

 

「カゲ、カゲ♪」

 

ヒカリちゃんの隣りを常に陣取り、ヒカリちゃんがヒトカゲの頭に手を置くとスリスリとヒカリちゃんに頬ずりをしている様子を見ると、なかなかに上手くやっていたのだと感じた。

 オマケに三日前とは比べ物にならないくらい生き生きとしていて、楽しそうに笑みを浮かべてすらいた。

 

「三日前とはエラい違いだね。いったい何があったわけ?」

 

 で、ヒカリちゃんに聞いてみたら、アニメによくあるゲットにまつわる友情秘話(集団で襲われる→ヒカリちゃん、ヒトカゲをかばう→ヒトカゲ感激→仲間の助けが入り生還→ヒトカゲ、ヒカリちゃんに心酔)があったようだ。

 

(やっぱり、人恋しかったのね。人間と触れたポケモンは多かれ少なかれそうなっていくものだから、本当によかったわ)

(たしかに)

 

 何はともあれ、良い具合に向かってくれてよかったよ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 さてさて、ヒカリちゃん、ついでにシロナさんも参加することになったポケモン講座。シロナさんは一度聞いた話だけど、すべてをきちんと自分の中で噛み砕いて理解しているわけではないはずだから確認のためにもいいだろう。

 で、とりあえず最初はポケモンの技と能力、性格などの基礎となる土台を、

 

「マリル! キミに決めた!」

 

このマリルを例に使って説明していくことにした。

 

 

「まずは、ポケモンの能力についてです。ポケモンは体力(Hit Point)の他に攻撃(Attack Point)、防御(Block Point)、特攻(Contact Point)、特防(Difence Point)、素早さ(Speed Point)という能力値があります。略称は体力=H、攻撃=A、防御=B、特攻=C、特防=D、素早さ=Sです。で、これらの高低はバトルの行方を左右する重要な要素の一つになります。ちなみに特攻・特防はそれぞれ特殊攻撃・特殊防御の略のことです」

 

 ちなみに、これらの高さは種族値というポケモンごとによって決まっている値に比例していて、種族値の大小が能力の高低に関わる一因でもあったりする。

 

「まあ、この種族値ついてはまた後ほどで」

 

 さて、これらを念頭においた上で、次にポケモンの技について。

 ポケモンの使う技には大きく分けると三つに大別される。

 

「物理攻撃技、特殊攻撃技、変化技。この三つです」

 

 では、それぞれについて実演を交えながら簡単に説明していくとしようか。

 

「マリル、あの木に向かってアクアジェット!」

「リル!」

 

 マリルは片手をかわいらしく挙げて元気よく返事をした後、身体に水流を纏った。その後、纏った水がウォーターカッターのごとく発射され、そのままジェット噴射で、マリルが突撃。凄まじいスピードで指示した木に衝突した。木は、まるで無理矢理へし折られたかのような、轟音を立てて崩壊した。横倒しになった木には、縦にすら様々な裂傷が入っていたが、マリルの方はいたって元気な様子った。

 ちなみにヒカリちゃんはその様子に口をアングリ開けてボーゼンとしていたので、気付けで元に戻す。

 

「とまあ、こんな感じで相手に直接接触する技が物理攻撃技です。物理技の威力は『攻撃』の高さに依存します。続いてみずでっぽう!」

 

 同じくらいの隣にあった木に向かって、みずでっぽうが発射される。

 今度は倒れることはなく、ただただ、大きく木を揺らすに留まった。

 

「これが特殊攻撃技です。もういいよ、マリル。おいで」

 

 すると、オレのマリルは嬉々としてオレの胸に飛び込んでくる。しかし、軽い突進気味で突っ込んでくるから受ける方としてはちょっと痛い……。今度からそこら辺もなんとかしようかな。

 

「とにかく特殊技の威力は『特攻』の高さに依存します」

 

 相手を攻撃する技はこの二種類。『攻撃』『特攻』の高さによって物理技か特殊技かを選択していくことは、バトルの戦略を立てる上でも非常に重要な要素である。だから、自分のポケモンの種族値を知ることは大事、というより知っていなければならないのだ。

 

「少し脱線してしまいましたが、話を戻して最後に、変化技っていうのはこれら二種類の攻撃技以外の技のことを言います」

 

 例えば『まもる』とか『いやなおと』とか『しびれごな』とかだね。

 

「要は、相手に直接ダメージを与える技以外の技は全部変化技って認識してもらえば結構です」

 

 あとは攻撃と特攻の違いを一応確認してもらおうか。大丈夫だと思うけど、この世界の常識のごとく、それらを混同してもらっても困るからな。

 

「ところで、みずでっぽうにアクアジェット、この二つは威力的には同じ技です。でも、一方は木をなぎ倒し、もう一方はただ揺らしただけ。さて、どうしてこの二つに違いが生まれたのでしょう?」

「『攻撃』が高かった、ということですよね?」

「そう、正解。いいね、飲み込みが早くて実にイイよ。ヒカリちゃんの指摘通り、この子は『攻撃』の方が高かったから、同じ威力の技でも、あれだけ威力の差が出たんです。尤も、この子の場合は特性の影響もあったりしますけどね」

「特性? あー、なんでしたっけ?」

 

 ふむ。

 ヒカリちゃんはトレーナーに成り立てだから、少しは予習みたいな感じで学習してはいるだろうけど、カバーしきれないところもあるよな。こういう知識も追々“完璧”に覚えていってもらわないとかないと。

 

「それって『ちからもち』かしら?」

「そうです、さすがシロナさん。ヒカリちゃんもこういう知識は覚えていかないといけないからちょっとずつ知っていこう。ポケモンには特性というものが必ずあって、マリルには『あついしぼう』と『ちからもち』の二つの特性があるとされている。この子は『ちからもち』の方だ。『ちからもち』は物理技の威力が二倍になる。ちなみに『あついしぼう』の方は氷技と炎技の威力を半減させるんだ」

 

 ちなみに隠れ特性(夢特性)についてはここではまだ触れないでおく。いろいろと試してみてはいるんだけど、まだ確定していないこともあるからである。

 ちなみにゲームのようなデータではないから、きっと何かがあるはずなんだと思っている。この辺はポケモンの進化やタマゴ研究の第一人者のウツギ博士と相談かな。

 

 っと、今日の本題から少しずれてしまったか。

 あ、それから特性のことはひとまず置いておいて、他にも今日は『ポケモンの技で、ポケモンのタイプと同じタイプの技を使った場合、その技の威力が一.五倍に上昇する』っていうのも覚えてもらわないとな。

 

「これのことをタイプ一致と言います。例えばですが、『れいとうビーム』は氷タイプの技だけど、同じ『れいとうビーム』でも、水タイプが使うときと氷タイプが使うときだと、後者の方が、威力が高いってことです」

 

 この恩恵を活用できるとできないとの差はかなり大きい。この恩恵の差によってバトルの勝敗が決まってしまうことも少なくないからだ。

 

「尤も、だからといって他のタイプの技を覚えさせてはダメということはありません。いろいろなタイプの技を使えた方が戦略に幅が出ますからね」

 

 さて、最後にポケモンの性格について。

 とりあえず結論から言えば、これはポケモンの能力に直に影響する。

 

「例えば、この子はちょっといじっぱりな性格なんですけど、この性格は『攻撃』の高さが上昇して『特攻』の高さが減少するんです」

 

 さっきの技の実演での威力の違いは、特性の影響もあったが、性格にも左右されていたというわけだ。

 

「さて、自分のポケモン、いろいろ知っていなければならないこと、ありましたよね。これらを把握することは、ポケモンとの友情や信頼を深め、バトルに於いては戦略を組み立てる重要なファクターにも成りうるんです」

 

 ポケモンとも仲良くなれて、それが、お互いをより高みへと導いてくれる。

 素敵なことだと思う。

 

「ふぅー。一旦休憩を挟みましょう。お互い疲れたでしょ?」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 その後、いろいろあり、オレはヒカリちゃんの旅に同行することになった。

 いや、女の子に拝み倒されたら断れないでしょ?

 ということで、講義については旅の途中で追々やっていくことにして、それから数日間は、このハクタイの森でヒカリちゃんの特訓漬けだった。

 どんな感じかというと、戦略→実践→検討・反省→戦略→以下∞ループといった具合に。

 

 

 ああ、それからちょっと変わったことといえば、

 

「ポッチャマ、うずしおでウインディを閉じ込めなさい!」

「(ウインディ、にほんばれ)」

「そのままふぶき! うずしおを凍りつかせるのよ!」

「(あまいわね。ウインディ、ソーラービーム連射よ)」

「ああ!? ポッチャマ!?」

 

といった具合に、ラルトスが擬似トレーナーとしてポケモン相手に指示だしている。戦えない(許可されない)からトレーナーの代わりをして発散するんだそうだ(その辺がオレには未だによくわかんないが)。

 今回はヒカリちゃんがウインディをうずしおで閉じ込めて、さらにふぶきでうずしおを凍らせることによってウインディの身動きを封じようとしたようだが、ウインディの晴れ+ソーラービーム(晴れ時、ソーラービームは溜めナシで連射可能)で返り討ちにされたといった感じで終了した。

 

「マニュ! マニュマニュマニュ!」

「(あら、あなたもやりたいの? なら次よ)」

「マニュ!」

 

 さらにつけくわえていえば、ラルトスがモンスターボールを投げてゲットしたポケモンもいたりする。たとえば、ナタネ戦で活躍したズバットやこのマニューラ(元はニューラ)なんかもそう。アイツらはオレの言うことはもちろん聞くけど、それ以上にラルトスの言うことの方をよく聞いている気もしないでもない。

 とまあ、そんな感じなので、一人旅のときはラルトスとポケモン勝負をやってたこともあった。

 一応断っておくと、「俺に十万ボルト!」とか「俺にボルテッカー!」とかそんなマゾいことはしていないからね。オレは某マサラ人みたく、人間はやめていないので。

 

 っと、また話がズレてしまった。

 そうそう、特訓はバトルばっかりではなく、バトル以外の点でも、例えば技の充実のために技マシンも貸してあげたりもしている。ちなみにこの世界の技マシンはBW方式の使ってもなくならないタイプのものみたいなので、使い放題だ。

 ただゲームのように覚えた技をすぐにフルパワーで使えるのではなく、練習が必要だったりする。言わば、熟練度(仮)といったものだろう。その熟練度が上であるほど成功率、威力、応用が効いてくるといった具合である(ゲームでは「どうして覚えたばかりの技が百パーセントの威力で出せるのか」ということを不思議に思っていたから、納得といったところだ)。

 なので、合間合間にその練習も繰り返していたりもした。

 

 それから

 

「あ、ユウト君、ヒカリちゃん。さっそくだけど、これをあげるわ」

 

 シロナさんにライブキャスターを貰った。ちなみにこれはBWで出てきた携帯型のチャット式テレビ電話である。

 渡した本人曰く、これでいつでも連絡が取れるから、何かあったらすぐに呼べとのこと。逆にシロナさん側からの呼び出しについても使われるっぽい。

 

「尤もGPSが付いてるから位置特定はラクなものよ、ねぇユウト君」

 

 まあ今時GPSが付いていない携帯機種を探す方が大変だろうから、そんなものだろうな。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「そういえば、あのギンガ団って何者ですかね?」

 

 夕食時、唐突にそんなことをヒカリちゃんが聞いてきた。

 

「ギンガ団、ねぇ。私は聞き覚えはないんだけど、なにかあったの?」

 

 シロナさんは知らないらしい。

 そういえば、ギンガ団ってロケット団みたいに一般人に迷惑をかける行為はそんなには犯してなかったから知られてないのかもしれない。

 そうすると、あまり一般的でないギンガ団に目を付けて追っていたハンサムさんって、ゲームでは感じなかったけど、実は物凄い優秀なんじゃないか?

 

「えーとですね」

 

 そんなことをつらつら考えているうちになにやら話が進んでいた。

 なんでも、最初はハクタイの森に入るのを邪魔され、次にソノオタウンであまいミツを奪おうとしていたのを撃退したらしい。

 アレ? たしかそのイベントって――

 

「そのときなんか拾ったりとかしなかった?」

「あー、なんかカードみたいなの拾いました。えーと……あっ。あったあったコレです。でもこれ、結局何かわかんないんですよねー」

 

 それ、見事に発電所のカードキーです。

 そうか、ヒカリちゃんは谷間の発電所には行ってなかったのね。折りをみて、早急にヒカリちゃんを連れて潰しておこう。

 

 ついでに言えば、ゲーム通りなら三人で手分けした方がいい場面があった気がするから、ヒカリちゃんを戦力にしなければ現状手が足りない。となると、ヒカリちゃんもギンガ団幹部たちとある程度戦えるようにしなければならないわけだから、より一層特訓にも気合い入れて取り組まないといけないな。

 

 ということで翌日の特訓から少し変わったものを見せようかと思い立った。

 

「マリル! ムクバードに向かってアクアジェット!」

「ムクバード! 体当たりで突っ込むわよ!」

 

 現在、バトルの特訓中。ヒカリちゃんはアクアジェットとのぶつかり合いを意識したっぽい。ちなみに、ヒカリちゃんのムクバードは、昨日ムックルから進化した。

 さて、ヒカリちゃんの考えとして、此方は空に向かってアクアジェットなため、重力とマリル自身の体重の影響で、威力が弱まる。逆にムクバードは空からの突撃のため、タイプ一致で威力上昇の体当たりにムクバード自身の体重×重力加速度による力が働く関係で、マリルを押し返せると計算したようだ。

 うん、昨日の教訓がちゃんと生きているようで、何より。

 ホントに彼女、水が砂に吸い込まれるような勢いで成長していくから、教えている身としてはホントに嬉しい限りだ。

 さて、いっちょ魅せつけて、これも吸収してもらいましょうか!

 

「マリル! アクアジェット、タイプA!」

 

 それを聞いたマリルはアクアジェットの矛先を空中とは全く関係のない地面に向け、そのまま衝突。そのまま、そこでクルクルと回転しだす。

 

「!? ウソでしょ!?」

 

 マリルを包んでいたアクアジェットの水流が不規則に竜巻の渦のごとく、それが幾筋も巻き上がり始め、それらがムクバードを襲い始める。

 ムクバードも必死に避けていたのだが、動きが不規則過ぎたため、読み切れなかった。

 

「ムクッバードッ!」

 

 いく筋もある水の竜巻のうちの一本がムクバードが避けた隙を突いて直撃。その後、一本当たれば二本三本と立て続けに水の竜巻を食らい続けて、ついにはダウンした。

 

 ちなみに今の技は偶々見たアニメのサートシ君の技を参考にさせてもらった。水の勢いが強かったのは、アクアジェットの勢い+水を出すホースの先を摘むと水流が激しくなるのを応用したものである。成功させるのに相当苦労したけどね。

 

 さて、今日はフルで対戦して明日一日休んだ後、いよいよ彼女のジム戦といきましょうかね!




遺伝技は後天的に覚えることが可能としています。

ヒカリのハクタイジム戦はあまり考えていません。


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挿話2 ギンガ団との遭遇

 ユウトさんの特訓を受けてから初めて、挑んだハクタイジム戦。

 

「今よ、ヒトカゲ! ほのおのパンチ!」

「カゲ! カーゲッ!」

 

 ハヤシガメのじしんによってヒトカゲの身代わりは壊されたけど、はらだいこ(HPを半分消費して攻撃を最大まで上げる)+特性『もうか』(HP三分の一以下時、炎タイプの技の威力が一.五倍)による一撃は強力で、

 

「ハヤシガメ、戦闘不能!」

「ウソッ!? 一撃!? たった一撃で!?」

「これにてジムリーダーナタネがすべてのポケモンを失いました! よってこのバトル、挑戦者ヒカリの勝ちとします!」

 

 そこであたしは以前はコテンパンにやられたナタネさんに快勝することが出来た。

 

「清々しいほどの完敗だったわね。あ、そうそう、これがここのジムバッジよ。受け取ってね」

 

 フィールドの真ん中で握手をしてお互いの健闘を讃えあった後に手渡されたバッジ――葉っぱが中に描かれた正方形がくの字型に三個連なるようなデザインになっているフォレストバッジ。

 初めて手にしたそれは大きさは全然大したことない。でも、掌に感じる重さと放たれる存在感、そして拳を握り込んで掌と指に食い込んだその硬い感触には格別なものを感じた。

 

「本当に見事だったわ。実力もそうだけど、あのヒトカゲの様子も全然違ってるし。以前はごめんなさいね、厳しいことを言ってしまって」

「いえ、そんなことはぜんぜん!」

 

 あたしとしては、トレーナーとしてもっとたくさんのことを勉強しなければならないと感じていたので、そのことは全然気にしていない。

 それに勝つか負けるかについては、勝てたことには勿論驚きと喜びで半分はあった。

 けれども、あたしのポケモンたちなら、あたしが信頼しているあたしのポケモンたちなら、絶対に勝てるという半ば確信がもう半分といったところだった。

 

「ありがとう。それにしても、たった一週間でここまで違うなんてね。いったいどんな特訓したのかしら?」

「まあ、いろいろですね」

「ふーん」

 

 ナタネさんの視線は観客席で観戦していたユウトさんたちに向いていたから、あの人が関わっているというのは想像はついていたみたい。

 ……ちょっと珍しいことでも言ってみようかな?

 例えば――

 

「ポケモンがポケモンを指揮してバトル!? ワァ、なんか面白そう!」

 

とか。

 

 やっぱり、普通ではありえないようなバトル。

 ナタネさんもそんなバトルを体験してみたいと、ユウトさんとユウトさんのラルトスに頼み込んでいた。

 ちなみにユウトさんが答える前にラルトスが、勝手に彼のベルトに付けているモンスターボールを全部奪っていったのには思わず、クスリとしてしまった。

 で、結果はというと、

 

「……私、ちょっとジム休んで修行の旅に出てきます」

 

 ああ、うん。

 その気持ちよく分かります。あたしも最初はそれを感じてました。

 トレーナーとして、いや、下手をすると、人間としての何かが粉砕されますよね。

 尤もそれは最初の内だけで、何回かやってるとドーデもよくなってきます。

 

 ええ、まだラルトスに勝てたことありませんが何か?

 

 ていうか、トレーナーならポケモンにどんな指示出したのかわかるから対処のしようがあるけど、ラルトスの場合、それが全然わからんないだもん。

 でも、ラルトスはこちらの指示がわかる。

 なんという卑怯なムリゲー。

 まあ、ラルトスもそこのところを察してるみたいで指示出すときに合図みたいなことをしてくれるから、それを参考に技を読んでます。

 そこの部分をナタネさんに話したら、

 

「っしゃぁぁぁ!! んなろぉぉぉぉ!!」

 

 三日目にして勝つことが出来た。さすがはジムリーダーといったところですね。

 ただ、その間ジムに挑戦に来た人やジムトレーナー全員を追い返すのはジムリーダーとしてはいろいろ考えなきゃいけないと思う。

 それから、その雄叫びは女の子が出す声じゃないので気をつけてください。

 ということで、ハクタイジムクリア後もそこで三日ほど足止めを食らいましたが、ようやくクロガネシティへ

 

「の前に、ちょっと寄り道をしていくよ」

 

行くのだと思ってたら、そうではなく。

 で、連れてこられた場所が

 

 

「谷間の発電所、ですか?」

 

「イエス」

 

 

 谷間の発電所。そこはソノオタウンとハクタイの森の間の205番道路、その横道に入ったところにある。

 発電方法のメインはすぐそばに聳え立つテンガン山から年中吹き下ろす風を利用しての風力発電であるため、今のあたしたちの周りを含め、辺り一帯にはその風力発電を行っている風車が何機も建てられていた。

 

「ところで、ユウトさんはここに何の用で来たんですか?」

「ああ、それはね」

 

 ということで、なんでここに来たかの経緯を説明してくれたユウトさん。

 なんでも、このシンオウ地方にはギンガ団っていう組織があり、ユウトさんはハンサムさんという国際警察の人の要請でそれの壊滅?に協力をしているのだとか。

 

「尤も、ハンサムさんはまだそこまでするべきとはいえる段階ではなかったっぽいけど、いずれはそうしないといけない方向に行くだろうからね」

 

 なんだかいまいちよくわからないけど、そんなことも言っていた。

 で、発電所前でそう言った話をつらつらしていたせいか、

 

「オイオイ、なんだてめーら?」

 

 なんだか宇宙人のような格好の人たちに絡まれました。

 アレ? よく見ると、ソノオタウンで撃退した人たちと同じ……?

 

「あのさぁ、その『ステキファッション』はなんとかならないのか、ギンガ団?」

 

 ああ、この人たちがギンガ団なんだ。

 ていうかユウトさん、あんなのが素敵って……。

 

「なに!? お前もこの衣装の良さが分かるのか!」

「よし、お前のギンガ団入団を歓迎しよう! とりあえず、お前俺の部下な! まずは二人分のジュース買ってこい! サイコソーダでイイぞ! ただ、テメェの奢りだけどな!!」

「いや、意味わかんねーって! 皮肉だから! 今の思いっきり皮肉だからな!? それに部下じゃねーし、パシリもしねーから! つか、いい年して炭酸かよ!? しかも、オレの金ってイヤな奴だな、オイ!」

 

 で、ですよねー。

 そりゃそうでしょうよ!(ていうか、そんなんだったら、ユウトさんマジひくわー)

 あ、それとユウトさん、律儀にあんなのに突っ込む必要はないと思います。

 

「って、そんなことはどうでもよくて。頼むぞラルトス!」

「ラル!」

 

 そうして、ラルトスが元気よく返事をすると同時に、ラルトスがユウトさんの肩から飛び下りる。

 さらに、ラルトスの身体が淡く発光し出した。

 すると、ユウトさんのカバンの口がひとりでに開き、そこからロープがひとりでに飛び出した。

 ロープはそのままギンガ団の二人に絡みつきだす。

 

「なっ!?」

「ちょっ!? おまっ!? 何をするダァー!」

 

 ギンガ団も突然のことで動転したのか、めちゃめちゃに振りほどこうとしたけど、余計に絡みついていっていた。

 

「よし。ラルトス、お疲れさま」

「ラル!」

 

 二人はそのまま雁字搦めにされて、発電所入り口わきの大木に巻きつけられていた。

 

「くっそー、なんたるヤツ! おまえなんか発電所で指揮しているマーズ様にやられてしまえばいいんだ!」

「だいたい、発電所に入るにはカードキーがないとダメなんだけどな! ついでに俺たちは持ってねぇ!」

 

 ……いや、ちょっと待って。

 

「あなたたち、所謂入口の見張りでしょ? なんでそういう大事なもの持ってないのよ?」

「う、うるさいなぁ! なんでもいいだろ!」

 

 ハァー、なんだかなぁ。

 うん?

 カードキー?

 それって、

 

「コイツのことだよな?」

「なっ!? てめっ、なんで持っていやがる!?」

 

 そこにはカードキーらしきものを右手人差し指と中指の間に挟むように持ったユウトさんの姿が。

 え?

 というより、それあたしがソノオタウンで手に入れたカードキーですよね!?

 いつのまに!?

 

「くっそー! だが、入るなよ? いいか、絶対に発電所に入るなよ? ギンガ団の仲間以外は『誰も入れるな』って命令されてんだからよ! もう一度言うぞ、いいか、絶対に入るんじゃないぞ!?」

「そ、そうだそうだ!」

 

 あたしたちは既にあのギンガ団の二人は相手にしておらず、発電所入り口のカードキーを通す場所を探し始めている。

 そんな中、あたしたちの背中に届くあの二人の声。

 ……なんだろう、なんていうか、

 

「ユウトさん、あの人たちものすごくバカなんじゃないですかね」

「違う、違うぞ、ヒカリ君。バカではない、頭のかわいそうな人たちというべきだ。もしくは身体を張ってバカをやる芸人だな。んー、ダチョウはアウトだから、ドードリオ倶楽部なんて名前で売り出せばいい中堅芸人になれるんじゃないか? あ、三人じゃないからドードリオじゃなくてドードー倶楽部か」

「よくわかりませんが、あの二人がカードキーなんて大事な物を持たせられないのはわかる気がします」

「そこは正直マーズとやらに同情するわ。お、これだな」

 

 赤いランプのついたカードリーダーにユウトさんがカードを通すと、ピッという音とともに赤いランプが消えて緑のランプが光る。

 すると、入口のドアが自動ドアのごとく横にスライドしていく。

 中に入って目に付くのは部屋へとつながる通路で、少し薄暗いが見えないということはなかった。

 ただ、中にある部屋は明るいらしく、天井近くにある窓からは明かりが漏れている。また、右手に進むと行き止まりらしく、より暗くなっているが、左手側からは部屋の明かりがより多く漏れていて明るくなっている。

 

「さて、いくよ。ヒカリちゃん、ここからは十分注意して。よろしく、ラルトス」

「はい! じゃあ、ポッチャマもお願い」

「ラル!」

「ポチャポーチャ!」

 

 あたしたちはやや雑然としている通路を順路に沿って進んだ。

 

「あ、ああっ!」

「だから入るなってえのッ! お願い、入らないでッ! アーッ!」

 

 ちなみに、あたしたちの背中にかかる涙声は、途中、発電所のドアが閉まる音と同時に耳に届くことはなくなった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 発電所はそこまで大きな施設ではなかった上に、見張りもそんなには多くなかったので、発電所の奥まではそんなに時間は掛からなかった。

 

「あらあら、ようこそ。招待状も送ってないのに、無礼な客人が上がり込んだことは部下から聞いていますわ。でも、何はともあれ、客人は客人。お持て成しはキチンといたしますわ」

 

 そこには普通のギンガ団員と共に、彼らとは服も放つ気配も全く異なった女の人がいた(尤も、服のセンスはやっぱり奇抜であることに変わりはない)。

 

「えっ? なにそのロングスカート? えっ、えっ?」

 

 ……なんでユウトさんってそんなところ見てるんだろ?

 まあ確かに、結構丈の長いスカートで走りにくそうな雰囲気はあるけど。

 

「わたくしはギンガ団三人の幹部……ではなく四人いる幹部の一人、マーズ」

 

 そう言ってスカートを摘まんで優雅に挨拶をする様はどこぞの令嬢のように思えた。

 

「今よりも素敵な世界をつくるために日夜いろいろ頑張ってるのですが、なかなか理解されないのですよね」

「まあ、やってることがやってることだからな」

 

 そういえば、ユウトさんからは犯罪組織って聞いてたけど、何をしているのか聞いてなかったかも。

 尤も、この疑問はユウトさんの

 

「こういったインフラ施設を勝手に襲撃して占拠したり、人のポケモンを奪い取ったり、人の研究成果を盗もうとしたりな。ただ、他にも判明してないだけで――」

 

この言葉ですぐに解消した。

 というより、人のポケモンを奪うなんて!

 

「ポチャ?」

 

 目線を足元に向けると、ちょうどポッチャマがあたしを見上げていたらしく、ポッチャマと目が合った。

 

 この子と無理矢理離される。

 

 そんなこと考えたこともなかった。

 いざそうなったときを想像してみるも思い浮かばない。

 きっとそれほどあたしとこの子たちが傍にいるのが当たり前すぎるのだろう。

 

 

「絶対に……負けない……!」

 

 

 あたしは知らず、その言葉が口を吐いて出ていた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ただ、他にも判明してないだけで何かはやってそうだけど、これからも何かしでかしそうだし?」

 

 うーん、オレが介入してるから少しは乖離するとは思ってたけど、まさかマーズがこんなお嬢様キャラになっているとは(笑)

 たしかマーズって誇り高い性格で、強気で負けず嫌いって設定のハズだったけど、これはこれでありな気もする。

 

「絶対に……負けない……!」

 

 さて、ヒカリちゃんも何やらスイッチが入った様子。小声だったから、マーズたちの方には聞こえてはいないだろうな。

 

「一応断っておきますが、それらもきちんとした、かつ、崇高な目的がありますのよ。まあ、悲しいことですが、あなた方もわかってはくれないのでしょう? ですから――」

 

 そう言ってマーズが取り出したのは、モンスターボール。それを彼女は腕を突き出すように掲げた。

 

「ポケモン勝負でどうするかを決めましょう!」

「上等!」

「望むところよ!」

 

 オレたちもすでにボールに手を掛けているし、ラルトスやポッチャマも身構えている。

 

「決まりですわね。なら、フォボス」

「ハッ!」

 

 そのフォボスと呼ばれた金髪のオールバックのギンガ団下っ端の男が、マーズの一歩前へ足を進めた。

 

「あなたはわたくしとともにこの客人方のお相手をするのよ」

「了解しました!」

 

 そうして、命を受けたその男はマーズの一歩後ろまで歩みを進めた。

 

(そういえばあのギンガ団ってちょっと違うのね)

 

 ラルトスの言葉で、確かにやや奇妙なものを感じた。見慣れない上に、初めて耳にしたその名前の男を注視する。

 

(……そういえば、ギンガ団の下っ端って青髮のおかっぱ頭が基本だと思ったが、あいつは違うな)

(つまり下っ端じゃなくてもっと上の方に位置する人間?)

(かもしれない)

 

 こういった組織の幹部が下っ端の人間の名前を把握しているとは思えない。

 だけど、それが下っ端ではなく準幹部的な位置にいるのであれば別におかしな話でも何でもない。

 あるいはマーズの副官といったところか。

 

「見たところ、あなた方は二人。ですので、こちらも二人。マルチバトルで勝負しましょう。それで、わたくしたちが勝ったら、あなた方は大人しくここを出て行く、あなた方が勝ったら、わたくしたちギンガ団がここを立ち去る。こんな形でいかがかしら?」

「もう少し付け加えたいんだが」

 

 なかなか悪くはない条件を突きつけてくるけど、できればここで、ギンガ団の目的も曝け出させてしまいたい。

 

「あんたたちギンガ団の首領の名前と目的も聞きたい」

「まあ! ただでさえ破格の条件ですのに! しかし、子供の言うことですからね。大人は子供の我儘に付き合うのも仕事ですし、ええ、構いませんわ」

 

 何だか盛大に侮ってくれて助かるな。強気な性格と自分に絶対の自信を持っているところは変わってなさそうだ。

 

「では、ここはわたくしたちでやるから、あなたたちのうちの半数はプルートのところに行って指示を仰ぎなさい。残りの半数はダイモスのところに行き、万万が一のための撤退の準備を行うよう伝達しなさい。いいですわね?」

「ハッ! 了解しました! では、マーズ様、フォボス様、ご武運を!」

 

 そうして、ギンガ団の連中が駆け足で立ち去る。

 それにしても、フォボスにダイモスねぇ。原作で出てきた覚えはないんだけど、確かどっちも火星の衛星の名前だったのは覚えている。

 なるほど、この二人がマーズの副官だとするなら、これほど適切なのもないだろうな。

 副官なら、原作では描かれなかっただけで、組織の幹部としてなら何ら存在していてもおかしくはない。

 まあ、それは今は置いておこう。

 マーズの提示した、マルチバトル――一人一体ずつ出し合ってのダブルバトル。

 ヒカリちゃんは当然初めての経験だ。ついでに言えばダブルバトル自体も初めてだ。

 

「ヒカリちゃん、いけそう?」

「頑張ります! 絶対に負けたくないですから!」

 

 ふむ、気合い十分だし、様子を見つつ、オレはヒカリちゃんのサポートの方に回るか?

 

「お行きなさい、ゴルバット!」

「蹴散らせ、ルクシオ!」

 

 むっ! ゴルバットにルクシオ、どちらも進化形か。

 進化形は進化前よりも能力値が格段にアップしていることがほとんどだ。

 ジムリーダーのようなこちらの実力を測る場合なら、いざ知らず、さらに、悪の組織といった容赦のな真剣勝負に加えて、何もかも初めてということならば、今回はオレが出張った方が良さそうだ。

 

「ヒカリちゃん、ちょっといいかな」

 

 オレはヒカリちゃんを呼び寄せてある戦法を伝えた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 部屋の中は、広いとはいえ、室内にも拘わらず、霰が舞っている。

 さらに、部屋の中にあるものは所々が氷漬けになっていた。

 その中には部屋の調度品以外にも、なんとポケモンも含まれている。

 

「これは……ッ! これはいったいどういうことなんだい!?」

「バカなッ! いったいなぜ!?」

 

 あたしたちのではなく、あのギンガ団たちの方だ。あたしのポッチャマにユウトさんのグレイシアはピンピンしている。

 ここまで言えばわかると思うけど、先のマルチバトル、あたしたちの方が勝った。それも、完全勝利という言葉しか当てはまらない程にだ。

 バトルの流れは、ほぼ完全にユウトさんの作戦通りに動いた。具体的には、グレイシアがふぶきで牽制している間に、ユウトさんの指示でポッチャマがあられとアクアリングを決めて、その後はグレイシアとポッチャマ揃ってふぶき連発といった感じだ。

 ふぶきという技は命中率はそんなには高くないらしいんだけど、霰下では必ず命中するという特徴を持っているらしく、霰を降らせて以降はどこにいようとも相手に当たり、相手はふぶきに阻まれ、何もできずにただ凍りついていくという鬼畜仕様と化していた。

 

「ハッハ~! おちろ、蚊トンボ!」

 

 ユウトさん、そんな悪役顔でそんなセリフを言われたら、仮にあたしが向こう側だったらきっとトラウマになってますよ……。

 

「ポッチャマ、お疲れ様!」

「ポチャ!」

 

 労いの言葉を掛けると、かわいいことに、あたしの胸に飛び込んで来た。

 

「ポチャポチャ」

 

 男の子なのに随分甘えん坊だと思うのは、あたしの気のせいなのかな。まあ、かわいいから全然許せるんだけどね。

 あ、ちなみにポッチャマのあられ、アクアリング、ふぶきは先のユウトさんとの特訓の中で習得した。なんでも、「水タイプに氷タイプの技は必須なんだ」ということらしい。アクアリングはあられ時のダメージ(霰が降っているとき、氷タイプ以外はダメージを受ける)を回復する手段としてだ。

 まだ習得したてで、まだまだ練習を積み重ねていく必要がありそうだけどね。

 

「くっ! まさかこのアタシが負けるなんて!」

「申し訳ありません! マーズ様、力及ばず!」

「はん! 別にアンタだけの責任じゃないさ! にしてもナマイキなガキどもめ!」

 

 ……なんだかあのマーズっていう女、さっきと全然違くない? ユウトさんも「うわー……」って感じでかなり引いているみたいだし。

 ていうか、自分の呼称すら変わってるって、もしかして二重人格か何かですか?

 

「あっ!」

 

 そしてマーズは何か気づいたのか、口許に掌を当てた。その後、両手を胸に当て、目をスッと閉じる。

 ただずっと佇んでるだけかと思ったけど、よくよく見ると、ゆっくりと肩と胸が上下している。

 

「――……少し取り乱してしまいましたわね」

 

 少しした後、そう独り言ちた。

 ……うん、キャラ作りなのかしらね。落差が激しすぎてドン引きだけど。

 

「さて、フォボス、全軍に撤退を通達なさい。プルートが何か言うかもしれませんが、わたくしの権限ですべて押し通しなさい」

「畏まりました! では、失礼いたします!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「案外素直なんだな」

 

 フォボスとやらが立ち去るのを見送りながら、オレは先のマーズの言葉を思い出していた。

 オレたちが勝ったら、退くだけでなく、首領の名前と目的も教えること。

 はっきり言えば、オレはその言葉が反故されることも十分にあり得ると思っていた。別に契約でもない上に、単なる口約束、さらに組織として動くのであれば、ここでの情報の漏洩は良くはないハズ。

 

「わたくしはジュピターとは違って、正々堂々と、そして約束は守る主義なんですの」

 

 なるほど。敵とはいえ、信用はできそうだ。そしてジュピターの方はなかなかの食わせ者ということか。

 

 マーズの言葉から、ジュピターについてを気に留めておきつつも、彼女の言葉に当初の言葉通り、ギンガ団の話に耳を傾ける。

 やはり、ギンガ団のトップはアカギのようである。

 

「いまアカギ様はこのシンオウ地方の神話を調べておいでです。そして行く行くは、それを元にしてこのシンオウ地方の伝説のポケモンを支配し、その力で以って、この地方も支配する。それがアカギ様の望みです」

 

 アレ?

 たしかアカギは伝説のポケモンたちの力を使ってこの世界を消滅させた後、新世界を創ってそこで神として君臨するとかじゃ――「何を言ってるのよ!?」――え?

 

「そんなッ、そんな恐ろしいことが許されるとでも思っているの!?」

「ポチャポチャ!」

「あなたが許すか許さないか、さらに世間が許すか許さないかは、わたくしたちには関係ありません。わたくしたちはアカギ様の野望のため、日々邁進している次第です」

「ああそう! いいわ! あたしはあなたたちにそんなこと、絶対にさせない!」

「ポチャ! ポチャポーチャ!」

 

 隣りのヒカリちゃんとポッチャマの怒りが凄まじい。

 

「(わたしもあの考えを受け容れるのはできそうにないけどね)」

「シア! シア!」

 

 まあ、オレもそんなのは全力で阻止する方向に回るが。

 オレたちの様子にマーズが口許に手をやり、クスッと笑みを零した。

 

「ま、いいでしょう。わたくしたちに楯突くというのなら、やってごらんなさい。しかし、既にわたくしたちはこの発電所で十分なエネルギーを確保しました。さらに、ハクタイシティではジュピターが伝説のポケモンについての調査を終えた頃。わたくしたちは着実に目標に向かっている。加えて、見たところ、その少年の力は脅威ですが、あなたの力は大したことはない様子。それらも鑑みて、いま出遅れているあなた方が果たして、何歩も先をリードしているわたくしたちに追いつけますか?」

「ッ! それでも! それでもあたしはあなたたちを止めてみせる!」

 

 確かに出遅れている感は否めないが、一つ一つの支部を潰していくことで時間を稼げばなんとかなると思う。

 オレも協力を惜しむつもりはないし。

 さて、そんなことを思っているうちに、ギンガ団の下っ端の誰かが来た。

 

「期待しないで待ちましょう。さて、わたくしたちはこれにて失礼いたします。ああ、一つ言い忘れていました。あなた方とのポケモンバトル、なかなか楽しかったですわ。でも、次は負けませんことよ? では、また会う日まで。ごきげんよう」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 ギンガ団が退却した後、内部を調べてみると、あたしたちはギンガ団によって強制的に労働を強いられていた所員の人たち、そしてをその人たちを心配して駆けつけたものの、ギンガ団によって監禁されていた家族や知人たちを見つけた。

 現在、彼ら総出で発電所内部の復旧・確認作業と食料の炊き出しに追われているので、私たちは発電所の外に出ていた。

 

「――ええ。こちらは無事終わらせました。そちらは? ――なるほど、そうですか。ええ、シロナさんもお疲れ様です。ああ、それからハンサムさん、大まかな概要だけですけど、ギンガ団の目的について聞き出せましたよ。――、はい、えーと、――」

 

ユウトさんは、それらも含めて、起こったことをライブキャスターでそのことをハンサムさんに報告をしている。聞いていると、ここをあたしたちが攻略するのと並行して、ハクタイにあるという支部の方で動いていたとか。

 

『ありがとう、おねえちゃん! パパを助けてくれて!』

 

 あたしは、そこの話には参加はしないで、いつまで経っても帰ってこない父親を心配してこの発電所に来たという子供の言葉を思い出していた。

 もちろん、彼女だけでなく、たくさんの人たちがあたしたちに一様に感謝の気持ちを述べていた。 

 

 でも、あたしにはそれが素直には喜べなかった。

 

「――あたしは……」

 

 あたし自身、今回はほぼ何もしていない。

 すべて、ユウトさんがやってくれた。

 仮に、あたしがやったものがあるとしても、それはすべてユウトさんのサポートがあった上でのことだと思う。

 だから――

 

「――ちからが……ちからほしい。勝つためのちからがほしい!」

 

 そう願った。

 そしてユウトさんのことだ。きっとあたしの願いを叶えてくれる。

 そう思って今のあたしの想いを告げた。

 すると――

 

 

「ふぅ、やれやれだ。ラルトス、テレポート。ヒカリちゃんを彼女の実家、フタバタウンまで送れ」

「ラル」

 

 

――えっ?

――それって……どういうこと?

 

「わるいが、今のヒカリちゃんに教えることは何もない。じっくり頭を冷やして考えてみてくれないか」

 

 テレポートの光に包まれる直前、あたしの耳に聞こえてきたのはその言葉だけだった。

 



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挿話3 ポケモンバトルの意味 ヒカリ シロナ

 はてさて、谷間の発電所でギンガ団を撃退して、ハクタイの支部もハンサムさんやシロナさんたちが潰して、ようやく旅に戻ろうかといったところで、

 

「ユウトさん、あたし、力が欲しいんです! バトルに勝つための、ユウトさんにも劣らないような力が!」

 

 そんなことを言われました。

 ……あー……どこをどう間違えてしまったのか。ひょっとして、ギンガ団とのやり取りはまだ早過ぎたのか?

 

 んー、まあいい。

 ヒカリちゃんの言う『勝つこと』自体、オレは別に悪いともなんとも思ってはいない。

 ただ、オレが考えるに、ポケモンバトルとは、自分の、そしてポケモンたちの力を出し切った上で、かつ、そのことを全力で楽しみ、そして結果、バトルの勝敗が転がり込んでくるものであるとオレは考えている。

 このことを強制したくはないけど、できればヒカリちゃんには少なくとも『勝つためだけのポケモンバトル』はしてほしくない。

 そうなれば、きっと本人もそしてポケモンたちも辛くて苦しいだけだ。しかも、それがヒカリちゃんの歩む道の先にずーっと続いていくことになる。いわば、ゴールのないマラソンを走っているようなものだ。

 

「うーん、どうすっかなー」

 

 ソノオタウンのポケモンセンターの宿泊所ベッドでそのことを考えていると、

 

「(なら、ユウト)」

 

二段式の木製の木枠でできたベッド、その縁に腰掛けていたラルトスがそこから飛び下りた。

 

「(あなたに出来ないのであれば出来る人に任せるのが賢明よ)」

「出来る人? それって一体誰だ?」

「(あら、あなたは最近うってつけの人物と知り合っているじゃない。しかも、その人はヒカリからしてみれば年上の女性で、かつヒカリも良く知っている)」

「――おお! なるほど! その手があったか!」

 

 それからオレはすぐに連絡を取り、お願いすることにした。

 

 

「(さて、ひとまずこれで経過を見ましょう。その間に)」

 

 ライブキャスターの通信が終わったところで、ラルトスがなぜかサイコキネシスをやりだした。

 対象は――

 

「いだっ! ちょ!? オレ!?」

 

 サイコキネシスにより身体がだんだんと捻じれ始める。

 

「あだだだっ! ちょっ、なぜだ!? 理不尽だ!? オレがいったい何をしたっていうんだ!?」

「(あんたが女の子の私物をわたしに抜き取らせたからよ! あの発電所のカードキーはヒカリが持っていたものでしょうが! それを必要だからって勝手に持ち出させて!)」

「だ、だけど! やったのはオレじゃなくてお前だろ!」

「(そういうことをトレーナーがポケモンに命令することがおかしいのよ!! しばらくその状態で反省しなさい!!)」

 

 その日、オレは一歩もベッドの上から動くことが出来なかった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「……わからない。……わからないよ……」

 

 昨日、あたしはフタバタウンに飛ばされて、そのまま自分の家に戻った。

 お母さんはただいまの一言しか漏らさないあたしを、何があったのかも聞かずに、ただ

 

「おかえりなさい、ヒカリ」

 

その一言で以って迎え入れてくれた。

 あたしはそんなお母さんの優しさに甘えた。ものすごく、その気遣いが心地よくて温かったからだ。

 そのままあたしは自分の部屋に上がり、ベッドの中に身体を投げ出す。ポスッという音と共に身体全体押し返される感覚を感じた。そしていまビーダルの枕の感触が顔を撫でている。

 

「ポチャ……」

「カゲ……」

「ムクバー……」

 

 みんなも心配して、モンスターボールの中から出てきてくれているが、どうにもあたしが何も反応を返さないことに、どうしていいかわからない様子、らしい。

 

「はぁー……」

 

 何気なく枕元の時計を見やる。時計の針はもうすぐ九時になろうかという時刻を差していた。

 

「ヒカリー!」

 

 階下からのお母さんの声が耳に届いた。

 

「ヒカリにお客さんよー! 上がってもらうからねー!」

 

 お客? あたしに? しかもこんな夜遅い時間に?

 そんな疑問に駆られているうちに階段を上がってくる二つの足音が聞こえる。

 その足音たちはあたしの部屋の前で止まった。

 

「ヒカリちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 あたしは木のドアを叩くノックの音と共に聞こえてきたその声に思わず、半身を起こしてしまった。

 

「えっ、シ、シロナさん!?」

「そうよ。ねえ、ヒカリちゃん、入ってもいいかしら?」

「は、はい! どうぞ!」

 

 目に飛び込んできたのは、いつもの黒いコートを身に纏ったシロナさん、それからシロナさんのポケモンのルカリオだ。二人の手にはお盆とその上に白い湯気を上げている食器類が見える。

 

「ヒカリちゃん、まだお夕飯食べてないんですってね。私もなのよ。だから、一緒に食べましょうか。ルカリオ、お願い」

「グッ」

 

 そしてルカリオは部屋の隅にあった簡易テーブルをサイコキネシスで広げて、その上に二人は持っていたお盆を置く。

 クリームシチューの良い香りを漂い、さらにその中にふっくら柔らかそうだが、歯ごたえがしっかりありそうなパンの香りが混じる。

 

「とりあえず、空腹だとどんどんネガティブな方向に思考が回ってしまうわ。だから、ひとまず、食べちゃいましょうか」

 

 お母さんと同じようだけど違う、柔らかくて包まれてしまいそうな言葉を受けて、あたしはまず、皿の脇に置かれているスプーンを手に取った。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 私は今フタバタウンにあるヒカリちゃんの実家に来ている。

 始まりは一本のライブキャスターの通信からだった。

 相手の名前はユウト君。本人は隠したがっているけど、ホウエン・ジョウト・ナナシマリーグでのチャンピオンマスターであり、カントーでも準チャンピオンマスターといった具合の、驚異的な経歴を持つ少年である。

 その実力はその経歴に見合う、いえ、それでもまだ及ばないのではないかとも私は思っている。

 というのも、先に彼のジム戦を見させてもらったが、それは今までのポケモンバトルとは一線を画する、いってしまえば“革命”という言葉がしっくり収まるのではないかと思ってしまうのではないかと思った。

 そして実際、彼をシンオウポケモンリーグに呼び、シンオウの各ジムリーダーや四天王の前で彼の話を聞いた私は、ますますその思いに確信を抱いた。

 それからは論文の資料集めよりも、彼と彼の理論が常に頭の中心に渦巻いていた。

 昨日はポケモンに持たせることによってポケモンが自分で使うことのできる道具とその効果、それからそれらに伴う戦法についての考察を聞かせてもらった。その時間は非常に有意義で、いや、まさしく『ポケモンバトルはここまで進化するのか』といった、視界一面に広がりを見せるような新たな世界が開かれた、そんな気がした。

 そしてハクタイシティで彼の頼み事を済ませた後、家に寄ったときも彼といるときのことに思いを馳せていた。

 そんな折に来た彼からの連絡。いったいなにを私に見せてくれるのか。逸る気持ちをよそに、中身はかけ離れたものだった。

 私たちがハクタイのギンガ団アジトに押し入ったときと並行して、彼とヒカリちゃんは205番道路にある谷間の発電所に攻め入っていたのだが、そこで起こったヒカリちゃんに関する一件のようで、そのことについて助けてくれないかというのが大まかな内容だった。

 なにやら相当困っている様子だった上、彼の頼みだったので、断るつもりは毛頭なかった。

 既に空には満天の星空が輝いている時間だったけど、なるべく急ぎということで早速フタバタウンのヒカリちゃんの家に飛んだ。

 ちなみにその際、

 

「こんばんは。夜分遅く申し訳ありません。ヒカリちゃんを訪ねて来た者なのですが」

「あら、あなたシロナちゃんじゃない! 久しぶりね!」

「えっ、アヤコさん!? なぜアヤコさんがここに!?」

「あら、あたしはヒカリの母親なんだから当然でしょう?」

「そうだったんですか!? それは知りませんでした!」

 

暫く会っていなかったポケモンコーディネーターのアヤコさんと再会できた。

 このアヤコさんだが、七年前にシンオウグランドフェスティバルで十五連覇を達成した途轍もない人だ。妊娠しながらも出場した回もある。その際は特別に豪奢な腰掛けが用意されてそれに座ってポケモンに指示をしていたみたいだが、その様はまさに女王様の風格を携えていて、そのプレッシャーは今でも伝説だと聴く。

 実際、私は初めてシンオウチャンピオンマスターになったときからリーグとコンテストの交流ということで、彼女が出場を止める大会まで見てきたが、それも頷ける話だ。

 ちなみにポケモンコーディネーターとは、ポケモンコンテストというリーグとは別の組織が運営・開催する大会に出場するトレーナーのことで、グランドフェスティバルとは、ノーマル・グレート・ハイパー・マスターと上がっていくランクの中で、マスターランクのみが出場を許されるポケモンコンテスト大会のことだ。

 ランクを上げるには現在いるランクの大会に出場し、上位三名の中に入らなければならない。ちなみにランクを維持するために三年に一回はコンテストへの出場が課されていたりする。

 つまり、グランドフェスティバルはその地方でのポケモンコーディネーターのチャンピオンを決める大会なのだ。

 

「あなたの活躍は聞いているわ。ところで、今日はどうしたのかしら?」

「はい。実はアヤコさんの娘さん、ヒカリちゃんのことで――」

 

 かなり脱線してしまったが、ここに来た目的を話す。

 

「そう。あなたなら安心して任せられるわ。親には話せないこともあるでしょうし、同じ女性だしね。それにコーディネーターのあたしよりトレーナーのあなたの方がいいでしょうから、ヒカリをお願いね。ついでに、あの子まだご飯食べてなくて。いらないって言うんだけどなんとか食べさせてあげてくれないかしら。シロナちゃんの分は――」

 

 そのとき、まだ夜を食べていなかったことに加えて、ヒカリちゃんの家に漂う美味しそうな匂いによって、キュルルルルとお腹がなってしまった。

 

「あら。じゃあシロナちゃんの分も用意しておくわね」

「す、すみません。いただきます」

 

 そうして私は恥ずかしさから、いそいそと彼女の部屋に上がり、遅い夕飯となった。

 アヤコさんの温かな料理はヒカリちゃんの表情を和らげていくのがはっきりと見て取れた。一つ一つの気遣いに、親の子に対する深い愛情がはっきりと感じられる。

 ちなみに、私の胃と心にも沁み渡った。

 

(……昨日のカップめんとは全然違うわね……)

 

 料理が出来ない自分をちょっと呪った。

 そして当たり前だけど、残さず完食。

 

「うん、うん。なるほど。それからどうしたのかしら?」

「はい。その後――」

 

 食べ終えた私はヒカリちゃんの話を聞くべく、彼女の右隣りに肩と肩が触れ合うほど密着して座っている。

 ちょうどヒカリちゃんのかわいらしいピンクのベッドを背にする形なので、二人一緒に後ろに少しもたれかかるには最適な位置だった。

 

 ヒカリちゃんの話を聞いている内に、私はユウト君の言っていた言葉を思い出す。

 

 

『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう努力するべき』

 

 

 この言葉に込められた意味として、『勝てるよう』とあることから一見すると、勝つために頑張るととれるかもしれないけれど、私には彼が勝ちにそれほどまで固執しているとは思えない。

 よく人は言う、

 

『好みのポケモンだけではバトルに勝つのは困難である』

 

と。

 強いポケモンによる強い技を使い、相手を倒す。

 それがこの地方での今までの傾向だったと思う。おそらくこれはこの地方だけでなく、他の地方でもそうだったはずだ。

 だけどきっと彼はそれが嫌だったに違いない。

 だから、彼はそれに反発した。

 そして、好きなポケモン、いや、自分を慕ってくれるポケモンたちだけで戦い抜くために、ポケモンについての様々なことを研究し、知識として積み上げ、実践してきたからこそ、彼の今があるのだと思う。

 その過程で負けることなんて数えるのも億劫なほどあったはずだ。でも、彼はそれらも糧としてきたのだろう。

 

 

「――ヒカリちゃん」

 

 

 もう最後まで話し切ったというのを彼女から感じた私。

 

「私はユウト君のような格言――とまではいかないかもしれないけれど――でも、常に念頭に置いていることがあるの」

「――それってなんですか?」

「あのね――」

 

 

『相手がトレーナーなら、勝負すればどんなひとかわかる。 どんなポケモンに、どんな技を覚えさせているのか、道具はなにを持たせているのか、その時言葉はいらないの』

 

 

「ヒカリちゃん、私はね、ポケモンバトルはトレーナー同士の最強のコミュニケーションツールだと思ってるの」

 

 人と人とのコミュニケーションに手を抜くというのは、少なくとも私にとってはあり得ない。常に全力でありたい。

 だから、ポケモンバトルは私は手加減なんてせずに全力で挑み、『そのバトルをいかに楽しむか』と考えていたりする。そこに勝つ負けるという思考は挟んではいないのだ。そんなものはあくまで結果に過ぎない。

 

「それからヒカリちゃん、これだけは絶対覚えておいてほしいことがあるの」

 

 その上で強さを求めたい。

 そうなのであれば――

 

 

「――ずっとポケモンを好きでいてあげて」

「――!」

 

 

 ヒカリちゃんの求めるもののために必要な答え。

 それはたったこれだけ。

 だけど、これこそが最も大事だと思う。

 それに、あんな言葉を言ったユウト君のことだ。

 きっと私のこれに諸手を挙げて賛同してくれることでしょうね。

 

「――ハイッ!」

 

 そしてこのことだけは大丈夫だろう。

 なぜなら、以前それをハクタイの森で見れた上、

 

「ありがとうございました、シロナさんっ!」

 

 この眩しいほどの、先程の沈み込んでいたときとは百八十度対照的で憑き物が落ちたような顔を見せられれば、もう心配もいらないでしょう。

 

「あの」

 

 なんとなく、私が立ち上がりそうな雰囲気を察したのか、ヒカリちゃんが服の袖を掴んでうつむきながら私を呼びとめた。

 

「あの……今日、一緒に寝てくれませんか?」

「…………どうしたの?」

 

 するとうつむき加減が余計濃くなり、心なしか、さらにキュッと袖をつかむ力が強くなった。

 

「あの、あたし、一人っ子で、あの、その……シロナさんがまるで……お、お姉ちゃんみたいだったから……。だから……!」

 

 お姉ちゃん、か。

 久しぶりに言われた気がするわね。

 そっか……。

 

 

「いいわ。今日はずっと一緒にいてあげる。ね?」

 

 左手を伸ばして肩を抱く。

 

「あっ」

 

 さらに力を込めて私の方へ身体を倒させた。

 膝枕のような体勢だ。

 

「……ありがとう。シロナさん……」

 

 心安らかで嬉しそうで、でも少し恥ずかしそうなその様子は、私のもう一人の妹のように思えてならなかった。

 

 

 

 後日、ヒカリちゃんはユウトさんと仲直り。

 その際、ユウト君からたくさんの謝罪の言葉を受け取ったと聞いた。




という形になんとか落ち着けました。
にしてもこの2話は難しかったです。


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第5話 ヨスガシティでの再会(前編)

「はぁ~やっと着いたな」

「うわ~、ここがヨスガシティですか!」

 

 クロガネシティから207番道路とテンガン山、208番道路を経由してようやく到着したヨスガシティ。

 テンガン山を通過するから予想はしていたとはいえ、山道は険しいし、足元は悪いし、アップダウンは激しいし、深い渓谷に架かる吊り橋と足を踏み外せばすぐそこは激流の川という細い通路が怖いのなんの。正直、道路って名前をつけるんなら、もっと舗装をしろっての。

 まあそれはさておき、ようやく着いたヨスガシティ。ガイドブックによれば、シンオウ地方東部の大都市で『心がふれあう場所』というのをテーマに、“人にもポケモンにも優しい町”というのを目指した町作りが行われているそうだ。そうしたことから特に福祉が充実しているらしく、たしかに道を行く人の中にはお年寄りや赤ちゃんを連れた人をよく見かける。来る途中でバトルをしたトレーナーの話によると、この町は“シンオウで一番住みたい都市ナンバー1”に毎年選ばれているらしい。

 

「(何だかステキね。この街灯とレンガの地面の組み合わせって)」

「ガス灯っぽい雰囲気で、ノスタルジーさが漂うな」

「なんか不思議な感じですよね」

 

 ポケモンセンターに寄った後、レンガが敷き詰められた地面の硬いようなでも柔らかい、そんな感覚を覚えながら、町を散策する。この町は少し奥まったところに行かないと主要な施設がないためだ。

 

「いきなりジム戦もいいけど、ここにはいろんな見所がある。まずはそっちに寄ってみないか?」

「いいですね。行きましょう。どこにします?」

「そうだなぁ」

 

 大好きクラブにふれあい広場、ポフィン料理ハウス(だったっけ?)もある。シンオウのポケモン預かりシステムを管理するミズキさんの家もたしかこの町にあったはずだ(一利用者として挨拶はしておきたい)。

 ただやっぱりここは――

 

「コンテスト会場に行ってみよう」

 

 このヨスガシティのコンテスト会場ではすべてのランクのコンテストが開催される。そのため、他の町にあるどのコンテスト会場よりも規模が大きいのだとか。

 

「いいですね。行きましょう!」

「ああ! えーっと、どうやらコンテスト会場は町の奥の方みたいだな」

 

 マップを確認してみると、ゲームと同じように中央部真北の一番奥に位置しているらしく、そこに向かって歩みを進めていく。

 すると、サーカスのテントのような、されどしっかりとした石造りのドーム状の建物が見え始めた。

 

「おお~、大きいなぁ!」

「ポケモンセンターとかよりもよっぽど大きいですよね」

 

 近づいてみると、その大きさがよりはっきりとわかるくらいだった。

 とりあえず、入口を見つけそこから入ろうとしたら、

 

「あら、ヒカリ?」

 

知らない女性の声に呼び止められることとなった。

 振り返ると頭の倍ほどもある独特な髪型(というより頭が髪の中に、巻貝のごとくすっぽりと入っているような)をした女性がいた。

 

(ユウト……ものの言い方には気をつけなさい!)

「いだっ! ちょっ、やめっ!?」

 

 肩に乗っているラルトスがそのままオレの耳を引っ張った。

 で、結局この女性って――

 

「えっ!? うっそぉ! ママ!?」

 

 

 …………まじ? ヒカリのお母さん??

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あなたがユウト君ね! ヒカリがお世話になってるそうで。これからもヒカリのことよろしくね!」

「いえ、こちらこそお世話になってます」

 

 そういえば、アニメでヒカリのお母さんってこんな感じだったよ。

 挨拶を済ませた後、オレはそんなことをボンヤリと思い出していた。

 

「ママ、どうしてママがヨスガシティに?」

「ええ、ヒカリのポケモンの話とかを聞いているうちに、ポケモン熱が疼いてきちゃって。だから、ママ久しぶりにコンテストに出ようかなって思ったから、それでヨスガにね。期限切れちゃったから、ノーマルにしか出れないけど、勘を取り戻すにはちょうどいいのよね。ちなみに元マスターランクよ、ほら」

 

 そう言ってヒカリのお母さんが見せてくれたトレーナーカードを三人(二人と一体)で覗く。

 

(たしかにマスターと書かれているわね)

(でもこれ、古すぎて失効っぽいぞ?)

 

 たしかにラルトスの言うとおり、コーディネーターランクはマスターと表記されているが、それの刻印は七年も前のもの。だから、このマスターランクは、残念ながら既に無効になってしまっているはずだ。尤も、元マスターランクがブランクがあるとはいえ、ノーマルで勝てないということはないと思うけどね。

 

 

 で、それはさておき――

 

『ユウト君、ヒカリちゃん。シロナだけど、あなたたち今何処にいるの? ヨスガシティ? コンテスト会場前? 了解、十分で着くわ』

 

 といった感じで、さらにシロナさんもトゲキッスで乗りつけ、ヒカリのお母さんのコンテスト大会を見学することになった。

 結果はというと、言わずもがな、もうダントツでヒカリのお母さんが優勝。はっきり言って他の参加者がかわいそうなくらい、演技もバトルも格が違っていた。ていうか初めて知ったぞ、グランドフェスティバル十五連覇なんて! もはや生ける伝説か何かだろ!

 

「まだちょっと勘が戻らないわね。まっ、それはさておきっ! 今度はヒカリの勇姿を見届けましょうか!」

 

 しかし、当の本人はあっけらかんとしていた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 あたしとユウトさんがコトブキシティで再会してから、あたしたちは、途中途中で寄り道を繰り返しながら、ユウトさんの手解きを受けつつ、旅を続けていた。

 その間でわかったことは、ユウトさんのそのポケモンに対する知識と理論だ。

 きちんと系統だって、それでいてきちんと噛み砕いて話してくれるから、わかりやすい。今や、あたしの旅の思い出ノートは最早ユウトさんの理論を書き留めた一つの参考書のようなカタチになってきている。

 そして、それらが正しいことも、あたしたちのような旅のトレーナーとの実戦、それからポケモンたちの様子から見て取ることができた。

 そうしたことの繰り返しであたしはクロガネシティでジムリーダーのヒョウタさんにリベンジを叶えた。

 その後も教わる内容は違えど、同じことを繰り返し、そして、クロガネシティから何日も歩き通して、ようやく辿り着いたヨスガシティ。

 そこで、

 

「あら、ヒカリ?」

「えっ!? うっそぉ! ママ!?」

 

なんとあたしのママに出くわした。

 何でも、これからコンテストに出場するんだとか。

 確かに家にはママの賞状がたくさんあるからすごいコーディネーターなんだとは知ってたけど、ママのトレーナーカードを見せられて、それが改めて実感させられた。

 ちなみにユウトさん曰く、ママみたいな人のことを“トップコーディネーター”というのだそうだ。

 そしてまるでそれが既定路線だとでもいうかのごとくママが優勝した。

 

「さっ、今度はヒカリの勇姿を見届けないとね!」

 

 ということで、ママもあたしのジム戦を見守るためについてきた。

 

「ねぇ、ヒカリ。ユウトくんとはどういう関係? どこまで進んだの? 手? それともキス?」

 

 あー、ママ。

 ユウトさんとは今のところそんな関係じゃないから。

 あくまでユウトさんはあたしの目標であり、師匠だから、勘違いしないように。

 

 尤も、将来はどうなるかは分からないけどね、とは言わなかった。

 さらには

 

「やれやれ、ようやく抜けられたわ」

 

 『用事を済ませた』というシロナさんもあたしたちに合流していた。

 ……ちなみにライブキャスターであたしたちの現在地を聞き出してきたときは何か妙なプレッシャーがあった。

 それはともかく、あたし自身この前のことで、恥ずかしさからシロナさんのことを少し直視しづらい気持ちがあった。

 ただ、

 

「この前はありがとね」

「いえいえ、ぜんぜん。ヒカリちゃんご自身の力で立ち直ったものですよ」

 

そんな話をあたしのママと話していたときに、時折あたしに向けられるあの太陽のような微笑みを見ていたら、「ああ、だいじょうぶ」という気持ちになれたからか、胸を撫で下ろすことができた。

 さて、そうこうしているうちに、町の北東部に位置するヨスガジムに着いた。

 受付を済ませてルール説明を受けた後(ハクタイやクロガネと一緒で使用ポケモンも三体)、あたしはバトルフィールドのトレーナースクエアに入る。

 ママたちは観客席の最前列に三人並んで腰をおろしていた。ラルトスはユウトさんの膝の上に座っている。

 ふと、ママがあたしを見ていることに気がつく。

 

――がんばってね! ママがあなたのこと、しっかり見ているから!

 

 あたしには、ママの視線がなんだかそんなことを言っているように覚えた。

 

 あたしはママに向かって頷いた。

 

「……いっよし!」

 

 ママに自分が変わった、成長したという姿を見てもらうんだ――!

 

 そう思うと、拳を握り込む力が一層強くなった気がした。

 

――心は熱く、だけど、頭はクールに。トレーナーとして判断を下すときには必要なことだ、とオレは思うんだ

 

 以前、ユウトさんとの模擬バトルのときにポロっとユウトさんの口を吐いて出た言葉。ユウトさん自身、大したことは言っていないって認識があるかもしれないけど、あたしには「なるほど、たしかに」と感じ入った。

 

「――心は熱く、だけど、頭はクールに……」

 

 だから、あたしはそれを自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

「オーホッホッホ!! お待ちしてました!!」

 

 突如、前方から聞こえるハキハキとした声。それはまるで、舞台役者が発声をしているかのようで、非常に耳に残るような印象的なものだった。

 そして、ライトが当てられているトレーナースクエアに颯爽と登場した女性。紫の髪をその特徴的なスタイルでまとめ、その紫のドレス、白のフィンガーレスグローブを飾る、数々の光り輝くアクセサリー。恰も中世の貴族が舞踏会に参加するのを彷彿させるような格好だった。

 

「アタシ、このヨスガジムジムリーダーやるメリッサ、です」

 

 やや片言な口調ながらも、結婚式で新婦がやるような、品のいい挨拶をしてくれたメリッサさん。ていうか、あの人外人さんなんだ。知らなかったよ。

 

「アタシ、この国、来て、いっぱいべんきょー、しまシタ。この町、コンテスト、しまス。だから、アタシこんな格好。オウフ、それにしても、助詞助動詞難しいネ」

 

 なるほど。コンテスト用の衣装なのね。結構品が良くてステキだわ~。ママには「あなたにまだ紫は早い」っていわれてたけど、いいなぁとは思うのよね。

 それはそうと、外人さんはこの国の言語習得で一番わかりづらいのが助詞助動詞っていうから、やっぱりメリッサさんも苦労してるのね。

 

「そして、ポケモンのことも、べんきょー、シタ。そしたら、ジムリーダー、なりマシた。だから、――」

 

 ……! ここでなんかメリッサさんの雰囲気が変わった。よくよく見てみると、さっきのそれよりも口角が釣り上がっている。

 

「――アナタ、チャレンジしなさい。アタシ勝ってみせます。それがジムリーダー……!」

 

 メリッサさんはさっきまでとは違って流暢な言葉を喋り、さらに、まるで「あなたは私に勝つことはできない」とでもいうかのような不敵な笑みを浮かべている。

 

 勝つか負けるか。そんなのは知らない。でも、負けるつもりでバトルを臨む人なんて誰もいやしない!

 あたしだってそうだ!

 

「――お願いします!!」

 

 きっと今のあたしはさぞ好戦的な表情をしているでしょうね。

 

「良い目ね。では、いきましょ!」

 

 

『これよりヨスガジムジム戦、挑戦者ヒカリとジムリーダーメリッサの試合を始めます! 両者、フィールドにポケモンを一体投入してください!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「メリッサがサマヨール、ヒカリがムクバードね。ヒカリはノーマルタイプでゴーストタイプを封じる作戦かしら」

 

 ヒカリのお母さん(というか以下ママさん)はヒカリちゃんの狙いに気がついたようだ。流石はトップコーディネータ―といったところか。

 それによく見てみるとさっきまでよりも目つきが鋭くなっている。自分もトレーナーの一人な上、ひょっとしたらコンテストバトルで使えるものがあるのかもしれないとして、きちんとバトルを分析しようって腹積もりなのかもしれないな。

 

「ですが、ヒカリちゃんもノーマル技が通用しません。お互いのタイプ一致が封じられている以上、痛み分けに近い形ですよね。いえ、タイプが二つあるムクバードの方が有利といえば有利なのかしら」

「どうですかね。ヒカリちゃんのムクバードはまだ飛行タイプの攻撃技はつばさでうつとつばめがえしぐらいしか習得してなかったハズなので、あまり変わらないと思います」

「タイプ一致? 二人ともそれってなにかしら? 初めて聞く言葉なんだけれど」

 

 シロナさんとオレとでバトルの優劣を考えていたとき、ママさんのその耳は聞き慣れないものを拾ったと興味を持ったようだ。

 

「タイプ一致とはポケモンのタイプと同じタイプの攻撃技を撃つことですよ。そうすると、普通よりおよそ一.五倍技の威力が増すんです」

「ええ! そんなこと初耳よ! ほんとなの!?」

「はい。とあるトレーナーが発見しました。彼は一.五倍としていて、私たちポケモンリーグでも検証を行っている最中ですが、彼のいう数値に限りなく近い値が出ているとのことで、ほぼ間違いないと確信しています」

 

 タイプ一致に関しては以前リーグでも話したし、ヒカリちゃんに教えていたときも一緒にいたから、シロナさんの答えは完璧だった。

 ていうかリーグでも検証って、そんなことやってたんだ。まぁ傍から見れば、研究者でもない一個人の意見だしね。

 

(ていうかシロナ、あなたの意を汲んでくれたわね)

(そうだな)

 

 オレの膝の上に座りながら見上げるラルトスに、思わずオレはその緑の頭部に手を置いた。そのままスリスリと動かす。

 

(ちょっ、ちょっと、どうしたのよ)

(いや、なんとなくこうしたくて)

(ば、バカ。ちゃんとヒカリのバトルを見なさい)

 

 といった具合に窘めるんだけど、手を止めると、

 

(あ……ゆ、ユウト)

(んー?)

(も、もっとやってくれても、い、いいのよ?)

 

 ……くふふ。

 このいじらしさがまたかわいいんだよなぁ。

 

「Goネ、サマヨール! かみなりパンチ!」

「ムクバード! 頑張って耐えてみやぶるよ!」

 

 さて、ちゃんとバトルも見ていないとね。

 しかし、かみなりパンチにみやぶるか。こいつはなかなか面白い!

 

「……ムクッ、バードッ!」

「耐えたッ! よく頑張ったわ、ムクバード! ここから反撃よ!」

 

 あの様子だとムクバードは相当ギリギリで耐えたってところか。『いかく』が決まったハズなのにスゴイな! やっぱり、ジムリーダーは粒揃いだ。

 まあそれはさておき、ここからが見物だな。

 

「特性『いかく』のおかげで、いくらムクバードの弱点を突いたとはいえ、下がった攻撃力では倒しきれなかったわね」

「はい。加えて、タイプ不一致、それからサマヨールの攻撃の能力値――いえ、アヤコさんなら大丈夫でしょう――攻撃の種族値、これがそれほど高いものではないというのも原因でしょうかね。相当の大ダメージは負ったようですが」

「……また聞き慣れない言葉ね」

 

 横ではシロナさんがママさんにいろいろと解説している。

 ていうかシロナさん、今の攻防で一つ重要なポイントを忘れているよ?

 オレなら、この状況に持ち込めたら――

 

 

「今よ! ムクバード、がむしゃら!」

「ムクバーッド!!」

 

 

 そして、ノーマルタイプの技のがむしゃらがゴーストタイプのサマヨールにヒットする。

 

「そんな!? バカな!? ナゼ、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()デスか!?」

「待って!? 待ちなさい! こんなことあり得ないわよ!?」

「一体なにが……!?」

 

 メリッサさん、ママさん、シロナさんの驚愕が手に取るように伝わってくる。さらにはジャッジの人たちまで口をあんぐりと開けている。ママさんなんて思わず立ち上がっちゃってるし。

 一方、タネを仕掛けたヒカリちゃんの方は、

 

「いっよっし!!」

 

満面の笑みを浮かべて両拳を握り込み、喜びを(あらわ)にしていた。

 

「……あ、そうか! みやぶるよ!」

 

 この中で一番先に答えに辿り着いたのはシロナさんだった。

 

「正解です、シロナさん」

 

 自ずとオレやシロナさんに視線が集まるのを感じた。

 

「ノーマルタイプの技がなぜゴーストタイプに当たったのか。それはヒカリちゃんが指示をしたみやぶるという技による効果です」

 

 みやぶるは通常の効果としては、かげぶんしんなどで相手の回避率が上昇していた場合、その効果を無視するという技だが、これがゴーストタイプに当たったときにはまったく違った効果を見せる。その効果はゴーストタイプに対して無効だったノーマル・格闘タイプの技をゴーストタイプに等倍で当てられるようになるというものだ。いってしまえば、相性でゴーストタイプを打ち消すようなものなので、例えばヤミラミ・ミカルゲのような悪・ゴーストタイプには格闘技は効果抜群となる。

 

(まあ、かなりマイナーな技だもんね)

(そうだな。ただ、ゴーストに技が当てられるとなりゃ、ひょっとしたら大流行するかもな)

 

 現実では通常の効果の方は当てられなければ意味がなく、ゴーストの方は一ターン使ってこれを使うほどの価値が見出せない上、先の二タイプではない他のタイプの技で対処が可能なことから、どマイナーもいいところだ。

 でも、この世界ではターンもないし、技の数も制限されてないから、後者の方は超有効な手段として広がりそうな気がする。ちなみに同じ効果の技として他にかぎわけるという技もあったりする。

 

「さらに面白いのが、このがむしゃらという技です。がむしゃらは自分と相手のHPを同じにするという、いわば定数ダメージの技。ムクバードがダウン寸前の大ダメージだということは、この技によって、サマヨールもダウン寸前の大ダメージを負ったことになります」

 

 元々、がむしゃらは不利な形勢からのイーブン、あるいは一発逆転を狙いにいくような技である。だが、その他に、防御・特防が異様に高いクレセリアやハピナス・ヨノワールなどの、生半可な攻撃が通用しない相手に大ダメージを与えるという使い方もできる技でもある。

 今回のサマヨールの場合、ヨノワールの進化前でやはりそれら二つがかなり高い部類のポケモンなので、普通に攻撃をするよりもそういった定数ダメージを与える技が効果を発揮したりする。勿論、これ以外も有効な戦法もあるだろうが、守備型のポケモンに対したときに、定数ダメージ技はそういった相手に対して大きな突破口となるだろう。

 

「ムクバード、トドメのでんこうせっかよ!」

「ムクッバードッ!!」

 

 みやぶるの効果はまだ切れていないから、でんこうせっかもヒット。

 そして――

 

「サマヨール、戦闘不能です!」

 

 メリッサさんのポケモンは一体減り、残り二体となった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「マージ!」

 

 フィールドに現れたメリッサさんの二体目のポケモン。

 それは紫の魔法使いを連想させるポケモンだった。

 

「マージ……!」

 

 ボールから出てきたそのポケモンは、まるであたしのムクバードを威嚇しているように見えた。

 

「さっきはナカナカでした! アタシ、びっくりしたネ! でも、アタシのこのムウマージにはさっきのような手は使えマセンよ!」

 

 たしかにジムリーダーが同じ手を二度も食らうとは思えないし、第一あたしのムクバードもそれが出来る体力も残されていないと思う。

 となれば――

 

「Here we go! ムウマージ! 10まんボルト!」

 

 ムクバードにムウマージが放った10まんボルトが迫りくる!

 

「ムクバード、こらえる!」

 

 ムクバードの残り少ない体力でアタシがとる戦法は――

 

「なんですって!? 10まんボルトを耐えきったデスか!?」

「今よ、ムクバード! ふきとばし!」

 

――後続に繋げるのみ!

 

 そして、ふきとばしによって巻き起こった突風により、ムウマージがボールに戻され、代わりにフィールドに登場したのは、

 

 

「ゲンガー!」

 

 

 メリッサさんの三体目のポケモン。

 そして――

 

 

「ムクバードを気絶と判断します! よって、ムクバード、戦闘不能!」

 

 

 体力の尽きてフィールドに倒れ込んだムクバードをあたしはボールに戻した。

 

「ありがとう、ムクバード。ほんとうによくやってくれたわ。ありがとう……」

 

 あたしは手のひらに収めたそのボールに向かって呟いた。



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第6話 ヨスガシティでの再会(後編)

「なるほど。こらえる(倒れそうな攻撃を食らってもHP1で耐える)で凌いで、ふきとばし(相手ポケモンを強制的に交換させる)でメリッサさんの三体をすべて引きずり出したわけか」

 

 今、フィールドにはメリッサさんの三体目のポケモンのゲンガーが宙にふよふよと漂っている。ダウンしたヒカリちゃんのムクバードは既にボールに戻された状態だ。

 

「まもる(相手の技を防ぐ)を使わなかったのは、万が一押し切られてまもるの壁を突破されるのを防ぐためかしら」

「いえ、おそらくただ単に練習中なだけですね。ヒカリちゃんが言うには、『いじっぱりで負けず嫌いなせいか、こらえて攻撃ってスタイルでずっときていたんじゃないか』ってことでこらえるの方が練度が高いみたいですよ」

「……まあ、これでヒカリは相手のポケモンを知っているっていうアドバンテージを掴んだわけね」

 

 『何だか私、二人の会話に付いていくのがやっとなんだけれど』とママさんが言うこともあり、現在二人で解説をしながらの観戦となっている。尤も、ママさん自体、トップコーディネーターなので、既存のポケモンの知識に関してはかなり造詣が深いため、飲み込みや類推が速い。

 

「いくわよ、コイル!」

 

 ヒカリちゃんの二体目はじしゃくポケモンのコイルか。たしかあのコイルはタタラ製鉄所で捕まえたんだっけ。

 ……製鉄所のあるところで捕まえたせいか、一つ大きな特徴を持ったチートコイルなんだよな。オレも捕まえたかったね。

 

「コイルは鋼タイプを持っているから大抵の攻撃は効果いまひとつよね」

「そうですね。ゲンガーの主力な特殊技の殆どが効きません。効くのは格闘タイプのきあいだまくらいでしょうか」

 

 まさかゲンガーが炎のパンチやドレインパンチなんて持ってるわけないよな。

 

「ゲンガー、ほのおのパンチヨ!」

 

 ……持ってましたね。

 

「まあ、ユウト君的には攻撃がかなり低いゲンガーに物理技なんてって思うかもしれないけど、今までそんな考え方はなかったわけだから、あっても不思議じゃないわね」

(あなたのその先入観には気をつけなさいよ)

 

 ラルトスにも注意を促されてしまった。まあ、現実では当たり前のことがこっちではそうでないことなんか腐る程あったし。

 ま、それはさておき、

 

「あたしのコイルに炎技を撃っても効果はありませんよ! ましてゲンガーの物理技なら尚更です!」

「ホワーイ!? コイルは炎弱点ですヨネ!?」

 

 ほのおのパンチをモロに食らったが、まるで何事もなかったかのように佇むコイル。

 隣りからは、『なんで?』って顔で説明を求めてくる二人がいた。

 

「あのコイルはタタラ製鉄所の溶鉱炉のそばにいたところを捕まえたんですけど、ずっと溶鉱炉の近くに居ついていたせいか、あの個体だけ他の個体よりも熱に強くなっているっぽいんですよね」

「うわっ、なにその反則!?」

「アヤコさん、これって明らか色違いよりもレアですよね」

「レア中のレアよ。だって弱点一個減るんですもの」

 

 コレがチートコイルの秘密だ。さらにあのコイルはめざめるパワーを覚えているが、そのタイプがなんと地面。タイプと特性じりょく(鋼タイプを逃がさない)もあって鋼キラーでもあるし、ホイホイ出てきた炎タイプにも有効打を与えられるスゴイ子だ(格闘タイプからはほぼ逃げの一手しかないだろうが)。

 

「コイル、ロックオン!」

 

 その間にコイルはゲンガーにロックオンを当てた。

 となるとあとは――

 

 

「コイル、でんじほう!」

 

 

 このコンボしかないよな!

 

「ゲンガー、避けなさい! 避けてきあいだまです!」

 

 ま、それが普通だよな。ゲンガーの素早さで宙を自在に飛べるなら、命中率が特に悪い(確率五十パーセント)のでんじほうなら特にそうだ。避けるのは容易い、()()()()

 

「What!? 追跡弾!? ナゼ!?」

 

 避けるゲンガーに追いすがるかのように、グネグネと軌道を変えるでんじほう。それは夜闇に明かりを走らせることで見える光の残像を彷彿させた。

 

「ロックオンは次に放つ技を絶対に当てる技です。だから、でんじほうが何処までも追尾しているわけです」

「それなかなかえげつないわね。じゃあ防ぐにはまもるしかないってこと?」

「……いえ、他にも手はあるかもしれません」

 

 シロナさんの言うとおり、目を向けると、ちょうどメリッサさんがそれを行おうとしているのがわかった。

 

「ゲンガー、コイルにGoよ! 向かってギリギリのところでかわしてでんじほうをコイルに当てるのです!」

 

 格闘漫画とかでありそうなシチュエーションだ。何処までも追尾するのなら、相手に接近してギリギリのところで避けて相手に当てるというのは。

 

(わたしなら、同じ威力の技をぶつけて相殺させるわね)

 

 ラルトスのいう方法もある。これも格闘漫画ならよくある手段だよな。

 で、果たしてヒカリちゃんはどう対処するのやら?

 

 

「コイル、じゅうりょく!」

 

 

 途端、飛び回っていたゲンガーがガクンとその高度を下げた。いや、飛び回っていたのが急にフィールドに叩きつけられるように落ちたといったところか。

 

「ンガ?」

 

 突然のことでゲンガーはワケもわからず、また受け身も取れていないようだった。

 しかし、でんじほうの方はゲンガーのそんな事情など御構い無しに、追尾し続け、そして、

 

「ゲンガーッ!」

 

 ついにでんじほうが直撃。

 

「トドメよ、コイル!チャージビーム!」

 

 チャンスとばかりに、さらにゲンガーを畳み掛けるようなヒカリちゃんの指示がコイルに飛んだ。

 

「ゲンガー、しっかり! 頑張りマショ! ふいうちね!」

 

 一方、でんじほうを耐え切ったゲンガー。だけど、その身体のあちこちから煙が上がっていて、それがダメージの大きさを物語っている。

 

「ゲ、ゲンガッ?」

 

 さらにそこに、でんじほうの追加効果(百パーセントの確率で麻痺)、フィールドの重力状態が追い打ちを掛ける。

 

 そんな中でゲンガーの動きはまるで、錆び付いたブリキのおもちゃのようにカクカクとしていた。

 

「ゲンガーッ!」

 

 そんな動きであるため、ふいうちが不発に終わり、かつ、チャージビームを避けきずに直撃。常ならふよふよと漂っているハズのゲンガーが、固い地面に倒れ込んだ。

 

「ゲンガー、戦闘不能!」

 

 ジムリーダーのポケモンとはいえ、二撃目は流石に耐え切れなかったようだ。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「アナタ、最高に強かったデス。悔しいデスが、アタシ、負けたのわかります」

 

 あたしは最後に残ったムウマージもコイルのでんじほうを主体とした戦法で攻めていった。ただ、相手のムウマージの攻撃が思ったよりも威力があり、結果的に相討ちとなった。しかし、残りのポケモンの数により、メリッサさんに勝つことができた。

 

「アタシ、ビックリです! アナタも、アナタのポケモンも、とてもつよーい! 何よりもアナタの戦法、最後までオドロキっぱなしデシタ! ところで最後はドウシテお互い、ポケモン、技当たりっぱなしだったでショウ? アタシのムウマージ、普段はあんなに遅くないデス」

 

 最後、ということはムウマージとコイルのバトルか。

 

「あれはアタシのコイルがやったじゅうりょくという技のせいです」

 

 じゅうりょくはフィールドの重力を一時的に強くすることで、動きづらくして命中率を上げる技だ。さらに、その副次的な効果として、えーと、たしか、

 

「“『浮いている、あるいは飛んでいる』タイプ・特性・技を無効化する”、つまりは特性『ふゆう』を打ち消したり、飛行タイプが実質消えたりして、地面タイプの技がそれらのポケモンに当たるようになったりする、だったね」

「あはは、ありがとうございます、ユウトさん。というもので、――」

 

 フィールドに降りてきたユウトさんに補足してもらいつつもメリッサさん(+ユウトさんと一緒に降りてきたママ・シロナさんも)に説明する。内容的にはお互いのポケモンの技の命中率が二段階高くなっていたから、技がバシバシ当たっていたというだけだ。それにやっぱりジムリーダーは手強くて、正直、ムウマージへのロックオンは重力状態じゃなかったら決まっていなかったかもしれない。

 

「Excellent! スバラシイね、ホントに! アタシ、その強さと知識、尊敬するね! そしてなにより、バトル、楽しかったヨ! あんなにワクワクしたの、ひさしぶりネ!」

 

 メリッサさんが、まるで子供のように目を輝かせながら、あたしの手を取って上下に振る。ちなみに今なら握手が英語でhandshakeって言う理由が分かる気がするわね。

 それから――

 

「あたしもすっごく楽しかったです! ありがとうございました!!」

 

 自分の思い描いた通りにバトルが推移される展開、でも、その中で想定外が起きたとき、それの対処を考える時間、ポケモンがあたしのために一生懸命になってくれたことへの感謝、そしてあたしのポケモンたちとの一体感。それらが実に心地よく、爽快で、堪らなく楽しかったのだ!

 

「とにかくアタシ、アナタを称え、このジムバッジ、渡しマス」

 

 メリッサさんがあたしの手のひらに乗せてくれたジムバッジ、レリックバッジ。それは一つの円を中心として三つの紫の円がそれに絡むような形をしたバッジだった。

 

「ありがとうございます! レリックバッジ、確かにいただきます!」

 

 手にしたバッジはこれで三つ。いまだにこのバッジを手にした瞬間は心の底から喜びが込み上がってくる。

 それに何より今回は、

 

「ママ、どうだった、あたしのバトルは!?」

 

一番にあたしのことを見てもらいたい人がそこにいた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ママ、どうだった、あたしのバトルは!?」

 

 ヒカリちゃんがアヤコさんの許に駆け寄る。

 その輝かしく、そして自信を感じさせる表情を見て、私は以前の沈み込んで暗い気持ちに暮れるヒカリちゃんはいなくなったのだと、改めて認識した。

 彼女は旅に出て、一度、いえ二度挫折を味わったと聞いた。ただ、彼女は、誰かの力を借りることはあったとしても、それらを自力で乗り越えてきた。

 だから、彼女の心は旅を始める前よりも格段に強く、また、精神的にも成熟しているはずである。

 それはきっと、アヤコさん自身が一番に感じているはずだ。

 なにせ、自分のたった一人の愛娘なのだから。

 

「ママ、あたし、変わったでしょ!? 成長できたかな!?」

 

 ただ、正直、今の様子は、何か良いことをしたときに「お母さん、すごいでしょ!? 褒めて褒めて!」と子供が母親に頭を撫でてもらうのをせがんでいるようにも見て取れた。

 

「そうね、ヒカリ」

 

 その様子にアヤコさんは全てを包み込むような優しい表情でヒカリちゃんの目の前に佇む。

 

「本当にすばらしかったわ。ポケモンの強さだけじゃない。昔よりもうんと強くなったし成長したわ、いろいろと。私も知らないようなこともたくさん知ってるみたいだし。尤も、泣き虫はそうでもなかったみたいだけど?」

「もう、ママ!」

 

 クスクスとからかうアヤコさんのその言葉に、ほんのり顔を赤らめて恥ずかしそうにトントンと叩くヒカリちゃん。

 

「でも」

 

 アヤコさんはそれを意に介さずにヒカリちゃんを抱きしめた。

 

「ママはあなたが無事でいてくれたらいいの。元気でいてくれたらいいの。それだけがママの望み」

 

 そうして一呼吸空けたとき、ヒカリちゃんとアヤコさんの目が合う。

 

「また、何かあって辛くなったらウチに帰ってらっしゃい。でも、あなたが満足するまでは旅を続けること」

 

 

――きっとあなたは旅の途中で、いろんな人に助けられ、いろんな人と係わり、いろんな人と交わるわ。

 

――人が成長するには、それらのつながり、(えにし)が大事だとママ思うの。

 

――だから、あなたはもっと旅を続けなさい。そしてママにあなたの成長した姿をもっと見せて。

 

 

「ね、ヒカリ?」

「ママ……。うん……!」

 

 ……すごいなぁ。『これぞ母親』っていうものね。

 

 

――ママとしては、この青空の下に元気なヒカリがいるんだって思えばなんてことないから。あなたも元気でやりなさい。いいこと?

 

 

 それは「もう少しヨスガにいる」ということで別れ際、ヒカリちゃんに告げた言葉からも感じ取れた。

 

「ユウトくん、シロナちゃん。ヒカリのことお願いね」

 

 さらには私たちにも気を配ってくれている。

 私もこんな具合にいい大人になれたら、と心に思った。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

――ちなみに

 

「ムウマージ戦闘不能! よって挑戦者ユウトの勝ち!」

 

 と響き渡ったフィールドに、

 

「最近なんか俺のバトル減ってない?」

「(何変なこと言ってんのよ。そんなの気のせいに決まってるでしょ)」

 

と言いあうコンビがいたとかいないとか。




ふきとばしの仕様をにじファン時代より変更(原作通りに戻したともいう)しました。


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挿話4 日常 シロナ

え~、約一年ぶりですか。放置していて本当に申し訳ありません。
いろいろとありまして少々書く気力が逸していました。

さらに申し訳ないのですが、今後もしばらくは定期的な更新は難しいかと思われます。

このようなグダグダな状態で心苦しいのですが、もしお付き合いしていただけるのなら、これに勝る喜びはありません。
今後もよろしくお願いします。


 みなさん、こんにちは。シロナです。

 私がいない間に、ヒカリちゃんたちが三つ目のバッジをヨスガシティで手に入れたみたい。

 ただ、そのレリックバッジを賭けたジム戦で、私はユウト君と旅に同道していたヒカリちゃんに、ポケモンの知識等において結構な割合で水をあけられたと感じ取った。

 

「そりゃあ、マンツーマンで叩き込まれているみたいだから、そうなのかもしれないけれど」

 

 やはり、悔しいものは悔しい。

 二人はこの後、ヨスガから東のズイタウンの方に向かうのではなく、南からノモセシティに向かうことにしているという。

 私はこの二人と一緒に旅をすることにした。

 

 というわけで、今回は私たちの旅の道中でのとある日の様子を紹介したいと思います。

 それではどうぞ!

 

 

 * * * * * * * *

 

 

[その一 ポケモンゲット]

 

「あ~あ、ツイてないなぁ……」

「はぁ、やれやれだ……」

「まあ、こんなこともあるわよ、元気出して! ね、二人とも! あ、ほら、二人とも新しいポケモンもゲットできたじゃない! ねっ!」

「ポチャポチャ」

「ラルラル」

「まあ……」

「それはそうですけど……」

 

 今私たちは、この東西に真横に伸びる222番道路を西の方角に向かって歩いている。ひとまず目的地はリッシ湖畔のホテルグランドレイクだ。

 で、この二人、ヒカリちゃんとユウト君は一見すれば肩にジメジメとしたキノコが生えていえるのではないかというほどに、肩を落としてトボトボと歩いている。そんな彼らのポケモンはというと、自分のパートナーのあまりのその様子に「元気出して」とばかりに慰めている。

 なぜこんなにも二人が沈んでいるのかという理由だけど、いろいろ省いて簡潔にいってしまえば、ジム戦が出来なかったためである。

 トバリを出て次のジムがあるノモセシティでは、ジムリーダーのマキシさんはつい先頃カントーに出かけたらしく、不在。

 仕方なく、そこから一番近い、ジムがある町のナギサシティに向かうと、なんと停電により、町にすら入れず。

 ジムのある町と町の間が長いために、それを旅してきた労力を考えると確かに不憫にも感じるけど、こうも落ち込まれると……。

 なにか気を紛らわせるには……――!

 

「ねっ! 見て、二人とも!」

「「え?」」

 

 私が指さす先を見てくれた二人。

 そこにはピンクの羊といってもいいポケモンが腰をおろして木の実を食べていた。

 

「コモモコ~」

 

 さらにあの木の実の味がよっぽど好きなのか、一噛みするごとに頭部と首元のモコモコとした白い体毛と尻尾の先の青い玉が揺れる。

 

「かっ、かわいい~~~!!」

 

 その様子にさっきまで沈んでいた二人のうちの一人が大復活。

 

「ねっ! シロナさん、ユウトさん! あたし、あの子ゲットしたいんですけど、いいですかッ!?」

「いいわよ」

「……うん、いいと思うよ! しっかりね!」

 

 その元気の良さに引っ張られたのか、もう一人も先程の空気は既に放り捨てて彼女を見守る体勢にいた。

 ポケモンゲットには、まずバトルで相手を弱らせるのが必要不可欠。たから、ヒカリちゃんたちはバトルを仕掛けるべく、とびだした。

 

「よーし、ポッチャマ、頼んだわよ!」

「ポチャア!」

 

 って、え? ポッチャマ?

 

「ポッチャマ、バブルこうせん!」

「ポチャ! ポッチャアァァ!」 

 

 そのまま、ヒカリちゃんの指示の通りに飛び出したポッチャマがバブルこうせんを放つ。バブルこうせん自体は効果いまひとつではなく、普通に効いていた。

 

「んー、ま、これもいい勉強かしらね」

「ええ、ヒカリちゃんもいい経験になります。自分で体験して学習するものに勝るほどの、自分の中に定着する知識というものはありませんから」

 

 私もその考えには賛成だ。トバリからヒカリちゃんを見てきて、私が思ったことがある。確かに彼女はよくよく彼に習い、実践してきただろう。もちろん、知り得た知識を有効に使えることは大変素晴らしいことだ。ただ、ヒカリちゃんの場合、その、頭で知った知識がやや先行し過ぎているきらいがある。

 そして、それを活かしていることによって(もちろん知り得た知識を有効に使えることは大変素晴らしいことだが)、彼女の中には『失敗の経験』というものが少ないのではないか、と思う。ユウト君もそれがわかっているのか、私の隣りに来て、そう言いつつ成り行きを見守っている。

 

「モッコ~」

 

 バブルこうせんが直撃したモココは途端、険しい顔つきになった。白い体毛からビリビリと電気が空気中に放電される。

 

「え、うそ、まさか?」

「モーーコーーー!」

 

 ヒカリちゃんはようやく自分の失敗に気がついてようだけど、一足遅く、そのまま、あのポケモンのほうでんが決まった。

 

「……ポ、チャ? ポ、ポヂャヂャ……」

「ポッチャマ? 大丈夫、ポッチャマ!?」

 

 ポッチャマの体からは絶えず、電気がビリッ、ビリッと走って、ポッチャマ自身体があまり動かないようだった。いや、()()()()のだろう。

 

「ヒカリちゃん、ポッチャマを下げて別のポケモンを出すのよ!」

「ああ! ポッチャマは今のほうでんの追加効果でマヒしているんだ! ここは変えるべきだ! それから図鑑!」

 

 今の話でポッチャマの状態を納得したのだろうヒカリちゃんが、慌ててポッチャマをボールに戻す。

 

「あっ! えーと、えーと! ずっ、図鑑、図鑑!」

 

 取り出した図鑑をあのポケモンに向ける。

 慌ててポケットから取り出してしまったためか、中に合ったハンカチまでも落としていたのが見えた。

 

『モココ わたげポケモン

 フカフカの体毛は電気を溜めやすい。

 また、そこに溜めた電気が満タンになると尻尾が光る。

 自分が痺れない理由は、電気を遮るゴムのようなツルツルの肌を持つため。

 体毛に溜めた電気が満タンになると尻尾が光る。             』

 

「ということは、あのモココとかいうポケモンはまさかの電気タイプ?」

 

 『しまった』という顔色になると同時に、自分のミスに気がついたヒカリちゃん。二体目として、コイルを繰り出した。

 

「コ、コイル、たいあたりよ!」

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 結果を述べると、無事、ヒカリちゃんはモココをゲットした。

 ただ、ユウト君からは

『まずは図鑑で情報を調べるのが先って言ってんだろ、ボケッ!』

という言葉

「いや、そんな汚い言葉、一っっっ言もいってませんから!!」

……と叱られている場面があった。

 

「そこ大事なとこじゃんよ! さらっと、流すなよ! 腹黒すぎだろ、クロナさんよぉ!」

 

 

 コホンコホン

 

 まあこんな風なポケモンをゲットするのはそうしょっちゅうあることでもないのだけどね。ヒカリちゃんは優秀ですよ?(ちなみにマヒしたポッチャマはユウト君が持ってたクラボの実とおいしい水で回復させました)

 

 では次の場面にいきます――

 

 

 * * * * * * * *

 

 

[その二 座学①]

 

「じゃあ今日からは新しい内容としてコレのことについてのお話もしていこうかと思います」

 

 そう言ってユウト君の両手のひらの上に乗るものは――

 

「これって木の実、ですか?」

 

 ヒカリちゃんの言うとおり、それらは木の実だった。二つあった木の実の内、一つは三、四センチくらいの緑色の木の実で、もう一つが十センチ近くある洋梨みたいな形をした木の実だ。

 

「小さい方はラムの実で、大きい方はオボンの実ね。どっちも随分珍しい木の実だわ」

「正解。流石シロナさん。ミロカロスを育て上げただけのことはありますね」

「ポフィンを作る過程でたまたまよ、たまたま」

 

 ミロカロスへの進化には、ヒンバスの美しさをポフィンで上げる必要がある。ポフィンの材料は木の実なため、いろいろ調べたことがあっただけのことだ。

 

「とりあえず、基礎については粗方話してきました。ですので、これからはそこから少し発展させたものについての話をしていきましょう。まずは“持ち物”についてです」

 

 『発展させた』といっても、まだまだ基礎という土台の上といったところは否めないと感じるのは、きっと正解だろう。

 ユウト君は、私たちに比べれば、明らかに『ポケモン』のあらゆるカテゴリにおいての事実や現象などに造詣が深い。

 だから、私たちが彼に追いつくためには、まず、彼と同じように、ポケモンについてより深い段階で知っていかなければならない。

 ということで、私たちはこの時間を、その知識を得るための時間としている。ちなみにこの時間は、当たり前だが、毎日欠かさず取っている。午前と午後、そして夜といった具合に、日に三度取ることもざらだ。

 

「持ち物、誰が持つかは当然ポケモンですが、これを持たせることによってバトルの質がガラリと変わってくるんです。尤も今は『アイテムの使用禁止』というルールに抵触するおそれがあるので、非常に残念ながらできませんが」

「そういえば、あなた以前リーグで言っていたっけ、『今のポケモンバトルはあまりに面白さに欠ける』って」

「えぇ、そうですね」

 

 私はそこでユウト君の言葉が思い出された。

 

――ポケモンバトルというのは単にポケモンの実力だけでなく、トレーナーの知識や判断力、それから洞察力も大きく勝敗に寄与しています。

――如何に相手のポケモンとトレーナーの様子から相手の手札を読んで、如何にそれらを崩すか、逆にこちらの手札を如何に読ませずにバトルを自分の思い描く展開に持ち込むか。これらはポケモンの実力よりもトレーナーの力の方に重きが置かれます。

――だから、そこに戦略の幅を狭める(持ち物を持たせない)のはバトルが単調したものに陥り易いんです。

 

 例えば、でんじはで麻痺にする。麻痺は相手の動きを阻害するので、それを起点に攻め上げるという戦略を立てていたならば、攻める方はあとは一気に戦局を有利な方向に傾けてくることだろう。麻痺を回復させる手段は数える程しかなく、その行動に対する対処もし易い。

 だけど、ここに『持ち物』を持ち込んだとする。例えばクラボの実なら、ポケモン自身で使える上に、ノーリスクなため、攻め手側が考えていた『麻痺させてから攻撃』という戦略は崩れる。

 崩された戦略(ペース)を立て直すことは容易ではない。だから、攻められた方は攻め手の崩された戦略の隙を突いてのカウンターで、シーソーを逆に傾けるということも出来るだろう。

 そして何も持ち物は無数とは言わないまでも、相当数あるハズだ。私が知っている木の実だけでも三十は下らない。

 今までのタイプ相性やレベル・技の威力で相手を読むだけでなく、持ち物とそれに付随するであろう戦法や対策も読む。

 なるほど、『持ち物』という選択肢を一つ加えただけでこれほど、バトルの読み合いと洞察がより深くなる。

 

「下手すると、持ち物たった一つでバトルの流れが完全にひっくり返ることもあるんですよね。だから、優勢劣勢どちらの側でも最後まで手に汗を握る緊張感を保てます。ついでにそれをやられたときの『ウソだろ!?』って驚きと、それをやったときの『よっしゃー!!』って快感は堪らないものがあるんです! 二人ともこの味を覚えてしまえば、もう絶対にクセになりますよ!」

 

 ……ふふ。

 あんまりにも楽しそうに話すものだから、何だか想像するだけでも『早く知りたい』っていう逸る気持ちが抑え切れないかも……!

 

「何だかユウトさん、子供みたい」

「ふふ、そうね」

 

 私は、いえ、私たちは、このときの彼の輝かしい顔を忘れることはなかった。

 

 

「ポケモンに関係する木の実は現在六十四種類確認されています」

「六十四もですか!?」

「そんなにあるのね。知らなかったわ」

「尤も、例外は存在しますが、このうちバトルで使えるものや使えても使い勝手が相当悪い、あるいは使い所があまりに限定されているものを除くとなったら、結構減ってきます。ではそれぞれの効果を見ていきましょうか。もちろん知っていることもあると思いますが、ここは一つ一つ確認していきますね。まずはこのオレンの実――」

 

 持ち物はたくさん種類があり、それによって様々な戦術が構築できるようだけど、私たちはまずどんなものがあるのかを知らなければならない段階。

 ということで、その後も、いちばん身近であろう木の実を用いた『持ち物講座初級編(その一 木の実)』が続いた。

 

 

 ――つづいて――

 

 

 * * * * * * * *

 

 

[その三 座学②]

 

「今日はどの子にします?」

「私はこの子にするわ」

 

 そう言って私はモンスターボールの口を片手で上下に開くような形で開ける。

 すると中から光とともに一体のポケモンが現れた。

 

「ヤァ~、ド~……」

 

 飛び出てきたポケモンはやや大きく口を開けながら、首を傾げて私を見上げてきた。

 

「お~! ひょっとしてオレが上げたタマゴのですか?」

「そうよ。でも、ついこの間に孵ったばかり。ヒカリちゃんに次いで二番目ってとこね」

「そうですか。俺のもらったタマゴはまだ時間がかかりそうでしたね」

 

 なぜこんな話になるかというと、私たちは自分の持っていたタマゴを交換し合ったという経緯がある。ちなみにヒカリちゃんは、まだポケモンのタマゴも持っていない上、初心者ということもあり、私とユウト君から受け取るだけだったりする。

 

「ヤァァ、ド~……」

「ラル」

 

あら、ユウト君のラルトスが私の元に来た。

 

「ル? ラル、ラル~」

「ヤ、ド~」

 

 どうやら、挨拶を交わしていたみたい。

 

「ヤァァ~ド~」

 

 にしても、このノンビリ具合、相当癒やし系の部類よね。とってもかわいいわ。

 

「さて、それじゃあ始めましょうか」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ユウト君が言った、『何を始めるか』について。

 

「ねぇ、あなたは『このままでいたい』?」

「ヤ~……ド~……」

 

 コテンと首をひねる姿がなんともスローモーションなのもまたいじらしい。思わず、頬が緩んでしまうのを感じる。

 ただ、答えの内容としては「わからない」と言いたいのかな。まだ幼いから仕方ないかもしれない。

 

「なら、まずはヤドン系列の特徴を把握する方がいいんじゃないですか?」

「そうするわ」

 

 私は彼の言うことに従うことにした。まずは私の手元にあるタブレット型コンピューターに目線を落とす。ちなみにこれはユウト君から借りたものだ。

 その画面にはいろいろなカテゴリが並んでいたが、そこから私はヤドン、ヤドラン、ヤドキングの画面をそれぞれ呼び出した。

 まず、目につくのは図鑑番号や画像、おおよその身長や体重といった、調べれば世間に出回っている情報。さらに指をスライドさせていけば、種族値や努力値、進化条件や特性、覚える技、さらにはなんとオスとメスの比率までが事細かに詳しく記載されていた。

 ――ん?

 

「ねえユウト君、特性の欄に『さいせいりょく』ってあるけど、これってひょっとして?」

 

 ここ数年、既知のポケモンに新たな特性が発見されるということが相次いでいた。ヤドランの特性はたしか『どんかん』と『マイペース』だったはずだから、やっぱり――?

 

「そうです。通常はなかなか見られないので、“隠れ特性”なんて呼ばれていますね。ヤドン系統の場合、『さいせいりょく』が隠れ特性です。ちなみにシロナさんのこのヤドンは恐らく隠れ特性ですよ」

 

 そうなの!? なんとまあ、貴重なポケモンを貰っちゃって申し訳ないというか。

 

「いやいや。オレ、結構楽しみなんですよ、シロナさんがこの子をどんな風に育て上げるのか?」

 

 そこには、どんなバトルが繰り広げられるのか、さも楽しみだという感情がありありとこもっているように感じられた。

 

「あら! そんなこと言われたら、シンオウチャンピオンマスターの名に掛けて応えなくちゃね」

 

 そう。普通とは違う、この特別な子に期待を掛けられているということは、なぜかとてつもなく、気分が高揚してしまった。是が非でもこの期待に応えたいと、本気でそう思った。

 

 

 さて、話は戻して他に目に付くところは――

 

「んー、やっぱり素早さの低さが結構特徴的よねぇ。でも、その分、他が優秀ね」

 

 エスパータイプなので、特攻が優秀なのはさておき、素早さの種族値が相当低い分、その低い値が防御や特防にまわっている感じがする。

 

「そうですね。元々HPも優秀だから、防御や特防に特化すると、相当硬くなりそうです」

 

 そうだ。それに、素早さの低さは逆に強みになったりすることもある。えーと、たしか――

 

「トリックルームですか?」

 

 そうそう、それ。トリックルーム。たしか、少しの間、素早さが逆転する(素早さが低いほど速く動ける)んだっけ。だから、一概に素早さの低さが欠点とはならない。

 

「うーん」

 

 少し離れたところではヒカリちゃんも、タブレット片手にウンウン唸っているのが見える。いつもは私みたいにいろいろと助言されたり討論をしながらやってるらしいけど、今日は自力でどこまで考えられたか試すとかいうみたい。(ユウト君があとで討論するとか言ってた)

 

「あら、この子は結構いろんな技を覚えるのね。随分器用だわ」

「そうなんです。オレだったら、サイコキネシスやなみのりだけでなく、だいもんじで意表を突いてみたり、ひかりのかべやでんじはで後続のサポートをしてみたりとか、いろいろやりますかね」

 

 

 こんな感じで、一体一体のポケモンに将来性やどんな攻撃や戦法があるかなどの討論と最後にまとめを行ったりする。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

[その四 バトル]

 

「ガブリアス、頑張って! こうなったら、最後の手段よ!」

「ガ、ガブッ!」

 

 今日の最後は今日のおさらいを含めてのユウト君とのバトル。今回手持ちはそれぞれ三体。私はほぼエース級を連れていた。けれども、既にもう三体目。ライボルトとルカリオはダウン。

 

「ヤドラン、一旦体力回復だ。なまける!」

「やどー」

 

 一方ユウト君はヤドランとエアームドとあと残り一体。三体目はまだ見せていない。

 

 今回のバトル、私のパーティはエアームドのほえるやまきびしという技で三体全て引き摺り出されて引っ掻き回されて、ガタガタになった。それでもなんとか、エアームドはライボルトの10万ボルトやガブリアスのかえんほうしゃで倒したものの、

 

「ヤドラン、どわすれ!」

 

そこからは当にヤドランの独壇場。なんでって、ヤドランは結構防御が高いから物理攻撃はあまり目立ったダメージは与えられず、なら、弱点の電気や悪タイプはどうかというと、ライボルトのかみなりやルカリオのあくのはどうは、平気な顔して耐え切ってしまった。本当、このときは唖然としたものだし、あのかわいげのある顔が、今回ばかりはこちらをバカにしているように見えて子憎たらしく仕方なかった。

 ただ、ガブリアスに対してはユウト君もさらに警戒しているらしく、あのなまけるとかいう回復技らしき技でちょくちょく回復している。尤も、ドラゴンクローやりゅうせいぐんでも大ダメージは与えられなかったのだが。

 そこで私は最終手段として、

 

「ガブリアス、げきりんよ!」

 

この技を選択した。

 げきりんはしばらくの間、此方の指示を聞けなくなる上、げきりんが終わると疲れ果てて混乱するというデメリットがあるのだけど、威力だけは私のガブリアスの技の中では最強なのだ。正直あまり使いたくはなかったが、この際そんなことも言っていられまい。

 正直、ここでこのヤドランを突破しなければ勝ちは絶望的だ。逆に、ここを突破出来れば道が開けてくる可能性がある。些か厳しい賭けでも乗らざるを得ないわけで。

 

「耐えてくれよ、ヤドラン!」

 

 ヤドランも普段より気持ちキリッと顔を引き締めて(?)、どっしりと構えを取った。

 

「いきなさい、ガブリアス!」

「踏ん張れ、ヤドラン!」

 

 そして、そのままげきりんが決まる。

 ヤドランは倒――

 

「――よく頑張った、ヤドラン!」

 

れない――!!

 でも、げきりんは連撃技。一回耐えたところで二度目は――!

 

「お返しだ、ヤドラン! カウンター!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「まったく。あなたってあきれるほど強いわね」

「いや、そんなことは……」

「私、一応これでもシンオウのチャンピオンよ? それがいいようにあしらわれるなんて」

「はははははー……」

「おまけに、あなた、今回は私に花でも持たせようとしたでしょ? エアームドのはねやすめって技、あれ回復技っぽいのに一回しか使ってこなかったし」

「はははは……」

「回復できるタイミングもあなたなら見つけられるのだろうし」

「ははは……」

「次からは手を抜かないでマジでやってほしいわね。なんだか余計に傷つくわ」

「はは……申し訳ありませんでした」

「シロナさん、もうこの辺にしときましょう」

 

 私たちはとある街道沿いのポケモンセンターの一室にいる。寝る前に今日のことの反省と明日の方針が主な話題だ。

 尤も、私自身やさぐれてどうしようもなかったけど。

 

「まあ、ヒカリちゃんの言うことも尤もね。今日はこの辺にしておくわ」

「ありがとうございます、シロナさん」

 

 正直、こんなのは単なるあてつけにすぎない。我ながら子供っぽいとも思ったけれど、今日だけは勘弁してほしい。

 

「もういいわ。じゃあヒカリちゃん、お風呂行きましょうか?」

「はい!」

 

 彼を尻目に私たちは部屋を辞した。

 

「今日はどうしたんですか?」

 

 少しして隣のヒカリちゃんが問いかけてきた。先程のことだろう。

 

「どうなのかしらね。彼の強さに嫉妬してしまったのかもね。よくわからないけど」

「それ、すっごくわかります。ほんのちょっと上なだけの年なのになんであんなに強いのか。なんでそれだけポケモンのこと知ってるのかって思っちゃいますもん。あたしにポッチャマをくれたナナカマド博士より詳しかったりして」

 

 そう。冗談じみて言っているが、ユウト君のポケモンに対する造詣は想像以上に深いものがある。彼は一体どれだけの時間で、どれだけの努力で、それを身につけるほどに至ったのだろうか。

 そして知識を蓄えることは物事への理解へとつながる。私もここにきて、よりポケモンへの理解が深まったことを日々実感している。

 

――彼の見る世界はどんなのだろうか。

 

 おそらく私たちには見えていないものが見えているに違いない。

 私もいつかそんな世界を彼の隣りで――

 

「さっ、明日のためにリフレッシュよ」

「はい、シロナさん!」

 

 明日は明日。また頑張ろうという気概が沸々と湧いてきた。



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挿話5 シンオウの危機 ヒカリ

 ヨスガジムでレリックバッジをゲットしたあたしたちは主だった町としてノモセ→ナギサ→トバリ→キッサキ→ミオと回り、順調にさらに三つのバッジを手に入れることが出来た。数が合わないのには理由がある。

 実はノモセシティではジムリーダーが不在、ナギサシティに至っては入ることもできなかったので、ジム戦が出来なかったのだ。だからこの二か所は後回しということにした。

 それから、もちろんジム戦だけを目指してきたわけではなく、むしろ、(ユウトさんが率先する形で)ズイタウンや他の町、名所などへの寄り道は元より、なんと街道から外れたところや明らかに人跡未踏っぽいところなどにもズンズン踏み入っていったりもした。

 ユウトさん的には図鑑を完成させるためということみたいだが、そのお零れみたいな形として、あたしのポケモンたちも増えてきたので。

 ということで、今のあたしの手持ちのポケモンの紹介。

 まずは言わずもがな、ポッチャマ。

あたしの一番の相棒でエースの一人。最近はユウトさんのラルトスみたいにボールから出していることがほとんどだったりする。

 次にリザードン。一番のエースといっても過言ではないほどで、ジム戦で困ったときは一番お世話になっていたりする子。

 三番目にムクホーク。もはや特攻隊長とでもいうべき存在で、その強力な技で苦手な鋼タイプにも果敢に立ち向かっていく。

 四番目はレアコイル。元はタタラ製鉄所溶鉱炉近辺に一体だけいた個体のコイル。溶鉱炉の近くにいたせいか、弱点のはずの炎タイプに耐性がある子で、ユウトさんに『リアルチート』の称号を貰っている。ただでさえ鋼は耐性が優秀なのにそれが更に一つ有効打が消えるというのだから、それも納得の評価だ。

 続いて、ニューフェイスの紹介。

 まず、エルレイド。この子についてはユウトさんからラルトスのタマゴを貰い、孵したのだ。♂で本人はエルレイドになりたがっているようだったので、頑張ってめざめ石を探して進化させた。あのラルトスの子供というのは伊達ではないらしく、素晴らしく頼りになるエースの一人だ。

 ラストにして、ニューフェイス二人目はムウマ。ハクタイの森でゲットしていた子で、トバリジム戦では大活躍してくれた。

 今の手持ちは以上だけど、他にベトベターやギャラドス、ウソハチ、ゴンベ、珍しどころではロトムなんかもいる。この子たちはユウトさんとオーキド博士という人の厚意で博士の研究所に預かってもらっている。尤も、みんなあたしに会いたがってくれているらしく、頻繁に交換して旅をしている現状だ。

 また、この旅の中でギンガ団とのトラブルもかなり進行した。あたしたちの前にはギンガ団下っ端はもちろん、ギンガ団幹部、果ては、シロナさんの故郷カンナギタウンで、ギンガ団トップのアカギも現れた。マーズやジュピターら幹部のポケモンたちとはなんとか渡り合うことは出来たが、アカギのポケモンは今のあたしには強すぎた。経験というかパワーが違いすぎたのだ。ユウトさんが追い返してくれたのだが、そのときあたしは、もっとポケモンと自分自身を鍛えなければならないと痛感した。

 

 それ以外にもいろいろとあったが、とにかく、そんなこんなでミオシティで六つ目のバッチをゲットした後、ミオ図書館にて、

 

「あら?」

「ん? おお、キミたちか。調子はどうだね?」

「ハンサムさん。お久しぶりです」

 

ハンサムさんと出くわした。

 彼は単独でギンガ団を追っている国際警察の人で、ユウトさんとのつながりから知り合った形だ。

 

「あれから、何か分かりましたか?」

「まあ、そこそこはね」

 

 以前マーズから聞いていた目的についてはほぼ裏は取れたらしい。ただ、シンオウの伝説のポケモンを支配するとして、それをどう行うのかが見当がつかず、アカギが調べていたという神話を自分でも調べていたみたい。

 

「ハンサムさん、オレ少し気になることがありまして」

「ふむ、聞かせてくれ」

「以前マーズから聞き出した目的とシンオウの神話の内容はどうしても合致するものではないと思うんです」

 

 そうだったっけと思ったあたしは、都合のいいことに、シンオウの神話が書かれているハンサムが閲覧していた資料に目を通した。

 そこには【始まりの話】というタイトルが付けられていて、

 

 ――初めにあったのは

 ――混沌のうねりだけだった

 ――全てが混ざり合い

 ――中心に卵が現れた

 ――零れ落ちた卵より

 ――最初のものが生まれ出た

 ――最初のものは

 ――二つの分身を創った

 ――時間が回り始めた

 ――空間が広がり始めた

 ――さらに自分の体から

 ――三つの命を生み出した

 ――二つの分身が祈ると

 ――「物」と言うものが生まれ

 ――三つの命が祈ると

 ――「心」と言うものが生まれた

 ――世界が創り出されたので

 ――最初のものは眠りについた

 

という内容だった。

 たしかにここからは“支配”という文言は浮かんでこない。いや、むしろ支配というよりは“誕生”という言葉の方がしっくりくるような?

 

「もし、神話をキチンと調べていたのなら、シンオウ地方の支配ではなく、シンオウ神話の再現にあるのではないかと思うんです」

「というと?」

「神話の再現、つまりは――」

 

 

 そのとき、体の中心に向かって突き上げてくるような強い揺れが辺りを襲った。

 

「ちょっ、地震!?」

「結構デカイぞ!」

「みんな気をつけろ! 本棚からはなれるんだ!」

 

 周りの人たちは閲覧席の下に潜り込んだり、ハンサムさんの指示に従う形で、危険物から避難する。

 

「……まさか……」

 

 揺れの最中、ユウトさんの口からそんな声が聞こえたような気がした。

 そうして揺れが収まってすぐ後、図書館のテレビを付けた人がいたのか、今の地震についての情報を報じていた。

 

『今の地震の震源地はリッシ湖周辺と思われます。なお、――』

 

と報じられたときだった。

 

「ヒカリちゃん! ハンサムさんも!」

 

 あたしの手を握り走り出すユウトさん。いつのまにかラルトスはユウトさんの頭の後ろに移動していた。いつものどこか余裕のある様は完全になりを潜め、焦燥感が全身からにじみ出ていた。

 

「どうしたんだね、ユウトくん!?」

 

 ユウトさんのその様子に、たまらずあたしたちの後を走るハンサムさんが問いかける。

 

「世界崩壊の始まりです!」

「世界崩壊!?」

「ラル!?」

「いったいどういうことだい!?」

 

 階段を駆け下りるあたしたちを見て、図書館利用者が『一体なんだ?』と目を丸くし、図書館職員の人の「あぶないですから走らないでください!」という声が後ろから追い抜いて行った。

 

「もし、オレの仮説が正しければ、ヤツらは新たな世界を創り上げようとしている! なら、今まであった世界はどうなる!?」

「どうなると言うのかね!?」

「古い世界の上に新しい世界が出現する! それはつまり新しい世界が古い世界を押し潰すってことだ!」

 

 古い世界、つまり今の世界が新しい世界によって、消滅させられる!? だから、世界崩壊ってこと!? なんて恐ろしいことを!?

 

「だから、ヒカリちゃん、ハンサムさん! 頼みがあるんだ!」

「い、いったいなんだね!?」

「二人は今すぐシンジ湖に飛んで、シンジ湖にいる伝説のポケモン、エムリットの無事を確認してくれ! その際、ギンガ団がいたら全力でぶっ潰してくれ! 頼んだぞ!」

「わかった!」

「ユウトさんは!? どうするんですか!?」

「オレは一度ポケモンセンターに寄ってポケモンを入れ替えてから、リッシ湖に行く! 行ってアグノムの無事を確かめる!」

「そうか! 気をつけるんだぞ! では、我々も行こう!」

「はい!」

 

 そのままなし崩しにあたしたち二人はシンジ湖へ飛び立ち、ユウトさんはラルトスのテレポートでミオシティのポケモンセンターへ向かった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 シンジ湖上空に到達したあたしたち。湖面にはエムリットがいた。まだ無事なようであった。そのまま湖岸に視線を移すと、

 

「あれは、ギンガ団か!?」

「コウキも!? なんで!?」

 

ギンガ団の幹部とその下っ端数人、そしてナナカマド研究所で助手をしているというコウキが見えた。あたしたちはそのまま湖岸に飛び降りた。

 

「ありがとう、リザードン」

「戻れ、ドンカラス!」

 

 ハンサムさんは乗ってきたドンカラスをボールに戻したようだった。

 

「コウキ!」

「ヒカリか!」

 

 コウキは地面に膝をついてうなだれていた。

 

「あぁら、いつもながらジャマしてくれるガキンチョの一人じゃなぁい。もう一人の坊やはどうしたのかしらぁ? そ・れ・にぃ、お仕事ご苦労様でぇす、国際警察のお・か・た」

 

 ギンガ団幹部の一人、ジュピターが相も変わらずなイヤミったらしい口調で立ちはだかった。

 

「少年、ここでいったい何が起きたんだ?」

 

 見たところ、周辺が荒れている。とするとコウキとジュピターたちがポケモンバトルでもしていたのだろうか?

 

「なっさけないわね~。そんな無様にやられちゃってぇ。弱いって罪よぉ?」

「くっ! 卑怯だぞ! 一対多数なんて!」

「卑怯ぉ? な~んて素敵な言葉なのかしらぁ。わたしその言葉だぁいスキ。だってぇ、勝ちゃあ何でもいいわけなのよぉ。勝てば官軍って言うでしょぉ?」

 

 なるほど。おおよそ見当がついた。

 ジュピターとコウキがポケモンバトルで戦う中、ジュピターの後ろに控えるギンガ団員たちが横やりを入れて、たとえこちらが六体出したとしても対処しきれない数でバトルになり、負けてしまったのだろう。コウキだってシンオウのバッジを集めてるって言ってたから、強者の部類に入る。

 

「ちくしょう。このままじゃエムリットが……!」

 

 見るとさっきまではいなかった夥しいほどのゴルバットの群れがエムリットを取り囲んでいる。相性有利とはいえ、あれだけのゴルバットの群れでは、多勢に無勢、数で圧されてしまう。

 

「いきなさぁい、ドータクゥン!」

 

 マズッ! エスパー技がほとんど効かないドータクンまで! あれじゃ、本当にエムリットだけじゃ、手に負えない!

 

「リザードン、ムクホーク! いくのよ!」

 

 二人に湖のエムリットの援護に向かうよう言った。

 

「ドンカラス、お前も行ってくれ!」

 

 ハンサムさんもドンカラスをエムリットの援護に向かわせた。

 しかし、

 

「ゴルバッ!」

「ゴルバッ!」

「ゴルバッ!」

「ゴルバッ!」

 

たくさんのゴルバットに行く手を阻まれる。

 

「素直に行かせるわたし達だと思うぅ?」

 

 この何とも耳につくイヤミったらしい言い方は、前からもそうだが、あたしのイライラに拍車がかかる。

 

「全員、出てきなさい」

 

 すると残りの四つのボールからポッチャマ・レアコイル・エルレイド・ムウマが出てきた。

 

「みんな、あのバカ女には頭きてるでしょう?」

 

 全員一斉に力強く頷いてくれる。どっかの年増がブチ切れているみたいだけど、ムシムシ。

 

「みんな、あたしたちはユウトさんたちと厳しい特訓を繰り返してきたわ! それを思えば高々数で劣るなんて屁でもないと思わない!?」

 

 これに同じくみんな力強く頷いてくれる。正直数の差は圧倒的なのでかなり厳しいが、ここはみんなを鼓舞して士気を上げるのが吉だろう。

 

「なら、あの年増のボケ女のポケモンを筆頭に、全員ぶっ飛ばしてあげなさい!」

 

『だぁれが年増ですってぇぇぇ!?』という金切り声をBGMにして全員が一斉に飛び出した。



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第7話 アクシデント

 ヒカリちゃんとハンサムさんの二人と別れてポケモンセンターでポケモンを入れ替えた後、オレはライブキャスターを起動させた。

 つなげる相手は、

 

【はいはーい。どうしたのユウト君?】

 

シロナさん、いや“シンオウチャンピオンマスターとしての”と付け加えた方がいいか。

 

「シロナさん、緊急事態です。手を貸してください!」

【――どうかした?】

 

 そこでオレは、今までの経緯+シンオウ地方の伝説のポケモンであるディアルガとパルキアによるシンオウ時空伝説とその再現のためにギンガ団が動き出した、いや、そのための最終段階に既に入ったということを簡潔に伝えた。ちなみにギラティナに関しては神話から削除されているらしく、その形跡が残っていなかったため、あえて伏せている。

 

「既にヒカリちゃんとハンサムさんにはシンジ湖の方に飛んでもらっています。で、オレはこれからリッシ湖に向かいます」

【そう。私はちょうどカンナギに戻っていたから、エイチ湖に向かうならちょうどいいわ】

「それから、おそらくは結構な大ごとになるかと思われます」

【わかってる。リーグの方でも招集を掛けていつでも介入できるよう手配しておくわ】

「お願いします。それでは、お気をつけて」

【あなたもね。無理をしちゃダメよ】

 

 そうして通信を切って、今度は腰のベルトに新しくセットしたモンスターボールのうちの一つを手に取る。なんだか、懐かしい輝きを持っていた。

 

「オレをリッシ湖まで連れて行ってくれ! ボーマンダ、キミに決めた!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ということで、空を飛ぶでリッシ湖に向かっている最中。

 正直、オレはアカギが、ゲームでもそうだったが、ここでも世界崩壊を狙って動いていると半ば確信している。ただ、気がかりは見慣れないギンガ団幹部や手持ちポケモンの増加、ハクタイやトバリ以外にもアジトが存在していたり、空中要塞のようなものの所有も確認され、ゲームの展開とは剥離し始めていた。

 

(なんとしても、止めないと……!)

 

 この剥離した展開で自分たちが介入しただけで、無事解決まで持っていけるのか。不安は募る。掌に作った拳がさらにギュゥッと握り込まれ、爪が掌に食い込む感触が一層強くなった。

 

「(ねえ、ユウト)」

「――ん? 何だラルトス?」

「(大丈夫。大丈夫よ、きっと)」

 

 オレの心配や不安を見抜いてか、ラルトスがオレの顔を見上げていた。普段は隠れてなかなか見えないその赤い瞳には少しの不安とオレを気遣う心配の色が見て取れた。

 

「(わたしたちが傍にいるわ、ずっと。あなたの傍に。だから、きっと大丈夫。大丈夫よ)」

「マンダ」

 

 ラルトスにボーマンダ、それから他のモンスターボールのポケモンたちまで。

 オレを元気づけようとしてくれているのか……。

 

 ……。

 

 …………そうだな。

 

 オレにはずっとこいつらが着いてきてくれていた。だから、今までやってこれた。

 そしてこれからもオレはこいつらといっしょだ。いや、いっしょにいる!!

 

「……ありがとう、みんな! そうだよな。きっと大丈夫! いや、大丈夫にして見せるさ!」

 

 こいつらといっしょならどこまでだって行ける!!

 

「でも、オレ一人だけじゃムリだ。だから、お前たちも力を貸してくれ!」

「(もちろんよ!)」

「マンダ!」

 

 微かだが、ベルトのモンスターボールも揺れている。

 

「みんな! ありがとう! 頼りにしてるぜ!」

 

 

 そんなやり取りをしているうちに目的のリッシ湖が見えてきた。

 

「あそこだ! ボーマンダ、高度を下げてくれ!」

 

 オレの指示に従い、高度を下げ始めたボーマンダ。リッシ湖の水面は少し波立っていたが、ゲームのように、爆弾の影響で干上がっていたりはしなかった。

 いや。気づけば、湖の中央部に渦のようなものが出来始めた。

 

(……なんだ?)

 

 なんとなくだが、あれがただの水の渦ではないような感覚を覚えた。

 

「あれは!?」

 

 よく見ると、渦の中心に一体のポケモンが浮かんでいた。あのポケモンは――意思を司るポケモン。

 

「アグノム!」

 

 ミオ図書館にあった神話の一節によると、『始まりの話』の中で最初のもの(アルセウス)により生み出された三つの命の内の一つで、傷付けると意思を消されて動くことも出来なくなるという。アグノムはまだ微妙に封印状態な感じのせいか、眠っている感じがした。

 

「とにかく、まだアグノムは無事か」

 

 ひとまずはホッとした。ただ、いつギンガ団がたどり着いてもおかしくはないから、見張りを――

 

「うああああああ!!」

「(きゃああ!)」

「マンダー!」

 

 いきなり体中を駆け抜けた電撃。痛さと熱さのあまり、意識が朦朧となる。その後、体のそこかしこから黒い煙を上げながら、よろめき、ボーマンダから真っ逆さまに落下してしまった。落ちていく先に、あの湖面に発生していた渦が見える。先程は水の色だったが、今は黒っぽくなり、さらに大きくなっている。

 

「(ユウト!!)」

「マンダァー!」

 

 ラルトスもボーマンダも電撃は食らったようだが、至って無事なようだった。二人ともオレのことを助けようとしてくれるのだが、

 

「二人とも、後ろ……!」

「(ぐっ! こんのぉッ!!)」

 

 電撃の塊がオレたちの間を遮ろうと、いくつも飛来してきた。二人は避けようとしているが、どうやら必中技のでんげきはらしく、どこまでも二人をホーミングしていく。

 

「ぐあああああ!」

 

 そしてそれとはまた別に電撃の塊が一発、オレに直撃。このままオレはあの黒い渦に飲み込まれるだろう。ただ、あの渦は普通のモノではない。そんな所にポケモンたちを巻き込むのはマズイ。

 

 真っ暗に沈んでいく視界の中、オレはバックと腰に付けてあったモンスターボールを切り離すことになんとか成功させた。

そして――

 

「アグゥー!」

 

そんな声を遠くの方で聞いた気がした。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 それは突然のことだった。

 いきなりわたしたち三人が電気技を食らったのだ。

 わたしやボーマンダなら耐えられるけど、生まれがちょっと変わってるだけの普通の人間であるユウトにしてみれば、たまったものではないはず。案の定、ユウトは苦悶の声を上げながら、ボーマンダから落下してしまった。

 

「(ボーマンダ!! 追って!!)」

「(わかっている!!)」

 

 ユウトはこのリッシ湖に発生している渦に向かって落下していた。あれは普通の渦じゃない。エスパータイプとして、そして、一ポケモンとしてアレに触れてはいけない。そう感じていた。

 

 このとき、わたしもボーマンダも焦っていた。バトルのときなら絶対に犯さないだろう、周りに気を配るということを忘れていた。

 

「二人とも、後ろ……!」

 

 ユウトのその声で振り向くと、電気の塊のようなものがわたしたちに迫っていた。

 

「(ボーマンダ!)」

「(言われずとも!)」

 

 ボーマンダはそこから急旋回して、それをかわそうとした。

 ところが、それは追尾機能があるらしく、しつこくわたしたちの後を追ってきた。さらに、その数も増えていた。

 

「(うざったい! ボーマンダ、かき消すわよ!)」

「(心得た!)」

 

 そしてクルッと反転するわたしたち。

 

「(サイコキネシス!)」

「(かえんほうしゃ!)」

 

 ホーミング性能付きの電気技(おそらく必中技のでんげきはでしょう)はわたしたちの技に拮抗することなく消し飛んだ。

 

「ぐあああああ!」

 

 ユウトの悲鳴が耳をつんざいた。

 

「(しまった!!)」

「(まずい!!)」

 

 そちらを見ると、ユウトが渦に落下する寸前だった。

 

「(ユウト!!)」

 

 わたしはもういてもたってもいられず、ボーマンダの背から飛び下りた。

 だけど、ユウトとの距離はかなり開いていて縮まりそうになかった。

 さっきのあれはなんだったのだ。

 ずっと、ずっと傍にいるって。

 あなたの傍にずっといるって。

 それが叶わなくて。

 叶えられなくて。

 これではわたしたちはまるで単なるピエロじゃない!

 バカみたいじゃない!

 

 ユウトはバックとモンスターボールを宙に放り出す。きっと、わたしたちをアレ――異界への扉――に巻き込まないようにするつもりなんだろう。

 異界などに引きずり込まれたら此方に帰って来れる保証なんてないから。

 

 巻き込みたくはないというあなたの優しさ、愛おしさはすごくわかる。伝わってくる。

 

 でも!

 わたしたちはあなたとはぐれるくらいなら!

 どこにだってついて行く!

 地の果てだろうが、異なる世界だろうが!

 わたしは!

 わたしたちは!

 あなたと共にありたいから!!

 

 だけど——

 ユウトは渦に飲み込まれ——

 

「(待って! 待ってユウト!!)」

 

 いつの間にか目覚めていたアグノムがユウトにくっ付き——

 

 二人の気配が忽然と消え失せた。

 

 わたしは構わず、突き進む。だけど、

 

「(待つのだ、ラルトス!)」

 

その大きな口にくわえられ、落下が止められた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ユウトのバックとモンスターボールを回収したボーマンダはわたしを背に乗せ、岸に向かい飛んでいた。

 

「(どうして、どうして止めたのよ、ボーマンダ!!)」

「(それが一番いいと思ったからだ)」

「(一番いいですって? ユウトを見捨てるのが一番良かったとでも言うの!?)」

 

 このとき、わたしは自分の無力感と喪失感で我を失っていた。ボーマンダとてそんなことは思ってもいなかっただろう。私に向かって、強烈なハイドロポンプが飛んできた。

 

「(ラルトス、口の聞き方に注意しろ。幾ら、お前が主のポケモンの最古参で我らのリーダーであろうと言っていいことと悪いことがある)」

「(でもねぇ!!)」

「(でもも何もあるか! 普段のお前を取り戻せ! いつもの冷静なお前がなぜ気がつかない!)」

「(……どういうこと?)」

「(いいか。このシンオウ地方の神と呼ばれし伝説の二大ポケモン、それは何だ?)」

「(ディアルガとパルキア)」

「(ならば、その二匹はそれぞれ何の神だ?)」

「(たしか、時間と空間……ハッ、そうか!)」

「(そういうことだ。そちらに会う方があのまま突っ込むより建設的じゃないか?)」

「(そうね。じゃあ、まずは――)」

 

 わたしたちに攻撃してきた連中、それは今ユウトたちが追っている奴ら――

 

「(あそこの岸辺でまだアグノムを探しているクソッタレなギンガ団の小僧どもに聞こうではないか)」

「「((パルキアとアカギの居場所を!))」」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「(さてと、これからどうする?)」

 

 ギンガ団のサターンとかいうやつをはじめ、下っ端全員を拷問にかけたわたしたち(モンスターボールから出したラティアスやゲンガーのサイコキネシスで全身を捻りちぎる一歩手前まで持って行ったり、ギャラドスやヘラクロスで物理的に痛めつけたり。ちなみにでんげきはを放ったのはそこで倒れているスカタンクの仕業だったらしい)。

 そうして粗方聞き出したいこともなくなったときに、発せられたボーマンダの言葉がそれだった。

 ひとまず、この現状を他の二つの湖に向かっている彼女たちに知らせる役目とこのゴミどもの監視で分けた方がいい気がするわね。

 

「(そうね。じゃあ三手に分かれましょう。まず、わたしとラティアスでシンジ湖に行ってヒカリたちに事情を説明するわ)」

「(ハイなの、お姉さま)」

「(ボーマンダとゲンガーはエイチ湖に向かって。そのとき、あのギンガ団幹部とユウトのカバンを持って行けば、勘のいいシロナのことだからある程度はわかるはず。詳しいことはライブキャスターを通してヒカリに説明してもらうわ)」

「(うむ)」

「(わかりました)」

「(ギャラドスとヘラクロスはここでコイツラの監視をお願い。わたしたちの話を聞いたハンサムなら、きっとここに人間を回してくれるはずよ。それまでね)」

「(おう!)」

「(了解しやしたぜ、アネキ!)」

「(情報の共有が終わった後、テンガン山のカンナギ側で合流しましょう。じゃあ、散開!)」

 

 そうしてわたしはラティアスの背に乗り、リッシ湖を後にした。

 

 

「(……ありがとね)」

 

 

 わたしはさっきの醜態と彼のことを思い出し、そっとその言葉を口にした。

 

「(どうかしたの、お姉さま?)」

「(何でもないわ。さ、シンジ湖に急ぎましょう)」

 

 聞こえてなどいないと思ったのだけど、

 

 

「(フッ、素直に受け取っておこう)」

「(どうかしたのかしら、ボーマンダ?)」

「(いや、何でもない)」

 

 

(お前とは主と同じく一番付き合いは長いんだ。わかるさ)

 

 

 お互いがお互い、離れた空で相手が思った心を感じ取っていたような気がわたしにはした。



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挿話6 テンガン山へ シロナ ヒカリ

 私はユウト君から連絡を受けてリーグに説明・動員を掛けると同時に、カンナギの長老を務めるおばあちゃんに現状を説明した。小さな町とは、いえそこは他の町の首長と立場は同じ。なので、この際各町でギンガ団の一斉摘発を行ってもらうつもりだ。実際、おばあちゃんはそれを快く承諾してくれてシンオウ各地の都市長に連絡を取り、要請を行ってくれている。

 

「いきなりな話なのにずいぶんと話が早く進むわね」

「なに。もともとシロナちゃんから、ギンガ団のことは聞いとったでな。そういった話は以前からあったのじゃ。むしろ、ポケモンリーグからの要請もあるのであれば、渡りに船といったところじゃな。さ、シロナちゃんもグズグズしてないで行っといで」

 

 ということで送り出された私は、トゲキッスの背に乗って、エイチ湖へ飛んでいる。ふと、左手首のライブキャスターが鳴りだした。

 

【シロナさん】

「ゴヨウ!」

【シロナさんの要請を受け、全部署が動き出しています。ポケモンリーグ本部には僕が残り、リーグの総指揮を取ります。三つの湖には、それぞれ近くのジムリーダー数名で向かうよう通達を出しました。他の四天王のお三方にはテンガン山に向かってもらっています。またシンオウの各首長との連携は調整中です】

「そう。何かあったら連絡を。私は今エイチ湖に向かっているから」

 

 私はエイチ湖への道程を急いだ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 いつ来ても真っ白な雪に覆われているシンオウ地方北部に存在する湖、エイチ湖。湖面はただ風の通り過ぎる道と化している以外、何もなく、私は何か痕跡がないかと岸辺周辺を捜索していた。

 

「ん? 洞窟でもないのにあんなにたくさんのゴルバット?」

 

 それらを見かけ、そちらに歩を進める。するといくつかの人影が見えてきた。あの特徴的な格好は忘れようにも忘れられない。ギュッとブーツが踏みしめる僅かな音に他とは違う、一人の女性が振り返った。

 

「あなたたち、ギンガ団ね」

「そういう貴女はもしや、シンオウのチャンピオンマスターさまでしょうか。ふぅ、この方だけでしたら大したことはなかったのですけど、これは聊か厄介ですわね」

 

 確認を込めた問いかけにため息交じりに答えてきた。それと同時に他の団員たちが私に注目し始めるが、私はマーズが言った『この方』の存在が気にかかった。

 

「……ちっくしょうめ、ギンガ団!」

 

 すると、あの女の向こう側に、地面に膝をついてうなだれている一人の男の子がいた。あの金髪に左右が跳ねた髪形は、たしかヒカリちゃんの知り合いの、何だか慌ただしい子だったかしら。

 ここら一帯がなにやら、人のものはもとより、明らかに人の靴跡ではない足跡で踏み荒らされたり、雪がなくなっていたりしている部分があるので、彼はギンガ団を止めるためにポケモンバトルをしたのだろう。だが、結果については彼の様子を見れば見当はついてしまった。

 

「マーズ様、撤収準備完了いたしました」

「わかりました。そういうことですから、チャンピオンさま、この場は失礼致しますね?」

「待ちなさい。ユクシーはどうしたの?」

「ユクシーですか? それはコチラのことでしょうか?」

 

 マーズとやらの視線の先には、

 

「くっ! 今すぐ、ユクシーを解き放ちなさい!」

 

透明なケースに入れられてもがき苦しむユクシーの姿。

 私はスッと腰の辺りに手が伸びた。

 

「全員出てきなさい!」

 

 ごく自然に手持ちの六体、ガブリアス、ミロカロス、ルカリオ、トゲキッス、ミカルゲ、ロズレイドを出していた。

 

「ホントは手荒なことはしたくないんだけど、この際は仕方がないわ。ユクシーをここに置いて、すぐさま警察に自首しなさい。既にシンオウ各地の警察や、ポケモンリーグ本部がギンガ団壊滅に動いている。もうあなたたちに逃げ場はないわ」

「果たしてそうでしょうか? うふふふ。出てきなさい、フーディン、ブーバーン、ゴルバット!」

 

 出てきたのは三体のポケモン。ギンガ団員のゴルバットも合わせると数の上ではあちらが多いが、ってゴルバットたちを戻した?

 いったい……まさか!?

 

「ブーバーン、えんまく! ゴルバット、くろいきり!」

 

 しまった!

 彼らはこっちの視界を塞ぎ、脱出するつもりなのだ! 彼らはユクシーさえ手に入れれば、もうここには用はない。

 

「くっ、マズい! 全員でくろいきりとえんまくを吹き飛ばしなさい!」

「フーディン、テレポートですわ!」

 

 黒く視界を覆う煙の中で、そんな声が聞こえた。

 そして、それらを吹き飛ばした後に残ったものは白い雪上に多数残る様々な足跡だけだった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 その後、スズナ、そしてなんとメリッサさんが来て(キッサキシティのコンテストに出場しているときにスズナに連れ出されたらしい)粗方の事情を説明しているとライブキャスターが鳴りだした。

 

「ハイ、こちらシロナ」

【あたしです、ヒカリです! シロナさんは今はどこに!?】

「エイチ湖よ。ユウト君からはある程度聞いたわ。ヒカリちゃん、今はシンジ湖よね? エムリットは?」

【スミマセン、連れ去られてしまいました】

「そう。こちらもよ。とにかく、今は情報を摺り合わせましょう。ユウト君はどうしたのかしら?」

【そのことなんですが、実は大変なことが起きたんです!】

 

 そこから私はユウト君のリッシ湖での顛末を聞いた。

 正直信じられないようなことだったのだが、話の途中、ボロボロのギンガ団幹部をくわえ、ユウト君のバックを持って現れたボーマンダとゲンガーを見て、ヒカリちゃんの話が本当のことであると認識した。

 

「そんな……! あのユウト君が……!?」

「オゥ、とても残念ネェ……」

「マジかよ……」

 

 他の三人もライブキャスターからのヒカリちゃんの話にショックを受けていて私の様子にはあまり気づいていなかったと思うが、

 

「本当に……本当に……残念ね……」

 

私は思わず、ポロリと零していた。

 正直、彼にはかなり好印象だったので、年下だけど狙ってみてもいいかな、と考えたりもしていた。

 

【それで、シロナさん! これからテンガン山のカンナギ側に来てください!】

「何かあるの?」

【ハイ! ギンガ団の目的であるディアルガとパルキアを出現させる場所がテンガン山にある、やりのはしらという神の祭壇なんだそうです。やりのはしらに行くには、テンガン山のカンナギ側から行くのが一番近いんだそうです】

「わかったわ」

 

 ふぅー、と一息つく。何だか心がモヤモヤとしていて晴れ渡らない。

 

【あの、シロナさん】

「なに?」

 

 私は暗い気持ちを抱きつつ、何気なく、ヒカリちゃんに先を促した。

 

【あたしたちもパルキアに用が出来たんです】

「パルキアに?」

【ハイ】

 

 その先のヒカリちゃんの話は、聞いているうちに自分の眼が次第に大きく見開かれていくことになった。

 

 ユウト君は異空間にアグノムと共に取り込まれたという。

 シンオウ地方の伝説のポケモン、ディアルガ・パルキア。

 ディアルガは時間の神。そしてパルキアは『空間』の神。ついでに言えば、湖の三体、アグノム・ユクシー・エムリットは互いに影響し合う三体である。そのうちアグノムがユウト君と一緒に異空間に取り込まれ、ユクシー・エムリットがギンガ団と共に居り、その二体がパルキアに関係するやりのはしらにも向かう。

 ということは、ひょっとすると——

 

「ヒカリちゃん」

【はい?】

「ありがとう」

【いえ、あたしも似たような気持ちですから】

 

 うん? 似たような気持ち?

 

 ……

 

 …………あー、今はいいや。後で考えよう。

 

 ジムリーダー二人をエイチ湖に残して私はユウト君のポケモンたちと共にテンガン山に向かった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 シロナさんたちと合流したあたしやラルトスたち。ちなみに、リッシ湖にいたというユウトさんのポケモン二体も合流し、ユウトさんのポケモンは六体すべて揃っていた。

 

「さて、世界の危機とやらを止めにいきますか!」

「あなた、相変わらず軽いわね」

 

 この赤いアフロの愉快な人は四天王の一角をなすオーバさんだ。たしかにシロナさんの言うように若干軽いかもしれないが、下手をすれば重くなりガチな現状を考えると、こういう場面でこのような人は貴重だと思う。

 なお他の四天王の人たちやジムリーダーも来ていますが、他の出口から入り、空以外の脱出路を遮断しているそうです。ちなみにハンサムさんも其方に参加しています。あたしたちはアカギやパルキアたちに用があるため、やりのはしらに向かうのですが、ハンサムさんが自分のポケモンでは足手まといになるんだとか。

 

【こちらゴヨウです。捜索隊の一隊がギンガ団のものと思われる大型ヘリの一団、といっても三機ほどですが、発見し、捕獲しました。見張りについていた団員についても同じです】

「そう。引き続き頼むわ」

【しかし、彼女も連れて行くというのは……】

「大丈夫よ、心配ないわ。私やオーバがキチンと面倒見るし、いざとなれば頼りになるボディーガードもいることだし。だいたいヒカリちゃん自身、相当なモノなのよ? あなたもウカウカしてられないほどね」

【なるほど、そういうことなら。とにかくお気をつけて。オーバさんもキチンとレディをエスコートしてくださいね】

「おうよ! 任しとき!」

 

 シロナさんはこちらを向いて笑顔でウインクした。あたしは腰を深々と折り、お辞儀をした。

 

「さあ行きましょう。ヒカリちゃん、道わかる?」

「ラルトスが知っているみたいです。ラルトス、お願いできる?」

「(ある程度まで出来るわ)」

「じゃあ、お願い」

 

 シロナさんの質問に対して、あたしはラルトスに聞くと、頭の中にそうラルトスの声が響き渡った。

 

「コイツは……テレパシーってヤツなのか?」

「そうね、初めて感じたわ」

 

 初めてのそれに二人はさっきのあたしみたいにビックリしている。尤もそれは今は後にしたい。

 そしてラルトスがサイコキネシスで浮き上がると、あたしたちの前をあたしたちが走る程度の速さで飛び始めた。あたしたちも辺りを霧が立ちこみ始める中、ラルトスを追いかけ始めた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「(ヘラクロス、かいりきからのかわらわりであの大岩を粉砕しなさい)」

「ヘラクロッ!」

 

 あたしが思ったこと。それはユウトさんのポケモンのレベルについてだ。どのポケモンも凄まじいまでの強さを秘めている。先ほどはギャラドスのアイアンテールで塞がれていた入り口を邪魔な大岩ごと粉砕。崖を越えるためにラルトスやゲンガーがサイコキネシスを器用にコントロールして崖上まで浮遊させる(狭い場所だったので、飛行タイプのポケモンでそらをとぶことも難しかったため)。そして今だってあたしの身長の二倍くらいの大きさはある頑丈そうな大岩をヘラクロスがかわらわりで粉々と言っても差し支えがないくらいに粉砕させた。この中であたしが持っているポケモンはギャラドスだけだけど、あたしのギャラドスにアレはまだムリだろう。

 

「つえぇなぁ、このポケモンたちは」

「まったくね」

「くぅ〜、こりゃあリーグでの対戦が待ち遠しいぜ!」

 

 その強さはチャンピオンや四天王すらも認めている。改めて、ユウトさんがすごい人なんだと実感した。

 

「おっと、ここから先は行き止まりだ」

 

 大岩が砕け、先に進もうとすると何やらそんな声が聞こえた。煙が晴れてくるとあたしたちが知らないギンガ団幹部と思われる人物がいた。

 

「あなたは?」

「オレか? オレの名は」

「そっ、じゃあね」

「ってうぉい、待ちやがれ! まだオレの紹介が済んでねぇ!」

 

 何やら若干コントじみたやり取りで、彼が塞ぐ道を抜けようとするシロナさん。どうでもいいけど、シロナさんってやっぱり天然?

 

「オレの名は」

「ジバコイル、優しく10万ボルト!」

 

 あたしもシロナさんに乗っかってみようと思い、ジバコイルに10万ボルトをするよう指示。ちなみにこのジバコイルは、レアコイルがテンガン山内という特殊な環境で戦わせていると進化するとユウトさんに習っていたので、それを実践しました。さらに言えば、そのときオーバさんが「すげー珍しいな!」みたいなこと言っていたのですが、このことってあまり知られていないのかな。シロナさんは研究以外の時間はだいたいあたしたちと一緒にいて、ユウトさんのポケモン講座を聞いてるから知ってるだろうし。

 

「て、テメェら……!」

 

 うわ、10万ボルト食らっても平然としてる!

 

「もう許さねぇ! 行け、ドータクン!」

 

 出てきたドータクンは浮遊していた。ということは特性は『ふゆう』か?

 

「ここを通りたかったら、このオレ様を倒してからにしな!」

 

 そう名も知らない彼が言い放ったのだが、

 

「(うざったい)」

 

そんなラルトスの声が響いてきた。

 そして光に包まれたと思ったら、あたしたちは彼の後方に移動していた。これはひょっとしてテレポート?

 

「好都合ね、このまま走り抜けましょう!」

「ハイ!」

 

 そうしてあたしたちは先に見える明かりに向かって走り始める。おそらくあそこがこの洞窟の出口で、かつ、ギンガ団の幹部らしき人がいるということは、アカギがこの先にいるのだろう。

 

「そうはいくかよ!」

「おっと! そこまでだ。こっから先は通行禁止だよん」

 

 彼の足はオーバさんが止めてくれるらしい。

 

「頼んだわよ、オーバ!」

「わかってます。すぐに追いついてみせますよ」

 

 やっぱり彼は頼もしい。

 

「オーバさん、頑張ってください!」

「OK! こんなかわい子チャンに頼まれたら張り切るしかないなぁ!」

 

 そうしてあたしたちはあの出口に向かい、この洞窟を駆け抜けた。



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挿話7 やりのはしらへ シロナ

「う……んー……」

 

 誰かに揺すられている気がする。

 

「――……、――ー、――グー、アグー」

 

 なんだかアグーって声が聞こえる。

 そういや、オレはどうしていたんだっけ。

 ……あー、確かギンガ団がリッシ湖にいるアグノムを連れ出そうとしていて、それを食い止めるために、リッシ湖に来て、アグノムを無事を確認したら、でんげきはが飛んできて、それを食らって異次元に落っこちて――

 

「て、そうだよ! ヤバいじゃんオレ!」

 

 事の重大さに飛び起き、周りを確認。

 

「アグー」

「ってアグノム?」

 

 頭を抱えてうずくまるアグノムを見つけて抱きかかえた。

 

「(うー、痛い、ユウト)」

 

 えっ? 今声が……?

 

「アグノム、まさか今のはお前が?」

「(そう、ユウト。とりあえずいきなりで痛かったから謝って)」

「え? あ、ご、ゴメン」

 

 何がなにやら訳が分からなかったのだが、とりあえずオレは謝ることにした。

 

「(いい。許す)」

 

 ラルトスとは違い、抑揚があまりないその声で、だんだんと冷静になってきた。

 

「そういや、なんでお前はオレの名前を知ってるんだ? それにここはいったい?」

 

 その疑問を発してすぐだった。

 

「ギゴガゴーゴォー!」

 

 その鳴き声と共に目の前に現れた存在。その存在にオレは驚愕した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 オーバに足止めを頼んだ私たちは、ラルトスの先導を元に洞窟内を走り抜けて明かりが射し込む出口へと駆け抜けた。

 そしてそこに広がっていたのは、

 

「これは?」

 

雪が降りしきる雪原にだった。

 

「うぅ〜、寒い!」

 

 ヒカリちゃんが寒そうに身体を震わしている。

 ある所から洞窟内が寒くなっていったから、なにかあるんだろうと思っていたけど、まさかこんなところに出るなんて。

 

「ラルトス、ここは?」

「(ここはテンガン山の奥。一年中降りしきる雪によって、ここの雪は永久に解けることはないらしいわ)」

 

 つまりは万年雪ってわけね。テンガン山にこんなところがあったなんて。私はここには来たことがなかった。

 

「(こっちよ、ついてきて)」

 

 私でも少しは道がわかるかと思っていたけど、これはラルトスに頼りきりになりそうだ。

 

 それにしても、

 

「ジバコイル、お願い!」

「ジBRRRRRR!」

 

こんな雪深くともポケモンはいるみたいで、今ヒカリちゃんのジバコイルがユキカブリを鎧袖一色のごとく退けていた。

 

 今までレアコイルとジバコイルは、関係があるとはわかっていても、進化については謎に包まれていた。

 しかし、以前ユウト君が講義の中で言っていた内容。それがその通りの現実として起こった。

 これには些か驚きを覚えた。そして彼の知識はまだまだ奥がありそうだった。未知の知識への渇望と彼への興味が私をさらに前へ突き動かす。

 こんなところで彼を失うことは様々な意味であってはならない。

 絶対にアカギに、そしてパルキアに会う。

 会わなければならない。

 そう新たに決意を秘めて、視界が悪い中を突き進む。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「お前はもしかして……」

 

 黄色い突起物がムカデのように体の横から生えている特徴的なフォルム。

 

「……ギラティナ。しかもこれはオリジンフォルムか。ということはここは……!」

 

 ギラティナがオリジンフォルムで存在し、ヒカリちゃんたちがいる世界でもないここは――

 

「やぶれた世界、ということか」

「(ギラティナがあなたをこの世界に呼んだ)」

 

 お前が?といった感じで視線をギラティナに合わせると、ギラティナはコクリと頷いた。

 

「いったいなぜ?」

「(あなたにはフシギな感じを覚える。なんて言うか、この世の人間じゃないような。表の世界とこのやぶれた世界は表裏一体の世界で、どの生物もどちらかの世界に、例外なく、絶対属している。ただ、ギラティナ以外は皆表の世界にいる。だけど、あなたはそのどちらにも属していない、そんな気がして仕方がない。だからアグノムもギラティナもあなたに興味を持った)」

 

 アグノムの言葉にギラティナも頷いてみせる。

 

 オレの素姓に神と呼ばれることもある二体のポケモンたちがそこまで興味を抱くなら、とオレは自分のこれまでのことを話すことにした。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「(あそこよ! あの光の先にやりのはしらがあるわ!)」

 

 薄暗い洞窟を抜ける中、そうしてラルトスに導かれた場所。

 

「ここが……!」

「やりのはしら、ね。確かに言い得て妙ね」

 

 なるほど。私やヒカリちゃんの両腕を回しても届かないほどの太く、そして柱の先がまるで見えない様が、恰も槍のようにと、形容させる。

それほどの長さを誇る柱。それらが何やら、何かを囲むように特別な並び方で並ぶ。しかも、ご丁寧にそこは祭壇のごとく、他よりも数段高くなっている。

 何かを召喚するにはうってつけというわけだ。

 

「あら? やはり貴女方もいらっしゃいましたのね」

「ここから先はちょぉっと通せませんわよん。通りたいならぁ、ワタクシ達を倒してからねん」

 

 ギンガ団幹部のマーズにジュピター。彼女らが最後の障壁ということね。

 

「全員出てらっしゃい!」

 

 マーズが繰り出すはブーバーン、ゴルバット、ブニャット、フーディン。

 

「こっちもよん!」

 

 ジュピターはエレキブル、ドータクン、スカタンク、フーディン。

 

「申し上げておきますが、わたくしたちはトレーナーというわけではわりません」

「一対一ぃ? なぁにそれ、おいしいのぉ?」

 

 ジュピターはハクタイで会ったときと相っ変わらず、舌っ足らずな喋りで、本当にイラッとくるわね。

 

「上等よ、私たちの本気、見せてあげる。行きなさい! ルカリオ、ミカルゲ、ミロカロス、ガブリアス!」

「こっちも! ポッチャマ、リザードン、エルレイド、ジバコイル!」

 

 こちらもそれぞれ四体ずつにしたのは、これ以上だとそれぞれのバトルに支障をきたす恐れがあったからだ。

 さて、とりあえず相手の手持ちの中で面倒そうなものは、と。

 

「エルレイド! つじぎりで相手のフーディンを沈めなさい! 他のみんなはエルレイドが邪魔されないように援護! それからエレキブルに電気技は厳禁よ!」

 

 ヒカリちゃんもやはり最優先でフーディンを落とそうとしていた。

 素早さと特攻が非常に高いフーディン。その高さはイッシュやカロスを除いて四百九十三種類いるらしいポケモンの中で上から数えて十番目くらいに入るのだという。そこから繰り出される特殊技の数々は脅威だ。

 

「ガブリアス、エルレイドを援護なさい!」

 

 しかし、反面それ以外の能力が、ユウト君の言葉を借りれば『紙』だ。一撃当てれば、ほとんど落とせる。物理技なら特にだ。

 

「ムダですわ! わたくしのフーディンの素早さに勝てるポケモンなどおりません! フーディン、サイコキネシス!」

 

 ユウト君の講義で初めて習った概念、種族値、個体値、性格、そして努力値。個体値や性格についてはいまさら遅いが、努力値については木の実を食べさせて一から育てなおした。種族値上、ガブリアスは素早さでフーディンに劣っているが、素早さに努力値を極振りしているため、

 

「なんですって! フーディンより速い!」

「今よ、ガブリアス! ドラゴンクロー!」

 

 努力値の概念などを知らないフーディンの速さを抜くことは可能。

 私のガブリアスはがんばりやな性格のため補正はないが、攻撃の種族値は高い上、こちらにも努力値をかなり振ってある。しかもタイプ一致物理技のドラゴンクローなため、それを食らった紙耐久なフーディンは起き上がることはなかった。

 そして、もう一方のフーディンも片方が倒されて動揺した隙をついて、エルレイドのつじぎりが決まって、地に沈んだ。

 

「ポッチャマ、ブーバーンの特性に気をつけなさい!」

「特性ばっかり目を取られてもダメよぉん、かえんほうしゃ!」

「ハイドロポンプで撃ち返しなさい!」

「なぁんですってぇ! なぁんで進化もしていないポッチャマがハイドロポンプなんて使えるのよぉ! でも、進化してないポケモンなんかの技でやられるわけがないわぁん!」

 

 今まで、進化をすると技の威力が上がると信じられてきたが、ユウト君曰く、実際は種族値につられる形で能力値が大幅にアップしているからダメージが増えるだけなのだそうだ。そして、進化をすると自力で習得する技に対しては覚えるのに時間がかかるという欠点がある。

 また、覚えたての技については十全に威力を発揮するのは難しい。

 ヒカリちゃんのポッチャマはかなり前にハイドロポンプを習得していた。そして努力値についてもきちんと学習し、振ってあるから、

 

「ブー、バーーン!」

 

タイプ一致相性有利なハイドポンプが、かえんほうしゃと拮抗することなく押し返してブーバーンを倒した。

 これであと厄介そうなのは、特性が『あついしぼう』か『じゅうなん』のブニャットのみ(ドータクンは浮いていることから特性はおそらく『ふゆう』)。

 

「ミカルゲ、ルカリオ、それからエルレイド、サイコキネシス!」

「ジバコイル、じゅうりょく!」

 

 エルレイドは私のことを知ってくれているので、私の指示にも従う。そうして、身動きを封じて一か所に固めた。

 

「リザードン、準備は良い?」

「ガブリアスも大丈夫?」

 

 すると、二体とも力強い返事が返ってきた。

 

「よし! リザードン、ブラストバーン!」

「ガブリアスはだいもんじ!」

 

 力をためた状態のブラストバーンにだいもんじ。それらが、じゅうりょく下(命中率が一.六倍上昇)で、かつ、サイコキネシスで身動きを封じられている相手のポケモンたちにクリーンヒット。ブニャットを残して全員が戦闘不能になった。どうやらブニャットは『あついしぼう』の方だったようで、まだ、かろうじて立っている状態だ。

 

「とどめよ! ジバコイル、ラスターカノン!」

 

 そこに容赦なく、ジバコイルのその高い特攻からのタイプ一致特殊技のラスターカノンが突き刺さり、ブニャットは倒れ伏した。

 

 

「ほう、なかなかやるではないか」

 

 

 不意に、前方のマーズやジュピターのさらに後方から掛けられた声。

 

「アカギ!」

 

 そちらを見やると、ギンガ団ボスのアカギが現れた。アカギの周りにはユクシー、エムリットが浮かんでいた。だが、その二体は目が正気ではなく、何やら操られているような感じであった。

 

「アカギ様ぁぁ!」

「申し訳ございません、アカギ様」

「お前たちは下がっていろ」

「ハァイ……」

「かしこまりましたわ……」

 

 気落ちした様子の二人を冷めた目で以って下がらせると、私たちに向き直る。

 

「なにはともあれ、ようこそ、お二人さん」

「あんた、ユクシーやエムリットに何をしたのよ!?」

「なに、わたしの野望、新たなる宇宙の創世に必要なことをしたまでだ。安心したまえ、命までは取らない」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」

 

 ヒカリちゃんとアカギの間に何があったのかはわからないけど、ヒカリちゃんは珍しいことに敵視をむき出しにしている。

 

「まあ、ここで不毛な言い合いをしていても仕方あるまい。私と君たちとは決して交わることはない平行線なのだ。さて、せっかくここまで来たんだ。キミたちにもイイモノを見せてあげよう」

 

 そうして彼はやりはしらの中心に供えられたしらたま、こんごうだまに手をかざし始めた。



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第8話 不完全だけど必要なもの

え~、約一年ぶりですか。放置していて本当に申し訳ありません。
いろいろとありまして少々書く気力が逸していました。

さらに申し訳ないのですが、今後もしばらくは定期的な更新は難しいかと思われます。

このようなグダグダな状態で心苦しいのですが、もしお付き合いしていただけるのなら、これに勝る喜びはありません。
今後もよろしくお願いします。

※今回は挿話5から投稿しておりますので、よろしければそちらからお願いいたします。


「ふ、ふは、ふははははは! すばらしい! これが! これが神と呼ばれしポケモン、ディアルガにパルキア!」

 

 あたしたちの目の前に空間の裂け目から現れた二体の存在。

 シンオウ地方の伝説のポケモン。

 時間の神、ディアルガ。

 空間の神、パルキア。

 圧倒的すぎる威圧感が辺りを支配する。

 

「ディアルガよ、パルキアよ! これを見たまえ!」

 

 アカギの手を包むグローブにはなにやら赤い結晶のようなものが備え付けられていた。それらを見た瞬間、ディアルガ、パルキアの二体の身体に赤い稲妻のような鎖のようなものが絞めつけられた。それがつけられた瞬間、二体が激しく雄叫びをあげ、苦しそうにもがき始めた。その苦しみは尋常じゃないようで、頭を激しく振り、身体をそこらじゅうに叩きつけている。

 

「ハハハハハ! アグノムがいなかったおかげで不安はあったが成功した! これでもうディアルガもパルキアも私の思うがままだ!」

「やめなさい、アカギ! ディアルガもパルキアもあんなに苦しそうにしているのよ!」

 

 アカギはつまらなそうに振り返り、一言零した。

 

「それが?」

 

 

 その一言であたしの中の何かが切れる音が聞こえた。

 

 

「……もういい! なら、実力行使よ! ポッチャマ、ハイドロポンプ! リザードン、かえんほうしゃ! あの紅い鎖を壊しなさい!!」

「ガブリアス、りゅうせいぐん! ルカリオ、はどうだん!」

 

 一度ポケモンたちをボールに戻していたあたしたちは再び、ボールから彼らを外に出し、指示をする。

 

「させん! ディアルガ、ときのほうこう! パルキア、あくうせつだん! ユクシーとエムリットはサイコキネシス!」

 

 苦しみもがく二体はそれから逃れたい一心で、またユクシーとエムリットは操られているため、あたしたちが繰り出した技に対して、それらをぶつけてきた。そしてぶつかり合ったそれらは一瞬拮抗するも、押し返されてしまう。

 

「ええ!?」

「まずいわ!」

 

 シロナさんはあたしを庇うように抱きしめる。だが、無情にもそれは迫ってくる。

 

「(くっ! ラティアス、ゲンガー! 出て来なさい! わたしといっしょにまもる!)」

 

 ラルトスがユウトさんのバックから出てきたその二体はラルトスの指示通り、半球体状にまもるを展開した。それからすぐさまその壁に衝突する攻撃。

 

「(サイコキネシスで分解しながら斜めに逸らすわよ!)」

「フアァァゥゥ!」

「ゲゲンガ!」

 

 そうして伝説のポケモンたちによる激しい攻撃をなんとか退けた。

 

「す、すごい……!」

「これが……!」

 

 あたしたちは安堵と共に驚きを露わにしていた。

 

「(アルセウスの鎖でディアルガとパルキアのパワーが増してみたいだから、技のぶつかり合いには勝てなかったのかしらね)」

 

 アルセウスの鎖? いったい何のことだろうか?

