東方悪正記~悪の仮面の執行者~ (龍狐)
しおりを挟む

設定その他モロモロ
作中使用ライダー一覧*常時更新


※(こめじるし)が付いている話は、変身アイテムや使用アイテムなどのみが登場した話。



仮面ライダークウガ

 

・仮面ライダークウガ

 

・仮面ライダー(ライジング)アルティメットクウガ

3話 4話 5話  ※54話

・アナザークウガ

35話

 

 

 

仮面ライダーアギト

 

・仮面ライダーアギト

 

・仮面ライダーG3-X

 

・仮面ライダーG4

 

・アナザーアギト

34話

 

 

仮面ライダー龍騎

 

 

・仮面ライダー龍騎

 

・仮面ライダーナイト

 

・仮面ライダーリュウガ

※59話

・アナザー龍騎

 

・アナザーリュウガ

38話

 

 

 

仮面ライダーファイズ

 

 

・仮面ライダーファイズ

 

・仮面ライダーカイザ

 

・仮面ライダーデルタ

 

・仮面ライダーオーガ

 

・仮面ライダーサイガ

 

・アナザーファイズ

24話 25話

 

 

 

仮面ライダーブレイド

 

 

・仮面ライダーブレイド

 

・仮面ライダーギャレン

 

・仮面ライダーカリス

 

・仮面ライダーレンゲル

12話

・仮面ライダーグレイブ

※54話

・アナザーブレイド

 

 

 

仮面ライダー響鬼

 

 

・仮面ライダー響鬼

 

・仮面ライダー威吹鬼

 

・仮面ライダー轟鬼

 

・アナザー響鬼

 

 

仮面ライダーカブト

 

 

・仮面ライダーカブト

 

・仮面ライダーガタック

 

・仮面ライダーザビー

 

・仮面ライダードレイク

 

・仮面ライダーサソード

 

・仮面ライダーコーカサス

 

・アナザーカブト

63話

 

 

仮面ライダー電王

 

 

・仮面ライダー電王

 

・仮面ライダーゼロノス

 

・仮面ライダーNEW電王

 

・仮面ライダーネガ電王

 

・仮面ライダーガオウ

 

・仮面ライダー幽汽

 

・アナザー電王

※63話

 

 

仮面ライダーキバ

 

 

・仮面ライダーキバ

 

・仮面ライダーイクサ

 

・仮面ライダーダークキバ

9話 

・仮面ライダーレイ

 

・仮面ライダーサガ

 

・仮面ライダーダークキバ

9話 10話 11話 ※56話

・アナザーキバ

 

 

 

仮面ライダーディケイド

 

 

・仮面ライダー(ネオ)ディケイド

 

・仮面ライダー(ネオ)ディエンド

 

・仮面ライダーダークディケイド

 

・アナザーディケイド

 

・アナザーディエンド

 

 

 

仮面ライダーダブル

 

 

・仮面ライダーダブル

 

・仮面ライダーアクセル

 

・仮面ライダーエターナル

59話 60話

・仮面ライダースカル

14話 15話

・仮面ライダージョーカー

 

・アナザーダブル

38話

 

 

仮面ライダーオーズ

 

 

・仮面ライダーオーズ

 

・仮面ライダーバース

 

・仮面ライダーポセイドン

 

・アナザーオーズ

 

 

 

仮面ライダーフォーゼ

 

 

・仮面ライダーフォーゼ

 

・仮面ライダーメテオ

 

・アナザーフォーゼ

23話 24話 25話 64話

 

 

 

仮面ライダーウィザード

 

 

・仮面ライダーウィザード

 

・仮面ライダービースト

 

・仮面ライダーメイジ

 

・仮面ライダーワイズマン

 

・仮面ライダーソーサラー

 

・仮面ライダーブラックウィザード(漆黒の魔法使い)

8話 ※10話 11話

・アナザーウィザード

63話 64話

 

 

 

仮面ライダー鎧武

 

 

・仮面ライダー鎧武

 

・仮面ライダーバロン

 

・仮面ライダー斬月

 

・仮面ライダーデューク

 

・仮面ライダー武神鎧武

2話 41話 ※54話

・仮面ライダーフィフティーン

16話 17話

・アナザー鎧武

 

 

 

仮面ライダードライブ

 

 

・仮面ライダードライブ

 

・仮面ライダーマッハ

 

・仮面ライダーチェイサー

 

・仮面ライダーダークドライブ

49話

・アナザードライブ

 

 

 

仮面ライダーゴースト

 

 

・仮面ライダーゴースト

 

・仮面ライダースペクター

 

・仮面ライダーネクロム

 

・仮面ライダーダークゴースト

13話

・アナザーゴースト

6話 

 

 

仮面ライダーエグゼイド

 

 

・仮面ライダーエグゼイド

 

・仮面ライダーブレイブ

 

・仮面ライダースナイプ

 

・仮面ライダーレーザー

 

・仮面ライダーゲンム

19話20話29話

・仮面ライダークロノス

 

・仮面ライダーアナザーパラドクス

21話

・アナザーエグゼイド

 

 

 

仮面ライダービルド

 

 

・仮面ライダービルド

 

・仮面ライダークローズ(チャージ)

 

・仮面ライダーグリス

 

・仮面ライダーローグ

 

・仮面ライダーマッドローグ

 

・仮面ライダーエボル

 

・仮面ライダーキルバス

58話

・アナザービルド

 

 

 

仮面ライダージオウ

 

 

・仮面ライダージオウ

 

・仮面ライダーゲイツ

 

・仮面ライダーウォズ

 

・仮面ライダーバールクス

 

・仮面ライダーオーマジオウ

 

・アナザージオウ(Ⅱ)

 

 

 

仮面ライダーゼロワン

 

 

・仮面ライダーゼロワン

 

・仮面ライダー滅

 

・仮面ライダー迅

 

 

仮面ライダーセイバー

 

 

・仮面ライダーセイバー

 

・仮面ライダーベノム(オリジナル)

39話 40話

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪正記 専門用語一覧 ※常時更新

 

 

権能

 

 

 本作オリジナルの特別な力。

 わかりやすく言えば権能は能力の進化版のようなものであり、非常に強力な力。

 覚醒の条件が複数存在しており、最初の一つは転生者にとっては考えるまでもない楽な条件だが、既存キャラクターにとっては途轍もなく難しい条件である。

 

 権能に覚醒するための最初の条件である『イレギュラー』と『準イレギュラー』の違いについては、後述で説明する。

 

 権能持ちは互いの『オーラ』のようなもので相手が『権能』を持っているかいないかを判断することができる。

 完全に覚醒している場合は『権能』持ちだとすぐにわかるが、中途半端に一番目と二番目の条件だけ達成していると、オーラが微弱であり、よく注視しないと“覚醒しかけ”であることすらも分からないほどに微弱。

 

 

 

 覚醒パターンは二種類存在している。

 

・『昇華(しんか)

 能力が一つだけのパターンで、その能力をベースにして劇的なまでに進化させて無理やりこじつけとも言えるレベルで戦闘向きの権能にする

 

・『混合(ごうせい)

 二つ能力がある状態で能力が合成され、こじつけレベルで戦闘向きの権能へと改造されるパターン。

 

 

 シロ、ライラの場合は混合(ごうせい)で、臘月の場合は昇華(しんか)である。

 

 

 権能に覚醒すると、どのようなメリット・デメリットが存在するか、解説する。

 

 

 

 

 

メリット

 

 

 現状では、権能に覚醒することにはメリットしか存在しない。

 そのメリットを一つずつ説明していく。文章としてみたい方は51話を参照。

 

 

その1 滅茶苦茶強くなる

 

 

 権能に覚醒すれば、幻想郷の最強格などで屁でもなくなるくらいに強くなる。その証拠に妖々夢ではシロが八雲紫を圧倒している。(幻想郷の創始者にして妖怪の賢者とも言われている八雲紫を倒せた理由としては、後述のメリットにおいて記載する)。

 

 元ある能力を統合したりその能力を大幅に進化させたりという形での変化なので、非常に強力である。

 

 

 

その2 権能以外の攻撃無効化

 

 

 権能持ちが最強レベルにまで強くなる理由としては、これが一番の理由である。

 権能持ちは同じ権能持ち以外の攻撃を完全に無効化するという理不尽なまでのアドバンテージを持つ。事実上、権能持ちを倒せるのは同じ権能持ちだけである。

 

 しかし、いくら最強に近い力であるとはいえ、弱点はある。権能の攻撃無効化は物理的攻撃のみに限定されており、精神的ダメージを無効化することはできない。つまるところ権能持ちは絶対的な力と物理攻撃無効の最硬の盾を与えられたにすぎない。

 【精神の盾】は完全に自前で用意する必要があるということだ。

 

 

 

その3 神への絶対命令権

 

 

 権能が強力すぎる理由の一つとして、『神への命令権』が存在している。

 これはその名の通りに『神への命令権』を持つことができ、事実上神を言いなりにすることが可能。

 

 作中でも、月夜見が臘月に「命令」されたことによって臘月の独裁政治を止めることができなかった。

 

 

 しかし、そんな命令権にも弱点が存在し、同じく『権能』に覚醒している神には命令権が通用しない。作中でも『龍神』や『??????』が権能に覚醒しており、『龍神』は臘月の命令を受け付けることはなかった。

 

 『龍神』が権能に覚醒できた理由としては、彼が『準イレギュラー』であることに他ならない。

 臘月という『イレギュラー』によって空真が『準イレギュラー』になり、同時に空真によって運命を変えられた『龍神』も『準イレギュラー』へと変化した。

 

 

 

権能覚醒の条件

 

 

1 『イレギュラー』か『準イレギュラー』であること

 

2 一度『神の声』が聞こえること

 

3 ???

 

 

権能覚醒

 

 

 

 

 

 

デメリット

 

 

 

デメリットは存在する。確かに、確実に。

たった一つの、代償が

 

 

 

 

 

 

 

 

イレギュラー

 

 

 『イレギュラー』とは、いうまでもなく本来存在しない存在のこと。要するに転生者などのことである。

 作中では、零夜、シロ、臘月、紅夜などが転生者であることが明かされている。

 

 圭太も転生者であるかどうかは、まだ不明(準イレギュラーの可能性もあり)

 

 権能に覚醒するための一つ目の条件を難なく攻略しており、二つ目、三つ目の条件を達成すれば、権能へと覚醒できる。

 言い換えれば“鬼畜過ぎる出来レース”。言い当て妙だが間違いではない。

 

 

 イレギュラー一覧

 

 

・夜神零夜

・シロ

・紅月紅夜

・黒月圭太

・綿月臘月

 

 

 

 

 

 

準イレギュラー

 

 

 【準イレギュラー】とは本来の運命が『イレギュラー』によって捻じ曲げられた存在。また、『準イレギュラー』によって運命を変えられたもの。

 本来の原作(れきし)の在り方を『イレギュラー(てんせいしゃ)』によって歪められることによって発生する“憐れな犠牲者”。

 『準イレギュラー』の枠組みには、零夜によって本来の運命を捻じ曲げられた【ルーミア(大人)】や、本来物語の外側に存在しており、名前や存在すら出てこなかった人物が、イレギュラーによって表舞台に立たされた人物のことを指す。【ライラ】や【レイラ】など。

 

 準イレギュラーも『イレギュラー』であるがために権能の覚醒対象へとなり得る。

 

 

 

 その運命が捻じ曲げられたことで、バットエンドがハッピーエンドになるか、ハッピーエンドがバットエンドになるか、それは誰にもわからない。

 

 

 

 準イレギュラー一覧

 

 

・ルーミア(大人)

・レイラ

・ライラ

火影(ひえい)(プロクス・フランマ)

水連(すいれん)(ヒュードル・アクア)

海星(かいせい)(タラッタ・マル)

砂金(さこん)(クリューソス・アウルム)

逢土(あいと)(アンモス・サブルム)

空真(くうま)(ウラノス・カエルム)

・アヤネ

光輝(こうき)(デンドロン・アルボル)

 

 

 

 

 

 

 

才能

 

 

 権能に覚醒すると確実についてくるオマケみたいなもの。

 才能と書いて『スキル』と読む。という方が確実。ていうかこれから説明することの定義としては『スキル』が相応しい。

 

 しかし本来スキルは一人一つしか持てないため、いったいなぜシロが二つも持っているのかは、未だに謎である。

 

 

 

 スキル一覧

 

 

・夜神零夜   【■■■■】

 

・シロ     【変声】 【■■の■■】

 

・紅月紅夜   【隠蔽】 【  】

 

・黒月圭太   【??】

 

・ライラ    【教育】

 

・レイラ    【  】

 

・龍神     【本人談“必要ない”】

 

・■■■■■■ 【いらないかなー。だって私“素”で強いしねぇー】

 

 

 

・綿月臘月 【なし】

 

 

 

 

 

 

 

妖(霊・魔・神)力纏い

 

 

 今作オリジナルの技術。

 『霊力』『魔力』『妖力』『神力(じんりょく)』などのオーラ(ちから)を己の細部にまで纏わせる超高等技術。

 これにより自身の力を何倍にも引き上げることが可能。これができるかできないかで、戦局が大きく変わる。

 例えるならワンピースの覇気

 

 劇中では紅夜が難なく行っているが、これは『ウォクス』のサポートがあるおかげであり、実際紅夜がなんのサポートもなく一人で行った結果、纏った腕の内側から大怪我をするという大惨事に見舞われた。

 その危険さはライラが教えるのを躊躇ったほどである。

 

 他にもライラやシロ、マクラなどもなに不自由なく使えている。

 龍神も例外ではなく、さも当然のように使っている。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜神(ヤガミ) 零夜(レイヤ) プロフィール ※常時更新

夜神 零夜(やがみ れいや)

 

 

 

 

概要

 

 

 

 

 

種族人間?
二つ名究極の闇・クロ(偽名)
職業悪人?・不明
能力離繋(りけい)
『創造』
危険度極高
人間友好度
居住地ミラーワールド
CV石川界人

 

 

 

 

 

 今作の主人公。

 転生する前は地球で普通に生きていたが、女神によって【東方project】の世界へと転生し、『悪』として生きることを決意した。悪になろうとした理由としては、『もう悪と言う道しか、俺は進んじゃいけないんだ』と言う自分を卑下(ひげ)するような思考から来ている。これ以外にも理由はあるが、深くは語られていない。

 

 女神があらかじめ零夜に伝えておいたシナリオにより、零夜は人里で14歳の時まで過ごしていたが両親が妖怪に殺されたため、それを理由に人里から出て行った。

 零夜が転生した時代は原作の約500年も前であることが語られている(本編では数百年とか千年とか書いてあるかもだけで五百年で確定)。そんな昔から生きていられる理由は、下記に記す。

 

 ちなみに五百年の理由は原作東方で500年以上前、人間の文明の発達と人口の増加により妖怪の勢力が人間に押され気味だったため、【八雲紫】が「妖怪拡張計画」を立案・実行して「幻と実体の境界」という結界を張った時期であるため。

 

 人里から出て行った際、初めて戦った強敵がルーミア。【仮面ライダークウガ・アルティメットフォーム】の力でごり押し、圧倒的な力の差を見せつけて勝利した。

 その後にルーミアを襲おうとしていた【ゲレル・ユーベル】を【ライジングアルティメットフォーム】の力によって消滅(ころ)した。人を助けると言う優し気な一面も存在する。

 闘いの後、ルーミアを気絶させた後に、【八雲紫】が姿を現し、お互いの一撃をぶつけ、去り際に自信のことを【究極の闇】と名乗り、その世界から姿を消した。『ミラーワールド』に身を移した際、情報が洩れないようにルーミアをミラーワールドに監禁する。

 

※字面だけ見れば女性を誘拐して監禁した、まさに悪党の所業である。

 

 

 紅霧異変の際、レミリアを撃破した後に、謎の白い本【ブランクワンダーライドブック】で【紅霧異変】を『奪った』。

 彼曰く、シロにもらったとのこと。そして【異変】を集めて何をしようとしているのかも、不明である。

 

 だが、【東方永夜抄?】編では【綿月 臘月】の悪逆の限りに酷く激怒し、絶対に殺すと言う強い意志を持つことになる。

 だが逆にそれは、不幸な目に合っている玉兎たちや哀れな犠牲者(綿月 依姫)を助けたいと言う意思表示ともとれる

 

 【タケトリモノガタリ】編では、目的のためとは言え竹取の翁を助けたりなど、善行も一応行っている。だが、自分が『悪人』だと言う定義は絶対のようで、【龍神】に自分が『悪』ではなく『善』扱いされたことに憤怒している様子も見られた。

 悪人を嫌っている癖に、その『悪』へ見せる執着は一体どこから来ているのか――?

 

 すべては、彼の過去に秘密がありそうだ。

 

 

イメージCV 【石川界人】

 

 

 

 

 

 

 

 

容姿

 

 

 黒眼黒髪の美男。世間一般的でイケメンと言われるほど容姿端麗である。実を言うと、転生前とあまり変わっておらず、唯一の変化は人間を超越した回復力で肌荒れやニキビや黒子(ホクロ)など全くないことである。

 服装は黒いものを好んできており(黒=悪を連想させるため)、普段の服装は白いTシャツに黒いズボン。その上に足元に届くまでの長くて薄いフード付きコートを羽織っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人物像

 

 

 【夜神 零夜】と言う人間を言葉で表すとすれば、『偽悪者』である。

 目的である『世界の破壊』を実行するための第一前提として、自身を『悪人』と定義しているが、転生前のトラウマや【ゲレル・ユーベル】と言う本質的『悪』を完全に忌避しており、一言で言い表すなら『悪人』に成り切れない『悪人』である。

 

 物語当初から極悪人のゲレルに嫌悪感を持ち、絶対にあのような人格()にはなれないと自覚しており、【東方永夜抄?】編や【タケトリモノガタリ】編でも、それは顕著に表れており、とても悪人とは思えない思考や行動――善意とも言える感情で行動していることが多々ある。

 【龍神】からも『善人』認定されており、逆にその認定に(いきどお)りを感じており、憤慨すると言う情緒不安定な面もある。

 

 過去の経験(無罪の罪で死刑にされた)ことから『復讐』と『破壊』で内心満ちている。だが、それが爆発しないのは周りの人間の信用があるおかげである(例:ルーミア、シロ)。

 だが、逆にそれらがなくなれば暴走する危険があると言うことだ。そうなればどうなるか、まだ誰にも分からない―――。

 

 

 

 

 

能力

 

 

転生特典

 

 

繋ぎ離す程度の能力(離繋)

 

 この能力の一環は【距離を操る程度の能力】と似たようなものであり、【移動する程度の能力】と偽っていたこともある。場所と場所を一瞬で繋いで瞬間移動に近いことをしたり、寿命と老いから離れることによって不老不死になったりできる。

 

 言い換えれば【境界を操る程度の能力】の劣化版であり下位互換。そのため一時的ながら八雲紫と同等に渡り合える能力である。

 

 のちに略称されて54話で『離繋』と呼ぶようになった。

 

 また、この能力の本質は“繋ぐ”ことと“離す”ことであり、その本質を応用して力の繋がり、感情の繋がりなどを視認できるようになる。ちなみに、これを使うと長時間ブルーライトに目を当てているような目の疲れが発生するのでよほどの時にしか使わない。対処方は蒸したタオルを目に当てるなど。

 さらに、それを切り離すことも可能である。

 

 

 

・創造する程度の能力

 

 その名の通り何でも創造することができる。だがこの能力は零夜はその日の食材しかほとんど創造しない。なお、最初に創造したのは家である。

 例外としては現代兵器を創造したりもしているが、ほとんど出番はなく日陰の能力。

 

 

 

 

 

 

地球(ほし)の本棚

 

 

 言わずもがな【仮面ライダーダブル】のフィリップが使う地球(ほし)の本棚。

 やろうと思えばあらゆる情報を閲覧できるが、【ライラ】や【レイラ】の本のように、燃えて読めない本や鍵がかかって見れない本なども存在している。

 

 

 

 

 

 

使用ライダー

 

・ダークライダー

 悪人たちが変身する仮面ライダーの通称。

 

・アナザーライダー

 オリジナルのライダーたちを歪めたような姿をした怪人。

 

・オーロラカーテン

時間と時間、世界と世界と繋いで過去や未来、別世界にも行けたりもするが、そういうのはすべてオーロラカーテンを使っている

 

・主人公ライダーにもサブライダーにもダークライダーにも該当しないライダーの力。

 どのライダーにも該当しないライダーたちの力も、零夜は保有している。

・仮面ライダーゾルダ

・仮面ライダーカリス

・仮面ライダーネクロム

 など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去

 

 

 

 零夜は一話の時点ですでに壮絶な過去があったことが明かされており、死因は絞首刑。19歳で死亡し、それまでは監獄で過ごしていたことが明らかになっている。

 どう考えても普通の青年が経験する出来事ではない。しかし彼は無罪であり、彼を家族ごと嵌めた人物が存在していることも明らかになっている。

 

 詳しいことは明らかになってはいないが、彼の異常なまでの『悪』への執着への起因となっていることは間違いない。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シロ プロフィール ※常時更新

 

 

概要

 

 

 

 

種族人間?
二つ名シロ(偽名)・究極の闇
職業
権能●●●●
危険度
人間友好度
居住地??
CV(主)石田彰

 

 

 

 

 

 【東方妖々夢】編の途中で現れた謎多き人物。初登場から咲夜と魔理沙を力で蹂躙し、その後に【八雲紫】と【八雲藍】相手に勝つと言う規格外の力を持っており、しかもその四人を倒した後で零夜に加戦してレイラを倒すなどの偉業を成し遂げている。

 零夜とルーミアは彼のことをやその正体を知っているようで、空白の約五百年になにがあったのかは今現在も謎のままである。

 

 急に現れては零夜の邪魔をしたりなど、傍迷惑な一面もあるが、基本的には零夜第一主義であり、所々で零夜を心配する様子を見せたりなど、根っからの悪人ではないようだ。

 

 しかし【ブランクワンダーライドブック】や【猛毒剣毒牙】と言う本来存在しない装備や機能を持ったライダーアイテムを持っていたりなど謎な部分も多々あり、これらについても解明されていない。

 

 

ちなみに好きな生き物はドラゴン

 

 

 

 

 

 

 

 

容姿

 

 

 全身を白い服で統一した白装束。白い服に白いズボン。白いフード付きコートと言うなんとも言えない服装である。ン・ダグバ・ゼバよりも白い服の着用が多い。

 余談だがカレーうどんなど絶対食べにくそう。

 

 彼がこれ以外の服装を着ている描写はないが、66話の回想で出てきたシロの服装は今とは全く違う服装である。

 過去では服の趣味はまったく違っていたようだ。

 

 彼の詳細な容姿は下記に収録。ただしネタバレ注意。

 

 

 

 

 

人物像

 

 

 一言で言えば、掴み所のない秘密主義。

 零夜の怒りの言葉もヘラヘラと受け流すなど、話術には長けており、心の内を一切見せない。

 だが、そんな彼でも【紅月 紅夜】と【圭太】に関してだけはかなり動揺を見せるなど、謎な部分が多い。

 

 当初は零夜やルーミアに嫌われているようだったが特に気にせずに接していたが、【永夜抄?】での出来事で零夜のシロに対する態度が軟化したため、よく話をするようになっている。

 

 基本的な一人称は“僕”だが、時々“俺”に変化する。

 “僕”の時はシロとして振舞っているが、“俺”の時は“本来の自分”として会話する。シロの時とは比べ物にならないほど性格が反転しており、おそらくこっちが本性である。

 

 しかし、“僕”でも“俺”でも怒ると手が付けられないほど静かに暴れるのは変わっていない。

 

 

 

 

 

 

権能

 

 

転生者(イレギュラー)運命改変者(準イレギュラー)にのみ覚醒する力

 

 51話にてシロの2つの能力が統合して今の権能に成ったと言うことが判明した。能力に一貫性が見受けられないのも、二つの能力が統合した結果によるものだと思われる。

 だがしかし、その能力がなんだったのかは言及されておらず、未だに分からず仕舞いである。

 

 

 シロの権能は【○○●●】

 

 

自然系能力を自在に扱え、亜空間を発生させたり防御力がずば抜けて服すらダメージを受けたり湿らない。念動力を使ったり魂に干渉できたり武器を複製したり攻撃が必ず命中したり強力な回復術を行使したりすることができる

 

 作中で未だに彼の権能の名前がまだ明かされていないため、文字化けしている。

 彼の権能は大きく分けて二つあり、その半分が判明している。

 

 

【○○】

 

 

 シロの権能の半分。

 

 この権能は「火」「水」「風」「土」「雷」「氷」「自然」「金属」などを生み出し操ることが可能

 

 シロの○○はこの世のありとあらゆる全てのものを操ることが可能なのだ。しかし抽象的な意味あいで、操れるのは【無機物】に限定されている。

 

 

 

【●●】

 

 

 シロの権能の半分。

 

 この権能は細かく13個に分けられており、御察しの通り【星座】に由来している。

 というのも、この権能は宇宙にある一切の存在や現象という本来の【●●】の在り方が原点となっている。

 

 

 

 

1 アリエス・ボテイン(牡羊座δ(デルタ)星)

 

 

 権能は「空間歪曲(くうかんわいきょく)」。

 その名の通り、空間を歪ませて自在に操る能力。

 

 基本的な使用方法は、異世界ファンタジーで言う無限収容(インベントリ)など。

 応用として、一部を世界から隔絶させる空間を作り上げたり、強大な吸引力を有するブラックホールの生成を可能とする。

 

 ちなみに妖々夢でのレイラ戦でレイラの『ノウリョク』を無効化していたのもこの権能によるもの。

 

 

 ボテインは、アラビア語で「小さなお腹」。吸い込んだ先を「胃」とし、宇宙全体を「体」と表現すれば、「巨大なブラックホール」も宇宙全体から見れば「小さなお腹」として捉えられる。

 

 エレメントは火。

 

 

 使用例

・31話 ブラックホールの生成

・50話 瞬間移動

・58話 隔絶空間の作成

 

 

 

2 エルナト・タウルス(牡牛座β(ベータ)星)

 

 

 権能は「攻撃力・防御力の倍化」。

 攻撃系ではなく、補助系の能力。攻撃力と防御力を増していく能力。

 エルナトは、アラビア語で「(角で)突くこと」。突く、と言う言葉から「攻める」と言う言葉がイメージが出きる。それが元となっている。

 ただ、その増加の範囲が尋常ではなく、一撃一撃ごとに攻撃力が2倍され、攻撃を受けるごとに防御力が2倍されていく。

 それは『装備品』にすら影響し、途中で装備したものでも現在の力が付与され、普通の服ですら鋼鉄を遥かに凌駕する防御力を発揮する。

 

 

(例)攻撃力・防御力1→2→4→8→16→32→64→128→256→512→1024

 

 

 最初の一撃で「大したことない」と油断させた後に、徐々に強くなっていく攻撃と強靭な防御で相手を困惑させると同時に、気付いたときには遅く攻撃力と防御力が鬼畜と化して自分を有利にする。なお、弱点としては倍化は自分が武器を手放すと切れるため、武器を手放させると攻撃力が低下し、防御力は戦闘が終了すると元の数値に戻る。それでも自分の拳に掛けられれば相手の腕を切り落とさなければならないが、防御力も上がるために早いうちに仕留めなければならないと言う凶悪性を秘めている。

 

 エレメントは地

 

 

 

3 ????・???

 

 

 双子座の権能。

 権能は「????」

 

 

 詳細は未だに明かされていない。

 

 

 しかし死からの復活と31話で明かされた零夜のライダー変身の際のデメリット軽減と肉体ダメージへの変換はこの権能の力

 

 

 

4 ラムダ・キャンサー(蟹座λ(ラムダ)星)

 

 

 権能は「情報整理」。この権能は多数の例が存在し、例を挙げるとすれば『鑑定能力』『演算能力』などと多数上げられる。

 調()ることによってその情報を即座に整理、演算することが可能で、より的確に、正確に情報整理が可能となり、体を動かすことが可能である。

 これよって、迫りくる無数の情報や、『ネメアの獅子』による権能による「魂喰らい」の個人の情報を整理できているのもこの権能のおかげ。

 λ星はコプト語で「目」。λ星は「目」と言う意味だけなのだが、この権能は『五感から読み取る情報』の整理ができるため、あまり意味はない。

 

 

 

 

5 メネアの獅子(獅子座の元ネタ)

 

 

 権能は「魂喰らい」。

 元ネタである【メネアの獅子】とは、獅子座となった人喰いライオンのことである。メネアは剣や弓矢では決して傷つかない鉄壁の毛皮を持っており、多くの旅人や挑んできた英雄を殺して喰っていたと言う神話が存在している。

 この能力は魂を喰らい、それを自身の力とする万象である。簡単に言えば基礎能力が上がる。

 魂を喰らう、は「自身が殺した相手」に限定されず、「消費した魂」も含まれており、『????・???』の復活能力に使った魂も『メネアの獅子』の能力の対象となる。

 

 同時に魂を扱う力に長けており、『魂の情報』を読み取ることでその人物の情報を閲覧可能。

 彼がたびたび使っていた「鑑定眼」みたな能力もこの権能によるものである。

 

 

  エレメントは火

 

 

 

 

 

6 スピカ・ヴィルゴ(乙女座α(アルファ)星)

 

 

 権能は「武器の生産」。乙女座の原型にして豊穣の女神として知られている女神デメテルが元となっている。

 攻撃などに用いる武器は消耗品なため、必ず補充が必要になる。そこで、この能力が役に立っている。無限の武器生産を行うことによって永遠に攻撃を行うことができる。

 「武器」は剣、槍、銃などの攻撃系に留まらず、盾などの防御系のものも生産できる。

 スピカは「稲穂」と言う意味があり、穀物を「生産」すると言う意味で、武器の「生産」が可能になっている。

とてつもない能力に思えるが、欠点があり、『一定以上の数を生産すると次の生産にタイムラグが必要となる』と言う部分である。

 なお、この部分は【山羊座の能力】で解消することが可能。

 

 

 エレメントは地。

 

 

 

 

7 ???? ????