 一瞬そう思ったが、すぐにそれは忘却の彼方に飛んでしまった。

 

「さて、時間を司るディアルガ、空間を司るパルキアよ。お前たちの秘めたる力を解放し、ここに新たなる宇宙をつくりだすのだ!」

 

 そして二体が吐き出したエネルギー。それらが、ぶつかり合い、混ざり合う。

 そうして――

 

「おお、すばらしい! 宇宙だ! 新たなる世界が誕生したのだ!」

 

 ……たしかに何かの空間が出来上がり、その中には銀河や星雲らしきものが見えたりしている。まさにあれが本当に宇宙空間なら信じられないことだ。

 さらにアカギに寄り添うようにユクシーとエムリットが集まる。

 

「(いい加減、目を覚ましなさい! ユクシー、エムリット!)」

 

 そうしてラルトスが放ったスピードスターが二体の頭部に命中すると、ガラスの割れるような音がし、ユクシー達の目に正気が戻った。

 

「これで、これで私の野望は!!」

 

 アカギの歓喜の声がやりのはしらに響き渡った。

 

 

 

≪残念ながらそうはいかない≫

 

 

 

 しかし、同時にアカギとは違う声も響き渡った。

 この、聞き覚えのある声は、まさか――

 

 

 ディアルガとパルキアのさらに上、そこにまた次元の歪みのようなものが出来上がった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「久々だな、アカギ。カンナギでアンタをぶちのめして以来か」

 

 アカギを始め、ここにいる全員が、パルキアやディアルガすら見下ろすような位置で、宙に現れたオレやアグノム、そして――

 

「きさま……な、なんだ、ソレは……!」

 

 オレを乗せているポケモンに驚きを隠せていない様子だった。

 

「コイツはギラティナというポケモンだ。ギラティナ、頼む」

 

 ギラティナはオレを下ろすと、パルキアやディアルガに向き直る。ちなみにはっきんだまをやぶれた世界で見つけて、それを持たせているため、フォルムチェンジはしていない(オレがオリジンフォルムが好きで運良くはっきんだまを見つけたため、お願いしたらOKもらえたという感じなんだけどね)。

 そのギラティナはディアルガとパルキアに向き直るとあやしいかぜで、紅い鎖にヒビを入れて、その後、きりさく攻撃で粉砕させた。二体はあの鎖でかなりダメージを負っていたのか、そのまま落下し、地面に身体を横たえた。

 

「(ユウト!!)」

「ん? おお、ラルトス! 無事だったか!」

「(ユウト、ユウト!)」

 

 十年以上ずっと一緒にいるラルトスがオレの胸に飛び込んできた。ちょっと泣いているようだったので、ちゃんとあやしてますよ。

 

「マンダー!」

「フアァァゥゥ!」

「ゲゲンガー!」

「ヘラクロ!」

「グオォォオ!」

 

 ボーマンダやラティアス、ゲンガー、ヘラクロス、ギャラドス。連れてきた全員がボールから出てオレに寄り添ってくれた。

 

「みんな、心配掛けてごめんな」

 

 その様にちょっと涙ぐんで声が震えてしまったのは仕方のないことだと思う。オレはこいつらに囲まれて幸せだ。本当にそう思えて堪らなく嬉しかった。

 

「ユウトさん!」

「ユウト君!」

 

 ヒカリちゃんやシロナさんも駆け寄ってきてくれる。

 

「ユウトさん、心配しました!」

「まったくよ」

 

 この二人にも相当心配させて迷惑かけたようで、

 

「ごめん、ヒカリちゃん、シロナさん」

 

素直に低姿勢で謝罪。でも、ちゃんと受け入れてくれてほっとした。

 

「それで、あのポケモンはなに?」

 

 シロナさんの視線の先。そこはディアルガにパルキア、そしてギラティナの三体のポケモン。

 

「アルセウスの話は?」

「そういえば、さっきあなたのラルトスがそんなことを言っていた気が?」

「どういうことなんですか?」

 

 オレ以外はアカギやシロナさんすらも状況が把握できていないと思われたので、神話からのおとぎ話も交えて説明する。

 

 

 ――初めにあったのは

 ――混沌のうねりだけだった

 ――全てが混ざり合い

 ――中心に卵が現れた

 ――零れ落ちた卵より

 ――最初のものが生まれ出た

 ――最初のものは

 ――二つの分身を創った

 ――時間が回り始めた

 ――空間が広がり始めた

 ――さらに自分の体から

 ――三つの命を生み出した

 ――二つの分身が祈ると

 ――「物」と言うものが生まれ

 ――三つの命が祈ると

 ――「心」と言うものが生まれた

 ――世界が創り出されたので

 ――最初のものは眠りについた

 

 

「シロナさんはミオ図書館にあるこの『始まりの話』は知っていますよね?」

「ええ、一応これでも神話とポケモンの関連性、人間とポケモンの歴史を研究している考古学者だからね」

「これについてですが“二つの分身”はディアルガとパルキア、“三つの命”はアグノム、ユクシー、エムリットを指します」

「まあ、それについては学会でもそう推測されているからね」

 

「では次。この“最初のもの”、これはこの世界を生み出したポケモン、創造神アルセウスを指します。このアルセウスがこの五体のポケモンたちを生み出したんですが、そして実はこの神話、間違っている、というか真実が欠けてしまっている部分があるんです」

 

「なんですって!?」

「なんだと!?」

 

 全く知られていなかった事柄、そして正しいと信じられてきた神話自体の欠損。いきなりこれらを提示され、神話について造詣の深いシロナさんに、ディアルガとパルキア復活のために動きまわっていたアカギには特に衝撃的な内容だった。

 

「本当はアルセウスが生み出した分身は三つなんです。そして、最後の分身はそこにいる三体目のポケモン、ギラティナ」

 

 全員の視線がギラティナに集まる。

 

「世界を創るにはディアルガとパルキア、この二体のポケモンが必要です。しかし、世界を創り出すことは可能でも、その世界を安定させることは出来ないんです。創り出した世界をプラスとすると、同じくマイナスという要素がなければゼロにはならず、安定はしません」

 

 例えば化学で習う原子は、陽子と中性子が原子核を構成していて電気的にはプラスの性質を帯びている。だが、それだけでは安定しないため、マイナスの電気的性質を帯びている電子を原子核の周りをいくつか飛び回らせることによって、電気的にプラスマイナスゼロの状態にして安定を図っている。それと似たようなものだ。

 

「そのマイナスの要素がギラティナであり、ギラティナが支配する“やぶれた世界”という世界です。そのやぶれた世界が、いわば、この世界と表裏一体、プラマイゼロの関係となっていて、世界の安定を図っているんです」

 

 だから、アカギがディアルガとパルキアを使い、この世界に新世界を創り出そうとしたが、新世界はそのままだと、この世界を蝕み、いずれ消滅させることになる。この世界はやぶれた世界と表裏一体の関係なのだから、新世界の侵食が進むとやぶれた世界もまた蝕まれて、消滅する。その前兆が先程やぶれた世界にもきちんと現れていたのだ。

 

「ギラティナは“こちら側”には滅多に出てこないために、過去に神話を残した人々はギラティナの存在を知らなかったんでしょう」

 

 だから、世界創生についての不完全な神話が生まれたのだと補足した。

 

「世界を創り出した神々たちは世界の消滅など望んでいない。だから、ディアルガ、パルキア、ギラティナ、この三体がそろえば――」

 

 見るといつの間に起き上がっていたディアルガとパルキアが、ギラティナと共に、自ら創り出してしまった世界を――

 

「ああ! 世界が! わたしの世界が!!」

 

 アカギが未練がましく吠えているが、あの三体は構わず、この世界にあってはならない“世界”を消滅させていく。

 

「わたしの……! わたしの世界……!」

 

 アカギの嘆きをBGMにして、消えていった世界。消えた後、ディアルガとパルキアは空間に穴を開けて帰って行った。

 ギラティナたちも戻るかと思いきや、なぜだかギラティナと、それから湖の三体がオレの元に寄ってきた。

 

「(ギラティナはあなたを元の世界に戻すことは出来ないと言っている。アグノムたちやディアルガ、パルキアもそれは出来ない。だから、ごめん)」

 

 アグノムのテレパシーがオレの頭の中に響き渡る。

 

(いや、さっきも話したときに言ったけど、別にオレとしてはこの世界でも十分楽しくやってるから、大丈夫だって。謝るほどのものじゃない)

 

 尤も、それを悲しんでくれたことには『ありがとう』の気持ちは抱いている。ちなみにこのテレパシーはアグノムとオレとだけにしか通じていないみたいなので、シロナさんたちにオレのことを説明しなければならないという面倒な事態は発生しない。

 

「ギラティナ、お前はもう自分の世界に帰りな。それでいつかまた会おうな」

 

 それにコクリと頷くギラティナ。そしてシャドーダイブでやぶれた世界に戻っていく。アグノムたちもそれぞれが眠る湖に戻っていった。

 

「わたしの……世界……わたしの……野望が……不完全なこの世界を……」

「アカギ、何を以ってあなたはこの世界が不完全だと判断するの?」

 

 両手を地面について項垂れるアカギにシロナさんが声をかける。

 

「決まっている。心だ。心があるから人間もポケモンも争いが起こる。それはなんと醜いことか。もはやそれは罪なのだ、だから――」

 

「そんなことはない!!」

 

 アカギの言葉をヒカリちゃんの絶叫が遮った。

 

「あたしはポケモンたちが好き。あたしのポケモンたちが大好き。だから、旅を続けることが出来てる。つらいことがあっても乗り越えることが出来てる。それは、みんながいてくれるから、みんながこんなあたしといてくれるから。この感情は間違いなんかじゃない! だから!」

 

 ヒカリちゃんのポケモンたちがボールから出てきて雄叫びをあげる。皆、アカギの言うことに反発しているのだろう。彼らはヒカリちゃんのことが大好きだから。

 

「アカギ、一つ言っておきたいことがある。人間やポケモンに問わず、生き物は太古から争うことにより進化をしてきた」

 

 どこぞの漫画に『この世は所詮、弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ』という言葉があるが、まさにその通り。生き物は絶えず、その時代で相争い、そしてその時代に適した進化を遂げたものが生き残り、繁栄を続ける。そうしてまた争い、進化をつづけていく。それの繰り返しだ。

 尤も、この世界でそれがきちんとあてはまるのかはよくわからない。

 だがしかし、それでもその“争う”ことが生き物であることに課せられた逃れられない使命でもあると思う。

 

「アンタの言う“心”、つまり、“感情”がいらないというのなら、そんなものは単なる“ロボット”に過ぎない。それをアンタは知るべきだな」

「みんなにだいたい言われちゃったけど、私からも一つ。あなたのそのくだらない野望が自らの正義だとでも言うのなら、そんな人様に迷惑をかけるものなんてクソくらえって感じね」

「ついでに言えば、アンタのその野望、それすらもアンタがそれを望む“感情”から生まれたものだ。アンタがそれを否定したら、アンタ自身が自分を否定することになる。そのことに気づくべきだったな」

 

 

 こうしてシンオウ地方を揺るがした破滅の危機は、ここに終息した。



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第9話 シンオウポケモンリーグ開幕

 アカギの野望消滅、そしてギンガ団壊滅よりはや二ヶ月以上が経った。

 あれからはトラブルもなく、順調に図鑑もバッチの数も集まってきた。

 ちなみにいっしょに旅をしているヒカリちゃんはというと。

 これがビックリ。おそろしい才能を秘めている。

 この間、ほぼ負けなしで、順調といった言葉では表せないほどに軽快にジムをクリアしてきていたのだ。既にバッチの数はオレといっしょ。破竹の勢いとういう言葉をまさに実践しているといった印象だ(今のところバトルで負けるのは、オレやシロナさんぐらいである)。さすがは主人公というところか。

 

 ただ、懸念もあった。

 

「はっきり言って最近のヒカリちゃんは順調すぎるのよ」

「そうなんですよね。あのアカギの一件でますます成長したというか」

「うん。それはとっても良いことなんだろうけど、でも私は正直心配。あんまりにも勝ちすぎて『ユウトさんとシロナさん以外はザコ』なんて歪んでもらっても困るし」

「……そこなんですよねぇ。正直、シンオウには初めて来たので知り合いがいなくて。なんとかなりません?」

「そうね。私の伝手でなんとかやってみるわ」

 

 ということで、この前シロナさんがシンオウ四天王の一角を担うキクノさんを連れてきたこともある。当然勝負したらヒカリちゃんのボロ負け。ヒカリちゃんはキクノさんが四天王だということを知らないようで(キクノさん自身も四天王という肩書きは公以外では使わないらしい)、あくまで、シロナさんの知り合いの普通のトレーナーに負けたものと思っている。正直本当に助かった。出来れば定期的に来てほしいぐらいである。

 

 

 さて、そんなこんなで、今オレたちはある大きなイベントに参加するために、シンオウ地方のスズラン島という島に来ている。地理的にはナギサシティの北に存在している島だ。

 ちなみに実はナギサシティとこの島の間には223番水道やチャンピオンロードといった難所が存在している。これらには険しい地形に急流が存在し、さらには他よりも断然手ごわい野生ポケモンが生息しているため、並のトレーナーとポケモンが通り抜けようとすれば、間違いなくそれらが容赦なく彼らに牙をむけることとなる。

 よって、ここをトレーナーとポケモンのみで乗り越えるために、まずは『最低でもシンオウ地方で八つのジムバッチを持ていなければならない』という条件をクリアしていない限り、この難所に挑むことすらさせてもらえずに門前払いを食らってしまう。

 そしてこれらを利用して行われるのが、今回の一大イベントである。

 

 あ、ちなみに現実世界ではシンオウが北海道をモデルにしているため、この場所は、現実では、だいたい国後島のあたりに位置している。

 ……。

 …………はぁ。

 

「どうしたんですか、ユウトさん?」

「いや、なんでもないよ」

 

 内心の憂慮を気取られないようにヒカリちゃんに接する。

 

「(人間の国っていうのは大変ね)」

 

 尤もラルトスには全然隠せてなかったけどね。

 

「ヒカリちゃん! 僕は君と当たっても全力でやるからね!」

「そうだぜ! 全力でやんなかったら罰金一億円だかんな!」

 

 そういえば、ここにはナナカマド博士の助手の子でもあるコウキ君に、罰金ボーイ(byアニメロケット団)こと、ジュン君もいたりする。ちなみに彼らは幼馴染なんだそうだ。

 そしてそんな彼らが全員この場に来ることが出来たことに対する才能には感嘆するし、ちょっと嫉妬もしてしまうかもしれない。なにせ、オレがナナカマド博士のポケモン研究所に伺ったとき、初めてポケモンをもらった子たちが、半年もたたずにこの場にいるのだから。

 

「(わたしたちにはいろいろあって出来なかったことよね。でも、あの頃もなんだかんだ言っても懐かしいわ)」

 

 たしかに。今ではいい思い出だ。

 

「にしても結構な人数がアソコを抜けてきたもんだな」

「そうだね。ユウトさんも出ることだし、とんでもない大会になるかもね」

 

 ちなみにオレのことはこの三人には黙ってもらっている。あんまり騒がれるのもマズイし、面倒なのでね。

 

 さて、現在オレたちがいるのはそのスズラン島内にあるのスタジアム競技場の一つ。周りを見渡せば、たくさんのトレーナーがいる。

 そして彼らの前には簡易だがステージがあり、そこに佇む男性がスタジアム内の大きなスクリーンにはそれいっぱいに表示されている電子時計に目を向けている。見ればその時計は刻一刻とカウントダウンを告げていた。一方スタジアムの入り口から外の方を見れば、まだまだたくさんのトレーナーとポケモンたちがいて、ここに向かって走ってきている。

 

『さあ、残り時間はもうまもなくです! まだこのスタジアムに辿り着いていないトレーナーのみんな! 急げ急げぇ!!』

 

 スタジアム内のスピーカーから流れるその男性実況のマイク音声がうるさいぐらいに響き渡っている。尤も、この放送は島全体にも流すため、ある意味仕方ないということも言えるのわけだが。

 

『タイムアップまで、あと! 5、4、3、2、1、タイムアッ~~~~プ! 終了です! 競技場入り口の扉が閉まりますので近くにいるトレーナーは離れてくださいね! あぶないですよ!』

 

 そうして競技場の入口に鉄格子の扉が上から落とされ、競技場の中と外を完全に遮断した。入れなかったトレーナーたちはガックリとその場で座り込むか、鉄格子の扉にしがみつき、泣き伏している。尤も、彼らは係員に連れ出されて行った。

 男性は一時は彼らに目を向けていたが、今はそれには目もくれない。そして、ステージを見つめる数多のトレーナーの視線を背に受けている状態から、クルッと振り返りを逆に今度は彼らを力強く見下ろす。

 

『ではナギサシティよりこの島まで、ポケモンと力を合わせて、海を渡り、山あり谷あり強い野性ポケモンありの、つらく厳しいチャンピオンロードを抜けて辿り着いた強きトレーナーたちよ、ようこそ! ここがスズラン島だァ!』

 

 ――うおぉぉぉぉ!!

 

 トレーナーやポケモンたちの歓声が上がる。

 

『そしてぇぇぇぇ、ここがシンオウ地方でポケモンリーグが開催される島、スズラン島だァァァァァァァ!!』

 

 ――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 先程よりもさらに大きな歓声が上がった。もはやこれは様式美とすら言ってもいい。ア○リカ横断ウルトラクイズ的なノリだ。

 

『さて、今回このスタジアムに辿り着いた猛者はなんと過去最高の二百人以上! これはかつてないほどの激戦、そして波乱に満ちた大会となることでしょう!!』

 

 そして最後に実況が告げる言葉――

 

 

『これよりシンオウリーグスズラン大会を開催します!』

 

 

 これによりトレーナーたちのボルテージは最高潮に達した。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 リーグ開催期間中に宿泊予定のホテルの一室に戻ってきたオレ。

 で、なにげなく扉を開けると――

 

「やあ、遅かったね。うん? へぇ、キミがヒカリちゃんっていうんだ。ま、とにかく入って」

 

 明るい茶髪の男性や、

 

「ああ、そんなに硬くならなくたっていいよ。聞けばシンオウチャンピオンのシロナとだって普通に接してるんだろ? ボクも一応そんなんだけど気軽な感じでお願いするよ」

 

水色の髪と目をして黒のスーツを纏う男性、

 

「ヒカリちゃん、あとでバトルしましょうよ! ユートに師事されてたってことはバトルの腕は相当なんだよね!?」

 

つばのある白い帽子がトレードマークな女性、

 

「何言ってんだ、俺が先だ! なっ、ヒカリちゃん! こんな悲劇のヒロインなんかより俺と先にやろうぜ!」

 

やや長い上にアホ毛がちょこんと立つ赤髪の男性ら計四人が、なぜかオレの部屋に居座っていたのだった。

 

 ちなみにヒカリちゃんは彼らにそのまま部屋に連れ込まれ、

 

「はじめまして! よろしくお願いします!」

 

なんだかんだで上手くやっているようである。

 まあ、この旅ではギンガ団やらセレビィのときわたりやら結構いろいろあったからなぁ。ワケわかんなくてもいろいろ逞しくやっていけるようになったようだ。

 

 

「ちょっとアナタね! 悲劇のヒロインってなによ!」

「るっせ! だってお前実際そうだろ!」

「あによ~~~!? だいたいあんただって不遇なのには変わらないでしょ!?」

「あんだと!?」

「コラコラ、シルバーもリーフもその辺に。ついでに変な電波も受信しない」

「だってグリーン!」

 

 うん。とりあえずどういうことかよくわかんなかったので、(現実逃避的に)見間違いだろと考えて、思わずドア閉めちゃったんだ☆

 ていうかまぁ、ヒカリちゃんは良い。いっしょに旅してきたし、同じ大会に出場するわけだし。

 

「(久々に見たわね、彼らのこと)」

 

 オレの肩からいっしょに部屋を覗いたラルトスがそう零すのと同時に目の前の扉が開けられる。

 

「おう、なにしてんだ? とっとと入れよ」

 

 シルバーと呼ばれた赤い長髪にフロントボタンがファスナーになっている学ランのような格好を着た男性が顔を出した。

 

「……人の部屋に勝手に入っておいてどういう言い草なんだろうな……」

 

 しかし、その呟きは残念ながら彼らには聞こえていなかったようである。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 さて、この部屋にいてはおかしな人たちを一人ずつ挙げていこうと思う。

 まず一人目。

 

「おい、ホウエン地方チャンピオン様がなんでこんなところにいる?」

「いやだなぁ、いまさらそんな敬称で呼び合う仲じゃないじゃない、ボクたち。ダイゴでいいよ。それに言っとくけど、ボクはキミが勝手に辞めたからチャンピオンの代わりをしてるだけだし」

 

 現ホウエン地方チャンピオンで、デボンコーポレーション社長の息子。石集めが大好きな変態であるダイゴ。

 続いて二人目。

 

「現カントー四天王、ワタルさんに変わり四人目を務めるはずの人間よ、リーグはどうした!?」

「やあね、今リーグはやってないし、ヒマだったし。レッドもどこにいるかわかんないし……」

「だからぁ、アンタの恋人はシロガネ山にいるって言ってるじゃん!?」

 

 カントー四天王序列一位であるリーフ。彼女はFRLGの女主人公だ。そしてレッドとはカントーチャンピオンのことで、FRLGの男主人公、サートシ君のモデルになった人である。ちなみにリーフさんとレッドさんは家がお隣同士の幼馴染で恋人同士なのだが、レッドさんは常日頃はシロガネ山にいて滅多に下山してこない。彼女としても、恋人ということもあってレッドさんに会いに行こうとしているのだが、凄まじいくらいの方向音痴なため、落ち合うことはないらしい。一度、オレも付き添いで一緒に行ったら、オレの後ろを着いてきていたはずが、なぜか彼女だけ下山していたという、摩訶不思議な女性だ。

 さて、三人目。

 

「ジョウトの四天王ってのは随分ヒマなのか? あ?」

「ハッ! ふらつき歩いてるお前に言われたくはないな。それに年上には敬語を使え、敬語を」

 

 さっき、オレを中に招き入れた人物であり、ジョウト四天王序列二位でゴールドさん(HGSSの男主人公)のライバル、シルバー。ロケット団のボス、サカキの息子というのは公然の秘密である。ちなみにゴールドさんもジョウトチャンピオンになったのだが、オレと同じくワタルさんにチャンピオンを任せて旅に出ている。

 いよいよ、ラスト四人目。

 

「グリーンさん、常識人のあなたがこんなところに来ていいんですか? トキワのジムは?」

「ハハハ、心配ないよ。ゴールド君とたまたま会ってね。少しの間、ジムリーダーやれって、センパイ権限で押しつけてきたんだ」

 

 カントー地方トキワジムジムリーダーのグリーンさん。レッドさんやリーフさんのライバルで一度はカントーチャンピオンに輝いたことすらある“最強のジムリーダー”という称号を持つ人だ。

 

 それにしても、ジムリーダー資格もなしにジムを任すとか。そんなんでいいのか、ジムリーダーって? そんな軽いもんなのか?

 

「まあ、ボクたちの本当の目的はさ」

「個人的にはユートのバトルを見るためっていうのもあるんだけどー」

「リーグの公人としての仕事はなぁ」

 

 あれ? なにやら四人が四人ともオレを囲みだした? しかもきちんと逃げ場(後方のドアと前方の窓方向)を遮断してるし。

 

「「「(キミを)(ユートを)(てめぇを)リーグに連れ戻すこと(さ)(よ)(だ)!」」」

 

 ウゲッ! マヂですか……。

 

「まあそういうことさ。それで僕たちが君を【監視】するためにここに来た、というわけだ。ちなみに今はこの四人だけだが、後からさらに何人か派遣されてくるはずだ」

 

 こいつはマズイな。今までもこういうのはあったけど、ここまで人数多くなかったし。

 ああ、はたらきたくない。

 

「絶対に働きたくないでゴザル(リーグの公人として)!」

「「「「いや、働けよ!!」」」」

 

(ユウト、いい加減、年貢の納め時じゃないかしら?)

(言っとくけど、かなり拘束されるし、メンドクサイ仕事たくさん回ってきそうだし、好きに公にバトルもできないぞ? とくにお前。なんせ規格外だし)

(絶対に逃げ切るわよ! ユウト!!)

(おうよ! もちろんだ!)

 

 ちなみに、ヒカリちゃんが、これをすっごい冷めた目で見ていたのは後で知ったこと。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 翌日。

 対戦の組み合わせが発表されるので、それを受け取るために宿を出たオレ。ちなみにヒカリちゃん、ジュン君、コウキ君らは先にスタジアムに向かってます。まぁ、オレが寝坊して置いていかれただけなんだけどね。

 

「ラルトス、起こしてくれてもよかったじゃん」

「(ヒカリもたまには彼らいっしょにいる方がいいでしょ? 幼馴染なんだし)」

「……それもそうか」

 

 スタジアムへ向かう通りは人通りがまばらで、ほとんどオレとラルトスしかいないと言っても言い過ぎとは言えないぐらいだ。

 

「そういえば、お前との二人きりなんて久々だなぁ」

「(そう、うん? ユウト)」

 

 と思ったら、オレたちの歩く先に待ち構える一人の少年。

 

 

「あなたが、ユウトさん、ですね?」

 

 

 関係ない振りをして通り過ぎようとしたら、声を掛けられてしまった。というか、オレの名前を知っているのはなぜ?

 

「まあ、そうなんだけど、君は誰かな?」

 

 尤も、口ではそう言ったものの、オレとしてはどこかで見たことあるような気がして仕方なかった風貌である。

 

「オレの名前はシンジと言います。トバリシティの出身です」

 

 この目つきの悪いシンジと名乗った少年。

 

(ああ、なるほど)

 

 思い出した。たしかアニメのDP編でサートシ君のライバル的な扱いされてたキャラクターだっけ。ネットだとあだ名が廃人だとか。なんでも能力の高いポケモンは捕まえて、そうではないのは逃がすとかしていたらしい。うん、まさにポケモン廃人だ。

 

「そうか。それでシンジ君、オレに何か用かな?」

「オレ、五回戦、つまり、予選リーグ決勝であなたと戦います」

「シンジ君、オレがまだそこまで勝つなんて決まってないよ?」

「それはありえない。ホウエン、ジョウト、ナナシマチャンピオンでカントー準チャンピオンであるあなたなら」

 

 ほぉん、そんなことを知っているということはもしかして?

 

「オレはホウエン、それからジョウトを旅してきました」

 

 やっぱり。ん? 今の言い草だとカントーはまだ旅していないのか。

 

「そこでオレは行く先々である言葉を耳にしました。

 

 

『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう努力するべき』

 

 

オレはこれには納得がいかない。好きなポケモン? 違う! 強いポケモンでなければバトルでは勝てないんだ! だから、オレはあなたに勝って、それを証明してみせる!」

 

 あ~、なるほど。この手の手合いとのバトルは今まで何回も経験してきた。

 

「そうか。期待しているよ」

 

 個体値を粘り、性格を粘りで(努力値なんてものは戦略の指針だから)、ゲームだったらむしろそれが正しい。個体値を粘るには育て屋が必須だけど、彼は確か育て屋をやっていた身内がいたはず。

 

「君とバトル出来るのを本当に楽しみにしているよ」

「……フン」

 

 オレはスタジアムへ、シンジ君はオレの元来た道へ、百八十度正反対の方向に歩きだした。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ポケモンシンオウリーグスズラン大会。

 試合形式はベスト8までは予選リーグという形でブロックごとに分けられるらしい。

 またバトルフィールドが草、水、岩、砂、ノーマル(通常)とあり、ベスト8選出までブロックごとに対戦するフィールドの順番が異なるという話だ(例えばAブロックは岩→草→砂→ノーマル→水となるが、Bブロックは水→砂→岩→草→ノーマルといった具合になる)。

 ルールについては

・1対1のシングルバトル

・使用ポケモンは三体

・ポケモンの入れ替えはあり

・道具の使用はなし

と、ごくごく一般的。 そしてベスト8から決勝リーグとなり、使用ポケモンが六体に増えること以外、予選リーグとルールは変わらない。

 

 ちなみに、この世界はポケモンに道具を持たせるという概念がないらしく、気合いのタスキや拘りスカーフ、オボンの実なんて使ったら、下手したら反則を取られてしまう危険性があるため、なかなか使えなかったりする。

 

 で、試合ルール・形式についてはさておき、コウキ君たちに合流したオレは自分のブロックのトーナメント表を見比べながら、宿に戻る道程を三人で歩いていた。ちなみにヒカリちゃんは一足お先に宿に戻っているらしい。

 

「僕はAブロック、ジュン君はEブロックで別々のブロックになったね」

「ああ。けど……なぁ」

「……そうだねぇ」

 

 一つ問題があった。いや、オレに取って言えば二つか?

 

「なんで、ユウトさんがヒカリと同じBブロックになっちゃうかなぁ」

 

 そう。罰金ボーイ、ジュン君の言うとおり、オレとヒカリちゃんは抽選の結果、同じBブロックになった。順当にいけば予選ブロック決勝でオレと当たることになる。

 

「まあ、こればっかりはしょうがないさ。完全な運だもの」

 

 以前、シロナさんとのバトルにおいて、手を抜いてしまったことがあった。しかし、このことは彼女を大いに傷つけた。この頃にはバトルをしても負けることは一切なく、そしてただ勝つだけでもなんだかなぁ、なんていう心の想いがあった。今思えば驕り高ぶるのも甚だしいという気持ちでいっぱいだ。仮に強くなったとしても、そんなものは、果てしなく続いていく道の単なる通過点でしかなく、ゴールなんてまだまだ全然見えてなんていないことを、このときのオレはすっかり忘れていた。そしてポケモンバトルは最強のコミュニケーションツールであり、いつだって全力でバトルに挑むという人に対しての、この仕打ち。相手に対しても、そして自分に対しても、このことは大いに反省すべきこととしてオレの中で今も位置付けられている。もう一度、『バトルに勝つ』のではなく、『強さを求める心』『最強を知りたい気持ち』を思い出させてくれたからだ。

 さて、長々と語って一体何が言いたいのかというと、教え子だからと手を抜いたら、逆にヒカリちゃんに失礼になる。だからやはり、全力で行く。その辺、この二人は幼馴染だからと「ヒカリに対して手を抜いてくれ」とは言わなかった。

 旅に出る前だったら、ひょっとしたらそういうことも言っていたかもしれない。これも、ポケモンとの旅が彼らを成長させたということだろうか。

 

 そしてシンジ君について。彼は順当にいくと三回戦でヒカリちゃんと当たる。おそらく三回戦は間違いなくヒカリちゃんVSシンジ君のバトルになる。彼の試練はまずヒカリちゃんをクリアすることだろう。

 

 

「そこのラルトスを連れているキミ、キミがユウトという人物で合っているかな?」

 

 

 オレたちの後ろから掛かった声にオレは深くため息をついた。振り返るとえんじ色のポンチョのようなものを羽織り、長い長髪を後ろに流して顔の左半分がその長髪で隠れている男。

 

「やれやれ、今日は千客万来だなぁ、しかも知らない人ばっかり」

 

 ホントに誰だ、アンタ。

 

「ボクの名前はタクト。キミを倒す男さ」

 

 タクト、タクトねぇ。あれ、そういえば何かこの風貌と言い、名前と言い、どこかで……。

 

「キミはダークライ使いの噂を聞いたことはないかい?」

 

 ダークライ使い? いや、聞いたことはないかな。……ん? そういえば、アニメの方では心当たりが一人いるような……?

 

「ダークライ使いってアレですか!? あの、ジム戦とかバトルの全てをダークライ一体で切り抜けたって言う!?」

 

 コウキ君の言葉で完全に一致した。

 そうかこいつが――

 

「そのダークライ使いとはボクのことだ」

「なんだってぇ!?」

「あのダークライ使いがあなた!?」

 

 あの催眠厨にして、伝説厨ね。

 

「ボクはキミの掲げる言葉については異論があるんだ。ポケモンバトルは強いポケモンで戦えば負けない。このボクのようにね。愛情だなんだかんだ言う前に強いポケモンだ」

「それで、伝説のポケモンばかりを手持ちに入れていると?」

「そういうことだ。しかし嬉しいよ。キミが僕のことを知っていてくれてたなんて」

「オレは今すぐ忘れたいな」

「大丈夫だ、絶対忘れられなくなるよ。安心したまえ。では、四回戦で逢おう」

 

 そう言って去っていくタクト。

 

「ああ、言い忘れていた。ひとつ君に忠告をしておこう」

「なんですか?」

 

 

「キミのつれてるラルトスなんかじゃあ、ボクのポケモンには絶対に敵わない。だから、入れ替えをお勧めしとくよ。ではね」

 

 

ピキッ

 

 

 辺りにそんな音が響いた。

 うん、なんだ、その、問題が三つに増えたとか、そんなことはどうでもいい。

 

「(ユウト……)」

「……ああ」

 

 

 オレのラルトスを――

 オレの最高の相棒を侮辱するとは――

 

 

「あ、あの……ユウトさん……?」

「だ……大丈夫ですか……?」

 

 正直、オレは二人の言葉なんか一切聞こえなかった。

 

 いいだろう、そこまで言うのなら見せてやろう。

 この世界に蔓延る派手な技の出し合いではなく、オレの世界での、

 ポケモンバトルの真髄を――

 オレたちの今の本気を――

 

 そして――

 

 

(あのヤロウを――)

「(あのワカメを――)」

 

 

 

 

 ぶっ倒す!!




アニメキャラのシンジとタクトが登場。いろいろフラグが立っています。ただ先に謝っておきます。この2人(特にタクト)のファンの皆さん、ごめんなさいm(_ _)m
ちなみにリーフ、シルバーはアニメ出演履歴はなく、公式での名称もありません。


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挿話8 すべてをぶつけよう! ヒカリ

 あたしには憧れがあった。それはポケモンリーグの舞台に立つこと。何故かを語るにはちょっと昔のことを思い出す必要がある。

 あたしが小さい頃、生でリーグチャンピオンのバトルを観たことがあった。今思うとママのコネで特等席からの観戦だったのだけど、そのとき、その人のバトルがすっごい迫力があった。それでいて、その人が勝ったときのスポットライトに照らされたその人の顔が本当に輝いて見えて、それに憧れたから、なーんていう結構チープな理由。

 でも、あたしのママはトップコーディネーターだから、そっちの方に行かなきゃいけないのかなぁと思って相談してみたら、ママは、

 

「ママはママ、ヒカリはヒカリ。親子と言っても所詮人間なんだから、それぞれやりたいこと、目指したいことは違うことも当然にあるはずよ。だから、あなたはあなたの思う通りの道を進みなさい。ママはいつでもあなたの味方。応援しているわ」

 

なんて言ってくれた。それからはあたしは本当にトレーナーを、そしてポケモンリーグを夢見るようになった。

 ふと、旅に出ることになってからのことを今までのことを思い返して見た。

 旅に出てからここに来るまで、そう長い期間とはいえないと思うけど、でも、正直言って今まで生きてきた中で最も内容が濃かった時間だと思う。

 本当にいろんなことがあった。

 旅に出る前はワクワクする気持ちが抑えきれなかった。

 初めてポケモンをもらったときは嬉しさで、胸がいっぱいだった。

 ポッチャマとの二人旅は何もかもが新鮮だった。

 初めてのポケモンゲットは二人で思いっきり喜んだ。

 逆に逃げられちゃったときは二人して思いっきり悔しがった。

 ケガして傷ついちゃったときは本当に心配だった。

 ヒトカゲが苦しそうにしてたのを見つけたときは、何としても助けたかった。

 そして、旅に出始めてから初めて味わった、挫折。あれは苦しかった。辛かった。

 でも、そこでの出会い。

 そしていろんなことを知った。それはポケモンのことだけでなく、人についても。いろいろな考えがあることを知った。ときにぶつかることもあった。

 

 本当に色々あり過ぎた。でも、そんな中で最終的にはジムバッチも八つ手に入れることが出来た。ナギサシティから223番水道→チャンピオンロードを抜けて、ポケモンリーグが開催されるスズラン島に辿り着くという、ポケモンリーグに出場するための『最終予選』にも勝ち残った。つまり、いよいよ、夢にまで見たポケモンリーグに出場できることとなったのだ。

 それから、そこでは、あたしの幼馴染のジュンやコウキにも再会した。二人とも最終予選をクリアしたようで、お互いの結果に喜びあいつつ、お互いがお互い本気の勝負で行くことを誓い合った。

 夜、宿ではユウトさんの知り合いだという、大誤算、じゃなかった、ダイゴさん、リーフさん、シルバーさん、グリーンさんがユウトさんの部屋にやってきてかなり賑やかだったけど楽しかった。ただ、みんなすごい人たちばかりで、本当にユウトさんはあたしなんかよりすごい人なんだとまた実感した。

 次の日、トーナメントの組み合わせが発表されるので、久々にあたしたち幼馴染三人でスタジアムに足を伸ばした(ユウトさんはときどき起こる凄まじいまでの寝坊の日だったので置いていった)。途中、旅の思い出話を三人でしているときは楽しくて面白くて、それこそあっという間にスタジアムに着いた。

 そしてトーナメント表を受け取って確認する。

 

「おい、これって……!」

「ヒカリちゃん……」

 

 そのとき二人の声は右から左に抜けていっていた。

 

「ユウトさんと同じブロック……」

 

 そのときあたしは何とも言えない感覚に陥った。

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 あたしは二人とは別れて一人、森の中にいた。手頃な岩があったので腰掛ける。ただそこで、しばらくボーっとしていた。

 

「おや、キミはヒカリちゃん?」

 

 そんな声が耳を打った。昨晩聞いた、聞き覚えのある声だ。それがした方を振り返ると、

 

「グリーンさん」

 

カントー地方トキワジムジムリーダーのグリーンさんだった。

 

「どうして?」

「いや何、これでもジムリーダーだからね。ジムを空けて遠出するなんてことはほとんどないし、シンオウ地方に来たのも初めてだったからちょっとその辺ブラブラしてたんだ」

 

 グリーンさんはあたしの隣りまで、そよ風に乗るようにゆったりと歩いてきた。

 

「シンオウはいいね。自然が豊かだ」

 

 グリーンさんはそこで大きく伸びをした。確かにすごくリラックスしていて気持ち良さそうだった。

 

「さっきポケモンと特訓してるトレーナーも見かけたんだ。僕も昔はリーグに挑戦してチャンピオンにもなったことがあるから、なんだかそのときのことを思い出して懐かしくってね」

 

 そういえば、昨晩ユウトさんが言ってたけど、グリーンさんは昔カントーのチャンピオンにもなったことがある人だから、巷だと、“最強のジムリーダー”という異名を持つとか教えてもらったっけ。

 

 ……

 

 ……ひょっとしたら、グリーンさんなら、何か方策とかあるかな。

 

「グリーンさん、グリーンさんはユウトさんと戦ったことはあるんですか?」

「うん? そうだね。彼の弟子になった君ほどではないと思うけど、それでもけっこう戦ったりしたかな」

「強かったですか?」

「う~ん、なんていうかね、初めて戦ったときは、ポケモンの強さ自体は正直そこまで強くなかったかな。もう何年も前のことだけど」

「そうだったんですか!?」

 

 意外だ。正直あたしにはそんなに強くないユウトさんなんか想像できない。

 

「たしかに、今みたいに『あり得ない』っていうぐらい強くはなかったよ。けど、ポケモンへの指示の出し方というか、戦略かな。あれが素晴らしく洗練されていたんだ。正直言って当時の僕に衝撃的だったよ。『あんなバトルがあるのか』ってね」

「そうだったんですか」

「ああ。ちなみに昨日の夜、彼の部屋にいた皆全員、彼と一度でも戦ったことがある奴らばかりなんだ」

「本当ですか!?」

「ああ。そして皆、彼のバトルで意識が変わった奴らばかりだ。君は彼の言う『ポケモン講座』とかを聞いていたんだろ?」

「はい」

「僕もそれなりに聞いたことがあるけど、あれは世界中どこを探しても存在しない。世界中のポケモンスクールや大学を探したって聞くことはできないし、世界中の学会の論文をひっくり返したって出てこないものなんだ。いわば、彼独自の理論だね」

 

 これまた意外だった。正直あまり知られていないとユウトさん自身は言っていたけど、まさかそこまでのものだったなんて。

 

「でも、君も彼の言う理論が正しいって身に染みてわかっているだろ?」

 

 コクリと頷く。正直、ユウトさんがいなかったら、あたしはきっとギンガ団幹部と渡り合うとか、とんとん拍子でジムリーダーに勝っていくなんてことは出来なかったと思う。

 

「それにさっきも言ったけど、彼は戦略の立て方が上手い。まあ、本人自身は基本だって言っていたけど、でも、僕たちの常識から考えると思いもつかなかったことに変わりはないんだ。1を2にするのは簡単。だけど0を1にすることはとてつもなく難しい」

「1を2に、マネをすることは簡単だけど、0を1に、それを初めて成すことは難しい」

「そういうこと。昨日監視だなんだかんだ言ってたけど、あれは僕にとっては正直言って建前だ。本音は、彼のバトルを見ること。僕は彼がこういうリーグに出るってときは、なるたけ、彼のバトルを見るようにしてる。彼の戦略はすごい勉強になるんだ」

 

 “最強のジムリーダー”をしてここまで言わせるなんて……。

 

「それだけの戦略を生み出せる彼は天才さ。おっと、頭に努力という修飾語がつくけどね」

「なんでですか? 聞いている限りだと、やっぱりあの人はポケモンに関して素晴らしく才能があると思うんですけど」

「彼は君ほどの才能はないよ。彼だって今でこそ、様々な地方のチャンピオンに名を連ねているけど、昔はテンでダメだったらしいし」

「えっと、どのくらい……?」

「なんでも、彼はホウエン地方の出身らしいけど、彼はトレーナーになって最初の一年間はバッジが二つしか取れなかったとか」

 

「ええええええ!? そ、それって何かの間違いじゃないんですか!?」

 

 何ですかそれは!?

 あたしよりひどくないですか!? えっ、いや、そんな負けっぱなしなユウトさんとか、ぜんっぜん想像できないんですけど!!

 

 それから、バッジがそろっていないから当然ホウエンリーグには出場できなくて、次にジョウトに行ったらしいけど、それでもバッジが全部そろわずにリーグには出場できなかったとか。

 

「ただ、聞いた話だけど、奇妙なことに戦うときと戦わないときがあったんだって」

 

 その後今度はナナシマに行って、そこで猛特訓をして初めてリーグに出場したとか。そして初めてのリーグ出場で優勝し、チャンピオンにも輝いたらしい。その後にカントーに渡り、ジムをめぐり、カントーポケモンリーグに出場してベスト8。

 

「ちなみにそのときだよ、初めて僕が彼と戦ったのはね」

 

 それからはメキメキと実力を伸ばし、ナナシマ、ホウエン、カントー、ジョウトとリーグで優勝し、チャンピオン、あるいは準チャンピオンになっていったらしい。

 

「なんだか、意外でした。ユウトさんがそんな経歴を持っていたなんて」

「彼だって初めは強くなかったけど、それを何年も時間をかけてあそこまで駆け上がったんだ。だから、ヒカリちゃん、正直君がユウトに勝とうなんていうのはまだ無理だ」

 

 えっ……?

 

「おそらくどうやって彼に勝とうかなんてず~っと考えてたんでしょ? で、考えつかなかったから、僕に聞いてみたと?」

 

 す、するどい……。その通りでございます。

 

「僕もヒカリちゃんの立場なら、きっとそうしただろうから、そんなことはないさ。ところで、彼との特訓で一度でも勝ったことは?」

「ない、です……」

「だろうね。トレーナーになってまだ一年にも満たない君が、知識、戦略、経験、それら全てが彼に劣っている今の状況で勝とうなんてそれこそ十年早いよ」

 

 なんだか、ここまで遠慮無用で明け透けに言われたら、かえって清々しい。

 

「グリーンさんって結構ズケズケ言うタイプなんですね」

「はは、というより、物事を現実的に見てるつもりなだけなんだけどね。それに、一応きちんと人を見て言っているつもりだ。誰彼構わずではないよ。で、僕からはただ、一つ、君に言えることがある」

 

 そのときのグリーンさんは真摯だけど、どこか優しい雰囲気であたしを見つめていた。

 

 

「君が彼から学んできたことはなんだい?」

 

 

 学んできたこと……。

 

 思い返してみる。

 理論もそう。知識もそう。戦略もそう。ポケモンたちへの愛情もそう。物事をよく観察することもそう。冷静に物事を判断することも……あっ――

 

「グリーンさん」

「ん?」

「おかげでスッキリしました!」

「そう。もういいかな?」

「ハイ! いろいろありがとうございました! あたし、これで失礼します!」

「うん、がんばんなよ!」

 

 そうしてあたしは気持ち良くなって、ただなんとなくだが、走り出した。

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

「よ~し、みんな出てきて!」

 

 六つ全部のボールを宙に投げだす。

するとそこから現れる頼りになる仲間たち。

 

「みんな! あたしたちはリーグであのユウトさんとガチバトルすることになった!」

 

 そう言ってもみんな誰ひとり動揺する仲間はいなかった。

 

「正直言って今のあたしらじゃあ、多分勝てない。でも、あたしたちは今まで、あの人やあの人のポケモンたちにいろいろなことを教わってきた」

 

 

 だから――

 

 

「あたしたちは勝てなくたっていい! あたしたちが今まで習ってきたこと、そして培ってきたことを全てぶつけて“あたしたちがここまで成長したんだ”ってことをユウトさんたちに見せつけようじゃない!!」

 

 

 全員が一斉に雄叫びをあげる。

 うん、なんだかテンションも上がって気合いも入ってきた!

 

「そんじゃあ、あたしたちはユウトさんたちに当たるまでは絶対に負けられないわ! だから、特訓よ! みんな、準備は良い!?」

 

 さっきよりもさらに一段と大きい雄叫びが響き渡った。みんなも気合十分だ!

 

 あたしたちはその後、遅くまで技の練習、戦略の研究、バトルの実践などの特訓を繰り返した。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

【後日】

 

 グリーンさんに聞いた話をユウトさんに振ってみた。

 

「ああ、努力値のために負けたこととか戦わないことがあったんだ。そのおかげで、レベルが高くならなくてね」

 

 ああ、そういうことですか。あたしの感動を返してください。

 あたしは心底そう思った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

【余談】

 

 特訓を終え、ポケモンセンターにポケモンたちを預けてクタクタになって宿に帰ると、ダイゴさんたちが一堂に会していて、

 

「…………」

 

一様に深刻そうな表情をしていた。

 

「おー、おかえり、ヒカリちゃん」

 

 すると後ろからグリーンさんに声を掛けられた。

 

「昼間はありがとうございました。ところで、あれ、なにかあったんですか?」

 

 その不穏な様子に思わず指を指しながら聞いてみた。

 

「あー、あれなぁ」

 

 グリーンは苦笑いしながら、掻い摘んで事情を説明してくれた。してくれたんだけど、あー、うん、そのー、なんていうか。

 

「その人は短い人生でしたね」

「バカだけど哀れだね。ただ、問題があってね」

 

 わかります、ユウトさんのポケモンたちのことですよね。

 

 

「オイどうすんだよ? ジョウトのポケモンセンターの一件なんかよりよっぽどヤバいぜ?」

「その話はボクも聞いたことがある。なんでもほぼポケモンセンターが全壊したとか」

「どうする? もし会場でそんな大惨事が起こったら洒落にならないわよ?」

「よし、ボクがホウエンのチャンピオンだっていう肩書を使って何とか本部にはたらきかけておこう」

「俺はジョウトリーグに応援を頼んでおくわ」

「あたしも。ついでにナツメとかエリカも引っ張ってこようかしら。ナツメはエスパーだし、エリカはお嬢様でマイペースだから、いっしょに置いとけば結構ユートのペースを乱してくれそうだし」

 

 

 そんな会話が成されていた夜の出来事。ちなみにユウトさんたちはまだ帰ってきていませんでした。



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挿話9 リーグ1回戦 ヒカリ

『さあ、次の試合に進みましょう!』

 

 男性実況の声がスタジアム内にうるさいくらいに響き渡る。観客席にいるオレでも若干耳を塞ぎたいレベルだ。

 予選リーグ一回戦。環境は水のフィールドということで長方形の形をした水深数メートルの深いプールに水がなみなみ入っている。

 そんなところでは水ポケモンしかダメじゃないかと思うところだが、そこはきちんと円形状の陸地がいくつもきちんと立てられていて、水ポケモン以外でも活躍できるになっていたりもする。ちなみに、これはカビゴンやボスゴドラが乗っても壊れないんだとか。この世界の科学技術はホントよくわかりませんね。

 

『まずは赤コーナー! ハクタイシティ出身、サユリ選手!!』

 

 出てきた相手はゲームでいえば、いわゆるエリートトレーナー。ただ、装いはシンオウのそれなんだけど、髪型だけはイッシュっぽいツインドリル風。つまり、何が言いたいかと言うと、緑ツインドリルはなんだかとっても新鮮味を受けるということ。

 

『サユリ選手は予選リーグに出場すれば、毎回決勝リーグまで勝ち進む強者です! 今回はこの予選リーグからの出場となります! そして青コーナー! フタバタウン出身、ヒカリ選手!!』

 

 そしてヒカリちゃんも登場。見た感じガチガチに緊張しているようには見えない。二人はゲートを通って、トレーナーがポケモンに指示を出す枠――トレーナースクエア――の中に足を踏み入れた。一度この中に入れば、基本的にバトルが終わるまで、トレーナーはこの中から出ることは許されない。

 

「結局ヒカリちゃんとバトルは出来なかったけど、楽しみね」

「ああ。なんつったって、このうすらバカの弟子だかんな」

 

 そしてオレの横にはグリーンさんたち三人。ちなみにダイゴは席をはずしていてこの場にはいない。なんでも、チャンピオンとしての仕事が入ったようだ。

 しかし、相変わらず、シルバーさんは口が悪い。だから、年上扱いしないんだよ。

 

「おい、シルバー」

「あ? いつも年上には敬えつってんだろ?」

「あんた、年上だったのか。それは初耳だ」

「コノヤロッ」

「はいはい、二人とも。じゃれあうのはそこまでにしよう。今はヒカリちゃんの試合だよ」

 

 いや、じゃれ合ってないです。そこは違いますよー、グリーンさん。

 

「そうだぜ、だれがこんな」

「ハイハイ、もういいから」

「そういうのは後でいくらでもやってよね」

 

 うわ、二人にすっげー適当に流された。

 

「そんなことよりも、ユート君。どうなのよ、実際ヒカリちゃんは?」

「そうだね。彼女の手持ちポケモンは?」

 

 強引な話題転換に釈然としないものを感じるけど、えーと、彼女のポケモンね。ひとまず、水タイプはポッチャマ、ギャラドス、ラプラスの三体。

 

「なるほどな。一応は水タイプだけで三体組めるっつーわけだ」

「でも、その三体で出るのは危険じゃない? だって弱点もろ被りだし」

「しかし、フィールドを生かすにはなかなかの組み合わせだろう。まあ尤も、僕なら飛行タイプは絶対潜り込ませるかな。その三体だと、対空迎撃に関してはやや不安だからね」

 

 さっきまでイザコザしていたシルバーも加わってあれやこれやと討論している。三人はヒカリちゃんのことをまだあまり知らないからという面で、少し心配だという気持ちがあるのだろうが、オレとしては結構楽観している。

 

「まあ、彼女なら大丈夫だと思いますよ」

 

 その言葉に三人はピタッと止まり、次にオレを見据えてくる。

 

「それってユート君が彼女の師匠としての自信?」

「それもあるにはありますが、彼女のトレーナーとしての才能ですかね」

 

 さらに、リーフさんへの答えには付け加えなかったが、オレとのバトルを何度も経験しているなら、きっと考え付くことがあるハズ。

 

『では、試合開始ィィィ!!』

 

 実況の合図がBGMとして流れる中、彼女がどんなバトルを観せてくれるのか期待に胸がふくらんだ。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 初めてのポケモンリーグ。

 周りを見回せば、スタジアムの客席を埋め尽くすさまざまな色。そして耳を塞がんというばかりの歓声。

 こんな中でのバトルなんて、今まで一度も経験したことはない。

 緊張もしてる。

 でも。

 ガチガチに固まるような緊張感ではなく、ほどよいそれ。そして何より――

 

「ワクワクするなぁ!」

 

 期待感、それから高揚感の方がそれを大きく上回っていた。

 トレーナーの待機場所に立った。これからバトル終了まではここからポケモンたちに指示を出すのだ。

 

「では、改めてルールを説明します」

 

 一回戦だけはここで再度、ジャッジの人がルール説明をしてくれるらしい。ルールに関しては昨日までに頭に叩き込んだけど、もう一度耳を傾ける。

 

「バトルの形式は1対1のシングルバトルです。使用ポケモンは三体、ポケモンの交代は認めます。道具の使用はできません。以上です」

 

 うん、バッチシ! 今のを言い換えれば、それ以外は何をしたってOKなわけだ(もちろんスポーツマンシップに反する行為はアウトだけど)。

 ということはわざわざご丁寧にこの水のフィールドに付き合ってあげることもないのである(尤も、この手段はまだとっておくけど)。

 

「では、よろしいですね?」

 

 ジャッジの言葉にお相手のきれいなお姉さん、それからあたしも頷く。

 

「両者、ボールを構えて!」

 

 あたしの最初のポケモン。それは――

 

『では、試合開始ィィィ!!』

 

 

 あなたよ!

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『さあ、バトル開始! 両者最初の一体目のポケモンが出揃いました! サユリ選手はスターミー、ヒカリ選手はギャラドスです! スターミーにギャラドス、どちらも水タイプのポケモンです!』

 

「ギャラドスね。悪いけど私のスターミーの相手じゃないわ」

 

 スターミーは特攻、素早さが共に高いポケモン。しかも、10万ボルトにサイコキネシスにれいとうビームといった多彩な技を覚える。

 だけどね。

 

「さあ、どうですかね! ギャラドス、ダイビングでスターミーに接近!」

 

 タイプ相性はバトルではすごく大事。でも、それだけで決まるわけじゃない。

 

「私のスターミーはそんじょそこらのスターミーとはワケが違うわよ! さあ、スターミー、10万ボルト!」

 

 スターミーの身体が発光すると同時に、10万ボルトが放たれる。スターミーを中心にして、水面を波紋のごとく、あっという間に10万ボルトが広がっていった。

 

『これはすごい! サユリ選手のスターミー! 水タイプであるにもかかわらず、なんと弱点である電気技が使えるようです! これはこの水のフィールドに対して相性は抜群でしょう! そして電気には極端に弱いギャラドス! これは効果抜群だぁ!』

 

 ギャラドスは浮かんでこない。

 ジャッジとしては戦闘不能かそうでないかを見極めなければならないから、水面をジッと凝視している。

 

「お分かりの通り、私のスターミーは水タイプにとって弱点のはずの電気タイプの技が使えます。加えて、普通の水タイプよりさらに電気に弱いギャラドスではもうどうしようもできません。交代の準備をした方が賢明ですよ」

 

 ……ちょっといろいろ言いたい。さっきの実況の人も言ってたけど、別にそのポケモンにとって弱点になる技を覚えるのって、結構普通にあることだと思う。それとも、水タイプなのに電気タイプの技っていうのがインパクト大きいのかな。ともかく、そんなのはそれなりに普通。あたしのラプラスやギャラドスだって10万ボルトは使えるし、かみなりだって使える。

 ふとスターミーが乗る足場近くの水面にいくつかの小さい泡がボコボコと浮き上がった。

 

「さあ、次のポケモンを用意なさい!」

 

 いまだ出てこないギャラドスに、相手はスターミーともども完全に油断していた。

 

 

「今よ、出てきなさい! ギャラドス!」

 

「グオォォオ!」

 

 

 その合図とともに水面から跳びはね、宙に飛び上がったギャラドス。

 

「な、なんですって!?」

 

 相手の顔が驚愕に染まるのが見える。

 

『な、なんと! ギャラドス、スターミーの10万ボルトを食らってもダウンしていません! そのまま水中から飛び上がったァ!』

 

 そのままおんがえしでも決めてもらおうと思ったけど、結構高く上がったから変更。

 

「そのまま反転してずつきよ!」

「くっ! スターミー、避けて!」

 

 ギャラドスのその高い攻撃種族値からのずつき。

 わんぱくな性格だったので、特性いかく込みの物理受けを考えた戦略で努力値を振っていたものの、攻撃にだって、わずかだけど、ちゃんと振ってある。しかも落下の加速度とギャラドスの全体重が加わる。スターミーは耐久とHPはそんなに高くはないから、これなら!

 

『決まったァ! ギャラドスのずつき! スターミー、避け切れなかったァァ!!』

 

 そして二百キログラム以上の体重がスターミーに乗っかり、疑似的なのしかかり状態になった。

 ギャラドスがその場を退く。仰向けに倒れ、中央の宝石のような部分がピコピコと点滅していた。

 

 

「スターミー、戦闘不能! ギャラドスの勝ち!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「かみなりとか10万ボルトでもよかったんだろうけど、水面高く飛び上がってくれたんだったら、確かにずつきの方がよかったわね」

「ああ。すっげぇ体重があるから、いくら電気が弱点とはいえ、ずつきとかの方が威力があるからな。つか、あのギャラドスはマジなんなんだ? スターミーの10万ボルト食らってもピンピンしてるとか」

「昨日ヒカリちゃんに聞いたんだけど、あのギャラドスはナギサシティというところの発電所内で捕まえたらしいから、電気にそこそこの耐性があるんだとか」

「ええ!? なにその反則!」

 

 隣では三人が今の試合の討論を活発に交わし合っている。

 そんな中、相手が次のポケモンを繰り出してきた。

 

「おっ?」

 

 あのポケモンは――

 なにかあったのかと、三人がこちらを振り向くのが見えた。

 

「これは……。結構おもしろいのが見られるかもしれませんよ?」

 

 三人の目はどういうことか説明しろ、と口以上にものを語っているように見えるが、答え(?)を言うのは面白くもない。でも、まぁヒントだけは出すかな。

 

「この水のフィールド。大会関係者には申し訳ないですけど、わざわざこのフィールドに付き合うことはない、ということです」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『サユリ選手、二体目のポケモンはキングドラだァ!』

 

 相手の二体目は水・ドラゴンタイプのキングドラ。そのタイプの掛け合わせから、効果抜群を取るのがなかなか難しいポケモンでもある。

 

「キングドラ、弱点はかなり少ないわ。さて、どうするのかしら?」

 

 どうするかですって?

 

 そんなものは相手の出方を見ながら考える!

 とりあえず、まずは特性を判断しないと。たしかキングドラの特性は『すいすい』、『スナイパー』、それから、

 

「げっ! あと一つなんだっけ!?」

 

 しまった、肝心なところで思い出せない~!

 

「ま、まぁ、忘れちゃったってことはきっと大したことがない特性ってことよね! うん!」

 

 よし! これで解決!!

 

 …………ゴメンナサイ、後で確認します……。

 

「キングドラ、こうそくいどう! ギャラドスをスピードでかく乱するわよ!」

 

 おっと、そんな間に攻めてきた。キングドラは水面を滑るように高速で移動している。とりあえず『すいすい』か『スナイパー』か。あまごいをやらないとすると、『スナイパー』の方が濃厚な気もするけど、ビミョー。ここはなるだけ速攻で決めよう。

 それにしても、あんなにビュンビュン滑るなら――

 

「ギャラドス、急所攻撃には十分気をつけなさい! それから水面ではねるよ!」

 

 ギャラドスは心得たとばかりに水面で不規則にはねる。穏やかな水面ではスキーのように滑ることも可能だろうけど、それが果して荒れてしまえば、どうなるかしらね?

 

「くっ! なかなか考えますね!」

『おーっと! ギャラドスがはねたことにより、水のフィールドは大荒れになっています! さすがのキングドラもこれにはスピードがコントロール出来ないのか、失速しております!』

 

 よし! いい感じ! あのギャラドスの巨体でのはねるだから、フィールドは大荒れの大荒れ。さらにバッシャンバッシャンとギャラドスを中心に水しぶきが上がるから簡易的なガードとしての役割も持たせられる。……というか、そこかしこで水しぶきが上がるから、若干あたしにもかかってちょっと失敗したかも……。

 さて、次の一手!

 

「ギャラドス、今度はりゅうのまい!」

 

 ギャラドスがピンと背筋が伸びたような状態になり、円回転をし始める。それと同時に黒煙とそれに纏うようなスパークが天に昇りつめていった。ついでにその余波として水のフィールドにある一定の流れが出来始める。要領としては流れるプールといったところ。

 

「キングドラ、流れに乗りなさい!」

 

 さすがは水ポケモンといったところで、さらに回転を始めていた水流にあっさりと乗るキングドラ。いえ、それだけじゃなくて、レベルが高いこともあるかな。

 

「今よ、キングドラ! ギガインパクト!」

 

 水流に乗って勢いが増した状態からのギガインパクト。じばく系統の技以外としてはほぼ最強の威力を持つ技だ。

 だけど、

 

『な、なんと! これはどうしたことでしょう! キングドラのギガインパクトが全く効いていない!』

 

「そっ、そんな!?」

 

 あたしのギャラドスはとっても打たれづよいのよね。それにさっきも言ったけど、わんぱくな性格(防御↑、特攻↓)だったから物理受けに育ててきた。だから、いくらギガインパクトといえど、簡単には大ダメージは食らわない。

 

『一方ヒカリ選手のギャラドスは先程から何をしているのでしょうか!? 何かをやっているのはわかりますが、あれがなんなのかは不明です!』

 

 へっ? え? ウソ?

 何やっているか分からないって、あたしにはその発言の方がわけがわからないよ。あれはりゅうのまいっていう、攻撃と素早さを上げる効果を持つ、れっきとした技なんだけど。

 アレ?

 もしかして知られていないとか?

 

「くっ! いったい何をしようとしているんですか!?」

 

 ……多分知られてないんですね、わかります。これは勝っちゃうかも。正直もう十分すぎるくらいに舞ったから。

 とはいえ、水面を滑空するように移動するキングドラのあのスピードは、いくらりゅうのまいで素早さが上がったとはいえ、些か面倒。

 

 ならば!

 いよいよ作戦 K☆A☆I☆K☆I☆N といきましょうか!

 

 

「ギャラドス、高く高くとびはねなさい!」

 

 

 その指示でギャラドスはスタジアムの客席の高さより高く飛び上がった。

 

「縦に回転!」

 

 ゴローニャのころがるのごとく(あんなにグルグルとは回らないけど)縦回転を始める。当然ギャラドスは飛べないので、落下をし始めている。

 

「アイアンテールを水面に叩きつけなさい!」

 

「グオォォオ!」

 

 掛け声一閃。アイアンテールが水面に叩きつけられた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『こ、これは……!』

 

 実況は言葉を失っているようだ。尤もそれはオレやヒカリちゃん以外、この会場にいる全員が同じような状況である。

 

「まあ、ざっとこんなもんでしょう」

 

 オレも自分のポケモンに対してああいう手合いなら、似たようなことをやる。

 

 

「高くとびはねることによって、落下する際に発生するエネルギー、しかもそれはギャラドスのあの重い体重も合わさって相当の威力になる。さらに縦回転による遠心力、そしてそれらが全て合わさったアイアンテール。そうなればこの結果も当然だ」

 

 

 ついでに言えば、ギャラドスは高い攻撃種族値を持っている上に、りゅうのまいの舞い過ぎで攻撃力も大幅にアップしていたから、ただでさえ威力の高いアイアンテールにさらなる大きなブーストが掛かっていたようなものである。

 

『な、なんと! ギャラドスのアイアンテールにより、フィールドの水がほとんど外に溢れ出してしまったァァ!』

 

 結果、水のフィールドに張ってあった水はほとんどが外に飛び出してなくなってしまった。

 

 別に、フィールドの環境を変えていけないなどというルールは存在していない。だから、この戦法も十分アリである。

 

『キングドラは!? サユリ選手のキングドラはどこに!?』

 

 キングドラはフィールドから消えていた。

 

 いや――

 フィールド上に僅かながら残る荒ぶっていた水流もだんだんと穏やかになり始めてきたとき。

 

「!? キングドラ! しっかり!」

 

『あーっと、キングドラが浮かんできました! これは!?』

 

 ジャッジが傍に寄った。ここからはボコボコのキングドラが倒れてぷかぷかと浮かんでいるようにしか見えない。

 

 

「キングドラ、戦闘不能! ギャラドスの勝ち!」

 

 

 あんな様子なら、きっと荒れ狂う水流に巻き込まれて壁や土台の柱に何度も叩きつけられたに違いない。はねるのときのような水面でのバランスならともかく、水中では、そのとき以上の猛烈で不規則な水流で荒れ狂っていたようだから、コントロールを失ったとしても、ムリからぬことだったわけだ。

 ちなみにオレだったら、威力を弱めることによってあの水流を調節してキングドラの自由を奪い、そして波が壁に当たって反射してきたところをカウンター気味に物理技を一撃入れていたことだろうな。

 まあ、なにはともあれ、相手の手持ちはこれで残り一体。ヒカリちゃんの一回戦突破にリーチがかかった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「まだよ! 勝負は最後まで分からないわ! 出番よ、ピジョット!」

 

 うわお! なんて珍しい!

 

『サユリ選手最後のポケモンはピジョットです! それにしても、これは珍しい! なんと色違い! 金色のピジョットです!』

 

 ピジョットってすっごいイケメンなのに、あんな色違いじゃさらにカッコイイ!

 ……なーんてやってる場合じゃなくて。

 なるほど、空からのヒットアンドアウェイ戦法で来るってことね。

 

「ピジョット、そらをとびなさい!」

 

 ふふ♪ そうはさせないわ!

 

「ギャラドス、かみなり!」

 

 飛び上がったピジョットに対して、ギャラドスのかみなりが炸裂する。

 

『ななななーんと! ギャラドスがかみなり! これは意外すぎるぞ! サユリ選手のピジョット、これには堪らず効果抜群! 果たして耐えられるのかァ!!』

 

 そらをとぶ中で下は見ていても、上は見ていないようだったから運よく当たってよかった。それにピジョットにしては弱点だし、かみなり自体は威力が高い技だから、ギャラドスの特攻能力値的に厳しくても、これで――

 

「ピジョッ、ピジョッーート!」

 

 って、耐えた!?

 

「ピジョット! 頑張って! 行ける!?」

「ピッ、ピジョッーート!」

 

 倒せたかと思ったけど、あのピジョットはまだやれるといった感じ。ただ、全身がやや煤けてたりしているから、大ダメージは間違いなさそう。というかやっぱりリーグだけあってレベル高いわよね。

 

『ピジョットはどうやらやる気十分! バトル続行です! しかし、やはり弱点技は痛かった! 相当ダメージを負っているようです!』

 

 でも、これで迂闊にそらをとべなくなる。なにせ飛んだら、またあのかみなりが来ると読むだろうから。

 

「ピジョット、低空を飛行しなさい! それから上にも注意!」

 

 うん、やっぱり。今思うに空からの攻撃を半ば封じたこの手は、飛行タイプの特徴を打ち消し、相手のトレーナーに相当のプレッシャーを与えているのかもしれない。

 

「ピジョット、ブレイブバード!」

「ギャラドス、アクアテールで撃ち落としなさい!」

 

 ピジョットのブレイブバードがギャラドスに迫る。でも、りゅうのまいを数回積んでいたギャラドスのアクアテールの方が速く決まる。急加速で突進していたピジョットに対し、カウンター気味にギャラドスのアクアテールが決まった。

 

 ギャラドスは、尾の部分にだけど、ブレイブバードのダメージを食らった。しかし、ピジョットは弱点技のかみなりに、タイプ一致物理技アクアテールのダメージを負っていた。さらにプラスして、ブレイブバード自体が使った側もダメージを受ける技であるため、その反動ダメージも合わさって、結果、ピジョットは墜落した。

 

 

「ピジョット、戦闘不能! ギャラドスの勝ち! サユリ選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ヒカリ選手の勝ち!!」

 

 

『決まったァァァ! リーグ強豪として知られるサユリ選手がまさかの予選リーグ一回戦敗退! 打ち破ったトレーナー、ヒカリ選手二回戦進出決定ィィ! いやぁ、なにかが起こると言われていた今大会! なんと一回戦、早くもここで大波乱が起きました! ヒカリ選手の大金星です!』

 

 

 初めてのリーグ戦での初勝利。あたしはそれらをふわふわとした気持ちでそれらを聞いていた。

 

 

 シンオウ地方フタバタウン出身、ヒカリ。

 二回戦進出。

 

 

 ついでに。

 

 

「マリル、アクアジェット!」

 

『アクアジェットがクリーンヒットォォ! トオル選手のマッスグマ、耐えられるか!?』

 

「マッスグマ、戦闘不能! トオル選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ユウト選手の勝ち!」

 

『マッスグマ、耐えられなかった! ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手、二回戦進出決定!!』

 

 

 ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト。

 二回戦進出。

 

 

「ってオレはついでですか!?」

「(なにメタってんの、ユウト?)」

 

 




ゲームでは意味のない技のはねるを活用してみました。

それからピジョットのブレイブバードはタマゴ技ですが、タマゴ技は、遺伝じゃなくても覚えられるということにしてあります。


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第10話 リーグ2回戦

盛大にミスしていたので、修正しました


『さあどんどん進めてまいりましょう! Bブロック二回戦次の試合です!』

 

 日替わりで実況の人が変わるらしく、今日はどうやら女性の実況らしい。今までは男性の実況しか聞いたことがないので、なんだかめっさ新鮮です。

 

『まずは赤コーナー! シンオウ地方キッサキシティ出身、ノゾミ選手!』

 

 すると、グラサンを頭にのっけたボーイッシュな女の子が出て来ました。

 

『ノゾミ選手はポケモンコンテストにも出場し、そして数々の優勝を飾ってきたトップコーディネーターという一面も持っております!』

 

 コンテスト優勝かぁ。そいつはすごい。オレはコンテストは全然ダメダメだからなぁ。いや、もちろんそれはゲームとかの話だけど、でもやっぱり実際コンテストは乗り気じゃない。興味が持てなくてねぇ……。

 

『次に青コーナー! ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手!』

 

 ま、そんなのは置いておいて。いくか。

 

「(わたし、出たいんだけどなぁ)」

「いや、ダメだろ」

「(ケチ。わたし、まだこの地方で公式戦一回も出てないんだけど?)」

「四回戦でアイツと当たるだろ?」

「(あのワカメ以外にも出たい)」

「なあ、お前、ひかえめな性格だろ?」

「(これでも十分ひかえてるじゃない! 今までだってずっと自重してたんだから、たまにはやらせてよ!)」

 

 我ながらこのノリはどうなんだろなどと思いながらも、ゲートをくぐっていった。いや、緊張しないことはきっといいことなんですよ? そうですよね?

 

「(ほどよい緊張は頭の回転を良くするって言うわよ)」

 

 ……それもそうか。よし!

 

 パン!

 

 頬を両手で一回叩く。

 いっちょ、やったるか!!

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「では、両者、ボールを構えてください」

 

 さて、オレの一番手はもうコイツで決めている。今朝本人に確かめてみたら、本人も気合十分。むしろ、「オレだけでバトル終わらせてやる!」という気合いが伝わってきたくらいだ。

 

『じゃあ、試合を始めちゃってください!』

 

 あ、いまのなんだかちょっとかわいい。ちょっと萌えた。って、そうじゃないですね。

 

「あたしの最初のポケモン! アゲハント、レディーゴー!」

「ハーント!」

「ペラップ、キミに決めた!」

「ペラップ~♪」

 

 出てきたのはアゲハントにぺラップ。砂塵舞うフィールドで、共にはねをはばたかせて宙に浮かび、互いを見据えている 。

 

『さあ、双方最初のポケモンが出揃いました! ノゾミ選手はアゲハント、ユウト選手はペラップです! 相性では虫タイプのアゲハントと飛行タイプのペラップでは、ペラップの方が有利! ノゾミ選手はどのように対抗するのでしょうか! しかし、私、ポケモンリーグでペラップを使うトレーナーを初めて見かけました! 個人的には、ユウト選手がどのようにペラップを使いこなすのかも注目していきたいところです!』

 

 まあ、ペラップってなんというかあまり目立たないポケモンだからな。

 で、ペラップは飛行・ノーマルタイプのポケモン。しかし、飛行タイプならムクホークやトゲキッス、クロバットなんて有名どころがいたりするし、ノーマルタイプは強さならリングマやケンタロス、かわいいどころだったら、ピクシーやプクリンだっていることだし(ちなみにちょっとどうでもいいことなんだけど、ペラップの鳴き声ってゲームと同じらしく、本人が超気張っているのに「ペラップ~♪」って常にお気楽さを漂わせているから、なんだかすごく気が抜ける気がする)。

 

「戻って、アゲハント!」

 

 するとここで赤いレーザー光がアゲハントの全身を覆う。モヤモヤとそれが収縮したかと思うと、彼女の突き出したモンスターボールに吸い込まれていった。

 

『おおっと、ノゾミ選手、ここでポケモンの交代のようです! アゲハントをボールに戻します! はたしてどんなポケモンを繰り出すのでしょうか!?』

 

 戻したアゲハントのボールを腰に戻して今のものとは異なるモンスターボールを突き出す。

 

「一回戦、キミのバトルを見た。正直、キミは強い。だから、不利な相性では戦わない! ムウマージ、レディーゴー!」

 

 フィールドに投げ入れられたボールから魔法使いをややデフォルメしたようなポケモンが現れた。

 

『ノゾミ選手、アゲハントの代わりにムウマージを砂のフィールドに投入します! ノゾミ選手、これが二体目のポケモンとなります!』

 

 ムウマージ。タイプはゴースト単タイプだが、多彩な技を扱う。例えば、攻撃技では、ゴーストタイプは元より、10万ボルトやパワージェムなどのペラップにとって弱点となる電気や岩タイプの技の他に、草・エスパー・悪・氷・炎タイプを、補助技では、おにびなどの状態異常技から味方へのサポート技もこなせる。さらにはみちづれやほろびのうたなどで相討ちを狙うことが出来る上、ダメージを負えば、いたみわけで相手にダメージを与えつつ、自分も回復するという、まさに“魔法使い”という言葉を体現するポケモンである。

 

「ムウマージ、でんげきは!」

 

 さっそく、弱点技が飛んできた。これを食らうのはやはりよろしくないわけで。

 

「スピードスターで撃墜しろ!」

「ペラップ~♪」

 

 でんげきはもスピードスターも必中技の一つであり、必中技は文字通り、相手に必ず当たる技。これって、原理はさっぱり不明なんだけどいろいろと実験した結果、そのポケモンが指定した対象に勝手にホーミングして向かっていくものらしいということがわかった。だから、そのホーミングの対象を相手ポケモンではなく、『その技』という形できちんと設定すれば、

 

『ノゾミ選手、必中技でペラップの弱点でもあるでんげきはを指示! しかし、ユウト選手も同じく必中技のスピードスターでこれを撃墜しました!』

 

こういう使い方もできたりする。

 さて、ここは是非ともお返しをしなければ!

 

「ペラップ、おしゃべり!」

「ペラップ~♪ ペラップペラップペラップ~!!」

 

 ちなみにおしゃべりは混乱の追加効果がある、飛行タイプの音波攻撃である。音波攻撃は総じて、一度放ってしまえば、こちらは何もしなくても勝手に相手に届いていく性質があるらしい。考えてみれば実に真っ当な性質だと思う。

 

「ムウマージ、まもるよ!」

「マージ!」

 

 ということで、相手がおしゃべりを凌ぐ間、今のペラップは完全フリーであるから、

 

「ペラップ、アンコール!」

 

こんなこともできたりする。

 

『ムウマージ、つい最近判明したペラップ専用技であるおしゃべりをまもるで防ぎました! どちらもノーダメージ! さあ、この後両者いかなる攻防を見せてくれるのでしょうか!?』

 

 いかなる攻防を見せるのかって?

 

「ペラップ、まもるが切れるまでわるだくみ!」

「ペラップ~♪」

 

 ごめん、相手はもうほとんど詰みなんじゃないかな☆ もちろん、対処法はあるんだけど、相手はそれに気づいてないと思う。

 

「ムウマージ、もう一度でんげきはよ!」

 

 ムウマージは改めてでんげきはを放とうとする。しかし、うまくいかずに、またまもるを展開した。

 

「ちょっとムウマージ! まもるじゃなくってでんげきはよ! でんげきは!」

 

 ムウマージとしても、でんげきはを繰り出そうとはしているようだが、しかし、ムウマージはまたまもるを展開してしまった。

 

「ムウマージ、一体どうしたのよ!?」

 

 ここに来て彼女も異常を感じ取ったらしい。トップコーディネーターである彼女のトレーナーレベルは高い部類であり、また、今まで相棒として友達としていっしょに苦楽を共にしてきたはずのポケモンが言うことを聞いてくれない。ムウマージとしても何とかトレーナーの意に沿おうともがいているが、結局はまもるをしてしまい、徒労に終わっている。

 

『これはどうしたことでしょう! ムウマージ、いつまでたってもまもるしかしません! いったいどうしたことでしょうか!?』

 

 ……やっぱりアンコールって技は知られてないんだなぁ。

 まあ、この世界補助技ってあんま知られてないからムリもないのかもしれない。尤も、かげぶんしんとかまもるとかは相手の攻撃を防ぐのによく使われるから知られているみたいなんだけど。

 

「ムウマージ! なら今度は10万ボルト!」

 

 いや、残念ながら、それもムダ。アンコールってのは、使われるとその直前に出した技をしばらくの間ずっと使い続けるって技で、持ち物が使えない以上、アンコール状態を解除するには交換するしか手はない。

 

『バトルは硬直しています! ムウマージはまもるを続けたまま、ペラップは砂のフィールドに降り立ち、首を傾げながらただただ待ち続けています!』

 

 ちなみに砂のフィールドは足場が文字通り砂だから、重いポケモンは足を取られて思うようには動けないこともある。しかし、ペラップは鳥ポケモンであり、体重も二キロもないので、そんなことはなかったりもする。

 

「くっ、しょうがない! 戻って、ムウマージ! なら、ごめんね! アゲハント、レディーゴー!」

 

『ここでノゾミ選手、ポケモンの交代です! ムウマージを戻して、一度戻したアゲハントを再びフィールドに投入!』

 

 まあ、指示聞かないんじゃあ、そうするしかないわな。

 

「アゲハント、はかいこうせん!」

「ペラップ、ねっぷうではかいこうせんごと吹き飛ばせ!」

 

 宙に浮かび上がったペラップがその翼を力強く羽ばたかせ始めると同時に、熱を持った風が生み出される。それは段々と橙の色を帯び、そして、アゲハントのはかいこうせんが発射されるころには、見るからに高温の突風が巻き起こった。

 ほぼ溜めナシではかいこうせんを放てるあのアゲハントは相当のレベルのようだが、こっちはわるだくみ(特攻二段階アップ)をほぼ限界まで積んでいるので、特殊技の威力があり得ないほど高まっている。

 

「ハ、ハーント!?」

「ウソでしょ!?」

『なんと! ペラップのねっぷうがアゲハントのはかいこうせんを軽々と吹き飛ばしました! 凄まじい威力のねっぷうです! そして、そのねっぷうがアゲハントに迫ります! アゲハントは耐え切ることができるのでしょうか!? タイプ相性、威力共にアゲハントにとっては最悪! 絶対的ピンチです!』

 

 はかいこうせんは呆気なく弾き返したねっぷうは、直後、アゲハントを巻き込んだ。

 

「ペラップ~♪」

 

 本人は楽しそうにしているけど、ねっぷうの余波がこちらにも来ていて結構暑い! 思わず、額に浮かぶ玉のような汗をハンカチで拭った。

 

『す、すごい! フィールドを覆い尽くさんとするかのようにペラップのねっぷうが砂のフィールドに吹き荒れます! こんなねっぷうは私、初めて見ました!』

 

 ねっぷうは範囲攻撃でもあるから、フィールド全体を覆うなんて今のペラップなら余裕です。

 そしてなんていうか、この実況、いちいち私見が多いよね。それでいいんですか?

 

 さて、そんな中でねっぷうが治まった。見ると、砂がジュブジュブと溶けたような感じになっているところがフィールド中に散見されている。これほどの威力、かつ、アゲハントにとっては弱点であったわけだから――

 

「アゲハント! しっかりして! アゲハント!!」

 

 アゲハントは体のあちこちが黒こげの状態で仰向けになって倒れていた。

 

「アゲハント、戦闘不能! ペラップの勝ち!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「わるだくみなんて積まれたら、もうあのペラップは止まんねーぞ」

「ねー。これじゃあ相手選手がかわいそうな気がするわ」

 

 今の試合におけるあたしの感想は、シルバーさんとリーフさん、この二人の言葉に集約されていた。ていうか、このままならもうユウトさんの勝ちは確定だと思う。ノゾミさんて人には申し訳ないけど。

 

「だが、言ってしまえば、知らない方が悪い」

 

 うは。本当にグリーンさんて容赦ない。

 

「……グリーンって相っ変わらず、キッツイわね」

「リーフ、それは現実的と言ってもらいたいな。昔から言っているだろう? まあしかしだ。僕たちはあのペラップではないが、アンコールで封じられてから、いいようにやられてしまったこともあるから、あまり強くは言わない方がいいのかもしれないが……」

「ねー……」

「あぁ、苦い思い出だぜ……」

 

 ……グリーンさんたちも同じ経験があるんですね。それに、シロナさんも同じ感じで真っ白に燃え尽きていたこともたしかありましたっけ。

 

 ……ん?

 今ふと思ったけど、あたしってばユウトさんと会ってからの一年足らずで、グリーンさんたちがこれまでユウトさんに味わった戦術を見せつけられて勉強させられてたんだ。

 ……とんでもなくハードだったんだね(泣)

 いや。いろんなポケモンのいろんな戦術を目の前で肌で体感させられ続けた。そう思い直すのよ、ヒカリ! そうしましょう! 記憶の置換は大切なことなんです!

 ……ついでにそれと並行して行われる知識の授業でも、覚えられなかったら、ラルトスのサイコキネシスとかもらい続けたのは何に置き換えよう……。確かに罰があるのは集中を切らさないって点ではメリットもあるのかもしれない。……でもねぇ……ツライ。あんな緊張感はとってもいやぁ……(泣)

 それに今思うけど、ユウトさん、ラルトスはちょっとひかえめだからとか言ってたけど、あのラルトスは絶対ひかえめじゃないよね!? いやそりゃあ、最初はちょっとよそよそしかったけど、それやってるときって結構嬉々としてやってたと思う! てか、思うとかじゃなくて、断言できる! あれは絶対嬉々としてやってた!

 あのラルトスは絶対ひかえめじゃなくてSだ。 いや、Sなんて性格はないけど、絶対にSに間違いない!

 

(ヒカリ、あとでオシオキね)

 

 ビクッ!!

 

 そんな声が脳内に聞こえてあたしは思わずブンブンと首を振り、周りを見回した。

 

「どうしたんだ、ヒカリちゃん?」

 

 三人ともこちらを不思議そうに見ている。

 

「な、なんでもないですよ、なんでも。ハハハ……」

 

 あたしは試合が終わったら、即スタジアムから逃げ出そうって決意した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「どうした、ラルトス?」

「(なんでもないわ。それよりユウト。今回は試合出るのやめとくわ)」

「そうか? わかった。じゃあ、このままペラップでいくぞ?」

「(ええ。フフフフフ)」

 

 なんだか変なことを考えていそうだが、オレには振りかからなそうだから、今は置いておこう。

 さて、試合の方はというと――

 

「ニャルマー、レディーゴー!」

 

 進化するとデブネコになるけど、ゲンガーやワタッコよりも早いっていう、ニャルマー。ほっそりとして身軽そうなネコ型のポケモンなのにそうなるなんて、今でも俄かには信じがたいんだよな。

 

『ノゾミ選手、ここでニャルマーを投入です! これでノゾミ選手は三体全てのポケモンが出揃いました! 一方、まだユウト選手はまだ一体のポケモンしか繰り出していません! トップコーディネーターノゾミ選手だんだん苦しくなってきました!』

 

「まだまだ! 勝負は始まったばかりよ! ニャルマー、あまえる!」

「ニャ〜ル〜ッ」

 

 まさに猫撫で声を上げるニャルマーから発せられる、ハートっぽい何かがペラップに当たる。

 

『決まりました! ノゾミ選手のニャルマーのあまえる攻撃です! 一回戦でユウト選手のマリルが使い、一気に日の目を見る技となりました! 会場内の皆様には改めてこのあまえるという技の効果をご説明します! あまえるという技は、まず、相手にダメージを与えるという技ではありません! これは相手のポケモンの攻撃力を著しく下げるという効果を持つ、補助技という類いの技なのだそうです! さて、これでペラップの攻撃力はガクッと下がってしまいました!』

 

「さっきのねっぷうはたしかに凄まじい威力だったわ。でも、さっきも言った通りあたしもキミのバトルは見ていたから、遠慮なく使わせてもらったわ。さっ、もうこれで攻撃技は怖くない!」

 

 あー、うん、とりあえず。

 

 ご愁傷様です。

 

 いや、たしかに攻撃は下がったので物理攻撃技の威力は元のペラップの種族値、性格補正(攻撃が下がる性格)、それから努力値も振ってないから、もはやそれは紙に等しいですよ? でもね、残念ながらオレのペラップは特殊アタッカーなんだ。だから、能力を下げるなら、特攻を下げるような技をやらないとね。尤も、特攻を下げる技って数が少ない上、性別に縛られたり、あるポケモンだけが覚える等々、非常に限定されていたりして普通はなかなか覚えられて使えるものではない。

 だから、この場合は特殊耐久が高いポケモンに交換するか、ペラップの低い防御と特防を突いて一気に強力なアタッカーの技で攻め立てるのが筋なんだけど、もう三体全部フィールドに出ちゃったからそれも出来ない。

 そうすると、あの三体の中では唯一、ムウマージが結構特防高いし特攻も高い部類になる。ただ、わるだくみで上限まで上がった特攻のペラップの特殊攻撃には間違いなく耐えられないと思われる(なにせペラップはわるだくみ一回積めば、現実世界ではド-タクンやブラッキーなんかの特殊耐久が非常に高いポケモンでも、ねっぷうやハイパーボイスで一あるいは二発で沈めるんですから)。そしてムウマージの特殊攻撃が来る前に、こちらの特殊技でムウマージを落とせば問題ない。

 仮にペラップが落とされても、オレにはまだ二体ポケモンを繰り出せる。

 よって、残念ながら、彼女はもう詰みである。あっと、耳ふさがないと。

 

「ペラップ、ハイパーボイス」

「ニャルマー、相手の攻撃はもう怖くないわ! 近づいてきりさく攻撃!」

 

 そしてペラップがタイプ一致特殊技のハイパーボイスを放ち、ニャルマーがペラップに立ち向かっていくが、

 

『ぐぅ~、す、すごい、ハイパーボイスです……! わ、私たちの方にも、このうるさいのの、影響が出ています……!』

 

 たしかに。この会場にいる人間全員、それこそ、観客や実況、はてはジャッジや相手選手さえ、耳を押さえている。

 

「(フフン、こんなこともあろうかと、こんなこともあろうかと、わたしは耳栓を完備していたわ)」

 

 コイツ、もはやポケモンというカテゴリから逸脱してんじゃないか?

 

とか、

 

 こっちはフィールドの環境に目を配りつつ、指示出さなきゃいけないから羨ましいなこのヤロウ

 

なんてことをオレは微妙に思いつつ、このハイパーボイスが早く止んでくれることを願った。

 

 

 そして、ハイパーボイスが止んだ後は――

 

「ニャ、ニャルマー、戦闘不能! ペラップの勝ち!」

 

 一匹の子猫がひっくり返ってケイレンしていました(苦笑)。

 

『す、凄まじいまでのペラップのハイパーボイス! もし私があんなのを間近で聞いていたなら、きっと気絶して耳から脳汁が一部飛び出していたことでしょう! ニャルマー耐えられずにダウン! これでノゾミ選手は残り一体、ムウマージのみ! 後がなくなりました! それにしても、あまえるの効果がハイパーボイスには見えなかったように感じたのはどういうことでしょうか!?』

 

「なっ、なんでさっきのより威力が高いのよ! それにどうしてあまえるが効いてないの!?」

 

 なんだかいろいろ問題がありそうな実況はこの際置いておいて。

 

「どうやらあなた方は大きな勘違いをなさっていると思われます」

「えっ?」

「攻撃力にも物理攻撃力と特殊攻撃力の二つがあって、あまえるが下げるのは前者であって、後者ではない。そしてハイパーボイスは後者にあたるので、あまえるの効果はハイパーボイスにはまったく影響を及ぼさなかったのです」

「そっ、そんな!? だってキミはあのキノガッサの技を!」

 

 ……彼女の言っていることは、一回戦でのバトルのときのことだ。一回戦の対戦相手は結構有名なトレーナーだったようで(ちなみにいわゆるゲームでいえばエリートトレーナー)、彼のエースアタッカーであったらしいキノガッサが出てきたときに、オレはあまえるでタネばくだんのダメージをほぼゼロに抑えた。皆としては、それの印象が非常に強かったらしい。しかし、こちらとしては、「そんなことを言われても」と言ったところで、どうしようもない。

 

「くっ! そ、それでもあたしは諦めないわ! お願い、ムウマージ!」

 

 そして最後のポケモン、ムウマージが出て来た。

 

「ムウマージ、もう大丈夫よね!?」

「マージ!」

「なら、ムウマージ! あなたが本当に頼りなのよ! レディーゴー!」

「マージ!!」

 

 さっきの汚名返上名誉挽回とばかりに気合が入っているムウマージ。ムウマージはゴーストタイプなので、ノーマルタイプのハイパーボイスは効かない。

 

「ムウマージ、パワージェムよ!」

「とどめだペラップ! めざめるパワー!」

 

 ムウマージのまわりに宝石のように光り輝く石片が浮かび上がると同時に、ペラップの体が発光し、一気にエネルギーが爆散される。それが、フィールドを包み、そして視界を包む。

 

『パワージェムとめざめるパワーのぶつかり合い! このフィールドの上で立っているのははたしてどちらなのか!?』

 

 

 舞い上がった砂煙が晴れてきた。そして――

 

「ペラップ~♪」

 

 ペラップの鳴き声が砂のフィールドに響き渡った。

 

 

「ムウマージ、戦闘不能! ペラップの勝ち! ノゾミ選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ユウト選手の勝ち!!」

 

 

 その一声の後に、スタジアム内が歓声で爆発する。

 

『決まりました! ユウト選手、その圧倒的なまでの強さで、トップコーディネーターノゾミ選手をわずかペラップ一体のみで退け、三回戦進出決定!』

 

 その大歓声と共に女性実況者の高らかな音声が耳を打った。

 

 

「いよっしゃっ!」

「(おめでとう、ユウト。次の三回戦もこの調子でね)」

「ああ!」

 

 

 ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト。

 三回戦進出。

 

 

 

 ちなみに。

 

 

「マタドガス、たいあたりだ!」

「リザードン、アイアンテールではね返しなさい!」

 

 たいあたりで迫ってきたマタドガスだけど、りゅうのまいで上がったリザードンの素早さには敵わない。

 

『マタドガスのたいあたりは敢えなくリザードンのアイアンテールで、まるで野球のボールのように弾き返されてしまいました! これは強烈です! まさにホームランといっていいでしょう! その勢いのままスタジアムの壁に叩きつけられたマタドガス、まだ立ち上がれるでしょうか!?』

 

 この実況者、ユウトさんも言っていたけど、本当に大丈夫なのかしら? しょっちゅう不謹慎とかで注意とか受けてたりするんじゃない?

 まあそんなのはさておき、審判がマタドガスのところまで寄って状態を確認する。やがて、あたしたち側の青旗が上がった。

 

「マタドガス、戦闘不能! リザードンの勝ち! テッペイ選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ヒカリ選手の勝ち!!」

 

『強い! 圧倒的に強いです、リザードン! 一回戦で見せてくれたりゅうのまいという技を行ってからはまさに“無双”、“手が付けられない”という言葉がピッタリと当てはまるような強さでした! その強さで以ってテッペイ選手のポケモン三体全てを撃破! ヒカリ選手、三回戦進出決定です!』

 

 

 シンオウ地方フタバタウン出身、ヒカリ。

 三回戦進出。

 

 




アニメからコーディネーターのノゾミが出張参加。
ちなみにノゾミはアゲハントは使っていなかったそうですが、そこはオリジナルということで。


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挿話10 リーグ3回戦シンジVSヒカリ(前編)

 予選リーグも今日から三回戦に突入した。私はシンオウ地方チャンピオンとして、タマランゼ会長の隣で予選リーグを観戦している。

 

『では選手の紹介をしましょう! まずは赤コーナー、フタバタウン出身、ヒカリ選手! そして青コーナー、トバリシティ出身、シンジ選手です!』

 

 五つある予選リーグ会場の中でヒカリちゃんのバトルを見れる会場に当たるとはついている。

 そして噂に聞いた彼。

 

「ダイゴ、彼よね、ユウト君に挑戦を吹っ掛けたって言う子は?」

「ああ、そうらしいね」

 

 そうそう、ダイゴもホウエンチャンピオンということで同席しています。

 

「ほほう、なかなか剛毅な者も居るようじゃな?」

 

 それからタマランゼ会長とは真っ白なご立派な髭にアロハシャツにビーチサンダルという格好の好々爺な人だけど、実は全国ポケモンリーグの責任者で、全国で開かれるポケモンリーグの大会の運営を担う、ぶっちゃけていえばものすごく偉い人。

 

「しかし、彼もたまにはチャンピオンとしての自覚を持ってもらいたいもんじゃなぁ」

 

 だから、当然ユウト君のことも知っている。

 

『では、試合開始ィィ!!』

 

 シンジ君という彼はユウト君と戦うという。しかし、それにはこのヒカリちゃんを突破しなければならない。

 彼にとっては重い試練になりそうである。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『ヒカリ選手はムクホーク、シンジ選手はテッカニン! 両者、最初のポケモンがこの岩のフィールドに出揃いました!』

 

 相手はシンジというあたしと同じかやや上ぐらい少年。

 

「はっきりいってお前は眼中にない。このバトルも今までと同様にアッサリ終わらせてもらう」

「はたしてそう簡単にいくかしらね」

 

 聞いた話では彼はユウトさんにバトルを挑むのだという。名指しで指名するぐらいなんだから、相当な手練なはず。実際、ユウトさんは「彼は強いから注意しておいた方がいい」と言われた。

 ユウトさんがあんな風に言うぐらいなんだから、心していかないと。

 

 そのシンジはテッカニンを繰り出してきた。

 テッカニン。たしか伝説のポケモン、デオキシス(スピードフォルム)を除けば、全ポケモン中ナンバーワンの素早さを誇る驚異的なポケモン。さらに、特性が『かそく』(一定時間たつと素早さが段階的に上がっていく)。本当に厄介きわまりない。

 テッカニンを使う場合、まず考慮に入ってくるのがバトンタッチの存在。能力変化やみがわり、かげぶんしんなどの状態をそのまま後続に受け継ぐ技だ(入れ替えをすると、通常それらは消滅する)。

 素早さが爆発的に上がった状態で後続に受け継がれたら目も当てられない。なんとしても、即退場させたいところ。

 

「ムクホーク、でんこうせっか!」

「テッカニン、かげぶんしん!」

 

 あたしのムクホークはすごくなまじめな性格をしている優等生タイプなため、能力補正はない。ただ、素早さに努力値を極振りしていても、やはりテッカニンの方が速く、先にかげぶんしんをされる。

 

『ムクホークのでんこうせっか! しかし、テッカニンのかげぶんしんの方が速かった! でんこうせっかは分身の一つを通過しただけになってしまい、でんこうせっかは不発に終わりました! それにしても、シンジ選手のテッカニン、すごい数のかげぶんしんだ!』

 

 たしかに十や二十じゃきかない。こうなったら、テッカニンの素早さも合わさって、ピンポイントの攻撃は外れてしまう確率が高い。

 ならば、

 

「ムクホーク、ねっぷう! ついでに目くらましもねらいなさい!」

 

分身全てに攻撃が加えられるような、範囲攻撃でいく!

 

『なんとすごい! ムクホーク、炎タイプの技のねっぷうを覚えていました! ムクホークの羽ばたきから発生した熱い風が、この岩のフィールド全体に吹き荒れます! それにしても鳥ポケモンにねっぷうとは、二回戦のユウト選手のペラップを思い起こさせますね!』

 

 まあ、あたしはユウトさんに師事してたから、その影響は色濃いと思う。それに、飛行タイプって鋼タイプに対する有効打が相当限られているから、鋼に効果抜群を取れるねっぷうはかなり有用だ。

 さて、そのねっぷうだけど、ムクホーク自体の特攻はそんなに高い方ではないから、ダメージを与えるにしてはやや力不足な感があるのは否めない。

 

「ちっ! そんな技まで覚えているのか! テッカニン、まもる!」

 

 絶妙なタイミングでまもるを使われたみたいけど、ただ、これで最低条件はクリアできた。

 

『テッカニン、効果抜群ねっぷうをまもるで防ぎ切りました! ノーダメージです! しかし、あれだけあった分身は一つ残らず消滅してしまいました! さあ、ここから両者どうする!?』

 

 そのとき、ムクホークの身体が少しブレたように見えた。

 

「ムクホーク、うまくやった!?」

「ムクホーークッ!」

 

 よし、いい返事! これで万が一の保険ができた!

 

「テッカニン、れんぞくぎり!」

「うそ!? ムクホーク、かわして!」

 

 何とか逃れようとするも、回り込まれ、一撃を食らってしまう。尤も、タイプ相性、技の威力、ムクホークの特性『いかく(相手の攻撃を一段階下げる)』で大したダメージにはなっていないようだけど。

 ていうか、そこはつるぎのまいを舞ってからバトンタッチじゃないの!?

 

「そのまま攻め続けろ! 今度はきりさく!」

 

『おーっと、ヒカリ選手、何やら動揺してしまい、指示が出せない! そのうちにテッカニンが攻め続けている! ムクホーク、ピンチだ!』

 

 マズッ、頭を切り替えないと!

 

「ムクホーク、こうそくいどう!」

 

 きりさくをこうそくいどうで素早さをあげると同時に抜け出し、距離を取る。

 

「ムクホーク、反転してでんこうせっかからのつばさでうつ!」

「テッカニン、かわせ!」

 

 でんこうせっかで突進し、そこからのつばさでうつだったが、これは呆気なくテッカニンにかわされてしまった。時間的に、おそらくテッカニンは出てきたときの二段階アップくらいの速さになっているはずだから、それも仕方のないことだと思う。

 

「テッカニン、シザークロス!」

 

 その素早さからあっという間に間合いを詰めて、シザークロスがムクホークに決まる。

 

『つばさでうつを軽々と避けたテッカニン! ムクホークに対してのシザークロス! 相性は悪いとはいえ、これをまともに食らったァ! ムクホーク、手痛いダメージを負いました!』

 

 だから、なんでバトンタッチしないのよ!? あ、いや、されると非常に困るんだけどね。

 そうこうしている間にムクホークのバックを取ったテッカニンがそのままムクホークにまたシザークロスを決まってしまう。

 だが――

 

『こっ、これは!?』

「なんだと!?」

 

 シザークロスをまともに受けたムクホークは、ボンという煙を立てて消え去った。

 

「これは、まさか、みがわり!?」

 

 ザッツライト。いや、保険の意味で掛けといてよかった。

 

「その通り、みがわりよ。さっきのねっぷうのとき、仕込んでおいたの。見えなかったでしょ?」

「くっ!」

 

『なんと、みがわりだァ! みがわりでテッカニンの目をくらましたムクホーク! しかし、肝心のムクホークはいったいどこにいるんだ!?』

 

 それはね――

 

「ムクホーク、でんこうせっかからのブレイブバード!」

 

 スタジアムにあたしの声が響き渡る。

 

「――……ーーック!」

 

 それに応えるかのように、段々と大きくなっていったムクホークの嘶き。

 

『なんと上だァ! ムクホークはスタジアム上空にいたァ! そのままテッカニンに向かって一直線に飛んできている! いや、これはもはやテッカニンに向かって高速落下をしているとでも言うべきかァ!』

 

「ムクッホーーーク!」

「かわすんだ、テッカニン!」

 

 しかし、テッカニンが動く前にムクホークとテッカニンが衝突。

 

『テッカニンにムクホークのブレイブバードが直撃ィィ! これは効果は抜群だァァ!』

 

「ムクホーク、そのままテッカニンを岩に叩きつけるのよ!」

「テッカニン、脱出しろ!」

 

 ムクホークはテッカニンを地面に叩きつけるべく、さらに地面に向かって加速する。

 一方、暴れてムクホークから逃げようとするテッカニンだが、ムクホークもそう易々と逃がさない。

 

「ならテッカニン、きゅうけつ!」

 

 テッカニンがムクホークの喉元を噛む。

 

「ムクホーク、がんばって!」

 

 苦しそうな表情を見せながら若干スピードは緩んだようだが、それでもムクホークが踏ん張っている。

 

「ムクッッ、ホーーークッ!」

 

 ムクホークはそのままテッカニンを岩に叩きつけた。フィールドの岩が激しく砕けると共に、粉塵が爆心地を中心として舞い上がる。

 

『テッカニン、きゅうけつで抵抗を試みましたが、残念! ムクホークから逃れることは出来ず、フィールドの岩に直撃ィィ! 凄まじいまでの土煙が上がり、衝突の激しさを物語っています! テッカニンも大ダメージですが、ムクホークもこれではダメージからは逃れられないでしょう! さあ、この土煙の中から先に姿を見せるのはどちらだァァ!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「う~ん、テッカニンだからと安易にすぐバトンタッチをするとは限らないんだけどなぁ」

 

 まあ、『テッカニンを見たらバトンタッチがあると思え』、『テッカニンを使うなら、バトンタッチをどう生かすかが、バトルの戦局を左右する』って口を酸っぱくして、テッカニンとバトンタッチの関連性を教え込んだのはオレなんだけどね。ただ、定石をこれとするなら当然、その裏をかくための戦法もあるわけで、それの言及も勿論した。尤も、今は間違いなく定石ではない戦法の方が主流であるが。

 

「て言うか、お前さぁ、この状況でよくそんなのんきなこと言ってられるな」

「とか言って、みんなだってふつうじゃないですか」

 

 シルバーのやや呆れを含んだような言葉にお互い様だといった風に返す。

 さて、視線を戻してスタジアムを見下ろす。

 ここにいる四人――オレにシルバーにリーフ、グリーン――以外、この会場にいる観客は全員が固唾を飲んでムクホークとテッカニンを見守っている。ちなみにオレたちは観客席に座れず、最上階の部分で立ち見である。そんな状態なのであまり目立っていないが、それでも近くの人からはオレたちのことは場違いに感じたりするかもしれないね。

 しかし――

 

「こりゃあ、少しハッパをかけ過ぎたかな?」

「どういうことだい?」

「いえ、さっきのヒカリちゃんの動揺ですが、オレみたいなやつならテッカニンは必ずバトンタッチをしてくるって教え込んでいまして。で、さっき、ヒカリちゃんに『シンジ君は強敵だよ』って吹きこんだんですよ」

 

 グリーンさんの問いの答えとして言った内容に、途端、「おいおい……」といった雰囲気が流れる。リーフさんやグリーンさんは苦笑いを浮かべていた。

 

「オイ、バトンタッチなんてほとんどのヤツは知らねーぞ。あのシンジっつーガキだって知らないハズだぜ?」

「それを勘違いしたのはヒカリちゃんですから」

「オイ、そりゃあ詐欺なんじゃねーか?」

 

 シルバーのその言葉に思わずクスッと笑みが零れてしまった。

 

「シルバーって意外にあまいんだね」

「あんだと?」

「でも、それだとヒカリちゃんのためにはならないんだよ」

「どういうこった?」

「当たり前の話だけど、世の中には自分の知らない人ばかりです」

 

 その知らない人の中には、自分より強い人なんかいくらでも、それこそ掃いて捨てるほどいる。ヒカリちゃんにはそういう、知らない人に対するときのある種の緊張感というものをいつでも持ち合わせていてもらいたい。

 

「最近はオレかラルトスかシロナさんっていう知っている人としかバトルはやってなかったですからね」

 

 適度な緊張は人間に刺激を与える。そこから柔軟な発想、思いもよらない戦略なんかが浮かんでくることだってある。

 

「なるほど。しかし話を聞いていると、僕はシルバーより君の方がずっと過保護なんじゃないかと思うな」

「同感ね」

「だな」

「尤も、シルバーだって似たようなところはあったりするけどね」

「いやいや、グリーンさん、そんなことはないですよ!?」

「どうかしら?」

「あんだと、テメー!」

「あ、それより見て見て!」

 

 

「ムクッホーーク!」

 

 

 その嘶きが聞こえ、岩のフィールドからムクホークが飛び立った。

 

『飛んだァ! ムクホーク、健在です! 一方、テッカニンの方は!?』

 

 するとムクホークが羽ばたき始め、土煙が消え失せる。

 

『こっ、これは!?』

 

 見るとそこには倒れ伏したテッカニン。ジャッジがテッカニンの元に近寄る。

 

「テッカニン、戦闘不能! ムクホークの勝ち!」

 

 まずはヒカリちゃんが一勝したようだ。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「戻って、ムクホーク!」

 

 あたしはムクホークをボールに戻した。

 

「ありがとう、ムクホーク。また出番があるかもしれないから、そのときまでゆっくり休んでてね」

 

 あたしの言葉に対して、微かにボールが揺れるという返事が返ってきた。

 

『さあ、シンジ選手が一体ポケモンを失いました。そしてここでヒカリ選手、ポケモンの交代をするようです』

 

 さて、次はどの子にしようかと思ってボールポケットに手をやると、一際揺れるモンスターボールに行き当たった。そういえば、この子はリーグ戦にまだ一度も出してなかったわね。一番付き合いも長いことだし、いい加減ボクも出してくれってことかな。

 

「オイ」

 

 いきなりシンジが呼びかけてきた。

 

「オレは絶対に負けられない。負けられない理由があるんだ」

 

 その言葉にあたしはとても共感を覚えた。だって、負けられない理由があるのは、あたしもいっしょ。あたしはリーグ決勝戦でユウトさんと戦って、自分を示さなければならない。だから、ここでは負けない! 負けていられない!

 

「それは奇遇ね。あたしも負けられない、絶対に!」

 

 次に出すその子のモンスターボールを手に取り――

 

「「いけぇ、次のポケモン!」」

 

 思いの詰まったそれを思いっきりフィールドに投げ入れた。そして、きっとそれは彼も同じだったんだということをあたしは肌で感じ取った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『シンジ選手、二体目のポケモンはドラピオン! 一方、ヒカリ選手の二体目のポケモンはポッチャマです!』

 

 ドラピオンにポッチャマ。二人の体格差は一目瞭然で、お互い距離があいているのにポッチャマがドラピオンを見上げる形になって対峙している。

 

「フン、未進化のポッチャマなんかにオレのドラピオンはやられない! ドラピオン、じしんだ!」

「ポッチャマ、真下に向かってハイドロポンプ!」

 

 じしんは地面タイプの技で、足元からダメージが来る技。ならばハイドロポンプの水の勢いによって宙に浮かび上がれば、じしんのダメージはない。

 

『ドラピオン、両前足をフィールドに叩きつけたことによってじしんが発生! しかし、ヒカリ選手、ポッチャマに地面に向かってハイドロポンプを指示したことによってポッチャマは空中に回避! それにしてもポッチャマがハイドロポンプを覚えているとはすごい!』

 

「ちっ!」

「進化してないからってあまく見ないでよね!?」

「なら、これならどうだ! ドラピオン、シャドーボール!」

 

 シャドーボールは特殊技で、ドラピオンの特攻はそんなに高くない。それなら!

 

「ポッチャマ、そのままれいとうビーム!」

 

 するとれいとうビームによって、ハイドロポンプがそのまま、岩のフィールドにそびえ立つ氷柱に早変わりした。

 

「ポッチャマ、その影に隠れなさい!」

「なんだと!?」

 

 そしてシャドーボールが氷柱に激突。

 

『これはすごい! ヒカリ選手、れいとうビームでハイドロポンプを氷の柱に変え、シャドーボールを防御したぞォ!』

 

 氷柱はヒビこそ入っているものの、予想通り完全には壊れていなかった。

 

「ポッチャマ、氷の柱に向かってずつき!」

「ポッチャマー!」

 

 するとヒビの入った氷柱は完全に壊れ、かつ、ずつきの勢いに乗り、破片がドラピオンに向かって飛んでいく。

 

「避けろ、ドラピオン!」

 

 氷の破片を避けようとしてイヤイヤと首を振ってはいるものの、それらは容赦なくドラピオンの巨体に直撃していく。

 

『こっ、これは! ずつきによって氷の破片がドラピオンに直撃しています! これは、疑似的なこおりのつぶてといっても過言ではないでしょう! ドラピオン、避けようとしていますが、その巨体ゆえに、逃げ切れません! かなり苦しそうだ! 相当効いているようです!』

 

「避けられないなら、撃ち落とせばいい! ドラピオン、ミサイルばりではたき落とせ!」

「ドォォラァーー!」

 

 シンジの指示で目に活の入ったっぽいドラピオンが尻尾と頭の両脇から生えている腕のカマからミサイルばりを放つ。

 

『ドラピオンのミサイルばりが疑似こおりのつぶてを叩き落していきます! なんて強いミサイルばりだァ!』

 

 しかも、このミサイルばり、行く手を阻む岩を岩ごと簡単に粉砕している。とんでもない威力のミサイルばりだ。

 そんなこんなで、氷の礫はすべて撃墜されてしまった。なら、次は――!

 

「ポッチャマ、アクアジェットタイプB!」

「ポッチャマー!」

 

 ポッチャマは地面に寝そべりグルグル回転しながら、水を纏ってアクアジェットを行い始める。すると、水の渦、いやもはや竜巻というべきものがいくつも形成され、それが不規則にウニョウニョと動くため、それに当たったミサイルばりは撃墜されていった。

 

「うぉい!? こんなことがあってたまるか!?」

 

 シンジの驚きの声が響き渡る。

 

『こっ、これはいったい!? ヒカリ選手、ポッチャマにアクアジェットを指示しました! しかし! しかし、これが本当にアクアジェットなのでしょうか!? 私にはまるで別の技のようにすら思えてしまいます! と、とにかく、ポッチャマが発生させた水の竜巻によってフィールドの岩をも砕くミサイルばりがどんどん撃墜されていきます! ミサイルばりは一つもポッチャマには届いていない! 恐るべき水の竜巻の壁!!』

 

 さて、ミサイルばりが効かないとなると、

 

「ならば、ミサイルばり以上の威力の技であの壁を粉砕すればいいんだ!」

 

うん、きっとそう来ると思った。あたしだってそうするし。というわけで、

 

「ポッチャマ、ストップ! うずしおよ!」

「ドラピオン、クロスポイズン!」

 

 アクアジェットをやめたポッチャマはすぐさま起き上がり、口を上に向けて頭上にすり鉢状に渦を巻いたうずしおを完成させる。

 

「ドォォラァーー!」

「ポッチャマー!」

 

 そして両腕のカマを交差させ発生させたクロスポイズンとうずしおが激突した。

 

「ドラピオン、もう一度、クロスポイズン!」

 

 拮抗し合うクロスポイズンとうずしおを打ち破るため、シンジはクロスポイズンを指示。さて、あたしは……――!

 

「そうだわ! これはいける! ポッチャマ、うずしおに向かってふぶきよ!」

「ポッチャマー!」

 

 閃いたことを成すために、あたしはまず、ポッチャマのふぶきでうずしおを凍らせて、うずしお自体の耐久力をあげさせる。

 

『シンジ選手、ドラピオンに二発目のクロスポイズンを指示! 一方ヒカリ選手はふぶきでうずしおを凍らせます! おおっと! 二発目のクロスポイズンがうずしおに直撃ィ! 衝撃で白煙がフィールドを覆っていきます! こちらからは煙で視界が見えなくなってしまいました!』

 

「いい、ポッチャマ!? ――!」

「ポチャ!」

 

 「わかった!」とばかりに頷いてくれたポッチャマはアクアジェットで水煙漂うフィールドの中に消えていった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「それにしてもすごい勝負じゃのう」

「ええ。さすがはユウトの弟子ってところですかね。それに相手の男の子もこれまたすごい。実力的には、今大会のかなりの上位に食い込むものでしょうね」

「うむ、これで、この地方のポケモンバトルも面白くなるじゃろうて」

 

 タマランゼ会長は、ユウト君が現れてから、ポケモンバトルは奥の深さが増して大変面白くなったと上機嫌だった。ダイゴもそれに同意している。

 今までのポケモンバトルは、ただの技と技のぶつかり合いみたいなものだったから、それを何度も見ていれば、飽き飽きとしてくるのだろう。

 しかし、これからは違う。

 一戦一戦がトレーナーの戦略、知識、読み、駆け引きといったものが試される。まるっきり同じ対戦には二度とお目にかかれないから、一戦一戦がおもしろいモノとなる。

 

 ふぅ。それにしても、毎日対戦をチャンピオンとして観戦し、さらに夜には学会で発表するための論文を仕上げている最中だから、若干眠い。あ、まずい。欠伸が出そうになった。会長の前だからかみ殺さ、ない、と……――?

 

 そう言えばヒカリちゃんのポッチャマってたしかあの技が使えたわよね。しかもこの状況なら――

 

「今のハイドロポンプやれいとうビーム、アクアジェットだって、攻撃技ですけど、使い方と工夫次第であのような戦法も出来るのですから。正直、ホウエンチャンピオンとしてもこの対戦は見るべきものがありますね」

「じゃが、シンジ君とやらのポケモンもすごいのう。こりゃあまだまだわからんぞい?」

 

 二人の会話を背に、私の頭の中で戦略がパズルのように組み上がっていく音が聞こえた。そして、

 

「おそらくですが、この対戦はすぐ終わりに向かうと思いますよ」

 

「「ハッ?」」

 

二人の会話に唐突に食い込んだ私の言葉。タマランゼ会長とダイゴは素っ頓狂な顔をして同じ言葉を同時に発していた。

 それに去ることながら、きっとその内容にも寝耳に水といった感じなんだろうと二人の心境を慮ると、私は、苦笑が漏れるのを堪えることができなかった。

 

 




ポッチャマのアクアジェットについてですが、最終進化形であるエンペルトが覚えますので、覚える素養はあるかなと思い、このようにしています。
タイプAが対空迎撃、タイプBが前方から飛来する技に対する迎撃です。


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挿話11 リーグ3回戦シンジVSヒカリ(後編)

 『うずしお+ふぶき』と『クロスポイズン二発』のぶつかり合い。その結果がこのフィールドの大半を覆う白い霧状の煙だった。

 ポッチャマは上手くやってくれることを願いつつ、あたしはフィールドの白煙が晴れるのを固唾を飲んで見守った。

 

『さあ、フィールドを覆う水煙が晴れて来ました! ポッチャマとドラピオン、両者どのような状況になっているのか!』

 

 そして、水煙が晴れたそこには――

 

『おーっと! ポッチャマがドラピオンのカマに捕まっています! ポッチャマ、絶対絶命のピンチだ!』

 

 ポッチャマがドラピオンの両手のカマに挟まれて身動きが取れないような状況に陥っていた。

 

「ポッチャマ!?」

「よくやったぞ、ドラピオン! チャンスだ! そのままはかいこうせん!」

 

 シンジがドラピオンにしねしねこうせん、ではなくはかいこうせんを指示。ドラピオンの口にははかいこうせんのエネルギーがみるみるうちに溜まっていく。

 ポッチャマ……! あたしは、あなたがきっと上手くやってくれたことを信じてる!

 

「ドラピオン、はかいこうせん発射!!」

 

 ドラピオンは首を後ろに傾けてからはかいこうせんを発射しようとした。

 

 ……

 

 ……

 

 …………

 

 …………

 

 辺りを沈黙が支配している。

 

「きっ、キタッ! キタッッ!! ありがとう、ポッチャマ!!」

 

 あたしは思わずガッツポーズをした。

 

「ど、どうした、ドラピオン!?」

 

 ドラピオンは今だにはかいこうせんを発射しなかった。

 

『これは、いったいどうしたことでしょう!? ドラピオン、はかいこうせんを撃ちません! いったい何が起きたのでしょうか!?』

 

「ドラピオン! どうしたんだ、ドラピオン!?」

 

 シンジの必死に呼び掛けるも、ドラピオンは一切の反応を返さない。

 

「ドラピオン! おい、ドラピオン!?」

「いくら呼び掛けてもムダよ! ポッチャマ、めざめるパワー!」

 

 カマに掴まれていたポッチャマの身体が発光する。

 

「ポチャチャ、ポッチャマー!」

 

 めざめるパワーによって拘束を解かれ、自由の身になるポッチャマ。

一方、ドラピオンの方は音を立てて体を地面に横たえた。

 

「なんだと!? こ、これは!?」

 

 ドラピオンは身体は微かに上下して呼吸をしているが、目は閉じられていた。

 

『な、な、な、なーんと、ドラピオン、眠っています! ここに来て眠るなんていったい何が起こったんだァァ!?』

 

「さあ、とどめよ! ポッチャマ、最大威力でハイドロポンプ!」

 

 眠っているドラピオンにハイドロポンプが避けられるはずもなく、ドラピオンはその激しい水流によってフィールドの岩に叩きつけられる。だが、水の勢いが激しいため、岩の方が粉砕され、そしてまた新たな岩にドラピオンが叩きつけられる。それを幾度か繰り返して、最後にはドラピオンをスタジアムの壁に叩きつけた。

 これほどの威力はきっと本来はないだろうから、特攻に結構振った努力値のおかげなのかもしれない。

 

「ドラピオン、戦闘不能! ポッチャマの勝ち!」

 

『ポッチャマの凄まじいほどの威力を誇るハイドロポンプがドラピオンに炸裂ゥ! そしてェ、壁に叩きつけられたドラピオンは、たまらずダウーーーン! これでシンジ選手の残りポケモンは一体! 後がなくなったァ!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あくびじゃと?」

「なるほど、そういうことか!」

 

 タマランゼ会長とダイゴ、二人の反応は対照的で、会長は何が何だかわからないといった感じだが、ダイゴは手を叩いてウンウン頷いている。

 

「おいおい、キミたちだけで納得してないで、ワシにも説明してくれ。いったいどういう技なんじゃ?」

「ええ。あくびという技ですが、この技は一定時間経つと必ず相手を眠らせるという技なんです」

 

 ユウト君曰く、流し技として最もポピュラーと言っていい技のあくび。

 なぜなら、あくびを食らったポケモンは、そこでボールに戻せば眠らない。だけど、そのまま戦い続けると眠ってしまう。

 眠りは厄介なので、カゴの実やラムの実といった木の実を持たせるか、ねごとやしんぴのまもりといった技で対策するか、あるいは特性『やるき』や『ふみん』などで対抗するかしない限り、この技を使われた場合は交換させるしか眠りを回避する方法がないのである。

 だから、相手がその効果を知っていれば、強制交代させることができる『流し技』。相手が知らない場合は、眠り状態に追い込めるので、相手は何もできずに、こちらの思うがままに状況を動かせることになるわけだ。

 

「おそらく、あのポッチャマはあの水煙の中、ドラピオンに接近。ドラピオンとしては攻撃を当てる絶好のチャンスとばかりに拘束したのでしょう。それが、ポッチャマの戦略であると知らずに。そして、そこでポッチャマはあくびを食らわせた。で煙が晴れるまでの時間と、それからトレーナーが状況を把握して次の指示を下すまでの時間が合わさって、ドラピオンは眠ってしまった。そういうところでしょうか」

 

 今回は、上手く戦略が噛み合って引き寄せた勝利といえる。

 ただ、あのドラピオンは相当強かった。かなり個体値がいい個体なのだろう。正直、テッカニンがつるぎのまいをしてからドラピオンにバトンタッチをしていれば、間違いなく、ポッチャマ、ムクホークはやられていたに違いない。

 ヒカリちゃんの手持ちのポケモンの中で、最強のリザードンもわからない。相性はリザードンは炎・飛行タイプ、ドラピオンは毒・悪タイプで、可もなく不可もなくだが、リザードンはじしんを持っているため、ドラピオンとしてはリザードンは相手が悪いのだが、特性『かそく』やつるぎのまいで格段に上がった素早さと攻撃からのいわなだれを食らわせれば、四倍弱点ということもあり、タイプ一致でなくともほとんど一撃でリザードンもダウンすることになるだろう。

 

『それにしても素晴らしい戦いです! とても予選リーグ三回戦とは思えません! これが本当にポケモンバトルなのでしょうか! あざやか、そして戦略に満ちた技の応酬に、私たちはどれほど興奮を巻き起こしたことでしょう!!』

 

「たしかに相手の戦略ミスに救われたということもある。けど、見事ね、ヒカリちゃん」

 

 私たちからすれば伸るか反るかの勝負だったけど、結果として、それを上手く制して勝ちを手繰り寄せたヒカリちゃんに、賞賛を送った。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ありがとう、ポッチャマ。一旦戻って」

「ポチャチャァ」

 

 あたしはポッチャマをボールに戻した。

 

「それにしても今のドラピオンはあぶなかったわ」

 

 テッカニンがつるぎのまいをしてあのドラピオンに受け継がれていたら、間違いなくポッチャマは負けていた。それほどあのドラピオンは強かった。

 

 ……いや、テッカニンとドラピオンのことは忘れて次のことに頭を切り替えよう。

 今まであたしがこの大会で出したポケモンはポッチャマ、ムクホーク、ギャラドス、リザードン。この中でどれも共通する弱点は電気。

 ユウトさんに誘われてシンジの試合を見ていたんだけど、彼は一回戦にエレキブル、二回戦にブーバーンを使っていた。そして彼のエレキブルは相手のポケモンを三タテしていた。おそらく、シンジのパーティの中で間違いなくエースアタッカーに分類される。

 とすれば、この大一番では一番信頼の高いだろうエレキブルが出てくる可能性が高い。それに、エレキブルは、この試合で出したポッチャマ、ムクホークの弱点をつくことが出来る。電気封じのための対抗馬として、地面タイプのポケモンがいればいいのかもしれないけど、あいにく仲間にはしていなかった。とすると、次点で、同じ電気のジバコイルを出してもいいかもしれないけど、エレキブルの特性は『でんきエンジン(電気技を食らうと無効化する上に素早さも上がる)』。だから、ジバコイルは電気技を封じられた格好になる。

 しかもエレキブルはあなをほる、かわらわり、きあいだま、いわくだきといった、ジバコイルの弱点をつける技を数多く覚えられる。エレキブル自体の能力も相当高いから、タイプ一致の技じゃなくても十分怖い(もちろんタイプ一致電気技はもっと恐ろしい)。

 

『さあ、シンジ選手のポケモンは残り一体! そしてヒカリ選手はポッチャマを戻しました! ムクホークを出すのか、それとも新たな三体目のポケモンを繰り出すのか!? 両者いったいどんなポケモンを繰り出してくるのでしょうかァ!』

 

 そして、仮に予想がハズレてブーバーンを出されては、ジバコイルは相手のいいカモだ。

 ならば、出せそうなポケモンは――

 

「ヒカリ」

 

 そうして考えに耽るあたしを呼ぶシンジの声。目を向けると、さっきとはまた違う、眼光の強さのようなものをシンジから感じた。

 

「お前は強い。認めよう」

 

 さっきまで、彼はあたしを前座扱いしていたみたいだったけど、様子がやっぱり変わった。彼の言にあたしは静かに耳を傾けた。

 

「今はもう、ユウトさんのことはすっぱり忘れることにする。これからは全力でお前を叩きつぶす! そして勝つ! たとえ、オレのポケモンは残り一体であろうと、オレは最後までバトルをあきらめない!」

 

 うわっ。なんつーか、すごく好感が持てる。

 

「いいじゃんいいじゃん、あたしだってこのバトル、絶対勝って見せるわよ!」

 

 やっぱり彼とあたしは根が同じ。とことん気が合いそうだ!

 そしてあたしも最後に出すポケモンのモンスターボールに手を掛けた。

 

「行け、最後はお前だ!」

「いっけぇ、あたしの最後のポケモン!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『両者、三体目のポケモンをフィールドに投入しました! シンジ選手はエレキブル! ヒカリ選手はベトベターです! ヒカリ選手はここでエレキブルを破れば予選リーグ四回戦進出が決まります! シンジ選手は一回戦で無類の強さを発揮したエレキブルの大どんでん返しに期待したいところです!』

 

 やっぱり。読み通りエレキブルが来た。じしんやサイコキネシスが飛んできたら怖いところだけど。

 

「先手はもらった! エレキブル、10万ボルト!」

 

 エレキブルの全身に貯まった電気を根源として、光線上に発せられた10万ボルト。それが、ベトベターに突き刺さった。ベトベターの全身をあの黄色い電気がひた走る。

 

『先手エレキブルの10万ボルトがベトベターに炸裂したぁ!』

 

 ところで、あたしのベトベターは、ギャラドスと同じく、ナギサシティの発電所でゲットした特殊な個体だ。つまり、何が言いたいかというと――

 

「なんだと!? ちっ! ったく、お前とのバトルはどうしてこうも想定外のことが起こる!!」

 

『なんと、ヒカリ選手のベトベター、エレキブルの10万ボルトが全くと言っていいほど効いていない! これは驚きだァ!』

 

 電気技は効かないんだ!

 

「ベトベター、シャドーパンチ!」

「ベター!」

 

 シャドーパンチはゴーストタイプの必中技で、紫色の肘から先の部分が握り拳をつくってどこまでも相手を追い掛けていく、なかなかにゴーストという名前にあった不気味な技だ。あたしも、例えば夜中にあんな拳に追い掛けられるとか、ゼッタイにイヤだ。どこのホラーよ、それって感じ。

 

「必中技のシャドーパンチか! 三回戦でユウトさんの試合を見ていてよかった。避けられないなら! エレキブル、でんげきはでシャドーパンチを撃墜しろ!」

 

 ムッ! あれって必中技に必中技を当てて落とすっていうユウトさんの技法。一度見ただけで、しかも、とっさにこの状況で思いつくなんて。

 でも、あたしの戦略について、やることは変わらない。

 

「ベトベター、いまのうちにふういん!」

 

 シャドーパンチも一度放ってしまえば自由になるから、次の技を指示できるのだ。

 

『エレキブル、ベトベターのシャドーパンチをでんげきはでなんとか撃墜! 必中技の特性を生かして見事に 相殺(そうさい)ィ!』

 

 そうこうしているうちに、シャドーパンチは打ち消された。ただ、たぶん初めてのことだったせいか、撃ち落とすのにちょっと手間取った感じだった。

 そして、そんな間にふういん成功! これでほぼエレキブルは……いや、念のため保険も掛けておこうかしら。

 

「ベトベター! かなしばりの準備!」

 

 さて、シンジはどうする――?

 

「よぉし! エレキブル、じしんだ!」

 

 やっぱり!

 

「発動よ!」

 

 結果、準備をしていたかなしばり(直前に出した技をしばらくの間封じる)がじしんに遅れることコンマ数秒といったところで発動。じしんのダメージを最小限に抑えることができた。

 

『おーっと、これは!? エレキブル、じしんはやや不発に終わったか!?』

 

「んなことがあってたまるか! おい、いったい何をやったんだ!?」

「さてね。ただ、一つ言っておくともう、じしんはしばらくの間は使えないわよ」

「チッ! ったく、次から次へと! ならば、エレキブル! かわらわりだ!」

「エレッキブルゥ!」

 

 そして、シンジの指示を受けて、フィールドを陸上選手のように走って、エレキブルはベトベターに接近する。ていうか、じしんが撃てないというのは信じてくれたのね。

 

『エレキブル、凄まじいスピードでベトベターに迫る!』

 

 でも。

 

「エレッキブ……ル……?」

 

 エレキブルがかわらわりをしようとするが、その右手の手刀を上げた状態でベトベターの前で静止した。

 

『ど、どうしたことでしょう! ベトベターに接近したエレキブル、かわらわりを出さない!』

 

「どうしたんだ、エレキブル! かわらわりだ!」

「エレッ、キ、ブル……」

 

 エレキブルはかわらわりを繰り出す体勢のまま、ただベトベターの前に立ち尽くすのみ。

 さて、そんな無防備な状態なんだから、攻撃を加えないという手はない。

 

「ベトベター、ダストシュート!」

「ベターー!」

 

『技を出さず、立ち尽くしているのみのエレキブルに毒タイプの大技、ダストシュートが決まったァ! しかも、ほぼゼロ距離からのそれのダメージは、ことのほか大きいぞォ!』

 

「くそっ! エレキブル、ほのおのパンチ!」

 

 ただただ動けず、相手の攻撃を受け続けるのはマズイと判断して、違う技を指示するシンジ。

 

「エレッ、キ、ブル……」

 

 しかし、エレキブルはまだ動くことができなかった。

 

『シンジ選手、エレキブルにほのおのパンチを指示するも、エレキブル技を出さない! これは本当に何が起こったんだァ!』

 

「くそったれ! いったいどうなってんだ!!」

 

 シンジは、思った通りに動けない、動かない今の現状に苛立ちを募らせている。ちょっとそれが忍びなかったので、今なにが起こっているのかを伝えることにした。

 

「シンジ、なんで技が出ないのかなんだけど、それはベトベターがふういんっていう技を使ったからなの」

 

 ふういんという技は、相手の技に制限を掛ける変化技。具体的に言えば、相手はふういんを使ったポケモンが覚えているわざについては使えなくなる。ユウトさん曰く「ポケモンたちは四つしか技が覚えられない、なんてことはないから隙があるなら狙うといい。ほとんどの技を完封できる」ということだ。ふういん状態を解除するにはふういんを使ったポケモンを交換なり倒すなりして、フィールドから退場させる必要があるんだけど、エレキブルとベトベターは覚えられる技がかなり似通っているため、それも厳しいことだろう。

 ついでに、じしんが撃てない原因であるかなしばりについても、言及しておいた。

 

「そ、そんな!? そんな技があるっていうのか!?」

「うん、あるよ」

「くそっ!」

 

 これで、エレキブルの技はほぼ封じられたも同然である。

 

「エレキブル! なんでもいい、使えそうな技を出してくれ!」

「エレッキブルゥ!」

 

 エレキブルは白く光ったかと思うとハイスピードで一旦、ベトベターと距離を取る。

 

「でんこうせっかね! たしかにベトベターには使えないわ。ベトベター、かえんほうしゃで追いつめなさい!」

「ちっ、エレキブル! でんこうせっかで距離を取れ! なにか、なにかないのか、エレキブルの使えそうな技は……!」

 

『エレキブル、どうやら技を封じられてしまっていたようだ! ベトベターのかえんほうしゃで追いつめられてエレキブル大ピンチ! それにしてもそんな技があるなんてすごい!』

 

「エレキブル、こうなったらお前が自分の意志で技を出せ! お前が出せそうな技で戦うんだ! オレはその間に対策を考える!」

「ッキブルゥ!」

 

 一段と距離を取ったかと思うと、エレキブルはパワーを溜め始め――

 

「エレッッキブルrrrrrrr!!」

 

『おおっと、エレキブル、どうやらギガインパクトの体勢に入ったようだ!』

 

 ギガインパクト!? マズイ。そういえば、まだベトベターは使えなかったっけ。それにあの技は受けるダメージもかなり大きかったわよね。

 ベトベターはそんなに速いわけでもないから避けるのも難しいから。

 

「なら、ベトベター! まもるよ!」

「ベター!」

 

 まもるでギガインパクトを耐え凌ぐのみ!

 

『ベトベター、まもるの体勢に入りました! しかし、それに構わず、エレキブル、激しい勢いでベトベターに突っ込んでいきます! エレキブルのギガインパクトだァ!』

 

 エレキブルが光の弾丸のようになって、ベトベターに迫り来る。

 

「エレッキブルrrrr!」

「ベーターーー!」

 

 エレキブルのおそらく渾身といっていいぐらいのギガインパクトに対して、ベトベターは半円形状のまもるを展開した。

 

「エレッッキブルrrrrrrr!」

「ベーーターーーーー!」

 

 そして、それらが激しい衝突を行う。

 

『すごい! すごいぞ、二体とも! ベトベターとエレキブルの激しいぶつかり合い! さあ、勝つのはいったいどっちだ!?』

 

「負けるな、エレキブル!」

「頑張って、ベトベター!」

 

 あたしは思わず、拳を握り込んで力一杯声を張り上げていた。

 なぜかというと、ギガインパクトにまもる、これらは両方拮抗しているようにも見える。

 ただ、

 

 ピシ、ピシ

 

ベトベターのまもるにヒビが入ってきていたのだ。

 

「ベトベター!! 頑張って!! 負けないで!!」

 

 

「ベーーーターーーーーーー!!」

 

 

 そのとき、ベトベターの鳴き声が一段と高く上がった。

 そして、ベトベターの全身が眩しいくらいに白く光り出した。

 

『ベトベターの身体が白く発光しています! これは、まさかまさかァ!!』

 

 ベトベターの身体は発光しながら大きくなっていく。

 そして――

 

 

「ベェトォォベェェトォォォォン!!」

 

 

 ベトベターと同じ体色だけど、体格はひとまわりもふたまわりも大きく、また、声は逆にベトベターよりひとまわりもふたまわりも低く、ドッシリとしたものになった。

 

『な、なぁぁんと! ヒカリ選手のベトベターが進化してベトベトンになりましたァァァ!!』

 

「なんだって!? クソッ、ホントに次から次へと!」

「ベトベトン!」

「ベェトォン!」

 

 シンジの焦りと裏腹に、あたしの声は弾んでいて、そしてベトベトンはあたしの呼び掛けに元気に答えてくれた。

 

「よーし、ベトベトン! まもるを解除! エレキブルに抱きつきなさい!」

「ベェトォン!」

「ッキブル!?」

 

 まもるを解除したベトベトンがエレキブルに抱きつくと同時にエレキブルのギガインパクトが決まる。

 

「ベェェトォォン!」

 

 だが、エレキブルに密着し、かつ、その軟らかい体の影響もあり、ダメージをやや少なくすることができた。

 

「ちゃんとエレキブルを捕まえたわね! ベトベトン、のしかかり!」

「ベェトォベェェトォォン!」

「エレッキブル!?」

 

 ベトベトンがエレキブルにのしかかり、マウントポジションをとる。

 

「そのままきあいパンチを振りぬきなさい!」

「ベェトォベェ、トォォン!!」

 

 きあいパンチがエレキブルのアゴに決まる。

 

「エレ……キ……ブル……」

 

 エレキブルは目を回し、起き上がる気配を見せなかった。

 

「エレキブル! 戦闘不能! ベトベトンの勝ち! シンジ選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ヒカリ選手の勝ち!!」

 

『決まったァァァ! 予選リーグ三回戦とは思えない白熱した試合を制したのはフタバタウン出身、ヒカリ選手だァァ! ヒカリ選手四回戦進出決定ィィ!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「くそっ! オレは、オレは……!」

 

 スタジアムの暗い廊下で待っていると、聞こえてきた声。

 

「シンジ君」

「……ユウトさん……ですか……」

 

 オレは正直、今声かけるのはあまり得策じゃないと思ったんだけどこの際仕方ない。

 

「笑いたければどうぞ。笑ってください。まるでピエロみたいな奴だと」

「いや、笑わないさ」

「笑ってくださいよ、あなたにあんな啖呵を切っておいて、それでこの三回戦で誰とも知らないトレーナーに負けて! 笑ってくださいよ、みじめで哀れな奴だってね!!」

 

 本格的に失敗したかもしれない。ああもう、やぶれかぶれだ。

 

「正直言うとね、オレはシンジ君のスタンスは別にキライってわけじゃない」

「……は?」

 

 あの言葉を知っている人間からすると、やっぱり意外か? 意外なんだろうなぁ。だって、シンジ君てば、鳩が豆鉄砲を食らったような顔しているし。

 

「いや、実際オレも昔はシンジ君みたいに考えていた時代もあったんだよ」

「へ? あ、いや、しかし?」

「バトルに勝つには強いポケモン。たしかにそうだ。強いポケモンでなかったらバトルに勝つのは難しい。シンジ君、ちょっとオレに付き合ってくれるかな? オレとちょっと特別講習をしよう」

 

 そう言ってオレはシンジ君を有無を言わさず、スタジアムから連れ出した。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 スズラン島に存在する森の一角。そこでオレは臨時の“ポケモン講座”を開いていた。

 

「種族値、個体値、性格、努力値……」

「そう、それがポケモンの基本的な能力を決める。シンジ君は『強いポケモン』ってヤツを探してるんだろ? オレが思うに君の手持ちのポケモンたちはこの中で言う個体値がどうやら高い傾向にあるようだ。君のポケモンたちって君自身が『コイツを捕まえよう』って思って捕まえたんだろ?」

「は、はい!」

「うん、つまり君は個体値を見抜くっていう、トレーナーとして素晴らしい才能を持っているんだよ」

「ありがとうございます!」

 

 ……あの、途中からものすごく気になってたんだけど、一つ聞いていいかな。

 いや、実際は聞かないんだけどさ、

 

 “キミ、だれ? Who are you?”

 

 なんだか、第一印象と全然違いすぎて別人なんじゃないかと思えるんだけど。

 

「ポケモンの性格も大事。それを知ることによって伸びやすい能力もあれば、伸びにくい能力もあるんだ。性格を知るにはポケモンと仲良くならなければならない。仲良くなれば愛着も湧く。ポケモンの方もトレーナーを信じて百パーセント、あるいはそれ以上のものも引き出せる。“好きなポケモンで勝てるよう頑張る”っていうオレの言いたいことは理解してくれたかな?」

「はい、先生!」

 

 先生だって……。お前ホント誰だよ。それから先生とかマジでチョーはずかしいからヤメレ。

 

「それからポケモンだけが強くたってしょうがない。バトルはトレーナーの戦略、知識、読み、駆け引き、これも大事なんだ。さっきのヒカリちゃんね、実はまだトレーナーになって一年も経ってない」

「ええ!? そ、そうだったんですか……。オレってそんなトレーナーに負けてしまったんですね」

「まあ、鍛え上げたのはオレなんだけどね」

「え、えええええええ!?」

 

 シンジ君声めっさデカイよ! おかげで、何かその辺の木にいたらしいポッポたちが大勢で空に飛んでいっちゃったよ。

 

「わかるかい? 正直、ヒカリちゃんの采配ミスとかも多々あったけど、今言ったそれら全てが君はヒカリちゃんに足りていなかった。だから、トレーナー歴が浅くとも彼女に負けてしまったんだ。だが、言い換えると、それさえ克服できれば、たとえそういうトレーナーだって勝つことは出来る。君はトレーナーになってから結構経つだろう。君ならもっと強くなれるさ」

「はい! あの! この大会が終わるまででもいいんでオレに、教授してください、先生!」

 

 だから、先生っていうのはやめてほしいんだけどなぁ。

 

「じゃあ、ユウト先輩! これでいいですか!?」

 

 ……まあいいや。

 

「と、とりあえずオレの三回戦の試合は終わっちゃってるから、しょうがないにしても、オレ、それからヒカリちゃん。オレたちの試合は必ず見るようにしてくれな」

「はい! 勉強させていただきます!」

「あ、そうそう。次の四回戦だけど、テッカニンを使っていくからシンジ君がテッカニンを使う際の参考にするといいよ」

 

 テッカニンの基本的運用方法その一というところかな。

 そしてあの催眠厨にして伝説厨が次の四回戦相手だが、あの程度ならたとえ伝説だろうとなんとかなる。オレたちを侮ったことを覚悟してろよ!




この世界は別に技が4つしか覚えられないなんてことはないので、ふういんはかなりチートです。ゲームでもちょうはつはかなり必要ですが、ここでは覚えられるのならば全てのポケモンに覚えさせておきたいぐらいの必須な技です。でないとこんな状況に陥ります。

次からはユウトVS伝説厨です。


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第11話 リーグ4回戦タクトVSユウト(前編)

タクトファンの皆さま、申し訳ありません。


以下ゲームと同様ですので、読み飛ばしていただいて結構です。
<能力値を変更するランク補正>
○段階をわかりやすく、○倍というものに置き換えてみようかと思います。
基本を0とすると、±6段階。計13段階のランクが存在します。
ランク0を2/2とし、ランク0より上がると分子が1ずつ、ランク0より下がると分母が1ずつ、それぞれ増加します。
ランク 補正(%)
+6 ×8/2(=4)倍(400%)
+5 ×7/2(=3.5)倍(350%)
+4 ×6/2(=3)倍(300%)
+3 ×5/2(=2.5)倍(250%)
+2 ×4/2(=2)倍(200%)
+1 ×3/2(=1.5)倍(150%)
0 ×2/2(=1)倍(100%)
-1 ×2/3(=0.67)倍(67%)
-2 ×2/4(=0.5)倍(50%)
-3 ×2/5(=0.4)倍(40%)
-4 ×2/6(=0.33)倍(33%)
-5 ×2/7(=0.29)倍(29%)
-6 ×2/8(=0.25)倍(25%)

ちなみに命中・回避率や急所率はまた別です。


『予選リーグはいよいよ大詰めを迎えて来ました! これより、予選リーグ第四回戦の試合を開始したいと思います!』

 

 バトルフィールドへ続く暗い通路の中で実況の声がやや遠くに聞こえる。

 

「ラルトス、準備はいいよな?」

「(当然。言っとくけど今回はわたしもちゃんと出してよね)」

「当たり前だ、お前の強さをアイツに分からせてやれ」

 

『では四回戦第一試合に出場する選手をご紹介しましょう! まずは赤コーナー、ダークライ使いの異名をとるタクト選手!』

 

 観客の歓声が一段と高くなったのを肌で感じる。

 

『タクト選手はシンオウ各地のジム、そして今大会、この四回戦までダークライ一体のみで対戦相手を退けてきた選手です! その強さはご覧になっている観客の皆さんもよくお分かりのことでしょう!』

 

 さてと!

 

『続いて青コーナー、ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手! ユウト選手はここまで様々なポケモンと新しいポケモンバトルで勝利を手にしてきた期待の選手です!』

 

「行くか」

「(ええ)」

 

 オレたちは暗い通路を眩しいほどの光が射しこんでくるフィールドへの入口を潜っていった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ユウトクン、キミはボクが倒す。そしてキミの言葉が間違いだということを証明しよう」

 

 フィールドで相対したタクトさん。オレが知っている(?)のは、まず、アニメでは伝説のポケモンでのみバトルを行っていること。まあ正直、こんなのはどうでもいいっちゃどうでもいい。パーティに伝説とか幻を入れてたってそれはそれで戦い方はあるし、倒せないこともない。要は戦略さえあれば、それは切り抜けられる。「伝説ばっか使いやがって、アンタ伝説厨か?」なんて、あくまでネタにして楽しむ域を出ないから、せいぜいそれでからかう程度の話だ。ダークライのダークホール連発を催眠厨と揶揄するのも、要は単なる皮肉でしかない。それだって立派な戦術なのだ。否定する気は毛頭ない。

 それから、オレの持論、『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』、これを否定したいということ。これも別にいい。世の中にはいろんな考えを持った人間がいるんだから、すべての人に賛同を得ようなんて思ってもいないし、否定してくれたって全然構わない。実際、これまでにも、そういった人たちともバトルしてきたし、中には敬意を表すべき人もいた。

 

 で、最後に、オレのラルトスは弱いとか言って、喧嘩を売ってきたこと。ぶっちゃけ、一番の問題はコレだ。あのときは相当アタマにきてたけど、ただ、例えば格闘技の試合前に対戦相手を挑発し合うという様式美だったと思えば……いや、やっぱダメだ。オレは別に格闘技の選手でもないし、何より一番の相棒を貶されたのはガマンならないわ。

 

「それにしても、ボクの忠告を聞かなかったのか」

「忠告、ですか?」

「ああ。あのとき、ラルトスは入れ替えろって言ったよね? これを忠告と言わず、何と言うんだい? いやはや、なんとも度し難いな。そんなのでボクと戦おうなんて救いようがないよ」

 

 彼はやれやれと肩を竦めてくれている。

 

 アレが忠告?

 

 ふーん。

 

 度し難い?

 

 ふーーん。

 

 救いようがない?

 

 ふーーーん。

 

 ……。

 

 うん。もうダメだ☆

 

 

「(……ねぇ、わたしとしてはあそこまでユウトをこき下ろすとか死刑ものなんだけど、あのゴミぶっ殺しちゃっていい?)」

 

 

 ホントにダメだわ。

 

 いやさ、オレのことだけなら我慢はするよ? でも、あの言葉ってオレのバカサ加減はもとより、ラルトスを変えなければ、アイツには勝てないってことでしょ? つまり、オレのラルトスは弱いと? オレのポケモンたちはアイツにはかなわないほど弱いと?

 

 

「……一つ言っておく」

 

 なんと言うか、スーッと頭がクリアになっていく感じだった。

 視界が急に晴れやかになったかのようになり、

 

 

「――テメェのその、プライドが高じ過ぎてお高くとまりすぎた鼻っ柱、叩き折ってやるよ!!」

 

 

そんな啖呵を切っていた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『さあ、四回戦第一試合、いよいよ始まりました! 最初の一体目のポケモン、タクト選手はお馴染み、悪タイプのダークライ、ユウト選手は虫・飛行タイプのテッカニンです!』

 

 さてと、タイプ相性ではこっちが有利だけど、ダークライは持っている技で確実にテッカニンの弱点を突けるはず。おまけに相手を眠らせる技のダークホールの存在は相当厄介。

 

「テッカニン、かげぶんしん」

「ムダだ! ダークライ、ダークホール!」

 

 とにかく、準備が整うまで少し時間を稼ごうか。

 

『タクト選手、ダークライにダークホールを指示! しかし、ユウト選手のテッカニンの方が素早かった! かげぶんしんの完成でダークライのダークホールは不発!』

 

 ダークホールはアニメと同じように掌で生み出した黒い球体状のシャドーボールのようなものを撃ち、相手に当たった瞬間にそれが膨張して相手を包み込み、その中で眠りに誘い込む技だ。ただ、今回はかげぶんしんの一体を包み込んだだけで不発に終わった。

 

「ちっ! ならば、当てるまで続けるのみだ! ダークライ、連続でダークホール!」

「まもる」

 

 すると分身全体がまもるを発動。まもるの壁に触れた瞬間、ダークホールは消滅した。

 

『ユウト選手のテッカニン、すごい! 分身全てでまもるが発動! ダークライはダークホールをいくつも放っていますが、そのまもるの壁を越すことができません!』

 

「テッカニン、みがわり」

「ちっ! すべて潰すしかないか! ならば、ダークライ、今度はふぶき!」

「まもる」

 

『ダークライのふぶきがフィールド全体に吹き荒れ、草のフィールドが凍りついていきます! しかし、テッカニンもさるもの! まもるによってふぶきを完全にガードしています!』

 

「くそっ! しゃらくさい奴だ!」

「テッカニン、かげぶんしん、そして、こうそくいどう」

「ダークライ、ダークホール連射だ!」

 

 まもるでガードはしていないため、ダークホールで分身が潰されていくが、さらなるかげぶんしん分身によってそれらを補い、そしてさらに増やす。

 

『こ、これはすごい数のかげぶんしんだ! 三回戦でシンジ選手のテッカニンが見せたかげぶんしんも相当な数でしたが、ユウト選手のテッカニンはそれを遥かに上回っております!』

 

 さて、特性とこうそくいどうで素早さはもう十分だろう。これでたとえ、デオキシスのスピードフォルムが出てこようとこちらが先手を取れるはず。にしても、伝説だけじゃなくて催眠連発もかよ。伝説厨もそうだけど、催眠厨も当てはまるな、これは。

 

 よし、仕上げといきますか。オレはモンスターボールを二つ手に持った。

 

 

「テッカニン、バトンタッチ」

 

 

 そしてオレはその二つのボールを振り上げた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「よし、いい感じでバトンタッチにつなげられた!」

 

 観客席であたしの隣りに座るグリーンさんが膝を叩いた。たしかに、身代わりと最高位まで引き上げた素早さを引き継げるなら上々だろう。

 

「ただ、どうしてつるぎのまいは積まなかったのですかね? 舞うのは定石のはずだし、あたしなら絶対舞いますよ?」

「そうだな。む? ああ、なるほど」

「あ。たしかにあのポケモンなら必要ないかもしれませんね」

「というより、積んでからバトンタッチしたって良かったんだ。それをしなかったとすると」

「なるほど、そうするとユウトさんが何を狙っているのか想像つきますね。もしそうなら、積む必要は全くない」

 

 テッカニンに代わってフィールドに登場したポケモンにあたしたちは思わず頷いた。あたしたちの読み通りなら、今回はあのポケモンでつるぎのまいは積むだけムダになりそうだ。

 

「な、なあ。事情がサッパリ読めないんだが、いったいなんの話をしているんだ」

 

 そういえば、この場には今までとは違う顔ぶれが一人いた。ちなみにダイゴさんやリーフさん、シルバーさんは大会本部の方に顔を出してこの場にはいない。

 

「シンジ、これがテッカニンを使う際のメジャーな戦法よ」

 

 あたしと三回戦でバトルをしたシンジである。いつまでかはわからないが、どうやらあたしと同じくユウトさんに弟子入りしたらしい。昨日今日の話なので、ポケモン講座はあまり進んでいないらしいけど。

 

「なんだ、そいつは?」

「あ、そうそう。シンジってあの対戦相手のタクトって人は知ってる?」

「そりゃあ知ってるさ。ダークライ使いだろ? 鬼のような強さで、一度も負けたことがないとか」

 

 ふーん。そうなんだ。そういえば周りの観客も勝つのはタクトさんの方で決まりみたいな雰囲気だなぁ。まあでも、あたしにはユウトさんがあの人に負けるとかカケラも想像できないし、あの人どうやらユウトさんを挑発(?)してたらしいからただではすまなそうな気がする。

 

「で、おい。結局テッカニンを使う際のメジャーな戦法ってなんだよ?」

「今はわからないかもしれないけど、よく見ておくといいわ。きっと驚くようなことが起こるから」

 

 とやかく言うよりはまずは実際に見てもらった方が早い。きっとその方がインパクトが大きくて印象にも残るだろうからね。

 ということで、あたしはシンジの視線をむりやりフィールドに向けさせた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ガラガラ、キミに決めた」

「ガラァ!」

 

『ここでユウト選手、ポケモンの交換です! ユウト選手、二体目のポケモンにガラガラを投入してきました!』

 

 バトンタッチでテッカニンの能力と状態変化を引き継いだ、オーバーフローで有名なガラガラの登場です。ちなみにガラガラといえばふといホネ(カラカラ、ガラガラ限定で持たせたら攻撃が二倍になる)を持たせるのが鉄板だが、アレもアイテムの一部なので持たせてはいない。

 

『しかし、これはいったいどういうことなのでしょうか!? テッカニンだった分身が全てガラガラに置き換わりました!』

 

「こ、これはいったい!?」

 

 アイツはアイツで、この事態に首を左、右、左、右と振ってフィールドを見渡して慌てふためき、ダークライに指示を出せていない。

 

「ガラガラ、はらだいこ」

「ガラ!」

 

 そして、分身を含めた、フィールド上に存在するすべてのガラガラがはらだいこをする。なんだかどこぞの太鼓演奏の発表会のようなこのシーンは何とも言えないある種の感動を感じる気もする。

 

『ガラガラのはらだいこが決まりました! これで攻撃技の威力がグーンと上がりました!』

 

「フッ、だが、はらだいこは反面、著しく体力が消耗する。それにしても随分とマイナーな技を使う。まあいい、ダークライ、ふぶきで分身をすべて吹き飛ばせ!」

 

 ヤツ曰く、なんかはらだいこはマイナーな技らしい。思わず嘲笑がこぼれそうになった。

 まあ実際、この世界で使うトレーナーはあまり見かけない。おそらく、はらだいこは体力を激しく消耗する(体力の半分を使うというのは知られていません)ため、それを嫌がるトレーナーが多いから使わないといったところか。なので、はらだいこについてはあまり研究されておらず、さっきの実況やアイツの言葉通り、体力をかなり消耗する代わりに攻撃技の威力が上がるとしか知られていない。ちなみにはらだいこは、体力を半分消費する代わりに攻撃を最大までアップさせる技です。

 尤も、今後はどうだかわからない。体力が減っても攻撃が最高位までアップするうまみはなかなか魅力的だし、減った体力はねむるやオボンの実で回復もできる。まあ、両方ともそのまま使うのではなく、もう一工夫が必要だけど。

 

 さて、バトルの方はダークライのふぶきで分身が次々と消滅していく。ガラガラの特防はそこそこだが、HPは低いため、総じて特殊耐久はそんなには高くない。おまけに弱点を突かれているため、引き継いだ身代わりももう壊れているだろうが、ここに至ってはもうそんなのは関係なかった。

 

「ダークライ、残った一体が本物だ! れいとうビーム!」

「ガラガラ、行け」

 

 鉄火バトン(テッカニンで能力を上げてからのバトンタッチ)のおかげで今のガラガラは、普通のガラガラとは比較にならないほど素早い(今回は特別にテッカニンで素早さ最大まで上げてからのバトンだった)ので、比較的鈍足のガラガラだろうとダークライの攻撃をかわせないハズがない。

 

『きっ、消えた!? ガラガラ、消え失せました!』

 

「どっ、どこだ!?」

 

 フィールドをスタジアムの上段から見ていれば、ガラガラがどこにいるかはすぐにわかるだろうが、そんなのはごく少数か。

 

『う、上だァァ! ガラガラはスタジアム上空にいたァァ!!』

 

「ガラガラ、かわらわり」

「ガラガァァ、ラッ!」

 

 万有引力に引かれてダークライの頭上に落ちてくるガラガラ。そこからダークライの弱点であるかわらわりが決まった。ちなみに骨を持っていない方の手でチョップをしているので、きちんとかわらわりだ。

 

『きっ、決まったァァ! ガラガラのかわらわり! ダークライには効果は抜群だァァァァ!』

 

「立て、ダークライ! あんなガラガラ程度のポケモンにやられるお前ではない!」

 

 ハッ、まったくもって根拠のない指示ごくろう。

 

 ガラガラは少しきまぐれな性格なようで能力補正はないが、特性『ひらいしん』でダブルバトル用に育てていたため、努力値は攻撃に極振りしている。そしてはらだいこによって物理攻撃力が最大まで上昇(おおよそ元の四倍)。ちなみに、ゲームだとここでふといホネを持たせると、あまりに攻撃の能力値が高くなりすぎてオーバーフローを起こしてしまっていたけど、そんなことは起こらない。ゲームのように乱数に支配された世界ではないのだから、至極当たり前なことだが。そして弱点タイプの技であるため、さらに二倍。

 総じて、通常の攻撃の八倍のダメージをダークライは食らったのだ。

 

「ダークライ、戦闘不能! ガラガラの勝ち!」

 

 防御特防ナンバーワンのツボツボだってあぶないのにダークライが落ちないという道理はない。

 

『な、な、な、なぁぁぁんと! 今まで無類の強さを誇り、この四回戦まで圧倒的なまでの勝利を収めてきたタクト選手のダークライが! 一撃! ガラガラの放ったかわらわりたった一撃でダウゥゥゥン!! なんという展開でしょうか! いったい誰がこんな事態を予測出来たでしょうか!?』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あの組み合わせで戦ったことのある僕やダイゴさんたちなら、予想は簡単につくよ」

 

 グリーンさんの言うとおり、そういう戦略があるということを知っており、その効果を知っていれば、ああなってしまうのは自明の理だとすぐにわかる。あたしは一度、あの型(まさに今の鉄火バトン→ガラガラ)でシロナさんのポケモンが、軽々と、ほとんど一撃のもとで六タテされたのを間近で見たことがある。切り札のガブリアスさえ、一撃で倒されてしまったことから、シロナさんがしばらく茫然自失になっていたのは未だ記憶に新しい。

 

「グリーンさんもやっぱり六タテ食らったりしたんですか?」

「僕だけじゃなく、何度も対戦したことあるヤツならその全員がおそらくあの型で一度は六タテを食らったハズだ」

 

 うわっ、それはすごい。ていうか、グリーンさんたち横に情報流したりしなかったのかな。それとも、自分も食らったんだからお前も食らえ的な? なんだかそう考えると、途端に……なんか今グリーンさんの目がこっちを射抜いた気がする。

 よし、今すぐこの思考を放棄しよう。そうしよう。こういうのは得意なんだ(泣)

 

「そ、そういえば、鉄火バトンは対策ってありますよね」

「ああ。まずはバトンタッチは補助技だから、ちょうはつ(攻撃技しか出せなくなる)でバトンタッチを出せなくなる。それからテッカニン自身耐久はそんなにないから、強力な先制攻撃で弱点とかを突けばなんとかなったりする」

「そうですよね。それにほのおのうずやうずしおなんかで閉じ込めたっていいし、なにより、バトンタッチで出てきた相手をほえるやドラゴンテールみたいな強制交代技で交代させてしまえば、能力変化はすべて消えますし」

「能力を消すと言えば、くろいきりやクリアスモッグもそうだな。こうして改めて考えてみるといろいろ対策はあるもんだね」

「そうですね」

 

 なんて納得してるあたしたちとは対照的に

 

「だ、ダメだ! サッパリわからん! オレはいつから言葉が通じなくなったんだ!? オレはいつのまに外国に来てしまったんだ!?」

 

予備知識がないシンジは会話についていくことができていなかったりした。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ならば、ボクの二体目のポケモン、それはコイツだ!」

 

 そしてアイツが投げたボールから現れたポケモンは縦横無尽にフィールド内を飛んだ後に空中にて、ガラガラと睨みあう形で向き直る。

 

「フオゥオォォォ!」

 

『なんとタクト選手、二体目のポケモンはラティオスです!』

 

 二体目は予想通り、というかアニメの通りラティオスが出てきた。

 

「まさか、このボクが二体目を出すとは思わなかった。ユウトクン、キミは強い。正直言って驚きだ。よくぞ、ダークライを倒した。だが、その奇跡ももはやここまでだ」

 

 なに? なんでコイツはこんなに上から目線なの? ホントに人の神経逆撫でするのがうまいヤツだな。

 

「ラティオス、ラスターパージ!」

「いばる」

 

 エネルギーを体内の一か所に集中させてからそれを解放するのと、不良が掌を返して指をクイ、クイと折り曲げる動作。果たしてどちらが先かといえば当然後者であって、

 

「なっ!? 混乱だと!?」

 

攻撃は上げてしまったが、ラティオスは混乱してラスターパージのエネルギーが集束出来ず、不発に終わる。

 

『あーっと、ラティオス、混乱しています! あーっ、自分で自分を攻撃してしまった!』

 

 さて、それだけ隙があれば十分。

 

「ラティオス、正気に戻れ!」

「もう遅い。すてみタックル」

 

 そして、回避を指示する間もなく直撃。ラティオスはそのまま一直線にスタジアムの壁に激突した。倒れ伏すラティオス。スタジアムの壁は、ポケモンの技で破壊されて観客に被害が及ばないようにと、たとえラムパルドのもろはのずつきが直撃しても壊れないようにかなり頑丈につくられているのだが、ラティオスが激突した部分はクモの巣状に多数のヒビが入っており、それが衝撃のものすごさを物語っていた。場内は観客の歓声が途切れ静まりかえる。

 

『ジャ、ジャッジマン、判定をお願いします』

 

「は、はい!」

 

 どうやら審判ですら時間が止まっていたらしい。

 さて、結果だが、当然に

 

「ら、ラティオス、戦闘不能! ガラガラの勝ち!」

 

となった。ちなみに、この声で実況も観客も時間が動き出し、スタジアムは爆発的な歓声に包まれることとなった。




長くなった(ざっと以前のバージョンの2倍)ので一度、ここで切ります。


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第12話 リーグ4回戦タクトVSユウト(後編)

ユウトのカントーリーグでの成績をちょこちょこ修正。


 さて。ダークライ、ラティオスを倒して、相手の手持ちは残り一体。一方こちらははらだいこにすてみタックルで体力がかなり減っているが、攻撃力素早さ、ともに最大まで高まったガラガラが出ている。こっちはまだ三体健在であり、相手が残り一体でその状況なら、このままガラガラで行ってもいいんだけど、今回だけは特別だ。

 

『巷では“ダークライ使い”という異名を持ち、また今大会優勝候補ナンバーワンと目され、事実この四回戦までダークライのみでその圧倒的な強さも見せつけていたタクト選手ですが、ここに来て非常に苦しい、大きな大きな壁にぶつかりました! その名もホウエン地方ハジツゲタウン出身ユウト選手! 四回戦まで圧倒的強さで走り抜けてきた選手です! そのスタイルはタクト選手とは一転、様々なポケモンと戦略を駆使するスタイルで、これまでとは全く違う、“新たなポケモンバトル”を我々に魅せてくれました! さて、おっ!? ユウト選手ガラガラをモンスターボールに戻します! ポケモンの交代のようです! 果たして、一体目のテッカニンが出てくるのか、それともここで三体目のポケモンが出てくるのか!? 私個人としてはユウト選手の三体目がどんなポケモンなのかヒジョーに気になるところです!』

 

 ここでテッカニンを出すと、そろそろ怒り出して勝手にフィールドになだれ込みそうなヤツがいるから、それは遠慮しておこうか。

 

「頼むぞ、ラルトス!」

「(やっとね! 待ちくたびれたわ!)」

「オレたちの絆の強さとお前の強さをすべてアイツに見せつけてやれ!」

「(了解! 指示はいいわ。わたしが好きにやるから)」

「まかせた!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 さて、今日も今日とて、私はシンオウチャンピオンマスターとしてタマランゼ会長の隣りでリーグ観戦。またも運良くBブロックの観戦となり、ユウト君のバトルを楽しめている。ちなみに今日はホウエンチャンピオンマスターのダイゴの他に、視察という名目で、カントー、そしてジョウトの四天王を務めるリーフちゃんにシルバー君もこの場にいた。

 今、バトルはちょうどユウト君がガラガラを引っ込めてラルトスをフィールドに送り出したところだった。にしても、あのガラガラならそのまま相手の三体目も即刻KOに出来そうなものなのに何だか勿体無い気もするわ――

 

ガタッガタガタッ!

 

ね――って、一体なに!?

 突然隣りから大きく椅子を引いて床をこする音やその拍子なのか椅子が倒れ込む音が盛大に聞こえたものだから、私は思わずそちらに振り向いた。

 

「……ダイゴ? それにシルバー君にリーフちゃん?」

 

 すると、何やら三人が総立ちになっていた。様子もどこかおかしい。目を見開き、口が少しだが、無造作に開けていて、まるで思いもよらない事態が起きて驚いているという印象を受けた。

 

「……これは……。ボクたちは随分と幸運なようだ」

「……だな」

「……ムリしてでも観にきてよかった」

 

 シルバー君は倒した自分の椅子を元に戻しながら、とにかく三人に共通して言えるのは、腰掛けていた椅子にストンと腰を下ろし、さっきまでとは違う、まさに鷹のように射抜くような目でフィールドを見下ろしているということだ。そして口許もなんだか薄っすらとだけど口角が上がっていて、これから何をするのか何が起きるのかが楽しみだという気持ちがなんだか手に取るように伝わってきた。

 

「三人とも一体どうしたんじゃ?」

 

 タマランゼ会長も堪らず三人に問い掛けてくる。

 

「タマランゼ会長にシロナ、ユウト君のポケモンの中で一番強いと思われるポケモンって知っていますか?」

 

 三人を代表してなのか、ダイゴが逆にそんな質問を投げ掛けてきた。

 それにしても、ユウトのポケモンの中で一番強いポケモンねぇ。

 

「ラルトスかしら?」

「儂はラルトスとボーマンダの同率首位という話を聞いておるぞ」

 

 ボーマンダ? テンガン山に登るときにいっしょにいたあの子かしら?

 

「タマランゼ会長の仰ることが正解です」

 

 へぇ、そんなに強いんだ、ユウト君のあのボーマンダって。今度バトルしてみたいわね。

 

「それで、その二体は滅多にバトルには出てこない上、あまり、全力でバトルを行ったという話は聞きません。彼らを本気にさせたことがあるのは僕たちが知っている限り、ただ一人」

「ただ一人……ひょっとしてそれがおぬしの彼、かの?」

「はい、私のツレです」

 

 タマランゼ会長の問いに、リーフちゃんがダイゴに合いの手を入れるようにして答えを口にした。ていうか、ツレ? 彼? いったいだれ?

 

「元、て言うか現カントーチャンピオンマスターだ」

 

 ……ああ。確か今、ジョウトのシロガネ山の奥地で修行しているっていう“最強のチャンピオンマスター”っていう子だったっけ? なんかそんな話を聞いたことがあるような気がする。

 

「当時、ユウト君はカントーポケモンリーグの決勝リーグの決勝戦で当時はまだチャンピオンになっていなかったその彼に負けた。その一年後、またカントーポケモンリーグに出場して、そのときはチャンピオン挑戦権獲得までは行ったけど、今度はチャンピオンになっていた彼にまた敗退した。そうボクは聞いている。しかし、これらはもう何年も前の話で、彼とそのポケモンたちはそのときよりも比較にならない程圧倒的に強くなっている」

「そうよね。その二回目のときは、わたしもユートと決勝リーグ決勝で対戦して、そのときは僅差で負けちゃったけど、今じゃあ余裕で負ける自身があるわ。……イヤな自信だけど」

「俺もこの前、だいたいアイツがこのシンオウに来る前辺りにバトルしたんだが、まるっきり勝てなかったな。なんつーか、まるで手玉に取られた感覚? とにかく試合運びとか戦術がうめぇんだよなぁ」

「まあ、ぼくもだいたいこんな感じでさ。だから、今は誰もその二体の本気を知らないんだよ」

 

 な、なんだかすごい話が大袈裟で大きくなってきたような……。ていうか、仮にもチャンピオンや四天王にここまで言わせるなんてやっぱり彼ってすごいわね。

 

「で、本題だけど、正直、今のユウト君やラルトスがあのタクトという人を相手に本気を出すということはあまり考えられない」

「だけど、俺たちはアイツにバトルで勝つことを目標にしている。ていうか勝ちてぇんだ」

「だから、それに最大の障壁となりそうなラルトスについてを知る絶好の機会なんですよね、今は。たとえ、本気は見れなくてもある程度の実力と戦法が判明すれば万々歳ですよ」

 

 私たちはそうした三人にただただ唖然としながら、このバトルの行く末を見守ることにした。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「さて、どうくるか」

 

 グリーンさんが、ラルトスが出てきてから今までとは違ったピリリとした雰囲気を醸し出して、何かあったのか聞いてみたんだけど、あのラルトスにそんなことがあったなんて。今までいっしょに旅してきたけど、全然知らなかった。

 

『両者三体目のポケモンが出揃いました! ユウト選手はラルトス、タクト選手の三体目のポケモンはなんと驚き、あの伝説のポケモン、ライコウです! それにしてもラルトスとは意外ですね! ユウト選手は未進化のポケモンが多くいるようですが、何か秘密があるのでしょうか!?』

 

 確かユウトさんは、リーフィアやグレイシアに進化してもらうためにイーブイに頼み込んでいたことはあったけど、基本的に進化するかしないかはそのポケモンに任せる傾向があるから、それはあんまりないと思う。あ、そういえば、技を覚えるのに掛かる時間が少し短くなるなんてこともあったかな。でも、そういうのを気にしてる様子はあまり見かけたこともないし。

 

『さあ、まず先手を取ったのはライコウです! ライコウ、シャドーボールを口から吐き出しました!』

 

 エスパータイプであるラルトスにゴーストタイプのシャドーボールは至極妥当なチョイスだと思う。ただ、ラルトスもそれを馬鹿正直に受けることはなくて。

 

『しかし、ラルトスも()る者! シャドーボールをチャージビームで相殺しました!』

 

 チャージビームを選ぶのはなかなかエグい。これは電気タイプの技で威力はそうでもないんだけど、副次的な効果として自分の特攻が高確率で一段階上がるという効果がある。相手を攻撃しつつ自分の能力を上げる、なかなかの技だ。

 

「ついでに言えば、ライコウは伝説のポケモンで特攻もかなり高いはずなのにそれをチャージビームでチャラにするラルトスのレベルはやっぱり相当高いな。ん?」

 

 見ると、相手のタクトという人はまたシャドーボールを指示しているようだけど(周りの歓声とスタジアムが広いせいでよく聞き取れない)、出せないでいるって感じなのかな?

 

『これはどうしたことでしょう!? ライコウ、シャドーボールを出しません! ひょっとして三回戦でヒカリ選手がやったように、ライコウの技が封じられてしまったのでしょうか!?』

 

 やっぱり。とすると、ふういんかかなしばりか、どっちかだと思うんだけど、どっちだろう? かなしばりはその技そのものを使えなくする、ふういんはそれを使うポケモンが覚えている技について相手が使えないようにするという技だ。ユウトさんのラルトスはきっちりシャドーボールも覚えているし、他の技も封印すると言う意味ではふういんをチョイスしたのかな?

 

「あれは……めいそうか? 相手が行動不能のうちは積むっていう戦法か」

 

 見ると、ラルトスは静かにめいそうを始めていた。めいそうは特攻と特防を一ランクずつ上げる変化技だ。ラルトスは物理よりは特殊の方が得意だから、妥当な能力アップといえる。

 

『ここでタクト選手、技を切り替えました! アイアンヘッドを指示します! ライコウ、ラルトスに向かって猛然と突進していきます!』

 

 四足歩行の動物よろしく、両前足と両後ろ足を交互に動かして機敏に迫るライコウ(さすがにアイアンヘッドはラルトスは覚えないので、ふういんには縛られず、かつラルトスの弱点でもある)。あとわずかでラルトスに到達するというまさにそのときだった。

 

『あーーっ! いったいどうしたことでしょう! ライコウ、盛大に転びました! なんでしょう!? 私の目には何かに躓いたように見えました! しかし、フィールドにはそれらしいものは当然見当たりません! これはいったいどういうことだーッ!?』

 

 たしかにあたしの目にも何かに躓いたようにも見えた。ちなみに当のライコウは勢い余って草のフィールドをゴロゴロと転がっていた。

 

「……くさむすびだ」

「くさむすび? えっ、あれがですか?」

 

 くさむすびは相手の足もとに草をからませて転倒させる草タイプの特殊技で、相手の体重によって威力が変わるという変わった特徴を持つ技でもある。

 

「……やっぱり強いな。そしてまだまだ遠い……」

 

 グリーンさんが膝の上に置いていた拳を強く握りしめているのが見えた。

 

「あ、あの、あのくさむすびという技で何がどうわかるんですか?」

 

 グリーンさんの反応に思わず疑問を投げかけるシンジ。実はあたしもその言葉は気になった。いったいどういうことなのか。

 

「いいかい。普通くさむすびは立ち止っている相手に掛けるのが基本だけど、それだって避けられる可能性があるんだ。動く相手に掛けるのは、タイミング、距離、相手の状況を加味しないといけないから殊更に難易度が上がる。それをあのラルトスは、自分に向かって突進してくる、一歩間違えれば弱点技のダメージを食らうという状況下の中で、相手にやったんだ。これがどれだけハイレベルなことかわかるだろう?」

 

 たしかに。言われてみればそうかもしれない。少なくとも、あたしのポケモンでは、あのラルトスと同じ状況下で同じことをやれと言われても、とてもではないが、今はムリだ。シンジも思い至ったのか、口をポカンと開けている。

 

『ようやく起き上がりましたライコウ! さあここから仕切り直して攻撃を――、な、なんだあれはー!?』

 

 見ると、立ち上がったライコウの四肢に草が結びついていた。

 

『あれはまさか草タイプの技のくさむすびなのか!? ひょっとしてさっき転倒したのもまさか!?』

 

 ライコウに結びついた草はそのままシュルシュルと伸びていく。四肢に結びつく一つ一つの草が捩れ、脇から増殖してまた捩れ、といったことを繰り返しながら、やがてそれらはそれぞれ太い幹のようなものを形成していく。だんだんと大きく、そしてしなやかに、されど強靭になっていくそれらにつられて、ライコウの身体がだんだんと宙につり上げられていった。四本存在するそれによりライコウはクルリとひっくり返され、足の裏が空に向かい、視界が上下逆さまに反転するだろう位置となった。そして、最終的にライコウは、まるでその四肢にそれぞれロープを結わえられて周囲の四つの木々にそれぞれ結び付けられた形でひっくり返されて宙吊りにされたような格好となった。もし、原始時代ならあの下に火をたけば立派な動物の丸焼きが出来上がることだろう。

 

『な、なんとなんとなんとーー! ライコウ、くさむすびの草によってフィールド中央で中空に宙吊りにされてしまいました! ライコウ、必死でもがきますが、草はただただしなるだけで、まったく効果がなーーーい! ライコウ大ピンチだ!』

 

 そのまま、今度は草が、いやもうこれは大樹といっても差し支えがない。その四つの大樹が大きくしなりだした。それにより、何が起きたかというと、いわば枝葉の先に括りつけられているライコウが、そのしなりの影響を受けて、フィールドに激しく叩きつけられた。さらに凶悪なのはトランポリンの原理と言ったらよいのか、大樹が下にしなる(一歩遅れてライコウがフィールドに叩きつけられる)とそれの反動で今度は上にそれがしなり(一歩遅れてライコウが宙に放り出され)、また、その反動で大樹が下にしなる(そしてまた、一歩遅れてフィールドにライコウが叩きつけられる)というのを繰り返しているということだ。

 

『こ、これはなんてすごい! 本当にこれはくさむすびなのでしょうか!? 私にはまだ「これは別の技なんだ」と言われた方が信じることができます!』

 

 しかし、何度か続いたところで、それに変化が起きた。

 

『これは、もしやでんじはか!? ライコウ、でんじはをラルトスに放ちます! そうか! 麻痺させてしまえばこのくさむすびから解放されるという作戦ですね! タクト選手、実にすばらしい作戦です!』

 

 ライコウは電気タイプなんだから、使えて当然だろう。あたしでもそうすると思うし。

 で、――

 

『おいおい、本当に何が起きているんだーー!? ライコウのでんじはがラルトスにまったく効いていません! いったいなんでだーー!? というか、このバトルは不可思議なことが起き過ぎるぞ!!』

 

 ただ、ラルトスはでんじはを真正面から食らったのにまったく麻痺した様子が見受けられなかった。

 最後の実況の愚痴には全面同意だけど、なんでなのかしら?

 

「……ひょっとして、みがわりか?」

 

 グリーンさんの呟きにあたしもピンときた。みがわりは自分の体力を消費する代わりに自分の身代わりをつくり出す技で、その身代わりが壊れるまでは状態異常は受け付けない。

 

「……完璧な戦略だな。まったく、あれをどうしろというんだ」

 

 やれやれと肩をすくめるグリーンさんを尻目に、

 

 

「とどめだ、ラルトス! サイコショック!!」

 

 

ラルトスが出てきてから初めて出した一声(おそらく?)がそれだった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「こんな、こんなことが、こんなことがあってはならないんだ!」

 

 なにやらアイツは崩れ落ちて、頭を抱えながら呻いている。その前方には目を回して倒れ伏すライコウの姿がった。

 いやー、しかし、みんな良くやってくれた!

 

「(ユウト!)」

 

 ラルトスがオレの胸に飛び込んできてくれた。もちろんがっしりと抱え込んださ。

 

「ホント、良くやってくれたよ、お前たちは! ありがとう!」

 

 テッカニンとガラガラの入ったモンスターボールがゆらゆら揺れているのを感じた。

 さて、喜びを分かち合っていたオレたちだが、その一方、

 

「なぜだ! なぜ、ボクのポケモンがガラガラやラルトスごときに!」

 

タクトはまだあのようなことを言っていた。まぁ、持論の『強いポケモン』がこうも簡単に破られれば、ああなるのもわかる気がしないでもない。それにオレは、強いポケモンを使うのを悪いと言っているわけではない。

 

「タクト、お前には言っておくことがある。ポケモンバトルに勝つには強いポケモンっていうお前の考えは否定はしない。むしろオレは賛同もしよう。だけどな、ポケモンバトルに勝つにはポケモンのレベル、そして何よりもトレーナーの知識と戦略だ。戦略を練るには自分のポケモンのことをよく知らなければならない。自分のポケモンをよく知るには愛情を持って接しないとポケモンも自らをさらけ出したりはしない。それがないお前はたとえグラードンだろうがディアルガだろうが、伝説や幻のポケモンを持ってこようとオレとオレのポケモンたちはお前になんか負ける気はしない。そして、何より、人のポケモンをバカにするその腐った根性を叩き直さない限りは本当の意味でポケモンバトルは出来ないということを知るべきだ」

 

 バトルの勝ち負けは抜きにして、バトル後はそのトレーナーと交流することが多い。シロナさんのいう『ポケモンバトルはトレーナー同士の最強のコミュニケーションツール』というやつだ。しかし、人のポケモン、ひいては友達を侮辱するような輩とよしみを交わすことなんてないはずだ。だから、彼はそれを直さなければ、そういうことを知ることもできないのだから。

 

 さて、そんな中でジャッジがライコウの元に立ち寄り、状態を確認して、そして、青い旗が揚がった。

 

「ライコウ、戦闘不能! よって、この勝負、タクト選手が三体目全てのポケモンを失ったため、ハジツゲタウン出身、ユウト選手の――「い、異議あり!!」 どうかしましたか?」

 

 ん? タクトはジャッジに何やら文句があるようだ。はて、別におかしなことも何もなかったし、いまさら何の異議があるんだ?

 

 

「最初のダークライとテッカニンの試合のとき、あちらは交代の際、テッカニン、そしてガラガラが同じフィールド内にいた! これは1対1のシングルバトルというルールに反する!」

 

 

「なっ!?」

「(なんですって!?)」

 

 あろうことかそんなことを言ってきた。

 ていうか、なにをバカなこと言ってるんだ!? あれはれっきとしたポケモンの技であり、ルール違反なわけがないじゃないか!!

 

「よってボクはこのバトルについては無効であると申告する!!」

 

 その言葉はスタジアムに波紋のように広がっていったような気がした。

 

『たしかにタクト選手の発言も尤もな気もしますねぇ……』

 

 おいおい、ちょっと待てよ。たしかにメジャーな技を使っていないわけじゃなかったが、でも禁止されるような技は使っていないし、何よりもルールに触れることは一切していないぞ!

 

 ところが、その波紋が広がりきる前に、

 

 

『その異議、ちょっと待った!!』

 

 

またさらに別の一石が投じられた。

 タクトの抗議を止めたのは、スピーカーから聞こえてはきたが、シンオウ地方に来てからはよく聞き慣れた声。

 

『タクト選手の今の異議ですが、私は違うと思います』

 

 それはシンオウチャンピオンマスターのシロナさんの声だった。

 

『バトンタッチはあまり知られていないだけで、れっきとしたポケモンの技です。ポケモンリーグにおいてポケモンの使用できる技に制限はありません。よって、私は今の抗議をシンオウ地方チャンピオンマスターとして棄却したいと思うのですが、審判の方はいかがでしょう?』

 

 フィールド内での勝敗はジャッジが宣言することで決まる。つまり、フィールドではジャッジが一番偉いわけで、タクトの異議と、シロナさんのそれに対する意義と正当性の判定をジャッジに委ねたわけだ。

 

 

 そして――

 

 

「――たしかにそのバトンタッチというのポケモンの技であると判断していいでしょう! よって、このバトル、タクト選手が使用ポケモン三体すべてを失ったため、ユウト選手の勝利とします!!」

 

 

 ほっ。一時はどうなるかと思ってかなり焦ったけど、オレは予選リーグ決勝戦にコマを進められることに相成った。

 

「とりあえず、あとでみんなにはお礼を言いに行かなきゃな」

「(そうね。特にシロナには本当に感謝だわ)」

 

 

 

 ホウエン地方、ハジツゲタウン出身、ユウト。

 予選リーグ決勝戦進出。

 




グリーン、ダイゴ、シルバー、リーフ
「あんなのをいったいどう対処しろってんだ!!」


* * * * * * * *


さて、前話の前書きでも書きましたが、タクトファンの皆さま、本当に申し訳ありません。そして、アンチヘイトが嫌いな方も申し訳ありません(ちなみに私もアンチヘイトは苦手な類です)。
当初の予定ではここまでのものになるはずではなかったのですが、書いているうちにあれよあれよ暴走を始めてしまってこんなことになってしまいました。

ちなみにこのSS内でのタクトの手持ちはダークライ、ラティオス、ライコウ、レジアイス、ファイヤー、スイクンとしています。一応、ダークライ以外は準伝説でそこそこバランス良くかためてみました。


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第11‐12話のIF Ver.

ラルトスの活躍をご期待なさっていた方がいらっしゃったので、Aルート・Bルートという形にしようと思ったのですが、出来がいまいちな気がしたので、こちらは半ネタ扱いということで。


『予選リーグはいよいよ折り返し地点を過ぎて大詰めに向かって突き進み始めました! では、これより、予選リーグ第四回戦の試合を始めるぞ!』

 

 バトルフィールドへ続く暗い通路の中で実況の声がやや遠くに聞こえる。

 

「ラルトス、準備はいいよな?」

「(当然。言っとくけど今回はわたしもちゃんと出してよね)」

「当たり前だ、お前の強さをアイツに分からせてやれ」

 

『この四回戦より、ルールが少し変更になったぞ! トレーナー諸君は要注意だ!』

 

 そういえばそんな話があったな。

 なんでも、基本は変わらないんだけど、使用ポケモンの数が三から四に増えるとか。

 

『では、四回戦第一試合に出場する選手を紹介しよう! まずは赤コーナー、ダークライ使いの異名をとるタクト選手!』

 

 観客の歓声が一段と高くなったのを肌で感じる。

 

『タクト選手はシンオウ各地のジム、そして今大会、この四回戦までダークライ一体のみで対戦相手を退けてきた選手だ! その強さはここにいる観客のみんなならよく知っているだろう!』

 

 さてと!

 

『続いて青コーナー、ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手! ユウト選手はここまで様々なポケモンと新しいポケモンバトルで勝利を手にしてきた期待の選手だ!』

 

「行くか」

「(ええ)」

 

 オレたちは暗い通路を眩しいほどの光が射しこんでくるフィールドへの入口を潜っていった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ユウトクン、キミはボクが倒す。そしてキミの言葉が間違いだということを証明しよう」

 

 フィールドで相対したタクトさん。オレが知っている(?)のは、まず、アニメでは伝説のポケモンでのみバトルを行っていること。まあ正直、こんなのはどうでもいいっちゃどうでもいい。パーティに伝説とか幻を入れてたってそれはそれで戦い方はあるし、倒せないこともない。要は戦略さえあれば、それは切り抜けられる。「伝説ばっか使いやがって、アンタ伝説厨か?」なんて、あくまでネタにして楽しむ域を出ないから、せいぜいそれでからかう程度の話だ。ダークライのダークホール連発を催眠厨と揶揄するのも、要は単なる皮肉でしかない。それだって立派な戦術なのだ。否定する気は毛頭ない。

 それから、オレの持論、『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』、これを否定したいということ。これも別にいい。世の中にはいろんな考えを持った人間がいるんだから、すべての人に賛同を得ようなんて思ってもいないし、否定してくれたって全然構わない。実際、これまでにも、そういった人たちともバトルしてきたし、中には敬意を表すべき人もいた。

 

 で、最後に、オレのラルトスは弱いとか言って、喧嘩を売ってきたこと。ぶっちゃけ、一番の問題はコレだ。あのときは相当アタマにきてたけど、ただ、例えば格闘技の試合前に対戦相手を挑発し合うという様式美だったと思えば……いや、やっぱダメだ。オレは別に格闘技の選手でもないし、何より一番の相棒を貶されたのはガマンならないわ。

 

「それにしても、ボクの忠告を聞かなかったのか」

「忠告、ですか?」

「ああ。あのとき、ラルトスは入れ替えろって言ったよね? これを忠告と言わず、何と言うんだい? いやはや、なんとも度し難いな。そんなのでボクと戦おうなんて救いようがないよ」

 

 彼はやれやれと肩を竦めてくれている。

 

 アレが忠告?

 

 ふーん。

 

 度し難い?

 

 ふーーん。

 

 救いようがない?

 

 ふーーーん。

 

 ……。

 

 うん。もうダメだ☆

 

 

「(……ねぇ、わたしとしてはあそこまでユウトをこき下ろすとか死刑ものなんだけど、あのゴミぶっ殺しちゃっていい?)」

 

 

 ホントにダメだわ。

 

 いやさ、オレのことだけなら我慢はするよ? でも、あの言葉ってオレのバカサ加減はもとより、ラルトスを変えなければ、アイツには勝てないってことでしょ? つまり、オレのラルトスは弱いと? オレのポケモンたちはアイツにはかなわないほど弱いと?

 

 

「……一つ言っておく」

 

 なんと言うか、スーッと頭がクリアになっていく感じだった。

 視界が急に晴れやかになったかのようになり、

 

 

「――テメェのその、プライドが高じ過ぎてお高くとまりすぎた鼻っ柱、叩き折ってやるよ!!」

 

 

そんな言葉がすっと口を衝いて出ていた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『さあ、四回戦第一試合、いよいよ始まったぞ! 最初の一体目のポケモン、タクト選手はお馴染み、悪タイプのダークライ、ユウト選手は虫・毒タイプのモルフォンだ!』

 

 さてと、タイプ相性ではモルフォンが有利だけど、ダークライにもモルフォンの弱点を突く技もあるわけで。おまけに相手を眠らせる技のダークホールは相当厄介な存在でもある。

 そういえば、テッカニン使うってシンジ君に言ってたけど、後で謝っておこう。

 

「ボクのダークライは相性程度負けることはない! ダークライ、ダークホール!」

「モルフォン、スピードスター! ダークホールを狙え!」

 

 ダークホールはアニメと同じように掌で生み出した黒い球体状のシャドーボールのようなものを撃つ技で、当たるとそのまま相手を包みこんで眠らせてしまう危険な技だ。避けるリスクより、撃墜させてしまうのが一番の対抗策だろう。スピードスターとオレのポケモンならそれが絶対にできると信じている。事実、モルフォンはいともあっさりと撃墜してくれた。

 

『タクト選手、ダークライにダークホールを指示! しかし、ユウト選手のモルフォンがスピードスターで撃墜! これは素晴らしい攻防だ! それにしても必中技で相手の技を撃墜という手法はもはやメジャーなものになりつつあるようだ! 事実いろいろなバトルでも見られるようになってきたぞ! さて、その先駆者であるユウト選手、タクト選手の強力なダークライに打つ次の一手はなんなのか!?』

 

「フッ、一発でダメなら連発でいくぞ! ダークライ、ダークホール!」

 

 ダークライは今度は、手で作り出したダークホールを、ピッチングマシンよろしく、次々と投げ込んできた。さてさて、これはどうするか。

 

「モルフォン、はね返せるか!?」

「モ~ルフォン!」

 

 任せろ!

 そう言っているように見えた。ならば!

 

「モルフォン、全力でぎんいろのかぜだ! ダークホールをはね返せ!」

「モ~ルフォン!」

 

 モルフォンが力強く翅をはばたかせ始める。それによって風が起こり、それがだんだんと強くなり始めた。ぎんいろのかぜはその風に自身の翅のりんぷんを混ぜて相手を攻撃する虫タイプの特殊技だが、それのおかげで風が光に反射して銀色に光って見えている(だから、ぎんいろのかぜっていう名称なんだろうけど)。

 

「頑張れ、モルフォン!」

「モ~ルフォン!!」

 

 より一層モルフォンが力強く翅をはばたかせて、風が強くなる。あれ、ひょっとして十パセーントの確率で起こる全能力一段階アップを引き当てたりした? なんだかもはや、風というより暴風の一歩手前といってもいいかもしれないぐらいになってきている。そしてそれにより放たれたダークホールに変化が訪れた。

 

『これはすごい! モルフォンのぎんいろのかぜによりダークホールが勢いを落として、いや、これは違う! なんとモルフォン、ぎんいろのかぜによってダークホールをはね返した! 連続で放たれたダークホールがダークライ自身に襲い掛かる!』

 

「なんだと!? 避けろ! 避けるんだ、ダークライ!」

 

 しかし一方、ダークライはぎんいろのかぜのダメージを受けていた。悪タイプに虫タイプの技は効果抜群なのでかなり効いているようだった。

 そしてはね返したダークホールは、一部はフィールドに落ち、一部は互いにぶつかり合って消滅したが、そのうちの一つがダークライに直撃した。

 

「よっしゃ! ラッキー!」

「ちっ!」

 

 ダークライを黒い球体が包み込んだ。

 

「モルフォン! 今度はちょうのまい! 舞い続けろ!」

 

 モルフォンは飛びながらもダンスのステップを踏んで踊るように宙を舞い始める一方、ダークライは黒い球体から解放されはしたが、フィールドに体を横たえてスヤスヤと眠りについていた。

 

「起きろ! 起きるんだ、ダークライ!」

 

『これは皮肉! ダークライ、自分で放ったダークホールに自分で当たってしまい眠り込んでしまった! ダークライはもはや無防備! ダークライ、大ピンチだ!』

 

 ダークライはトレーナーの呼びかけも届かず、まだ眠り続けている。あんまりにも起きないんじゃあ交代するのも手だと思うんだけどねぇ。

 

『ダークライは眠ってしまって無防備な状況ですが、なぜかユウト選手はモルフォンに攻撃を指示しない! これはどういうことだ!? それに先程からモルフォンが宙を軽やかに舞っているけど、何か関係があるのか!?』

 

 さっきからモルフォンが続けているちょうのまい。これは虫タイプの変化技だが、特攻特防素早さが一段階上がるという、非常に優秀な、言い換えるとぶっ壊れた性能の積み技である。

 さて、時間にしてそろそろ三回分くらいは舞っているはずだから、そろそろ――

 

「ちっ! 仕方ない。交代だ、ダークライ」

 

 ヤツはハイパーボールを突き出すと、そのスイッチ部分からダークライに向かって赤いレーザー光が放たれた。

 タイミングとしてはここがグッドだろう。オレはモンスターボールを二つ手に持った。

 

 

「モルフォン、バトンタッチ!」

 

 

 そしてオレはその二つのボールを振り上げた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「やった! いい感じでバトンタッチにつなげられましたね!」

 

 観客席であたしは思わず、手を叩いていた。ホント、ちょうのまいを引き継げたのはかなり上々だと思う。それも二回か三回分は舞っていたんじゃないだろうか。それに見てたところぎんいんろのかぜの威力が上がっていたようにも見えるから、ひょっとしたらプラスしてぎんにろのかぜの追加効果も引き継げたのかもしれない。これもしかしてもうユウトさんの勝ちなんじゃないかとも思ってしまう。

 

「なんだ、バトンタッチって? それにテッカニンはどうしたんだろう?」

 

 そういえばだけど、あたしの隣りにはあたしと三回戦でバトルをしたシンジが座っていて、いっしょに観戦している。いつまでかはわからないが、どうやらあたしと同じくユウトさんに弟子入りしたらしい。昨日今日の話なので、ポケモン講座はあまり進んでいないらしいけど。

 

「ああ、それはユウトさんに直で聞いた方がいいかも。というかたぶんもうテッカニンは出てこないと思うし」

 

 とりあえず、シンジの疑問は脇に置いておいて――?

 

 はて?

 あたしの隣りには他にグリーンさんが座っているはずなんだけど一向に反応がない(ちなみにダイゴさんやリーフさん、シルバーさんは大会本部の方に顔を出してこの場にはいない)。どうしたのかと思って、振り向いてみた。

 

「……グリーンさん?」

 

 見るとグリーンさんは口元に手を当てて目を大きく見開いてフィールドを見下ろしていた。

 

「あの、グリーンさん?」

「お、おい?」

 

 あたしたちの問いかけにまったく反応を返さず、そして目を閉じて大きく息を肺全体まで空気を行き渡らせるようにして吸い、今度はそれをすべて吐き出すようにして大きく息を吐いた。そして、瞼を開けてさっきまでと変わらずフィールドを見下ろしているのだけど、さっきまでとは違って目は皿のようにしていて、まるでこれから先すべてを目に焼き付けてみせるという気概が滲み出ているようにあたしには感じた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 それはシンジも感じ取っているようで、あたしと同じく息をのんでいるようだった。そして、グリーンさんはそんなあたしたちに気にも留めずにあることを語り出した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 さて、今日も今日とて、私はシンオウチャンピオンマスターとしてタマランゼ会長の隣りでリーグ観戦。またも運良くBブロックの観戦となり、ユウト君のバトルを楽しめている。ちなみに今日はホウエンチャンピオンマスターのダイゴの他に、視察という名目で、カントー、そしてジョウトの四天王を務めるリーフちゃんにシルバー君もこの場にいた。

 今、バトルはちょうどユウト君がモルフォンのバトンタッチで能力を引き継いだラルトスがフィールドに出たところだった。にしても、あのラルトスのバトルを見るのはひさしぶ――

 

ガタッガタガタッ!

 

り――って、一体なに!?

 突然隣りから大きく椅子を引いて床をこする音やその拍子なのか椅子が倒れ込む音が盛大に聞こえたものだから、私は思わずそちらに振り向いた。

 

「……ダイゴ? それにシルバー君にリーフちゃん?」

 

 すると、何やら三人が総立ちになっていた。様子もどこかおかしい。目を見開き、口が少しだが、無造作に開けていて、まるで思いもよらない事態が起きて驚いているという印象を受けた。

 

「……これは……。ボクたちは随分と幸運なようだ」

「……だな」

「……ムリしてでも観にきてよかった」

 

 シルバー君は倒した自分の椅子を元に戻しながら、とにかく三人に共通して言えるのは、腰掛けていた椅子にストンと腰を下ろし、さっきまでとは違う、まさに鷹のように射抜くような目でフィールドを見下ろしているということだ。そして口許もなんだか薄っすらとだけど口角が上がっていて、これから何をするのか何が起きるのかが楽しみだという気持ちがなんだか手に取るように伝わってきた。

 

「三人とも一体どうしたんじゃ?」

 

 タマランゼ会長も堪らず三人に問い掛けてくる。

 

「タマランゼ会長にシロナ、ユウト君のポケモンの中で一番強いと思われるポケモンって知っていますか?」

 

 三人を代表してなのか、ダイゴが逆にそんな質問を投げ掛けてきた。

 それにしても、ユウトのポケモンの中で一番強いポケモンねぇ。

 

「ラルトスかしら?」

「儂はラルトスとボーマンダの同率首位という話を聞いておるぞ」

 

 ボーマンダ? テンガン山に登るときにいっしょにいたあの子かしら?

 

「タマランゼ会長の仰ることが正解です」

 

 へぇ、そんなに強いんだ、ユウト君のあのボーマンダって。今度バトルしてみたいわね。

 

「それで、その二体は滅多にバトルには出てこない上、あまり、全力でバトルを行ったという話は聞きません。彼らを本気にさせたことがあるのは僕たちが知っている限り、ただ一人」

「ただ一人……ひょっとしてそれがおぬしの彼、かの?」

「はい、私のツレです」

 

 タマランゼ会長の問いに、リーフちゃんがダイゴに合いの手を入れるようにして答えを口にした。ていうか、ツレ? 彼? いったいだれ?

 

「元、て言うか現カントーチャンピオンマスターだ」

 

 ……ああ。確か今、ジョウトのシロガネ山の奥地で修行しているっていう“最強のチャンピオンマスター”っていう子だったっけ? なんかそんな話を聞いたことがあるような気がする。

 

「当時、ユウト君はカントーポケモンリーグ本戦でその彼に負けた。しかし、これも何年も前の話で、彼とそのポケモンたちはそのときよりも比較にならない程圧倒的に強くなっている」

「そうよね。そのときはわたしもユートと対戦して、そのときは僅差で負けちゃったけど、今じゃあ余裕で負ける自身があるわ。……イヤな自信だけど」

「俺もこの前、だいたいアイツがこのシンオウに来る前辺りにバトルしたんだが、まるっきり勝てなかったな。なんつーか、まるで手玉に取られた感覚? とにかく試合運びとか戦術がうめぇんだよなぁ」

「まあ、ぼくもだいたいこんな感じでさ。だから、今は誰もその二体の本気を知らないんだよ」

 

 な、なんだかすごい話が大袈裟で大きくなってきたような……。ていうか、仮にもチャンピオンや四天王にここまで言わせるなんてやっぱり彼ってすごいわね。

 

「で、本題だけど、正直、今のユウト君やラルトスがあのタクトという人を相手に本気を出すということはあまり考えられない」

「だけど、俺たちはアイツにバトルに勝つことを目標にしている。ていうか勝ちてぇんだ」

「だから、それに最大の障壁となりそうなラルトスについてを知る絶好の機会なんですよね、今は。たとえ、本気は見れなくてもある程度の実力と戦法が判明すれば万々歳ですよ」

 

 私たちはそうした三人にただただ唖然としながら、このバトルの行く末を見守ることにした。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「さあ、いくぞ、ラルトス!」

「(了解。ウフフ、力がみなぎるわ)」

 

 それはそうだろう。蝶舞と銀風引き継いでるんだから。

 

『さあ、ここでお互いポケモンを交換したぞ! ユウト選手はラルトス、タクト選手はなんとホウエン地方の伝説のポケモンのレジアイスだ!』

 

 レジアイスか。特防がべらぼうに高い伝説のポケモンだったな。特殊アタッカーのラルトスには少し厳しい気もするが――

 

「いってみるか」

 

 そしてオレはある技を指示した。

 

 

 ラルトス、――――!!

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あ、あれ?」

「(ひょっとしてわたしたち、なにかやっちゃった??)」

 

 スタジアムは広大なのにまるで音が聞こえない。シーンと静まり返っている。遠くにある別のスタジアムの歓声が聞こえてくるぐらいの静けさだった。

 

「な、なんなんだ……。いったいなにをしたんだお前は」

 

 あのタクトは膝をついて茫然とした様子で呟いている。さっきまで髪を振り乱していたから、最初よりもワカメ具合がひどくなっている。

 

「なんでだ、なんでボクのポケモンがたったの一撃で……わけのわからない光の攻撃たった一撃でやられてしまったんだ! 伝説だぞ!? ボクのポケモンはすべて伝説のポケモンなんだぞ!? それが! あんな一般ポケモンの、あんな未進化のラルトスなんかにやられるなんて!?」

 

 タクトの慟哭がスタジアムに響き渡るが、正直そんなことはどうでもいい。ていうか、アイツ、まだオレのラルトスを侮辱するか。

 

『ゆ、ユウト選手、ラルトスの何らかの技によりタクト選手のポケモンを一撃、たったの一撃ですべて退けてしまいました……』

 

 あのー、あなた始めるときはメッチャフレンドリーな実況してましたよね!? キャラ変わってません!?

 周りを見渡してみたんだけど、なんかやっぱりシーンとしている。……えっと、なにか反応プリーズ……。

 

 ……

 

 ……

 

 …………

 

 …………さーて、ホントこの状況、どうしようか?

 

 

 

『少し、よろしいかしら』

 

 

 

 そのときオレにとっての天使が舞い降りた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 オレがラルトスに指示した技。それはエスパータイプの特殊技のアシストパワーという技だ。アシストパワーは基本の威力は二十なんだけど、能力変化が一段階上がるごとに、その基本威力にプラスして二十の値が加算される。威力の計算式としては

 

 総合威力=基本威力20+20×上昇した能力変化のランクの数

 

という形で表される。今のラルトスの場合、ぎんいろのかぜで攻撃・防御・特攻・特防・素早さがそれぞれ一つずつランクが上がり、ちょうのまいが三回で特攻・特防・素早さがそれぞれ三回ずつ上がった。

 さて、これを先程の威力の計算式に代入すると、

 

 20+20×14=総合威力300

 

 ついでにいえば特攻は四段階アップ。数字にして当てはめると、三倍は上昇してしているわけで。

 

 うん、オーバーキルってレベルじゃねぇぞ。

 

『みなさん、ところどころ不明な部分もあると思うし、説明が長くなってしまって申し訳ないわね。とにかくそのアシストパワーはとんでもない威力に上がっていた。だから、たとえ伝説のポケモンであるレジアイスもファイヤーもスイクンも耐えられなかったわけね』

 

 あー、シロナさん。ホンマ、ホンマありがとうございます!

 

 ぎんいろのかぜ、ちょうのまい、バトンタッチから始まったコンボの説明を懇切丁寧に説明してくれていた。

 

『いえ、もはや耐える耐えないとかそんな話ではないわね。粉砕よ粉砕、もういやって言うほどコナゴナにね』

 

 ……ハイ、なんだかスミマセン。お願いですから、そんなふぶきが吹き荒れるような冷たい視線は勘弁してください。

 

 とにかく、なんとかそのおかげで、スタジアムに音が戻ってきた上、オレはリーグ決勝に進むことになった。

 

 

 そして、このバトルは永遠と語り継がれる伝説のバトルとなった(泣)。

 

 

「(わ、わたしは関係ないもん! ユウトだけよね!? ねっ!?)」

 

 うるせえよ!! お前もオレと一蓮托生だよ!!

 




シロナ、ヒカリ、リーフ
「ちょっとは自重しなさい、このどアホ!!!」
グリーン、ダイゴ、シルバー
「そして、あんなの相手にどうしろってんだ!!」

ユウト、ラルトス
「あの……なんかスミマセン」


やりすぎは良くないよね! だからきっとバトル出してもらえないんだよ、ラルトスちゃん!


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第13話 予選決勝ユウトVSヒカリ①

 朝、暖かで優しげな日差しが大地を照らす。空は雲一つない快晴で、普段よりも空の高さが高く感じる。

 そんな中、オレとヒカリちゃんは宿を出た。試合の時間にはまだ早いのだが、シロナさんが、いや“シンオウチャンピオンマスター”がオレたち二人を呼び出したのだ。二人でスタジアムまでの道を歩く。ちなみにラルトスはグリーンさんたちに預かってもらっている。今回オレはシンオウで育て上げたポケモンのみでヒカリちゃんとバトルをしようと考えていたからだ。

 

 そんなことをおくびにも出さず、オレはヒカリちゃんの話に付き合う。今までの旅の中での話、ポケモンの話、この大会が終わった後の話。話題は尽きることはなく、あっという間にスタジアムの大会運営本部に着いた。

 

「ようこそ、二人とも」

 

 そこではシロナさん、それから、ダイゴの二人に迎えられた。

 

「一応、今私たちはシンオウ、ホウエンのチャンピオンマスターとしての公的な立場に立ってあなたたちに話しているんだけど、気楽に構えてくれててかまわないわ。実は大会運営として、急なことで申し訳ないんだけど、あなたたちに頼みたいことがあるのよ」

 

 頼みたいこと? いったいなんだ?

 

「シロナさん、それっていったい?」

「実は今、私たちの方からいろいろはたらきかけているんだけど、ポケモンバトルのルール改正をしようかと思っているの。具体的には『ポケモンが自分で扱える道具については使用を認める』っていう感じにね」

 

 なるほど、そいつは助かります。気合いのタスキやかえんだま、オボンの実とかが使えるなら今まで使えなかった戦略も使えるようになる。

 

「それはいいですね。そのときできれば『道具の重複は不可』というのも付け加えてほしいんですけど」

「どうして?」

「その方がさらに深い読み合いが出来ますから」

 

 たとえば気合いのタスキやたべのこしはパーティ内での使用率が高い。ここで全てのポケモンに同じものを持たせていたらバトルは陳腐なものになってしまうが、一つだけならば、『あのポケモンは何を持っているのか』という読みや、『こう読んでくるだろうが実は違う持ち物を持っていました』などという駆け引きがさらに白熱する。

 他にも『二体以上「ねむり」や「こおり」状態にできない』とかについてはトレーナーのモラルに任せるかな。反発が大きそうだし、オレもやっちゃう可能性も否定はできないし。

 

「なるほど。なら、その方向性でいくわ。ただ、はっきり言って今すぐ変えることは残念ながらムリ」

 

 まあ、そうだろうなぁ。

 この世界にはポケモンに持ち物を持たせるという概念ははっきり言ってない。おそらく考えてもいないことなのだろう。それを説得させ、周知させるのには相当、おそらく年単位の時間はかかることは間違いないだろう。

 

「だから、一つクッションを置くというか、最初のステップとして、いつものバトルとは違うバトルをあなたたちにやってほしいの」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あの、いつもと違うバトルって何なんですか?」

 

 あたしは思わずその言葉を口について出していた。今日これから、予選リーグ決勝戦であたしはユウトさんとバトルをする。こんな土壇場にそんなことを言われても困るし、不安だ、というのがあたしの正直な気持ちだった。

 

「あ、ヒカリちゃん、別にそんなに構えないで。私たちがいつもやっていることをやってもらえばいいから」

「いつもやっていること?」

「そう。予選リーグまでは三体のポケモンで戦うでしょ。だけど、この大会に出場するようなトレーナーなら六体全ては持ち歩いているわよね?」

 

 ああ、なるほど、そういうことか。

 

「なるほど、63(ロクサン )の見せ合いですか?」

「そうそう、それ」

 

 ユウトさんの口にした“63(ロクサン )の見せ合い”。これは相手に自分の手持ちの六体のポケモンを全て見せた後、そこから三体を選択してバトルをするルールである。相手はこちらの手持ちのポケモンを全て見ることが出来るが、その中でどの三体が出てくるかはわからない。こちらの手持ちから、いかに相手の繰り出すポケモン、戦略を読み、こちらのポケモンを繰り出していくかという、トレーナー同士の読み、定石の戦法を取ると見せかけて、実は意表をつく、あるいはその逆、といった駆け引きが必要になる。

 

 そうすると、もはやポケモンバトルは単なる技のぶつかり合いやポケモンのレベルで勝負が決まるのではなくなる。そんなものは勝敗を分ける単なる一つのファクターに過ぎないのだ。そして、逆に重要になってくるのはトレーナーの知識、そして洞察力。

 

 正直言えばこのルールはあたし個人としてはすごく楽しい。相手がどんな戦法で来るのか、どんな技を使ってくるのかを読み解き、こちらのポケモンを選択し、技を指示する。そうして勝ったときの喜びは言葉には表せないほどの感動を覚えるし、逆に負けたときには、悔しいという気持ちは勿論あるけど、「そうきたか!」といった新たな発見に心が躍る。そして、バトル後にはそれを振り返り、美点と欠点を研究し、自分の血肉とする。すると次回からはより洗練されたものとなっていく。

 ちなみにあたしの場合、それを可能にした知識はユウトさんの“ポケモン講座”で、洞察力はユウトさんのラルトスとのバトルが一番鍛えられたのではないかと思う。彼女(♀なので)の繰り出したポケモンから、ある程度、どんな戦法で来るかは予想を立てることはできるが、彼女はポケモンなので、発する言葉は当然わからない(テレパシーは除く)。実際にどんな技を指示したかは、彼女の小さな動作、あるいはポケモンの初動によって判断するしかないのだ。

 

 また、今回はそのルールだとあたしとしても助かる。あたしはユウトさんの持つポケモンたちのいろいろな意味での多彩さを旅の中で、そしてバトルの中で見てきた。正直どんなポケモンが出てくるのかは全く予想もつかなかったのが、試合にエントリーした六体が見られるということで、ユウトさんの戦略の推測と、それに対抗するためのあたしの戦略が立てやすくなって大変ありがたい。

 

 グリーンさんには負けると言われているけど、できることなら……!

 

「あたしはそれで構いません」

「オレも構いませんよ」

「そう。じゃあ運営の方にはそう通しておくわ。二人とも頑張ってね」

「ボクやグリーンたちは今回は、ていうかボクはずっとなんだけど、四天王やジムリーダーとして運営の方にいるから。新ルールの研修ということでね。そういうことでジュン君やコウキ君、シンジ君たちにはよろしく伝えておいて。じゃ、バトル期待してるから」

 

 話はこれで終わりのようで、あたしたちは部屋を退室した。

 

 

「ユウトさん」

 

 それからすぐあたしは歩き出そうとしたユウトさんを呼び止めた。

 

「あたし、今までのこと本当に感謝してます!」

 

 初めて会ったときは憧れだった。二度目に会ったときは正直どん底で藁にも縋るような気持ちだった。それからいっしょに旅をするようになり、特訓や講座はスパルタで相当苦労したけど、一人では絶対に体験出来ないことや不可思議な体験とかが数え切れないほどあった。その旅の中で人、ポケモン、さまざまな出会いがあった。一期一会、一度きりの出会いでも精一杯の礼を尽くして相手と接するべし。そういう心構えも教わった。そしてポケモンという、あたしたちにとっては切っても切れないフシギでステキな生き物たちとの向き合い方というものを教わった。

 今のあたしがあるのはこの人のおかげと言っても過言ではないかもしれない。そんな人とこれから対戦する。

 

 だから――

 今までの感謝をこめて――

 

「あたし、持てる力の全てで以ってあなたに挑みます!」

「そうか。楽しみにしている」

 

 あの人はそのままこちらを振り向かず、歩き去っていった。あたしは見えなくなるまであの人の背中を目で追っていた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『みなさん、お待たせいたしました! これより、予選リーグBブロック決勝戦を開始します!』

 

 Bブロック決勝が行われるスタジアム。フィールドは白線が敷かれて区切られた、何処でも見かけることができる至って普通のフィールドである。ただ、そこに詰める観客は今ある観客席の数では足りず、立ち見がたくさん見かけられた。リーグ決勝とはいえ、まだ予選リーグであるのだから、この数は(いささ)か特異である。

 そんな中、会場の一角にある三人の姿があった。

 

「いやぁ、それにしてもボクたち三人の中でヒカリちゃんが予選リーグ決勝に進んだなんて」

「そうだな。そういや、お前たちはどこまで勝ち進んだんだ?」

 

 ヒカリの幼馴染であるコウキ、そしてヒカリの三回戦での対戦相手であったシンジである。彼らはヒカリ・ユウト繋がりで知り合ったのだ。

 

「僕たちはそろって四回戦負けだよ」

「お、オレはトレーナー歴一年未満の奴らに揃って先を越されたのか……」

「いやぁ、ボクたちは運が良かっただけだと思うよ? ていうかこのBブロックのレベルが高すぎるんだと思うんだ」

 

 そう慰められるもorz状態のシンジ。だが、それよりいい加減、隣に座る三人目、同じくヒカリの幼馴染であるジュンがうざったくなったらしい。

 

「オイ、いいのか、アイツほっといて?」

「ああ、いつものことだから気にしないで」

「こ、これがいつも?」

 

 シンジはこの時点であんまりこいつには絡まないよう強く思った。

 

「なにやってんだ、運営! ホントに待ったぜ、コンチクショウ!」

 

とか、

 

「ヒカリー! 負けたら罰金だからなぁ! 罰金一億円だ!」

 

とか、

 

「ヒカリー! 勝っても罰金だかんなー!」

 

とか言っている少年だ。

 

「ていうか、なんで勝っても負けても罰金なんだ?」

「気にしちゃダメだよ、いつものことなんだから」

「わ、わかった」

 

『では、決勝戦を行うに当たり、シンオウチャンピオンマスターシロナより皆さんにお話があります』

 

「なんだ、いったい?」

「うん、随分と異例なことだね。それからウソッキー、隣のうるさいのをちょっと黙らせておいて」

 

 そしてコウキが出したウソッキーがアームハンマーを振り下ろす。

 

「ゴッ! ひゅるるるぅ……」

 

 あわれ、痛恨の一撃を脳天に受けた罰金ボーイは膝から崩れ落ちた。

 

「い、いいのか?」

 

 その様子に唖然となるシンジ。ピク、ピク、と微妙に動く姿に若干の恐怖を駆られる。

 

「大丈夫、大丈夫。いつものことだから」

 

 そして数分後。

 

「テメー、こんにゃろう、コウキ! 痛かったじゃねーか! 罰金だ罰金!!」

 

 そこには元気に復活したジュンの姿が――!

 

 

「なぜだ!? なぜ、ウソッキーのアームハンマーを食らって『痛かった』で済むんだ!? ホントに人間かコイツは!? 実はポケモンでしたとか言わないよな!?」

 

 

 ちょっと、小一時間問い詰めたいという思いに駆られ、だが、そうすると自分の中の何かがおかしくなると直感して悶々としていたシンジだった。尤もジャンプ力や体力、運動神経ではシンジがこの中でトップなのはお察しである。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 オレの視線の先にはシンオウに来てから、結構な時間をずっと旅してきたヒカリちゃん。その旅の間は、ヒカリちゃんの頼みもあっていろいろと手解きはしてきたんだけど、その中で感じたことは将来が相当期待できるトレーナーであるということだ。まだまだ新人トレーナーの域を出ないが、それでもこうしてオレと対峙してくれている現状を考えると、なかなか感慨深いものを感じる。それにヒカリちゃんは、怖気づくどころか、そういった様子は一切見せず、これからのバトルを楽しみにしているといったワクワク感が、傍から見ているだけなのに、ヒシヒシと伝わってくるのを感じた。『バトルを楽しむ』というのをきっともう本能で理解してくれているんだろうなとも思った。

 

『ご来場の皆さま、お待たせしました! これより予選リーグBブロック決勝戦を開始します!』

 

 今日の実況を務めるらしき女性の声が高らかと響き渡った。

 

『今回ですが、シンオウチャンピオンマスター並びにホウエンチャンピオンマスターの提案により、決勝を行ってもらう二人にはある試みをやってもらいます! では、それについて提案なさったお二人から説明していただきます! 皆さま、スクリーンをご覧ください!』

 

 すると会場に設営されているトレーナー両者の手持ちポケモンや勝敗等を表すことなどに使用される大型スクリーンの画面が切り替わって、いつもの黒いコートを纏ったシロナさんが映し出された。

 

『どうもみなさん、シンオウチャンピオンマスターのシロナです。今回私はあるルールを提案いたします』

 

 そして先程オレたちに話した内容である、63(ロクサン )の見せ合いについてのルールを説明した。

 

『以上、このようなものを提案させていただきます』

 

 会場内の反応としてはドヨドヨとしていて(いささ )か戸惑いが大きいように感じられた。

 

『さて、なぜ私がこのようなことを提案したかといいますと、昨今、いえ、昔からといいましょうか、強い技をただ単にぶつけ合うポケモンバトルに疑問を抱いたからです』

 

 そこから始まる話はオレがここの世界で常に思い抱いてきたことだった。

 

 まず、ここではただ、『強いポケモン』による『強い技』で相手を倒す、という風潮が非常に強い。

 たしかに、『強いポケモン』、つまり、レベルの高さは重要だろう。そして『強い技』、つまり、威力の高い技や、レベルの高いポケモンが繰り出す技というものはバトルの勝敗を決定づけるファクターになるのは間違いない。

 でも、オレからすればそれは、決定的にただそれだけで決まるのではなく、あくまでも一つの要因にすぎないと思っている。

 むしろオレは戦術や戦略の方に重きを置きたいと考えている。レベルが高かろうがなんだろうが、戦術、戦略、それからトレーナーの読みや直感で戦況をひっくり返すことは可能だからだ。

 

 何より、『レベルを上げて物理で殴る』なんて考え方は面白くない! 伸るか反るか、あるいはギリギリの競り合いを通してのバトルの方がより心が熱く燃える。それがオレといっしょに旅をしてきたポケモンたちなら、その思いはいっそう熱く滾る! そんなポケモンバトルをオレは心から味わいたいんだ!

 

『解説はそちらの実況席にいるホウエンチャンピオンマスター、ダイゴが行います。皆さんには是非とも普段とは違う、理知的だけど、熱くなる駆け引きを感じられるポケモンバトルを楽しんでください』

 

 オレの言いたいことをだいぶこそぎ落として何重ものオブラートに包んだような言い方だったが、だいたい同じことをシロナさんが語ってくれた。

 

『シンオウチャンピオンマスター、シロナさん、ありがとうございました。ではこれより見せ合い時間としたいと思います。ジャッジさん、お願いします!』

 

 するとジャッジは頷き、両手を開くように斜めに挙げた。

 

「ではこれより九十秒間、お互いのポケモンを見せ合う時間とします! カウントは双方が六体のポケモンを出した瞬間から始まります! ではユウト選手、ヒカリ選手、手持ち六体のポケモンをフィールドに出してください!」

 

 先程までシロナさんが映っていたスクリーンには、今度はその中央で分けた左側にヒカリちゃんのトレーナー枠と六体のポケモンの表示枠、右側にオレのそれが表示された。また中央には、被らないように、『90』とデジタル表示されたタイマーが映し出された。

 

「よーし、あたしのポケモンたち、出てきてちょうだい!」

 

 ヒカリちゃんが両掌の上に乗っているモンスターボールを宙に放った。

 

『ヒカリ選手の六体ですが、ポッチャマ、リザードン、エルレイド、ベトベトン、ムウマージ、ジバコイルのようです!』

 

 スクリーンのポケモン枠にその六体が映し出される。

 

 なるほど、相性だけはほとんど全てのタイプの弱点をつけるようにという構成か。ムクホークやギャラドスはリザードンやポッチャマとタイプが被るから外したのかな。

 

「さあ、ユウトさん! ユウトさんのポケモンもフィールドに出してください!」

 

 その目は輝きに満ちている。決して負けるなんて考えておらず、気合いに満ちた目に見える。ホントに楽しみだ。

 

「ヒカリちゃん、最初に言っておく。オレがここに出すポケモンはみな、オレがシンオウ地方に来てから捕まえたポケモンか育て始めたポケモンばかりだ」

 

 これで条件は五分と五分。ポケモンのレベルだけで勝敗が決まるのではなく、それにプラスしてトレーナーの読み、駆け引きが合わさる。それに読み勝った瞬間の感動はいつになっても忘れられない。

 

「ヒカリちゃん、存分にオレのポケモンを見ろ! そしてそこからオレがどういう戦略を組み立てているのか、しかと読んでみろ!」

 

 ああ、本当に楽しみだ。

 そして場に出すポケモンたち。

 

『ユウト選手、ポケモンをフィールドに出し始めました! ポケモンは、ゴウカザル、ペラップ、グレイシア、クラブ、デンリュウ、そして―― な、なんだ、あのポケモンは!?』

 

 オレが最後にフィールドに出したポケモン。それに会場中が、どよめくのを感じた。

 

 ――いったいなんだ、あのポケモンは?

 ――見たこともないポケモンだよ。

 ――あんなポケモンが存在するのか?

 

 聴き取れたもので、だいたいこんな感じだった。まぁ、このポケモンは入手条件がかなり特殊だから知らない人も多いハズ。なにせ、オレがホウエン図鑑で見つけるまでは知られていなかったんだから。

 だが、ごく僅かながら、この会場内で、このポケモンを知っている人は知っている。それは本部にいるというシロナさんやダイゴやグリーンさんたち。

 そして、もう一人――

 

「な、なんですってーーーー!?」

 

 目の前の対戦相手、ヒカリちゃんだ。タイマーはすでにカウントダウンを刻み始めていて、『85』と表示されていた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「なんなんだ、あのポケモンは?」

 

 当然シンジ達はそのポケモンを知らなかった。

 

「おい、コウキ、早く図鑑出せよ、図鑑!」

「わかってるって、そんな急がさないでよ」

 

 そしてコウキがナナカマド博士からもらったポケモン図鑑(後日、図鑑を全国版にしてもらった)をそのポケモンに向ける。すると、ポケモン図鑑が反応し、電子音声がそのポケモンに対しての説明を読み上げ始めた。

 

 

『ヌケニン ぬけがらポケモン

 ハネをまったく動かしていないのに空中に浮かんでいる不思議なポケモン。

 背中にある隙間から覗き込むと魂を吸われてしまうらしい        』

 

 

「「「ヌケニン??」」」

 

 

 



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第14話 予選決勝ユウトVSヒカリ②

ヒカリちゃんは前より大幅強化


「まさかヌケニンがくるなんて」

 

 ヌケニン。虫・ゴーストタイプのポケモン。入手条件はかなり特殊(ユウトさん曰く、そのためまだあまり研究が進んでいないらしい)。具体的にはツチニンを進化させる。ただし、その際、手持ちが五体以下、かつモンスターボールを一つ以上保持していること(スーパーボール、ハイパーボール等モンスターボール以外のボールは不可)。そのため、つい最近発見されたのだとか。種族値自体はそれほど高くはない。

 ただ、このポケモンは一つ、決定的に厄介な点が存在する。

 

「ヌケニンの特性『ふしぎなまもり』。うーん、いやらしい」

 

 特性『ふしぎなまもり』。これの効果は効果抜群の技以外は当たらないというとてつもなく厄介な特性である。下手をすると、ヌケニン一体で詰むほどだ。実際、キッサキシティからミオシティに向かう途中で、ハクタイシティに立ち寄ったときにユウトさんがナタネさんにバトルを挑まれたのだが、そのときにユウトさんが出したポケモンがこのヌケニン。ヌケニンは虫・ゴーストタイプなので、その特性により攻撃技は炎、飛行、岩、悪、ゴーストタイプの技しか効果がない。そのときナタネさんのポケモンにそれらのタイプの技を使えるポケモンがいなかったので、呆気なく完封された。

 そして後で理由を聞いたナタネさんは、

 

「そんなのって反則よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

と大絶叫していた。

 その例からもわかる通り、ヌケニンははっきり言って対策をしなければその時点で詰むという非常に厄介なポケモンである(大事なことなので二度言いました)。

 

 ただ、ヌケニンはHPが1しかなく、効果抜群の技を食らえばアッサリ落ちる。また、『ふしぎなまもり』にも抜け穴はあって、攻撃技以外でダメージを受けた場合(例えば特性『さめはだ』や『ゆうばく』など/ダメージが減る状態異常(どく、もうどく、やけど)/天候変化技(すなあらし、あられ)/やどりぎのたね/まきびし、どくびし、ステルスロック/みらいよち、はめつのねがい、がまんなど)ならば、倒すことは出来る。

 

 今のあたしの場合は、ポケモンの中でヌケニンを突破できる場合は弱点を突くか、ベトベトンのどくどく、エルレイドのおにび、ポッチャマのあられくらいでしか倒せない。ただ、あられはユウトさんの六体の中にグレイシアがいるから、できれば避けておきたい。グレイシアの特性は『ゆきがくれ』か『アイスボディ』。『ゆきがくれ』はあられ中は回避率が上がるし、『アイスボディ』はあられ中は少しずつ体力が回復していく。そして何より、あられ中は氷タイプ最強技のふぶきが必中になる。グレイシアの特攻はすごい高かった覚えがあるから、ふぶきのダメージは馬鹿にできないものがある。とにかくあられはグレイシアに得意フィールドを献上することになるから、絶対に避けたい。

 

「うーん、ステルスロックを覚えてる子を連れてくればよかったなぁ」

 

 ステルスロックを開始早々に撒ければ、ヌケニンを考慮する必要はまったくない。選出されなければされないでいいし、選出されているなら、ヌケニンは出た瞬間にダウンするので、実質二対三に持ち込める。岩が弱点のグレイシアやペラップには大きなダメージも期待できる。ただ、今回は三対三であり交代はそう頻繁には起こらないと踏んで連れてこなかったのだ(尤も、六対すべてでのフルバトルなら間違いなく連れてきている)。

 まあ、泣き言を言っても仕方がないか。とりあえずヌケニンの弱点をつけるポケモンはリザードン、エルレイド(ストーンエッジ)、ベトベトン(かえんほうしゃ、だいもんじ)、ムウマージ(シャドーボール)の四体。この中では一番のエースアタッカーのリザードンは入れたい。それから、おにびやでんじは、ふういんなどのトリッキーな戦法もできるベトベトンやエルレイドもできれば加えたいし、ムウマージの嫌らし戦法も捨てがたい。

 ヌケニン突破が出来なくても、ジバコイルはほとんどのタイプに耐性があり、なかなか落ちず、特攻だってフーディンにやや劣る程度だが、ブイズの特殊アタッカーエーフィと同じくらいの高さを誇る。ポッチャマは一番の相棒でここぞというときに頼りになる。

 

『さあ! もうまもなく、見せ合い時間の九十秒が経過しようとしています! はたして両者は六体の中からどの三体を選ぶことになるのでしょうか!?』

 

 カウントは残り『15』を切った。

 目を閉じて、自分の中に埋没するように考える。

 ユウトさんはどんな手で来るのか。

 それに対してあたしの手はなにが最善なのか。

 

 

 ……

 

 ……

 

 

 決めた!

 あたしの三体を――

 

 この子たちで、勝負を挑む!!

 

「九十秒が経過しました! それでは両選手、ポケモンをボールに戻してバトルに出す三体を選んでください! それ以外のポケモンは使用できませんので、係の者に預けてください! ……よろしいですか!? それではこれより、予選リーグBブロック決勝戦を始めます! 両選手、ボールを構えて!」

 

『それでは試合を始めてください!!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あたしの最初のポケモン! いっけぇ、エルレイド!」

「一番手はグレイシア! キミに決めた!」

 

 フィールドのセンターサークルとトレーナースクエアのちょうど中間位置辺りに、お互いポケモンが登場して、それぞれ相手を見据えていた。

 

『両者、一体目のポケモンが出揃いました! ヒカリ選手はエルレイド、ユウト選手はグレイシアです!』

 

 ゲームだったならあのパーティーを見てグレイシアは入れない。なにせ苦手なタイプがポッチャマ、リザードン、エルレイド、ジバコイルと四体もいるからだ。そして今、ヒカリちゃんの一体目はエルレイド。相性は不利。だが、このパーティー、この三体だと、グレイシアしかこの役割は遂行できない。それにオレのグレイシアはとっても負けず嫌いだしうたれづよいから、きっとあのエルレイドの攻撃にも耐えられると信じている。

 

「グレイシア、でんこうせっかで思いっきり下がれ!」

「エルレイド、逃がさないで! 一気にいくわよ! インファイト!」

「バリアーだ!」

 

 フィールドの思いっきり後方(トレーナースクエア付近)まで下がったグレイシア。そのまま、全身を包むように淡い黄色っぽい光が包み込んだ。バリアーの発動だ。エルレイドは陸上選手のようにフィールドを走ってグレイシアとの距離を縮めているが、元々エルレイドとの距離は開いていたため、バリアーを張った後でもまだ若干の距離があった。

 

「グレイシア! みがわり!」

 

 そしてみがわりが発動と同時に、エルレイドがグレイシアの懐に入り込む。そのまま見るからに強烈そうな拳打を食らわせた。

 

『エルレイドのインファイトがグレイシアに決まりました! これは効果は抜群です!』

 

 連続で打ち込まれた拳と蹴りの乱打によるインファイトによって、グレイシアは観客席とフィールドを仕切る壁に向かって吹き飛ばされた。しかし、、グレイシアはクルッと体勢を立て直して、それに激突することなく着地。

 

「グレイシア、大丈夫か!?」

「シア~! シィア!」

 

 みがわりは壊れてしまったらしいが、グレイシアは頭を振り、十分やれるという様子をアピールしてくれた。

 

『こ、これは!? グレイシア、格闘タイプの大技インファイトを効果抜群ながらも耐えきりました! すごい! すごいグレイシアです!』

 

 まあ総体的に、みがわりで減った分のダメージしか食らっていないので、まだまだ余裕だろう。

 ついでに言えば、グレイシアはイーブイ系統の進化形。イーブイ進化形は種族値の中に130、110という高い数値を必ず持つ。グレイシアはその中で特攻種族値が130ということで注目されるが、実は防御種族値が110という、ブラッキーと同じ防御種族値を持つ。耐久面では特防が130でHPもグレイシアよりも高いブラッキーの方が使い勝手はいいため、ゲームではグレイシアはアタッカーの側面が強い。

 ただ、この世界はゲームのようにはいかず、かつ、ブラッキーはすでに育てていたため、このシンオウに来て育て上げたという限定条件下でブイズのどれかを出そうかと思ったとき、グレイシアかリーフィアのどちらかが残った。

 リーフィアは防御が130と高く、素早さも95とそこそこ高いのだが、草タイプなため弱点が多く、さらに特防も低いので(リーフィアは65、グレイシアは95)、特攻がそんなに高くなくても弱点を突かれたら、早い段階で落ちかねないと思い、グレイシアをチョイスした(グレイシアなら、今のヒカリちゃんのベトベトンのだいもんじならおそらく耐えられる)。

 

「グレイシア、でんこうせっかで距離を取れ!」

「みがわりでダメージを抑えられたのはちょっと悔しいですね! それにバリアーを積まれたんじゃ、いくらタイプ一致抜群でも厳しい! なら、エルレイド、ここはでんじはよ!」

「あくび!」

 

 そうして、エルレイドにあくび、グレイシアにでんじはがヒットする。

 

『エルレイドのでんじはが決まり、グレイシアは麻痺状態になりました! グレイシアはピンチです! 一方、エルレイドはチャンスです! この機に一方的に攻め上げればグレイシアを下すことは可能でしょう!』

 

「んなわけないでしょうが! 戻って、エルレイド!」

「グレイシア、バトンタッチ!」

 

 実況にツッコミを入れながら交代をするヒカリちゃん。まあ、散々昔言ったし、自分でも三回戦で使ってたから、流石にわかっているよなぁ。

 

『おや、両選手ここでポケモンの交代のようです! ユウト選手の方はまだわかりますが、ヒカリ選手の方はいったいどういうことなのでしょう!? 解説のホウエンチャンピオンマスター、ダイゴさん、よろしくお願いします!』

 

 そういや、ダイゴはなぜか解説席に座るらしい。公人としての肩書を使ってるということは仕事か? お疲れ様です。オレは働きたくないから絶対にイヤだけどな!

 

『あれはグレイシアのあくびという技のためですね。あくびは一定時間経つと必ず眠ってしまうという技です。ただ、ポケモンをボールに戻せば効果はなくなるため、ヒカリ選手は交代を行うのでしょう。眠らされてはほとんど何も出来ませんからね。おまけにエルレイドはインファイトで防御と特防が下がっていますから、ここでの交換はいい判断だと思います。ただ、グレイシアを麻痺させたということはヒカリ選手にとってはかなり大きいですが、グレイシアにバトンタッチを決められたことはかなりの痛手ですね。それに、グレイシアにはリフレッシュという状態異常を自力回復する技もあるからどうなるかわかりませんね』

『バトンタッチ。たしか四回戦でユウト選手のテッカニンが使っていた技ですね。ダイゴさん、この技の効果は何なのでしょうか?』

『バトンタッチはいわゆるポケモンを交代する技なんですが、ただのポケモンの交代ではありません。かげぶんしんやみがわりなどの状態変化やこうそくいどうなどの能力上昇はポケモンを交代すれば、通常その効果はその場で消滅するのですが、バトンタッチはそれらをそのまま引き継ぐことが出来るんです。今の場合だと、みがわりは壊されて引き継げませんでしたけど、バリアーで上がった防御はグレイシアから引き継げたんですね』

『わかりました、ありがとうございます。さて、双方二体目のポケモンが登場しました! ヒカリ選手は三回戦シンジ選手とのバトルで進化したベトベトン、一方、ユウト選手は今大会初登場のクラブです!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「いっけぇ、ベトベトン!」

「クラブ、キミに決めた!」

 

 って、二体目はクラブ!? ヌケニンじゃなかった……って、ひょっとして、ヌケニンは入っていない? ブラフ? くぅ、ちょっとやられたかもしれない。

 にしても、ちょっとマズイ、かなぁ。グレイシアにバリアーを積まれて、バトンタッチでつながれちゃった。

 これはちょいとマズイ。

 防御二段階アップのクラブ。もし、あのクラブがキングラーに進化でもしたらと思うとぞっとする。キングラーの種族値は、攻撃はカイリキーやガブリアスと同等、防御はジバコイルやドータクンとかと同等。さらにそこに能力アップが加わるわけで。

 うん、はっきり言って化け物すぎるわ。特に防御は硬すぎる。弱点突いても落とせるかはわからない。ていうか、あたしのポケモンではまずムリね。

 ただ救いなのは、クラブ系統は特防とHPが相当低い。特防はそれが顕著で、ユウトさんの言葉を借りれば、いわば“紙”だ。ベトベトンのそんなに高くない特攻でも十分落とせる。

 ならば!

 

「ベトベトン! あまごいよ!」

 

 ベトベトンは雲のようなものを口から吐き出す。それはフィールド上空に上り、急速に広がり始めた。途端、ポタポタと、黒いほんの小さな円がフィールドを黒く染め始める。それがあちらこちら、無数に起こり広がっていき、フィールドは黒く塗り替えられた。

 

『おー! フィールドに突然雨が降り始めました! これはどうしたことでしょうか!?』

『あまごいですね。フィールドに雨を降らせる水タイプの変化技です。それにしても、クラブに対してあまごいですか。雨が降っていると、水タイプの技の威力が一.五倍になるため、クラブが優位になりそうなところなのですが、なるほど、ヒカリ選手の狙いがなんとなくわかりそうですね』

 

「クラブ、こうそくいどう! ベトベトンに接近しろ!」

 

 ダイゴさんも、それからユウトさんもあたしの狙いを察したらしい。クラブに近接攻撃を仕掛けさせようとしている。クラブは特殊攻撃もあまり得意ではないから、物理攻撃を仕掛けるために近づかなきゃいけないんだけど、あたしにとってはその時間は何よりも貴重だ。

 

「ベトベトン、か「クラブ、いばる!」みなりって、えぇーっ!?」

 

 あたしの指示に覆い被さったようにユウトさんの指示が響き渡った。

 

「ベトベトン! かみなりよ、かみなり!」

 

 ただ、その遅れは致命的で、かみなり発動よりも先にいばるが先に決まってしまった。

 

「ベト、ベート?」

 

 ベトベトンの頭の周りにはまるではてなマークがいくつも浮かんでいるような顔だけど、目だけはなんだかグリグリ模様を浮かんでいる。

 

「ベトー!」

 

 そのままベトベトンはわけもわからず自分を攻撃してしまっている。

 

「ベトベトン、しっかり! しっかりするのよ!」

 

 くうっ、ここで混乱はマズイ! 折角のチャンスが!

 

「クラブ、いわなだれだ! ベトベトンを怯ませるんだ! いけ!」

「コキコキ!」

 

 クラブがフィールドにその両方の挟みを叩きつけると、なんでだかわからないけど(質量保存の法則を無視してると思う)、大小さまざまな大岩が出現。そのままベトベトンに向かってゴロゴロと突き進んでいった。

 

「ベトベトン、しっかり! かみなりよ! かみなりで大岩もクラブもすべて吹き飛ばしなさい!」

「……ベート?」

 

 クラブはいわなだれを撃ち終わって岩を追いかけるようにベトベトンに接近してくる。

 

「ベトベトン! お願い! 頑張ってーーーー!!」

 

 すると、空に浮かぶ雨雲からゴロッという音がかすかに耳に届いた。

 

「げっ! マズッ! クラブ、ストップだ!」

「ベトー!」

 

 あたしの願いが通じてくれたのか、一瞬ベトベトンの目が正気に戻った。

 

「ベートン!」

 

 そして空から目を覆いたくなる程の光と轟音とともに、ベトベトンの呼び寄せた数筋のかみなりがクラブといわなだれに突き刺さった!

 

「よし! これで!」

 

 クラブのHPと特防なら間違いなくこれで終わりなハズ――

 

 

「いっけー、クラブ!」

 

 

 ってウソ!? クラブがかみなりの影響で煙るフィールドを飛び出して、すごいスピードでベトベトンに肉薄する。

 

「かみなりは直撃したはずなのに! なんで!?」

「ギリギリでこらえるが間に合ったんだよ!」

 

 しまった! こらえる!? くぅ! そういえばたしかにユウトさんはかみなりの前兆に気がついた節はあったけど、あんな一瞬でこらえる!?

 

「トドメだ、クラブ! じたばた!」

「コキコキ!」

 

 マズイ! さらにじたばたなんて!!

 ここはなんとしても防がないと!

 

「ベトベトン、まもるよ!」

「もう遅い! 決めるんだ、クラブ!」

 

 

 そして――

 

 

「ベトベトン、戦闘不能! クラブの勝ち!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『いやー、すごいバトルでしたね、ダイゴさん。それにしても、なぜベトベトンは混乱していたのでしょうか?』

『そこも含めてあの二人のバトルの流れをお話しましょう。まず、ヒカリ選手の狙いはあまごいによって雨を降らせたことです』

『ですが、先程ダイゴさんはこの技は水タイプの技の威力を強化するものだと仰っていましたよね。これではユウト選手のクラブの方が有利になるのでは?』

『実は雨が降っている状況下では他にもいろいろな効果がありましてね。その中の一つですが、雨が降っていると電気タイプの技のかみなりが必中、つまりは相手に必ず命中するんです』

『そうなんですか!? それは初めて伺いました!』

『今まではあまり知られていませんでしたからね。で、ヒカリ選手の狙いはこの必中かみなりでクラブを退場させることだったんです。ところが、これをユウト選手がいばるという技によって崩した。いばるは相手の攻撃を二段階上昇させますが、相手を混乱させる技です』

『なるほど。だからベトベトンは混乱していたというわけですか』

『ええ。混乱は五十パーセントの確率で自分への攻撃となってしまいます。これはもう運です。ただ今回は、その幸運の女神はユウト選手にほほ笑んだようですね。もしあそこでベトベトンが自滅していなかったら、間違いなくダウンしていたのはクラブの方です』

『なるほど。それから気になったのですが、どうしてユウト選手のクラブはかみなりをなんとか凌いで、ヒカリ選手のベトベトンはクラブの技を防げなかったのですか?』

『まず、ユウト選手の使った技は、どんな技を食らっても必ず体力がほんのわずか残るというこらえる、ヒカリ選手の使った技は、ほぼすべての技を完全に防ぐまもるという技です。一見すると、こらえるの方がダメージを食らう分デメリットがありそうなんですが、この二つでは技の展開する速度が異なります。こらえるは単純にその場で踏みとどまって防御をするだけなので速く展開できますが、まもるは壁を作ってまもりますので、その壁を作り上げる分わずかに時間がかかります。さらにクラブの使ったじたばたという技は残り体力が低ければ低いほど大きな威力を誇る技です。かみなりの影響でクラブの残り体力はほとんどない状態なので攻撃の威力はじばくと同等、それにクラブはもともと攻撃の値が高いので、それで作りかけのまもるの壁を破壊できたということもあるでしょうね』

『なるほど。丁寧な解説ありがとうございました! さあこれでヒカリ選手、残りのポケモンは二体となりました! 一方、ユウト選手はまだ三体残っています! はたしてこの先、このバトルはどのような展開を迎えていくのでしょうか!?』

 




予選リーグBブロック決勝戦
ユウトVSヒカリ

ユウト手持ち:グレイシア(ダメージ+マヒ)、クラブ(ダウン寸前の大ダメージ)、残り1体
ヒカリ手持ち:エルレイド(無傷)、ベトベトン(ダウン)、残り1体


サートシ君のキングラーの強さのおかげで、クラブとキングラーは大好きなんです。


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第15話 予選決勝ユウトVSヒカリ③

予選リーグBブロック決勝戦
ユウトVSヒカリ

ユウト手持ち:クラブ(瀕死寸前の大ダメージ)、グレイシア(ダメージ+マヒ)、残り1体
ヒカリ手持ち:ベトベトン(ダウン)、エルレイド(無傷)、残り1体


『ベトベトン、ダウン! ヒカリ選手はこれで残りのポケモンは二体になりました! 一方、ユウト選手は三体が残っています! しかし、クラブはかなりのダメージを負っている上にグレイシアは麻痺状態です! 一方ヒカリ選手は二体に減りましたが、どちらもまだまだ十分にバトルは行える様子! 数ではユウト選手の方が上でも、ポケモンの状態ではヒカリ選手の方が上! これはどちらに勝利の女神がほほ笑むのか、まだまだわかりません!』

 

「ほぅ……」

 

 今のはマジで危なかった。クラブでベトベトンを倒せたのはただ運が良かったとしか言えない。運ゲーはあんまり好きじゃないけど、これはこれで良しとしよう。

 ポケモンバトルっていうのは、計算だけじゃなくて、“運”っていう要素も掛かってくる。現実での話だけど、ヌケニンがウインディに勝っちゃったり、コイキングがクロバットやカブトプスを葬り去ったこともあるわけだし。

 でも――

 

「戻れ、クラブ!」

 

 この先何が起こるかわからない緊張感、ギリギリの競り合いに勝ったときの高揚感とほんの少しの安心感。

 これだからポケモンバトルはおもしろいんだ!

 

『ユウト選手、ここでクラブを戻します! ポケモンの交代です! はたして次のポケモンは双方どのようなポケモンが出てくるのでしょうか!?』

 

 さっきの攻防の余韻が、手のひらを僅かに湿らせる汗の感触として残っていたが、拭い去ることなくそのままオレは次に出すポケモンのモンスターボールに手をかけた。

 

「グレイシア、キミに決めた!」

「エルレイド、もう一度行って!」

 

 そしてフィールドに降り立ったグレイシアにエルレイド。エルレイドにはまだダメージは一切与えていないのでピンピンしている一方、グレイシアはみがわり分の体力消耗は差し引いたとしても麻痺がなかなかに痛い。おまけに、こっちは弱点タイプと来てる。エルレイドだったらインファイトをやられたら確実に一発で持っていかれる。かわらわりだと、ギリギリ一発耐えられるかどうかとみている。

 さーて、どうすっか。

 

『これはなんと! 最初のポケモン同士の対決になりました! しかし、グレイシアは麻痺状態! おまけに氷タイプのグレイシアは格闘タイプのエルレイドに相性が良くありませんが、エルレイドにとってグレイシアは極めて有利な相手です! グレイシア、絶体絶命のピンチ! 逆にエルレイドは絶好のチャンスです!』

 

「エルレイド、グレイシアを退場させるわよ! かわらわり!」

 

 いや、ここは防御アップでチャンスをつくるべき! それにかわらわりならば!

 

「グレイシア、バリアー!」

 

 麻痺ってるからどうなるかわからないけど、成功すればインファイトだって耐えられる! ここはそれに賭けて立て直しを図ろう!

 

「シ、シィア……」

 

 っておい! マジか!?

 

『ああ、グレイシア不運! 痺れて体が動きません!』

『今度はさっきと違って、女神はヒカリ選手の味方だったようですね』

 

 ブルブル震えながらも懸命に動こうとするグレイシアに対して、エルレイドのかわらわりが決まった。かわらわりの衝撃が地面に着弾した影響によって後方に吹き飛ばされるグレイシア。

 頼む! 立ってくれ、グレイシア!

 

「……シ、シア~!」

 

 よし、立った! グレイシアが立った!

 

『グレイシア、何とかかわらわりを耐え切りました! しかし、これはキビシイ! その覚束ない足取りを見るからに満身創痍といったところです!』

 

「あと一発で終わりですよ! エルレイド、トドメを刺しなさい! 続けてもう一発かわらわり!」

 

 頼む! 次は決まってくれよ!

 

「グレイシア! 最後だ! 最後、頑張ってくれ! ねがいごとだ!」

 

 ヒカリちゃんはオレの指示を聞いてやや俯いて考え込んだ。なにか意図があるのだろうかと考えてのことだろう。ただ、次の瞬間、ハッと顔を勢い良く上げた。

 

「まさか!? エルレイド、絶対にねがいごとを発動させちゃダメよ! なんとしてもねがいごとを決められる前にグレイシアを落としなさい!」

 

 ヒカリちゃんはどうやら、オレの意図を察したようだ、このねがいごとを指示したことで、次のポケモンに誰が出て来るのかということに。厄介だとばかりに何が何でも阻止せんと必死な様子だ。

 

「頑張ってくれ、グレイシア!」

 

 尤も、こちらも危ない。

 麻痺は二十五パーセントの確率で行動が出来ない。さっきはそこに運悪く当たってしまった。ここはタワーやサブウェイ、ハウスではないので、運悪くそれを引き続けることはないだろうが、それでも、そうならないことを願わずにはいられない!

 

「シィィア~!」

 

 よし! キタ! キター! ねがいごと発動!

 

「エルレイッ!」

 

 そこにエルレイドのかわらわりが決まった。そして今度こそ起き上がること叶わず、グレイシアはフィールドにうつ伏せに倒れ伏した。

 

「グレイシア、戦闘不能! エルレイドの勝ち!」

 

『決まりました! エルレイドの二発連続のかわらわり! 効果は抜群です! そしてグレイシア、ついにダウン! これで双方、残りのポケモンは二体! しかし、ユウト選手のクラブは残りの体力が相当厳しいです! これはユウト選手、苦しくなってきました!』

『いえ、そんなことはありません。今のグレイシアの技で、お互い完全な互角に戻ったと見るべきでしょう』

『ええ!?』

 

 ダイゴのその一言で会場の空気が一気に下がったのを感じ取れた。

 

『……ええっと、ダイゴさん、それってどういういみなのでしょうか?』

 

 きっと今の実況の発言は、今のダイゴの発言で、この会場内の全員が思った気持ちを代弁して言った感じだな。いや、これもなんか肌でそう感じるんですよ。

 

「ねがいごと決まっちゃった」

 

 ヒカリちゃんはヒカリちゃんで若干気落ちしている。まあ、さっきの様子を見る限り、この後の展開がわかっているんだろうからね。

 

「フゥ~、おつかれさま、グレイシア。よく、やり遂げてくれた!」

 

 とりあえず、そんな空気を無視してオレはグレイシアを戻した。

 ホントによく頑張ってくれたよ。ありがとう。

 

「キミの頑張りは絶対ムダにしない!

 

 さあ、出番だ! もう一度頼んだぞ! クラブ、キミに決めた!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『こ、ここでユウト選手、再度クラブを投入です! しかし、クラブは先程のベトベトン戦にて大ダメージを負っています!』

 

 たしかにユウトさんのクラブはさっきのあたしのベトベトンのかみなりでおそらくはもうダウン寸前のハズ。あちこちに見える黒いこげがクラブのダメージ量の多さを物語っていると思う。

 だけど。

 

『ん? ええ!? わ、私の見間違いでしょうか!? クラブの傷がだんだんと回復していっているように見えます!』

 

 ああ、始まっちゃった。クラブの身体が微かに光り輝くとともに、クラブの傷がどんどん回復し始めていく。

 

『いや、見間違いではありませんよ』

『しかし、ダイゴさん。クラブはねむる以外の回復技は覚えませんよ? いったいどういうことでしょうか?』

『回復技は使いました、尤も、クラブじゃなくてさっき倒れたグレイシアが、ですけどね』

『い、いったいどういう?』

『ねがいごとです。ねがいごとという技は一定時間が経つとねがいごとを使ったポケモンの半分だけの体力を回復する技なんです。グレイシアはこの技を使った直後、エルレイドに倒された。そして出てきたクラブが、ねがいごとによって回復したわけです。しかも今回はおそらくほぼ全回復に近いですね。だから、今は二対二の完全な互角というわけなんです』

 

 まさにダイゴさんの言うとおりです。おそらくグレイシアのHPの種族値からのねがいごとなら、クラブのHPはほぼ全快まで回復するはず(クラブのHP種族値はグレイシアの半分以下。だから、グレイシアの体力の半分が回復するならば、クラブはほぼ全回復したことになる)

 まあ、さっきのグレイシアのバトンで引き継いだ効果を打ち消せたのが、救いといえば救いよね。あとは多分来ないだろうけど、進化さえしなければ――

 

『あら、クラブの様子が……! これはまさかまさかの!?』

 

 見ると、クラブの身体が白く発光していっている。そしてそれに併せて身体がだんだんと大きくなっていった。

 えっ? アレ?

 そんな、マヂで?

 

 

「ゴキゴキ」

 

 

 ……あー、ナニソレ?

 このたいみんぐでですか?

 

 ホンット、カンベンしてよ!

 

『ここでユウト選手のクラブがキングラーに進化しました!』

 

 進化前に全回復したので、つまりは体力満タンのキングラー。攻撃はカイリキーやガブリアスと同等、防御はジバコイルやドータクンとかと同等。

 てか、マッズ! こっちは物理アタッカーでしかも物理耐久は低いのに!

 

「あー、もう! 仕方ない! やってやるわよ! エルレイド、おにび!」

「ねっとうで打ち消せ、キングラー!」

 

 エルレイドの前には怪しげな紫色の炎がゆらりゆらりと漂い始める。かたや、キングラーはその巨大な挟みの方を開いて前方に向かって突き出す。

 

『さあ、バトルは中盤戦に突入です! エルレイドとキングラーのバトルが始まりました! 開始初手、エルレイドはおにび、対するキングラーはねっとうによる攻防です!』

 

 ただ、おにびはねっとうと衝突した瞬間に白煙を上げて消滅してしまった。尤も、ねっとうも掻き消されているので、お互い五分の威力、いや、まだ雨が降っているから、雨が止んだら確実にあたしのエルレイドのおにびの方が威力が上というところだと思う。

 

「エルレイド! おにび連打!」

「キングラー! こっちもねっとう連発だ!」

 

 そうして撃ち合い、かき消し合う両者。エルレイドは動き回りながらなんとかおにびを浴びせようとするけど、キングラーのねっとうで相殺されてしまう。

 

『おにびとねっとうの激しい攻防が続きます! ダイゴさんはこの攻防をどう見ますか!?』

『おそらく、ヒカリ選手はおにびでなんとしてもキングラーを火傷状態にしたいのでしょう。火傷になれば、攻撃力は半減しますし、時間が経つごとにダメージも受けていきますからね。カイリキー並の攻撃力が半減するというのは物理耐久の低いエルレイドにとっては非常に大きいですよ。ただ、おにびはねっとうに比べるとスピードが遅いので、エルレイドに素早さで負けているキングラーでも上手く抑え込めているといったところでしょうか』

『なるほど。ユウト選手もそう易々と思い通りにはさせない、ということですか?』

『ええ。それにユウト選手としてはねっとうの追加効果も狙っているのでしょう』

『というと?』

『ねっとうは三割の確率で相手を火傷状態にします。エルレイドも、キングラーにはやや劣るとはいえ、それでも物理攻撃には凄まじい火力がありますから、火傷になればユウト選手としてはかなり有利な試合展開となるでしょう。ただ、キングラーは雨による強化でようやくおにびを打ち消していますから、雨が止んだり、天候を変えられるとかなりキツイところでしょうね』

『す、すごい! たったこれだけの攻防の中に随分と色々な意味が隠されているのですね!』

 

 ダイゴさんの言うとおりだと思うんだけど、雨が止むにはまだもう少し時間が掛かると思う。ちなみに天候を変える方策を取ると、その間にねっとうをズバズバ食らい続けると思われるので、今のところそんな余裕はない。雨ブーストが掛かっている上に、火傷になったら目も当てられないからね。

 ということで、ここは攻撃を仕掛けてキングラーの体勢を崩した隙に、おにびを叩き込むしかない!

 

「エルレイド、リーフブレード!」

「キングラー、てっぺき!」

 

 げっ! 読まれた!

 まあ、そろそろ攻撃に転じるだろうということはユウトさんも予測していたのかもしれない。

 エルレイドがキングラーに接近する間に、キングラーの全身に鈍色の光が走る。

 

「エルレイッ!」

「ゴッキー! ゴキゴキ!」

 

 キングラーの体躯を斜めに走るような軌跡でリーフブレードが決まった。でも、キングラーはその勢いを、フィールド上をほんの少し後方に足を擦っただけで踏み止まって、消し去った。

 

『エルレイドのリーフブレードがキングラーにクリーンヒット! しかし、キングラー、ほとんど効いているようには見えません!』

『防御を二段階上げるてっぺきの影響ですね。もともと、ドータクン並の硬さを誇るキングラーの防御が約二倍になったんです。いくらエルレイドが攻撃が高い上に弱点を突いたとはいえ、あれではなかなかダメージを与えられない』

 

 たしかにそうだ。

 でも、これで間合いの中には入った。

 素早さはこちらの方が速い。

 これならば――

 

「エルレイド、もう一度おにびよ!」

「キングラー、クラブハンマー!」

 

 そしてあたしは見た。クラブハンマーよりおにびの方が先に決まっていたことを――

 キングラーが一瞬早くやけどになり、これでダメージは相当押さえられたとおもう。後は、なんとかこのキングラーを退場させるだけ!

 

「エルレイド、かみなりパンチ、連打!」

「エルレイッ!」

「キングラー、からげんきで応戦しろ!」

「ゴキゴキ!」

 

 もはや、ボクシングの打ちあいのようになり始めている。避けて、かわして、当てて、避けて、かわして、当てて。それの繰り返し。その間も雨は降り続き、とうとう降った雨水が吸収し切れなくなってきたのか、フィールドのあちらこちらでは大きな水たまりが形成されていた。やがてそれらは、その水たまりから溢れ出た雨水によって繋がり出し、小川を形成し始めた。

 

『これはすごい! かみなりパンチとからげんきの応酬! もはやこれはキングラーとエルレイドの意地のぶつかり合いです!』

『エルレイドはかみなりパンチで効果抜群のダメージを与えているけど、てっぺきで防御がグーンと上がっています。一方、キングラーはからげんきで応戦していますが、からげんきは状態異常になると威力が2倍になる技で、かつ、エルレイドは先程も言ったように物理耐久は低い。なので、このままでは――』

 

「エルレイド、大きく後退!」

「逃がすな! 追え、キングラー!」

 

 ダイゴさんの言うとおりあのままではエルレイドの方が先に落ちる。

というかもう落ちる寸前だ。

 ならば――

 

「にほんばれ!」

「エッ、エルレイッ!」

 

 エルレイドが拳を天に突き上げると、そこから光の塊が現れて天に昇っていく。それが雨雲に到達するや、ピカーッと光り輝き、それによって雨雲を蹴散らした。

 

「決めろ、キングラー! クラブハンマー!」

 

 ユウトさんはエルレイドにトドメを刺しにきているけど、お願い、エルレイド! もう一働き頑張って!!

 

「エルレイド、みちづれ!」

「っ!? しまった!!」

 

 そしてエルレイドのみちづれが決まると同時に、キングラーのクラブハンマーがエルレイドに突き刺さる。

 

 ……

 

 ……

 

 エルレイドもキングラーも微動だにしない。

 

 ……

 

 ……

 

 だけど、今度はお互い動き出す。そして、バッシャン、続けてさらにもう一つバッシャンという音が耳を打ち――

 

 

「エ、エルレイド、キングラー、ともに戦闘不能!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『予選リーグBブロック決勝戦もいよいよ佳境に入ってきました! ホウエン地方ハジツゲタウン出身ユウト選手とシンオウ地方フタバタウン出身ヒカリ選手という今大会までまったく知られていなかった選手同士のバトル! しかし! しかしですよ! 大波乱が予想されていた今大会! 私は思います! そして敢えて言葉にしましょう! 【なぜ、この戦いがシンオウ一を決定するバトルではないのでしょうか!?】、と! 皆さん、これはまだ予選、予選なんですよ!! 私はここまで心揺さぶられ、手に汗握るほどのバトルを知りません! そして、これほどの高度な戦略が練られたポケモンバトルというものを知りません! 私は今まさに、時代が動き出しているような、いえ、新たな時代の到来に立ちあえた、そんな感動と喜びで打ち震えています!』

 

 熱い実況の音声が聞こえてくるけど、それはそれで置いておこう。

 

「あたしの最後のポケモン! いっけぇ、リザードン!」

 

 やっぱり最後はリザードンか。あのリザードンはポッチャマと肩を並べるヒカリちゃんの二大エースだ。

 さっきのにほんばれは後続へのサポートだったのだろう。にほんばれなんだから三体目はポッチャマやジバコイルではない。ポッチャマなら、晴れによって水技の威力が減退するし、ジバコイルなら弱点の炎技が強化されてしまうためだ。とすれば、他にこの晴れが合い、それを活かしきれそうなポケモンはあのリザードンしかいない。さらにみちづれで相討ちを狙い、一対一の状態に持っていく、晴れというリザードンに有利な状況の下で。

 このエルレイドの最後の流れは本当に『お見事!』の一言だった。

 

『さあ! この白熱、かつ高度な読み合いを繰り広げる決勝戦もいよいよ大詰め! ヒカリ選手ユウト選手共に残すポケモンはあと一体! その一体、ヒカリ選手はリザードンでした! 二回戦はその圧倒的強さでも相手選手のポケモンを三体下して三回戦進出を決めたリザードンに対して、ユウト選手のラスト一体はどんなポケモンを繰り出すのでしょうか!?』

 

 おっと、オレも投入しないとな!

 

「オレの三体目はコイツだ! デンリュウ、キミに決めた!」

 

 さあ、これでラスト!

 このバトル、絶対にオレが勝つ! 勝ってみせる!

 

「いくよ、ヒカリちゃん!」

 



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第16話 予選決勝ユウトVSヒカリ④

予選リーグBブロック決勝戦
ユウトVSヒカリ

ユウト手持ち:デンリュウ、クラブ→キングラー(ダウン)、グレイシア(ダウン)
ヒカリ手持ち:リザードン、ベトベトン(ダウン)、エルレイド(ダウン)


 正直二体目がクラブだったことでユウトさんの選出した中にはヌケニンは入ってないと思った。なぜなら、三体目でヌケニンを出した場合、仮にヌケニンでは対処できないポケモンが出てきたら、それで終わりだからだ。あのユウトさんがそんなヘマをするわけがない。

 さて、どんなポケモンが出てくるのか。

 あたしの予想としては、見せ合いの中で見かけたあの六体の中では間違いなくエースだった、ゴウカザルではないかと思っているのだけど――

 

「デンリュウ、キミに決めた!」

 

 いっ!? ここでデンリュウ!?

 まっず。デンリュウじゃリザードンは相性的に厳しい。

 デンリュウの体力が減ってるなら、何とかなると思うけど、残念ながら、そんなことはない。

 

『ユウト選手、最後は電気タイプのポケモン、デンリュウです! 相性はリザードンは飛行タイプを持つため、相性は不利! ヒカリ選手ここからどう攻めていくのか!?』

 

 ……ん?

 ……ちょっと待って。

 

 たしかに相性は最悪。

 だけど、上を見れば、さっきまでの雨模様がウソのように強い日差しがフィールドに降り注いでいる。

 

 ……

 

 これは――!

 

「ヒカリちゃん!」

 

 ユウトさんの張り上げた声が耳に届いて反射的にユウトさんを見据えた。

 

「楽しそうだね、ヒカリちゃん!」

 

 楽しそう?

 思わず、顔に手をやると口角が上がっていて、にやついていたのだとわかった。

 いや、どうなんだろう。なんかすごく挑戦的な笑みを浮かべていそうな気がするのが、自分でもちょっと否定出来ない。

 

「それは『バトルは楽しむもの』だからですよ! それに『バトルは最後まであきらめないで戦い抜け!』、そんなことも教えてくれましたよね!? たしかに相性は悪いです! でも、その程度であたしのリザードンが負けるなんてありえませんから!」

 

 そうだ。今はエルレイドのおかげで、晴れ状態。炎タイプの技にブーストがかかる上、相手のかみなりの命中は五十パーセントにまで落ちてかなり避け易くなっている。

 それもこれもあたしのポケモンが奮起してくれた結果がこの状況だ。ベトベトン、エルレイド、それからこのバトルには出ていないけどポッチャマやムウマージ、ジバコイル、ムクホーク、ギャラドス他みんなの力があったから、あたしはここまで来れたのだ。

 

「ユウトさん、このバトル、あたしたちみんなの力であなたに打ち勝ってみせます!!」

 

 みんながあたしについてきてくれる。みんながあたしの傍にいる。それだけであたしの力は百人力だ!

 

「いけるわよね、リザードン!」

「グオォオォ!」

 

 まるで「なに当たり前なことを聞いている!?」と叱られそうなくらいの気迫でもって答えるリザードン。

 

「よーし! いくわよ、リザードン!」

「グウオワオォォ!」

 

 

 やばい。なんだかすごくたのしいかも。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「リザードン、飛び上がってねっぷう! フィールドを覆い尽くして、デンリュウの逃げ場所をなくしなさい!」

 

 今のヒカリちゃんは本当に楽しそうに見える。あきらめないという思いとみんなで勝ちにいくという気概が伝わってきた。

 

 ポケモンバトルでは何が起こるか分からない。

 たとえ、どれだけ戦略を立ててバトルを計算しつくそうと、バトルには必ず運という要素が混ざり合ってくる。

 あきらめなければ何かにつながるのだ。

 それを彼女はポケモンを通して知ってくれたようで、嬉しかった。

 

 っと、それよりもねっぷうをどうにかしないとな。

 

「デンリュウ! 回転しながらほうでん!」

「リュウゥゥ!」

 

『予選リーグBブロック決勝戦! いよいよそのラストバトルが始まりました! 開始早々、リザードンはねっぷうを放ち、対するデンリュウはほうでんで対抗します! それにしてもこのリザードンはすごい! このフィールドを覆い尽くすほどのねっぷう! こんなに強力なねっぷうを使うリザードンは見たことがありません! デンリュウ、ピンチです!』

『いや、わからない、これは』

 

 そしてねっぷうが吹き止んだフィールドには、

 

『な、なんと、デンリュウ! あの強力なまでのねっぷうを無傷で耐えた! い、いったい何をしたのでしょうか!?』

『おそらく、カウンターシールドです』

『カウンターシールド?』

 

 ダイゴが何か言ってるが、まあそれですね。

 アニメでサートシ君が開発し、ヒカリちゃん、そしてシンジ君すら披露したというアレ。オレのマリルやヒカリちゃんのポッチャマのアクアジェットもカテゴリでくくればそれに属する。尤も、なんというか、オレが言うのもおこがましい気もするんだけど、ネーミングセンスがちょっとねぇ。アニメではメリッサさんが名付け親(メタる場合は脚本家)なんだけど、「もうちょっといい名前とかなかったんですか?」と思う。なので、オレはこの名前はあんまり使わない。もうちょっとカッコよかったら普通に使ってるのになぁ。尤も、名前も含めて(アニメの話とか抜きでね)ダイゴたちに教えたのはオレなんだけどね。

 

『攻撃技を攻撃技でバリアをするという、ユウト選手が編み出した戦法の名前です。具体的に言えば、技の発生時に回転を掛けることによって技の指向性に別のベクトルの力を掛けて、攻撃技で攻撃と防御を同時に行うといったところでしょうか。ログで見ましたが、ヒカリ選手が三回戦のときポッチャマでやったアクアジェットもカウンターシールドの一種です』

『そ、それはすごい! まさにすごい! まるで初めて開ける宝石箱のような、私たちに新たな世界を見せてくれている両選手! すばらしいです! そんな対戦が繰り広げられています!』

 

 ダイゴは事情知らないからオレが発祥だなんて言ってくれているが、はっきり言ってなんだか居心地が悪い。

 まあ、そこら辺のリスクは後で考えることにして。

 

「デンリュウ、フィールド全体にかみなりを落とせ!」

 

 晴れで命中率は下がっているけど、フィールド全体に落とすなら関係はない。オレのデンリュウなら、そういう芸当も出来るしね。

 

「リザードン、つるぎのまいもどきをしながらあなをほって地中に逃げるのよ!」

 

 ヲイヲイ、つるぎのまいもどきをしながらって……。

 “もどき”ってなによ?

 

「グゥオワオォォ!」

 

 わぁー、それなんてエロゲ? じゃなくて、どんなチート? なんかあのリザードン、たしかにつるぎのまいみたいなことをしながらあなをほって地中に潜っていきました。

 

「い、いつのまにそんなことができるようになったんだ?」

「この島に来てからの特訓でですよ!」

 

 なるほど。見てないところで特訓してたのね。というかこの島に来てって、僅か一週間足らずであんなの身につけさせたんですか!? あのリザードンはどんだけ天才だよ!

 

 と思っている間にデンリュウのかみなりがフィールド全体に降り注ぐ。

 

『デンリュウのかみなりがフィールド全体に幾筋も降り注いでいます!』

 

 ひかえめならバリバリの特殊アタッカーを担ってもらおうと思いましたが、のうてんきなこの子(防御↑特防↓)だったので、耐久よりに努力値を振りながらも、攻撃・特攻にも振って、耐久・二刀流戦法が起用できるようにした。

 尤もなんだかんだ言っても、愛情があればそれでいいんです。つぶらな瞳とか、自分の大きさを考えないでメリープ時代のようにじゃれてくるところとかがかわいいんですよ。

 

 まあそこは置いておいて。

 確かに地面は電気を通さない。だから、電気技を回避するために地中に逃げることは悪くない。オレもそう教えたしね。

 でも、今回に限ってはリザードンは地中に逃げるよりは、空高くに逃げた方が良かったかな。

 

「デンリュウ! 続いてでんじふゆう!」

 

 すると、デンリュウが、ラルトスやゲンガーがサイコキネシスを使うかの如く、フワフワと浮きあがる。これでデンリュウに地面技は届かない。

 

「今よ、リザードン!」

「かわせ、デンリュウ!」

 

 そして地中から全身に泥を被った状態で飛び出してきたリザードン。

 おっ! これは……ラッキーだ!

 

「リザードン、かえんほうしゃ!」

「グ、グオワ……!」

 

 しかし、リザードンはかえんほうしゃを放つことはなかった。そしてブルブルと全身が痙攣したようになっている。

 

『あーっと、リザードン! 麻痺で痺れていてかえんほうしゃを放てません! しかし、いったいいつのまにリザードンは麻痺になったのでしょう!?』

『さっきのかみなりの影響かな。しかし、リザードンは地面に潜っていたから、電気技を食らうはずがない』

 

 ダイゴの指摘は惜しいところを突いている。だけど、状況が違えば、その結果も変わってくる。

 

「そうか、しまった!? さっきまでの雨!?」

 

 おっ、ヒカリちゃんは気づいたみたいだ。

 そう。さっきのリザードンのねっぷうとにほんばれの影響で少しは乾いたけど、もともとは地面は

 

 ベトベトンのあまごいで地面が水を吸収し切れないほど、ぬかるんでいたんだよ?

 

『そうか! さっきのあまごいだ! 雨でフィールドが予想以上にぬかるんでいたからかみなりが地中にいたリザードンにも届いたんだ!』

 

 イエス、ザッツライト。そういうことです。

 

「ちなみにフィールドは今、若干でも電気を帯びてるから、でんじふゆうの効果は普段より長く続く。地面技は効果はない」

 

 ついでに、なんだかさっきのねっぷうでフィールドの水が熱を持ち始めたっぽいんだよね。あんまりにも熱くなりすぎるとデンリュウにとってダメージにもなり得る。だから、ここででんじふゆうは重要だと思ったんだ。

 で、こんな風な地中に電気技が届いたり、でんじふゆうの長期化、フィールドの熱によるダメージはまさに、ゲームにはない仕様だ。まあ、イワークに、スプリンクラー付きとはいえ、10万ボルトが通るとかいうワケわからん世界だからねぇ(ニビジムでタケシさん相手に実証済み)。

 

「リザードンは麻痺してもはやスピードはお前以下だ! 一気に攻め立てるぞ、デンリュウ! はかいこうせん!」

「がんばって、リザードン! フレアドライブでデンリュウに突っ込むのよ!」

 

 リザードンはフレアドライブ特有の青っぽいエネルギーに包まれる。一方デンリュウがその口にはかいこうせんのエネルギーを充填する。

 

「はかいこうせん、発射!!」

「フレアドライブ、GO!!」

 

 そしてはかいこうせんとフレアドライブ。それはどちらも同じ超スピードで、両者の中間付近でぶつかり合う。

 

「くっ……!」

「が、がんばって……リザードン……!」

 

 その激しいエネルギーのぶつかり合いによって、このフィールドは正直立っているのも辛いほどの衝撃が体を襲う。

 

『ふ、フレアドライブとはかいこうせん……! す、凄まじいまでのぶつかり合いです!』

 

 余波はフィールドだけでなく、この会場全体にまで影響が及んでいるそうです。

 

「り、リザードン! は、はかいこうせんの軌道からズレなさい!」

 

 ま、マズイ!

 

「デンリュウ、パワージェムで撃墜しろ!」

「もう、おそいです! リザードン、全力で突っ込めぇ!!」

「グゥオワオォォ!」

 

 そして全身に炎を纏ったリザードンがデンリュウに突進し、衝突した。その勢いとでんじふゆうにより、まるで超伝導体のごとく、フィールドを滑るように吹き飛ばされるデンリュウ。

 

『決まりました! 炎タイプの大技、リザードンのフレアドライブがデンリュウを直撃です!』

 

「リュ、リュウゥゥ!」

 

 だが、吹っ飛ばされた勢いを利用して、クルッと一回転して体勢を立て直して、なんとかデンリュウは身体を起こして、パワージェムを飛ばすことに成功していた。

 

『ああっと、しかし! デンリュウもリザードンに吹き飛ばされながらもパワージェムで反撃! 効果は抜群です!』

 

「デンリュウ、頑張れぇぇぇ!!」

 

 そして滑る勢いで跳ね上がった泥に全身が塗れつつも、なんとかスタジアムの壁に足を着けて激突は避けたデンリュウ。ただし、もどきとはいえつるぎのまい込み(おそらく1段階アップ)、晴れ下でのタイプ一致フレアドライブの威力は相当なもので、デンリュウはまだフラフラしている。

 一方のリザードンの方も、はかいこうせんのダメージに、フレアドライブの反動、パワージェムの効果抜群ダメージ(リザードンには四倍弱点)でまだ立ち直れていない!

 

「デンリュウ、踏ん張ってくれ!! これがラストなんだ!! かみなりパンチ!!」

「リザードン、がんばって!! からげんきよ!!」

 

 立ち直ったデンリュウが、今度は壁を踏み切り板代わりに踏んだ勢いで、リザードンに飛んでいく。

 しかし、ダメージは凄まじかったらしく、リザードンに向かっていくスピードは常のものと比べ、格段に劣っている。その間にリザードンは立ち直り、からげんきの体勢になって突っ込んできた。

 

 

「「いっけぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」」

 

 

 スタジアム内に二人の願いすらこもる言葉が駆け巡った。

 

 

 デンリュウとリザードン。二体のポケモンが接触する。

 

 

 それと同時にスタジアムを白色の閃光が包み込んだ――

 

 

『で、デンリュウのかみなりパンチ、リザードンのからげんき! 両者とも全身泥まみれの満身創痍! もはや、これが両者の最後の一撃となったでしょう! はたして、どちらが最後までこのフィールドに立っていられるのか!?』

 

 

 閃光が止む。

 

 交差する二体。

 

 彫像のように静止する二体。

 

 このまま止まったままを連想させるものだったが、しかし!

 

 そのうちの一体。

 

 グラッ

 

 よろめいたと思うと、

 

 バッッシャン

 

 大きな音を立て、かすかな泥を跳ねながらフィールドに沈んだ。

 スタジアムを静寂が包む。ジャッジが近づいた。

 

 そして――

 

 

 

「リザードン、戦闘不能!」

 

 

 オレはワナワナと

 

「ヒカリ選手が三体全てのポケモンを失ったため、この勝負、ユウト選手の勝ち!!」

 

 心の底から湧く感情に

 

「予選リーグBブロック! 決勝リーグ進出者はホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手!!」

 

 打ち震えていた。

 そしてその瞬間、スタジアム内をまさに爆発と言っていいほどの熱気、歓声が包み込んだ。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ありがとう、リザードン」

 

 あたしはボールにリザードンを戻した。耳はスタジアム内の歓声で、バカになったんじゃないかというぐらい、何も聞こえない。正直何が起きたのかわからなくなっていたのか、しばらくボーっとしていたんだと思う。

 

 

「ヒカリちゃん?」

 

 

 すぐ目の前にユウトさんが現れるまで。

 あれ?

 ここどこ?

 

「ここは?」

「フィールドへの入口だよ」

 

 そ、そういえば照明もフィールドを照らすものとは全然違う、普通に室内を照らす用のものだった。

 

「あ、あの、ユウトさん」

 

 すると、ユウトさんはあたしに向かって右手を差し出してきた。

 

「え? え? え?」

 

 あたしはわけがわからず、何度もユウトさんの晴れやかな顔と差し出された右手に視線を行き来させていた。

 

「ありがとう、楽しかったよ」

 

 あ……。

 

「あたし、も、です」

 

 あたしはその手を右手でしっかりと握り返した。

 

「あ」

 

 いつのまにあたしの視界が波打ち始めていた。そしてだんだん歪み始めていた。目頭がだんだんと熱くなる。鼻になにやらツーンとした感覚が駆け抜けた。

 

「あたし」

「ヒカリちゃん」

 

 ユウトさんはそう言ってあたしの顔を自分の胸に押しつけた。

 

 あたたかい。

 

「ゆ、ユウ、ト、さん、あ、あた、あたし、ヒック、そ、その……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 

「うん、うん」

 

 ユウトさんはやさしくあたしを抱いてくれ、そっと頭に手においてくれた。

 

 あたしは膝の力が抜けて座り込んでしまった。それでも同じように腰を落として、まだあたしを抱いてくれている。

 

 今までユウトさんとの特訓で勝ったことなんて一度もない。

 

 でも。

 でも、それと比べて。

 

 同じ負け。

 同じ負けのはずなのに。

 どうして。

 

 どうしてこんなにも!!

 

「ポッチャ」

「マージ」

「ジbrrrrrr」

 

 すると、バトルに出なかったポッチャマ、ムウマージ、ジバコイルが出て来た。みんな、あたしに寄り添ってくれているのか、なんだかとっても近く感じた。

 

「勝って喜びを分かち合うのもポケモン、負けたとき涙をぬぐってくれるのもポケモンなんだよ。だから、心配して出てきてくれたのかも」

 

 そう頭の上から聞こえてきた声に、今度は別の意味においても、目頭が熱くなった。それと同時に胸の辺りが温かくなったようにも感じられた。

 

「あ、ありが、み、みん゛」

「うん、うん。でも、今は泣いちゃってスッキリした方がいいかも。ここは誰も見てないからさ」

 

 もうそれであたしの我慢は限界だった。堰を切ったように溢れ出す熱い液体、嗚咽を押さえきることはもはや不可能だった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「落ち着いた?」

「は、はい」

「あ、今のは気にしなくていいからね」

 

 は、はは。

 好きな人にあんなダサいところ見られるなんてちょっと気恥ずかし……い?

 はれ?

 

「あ、あのですね、ユウトさん!? えと、あの、その!?」

「ど、どうした、ヒカリちゃん!? 何をいったいそんなに焦ってるんだ!?」

「あ、あの、あのですね!? あ、あた、あたしが負けた原因の評価をお願いしまっす!!」

 

 あー、言ってから気がついた。

 なんであたしこんなこと言ってんのよ。もっと違う話題あるでしょ。それに最後の「しまっす」ってなによ「しまっす」って。

 

「あ、ああ。そうだね」

 

 そして何にも気がつかないユウトさん。このニブチン!

 

「そ、それにしてもヒカリちゃん」

「あんですか!?」

「い、いやぁ、その……これだけは言っておきたいんだ」

 

 

 ――強くなったね、ヒカリちゃん

 

 

 その言葉が耳を打ったときにあたしのすべてが止まった。

 

「あたしなんて、ユウトさんに比べたらまだまだですよ」

 

 そう。あたしなんてまだまだ全然強くなってなんかいない。

 だって、ユウトさんはバトルが始まる前に言ってた、『オレがここに出すポケモンはみな、オレがシンオウ地方に来てから捕まえたポケモン、育て始めたポケモンばかりだ』って。つまり、あたしと一緒に育て始めた、しかも、ユウトさんはあたし以上に旅の途中でポケモンを入れ替えて育てていたから、今日の六体の育成に掛けられた時間は明らかにあたしよりも格段に少ないハズ。

 それに何より、テンガン山のときのように所謂“本気パーティー”を組んでいない。

 

「どうしてテンガン山のときのようなパーティーを組まないで、シンオウで育て始めたポケモンばかりでバトルしたんですか?」

 

 だから、気になって聞いてみた。それで来てたら、あたしなんて本当に鎧袖一触で倒されていたハズだから。

 

「ん~、いろいろあるけど一つはヒカリちゃん、キミとのバトルを楽しみたかったから、かな」

「あたしとのバトルを?」

「そっ。そのためにはヒカリちゃんと同じ条件じゃないとね。実際、ホント良かった。久しぶりだよ、あそこまで手に汗握る、ヒヤヒヤした、だけど心躍るバトルは」

 

 

 ――ありがとう、ヒカリちゃん

 

 

 ……あー、なんだろう。あたしってこんな単純だったかな。

 なんか今の言葉でさっきまでの沈んで気持ちとかが一気に消えちゃった。なんか雲ひとつない快晴って感じ! だけど、胸がホカホカとあったまるこの感じ。

 

「それに、オレの持つ知識をほとんど教えた人はヒカリちゃんとシロナさん、キミたちが初めてなんだ。だからさ、自分の育てた弟子がどれほど成長したのか気になるじゃない?」

 

 ……弟子……か。なんかちょっと風が吹いて雲が出てきたかも……。

 

「……弟子、ですか?」

「うん、そうだね」

 

 そう、か。まだまだ、違う方としては見られないか……。

 

 まっ、今はまだいいや。

 

 まだ、あたしはユウトさんに並びたてるほどの実力を持ってない。

 ただ、そのときが来たら、告白しよう。

 そう思った。

 

 いや、そう決めたんだ!




とりあえず前バージョンのプラチナ編ラストまで。


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第17話 シンオウチャンピオン決定戦開幕

ご無沙汰しております。活動報告で「もうすぐ更新できそう」と書いた手前、少なくともひとまず八月ひと月は更新しようかと思います。
とりあえず、( ・∀・)つドゾー


※ヒカリをラスボスとしたら、シロナはEXボスです



 ポケモンリーグ

 

 それはポケモントレーナーなら一度は志すであろう、憧れの場所。そして彼らは、一度はそこに立って勝ち進み、その頂点――チャンピオンマスター――になることを目指す。また、それ以外の者はこの一年に一回のイベントをお祭りのような気分で味わう。

 

 さて、トレーナーなら誰しもが目指す、その光り輝かんとする頂だが、そこに昇り詰めるまでには幾多もの試練が立ちはだかる。

 まず、出場するポケモンリーグの地方の、リーグ公認バッジを八つ以上集めるという条件をクリアする必要がある。

 その上で次に行われるのが、ポケモンリーグに出場するためのテストだ。

 これはどの地方でも言えることだが、その地方のポケモンリーグ運営委員会がとあるダンジョンを指定して、そこを制限時間内に通過した者たちにのみ、ようやくポケモンリーグ出場の資格が与えられる。そのダンジョンには様々な障害あるいはトラップが仕掛けられていたり、強力な野生ポケモンが生息していたり、その中を進む同じくリーグ出場を目指す何人かのトレーナーを倒さなければならなかったりと、トレーナーやそのポケモンたちにとってはかなり過酷な試練となっている。いつしか、このダンジョンのことを『チャンピオンを目指すための最初の険しい試練の道(ロード)』ということで、【チャンピオンロード】と呼ばれるようになった。

 

 さて、ようやく出場資格は得たもののまだまだ試練は続く。

 今度はチャンピオンロードを通過したトレーナー同士でブロックごとに分かれてトーナメント形式のバトルを行う。これがいわゆる【予選リーグ】である。

 ちなみに昨今はこのチャンピオンロードを通過するトレーナーが増えてきたので、このブロック数、あるいは試合数が増える傾向にある。そのため、チャンピオンロードの難易度を上げるべきだとの声も聞こえるようになってきた。

 

 次に、各ブロック予選リーグ優勝者は【決勝リーグ】というものにコマを進めることになる。バトル形式はトーナメントとなっており、予選リーグと特に大差はないが、大きく異なる点は過去直近の三年間で決勝リーグに進出し、かつ、その期間内に決勝リーグ一回戦を一度でも勝ち抜いた者が、この決勝リーグから加わることである。つまり、今回予選から勝ち上がってきた者と前回大会までの強者が入り乱れて競い合うハイレベルな戦いとなっている。

 ちなみにこのことからわかるとおり、過去直近三年以内ならば予選リーグ優勝者はチャンピオンロード、及び、予選リーグを免除される、いわゆる“シード権”が付与されている。

 

 そしてこの決勝リーグにて優勝したただ一人が次のステージへと進む。それが、【四天王リーグ戦】である。これは決勝リーグ優勝者が四天王全員とリーグ戦を行うというものだ。

 ちなみに、ここではリーグ戦の名の通り、四天王同士の対戦も行われ、その勝敗数によって、勝敗数が同じ場合はその試合内容から優劣をつけることで、四天王の序列の順位も入れ替わる。また、ここでは四天王の降格という事態も十分起こり得るのである。

 

 さて、このリーグ戦にて一番の成績を修めた者に与えられるのが【チャンピオンマスターへの挑戦権】である。そして、このバトルにて勝利を収めれば晴れてチャンピオンに、負けた場合でも四天王序列一位の座に治まるのである。

 

 

 ――そして今日、チャンピオンマスターへの挑戦権をもぎ取った一人の少年がバトルに臨む――

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『スタジアムに集まっているみんな、待たせたな! 今日はビッッグイベントの日だ!!』

 

 今オレとラルトスはスタジアムの既にバトルフィールドのトレーナースクエアの中に立っているんだけど……スゲー。なんか今日の実況はイケイケドンドンな、ノリの良いニーチャンだ。ていうか、なんかこの声どっかで聞いたことあるような? ……あ、モーターに電池で走るプラモデルカーに並走するアニメの実況の人にそっくりかも。

 

「(それにしてもうるさいわねぇ)」

 

 そして、ラルトスの言う通り、この鼓膜が破れそうな観客の雄叫びもこれまたすごい。テンション最高潮だな。

 

『今年は初っ端から例年以上の波乱溢れる大会だった! だがしかし! このシンオウリーグスズラン大会の最後を飾るこのラストバトル、ボクは、実は一番荒れることになる気がしてならない! みんなもそう思うだろ!?』

 

 何この煽り上手。会場は、米の大陸横断ウルトラクイズの司会者の「ニュー◯ークにいきたいかー!?」「おーう!!」的なノリで、大歓声があちらこちら、それこそ全方位から上がってくる。

 

「(あ~、ほんっとにうるさいわねぇ。で、誰なのよ、今ユウトが思ったその人?)」

「ん~、ま、あんま気にしなくてもいいぞ。それより、今日はお前もメンバーに入っているから出るかもしれないんだぞ。大丈夫か?」

「(わたしはいつでも準備万端よ。それよりもわたしは今回ちゃんと出られるのかしら? 寧ろそっちの方が心配よ)」

「……まあ、出せるよう頑張るよ」

「(本当に頼むわよ? お願いね)」

 

 なんてことを言い合っていた間にも話は進んでいて。

 

『それじゃあ今からその嵐を巻き起こす二人を紹介するぜ!』

 

 ……なんか災害呼ばわりされているみたいな気がしてビミョーにイヤ……。

 

『まずは挑戦者! ひっさびさに四天王以外の挑戦者の登場だ! しかもしかも! 四天王リーグ戦を無傷の四連勝で勝ち上がってきたホウエン地方ハジツゲタウンからの大・旋・風! チャレンジャーーーーー、ユーーウーートーーーオウゥ!』

 

 え、やだ。なにその格闘技の試合のリングに上がる前のようなコール。マジ勘弁なんだけど。

 

『彼はスッゲェぞォ! なにせ決勝リーグからのルール変更にいち早く対応して、予選リーグで見せてくれた以上の熱いバトルをボクたちに見せつけてくれたんだ! それに心を奪われたみんなも多いんでないかァい!? かく言うボクもその一人だぜ! ヒュー! 愛してるぜ、ベイベー!』

 

 キモッ!? 男に愛してるなんて言われたくないわ! 掘るなよ、絶対掘るんじゃないぞ!?

 

「(ユウト、掘るってなあに?)」

「……いや、お前はそのまま知らないままでいてくれ。頼むから。ていうか、冗談だから。あんまり真に受けるなよ」

 

 でも、なんだかホッコリ癒されたことに変わりはない。やっぱりこいつはかわいいなぁ。

 

「(な!? きゅ、急にど、どうしたのよ!?)」

「なんでもないよー」

 

 うん、ほんわかしてなんか元気出たわ。

 

『つづいてチャンピオンの登場だ! チャンピオンとなって既に十年以上! しかし、その間に敗退は一切なく、ついたあだ名が『不敗の女帝』! でも、ボク自身は『美しき戦いの女神』なんてのを推したいんだな! シンオウチャンピオンマスター、シーーローーナーーーーアァ!』

 

 マジか!? 十年!? なっがいなぁ。

 

「(でも、今までシロナには負けたことないじゃない)」

「あのな、シロナさんだって最初に会ったときなんかよりは確実に強くなっているんだから、今日勝てるのかわからないだろ」

「(あら、わたしは信じているわよ、あなたが勝つって)」

「あのな」

 

「(だって、わたしたちはそれを信じてバトルに臨むしかないのよ)」

 

 ――少し、目が覚めた気がした。

 

「(たしかに油断しないで気を引き締めようっていうユウトの気持ちも十分にわかるわ。でも、わたしたちはあなたが勝つって信じてるの。ポケモンはトレーナーを信じてバトルをするしかないのよ)」

「ラルトス……」

「(だから、わたしはいつもみたいに自信に溢れたふてぶてしいユウトの方が好きだわ)」

 

 ……なんか、ふてぶてしいってのはちょっと気に食わないが。

 

「……じゃちょっと、そのふてぶてしさを醸し出してくるわ。サンキュ、ラルトス」

「(あら、そんなの気にすることじゃないわ)」

 

 さて、そんな話をしているうちにシロナさんも入場。その様はたしかに“女帝”を意識させるに十分なほど、威風堂々としていた。

 そして、オレ、それからシロナさんも誰彼に言われることなく、フィールドの中央に向かう。そこでオレたちはガッチリと握手を交わした。

 

「ユウト君、今回私は一人の挑戦者としてあなたに挑むわ」

「いやいや、恐れ多いですよ……というのは建前で、どこまでいけるのか期待していますね」

 

 思わず口角が釣り上がったのを感じた。オレってこんな性格ではないはずなんだけど、つい今し方、ラルトスと話していたから、こんなことが言えたんだなとも思った。

 

「ふふふ。いいわ、その不敵で挑戦的な笑み。やっぱりユウト君、あなたはそうしていた方がユウト君っぽいわ。私も燃えてくるというものよ」

 

 そうして握手は終わる。シロナさんはクルッと背を向けた。その際、その金糸のような髪が揺らめき、そして、前髪に当てる手が見えた。

 

「いいでしょう! 私がどれだけ成長したか、あなたに見せつけてあげる!」

 

 そのままその手で前髪をかきあげて薙ぐって行く後ろ姿はかなりカッコよかった。

 

『スポーツマンシップに則った気持ちのよい握手を交わした挑戦者とチャンピオンがそれぞれトレーナースクエアに戻っていく! その間、改めてこのバトルのルールを確認するぞ!』

 

 さて、ルールとしては、

 ・使用ポケモンはお互いに六体で、六対六のフルバトル

 ・ポケモンの交代は双方ともにあり

といった感じで、予選リーグとそんなに変わりのないところもある。

 ただ、予選とは異なって大幅に変わったところもあった。

 

『次にアイテムの使用に関してだ! トレーナーが使うアイテムは禁止とするが、ポケモンが自分で使うことの出来るアイテム、つまり持ち物に関しては一つだけポケモンに持たせることが出来るぞ! なお、この持ち物の重複はなしだ!』

 

 コレだ。コレが決勝までと大幅に違う点だ!

 四天王リーグ戦からこのルールが実装された。尤も、“許可”という範疇にあるから、このルールを使わないということもできるが、オレからすれば、ようやくというか、とうとうというか、とにかく待ちに待ったものだ。使わないという手はない。この持ち物の使い方でバトルを大きく優勢に傾けることも出来るし、何よりこれでようやく面白くなれる!

 

『今大会は変化技の登場と63(ロクサン )見せ合いによって、トレーナーの戦略性と読みが試されることになる、かつてないほどの高レベルの大会となったが、この持ち物の登場で、さらに、よりその流れが加速すること間違いなしだ! このバトルもどんな高度な駆け引きが展開されるのか、ボクは期待で胸がいっぱいだぜ!』

 

 さてさて、そんな間にオレたちもトレーナースクエアに戻っていた。既に最初に出すポケモンのモンスターボールも掌の中に緊張感と高揚感とともに握られている。

 

「では、よろしいですか!」

 

 ジャッジがオレたちやシロナさんが位置についたのを見計らい、声を掛ける。

 

「これより、挑戦者ユウトとチャンピオンマスターシロナのバトルを開始します! では、両者、一体目のポケモンをフィールドの中に!」

 

 それを合図にこのラストバトルが始まった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『さあ、いま! いよいよシンオウナンバーワンを決めるバトルが始まったぞ! 挑戦者ユウトの最初のポケモンはカポエラー、一方チャンピオンシロナはルカリオ! 両者ともに格闘タイプのポケモンの登場だ! だが、ルカリオは鋼タイプも持ち合わせているぞ! チャンピオン、ここはやや不利か!?』

 

 向こうの先発はルカリオか。ルカリオなら持ち物はいのちのたまで両刀か? でも、いのちのたまは与えるダメージが増える代わりに、自分も一定量ダメージを受けるという効果を持つ。フルバトルは必然的にバトルが長くなるので、それだけいのちのたまで受けるダメージは多くなってくるから、それは避けたいと思うのが心情かもしれない。実際オレは今回このアイテムは持たせていないし。

 まあ、判断材料が少ない中であれこれ考えても仕方がない。

 そうそう。こっちのカポエラーについては元々ダブル用だったんだが、シングルでも十分に通用すると思って連れてきた。特性の『いかく』も十分決まっているみたいだし、ここは!

 

「戻れ、カポエラー!」

「戻りなさい、ルカリオ!」

 

『おおっと!? 挑戦者もチャンピオンもポケモンを戻したぞ!? これはいったいどういうことなんだ!? さて、今日の解説はホウエンチャンピオンマスターのダイゴさんだ! ダイゴさん、この交代は何を意味するんでしょう!?』

『そうですね。おそらく相性もそうですけど、チャンピオンはカポエラーの特性を嫌がったのではないでしょうか。見たところ挑戦者のカポエラーの特性は『いかく』です。『いかく』は相手の攻撃を下げる効果がありますから、それを嫌ったと思えば、チャンピオンの行動も納得できます。それに挑戦者の方もそれを読んでの交代ということもありえますね』

『なるほど! 相変わらず、レベルが高いぜ! ちなみに持ち物についてはどうですか!?』

『候補は幾つかありますが、お互いまだ何も仕掛けていませんので、今の段階ではなんとも言えません』

『なるほど! 何かわかったら、よろしくお願いします! さて、そんな間に両者の次のポケモンが決まったようだ! はたしてどんなポケモンなんだー!?』

 

「天空に舞え、ガブリアス!」

「モンジャラ、キミに決めた!」

 

 むっ、ガブリアス!? ということはいきなり勝負に来るか……!?

 

『おーっと! チャンピオン、ここでいきなりエースのガブリアスを投入したぞ! 一気に勝負を掛けに来たのか!? 対する挑戦者はモンジャラ! 果たして彼は一体何を狙っているのか!? こいつは全く予想できないぞ!!』

 

 赤い靴でカパカパとステップを踏むモンジャラに対して「ガァブァ!」と威嚇し睨み付けるガブリアス。

 

「先手はいただくわ! ガブリアス、つるぎのまい!」

「ガァブァ!」

 

 ガブリアスが一層吠えると薄青い半透明な西洋剣のようなものが数本ガブリアスを囲むように現れる。そして剣同士がぶつかり合うような独特の音を発して刃の部分が幾度か交差しつつ、ガブリアスの周りをグルグルと周る。最後にそれらがまとめてガブリアスに吸い込まれるようにして消え去った。

 

『つるぎのまい、攻撃をグンと上げる効果を持つ技ですか。これは本当に、チャンピオンシロナは勝負を決めにきましたね』

『ほお! つまり、ダイゴさん、どういうことでしょう!?』

『ガブリアスにつるぎのまい。これはある種、ガブリアスにとっては王道の勝ちパターンなんです。下手をするとガブリアスだけで相手の六体を全滅にもっていくこともできます。しかもたった一撃だけで』

『たっ、たったの一撃でですか!? そいつはスゲェ!! というと、挑戦者は今かなりピンチってことですよね!?』

『まあ、そういうことになりますね……一応は』

『くぅ~! これは挑戦者ユウト相当ヤバそうだ! 果たして彼はこの難局を乗り切ることが出来るのか!?』

 

 うん、外野が何か言ってるけど、あまり気にするほどのものでもない。

 いや、寧ろわかったのは、ここがガブリアスを確実に突破できるチャンスである、ということだ。

 

「(モンジャラ、頑張るのよ!)」

「モジャ!」

 

 モンジャラのやる気は十分。オレは綻びそうになる頬を引き締めた。

 

「モンジャラ、とりあえずみがわりでもしておこうか。それとお前なら大丈夫だ。気張っていこう!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「そのモンジャラ、持ち物はしんかのきせきよね」

 

 ユウト君の二体目は草単タイプのモンジャラ。草だからなんとなく特攻が高そうなこと以外は何をしてくるのか、悔しいけどちょっと予想がつかない。ただ、モンジャラはモジャンボの進化前。ならば、一番の候補に挙がる持ち物はしんかのきせき。しんかのきせきは進化前のポケモンの防御特防を一.五倍にする持ち物である。ユウト君曰く、これによって耐久お化けに置き換わる未進化ポケモンが続々と登場して、「進化前だから」と油断していると、なかなか倒せなくて、逆に仕掛けた方が力尽きるという事態にも陥る、非常に革命的な持ち物なのだそうだ。

 で、未進化であるモンジャラが出て来たから、少しカマを掛けてみたんだけど、

 

「さあ、どうでしょう?」

 

ニヤリとした表情とともに、アッサリと流された。

 ときどき思うのだけど、本当にこの子はまだ十代半ばなのかしらね。

 

「ふふ、いいのよ。単なる確認だもの。でも、いくらしんかのきせきで防御と特防を上げても、モンジャラは草タイプ、ガブリアスに対する効果抜群技はないわね。おまけに今私のガブリアスはつるぎのまいを一回積んだ状態よ? いくらしんかのきせきでも耐えられないんじゃないかしら?」

「ふふ。オレのモンジャラなら大丈夫ですよ。シロナさんのガブリアスの方も努々油断なさらないように。ね?」

 

 揺さぶりにも乗らず、ね。あのふてぶてしさがまたなんともラスボス感が漂うというか、なんというか。

 

「あなた相手にそんなことはできないわ。でも、なにか厄介なことやられると怖いから、遠慮なくいかせてもらうわね!」

 

 これは本当だ。彼は挑戦者ではなく覇者、そして私は単なる挑戦者、そう思ってないと、あっという間に持っていかれる。ホントの本気。つまり、マジだ!

 

「さあ、ガブリアス! 弱点を突くわよ! ほのおのキバ!」

「ガァブ!」

 

 ガブリアスが大口を開けて、フィールドを滑るように飛び、モンジャラに接近する。後方にはその飛行スピードによって巻き上がった粉塵が尾を引いてガブリアスを追い掛けていた。そのうち、ガブリアスの歯が炎を纏ったが、次にはそれが熱へと変わったのか、炎が消えて代わりに歯の色が煌々と光るオレンジへと変わった。

 

「くるぞ、モンジャラ! かまえろ!」

「モッ!」

「ムダよ! まずはそのみがわり、一撃で破壊してあげるわ!」

「ガァブ!」

 

 そのままガブリアスはモンジャラの身体にそのキバで噛み付く。すると、モンジャラの身体が、一瞬ノイズが走ったかのようにぶれたのがわかった。

 

「今のでみがわりが壊れたわね! ガブリアス、そのままほのおのキバを維持し続けなさい! 噛み続けるのよ!」

「モンジャラ、ツタを絡み付かせろ! まきつくだ!」

 

 ムダよ! 私のガブリアスはつるぎのまいを積んで、さらにその上がった攻撃を用いての弱点技よ!

 いくらしんかのきせきだろうと、これで終わり――

 

 

「にはなりませんよ」

「モジャ!」

 

 ぐっ! なんて硬いのよ、あのモンジャラ! つるぎのまいを一回積んだ状態なのに、あのモンジャラはまだまだ全然大丈夫といった感じで耐えている。

 それにしても、まるで見透かされたようなその言い方はなんだか腹立つはわねぇ。

 

「NDK? NDK?」

「は?」

 

 いやいや、「NDK?」ってなによ? 意味分かんないし。

 

「さって! じゃあ、次はモンジャラ、はたきおとすだ!」

 

 マズイ! せっかくの持ち物が! なんとか回避させたいけど、まきつくで拘束されていればそれも叶わない! おまけにあの技は交代も阻害してくるからこのままでは……!

 

『ガブリアス、モンジャラの絡み付いたツタによりまきつく攻撃を受けている! ああっと! 絡み付いたツタが邪魔をしてガブリアス動けない! その間にモンジャラのはたきおとすが決まったー! 落とされた持ち物は……木の実だ! いったいどんな木の実なんだ!?』

『あれはラムの実ですね。効果はどんな状態異常も治せるというものです。ガブリアスに持たせるものとしては、ガブリアスの戦い方にマッチする、かなりいいものをチョイスしましたね。そしてこれでもうモンジャラの持ち物も確定でしょう。しんかのきせきです。これの効果は――』

 

 くっ! たとえ叩き落されても、またそれを回収すればそれを使うこともできる。とにかく何とか拾い上げないとせっかくのラムの実が……!

 

「そうだ! ガブリアス! かえんほうしゃよ! かえんほうしゃでツタを焼き切りなさい!」

「あまいです! モンジャラ、ねむりごな!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 さて、ねむりごなによって、かえんほうしゃを吐かれる前になんとかガブリアスを眠らせることが出来た。

 あとは――

 

「モンジャラ、まずは体力を回復させよう! いたみわけ!」

「モジャ!」

 

 モンジャラの持ち物は大方の予想通りしんかのきせきである。進化前のポケモンに持たせるのに非常に有用な持ち物なのだが、それだけでなく、モンジャラはしんかのきせきによって物理耐久だけなら、あの耐久お化けとして有名なクレセリアをも上回る。だから、物理については本当に硬い硬い。おまけに努力値はHP、防御、特防、素早さに振ってあるので、弱点だって余裕で耐える。尤も、ダメージを受けないわけではない。今回はみがわりも使って、かつ、相手はつるぎのまいで攻撃二段階上昇もあったわけだから、なおさらだ。なので、いたみわけ(自分と相手のHPを足し合わせて半々をお互いに分け与える)をさせて回復させた。

 こうごうせいではなくていたみわけなのは、単純にその受けたダメージとの兼ね合いでの選択である。ガブリアスに与えたダメージは、はたきおとすでの攻撃のみ。まきつくはほとんどダメージになっていないだろう。逆にこちらは、先に挙げたようなダメージを負っているので、減った体力はあきらかにモンジャラの方が多いはずである。この状態でのいたみわけなら、モンジャラの回復とガブリアスへのダメージという一挙両得を狙えると踏んだからだ。

 さて、ダイゴが今のような解説をしてくれている間にもういっちょいこうか!

 

「くっ! ガブリアス、起きなさい! 起きて!! 起きるのよ!!」

「まだです! まだこっちの攻撃は終わりませんよ! モンジャラ、リーフストーム!」

「モ~ジャー!」

 

 モンジャラから吹き荒れる突風に乗って、数え上げるのも億劫なほどの木の葉がガブリアスを襲う。ガブリアスはドラゴン・地面タイプであり、かつモンジャラ自身の特攻も高いので、まずまずといった効き目だろう。

 

『ねむりごなによって眠ってしまったガブリアス! いたみわけにリーフストームをまともに食らってしまった! これは大ピンチだぞォ!』

『おまけにまきつくの効果でガブリアスを交代させることもできません。ラムの実が使えない今、ガブリアスが自力で起きるしか手はありません』

 

 いや、そんなことはないんだけど。シロナさん、気づいてくれるかな。

 

「――ハッ! そうよ!! これよ!! ガブリアス、ねごとよ!!」

 

 そう。眠っている状態のときにだけ出せる技のねごと。効果は自分の覚えている技の中からランダムで使う技を選択されて実行するというもの。今回は――

 

『こいつはなんなんだー!? ガブリアス、眠っているのにダブルチョップでモンジャラを攻撃していくぞ!?』

『しまった! ねごとか! 忘れていた! ああ、ねごとという技は――』

 

 モンジャラとガブリアスとの間はほぼゼロなので、ツタに阻害されながらも一発目のダブルチョップがモンジャラに決まる。尤も、二発目のダブルチョップをただで食らうつもりは毛頭ない。リーフストーム(撃った反動として特攻が二段階下がる)を撃った意味はある意味これである。

 

「モンジャラ、パワースワップ!」

 

 すると、モンジャラとガブリアスの間で、淡い黄色い光の交換がなされた。

 

『パワースワップ、自分と相手の攻撃と特攻の能力変化を入れ替える技ですね。これで、モンジャラはつるぎのまいで上がった能力変化を受け取り、逆にガブリアスはリーフストームの反動で下がってしまった能力変化を押しつけられてしまった』

 

 そして二発目のダブルチョップがモンジャラに決まった。尤も、ダブルチョップは物理技な上、二発目はつるぎのまいの効果も消えてしまったので、ほとんどダメージにはなっていないだろう。

 さて、最後ギガドレインで体力回復もいいけど、倒しきれなかったらマズイから、ここは確実策の方でいこうか――

 

「とどめだ、モンジャラ! パワーウィップ!」

 

 いただいた攻撃二段階上昇を生かせる、草タイプの物理最強技。これで倒せなかったら、ギガドレインでもやろうかと思ったけど――

 

 

「ガブリアス、戦闘不能!」

 

 

 ジャッジの声が高らかとスタジアム内に響き渡った。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『シンオウリーグスズラン大会の最後を飾るこのラストバトル! 一体全体、だれがこんな結果を予想できたかーーー!? なーーーんとなんと! 我々が知る限り、一度も土がついたことがないあのガブリアスが! あの最強無敵を誇り、チャンピオンマスターシロナのエースポケモンである、あのガブリアスが! ほとんど一方的に攻撃を封じられてダウーーーーーーーンッ!! 序盤から大波乱を見せるこのバトル! はたしてこれからいったいどうなってしまうんだーーー!?』

 




シロナ
ルカリオ(????)、×ガブリアス(ラムの実)、他4体

ユウト
カポエラー(????)、モンジャラ(しんかのきせき)、他4体



ついでに、皆さんのお力を借りたいことがありますので、活動報告にも目を通していただけますと幸いです。


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挿話12 エスカレートしていくバトル シロナ

活動報告へのコメントありがとうございました。
正直ほとんど知らなかったもので「こんなにもいるものなのか」とビックリしている次第です。ですが、大変参考になりました。
まだまだ受け付けていますので、これはというものがありましたらよろしくお願いします。



『シンオウリーグスズラン大会の最後を飾るこのラストバトル! 一体全体、だれがこんな結果を予想できたかーーー!? なーーーんとなんと! 我々が知る限り、一度も土がついたことがないあのガブリアスが! あの最強無敵を誇り、チャンピオンマスターシロナのエースポケモンである、あのガブリアスが! ほとんど一方的に攻撃を封じられてダウーーーーーーーンッ!! 序盤から大波乱を見せるこのバトル! はたしてこれからいったいどうなってしまうんだーーー!?』

 

 さて、とりあえず最強の手札であろうガブリアスは突破した。でも、まだまだ油断できない相手がたくさんいるということは確かだ。最初に出たあのルカリオだって馬鹿にならない火力を持っている。果たして次に出てくるのはどんなポケモンか。

 

「モンジャラ、もう少し頼むぞ!」

「(ファイトよ、モンジャラ!)」

「モッ!」

 

 オレは、ひとまずこのままモンジャラで様子見だ。耐久は物理に関してはかなりの高さを誇るし、パワースワップで得た攻撃二段階アップはおいしい。

 さて、次に彼女が出すポケモンは――

 

「華麗に踊れ、ロズレイド!」

 

 出てきたのはタキシード仮mげふんげふん、ポケモン界で仮面舞踏会があったら超イケメンさんになれるだろうロズレイド。あ、後ろのマントみたいな葉っぱがオレのロズレイドより随分と長いからメスっぽいな(ロズレイドは後ろのマントが長いほうがメス、短い方がオス)。まあゲームでもポケモンワールドトーナメント以外、シロナさんの手持ちはほとんどメスだから一致しているのかもしれない。

 

『チャンピオンシロナ、二体目は優雅で気品あふれる姿から人気が高いロズレイドだ! 草・毒タイプを持つロズレイドに対して草タイプしか持たないモンジャラは相性として不利! 挑戦者ユウトはどう乗り切るのか!?』

『加えてロズレイドは草タイプなので、粉系統の技ややどりぎのタネは通用しません。しびれごなもねむりごなも使えないのでは相当ツライと思います』

 

 いやはや、うーん、たしかに些かキツイ。二人の言う通りな上、ロズレイドは特攻がバカ高いので、タイプ一致ヘドロばくだん、二倍弱点、モンジャラの特防はそう高いものではないこと、ガブリアス戦でのダメージなどの要因が重なれば、シロナさんのロズレイドなら一発で間違いなくこちらを落とせるからだ。

 ただ、ロズレイドは物理耐久が非常に低いので、つるぎのまい効果も併せて一発物理技を当てればチャンスはある。というより、交代しない場合はそこを狙うしかない。ロズレイドに有効そうな子は一応連れてきているが、たぶんまだ出すべきところじゃない。ここはモンジャラに賭けよう!

 

「さあ、反撃開始よ! ロズレイド、ヘドロばくだん!」

「頑張れ、モンジャラ! かげぶんしん!」

 

 そうしてかげぶんしんの発動の方が僅かに早くて、ヘドロばくだんを寸前のところでかわした。

 

「くぅ! うまく避けたわね! でも、いつまでも続けられるものではないわ! ロズレイド、ヘドロばくだん!」

「モンジャラ、ギガインパクト!」

 

 かげぶんしんを引き連れてモンジャラがロズレイドに迫る。

 

「ヘドロばくだん連発よ!」

 

 一方、かげぶんしんに当たって単発のヘドロばくだんが不発に終わるのを見たシロナさんは、それを連続で放つ数打ち戦法に切り替えた。

 

 そして、結果は――

 

 

「これは――モンジャラ、戦闘不能!」

 

 

 ギガインパクトが決まった瞬間にヘドロばくだんを当てられてしまって、予想通り、モンジャラは倒されたが、ロズレイドは倒しきるには至らなかった。

 

「(でも、すっごく惜しかったわ)」

「ああ、本当によくやってくれた。ありがとう、お疲れさま、モンジャラ。今はゆっくりと休んでくれ」

 

 オレはモンジャラをボールに戻した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ふう、なんとか一体突破ね」

 

 緊張が一時解けたことから私は思わず息をついた。このバトルは私の全力を出し尽くす真剣勝負。それで、なんとか一体を倒したんだから、先はまだ長いといえど、ちょっとぐらいはいいでしょうと思う。

 それにしても今のバトルも危なかった。

 かげぶんしんを引き連れながらのギガインパクトでのモンジャラの特攻。かげぶんしんにしか当たっていなかったヘドロばくだんに結構焦っていたんだけど、幸か不幸かギガインパクトが決まった瞬間にこちらのヘドロばくだんもモンジャラに命中。それでダウンを取ったのだ。

 尤も、こちらも手痛いダメージを負ってしまった。

 

「ロズレイド、大丈夫?」

「ロズ」

 

 本人は頭をぶるぶると振いつつも気張っていて、大丈夫そうに振舞っているけど、どうやら半分、いえ三分の一近くは体力を持っていかれたかしら。くろいヘドロを持たせているからちょっとずつ回復していくけど、どこかでギガドレインでも撃って回復させたいところね。……ヘドロばくだん連射でかげぶんしんは減っていたのだから、当たる前に当ててほしかった、と言うのは贅沢なんでしょうね。それに、少し休ませましょうか。

 

「一旦戻って、ロズレイド」

 

 かざしたボールスイッチから走る赤い光線に照らされて、ロズレイドがボールに収まった。

 

「ありがとう。またあとでお願いね、ロズレイド」

 

 それに応えるようにして微かにカタカタ揺れるボールを見つめながら、次に出すべき子について考えを巡らせる。

 その間にユウト君は次のポケモンを繰り出した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あのモンジャラはやばかったな、ヒカリ! まさかあのシロナさんのガブリアスを倒してしまうとは」

「そうね。でもそれがユウトさんのポケモンでもあり、しんかのきせきというアイテムのすごさなのよ」

 

 このチャンピオン決定戦、いえ、決勝リーグが始まって以来ずっと、ユウトさんのバトルのときはあたしの隣の観客席にはこのシンジが座っている。なんでも、ユウトさんのバトルを解説してほしいのだとか。これはユウトさんの方のお願いでもあることから、ユウトさん的にはあたしの復習にもなるからいいだろうみたいな感じなのだろう。

 

『挑戦者ユウト新しいポケモンを出したぞ! 出てきたのはあのきょうあくポケモン、ギャラドスだ! 一方チャンピオンシロナもここでポケモンを交代! 出てきたのは大変な希少さとその美しい姿からまたまた人気を誇るポケモン、ミロカロスだ! おっと、どうやらどちらも水タイプのポケモン! これは両者ともにあまり好まない状況だぞ! 両者いったいどんな戦略を取ってくるのだろうか!?』

 

 さて、バトルはお互い一体を失った形(尤も、シロナさんのロズレイドは体力を消耗している分、ユウトさんの方が優勢ではある)で次に進んだ。

 

「ギャラドスにミロカロスか。たしかにどちらもタイプ一致メインウェポンの水タイプが効果いまひとつではなぁ。ギャラドスの飛行タイプの技はあまりいいものがないし、ミロカロスはあまり技のタイプが多彩ではないし」

「尤も、ギャラドスには10万ボルトやかみなりといった電気技で弱点を突ける。ただ、ミロカロスの方はそれを受ける特殊耐久が高いし、ミロカロスの持つ氷技はギャラドスには効果抜群ではないけど普通に通る。やり方はいろいろあると思うわ。その辺のことはあの二人も熟知しているだろうし。 ん!? 動いた!」

 

 ギャラドスの方がりゅうのまいをし始めた。技の名前の通り、龍が舞うがごとく、ギャラドスを渦巻くように禍々しい風が吹き荒れて、それが天に昇っていくようにして消えていく。

 一方、ミロカロスはそれを黙って見ているということはもちろんない。あの長い蛇みたいな体格をうねらせながら接近しつつ、目の上に生えている触角みたいなものをギャラドスに向かって突き出した。すると白く輝くような風がフィールドに吹き荒れ始めた。

 

「あれはこごえるかぜだ。たしかこごえるかぜは追加効果で相手の素早さを百パーセントの確率で下げるんだったな。素早さだけでも帳消しにしようという作戦か」

 

 それに氷タイプの技だからギャラドスには水タイプよりは通りがいいはずなので、いい選択だと思う。ただ、素早さは下がっても、上がった攻撃をどう対処するのかは気になるところなんだけど――

 

「「あっ!」」

 

 目を皿のようにしてフィールドを見下ろしていたあたしたちだけど、思わず声が重なった。

 

『な、なんと! ミロカロスの尾が白く光り、それがギャラドスに当たったかと思うと、ギャラドスがなんと挑戦者ユウトのモンスターボールに戻ってしまった!』

『あれはドラゴンテールですね。これは相手のポケモンを強制的に交代させるドラゴンタイプの技です』

 

 ユウトさんは若干口元を押さえている。「やってしまった」とでも思っているのだろうか。

 

「なるほど。嫌な相手は無理に相手をする必要はないということか。それにこれでりゅうのまいの効果は完全に消え去った。実に考えられている戦法だ」

「おまけにドラゴンテールみたいな強制交代技はフィールドのいなくなった分の代わりのポケモンが勝手に出させられてしまうから、ユウトさんとしてはまだ隠しておきたい隠し玉がさらけ出されてしまうなんてこともあるかもしれないわね」

 

 ちなみにこの後すぐ、あたしの言葉は現実となった。

 それとユウトさんの教育のおかげで、シンジは順調にあたしたちよりに染まってきていますよと。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『挑戦者ユウト四体目のポケモンはなんとボーマンダだ!』

 

 私のミロカロスのドラゴンテール、それが特大の爆弾を引き当ててくれた。まさかボーマンダがいたとはね。

 

『なんだって!?』

 

 ガタッという音とともにそんな声がスピーカーから響き渡った。『何事?』と思って放送席に目を向けると、あのダイゴが放送席に手をついて立ち上がっていた。口元が無造作に半開きになっている。しかし、すぐさま冷静さを取り戻したのか、キッと口元を結び、倒れた椅子を直しながら座り直した。視線は今まで以上の強さで以て、このフィールドを睨み付けるがごとく、見下ろしている。私としてはあのダイゴが見せたこれらの様子から、それがいかに意外で、かつ想像よりもずっと今が厳しいものかということが理解できた。

 

「……フフフ、いいわ。この大波を乗り切って見せようじゃない……!」

 

 同時にこれを御してみせようという気持ちが強く湧いてくる。ピンチのときこそふてぶてしく笑うものよ。

 

『どうかしましたか、ダイゴさん?』

『……いえ。それよりも』

 

 さあ! いきましょうか!

 

『みなさん、ここからは一時(いっとき)も目を離してはいけません。こんなバトルはめったに見られませんよ』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 くっそ~。今回の隠し玉だったボーマンダが引きずり出されてしまった。もう少し違う場面で出したかったのにと思ったのだが、この際仕方がない。いっちょ、やってやるとしようか。

 

「ミロカロス、れいとうビーム!」

「ボーマンダ、かえんほうしゃだ!」

 

 やっぱりあのミロカロスは氷技持ち。まあ、氷タイプの技は非常に有用度が高いから覚えさせることが出来るなら絶対に覚えさせるものだ。

 そして逆にこっちは氷が四倍弱点。相性は極めて不利だ。

 ならば、ここは――

 

『ボーマンダのかえんほうしゃとミロカロスのれいとうビームが激突! その瞬間激しい爆発が起きてフィールドは白煙で覆われてしまった! これではどうなっているのかわからないぞ! いったい何が起こっているのかー!?』

 

 実況の言うとおり、辺りは()が火で急激に熱せられたことによってほんの軽い水蒸気爆発みたいなことが起きたのか、大爆発が起こった。その爆風から目を守るように腕を組むが、完全に視界を閉ざすわけにはいかない。爆風をやり過ごしながら、組んだ腕の隙間からフィールドを覗いた。ただ、その視界は爆風と白い靄で覆われていて、ここからではどういう状況なのかは読めなかった。しかし――

 

「いけぇ、ボーマンダ!」

 

 オレのボーマンダなら、きっとうまくやってくれる――!

 オレはそう信じていたし、ボーマンダを信頼していた。

 

「ドラゴンテーーール!」

「ガアアゥ! マンダー!!」

 

 すると、白煙の中から雄叫びとポケモンがボールに戻っていくときのあの独特な音が返事として返ってきたのだった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ファゥオオオ!」

 

 今、フィールドに聞こえた鳴き声は私のルカリオのもの。そう、ミロカロスの代わりに引きずり出されてしまったのね。

 そしてフィールドを覆っていた白煙は、ボーマンダがミロカロスに接近するときによって起こった風の流れや羽ばたき、そして攻撃により、完全に晴れ渡った。

 

『おおーっと! チャンピオンシロナのポケモンがいつのまにかミロカロスからルカリオに変わっている! あの白煙の中で何が起こったんだーー!?』

『おそらくですが、――』

 

 ダイゴが解説してくれているが、簡潔にいえばあの視界不良の中をボーマンダがミロカロスに接近、そしてドラゴンテールを放ったのでしょう。そして代わりにルカリオが引きずり出されたと。ボーマンダにとってみれば、ミロカロスはまさに戦いにくい不利な相手。六対六のフルバトルならなおのこと、さっき私がやったみたいに戦いにくい相手は無理に相手をする必要がない、ということね。

 それに――

 

『結果的にですが、ユウト選手が先程チャンピオンにやられたことをそのまま意趣返しした形になりますね』

 

 ……今ダイゴがああ言った瞬間、あの子ニヤッて笑ったわね。いやらしい。やっぱ性格悪いわよ、あのクソガキ。どうとっちめようかしら。

 

『なるほど! よく練られている素晴らしい戦略と高度なバトルだ! 正直ボクはこんなバトルを見せられて、もう次に何が出てくるのかウズウズして仕方がないぜ!』

 

 何やら観客の方はこの煽りを受けて歓声が一層ヒートアップしたように思う。

 さて、気持ちを切り替えていきましょう。

 ボーマンダとルカリオでは、ボーマンダは炎や地面や格闘タイプの技で、ルカリオはドラゴンや岩タイプの技でそれぞれ効果抜群を狙える。だけど、ここで違うのは、ルカリオには氷タイプの技であるれいとうパンチがあることから、ボーマンダに対して四倍の弱点を狙えるということだ。これが決められれば確実にルカリオ優位の方に天秤が傾く。うまくこのボーマンダさえ突破できれば、バトルの流れもこちらにたぐり寄せることができるだろう。

 

「気張っていくわよ、ルカリオ! ストーンエッジ!」

 

 まずは弱点を突きつつ、牽制の意味も込めてのストーンエッジ。ルカリオの周りに石というよりも寧ろ岩というべき破片が浮かび上がると、それが一直線にボーマンダに向かって飛んでいった。

 

「ボーマンダ、やや前方に向かっていわなだれ!」

 

 すわ、岩が雪崩を打つようにルカリオの頭上に降ってくるかと思いきや、なんとボーマンダの正面にそれが降り積もっていった。一つ一つも大層な岩だが、それらがうず高く、そして広く降り積もり、今やその高さや幅は数メートル程にもなってボーマンダの姿などいとも簡単に隠してしまっていた。ここからでは、まるで真正面に崖でも出来たのかと思うほどのものである。

 

『ストーンエッジを撃つルカリオに対してのボーマンダはいわなだれをルカリオの頭上ではなく、ボーマンダの前方に降らしたぞ! こ、これは!? これはスゲェ! 積み重なったいわなだれは今やまるで大岩のバリケードのごとくボーマンダを守っている! ストーンエッジはこのバリケードに衝突していくが、突破できない!』

 

 とりあえず、次を考えましょうか。

 そういえばボーマンダは飛べるのに対してルカリオはそうでもない。空対地戦なんてやりたくはないわね。

 ならば、相手の上を取って無理やり地面に縫い付けて地対地戦にもっていくことにしましょう!

 まずは――

 

「ルカリオ、あの大岩を回り込みなさい!」

「ファグァ!」

 

 当たり前かもしれないけど、相手に接近することが大切。そしてルカリオが私の言を実行するべく、膝のバネを利用し、体勢を僅かに沈めて初速からトップスピードで以て駆けだした。

 

「ボーマンダ、がんせきふうじ!」

 

 するとボーマンダがあの崖の上にひょっこりと姿を現した。図らずも頭上を取られてしまった格好だ。

 

「しまった! ルカリオ、避けなさい!」

「ファオ!」

「マンダー!」

 

 しかし、ルカリオもその指示の通りの急な方向転換をよくもこなしてくれている。しかし、ボーマンダのコントロールが絶妙なせいか、大岩がルカリオの行く手を阻むように巧妙な位置に降り注いでくるため、次第に動きを封じられて、とうとう周囲を岩に挟まれて一歩も動くことが出来なくなってしまった。

 

「ルカリオ、グロウパンチ連打! 周りの岩を破壊しなさい!」

「ファオオ!」

 

 ルカリオが雄叫びと共に自身の周りを窮屈に取り囲む大岩にパンチを打ちつける音が連続で聞こえてくる。

 

「ボーマンダ、足元の大岩をアイアンテールで砕き飛ばせ!」

 

 ボーマンダはその指示によってその水色と赤色のツートンカラーの尾を銀色に光らせてしならせた。一方、ルカリオが殴りつけていた大岩は破片と共に砕け散っていった。

 

「飛ばせ、ボーマンダ!」

「マンダー!」

 

 しならせた尾がボーマンダの足元の大岩を抉る。そのままその大小たくさんの礫がルカリオに向かって飛来してきた。がんせきふうじは追加効果として百パーセントの確率で相手の素早さを一段階下げるというものがあるけど、今この下げられた素早さではこれを(かわ)すのは厳しいわね。

 ならば――!