 

 

 天秤座の権能。

 権能は「■■■■」

 

 

 

詳細は明かすことができない。明かせない。禁忌の権能

 

 

 

 

 

8 アンタレス・スコーピオン(蠍座α(アルファ)星)

 

 

 権能は「抗体」。

 アンタレスの意味は「火星に似たもの」。が、間違った解釈に「火星に対抗(アンチ)するもの」と言う解釈が存在する。

 神話などの逸話以外にも、スコーピオンが毒を持っているのは周知の事実である。

 毒×対抗=抗体、という式が出来上がり、この能力が生まれた。

 能力の詳細は名前の通り、抗体を持つ力。この能力はすべてのものに対して抗体を持つ能力。

 

 字面では大したことない能力に思えるが、この能力の危険性は、その『耐性のレベル』。

 

 火は完全に無効化して、体どころか服すら燃えることはない。

 水は沈められても呼吸可能であり、水圧すら完全に無効化する。

 風で体が斬れることもなく、また飛ばされることもない。

 土で体が汚れることなく、埋められても呼吸可能であり、と言うより埋められても自身の周りに土を寄せ付けない。

 

 などの規格外性を現している。

 

 

 

9 カウス・メディア・サジタリウス(射手座δ(デルタ)星)

 

 

 権能は「絶対命中」

 自分の攻撃が必ず命中する能力。一度攻撃が繰り出された瞬間、避けることは不可能であり、必ず当たる。

 攻撃がホーミングのように曲がったり、攻撃範囲が必ず当たるまで拡大するなど、凶悪な力を秘めている。

 カウス・メディアの意味はラテン語で「中央」、アラビア語で「弓」。解釈すると「弓の中央」。つまりは狙いの位置を現し、これが元となり必ず攻撃が命中するようになっている。

 

 

 

10 アルゲディ・カプリコーン(山羊座α(アルファ)星)

 

 

 権能は「複製」。

 あらゆるものを繁殖させ、増やす能力。一見大したことない能力に思えるが、恐ろしいところはその繁殖スピードと繁殖対象が「無機物」すら繁殖させるということ。

 地面の土を「繁殖」させ、隆起させたり、【スピカ・ヴィルゴ】で生産した武器を「繁殖」させ大量生産することが可能となる。

 アルゲディの意味は「子山羊」。山羊は繁殖力が高い特徴に由来して生まれた能力。

 

 

 

11 サダルメリク・アクエリアス(水瓶座α(アルファ)星)

 

 

 権能は「回復」。

 

 その名の通り、回復させることのできる権能。

 その効能はすさまじく、軽傷の回復はもちろん、重症の回復もお手の物。さらに欠損した部分すら回復することが可能。

 

サダルメリクは【王の幸運】の意味を持つ

 

 

 使用例

・44話 発光させ、その光と共に回復させる。

・58話 黄緑色の光と共に傷を回復

 

 

 

 

12 アルファーグ・パイシーズ(魚座η(イータ)星)

 

 

 権能は「無限の力」

 この権能は「尽きることのない力」を指しており、ほぼ無限に活動することのできる能力。

 握力、脚力、肺活量などの運動に必要なものすべてに無限の力を与える能力である。

 また、五感などの機能向上も可能。

 

 69話で判明した『回復』と『再生』に必須の『栄養』はこの権能で補っているため、実質無限に再生可能である。

 

 鏡夜相手に体力勝負をするのは愚策であり、無限の体力で相手をジワジワと追いつめることも可能。

 なお、様々な力を強化することも可能で、『自己治癒力の強化』で、体を治すことも可能。

 

 アル・ファーグはη星の固有名であり、「テューポーンの頭」を指している。

 テューポーンとは頭が天体を擦り、両腕は世界の端から端まで届く程の体躯を持ち、無限にも思える超絶な怪力、決して疲れない脚、耀く目玉、発声するだけで山々を揺らす声量、全ての種類の声を介し、恐ろしい火焔を目や口から出し暴風を司る超怪物である。

 「無限の力」の由来は超絶な怪力と、決して疲れない足から来ている。

 

 

 

13 サビク・オフィウクス(蛇遣い座η(イータ)星)

13 イェド・オフィウクス(蛇遣い座δ(デルタ)星&ε(イプシロン)星)

 

 

 権能は「制圧者の手」。

 蛇遣い座η星は「勝利者」「制圧者」と言う意味を持っており、η星に由来した権能であると同時に、δ(デルタ)星とε(イプシロン)星の【イェド】――『手』の要素も加えられている。

 この権能の詳細は「威嚇と威圧」。制圧者のみならず、蛇は生理的嫌悪を象徴とする見た目をしているため、恐怖してしまう生き物。

 要するに、「相手の戦意を喪失、現象させる」権能。程度は相手の「覚悟」によって決まるため、どのくらい減少するかは使用された者次第。なお、この権能は常時発動されている。

 さらに『手』の要素が加わったことにより、念動力を扱うことも可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能

 

 

 権能に覚醒すると必ずついてくる付属品のようなもの。

 しかし、才能は一人につき一つまでという制約が存在している。

 

 

・『変声』

 声を自由自在に変えることができ、普段顔を隠しているために慣れていなければ全くの別人と誤解されてもおかしくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーベノム

 

 

 シロの持つ【猛毒剣毒牙】と【ブラッドバジリスク】【ポイズンスパイダー】【スノウホワイト】の三つのワンダーライドブックによって変身する今作オリジナルライダー。

 

 その力は【転生者キラー】。【権能キラー】とも言う。

 猛毒剣毒牙は転生者に対して(正確には権能持ちに対して)絶大な効果を発揮する。どんな防御系権能保持者(臘月など)の防御であろうとも打ち破るほどの力を秘めている。

 

 つまり権能を持っていない者でも【猛毒剣毒牙】を使えば権能保持者を倒すことも可能である。

 しかしながら【猛毒剣毒牙】は常に超強力な毒気を纏っており、常人が触れればそこから全身が腐敗して死に至るレベルのヤベー毒が常に流れている。

 

 しかしながらその毒は使用者をも蝕む。そもそも毒牙の毒は権能持ちに特化しており、対してその毒は非常に強力で権能持ち、または強力な回復系統の能力持ちでないと振るうどころか持つことすらできない。

 ゆえに諸刃の剣である。

 

 現に長時間使用し、変身までしたシロは弱体化している。過去へ行き3年経ったとしても本来の力が戻らないほどに解毒に時間がかかる。

 

 ちなみに、本一冊でも変身は可能であり、ここまでシロの体を蝕んだ理由は強力な力を持つワンダーコンボであったため。

 

 

三つの本は、三人がそれぞれ好きなものと一致しており――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大前提として、彼には謎が多い。多いってレベルではないが、とにかく多い。

 彼が何者なのかも言及されておらず、過去を語ったこともほとんどないため、とにかく彼に関する情報が少ない。

 

 彼がどこから来たのか、どこでなにをしていたのかすら分かっていない。正に謎の人物である。

 

 

 

 

 

 

過去

 

 

 上記で語った通り、彼の過去に関する説明などは一切語られていない。だがしかし、作中で彼の過去を知っていそうな人物も存在しており、その人物が彼の過去を解明する手がかりとなるだろう。

 

 しかし、作中のところどころで彼の過去がチマチマと語られているため、作中の状況と彼の過去の状況の齟齬を確認して考察するのもいいかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的

 

 彼の目的は、依然として分かっていない。いずれ、明かされる日が来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正体

 

 

 

 シロ―――彼の本当の名前はヤガミレイヤ

 見た目は完全に【夜神零夜】そのものであり、違うところは服装と目立つ白髪、瞳の色が赤色であること。色の割合は【黒色2】:【赤色8】と言ったところ。

 

 彼が何者なのか、【ミラーワールド】の夜神零夜なのか、それとも――。

 

 真相は、誰の口から語られるのか、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間関係

 

 

 

・夜神 零夜

 

 仲間であり大事な人と言うのがシロの認識。

 当初はかなり嫌われていたが、【東方永夜抄?】の出来事を通して両者の中は良好になりつつある。が、何気に隠し事が多く、それをことあるごとに直々(ちょくちょく)言うため、“イッペンに言え”と似たようなことを言われている。

 彼に【ブランクワンダーライドブック】を渡すなど、かなり信頼している模様。まぁ目的は不明だが。

 

 

・ルーミア(大人)

 

 仲は良くも悪くもないが、当初は零夜が嫌っていたため嫌悪感を抱いていたが、現在はそんなことはない。彼女も彼女なりにシロのことを理解している点が多々あり、ここである程度の信頼関係が築かれていることが伺える。もちろん、いい意味でも悪い意味でも。

 70話では彼の起こした洪水に巻き込まれてそのまま流されて服がビチョビチョになった。彼も彼なりに配慮はしているらしく、その3年ほど前にマクラの糸で作った服を持たされていた模様。裏設定としてそれに着替えている。

 

 

・ライラ

 

 過去で出会った過去の人。

 関係性はよくも悪いともいえなくキャッスルドランでシロはライラに何かしらの嘘をついており真実の契約にてそれはもちろんばれていた。

 それはもう解決したようだが、そう内容は依然として不明である。

 

 

・紅夜(蒼汰)

 

 シロの大切な人物。レイヤは彼のことを大事に思っているが。紅夜自身はシロのことを全く覚えていない。

 紅夜の【才能:隠蔽(いんぺい)】にいち早く気づいたりもして、彼に関する知識の詳しさが伺える。しかし、それと同時にウォクスのことを不思議がっている。

 

 

・圭太

 

 シロの大切な人物。今現在も臘月の手によって洗脳強調されており。自由意志が存在しない。それ故にシロのことももちろん覚えていない。

 過去の回想で紅夜と共に登場しており、この時点で権能?に覚醒していたことがわかる。口喧嘩から力技に発展していながらも、仲の良さが伺えた。

 しかし現代にて臘月の策略とはいえ殺してしまったことに負い目と自分への怒りを感じており、全力でそれを隠している。

 

 

・ヘカーティア・ラピスラズリ

 

 シロの旧友(原作最強)。

 長い付き合いらしく、互いに敬語を使うことなく砕けた喋り方を展開している。仲はかなり良く、自身の部屋に招くなどしている。

 シロ、紅夜、圭太の関係性を知っている数少ない人物。どれほどまで知っているかの詳細は不明。

 

 

・龍神

 

 奪った宝の持ち主。かぐや姫の難題の一つである宝を持っていたために狙われた。ボコボコにされたから報復するために都に襲撃かけた。

 そのためシロのことは嫌悪している。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原作開始前編
1 転生


「……?ここはどこだ…?」

 

 

 彼の名前は夜神 零夜やがみ れいや。家族はもういない。彼はすでに()()()()()()()()のだ。ずっと薄暗い、監獄で暮らしていた19歳だ。

 そんな彼は今、何もない、ただ真っ白な場所にいる。彼は先ほどまで【絞首台】にいたはずだ。そのあとに、確か、死んで――、

 

 

「あの~」

 

 

 すると突然零夜の後ろから急に女性の声が聞こえた。零夜が後ろを振り向くと、そこには黒いフェイスベールで顔を隠している、全体的に黒い服を着ている女性がいた。

 

 

「変な服とは失礼ですね……」

 

「ッ!?何で俺の思ったことが……!?」

 

「そりゃあ私は神様ですからね」

 

「神、ね…」

 

「疑ってますね。でも、実際私はあなたの心を読みました!」

 

 

「それもそうか…」と零夜は納得する。事実、確かに自分は死んだはずだ。それなのに、息もしている。脈もある。ここがあの世でなければ、どこだと正直困惑していただろう。

 

 

「で?あんたが神だとして一体何の用だ?」

 

 

 零夜は警戒心むき出しで女神を睨む。ここがあの世だとしても、目の前の存在を信用できるかと言えば話は別だ。それに、神が本当にいるのなら自分を助けてくれたはずなのに。だからこそ、信じない。

 彼のその生気のない黒い瞳が、女神を委縮させた。

 

 

「あの、そんなに睨まないでください…。理由としては、あなたを転生させることになったからです。」

 

「は?」

 

 

 状況がつかめない零夜は困惑するしかない。

 なにせ急に女神を名乗った女性に「転生します」なんと言われても困惑するだけだ。

 

 

「……あなたは、幸せに過ごすべきでした」

 

「あぁそうだな!!全部()()()のせいだ!」

 

 

 それに憤怒し、零夜は怒鳴り声をあげる。そうだ。そうだ。アイツが、全部アイツのせいだ。アイツのせいで、父が、母が、妹が――!

 

 

「気づいたときにはすべてが遅かった…!!」

 

「………」

 

「ワケの分からない状態で、あんな……ッ!!」

 

 

 零夜は涙を流し、座り込んだ。

 

 

「…私たち神は、外界に直接干渉をすることはできません。なので、私には謝るしか…」

 

「あんたが謝ったところでもうあの時間は帰ってこない」

 

「……確かに、その通りです。ですが、私にはそうすることしかできません…」

 

「別にお前が謝ることじゃない。他人の謝られても困るだけだ」

 

「……分かりました。それで、転生させることになったのですが…」

 

「その過程の理由を教えろよ」

 

 

 零夜はきつく女神に当たる。彼には人に優しくするほどに心に余裕はない。

 転生させることになったということはすでに【体】は死んでいるはずだ。生と言う責務から解放されたとしても、彼の心が晴れるわけではない。

 

 

「これは私の独断です」

 

「独断?」

 

「はい。せめてものと…」

 

「あんたが俺にそこまでよくする理由なんでないはずだ」

 

「……私とて、あんなものを見て、ただ黙ってみていられるわけないじゃないですか…!!」

 

 

 女神も苦虫を嚙み潰したような声を出した。彼女は優しいのだろう。ベールで見えない顔が、歪んでいるのが分かる。

 

 

「……分かった。一応承諾してやるよ。それで聞きたいんだが、父さんと母さんは?あと―――いや、いい」

 

「ご両親はそのまま天国へと行かれました…」

 

「俺にもその道はなかったのか?」

 

「お二方はやり残したことはなかったため、すぐにできたのです。“あとは見守っている”と言い残していきました。ですが、零夜さん。あなたは心残りが―――ありすぎます。だからこそ、私が動いたのです」

 

「…やり残したことないって…。どんだけ心広いんだよあんたら…」

 

 

 それを聞いてか、零夜は手で顔を抑えて涙を流していた。あんなことがあったのに、心残りがない?どれだけお人よしなんだ、うちの両親は。でも、本当にないのか?

 

…いや、本来死人は現世に直接介入はできないはずだ。だから、見守る、か…。

 

 

「では、良いですか?」

 

「あぁ…。準備はいい」

 

「では、特典を決めましょう。……なにがいいですか?」

 

「そんな急に言われても思いつかねぇよ…」

 

「では……なにかなりたいものを。そこからそれに必要な能力を与えましょう」

 

 

 零夜しばらく考えこんだ後、答えを決め、女神に顔を向ける

 

 

「俺は……悪人として生きていく」

 

「……ちなみに、理由を聞いても?」

 

「…何故悪人になりたいのか、か?」

 

「そうです。そういったものに関連したものにあなたは酷い不快感を持っているはずです。なのにどうして自らそうなりたいのか、全く分かりません」

 

 

 女神にとって、素朴な疑問だったのかもしれない。

 しかし、その発言は零夜にとって油となり、怒鳴り散らした。

 

 

「……俺たちは、あのときからすべてを失った。俺は毎日毎日悪人だの殺人犯だの人殺しだの罵詈雑言を言われてきた。あの日《あいつ》に擦り付けられた無実の罪のせいで……。ずっと否定してきた。でも周りは誰も聞いちゃくれない。だったらいっそのこと、なってやろうじゃねぇか!!悪人に!!大悪党によぉ!!」

 

「……分かりました。じゃあ…特典はこれでいいですね」

 

「ちなみにあなたにあげた特典は3つ、そのうちの2つは『繋ぎ離す程度の能力』と『創造する程度の能力』です。」

 

「繋ぎ離す?創造?」

 

「この能力はあなたが転生する世界『東方project』の世界の能力です」

 

「東方project?」

 

 

 聞いたことのない単語だ。

 世界の名前に、プロジェクトなんて言う単語が入っている時点でおかしい。

 零夜が疑問に思うのも無理はない。

 

 

「この世界は、前提として『定められた物語運命』があるということです」

 

「―――つまり、漫画やアニメの世界ってことか?」

 

 

 漫画やアニメは、原作者によって登場人物たちの運命が左右される。

 つまり、零夜が転生される世界も、それと同類であるということだ。

 

 

「はい。この世界は人間や妖怪、神、妖精などいろんな種族のいる世界です」

 

「ふ~ん。なんか凄そうじゃん。で、程度の能力って何?」

 

「程度の能力とは、その世界の住人のほんの一握りの人が持っている能力のことです」

 

「そうか…で?」

 

「そしてこの能力はいろんなものを繋げたり離したりすることが出来ます!」

 

「何がスゴイんだ?」

 

「例えば場所と場所を繋いで一瞬でそこに行ったり寿命と老いから離れることで不老不死になったりできます。ようするにカット&ペーストです!」

 

「…で、創造する程度の能力は?大体予想はつくが。」

 

「その名の通り。なんでも創造できる能力です。ですけど危険なものは創造しないでくださいね」

 

「どうだろうな」

 

「……まぁいいでしょう。最後の残りの1つ。あなたは仮面ライダーというものを知ってますか?」

 

 

―――【仮面ライダー】。

 これは、子供であれば誰でも知っている単語だ。

 仮面ライダーと言うヒーローが、世界征服を企む悪の組織の怪物たちを倒す物語だ。

 小さな子供であれば、誰もが憧れる、ヒーローの一人。

 

 

「聞いたことはあるよ。確か特撮ものだっけ?もしかしてそれになれるの?」

 

「いえ、確かになれるにはなれますが正確になれるのは【ダークライダー】と【アナザーライダー】です」

 

「何それ?」

 

「ダークライダーは悪人が変身するライダーで、アナザーライダーは主人公ライダー似の化け物ですね。2つとも悪人らしいのでいいと思いますよ」

 

「…いいな、それ。ピッタリだ」

 

 

 ダークライダーとアナザーライダーは、悪人になりたいと言う零夜の願いにかなり沿ってある力だ。

 つまり、ダークヒーローの力を持って『物語の世界』にいくということだ。

 

 

「じゃあ最後にあなたの設定ですが、まず『あなたはその世界で人が唯一住める場所、『人里』のある一家のごく普通の家に産まれます。あなたはその後寺子屋などに通い、友達を作りますが14歳になった年のある日、両親が妖怪に食べられてあなたは一人ぼっちになって性格も変わってしまった……』とまあ私が出来るのはこれくらいです。この後はあなたがどう生きるのかを決めてください」

 

「なんか自分の人生操られてるようで嫌だけど、仕方ないか」

 

「じゃあ準備はいいですか?」

 

「いいよ。」

 

 

 すると零夜の立っている地面が急に光った

これで転生が完了する。

 

 

「そうそうちなみに転生させた後に赤ん坊だといろいろと大変そうなので、ある程度自由に活動できる程度になったら記憶を戻しておきます。その世界のことについてや仮面ライダーのことについて、【地球ほしの本棚】と言う精神世界に移動して、いつでも見れるようにしましたので。もちろん、知りたいことがあればいつでも知れますよ」

 

「…妙に凝ってんな」

 

「それほどでも。では…。あなたの赴くがままに、第2の人生を」

 

 

 

 こうして零夜はその場から姿を消した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 旅立ちと血祭り


―――前回、【夜神 零夜】は東方projectの世界に転生した。
 零夜を転生させた女神より貰った【繋ぎ離す程度の能力】と【創造する能力】。そして外部系から【ダークライダー】と【アナザーライダー】の力を特典として。

 彼は、この力で、この世界で何を成し遂げるのか…?


「………そこを、通してくださいよ」

 

 

14年が過ぎたころ。

 

 彼、零夜はあの後ちゃんと東方projectの世界に転生し、第2の人生をスタートさせた。名前はそのまま、【夜月(よづき) 零夜】と言う名で転生し、5歳のときに記憶が覚醒し、暇があればこの世界のこと、ライダーについて、【地球の本棚】と言う精神世界で情報を回覧していた。どうやら、この世界は【紅霧異変】が起こる大分前の人里らしい。少なくとも、そこまではあと数百年はかかると分かっている。

 

 

「すまないが、それはできないな」

 

 

 彼が14歳になるまでの間、いろいろあった。その一部を紹介しよう。

 まず寺子屋に通っていろいろと勉強をした。人里のほとんどの子供がそこに通っている。そこの教師をしている【上白沢 慧音】と言う人物から、いろいろと怒られていたことがあった。

 

 

「慧音先生。あなたにはわからない。家族を失った悲しみは」

 

 

 他は省き、まずは彼の恰好。転生前とほとんど変わらなかった。

 「おそらく女神がやったんだな…」と零夜は考えていた。

 

 

「確かに、私には慰めることしかできない。だが!里の外に出すわけにはいかない!もう夜なのだぞ!?」

 

 

 そして、本題に入るが彼ももう14歳だ。この世界では15辺りでもう成人らしい。なんともファンタジー感がする世界である。

 

 

「そんなこと知ったこっちゃないですよ。俺にとって家族は大事な宝ですから。宝がない場所に居たってどうしようもない」

 

 

 そして、女神のシナリオ通り彼の両親は死んだ。死因はやはり妖怪に喰われたかららしい。

 

 

「零夜!君の両親はそんなこと望んじゃいないはずだ!」

 

「…勝手に俺の家族語らないでくれます?慧音先生。……悲しいもんですよ。幸せって、こんな簡単に壊れちゃうんですからね」

 

 

 今の家族にもたくさん愛してもらった。だからこそ、自分は悲しむべきなのだと。

 だが、悲しめない。もう涙は枯れてしまったのだ。彼は。

 

 

「…ッ。だが、お前にとって幸せはそれだけなのか!?」

 

 

 悲しむ()()をするべきなのに、涙は枯れてでない。だから、冷淡に接することしか彼にはできない。

 

 

「それだけです。俺には他の親族も友達も頼れる人もいないので。用済みは出て行くのがいいでしょ?」

 

 

 さて、先ほどから繰り広げられているこの論闘。先ほど述べた【上白沢慧音】と零夜が言い争っているのだ。

 

 今、零夜は人里の門の近くにいる。ここから出て行くために。門があるので当然、門番が二人いる。

 

 

「私たちがいつ用済みだと言った!?お前は未来がある若者なんだぞ!?」

 

「そんなのどうだっていいんですよ」

 

「どうでもよくない!人里の守護者として、お前を何としてでも止める!」

 

 

 慧音は微動だにせず、門の前に立ち尽くす。

 

 

「………(チッ、邪魔すんじゃねぇよ…。力ずくで突破と行きたいが、力を見られるわけにも…。いや、見られると困るのはライダーの力であって、【程度の能力】は別に見られても困らない。むしろ本命はライダーの力であり程度の能力はほぼ使うことはない…。なら)」

 

 

「そうですか。なら、こっちだって考えがありますよ」

 

「なに?」

 

 

「移動:博麗神社」

 

 

 その瞬間、慧音の姿はその場から消えた。それに驚愕する門番二人。それだけでさえも不思議だが、実はそうではない。

 消えたのではない―――移動したのだ。

 

 彼の【繋ぎ離す程度の能力】は誰かの能力と比較すれば、『妖怪の賢者』【八雲紫】の【境界を操る程度の能力】の下位互換だ。

 

 八雲紫の能力は空間の境界を操り次元の裂け目を作ったりなどできる能力だ。

 無論、用途はそれだけではないが、全てを話すとキリがないほど使い勝手がいいのだ。

 

 それと同じ要領で、零夜【繋ぎ離す程度の能力】を使い、人里と博麗神社までの距離を『繋げた』のだ。

 つまり、今慧音は博麗神社にいる。

 

 

「使うタイミングが合ってれば以外に便利だな。この能力。他にもなにに使えるのか後で試してみるか」

 

 

 ちなみに、彼の能力の本領はカット&ペーストなのだが、後の身バレを考慮して【移動させる程度の能力】と偽っている。

 珍しい能力持ちなので、人里の皆は彼の【移動させる程度の能力】を知っている。

 故に門番二人も何故慧音がいなくなったのかを理解した。

 

 これ以上ない程の分かりやすい例えである瞬間移動系能力だ。

 

 

「お前らも、夜の魔法の森に移動させられたくなかったら、そこをどけろ」

 

 

 門番を脅す。その脅しに答え門番は道を開ける。

 自分から出ると言っているのだ。自分たちが危険を冒す必要はない。その考えは正しいだろう。()()()()()

 

 

「……じゃあな。悪い日々じゃなかったよ」

 

 

 そう言い残し、零夜は人里から去って行った。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「……夜の森は危険だと言うが…何故だろうか。恐怖を感じない」

 

 

 前世での一件でもはやそういった感情も死んだのだろうか?

 そう思いながらも零夜は足を進めることをやめない。

 

 人は恐怖によって行動のほとんどが制限される。

 こういった状況では人間は多少恐怖を感じるものだ。だが、彼は感じていない。

 

 

「……転生して、記憶が戻ってから12歳からだったか?長時間の体の行使に慣れるために筋トレしまくって、なんとか基礎まではできたと思うが…。これじゃダメだ。闘いが素人の俺になにができる?ただ力を行使しまくって途中で力尽きてバットエンドだ。いや…悪役は大抵はバットエンドか。だが、それは俺が求めているものではない。俺が求めるは不滅の悪だ。正義を振りまく偽善者共を……。って言っても、それは過去の話か。この世界のヤツ等にはなんの恨みもない。恩を仇で返す行為だ。だが……俺の()()()()のためにも、この世界には多少迷惑を(こうむ)ってもらわなきゃならない」

 

 

 この14年間のことを振り返る。

 記憶が戻ってすぐに【地球《星》の本棚】に精神を移動し、この世界の情報をかき集めた。

 そして、敵対すれば命が惜しくなる存在も頭の中に入れている。それにさえ極力合わなければいい。

 

 その理由は、目の前の無数の赤い目よりは、遥かにマシだからだ。

 

 

「……最初はあいつらでいいか。調子乗って強敵に挑むのはバカのやり方だからなぁ」

 

 

 そう言い、零夜は(くう)から黄色と黒を基準にした刀を取り出す。

 

 

「概念はゲームで言うインベントリ。空間を能力で切り『離して』空間に荷物を入れて、『繋げる』。取り出すときはまた切り『離せば』いいだけなんだよな」

 

 

 ゲームの概念で言うインベントリ(無限収納)

 零夜は空間を切り『離し』、裂け目を作りそこに持ち物を入れる。そしてその空間を『繋げれば』元に戻る。取り出したいときはまた空間を切り『離せば』いいだけなのだ。

 

 

「最初持ったときよりはすごく軽く感じるな。【無双セイバー】。まぁ体作りしたし、これくらい当然か」

 

 

 そう言っている油断したとき、妖怪が迫って来た。

 最初に襲ってきたのは一匹の犬型の妖怪。

 

 

『グルァア!!』

 

「今考えてる途中だよ!」

 

 

 急に責められたことに怒りの感情を持ち、犬型の妖怪に無双セイバーを振り下ろす。

 責めた妖怪と、まっすぐに振り下ろした無双セイバー。その結果…。

 

 

『ガゴッ…』

 

 

 答えは、真っ二つ。

 妖怪は血しぶきを上げ、絶命する。

 

 

「…………」

 

 

 初めて命をこの手で、自ら殺した。

 弱肉強食とはいえ、殺せば多少の罪悪感が巻き起こるはずだ。だが…

 

 

「(初めて生き物を殺した……。いや、違うか。小さな虫だって命だ。蚊などがいい例だ。唯一違うのは殺したことで生まれる罪悪感の大きさのみ)」

 

 

 彼は、なにも感じなかった。

 彼はまだ『人殺し』にはなっていないものの、命を奪ったのだ。奪った際の感触が、まだ手に残っている。だが、その程度だ。それしか感じない。

 

 

「(あれほど否定してきた存在になった途端……。やっぱり人間ってクズなんだな。俺もその一人だが…。まぁ今は目の前のことに集中しよう)」

 

 

 先ほどの殺しがトリガーになり、妖怪たちが一斉に零夜に襲い掛かる。

 

 

「もうちょっと音量下げろよ低脳ども!」

 

 

 零夜は『地面』と『地中』を『繋げ』、円型の穴を作り、そこに妖怪が落ちる。即席の罠を作ったのだ。

 

 

「さぁて…。じゃあやるか」

 

 

 零夜は、再び(くう)からあるものを取り出す。

 

 

 

戦国ドライバー!

 

 

 

 零夜がそのドライバーを腰につけると同時に、そのドライバーのプレートに『赤黒い鎧武者』が描かれる。

そして、赤黒いオレンジが描かれた錠前を取り出し…

 

 

 

「変身」

 

 

 

 鍵を開けた。

 それと同時に、零夜の頭の上にファスナーが開かれ、そこから赤黒いオレンジが姿を現す。

 

零夜はドライバーについている小刀、【カッティングブレード】を振り下ろす。

 

 

ブラッドオレンジアームズ!

 

 

邪ノ道! オンステージ!

 

 

 赤黒いオレンジが頭に被さり、そのまま全身の姿が変わる。

 赤黒いオレンジが展開し、そのまま鎧となった。

 

 天下を取るためにすべてを倒した武神・【仮面ライダー武神鎧武】

 

 

『お前たちの血で、俺を楽しませろ』

 

 

 そう言うと、掌を前に出し、握る。

 その瞬間、円形の穴が突如として()()()()。両脇の壁がまるで門が閉じるように急速に閉じたのだ。

 

 その勢いで穴に落ちた妖怪たちは圧死する。

 

 この現象は『穴の壁』と『穴の壁』を繋げたことにより起こった現象だ。

地盤を無理やり繋げるために、多少の地面の凹凸が激しくなったが、どうでもいいことだ。

 

 

『はぁ!』

 

 

 走り出した武神鎧武はアームドウェポン【大橙丸】と無双セイバーを両手に持ち、妖怪たちを斬り殺す。

 向かってくる妖怪たちを、走りながら。ただただ血の雨を降らせた。

 

 遠くから向かってくる妖怪には、銃弾を浴びせた。ほぼ無制限の弾だ。残量を心配する必要もないのだ。故に、何度でも浴びせられる。

 

 

『どうせだ。他のロックシードも試してみるか』

 

 

ドライバーからロックシードを取り外し、別のロックシードに取り換える。

 

 

パイン!

 

 

 武神鎧武の頭上にクラックが展開し、パインが降りてくる。

 ブラッドオレンジアームズの鎧が霧散し、ロックシードをドライバーにセットし、カッティングブレードを振り下ろす。

 

 

パインアームズ!

 

粉砕デストロイ!

 

 

 パインアームズになり、【パインアイアン】を振りかざす。

 パインアイアンはパイン型の鉄球球だ。重量はとてつもなく、防御力に長けた相手に抜群のフォームである。

 

 それを予言したかのように、カブトムシ型の妖怪がやって来た。

 武神鎧武はそれに向けて銃弾を放つが、それは弾き返されてしまう。

 

 

『これにしといて正解だったなぁ!』

 

 

 パインアイアンをカブトムシ型の妖怪に向けて投げる。

 妖怪は避けようとする。防御力に自信があるのかもしれないが、本能的な部分で感じ取ったのだろう。

 

 だが、遅い。

 

 

『ウラァア!!』

 

 

 パインアイアンは見事に直撃し、妖怪の装甲にヒビが入る。

 

 

『わざわざ肩慣らしに時間をかける時間はねぇ!』

 

 

 すぐさまにカッティングブレードを振り下ろした。

 

 

パインスカッシュ!

 

 

 武神鎧武は空高く飛び、蹴りの体制で妖怪に向かう。

 

 

 

「はぁあああああああ!!」

 

 

 

 蹴りは妖怪に直撃し、カブトムシ型の妖怪は爆裂霧散する。

 

 

『次だ!』

 

 

バナナッ!

 

 

 武神鎧武の上にクラックが開き、そこから【バナナ】が降りてくる。

 カッティングブレードを振り下ろし、【バナナアームズ】へと姿を変える。

 

 

 

バナナアームズ! ナイト・オブ・スピアー!

 

 

 

【無双セイバー】と【バナスピアー】を両手に装備する。

 

 (つるぎ)と槍を装備した武神鎧武は妖怪にゆっくりと向かって行く。

襲ってきたのは再び犬型の妖怪。妖怪は爪を武神鎧武に向けて振り下ろす。

 

 それを武神鎧武はあえて受けた。

 

 

「ぐがぁ!?」

 

 

 だが、無傷だ。武神鎧武は無双セイバーで妖怪の腹を貫く。しかし、絶命はしていない。唸り声をあげて、なんとかこの自らを貫いている刃から逃れようと足掻いていた。

 

 ―――だが、それも無意味に終わった。武神鎧武は、バナスピアーで妖怪の頭を貫いた。

 その際に脳髄がぶちまけられ、武神鎧武の鎧、体、武器にそれぞれに付着する。

 

 

『……………』

 

 

 そして、それを見てか周りを囲っている妖怪たちの士気が上がった気がした。

 知能のない妖怪たちに協力しようと言う合理性は一かけらも見当たらない。

 

 ただ、目の前にある獲物を捕獲し、捕食しようと言う本能のみがそこにある。本能で行動しているからこそ、妖怪個人個人の持つ士気―――今の場合で言う殺意と覚悟がより一層高まったのだろう。

 

 簡潔に言えば、『ライバルが一匹減った』。知能がない妖怪たちでも、数多の戦線を潜り抜けたであろう妖怪たちも中にはいるだろう。生き物は必ず消耗する。そして、ライバルが一人減ると同時に敵の体力も減る。知的な行動ではなく、本能的な行動であった。

 

 

『いちいち一匹を相手にするのも面倒だ。もう一気に片付ける!』

 

 

 武神鎧武はカッティングブレードを3回振り下ろした。

 

 

バナナスパーキング!