 

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

「ラアァ!」

 

 ルカリオが両手を突き出す。すると長さがだいたい八十センチメートルほどのやや半透明なホネがルカリオの手の中に浮かび上がり、収まった。それを一度ブンと横に振るうと、今度はそれを真正面に持ってきて両手をうまく使いながらそのホネを回転させ始めた。地面とは垂直方向に回転するホネはルカリオにとっての、(あたか)も盾のような役割を果たすこととなった。

 

『アイアンテールによって飛来する大小数多の石礫の数々! その数の多さ、細かいものまで含めればとても避け切れるものではなぁい! しかししかし、あのルカリオ! ボーンラッシュのホネを回転させて円盤の盾のように見立てることによって飛来する礫を弾き飛ばしている!』

『しかし、あのホネの盾は本来なら、あの礫を弾き返すには厳しいものがあったでしょう。これは、先程のグロウパンチがここで生きましたね』

 

 そう。グロウパンチは攻撃を一段階上昇させるという追加効果を百パーセントの確率で発動させる。おそらく今ならつるぎのまいを二回舞ったぐらいに相当するほど攻撃がアップしているぱず。

 これでれいとうパンチを当てられればもうボーマンダを一撃で突破することだって難しくはない!

 

「ボーマンダ、もう一度がんせきふうじ!」

 

 石礫を弾いている最中に再度ルカリオの上から降り注ぐ大岩の数々。でも、このシロナにそう何度も同じ手は通用しないわよ!

 

「ルカリオ、わざわざ食らう必要はないわ! しんそくで以って上に跳びなさい!」

「ファァァ!」

 

 ルカリオは自分に直撃するだろう岩をジャンプすることで回避する。そのままフィールドに落下した岩の上部に足を掛けて、さらに上へ飛び上がった。次にまだ落下途中の岩の一つに見定めて、そこに上手く足を掛ける。そしてまた自分より高い位置を落下している岩に向けて飛び上がった。それらの繰り返しで、ルカリオはうまい具合に、降り注ぐ大岩を足場にしながら跳び移っていき、それらを(かわ)しつつも上に飛び上がっていく。そうしてルカリオはついに中空に躍り出た。

 

「お待ちかねですよ! シロナさん!」

「なんですって!?」

 

 見れば同じくボーマンダもルカリオと同じくらいの高さまでに飛び上がっていた。

 

「ボーマンダ、だいもんじ!」

「チッ! ったく、相変わらずイヤミなガキだ(イヤミが上手ね)! ルカリオ、はどうだん!」

(「……あのー、シロナさん、)(本音と建前が逆になってますよ。)(や○夫じゃないんだから」)

 

 大口を上に向けて反らすボーマンダと両手首を右の腰に持ってくるルカリオ。一瞬の溜めの後に、その大口から吐き出された『大』という字を象った炎の塊と、前方に突き出した両手から放たれた水色の光弾が衝突した。

 なにかユウト君が言っていたようだけど、それは小声だったのと衝突によって起こった大爆発でかき消えて聞こえることはなかった。

 さて、大爆発は黒煙と吹き荒れる爆風を生じさせ、ルカリオはとらわれてしまった。

 

「ルカリオ、しっかり!」

「ファオ! ――ファ!?」

 

 ルカリオの驚きの声に注視すると、あの黒煙の中からボーマンダが超スピードで飛び出してきた。マズイ! ボーマンダの牙がオレンジに輝いている!

 

「ルカリオ! 避けて!」

「ファオオオ!」

 

 ルカリオも必死だけど、空を自由に飛ぶことのできないルカリオに、宙に跳んでいるこの状態をどうにかする力は少々足りなかった。

 

「いけっ、ほのおのキバ!」

「マン、グァ!」

 

 ボーマンダがルカリオの足に噛み付いた。途端、ルカリオの身体全体に炎が走る。

 尤も、その炎はすぐさま消えてしまったけど、ダメージは結構負ってしまったらしく、ルカリオの全身が煤で汚れている。

 しかし、ルカリオの瞳にはまだ力強さが十分に宿っていた。そして左手でカムラの実を齧る。二口で飲み込むとルカリオの体が赤く発光した。

 

「今よ、ルカリオ! トドメのれいとうパンチ!!」

 

 素早さも回復し、胸を反らして右手を振り被ったルカリオ。その拳には冷たい冷気が宿っていた!

 

「ボーマンダ、そのまま上空に掬い投げろ!」

 

 ボーマンダはその首をグルンと回すようにしながら、下から掬い上げるような軌道で以て、ルカリオのれいとうパンチを躱しつつ、ルカリオをさらに上へと放り出した。

 

「こっちこそトドメだ! いけ、ボーマンダ! かえんほうしゃ!」

「ルカリオ!! れいとうパンチよ!! 頑張って!!」

 

 グルグルと回転しながら上空へと上がるルカリオに対してかえんほうしゃが迫りくる。

 

「ファ! ファオオオオオ!!」

 

 ルカリオはグルグルと回る視界の中であろうと、それでもかえんほうしゃに迎え撃とうという気構えを見せてくれていた。しかし、その冷気を纏った拳を振りかざそうとしたところで無情にも炎の波に呑まれる。私には最後のその、女の子なのに最後まで諦めることのないその雄叫びが耳に残った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ルカリオを背に乗せたボーマンダがフィールドに降り立つ。ジャッジの人がそのボーマンダに走り寄った。ボーマンダは静かにじっとルカリオを見つめていた。

 

「ルカリオ、戦闘不能!」

 

 ジャッジの判定を受けてボーマンダは一声鳴くと、ユウト君の方に向き直る。彼が頷くとそのままそろそろとボーマンダは私に近づいてきた。

 

「ホォ」

 

 そして、優しげな声で一声鳴いて背に乗せたルカリオを下した。

 

「ファオ」

「マンダ」

 

 やや身体を起こして弱々しい声でルカリオが鳴くとボーマンダも鳴き返す。それにルカリオは口元が緩んでまるで笑ったかのような様子を見せながら身体を横たえた。

 

「ありがとう。ボーマンダ」

 

 ボーマンダは気にするなとでも言うかのように首を横に振るとそのままフィールドの中央に戻っていった。

 

「ルカリオ」

「ファァ」

 

 負けちゃってごめんなさいとでも言っているのが手に取るようにわかる。だけど、私はそんなことはどうでもよかった。

 

「いいのよ。あなたは本当によくやってくれたわ」

 

 私のためにここまで頑張り抜いてみせた彼女に、私は途方もない昂揚感と嬉しさを感じていた。

 

「今はゆっくり休んでちょうだい」

 

 私はルカリオのモンスターボールをかざして彼女をボールに戻した。

 ボールを腰のボールホルダーに戻すと、目を閉じて一度大きく長く、横隔膜を意識して動かすようにして息を吸い、そして同じようにしてまた大きく長く息を吐いた。

 頭の中はさらにクリアになった。

 

「さあ、彼女の頑張りに報いるためにも奮励していきましょう!! 勝負はここからよ!!」

 

 




ルカリオ「かめはめ波!」
シロナ「いいえ、操気弾よ!」
ボーマンダ「いや、ただのはどうだんだぞ」


シロナ
×ルカリオ(カムラの実)、×ガブリアス(ラムの実)、ロズレイド(くろいヘドロ)、ミロカロス(????)、他2体

ユウト
カポエラー(????)、×モンジャラ(しんかのきせき)、ギャラドス(????)、ボーマンダ(????)、他2体

※試合の流れを大まかにあらすじっぽく書こうとしてみましたが、挫折してしまいました。


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第18話 シロナの大逆襲

『シンオウリーグの最後を飾るチャンピオン決定戦! いよいよ中盤戦に差し掛かってきたぞ! ここまでの戦況だが、挑戦者ユウトの残っているポケモンの数が五体! 一方のチャンピオンシロナのポケモンが四体! ということでポケモンの数ではなんとなーんと挑戦者の方が一歩リード! しかし、まだまだわからない! それがポケモンバトルだ! 果たしてこの後、両者どんなバトルをボクたちに見せて、いや魅せてくれるのか!?』

 

 さて、シロナさんが残り四体。加えてその四体のうちのロズレイドは結構消耗しているハズなので、実況の言うとおり、このバトルは中盤に差しかかった。ただ、ここにきてシロナさんの雰囲気が変わったのが気になる。

 はたして、何をしてくるのか?

 

 

「魅せなさい、サーナイト」

 

 

 って、えっ? マジ?

 

「サーナ」

 

 人間に近い容姿。 緑色の髪の様なものがある頭部。下半身は長いスカートみたいなもので覆われているが、そこからたまに少しだけ覗く、細く白い脚。胸部から背中にかけて貫通する赤い突起のような特殊な器官。

 

「(あら、久しぶりね。あなたも試合に出るのね)」

「サーナ!」

 

 そして極め付きがその鳴き声。

 

『おおっと! チャンピオンの五体目はなんとほうようポケモンのサーナイトだ! しかし、あのサーナイトはなにやら挑戦者ユウトに向かって手を振っているみたいだが、知り合いなのか!?』

 

 あれはたぶんラルトスに振ってるんじゃないかな。ラルトスも振りかえしているし。

 

「(あなたも返してあげなさい)」

「えっ? オレ? でも、オレあの子にそんなに何かしてあげたかな。だって、タマゴのときからシロナさんと交換したわけだから覚えていないんじゃない?」

「(いいからするの)」

 

 オレは言われた通り片手を上げて軽く挨拶をする。するとあのサーナイトはオレに向かって優雅に一礼をして見せたのだった。

 

「(今度話を聞きに行きましょう)」

 

 それもそうだ。ラルトスはラルトスで話したいこともあるのだろうが、オレはオレで聞いてみたいことが出来た。

 さて、もう見間違いでもなんでもない。現実とは認識してるんだけど、ゲームっぽいところもあるし、前にバトルしてたときにも入っていなかったから、はっきり言って予想外だったわ。

 

「さあ、覚悟することね、ユウト君! いくわよ! サーナイト、くろいまなざし!」

「サー」

 

 んげ! ボーマンダの周りを黒くて不気味な瞳が幾つも浮かんで取り囲むと、それらが一斉にボーマンダを睨み付けた。

 

『くろいまなざしですか。この技は相手の交代を妨げる技です。もうボーマンダはサーナイトがフィールドから消えない限り、ボールに戻すことができません』

『えー!? それじゃあボーマンダは大ピンチなんじゃ?』

『ですね』

『こりゃあ挑戦者ユウトにとっては非常にマズイ展開、逆にチャンピオンにとっては是非ともモノにしたい展開だ! ますます目が離せないぞ!』

 

 さーて、こいつはまずいぞ。

 サーナイトはラルトスの最終進化系で、タイプはエスパーとフェアリーの二つ。一番のダメージソースになりそうなドラゴンタイプの技がまったく効かず、ボーマンダの持ってる技の中で有効打が期待できそうなものは鋼タイプの技のはがねのつばさかアイアンテールのみ。一方相手は主力のドラゴン技やエスパーの弱点となるはずの悪技を無効化したり等倍に抑えたりする一方、フェアリータイプの技で効果抜群がとれる。相性としてはまさに最悪な状態に位置する。

 あとは、サーナイトは防御が低いことが欠点なので、そこを重点的に狙っていくしかない。

 

「ユウト君」

 

 するとシロナさんが呼びかけてきた。

 

「なんでしょう?」

「このサーナイトはあなたからもらったラルトスが進化したものなの。だから、あなたに感謝するわ。わたしとサーナイトのこの出会いに」

 

 そうなのだ。以前、ヤドンもあげたこともあったが、他にも何体か交換していて、そのうちの一体にオレのラルトスの子供のラルトスもいた。その子たちは何人かと交換、あるいは初心者用ポケモンとして提供したのだが、そのうちの一体があの子だった。

 

「さて、ユウト君。私、あなたに見せたいものがあるのよ」

「見せたいもの、ですか?」

「そう、これよ。博識なあなたのことだから、ひょっとして見覚えあるんじゃないかしら?」

 

 そう言って右手の掌をオレに見せるかのように右腕を軽く挙げるシロナさん。そして手首の黒いファー付きの袖を左手で少し捲った。

 

「え!? そ、それは!? まさか!?」

「(え、なによ? どうしたの?)」

 

 ラルトスの疑問はひとまず置いておいて、そこにあったのは女性らしいか細い鎖状のシルバーブレスレット。アクセサリーとしては華奢さの中に大人っぽさを演出するような綺麗なものだったが、今重要なことはそんなことではない。

 そのブレスレットのちょうど手首の真ん中ら辺になにやら七色に光るきれいな石がはみ込まれていた。その石にはDNAの二重螺旋構造を想起させるような奇妙な模様が描かれている。

 

「それって……それってまさか宝珠キーストーン、ですか?」

「やっぱり。あなたも知っているのね、これを」

 

 カロス地方にはまだ行ったことはないので、直接は知らない。しかし、ゲームにおいてはよく知っていた。当然だ、()()には散々お世話になっていたのだ。

 

「(だから、いったいどうしたってのよ?)」

「いや、予想外な上にかなりの強敵の出現だってことだよ。いいからよく見とけ。あれがお前たちの最終進化のさらに先に進んだ姿なんだからな」

 

 ラルトスを無視するのもいい加減かわいそうだったので、とりあえず、そう返しておいた。正直、口で説明するより見てもらった方が絶対に理解が早いからね。

 そしてシロナさんが左手を右手首の裏に添えながら、右腕を高く掲げた。

 

「あなたを倒すための切り札、その一つ、今ここで、切らせてもらうわ!」

 

 

 ――サーナイト! メガシンカ!

 

 

 そう宣言すると同時にシロナさんの右手首のキーストーンが七色に光輝く。そしてそのキーストーンから黄金色の光が、またサーナイトの全身から青色の光がそれぞれ発せられて、それらが互いの中間地点で混じり合った。そして混じったその光がサーナイトを包み込み始める。

 やがて、その光はサーナイトの全身を隈なく包み隠すと紫の光る球体を形成した。その球体は周りから何かのエネルギーを吸収しながら紫色から薄桃色、そして白色へと変態していく。今度はその球体に大きなひびがあちらこちらに走った。それはひび割れた卵の殻のようであった。

 そして次の瞬間、殻が何かの力で弾き飛ばされるかのごとく、周囲に飛び散った。そしてメガストーンやキーストーンに描かれている七色に輝くDNAの二重螺旋構造模様がサーナイトの頭上に浮かぶが、すぐにそれは空気に溶け込むようにして消えていった。

 

「サァーナ!」

 

 そしてここにサーナイトとは異なる、新たなサーナイトが誕生した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「な、なによ、あれは?」

「お、おい、なんだよ、あれ?」

 

 手には純白のロンググローブのようなものを着け、胸の赤いものが突起のようなものから赤い大きなリボンをあしらったかのようなものに、そしてスカート部分がクリノリンを着用したドレスのような膨らみを持つようになるなど、まるでウェディングドレスでも纏っているかのような容姿にサーナイトが変化した。いや、これはもはや――

 

「うそでしょ? サーナイトが進化するなんて」

 

 あれはもはやサーナイトではない。サーナイトとは違う新しいポケモンだ。

 

『な、な、な、なんだってーーーー!?』

 

 実況をはじめとして会場中が驚きに包まれている。

 

『サ、サーナイトが、進化ぁ!? し、しかし、サーナイトは既に最終進化系だ! こんなのってアリなのかー!?』

『いえ、これはおそらく』

 

 そこに水を差すようなダイゴのさんの一言が会場中を走った。

 

『し、知っているのか、雷電!?』

『いや、だれですか、その雷電って? とにかく、あれはおそらく“メガシンカ”というやつです。ボクも初めて見ました』

『メガ進化? それはいったい?』

『メガ進化ではなくメガシンカです。メガシンカは普通の進化とは違いますので、そう区別しているようです』

『普通の進化とは違う、ですか?』

『ええ』

 

 ダイゴさんの説明ではメガシンカとは『進化の限界を超えた更なる進化形態』みたいなものらしい。そして進化とは違い、この変化は一時的なもので、しばらくすると元に戻るのだとか。この点から“進化”とは区別して“シンカ”としているらしい。

 

『このメガシンカは最初に発見されたカロス地方やつい先日見つかったホウエン地方でもまだ研究が始まったばかりなので、解明できていない点が多々あります。なにせ“ポケモン最大の謎”とまで言われていますから。ただ、数少ないですが、判明していることとして、メガシンカをするには極めて限定的な条件があるそうです。メガシンカしたということはどうやらチャンピオンはその条件をクリアしてみせたようですね。シンオウリーグチャンピオンとしての面目躍如ということですか』

 

 へぇ、そうなんだ。カロス地方にホウエン地方か。たしかホウエン地方はユウトさんの実家もあるっていう地方よね。行ってみたいわね。あたしもユウトさんみたく、いろんな地方を旅して回りたいから、候補に入れとこうかな。

 

「なるほどなぁ。でも、思ったんだが、ユウトさんは知っていたんじゃないかあの様子だと」

 

 シンジの指差す先には、左手を腰に当てて右手で口元を覆う、真剣に考え事をしているときのユウトさんがいた。

 

「メガシンカってのの後、ずっとああだ。もしメガシンカのことを知らなかったのなら、いくらユウトさんでも少なからずオレたちみたいになっていたはずだ」

 

 たしかにそうね。それに思えば順番が違った。確かにめったに見られない心底驚いた表情はしていたようだけど、それはあのサーナイトのメガシンカの前、さっきシロナさんが何かを見せていたときだった。それがメガシンカの後はずっと冷静に、恰もすべてを解き明かそうかというような熟慮な姿勢。これが意味するのはきっとあの人がメガシンカについて知っていたということなのだろう。

 

「……でも、面白くなりそうよね」

「なに?」

「だって、こんなめったに見られない、わからないことだらけが起こるバトルが見られるんだもの。そしてあたしはそれを知りたい。解き明かしてみたい。そうでしょ?」

 

 あたしはこの後の展開を思うと、より一層胸が躍る心境となった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「(なによ、あれ? あんなのに変化できるの、私たちは?)」

 

 初耳かつ初見のラルトスはあの姿に大いに驚いている。まあ現状ではカロスやホウエンでしか見つかっていなかったし、カロス行ってから話そうとも思っていたからしょうがないだろうけどもね。

 それにしてもまさかメガシンカがくるとは思いもよらなかった。いや、ここは大いに反省すべきか? 別に他地方のポケモンや持ち物を使っちゃいけないなんてルールはないし、カロス地方だってちゃんと存在するんだから、そういうこともあると考慮に入れておくべきだったんだ。今後は注意しよう。

 さて、メガサーナイト。タイプは変わらずエスパーとフェアリーの複合タイプ。特性はノーマルタイプの技がフェアリータイプの技になるという『フェアリースキン』。

 そしてダイゴは言っていなかったが、メガシンカが恐ろしいところは、種族値自体が合計百上昇することだ。メガサーナイトの場合、それによって特攻種族値なんかはミュウツーやカイオーガよりも高くなる。

 そしてメガサーナイトの脅威はそれだけでなく、特性とタイプ一致が合わさり、汎用性の高いノーマル技の威力があがることである。例えば、ノーマル特殊技のハイパーボイスが威力およそ百八十、ノーマル特殊技最強のはかいこうせんの威力が三百近く、といった具合にだ。しかもハイパーボイスに至っては、自分のHPを使って実体のある分身を作り出すみがわりという技があるが、これの利点の一つである『大ダメージを食らう攻撃を受けてもその分身が破壊されるだけで本体には影響を及ぼさない』という効果を無視して本体に直接ダメージを与えてくるという厄介な性能を持つ。

 そして今、くろいまなざしの効果でボーマンダは交代を封じられている。相性は極めて不利。

 

「(なるほどね。たしかにあれはすごいわ。でも、わたしたちならこんな程度の困難はいつだって切り抜けてきたのよ)」

「そうだ。よし、やってやろうじゃん。そのくらいのハンデをはね返せてこそ面白いんだろうが!」

「(そういうことよ! で、やることは決まったかしら?)」

「ああ、だいたいはな」

 

 大元の戦略は既に組み上がった。

 

「(あとは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するのね♪)」

「……だいたいは合ってるけど、それ言うの止めて。それ、普通に死亡フラグだから」

「(大丈夫だ、問題ない)」

「全然問題あるから。それもフラグ。お前何言っちゃってんの」

「(勝利の栄光を、君に!)」

「それもフラグ! お前わざとだろ!? ぜってーわざとだろ!? なぁそうだよな、わざとだよな!? つーか何気に会話として成立してるのが腹立たしい!」

「(三回、それドードリオ倶楽部のネタよね?)」

「お前はもう黙ってろ!」

 

 ったく調子が狂うなぁ。まあいい。まずはなにか技を誘うか。

 

「さあいくぞ、ボーマンダ! アイアンテール!」

 

 オレの言葉を合図にボーマンダは宙を滑るように滑空してメガサーナイトに迫る。

 

「マンッ!」

 

 ボーマンダが銀色に発光する尻尾を目一杯しならせた。

 

「サーナイト、かなしばり!」

「サナ」

 

 チッ! 封じられたか。ボーマンダは急に技が使えなくなったことから、フィールドに墜落してしまった。

 

「サーナイト、でんじはよ!」

「サナ!」

 

 そこにメガサーナイトがでんじはを放つ。

 

「今だボーマンダ! ものまね!」

 

 そしてボーマンダはでんじはを食らいつつも、しっかりとものまねででんじはをコピーした。

 

『さあ、始まったメガサーナイトとボーマンダの対決! ボーマンダはここででんじはを受けて麻痺状態になってしまった! やはり相性でボーマンダは苦戦を強いられているぞ! それに弱点を突ける鋼タイプのアイアンテールをかなしばりで封じられてしまったのは痛かった! それにしても、ものまねというのはどういう技なんだ!?』

『ものまねは一時的にですが、相手の技をコピーして自分も使えるようにするという技です。なるほどユウト選手の狙いがわかったような気がしますね』

『というと?』

『ボーマンダではあのメガサーナイトには残念ながら勝てません。しかし、これは六対六のフルバトルですので、何もあのメガサーナイトをボーマンダだけで倒す必要もないわけです。なら、後続で出てくるポケモンのためのサポートに徹しようということでしょう。麻痺状態は後続にとって優秀なサポートとなりますから』

『なるほど!』

『しかし、それもおそらくチャンピオンも見抜いています。サーナイトはいやしのすずという状態異常を回復させる技を持っていますから折を見て回復してしまうでしょう』

 

 うん、思うに他人の戦略をペラペラ喋んなや。オレがもう少し違う手を考えてなかったらバトル妨害もいいところだぞ。

 

「いけ、ボーマンダ、ほえる!」

 

 ということでサーナイトを強制退場させるのを狙う。このほえるは相手のポケモンを強制的に交代させる効果を持つのだ。

 

「させないわ! サーナイト、ハイパーボイス!」

 

 げっ! まさか読まれた!? でも、ほえるで交代に――

 

『まさか!? ハイパーボイスがほえるをかき消しただって!?』

 

 ってなんでだよ!? というかマジかい!? あれか!? あのメガサーナイトのハイパーボイスの方が、威力が高いからかき消したとでも!? でも音の波自体は消えてないよね!? それともほえるとハイパーボイスの音の波の山と谷がちょうど逆で打ち消されてしまったとでも言うの!?

 

「(ちょっと、いいから落ち着きなさいよ! とにかく今はほえるのことは切り替えなさい! ほら、なんだかわからないけど二倍弱点なのにボーマンダはそれほどダメージを負っていないわよ! 今回はそれでいいじゃない)」

 

 そ、そうか。それもそうだな。今はひとまず置いておこう。

 

「サンキュ、ラルトス! よし、ボーマンダ! はがねのつばさだ!」

 

 ボーマンダが宙に飛び上がった。そして、銀色に輝く羽でメガサーナイトに向かって滑空する。

 

「避けなさい、サーナイト!」

 

 麻痺の影響もあり、スピードが落ちているボーマンダの攻撃を、テレポートで以て余裕を見せて避けるメガサーナイト。メガサーナイトがサイコキネシスで宙に浮かんでいるので、ちょうどボーマンダの上を取った形になった。尤も、オレの狙いはここからだ。

 

「ボーマンダ、メロメロ!」

 

 サーナイトを見やったボーマンダがウインク。するとピンクのハートが発生してそれがサーナイトに当たる。ハートはサーナイトに吸い込まれていったが、途端サーナイトの目がハートまみれになった。

 

『おおっと! ボーマンダのメロメロ成功だ! サーナイトはメロメロ状態になったぞ!』

 

 メロメロ状態は五十パーセントの確率で行動不能にさせる。

 そしてボーマンダは滑空を止めて着地。よし、これで――

 

「って、おい、ボーマンダ! しっかりしろ!」

 

 マズイ! ここでボーマンダは麻痺のせいで動くことが出来ないようだった。

 頼む! 動け!

 

「サーナイト、はかいこうせん!」

 

 そしてメガサーナイトの方はメロメロ状態なのに行動不能にならず、はかいこうせんを撃つ体勢に移った。両手を胸の器官に左右から包み込むようにして当てる。すると、そこを中心に光が渦を巻きつつ、集束し始めた。

 

「サーーナーーーー!」

 

 そのままその両手を突き出すと、その手の中で渦巻いて光の塊が薄青い特大の光線となって放たれた。発射されたそれは、レーザーのようにまっすぐ、曲がることなく、行動不能になっているボーマンダに向かっていく。

 

『これはすさまじい! サーナイトのはかいこうせん! ボーマンダ、万事休すか!?』

『威力三百の技か。ロマンですね。それにチャンピオンのサーナイトはメガシンカを完全に使いこなしている。すさまじい』

 

 ダイゴがロマン砲とか言ってる間にも、ボーマンダも身体を動かそうと懸命である。尤も、メガシンカのパワーをきちんとコントロールできているのは流石だとしか言いようがない。メガシンカはいきなり一時的にパワーアップするようなものだが、上がった力をコントロールしきれないということが間々あるからだ。ポケモンが進化した瞬間、トレーナーの言うことを聞かなくなるということも一つにはそれがある。

 だが、あのメガサーナイトはそれどころか、メガシンカのポテンシャルを百パーセント、いやそれ以上に引きだしているように見える。ホント、シンオウチャンピオンマスターという肩書きは伊達じゃない。

 そしてそんなメガサーナイトに相対しているボーマンダは、『それでも!』と懸命な努力で抗ってくれているが、それでももう限界に近い。

 

「マ、マンダーー!!」

 

 その場を動くこともできず、はかいこうせんの光の洪水によって、ボーマンダは身体を余すところなく、それに飲み込まれてしまった。

 

「くっ!」

 

 フィールドはその影響か目を開けるのも叶わないほどの眩さに包まれる。

 だが、それも長くは続かない。

 光の奔流が止んだのを見計らい、ボーマンダの姿を探すためにフィールドに目を凝らす。

 

「ボ、ボーマンダ!」

 

 ボーマンダはなんとか今の一撃を耐え凌いだようだ。しかし、プルプルと震える膝、煙を上げる皮膚、全身の焦げ跡からもうバトルを続行出来る状態ではない。

 

「ジャッジさん、ボーマンダを棄権させます!」

 

 オレの言葉にジャッジもコクリと頷いて判定を下した。

 

 

「ボーマンダ、戦闘不能!」

 

 

 その言葉を受けて、膝をつくボーマンダ。しかし、彼がフィールドに倒れ伏すことはなかった。その様を見届けつつ、オレはボーマンダをボールに戻す。

 

「ありがとう。お前はすげぇよ。よっく頑張った。今はゆっくり休んでいてくれ」

 

 手の平に収まっているボールに戻したボーマンダに対して最大級の労いの言葉が自然と口を衝いて出ていた。

 

「(意地でも倒れなかったってところかしら。いじっぱりの面目躍如ね)」

 

 口ではああ言っているラルトスだが、その常とは違う様子から彼女が本心で言っているのではないとすぐにわかった。

 

「(元より手を抜くだなんてつもりは一切なかったけど、今ここで誓うわ。ユウト、わたしは全力全壊で以てこのバトルに臨む!)」

「ああ、頼んだぞ」

 

 ボーマンダのボールをボールポケットにしまい、オレは次に出す子のボールに手をやった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

『挑戦者ユウトのボーマンダがダウンしたことによって、残っているポケモンの数では互いに同数! そしてチャンピオンシロナはあの強力無比なサーナイトを引っ込めたぞ! どうやら、ポケモンの交代のようだ! さあ、果たして次に出てくるポケモン果たしてどんなポケモンなんだろうか!?』

 

 オレの次のポケモン、それはこいつだ!

 

「ギャラドス、キミに決めた!」

 

 その掛け声とともにフィールドに投げ込まれたモンスターボールから凶暴性で名高いというギャラドスが登場する。

 でも、凶暴凶暴言うけど、オレのギャラドスはコイキングから育てたこともあって、顔は確かに凶悪だけどスリスリすり寄ってくるからかわいいところもある。尤も、本人の前では絶対に口に出して言わない。なぜなら、顔に似合わず(これもアウト)素直というかむしろナイーブな性格をしているらしく、『凶暴』とか『凶悪』とかという言葉でひどく落ち込んでしまうのだ。オスなのになんだか疲れるやつである。

 っと、それはさておいて、シロナさんのポケモンは――

 

「疾風に舞え、バルジーナ!」

 

 って今度はバルジーナかよ。

 

『チャンピオンシロナの六体目はほねわしポケモンのバルジーナだ! たしかこのバルジーナはイッシュ地方に生息するといわれているポケモンだ! さあ、これでチャンピオンのポケモンは六体すべてが判明したぞ!』

 

 結局、トリトドンやミカルゲ、グレイシアはいないか。それにウォーグルとかトゲキッスはどうしたんよ。

 

「あなたを倒すための切り札その二よ。以前仕事でイッシュ地方に行ったときにゲットしておいたの」

「なるほど。まさかバルジーナとは。サーナイトと併せて、意外性抜群ですよ」

 

 バルジーナはイッシュ地方に生息するハゲワシによく似たポケモンだ。タイプは悪・飛行で、HP・防御・特防が高い反面、攻撃や特攻は低いので、耐久よりのポケモンでもある。尤も、わるだくみという特攻を二段階上げる技を持つので、特殊攻撃は得意な部類に入るのかもしれない。

 しかしそれ以上に、バルジーナを最も特徴づけて、かつ最もイヤな技がある。それは――

 

「バルジーナ! イカサマよ!」

 

 このイカサマという技だ。

 

『イカサマですか。これは随分と変わった技でしてね――』

 

 ダイゴの言うとおり、この技は他の技とは一風変わった技で、自分の攻撃能力ではなく、相手の攻撃能力を利用してダメージを与えるというものだ。なので、この技を使ってくるポケモンの前では迂闊に攻撃を積むことができない。それが自分に跳ね返ってきてしまうからだ。特に、ギャラドスの物理耐久は特性『いかく(相手の攻撃を一段階下げる)』で稼いでいる部分も多いので、りゅうのまいを舞った場合、イカサマではねかえってくるダメージがバカにできない。

 また、イカサマは悪タイプの技なので、当然バルジーナのイカサマにはタイプ一致の威力も乗ってしまう。

 

「ギャラドス、イカサマを決められる前に決めよう! ストーンエッジ!」

 

 ギャラドスのストーンエッジとバルジーナのイカサマ。素早さの種族値的にはギャラドスの方が僅かに早いのだが、あのバルジーナには、どうやら僅かに早さで負けてしまっているらしい。バルジーナのイカサマの方が先に決まってしまった。

 

「ギャラドス、バルジーナから一度離れろ!」

 

 ストーンエッジも決まったことで、一度間合いを離す。

 

『バルジーナのイカサマとギャラドスのストーンエッジが互いにクリーンヒット! どちらもまずまずのダメージを食らったようだ! しかし、チャンピオンのバルジーナはさすがしぶとい! 弱点技を食らっているはずなのにまだまだ平気そうだ!』

『バルジーナはもともと耐久が高いですからそれも当然でしょう』

 

 いや。それでも、タイプ不一致とはいえ、高い攻撃からの、たつじんのおびを持った、ギャラドスの物理技で弱点を突いたのにあのへこたれなさは驚異的だ。

 

『ところでダイゴさん、なぜギャラドスはバルジーナから距離を取ったのでしょう!? そのまま攻撃を与えてもよさそうだったのに』

『おそらくユウト選手は、バルジーナの持ち物がたべのこしかゴツゴツメットのどれかだろうと判断したからでしょう。たべのこしは一定時間ごとに体力が回復する持ち物なのですが、それならともかく、ゴツゴツメットは接触技を撃ってきた相手に一定量のダメージを与えるというものですからね』

 

 そういうこと。特にバルジーナは相手を猛毒(一定時間ごとにダメージ量が増えていく毒)状態にするどくどくを持っていることも多いので、案外このゴツゴツメットのダメージはいただけない。

 

「ほんの少し、隙を見せたわね! バルジーナ、いばる!」

「っ、しまった!」

 

 ただ後退するだけだったギャラドスにバルジーナがいばるを決める。それによって憤慨してしまったギャラドス。顔のそこら中によく漫画とかにあるような(いげた)マークが浮かび上がらせ、自分の身体を痛めつけるように暴れまわる。

 

「おいッ! 落ち着け、ギャラドス!」

「たたみかけなさい、バルジーナ! イカサマ!」

 

 攻撃二段階アップでの、混乱自滅ダメージとイカサマのダメージ。

 

「まだ倒れないなんてやっぱりあのギャラドスは強力ね。でも、これでトドメよ! バルジーナ、がんせきふうじ!」

 

 最後に弱点の岩技をもらったギャラドスは、

 

「ギャラドス、戦闘不能!」

 

その流れるような綺麗なコンボがかっちりと決まり、ダウンをしてしまった。

 

 

『シンオウチャンピオン決定戦、ここに来て流れが大きく動いたぞ! チャンピオンシロナの怒涛の連続攻撃と華麗な超速コンボ、そして緻密な戦略でついに逆転! しかし、まだ! まだ、わからないぞ! 激しく動くシーソーのような展開! まだまだこのバトル、目が離せないぜ! そしてバトルはいよいよ後半戦に突入だ!!』




シロナ
×ルカリオ(カムラの実)、×ガブリアス(ラムの実)、ロズレイド(くろいヘドロ)、ミロカロス(????)、サーナイト(サーナイトナイト)、バルジーナ(????)

ユウト
カポエラー(????)、×モンジャラ(しんかのきせき)、×ギャラドス(たつじんのおび)、×ボーマンダ(ヤチェの実)、ラルトス(????)、他1体

カルネさんと被ってるけど、そこはどうしようもなかったんや。メガチルタリス(ドラゴン・フェアリー)の詳細がわかってたらまた違ったものになったと思うんですがねぇ。
ちなみにドードリオ倶楽部はいつぞやのギンガ団2人が解雇された折、さらにもう1人と組んで結成されたお笑い芸人です。


本来は挿話4ではヤドンではなくラルトスに焦点が当たるはずだったのですが、書いていた当時は「フェアリー? もう少し後での登場だろ」と思い、変更。それがまさかここで響いてくるなんて、当時は思いもよりませんでした。



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挿話13 チャンピオン決定戦決着 シロナ

『シンオウチャンピオン決定戦もいよいよ後半戦に突入したぞ! 残っているポケモンの数は挑戦者ユウトが三体、チャンピオンシロナが四体とチャンピオンが優勢にバトルを進めている! しかし、挑戦者もまだまだ逆転の目が出ている! これはどうなってくるのかまったく読めないぞ! まずは次のポケモンでそのチャンスをつかみとれ!』

 

 ふぅ。さっきは気持ちいいくらいにコンボが決まってくれた。このままあっさりいけるかと聞かれればわからないけど、でも流れ的にはこちらに来ている。このままミスをせずに一歩一歩着実に攻めていきましょう!

 ユウト君の次のポケモンはなにか。

 

 

「とうとうお前の出番だ! しっかり決めてこい! ラルトス、キミに決めた!」

 

 

 なっ。ここであのラルトスですって? 

 見れば、ユウト君の肩に乗っかっていたラルトスがピョンと彼の足元に降り立つとスーッと幽霊か何かのようにフィールドの中央に向かって移動し始めた。足で歩いた様子が一切見受けられなかったから、サイコキネシスでも使っていたのかしらね。テンガン山やセレビィのときわたりのときも思ったけど、あのラルトスはそういうコントロールがすごい得意なのでしょうね。

 

『おーっと! 挑戦者ユウトの五体目のポケモンはラルトスだ! さっきチャンピオンが見せたサーナイトのいちばん未進化の状態のポケモンだぞ!』

 

 ラルトスの体高は四十センチほどで私の膝にも及ばない身長である。ここから見ても彼女の姿は本当に小さく見える。

 しかし、なぜか私にはあのラルトスが大きな、それこそシンオウ地方の“屋根”であるともいわれるテンガン山のごとく見えてしまって仕方ない。でも、このプレッシャーに呑まれてしまってはダメだ。これはいつも以上に気合いを入れないと!

 

「まずは私が先手をもらうわ! バルジーナ、イカサマ!」

 

 私のバルジーナならいくらあのラルトスのフェアリータイプの技でも一発では落ちないハズ。ここはひとまず様子見も兼ねて一当てしてみましょう。

 

『強い! 強いぞ、バルジーナ! 先程、ギャラドスをいとも簡単に倒したバルジーナのイカサマがまたまた今度はきれいにラルトスに決まった! ラルトスは一歩も反応できません!』

 

 ……いいえ、きっと違う。違うと思うのだけど……。

 

 今何が起きたのかというと、あのラルトスがほとんどまったくの無抵抗でイカサマを食らったのだ。いや、攻撃とは言い難い微かな動きをしたようにも見えたが、しかし、ほとんど無抵抗といっていい。

 これは私からすれば、それは逆にありえない、と思うものだった。以前バトルをしたときでもまったく勝てなかったあのラルトスがむやみにそんなものを食らうわけがない。

 

『……なんだ? 何を狙っているんだ?』

 

 ダイゴの呟きが今の私の心境だった。

 

 後になって思えば、なんでこんなことに気がつかなかったと叱りたくなるものだった。

 

 そして――

 

「ラルトス、くろいまなざし」

 

――事態は俄かに動き出す。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「なんだと?」

 

 隣のシンジの漏らしたそれは、あたしはおろかこの会場中が共有しているだろう思いだった。

 

「おい、チャンピオンのポケモンが言うことを聞かないとか何の冗談だ?」

 

 というのも今、シロナさんはあのバルジーナというポケモンにいばるという技を指示していた。しかし、シンジの言った通り、バルジーナは微動だにしなかったのだ。でも、ポケモンがトレーナーの指示を聞かないというのはトレーナーのレベルが低いときに起こるものだから、シロナさんにそれは当てはまらないだろう。それにさっきはちゃんとギャラドスに対していばるをやっていたのだ。

 

「……もしかして?」

 

 そんな最中にラルトスのくろいまなざしが決まっていた。これで、ラルトスが引かない限り、バルジーナは交代できなくなった。バルジーナは悪タイプを持つため、フェアリーのラルトスとは相性が極めて不利である。

 

「あ、でもイカサマはやれそうだぞ」

 

 見れば、バルジーナは再度イカサマを放とうとしていた。

 

 でも、ちょっと待って。いばるは出来なかったけど、イカサマは出来た。そしてこのバトルは持ち物を持たせるのはルールで認められている。と、いうことは――

 

「――まさか、“こだわってる”の!?」

 

 その思い当ったことにあたしは思わず立ち上がって叫んでいた。肌がゾクゾクと泡立つような感覚を覚える。周りの目があたしに突き刺さってくるが、そんなものは気にもならなかった。

 

「おい、“こだわってる”ってなんだよ? 何言ってんだ?」

「だから、“こだわりトリック”よ!」

 

 なんでわからないんだ、といった感情を込めて思わず怒鳴ってしまった。

 

 そうこうしているうちにラルトスがかなしばりを決めた。これでもうバルジーナはもう()()()()()()()

 

 (ちなみに思わず怒鳴ってしまったことは)(今となっては反省しています。)

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 しまった! くそったれ! なんてこと!

 

『そうか! あれはこだわり系のアイテムをトリックしていたからだったのか!?』

 

 ダイゴの叫びが一拍遅れて届いてきた。

 

『あのダイゴさん、それはどういうことですか?』

 

 今この場でこの事態を分かっているのは当のユウト君を除けば、私にヒカリちゃん、ダイゴ、それから他の地方から来ているジムリーダーや四天王ぐらいかしらね。

 なので、今の実況の言葉はこのバトルを観戦しているすべての人の内心を代弁しているだろう。

 

『そうですね。まず、トリックという技の説明をします。この技は自分の持ち物と相手の持ち物を交換するという技で、お互いが持ち物を持たせてもよいというルールの下で初めて機能する技です。ちなみに似たような効果の技で、すりかえという技も存在します。つづいてこだわり系の持ち物について。これらは『こだわり~~(なんとか)』という名前が付くのですが、この道具は持たせると、どれかの能力を二倍にする代わりに同じ技しか出せなくなるというメリットデメリットを併せ持った道具です』

 

 見れば、どうやら受け取ったのはそのうちのこだわりメガネという持ち物だった。これはデメリットそのままに、メリットとして特攻を二倍にするといもの。

 さて、通常このこだわり系の持ち物は一つしか技が出せないという、デメリットが相当大きい道具だ。だから、バトルではめったに使われない。

 しかし――

 

『ここで、よく考えてみてください。トリックで以て、そのデメリットを相手に押しつけられたとしたら?』

『そ、それは!? まさか!?』

 

 そう。このトリックで相手にその道具を押しつければ、相手は数多ある技の中でたった一つの技しか出せなくなる。おそらくタイミング的には最初のイカサマでの接触のときにやられたのだろう。「トリック」って言われればまだなんとかなったものを、このギリギリまで隠して相手の動揺と混乱、戦略のミスを誘うという手法は相変わらずといったところ。でも、それが出来るということは、それだけあのラルトスとユウト君の間の絆が深いということを意味している。

 尤も、こっちがイライラするほどニッコリと笑うユウト君にはぶん殴ってやりたくもなる気持ちも湧く。

 さしずめ『守りたい、この笑顔を』というキャッチフレーズが、『殴り倒したい、その笑顔を』といった具合に変わる感じだ。

 

『そっ、そういえばラルトスはつい今しがたですが、かなしばりをバルジーナに決めていましたよね!? ということは!?』

『ええ。バルジーナはこだわり系の持ち物で出せる技を一つに限定され、かなしばりによってその技も封じられてしまった。つまり、もうバルジーナは一切の技を出すことが出来ない。そして交代をすることも出来ない。バルジーナはただラルトスに倒されるだけの的になり下がってしまった。恐ろしいコンボです』

 

 かなしばりは直前に使った技を封じる技であり、交代するしない限り、しばらく時間が経たないと解除されない。そうなればもうバルジーナにはわるあがきしかできず、それで以っていまラルトスに仕掛けにいっている。

 でも、そもそもラルトスがバルジーナとは常に一定の距離を取っているため、その攻撃も一向に届かない。

 一方のラルトスは離れた間合いからのマジカルシャインで着実にダメージを積み重ねていっている。マジカルシャインもムーンフォースと同じくフェアリータイプの技なので、悪タイプを持つバルジーナには効果抜群である。

 そして、とうとうフィールドに倒れこんでしまったバルジーナ。

 

「バ、バルジーナ、戦闘不能!」

 

 かなしばりが決まってしまった段階で、こうなってしまうことは予見できていた。ただ、最初にラルトスが出てきたときに交代しておけばこうなることもなかったと思うと、私は申し訳なさと悔しさでいっぱいであった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「頼んだわよ、サーナイト」

「サァーナ!」

 

 もうこれ以上の出し惜しみはしない。メガシンカした私のこのサーナイトで出来るだけ倒す!

 

「ヤミカラス、キミに決めた!」

 

 彼のポケモンはバルジーナと同じ、悪・飛行タイプのヤミカラス。くしくもさっきとはタイプ的に真逆(まぎゃく)の対峙となった。

 

『挑戦者ユウト六体目のポケモンはヤミカラス! これで両者六体すべてのポケモンが出揃ったぞ!』

『相性不利であるはずのヤミカラスが、メガシンカしてさらにパワーアップを成し遂げたサーナイトに何をしていくのかに期待するところです』

 

 いいえ、ダイゴには悪いけど、あのヤミカラスには何も仕事をさせずに退場させるわ!

 

「サーナイト、ムーンフォース!」

「ヤミカラス、くろいまなざし!」

 

 また、くろいまなざしですって? このバトルではお互いよく使うわね。

 

『おっと! 先に技を決めたのはヤミカラスの方だ! 黒くて不気味な眼差しの数々がサーナイトを見つめている! これでサーナイトはヤミカラスがフィールドにいる限り、交代できなくなったぞ!』

『にしても随分早く技が決まりましたね。ほとんど一瞬でですよ? うーん、いったいなんだ?』

 

 たしかに。ヤミカラスの変化技がやけに早く決まるけど、どういうことなのかしら?

 ……正直イヤな予感もするけど、ここはゴリ押しでいって強引にねじ伏せるしかないか!

 

「ヤミカラス、ほろびのうた!」

「なっ、なんですって!?」

 

 そしてフィールドに不気味な色に彩られた音符の数々がフィールドを狂ったように踊り、明滅する。しかし、それもほんの一瞬のことで、それらは何事もなかったかのように消えていった。

 ……おかしい。

 

『サーナイトのムーンフォースが決まったー! ヤミカラスは大ダメージだ! かろうじてダウンを免れたといったところか!? それにしても今の奇妙な音符はいったい何だー!?』

 

 ムーンフォースがヤミカラスを直撃する前、疾うにほろびのうたをヤミカラスは決めていた。

 

 ……私のサーナイトのムーンフォースが決まるまでに、くろいまなざし、ほろびのうたなんて二つの技が決まっている。

 これは明らかにおかしい。

 

 ヤミカラスの技の出が速い。速すぎる!

 

『あのヤミカラスの持ち物はしんかのきせきではありませんね。しんかのきせきはモンジャラが装備している。となると、おそらくヤミカラスだったら今のサーナイトのムーンフォースには耐えきれません。ところがそれが耐えたとなると、あのヤミカラスの持ち物はきあいのタスキかきあいのハチマキでしょう。発動条件や確実性は異なりますが、共通しているのは、どちらも戦闘不能な攻撃を食らっても、かろうじてそれを回避できるという持ち物です。しかし、ヤミカラスの技が異様に速く決まっているのが気になります。そして何よりほろびのうたです。これはマズイですよ』

 

 持ち物はおそらくタスキの方でしょう。百パーセント発動のタスキと確率で発動のハチマキでは、ハチマキの方が『確実性』という部分でタスキには及ばないからだ。それにヤミカラスの耐久の低さから考えてもやはりタスキの方が濃厚である。

 そしてほろびのうた。これはバトルに出ている全てのポケモンを一定時間経過後に戦闘不能にさせてしまうという恐ろしい技だ。これを回避するには交代するしかない。しかし、今はくろいまなざしで交代できない。つまり、私の残された道は、あと僅かな時間であのヤミカラスを倒して交代することのみである。

 

「ヤミカラス、いちゃもん!」

「チッ!」

 

 またまた、ヤミカラスの技が異様に速く決まった。

 いちゃもんは同じ技を連続で出させなくする技なので、ほんの一時だが、ムーンフォースが使えない。なにか違う技を使えばまたムーンフォースを使えるけど、でも、その違う技を使うという工程は、あのユウト君相手では致命的な隙を晒すことになりかねない。

 

 ……そういえば、あのヤミカラスは変化技しか撃っていない。もしかして、変化技しか速く出せないとか? とするとまさか、あのヤミカラスって!?

 

「まさか、そのヤミカラスの特性は『いたずらごころ』かしら?」

「ご名答です、シロナさん」

 

 くっそ~。『いたずらごころ』ならあの技の出の速さも納得だけど、悔しい~!

 ちなみに特性『いたずらごころ』は変化技の出を速くするという特性で、ユウト君曰く「最も凶悪な特性の一つ」というものだ。私も今まさにそれを体感している。本当に凶悪なことこの上ない。

 

「ならば、行動不能に追い込むまで! サーナイト、でんじは!」

 

 ヤミカラスはあと一発攻撃を当てれば倒せる。

 でも、『いたずらごころ』ならまもるの発動が格段に速い。おそらく防がれてしまう。

 だけど連続でのまもるや長時間のまもるは失敗、というか仮に成功してもまもるの効果が切れるのが速い。ならば、こっちはそれを狙って連続で攻め続けて、そうなった隙に行動不能にしたら、あとは一気に攻め立てるまで!

 ただ、結果はヤミカラスはまもるはせずに、サーナイトのでんじはによって麻痺状態に陥った。これは儲け物かしら。あとは――

 

「ヤミカラス、サイコシフト!」

 

 サ、サイコシフト!? えーっとえっと、ど、どんな技だったかしら!?

 

「自分の状態異常を相手に移すという技です。ちなみにサイコシフトした方は状態異常が回復します」

 

 ってそんな!? せっかく入った麻痺がこっちに!?

 

『ああっと! 麻痺状態だったヤミカラスが回復して、逆にサーナイトが麻痺状態に陥ってしまった!』

『サイコシフトか、なるほど。それにしてもサーナイトはピンチです。もう時間がありません』

 

 ああ、ヤバい! タイムリミットまでもうあと少しだ。

 思うに、ヤミカラスが戦闘不能になることはきっとユウト君の中では織り込み済みなのでしょうね。

 

「一度お話ししましたが、覚えるポケモンもかなり少ないので、この技は個人的には相当マイナーな技だと思っています。バトルでは初めて使った技ですしね。さあ、いっしょにダウンしましょう♪」

 

 そんなのは御免蒙(ごめんこうむ)るわよ! なんとかあと一発入れられれば!

 

「ちょ!? サーナイト!? サーナイト!!」

 

 サーナイトはここに来て、麻痺による行動不能に陥った。

 

「バグりましたね? ではこのラストチャンス、きっちりいただきましょう! おいかぜだ、ヤミカラス!」

 

 ヤミカラスがおいかぜを発生させる。既に退場する気満々ということね。

 

「サーナイト! 最後の最後、かげうちよ! 頑張って!」

 

 この技はゴーストタイプの技でヤミカラスには効果いまひとつなのでしょうが、この技は発動が速いのが特徴でもある。私の見立てでは、決まればヤミカラスは確実に落とせる。

 

「サ、サナッ……!」

 

 サーナイトは痺れながらも、そのぎこちない動きでかげうちを放つ体勢になった。あれはもはや意地で動いているといった様子だ。

 

「カアッ!」

 

 途端ヤミカラスが空中で静止すると、そのままパタリとフィールドに落ちる。

 

「決まった!?」

 

 すわ、かげうち成功かと思った。

 

「サッナッ!?」

 

 途端、サーナイトも同じくピタリと制止する。

 

「サ、サーナイト?」

 

 しかし、サーナイトはそれに応えず、膝から崩れ落ちるかのようにフィールドに倒れ伏してしまった。

 また、それと同時にサーナイトのメガシンカが解けて元のサーナイトの姿に戻る。メガシンカはこんなように、ある程度時間が経つか、自分で解除するか、あるいはダウンしてしまうと元に戻ってしまう。メガシンカが通常の進化(進化してしまえばもう元のポケモンに戻ることはできない)とは違うとダイゴが言っていた点はここにあるのだ。

 

「ま、間に合わなかった……」

 

 それはさておき、まさかここでサーナイトが倒れてしまうなんて。ガブリアスと同じく、大誤算だ。ガクリと肩が落ちてしまう。

 

 

「ヤミカラス、サーナイト! 両者ともに戦闘不能!」

 

 

 ヤミカラスとサーナイトの様子を確認して回っていたジャッジが判定を下した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『ヤミカラス、サーナイト、ほろびのうたの効果発動により両者ダブルノックダウン! 攻撃技も放たれずにこんなことが起こるなんて! こんな展開、いったい誰が予想できただろうかーー!?』

 

 ふぅいー。助かったぁ。なんとか倒せたよー。

 いや、正直結構ギリギリだった。ほろびのうたが決まるまで心臓バクバクだったし。 

 

「(でも、随分余裕そうだったじゃない)」

「あれは演技。トレーナーへの心理的プレッシャーを掛けてミスを誘ってお前たちをサポートするのも、オレたちトレーナーの役割だからさ」

 

 いやー、ピンチの時こそふてぶてしく笑うってのは大変だった。弁護士や検事以外に、トレーナーにも必要なスキルであるとはっきり分かる。

 

 さて、これでいい形になった。

 

「(見えたの、勝ち筋が?)」

「おおよそな。あとはそれを何とか手繰り寄せて掴みとるだけだ。あ、悪いけど、たぶんお前の出番はもうないかもな」

「(……しょうがない。我慢するわ。代わりにまた新しい地方に連れてってよ)」

「それはモチ! いっしょに行こう! まあ、先にシロガネ山に行って、レッドさんに勝負を挑むけどな! さあて、勝ちにいくぞ!」

「(ええ!)」

 

 次のポケモンといえば、もうコイツしかいない!

 

「カポエラー、キミに決めた!」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「いらない?」

「ええ」

「と、言われても困るのよね」

 

 シンオウポケモンリーグスズラン大会もすべての日程を消化し終え、残すはこの閉会式のみ。

 今はこの、私の目の前に立つ新チャンピオンに対して旧チャンピオンである私が優勝旗であるチャンピオン旗と賞状、トロフィーを渡すというときであった。ちなみにこういうことはタマランゼ会長がやることだと思うんだけど、『旧チャンピオンから新チャンピオンへ受け継がれること』を大事にするというシンオウ地方での伝統でそういったことになっている。

 

「だって、オレここでチャンピオンになるつもりなんてありませんし、たとえもらっても返上しますよ」

「……やれやれ、まあ、しょうがないか。あなたなら何となくそうする気もしていたし」

 

 実はこの閉会式が始まる前に、ポケモンを回復させるための時間を取っていたため、その空き時間を利用して私はヒカリちゃんといっしょにユウト君に会いに行ったのだ。そこでこの後の粗方のことは聞いていた。もちろんそれ以外の用事も済ませたが。

 

「でも、どうするの? 周りはあなたを逃がす気はないみたいよ」

 

 この大会が始まった当初はダイゴ、グリーン君、シルバー君、リーフちゃんしか来ていなかったけど、今はイッシュやカロス以外の地方の主だったジムリーダーや四天王、チャンピオンすらもここに来ていて、それぞれ出口を見張っている。

 

「そうですねぇ。ま、一応何とかする考えはありますよ、な、ラルトス」

「(そういうことよ)」

 

 ユウト君の肩に乗ったラルトスがさっき同様胸を張って答えていた。

 

「そう。まあ、さっきも言ったけど私はあなたの手助けはしないけど、リーグの方の手伝いもしないから、うまくやりなさいね」

「それだけで十分ですよ。ありがとうございます」

 

 そしてチャンピオンの引き継ぎも終わり、今度は新チャンピオンのスピーチとなった。

 

『みなさん、オレがホウエン地方ハジツゲタウン出身のユウトです。では、みなさん、大声で返事をしてください』

 

 そして彼は一度大きく深呼吸した。この会場にいる観客は彼がどんな言葉を言うのかを今か今かといた心境で待ちわびているといった様子だ。

 

『みんな、ポケモンは好きですかー!?』

 

 瞬間、今まで聞いたことがないような割れんばかりの歓声が沸き起こった。おそらく落雷が間近で起こるよりも大きい。耳にお腹に骨に全身にと響くような大音声だったからだ。それに彼は非常に満足そうな表情をしていた。

 

『ありがとう! さて、オレがこの場にいられるのもポケモンたちがいたからだと思っています! いや、彼らといっしょだったからここまで来ることができたのだと確信を持って言えます!』

 

 大きな拍手と歓声が沸き起こると同時に、おそらく会場中が思っているだろう声が沸き起こった。

 

『強くなるために何をするか、ですか? そうですねぇ』

 

 その言葉で会場が静かになった。きっと耳を大きくして一言も聞き漏らすまいと思っているのだろう。

 そして彼は左手を挙げて、人差し指を立てた。

 

『とってもカンタンですよ! それは――』

 

 

 ――ポケモンをずっと好きでいること!

 

 

『これだけです。これだけなんですよ、ホントに。ポケモンに愛情を持てば、ポケモンをより深く知ろうとする。そうするとそれまでには見えなかった新しいものが見えてくるんです。例えばのんきな性格のポケモンだったら、防御が他よりやや高くて素早さが他よりやや低くなるとかそんな感じで。ですから、みなさん、ポケモンを好きでいましょう! ポケモンを愛してあげましょう!』

 

 最初は呆気にとられてダウンした空気だった会場が、いまややる気に満ち溢れた空気に変わっていた。

 

『そして、みなさんにはこの言葉を贈ります』

 

 

 

 ――強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手

 ――本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき!

 

 

 

『いい言葉でしょ? オレの座右の銘なんです。オレはこの言葉を一生の目標としてこれからも頑張っていきます! じゃ、バイバ~イ! ラルトス、行くぞ!』

「(オッケイ! いくわよ、ユウト!!)」

 

 ラルトスがジャンプすると途端何かの光(おそらくはテレポート)に彼らが包まれて、そして一瞬のうちにその場を消え去った。

 

「あ~あ、どうすんのよ、この空気」

 

 会場は、最初は何がどうなったのかわからないという空気だったのだが、それがやがて新チャンピオンが突如消え去ったということで大混乱を巻き起こし始めた。

 一方、リーグ関係者は最初からこの事態に、御冠な人と半ば諦めが混ざっている人、捕まえられなくてよかったという人で分かれていた。尤も、後二者の方が前者よりも多いみたいだったけど。

 

「ただ、これ私にも火の粉が飛んでくるわよね。目の前で逃がしちゃったんだから。もう、彼に何かしてもらわないとやってられないわ」

 

 私は先程彼に首からかけてもらった、不思議で、とてもまるいおまもりと光輝くおまもりに手をやってこの後のことに思い馳せた。




シロナ
×ルカリオ(カムラの実)、×ガブリアス(ラムの実)、×ロズレイド(くろいヘドロ)、×ミロカロス(????)、×サーナイト(サーナイトナイト)、×バルジーナ(ゴツゴツメット)

ユウト
カポエラー(????)、×モンジャラ(しんかのきせき)、×ギャラドス(たつじんのおび)、×ボーマンダ(ヤチェの実)、ラルトス(こだわりメガネ)、×ヤミカラス(きあいのタスキ)


シロナ戦のメインは終わりですが、残りのほんのあと少しは次話で。
ということで、シロナ戦はあともうちっとだけ続くんじゃ。


こだわり系のアイテムを一.五倍強化から二倍強化に変更しました。さすがに一.五倍のままでは、たくさんの技を使えるこの世界では縛りがきつ過ぎると思ったので。
後半は適当っぽくなってしまってスミマセン。



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挿話14 夢を追いかけろ! ヒカリ

これでシロナ戦とプラチナ編のラスト


 シロナさんとユウトさんのバトルも終わった後、少しの空き時間を利用して席をはずしていたあたしは、スタジアムの観客席上の通路から、シンジの姿を探した。 やがて、その彼の姿を見つける。ちゃんと荷物を置いて席を確保してくれていたようで、ホッと胸をなでおろした。そのまま通路を駆け下りる。

 

「おい、どこ行ってたんだ?」

「うん、ちょっとね。いろいろ」

「ああそう」

 

 シンジの問いにそう曖昧な返事を返して、あたしはそこに腰を下ろした。

 フィールドを見下ろすと、さっきまでのバトルではなかった仮説のステージみたいなものが設置されていて、ちょうどこれから閉会式が始まるというところであった。

 そして、偉い人のお言葉から、授与式、そしてユウトさんのスピーチも恙無く終わり――

 

「おいおい、どうなってんだ、これ!?」

 

 でもないか。あの人らしいといえばらしい。思わず苦笑いが零れる。

 尤も隣のシンジや、あるいは会場に詰めている観客、それからおそらくはテレビやモニターの向こうでこれらを見守っていた人たちは、ユウトさんが消えたことで驚きに満ち溢れているに違いない。

 でも、あたしにはそれはあまり気にならず、唇を触って感触を思い出しつつ、さっきまでのことを思い浮かべていた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「カポエラー、キミに決めた!」

「波濤に踊れ、ミロカロス!」

 

 フィールドには図鑑紹介などでは頭部のとんがり帽子みたいなので逆立ちしている姿なのに、実際は直立で左右にステップを踏んでいることが多いというカポエラーとその細長い魚のような身体で下半身は七色に光る鱗をもつというミロカロスが現れ、お互いを見据えていた。あのカポエラーは特性が『いかく』だったみたいだが、ミロカロスにとってはあまり意味もない。むしろあのミロカロスが『かちき(何らかの能力が低下すると特攻が二段階上がる)』だったら、カポエラーの方が危うい。

 

『バトルはいよいよ終盤戦! 水タイプのミロカロスに格闘タイプのカポエラー、相性による有利不利はない対面! はたしてどんな技が飛び出すのか!?』

 

 いえ、味方全員の素早さを短い時間でも二倍にする効果を持つおいかぜのサポートがある分、カポエラーの方が若干有利。今、実況の人もその辺をダイゴさんに訂正させられていた。

 そして先手はカポエラーが取った。やっぱり、おいかぜのサポートがかなり効いている。

 

「いけ、カポエラー! かたきうち!」

 

 カポエラーがひっくり返って逆立ちの状態になると何かの白い光がカポエラーの胸から飛び出て四散するとそれがまたカポエラーに吸い込まれていった。すると全身が赤く光だすカポエラー。そのままミロカロスに突撃していって、かたきうちを決めた。辺りは夕暮れに桜の花びらが舞う中、刀による居合抜きが決まったかのような幻想が見えた。尤も、居合抜きが決まった後かのように静かに佇むカポエラーは現実のことだった。

 

「お、おい! なんてこった……!」

 

 そしてミロカロスはフィールドに倒れこんでいった。

 

「ミ、ミロカロス、戦闘不能!」

 

 ミロカロスの様子を見に行ったジャッジがそう判定を下したのだった。

 

『なっ!? 一撃!? たったの一撃でダウン!?』

『かたきうちは味方が倒された直後の一発限りですが、威力が二倍になりますからね。それと光が出て吸い込まれていったのはジュエルを使ったとき特有の現象です。タイプと光の色から判断するにあれはノーマルジュエルでしょう。ちなみにジュエル系は一回だけその技の威力を一.五倍に上げる持ち物です。今回はそれで、かたきうちの威力を上げたのでしょう。それにたまたまですが、あのかたきうちが急所にでも当たったのかもしれません』

 

 とまああたしもだいだいダイゴさんの意見と同じである。

 

 

 そして次に出てきたシロナさんの最後の一体であるロズレイドは、そのままおいかぜによるサポートを受けてのカポエラーのつばめがえしの連打を浴びて、ダウンしてしまった。

 

 

「そこまで! これにてチャンピオンシロナの六体のポケモンがすべて戦闘不能となりました! よってこのバトル、ホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユウト選手の勝ちとします!!」

 

『決まったーーーー!! この十年現れることのなかったこのシンオウ地方の新チャンピオンが、今ここに誕生!! その名もホウエン地方ハジツゲタウン出身、ユ・ウ・トだァァァーー!!』

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ああ、いたいた。ユウトさーん!」

 

 選手控室ではなく、単なる薄暗い通路で待ち合わせという、何ともロマンチックの欠片もない場所であたしはユウトさんと合流した。あたしの隣にはシロナさんもいる。

 

「ユウトさん、おめでとうございます!」

「そうね。ユウト君、新チャンピオン、おめでとう。いいバトルだったわ」

「ありがとうございます、二人とも」

 

 それからはそれぞれの健闘を褒め称えるような会話だったけど、

 

「急にゴメン、二人に伝えておくことと渡しておきたいものがあるんだ」

 

ということで、この場を設けたユウトさんに話を聞くことになった。

 なんでも、いつも逃げ出すユウトさんにさすがにリーグの方も対処を考えたらしく、リーグ終了後にユウトさんを一時拘束するなんて話が持ち上がっているらしい。それから逃れるために、閉会式で大々的に姿を消すんだとか。

 

「ということで、二人とはここでお別れです」

 

 その言葉にあたしたちは思わず、

 

「やぁれやれ……」

「はぁぁ……」

 

海よりも深そうなため息をついてしまった。で、

 

「言いたいことはそれだけなの?」

「あたしたちのときめきを返してください」

「ていうか、何もこんな場所で言わなくてもいいことなんじゃないの?」

 

といった感じに少しいじめていたら、ユウトさんも反省してくれたみたい。ホント、少しは乙女心を分かれっつーの。

 

「で、これからどうするつもりなんですか?」

「とりあえず、シロガネ山に向かうよ。そこでレッドさんに勝ってくる」

「その後はどうするの?」

「実家にいったん顔を出してちょっとホウエンで用を済ませた後は、行ったことのない地方、たとえばイッシュ地方とかカロス地方を旅してまわると思います」

 

 そっか。やっぱそうだよね。なんかそれでこそユウトさんだと思ってしまった。そしてそんなユウトさんみたいに――

 

「あの、ユウトさん」

「ん? どうした、ヒカリちゃん?」

「あたし、あたしもあなたみたいに各地方を巡って旅をしてみようと思います」

「そっか。なら、どこかでばったり会うかもね」

「かもじゃないです。会いますよ。いえ、会いに行きます!」

「そっか、楽しみにしてる」

 

 グッて軽く拳を差し出されたので、あたしも同じようにして拳を差し出した。コツンと当たったときのあの固さとともに、あたしたちはつながっているんだという感触が全身を駆け巡った。

 

「ねえ、ユウト君、私の新しい目標よ、聞いてくれる?」

 

 あたしたちは、今度はシロナさんの方に向き直った。

 

「私はひとまずもう一度修行しなおすわ。そして次のシンオウリーグでぶっちぎりの優勝を飾ってみせる。その後はユウト君、あなたを超えていくわ。これが私の目標よ」

「あれ? 師匠に弟子は勝てないのは道理だと思いますけど?」

「弟子は師匠を越えていくものよ? 昔からのお約束でしょ?」

 

 そしてあたしたちと同じく拳を突き合わせていた。

 ……いいなぁ、このやり取り。なんかカッコイイ。ライバルって感じで。あたしにはまだライバルというには若干遠い……。

 

「それなら! あたしもいつかはユウトさんに追いついて! ううん! 追い抜いてみせますよ!」

 

 道は果てしなく遠く険しい。それに到達点(ゴール)なんかないのかもしれない。でも、あたしは傍にポケモンたちがいてくれるなら、たとえなんであろうと、乗り越えてみせるわ!

 

「そっか。楽しみにしてますよ、二人とも」

 

 スッと、ユウトさんは、今度は三人の立ち位置のちょうど中心に拳を差し出した。

 

「首を洗って待ってなさい」

 

 シロナさんが、それに合わせて、ちょうど正三角形の一辺を作るかのようにして、同じく拳を差し出した。

 

「ハイ!」

 

 最後にあたしが欠けている三角形の一辺を付け足した。そして三人で同じタイミングで弾みをつけて振り上げた。いわゆる「あたしたちはずっと仲間だ」というポーズである。でも、それだけじゃ、ねえ……。

 

「オレたちはこれからもこの絆を大切にしていきましょう!」

 

 ……うーん、ニブイ。なんでわからないかなぁ。

 

「……そうそう。これ、あなたに渡しておくわ」

 

 シロナさんは頭を押さえながら、そう言って取りだしたもの。

 

「これ、ライブキャスターじゃないですか」

 

 それは以前『シロナさんに返しておいて』とユウトさんにあたしが頼まれていたものだ。一旦その通りにしたけど、あたしたち二人で話し合った結果、いつでも連絡が取れるように持たせておこうという話に落ち着いたのだった。

 

「私たちからの餞別ってことで受け取ってちょうだい。それとあなたのためにも基本的には私たちの方から連絡はしないから、たまにはあなたの方から私たちに連絡寄こしなさい。できれば会って、バトルもしたいし、あなたの“ポケモン講座”も聞きたいわ」

「二人にはもう基本的なことは全て教えましたよ。二人はもう、自分自身で戦法を探って戦略を立てるという段階です」

「バカね、まだわからないの? そういうことじゃないわ、ちょっとこっち来なさい。ヒカリちゃん」

「ハイ!」

 

 そうしてシロナさんがユウトさんの腕をつかんだ。あたしも反対の方をつかむ。

 そしてシロナさんと同じタイミングでユウトさんの腕を引いた。

 ここまでを自分でも驚くほどのスピードで成し遂げ、そしていきなりのことでバランスを崩したユウトさんはあたしたちに寄り掛かってしまい――

 

 

「――今日はこれでカンベンしてあげるわ」

「――です!」

 

 

 一歩引いたあたしたちをよそに、何をされたのかわからないといった様子のユウトさんは、自分の額、それから頬を撫でるように触る。

 

「マ、マジ?」

 

 ようやく絞り出したというその言葉に返す言葉は決まっている。

 

「マジよ、マジ。わるい?」

「本気ですよ」

 

 これしかない。

 

「……い、いや、ごめん。正直ずっと一緒に旅してたけど全っ然気がつかなかったよ」

 

 そんなのはもう知ってましたよー。でも、申し訳なさそうに言うその姿勢に少しは溜飲が下がる思いだった。

 

「そうだ。ホントは手紙だけ渡そうと思ってたんだけど、これも渡しておくよ」

 

 そう言って渡してくれたものは――

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 

ヒカリちゃんへ

 

 

 いきなりで悪いけど、旅に出ます。

 理由? 理由はそうだね。別にリーグの仕事がイヤってわけじゃないんだよね。それはそれで大切な仕事だし、むしろオレはリーグに戻ったら、今のポケモンバトルの主流を変えていこうと勤しんだりするんじゃないかって思ったりもしてるよ。

 たださ、知ってる? 以前ポケモンは五百種類近くいるって教えたけど、それはカントー・ジョウト・ホウエン・シンオウ・ナナシマに生息してる数だけであって、この世界中で数えると七百を超える数のポケモンが生きているんだ。そしてそれに伴って新しい技、特性なんかもどんどん見つかってる。それに今までに知られてるポケモンでも、新しい技を覚えたり、今までと違う特性を持っていたりすることもあるんだ。メガシンカだってその一つさ。それにホウエンには新しくゲンシカイキなんてのもあるらしい。

 で、オレはそのポケモンたちに会ってみたい。そしてゲットしたポケモンたちで、「いかにしてその捕まえたポケモンたちでバトルに勝つことが出来るのか」っていうのをいろいろ試して考えてみたいんだ。

 それだけあれば、きっと今までじゃあ考えられないような戦略や戦法だってきっとできたりするよ。

 だから、それを駆使してオレはバトルに勝つ。

 

『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう努力するべき』

 

 これがオレの信念だからね。

 

 そういや、ヒカリちゃん、トレーナーならいろんな地方を旅してみるといいよ。それまでには見つけられなかった新しい発見とかがあるかもしれないから。

 それにいろんな地方を旅してればオレと会ったりするかもね。そんときはまたこの前のときみたいな燃え上がるようなバトルしよう!

 

 じゃ! 元気で!

 

P.S.

 ちょっとした頼みなんだけど、シンジ君にオレが教えたことを教授してあげてくれないか。シンジ君の頼みを途中で投げ出してしまったようなものだからね。

 それに人に教えるということは、ヒカリちゃん自身のためにもなるからね。なんだったら、ジュン君やコウキ君にも教えてあげてもいいかも。二人ともヒカリちゃんと幼馴染なんだから、ヒカリちゃんにおいていかれることはライバルとして悔しいはずだからね。

 んなワケで一つ頼むよ。

 

 

 

 ハァとため息をつきながら綺麗に手紙を折りたたんだ。まぁ、あの人の頼みだから引き受けることも吝かではない。

 そしてあたしは、ユウトさん、あなたに絶対に追いついてみせる!

 

 あたしの目標はあなたみたいになることだから――!!

 

 

 

 

「なんて書いてあった、手紙?」

「えっ?」

 

 文面に落としていた視線を上げて、横を見てみればシロナさんがいた。周りには誰もいない観客席。

 

「いえ、おそらくシロナさんと同じなのでは」

「そうよね。彼のことだもの、なんとなくわかるわ」

「で、随分と長い間耽ってたわね。隣にいたシンジ君て子が心配してたわ。で、彼だけど、私と二人で話をするってことで先に宿に帰したわ」

 

 聞いた自分の醜態とフォローに痛み入る思いだった。

 

「何考えていたの?」

「いっちゃったなぁ、と」

「そうね」

「それとあたしも頑張らなきゃ、と」

「そうね」

「それと……たとえ一時(いっとき)でも別れるのは……ツライです」

「うん」

 

 いままではすぐそばにいてくれた。とても頼もしい人だった。厳しいときもあったけど、でも、とても優しい人だった。いろいろ助けてくれた。だから魅かれた。

 そんな人が今は隣にいない。いてくれない。湧きあがる寂しさは消えなかった。

 

「でも、また会えるわ。あなただって言ったじゃない、絶対に会いに行くって。なにも永遠の別れじゃないんだから。そして会ったときに、それをぶつけてやればいいのよ『なにあたしみたいな良いオンナを放っておいてるんだー!』って」

 

 その最後の叫びに、妙に気迫が籠もっていて、あたしは思わずクスリと漏らしてしまった。

 

 うん、会いに行こう! そして会って

 

「一発ビンタですね!」

「二十発ぐらいでいいんじゃない? 私は馬鞭でも持っていくけど」

 

 ……馬鞭って、それ死んじゃうんじゃ――

 

 ――あっ! 一つ、思い当ることがあった。あって、しまった。

 

「シロナさん、聞いてください」

「なに?」

「あのヘタレ」

 

 

 

 ――あたしたちの告白に返事してくれましたかね?

 

 

 ――してないわね。あのクソガキ

 

 

 

「シロナさん、あたしの分も用意しておいてください」

 

 いやさ、プレゼントもらって浮かれてたのはともかく、なんで気がつかなかったのかしら。

 

「わかったわ。知り合いにそういうの詳しいのがいるからすぐ用意できるわ」

 

 

 よかった。

 とにかく。

 

 覚悟しておけよ、あのヘタレ!!

 

 ぜってー、追いついてやんからな!!

 




シロナ
×ルカリオ(カムラの実)、×ガブリアス(ラムの実)、×ロズレイド(くろいヘドロ)、×ミロカロス(たべのこし)、×サーナイト(サーナイトナイト)、×バルジーナ(ゴツゴツメット)

ユウト
カポエラー(ノーマルジュエル)、×モンジャラ(しんかのきせき)、×ギャラドス(たつじんのおび)、×ボーマンダ(ヤチェの実)、ラルトス(こだわりメガネ)、×ヤミカラス(きあいのタスキ)


ようやく、シロナ戦も終わりました。
この5話で文字数が45000字越えとか思った以上に長かった。
フルバトル書くのきつ過ぎワロタwww

ワロタ......

そしてこんなバトルばっかのSSにお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

正直、しばらくバトルはもうお腹いっぱいです(でも、前のはバトルけっこう続いているんですよねー)
まあ、あとで考えましょう。

さて最後はかなりふざけてしまい、スミマセン。彼が変な趣味に目覚めないように祈りましょう。


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外伝
外伝1 ヒカリ Four years later


コトネ(HGSSの女主人公)初登場


 みなさん、お久しぶりです。ヒカリですよ、と。

 

 さて、あのシンオウリーグスズラン大会からすでに四年ほど経過した。おかげでもうすでにあたしは出会った頃の彼の年齢と同じになってしまっている。あ、言っておくけど、年齢とかは聞くんじゃないわよ?

 

 さて、そんなあたしは現在、ジョウト地方という地方で旅を続けている。

 

「へぇ、32番道路っていうのね」

「ポチャー」

 

 相棒のポッチャマも一緒。そうそう、今の現在地をライブキャスターで確認してみよう! ちなみにこれ、だいぶ前に拡張機能がついて、その地方のポケモンセンターに寄って手続きをするとマップ等がダウンロードされるのである。

 

「えーと、北は今朝出発してきたキキョウシティ、北西にはアルフの遺跡、南にはつながりの洞窟か。次のポケモンセンターまではまだあるわね」

 

 尤も、ずっと歩いていれば日没前には余裕を持って着きそうだ。その後はつながりの洞窟を抜けてヒワダタウンを目指していくつもりである。ヒワダジムへの挑戦も勿論する予定である。

 さ、張り切っていきましょ――

 

 

「もお! 待ってくださいよー、センセー!」

 

 

 ちっ! もう追いついてきやがったか。

 振り返ると、ドドドドドという効果音と大きな砂埃と共に走り寄ってくる人間、ではなくなんらかのおぞましい物体、もといクリーチャー。

 

「ポッチャマ」

「ポチャ!」

 

 あたしの声にポッチャマはフンと鼻息荒く、既にアレの排除の準備が完了したようである。

 

「センセー、私を置いて行こうなんてヒドイじゃないですか! あぁ、愛しのセンセッ!」

 

 そうほざいてあのクリーチャーがあたしに向かってダイブを敢行してきた。

 

「今よ、ポッチャマ!」

「ポッチャマー!」

 

 ポッチャマがやったのは掛け値なし、全力全壊のハイドロポンプである。人間にやるな? お生憎、人間に対してはかいこうせんぶっ放す奴だっているし、それにあれは人という形を被った何かなんだから、別にかまわないのよ。

 

「ギャオオオオオオオオス!!」

 

 ポッチャマのハイドロポンプで吹き飛ばされていった変態女はそのままお空に向かって飛んでいき、そのまま、キラリと輝くお星様になった。よかったぁ、これで悪は退治された。

 

「――もぉう、ヒドイじゃないですかぁ、セェ~ンセ」

 

 突然耳元で聞こえる甘ったるい声。それによって全身を悪寒がかけぬけた。

 

「ポッチャア!?」

 

 ポッチャマの驚きと粟立つ肌を抑えつつ振り返れば、

 

「なんであたしたちの後ろにさも平然として突っ立ってんのよ、アンタはァ!?」

 

ハイドロポンプで綺麗さっぱりに消し飛んだはずのクリーチャーがそこにいたのだった。その恍惚とした表情に思わず二、三歩下がってしまう。

 

「なんで!? ウソでしょ!? どうなってんの!?」

「いやだなぁ、センセ! みがわりですよ、みがわり、私のマリルたんの」

 

 んな!? なんでポケモンの技が人間に適用されるのよ!?

 

「ハァ、愛しのセンセ」

「ぐぇっ」

 

 そういって抱きついてくるこのド変態。やばい……! 力が、強くて……離せない……!

 

「ええい! いい加減にしろ、このド変態のレズっ気女! まとわりつくな! 気持ち悪い! 離れろ、このアンポンタン!」

「ハァァ、センセェ、そのツンデレ、超グッドですよぉ。それにすごくいいにおい。スー、ハー、スー、ハー」

 

 ひえええええ! 気色悪いいいいい! 胸元にコイツの息が、生暖かい息が!

 

「ハァァァ、おっぱいもいい感じに結構大きいですし、このプリプリのお尻もキュートです。ていうかスタイルいいですよね? なにやってるんですか?」

 

 そうして後ろにまわした腕の内の片方でさわさわと触ってくる。ちょっ、キサマはチカンかよ!?

 

「や、やめ! んはぁん、ちょ、どこ触って! んっ、だめ、も、揉まないでっ」

「ハァハァ、や、ヤバい。かわいすぎるっ。 も、もう食べちゃいたいっ。ぬ、脱がしてもいいですかっ。おそってもいいですかっ。えっ、いい!? いやったっ。許可は取りましたよ!」

 

 だめ、このままじゃ、おかしくなる……! も、もう、もう限界……っ!。

 

「お願い、エーフィ! こいつを、早く何とかしてぇぇぇぇ!!」

「フィィィ!」

 

 そしてボールから颯爽と登場したエーフィ。

 

「お? およ? あらっ? ちょっ!」

 

 エーフィのサイコキネシスで引き剥がすことに成功した。

 

「ハァ、ハァ、き、気色悪かった……」

「アアン、涙ぐむセンセも、ス・テ・キ!」

 

 昔、携帯電話を使った未来予知能力者たちのサバイバル・ゲームのアニメを見たことがあるが、あれのヒロインが最初の方で主人公に見せるあのポーズそっくりなものが、今、目の前に体現されていた。あの恍惚な表情までそっくりである。

 正直マジでシャレにならない。貞操どころか、下手したら命すら危ないんじゃないかと思ってしまった。

 

「ヒッ、ヒィッ! エ、エーフィ! サイコキネシスでこのバカでヘンタイでゴミ虫以下のチリに等しき存在を捩じ切りなさい!」

「フィー!」

「え? ちょっ! センセ、それヒド!? ってアイタタタタタタタ! 痛い、痛いです、センセー! 捻じれてます、捻じれてます! 人間、何かいけない方向に捻じれてます!」

「そう!? なら違う刺激も必要ね! ポッチャマ、くさむすび!」

「ポチャ! ポチャチャチャチャ!」

「えっ? ちょ、なんですか、このくさむすび!? くさむすびって相手の足に草を結び付けて倒す技でしょ!? なんでそれが縛られて、何度も地面に叩きつけられるような技になってんの!? セ、センセ、センセ! 助けて、助けてください!」

「うるさい! だまりなさい! 都合のいいこと言ってんじゃないわよ! 頼まれた手前、あたしがキサマを正常に戻してやろう! うまくいけばだけどね! ピカチュウ、出てきて!」

 

 そしてピカチュウ様降臨。

 

「ついでに、電気ショックも加えてあげるわ、感謝しなさいよね! ピカチュウ、最大威力でかみなり!」

「ちょっお! センセ! それ、マジにシャレになってないです! センセー、お、お助けを~~~~~~!」

「問答無用! ピカチュウ、GO!」

「ピ~~~~~カ~~~~~、チュウウウウウウウウウウウウウウウウ!」

「ウッヤーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「うぅ、センセェ、ヒドいじゃないですかぁ」

 

 涙目で怒るこの女。

 だが、ここで気を許してはいけない。ここで不用意に近づくとまたさっきみたいなことになるからだ。

 

「ったく。いつまでネコ被ってるのよ!」

「だってセンセーが私のこと置いてくから」

「アンタがすべての原因でしょうが!?」

 

 ああ、そうそう。このド変態女のことを紹介するのを忘れてたわ。

 この女はコトネと言ってワカバタウンに住むウツギ博士の娘さんの一人。ウツギ博士にはシロナさんやグリーンさん、リーフさん、オーキド博士経由で知り合っていたので、カントーとジョウトを結ぶトージョーの滝経由でワカバタウンに立ち寄ったとき、挨拶に行ったんだけど、そのときに知り合った、いや、知り合ってしまったのだ。

 

「え、尻合い? もう、センセってばエッチなんですから! コトネはいつでもバッチ、ゴハァ!?」

 

 うん、思わずその辺にあった石ころで以て殴りつけてしまった。

 え? 殺人? 大丈夫、コイツの耐久力は並みじゃないから。こんな程度じゃ死にはしないから。

 

 さて、話が脱線してしまったけど、コイツはウツギ博士の娘。

 ウツギ博士は二人の娘さんをもつパパさんで、姉がゴールドさんの恋人になったクリスさんで、妹がコレ。ちなみにゴールドさんとは幼馴染ですと本人は言っているけど、ゴールドさんの方は、聞いてみたところ、それを頑なに否定。

 まぁ、この惨状を見れば、ねぇ。そして姉にもひっついてくることが多いらしく、クリスさんは旅立ってから一度も帰ってきてないんだとか。

 間違いなくコレが全ての元凶ですね、わかります。

 おかげでウツギ博士も頭を悩ませていたそうだ。

 

 そしてあたしがコイツと不本意ながらいっしょに旅をしている理由なんだけど、ウツギ博士からの依頼ということで引き受けた。

 ところが、それはなんと表の理由。

 真相は、まず、このヘンタイもトレーナーとして旅に出たいという年頃になったというものがあった。ただ、ウツギ博士としては、彼女のその性癖から見知らぬ人にも発情してしまうことも多く、旅に出せないと悩んでいた。そしてちょうどそんなところにあたしが訪ねてきて、ストッパー兼ストッパー兼ストッパー兼ストッパー兼ついでに気が向けば教師役として彼女に随行してくれというわけだったのである。

 ちなみにこれが判明したのは、30番道路に住む“ポケモンじいさん”という人から聞いたから。というか、聞かされたから。ていうかこの時点ではなんとなく察していた。だって、初日の夜にいきなり襲ってきたんだからね。もう少し寝覚めが遅かったら間違いなくあたしの貞操は食われていた。

 ちなみに今、家にヘンタイのいなくなったウツギ博士はクリスさんにさかんに帰郷を募っているのだそうです。

 

 復讐? うん、つかもう殺意湧いてます。

 とりあえず、カイロスのハサミギロチンから始まって、エーフィのサイコキネシス、ゲンガーのさいみんじゅつ→あくむとかいろいろ考えていますよー。カイリキーのきあいパンチ連打とかウインディのだいもんじとか、あっ、ウツボットのようかいえきで溶かしつくすのもなかなか乙でいいですねー。あとはあたしの馬鞭とかでビシバシと。

 まあ、次に博士と会ったときが博士の命日ですので、それまでせいぜい残り少ない生を謳歌しておいてくださいねー。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 まあ、旅立ったばかりで知識も経験も全然ないド変態な彼女ですが、一つだけ、“一つだけ”、“一・つ・だ・け!”、良かったところがあった。それは例えば今みたいなちょうどお昼時。

 

「よーし、みんなご飯よー。出ておいでー、ってあいた! こら、チコリータ! 勝手に出てきてもいいけど、たいあたりとか飛び乗るのはやめなさい! こらっ、ジグザグマ、まだ勝手に食べない! え? マリル、食べさせてほしいの? って、マリルだけじゃなくてあなたたち全員!? んもう~しょうがないなぁ! あ~ほらほら、みんないい子だからしてあげるね! 大好きだよ!」

 

 ポケモンたちには無上の愛情を持っていること、そして彼らからも信頼と愛情を受けていることだ。

 マリルはもともと彼女が持っていたそうだが、チコリータは旅立つときにウツギ博士からもらい、ジグザグマは旅の途中でゲットしたものである。

 それがあんな風に彼女のことを慕っている。そして、彼女も寄ってきたポケモンたちをやさしく抱いてあげている。ポケモンたちもそれが嬉しいのか非常に幸せそうな顔をしていた。

 

『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき』

 

 あたしが口にせずとも、この言葉は今やいろいろな地方のトレーナーの心に息づいている。この子もそうだし、今まで出会った様々なトレーナーにもそれを感じることが出来た。

 こういうところであの人のことを思い浮かべることも出来たりする。

 

 尤も、変化はそれだけではなく――

 

「あなたはシンオウ・カントー準チャンピオン、そしてナナシマチャンピオンのヒカリさんですね?」

 

 お昼の休憩も終わり、さあ出発するかというときに掛けられた女性の声。

 

「あなたは?」

「ワタシはナナシマ地方3の島出身のフウコと申します。エリートトレーナーをしております。ワタシはあなたに勝負を挑みたい。よろしいですか?」

「うん、いいよ! 一応自己紹介しておこうか、あたしはシンオウ地方フタバタウン出身ヒカリ!」

「ハイ。ルールですが、使用ポケモンは三体のシングルバトル、アイテムの使用はなしですが、持たせるのはあり、持たせる道具の重複はなし、でよろしいですか?」

「うん、いいよ! じゃあやろっか!」

 

 “道具を持たせる”

 これはポケモンが自力で使えるものに関してポケモンに持たせて使うことはあり、というものだ。

 各地方のチャンピオンが動き、リーグ、それからコンテストの方が一体となって宣伝し、この四年で浸透してきたことだ。尤も、まだまだ走りであるので、「その道具のチョイスはどうなの?」というのもあったりするが、それは仕方のないことだろう。

 ちなみにコトネには見学ついでに審判をしてもらうことにする。これはあたしに挑まれた勝負だし、見取り稽古っていうのも大事なことだからね。

 バトルが出来そうな少し開けた場所に移り、お互いボールを構えた。

 

「では、参ります! いでよ、ゴローニャ!」

「あたしの一番手はカビゴン! あなたよ!」

 

 ゴローニャにカビゴンが出揃う。

 

「先手はいただきます! ゴローニャ、ロックカット! そしてまるくなる!」

 

 こんな風に、攻撃技だけでなく、変化技を使うトレーナーが非常に多くなった。 尤も、まるくなるはこの後の連携に繋がることだろう。

 

「カビゴン、はらだいこ!」

「はらだいこですか。たしか体力は半分まで減る。ならばゴローニャ、ストーンエッジ!」

 

 まるくなる+ころがるコンボはやめて半分なら削りきれると思ったのか、相手はタイプ一致物理技で急所に当たる確率が高いストーンエッジを選択。それがはらだいこ中のカビゴンに決まった。

 しかし、あたしのカビゴンは元々の特殊耐久とHPの高さに加えて、のんきな性格(防御↑素早さ↓)と努力値振りによって物理耐久底上げもあって、並の攻撃では、はらだいこをしていようとも簡単には落ちることはない。今回もゴローニャのタイプ一致ストーンエッジを見事に耐えきってくれた。

 ちなみにあの人も、あたしと同じ戦法を得意とするカビゴンを持っている(昔、シロナさんと対戦してたとき、はらだいこ→ねむる→ねごと→ねごと→他の物理技→……(体力が減ったら)ねむる→ねごと→ねごと→他の物理技→……といった感じで六タテし、『まさに鬼ね』とシロナさんをして、青い顔でそう言わしめていた)。

 真似するのもどうかとも思ったんだけど、あたしがカビゴンの性格を見極めて、それが一番合ってると思ってカビゴンと話し合ってそういう戦略を取ろうということにしたのだ。

 

「カビゴン、ねむる!」

「くっ! かたいいし持ちでも落ちませんでしたか! ならば、ゴローニャ、きあいパンチ!」

「ねごとよ、カビゴン!」

 

 かたいいしとは岩タイプの技を一.二倍にアップさせる技。つまりタイプ一致と併せて岩技は一.八倍である。

 さて、あたしの予想通り耐えきってくれたカビゴンは、ひとまずねむるで全回復。そこで相手はきあいパンチを指示した。きあいパンチは格闘技なので、カビゴンには効果抜群である。

 そして、そのゴローニャのきあいパンチがカビゴンに迫る中、カビゴンはねごとによりれいとうパンチを引き当ててくれた。

 それがそのまま、きあいパンチとはクロスカウンター気味に決まる。

 

「ゴローニャ、頑張ってください!」

 

 カビゴンも効果抜群のダメージを負ったが、耐久を上げているし、もちものにはたべのこし(一定時間ごとにHPが一定量回復)を持たせているので、余裕で持ちこたえていた。片や相手は弱点に加えてはらだいこによって最大まで上がった攻撃での一撃によってかなりのダメージを食らったようだけど、まだ戦闘不能には至っていない。

 

「特性はやっぱり『がんじょう』ね。カビゴン、もう一度ねごとよ!」

 

 そうして今度はしねんのずつきを引き当てた。ゴローニャは今度こそダウンした。

 

「ゴ、ゴローニャ、戦闘不能です! カビゴンの勝ち!」

 

 コトネの宣言により、相手はゴローニャをボールに戻す。

 

「お疲れさま、ゴローニャ。次はこの子です! いでよ、ナッシー!」

 

 今度は草・エスパータイプのナッシーね。

 

「ナッシー! 相手の体力はかなり少ないはずです! リーフストーム!」

 

 リーフストームが大方の予想通り、カビゴンに炸裂した。

 

「やった! これで!」

 

 たしかに、きあいパンチのおかげでカビゴンの体力はかなり減っている。

 でもリーフストームは特殊技。カビゴンの特防とHPはもともと相当高いし、その二つにも努力値を結構振ってあるから、物理アタッカーじゃないとなかなか落ちないんだよね。

 

「カビ、カビカビ」

「なんですって!?」

 

 なんでもないというような様子を見せるカビゴンと、その驚異的な硬さに驚きを抱く相手のエリートトレーナー。

 

「カビゴン、もう一度ねむって、ねごとよ」

「カ~ビ~~~……Zzz」

 

 そして、カビゴンはまたねむって体力が満タンまで回復。

 ねごとでは今度はあくびを引き当てた。

 

「あくび!? 眠らされてはたまりません! 戻って、ナッシー!」

 

 あくびの効果も知られるようになった。というか、四年前のシンオウリーグスズラン大会はもはや伝説と化しており、あたしやあの人、シロナさんが使った技や持ち物の数々(あくびやアンコール、バトンタッチにトリック、そしてしんかのきせきやこだわり系アイテムはおろか、なんとカウンターシールドや必中技を必中技で落とすといった技術まで)は、あのときから爆発的に有名になった。

 

「ワタシの最後のポケモン! 出番です、マッスグマ!」

 

 マッスグマ。このポケモンもやはり四年前から一躍人気が出てきたポケモンである。理由はもはや言わずもがなといったところか。

 

「マッスグマ! カビゴンが未だ寝ているうちにはらだいこ!」

 

 マッスグマといえばはらだいこ。もはや、マッスグマの代名詞的な存在である。

 

「いいわよ、マッスグマ! 『くいしんぼう』オボンの実で回復よ!」

 

 はらだいこを決めた段階できのみを食べてるから特性『くいしんぼう』って判断したのかもだけど、回復系のきのみは体力半分以下なら食べるからね?(『くいしんぼう』は体力半分以下になったらもっていたきのみを食べる特性)

 まあ、『くいしんぼう』マッスグマだったら、カムラの実(体力四分の一以下で使用、素早さ一段階アップ)の方がメジャーな戦法な気もするけど、これもいいかもしれない。

 

「カビゴン、ねごとよ!」

 

 そして再度ねごと。だけど、ここで出た技はなんとゴーストタイプの技のシャドーボール。当然、ノーマルタイプのマッスグマには効果がない。

 だが、ここでカビゴンが目を覚ました。

 

「よーし、カビゴン、きあいパンチから!」

「カ~ビ~~~!」

「マッスグマ、避けなさい!」

「グマッ!」

 

 マッスグマは持ち前のスピードできあいパンチを避けようとする。

 

「横に転がってマッスグマにのしかかりなさい」

「カ~ビ~!」

「マッスグマ!」

 

 しかし、マッスグマが避けた先にカビゴンがのしかかってきたため、避け切ることが出来ず、のしかかりを食らってしまった。

 

「マッスグマ、戦闘不能です! カビゴンの勝ち!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 それから、ナッシーが出てくるも、ナッシーは特殊アタッカー的な性質なため、カビゴンを落とすことが出来ず、逆にこちらは、かえんほうしゃでナッシーが怯んだところをギガインパクトを決め、勝負はあたしの勝ちとなった。

 

 

「ハァ~。やっぱ、センセーはすごいねぇ。私もああなるかなぁ」

 

 なんてことを言いながらあたしの隣を歩くコトネ。

 

「なるわよ。なんたってあたしだってなれたんだし」

「いや、それチャンピオンや準チャンピオンであるセンセーが言ってもあんまり説得力ないですって」

 

 そんなことはない。

 あたしはあの人の教えに従って修行してなんとかここまで――

 

――ナナシマ地方ではチャンピオンになり、カントー、シンオウではチャンピオンリーグには優勝するもレッドさんやシロナさんといったチャンピオンには勝てず、あたしも四天王にはならなかったので、準チャンピオンという称号をもらった(タマランゼ会長には「ユウト君の弟子とはいえそこまで似ずともよかろうに」と嘆かれたんだけど)――

 

――来ることが出来た。

 その教えをあたしはこの子に今教えている。

 あたしにだってなれたんだから、きっとこの子も将来は――

 

「にしても全国チャンピオンでしたっけ。センセー見てると、正直その人は化け物かなんかですかって思っちゃうんですけど」

 

 そう。あの人は、あたしに教えを授けてくれたあの人は今そう呼ばれている。あの人が旅をしてリーグに参加した地方は全てあの人がチャンピオンになるからだ。

 旅した先の地方は全て制覇する。

 だから、全国チャンピオン。聞けば制覇してなかったカントーも制覇したようだ。

 尤も、未だに全て即刻辞退しているみたいだけど。

 

 あたしとしては、とにかくあの人に追いつこうと思っても、どんどんあの人は先に行ってしまう。

 負けたくない。

 負けたくないから、いっしょにあの人の隣を歩いていきたいから、あたしはもっともっとたくさんの地方を旅して修行する。

 そしていつか――

 

 

「あ、ポケモンセンターが見えてきましたね。今日はここで一泊しません?」

 

 空は茜色に染まっている。今からつながりの洞窟を抜けてヒワダタウンに行くとなると、今日の満月が東から西の空に向かってしまうだろう。つながりの洞窟には最深部の方にも用があることだしね。

 あたしはコトネの提案に頷いた。

 

 もちろん当然だけど、部屋は別室にしてもらった。鍵もしっかり掛けた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 夜

 

「うふ、うふふふ、センセー。えへ、えへへ」

 

 怪しい笑みを浮かべながら照明の落ちた廊下を歩く人影があった。

 その人影は目的の人物が寝泊まりする部屋の入口に着いた。

 

「えへへ、センセー、今愛しのコトネたんがあなたの許に参りますよ~」

 

 だが、彼女は近づく気配に気がつかなかった。

 

「ニド、ニドー!」

 

 ニドラン♂のどくづき!

 

「ハムフラビ!!」

 

 コトネの急所に当たった!

 

「フィィィ!」

 

 エーフィのサイコキネシス!

 

「ちょっ! 待ってぇぇぇぇぇぇ…………!」

 

 コトネは外に叩きだされた!

 

「うう、コトネ、こんな事じゃへこたれない! 厳しい困難を乗り越えた先には極上の喜びと快楽が待ち受けているのよ!!」

 

 しかし、ポケモンセンターの入口はカギが掛かっていて入れなかった。

 

「せ、センセェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 コトネはその日一晩、外で夜を明かした。

 

 




クリスはクリスタルの女主人公、ゴールドは金銀での主人公です。

そして旧版に比べて変態度がパワーアップしてしまったコトネ。ジュンサーさんに見つかったら、逮h……いや、逆にジュンサーさんを手篭めにしちゃうのも……アリ!!


※追記
う~ん、ここまで評判が悪いとは思いませんでした。
不快に思われた皆様申し訳ありません。
コトネの性格につきましては、申し訳ありませんがこのままでいきます。
事情としては、性格等によるキャラクターの書き分けが登場人物が増えるに従って、難しくなるからです。
よろしくお願いします。


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外伝2 シロナ アルセウスとの邂逅(前編)

 シンオウ地方ハクタイシティ。

 

 歴史を重んじる気風が漂う町。しかし、近年は高層ビルなどが軒並み建ち並び、街並みから歴史を感じることは難しくはなっている。

 

 そんなハクタイシティの町外れの一角。そこにはシンオウ地方伝説のポケモンの一体、パルキアを象った銅像とともに一つの施設がある。

 それがシンオウハクタイ大学。ここは全国にある様々な大学の中で、各地方の歴史とポケモンとの関わりにおける研究において、全国的に有名な大学である。ちなみにこのハクタイ大学は最近、それ以外の分野にも裾野を広げようと予備学校も設置し、様々な分野で活躍するであろう研究者の育成にも力を入れている。

 尤も、本業とも言える歴史分野についても抜かりはない。

 

「――であるからして――」

 

 そこの講堂の一つ。

 そこで後ろに大きなプロジェクターを背負いながら熱弁を奮っている一人の女性がいた。金糸のような長髪を柔らかく後ろに垂らし、それは腰下までは易々と届いている。

 シンオウ地方は比較的寒冷であり、ハクタイシティはキッサキシティほどではないが、テンガン山から寒冷な空気が流れてきて、キッサキシティの次くらいに気温は低い。

 だが、室内はその限りではないのだが、その女性は黒のコートを羽織っている。もはや、それが彼女のトレードマークであることを主張していた。

 その女性の名は――

 

「シロナさん、そろそろ次の――」

「あぁ、申し訳ありません。ついつい熱くなってしまい。では――」

 

 考古学者であり、そしてシンオウチャンピオンマスターとしての側面も持つ女性、シロナである。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 皆さん、お久しぶりです。

 私はシンオウチャンピオンマスターのシロナです。

 

 現在私はチャンピオンの他に考古学者という一面を持っています。ちなみに専門分野は『ポケモンの歴史と神話を研究』です。

 そして、これらのお仕事の一つとして、たびたびいろいろな施設で“講演”というようなもの行っています。

 昔は“チャンピオンとして”、というのが多かったのですが、私の発表した論文が学会で認められ、世界的な賞を取ってからというもの“考古学者として”という依頼が多くなってきました。ちなみに大学を始め、様々な研究機関が私に籍をおいてほしいと言ってきたのですが、断りました。

 私も誰かに似てきたのか、一つの場所に縛られるというのもあまり好きではないので。

 

 さて私がここに立っている理由。それは四年前の彼との出会いがすべての始まりでしょうか。彼との出会いが私の中のポケモンに対する認識、知識、考え方、ほぼ全てと言ってもいいほど変えてくれました。

 そして同時に考古学者としての悲願もギンガ団の思惑があったとはいえ、相見えることもできました。

 そしてさらにもう一つ、

 

「では世界の根元というものの話をしましょうか」

 

――私は彼のおかげで歴史の“始点”というものにも立ち会えることができました。今日はそのお話をします。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「おもしろいもの?」

 

 彼から連絡が来たのは実に半年ぶり。たまには連絡しろとは言ったもののこれほど連絡してこないとは。喜びと同時に怒りのボルテージも膨れ上がっていく。

 

「私たちを放っておいてずいぶんなご身分ね」

 

 私の発した言葉はつっけんどんな感じだったと思う。

 

【うっ、その辺は反省してます。ただオレ、シロナさんに喜んでほしくていろいろ探し回ってたんですよ】

 

 私のため

 

 私のため

 

 “私のため”

 

 ちょっと、いや、結構舞い上がってしまった。年下の子の言葉一つに一喜一憂するなんて――

 

【詳しいことは会ってから話します】

「そう。わかったわ」

【それからヒカリちゃんも呼びます】

「……ふ~ん」

 

 微妙に今の言葉にカチンときたのだけど――

 

【シロナさん。シロナさんのポケモンで、実力が最強のメンバーを六体選出してから来てください】

 

 彼の話らしからぬその真剣さと内容から、それは軽々と吹き飛んでしまった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 私とヒカリちゃんは彼の指定してきた、テンガン山の奥に佇む、やりのはしらにいた。

 

 やりのはしら

 

 ギンガ団のボスであったアカギがシンオウ地方の三湖にいる伝説のポケモンたちの力を使って時間の神ディアルガ、空間の神パルキアを呼び出し、新世界を創造させ、世界の破滅を招こうとした場所。

 

 そしてもう一度ここに来たとき、あのときには感じなかった別の考えが頭を(よぎ)った。

 

「あのギンガ団のときはそれどころじゃなかったですけど、今思えば、ここって何かおかしいですよね?」

「そうね。おそらくここはもっと別の重要な何かを意味するところなんじゃないかしら? 言葉は悪いけど、得体の知れないものが存在している気がするのよね」

 

 しかし、私の言葉に返答をしたのは隣のヒカリちゃんではなく――

 

「そのとおりです。二人ともお久しぶりですね」

 

 私たちのよく知る彼の声であった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 再会を喜ぼうとも、そしてなんでほったらかしていたんだという怒りをぶつけようとも思っていたのだけども。

 

「あの……ユウト、さん……」

 

 ヒカリちゃんが言いよどむのもわかる。

 なぜなら彼の隣にはラルトスの他にものすごい威圧感を放つ得体の知れない大きな存在が六体――

 

 いや――

 これは――

 まさか――

 

 ――ポケモン……!?

 

『何者だ、この者たちは?』

 

 頭部は人間よりも明らかに大きいが二足歩行で尻尾があって全身が白っぽい、得体の知れない存在のうちの一体が喋った。いや、正確には、口は動いておらず、そして脳に響くように聞こえてきた。

 これには覚えがある。

 たしかこれは、ラルトスの使っていたテレパシー!

 

「彼女らは助っ人さ」

『我らだけでは不服と申すか?』

「そんなんじゃないよ。仲間は多い方がいい。今回の相手はヤバいから」

「(アンタ、さっきからそうユウトが説明してるじゃない、戦力は多い方がいいって。このポケモンたちのことを受け入れたんだから、今更人間の一人や二人で文句言うんじゃないわよ)」

『むぅ』

 

 彼とラルトス、そしてその得体の知れない存在とのテレパシーが頭の中に響いてくる。それにしても彼があの存在と普通に会話していることについて、ほとほと彼には驚き飽きていたつもりだったんだけど、実はまだまだ足らなかったらしい。

 

「ユ、ユウトさん、説明、してもらえます?」

「おぉ、そうだ。二人には紹介しておかないと」

 

 そう言って彼が紹介をし始める。

 

「二人の右から見てホウオウ、ルギア、グラードン、カイオーガ、レックウザだ。あ、オレたちと今話してたのがミュウツーね」

 

 私、いつから夢を見ていたのかしら。

 頬を抓ってみる。いたい。

 今度こそ思いっきり抓ってみた。あれ、痛くない。なんだやっぱり夢――

 

「ってシロナさん! なんであたしの頬を抓ってんですか!! しかも超痛いし!!」

 

 なるほど。自分のじゃなかったのか。道理で痛くないわけだ。

 そしてお返しとばかりにヒカリちゃんに思いっきり抓られた。

 

「……いふぁい」

「反省してください!」

 

 やっぱり痛かった。ということはだ。

 これ、現実?

 これが現実?

 コレガゲンジツ?

 

「ま、まさか、伝説のポケモン!?」

「そっ。そのまさかだ」

 

 ヒカリちゃんの驚愕の問いをよそに彼はあっけらかんと答えてくれた。

 

 ここで彼の“講義”を思い出した。

 ポケモンの中で無類の強さを発揮し、そのポケモンの前に敵はなし。捕まえにくさも他のポケモンとは一線を画す存在。

 それが“伝説のポケモン”

 

 私たちが彼にそれについて教わったうちのシンオウを除く各地方を代表する伝説級のポケモン。それが今私たちの目の前にいたのだった。

 

「この伝説のポケモンたちは全てユウトさんのポケモンなんですか?」

「いや、今は違うというか、捕まえてから逃がした」

「逃がしたぁ?」

「ああ。こういうポケモンは、そこに住んでいるポケモンたちからも崇拝の対象になっている場合もあったりするから、オレが勝手に連れて行くっていうのもね。あと強過ぎるポケモンっていうのはいろいろなトラブルを招きやすいんだ」

 

 そういえば昔ロケット団とかいう組織があって、その組織は伝説のポケモンを狙っていたとか何とか。その後も、解散しているけどしぶとく残党たちが再起しようと奮起しているというのも聞いたことがある。

 今はそれらは聞かなくなったけど、万が一ということもあるか。

 

「相変わらず、用心深いのね」

「いや、シロナさんが用心しなさすぎなだけだから。それに今ではこいつらはいい友達みたいなものですよ。困ったときはお互い助け合うっていうね」

『我を頼ったのは今回が初めてだったがな』

『そうだな。今まではこちらの頼みごとが多かった。だから、君の頼みごとについては快く協力しよう。しかし、そろそろ説明してくれないか。私達伝説のポケモンと呼ばれるポケモンをこれほど集めて、君はいったい何をしようとしている?』

 

 ルギアというポケモンが話の核心を聞きたいと促す。ちなみにルギアも別に口が動いているわけではない。おそらく、ミュウツーもそうだが、この二体はエスパータイプを持つからなのか、ラルトスと同じくテレパシーで会話をしている。

 

「そうだな。役者も肝心要を除いて全員そろったことだし」

 

 そう言って彼は詩を朗読するかのように次の一節を詠った。

 

 

 ――初めにあったのは

 ――混沌のうねりだけだった

 ――全てが混ざり合い

 ――中心に卵が現れた

 ――零れ落ちた卵より

 ――最初のものが生まれ出た

 ――最初のものは

 ――二つの分身を創った

 ――時間が回り始めた

 ――空間が広がり始めた

 ――さらに自分の体から

 ――三つの命を生み出した

 ――二つの分身が祈ると

 ――「物」と言うものが生まれ

 ――三つの命が祈ると

 ――「心」と言うものが生まれた

 ――世界が創り出されたので

 ――最初のものは眠りについた

 

 

 これは私もよく知っている。なにせこれが専門なのだ。これは、シンオウ地方に伝わる伝説のうちの一つ。

 

「『始まりの話』ね」

 

 そして、ギンガ団、そしてギラティナのことがあってから、私はこれについての論文を仕上げているために、検証を続けている途中でもある。ちなみに、この神話の中の“二つの分身”はディアルガとパルキア、“三つの命”はアグノム、ユクシー、エムリット、そして“最初のもの”というのがこの世界を生み出したポケモン、創造神アルセウス。尤も、この神話は事実が欠けていて、アルセウスは二つではなく、三つの分身を生み出していて、それがこの世界の裏側に存在する“やぶれた世界”にいるギラティナである。

 

「ジョウトにあるシント遺跡、それからホウエン地方ルネシティの近くにはまったくその存在が知られていない海底遺跡があるのですが、その二か所に行ったときのことです。そこでわかったことなんですが、実はこのやりのはしらはある目的のためにオレたち人間とポケモンの祖先が創り出したものらしいんです」

 

 ジョウト地方。そこはポケモンにまつわる遺跡や伝承が数多く残る歴史的な地方で、建造物も古風なものがよく見られる。私もフィールドワークで何度も出かけたりしていた。

 しかし、ふと思う。今、彼は“誰にも知られていないという海底遺跡”と言った。

 

「あなたはどうやってその海底遺跡の存在を知ってそこに行くことが出来たの?」

「カイオーガに案内してもらったんですよ。カイオーガが住む“うみのどうくつ”にほど近い場所でした」

 

 なるほど。うみのどうくつは聞くところによれば入口が複数個所あり、それらがランダムに口を開けるのだという謎の洞窟。尤も、この子ならその不可思議な洞窟に辿り着いたとしてもなんらおかしなところはないと感じさせてくれる。

 

 でも――

 

「いったいどうやってそんなことを?」

 

 彼は考古学者でもなんでもない。彼はただの、というのには大きな語弊があるが、ポケモントレーナーだ。いったいどうやってそれを知ることが出来たのか。

 

「アンノーンです」

「アンノーン、ですか? あのめざめるパワーしか覚えない、あのエスパータイプの?」

 

 これも彼の“講義”の中で聞いたことがある。

 

 アンノーン。ヒカリちゃんの言うとおりのポケモンで、めざめるパワーしか覚えないポケモンなため、残念ながらバトル向きとは言い難い。しかし、その不可思議な存在から極めて謎の多いポケモン。

 

「ちょっとここで“臨時ポケモン講座”を開きましょうか。テーマはアンノーンについて。二人とも、アンノーンって実は何種類もいるんだけど何種類いるのか知ってます?」

 

 遺跡とかに行くと壁画として刻まれていたりするアンノーン。

 たしか様々な種類がいた。

 

「二十とかですか?」

「いいえ、たしか二十八種類だったと思うわ?」

「シロナさん、正解。答えは二十八種類です」

 

 まあここは私の専門分野の知識の賜物だろう。なにせアンノーンは遺跡には必ずと言っていいほど登場するポケモンであり、遺跡の壁画には必ずと言っていいほど描かれているポケモンだ。そして、描かれている場合、ビッシリとほとんど隙間なく描かれている。学会ではいまだにそれがなにを描いているのかわからないという見解だが、一部の学者たちにはそれがなんらかの文字を表しているのではないかという見方もある。論拠としては目玉の上半分が黒いまぶたのような物で覆われているちょっとレアなアンノーンが二種類いるのだけど、その二種類が私たちの使う『!』(エクスクラメーション・マーク)『?』(クエスチョンマーク)によく見れば似ているのではないかというものである。ちなみに、私はこの文字を表しているという見解に同意している立場だ。

 

「もっと詳しく言えば、二十六個の文字と二つの記号を合わせて合計二十八種類です」

 

 ――ちょっと待ちなさい。今なんと言ったかしら?

 

「あれが、文字に、記号……!?」

「ええ。それがどうかしましたか?」

 

 どうかしたかじゃないわよ!! 世界中の学者ですら解き明かしていないことなのよ、あれは!?

 それがなによ! なんでこうもあっけらかんと!!

 

(「あ、そうか。ここってたしかあそことは)(文字が違うからわからないんだよな。)(忘れてたよ」)

 

 なんかボソボソと独り言を言っているみたいだけど、今は全然気にならなかった。

 

「あの、シロナさん? ユウトさん?」

 

 ヒカリちゃんの心配そうな声も今の私にはどうでもよかった。

 

「ユウト君」

「はい?」

「なんでそんなことを知っているのかとかこの際はどうでもいいわ。あとで、あとでそのアンノーンと文字について詳しく教えなさい。いいわね?」

「まあかまいませんよ」

 

 よし! 言質は取った! 

 あとで絶対にその文字――文字なんて言うからにはそれを使った言語があるということだけど――、それをものにしてみせる!

 これは人類の偉業に刻みつけられる偉大なる一歩となるのよ!

 

 

「さて、だいぶ本題から離れてしまったので戻りましょう。このやりのはしらはそのシント遺跡とその海底遺跡にあった文字――アンノーン文字としましょうか――その一説によるとある目的のために構築したそうです。その目的とは――」

 

 

 創造神アルセウスをこの世界に降臨せしめるため――

 

 

「オレはこれからここにそのアルセウスを呼び寄せます」

 

 開いた口がふさがらないとはきっとこういうことを言うのだろう。

 アルセウスは『始まりの話』にある伝説のポケモンたちを生み出し、そして彼らがこの世界を創り出した。アルセウスは云わば何もかもを生み出した神という位置づけに存在する。

 そして――

 

『なるほど。全てを生み出した神というわけか。ならば、ここにそれぞれ“神”とも呼ばれることもあるポケモンを集めたのも納得がいく』

『我も、いや、様子を見るに我らは皆興味をそそられたといったところか』

『そうだな。私も全てを生み出した神とやらに会ってみたい。おそらく戦うことにはなるだろうがな』

『人間が“最強”を目指すために創り出した我の力がどこまでその神とやらに通用するのかというのをはかるのもおもしろい』

 

 ルギアやミュウツーの言葉通り、伝説のポケモンたちは臨戦態勢を整えている。というか、ちょっと待ってほしい。

 

「あなたたち、戦うことが前提なわけ?」

『戦わないというのはおそらくムリな話だ』

『我らはポケモンであり、生き物である。我はコピーではあったが、しかし生き物であることに変わりはない。そして生き物ならば仲間でもないものに対し、争わないという道理はない。我らとて戦わずしてユウトと友誼を交わし合ったわけではないのだ。もちろん、例外はあるがな』

「だけど、今回は戦うのは最後の手段だ。一応戦わなくても済むよう手段を構築してきた」

 

 尤もそれは後のお楽しみということにして、と言いつつ、彼はバックから奇妙な形をした笛のようなものを取り出した。眠っているポケモンを起こすポケモンの笛とは形状がまったく違う。

 

「それ、何ですか?」

「ん? これはねぇ~」

 

 ヒカリちゃんの言葉を耳にしつつ、彼は地面の上に熱心な視線を送っている。

 

「……ん? こいつかな? あぁ、コレっぽいな」

 

 そう言って彼は地面に座り込み、その周辺の砂を払っている。

 

「で、これは天界の笛って言ってアルセウスを呼び寄せるためのアイテムなんだ。さっき話に出たその海底洞窟で拾った。そして、この天界の笛をやりのはしらのある特定の場所で鳴らすとアルセウスへの道が開かれる。それがここ。二人とも、ここを見てみ」

 

 ヒカリちゃんの後に次いで私も彼の指差すところを見ると、何やら笛の絵(?)のようなものが描かれている。

 

「さて、じゃあ今からこの笛を吹くよ。みんな準備はいい?」

 

 ここで否と答えた場合、きっと空気読めよと言われることうけあいだろう。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「これは……!?」

 

 思わず、言葉がこぼれ落ちてしまった。

 いや、この場にいる一人を除いて人もポケモンも皆がある感情を覚えていた。

 

『不思議だ。私達のように超能力のようなものではない』

『ごく自然にある。まやかしなどではない』

 

 ルギアやミュウツーが言うにはおかしなところは一切ないらしい。

 

「透明な……階段……!?」

 

 そこに現れたモノ。それはやりのはしらのさらに上に行けとでも言うような階段。半透明で先が透けて見えるそれだが、手をついてみると、確固とした頑丈な感触を覚える。これが笛の絵が描かれた部分から上に向かい、伸びていたのだった。

 このやりのはしらはテンガン山の頂点に位置していると言っても過言ではない。

 シンオウ地方ではテンガン山のことを『シンオウ地方を二つに分ける山脈であり、シンオウ地方の“屋根”である』とも言われている。実際、山頂付近は万年雪に覆われており、テンガン山の東と西では気候もポケモンの生態も異なる。

 そのテンガン山山頂のやりのはしらからさらに上に、それこそ、やりのはしらに立てられている大理石の柱は先が見えないのだが、それよりもさらに上に向かって伸びている階段は、まさに天に、いや、“天国にすら伸びていきそうだ”という印象を受けた。

 

「創造神が降臨すると言うのにはまさにうってつけといった感じかしらね」

「まあ、そうですね。じゃあ行きましょうか、アルセウスの待つ――」

 

 

 ――始まりの間へ――

 

 

 




一つにまとめられるかなと思いきや案外長かったので、ここで一時切ります。

またアンノーン文字(アルファベット)についての補足です。
ポケモンの世界を見ていますと、我々の世界で使っている文字とは異なるものが使われているようです(アニメやゲームの描写から。詳しく確認してみたい方はアニメXYの1話と26話を画像検索掛けてみてください。ちなみにアラビア数字は同じようです)。
すると、我々が使っているごく普通の文字が、彼らにはまったく未知の文字として映るものだと考えました。
ですので、アンノーン文字についてはこのような描写としました。


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外伝3 シロナ アルセウスとの邂逅(後編)

 私たちはこのやりのはしらに現れた階段を、頂上目指して歩みを進めている。

 

「この階段不思議ですねぇ」

「そうね」

 

 私は彼女の言葉に同意しつつ、上から聞こえてくる喧騒を無視して、振り返って後ろを見てみた。グラードンとカイオーガ、レックウザが何の疑問も持たず、ついてきている。

 グラードンもカイオーガもレックウザも相当の体重(一番軽いレックウザで二百キロ程度、グラードンなんか一トン近く)があり、今それが階段全体でなく、たった一つの段に掛かっている。宙に浮いている不安定なものなのだが、崩れ去るという気配は一切見えない。

 そしてそこから更に視線を下にずらしてみた。

 

「うわっ、見てください、シロナさん! 下があんなに小さくなってます!」

「十階建てのビルの高さぐらいは上ってきたからね。でも――」

 

 私が上を見上げると同時にヒカリちゃんもそれに倣う。

 そして思った。

 

「まだまだ先が見えないっていったいどうなのよ?」

 

 下にあるものはだいぶ小さくはなったが、上を見てみると下から伸びている柱と共にまだまだ延々とこの階段は続いている。テンガン山頂上から考えて、これだけの高度では普通、風も気温も、決して生身では耐えきれないほどのもののはずだ。しかし、ここはそういったものが一切感じられない。宇宙に近づくというものではないだろう。しかし、宇宙ではなくといったら、もう本当に天国に続いているんじゃなかろうかとも思ってしまうほどだった。

 

「どの程度これが続くのか聞いてみたいところなんだけど」

「肝心のユウトさんがアレですからね」

 

 そして上を見上げると同時に喧騒の原因が視界に入り、私たちはあの子の意外な一面に苦笑いした。

 その一面とは――

 

「ほっ、本当に大丈夫なんだろうな!?」

「(ユウト! いい加減にしてよ! その質問何回目!? まったく、ボーマンダに乗るときは平気なのにどうして今回はそうなわけよ!?)」

「落下する可能性のある高いところは大っっ嫌いなんだよ!」

「(だから、わたしが落っこちないように誘導してるでしょ! しかもわたしがわざわざ、下が見えないようにユウトの目押さえてるでしょ!?」

「それが怖いんだよ!!」

「(じゃあどうしろって言うのよ!? わたしが手離したら、ユウト座り込んじゃって、そしたら梃子でも動かなくなるでしょ!?)」

 

 聞いての通り。

 彼、高いところが苦手みたい。落ちる可能性が微塵もないところ(展望台とか飛行機の中とか)なら平気らしいけど、ここはそんな風になってはいない。足を踏み外せば真っ逆様なヒモなしバンジーがようこそと手を広げて待っている状況だ。

 尤も、踏み外そうにもかなり階段自体に横幅があり(グラードンやカイオーガが横に並んでもまだまだ悠々余裕がある)、かなり意図的にやらなければ不可能。あとは下が透けて見えるところとかも恐ろしいのかもしれない。

 ということで、ラルトスが彼の目を塞ぎつつ、彼は這ってこの階段を上っている。尤も、目が見えない状態なら、余計怖いんじゃないかという気もしなくもない。

 

「うぅ……帰りたい……」

「(みんなユウトのワガママに付き合ってくれてんのよ!)」

「ルギアぁぁ、オレを乗っけて上へ運んでくれぇぇぇ……」

『そうしてやりたいのも山々だが、どうやらここは妙な力が働いてそれが出来ない。飛べるなら、私もホウオウもレックウザも、それからミュウツーだってわざわざこの階段を歩いて上ってはいない。それに力が働くのなら、ラルトスが運んでくれているのではないか?』

 

 ルギアのその尤もな返しに、

 

「は、はやくぅぅ、始まりの間ぁぁぁ……」

 

わけのわからない、情けない呻きが響き渡った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ここは……?」

 

 ようやっと見えた終点に全員が駆け足気味に上り詰め、そして着いた場所。そこはキラキラ光る結晶のようなもので覆われた広間だった。

 

「ここが“始まりの間”、なんですか?」

 

 ヒカリちゃんの言葉と同時に全員の視線がある一人に集まる。その彼は先程までの醜態ぶりはどこかに消え失せていた。

 

「おそらく間違いな、ん!?」

 

 彼の様子から全員が彼の視線の向かう先を見つめる。

 するとそこに天から神々しいまでの黄金の光が降り立ってきた。

 そして、その光がこの始まりの間に届いた瞬間に感じた圧迫感と存在感。丹田に力を込めなければ、押しつぶされそうなそれに、全員の顔色が変わった。

 

『ぬっ!』

『みな、気をつけろ!』

 

 伝説のポケモンたちは臨戦態勢を整えるのが見てなくても伝わってきた。

 でも、私は、いや、私もヒカリちゃんもそれができなかった。私たち人間にとって、それはあまりに大きすぎたからだ。なんて私たちはちっぽけな存在なんだと思ってしまった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「これが……これが……創造神……アルセウス……!」

 

 目の前に突如として降臨した存在。

 

 ――創造神アルセウス――

 

 その存在に私たちは圧倒されていた。威圧、迫力、威厳、尊厳、何もかも。

 何もかもが全てを圧倒していた。

 

『妾を呼び出せしものよ』

 

 響き渡る声は老婆のようなしわがれ声だった。それがその存在感と合わさって、より一層の威厳に満ち溢れる。

 しかし、そんな中一人、いや一人とそれに寄りそう一体がアルセウスに歩み寄った。

 

『妾を深き眠りから醒まさせしすものよ。妾の探し求むるものは見つけること叶ったのか』

 

 アルセウスの探し物?

 いったいなんのことか。皆目見当がつかない。

 

「ラルトス」

「(ええ)」

 

 しかし、彼はラルトスに何かを頼むと、ラルトスがサイコキネシスを使い始めた。それは彼のバックに作用し、そして中から何やら色のついた半透明な板のようなものが宙に浮かび上がり始めた。

 

 一枚、二枚、三枚――

 

 まだ浮かび上がっていく。

 

『ユウト、それは何だ?』

 

 私たちの心情をルギアが代弁してくれた。

 

「後で説明する。それよりみんな、まだ戦わないでくれ。交渉が終わるまで、もう少し」

『何ともないのだな』

「ああ。少なくともオレの用が終わるまでアルセウスは動こうにもあまり動けないハズ」

 

 動こうにも動けない? 本当になにがなんだかサッパリだ。

 意味が分かれば、私も何か手伝えたこともあるのかもしれなかったけど、これでは本当に、ただ彼の為すことを見守るばかり。

 

 そうこうしているうちに板のようなものが一、二、三、……合計で十八枚、アルセウスと彼らの前の空間に浮かび上がっていた。色は白っぽいものから水色、薄緑色、橙色、果ては紫や黒といったものまであった。尤も、黒と言っても真っ黒などではなく薄い、かといって、灰色などではない、薄い黒。何せアルセウスがその板を通して透けて見えるくらいなのだ。あんなものは初めて見た。というより、光の屈折などからアレは現実的にあり得るものなのかも聞いてみてしまいたくなる。

 

「シロナさん」

「ん? なに?」

「あの色ってなんだかポケモンのタイプをイメージしません?」

「……つまり?」

「例えばあの薄緑は草タイプ、橙色は炎タイプとか」

 

 すると白がノーマルタイプ、黄色が電気タイプを表す――

 

「なるほど、だから十八枚あり、それぞれに色がついているわけね」

「どういうことですか?」

「十八というのはポケモンのタイプの数よ。創造神アルセウス、つまり、世界、そして人間やポケモンたちの歴史の始まり。更には、それらの祖先と言い換えることもできる。あのアルセウスというのはポケモンたちが持つタイプの全てをその遺伝子の中に持っているのよ」

 

 そんな話をしているうちにその板、いえ、何だかダサいからプレートと言い換えましょうか。そのプレートが宙を漂いながら、アルセウスを取り囲み、アルセウスを中心に回り始める。そしてキラッと一瞬光ったかと思うとそれらはあっという間にアルセウス自身に飲み込まれてしまった。

 

『ふむ、妾の身体の一部、確かに受け取った』

「いえ、それが昔からの約束なのでしょう?」

『うむ、確かに妾は遥か太古に彼の者たちとそう契った。だが、人間もポケモンもそう永くは生きられない。お前は単に妾と彼の者たちとの約定を果たしたに過ぎない。だが、世界に散らばってしまったこれらを集め、妾の許に戻したのだ。そしてこれで妾もまた生き長らえる。そういう意味でお前には礼を言おう』

「いえ、助けられそうなのに、このままあなたが死ぬということにオレは納得いかなかっただけです。それにあなたまだ五千年くらいは余裕で生きられますよね?」

『そんなものは妾にしてみれば刹那にも劣る時の流れだ』

「ですよね~☆」

『お前には世話になった。一つ褒美をやろう。なんならお前を元の――』

 

 ユウト君とアルセウスとの間になんだか入り込めないような会話が繰り広げられていたのだけど、唐突にユウト君がアルセウスの言葉に割り込んだ。彼の普段の振舞いから、そんな、況してや人間よりもはるかに格上な存在にそんな不敬なことをするとは思えない。何が何でもその先を言わせたくなかったのだろうか――?

 そして彼は片膝をついて跪く。

 

「御方のお言葉に挿し挟んでしまい、誠に申し訳ございません。しかし、オレはこちらも十分楽しんでおりますので、その必要はありません」

『ふむ、そうか。そなたの行いも許そう』

「感謝します。そして貴方にお願いしたきことがあります」

『ふむ、そなたは妾の積年の願いを叶えてくれたのだ。そなたの願い、聞き入れてみよう。申してみよ』

「ありがとうございます。実はこちらにいる女性、名をシロナと申しますが」

 

 えっ!? 私!?

 いきなり振られてしまったことに私は跳び上がらんばかりに驚いてしまった。

 

「実は彼女に――」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「そういった感じで私はかの“全国チャンピオン”や多くのポケモンたちの手を借りてアルセウスに会うことが叶いました」

 

 ここで私はふぅと息をつき、手元にある水の入ったペットボトルを一口呷る。喋りっぱなしって結構疲れるのよね。

 あ、ちなみに彼の言ったシント遺跡や海底遺跡云々、それからアンノーン文字については、目立つのが嫌いという彼の性格と彼の許可から、彼のした発見は私がしたということになっています(ちなみに私もその後カイオーガを紹介してもらい、海底遺跡には幾度も足を運びましたし、アンノーン文字も習得しました。おかげで、歴史研究が現在加速度的に進んでいます。それから、伝説のポケモンというのはポケモンハンターなどの密漁者に情報を掴ませないということで、いろいろ弄っています)。

 

 そして、彼がアルセウスに願ったこと、それは

 

『神話・歴史研究家としてのシロナに歴史の語りをしてほしい』

 

というものでした。

 歴史の真実を知るというのは、歴史家として、『一生かかっても解き明かすことは難しい。されどそれが歴史家の夢』というものです。

 

「ほったらかしにしてた分のプレゼントです」

 

 なんて言ってくれたので、私は二重の意味での嬉しさと悔しさを味わいつつも、彼の厚意に素直に甘えました。

 そしてその後、私は天界の笛を受け取ってこのやりのはしらと始まりの間に足繁く通い詰めました。それでアルセウス、そしてディアルガ・パルキア・ギラティナ・アグノム・ユクシー・エムリットの六体にも話を伺ってまわり、彼らが示すシンオウ各所を巡ってその話を裏付ける証拠を見つけました。

 そしてそれらの集大成として【シンオウ地方の『“真の”始まりの話』について】という論文を著して、世界的な賞を取ることが出来ました。神話については、私の説が本物の神話となり(創造神アルセウスやギラティナが保証しているので)、元からある“始まりの話”は当時の人々の見解をうかがうことのできる、歴史的資料的価値が高いということで後世に残していくことになってます。

 

「歴史の始まりからの話は皆さんもスクールや大学で学んできたことでしょうが、一応簡単におさらいをしましょうか」

 

 

 ――初めにあったのは

 ――混沌のうねりだけだった

 ――全てが混ざり合い

 ――中心に卵が現れた

 ――零れ落ちた卵より

 ――最初のものが生まれ出た

 ――最初のものは

 ――二つの分身を創った

 ――時間が回り始めた

 ――空間が広がり始めた

 ――さらに自分の体から

 ――三つの命を生み出した

 ――二つの分身が祈ると

 ――「物」と言うものが生まれ

 ――三つの命が祈ると

 ――「心」と言うものが生まれた

 ――世界が創り出されたので

 ――最初のものは眠りについた

 

 

「この世界が創り出された際、一度アルセウスは眠りについたのだそうです。しかし——」

 

 生命の誕生したこの星。そこには人間やポケモンたちが息づいていた。

 しかし、その星に、その星の質量・大きさ共に数倍にもなるほどの超々巨大隕石、いや、もはや隕石というのもおこがましいかもしれない、それが迫っていた。

 人間やポケモンたちにそれはどうすることも出来なかった。

 だから彼らは今一度、創造神の復活を望んだ、その危機を退けてもらうために。

 アルセウスも自身が生み出したと言ってもいい子らの願いを聞き入れ、この星に降り立つ。そして、自身の全身全霊を掛けて、その巨大隕石を破壊しようとした。

 しかし、アルセウスでもそれを破壊するには力が及ばなかった。

 そこでアルセウスは自身に眠る力を解き放つことを考える。“それら”はアルセウス自身のエネルギーブーストというべきもの。

 しかし、その力は、確かにその程度の隕石など軽々と粉砕するほどの凄まじいパワーを誇るのだが、“それら”を使用すると、自身の消滅にもつながりかねないものだった。

 だが、アルセウスは宇宙空間に飛び出し、“それら”を使った。少しでも、地上への影響を少なくするために。

 そしてアルセウスはその超々巨大隕石を爆破、この星は平穏を取り戻した。

 しかし、隕石が爆発した際、“それら”が地上全体に飛び散ってしまい、アルセウス自身がそれを探し出すことはもはや不可能というべき状況に陥った。

 アルセウス自身は少しでも消滅を先延ばしにするために、再度、深く深く眠りにつくが、アルセウスはこの星の人間とポケモンたちに、この星を救った対価として、“それら”を探し出すように命じた。

 一万年程度なら眠りながら待つことは可能としてそこで期限を切った。

 

「これらの記述を残した文明はそれからホウエンの海底に沈み、今日まで発見はされてきませんでした。さらに、“それら”はポケモンのタイプの数と同じ、十八種類のプレートとして地上に散らばっていました。ポケモンのタイプが十八種類あるのはアルセウスがそれらのタイプの遺伝子を持っていたということからも説明がついたりします」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 そしてまだまだ講演は続いていく。

 

 私はチャンピオンとしても歴史家としても、彼にはお世話になりっぱなしだ。

 そんな私は彼に何を返せるのか。

 

 彼の本業はポケモントレーナー。

 なら――

 

(彼が“全国チャンピオン”になって以降、まだ誰も彼に土をつけてない。私がその最初の人間になってみせるわ)

 

 チャンピオン、いや、彼の宿敵(ライバル)としてなら――

 彼の出す全身全霊、全力を受け止めるほどの実力を私がつければ――

 

 彼と並び立つことは可能。

 

 彼は言っていた。

 

 ――ポケモンバトルはお互いの全てが拮抗しているからこそ面白い――

 

 

 私がこれから目指すものは決まっていた。

 




ということで、シロナはBWで考古学者として有名、かつ2番目のジムリーダーアロエが同業(?)として尊敬しているという設定から出来たお話でした(若干、映画の内容が被っている気がしないでもない)。

ちなみにアルセウスに関する設定はオリジナルです。
また、ゲームではプレートの種類は17種類ですが、ノーマルタイプに当たるプレートを勝手にねつ造して18種類にしました。申し訳ありません。


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外伝4 ラルトスとユウト

祝☆ORAS発売!
ひゃっはー!
ここのところずっと修羅場&まだまだなんかやばいんですけど、睡眠時間削ってやっちゃうよー!

それにしてもホウエンの生態系がカオスすぎて笑っちゃいました。
野生で全滅したのは初代ディグダの穴のダグトリオ以来です(笑)。
あんなカオスってるなら、あれだけ伝説がうじゃうじゃいるのも納得。
九州ってまさに修羅の土地ですね。わかります。


 ホウエン地方ハジツゲタウン。

 ここにある一人の少年が住んでいる。その少年の名はユウト。後に数々の伝説を打ち立てるポケモントレーナーである。

 しかし、そんな彼も今はただの五歳児。もうまもなく誕生日を迎えるとはいえ、義務教育も終わっておらず、旅に出られる年齢にも達していない、少し変わったところもあるものの、ただの普通の男の子である。

 そしてそんな彼が、今夢中になっているものがあった。今日も元気に家から飛び出していく。

 

「いくよ、ラルトス!」

「ラルー!」

 

 それはポケットモンスター、縮めてポケモンと呼ばれる、不思議な不思議な生き物である。人間と共に暮らしているポケモンもいれば、草むらや森、洞窟、川、湖、海、さらには街中などにも生息し、そこで彼らは伸び伸びと生活している。中には大空を自由に羽ばたくポケモンなどもいたりする。しかし、総じてその生態については、あまりよくわかってはいない。

 また、彼らはモンスターボールやスーパーボールといったボールを使うと捕えることができ、そのボールの中に入れて持ち運べるのが大きな特徴の一つである。

 さて、彼のそのポケモン、否、彼にとっては既に大事な友達にすらなっているポケモンがいる。それが、今彼と一緒に走っているポケモン、ラルトスだ。赤いツノが生えたおかっぱ頭のような緑色の頭部に、服の裾を引きずった幼い子供のような外観を持つポケモンである。タイプはエスパー・フェアリーで、“きもちポケモン”と分類される通り、頭のツノで人やポケモンの感情を感じ取ることができるポケモンだ。

 

「ラル! ラルトー!」

 

 ラルトスが少年ユウトに向かって飛びかかった。

 

「おっと!」

 

 それを彼は全身を使って抱きかかえるように受け止めた。ラルトスの勢いが思いの外、強かったせいか、それに流されるようにユウトもその場で一回転してようやく治まったのだが。

 

「はは! お前っていつもなんかちょっとあったかいのな」

「ラール」

 

 ラルトスのその温かさは、明るい気持ちをキャッチするか、あるいはその人間のことを本当に好いている場合に感じることが出来る。つまりは――

 

「ラールー♪」

 

 ラルトスは彼の腕の中でご満悦そうな顔を浮かべていた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 このラルトスがユウトの元に来たのは、ユウトが五才の誕生日のときだ。

 ユウトの家の近所にはホウエン地方でのパソコンを使ったポケモンの転送等を行う『ポケモン預かりシステム』の管理を一任されているマユミという女性が住んでいるのだが、彼女から

 

「スミマセン。私の仕事のトラブルといいますか、「タマゴが生まれすぎて育てきれない」というトレーナーから「そういうシステムを管理してるんだからそっちで引き取ってくれ」と理不尽なクレームを受けまして、それと一緒にポケモンのタマゴも私のところに大量に送りつけられてきたんです。それで、このままではあまりにかわいそうで、なんとか引き取り先を見つけたくて。ですから、どうかもらっていただけませんか」

 

と言われ、それにユウトの家族も協力して、一人タマゴ一つずつ引き取ったことがある。

 

「ねぇ、ホントにちゃんとお世話できる?」

「うん! やるよ、ボク!」

 

 ユウトの母親であるサエコはユウトの分までタマゴを孵して、それを最初の一体として手渡すつもりだったのだが、それをユウトは

 

『自分でやる』

 

と断り、その後タマゴの世話を懸命にし始めた。

 母としては

 

「塞ぎ込むこともあるから、情操教育にもなるし、誕生日プレゼントにもなるし、気分転換にもなるからちょうどいいかしらね」

 

とユウトの自主性を尊重して任せてみたくなったのだ。

 結果、彼のそういった様子は見せなくなり、タマゴもユウトの心の籠った世話によって、タマゴは無事に孵ることとなる。

 

 

「ラルー、ラルトー!」

 

 

 ユウトからしてみれば真心を込めた結晶、生まれたポケモンからしてみれば刷り込み――ポケモンもタマゴから生まれて初めて目にしたものに対してより懐く傾向がある――によって。

 この二人は常に行動を共にして常にお互いを気に掛ける、そんな関係が出来上がるのに時間もかからなかった。

 つまり、彼らは既に、気の置けない親友同士の間柄にあったのだ。

 

 さて、今日はそんな二人の間に起こったある出来事のお話をする。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「さ、今日もやるぞー!」

「ラル!」

 

 唐突だが、現在二人は黄色い袋を手に持って、113番道路に来ている。この道路はユウトが住むハジツゲタウンから東に伸びる道路で、風の影響で常にえんとつやまから噴出している火山灰が降り注いでいる。ユウトたちはその灰を集めているのだ。

 なぜ灰を集めているのかと言えば、この113番道路には、髪が後退して第二の太陽を自前で持つガラス職人のオッサンがおり、その工房にて、ここで集めた灰からビードロなどのガラス細工を作ってくれるためである(ちなみに炉の加熱にはその自前の太陽が役立っているという噂がまことしやかに存在していたりする)。

 

「ラルトスー、何度も言うけど草むらには絶対入るなよー!」

「ラール!」

 

 ユウトが草むらには入るなと注意を促している。その言葉にしたがって、ラルトス、それから注意をしたユウトもそこには入らずに、開けた場所で、かつ積もった灰のごく上の部分のみをかき集めて持参の灰袋に灰をしまっている。

 目の前の草むらの草の上には地面とは違い、量も豊富で、かつ、汚れてもいない灰が積もっているのだが、二人はそれをときどきチラチラと見るだけで、決してその灰を取ろうとはしていない。

 本来ならば、草むらの草に積もった灰をかき集めるのが量・質ともに効率がよく、かつ、上物である。しかし、草むらでは野生のポケモンに遭遇しやすい。生まれてからそんなに時間の経っていないラルトスに野生のポケモンとのバトルをさせるには、まだ早いのではないかというユウトの考えがあったからである。

 

「さて! ラルトス、そろそろ帰ろー!」

 

 この灰集めはほぼ毎日やっていることである。たとえ一日の収穫量が少なくとも一年間毎日、そしてそれを二年三年と続けていけば、相当な量となるのだ。

 

(今日のところはもう十分)

 

 そう思って、彼はラルトスに声をかけた。

 しかし――

 いつもならやや甲高くて元気な声が返ってくるはずなのが、

 

「ラ、ラルー!!」

 

今日は悲鳴のような声が彼の耳に届く。

 

「ラルトス!?」

 

 そこでユウトは初めてラルトスに何かが起きたのだと自覚した。

 顔を上げて辺りを見回してみるも見当たらない。

 

「どこだ!? どこにいる、ラルトス!?」

 

 ユウトは思わず声を張り上げた。

 

「ラルー!!」

 

 再度同じように彼の耳に届く叫び。

 

「こっちか!」

 

 聞こえてきた方には草むらが広がっている。さっき彼は野生のポケモンと遭遇しやすいから草むらに入るな的なことを言っていたが、既にそんなことは彼の頭の中にはなかった。

 

「待ってろよ、ラルトス!」

 

 彼は躊躇なく草むらに分け入った。

 

「ラ、ラル、ラルー!」

 

 なおも姿が見えず、しかも苦しみ、助けを求めるかのような声。

 彼は走った。大人には何でもなくとも、子供の背丈ではやや高い草むらの中であったため、そこを走り抜けている彼の全身は既に灰まみれであり、さらに草によって腕や足のあちこちが切れて擦り傷が出来ている。

 しかし、それでも彼は走った。自分が一から育てたポケモンで、彼女が生まれてからは、自分の隣に常に彼女がいて、自分の一番の友達だったからだ。

 

「ラルトス!」

「ラルラ!?」

 

 そうして草むらからやや開けたところに出た。

 目の前には探していたラルトスの姿。

 それにユウトはホッと一息を吐くも、周りの状況から今が全然油断ならないものであるということを悟った。

 

「マッ!」

 

 ラルトスの周りを五体の赤いなめくじのようなポケモン、マグマッグが取り囲んでいたからだ。

 どう考えても多勢に無勢。おまけにラルトス自身生まれてそう時間も経っていないことからレベルも低い。それにラルトスの体中に焦げ跡も見受けられる。ラルトスが大きなダメージを負っていることも確かだった。

 

「マッグゥ!」

 

 そんな中、そのうちの一体から放たれたひのこがラルトスに向かって飛んでいく。

 

「止せ! やめろ!」

 

 ポケモンの技を人間が食らえば、某マサラ人以外は、ただでは済まない。しかし、ユウトの中にそんな意識はなく、ユウトはラルトスの前に飛び出した。

 ただただラルトスを助けたい、その一心での行動だった。そして飛び出した勢いのままユウトはラルトスの腕を掴んで、自身の胸に抱え込み、そしてそのひのこを避けるべく、飛び出した勢いを利用して地面を転がった。

 

「ラルラ!?」

「心配すんな。大丈夫。お前はオレが守る」

 

 ひのこを避け切ったユウトはラルトスを抱えたまま、町の方角に向かって逃げることを試みる。ちょうど、今の飛び込みでマグマッグに囲まれて出来ていた輪から外れることが出来たからだ。

 

「マッグゥ!」

「マッグゥ!」

「マッグゥ!」

 

 立ち上がり、走り始めて加速がつく。そんなときだった、マグマッグたちのひのこの雨が彼らを襲ったのは。

 

「ああああ!?」

「ラルラ!?」

 

 後ろからの、思いもかけない熱さが足と背中を襲ったため、ユウトはその場につんのめって倒れこんでしまった。

 

「ラルラ!!」

「だ、大丈夫。こ、このくらい、なんともない、さ」

 

 ズボンやシャツから焦げ臭いにおいを漂わせながら、それでも腕の中にいるラルトスに向かって微笑みを向けるユウト。

 

「ラルラ!!」

「大丈、ぶぐっ!?」

 

 さらにユウトの背をマグマッグたちのひのこが襲う。ユウトはそれがラルトスにいかないように、さらに背を丸めて足を畳むようにして、亀の甲羅のように身を丸めた。

 

「ぐぅ、ぐぐ、あ、あつッ……!」

 

 

 ラルトスは思った。

 

 ――なぜわたしはポケモンなのに大好きな人を守れないのか――

 

 生まれてからずっといっしょにいた。

 出かけるときも、ご飯を食べるときも、お風呂に入るときも、寝るときも。

 ずっと傍にいた。

 大好きな人間。

 

「あ、あついッ……あついよ……ッ!」

 

 そんな人が今目の前で苦しんでいる。

 

 このままじゃ、ユウトが死んじゃう。

 

 死んじゃう?

 

 いなくなる?

 

 

 いや

 

 いやだ

 

 そんなのいや

 

 

 

(そんなの! いやぁぁぁ!!)

 

 

 

 聞いた覚えがない、しかし、どこかで聞いたことがあるような声、そんな叫びがユウトの頭に響くと同時に、ユウトの体がフワリと浮き上がった。ユウトという壁がなくなったことで、晒されるラルトスの傷ついた身体。そこに向かって尚も襲い来るひのこの雨。

 しかし、それがラルトスに直撃することはなかった。

 

「こ、これって、もしかして、ハイパー、ボイス……?」

 

 そう。ラルトスから突如として周りの空間全体を伝わっていく音の攻撃。それは空気の振動が目に見えるほどのものだった。それで、迫りくるひのこをすべて弾き飛ばし、そして目の前の五体のマグマッグに大きなダメージを与えていた。しかし、それほどのハイパーボイスなのに、近くにいるユウトには影響は一切ない。凄まじい威力とコントロールに長けた一撃だった。

 

「マ、マグッ!」

「マッグ!」

「ママッグ!」

 

 それによってマグマッグたちは散り散りになって逃げていく。

 

「よ、よかった…………」

 

 痛みによる体力の消耗、また、彼らが逃げていったことによって緊張が解けたのか、ユウトはそうつぶやくと同時に気絶してしまった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 なにやら温かい何かを感じる。いったいこれはなんだろうか。

 そう思ってユウトは目を開けてみた。

 

「……ラルトス?」

 

 上から太陽の淡い光と灰が舞い降りてくるが、それ以外に真っ先に目につくものがあった。それはすぐ目の前。そこにラルトスの顔があったのだ。

 

「(よかった! 気がついたのね!)」

 

 ラルトスの、前髪みたいな頭部のおかげで普段はあまり見ることが出来ないその赤い瞳には涙が浮かぶ。

 

「これって……?」

 

 ユウトは全身をほのかに包む淡い光を見て取った。

 

「(これはいやしのはどうよ。これであなたを治してたの。火傷、そんなに痛くないでしょ?)」

「ああ。ありがとう、ラルトス」

 

 いやしのはどうは自分以外の対象のHPを回復させる技だ。ポケモンも人間も生き物であることに変わりはない。ならば、ポケモンの技が人間に効くというのも少しは頷けるものである。

 

「ん、ちょっと待て。お前……」

 

 ユウトはここで一つおかしなことに思い当った。

 

 

「(うん? どうかした、ユウト?)」

 

 

「お前、その言葉どうした?」

 

 

 ポケモンは基本的に、とあるニャースなどの一部の例外を除いて、人間の言葉を喋らない。

 それなのにだ。このラルトスはきちんと人間の言葉で会話出来ている。

 

「(別にわたしが人間の言葉を話しているわけではないわ。これはテレパシー。これであなたの頭の中に直接話しかけているの。だから)」

 

 そこでラルトスは一旦言葉を区切る。

 

「ラル、ラルラールラ?」

 

 それはいつもよく聞くラルトスの声だった。

 

「(というわけよ)」

「……なるほど。ちなみになんでそんなことが出来るようになったん?」

 

 ラルトス系統は赤い突起で人やポケモンの感情を感じ取ることができる。さらに、明るく前向きな感情を受け取ると、全身がほのかに熱くなるということは知られている。しかし、そういうことが出来るから、あるいはエスパータイプのポケモンだからといって、テレパシーでコミュニケーションを取れるなどという話をユウトは聞いたことがなかった。

 

「(むー、わかんない)」

「いや、わかんないって」

「(だってわかんないものはわかんないもん)」

 

 頬に手を当てながら首をひねってそう言うラルトス。真剣に考えてくれているのだが、本当に分からないのだろう。

 

「そういや、お前ってまだ生まれてから半年も経ってないもんな。仕方ないか」

「(そうよ。それにいいじゃない。これでもっとユウトとお話しできるんだから!)」

 

 その嬉しそうな様子にユウトは頬が綻んだ。

 

「そっか。そうだよね。ぼくもラルトスと話せてうれしいよ!」

 

 難しいことは置いておいて、今はそのことでこれからが楽しみだ、そういう気持ちがユウト、そしてラルトスにも湧き上がっていた。

 

「(さて、そろそろ帰りましょう。ユウトのママ、心配しているわ)」

 

 その言葉で今の状況を思い出したユウト。いつもだったら()うに返っている時間なのにまだ113番道路にいる。さらにここは草むらの中。さっきみたいにいつ野生のポケモンが襲ってくるとも限らない。加えてここは、タイプ相性的にラルトスにとって苦手なエアームドも僅かながら生息している地域。この場を一刻も離れる理由には事欠かなかった。

 

「よし。っ、つぅッ」

 

 ユウトは肘をついて身体を起こそうとしたが、全身に痛みが走ったことでまた大地に横になってしまった。

 

「(ユウト、大丈夫!?)」

 

 慌てた様子のラルトスがユウトの視界に入り、これ以上彼女に心配かけまいと振る舞おうとするが、

 

「だ、大じょ、うっ。だ、大丈夫、だよ」

 

 身体や精神は限界だった。

 

「(ユウト、今治すから! …………はれ?)」

 

 ラルトスは先程までユウトに掛けていたいやしのはどうをやろうとする。しかし、

 

「(な、なんで!? どうしてできないの!?)」

 

いやしのはどうは一向に発動しなかった。どうやらいやしのはどうを行うだけの力がラルトスにはもう残っていなかったようである。

 

「無理しなくていい、ラルトス。その気持ちだけで十分だ。お前だって結構なケガを負ってんだぞ」

 

 震える腕を伸ばしてなんとかラルトスの頭に手を置くユウト。そのまま、手を動かしてラルトスを撫でて宥めようとするユウトを見て、

 

「(……ユウト)」

 

ラルトスは何らかの決意を固めた。

 

「(ユウト、あとよろしくね)」

 

 そうして彼女は頭の上に乗っている手を両手で優しく地面に下ろすと、そのまま両膝をついて両手を組み、まるで信者が神への祈祷するかのような(よそお)いを見せた。

 するとラルトスの全身から薄い青色のキラキラとした輝きを持つ光が幾筋も――大きな星型を形成したものの中心を螺旋状に周りながら――空に向かって昇っていく。

 

「……おい、それってまさか!?」

 

 この世界の誰もがわからなかっただろうが、唯一ユウトだけは彼女が何をしようとしているのかが理解できてしまった。

 

「おいバカ、よせ! それは使うな!」

 

 ラルトスが使おうとしていたもの。それはいやしのねがい。これは自分が倒れる代わりに、その後に出てくるポケモンの状態異常を治し、HPを全回復させる技だ。つまり、この技を使えば、ユウトは先程のいやしのはどうから考えれば回復するのかもしれない。

 しかし――

 

「よせ! お前が倒れちゃうんだぞ!」

 

 ユウトの目の前にいる、一番の親友、一番傷つけたくなかった彼女が倒れてしまうことに他ならなかった。

 

「(大丈夫。死にはしないわよ。それにちょっと疲れてバトル出来なくなっちゃうだけよ? 心配しすぎじゃない?)」

「で、でも……!」

 

 ユウトはこのラルトスが初めてのポケモンだ。戦闘不能状態になるだけだということが言葉ではわかっていても、実際それを目にしたことはなく、かつ、今の怪我のあり様から、彼はある種の軽いパニック状態に陥っていた。自分がタマゴから返した大事な存在だったのだからなおさらだ。

 

「(じゃあ、あと、は……)」

 

 そうしてラルトスはそのまま膝をおって倒れこんでしまった。

 直後、空から先程上にあがっていった薄青いのキラキラとした輝きを放つ光がユウトの元に舞い降りてきて、そしてユウトの体に溶け込んでいった。

 すると、どうだろうか。ユウトの負っていた怪我はすべて完治し、体力も回復していった。服装以外は平時と変わらないくらいだ。

 

「くっそ……!」

 

 ユウトは起き上がると、倒れてしまったラルトスをすぐに抱きかかえる。

 

「待ってろよ。すぐにポケモンセンターに連れてって回復してあげるからな!」

 

 その宣言にラルトスは小さく、声にならない声で返事を返した。

 ユウトはそれに気づかず、来た道を走り続ける。

 

 ユウトの腕の中で感じる風と振動が彼女にはいたく心地よい。全身がポカポカと温かい何かに包み込まれ、くすぐったさを感じた。

 

 知らず知らずのうちにラルトスの口元は微笑んでいた。

 

 

 

 これを機にユウトとラルトスは、ユウトの考えの元、特訓を積むようになる。

 そしてこれが、たとえどんなに離れていようと互いを想い想われる、人間とポケモンという種族という括りなどを超越した絆の始まりとなった。




この後、ユウトとラルトスは般若がインしたママンにOHANASHIしされてました。


ラルトスの図鑑説明

ラルトス きもちポケモン
頭のツノで人やポケモンの感情を感じ取る。敵意を感じると隠れてしまうが、明るい気持ちをキャッチするとその人の前に現れるという。その際、全身がほのかに熱くなるそうだ。しかし、総じて人前にはめったに姿を現さないポケモンであることに変わりはない。


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本編とは関係ないネタ集

『ついカッとなってやった。後悔はしていない』といった超突発的に思いついた完全なネタ要素です。
誇張して書いている部分もあります。


********************************************

 

その1~タブンネ狩り~

 

 

 ――激増! タブンネ狩り!――

 

 

 この大見出しがイッシュ地方の各種新聞の一面を飾った。

 タブンネとはイッシュ地方に生息しているポケモンである。

 ヒヤリングポケモンという分類の通り、音に敏感なとても愛くるしいポケモンである。

 また、ポケモンセンターにも看護師としてジョーイさんと共に常駐しており、

 

ティンティンティティティーン♪

 

「お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」

「タブンネー」

「いつでもいらしてください。お待ちしています」

「タブンネー」

 

というのは既にイッシュ地方では当たり前の光景になっている。

 ちなみに初めてイッシュを訪れる人はたいてい、

 

「(元気になったのかなってないのか)いったいどっちなんだよ!」

 

とツッコミを入れるのがもはやお約束となりつつある(ただ、当の本人たちは当然そのことを知らない)。

 また、「タブンネー」の語調が単調なため、素晴らしく投げやりに聞こえてしまうのも、そうしたツッコミを入れさせる一因にもなっている。

 

 さて、そんなタブンネ大虐殺について、特集したあるテレビ番組のコーナーがあった。

 それを見てみよう。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「我々はいま、ソウリュウシティの北、10番道路に来ています。ここなんですが、実はあの世間を騒がせている『タブンネ狩り』が頻繁におこっている場所なのです」

 

 といった具合にVTRは始まっていく。

 

「ああ、ひどいですね、これは。かえんほうしゃか何かでしょうか? 酷い火傷の痕のあるタブンネです。あっ、あっちにも! カメラさん来てください!」

 

「ここは……なんでしょう? なにかここで大きな爆発があったような跡がありますね」

 

「ヒドイ。あちらこちらに大けがを負ったタブンネが散見されます」

 

 リポーターの人がマイクを持って現場のレポートにあたっていく。

 ここで、『町の人の意見は――』といったテロップが流れた。

 

「いやあ、なんだかこわいですよね」

「こんなかわいいポケモンをわざわざ集中して狙い撃つなんて許せないね」

「こういうことをしている人たちってどうかしてるんじゃないの?」

 

などという意見が出されていく。

 

「我々、ポケモンセンターの職員たるジョーイ一同は今回の件に置きまして、非常に強い懸念を表明します」

「ポケモンコンテスト協会におきましても同様の懸念を表明します」

「ポケモンリーグとしましては、このような行為を起こすトレーナーに対して真に遺憾であると考えております。即刻止めていただきたい」

 

 さらには公的機関からのコメントも流れる。どうやら共同で記者会見を行っていたようだ。

 タブンネ狩り現場の映像をバックに専門家の電話音声が入る。

 

「いずれタブンネが去っていってしまうかもしれません。そうなれば生態系への影響も大きくなり、ポケモンたちにとっては住みづらい環境になってしまうでしょう」

 

 その後『我々は取材の途中、実際にタブンネ狩りを行っているトレーナーを発見した』というナレーションと共に映像がヤグルマの森の外に移り変わる。

 

「ねぇ、どうしてこんな虐待紛いのひどいことをしてるの?」

「いや、ただ単に経験値稼いでるだけですよ。ア○エのミルホッグに勝てなくてね」

「そうそう! ハーデリア倒した後のかたきうちとかマジ鬼畜(笑)」

「かわいそうなことだとは思わないの?」

「だってアイツ倒さないと先進ませてくれないじゃん」

「ね。プラズマ団いつまでヤグルマの森で集会やってんだよって感じ(笑)。あんなのがいなけりゃとっくに先行ってレベル上がってから、バッチ取りにくるし。だから仕方ないからタブンネでレベル上げ。だって、しょうがないじゃん。それにタブンネってそこらのトレーナー倒すよりよっぽど経験値もらえるし」

「先輩が言ってたんだけど、レベル高いタブンネってこっち回復してくれるんだって」

「うわ! マジでタブンネサマサマだね!」

「それに通信対戦するにはレベル上げて技覚えさせたり、進化させなきゃなんないけど、レベル上げってダルイじゃん?」

「そうそう! とくにウルガモスとかササンドラってマジ進化レベル高いみたいよ。たしかレベル60以上とか」

「うわ! そんなのチマチマレベル上げてらんないな! 冗談抜きで、タブンネサマサマだぜ!」

 

 『彼らにはまるで悪気がないようだ』というナレーションで締められる。

 だが、まだ続きがあり、さらなる驚愕の事実があるらしかった。

 

【別に俺らなんてまだまだかわいい方っすよ。リバティーガーデン島のビクティニ道場とかセッカシティのマッギョ師範代とか1番や2番道路のヨーテリー・ミネズミ狩りなんかはもっとえげつないんじゃないですか?】

 

 ということで映像が今度はリバティーガーデン島に切り変わる。

 

「私は今、リバティガーデン島に来ています。リバティガーデン島へはリバティチケットを持っていればヒウンシティのリバティピアから船で来ることが出来ます。このリバティガーデン島は数百年前にある大富豪が買い取った島だといわれており、現在では島の中心に大きな灯台がある自然公園になっていてちょっとした観光スポットにもなっています。このリバティーガーデン島、実はあの幻のポケモンビクティニが生息しているのです」

 

 ここでまた、ビクティニを狩りに来たというトレーナーのインタビュー映像が流れる。

 

「虐待? 違う違う。オレはただ単にビクティニ師範に稽古つけてもらいに来ただけだって(笑)。ひどくないかだって? ないない。だってすぐ出て入ればまたすぐバトル出来るんだから、向こうもやる気満々だってことでしょ(笑)。ゲットしないかだって? だってゲットしたら努力値稼げないじゃん(笑)。師範の努力値、おいしいです(笑)。マッギョ師範代より全然うまいよ」

 

『トレーナーのモラルが問われそうです』としてここでスタジオに戻った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「う~んなんとも衝撃的でしたね」

「わたしもトレーナーですけどあんなのといっしょにしてほしくないですね。トレーナーの恥さらしです。だいたいなんですか、努力値って。そんなわけのわからないもののためにポケモンを傷つけることができるなんて考えられませんよ!」

 

 女性のコメンテーターが半分涙を流しながら怒りをあらわにしている。

 

「じつはですね、付け足しがありまして」

 

 そう言いつつ取材をしたリポーターがフリップを取りだした。

 

「過去にもこういった狩り事件っていうのは起きてるんですよね。たとえばジョウト地方でしたらアンノーンとか、カントーはコラッタ、ニドラン、イシツブテ、メノクラゲ、ホウエンならポチエナやジグザグマ、シンオウならムックルとかスボミーとかですね。――」

 

 といった感じで新たな情報が提供され、それをもとにコメンテーターや司会進行のキャスターが意見をかわす。

 そして時間も差し迫ってきたところで、

 

「VTRの最後にもありましたが、トレーナーのモラルが問題なんでしょうね。こういうことは一刻も早く止めてもらいたいものです」

 

として閉められ、番組は次のコーナーへ進んでいった。

 

 

 

 

************************************************

 

 

 

 

その2~ジャッジ~

 

「きみ! よかったら、能力が気になるポケモンをボクにジャッジさせてくださいよ!」

 

 ボクはエリートトレーナー。ポケモントレーナーの一人だ。

 しかし、ボクにはその才能はない。バトルをすれば負けてばかりで、自分のポケモンにすらなかなか懐かれない始末。

 でも、ボクには他の才能があった。

 

 いろんな人たち曰く、ある種の天才的な才能が――

 

「なるほどなるほど……。このポケモンは素晴らしい能力を持っている。そんな風にジャッジできますね。ちなみに一番いい感じなのはHPでしょうか。それと攻撃もいい感じですね。なるほど、防御もいい感じですね。特防も同じようにいい感じですね。あと、素早さもいい感じですね。最高の力を持っている。そんな風にジャッジできました!」

 

 そう。ボクはポケモンの潜在能力を見極めることが出来る。

 正直、この能力に気がついたことで良かったこととそうでないことがあった。

 まず、良かったこと。

 

「いやった!! ボックス六つ埋まるまで苦労した甲斐があったぜ! 性格もgoodだし、5Vで、まさにほぼ理想個体! これからもよろしく頼むぜ、相棒!」

 

 それはトレーナーの、最高に美しくて綺麗な顔を間近で見ることが出来たことである。トレーナーのポケモンへの愛慕の情、そしてポケモンのトレーナーへの傾慕の情を肌で感じられた。それは自分のポケモンでもないのに、こちらの方がなんだか嬉しさと心の中で灯る温かさを抱く。

 

 これが良かったこと。

 

 そしてこれはそうでもないこと……。

 

「なるほどなるほど……。このポケモンはまずまずの能力を持っている。そんな風にジャッジできますね。ちなみに一番いい感じなのはHPでしょうか。それと攻撃もいい感じですね。でも、特攻は全然ダメかも……。あと、素早さもがっかりかもね……。そんな風にジャッジできました!」

 

 

「うわ、全然使えねぇ。Vなしどころか、特攻素早さ個体値0とかマジでゴミじゃん。ミラクルに流すのもなんか申し訳ないし……逃がすか」

 

(※V:廃人さんがよく使う言葉で、そのポケモンのある能力の個体値がMAXであること。Vの数が1つなら1V、2つなら2V、……)

 

 これだ。能力がわかるまではワクワクしていた様子だったのに、それがわかって、かつトレーナー自身納得がいかなかったとき、先程までとは嘘のように、いとも簡単に自分のポケモンをゴミと判断して、『まるで使えない』とばかりに自分のポケモンを見るのだ。

 

 また、ここまででなくても――

 

「なるほどなるほど……。このポケモンは素晴らしい能力を持っている。そんな風にジャッジできますね。ちなみに一番いい感じなのはHPでしょうか。それと攻撃もいい感じですね。なるほど、防御もいい感じですね。特攻も負けず劣らずいい感じですね。特防も同じようにいい感じですね。最高の力を持っている。そんな風にジャッジできました!」

 

 

「うええ!? 性格バッチシ5Vなのになんでよりによって素早さでV外すかな!? ああもう! 他なら妥協出来たのに、これじゃあボックス行きよ! あとでミラクルに流すわ! 5Vなら誰か使うでしょ。ああ、まだ自転車漕がなきゃいけないなんて……。あたしの脚が筋肉ムキムキでぶっとくなったらどうすんのよ!? 誰か早く自動孵化器つくってよね……」

 

 

 このようにほとんど自分のポケモンとは考えておらず、他人行き?(ミラクルが何を指すのかわからないが)を想定している。そしてここに来るトレーナーは大抵が後者二つの反応である。

 彼らの見せてくるポケモンはほとんどがタマゴから孵ったばかりのもので、トレーナーへの様子から、明らかに彼らトレーナー自身が孵したのは明白であった。

 自分で孵したポケモンをあっさりと捨てる。

 それを僕には理解出来なかった。

 

 なんでだよ?

 少し他よりも劣ることはあったってポケモンはポケモンでしょ!?

 トレーナーはポケモンに対して愛情を注ぐものではないの!?

 それなのにトレーナーがポケモンを選別して、そこから外れたポケモンは容赦無く捨てるなんておかしくはないのか!?

 

 そういうことを問いたいとも思った。

 しかし――

 

「おーい、まだかよ? 次が詰まってんぞー?」

 

 今ジャッジしているトレーナーの後ろにはこれまた僕のジャッジを待つ、トレーナー、トレーナー、トレーナー、そしてトレーナーの列。

 その蛇のように長い列を捌くにはそれに構っている暇はない。

 

 だから、僕は前者の反応を心の癒しにして、それ以外を考えないようにしている。

 

……ああ……。

 

「なるほどなるほど……。このポケモンは素晴らしい能力を持っている。そんな風にジャッジできますね。ちなみに一番いい感じなのは攻撃でしょうか。特攻も負けず劣らずいい感じですね。あと、素早さもいい感じですね。最高の力を持っている。そんな風にジャッジできました! でも、防御は全然ダメかも……。あと、特防もがっかりかもね……」

 

 これではまた……。

 全然ダメがこんなにあるんじゃこの子も……。

 

「よし! だいたい狙い通りだ! これからもよろしくな! マンキー!」

「キー! ゥィッキー!」

 

 あ、あれ? なんで?

 

 ……いや、考えなくていいか。

 マンキーがトレーナーの少年の胸元に飛び込んで、トレーナーもポケモンも輝かんばかりの嬉しそうないい顔を見せてくれているんだから。

 

 

 

 

************************************************

 

 

 

 

その3~復讐~

 

 初めまして。

 私はスバメ。ポケモンです。

 

 唐突ですが、私はタマゴから産まれました。

 孵してくれたのはポケモントレーナーと呼ばれる人たちの一人です。

 あのときからはだいぶ経ちましたが、瞳を閉じれば、今でも、それこそ昨日のことのように思い出すことが出来ます。

 

 そう。あれはある晴れた日のことでした。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 私はバトルリゾートで産まれました。

 私のトレーナーは赤いバンダナを巻いた女の子だったのですが、そのときの第一印象は

 

「お母さんはどうしてヘンテコなもの(後になってわかりましたが、あれは自転車という、人間が生み出した移動を補助するのに使う機械のようです)に乗っているのでしょう?」

 

というものでした。ちなみにお母さんというのは、勿論産みの親もおりましたが、私をタマゴから孵してくれたのはこの少女だったので、彼女のことを『第二のお母さん』と思っても不思議はないのです。

 その後、しばらくトレーナー(お母さん)と走り回りました。彼女が自転車、私はその後を飛んで彼女に付いていくといった感じで、偶に始まる駆けっこなんかもあり、空を自由に飛び回るということがなんと楽しいことかと感じていました。

 同時にその楽しみを味わわせてくれた彼女にも感謝したものです。

 

 尤も、今にして思えば、

 

――この頃の私は何にも知らずにただただ愚かであった――

 

そう思っています。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「さて、じゃあちょっと行くわよ?」

 

 私に転機が訪れたきっかけは、トレーナー(お母さん)のその言葉でした。

 私の他にも辺りを飛んでいた私以外のスバメ4匹がボールに戻ると同時にウルガモスが現れて、私をどこかに連れて行きました。

 

 そして連れられていった先で告げられた言葉――

 

「なるほどなるほど……。このポケモンは素晴らしい能力を持っている。そんな風にジャッジできますね。ちなみに一番いい感じなのはHPでしょうか。それと攻撃もいい感じですね。なるほど、防御もいい感じですね。最高の力を持っている。そんな風にジャッジできました!」

 

 これが私の運命を決定付けました。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 さて、今私はトウカの森と呼ばれている場所に住んでいます。

 えっ?

 

 なぜ、そんなところにいるのか?

 トレーナーはどうしたか?

 

 ですって?

 

 ……順を追って説明しましょう。

 

 まず私はあの判定が下された後すぐ捨てられました。

 

「ボックスに溜めておくにしては使えない」

 

 という理由だそうです。

 私は生まれたばかりで、まだバトルも得意ではなく体力も弱々しかったのですが、一刻も早くこの場を去りたいと思い、飛び立ちました。

 それはなぜかというと、トレーナー(お母さん)が見せるあの目……。まるで、私は落伍者で、トレーナー(お母さん)にとってはふさわしくない。私に対して失望して、そして興味を失ったかのようなあの目。

 それが私に対して向けられる。

 トレーナー(お母さん)に『お前は必要ない』とでも宣告されたようなそれに、私はいてもたってもいられなくなったからなのです。

 

 だから、私は一刻も早くトレーナー(お母さん)から逃げたかった。

 一刻も早くあの目から逃れたかった。

 

 私は無我夢中で飛び回りました。 どこを飛んでいたのかまったく覚えていません。今も思い出せません。

 ですが、やはり生まれたばかりでレベルも高くなく、体力も低い私にも限界が訪れます。

 羽を動かす体力すら消耗してしまった私はなんとか滑空で以って着地を試みようとしましたが、途中で意識を失い、墜落してしまったようです。しかし、木々がクッションになって何とか無事だったと、今の友達になってくれているポケモンたちに言われています。

 そうそう。

 その墜落したところがトウカの森で、そのときは私のことを森に住む様々なポケモンが手当てをしてくれたのです。

 そのうち、私は彼らと仲良くなりました。おしゃべりをしたり、遊んだり、木の実を採ったり、かくれんぼをしたり、お昼寝をしたり、水浴びをしたり、バトルをしたり。花の冠を使って、オシャレなんかもしたことありますよ?

 そうしているうちに、いつしかトレーナー(お母さん)、いえ、トレーナー(人間)に捨てられたという記憶も和らいできました。

 しかし、私はあるとき気がついたのです。

 

 私は彼らとはどこかが違うのだと。

 

 それはどこかというと、例えばバトル。バトルで、私に敵う者がこの近辺では誰もいなかったのです。私の攻撃は大きなダメージを与えるのに相手の攻撃は痛くない。私と比べると相手のスピードが遅い。私と比べると、私には何でもないダメージでも、他の同族たちにはそうでもなかったり。他の者たちには使えない、強力な技を私は使えたりする。近くの道路や海からも挑戦に来るポケモンもいましたが、私は彼ら全てを返り討ちにしていました。

 ですので、いつしか私がこのトウカの森のボスに収まっていたのも、不思議ではなかったのだと思います。

 

 そして、私は思いました。

 

 ――これはあのトレーナー(人間)のせいなのでは、と

 

 私を捨てて、裏切って、だいぶ経つのにまだ私に亡霊を見せるのか。

 

 私はアレを、あの裏切りを、もう振り切った。そう思っていたのに、それはしつこく私に突き纏っていたのです。

 私は絶望しました。そしてあることを誓いました。

 

 

 ――この私の胸に渦巻くこの思いを

 ――私はやつらに叩きつけてやる!

 ――私は人間に復讐する!!

 

 

 それから私の行動は早かった。

 

 

「はあっ!? なんで、トウカの森のスバメがゴッドバード使えんだよ!?」

「ウソでしょ!? なんでこんなとこのスバメがばくおんぱ使えるのよ!? しかもレベル高っ!?」

「やばいやばいやばい! ブレイブバードでアチャモがやられた!」

 

 この森を通り過ぎる分にはまだ見逃していたが、この森で私を後ろからつけ狙うような、変態(まが)いな行いをしているトレーナー(人間)には私は容赦なく襲いかかった。

 そしてトレーナー(人間)のポケモンを全滅させて、森から追い出してやる!

 私の味わった気持ちを貴様らも味わうがいい!

 

 

「おほ? あんなところにスバメが。よ~し。抜き足差し足忍び足……と」

 

 

 どうやらまたバカが現れたようだ。

 

 今日も私の復讐は続く。

 




[その1]
10番道路が通行可なので、BWネタですね。ちなみにニドランやアンノーンは2世代までのネタです(第2世代までは努力値は倒したポケモンの種族値がそのまま加算されていくので、効率がよい?計算しやすい?などの理由でアンノーン狩りが好まれたようです)。

[その2]
ジャッジの気持ち的なネタです。厳選してる人はきっと彼の心を壊している(んじゃないかな?)
でも、やめられませんです、ハイ。

[その3]
ORASでサーチというものがあるのですが、それをネタにしています。

その1は以前のものにありましたが、その2とその3は新しく追加しました。その3についてORASのおかげで急遽追加です。

こんなこと書いといてなんだけど
心ガ痛イ。デモ厳選ヤメナイヨ。

その3のネタは2chやまとめサイトではネタになっていましたが、他に書いている人っていらっしゃるんですかね


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外伝5 コトネ ヒカリの授業

今回はゲームに結構忠実で、「数字とか実際にはわからないと思うのですが」ということもあるかと思いますが、その点についてはスルーしていただきたく思います。


 みんなー! はじめまして!

 人呼んで愛の狩人、コトネでっす!

 あ、男は専門外だから(シッシッ)。

 コトネはちょ~っと変わってるて言われますが、そんなことは気にしてません。女の子ラヴはコトネのジャスティス☆ですから。

 

 さて、そんなコトネですが、ポケモントレーナーになってただいまジョウト地方を旅してます。

 トレーナーならやっぱりリーグは出たいじゃないですか。だから、ジョウト各地のジムに挑戦している最中です! まだバッチは一個しかゲットできてませんけどね。

 そして、聞いてください!

 実はそんなコトネの旅に同行してくれる素敵な女性がいるんです!

 その方の名前はヒカリさん。容姿端麗でボンキュボンな上、足がほっそりしててめがっさ長いんです。ぶっちゃけ、ちょータイプなんですよぉでも、それだけでなくてですね、実はこの方、そんじょそこらの人とは違うすごーい一面を持っています。

 それが経歴。なんでも、ナナシマリーグチャンピオン、そしてシンオウ・カントー準チャンピオンっていうすっごい実力の持ち主なんです。

 そんな人がコトネの旅に同行してくれて、コトネにポケモンについてのさまざまなことを教授してくれるんです! いわばコトネの先生ですね。なんで、コトネはセンセーって呼んでます。

 ちょっと恥ずかしがり屋なところがたまにキズなんですけどね(たとえば、コトネに対して嫉妬してくれるとことか♪、コトネのことを愛してくれてるのにそれをわざと隠そうとしているとことか♪)

 

「ニドラン(♂)! どくづき!」

「ニド! ニドー!」

「んがっ! ビビビルンバババ!」

 

 な、なして……。

 

「キサマが妙なことを考えていた気がするからだ」

 

 セ、センセーはコトネに対するツン度が百パーセントなんですけど、コトネはそれが好きなんです。コトネはいずれセンセーから隠されたデレを引き出してみせますよ!

 

「今度ヘンなこと考えてたら、カビゴンとハガネールとホエルオーでアンタのことボディプレスするからね!」

 

 オウフッ。 デレへの道はまだまだ遠いですぅ……。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「今日のテーマは努力値とそれに基づくステータスからの役割についてよ」

 

 今日も始まりました、センセーの“ポケモン講座”。ちなみにこの言い方はなにやらゆずれないものがあるんだそうです。

 

「今までポケモンの種族値、個体値、性格、個性とそれらがポケモンの攻撃や特攻などのステータスに与える影響は説明してきたわね。まあ個体値については何度も言うとおり、トレーナーの戦略と育て方でどうにでもなるから気にしないようにね。ホントぶっちゃければ、個体値なんかよりは性格とこれから話す努力値、それから戦略や戦術の方がよっぽど大切よ。それにアレはあくまであれはポケモンの様子を(つぶさ)に観察してようやく『これなんじゃないか』って見えてくるものだし、それが当たっているとも限らないからね」

 

 この個体値については毎時間毎時間注釈を入れているセンセー。きっと“個体値が低いポケモンを捨ててしまうこと”を危惧しているんじゃないかって思うんだけど、コトネからすればそんなの絶対にあり得ないもん! だって、よく考えてみて。ポケモンはいつも一緒にいてくれる友達、あるいは相棒。それを捨てちゃうなんて、そんなこと絶対に出来っこない! そんなことするクズだ! 人間じゃない!

 だから、コトネは絶対に大丈夫ですよ、センセー。

 でも、センセーの懸念もやっぱりわかる。コトネは大丈夫でも、例えばロケット団みたいに、みんながみんなそうだとは言えないもんね。

 パパとは連絡を取り合ったりしてるんですけど、このことについてパパにも伝えてない。研究者という職種上、何かしらの論文等でパパが発表してしまうこともあるかもしれないし。

 きっと、知らない、知られない方がいいということもあるだろうから。

 

 

「で、次に大事になるのは今日のテーマである努力値。これは、簡単に言えば、努力値はステータスを上げやすくするための数値ってところかしらね。メモ取ってる?」

「ハイ、大丈夫です」

 

 実はコトネが旅に出るときにパパにもらった冒険ノート、本来は日記を書くものなんだけど、コトネの場合は既に日記というよりも、センセーの授業を書き取るためのノートになってます。

 

「で、この努力値なんだけど、溜めれば溜めるほどそのステータスの成長率は上がっていきます」

「とすると、それを溜めこむほどいいんですか?」

「ただ残念ながら、そううまくはいきません。努力値には三つの大きな制限があります。まず一点目、HP(略称H)・攻撃(A)・防御(B)・特攻(C)・特防(D)・素早さ(S)と六つのステータスのうち、一つのステータスには252までしか努力値を溜めることは出来ない点。二点目、六つのステータスで合計510までしか努力値を溜められない点。三点目、努力値は4の倍数分しかステータスの成長率に関係しないということ」

 

 ふんふん。なるほど。

 4の倍数に510。ステータスは六つあるから、単純に510÷6=85てなるから。

 

「じゃあセンセー、その努力値っていうのは一つのステータスにつき85を溜めるといいんですか?」

「うん。まず、六つのステに均等に振る――ああ、努力値を溜めることを努力値を“振る”、努力値を全く振らないときを“無振り”とか“素”って言い方をするから――で六つのステに均等に努力値を振るって言うのは一番やってはいけないことよ」

 

 例えばね、といってセンセーは一つの例を挙げた。

 それはこちらがゲンガーで相手もゲンガーだったという想定。ゲンガーは特攻と素早さの種族値がずば抜けて高いが、それ以外はその二つと比較すれば相当低い――センセーの言い方をすると紙なのだそうだ――という特徴を持っている。こちらのゲンガーをA、相手のゲンガーをBとし、Aの方には特攻と素早さに努力値を極振り(これは一つのステに努力値を252振ることだそうです)、Bには六つのステに均等に85を振ったとする。

 

「努力値を多く振った方がステータスの成長は良くなるんだから、この場合、まず、どっちのゲンガーの方が素早さが高いかしら?」

「えーと、Aの方なんじゃないですか?」

 

 今までの話だと努力値を多く振った方がよく成長するんだから、252振る方と85振る方では当然252振ったAのゲンガーの方が素早い。

 

「そうね。ついでに特攻もAの方が高いわ。で、ゲンガーはそれ以外のステータスは紙よ。だから、Aのゲンガーの方が速く動けて特殊攻撃の威力も高いから、AのシャドーボールがBに当たったらBのゲンガーはいくら特防にその程度の努力値を振っていようと、一撃で沈むでしょうね。ダウンしなくても大ダメージは間違いないわ。何が言いたいかというと、最初は、努力値は短所を補うより長所を伸ばすように振るのが望ましいわ。後はそのポケモンにどういった戦略を取らせたいかっていうトレーナーの戦略に合わせてといった感じかしら。ガンガン攻めるタイプのはずなのに、攻撃を食らっても妙に硬くて倒せないというときは、案外HPや防御・特防に努力値を振っているせいよ。まあ、この辺は突き詰めると際限がなくなるし、応用編になってくるからまた今度ね。今言っても何言ってんのかさっぱり分かんない筈だから」

 

 ほぅ。思わず息を漏らしてしまう。なるほど、いろいろ考えられてるわけですな。

 

「あとはー、“最速”と“準速”、“最遅”の違いも知っておいた方もいいわね」

 

 ほうほう。最速はともかく、準速なんて言葉は今初めて聞きましたよ。絶対辞書になんか載ってないでしょ。

 

「性格によって伸びやすい能力値があるって以前言ってたけど、“最速”は『性格による素早さプラス補正+素早さ個体値V+S極振り』のこと、“準速”は最速の内から性格補正を抜いた状態のことよ」

 

 なるほど。ちなみに“最遅”とは“最鈍”という言い方もあって、意味は最速とは反対に『性格による素早さマイナス補正+素早さ個体値0+S無振り』のことをいうらしい。てか最遅とか日常会話じゃ絶対聞かないわ。

 

「尤もそうね、個体値は正確なものはわからないから、個体値のことは抜いて認識しておいて」

 

 はは。まあ、個体値については置いておきましょう。

 

「あ、そういえば、“最速”“最遅”“準速”ってのがあるんなら、“準遅”ってのはないんですか?」

 

 対義語を考えると、在ってもおかしくはないような気もするんだよねぇ。えーと、準速がS努力値極振りなんだから、準遅はS努力値無振り?

 

「うーん、正直準遅よりは最遅の方がいいのよね。例えば『あめふらし』や『ひでり』なんかのフィールドに出たら天候が変わるポケモンがいるけど、例えば、『すなおこし』のバンギラスと『ゆきふらし』のユキノオーがフィールドに出ました。さて天候はどうなるでしょう?」

 

 えーっと、『すなおこし』は砂嵐状態になって『ゆきふらし』は霰状態になるのよね。

 え? あれ? この場合は……どっち?

 

「え、えーと……霰に砂が混じった状態になるとか?」

「特防1.5倍上昇で必中ふぶき撃ちまくるバンギラスとか胸熱(むねあつ)だけど、それは不正解。実は片方の天候がもう片方の天候を打ち消すの。具体的には素早さが遅い方のポケモンの特性が速い方のポケモンの特性を打ち消すのね」

「てーことは、例えばユキノオーの方が遅かったりしたら?」

「バンギラスが起こした砂嵐状態は打ち消されて、霰状態になるわ。だから天候を変える特性を持つポケモンは敢えて一番遅い最遅を狙う場合もあるわ」

 

 なるほど。たしかにこれなら“準遅”を狙う意味はないし、必然的に準遅なんて存在しないか。一番遅くなきゃ意味ないわけだし。

 

「あとはトリックルーム狙いのときね。トリックルームの技の効果は?」

「たしか少しの間素早さが逆転して、遅い方が速く動けるようになるというものですよね」

「正解。今言ってくれた通り、『遅い方が速く動ける』、つまり最遅ならそれだけ早くトリックルーム下で行動できるわけよ」

 

 

 その後、興に乗った先生が“最硬”なんて言葉も説明してくれたけど、それは一旦脇に置いておいて。

 にしても、戦略や戦術の他に努力値なんて数字がポケモンという生き物にダイレクトに左右する様は「本当にそれが生き物なのか」とも思った。あ、でも前に読んだ何かの本で『自然界のすべては数字で出来ている』とも書いてあったし、そういうものなのかもしれない。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 さらにそれから、努力値はポケモンによって決まっているだの、いろいろな訓練方法があってそれで努力値を上げていくだのみたいな話で、今日の努力値の話は終わりだった。ちなみにポロッと言ってた「際限がなくなるってどういうことですか」と質問してみたら、やれ何とか決定指数だ、やれ何とか耐久指数だなんて出てきて、やれHP調整だなんて言葉が出てきた。そして、それを求める計算式とかもあるんだそうで。

 うん、マジ何言ってんのかわかんねっす。正直どこの言語っすかね? ちなみにコトネはこれでもスクールではそこそこ成績は良かったはずなんだけどなぁ。

 

「まあ、今言ったことは、今は忘れてちょうだい。きっといずれやるから」

 

 いや、結構鬼じゃないですかね、センセ、それって。

 

 まあ、それはひとまず置いておき、少し一休みが入った。

 

「なんつーか、ポケモンの育成ってなんか算数というか数学というか。強くなるにはただただ楽しくバトルしていればいいってわけじゃないんですね」

「そうね。ポケモンって、ポケモン自体も強くなることも必要だけど、それ以上にトレーナーにそのほとんどがのしかかってるからね」

 

 ちなみに休憩の理由はセンセーが「喋り疲れた」とかだそうです。休憩なので、ポケモンたちをみな外に出して、コトネたちはポケモンたちが遊んでいる様をボケェーっとしながら見ていたりします。

 

「強くなるには、ただポケモンたちに指示してバトルして特訓してっていうだけでは強くはなれないわ。大切なことはそれらだけじゃなく、トレーナー自身がそれらの莫大な知識を修めなきゃいけないことね」

「……思うんですけど、センセーってどうやってあれだけの知識を修得したんですか?」

 

 何気なく興味本位に聞いてみたら、サーッと顔を青くして顔をそむけたセンセー。

 

「いろいろ……いろいろあったのよ……」

 

 なんとなく哀愁を帯びている感じから、『ああ、ここは突っ込まない方がいい』と判断。

 

「ところで、センセーにそれを教えた人っていったいどんな人ですかね?」

 

 話題を変えることにしました。

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「なにをです?」

「あたしがそれを教わった人って今“全国チャンピオン”って呼ばれている人よ」

 

 

 はっ?

 うん? きっと聞き間違いよね? もう一度聞いてみましょう。

 

 

「ええっと、どなたですか?」

「だから、“全国チャンピオン”よ」

 

 

 ……どうやら聞き間違いではなかった。

 そっかー。あの全国チャンピオンから教わったのかー。

 そーなのかー。

 

 ――

 

 ――

 

 ……

 

 

「って、はいいいいいいいいいい!?」

 

 

 ちょっ!? マジかよ!! 一瞬、時が止まっちまったぜ!?

 

「あ、あの“全国チャンピオン”ですか!? あの、行く地方行く地方でチャンピオンになって、でもすぐに辞退しちゃうっていうあのっ!?」

「だから、そう言ってるじゃない」

 

 お、驚きだ。いくらなんでもそこまでのビッグネームが出てくるとは思わなかった……。

 そんな人に師事していたら、そりゃああんだけ強くなるワケだ。

 

「尤も、あたしが習ったのは知識とか代表的な戦略・戦術と、あとはユウトさんが調べたっていうポケモンのデータをもらっただけかな。他にもいろいろあるみたいなんだけど、そこら辺は自分で経験と実践を積んでいけって感じだったわ。そうしないと身に付かないからですって。あたしが今も旅を続けてるのってそのためだし。ただ、あたしが最初にあの人に黒星をつけるのを目指してるってのもあるけどね」

 

 たしか、チャンピオンになってからは一度も負けたことはないとかなんとか。もはやバケモノだよね。

 

「しかし、今教えてもらってることってその“全国チャンピオン”に教わったんですよね? その人はいったいどこでそんな知識を身に付けたんですか?」

 

 コトネはポケモントレーナーになりたくて、パパがポケモンの研究者だったことも手伝って、旅に出る前はそれなりにコトネもポケモンについては勉強してたんですよ。

 でも、最初センセーの話す内容がどれもこれも聞いたことがなかった内容ばかりだったんで、さっきチラッと言ったように、パパと連絡を取った際、思わずパパに聞いてみたんです。

 

『パパ、種族値とか技の種類が三つあるとかって聞いたことある?』

 

 って。最初は何のことかわからなかったらしいんですけど、そのうちパパの顔色がみるみる変わっていって、

 

【コッ、コトネ! そっ、それはいったい! どこで!? どうやって知ったんだい!?】

 

危機迫る顔で家のテレビ電話にかじりつくようにしてアップになったパパの顔が印象的でした。

 一応パパもあれでそれなりの研究者なのに知らないことを、さも当たり前のようにそれが事実であるという風に話すセンセー。そしておそらく“全国チャンピオン”。

 

 あまりにナゾすぎますよね。

 

 

「“禁則事項です☆”」

 

 ……うん、すごくかわいいんですよ、そんな両人差し指をホッペに当てて? もう、夜になったら、いや、いますぐ襲っちゃいたいくらいのかわいさですよ? ……でもいったいどういう……?

 

「っていうことらしいわよ」

「え?」

「だから、秘密ってこと。いくら食い下がっても、教えてくれなかったから、ナゾよナゾ、ホントに」

 

 うーん、でも是非とも聞いてみたい。

 

「コトネならきっと会えるわよ、あの人に」

「へ? どうしてですか?」

「だってコトネ、もうあたしたちの仲間内では結構知られているはずだし」

 

 意味がわかりません。コトネはまだ旅だったばかりの新人トレーナーで、有名などという言葉とはかけ離れた位置にいるはず。

 

「あたしは、いわば“全国チャンピオン”の一番弟子。コトネはその弟子が鍛えてるポケモントレーナー。なら、チャンピオンリーグに出るほどの腕は近いうちに必ず身につけてくるはず。ということであの人やあたしとつながりのある、いろんな地方のチャンピオンや四天王、バトルフロンティアのブレーンがコトネを将来の強敵(ライバル)と認知してるわ」

 

 

 え?

 

 

 ええええええええええ!?

 

 

 ちょっ!? なしてそげな重要人物にウチがなっとんねん!?

 

「さ、そろそろ休憩はおしまい! 続きをやりましょうか。まだ役割について話してなかったわね。あたしはアンタをジョウトリーグ出場までかどうかはわからないけど、あたしと別れるまでは目一杯鍛え上げないといけないんだからね。グズグズしてらんないし、今までのことは忘れたなんて言わせないんだから。ほらキビキビ行くわよ!」

 

 コトネはセンセーに後ろ襟を捕まえられて引きずられていきましたとさ。

 

 コトネとセンセーの旅はまだまだ続いていきます。




実際バトルで大切な能力値は性格=努力値>素早さの個体値>HP個体値>その他の個体値だと思ってます。心情的に6V(個体値オールMAX)などを目指したくなるものですが。
尤も、大前提として持ち物と戦略戦術が必須です。

何気にメインキャラ以外の視点で進むお話の初登場は、コトネでした。書いてて思ったのが『コトネって実は優等生キャラなのか?』ということでした。変態ですけど。
ちなみにユウトもヒカリやシロナへの指導はこんな感じでやっていました。
また、努力値溜めはバトルしたりなんやかんやしたり?(スミマセン、できればスルーお願いします)

※努力値について加筆並びに修正いたしました。


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外伝6 ユウト トリプルマルチバトル(前編)

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

※追記
大きなミスが発覚しましたので、一部修正しました。


 ナナシマ地方5の島の北方、通称『みずのめいろ』という道路を抜けた先。

 そこにはゴージャスリゾートという、云わばセレブ御用達のリゾート別荘地がある。お金持ちの別荘なので、何から何まで他のところとは違う。例えば、その辺に飾ってある調度品一つ取ってみても、他のそれとはケタが一つ、場合によっては二つ以上異なる金額が掛けられていたりもするのだ。

 さて、そんな別荘が乱立するリゾートの中に一際目立つ、別荘というよりはむしろ屋敷と言い換えてもおかしくはない装いを見せるそれがあった。そして、その“屋敷”のゲートの前に佇む、燕尾服で身を包んだ一人の男性。実は、彼はこの屋敷に訪れることになっている最後の客人を待っていたのだ。

 そうしてしばらくすると晴れ渡っていた空に黒い点がぽつんと一つ現れた。それはだんだんと大きさを増していく。

 彼は確信した。ようやく待ち人が来たのだと。

 

 そして、その最後の一人が、今ようやっと、騎乗していたボーマンダから降り立った。

 待ちわびた客人たちの到着に彼はその名を呼んで出迎えをする。

 

「ようこそ、おいでくださいました、ユウト様。ラルトス様、ボーマンダ様も」

「いえ、遅れてしまってスミマセン、コクランさん」

「ル、ラルラ」

「マン」

 

 男性の名はコクラン。イッシュ地方のとある大富豪の家で執事を勤めている人間である。そしてジョウトバトルフロンティアバトルキャッスルのフロンティアブレーンという顔も併せ持っていた。

 

「皆さんもう来てるんですか?」

「はい。ユウト様以外の皆様は全員お揃いですよ」

「うーん、しまった。また遅刻か。まーた、シロナさんとかシルバーとかになんか言われそうだ」

「主役は常に遅れて来るものですよ。では、参りましょうか」

 

 ユウトはコクランの先導に従い、屋敷の敷地内に姿を消した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 どーも。主人公なのに外伝にはコトネよりも後に初登場したユウトです。

 さて、今回はイッシュ地方でカトレアちゃん(年下)が四天王への就任が決まったので、そのお祝いのパーティーをしようという“名目”で、このゴージャスリゾートにあるカトレアちゃんの別荘にお呼ばれしました。

 ちなみにカトレアちゃん家って世界的な大富豪らしく、それこそ世界中に別荘があるんだ。

 で、さっき“名目”っていう風に強調したのは――

 

「(ユウト、なんか周りから『今日こそ私がキミのことを負かせてみせるわ!』とか『俺が初勝利をもぎ取ってやる!』って感情がビシバシ伝わってくるんだけど)」

「……まあ、いつものことだし」

 

 そう。ここはオレにとっては旅やバトルを通して知り合った連中しかおらず、そしてそいつらがオレから何とか初勝利をもぎ取ろうとして、大勢(下手すると全員?)オレにバトルを挑んでくるのだ。尤も、カトレアちゃんの別荘には必ずバトルフィールドがあり、かつポケモンの回復設備や交換設備もあるとはいえ、そんなにバトルはできねーよと過度な連戦はお断りしている。(ちなみにそのときにはオレ以外の誰かにバトルを挑んでいる人が多い)

 

 しかし、今日は何やら様子が違っていた。

 

 

「悪いんだけど、今日の一番手は僕とあともう一人でいいかな」

 

 

 明るい茶髪を立てて黒を基調とした服を身に纏う男性。しかし、それは彼を特徴づけるものではない。それならばまさしくこの肩書きの方が良いだろう――カントーリーグ元チャンピオンにして現カントートキワジムにおけるジムリーダー――

 

 

「グリーンさんですか。グリーンさんとは久しぶりのバトルな気がしますね。よろしくお願いします」

 

 

 “最強のジムリーダー”という称号を持つグリーンさんだ。

 しかし、グリーンさんの言っていたもう一人って?

 

「それは僕だ」

 

 その声が聞こえてきたところを見て、思わず呻いてしまった。

 上は赤いジャケットに、正面にモンスターボールをモチーフとした赤い帽子、下はそれとは反対に青いズボンを纏ったグリーンさんと年も背格好も似た男性。

 口数が少ないことが玉に瑕だが、史上最年少でチャンピオンの座を獲得し、“最強のチャンピオンマスター”とも呼ばれた少年。

 

 

「レッドさん、いらしてたんですか!」

 

 

 カントー地方チャンピオンマスター、レッドさんだ。ちなみに、普段はこういう集まりがあってもなにかと欠席しがちな(というよりほとんど来ない)レッドさんがここにいたのは、オレ的にはかなりビックリである。

 

「僕たち二人とダブルバトルで――」

 

 しかし、そこでグリーンさんの言葉に待ったがかかった。

 

「ハイハイハイ! そのバトル、ちょっーと待ったー! あたしも参加しまーす!!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「で、本当にそれでいいんですね?」

 

 確認の意味で対戦相手の一人であるグリーンさんに問いかける。

 

「まあ、仕方ない。彼女の功績も認めなければね」

「トーゼンよ! うふふ、これでレッドといっしょにバトル出来るわ!」

 

 まあ、オレも認めているから、あちらも断るのも難しいかというところか。

 さて、どういうことなのかというと、まず「待った」を掛けたのはカントーリーグ四天王のリーフさん。そして彼女の要求はこのバトルに自分も参加させろというものだった。

 「いきなりなんだ」とも言いたくもなる話でもあるが、実はレッドさんを連れてきたのが、何を隠そう、このリーフさんらしい。普段顔を見せないチャンピオンをこの場に連れてきたことには、「非公式とはいえ、おおっぴらにチャンピオンとバトれる」とのことで周囲もその功績を認めていたらしい。そしてその褒賞としてこれに参加するということが認められたというわけである。ちなみに、レッドさんは不服そうな顔をしているが、レッドさんが普段からこういうところに顔を出していればこんなことにはならなかったのだから、はっきり言って自業自得である。

 

「では、ルールを確認します!」

 

 審判はコクランさんが務めるらしく、その他の連中は観覧席の方で見物をしている。

 

「今回行いますは、変則的なトリプルマルチバトルです! グリーン様、レッド様、リーフ様の使用ポケモンは二体ずつ、一方ユウト様の使用ポケモンは六体全てです!」

 

 つまり、一人対一人ではなく、複数人対複数人で戦うという(尤も、こっちは一人で、向こうは三人なので変則的な)マルチバトル形式と、お互い三体ずつをフィールドに出して戦うというトリプルバトル形式を融合させたバトルである。トリプルバトルはお互いの手持ちが六体なので、オレからしてみたら、フルバトルという形式になる。

 

「ルールはポケモンリーグ公式ルールに則ったものとします! またミラクルシューターの使用は認めません! 以上です!」

 

 ポケモンリーグ公式ルールとは、こういうものだ。

 

 一,ポケモンに持ち物を持たせることが出来る。

 二,ポケモンの交代はあり。

 三,ポケモンや持ち物の重複は認めない。

 四,トレーナーはポケモンに対して如何なるアイテムも使用してはならない。

 五,最後に自爆技(じばく、だいばくはつ、みちづれ、いのちがけ)使うと、自爆技を使った方が負ける。

 六,最後のポケモン同士で相打ちになった場合、先に倒れた方が負け。

 

 オレからすれば至極普通というか当たり前なルールである(ちなみにフロンティアルールというものもあって、そちらは、基本的には上と同じルールだけど、『ポケモンの重複についてはあり』という点が違いとして存在していたりする)。

 そしてミラクルシューター、これは単純にいえば、バトル中、トレーナーがポケモンにアイテムを使うことを許可するというものだ。尤も、これには制限があり、まずそれ専用の装備をトレーナーが身に付けると、バトル開始後の時間経過とともにパワーが溜まっていき、そのパワーによってトレーナーが使用してもよいアイテムを表示させるというものだ。そして使うとそのパワーは消費されて溜め直しとなる。しかも強力なものほどパワーが必要というものだ。つまりは『何でも』、そして『いつでも』使えるものではないのだ。そして、これもやはり、『いつ』『なに』を『どのポケモン』に使うのかというところで、トレーナーの戦略性が試されるものである。

 今回はこっちが一人で向こうが三人ではあきらかに不平等ということで、なしにしてもらった。

 

 さて。オレもトリプルということで、ここに備え付けられた施設を使い、ポケモンの入れ替えも行った。若干不安はあるけどそのときはそのときで臨機応変である。

 

「それでは双方、準備はよろしいですか?」

 

 最初に繰り出す三体が入っているボールを三つ、両手に収めた。すると肩に乗っていたラルトスがピョコンと頭の上に乗っかる。

 

「ん、なにすんだ?」

 

 上を見上げると、ちょうど見下ろしていたらしいラルトスのその赤いクリクリッとした瞳と目と合った。

 

「(わたしが投げたい)」

「あー、まあいいぞ」

「(やった!)」

 

 嬉しそうなラルトスがサイコキネシスでそのままオレの手からモンスターボールを持っていく。ラルトスの周りにそれらがちょうど正三角形をつくるかのようにプカプカと浮かんでいる。

 

「では、バトルスタート!」

 

 コクランさんのかけ声がかかった。

 

「(みんな! 頑張るのよ!)」

 

 ラルトスがジャンプしてオレの頭から飛び上がると、サイコキネシスをうまくコントロールしてそれら三つのモンスターボールを、目の前に横たわるフィールドに投げ入れた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 どよめきが場内に広がる。もしオレのポケモンのせいだったのならごめんという思いと共に苦笑いが零れてしまった。

 さて、フィールドの出ているポケモンだが、レッドさんがピカチュウ、グリーンさんがカメックス、リーフさんがフシギバナである。どれも三人のパーティの中ではエース級の実力を誇るポケモンだ。

 

「ちょっとレッド、なんでリザードン出してくれないのよ?」

「……戦略上。それに頼りになるといえばコイツだから」

「あのな~、確かにお前とピカチュウは一番付き合い長いけど、そこはリザードン出そうぜ。そうすれば博士からもらったポケモンで全部揃うじゃん。まったく。空気読もうぜ、そこは」

 

 ……なんだろう。相手の三人は同じマサラタウン出身で家も隣の幼馴染。しかも、同時期にオーキド博士からポケモンをもらって旅に出たとか聞いていたから、てっきり夢のタッグとしてチームワークがいいと思ってたんだけど、大丈夫なんだろうか?

 

「(チャンスじゃない。今の内にさっさと先手をもらうのよ)」

 

 それもそうかもな。

 さて、一方のオレのポケモンはというと。

 

「バリヤードか。いや、バリヤードはいいとして残りが――」

「……ソーナンス、プリン……」

「プリンっていうのが意外すぎるけど、ソーナンスはヤバいわよね」

 

 ということである。見渡せば、他のみんなもプリンの意外性とソーナンスに結構注目が集まっているように感じられる。まあ、リーグでもバトルフロンティアでも、プリンでバトルに挑むトレーナーは見たことないし、ソーナンスはその特性の厄介さが知られているからだろう。

 

「たしかソーナンスの特性は『かげふみ』だったか。これでは交代が出来ないぞ」

「……かといって迂闊な攻撃では、相当手痛い反撃を食らってしまう……」

 

 二人の言うとおりで、ソーナンスの特性『かげふみ』の効果はゴーストタイプ以外、ポケモン交代や逃げるが出来なくなるというものだ。そしてレッドさんの言うとおり、ソーナンスはカウンターとミラーコートという反撃技を持っている。カウンターは受けた物理ダメージを、ミラーコートでは受けた特殊ダメージをそれぞれ二倍にして返すという技で、HPの種族値が高いソーナンスは、そのHPの高さと防御と特防の低さも相まって、これら二つの技のダメージ量が他のポケモンのそれよりも格段に多いのだ。下手をすると、一発カウンターやミラーコートを食らっただけでダウンもあり得るくらいである。

 

「でも、とにかくダメージは気にせず、あのソーナンスをみんなで集中攻撃して倒すしかないんじゃない?」

 

 しかし、それにも限界はあって、一度に集中攻撃をされてはさすがのソーナンスも耐えきれない。今リーフさんが挙げた方法が一番ダブルトリプルにおいて使える突破方法だろう。

 しかししかし、『かげふみ』にだけ注目しててもダメなんだよな~。ということでラルトスの進言通りに行こうか。

 

「先手行きます! バリヤードはフシギバナにねこだまし! プリンはほろびのうた! ソーナンスは適宜任せる!」

 

 ズバリ、今回のオレのテーマは俗に言う『滅びパ』である。これはほろびのうたという技を基点として攻める戦法だ。今回、ほろびのうた始動役をプリン、場に縫い付ける役割をソーナンス、補助をバリヤードという風に割り当てた。ちなみにソーナンスは、アニメのムサシのように、指示がなくてもカウンターとミラーコートを使い分けることができる賢いヤツなので、完全にお任せである。

 これは上手く機能したようで、フシギバナはねこだましによる怯み効果で僅かの時間だが行動不能に陥り、ソーナンスの交代を縛る特性がプリンから攻撃の目を逸らす働きをしてくれたおかげで、プリンはほろびのうたを成功させた。

 

「フシギバナ、しっかり!」

「マズイぞ! 早くソーナンスを倒さないと、このままではほろびのうたのおかげでこちらがやられてしまう!」

 

 向こうは交代を縛っているソーナンスを先に倒させようとしていたため、バリヤードとプリンの行動に虚を突かれたようだった。しかし、フシギバナはいくらねこだましの威力が低いとはいえ、ほとんどダメージを受けていないように見える。それにそのダメージも現在進行形で回復しているようだ。とすると、持ち物はくろいヘドロ辺りか。

 

「ピカチュウ、ソーナンスにボルテッカー!」

 

 そして、いち早く復帰したピカチュウが身体に多量の電気を纏いながら、ソーナンスに向かって一目散に迫る。そのスピードたるや、「でんこうせっかの間違いなんじゃないの?」と言いたくなるほどである。運動エネルギーは速さの二乗で強くなっていくので、ソーナンスの受ける衝撃たるや相当なものとなるだろう。

 

「ソーーナンスッ!」

 

 しかし、ソーナンスはピカチュウのボルテッカーによる突進を弾き飛ばされることもなく、受け止める。そして、その威力を完全に殺し切ることに成功させた。尤も、やはりあのボルテッカーの威力はすさまじかったようで、ソーナンスの足がズザザザザーッとフィールドを削った跡がピカチュウの後方に長く深く刻まれている。

 

「そんな……!」

「えー!? レッドのピカチュウのボルテッカーは伝説のポケモンだって、耐え切れないで吹っ飛ばされるほどの威力があるのよ!?」

 

 さて、反撃技を得意とするポケモンの真骨頂を味わってもらおう!

 

「レッド! ピカチュウを後ろに下げろ! カウンターが来るぞ!」

「ピカチュウ! でんこうせっかで跳び上がれ! ソーナンスから離れろ!」

 

 グリーンさんとレッドさんの声に反応していち早く離脱を試みるピカチュウ。

 

「逃がすな! ぶちかませ、ソーナンス! カウンター!」

「ソーーナンスッ!」

 

 ソーナンスのカウンターが発動する。カウンターによるエネルギーの塊がピカチュウに迫った。しかし、ピカチュウもレッドさんの指示通り、でんこうせっかで宙に跳ぶことでうまく離脱した。かすっただけでは大ダメージはあまり見込めないだろう。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

「ピッカ!」

 

 ムリがある体勢で離脱と着地をしたためか、頭をぶるぶると振って気付けを行ったピカチュウ。その瞳には力強さが一段と宿っていた。

 

「おかしい。でんきだま持ちで、かつ、レッドのピカチュウなんだ。ボルテッカーのダメージがあんなもんで済むはずがない」

 

 グリーンさんの言うことも、それはそうだろうと思う。ソーナンスはまだまだ全然堪えているという様子を見せていない。せいぜい焦げ跡が少し付いたぐらいだ。尤も、こちらもそういう戦略を組み込んでいるのだから、当然だったともいえるのかもしれないが。

 

「ダメージを抑えた秘訣には、勿論ソーナンスの耐久を上げていることもさることながら、実はプリンが関係します」

 

 その一言でプリンに注目が集まった。

 

「オレのプリンの特性は『フレンドガード』。これはダブルトリプル専用の特性で、効果は自分以外の味方ポケモンのダメージを四分の三に抑えるというものです」

「そっかそっか、そういうことね。ほろびのうただけじゃなかったんだ」

「でもどうせ、プリンの持ち物はしんかのきせきで耐久も上げているから、プリンを倒すのも少々厄介。違うか……?」

 

 うん。この夫婦はやっぱり素晴らしい。オレの言いたいことをすぐさま述べてくれる。

 

「でもよ、なにもどっちも倒す必要はないぜ? カメックス!」

「ガメーッ!」

 

 グリーンさんの不敵な笑みを携える。

 はてさて、何を狙うのか。

 

「カメックス、ソーナンスにほえる!」

「ガメ!」

 

 しめた!

 

 カメックスはやや胸を反らし、大きく息を吸い込む。ほえるという技は、いわゆる相手を強制的に交代させる技の一つで、発動までの時間がやや長いという特徴を持つ。

 

 グリーンさんの狙いは普通なら当たりだと思うんだけど、今回はお生憎。

 というかこれこれ! これを待っていたんだ!

 

「いけ、プリン、やつあたりだ! ソーナンス、合わせろ!」

「プリッ!」

「ソーーナンス!」

 

 その合図とともにプリンがソーナンスの頭上に躍り出る。

 

「プリュ!」

「ガー、メーーーッ!」

 

 プリンがやつあたりで以ってソーナンスを弾き飛ばした。いや、正確には、プリンのやつあたりの向かう方向にソーナンスもジャンプしていたことで、威力が低いやつあたりであっても、弾き飛ぶと言えるほどにプリンとの間に距離を取ることが出来たのだ。

 そして、それと同時にカメックスのほえるが発動する。しかし、すでにカメックスが狙いを定めていたところには、ソーナンスはいない。いるのはプリンだけだ。

 そうしてそのままプリンはソーナンスに行くはずだったほえるをもらった。

 

「くっそ! しまった!」

 

 指を弾きながら悔しがるグリーンさんをよそに、プリンはボールに戻っていった。

 ゲームなら、技が四つという制限がある以上、交代が封じられている状態においてほろび始動役が戻るには持ち物等も含めた戦略が狭められてしまうが、ここにはそんなものはない。そして交代を封じられているのなら、今みたいな強制交代技でソーナンスを交代させてしまえば、それも解除される。強制交代技は『かげふみ』では縛れないからだ。

 フレンドガードの掛かっているソーナンスは相当に硬いので、倒すには時間もかかる。しかし、このほろびのカウントが迫る状況下でそれに掛かりきりでは致命的ミスへとつながる。

 相手が普通のトレーナーだったら、この手は使えなかっただろう。しかし、相手が天才と言わしめても過言ではない、かつ、知識も蓄えてきている彼らならば、きっとそう動いてくれるハズ。そうした読み、いや、半ば確信があったのだ。そして結果は予想通り、ドンピシャだった。

 

「(ユウト、結構悪役みたいな顔になってるわよ、それ)」

 

 おっと。顔に手を当てて確かめてみると、たしかに口元がニヤァといった感じにつり上がっていた。変なキャラ付けがされるのもそれはそれで嫌なので元に戻す。

 

 うん、でもやっぱり読みがハマるとすっごく爽快です!

 

「コーン!」

 

 そして出てきたのは六本の尻尾がとってもチャーミングで、たまに「けしからんモフモフサセテー」なんて声も聞こえてくるほどの愛らしいきつねポケモンのロコン。タイプは炎でキュウコンの進化前のポケモンである。

 そして――うん、マジでオレの方に運が向いてきたんじゃないかと思う。

 

「バリヤードはカメックスにでんじは、ロコンはふういん!」

「みがわりだ、カメックス!」

 

 カメックスの体が一瞬ぶれる。ロコンのふういんが決まる前にいち早くみがわりが出来たようだ。おかげででんじはは無効化されてしまった。 

 

「フシギバナ、大丈夫!?」

「バーナッ」

 

 そしてひるんで身動きが取れないでいたフシギバナが復活したようだ。

 

「コーン!」

 

 そしてこちらもふういんが完了した。これでロコンが覚えている技の大半を相手方は使えない。おそらくピカチュウ以外は持っているだろう強制交代技のほえるはこれで封じられた。あとはカメックスのドラゴンテールのみ。それにちょうはつ(補助技を出せなくなる)対策もソーナンスのメンタルハーブで対処できるし、ドラゴンテールも併せて、バリヤードやロコンのかなしばりで封じることもできる。

 

「でも、どうしよう!? ふういん使われたんじゃ、こっちの補助技はほとんど使えないんじゃないの!?」

「いや、たしかにこっちが不利だが、でもロコンにだって覚えられないものもあるし、オレのカメックスにも他にソーナンスを突破する手もある。レッド!」

「でんじふゆう……!」

 

 それによってピカチュウの体表が淡く黄色に光出すとともに、ピカチュウの体が宙に浮かび始めた。

 

「チュウウウ」

 

 いや、ピカチュウがその浮かび始めた身体を今度は沈め始めた? ピカチュウの足がフィールドに着く。そしてまたゆっくりとだが、浮かび上がる。まるで重力がそこだけ急に軽くなったかのような感じの浮かび方だ。そして、またゆっくりと浮かび上がっていたものが上昇を止めて下降し始めて、足がフィールドに着く。

 

「そうか。ピカチュウはでんじふゆうの状態を維持しながら、早く動けるようにコントロールしているのか」

 

 当たり前だが、ピカチュウは空を自由に飛ぶことが出来ない。しかし、地面ではその身軽なフットワークを生かして素早く動き回ることが出来る。なるほど、やはりレッドさんのピカチュウは強敵だ!

 それになんででんじふゆうを……まさか!?

 

「そういうことね! フシギバナ、じしんよ!」

「ピカチュウ! フシギバナにてだすけ!」

「カメックスは全体にしおふきだ!」

 

 そういうことか! じしんは威力は通常よりは下がるが、フィールド全体に攻撃できる。カメックスはもともと高い耐久を持っている上、ピカチュウはでんじふゆうで効果なし。おまけにピカチュウのてだすけでじしんの威力が上がっている。コンボとしては成立している。一方こっちはロコンはじしんが弱点で、きせきも持っていないから耐久はあまり高くない。そしてじしんで物理攻撃を、しおふきで特殊攻撃をとすれば、ソーナンスの返し技は片方は成立しない。おまけにしおふきは相手全体に攻撃する技なので、ソーナンス以外へのダメージも見込める。

 ただ、やりようはある。あとは間に合ってくれれば――!

 

「バリヤード、ワイドガード! 急いで!」

「バリッ!」

「ソーナンスはミラーコート!」

「ソーーナンス!」

 

 これであとはなんとかなるのを祈るか。そうだ、ロコンは――

 

「ロコン、カメックスにやきつくす!」

「コーン!」

 

 カメックスの持ち物は“こだわって”いないハズだから、オボンとかの木の実か水のジュエルとかのジュエル系統か。他にもあるかもしれないが、このやきつくすは木の実やジュエルを使えなくする技だ。技のタイプは炎で相性は最悪だが、それらを封じられれば御の字だろう。

 ちなみにカメックスならばメガシンカすることも考えられたが、現状その可能性はほぼないと考えている。カメックスの場合、メガシンカする戦法で来るなら、早々にメガシンカした方が元の状態で同様の戦法をするよりも強力だからだ。ところが、その様子は一切見られなかった。

 

 さて、結果的にはどうなったのかというと――

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ロコン、ソーナンス、フシギバナ、カメックス、ピカチュウ、戦闘不能!」

 

 コクランさんの宣言通り、フィールドにはオレのバリヤードを残して全員がフィールド上に伏せっていた。バリヤードは「バリィバリィ!」と元気いっぱいだ。

 

「よくやってくれたな、みんな。ゆっくり休んでくれ」

 

 そうしてオレはバリヤード以外の倒れている二人をボールに戻した。

 

「ありがとう、フシギバナ」

「ご苦労だった、カメックス」

 

 リーフさん、グリーンさんもそれぞれのポケモンをボールに戻す。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

「ピカピカチュ~、チャー」

 

 レッドさんがフィールドの中に入って、ぐったりしているピカチュウを腕に抱えている。そのままレッドさんはピカチュウを抱えながらフィールドから出て、トレーナースクエア脇にあるベンチにピカチュウを横たえて休ませる。レッドさんのピカチュウはモンスターボールに入りたがらないらしいので、そうしているようだった。

 

 さて、一体何が起きたのかというと。

 まず、ロコンのやきつくすとバリヤードのワイドガード(全体攻撃を防ぐ)が同時並行で発動した。尤も、やきつくすはいい感じに何か(ジュエル系統。色を見るに、おそらくは水のジュエル)を、技名通り、焼き尽くしてくれたが、ワイドガードは完全には成功せず、バリヤードにしか張ることが出来なかった。そのため、ロコンとソーナンスに、てだすけ(技の威力を一.五倍にする)によって強化されたじしんが直撃。しんかのきせきはプリンに持たせていたために、それによる耐久上昇の恩恵を受けられず、かつ弱点攻撃ということも手伝って、ロコンは耐えきれずにダウン(ちなみにきあいのハチマキを持たせていたが、クオリティ(ゲームにおいて起こるCPUにとってあまりに有利な展開)は発動しなかったようだ)。しかし、ソーナンスは耐えきってみせた。

 次にカメックスのしおふきがその後タッチの差でソーナンスを襲う(ちなみにバリヤードはワイドガードのおかげで無傷)。ダメージは多かったようだが、これはミラーコートではね返すことには成功。今度はさっきのピカチュウのように避けられるということもなく、かつ、じしんのダメージもあり、カメックスをダウン寸前というところまで追い込んだ。尤も、ソーナンスも既に威力が高い技をいくつも受けており、あと一撃耐えられるかギリギリというところであった。そこをダメ押しとばかりにピカチュウがでんこうせっかで以てソーナンスに攻め上がった。そしてあと一歩、そんなところでほろびのうたの効果が発動。

 そうしてバリヤード以外が戦闘不能という今の状況が出来あがったのだ。ちなみにほろびのうたは音による攻撃なので、特性『ぼうおん(音による技のダメージや効果を受けない)』によって初めから効果はなかったりする。

 

「(でも、ロコンには感謝よね)」

「だな」

 

 ラルトスの言いたいことは、ひょっとするとの話だが、やきつくすが決まっていなかったら、という場合だ。その場合、もしかするとタイプ一致+水のジュエルでの強化しおふきでソーナンスがダウンしてしまって、ほろびも不発に終わっていたかもしれない。ほんの僅かの行動によって天秤が簡単にひっくり返る。それに、些か怖いというよりも背筋をビリビリとした感触が走るのを感じた。それが腕を伝わり、手にもその感触が伝わる。思わず、拳を握る力が増した。

 

「(だから、顔)」

 

 ラルトスのその指摘はもう些細なことのように思えた。少なくともさっき考えていたことなど抜け落ちていた。

 

「それでは次のポケモンを出してください!」

 

 バリヤード以外がすべていなくなったフィールドにコクランさんの声が響き渡る。

 さて、向こうは三人だからそれぞれ一体ずつで、こっちは二体。ついでに向こうはもう交代もできず、後がない。戦略はドンピシャだったわけだ。よし、このままいこう!

 

「プリン! それからピッピ! キミたちに決めた!」

 

 ということで、もう一度ほろびを決めるためのプリンと、技が豊富なために攻撃役とサポート役を同時にこなせるピッピを繰り出す。ちなみにこのピッピだが、今回は迷いに迷って特性は相手の攻撃以外で、ダメージを受けない『マジックガード』を選択した。特性カプセルという便利なアイテムがあるので、バトル前はいつもどの特性にするか悩むポケモンである。

 

 んで、向こうは交代できないという不利な状況なため、ちょっとは有利かなと思っていたんだけど――

 

 

「出番よ、フリーザー!」

「出てこい、ファイヤー……!」

「いってこい、サンダー!」

 

 

 さすがにカントー地方の伝説の三鳥がここで出てくるとは正直思いもよらなかった。

 

「(えー? ここで伝説ぅ?)」

「別にルールに反しているわけじゃないぞ。それだったら、最初からそういうルールにしとけって話だ。それにしてもやばいな。伝説のポケモンをあの三人が扱うんだからこれはマジのマジにならないと、ここから一気に逆転されるぞ」

 

 やっぱりあの三人は強敵だとも思った。




手持ちポケモン
・ユウト
バリヤード(????)、プリン(しんかのきせき)、ソーナンス(メンタルハーブ)、ロコン(きあいのハチマキ)、ピッピ(????)、残り1体

・グリーン
カメックス(水のジュエル)、サンダー(????)
・レッド
ピカチュウ(でんきだま)、ファイヤー(????)
・リーフ
フシギバナ(くろいヘドロ)、フリーザー(????)


※本来トリプルバトルには他にも単体技の攻撃指定についての制約やポジション替えのムーブというものがありますが、ここではなしとしております。

※特性カプセルは隠れ特性への変更や隠れ特性からの変更も可能という形に変更しております(ゲームでもこの仕様になってほしい。それに必要BP上げてくれていいから大事なもの扱いにして消耗品でなければ良かった)。

※『ソーナンスの防御特防は低い』としつつ『ソーナンスは相当に硬い』という表現を使っていますが、相手の攻撃を耐える耐久についてはHPと防御or特防の高さによって変わります。ソーナンスの場合、防御特防の種族値は低いのですが、HPの種族値はべらぼうに高いので、相対的に耐久は高くなっています。


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外伝7 ユウト トリプルマルチバトル(後編)

 目の前には現れるは、優雅にその翼を広げて羽ばたく三体の伝説のポケモンたち。赤という言葉がトレーナーとポケモンに非常にマッチするレッドさんのファイヤー、昔は尖っていたというグリーンさんにも通じるトゲトゲとしたデザインを持つグリーンさんのサンダー、そして個人的に一番優雅さを誇り、それがよく似合いそうであるリーフさんのフリーザー。しかも、そのフリーザーは相当珍しい色違いであることから、その価値をまた一段上に上げている。

 カントー地方伝説の御三家とも言われるファイヤー、サンダー、フリーザーだが、それは何もカントーだけのものではない。ナナシマ地方オレンジ諸島、特にその果てにあるアーシア島近辺ではそれぞれ火の神、雷の神、氷の神といった、神とも称され崇められるポケモンでもある。

 その優雅な羽ばたきに合わせて、炎が、いかづちが、冷気が空気を走る。

 

「考えることは同じか。それにしてもレッドがリザードンじゃなくてピカチュウ出した意味もわかったぜ」

「ねー。たしかにリザードンとファイヤーじゃあタイプまるかぶりでちょっとねぇ」

 

 そういうことだとばかりにうんうん頷いているレッドさん。考えてみれば最初の一体目は初めてのパートナーで、二体目がカントー伝説の三鳥とか、やっぱりなんだかんだでチームワークというかフィーリングが合ってるんだろうな。

 

「さーて、それはそうとどうしようか」

 

 いや、言葉ではそう言ったものの、やることは決まっているのだ。プリンのほろびのうたを決めて、あとは時間を稼ぐ。ただそれだけだ。しかし、あの強力なポケモンたちを指揮するは稀代に優秀なトレーナーたちだ。短期決戦とはいえ、厳しいものがあるかもしれない。

 

(……なーに考えてんのよ)

 

 頭の中にラルトスの声が響いてきた。

 

(たしかに相手は伝説のポケモンだし、新旧チャンピオンや四天王。生半可ではないのは確かよね。でも、そんなの関係ないわ。わたしたちはね、ユウト、あなたのために頑張るだけなの。あなたのためにすべての力を出し尽くす。だから、わたしたちを信じなさい)

 

 ……そうだな。オレが信じてやらなくて誰が信じてやるのか。

 

(ありがとう、ラルトス!)

(ううん、一片でも迷ってた心が晴れてよかったわ)

(ああ、助かった!)

(ふふ、わたしはあなたの半身よ。これくらいのことがこなせなきゃ、あなたの隣にいる資格はないわ)

 

 ……ったく、マジでいいやつだ!

 

「ぃよっし!」

 

 頬を両手でバチンと叩く。

 オレのポケモンたちなんだ。誰であろうと負けない! オレはそれを信じる! それがオレのプライドであり、それがオレ()のポ()ケモ()ン達()の信頼に対するオレの返答だ!

 

「さあ、ここからが反撃よ!」

「さっきのようにはいかない……!」

「もうプリンの脅威を十分知ったからな」

 

 さて、向こうもオレがまたプリンを出したことで、何をしてくるのか察したようだ。彼らの視線は今うまい具合に、他のポケモンと比べると、比較的にプリンの方に注がれている。さっきでいえば彼らがソーナンスにやっていたようなことだ。

 

 少し脇に逸れるが、『手品のネタを知っている。しかし、騙された』という経験があると思うが、これはマジシャンがその手品の見せ方が上手かったからである。この、タネを知られている手品でも、『上手く見せるというのが技量であり、それ自体が”芸”である』というのが、『一流のマジシャン』ということである。

 

 さて、これと似たような話で、ほろびのうた(タネ)は既に割られているが、戦略(見せ方)次第ではもう一度ひっかけることもできるんじゃないだろうか。

 

「サンダー、10万ボルトだ!」

「ファイヤー、かえんほうしゃ!」

「ふぶきよ、フリーザー!」

 

 フリーザーだけが範囲攻撃か。これなら――!

 

「ピッピ、このゆびとまれ!」

「ピッ、ピー」

 

 ピッピが腕を上げて指を空に向かって突き立てた。すると、サンダーとファイヤーがピッピの立てた指に注目する。

 

「今だプリン! ほろびのうた! それからバリヤードはひかりのかべ!」

「プリュ!」

「バリ!」

 

 このゆびとまれによってサンダーとファイヤーはピッピに視線が釘付けとなってしまい、そのまま10万ボルトとかえんほうしゃをピッピに放ってしまう。その間にほろびのうたとひかりのかべ(特殊攻撃のダメージをしばらくの間抑える)が成功させ、『フレンドガード』の効果も相まって、その後に放たれたふぶきのダメージを大幅に軽減させることに成功した。

 

「ファック! くっそ、このゆびとまれか!」

「またっ、やられた……っ!」

 

 このゆびとまれはほんの短い間、単体への攻撃技と変化技をこれを使ったポケモンにすべて惹きつけるという技だ。プリン狙い撃ちはわかっていたので、今回は一工夫を加えてみた形だ。

 

「見事に引っ掛かってくれてとってもおいしいです」

「ま、まったく。これだから男どもは……」

 

 グリーンさんやレッドさんの反応を楽しむオレと呆れる様子を見せるリーフさん。しかし、オレは知っている。リーフさんが目を逸らして冷や汗を流しているのを。

 

「(言わないのが花よ。女の子に恥じかかせちゃダメ)」

「わかってる」

 

 さて、これで向こうは短期決戦を仕掛けざるを得ない状況になったわけだ。

 

「二人とも、聞いてくれ」

 

 さっきのように闇雲に仕掛けるのではなく、なにやらレッドさんに作戦があるらしい。二人はそれに耳を傾けている。

 

「……よし、それでやってみよう!」

「ダメでもともとよ!」

 

 なにかの作戦を立てたらしい。潰してしまいたい思いもあるが、しかし、この場の即興で、しかもレッドさんが考えたというものを見てみたいという思いもある。

 

「ファイヤー、しんぴのまもり!」

「フリーザーはおいかぜよ!」

「サンダー、あまごいだ!」

 

 む、一つだけ特に看過できない技があった。

 

「ピッピ、よこどり! フリーザーからおいかぜを奪え!」

 

 おいかぜは使った側全員の素早さがしばらくの間、二倍になるという変化技。流石にそれは見過ごせないので、よこどりで奪い取った。ちなみによこどりは相手が使おうとしていて、かつ、自分たちにしか効果が及ばない変化技を横取りして、代わりに自分に使うという面白い技だ。技の出も非常に速いので、おいかぜだけはこっちで奪い取った。

 

「もう! やっぱりそううまくはいかないかしら」

「いや、それでもいい流れではある。このままいくぞ!」

「いえ、もう少し『世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかり』というのを味わってもらいます! バリヤード、ファイヤーにアンコール!」

「っ! しまった!」

 

 バリヤードがファイヤーを煽てて拍手する。ファイヤーはそれに乗せられてしまった状態になった。これでしばらくファイヤーはしんぴのまもりしかできない。ほろびのカウントも考慮に入れれば、ファイヤーはただの置き物も同然。これであと残りはサンダーとフリーザーだけになった。

 

「レッド、あとはまかせろ!」

「たのむ……!」

「OK! 見てなさいよ! フリーザー、ふぶき!」

「サンダー、ほうでんだ!」

 

 まずっ! そうか、だからしんぴのまもりを張ったのか!

 ほうでんがフィールドに出ているサンダー以外のすべてのポケモンに襲い掛かる。

 み、みんなは!?

 

「(むぅ、どうやらピッピ以外は今ので麻痺しちゃったみたいね)」

「そうか……! しまったな、こっちも同じくしんぴのまもりを張っておけばよかった」

 

 そしてさらにふぶきが襲い掛かる。ふぶきは相手方に対しての範囲攻撃でもあるので、やはりプリンたちにダメージが入ってしまった。

 

「なんとかうまくいったかしら」

「ああ、だいぶな」

「すまない」

「気にするな。仕方ないことさ」

「そうよ。それにこの作戦はレッドが立てたんだから、レッドの成功でもあるのよ」

 

 さて、彼らが立てた作戦。サンダーのほうでんを主軸としたものである。このほうでんという技だが、電気タイプの技で自分以外を攻撃するというものであるが、他に追加効果の麻痺が発生しやすいという特色がある。そしてファイヤーのやったしんぴのまもり。これは麻痺や眠りなどの状態異常や混乱状態などを防ぐ技だ。

 つまり彼らがやりたかったことは、しんぴのまもりで状態異常を防ぎつつ、ほうでんによって相手を麻痺させて、行動に支障が出るのを狙ったのである。おいかぜは単純に味方補助だろう。また、フリーザーもほうでんによるダメージを受けるが、元々、ほうでんの威力はそう高いものではなく(かつダブルバトルやトリプルバトルではその威力も下がる)、また、フリーザー自体も特防の種族値が相当高いので、弱点といえど、あまりそれを食らうことがなかったということだ。

 そしてあまごい。これは雨を降らせる効果を持つ技だが、雨が降っている状態だとバトルやポケモンたちに様々な影響が出る。

 その一例として――雨中では相手は逃げられずに、必ず当たる技というものが存在する。

 例えば電気タイプの技――

 

「サンダー! か み な り ! !」

 

 例えば飛行タイプの技――

 

「フリーザー! ぼ う ふ う ! !」

 

 サンダーの天にまでも轟きそうな嘶きに併せて、雨雲の中に稲光と雷鳴が響き渡る。フリーザーの力強い羽ばたきによって、大雨だったそこに凄まじいまでの猛烈な突風が合わさる。さらに、フリーザーは羽ばたくことで空気中の水分を冷やして雪を降らすこともできるため、台風やあるいは竜巻にも劣らないような風が吹き荒れているような暴風雨が、()ではなく()、つまり()()()へと変化し始めていた。

 

「ええ!? それってアリ!?」

 

 そしてさらにまるで「攻撃範囲はフィールド全体だ」とばかりに、落雷がフィールドに降り注ぐ。その落雷によって空気に衝撃が走り、それが肌や鼓膜、目を著しく刺激する。

 単なるぼうふうとかみなりという技のはずなのに、もはや、かみなり+ふぶき+ぼうふう+たつまき+フラッシュ+ハイパーボイスかとばかりの様相を呈していた。

 

「ぐっ!」

 

 顔を腕で覆わなければ目も開けられない。前傾の姿勢にならなければ、体がのけ反らされてしまう。腰を落として足を踏ん張らなければ、吹き飛ばされてしまう。耳を覆わなければ鼓膜をも痛めてしまう。

 しかし、オレはフィールドの端っこのトレーナースクエアにいるだけなので、これですら余波でしかない。まだ優しい方なのだ。中心部で直撃を受けているあいつらにとってはこの猛威がいかばかりかなど言わずもがなというところだろう。

 

「(やっぱり、伝説のポケモンは伊達じゃないわね)」

 

 ラルトスはオレにしがみ付いて飛ばされないようにしている。そしてラルトスの言い分も最もだ。それにあの三人のポケモンな上、あの三体が対をなす存在であるからなのか、より一層というところか。正直この威力はもうタイプ一致がどうこうの話じゃない。

 でも、そんなことで泣きごとなど言ってられない。オレはアイツらのトレーナーでアイツらの友達だ。オレ以上の辛い状況を耐えているアイツらになんとか声を届けないと。しかし、この状況ではオレの声もアイツらに聞こえるかどうか。

 ――そうか!!

 

(ラルトス、テレパシーでオレの声をあいつらに届けてくれ!)

(わかったわ! よし、OK! みんな、聞こえるかしら!?)

 

 こんな状況ではオレの声を拾うのも難しいだろうから、ラルトスに届くようにと想いながら声をかけ、それをきちんとラルトスは拾ってくれた。

 そしてラルトスのテレパシーによる呼びかけに応じてくれたか、三人の声がそれに乗って頭の中に響いてきた。

 

(みんな、まだやれそうか!?)

(ピク! ピクシイ!)

(プ、プッ、プリュ!)

(バ、バリ、バリ!)

 

 プリンとバリヤードは麻痺がかなり効いているらしい。あんまりムリはさせられないか。

 よし!

 

「ピッピはドわすれとねがいごとだ! 体勢を立て直してくれ! それからプリンはかみなり、バリヤードはみんなのサポートだ!」

 

 オレの言葉にみな力強く返事をしてくれた。

 

(よし! みんな、ここが踏ん張りどころだ! なんとか頑張ってくれ!)

(ピクシイ!)

(プリュ!)

(バリ!)

 

 ほんとにいいやつらだ。

 

(あとはあの子たちがうまくやってくれることを願うだけね)

(ああ、でも絶対うまくやってくれるさ!)

 

 

 そうしてしばらくすると、それらがピタリと止んだ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 その日の夜。別荘では立食形式のパーティーが行われていた、“名目”の方もちゃんとやらなきゃねということで。

 ちなみにバトルの方は、さすがに全員とはいかないまでも、かなりの人数とはこなした。正直精神的にはヘトヘトです。

 その中で一番疲れたのがやはり――

 

「随分と平皿に大盛に乗せていることね」

「まったく。食い意地が張っているというかなんというか」

「一個もらう」

 

 この三人、リーフさん、グリーンさん、そしてレッドさんとのバトルだった。

 あのバトルだけど、大まかな流れは、やはり麻痺の効果は大きかったようで、プリンはかみなりを撃てず、逆にあの強烈なぼうふうによって、まずバリヤードがダウン。しかし、バリヤードのサポートによってピッピとプリンの二人はかみなりとぼうふうを耐えきったのだった。その後、直後に放たれたサンダーのかみなりによって次にプリンもダウン。さらにフリーザーがぼうふうで残ったピッピを攻撃しようかというところで、ほろびのうたが発動。結果、ピッピ、サンダー、ファイヤー、フリーザーが戦闘不能になり、互いの手持ちは、オレのラルトス以外は全滅ということで、

 

「レッド様、リーフ様、グリーン様の御三方がすべてのポケモンを失いました! よって、勝者は“全国チャンピオン”ユウト様です!」

 

ということに収まった。

 

「でも、おめでとう。やっぱり君たちは強かったよ」

「ねー、ほんとほんと」

「もう一個」

 

 三人がオレに声を掛けてくれた。

 

「いやぁ、でもギリギリだったと思いますよ。特にあのぼうふうはやばかったですよ」

「あ、そうそう! それでね、聞こうと思ってたのよ」

 

 『ああ、思いだした!』とばかりに、パチンとリーフさんが手を叩く。

 

「あのかみなりとぼうふうの威力は、それこそ渾身の一撃だったと思うの。伝説のポケモンだってあれなら耐え切れないと思うわ。正直三人とも持っていけたとも思ったんだけど、なんでプリンもピッピも凌げたわけ?」

「それは俺も思った。いくらひかりのかべがあったって一人ぐらいは倒せたと思うんだよな。なんでだ?」

「……もう一個」

 

 モシャモシャと食べながらも聞き耳を立てるレッドさんにも向けてオレはあの後、ラルトスが聞いたバリヤードのサポートのことを話した。

 

「はぁ、スゲーな」

「あったまいい子たちねぇ」

「……うんうん、もう一個」

「なんでも、バリヤードの発案だそうです」

 

 フレンドガードとひかりのかべで耐久は底上げできる。バリヤードの持ち物が、リフレクターやひかりのかべの効果が通常より長く持続する効果を持つひかりのねんどであったため、ひかりのかべはしばらく消えない。そこで、もう一つの耐久を挙げる要素であるプリンを生かすべく、ピッピがねがいごとをプリンに掛けて、プリンの体力回復を図る。バリヤードがプリンとピッピを抱え込んで、文字通り身を呈して庇い、ピッピがドわすれで特防を上げて自身に強化を施す。結果として、ピッピもオボンの実を食べたことで、あの超強力なぼうふうに耐えきったのだとか。

 これを聞いたとき、マジで脱帽しちゃいましたよ。アイツらスゲーって。

 

「……うんうん、もう一個」

 

 ……あのレッドさん、いい加減オレの皿を勝手にパクパクつついて持っていくの止めてくれません? おかわりすればたくさんあるとはいえ、それオレがとってきたものなんですけれども。

 

「ハイハイ、恥ずかしい真似しないの」

「まったく。チャンピオンってのは食い意地張ってなきゃなれないのかねぇ」

 

 いやいや、たまたま偶然じゃないっすか?

 

「まあ、いいや。じゃあまた相手してくれ。次こそはキミに勝つから」

「あたしもよ。勝つまでやるから。勝ち逃げとかはナシね!」

「次こそ負けない」

 

 そんな感じで三人はまた移動していった。ちなみにレッドさんの手綱は完全にリーフさんが握っている。

 

「ちょっとレッド! みっともないことしないでよ! ハイこれ! レッドの好きなやつ!」

 

 とか、

 

「なに、なんか文句でもあるの!?」

 

 とか。リーフさんがレッドさんのことを甲斐甲斐しく世話を焼いているのかと思ったんだけど、なんか一歩間違うとレッドさんがリーフさんの尻に敷かれそうな感じになりそうである。

 

 

「ヤホー、ユウト君!」

 

 

 今度は先程までのリーフさんとはまた違う女性の声が耳に届いた。

 

「あ、ユウキさん! それにハルカさんも! お久しぶりです!」

「やあ、ユウト」

 

 現れたのはホウエンを代表する人物であるハルカさんとユウキさんだ。どちらもミシロタウンに実家があって、かつお隣さん同士。ハルカさんはホウエンのジムリーダーセンリさんの娘さんで、今ではミクリさんやルチアさんと同じく「コンテストに出場=優勝する」と言われるほどの、頭に『超』という言葉がつくくらいのトップコーディネーターだ。ユウキさんはオダマキ博士の息子さんで、父と同じく研究者となった人である。尤も、コーディネーターに研究者という肩書だが、バトルの方もかなり強い。具体的には、二人ともチャンピオンリーグ優勝を割りとアッサリ決めるほどの腕前である。

 

「ねえねえ、わたしってばまたポロックとポケモンの組み合わせを発見したのかも。あのときのユウト君にはホント感謝だよー。今はルチアといろいろ研究したりとかもしてるんだ」

 

 ああ、そういえばそんなこともあったなぁ。

 実はコーディネーターに転身してコンテスト出場を目指すということで、ポロックやポフィンの味とポケモンの性格の組み合わせ、それから技の効果やアクセサリーとそのテーマ、『かっこよさ』『かわいさ』『うつくしさ』などの要素を説明したこともあった。一応ゲームの方では、トレーナーカードのグレード上げやルカリオナイトを取るために一時期コンテストも頑張ってたので、そのとき取った杵柄で。ただ、コンテストよりはバトルの方に傾倒してたので、バトルほどの知識はなくて相当中途半端なものとなってしまったのだが、それでもハルカさんはいたく感激したらしく、それを実践してきたらしい。話を聞いていると今現在もだ。この世界のコンテストは、ゲームオンリーかと思えばアニメの方のコンテストが行われているなど、統一性がなく採点基準もよくわからないため、いまいちピンとこないが、もしそれで優勝に一役買ってるのだとしたら嬉しいかぎりである。

 それにしてもルチアさんとそういう研究してるんなら、おそらくコンテストはこの二強以外は相手にならないような気もする。

 そんなことを考えていると、ふと二人の腕に目が止まった。

 

「あれ? それってもしかして?」

 

 二人の腕には前には見かけなかった腕輪みたいなのがついているのだ。だいぶ前だけども、でもそのときに会ったときにはなかったもの。少々武骨なデザインなんだけど、特徴的なのが中心に据えられている宝珠のようなもの――

 

「ああ、これ」

「ふふーん。いいでしょ!」

 

 途端にニヤツく二人。

 

「メガシンカに必要なアイテム、メガバングルだ」

「カロスとは呼び名が違うのよねー」

 

 やっぱりそうか~~! いいなぁ。オレも欲しい。

 

「でも、メガシンカに必要なメガストーンがなかなか手に入らなくてなぁ」

「そうそう。わたしもバシャーモナイトしかまだ見つけられなくてぇ」

「ぼくもジュカインナイトしか持ってないんだよ」

 

 オレ、まだメガシンカさせるための道具持ってないからうらやましいです……。

 まあ、いいし。ポケモンに持たせる方の~~(ナントカ)ナイトは結構見つけられたし。

 ……でも、悔しいから教えてあげないし……。もちろん、あげないし……!

 

「ところでこれからユウトはどうするんだ?」

 

 ……うん。話変わってくれてよかったわ。

 で、これから、ねぇ。うーん、そうだなぁ……。

 

「ロケット団」

「「は?」」

「アクア団、マグマ団、ギンガ団」

「そんな壊滅した組織なんて挙げてどうするの?」

「じゃあ、プラズマ団とフレア団」

「プラズマ団?」

「フレア団? あー、どっちもなんか聞いた覚えがあるような気もするんだけど、わからないな」

 

 ロケット団はレッドさんたちやゴールドさんたち、アクア団とマグマ団はこの二人とダイゴさん、ギンガ団はオレとヒカリちゃんとシロナさんたちで壊滅させたことを知っている二人だけど、プラズマ団とフレア団というのは聞いたことがない様子。

 

「どっちも、活動している地方が異なるだけなんですが、言ってみればロケット団みたいな組織です。プラズマ団はイッシュ地方、フレア団はカロス地方です。尤も、ロケット団とは少し方向性が違っていて、プラズマ団は教義のためなら何でもやる狂信者集団で、フレア団はみんな死んじまえ的な破滅願望のテロリスト集団というところですか」

「……あんまり穏やかじゃないわね」

「ああ。それに、君が気に掛けているということは何かするつもりなのかい? 協力できることがあれば、何でもするよ?」

「いえ、今はまだ。ただ最近活動が随分と活発になってきたようです。近々大々的に動き出す可能性もありますから、そのときには皆さんにもお手伝いをお願いすることになるだろうと思います」

 

 少し前、イッシュ地方に行った際、結構いたるところでプラズマ団に出くわした。ゲーチスら七賢人たちが活発に動き出している、ということなのだろう。プラズマ団にイッシュ地方を支配されるわけにもいかないし、アララギ博士にも初心者用ポケモンのことでお呼ばれされているので、しばらくイッシュに滞在し、介入も考慮に入れつつ情勢を見届けるつもりである。一応英雄候補はきちんといるわけだしね。

 また、カロス地方ではヒカリちゃんがフレア団と接触もといトラブルに何度か遭ったらしい。とりあえず無事なようでホッとしたが、ひとまずパキラさんについての注意と、ホロキャスターだけは使用しないようにとを厳重に言いくるめておいた。

 ちなみに同行者もいるようで、コトネちゃんのときとは違って本当に楽しそうな限りである。こっちは一人なのになぁ。

 

「とりあえず、ぼくたちも声かかったらすぐ動けるように準備しておくから」

「そうね。そのときはわたしたちもいつでも応援に駆けつけるかもだから」

「ハルカ、毎度言うようだけど、その言い回しだと知らない人には誤解を与えるからやめた方がいいって」

「にゃはは、口癖だからつい……。なかなか直らないかも?」

「ハアァ……」

 

 すごい大きなため息をつくユウキさん。なかなか、苦労してるようだ。

 まあ、そこは彼氏の甲斐性を見せてほしいところでもある。

 

「さって、お! あっちに料理が追加されてる。GO!」

 

 旅してるとこんな立派な料理はなかなか食べられないからな!。

 

 その後、なんだかんだで全員と言葉をかわして夜は更けていったのだった。




手持ちポケモン
・ユウト
バリヤード(ひかりのねんど)、プリン(しんかのきせき)、ソーナンス(メンタルハーブ)、ロコン(きあいのハチマキ)、ピッピ(オボンの実)、ラルトス(????)

・グリーン
カメックス(水のジュエル)、サンダー(たべのこし)
・レッド
ピカチュウ(でんきだま)、ファイアー(????)
・リーフ
フシギバナ(くろいヘドロ)、フリーザー(たつじんのおび)


マサラ組がかっこよく見えていたら幸いです。でも、よくよく考えてみたらにらみつけるさんがマジにらみつける的に使えてない(笑)。いや、そんなつもりは全くなかったんだよ、ほんとだよ、信じて、ボクウソツカナイ。

そして何気に第3世代主人公ハルカ、ユウキ初登場。この二人は作中にもあるようにリーグの方とは違う方面で活躍しています。ちなみにコンテストにはあまり触れていかない方向です。

終わりにBWBW2に向けての伏線みたいなものを書きましたが、主人公はプラズマ団、フレア団と絡む予定は現状ございません。


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外伝6~7(裏ルート) ユウト トリプルマルチバトル

とんぼがえりやボルトチェンジ、バトンタッチなどの交代技は特性『かげふみ』では縛れないので、外伝6前編ではピカチュウがボルトチェンジしていればあのような状況にはならなかったと思い、『なら、ボルトチェンジできない状況ってなんだ?』という思いから、この裏ルートが出来ました。
ただ、正規ルートとだいぶ被っています。申し訳ありません。



 ナナシマ地方5の島の北方、通称『みずのめいろ』という道路を抜けた先。

 そこにはゴージャスリゾートという、云わばセレブ御用達のリゾート別荘地がある。お金持ちの別荘なので、何から何まで他のところとは違う。例えば、その辺に飾ってある調度品一つ取ってみても、他のそれとはケタが一つ、場合によっては二つ以上異なる金額が掛けられていたりもするのだ。

 さて、そんな別荘が乱立するリゾートの中に一際目立つ、別荘というよりはむしろ屋敷と言い換えてもおかしくはない装いを見せるそれがあった。そして、その“屋敷”のゲートの前に佇む、燕尾服で身を包んだ一人の男性。実は、彼はこの屋敷に訪れることになっている最後の客人を待っていたのだ。

 そうしてしばらくすると晴れ渡っていた空に黒い点がぽつんと一つ現れた。それはだんだんと大きさを増していく。

 彼は確信した。ようやく待ち人が来たのだと。

 

 そして、その最後の一人が、今ようやっと、騎乗していたボーマンダから降り立った。

 待ちわびた客人たちの到着に彼はその名を呼んで出迎えをする。

 

「ようこそ、おいでくださいました、ユウト様。ラルトス様、ボーマンダ様も」

「いえ、遅れてしまってスミマセン、コクランさん」

「ル、ラルラ」

「マン」

 

 男性の名はコクラン。イッシュ地方のとある大富豪の家で執事を勤めている人間である。そしてジョウトバトルフロンティアバトルキャッスルのフロンティアブレーンという顔も併せ持っていた。

 

「皆さんもう来てるんですか?」

「はい。ユウト様以外の皆様は全員お揃いですよ」

「うーん、しまった。また遅刻か。まーた、シロナさんとかシルバーとかになんか言われそうだ」

「主役は常に遅れて来るものですよ。では、参りましょうか」

 

 ユウトはコクランの先導に従い、屋敷の敷地内に姿を消した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 どーも。主人公なのに外伝にはコトネよりも後に初登場したユウトです。

 さて、今回はイッシュ地方でカトレアちゃん(年下)が四天王への就任が決まったので、そのお祝いのパーティーをしようという“名目”で、このゴージャスリゾートにあるカトレアちゃんの別荘にお呼ばれしました。

 ちなみにカトレアちゃん家って世界的な大富豪らしく、それこそ世界中に別荘があるんだ。

 で、さっき“名目”っていう風に強調したのは――

 

「(ユウト、なんか周りから『今日こそ私がキミのことを負かせてみせるわ!』とか『俺が初勝利をもぎ取ってやる!』って感情がビシバシ伝わってくるんだけど)」

「……まあ、いつものことだし」

 

 そう。ここはオレにとっては旅やバトルを通して知り合った連中しかおらず、そしてそいつらがオレから何とか初勝利をもぎ取ろうとして、大勢(下手すると全員?)オレにバトルを挑んでくるのだ。尤も、カトレアちゃんの別荘には必ずバトルフィールドがあり、かつポケモンの回復設備や交換設備もあるとはいえ、そんなにバトルはできねーよと過度な連戦はお断りしている。(ちなみにそのときにはオレ以外の誰かにバトルを挑んでいる人が多い)

 

 しかし、今日は何やら様子が違っていた。

 

 

「悪いんだけど、今日の一番手は僕とあともう一人でいいかな」

 

 

 明るい茶髪を立てて黒を基調とした服を身に纏う中、胸元には中心に大きな丸い宝石を収めたクロスネックレスがキラリと光る男性。しかし、それは彼を特徴づけるものではない。それならばまさしくこの肩書きの方が良いだろう――カントーリーグ元チャンピオンにして現カントートキワジムにおけるジムリーダー――

 

 

「グリーンさんですか。グリーンさんとは久しぶりのバトルな気がしますね。よろしくお願いします」

 

 

 “最強のジムリーダー”という称号を持つグリーンさんだ。

 しかし、グリーンさんの言っていたもう一人って?

 

「それは僕だ」

 

 その声が聞こえてきたところを見て、思わず呻いてしまった。

 上は赤いジャケットに、正面にモンスターボールをモチーフとした赤い帽子、下はそれとは反対に青いズボンを纏ったグリーンさんと年も背格好も似た男性。

 口数が少ないことが玉に瑕だが、史上最年少でチャンピオンの座を獲得し、“最強のチャンピオンマスター”とも呼ばれた少年。

 

 

「レッドさん、いらしてたんですか!」

 

 

 カントー地方チャンピオンマスター、レッドさんだ。ちなみに、普段はこういう集まりがあってもなにかと欠席しがち(というよりほとんど来ない)なレッドさんがここにいたのはオレ的にはかなりビックリである。

 

「僕たち二人とダブルバトルで――」

 

 しかし、そこでグリーンさんの言葉に待ったがかかった。

 

「ハイハイハイ! そのバトル、ちょっーと待ったー! あたしも参加しまーす!!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「で、本当にそれでいいんですね?」

 

 確認の意味で対戦相手の一人であるグリーンさんに問いかける。

 

「まあ、仕方ない。彼女の功績も認めなければね」

「トーゼンよ! うふふ、これでレッドといっしょにバトル出来るわ!」

 

 まあ、オレも認めているから、あちらも断るのも難しいかというところか。

 さて、どういうことなのかというと、まず「待った」を掛けたのはカントーリーグ四天王のリーフさん。そして彼女の要求はこのバトルに自分も参加させろというものだった。

 「いきなりなんだ」とも言いたくもなる話でもあるが、実はレッドさんを連れてきたのが何を隠そうこのリーフさんらしい。普段顔を見せないチャンピオンをこの場に連れてきたことには、「非公式とはいえ、おおっぴらにチャンピオンとバトれる」とのことで周囲もその功績を認めていたらしい。そしてその褒賞としてこれに参加するということが認められたというわけである。ちなみに、レッドさんは不服そうな顔をしているが、レッドさんが普段からこういうところに顔を出していればこんなことにはならなかったのだから、はっきり言って自業自得である。

 

「では、ルールを確認します!」

 

 審判はコクランさんが務めるらしく、その他の連中は観覧席の方で見物をしている。

 

「今回行いますは、変則的なトリプルマルチバトルです! グリーン様、レッド様、リーフ様の使用ポケモンは二体ずつ、一方ユウト様の使用ポケモンは六体全てです!」

 

 つまり、一人対一人ではなく、複数人対複数人で戦うという(尤も、こっちは一人で、向こうは三人なので変則的な)マルチバトル形式と、お互い三体ずつをフィールドに出して戦うというトリプルバトル形式を融合させたバトルである。トリプルバトルはお互いの手持ちが六体なので、オレからしてみたら、フルバトルという形式になる。

 

「ルールはポケモンリーグ公式ルールに則ったものとします! またミラクルシューターの使用は認めません! 以上です!」

 

 ポケモンリーグ公式ルールとは、こういうものだ。

 

 一,ポケモンに持ち物を持たせることが出来る。

 二,ポケモンの交代はあり。

 三,ポケモンや持ち物の重複は認めない。

 四,トレーナーはポケモンに対して如何なるアイテムも使用してはならない。

 五,最後に自爆技(じばく、だいばくはつ、みちづれ、いのちがけ)使うと、自爆技を使った方が負ける。

 六,最後のポケモン同士で相打ちになった場合、先に倒れた方が負け。

 

 オレからすれば至極普通というか当たり前なルールである(ちなみにフロンティアルールというものもあって、そちらは、基本的には上と同じルールだけど、『ポケモンの重複についてはあり』という点が違いとして存在していたりする)。

 そしてミラクルシューター、これは単純にいえば、バトル中、トレーナーがポケモンにアイテムを使うことを許可するというものだ。尤も、これには制限があり、まずそれ専用の装備をトレーナーが身に付けると、バトル開始後の時間経過とともにパワーが溜まっていき、そのパワーによってトレーナーが使用してもよいアイテムを表示させるというものだ。そして使うとそのパワーは消費されて溜め直しとなる。しかも強力なものほどパワーが必要というものだ。つまりは『何でも』、そして『いつでも』使えるものではないのだ。そして、これもやはり、『いつ』『なに』を『どのポケモン』に使うのかというところで、トレーナーの戦略性が試されるものである。

 今回はこっちが一人で向こうが三人ではあきらかに不平等ということで、なしにしてもらった。

 

 さて。オレもトリプルということで、ここに備え付けられた施設を使い、ポケモンの入れ替えも行った。若干不安はあるけどそのときはそのときで臨機応変である。

 

「それでは双方、準備はよろしいですか?」

 

 最初に繰り出す三体が入っているボールを三つ、両手に収めた。すると肩に乗っていたラルトスがピョコンと頭の上に乗っかる。

 

「ん、なにすんだ?」

 

 上を見上げると、ちょうど見下ろしていたらしいラルトスのその赤いクリクリッとした瞳と目と合った。

 

「(わたしが投げたい)」

「あー、まあいいぞ」

「(やった!)」

 

 嬉しそうなラルトスがサイコキネシスでそのままオレの手からモンスターボールを持っていく。ラルトスの周りにそれらがちょうど正三角形をつくるかのようにプカプカと浮かんでいる。

 

「では、バトルスタート!」

 

 コクランさんのかけ声がかかった。

 

「(みんな! 頑張るのよ!)」

 

 ラルトスがジャンプしてオレの頭から飛び上がると、サイコキネシスをうまくコントロールしてそれら三つのモンスターボールを、目の前に横たわるフィールドに投げ入れた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 どよめきが場内に広がる。もしオレのポケモンのせいだったのなら思うと、思わず苦笑いが零れてしまった。

 さて、フィールドの出ているポケモンだが、レッドさんがピカチュウ、グリーンさんがカメックス、リーフさんがフシギバナである。どれも三人のパーティの中ではエース級の実力を誇るポケモンだ。

 

「ちょっとレッド、なんでリザードン出してくれないのよ?」

「……戦略上。それに頼りになるといえばコイツだから」

「あのな~、確かにお前とピカチュウは一番付き合い長いけど、そこはリザードン出そうぜ。そうすれば博士からもらったポケモンで全部揃うじゃん。まったく。空気読もうぜ、そこは」

 

 ……なんだろう。相手の三人は同じマサラタウン出身で家も隣の幼馴染。しかも、同時期にオーキド博士からポケモンをもらって旅に出たとか聞いていたから、てっきり夢のタッグとしてチームワークがいいと思ってたんだけど、大丈夫なんだろうか?

 

「(チャンスじゃない。今の内にさっさと先手をもらうのよ)」

 

 それもそうかもな。

 さて、一方のオレのポケモンは、

 

「バリヤードか。いや、バリヤードはいいとして残りが――」

「……ソーナンス、プリン……」

「プリンっていうのが意外すぎるけど、ソーナンスはヤバいわよね」

 

ということである。見渡せば、他のみんなもプリンの意外性とソーナンスに結構注目が集まっているように感じられる。まあ、リーグでもバトルフロンティアでもプリンでバトルに挑むトレーナーは見たことないし、ソーナンスはその特性の厄介さが知られているからだろう。

 

「たしかソーナンスの特性は『かげふみ』だったか。これでは交代が出来ないぞ」

「……かといって迂闊な攻撃では、相当手痛い反撃を食らってしまう……」

 

 二人の言うとおりで、ソーナンスの特性『かげふみ』の効果はゴーストタイプ以外、ポケモン交代や逃げるが出来なくなるというものだ。そしてレッドさんの言うとおり、ソーナンスはカウンターとミラーコートという反撃技を持っている。カウンターは受けた物理ダメージを、ミラーコートでは受けた特殊ダメージをそれぞれ二倍にして返すという技で、HPの種族値が高いソーナンスは、そのHPの高さと防御と特防の低さも相まって、これら二つの技のダメージ量が他のポケモンのそれよりも格段に多いのだ。下手をすると、一発カウンターやミラーコートを食らっただけでダウンもあり得るくらいである。

 

「でも、とにかくダメージは気にせず、あのソーナンスをみんなで集中攻撃して倒すしかないんじゃない?」

 

 しかし、それにも限界はあって、一度に集中攻撃をされてはさすがのソーナンスも耐えきれない。今リーフさんが挙げた方法が一番ダブルトリプルにおいて使える突破方法だろう。

 しかししかし、『かげふみ』にだけ注目しててもダメなんだよな~。ということでラルトスの進言通りに行こうか。

 

「先手行きます! バリヤードはフシギバナにねこだまし! プリンはほろびのうた! ソーナンスは適宜任せる!」

 

 ズバリ、今回のオレのテーマは俗に言う『滅びパ』である。これはほろびのうたという技を基点として攻める戦法だ。今回、ほろびのうた始動役をプリン、場に縫い付ける役割をソーナンス、補助をバリヤードという風に割り当てた。ちなみにソーナンスは、アニメのムサシのように、指示がなくてもカウンターとミラーコートを使い分けることができる賢いヤツなので、完全にお任せである。

 これは上手く機能したようで、フシギバナはねこだましによる怯み効果で僅かの時間だが行動不能に陥り、ソーナンスの交代を縛る特性がプリンから攻撃の目を逸らす働きをしてくれたおかげで、プリンはほろびのうたを成功させた。

 

「フシギバナ、しっかり!」

「マズイぞ! 早くソーナンスを倒さないと、このままではほろびのうたのおかげでこちらがやられてしまう!」

 

 向こうは交代を縛っているソーナンスを先に倒させようとしていたため、バリヤードとプリンの行動に虚を突かれたようだった。しかし、フシギバナはいくらねこだましの威力が低いとはいえ、ほとんどダメージを受けていないように見える。それにそのダメージも現在進行形で回復しているようだ。とすると、持ち物はくろいヘドロ辺りか。

 

「ピカチュウ、ソーナンスにボルテッカー!」

 

 そして、いち早く復帰したピカチュウが身体に多量の電気を纏いながら、ソーナンスに向かって一目散に迫る。

 

「クソ! リーフ!」

「オッケー! レッド、ちょっとは時間稼ぎなさい!」

 

 その間にグリーンさんが胸元にあるクロスペンダントを握り、リーフさんが左手を掲げる。

 リーフさんの薬指には指輪が嵌めてあった。

 

 ん?

 

 ……ってちょっと待とうか。

 

 あの指輪の台座にある宝石ってもしや?

 

「(あれ、シロナも持ってたわよね)」

 

 やっぱりか!

 

「カメックス!」

「フシギバナ!」

 

――メガシンカ!

 

 やっぱそういうことですかい!

 あの台座の宝石とネックレスの宝石、あれはキーストーンだったのか!

 そしてフシギバナとカメックスはメガシンカにより、メガフシギバナとメガカメックスに変態する。どちらも元の姿の面影を残しつつも、背中の花が巨大化してそれを支える足腰がさらに頑強なものに変わったり、二門の背部キャノン砲が一門に統合された代わりに、その一門が巨大化した上に、両腕に一門ずつキャノン砲が付いて合計三門となるなどの強化が施されている。

 

「ガメーー!」

 

 カメックスはメガシンカを終えて高々と咆哮を上げる。一方、フシギバナは、カメックス同様メガシンカは終えたものの、未だ怯みから回復しきれていない状況だった。

 

「ピカピカピカピカ……ッ!」

 

 そしてピカチュウは全身に電気エネルギーを纏わせ、一層突進の威力を高め上げる。そのスピードたるや、「でんこうせっかの間違いなんじゃないの?」と言いたくなるほどである。運動エネルギーは速さの二乗で強くなっていくので、ソーナンスの受ける衝撃たるや相当なものとなるだろう。

 

「ピカピッカー!」

 

 そうしてボルテッカーがソーナンスに直撃した。

 

「ソーーナンスッ!」

 

 しかし、ソーナンスも何もボルテッカーをマッタリと待っていたわけではない。前傾姿勢に加え、小さいながらもその両足をフィールドに食い込ませていて、ボルテッカーの衝撃によって身体が吹っ飛ばされるのを防ごうとしていた。

 そして事実それは成功する。ソーナンスはピカチュウのボルテッカーによる突進を受け止めたのだ。尤も、やはりあのボルテッカーの威力は凄まじかったようで、ソーナンスの足がフィールドを削った跡がピカチュウの後方に長く深く刻まれていた。

 

「そんな……!」

「えー!? レッドのピカチュウのボルテッカーは伝説のポケモンだって吹っ飛ばすほどの威力があるのよ!?」

 

 さてと。返し技を得意とするポケモンの真骨頂を味わってもらおう!

 

「レッド! ピカチュウを後ろに下げろ! カウンターが来るぞ!」

「ピカチュウ! 跳べ、でんこうせっかだ!」

 

 グリーンさんとレッドさんの声に反応していち早く離脱を試みるピカチュウ。

 

「逃がすな! ソーナンス、カウンター!」

「ソーーナンスッ!」

「カメックス、しおふき!」

「バリヤード、ワイドガード」

 

 ソーナンスのカウンターが発動。それを阻止しようと、シゲルさんのカメックスがしおふきで対抗しようとしたが、こちらもワイドガードでそれを防ぐ(ワイドガードは全体攻撃技を防ぐ効果を持ち、これで全体攻撃のしおふきを防いだ形だ)。

 そして、カウンターによるエネルギーの塊がピカチュウに迫った。しかし、ピカチュウもレッドさんの指示通り、でんこうせっかで宙に跳ぶことでうまく離脱した。かすっただけでは大ダメージはあまり見込めないだろう。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

「ピッカ!」

 

 ムリがある体勢で離脱と着地をしたためか、頭をぶるぶると振って気付けを行ったピカチュウ。その瞳には力強さが一段と宿っていた。

 

「おかしいわ。でんきだま持ちでかつ、レッドのピカチュウなのよ。ボルテッカーのダメージがあんなもんで済むはずがないわ」

 

 リーフさんの言うことも、それはそうだろうと思う。ソーナンスはまだまだ全然堪えているという様子を見せていない。せいぜい焦げ跡が少し付いたぐらいだ。尤も、こちらもそういう戦略を組み込んでいるのだから、当然だったともいえるのかもしれないが。

 

「ダメージを抑えた秘訣には、勿論ソーナンスの耐久を上げていることもさることながら、実はプリンが関係します」

 

 その一言でプリンに注目が集まった。

 

「オレのプリンの特性は『フレンドガード』。これはダブルトリプル専用の特性で、効果は自分以外の味方ポケモンのダメージを四分の三に抑えるというものです」

「そっかそっか、そういうことね。ほろびのうただけじゃなかったんだ」

「でもどうせ、プリンの持ち物はしんかのきせきで耐久も上げているから、プリンを倒すのも少々厄介。違うか……?」

 

 うん。この夫婦はやっぱり素晴らしい。オレの言いたいことをすぐさま述べてくれる。

 

「でもよ、なにもどっちも倒す必要はないぜ? カメックス!」

「ガメーッ!」

 

 グリーンさんの不敵な笑みを携える。

 はてさて、何を狙うのか。

 

「カメックス、ソーナンスにほえる!」

「ガメ!」

 

 しめた!

 

 カメックスはやや胸を反らし、大きく息を吸い込む。ほえるという技は、いわゆる相手を強制的に交代させる技の一つで、発動までの時間がやや長いという特徴を持つ。

 

 グリーンさんの狙いは普通なら当たりだと思うんだけど、今回はお生憎。

 というかこれこれ! これを待っていたんだ!

 

「いけ、プリン、やつあたりだ! ソーナンス、合わせろ!」

「プリッ!」

「ソーーナンス!」

 

 その合図とともにプリンがソーナンスの頭上に躍り出る。

 

「プリュ!」

「ガー、メーーーッ!」

 

 プリンがやつあたりで以ってソーナンスを弾き飛ばした。いや、正確には、プリンのやつあたりの向かう方向にソーナンスもジャンプしていたことで、威力が低いやつあたりであっても、弾き飛ぶ言えるほどにプリンとの間に距離を取ることが出来たのだ。

 そして、それと同時にカメックスのほえるが発動する。しかし、すでにカメックスが狙いを定めていたところには、ソーナンスはいない。いるのはプリンだけだ。

 そうしてそのままプリンはソーナンスに行くはずだったほえるをもらった。

 

「くっそ! しまった!」

 

 指を弾きながら悔しがるグリーンさんをよそにプリンはボールに戻っていった。

 ゲームなら、技が四つという制限がある以上、交代が封じられている状態においてほろび始動役が戻るには持ち物等も含めた戦略が狭められてしまうが、ここにはそんなものはない。そして交代を封じられているのなら、今ののような強制交代技でソーナンスを交代させてしまえば、それも解除される。強制交代技は『かげふみ』では縛れないからだ。

 フレンドガードの掛かっているソーナンスは相当に硬いので、倒すには時間もかかる。しかし、このほろびのカウントが迫る状況下でそれに掛かりきりでは致命的ミスへとつながる。

 相手が普通のトレーナーだったら、この手は使えなかっただろう。しかし、相手が天才と言わしめても過言ではない、かつ、知識も蓄えてきている彼らならば、きっとそう動いてくれるハズ。そうした読み、いや、半ば確信があったのだ。そして結果は予想通り、ドンピシャだった。

 

「(ユウト、結構悪役みたいな顔になってるわよ、それ)」

 

 おっと。顔に手を当てて確かめてみると、たしかに口元がニヤァといった感じにつり上がっていた。変なキャラ付けがされるのもそれはそれで嫌なので元に戻す。

 

 うん、でもやっぱり読みがハマるとすっごく爽快です!

 

 さて、ほえるは強制交代技なので、食らえばこっちの控えが勝手に出されてしまうのだが、それで出てきたポケモンが――

 

「うっそ!? ドーブルですって!?」

 

 ベレー帽を被った犬のような姿をしたポケモンであるドーブルだ。ドーブルは全体的に種族値が低いという特徴があるが、それを差し置いて、一つ、最も大きな特徴がある。

 

「ねえ、たしかドーブルって、()()()()()()()()()()()()()()()のよね!?」

「ああ。こいつはまずい。何をやってくるかわからないぞ!」

「ピカチュウ……!」

 

 そう。今リーフさんが指摘したことが最もドーブルの恐ろしい点だ。そしてグリーンさんの懸念についても当たっている。ドーブルが予想だにしない技を覚えている可能性があるからだ。

 ただ、ここはシングルではないダブルやトリプルのお話。そこにおいて、かつ、ここでは最も警戒しなければいけないことがある。それは――

 

「ドーブル、ふういん!」

 

 ふういんという技を使われることだ。このふういんという技は、使ったポケモンが覚えている技を相手はすべて封印されて使えなくしてしまう効果を持つ技だ。つまりどういうことかというと――

 

――()()()()()()()()()使()()()()()()

 

ということだ。

 そして結果的には――――

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 あのあと、何が起きたかというと、すべての技を使えなくされてわるあがきしか出来ず、しかも交代もできない状態の三体に勝ち目はなく、時間経過とともにほろびのうたが発動。そしてバリヤードとドーブル以外が戦闘不能となる。ちなみにバリヤードにほろびのうたが効かなかった理由としては、ほろびのうたは音による攻撃なので、特性『ぼうおん(音による技のダメージや効果を受けない)』によって防ぐことが出来るのである。

 次に出てきたポケモンが、レッドさんがファイヤー、リーフさんがフリーザー、グリーンさんがサンダーといったカントー伝説の三鳥だったのだが、容赦なくドーブルのふういんとプリンのほろびのうたコンボで葬り去り、バトルはオレの勝ちとなった。

 ただやっぱり少しは問題もあったようで。

 

「(正直見ててかわいそうだったわ。次からこの戦法は止めておいた方がいいかも)」

 

 ……たしかにラルトスの指摘通り、何もできずにただ一方的に攻撃されるだけの伝説のポケモンには同情を禁じ得なかった。あの三人も後半は涙目というか、リーフさんとかマジ泣きしそうだったし。

 まあ、他にもギャラリーからのいろいろと冷たい視線もあったけど、「こういう戦術だってあるんだ!!」の一言で押し通した。

 

 押し通した。

 

 

 押し通したんだよ。

 

 

 

「(次からこの戦法は封印よ)」

 

「……ハイ……」

 

 

 

 ラルトス先生の指示通り、やっぱりこの戦術は“ふういん”ならぬ、封印することになりました。




マサラ組ゴメン。マジごめん。
つか、メガシンカ涙目……。


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外伝8 とあるダメ人間たちの奮闘記録

今回は2話投稿しております。

この外伝7は一部顔文字が登場します。苦手な方申し訳ありませんでした。


 時期は二月。場所はイッシュ地方。

 寒さが厳しく、ところによっては雪深い地区もある。広葉樹の木々には葉はなく、なんとも寂しい季節である。

 だが、旧暦ではすでに春。そして植物たちが春に向けて様々な準備をしながらジッと耐え忍びつつも、その息吹があちらこちらで感じられる季節でもある。

 そんな二月初頭のイッシュ地方サザナミタウン。この町は輝くような海が人気で、バカンスを楽しみに毎年多くの人が訪れるリゾート地である。

 そんなサザナミタウンの一角にある別荘の一つ。ここは、地元の人間からは「百合の館」「女の園」「実写ストパニ」「マリみてinイッシュ」などと噂されていたりする。

 

 さて、今現在そんな別荘に集まっている面々を紹介する。

 

 まずは一人目、この別荘の所有者であり、以前はシンオウバトルフロンティアバトルキャッスルオーナーを務めていたが、辞した後はイッシュ地方四天王となったカトレア。

 二人目、ジョウト地方チャンピオンマスター兼ジョウトバトルフロンティアバトルタワー、マルチバトル部門フロンティアブレーン、コトネ。

 三人目、トップコーディネーター、通称ホウエンの舞姫orコンテスト荒らし、ハルカ。

 四人目、イッシュ地方フキヨセジムジムリーダー兼航空機パイロット、フウロ。

 五人目、イッシュ地方ライモンジムジムリーダー兼ファッションモデル、カミツレ。

 六人目、カントー・シンオウ準チャンピオン、ジョウト・ナナシマ・ホウエンチャンピオン(ただしすぐにやめる)、ヒカリ。

 そして最後、この場を呼びかけた発起人であり、本来ならこの季節イッシュにはいないはずのシンオウ地方チャンピオンマスター、シロナ。

 

「ていうか、だれがコンテスト荒らしよ!」

 

 以上の七人である。

 

「無視するなぁ!!」

 

 いや、だってコンテストに出場すれば必ず優勝をさらっていくじゃないですか。主催者側からすらもその名が認知されてますよ?

 

「ぐっ……」

 

 さて、押し黙ったところで先に進めましょう。

 なお、この場に集まっていない他の女性の面々にもシロナは声をかけたのだが、「ジム戦・四天王・フロンティアブレーンで時間の都合がつかない」「その日は仕事」「旦那とデート」「再放送のホウエン黄門を見る」「暴れん坊チャンピオンの最終回を見る」「大陸横断ウ○トラクイズに出る」「クロナの誘いはロクなことがないからイヤ」ということで来なかった。ちなみに「都合がつかない」と「仕事」以外の理由に関しては「ざけんな、ゴラァ!」と荒れる金髪のチャンピオンがいたとかいないとか。

 

 

「ではこれより、皆さんには殺し合いをしてもらいます」

 

 

 別荘の食堂のダイニングテーブル。その上座に、両肘を立て、組んでいた両手の上に顎をのせた、某司令のような状態で座っていたシロナが(おもむろ)にそう発言した。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 食堂にひたすら寒い空気が漂う。

 

「フウロ、帰るわよ」

 

 そして、その空気を壊した者が一人現れた。名をカミツレという。

 彼女は隣に座っていたフウロを促し、この場を立ち去ろうとする。それを合図として、シロナ以外の面々が無言で席を立ち始めた。

 

「あっ、ちょっ! 待って!」

 

 自身の渾身のギャグが思った以上に滑ったことに慌てて立ち上がり、皆を引き戻そうとするシロナさん。

 

「シロナさん、そんなくだらないことでアタクシの別荘を使うのはやめてくださらない?」

 

 シロナの訴えをピシャリと棄却するカトレア。ところでその異常なまでの頭髪の量は重くないんですか?

 

「やかましいですわ」

 

 失礼しました。

 

「いや、ホントに今回は乙女にとって重要なお話なのよ!?」

「年を考えてくださいませ、シロナお・婆・さ・ま」

「……あらあらあらあらまあまあまあまあカトレアちゃん。コトバには気をつけないと早死にするわよ?」

「ああもう! ほらシロナさん落ち着いて! カトレアちゃんもむやみに煽らない!」

 

 慌てるさまから一転、自身の金髪を意志を持ったヘビのごとくユラユラと揺らしながら、シロナがカトレアと女の闘いを始めようとしていたところを、ヒカリが間に入って仲裁。コトネのことといい、いろいろと苦労が絶えない人です。

 ちなみにそんなコトネはといえば。

 

「(;´Д`)ハアハア、フウロたん、しゅきしゅき!」

 

 発情してました☆

 

「カミツレちゃん助けてー!!」

「ごめん、今だけは親友止めさして……」

 

 フウロはカミツレに助けを求めるが、カミツレはそんなフウロと視線を合わせることはなく、フウロとは若干距離を置く。

 他の面々もコトネとは距離を置いていた。何せ、近づいて止めようとしようものなら、自分がアレの餌食になることを実体験しているからだ。

 

「カミツレちゃんの薄情者ー!」

 

 かくいうフウロも今まで、たとえ親友のカミツレが襲われていようとも、止めずに逃げ出していた。助けという情けを掛けておけば、それはいずれ自分にも返ってくるかもしれなかったのにそれを怠ったのだから、こうなるのも仕方がないのかもしれない。尤も、ある意味ではまさに『情けは人の為ならず』の状況である。無論、全然いい意味では使っていない。

 しかし、そんな中でもきちんと救世主(メシア)は現れる。

 

「コラー! コトネ、いい加減にしなさい!!」

 

 コトネとジョウトを共に旅をしたヒカリである。

 

「あーん、センセ。もしかして妬いてくれてるんですか?」

「ちゃうわ、ボケェ!! いいからフウロから離れなさい!」

「でも、センセ。フウロたんのモフモフはクセになりそうなんですよ。カミツレたんのはまな板だし、センセーのは質・大きさともにちょうどいいんですけど、フウロたんのはバインボイン過ぎてですね。こう手が沈み込んでいくというか? なんか淫乱なんですかね、おっぱいが離してくれないんですよ。なので気持ちいーくて」

 

 その瞬間、スイッチの入った二人。無論、誰とは言わない。

 

「ムウマージ、サイコキネシス!」

「ゼブライカ、ワイルドボルトよ! あとエモンガ! フウロにほっぺすりすり!」

 

 光の速さでポケモンを呼び出すと、それぞれサイコキネシスで雑巾をしぼるごとく身体をひねるようにして引っ剥がし、ワイルドボルトで突撃。

 

「グウェ!」

 

 壁に叩きつけられたコトネはカエルが潰されたような声を上げる。

 ついでに「あたしカンケーないよー! カミツレちゃ~ん!」と追っかけまわされるフウロ。唯一、威力が低い攻撃を選んだことだけが救いではあるが、そもそも完全なる“とばっちり”である。

 さて、本命への追撃はまだまだ続く。

 

「出てこい、カイリキー!」

「リッキー!」

 

 つづけて腕が四本あるボディビルも真っ青な体格のカイリキーが登場。

 

「カイリキー、からてチョップ連打!」

「リッキー! リキリキリキリキリキリキ!!」

「ゴッ! ガッ! セッ! ンセッ! ちょ! まっ! ブヘッ! うお!」

 

 カイリキーがその四本の腕をフルに使って、からてチョップの雨をコトネに降らせる。周りには赤い水滴っぽいものが飛んでいる気もするが、気のせいだ。目の錯覚、幻覚である。もし何かが見えるのなら目医者さんへGOだ。ということで、全員が華麗にスルー。

 

「ヒカリ、カイリキーをあの汚物から離れさせて! ライボルト、10万ボルト!」

 

 そして最後にヒカリがカイリキーを戻すと同時に、トドメとばかりにいつのまに出したのやらライボルトの10万ボルトが炸裂。

 

「びび……びびび……」

 

 倒れ伏すコトネ。『悪は滅んだ』とばかりにガッシリと握手を交わすヒカリとカミツレ。

 乙女の怒りは恐ろしいのだ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「で、本題よ本題」

 

 まるで何事もなかったかのようにシロナは進める。制裁を加えられた彼女のことは誰も気にしてはいなかった。コトネが来れば、常日頃行われる日常的な光景だからだ。

 

「みんな、二月十四日は何の日か知ってる?」

「二月十四日、ですか? さあ? 別に休日でもないですし、普通の日なのでは?」

 

 ヒカリの発言を皮切りに、この人は「いきなり何を言い出すんだ?」とばかりに食堂には困惑が広がる。ちなみに、今年の二月十四日は土曜日である。

 

「ユウト君が前にポロッと零したことなんだけど、二月十四日は『バレンタインデー』っていう、女の子にとっては特別な日なんだって」

 

 聞き慣れないその言葉――『バレンタインデー』、そして『女の子にとっては特別な日』――この言葉によってここに集まった面々はもちろん、食堂で給仕をしていた屋敷のメイドすらも注目する。全員が前のめりになった。ただ、メイドは仕事中なのでシロナに視線を向けるのではなく、耳を傾けていた。ただ、全員に共通していたのが、女の直感が「何やら捨て置けない!」と警鐘を鳴らしていたことである。

 

 

「バレンタインデー、それは一年のうちで最も女の子の告白の成功率が高い、『男女の愛の誓いの日』なのよ!!」

 

 

 その一言でこの食堂内の空気が先程とは打って変わり、一気にボルテージを最高潮にまで押し上げた。五人がシロナに熱い眼差しを向けて話を先に促し、メイドたちは自身の耳をダンボのようにデッカくしていた。心なしか、そのせいでやや仕事の進みが緩やかになったようにも見受けられる。

 ちなみに

 

「告白ねぇ。あたし関係ないかも」

 

といった出る杭は

 

「うるさいわよ、そこ」

 

とファッションモデルに切り捨てられ、

 

「いいよねー、ハルカちゃんはカレシいるんだし。持ってる人には持てない人の気持ちなんかわかんないし」

 

貨物機パイロットにディスられ、

 

「リア充は一度お亡くなりになられるべきですわ。というか、ここ出入り禁止にしますわよ?」

 

お嬢様にナチュラルに警告され、

 

「ハルカさん、ちょっと外で“だいばくはつ”してきてください。リアルに、木っ端微塵に」

「テメェ、空気読め、バカガモ娘。ぶっ殺すぞ」

 

弟子一号二号に殺意の視線を浴びせられるなどして、メッタ打ちにされていた。

 

「うっ。みんなちょっと言いす……スミマセンでしたm(_ _)m」

 

 さすがにまずいと判断した即座に謝罪に切り替えて、項垂れている。

 それから、

 

「ムッハー(゜∀゜)=3 ということはコトネがその日に愛の囁きをすればみんなコトネのことを愛してくれるのですね!?」

「「「「「「それはない。いいからすわってろ」」」」」」

「グスン、みんなヒドイ。でも、コトネ、こんなことでへこたれない!」

「「「「「「いや、いい加減あきらめろよ」」」」」」

 

 勘違い乙!なのにもそれは同様であった。

 さてそんなこんなもあったが、話を切り替えてとばかりに、

 

「で、このバレンタインデーは外国の習慣で具体的にはどういうものかというと、いくつかあるらしいんだけど――」

 

といった感じで提案者のシロナが説明を加えていく。

 

 現代ではバレンタインデーは世界的なイベントである(ただ、キリスト教色が強いイベントでもあるため、国によっては憲法に違反するとして禁止されており、これを犯した者には場合によっては死刑を宣告されることすらもありえたりする)。欧米などでは男性も女性も様々な贈り物を恋人や親しい人に贈ることがある日とされているが、あいにくユウトは現代日本からこの世界に来たため、日本的なバレンタインの話が主であった。

 その日本のバレンタインデー。いくつかあるが、そのうち大きくクローズアップされるのが、『女の子が男の子に“愛の告白”としてチョコレートを贈る』というもの。別にバレンタインデーのイベントのある地域では恋人やお世話になった知人にチョコレートを贈ることはあるが、なにもチョコレートに限定されているわけではなく、またバレンタインデーに限ったことでもない。(付け加えれば、女性から男性へ贈るのみで反対に男性から贈ることは珍しいという点と、贈る物の多くがチョコレートに限定されているという点が、日本のバレンタインデーの大きな特徴である)

 

「チョコレートじゃなくて、クッキーとかケーキでもいいらしいんだけど、やっぱりチョコレートがメジャーなんだって」

 

 他にもお世話になった知人にチョコレートを贈ることがある。この場合は『義理チョコ』という。

 

「とまあだいたいこんな感じみたい。何か質問は?」

 

 外国の習慣ということで、「まあ知らなくても仕方ないか」という流れになり、さらに「チョコは愛情を見せるために手作りに限るわ!」という一声で、チョコレートはつくるという話になった。

 

「じゃ、みんながんばってね」

 

 一通り話が済み、さあこれからというときのシロナのこの発言。いったい「何を?」という雰囲気になったが、この中で一番シロナと接している時間が長いであろう彼女が動き出す。

 

「……シロナさん、あたしは言わなくてもなんとなくシロナさんの言いたそうなことがわかります。あなた料理苦手ですもんね。で、シロナさん、いったい『何』を頑張るんです?」

「そんなの決まってるじゃない、ヒカリちゃん。

 

 

みんながチョコを作る。で、私がそれをユウト君に渡す。カンッペキね、私のアイデアは!」

 

 

「アホかー!!」

 

 

 ヒカリのでんこうせっか!(シロナ用の特大ハリセン装備)

 きゅうしょにあたった!

 といった感じでヒカリがシロナに対してO☆HA☆NA☆SHIするという一幕もあったが、実際料理が苦手なのはシロナ以外もカトレア、コトネ、フウロ、カミツレとヒカリとハルカ以外の全員。結局妥協案として、製菓用のビターチョコを仕入れ、それを溶かして味を調えた上で、各々の好む型で固めて作り上げるということになった。

 

 

 以下、その調理風景

 

 

「くぉらぁ、コトネ! 材料食いまくるんじゃない! それからあたしがつくったものをつまみ食いするんじゃない!!」

「シロナさん! チョコは細かく刻んでから湯煎していかないとダメかも!」

「カミツレさん! 湯煎の温度高すぎ! そのお湯沸騰してるから! チョコ焦げちゃうから!」

「フウロちゃん! 卵使うのは構わないけど、カラもいっしょくたに混ぜたら大変なことになるかも!?」

 

 

 女の子じゃなくてもそうだけど料理は出来た方がいいですね。今のご時世、料理が出来るのは男女ともに得点は高いですし。

 

「つ、つかれたぁぁ……」

「も、もういいかも……やだ……」

 

 調理場にいたコックやメイド曰く、料理できる組が床にへたり込む傍ら、出来ない組の顔や全身になぜかチョコが飛び散っている様には、ご愁傷さまという思いを禁じ得なかったという。

 

 

 後日、そのチョコは作り手の想いと共にきちんと手渡された。

 その際、バレンタインを教えた者の責任として、受け取った男連中にいろいろとレクチャーしているユウトの姿があったという。

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

【余談①】

 

「思ったんだけど、ヒカリとシロナさんはユウトって彼氏がいるんじゃないの?」

 

 カミツレのその一言に目をそらす二人。目には若干涙が浮かぶ。

 

「えっ? ちょっ、なんで!? フウロ、どうにかして!?」

「ええ!? カミツレちゃん、そこであたしに振る!?」

 

 仲良しコンビがアワアワしている後ろで、

 

「だって、最近全然連絡ないし」

「バトルどころか会うことすらありませんもんね」

 

暗~い雰囲気を醸し出す二人。肩にはキノコが生えそうなほどジメジメしていた。

 さらに、

 

「と、いうことはアタクシにもチャンスがあると」

 

と虎視眈々と、面白半分に狙うようなそぶりを見せるおぜうさまもいれば、

 

「センセー! コトネの愛を! 一心不乱の快楽と堕落に溺れた愛を受け取ってぇぇ!」

「コトネちゃん、発情するのはやめなさい! というか意味分かって言ってんのぉ!?」

 

と暴走を始めるヘンタイを羽交い締めにして必死に止めるコンテスト荒らしもいた。

 

「なんですか、このカオスは? 終末が近づいているのですか? 次のターンにアルマゲスト撃たれちゃうのですか?」

「それ違う。アルマゲストじゃなくてミッシングだから」

「某四角いメーカーの最後の物語Ⅴ・Ⅵのラスボスネタは自重しなさい。そしてユウト様、責任とって下さい」

 

 その惨状を見た屋敷の人間の心はそう一致した。

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

【余談②】

 

(へぇ、これは一山稼げるかもしれませんね)

 

 そんなことを心中で宣ったのは世界的な大富豪を父に持つイッシュ四天王のカトレア。彼女の家は今でこそ家格がその位置に位置しているが、昔からそうだったわけではない。商才でのし上がってきたわけだ。父もそうなら、娘にも当然というべきなのか、それがカトレアにも受け継がれていた。

 

(製菓部門の業績がワンランクもツーランクもアップするかもしれませんわね。ただ、これを一般にも広めなければなりません。メディアにはお父様のほうから圧力をかけてもらいましょう。何のためにスポンサー料や広告費を払ってるのかということです。コメンテーターや“自称”専門家とやらにはお金を積めば、バレンタイン普及にもホイホイ協力してくれるハズ。いえ、是が非でもさせましょう。番組や局の方針に従えないのなら、即すげ替えもしてもらうとして。とにかくこれからバレンタインまではバレンタイン一色で染めましょう。そうですわ。ついでに毎年これをやって定着させてしまえば、いい商売になりそうですわね。この国はメディアを操ればホイホイと国民も乗ってきてくれますから、簡単なことです)

 

 ……まぁ、メディアも資金がなければやっていけなく、その資金という名の広告費はカトレアの家の系列の広告代理店が半ば独占状態であるため、今のような手法もとることも不可能ではないのだが、娘にはまっとうに育ってほしい。

 

(しかし、ユウトさんも素晴らしいアイデアをお持ちですのね。是非とも他に面白い話(いいネタ)がないか伺いたいですわ)

 

 それらを聞いたカトレアの父は後継者としては歓迎しつつも、娘の成長としてはそう思わずにはいられなかった。

 



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外伝9 シロナとヒカリの実家ご訪問

この話の時系列的にはバレンタイン話の後です。


 ホウエン地方。

 カントーやジョウト、シンオウとは異なり、比較的温暖な気候である。平坦な地形が多く、さらに海や熱帯雨林などの緑が広がるなど、自然が豊か。

砂嵐吹き荒ぶ砂漠や、火山灰が降り注ぐなどの、他の地方ではなかなかお目にかかれない地域もあったりする。また各地方の中で、海の占める割合が最も大きい地方でもあり、ホウエン地方の道路の半分が水道であったり、海上の島に町が多く存在することはその証左であろう。

さらに気候の温暖な穏やかな気質は人々やポケモンたちに心に余裕を持たせてくれるのだろうか。

 人と人とのつながり、人とポケモンとのつながり、ポケモンとポケモン同士のつながりが強く、『豊縁』という言葉も生まれるようになった。

 

 さて、そんなホウエン地方の北西部の一角にハジツゲタウンという町がある。えんとつやまのふもとに位置する小さな農村で、風の影響により、噴煙を上げているえんとつやまからの火山灰が多く降り注ぐ土地であるが、『火山灰にも負けない』という野菜を作っている。また、この近辺は隕石の落下によって出来たと伝えられている流星の滝など、隕石の多い、あるいは縁の多い土地でもあり、それらを研究するために、この町に研究所を構える研究者も存在する。

 そんな一農村ではあるが、ここを訪れるポケモントレーナー、あるいはポケモンコーディネーターは多い。なぜなら、この町には彼らの興味・関心を惹きつけてやまない魅力溢れる施設が存在するからだ。

 その一つがバトルテントと呼ばれる、あるルールに則ってポケモンバトルを行う施設である。これはホウエン地方にあるバトルフロンティアの、ある一つの施設を実際に体験できるという施設である。ホウエン各地に存在し、このハジツゲタウンではバトルアリーナを体験できる。ちなみに勝ち抜くと、このハジツゲタウンではすごいきずぐすりが景品としてもらえる。

 そして、もう一つがポケモンコンテストのコンテスト会場。ここではスーパーランクと呼ばれるランクのコンテストが開催される。

 ホウエンでのグランドフェスティバルは『ノーマル』『スーパー』『ハイパー』『マスター』とあるランクの中で、マスターランクでなければ出場資格は与えられず、マスターランクに上がるには、ノーマルランクから一歩ずつ着実にステップアップしていかなければならない。そのため、ハイパーにランクアップするために、コーディネーターたちは特に多くこの町を訪れたりする。

 また、彼らほどではないが、研究者たちも訪れることがある。それはこの町の西のはずれにホウエン地方のポケモン預かりシステム管理人のマユミの家があり、化石のマニアが高じて化石の研究者になり、自宅を研究所兼採掘現場としてしまった兄妹を訪れるためでもある。

 

 閑話休題。

 

 そんなハジツゲタウン。マユミや化石マニアの兄妹の家ではないにしろ、やはりハジツゲタウンの西のはずれにはこの物語の主人公、ユウトの実家がある。

 今日はそんな彼の生家を訪れたとある二人のお話。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 ハジツゲタウン中心部から外れた郊外に建つ、郊外特有の土地の広さに比例した大きさの、ごく普通の庭付きの一軒家。それが初めて見たときの印象だった。

 

「こんにちはー! サエコママさんいますかー!」

 

 玄関を開けて声をかけるヒカリちゃん。すでにそれは勝手知ったるというもので、よく見慣れた光景だ。

 すると、家の奥からパタパタとスリッパの音を響かせて、前掛けを掛けた女性が一人現れた。

 

「あら! いらっしゃい、ヒカリちゃん、シロナちゃん!」

 

 この長くもなくかといって短くもない赤みがかった黒髪の女性はサエコさん。ヒカリちゃんが言ったとおり、ユウト君のお母さま。私より年が一回り以上は軽く上で、かつ一児の母なのに、それを全くと言っていいほど感じさせないその若さ、美しさには、初めてお会いしたときには衝撃的だった。今ではいろいろお世話になっています。

 

「サーナ」

「ダネダネ」

「ブスター」

 

 そしてサーナイトにフシギダネ、ブースター。この子たちは、サーナイトとフシギダネ以外、ユウト君からサエコママさんにプレゼントされたポケモンで、サエコママさんのお手伝い、護衛、手持ちポケモンを兼ねていたりする。

 家の中ではこの三体が活躍するが、外ではまた別のポケモンたちが活躍する。ちなみにサエコママはトレーナーではないのでポケモンの所有六体制限はなかったりするのだけども、ママさんはあまりそれ以上を持とうとしなかったりする。

 

「こんにちは! みんなもこんにちは!」

「ご無沙汰しています。あなたたちもね」

 

 彼らも含め、サエコママさんは私たちを知らない仲ではない、というよりも半ば(九割以上)身内として私たちを扱ってくれている。なので、

 

「二人とも案外早かったのね。とにかく上がって。まずはお茶にしましょう。この前おいしいお菓子もいただいたから一緒に食べましょう」

 

と、簡単に家に上げられる私たち。そのままリビングに通されてお茶をいただいた。お菓子は仰るとおり、大変美味しゅうございました。

 

「ごめんねぇ、急に呼び出しちゃって」

「いえいえ、ぜんぜん。むしろ将来的にはおいしいかなと」

「そう? とりあえずこっちからもプッシュかけてるし、応援してるから頑張ってね」

 

 さて、一息ついたところで、私たちがサエコママさんと知り合ったキッカケについてを話しておきたいと思う。

 それはホウエン地方を代表するトップコーディネーター、“ホウエンの舞姫”の異名を持つハルカちゃんだ。なんでも、ついこの前カトレアの別荘でチョコを作っていたときのカミツレちゃんとの会話を聞いて、

 

『“将を射んとすればまず馬を射よ”かもね、二人とも!』

 

ということで紹介されたのである。初めてのときは緊張といろいろな意味での衝撃を持ったが、大変気さくな方で助かった。

 そして『女三人揃えば姦しい』とはよく言ったもの(実際は四人だったけど)。話の内容はいつのまにかコイバナの方にまで姦しく発展していった。

 

「女の子はいつだって恋の話が大好物なのよ!」

 

 それが若さを保つヒケツかもね、と冗談めかして言っていたことは今でも耳の奥に残っていたりする。そしてついでというか、こっちが本命だけど、サエコママは私たちのことを応援してくれるらしい。私もヒカリちゃんもどちらも譲る気はなく、ただ、どちらかは諦めなければならないという思いが頭の中を持上げていたのだけど、

 

「男なら、女の二人や三人面倒見る甲斐性がないとダメね。安心して、ユウトにはきちんと二人を娶るよう強権働かせるし、「社会通念上ダメ」なんて言ってきたら、その社会通念ごとぶっ飛ばしてあげるから。いくらあの子がチャンピオンだろうと、私の子供であることに変わりはないんだものね」

 

なんていうありがたいけど、正直言って何を言っていいかコメントに困るような、そんな言葉をいただいた。ちなみに、最初は冗談だと思ってたけど、それ以後、会うたびにいろいろなところに連れ回されて挨拶をしたり、何やらかなりのお偉いさん(かなりボカシてます)を呼び出してお話をしたりと、なんだか本格的過ぎて私もヒカリちゃんもいつのまにか信じるようになっていた。

 

「周りを固めてしまえばあとはどうにでもなるわ。あとはあなたたちのお嫁スキルを磨くだけね」

 

 そうしてサエコママは私たちを扱き出す。

 

 ……初めは全然ダメダメだった。サエコママは次こそはがんばろうねという感じだったが、サーナイトやフシギダネには呆れられ、ブースターにはため息を吐かれてしまった。

 ちなみに、サーナイトにフシギダネはきちんと家事をこなせたりする。なんとなくサーナイトはわからなくもないけど、フシギダネはつるのムチやはっぱカッターで器用に掃除や料理などをこなすさまはかなりシュールだった。

 

「ポケモンにすら劣るあたしたちって何なんでしょうかね、シロナさん」

 

 その日は二人で枕を濡らしたのは今でも記憶に残っている。尤も、初めはそんなだったが、年単位で過ぎていけばそれも随分改善されたもの。今では「炊事洗濯得意です。家事全般余裕で出来ちゃいます」と胸を張って言えますよ。

 

 言えますよ。

 

 

 言え

 

 

「……サーナ」

「……ブスター」

 

 そこの二人、あからさまに首を振ったり、ため息をついたりしない! それから、ブースターはため息ついでに若干炎が出ちゃってるから!

 

「ダネダネ、フッシッシー」

 

 ありがとう、フシギダネ。慰めてくれるのね。……でも、どこか笑っているように感じるのは気のせい、よね?

 

「フッシッシッシッシー」

 

 ま、まあそれは置いてといて。

 でも、昔よりかなり改善されたのは確かなんですよ!?

 

「……昔がヒドすぎただけなんですけどね」

「ボソッと言うならもう少し声落としなさいよ、ヒカリちゃん! 聞こえてるんだからぁ!(泣)」

 

 ゼッタイ。

 いつかゼッタイ見返してやるんだから!(泣)

 

 

 追伸

 

 かたづけはきちんとできる女になりました。

 

 シロナ

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 皆さん、お久しぶりです、ヒカリです。私はいまユウトさんのママさんにお呼ばれして、ユウトさんのご実家にシロナさんと一緒に来ています。初めてここを訪れたときは、ハルカさんの紹介で、想いを寄せる人のお母さんといった感じだったんですけど、あたしたちとユウトさんのことを聞いたママさんが、あたしたちのことを「あなたたちとっても気に入ったわ」ということ。以来、『花嫁修業だ』『義娘に会いたい』『息子とはあれからどうなのか』『ちょっと手伝って』『ある人に紹介したいから来て』『お料理作り過ぎちゃったから食べに来て』『一緒に買い物行こう/旅行に行こう』だの、他にも様々な理由でお呼ばれして、今やすっかり身内としての扱いを受けています。てか一時期、「帰らないでー!」と引き留められてしばらく滞在していたこともあります。

 

 で、今日の用件はママさんが近所の人と一緒にパーティーをやるということでそのお手伝い。

 ついこの前は、

 

「お義母さんって呼んでね」

 

なんて言われちゃいました。もうその日一日は舞い上がっちゃいましたよ。

 で、その話をシロナさんにしたら

 

「孫の顔はいつ見れるのかしら。楽しみね」

 

なんて言われたそうで。

 うん、あたしもその後似たようなこと言われたけど、あたしが先なのでそこのところはよろしくお願いします。

 

「そうね。楽しみだわ。うふふふふ」

 

 なんてやり取りもあったりしたけど、なかなか楽しくやってます。

 すこぶる良好ですよ、あたしとシロナさんとの仲は。疑似一夫多妻だけど、ママさんが

 

「そんな細かいことは気にしなくてぜんぜん大丈夫よ」

 

なんて言われ、その後のママさんの様々な側面を見たら、たしかに気にするのもアホらしくなりました。

 てか、あの人がどんな人物なのか未だに見当もつかない。何気に――

 

「ヒカリちゃーん、これよろしくー」

「ハーイ!」

 

 ととと。

 それよりも準備準備。なんでも、ママさんがパーティーを開くとかで、設営の手伝いとして私たちにお呼びが掛かったのだ。サーナイトもサイコキネシスで手伝ってくれて、ママさんから受け取ったものをひとまず、リビングとテラスを隔てる大窓の許に置く。

 

「サーナイトはママさんのところに戻って。ヌマクロー、それ置いたらあたしと一緒にこれを持っていくの手伝って。ゴーリキー、このテーブルとイス四セット運んで。あ、おかえりオニドリル。じゃあお勝手の方に持っていってね」

 

 それで、今あたしは一階のテラスとリビングの設営を指揮しています。

 このテラス、それから二階のベランダにもですが、以前みんなで協力してアルミ製の屋根を取り付けてみました。この近辺はえんとつやまの影響で火山灰が降るので、主にそれを防ぐためにです。覆いが掛かっているところは昔に比べるとだいぶ汚れなくなりました。そこの部分に関しては雨の後は灰が固まってものすごく掃除が大変だったりする苦労はだいぶ軽減されたように思えます(ただ、やっぱり大変なようでシダケタウンあたりに引っ越すことも考えているそうです)。

 ちなみにシロナさんは今、家の中の掃除です。あの人、料理はまあうんそうなんだけども、それ以外にはすごい才能を発揮しています。

 

 ただ、それを利用してユウトさんの部屋の発掘、じゃなくて物色、でもなくて掃除を行うというのはなんだかビミョーに納得いかない。そこそこきれいな部屋でそんなに物が置いてあるわけじゃないのに、なかなかの時間をかける。ベッドの下や本棚の後ろ、机の引き出しの底の方を“掃除・整理”という名目で覗くのもよろしくない。

 

 ……あたしだって、あたしだってこれくらい…………あー、スタイルもっとよくなりたいわぁ……。

 

 ちなみにそれに気づいたのが、たまたまですが、シロナさんがベッドに潜り込んでなんかしているのを見掛けたときです。

 そのときはどうしたか? とりあえず、思いっきり布団を剥いで引き釣り出しました。幸せそうな顔をしていたのですが、ちょっと興味本位でその布団にくるまってみると……うん……なんか包み込まれている感じがして幸せでした……。

 シロナさんも我慢できずに思わずということだったそうですが、でも、こういうことは抜け駆けでやるのではなく、あたしも混ぜるべk、じゃない、ゴホンゴホン……道徳的に非常によろしくはないと思うわけですよ?(*⌒▽⌒*)

 ちなみにその後、シロナさんの手伝いでユウトさんの部屋の片付けをしてました。

 

 

「ゴリッキー、リッキー?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっとボーっとしてた。えーと、次はー——」

 

 気がついて彼を見れば、ゴーリキーが手持無沙汰だったので、指示を出して支度を続ける。ちなみにこのパーティー、あたしたちのことを知らせるために開くというような話もママさんから聞いていた。

 

「確実に外堀埋めてってるよね」

 

 まあ、それは致し方ない。ユウトさんがなんだかんだでハッキリさせないのがわるい。

 いや、あたしたちのこと大切にしてくれてるのはよくわかる。ただ、それがあたしたちが特別なのか、それともごく普通の、他の人に対しても同じものなのか。

 

「ユウトさん、言葉にしてくださいよ。言葉にしてくれないと……」

 

 こちらとしても不安で不安で仕方なくなる。あなたの気持ちが分からなくなる。

 “以心伝心”なんて言葉もあるけど、あんなもの、少なくともこのことに関しては絶対ウソっぱち……。言葉にしないと伝わらない思いもある。

 

「やれやれ……。なんだかなぁ……」

「ヌマクロ?」

「ん?」

 

 はたと気づくとヌマクローが不思議そうにあたしを見ていた。

 

「おっと。ごめんね、ヌマクロー。おつかれさま。次はー……」

「ヒカリちゃーん、だれか連れてちょっとこっち来てー」

「ハーイ、わかりましたー! じゃあ、ヌマクロー、一緒に来てくれる? それからゴーリキーあとよろしく!」

「ヌマクロ!」

「リッキー!」

 

 まだ日が傾く前の時間。あたしたちの将来のために、万事物事は進んでいく。

 




ユウトのママ、サエコ初登場。というかサエコママンって何者よ?(笑)

途中、あまりにカユクなって恋愛系からは脱線してしまいました。
それと前のとあまり変わってなくてすみません。


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外伝10 ヒカリ ときわたり

筆が全然進まないんですが、とりあえず更新しないとということで更新。
出せるストックがこれ除いてあと2話分。現状では公開できない塩漬けストックを早く更新できるように頑張ります。

あ、この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話ですので、ラルトスが話せるということはヒカリやシロナには知られていません(初めて知ったのはギンガ団関連でテンガン山に登るとき)。このシリーズではその点に留意を置いていただきたく存じます。


 ジョウト地方ヒワダタウン。

 いつも町中にヤドンがいて、ヤドンがあくびをすると雨が降るとの伝承が伝わっている長閑な町。そんな町の北には、カントーではトキワの森、ホウエンではトウカの森、といった風にその地方を代表するような森林地帯があるが、ジョウトの森といえば必ずこの名前が出てくるほどに、ジョウト地方を代表するような有数のそれが広がっている。

 その名はウバメの森。

 昼間でも日光が入らないほど、木が鬱蒼と生い茂っており、ヒワダタウン名産の「もくたん」の材料が切り出されていたりもする。

 そしてその森の中ほどには“森の神様”あるいは“森の護神”をまつる祠があった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ああ! 見てください、センセー! アレですよ、アレ!」

 

 ジョウト地方で二つ目のバッチをゲットしたあたしたちはヒワダタウンとコガネシティの間にあるウバメの森にいた。そして、このウバメの森にある祠の話を聞いてきたコトネが立ち寄りたいということで、此方に足を向けたワケだ。尤も、出口に向かう途中にあったので、必然的に通りがかることにはなったんだけど。ちなみにコトネは賽銭箱はないのに賽銭を祠に投げ入れていた。

 

「センセーとキャッキャウフフが出来ますように。センセーとキャッキャウフフが出来ますように。センセーとキャッ、

 

 ゴウフッ!」

 

 とりあえず、思いっきりそこらに転がっていた石を脳天に叩きつけておいた。コイツはゴキブリなんかよりも生命力が強いからまあ大丈夫でしょ。

 

「し、しどいです、センセー」

 

 ほらね。

 

「きさまうるさいだまればかへんたいあほきちがいがいちゅう」

「あーあ、せっかくあと少しで三回言えたのに。そしたら願いは叶うんですよね!」

「叶わんわ、ボケェ!!」

 

 あまりのことに火事場の馬鹿力のごとく、やや大きな岩をヘンタイに叩きつけてしまった。

 

「グスッ。コトネ、ちょっと涙出そう」

 

 ……さっきはああ言ったけど、なんでそれだけ何ですかアンタは!? ちょっと涙出そうじゃないわ! アンタマジで人間止めてんの!?

 

 

 とまあ痴態はこの辺にして。

 

 

「この“森の神様”ってきっとセレビィのことよね」

「セレビィ?」

「あれ? ジョウト地方の幻のポケモンなんだけど知らない?」

「うーん、聞いたことないですねぇ」

 

 まあ、幻と言われるぐらいだから知らないのも当然かと心の片隅で思いつつも、あたしはバックから自分のポケモン図鑑を取り出して、コトネにも見えるように、いくつか操作する。

 

「これがセレビィよ」

 

『セレビィ ときわたりポケモン

 森の神様として祀られる、時間を越えて彼方此方をさまようポケモン。セレビィが姿を現した森には草木が生い茂るという』

 

 といった具合に電子音声が、森の静寂さのおかげで、辺りに響き渡った。

 

「ときわたりポケモン、ですか。“ときわたり”というのはなんですか?」

「文字通り、“時渡り”よ。セレビィは時間を移動することが出来るの。タイムスリップって言えばいいのかしら」

「えー、なんかビミョーに胡散臭いような」

「ポケモンなんて不思議なものよ。超能力が使えたり、中には時間や空間、世界すらも生み出しちゃうようなポケモンもいるし。それに、セレビィの時渡りはあたしも一応経験したことあるのよ」

「……何か今サラッとすごいことを耳にした気がしますが、とりあえず。センセーって時渡りって経験したんですか?」

「今そう言ったじゃない」

「やっぱ、センセーはただ者じゃあなかった! んで、センセー、その時渡りを経験したときってどうだったんですか? ぜひとも聞かせてください!」

「うーん、そうねぇ……——」

 

 

 これはそんな“時渡り”を経験したときの話――

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 シンオウ地方。

 あたしがユウトさんといっしょにシンオウ各地のジムを巡り、旅をしていた頃。キッサキシティで六つ目のバッチをゲットして七つ目のバッチをゲットするため、ミオシティへ、ハクタイシティからハクタイの森を抜けてソノオタウン→コトブキシティ→ミオシティという経路で抜けようとしていた。

 そしてハクタイの森の中頃まで来たときのことだった。

 

「どうした、ラルトス?」

 

 ユウトさんのラルトスが何かを感じたらしく、そちらに向かい、森の中を分け入っていく。あたしたち、それからキッサキから同行しているシロナさんも合わせて彼女の後を追った。

 

「ここ、どこかしら?」

「シロナさん?」

「わたしも旅はしてるけど、ハクタイの森でこんなところがあるなんて見たことも聞いたこともないわ」

 

 いつの間にかと言うべきだろうか。シロナさんの言葉通り、普通の森とは違って樹齢でいえば数百年は下らない、もはや単なる木ではなく、『大樹』と呼称すべき木々が其処彼処に乱立していた。

 

「ひょっとして、普段人間は立ち入れないところだったりしてね」

 

 ユウトさんがそんな冗談を零しながら(でも案外冗談でもなさそうではある)、さらに先に進む。しばらくいくと、ハクタイの森に生息するポケモンはもちろん、どう見てもこの森には生息していないポケモン(山や草原に洞窟、さらには水辺にいるようなポケモンにまで)たちと遭遇した。彼らと出会った当初はみんなあたしたちのことを警戒していたようだが、どうやらラルトスが説得してくれているようで、ポケモンたちが襲いかかってくるということはなかった。

 

「あれは……!」

 

 まるで朝の日射しの中での木漏れ日のごとく、そんな森の中で、神聖さを醸し出す祭壇のような、平らであたしはおろかユウトさんやシロナさんよりも大きな一枚岩が鎮座していた。その周りには様々な種類のポケモンたち。皆一様に、その一枚岩を、あたし個人の推測の域を出ないけど、心配そうな面持ちに見つめている。

 いや。

 正確に言えばその一枚岩の上にひどい怪我をして横たわる、ある“ポケモン”に視線が集まっていた。

 

「まさか……でもなぜ……!? いや、そんなのは後で、とにかく治療しよう!」

 

 ユウトさんは驚いた顔をしていたが、すぐさまバックからかいふくのくすりを取り出すと、そのポケモンに駆け寄った。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ビィ、ビィ~!」

「ラル、ラルー」

 

 どうやらあのポケモンは元気になったようだ。今はあたしたちの周りをラルトスといっしょに元気に飛び回っている。

 

「ビィ、ビィビィ~!」

 

 なにやら「ありがとう!」っていわれている気がして嬉しくなる。

 

「で、ユウト君、このポケモンは?」

 

 見たことも聞いたこともないポケモンにあたしたち二人の視線がユウトさんに集まる。

 

「うん、このポケモンはセレビィ。ジョウト地方の幻のポケモンです」

 

 そうして彼は自分が持っていたポケモン図鑑を見せてくれた。その中に、気になる言葉があった。

 

「『時間を越えて彼方此方をさまよう』ってどういうことですか?」

「その言葉通りだよ、ヒカリちゃん」

「まさか……時間移動、タイムスリップ? でもそんなことが現実に起きるの?」

 

 時間移動。つまり、過去に行くことも出来るし、未来にも行くことが出来る。

 

「そんなことがありえるんですか?」

「別におかしなことじゃないよ。大地や海を生み出したポケモンもいれば、時間と空間を生み出したポケモンだっているんだから」

 

 大地や海、ホウエン地方の伝説のポケモン、グラードン・カイオーガ。

 時間と空間、シンオウ地方の伝説のポケモン、ディアルガ・パルキア。

 

 いずれも、人間からすれば、途方もないモノを生み出したポケモン。人間の力では及びもつかないそれらに比べたら、確かに時間移動も似たようなものなのかもしれない。

 

「ラルトスが『これからセレビィが時渡りを見せてくれる』だそうです」

 

 

 ――え? 今なんて?

 

 

 そう疑問に思う間もなくあたしたちは白い光に包まれた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ッ、ここは……?」

 

 目の前には透き通った水で満ちている湖。周りには木々が生い茂っているが、森と言うほどではなく林ぐらいがちょうどいい。

 ただ――

 

「「「さむ~~~い!!」」」

 

 辺りは猛烈なまでに吹雪いていた。

 

「ラル! ラルラル!」

「ビィ、ビィー……」

 

 ラルトスはセレビィに向かってものすごく怒っているようだった。シンオウ地方は、全国の中では比較的寒冷な地方とはいえ、晴れ渡って気温も高くなく、かといって低くもなくといった場所から、いきなり頬に叩きつけるような横殴りの猛吹雪の場所に飛ばされたら文句も言いたくなるのはよく分かる。

 ラルトスとセレビィはおいといて、とりあえず、

 

「うう、ニドクイン、キミに決めた!」

「り、リザードン、出てきて!」

「ご、劫火に(おど)れ、バクフーン!」

 

 全員手持ちの中で炎タイプのポケモンを取り出して――

 

「「「にほんばれ!!」」」

 

 考えることは一緒だった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「ここはエイチ湖だったのね」

 

 ひとまず吹雪を無理やり止まさせたあたしたちは、ここがどこなのか、ということを知るために辺りを探索することにした。

 にほんばれによって湖近辺だけだが、吹雪が止んで晴れ渡り、視界が開ける。すると、近くにロッジ風の建物があったので立ち寄ってみると、そこはエイチ湖ほとりに佇むペンションの一つだったのだ。ついでに今日はこのペンションにあたしたちは泊まることにした。

 

「急に湖が晴れ出したから『いったいなんだ?』って思ったけど、そういうわけだったのか。でも、今日はどこもあの猛烈な吹雪で出かけるのはおススメしないよ。悪いことは言わないから今日は泊まっていくといい。明日になれば今日とは打って変わって快晴になるそうだからな」

 

 とこのペンションのオーナーに言われたからだ。事実、窓の外を見ると、にほんばれの効果が切れてきているようで、また吹雪き始めていた。

 別にあたしたちはセレビィの“時渡り”で来たわけで少し我慢をすればいいだけだから、そのまま休息を取ったら出ていっても良かったんだけど、寒冷装備は持ち合わせていなかったあたしたちがそんな気候の中、外に出ていけば、オーナーの心持が悪くなるだろうし、非常に目立つ。

 そして問題はそれだけではなかった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「場所はわかりました。で、結局“ここ”は何なんですか」

 

 壁際にある大きな暖炉がある木目調の、ホールというより喫茶店に近い雰囲気のような場所。今、その暖炉の目の前にあたしたち三人とセレビィ・ラルトスが陣取っていた(今日は今のところ客はいないらしいので問題ない)。そしてあたしが発した言葉に全員が全員困ったような顔を浮かべた。もちろんあたし自身もその一人だ。

 

「ビィ、ビィビィビィ~」

「ラ~、ラルラルラ~、ラーラルラ」

「で、加減を間違えたらしいです」

 

 ラルトスがセレビィから事情を聞き取り、その内容をラルトスがテレパシーでユウトさんに送信。それをユウトさんが話すと言った感じで説明が行われている。

 で、それによるとセレビィの体調があまりに絶好調だったらしい上に、ラルトスが普通に接してくれたのがあまりに嬉しく(普段は普通のポケモンに出会っても相手の方が畏まった扱いをするらしいです。さすが森の神様と言われるだけはある)ハイテンションになっていたおかげで加減を間違えてしまったらしい。

 

 で、先程の疑問である“ここ”は何なのかに対する答えなんだけど――

 

 ――簡単にぶっちゃけると、ここはあたしたちが全く知らない世界だそうだ。

 

 ユウトさん曰く、あたしたちがいた世界とはなんらつながりはない世界。時間の流れは同じで、たとえすぐそばにあろうとも、決してお互いが交わることがない世界、いわゆる平行世界というんだそうです。

 

 結論をいえば、あたしたちは“時渡り”どころか“世界渡り”まで行ってしまったようです。

 

「まるでSF映画のような話ですね」

「で、セレビィ、結局私たちは元の世界に戻れるのかしら?」

「ビィビィ」

「ラルラル」

 

 そしてユウトさんは思わず手を頭にやって上を見上げてしまった。

 

「……がんばる、だそうです」

「ハァ……つまり保証はないと」

 

 あたしたちは思いっきり深くため息をついた。

 

「ビィ! ビィビィビィビー!」

「ラルラルラ、ルラ」

 

 セレビィがまた何か言ったけど、そこでさらにユウトさんとラルトスまでもが肩を落とした。

 

「……聞きたくはないんだけど、セレビィは何て言ったのかしら?」

 

 ……あたしも同じ思いだったからシロナさんが請け負ってくれて助かったわ。

 

「……『いつか戻れるから心配すんな。この時間旅行を楽しもうよ』だそうです」

 

 ……シロナさんはどうだか知らないけど、あたしは今の言葉にどっちかって言うとすごくイラッときた。

 誰のせいでこんなことになっているのかと。

 

 そう口からその言葉が零れてきそうになったときのことだった、それらがすべて吹き飛んでしまうほどの衝撃を受けたのは。

 

 カランカラン

 

 ペンションの入り口のドアに吊るしてある鐘が鳴った。

 

「やー、まいったぜ」

「ピカピカ」

「ホントに。猛吹雪かと思ったら晴れて、ちょっと経ったらまた吹雪とか。いったいなんなのよー」

「ポチャポチャ」

「とりあえず、ここで一休みしよう」

 

 ここから入口は見えなかったが、声の感じからして男の子が二人、女の子が一人、それからピカチュウとポッチャマと思われるポケモンたち、そんな一団がこのペンションに入ってきたようだった。オーナーが迎えにいっている。

 ただ、何かおかしいと感じた。

 ここは全然知らない世界。あたしたちの知り合いなどは皆無の世界。

 なのに――

 ――あたしの聞き間違いだろうかとも思ったけど、セレビィを除いて全員が驚きの表情を浮かべていた。

 

「いらっしゃい、大変だったろう?って、ええっ!?」

 

 オーナーの驚きの声が聞こえてきた。

 

「キミ、今ホールにいたよね?」

「え?」

「ポチャ?」

「あのー、オレたちここにはじめてきたんですけど」

「ピカ」

「見ての通り外はすごい吹雪なので、少し休憩させてもらえませんか?」

「あ、ああ」

 

 そうしてホールに入ってきた一団。

 

 ……うん。

 まずピカチュウとポッチャマは何となくわかってた。

 そして男の子二人もあたしの知らない人たち。

 

 ただ――

 

 

「「「「「「えええええええええーーーーーーーーーー!?」」」」」」

 

 

 あたしたちと彼らの驚愕が重なり合う。

 だってその一団にいた女の子ってのは――

 

 

「ピカカ!?」

「ポチャチャ!?」

「(ヒカリ!?)」

 

 

 紛れもない、“あたし自身”だったのだから――

 

 




はーい、じゃあみんな机の上で頭を伏せてー。

ウバメの森の祠にきんのはっぱとぎんのはっぱを持っていったらセレビィが出て来るってデマを流したのは誰かなー。
先生怒らないから正直に言ってみてー。
大丈夫、周りのみんなには見えないからー。


ネットもない時代にあのデマはどうやって広まっていったんですかね?


図鑑の説明文は金(HG)とクリスタルから持ってきました。そして『“時渡り”じゃねーよ』と、書いてた自分でもつっこんでました。このセレビィは個体値6V(オール31でMax)の個体なんだと解釈してくださいm(_ _)m

Wikiによれば、ヒカリのことをピカチュウは「ピカカ」、ポッチャマは「ポチャチャ」と呼ぶんだそうです。

また、アニメからいろんな人が出張参加しています。


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外伝11 ヒカリ ときわたり

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話ですので、ラルトスが話せるということはヒカリやシロナには知られていません(初めて知ったのはギンガ団関連でテンガン山に登るとき)。このシリーズではその点に留意を置いていただきたく存じます。



 あたしたちは彼らにあたしたちの事情を説明することにした。

 

「へぇ、オレたちとは違う世界ね」

「平行世界か。夢があっていいな」

「まるでSF映画みたいなお話ね」

 

 あ、今ヒカリがあたしが言ったことと同じことを言った。同一人物なんだから似た部分も多いのかしら。……でも、あっちもヒカリでこっちもヒカリじゃ区別しにくいわよね。

 

「スミマセン、ちょっと」

「……あ、あたしも」

 

 こっちのあたしは少し遅れたようだけど、でもほとんど同じタイミングで席を立ったあたしたち。同じ歩幅同じ歩き方で歩くあたしたち。左を見ると本当にあたしと瓜二つなもう一人のあたし。

 

「ピカ、ピカチュウ」

「ルー、ラルラー」

「ポチャ、ポチャチャ?」

「ポッチャ!」

「ビィビィ~♪」

 

 あたしたちより少し離れたところでは、人もポケモンも、世界が違っていようとも「でも、そんなの関係ぇねぇ!」とばかりに親交が深まったらしい。

 

「…………」

「…………」

 

 一方、こちらはさっきからこんな感じ。化粧室の洗面台の鏡の前に立つあたしたち。

 

(どうすればいいのかな)

 

 普段はそんなことはないのだが、あたしはもう一人の自分に対してかける言葉が見当たらなかった。化粧室に立った一番の理由はそれだったりする。たぶんだけどそれはきっと向こうも同じなんじゃないかと思う。世界が違うとはいえ、あくまで“自分”のことだからなんとなくわかる。

 しかし、なんとかしなければいけないのもわかっている。あれだ、ポケモンをゲットした後みたいにまずは挨拶をしよう。そこからすべてが始まる、ハズ。

 とにかく内心深呼吸をして落ち着かせる。

 

 よし――

 

 

「「…………あ、あの」」

 

 

 !?

 

 

 声が重なり合ったせいか、お互い怯んでしまった。な、なんとかしないと。

 

「「……え、えと、お先に」」

 

 

 !?