 

 

 バナスピアーを地面に突き刺す。妖怪たちの足元から複数のバナナのオーラを突き出し、血が降りしきる。

 

 これで、周りの妖怪たちはすべていなくなった。

 だが、これで安心はできない。この妖怪たちから匂う血の匂い。これがさらに妖怪を呼び寄せる原因になるだろう。

 

 

『こいつらを、「処分しないとな…」

 

 

 武神鎧武から零夜の姿に戻り、焼き払うために妖怪たちを一か所に集めようとする。

 

 

「ウップ……」

 

 

 零夜は死体の臭うに、思わず胃の中のものを吐き出しそうになる。大分時間が経っている。臭うのは当然だろう。それもとてつもなく強烈で、鼻が曲がりそうなほどの匂いだ。

 殺しに抵抗がなくなっているとは言えばまだ正直嘘になるため、臭いには慣れていない。

 

 

「ハァ…ハァ…こりゃあ、臭いに慣れる必要がありそうだな…」

 

 

 これから、もっとたくさんの生き物を殺すことになるだろう。この光景が昔自分が想像して、思ってしまった()()()()と重なる。

 だが、臭い程度でやらている様では、悪人にはなれない。

 

 それが、彼にとっての唯一のエゴだから。

 

 

「とにかく、こいつらを一か所に「あぁその必要はないわよ?」ッ!?」

 

「だってあなたも、その無残に転がっているゴミと一緒になるんだから」

 

 

 森の奥から聞こえた女性の声が、零夜の言葉を遮った。

 

 その声は、女の声だ。その声は、とても綺麗であり、とても冷淡な声だ。

思わず聞きほれてしまうほどの美声。

 彼女がゆっくりとこちらに向かってくるのがわかる。姿が闇に隠れて見えなかったが、徐々に見えてきた。

 

 その姿は一言でいえば美女。整った顔立ちに、赤い目、黄髪(おうはつ)のロング。それに加え抜群のプロポーションときた。

 服装は白と黒を基準、ロングスカートを履いている。

 

 そして、零夜はこの姿に見覚えがあった。それは、何度も【地球(ほし)の本棚】の絵でみた、危険な存在の一人。

 

 

 

 

「私の名前は【ルーミア】。あなたを、喰らうものよ」

 

 

 

 

 

 今の彼にとって、ここまで最悪な存在はいないだろう。

 そして彼と彼女は、お互いを睨みあった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 常闇と究極の闇


――前回、14歳になった零夜は、転生後(東方project)の世界にて家族を失った。これが自分の『シナリオ』であることを知っている零夜は、泣けばいいのかそれとも割り切るべきなのか分からぬまま、人里を後にする。

 夜の森の中、【仮面ライダー武神鎧武】となって襲い掛かってくる妖怪たちを血祭りにあげ、後処理を行おうとしたとき、金髪の美女――【ルーミア】が現れた。


「お前は…確か……」

 

 

零夜は、何度も彼女の姿を、本で見たことがあった。

それこそ、八雲紫同等気にしなければならない危険な妖怪。

その妖怪の名は、ルーミア。

 

 

「私、今ね、このあたりにたくさんの血と肉の匂いがあるから来てみたんだけど、いたのは人間一人だったから、今とってもがっかりしてるわ」

 

 

ルーミアと名乗った女性が、ここに来た理由が分かった。

零夜が殺した妖怪たちの残骸の匂いを、彼女は辿ってきたのだ。

 

 

「せっかくごちそうを奪えると思ったのに…残念でしかないわ」

 

 

ルーミアは心底がっかりしていた。

見ただけでその様子がわかる。

 

 

「それで、お前はどうする気だ?」

 

「そんなの決まってるわよ。私ね、今とてもお腹が空いているの。だから――」

 

 

彼女の言葉の続きと同時に、零夜の右腕が吹き飛んだ

 

 

 

「だからね、あなたを喰らうことにしたの」

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

彼女は、いつの間にか零夜の後ろに立っていた。それだけではない、彼女の右手には黒く、血塗られた長剣があった。先ほどまではなかったも物だ。

そして、その血は自分の物であると零夜は気づく。

 

 

「あら?最初はこれだけで悲鳴を上げるのに。あなたって結構胆力があるのね」

 

「こちらと…普通の人生過ごしてねぇんだよ…!」

 

 

傷口の手前を押し、血の流れを止める。

そして彼女は零夜の傷口を心底おいしそうに見つめる。

 

 

「あぁ……。やっぱり人間の肉っていいわね…艶があっていいわ…」

 

「お前が人喰い妖怪だっては知ってたが……いきなりすっかよ…」

 

「あら?それが人喰い妖怪よ?」

 

「そうか…。だったら、やることは一つ!」

 

 

零夜は能力を行使する。能力を使い、引き裂かれた腕を『引き寄せ』、傷口の『肉』『骨』『神経』と『繋げる』。動作確認をすると、ちゃんと腕は動く。

 

 

「…ッ!驚いたわ。まさか直接再生するならまだしも、斬られた腕を元通りにするなんて…」

 

「…能力で、それはお手の物なんだよ」

 

「こちらとしては、あなたの能力は気になるものね。せっかくだから教えてくれないかしら?」

 

「敵に教えるほど馬鹿じゃねぇよ」

 

「あら、残念」

 

 

そう言いルーミアは嘲笑(ちょうしょう)する。

嘲笑(あざわら)っている。この妖怪は、人間をいたぶって殺すのを。それが、人喰い妖怪の――妖怪のサガなのかもしれない。

 

 

「お前の闇を操る程度―――いや、闇を操る能力は厄介だからな。できれば会いたくなかった」

 

「あら、釣れないこと言うわね。それに、私の能力まで知っているなんて…。あなた何者?」

 

 

このとき、零夜は思った。――――あ、こいつバカだ、と。

そもそも、零夜のあの発言には彼女、ルーミアの情報秘匿能力を試したのだ。

闘いの始まりは、お互いの探り合い。より相手より多くの情報を入手すれば勝利に近づく。たまにその理論すら無視するほどの強敵がいるが、同等程度だったらこの理論が通る。あそこは、ただ無視するか誤魔化すかしてほしいところだ。初対面の相手に自分の手の内を知られているのだから、それくらいの配慮はしてほしかった。

 

 

「……で、このあとどうするおつもりで?」

 

「もちろん、あなたを骨の髄まで貪りつくすわ」

 

「…やめろ、と言ったら?」

 

「私がそれを聞くとでも?」

 

「そうだよなぁ…」

 

 

そして、零夜が黙る。先ほどまであれほどペラペラ喋っていた男が急に黙り、ルーミアは不思議に思う。

 

 

 

「どうしたの?急に黙って?」

 

「いやぁ…。そうだよなって思っただけさ」

 

「は?」

 

 

突如、なにを言い出すのかと困惑するルーミア。

だが、そんな彼女を無視し、零夜は話を続ける。

 

 

「この世は弱肉強食で、理不尽で、不条理で、不公平なんだ。いづれこうなることは予想できてたじゃないか。俺。こんなんで驚いてどうする?こんなんで立ち止まってられない。俺にだってやらなきゃいけないことがある。そのためには……殺す!

 

「なに?自己暗示でもしてるの?そんなの聞いてるほど私は優しくないわよ?」

 

「できれば、これは使いたくなかったんだがなぁ!!」

 

 

その瞬間、零夜の体から強烈――とてつもないほどの闇が放出された。

 

 

「ッ!?この闇は…!?一体なんなの!?」

 

 

 突然のことで、驚きを隠せないルーミア。

 彼女の能力は【闇を操る程度の能力】。その名の通り、闇を操る能力だ。

 だからこそ、闇にはとてつもなく敏感なのだ。

 

 

「この闇…私と同等か、それ以上か…!」

 

 

 ルーミアは、笑っていた。それはまさに、狂った笑みを浮かべて。

 

 

「いいじゃない…!やってやるわよ」

 

 

ルーミアは剣を構える。

そして、零夜もそれと同時に、ポーズをとる。

 

 

「変身」

 

 

零夜の体が、闇に包まれる。

エネルギーを流動させる血管状の組織が出現し、徐々に姿が変わっていく。

全身を包む黒の鎧。血管状組織が全身に周り、黒き複眼を持った超戦士。

 

 

 

仮面ライダーアルティメットクウガ・ブラックアイ

 

 

 

「なによ…その姿?もう、人間と言うより、私たちと同じ妖怪じゃない」

 

『…………』

 

「姿が変わっただけで、ここまで雰囲気が変わるなんて…。あなた何者なの?」

 

『仮面ライダー……』

 

「仮面ライダー?なんだかわからないけど、危険な奴だってことは分かるわ」

 

 

そういい、ルーミアは早速行動に出た。クウガに近づき、下から振り上げる一撃。

これをクウガは難なく手で受け止める。そして、もう片方の拳に闇のエネルギーを溜める。

 

 

「ちッ!」

 

 

ルーミアは危険を察知したのか、剣を離し、クウガから放たれた拳を闇の壁を生成し、ガードする。

が、それも無意味に終わり、直撃した拳はそのままルーミアを遠くまで吹き飛ばす。

 

 

「あがぁ…!」

 

 

彼女は足の力でなんとか踏みとどまるも、その過程で周りの草木、地面が抉れている。

口から血が吐き出る。それを口で抑える。

それを見届けたクウガは、闇の剣を破壊した。

 

 

「なッ…!?私の剣が!?」

 

『この剣も元は闇。破壊できて当然だ。俺は、究極の闇だからな』

 

「究極の闇、ね…。言ってくれるじゃない。常闇の妖怪である私に直接喧嘩を売るなんて…」

 

 

そう言いながらも、先ほどの余裕とは違い、ルーミアには冷汗が流れていた。

ルーミアの本質は『闇を操る』こと。相手を闇の空間に堕とし、混乱しているところを一気に仕留めると言う闘い方をしてきた。大抵の相手はこれで終わっていた。だが、相手は同じ闇を操るもの。しかも上位の存在ときた。

 

 

『…残念だ』

 

「なによ?突然」

 

『……俺は、これでもつい先ほどまではお前のことを恐怖の対象として見ていた。だが、姿が、力が変わった程度でこんな赤子のように見えるとは…。ここの連中が弱すぎるのか、それともライダーの力が強すぎるのか…。それとも、両方か』

 

「~~ッ!!バカにして!」

 

 

クウガの一言でルーミアの怒りに触れ、再び闇の剣を作り、クウガに突撃する。

それを見たクウガは、同じく剣――『呼称*1』【ブラックライジングタイタンソード】を装備し、ルーミアの剣とぶつかり合う。

漆黒の黒き闇と、漆黒の(いかづち)の闇が衝突しあい、二人を中心としたすべてのものが無に還る。

 

ルーミアは一度剣を引き、再び3時の方向から剣を振るう。だが、それはクウガの左腕によってガードされる。

 

 

「なッ!?」

 

 

闇のもう一つの特性。それは次元にまでも干渉する無の力。

次元を斬る。つまり次元まで貫通すると言うことだ。どんな防御ですら斬り伏せるまさに最強の力と言っても過言ではない。だが、光が闇を、闇が光を打ち消すように、闇と闇も、またお互いに干渉し、なかったことにする。

 

それだけではない。この鎧の強度もだ。すべてを貫通する闇の力が、この鎧と敵の闇に、防がれている。

 

 

「くッ!」

 

『では、今度はこちらからだ』

 

 

そのとき、クウガはタイタンソードを二本生成した。

刹那、音速を超える速度で振るわれた二本の剣が、ルーミアの闇の剣を二本とも砕く。

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の闇の剣が破壊されたことに驚愕したルーミアだったが、すぐに冷静さを取り戻し、再び二本の剣を創って対峙する。ルーミアは考える。何故自分の闇の剣が破壊されたのか。闇は実体を持つようで持たない。闇は空間そのものを飛び越え、歪ませている。絶対に壊れることのない不壊の産物。それがどうして壊れたのか、必死に考える。

 

そんなことを考えている合間にも、作った剣は次々に自分の作った剣を破壊していっている。

そして、一つの結果にたどり着く。

 

 

そうだ。クウガは最初に行っていた。自分は『究極の闇』だと。つまり自分と対等の闇の存在。ルーミアの闇の剣の原理は、『次元接触』。空間そのものを飛び越える闇は、この次元では見えているが、実際は別の次元に本体は存在している。相手が同じ闇ならば、同じ次元に本体があるはず。つまり、次元が重なり合って、壊れる理由はただの強度。ルーミアの剣は、タイタンソードに負けている。

 

それを理解したルーミアは、一度クウガから下がる。

 

 

『…このまま張り合っては、勝ち目はないと踏んだか』

 

 

クウガがそう呟いた次の行動。それは二本のタイタンソードを強烈な勢いで地面に刺したことだ。それにより周りが肘引きを起こし、地面が不安定になり、木が倒れる。バランスを少々崩してしまうルーミア。そんなことは知らずと、クウガは右腕を突き出す。

その右腕が徐々に棘が生えてくる。そして、その棘を右斜め、二時の方向に上から振り下ろした。

それは、直撃した。

 

後ろに下がると同時に、ルーミアの胸や腹のあたりに激痛が走る。なんとかそれに耐え、傷口を見る。

服が破け、血がドバドバと垂れている。自分の素肌が見えない。それほどまでに紅く染まっている。

すぐに自分の再生能力で、傷を治し、自分の素肌が見えてくる。

 

だが、最後まで自分の再生を許してくれるワケもなく、次の攻撃が来た。

 

 

『―――ッ!』

 

 

『呼称』【ブラックライジングペガサスボウガン】の先端を、引く。銃口を中心に空気が回転しながら収束する。そしてボウガンに、黒き雷が纏わりつき―――発射した。

黒き雷を纏った空気弾が連射され、ルーミアを襲う。

 

 雷を纏った空気弾は、音速を超える。

 そしてさらにクウガは速度――威力を増すためにある工夫をする。そのためにクウガはある能力を発動させた。その名も【超自然発火能力】。

 この能力は周囲の物質の原子、分子を操って物質をプラズマ化させ、対象を発火させる能力だ。周囲の物質――木の葉。先ほどの地響きを起こした際に倒れた木から舞い落ちている木の葉。それをプラズマ化させ、発火させる。

 それにより炎は酸素を欲し、自動的にルーミアに向けて向かって行く空気弾に縋った。炎は空気弾に燃え移り、結果、炎雷(えんらい)の弾丸が出来上がった。

 

攻撃を喰らったばかりのルーミアはその攻撃を避けることも受けとめることもできず、再び直撃。

 

 

「がッ…!!」

 

 

貫通こそしなかったものの、凝縮された炎頼弾はかなりの質量と勢いを持っている。

その弾は、ルーミアの体力と体の自由を奪うのには十分な威力だった。

 

そして、クウガはゆっくりと、ルーミアに向かって行く。

その手には、黒い薙刀、『呼称』【ブラックライジングドラゴンロッド】を手にしている。そして、その薙刀に黒い電流が走る。

 

そして、ルーミアは悟った。あれを喰らえば、ただでは済まないと。

そこで、ある一つの、無謀で無意味な賭けに出た。

 

 

「あのねぇ…。さすがに女の子相手に酷すぎなしないかしら?」

 

『戦場では男女関係ねぇ。逆にそんなんで見逃されるとでも思ってんのか?』

 

「ハァ…そこら辺も対策済みってわけね…」

 

 

元々、希望などなかった賭けだ。あまり絶望はしていない。

だからこそ、彼女ももう気を抜いてはいられない

 

 

いいわ。あなたには本気を出してあげる。この私を短時間で本気にさせたことを、後悔しなさい」

 

 

彼女からも、大量の闇が放出される。それと同時に周りが見えなくなる。

常人なら、これだけで混乱し、困惑し、狂乱し、不安と恐怖のどん底に落ちるだろう。

だが、彼女は分かっている。相手は自分と同じような闇の存在。こんなのは意味がないと。だが、少しの威嚇にはなる。

 

ルーミアは背中に闇の羽を生やし、両腕に闇の剣を持つ。

ルーミアの、これ以上ないほどの本気だ。

 

 

『来い』

 

「えぇ!来てあげるわよ!」

 

 

両者、忽然とその場から消えた。

二人の間――中心に二人が現れ、お互いの武器がぶつかり合う。

クウガはロッドを回して回転攻撃をする。その方向は横、縦、斜めと方向が徐々に違って行く。

 

ルーミアはそれを二振りの剣で防いでいく。

だが、押されている。力の差が圧倒的だ。一撃一撃をいなそうとするが、重すぎて衝撃ないなしきれない。

 

 

「くっ…!」

 

 

そのとき、一瞬の出来事だ。クウガは薙刀を回すのをやめ、一点集中で突きを行った。

それに感づいたルーミアは体を横に逸らすことによってそれを回避する、が、クウガが薙刀を横に振るった。

 

そのとき、『ゴキッ!』っと鈍い音が響いた。

おそらく背骨が折れた音だ。突然の出来事にルーミアは理解しきれず、そのまま地面に転がった。

 

 

「あ、が、あがぁ…!!」

 

 

すぐに再生を開始する。だが、相手はそんなの待ってはくれない。

 

 

『この世は弱肉強食。強い奴が生き残り弱い奴が死ぬ…。それが自然の理。お前が弱者で、俺が強者。それは覆らない。だから―――死ね』

 

 

そうして、クウガの拳の炎状のエネルギーがため込まれる。

 

 

「ま、待っt―――」

 

 

ルーミアの静止を聞かず、クウガは拳を彼女に向けて、振るった。

 

 

「ッ!!」

 

 

思わず、目をつむってしまう。

自分の死が近づいてきているための、少しでも恐怖を紛らわすための行動だった。

 

 

 

 

「………………?」

 

 

 

 

目を閉じて、しばらく立つ。

痛みがこない?そう疑問に思う。何故だろうとルーミアは恐る恐るゆっくりと、目を開けた。そこにいるのはクウガ。それには変わりなかった。だが、手が―――

 

 

 

『…………!!』

 

 

 

震えていた。まるで、殺す覚悟をしていないただの一般人のように。ただの未殺人者のように。

おかしい。先ほどまで彼から漂っていたのは明らかな血の匂い。自分と会うまで妖怪を殺していたはずだ。そんな彼が何故、自分を殺すことを拒んでいるのだろうか?ルーミアにはそれが理解できなかった。

とにかく、これはとてつもないチャンスだ。

 

ルーミアは自分を殺すことを躊躇っているクウガから離れる。

この間にも自分の骨の回復は済んでいた。なので逃げるのにはなんの支障もなかった。

 

 

ルーミアは、ただ逃げる。

自分の後ろに居る、自分を殺そうとしていた存在から。

不思議と、あの存在は自分を追ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

 

逃げなくては。そう何度も頭に響く。

初めてだった。自分があそこまで大敗したのは。

 

だけど、負けたというのに清々しい。殺されなかったというのもあるかもしれないがなにより、自分と同じようで格上の存在に負けるのは当たり前だからだ。あのクウガの強さは、納得せざる負えない強さだった。

 

 

「消耗が、激しすぎる…。どこかで、身を潜めない「見つけたぁ。ピッタリだよ。マジで」―――?」

 

 

そのとき、男の声が聞こえた。

聞いているだけで、男の声は、聴いているだけで不快になるほど不愉快だった。

この男からは妖力を感じる。つまりは妖怪だ。

 その妖怪は、天然パーマの短い金髪、赤い瞳をしている青年だ。

 

 

「あんた、誰?」

 

「は?お前これから主人になるヤツにため口聞いている?」

 

「は?」

 

 

ルーミアは理解できない。

突如現れた男に、主人になると言われたら当然だ。この男からさっきのクウガとは違い、特別な力は感じない。ルーミアは弱者の戯言だと解釈する。

 

 

「急に何を言い出すのかと思ったら…。戯言もいい加減にしなさい。弱小妖怪が」

 

「あのさぁ。今の聞いてた?お前、下僕。俺、主人。格下で低俗で視野が狭くて男に媚び売って次の次世代―――子供を産むことしか能がない女がさ、権力的にも上な男に指図して、抵抗するワケ?ないわぁ~~~」

 

「勝手なこと言ってくれるわね…。大体、あんたなんてこちらからお断りよ」

 

「今の話聞いてた?性別を第一人称で隠蔽するなよ。元より男って言う生き物はね。行動一つ一つが、存在自体が正義なんだよ?」

 

 

そう言い放ち、男は気持ち悪いほどの、心の底から嫌悪するほどの凶相を浮かべる。

 

 

「―――ちッ」

 

 

話が通じていない。ルーミアはそう直感した。

目の前の男は自分の考えを押し通そうとしている。誰の考えも受け付けず、ただひたすら自分の考えることを正義と、正しいと信じて突っ走っていくタイプの生き物だ。

 

ルーアミはそう言った生き物に嫌悪感を抱いている。

もとより、正義など飾りだ、と考えている彼女。ずっと生きているからこそわかる価値観。見方。考え方。

 

過去にも人間の中に、結果さえ出さればその過程で失うものなどどうでもよいと、それが正義だと語る人間。考えは妖怪的には共感できた。が、この人間は後に誰からも信用を失い途方に暮れる人生を過ごしていた。

 

また、1を斬り捨て10を救うと言う言葉しか通用しない状況で、一人も死なさず助けようとする正義を掲げる人間もいた。この人間も、結局それができず1を人質に取られ、結果的に1も10も捨てられた。そして、その人間も死んだ。

 

これだけではない。

たくさんの、正義を掲げる人間を見てきた。正義なんて存在しないのだ。そもそも、正義か悪かだなんてそんなの人間が勝手に生んだ概念、妖怪である自分に使えるわけがない。そもそも、使おうとは思えない。

 

 

「古来より、女って生き物は男より格下の存在なんだ。女が男の意思や意見に従うのなんて、当たり前なんだよ。つまり、俺がお前に股を開けって言ったらお前は開かなきゃなんないの。わかる?ほら分かったって言えよ。そんで、股開け」

 

 

どこまでも、見下げたクズだとルーミアは嫌悪する。

この男の考え方は、時代で言えば江戸時代辺りの考え方だろうか?この辺りから男尊女卑がある。つまりこの男は江戸時代辺りの―――なんてどうでもいい。

 

この男の口ぶりからして、女を本当に道具としか見ていない発言。

そして淫猥な考え。見ているだけで虫唾が走るほどの外道ぶり。

 

 

「こっちはね、今とっても疲れてんの。あんたごときに構ってる暇はないのよ…」

 

「は?お前の都合なんてどうでもいいんだよ。あ、もしかして焦らしか?そうすることであえて俺の股間をうずうずさせて、それで一気に解放してくれるってワケ?あぁ~そういう考えか。すまんすまん。全く考えつかなかったわ」

 

 

どこまでも自分の考えだけで物事を進めようとする目の前の男に、いい加減ルーミアの堪忍袋の緒が切れた。この男は自分を性欲処理の道具としてしか見ていない。それが怒りのオイルとなって注ぎ込まれる。

 

 

「死ねぇ!!」

 

 

瞬間――ルーミアは闇の剣を作り出し、剣を縦に振り、あの男を一刻も早く殺そうとする。

ルーミアが放ったのは闇の剣により闇の斬撃。空間そのものを断裂し、敵の防御力関係なく貫き、斬り、撃ち抜く。そんな闇特有の攻撃を、男に喰らわせようとした。

だがその瞬間、闇の斬撃は男の目の前で消滅した。

 

 

「なッ!?」

 

 

これにはルーミアは驚きを隠せない。

クウガに自分の能力が効かなかったのは同じ闇だったから。同じ存在同士ならば効果も同じ。それは納得できる結論だった。だったら、今目の前にいるこの男は?先ほどまでこの男からは特別な力を感じなかった。では、どうやってあの男は自分の技を消滅させたのか?

 

 

「急にやってくれたなぁ。あの攻撃さ、縦にやってたよね。もしそのまま直撃したら俺の顔や胸、心臓だけじゃなくて俺の金的に当たってたよね?もし直撃しちゃったら、もう女を孕ませられなくなるじゃないか。もう女を泣かせられないじゃないか。女をヒーヒー言わせられなくなるじゃないか。女を快楽に堕とせないじゃないか。女を俺に屈服させられなくなるじゃないか。俺が楽しめないじゃないか。お前さ、女のくせに男である俺の楽しみ奪うわけ?こりゃあお仕置きが必要だね」

 

 

長ったらしいクソみたいに聞きがたい言葉を言い終えた瞬間、ルーミアの体は太陽光を一直線に浴びたように熱された。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

すぐさまルーミアは自身の周りに闇を形成。

すべての概念から外れる瞬間だ。だが、そんな世界の(ことわり)から外れた存在を、丸ごと熱は闇をルーミアごと焼く

 

 

「あがぁあッ!!」

 

 

頭に理解不能の文字が浮かびながら、ルーミアは地面に転がっていく。

熱により、服の所々が焼けている。服だけならまだいい方だ。目が溶け、舌が縮れて、髪が焼け、皮膚が爛れ、骨が爆ぜて露出し、肉が焦げる匂いが漂う。意識が吹き飛びそうになるが、自分の本能がそれを許さない。妖怪の特性で、怪我は徐々に回復していく。そんな状態でも、男はただ見ているだけだ。この男の狙いはルーミア。殺すような真似はしないと分かっている。ただ、その男は嘲笑っている。

 

やがて、服以外が治ると、男は口を開いた。

 

 

「うーん。なかなかにいい見た目になったね。……でも、もうちょっと焼けてくれないかな?そうすればいいところが露出されるからさ。目に保養なんだよね」

 

「黙りなさい…!この変態のクズ野郎…!」

 

「は?男になにそんな口聞いてんの?何度も言ってるだろ?男は至高の存在なんだ。女は男の言うことはすべて聞くべきなのに、いつまでそんな口聞いてるつもり?いいかい?あぁ。もしかして意味を理解できてなかったのかな?俺は今お前にもういっそのこと服破いて全裸になりなよって意味。わかった?分かったらさっさとやれよさぁ!!」

 

 

あくまでも、自分の意見を押し通し、他人に強要させようとする悪性(あくしょう)。もうこの男にどんな言葉も届きやしないと、ルーミアは気づい―――否、最初から気づいていた。

 

 

「うるさい…ッ!それに、あんた今、どうやって、私の闇を…!?」

 

「あのさぁ!こちとら優しく要求してやってんのにそれを質問で返すとか馬鹿にしてんのか俺を!?―――――あぁ、分かった。うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん!!!いいね!そうだそうしよう!答えてあげるよ!!」

 

 

なにが優しくだ、先ほどから無理やり強要しているだろうと、誰もが思う結論。ルーミアもその一人だ。そしてなぜか先ほどの激情していたときとは打って変わり、しばらく考えこんでから考えを変えた。考えこんだ結果、ルーミアの疑問に答えることにしたのだ。

 

 

「君はどうして、自分の技が消えたのか、疑問に思ってるね?特別に教えてあげるよ。俺の能力は【光を司る能力】だ」

 

「光を…!?でも、闇と光は対極の存在…!お互いに打ち消されるはず!」

 

「まだ分からないかな。君の能力は闇を操る!対して俺の能力は光を司る!操ると司るは違うんだよ!司ることが上位互換!つまり上!絶対的な存在!司ることすなわち、神!いや、俺は神をも超える存在だ!」

 

「………ッ!!」

 

 

男の声を聴いているだけで、虫唾が走る。この男の目を見るだけで気持ち悪い。

いや、もはやこの男の存在そのものに嫌悪感を覚えている。

 

 

「まぁ。結局のところ。お前じゃ俺には勝てないの。逆にさ、感謝して、喜ぶべきなんだよ?こんな至高で優良で良質で優秀で、最高で究極で、至極、至上 、最上、無上の高見であり完成で完璧な存在である俺の遺伝子をもらえるなんて、これ以上喜ばしいことはないでしょ」

 

 

そう言いながら、男はルーミアに近づく。

ルーミアはなんとか立ち上がろうとするが―――

 

 

「ぐがぁあ!!」

 

 

瞬間、ルーミアの手が焼け、また膝から崩れ落ちる。

 

 

「太陽光より熱いものはないでしょ。それに、光の速さは一瞬。わかりにくいからこの星を一秒で30周できるほどの速さ。俺とお前の距離なら0.1秒もかからない。なにが起きたかわからないだろうから、教えてあげるけど、そのまま太陽の光を光線としてお前の手に当てただけさ。あぁちなみに、なんで俺がお前に俺の能力を教えたのか教えてあげるよ。それはね、お前の絶望する顔が見たかったから。司る力は神を超える力。そんな絶望的な力を前に、無力だったという顔を見ながら、涙を流しながら犯す女は―――たまらないッ!!たまらな過ぎる!!さてさて、無駄話が過ぎた」

 

 

長話をしていれば、すでに男とルーミアの距離は間近。あと一歩でも足を踏み込めばルーミアの背中を踏んでしまうほどの位地にいる。

男は足蹴りをしてルーミアを仰向けにする。

 

 

「うぐっ…!」

 

「さて、抵抗は無駄だよ。潔く俺に犯されな。大丈夫大丈夫。()()()のことまで、ちゃんと面倒見るからさ」

 

 

そうして、男はズボンのベルトに手を出す―――――刹那。

 

 

 

「ぐはぁあああああああ!!!!」

 

 

 

突如、男が『漆黒の拳』によって、殴り飛ばされる。

拳は男の顔に直撃し、地面を抉り、穿(うが)ち、草木が倒壊し、砂ぼこりが巻き起こり、辺り一帯が爆ぜた。

 

 

「――――――……?」

 

 

ルーミアには、一瞬の出来事で、理解するのに相当な時間を有した。

そして、その漆黒の拳の正体が、今、分かった。

 

 

「あなたは…!」

 

 

 その姿はまさに怪物。

 豪壮(ごうそう)な漆黒の鎧を有し、黄金の血管を思い浮かべる血管状組織。

そして、黒い複眼。

 こんな特徴を持った生物なんて、ただ一人。

 

 

 

『タイミング的にはちょうどいい…なんて言っている場合じゃないな。強力な妖力がしてみたから来てみたものの、まさかこんな自体になっているなんてな。で、大丈夫か?……なんて、俺が言える立場じゃねぇな』

 

 

 

 そこに立っていたのは、古代の超戦士・黒き光【仮面ライダークウガアルティメット】。究極の闇が、今、その姿を現した。

 

 

 

 

 

*1
名前を付けて呼ぶこと




変更点。ライジングアルティメットクウガからアルティメットクウガに。
理由は次回でわかります。


できるだけゴミクズなヤツ書いてみました。
書く度にゴリゴリとメンタルがやられていく…!!

この男がクズだと思う人、感想よろ!……どんなあいさつだろ?