 

 

 シンクロし過ぎだよ、あたしたち。

 

「……あ、ホントあたしは後でいいから」

「い、いいよ、わたしの方が後で!」

「いや、ホントあたしが後でいいから」

「いやいや、わたしが――!」

 

 いったいどのくらいそんなやり取りを繰り広げていたのか。ちょっと少し楽しくなってきたので、

 

「じゃああたしがやるよ」

「じゃあわたしが先に」

 

 と言ったら言われたので、すかさず、

 

「「あ、どうぞどうぞ」」

 

と返したのだが、これまたピッタリのタイミングで返されてしまった。

 

「……プッ」

「……アハハ」

 

 そして、笑いあって

 

「なんかあたしたちバカみたいね」

「ねー。あ、そういえば今気になったんだけどさぁ、そっちにダグトリオ倶楽部なんてあるの? それダグトリオ倶楽部ネタだよね?」

「え? ううん、ないよ。これはドードリオ倶楽部のネタだよ。ダグトリオ倶楽部は聞いたことないなぁ」

「へぇー、逆にわたしはそのドードリオ倶楽部の方が初耳だよ! じゃあさじゃあさ――」

 

 打ち解けあって

 

「ってわけなのよ!」

「うわー! わかるわかる!」

 

 深い友誼を交わしあっていた。そして確かに外見は同じでも、違う考え方や異なる趣味嗜好を持つ別個の人間なんだという認識を持つことができた。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あなた達どうしたの? 遅いから来てみたんだけど」

 

 うわっ。だいぶトイレで話し込んでたみたいだ。シロナさんが化粧室の扉を開けて中をのぞき込んでいた。

 

「あ、ごめんなさい、シロナさん。今戻ります」

 

 そうしてあたしたちはユウトさんやサトシ君たちがいるところに戻る。

 

「(ありがとうございます、シロナさん)」

「(気にしないで。でもよかったわ)」

 

 後ろでこの世界のあたしがシロナさんにお礼を言ってるのが聞こえた。きっとシロナさんがヒカリに何か後押ししたのだろう。小声だったけどしっかりと聞こえてきたそれからそう判断したあたしは機会を提供してくれた二人に感謝した。

 

「遅かったね、ヒカリちゃん」

「もうこっちのヒカリとはうまくいったのか?」

 

 ユウトさんとタケシさんにも声をかけられた。こちらにも心配かけたようだ。

 

「だいっじょうぶ! わたしたちもう親友だから!」

 

 後ろから抱きつきのしかかるようにしてヒカリが言う。

 

「ホントかぁ~、ヒカリの「だいじょうぶ」は全然「だいじょうぶ」じゃないからなぁ」

「もう~、サトシィ~!」

 

 ニヤツいた顔でからかうサトシに対してヒカリは頬をプクッと膨らませていた。尤も、怒っているという感じではないことから、どうやら普段からもそうからかわれているのかもしれない。

 まあ、親友の誼として一応手助けはしておこう。

 

「うん、バッチシだよ。ありがとう、サトシ君。タケシ君もありがとう!」

「うわっ。こっちのヒカリからそう呼ばれてる気がしてなんだか違和感ありすぎ。オレのことはサトシでいいぜ!」

「俺のこともタケシでいいよ。よろしく、ヒカリちゃん」

 

 その日は夜遅くまで笑い声が絶えなかった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 明くる日。

 ペンションのオーナーの言った通り、天候は昨日とは打って変わって、雲一つない快晴だった。そんな中、あたしたち六人とそれからピカチュウ、ポッチャマ、セレビィがエイチ湖のほとりの一角に集まっていた。

 

「ではこれより、バトルを始めます! ジャッジは不肖、元カントーニビジムジムリーダーのタケシが務めます!」

 

 トレーナーなら出会えば即バトルなんていうのもザラではあるが、誰と誰がバトルをするのかというと、

 

「ヒカリ、手加減なしの本気でいくからね」

「わたしだって負けないんだから!」

 

 それはあたしとヒカリのバトルだ。ヒカリはコーディネーターを目指しているらしく、バトルの方はそれほどでもないらしいのだが、戦ってみたいということだったので、こちらも断る理由があるわけもなく、ヒカリの申し出を了承した次第だ。ちなみにこの後にはサトシとシロナさんのバトルをする予定だったりする。異世界とはいえチャンピオンであるシロナさんにどれだけ今の自分が通用するのか確かめてみたいとのこと。ついでにいえばサトシはバッチが六つでキッサキシティを目指していた途中だったらしい。

 

「ルールの確認をします! 使用ポケモンはそれぞれ一体のシングルバトル! 道具の使用は禁止とします! 以上!」

 

 基本的にはあたしたちの世界でのルールと同じ。一応『道具を持たせるのは禁止』とは言われてはいないですけど、『ポケモンに道具を持たせる』という概念はあたしたちぐらいしかないようなので、道具を持たせることはしていない。

 

「双方準備はいいかい!?」

 

 ボールポケットの右手を当てる。その指先に触れるは繰り出そうとしているポケモンが入ったモンスターボールだ。

 

「ではバトルスタート!」

 

 あたしはその手でボールを掴み取ると、それを大きく振りかぶった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あのポケモンは」

 

 ヒカリがポケモン図鑑を取り出してあたしの繰り出したポケモンに向ける。

 

『レアコイル じしゃくポケモン 電気・鋼タイプ

 コイルの進化系。三体のコイルが強い磁力で繋がったポケモン。たくさん集まると電化製品に異常をきたす。ばらけると元のコイルに戻る』

 

 こっちの世界って図鑑で何の進化形だとかタイプとかまでわかるんだ。何気に羨ましいじゃない。

 

「電気・鋼ね。わたしのマンムーとは相性はまあまあ良いってところかしら」

 

 たしかに。

 マンムーのタイプは地面・氷で、レアコイルの電撃が効かず、逆にあちらの地面技は四倍弱点として効果抜群で突き刺さる。尤も、レアコイルの鋼技があちらにも効果抜群で突き刺さるけど、相性でいえばやはり若干悪いとは言わざるを得ない。

 ただ、バトルは相性だけで決まるものではない。それはイヤというほどユウトさんやシロナさん、ラルトスに教えられた。それを見せようじゃない!

 

「レアコイル、いやなおと!」

「リRRRRRRRRRR!」

 

 キーンというやや甲高いような、だけどかなり不快な音波攻撃で相手の防御を二段階下げる。

 

「ムー! ムー!」

「がんばって、マンムー! とっしんよ!」

「ムー!!」

 

 いやなおとを首を振ってかなり嫌がっていたマンムーだが、ヒカリの指示でそれも治まり、レアコイルに突っ込んできた。

 

「宙に浮かび上がって回避!」

「させないわ! マンムー、こおりのつぶて!」

 

 とっしんしながらのマンムーに、こおりのつぶてがばらまかれる。こおりのつぶては早さが売りの攻撃技なので、逃がさないようにといったところなのか。

 それにしても二つの技を同時にこなすかなり器用なマンムーなようだ。けれども、

 

「レアコイル、てっぺき!」

「リRRRRR!」

 

技の効果として防御二段階アップ、おまけにこおりのつぶてもとっしんもレアコイルには効果いまひとつ。これなら、いくら攻撃が高いマンムーでもレアコイルを倒し切るには至らないハズ。

 ただ、ここで少し予想外なことが起こった。

 

「マンムー、もう一度こおりのつぶてで例のアレよ! いっけぇ!!」

 

 『例のアレ』なんて気になる言葉を耳にしたけど、それはすぐさまお目にかかることとなった。ヒカリのその言葉に、眼前で氷塊をつくり上げたマンムーは、その角でそれを砕いて先程と同じようにこおりのつぶてを飛礫として飛ばすのではなく――

 

「はいぃぃ!?」

 

 なんとそれを大口を開けて飲み込んだのだ。直後、マンムーの体毛が白く変化し、そして背骨付近の体毛の一部が氷柱のごとく立ち始めた。

 

「な、なに……!?」

 

 こおりのつぶてを飲み込むだの、直後の変化などに驚くやら呆れるやら。

 一方、

 

「おお! いいぞ、ヒカリ、その調子だ!」

「ピカピカー!」

 

 タケシはジャッジを務めていたのであからさまな応援などしていないが、それでもこの世界のヒカリを知る面々には今のナニカの成功を喜んでいるようだった。

 そしてなんと、こおりのつぶてを飲み込んだマンムーはとっしんのスピードが、どう見ても、増しているようにしか見えなかった。

 

「マン、ムーッ!」

「レアコイル、もう一度てっぺき!」

「リRRRRRRRR!」

 

 直後マンムーのとっしんがレアコイルに決まる。マンムーはスピードの他にパワーも増していたようで、レアコイルは思いっきり後方に吹っ飛ばされた。

 

「レアコイル、後ろに向かってチャージビーム!」

「リRRRRRRRR!」

 

 てっぺきを二回積んだおかげでダメージはあまり負っていなかったみたいだけど、このままではそのまま近くの木に激突してしまいそうだったので、チャージビームで勢いを落とした。

 なぜチャージビームを選択したかと言うと、特攻が七割の確率で一段階上がるからだ。ずっと撃ち続ければ二段階も三段階も上がる可能性もあったりはする。元々特攻の高いレアコイルにはありがたい恩恵だ。

 それにひょっとしたらあのマンムーは地面タイプの技を覚えていないのかもしれない。だってあたしとヒカリが逆のシチュエーションなら、絶対地面技を繰り出すから。

 ヒカリちゃんはバトルに関しては、あたしがいうのもなんだけど、未熟な部分がある上、お互いのポケモンの数が一対一のこの状況で決定打となる技を隠すということはしないはずなので、この予想は間違っていないことだろう。

 それになんだか、マンムーとレアコイルの距離も開いたことだし。

 

「レアコイル、いばる!」

「リRRRR!」

 

 いばるは相手を混乱させるけど、相手の攻撃を二段階上げてしまう技。

ただ、さっきも言ったようにマンムーとは少し距離があるので、いきなりスピードが増したさっきとは違って、とっしんを避けるのは可能なはず。

 こおりのつぶてはてっぺきを積んだ上、相性も良くなく、威力も高いとはいえないので脅威ではないし、特攻の上がっただろう今なら、ほうでんなどのテキトーな特殊技で破壊してしまうこともありだと思う。

 

「ム、ムー! ムーッ!ムーーーーーッ!」

「マンムー!? マンムー、どうしたの!? 落ち着いて!?」

「ムーッ!ムーーーーーッ!」

「マンムーーーー!?」

 

 混乱したマンムーはヒカリのいうことを聞かず、暴走している。

 

「ムッ! ムーーーッ!」

 

 そのままレアコイルに向かって猛然と、暴れ牛か何かのごとく、とっしんしてくる。

 

「レアコイル、宙に浮かび上がって回避!」

 

 ただ突っ込んでくるだけのマンムーの単純単調なとっしんをレアコイルは容易に回避。一方、避けられたマンムーは勢いが緩まず、そのまま近くの木々に激突。根元がへし折れるのは一本に留まらず、四、五本を砕いたところでようやく止まった。

 

「レアコイル! トドメのラスターカノン!」

「リーRRRRRRRR!」

 

 灰色の光線のようなラスターカノンがマンムーに直撃する。鋼タイプの技は氷タイプには効果抜群で突き刺さる上に、特攻の高いレアコイルでのタイプ一致特殊技、さらにとっしんの、ある意味の自滅のダメージをマンムーは負っていたので、

 

 

「マンムー、戦闘不能! レアコイルの勝ち!」

 

 

あたしがヒカリをくだしたことで、バトルの決着がついたのだった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あーあ、わたしの負けか」

 

 若干気落ちした風なヒカリのもとにサトシたちが駆け寄る。

 

「そんなことないぜ」

「ああ、いい勝負だったと思う」

「ピカピカ!」

「ポッチャ!」

 

 たしかに。

 ヒカリはバトルよりはコンテストの方向にベクトルが向かっている。あのマンムー自体は良く育てられているし、なによりあんな『こおりのつぶてを飲み込んでのパワーアップ』にはメチャクチャ驚かされた。

 

「だから自信持っていいと思うわよ」

 

 シロナさんの言葉にうんうんと首を縦に振り同意する。世界は違えど、チャンピオンであることに変わりはないシロナさんの言葉にヒカリは感動しているみたいだ。

 

「さて、次はオレとシロナさんの番ですね」

「そうね、ヒカリちゃんとは違って、キミはバトルの方が本業だからフルバトルでいいかしら?」

「ハイ! お願いします!」

 

 ということで、今度はサトシVSシロナさん。ジャッジは今度はユウトさんがやる。ルールは交代ありが追加されただけで、基本的にはあたしとヒカリとのバトルと同じ。

 

「いきなさい、サーナイト!」

「ハヤシガメ、キミに決めた!」

 

 で、いよいよバトルが始まる。そんなときだった。

 

 

「ビィ! ビィビィ~!」

 

 

 セレビィの助けを呼ぶかのような叫び声が耳に届いた。反射的に全員がそちらの方に振り向く。

 そこにいたのは、胸にRの文字を印字された奇妙な格好をした男女の二人組とニャース、それから透明ななにかのケースに入れられているセレビィだった。

 




アニメからいろんな人が出張参加しています。そしてマンムーの体毛が白くなるというのは独自設定です。
ちなみにシロナのサーナイトはユウトから譲り受けたタマゴから孵ったもので、チャンピオン決定戦でメガシンカしたあの個体です。


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外伝12 ヒカリ ときわたり

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話ですので、ラルトスが話せるということはヒカリやシロナには知られていません(初めて知ったのはギンガ団関連でテンガン山に登るとき)。このシリーズではその点に留意を置いていただきたく存じます。

また、今回「ん?」と思われるかもしれませんが、一つ温かい目でよろしくお願いします。


「だれ、あなたたちは!?」

 

 胸にRの文字を印字された奇妙な格好をした男女の二人組とニャースにセレビィを捕えられてしまった。当然そんな状況下でサトシとシロナさんのバトルが行われるわけもなく、シロナさんがそんな彼らにその言葉を投げつけたときだった。

 

「『だれ、あなたたちは!?』と聞かれたら――」

「答えてあげるが世の情け――」

 

 その二人組はなんだかヘンなポーズを決め出した。

 

「世界の破壊を防ぐため――」

「世界の平和を守るため――」

 

 さらに男の方はいったいどこから取り出したのか、赤いバラを取りだした……。

 しかしまあ……

 

「愛と真実と正義を貫く――」

 

 なんというか……

 

「ラブリーチャーミーな敵役――!」

 

 

「ム 「ねえ、シロナさん」 」

「コ 「なあに、ヒカリちゃん?」 」

「銀河 「これって最後まで聞いてなきゃダメ?」 りには――」

「ホワ 「うーん、別にいいんじゃない? こんなの聞かなくても」 るぜ――!」

 

 戦隊ものとかバトルものの変身シーンや登場シーンはちゃんと聞くモノだけど、ここは現実なんだからそんなもの聞いてあげる必要もないので、半分ワザと被せてみた☆

 

「ってオミャーら最後までちゃんとニャーたちのカッコイイ決め台詞を聞くニャー!!」

「ソォォォナンス!!」

 

 そうするとなんだかノリのいい反応が返ってくる。

 てか、ニャースの他にはソーナンスまで現れたのはいいとして――

 

 

「「ニャースが喋ったあッ!?」」

 

 

 二人組のことよりあたしもシロナさんもそっちの方が気になってしまった。

 なんで? どうしてポケモンが人間の言葉を? ていうかなんでユウトさんやサトシたちは平然としてるのよ?

 

「ニャースの言うとおりよ、まったく!!」

「ああ! まったく、なんて失礼な奴らだ!! お約束はきちんと守らないとダメなんだぞー!!」

「ソォォォナンス!!」

 

 いや、アンタらそんなことを言う資格ないんじゃないかなぁ。

 

「とにかく! ム・サ・シ!」

「オッホン! コ・ジ・ロ・ウ!」

 

「銀河を駆けるロケット団の二人には――」

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ――!」

「あニャーんてにゃ!」

「ソォォォナンス!」

 

 結局最後までやるわけね、アンタたち。

 でも、

 

「なんだか締まらなかったわね」

 

シロナさんの言うとおり、なんだか微妙な感じになってしまった。

 

「うるさいわね! 元々はアンタ達がジャマしたからでしょ!」

「ていうか、なんで同じジャリガールが二人もいるんだ!?」

「あっ! 本当ニャ!」

「ソォォォナンス!」

 

 それに今頃気づくか。やれやれって感じね。

 ていうか気になることを言っていたわね。

 ロケット団か。

 どうやらあいつらロケット団の構成員ということみたい。この世界では壊滅してなかったのね。

 

「とにかく! ロケット団、セレビィを返せ!」

「へっ! お断りよ! コイツをボスに献上すれば?」

「幹部昇進!」

「支部長就任ニャ!」

「ソォォォナンス!」

 

 

「「ちょ~っと待ったー!」」

 

 

 サトシとロケット団の言葉の応酬が続いている途中に、また知らない男女の声が耳に届く。

 

「あーもう! 今度はなに!?」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「あっ何だかんだと聞かれたら――」

「答えないのが普通だが――」

「「まあ特別に答えてやろう――!」」

 

 こちらに背を向ける黒いコスチュームの男女二人組。

 

「地球の破壊を防ぐため――」

「地球の平和を守るため――」

 

 こちらに振り返る。すると、胸にはまたもや赤いRマークが印字されている。しかも、先のムサシとかコジロウとかとは、細かい差異はあれど、白黒が反転しているコスチュームを身に纏っている。

 

「愛と誠実な悪を貫く――」

「キュートでお茶目な敵役――!」

 

 それにしても、何というか――

 

「ヤマト――」

「コサブロウ――」

 

 これ、つい今し方聞いたような――

 

「宇宙を駆けるロケット団の二人には――」

「ショッキングピンク桃色の明日が待ってるぜ――!」

 

 そしてなんか締めっぽいところで、バランスって言う組み体操の技(なんか二人並ぶ内、お互いの外側の手で内側の足を持って、内側の手をつなぎ空に突きさすように上げてる)ポーズを決めた。

 

「なーんてな!」

「ラッチューノ!」

 

 最後に、女性の声とともにラッタが飛び出てきて、クロスしている膝の上に乗る。

 

「あ、終わった?」

 

 うわぁ、シロナさん欠片も興味ないのか、本人たちは『決まった!(ドヤァ』してるところにグサリと刺すような一言を浴びせる。

 

「ああ!」

「ピッカ!」

「おまえたちは!」

「んー、誰だったかしら?」

「ポチャチャア?」

 

 ぷっ。なんというタイミング。そしてギャグのお約束みたいにひっくり返るヤマトとコサブロウ……あれコサンジだっけ?

 んー、とりあえず、サトシとピカチュウ、それとタケシは知ってたようだけど、ヒカリは知らないってことから、サトシたちがヒカリに会う前に知り合ったのかしら。サトシたちはずっと旅を続けてるって言ってたし。

 

「サトシ、とりあえず思ったんだけど、今の口上ってよく聞き慣れてるロケット団のパクリよね?」

「ん? あー、まあな」

 

 初対面らしいヒカルの素直な感想。まあ、あたしも普通にそう思ったけどね。

 

「そうよそうよ! もっと言ってやんなさいよ、ジャリガール&ジャリボーイ! あのヤマトに!」

「それとコサンジにもな!」

 

「どぅぁーかーるぁー! オレの名はー! コ・サ・ン・ジだって! 言ってんだろー! ……あれ??」

「んなことどうでもいいわよ! パクリ!? 冗談も休み休み言いなさいよ! ほんっと失礼ね!!」

 

 そんなこんなで復活して、言葉の応酬を繰り広げるサトシたちとロケット団。

 そんなさなか――

 

 

 

『ほほう! こいつはなかなか珍しいのがいるな!』

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

 まるでスピーカーから聞こえたような女性の音声が空に響き渡る。見上げてみると、空が何やら歪んで見えた。

 ……?

 ()()()

 

「なによ、あれ?」

 

 すると何もなかった空に突如としてゴツゴツとした機械的な飛空挺らしき物体が浮かんでいた。

 

「あれは!?」

「Jの飛空挺よ!」

「チッ! よりにもよってこんなときに! コジロウ! ニャース! それからヤマトもコサンジもね!」

「オウ!」

「ニャー!」

「仕方ないわね。邪魔者はサカキ様のためにはならないもの」

「だからオレはコサブロウだっての……」

「ジャリボーイ、ここは一時休戦よ!」

「わかった! だけどセレビィはあとで返してもらうからな、ロケット団!」

 

 ロケット団も含め、サトシたちも臨戦態勢を取る。というより、さっきまではお互い敵対していたのに、一時的とはいえタッグを組むなんていったいその“J”とやらは何者?

 

「ポケモンハンター。依頼されたポケモンはたとえ人のものだろうと強奪して、それを依頼者に高く売りつける。いわば犯罪者だね」

 

 ユウトさんがそう解説してくれた。

 

「しかしまぁ、随分と危険なのに出くわしたな」

「どういうことなの、ユウト君?」

「あのJの場合、自分の障害になるようならば人に危害を加えることになんら躊躇をしないということです」

 

 そんな!? そんな人がいるの!?

 誰しも――たとえサトシたちやロケット団すらも――ユウトさんの発言に驚きを隠せないようだった。

 

「なるほど。容赦は無用ってわけね。なら、全員出てきなさい!」

 

 一方、シロナさんはまったく動じていない様子で、残り全てのモンスターボールをボールポケットから取り出して放り投げた。出てきたポケモンはバクフーン、ガブリアス、スターミー、トゲキッス、ライボルト。

 

「ここは幸いにもエイチ湖。シロナさん、スミマセンが、少し時間を稼いでくれませんか?」

「わかったわ、任せて」

「ヒカリちゃんも頼むわね」

「もちろんです」

 

 ユウトさんになにか考えがあるらしい。ここは素直に従うのが賢明だろう。

 そうこうしているうちに飛空挺からはボーマンダに乗った顔にフィットするタイプのバイザーとインカムをつけた女が現れた。

 

「すまないけど、オレとシロナさん以外はJの相手はしないよう努めてくれ」

「でも、ユウトさん、オレ!」

「サトシ君、なにも戦うなとは言っていないよ。キミたちにはあの大軍を相手にしてほしい。もちろんヒカリちゃんたちやロケット団、あなたたちにもね」

 

 ユウトさんの指差す先には飛空挺から大量に放たれるメタングとエアームドの群れ。その数の多さは、黒点によって青空が覆い尽くされるのではないかというほどであった。

 

「……チッ、気に食わないけどしゃーないわね。コジロウ、それからヤマトもコサンジも、あたしたちの相手はおまけのザコどもよ!」

「わかった!」

「ほんっと、気に食わないわね」

「まあまあ。今回はいいじゃないか。それとオレの名前はコサブロウです」

 

 ロケット団の四人がユウトさんの案に動揺するとサトシたちもそれに同意することになった。

 

 そしてユウトさんはラルトスの他にボスゴドラ、ラティオス、ラティアス、ニドクインを繰り出し、あたしもレアコイル以外のポッチャマ、リザードン、ムクホーク、エルレイド、ムウマと手持ちの全員を外に出した。他の全員も手持ちの全てを繰り出し、もはや総力戦と化したといってもいいほどの様相を呈してきている。

 

「ユウトさん、気をつけてほしいことがあるんですけど」

「ん? ああ、彼女がポケモンを捕獲するために使う特殊な技術のことかい?」

「えっ? あっ、はい。知ってたんですか?」

「んー、まあ、ね。とりあえず、ご忠告はきちんと受け取っておく。ありがとう」

 

 ……釈然としない。

 どうしてユウトさんがJのことについてあんなにも詳しく知っていたのか。あたしたちの世界ではJの存在などついぞ聞いたこともない。

 

「ユウト君、聞きたいことがあるんだけど」

 

 それはシロナさんも同じみたいだった。だけど、あの人の返事は――

 

「“禁則事項です☆”」

 

 またそれですか。てか前から思っていたんですけど、なんかそれユウトさん、というより男の人には似合わないような気がします。

 

「おっと、お客さんをもてなす最後の準備をしないとな。ゴルダック、キミに決めた!」

 

 そうしてエイチ湖の湖面に向かって投げたボールからゴルダックが繰り出された。

 

「ゴルダック、ラルトスからの指示をしっかり聞いてくれ。それからこれも持っていってくれ。失くすなよ」

「グワッパ!」

 

 ユウトさんがゴルダックに向かって何かを投げた。それはきれいな弧を描いて、無事ゴルダックの手元に収まる。

 

「じゃあ頼んだぞ!」

「グワッパ!」

 

 ゴルダックはラルトスとユウトに向かって大きく声を上げると、反転してエイチ湖に潜っていった。ゴルダックへの指示はきっとユウトさんがラルトスにテレパシーを送って、それをラルトスがゴルダックにまたテレパシーでは送ったのだろう。一応ここには共闘するとはいえ、“敵”に当たるロケット団もいるわけだから。

 

 そうこうしているうちにあのJとかいう女がなにかの飛行機械に乗って、地上二、三メートルの中空まで降りてきた。黒の色合いが強い、灰色っぽいドレスのような、だけど全然柔らかそうな印象のない戦闘服に、左腕の前腕部に何かの発射口のようなものがある機械を装備している。

 

「依頼のあったサーナイト、しかもチャンピオン様のものとあれば相当レベルも高い。素晴らしい」

「あら、そう簡単にいくかしらね。獲らぬ狸の皮算用とはよく言ったものだわ」

「フフ、お強いことだ。だが、それもいつまで続くかな? それに――」

 

 ツツーと視線が横にずれ、あの女はセレビィを見据える。

 

「まさか幻のポケモンであるセレビィまでいるとは。あまりに運が良すぎてあとが怖いな」

 

 何気に死亡フラグを立てているような気もするけど、とにかく、あたしたちをそんなに舐めないでほしい。全員が全員、そんなに簡単にやられる、あるいは簡単に屈するような人たちじゃないんだから。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「バクフーンはふんかを、ライボルトはバクフーンの護衛を続けて! リザードンとムクホーク、トゲキッスはねっぷう! ムウマはあやしいかぜ! ヒマがあればわるだくみもしなさい! それ以外は撹乱しつつ、チームワークを組んで各個撃破!」

 

 シロナさんのバクフーン、トゲキッス、ライボルトは一時的にあたしに預けられ、あたしのポケモンたちといっしょに辺りの、それこそ数えるのも億劫ほどの、メタングとエアームドの群れを撃退していく。メタングもエアームドも炎が弱点なので、ふんかやねっぷうといった範囲攻撃でおもしろいように堕ちていっている。それ以外も空を飛べるのはもとより、飛べないのはメタングやエアームド自身を足場にして次から次へ飛び移るようにして迎撃していっていた。

 

「ピカチュウ、10万ボルト! ヒコザル、ほのおのうず!」

「ポッチャマ、うずしお! パチリス、ほうでん!」

「グレッグル、どくばり攻撃! みんな、絶対に一対一で戦うな! 必ず二人以上でタッグを組んで戦うんだ!」

 

 サトシたちも広範囲をカバーできる技を使えるポケモンたちには指示をし、それ以外はあたしたちと同じくポケモンたちに独自の判断をさせて各個撃破を狙っている。

 

「ハブネーク、ハヤシガメの後ろのザコ二体にポイズンテール!」

「マスキッパ、ブイゼルとニャースの上にタネマシンガン!」

 

 尤も、タケシの言うことをあのロケット団すらも実践して、しかも即席連携の穴をうまくカバーしている。というより、即席なのにこのチームワークはなんなんだと逆に聞いてみたいほどだった。

 

「ラッタ、ムサシの頭上にロケットずつき! ヤミラミはシャドーボールよ!」

「パルシェン、同じくコジロウの後ろにとげキャノン! グラエナはアイアンテールだ!」

 

 相手の数が多いので、トレーナーすら狙う個体もいたらしい。

 指示された四体は白い方のロケット団に向かっていたメタングたちを迎撃。二人は迎撃による爆発の勢いを利用して、さらに距離をとった。そして相手に隙を曝すのを最小限に抑えるためか、彼らは二人組で背中合わせのペアを作る。

 

「ふん。礼は言わないわよ」

 

 即席ペアとなったっぽいロケット団女二人組の片方がもう片方へ声を掛ける。

 

「相っ変わらずね。それよりもっとポケモンいないの?」

「うっさいわね! あたしだってメガヤンマ出してるでしょ!」

「まあまあ。ここは落ち着こうぜ」

「コジロウに同意なのは癪だが、今は相手の数が多い。ヤマト、ここは我慢だ」

 

 ……思うに、なんだかんだ言って結構仲いいんじゃないのかな?

 

 さて、一方Jのポケモンたちと対峙するシロナさんやユウトさんの方はといえば――

 

 

「スターミー、サーナイトにめざめるパワー!」

 

 すると、Jのあの妙な機械から発射された弾丸によって、石膏に全身を固められたようなサーナイトが解放される。

 

「チッ! 猪口才な!!」

「同じ手が何度も通用するとは思わないことよ!」

 

 チラリと見ていたが、先程シロナさんのガブリアスが同じように固められたとき、ラルトスのめざめるパワーによって解放されたのを、今シロナさんがスターミーで実践したわけだ。シロナさんはガブリアスをも捕らえようとしたJに怒り心頭なようで、常とは違った迫力を醸し出している。

 

「くっ! ボーマンダ!」

 

 空で戦闘を繰り広げるボーマンダを見上げるJ。しかし、ボーマンダはユウトさんのラティオスとラティアスによって、完全に翻弄されており、片や地上ではアリアドスはニドクインとサーナイトに、ドラピオンはガブリアスとスターミーによって同じく完全に釘付けされており、Jは身動きを取ろうにも取れないといった状況だった。

 ちなみにボスゴドラはラルトスの護衛についていて、ラルトスはさっきからなにやら精神統一して集中しているようで、めざめるパワー以降は微動だにしていない。

 

「おいッ! 増援をもっとよこせ!!」

 

 左手で左耳を抑えつつ、口元のインカムに向かって怒鳴りつけるJ。

 だけど――

 

「できた! 全員、地上に下りろ!! 巻き添えを食いかねるぞ!!」

 

 ユウトさんの方で何らかの準備が整ったらしく、その叫びによって何かを感じた皆はすぐさま地上に滑空するように下り立つ。

 

「今だ! ラルトス、レーザービーム発射!」

「ルーーーーーーー!!」

 

 するとなにやら極太の、はかいこうせんよりも大きな橙色の光線が発射される。それはまっすぐ一直線にJの飛空挺に向かって突っ込んでいき、飛空挺の防壁を「何でもない」とでもいうような感じで容易く貫通。

 直後、飛空挺は大爆発を遂げた。その衝撃は、地上に生える木々を激しくしならせ、エイチ湖の湖面を激しく波立たせるといった、多大な衝撃波をもたらしていた。

 さらに爆発によって飛空挺の残骸が彼方此方に飛散し、その多くが近くの森やエイチ湖に落下している。

 

「よくやったぞ、ラルトス!」

「ラ~ル~♪」

 

 褒めるユウトさんにエッヘンと胸を張るラルトス。しかし、周りはあたしやシロナさんを含め、あごが外れんばかりといった風に唖然呆然といった有り様だった。

 

「ああ、あれはでんじはを使ったちょっとした特技だよ。ただ時間がかかる上に、文字通りの“必殺の一撃”になるから、使うことはまずないんだけどね」

 

 ユウトさんが言うには、

 簡単に言うと電子レンジの応用で、でんじはを使って空気中の水分子を振動させる。熱は分子の振動によって発生するので、よってそこに高温の熱が発生。同時に熱は電磁波の一種で、熱を持つ物質は、赤外線のような形で電磁波を放出している。 電磁波は言葉通りの『波』であり、位相というものがあって、その位相によって様々な種類に分類されるが、それをサイコキネシスで弄って無理やり揃えたらしい。また高温になると物体は自然発火し、その際生じる『火』というものは『光』を内包する。で、結論として揃えた電磁波の位相を一方向に打ちだしたのだとか。

 

 正直何を言っているのかさっぱりわかりません。

 

 

「とりあえずわかりやすいたとえで言うと、『でんじはとサイコキネシスでレーザーを放った。レーザーの射線上の物体は蒸発させる』といえばわかりやすいですか」

 

 

 その後、霧や煙などを通過するとレーザーの威力が大幅に減衰するだのなんだの言われたけど、そんなものは頭には入ってこなかった。

 

 

「おお、ゴルダック! ナイスタイミングだ!」

 

 

 ゴルダックが岸辺に現れた。

 その後ろには――

 

「ハハ、伝説のポケモン、ユクシーとは! ハハハ、まったくもって……ハハハハ!」

 

 自身の飛空挺が爆散したことに我を忘れて呆然としていたJだが、ユクシーが現れた途端、再起動したかのように動き出す。爆発した飛空挺には彼女の部下が乗っていただろうに、一切それに気にかけていないといのは、確かに残忍な性格なのかもしれない。

 左腕に備わっている機械の発射口をユクシーに向けた。

 

「じゃあユクシー頼んだ。みんな、死にたくなかったら、地面に伏せて目を閉じろ! 人もポケモンも全員だ!」

 

 片やユウトさんの何やら物騒な発言に、先程の飛空挺爆破が脳裏に焼き付き、さらにその威力にまだまだ自分を取り戻すということは出来ていなかったので、あたしたちは反射的に、すぐさまあの人の言うとおりにした。雪面に伏せたので、全身が雪だらけになるが、死ぬよりはマシだった。

 

 

「ああっ! あああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 直後、Jのもがき苦しむ声が聞こえた――

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

「ふぇぇ、それはスゴイですね。その後、どうなったんですか?」

 

 これを聞いて“すごい”で済ますアンタも大概だと思いつつも、あたしは図鑑を操作する。

 

『ユクシー ちしきポケモン

 人々に様々な問題を解決するための知恵を授けたといわれるポケモンで、知識の神とも呼ばれている。目を合わせたものの者の記憶を消してしまう力を持つ』

 

 そう図鑑の再生ボタンを押すと、電子音声が開いたページのポケモンの説明をそう読み上げた。

 

「目を合わせた者の記憶を消すってなんだか怖いですね。で、これ……まさか?」

「そういうこと」

 

 Jはユクシーの目を見てしまい、記憶を消されてしまったのだ。「地面に伏せて目を閉じろ」といったユウトさんの指示は他の人間やポケモンに被害が及ばないようにするためである。

 

「で、記憶をなくしたJのおかげで問題は解決。このあとはホントはいろいろあったんだけど、なんとかあたしたちは無事この世界に戻ってこれたってわけよ」

 

 ちなみにロケット団はユウトさんの命令に従順に従い、セレビィはアッサリ返されることとなった。で、ユウトさんは彼らには何もせず、その彼らもユウトさんから一目散に逃げ出していったのだった。

 それからどうやってユクシーを説得したのかというと、ゴルダックに投げ渡したアイテムによって成功したんだとか。それが、アルセウスを呼び出したときに使った“てんかいのふえ”だと知ったのは、アルセウスと邂逅を果たした後のことだった。創造神を呼び出す笛なんだから、そりゃあユクシーも納得してついてくるわよね。

 

「と、まあこんな感じかな。さて、休憩はおしまい! 今日中にこの森を抜けちゃいましょうか!」

「はい、センセー!」

 

 

 あたしとコトネの旅はまだまだつづく――

 

 

 

 

おまけ

 

 

「ジュリーさん、ここの書籍を八番の棚に戻しておいてください」

「わかりました、シロナさん」

 

 その女性はいつだったか、シロナがいきなり連れてきた女性だった。年にしてシロナよりは上の年代。だが、記憶を失っていたらしく、人間としての基本的なこと以外は何もかもがわかっていなかった。

 連れてきた責任としてシロナはその女性と一緒に自分の家で同居をさせ始める。はじめはシロナが一つ一つものを教えていったのだが、ある程度になってくると、自らが好奇心を発して自分でシロナの家の書籍やパソコン等で調べ始めるようになった。

 さらに家事も覚え始め、私生活がだらしないシロナの助けにもなり始めた。今では、連れてくる前の記憶は一切戻らないが、その新生活にはすっかり慣れ、公私に渡るシロナの個人的な“秘書”のような地位にまで上り詰めていた。

 最近シロナはその女性の知識(様々な考古学の本を読み漁っていたようで)を活用させようと自分のコネを使ってハクタイシティの予備学校に講師として赴任させた。生徒には何かと評判らしい。

 だが、その女性は今もシロナの下から離れようとはしていない。また、ユウトやヒカリに対しても随分良く接してくれる。

 

「自分の“恩人”なのだから」

 

 それが口癖だった。ひょっとしたら、その女性は自分の過去に何やら暗いものがあることに薄々気がついていたのかもしれない。

 

 彼女らは自分を太陽の当たらない暗い深淵から引っ張り上げてくれた――

 

 ――ポケモンハンターという暗い……――

 




ロケット団のレギュラー3人とゲスト(?)の2人、ポケモンハンターJもアニメより出張参加。
とりあえずヤマトとコサブロウはもう一回、とは言わず何回でも出てくれないかなという願いから入れちゃいました。調べたらDP65話で出た後は出ていないんですね。知らない方が多いのかもしれませんが、申し訳ありません。
ちなみにJの『人に危害を加えることになんら躊躇をしない性格』というのはアニメの設定ほぼそのままです。『殺す』という表現をよりマイルドなものにしました。
それから大人の都合により死人は出ていませんのであしからず。
また、おまけの内容はあくまで“対外的な”Jの認識です。
ただ、見解を述べるとするならば、Jは一応犯罪者です。しかも超一流のポケモンハンター。ですので、足を洗おうにも色眼鏡で見られ、依頼はひっきりなしに舞いこみ、それをこなさなかったら、捕獲したポケモンを非合法な方法で売却したスジや依頼者から脅されていたこともきっとあるでしょう。あのままではそのしがらみからは抜け出せなかった。そこから助け出してくれて、かつ居場所をくれた三人には感謝の念を抱いているのではないかと思い、こんな感じにしました。

ユクシーの説明文はポケモンダイヤモンドとHG/SSのを参考にしました。

グレッグルが鋼タイプに毒技を使用していますが、アニメではなぜか効いていたような描写があったと思います。

それにしてもロケット団とサトシたちが協力し合う姿は大好きです(そんな場面を想像して今回は書き上げました)。ということで映画2作目はホント素晴らしい。いえ、3作目も彼らはカッコイイんです。でも、エンテイパパさんのせいでどうも……。それからアニメ内で協力し合う回を見てみたいので、某レンタル店で借りようかと思っているのですが、どのシリーズのどの回なのかご存知の方はいらっしゃったら教えてください。


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外伝13 流星の滝(前編)

ようやく出来上がりました……
よもや、この二話を書くだけで数ヶ月も掛けるとは……


 日差しがきつく、気温湿度ともに高い位置で安定する季節。それが夏。南半球は違うよという声もあるかもしれないが、それは脇に置いておいて、とにかく夏。この時期スクールは夏休みを迎える。それはこのハジツゲタウンにあるスクールも例に漏れず。

 しかし、スクールは休みでも、子供たちには大自然をポケモンと共に満喫してみようという趣旨で、事前に決めたグループの何人かと共に何日かの泊りがけで行う、サマーキャンプというものを各町で開催している。

 そして、今日はハジツゲタウンのスクールにおける夏のサマーキャンプ初日。

 ユウトとラルトスもこのキャンプに参加していた。

 

「ラルトス、マジカルリーフ!」

「ラルッ!」

「ジャンプして躱して、アメタマ!」

「アッ!」

 

 サマーキャンプにはいくつものカリキュラムが組まれているが、今は、その初日の始めに行われるポケモンバトルの真っ最中。一対一の方式で、自分のポケモンを持っているのならそれで、持っていないのならサマーキャンプ期間内限定でポケモンをレンタルして参加する。ちなみにそのレンタルしたポケモンは期間内は自分のパートナーになる。

 

「よし! よくやったよ、アメタマ!」

「アッアッ!」

 

 さて。

 アメタマは、トレーナーの少年の指示通りに、ラルトスの放ったマジカルリーフを跳躍することによって躱した。七色に光り輝く二枚の不思議な葉っぱはフリスビーのように横回転しながら、アメタマのちょうど真下を通過する。

 

「反撃だ、アメタマ! バブルこうせん!」

「アッアッッ!」

 

 アメタマは頭を後ろに若干反らした。

 

「アッ、アッメッ!?」

 

 若干後ろに反らしたことで後方にも視界が開けたが故にアメタマはそれに気がつき、アメタマは目を見張った。

 なんとアメタマに向かって、つい今しがた避けた不思議な葉っぱが迫ってくるのだ。

 

「ええ!? な、なんで!?」

「マジカルリーフはスピードスターと同じで百パーセント相手に当たる技でね! 当たるまで相手を追い掛け続けるんだよ!」

「うぇぇぇ!?」

「アッ、アーッ!」

 

 アメタマはバブルこうせんを放つどころではなくなり、アワアワと慌てふためいている間にマジカルリーフがアメタマを直撃。

 

「アメタマ!?」

 

 アメタマはそのまま木の葉が舞い落ちるように地面に墜落。

 

「あっちゃ~。これは僕らの負けか」

 

 アメタマが目を回している様子を見て、そう判断を下したトレーナー。

 

「ゆっくり休んで、アメタマ」

 

 彼はレンタルにてのバトル体験だったが、これからの三日間を共に過ごす相方をキッチリ労って、モンスターボールに収めた。アメタマも申し訳なさそうにしながらも、安心した様子でボールに戻っていった。

 

「いやったぜ!」

「ラルッラー!」

「怪我はないか?」

「ラル!」

「よし! これからも頼むな!」

「ラルラル!」

 

 一方のユウトたちも満面の笑みを浮かべ、喜び合っている。

 どちらにも共通するのは自身の相棒であるポケモンに対しての労わりと慈しみの思いだろうか。負けた方も勝った方も、トレーナーはポケモンのことをまず気にかける。そしてポケモンもそれに応えようとする。

 

「いやー、キミ強いね」

「いやいや。オレもラルトスもまだまだこれからだよ。それに君とアメタマのコンビワークもとても良かった。絶対才能あるよ。すごい」

 

 さらにバトルした者同士の健闘の称え合いもここだけでなく、彼方此方で見られる。

 互いが互いを思いやる気持ちを育むことが出来たこの企画はまず成功といって間違いはないだろう。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 マグマッグに襲われた一件以来、二人は特訓を重ね、あのときとは比べるまでもないほど強くなっているという自負が二人にはあった。

 

「はーい、みんなー! ちゃんとついてきてねー!」

 

 さて、このサマーキャンプだが、スクールの先生や生徒の保護者のみならず、お手伝いとして参加する外部の人間も存在する。今、声を張り上げて生徒を促した彼女もその一人だ。赤毛のショートヘアの女性、ポケモン預かりシステムのホウエン地方での管理人であるマユミの姉に当たる人物、アズサもその一人だ。彼女は本来なら参加するはずではなかったのだが、妹のマユミがポケモン預かりシステムの緊急微調整とメンテナンスを行わなければならなくなったため、代わりに参加したという格好だ。

 

「はーい! みんな聞いていると思うけど、もう一度確認ね。これからこの班員のみんなでこの流星の滝を、いくつかのチェックポイントを通過しつつ、115番道路に向かいます。ここは野生のポケモンも住む大自然の洞窟の中なので、十分注意を払って、班のみんなやポケモンたちと協力しながら切り抜けてね。私も付き添いますが、極力私を頼らずにみんなの力を合わせて頑張るようにしてくださいね!」

「ねぇ! わたしたちはいつ行けるの!?」

「あなたたちはユウトくんが班長の班だから、えー、次の次よ。あ、私があなたたちと一緒に行くからよろしくね!」

 

 そして、今は班ごとにチーム分けをしてオリエンテーリングに取り組むというプログラムを進行中である。ちなみにユウトの班は偶然同い年くらいが固まり、周囲からの推薦で彼が班長に収まったようである。

 

「あら、もうすぐ出発ね。みんな、準備はいいかしら?」

「「「「「いいでーす!」」」」」

 

 そうしてユウトたちの班は出発していく。

 いくら子供たちだけといえど、事前に入念に下見をしている上、いざというときのために大人も脇に付いている。

 何も問題はないはずであった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「で、これはなんなんだよ!?」

 

 誰かの声が洞窟内を木霊する。

 ユウトたちが洞窟内を順調に進んでいた。そして中頃に差し掛かったところで現れたのが、

 

「なんなの、このズバットの群れは!?」

「多いよ! 多過ぎるよ!」

 

 進路と退路、そして洞窟の天井を覆い尽くすかの如く群れるズバットの大群であった。

 

「くっ! こんなの聞いてないわよ!? それに、前の班はいったいどうしたのよ!?」

「それはともかく、何とか隙間作って逃げましょう! さすがにこの数は多勢に無勢過ぎます! ラルトス!」

「ラルッ!」

 

 アズサの愚痴のようなものを切り捨て、ユウトはラルトスを繰り出した。

 

「そうよね。今はここを何とか切り抜けましょう! お願いよ、ビジョン!」

「アメタマ、頼んだ!」

 

 それを受けて、アズサさん、さらには先にユウトとバトルをしたアメタマ使いの少年も躍り出た。

 

「ピジョン! つばさでうつよ!」

「アメタマ、バブルこうせん!」

 

 ピジョンはボールから飛び出した勢いそのものを利用してズバットの群れに吶喊(とっかん)してダメージを与えれば、バブルこうせんがそれに戸惑うズバットの一体に直撃。さらにその勢いによって大きくバランスを崩したそのズバットは、周りを飛翔する仲間を巻き込み、さらにその仲間が、という具合に場を混乱させる。

 

「ラルトス、なきごえ!」

 

 そしてその混乱をさらに煽り、かつ相手の攻撃を下げるラルトス。

 

「ラルトス、特攻上げるぞ! チャージビーム!」

 

 さらにズバットの弱点でもある電気技で、ズバットを手当たり次第に攻める。ちなみにチャージビームは追加効果の特攻上昇が比較的起きやすい技として、よく二人で練習を繰り返していた技でもある。

 そのチャージビームは撃てば当たるという具合に次々とズバットを攻め立てる。

 

「ね、ねえ、私たちもやろ!」

「そ、そうだな!」

「よーし! ワンリキー、いけー!」

 

 ピジョンやアメタマ、そしてラルトスたちの様子を見ていた残りの三人も活気付いた。その戦列にワンリキー、ポチエナ、アゲハントが加わる。

 アゲハントはその翅で飛びながらたいあたりで攻撃を加えていき、一方、飛べないワンリキーやポチエナ、アメタマも、跳び上がったり、あるいは直接相手に接触しなくても相手を攻撃出来る技で以って攻め立てていく。それを受けてアズサとユウトは全体を見回しながら、サポートや攻撃といった具合に切り替えていた。

 

「アズサさん、ピジョンはふきとばしって技出来ますか?」

「出来る、ピジョン?」

 

 アズサはこのユウトという少年が、この年齢の子供としては卓越したセンスと視点を持ち合わせている、否、偶にだが、自分と同等かそれ以上とも感じていた。だから、この、自分よりも一回り以上下の年齢の少年のことを随分と頼りにし始めていたし、彼の言うことに協力することも吝かではなかった。

 

「ピジョ、ピジョー!」

 

 そしてピジョンから返ってきた答えは、力強いYES。

 

「出来るかどうか聞いてきたってことはそれをしろってことよね?」

「お願いします。ふきとばしで相手を吹っ飛ばしてしまえば、そこに逃げ道が出来ますので、そこから出口に向かって駆け抜けましょう。外に出られれば、ラルトスのテレポートで逃げられます」

「OK! ということでふきとばしよ、ピジョン! 全力でやりなさい!」

「ピジョー! ピジョピジョーー!」

 

 ピジョンの力強い羽ばたきによって生み出された、かぜおこしやたつまきを遥かに上回る突風は、洞窟の複雑な地形も相まって、極小規模ながらも乱気流のような状態となり、それがズバットたちに襲いかかった。

 その気流の中を目が退化してしまって見えないズバットたちが飛ぶのはとても無理があったようで、ある個体は風に煽られて壁に叩きつけられ、またある個体は平衡感覚を無くしたのか飛ぶこともままならないで墜落したり、また、違う個体は近くを飛ぶ個体と衝突を繰り返す等という状況にズバットたちは陥った。

 

「ねえ、アゲハント、あなたもあれ、出来る?」

「ハーント!」

「そう! じゃああなたもあれやって!」

「ハーーント~!」

 

 さらにそこにアゲハントも加わり、その状況が一層加速した。

 

「みんなよくやったわ! さっ、逃げましょう!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 そうして、とてもバトルする状況でないズバットたちを置いて、アズサやユウトたちはその場を抜け出そうとした。

 

 しかし、それは

 

「ゴルバッ!」

 

一体のゴルバットによって遮られる。

 

「で、でかいな」

 

 ユウトの呟きに誰しもが内心首を縦に振った。

 通常ゴルバットの平均的な大きさは一.六メートルほどで、少なくとも二メートルはない。進化系のクロバットでさえ、一.八メートルほどなのだ。

 しかし、今自分たちの目の前にいるゴルバットは二.五メートルはありそうなほどの大きさであった。ゴルバットの大きさを正確には知らなくても、それが異常な大きさであるということは誰しもが感じ取っていたのだ。

 そのおかげで前方の通路は半分以上塞がれている。では引き返して逃げるのはどうかというと、間違いなくあのゴルバットが後ろから襲い掛かってくるだろう。大人一人だけならまだしも、六歳程度の子供が五人もいる状況ではとても逃げられるものでもない。

 

「くっ、ピジョン!」

「ピジョッ!」

 

 アズサの掛け声でピジョンがゴルバットの前に躍り出た。

 

「私たちが少しでも時間を稼ぐわ! その間にあなたたちは逃げなさい! ピジョン、かぜおこし!」

 

 そうした中で彼女の取った手は、自分たちを囮にして子供たちを逃がすというものだった。

 

「ゴルバッ! ゴルバッ~!」

「いや~!」

「な、なんだよ、この音!?」

 

 しかし、それもゴルバットの放ったちょうおんぱによって状況が変わった。皆が皆、その不快な音波に耳を塞ぐ。

 

「ピジョ!? ……ピジョピジョ」

 

 一方ピジョンは、ちょうおんぱを受けて、ゴルバットに対峙していたのが一転、こちらに向き直った。目元には隈のようなものが浮かび上がり、目つきも危うくなっている。

 

「ヤバイ! 混乱してる! アズサさん、逃げて!」

「ピジョジョジョー!」

 

 そのままピジョンはアズサの方を向き直り、自身の羽を強く羽ばたかせてかぜおこしを放った。アズサもユウトの言葉を受けて避けようとするも、完全には避け切れず、かぜおこしの風に巻き込まれて洞窟の内壁に強く打ち付けてしまった。

 

「アズサさん、大丈夫ですか!?」

「……ぐっ。戻って、ピジョン、ユウト君、後、おねが、い」

 

 混乱してわけもわからない状態のピジョンを必死に戻して彼女は気絶してしまった。

 ユウトは辺りを見渡す。

 ゴルバットはなんのダメージも受けておらず、健在。ピジョンとアゲハントのふきとばしを受けて大混乱をしていたズバットたちも復帰し始めている。そして班員の子供たちはゴルバットとピジョンたちのやり取り、それからアズサの状態を見て、足を竦ませて怯えてしまっている。残念ながら、戦力にはカウントできない。

 

「ユウト、僕たちはどうしたらいいと思う?」

 

 その声にユウトは振り向いた。見れば、先程はいち早くアズサを援護し、そしてこのサマーキャンプが始まって最初にユウトと対戦した、あのアメタマ使いの少年だった。班員の中で彼だけは他の三人とは違って、怯えの中に自らを奮い立たせようという気概が見て取れた。

 

「……オレとラルトスでゴルバットを引き付ける。その間にキミたちはここを脱出して応援を呼んできて。リーダーはキミでお願い。アズサさんはワンリキーに運んでもらって」

「わかった。すぐ助けを呼んでくるから」

 

 ユウトは自らを囮にして彼らを逃がすという策を取った。ゴルバットを何とかする必要があったからだ。今の状況の彼なら皆を先導出来るだろうし、何より自分も逃げて誰かを残すという選択を、誰かに押し付けているように思い、その選択を取ることを嫌ったからであった。

 

「巻き込んじゃってわるいな、ラルトス」

「ラルラル、ラルラトー」

 

 ラルトスはすまなそうにするユウトに、全然気にするなと言うかのように首を横に振った。

 

「そっか。気張るぞ、ラルトス! マジカルリーフ!」

「ラル!」

 

 ラルトスはユウトの言葉に力強い言葉を返すと、そのままゴルバットに向けてマジカルリーフを放った。

 相性的には威力は四分の一となり、かなり分が悪い。それにゴルバット自身もラルトスのことを舐めていたのだろう。

 マジカルリーフがゴルバットに命中した。

 

「ルバッ!?」

 

 ゴルバットは思った以上の威力とダメージで、少々怯んだようだ。

 

「オレのラルトスを甘くみるなよ!」

「ラル!」

「ゴ、ルバッ!」

 

 しかし、それも少しの間で、ゴルバットはこの二人の認識を改めたようだ。

 

「ラルトス、マジカルリーフ!」

「ラー、ルッ!」

 

 ラルトスが両腕をサイドスローのように前方に投げ出すと共に、どこまで相手を追いかけ続けるマジカルリーフが発射される。

 

「ゴル、ッバッ!」

 

 しかし、今度はゴルバットもそうやすやすとは当たってくれようというものではない。マジカルリーフはゴルバットのいた位置を通過した。

 

「今だ、ラルトス! チャージビーム!」

 

 尤も、そんなことはユウトもわかっていたことであるので、ゴルバットがマジカルリーフを避けて幾分注意が散漫になったところで、チャージビームを放つよう指示した。これを受けてラルトスもすぐさまチャージビームを発射。それは見事、ゴルバットの左の羽に命中した。

 

「ンバババババ!」

 

 羽から全身へと電流が走り、ゴルバットは大きなダメージを負って、一時動きが止まる。さらにそこにマジカルリーフが追い打ちを掛けた。

 

「今だ!」

「ああ! みんな行くよ!」

 

 それを好機とみた二人は少年を、そして共に脱出する班員やポケモンたちを促した。そして、ユウトたち以外の面々はこの場を抜け出すことに成功した。

 

「ゴルバ、ゴルバッ!!」

 

 一方、ゴルバットは先程のダメージから立ち直る。顔には井桁が浮かび上がり、その心情を表すかのごとく羽を激しくバタつかせていた。

 

「来るぞ!」

「ラル!」

 

 ゴルバットが大きく息を吸い込む様を見て二人は身構える。

 

「ルバアアァ!」

 

 ゴルバットは紫色の球体状に纏まったネバネバしている液体を吐き出した。

 

「いっ!? ラルトス避けろ! ヘドロばくだんだ!」

「ラ、ルラ!?」

 

 ラルトスが自身にねんりきも掛けて無理矢理その場から跳び退く。直後、ヘドロばくだんがそこに着弾。水風船が叩きつけられて割られたときのごとく、ヘドロが詰まったボールが弾け、中のヘドロが辺りに飛び散った。

 

「おいおい、こんなのヘドロばくだんじゃないだろ……」

 

 ヘドロばくだんが着弾したところは、劇薬を掛けられて溶け出しているかのようにジュウジュウと湯気を上げている。これではようかいえきと言っても良さそうなものである。

 

「ラル!?」

「どうしたラルトス!?」

 

 ヘドロばくだんを避けたラルトスにさらに追撃が加えられた。しかし、ゴルバットはただその場でホバリングしているだけで何の行動も取っていない。

 

「ズバッ」

「ズバッ、ズバッ」

 

 ゴルバット以外でこの場でラルトスに敵対している存在、つまりはズバットたちがラルトスに攻撃を加えたのだ。

 

「ギャギッ」

 

 すると一体のズバットがエアカッターをラルトスに向けて放つ。

 

「ラルトス!」

「ラルラ!」

 

 今から迎撃するには間に合わない。二人はそう思って、横っ飛びにその場を飛び退いた。エアカッターの着弾による爆風を背後から受けたこともあり、何とか避けることには成功するも、

 

「ズバッバッ」

「ズバギャッ」

 

それによって出来た隙を突いて、何体かのズバットがラルトスに噛み付き、宙に釣り上げ始めた。

 

「おい、なにやってるんだ!! ラルトスを放せ!!」

 

 ユウトも人間がポケモンには敵わないと思いつつも、ズバットの群れからラルトスを解放しようとして飛びかかった。しかし、既にラルトスたちは子供のジャンプではとても届かないような高さにいるのだった。

 

「ギギャ、ギィィィ!」

 

 さらに別のズバットからはちょうおんぱが放たれる。そして、そのズバットに続いて他にも何体かから、同じくちょうおんぱが放たれた。

 

「くそッ! ラルトス、ねんりきだ! 辺り構わずやれぇ!」

 

 ユウトは耳を押さえ、その不快な音に顔をしかめながら叫ぶ。ラルトスも同じく、その不快さに苦しみながらも、あちらこちらにねんりきによるサイコパワーを送った。ズバットたちは弱点であり、かつその味わったこともない感覚に、思わずラルトスをその口の拘束から解き放ってしまう。

 

「ラルトス!!」

 

 ユウトはこのときを待っていたとばかりに飛び出す。

 今まで生きてきた中で最も速い走りで助走をつけたかと思うと、そのままジャンプ。勢いそのままに宙を跳び、見事落下してきたラルトスを自身のその胸に受け止めた。

 

「ラルラ!」

「ああ! おまえは大丈、夫!?」

 

 ユウトの視線の先には大きな水の流れ。この流星の滝内を流れる川だ。

 

「うわあああ!」

「ラルうう!?」

 

 ユウトたちはどうすることも出来ずに、プールの飛び込みよろしく、大きく派手な音を立てて着水。そのまま流されることになった。




ズバットたちはねんりきの影響で追ってこれませんでした。


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外伝14 流星の滝(後編)

「ありがとう。みんなのおかげで助かったよ」

「ラルール」

 

 ゴルバットたちとのバトルで川に落ちて流されたユウトとラルトスだったが、今彼らは無事岸に上がっていた。

 

「ンベイベイ!」

「ノンモ!」

タンベイタッべタンべ

 それに手を貸したのがこの二人、タツベイとモノズを中心としたクリムガンやピッピ、トサキントやドジョッチといったこの洞窟に住まうポケモンたちの一団である。

 彼らは流されていた二人を岸に引き揚げ、木の実を分け与えたり、火を起こしたりなどをして二人の手当てを行っていたのだ。

 

「ンベイ! タッべタンべ!」

「モノ、モンーノ。モノ」

「ベイ!? ベ、ベベイ、ベイ! タッべ!!」

「モノ、モノズ」

「ベイ! ベ、ベイ、タンベイ!!」

 

 タツベイは胸を反らしていたが、モノズに何かを指摘されたのか、途端に顔を赤く染めてモノズに詰め寄っている。その様子に周りのポケモンたちは一様に笑みを浮かべているようだった。

 

「なあ、タツベイたちは何話してんだ?」

「(なんかタツベイはツンデレみたいね)」

「はぁ?」

「(うーん、そうね。……うん、こんな感じでどう?)」

 

 すると、ユウトにしてみれば、つい今し方までは単なる鳴き声として耳から入っていた音の羅列が、頭の中でそれとは異なる“会話”に変化して響き始めた。

 

【だから、そういうことじゃない!】

【またまた~。そう意地張らなくたっていいのに~】

【いや、だから違う!】

 

「なんだこれ?」

「(なんかタツベイは随分私たちのことを心配してくれてたみたい。で、それを弄られてるというところ)」

「ふ~ん、それでツンデレねぇ。でも、いい奴じゃん」

「(“てれや”なのかしらね)」

「さあなぁ。意外にお前みたいな性格でも“ひかえめ”だし、後で性格が変化することもあるだろ?」

 

 ユウトたち二人もそんな彼らに倣って、二人のじゃれあいの様子を見守っていた。

 

 

【ちょっと! 大変だよ!】

 

 

 しかし、そんな時間も終わりを告げる。

 全員が声をした方を振り向けば、そこには全身に傷を負っているピッピを抱えた一体のクリムガンがいた。

 

【ピッピ!?】

【おい! 大丈夫か!?】

【また、あいつらなのか!?】

 

 皆が二人に駆け寄り、声を掛ける。ユウトたち二人も例外ではない。しかし、ピッピは弱く声を上げるだけの力しかなかった。

 

「戦闘不能一歩手前ってところか。ひどいな。ラルトス」

「(オッケー、任せて)」

 

 木の実等の回復出来るものは、ユウトたちの回復のために使われてしまっている。

 ここで二人が何もしないという選択肢はなかった。

 掛けられた恩は返すのが礼儀である。二人はそう思った。

 

 そしてラルトスがねがいごとを発動させる。少しすると、ピッピの上を小さな流れ星が流れ、そからこぼれ落ちた淡い星屑が、柔らかな淡い青の光を伴って、ピッピの全身を包み込んだ。

 すると、包み込まれた先からピッピの怪我が癒えていく。その幻想的な光景を、ユウトを含め、周囲が見とれていた。

 そして、それらが全て消え失せると、ピッピは先程までとは打って代わり、起き上がって元気一杯に跳び跳ねる。それには周りもワッと盛り上がった。

 

【ありがとう!】

 

 口々にそう声を掛けられる二人。

 

「ああうん。ただ詳しい話を聞かせてくれないか?」

 

 ここでピッピの怪我を回復させたところで、それは一時凌ぎでしかない。根本を解決させなければ、ただこれが繰り返されるばかり。

 ユウトは野生の生態に人間が介入するのは良くはないと思ってはいたが、先のそれにより、目の前の彼らに自分たちの力を貸すことにした。ラルトスもそれを追認する。

 

「さて、詳しい話を聞かせてくれないか?」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 元々この流星の滝は個々の喧嘩等からのバトルはあれど、特に何事もなく、またここを通り抜ける人間たちにも特に何もせず、所謂平和的な状態であった。

 ところがあるとき、ある一体のゴルバットがやってくる。そのゴルバットは瞬く間に洞窟に生息する同族たち、果てはソルロックやルナトーンたちも合流して、“人間排斥”を唱える一大派閥となった。

 勿論この動きを察知したポケモンたちもおり、今ここにいるタツベイとモノズを中心とした派閥がまさしくそれである。

 しかし、派閥を築き上げるまでの時間とその後の時間の差が響き始める。片や、着々と準備を拵えてきた方と、片や急造で拵えた方、果たしてどちらに軍配が上がるか。

 それは火を見るよりも明らかなことである。

 

「なるほど」

「(話はわかったわ)」

 

 だいたいの経緯を把握した二人。

 

「(さっきも言ったけど、あなたたちに加勢することに異論はないわ。ただ)」

「そうだな。みんなはどうしたいんだ? 何を望んでる? どういう状態にしたいんだ?」

 

 抗争を行うことにおいて最も大切なことは、勿論兵力や物資の集積も必要なことだが、それを終結させること、つまり、所謂“落とし所”をどこにするのかということを決めることである。何を目標とするのかがわからなければ、下手をすれば、片方の塵も残らないほどの殲滅ということにもなりかねない。しかし、さすがにそこまで行くのはやり過ぎであり、ユウトたちもそれを望まない。

 

【ボクたちは今みたいな何につけてもギスギスして争うという感じじゃなくて、ただ前みたいにある程度は皆仲の良い状態に戻したい。それに人間の完全な排除も反対だ。この中には外に興味を持つポケモンもいるし、気に入った人間となら一緒に旅をしたいってポケモンもいる】

 

 それは彼らも同じで、リーダーの片割れであるモノズの言にタツベイが強く頷くのを始め、ここにいる全員が首を縦に振った。

 

「よし! これで目標は定まったな。んじゃ、作戦を決めようか」

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

 流星の滝115番道路側口。ここは洞窟内の高低さからくる階段状の地形となっている。一度降りた段差を再度登るのには困難を伴う箇所もあるほどである。

 さて、そんなところには現在、この洞窟内に住まう多くのポケモンたちが一堂に会している。尤もそれは左右どちらかの組に属して相対しており、その醸し出される雰囲気からは決して友好的なものは感じられなかった。

 そして、双方の組の代表が歩み出た。

 

【ふむ、まさかそちらから来るとは。こちらから出向く手間が省けたぞ。ついに決着をつけようというのか】

 

 ゴルバットのもののような声がユウトの脳内に響き渡る。

 

【ああ。決闘だ。そして、この決闘で勝った側に負けた側は従う。異論はないね?】

 

 それにモノズが応えた。

 

【ふむ、了解だ。で、そこの人間はなんだ? 先程私たちを邪魔した人間のようだが?】

 

 その言によって双方の視線がユウトに集まる。それを受けてユウトは軽い会釈を返した。

 

「さっきはドーモ。ゴルバット=サン。とりあえずオレはモノズやタツベイたちの方の人間、つまりアンタとは対立する立場の者だ」

【キミたちは人間の排斥を訴えているけど、ボクたちは違う。人間とポケモンが協力すればきっと大きな力になるだろう。彼はキミたちにそれを見せるために手を貸してくれるそうだ。普段キミたちは人間を蔑ろにしているんだ。たかが人間の一人の参加ぐらいわけはないだろう?】

【当然だろう。序でにそこのラルトスがたかが一匹増えた程度も私たちにとっては造作もない】

 

 モノズの言にゴルバットはまるで問題ないといった感じに返す。

 

「じゃあ問題ないついでに、代表者と他で別けてバトルしないか? こっちの代表はタツベイとモノズ、あとついでにオレだ」

【ふむ。何を企んでいるか知らんが、私たちの派閥の方がレベルが高いことに変わりはない。故に私たちの勝ちも変わらんか。いいだろう。その提案、乗ってやろう】

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 そして、決闘が始まる。

 先制を取ったのはレベル的に高いハズのゴルバットたちではなく、タツベイたちの方であった。

 

「こわいかおだ!」

「(こごえるかぜよ! 出来ないのはなきごえやしっぽをふる、にらみつけるをしなさい!)」

 

 ゴルバットやソルロック、ズバットたちが一斉に攻撃に移ろうとしていたところに、相手の能力を下げる技が一斉に突き刺さる。ユウトやラルトスの指揮が見事に決まった形だった。

 しかも、こわいかおはともかく、他の技は範囲技である。ごく初期から使える技だが、レベルが高くなると使われなくなる技でも、ダブルバトル以上の集団戦闘では途端に使い勝手のある技へと変化する。ちなみに、他にもいとをはく(素早さ二段階ダウン)もこのタイプの技である。

 

「タツベイとモノズは引き続き、こわいかおだ! 相手の素早さを徹底的に下げろ!」

「(こっちは作戦通り、攻撃班とサポート班に分けるわよ! 攻撃班は得意技か弱点技に切り換えて攻撃! ズバットには電気や氷、岩技メイン、ソルロックとルナトーンは水、地面、悪、草技メイン! サポート班は引き続き、サポートの継続よ! 教えた通り、相手の能力を確実に下げる技なら何でも使っていいわ!)」

 

 ユウト、ラルトスの指揮の下、タツベイたちは確実にゴルバットたちを翻弄し、ダメージを与えていく。ゴルバットたちは立ち上がりの変化技で出鼻をくじかれたためか、終始タツベイたちに翻弄されていた。

 ユウトはトレーナーとしてダブルバトルでの戦い方や変化技・攻撃技を使い分けるのもお手の物だが、さて、ラルトスの方は、

 

「(サポート! ピッピ班Aはなきごえ、ピッピ班Bはでんじは! トサキント班しっぽをふる、クリムガンはにらみつけるよ! ドジョッチ班はどろばくだんでサポートよ! 攻撃! トサキント班、防御の下がった相手にたきのぼりにつのでつく! ドジョッチたちはたいあたり、ピッピ班はチャージビーム!)」

 

自身はあまり攻撃に参加せず、全体の指揮を取っているが、変化技の指示や集団戦の指示などはトレーナー顔負けの様相を呈している。

 これはひとえにユウトとの訓練の成果であった。

 この世界は『ガンガン攻撃して相手を倒せばそれでOK』という価値観が支配しているが、それは何も人間たちの間だけではない。多かれ少なかれ、ポケモンたちにもその風潮は存在しているのだ。尤も、人間ほどで極端ではなく、また麻痺や眠らせる等の変化技も使われるが、それでもユウトやラルトスが使う比率よりは大幅に少ない。

 ここでもその差は現れていて、ゴルバット派閥は全員が闇雲に攻撃を行おうとしているが、タツベイ派閥はラルトス指揮の下、攻撃役とサポート役に分かれての、即席ながらも連携してバトルに臨んでいる。そのため、

 

「(そこ! 一対一の状態にならない! 必ず複数対一の状態にしなさい! なんのためのサポートだと思ってるの! サポート班もしっかりなさい!)」

 

 また、役目を分けることは自分のやるべき仕事を明確にすることにも繋がる。ゴルバットたちは全員が攻撃をしようとして、しかし、その全員が出来るわけではない、つまり、無駄が生まれているのに対し、ラルトスたちは、役割付けからこのような効率的な動きを可能としていた。

 

「(その調子よ! 最後まで気張りなさい!)」

 レベルは確かにタツベイたちの方が低いが、それだけがバトルの絶対的な勝敗に繋がるというわけではないのだ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「よし、攻撃に移るぞ! タツベイ、ルナトーンにハイドロポンプ! モノズはゴルバットにあくのはどう!」

 

 二人にこわいかおを指示してきたユウトはここで攻勢に出ることに決めた。こわいかおの素早さ二段階下降効果により、ルナトーンはともかく、ゴルバットの、素早さという特徴を完全に殺しきったとの判断からだった。ちなみにユウトはこの二人がハイドロポンプ、あるいはあくのはどうを使えることからさすがは派閥の長を務めているだけはあると感じていたりする。

 ただ、ここでユウトにとって一つ誤算があった。

 

「うぇ!? 弱点なのにほとんど効いてない!?」

 

 タツベイの放ったハイドロポンプがルナトーンにほとんど効果がないということだった。

 

「ルナ、ルナトーン」

 

 ルナトーンは平然としながら、お返しとばかりにタツベイにサイコキネシスによるダメージを食らわせる。

 

「大丈夫か、タツベイ!?」

「タンベ!」

 

 タツベイは首をブルッと振り、「なんでもない!」とばかりに力強く声を上げた(ちなみに、タツベイの言葉が翻訳されて脳内に響かないのはラルトスが一時戦闘のため、その能力を切っているからである)。

 ユウトはモノズの方の何の問題もないと判断した。素早さを限界まで下げたことで、ゴルバットはモノズに技を決められず、逆にモノズの技が決まっていくからだ。このまま押していけば、なんとかなる。

 問題はタツベイの方である。ほぼ水タイプ最強技であるのハイドロポンプの効果が薄いということは他の特殊技も効果が期待出来ないということである。

 

「……待てよ? そういやさっき……」

 

 ユウトはタツベイたちに助けられたときのことを思い出す。

 

(ラルトスはタツベイのことをツンデレって言ってたけど、あれって“てれや”から来ていたからじゃなくて違うところから来ていたんじゃ……たとえば)

 

 そうしてユウトは自身の直感に従ってみた。

 

「タツベイ、今の借りはずつきからのかみつくで返せ!」

「タッタンベ!」

 

 タツベイはグワッと目を見開くと足のバネを精一杯使って大地を蹴る。そのままルナトーンに向かって、ロケットのごとく飛んでいった。

 そしてずつきがルナトーンに直撃する。さらにそこから大口をグワッと開けてかみつくへと移行した。

 

「うわっ、こいつはスゲェ!」

 

 ユウトの驚きの理由、それは、タツベイのずつきとかみつくが固いルナトーンの表面にヒビを入れたからだ。ルナトーンはそれらの強烈な攻撃で目を回してしまっていて、ほぼノックアウトされた状態になってしまっていた。それを確認したタツベイはゆっくりと口を離す。倒れてしまった相手にこれ以上の追撃はしてはいけないと感じたからだ。

 さて、ルナトーンの体表にヒビを入れるなど、通常ならここまではいかない。ユウトは先の勘が正しかったことを確信した。

 

「いいぞ! タツベイ、お前すごいじゃないか!」

「ンベイ! タンベ!」

 

 ユウトの賛辞を手放しで喜ぶタツベイ。

 

「よし! この調子でいくぞ!」

「タッベ!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 先ほどまでの、バトルによる喧騒とは打って変わって静かな洞窟内。

 

【負けたよ。完敗だ。ここまで一方的だとケチのつけようがない】

 

 ユウトの脳内にはゴルバットのその言葉が響き渡る。

 彼女の言葉通り、集団戦はタツベイたちの方に軍配が上がった。やはり最初の変化技による一手と集団戦を指揮出来る存在の有無が決め手であった。

 今はお互い怪我を負ったところを新たに木の実を取ってきたり、ラルトスやピッピたちのいやしのはどうで治療して回復している。あのルナトーンも、ラルトスの手によってすっかり元通りに戻っていた。

 

【それにしても人間の指示あるなしでまさかここまで結果が変わろうとは】

【そうだよ。これが人間の力、というより人間とポケモンの融和したときの力だよ。まあ、ここまでのものとは思ってもなかったんだけどね】

「(あ、多分それはユウトだったからよ。でも、人間と一緒に努力していくことはわたしたちポケモンの力を百パーセント、ううん、それ以上引き出すことに繋がると思うわわ。わたしもユウトと鍛練して随分変われたから)」

 

 ゴルバットは和やかにラルトスと談笑している。先程までの険悪な態度とは打って変わってのものだった。見れば、他にも今まで争い合っていたというポケモンたちも同じような光景を繰り広げていた。

 

「ふぅー、雨降って地固まるって感じになったか。何はともあれ、良かった」

 

 二つのグループが抗争を繰り広げていた場合、一番その仲が融和するのは、共通の敵を作り上げ、願わくはそれを撃破することだ。しかし、今回ユウトはそれを用意することは出来なかった。

 そこでユウトは昔の漫画によくある『川原で喧嘩して「お前やるなぁ」「いやいやお前こそやるなぁ」となって互いを認め合い、友情を深め合う』というパターンを画策した。結果は見ての通りである。

 

「人が手を加えるのは良くないとは思うが、これで誰も悲しまなくなるなら、まあいいかな。……ん?」

 

 ふと気がつけばタツベイがそれらの輪に加わらず、ユウトの方を見つめている。しばらくそうしていたら、ついにはトコトコとユウトの元に歩み寄った。

 

【なあ】

「ん? どうした?」

 

 そこでタツベイは一旦言葉を区切る。そして一息入れると、自身の一番言いたい感情をぶつけた。

 

【おれを連れてってくれ】

 

 その言葉にユウトは思わず目を二度瞬きをする。次にタツベイの全身を頭部から胸部、脚部、爪先と見下ろしていき、また脚部、胸部、頭部へと視線を移していった。

 

「いったいどういうことだ?」

 

 ユウトのその言葉に答えを返したのは、タツベイではなく、さっきまでゴルバットやラルトスと談笑していたモノズだった。

 

【簡単な話だよ。彼は元々外の世界に興味を持っていたし、人間にも並々ならない関心を寄せていた。それに今日のバトル、ボクは君の指示に従ってのやつだけど、ワクワクしたんだ。『たのしい』って】

【ああ。だからおれはアンタと一緒にいたい。人間は大きくなったら、いろんなところに旅をするんだろ? おれもそれに付いていっていろんなポケモンとアンタの指示でバトルしたい。だから、おれを連れていってくれ】

 

 モノズの言葉を引き継いだタツベイの真摯な言葉。それはユウトはもちろん、それ以外にも心を動かした。

 

「(いいんじゃないの?)」

【ふむ、そうだな。聞いていれば、いろいろな連中とバトルして強くなるということか。なら今度相見えるときにまたバトルしようぞ】

 

 ラルトスやゴルバット、更には他のポケモンたちまでもユウトとタツベイの周りに集まってくる。皆が皆、タツベイの気持ちを応援したいという思いに溢れていた。

 

 

 

「そっか。ん、じゃあオレと、いやオレたちと一緒に行こうぜ、タツベイ!」

 

 

 

 その言葉と同時にタツベイはユウトの胸に飛び込む。ユウトはそれをガッチリと受け止めた。

 

 

 この日この瞬間、ユウトのベストパートナーの二人目がユウトの仲間になった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ――それから幾年か経った流星の滝。

 

 そこに二人組の人間が現れた。

 全身を黒い全身タイツのような格好で身を固めた二人。最も特徴的なのが胸元に印字された赤い『R』の文字。

 彼らは、世界征服を目論む悪の組織、ロケット団に所属する構成員であり、彼らは今日、この流星の滝に生息するというドラゴンポケモンを乱獲に来ていたのだ。

 

「よし、ここだな。強いドラゴンポケモンがいるという話は」

「ああ。いくぞ」

 

 二人は洞窟の入り口を見据える。先程からズバットが何やら大量に出入りしているが、二人はあまりそれに気を取られず、歩を進める。

 そしていざ洞窟内に進入しようとしたときだった。

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ。

 

 一組の足音が二人の耳元に届いてくる。

 二人は洞窟の入り口に向けていた足を止めた。声を立てず、手の振りで互いのやり取りを行う。二人は頷き合うと素早く入り口横の壁面に背を預けて息を殺す。ズバットたちの洞窟の出入りがはさらに多くなった。

 ここに来て、二人はさすがになにかがおかしいと感じ始めた。足音は変わらず、寧ろ大きくなってくる。

 

《撤退するか?》

《そうだな。一度様子を見よう》

 

 手振りで合図をしてそう結論付けた二人が、それを行動に移し始めたとき、それまで飛び交っていたズバットたちが突如二人を中心に半円を描くようにして囲い始めた。全員が全員、二人に牙を見せつけて威嚇している。ズバットたちは二人の上を飛んでいて下はがら空きだったが、この様子では、そこを通り抜けようとしたときに攻撃を受けてしまうことは容易に想像出来た。

 そうこうしているうちに、足音の主が二人の前に現れた。それは青と黒の二色を身体に配し、三つの長い首、二本の尻尾を持つドラゴンポケモン、サザンドラだった。サザンドラの後ろにはピッピにピクシー、クリムガン、ソルロックにルナトーンの集団が続く。

 さらにズバットたちの後ろから数体のゴルバットと一体のクロバットが姿を現す。

 ここに来て、二人は彼らの虎の尾を踏んでしまったのだと自覚した。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ロケット団二人を撃退した洞窟のポケモンたち。

 

『彼は元気にしているだろうか』

 

 洞窟の外で雲間から見える青空を、ふと見上げるサザンドラ。彼はあのとき、ゴルバットと対峙していたモノズであり、彼はついに最終進化形にまで進化していた。

 

『なに、大丈夫さ』

 

 その傍らを飛ぶは一体のクロバット。彼女も元はゴルバットとしてモノズやタツベイと対峙していた。

 

『それについこの前会ったではないか』

『あれ? あれってそんなに最近だっけ?』

『そうだぞ。まったく、お前ときたら』

 

 やれやれという具合にため息をつくクロバット。それにゴメンゴメンと返すサザンドラ。

 二人の様子からあれから仲睦まじく過ごしていたことが容易に伺えた。 事実彼らは手を取り合い、ときにはライバルとして己を高め合い、ときには協力して、今回のような洞窟の危機を乗り越えるということを繰り返してきた。そこにはユウトやラルトスの助力もあり、その結果が進化という形へと繋がったのだ。

 

『にしても昔のタツベイのときのいじっぱりな性格はずいぶんを成りを潜めたな』

『いやいや、そうでもなかったみたいだよ』

『……お前はアレのことになると、なんだか目敏いというかよく気がつくというか。なんだ、お前はアレのオカンか? それともホの字なのか?』

『どっちも違うよ!』

『フッ、冗談だ』

 

 

 

 彼らの様子を見ればこれからも仲が拗れることなく、そして洞窟も守られていく。

 それだけは間違いのないことだろう。




本当はタツベイとの出会いをメインに書きたかったのに、書いていたら、それが脇に追いやられていました。

ちなみに文体が所々違う箇所がある場合、かなりの長い時間を掛けてしまったからだと思われます(この後編だけで2ヶ月以上掛かりました……)
もし、そのような箇所やおかしな箇所がありましたら、ご指摘願います。


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時系列&登場人物紹介

今後こちらはちょくちょく追加していくと思います。


 人物紹介にナツメ、ミツル、コクラン追加

 人物紹介にプラターヌ博士、シトロン、ユリーカ追加


<時系列>

下にいくにつれて新しくなっていきます。

 

≪本編前≫

外伝4 ラルトスとユウト

外伝13 流星の滝(前編)

外伝14 流星の滝(後編)

 

≪出会い編≫

第1話 出会い①

第2話 出会い②

挿話1 出会い ヒカリ シロナ

第3話 シンオウジム戦

第4話 ポケモン講座

挿話2 ギンガ団との遭遇

挿話3 ポケモンバトルの意味 ヒカリ シロナ

第5話 ヨスガシティでの再会(前編)

第6話 ヨスガシティでの再会(後編)

挿話4 日常 シロナ

 

≪ときわたり編≫

外伝10 ヒカリ ときわたり

外伝11 ヒカリ ときわたり

外伝12 ヒカリ ときわたり

 

≪ギンガ団編≫

挿話5 シンオウの危機 ヒカリ

第7話 アクシデント

挿話6 テンガン山へ シロナ ヒカリ

挿話7 やりのはしらへ シロナ

第8話 不完全だけど必要なもの

 

≪ポケモンリーグ編≫

第9話 シンオウポケモンリーグ開幕

挿話8 すべてをぶつけよう! ヒカリ

挿話9 リーグ1回戦 ヒカリ

第10話 リーグ2回戦

挿話10 リーグ3回戦シンジVSヒカリ(前編)

挿話11 リーグ3回戦シンジVSヒカリ(後編)

第11話 リーグ4回戦タクトVSユウト(前編)

第12話 リーグ4回戦タクトVSユウト(後編) (番外 第11‐12話のIF Ver.)

第13話 予選決勝ユウトVSヒカリ①

第14話 予選決勝ユウトVSヒカリ②

第15話 予選決勝ユウトVSヒカリ③

第16話 予選決勝ユウトVSヒカリ④

第17話 シンオウチャンピオン決定戦開幕

挿話12 エスカレートしていくバトル シロナ

第18話 シロナの大逆襲

挿話13 チャンピオン決定戦決着 シロナ

挿話14 夢を追いかけろ! ヒカリ

 

≪外伝編≫

外伝2 シロナ アルセウスとの邂逅

外伝3 シロナ アルセウスとの邂逅

 

外伝6 ユウト トリプルマルチバトル(前編)

外伝7 ユウト トリプルマルチバトル(後編)

(番外 外伝6~7(裏ルート) ユウト トリプルマルチバトル)

 

外伝1 ヒカリ Four years later

外伝4 コトネ ヒカリの授業

 

外伝8 とあるダメ人間たちの奮闘記録

外伝9 シロナとヒカリの実家ご訪問

 

外伝15 Happy Halloween!

 

 

※本編とは関係ないネタ集についてはゲーム内のネタ話であり、本当に本編には一切関わりありません。

 

 

 

 

 

主な登場人物紹介です。本編ではまだ登場していない人物もおりますので、ご注意ください。

 

<登場人物>

 

ユウト(♂):ホウエン地方ハジツゲタウン出身

五才のときにもらったタマゴから孵したラルトス(♀)が一番の相棒。

数々の地方でポケモン図鑑をほぼ完成させていることから、その地方を代表するような学者たちには大変覚えがいい。またそれと同時に、旅する地方のリーグでは完全制覇し、“全国チャンピオン”という異名まである。

しかし、チャンピオンマスターへの就任には消極的でチャンピオン戦後の表彰式のときに抜け出す、はたまた、一度はタマランゼ会長からの要請をリーグ公式戦表彰式で脱走までして断るほど。

ポケモンバトルの腕前に関してはピカイチ。

具体的には、ポケモンの種族値・努力値・性格・個性はもちろん、そこから導き出されるありとあらゆる戦法や戦術、さらにはそこから相手の動揺を誘って、さらに追い詰めていくスタイルを使う。

そのため、現状彼の右に出る者は現れていない。

恥ずかしがり屋で目立つことは嫌い。

 

ラルトス(♀)

ユウトが五才のときにもらったタマゴから孵った。

彼の一番の相棒であり、一番の理解者だとも自負している。

もともと控えめな性格だったが、現在は……(ただし、能力に関しては控えめな性格の特徴を受け継いでいる)。

ユウトが仲間にしたポケモンを主人がいないときには一手にまとめ上げるような見事な統率力を見せる。

肉体言語でのお話をすることも間々あり、実力はユウトのポケモンの中ではボーマンダとのツートップを張る。

たまにドS。

しかし、アタフタしてテンパると違う一面も見せる。

ビッチ(マテ)

 

ボーマンダ(♂)

ユウトが六才のとき、流星の滝で出会った。

元々人間に興味を持っていたが、流星の滝内での抗争で、レベルに劣る自分たちのグループがゴルバットたちのグループを退けたことでユウトとラルトスに一層の興味を示し、ユウトたちの仲間になった。

そのときの仲間内から意地っ張りで負けず嫌いな性格と認識されているが、当人は否定している。

今はクールを装っていて、そのことを知っている仲間は存外少ない。

 

ヒカリ(♀):シンオウ地方フタバタウン出身

旅に出始めの頃は新人トレーナーとしても実力は下位に位置していたが、ユウトに師事することによってその後メキメキと実力を伸ばしていき、ユウトと同じく各地方のチャンピオンに輝くという(ただし、チャンピオンマスターへの就任は拒否)、ある種、ユウトによって人生が最も変わった人間の一人にして、最もユウトの影響を強く受けた人間でもある(タマランゼ会長曰く「そこまで師匠に似ることもないじゃろうが」)。

ユウトと別れた後はジュンやコウキ、シンジ、コトネたちを筆頭に教わったことを教授しつつも、ユウトへの憧れと彼の立つ頂に追いつくために、彼と同じように各地方を回っていた。

仲間内からコトネのストッパーとして認識されている苦労人でもあったりする。

最近はイッシュ地方のバトルサブウェイでよく目撃されていたりする。

最初にもらったポケモンはポッチャマ。

 

シロナ(♀):シンオウ地方カンナギタウン出身

考古学者兼現シンオウチャンピオンマスター。

ユウトと出会い、最も人生が変わった人間その二。

具体的にはバトルの強さにおいては以前から抜きん出ていた実力が最早手が付けられないほどで“不敗の女神”という異名すら一部では聞かれたりする。

考古学者としては“歴史の始まりの真実”を解明した功績によって、多くの世界的賞を受賞し、その名を後世に残すこととなる。

またこれには、シンオウやホウエンの伝説ポケモンたちの協力が不可欠だったため、今でも彼らとは懇意の仲である。

年齢を聞くのは禁句。

ただし、本人自身、何年経っても変わらず、本当に年をとっているのか一部では疑われていたりする。

スタイルはすごいらしい。

 

○カントー地方

オーキド博士(♂)

カントーを代表する研究者。

ポケモンに対する多種多様な知識、バトルにおける類い希なる実力、そして何よりポケモン図鑑の完成に大きく寄与したユウトのことを高く買っており、期待もしている。

 

レッド(♂)カントー地方マサラタウン出身

“最強のチャンピオンマスター”という称号を持ち、以前はユウトが快進撃を上げるようになってから唯一彼に土を付けていた人間だったが、シンオウから帰った彼に敗退。

現在はカントーチャンピオンマスターを辞し、ジョウトのシロガネ山に籠もり、修行を積み重ねている。

最初のポケモンはピカチュウ。

 

グリーン(♂)カントー地方マサラタウン出身

現カントートキワジムのジムリーダーで“最強のジムリーダー”という称号を持つ。所以は一度はカントーチャンピオンマスターにも輝いたことから。

本気の彼はやはりその名に恥じぬほどの腕前を見せつける。

最初のポケモンはゼニガメ。

 

リーフ(♀)カントー地方マサラタウン出身

かつてはカントー四天王最強を誇り、大将格だったが、今は辞している。

レッドの伴侶。

凄まじいまでの方向音痴。

そのため、レッドに会いに行こうにもレッドのいる山頂には全然辿り着けない。

最初のポケモンはフシギダネ。

 

ナツメ(♀)カントー地方ヤマブキシティ出身

カントーヤマブキジムジムリーダーを務めるエスパーレディ。

落ち着いた雰囲気を醸し出す女性だが、イタズラ好きのゲンガーの影響か、人をからかうのが大好き。

彼女のポケモンの最古参であるフーディンとバリヤードは、その性格を何とかならないものかと常に頭を悩ませている。

最近はポケウッドにも出演するようになり、ジムを誰かに託すか考え中。

 

○ジョウト地方

ウツギ博士(♂)

ジョウトを代表する研究者。

クリスとコトネという二人の娘を持つ。

上の娘であるクリスはしっかり者で気遣いのできる素晴らしい人間に育ったのだが、下の娘のコトネは……。

正直なところ、クリスと同じように育てたはずなのに、なぜコトネがあんな風に育ってしまったことに対して「いったいどこで教育を間違えたのか」と後悔していたりする。

ヒカリが訪れたことによってコトネを体よく家から追い出すことに成功したため、この隙に、コトネを避けるために家になかなか寄り付かないクリスを帰郷させようと目下奮闘中。

専門分野はポケモンのタマゴとポケモンの連れ歩きの影響について。

 

コトネ(♀):ジョウト地方ワカバタウン出身

現ジョウトチャンピオンマスター兼ジョウトバトルフロンティアマルチバトル部門フロンティアブレーン。

女の子スキスキ、というよりアダルティなGLっぽい性癖から周りを散々に振り回すが、意外と真面目な一面も見せる。

チャンピオンマスターをきちんとこなしつつも多忙なフロンティアブレーン(最近では半ばバトルタワー全ての部門でブレーンを務めている)を務めている辺り、その面を垣間見ることができるだろう。

最初のポケモンはルリリ。

 

シルバー(♂)

ロケット団のボス、サカキの実の息子だが、それは公然の秘密。

以前、ウツギ博士の研究所からポケモンを盗み出したこともあるが、謝罪しに行くとともにウツギ博士と和解している。

ジョウト四天王は現在は辞している。

ゴールド、クリスとはライバル関係。

最初のポケモンはチコリータ。

 

ゴールド(♂):ジョウト地方ワカバタウン出身

かつてはジョウトチャンピオンマスターにも輝いたこともあるが、今は辞している。

シルバー、クリスとはライバル関係。

将来はクリスの提案によって、ウツギ博士の跡を継ぐのもいいかと思い始めている。

最初のポケモンはヒノアラシ。

 

クリス(♀)ジョウト地方ワカバタウン出身

ウツギ博士の一番目の娘。妹のコトネのことは家族としては好きだが、その性癖にはウンザリしており、なるべく彼女とは距離を取ろうとしていたりする。

コトネの手綱を握れるヒカリを、年下ながら尊敬している。

ゴールドの伴侶。

将来はゴールドを家に引き込んで父の跡を継がせようかと検討中。

最初のポケモンはワニノコ。

 

○ホウエン地方

オダマキ博士(♂)

ホウエンを代表するような研究者。

息子のユウキが自分と同じ研究者となり、かつ、同じスタイルで挑む姿を素直に喜んでいる。

専門分野はポケモンの分布調査。

 

ハルカ(♀):ジョウト地方のアサギシティ出身

ホウエン地方トウカシティ、トウカジムジムリーダー、センリの娘。

ゲットしたバッチの数は八つでホウエンリーグチャンピオンにも輝いたことがあるほどのバトルの腕の持ち主だが、本業はコンテストを主眼におくポケモンコーディネーター。

現在は数多くいるコーディネーターの中でも“ホウエンの舞姫”“コンテスト荒らし”とトップコーディネーターの中でもルチアとともに、半ば別格扱いされている。

最初のポケモンはアチャモ。

 

ユウキ(♂):ホウエン地方ミシロタウン出身

オダマキ博士の一人息子で、ハルカのライバル兼恋人。

バトルの腕前はハルカにあと一歩劣るという程度だが、研究者としての道を歩む。

学会からはアララギ博士、コウキと共に若手研究者の超注目株と目されている。

最初のポケモンはキモリ。

 

ダイゴ(♂):ホウエン地方カナズミシティ出身

ホウエン地方でのシェアナンバー1であるデボンコーポレーションの跡取り息子。

かつてはホウエンチャンピオンマスターだったが、ミクリやミツルに譲り(押し付け)、あるいは譲られ(押し付けられ)などをしつつも、趣味の珍しい石探しのために全国を駆け回る。

 

ミツル(♂):ホウエン地方トウカシティ出身

元は病弱で気弱だったが、療養のためにハルカ・ユウキと一緒に捕まえたラルトスと共に、いとこの住むシダケタウンに移住する。

トレーナーとしてはハルカやユウキよりも後に旅に出たにもかかわらず、彼らよりも先にすべてのジムバッジを集めたほどの才能の持ち主。

ハルカがコーディネーター、ユウキがポケモン博士としての道を歩む中、相棒のエルレイドと共にまだまだポケモンリーグに挑み続けて、ダイゴ、ミクリとホウエンNo.1の座を競い合う。

最初のポケモンはラルトス。

 

○シンオウ地方

ナナカマド博士(♂)

シンオウを代表するポケモン研究者。

コウキの父親が自身の研究所に研究者として勤めている。

オーキド博士とはタマムシ大学時代の先輩後輩の仲であり、メガシンカを研究しているプラターヌ博士は教え子にあたる。

かなりの甘党。

専門分野はポケモンの進化について。

 

ジュン(♂)シンオウ地方フタバタウン出身

ヒカリの幼なじみ。

「罰金」という言葉が口癖で、事ことあるごとに口をついて出てくる。

結構せっかちな性格をしていていると一面も合わさり、シロナに「変わったお友達」と評された。

最初のポケモンはナエトル。

 

コウキ(♂)シンオウ地方フタバタウン出身

ヒカリの幼なじみ。

ジュンが暴走したときは容赦ないツッコミで黙らせるのはいつものこと(尤も、ジュン自体も復活が早いので良心は痛まない)。

父親はナナカマド博士の研究所に勤めており、父親と同じくナナカマド研究所所属の研究者となる。

最初のポケモンはヒコザル。

 

シンジ(♂)シンオウ地方トバリシティ出身

初めはユウトを目の敵にしていたが、その知識の一端に触れて心酔するようになった人。

誰が読んだかあだ名は『廃人』。

彼自身もユウトからこの言葉の意味を聞いており、本人は若干気に入っている。

 

○イッシュ地方

トウコ(♀)イッシュ地方カノコタウン出身

トウヤ、ベル、チェレンの幼馴染。

BWBW2編主人公。

家族の都合で一度ホウエン地方に引っ越していた。

その間に幼馴染たちに置いて行かれ、追いつこうと頑張る努力の人。

豪運の持ち主。

ホウエンベースボールリトルリーグではピッチャーとして名の知れた存在だった。

最初のポケモンはラルトス。

 

トウヤ(♂)イッシュ地方カノコタウン出身

トウコ、ベル、チェレンの幼馴染。

イッシュ地方をプラズマ団の魔の手から救った英雄にしてイッシュチャンピオンマスター。

トウコが帰ってきたと聞いて会いに行ったのだが、ニアミスで会えなかった。

伝説のポケモンレシラムの持ち主。

最初のポケモンはポカブ。

 

ベル(♀)イッシュ地方カノコタウン出身

トウコ、トウヤ、チェレンの幼馴染。

トウヤとともにイッシュ地方をプラズマ団から救った人物。

トウヤ救援のために一種の全ジムリーダーを動かしたという、実はかなりの功績を持つ。

今はアララギ博士の元で博士助手をしているが、将来は独立して研究所を持つのが夢。

最初のポケモンはツタージャ。

 

チェレン(♂)イッシュ地方カノコタウン出身

トウコ、トウヤ、ベルの幼馴染。

トウヤとともにイッシュ地方をプラズマ団から救った人物。

現在はヒオウギシティでポケモンスクールで教鞭をとりつつも、ヒオウギシティジムリーダーを務める。

最初のポケモンはミジュマル。

 

アララギ博士(♀)

イッシュを代表するポケモン研究者。

若いながらも研究所を構え、学界から大注目株の一人と目されている。

専門分野はポケモンの起源について。ただし、父の影響でリゾートデザートやサザナミ湾海底遺跡にも赴く。その関係で考古学者であるシロナやそれつながりのアロエとは仲がいい。

 

アーティ(♂)

ヒウンシティジムのジムリーダー。

虫ポケモンのエキスパート。

芸術家も兼業しているため、自身のジムをアトリエととらえ、自分のアートを表現すべく様々な改造を行っている。

やや奇抜なファッションに身を包むが、きちんとそれを着こなしている。

プラズマ団の一件でやや心境が変化した様子。

 

○カロス地方

プラターヌ博士(♂)

カロスを代表するポケモン研究者。

大都会ミアレシティに自前の研究所を構えることから、かなりの資産家であると噂されている。

ナナカマド博士の下で師事していたことがあり、シロナとは兄妹弟子の関係に当たる。

ナナカマド博士経由でオーキド博士とも親交が深い。

フレア団ボスのフラダリとは古くから親交があり、フラダリを高く評価していた。

しかし、彼の野望については知らず、彼を止められなかったことに負い目を感じている。

専門分野はメガシンカについて。

 

シトロン(♂)カロス地方ミアレシティ出身

カロスミアレジムのジムリーダーを務める少年。

発明家でもあり、将来は発明で世界を明るくすることを夢見ている。

性格や口調は穏やか優しく、やや腰が低い。

妹のことを大切に思っている。

ユウトのことをちょっとした兄的存在のように感じている。

 

ユリーカ(♀)カロス地方ミアレシティ出身

ミアレシティジムリーダーシトロンの妹。

現在ポケモントレーナーとしていろいろ勉強中。

兄のためによくナンパに走る。

良さそうな女性を見かけたら

ユリーカ「○○さん、キープ! お兄ちゃんをシルブプレ!!」

シトロン「ユリーカ! 小さな親切、大きなお世話!!」

そしてそのままエイパムアームによって釣られる姿はこの二人が揃えばよく見かける光景である。

最初のポケモンはデデンネ。

 

○その他

カトレア(♀)

かつてはシンオウ・ジョウトバトルフロンティアバトルキャッスルのオーナーを務めていたが、現在はイッシュ四天王に就任。世界的大財閥の娘で、各地に屋敷のような別荘を持つ。

カントーのナツメと同じく、エスパー少女なため、エスパータイプのポケモンの扱いに長けている。

 

コクラン(♂)

ジョウトバトルフロンティアバトルキャッスルのフロンティアブレーンも務めるカトレア家の執事。

主にカトレアに付き従う。

冷静な性格ながらも、胸には熱い情熱を秘めている。

 

タクト(♂)

別名、催眠厨、あるいは伝説厨。

伝説のポケモンでごり押しで勝ち進むのがスタイルだったが、そのおかげでユウトに手も足も出ずにコテンパンに負けた過去を持つ。

 

タマランゼ会長(♂)

各地で開催されるポケモンリーグの大会責任者。頭髪はすべて白髪で、長く豊かにたくわえた白ひげが自慢の70代後半の老人だが、年に似合わず、カジュアルな格好を好む。

 



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外伝15 Happy Halloween!

今回は本編ではなく外伝です


『わりぃ、ヒカリちゃん。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだよね』

「ハイ?」

 

 今日も今日とて、イッシュ地方ライモンシティのバトルサブウェイにてトレーナーとしてバトルを挑んでいたり、面倒を見てあげていた舞妓さん言葉を話すウェイトレスの子のバトルを見てあげたり、ここのところよく見掛けるようになったカノコタウン出身のチャオブーを連れた男の子を見てあげたりしていたそんな頃だった。

 携帯端末のホロキャスターから投影されたホログラムに映し出されるは、最近はあたしたちが口を酸っぱくしてまくし立てるおかげか、ちょくちょく連絡をいれてくれるようになったユウトさんの姿。

 

「わかりました。どこにいけばいいんですか?」

 

 内心から込み上げてくる嬉しさで頬が緩みそうになるのを必死に抑えながら、あたしは彼のお願いに答えるべく、話を進めることにした。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 と、いうことで。

 ユウトさんからある程度の話を聞いて、呼ばれた日時と場所にまだ余裕があると判断したあたしはすぐさまカロス地方ミアレシティ行きの航空機チケットを押さえてカロス入り。そしてあるポケモンを捕まえてから、ユウトさんの指定した場所へと向かった。

 その場所は、ナナシマ地方5の島の北方に存在するゴージャスリゾート。ここは大勢の金持ちが別荘を所有する地であることから、こんな名前で呼ばれていたりする。

 そして、その別荘のうちの一つに現イッシュ四天王の一人、カトレアちゃんの家が所有する別荘がある。ていうかもはや別荘というより屋敷ってレベルだけどね。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ、おいでくださいました、ヒカリ様」

「いえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます、コクランさん」

 

 ジョウトバトルフロンティアバトルキャッスルのフロンティアブレーンでもあり、カトレアちゃんの家で執事を勤めるコクランさんに出迎えられて、あたしは屋敷の中に足を踏み入れるのだった。

 ちなみにこのお屋敷、ポケモンの回復設備や交換設備、さらにはバトルフィールドまでもある豪華仕様。たまに開かれるパーティーにあたしもお呼ばれして、そんな設備があるせいかバトルにも興じていたりする。そんな場所だ。

 

「ああ、あなたはヒカリさんですか?」

 

 屋敷の中を歩いていると、ちょうど目の前の交差する廊下の角から現れた緑髪の男の子に声を掛けられた。

 

「そうだけど、キミは?」

「はい、僕、ミツルって言います。この度ミクリさんに勝ってホウエンチャンピオンマスターになりました」

 

 あれま! 気弱でおとなしい感じがする子だけど、実はそれは見かけだけだったりするのかしら?

 

「そうなの。まずはおめでとう!」

「あ! ありがとうございます!」

「これからよろしくね」

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 そうして右手を差し出すとすっごい嬉しそうに握り返してくれた。握手してみた感触だと、やっぱり結構細っこい感じがするんだけど、チャンピオンマスターになるくらいなんだからこれは精神(こころ)の方がタフっていったところかしらね。

 

「そういえば僕、こういったのに初めて呼ばれたんですけど」

「あぁー、そうなんだ。別に作法とかそういうのみんな気にしないからラクにしてた方がいいよ。あとはこういうのってだいたいイベントとかの話が多いのよね」

「へぇ、どんなものがあるんですか?」

「まあいろいろよ、バトルしたり、パーティーしたり、バトルしたり――」

 

 なーんて今までにあったようなことを話しながら、みんながいるだろうダイニングに向かった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ダイニングにはそこそこの人数がいた。といっても、あたしとしてはほぼみんな知り合いなんだけど。

 

「うわ、フウさんとランさん、プリムさん、カントーのタケシさんにジョウトのイツキさん、シロナさん、ダイゴさん。他にもいろんな地方のジムリーダーに四天王、チャンピオンまでいますね! ホントすごいですね、この集まり!」

 

 隣に座るミツル君がそのメンツに興奮した面持ちを見せてはいるけど、一応キミもホウエンのチャンピオンだからね。

 

「ほぼみな集まったようですわね」

 

 屋敷の主でもあるカトレアちゃんの言葉を受けてラルトスを肩に乗せたある人物が席を立つ。

 

「皆さん、今日はオレの呼びかけに参集して頂いてどうもありがとう!」

 

 すると左腕のところをちょいちょいと叩かれた感触を受けたので、そちらの方に振り返る。

 

「どうかした、ミツル君?」

「あの、あの人はどういった人なんでしょうか?」

 

 小声でそう囁かれたことに思わずやや驚いてしまった。

 

「あら? キミはホウエン出身だから知ってるかなあとも思ったんだけど」

「す、すみません」

「ああ、いいのよ。別に責めてるわけではないから。まあ、あの人は目立つこと結構嫌いだし、普段変装してるから、顔見てわからなくても仕方ないかもね」

 

 ということであたしは今話している彼の正体をばらしたのだけども――

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「うっ、うええええええぇぇぇぇぇ!?」

 

 前置きはそこそこにいざプレゼンに行こうかというところで、突然にそんな叫びとともにバンッとテーブルを叩いて立ち上がった彼、ホウエン地方の新チャンピオンによって、それは一時中断。

 

「どうかした、ミツル君?」

 

 とりあえず話を向けてみたのだけど、

 

「あ! いえ! なんでもないです! すみません!」

 

と恐縮してばかり。

 ただ、隣に座るヒカリちゃんが苦笑いを浮かべながら片手を立てて「ゴメン」っていう具合のジェスチャーをしているので、たぶん彼女が彼に何かを言ったからなったことなんだと思う。

 とりあえず、首肯して話を戻すことにした。

 

 今日俺が提案しようとしていること。

 それはここにいる全員も含めて――

 

 

「ハロウィン、やりましょう!」

 

 

 と、いうことである。

 

 

「ハロウィン、ですか?」

「んー、聞いたことないねぇ」

 

 ここに来るまでの何人かには個人的に連絡を取って趣旨は説明したけど、それ以外のほぼ全員は初めて聞いたといったところ。

 まあそれも仕方ない。当たり前だと思う。

 何せこの世界、なぜかはわからないけど、バレンタインのようにハロウィンって行事、というかイベントもない。

 

「ハロウィンっていうのは外国に存在する一種のお祭りです」

 

 ハロウィンの元ネタは実りを祝う秋の収穫祭であり、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事である。秋の収穫を祝うというのは時節柄当然とも思うし、悪霊などを追い出すについては、これを始めた古代ケルト人らにとっては十月三十一日の日没から新年が始まると考えられていて、さらに死者の霊に始まり、有害な精霊や魔女なんかが現れて悪さをしたり、子供を霊界に攫ってしまう日であるとも考えられたらしい。そこで、それらの悪いものから身を守るために仮面を被り、篝火を焚いて作物と動物に祈りを奉げたのが始まりだとか。

 ちなみにハロウィンといえば挙がるものとして、仮装・お菓子・カボチャのランタン(ジャック・オー・ランタン)がある。

 どれもザックリ言うと、仮装については『仮面を被って悪霊に間違われないようにしよう(間違われると連れ去られる)』→『なら、もっとお化けみたいな格好して、お化けの方を騙そうぜ』と仮装するようになったし、お菓子は悪霊への供物が由来だし、カボチャ――本来はカブだったらしいが――のランタンは善霊を呼び寄せ、悪霊や魔女を退けるための魔除けの火なんだとか。

 

 とりあえず、そんな話をツラツラ述べつつも、みんなで仮装パーティーイベントを開こうということをぶち上げた。

 以前、カトレアちゃんとカトレアちゃんの家の財閥経由でバレンタインが広まっていったので、今回もそれ経由でハロウィンも広めていくことはカトレアちゃんとの話し合いで既に決定している。

 だから、今回ここで受け入れられなくてもいずれはハロウィンパーティーはできるのではとも思っていたが、

 

「ふーん、まあいいのではないかい?」

(わたしたちが話を通したの以外も、だいたいが今のイツキの意見と同じよ)

 

漂う雰囲気、さらにはラルトスのお墨付きにより、どうやらうまくいけそうなようだ。

 

(うん、でもやっぱりもうひと押しが欲しいかな)

(ここにいない人間の確実な賛同を狙うなら、その案でいいと思うわ)

 

 ということで、ポケモン世界らしいニトロをここでぶち込むことにした。

 

 

「さらに! その仮装パーティーイベントでポケモンハロウィンバトルなんてのも企画してます」

 

 

 すると場の空気がザワッと変わるのを感じ取れた。

 

(……うん、あなたたちって本当にわかりやすい人間よね)

(……それは同感)

 

 全リーグ関係者はオレに勝つのを目標にしているということを聞いているので、何かと仲間内同士で集まったりしたときはバトルをよく挑んでくるが、オレはまだまだ彼ら全員に白星は与えていない。それに全員を相手にできるわけではない上に、集まる機会も決して多くはないから、中々バトル出来る機会が少ない。

 そんなときに降って湧いた今回の話。しかも、オレという餌が呼び掛けたバトル話。食いつかない訳がなかった。

 

 と、いうことでハロウィンパーティーは満場一致で開催が決定された。

 

 

「じゃあ、次に当日までに用意するものと当日のことについて話していきますね」

 

 

 こうしてすべての概要を話し終えてこの場は解散、ということになるのではなく、ちょっとしたパーティー、そしてポケモンバトルも行うことにはなったりした。

 

 後日、様々な地方のジムリーダーや四天王、チャンピオンなどのリーグ関係者がカロス地方入りしてカロスは一時「有名人がたくさんいる!」として賑わいを見せたという話をプラターヌ博士から聞くことになった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 ユウト君が「ハロウィンやりましょう!」と呼びかけてから、月日が流れて十月三十一日当日。

 ここシンオウ地方バトルゾーンのリゾートエリアはゴージャスリゾートと同じくセレブに人気のリゾート地であり、別荘も乱立している地域である。

 カトレアの別荘はここにも存在し、今日はここでユウト君発案のハロウィンパーティーが開かれるのだ。

 

「あ、シロナさん!」

 

 するとちょうど別荘のお屋敷の門前でヒカリちゃんに出くわした。彼女はフリルをふんだんにあしらった裾が広がらない淡い水色のドレスを身に纏っている。

 

「どうですか、これ。私的には人魚をイメージしてみたんですけど」

「あら、すごく似合っているわよ、ヒカリちゃん。でも、なんで人魚なの?」

「ハイ。あたしの最初のポケモンがポッチャマだったので、水系のものをイメージしたんですよ。そういうシロナさんは魔法使いですか?」

「そうよ」

 

 子供のころに読んだ魔法使いの物語をイメージして、つば広で先が尖がっていてかつ折れているような帽子をカトレアに頼んでつくってもらい、それをちょっとゴスロリチックなワンピースとケープで合わせた形だ。手には三十センチメートル程度の短杖も装備で気分はまさに魔法使いという感じ。

 

「その恰好もすっごくお似合いで素敵ですよ!」

「ありがとう。さ、いきましょうか」

 

 そうして入口でコクランさんに挨拶して会場に向かう。

 

 

「なかなかすごい飾り付けですね」

「そうねぇ」

 

 会場へと続く長い廊下はズバットを模した飾りで彩られていて普段とは違うイメージを持たせている。それが延々と続くのだ。照明の方も普段と同じ暖色系のものが今日だけはなんだか違った感覚を持たせてくれている。

 そうして会場に到着。

 その扉を開けた。

 

「これが、ハロウィンなのね……!」

「すごい……!」

 

 そこは本当にいつもとは違う特別な仕様だった。

 先の廊下で味わったハロウィン気分がまだまだ甘いものだったと気づく。

 暗さの演出のためなのか、暗幕が引かれ、先のズバットの飾りの他にゴルバットやクロバット、くろいメガネをかけたコロモリ、ココロモリ、更にはゴーストタイプのポケモンの飾りまでもがその上に躍るように飾り付けられている。

 照明にも飾り付けがなされ、更にはカボチャをお化けの顔のように繰り抜いた形の明かり――たしかコレがユウト君のいうジャック・オー・ランタン、だったかしら?――も其処彼処(そこかしこ)に追加されている。三角の目鼻やギザギザの口から漏れ出る光でカボチャの不気味さが醸し出されて、元の暖色系の照明と合わせるとお化け屋敷とは違うベクトルでの怖さを感じる。

 

「ゴースゴース」

「ん? あら」

 

 すると私たちの前に体にワンポイントを付けてトレイをサイコキネシスか何かで浮かせているゴースが現れる。

 そのゴースはトレイの上に乗った包みをそのサイコパワーで差し出してきた。

 

「これはあたしたちにくれるっていうの?」

 

 ヒカリちゃんの問いにゴースは勢い良く頷いた。

 

「あら、じゃあ遠慮なくいただくわ。ありがとう」

「ゴース!」

 

 私たちはそれを受け取るとゴースは会場内の奥の方に飛んでいった。

 

「ゴーストポケモンも給仕してるのね」

 

 ゴースを追った視線の先にはそれぞれ体のどこかに飾りをあしらったゴーストタイプのポケモン、中でもバケッチャやパンプジンが他よりも多く飛び交っていて、一層怖さとハロウィンらしさの演出が際立っているように思えた。

 

「シロナさん、これお菓子みたいですよ」

 

 ヒカリちゃんがつい今し方ゴースから貰った包みを開けていた。

 私もそれに倣って包みの口を縛る紐を(ほど)いてみる。簡単に(ほど)けた。どうやらすぐに開けられるようにという配慮がなされていたらしい。開いた口から中を覗き見るとクッキーにチョコレート、それから飴玉のようなものが詰められている。どうやらお菓子の詰め合わせのようだ。

 

「あ、ヒカリさん! それにシロナさん!」

 

 今度の挨拶は先の折に顔見知りになった、ホウエンの新チャンプのようだ。

 

「あら、ミツル君、こんにちは! それニャースの仮装?」

「はい。いかがですか?」

「かわいいとおもうわよ」

「ありがとうございます」

 

 なるほど。猫型のグローブと猫型のブーツ、猫尻尾、さらに猫耳を付けてるから猫の仮装かと思ったら、額に小判を付けているからそれでニャースなのね。

 ……本人気づいてないかもしれないけど、ショタっ気の強さが増してるから、そういうのが好きなところに放り出したら大変なことになるでしょうね。

 

「あ、そうだ! お二方、トリックオアトリート!」

 

 …………なんというか。首をコテンと傾げたところに組み合わせた手を当てて片足のつま先立てるとか、こいつ狙ってぶりっ子やってるんじゃなかろうかとも疑ってしまうほど。周りに視線をサッと走らせてれば思わずその様子に鼻血を垂らしているメイドや参加客もいるみたいだし。

 ヒカリちゃんも「なんだかなぁ」って顔色をしながらユウト君から聞いている、トリックオアトリート(お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ)と言われたときの対応として、ゴースから受け取った包みから一つ、更にオマケに自分でも用意していたお菓子を一つ取り出してミツル君に渡す。私も同じようにして、お菓子を渡した後、彼はまた会場内に戻っていった。さっきゴースがお菓子を配っていたのは、きっとこういうときのためなんでしょうね。

 さて、私たちもミツル君に倣って会場内に歩を進める。とりあえずは何か飲み物を確保しないとね。

 

「結構みんないろんな仮装していますね」

「そうね。意外な人が意外な仮装してるものね」

 

 例えばダイゴなんかは服装はいつものだけど、マントを羽織って顔にフランケンシュタインのメイクを施していたり、アデクさんがゆったりとした黒いローブに長い鎌、更に顔の左半分をドクロ仮面で覆った死神の恰好をしているし、シキミが赤ずきんちゃんのコスチューム、ハルカちゃんとユウキ君がお揃いの海賊コスチュームといった空想上の人間に扮したものから、アカネちゃんのピクシーを意識したフード付きマントや、シトロン君とユリーカちゃん兄妹の、彼らが電気タイプのジムなせいか、尻尾とか耳がライチュウやピカチュウを意識したやや控えめな仮装といったポケモンを意識したものに扮していたりと、様々。

 

「シロナさん、ヒカリちゃん、こんにちは。楽しんでる」

 

 そんな風に周りの仮装を中で声を掛けてきてくれたのが、彼、ユウト君……なんだけども……。

 

「え? ユウトさん、その恰好はなんですか?」

「なにって、コスプレ。ヤドランだよ」

 

 うん。それはわかる。わかるんだけどさぁ……。

 

 なんでヤドランのキグルミ着てるのよ!

 

 しかも、ヤドランの開けた口の部分から顔が出る以外全身がヤドランに隠れてるし、質感とか垂れる尻尾に噛み付くシェルダーとかまでムダにリアル!

 それになんかラルトスもソーナンスのキグルミ着てるし! トレーナーと同じくソーナンスの口の部分から顔を出す以外、全身がソーナンスだし!

 

「カトレアちゃんとこに作ってもらったんだけど、意外に中スースーしてるし、肌触りとかもそっくりだし、よく出来てるんだよね~」

「(ホントホント。いい仕事してるわねぇ)」

 

 なにトレーナーがトレーナーならポケモンもポケモンなの!? ここまで趣味嗜好が似ちゃうものなの!?

 

「どうかした、シロナさん?」

「(どうコレ? 似合うでしょ?)」

 

 やめて。そんな期待に満ち溢れた目で見ないで。特にユウト君が顔向けたときに、ヤドランの抜けた顔もこっち向くから。

 てか二人とも、なんでアカネちゃんみたいなリザードンとか、あるいはバンギラスとかサーナイトとかのもっとワイルドとかカワイイ系でいかないのよ。

 

「(なんか不評みたいね、コレ)」

「ええ? そうかなあ。いいと思ったんだけどなぁ」

 

 ラルトスには内心バレバレだったけど、とりあえず口にはそういうことは出さなかった私たちだった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『さあ皆様、ご歓談中のところ申し訳ありません!』

 

 コクランさんの声がマイクを通して会場内に響き渡った。オレやラルトスも含めて周囲がコクランさんの立つ方に注目する。

 

『いよいよ、本日のメインイベント! わたくしも、そしてここにお集まりの皆様誰もがおそらくは心待ちにしていたイベント、題してハロウィンパーティバトルを開催したいと思います!』

 

 そのアナウンスにそこかしこから歓声が上がった。

 

『ルールは皆様すでに聞き及んでおられるかと思われますが、改めて説明申し上げます!』

 

 ということでこれから開催されるポケモンバトル大会のルール説明が始まったんだが、細部に変更はあれど、基本的にはオレが以前提案したものと変わっていない。

 

 一,二人でペアを組んでのマルチダブルバトル

 二,一人の手持ちポケモンは四匹で、そのうち一人二匹を選出してのバトル

 三,各人とも手持ちに必ずパンプジンかバケッチャを入れ、ペアの二人のうちどちらかは必ずその二匹のいずれかをバトルに出す

 四,各人残りの三匹のうち、一匹は必ずゴーストタイプのポケモンを入れる

 五,ポケモンの交代はあり

 六,持ち物、ポケモンの重複はなし

 七,いいきずぐすりやスペシャルアップなどの道具の使用はなし

 

 こんな感じのルールだ。ちなみにペアはクジ引きで予め決めてあるので、これからスムーズにバトルに移行できる。

 

『では、さっそく第一試合と行きましょう!』

 

 オレとオレとペアを組むもう一人がパーティー会場の隣に併設されているバトルフィールドに向かった。

 

『共に父を尊敬することにかけては右に出る者はいない! “カントーセキチクジムジムリーダー”アンズと“ジョウトキキョウジムジムリーダー”ハヤトのペア!』

 

 クジ運が味方したな。周りから「ファザコーン!」ってヤジが飛んでいる。二人は「ちっがう!」と否定しながらも相変わらず二人で『どっちの父親の方が凄いか』をトレーナーズスクエアの中で言い合っている。

 

「彼らは中々に器用だな」

「そうですね」

 

 今回のペアになった彼女に同意しながら、オレたちも位置に付く。

 

『対するはエスパーレディの名を冠する“カントーヤマブキジムジムリーダー”ナツメともはや説明不要、“全国チャンピオン”ユウトのペア!』

 

 ということでクジの結果、最近イッシュのポケウッドで女優やってみないかとスカウトされているらしいナツメさんとのタッグバトルである。ちなみに今日の彼女の仮装はゲームであった、ポケウッドでの魔法クイーン ジュジュベの恰好だ。最初は小林〇子かと思ったんだけどな。

 

「私たちはこうして組むのは初めてな気もするな」

「たぶんそうですよね。なんか新鮮な気がしますから」

「と、いうことだ。では、二人での“初めての共同作業”といくか。キミにとってはケーキ入刀ではないのが至極残念だろうがな」

「ちょっ!? マジ、ヘンな誤解されるからやめて!」

 

 なんて軽い掛け合いをしながら、オレたちはボールを手に持つ。

 

(なんか一部ものすっごくおっかない目をしてるのがいるわよ、主に二人)

 

 よし! オレはそっちの方は見ないぞー! 絶対見ないぞー!

 

『では、第一試合! 開始!』

 

 コクランさんの合図でオレたちはフィールドに投げ入れた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 ――ハロウィンでお菓子を交換して食べながら

 

「パンプジン、キミに決めた!」

「行きなさい、ゲンガー!」

 

 ――仮装をしてパーティーを楽しんで

 

「パンプジン、トリック!」

「ゲンガーはマジカルシャイン!」

 

 ――そしてポケモンバトルをして

 

「パンプジン、次はかなしばりだ!」

「ゲンガー、マジカルシャインを続けなさい!」

 

 ――こんな楽しいイベントなんだから、是非とも広まっていってほしい

 

 ユウトを含め、参加者全員がその思いを心に秘めながら、彼らはバトルに興じる。

 




お気に入り登録してた小説でハロウィンの話がアップされる。
→そうだ! ハロウィン話書こう!

といった感じでかなりの突貫工事で書き終えました。
とりあえず、やりたかったショタミツル君(サンムーン出演おめでとう)のトリックオアトリートとユウトのヤドランキグルミ仮装が出来たので、ひと満足。
ただ、いつもよりも推敲回数が格段に少ないので、粗が多いのではないかとも思っています。
何かありましたら、感想や誤字報告でご指摘お願いします。


サンムーン御三家最終進化が発売前に発表されるとは思いませんでした。誰にするかすごい悩む……。
あとレッドとグリーン、シロナ、ミツル参戦は嬉しいんですが、レッドのオッサン具合に吃驚。

以下サンムーン体験版で思ったこと。
いきなりスカル団に絡まれるとかアローラ治安悪過ぎ(笑)
でもスカル団カワイイ&悪の組織っぽくない
十字キーによる移動が使えないから不便
謎のカイリキーとヤドン推し(カイリキー彼氏にする女性って……)
サトシゲッコウガ強い
みずしゅりけん特殊化
電気Z技威力ヤバすぎ
「カッテェェェ!」に笑
ケンタロスライドで人に突進するの楽しすぎ(笑)
いいものくれるって『きれいなはね』とかしょぼいんですけど

マーキングの色、フリースペース追加(大変助かります)
麻痺(素早さ1/4→1/2)と混乱(自滅行動1/2→1/3)の弱体化
クレッフィとボルトロスが弱くなるのは大いに歓迎するとして他にも被害が及ぶのが厳しい。これで仮に火傷までも弱体化してたらゾッとします。
あとこのSS、思いっきり混乱とか麻痺使ってるんですよねー。どないしょ。


あ、それと「ミミッキュのうた」を聞いてミミッキュの旅パ入り&ミミッキュ軸でレート挑むことにしました。
何あの子超かわいすぎるんですけど!!


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外伝 時渡り特別篇
その1 異世界の迷子御一行様


いい加減溜め込み過ぎるのもどうかと思ったので、ユウトときわたり編を外伝特別編として更新します。
予定では三部構成(ただし第三部が相当長い)で、そのうち完成している二部まで公開します。
ちなみに書き上げて、さらに手直しを加えたのも2年以上前だと思うので、書き方が違っているかとも思われます。ご注意ください。

この話は本編第一部の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となります。


 ときわたり。

 それは左から右へ一方通行である時の流れの中を、それにとらわれることなく、自由に行き来できる特殊能力。

 ときわたり、漢字に置き換えると“時渡り”。

 それが表すはすなわち、タイムスリップ。

 そんなとんでもないことを行えるポケモンがいた。

 その名をセレビィという。

 ただ、中には相当特殊なセレビィもいたりするのだった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「で、セレビィ」

「ビィー」

「オレたちは今度こそ元の世界に帰れたんだろうな?」

「ビビィービィビィ」

「(大丈夫大丈夫。今度は間違いないって。でも、このセリフ何回聞いたかしらね。一回や二回じゃないわよ)」

 

 期待半分不安半分を抱きつつも、やれやれとため息をついた音がオレ以外の他の三人からも漏れてくるのが聞こえる。なぜ三人かというと、ユクシーの目を見て記憶を失ったJを、その責任としてオレたちが引き取ることにしたためであり、今現在は彼女もこの旅に同行しているからだ(ちなみに日常生活を送るには不自由はないが、自分の名前すらも覚えていない状態であり、あの世界で犯罪者としての生を送るより、やり直しの人生をさせてみたかったというエゴみたいなものである)。

 

 で、さて。いったいどんな状況になっているのかを簡潔に示すと、

 

1.ハクタイの森でセレビィを助ける

      ↓

2.セレビィがときわたりをしてくれることになる

      ↓

3.過去や未来にでも行くのかと思いきや、全然別の世界に飛んでしまう

      ↓

4.元の世界に戻ろうとするも、また違う世界に飛ぶ

      ↓

5.元の世界に戻ろうとするも(ry

      ↓

6.以下4に戻る

 

とこういう状況なのだ。完全に“時渡り”ではなく“世界渡り”をオレたちは行ってしまっていた。

 ただ、今回は何となく植生や周囲に点在する家々が見覚えのあるところな気もするから、なんとなくではあるが、オレたちは元の世界への帰還を果たしたのかもしれない。

 

 なんですか。オレたちは流浪の旅人だったとかなんかかいな。

 あてどなく時空を流離(さまよ)うとかマジ勘弁してほしいかったんだけどね。

 

 

「ああ! ここって!」

 

 まあ落ち込んでても始まらないので、状況の把握をしようと辺りを窺っていたときに大声で発せられたヒカリちゃんの声。

 

「ここあたしん家!」

 

 うん? ヒカリちゃんの家? ってことは??

 

「シンオウ地方フタバタウンってことかしら」

 

 ということになるでしょうね。

 

「どなた?」

 

 そのヒカリちゃんの家からかわいらしいピンクのチェック柄のエプロンを纏った一人の女性が出てきた。ヒカリちゃんの大声を聞いて外の様子を窺いに来たのだろうか。で、この女性だけど、あのボリュームのありすぎる特徴的な髪型はカンッペキにヒカリちゃんのママさんだと思うんだよね。ゲームやアニメで見覚えがある。

 まあ何にせよ、やっと現代に帰って――

 

「えええ!! な、なんで!?」

 

 ――……うん、だいたい把握したよ。

 

「ヒ、ヒカリが二人ぃぃーー!?」

 

 またか!?

 またこのパターンなのか!?

 

「(……セレビィ、何か言い残したことは? 遺言として取っといてあげるから早くしなさい)」

 

 あ、ラルトスとうとうキレた? 口調というか雰囲気がヤバいよ?

 あ、サイコキネシスで拘束された。

 

「ビィ、ビィビィ!」

 

 助けを呼ぶ声かな? ごめん、オレにはなんのことかサッパリわからんなぁ(棒)。

 

「(ウフ、覚悟はいい?)」

「ビィ! ビィビィビィ!」

 

 後ろで何かやってるような気もするけど、さっぱりわからないなぁ(棒)。だから、オレたちは一切関知しない、というか関知しようがない(棒)。

 

「ビィ! ビィビィビィビィーーーーー!」

 

 

 マジで一回反省しとけよ。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 今回もまた事情説明。

 というのも、本来であればオレたちに縁ある人たちに接触しなかったら、そのまま黙って立ち去るということをしてきたのだが、それが崩れてしまった場合は説明を行うことにしているのだ。序でにこの世界のこと・時間についても情報を提供してもらっているので、簡易的な等価交換が成り立っている。

 それによってわかった情報をまとめると、ここは以前訪れた(Jを連れてきた)アニメ世界とはまた違ったアニメ世界らしい。サトシたちはオレたちとエイチ湖では遭遇していない上、アニメならばサトシのシンオウリーグの成績はベスト4だったのが、ここでは準優勝と一つ勝ち進んで順位を上げている上、ヒカリもグランドフェスティバルで優勝を飾っていた。サトシに関しては理不尽な伝説厨が出てきたわけでもなく、結構な僅差だったらしい。そして時間的にはサトシ・ヒカリ・タケシのシンオウ地方の旅が、シンオウリーグを終えて、このフタバタウンに帰ってきたときということ。

 で、オレたちにとっては目的の世界ではないので、すぐにこの世界を後にしたいのだが、セレビィはそう何度も連続してときわたりを使うことは出来ない。どこぞで休息を取る必要があった。

 

「なら、ここにしばらく泊まっていきなさいよ」

「そうそう! それにもっと聞きたいわ、その時渡りの話!」

 

 とこちらの世界のヒカリ親子の鶴の一声によってオレたちは数日ヒカリの家にお邪魔することになった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 明くる日

 

「これよりカントー地方マサラタウン出身サトシとホウエン地方ハジツゲタウン出身ユウトのバトルを始めます!」

 

 ヒカリの家の前の拓けた広場の一角でオレとこの世界のサトシが向かい合っていた。というのも昨日、シロナさんが「彼は私より全然強い」と零してしまい、サトシはおろか、タケシやヒカリ親子すら興味津々で、此方が折れたという格好だ。「最強と謳われるチャンピオンマスターをしてこう言ってのけた相手に興味を持つのはムリからぬこと」とかシロナさんに言われたけど、こうなる種を蒔いたシロナさんが言うのはおかしいと思う。

 まあそれはさておき、そんな訳で見物人はヒカリちゃん、J、セレビィ、こちらの世界のヒカリ親子、タケシで審判はシロナさんが務める。

 

「ルールの確認をします! 使用ポケモンは六体のシングルフルバトル! 道具の使用、及び所持は禁止とします!」

 

 ゲームでストーリーを進める際の六対六のトレーナー戦みたいな感じだ。ゲームの野生トレーナーなら道具は使わないし。尤もゲームみたく攻撃技でごり押しなんてこともするつもりもサラサラないが。

 

「では始め!」

 

 いつもとは違う凛々しい声で始まりの合図が告げられた。

 

「オーダイル、君に決めた!」

 

 サトシは昨日のうちにメンバーを入れ替えて今日に臨んだ模様。

 つか、アレですか? あのオーダイルはジョウト編のワニノコが進化したヤツ?

 うん、ホントにオレの知ってるアニメ本編と違う。

 まあそれはさておき。

 

「ニドクイン、キミに決めた!」

「あ、オレと同じ言い方」

 

 セリフが被ってることについて当の本人はそんな認識らしい。正直世界が違うので、「パクんな!」って言われてもシカトするけどね。

 

「水タイプと地面タイプならこっちの方が相性がいい! 一気にいくぜ!」

「さて、どうかな」

 

 攻撃技で一気に攻めてきそうなので、とりあえず出鼻を挫くということにしよう。

 

「ニドクイン、おだてるだ」

 

 するとニドクインは手をパチパチと叩いてオーダイルを褒めまくり始めた。

 

「オーダイル、アクアジェット! って、お、オーダイル?」

 

 するとオーダイルの様子がおかしくなり、

 

「ちょっ! オーダイル、何やってんだよ! 正気に戻れ!」

 

混乱して自分で自分を殴ったりしている。ちなみにおだてるは相手の特攻を一段階上げてしまう代わりに、相手を混乱させるという技だ。

 さて、このニドクインは特性は“とうそうしん”という『性別が同じ相手に対しては攻撃・特攻が一.二五倍になる代わりに、異なる場合は〇.七五倍になる。ただし、性別のないポケモンの場合は効果がない』というやや珍しい特性。しんちょう(特防↑特攻↓)という性格もあり、ハピナスを主体とした♀キラーな物理アタッカーに育てていたんだけど、サトシのポケモンはたしか♂主体だったはず。

 ならばここは攻撃力が下がるので、サポート型戦法でいってみましょうかね。

 

「ニドクイン、今のうちにどくびしとステルスロックをばら撒け!」

 

 この混乱している隙がもったいないので、ここでステルスロック、それからどくびしを撒く。ステロは一度で十分だが、どくびしは最低二回は撒いておきたい。というのもまず、ステルスロックもどくびしもポケモンが場に出てきたときに効果を持つ技で、ステルスロックは岩タイプの相性によりダメージ量変化する一定ダメージを与えるものに対し、どくびしは相手を毒状態にするものだ。そしてどくびしは二回ばらまけば、毒ではなく猛毒状態にすることが出来る。

 そして、そろそろ混乱が解けるというところで、ニドクインは無事にそれらを撒き終えてくれた。

 

「(特にどくびしについてはきっちり二回撒いてくれたみたいよ)」

 

 うん、たしかに。ホントに優秀ないい子である。

 

「よし! おかえしだ! オーダイル、たきのぼり!」

 

 混乱が解けたオーダイルがたきのぼりで迫ってきた。

 

「あまえるだ、ニドクイン」

 

 互いの間には距離があったために、迫ってくる間にあまえるがヒット。その後、ニドクインがたきのぼりを食らった。

 オーダイルは元々攻撃が高い上にタイプ一致のたきのぼりでニドクインには効果抜群なのだが、それでもあまえるの効果は大きく、少しよろめく程度でニドクインは持ち堪える。あまえる以外にも元々ニドクインは耐久がそこそこ高いというのもはたらいたか。

 

「ニドクイン、よくやってくれた。えらいぞ」

 

 その言葉にやや甲高い嘶きでニドクインは嬉しそうに応えてくれた。

 

「うん、いい返事。戻れ、ニドクイン!」

 

 今回オレの手持ちの中にはラティ兄妹がいるが、なるべくなら使わないような方向でいきたい。伝説のポケモンはそれ自体が非常に強力で、下手をすれば戦法もクソもなくなる可能性を秘めているからだ。なので実質オレは手持ち四体でサトシの六体を撃破しなくてはならない。ニドクインは器用でほぼ何でもできるから、こんな序盤で失うには正直惜しい。だからニドクインはここは一旦引かせたわけだ。

 さて、代わりに出す奴なんだが――

 

 ――久々にコイツで行こう!

 

「オレの二体目! ラルトス、キミに決めた!」

「(やった! 了解よ、ユウト!)」

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あのニドクイン、けっこういやらしい技使ってくるわね。それに弱点技をもらっているのに全然効いてないっぽいし?」

「いや、僅かだが効いてる。あまえるが効いているということだろう。それにステルスロックか。これがいったいどうバトルに響いてくるか」

 

 すげー、こっちのあたし、というかヒカリは。いくら旅に出て長いとはいえ、あたしがあのままユウトさんに会わずに旅してたとしたら、はたしてここまで知識を蓄えるなんてことが出来たか。

 

「ステルスロックってたしかポケモンを出すと少しダメージを受けるっていうヤツだっけ?」

「ヒカリ、あなたも旅をしてサトシ君たちのバトルを見てきたはずなんだからそれぐらい覚えなさい。ステルスロックは使われるとポケモンを交換する度に、出したポケモンはダメージを受けるって技よ」

 

 いえいえ、十分だと思いますよ。こっちのママもやっぱり厳しいなぁ。

 

「そしてフルバトルの場合、ポケモンの交換が頻繁におこり得る場合がある。その場合はサトシの方が不利になる。おまけにどくびしの存在だ。どくびしは使われると、相手はポケモンを交換する度に、出したポケモンが毒状態になるっていう厄介な技だ。この序盤でこれだけのプレッシャーをかけてくるとはシロナさんが言うだけのことはある」

「そうねえ。それにステルスロックと合わさると出ただけでタイプ相性にも依存するけど結構なダメージを食うわね」

「尤も、飛行タイプと特性“ふゆう”のポケモンは効果を受けないし、サトシがベトベトンやフシギダネみたいな毒タイプのポケモンを出せば効果がなくなる。それにこうそくスピンを使えばステルスロックも含めて全部吹き飛ばせる。サトシがどんなポケモンを手持ちに入れてるのか分からないが、アイツは突拍子もないが案外巧い手を考えつく天才だ。それに期待してみよう」

 

 それで、こんな感じでタケシとこの世界のママが今のバトルについての討論を行っているけど、全体的にあたしたちのところより進んでいる気がする。だって、あたしたちの世界は変化技についてそこまで知られていないし。

 それはそうと、この世界のママもやっぱり凄腕のトップコーディネーターらしく、この世界のあたしより知識量も豊富である。

 

「でもステルスロックは一回だけだったけど、なんでどくびしは何回も撒いていたんだろ? 一回でよくない?」

「うーん……」

「そうねぇ……」

 

 ん? どくびしの細かい効果までは知らない?

 

「どくびしは二回以上撒き散らすと交換で出てきた相手を猛毒状態にするのですよ」

 

 って幾分ハスキーなお声のJさんが答えてくれちゃったけど、アレ、なんでJさんがそんなこと知ってるの?

 

「ヒカリさんやシロナさんが受けている授業をコッソリ聞いてみました。先程タケシさんとアヤコさんの説明にはその部分が欠けていたようでしたので、その点を補足してみました」

「お姉さぁぁぁん! 素晴らしい! それほどまでの深い知識、是非ともこのタ・ケ・シに手取り足取りご教じ

 

    へあ゛っっ!!」

 

 昨日から見ているに、タケシはどうやら年上のお姉さんに目がないらしい。今、急に豹変してJさんの手を取り、その甲に口づけを行いそうな様は、そこに騎士(ナイト)(プリンセス)がいるかのような錯覚を受けたけど、彼のモンスターボールから勝手に現れたグレッグルがどくづきを彼の後ろからブッサして毒で痺れたところを引きずっていかれた。

 

「ああ、またか。懲りないわねぇ」

 

 なるほど。今のヒカリの言葉からアレはいつもやっていることと。一種のお約束的な感じなのかしら。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ラルトス。たしかキルリアやサーナイトの進化前のポケモン、エスパータイプ。……いくしかないか! オーダイル、ハイドロポンプ!」

「ひかりのかべを張った後にいたみわけだ」

 

 ハイドロポンプが発射されるまでの間にひかりのかべを張る。これはおだてるで特攻が一段階上がったこと、さらにひかりのかべは交換してもしばらくの間は留まり続けるので、後続に出すポケモンにつなげるというのが目的だ。さらにハイドロポンプで受けたダメージもいたみわけで回復と。

 とってもおいしいです。

 

「ラルトス、10万ボルトでキッチリおかえししてやれ」

「(当然よ!)」

 

 とりあえず、今のオレのパーティには水が弱点のヤツが二人いるので、水タイプのオーダイルはここで何としても退場させる。オレのラルトスなら、いたみわけ+効果抜群10万ボルトで、

 

「オーダイル、戦闘不能!」

 

と持っていけるのだ。

 

「よし! いったん戻れ、ラルトス!」

「(え、わたしの出番これだけ?)」

 

 オーダイルをダウンさせるためにラルトスに出張ってもらったようなものなので、ここは一度引かせた。

 そして、

 

「出番だぞ! ボスゴドラ、キミに決めた!」

 

早くもというべきなのか四体中、既にこの序盤で三体目を繰り出した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「六匹の中でもう三匹目を出すのね」

「相手に自分のポケモンを知らせないというのはフルバトルなら特に重要だけど、そのセオリーからは外れてるわね」

「ですが、それがすべてというわけではありません。彼がいったいどういう考えでバトルをしているのか」

 

 ヒカリやタケシ、ママさんを尻目にあたしが思うのは、戦況はユウトさんが優勢なんじゃないかということだ。現在あたしたちは時渡り中なのだからアイテムの補充やポケモンの入れ替えなどは出来ない状態である。だから、ユウトさんの手持ちはポケモンハンターのときのJさんと対峙したときと変わっていないため、水タイプを苦手とするポケモンが二体いる。ボスゴドラとニドクインだ。旅のトレーナーで、かつ、ポケモンリーグにも出場するようなトレーナーなら、パーティに同じタイプのポケモンを被らすということはしないハズだ。

 とすればサトシは貴重な水タイプのポケモンを失ったことになる。

 おまけに、

 

「次はコイツだ! ヘラクロス、君に決めた!」

 

投げたボールから現れたヘラクロスは

 

「ヘラッ、クロッ!」

 

ステルスロックでダメージを受け、

 

「ああ! あのヘラクロス猛毒状態になっちゃった!」

 

ということだ。これ以後出てくるポケモンは毒タイプや鋼タイプ、飛行タイプでないかぎり、どくびしで猛毒状態になり、ステロのダメージを受けることになる。

 そして今出てきた1ぽんヅノポケモン、ヘラクロス。タイプは虫・格闘タイプ。鋼・岩タイプのボスゴドラに虫・格闘タイプのヘラクロスは格闘技ならタイプ一致弱点四倍で合わせて六倍ものダメージを期待できるけど、ボスゴドラの物理耐久は並じゃない上、時間をかけ過ぎるとヘラクロスが猛毒のダメージで落ちてしまう。

 そして何よりユウトさんのボスゴドラには強力無比なアレがある。

 

『ヘラクロス 現在猛毒状態』

 

 不意に聞こえた電子音声の方に振り向くとこの世界のあたしが図鑑を開いていた。

 さらに

 

『覚えている技:インファイト メガホーン かわらわり つのでつく ビルドアップ ねむる ねごと ……』

 

とそのポケモンが使える技まで読み上げている。

 

 ていうかこの世界の図鑑ってチートすぎない? マジでほしいわ……。

 




アニメBWの図鑑は覚えている技がわかるようなので、実装。
う、うらやましいなんて思ってないんだからねっ!

そしてこの世界渡りのおかげでいろいろな世界に赴くユウト御一行様
時渡り中の4人の手持ちは以下の通りです。

ユウト
ラルトス、ラティアス、ラティオス、ボスゴドラ、ゴルダック、ニドクイン

ヒカリ
ポッチャマ、ムクホーク、レアコイル、リザードン、エルレイド、ムウマ

シロナ
ガブリアス、サーナイト、スターミー、バクフーン、トゲキッス、ライボルト

J
ボーマンダ、ドラピオン、アリアドス


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その2 応用は基本があってこそ

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となります。


「う~ん、ヘラクロスか。ちょっと厳しいな。よし、戻れ、ボスゴドラ! もう一度頼む、ニドクイン!」

 

 そうしてボスゴドラとニドクインを入れ替えた。というのも、

 

「ヘラクロス、大丈夫か!?」

「ヘ、ヘラクッ!」

 

 ヘラクロスはどくびしで猛毒状態になったからだ。ヘラクロスの特性は『こんじょう』『むしのしらせ』『じしんかじょう』の三つ。『こんじょう』は状態異常になると攻撃が一.五倍になり、『むしのしらせ』は自分のHPが三分の一以下になると、虫タイプの技の威力が一.五倍になるというもの。また、『じしんかじょう』は相手を倒すと攻撃が一段階上がる、いわゆるヘラクロスにとっての隠れ特性に当たるものだが、他の隠れ特性同様、野生では滅多にいないので候補外でいいだろう(特性カプセルを使うことで隠れ特性に変更はできる)。

 そうすると、もしあのヘラクロスの特性が『こんじょう』だった場合が問題になる。仮にそうだったとして、何らかの格闘技を使ってきた場合。タイプ一致により一.五倍、特性により一.五倍、さらに鋼・岩タイプのボスゴドラに使用する場合、格闘タイプに対して岩・鋼はそれぞれ弱点となるため二倍二倍で四倍。これらが掛け合わされると合計九倍となり、これがボスゴドラに襲い掛かるのだ。さすがに耐久が自慢のボスゴドラでもそれは耐えられない可能性が高い。

 その点ニドクインなら、毒タイプがあるため、虫タイプや格闘タイプの技を半減できる上に耐久もあるという、グライオンに次ぐ、ヘラクロス受けとも言うべきポケモン。サトシのヘラクロスはツノの先端がハート型ではなく、普通のカブトムシのツノみたいな感じなので♂のヘラクロスだとわかる。『とうそうしん』によりニドクインの攻撃技の威力は弱まってしまうが、博打としてそのままボスゴドラで攻めるよりは、堅実にニドクインでダメージを積み重ねていく方がいいだろう。

 

「ヘラクロス、いけるか!?」

「ヘラクロッ!」

 

 一方、ステルスロックで一定ダメージを受け、おまけに猛毒状態のヘラクロス。猛毒状態は時間が経つほどダメージが増えていくという厄介な毒状態である。交代すればダメージ量の増加は抑えられるが、ねむるなどの技や特性“しぜんかいふく”などがなければ、持ち物を使えないルール上、根本から治す手立ては存在しない。サトシのポケモンがいやしのねがい(使えば瀕死状態になるが、その後、控えから出てくるポケモンの状態異常を回復+HP全回復)やアロマセラピー(味方全員の状態異常回復)などの技を覚えているとは考えられないし、覚えられるポケモンでもない。

 とするとサトシは

 

「くっ、猛毒だとそんなに長い時間はかけられない。この際一気にいってやる!」

 

という戦法を取る以外はなくなると考えるんじゃないかと思う。

 

「ヘラクロス、からげんきだ!」

「ヘラクロッ!」

 

 ヘラクロスがからげんきを決めるためにニドクインに急速に接近する。このままからげんきをたたき込むつもりかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

 

「ニドクイン、メロメロ!」

 

 ニドクインに攻撃が刺さる手前で、ニドクインのウインクによって発生したハートがヘラクロスに吸い込まれた。メロメロ成功である。

 

「ああ! ヘラクロス!」

 

 ヘラクロスは目がハ−ト型になっていてからげんきを放つことが出来なかった。

 

「いまだ! つばめがえし!」

 

 つばめがえしは飛行タイプなため、ヘラクロスには四倍弱点技として突き刺さる。威力的にはだいもんじと同じだったが、このニドクインは物理アタッカーかつヘラクロスの特防はなかなか高いため、こちらにした。

 それがメロメロ状態で無抵抗なヘラクロスを直撃。

 

「ヘラクロス、こらえる!」

「ヘ、ヘラクロッ!」

 

 ヘラクロスはつばめがえしに当たる直前、身体をやや前傾姿勢に倒して両腕を組む。さらに、片足はピンと伸ばして地面を突っ張り、もう片方を軽く曲げるという姿勢で以ってつばめがえしの勢いを殺し、耐えきった。

 

「ヘラクロス、今度はこっちの番だ! カウンター!」

 

 まあ、つばめがえしを耐えることは計算済み。だけどそろそろ――

 

「ヘラ!? ク、ロ……」

「ヘラクロス!?」

 

 ヘラクロスはカウンターを放つことなく、膝をついて、そしてその身体を地面に横たえてしまった。

 審判役のシロナさんがヘラクロスに近寄る。そのまま懐からモモンの実を取り出すとそれをヘラクロスに食べさせた。

 

「ヘラクロスは猛毒のダメージも合わさり、戦闘の続行は不可能と判断しました! よってヘラクロスを戦闘不能と判定します!」

 

 うん。とりあえず毒についてはシロナさんが治療してくれたから大丈夫だろう。あとはポケモンセンターの方でなんとかやってくれるはずだ。ただ、見た感じステロがなかったら、カウンターが決まっていてダウンしたのはニドクインの方だったと思うから、そこはステロの偉大さと、あとはサトシのヘラクロスの強さに感服である。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 シロナさんが毒状態を回復させて最低限の処置を施した後に再開されたバトル。

 

「頼むぞ、カビゴン! 君に決めた!」

「カ~ビ~~」

 

 サトシの三番手として出てきたのは、いねむりポケモンのカビゴン。HPと特防の高さが相まって非常に高い特殊耐久を誇る。また攻撃の高さも相当なものなので、物理攻撃の威力はかなり高い。これらから、防御が硬くかつ物理攻撃が得意な子で攻めていきたいところである。尤も、サトシが覚えさせているのかはわからないが、物理ダメージを二倍にして返すカウンターも覚えられるため、注意は禁物である。また、特性も『あついしぼう(氷・炎タイプの技の威力を半減させる)』、『めんえき(毒状態にならない)』、『くいしんぼう(木の実をいつもより早く食べる)』のどれかで、隠し特性である『くいしんぼう』を考慮に入れなくて済むとなると、あとは『あついしぼう』か『めんえき』のどちらかだが。

 

「カ、カビィ。カビッ」

「カビゴン、頼むな!」

「カビィ!」

 

 うん、どうやらステロのダメージも入った上に、どくびしで猛毒状態にもなった。ならば、特性は『あついしぼう』の方か。

 

「サトシ、がんばって!」

「カビゴンか。サトシのカビゴンは相当クセが強いからな。期待できるぞ」

 

 タケシたちのそんな声が耳に届いた。アニメでもたしかにサトシのカビゴンは結構な強さを誇っていたし、ここでもそれは健在か。

 

「よし。戻ってくれ、ニドクイン!」

 

 先に挙げた条件『防御が硬くかつ物理攻撃が得意な子』ではニドクインには厳しい。ただ、今ならうってつけなやつがいる。

 

「もう一度頼むよ、ボスゴドラ! キミに決めた!」

 

 このボスゴドラだ。

 

「またボスゴドラなの?」

「カビゴンは攻撃が高くて物理アタッカーとしての面が強いから、防御の高いボスゴドラには相性がいいわ。逆に特攻はそれほど高くないから、特防の低いボスゴドラでもそこそこ耐えることが出来る。あたしでも同じ判断を下すと思うわ」

 

 うんうん。ここの世界のヒカリちゃんとこっちの世界のヒカリちゃんの会話なんだけど、こっちのヒカリちゃんはいい感じに知識が身についてきているね。

 

「ふふ、どっちもヒカリなんだけど、ママとしてはなんだかおかしな感じがするわね」

 

 いえ、ママさんの思いは間違ってはいないと思います。確かに両方ヒカリだから少しおかしい気もする。おまけに見た目の判別が髪色以外、つかない。ちなみに青みがかった黒い方がこっちのヒカリちゃんで、かなり青みがかった紺の方がここのヒカリちゃんだ。いわゆる黒い方(ゲーム版)紺の方(アニメ版)の違い的な感じか。

 

「さあ! いくぞ、カビゴン! 今までの分、何倍にもしておかえししてやろうぜ! まずは、すてみタックルだ!」

「カ~ビ~!」

 

 ドスドスと地響きを鳴らしながら、迫り来るカビゴン。

 

「げっ!? なんちゅう速さだよ!」

 

 そのスピードはカビゴンにしては、あり得ないほどの速さである。まるでその体重と大きさも相まって、速度の乗ったトラックが迫ってくるような威圧感を受ける。正直、それは世の中でのカビゴンに対するイメージとはかけ離れた姿だった。

 

「ボスゴドラ、まもるだ!」

 

 威力がどれほどのものかというのを見るための他には、あまりの迫力に思わずといった感じで指示してしまった。ボスゴドラはそれを受けて、まもる特有の薄緑色をした半球形の壁をボスゴドラを中心に展開させる。

 

「まもるだろうがなんだろうがかまうな! いけぇ カビゴン!」

「カ~ビ~~!」

 

 ふとサトシをよく知るタケシたちの方を見れば、「サトシとカビゴン押せ押せ!」というムードだったのに対し、シロナさんやヒカリちゃんの方を見ると、「いくら規格外っぽいカビゴンとはいえ、岩・鋼タイプに対してのすてみタックルなのになんで、まもるなんて指示したのか」的な疑問が顔に浮かんでいるように見える。通常ならば、それが普通だ。なにせノーマルタイプは岩・鋼タイプには四分の一までダメージ量が抑えられるのだから。

 ただ、結果は――

 

「えええええ!?」

 

 本来なら、すてみタックルはまもるの薄緑色の壁に阻まれてのダメージはゼロに抑えられるはずだったのが、

 

「ウソでしょ!?」

 

ヒカリちゃんの驚きの通り、すてみタックルはまもるの壁を、硝子の破片が粉々に砕かれるかのような音とともに、アッサリと突き破った。そのままカビゴンはボスゴドラに突進する。

 そしてさらに――

 

「はいいいい!?」

 

 これにはオレもビックリだった。なんと、あのすてみタックルは、ボスゴドラに直撃した瞬間、ボスゴドラを吹っ飛ばしたのだ。正直、タイプ一致といえども、まもるのガード(破られたとはいえ)とボスゴドラのバカ高い防御力、その上ダメージは四分の一にまで抑えられる。そこまでこちらに優位な要素がかみ合っても、ボスゴドラが吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

「おいおい! なんだよ、あのカビゴン!? どうなってるわけ!?」

 

 そう叫びたくなってしまっても仕方がない。

 

「いいぞ、サトシ!」

「いけー! そのままやっちゃえ、カビゴン!」

「がんばって、サトシ君!」

 

 そして、それに併せて非常に盛り上がるサトシ側の応援。

 

「とどめだ! カビゴン、もう一度すてみタックル!」

 

 さらに追い討ちをかけるべく、サトシは再度すてみタックルを指示。猛毒状態で苦しみながらもドスドスと疾走するカビゴン。

 ただ、思った。あれだけのすてみタックルである。オレの狙う効果は十分に望める、と。

 

「来るぞ! ふんばれ、ボスゴドラ!」

 

 吹っ飛ばされたボスゴドラは体勢を立て直すと、地を力強く踏みつけ、膝を折った。相撲取りが四股を踏んで構えるかのような格好だ。それに「二度と吹っ飛ばされてたまるか!」という気概が、ボスゴドラの背中から溢れ出しているのが見て取れる。そのためか、ボスゴドラの足が地面にやや沈みこんでいた。

 

「今だ! いけっ、カビゴン!」

「カッッビィィィ!!」

 

 サトシの掛け声でカビゴンが一層強く(たけ)った。

 

「決めろ、ボスゴドラ! メタルバースト!」

「ゴオオアアアア!!」

 

 ボスゴドラもカビゴンに負けぬとばかりに(たけ)る。

 直後、すてみタックルがボスゴドラを直撃した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「か、カビゴン? カビゴン! しっかりしろ、カビゴン! がんばってくれ、カビゴン!」

 

 サトシはカビゴンに必死に呼びかけている。一方、ユウトさんはそれを見て不敵に佇むだけ。

 今ので、さっきまでのカビゴンいけいけムードをユウトさんは木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

「カビゴン、戦闘不能!」

 

 

 地に倒れ伏すカビゴンに立ち上がる余力はなしと判断したシロナさんが裁決を下した。

 

「い、今のは――」

「メタルバーストですよ」

 

 ママの言葉に合わせるかのようにユウトさんが言葉を紡いだ。

 

「メタルバースト。自分が攻撃する前に最後に受けた技のダメージを一.五倍にして相手に返すという技です。あれほどのすてみタックルならば、そのダメージを返せれば、こうなるのも当然です」

 

 そうだ。あのすてみタックルならばボスゴドラといえども、大きなダメージを負うだろう。それをカビゴンに返すとならば、すさまじいまでのダメージ量を誇るだろう。おまけに、カビゴンはステルスロックに猛毒状態のダメージも蓄積していた。

 

「正直、ねむるで回復していれば、カビゴンの体力の高さなら倒れるまではいかなかったかもしれませんね」

 

 ユウトさんは暗にサトシの指示ミスとそれから見通しの甘さも指摘している。

 

「っ! 戻れ、カビゴン! ……くっ…………」

 

 サトシはそれに、一瞬熱くなるものの、すぐ治まったみたい。

 ただ、あたしは思う。あの人がそう指摘するということは、そこを改善できればきっとさらに高みに登れるのだ。あたしもそうやって今まで来た。それは今も続いている。ユウトさんもサトシにそうなってほしいと思ってのことなんだろう。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「次はコイツです! ジュカイン、君に決めた!」

 

 気持ちを切り替えて、サトシが四体目のポケモンを繰り出してきた。草タイプのポケモン、ジュカインだ。たしかサトシのポケモンではリザードンやカビゴンに並ぶエース格だったかな。そしてジュカインもステロのダメージを負い、猛毒状態となった。

 

「今のメタルバーストには正直かなり驚きました。でも、ボスゴドラも二度のすてみタックルでかなりのダメージを受けたはずです」

「たしかに。それはサトシの言うとおりだ」

「そして倒してしまえばメタルバーストを食らうこともない」

「それもそうだ」

「なら、ここでボスゴドラを退場させる! ジュカイン、リーフブレード!」

 

 あ~、それはどうかな。できれば、サトシにはそこで違う技を選択してほしかった。

 

「ジュッ!?」

 

 リーフブレードがボスゴドラに炸裂するも、ボスゴドラに大したダメージは与えられなかった。

 それも当然。

 リーフブレードは物理技。そしてボスゴドラは物理防御に関してはメチャクチャ高いというのはさっき話したが、逆にジュカインの攻撃の高さは平均よりやや高いかといったところ。これではダメージはあまり見込めない。

 

「ボスゴドラ、がむしゃら」

 

 そして接近したジュカインに対してのボスゴドラのがむしゃらが決まった。がむしゃらは相手の残りHPから自分の残りHPを引いた分のダメージを与えるという一風変わった技だ。

 ボスゴドラはカビゴンの二度のすてみタックルにジュカインのリーフブレードのダメージによってかなりHPを減らしている。一方ジュカインはステルスロック以外のダメージは負っていないため、ボスゴドラの残りHPと鑑みると相当のダメージを受けることになる。

 

「がんばれ、ジュカイン!」

「ジュ!」

 

 するとここでジュカインの身体に赤い光が走った。おそらく特性『しんりょく』の発動だ。『しんりょく』は自分のHPが三分の一以下になると、草タイプの技の威力が一.五倍になるという特性だ。

 

「ジュカイン、今度はリーフストームだ!」

「ボスゴドラ、ストーンエッジ!」

 

 サトシもオレもこの二体は最後の技の出し合いというのはわかっている。あとはどちらが先に相手の技にヒットするかだけど、

 

「ジュッ、カインンッ!」

 

 素早さ的には圧倒的にボスゴドラより速いジュカインの方が先に決まる。今までのダメージ+『しんりょく』で威力の高まったリーフストームにより、三百キログラム以上の重量を誇るボスゴドラの巨体は大きな音を立てて地に沈んむことになった。

 

「ボスゴドラ、戦闘不能!」

 

 とりあえず、オレのポケモンは一体失ったことになる。ジュカインの方は、リーフストームに阻まれてボスゴドラのタイプ一致ストーンエッジの礫は僅かしか到達しなかった。

 しかし――

 

「ジュ、ジュカ……」

 

 ジュカインの方もその場に倒れ伏した。

 

「これは……」

 

 シロナさんがジュカインの様子を見るべく、ジュカインに近づいた。

 

「ジュカイン、猛毒のダメージにより、戦闘不能!」

 

 サトシもポケモンを失うこととなった。

 ここに来て、ステルスロックとどくびしの影響が俄かに出てきた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「す、すごい……」

「なんてレベルの高い、いえ、計算しつくされた戦いなの……」

「たしかに。まるで詰め将棋を見せられているような感じです」

 

 タケシの言うとおりな気もするけど、実際はサトシがユウトさんの仕掛けた罠というか術中にまんまと嵌まっている感じ。でも最初にニドクインを出したときはきっとこんな戦法ではなかったと思う。

 昆布(どくびしやステルスロック、他にもステルスロックと似たような技のまきびしを使った戦法)をするなら、エアームドやドラピオンなどの耐久が高いポケモンを使う方がいいと教わった。ニドクインはそこそこ耐久は高い方で昆布などによってパーティをサポートをすることも出来るけど、あのニドクインの特性は今は『とうそうしん』のはずだ。そうすると、メスキラー的な感じの物理アタッカーで、決してサポートが得意というわけではないハズ。でも、最初のオーダイルへのおだてるによって、ステルスロックやどくびしを撒く時間、というか隙は出来た。

 

「そうか。きっと混乱している間に戦法を変更したんだ」

 

 あんな、ほんとに僅かな時間で戦略を一から組み立て直したのか。

 

 いや、違う。

 

 

『確立されているような戦法はだいたい頭の中に入っているから』

 

 

 以前、ユウトさんは“ポケモン講座”の中でそんなことを言っていた気がする。そのときあたしとシロナさんは『いったいいつどこでそんなのが確立されたのよ』と思ってしまったこともあるが、それは事実なんだろう。

 きっと、あの人はいろんな状況を想定してその膨大な知識から、『コレ』という戦法を選び出した。

 『すごい』という言葉で言い表すことなんかできない。

 そんな言葉では不敬だとすら思えてしまう。

 

「まだまだ先は遠いのね」

 

 あたしの夢への道の険しさを思い、あたしは思わずポロっと零してしまったが、

 

「これでわかったことがある」

 

 ユウトさんの言葉により聞き咎められることはなかった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「サトシ、キミはバトルを行う上で、ポケモンに対する知識がなさすぎるんだ」

 

 カビゴンにしてもジュカインにしても、なんであれ、いきなり突っ込むとかは拙かった。

 

「メタルバーストにがむしゃら。がむしゃらは予想できなくても、ボスゴドラが出てくればメタルバーストを警戒するのは当然のこと」

 

 この世界はどうだか知らないし、オレたちの世界ではそれはかなり怪しいが、少なくとも現実世界では当たり前のことだった。尤も、それを彼に要求するのは酷なことかもしれないが。

 

「そしてジュカインの最初に指示をしたリーフブレード。これはボスゴドラの特徴を知っていればまず選択などしない。リーフストームを覚えているなら、迷わずリーフストームを選択するべきだった」

 

 ボスゴドラは防御が高い代わりに特防がかなり低い。等倍特殊攻撃なら下手をすると一撃で持っていかれることもあるほどだ。

 さっきならばリーフストームをブチかましていれば、たとえ、ラルトスの張ったひかりのかべの効果で特殊技が半減される状況であろうと、ジュカインはノーダメージでボスゴドラを突破することもできていた。下がった特攻は一旦交換すれば元には戻る上、ゲームとは違って、交換直後にダメージを食らうということはない。リスクはほぼゼロだ(リーフストーム後に特攻が下がることを知っていればだが)。

 

「リーグで準優勝したことは大変素晴らしいことだし、奇抜な戦法も大いに結構だけど、基本を疎かにする者にこれ以後伸びるモノはない。勝利の栄光もない。できればそれをサトシには知ってほしいんだ」

 

 サトシの持ち味はアニメでも知っていたし、このバトルでも改めて実感したが、その奇抜な発想と戦術である。それはもちろん大事だ。ただ、基本を熟知していれば、その持ち味はさらに活かされる。基本があるからこその応用(奇抜さ)が光るのだ。

 サトシは現実ではなんだかんだ「十何年経ってるのにまだチャンピオンになれない(笑)」なんて言われていたが、やはり天才だ。今回のシンオウリーグでは準優勝だったらしいが、できれば、それらを修めて是非とも優勝してほしい。十何年主人公やってるんだから、オレもやはり彼のことが好きなのだろう。

 

「戻れ、ジュカイン」

 

 モンスターボールの白いスイッチから放たれた赤いレーザー光線がジュカインを直射して、シロナさんによってモモンの実を食べさせられたジュカインがボールに戻った。サトシはそのボールに伏見がちに視線を落とす。

 

「ありがとう、ジュカイン。よく頑張ってくれたな。あとはゆっくり休んでてくれ」

 

 やっぱりサトシはどこに行ってもやっぱりサトシで、ポケモンに対する愛情・慈しみは変わらない。

 

「確かにオレには知識は足りてないかもしれません。コイツらのことも含めてポケモンたちのことをまだまだ知らないと思うし、これから知っていかなきゃいけないと思います」

 

 そこでキッと目線を上げてその強い眼差しをオレに送ってくる。

 

 

「だから、これが終わったら、オレに教えてください! そしてもう一度バトルしてほしい! お願いします!」

 

 

 サトシは腰を九十度近くまで曲げて頭を下げる。正直そこまでされると心苦しくて申し訳ないのだけど、ただ、サトシのすっぱりとした思い切りの良さとポケモンに対する直向(ひたむ)きさを感じた。

 

「それから、オレはこの勝負を諦めるなんてことは絶対にしませんよ! 最後まで全力で戦います!」

 

 最後にそうニヒルな笑みも添えてその言葉も付け加えた。

 

 うん! いいねいいね! この前向きさがいい!

 バトルは諦めなければ、最後の最後までわからない。諦めなければ何かいい手段が見つかるかもしれない。

 尤もそれは保有する知識量に左右される。

 彼に足りていないのはそれのみ。

 この一見アニメの中の、されど現実の世界ならばアニメBW版のような『リセット』なんてこともきっと起こらないだろう。

 さっきも言ったが、オレはサトシを全力で応援してあげたい。

 

「ああ! ポケモントレーナーならそうこなくちゃな!」

 

 尤も、このバトルについてはオレが勝ってみせるけどね。

 




ユウト「ボスゴドラが出てくればメタルバーストを警戒するのは当然のこと」

ヒカリ「えっ、そうなの!?」
シロナ「それが当然とか生まれて初めて聞いたわよ」


どこで切るか苦労しました。


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その3 滾るラルトス

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となります。


 さて、話はバトルの方に戻して。

 これでサトシの手持ちはピカチュウを含む二体。その内、不明なのが一体。

 サトシのパーティには水・草・炎・飛行タイプはほぼ必ず入る傾向があり、水・草・炎に関しては御三家がほぼ例外なく入る(ちなみに電気も必ず入るのだが、ピカチュウは絶対に外れないのであえて除外している)。その中で今回のバトルに出てきたのは電気を除けば、水と草。それ以外にはノーマル、虫、格闘。

 とすると残りの一体で一番あり得そうなのが飛行タイプか炎タイプ。しかも炎タイプならば御三家といわれるポケモンだ。

 さて、どっちがでてくるか。

 

「ゴウカザル、君に決めた!」

 

 ん! これで六体全て確定。

 ゴウカザルは炎・格闘タイプで、シンオウ御三家の一体の最終進化形。こっちにはゴルダック、ニドクインと相性が良い子たちがまだ残っている。

 ただ一つ問題があって、それは――

 

(わたしを出しなさいよぉ!)