聞くまでもないアンケート
     ↓


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 悪の光/悪の闇※

今度から、改正版を中心に書いてきます。


金色のラインが施された漆黒の鎧を持った異形。その異形は闇に染まった複眼で、(えぐ)れ、()がれ、穿(うが)たれた草木の生えていた地面を見初める。

 

 

「――なんで、私のことを…?」

 

『あ?』

 

 

ルーミアは、枯れた声で異形にそう告げるが、異形はルーミアをその複眼に映さない。

何故、先ほどまで殺そうとして、逆に殺そうとして、逃がした相手を助けたのか、ルーミアには理解できなかった。

 

 

『―――考えてた』

 

「…え?」

 

 

異形から返ってきた答えは、予想の斜めをいくものだった。

異形は一体なにを考えていたのだろうか、とルーミアの頭の中は疑問であふれる。

 

 

『何故、俺がお前を殺せなかったのか』

 

「殺せなかった…?」

 

 

理解できない。

だって、最初に会ったときは、あんなに血の匂いを漂わせていたのに。出会い頭に手を吹き飛ばしたのに。戦って、あんなに殺意をまき散らしていたのに。最後になったら、殺すことを躊躇った。それが、理解できない。

 

 

『それを考えて、やっぱり、()()()()()んだ』

 

「そうだった…?」

 

 

異形の言う、「そうだった」の意味が分からない。

一体、異形のこの言葉に、どんな意味があるのか。それは、異形にしかわからないだろう。

 

 

『まぁもういいだろ。で』

 

「――?」

 

『で、結局のところ、あいつはなんなんだ?』

 

「ただの変態のクズ野郎よ」

 

『あぁ…ある程度理解した』

 

 

そういい、漆黒の異形【クウガアルティメット】は金髪の美女、【ルーミア】へと視線を動かす。

 

 

『この姿で負けたならともかく、お前ほどならそこら辺のヤツには負けないはずだが…』

 

「あんたに言われたらただの皮肉にしか聞こえないわよ」

 

 

実質、自分を圧倒して見せたクウガからその言葉が出れば、それは皮肉にしか聞こえない。

 

 

『にしても、大分やられたな。それにその服の焦がされ方…。熱か』

 

「えぇ。あいつの能力は光を司る力。操るだけの私じゃ…!」

 

 

そうルーミアは唇を噛んだ。

それでも、相手の能力のことを知れただけでも良しとしたクウガは、ただ、相手が来るまで待っている。

 

そして、それを予期したように、男は目に見えないスピードでその場所に舞い戻る。

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

男は凶悪に歪んだ形相でクウガを睨みつける。

男の顔は(へこ)んでおり、頬の骨がやられていると見ていいだろう。

そして、あれほどの時間があったのに対して、怪我が治っていない。つまり、再生能力はそれほど高くない。

 

 

「嘘…ッ!?これだけの攻撃を喰らってもあれだけだなんて…!?」

 

『まぁその割には頬の骨がやられてるけどな。あいつの再生能力はそう高くはない。高いのは戦闘能力だけ…と見ていいだろう。再生能力なら弱小妖怪と一緒だ』

 

「貴様ァ……!急に現れて何様のつもりだ!?今からその女を壊れるまで犯すつもりだったんだぞ!?俺は楽しみにしてたんだ!その女が泣くところを!その女が泣き叫ぶところを!その女の体を汚すところを!その女の心が穢れるところを!その女が「もうやめて」と悲願する様を!その女が孕むまで犯すのがなぁ!!!どう責任を取るつもりだゴミムシ野郎!!」

 

「ちッ!」

 

『……とことん見下げたクズだな。これが悪ってヤツか。……正直こういう風にはなりたくねぇな』

 

「あのさぁ!俺を無視して話を進ませるのやめろ!ていうかさ、悪ってなに?なに勝手に俺のこと悪人だって決めつけてんの?ブーメランって言葉知ってる?お前の方がよっぽど悪人だろぉよぉ!その力!その闇!その悪意!その見た目!その化け物たる姿!その容赦のなさ!その無慈悲さ!その勝手な価値観で人を!妖怪を決めつける、お前の方がよっぽど悪だろ!!」

 

『――――――(クズだな)』

 

「……あいつ、クソにも程があるでしょ」

 

 

二人の思考がほぼハモる。

ヤツは言葉は『言葉のブーメラン』。それがピッタリとハマる言い方だ。

先ほど容赦なくルーミアを攻撃し、焦がした。そんなヤツが言えるような言葉ではないのはルーミア自身がわかりきっていることだ。

 

 

「ていうかさ、お前さっき俺をそこら辺の価値どころか存在する価値すらない弱小妖怪ごときと一緒にしたよな?これってどういうこと?俺は神をも超える存在なんだよ?そんあ俺を弱小妖怪と一緒にするなんて失礼だと思わないの?」

 

『お前、もう喋るな。煩わしい。お前の言葉一つ一つが不快だ』

 

「は?お前に俺の発言をやめさせる権限がなんてねぇよ。俺より格下のヤツがさぁ。特別に教えてあげるよ。この世のヒエラルキーってやつをさ。まず、一番下は女。これだけは絶対に変わらない。なにせ女と言う生き物は男と言う人間を産むための道具でしかないからだ。男に快楽を与えることしか能がない連中だ。そして、その上が俺の言い分を聞かない男。まぁつまりお前だ、黒いの。お前は俺の考えをちっとも理解しようとしねぇ。そんなヤツ奴隷辺りが妥当だろうよ。安心しろ、お前は殺したりはしねぇよ。今言った通りお前は俺の奴隷としてこき使ってやる。そして、その上は俺の言い分をちゃんと聞く男。これは地位的には民。俺の言うことを聞いてくれる男はちゃんと使ってあげないと。それ相応の対価ってやつだよ。そして、もちろんこのヒエラルキーピラミッドの頂点は俺。将来はこの力でこの世界を征服して俺が認めた女で囲んで楽しく過ごし―――」

 

 

『んあ゛ぁ゛!!!』

 

 

――刹那。男に向かってクウガが炎状のエネルギーを拳ごと突き出し、男の言葉を中断する。

炎状のエネルギーは再び一直線上の広範囲に広がり、男を周りの地形ごと飲み込む。

 

 

「…………」

 

 

これにはルーミアも言葉が出なかった。

 

 

「あなた…さっきから思ってたけど、容赦なさすぎでしょ」

 

『あ?あいつの言葉聞いてるだけで吐き気がすんだよ。しかもあんなクズの言葉、最後まで聞いている理由なんて――」

 

「あのさぁ……人が話している途中で撃つなんて、どういう教育されてきたの?」

 

「『ッ!!?』」

 

 

二人の言葉も、あの男の声によって中断された。

煙が晴れる。そこには、無傷の男が立っていた。しかも頬の傷もちゃっかりと治って。

周りの地面は抉れているのに、男の立つ場所と、その後ろ。そこだけが地形変化を起こしていなかった。

 

 

 

「俺さ、今話してたよね?なんで途中で殺そうとするのかなぁ?バカなの?いやもうバカ通り越してクズだねクズ!もう決めた!!お前は奴隷になる価値すらない!!殺す!絶対殺してやる!内臓引きずり出して目ん玉ほじくって心臓握りつぶして血管爆発させてチ○コ引きちぎって拷問してやる!!」

 

 

軽々と下品で淫猥なことを言い放った。

その言葉に顔をしかめるルーミア。仮面越しでわからないが、不機嫌な顔をするクウガ。

 

 

『もういい。お前はここで殺す』

 

「は?お前が俺を殺す?なにバカ言ってんの?お前自らが作った結果蔑ろにしてんじゃねぇよ。お前の攻撃じゃ俺は死ななかっただろ?分かったか?光と闇は対極でお互いを打ち消しあったとしても、俺は光を司る!闇を操るお前とは存在の格自体が違うんだよ!」

 

『…………』

 

「さっきは不意打ちを喰らってしまったが、お前の存在を認識している今、もう攻撃を喰らう要素はない」

 

 

ここで、この男は一つ勘違いをしている。

なにせ、このクウガはルーミアとは違うのだ。闇を操るルーミアとは違うのだ。

なにせ、このクウガ―――アルティメットクウガは――光を一切受け付けない、究極の闇なのだから。

 

 

「栄光に思え!この俺、【ゲレル・ユーベル】様に殺されることをなぁ!!」

 

 

初めて名乗ったこの男―――ゲレル・ユーベルは、瞬時に光の魔力を帯びる。そして、能力で作った光剣(こうけん)、光槍《こうそう》を両手に持った。

そして、それに対応するかの如くクウガも【ブラックライジングドラゴンロッド】【ブラックライジングタイタンソード】を構え、瞬間2人の姿は消える。そしてその中心で2人が姿を現した。一瞬の出来事だった。2人の距離が一気に縮まるまでは、0.1秒もかからなかっただろう。2人の武器は激突し、そこを中心に衝撃を生み出した。

 

「お前いい加減やられろよ。俺の手を煩わせるな。あのさぁこんなことしてる合間にも、俺の貴重な時間がどれだけ割かれているかわかってんの?もうちょっと協調正ってもんを知らないとね。あの女を犯す時間が長引くじゃないか。一体いつになったら俺を気持ちよくしてくれるんだ?早くあの女の服を全部破いて、綺麗で穢したくなるあの体、早く欲しいんだよ」

 

『ペラペラと戯言を語ってんじゃねぇよ!!』

 

 

クウガの振り上げたタイタンソードが、ゲレルを襲う。ゲレルはその瞬間に、光で創造した即席鎧を生成し、ガードする。そうしている合間にもクウガがドラゴンロッドで突きをする。ゲレルは膝を上げ、ドラゴンロッドを上に打ち上げた。

 

 

『――ッ!』

 

「これでもくらえ、ゴミ!」

 

 

ゲレルの光槍が、クウガの脇腹辺りを襲う。クウガはすぐさまバク転に似た動きをし、打ち上げられたドラゴンロッドを後ろに蹴った。ドラゴンロッドはそのままゲレルに向かって行くが、ゲレルはロッドを光の鞭を創り、それを跳ね返す。

 

一回転し終えたクウガは、ゲレルに向かって斜め上に飛び、その過程で宙を舞っているドラゴンロッドを回収する。

 

 

『燃え尽きろ!!』

 

 

瞬間。ドラゴンロッドとタイタンソードに炎が点火される。

この武器は元々アルティメットクウガには素材となるものを必要とせず、ただのエネルギーだけで形成されている。もし途中で武器の方が燃え尽きたとしても、また創り直せばいいだけだ。

 

ゲレルに向けてタイタンソードを振るう。

 

 

「燃え尽きるのはてめぇだよ!!光の力が光るだけだと思うんじゃねぇ!!」

 

 

突如、ゲレルが地面にある砂を持ち、クウガに向けて投げた。

それは普通に無意味な行動だ。砂程度でクウガの鎧どころか人間の体にダメージすら与えることはできないのだから。

 

 

『てめぇふざけてんのか!』

 

 

これにはさすがのクウガでも怒り、タイタンソードを持つ力が強くなる。

だが、その次の時、その意味を知ることとなる。

 

 

――突如、クウガの体が横に移動した。

否、正確に言えば横から衝撃を感じて吹き飛ばされたのだ。

突然の事態に困惑するクウガ。そして、転がっていき、木に激突し、木が倒れ倒れ倒れ倒れて……、ようやく威力が殺された。

 

 

『な、なんだ、今のは…!!?』

 

「さぁて?なんだろうねぇ!!?」

 

 

声高にそう叫ぶゲレル。ゲレルは砂を拾っては次々とクウガに投げ、クウガの周りに投げる。

そして、その数秒後に先ほどと同じ衝撃がクウガを襲う。

 

 

『――――……ッ!!』

 

 

クウガは腕をクロスして、顔だけはなんとしても守っている。

真上、真下、右、左、斜め、後ろ、後ろ上、後ろ下、すべての全方位から謎の弾丸が迫り、クウガを襲う。

 

 

「ほらほら!!どうしたんだよ!?たかが砂ごときダメージを喰らうなんてどうかしてるんじゃないの!?それともそれほど脆いんだ!あれだけ粋がってたくせに!?本当に笑えるよ!本当にどうかしてるよ!本当に哀れずにはいられないよ!本当に―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!違う違う違う違う違う!!俺がやりたいのはこれじゃねぇんだよ!!俺があの女を一刻も早く犯したんだ!そのためにはお前が邪魔なんだよ!だからさっさと死ねよさぁ!!俺が死ねっつってんだよ!!耐えてねぇで死ねよ!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

 

酷く自分勝手で独りよがり。他人に死を強要している。

そんな異常性しか見つけられない男が、狂いながら叫ぶ。

 

 

『――ッるせぇ…』

 

「あ?」

 

『せぇんだよ…!』

 

「聞こえねぇって。俺はこれでも耳の穴かっぽじってよーく聞いてるんだ。そんな心の広く配慮された俺の期待に応えてもっとわかりやすくいえ。あぁやっぱいいや。お前程度の言葉聞くだけ無駄だった。いやぁ~こんな配慮して損した。配慮ってのはもっと価値のあるヤツにやるべきなんだよなぁ。あぁでも、そんな価値のないやつに少しでも配慮してやって俺ってもっと褒められるべきじゃね?そんな俺にすべてを捧げるべきじゃね?だったらさぁ…お前の命よこせよ!!ほらほら!俺が!この俺が!お前の命が欲しいんだよ!!ほら早くよこせよ!!命ってのは質量がないけどさぁ!!せいぜい死体くらいは妖怪の餌として有効活用してやるよ!俺って優しいだろぉ!?だったらさっさとよこせよおらぁ!!!」

 

 

 

 

「うるせぇって言ってんだよぉぉ!!!」

 

 

 

 

その瞬間、クウガの周りに、闇が形成された。

その闇は円形になり、衝撃波になり、半径1mの周りのすべてを消滅させた。

そこに残ったのはクウガとクウガの立っている地面のみ。のこりは円形状に凹んでいる。

 

 

 

『ずる賢い策使いやがって…こんなヤツが効くと思ってんのか!』

 

「お前。なんであれで体力まだ切れてないんだよ。あれで普通にやられるべきだろ?なんでやられないんだよ、クソが」

 

『そう簡単にやられてたまるかよ』

 

「やられろよ。俺がやられろっつってんだ。だからやられろよいい加減によぉ!!」

 

『誰もがお前の言いなりだと思うな』

 

「あぁそうかよ!だったら死ねよ!俺の言いなりにならないやつは皆死んじまえ!それによ、俺の攻撃の種がまだ割れてないのに、よくそんなことが言えるなぁ」

 

『――ッ』

 

 

確かに、ゲレルの言う通りだ。ゲレルの攻撃の種がまだ分かっていない。

砂が投げられてから、なにが起きたか全くわからない。あの攻撃の起点が砂だと言うことは分かっている。だが、それ以降がわからない。ダメージ自体はさほどないのだが、種は割っておいたほうがいいだろうとクウガは判断する。

 

 

 

「あぁ~~さっさと死んでくんねぇかな。早く犯らないと女の質が落ちるんだよ」

 

『どこまでも…!』

 

 

 

クウガは咄嗟に【ブラックライジングペガサスボウガン】を構え、発射する。

炎を纏った空気弾が、ゲレルを襲う。だが、ゲレルは能力で光を操ったのか、光熱で空気弾そのものが酸素不足になり消失する。

 

 

 

『……ッ!』

 

「お前さ、光がただ物を創るだけかと思ってんのか?んなわけねぇだろ!熱だって操れるんだよ!光を司るの舐めてんじゃねぇぞ!いわば神をも超える存在であるこの俺を、舐めたこと!万死に値する!」

 

 

コロコロと自分の意見を変える身勝手さ。

自分至上主義を掲げ、どこまでも自分の意見を押し通そうとする。俗に言うエゴイスティック*1だ。

 

 

『このエゴイスティック野郎が。どこまで堕ちたら気が済む』

 

 

「どこまでもこの俺をバカにしやがって…!!だが、俺のあの攻撃をここまで耐えたんだからさ。お詫びに、いいもの見せて死なせてやるよ!」

 

 

 

瞬間―――落雷が起きた。

 

 

『―――ッ!!!?』

 

 

空は快晴だ。雷など絶対に落ちるはずがない。だが、落ちた。

落雷が落ちた先は、クウガの真上。クウガに直撃したのだ。

クウガは膝から崩れ落ちる。

 

 

『な、なにを!!?』

 

 

 クウガは驚愕を隠せない。

 ゲレルの能力は光を司る能力のはずだ。熱は分かる。なにせ熱は光熱と言う例があるから理解できる。

だが、光を司る能力で雷を操るのは道理がおかしい。それこそ、なにか根拠がなければ―――

 

 

「感じて分かんないのか?バカなの?もうわかってるよね?そんな分かり切ったことをなんで俺の口からわざわざ言わせるのかな?あれか?自分の口から言うのが面倒くせぇのか!?ふっざけんじゃねぇぞ!」

 

『俺が聞いてんのはそうじゃねぇ!!お前の能力は光を司る力のはずだ!雷を操んのはおかしいだろ!』

 

「あ~あ~わかってんだよ。雷ね。ていうか、さっきのクールさはどうしたの?雷って聞いただけですげぇ焦ってんじゃん。マジ笑えるわ」

 

『うるせぇ!!』

 

 

 クウガはゲレルの言う通り、先ほどの態度とは180度違い、焦っている。

 クウガはタイタンソードを両手に持ってゲレルに突撃する。接近戦を選んだのだ。

 

 

「あ、もしかして、雷を使えば俺にも当たるって考えなのかな?残念でしたぁ~~!!」

 

 

 ゲレルが手をかざすと、そこから横に一直線に伸びる電撃の一閃が放たれる。

 電撃と言う速度と威力が重ね合わさった攻撃。一直線に向かっていたクウガは、それに直撃すると同時に全身に感電する。

 

 

『アガァアアアア!!!』

 

 

 クウガはもがき苦しむ。

 それはまるで、塩をかけられたナメクジのように。

 

 

「ははははははは!!!!なんだお前!雷使うくせに雷が弱点なのかよ!!いろいろといたぶろうと思ってたのに!!まさか雷が弱点だったなんてなぁ!!」

 

 

 ゲレルは嘲笑い、嘲笑し、大声で笑う。

 そして、この男がやることと言えば、もはや一つのみ。

 

 

『あがッ!ぐがっ!ウガァアアアア!!!』

 

 

 その属性攻撃で、ただただ連続で攻撃するのみ。

 ゲレルは雷の矢、槍、剣などを自身の周りに創り出し、それを倒れ伏しているクウガに向かって何度も何度もたたきつける。

 

 

「ほらほら!!さっきの威勢はどうした!?あれだけ調子に乗って、あれだけ優位に立って優越感に浸っていたお前はどこにいったのかなぁ!?弱点みつけられた途端にこれかよざまぁねぇな!!」

 

 

そうクウガを罵りながらも、攻撃をする手をやめない。

クウガは当たるごとに痙攣し、動けなくなっていく。

 

――――そして、完全に動かなくなった。

 

 

 

「嘘…ッ!?」

 

 

 先ほどまで、あの闘いを見ていたルーミアもそう言葉をこぼす他ない。

 両者攻防ともに凄まじかった。長年闘い続けてきた強者であるルーミアでさえも見惚れてしまうほどの(相手側の性格に問題があるとはいえ)。

 そして、ゲレルは下衆な笑みでルーミアを見る。

 

 

「ふひひ…!これで邪魔者はいなくなった…!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さぁて、待たせたね。ほら、どうせだし木に手を付けて俺に尻を向けな。そのままやってやるよ」

 

「あんたなんかの言いなりになるわけないでしょ!!この下衆のゴミクズ野郎!!」

 

 

 ルーミアは闇の剣を創り、構える。

 自分の能力がヤツにとって無意味なのはヤツの能力の特性上分かり切っていた。

 だが、このままやられるわけにはいかない。本能が―――否、女として、そこは絶対に譲れない。

 

 

「あのさぁ…。俺が命令してんだからさっさとやれよ。あぁもしかして、体制が気にくわなかった?そっかそっか。そりゃあごめん。じゃあお好みの体制言ってよ。それでやっからさ」

 

「どこまでも…!自分主義じゃないと気が済まないの!?」

 

「そんなの当たり前だろ。この世界は俺を中心に動いているんだ。もし逆に、俺が中心に動かない世界なんてあったなら、そんな世界ある価値がない。破壊した方が世のため人のため妖怪のため生きとし生けるものたちすべてのため」

 

「ハァアアアア!!!」

 

 

ルーミアは剣を持ち特攻する。

だが、その剣はゲレルに触れる直前に掻き消え、その瞬間をゲレルは嘲笑う。

剣での斬撃は諦め、今度は拳に闇を集中し、殴りかかる。それも、ゲレルの掌で寸止めされる。

 

そして、

 

 

「せいッ」

 

「キャア!!」

 

 

その方向からの、背負い投げ。

ルーミアは背中から地面に激突し、もだえ苦しむ。

 

 

「う、ぐぅ…!」

 

「さてさて」

 

 

ゲレルが、ルーミアを押し倒したような体制になる。

 

 

「は…離れなさい!」

 

「ダメダメ。今からとっても気持ちいいことが始まるんだよ?楽しめよ。俺とヤれるんだからさ」

 

「あんたのそのキラキラ、眩しいのよ…!」

 

「あぁ。体にかけてる魔法か。それはすまないことをしたね。まぁ体辺りは解除しよう」

 

 

ゲレルは、先ほどから―――ルーミアと戦っていたときから体から放っていた光の魔力。それを手と足だけ残し、残りは光を失う。

 

 

「(…?どうして手と足だけに魔力を残して…!?)」

 

「うーん。何度も思うけど、その微妙な感じ、ちょっと駄目だな。引き裂こう」

 

「まっ!やめっ―――!」

 

 

 体に妖力を溜めて身体能力を上げようとするが、なぜか体中の妖力の循環がうまくいかない。

そ れに、丹田辺りでせき止められているような感じもしていた。

 

 

「力をあげようとしても無駄無駄。俺の光で君の闇の妖力はせき止めてるから」

 

「なッ…!!」

 

 

ゲレルは、妙なところで手が回っていた。

敵に油断し、自分が有利になれば相手を罵倒し、自分が不利になっても相手を罵倒する、まさに定型的なクズであるこの男も、ここにおいて抜かりはないということなのだろうか?

 

 

「やっとだ…!その俺の光と同じように煌く金髪!そして、燃える深紅の瞳!まさに俺の求めているものそのものだ!それに、なによりこの顔、綺麗だ。だからこそ、汚したくなる」

 

「あんたなんかに言われても、ちっとも嬉しくないわよ…!!」

 

「はぁ。教育がなってないなぁ。男に押し倒されたら、大人しく身と心を授けるべきなのに」

 

「――――ッ!!」

 

 

ルーミアはゲレルを心のそこから憎み、睨む。

 

 

「あぁ。そういえば君には教育する人自体いなかったか。ごめんごめん。でも、大丈夫。君をちゃんと一人前の女として、加工してあげるよ」

 

 

 ゲレルの、今までよりも醜く、汚く、穢れて、恐ろしい凶相が、ルーミアの間近で浮かべられる。

 そして、ルーミアは―――

 

 

「ヒッグ…エグッ…」

 

 

 涙腺が崩壊した。涙を流した。流してしまった。

今まで、ルーミアは最強の一角として君臨してきた。常闇の妖怪として生まれ、自由に過ごしてきた。

 どんな敵も、もち前の能力で跡形もなく殺し、人間なら食し、妖怪なら文字通り跡形もなく消していた。

 だが、自分の力ではどんなに本気を出しても、勝てない相手が、この短時間でそんな相手が二人も、現れた。一人は見逃してくれた。そして、助けてくれた。もう一人は、今自分を犯そうとしている。

 

 精一杯の虚勢を張っても、もう無意味だ。

 

 あのとき、逃げるべきだった。クウガが勝てると希望を持たなければ、自分はすぐに逃げていて、こんなことにはならなかった。今からされるであろう行為は、妖怪として、否、女としての尊厳をすべて失い、永遠に消えない心の傷を得てしまうことだから。そんなことは、絶対に嫌だ。なんとかして逃れようとしても、ゲレルの力が勝っており、自分の力だけではどうすることもできない。

 

 

「いいねいいねいいねぇ!!その顔だよ!!その顔が見たかったんだよ!本来こうして女が男に見せる顔!その顔をすることで俺の性欲はさらに嗅ぎたてられる!いいよ!さぁて、準備OKってことか。それじゃ―――」

 

 

ゲレルが、自分の服に手をかける。それはルーミアの心を少しでもじっくりと痛めつけるかのように、ゆっくりと、ゆっくりと。恐怖に襲われ、ただ、こんなことを心の中で叫んでいた。

 

 

――誰か、誰か助けて……!――

 

 

だが、自分の頭の中では分かっている。そんな都合よく、誰かが困ってるときに助けてくれる、調子のいいセイギノミカタが来るわけがないということを。

 

そして、ルーミアは、感電して倒れているであろうクウガの方をみた。

 

 

 

「あれ…?」

 

 

 

そのとき、ルーミアは異変に気付いた。

 

 

 

 

 

いない。

 

 

 

 

 

 

 

倒れているはずの、クウガの姿がどこに見当たらない。

視野は狭くなっているものの、あの姿がどこにもないのはおかしい。おかしすぎる。

じゃあ、一体どこに?

 

 

 

「なぁに、よそ見してるんだyボベッ!!

 

 

 

そして、その行動を疑問に思ったゲレルが、血を吐いた。

真下にいたルーミアに、ゲレルの血が全身に降りかかる。

 

 

「な、なにが…!!!?」

 

 

ゲレルは、自分の痛みの箇所―――腹を見る。

その腹からは、ゲレルの血で濡れている【()()()()()()】によって貫かれていた。

そして、その手は急速に持ち上がり、ゲレルの腹から離れたと同時に、ゲレルは木に、木に、木に、どんどんと激突していく。

 

 

「………」

 

 

『大丈夫か?』

 

 

「あなた…その姿…?」

 

 

『これか。これは、クウガアルティメットじゃない』

 

 

 

黄金の鎧を持ち、黒き複眼を持った異形―――アルティメットクウガは、次にこう言った。

 

 

 

「俺は、【ライジングアルティメットクウガ】だ。

 

 

 

そう、闇電(あんでん)を纏ったクウガは名乗った。

 

 

 

 

*1
自分自身、または自分の欲求だけに限定された、またはこれらのみを気に掛けること



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 闇電(あんでん)/境界

 闇電(あんでん)を纏ったクウガは、腹に風穴を開け、血を流して倒れている、今だ絶命していない妖怪に、複眼を向ける

 

 

『作戦成功だな』

 

「お前ェ……!なんで生きてんだよ!?お前の弱点何度もぶつけて完全に動かなくなったはずだ!」

 

『バカかお前。第一、雷が弱点だってこと自体間違ってんだよ』

 

「なッ!?」

 

 

 クウガは、ゲレルを仮面越しに嘲笑する。

 

 

「てめぇは第一、あんなに苦しんで…!」

 

『あんなの演技に決まってんだろ。それに、雷が効かないことはお前自身分かってたはずだ。忘れたと言わせねぇぞ。あの発言を』

 

 

 

 クウガの言う通り、ゲレル自身でもわかっていたはずだ。

 「雷使うくせに雷が弱点なのかよ!!」と言う発言だ。本来、自分の弱点を教えるような行動は基本的にしない。それをやるものはバカか、ただそれ自体が作戦かなにかだ。だが、大抵こういうことをする場合、前者の方が圧倒的に多かったりする。

 

 そして、見事ゲレルはこれに引っかかった。

ゲレルの性格上、こういった簡単な引っ掛けにすら対応できないことはこの短時間で十分わかっていた。

 結果。ゲレルはクウガの策にまんまと引っかかり、敵をパワーアップさせる電撃を与えてしまったのだ。

 

 

『だが、お前が雷を生み出せるのを驚いたのは本心からの事実だ。だから、正直助かったよ。それでお前言ったよな?古来の勉強とかなんとか。俺もそういうのには詳しくはねぇが、理屈は曖昧だがわかる』

 

 

 ゲレルの言った、古来の勉強。

 雷は、古来から別の書き方がある。それが【神鳴り】。力の象徴として、崇められてきた。それゆえに、光に分類されることがある。ゲレルが言ったのはそういうことだろう。おそらく、ゲレルが雷を扱うことができる理由もそれなのかもしれない。だが、クウガは。

 

 

『雷は、光る。熱と光を合わせれば、自動的な疑似雷が生まれる。理屈はそれだろう。電撃そのものは、―――静電気だ。塵も積もれば山となる。大量の静電気を重ね合わせ、強力な電撃に仕立てあげたんだろ』

 

 

 クウガは、そう考える。だが、ゲレルにそれほどのことを考えられる知恵があるだろうか?

 ゲレルにそんな小細工ができるとは考えにくい。この意見は、あくまでクウガの予想。本当のこととは言えない。実際、ゲレルの電撃の理由はわからない。が、そんなことを考えている時間などない。

 

 

『まぁ今のは予想に過ぎないが、お前にそんな知恵があるとは到底思えない。せいぜいああなったらこうなる程度の知恵しか持ち合わせてなさそうだしな』

 

「てめぇえええええ!!」

 

 

 クウガの煽りに激情し、激怒したゲレルは傷を速攻で回復―――できなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい――――!!

 どうして傷が癒されない?どうして力が出ない?

 ゲレルの脳内が混乱と困惑で支配される。だが、そんな二つの支配から逃したのは、クウガだった。

 

 

 

『実は、お前の腹を貫いたとき、ちょっと小細工をしてな。お前の体の中に、直接闇を取り込んだ』

 

「はぁ!?」

 

『お前がやってたことだ。別に不思議じゃないだろう?お前、言ったよな?「光と闇は対極でお互いを打ち消しあう」って。お前の傷口に、闇の膜を張った。これでお前の腹は治らない』

 

「てめぇてめぇてめぇ―――――ッ!!!!なんてことを!俺の、俺の腹を!貫きやがって!!その上治せないだと!?ふざけんのもいい加減にしろよ!戻せよ!責任取って戻せよ!お前の闇なんだからお前が引き取れよ!それで今度はお前が腹に風穴開けろ!光でその傷の周り塞いで治せなくしてやっからよぉ!」

 

『あっはっは、アッハッハッハッハッハ!!』

 

「なにが可笑しい!?てめぇ!人の腹を貫きやがって!罪悪感とか湧かねぇのかよ!?申し訳ないと思わないのかよ!?思うだろ普通!?悪いことしたらまずなにするか親に習わなかったのか!?「ごめんなさい」だろ!?「人の交尾邪魔しちゃって、ごめんなさい。悪いのは僕です。僕は自害して魂も消滅させて、地獄で二人が幸せになるのを見てます」って言えよ!」

 

『お前、本当に救いようのないゴミだな』

 

「なんだとてめぇええええ!!」

 

 

 ほえ面を掻くゲレルだが、どんどんと出血している。そのおかげか覇気も徐々に弱くなっている。

 

 

『大体、お前のその怪我が治ってないの、お前自分の再生能力の弱さを能力で補ってるだろ』

 

「な、なにを根拠に…!?」

 

 

ゲレルは驚愕しながら、惚ける。

だが、その表情が肯定を裏付けている。

 

 

 

『お前が動揺したことですでに肯定されるがな。お前が言った古来に、回復魔法などは光にも分類されていることがある。それが元だろう。傷口事態を対極の闇で覆えば、その部分だけ回復できない』

 

「―――――ッ!!」

 

 

 

ゲレルは苦しみながらも凶悪な凶相を浮かべながらクウガを睨む。

強力な、睨み。恨み。憎悪。悪意。負の感情が積もった目でクウガを見る。

 

 

「ふっざけんなぁ!!こんなはずがねぇ!!俺の思う通りにならない世界なんて、あっていいはずがねぇ!!」

 

 

ゲレルは光の魔力を纏い、砂を掴んだ。

 

 

「だったらこれでどうだぁ!!」

 

 

その掴んだ砂を、クウガに向かって投げる。

この技は、前にクウガに向けた技だ。砂を投げた瞬間、砂が消え――小さすぎて見えないだけかもしれないが、砂がクウガを攻撃していた。一粒一粒、それほど質量を持たない砂が、確実に人体にダメージを与えるほどの威力になっている。そして、その種もすでに割れた。

 

 

『フンッ』

 

 

クウガがその方向に、手をかざすと、そこから闇のエネルギーが放出される。

その技の名は、【暗黒掌波動】。両手から放たれる邪悪なエネルギー波だ。

そして、そのエネルギー波が、砂に当たる。

 

 

 

 

――パリン!パリン!――

 

 

 

 

 

「ッ!?――今の、なんの音?」

 

「はぁ!?」

 

『……お前の攻撃の種は、すでに割れた』

 

 

砂からは聞こえることない―――絶対に聞こえることのない音に、ルーミアは困惑し、ゲレルは驚愕していた。ゲレルの驚愕は、音が理由ではない。バレたのが原因だ。

 

 

「な、なんで…!?」

 

『お前がご丁寧に雷をバンバン撃ってくれたおかげで、気絶演技の途中に土の異変に気付けた』

 

 

クウガは、自身が倒れているところを指さした。

そこでルーミアはその場所の異変に気付く。

 

 

「透明…?地面が透明に…!?」

 

 

透明になっている。他の地面は同じ茶色だ。だが、その土だけ透明だったのだ。

その透明の物の正体―――それは、

 

 

『それは、ガラスだ』

 

「ガラス…?」

 

「――――ッ!」

 

 

その答えに、ルーミアは聞いたことのない単語を理解できず、無理解故の困惑を示し、ゲレルは攻撃の正体に気付かれたことに憤怒する。

 

 

「ガラスって、なに?」

 

『簡単に言えば砂を焼いてそれを溶かしてできる硬く透明な板だ。』

 

「クソっ!クソっ!クソっ!クソっ!クソォオオオオ!!!!」

 

 

ゲレルには怒りの言葉のレパートリーが少ないのか、簡単な怒りの表現しかできない。

だが、怒っているという事実だけが、そこにはある。

 

 

『理屈としては、投げる直前の砂を一粒一粒ガラスに変え、それを投げる。それだけじゃただ重力に従って落ちるだけだが、そこに衝撃が加われば話は別だ。空中に散らばったガラスに、光の光線を与えればな』

 

「ど、どういうこと?」

 

『ガラス玉同士がぶつかり合って衝撃が生まれ、空中に留まる。そして無数の光線が反射させていた』

 

「てめぇ!!いい加減黙れ!」

 

『そこで、一つ疑問が生まれる。鏡は光を反射するが、ガラスは光を直進する。それは科学で立証されている。だが、俺の憶測ではガラスが光りを反射している。これは決定的な矛盾だ』

 

 

クウガの言う通り、鏡は光を反射するが、ガラスはそのまま直線する。

それは確実におかしい。

だが、この常識が通用しない世界風に考えれば…

 

 

『そこで、常識が通用しないという部分が大事になる。外の世界じゃガラスは光を直進するが、この世界のガラス―――いや、魔法の森の土にある砂でできたガラス。これ特有の特徴なのかもしれない。まだ試したことはないが、この世界に海はないからな。話を戻すが、この砂でできたガラスは、特別に光を反射する、と考える。まぁそれじゃないと理屈が通らないからな』

 

 

 常識が通用しない世界なら、化学で立証されたことも無駄になることもあるだろう。

だからこそ、この考えに至ったのだ。

 

 

『まぁ、これで種明かしは終了―――と、行きたいが、まだ一つ残ってる。それは―――』

 

 

 クウガが言葉を繋ごうとした瞬間、ゲレルが光の光線を撃ってきた。

 即座にクウガは掌をかざし、【暗黒掌波動】を繰り出した。

 

 

『話の途中だぞ』

 

「うるせぇ!それ以上お前の喋る権利なんて与えねぇ!第一さ、そんな曖昧な根拠で納得できると思ってるわけ?それって君だけが自分だけ理解して俺たちには全く理解できてないんだけど!?ほら!現にそこの【ピ――――】女が驚いているじゃないか!もっとわかりやすく説明できないの!?」

 

 

ゲレル、苦肉の策。

全く別の話題に話を変えた。これにはさすがのルーミアやクウガも呆れていた。

こういうものは、大抵理由はわかる

 

 

『お前、話題変えてその隙に逃げようとしてるだろ』

 

「はぁ!?お前の勝手な憶測で物事を判断するな!俺が逃げるって!?まだ今日は女を犯してないんだよ!第一、その女もその女だ!せっかく俺の新しい()()にしてやろうと思ったのによ!」

 

「~~~~!」

 

 

その言葉に、ルーミアは顔を引きつっている。

だが、このままではゲレルのペースに飲まれてしまう。ゲレルの言葉一つ一つには相手を感情に飲まらせるほどの重みがある。ここが、能力以外の唯一のゲレルの強みともいえるだろう。だが―――

 

 

 

―――――その瞬間、周りが闇に包まれる。

 

「なッ!?」

 

「これは…!?」

 

 

この闇は、ルーミアのものではない。

ましてや、光を司るゲレルのモノでもない。

 

 

『………………』

 

 

クウガだ。クウガは、辺り一帯を闇に包まらせた。

唯一、光があるのはゲレルが纏っている光のみ。

 

それ以外は、すべて闇だ。

 

 

「な、なにが…!?」

 

 

ゲレルも突然のことに、理解が及ばなかった。

だが、目の前にアレがいることは理解できた。

 

 

 

『お前…今なんて言った?』

 

「は…?」

 

 

クウガの一言一言が、大地を、地面を、水を、木を。闇に隠れ見えないところすべてが、揺れていた。

その直接的な原因は、クウガの纏う(かみなり)(いかづち)の振動が、すべてを揺らしている。

 

 

「なんだよ…!?なんだよこれ!?なんで辺り一帯闇だらけなんだよ!?意味分かんねぇ!元に戻せよ!気味悪りィんだよ!」

 

『お前、今『新品』っつたよなぁ…』

 

「は?それがなんだよ。あぁ…そういうことか。前に使ってた()()が、もう使い物にならなくなったからな。だから新しい()()に取り換え用とした矢先にこれだ!はぁ…この俺の手をここまで煩わせるとか、まじふざけんナガァッ!!

 

 

 

一言で言おう。ゲレルの言葉は強制的に中断された。

それは、クウガがによる高電圧によりものだ。手をゲレルにかざし、そこから電撃を発している。

 

 

「な、なにを…!」

 

『聞いた俺がバカだった…もう。お前と話すことは何もない』

 

 

クウガはゆっくりと、一歩一歩歩き、ゲレルに近づく。

何もない、果てが見えない闇の中、唯一集まる、目的地になるであろう場所、ゲレルの周りに散らばる光。

 

 

「自分から、聞いといてそれかよ…!お前本当にクズ野郎だなァ!お前本当に生きている価値ないんじゃねぇのか!?」

 

 

ゲレルはクウガを罵倒するが、クウガの歩みは止まらない。クウガは右手の拳を握り締め、闇雷(あんらい)

そして、ゲレルは――

 

 

 

「ま、待て!と、取引をしないか!?お前もあの女狙ってんだろ?悪かったよ…。あの女はやるからさ!な、なんなら、あいつが無抵抗になるように手伝うからさ!お前も男だろ!?そういう気持ちになるに決まってるじゃないか!そういうのは、生き物の本能なんだよ!俺は本能に従っただけだ!俺は悪くない!悪いのは当たり前のようにある本能だ!」

 

 

最も愚かな、苦肉の策に出た。

よくある命乞い、よくある最後の抵抗。よくある死ぬと本能で直感したときの防衛本能――!

 

クウガはそんなゲレルの命乞いを無視、無視、無視し、闇の中を、ただ一つの光に向けて歩く。

 

 

「ちょ!落ち着け!一旦止まれって!」」

 

 

ゲレルとの距離は、あと残り僅か。

クウガは、漆黒の複眼を、ただただゲレルに向けるだけ。

 

 

 

「止まれって言ってんのが聞こえねぇのかよ!!」

 

 

むしゃくしゃになったゲレルは、先ほどの命乞いとは真逆の対応に出た。

ゲレルは光る拳をクウガにぶつけようとした。クウガは、その拳を左手で掴み、握り潰す。そのときに骨が砕ける音が響く。

 

 

「あ、がぁ!アガァアアア!!!ああ!ああ!アアァアアアッ!!」

 

 

ゲレルは強烈な痛みに、膝をつき、涙を流した。

彼の出した涙は、客観的に言えば、汚い。ゲレルの出す涙には、なんの価値もない。

ただ、痛みに耐えられず泣いているだけ。

 

 

「お前はァ!これだけのことをして恥ずかしくないのグフゥ!」

 

 

クウガはゲレルの首を掴み、持ち上げる。ゲレルは抵抗するが、打ち砕かれた手もあり、片方だけでクウガの高速から離れられることはできない。そして、その瞬間にゲレルの光が失われた。

それにより、ついに周りはただ闇が広がるだけになった。

そして、クウガはゲレルに、ようやく言葉を聞いた。

 

 

『本当は口を利かないつもりだったが…。あまりにも哀れだったから、言ってやる。光を失ったお前に、もうできることは何もない』

 

「なん、だとォ…!?」

 

『第一に、お前は光を発していない』

 

 

先ほどの通り、ゲレルはクウガに首を掴まれた瞬間に、光を失った。

その理由は至って単純。

 

 

『これが何を意味するか。お前は第一に分かってただろ?』

 

 

ゲレルは睨みを聞かす。

 

 

『あのとき、疑問に思ってた…。お前が、ルーミアを押し倒したとき、どうして手と足にだけ光を残したのか。あれは…あの光は、『身体強化魔法』だな?』

 

「ッ!?」

 

 

 ゲレルが驚愕した表情になった。闇の中でも、クウガには見えている。だから、理解できた。

 

 

『お前が手と足だけ魔法を解かなかったのは、魔法を解けばルーミアに力で負けるから。つまり、お前そのものの正体は―――』

 

「やめろぉ!やめろぉ!!やめろぉおおおおおおおおお!!!」

 

 

ゲレルの、本能からの拒絶。

自らの自尊心を守るための、心からの拒絶だ。

今までずっと不理解と不条理で塗り固められた、ゲレルの理屈。それを根本的に覆すものだ。

 

 

『お前そのものの能力は基本的な妖怪以下。自身の能力に頼ってばかりの、ただの無能だってことだ』

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 

 

聞きたくない、認めたくない、知りたくないという一心からの獣の咆哮に似た金切り声。

 

 

『これで、お前の種はすべて解いた。あとは…死ね。お前を見てると、()()()を思い浮かべる』

 

「くそっぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

それだけを言い残し、クウガはゲレルの戯言を無視して辺りの闇をすべて拳に一点集中し、ゲレルにアッパーを喰らわせる。

ゲレルは声を上げられぬまま、はるか上空へ向けて打ち上げられた。

 

そのままクウガは足に、闇雷を纏い、上に一直線。空を飛ぶ。

(そら)を斬り、(くう)を切り、クウガはただゲレルの飛んだ方向へと向かって行く。

 

雲を突き抜けた先に、ゲレルが見える。

ゲレルの高さを超え、クウガはキックの体勢を取った。

クウガの背中に、炎状のエネルギーが表れ、それがエンジンのようになり、勢いを増す。

 

 

―――そして。

 

 

 

Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!

 

 

【ライジングアルティメットマイティキック】が炸裂したと同時に、

声にならない声が響き、ゲレルは今、この世界から体が消滅した。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

ルーミアは、ゲレルが爆発した瞬間を、ゲレルの体が散った瞬間を見た。

 

 

 

「…………」

 

 

まさか、あれが倒されるなんて思ってもいなかった。

いつからだっただろう。自分が最強だと思ったのは。相手を瞬殺できる力。空間、重力、時間、精神などに干渉できる闇を操る力。

かの【妖怪の賢者】八雲紫の能力と渡り合えるであろうと確信していた。

 

自分の闇を操る能力。すべてに干渉できる力。勝てるものはいないだろうと思って傲慢していた時。

だが、それも今日、砕かれた。

 

 

自身の闇を超える究極の闇の存在と、闇の対極である存在、光を司る妖怪。

そんな二人の人物に負け、ルーミアのプライドは、もはや砕け散るどころか消え去っていた。

 

そんなことを知らず、クウガは地面に着地する。

クウガが、ゆっくりとルーミアに向かって行く。

 

今初めて、かけられた言葉は―――

 

 

『大丈夫か?』

 

 

心配、だった。

その瞬間に、ルーミアの瞳から涙がこぼれた。それは、プライドが消え去ったことへの悲しみでもなく、敵に心配された怒りでもなく、ただ単に、自分を助けてくれたことへの、感謝から来た涙だった。

 

 

「う…う…うぁああああああああ……!!」

 

 

ルーミアはクウガの胸に顔をつけ、泣き喚いた。

あの男(ゲレル)につけられた心の傷が、彼の、クウガの言葉で少し、少し癒されたような気がした。

 

 

『…眠っていろ』

 

 

クウガのその一言で、ルーミアは深い眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

『……………』

 

 

クウガはクウガ自身の能力ではなく、零夜としての能力を行使し、現実からルーミアの意識を『離し』、夢の世界に『繋げた』。

 

クウガはルーミアの上半身と下半身を抑える。

俗に言う、『お姫様だっこ』である。

 

その後、クウガは何もない方向を見る。

見た後、何もない空間に、そこにいるはずのない人物に、語り掛ける。

 

 

 

『さて、いるなら出て来いよ。【八雲紫】』

 

「あら…気づいてらっしゃたの」

 

 

 

瞬間。なにもない空間に、裂け目が開かれる。

その裂け目の奥は、無数の目玉がこちらを除いている。なんとも不気味な空間だった。

そして、その中から出てきたのは、一言で言えば『絶世(ぜっせい)の美女』

髪は金髪ロング。毛先をいくつか束にしてリボンで結んでおり、瞳の色は金色だ。

 

 

『お前が大切にしている幻想郷で、こんなことが起きてこないはずがないからなぁ』

 

「分かっているじゃないの」

 

『で、一つ聞きたいんだが』

 

「何かしら?」

 

『何故ゲレルと戦ってたときに現れなかった?お前は妖怪の賢者。あんな欲望丸出しのクズ野郎、早急に排除していたはずだ』

 

「まぁ。あなたの意見は最もね。だけど、できない理由があったの」

 

『理由?』

 

 

妖怪の賢者である紫が動けないほどの理由とは、一体どんなことなのか。

クウガは疑問が尽きず、疑問形で返し、反応を伺う。

だが、返ってきた答えは―――

 

 

 

「だってあいつ、気持ち悪いじゃない」

 

『は?』

 

 

ただの、個人的な都合だった。

確かに一言で言えばゲレルは気持ち悪い。紫は本能的な嫌悪から、ゲレルに手を出せなかった。

 

 

「理由はそれけじゃないわ。あいつの光を司る能力……。あれも強力だった。正直、負けることも覚悟しなきゃならなかったからね。だから、いづれルーミアとぶつかり合うことを期待してたんだけど…」

 

『お互いの能力を消しあって、単純な身体能力でケリをつけさせようって魂胆か』

 

「えぇ。だけど、その前にあなたと戦ってしまった…。それでルーミアにも体力的な余裕がなかったのよ」

 

『つまり、こいつが負けたのは俺が原因でもある、と…』

 

 

クウガは自身の腕に収まっている女性を見る。

 

 

『で、この後どうするつもりだ?俺的にはゆっくりと休みたいんだがなぁ…』

 

「えぇいいわよ。ただし、永遠の休みをね!!」

 

 

その瞬間、二人の間に衝撃波が生まれる。

紫の髪が仰がれる。クウガにはほんの少しの影響はない。

 

 

「あなた…今、なにしたの?」

 

『単純な、空間攻撃さ』

 

 

クウガが―――零夜が放ったのは、空間系の攻撃。

『繋ぎ離す程度の能力』と『究極の闇』の力を応用した、空間攻撃。零夜自身の能力は破壊などには向いているが、あまり攻撃には向いていない。

 

だからこそ、空間に直接干渉できる闇の力を混ぜ、紫が放った『空間の境界』を操り、それをすべてを斬り裂く斬撃として放ったのだ。だが、同じ空間系の技なら、それは相殺される。

 

 

『空間系のことには敏感なんでな。読めたさ』

 

「へぇ…。で、次はどうするつもりかしら?」

 

『言っただろう。ここで逃げさせてもらうと』

 

「逃がすわけないでしょ!【藍】!」

 

「はい!」

 

 

クウガの後ろから、声が聞こえる。

その声の主、【八雲藍】はクウガに攻撃を加えようとする。だが…

 

 

「な…ッ!?」

 

 

動かない。藍の体が、空中で止まっているのだ。

 

 

『繋げさせてもらった』

 

 

零夜の能力で、藍は空間と『繋げられた』。

 

 

『じゃあな。八雲紫…。あ、そうだ。俺のこと、まだ言ってなかったな』

 

 

クウガの後ろに、銀色のオーロラが現れる。

紫は感じた。あれは空間系の能力だと。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

紫は能力を行使しようとするが、途端、手が止まる。

その理由は、クウガの発言だ。

 

 

『俺は、【究極の闇】。この世界を、壊す者だ』

 

「なッ……!!」

 

 

その発言に驚愕し、行動が遅れた。

結果、クウガと寝ているルーミアはオーロラの中に消えた。

 

すぐに『オーロラ(かん)の境界』を切ったが、手ごたえがなかった。

結果、八雲紫はクウガ―――究極の闇を取り逃がした。

 

そして後に、究極の闇は幻想郷で語り継がれることとなった。

 

 

 




アルティメットクウガVSゲレル戦の被害


魔法の森・6割壊滅。
霧の湖・7割消滅。
霧の湖の奥にある妖怪の山・4割壊滅
人里・結界があったため、一応被害はないが闇の一撃により結界が破壊された。
迷いの竹林・一直線に破壊、壊滅、消滅し、永遠にそこから竹が生えてこなくなった。

その他モロモロ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 裏側の世界へヨウコソ。そしてカエサナイ。

テスト勉強に集中するって言ったのに投稿しちゃった…。
欲に負けたんだ、許せ。




あの後、オーロラカーテンは異次元とつながった。

そして、その先は―――

 

 

『ハァ……ハァ…』

 

 

着いた場所は、先ほどと全く変わりない。

ただ、不思議なことがあるとするのならば、ただただ静かだと言うことだ。

 

不自然なほどに、静かで、なんの音もしない。

聞ける音などは風の音、水の音などの、自然の音だけだ。

生命の声は、この二人以外誰もいないし聞こえない。

 

 

『ミラーワールド…』

 

 

この世界は、ミラーワールド。本来鏡からしか行けない世界。

だが、オーロラカーテンを通せば、『鏡の世界』に行くことができる。

 

 

『……………』

 

 

クウガは、ルーミアを地面に降ろし変身を解除した。

そして、呼吸をする。そのすぐ直後のことだった。

 

 

 

「ウゥ!ゲホッ!」

 

 

突如、口はリスの頬袋のように膨らみ、口から赤い液体が大量に地面に嘔吐された。

吐血したのだ。口から大量の血を吐き出された。

 

 

「ううッ!オェェッ!」

 

 

大量の血液が散乱する。服の色で目立ちにくいが、服が赤黒く染まっていく。肌が血の色に変わる。

やがて、一通りの吐血が終わると、零夜はゆっくりと深呼吸をした。

 

 

「ま、まだ全部吐き出せてねぇ…」

 

 

体の中にまだ残っている気がする。

内臓の中にたまっている不純物(けつえき)が。

 

 

「クソっ…!これだからアルティメットは使いたくなかったんだ…!まだ、体が不完全な状態だと…やはり、こうなる、kウエェ!!」

 

 

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も吐血し、嘔吐する。

身体中から血液が排出されているような不快感に、零夜はなんとか耐えている。

 

 

「ウオオォ!!」

 

 

体から血液が失われていく。

それでも、気絶してしまったら元も子もないと気絶を自分の心が許さない。

 

 

「ウゲェ!ゴホォ!ア、ガ、カハァ!」

 

 

最早、自分の手で自らの重さを抑えることもできず、そのまま地面に体をつける。

 

 

「クソ…ッ駄目だ…!このまま、だと…!」

 

 

自分の心が許さない気絶。

まだ不確定要素が残っている。それまで、自分の身の安全を確保するまで、気絶することは、できな――――

 

 

 

 

 

 

―――――――――。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 

零夜が起きたのは、どのくらい時間が経ってからだろうか。

時間の感覚がわからない。この世界には時計すらないので、日を見てしか時間がわからない。

 

自分の体をゆっくりと起こそうとしたとき。

 

 

「駄目」

 

 

誰かに無理やり体を横にされた。

誰だと言おうとしたが、このミラーワールドで連れてきた自分以外の生命体と言えば――

 

 

「ルーミア…」

 

「ようやく起きたのね」

 

 

ルーミアだ。よく見ると自分は今、木の影で寝ていた。彼女がここまで運んできてくれたのだろう。

ゆっくりと腰だけを起こして、ルーミアと顔が並ぶようにする。

 

 

「驚いたわよ…。まさか起きたら血だまりの中にあなたがいたんだから」

 

「それは俺の問題だ。関係ない。それで、どうして人喰い妖怪であるお前が俺を助けた?あのまま喰っとけばよかったろ」

 

「……さすがに恩人にそんなことしないわよ」

 

「恩人?」

 

「私を…助けてくれたでしょ……///」

 

 

ルーミアはなぜか顔を赤面させた。

それにはさすがの零夜も意味不明だったが、考えても仕方がないと判断した。

 

 

「あれはただ強力な妖力を感じたから来ただけだ」

 

「でも、最初に先制攻撃してあなたの手を吹き飛ばしたじゃない。私を助ける道理なんて…」

 

「それは俺のエゴだ。気にするな」

 

「『えご』って…なに?」

 

 

あくまでもエゴ、と零夜はそう自負する。

だが、ルーミアには伝わらなかったようだ。ここは常識が通用しない世界。それに、英語自体が使われていないため、当然の反応だった。

 

 

「ハァ。とにかく、あまり俺に関わるな。禄なことにならないぞ」

 

「……いやまだ話は終わってないわよ」

 

「あ?」

 

「どうして、最初に私を殺さなかったの?」

 

「―――――」

 

 

ルーミアの、最も疑問に思っていたことだ。

どうしてあの時殺さなかったのか。それがどうしても不可解だった。

零夜も、すでに大量の命を奪い、それを力としている。そして現に、ゲレルの()()()()()()()()奪っている。

 

 

 

「大量の命を奪った匂いをして、尚且つあの男を殺したのに…。同じ妖怪なのに。どうして私だけ殺さなかったの?」

 

「…………」

 

「あなた、あのとき『そうだった』って言ってた。つまり、もう答えは出てるんでしょ?」

 

「…………」

 

「お願い、答えて。どうしても、気になるの」

 

 

 彼女の目は、本気だ。本気であのときの事を聞きたいと思っている。

 今まで生きるために、『人喰い妖怪』として生きるために人などを殺してきた彼女だからこそ、聞きたかったのだ。

 

 そして、彼女を暗い瞳で見つめる零夜。

 彼のこの目に、一体どんな感情があるのか、理解することはできない。

 ただただ、彼の瞳は闇ばかり。それは常闇妖怪の彼女でさえも、息を飲むほどの。

 

 

 

「……ハァ」

 

 

 

――――零夜が、口を開いた。

最初のため息。これは、諦めの感情だろうかわからない。だが、ルーミアには諦めてくれたという確信があった。

 

 

 

「…………怖かった」

 

「え?」

 

 

 

返ってきた答えは、ルーミアが予想にもしなかった、斜め上の答えだった。

今彼は、「怖かった」と言った。死の匂いを漂わせていた彼が、だ。

 

 

「怖かったって…。そんなことあり得ないでしょ。あれだけ殺しておいて……」

 

「正確には、人型が、だ」

 

 

 人間は、人間を――同族を殺せば、『罪悪感』と言うものが発生する。

その感情は自身に罪の意識を植え付け、自らを憂鬱な気分へと堕とし、これ以上の罪悪感を、蓄積しないためにあるものだ。だが、人間以外を殺しても、あまり罪悪感を感じないのも人間である。

 

例えば蚊。これは人間にとっても他の動物にとっても血を吸う害虫。殺しても全く罪悪感は生まれない。

だが、犬や猫となると罪悪感が生まれる。それらを殺しても罪悪感が生まれない者は、それこそ―――狂人だ。

 

 

「人型…?でも、あいつ(ゲレル)は人型じゃない」

 

「あいつは見た目が人間だけのゴミ以下の野郎だ」

 

 

罪悪感はその個人がどう思っているかで変わる。

相手を人間だと思っていないのなら、それは人間ではないという認識になる、要するに、人間以下のモノを殺しても罪悪感は生まれない。

 

 

「でも、人間から見れば私は、あなたの同族である人間を―――」

 

「お前は人喰い妖怪だ。お前等が人を喰うことは人喰い妖怪としての本能だ。そこら辺に口出しをすることはない。それは弱肉強食の世界に適応した、この世の不条理の一つだからな。

 

 

弱肉強食―――強いものが食べ、弱いものが食べられるという意味。

零夜の世界では『平等』『公平』を主張する国。だが、実際はどうだろうか。弱きが虐げられ、強き者が傲慢になる世界だ。少なくとも零夜は、『短期間』でそれを実感した。零夜の言う不条理は、そういうところからきている。

 

 

「そして、今回の場合その節理では俺が強者。あの時お前を殺すべきだったんだろうが…。よく考えてみて、ただ人喰い妖怪としての本能に従っていたお前と、ただ己の欲望のために人や妖怪関係なく女を襲っては捨ててきたであろうあのゴミとは違う」

 

「……あなた、変わってるのね」

 

「そうか?」

 

「そうよ。それに、人間でそんなこと言うの、あなたが初めてよ。昔は無謀にも復讐だって、襲ってきた人間もいたんだけど……」

 

「まぁ。それも一種の捉え方だからな…。考えなんて、個人個人違うんだ」

 

 

零夜の言う通り、人には人の考え方がある。

零夜の場合、それが本能だと寛大に許していた。ほとんどの人間は同族を殺されたのをみて怒り狂う。それほど、個人の感じ方は違うのだ。

 

 

「だからもうお前を殺す気も失せた。殺すほどの体力も残ってないしな」

 

「じゃあ喰べてもい「殺すぞ」ごめんなさい」

 

 

調子に乗ったルーミアは、半分冗談で言ったのだが、零夜には本気に捉えられてしまい、零夜が今出せる殺気を放った。それによりルーミアはすくんでしまう。それを見た零夜は、ため息を漏らして、言葉を続ける。

 

 

「さて、お前をどうするか…」

 

「え?」

 

 

突如変わった、自分への処遇の話。

ルーミアの頭が一瞬硬直するが、すぐに正気に戻った。

 

 

「え?じゃないだろ。お前を今解放したらここのことがバレるだろ」

 

「いやそもそも私ここのことあまり知らないんだけど!?」

 

「それでも、だ。八雲紫ならお前の異空間移動の痕跡からここのことがバレそうだ。他人のを消すのは楽じゃないんだ」

 

「じゃ、じゃあ私をどうするつもり…?」

 

 

恐る恐る、ルーミアは零夜に問う。

 

 

「そうだな…。殺すのが手っ取り早いんだが、生憎と殺すつもりもねぇ。それに、外に出しちゃ八雲紫にバレる。だから―――」

 

 

零夜はゆっくりと立つ。

そして、ルーミアを下に見て…

 

 

「決めた。お前を…この世界に監禁する」

 

「――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

零夜は、誰もいない場所。

ミラーワールドの森を、ただただ歩いていた。

自分と彼女しかいない二人だけの世界。誰も入ることを許さない世界。

これだけだと聞こえは()()だが、そんな(やま)しいことではなく、ただ単にこの二人しかいない世界だと言うことだ。

 

 

「クソっ…。血が足りねぇ…。簡単なもん創造して食ったとはいえ、そんなに早く血液になるわけじゃないからな」

 

 

自分の体の調子に悪態をつく。実際、今の零夜は体の重心が合っていない。フラフラしているのが証拠だ。身体中の血液を失ったことへの反動が大きすぎたのだ。

 

 

「アルティメットは使いたくなかったが…あれを使わなきゃあの局面は乗り切れなかったのも事実…。ていうか序盤から最強クラスのヤツと戦うなんて、RPGで例えたらとっくに設定崩壊して炎上するレベルだぞ…」

 

 

―――現実はそう甘くはない。と知った零夜だった。

そもそも、それは零夜にも当てはまっていた。アルティメットクウガやライジングアルティメットクウガは『最強フォーム』や『最終フォーム』に位置する形態。そんな形態に最初から成れると言う方がバランスがおかしい。物語にも、強くなるのにも、必ず『()()』がある。

 

例えば、異世界転生で神様からチートを貰ってヒャッハーするとする。そうなる前に、転生するための『死』と言う過程と、神様からチートを貰うと言う行為――過程がある。過程は順序とも言える。それをいきなり飛ばすことなど不可能なのだ。

 

零夜は『アルティメットフォーム』になるためにその『強くなる』と言う順序を抜かした。

そのため、体が慣れておらず反動が来たのだ。そして、その反動の結果が大量の吐血である。

 

 

「子供のころと比べりゃ、まだマシな方か…」

 

 

昔――10歳くらいのことであろうか。零夜は誰も見ていないところで、変身をした。

 変身したライダーは【仮面ライダーオーガ】。オルフェノクしか変身できないと言う欠点があるファイズ系ライダー(カイザギア除く)。能力でその欠点を引き剝がし人間状態でも変身できるようにしたのだが、結果は失敗。ドライバーに弾かれただけではなく、体中から血液が噴き出した。それだけではなく目も純血し血涙が出た、内臓も少々飛び出し、骨も丸々見えると言う大惨事が起きたほどだ。

 

幸い、その状態になった過程の大きな音――肉が千切れる音、骨が砕ける音などの鈍い音を聞いて駆け付けた人々によって助けられた。

 【オーガギア】は異空間倉庫になんとかしまえたが、その大けがによって「人里に妖怪が入って来たのではないか」と言う仮説が流れ始め、結界の調整をするために今の博麗の巫女が点検をしに、そして里の警備網が最大限にまで強化されたほどだ。

 親にもすごく心配され、なんとか理由を探ってみたらその理由はただの『基礎不足』だった。このとき始めて零夜は悟ったのだ。『やはりタダ(デメリットなし)では力は使えない』と。

 大けがのせいで二年間はまともに動けなかったため、12歳から筋トレをする羽目になったのだ。

 

 

「今思えば、なんで俺あれで死ななかったんだ?眼球も無事だし、五体満足だし、全回復するし、後遺症残らないし。奇跡なのか、それともそういう()()なのか…」

 

 

 実際、その疑問だけは今だ解消できていない。オーガギアは装着に値しないものが変身すると、変身時の衝撃に耐えきれずに即死するようになっている。そんな事実がある中で、生き残ったことはとてつもないことだ。

 

 

「俺、もしかして子供ときから普通じゃなかったり…?」

 

 

―――これ以上、零夜は考えるのはやめた。

咄嗟に別の話題に切り替える。

 

 

「それより……アレ(ゲレル)を見て分かったことをは…俺はああいう本質的な悪にはなれないってことだな」

 

 

ゲレルを見て、あれが悪だと理解した零夜。ああいうゴミを見るのは『二回目』だが、慣れるものでは―――否、慣れていいものではない。

 

 

「今思えばそうだ。あんなヤツ、吐き気がする。―――だが、俺はああいう悪を望んでいる。あれが悪だ。だが、その方法を根本的に嫌っている…。矛盾している」

 

 

零夜の言う通り、あの男ほどの悪はそういないだろう。過程から見ても、結果から見ても、悪を決まるもの。それが本当の悪。紛れもない悪。本質的な悪だ。だが、心がそれを否定している。

 

 

「……怯えてどうするんだ、俺。俺の目的のためにも、悪の心は絶対必要不可欠。……八雲紫には「この世界を壊す者」だと脅しで言ったものの、本当にそう思えるほどの心がないと…()()()()()()()()()()()()()

 

 

ゲレルと言う悪を見てしまい、自分がどういう悪になりたいのか。それに零夜は戸惑ってしまっている。自分は悪にならなければならない。それなのに、心が拒否を、拒絶をしているのだ。

 

 

「……考えても仕方ねぇ。今はとりあえず…」

 

 

 

ゴォストォ…!

 

 

 

零夜は【アナザーゴースト】へと姿を変え、胸の瞳から一つの黒色の光玉を取り出す。

その正体は、『魂』だ。ゲレルと戦う前に殺した相手はすべて吸収し己が力と変えている。つまり、アナザーゴーストの手にある魂は…

 

 

 

『『ゲレルの魂』…』

 

 

ゲレルを殺した際に手に居れた魂。

なぜ回収したかは、答えは決まっている。が―――。

 

 

『できれば、吸収したくないんだがな…』

 

 

 アナザーゴーストは、ゲレルの魂の吸収を嫌がっていた。

 それにはもちろん理由がある。それは、『魂の色が本人の性格に左右される』と言うことだ。

 普通、魂の色は水色などの綺麗な色をしている。それが、本人の性格次第で段々と暗い色になっていく。輪廻転生の際にその色を元に戻すのだが、ゲレルの魂の場合、もはやどうにもならないほど真っ黒に染まっていた。つまりゲレルはすでに救いようのない性格をしていたと言うことだ。

 

 

『まぁ、強くなるためにも覚悟の上だ。……仕方ないか』

 

 

アナザーゴーストは覚悟を決め―――。

 

 

『フンッ!』

 

 

アナザーゴーストはゲレルの魂を離すと、自動的にアナザーゴーストの体に吸収された。

そして、ゆっくりと、元の姿に戻る。

 

 

「こいつは…俺の力になるのが、どれだけ屈辱なんだろうな。まぁ、俺の知ったこっちゃないが。……にしても、さすがに能力は奪えねぇか。能力まで奪えたら万々歳なんだが…。………いや、待て。奪う?」

 

 

 なにか気づいたような、そんな顔になる。

 それは零夜にとって、悪人になるための、第二歩となるものだった。

 

 

「なんだ……。結構簡単な手段があった。そうだ、奪えばいいんだ。奪えば、いい……!」

 

 

奪えば、自分の矜持も、エゴも守ることができる。

奪うことで、自分の矜持を守る方法を、思いついた。

ただそうするだけで、()()()()()()を与える方法だ。それに、『最終目的』に十分使えるはずだと。

 

 

「奪えば、奪えばいいんだ!!アハハハハハハハハ!!」

 

 

先ほどとは比べ物にならないほどの興奮を出した零夜。もしここに第三者や他の人がいれば、狂人扱いされたいただろう。だが、それは彼自身も理解している。

 

 

「そうだ…!狂え、俺ェ!!悪ってのは、始まりも、過程も、結果も!すべてが悪と言う結論がでるのが、本物の悪だ!俺のやり方に誰も文句は言わせない。すべて俺の目的のために―――俺の邪魔をする奴は、誰であろうといずれ、必ず殺してやる……!!」

 

 

 

狂人のごとく――また、覚悟を決めた武人のように、そう言い放った零夜。

『息抜き』と言う目的を果たした零夜は、元来た道を歩く。

 

 

 

「……そうだ、ルーミア。お前には一つ嘘をついていたな」

 

 

突如、誰もいない虚空の中で、独り言を呟いた零夜。

――ルーミアに一つ嘘をついた。彼はそう言った。

 

 

 

「確かに、お前を殺すのが、怖かったのは事実だ。だが、本当は修復不可能なほどの■■■■が起こる可能性があるから怖かったんだ。それが、お前を――この世界の住人を殺せない理由だ」

 

 

 

先ほどとは全く違う、『矛盾』の言葉。

殺す覚悟をしたのに、殺せない。この矛盾が、零夜の心をさらに雲らせたのだった。

 

 

 




感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東方紅魔郷
7 オママゴト(コロシアイ)しましょう?