 

 さっきから出せ出せうるさいラルトスさん。“超”が付くほど久しぶりなバトルだったため、出番あれだけで引っ込めさせられたのが、かなり不服なご様子。

 正直ここでラルトスを出して『もうか』を特性『トレース(相手と同じ特性になる)』でトレースしても、旨みはほぼない。まだ、ピカチュウの『せいでんき』をトレースした方がお得だ。お得なんだけども……。

 

「仕方ない。ラルトス、キミに決めた!」

 

 たまには思いっきりバトルさせるのもいいかと思い、要望通り、ラルトスを指名。

 

「(ッシャオラアァァァ!)」

 

 超やる気満々でフィールドに飛び出していった。ていうか、そんなにバトルしたかったのね。それからその雄叫びは女の子がしていいようなやつではないから……。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「サトシ、大丈夫かしら……」

 

 手を祈るように組んでバトルの成り行きを見守るヒカリ。その面持ちは不安げである。

 

「ステルスロックのダメージに猛毒状態と形勢は不利だ。サトシが何もしなくても、ゴウカザルの体力は減っていく」

「おまけに格闘タイプにエスパーやフェアリータイプは相性が極めて悪いわ。迂闊に攻めてもさっきのヘラクロスの二の舞みたくなるだろうし」

「ですね。ここは慎重さが求められる。頑張れよ、サトシ」

 

 タケシやママも心配そうな面持ちでバトルの行方を見守る。その一方、サトシは、

 

「ゴウカザル、ビルドアップだ!」

 

積み技(一時的にステータスを上昇させる技)で能力をアップをしていって対抗していくようだ。ビルドアップは攻撃と防御の両方を一段階ずつ上げる技だ。能力を上げて速攻を決めていくというところか。ヘラクロスのときと同じく、とにかく攻撃技を仕掛けていくことはマズイと考えたっぽい。

 ただ心配事もある。ユウトさんのラルトスは――

 

「ラルトス、アンコール!」

 

 彼女の前で迂闊に積むととても危険なのだ。ただ、『積んで能力アップ』だけでは、ユウトさんのラルトスは止められない。アンコールはしばらくの間、アンコールの直前やった技しか出せなくなさせる技だ。つまり、今あのゴウカザルはビルドアップしか出せないのだ。

 そしてさらに追撃とばかりに、今ゴウカザルの周りには黒い不気味な瞳がいくつも浮かび上がり、それらがゴウカザルを睨みつけていた。

 

「あれは、くろいまなざしか?」

 

 そう。タケシの言うとおり、あれはくろいまなざしだ。くろいまなざしは使ったポケモンがフィールドから消えない限り、相手のポケモンはボールに戻すことが出来ない(逃げられない)ようにする技だ。

 

「マズイ、マズイぞ。ゴウカザルはアンコールでビルドアップしか技が出せない。アンコールを解除するために、ゴウカザルを戻そうにもくろいまなざしでボールに戻せない」

「じゃ、じゃあ、サトシはどうすることも出来ないの!?」

「一応ビルドアップは出来るからどうすることも出来ないわけじゃないでしょうけど、その間にユウト君とラルトスがどういうことをしてくるのか。ゴウカザルとサトシ君としては彼らがすることを黙って見ていることしかできないわね」

 

 ママの言うとおり、ほとんどもうゴウカザルはラルトスのすることに対して指をくわえて見ていることしかできない。仮に攻撃されたとしても反撃もできない。つまりはただのサンドバック状態である。

 

「ラルトス、よこどりだ!」

 

 よこどり!? なんつー珍しい技を!

 

「よこどりってどんな技かしら?」

「よこどりとは相手が使おうとした能力アップをさせる技や回復系の技の効果を奪い、自分にかけるという非常に珍しい技です」

 

 ヒカリの問いにJさんがまたまた説明してくれた。

 

「そんな技があるんですか。知りませんでしたわ」

「私もつい先日知ったばかりです」

 

 ママはどの世界でも有数のトップコーディネーターなんだけど、それでも知らないなんて。まあ、ユウトさん曰く『ドマイナーな技』らしいので知らないのも無理のない話なのかもしれないのだけど。ちなみによこどりされると、相手は使おうとした変化技を使うことが出来ない。今、ゴウカザルのビルドアップは失敗に終わった。

 ゴウカザル&サトシ超涙目……。

 

「よし! ラルトス、もういっちょ、よこどり! それからかなしばりの後にめいそうだ!」

 

 ……ここに来てそれですか

 うん……。

 

「ユウトさん、メチャクチャえげつないなぁ」

 

 くろいまなざしで逃げられず、アンコールで技を一つに縛られ、唯一できるビルドアップはよこどりで奪われ、その後はかなしばりでビルドアップすら使えなくして行動不能にする。そして動けなくなったところでめいそうで、特攻特防アップ。

 イヤすぎる……。

 なにこの凶悪コンボ。

 なにこの凶悪コンボ。

 なにこ(ry

 大事なことなので三回言ってみた。

 

「とどめだ! ラルトス、サイコキネシス!」

 

 

 ……結果は言わなくてもわかるよね?

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 さて、バトルは終盤も終盤。ゴウカザルも退け、向こうはあともう一体のみ。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

 サトシの最後の一体は当然、あちらの最終兵器光厨(ピカチュウ)

 

「ピカピッカッ!」

 

 ピカ厨さん、超やる気ッスね。キリッとした目に頬の赤い電気袋から電気が洩れだしています。

 ホントは『せいでんき』をトレースしたかったけど、ビルドアップもめいそうも積んだから、相殺、どころかむしろプラスの方向に運ぶこととなった。

 

 あとついでに気になったんだけど、

 

「ピィカッ!」

 

なんでピカさんはステロも毒びしも食らってないのですか?

 なに? ボールから出てる状態だから、ダメージは受けないとでもいうの? それとも毒びしもステロもボールから出てた状態だったから避けるのも容易かったとか?

 オレのラルトスでもそんなことは起こりませんよ? ひょっとしてこの世界特有の現象とかですか?

 まぁなんにしろ、さすがは『厨』という言葉が入っているポケモン。マジパネェっすね。

 尤も猛毒状態になっていないなら別の方法で攻めていくのも可能だけどね。

 

「ピカチュウ、最初から全力全開でいくぞ! ボルテッカー!」

「ピッカッ!」

 

 宣言通りに電気タイプ最強の大技を指示するサトシ。

 

「ピカピカピカピカピカピカー!」

 

 ボルテッカーを出す際の掛け声と共に、ものすごい突進スピードで以ってして、ラルトス目掛けて突撃するピカチュウ。

 

「ラルトス、こごえるかぜ!」

 

 とりあえずまずはピカチュウの素早さを落とす。

 

「負けるな、ピカチュウ!」

「ピカ、ピカ、ピカ、ピカ、ピカ!」

 

 こごえるかぜはダメージはそれ程でもないが、上でも述べたように百パーセント追加効果の素早さ一段階ダウンが非常においしい。サトシの声援に応える形でピカチュウも頑張ってこごえるかぜの吹きすさぶ中をボルテッカーで駆け抜けてきているが、影響は免れないようで、スピードが落ちてきている。

 んー、もう一押ししときますか。

 

「ラルトス、リフレクター!」

「(あら、おにびじゃないの?)」

「体力回復できるぞ?」

「(なるほど。じゃあ美味しく頂くわ)」

 

 オレの言葉で、この後のオレの方針を全て理解してくれたようで、ラルトスはリフレクターを張る。これでしばらくの間、物理ダメージは半減である。

 

「ピカピッッカーー!」

 

 直後、ピカチュウのボルテッカーがラルトスを直撃。しかし、ビルドアップでの防御力アップとリフレクターによって、電気物理攻撃技最強のボルテッカーといえど、あまりダメージにはなり得なかった。

 

(リフレクターも張ったとはいえ、これぐらいなわけね)

(大丈夫か?)

(まったく問題ないわ。チクッと痛かっただけよ。でも、お返しはお返しよね!)

「よし、ラルトス、マジカルリーフ!」

 

 数ある技の中で回避不可能な必中技のマジカルリーフを選択。それがボルテッカーの反動を受けている最中のピカチュウに襲いかかった。

 

「そうだ! がんばれ、ピカチュウ! ほうでん!」

「ピィィカ、チューー!」

 

 それに対して、ピカチュウはほうでんで対処する。

 しかし、ほうでんとはナイスチョイスだ。ほうでんは全体範囲攻撃技なので、一方向にしか飛んでいかない10万ボルトよりは、マジカルリーフという不思議な葉っぱが不可思議な軌道で全方位から迫り来るこの状況では効果的。

 ただ、ほうでんの威力的な問題とラルトスがめいそうを積んでいたこともあって、マジカルリーフは半分ほどしかほうでんに撃墜されなかった。

 

「チャアァァ!」

 

 そして一枚のマジカルリーフがピカチュウを直撃。それによって宙に吹っ飛ばされるピカチュウ。

 

「負けるなピカチュウ! がんばれ!」

「ピッ、ッカッ!」

 

 サトシの声援を受けて、のけ反っていた身体をうまい具合にクルッと宙で後転させて、体勢を整えるピカチュウ。

 

「ピカチュウ、アイアンテールを全力でフィールドに叩きつけろ!」

「ピカ! ピッカァ! チューッ、ピカッ!」

 

 ピカチュウはさらに一回転を加える。そして回転、さらに落下の勢いもプラスしての鋼色に輝くピカチュウの尾が地面に叩きつけられる。

 すると、フィールドはその衝撃によって方々にひび割れが生じるとともに、ピカチュウの周りに大岩が隆起し始めた。

 

「(ウソでしょ!?)」

「なんだって!?」

 

 その岩々に残りのマジカルリーフのすべてが直撃する。岩が崩れただけで、ピカチュウへのダメージは見受けられなかった。

 

「いいぞ、ピカチュウ! そのまま10万ボルトだ!」

「ピーカ、チューー!」

 

 ピカチュウの前方を遮る岩は既にない。ラルトスを見据えてピカチュウが10万ボルトが放った。

 

「ラルトス、ひかりのかべだ!」

「(今張り終えたわ。ウフ、ビリビリはやーよ?)」

 

 先程張ったひかりのかべはとうに切れているので、再度張り直しだ。直後、レーザーのようにまっすぐ直進するのではなくて、ジグザグマが歩くかのごく、ジグザグとやや蛇行しつつ進む10万ボルトがラルトスに直撃した。

 

「(あぁ、肩こりに効くわ。いい電気刺激マッサージね)」

 

 しかし、めいそう+ひかりのかべで全然効いていないみたいだ。

 

「よし! ラルトス、とどめだ!」

「(了解よ!)」

 

 ラルトスはテレポートで姿を消す。

 

「ピィッ!? ピッ!? ピカッ!?」

 

 突然消えたラルトスに、きれいに着地したピカチュウは動揺して首を左右に振るも姿を捉えることが適わない。

 

「!? ピカチュウ、後ろだ!」

 

 サトシがラルトスの行方に気がつき、声を張り上げる。ピカチュウが振り返るも、既にすべてが遅かった。

 

「ピ……カァー…………Zzz……」

 

 トロンとした目で後ろ向きに倒れると胸が規則正しく上下するとともに穏やかな寝息が聞こえてくる。ラルトスのさいみんじゅつが決まった。

 

「ピカチュウ! 起きろ! 起きるんだ! 目を覚ませ! ピカチュウッーーーー!!」

 

 どこぞ修造バリに自身の声を張り上げさせ、目を覚まさせようとするサトシだったが、

 

「ゆめくい」

「(いただきます)」

 

ピカチュウが目を覚ますことはなく、ラルトスのゆめくいが決まった。

 

 

「ピカチュウ、戦闘不能! サトシ君が六体すべてのポケモンを失ったため、このバトル、ホウエン地方ハジツゲタウン出身ユウト君の勝ちとなります!」

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 あれから数日ヒカリの家で過ごしたオレたちは、この世界のヒカリのママさんの言葉に従ってある町へ行くことにした。その名も『ハイテク都市』として名高いラルースシティ。ママさん曰く、ここはかつてセレビィが訪れる小さな島としてトップクラスのトレーナーたちの中ではそこそこ有名だったらしい。しかし、この島を含めて周囲を再開発し、最先端技術の水位を結集した超ハイテク都市を建設する計画が浮上。セレビィが訪れる島を開発させるわけにはいかないが、表立って騒げば、『幻のポケモン、セレビィが訪れる島』として立ち所として有名になる。そうなってしまえば、ロケット団やポケモンハンターなどの善からぬ者たちにつけ狙われるということから、当時の心あるポケモントレーナーやポケモンレンジャーたちがセレビィを説得して別の場所に立ち寄らせるということに成功させた。それ以来セレビィもラルースも無事問題もなく終わり、ラルースの完成をみる。

 ただ、ここ最近では別のセレビィが再び、この島を訪れるようになったのだとか。

 なんだか皮肉な話な気もする。

 で、セレビィの時渡りならぬ世界渡りで、ピンクのツンデレちっぱいゼロのメイジのいる世界やら、リリカルマジ狩る全☆力☆全☆壊の世界やら、「契約してよ」と迫ってくる孵化器がいる世界やら、魔法使いやらマギステルなんとかのいる世界やら、古代某国の有名人が男性はいるけれどほぼほぼが女性であるという世界やら、とある魔術だか科学だか知らないけど「その漢字からそんな痛いカタカナ横文字なんて読めねーよ」のトンでも能力の世界やら、種とかいうシステムを元にしたフルダイブネトゲが蔓延る世界だとか、せいはいうぉーとかドンパチやってる世界だとか、宇宙からホエホエなカレーに魂を売った元皇女さまがやってきた世界やら、深海からやってきた敵を女の子が迎え撃つ世界だとか、例の青い紐が二つのデカメロンを押し上げる上に、腕が動く度にそのデカメロンが動いたり揺れたり挟まったりといった感じのダンジョンに出会いを求めるだとかの世界だとか――あのメロンとあの紐はマジスゲェよな。考えた人天才だわ――

 

「あてっ」

 

 ふと、頭を結構な勢いで小突かれた。

 

「ってなにするんですか、シロナさん」

「なんかあなたが良からぬことを考えてた気がしたからよ」

 

 そこには硬く拳を握った。シロナさん。

 てかあなたエスパーかなにかですか? ってほらとにかくその握り拳をほどいてくださいよ。

 

 んで、なんだったか。

 ああ、そうそう、そんな感じで、とにかく俺たちはあちらこちらの世界を彷徨っていたので、ならママさん曰く『一体だけで無理なら二体でやればいいじゃない』という作戦に打って出ることにしたオレたちはフタバタウンを後にして一路、ラルースシティに向けて旅立ったわけだ。

 

 ただ、予想外なこともあって、それが――

 

「ねぇ、見て! ラルースシティってすごいのねぇ!」

 

 オレたちの世界の方のヒカリちゃんがサトシとこっちのヒカリちゃんに、自身の手に持つガイドブックを見せる。それを、その二人、そしてサトシの肩に乗るピカチュウにヒカリちゃんの腕に抱えられているポッチャマも、覗きこんだ。

 

「なになに? 『都市の中は動く歩道や、ブロボと呼ばれるガードロボなどがあり、あらゆる設備が自動化されています』ってなんだかすごそうだな」

「あ、ねぇサトシ、ヒカリ! 『ポケモンに関する施設も充実! 様々なバトルやコンテストも楽しめます』だって!」

「おお! なんだか燃えてきたぜ!」

「ピッカッチュ!」

「よーし! アタシもそのコンテスト出場しちゃうわ!」

「ポチャチャ!」

 

 ――サトシたち御一行様です。

 約束通り、サトシ(とヒカリやタケシ、それにピカチュウにポッチャマ)にポケモン講座をやったらえらく好評で、オレたちがこの世界を離れるまで、ずっと受け続けたいということになったからだ。なので、ラルースシティに向かうメンツはJを含むオレたち四人+サトシたち三人+ラルトス・ピカチュウ・ポッチャマとかなりの大所帯となっている。

 ヒカリちゃんは一番サトシたちと年が近いためか、あの中にすでに溶け込んでいる。

 

「なんというお祭り騒ぎ」

「でも、にぎやかで楽しいじゃない」

「ですね、子供らしくていいと思いますよ」

 

 隣を歩くシロナさんやJが本当にニコニコとして彼らを見ている。

 

「(まあ、いいことじゃない、見てて飽きないし。わたしたちはあんな風にさわぐ性質(たち)ではないからね)」

 

 まあ、ラルトスの話には同意はするんだけども。

 

「にしてもアレ、すごいですね」

 

 Jさんが話題を変えて振ってくる。ただ、その話は何度目か。いや、たしかに驚きなんだけども。

 

「本当に別人よね」

 

 シロナさんもそれに相槌を打つ。

 『いったいだれが?』というとこちらのヒカリちゃんとこの世界のヒカリちゃんがということ。中身の人間的部分は違くとも外見は同じ、なはずなのにその外見、特に顔が全く異なっている。

 どういうことかというと、答えはメタモンのへんしん。

 同じ顔では何かと問題もあるだろうということで、こちらの世界のヒカリのママさんが、持っていたメタモンをオレたちの世界のヒカリちゃんの顔にひっつけて、メタモンに『へんしん』してもらって顔だけ別人になってもらっているというもの。初めに聞いたときはビックリしたが、これが意外や意外、よく出来ている。なので、オレたちがこの世界を離れるまで、オレたちの世界のヒカリちゃんにはそれで過ごしてもらう予定だ。

 ちなみになんでいきなりこんなことが出来るのか疑問に思い、尋ねてみたら「昔これでよく変装をしていた」のだとか。

 

 これ、帰ったら絶対研究しようと激しく思いました。

 

「それにしてもラルースシティね。こちらでは聞いたことないわ」

「世界が違えば、同じようでも細部が違うということもあるのでしょうね」

 

 そんなことを耳にしながら、何気なく視線をシロナさんの持つガイドブックに落とす。

 

 ……ん?

 アレ?

 これ……。

 

「ごめんなさい、シロナさん! それちょっと貸して!」

「あ、ちょっと!」

「ユウトさん?」

 

 返事も聞かずに、半ばひったくるようにして、それにじっと視線を落とし、突然のことに二人が何か言っているようだが、今は脇に置いておいて読み漁る。名前にはサッパリ聞き覚えがなかったけど、これは……。

 

「うわっ、マジか」

 

 思わず、口を吐いて出てしまった。ラルースってここか。

 たしかデオキシスの映画のヤツだ。レックウザとデオキシスが暴れて、最後にセキュリティシステムが暴走するとかいう。映画ではたしかホウエン地方だったはずだが、サトシたちというフラグ、もといトラブルメーカーたちがいるから、ここがシンオウだろうと、なんだかイヤな予感が拭えない。

 

「はぁ、なんだか前途多難な気がする」

 

 余計なトラブルに巻き込まれないように願うばかりだった。

 




これにて第一部了、つづいて第二部となります。

帰還後、ユウトに『変装』のスキルが加わりました。
そして最後はデオキシス映画のフラグを立ててみましたが、変更する可能性は大いにあり得ます。

これが本年最後の更新となります。
みなさま、よいお年をお迎えください。


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その4 スノーリゾート

みなさま、あけましておめでとうございます。

ちなみに『確率』を『確立』、『再会』を『再開』と表現されたときと同じように、『新年あけましておめでとうございます』なんて表現を見聞きすると「なんだかなぁ」とムズムズする感覚を覚えてしまうのですがそれは。

<追記>
どうやら「新年あけましておめでとう」は許容される表現のようです。
「美しいです」のような表現が一般化していったのと同じようにこれもそうなるのでしょうね。

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となります。

今までと毛色が違う、ポケモンっぽくない感じになりました。


 シンオウ地方北部。そこは寒冷なことで知られるシンオウ地方の中では、特にその傾向が強い。テンガン山という高山からの冷たい空気が山下ろしとなって一気に吹き抜けるためだ。冬、深い雪に閉ざされるのは毎年のことである。

 そしてその雪に目を付けて開発された町があった。名をカザハナタウンという。シンオウ地方は都市の名前を大和言葉を由来とする伝統がある。この町の名前も風花(かざはな)という言葉に(ちな)んで付けられた。ちなみにこの風花という言葉だが、『晴れた日に降る雪のこと』という意味である。この町がつくられたところも、冬に青空なのに純白の雪が舞う現象が見られた。地元の人には『この雪はまるで風に舞う純白の花びらのようだ』ということから、まさにこの名前が適していると愛着を持たれて親しまれている。

 そしてこんな雪が深いところに町がつくられた理由であるが、簡単にいえばレジャー施設の建設が目的である。雪深い土地であるため、スキーやスノーボードなどの冬のレジャーが大いに楽しめるのだ。また、温泉も湧きでているため、日頃の疲れをゆっくりと癒すこともできる。さらにはところによっては万年雪である地区も存在するため、夏でもそれらが楽しめる。

 町興しとして始めた雪に関するお祭りや夏には避暑地やグラススキーとしての需要もあり、港があるキッサキシティからの交通の便も良いため、シーズン問わず、シンオウ地方各地から、そしてなにより、全国からも足を運ぶ観光客が多い。ちなみに観光客にはスノーリゾートという愛称の方が馴染みがあるらしい。

 さて、そんな中訪れた一行がある。今回からはそれのお話である。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「うわぁ! ここがカザハナタウンか~!」

「もう一回来てみたいと思ってたんだけど、また来れて嬉しいなぁ!」

 

 ヒカリちゃんとヒカリちゃんがその一面の銀世界を見て感激の言葉を零す。いや、オレもシロナさんもそれからJも言葉にはしていないだけで呆気にとられている。白に対して人工物とそれから洩れる光が上手く対比して、素晴らしいアクセントとして一面の白い世界を彩っていたのだ。

 

「なんだ、クラルテのところでは、ここはなかったのか?」

「ええ! こんなとこなかったわ! あったらママに頼んで絶対何回も来てるし、旅の途中にも寄ったし!」

 

 サトシの言葉にヒカリちゃんはそう答えた。

 ああ、そうそう。なんでサトシがヒカリちゃんをクラルテと呼び、彼女もそれに応答したかというと、やはり同じ名前で呼ぶのは非常に紛らわしいからだ。そこで、光という言葉をフランス語にすると“clarte”「クラルテ」(意味は光、輝き)という言葉になるので、オレたちの世界の方のヒカリちゃんを、変装しているということも合わさって、クラルテという名前にすることにしたのだ。

 

「よーし! じゃあせっかくここに来たんだ! みんなでスキー場に行くぞ!」

 

 タケシの言葉にオレやシロナさん、J以外の面々が元気よく返事を返した。

 

 さて、ラルースシティに向かっていたオレたちがなぜこのカザハナタウンに来ているのか。

 ラルースシティはシンオウ地方バトルゾーン沖合に浮かぶ島なため、フタバタウンの最寄りのマサゴタウンからの連絡船に乗って向かっていたのだが、途中天候不順と波の時化が予想されたために、近くのキッサキシティに寄港したのだ。そこでしばらくは船が出せないというので、どうするかといった話のときに、サトシたちに勧められて、このカザハナタウン、通称スノーリゾートに訪れたわけだ。数日足止めを食らうなら、ここでその間遊ぼうということである。実にすばらしい提案だった。

 

「ふっふ~ん♪ オレはスキー♪」

 

 やっぱりスキー場といえばスキーでしょ!

 

「え、あれ、ユウトさん、スキーなんですか?」

 

 そういうクラルテ(ヒカリ)ちゃんが手に持つものはスノーボード。

 

「あら、ユウト君はスキーなのね」

「え? え?」

 

 そしてシロナさんも手に持つものはスノーボード。

 周りを見渡せば、サトシ、タケシ、ヒカリちゃん、そしてピカチュウにポッチャマ、そしてなんとラルトスやセレビィまでスノーボードだ。

 

「う……ウソ……?」

 

 え? え? スキーってそんな人気ないの? え?

 

「私もスキー派です。ユウトさん、マイナー同士楽しみましょう」

 

 そっとJが肩に手を置いてくれた。あれ? スキーっていつの間にマイナー派になったん?

 

「あら、Jもユウト君と一緒でスキーなのね」

「ええ。私、一枚の板に足を括りつけられるのってものすごくイヤなんです」

 

 Jがしたシロナさんへの返答やばい! オレとおんなじだ!

 

「同志よ!」

「ユウトさん!」

 

 オレたちは固い握手を交わした。

 

「同志J、共にこの難局を乗り切りろう。スキー教を布教しようではないか!」

「同志ユウト! わかりました! 誠心誠意成し遂げましょう!」

 

 そうしてオレたちは鉄の結束を結んだのだったが、

 

 

「あなたたち、バカやってないで早くいくわよー」

 

 

シロナさんの無情な一言でオレたちは“ぽっち”という非情な現実に戻されたのだった。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

「「へっ、閉鎖ぁぁぁぁ~~~~~~!?」」

 

 ヒカリちゃんとクラルテ(ヒカリ)ちゃんの声が、新雪が舞う、辺り一帯に木霊した。

 どういうことかというと今、オレたちの目の前のスキー場入口には急ごしらえだったが、立て看板が立てられていた。

 その内容は

 

『現在カザハナ第一スキー場は非常に危険な状態であるため、入場禁止とします。また、他の全スキー場も立ち入り禁止とします。ご理解とご協力をお願いします。 カザハナタウン町長/キッサキシティジムリーダー スズナ/キッサキシティ、カザハナタウン ジュンサー』

 

といったものである。よく見れば周りには警備員も立っていて、客を入場させないように見張っている。また、このことを知らずに来たスキー客は抗議の声を上げながら、彼らに詰め寄っていたのだ。

 

「あ、サトシくん、タケシくん、それにヒカリさんまで!」

 

 矢庭にそんな声が聞こえてきたので思わず振り返る。

 

「あら、スズナちゃんじゃない!」

「ええ!? シロナさん!? ど、どうして!?」

 

 キッサキシティでジムリーダーを務めるスズナがいたのだった。

 

「どうしてってちょっとした寄り道みたいなものよ。それよりも聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいかしら?」

 

 今目の前に現れたスズナさんの名前が、ちょうど同じく目の前の立て看板に書かれてもいるのだ。聞いてみたくなるのも当然だろう。オレだって聞きたい。

 

「そうですね。わかりました」

 

 すると、スズナさんは滅多に見せないような真剣な眼差しとなった。オレも違う世界とはいえ、彼女ともバトルしたことがあるが、そのときですら、こんな表情はしていなかったのだ。世界が違うといえど、その辺はそう変わるものでもないだろう。

 

「場所を移しましょう。みなさんもいいですか?」

 

 なんだか厄介事の気配がプンプンと漂ってきた気がした。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 カザハナタウンにあるホテルの一室。そこにオレたちは集まっていた。オレたち一行以外にここにいるのはスズナさんとそれからカザハナタウンのジュンサーさんだ。タケシが「おっ嬢っさ~~~ん!!」と突入していったことからわかった。勿論お約束のグレッグルのどくづきによる制裁も行われた。

 オレたち一行と彼女らがテーブルを挟んで向かい合う形でソファに腰掛ける。そしてオレたちは彼女らの話を聞くことになった。

 そこで聞かされたのが――

 

「きょ、脅迫状ぉ!?」

 

 小説や漫画、ドラマの中でしか聞けないような、現実ではあまりにも耳慣れないフレーズであった。

 それに反応したのはいったい誰の声だったのか。いや、誰の声でもいい。オレたち全員が同じ心境だったのだ。

 

「そう。エアロ団、知ってるわよね?」

 

 エアロ団? いや別にそんなの聞いたことが……。

 

「あいつらか」

「またなのね」

 

 え? なに、サトシたち知ってるの?

 念のため、シロナさんやJの方も見てみたが、軽く首を横に振られた。どうやら彼女らも聞いたことがないようだ。

 

「あのスミマセン。今一度確認をしておきたいので、説明をお願いできますか?」

 

 そんなことを読んでくれてか、タケシが助け船を出してくれた。いや、助かる! さすがのいい男だ!

 

「そうね。みんなの知識のすり合わせも兼ねておさらいしておきましょうか。ジュンサーさん、お願いします」

「わかりました」

 

 説明役がスズナさんからその脇に座っていたジュンサーさんに切り替わった。

 

「エアロ団。元はホウエン地方に蔓延っていた悪の組織、アクア団とマグマ団から分離した一派が一つになって結成された組織です。組織の目標として『空の想いに従うべし』ということを掲げていて、世界各地で活動している環境テロリスト集団です」

 

 そこで聞かされたのはなかなかに衝撃的な話だった。

 エアロ団。アクア団とマグマ団から分離した連中によってつくられた悪の組織。アクア団は『ホウエン地方伝説の古代ポケモン、カイオーガを復活させ、その力で陸を沈ませ、地球の海を広げることで新たな生物が生まれ育つ場所を作る』、マグマ団は同じく『ホウエン地方伝説の古代ポケモン、グラードンを復活させ、その力で海を干上がらせ、地球の陸を広げることで人が住みよい世界を作る』というのを目的に掲げ、それぞれ活動を行ってきた犯罪組織だ。どちらも狂信的で危険な思想であり、どちらも互いを敵と認識して、抗争を行っていた。

 その中で、それぞれ海を、そして陸を増やすことに注視していた彼らだが、そこに疑問を持つ一派がそれぞれ現れた。彼らは各々が敵対する組織の内情を調べ上げ、そして同じような疑問を持った派閥がいることを察知し、接触する。そこで知った互いの内情と自分たちが所属する組織の馬鹿馬鹿しさ。それに嫌気を覚えた彼らがそれぞれの団を離れて、新たに組織を結成した。それがエアロ団。頭目は、派閥の分裂を回避するという名目のために外部から招聘された、スイレンという謎の女が務めている、らしい。

 そして彼女を筆頭として、彼らが抱える『空の想いに従うべし』という目標。これはすべての在り様を自然に任せることが適当であり、人間のような愚かな感情を持つ生物が創り上げてきた文明というものは排除すべしという、また極端に針の振れ幅が偏った思想。アクア団マグマ団に所属したので、その極端から極端へ走る思考回路は似たようなものであるが、危険度的にはアクア団マグマ団なんて比べるまでもない。ひょっとしたら、世界的に見てトップクラスに入るほどの危ない集団なのかもしれない。ジュンサーさんが“テロリスト”なんて単語を使った意味がハッキリとわかった。ちなみにエアロ団はてんくうポケモンのレックウザに特別な意味を見出しているらしいが、はっきり言ってレックウザにはいい迷惑だろう。

 

「恐ろしい集団ですね」

 

 エアロ団についての説明がひと段落ついたところで、Jがそう零した。ふと外を見ると先程より雪が強くなっているように見受けられる。

 

「オレたちもエアロ団については何度か戦ったことはあったけど、そこまでは知らなかったな」

 

 タケシの言葉にヒカリやサトシも頷く。どうやら彼らも詳しいことまではわかっていなかったみたいだ。

 

「なるほど。エアロ団についてはわかったわ。で、話を戻しましょう。その送られてきた脅迫状のことについて聞かせてください」

「もちろんです。チャンピオンのお力添えをいただけるなんて光栄です」

 

 公的地位に就く立場の人間はこのような事態に立ち会ったときには協力を申し出るということになっている。シロナさんは世界が違うとはいえ、シンオウチャンピオンマスターであるため、この事態に対して協力することにしたのだ。そしてオレも何か力になれることがあるのならば力になりたい。見れば、オレだけでなく、ここにいる全員がその思いを共有しているようだった。

 

「脅迫状ですが、これです。これが、ちょうど三日前の早朝、ここの町長宛に送付されてきました」

 

 透明なビニールに入れられた一枚の手紙がオレたちの方に差し出された。

 

「拝見します」

 

 シロナさんがそれを引き寄せる。みんなもしたようにオレもそれを覗き込んだ。

 

『拝啓 カザハナタウン町長殿

 

 お日柄の良い日が続くが、いかがお過ごしかな。

 さて、本題に入ろう。おっと、その前に我々のことを名乗っておこうか。

 知っているかとも思うが、我々はエアロ団だ。詳しいことまでは言うまい。

 ただ、世間では我々のことは環境テロリストなどと称せられているが、多分に誤解が含まれている。

 我々はテロリストなどではない。我々は世界を憂い、そして世界に救いを(もたら)すべく活動している救世主なのだ。

 まあ、諸君らがなんと言おうと、これだけは変わらない。言い争うつもりもない。

 なぜなら、我々は行動で示すだけなのだから。

 おっと、長々とすまなかったな。本題に入ろう。

 我々エアロ団は近々、カサハナタウン、またの名をスノーリゾートを消す予定である。

 そう我々の中での裁定が下された。我々の神もそう思し召しである。

 しかし、我々はそこに住むポケモンたちまで消すつもりはさらさらない。

 だから、これはお願いであるが、ポケモンたちの避難を完了させてほしい。

 尤も、申し訳ないのだが、時間はあまりやれないのだがね。

 では、諸君。よろしく頼むよ。

 

 エアロ団 敬具      』

 

 それが脅迫状の中身だった。

 

「我々はそのまますぐにスキー場を閉鎖して観光客の退避を促しているのですが、表立って言ってしまうとパニックを引き起こしかねないので、退避は遅々として進みません。みなさん、すぐに復旧が出来るだろうという思っているようでして」

 

 ハァ~と長い溜息をつくジュンサーさんの顔には化粧でも誤魔化しきれない疲れの色がにじんでいた。

 

「なるほど。お仕事お疲れ様です。それにしても、この脅迫状にあるお願いとかは随分身勝手なものですね。へそで茶を沸かすわ」

 

 そうバッサリとシロナさんは切って捨てた。

 オレもその意見に賛成だ。こんなのちゃんちゃらおかしい。それにインテリぶってるけど、その中に狂気みたいなものを感じた。おまけにポケモンのことは気に掛けても、人間に関してはこれっぽっちも関心がない、というより、消えてなくなっても構わないというところか。

 ホント、恐ろしいカルト集団だ。他のみんなもこれには諸手を上げて同意を示していた。

 

「で、対策とか何か考えているんですか?」

 

 オレの言葉に目の前の二人は困ったような表情を浮かべる。

 

「一応警備は結構万全よ。それと念のためにポケモンたちの保護も行ってるんだけど、相手が野生だからなかなかうまい具合にはいってないわね」

「この『カサハナタウンを消す』っていう方法も、我々は雪崩を起こすというのも考えてみましたが、この町が消えるというほどのモノではありませんから、現状皆目見当もつかないんですよね」

 

 二人はそう言って、大きな地図を取り出した。

 

「ちなみにこちらがカサハナタウンとその周辺のかなり詳細な地図です。カサハナタウンがこの一帯、今私たちがいるホテルはここですね」

 

 ジュンサーさんがそう言いながら地図上に乗る指を動かしていく。

 

「へぇ、ここってほんとにスキー場が多いのねぇ」

 

 クラルテ(ヒカリ)ちゃんが地図を見ながらそうつぶやいた。確かにあちらこちらスキー場の名前が書かれていたりして、それが存在することを主張している。

 

「ん? この何にも書かれていないけど、なんかやけに広いのはなんですか?」

 

 タケシがいくつか地図上の箇所を指で示した。

 

「ああ、これは今は使われていないスキー場です。あとは、一旦廃業したスキー場が買い取られて改装されている途中のものもあったりもしますね」

 

 へぇ、なるほど。そんなものもあるのか。んでも待てよ?

 

「えっ、でもここはスノーリゾートですよ? 観光客もいっぱいいるし、なぜ潰れるんでしょう?」

 

 タケシもオレと同じ疑問を思ったようである。

 

「スキー場内で雪崩が多かったり、急に地盤が崩れたりする危ない事故が多かったからですよ。改装工事中のところはそれらの対策を行っているところですね」

 

 なるほど。そういった事情があるのか。しかし、それじゃあ初期投資が大きすぎて、開業したって費用を回収しきれるのか疑問な気もする。

 

「ビィ~イィ」

「ポチャ!」

「ピッカ!」

 

 声をした方を見るとセレビィが窓を開けたのを、ポッチャマとピカチュウが注意している姿があった。

 

「セレビィ、みんな寒くなるからやめましょうね」

「ビィ」

 

 シロナさんの優しげな声で、ゴメンと言わんばかりに謝っているように見えるセレビィ。外は雪がしんしんと降っているため、その窓から部屋に入ってくるものもあったが、カーペットに落ちると部屋の気温によってすぐに解けて単なる水滴へと変わっていった。

 

「ポッチャマ、悪いんだけど窓閉めてくれる?」

「ピカチュウも。頼んだ」

「ポッチャ!」

「ピッカ」

 

 その窓の閉まるまでの間も、部屋には時折今みたく降雪が入ってくる。

 

「そういえば、この雪どのくらい降ってるんですか?」

「確かもう一週間降り続いていますね」

 

 クラルテ(ヒカリ)ちゃんの興味本位の疑問に丁寧に答えるジュンサーさん。

 また、降雪以外に気になることとして、ポッチャマやピカチュウが協力して窓を閉めてくれている間、部屋にはドドドドドという音が微かに聞こえていた。

 

「あの、この音ってなんですか?」

「ああ。それはちょうどこのホテルの裏手にある川の音でしょうね。んーと、ああ、これよ」

 

 ジュンサーさんが地図の指差す先に、視線を落とす。なるほど、たしかに川だ。

 

「ちなみにホテルはここね」

 

 ジュンサーさんはそのままツツーと指をずらした――なんだ、ほんとにすぐ近くか。

 なんとなくだが、その川がどういう経路で下っていくのか、そしてどういう経路で流れてきたのかを見てみる。

 ――こういうの好きなんだよね。昔もらった地図帳とかいろんな地図でも必ず同じことをやってたりしたし。

 ツツツーと指で川をなぞる。今回は川が太くなる方とは反対の方、上流側に向かってだ。そのまま地図の端まで動かしていくと、当たり前だが、そこで川は途切れ、指も止まる。

 

「どうかした?」

 

 するとそれにスズナさんが反応した。

 

「どうしたの?」

「いえ、ちょっとした興味本位だけですので」

「そうなの?」

 

 スズナさんは気のせいかどこか期待した視線を送ってくるのだけど、本当に大したことはないと思っていたので、とりあえずは流してもらうためにも、この途切れた部分を指しながら答えることにした。何となくだが、「何でもない」と答えると若干の押し問答が発生しそうな気がしたので。

 

「このホテルの隣を流れている川を地図上で遡っていったら、途中で切れてるじゃないですか。で、この上流になにがあるのかなぁって」

 

 単なる好奇心の一つだった。

 

「ああ、それはですね――」

 

 そして、その疑問に答えてくれたジュンサーのその答え。

 

「このシンオウで五指に入るほど有名な大きなダムがありますね。ご存じありません?」

「……あぁ。そういえばそうでしたね」

 

 とりあえずは今思い出したという振りをしつつ、チラリと隣のシロナさんに視線を走らせると軽く首を振られた。

 

(……にしても、テロリストとダムってあんまりいい組み合わせじゃないよなぁ)

 

 瓢箪から駒じゃないが、それにオレは何か嫌な予感を覚えたのだった。

 




オリジナルの悪の組織を出してしまってスミマセン。ただ、既存の組織に下種な悪を被らせることで原作のイメージを壊したくなくてどうしてもできなかったのです。(オリジナルならいくら汚名を着せたって大丈夫?)ちなみにだいぶ前に活動報告でお伺いしていた『悪役の女性』『悪女』を、ちらっとまだ名前だけですが、ようやく出すことが出来ました。

それから落ちがわかったという方いらっしゃると思いますが、ネタバレはなしでお願いしますm(_ _)m


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その5 遭遇! エアロ団!

本日2話同時投稿しております。こちらの「その5」からよろしくお願いします。

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となりますので、ラルトスが話せるということはヒカリやシロナには知られていません(初めて知ったのはギンガ団関連でテンガン山に登るとき)。このシリーズではその点に留意を置いていただきたく存じます。


 オレたちは二台の車に分乗して、ホテルの脇を流れていた川――実は位置関係的には隣だったのだが、川辺に降りていくためには急峻な高低差のある崖に設置されている階段を下りていく必要がある――を、川に沿って遡り、上流を目指していた。因みにこっちにはオレとラルトスとJ、それからサトシとピカチュウが乗っている。他はもう一台の方だ。

 

「リッカダムはこの辺一帯の電気や水を供給しているダムなんですわ」

 

 運転しているのはダムの管理事務所の人だ。中年の厳ついダンディなおじさまである。そして助手席には若いお兄さんが座っている。

 さて、今名前の挙がったリッカダム。これはホテルの脇の川の上流に位置しているダムだ。ちなみにダムの名称の由来は六花(りっか)であり、これは雪の別名なんだそうだ。つくづく、ここは雪に纏わる地であり、地元の人はそれを大切にしているということがうかがえる。

 おっと、話がずれてしまった。なんでオレたちがそこに向かっているかというと、簡潔にいえばオレがそう提案したからだ。まさかという考えが浮かんだのだが、確証は持てなかったため、そのことについては話していない。皆にはイヤな予感がしたと言っただけである。他のシロナさんたちは元より、ジュンサーさんやスズナさんも手詰まり感を覚えていたため、オレたちのダム行きを賛成してくれて事務所に連絡して車を寄こしてもらったのだ。

 

「ただ、ダムを見学したいってことらしいんだけど、あいにくリッカダムは老朽化が随分と進行していてね。悪いんだけど、キャットウォークはもちろん、ダムの上を歩くのもほとんどできないよ」

 

 若いお兄さんがそうすまなそうな様子で謝った。いや、別にそこまでしてくれることはなかったので、少し心苦しく思った。ちなみに、キャットウォークというのはダム下流側の外壁に設けられている巡視路のことだ。

 

「えー、そりゃあ、残念だなぁ」

「ピーピカチュ」

 

 サトシとピカチュウが後ろ頭で手を組んで深くシートに背中を預けてのけ反った。あれか、長い付き合いの相棒は動きがシンクロするんだろうか。てか、若干失礼なんだけど、まだサトシはやっぱり子供なんだということだろう。

 

(でも、私たちだって長さは負けないわよ。でも、女の子と男の子だからその辺は同じすぎると気持ち悪いし)

 

 ラルトスの声が頭の中に響いてきた。内容に関してはオレも賛成だ。

 

(そういえば、その古くなったのってどうやって直すのかしら?)

 

 ああ、たしかに。そいつは謎だ。そういうことで、老朽化したダムをどうやって修繕するのかも聞いてみた。

 

「そうさな。改修の方法はいろいろある。メンテナンスで済ます場合もあれば、上流や下流に新しくダムを造り直して今まで使っていたダムを水力発電に特化させて廃棄したりとかもあるな。下流につくる場合は、元のダムは水没させてそこを溜まった土砂を抑える貯砂ダムにする方法もある。ダムの貯水量も増えるから最近はこっちの方が多いんだ」

 

 ダンディな人はこの仕事に就いてから長いそうで、随分と詳しい。それにしてもダンディさんは声も渋くてカッコいい。で、貯砂ダムという言葉だが、まず前提として、ダムは常に土砂が堆積流入し、貯水量が年々減っていくものなんだそうだ。そして新しく下流にダムをつくった場合、元のダムを土砂流入を防ぐダムとして活用すれば、新しい方に入る土砂をかなり軽減できるということらしい。

 

「へぇ、おもしろいですね。でリッカダムはどうするんですか?」

「ああ、ここは下にすぐカサハナタウンがあるからそれじゃあどうにもならんということで、一旦全部の水を抜いてダム壁の補修をするなんていう大規模な改修をする予定なんだ。だから、今は流す水の量を普段よりも多くしている。さ、あれがリッカダムだよ」

 

 そんな話をしているうちにダムの全景が見えてきた。

 

「おっほー! でっかいなぁ!」

「ピーカ!」

 

 サトシとピカチュウは窓にかじりついて車窓から見えるダムを眺めている。形はなんだか富山県にある黒部ダムそっくりで、なんだか形が弓なりに湾曲しているような気がした。

 

「はは、気のせいなんかじゃないさ。ああいう風に曲げて水圧を分散させないと、壊れてしまうんだよ」

 

 へえ、これまた面白い。

 そうこうしているうちに、車は駐車場に着いた。もう一台の方も既に着いていて、シロナさんたちが外で大きく伸びをしていた。シロナさんたちの方にもここの人間が二人いたはずだが、今はいないようだ。

 管理事務所に寄ると言って若いお兄さんが走っていく姿を見送りながら、オレたちは彼女らと合流した。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 一方、その頃――

 ここカサハナタウンでは――

 

 

「被害状況を確認して! 早く!」

 

 

 ジュンサーが大声で指示を飛ばす。

 つい今しがただが、立て続けに爆発があったのだ。爆発の規模自体はそれほどでもなく、それに人的被害はなさそうだった。

 しかし――

 

「どう!? つながった!?」

「ダメです! ライブキャスター、ポケギア、ポケナビ、ホロキャスター、どれもつながりません!」

「固定電話もインターネット回線もダメです! 完全に死んでます!」

 

 自分たちの持つ通信機器、及びホテルの固定電話のスピーカーから発せられる音は完全に無音であった。 

 

「ジュンサーさん!」

 

 そこにスズナが走り寄って来た。

 

「今爆発みたいなのが起こりましたけど、なにが起こったんですか!?」

 

 その顔は脅迫状に書いてあったことがついに始まったのかという風に書かれているようであった。

 

「いえ、まだ具体的にはわかりません。ただ、ん!? ちょっと待って!」

 

 するとジュンサーが耳に付けているインカムをより自身の耳にぐりぐり押し付け始めた。その様子はまるでどんな小さなことでも聞き漏らさないという気迫に溢れていた。

 

「どうだったの!? 報告して!」

『――……す……――……し……かん……――……すぎて……――……!』

 

 スズナには音質の悪さと音割れのひどさから、どんな内容なのかがほとんどわからなかった。目の前の彼女のことだから、すぐに教えてくれるだろうとは思うが、それでもそれまでの時間すら惜しいとすら今は思えた。

 

「そう。わかったわ。ありがとう。引き続き状況確認と現場検証よろしく」

『――……かい……!』

 

 ふう、と一つ息を吐くとジュンサーは告げた。

 

「何者かが通信機器と固定電話の基地局を破壊したようです」

「何者かって間違いなくエアロ団ですよね」

「おそらくは。とにかくこれで通信機器は一切使えなくなりました。かろうじて使えるのが我々警察が使用している無線とトランシーバーぐらいです」

 

 ついに予告状で告げられたときが来た。二人はそう確信した。

 

「シロナさんたちを呼び戻すべきです。私が向かいます」

「わかりました。では、キッサキのジュンサーと一緒に行ってもらいます。私はここに残り、指揮を執ります。それでは! 誰か車を出して! これよりジムリーダーのスズナさんがリッカダムに向かいます!」

 

 スズナの進言で彼女らは二手に分かれることになった。

 

 しかし、異常はここだけで発生していたわけではなかった――

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ぐあああああ!」

 

 施設の中をダンディさんの案内で歩いていたオレたちの元に聞こえてきた男性の叫び声。

 

「なに、今の悲鳴!?」

 

 ヒカリちゃんを始め、サトシたちは一様に不安げな表情を浮かべている。一方オレたちの方はいろいろトラブルに巻き込まれてきたせいか、場慣れしている感がある。……イヤなものだが。

 

「くっそ!? 今の悲鳴どっから聞こえたんだ!?」

 

 明らかな異常事態。何かが起こっている。イヤな予感が頭から離れない。いや、すでに警鐘がガンガンと頭の中に響いている感覚だ。

 まずは何が起こっているのか確かめることが先!

 

「管理室は!? ダムの管理室はどこですか!?」

 

 ダムの制御はおそらくそこですべて行われている。誰かはそこに必ず常駐しているはずだし、さっきのお兄さんもそこに向かったはずだ。ならば、そこに行けばわかることもあるかもしれない。

 

「あ、ああ。こっちだ!」

 

 ダンディさんの先導でオレたちは管理室に向かってひた走る。そうして階段を駆け上がり、管理室のある階の廊下に出た。

 

「あそこだ! あそこが管理して、ってなに!?」

「え!? ウソ!? 人が倒れているの!?」

 

 無造作に開けられたドアからは中の光が薄暗い廊下に向かって零れ出ている。しかし、異常はそれだけではなかった。その光の中には、クラルテ(ヒカリ)ちゃんの言うとおり、人の足が横たわっていて、その部分だけがその光に影の部分を作り出していた。

 

「シロナさん、頼んだ! J!」

「オッケー!」

「了解です!」

 

 扉の前にたどり着いたオレたちは全員でそこに突入した。シロナさんは倒れている人を診て、オレとJが先頭を切って進入した形だ。

 

「な、なんだと!?」

「!?」

 

 そこには何人かの作業服を身に付けた職員が倒れている姿と、

 

「ウソでしょ!?」

 

さっきオレたちの車に乗っていた若いお兄さんとシロナさんたちの方の車に乗っていたお姉さんが佇んでいた。しかし、ただ茫然とそうしていたのではない。彼ら二人の手にはスタンガンらしきものが握られていたのだ。

 

「どうやらお出でなすったようだ」

「そのようですね」

 

 彼らは先程まで滲ませていた優しさなど欠片も見受けられないほどの雰囲気を醸し出していた。

 

「ど、どういうことだ、きさまら!? いったいなにを!?」

 

 オレたちをここまで案内してくれたダンディさん。同僚であり仲間であったはずの彼らがなぜこんなことをしているのかがわからず混乱していた。

 

「あら。そういえば自己紹介、まだでしたわね」

 

 そうして彼らは自分たちの身を包む、ダンディさんも着ている職場着であるジャケットに手を掛けると、それをそのまま放り投げる。上も下もすべて投げられたようで、それらは放物線を描くようにして床に静かに落ちていった。で、彼らが裸になった、ということはなく、代わりに彼らの身を包むのは、全身薄い空色の一色の中に肩や手首の一部にシルバーの色がアクセントとして施された、身体に密着するようなライダースーツのような格好であった。

 

「私たちはエアロ団。以後お見知りおきを」

 

 そうして彼らは執事が礼をするかのごとく、優雅にお辞儀をする。

 そうか。こいつらがエアロ団って奴らか。たしかに頭はとびっきりにイカレている気がする。

 

「な、なんだと!? き、きさまらが、あの!?」

「ああ。プッ、まったく、アンタの滑稽さには相当笑えたぜ」

「ええ。私たち別に、ここに赴任してきた新人などではなくて、ただのスパイなんですもの。それに教育とか。本当に失笑ものでしたよ」

 

 くつくつと笑う彼ら。オレは少しの時間しか接していなかったが、この人のことは少しはわかる。仕事に厳しく、一筋であるが、とても面倒見が良くて真面目な方だ。それをあいつらは……!

 ここに彼らに怒りを覚えない者など誰もいなかった。

 

「おい、あんたたちいったいどうするつもりだ!?」

 

 しまったな。タケシの言葉とこの状況から判断して、オレの予測は半ば以上は当たり、といったところだったか。先入観を与えてそれに凝り固まってしまうのを防ぐために、理由をわざわざでっち上げたんだけど、こんなことなら確定していない単なる憶測だったとしても、みんなに話しておけばよかったと思った。

 

「お前たちがこの下流にあるカサハナタウンを消失させようとしていること、このダムの老朽化、そしてここの職員に入り込んだこと、すべてはつながっている。違うか?」

「あ、あの、ユウト、さん?」

 

 オレの言葉にあの二人以外はキョトンとした様子である。逆に、その二人は面白そうに続きを促した。

 

「まずは先にお前たちの目的を述べておこう。お前たちの目的、それは――」

 

 

 ――ダムを決壊させて、その猛烈な水量の鉄砲水で以って下流のカサハナタウンを押し流し、消滅させること

 

 

「職員として入り込んだことはおそらくこのダムに爆弾を仕掛けるためだ」

 

 職員としてここにいれば、そのチャンスはいくらでもある。

 

「このダムは老朽化が激しいそうだな。普通のダムは水圧に耐えるためにとても強固に造られていて、それを破壊するには多大な量の爆薬と緻密な計算が必要だろう。しかし、ここならそれらをかなり抑えることが出来る」

 

 ダンディさん曰く、このダムは水を抜いてダム壁の修理をすると言っていた。つまり、それだけダム壁が脆くなっているということだ。

 

「ただ、本当はこの計画はもう少し後に実行されるはずだった。しかし、ここで一つ誤算が生じた。それがこのダムの改修計画だ」

 

 先に言っていたが、このダムの修繕計画は『水を抜いてダム壁の修繕を行う』というもの。そのために常よりも川にダムに溜まった水を放流する水量が多くなっている。つまり、一気に流れ出すはずの水量が刻一刻と減っていってしまっているのだ。

 

「これにはあんたたちは焦ったはずだ。計画を前倒しなければならない。しかし、自分たちの脅威となる勢力の力も削いでおきたいので、彼らの犠牲も多くしたい。そこで考えたのが脅迫状だ」

 

 エアロ団は、彼らの言い分はどうあれ、環境テロリストの名で世間では通っている。そんな連中からの脅迫状だ。警察や近隣のジムリーダーたちが動かないわけがない。

 

「おっほー、ブラボー! すばらしい!」

 

 男の方から人をあざ笑うかのような笑みを浮かべながらの賛辞が飛んだ。

 

「やめろ。不快でしかない」

「いやいや、実にすばらしい。ついでに付け加えることが二つある」

 

 まず一つ目、と言いながら男は人差し指を立てる。

 

「今日実行しようと思ったのはチャンピオン、あんたがここに来たからだ。バレる前にやっちまおうと思ったんだが、まさかこんな子供に見破られてしまうとはなぁ」

 

 そして続いて二つ目、と中指が立つ。

 

「この鉄砲水はキッサキシティにも到達する予定なんだ」

「そうですね。ここからキッサキシティまでは山峡の地形が続いています。我々の計算では、間違いなくこの鉄砲水はキッサキシティを浄化してくれることでしょう」

 

 ……本当におぞましい。そんなことになれば町に住む人々やポケモン、そしてその水が流れる経路に住むポケモンたちまでもが犠牲になる。こいつら人の、ポケモンの命をなんだと思っているんだ!

 

 

「なぁるほど。半分は私のせいなわけぇ? いい度胸じゃん。つぅまぁりぃ、テメエらを片づければすべて終わるということだな? あ?」

 

 

 そのとき身も凍るような声が後ろから届いた。カツカツと靴音を立てながら、オレの真横に立ったシロナさんだ。

 

(「ここの職員は無事よ。)(どうやらただ気絶させられただけみたい」)

 

 そう小声で告げてきたシロナさん。オレは一つだけ懸念事項が消えたことに胸を撫で下ろした。

 

「あらら、チャンピオン様ご乱入ですか? ですが、その前にこれをご覧になってくださいな」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるエアロ団の女の掲げた手の中にあるもの。それは何かのリモコンのようなもので上部に何かのランプみたいなもの、中央に赤い大きな丸型のものが付いている。

 

「ま、まさか!?」

「は~い、爆破スイッチです。では、ポチッとな」

「ラルトス!!」

 

 ラルトスのサイコキネシスで奪おうとしたが、一瞬早くスイッチは押されてしまった。リモコンだけはラルトスの元にあるが、上部に付いているランプには赤い光が点灯していた。

 

「では最後の仕上げと行きましょう!」

「よし、いくぞ!」

 

 そして男がなにかを地面に叩きつけた。途端、それは強烈な光を発光させた。

 

「ぐあああ!」

「ま、まぶしい!」

「目、目がああ!」

 

 皆がその光に苦しむ中、

 

「では、ごきげんよう」

「アディオス! ついでにこのセレビィももらっていくぜ!」

「ビィィ! ビィ、ビィビイビィイイ!」

 

 そんな彼らの声とセレビィの嫌がる声が後ろから聞こえた。

 

 ……後ろ?

 

 つまり、あいつらはここから出ていったのか。

 

「――逃がすかよ。絶対に逃がしてたまるかよ!」

 

 あんなのを野放しになんてできない。セレビィも取り返す。

 

「ラティオス、ラティアス! キミたちに決めた!」

 

 モンスターボールを投げて二人を呼び出す。

 

「お前たちはそこの窓をたたき割って、空色の変な格好をした連中を見つけ次第捕まえてくれ!」

 

 二人は了解したとばかりに一声鳴くと、硝子が割れる音と共に外に飛び出していったのがわかった。

 

「ガブリアス、あなたも行って! セレビィを助けるのよ!」

「よし! ムクホーク、お前もだ!」

「トゲキッス、お願い!」

 

 それにシロナさん、サトシ、ヒカリちゃんが続いた。

 



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その6 スノーリゾート事件解決

本日2話同時投稿しております。前話の「その5」からよろしくお願いします。

この話は本編の挿話4と挿話5の間のお話です。またヒカリのときわたりシリーズ後となります。


 閃光弾による目くらましから回復したオレたちはダムの様子を見るために、ダムの上部、堤頂路へと上がった。

 

「おお! よくやったぞ、みんな! ありがとう!」

 

 そこには、伸びて動けなくなっているさっきの二人の姿があった。あちこちに傷などが見受けられたため、彼らには相当痛めつけられたらしい。それに逃げられないようにと、ガブリアスとトゲキッスが彼らを雪の積もっている堤頂路面に抑えつけている。ムクホークはセレビィを保護してくれていた。

 さらに驚くことに、彼ら二人の脱出と退却を支援するためなのか、他にも四人のエアロ団員がいた。ちなみにそう判別がついたのもあの男女二人の格好と同じだったからだ。彼らはラティアスのサイコキネシスで床に縛り付けられている。それをラルトスが引き継いで、ラティアスはラティオスの元に寄る。

 

「(ユウト)」

「ん? どうした、ラルトス?」

「(ラティオスたちがこれどうすればいいかだって)」

 

 そうしてラティオスとラティアスは協働してサイコキネシスでダムの下流側から勢い良く引き上げたもの。

 それは一見すれば、翼端にプロペラ付きの主翼と尾翼のある飛行機に見えるが、プロペラが地面と鉛直方向ではなく水平方向についた状態である。

 

「も、もしかしてこれってヘリコプターなの!?」

「……いえ、分類的には航空機です。しかし、これはティルトローターシステム搭載のやつですので、ヘリとしての特性も備えています」

 

 流石なのか、軍事に明るいらしいJがシロナさんの言に修正を加える。

 ちなみにティルトローターシステムとは、簡単に言えばプロペラが〇度から九〇度まで可変することによって、垂直(短距離)離着陸が出来る手法のことだ。とりあえずなんだかんだ言ったが、非常にわかりやすくいえば、外見的にはオスプ○イである。そしてあまりに恐ろしいことだが、ご丁寧に下部に機関砲が搭載されている。……オメエはどこと戦争する気なんだよ……。

 

「……いやはや。エアロ団はこのようなものまで持っているのですか。あの過激思想に軍事兵器が結びつくとなると、末恐ろしい未来しか想像できませんね」

 

 Jの言うことにオレは諸手を挙げて賛成である。一組織がこんな軍用機なんて持つようでは、かなり大きな組織なのだろうし、なによりもヤバすぎる。

 とりあえず、さっきの爆破スイッチも併せて、これも証拠物件の一つになりそうだったので、ひとまずラティオスたちにはダムの駐車場にそれを運んでもらっておくように頼む。彼らは一声鳴いてからヘリと共に飛び立っていった。

 その間にシロナさんはサトシたちやダンディさんの手も借りて、ダンディさんに用意してくれたロープでエアロ団員たちを縛りあげていく。

 

 そしてそれらを遂行している途中――

 

 

 ドォン! ドォン! ドォン!

 

 

 恐れていた事態が発生してしまう。

 

「しまった!!」

 

 爆弾が作動したのだ。それは、まるで巨人にこのダムを殴りつけられたかのような衝撃で、音に併せてそれらがダム全体を駆け抜けた。

 

「みんな、急いでここを走り抜けるのよ! さあ、早く!!」

 

 シロナさんの合図ですぐさま全員が一斉に岸に向かって走り出した。

 

「ラルトス、頼む!」

「(任せて!)」

 

 オレはラルトスを抱えて走り、ラルトスはサイコキネシスで捕まえたエアロ団員たちを運ぶ。

 その間も爆発音は鳴りやまず、そのたびに走り抜ける衝撃によって皆の足がもつれる。しかし、それでも全員が全員、必死で足を動かして岸を目指して駆け抜けた。

 

「きゃあ!」

「ポチャチャ!?」

「ヒカリ!」

「ピカカ!」

「大丈夫か!」

 

 その衝撃で転倒してしまったヒカリちゃんを助けるべく一度足を止める、サトシやタケシにポッチャマとピカチュウ。

 

「サトシ!」

「おう! そら!」

 

 一刻も早くこの場を離れなければならない。彼らはヒカリちゃんの手を取って勢い良く引っ張ることで無理やりにでも彼女を立たせた。

 

「あ、ありがと、みんな!」

「よし、いこう!」

「ああ、気をつけろよ!」

「ピッカ!」

「ポチャ!」

 

 そのまま彼らは走り抜ける。

 

 ドォン! ドォン! ドォン!

 

 爆発音が鳴り響く。

 

「うわぁっ!」

 

 クラルテ(ヒカリ)ちゃんも同じく衝撃によってバランスを崩しかけて転倒しそうになった。しかし、上手く片手を突いたその反動で体勢を起こして立て直し、転倒を防いだ。

 

「ま、マズイですよ、このままじゃこのダム、決壊どころか下手すりゃ崩壊しちゃいますよ!?」

 

 彼女の言うことも尤もだ。こうしている間にもまだ爆発は続いている。ていうかいったい何発の爆弾を仕掛けてんだよ!

 

「ん……!? ちょっと大変、っきゃああぁっ!?」

 

 オレの隣にシロナさんが走り寄ってきたのだが、突如としてそれまでよりも大きな爆発が起きた。

 それによってついにダムの上部の通路が一気に上下にずれる。

 

「しまった!」

 

 目の前にはとても短時間では登りきるのが無理そうなそり立つ壁。こちら側に取り残されたのはオレ、シロナさん、クラルテ(ヒカリ)ちゃん、Jの四人。他は全員向こう側のようだ。

 

「ユウトさん!!」

「シロナさん! ヒカリ!!」

 

 サトシとヒカリちゃんがオレたちが付いて来ていないことに気がついたようだ。

 

「気にするな! こっちは何とかする! 走りぬけろ!」

「ユウトさんの言うとおりだ! さっ、二人ともいくぞ!」

 

 タケシも加わってくれてサトシたちはまた走り出したようだ。タケシは本当にいい男である。

 

「どうしますか? この高さでは向こう側に行けません」

「それよりちょっと。周りによく耳をすませてみて」

 

 シロナさんがJの言葉を退ける。この状況でそんな悠長なことをしている場合じゃないと思うんだけど、彼女が何の理由もなしにそんなことを言う人ではない。

 

 ――……

 

 ――……パラ……――パリ……

 

 ――……パラパラッ……――パリパリ……ッ!

 

 ――……パラパラパラッ……――パリパリパリッッ!!

 

 なんだ、この、凍っている水面に亀裂が入っていくような音は?

 

「な、なんですか、この音? す、すっごいイヤな予感しかしませんよ……?」

「こっ、これって!? そんな、まさか!?」

 

 ……!? そうか! シロナさんはこれが言いたかったのか!

 

「これはもしや、ダムの外壁が砕け始めているのですか!?」

「おそらくそうなんでしょうね」

 

 そうシロナさんがJに返答している最中にまた新たな音が加わった。まるで火薬が炸裂したときのような音だ

 

「これはたぶん、砕けた外壁の亀裂から水が噴射し始めた音ね」

「ウソ~~!!」

 

 クラルテ(ヒカリ)ちゃんが頭を抱えてパニクッているおかげか、幾分冷静でいられる。でも、打開策なんかまったく思いつかない。

 くっそ! マジでどうすりゃいいんだ!

 

「くっ、このままではエアロ団の計画通りの状況に進んでしまいますよ……!?」

 

 あのいつも冷静沈着だったJですら、焦りの色を浮かべている。

 遠くにカサハナタウンの街並みが見える。そしてここからは見えないがキッサキシティもある。

 でも、このままじゃホントにこの水に全てが押し流されて流失してしまう……っ!

 

「(ユウト!)」

 

 オレたちもダムの崩落に巻き込まれて終わりだ……っ!

 

「(ねえ、ユウト!)」

 

 どうする……っ!

 

「(ユウト! 聞いてってば!)」

 

 そのとき、

 

「フゥオオオウ!」

「フゥウウ!」

「ガブァ!」

「ビィィ!」

「チィーッス!」

 

目の前の壁を飛び越えてオレたちのよく見慣れたやつら現れた。

 

「「「あっ」」」

 

 そのとき、三人の声は一様に重なった。

 

「(もう! だから、私たちのことを頼ってくれればいいのに!)」

 

 そしてオレの脳内にラルトスの愚痴みたいなものが流れた。みんなパニックになっていて完全に抜け落ちていたらしい。ちなみに後から聞いた話では、捕まえたエアロ団員たちはラルトスからトゲキッスとセレビィ、ガブリアスに受け渡して運んでいったんだとか。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「う、うそでしょ!?」

 

 車でリッカダムに向かっていたスズナ、ジュンサーとその部下の運転手は目の前の状況を信じられない面持ちで見ていた。

 

「ダ、ダムが、決壊?」

「そ、そんな!? このままじゃ、カザハナタウンは水没しちまうぞ!?」

「それどころじゃないわ! 下手したらキッサキシティにまであれが押し寄せてくるわ!」

 

 視線の先にあるのは、ダムの中央部から勢いよく水を噴き出している様子である。この状態では水は周りの外壁をどんどん侵食していき、いずれあのダムは大崩壊を起こしてしまう。そうなれば町は水没、そしてその周囲の道路や下手をすればここから一番近くの都市であるキッサキシティにまであの水が押し寄せてしまう。

 即座に身を乗り出して警察無線機を引ったくる。

 

「き、緊急! 緊急よ! こちら緊急通報! リッカダムが決壊! リッカダムが決壊!」

 

 キッサキシティを見守ってきたジュンサーとして、そして何より、一人の警察官として、多くの人命やポケモンたちの命が失われてしまうようなことは絶対に看過できない。

 

「リッカダムが決壊! リッカダムが決壊! 周辺の自治体はただちに避難命令を出してください!! 繰り返します!! リッカダムが決壊!! 周辺の自治体はただちに避難命令を出してください!! お願いよーーー!!」 

 

 彼女の悲鳴のような叫びを無線機に叩きつけるのに呼応して、他の二人も我に返った。

 

「ここは一旦引き返すのよ!」

「わかりました! 目一杯とばします!」

 

 自分たちのやるべきことを思い出す。今はただそれだけだ。それだけで十分だった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「ひいい!? ついに決壊しちゃいましたよ!!」

 

 おそらく最後というか、ひときわ大きな爆発が起こった後、ついにダムに大穴があいたのか、決壊が起こってしまった。

 たぶんだけど、これでもう爆発は収まったのだと思う。しかし、それはイコールとして後はこのダムが崩壊するのをただ黙って待つだけということになるのである。

 

「このままじゃ町が……!?」

「もう、手遅れなんですか……!?」

 

 シロナさんやJの悲痛な叫びが耳に届いた。

 

 

『「ん? この何にも書かれていないけど、なんかやけに広いのはなんですか?」

 「ああ、これは今は使われていないスキー場です。あとは、一旦廃業したスキー場が買い取られて改装されている途中のものもあったりもしますね」

 「えっ、でもここはスノーリゾートですよ? 観光客もいっぱいいるし、なぜ潰れるんでしょう?」

 「スキー場内で雪崩が多かったり、急に地盤が崩れたりする危ない事故が多かったからですよ。改装工事中のところはそれらの対策を行っているところですね」』

 

 

「えっ?」

 

 唐突にだが、ホテルでのタケシとジュンサーさんのやり取りが思い浮かんだ。

 

 

『「そういえば、この雪どのくらい降ってるんですか?」

 「確かもう一週間降り続いていますね」』

 

 

 次にクラルテ(ヒカリ)ちゃんとジュンサーさんのやり取りもだ。

 

 

『「一旦全部の水を抜いてダム壁の補修をするなんていう大規模な改修をする予定なんだ。だから、今は、流す水の量を普段よりも多くしている』

 

 

 ダム管理事務所のダンディな作業員の人のお話。

 

 

(使われていないスキー場……降り続ける雪……閉鎖しているスキー場……危ない事故……放流する水の量は増えている……ということは普段よりダム湖の水は減っているはず……)

 

 雪はさっきよりは弱くなったが、それでもまだまだ降り続いていた。止む気配は一切見えない。

 

 

「……――そっ、そうか! これだっ!」

 

 

 ハラリと舞い落ちる雪を見ていると突如として頭の中に電気が走り抜けた感覚を覚えた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「あの四人……大丈夫かな」

「ポチャ……」

 

 彼ら四人はついぞこの岸壁に現れなかった。

 

「なに、大丈夫さ、ヒカリ。ラティオスやガブリアスたちも戻っていったし、彼らに乗って脱出すればきっと無事だ」

 

 タケシがそっとヒカリの肩に手を置いた。いや、ヒカリはタケシの手が強張っているのを肩越しに感じた。

 彼が思い浮かぶはラルトスの手から離れたエアロ団たちを運び終えたガブリアスとセレビィが、ラティ兄妹とともにパートナーのところへ戻っていく力強い姿だった。

 彼らなら大丈夫。タケシはそれを見て自身に強く思い込む、そのためのそれであった。

 

「そうだぜ、ヒカリ。オレたちが信じてやらないで誰が信じてやるんだ? あの人たちは大丈夫。絶対に無事に帰ってくるさ」

 

 サトシもタケシとは反対の肩に手を置く。

 

「ピーカ」

 

 ピカチュウがポッチャマに手を差し出す。

 

「サトシ……タケシ……ありがとう」

「ポチャア」

 

 二人に幾分元気が戻った。

 

 そのときだった。

 

 

「ああ! た、大変だ!!」

 

 

 サトシたちを案内していた男性の叫びを耳にする。

 

「ダムが! ダムが決壊してしまった!!」

 

 ダム中央部からは彼の言うとおり一分間に何億トンともいうべき、いや、それ以上の水量が流れ出し始めた。

 

「ああ!?」

「ポッチャ!?」

「大変だ! それにポケモンたちが!?」

 

 ダムの人造湖に住んでいただろうポケモンたちが激しい水流に乗って流され始めたのだ。

 

「あ、見て! あそこ!」

 

 ヒカリが指し示す先には、あの四人がそれぞれのポケモンに乗って猛スピードで飛んでいく姿があった。

 

「まさか、あの四人、この水を止めるつもりなのか!?」

 

 半信半疑で欄干を掴みながら身を乗り出して叫ぶタケシ。しかし、ポケモンバトルというトレーナー同士のコミュニケーションを通して、サトシは深く彼らを理解していた。

 

「よし! オレたちはオレたちのやるべきことをやろう! ポケモンたちを助けるんだ!」

 

 彼らが絶対に水を止めてくれる。そう確信を持っていた。サトシのそれに当てられ、他の面々もダム管理事務所の人にエアロ団の見張りを頼んで、全員がポケモンたちの救助に向かっていった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「いそげっ!! とばせっ!! とばすんだっ!! めいいっぱいっ、とばせーーーーーーーっっ!!」

 

 普段のユウト君からは考えられないような荒々しい言動。やはり彼も不安に駆られているのだ。

 

「お願い、ガブリアス! 限界まで飛ばして!!」

「ガブ!? ガブブ!」

「私なら大丈夫! それに、私たちがここでムリでもしないとこの先の町が!! お願い、ガブリアス!!」

「ガブ。ガァァブゥゥゥ!!」

 

 そして私の意も酌んでくれたガブリアスは、さらにその飛翔速度を上げる。

 彼に併せて飛ぶ私たちの顔や全身には、風に舞って降っている雪が叩きつけられているのだけど、それが『叩く』というよりはむしろ『殴る』という言葉が適切なほどに変わった。

 

 

『「協力してくれ、みんな! この水を止めることが出来るかもしれない!」』

 

 

 先程聞かされた彼の考え。

 

「頼む! たぶんもうこれしか方法がないんだ! イチかバチかの危険な賭けなんだけど、乗ってくれ!」

 

 彼自身の慟哭。そして、現状彼が述べた案以上のものは思いつかない。確かに一歩間違えれば命の危険もあった。でも、私たちはそれをベットにして賭けて、彼の案に乗ったのだ。

 

「シロナさん! 行ってきます!!」

「私も!!」

 

 リザードンとボーマンダに乗ったクラルテ(ヒカリ)ちゃんとJが離れてある場所に向かっていく。眼下を見れば、まだあふれ出る鉄砲水は到達しておらず、平穏なまま。ダムの下流なので、河床が著しく低い。

 しかし、後ろを見やれば、昔からの川の流れ、あるいはたび重なるダムの放流によって削られた渓谷を覆い尽くすかのような大蛇のような水が、駆け下りてきている。

 私たちはあの鉄砲水を追い抜いたのだ。これは、水が自然によってつくられた渓谷を流れてきているので、川が、そして渓谷が大きく蛇行している分のロスが私たちに時間をくれたのだ。

 このほんの数秒。しかし、今の私たちにとってはこの数秒には値千金の価値がある!

 

「ユウト君! 私も行ってくるわ!」

「シロナさん!」

「なに不安そうな顔してんのよ! 絶対うまくいくわ! 信じてる! 私たちはあなたの案を信じているの! 自信を持って! じゃあ、またあとでね!!」

 

 そうして私はユウト君から離れて、少し飛行したのちに降り立った。

 その降り立った場所。それは“今は使われていないスキー場”だ。

 

「トゲキッス、ガブリアスにてだすけ! ガブリアス、最大威力でじしん!!」

 

 トゲキッスが手を叩きガブリアスを煽る。それを受けてのガブリアスのじしんが発動した。

 するとスキー場一帯に縦横無尽に走る亀裂と鳴り響く地響き。

 

「ガブリアス! トゲキッス!」

 

 その声で二人は私を掴み上げて上空に飛び立った。そして、そのすぐ後にそれは発生した。いったい何が発生したのかというと、それは――

 

 

 ――雪崩だ

 

 

 亀裂によって生まれた雪のブロックが斜面をずり落ち始める。そして下のブロックずり落ちるとその上のブロックが、そこがずり落ちればまたその上のブロックが。そうした連鎖からほんの僅か経つと、そこには大規模な雪崩が形成されていた。そしてそれは加速度的に速さと質量を増しながら斜面を駆け下りていく。

 

「サーナイト、スターミー、トゲキッス! サイコキネシス!」

 

 さらにサイコキネシスを使って少しでも雪崩のコントロールを試みる。雪崩はうまい具合にそのままそれは川沿いに走る道路を横断して一気に水量溢れる川に一斉に流れ込んだ。

 

「やった! 川の流れが弱まった!! 成功よ!」

 

 彼の考えた策。それはスキー場で強制的に雪崩を起こして水の流れを堰き止めようというものだった。

 このスノーリゾートにはその名の通り、スキー場がたくさんある。

 本来スキー場は雪崩が起きないように、雪を上から押し固めているが、逆にその固められた雪は硬く、それが川に流れ込めば、少しはバリケードの役目も期待できること。

 また、使われていないスキー場や閉鎖しているスキー場などはそうではない上、営業していたスキー場もこの一週間降り続いて尚、現在進行形で降っているこの雪、そして特にこの三日間はすべてのスキー場が閉鎖されていた。このことから、雪が固められていない、またはそれが不十分なために、雪崩が普段よりはずっと起きやすいこと。これらの要素から、ポケモンの力でも雪崩が起こせると考えての案だった。

 そして、ダム湖の水はダムの改修工事の計画によって水量が常のときよりも減っている。つまり、防ぐ水の量は仮に通常時に決壊したときなんかよりもかなり少ないはずなのだ。

 以上から、これは十分に勝てる要素のある賭けだった。

 

 そして結果は今目の前にあるとおり。流れは明らかに変わった。私たちは賭けの勝ちに近づいたのだ。さらに、うまいタイミングでJ、ヒカリちゃん、そしてユウト君の方でも雪崩が発生して同じように大量の雪の塊が川に流入した。

 

「よし! 次っ!」

 

 川の流れはまだ止まらない。しかし、スキー場はまだまだある。私は次に狙いを定めたスキー場に向かった。

 

 

 

 そして、それらを何度か繰り返しているうちに一時的にだけど、魚道のようなところを作った以外、水をほぼ完全に堰きとめることに成功した。

 しかし、このままではこの『雪のダム』は決壊してしまうことは間違いない。

 そこで、最後の仕上げを行う。

 

 

「「「「全力のれいとうビーム!!」」」」

 

 

 その『雪のダム』をガチガチに凍らせて強度を上げるのだ。

 

 結果、これにて『雪のダム』の崩壊を心配する必要はなくなった。

 私たちの命を賭けた賭けは、私たちの勝ちに終わったのだ。

 

 これで、無事に事件解決である。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「いやぁ、それにしても今回は大変だったなぁ」

 

 あたしたちの目的地であるラルースシティ、そこに向かう連絡船の手すりに身を置いてそう零すユウトさん。たしかに今回は、久々に、死ぬかもしれない、という思いを味わった。

 そうそう。あのエアロ団のテロ事件。動機や方法としてはユウトさんが言っていた通り。主犯はあのダムの管理事務所であたしたちと対峙した男女だ。あとで聞いた話だけど、カサハナタウンのすべての通信機器の基地局の爆破もされたらしいけど、それをやったのももちろん彼ら。犠牲を多くするための布石だったようである。引き起こそうとした事が事だけに、今後は捕まえた団員から詳しく事情を問いただし、警察と公安が協力体制を組んで、エアロ団の壊滅に向けて取り組むそうだ。あたしとしては今回のことから一刻も早いそれを望む限りだ。

 それから、あの即席で造った氷のダムだけど、まず、水を抜くスピードを早めるために、テンガン山キッサキシティ側の入り口と216番道路、217番道路を閉鎖。一時的にそこを流れる川の流量を増やして海までの道を通し、水を抜いたようだ。

 総じて犠牲者は一人も出ずに済んで本当に良かった。

 

「やーれやれ、平和な旅を願いたいもんだ……」

「本当にそうね……」

「はい。これほどの危機的状況などもうたくさんです」

 

 三人がシミジミとごちているけど、あたしもそれに激しく同意する。てかそもそもの話、セレビィが変なことしなければこういうことにはならなかったことを忘れている気もする今日この頃。

 晴れ渡る空の下、穏やかな海を船は進んでいく。




ということで、雪のちらつく冬のダムなので絶体絶命都市2……ではなく、コナン映画『沈黙の15分』ネタ(パクリじゃないよ、オマージュだよ)でお送りしてきました。
この映画なんだかんだで叩かれているらしいのですが、私は好きです。

軍事は全然詳しくないので何かありましたらやさしくご指摘お願いします。

そして第二部はこれにて終了。


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その7 “ハイテク都市”ラルース

お久しぶりです。
最新話まだ上手く書けないので、とりあえずこちらでお茶濁し……

そしてついでに宣伝。
新作『架空の現代にポケモンが出現したら』もよろしくお願いします。
リンクはこちらです→https://novel.syosetu.org/121321/


 ラルースシティ。そこは国家の威信をかけて最先端科学の推移を結集してつくられた未来モデル都市。シンオウ地方バトルゾーン沖合に浮かぶ島に建設されたため、そこに程近いファイトエリアとはリニア・モノレールシステム、海上連絡船でつながっている。また、シンオウ各地の港からも連絡船が出ていたりもする。かく言うオレたちもキッサキシティからの連絡船に乗船しているわけで。

 

「へぇ、これはすごい。“ハイテク都市”というだけあってなかなかの光景ね。時代を先取ってるわ」

 

 連絡船の甲板から見えるラルースシティの様子――広大な緑に覆われる中で風力発電の風車や太陽光発電のソーラーパネルの多さ、そしてそれらの向こう側に見える、巨大なビル都市群とひときわ目立つ全面ガラス張りのタワー――に、シロナさんの思わず零れた一言に、このラルースシティの真価が現れていると思う。

 

 島丸ごとを一つの都市としてつくられたラルースシティ内(島内)では動く歩道、電気自動車、さらにそのモノレールが走っているため、島内アクセスに困るということはないという。また、『自然との共存』というテーマも含まれており、ラルースシティ内を賄う電力は風力・太陽光等のクリーンエネルギーで供給されている。

 

「なかなか壮大だなぁ」

「だなぁ」

「ピッカッチュー」

 

 タケシやサトシたちの洩らす声とともに、連絡船はモノレールの大きなアーチ型の鉄橋の下をくぐると、ラルースの港に接岸するためにだんだんと船のスピードが落ちてきたのがわかった。

 

『皆さま、長らくのご乗船、お疲れさまでした。まもなく当船はラルース港に到着します。ラルースシティ内では、皆さまが当船を下船の際、ラルースシティブロックロボの発行致します個人識別IDカードの所持が義務化されており、このカード所持がラルースシティ滞在の絶対条件となっております。また個人識別IDカードはラルースシティ内の様々な施設を利用する際にも必要不可欠なものとなります。どうぞラルースシティを離れるまでは紛失なさらないよう、十分にお気をつけください。それでは“ハイテク都市ラルース”を心ゆくまでご堪能くださいませ』

 

 船内アナウンスの響き渡る甲板。

 

「さて! みんな、いくか!」

 

 サトシのそんな声にみんな力強く頷き、下船するための手続き(個人識別IDカード発行)の準備のために甲板を出ていく。セレビィはピカチュウやポッチャマたちと楽しそうにお喋りをしていた。

 

(どうかした?)

 

 サイコキネシスで頭の上に乗っかっているラルトスがみんなよりやや遅れて歩くオレを気にしてか、問いかけてくる。

 

(ちょっとね、気にかかることがあったりなかったり)

(ふ~ん。ま、『新たな』セレビィを探す際にでも聞かせなさいよ)

(考えとく)

 

 そんな会話を交わしながらオレたちも彼らの後に続いた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 こんにちは、シロナです。

 現在私はJと一緒にサトシ君やユウト君たちとは別行動をしています。彼らはサトシ君がバトルタワーでのバトルに参加したいようなので、みんなそれの付き添いでこの都市一番の目玉であるバトルタワーの方に赴いているみたい。尤も、クラルテ(ヒカリ)ちゃんも結構出る気マンマンっぽかったから二人一緒で出てるのかも。

 で、私たちの方は――

 

「どう、セレビィ、J?」

「ビィビィー」

「ダメですね。見つかりません」

「そう。みんなはどう?」

「サーナ」

「ラーイ」

「フゥーッ」

 

 セレビィや私、私のポケモンたち一緒にこの地に来るというセレビィの立ち寄りそうなポイントを探している。この世界のヒカリちゃんのママさんが言うには、この地に来るセレビィは『ときわたり』のエネルギーを得るために、『時の波紋』と呼ばれる現象のエネルギーを取り込むらしい。その時の波紋が発生する場所がこの島にはあるのだそうだ。

 しかし、誰もが首を振るばかりで見当たらない。

 

「キーッス」

「ガブ、ガーブ」

 

 トゲキッスやガブリアスは飛べるので、あちらこちらを飛びまわりながら探してもらっていたのだけど、そっちもダメだったようだ。なかなかうまくいかないようで、セレビィは力なく肩を落とすばかり。

 そうしてまた場所を変えて捜索に移ろうとしたとき――

 

「ビィ! ビィビィ!」

 

 セレビィが何かがあったのか、切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

「どうしたの、セレビィ!?」

「ビィ! ビィ、ビィ!」

 

 私たちはセレビィの指差す先に目をやる。するとそこには一体のポケモンの姿があった。しかし、なにかがあったのか傷だらけで草むらに身体を横たえている。

 ――それによく見ればこのポケモンは、まさか!?

 

「随分とひどい怪我を負っていますね。応急処置をしましょう」

 

 Jの言うことも尤もなんだけど、でも残念ながら、今私たちの傷薬系の持ち物はあいにくと切れていて、何も出来そうもない。

 

「サーナ!」

「え? サーナイト?」

 

 何やらサーナイトが「任せてください」と言っている気がして、そのままサーナイトに任せてみた。彼女は掌を組み合わせて祈るような様子を見せる。

 

「なるほどね! サーナイト、お願いするわ」

「サーナ」

 

 サーナイトのねがいごと。これなら、体力は幾分かは回復する。

 そして様子を見てるとサーナイトの祈りは通じたみたい。

 

「じゃあ、今のうちにユウト君にも連絡を入れてこちらに来てもらいましょう」

 

 トゲキッスにお願いして、彼の案内を頼むとともに、私はライブキャスターで彼を呼び出そう。そう思ったとき――

 

 

「見つけたぞ。まったく手間を掛けさせやがって」

「しかし、これで任務は完了です。早いとこ回収して本隊に合流しましょう」

 

 

 なにやら不穏な気配を感じさせる男女が現れた。男性警察官と女性ポケモンレンジャーという格好なのにだ。

 

「あなた方は何者ですか? 正体を現しなさい」

 

 Jの言葉で男女は互いをチラリと見やったかと思うと、それぞれの上着を掴んで放り投げる。やはり、彼らは変装だった。

 現れたのは――

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 どーも、ユウトです。ラルースシティに着いて、セレビィを探すのがオレたちの主な目的だったのですが、それだけでは何なので、『“観光都市”としても名を馳せるこのラルースを観ていこう』、ということでセレビィの捜索は今日はシロナさんとJのペア、明日がオレとヒカリちゃんのペアでやっていくことになりました。ちなみに明後日以降はシロナさんの力強い要望で、もう一度ペアを組み直すそうです。

 で、サトシとそれからクラルテ(ヒカリ)ちゃんがバトルタワーのバトルに出てみたいようで、オレたちはバトルタワーへと赴いた。途中、逸る気持ちを抑えきれないサトシがラルースの動くパネルに足を取られて醜態を晒していたけど、映画に出ていたエリートトレーナー二人(うち一人は片足は科学者につっこんでるのか、白衣を羽織る女性)と双子ちゃんに助けられ、彼らとともに向かっている。

 

「オレ、マサラタウンのサトシ」

「あたしはフタバタウンのクラルテ(ヒカリ)。ねね、キミとバトル出来る?」

クラルテ(ヒカリ)ずるいぞ。オレが先だって!」

「別にいいじゃない。どっちが先だって」

 

 サトシはともかく、クラルテ(ヒカリ)ちゃんってこんなバトルマニアっぽかったっけなんて思っていると、

 

「ハハ。バトルタワーは誰でも参加できる。いつでも相手になれるからそんな逸らなくてもいいよ。サトシ君、クラルテ(ヒカリ)ちゃん」

 

顔と併せてすごいイケメン対応が返ってきた。

 

「リュウお兄ちゃんすごく強いのよ~」

「ねー! でも、がんばってね、二人とも」

 

 エリートトレーナーの一人、リュウ。エースは映画と同じで彼の脇にいるバシャーモっぽい。

 そして双子ちゃんのうち黄色いのがオードリー、ピンクいのがキャサリンで、二人ともリュウの妹らしい。ちなみにリュウのキザっぽい性格は些か抑えられてるみたいだ。

 

「おねぇいさぁん! 自分は! 自分、うぅあ゛ッ!」

「グレッグッグッグッグッグ」

「あはは、あ~あ」

 

 タケシはそのもう一人のエリートトレーナーのお姉さんを見て、いつも通りの対応をし、そしてグレッグルによって、いつも通りの制裁をくわえられて退場していった。ヒカリちゃんは一連のそれらを見て、またか、とばかりに顔を手で押さえている。

 

「だ、大丈夫なの?」

「いつものことなので気にしないでください」

 

 普通なら考えられないようなことだし、無事ではすまないはずなのだが、気にするだけムダというヒカリちゃんの指摘で、

 

「そっ、そうなんだ。あ、わたしはヒトミよ。メタグロスがわたしの一番の頼れるポケモンかな。よろしく」

 

今の光景を忘れることにしたらしい。

 

「あたしはヒカリです」

「自分はタ!ケ!シ!と申します!」

「うわ! いつもながらタケシ復活はやッ!」

「てか、ゾンビ!?」

 

 見てなかったことにして忘れ去ったはずなのに、よみがえってしまった記憶に驚くと同時に若干の恐怖を覚える、この科学者風のエリートトレーナーの女性。名前はヒトミ。ノートパソコンを使って相手を分析してバトルをするというスタイルは映画と同じらしい。

 そういえば映画にはもう一人、ハルカに一目ぼれしていたカメックス使いのトレーナーがいたはずなんだけど、ここには彼の姿はなかった。

 

「見て、バトルタワーよ!」

 

 黄色い方の指差す先には、全面ガラス張りの円錐形をしたバトルタワーが見えてくる。

 

(ちょっといくらなんでもそれはないんじゃないの?)

(そうは言うけどな、ラルトス。キャサリンだとかオードリーより色で分けた方がわかりやすいだろ。正直オレはどっちがどっちだか忘れた)

(……あきれた)

 

 文句は映画の脚本書いた人か、キミらの親御さんにでも言ってくださいな。

 

「あれがバトルタワーか! くぅ~今から腕が鳴るぜ!」

「ピカーッ!」

 

 円錐形だと思っていたが、よく見てみるとその円錐の底面付近にこれまたガラス張りの建物がタワーを囲むように建てられている。土台部分に緑が結構植えられている公園みたいだ。商業施設にもなっているのかもしれない。

 まあ、なにはともあれ、今回はじっくり見学しましょうか。

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 タワー内。観客席は薄暗く、フィールド上はスポットライトが四方八方から当たり、輝かしいぐらいに明るい。

 

「……で、クラルテ(ヒカリ)さんや」

「なんですか、ユウトさん? それから今は二人しかいないので、()()()でもいいですよ?」

「ああ、うん、わかった。いや、それよりもちょっと聞きたいんだけどさ」

 

『続いて第五試合をお送りします! バトルタワーにまた新たな挑戦者ペアが現れました! 青コーナーからフタバタウンから来てくれたクラルテ(ヒカリ)お嬢さんとハジツゲタウンから来てくれたユウト少年、彼ら二人のペアです!』

 

「どうしてここにオレがいるわけ?」

 

 なぜかオレは暗い客席の方ではなく、ヒカリちゃんと一緒にその輝かしい舞台の方にいた。

 

「だってぇ。タッグバトルの受付だったので。サトシはどっか行っちゃうし、なら、ユウトさんかなと」

「いや、“なら”の前後でつながってないから。おかしいから」

 

『このペアに対するのはどちらもサウスシティ出身の――』

 

 う゛ー。スタジアム一杯の観客の歓声で、こちらの耳がおかしくなりそうなほどだ。凄まじい熱気である。

 この盛り上がってる中を『はい、リタイヤします』なんて空気の読めないことは出来そうにない。

 

『タッグバトルは各トレーナーが一体ずつのポケモンを出して、チームワークで戦うのがルールです! それではトレーナーはポケモンを出してください!』

 

 はぁ~、あんなイケメンボイスにこんな心地よい緊張感の中だと、燃えてくるじゃないの。

 

(目的は忘れてないでしょうね)

 

 頭から肩に移ったラルトスがそんなことを言ってくるけど、様子を見ればバトルやる気満々ですね。言動の不一致が見られますよ、ラルトスさん?

 

(あら? 楽しむことは重要よ?)

「(ハイハイ、よく言うぜ)ったく、しょうがない! いっちょ、やってやりますか!」

「ですです! あたしたちで優勝狙っちゃいましょう!」

「そいつは調子に乗り過ぎだ! いけ、ラルトス! キミに決めた!」

「じゃああたしはエルレイドよ! いきなさい!」

 

 そうしてフィールドに出てくるエルレイドに、肩の上から優雅に着地するラルトス。

 

「エルレイ!」

「(期待してるわよ、エルレイド)」

「エル! エルレイッ!」

 

 そうか、ヒカリちゃんのエルレイドはオレのラルトスの子供だったな。何気に親子“初”協力プレイ? だから、あんなにエルレイドは張り切ってたのかな?

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

『青コーナーはラルトスとエルレイド、赤コーナーからはドサイドンとペリッパーの登場です! それではタッグバトル、Here we goーーー!』

 

「始まったな」

「そうね。正直、あの二人のペアならかなりのとこまで行けたりするんじゃないかしら」

「たしかにユウトだけならアッサリ優勝できるだろうが、これはタッグバトルでお互いのポケモンのチームワークがカギを握る。果たしてそううまくいくかどうか」

 

 タケシとヒカリはバトルが始まるとそれまでの雰囲気とは一線を画し、二人のバトルを冷静に観察しようとする。この都市に来るまでの“ポケモン講座”で教わったことを生かして自分たちなりに彼らのバトルを分析しようという腹積もりなのだ。

 

「わたしはあの二人は正直聞いたこともないんだけど、そんなに強いの? 特にユウト君だっけ、あっちの男の子の方、仮にそれだけ強いならかなり有名になってるはずよね?」

 

 双子の方はただ楽しそうに見ているだけで、タケシたちの言葉には気づいていなかったようだが、ヒトミの方はその物言いにやや驚きを持ったようだ。そしてタッチタイピングでパソコンを打ち続けた結果を二人に見せる。

 

「見て。これはここ五年間の著名な大会の公式記録をざっと洗い出してみたけど、あの二人の痕跡というか結果は全くないわよ」

「う~ん、まあそれはそうなんですけど」

「彼らはちょっと特別なんです」

 

 あの二人とJ、シロナを含めた四人が「実はこの世界の人間ではない」などということを当事者でないヒカリやタケシが迂闊に話すこともできない。その大会の結果が表示されている画面を覗き込みつつも、二人は苦笑いを隠せなかった。

 さて、そうこうしているうちにもバトルは進んでいく。

 

「エルレイド、ビルドアップ!」

 

 エルレイドが変化技で能力をどんどん上げていく。

 

「エルレイドの好きにさせるな! ドサイドン、今度はロックブラスト!」

「ペリッパーはハイドロポンプよ!」

 

 そうして相手が攻撃技を撃ってきたところで、

 

「ラルトス、マジカルリーフで撃ち落とせ!」

 

ホーミング対象を設定すればそれを撃ち落とすまでどこまでも追跡していくマジカルリーフで未然にガードし、

 

「ラルトス、シャドーボールとサイコキネシスで撹乱していくぞ!」

 

シャドーボールをサイコキネシスで操り、分裂させての攻撃で相手を翻弄していく。

 その隙に、

 

「エルレイド、ビルドアップはもう十分よ!」

 

ビルドアップ積みを成功させた。

 

『これはすごい! ドサイドンにペリッパー、ラルトスに翻弄されていて何も出来ていません! かろうじて攻撃技をするもすべてマジカルリーフに阻まれてしまっています! その間にエルレイドはビルドアップで能力をどんどんアップさせていきました! エルレイドのビルドアップ成功です!』

 

「なるほど。タッグはほとんどやったことはないとか聞いたことがあるからチームワーク的に不安要素はあったが、そんなことは微塵も感じさせないな。エルレイドに合わせてうまく援護している」

「ていうかあのラルトスが凄過ぎるのよ。だって、一対二なのに完璧に相手方を翻弄してるって、おかしすぎだし」

「ああ。ムッ、どうやらテレポートを使っての近接での撹乱もし始めたな。これじゃあ相手はエルレイドに構うヒマがますますなくなるか」

「そういえば、ラルトスが10万ボルトを撃たないのってやっぱり?」

「たぶんドサイドンの特性が『ひらいしん(味方に打たれた電気技を引き寄せて無効化し、特攻一段階アップ)』の方だからだろうな」

 

 二人のやり取り、さらにフィールドで戦う二人の戦いぶりにヒトミは開いた口がふさがらないといった状況であった。あの二人が対戦しているペアはこのタワー内でも強豪の部類に入る。自分でも苦戦は強いられるであろうペア。それをいともアッサリいなしているのだ。

 

「なに? なんなの? どういうことよ、これは?」

 

 自然とそんな言葉が口を吐いて出るほど、無名の二人がそれを行う様は、ヒトミにとっては受け入れがたいことであった。

 

「よし! ヒカルちゃん、次でスイッチだ!」

「わかりました!」

 

 そしてこれがバトルを終局へと導くキッカケとなった。

 

「ラルトス、こごえるかぜ!」

 

 吹き荒れるこごえるかぜが二体を襲う。ダメージをもちろん受けるが(特にドサイドンにとっては効果抜群)、それは二の次で追加効果による素早さの一段階下降が発動した。

 

「今よ、エルレイド! サイコカッター!」

「ラルトスは続けてエルレイドにてだすけ!」

 

 ラルトスの牽制による疲労とダメージに、素早さを下げられた二体ではエルレイドのサイコカッターを避けることは叶わず。さらに、ビルドアップ、てだすけによって、元々高かった攻撃がさらに高まり、かつ、そこからのタイプ一致物理攻撃技によって、ペリッパーはもとより、耐久の高いドサイドンですらその巨体を大きな音を立てながら地に沈めさせることとなった。

 

『決まりましたー!! ラルトスとエルレイドの見事なコンビネーション! 赤コーナー手も足も出せず! ペリッパー・ドサイドン戦闘不能! このバトル、ユウト少年とヒカルお嬢ちゃんペアの勝ちです!  CONGRATULATIONS!』

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 その後。

 オレとヒカルちゃん、いや、クラルテ(ヒカリ)ちゃんはそのまま勝ち続けようかってところだったんだけど、シロナさんに呼び出されてバトルの方はそのままお流れに。クラルテ(ヒカリ)ちゃんはサトシたちのバトルをタケシ達と観戦させるため、という名目で残らせてオレはシロナさんの方に向かった。ちなみにあとで聞いてみたら、サトシは原作通りトオイと一緒に出場。トオイが、ポケモンが苦手なため、サトシがポケモンを貸すもバトルにならず、結果はボロボロに負けたといった感じだったようだ。ここは、おおむね原作と変わらずといったところである。

 

 そして今は夜。今日はラルースシティのポケモンセンターに泊まることにしたオレたち。空にはピンクから薄い緑に輝くオーロラが見える。他のみんなはオーロラに見入っているみたいだけど、理由を知っているオレとしては気が重くなる。そしてさらにJとシロナさんから聞いた懸念事項も重なってだ。

 

『「二つ目として、エアロ団がラルースシティ(この島)で何か企んでいるそうよ」』

 

 中でも大きなイレギュラーとしてこれが挙げられるだろう。なんでも遭遇してバトルになったそうだ。尤も、Jやシロナさんの相手ではなく、あっさり終わらせてそのまま拘束、ここの警察に突き出したそうだ。先の事件のこともあって、警察や公安も既に動き出しているらしい。オレもアイツらが相手なら十分対処の方法に気を配らなければならない。はっきり言ってロケット団なんかよりもずっとずっと(タチ)が悪い。

 

「やれやれ。これからいったいどうなるんだか」

 

 おもわずため息をついてしまったのは、予想されたことが起こりそうなのはもはや腹をくくっていたことだが、どうやら事態はさらにその斜め上を行く想定外のことになりそうだったからである。

 

「ユウト君」

「あ、シロナさん」

 

 自動ドアをくぐって入ってきたのはシロナさんだった。

 

「あの子がいま目を覚ましたわ」

「じゃあ、ラルトスはいま?」

「ええ、セレビィと一緒に事情を聞いていると思うわ。ヒカルちゃんはそのお守ね」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 そうそう。一つ目の懸念事項だが、シロナさんが昼間に保護をしたポケモンのことだ。そのポケモンは所謂“幻”とされていて、全てのポケモンの情報が遺伝子に組み込まれているというポケモン、ミュウ。

 見つけたときには大怪我を負っていて、とりあえずオレとシロナさんで簡易的な処置を施した後、ポケモンセンターに連れていった。その存在が存在故、あまり知られるのもよろしくはないと、シロナさんのチャンピオン権限も使って、その存在は極秘にしており、クラルテ(ヒカリ)ちゃんも含むオレたち四人以外には知らせていない。

 それにしてもなにがどうなってるのやら……。

 

「なにかいろいろ考えてるみたいだけど、私たちには言えなさそう?」

「……スミマセン」

「……まあ人には言いたくないことの一つや二つあるから言わなくてもいいけどさ、ところで――」

 

 ――私とポケモンバトルしない?

 

「へっ?」

 

 それにオレは一瞬呆気にとられた。というか今こんな状況で?

 

「え? なになに? ユウトとシロナさんがポケモンバトルすんの?」

「うわ! すごいじゃん! あたし見たい見たい!」

 

 サトシたちがそれを耳で拾ったのか、面白そうだ寄ってきて、

 

「ふわ~、なんだかすごそうだね~」

「ね~」

「異世界とはいえ、チャンピオン同士のバトルを間近で見られるなんて感激です!」

「これはもう記録に残すしかないわね!」

 

リュウや双子ちゃん、ヒトミたちまでもが囃し立てる(ちなみに彼らにはクラルテ(ヒカリ)ちゃんが話したそうで)。

 

(いや、オレOKしてないからね)

 

 とはなんだかなかなか言い出せず、そのままバトルをする羽目となった。

 そういえば、なんだかモヤモヤ悩んでたことはいつの間にか吹っ飛んでたなぁ。

 

 ひょっとしてシロナさん、コレを狙って?

 

 ――……

 

「……ありがとう」

「あら、なんのことかしら?」

 

 なんでもなさ気に先を歩いていくシロナさん。

 少し、心が揺れた気がした。

 



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その8 ラルースに訪れる危機

 翌朝。

 セレビィと時の波紋探しをするために、オレはヒカルちゃん、セレビィと共にトオイやサトシたちとは別行動をとっていた。 そしてさらにここに加わる、昨日保護した――

 

「ミュウミュウ」

 

 しんしゅポケモン、ミュウも加わっていた。

 

「ミュウミュウ」

「ビィ、ビィビービィ」

 

 ほんの少しの時間で二人は随分と仲がよくなったようだ。

 ただ、一つ問題があった。それは――

 

「記憶がないとはまったく以って厄介な話だな」

「無い物はもう仕方ないですよ。前向きに考えましょう?」

 

 オレのボヤキに律儀に返してくれるヒカリちゃん。

 そう。このミュウ、なぜあんな怪我を負って倒れていたのか、覚えていないらしい。

 ミュウは幻のポケモンに類するのだから、種族値は並のポケモンより相当高く、何よりデオキシスやミュウツーのような例外を除いて、並のポケモンよりも長く生きていることが多いので、それに見合った実力を持っている。そうそう滅多に他のポケモンに遅れをとることはないのだ。しかし、現実はその滅多に起こらないことが起きてしまっているわけで、相当な厄介事がこの先に起こりそうな気がして仕方ない。

 

「まあ、確かに今考えても仕方ないよなぁ」

 

 想定することが難しく、また仮にそれができたとして、逆にその想定の外の事態が起こった場合、それに対処するためにも心構えだけはしておこう。あとは臨機応変に。

 

 あ、そうそう! セレビィ捜索の名の下にヒカリちゃんのポケモンも全てモンスターボールから出させてある。たしかデオキシスのおかげでモンスターボールの開閉ができなくなっていた覚えがあるからだ。併せてシロナさんやJにも、「ミュウのことも含めて 何か襲撃のようなものがあったら、手持ちの全力で以って応対しましょう」と言った感じのことを言って、そうしてもらっている。ミュウのこともあるし、戦力は多い方がいいしね。

 

「ん~、地図によるとここら辺かな」

 

 今朝方早くにラルースの役所で購入した地形図を見ながら周りを確かめる。ただし、この地図はただの地形図などではなく、およそ四十年ほど前のものだ。

 昨日のシロナさんの結果がダメだったので、なら、闇雲ではなく些かでも当たりを付けてやってみた方がいいハズ。そのやり方として思いついたのがこの方法である。相当古くからそこそこ有名だったのならば、誰かがきっと社や石碑などを立ててたりするのじゃないかと思ったのだ。なら、今の地図にはなくとも、開発が行われるずっと以前の地図にはそれらが載っていてもおかしくはない。

 そういうことで、そういったものを探して今日は歩き回っている。といっても、そんなのは案外少なくて、既に三つあった候補のうちの二つはダメ。

 

「こりゃあ当てが外れたかな」

 

 そう独り言ちていたときだった。

 

 

 ドォン!

 

 

 何か、爆発音のようなものが少し遠くの方で聞こえたのだ。

 

「な、なんだいったい?」

 

 少し開けた場所に出て、音の聞こえてきた方に目を凝らす。なにやら、黒煙と下の方に赤い炎のようなものが見えた。

 

「ミュウゥ……」

「ビィー……」

「なにが起こってるんでしょうね……」

 

 皆の不安もわからなくはない。何が起きたのかわかったときよりも、何が起こっているのか分からないときの方が不安は増すのだ。にしてもわからない。エアロ団が絡んでいる以上、あんまり原作は当てにできない。なんとかして調べに行くしかないか。

 

(おかしい。おかしいわ、ユウト)

 

 ラルトスのなにか訝しむかのような声が脳内に響いた。

 おいおい。今度はなんなんだ……?

 

(どうした、ラルトス?)

(此処って海上の島でしょ?)

(まあそうだな)

(海風が止むなんてありえる?)

 

 ……言われてみれば。

 ここらはこの森を東へ向かえばすぐそこは海。つまり、風を遮りそうなものはこの森の木々だけだが、それだけで全てのそれを遮断することなぞは出来はしない。それに確か映画ではデオキシスのおかげで風が止んで風力発電が止まっていたような。

 つまりは――

 

「これはなにかもう始まっちまったな」

 

 オレたちはいったんここで探索を打ち切り全員と合流することに決めた。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 ラルースシティ植物園。

 オーロラが輝く晴天の下、バトルタワーにて昨日サトシ君と一緒にバトルをやったというトオイ君が「友達を紹介したい」ということで案内された場所である。入口はIDカードをセキュリティロックにかざすことによって開かれるタイプらしく、さすがはと思うと同時になんだか「電気がなくなったらどうするのかしら?」という得体のしれない不安も抱いた。この町はすべてを電力に頼っているところがあって、昨日もそんな思いから調べてはみたのだけど、『風力発電と太陽光発電、原子力発電によって電力を賄っているため、大丈夫』的なことに行き当たった。三つすべてが止まるようなことは想定外ということかもしれないが、万が一のためにも人力で作動させられる何かを用意しておくべきなのではないかとも思うのは間違いなんだろうか。ちなみに私とJは、念のため朝ユウト君が言っていたように、全てのモンスターボールからポケモンを出した状態のままにしている。

 

「おーい! 出てきてよ、僕の友達!」

 

 あら、話がずれてしまったわね。戻しましょう。そして彼の紹介したいという友達なんだけれど――

 

「き、綺麗だけど、ちょっと変わってるわね」

 

 クラルテ(ヒカリ)ちゃんの言葉がしっくりきそうな――というよりも、奇妙という言葉がしっくりとくるような――そんな友達を紹介された。

 

 さて、ここまでは別に何事もなかったのだけども――

 

 

 ドォン!

 

 

 何か、爆発音のようなものが微かに聞こえたような気がしたのだ。

 

「シロナ」

 

 聞き間違いかと思ったのだけど、Jのその真剣な表情からそれが間違いではないのだと確信が持てた。

 

 そして事態はさらに進行する。

 

 

 ヴィー ヴィー ヴィー

 

 

 耳障りな音の警報システムが作動する。

 

「おいおい、なんだよ、この音?」

 

 サトシ君たちも何かが起こったのだとさすがに気がついたようだ。

 

「トオイさん!」

「は、はい。なんでしょう、Jさん?」

「我々は一刻も早くここから避難するべきです。避難経路とかはわかりますか?」

 

 言い忘れていたけど、トオイ君はこの町の研究所に勤めるロンド博士という方の息子さんらしい。そのおかげでこの町についても詳しいのだ。

 そしてJのそれに促され、ここを離れるべく移動を開始した私たち。

 

「あれ? おかしいな。なんでなんだろう?」

 

 トオイ君がIDカードをかざして、それに端末が反応したのはいいんだけど、さっきは端末がそれで自動で扉が開いたのだ。しかし、今はうんともすんとも動かない。そこで、無理矢理自動扉をこじ開けようということで、皆で協力して外に出るも、

 

「な、なによ、これは!?」

 

 そこには幻のポケモン、デオキシスとその――幻影。しかもその幻影は入口から空を見渡せば、それこそウジャウジャと宙を漂っている。

 

「みんな、戻れ!」

 

 タケシ君の声とほぼ同時に、それら、いえ、幻影の方が私たちに襲い掛かり始めた。

 

「バシャーモ、かえんほうしゃ!」

「ピカチュウ、10万ボルト!」

「バッシャーーー!」

「ピィカチューーー!」

 

 リュウ君のバシャーモのかえんほうしゃにサトシ君のピカチュウの10万ボルトが幻影に直撃し、そうなったそれらは光の粒子のごとく消え去っていく。しかし、右も左も上も、それこそ植物園の天井部に張り付き、私たちを見下ろしてくる大量の幻影たち。

 これでは、どうにもこうにも――!

 

「サトシ!」

「サトシ、避けて!」

 

 ――数が多くて手が足りない!

 タケシ君とヒカリちゃんの声で今の自分の状況が分かったようで、避けようとするも、相手の方が速い。

 

「ライボルト、ほうでん! バクフーンはふんか! 他は援護よ!」

「ラーイ!」

「フーン!」

 

 ほうでん、ふんかによってサトシ君を捕獲しようとしていたものは消滅させた。

 

「ほっ、助かったぁ」

「まだよ油断しないで。今のうちに中に入りなさい!」

「はい! にしてもなんだよ、このデオキシスの群れは!?」

 

 デオキシスの幻影の群れ以外に気にかかることは他にもある。さっきの爆発、あれはこれに関係するにしろ、しないにしろ、嫌な予感は拭いきれない。あまり私たちにとっては良くないことのような予感がして仕方がないのだ。それにユウト君たちの方のことも心配だ。

 でも、こっちもなんとかしないことには、マズイことに変わりはない。

 

「シロナ。少し見てきましたが、外はどうやらあの幻影が数え上げるのを放棄するのが賢明なほど存在しています。この人数での脱出は不可能でしょう」

 

 Jがいつのまにか外を調べ上げてきたようだ。

 たしかに彼女の言うとおりかもしれない。ガラス張りの植物園からでも、数えるのが億劫なほどの幻影体が飛んでいるのが見える。この植物園のガラスにピッタリと張り付いている個体もいて、もうそろそろそのガラスを破って中に侵入をしてきそうな感じも覚える。

 一刻も早くここから立ち去る必要があった。

 

「トオイ君、他にどこか出口はないかしら?」

「たしか下に非常口が」

「なら、みんなをそこに案内して」

「は、はい! わかりました!」

「あの、シロナさんはどうするつもりですか?」

「私たちはみんなの殿(しんがり)よ。少し時間を稼ぐからそのうちに脱出しなさい」

 

 ということで、子供たちを守るのは私たち大人の役割。サトシ君とリュウ君はそれについて食い下がってきたのだけど、

 

「いけません。私たちは大人、あなた方は子供です。危険な役目は大人がするべきです。あなたたちは脱出口に向かってください。ここは私たちが引き受けます。さ、早く!」

 

と、Jに素気無(すげな)く断られていた。でも、それはやはり子供たちに危険なことをしてほしくはないというJの思いからの行動なのだと思う。ほんと、Jって記憶がなければ普通、というかまともな大人だったのね。

 とにかく、そんなセリフで皆がトオイ君の後に付いて駆け出していく中、

 

「……わかりました。――ん? おいサトシ?」

 

リュウ君はそれで先に行く皆を追いかけようとしたけど、サトシ君はまだそこに留まったままだった。

 

「ピカピ」

 

 彼のピカチュウが彼のズボンをクイクイっと引っ張るが動こうとしない。

 

「シロナさん、でも、オレ、シロナさんたちを見捨てることなんて……!」

「ねえ、サトシ君」

 

 私はサトシ君と目線を合わせた。サトシ君と私とではやや身長差があるため、やや私が屈む格好になる。

 

「サトシ君のその気持ちはとても嬉しいわ。でも、Jも言ったとおり、あなたは子供、私は大人。大人は子供を守る義務があるのよ。それに大丈夫。私たちはあのぐらいでやられることはないわ。もし、心配なら脱出した先で待っていてくれるかな。大丈夫。絶対追いつくから」

「シロナさん……わかりました。この先で待ってます!」

 

 そしてようやく納得してくれたか、彼は彼を呼ぶ大勢の声により地下への階段を走り出していった。

 

「良い子ですね」

「そうね。さて、私たちのお仕事よ」

 

 上を見ると、デオキシスの幻影が何体か、植物園のガラスにヒビを入れていた。

 そして、ついにガラスが砕け散る音が幾度も鳴り響く。天井のガラスは粉々に砕け、破片が舞い落ちてきた。そして、元あったガラス部分に出来た大穴から何体ものデオキシスの幻影が侵入し始める。

 

「スターミー、れいとうビームで穴を塞いで! サーナイトはシグナルビームで援護!」

 

 一時的だけど、開いた穴を塞ぎ、時間を稼ぐ。 

 

「ボーマンダ、かえんほうしゃ! ドラピオンとアリアドスはクロスポイズン!」

 

 入口からも相変わらず侵入してきているけど、それはJがどうにかしてくれていた。ただ、さっきガラスを割って侵入したのは、あの子たちが逃げていった先に向かって飛んでいくのが見えてしまった。さっきのセリフ通り、私たちは彼らを守らなければならない。

 

「ガブリアス、トゲキッス! 迎撃なさい!」

「グゥオオ!」

「キーッス!」

 

 自由に空を飛び回れる子たちを向かわせる。かえんほうしゃやエアスラッシュで次々と撃墜していく手前は見事だけど、相手は多数。取りこぼしがどうしても出てしまった。

 

「させないわよ! スターミー、サーナイト! シャドーボールに切り替えなさい!」

「フーゥッ!」

「サーナ!」

 

 それらを狙ったこの子たちの攻撃は狙いを違えず、見事に幻影に着弾。幻影が消滅したのと同時に、無事に彼らは非常口へと続くだろう通路を走り抜けていった。

 

「アリアドス、入り口にクモのすです! 一時でもバリケードを築きなさい! ドラピオンはミサイルばりです!」

「ガブリアスはたつまき! スターミーはなみのりに切り替えなさい! 他のみんなも各自の判断で迎撃よ!」

 

 Jと行動を共にし出してから、こんな感じにピンチに陥ることも間々あった(正確に言うとこの四人が四人ともなんらかのトラブルに巻き込まれてしまった)けど、そのたびになんだかチームワークがよくなってきている。

 私たちはなかなかにいいコンビなのかもしれない。

 

「ボーマンダはあやしいかぜ、アリアドスはミサイルばりに切り替えてください!」

「サーナイトは私たちを守りつつ、でんげきはでライボルトをメインに援護よ! ライボルトはそのままほうでん!」

 

 さて、いい加減この状況をどうするか。

 とりあえず、あの幻影は一撃でも当てられれば消滅するようなので、こちらはとにかく連続、もしくは範囲攻撃で勝負している。ただ、いい具合に消滅させていけているけど――

 

「しかし、やはりと言いますか、キリがありませんね」

 

 Jのつぶやきの先には無数ともいえるほどの幻影の群れ。一匹一匹はラクに倒せるけど、このままだとポケモンたちを含め、こちらの体力も精神力も続かない。

 

「シロナ、提案があります」

「なに?」

 

 指示を下してこちらも動きつつ、かつ、目を細部に配らせながら、Jの提案に耳を傾ける。

 

「もうあの子たちも完全にこの建物からは脱出した頃合いでしょう。で、ここは撤退してもよろしいかと」

「そうね」

「ところで、ラルースシティの動力はすべて電気で賄っています。とするとこの町のすべての電子設備がうまく反応しない今の状況だとおそらく大規模停電のような何らかの不測の事態が起こっているのではないかと思われます」

 

 なるほど、可能性は大いにあり得るわね。仮にそうだったとしたら、非常電源は作動しているだろうけど、それがどの程度までこの町の電力をカバーしているのかはわからない。

 

「とすると、水や食料の調達が著しく困難かもしれません」

「……そっか。仮に停電だったら、少なくとも水の確保は困難ね。それはまずいわ」

「ですので、ここは二手に分かれませんか? 私が食料・水等を探してきます」

「とすると私があの子たちに付いていくと?」

「はい」

「ん。異論はないわ。あ、でも待って」

 

 そう言って私はスターミーの入っていたモンスターボールを投げ渡す。

 

「テレポートを使えるポケモンがいたほうがいいでしょ。アリアドスはサイコキネシスは使えてもテレポートは使えないから」

 

 以前ユクシー(+ラルトス)が言っていたこととして、J自身は昔のポケモンハンターの頃の記憶を取り戻すことは百パーセントないそうなのだ。それに、私たちもいっしょに時渡りならぬ、世界渡りという旅をしてきた中で、彼女がもう一度ポケモンハンターのような非合法なことをするような人間ではないと信頼していた。

 

「感謝します! ではご武運を! いきますよ、みんな! スターミー、あなたもよろしくお願いします!」

「フーゥッ!」

 

 そして彼女は入口から幻影たちを突破して脱出した。

 Jは並はずれた運動神経の持ち主だからどうにかするでしょう。

 あとは私か。

 

「サーナイト! 飛ぶわ! よろしく!」

「サーナ!」

「みんなもついてらっしゃい! ガブリアスとライボルトは殿よ!」

 

 非常口はこの植物園の地下部分にあるらしく、しかし、その階段を駆け降りるより飛び下りた方が速そうだったので、私はサーナイトのサイコキネシスに頼った。ガブリアスとライボルトは、ライボルトのほうでんは全体範囲攻撃なため数相手には有利だけど、味方にも被害が及ぶ可能性もあるのだが、ガブリアスは電気技を無効化するので、この場では一番良い組み合わせだ。

 そうして地下まで降りると、地下で待っていてくれたサトシ君とリュウ君に合流。植物園からの避難は成功したのだった。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「うっそっ? あのポケモンは……」

 

 木陰からやや遠くの方を窺ってみると、黄色い幾何学模様の線が走る緑色の武骨な外皮で覆われた龍のようなポケモンがいた。

 

「おそらくレックウザだ」

 

 レックウザはなにやら雄叫びを上げながら体当たりを敢行しているが、空には不可視の壁のようなものがあって入り込めないようだ。さっきラルトスが風が止んだと言っていたが、海上の島でそんなことが起こるなんてことはこの星が自転をしている限り、あり得ないことだ。とするならば、風が止んだ原因はあの壁が海風を遮っているからだろうし、逆にこの点に関しては映画と同じである。

 とすれば、とうとう始まったわけだ。

 たしか映画では、デオキシスは仲間を探しにこのラルースへやってきた。そしてそれを追うレックウザ。彼らの出会いは何年も前だったハズだが、なぜレックウザが執拗なまでにデオキシスを追いかけ回すのかまでは語られておらず、理由も憶測は立てられても、「コレは」というしっくりしたものは思い浮かばない。

 

「……さて、こっちも急がないとな」

「(そうね。早くみんなと合流しましょ)」

 

 とにかくオレたちは、頭上に飛び交っているデオキシスの幻影を木陰から木陰に身を隠しながら、ラルースシティ中心部の方に向かうしかない。シロナさんたちと合流を果たすためだ。隠れながらなのは、あの幻影、やはりオレたちを連れ去ろうとしたからである。

 

「そういえばなんでアレらはあたしたちを連れ去ろうとするんでしょうかね?」

 

 オレたちの頭上を飛び交うデオキシスの幻影を木漏れ日の中から見上げながら、ヒカリちゃんが言った。

 

 あー、っと。なんだっけか。たしか――

 

「それはデオキシスの誕生の秘密が関係するんじゃないかな」

「誕生の秘密?」

「ああ。デオキシスは、宇宙のウイルスの遺伝子がレーザーを浴びたことによる突然変異を起こしたことによって誕生したポケモンなんだ。もともと宇宙由来の生物だから地球上で誕生した生き物とは根本で違うことがある」

「それって、例えばどんなところがですか?」

「ビィ」

「ミュウ」

 

 話を聞きながらも、常に木漏れ日の中からヒカリちゃんたちが上を窺う。こうしてるのは理由があって――

 

「あっ、ユウトさん! また来ましたよ!」

 

 デオキシスの幻影が上空を飛び回っているのだが、たま~に“はぐれ幻影”ともいうべきか、通常から外れる何体かの幻影がこうして地上付近をうろつき始めるのである。

 

「ゴウカザル、マッハパンチ!」

「エルレイド、かげうちよ!」

 

 そして速攻を目的とする様な攻撃技であっさりと撃破した。

 

「別に鈍色でテカテカ光ってるわけでもないし、経験値もたくさん持ってるわけじゃないぞ」

「なにを言ってるんですか、ユウトさん?」

「(ついでに誰に言ってるのよ?)」

 

 まあなんとなく、言ってみただけだ。気にしないでほしい。

 

「で、話を戻してデオキシスが地球で誕生した生物と根本で違うところだけど、それは電磁波を視認できるという点だ」

 

 電磁波は空間内で電場と磁場の変化によって形成された波である。磁場に関しては地球自体がある種の棒磁石である(方位磁針はこの特性を用いている)ため、地球上はどこでも一定の磁場が存在している。電場については、電気を帯びている周りには電気的な力が働く(それを電場という)のだが、発電施設からは絶えず生み出された電気が送電され、また、動物は身体を動かすのに電気信号を脊椎を通して身体の各所に送信するといった形で使用しているし、身体を動かせば、皮膚と皮膚、服と服とがこすれ合うなどして電気が溜まる(放電する)。つまり電気の流れが起きて電場は変化する。またそれに併せて磁場も変化する。以上から生物はその身体から電磁波を(本当に微弱ながらも)発生させるのだ。

 

「たぶんだけど、なんらかの理由でそれを嫌ったデオキシスがオレたちを隔離しようとしてるってとこじゃないか?」

 

 たしかこんな感じだった気がするな。

 

(随分とまあ具体的よね。ユウトひょっとして最初から知ってたんじゃない?)

(まあまあいいじゃん、別に)

(あーそうですか。言う気はないってわけね。でも、ヒカリの方はみておいた方がいいんじゃない?)

 

 ん? ってうお。なんかヒカリちゃんポーッとしている。

 あんまりボケっとしてられると咄嗟のときに動きが出来なくなるし、それでは困る。ということで、目の前で手をパチンと叩いてきつけを行った。

 

「ほら、ヒカリちゃん。どうやら森を抜けるみたいだぞ」

「え? あっ、ホントですね」

 

 前方を見ると、前後左右に続いていた青々とした木々だけでなく、それらのさらに先に開けたスペースが現れる。

 

「無事に森を抜けられたはいいけど、此処から先は身を隠す場所が極端に減るな」

「みんながどこにいるかもわかりませんしね。あーあ、電子機器全滅ってどういうことなんですかね」

 

 そうなのだ。オレたちはシロナさんとはライブキャスターで互いに連絡が取り合えるはずなのだが、それらはまったく作動しない。

 

「でも、不幸中の幸いだったのは、ポケモンたちが全員外に出ていたことですよね」

 

 ヒカリちゃんはカチカチと自分のモンスターボールの開閉スイッチを押す。しかし、それはただ単にスイッチを押した際に発される音が返ってくるだけで、やはりそれ以外の反応は一切返ってこなかった。この辺のモンスターボールの開閉についても変わりはないようだ。

 

「(ちょっと、だれか来るわよ?)」

 

 ん? だれかってだれだ? あ、あれか島から脱出できなかった遭難者か? 

 

「ビィ? ビィビィッ」

「ミュ、ミュウミュウ!」

「レイ、エルレイッ」

「(隠れた方がよさそうよ。普通の人間じゃないし、なにか悪意を感じる)」

 

 エスパータイプを持つポケモンが騒ぎ出し、とくに人の気持ちを感じ取るラルトスやその進化系のエルレイドが警告してきたのだ。

 

「隠れよう。なにかこいつらはやな感じをしたみたいだ」

「はい! みんなこっちにおいで!」

 

 そうしてオレたちは森の中に戻って身を隠した。ただ、いったいだれが現れるのかは見届けておきたい。オレたちは息を潜めながら、様子を窺った。

 

「――あいつら……っ!?」

 

 それは忘れもしない。久々に死ぬかもしれないと自覚したつい先日の事件を想起させる――

 

「おい、この変だったよな。なんだか妙な輩がうろついていたというのは」

「そのはずだ」

 

 ――あの空色のライダースーツか全身タイツかの区別が若干つきづらい格好の男二人組。

 

「――うそっ、あれってエアロ団、ですよね……っ?」

 

 環境テロリスト集団、エアロ団、その下っ端と思しき連中であった。




スターミーはテレポートを覚えませんが、初代ではテレポートの技マシンで覚えることが出来ました。ですので、特別に使えるということにしています(多分この処置は二度と出てこないでしょう)。「Jに誰か別のポケモンを持たせればいいじゃん」とも思ったのですが、Jに対する信頼を表現したく、このような形にしました(サーナイトは実際にシロナが移動で使っているので不可)。
バトルでもありませんので、その点はご容赦願います。


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その9 ラルースシティ緊急事態①

この物語はフィクションです。
実在のものとは一切関係がありません。

という但し書きを添えておかないとそろそろやばい(まだここは大丈夫ですが)


 ラルースシティは“ハイテク都市”を謳い、都市内のあらゆる設備はすべて自動化されている。そしてそれらを管制、制御を行っている場所がある。それがラルース管制センタービル。このビルは第一棟と第二棟があり、第一棟がラルースシティ内、第二棟がラルースシティがある島に程近いファイトエリア沿岸部に存在している。メインは第一棟であり、第二棟はサブ的な性格を持つものだが、もちろん第二棟も第一棟に準じた権限で以って管制を行え、第一棟がなんらかのトラブルでダウンしてしまったときに、第二棟がメインに切り替わって制御が行われるのだ。

 しかし――

 

 

「どうなってるの!? 状況は!?」

 

 

 第二棟の管理者を任されているジュンサーが声を張り上げる。

 

「チーフ! 第一棟、応答受け付けません!」

「もう一回やって! それからラルース内の監視カメラの映像は!?」

「ダメです! シャットダウンしたまま反応しません!」

「メインシステムにハッキングを受けています! こちらの制御が効きません!」

「なんとしてでも管理者権限を奪い返しなさい! それから応援要請、並びに、ラルース内の人員の救出手配を! 急いで!」

 

 今この第二棟は何者かの攻撃を受けて、システム自体を乗っ取られている状況下におかれていた。

 

 さて、その第二棟管制室を窺う目がある。それはなにかというとこの管制室内に目を光らせる監視カメラだ。そしてさらに、その監視カメラから届く映像を見届ける集団がある。

 

 

「ふふふん、御苦労さま♪ まあ尤も、いくらやってもムダなんだけどねぇ」

 

 

 それはここ、第一棟を占拠した集団、そして白のカソックを被り、キリスト教のシスターのような修道服に身を包む彼女は、その集団をその手腕で以ってまとめ上げるリーダーである。

 

「スイレン様、ラルースシティ制圧完了しました!」

「そうですか。ご苦労様」

 

 その彼女の名、スイレンを呼んだその男性。身形は、全身薄い空色の一色の中に肩や手首の一部にシルバーの色がアクセントとして施された、身体に密着するようなライダースーツといった具合である。

 

「スイレン様! ミュウについての続報にございます!」

 

 エアロ団。それがこの集団の名称であり、彼女がその頭目、スイレンである。

 

 さて、そのエアロ団であるが、ここ最近は特に活動を活発化させている。失敗には終わったが、先日のカザハナタウン消滅を企てたのも彼らだ。

 そんな彼らだが、先の件においてある報告を聞いてから、並々ならぬ視線を注いでいるものがある。

 それは、エスパータイプを持つポケモンの有用性。

 先の件で失敗に終わった原因の一つとして彼らはエスパーポケモンの存在を挙げていた。確かに、サイコキネシスやねんりき、テレポート、さいみんじゅつ、そしてエスパーポケモンのサイコパワーによる催眠術や洗脳など、考えてみればこれほど利用出来そうなシロモノもなかなかない。

 さらにそこにタイミング良く、幻のポケモン、ミュウの発見の報告が飛び込む。

 普通のポケモンよりも段違いに強力なポケモン。しかも、都合が良いことにエスパータイプと来ている。

 

『これこそがまさに天佑! まさに空の意志! レックウザ様の思し召しでですよ!』

 

 ――ミュウを捕らえ、ミュウを使って、計画を実行し、理想を成就させよ

 

 そのような歪んだ価値観が彼らの中で共有されていた。

 ――――ポケモンたちは救うと言いながらも、理想の実現のためにポケモンを犠牲にするという矛盾には気がつかない――

 

「フフフ、そう」

 

 ただ一人以外は――――

 

「つづけなさい」

 

 そしてエアロ団はミュウを発見、追い詰めたものの、抵抗により見失ってしまい、今ラルースシティ占拠と並行して、彼のポケモンの捜索の真っ只中という状況でもあった。

 

「ハッ! 現在も昨日同様ミュウの行方は判明しておりません! しかし、このラルースシティの監視システムからミュウはまだこのラルースシティ内に潜伏しているものと判明致しました! 目下バディを組んで捜索中であります!」

 

 その瞬間、スイレンの目元が細まった。

 

「そう。でも、確か昨日ミュウを見つけることは出来たのよね?」

「さようです!」

 

 だんだんとスイレンから声の「色」が消えていく。

 

「しかし、チャンピオンらに邪魔されて取り逃がし、今だ何処にいるかもわからない?」

「さ、さようです」

「ねえ、単純に考えて、ミュウが手傷を負っていたのなら、そのチャンピオンシロナが保護したのではないのかしら? とすれば彼女の行方を割り出せば見つけられたのではなくて?」

「あ……う……」

「その程度も気づかずにまる一日無駄な時間を費やしていたのかしら?」

 

 スイレンがそう問うた瞬間、ズンとした緊張感が広まった。

 

「あ……う……あ……もっ、申し訳ありませんッ!」

「出なさい」

 

 スイレンはその男性団員の言葉を取り合わない。そして、スイレンから、モンスターボールからポケモンが出るポンッという音と共に、黄色いギザギザの大きな口と、同じく黄色い目の模様が描かれた灰色の大きな丸い球体が現れた。つづけて、人の胴体ほどの大きさを誇る両腕が黄色の目のやや上辺りからにょきーっと生える。人間と同じ五本の指を擁する掌の大きさは圧巻で、大の男性の上半身を握るだけで包み込んでしまうほどのものだ。最後に、右掌を球体の上部に、左掌を球体下部に持ってくる。いつの間にかそこには穴が空いており、その穴にそれらを突っ込み、中に入っていた何か――左掌には渦を巻きながらも蝋燭の炎のごとくユラユラと揺らめく下腿部のようなナニカ、右掌には赤い単眼を備え

た頭部(頭頂部には丸い黄色のアンテナ、首元らしきところに襟巻きに似た何かを備えている)――を引っ張り出した。

 

「ヨノワァー」

 

 黄色い大口が微かに開いて鳴き声を発する。

 ゴーストタイプのポケモン、ヨノワールだった。

 

「ヨノワァァ。ノワァァァァ」

 

 ヨノワールは、その男性団員ににじり寄る。

 

「あ……ひ……」

「ノォォワァァァ」

「慈悲を……ッ! 御慈悲をぐだざいッ!」

 

 彼にとってみれば今のスイレンのヨノワールは、命を刈り取りに地獄より来た死神であり、今それが手に持つ大鎌を掲げ、振り下ろそうとしているようにも見えた。否、実際にそうなってしまうかもしれない。特殊任務に就いたまま音信が途絶えてしまった同輩たちの顔が何故か浮かぶ。

 だから、彼は膝を、両掌を、さらには顔面までもを床に擦り付けた。冷たい感触と不快な味が触覚と味覚を刺激するが、彼は全くそれを厭わない。

 

「ヨォノワァー」

 

 ヨノワールは、その唯一感情が浮かびそうな単眼を瞬き一つさせずに、そのままその巨大な手で男性をむんずと掴み上げる。掴み上げた手は腹の大口に近づけた。すると、その大口が大きく開く。その中は、何も見えない。ただただ果てしない暗闇が広がるばかりである――その闇が明らかにヨノワールの体格よりも広いことを除けば――

 

「知っていますか? ヨノワールは冥界と現世をつなぐ渡し人。その闇に飲み込まれてしまえば、彼の世界に誘われてしまうと」

 

 聖母のような笑みを称えながら、スイレンは彼を見下ろす。

 

「まあ、本当にそうなのかは誰も確かめたことはないのですけどね」

 

 彼は直感した。

 

「スッ、スイレンさまァ! 何卒、どうかッ!! 御慈悲をッ!!」

 

 アレに完全に飲み込まれてしまえば、自分の命は尽きてしまうのだと。お終いなのだと。

 

 しかし、そんな願いも虚しく、その大口に頭が入る。

 両肩。

 胸。

 腹。

 両大腿部。

 下腿部。

 両足。

 

 今や、彼を支えているのはヨノワールのその手だけ――ヨノワールが彼を握り締めているからに他ならない。もし、少しでも彼を拘束するヨノワールの手が緩んでしまえば、すぐにでも彼は奈落の底に落とされてしまうだろう。

 

 

「もういいですよ、ヨノワール」

「ノワール」

 

 スイレンの言葉にヨノワールはその手を外に出した。そしてそのまま軽く腕を振るって投げ出すように彼を解放する。

 ヨノワールは彼の元を離れてスイレンの隣に佇んだ。

 

「ウフ♪ あなたの懇願が通じたようですね。どう? 私は優しいでしょう?」

「はっっ、ハイぃッ!! ありがどうございまず!! スイレンさまのお情けに感謝いだじまずッ!!」

 

 彼から見て十分にスイレンの優しさが垣間見得たその行動に、彼は先程までの絶望の涙ではなく、感謝の涙を浮かべた。

 

「では、ミュウの捜索、お願いしますね。吉報を待っていますよ」

「ハイ! 必ずや!」

 

 そうして彼は袖で顔を拭って立ち上がり、一礼をすると、一目散にその場を辞した。

 スイレンはその様子を一顧だにせず、部屋を見渡す。そして、徐に立ち上がった。

 

「さあ、皆さん! 共に参りましょう! 今こそ我らエアロ団の威光を全世界に轟かすとき! そして! 全世界に示しましょう! 我等無能なる人間、そして人間によりし創り出された穢らわしきモノを消滅させましょう!

 

 空の意志に従うべし!!」

 

 

 ――空の意志に従うべし!!

 

 

 狂信者の集団はもう止まらない。

 

 

 

「スイレンさま!!」

 

 

 

 しかし、ここで生きせき切って駆け込んできた団員の報告。これにより、彼らを崩す蟻の一穴が穿たれた……かもしれない。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

「チーフ! こ、これを見てください!」

 

 ジュンサーは上擦った部下の声に、これ以上のなにか厄介事が起こるのかと思いながらも、前方に配されている全画面モニターに映し出すよう指示する。

 

「なっ!? なによ、いったいこれは!?」

 

 見れば、何かが半透明の膜のようなものを作り上げている。それはラルースシティを覆い隠すほど巨大なものだ。

 

「あそこにいるナニカを拡大して!」

「了解!」

 

 そして彼等は映し出されたものを目の当たりにする。

 

「これはまさか……!? あの伝説のポケモン、デオキシス!?」

 

 生物というフォルムからはかけ離れたその体型。彼等もそれをお伽噺としては見聞きしたことはあった。しかし、実際にこの目にするのは当たり前だが、初めてであった。そして今、それに出てくる幻のポケモン、デオキシスにそっくりのポケモンらしき生物がモニター画面の向こう側に存在していたのだ。

 ただ、彼等もずっと伝説の存在に呆けているというわけにいかなく、新たな問題に対処しなければならなくなる。

 

「そんな!? ラルースシティ内の風力発電所稼働停止! ラルースシティ内の風速計が風速0メートルを記録しています!」

「同じく太陽光発電も停止しました!」

「風力発電停止に伴い、サブ電源の原子力発電がメインに切り替わります!」

「風力発電停止の原因はあの膜がラルースシティを覆った結果、ラルースシティへ吹く風を遮っているものと思われます!」

「太陽光発電停止の原因は現在不明!」

 

 続々と変わり行く状況。彼等はそれらに対しての対処を始めるが、それは何も彼等だけではなかった。

 

 

 

「ラルースシティ内の現状は以上です。私見を述べさせていただきますが、この状況は我々にとっては有利に運ぶものと思われます」

「そう。ありがと」

 

 スイレンは左手で顔を覆った。その白手に覆われた指の隙間から零れるのは三日月のように口角を釣り上げた背筋が凍えそうなほどの笑み。

 

「ふふ、ふふふ。そうね。あなたの言う通りだと思うわ。これは私たちの後押しを神がしてくれている、ということかしらね。尤も、その神がレックウザでないのが少し残念ではあるけれど」

 

 ラルースシティ中枢を占拠した集団、エアロ団もまたそうであった。

 

「作戦の第二段階が始動しているわ。各員、改めて気を引き締めなさい」

――了解!

 

 管制室内には幾多もの声が木霊する。

 

 

 

 *†*†*†*†*†*†*†*†

 

 

 

 Jは今ラルースシティのビル群の一角、その内のひときわ大きめのビルの一つに侵入していた。

 シロナに言った水と食料を得る。運搬、量、すぐに食せる状態のものという観点から、スーパーマーケットやコンビニなどの食料品を見繕うよりかはということで彼女はこちらに目を付けていたのだ。

 

「思った通り」

 

 そして彼女の狙いはピタリと的中した。

 彼女のいるビルの一室。そこは部屋と言うよりも物置を大幅に拡張した倉庫というような趣があった。実際、その一室のネームプレートには『防災倉庫』という文字が掲げられている。

 さらに彼女の足元には封が開けられたいくつかの段ボール。その中にペットボトル飲料や保存食が敷き詰められていた。他にも、アリアドスとスターミーのフラッシュによって照らされた、毛布や簡易トイレなどと書かれた箱も併せて、それらが彼女の目の前で天井に届かんばかりという具合に積み上げられている。

 

「今は非常時ですので拝借しましょう。それにしてもこれだけのものを私一人だけで運ぶには些か辛いものがありますね。おまけにシロナたちがどこにいるかもわからない」

 

 ユウトたち三人が持つライブキャスターに果てはモンスターボールまで、電子機器の類は一切の反応がない。幸い、ユウトの指示通り、手持ちのポケモンは全てモンスターボールから出ている状態だが、植物園から別れたままでシロナたちと連絡が取れない。まして朝から別行動をとっているユウトやヒカリなど況んやをやという状況。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 内心で思うより口に出してみた方が良いと思って窓のブラインド越しに外を見やる。外は相変わらずにデオキシスの幻影がうようよと漂っている。

 

「……いや? なにかがあったのかしら?」

 

 植物園からここまで移動してきたときとは何かが違うような感覚を覚えたときに、背後に何かの気配を感じ取った。

 見れば、空間が歪んだかと思うと、何らかの光とともに何かが浮かび上がった。

 

「ふう。ありがとう。ラルトス」

「ラル」

「おほぁ、すげぇ!」

「ピッカ!」

「テレポートってこんなことも出来るんだ……!」

「プラ!」

「マイ、マイ!」

「もはやなんでもありだな」

 

 光が消えたときにそこに現れたのはユウトとラルトス、他には植物園で別れたサトシやトオイ、タケシたちだった。彼らについてきたピカチュウとプラスル、マイナンはテレポーテーションでいきなり変わった周囲の様子を伺っている。

 

「どうしました? というよりどうやってここに?」

「ラルトスがスターミーの念波をキャッチしたみたいで、それでテレポートでね。それにシロナさんから聞きましたけど、単独行動はちょっと危険かと思って、こっちに来たんです」

 

 ユウトたちはシロナたちと合流するべく市街区に向かっていたところで、たまたまトオイの父であるロンド博士の助手を務める人物がトオイやシロナたちを避難誘導しているところに出会(でくわ)し、そのまま彼女ら共にロンド博士の研究所に逃げ込んだ。そこで状況を聞き、Jが一人で行動していること、Jがシロナのポケモンでさらにエスパータイプのポケモンを連れているということから幾人かでJの救援に来たのだ。

 

「そうですか。それはありがとうございます。それにしてもよくそれだけでラルトスがテレポートできましたね?」

「なんかエスパータイプのポケモンは人間の指紋と同じように個々で違う念波を発しているらしいんです。おそらくそれを辿ったんだと思います」

 

 ちなみにこの研究成果はユウトたちの世界のオーキド博士が解明した。ポケモンの全種は151種類だのポケモン川柳の方が有名だのなんだのかんだのとどこかの世界で言われていたりもするが、実はやっぱりすんごい研究者なのである。ただ、この功績の影にはユウトが捕まえたポケモンやタマゴから孵したポケモンのほとんどが彼の研究所に預けられていたということがある。いわばサンプル数が非常に多かったわけだ。

 

「何はともあれ、大変助かりました。とりあえず、水と食料、それから毛布や簡易トイレなどの諸雑貨も見つけました。全員で手分けして持って行きましょう」

 

 そうしてJは目の前の物資の山に目を向ける。

 ユウトたちは驚くも、とりあえず最低一人一箱ずつは持ち出そうとする。

 

「マイ? マイ、マイ!」

「プラ!」

「あ、ちょっと! ごめん! ボクあの子たち追うから! すぐ戻ってくるよ!」

 

 すると急にマイナン、遅れてプラスルが駆け出して倉庫の入り口から出て行ってしまい、トオイも追いかけるように部屋を出て行った。

 

「ピカ? ピーカ?」

 

 ピカチュウも耳を立てて何か首をひねっている。

 

「にしてもいいのかなぁ、勝手に持って行っても」

「おそらく食料品は大丈夫ですよ。ここに積まれているのはあと半年もすれば賞味期限が切れるものばかりです。個人以外、備蓄された保存食は期限切れのものは廃棄しなければならないので、それを有効に活用することにうるさくは言われないでしょう。まあ毛布なんかは、うん?」

 

 上の方から荷を下ろしていたサトシの疑問に対してJがそう答えていたときに、ユウトのライブキャスターから着信音が鳴った。

 

「え? ライブキャスター使えなかったはずなのになんでだ?」

「……ひとまず起動してみてください」

 

 作業は一時中断して、ライブキャスターに応答するユウト。

 

『ユウトさん、Jさんとは合流出来ました?』

 

 ライブキャスターの四分割された画面に上半分にシロナとヒカリ、下左半分にユウトが映った。

 

「ああ。うまい具合に合流できたよ。それとJが食料も見つけてくれましたよ」

 

 そうしてユウトがJたちの状況を報告する。とりあえずはそれらの目処が付き、いよいよ疑問に思うことが話題に上がった。

 

『それで、ライブキャスターが繋がったことなんだけど、そっちでモンスターボール起動するかしら?』

 

 するとそれを聞いていたサトシがモンスターボールを取り出して宙に放り投げた。

 

「フラーイ、フリャ、フリャ」

 

 出てきたのはせいれいポケモンのフライゴン。ちなみに極めて珍しいことに配色が通常とは異なる色違いである。

 

「へぇ、意外-! サトシ君、フライゴン持ってたのか! ていうか色違いかよ! すげーな!!」

「ああ。前にファウンスってところに行ったときに助けてくれてさ。その後一緒に来ないかって誘って、それで仲間になったんだ」

「ほうほうほう!」

「とりあえずは起動出来るみたいです」

 

 サトシのフライゴンに驚きのあまり見入るユウトに変わってJが横からシロナに答える。

 

『ということはあのノートパソコンの彼女の言う通り、電気は一応復旧したのね』

 

 その言葉にタケシは部屋の明かりのスイッチを入れた。倉庫内は文明の利器により煌々と照らされる。これに気づいたのも、ハルカが諦め切れず何度かモンスターボールのスイッチをカチカチと弄っていたら、急にフシギダネが出てきたからであったりした。

――電力異常は収まりひとまずはホッとした。

 まだ、異常は収まっていないが、どことなくそんな雰囲気が漂った。

 

「ねえ! なんかちょっとおかしいよ!」

 

 しかし、トオイが慌てて倉庫に駆け込んできた様子にそれらは一気に霧散し、一同の視線が集まる。

 

「なんか外の街灯がどんどん爆発してるんだ!」

 

 異常はまだまだここから。

 今度はそんな空気に包まれたのだった。

 




スイレンはスクール水着を下着代わりに着て水のZクリスタルくれる子ではなく、オリキャラです。
以前(まさかもう3年経っていたとは……)活動報告で『悪役の女性』『悪女』の捜索のご協力をお願いしておりましたが、ようやっとここで出すことが出来ました。ご協力くださりありがとうございました。
イメージは容姿や服装がほぼほぼFate/EXTRA-CCCの殺生院キアラです。Fate/EXTRA-CCCやFGOはやっていませんので、性格等はオリジナルです。


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第2部 BW/BW2/XY編
第1話 新たな始まり


長らく更新できず、大変申し訳ありません。
外伝の特別長篇を書いていたら、そちらに詰まり、さらには諸々の事情も重なってモチベーションの低下、更には書くことが苦痛という状態にも陥っておりました。
しかし、新作も出ることですし、これからも少しずつ書き上げて続けていけたらと思っております。
今後もよろしくお願いします。


 はじまりはいつだったのか。

 

 わたしが生まれたとき?

 幼なじみのトウヤとチェレン、ベルと知り合ったとき?

 わたしが一度家族と一緒にイッシュ地方を離れたとき?

 わたしが又家族と共にイッシュに戻ってきて、それでポケモンと一緒に旅に出たとき?

 それともわたしが初めてポケモンバトルで勝ったとき?

 

 ううん、違う。

 確信できる。

 

 

「なるほど、キミがその子を選んでくれて本当に良かったよ」

 

 

 それは、わたしがこの子と出会ったときに他ならないんだって――

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 イッシュ地方カノコタウン。

 わたしは、いや、わたしたち――わたし:トウコ、幼なじみのトウヤ、ベル、チェレン――はこの町で生まれ育った。

 何をするにも常にいっしょ。どこに行くにも常にいっしょ。

 一心同体とまでは言い過ぎだけど、でも、誰が何を考えてどういう人柄かなんてのは当たり前のように熟知している。

 

 いや。『していた』、と言うべきか、今では。

 

 わたしは、あるとき家族の都合でイッシュ地方を離れ、ホウエン地方で暮らしていたときがある。

 別れのときはそれはもう四人が四人共、お互いに抱き合って別れを惜しんだ。四人とも最後には涙も枯れるほど泣き腫らしていた。

 それから幾星霜。

 わたしが家族と共に再びこのイッシュ地方に戻ってきたとき、幼馴染たちはポケモン博士の助手、ジムリーダー、果てはイッシュリーグチャンピオンマスターにまで登り詰めていた。

 彼等はわたしがここにいない間に自分のポケモンたちと旅に出て、それほどまでの地位を築き上げたのだ。そこに至るまでは様々な艱難辛苦があったに違いない。だけど、それらを乗り越えたからこそ彼等の今があるハズだ。

 それを思えば、わたしと彼等との間に広がる差を改めて実感する。

 彼等もポケモンを持つ今、トレーナーの一人である。そしてわたしもまた一トレーナー。ならば、わたしは勝手ながらも、幼馴染である彼等三人をライバルであると思っている。競い合うべき相手だと思っている。そんな相手が自分より先にいる。誰よりも負けたくない相手が先を行く。

 

「追いつかなきゃね、なんとしても!」

 

 追いつき、肩を並べて、そして胸を張ってこう言えるようになりたい。

 

――わたしは彼らの大親友(ライバル)なんだ!

 

 その志を胸にわたしは旅に出た。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「あぁー、ゴメンね~。旅に出せそうな子たちがちょうどいなくて」

 

 わたしはカノコタウンのアララギ博士の自宅兼研究所を訪れていた。理由はイッシュ地方の初心者用ポケモンを貰うためだ。まだポケモンを持っていないわたしにとっての初めての相棒、それを選ぶために今日は一段と気合いも入れて研究所のドアを叩いた。

 そして、用件を告げた結果、返ってきた博士の答えがコレであった。

 

 詳しく聞くに、なんでもここのところ今日も含めて、カノコタウンは元より、カラクサタウンを始めとした近くの町から初心者用ポケモンを貰いに来た子たちが多かったらしい。勿論身元もしっかりして、かつポケモンたちに愛情を注げる彼らに全て渡していった結果、人に慣れて、かつ強さもそこそこといったポケモンたちが全ていなくなってしまったそうだ。今博士の手元にいるのは生まれたばかりの子たちか人に慣れる訓練をしている子たちだけなのだとか。

 

「本当に間の悪いというか、タイミングが悪かったというか。とにかくゴメンね。一週間ぐらいすれば大丈夫だと思うし、そのときにはベルちゃんも帰ってきてるだろうから、そのときでもいいかしら?」

「あの、ベルはどっか行ってるんですか?」

「ちょっとヒオウギシティに行ってもらってるの。わたしの代わりに初心者用ポケモンを渡してもらうためにね」

 

 なるほど。どうりで家に寄っても居なかったわけだ。

 しかし、話には聞いてたけどベルも立派に博士の助手をやってるみたいだ。これは益々早く追いつかないと!

 

「あの、他に初心者が扱えそうなポケモンっていますか? 別にイッシュ御三家でなくても構わないので」

 

 少しでも早く旅に出たいと思ったわたしは他のポケモンがいないのかを聞いてみた。イッシュ御三家(イッシュ地方の初心者用ポケモンである草タイプのツタージャ、炎タイプのポカブ、水タイプのミジュマルのこと)を選べなかったのは残念だけど、ポケモンさえいればもう旅に出られるような準備をしてきたのだ。

 

「そうねぇ。一応何匹かいるわね。見てみる?」

「ぜひお願いします!」

「そう。じゃあちょっと待っててね」

 

 そうして博士は白衣を翻して研究所の奥に引っ込む。少しして戻ってきた彼女の両腕の中にはたくさんのモンスターボールが抱えられていた。それを近くのデスクの上に置く博士。

 

「一応これだけいるんだけど、じゃあ一匹ずつ見ていきましょうか。あ、全部貰うっていうのはダメよ?」

「はい。もちろんです。ではお願いします!」

 

 そうして博士はまずはということで適当なモンスターボールを取り上げた。

 ん? これはモンスターボールじゃない? ボールスイッチが赤い以外は全て真っ白で――

 

「まずはこの子ね。出てらっしゃい、ポケモンちゃん」

 

 そうして博士が生卵を片手で割るかのようにボールを開ける動作をすると、中から機械的な赤い光がボールから床に降り立った後、一匹のポケモンが姿を現した――

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 今わたしは1番道路を歩いている。そして隣にはわたしの相棒のポケモンがいる。

 彼女は博士の開けたモンスターボール(これは性能的にはモンスターボールと変わらないけど、ちょっと珍しいプレミアボールというものらしい)から出てきたポケモンだ。彼女を見た瞬間、わたしの背筋に電流が走った。御三家を選べなかったのはたしかに残念だったし、博士には

 

「本当にこの子でいいの? まだ一匹目しか見てないのよ? まだ他にもあなたの気に入る子がいるかもしれないわ」

 

と何度も念押しされたけど、わたしにとってはそれはまったくもって問題がなかった。

 もはや『御三家の代わりに』や『他の子と比べて』“彼女”というのではなく、『御三家や他の子ではなく』“彼女”と言及してしまっても差し支えがなかった。

 

「ラトー、ラト!」

 

 そんなわたしの隣を歩くわたしの相棒――きもちポケモンラルトス――が何かに気がついたようだ。

 

「あら、あれは。とりあえず、図鑑図鑑」

 

 わたしはラルトスと一緒に博士から貰ったポケモン図鑑を手に取り、ラルトスが見つけた野生のポケモンにそれを向ける。

 すると、今までスイッチが入ってなくてわたしの顔が反射していた黒い液晶画面が突如光り出した。その液晶画面には今目の前にいるポケモンが映し出され、さらにそのポケモンについての説明が機械的な音声として流れ始めた。

 

『カモネギ  かるがもポケモン

 植物の茎を1本、いつも持ち歩いているが、この茎は自分の巣を作るための道具であり、武器でもあり、非常食でもある。

 茎がなくなると生きていけない。だから、茎を狙う相手とは命を懸けて戦うし、最近は数の減ったカモネギを守るために茎を育て増やそうとする人が現れてきた。』

 

 わたしが旅に出て初めて出会った野生ポケモン。さらにわたしのラルトスについてもさらに詳しく知っていきたい。まだバトルすらしたことがないからだ。

 

「ラルトス、行ける?」

「ラト!」

 

 ラルトスは「任せて!」と言っているかの如く、力強い返事を返した。

 そのままピョンと跳んで前に出る。すでにラルトスは臨戦態勢のようだ。

 わたしも目の前のカモネギを見据える。カモネギの方はまだこちらの方に気が付いていない。

 

「よし! いくわよ、ラルトス!」

「ラル!」

「じゃあ、スピードスター!」

 

 わたしは以前全国チャンピオンをスクラップした記事の中で見たことのある技を指示した。たしかこの技は必ず相手に命中する効果がある。仮に避けられたとしても相手に命中するまで相手を追いかけまわす技だ。

 

「ラ、ラルト?」

 

 ところが、ラルトスは首を傾げるだけで一向に攻撃をする気配が見えない。

 ……いや、どちらかといえばわたしの指示に困惑しているような……?

 

「どうしたのよ、ラルトス? もしかして出来なかった?」

「ル」

 

 わたしの言葉にコクンと頷くラルトス。そっかー、出来ない技を指示しちゃってたかー。

 

「あー、じゃあ、10万ボルトとかサイコキネシスとかどう? 10万ボルトなら鳥っぽいカモネギなら効果抜群だろうし、サイコキネシスはエスパータイプのメジャーな技の一つだし」

「ル!」

 

 ラルトスはそのちっちゃい手をギュッと握る。そのまま技を繰り出そうとして――

 

「……ル~」

 

 どうやらこちらも失敗だったみたい。

 

 結局、サイコキネシスも失敗して落ち込むラルトスを励ましているうちに、いつの間にかカモネギはどこかへ飛び去っていた。

 

「……そういえば、この子がどんな技を使えるのか知らないかも……」

 

 こうしてわたしたちの初バトルはわたしの至らなさばかりが浮き彫りとなる結果のみが残った。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 それからわたしは適度に休息を取りつつ、ラルトスと身振り手振りを交えて話をした。その中で使うことができる技も把握出来たし、ラルトスの性格や仕草、クセなんかも把握できた。

 たとえば、彼女はちょっとしたイタズラが好きらしい。肩に乗ってるときに呼びかけられて振り向いたら、ラルトスの手が私の頬に食い込んだりとか。引っかかったわたしは微妙な面持ちだっただけど、ラルトスは大層楽しそうだった。もちろんわたしもお返しとして、たとえば物音を立てるようなイタズラを仕返すと、ビクッと反応してくれてちょっと楽しかったり。

 

 またバトルについても最初のよりは幾分マシになった(と自覚したい)。尤も、トレーナーとのバトルでは負けが続いたりもした。そのとき、この子はそれを申し訳なく思ってくれてるようで、なんとかバトルに勝利しようってすごく頑張ってくれる。

 でも、わたしはラルトスが傍に居てくれるだけで十分だった。

 

 で、旅を始めて数日。順当に町を回っていくならカノコタウンからカラクサタウンに抜けて、次の町はサンヨウシティのハズだったけど、今現在、わたしたちは道に迷っていたりする。カラクサタウンからサンヨウシティまでは2番道路で道なりに一本道のはずなのにだ。

 

 なぜかというと――

 

「うわあああああ! こっち来ないでぇぇぇぇぇ!!」

「ペンドラー! ドラ、ドラーーーー!!」

 

 暴走するペンドラーに現在進行形で追いかけ回されてるんです!

 対抗しようにもわたしのポケモンの技がまったく効きません!

 なので、今必死にこの子を腕に抱えて逃げています!

 

「サイアクーー! こんな不幸ってないわぁぁぁぁ!」

 

 正直どこをどう走ったのかなんて全くと言っていいほどわからない。それにわたしも体力が無限にあるわけでなく、そろそろもう……限界。

 

「お願いします! 誰か助けてぇぇぇぇ!」

 

 こんな深い誰も立ち入らないような森の真ん中でそんな助けを呼ぶ声を上げたところで返ってくるわけ――

 

 

「待ってろ! 今助けるから!」

 

 

 そんな声がわたしの頭上から――って、えっ、あれ!?

 わたしの思いが天に通じた!?

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「あの、助けていただき、本当にありがとうございました」

「いいっていいって。偶々通りかかっただけだし、それに困ったときにはお互い様って言うだろ?」

 

 散々追いかけ回されて疲れ果てた上に、太陽が真上に昇っているようなお昼にはちょうどいい時間、さらに川縁で綺麗な水がたくさん汲めたこともあり、助けてくれた男の人がお昼ご飯をご馳走してくれた。

 ちなみに今は食後の休憩といったところである。ちなみに「せっかくだから何か釣れるかも」と釣り竿をセットして釣り糸も垂らしていたりする。

 

 あのペンドラーについてだけど、ペンドラーはこの男の人のラティオスという非常に珍しいポケモンがバトルをして、弱ったところをこの男の人の投げたモンスターボールによってゲットされた。

 この男の人の名前はユウトさんといって、わたしが一時期住んでいたホウエン地方出身なのだそう。

 

「ところでずっと気になってたんだけど、トウコちゃんって最近旅に出たカノコタウン出身の新人トレーナー?」

「え!? は、はい。でも、どうして?」

 

 言ってしまえば初対面の男性にいきなりそんなことを聞かれれば、やはり気になるもの。

 

「いやさ、コイツが言うには、トウコちゃんが連れてるその子が自分の娘だっていうからさ」

 

 そう言って彼は、彼の足元にいるポケモン――ラルトスを指差した。

 

「えっ?」

 

 わたしのそんな驚きをよそに、彼のラルトスがトコトコとわたしのラルトスの元に寄る。

 

「ラル、ラルラルラル」

「ラル~♪」

 

 そして、わたしのラルトスは嬉しそうに彼のラルトスに抱きついていた。

 なんでも、彼が言うには、以前アララギ博士に『研究と旅立つ新人トレーナーが稀にイッシュ御三家以外のポケモンを欲しがるから、そのために新人にも扱いやすい子を1匹融通出来ないか?』って相談されたらしい。

 

「で、オレがラルトスを提供したのよ。新人トレーナーのためにラルトスを提供したのって、イッシュ地方では、カノコタウンのアララギ研究所が初めてだからさ」

 

 なるほど、そういうこと。これならそれぐらい知っていても不思議じゃない。

 そしてそのときに渡したのが彼のラルトスのタマゴで、そこから孵ったのがわたしのラルトスなんだとか。

 わたしはそれを聞いて、今までの新人トレーナーに彼女が渡ることがなかったことに感謝した。

 

「見てるとだいぶあのラルトスはトウコちゃんに懐いているみたいだけど、どうだい、あの子は? 気に入った? 好き?」

 

 言葉は軽いような気がするがなんとなく居住まいを正さないといけない気がして背筋を伸ばす。横目ではラルトスたちがじゃれあって遊んでるのが見えた。

 

「そうですね。正直わたしはあの子のことを見た瞬間に気に入ったというか。正直に言ってしまうとあのときはあの子以外は眼中になかったんですよね。それほどです。そしてその直感というか、考えは間違ってはなかった」

 

 チラッとその様子に目を向けるとあの子が本当に嬉しそうにしているのが見え、するとわたしにもその感情が芽生えてくるのが自覚出来る。

 

「なるほど、キミがその子を選んでくれて本当に良かったよ」

 

 すると、彼は「ああ、安心した」とばかりに穏やかにほほ笑んだ。

 

 

 このとき。

 

『この人とはずいぶん長いつき合いになる』

 

 なぜだかわからなかったけどわたしはそう直感した。

 



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第2話 一対一の野生ポケモンバトルと新しい仲間

皆様の温かいお言葉に感謝感激であります。
ということで、頑張ってみました。

それから誤字脱字報告を送ってくださった猫シノンさん、kubiwatukiさん、ポチコウさん、ありがとうございます。
この場を借りて、お礼を述べさせていただきます。


ウォーグルからプテラに変更


「さて! 十分休息もとったし、そろそろ行こうか」

「はい! わかりました!」

 

 片付けも済まし、肩掛けのショルダーバックのショルダーストラップを右肩に掛ける。

 あっと、釣り竿をかたしてなかった――

 

「ってユウトさん! 釣り竿! 糸引いてます!」

「おっ! 何か掛かったか! よし!」

 

 ユウトさんは釣り竿を手に取って竿を立てると、そのまま少しずつではあるけどリールを巻いて糸を引いていく。

 

「よし! トウコちゃん、やってみよう!」

「えっ? わたしですか!?」

「だってまだ一匹もポケモンゲットしてないんでしょ? ならこれがもしかしたら初ゲットになるかもしれないじゃない。だったら、釣り上げるところからやってみるのもいいと思うよ」

「わかりました! やらせてください!」

 

 わたしはユウトさんと竿の間に滑り込み、両手で竿を掴んだ。

 

「うわっ! お、重いっ!」

「頑張って! 俺も手伝うから! そのまま竿を立ててリールを巻いて!」

「は、ハイ!」

 

 そのまま竿を立ててると、徐々にリールを巻いて釣り糸を巻き取りつつも、たまに急に引っ張られる力が弱まるときがある。そのときにさらに釣り糸を巻き取る。

 それを何度も繰り返しているうちに、ついにわたしたちは一匹のポケモンを釣り上げた。

 

「うおおおおお! トウコちゃんめっさ運がいいじゃん! オレがゲットしたいくらいだよ!」

 

 ユウトさんは相当興奮した面持ちで、今岸でピチピチと跳ねている釣り上げたポケモンを見つめている。

 そのポケモンはなんというか、『みすぼらしい』という言葉が似合いそうなポケモンだった。

 わたしはとりあえずポケモン図鑑をそのポケモンに向けてみた。

 

『ヒンバス  さかなポケモン

 一か所に集まる習性を持ち、水草の多い場所で生息するが、なんでも食べるそのしぶとい生命力で、海でも川でも、また汚いところでも僅かな水しかないところでも生きのびていける。

 また、みすぼらしく醜いポケモンで研究者を始め誰にも相手にされないポケモンだったが、近年新たな研究結果が発表されて、俄かに注目を集め始めたポケモンでもある。』

 

 なるほど、ヒンバスってポケモンね。

 あれ?

 

「あの、ユウトさん、なんかこの図鑑のヒンバスとあのヒンバス、色が違ってませんか?」

 

 図鑑に載ってるのはヒレ以外の身体全体が茶色っぽい色をしているのに、目の前のヒンバスはそこが紫だ。

 

「それはいわゆる“色違い”のポケモンだからだよ。色違いのポケモンはめったにいないんだ」

 

 おお! 色違い、しかもめったにいないですか! これはぜひゲットしておきたい!

 

 身体の左側に来ているバックを勢いよく跳ねのけ、背中側に押しやった。

 

「ゲットの基本は大丈夫だよね?」

「バトルして、ある程度ポケモンを消耗させてからモンスターボールを投げる、ですよね?」

 

 ポケモンはモンスターボールというボールを使ってゲットするが、ゲットするポケモンが元気なままだと抵抗が激しくてボールから出てしまうことがある。だから、バトルして相手の体力を消耗させるのだ。

 

「うん、その通り。じゃあ頑張ってみ」

「はい! いくよ、ラルトス!」

「ルー!」

 

 釣り上げられたヒンバスは跳びはねながらこちらを威嚇している。相手も戦意は十分なよう。

 一対一で正々堂々行きましょうか!

 

「よし! ラルトス、行くわよ!」

「ラル!」

 

 ラルトスも気合十分。あのヒンバスは絶対にゲットするわ!

 まずは逃げられないように川から離しましょうか!

 

「ラルトス、ねんりき! あのヒンバスを川から引き離すのよ!」

「ラ、ラルー!」

 

 ラルトスの身体を赤紫の淡い光が覆う。

 

「バス! バスー!」

 

 一方、ヒンバスの方も何か攻撃をするつもりなのか、ヒンバスの身体が白く光り出し、ヒンバスの前に何か薄っすらとした壁が出来上がっていくのが見える。

 

「うお!? あのヒンバスマジか!?」

「ラルトス、ヒンバスに攻撃させてはダメよ! GO!」

 

 ポケモンゲットということで観戦モードになっているユウトさんの視線の元、私の指示に反応してか、普段見せないラルトスの目がキッと力強い眼差しを見せる。すると、跳び跳ねていたヒンバスの身体がそのまま宙に浮かび上がった。ラルトスはそのまま川とは正反対の方に向かってサイコパワーの力でもってヒンバスを投げ飛ばす。そのままヒンバスは弧を描くようにして宙を飛び、そのまま地面に叩き付けられた。

 水の中とは違い、身動きのうまく取れないヒンバスには確かなダメージが与えられたようだけど、

 

「バスー!」

 

ヒンバスの反撃なのか、白い光の奔流がラルトスに向かって発射された。

 

「ラルトス、避けて!」

「ルラ!」

 

 ラルトスはその場を跳び退いて避けようとしたが、それが地面に着弾したときの衝撃波からは逃れきれず、些かダメージを負ったみたいだった。

 

「トウコちゃん! あれはミラーコートといって受けた特殊攻撃のダメージを二倍にして相手に返す技だ! さっき言った通り、かなしばりでミラーコートを封じるんだ!」

 

 なるほど、あれはそういう技だったのね。

 ちなみに、ユウトさんとはさっきの食事のときにわたしのラルトスの使える技とかも話して、アドバイスとかも聞いていたから、わたしはその通りにラルトスに指示した。

 

「ンバ?」

 

 ラルトスのかなしばりが決まり、ヒンバスは何か違和感を覚えたような面持ちになったようだ。

 

「ラルトス、もう一回ねんりき!」

「ルラ!」

 

 さっきと同じようにヒンバスも何かをしようとして――

 

「ンバ!?」

 

 しかし、今度はミラーコートが使えないことに明らかな驚愕を覚えたようだった。

 そのまま自由に動けないヒンバスにまたもねんりきがクリーンヒットする。

 

「ヒンバ~……」

 

 今度は樹木に強かに叩き付けられたヒンバスは目を回してポテリと木の根元に倒れた。

 どうやらダウン寸前のようだ。

 

「今がチャンスだ、トウコちゃん!」

 

 “なにが”とは言わない。

 もうここまでくればユウトさんが何が言いたいのかもわかる!

 わたしは既にバックからあるものを取り出していた。それは赤と白のツートンカラーのまるい球体状のボールで、大きさはピンポン玉よりもやや小さい部類のもの。真ん中の部分には白いボタンが付いている。それを押し込むと、大きさが手のひらよりやや大きく、すべてが手のひらには収まらない程度の大きさにまで膨れ上がった。

 

「いっけぇっ、モンスターボール!!」

 

 サイドスロー気味に、最先端科学技術が詰まったそれを目標に向かって投げつける。

 それは自身に回転を加えながら突き進み、そしてダウン寸前のヒンバスについに命中。するとボールが勝手に口を大きく開き、赤いレーザー光のような光とともにヒンバスをその開けた大口の中に取り込んだ。

 ボールは地面に落下、小刻みに揺れる。また、その揺れに連動するかのようにボタンの部分も赤く点滅する。

 それが五秒、いや十秒くらい続いたのか。

 たかが、五秒十秒。

 でも、わたしにとってはそれが一時間にも二時間にも感じられたような長さだった。

 そして赤の点滅が「ポッオン!」という音と共に消える。それと同時に揺れも収まった。

 わたしはただただ呆然としていた。その意味は知っていても、理解出来ていても、実感がわかなかったから。

 

「ラル!」

 

 ラルトスが嬉しそうにわたしの胸に飛び込んでくる。

 

「やったな、トウコちゃん! おめでとう!」

「ラルラル」

 

 ユウトさんと彼のラルトスもわたしをお祝いしてくれた。

 わたしはラルトスを抱えたまま、ボールの佇む場所へと歩く。

 しゃがむ。

 拾う。

 立ち上がる。

 右手には今までとは違うズッシリとした感覚広がった。

 いや、モンスターボールの重さ自体は変わらない。そのはずなんだけど、わたしにはとても重く感じた。

 するとジワーッと背筋を駆け上がるなにか。

 心地よい感触。

 それがいつのまにか全身に(めぐ)(めぐ)っていた。

 

 

「いやったーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

 よろこびが爆発した。

 

 

「ヒンバス、ゲットだね!!」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「おめでとう、トウコちゃん。ホント、よくやったよ」

「ありがとうございます!」

 

 ヒンバスゲットの余韻に浸るためにもう少しこの場にいることにしたわたしたち。

 なにせわたしの初ゲットなのだ。ちょっとユウトさんの手を借りてしまったのが若干悔やまれるけど、そこはわたし自身がもっともっとラルトスやポケモンたちのことを知って勉強していけばいいことだと思う。

 

「これからよろしくねー、ヒンバス~」

「ラルラルー」

「ンバ~、ンバス~」

 

 さっきのバトルで汚れてしまったり傷ついてしまった二人をユウトさんに教わりながら処置する。

 

「ンバ、ンバ~」

 

 ヒンバスの傷も癒して身体の汚れを拭っていると、ヒンバスが身体全体でわたしに擦りすりとすり寄ってきた。

 

「はいはい、もう、あまえんぼさんねぇ」

「それはたぶんヒンバスがトウコちゃんのことを心から認めたんだろうね」

「え、そうなんですか?」

「うん。世の学会には『ボールに入れればポケモンはその人を主人と認める』っていう説と『一対一でのバトルに勝ってこそポケモンはその人を主人と認める』っていう説があるらしいんだ。オレはポケモンのことを深く知ってポケモンの強さを最大限に引き出すためには、そのポケモンに真に認められる必要があると思ってるから、後者の説を信じてる」

「へえ、いいいですね、それ。わたしもそっちにしようかな」

 

 そっか。ヒンバスはわたしのことを本当に認めてくれたんだ。

 うふふ。うん、ちょっと顔のニマニマが抑えられないかも。

 

 あ、そういえば。

 

「ユウトさん、ちょっと気になっていたんですけど、ヒンバスの図鑑説明で『近年新たな研究結果が発表されて、俄かに注目を集め始めたポケモンでもある』ってありましたけど、あれってどういうことなんですか?」

「ああ、あれはねー」

 

 フフンとちょっとドヤ顔を決めたユウトさん。

 

「ラルー」

 

 何かを話し出そうとしたところで、それはユウトさんのラルトスの一声で遮られた。

 

「ん? あれは?」

 

 ユウトさんのラルトスが何かを見つけたらしく、ユウトさんもそこに何かを見つけたらしく、そんな声をあげたので、わたしも其方のほうに視線を向けてみた。

 何やら川の流れとは別の水飛沫がバシャバシャと上がり、水色のブロッコリーのような、何か房のようなものが水面に見え隠れする。そしてそれはバシャンと一際大きな水飛沫が跳ね上がると、そにのブロッコリーのようなものを持つ何かが岸に上がってきた。

 飛び出してきたのは――

 

「ヒヤッ、ヒユァ」

 

 水色の、サルみたいなポケモン(ちなみにブロッコリーは頭部についていた)。それがちょうど川から岸辺に這い上がってきた。

 

「へぇ、こんなところで野生のヒヤップとは珍しいな」

「ヒヤップですか。えーっと?」

 

 なんだかここのところ図鑑を開くことが多い気もするという気持ちは置いておいて。

 

『ヒヤップ みずかけポケモン

 頭の房に貯めた水は栄養たっぷりで、植物にかけると大きく育つ。また乾燥した環境に弱いので、その水を尻尾からまいて周りを湿らせることがある。』

 

「ということはヒンバスと同じで水タイプなんですかね?」

「そうだな。ついでにいえば、ヒヤップはイッシュ地方ではヤグルマの森に僅かにしか生息していない、珍しいポケモンなんだ」

「そうなんですか! んー」

 

 とりあえず今ヒンバスゲットしちゃったし、でも珍しいのならどうしようかなどとつらつら考えていると――

 

「ヒヤッ!? ヤッ、ヤップ!?」

 

 あら?

 なんだかヒヤップはわたしたちを見て、何やら驚いているように見える。さらにヒヤップは今度は後ろに振り向く。

 

「ラル?」

「なんだ、いったい?」

 

 ヒヤップの様子がおかしいことで、わたしたちはそのままヒヤップの様子を窺っていたけど、そうこうしているうちに今度はヒヤップの後方とその上空にまた新たなポケモンが現れた。

 

「あのポケモンたちは?」

 

 わたしはポケモン図鑑をその二匹に向けてみた。

 

『ナゲキ  じゅうどうポケモン

 自分よりも体の大きな相手を投げたくなる習性。

 蔓草を編んで作った自分の帯は締めるとパワーアップする。

 強くなるとまた帯を自分で作り直す。』

『ハトーボー  のばとポケモン

 世界のどこにいても自分の巣の場所はわかるのでトレーナーともはぐれたりせず、どんなに遠く離れても必ず戻ってくることができる。

 ハトーボーの住む森の奥には争いのない平和な国があると信じられている。』

 

 川を自然にできた飛び石を跳び越えてくる柔道着を着た赤いポケモンがナゲキで、純然たる“鳥”をイメージできる、空を羽ばたいているのがハトーボーなわけね。

 この二匹はヒヤップを取り囲むように川側をナゲキが、その反対側をハトーボーが押さえた。

 

「やあやあやあ、もう逃がさないぞ。覚悟したまえ、ヒヤップくん!」

 

 さらに川岸の向こう側に白いスーツで上下を固めたおぼっちゃまと、それに付き従う執事がナゲキが超えてきたのと同じように、飛び石を跳び越えてこちらに渡ってきた。

 これはアレかな。あの人はとりあえず、このヒヤップをゲットしたくて追い掛け回してきたのだろうか。

 とにかくポケモンをゲットしたいという気持ちはわかる。わかるのだけど――

 

「では、ヤナップ、行ってきたまえ!」

 

 そしてさらにポケモンを繰り出し、ヒヤップを取り囲む。

 

 これはさすがに――

 

 

「ちょっとちょっと。ポケモンをゲットしたいのはわかるけど、ただでさえ一対二でもどうかと思うのに、一対三はいくらなんでもないでしょう」

 

 

 この状況にユウトさんが思わず口を挟んだ。

 

「部外者は黙っていてもらおう。これはボクのポケモンバトルだ」

「いいや。確かに部外者だが言わせてもらう。これはやり過ぎだ。だいたいゲットのためのバトルというものは、そのポケモンにこれから自身のトレーナーとなる人間の実力を認めさせるという儀式の意味も兼ねているとオレは思うんだ。一対一で正々堂々とやらないと真にポケモンからは認められないと思うぞ」

 

 すると後ろに控える執事の人がこくりと頷いた。よくよく見てみればあの人は額にその白手袋で覆われた手を額に当て、頭を僅かに振る動作をしていたりもしている。どうやら、この彼の言動に頭を痛めているといったことが窺えた。

 

「そのようなことは心配いらないさ。捕まえてしまえばどうとでもなる。いけ! 全員で攻撃だ!」

 

 彼の指示で三匹が攻撃の態勢に入る。

 とにかく止めないとと走り出そうとしたら、すでに行動に移し終わった人が私の隣にいたのだった。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ナゲキがきあいだま、ハトーボーがエアカッター、ヤナップがタネマシンガンをヒヤップに向けて放とうとしている。見たところヒヤップは既にダメージを負っていたようだから、ここに来てのあんな波状攻撃を受ければ、明らかにただでは済まない。

 

「ラルトス!」

「(オッケー! 適当なところに転移させてくるわ。あ、オボンの実を持っていくわね)」

 

 そしてラルトスがテレポートでヒヤップの傍らに移動、更に次はヒヤップを連れて何処かへと転移していった。直後、ヒヤップたちのいたところが三匹の攻撃に晒され、粉塵に包まれる。

 

「なに!? くぅ〜、オイ、キミたち! ボクのヒヤップを何処へやった!?」

「はぁ〜? ゲットしてないんだから、貴方のポケモンではないでしょ?」

 

 粉塵が晴れた後には何もなかったことに悔しさを覚えたか、おぼっちゃまがオレたちに突っかかってきた。尤もそのあまりの物言いにトウコちゃんは思わずツッコミを入れてしまったようだが。

 

「いいや、もうアレはボクのポケモンだったんだ! ついてはそこの平民! ボクと一対一でバトルだ! バトルして勝ったらあのヒヤップに見合うようなポケモンをボクに献上せよ!」

 

 ……あ? なにこいつ、なにトチ狂ったことほざいているんだ?

 

「あ、貴方! 自分がどれだけおかしなこと言ってるかわかってるの!?」

「坊っちゃま、最早行き過ぎです! 大概になさってください!」

 

 お付きらしい執事も止めようとはしているが、どうやらそれで思い留まる輩でもないらしい。

 

(アレ、根性叩き直していいかしら?)

 

 戻ってきたラルトスからのテレパシーが脳内に響き渡る。

 

(存分にやってよし。ああいうのは自分ルールで意味不明な論理構築してくるから、こっちはそれを何が何でも叩き潰さないとマズイ。とりあえずめいそう積んどけ)

(了解)

 

 さて、傍から見れば理不尽極まりないポケモンバトルの申し出だったが、それを受けることにしたオレ。

 

「ちょっ!? 何言ってるんですか、ユウトさんも!? こんな、話に聞くロケット団でもやらなそうなことをやろうとしてる相手なんですよ!?」

 

 うん、知ってる。だからだよ。

 

「ふふ、オレのポケモンに手を出すとかさ。ククッ。自分がだれにケンカ売ってるのか、んん、分からせないとね」

 

 すると、トウコちゃんは「アッハイ」とオレの気持ちをわかってくれたのか、一歩下がってこのバトルを肯定してくれた。

 あちらは執事の言葉に耳を貸さずに戦意十分。

 

 いよいよ、バトル(虐殺)開始である。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「みっ……認めないぞ! こんな……こんな……!」

 

 バトルも終わって、その結果が信じられないのか、ワナワナと震えているおぼっちゃま。

 とりあえず即堕ち2コマバロスという状態なので簡潔に説明しておくと、

 

 

 バトル開始。こっちラルトス、向こうがバオッキー。

 

        ↓

 

 向こうが「既に出ているポケモンは数にカウントされない」とかよくわからない謎理論を持ち出してきて、ナゲキ、ハトーボー、ヤナップが参戦。一対四のバトルに。

(ちなみに外野がものすごくうるさかったが、もうどうでもよくなったので、『はいはいワロスワロス』と受け入れ)

 

        ↓

 

 いざ四匹での集中攻撃といこうとしたところで、めいそう積んでたラルトスのハイパーボイス&アシストパワー炸裂。

 

        ↓

 

      チーン終了

 

 

 以上、こんな感じ。まあめいそうガン積みのラルトスのハイパーボイスなら、直撃すればシロナさんのガブリアスやレッドさんやゴールドさんたちの伝説ポケモンですら屠れる自信はあるので、アシストパワーまでやっちゃったのは少しオーバーキルっぽかったかもしれないし、バトル始まる前に技使ってたのも悪いとは思ったよ。

 うん、でも、オレのポケモンを掻っ攫おうとしたし、姑息な手しか使ってこなかったんだ。だからオレは謝らないよ?

 

「流石、でございますな。まさかこの目で直にあなた様のバトルを見れるとは、と感激しております」

 

 すると、執事さんがパチパチと拍手を送ってきた。

 

「あなた、オレが誰だかご存じなので?」

「ええ、もちろん。あなたの公式戦は常にチェックしておりますぞ。これでもわたくしはあなた様のファンですので」

「い、いやぁ~、そ、その、あ、ありがとうございます……」

 

 しまった。町中じゃないからってメタモン被ってなかったことすっかり忘れてたわ。

 にしても、こう、面前で「ファンです」だなんて言われるとこそばゆいものがあるなぁ(笑)

 

「おい! いったいどういうことだ!? 何を言っているんだ、じい!?」

 

 ……はぁ。折角頭の端からもいい感じに追いやっていたのに混ぜっ返すなや。

 

「この方はホウエン地方ハジツゲタウン出身のユウト様と仰る方です。そしてこの方は、これまで旅をしてこられた地方全てにおいてチャンピオンマスターになられた方、世間では“全国チャンピオン”という通り名で通っておられる方です。申し上げておきますが、あなたでは天地がひっくり返っても敵うことのないお方ですよ」

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「えええええええええぇぇぇぇぇ!?」

「ダニィィィィ!?」

 

 うううううそでしょ!?

 ユウトさんがあの“全国チャンピオン”って!?

 わたしでも知ってますよ!

 ホウエン地方にいたときだって、その全国チャンピオンはこの地方にはいないし、現ホウエンチャンピオンはミクリさんだったけど、どこもかしこも本当にいたるところで全国チャンピオンの話題で持ち切りだったわよ! わたし、彼が載ってる雑誌の特集全部スクラップして取ってあるし、テレビもチェック済み! 彼のおかげでホウエン地方は一番ポケモンバトルやポケモンコンテストが発達しているって聞いたことがある、というかホウエン地方に住んでいたら、もはやみんなその認識で、それがデフォとして刷り込まれるし!

 

「いや、いやいやいや。ふへへへへ、うわやっべ」

 

 いけね、涎垂れたわ。これは一つサインでも――

 

 

「きっ、きたないぞ、きさま!」

 

 

 ――は?

 

「きさま! きさまきさま! よもやチャンピオンだったとは! きさまわざと隠していたな! この卑怯者!!」

 

 ――――はい?

 

「チャンピオンの立場を隠してバトルに挑むとはトレーナーの風上にも置けん! かくなる上はボクがきさまを成敗してやるぞ!」

 

 ――……

 

 ――――え、こいつ何言ってるの?

 

「そして、ボクがきさまのポケモンをうまく使ってやる!」

 

 ――なんというか

 このバカ、場の空気の変化に気が付かないのか?

 ユウトさんもあの執事もさっきまでの和気藹々とした表情が消えて、顔が能面のようになってきてるわ。わたしもたぶんそうなってるだろうけど。

 

「起きろ、ハトーボー! あいつにさいみんじゅつだ!」

「マジックコート」

 

 ハトーボーはあれほどユウトさんのラルトスにこっ酷くやられたからか、嫌そうに一瞥するも、再度命令された指示に仕方がないといった(てい)でさいみんじゅつを、あろうことかポケモンではなく人間であるユウトさんに向けて放った。

 しかし、ユウトさんのぜったいれいどのごとくの声色で出された指示でラルトスが彼の前に立ちはだかり、二人の前に淡いピンクの鏡のようなものが形成された。そのままさいみんじゅつははその鏡に反射されてハトーボーとついでにアレに当たる。

 そのまま二匹はスヤスヤと夢の中に旅立っていった。片方は悪夢の方で構わないけど。

 

 

 それにしてもわたしのヒンバスとあのハトーボー。ヒンバスの表情とハトーボーの態度を見て思う。

 

(さっきユウトさんが言っていた『一対一でのバトルに勝ってこそポケモンはその人を主人と認める』っていう説、やっぱり正しいのかもしれない)

 

 ハトーボーの方は懐いてなかったという可能性も大いにあるけど、それでも最後に見せたアレに対するあの態度、なによりもヒヤップに対して多対一の状況なのに相手をうまく抑え込めなかったことから、彼らのポテンシャルをアレはうまく引き出せていなかったのかもしれない。

 ならばわたしは――

 

(ポケモンのことをもっともっと理解して、ポケモンとの仲をもっともっと深めて、最高の力を、そして彼らとの最高の旅を続けていきたい!)

 

――強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。トレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるよう頑張るべき――

 

 ホウエン地方での全国チャンピオンの話題。そこに一番に挙がるのが、このフレーズだ。初めて聞いたときはふーんとも思ったけど、

 

『ポケモンには相性や得手不得手があって絶対最強のポケモンなど存在しない』

『持っているポケモンやバトルできるポケモンは限られている。その中でトレーナーやコーディネーターやパフォーマーはあれこれと工夫を積み重ねていく必要があり、それがバトルやコンテスト、トライポカロン、とにかくなんであれ、そういうことがポケモンの醍醐味の一つでもあると言えるでしょう』

 

などといったいろいろな人の話を見たり聞いたりしているうちに「なんて奥が深い言葉だろうか」と感激したほどだ。

 ポケモンを知って深く理解し、彼らのポテンシャルを最大限に引き出すこと、それがポケモンバトルの勝利への道でもある。

 

(ベルたちもきっとそうだったのかしらね)

 

 然るべき地位に立つあの三人も越えてきただろう道。目を閉ざせば、何だか足下から伸びる輝きの道の先の遥か遠くを歩く三人が見える気がした。

 

「わたしも頑張らないと」

 

 わたしもまた同じく踏破することを誓った。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

【ちょっとした余談】

 

 トウコが黙々と自分の考えにふけっている間――

 

 

「これはやはりお見事ですな」

「ありがとう。でもいい加減、度が過ぎるね。オレだったからこれで済んだけど他の人なら警察沙汰よ?」

「承知しております。此度はコレもただでは済まないでしょうし、わたくし自身が済ませません。プテラ、サザンドラ」

 

 二匹のポケモンを執事の男が取り出すと、彼らは倒れているポケモンたちをまとめ上げた。プテラは更に、この場で誰もが既に見限った男をその口に銜える。

 

「この度は誠に申し訳ありませんでした。あんなのでも一応は主人でしたので」

「苦労してそうなのはわかったし、試してたんでしょ? 別にいいよ。それよりあなた、相当バトル強いよね?」

「さて、どうでしょうか」

「サザンドラはよっぽど育てなきゃ進化しないからね。野生のサザンドラも一部いるけど、少なくともこのサザンドラはよく育てられていると思う。少なくとも、ポケモンリーグ本戦には余裕で出場できるほどだ」

「昔取った杵柄というものですよ」

「なるほど。なら、いつかあなたとバトルしよう。それがオレに対する謝罪ということで」

「それはそれは。喜んでお受けいたします。しかし、あなた様とですと、フフフ、久しく忘れていた昔のようなワクワクとした思いが沸々と湧いてくるようです。これはわたくしも若返った気持ちで些か特訓する必要がございますな」

「たのしみにしてるよ、場所はどこかのリーグでどうかな?」

「よろこんで」

 




ヒンバスって単純に言って体長60㎝、重量7.4㎏と女の子が釣り上げるには大きいと思う。
ついでにホエルオー(高さ14.5m、重量398.0kg)とかギャラドス(高さ6.5m、重量235.0kg)とかを、釣り竿一本かつ自分の腕力だけでいとも容易く釣り上げちゃう主人公勢はどんな化け物なのでしょう。実は戸愚呂弟とか(笑)。でも水上で釣ってたら足場にしてる波乗りポケモンの方が引き上げた反動で沈んじまいますぜ?
まあそれを言うとポッポ(高さ0.3m、重量1.8kg)とかヤヤコマ(高さ0.3m、重量1.7kg)でそらをとぶもいろいろな意味でなかなかだと思いますが(笑)

>メタモン被ってなかった
ユウトはヒカリやシロナとのときわたり中にメタモンを使った変装スキルのことを知り、マスターしています。
そちらがちょろっと出てくる外伝はいずれ公開ということで。

>一対一に拘ってるが、じゃあ群れバトルはどうするんだ?
群れバトルはボールを投げるときに「狙いが付けられない」と出ますが、最終的にはタイマンからのボール投擲になります。さらにバトルの心情的解釈の一つとしてですので、作中そう断定的に述べているということでもありません(所謂ゲームで『モンスターボール投げた後はA連打すれば捕まえやすい』に近いものがあります。尤も、これよりももっと事実に近いようなニュアンスですが)
あ、ちなみにモンスターボール投げた後はA連打は今でもやってますw
なんていうかもうクセになっちゃってますね。


ということで一万字突破で過去最高クラスに長いお話でした。読了されました方、お疲れ様でした。ありがとうございました。
即堕ち2コマバロスの部分を詳細に書けば2つに分割してましたが、なんか書こうとしたらイラッとしてきたのでやめました。


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挿話1 ポロックをつくろう

「あ~あ、失礼しちゃうわ!」

 

 今オレの目の前には結構激おこぷんぷん丸な状態のトウコちゃんがいる。

 なんでそんな状態になったかというと、

 

「人のポケモンを笑って(あげつら)うとか神経どうかしてますよ! ていうか、それでも本当にトレーナーかっつーの! あのクソガキャ!」

 

とまあつまりはこういうことだ。

 

 トウコちゃんと出会った場所が、2番道路ーサンヨウシティ・3番道路ーシッポウシティをそれぞれ直角三角形の底辺と高さとすると、ちょうどその三角形の斜辺の真ん中よりやや2番道路寄りぐらいというところだった。

 また高レベルのペンドラーに追いかけられるといったトラブルに見舞われるのもかわいそうかと思ったので、旅は道連れということで、しばらくの間は共に行動をすることにしたオレたち。そこから使われなくなって久しいと思われる旧道を通ってオレたちは町を通らずにヤグルマの森に抜けた。サンヨウシティやシッポウシティは、二年前ならいざ知らず、今はジムがないので無理して寄ることもないかということで、そのままヒウンシティを目指していたわけだ。

 ちなみにトウコちゃんはこのヤグルマのもりで三匹目のポケモン、モンメンをゲットしてみせた。水辺に水を飲みに来たモンメンが相手ということで、相性的には分が悪いものの、ラルトスではなくヒンバスでのバトルだった。森を散策してる途中で採取したリンドの実を持たせた上でミラーコートを鮮やかに決めてのゲットに、

 

(うわぁ、リンドの実の効果はユウトが説明したけど)

(おいおい、マジで本当に初心者なんか?)

 

と思わずラルトスと二人で唸ってしまったほどだ。

 そして全員の顔合わせも兼ねて、その水辺でひとときの休憩をしていたオレたちに、バトルを仕掛けてきた短パン小僧がいた。彼はオレではなくトウコちゃんと対戦し、ここでも見事に勝利を収めて見せた。

 そして彼の去り際のいわゆる負け惜しみ的なものが、ヒンバスに対しての外見から来る中傷である。

 図鑑にもあるようなその醜さと負けた悔しさから思わず口走ってしまったのだろうが、そこから彼女は今の御冠(おかんむり)な状態になっているのである。

 オレとしてはここで慰めるのもいいし、一緒に怒ってあげることも大事だとは思うが、ヒンバスのままであれば今回のようなことはきっとまた起こることだろう。

 ならば、もう少し建設的な案で行くかー。

 

「んじゃあ、ヒンバス進化させよっか」

「(まあ、それが一番簡単で手っ取り早いわよね)」

 

 そういうことだな。

 

「……ハイ?」

 

 一方、言われたトウコちゃんの方は何を言っているのかといった具合にポカンとした反応を返すに留まったのみだった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「ポケモン図鑑のヒンバスの項目を出してみて」

「わかりました」

 

 スマートフォンとタブレット端末のちょうど中間くらいの大きさのポケモン図鑑を操作してもらい、ヒンバスのページを表示してもらう。

 

『ヒンバス  さかなポケモン

 一か所に集まる習性を持ち、水草の多い場所で生息するが、なんでも食べるそのしぶとい生命力で、海でも川でも、また汚いところでも僅かな水しかないところでも生きのびていける。

 また、みすぼらしく醜いポケモンで研究者を始め誰にも相手にされないポケモンだったが、近年新たな研究結果が発表されて、俄かに注目を集め始めたポケモンでもある。』

 

「ここの『近年新たな研究結果が発表されて』っていう説明が書いてあるでしょ?」

「あ、え、ええ」

 

 トウコちゃんの隣に腰掛け、ポケモン図鑑の該当する部分を指でなぞる。

 

「これってヒンバスの進化についてのことなんだよ。ヒンバスの進化方法はかなり特殊でね、つい最近まではわかってなかったんだ」

(ちなみに発見したのは当然ユウトなんだけど!)

 

 ラルトスはフフンと胸を反ってドヤ顔を決める。

 まあ、それはここでは言わないし、あとオレのことも自慢したいんだろうけど、そんな姿に「カワイイ奴め」と思うと同時に「そんな幼児体型でそんなことをされても……」とも思ってしまう。

 

「(ふん!)」

「あいてててて! ちょ! 耳引っ張んなって!」

「(知らない!)」

「あの、どうかしました?」

 

 ラルトスとちょっとふざけたらこちらに振り向いてきたトウコちゃん、ってちょっ!? 顔近っ!? うわやっべ! メチャクチャ近いよ、あとちょっとでその美人でちょっと赤らんでるその(かんばせ)に触れちゃいそうなほど近いよ!

 

「あ、ご、ごめん!」

 

 気づかなかったとはいえ他人の、しかも女の子のパーソナルスペースに勝手に侵入とかヤバいよ! 一歩間違えれば変質者でジュンサーさんと手錠付きで仲良くランデブーしちゃうよ! 事案だよ!

 と、とりあえず一歩分離れてっと!

 

(あー、ユウト、そういうの全然大丈夫みたいよ?)

「あ、あの、わ、わたし大丈夫ですから。えーと」

 

 ラルトスの言うようにどうやらトウコちゃんの方は怒ってないようだ。

 いやぁ、嫌われちゃうとこの後のヒウンシティまでの旅がものすごく気まずくなるから助かったといえば助かった。

 

「あー、本当にゴメンね、トウコちゃん。今度から気をつけるから」

「あ、は、はい……」

 

 ふう。とりあえずなんとかなったようで、話を戻すか。

 

 えーと、なんだったっけか?

 

(ヒンバスの進化の話よ)

「あーそうそう! ヒンバスの進化の話ね」

 

 そうそう。図鑑の説明のところまでは出してもらってるんだったな。

 じゃあ、その続きと行こうか。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「えーと、あっ! あれかしらね」

 

 ヤグルマの森の中、わたしはユウトさんと手分けして木の実の採取を行っている。この森、自然に生っている木の実が多いみたいで、「ハーデリアも歩けば棒に当たる」じゃないけど、ちょっと歩いているだけでもすぐに木の実を見つけられる(ちなみにこのことわざ、地方によって入るポケモンが違うみたい。例えばカントーだとガーディってポケモンらしい。ホウエンではポチエナだった)。

 

「モンメン、樹上の木の実に向かってはっぱカッターお願い」

「モン! モン、メーン!」

 

 モンメンは体の両脇についている葉っぱを羽ばたくように動かすと、そこからはっぱカッターが飛び出していく。はっぱカッターの刃で木と切り離された木の実はそのまま万有引力の法則に従って次々と地面に落ちていく。

 

「ラル!」

 

 しかし、地面とぶつかって潰れるという直前でそれらの木の実は落下を止め、ふわふわと宙を漂い始めた。そのままその木の実はラルトスの頭上に向けて飛んでいく。

 

「ラルトス、大丈夫?」

「ッル! ルッ!」

 

 ラルトスの頭上には既にこれまで採取したたくさんの木の実が浮かんでいた。

 なんでラルトスがこんなことをしているのかというと、ユウトさん曰くラルトスのサイコパワーの持久力を伸ばすための訓練なのだそうだ。母親であるユウトさんのラルトスにも何かを言われたらしく、本人自身は非常に奮起している。傍目には宙に浮かぶ木の実も歩くラルトスもフラフラしているし、ラルトス自身かなりきつそうなので、見ているこっちとしてはハラハラものなんだけど。

 

「うん。一回戻ろうか」

「……ル」

「モンメーン!」

 

 浮遊している木の実の中には青い色の木の実の割合が多くなっている。それにそれを差し置いても大分木の実も集まったし、これで必要量は揃ったんじゃないかとも思う。足りなかったらまた取りにくればいいし、一旦ラルトスを休憩させないと。

 

「モンメン、辺りの警戒お願いね」

「モンメーン!」

 

 

 歩きながら木の実を見やって思うのは――

 

(ヒンバスの進化、かぁ)

 

 ヒンバスってコイキングと共通点が多いから、コイキングみたいにレベルが上がれば進化するものと思っていたら、どうやら違うみたい。

 

『トウコちゃんがポケモンコンテストとかトライポカロンに出るのなら、知っていなければいけないものなんだけど、ポケモンには【コンディション】ってものがあってね』

 

 コンディション。

 なんでも、“かっこよさ”“美しさ”“かわいさ”“賢さ”“逞しさ”の五つの要素で構成されるものだそうだ。これらを上げているとポケモンの魅力が大いに引き出され、ポケモンパフォーマンスやポケモンコンテストでは大いに注目を集めるのだそうだ。というよりもパフォーマンスやコンテストで勝ち続けるにはこれらを上げていないとお話にもならないらしい。“ホウエンの舞姫”や“ホウエンコンテストアイドル”“クイーン”といった称号を持つ人たちは、勿論演舞やパフォーマンスの実力も高いけど、これらの要素も抜かりなく最高位にまで上げている人たちなのだそうだ。

 

『ここで負けていたら、彼女らと同じスタートラインにすら立つことができない。いやいっそのこと、試合会場にすらたどり着いてないと言ってしまってもいいかもしれない。それぐらいパフォーマンスとかコンテストでは重要な要素なんだ』

 

 まあ、わたしはトレーナーなので、目標はポケモンリーグチャンピオンだから、それはいいとして。

 

『図鑑にはヒンバスのこと、醜い醜いって書いてあるよね。ヒンバスをこれの反対、つまりは美しさ、このコンディションを相当高くまで上げる必要があるんだ』

 

 ……うん。

 美しさのコンディションをかなり上げてレベルアップとかそりゃあ進化方法見つからないわ。てかコレを見つけた人っていったい何者なのよ? そんな変態チックなことを見つけた人のツラ、是非とも拝んでみたいわよね。

 

「まあ、そんな人のおかげで進化できるんだから、変態ってのは取り消しておこうかしらね」

 

 とりあえず、これでヒンバスの進化の目途がついたわけだ(ついでになんかもう一つ進化方法があるらしいけど、設備の関係で今すぐにはできないらしい)

 

『この美しさのコンディションを上げるには青い色の木の実が多く必要だから、二人で手分けして集めてこようか』

 

 

「おっと!」

 

 浮いていた木の実のうちの一つがわたしの目の前に落ちてきたので、思わず手に取る。

 

 うん。

 さすがにラルトスが限界に近いっぽい。わたしはラルトスを両腕に抱えて待ち合わせの水辺に戻ることにした。

 

(さっきの……)

 

 ユウトさんと思わず身体が密着したとき。

 ユウトさんはすごい謝って恐縮していたけど、わたしとしては別に嫌というわけではなかった。

 あれかしら。通勤電車とか昔ライモンシティにある地下鉄に乗ってイベントとかにも連れて行ったもらったこともあったけど、人が混み込みしててすし詰め状態だったけどそこまでは不快というわけでもなかったし。まあ、離れたときはちょっとは残念かなぁとも思ったんだけども。で、でもそれだけだったと思うし。いや、でも――

 

「モン!」

「んえ?」

 

 気がつけば、先には待ち合わせの場所でもあった水辺が見えた。

 あれ? わたし、そこまで考えに耽っていたかしら?

 

「モン! モン!」

「そうね。早く戻りましょうか」

 

 わたしはモンメンに先導される形で歩を進めた。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ヤグルマの森の水辺。ここではトウコちゃんがモンメンを捕まえ、トレーナーとのバトルにも勝利し、そして木の実を手分けして探したらここに戻ろうということで待ち合わせにもした場所。

 今、オレとトウコちゃんたちの目の前には森で集めてきた木の実の山。それからもう一つ、ヒンバスを進化させるに当たって重要な器具が木の実の山の隣に鎮座していた。

 

「さて、こうして木の実を集めてもらったわけだけど、このポロックキットを使ってポロックを作ってもらうよ。あ、ポロックはコレのことね」

 

 オレは自分のポロックキットに付属しているポロックケースの中から一つポロックを取り出す。

 

「ポロックはこの四角いポケモンのお菓子のことね」

 

 取り出したポロックは青・桃・赤・黄・緑の五色が段々重ねになっている普通の虹色ポロックだった。ちなみにこのポロックは五つすべてのコンディションが上がる効果を持つ。

 

「で、このポロックなんだけど作り方は――」

 

 そうしてオレはトウコちゃんの目の前でポロックの作り方を実践していく。

 まずはポロックを作るにあたって、ポロックキットの木の実ブレンダーに投入する四つの木の実を選び出す。今回は美しさを上げるために青い木の実を四つ使って青系統のポロックを作る。その選んだ四つの木の実を木の実ブレンダー上部の器に入れて蓋をしたら、ブレンダー本体にその器をセットしてスイッチオン。ウィーンという音と共に少ししてからピピーンというチャイムが鳴れば出来上がりの合図だ。ブレンダー下部にある取り出し口からポロックを取り出せばOK!

 

「ざっと、こんな感じかな。うーん、普通の青いポロックか」

 

 出来上がったのはなんてことはない単なる青いポロックだ。ツブツブが全面に(まぶ)してあるような感じであれば、“すごい”という接頭語がついてコンディションも大幅に上がるポロックとなる。

 

「なるほど。案外簡単ですね!」

「そうだね。この新型ブレンダーが出来てだいぶ楽になったよ」

 

 昔の旧式のタイプなんて、タイミングよくブレンダーのボタンを押して木の実を砕いていかないといいポロックはできなかったんだからね。今のはオートでやってくれるし、確率でいいポロックも出来上がるから、ホント科学の力ってすげーなー。

 

「じゃあ、やってみよっか」

「ハイ!」

 

 ということでトウコちゃんにポロックを作ってもらうことにしたんだ――

 

 したんだけどね――

 

 

 

「ねえ。ちょっと聞いていい?」

「はい? なんでしょう?」

「あなた何者?」

「はいぃ?」

 

 トウコちゃんはオレの質問に眉根を寄せて至極困った表情を作っているんだけど、これだけは言わせてほしい。

 

 

 ――アンタのリアルラックはナニモンだ!?

 

 

「いや、連続六回すごい青色ポロックが出来て、じゃあ試しにってことで四色の木の実を使って全部のコンディションが上がる虹色ポロック作ってもらったら十三回連続ですごい虹色ポロックが出来るとか」

「あ、また出来ました!」

「じゅ、十四回連続だと……!?」

 

 なんだよそれ。今回は別に大した木の実は使ってないから、“すごい”ポロックってできる確率結構低いんだぞ。それを十四回連続とか。ヒンバスの色違いのときも思ったけど、この子幸運ランク絶対A以上はあるよね?

 とりあえず、すごい虹色ポロックは十六個あればコンディションがすべて最大値になるので、進化に必要なポロックの数はもう十分なのだが、ここまできたらどこまでその連続記録が伸びるのか個人的に気になったので、普通の虹色ポロックが出来上がるまでポロックを作ってもらったのだが――

 

「あ、今までの虹色ポロックじゃない! これはユウトさんが最初に見せてくれた普通の虹色ポロックですね」

 

 

 ――連続記録は四十九にまで伸びました。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「ユウトさん、準備はいいですか?」

「あーっとー。うん、これでOK! トウコちゃん、いつでもいいよ!」

 

 ヒンバスは虹色ポロックを十六個食べ終えてコンディションがすべて最大の状態になり、水辺に浮かんでいる。見れば、確かに醜い中でも艶や輝き、スタイリッシュさなんかが以前とは雲泥の差、比べ物にならないレベルで見違えている。

 そんなヒンバスを囲むように佇むオレやラルトス、トウコちゃん、そしてトウコちゃんのポケモンたち。皆、ヒンバスの進化を見守るためである。ついでにオレとラルトスは各地方のポケモン研究所に渡すための映像資料を作るためにカメラを構えている。ちなみにポロックを与えるところから含めてすでに収めてあったりする。図鑑にあった通りで、まだまだヒンバスの資料が少ないらしく、各地方の博士から「機会があれば是非に!」と頼まれていたからだ。

 さて、今トウコちゃんの手元にあるのはふしぎなアメ。これはポケモンのレベルを1だけ上げるための道具だ。めったにない貴重な道具だが、悠長にバトルで経験値を重ねてレベルアップというよりも、とっとと上げて進化させてしまいたい。そう思ってオレが手持ちにあったアメを一つ、トウコちゃんに譲ったのだ。

 あ、そうそう。ヒンバスは「自分の姿がちょっとでも変わるなら」と進化に相当前向きな状態である。

 

「うん! じゃあヒンバス、このアメを食べて。それであなたのすべてが変われるはずよ」

「バスー」

 

 トウコちゃんが手ずからふしぎなアメをヒンバスの口に入れる。少し口の中で転がしたところで、ヒンバスはゴクリとそのアメを飲み込んだ。

 

 そして始まる生命の神秘。神々しいまでの白光を伴いながら、徐々に変化をしていくヒンバスの身体。まるで蛹から羽化して成虫へと変態するかの如く。身体は細長く変化していき頭部からは特徴的な触覚と長いヒレが生え、細長い体の先、尾の先端が扇のような尾ひれに変化していった。

 そして神秘の輝きが止む。

 

「う……そ……」

 

 頭部から生える触覚は淡いピンク色をして、同じく頭部から生える長いヒレは薄青色。ヒレの先端が水面に浸かるほどの長さからメスであるという特徴が読み取れる。長いヒレが棚引くとその下にはエラのような小さい穴が片側に一列ずつに三つ、縦に並ぶ。その非常に淡い黄色く細長い体の下半身部分から尾ひれにかけて、通常であれば青と赤を主体とした七色に輝く鱗は、体色とは違って濃い黄色とマゼンタを主体とした七色の輝きを放っている。その部分が、見る角度によって色が変わって見えるのは通常色も色違いも変わらない。

 

 ヒンバスは“いつくしみポケモン”ミロカロスへと見事な進化を遂げたのだった。

 

「(……綺麗よねぇ……)」

 

 たしかに。何度かこのミロカロスへの進化を見てきたが、この進化だけは何回見ても見惚れてしまう。それほどの美しさと気品あふれる姿がこのミロカロスというポケモンにはあった。

 

「こ、これが……あのヒンバスだった子……。これが……わたしのポケモン……?」

「そう。これがヒンバスの進化だ。ミロカロスといって、いつくしみポケモンともいわれている。その美しい姿を見た者は心が癒されるという謂れからだね。最も美しいポケモンの一つとも謂われている」

 

 ミロカロスは透き通るような美しい鳴き声を一声響かせると、トウコちゃんの元に寄っていき、その美しい身体をすりすりと擦りつける。

 

「ほーら、トウコちゃん。ミロカロスが挨拶してるよ?」

「は、ハイ! あ、ミロカロス、うん、これからもよろしくね!」

 

 惚けていたトウコちゃんがそうミロカロスに声かけるとミロカロスはそのままトウコちゃんに寄りかかって彼女を押し倒してしまった。

 

「こーら、ミロカロス♪」

 

 トウコちゃんの方も満更ではないようで、口ではああ言いつつも、ミロカロスのされるがままにされている。

 

「ラル。ラールト」

「モン、モンメーン」

 

 そこにトウコちゃんのラルトスとモンメンが加わる。四人はとても和気藹々とした様子だ。

 

「(いい景色よね)」

「そうだな」

 

 ポケモンとトレーナーの理想のような光景に、オレとラルトスは彼女らが飽きるまでその様子を眺めているのだった。




ということでヒンバス進化回。
早い? でもさっさと進化させないとレベルアップで技ほとんど覚えませんし。そこはコイキングと似てますね。

途中Fateの幸運ランクが出てきてましたが、Fateあんまり詳しくないので間違ってたら誤字報告等で訂正お願いします。


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第3話 ヒウンシティ散策と対ジムリーダー戦

祝☆サンムーン発売!
しかし、まだストーリー途中。クリアが全然見えません……。
そして、困ったことにSSの方に手が付きませんw
あぁ、ストックが溶けていく~


「着いた! ここがヒウンシティだ!」

 

 あれから、ヤグルマの森を抜け、イッシュ地方で最も長い橋であるスカイアローブリッジを渡り切ったわたしたちを出迎えたのは、天をも衝かんとばかりにそびえ立つ摩天楼の数々であった。多数の近代的な高層ビル群が所狭しと並び立つイッシュ最大の大都会。

 

「うわぁ、ここは相変わらずよねぇ」

 

 昔ホウエン地方に行くときにここから船に乗っていったのだけど、そのときから変わらずの巨大港湾都市っぷりである。まあ、この町から全地方に船便が出ているから当然といえば当然なのかもしれないわね。

 

「ユウトさん! まずはヒウン名物のヒウンアイス食べに行きましょう!」

 

 以前来たときは存在すらしてなかった。ホウエンにいたときに、テレビで見て「なんでわたしが行ったときにはなかったのよ!」と歯ぎしりしたほどだ。テレビに映る長蛇の列に思わずたじろいでしまったけど、でもやっぱり並んででも食べてみたいとは常々思っていたのだ。ヒウンシティはジムがあるけど、ぶっちゃけそんなのは後でいーです!

 

「早く行きましょう! 今日は火曜日なのでもう売り切れてるかもしれません!」

 

 たしか火曜日はすぐに売り切れになるとか言っていたから、もうすぐにでも行って並びたい!

 

「はいはい、じゃあアイス食べて休憩してから明日のジム戦のためにジム見ていきましょうかね」

 

 やれやれといった具合に苦笑いを浮かべてくれてますけど、早く行きますよ!

 

「言っておきますけど、ここでチンタラしててアイス買えなかったらなにか奢ってもらいますからね!」

 

 

 ――……

 

 

「あり?」

 

 ヒウンシティの観光案内ではここ、モードストリートにヒウンシティ名物ヒウンアイスの売店がある。だから早足気味に来てみたんだけども――

 

「列が……ない……?」

 

 わたしがテレビ見て知っていたのは、たった一つの売店のために長蛇の列を作ってアイスを買い求めるお客の姿。

 しかし、いまわたしたちの目の前にあるのはどこぞの寂れた公園にある屋台のような、そんな雰囲気を漂わせるアイス屋。行列のできるという話はおろか、この通りを通る通行人さえ目もくれていない。

 

――ん? へぇ、こんなところにアイスクリーム屋があったのか――

 

「はいぃぃ?」

 

 一人ぴたりと足を止め、アイス屋を見やった通行人がこぼした言葉。これには愕然とした。

 

「まあ、これがヒウンアイスの現状さ。さ、とりあえず買ってオレの行きつけのカフェにでも寄ろうか」

 

 ポンと肩をたたくユウトさんにわたしは気の抜けた応えしか返せなかった。

 

 

 ちなみに、「一人一個しか買えない」と聞いていたアイス、わたしは四個、ユウトさんは二ダース買っていた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 その後はカフェに行く前に、先にジムに寄ってもらうことにした。なんか一気に肩が透かされたので気分転換の一環として、ちょっとぶらつくことにしたのだ。

 

「この町はやっぱりすごいですねー。わたしだったら完全に迷ってジュンサーさんのお世話になってるか下手したら下水道辺りをウロチョロしてたりして」

「慣れればなんとかなるよ。まあ、オレも最初はトウコちゃんみたいな感じだったけどな。一応『だいたいここにこんなのがある』ってわかってたのに下水道行っちゃったりしたこともあったし。ただ、おかげでイーブイゲットできたけど」

「おお! イーブイですか! いいなぁ、わたしもゲットしたいです!」

 

 イーブイはいろんな進化があるポケモンで何よりもちょーぜつカワイイ! 絶対ゲットしておきたいポケモンだ。

 それにしても。

 手元のアイスクリームに目を落とす。

 

「んー! やっぱりこのアイスおいしいですよねー! みんなはどう?」

「ラルー!」

「ロォ~、ロォース!」

「モンメーン!」

 

 どうやら三人ともご満悦なようだ。正直これでなんで人気が下火になってるのかわからない。こんなにおいしいのになぁ。

 あ、ラルトスは両手にアイスを持ってるけど、アイスを持てないミロカロスと持つと飛びづらくなるモンメンのためにラルトスがアイスをサイコパワーで操ってあげています。これもラルトスのいい訓練にもなっているみたいですね。

 

「……あー、それにしても、なんか、すーごいですよねー。その、視線が……」

「……まあ、そーだよなー」

 

 ……いい加減無視することも出来なくなってきた現実を直視し始めるわたしたち。投げやりな答えが返ってきたユウトさんも正直うんざりしているんだろう。

 

 ていうかごめんなさい。これ、きっとわたしのせいですよね?

 

 というのも、ユウトさんのアイスはしばらく溶けないようにしっかりと包んでもらっていたみたいだけど、わたしのはそうでもない。早く食べなきゃということで、三人に出てきてもらい食べ歩きをしていたんだけど、まあ街行く人街行く人全員がわたしたちのことをチラチラ、中にはガン見していく。

 さらには、

 

「す、すごいですね、このポケモン! なんて名前なんですか!?」

「うん、ミロカロスっていうポケモンだよー。いつくしみポケモンで水タイプなんですよー」

「すみません! メッチャ綺麗なんで写真撮ってもいいですか!?」

「あ、私の方もお願いしていいですか?」

「あ、じゃあボクもお願いします」

 

 こんな感じでちょっと歩けばミロカロスの撮影会が始まるわけですよ。捌くこっちがメチャクチャ大変。でも、まあ無下にも出来ないし、ミロカロスもちょっと乗り気な感じがするから、ミロカロスの気が済むまではやってあげようということになった。きっとミロカロス的には進化前はさんざん『醜い』と蔑まれてきたのだろうから、チヤホヤされる今の現状が嬉しいという気持ちはなくはないと思う。

 

「それにまあ、ミロカロス自体相当珍しいポケモンだし、進化方法もわかってなかったから仕方ない部分もあるわな」

「ルートー」

「えーと、進化方法としてはヒンバスっていうポケモンを――」

 

 どうやったらゲットできるのかを聞かれたトレーナーに答えながらそうこぼすユウトさんやユウトさんのラルトスの言を聞きながら、わたしもパフォーマーだという長い金髪のおさげ髪と黒縁の四角いメガネが特徴的な女の子にユウトさんが言っていたのと似たようなことを告げる。

 

「パフォーマーっていうとポロック作るの得意なんですよね?」

「うーん、ポフレは作るの得意だけど、ポロックかー。知り合いに当たってみよう!」

「ポフィンってお菓子でもいいらしいですよ」

「へぇ。いろいろ教えてくれてありがとう! にしても偶々イッシュに来てこんないい情報が聞けるなんてラッキーね!」

「あ、どちらから来たんですか?」

「カロスよ。トライポカロンはカロス発祥でカロスが一番レベル高いから、ポケモンパフォーマーはカロスが一番多いのよ」

 

 なんてことを話してたりした。

 ちなみに

 

「あのヒンバスを進化させちゃうなんてあなたすごいわよね~」

 

なんてことを結構な人が言ってくるので、少し嬉し恥ずかし。でも、ミロカロスが自慢できてやっぱりちょっと嬉しの方に比重が傾くかな。

 

 まあ、そんなこんなでアイスも食べ終えて、ミロカロスたちを戻してヒウンジム見学。

 ちなみに外見的にはポケモンリーグの看板が目に付くので、ここがジムだとわかるけど、見た目は普通のビル。中をちょっと覗いてみると白い繭みたいなのがあり、さらに他にもたくさんの絵が飾ってあって、ちょっと変な美術館かあるいは画廊のようにしか見えなかった。

 

「なんですか、これ?」

「うん、ジムリーダーのアーティさんはヒウンジムのジムリーダーであると同時に芸術家でもあるんだ。だからここはジムであると同時にアーティさんの個人的な画廊でもあるんだよ」

「へぇ、まあわたしには芸術はよくわかりませんが。ちなみに兼業の人って他にもいるんですか?」

「イッシュやカロスはかなりいるね」

 

 そんなこんなでジム見学は終了。

 

 今度は順番をずらしたカフェに寄る。

 

「うわ、なんかさっきまでの通りを見てると、ここは明らかにグレードは下がりますね」

「まあ、このスリムストリートは裏路地に近いからね」

 

 ゴミ箱やマンションのごみ捨て場があちこちに設置されているし、影のせいか街灯は燈っているのに若干暗い。全体的にみすぼらしい印象を受ける通りだ。

 

「さ、ここだ」

 

 見れば、普通のビルだけど、一階がシックなレンガ塗りの壁になっていて、赤い縁取りのドア枠と濃い木目調の扉がなんだか落ち着きを与えてくれそうな気がする。

 

「『カフェ 憩いの調べ』、ですか」

 

 扉の横には植木が植えられており、その前に立つこれまた赤い看板に書かれた文字をわたしは読んだ。

 

「そ。シックなBGMだしとても落ち着ける場所だよ。オレのヒウンシティでのオススメだ。じゃあ入ろうか」

「はい」

 

 カランカランというドアベルの音を鳴らしながら、ユウトさんの後に続いてわたしも店内に入った。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 店内は暖色系のランプのような照明に、入口の扉と同じつくりの壁、柔らかい感触を跳ね返すカーペットはどれも心にゆとりと落ち着き、そして癒しをもたらしてくれる。ユウトさんにつられて座席に座る。椅子もふわりと柔らかい。目の前のテーブルも扉、壁と同じらしい。極め付けは店内を流れるBGMだ。どこか物悲しいような哀愁を漂わせる、だけどふとした懐かしさをも抱かせるそれに、なるほどという思いを抱いた。店内を流れる時間の加速が緩められているようで、店内にいる数名の客もこの雰囲気に身をゆだねて楽しんでいるかのように見受けられる。

 

「これは確かにユウトさんが推すだけの場所ですね」

「気に入った?」

「とっても」

 

 こういうところには初めて入ったんだけど、さっそくわたしのお気に入りの場所として格付けされそうだ。

 

「いらっしゃいませ、お久しぶりですね、ユウト様」

「ども、ご無沙汰してます、マスター。あ、これお願いします」

 

 お冷をユウトさんの前に置いて注文を聞きに来ただろうここのマスターの人にさっき買ったヒウンアイスを渡すユウトさん。あんなに買ったのはこういうことだったわけですか。

 

「こちらの女性の方は初めてでいらっしゃいますね」

「え? あ、はい!」

「左様ですか。ではこちらをどうぞ」

 

 そうして私の前に置かれる白い飲み物。なんだか見た目まろやかな感じもするし、ほんの微かに甘い香りもするような? てか私まだ何も注文してないですよ?

 

「こちら、モーモーミルクでございます。当店では初めておいでいただきましたお客様にサービスとしてお配りしているものでございます」

「わぁ、そういうことですか。ありがとうございます!」

 

 モーモーミルクはミルタンクの乳から絞り出される牛乳で栄養満点でおいしいという評価が高い。わたしも大好きな飲み物だ。

 グラスに挿してあるストローからモーモーミルクを吸い上げる。適度な冷たさとまろやかさと甘さ、そしてこの臭みのなさはまさにモーモーミルクのそれである。

 ユウトさんのオススメを二人分注文してさらにもう一口。

 ふと、耳に店内のBGMが強く残った。

 

「ユウトさんこの曲知ってます? なんか何度も同じ旋律を繰り返してるみたいな気がするのですが」

「あぁ、これ? これはいわゆる“いにしえのうた”と呼ばれる曲だよ。イッシュではたぶんここでしか聞けないだろうね」

「おそらくその通りでしょうね。この曲を思い浮かんだミュージシャンの方は偶々あのときのユウトさんが同席されたから出来た曲だと仰っていました。それにこの曲は外に発表するつもりはないとのことです」

「僕はあのときここにいれてよかったよ。なんたって、この曲とあのポケモンを生で見れたんだから」

「それは言えますねぇ。わたくしもあのときの光景が今でも目に思い浮かびますわ」

 

 ユウトさんの言葉をマスターや背広姿の男性や黒いワンピースに白いマフラーの女性のお客さんが補足してくれたようなんだけど……なんだろう、またユウトさんはここでも何かをやったということなんだろうか。ただ、なんとなく雰囲気的に全員がそのときのことを大切にしているという空気が伝わってきて簡単には教えてくれなさそうというのがなんとなくだけど感じ取れた。

 

「ユウトはん、お待ちの間にこちらはいかがどすか?」

 

 カウンター内に戻った代わりに舞妓さんのような喋り方をするウェイトレスの人がわたしたちのテーブルに来る。手には何やら、何の変哲もない箱が、いや、上部に穴があいていてそこから腕を入れることは出来そうな真っ白い箱があった。

 

「あの、この箱は何ですか?」

「いえ、このカフェも開店して長いどすし、ユウトはんにはこの曲への感謝もありますから、くじでも引いてもろうて当たった記念品をプレゼントしましょうっていうマスターの計らいどすよ。いかがどす?」

「なるほど。ということはトウコちゃんも引いてもいいんですかね?」

「と、いうよりもここでくじを引いておらんのは今入店されたあんた方お二人だけなのどすよ」

 

 ウェイトレスさんの言葉に周りを見やれば、皆が当てた品を見せてくれた。見れば、綺麗な石に技マシンっぽいもの、チョッキ、ゴーグルと、いろいろなものがあるみたいだ。

 うん、そういうことなら遠慮なく引いちゃおう。

 

「もちろんお一人さま一回どすからね」

 

 ということで、まずわたしが箱の中に腕を入れ、くじを一枚取り出す。ユウトさんもわたしの後に続いた。

 

 くじは三角に折られていてそれを開くと――

 

「あ、わたし、太陽の石って書いてあります」

「あら、それ大当たりではおまへんどすか! よかったどすね!」

「そうだな。太陽の石なら進化させることも出来るポケモンも何匹かいる。更には手に入れるのはちょっと大変だから、実用的な当たりの部類だな。何よりトウコちゃんのモンメンもエルフーンに進化させられるからトウコちゃんにとってはこれ以上ないっていうほどの当たりだろう」

 

 やっぱり当たりなんだ! ラッキー! それにしてもエルフーンに進化、ですか。気になるなぁ!

 あ、それはそうと、気になるといえば、同じくくじを引いたユウトさんの方にも興味が出るわけで――

 

「ユウトさんはなんだったんですか?」

「ルトー?」

「オレは“ねらいのまと”って書いてある」

 

 ねらいのまと? いや、そんなの全然聞いたことないんですけど。

 

「あら、そのくじは退かしたはずなんどすが、おかしいどすねぇ。なんでそないなハズレくじが入っとったさかいしょう? マスターは入れへんと思うし、あとは誰どすかね?」

 

 うんうんと悩み始めたウェイトレスさん。

 

「ちなみにねらいのまとなんて初めて聞いたけどどんなアイテムなんですかね?」

「ああ、ウチもライモンシティのバトルサブウェイで取ったことがあるんどすけど、『持たせたポケモンが受ける技のタイプ相性のうち、「効果がない」を無視されるようになる』っていう効果を持つ持ち物どす。具体的にいえばゴーストタイプにノーマルタイプの技はまるっきし効かないけれど、ゴーストタイプにこの道具を持たせれば、ノーマルタイプの技が当たるようになるっていう感じどすね」

 

 ウチはもろてすぐゴミ箱に捨てたんややけど、と付け加えたアイテム。

 うん、確かにゴミにしかならないような道具だわ。ていうかポケモンに持たせられる道具ってバトルを助ける役目になるはずなのに、それじゃあデメリットしかないじゃない。……あー、でも、そのゴミにしかならない、というかデメリットにしかならないものを相手に押し付けたりとかすれば――ダメだ、なんかうまくいかなそうな気がして仕方ない。仮に相手がゴーストタイプだったとしたら、別のタイプの技を撃てばそれで話は終わりだし。

 

「それ、思いっきりハズレのアイテムですわよ」

「うん、功労者の彼にそんなのを渡すのはどうかと思うな」

「うーん、やっぱりそうどすどすやろー」

 

 ユウトさん本人はこれでいいという風に納得しているみたいだけど、周りが納得していなかったので、結局ユウトさんはもう一度引くことにはなった。

 そのことにユウトさんは「やれやれ」とそれに苦笑いしながらも、もう一回カサカサと紙がこすれるような音を立てながらくじを引いて、アタリハズレが書かれているくじの部分を開く。

 

「うーん、なるほど。これはなかなか」

 

 ユウトさんはそう言って、わたしを含めた店内にいる全員の期待に応えるために、破ったくじを見せてくれた。

 

「“だっしゅつボタン”、ですか」

 

 そこに書かれていたのはだっしゅつボタンという言葉。またまたわたしには聞き慣れない言葉だった。

 

「うわちゃー、また微妙なものが」

「くじ運が悪いのですわねぇ」

「ちなみにボクそのアイテムの効果知らないんだけど、どんな効果があるんですかね」

 

 様子を見ているにこれまたビミョーな道具らしいけど、はたして?

 

「あー、たしか『持たせたポケモンが技を受けると強制的に交代しはる』ってゆー効果ほなおへんどしたどすかね?」

「うん。それで合ってますよ。さすがですね」

「いやー、一応これやてウチ休みん日はサブウェイに入り浸ってますさかい。一応そん道具ウチも持っていますやけど、なんやに使えそないそややけども使いどころがわさかいなくて持ってるやけなんどすどすやろ。姐はんに聞こうかて、きょうび中々会えずじまいで聞けへんどすやろー」

 

 そんな効果が。う~ん……あ、例えばあまごいみたいな天候変化技は時間で天気が回復するみたいなんだけど、ならば、雨降らせてからすぐに水タイプのポケモンに変えて、とか? あ、でもだったら、その水タイプのポケモンであまごいやればいいし……。わたしもうまく思いつかないなぁ。

 

「それって前確か言ってた、いろいろ教えてくれる女の人、でしたっけ?」

「そないどすねんよー」

「ふーん。まあ何度も言ってますけど、オレはこれで全然かまわないですよ、ホント」

 

 周りは同情の視線を送る中、それでもユウトさん本人は気にせず――むしろ一段と満足したような――そんな表情を浮かべている。

 

「はぁ~ぁ、ユウトはんのクジ運のなさには同情しますな。でも、んー、なら、そうや、ラルトス、あんたも引いてみる?」

「ラル?」

 

 ラルトスが「わたし?」とばかりに指を差しての疑問に「そうそう」と頷いたウェイトレスさん。もはや三度目の正直といった具合か。

 

 ちなみに、ラルトスがやってみたいということでくじを引いた結果、出たのがなんと闇の石。これはわたしの太陽の石同様、特定のポケモンを進化させる道具のようだ。おまけに結構珍しい。つまりは大当たりの部類。

 

「べ、べつにいいし。こ、これも、あ、当たりだし。く、悔しくなんか、な、ないし」

 

 その結果にユウトさんは強がりを言うも声は震えていた。ついでに目元も気持ち潤んでいるような気もした。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 翌日。

 

「アーティさん、ご無沙汰してます」

「ラルラ~」

「やーやー久々だねぇ、ユウトくん。ラルトスも元気そうだ」

 

 あの繭だらけのジムに入ると、すぐさまこの男の人と出会った。茶色のくせっ毛に緑色の瞳、首に巻いた赤いスカーフはまだいいとしても、緑と赤の縞ズボンと蝶の形をしたバックルが非常に個性的な男性。ちょっと痛い人のようにも見えるけど、どこか飄々とした雰囲気も感じさせる人だ。

 

「紹介するよ、この男性がこのヒウンジムのジムリーダーを務めるアーティさんだ」

「よろしくねぇ、かわいいお嬢さん」

「あ、はぁ。よろしくお願いします。あ、わたしはカノコタウンのトウコっていいます。今日は対戦よろしくお願いします」

「あううん、はい。んまぁ~、よろしく~」

 

 ……なんだろ、なんかこの人、歯切れが悪いわね。そんな感じな人じゃなかったような気がしたんだけども。

 

「んじゃあバトルフィールドに移動しようか。付いてきて」

 

 そのあと、前衛的な(よくわからない)繭の道に吸い込まれながら、たどり着いたのは、これまたぜ……もういいや、わけわかんないフィールド。一応白線が引かれ、客席も設けられているんだけど、なぜか地面がペンキをぶちまけたような様々な色で構成されているんだから。奥には絵画の額に収められたポケモンリーグの絵が飾られている。その前にはいくつもの色のペンキが無造作に置かれていた。

 

 

「さて、ジム戦てことでいいんだね?」

 

 

 それまで飄々としていたアーティさんからは感じられなかった真剣さが感じられた。

 

「はい!」

 

 負けじと声を張り上げる。ここで気合いで負けていたら、ジムバッジなんて取れない!

 

「そうかい、いい返事だ。じゃあルールの説明と行こうか」

 

 そうして提示してきたルールというのがこれだ。

 

 ・二対二のシングルバトル

 ・道具、持ち物(ポケモンに持たせる道具)の使用はなし

 ・ポケモンの交換は挑戦者(つまりはわたし)のみOK

 

「本当は普通の三対三のバトルにしようかと思ったんだけど、キミはまだポケモンをもらったばかりだし、ジムバッジを一つも持っていないって聞いたからね。特別に持ち物使用なし、二対二って形にしたんだ」

 

 ん? わたしいつまだ所持バッジ0個って言ったかしら。

 そう思っているうちにアーティさんはトレーナーズスクエアに向かうのではなく、なぜかバトルジャッジの位置へ。って、え!? なぜに!?

 

「今回は特別な人にジムバトルをやってもらおうと思ってね。だから、ボクは今日はジムリーダーじゃなくてジャッジだよ。つーことで、今日の臨時ジムリーダーは――」

 

 アーティさんはそのまま右手をジムリーダーが立つべき位置に差し向けて――

 

「彼だ」

 

 そしてわたしはその先を見やると――

 

「ども! アーティさんに頼んでやらせてもらいました!」

 

 そこには笑顔でこちらを見るユウト(全国チャンピオン)さんが――!!

 

「って! えええええぇぇぇ!?」

 

「それじゃあこれより、ヒウンジム臨時代理ジムリーダーユウトと挑戦者トウコのバトルを始めるよー」

 

 わたしの驚愕を張り付けた声とは対称的に、アーティさんの間延びした声でわたしの生涯初めてのジム戦の幕が切って落とされたのだった。

 




ポケモンパフォーマーはアニメXYでちょろっと出ていたリリーっていうソルロックを連れている子です。ピクシブ百科事典のポケモンパフォーマーの項目が一番詳しいかな。


ウェイトレスは京言葉を話すトレーナーにしようかと(実際にいます)思ったんですが、京言葉わからず。

『京言葉』で検索すると、『京言葉 変換』って関連キーワードがある

京言葉変換サイトがイパーイ。

「なら、これ使えばええやん」

ということで“京都弁に変換もんじろう - 言葉・方言変換サイト”というサイトさんの変換機能を使わせていただきました。
ただ、京言葉含め、「ここおかしい」ということがあればご指摘お願いします。


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第4話 立ちはだかる壁

「安心していいよ、トウコちゃん。きちんとキミがボクやユウト君を認めさせることが出来たらジムバッジはキミのものだからさ!」

 

 う〜ん、ジムリーダーがああ言ってるから良いの、かな?

 それに“全国チャンピオン”の実力、今までは映像なんかで見るか、傍でバトルしているのを見るだけだったから、面と向かっての対戦は今回が初めてだ。チャンピオンの力の一端を、肌で感じることもできるかもしれない。

 ベルたちの中でわたしはトウヤの持つチャンピオンマスターの座を目標にしているわたしにとって、今はまだ全然歯が立たなくてもいずれは届きたい、追い越したい頂にいるのが彼だ。なにせ彼は“全国チャンピオン”なんだから。

 

「さてトウコちゃん、まずキミが相手をするのはこの子だ」

 

 ユウトさんは持っていたモンスターボールを、掬い上げるように宙に放り投げる。

 放物線を描くような軌道で、その頂点のところで、パカリとボールがその大口を開けた。

 中からは白い光が、泉が溢れ出すかのように現れ、それがフィールドのある一か所に注がれる。ポケモンがボールから出てくる前兆だ。

 そして現れたポケモンは――

 

「チョボ、チョボマー」

 

 オムナイトみたいに巻いた殻を背負っているポケモン。殻の入り口部分は騎士の兜のような形をしていてその口から出ているピンクの部分は(あたか)も、唇を「ム~ッ」っと突き出しているようにも見える。殻の入口下部にあるチョコンとある小さな足がちょっとチャーミングな気もする。

 

『チョボマキ  マイマイポケモン

 敵に襲われると殻の蓋を閉じて防御する。蓋の隙間からベトベトした毒液を飛ばす。

 近年、理由は解明されていないが、カブルモと関係が深いことがわかった。

 カブルモと共に電気的な刺激を受けると進化する。』

 

 カブルモってポケモンがどういうポケモンかはわからないけど、“近年”って単語からまたヒンバスみたいな進化に特殊条件がありそうな気もするポケモンだなぁ、と図鑑からの電子音声を聞きながらも思ったりもした。

 

「ここは虫タイプのジムだからね。コイツも当然虫タイプだ。ついでに、図鑑では毒を吐くと書かれてるみたいだけど、別に飛行タイプとかの複合タイプでもない純粋な虫タイプだな」

 

 なんでも、虫タイプには飛行タイプや毒タイプ、それに鋼タイプを併せ持つものも数多くいるみたいなんだけど、まあ、殻持ちだから堅そうなんてことはありそうだけど、あの見た目で実は俊敏に飛びますとかはないと思う。もしあったら詐欺もいいところよね。

 ついでに殻のせいで素早さもそんなにないと見た。でも、現状こちらに有利と見れるのは、あくまでそれだけ。殻があるということは防御系が高いことを意味する。

 気を引き締めていかないと!

 

 わたしは一番最初の相棒のボールに手を掛けた。そうして腰のボールポケットから取り出したそれをサイドスロー気味にフィールドに投げつける。

 

「わたしの一番手! いくよ! ラルトス!」

 

 ボールからは、ポンッ! という音と共に、

 

「ラルッ、ラルラ~!」

 

ラルトスが元気な姿で躍り出た。虫タイプに効果抜群を取れる技はないけど、虫タイプで弱点を突かれるということもない。毒技で弱点を突かれるかもしれないけど、わたしのラルトスにはちょっとした秘密兵器があるし、あるいはひょっとしたらねんりきではじき返すこともできるかもしれない。さらに付き合いの長さから、一番信じられる相棒。レベルも技も最初のころからはアップしているんだ。

 

「用意はいいかい? では、試合(バトル)開始だ!」

 

 アーティさんの掛け声と共に振り下ろされた手がバトルの開始を告げた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「先手行きます! ラルトス、ねんりき!」

「ラル!」

 

 ラルトスの身体を赤紫の淡い光が覆う。

 

「チョボー?」

 

 するとチョボマキの身体が宙に持ち上がった。

 

「そのままフィールドに叩き付けて!」

「ラッ、ル!」

 

 私の指示を受けてラルトスはその通りにしようとするけど、ねんりきのパワー不足なせいか、それともあのチョボマキがイヤイヤと抵抗するせいか、叩き付けるというよりはフィールドに落とすといった具合にねんりきが決まった。

 

「チョボマキ、のろい」

「ラルトス、もう一回!」

 

 ユウトさんも何かをやったみたいだけど、とりあえずわたしは同じことを積み重ねてダメージの蓄積を狙う。チョボマキは虫単タイプだし、あの足の短さから接近しての直接攻撃よりは間接攻撃の方が得意なのではないかと思ったのだ。距離を取っていればあのチョボマキがどういった技を使うのかも見切ることができるかもしれない。

 

「チョボマキ、まとわりつくだ」

 

 チョボマキは口の部分から幾本もの触手を発してそれをラルトスにまとわりつかせようとする。

 

「ラルトス、ねんりき中断! テレポートで一旦距離を取って!」

 

 嫌な予感を覚えたわたしはねんりきをやめさせてテレポートでの回避を選択する。

 これが、わたしのラルトスの秘密兵器だ。テレポートでの技の回避。これでそうそう相手の技が当たることもないだろうし、毒技も回避できるでしょう。

 そして予想通り、テレポートで避けた直後に、チョボマキの触手がラルトスのいた位置を襲った。ラルトスはチョボマキのやや左前方に現れる。

 

「なかなかやるね。なら、これはどうかな? チョボマキ、あくび。触手は出したままだ」

 

 すると、チョボマキが殻口を大きく開けての大欠伸をした。

 

「これがあくびね!」

 

 あくび! これはユウトさんフリークなら知らないなんてことはあってはならない有名な技だ。ていうかたしか五年以上前だったかのシンオウリーグスズラン大会で一気に一般化していった技だったと思う。少し時間をおいてからだけど、相手を百パーセント確実に眠らせる技で、基本的には交代でしか解除できない、とされている技。

 ならば、わたしはトレーナーとしてラルトスのためにその兆候を察知しなければならない。

 

「ようかいえき」

 

 今度はチョボマキの口から紫の液体が吹きかけられる。あんな毒々しい色は間違いなく毒技!

 

「ラルトス、テレポート!」

 

 さっきと同じくテレポートで回避する。

 そして、ラルトスが現れる間際――

 

「触手を薙げ、チョボマキ!」

 

 出しっぱなしだったチョボマキの触手がその指示でフィールドを縦横無尽に走り回り――

 

「くぅ! しまった!」

 

 ラルトスはフィールドに現れた間際に触手の一本に捕まってしまった。そのままどんどんと触手はラルトスに絡みついていく。これじゃあ、ラルトスの交代はできない……!

 

「まとわりつくはダメージの他にポケモンの交代を防ぐ効果もある。そしてもうまもなくあくびが発動する。眠りは避けられないぞ」

 

 『さあ、どうする?』と言外に聞いてくるユウトさんにわたしは一つの決断を迫られた。

 

 あくび対策。

 一番はポケモンの交換だ。これが一番手っ取り早いし、お手軽だからだ。

 ただ、昨夜考えていたことがある。しんぴのまもりという火傷や混乱といった状態異常にならない技をラルトスが使えない中で、あの技を使えば、しんぴのかわりになってそれらを防ぐ手にもなるのではないかと考えたのだ。ただ、当然だけど試したことはない。

 

(でも、あくびも要は眠り状態にするための技なのよね)

 

 一回も試みたことはない不安と、理論的にはそれでいいという自信。二つの感情がせめぎ合う中でわたしは――

 

 

「ラルトス、ミストフィールド!」

 

 

 ――わたしは土壇場でこの技に掛ける!

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「いやはや、すごいねぇ。これはいわゆる大物新人ってやつかな」

 

 ペンキが塗られたボクのアートなフィールドは今や一変している。フィールド全体が淡い桃色の霧に包まれているのだ。これはラルトスがミストフィールドという技を使ったおかげだ。ボクのアーティスティックな作品が見えなくなってしまったのは残念だけど、この光景もまた、それを作り出した彼女も、ボクの純情ハートにビンビンと突き刺さる。なんてったって、バッジをまだ一つも取ってない殻を被った新人トレーナーが、なかなかお目にかかれないこんなぶっ飛んだ技を決めたんだからね。

 

「ミストフィールド。効果は地面にいるすべてのポケモンは状態異常や混乱状態にならず、またドラゴンタイプの技の受けるダメージが半分になるというものです。そしてわたしは考えました。地面にいるポケモンが状態異常にならないということは――」

 

 ――地面にいるラルトスはあくびで眠り状態になることもない。違いますか?――

 

 おわお! まったく今の彼女の顔ときたらなんてビューティフォーなんだ! 彼女の知略と自信も含めて輝きが感じられる。いや、あれは自分の賭けに勝ったという感じか。

 

「いやあ、正直本当に驚きだ。二年前に彼らと戦ったとき以上の衝撃だよ」

 

 それはユウト君にはわからないかもしれないけど、でも彼女の対面に立つユウト君も似たような思いを感じていることだろう!

 

「……あは。あはは。あっはっはっはっは!」

 

 なにがおかしかったのかはわからないけど、彼のお腹を抱えての大笑いなんて初めて見たからね。

 

「いやあ、すごい! 素晴らしいよ、トウコちゃん! まさしくその通りだ! 本当にすごい! これはトウコちゃんが一人で考えたことかい? 誰にも頼らずに?」

「そうです!」

「そうかそうか! いやあ、とにかく素晴らしい!」

 

 ――さあ! つづきといこうか!

 

 ……なぜだろうか。ボクはその言葉とともに口角を釣り上げるユウト君に思わず背筋がピリッと来た感覚を覚えた。

 

「さあ、いくぞ、チョボマキ! がまんだ!」

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ラ、ル……」

「ああ! ラルトス!」

 

 フィールドに倒れ込むラルトス。

 

「ラルトス、戦闘不能だ!」

 

 アーティさんのジャッジが下され、これでわたしが使えるポケモンはあと一匹となった。

 

「ありがとう、ラルトス。ゆっくり休んでね」

 

 わたしはラルトスをボールに戻してボールポケットの一番目に彼女のボールを仕舞う

 

「今のはがまんという技だ。しばらく攻撃を耐えた後、受けたダメージを二倍にして返すという効果を持つんだ。ミストフィールドの後のチョボマキへのねんりきの連続攻撃のダメージを跳ね返したんだよ」

 

 相手取るユウトさんから告げられる言葉にはさっきまで以上にこのバトルを楽しんでいるという感情が伝わってきた。いや、ひょっとしたらなにかこのバトルの先のことまでも楽しみなことがあったのかもしれないけれど。

 そしてわたしも、悔しさとともにワクワクとした感情もさっきまで以上に沸々と湧いてきている。だって、なんかユウトさんがわたしに仕込んでくれているような気がするからだ。“全国チャンピオン”の薫陶を受けられるなんてこんな嬉しいことはない。わたしはバッジを懸けたジムバトルという意識がこのバトルから失せていくような感覚を覚えた。

 

「さあ、次のポケモンを出してごらん!」

「わかりました! 二番手、いきます!」

 

 次のポケモンはどうするか。残りはモンメンとミロカロス。どっちを出してもいいような気もするけど、ふと、図鑑の説明にあった毒という言葉と、さっきのラルトスへの毒攻撃を思い出した。モンメンは草とフェアリーの複合タイプなので、虫タイプの技は普通の効果しかないけど、毒タイプの技はモンメンには効果抜群なのだ。それもただの効果抜群ではない。四倍の大ダメージを負うのだ。

 だから、次に出すポケモンはもう一択。わたしはススッとラルトスのボールの一つ隣のボールに手を伸ばした。これはわたしがゲットした初めてのポケモンでわたしの二番目のポケモンだ。そうして腰のボールポケットから取り出したそれをサイドスロー気味にフィールドに投げつける。

 

「わたしの二番手! いくよ! ミロカロス!」

 

 ボールからは、ポンッ! というボールの開かれる音。

 

「ロッ、ロォォォース!」

 

 そしてそのモンスターボールに収まるミロカロスが優雅な姿で躍り出た。虫タイプに効果抜群を取れる技はないけど、虫タイプや毒タイプで弱点を突かれるということもない。相性的には可もなく不可もなくといったところだ。

 

「ミロカロスか。いい選択だな」

 

 私の手持ちを知っているユウトさんとしては私の思考を読んだのかしら。

 

「さあ、最終局面と行こうか!」

「いいえ! 勝つのはまだ早いです! ここから逆転していきますよ!」

「いい威勢だ! フェイント!」

「みずでっぽう!」

 

 わたしとユウトさん、お互いの指示がかち合う。だけど、先制で動いたのは相手のチョボマキ! チョボマキがミロカロスに攻撃を加え、ミロカロスがそれに()()らされて軽く吹っ飛ばされるも、すぐさま着地。そのままみずでっぽうを放つ。 そんな技の応酬が繰り広げられた。

 どちらにもダメージが入り、さらにミロカロスのみずでっぽうによって二匹の間に距離も開く。

 

「チョボマキ、ガードシェアだ!」

「ミロカロス! さいみ、ん˝ん! あやしいひか、じゃない! あーあーあー、もう一回みずでぽっぽうよ!」

 

 しまった。危うくさいみんじゅつとかあやしいひかりを指示しそうになったけど、なんとか踏み止まれた。なぜなら、まだミストフィールドの効果が切れていないからだ。地面に足の着いたポケモンは状態異常にかからないということは、地面にいるチョボマキはさいみんじゅつで眠り状態にはならない。また、あやしいひかりで混乱状態にもならない。

 そして、わたしが手間取ってしまったせいか、向こうの光っぽい技はミロカロスにヒットしてしまい、こっちのみずでっぽうは避けられてしまう。

 

「ミロカロス、ゴメン! ここから挽回するわ!」

「頑張れチョボマキ! これで決めるぞ、エナジーボール!」

 

 なんですって!?

 うそでしょ!? ここに来て草タイプの技!?

 

「チョンボマ!」

 

 まさかまさかの草技、エナジーボール。意外性という面で、ギリギリまで有効打を隠すっていう戦法か。

 こういう駆け引きも覚えなければいけないのかという思いは、ひとまず端に寄せて迎え撃つ。放たれたエナジーボールは緑色の球体エネルギーという(てい)でミロカロスに接近している。ならばこれは特殊技で、そうならばこれはわたしたちの十八番!

 

「ミロカロス、ミラーコートよ!」

「ロォォ!」

 

 そうしてミロカロスの前面に白い光と共に薄っすらとした壁が張られた。ミラーコート発動が運よく間に合ったみたい。

 そしてすぐさまエナジーボールが吸い込まれるように、ミロカロスに着弾。緑色の閃光とともに白煙をフィールドに撒き散らした。

 

「ミロカロス、大丈夫!?」

 

 この煙のせいでミラーコートの確認ができない。

 まさか……失敗ッ!?

 でも、ミロカロスは特防が高いってユウトさんは言っていた。たしかにエナジーボールはミロカロスにとっては弱点だけど、間接攻撃だから多分特殊攻撃技。ならばきっと、一発くらいなら耐えてくれるはず!

 

「くっ!」

 

 でも、思った。

 わたしがモンメンではなくミロカロスを選ぶだろうという思考を読む洞察力。さらに最初の一撃ではなく、わたしがここぞとばかりという勝負の決め時にミロカロスの弱点技選択で相手の動揺を誘う揺さぶり。

 これがユウトさんのトレーナーとしての実力ということなんだろうか。

 思わず握り込んだ拳に力が入る。

 

 悔しい。

 

 ユウトさんの読み通りに行動してしまうわたしに悔しい。

 

 ユウトさんの予想を超える動きをできなかったわたしが悔しい。

 

「バカ!」

 

 思わず、握り込んだ拳をこじ開けて両の頬を張り倒す。

 今頭を(よぎ)った思考は隅に追いやらなければならない。今はまだバトル中なんだ。余計なことはあとに考えなきゃ!

 

 一発なら耐えてミラーコートを決めてくれる。ミロカロスならばきっとやってくれるはず!

 そう信じていた私の期待は、今みたいに白煙とミストフィールドが晴れていくかの如く霧散してしまった。

 

「ミ、ミロ~」

 

 そこには目を回してフィールドの倒れ込むミロカロスの姿。

 

「そこまで! ミロカロス戦闘不能! これにより挑戦者トウコのポケモンがすべて失われたため、このバトル、臨時代理ジムリーダー、ユウトくんの勝ち!」

 

 アーティさんの声がフィールド内に響き渡るのを耳に入れつつ、わたしは「いったいなぜ?」という思考に支配されたまま、ミロカロスをボールに戻すことしかできなかった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「のろいで上がった攻撃力にフェイントのダメージ、そしてガードシェアによって下がった特防。これらがミロカロスがエナジーボールを耐えられなかったカラクリだよ」

 

 わたしは今のバトルでの総評をユウトさんに聞いていた。なんでも、最初のラルトス戦での初手に放ったのろいというのは素早さが下がる代わりに攻撃と防御を上げる技だそうで、それが先制攻撃技であるフェイントの威力を高めたらしい。ガードシェアというのは自分と相手の防御と特防を足して半分に分けるという効果を持つようで、これで、ユウトさん曰く、ミロカロスの非常に高い特防をチョボマキの特防とで相殺させて強制的に下げたんだとか。

 とりあえず思ったこと。

 

(ユウトさんパネェ! 全国チャンピオンマジパネェ!)

 

 対戦してそして今の話を聞いて思ったのは、まさかここまでもトレーナーとしての差があるのかということだ。知識もそうだけど、戦略と戦術、洞察力他何もかも現状では負けている。

 

(今は無理でも、いつかは絶対に追いつく! いや、追い抜いてみせますよ!)

 

 わたしの中の悔しいという気持ちは、バトルも終わって落ち着いた今もなお燻っている。

 

「はあー、とりあえず、もう一回修行しますか」

 

 今回はアーティさんとは戦っていないけど、でも臨時のジムリーダーに敗北したのだ。それに折角ミストフィールドを決めたものの、わたしのミスで上手く攻撃できない場面もあったりした。こんな未熟なわたしでは、いくら相手がチャンピオンとはいえ、負けたならばバッジは貰えない……。

 

「あー、そのことなんだけど、オレはトウコちゃんにはバッジをあげてもいいと思うんだ」

「……え?」

「というか、オレ的にはトウコちゃんがあくび除けでミストフィールドを決めたでしょ? あれでもうジムバッジはありでしょって思ったんだ。どうですかね、アーティさん?」

「うん、ボクもそう思うよ。いや、もし、ユウト君があげないと言っても、ボクがキミに強制的に渡してたね。何せこれでもジムリーダーなんだからジムバッジに関してはユウト君よりもずっと権限がある」

 

 そうしてアーティさんは真新しいバッジケースを取り出してわたしに渡してきた。開けてみると、このヒウンのジムバッジ、ビートルバッジが収められている。

 

「え、あの、いいんですか、これ? わたし負けちゃいましたけど」

「いいんだよ。ボクはあなたの中にとびっきりの輝きを見たんだ。あなたはポケモントレーナーとして大成功を収める。そう確信させたからボクはあなたにこのバッジを渡すんだ。この輝きは、ユウト君も認めてくれるはずだ。そうだろ、ユウト君?」

「アーティさんの言う通りです。よければ、トウコちゃん、これからもしばらくオレと旅を続けないか? キミにはオレのすべてを授けたい」

「おわお! 彼にここまで言わせるなんてあなたはすごいね!」

 

 

 ……なんか話がスゲェ方向に転がっていってるような気もするんだけど、わたしはしばらく呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「いやぁ~、ここんところ超有望なポケモントレーナーが千客万来だねぇ。まるで二年前を思い出すよ」

 

 ボクはジムを去っていくトレーナーの後ろ姿を見送る。

 カノコタウン出身だというトウコちゃんというトレーナーをユウト君が連れてきてから、強さも愛情の深さも申し分ないトレーナーが連日表れている。今日はポカブを連れたポケモントレーナーだ。いや、“だった”というべきか。彼のポカブはボクとのバトル中にチャオブーに進化して、そして見事ビートルバッジを手にして見せた。

 昨日はジャノビーを連れた女の子、そしてその前はフタチマルを連れた男の子。

 聞いてみれば、彼らはなんと同じヒオウギシティ出身なのだそうだ。

 

「ああ、本当に二年前にソックリだ」

 

 二年前は同じく有望なトレーナーが三人続けてカノコタウンから現れた。今では著名な博士の助手にイッシュジムリーダーに、極め付けはイッシュチャンピオンマスターさまだ。あのとき彼らと初めて対戦したボクは彼らの秘めるポテンシャルに輝きを見出したが、それを今の三人にも感じる。おっと。いや、四人か。

 そして――

 

「プラズマ団ねぇ」

 

 あのときも大騒動があったのだ。

 今回もまた、同じようなことが起こるかもしれない。

 何せ、さっきも言ったが、今は二年前とソックリな状況なのだから――

 

「ボクらもジムリーダーとして警戒はしておこうかな」

 

 正直自分としてはかなり面倒だなと思うのと同時に、子供が危ない目に遭うのは大人としては反対だという思いがある。なにかあれば彼らを助けられるように。

 

「……いやはや、ボクも少しは変わったかな」

 

 以前はこんなこと思いもしなかっただろうに。これも彼らのおかげかあるいは彼らのせいなのか。

 

 彼らはまだ子供、自分たちは大人だ。

 前のときは伝説のポケモンが彼らを選んだから、外野から少し携わるぐらいだったが、できれば今回はなにかあれば子供たちを助けてあげたい。少なくともすべてを任すようなことは避けたい。

 しかし――

 

「運命の神様はイタズラ好きらしいからなぁ」

 

 たぶんなかなかそううまくもいかないだろうとは思いつつも、

 

「んまあ~、なんとかなるんじゃないかねぇ」

 

そう思いながら、とりあえずボクはジムを閉めてシッポウシティに行くことにした。




ミストフィールドは7世代仕様(状態異常混乱無効)になってます。

ラストのトレーナー三人はBW2の完全版PVを見れば、誰が誰だかわかります。


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挿話2 いざ! 新天地に向けて出航!

誤字報告大変感謝いたします。


 それはトウコちゃんとジム戦をやった後のことだった。

 

「そうそうユウト君、これもらってる?」

 

 アーティさんが見せてきたのは一通の手紙。

 いや、そんな手紙は受け取ってはいない。

 

「ちょっと見てみる?」

「見ていいのなら是非」

 

 ということで拝見させてもらう。

 ふむふむ。拝借した手紙、まず縁取りは金と銀で装飾されたカロスエンブレムがあしらわれている。さらにこのそのエンブレムの中には黒いものも多く描かれていた。

 なるほど、これで中を見なくてもわかった。オレも何度か使ったことあるからな。

 この手紙の形式は――

 

「で、差出人は?」

「グランデューク カルム、それからグランダッチェス セレナってなっているね」

「そうですか。フフフ。あの二人か」

「これはボク宛なんだけど、残念ながら招待された日の前後も含めてジム戦の予約が数件入っているし、ここのところはアートの方で手が離せないから、どうしてもボクは行けなさそうなんだよね。だから、代わりに行ってもらえる?」

「もちろん。喜んでカロスまで出張りますよ」

 

 ――黒い挑戦状

 

(アーティさんも残念そうだよな。こんなの貰ってもいけないだなんて)

 

 オレは次の町はトウコちゃんとタチワキシティに行くつもりだったが、予定を改めて、カロス地方セントラルカロス7番道路にあるバトルシャトーに向かうことに決めた。

 

 後日、アーティさんと同じ手紙をポケモンセンター経由で受け取ることになった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 ヒウンシティは港湾都市だが、イッシュ一の大都会なので、きちんと空港もある。調べてみれば、ミアレシティ空港行の便があったのだけど、「いまどき!?」というようなストライキのおかげで半数近くが欠航となり、なんとこの先一週間は満席ということである。数日はキャンセル待ちを覚悟してもらうことになりそうだということで、仕方なくカロス地方行の船便を調べてみれば、一番早くて明日フウジョタウン経由ヒャッコクシティ行の臨時便があったので、それに乗ってフウジョタウンで下船→15・16番道路→ミアレシティ→コボクタウンと経由してバトルシャトーに向かうことを決めた。

 ちなみにフウジョタウンやヒャッコクシティは内陸に位置するが、近くの川や湖が豪雪地帯からの雪解け水が多く流れ込むために、そこそこの流量があり、かつ、最近拡幅掘削工事を完了したらしく、そこを遡上するのは十分可能ということで、ヒヨクシティと同じくらいの港ができたらしい。むしろフウジョタウン側からヒャッコクシティを行き来するのに、万年豪雪地帯の17番道路を通らなくても済むということから、今後は、少なくともこのフウジョタウンーヒャッコクシティ間の船便の需要も増えるのではという話もあるらしい。

 

「むーん、初めての飛行機に乗れなかったのは残念ですけど、でも新しい地方なんて超楽しみです!」

 

 トウコちゃんには事後承諾という形になってしまったが、とりあえずすごく楽しみだという感じだったので、結果オーライというべきか。てかトウコちゃんめっちゃエエ子や。おいちゃん、思わずお年玉ならぬ、ポケモンのタマゴをあげたくなっちゃったよ。

 

「え~!? いや、いいですよ、そんな!?」

「まあ冗談はともかく、それは初バッジおめでとうの記念のプレゼントってことだから」

「えっ!? あ、ありがとうございます!!」

 

 腰を九十度にまで折り曲げるほどのお辞儀。うん、あなたホントいい子過ぎ。是非ともそのまま大人になってください。

 ちなみにあげたタマゴから何が生まれてくるかはまだ内緒。まあ強いて言うなら、カロス地方のポケモンといったところかね。

 

 あーっと、随分話が脱線してしまった。とりあえずカロス行きなんだけど、本来ならばすぐに船に乗船してもよかったのだが、オレの都合に彼女を付き合わせてしまう以上、そこは彼女の願いも聞き入れたいと思ったからだ。

 

「ふわー! 本当にこんな大都会のヒウンシティにイーブイがいるんですか!?」

「ああ、今からそこに連れてってあげるよ」

 

 以前アイスを食べながらこの町を案内していたときに言っていたこと、それを実現させるべく、オレはトウコちゃんを連れてポケモンセンターのある海沿いの通りをスカイアローブリッジ方面に向かって歩いていた。目指すはサムピアというスカイアローブリッジのたもとにある突堤だ。

 

「ただ、途中ちょっとビミョーなところも通ることになるからそこは許してほしいかなと」

「イーブイちゃんのためなら全く問題ナッシングです!」

 

 ……うん。一応これでヒウン下水道通っても「全然問題ないって言ったじゃない」と通せる。もうちょっと細かく物事は聞くべきだよねとも思いながら、オレたちはサムピアにあるヒウン下水道の入口を目指した。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「うえぇぇ、きったな~い」

「はい、さっき自分で言ったことを思い出しましょう。なんて言いましたっけ?」

 

 ここはヒウン下水道。文字通り、ヒウン中の下水が集まり流れる場所だ。なので、とにかく臭い、おまけに汚い。でも、イーブイのいるヒウンシティの始まりの場所はここからでないといけないし、それにこの下水道はすぐに出られる。

 

 そう思ってはいたんだけど――

 

「オラ、てめぇはもういらねーんだよ! ザコのくせしやがって! 全然勝てねーじゃねーか!」

 

 格好はバツ印が刺繍された黒いベレー帽のようなものを被り、ロングレングスグローブ、ベスト、タイツ、ロングブーツを濃淡はあれど、すべて黒で統一した粗暴で怪しげな男二人組。そして極め付けはベストの左胸に縫い付けられた、アルファベットの反転した“Z”の上に“P”を重ねたかのようなエンブレム。

 間違いない。彼らはイッシュ地方における悪の組織、ロケット団やギンガ団よりも古くから活動していただろうある種の宗教団体。二年前のイッシュを揺るがした騒動で一躍悪名を轟かせ、しかし、多くの人の尽力で消えたはずの存在。

 

「おい、解散したはずのプラズマ団がなんでこんなところにいるんだ?」

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「なっ! 何をやってるのよ、あなたたち!?」

 

 わたしはそれまでこの下水道に入ってから、臭い汚い早くこんなところを出たいとずっと考えていた。

 

「オラ、てめぇはもういらねーんだよ! ザコのくせしやがって。全然勝てねーじゃねーか!」

 

 だけど、そんな思いはその光景を見たことできれいさっぱり吹き飛んでしまった。いや、正確には思わぬ事態に頭からすっぽり抜け落ちてしまったというのが正しいか。

 

「あ、あなたたちこんな酷いことをしていったい何を考えているのよ! ポケモンがかわいそうじゃない!!」

 

 なぜなら、そこで出会った、ユウトさんはプラズマ団って言ってたけど、軍服みたいな格好の奴らが自分のポケモンを痛めつけていたからだ……!

 わたしにとってポケモンを痛めつけるなんてことは理解の範疇外。そんなこと考えたことすらもなかった。だから、そいつらが行っていたことはわたしにとっては『実は現実ではないのかも』とも思えてしまうが、

 

「マ、マン……マッキ……!」

 

そのポケモンの辛く苦しそうな呻き声がこれが現実のことなんだと認識させる。

 

「ハッ、ガキには関係ねーよ。これは大人の話だ」

「ポケモンを痛めつけるのに子供も大人も関係ない!!」

「ハン! うるさいガキだぜ。ピーチクパーチク囀りやがって」

「いや、待て」

 

 すると、もう一人の軍服の奴が、ポケモンを痛めつけていた方の奴の肩を掴んで止めた。

 

「お前、たしか昨日珍しいポケモンを連れていたトレーナーだな?」

 

 珍しいポケモン、たぶんだけどミロカロスのことかしらね。昨日は随分と目立ってたことだし、今日も幾人かには声も掛けられたし。ユウトさんが目立つことが嫌いっていう話も、こういった連中に目を付けられるのを嫌がってのこともかしれないわね。

 

「そいつを俺たちによこせ。そうすればおとなしくこの場は帰してやる。ついでに藪アーボックに突っ込んだ話も見逃してやるよ」

 

 ……うん、なにかしら。なんだか幻聴が聞こえた気がするわ。

 

「なんですって?」

「聞こえなかったんか? てめーのポケモンよこせって言ってんだよ」

 

 ……。

 …………あー、うん。なんだかここ最近人のポケモンをよこせっていうのをよく聞くわねぇ。

 にしても、これ言われるってこういう感じなんだ。

 なんというか、兎角ムカつくとか腹立つとかそういう感情は一切ない。もはや考えるのが億劫になるほど頭が真っ白になって、その後はどうでもよくなるというような? レベル的には激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームみたいな感じよね。うふ。うふふふふ。

 

「うふふふふふふ。ぶっころす」

「そうだな。ちょっと焼き入れようか」

 

 わたしとユウトさんは揃って自分のモンスターボールを投げ入れた。

 尤も、わたしは野球の剛速球を当ててデッドボールを狙う感じでクソ思いっきり投げたけどね。ホウエンリトルリーグ所属舐めんなよ?

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

(うわぁー、ないわー。あれはないわー)

 

 ラルトスのテレパシーが頭に響いてくるけど、その内容については全面的に同意するわ。てか今オレちょっと内股気味になってるし。

 

 いや、あのね、トウコちゃんが恐ろしすぎてね。

 なんだよ、あれ。

 

(サイドスローからの球速のかなり速いモンスターボールを股間にジャストミートさせて一人ダウン、そして出てきたモンメンにもう一方の男のこれまた股間にふくろだたき連発でダウン。何あの子、悪のトレーナー絶対殺すマンなの? それとも悪の男の股間絶対殺すマンなの?)

 

 トレーナーにダイレクトアタックってやっちゃいけないような部類なんだけど、うーん。気持ちは非常によくわかるから、注意しづらい。でも、繰り返すけど、倫理的にマズイことだと思うんだよなぁ。

 

「と、とりあえず、ラルトス、そいつらどっかに捨ててきて」

「(わかったわ)」

 

 うんまあ、とりあえずそういうのはいったん後に考えようかね。

 

「ねえ、大丈夫? えっとー」

 

 図鑑を出して傷ついたポケモンに近寄るトウコちゃん。

 

『マンキー  ぶたざるポケモン

 身軽で木の上で群れを作って暮らす。

 手頃な獲物を見かけると群れを成して襲いかかる習性がある。

 また普段は機嫌がよくてもちょっとしたことでいきなり怒り出し暴れ出す。

 一度暴れ出したら仲間の区別もつかなくなるので、近寄るのは非常に危険。』

 

「そうなの、マンキーっていうのね。ほ~らほらマンキーちゃん、怖くな~い、怖くないよー。わたしたちは怖くないよー」

 

 あのマンキーはあのプラズマ団の連中もオレたちのことも同じ人間というカテゴリで見ているようで、傷ついた体なのに、オレたちを威嚇してくる。そんなマンキーにトウコちゃんは優しく声をかけながらゆっくりとゆっくりと、マンキーに威圧感を与えないようにしゃがみ込んで近づく。

 

「ムッキ」

「大丈夫。わたしたちはあなたを助けたいだけなのよ。大丈夫よ、信じて。大丈夫」

 

 トウコちゃんはマンキーまであと一歩というところまで近づくと軽く腕を広げる。そこから一歩もマンキーに近寄らない。マンキーが動き出すのを待っているのだ。

 

「マッキ」

「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫だから」

 

 すると微かにマンキーが足を踏み出す。その一歩は弱く小さなものだったが、確実にマンキーはトウコちゃんの近づいた。

 否、マンキーの方からトウコちゃんに近づいてきたのだ。

 

「大丈夫よ、大丈夫」

 

 トウコちゃんはゆっくりと優しくマンキーに呼びかけるだけ。

 しかし、マンキーの方はヤドンのような歩みがヌオーぐらいにまでになり、そしてついにトウコちゃんの元に到達。

 

「えらい、えらいよ。よく頑張ったね」

 

 そのままトウコちゃんはマンキーを抱えて頭を撫でる。マンキーの方は抱えられたトウコちゃんの胸に頭を擦りつけている。

 

「マンキーをすぐにポケモンセンターに連れていきましょう」

 

 たしかに一刻も早く治してあげることが先決だ。ただどうしても聞いてみたくなったことが一つ。

 

「そうだな。でも、一応聞いておくけど、イーブイの方はいいのか?」

 

「いいんです! 今はこのマンキーの方がよっぽど大事です!」

 

 すごい剣幕で詰め寄るトウコちゃん。

 

(今のはあなたの方が悪いわよ)

 

 そこに戻ってきたラルトスからのテレパシーが届く。

 

(知ってる。底意地が悪かったのも認める)

(あとで謝っときなさいよ)

(わかってるさ)

 

「よし、ラルトス、テレポートだ。ポケモンセンターに移動するぞ」

 

 とりあえず、あとでしこたま謝ろうかな。

 ラルトスのテレポートの光に包まれながらボンヤリと半ばそう考えていた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 あのあと。

 ポケセンにテレポートしたオレたちはすぐさまジョーイさんと彼女に付く看護師のタブンネにマンキーを預けた。マンキーの方はすぐさま緊急処置をするということで処置室に連れていかれた。

 

「さっきは本当に申し訳なかった」

 

 オレはそこで先ほどの言動に対しての誠心誠意の謝罪を行った。さっきタマゴをあげたときにトウコちゃんがやったようなことと同じことをしてだ。

 

「あの、ユウトさん?」

「キミのことを少し試してみたくなってしまったんだ。時と場合を考えるべきだったし、何よりキミに不快な思いをさせてしまった。大変申し訳ない」

 

 とりあえずそんなこんなで謝り倒してなんとか許しを得ることは出来た。

 

 ふと、ドアがスライドする音がすると、さっきマンキーを連れていったジョーイさんが処置室から出てきた。

 

「あのスミマセン、お手伝い願えますか?」

 

 理由を聞けば、なんでも、マンキーがひどく怯えて威嚇してくるのでうまく治療ができないのだという。

 

「あのマンキー、あなたには心を許しているようだったみたいだし、もしかしたらあなたが近くにいないから怖がっているのかもしれないわ。だから、特別に中に入ってマンキーの傍にいてあげてほしいの。お願いできる?」

「そういうことなら喜んで!」

 

 そうしてトウコちゃんはジョーイさんに連れられて処置室に入っていった。

 

「これは、いつまで掛かることやら」

「(だいぶ待ちなのは確定よね。その辺で適当に座って待っていましょう)」

 

 オレたちは近くの空いているソファに腰掛けてトウコちゃんが出てくるのを見守った。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 結局。

 

「ふぁ~あ、まさかポケセンのソファで一泊とは」

「(ちょっと疲れたわねぇ)」

 

 昨晩治療は終えて出てきたジョーイさんとタブンネ。

 

『治療は終えました。もう大丈夫だとは思いますが、念のため、明日の朝まで経過を見ます』

『タブンネ~』

『彼女でしたら、マンキーの傍にいたいとのことで、許可を出しました。なので、たぶん明日まではここにいるのではないでしょうか』

『タブンネ~』

 

 というわけで、トウコちゃんはマンキーの傍でお泊り、オレたちも付き添いでポケモンセンターにお泊りが決定した次第である。流石にトウコちゃん置いて宿に戻るっていうのはないなと思った次第で。

 おかげで、眠いし肩が痛いしといったところ。ラルトスも口元を手で押さえて欠伸をしている。

 

「あれ? そういえば、ソファで寝て一夜を明かすって別に外で野宿より全然マシじゃね?」

「(そういえばそうよね)」

 

 二人して首を捻っていたら、目の前の処置室のドアが開いた。

 

「おっはようございます! ユウトさん! ラルトス!」

「マキッキー!」

 

 両腕にマンキーを抱えたトウコちゃんが元気よく挨拶をしてきた。マンキーの方もどうやら一晩経って完全に回復したようだ。

 

「おはよう、トウコちゃん」

「(おはよう、トウコ)」

「トウコちゃん、そのマンキーどうする?」

 

 なんとなーく予想がつく中でオレは問いかけてみた。

 

「ハイ! この子はわたしのポケモンとして私が育てていこうと思います! マンキーもそれで納得してくれました。ねっ、マンキー」

「マンキッキー!」

 

 うん、まあそうだろうなぁと予想通りの答えが返ってきた。もし、オレがトウコちゃんの立場なら、そうしちゃうし。

 

「というわけなんで、ユウトさん、一つお願いがあるんですが」

 

 人差し指の先を合わせてツンツンしながら申し訳なさそうなトウコちゃん。

 正直メッチャかわいいです。

 ただここでそれを出すと変態みたいである。

 

「ん? なんだい?」

 

 なので、自然体に、あくまで自然体に聞き返す。

 

「実は手持ちのモンスターボールが切らしてたみたいで今一個もボールがないんですよ」

「うえ゛っ!?」

 

 ただ、そんなことはこの一言で思いっきし消し飛んだわ!

 

 いや、あのねトウコちゃん。トレーナーがモンスターボール切らしてどうすんのよ……。なに、じゃああのときイーブイゲットしようってときどうしようと思ったわけ?

 あれか? ゲットするのが楽しみで忘れてたとか? んで、最終的にはオレに泣きついてきたとか?

 

「はぁー、まあ今回は特別に一個あげるけどさぁ」

「ありがとうございます!」

「でも、大いに反省してよね」

「えへ☆ てへぺろ!☆」

「いや、かわいくしてもダメなものはダメだから」

 

 いや、スッゲーかわいいんで曲げちゃいそうなんですけど、ここは心を鬼にするところだ。

 

「(とりあえずサイコキネシス雑巾絞りでいいかしら)」

 

 うん、あなたはブレないし、ハードよね。初回なんだし、ぜひ軽めにしたってください。ヒカリちゃんみたいに怯えられるの嫌でしょ?

 

「(わたしの調教に抜かりはないわ。それに、あの震えた目で見られるとゾクゾクしてたまんないのよね)」

 

 んな恍惚とした表情すんなよ!

 しっかし、やっべーな。オレってばどうして相棒がこんなになるまで気が付かなかったんだろ……。

 

 とりあえず、そういった諸々は後にして、モンスターボールを一つトウコちゃんに手渡す。

 

「ありがとうございます!」

 

 ボールを受け取ったトウコちゃんはマンキーを床に下ろして、自身もマンキーと同じ目線の高さになるようにしゃがみ込む。

 

「マンキー、準備はいい?」

「ンキ!」

 

 しっかりと頷いたマンキーにトウコちゃんはコツンとモンスターボールを当てた。

 すると、当てたボールはその大口を開き、赤い光とともにマンキーを飲み込む。マンキーを飲み込んだモンスターボールはトウコちゃんの手元を離れて床にポトリと落ちると、そこで小刻みに揺れ始めた。ボールスイッチ部分は脈を打つかのごとく赤く点滅している。

 しかし、それらもすぐに収まり、ボールは静かになった。

 トウコちゃんがオレの方を見る。オレもコクリと頷き返した。

 それによって、トウコちゃんはそのボールを手に取った。

 

「やったぁ! マンキー、ゲットだね!!」

 

 こうしてマンキーが正式にトウコちゃんのポケモンになり、トウコちゃんの手持ちはタマゴのポケモンも含めて五匹となった。

 

「おめでとう、トウコちゃん! さ、港に行こうか! いよいよ、カロスに向けて出港だ!」

「ハイ!」

 

 こうしてオレたちはポケモンセンターを後にして、ヒヨクシティ行の船が出る波止場、プライムピアに向かった。

 目指すはカロス地方、バトルシャトーだ!

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「やれやれ。やっとか」

 

 照明が落とされた暗い部屋の中、その中を照らすのは彼の目の前に広がっているパソコンの液晶画面の光のみだった。

 

「首尾はどうかね?」

 

 すると男が息をつくのを図ったかのように目の前の液晶画面が切り替わり一人の男が映し出される。男が知るかの男は二年前よりも明らかに年老いてさらに余裕を失ったというのが印象だ。ただ変わらないところもある。

 例えばプラズマ団の誇る――今は自分とこの男の二人だけとはいえ――七賢人の一人であるとか、例えば実質のプラズマ団を率いる首領であるとか、例えばその右目を覆う赤いモノクルであるとか――

 

「これはこれはゲーチス様、ご機嫌はいかが」

「まあまあだな。で、どうなんだ?」

 

 その男は画面の中の男に対してそう挨拶をした。

 そして画面の中の彼も適当にそれを返す。

 

(しかし、本当にお変わりになったな)

 

 ヴィオはこのやり取りだけでそれを痛感する。二年前まではもっとウィットに富んだ返しをして話しているとつくづく笑みが零れてきたものだった。それが今や――

 

「ええ、問題ありませんとも。あとは船が出航するのを待つだけです」

 

 男の逆鱗に触れるのを防ぐべく、ヴィオは手短な返答のみを返す。

 

「そうか。期待している。では」

 

 そうして男からの通信は一方的に切られたのだった。

 

「やれやれだ……」

 

 男――七賢人が一人、ヴィオ――は深く椅子に沈み込み、二年前までのことに思いを馳せたのだった。




出航と出港
意味を調べてみたら、
 出航は船や航空機が出発すること
 出港は船が港の外へ出ること
ということで、出航は船にも飛行機にも使う、出港は船にのみ使うとのこと。
「今回は船旅なんだからどっち使うんじゃい!」ってことで調べていくと、海上自衛隊では
 出航は定期航路などの客船が航海に出ること
 出港は軍艦などが不定期に港を出て航海すること
とのこと。
めでたく(?)“出航”の方を使うこととなりました。


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第5話 せんじょうのコンダクター

誤字報告大変感謝いたします。
特に前回はカロス地方をイッシュ地方としていて盛大にミスっていたようですので。

さて、今回アニメのサントアンヌ号の戦いを見る機会があったので、それを元にして書いてみました。しかし、このお話、もう放送されることは100%ないんですよね。

そしてトウコの性格が皆さんのイメージと異なってしまうということが起こると思われます。
その点にご注意くださいませ。


「うはー! 気ぃ持ちいー!」

「ラルー!」

「ミロー!」

「モンメーン!」

「マンキー!」

 

 海を進むイッシュからカロスへの連絡船。その甲板に寄りかかってわたしたちは外を見ていた。

 私以外の全員が海を見るのも初めてなため、常よりもテンションが高い。

 

「おっと!」

 

 洋上を吹く風は湿り気が強い上、時折吹く突風には被っている帽子も飛ばされそうな感覚に陥る。まあ、わたしのポニテに引っ掛けてるから早々飛びはしないだろうけど――

 

「モーン! モンメーン!!」

「ってええ!?」

 

 なんと、モンメンが今の突風で海上に飛ばされてしまった。既にわたしたちには手の届かないところを飛んでいる。

 

「モンメン、なんとか戻れない!?」

「モン! モン!」

 

 なんとか両脇の葉っぱを使ってわたしたちの元に戻ってこようとしてるけど、海風に阻まれてなかなかうまくいかない。

 

「たのむ、ヨルノズク! キミに決めた!」

 

 隣を振り返るとボールを振りかぶった後のユウトさん! 出てきたのは宣言通りのヨルノズクだ!

 

「クルルルゥゥ! クル、クルルゥゥ!」

 

 ヨルノズクは心得たとばかりにそのままモンメンの元にまで飛んでいく。

 

「クルルルルルルゥゥ!」

 

 そしてモンメンを背中に乗せるとこちらに戻ってきた。

 

「ありがとうね、ヨルノズク!」

「クル、クルルゥゥ!」

「モンメンも大丈夫だった?」

「モン、メーン!」

 

 助けてくれたヨルノズクにお礼を言って、無事な様子のモンメンをボールに戻した。ついでに、なにかあったら大変なので、全員をボールの中に戻す。

 

「よくやった。お疲れ、ヨルノズク!」

 

 ユウトさんもヨルノズクをボールに戻した。

 

「ありがとうございます、ユウトさん! おかげで助かりましたよー!」

「呼びに来たらこれなんだもの。モンメンが大丈夫そうだったからいいさ。けど、気をつけてよ?」

「はい、スミマセン」

「んじゃ、そろそろ食事っぽい感じだったから、中行こっか」

「わかりました」

 

 苦笑いで許してくれたユウトさんにお礼を言って、わたしたちは船内の食堂に向かった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「おお!」

 

 食堂というか、これはもはや何かの大ホールじゃないのかってぐらいにだだっ広い上に天井も高い。軽く三階分くらいまでは吹き抜けって感じだし。

 そして食堂、というかもうホールでいいや、ホールの真ん中は大きく開いていて何もない空間となっているけど、その周りにはそこを囲むような感じであちこちに小さな小瓶にに花が生けられた円形上の小さなサイドテーブルが並んで、さらにその外側に料理や皿が数えるのも億劫になるほどに盛り付けられた四角い大きな料理テーブルが三か所、正三角形の頂点のような位置に並ぶ。

 そして、それに賑わいを持たせているのはこの船に乗っていたのだろう乗客たちと、そのポケモンたちだ。

 

「ほう! どうやらビュッフェスタイルの立食パーティーみたいな感じか」

「ていうよりこれはもうパーティーじゃなくてお祭りみたいなものですよ」

 

 人だかりで分からなかったけど、何やら出店のようなものも並んでいる。そこにはポケモンの様々なグッズや、中にはポケモンすらも売られていた。

 

「うわぁ、なんかコイキングだけは売れ残ったみたいだな」

 

 コイキング。

 非常に弱いらしいけど、きちんと育て上げればギャラドスという非常に強力なポケモンに進化するポケモン。

 

「まあ、コイキング時代が大変だからみんな敬遠するのかねぇ」

「でも、ラクして強力なポケモンを手に入れるというのもちょっと」

「だよね! 苦労したからこそそう変わってくれたときの喜びが一入(ひとしお)なんだよ!」

 

 そんなこんなな話をしながら、とりあえず近くの料理テーブルからお皿を拝借。列を乱さないように時計回りに回って料理を取っていく。

 

「いやー、こういうのって本当は他の人との会話を楽しむってのがフツーだと思うんだけど、やっぱりお昼時なんだから食べないとよねー」

「まあ、ほどほどに、ね?」

「だーいじょうぶですよー」

 

 さーて、次は何を取ろうかな、っと。

 

「あら、あなた一昨日のミロカロスの子よね?」

「およ?」

 

 一昨日のミロカロスってたぶんわたしのことなんじゃないかなーと思って呼ばれた方に振り返ってみれば、黄色いお下げ髪の女の人。ああ、たしかにこの前お話した、ええと、たしかパーフォーマーの人。

 

「ああ! 先日はどうも」

「うん。ねえ、あなたもカロスに?」

「そうなんですよ、付き添いの人がカロスの、名前忘れちゃいましたけどなんとかってところに用があるらしくて。そちらは?」

「私はヒャッコクシティで開かれるトライポカロンに出るためによ。ねえ、もっとこっちでお話しましょう?」

「そうですね」

 

 だんだん邪魔になってきそうだったから私たちは近くのサイドテーブルに歩み寄った。今手に取ったお皿はそこに置かせてもらう。

 ユウトさんの方は手を振って人ごみの方へ歩いて行った。

 

 

 

 ■ □■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 トウコちゃんの方は乗船客と楽し気に談笑している。しかも、女の子の乗船客なので、彼女の付き添いだからとオレが彼女たちの輪にズカズカと入っていくのはちょっと遠慮しておきたいところだ。

 なので、他の乗客や物販を冷やかしながら見て回ることにした。

 

「(いっぱいいろんなのがあるわねぇ)」

 

 今、物販の出店をみているのだが、ラルトスの言う通り、まさに様々。オーソドックスにTシャツやキーホルダー、ピンバッチや帽子から、ポケモン型のテントや抱き枕、同人誌っぽいものまである。トウコちゃんが言ってたポケモンも……あ、今、コイキングだけだったものに追加でヤドンにユンゲラー、シードラ、エレブー、ブーバー、パールル、ガントル、ボクレーなんかがいる。中々のポケモンが揃っているし、ブーバーやエレブーなんかのかなり珍しいポケモンもいる。かなりお得感満載のラインナップだな。

 

「(なんかどれも進化が特殊なポケモンばっかりね)」

 

 ……そう言われてみれば、確かに。ヤドンはヤドランへの進化はともかく、ヤドキングへの進化はポケモンセンターの通信交換機械を使っての通信交換が必須だ。それに他のポケモンも、持ち物を持たせる必要があったりなかったりするが、どれも通信交換は必須。しかも通信交換の機械は一人では動かせず、必ず二人の人間が必要である。

 ……つまりはあの売り子のおっさんは……。

 

「OK。オレは何も見なかった。何も考えなかった。いいね?」

 

 むかーしむかしの忘れ掛けていた傷痕に塩を塗り込むようなマネはイヤなんです。

 

「(なに言ってんの? あなた友達たくさんいるでしょ?)」

 

 うん。本当にそれが幸いですし、感謝感激ですよ。

 

 そんなことをつらつら考えていたら、目の前の人集りが騒がしくなった。

 

「よっしゃ! どっちも気張れや!」

 

 中々に威勢のいい声が聞こえる。

 

「いったいなんだ?」

「(見に行ってみましょ)」

 

 ということで、ちょっとイヤなんだけど、あの人ごみの中に突撃。

 

「うお!? なんだ、あのポケモン!?」

「うわぁ、あんな美しいポケモン初めて見たわ!」

「ねぇ、お姉ちゃん、あのポケモンすごーくキレイだね!」

 

 ……ん?

 “美しい”に“綺麗”?

 何だかここ最近すごく耳にするフレーズですな。

 

「すみません。すみません、ちょっと失礼します。すみません」

 

 一応確認のために、なんとか人ごみを縫うような感じで一番先頭に躍り出る。

 

「ああ、やっぱりそうよね」

「(途中からの半ば予想が当たったわね)」

 

 見れば、トウコちゃん、それからトウコちゃんとさっき話していた金髪のお下げ髪の女性がタッグを組んで、相手方二人のトレーナーとマルチバトルをし始めていた。トウコちゃんはミロカロス、相方がソルロックで、相手方二匹がヤナッキーとユニランだ。

 

「まずは集中してソルロックを落としますよ!」

「わかった! ユニラン、めざめるパワー!」

「ヤナッキー、マジカルリーフです!」

 

 ジェントルマンがキャンプボーイに指示をして、まずは片方を脱落させようということだらしい。こういうダブルバトルにおいては至極真っ当な戦術の一つだ。

 

「ソルロック、ひかりのかべ!」

「ミロカロスはチャームボイスよ!」

 

 一方、狙われたソルロックはひかりのかべでダメージの軽減を狙い、ミロカロスは必中攻撃のチャームボイスで相手全体を攻撃。マジカルリーフもめざめるパワーもどっちも特殊攻撃なのでひかりのかべでダメージが三分の一減、そしてチャームボイスで相手の集中をかき乱してさらに威力を減衰させた。

 

「むう! あのポケモンはフェアリータイプの技を使うのか」

「どっちにしろソルロックを攻撃だ!」

「そうですな。ヤナッキー、ソーラービーム!」

「ユニランはシグナルビームだ!」

 

 ほうほう。大技を使って決めに来たか。

 

「マズイわね。どうする?」

「リリーさん、わたしたちに任せてください。ミロカロス、アクアリング! つづいてあなたの得意技をタイミングをみてぶっ放すわよ!」

 

 ん、アクアリングでダメージ回復ソースを用意して、得意技っていうのはアレか? トウコちゃん、よっぽど初見でのあの技は印象深かったのね(笑)

 

「ゆけっ! ソーラービーム発射!」

「ユニランもいけ!」

 

 ソーラービームは溜めが必要な技、ユニランは元々素早さがかなり遅い。だから、技の発射タイミングが全く同時になった。

 

「今よ、ミロカロス! ソルロックを庇ってミラーコート!」

「ミー、ローッ!」

 

 そしてミロカロスがソルロックの前に躍り出てミラーコートの壁を張る。そして、このミラーコートにソーラービームとシグナルビームが同時着弾。ミラーコートの影響で、まったくの同時着弾が影響したのか、ソーラービームとシグナルビームがそれぞれヤナッキーとユニランに跳ね返された。

 

「ヤナ……ッキー……」

「クゥ……」

 

 そして二匹ともダウン。一方、ミロカロスの方はダメージは負ったもののまだまだの様子。ダメージ量的にはリンドの実も食べたのかもしれない。さらにだんだんとアクアリングの影響で回復していっているようだ。

 

「それまで!」

 

 ウェイターの人がジャッジをしていたようで、ここでバトルが止められてトウコちゃんたちの方に勝利が宣告される。

 

「うおー! すげー!」

「なんだあのポケモン!? 相当強いぞ!」

「お姉ちゃーん! あのポケモンキレイですごくつよいよー!」

 

 これらを始めとして途端に湧き上がる周囲一帯。

 

「(まあ一番美しいといわれるポケモンが一撃で相手方の二匹を一編に倒したんだから、インパクトはバツグンよね)」

「加えて話題性もな」

 

 今あの二人の周りには他のトレーナーも集まっていたが、一番はホウエン地方で有名なインタビュアーさんたちがいることか。といっても目当てはミロカロスとそのトレーナーのトウコちゃんか。恐らくは人生で初めてであろうインタビューを受けている。

 

 そんなときだった。

 食堂の扉がバタンと勢い良く閉じられた音と、壁や窓を覆い隠すレッドカーテンが引かれたのは。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 それはわたしには一生縁がないものと思っていた。しかし、今わたしにはテレビカメラのレンズとマイクが向けられ、女の人にインタビューを受けている。わたしとしてはこんなのはテレビの中だけの存在だったのが現実にまでなっている。

 

「あ、あの、えーと、ハイ」

 

 女の人もなんだか優しく誘導してくれていた。それで、少しずつは緊張が解れてきた。そう思っていたときだった。

 

「モンスターボールをよこせ~!」

 

 突然、このホールの扉が閉められ、カーテンを引かれ、そしてさっきまでウェイターやウェイトレス、観客だった人の一部が、突如その衣服を破り捨てて一部はテーブルの皿や花瓶を蹴り飛ばして乗っかっている。

 ウェイターたちは変装で、これが本来の姿なのだろう。そいつらの格好、わたしは忘れるはずがない。なぜなら、わたしは昨日こいつらに会っている。こいつらがポケモンに虐待をしていたことを見ている。こいつらがポケモンを捨てたことを見ている――

 

「我らはプラズマ団! このホールは我々で占拠した! お前たちに出来ることはただ一つ! お前たちのポケモンの入ったモンスターボールを我々に献上することだけだ!」

 

 そんな声がホール内に響き渡り、辺りのザワザワとしていたざわめきはピタリと止んだ。

 

「……本当に……こいつらは……」

 

 心の淵がまっさらになった。

 

「おら、よこせ!」

「やだ! やめてよ! おとーさん、こわい!」

「娘に手を出すのはやめてくれ!」

 

 ……くそ。

 

 …………くそが。

 

 ………………くそ野郎共がッ!

 

 わたしの、いやアタシの中の何かが弾け飛んだ。

 

「ミロカロス、プラズマ団のくそ共にりゅうのいぶき!」

「ミロー!」

 

 モンスターボールを思いっきりの全力で投げ放つ。コントロールは完璧で幼い女の子に手を出していたプラズマ団の股間にジャストミート。さらに、出てきたミロカロスが辺りに陣取るプラズマ団にりゅうのいぶきを放った。

 

「みんな! よく聞きなさい!」

 

 アタシは自分の思いの丈を有りっ丈の声に乗せた。

 

「あなたたちはブリーダーであれパフォーマーであれなんであれポケモントレーナーでしょう!? なら、戦いなさい! 戦うのよ! 自分と友情の誓いを交わした相棒を奪われたくないなら、戦うのよ!!」

 

 ――……。

 

 ――……言う通りだ。

 

 ――そうだよ。あの子の言う通りだ。

 

 ――そうだそうだ!

 

 ――オレも戦うぞ!

 

 ――あたしだって戦ってみせる!

 

 ――わたしも!!

 

 ――僕も!!

 

 ――戦って勝つぞ!

 

 ――おうさ! プラズマ団なんぞのもんじゃいワレ!!

 

 ――おうよ! みんな、姐御につづけ!!

 

 

 よし。いい感じにみんなの心に火が付いた。あとはニトロをぶち込めばOK!

 

「さあ野郎ども! プラズマ団をぶっ飛ばすぞ!」

「「「「「「「「「おう! 覚悟しとけや、プラズマ団!!」」」」」」」」」

 

 うん。みんなその意気や良し!

 よっしゃあ! 全員で叩きのめすわよ!!

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 えっ、ちょ、なにコレ?

 えっ、いやなんか普通にトウコちゃんが音頭を取ったら、場の雰囲気が変わってみんなでプラズマ団にダイレクトアタックし始めた。

 

「ちょっと、なにあなたボサッとしてるのよ! あなたも姐さんを見習いなさい!」

 

 近くの女エリートトレーナーに注意されてしまった。

 

「みんな、纏まって戦うわよ! まずは水タイプGO! 適当に技繰り出して! 次、電気タイプ準備!」

「ほら! 姐さんからの指示よ! あなた、水タイプに電気タイプは!?」

「あ、一応サンダースがいるけど」

「ならそれをもう出しときなさい!」

「アッハイ」

 

 うぇい。

 何この状況。てかなんでオレ怒られてんの?

 

「(諦めなさい。ユウトだってイラっとしたでしょ?)」

「いや、それはしたけど。でも」

「(正当防衛よ、正当防衛。あるいは緊急避難ってやつ?)」

「お前、ポケモンなのになんでそんな人間の法律に詳しいのよ」

 

 まあ言われてみれば、ここは自分のポケモンを奪われないようにするための正当防衛。さらにはここは洋上、脱出するのは当然難しい。転覆の危険すらあったといわれれば緊急避難の適用もあるか。

 

「サンダース、キミに決めた」

「ンダース!」

 

 とりあえずこの波に一応乗っておくか。

 

 

「さあ、まだまだ行くわよ! 水タイプ交代! 電気タイプ行け! 次、岩タイプ、格闘タイプ準備!!」

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「飛行タイプとエスパータイプGO! 飛行タイプはかぜおこし系の技よ! エスパータイプはサイコパワーで攻撃!」

 

 四方八方から技やポケモンが飛び交う様を背景に、ラルトスを見やる。

 

「ラルトス!」

「ラルラ!」

 

 いい返事だ! フェアリータイプでの攻撃でも出番はあったのに疲れている様子は全然見受けられない。

 

「ラルトス、ねんりきよ!」

 

 返事を返したラルトスはピョンと前に躍り出ると、他のエスパーポケモンに交じってねんりきの攻撃をプラズマ団にお見舞いする。ラルトスの攻撃は他のポケモンよりも若干劣っていたようだが、相手がプラズマ団であれば、それで十分だった。

 ここまでいい感じにいろいろなタイプのポケモンの技をプラズマ団にぶつけてきたが、奴らの疲弊具合は相当なものだ。

 ならば、だ。

 

「次、麻痺か眠りにできるポケモン準備! みんな、そろそろ仕上げといこうじゃないの!」

「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」

 

 うん。全員いい返事ね!

 さあ、最後気張っていくぞ、オラァ!

 

 

「ラスト! 全員で痺れさせるか眠らせろ!!」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「ふう、これで全員かしら?」

「そのようです!」

 

 今アタシがロープで縛り上げたプラズマ団の一人が最後なようだ。

 プラズマ団は散々甚振られ、トドメにしびれごなやさいみんじゅつとかで全員が麻痺か眠らされているために、あっさりとこうして縛り上げることができる。

 

「そう。じゃあ、こいつも連行しておいて」

「ハイ! おいお前、姐さんの縛り上げたゴミを連れていけ」

「うっす」

 

 目の前で敬礼を返してくれて、こうしてわたしのお願いを聞いてくれる女性トレーナーはリリーさん。さっきはアタシとタッグバトルでペアを組んでくれた人だ。カロス地方で活躍するポケモンパフォーマーの一人でもあるらしい。そして今、あのプラズマ団はジャノビーを連れたトレーナーにつるのムチで引きずられてどこかに連れられていった。

 

「ありがとう、おつかれさま」

「いえ! 姐さんこそお疲れ様です!」

「みんなもおつかれさま」

「「「「「「「「「「「とんでもありません!」」」」」」」」」」」

 

 アタシの言葉に、皆が皆、全員敬礼を返してくれた。

 

 うん、これ結構気持ちいいかも。

 

「それにしても……」

 

 一息ついて辺りを見渡せば、料理や皿、テーブルなどが散乱している。さらには先ほどのバトルの余波で水浸しであったり、氷漬けだったり、焼け焦げていたり、ズタズタだったり。

 汚い。あまりに汚い。

 手が出せなさそうなところは多々あるが、自分たちでも何とかできそうなところもある。

 

 ……よし。

 

「皆、アタシたちは客だ。だけど客とはいえ、自分たちで暴れて汚したものは自分たちで片付けるべきだ。だから、もういっちょ、飛ぶスワンナ跡を濁さずって感じに綺麗にしていこう」

「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」

 

 そういうわけでホールにいる全員で大掃除。

 

 ちなみにこれで、ごみはきれいさっぱり片付けられた。

 

 ただ気になったのはその最中、ユウトさんがあたしにインタビューしていた人に頻りに頭を下げてお願いをしていたこと。

 いったい何だったのだろうか。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ねえ、トウコちゃん?」

「はい? なんですか、ユウトさん」

 

 その夜、オレとラルトスはトウコちゃんの船室に訪れた。

 この後の彼女の反応がどうなるのか気にはなるけど、なんとなくニマニマが止まらない。

 

「ねえ、テレビ見た?」

「あ、いえ。ちょっと図鑑見てました。あとはユウトさんに教えてもらっていることの復習です」

 

(勉強熱心ね)

 

 たしかに。でも、そんな彼女にオレたちは余計にちょっとこれを見てもらいたくて仕方なかった。

 

「ちょっとこれを見てほしいんだけどさぁ」

 

 そう言ってオレはタブレット端末を操作。画面にはある一つの動画の再生ボタンが中心に描かれている。

 オレはタブレットを彼女に渡してそのボタンをタップした。すると始まる映像。画面右上には簡易なテロップ、画面下には字幕が書かれている。

 

『さあ野郎ども! プラズマ団をぶっ飛ばすぞ!』

 

 そんな音声が大音響で聞こえた。

 

「うぇっへい!?」

 

 うわー、なにそれすごい面白い(笑)

 

『ありがとう、おつかれさま』

『いえ! 姐さんこそお疲れ様です!』

 

「えっ!? ちょっ!? なんですかこれ!? えっ、これわたし!?」

「そう。これさっきのトウコちゃんとその舎弟たち」

「(まるで極道の妻みたいな感じよね)」

 

『みんなもおつかれさま』

『『『『『『『『『『『とんでもありません!』』』』』』』』』』』

 

「ちょっ!? なんでわたしヤクザのトップみたいな感じで傅かれてんの!?」

 

 盛大にあたふたするトウコちゃん。

 

「いや~、さっきの極妻は本当によかったよ~」

「!?!?!? イヤ~~~~~~~~!!」

 

 トウコちゃんはベッドに飛び込んで枕に顔をうずめて膝から下をバタバタさせている。

 

 うん、これはこれでかわいいんだけどさあ

 

「(さっきとは全然違う姿に草)」

「そうだな。てかお前、その単語どこで覚えた?」

「(ネット)」

「あなたポケモンなのに文明の利器使い込み過ぎじゃね?」

 

 ふと足バタバタを止めて、今度はガバッと起き上がったトウコちゃん。

 

「ユウトさん! どうしてこんな映像があるんですか!?」

「え? そりゃあテレビに映ったから」

 

 その一言に今度は真っ白になって崩れ落ちる。

 

「いそがしいな(笑)」

「(ちなみに全国放送だから拡散は避けられない)」

 

 たぶん今頃動画サイトにメッチャアップされてるだろうね。SNSでも拡散し放題。

 ついでに編集前の素のデータもインタビュアーのマリさんとダイさんにお願いして、頂いている。

 

「わ、わたしのイメージが。わたしが築き上げてきた元気で理知的なイメージが……」

 

「(えっ? そんなイメージあったかしら?)」

 

 そこはオレも疑問。

 とりあえずトウコちゃんはそのままベッドに潜っていってシェルダーみたいに殻に籠ってしまった。

 

 

 そして翌日――

 

 

「「「「「「「「「「「姐さん! お勤めご苦労様でした!!」」」」」」」」」」」

 

 

 フウジョタウンで下船の際、盛大に見送られたトウコちゃん。

 彼女の顔色は終始引きつっていた。

 

 てか船は刑務所じゃねえっつうの。

 それともあれか?

 頭目としての義務を果たしたから『お勤め』なんかいな?

 

「(行きましょう、ユウト。わたしたちとあの子は関係ないわ)」

 

 とりあえずオレとラルトスが他人の振りをするのに変わりはなかった。

 




正直なんでこうなったのかわかりません。その場の乗りと勢いで書いてたら自然とこうなったんや。
まあ無理矢理補足すると、純真培養で育ったトウコちゃんがプラズマ団の汚さに耐え切れないで、別の人格が発動しちゃった、とか?
とりあえずこの辺はあまり突き詰めて考えていくことはしません。
ドツボにハマりそうだし、すっごいシリアスになりそうだから。

ちなみに最後の言葉はノリ。
不適切な場合正しい表現への修正をご協力お願いします。


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第6話 ミアレシティ その①

誤字報告大変感謝いたします。

エレキフィールド下でのしぜんのちからの効果を誤っていたので、修正しました。


 わたしたちがカロス地方に着いてしばらく。

 

「とうちゃ~く! ミアレシティ!」

 

 フウジョタウンから15番道路、16番道路と通ってきたわたしたちは、カロス地方一の大都会、カロス地方の技術と芸術の中心地、ミアレシティに到着した。

 

「うわぁ、オシャレー!」

 

 ゲートを潜り抜けた先に広がっていた光景は大都会ヒウンとはまた違った一面を見せてくれていた。

 足元に広がるはアスファルト舗装された大地ではなく、石畳が敷き詰められたそれ。心なしか、それに合わせて石造りの建物も散見される。目の前の大通りを歩く人は誰も彼もオシャレというか、スタイリッシュで洗練されている気がする。観光案内にあった通り、流石芸術の町といったところか。そして、大通りの先には小舟の浮かぶ運河。更にその先、恐らくはミアレシティの何処からでも目に付く建物、いやタワーというべきか。

 

「あれがミアレシティ名物のプリズムタワーだな」

 

 あのギンギラギン具合はまさに“the 都会”って感じだ。さりげなさなどは微塵もない。

 

「さて、ミアレシティに来たからにはまずは?」

「ミアレガレットです!!」

 

 ミアレガレットはミアレシティ名物の洋菓子。是非とも一度は食しておかないとね!

 

「うきゅ」

 

 すると目の前にはユウトさんのラルトスの姿。彼女に両頬をその両の手で挟まれた。そのまま彼女にウリウリされる。ちなみに今のこれは痛くないので正直助かる。

 

ばびぼ(なによ)バブボブ(ラルトス)?」

「いや、まずは町に着いたらポケモンセンターの確認だからね。ポケモンたちの旅の疲れを癒してあげるのが先だから」

 

 うっ!? スマン、それはたしかに。正直ゴメンナサイでした。

 

「デーデデ、デデテ!」

「コマ!」

「ラルー!」

「ンキー!」

「モンメーン!」

 

 すると今のわたしの手持ちのポケモンが全員出て来た。皆が皆、何かを訴えているみたいな気がする。

 

「ラルラル」

 

 ユウトさんのラルトスがユウトさんに飛び乗った。

 

「あー、どうやらみんなトウコちゃんの言ったミアレガレットを食べてみたいらしいな。ま、そういうことなら先にそっちに行きますか」

 

 ユウトさんの突然の方針転換にちょっと驚きもしたけど、それ以上にわたしのポケモンたちから更なる歓声が上がった。先導するようにほんの少し先を歩くユウトさんにみんな喜んで付いていく。

 

「これはあれかな。トレーナーの好みがポケモンに伝播したのかな?」

「いいじゃないですか。そういうのってなんだかステキだし、それにみんなで楽しめますよ」

「ちがいない。オレもそういうのはスキだな」

 

 からかい交じりなニュアンスの言葉にそう返したら、ど真ん中ストレートな返しが戻ってきた。

 

「あら、意外にユウトさんってロマンチストなんですか?」

「そうとは思わないけど、でも、ポケモンとトレーナーが一心同体になる感じがして素敵じゃない?」

「それは感じます」

 

 ままそんなやり取りをしていたら、一匹のポケモンがわたしの肩に乗っかってきた。さらにもう一匹が空いていた左肩に漂い始めた。

 

「てか、お願い痛いからタンマタンマ! 食い込んでる、刃が食い込んでるから!」

「ラル!」

 

 するとわたしの悲鳴を聞き付けたラルトスが右肩の子を素早くねんりきで浮かせてくれた。

 

「コマー……」

 

 うっ! そのションボリする様子に罪悪感を覚えるのだけど、でも、痛いものは痛いのよ。

 

「ゴメンね、コマタナ」

「コマー……」

「デーデデデデデデデー!」

「こーら! ロトム!」

 

 落ち込むコマタナを笑っていたような気がするロトムを叱る。

 

「デデ。デデー」

「コマ!」

 

 ロトムがコマタナに謝り、コマタナもそれを了承する。

 どの子も良い子ばかりで本当に助かるわね。

 

 そうそう。この二匹がわたしのポケモンの新メンバーだ。どちらもこのカロス地方でゲットしたポケモンなの!

 

「コッマ」

 

 一匹目ははものポケモンのコマタナ、15番道路でゲットしたポケモンね。

 ちなみにこのコマタナ、ちょっと変わったところがあって、ユウトさん曰く、

 

『これで特性は『まけんき』とかうせやろ? まだ『てつのトゲ』か、デフォでゴツゴツメット所持してるって言った方が信じられるわ』

 

とかで普通のコマタナよりも体中の刃が鋭くなっているらしい。お陰で今みたいに引っ付かれると非常に痛い。

 

「デデデデデデデー」

 

 二匹目がプラズマポケモンのロトム。こちらは15番道路と16番道路の間に跨っているで荒れ果てホテルに寄ってみたときにゲットした。

 

『火曜日でもないのになんでロトムがいるわけ? しかもなんで一つ目のゴミ箱で見つけちゃうわけ?』

 

 てな感じで、ユウトさんが唖然としてたのは記憶に新しい。

 これに伴って、タマゴも含めると持ち歩ける最大数の六匹を超えてしまうのだけど、そこはアララギ博士と事前に話をしていて、博士の研究所に自動転送されるようになっている。

 と、いうことで、七匹目にゲットしたコマタナの代わりに誰を送ろうかとユウトさんたち、それからアララギ博士にも聞いてみたら、

 

『お願い、一生のお願い! ミロカロス、送って!!』

「あんたの一生はそんな何べんもあるんかいな!」

 

ユウトさんとのそんなやり取りを経てミロカロスを研究所に送ったことで、コマタナがパーティに入った状態となったわけである。

 ちなみに博士は世にも珍しいとされるミロカロス、しかも普通では滅多に見ることのない色違いの個体を間近で初めて見たらしく、寝食を忘れてしまうほど研究に没頭してしまっているらしい。

 

『すごいわよ、トウコちゃん!!』

 

 さっき連絡を取ったときなんかは終始こんな感じのハイテンションで、ホロキャスター越しなのに、少々痩せこけ、化粧ですら隠し切れていないほど目元には隈をはっきりと認識出来たほどだった。

 

(手持ちに復帰しちゃったら、居なくなっちゃうからムリしてるんだろうけど)

 

 折角カロス地方に来たんだから、ミアレガレットの他に、シャラシティ名物だというシャラサブレも買って今度労いにでも行こうかなと思いつつ、わたしたちはミアレガレットのお店に向けて足を向けた。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 さて、ミアレシティに着いたオレたち。トウコちゃんたちの要望に従ってまずはミアレガレットを食した後、ポケモンセンターに寄って、「さあ、次はどうする?」と聞いたところ、返ってきた答えは

 

「では、ジム戦をやりたいですね」

 

ということだったので、なら折角ならと挑戦させてみることにした。

 

「本来ならトウコちゃんはまだこのジムに挑戦する資格を有してない。だから、断られることも考慮に入れてね」

 

 と、前置きをしてミアレジムの傾向と二、三注意すべき電気技を教える。ポケモンの入れ替えも含めた対策等を練っているだろう間にホロキャスターを起動、彼の主に連絡を入れた。

 

「よっす、シトロン。あ、ユリーカちゃんも」

『おや、ユウトさんではないですか!』

『ユウトお兄ちゃん! 久しぶりだね!』

 

 ホロキャスターのホログラムには二人の兄妹、丸メガネとツナギが特徴のシトロンにノメルの実をモチーフにした髪留めの似合うユリーカちゃんの姿が映った。

 

「二人共久しぶり。元気そうだね」

『ええ』

『うん。元気だったよー』

 

 ユリーカちゃんなんかはピョンピョン跳ねて自分の元気さをアピールしてくれている。本当にかわいい子だな。

 

「実は今ミアレシティに来ててさ」

『おお! そうなんですか! なら、是非ジムに寄っていってください!』

「うん、そうするよ。で、そのときなんだけど、今超有望株な新人の子と旅をしててさ、そのトレーナーにジム戦を受けさせたいんだけど、ダメかな?」

『ふーむ、バッジの数はいくつですか?』

「カロスのバッジは一つもないね。他の地方のは一つあるけど」

『う~ん』

「シトロンが設けてるバッジ四つ以上って基準には全然足りてないけど、今回はそこを曲げてなんとかならないかな。今回カロスに来たのは偶然だし、それにたぶんこの子ならシトロンの期待以上のことをしてくれるから」

『ユウトさんにそこまで言わせる新人トレーナーさんですか。……わかりました。ではこちらも条件を課す代わりに特別に許可しましょう』

 

 よし。これで何とかなったか。

 提示された条件を了承して、「じゃあまた」とホロキャスターが切ると、シトロンが提示した条件とトウコちゃんに伝えるべきことを改めて確認する。

 

「(少しトウコに助言してあげてもいいんじゃないかしら)」

「ん~、大丈夫そうだけど、一応は新人さんなんだしそうしておくか。シトロンの条件も言っておかなきゃだし」

 

 ということで、オレはポケモンセンターの通信機器でアララギ博士とやり取りをしているトウコちゃんの元に向かった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「では、これよりミアレシティジム戦を始める! 審判はこの私、バシャーモ仮面が務めるぞ! ハハハ、両者ともに正々堂々頑張りたまえよ!」

 

 そんなこんなでプリズムタワーのミアレジム内。挑戦者は言わずもがな、トウコちゃん。対するはミアレシティジムリーダーのシトロンと、なんとその妹のユリーカちゃんだ。

 これはシトロンの提示した条件が、ユリーカちゃんとシトロンを相手にしたマルチダブルバトルを受けるということだったため。なんでも、そろそろ妹のユリーカちゃんに公式戦の体験をさせたいとのことだったらしい。元々無理を承知で頼んでいるのはこちらだったので、その条件で了承して、この特別ジム戦をやるということに相成ったわけである。

 ついでに審判はメガバシャーモの仮装をしたバシャーモ仮面ならぬ、ミアレシティで電気屋を営んでいるあの兄妹の父、リモーネさんだ。

 

「シトロン、ユリーカちゃん」

「たはははは……」

「んもう、パパ恥ずかしい……」

 

 二人に声を掛けると二人とも顔を真っ赤にして視線を逸らす。前に聞いてみたところ、以前ハロウィンであの仮装をしてから本人がアレが大好きになりすぎて言っても聞いてくれないんだとか。近頃はご当地ヒーロー的なこともやっているらしい。……あれ? これってオレのせいなんだろうか……?

 

「リモーネさん」

「わははは! ユウト君、私はリモーネなどという電気オヤジではない! 愛と正義とミアレシティの平和を愛するバシャーモ仮面、だっ! はっはー! ではルールの確認といこう!」

 

 とりあえずオレの言は軽く流されてルール説明。

 試合形式はマルチダブルバトルで、シトロンたちの手持ちは一匹、トウコちゃんの方が二匹。あとは道具使用なし、持ち物ありの至って普通のルールだ。……余談だけど、このルールを『至って普通』といえるまで随分と掛かった気もする……。

 

「よーし! では両者、モンスターボールをフィールドに投げ入れてバトル開始だ!」

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

『エレザード  はつでんポケモン

 エリマキを広げて発電する。エレザード1匹で高層ビルで必要な電気をすべて賄える。

 電気で筋肉を刺激すると100メートルを5秒で走る脚力にパワーアップする。』

『デデンネ  アンテナポケモン

 尻尾で発電所や民家のコンセントから電気を吸い取り、(ひげ)から電撃を撃ち出す。

 また(ひげ)には、電波を送受信して遠くの仲間と連絡を取り合う、アンテナとしての役割もある。』

 

 図鑑を向けてみたところ、シトロンさんがエレザード、ユリーカちゃんがデデンネってポケモンを出してきた。図鑑説明にはどっちも電気に関することが書かれているし、ここは電気タイプのジム。ならば電気タイプは確定として、次にあの二匹のポケモンが複合タイプなのかどうかだけど――

 

「んなのぶっちゃけわかんないわよ」

 

 生まれて初めて見たんだもの。んなのわかるわけない。ついでに特性も知らん。全くの完全な初見で百発百中でタイプも特性も当てられる人がいるなら連れてきてほしいわ。

 

「デデンネ、モンメンに向かってほっぺすりすりよ!」

「エレザード、エレキフィールド!」

 

 さて、バトル開始! 先手は相手方だった。

 エレザードが上空に電撃を撃ち上げたけど、すぐにそれが地面のフィールドに落下してきて着弾。そこからフィールドを電気が駆け巡ってフィールド全体が黄色く発光し始めた。そしてデデンネがほっぺすりすりのために四足走行でモンメンに駆け寄ってくる。

 

「モンメン、しんぴのまもり! コマタナはモンメンの前に出張っててっぺき!」

 

 エレキフィールドは電気タイプの技の威力を上げて眠りを無効にする効果があるし、ほっぺすりすりは必ず相手を麻痺させる攻撃技。どちらもシトロンさんが相手なら注意すべき技ということだった。それに電気タイプは相手を麻痺にさせる手段に長けているということもユウトさんが言っていたので、麻痺やついでに混乱を防ぐしんぴのまもりは絶対に必要だと思っていた。ヒウンジム戦の後に状態異常対策としてユウトさんの技マシンを借りて必死に覚えたのが早速役に立つときね。

 

「うっそ! あたしたちの方が早かったのに!」

「となるとあのモンメンの特性は『いたずらごころ』ですか! 聞いていた通り中々やりますね!」

 

 モンメンの特性『いたずらごころ』。この特性持ちということでユウトさんからはかなりのレクチャーを受けたと思っている。変化技を悪タイプ以外に対してノータイムで即行撃てるモンメンはサポートにはもってこいだ。

 そしていきなりしんぴのまもりがモンメンとコマタナに張られ、さらにコマタナがてっぺきを使い終えたところでデデンネのほっぺすりすりがモンメンをかばったコマタナに命中した。

 

「コッマ!」

 

 しんぴのまもりが効いているので、麻痺はしない。さらにほっぺすりすりは接触攻撃。エレキフィールドで威力にブーストが掛かっていようと、てっぺきによって防御の上がったコマタナにはそれほどのダメージではない。

 

「デデネー!?」

 

 どちらかといえばダメージを負ったのは攻撃を受けたコマタナではなく、攻撃を仕掛けたデデンネの方だ。

 考えてみてほしい。コマタナははものポケモンの名の通り、全身が刃物だ。これはポケモン図鑑にもはっきり記載してある(というより、『獲物にしがみついて、刃を食い込ませて痛めつける』とか結構エゲツナイことが書かれていたりする)。そしてわたしのコマタナは他のコマタナよりもその刃が鋭い。そして、てっぺきという技は全身を固くして防御を上げる技。

 つまり、これらを組み合わせると全身の鋭い刃物が硬さを増して、結果その刃物が接触してきた相手に対して傷をつけるダメージソースとなるわけなのだ。

 

「なるほど。つまりはそういうことですか。たしかにこれはユウトさんの言ってた通りの大型新人だ。というよりももはや怪物ですね」

「褒め言葉として受け取っておきますよ! コマタナ、デデンネを仕留めるわ! ひっかくからのダメおし!」

「デデンネ、頑張って! でんきショックだよ!」

「エレザード、デデンネを援護です! 10まんボルト!」

「モンメン、エレザードに妨害! 連続でしぜんのちからよ!」

 

 それぞれがそれぞれのポケモンに懸命に指示を送っていく。だけど、その中で一番最初に動き出したのが、わたしのモンメンだ。なぜならしぜんのちからは攻撃技ではなく変化技なので、『いたずらごころ』の効果が乗る。なので、あっという間にしぜんのちからによって発生した10まんボルトがエレザードに向かっていった。一発目がエレザードに着弾。これにより、エレザードの行動が阻害されて、若干10まんボルトの出が遅くなる。

 そして次に動き出したのがコマタナ。デデンネの方はコマタナの刃が思ったよりも効いているらしく、さっきのほっぺすりすりのための疾走よりも動きに精彩を欠いていたように思う。コマタナのひっかく攻撃で一回デデンネを斬り付け、そして反対の手で掌底を突き出すかのような動作で威力が倍になったダメおしを決めてデデンネをふっ飛ばす。さらにコマタナがうまいことをやってくれたようで、モンメンの二発目のしぜんのちから(10まんボルト)によって弱められたエレザードの10まんボルトにデデンネが激突した。

 

「デデンネ、戦闘不能!」

 

 最後は自滅っぽいし、たぶん10まんボルトが当たってなくてもダウンだったと気もするから死体蹴りっぽい感になったんだけど、これでデデンネはダウン。

 

「さあ、次! コマタナ、あなたの新しい技で勝負を決めるわよ!」

 

 あと一匹。全力で行きまっしょい!

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「すごいすごいよ、トウコお姉ちゃん!」

「いやあ、ユリーカの言う通りです。見事としか言い様がありません」

「熱くなるスゲー戦いだったぞ! はっはっは!」

 

 マルチダブルバトルのミアレジム特別ジム戦。

 デデンネが倒れた後、回復も込みでエレザードが範囲攻撃技のパラボラチャージを撃ってきたが、コマタナの、トウコちゃんが言っていた新技、メタルバーストでダメージを一.五倍に増幅して反射させ、さらにモンメンのようせいのかぜとさらに間髪入れずに放たれたしぜんのちから(10まんボルト)でエレザードを倒して、トウコちゃんに軍配が上がったのだ。

 

「(あの子、だんだん反射技の使い方が上手くなってきたわね)」

「やっぱりミロカロスの影響が大きいんだろうな」

 

 道中のトレーナー戦も含めて、今まで事あるごとにミラーコート使ってたからな。

 そして、そんなこんなな間に三人が握手を交わす。

 その後シトロンはバシャーモ仮面(リモーネさん)からバッジとバッジケースを受け取った。

 

「さて、ジムリーダーの僕に勝って、なおかつあんなバトルを見せてくれたキミにはこのバッジを渡さなければなりませんね」

 

 そうしてシトロンからミアレシティジムリーダーが認めた証、ボルテージバッジとカロス用のバッジケースを授与されたトウコちゃん。

 

「みなさん、ありがとうございます!!」

 

 彼女にとっては二個目のバッジだが、自分の力で勝ち取った初めてのバッジなので、言動の端々に嬉しさが滲み出ている。

 

「あ、トウコお姉ちゃん」

「ん? 何かな、ユリーカちゃん?」

 

 ユリーカちゃんに呼ばれたトウコちゃんは、ユリーカちゃんの目線に合わせるように膝を屈めた。

 

「トウコお姉ちゃんキープなの!」

「えっ?」

 

 ……あぁ~……。

 

「シルブプレ~。お兄ちゃんのお嫁さんになってくーださい!」

 

 そうしてユリーカちゃんは片膝をつき、何処から取り出したのか、薔薇の花束をトウコちゃんに向かって掲げる。

 

「ユ、ユリーカ! は、恥ずかしいことしないの!!」

 

 シトロンは顔を赤く染めながら、背中に背負うメカからエイパムアームを伸ばしてユリーカちゃんを摘み上げる。

 

「えぇ、だってあんなに美人さんだしかわいいし、それにバトルも強いんだよ? お兄ちゃんのお嫁さんにピッタリじゃない?」

「小さな親切、大きなお世話! 余計なことしないの!」

「はっはー! あんな娘だったら、オレは大歓迎じゃのー!」

 

 摘み上げる兄と摘み上げられる妹との口論とそれに便乗するバシャーモ仮面(リモーネさん)。父親が絡むパターンは初めて見たけど、兄妹のやり取りの方はこの二人が揃えばしょっちゅう見かける、この兄妹を象徴したもはや鉄板のお約束だ。

 

「えぇー……」

 

 しかし、そんなことは全く知らない、花束を貰っていったいどうすればいいのかわからずに困惑するトウコちゃん。

 

「……あの癖まだ治ってなかったんだ」

「(ていうか昔は美人だったら矢鱈滅多らそこいら中に粉掛け捲ってたんだからだいぶマシになったんじゃない?)」

「いや、美人だけじゃなくてステータスも気にしてたから、余計に強かになったんじゃないか?」

 

 そんなことをラルトスと言い合いつつ、しばらくぶりにそんな様子を見たので、もう少し見守ろうと思ったオレたちだった。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――このあとちょっと寄りたいところがあるんだけど、シトロンたちも一緒にどう?

 

 ジム戦が終わってなんだかんだの後、ユウトさんがそんなことを言ってきてくれたので、ボクはユリーカと一緒に同伴することにしました。

 

「このシャラサブレもおいしいわね!」

「でしょ! 本当はシャラシティ名物なんだけど、このミアレでも最近買えるようになったんだよ!」

 

 ユリーカが今日ジムに挑戦しに来たトレーナー、トウコさんとシャラサブレを食べながら楽しそうにしている。ウチには(ボク)は居ても姉は居ないからか、ユリーカにとってみればお姉ちゃんみたいな存在なんでしょうかね。

 

「それにしても」

 

 ボクは改めて彼女を見やって、すると思い起こされるは先程のバトルのことです。聞けば彼女は初めてのポケモンをもらってまだ一月も経っていないのだそうです。ポケモンの勉強はチョコチョコっとしていたそうですが、本格的にやり始めたのはユウトさんと一緒に旅をするようになってからだそうですね。

 基本そうした新人の子たちは特にダブルバトルでの指示はなかなか覚束ないですし、連係プレーなんてのは以ての外、まだまだ出来るわけがないという部類に値するはずなのです。

 

(しかし、彼女の場合は違う。違い過ぎる)

 

 彼女は個々のポケモンの特性と技、そして連係プレー、果ては自分のポケモンにしかない特徴を存分に生かし切ってバトルに勝利しました。これは正直、いくらユウトさんの師事があったとはいえ、凄まじいことだと思います。

 

「才能、いえ、もはやポケモンバトルの申し子、とでもいうべきなのでしょうか」

 

 そんな彼女に出会えたこと、そしてバトル出来たこと。

 

「シトロン、ちょっと!」

 

 それらについて、ボクは肩を組んできたやや年上のこの兄的な人に感謝は奉げたいですね。

 

「どうかしました?」

「これからミアレのIDクジを引きに行くわけじゃん?」

「まあ今から行くエテアベニューにはそれっぽいのしかありませんからね」

「ああ。でさ、トウコちゃんなんだけど実はすんごく運がいいわけよ。いってみれば超ラッキーガールだな」

 

 そうしてこれまでのことで彼女の逸話を語ってくれているユウトさんですが、うん、確かになんというか豪運の持ち主という気がしますね。連続すごいポロック記録もそうですが、色違い一発遭遇とかなかなかないですよ。ボクはまだ色違い個体なんか出会ったことすらありませんし。

 

「つまり、何が言いたいかっていえば彼女にクジを引いてもらえればクジ引きの一等商品がもらえる可能性が高いわけよ!」

 

 なるほど。それで彼女に。

 でも、ユウトさん、一つ問題がありますよ?

 

「あのIDクジって一人一日一回しか引けませんよ?」

「……あっ! しまった、そうだった!」

 

 ……稀にこういうところを見てると、この人本当に“全国チャンピオン”なのかと疑ってしまいたくもなりますね。そして彼のラルトスも同じ気持ちだったのか、トレーナーと同じくムンクの叫びのようなポーズをとって硬直してしまっていました。

 

「いや、大丈夫だ! トウコ大明神様がお傍にいらっしゃるんだ! 大明神様に肖ればあるいは!」

「ラル! ラルラルラ!」

 

 そして復活したかと思えば彼女に対して手のひらを擦り合わせて拝み倒す二人。

 

「ま、まあ気負わずに頑張りましょうよ。」

 

 とりあえずボクもちょっと肖りたいなぁと内心でトウコさんに拝みつつ、見れば、目指すIDくじセンターの看板が見えてきたところでした。

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

【余談】

 

ユリーカ「あ、クジの結果? あたしがふしぎなアメで、お兄ちゃんがモーモーミルクで、トウコお姉ちゃんが一等の珍しいボールと木の実詰め合わせセットだったんだよ! すごいよね!! あ、ちなみにユウトお兄ちゃんがいいきずぐすりだったんだって」

 

 邪なことを考える者にはそれ相応のものしか得られません。

 




ユリーカの名前の由来は「レモン(檸檬)」の品種の一つ「ユリーカ(ユーレカ)レモン」なのだそうで、彼女の髪留めの形をレモンをモデルにしているだろうノメルの実をチョイスしてみました。

コマタナがメタルバーストを使っていますが、進化形のキリキザンが覚えますので、覚える素養はあるかなと思い、このようにしています(プラチナ編 挿話10でも同じ設定が登場します)。

ちなみに珍しいボールと木の実詰め合わせセットの中身は特殊ボール・各ガンテツボール5個セットとチイラ・リュガ・カムラ・ヤタピ・ズア・サン・スター・ナゾ・ミクル・イバン・ジャポ・レンブ・アッキ・タラプの各2個ずつのセットです。

そして申し訳ありません。
外伝の特別編の方は3話分だけ完成していますが、ここでストックが切れました。


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