テストが始まって、土日があるんで投稿しました。

赤点取りたくない。


ここは、現実の世界とは正反対の世界。『ミラーワールド』

そんな世界のとある森。その森に周りとの風景には似つかない家があった。

その家の外見は、一言でいえば『現代風』。レンガ、(ひのき)などが使われた、周りの風景とマッチしない。そんな不可思議な家だ。その家を不可思議らしめているのは、これだけではない。家の外壁にあるガスボンベ、電力メーターなどなどだ。森の中にあること自体おかしいものが、一か所にまとまっている。

 

そして―――

 

 

「…ほら、飯」

 

「ありがとう」

 

 

そんな家の中、二人の男女が過ごしていた。

男は料理を作り、女に提供していた。ここは決して食堂などではない、ただの一軒家。あること自体がおかしい一軒家だ。

 

 

「おいしい…///」

 

「あぁ」

 

 

 二人の間に会話は少ない。二人は、決して恋人など、夫婦などと言った関係ではない。

 ただの、監禁している方と監禁されている方と言う関係しかない。

 あのとき、ここの情報を漏らさないとために彼女をこの世界に監禁した彼。そんな彼の名は【夜神零夜】。幻想郷にて、悪人として名を轟かせている男だ。

 そして、監禁されている哀れな女性の名は【ルーミア】。彼女は闇を操る常闇妖怪である。

 

 そんな彼女は人喰い妖怪でもあるのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…そういえば、あなた。今日はなにかと機嫌が良くない?」

 

「……そうか?いつも通りだと思ってるが」

 

「いやぁね。私にはそう見えるだけよ」

 

「そうか」

 

 

ここ何百年と経って、二人の間にはある程度の絆とも言えるものが存在していた。

所詮友情心に毛が生えた程度だが、それでも自分たち以外いない世界にとっては、それは大事なものでもある。

 

 

「……行ってくる」

 

「また修行?」

 

「……あぁ。毎度言ってっけど、逃げたりすんなよ」

 

「はッ。それはもう無理だって自覚しているから」

 

 

 彼女の闇を操る程度の能力は空間を歪曲(わいきょく)させるのにも使える。だが、このミラーワールドではそれも無意味。ただ歪ませるだけでは、元の世界に戻れるかどうかすらわからない。それに、ルーミアはこの世界がどういう世界なのか、今だに分かっていないのだから。

 

 

「それじゃあ、大人しくしてろよ」

 

「はーい…」

 

 

 零夜は扉を閉めたと同時に、足に力を入れ跳躍する。

その跳躍は木を超え、山を越えた先の、丘に着陸した。

たった一回のジャンプで、遠くの場所まで移動したのだ。

 

そよ風が吹く丘の上に彼は立つ。

彼の服装は黒で統一され、風に触れられるごとに黒いコートが風に仰がれる。

 

 

「……にしても、ついにこの時が来たか」

 

 

彼は、自分の目の前―――【紅く染まった洋館】を目にしていた。

あの洋館こそ、自分の始まりの舞台。そう思うと気持ちがこみあげてくる。

 

 

「舞台の幕がようやく開こうとしている……。五百年ほど待ったかいがあった」

 

 

『人間』である彼はこの時を、『五百年』も待っていた。始まりのために―――!

 そのために、人間である彼はこの時代まで生きるために数えきれないほどの妖怪の命を奪った。

 奪うごとに、それを力に変えていた。やがて力も蓄えられ、寿命も延びた。

 

 これもアナザーライダーの恩恵と考えてもいいだろう。だが、不確定要素を残さないためにも、自分の能力である程度保険はかけている。

 

 

「……さぁ!!舞台の幕あけだ…!」

 

 

 瞬間、零夜の後ろにオーロラカーテンが出現し、その場から零夜はは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 零夜の視界が暗くなくなったとき、最初に見えたのは紅い空と遠巻きに見える紅い門。

紅い空の理由はすでに熟知している。物語では、この霧は人間にとっては毒だ。

だからこそ、いい。

 

 

「俺には効いていない。まぁ当然だな」

 

 

 彼は人間のようで人間ではない存在になっている。殺した相手から生体エネルギーを奪って無理やり自分のものに変換しているのだから。そして、老わないようにもいろいろと細工している。

 

 

「さて、ここには門番がいるはずなんだが――」

 

 

そして、この紅い門には、ある人物がいるはずなのだが…

 

 

 

「――紅 美鈴(ホン メイリン)…。これは…なんだ…?」

 

「ウキュ~~~」

 

 

 

 彼女は、すでに倒れ伏していた。服のさまざまなところがボロボロだった。

 

 

「おそらく、博麗の巫女と魔法使いか…」

 

 

この世界で言う、『主人公』たる存在の二人が真っ先に出された。

逆に、ここで動くものはこの二人しかいないことは知っていた。

 

 

地球(ほし)の本棚の情報だと、この館の地下に―――いる」

 

 

この館の地下にいる()の存在を感じ、零夜の顔が笑った。

その存在は、間違いなく危険だ。零夜の知識と本能が、そう告げている。ルーミアよりは下の存在だろうが、それでも危険なのは変わりない。だが、そこが楽しいのだ。

 

 

「ほんと、本棚には感謝だよ。何百年ぶりの、強敵との闘いだ」

 

 

零夜は、倒れている門番を無視して館の中へと入っていくのであった。

 

 

 

 

そのころ、館の地下。

 

金髪の、一人の少女がいた。

その少女は、上を見上げながら、こういった。

 

 

「ナンダカ、面白ソウナノガ来テルナァ。今度ハ壊レナイデ、クレルカナァ?」

 

 

狂気を感じさせる声で、楽しそうに、愉快に笑っていた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

彼は屋敷の玄関を入ってすぐの、大広間に出た。

そして一番に彼が見た者は…

 

 

 

「メイド?」

 

 

 

床に倒れ、気絶している銀髪のメイドだった。メイドの周りには戦闘の跡があり、その証拠に様々なところに小型ナイフが落ちている。これは、彼女の武器だ。

 

 

十六夜(いざよい)咲夜(さくや)…。すでにやられた後だったか」

 

 

この結果は、零夜としてはうれしかった。

彼女の持つ能力、【時を操る程度の能力】は強力だ。時間干渉系のライダーか小細工をしなければ面倒臭い相手だ。

 

 

「まぁ俺としては朗報だ。こいつも放っておくとして、誇る候補は『3人』」

 

 

零夜の知識で、あと残る勢力がどのくらいいるかは知っている。

この館の主と、友人と、そして―――

 

 

「考えていても始まらない。とりあえず図書館を目指すか」

 

 

零夜は目的の場所を探す。

その場所を探すことが、闘いたい人物と会うために必要なことだから。

 

スピードを上げ、一回一回地道に扉を開けて探していく。

開ける、寝室。開ける、食堂。開ける、風呂場。開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、主人が居そうな扉があった。スルーする。開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、開ける、―――

 

 

「………見つからねぇ」

 

 

一通り、開けたはずだ。率直に言おう。この館は見た目によらず広すぎる。

この空間の広さの種はわかっているが、いくらんでも広すぎると感じる。

 

 

「おかしいだろ。全部開けたはずだぞ…?他にどこが―――」

 

 

そのとき、零夜の目に、一つの地下へと続く階段が見えた。

 

 

「…………」

 

 

零夜は思い出した。

――そうだ、目的地は地下だった。と

 

目的地に行くためにはまず階段を探さなくてはならなかった。

てっきり階段は扉の奥にあるものだと思っていたが、まさかここまで簡単に見つかるとは思いもしなかった。

 

 

「ハァ…。序盤からミスった…」

 

 

零夜のテンションが一気にダウンしたが、そんな憂鬱になっている暇はないと考え、気分を立て直す。

こんなところで気分を落ち込ませていては、本番で本気を出せないと。

 

 

「行くか」

 

 

ゆっくりと、降りていく。

降りていくごとに、爆音が聞こえる。何事だろうと一瞬焦るが、焦ってはなにも生まれない。

降りていくごとに、爆音が高鳴ってくる。

 

そして、長い階段が終わった。

その目に映ったのは…

 

 

「ウワァ…」

 

 

光る弾幕が、ぶつかり合っていた瞬間だった。

その光景は美しく幻想的で、また酷く残酷にも感じられた。まるで、この世界そのものを現しているかのような闘いだった。

 

 

「これが、弾幕ごっこ、ねぇ…」

 

 

始めてみたこの世界での戦い。美しい、と言う言葉が漏れそうになる。

それを抑えた、あと、考える。確かに美しい。だが、それだけだ。

 

零夜が突入した殺すか殺されるかの世界に比べれば、これは単なる遊び。

彼が求めているのは、本気の殺し合い。そんな彼の欲を満たしてくれるのは、やはり―――

 

 

「あの、扉の奥…!」

 

 

闘いが行われている場所の奥。一つの鉄の扉が見えた。

あの扉の奥こそが、自分が目的とした人物がいる場所…!

 

 

「隠密行動隠密行動…」

 

 

出来ればバレずに行動したいため、隠密行動を重視し、誰にも見つからないように移動する。

幸い、相手が――2VS1の闘いに夢中になってくれているため、気づかれることはなかった。

 

 

「案外楽勝だった。……にしても、なんで二人で戦ってんだ?」

 

 

零夜の疑問についてだが、原作だと【博麗の巫女】は最初にルーミアと戦うことになっていた。

だが、その邪魔がないこの世界では、【博麗の巫女】の到着が本来より早まってしまったのだ。だが、そう言ったことにあまり興味がない零夜は、そんなことに気付いていない。

 

 

「まぁいいか。…にしても、すっごい魔力だ。……」

 

 

息を殺す。できるだけ、この扉の奥にいる存在に気付かれぬように。

もう少し後に戦うことになる相手。楽しみと言うのもあるが、第一に勝たなくてはいけないのだから。

長い長い廊下が続く。両脇の壁についているろうそくが、恐怖をよりいっそう搔き立てている。

 

 

「………」

 

 

 ついには無言になり、ただただ歩いた。

 そして、見えてきた一つの扉。この奥にいる。

―――扉の前に立つ。

 

 

『着いた…。俺が奪うために、お前は利用させてもらうぞ』

 

 

そう呟いた後、扉を開ける。

そして、そこにいたのは…

 

 

「お兄さん、誰?」

 

 

 十歳にも満たない幼児だった。

 深紅の瞳に濃い黄色の髪を持ち、それをサイドテールにまとめ、その上からナイトキャップをかぶっている。

 服装も真紅を基調としており、半袖とミニスカートを着用し、スカートは一枚の布を腰に巻いて二つのクリップで留め、足元はソックスに赤のストラップシューズを履いている。

 そしてなにより目立つのが、背中にある翼。だがこれは翼というよりも『七色の結晶が下がった一対の枝』と言う認識の方が正しいのかもしれない。

 

一件見れば無害な少女だが、この少女の危険性は知っている。

 

 それに少女の方も、あまり警戒心と言うものが見当たらない。

 一見、不審人物としか思えない恰好をしているのに、この少女は全く警戒していないのだ。

 

 

「……君は?」

 

「私の方から聞いてるのに…。まぁいいわ!私の名前は【フランドール・スカーレット】」

 

「…クロ」

 

「クロ?それがあなたの名前?」

 

 

 咄嗟に出た偽名。本命を名乗るワケにもいかない。対してあの時八雲紫に名乗った【究極の闇】を今この場で名乗るわけにもいかない。咄嗟のことだった。

 言い直そうとしても、少女の中ではすでにクロで通っているようだった。

 

 

「あ!そうだクロ!私と一緒に遊ぼうよ!」

 

 

 少女―――フランは楽しそうに笑っているが、目のハイライトは失われている。

 この状態を、零夜は――クロは知っている。

 

 ――これは、『狂気』だ。

 フランの瞳を見て、クロは笑う。

 

 

「遊ぶ?一体なにで?まぁ決まってるけどね」

 

「あははッ!そうだよね!じゃあ一斉に言おうよ!」

 

「お、いいね」

 

 

 クロはわざとらしく、フランは無邪気に笑う。

 

 

「「せぇ~~~の」」

 

 

 二人は楽しそうに笑う。

 それはまるで本物の兄妹みたいに。何も知らないものが見たら、ただの仲慎ましい兄妹なのだが、二人はそんな関係ではない。近い方で言えば『お友達』だ。そして二人はそういう関係でもない。ただの『初対面』だ。

 だが、二人にはなにか通じるものがあるのか、ここまでになっているのだろう。そして、溜めに溜めた言葉から出たのは―――

 

 

「「殺し合い(おままごと)!」」

 

「ハハッ。わーい!お兄さんと一緒だ!」

 

「フフ。そうだね」

 

 

―――本当に、何も知らない者から見ればただの兄妹や友達なのだ。

彼と彼女は、ただ、()()だけなのだ。それを、狂っている発言を、『始めから用意していた言葉』であったとしても、異常性しか感じられない。

 

 

「早速やりたいんだけど…。その前に、君はなにを使うんだい?」

 

「言わなきゃダメ?」

 

「最初に色々決めなきゃおままごと(コロシアイ)じゃないだろう?」

 

「そうだね!私、バカだったなぁ~~。おままごと(コロシアイ)の前にはいろいろと決めないと!私はね、魔法を使うんだよ!」

 

「そっか~~。俺も、使えるんだ」

 

「そうなんだ!私とお揃いだね!」

 

「それじゃあ、終わるのはいつにする?」

 

「そんなの決まってるよ!せっかくだし、また一緒に言おうよ!」

 

「いいぞ。それじゃあ」

 

 

「「せぇ~~~の」」

 

 

 

『「死ぬまで!!」』

 

 

 

 この瞬間にて、決まった。このおままごと(コロシアイ)は、どちらかが死ぬまで終わらないと。

 この一言が、狂気に染まったハナシアイが、今この瞬間終わりを告げた鐘でもあった。

 

 

 

「ハハハッ!ソレジャア始メヨウヨ!」

 

「そうだなぁ。それじゃあ、俺はこれを使うとするよ」

 

 

 クロもクロでここのことを予習してきた。

 この世界の未来を『作品』『ゲーム』として知ったクロには、その対策ができていた。

 あの少女――【フランドール・スカーレット】の能力は【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】。

 あの能力はただ単にパンチやキックであらゆるものを破壊できる能力ではない。あれは、『対象が物ならばなんでも破壊できる能力』だ。

 これは後に【幻想郷(げんそうきょう)縁起(えんぎ)】に乗る情報だ。詳しいことはわかり切っていないが、危険な能力であることは確かである。

 

 

――――その時、

 

 

 クロの左手の中指に『黒い指輪』と腰に手が出現した。そしてクロはその指輪を腰の手にかざすと、そこに【黒い魔法陣】が出現してそこから手を模したドライバー、【ウィザードライバー】が形を成していく。

 

 

 

ドライバー オンッ!

 

 

 

 

「ナニソレ?」

 

「見てればわかるさ」

 

 

 クロはドライバーのレバーを動かし、手の向きを変える。同時に左手の指輪も形を変え、仮面の形になる。

 

 

 

シャバドゥビタッチヘンシーン!

シャバドゥビタッチヘンシーン!

 

 

 

 

ドライバーから流れる音声が、部屋に響く。

手をかざし、あの言葉を口にする。

 

 

「変身」

 

 

 クロはドライバーに左手をかざすと、クロの目の前に【黒い魔法陣】が出現してそれが通りすぎる。

 

 

 

フレイム! プリーズ!

 

ヒーヒー!ヒーヒーヒー!

 

 

 

 クロの姿が変わる。黒い姿に黒いマント、すべてが黒。黒い魔宝石が禍々しい姿をしていた。

そ の魔法使いの名は【ウィザード】。だが、それはこの姿の本来の呼び方ではない。

この姿の名は――

 

 

 

『【漆黒の魔法使い】……。さしずめ、【仮面ライダーブラックウィザード】…か』

 

 

 

 クロ改め、【仮面ライダーブラックウィザード】。ブラックウィザードはコートを仰ぎ、フランを見据える。

 

 

「スゴイ!スゴイ!ドウヤッタノ!?」

 

 

 フランは喜んでいるが、すでに声のトーンの調子がおかしくなっている。否、先ほどとはなにか違う。

 そう思わせる何かがある。

 

 

『魔法だよ』

 

「スゴーイ!私モコンナコト出来ナイヨ!」

 

『魔法使い同士、楽しくやろうか…!』

 

「ウン!」

 

 

フランは鋭い爪をむき出しにして、まるで獲物を見る獣のように構える。

ブラックウィザードは足を前に出し、構える。

 

 

「ジャア……オママゴト(コロシアイ)シマショウ?

 

『あぁ。思う存分遊んでやる』

 

 

フランは、虚空から深紅の燃える剣を取り出し、ブラックウィザードは【ホープウィザードリング】をかざし、『コネクト』の魔法を使用した。銀色の剣【ウィザーソードガン・ソードモード】を召喚した。それからは早く、お互いがその場から姿を消した瞬間、二人の中心に二人が出現し、お互いの剣がぶつかり合った。衝撃波が生まれ、二人以外のすべてが壁際に追いやられる。

 

 

「オ兄サンモ剣ヲ使ウンダァ」

 

『そっちが使うならこっちも使う。道理に適ってるだろ?……さて、行くか』

 

 

―――瞬間、地下で剣をぶつけ合う音が響き渡った。この時はまだ、廊下の奥の奥、図書館にいる人々がこの音に気付くことはなかったが、それでも少女たちが彼に会う時も―――近い。

 

 

 

 




ついに始まった『原作』…!零夜はどのように関わっていくのだろうか?

誤字脱字報告・感想、お願いします。

黒いウィザード、だと【ダークウィザード】と【漆黒の魔法使い】に分けられるので、このブラックウィザードは【漆黒の魔法使い】の方です。


変更点:変声機使用シーンの追加。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 漆黒と狂気

この話、初めてここまで長く書いたなぁ…。17000だよ?すごくね?テスト期間にも地道に書いたかいがあるってもんさ。



前回、紅魔館に侵入した零夜。地下室に入り、【フランドール・スカーレット】と遭遇する。フランにヤミ、と偽名を名乗り、【漆黒の魔法使い】―――【仮面ライダーブラックウィザード】へと変身し、フランと対峙する!




――(くれない)に染まった炎の剣と、鉄の剣【ウィザーソードガン】がぶつかり合う。

 炎の剣を持って攻撃しているのは、深紅の瞳に濃い黄色の髪を持ち、それをサイドテールまとめた少女だ。

 少女の持つ炎の剣【レーヴァテイン】の炎が、辺り一帯に熱を与え、空気が乾燥し、物が燃えている。

 

 

「アハハハハ!!」

 

 

 少女の目は普通ではなかった。―――そういうより、『狂っている』と考えた方がいいだろう。

 少女の溜まっている、蓄積されている感情が、闘いと言う行いによって発散されている。そして、その溜まっているものが『狂気』として排出されているのだ。

 

 

「ドウシタノ?オ兄サン!守ッテバカリシテナイデ、モット攻メテキテヨ!」

 

『……ッ!』

 

 

 そして、そんな少女と対決している黒の魔法使い。

 その姿は『黒い石』と言うより、『黒の魔法石』を思い浮かべる姿だ。オリジナルとの色違い、俗に言う『ネガライダー』の一人である黒い魔法使い。

 その名は【仮面ライダーブラックウィザード】。

 

 ブラックウィザードは少女――【フランドール・スカーレット】と現在おままごと(コロシアイ)の真っ最中である。

 フランの攻撃の一撃一撃は、何もかもを破壊しかねないほどの強力な技だ。だからこそ、当たらないように用心しなければならない。

 

 

『チッ!』

 

 

 今現在、二人は地下の部屋と図書館を跨ぐ通路で戦闘を行っている。

 ここでも狭いのだが、それでも闘いとなると同じ場所にとどまっているのは愚策中の愚策だ。

 ブラックウィザードはドライバーの手を動かし、手をかざす。

 

 

 

コピー プリーズ

 

 

 

 ブラックウィザードの顔の横に黒い魔法陣が表れ、それの中に何も持っていないもう片方の手を突っ込むと、そこからもう一つの【ウィザーソードガン】が現れる。

 

 【ホープウィザードリング】。ブラックウィザード―――漆黒の魔法使いが持つ唯一の魔法の指輪。すべてのウィザードリングに変化する特異な性質を持つ指輪だ。指輪をいちいち交換する必要がないと言う利点がある。

 このリングを使って【コピーリング】へと変化させたのだ。

 

 ウィザーソードガン二振り、それを『ガンモード』にして撃つ。

 銀の弾丸が発射される。伝説などでは『銀』は彼女の弱点のはずだ。当たれば大ダメージを与えることができるはずだ。だが―――

 

 

「ハハハッ」

 

 

そう易々と当たってくれるはずもなく、銀の弾丸はレーヴァテインによって斬り落とされる。

フランはレーヴァテインを振るい、炎の斬撃を生み出した。

 

 

 

キャモナ・シューティング・シェイクハンズ!

キャモナ・シューティング・シェイクハンズ!

 

 

ビック! プリーズ!

 

 

 ホープウィザードリングを【ビックリング】に変え、ウィザーソードガンにかざした。

 ブラックウィザードの目の前に巨大な魔法陣が表れ、そこにウィザーソードガン二つを突っ込むと、その部分だけが巨大化する。

 

 

 

フレイム!ヒーヒーヒー!

 

シューティングストライク!

 

 

 ブラックウィザードはすぐさまウィザーソードガン二つと『握手』をする。

 銃口に黒色で形成された火の魔法陣が描かれる。そのまま引き金を引くと、一直線に黒い炎がフランに向けて放たれる。

 軌道は一直線。避ける場所などないはず。だから直撃するしかない。

 

 

「キャハハハ!」

 

 

 だが、そんな簡単にやられるはずもなくフランは炎の中を突き抜けてきた。フランが横にレーヴァテインを振るおうと小さな腕を動かす。

 レーヴァテインが周りの炎を巻き込み、ただでさえ狭いこの通路でそれだけ広範囲の威力を拡大してしまうだろう。そこで気づく。フランに炎の攻撃は逆効果であると。

 

 

『チッ!』

 

 

ブラックウィザードはホープウィザードリングを『黒い四角の指輪』に変化させる。

ドライバーを動かし、左手をかざす。

 

 

 

ランド!

 

 

ドッドッ、ド・ド・ド・ドンッドンッ、ドッドッドン!

 

 

ブラックウィザードは【ランドスタイル】に姿を変え、再びホープウィザードリングを変え、ドライバーにかざす。

 

 

ディフェンドッ! プリーズ!

 

 

 ブラックウィザードが地面に手を付けると、目の前に石の壁が突如出現する。

周りの石を強制的に一点集中し、壁を作った。

 その影響で周りの地盤が崩壊し、崩れることになるだろうが、それは数秒後の話だ。それが、その間までに破壊されれば―――

 

 

―――破壊された。

 

 

 石壁の奥から振るわれた炎の剣が石壁ごと通路を破壊し、周りが崩れる。

 

 

『だったら!』

 

 

 ホープウィザードリングを変化させ、ドライバーにかざす。

 

 

 

コネクトッ! プリーズ!

 

 

 

 大きい黒い魔法陣が表れ、そこから二輪車――バイクが現れる。

 ブラックウィザードは【マシンウィンガー】に乗ると、最初に入って来た場所――図書館へと向かう。

 

 

「今度ハオニゴッコ?ジャア私ガ鬼ネ!」

 

 

 フランが七色の宝石の羽を羽ばたいて一直線。超スピードを用いてブラックウィザードを追う。

 対してブラックウィザードも全速力で扉へと向かう。

 どちらも最高速度を出している。それでも、バイクの速度より種族的に速度が速いフランの方が有利だ。

 

 

「追イツイチャウヨ!私ノ勝チダネ!」

 

『まだ終わりじゃない』

 

「―――?」

 

 

ハリケーン!

 

フー!フー!フーフー、フーフー!

 

 

 ブラックウィザードの目の前に『黒い風の魔法陣』が表れ、それを通過すると【ハリケーンスタイル】へと姿を変えた。

 そして変わったブラックウィザードの乗るバイクは、()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!?」

 

 

 急な速度上昇にはさすがのフランも驚いていたらしい。

 だが、それは心からの驚愕ではなく―――

 

 

「スゴイスゴイ!速クナッタァ!」

 

 

 ―――好奇心からの驚愕だった。子供によくある疑問と言葉のレパートリーの少なさ、それがフランにもあった。

 例え心が狂気に支配されていようとも、そう言った心は健在であったようだ。

 

 そして、バイクの速度が上昇した理由。それはブラックウィザードはハリケーンスタイルの能力で風を操り、バイクの周りに竜巻を横向きに作ったのだ。竜巻によってバイクが押し出され、スピードが上がっている。

 

―――やがて、見えてきた最初の扉。

ブラックウィザードはバイクを持ち上げ後輪のみで車体を支えながら爆走する。

階段に差し掛かった時、

 

 

 

 

ブルゥンッ!!

 

―――ブルンブルンブルンブルゥゥンッ!

 

 

 

 

 飛び上がったバイクは扉を破壊し、鉄特有の鈍い音が響いた。

 

 

「なにッ!?」

 

「なんだぜ!?」

 

 

 その音に二人の少女の驚愕の声が聞こえた。

 それをブラックウィザードは無視し、バイクのエンジンをフルに活性化させ、走り出す。

 それと同時にフランが破壊された扉から姿を現した。

 

 

「オ外ニ出レタ!」

 

「フラン!?」

 

 

 フランの登場に、先ほどまで少女二人と戦っていた少女が驚愕の声を上げていた。この少女にとって、フランの登場は予想外のことだったに違いない。

 

 そんな周りの驚愕など知らないと、ブラックウィザードはウィザーソードガンを『ガンモード』に変え、風を纏った銀の弾丸を放つ。それを感知したフランは――

 

 

 

禁忌「クランベリートラップ」

 

 

 

 そう口にした瞬間、全方位から魔法陣が展開し、そこから球体の弾幕が全体を襲う。

 その弾幕は誰かを狙ったものではない。なりふり構わず全体を攻撃しているのだ。

 

 ブラックウィザードはマシンウィンガーの速度と風を操り、本棚の壁を重力に逆らって走り、上にまで到達する。

 

 

『………』

 

 

 ブラックウィザードはフランを見据え、ウィザーソードガン『ガンモード』を全方位に撃ち、迫りくる弾幕をすべて破壊する。

 

 

「私ノ弾幕ヲ破壊スルナンテスゴイネ!」

 

『まぁな。こちらからも行くぞッ!』

 

 

 ウィザードはバイクから降り、風を纏ってゆっくりと飛び降りる。

 ウィザーソードガンを『ソードモード』にし、フランを見据える。

 

 

「ちょっと!」

 

『―――?』

 

 

 そのとき、隣から大きな声で声をかけられ、ブラックウィザードはただ言葉で応じ、顔をフランに固定する。

 その声の主は先ほどの少女二人だ。

 

 

「あなた何者なの?」

 

「魔力を感じるから魔法使いっぽいが…」

 

 

 今話すことではないことを話している。彼女たちはフランの脅威をまだ知らない。そのために、まだこれほど余裕があるのだろうと判断する。

 それがまだ未熟の証拠であると裏付けるようなものでもあった。

 

 

『今それやることか。俺は先にやる!』

 

 

 ブラックウィザードは風を纏ってフランに近づく。

 フランは近づいてくるブラックウィザードの存在に気付くと、通常弾幕を放つ。

風をうまく使って体を右、左、上下と移動し弾幕をよけ続ける。

 

 

「マダ壊レナインダ!スゴイネオ兄サン!」

 

『もうすでに一度壊れてっからなぁ!』

 

 

キャモナ・スラッシュ・シェイクハンズ!

キャモナ・スラッシュ・シェイクハンズ!

 

 

ハリケーン!フーフーフー!

 

スラッシュストライク!

 

 

 ブラックウィザードがウィザーソードガン二つと左手で握手する。

 フランのレーヴァテインと二つのウィザーソードガンがぶつかり合う。

 レーヴァテインの炎と、風の刃が混ざりあい、酸素、二酸化炭素、窒素。周りの空気すべてを巻き込んだ熱風が図書館を支配する。

 

 

「アハハハハハ!!」

 

『これでも倒れないかッ!』

 

「楽シイ!オ兄サント戦ウノ、トッテモ楽シイ!」

 

『あぁそうか!俺も楽しいよ!』

 

「ジャア次ハコレ!」

 

 

禁忌「カゴメカゴメ」

 

 

 

 瞬間、図書館全体にライン状の弾幕が網目模様に配置された。

 そして、その線を形成していた弾幕が一斉に弾ける。

 

 

『ッ!』

 

 

 ブラックウィザードは迫りくる弾幕を避け、弾き、斬り、自分に迫りくる弾幕を片付けた後、地面に着地する。

 

 

『次はこれだッ!』

 

 

 ホープウィザードリングを変化させ、ドライバーにかざす。

 

 

 

ウォーター!

 

 

スイ~スイースイースイ~

 

 

 【ウォータースタイル】へと姿を変えて、ホープウィザードリングを変化させドライバーにかざす。

 

 

バインド プリーズ

 

 

 フランの周りの空中に黒い水の魔法陣を出現させ、そこから水で形成された鎖でフランを縛る。

 

 

「キャハハ!」

 

 

 だが、それもすぐに破壊される。

 これではただ単に無意味になってしまうが――

 

 

「オ兄サン。フランハコンナンジャ捕マエラレナイヨ?―――!」

 

 

 フランの狂気に染まった顔が、一瞬だけ驚愕に変わる。

 何故なら、時間は稼げたのだから。

 

 

スラッシュストライク!

 

シューティングストライク!

 

 

 水の斬撃と銃撃が、フランを襲っていた。

 一瞬の拘束は、フランの気を引くため。見事それにかかってくれ、発動に手間はかからなかった。

 それに、水は――

 

 

「来ルナァ!」

 

 

フランにとって、――【吸血鬼】と言う種族にとって、水はあまり良くないものだ。

伝説上では水にそのまま触るのは不可能だったはず。正確には流水がダメなのだが、今のこの攻撃は『流れる水』を攻撃に使っているため、威力は十分にあるだろう。

 

 フランはそれを本能で感じ取ったのか、レーヴァテインを振るって、炎の斬撃を放ち、追加で弾幕も放つ。

 炎の斬撃と、水の斬撃がぶつかり合い、消化と蒸発を繰り返す。結果――消滅する。

 

 水の弾丸が、フランを襲う。

 弾幕が水の弾丸の行く手を阻むが、水の水圧によってその妨害を許さない。

 

 

「ダッタラッ!」

 

 

 フランはレーヴァテインを持って、先ほどと同じように火力で押し切って水を蒸発させようとする。

 ―――ここで一つ、フランは気づいていないことがある。

 

 

「ハァアア!!」

 

 

 フランのレーヴァテインと水の弾丸がぶつかり合う。先ほどと同じように、レーヴァテインが水を蒸発させ、水の弾丸がレーヴァテインの炎を消化する。

 先ほどと違う点があるとすれば、火点と直撃しているということだろうか。先ほどのぶつかり合いは本体から放たれた一発系の攻撃。それには限度がある。熱と炎を常に放出している本体であるレーヴァテインと、ウィザーソードガンから放たれた水の弾丸。どちらが勝つかは明白であった。

 

 

――やがて、押し切ったとき―――異変は起こった。

 

 

「…エ?」

 

 

 ようやく蒸発した()()()()()()()()、フランの腹は小さく貫かれた。

 

 

「エ?ナンデ…?」

 

 

 自分の腹から血が出ている。それは明白で変えられない事実。

 問題は、どうして自分の腹が貫かれたのか。水の弾丸は蒸発したはずだ。すぐさまに再生しようにも、なぜかできない。

 

 

「ナニヲ……シタノ?」

 

『まだわからないか?銀だよ』

 

「銀…?」

 

『あ、もしかしてお前。自分の種族の弱点もわかってないな?』

 

「フランノ弱点ガ、銀…!?」

 

 

 『設定上』、495年閉じ込められていたフランにとって、自分の弱点すらも把握できていなかったのだろう。

それが、この攻撃を喰らう要因となったのだ。

 

 

『俺の銃の弾は、すべて銀でできている。吸血鬼なんだから自分の弱点くらい把握しているはずなんだが…。俺の予想通りだったな』

 

「フランハ…ソンナコト知ラナイ!」

 

『だろうな箱入り娘。そろそろ終い―――と行きたいところだが、お前はまだそんなもんか?」

 

「ソンナ訳ナイ!楽シカッタノニ……オ兄サン嫌イ!」

 

 

 ブラックウィザードの発言に怒ったフランは次なるカードを展開した。

 

 

 

禁忌「フォーオブアカインド」

 

 

 

 そしてその瞬間―――()()()()()()()()()()

 

 

「増えた!?」

 

「おいおい…どんな魔法だぜ!?」

 

 

 遠巻きから二人の少女の驚きの声が聞こえる。

 ブラックウィザードにとって闘いに入られたら邪魔なので都合の良いことなのだが、「博麗の巫女がそれでどうする」、と言う個人的な意見もあったりする。

 そんなことはどうでもよく、ブラックウィザードは四人になったフランを見つめる。

 

 

『とりあえず攻撃してみるか』

 

 

 あの増加が『実際に増えた』『影分身』なのか、判断するためだ。

 知識はある程度知っているとはいえ、すべてではない。かといって、今すぐ【地球の本棚】で調べるには時間がない。

 

 ブラックウィザードはウィザーソードガン二つをガンモードでフランに向けて発射する。

 四人のフランはそれぞれがレーヴァテインを持ち、放たれた銀の弾をその熱で周りごと溶かす。

 

 

 一人のフランが()()()()()()()()()()()弾幕を放ってくる。避けるごとに木の板が吹き飛び、本棚が崩れる。威力はこれだけでも立証できている。

 

 次に四人のフランがレーヴァテインを振るい、四つの斬撃をブラックウィザードに飛ばす。

 咄嗟にブラックウィザードはホープウィザードリングを変化させる。

 

 

 

ディフェンドッ! プリーズ!

 

 

 

 突如、ブラックウィザードの前に黒い水の壁が表れ、炎の斬撃を防ぎ、蒸発する。

 蒸発の勢いで水蒸気が辺りに散乱する。水蒸気が煙になって目隠しとなる。

 

 

「…………」

 

 

 四人のフランはその煙を上空で見つめる。晴れるのを待っているのだ。晴れる前に攻撃に出てくる可能性があるが、今のフランにそこまでの知恵はない。

 やがて、煙が晴れると、そこには…

 

 

「――――?」

 

 

 誰も、いなかった。

 おかしい。いなくなるなんてありえない。どこかに隠れているはず。四人のフランは辺りを見渡すが、どこにもいない。

 

 

「ドコ行ッチャッタノカナァ?」

 

 

 一人のフランが上空から降りて来て、周りを確認する。

 煙は晴れているために視界は良好だ。どこにも異変はない。歩く度に水の音が響く。

 

 

「イナイナァ……」

 

 

 このフランが諦めていたその時―――

 

 

「私、危ナイ!」

 

 

 自分達(フラン)から注意勧告が言い渡された。このフランに他三人の注意勧告が理解できていない。

――水が突如形を成す。

 

 

「後ロ!」

 

「ッ!?」

 

 

 フランが後ろを向くが、時すでに遅し。

 水が成した形―――ブラックウィザードが剣を振るい、フランに傷を負わせた。

 

 

「ウァアアアアアアア!!」

 

 

 フランが絶叫を上げる。

 続けてブラックウィザードはもう一つをガンモードに変化させ、フランを撃つ。撃つ。撃つ。

 

 

「私!」

 

 

三人のフランが急降下し、フランを救出しようとする。

ブラックウィザードは案外あっさりと攻撃をしたフランを置いて後ろに下がった。

 

 

「許サナイ……許サナイ!!」

 

 

自分をここまで攻撃したことに腹を立てていた。

 

 

『水に変化していたことには、気づけなかったか』

 

 

ブラックウィザードは『リキッド』の魔法で液状化して床に身を潜めていたのだ。そこで油断して降りてきたフランを攻撃すると言う算段だった。

四人のフランは激情しブラックウィザードに突撃する。

 

 

『そっちが四人なら、こっちも四人で行かせてもらう』

 

 

ブラックウィザードは後ろにジャンプ。下がってフラン四人の突撃を躱す。

その隙にホープウィザードリングを『ドラゴンを思わせる黒い円型の指輪』に変化させ、ドライバーにかざした。

 

 

 

フレイム ドラゴンッ!

 

ボゥー!ボゥー!ボゥーボゥーボォー!!

 

 

 

ブラックウィザードの足から黒い炎の魔法陣が展開され、黒い炎のドラゴンが魔法陣から召喚され、ブラックウィザードの周りを旋回する。魔法陣が消えると、ブラックウィザードは先ほどよりドラゴンを思わせる赤と黒の姿に変身していた。その名も呼称:【ブラックフレイムドラゴンスタイル】。

 

 

「フランニ炎ハ効カナイヨ!」

 

 

フランは先ほどの炎を使う形態であると先ほどの炎を見て理解――直感したようだ。

だが、ブラックウィザードの狙いはこれじゃない。

 

ブラックウィザードは『コネクト』の魔法を発動し、『腕時計』を取り出した。その腕時計の色は黒。文字盤に『赤』『青』『緑』『黄』の四つの色が描かれている。その真ん中に時計の針が『赤』を指していた。

ブラックウィザードはその腕時計――【ドラゴタイマー】の文字盤の部分を回し、親指の部分を押した。

 

 

セット アップッ!

 

スタートッ!

 

 

時計の針がゆっくりと動く。

時計の針の音が、図書館に響いた。

 

 

「ソレダケ?ツマンナイノ!」

 

 

フランの一人が痺れを切らし、ブラックウィザードに突撃していく。

が―――その瞬間に、ブラックウィザードはドラゴタイマーの指を押した。

 

 

ウォータードラゴンッ!

 

 

突撃してくるフランの横から、『黒い水の魔法陣』が表れ、そこから【ブラックウォータードラゴン】が姿を現し、ソードモードでフランを攻撃し、急停止させる。

 

 

「ッ!?」

 

 

増えたブラックウィザードに驚愕を隠しきれないのか、慌てる他の三人のフランとブラックウォータードラゴンと刃を交えているフラン。残らず三人のフランも突撃していく。

 

 

「タカガ二人ジャッ!」

 

「フラン達ニハッ!」

 

「太刀打チデキナイヨ!」

 

「私タチハ四人イルカラネッ!」

 

『さて、それはどうかな?』

 

 

ブラックウィザードが挑発交じりに言い、四人のフランと、二人で二人のフランを攻撃と防御を繰り返す。

その言葉に反応した一人のフランが疑問を口にする。

 

 

「ドウイウコト?」

 

『二人じゃないってことだよッ!』

 

 

 

ハリケーン ドラゴンッ!

 

 

―――バキュン! バキュン! バキュン!―――

 

 

「「「アァアアアアア!!!」」」

 

 

黒い風の魔法陣が空中に出現し、そこから【ブラックハリケーンドラゴン】がガンモードで三人のフランを撃つ。

銀の弾に直撃したフランたちはとても苦しそうにしている。

 

 

「私ッ!」

 

『もう一人いたりして』

 

「ッ!サセナイ!」

 

 

「禁弾『スターボウブレイク』ッ!」

 

 

ランド ドラゴンッ!

 

 

すでに遅いが、フランはスペルカードを発動させた。

ブラックウィザードたちの全方位に、フランの羽の宝石を思わせる色とりどりな弾幕が配置され、それが一斉に一点集中。ブラックウィザード達に向かって行く。

 

――が、突如現れた土の壁に、その弾幕がすべて防がれる。

その壁が崩壊すると、【ブラックランドドラゴン】がその場に存在していた。

 

 

『俺もいるよ』

 

「四人ニナッタ…!」

 

「増エテイイノハフランダケナノニ…!」

 

「許セナイ!」

 

「壊シテヤル!」

 

『随分と身勝手な考えだな。その考えは嫌いだ。―――さて、炎と』

 

『水と』

 

『風と』

 

『土。すべてが揃った』

 

『『『『これで、四対四だ』』』』

 

 

四人のフランと、四人のブラックウィザードが対面した。

フランはレーヴァテインを。ブラックウィザードはそれぞれコピーの魔法を使って二つのウィザーソードガンを構える。

 

しばしの静寂が訪れ―――

 

 

『行くぞッ!』

 

「壊ス!」

 

 

一斉に各々が突撃していく。

フレイムドラゴンとランドドラゴンの剣がフランのレーヴァテインとぶつかり合い、ウォータードラゴンとハリケーンドラゴンの銃撃が響き、それをフランがレーヴァテインで受け止める。

 

 

「クラエ!」

 

 

フランの弾幕がブラックウィザードたちを襲う。

咄嗟にハリケーンドラゴンが前に出て、魔法を行使した。

 

 

ディフェンドッ! プリーズ!

 

 

黒い風の魔法陣が四人の前に展開され、弾幕をすべて防ぐ。

その間を通り、三人のブラックウィザードが抜けていく。フランのレーヴァテインの横一直線の攻撃を、フレイムドラゴンは回転ジャンプで避け、後ろに着地する。後ろを狙って貫こうとするが、フランは後ろを水にレーヴァテインで攻撃を防いだ。

 

 

「私モイルヨ!」

 

 

フレイムドラゴンの後ろにもう一人のフランがレーヴァテインを振るおうとしていた、が―――

 

 

『させるかッ!』

 

 

横からウォータードラゴンが銃撃を行い、攻撃しようとしていたフランを遠ざける。

ウォータードラゴンはそのままそのフランへとソードモードで攻撃を仕掛ける。

 

 

『お前の相手は俺だ』

 

「邪魔スルナ!」

 

 

二人の剣がぶつかり合う―――。

違う場所では、フランとランドドラゴンが対峙していた。

フランのレーヴァテインがランドドラゴンに直撃し、後ろに足を引きずりながら飛ばされる。

ランドドラゴンはマントの埃を少々掃うような仕草をした後、なにもなかったかのように立ち上がる。

 

 

「アハハ!コッチハ固クテ壊レニクソウ!」

 

『遊びしか頭にねぇのかお前。さっきと言ってることバラバラじゃねぇか』

 

「ジャア次ハコレ!」

 

 

フランから炎で形成された弾、炎弾が放たれる。ランドドラゴンはそれを気にせず当たりながらも無理やり突破していく。途中に対処できる炎弾は防いでいるが、すべでではなかった。

 

 

『対処できれば簡単だッ!』

 

「ジャアコレハドウカナ?」

 

 

フランは近接戦で勝負を仕掛けてきた。

ランドドラゴンはもとより近接戦で攻める気だったので、ありがたいことなのだが―――

 

 

『―――なッ!?』

 

 

ランドドラゴンが驚愕する出来事が起こった。

フランの手が突如燃えたのだ。フランの手が業火に燃え、ランドドラゴンの首を掴みにかかる。

業火の熱波がランドドラゴンを襲う。

 

 

『あ、ガァ…!!!』

 

「フフフフフ!!」

 

 

いくらか硬くとも、防御力が高くとも熱には体制がないランドドラゴン。

すぐさま(ほど)こう武器を振るうも、レーヴァテインに邪魔される。攻撃されながらの攻撃は、さすがに部が悪かった。ランドドラゴンが足掻き、藻掻(もが)く。そんな間にもランドドラゴンにダメージが入っていく。ランドドラゴンの膝がつく―――

 

 

『ハァッ!』

 

「ッ!!」

 

 

そのとき、緑色の手によって助けられた。

そのままその手の持ち主は左手のウィザーソードガン『ガンモード』を連射していつの間にかいたもう一人のフランとランドドラゴンと戦っていたフランを遠ざける。

 

 

『大丈夫か、俺』

 

 

ランドドラゴンを助けたのは、ハリケーンドラゴンだった。

ハリケーンドラゴンはランドドラゴンに手を貸し、ランドドラゴンはその手を掴み、立ち上がる

 

 

 

『あぁ…。助かった』

 

『気をつけろ。気を引き締めたばっかだろ』

 

『すまない』

 

「イイトコロダッタノニ!」

 

「私ヲ無視スルナ!」

 

 

二人のフランがブラックウィザードたちに突撃する。

 

 

『うるさい!』

 

 

チョイネー! グラビティ! サイコー!

 

 

「「ウアッ!」」

 

 

地面に黒い魔法陣が出現し、その範囲に入っていたフラン二人が突如地面に押されたかのように激突した。これはランドドラゴンの『グラビティ』と言う重力を操る魔法によるものだ。

 

 

『よくもやってくれたなぁ』

 

『今度は俺たちだ』

 

 

チョイネー! サンダー! サイコー!

 

 

次に地面に突っ伏しているフランたちの真上に、黒い風の魔法陣が出現する。先ほどとは違い、魔法陣は雷を纏っており、今にも落下しそうであった。

 

 

『落ちろッ!』

 

 

刹那――二人のフランに黒いドラゴンの頭を模した落雷が発生した。落雷は周囲にも影響し、まるで生きているかのように旋回する。二人に攻撃しただけでは飽き足らず、何度も何度もその雷は二人を攻撃する。

 

 

『『今度こそ終わりだ』』

 

 

二人の周りに黒と緑のドラゴン、黒と黄のドラゴンが旋回する。

それが体にくっつくと同時に、ハリケーンドラゴンには黒い(呼称):【ドラゴンウィング】が、ランドドラゴンには【ドラゴンクロー】が装備された。

 

ランドドラゴンが行動を開始した。ランドドラゴンは穴を掘って地下に潜り、下からフランたちを攻撃する。未だに強力な重力で身動きが取れないフラン二人に、上へ打ち上げる攻撃。またすぐに二人は地面に打ち付けられるのだが―――魔法陣が上向きになり、逆に今度はフラン達は上級に無理やり引っ張られる。

 

 

「ウウウ…」

 

「動ケナイ……!」

 

『ハァ!』

 

 

その上空で止まっているフラン達に、今度はハリケーンドラゴンが空を飛び、風を巻き上げた攻撃を行った。強靭で強力な風が二人の服を、肌を、肉を、骨を断ち切る。

 

何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も―――再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び。再び―――切り刻んで。斬り裂いて、肉が飛び散る。

 

 

 

「ア、ア、アァ……!!」

 

「タ、助ケテ……」

 

『偽物が言っても説得力ねぇよ』

 

『さて、フィナーレだ』

 

 

ようやく重力の魔法の効力を失ったが、フラン二人は最早見るに堪えない姿になっていた。

いくら危険だと言っても、10歳ほどの少女の外見をしている彼女を傷つけるのは相当の覚悟がいる。

それを平然と行えるのは、彼女は『偽物』であると知っているから故だ。

 

ハリケーンドラゴンが宙に浮き、ホープウィザードリングをかざした。

 

 

 

チョイネー! サンダー! サイコー!

 

 

再び雷の魔法を発動させる。

転がっているフランたちの周りを回転する。その勢いで風が、そして魔法の効果で雷が。二つの属性が混ざり合い、雷風が起きる。その影響で上空に雷雲が発生する。

 

空中に浮きあがったフランたちは、竜巻によって拘束される。

さらに追い打ちで上空に発生させた雷雲からの強力な落雷がフランたちに落ちる。

 

 

「「アァアアアアア!!!」」

 

 

フランの皮膚や肉が焼ける匂いが漂う。フランが自らの飛行能力を行使していない今、重力に従って落ちる―――

 

 

『ハァ!』

 

 

――瞬間、ランドドラゴンが爪を振るい、斬撃を飛ばし、フランを斬り裂いた。

 

 

 

二人のフランはそのまま形を崩し、もうそこにはなにもなかった。

 

 

 

 

『さて、終わったな』

 

『いいや、まだ終わりじゃない』

 

『そうだったな。終わりは―――』

 

 

『『本物のフランドールを倒してからだ』』

 

 

そういい、ブラックウィザードたちは()()()()()()()()()へと目を向けるのであった。

 

 

 

 

 

~時間は少し遡る~

 

 

『ハァ!』

 

『タァ!』

 

「アハハハハハ!」

 

「モットモットモット!楽シマセテヨ!」

 

 

時間は少し遡り、二人のフランとフレイムドラゴン、ウォータードラゴンがそれぞれ対峙していた。

ウォータードラゴンが放つ銀の弾をフラン達は防ぎ、追撃をする。その追撃にフレイムドラゴンがソードモードで対峙する。銀の一閃がフランに向かって行き、フランがレーヴァテインの炎の一閃で銀を溶かし、フレイムドラゴンが剣を振るう。

 

 

「アナタノ相手ハ私!」

 

『チッ!』

 

 

片方のウィザーソードガンでレーヴァテインを抑えつつ、もう片方のウィザーソードガンをフランに振るう。フランはその攻撃を腕だけで抑え、金属音のような音が響いた。

 

 

『腕が鋼鉄並みって…ッまさに吸血鬼だな!』

 

「武器ハコレダケジャナイヨ?」

 

 

フランの手や腕が業火に燃える。その手を真っ直ぐに伸ばした。―――手刀だ。フレイムドラゴンへと炎に燃える首手刀を振るった。ウィザーソードガンでその攻撃を防ぐが、刀身が溶けていく。

 

 

『クソッ!』

 

「ウグッ!」

 

 

フレイムドラゴンはフランを足蹴りし、その場を離れる。

ウィザーソードガンの刀身が元通りに修復されていく。ウィザーソードガンにある修復装置によるものだ。

 

 

 

『攻撃パターンが掴めねぇ…。まぁゲームキャラじゃねぇんだから当たり前か』

 

『大丈夫か、俺?』

 

『問題ねぇさ。お前は有利でいいよな』

 

『まぁな。火には水だ』

 

「話シテナイデモット遊ンデヨ!」

 

 

ウォータードラゴンが戦っていたであろうフランが飛びながら近づいてくる。

先ほどとは全く違い、全身に炎を纏っていた。

 

 

『炎を纏っての突進か…。だが、()()に用はない!』

 

 

近づいてくるフランを『偽物』と断定し、ウォータードラゴンはホープウィザードリングを【ブリザードリング】に変化させ、ウィザーソードガンにかざす。

 

 

ブリザードッ! プリーズ!

 

 

ウィザーソードガンの刀身が突如氷の魔力が覆われ、刀身全体が凍てついた。それを振るうと氷の斬撃が飛び、フランに向かって行く。フランはその迫りくる斬撃を微かに当たりながらも避けていく。

 

 

「ソノ程度ジャ私ニ攻撃ハ当タラナイヨ!」

 

『いや、当たってるさ。もう』

 

「―――?…ッ!」

 

 

突如、フランの全身が凍り始める。ピキピキ…と音を立てて凍り始める。

 

 

「ナ、ナンデ!?」

 

『吸血鬼――っていうか、かすり傷程度じゃなんとも思わないヤツ等に限って、こういうのは良く効いた』

 

 

そう言い終わる頃には、すでにフランは全身が凍り付き動けなくなっていた。

 

過去――妖怪と戦っていたときのことである。ブラックウォータードラゴンの姿で戦っていたときに、分かりやすく言えば再生能力全般にステータスを振っているような妖怪と戦っていた。軟体動物のような見た目で、心臓も度々移動しており討伐するのに困難だった。しかも頭を吹き飛ばしても再生するような妖怪だったのだ。そんな妖怪を倒した方法は、先ほどやったことと同じ『凍結』だ。

氷の魔力で形成した飛ぶ斬撃が当たるごとに、そこに魔力が付着する。そこから全体が凍るように仕組んであったのだ。やがてその妖怪は『ドラゴンテイル』によって砕け散り、再生することはなくなった。理由としては肉片も凍っていたからだ。

 

これで後はバラバラにするだけ―――

 

 

「私ッ!」

 

 

―――だが、フランがフランを助けようと炎の魔法を飛ばした。――が、その攻撃はフレイムドラゴンによって妨害される。

 

 

「邪魔スルナ!」

 

『するさ。それが俺たちにとって有利なことだからね』

 

「ハァアアアアア!!!」

 

 

フランのレーヴァテインがフレイムドラゴンに振ってくる。フレイムドラゴンはウィザーソードガンに炎を纏い、ぶつけ合う。炎と炎がぶつかり合い、爆風が、熱風が、熱波が、業火が、二人を包み込んだ。

だが、それが悪手となり――

 

 

――バリィイイイイインッ!――

 

 

フランを閉じ込めていた氷が熱によって溶け、内部から破壊され砕け散った。

 

 

 

『おっと』

 

「許サナイ……ッフランヲ閉ジ込メルナンテ!」

 

『偽物のクセに、閉じ込められることに大分キレてるらしいな』

 

「ウルサイッ!」

 

 

フランの『設定上』。495年も閉じ込められたことにより、幽閉などの行為にトラウマに近い何かを持っているのだろうか。フランはレーヴァテインの炎の大きさを先ほどの2~3倍ほどに大きくしたのだろうと推測できる。

 

 

『今更ながら、こんなに図書館ボロボロにしてんのに、本だけが傷つかねぇってどうなってんだか…』

 

「ヨソ見スルナッ!」

 

 

ウォータードラゴンの疑問はさておき、フランは怒りであろうか、今までのスピードよりもさらに速いスピードでウォータードラゴンに責め、足、拳、剣を柔軟に使いこなしウォータードラゴンを追い詰める。

 

 

『うぉッ!あちょッ!あぁ!!』

 

「アハハハハハハハハッ!!」

 

 

フランの攻撃は、滅茶苦茶だ。型や形など存在せず、ただ喧嘩で腕を振り回す子供のように崩れている。

だが、その攻撃がウォータードラゴンにとって―――すべての相手にとって面倒でもある。

 

 

『型がねぇから単純だが面倒くせぇ!』

 

「アハハハハハ!」

 

 

型や形が決まっていない―――。つまり攻撃パターンがわからないと言うことだ。

攻撃パターンがわからなければ、相手がどう動くのか理解できずただ攻撃を喰らうだけだ。

 

 

『くそがッ!』

 

 

ウォータードラゴンは距離を離してウィザーソードガンで撃つ。その攻撃をフランは繊細かつ豪快に避けて進んでいく。

 

 

「ホラホラホラ!!」

 

『だったら!』

 

 

フランは蹴りの体勢で真正面から迫って来た。

ウィザーソードガン二つをソードモードに切り替え、クロスして攻撃を真正面から受け止めた。

 

―――激突する

 

フランの攻撃は凄まじく、ウォータードラゴンは足を引きずりながら後ろに下がっていく。

 

 

『うぉおおおおお!!』

 

「ソノママヤラレチャエ!」

 

 

壁に激突してしまう――

 

 

『交換』

 

 

「エッ?」

 

「エ―――?」

 

 

―――フレイムドラゴンがなにか呟いた瞬間、ウォータードラゴンと『本物のフラン』が入れ替わった。

フランの足蹴りがフランに直撃し、そのまま図書館の本棚に激突し、大量の本が『本物のフラン』へと降り注ぐ。本の一冊一冊がそれなりの質量を持っており、その本がフランにダメージを負わせる。やがて、フランが見えなくなるほどの本が降り注いだ後―――

 

 

「ウガァアアアアア!!!」

 

 

『本物のフラン』が唸り声をあげながら自分を埋めていた本を周りにまき散らす。そのブラックウィザード達を見ている目は、まるで獣の様だった。

 

 

「ナンデ…ナンデ、ナンデ、ナンデ、ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ!!!?」

 

「ドウシテ、私トアイツガ入レ替ワッタノ…!?」

 

『もしかして、俺…』

 

『そうだぞ、俺。自分の能力のこと忘れてんじゃねぇよ』

 

 

 ウォータードラゴンと『本物のフラン』の場所が入れ替わった理由。それは『零夜』の能力だ。『繋ぎ離す程度の能力』。この能力は前に『移動させる程度の能力』と偽っていたときがある。それを使ったのだ。

 

 

『そうだった…。すっかりブラックウィザードの能力に集中しちまった…』

 

『まぁ仕方ないさ。生き物はピンチになると本質を見失うからな。それは誰だって一緒だ』

 

『そうだな。そして、俺たちもそうだったってことだ』

 

 

二人はフラン達を見据えた。

ボロボロになって、ほとんど気力と感情――『壊れた遊びと言う名の愛情表現』で立っているようなものだ。

 

 

「ウゥ、ウゥウ…!」

 

『終わらせる』

 

 

フレイムドラゴンは【ドラゴタイマー】の親指の部分を押す。

 

 

ドラゴンフォーメーションッ!

 

 

フレイムドラゴンとウォータードラゴンに黒い炎と水のドラゴン二匹が纏わりつき、呼称:【ドラゴンヘッド】と【ドラゴンテイル】が装備される。

フレイムドラゴンが足のつま先を地面に軽く叩く。フレイムドラゴンの体が宙に浮く。

 

 

『はぁああああ!!』

 

 

ドラゴンヘッドから炎が噴き出す。炎があまり効かないフラン達が、苦しそうにしていた。

 

 

「ナンデ…フランニ炎ハ効カナイノニ!?」

 

『その防御すら上書きするほどの威力ってことだよッ!やれッ!』

 

『オーケー!』

 

 

炎で苦しんでいるフランたちにウォータードラゴンがさらに追撃をかける。

炎の中で体を横に回転させ、ドラゴンテイルを振るいフランたちを地面に叩きつける。

 

 

『おらっ!』

 

「ウアァ!」

 

「アァア!」

 

 

炎に耐性があるフラン達ですら苦しめられる炎の中、水と氷の属性を持つウォータードラゴンだからこそ耐えられている。攻撃を終わらせた後にすぐに炎の中から離脱する。

 

 

『あっちいよ!』

 

『そうか?どうでもいいがな』

 

 

フレイムドラゴンはドラゴンブレスを取り止め、地面に着地する。

 

 

「ア、ア、アァ…」

 

 

フランたちの肉が焼ける音がする。妖怪だから回復するだろうが、それでも時間はかかりそうだ。

 

 

『お前たちのフィナーレだ』

 

『行くぞ』

 

 

二つのウィザーソードガンに、【フレイムドラゴンリング】と【ウォータードラゴンリング】をかざす。

二人が、それぞれ剣と銃を構えて、目の前のフラン(ターゲット)に狙いを定めていた。

 

 

キャモナ・スラッシュ・シェイクハンズ!

 

 

キャモナ・シューティング・シェイクハンズ!

 

 

フレイム ドラゴンッ!

 

ウォーター ドラゴンッ!

 

 

スラッシュストライク!

 

シューティングストライク!

 

 

 

剣の刀身、銃の銃口に黒い炎と水の魔力が充填されていく。

構えを取り――斬り、放った。

 

銃から放たれたエネルギーはそのままドラゴンの頭を模し、斬撃は綺麗な双曲線を描いて飛んでいく。

 

やがて炎の斬撃と水の銃撃、炎の銃撃と水の斬撃は重なっていく。本来相容れない属性同士が重なり合った攻撃。威力はさらに増していき、身動きは取れないフランたちはそのまま―――

 

 

「「ウァァァアアアアアアアアアア!!!!」」

 

 

炎と水の合体攻撃を直撃し、一体のフランはそのまま消え去り、もう一体のフランは爆風で吹き飛んだ。

 

 

『そっちも終わったようだな』

 

『あぁ』

 

『大丈夫だったか?』

 

『問題なし』

 

 

四人が集まり、『本物のフラン』を見据える。

 

 

『あとはお前だけだ。本物は見つけやすかったからな』

 

「な、なんで…?」

 

『――――?』

 

「なんで、フランが、本物だってわかったの…?」

 

 

そこにいるフランに、もはや狂気など見当たらなかった。

先ほどの攻撃で、正気に戻ったのだろうか?理性が表に出ていた。

フランは驚愕と、疑問で頭がいっぱいだ。

 

 

『わかりやすいんだよ』

 

『簡単な話。四人の中から一人しかない特徴を見つけるだけさ』

 

『そして、それがわかりやすかっただけ』

 

『自分でも気づいていないのか?』

 

 

「な、なにが…?」

 

 

『お前にだけ、あったんだよ。魔法陣が』

 

「ッ!!」

 

 

フランは自分の体を無理やり起こして自分の後ろを見る。そこにはあった。()()()が。

 

 

『それに、弾幕を撃っていたのはそれを背負ってるお前だけだった』

 

『他のヤツ等――偽物は剣での攻撃か炎での攻撃しかしてなかった』

 

『攻撃のバリエーションが一人だけ多かったってことだ』

 

「……ッ!」

 

『これが本当の、お前のフィナーレだ』

 

 

ファイナルタイムッ!

 

 

ドラゴタイマーから鳴る音声が聞こえた後、ウィザードライバーにかざした。

ブラックウォータードラゴン、ブラックハリケーンドラゴン、ブラックランドドラゴンがエネルギー体と化す。そのエネルギーは魔法陣の形を成し、ブラックフレイムドラゴンへと向かい、吸収される。

 

ブラックフレイムドラゴンが漆黒に染まった『火』『水』『風』『土』に包まれ、体に【ドラゴンヘッド】【ドラゴンテイル】【ドラゴンクロー】が装備された。その姿はまさに【ドラゴン】。

 

【仮面ライダーブラックウィザードオールドラゴン】が誕生した。

 

 

『覚悟しろ』

 

 

 

チョイネー キックストライクッ! サイコー!

 

 

地面に投影した大魔法陣に4つの魔法陣を描いて、4色のドラゴンを顕現させ、フランを拘束する。

翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。

脚に炎を纏わせ、キックの体勢にする。

 

 

 

ドリル プリーズ!

 

 

 

『ハァァァァアアアアアアアアア!!!』

 

 

 

 

 

オールドラゴンによって放たれた蹴り技【ストライクドラゴン】がフランに向かって放たれる。

ドラゴンヘッドの炎がオールドラゴンの身に包まれる。

ドラゴンウィングを横に羽ばたかせ、使用した『ドリルリング』の効果で体が回転し、翼を閉じることで針のような形状にする。

ドラゴンテイルをプロペラのように回転させ、爆発的に瞬発力をあげる。

ドラゴンクローを掌を合わせるようする。

 

当たれば瀕死は免れない、凶悪な一撃。

そのまま動けないフランに直撃し――――

 

 

 

 

「四重結界ッ!」

 

 

「防御魔法ッ!」

 

 

「――――!」

 

 

 

 

――――た瞬間、三人の少女がフランの前にたち、防御を行った。

結界に、魔法に技が防がれる。だが攻撃力はブラックウィザードの方が勝っており、ガラスや鏡が割れるような音が響きながら結界を破壊していく。やがて張られた防御はすべて破壊された。

 

 

「はぁあああああ!!」

 

 

博麗の巫女が直接前に出て、再び結界を張った。

 

 

 

『…………』

 

 

それを見届けたブラックウィザードは()()()攻撃を中断した。

 

ブラックウィザードは翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地面に着地する。博麗の巫女は明かに疲労が顔に出ていた。巫女だけではなく、魔法使いたちも疲労が顔に出ている。

 

 

「あんた…流石にやりすぎよッ!」

 

「お前、今完全にこいつのこと殺そうとしてたよな?」

 

「同じ紅魔館の住人として、見過ごすわけにはいかないわ」

 

『お前たちは…博麗の巫女、【博麗霊夢】。普通の魔法使い、【霧雨魔理沙】。【パチュリー・ノーレッジ】……で、合ってるか?』

 

「どうやら、私たちのことは知っているみたいね」

 

「…私の名前を知っているのは何故かしら?」

 

 

 パチュリーが疑問で返した。パチュリーの疑問は最もだ。

なにせパチュリーたちが幻想郷に来たのはつい最近。自分が名乗ったこと以外で知られるのはおかしいのだ。

その疑問に対して、ブラックウィザードは…

 

 

『お前らが戦っているときからすでにいた。その時に知ったってことだ』

 

 

ブラックウィザードはあえてそう嘘をつく。

そうでないとパチュリーの名前を知っている理由が証明できないからだ。

 

 

「そう…。それで、あなたは何者?」

 

『仮面ライダー……ブラックウィザード』

 

「仮面、ライダー……?」

 

 

あえてライダー名で名乗ったブラックウィザード。理由としては単純な名前の偽装だ。

フランに既に偽名で名乗っているとはいえ、正体バレの可能性を少しでも下げるためだ。

 

 

『悪いが、質問はここまでだ。俺は別に用があるからな。この異変を起こしたヤツにな』

 

「レミィに!?そうはさせなウッ…!」

 

 

パチュリーはブラックウィザードに魔法陣を構えたが、突如パチュリーは膝から崩れ落ちた。

 

 

「おいっ!大丈夫かだぜ!?」

 

『それを見るに、元々体調が良く無いのだろう。それに、俺に負けるどころかその前にその二人に負けた時点でお前に俺は止められない』

 

「私なら止められるけど?不審でしかない奴を放っておくことはできないわ」

 

「おっと。私を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 

霊夢はお祓い棒を、魔理沙は八卦路をブラックウィザードに構える。

ブラックウィザードは――――。

 

 

『ハァ〜』

 

 

−−−ため息を吐いた。そのため息から感じられる感情は、『呆れ』

そのため息に、より一層二人の怒りと言う感情が燃え上がった。

 

 

「なによそれ!」

 

「私たちのことバカにしてんのか!?」

 

『俺は言ったよな?この異変を起こした奴に用があるって。つまりお前らに用はないんだよ』

 

「あなたになくても私たちにはあるわ」

 

『そうか………だったらこれだ』

 

 

突如、ブラックウィザードの体が黒く光り、フレイムスタイルへと姿を戻していた。

その代わり、『ある存在』が姿を表していた

 

 

 

ギギャァアアアアアアア!!!

 

 

 

 

「なんですって!?」

 

「おいおいマジかよ……!!?」

 

「あれは、龍……!!?」

 

 

『その存在』の名は、【ブラックウィザードラゴン】。本来アンダーワールドという魔力が充満している世界でしか活動できないドラゴン。だが、この世界は常識が通用しない世界。この世界にも十分魔力は溢れていた。しかもこの場には魔法使いが4()()もいるのだ。魔力は過剰というほどある。

 

 

『俺の使い魔だ。遊ぶのならこいつと遊んでろ』

 

 

ブラックウィザードが命令を出すと、ブラックウィザードラゴンは霊夢たちに突撃し、漆黒の炎弾を放った。

 

 

「キャア!」

 

「うあぁ!」

 

「ムキュ!」

 

 

ブラックウィザードラゴンの炎弾の余波を喰らったパチュリーはそのまま気絶してしまった。

それを交わした霊夢と魔理沙は弾幕を放つが、ブラックウィザードラゴンに効いている様子はない。むしろ無傷だ。

 

 

『じゃあな』

 

 

ブラックウィザードは地上へとつながる階段がある扉へと、歩いていく。

 

 

「ま、待ちなさ――キャア!」

 

「あぁ逃げんなぁ!」

 

『………』

 

 

攻防を続ける二人とドラゴン。それを見届けながらゆっくりと、扉を閉めるのであった。

 

 

 




ブラックウィザード イメージCV【白石隼也】

【ミラクル】の魔法を使用せずにウィザードラゴンを召喚するブラックウィザードさん。幻想郷すげぇ。

感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 吸血鬼の王・夜の王

身体中が痛い…。今日整骨院行こうかな?あ、今日日曜だから休みじゃねぇかww。

―――笑えない。

とりあえず、どうぞ。


―――ブラックウィザードは変身を解き、偽名:【ヤミ】として紅く染まった館、【紅魔館】の廊下を歩いていた。本来攻略すべきキャラクターたちは、【博麗霊夢】と【霧雨魔理沙】によって倒されている。『本来』の時間の流れだと【フランドール・スカーレット】は最後に倒すべきであろう存在だが、先に倒したことにより残るは後一人。つまりは黒幕だ。

 

【紅美鈴】も【十六夜咲夜】も【パチュリー・ノーレッジ】も【フランドール・スカーレット】ついでに小悪魔も倒されているだろう。も倒されている。それにブラックウィザードラゴンに二人を邪魔させている。邪魔する者は誰一人いない。

 

 

『一番厄介なのは倒せた…。吸血鬼だから後に回復するだろうが、やりすぎ――ではないか』

 

 

「吸血鬼だから殺していなければ問題ない」と、自分に言い聞かせる。実際、彼女を先に倒さなければ何らかの『補正』が入り強制的に彼女と戦う羽目になり、計画がおじゃんになる可能性があったからである。実際に生きているために忘れることがあるが、この世界は一応ヤミの認識では『創られた世界』なのだ。ならば少なくとも本来の流れに沿おうと世界からの修正が少しでも入る可能性がある。

 

 

『図書館を探すときあえてスルーしてたが、確実にそこにいますよって言ってるような扉があったからな。確実にあそこにいる』

 

 

目的地はすでに決まっている。一度通ったので間違えることはないだろう。

 

 

『相手は自称吸血鬼の王…。ならば、それに相応しい姿で挑んでやろう。まぁ、その前にこいつらを倒すか』

 

 

ヤミの前に立ちはだかる影が映る。その姿は髪の色や体型なども様々。共通点があるとすれば、『空を飛んでいる』『小柄』『メイド服を着ている』と言う共通点だ。この存在の名は呼称すれば【メイド妖精】。紅魔館が雇っている妖精たちだろう。

 

 

『主人を守るために抵抗するか…。いや、統一者がいないのに自由の象徴でもあるこいつらがそんなことするわけ―――』

 

 

突如、メイド妖精から色とりどりの弾幕が零夜に放たれた。後ろに飛び、その弾幕を避ける。弾幕が当たった床は一部が崩壊し、瓦礫が崩れている。ヤミが避けるところを、メイド妖精たちは残念そうにしていたり、ブーイングをしているような仕草をしていた。そこから導き出される答えは―――

 

 

『やっぱりか。ただの遊び目的。まぁ元からこいつらはそういうヤツだから、あまり気にしてはいないが…』

 

 

妖精は自由の象徴。これは侵入者への対処ではない。メイド妖精にとってはただの遊びだ。

そう呟く間にも、メイド妖精からの攻撃は絶えず続いている。いい加減、倒さなければならない。零夜はとある存在を呼んだ。

 

 

『来いッ!蝙蝠もどき!』

 

 

そう言い放つ。瞬間、何かの黒い影が通り過ぎ、メイド妖精が数体爆散する。その黒い影は蝙蝠サイズほどの大きさ。だが、速度は影がうっすらを見え、メイド妖精を倒すほどのスピードだ。ただの蝙蝠でないことはこれだけで証明できるほどだ。

 

その存在が、ヤミの前に姿を現した。その姿は一言でいえば『機械の蝙蝠』。零夜の言った通り『蝙蝠もどき』とも言える存在だ。その蝙蝠は黒と赤がメインになっており、黄色い複眼が存在していた。

 

 

『お前もこの俺を蝙蝠もどきと呼ぶか』

 

『実際そうだろ』

 

 

その『蝙蝠もどき』の言葉に、ヤミの愚痴で返した。

この蝙蝠の名は【キバットバットⅡ世】。ファンガイアのキングとクイーンに従う身である。

 

 

『フッ。この俺にそう言えるほどの胆力だけは、褒めてやってもいいぞ』

 

『いいからさっさと力を貸せ』

 

『本当に貴様は『あの男』のようなことを言うな。前にも言ったが本来ファンガイアではない貴様が変身すれば命は「そこら辺は能力で解決してるッ!いいから貸せ!」―――そういうのにもそれ相応の礼儀と言うものがあるだろう。まぁいい。力を貸してやる』

 

 

弾幕を避けていたヤミは一旦止まり、キバットⅡ世に手を差し出す。

キバットⅡ世はそのままヤミの手を『ガブッ!』とかみつく。服で肌すら見えない体に、ステンドグラスのような装飾が出現すると同時に、腰に鎖が巻かれ、それが【ダークキバットベルト】となって出現する。

 

 

『変身ッ!』

 

 

キバットⅡ世がベルトの逆立ちするように貼りつき、体全体が銀色に包まれ、それが砕け散ると同時に『それ』は姿を現した。漆黒と赤黒の鎧を身に纏い、頭部の形状は『蝙蝠』を思わせる形。つり上がった暗い青緑を思わせる複眼。その名は―――

 

 

『仮面ライダーダークキバ、参上ッ…ってな』

 

 

ダークキバはマントをたなびかせ、メイド妖精たちに歩きながら近づく。メイド妖精たちは歩いてくるダークキバを的として弾幕を放ち、確実に当たっているが効いていない。その原因は単純なダークキバの硬度。設定上核爆弾ですら傷一つつかないほどの強度を持っているダークキバの―――【闇のキバの鎧】。弾幕程度で傷がつくわけないのだ。

 

痺れを切らしたのか一体のメイド妖精がダークキバに突撃してきた。弾幕が効かないと分かり攻撃手段を変えた―――とは考えにくい。妖精の頭になってみれば、単純に色々攻撃して楽しみたいと言うことだけなのかもしれない。そんなメイド妖精に対し、ダークキバは…

 

 

『邪魔だ』

 

 

―――拳を喰らわせた。一撃だ。たったの一撃。その一撃を喰らったメイド妖精は重力などを完全に無視して横一直線に吹き飛んだ。壁の一部が崩壊し、砂煙が巻き起こる。砂煙が晴れると、その妖精は姿を消していた。妖精は消えると一度自然に還り、また復活する。要するにリスポーンである。

 

消滅したメイド妖精を見た他のメイド妖精は、驚き、困惑、怒り、焦燥など、さまざまな表情をしているのを見受けられた。そしてその後、妖精たちの攻撃が激化した。

 

 

『お前らごときに、構ってる暇はないんだが…』

 

 

そんなダークキバの愚痴など知らないと、メイド妖精は次々に攻撃を加えてくる。弾幕で傷付くわけがないため、ダークキバにとってメイド妖精の攻撃は痒くもないのだ。

 

 

準備運動(フラン戦)も終わったしな。こいつらは―――一撃で終わらせる』

 

 

ダークキバの足元に、緑色の紋章が現れる。その紋章の形はダークキバの頭部を模しているような形だった。この紋章の名は【キバの紋章】。これは紋章を模しているが、その実は結界、エネルギー場だ。

 

ダークキバが掌を上に向けると、それと同時に紋章が大きく広がり、雷のような音が鳴りながら再び地面に投下される。

 

結界によってメイド妖精たちが地面に伏した。結界の紋章のエネルギーによる強制力が発動しているのだ。そのままダークキバは手を払うと、紋章とメイド妖精たちは爆発した。壁が崩れ、装飾品が倒壊し、床が抉れている。この技は、あえて結界のエネルギーを暴発させて爆発させた、ダークキバオリジナルの技だ。

 

 

『フゥン…結構効くんだな』

 

 

 もちろん、ダークキバには傷一つついていない。

倒壊した廊下を、何事もなかったかのように歩く。

 

 歩き、歩き、歩き。扉の前に立つ。扉のノブに触れ、ゆっくりと前に倒す。ダークキバの目に映ったのは、扉から始まった長く紅い絨毯。その絨毯の最後に目を向けると、そこには階段があった。数段ばかりの階段だ。その階段の一番上には、他の椅子よりも大きい、一言でいえば『王の玉座』だ。その玉座に座っている、一つの影を見つけた。

 

 

「……ようこそ。我が館へ」

 

 

 その影は、一人の少女だった。王の玉座に座り、自らを見ているモノを、見下している目をしていた。

 彼女の見た目は色の混じった青髪に真紅の瞳。身長などはフランに近い。ナイトキャップを被り、色は白の強いピンクで、周囲を赤いリボンで締めており、結び目は右側で、白い線が一本入っている。

 衣服は、帽子に倣ったピンク色。太い赤い線が入り、レースがついた襟、三角形に並んだ三つの赤い点がある。

両袖は短くふっくらと膨らんでおり、袖口には赤いリボンを蝶々で結んであり、左腕には赤線が通ったレースを巻いている。

小さなボタンで、レースの服を真ん中でつなぎ止めている。一番上にはS字状の装飾があるが、永夜抄時の衣装では付いていない。

腰のところで赤い紐で結んでいる。その紐はそのまま後ろに行き、先端が広がって体の脇から覗かせている。

スカートは踝辺りまで届く長さ。これにも赤い紐が通っている。

 

 

『お前は…』

 

「我が名は【レミリア・スカーレット】。この館、紅魔館の主であり、吸血鬼の王だ」

 

『そりゃあご丁寧にどうも。俺は仮面ライダー…いや、―――あえて、こう言わせてもらおう。【夜の王】と』

 

「ホゥ…?この私を前に、王を名乗るか」

 

『事実だ』

 

「そうか……」

 

 

その言葉を区切りに、レミリアは椅子から立ち、蝙蝠の翼を展開して空を飛ぶ。

 

 

「私の前で王を名乗ったこと、それ相応の報いをしてもらおうかッ!」

 

 

王と名乗ったことがレミリアの琴線に触れたのか、レミリアは自身の周りに弾幕を展開する。

そして、その弾幕を一斉にダークキバへと向けた。

 

ダークキバは動かない。動かないまま、弾幕に直撃した。

 

 

「………」

 

 

その状態を、レミリアはまだ警戒している目で見ていた。

何故なら―――

 

 

『………』

 

 

そこには、無傷のダークキバがいたからだ。

 

 

「この程度では傷付かないのね」

 

『当たり前だ。貴様程度の攻撃、ダメージを喰らうワケがないだろう』

 

「言ってくれるじゃない。じゃあこれはどうかしら?」

 

 

レミリアは虚空から紅く染まった、エネルギー場の槍を出現させた。

 

 

「神槍スピア・ザ・グングニル。私の武器よ」

 

『ほぉ』

 

「行かせてもらうわ!」

 

 

レミリアは翼を羽ばたかせダークキバへと向かい、神槍を突き刺そうとする。

ダークキバはその槍先を手で掴み、拳をレミリアに向ける。レミリアは自らの持つ腕力を用いて無理やり槍を引いてダークキバの拳から解き放ち、足蹴りをする。

 

 

「ッ!」

 

 

その足をダークキバは掴み、壁へと向かって放り投げる。壁を破壊しながらレミリアは外へ放り出される。

レミリアは空中での方向感覚を失いながらもなんとか取り戻し、体制を立て直す。

 

 

「クソっ…!」

 

『………』

 

「(くッ…。たった一発でもわかる…。相当強い)」

 

 

レミリアは空中でダークキバの情報を少しでも整理する。

―――まずわかっていることは圧倒的な防御力。自身の弾幕を大量に受けながらも傷一つつかない鎧。これが一番の難関だ。それに力だってダテじゃない。自分の足を掴んで無理やり投げ外へ連れ出す荒っぽさ。そんなことは相当な力がないとできない。

 

 

「(まず、あいつの鎧をどうするか…。……?待て)」

 

 

自身がダークキバの情報を整理している途中で、あることに気付く。

それは、ダークキバが追撃をしてこないことだ。分析するほどの時間は攻撃に費やせばいいだけの話。それをしなかったことには何か意味があるはずだ。

 

――そこで、レミリアはある一つの仮説を立てる。

これは悪魔で、仮説だ。

 

 

「なんであいつはこっちにこない?」

 

 

来ないのだ。ダークキバはこうレミリアが空を飛び情報を整理している間も、こちらに来ない。ただ静観しているだけだ。そこから導き出される一つの仮説。

 

 

「まさか、あいつ…飛べない?」

 

 

そう。ダークキバは飛べないのではないかと言う仮説だ。

もし飛べたのならば今すでにこちらに向かってきているはずだ。

 

 

「飛べないのなら、好都合だわ。喰らいなさい」

 

 

 

神罰「幼きデーモンロード」

 

 

 

 

 

レミリアの周りに、一つ一つが巨大な丸い弾幕が現れた。それだけではなく、それより小さな弾幕もちらほらとある。その小さな弾幕から反比例するほどの巨大なレーザーが展開される。それらがすべて、こちらをじっと見ているダークキバに向けて放ち、着弾した。

 

 

「さっきのより強力よ。これでどうかしら?」

 

 

そんなレミリアの小言も弾幕の音と爆発音によってかき消された。

館の一部が崩壊し、砂煙が舞う。

 

 

「これで、やられてくれたらいいんだけど…。――――やっぱり、そうはいかないみたいね」

 

 

レミリアは自身の紅い瞳を煙の中に向ける。

そこには、やはりと言わんばかりの、無傷のダークキバがそこにいた。

 

 

「チッ、やっぱりダメだったのね。硬すぎるにもほどがあるわよ。私では難しいかも…。フランの能力なら、もしかしたら…

 

『………』

 

 

レミリアが小言で今はいない実の妹(フラン)を思い浮かべた。だが、すぐにその考えを振り払った。あの子は危険だ。いつ暴走してもおかしくないのだと、その可能性を取り消した。

そんな中、ダークキバはベルトの横から一つの笛を取り出し、それをキバットⅡ世の口にくわえ、閉じた。

 

 

 

キャッスルドランッ!

 

 

ファンファーレの音が鳴り響く。

その時地面が―――世界が揺らいだ。

 

 

「な、なにッ!?」

 

 

あり得ないほどの、一度も体験したことがないほどの大地震。初体験の恐怖に、レミリアは飲まれていた。

――レミリアはそのとき、下の湖に不審な気配を感じた。今まで感じたことのない、未知の気配。その気配にレミリアは息を飲む。

そして、姿を現した。

 

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

 

 

その存在は、一言でいえば『動く城』。竜と城が、合体している存在だ。

 

 

『こい、【キャッスルドラン】!!』

 

 

ダークキバが叫ぶと、竜と城が合体した存在【キャッスルドラン】がダークキバに頭を近づける。ダークキバが頭に乗ると、そのまま飛来する。

 

 

「――――ッ!」

 

『俺自体空を飛ぶ力はない。だが、他の力を借りれば行けることだ』

 

「それは…さすがに反則じゃないかしら?」

 

 

先ほどの高圧的な態度とは一変、キャッスルドランを見て恐れをなしたのか、態度が小さくなっている。

『設定上』、彼女は500歳とまだ幼い。この幻想郷では500歳など子供同然だ。ダークキバでさえ1000歳は超えているはずなのだ。

 

 

『これは俺が従えているものだ。敵にどうこう言われる筋合いはない』

 

「だ、だけどこれは流石に―――」

 

 

言葉から感じられる通りレミリアは恐れていた、キャッスルドランに。あのドラゴンは強力な力を秘めている。そもそも、キャッスルドランは設定上【ドラン族】と言う種族の最強の種、【グレートワイバーン】を改造して生まれたものだ。元が最強種であるために、レミリアのこの直感は当たっている。そして、何よりレミリアが恐怖しているのは、ダークキバだ。最強種であるキャッスルドランを従えているこの存在が、この竜以上の存在であることなど、子供でも理解できるほどだ。

 

 

『やれ』

 

 

ダークキバの言葉を皮切りに、キャッスルドランの口にエネルギー―――その名も【魔皇力】が人集まりになり球体になる。そのまま球体をレミリアに向かって放つ。

 

 

「――ッ!」

 

 

レミリアはそれを体を逸らして避けるが、次の弾が来た。一発二発と次々と一発一発が強力な攻撃だ。避けてもまた一発一発と次の攻撃が来るためにキリがない。レミリアはキャッスルドランに接近するためだ。迫りくる弾をギリギリで躱す。

 

 

「喰らいなさいッ!」

 

 

ギリギリ、キャッスルドランの頭上に乗っているダークキバに向かい、自身の持っているグングニルを投げた。ただ投げただけではない。自身の持てるすべての腕力、妖力を纏ってでの、自身にできるであろう最大の攻撃を仕掛けた。それだけでは飽き足らず―――レミリアはようやく理解した。

 

先ほどの魔皇力の攻撃は、すべてレミリアを殺せるほどのエネルギーを纏った攻撃だった。当たれば一瞬で自分は灰になっていただろう。レミリアにはそんなマイナスな自身があった。故にこれはここに来る際に知らされた弾幕ごっこ(オアソビ)ではない。ただの殺し合いだ。

 

 

「まだまだよッ!」

 

 

 

獄符「千本の針の山」

 

神術「吸血鬼幻想」

 

紅符「スカーレットマイスタ」

 

「紅色の幻想郷」

 

 

 

追撃を掛けるがごとく、大量のスペルカードを一気に発動させた。これは普通にルールに反しているが、もはやこれはルールのついている遊びではない、ただの殺し合いだ。ならば、自分を生かし、相手を殺すために全力を注ぐことは、なにも間違ってはいない。それが当然のことなのだ。

 

神槍を始めとした攻撃が、キャッスルドランへと降り注ぐ。

 

一回一回の弾幕の数が多いのがこの【スペルカード】の特徴だ。

キャッスルドランは巨大な弾を放つが、それも単発だ。同時多発な攻撃には対処しきれない。

そのまますべての弾が被弾し、キャッスルドラン全体が、煙に覆われて見えなくなった。

 

 

 

「こ、これなら……」

 

 

 

一度の多大な攻撃に、流石のレミリアも息を切らしていた。

相手は強大な防御力を誇る自分以上の怪物だ。ならばその怪物に一矢報いるためにはこれほどのことする必要があった。自分の今できる最大の攻撃。これほど短時間で本気を出すと決めたのは初めてかもしれない。500年も生きていれば大抵のことは忘れる。それは人間でも同じことだ。レミリアは煙の中を見つめる。

 

気を抜いてはならない。あの強大な存在に、気を抜いたら終わりだ。そう自分に言い聞かせ、煙の中を見―――た瞬間、煙の中から、紅く染まった目がこちらを見ていた。

 

 

「ッ!」

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

咆哮が鳴り響く。その方向は大地を、湖を、振動し、響かせる。咆哮が鳴り響き、煙が一瞬にして晴れる。

そこには、無傷のキャッスルドランが存在していた。

 

 

「あれだけ喰らわせても…!!?―――――?あいつはどこ!?」

 

 

キャッスルドランの頭部に、ダークキバの姿が見当たらなかった。あの煙の中に乗じてどこかに言ったのだろうか

?ダークキバの姿を見つけるために当たりを見渡すレミリア。だがその姿はどこにも見当たらたない。

 

 

「一体どこに―――」

 

 

ウェイクアップ・2

 

 

「ッ!!」

 

 

突如聞こえた機械音声。その音にレミリアは気づきその方向を見上げる。その方向とは上だ。真上だ。つまり空。そこには、両足をつけ、両手を広げながら宙を浮いている―――否、落ちているダークキバがそこにいた。

 

 

「そこかッ!」

 

 

レミリアは再び神槍を召喚し、落ちているダークキバに向かって行く。ダークキバは飛べない、そう仮説を立てている。ならヤツは愚策に出たと、そう考え込んでいた。が―――近づいていくときに、それに気づいた。

 

 

「―――ッ!もしかして…!」

 

 

レミリアは今更になって気づいた。あれは落ちているのではないと。『攻撃体制』だったと。

 

 

「しまッ――あがッ!!!」

 

 

急接近してくるダークキバの、両足蹴りをまともに喰らったレミリア。

ダークキバはそのまま膝関節を一回折り、再び伸ばすッ!レミリアはそのまま急降下し、地面に突撃してしまった。石畳を抉り、小石を、大きな石をまき散らし、瓦礫によって無理やり彼女の勢いは殺された。レミリアの白い服はすでに所々が破けており、泥にまみれている部分があるほどだった。

 

 

「う、ぐぅ…!」

 

『これで、終わりだ』

 

「あなた…目的はなんなの?」

 

『目的……何故それを急に?』

 

「攻撃したのは私だけど、ここに来た以上なにかしらの目的があるはずよ」

 

『フゥン…。再生までの時間稼ぎか』

 

「ッ!」

 

『その顔だと図星だな』

 

 

ダークキバの言う通り、レミリアは少しでも時間を稼いで自身の回復と再生をするつもりだった。が、それも一瞬にして見破られた。

 

 

『まぁいい。理由はただ単純。この異変に用が合ってきた』

 

「異変…?私が起こしたこれのこと?」

 

 

レミリアは紅く染まった夜空を見上げる。

 

 

『そうだ。それに用があった』

 

「そう…なら分かったわ。負けてしまった以上、この霧を出しておく意味もないわ。逆に、出していたらあなたは――『そうじゃない』――?じゃあ何?」

 

 

レミリア自身、彼、ダークキバは自身が出した紅い霧――異変を解決しにここに来たのだと思っていた、が、それは本人によって否定された。

 

 

『俺は言っただろう。『異変』に用があると』

 

「どういうこと…?」

 

 

レミリアには理解できない。ダークキバの考えていることが。不理解から来る、疑問がレミリアの思考を覆った。

 

 

『時に―――お前は言ったな。『私では難しいかも…。フランの能力なら、もしかしたら…』と』

 

「ッ!!」

 

 

聞かれていた。小さな小言だったはずだ、それが聞かれていた。

 

 

「それが、どうしたの?」

 

『最初からその可能性はお前の頭で切り捨てていただろうが、お前のところに来る最中にすでにそのフランは倒した』

 

「―――ッ!!貴様ァァァア!!!」

 

 

一瞬にして、レミリアの堪忍袋の緒が切れた。再生され切っていない体を無理やり起こして、ダークキバを怒りの形相で見つめる。先ほどの、今までの彼女からは考えられないほどの怒りが、彼女の口から吐き出されていた。

 

 

「フランを、フランをどうした!?」

 

『……殺した、と言ったらどうする?』

 

「お前を許さない!!私の命に代えてでも、お前を殺してやるッ!!」

 

『理解できないな。あの娘は狂気に(むしば)まれていた。あんな危険物さっさと廃棄すればよかったじゃないか』

 

「黙れ黙れ黙れ黙れェ!!」

 

『お前とあいつは顔が似ている。それに苗字も。姉妹なのだろう。だが、あいつの能力は強力すぎた。だから幽閉したんだろ?』

 

「あぁそうだ!だが、それがどうしたッ!」

 

『では聞こう。何故お前はあの娘を幽閉した?』

 

「どういうことだ…!!」

 

『殺すことだってできたはず。なのになぜそれをやらなかった』

 

「できるわけないでしょう!!たった一人の大切な妹なんだからッ!」

 

 

レミリアは今、自分の本音を語っている。怒りと、自分の目の前にいる存在の恐怖が混ざり合っての出来事だ。簡単に言えば自暴自棄。レミリアの逆鱗に触れたダークキバは、それをただただ聞いて、質問をしていた。

 

 

『では、何故そんな大切な妹を監禁した?』

 

「それしか、あの子を生かす方法がなかったからよ!危険なのはわかってるッ!だけど、あの子を生かす方法がこれしか思いつかなかったッ!フランに嫌われてもいい、フランに蔑まれてもいい、フランに怒られてもいい、フランが生きているのならッ!私はァァァアアア!!!」

 

 

レミリアは息を荒上げ、ただずっと、ダークキバを怒りの形相で見つめ続けている。

 

 

『なるほどな。……いい姉妹愛だ。それをずっと大切にしろ』

 

「お前に言われる筋合いはないッ!それに、フランに私がなんと思われようとも、私がフランを思う気持ちは変わらないッ!決して変わることのない、揺るがない事実よッ!!」

 

 

それは、レミリアの今まで封じ込めていた想い。自らの妹のために、その妹に嫌われようと、貶されようとも、それを甘んじて受け入れる覚悟を持った者の言葉だ。妹を想う気持ちが、十分に感じられる一言なのだ。

 

 

「もう一度聞くぞ、フランを、フランをどうした!!!」

 

『……見ろ』

 

「なにを―――!」

 

 

ダークキバはレミリアの後ろを指さした。

レミリアは突然のことに、考えることもせずただ後ろを振り向いた。

そして、それを見た瞬間、硬直した。なぜなら、そこには―――――

 

 

 

「フ、フラン…?」

 

「お姉さま…それって本当なの…?」

 

 

 

【博麗の巫女】博麗霊夢。

【普通の魔法使い】霧雨魔理沙。

 

そして、レミリアの妹である、フランドール・スカーレットが、そこにはいたのだから―――

 

 

 

 




誤字脱字チェック・感想お願いします。

ダークキバ イメージCV【武田航平】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 姉妹

「フ、フラン…?」

 

「お姉さま…それって本当なの…?」

 

 

紅魔館から少し離れた場所。そこには、五人の人影がいた。蝙蝠を模した装甲を纏う、仮面の戦士。顔立ちが似ている、青髪の少女と金髪の少女。白黒を基準とした服を着ている少女。巫女服を着た少女だ。その少女たちと戦士は、それぞれが硬直していた。

 

 

「フラン…どうしてここに…?」

 

「そ、それは…「私から説明するわ」霊夢?」

 

 

切り出したのは、霊夢だった。霊夢は一度息を吸って吐いた。

 

 

「はぁ~~。実はね―――」

 

 

 

 

―――時は少し遡り―――

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

「きゃぁ!」

 

「うわっと!」

 

 

赤・金・銀・黒のメカニカルな風貌をした西洋のドラゴンが、二人の少女を襲っていた。その名は【ウィザードラゴン】―――ではなく、【ブラックウィザードラゴン】。ブラックウィザードが召喚したドラゴンだ。

 

 

「どうする霊夢ッ!?こいつとてつもなく強いぞ!」

 

「そんなこと分かってるわよッ!」

 

「これでもくらえッ!恋府『マスタースパーク』ッ!」

 

 

魔理沙は八卦炉をブラックウィザードラゴンに向け、七色の極太レーザーを放った。ブラックウィザードラゴンは首を上にあげ、四つの魔法陣を展開した。そこから『火』『水』『風』『土』の魔法エネルギーが混ざり合う。口から魔法エネルギーをそのまま魔理沙と同じレーザー―――ではなくビームとして放った。レーザーとビームがぶつかり合い、空中で爆発する。その爆発の中にブラックウィザードラゴンが飛び込み、霊夢と魔理沙に急接近する。

 

 

「くッ!」

 

「うわッ!」

 

 

ドラゴヘルクローで図書館の床を斬り裂いた。そのままブラックウィザードラゴンの目がロックオンしたのは―――

 

 

「私かよッ!?」

 

 

魔理沙にブラックウィザードラゴンは急接近し、体を後ろに逸らして【ドラゴンテイル】で横に薙ぎ払う。

 

 

「グハァ!」

 

「魔理沙ッ!」

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

ブラックウィザードラゴンは追い打ちと言わんばかりに魔理沙に立ち向かい、その重たい体で魔理沙を押しつぶそうと迫る。魔理沙は体を横に逸らしてその攻撃を避ける。

 

 

「私を無視してんじゃないわよッ!」

 

 

霊夢は封魔針をブラックウィザードラゴンに投げる。針はブラックウィザードラゴンに当たるが、跳ね返る。

 

 

「だったらッ!」

 

 

霊夢は弾幕を放つ。色とりどりの弾が、ブラックウィザードラゴンに被弾する。煙が舞うが、ブラックウィザードラゴンは無傷だ。ブラックウィザードラゴンが霊夢のいる方向を、唸り声をあげながら見る。

 

 

「ようやくこっちに気が向いたわn―――ッ!!?」

 

 

―――突如()()が霊夢の体を突き飛ばした。背中に強烈な衝撃を受け、霊夢は地面に倒れる。

 

 

「霊夢ッ!」

 

 

それを見た魔理沙が霊夢に駆け寄り、心配の声を荒上げる。一体なにが霊夢を吹き飛ばしたのか、それを魔理沙は確認するために辺りを確認する。そこに映ったのは……

 

 

「あれ、あいつが(またが)って動いてたヤツじゃねぇか!」

 

 

その魔理沙が示す『あいつ』は、エンジンの排気音を鳴らし、ライトをチカチカと鳴らしている存在――と言うより物。その名は【マシンウィンガー】。マシンウィンガーが自動で動いて霊夢と突き飛ばしたのだ。

 

マシンウィンガーはその後も自動で動き、ブラックウィザードラゴンに近づき―――合体した。

ブラックウィザードラゴンに翼が生まれた瞬間だった。

 

 

「嘘だろッ!?翼になった!?」

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

ブラックウィザードラゴンは咆哮を上げ、翼を前に押し出し、黒い風を巻き起こした。その風は竜巻となり床の板や本を巻き添えにして二人に急速に接近する。

 

 

「やばいッ!」

 

 

 あれほどの強力な風を、魔理沙はすべて防ぐ自身がない。即座に回避の行動に移す。―――が、その直後に図書館の地面が隆起し、地面が壁となり、三方面が塞がれた。退路は最早竜巻が向かってくる方面のみとなったのだ。

 

 

「マジかよ!?クソッ!防ぐしかねぇ!」

 

 

 弾幕は無意味。ただすり抜けるか、逆に巻き込まれるだけだ。マスタースパークは?無理だ。先ほど撃ってミニ八卦炉の魔力がすでに尽きている。上空は?これも無駄だ、隆起した壁が天井にまで突き刺さっている。壁を破壊する?弾幕を撃ってみてもビクともしない。もういっそのこと竜巻を飛び越えるか?無理だ。風が刃となって自らの体が崩壊する。なら防御魔法を使う?そもそも魔力を攻撃にほぼ使ってあまり残っていない。使えたとしても霊夢にもかけなければならないために、脱出までに時間が掛かる。もし仮に脱出できたとしてもこの先にブラックウィザードラゴンが待ち構えている。だったら天井を突き破って上に逃げるか?魔理沙は上を見るが、なんと天井さえも壁と同じく塞がれていた。だったら下に穴を掘って避難するか?否。あの竜巻を回避するためには深く穴を掘らなければならない。それほどの魔力は残っていない。できても浅いものしかできない。つまり―――

 

 

「万事、休すじゃねぇかよ…!!」

 

 

やられた。窮地にまで追い詰められてしまった。一体どうすればいいのだと魔理沙の頭は混乱する。一体どうすれば―――

 

 

「バカ…私を忘れてんじゃないわよ…」

 

「霊夢?」

 

 

そのとき、霊夢がある程度回復したのか、魔理沙に語り掛けた。

 

 

「だってよ!もうどうすればいいんだぜ!?」

 

「冷静になりなさい魔理沙。私の力、舐めないでよね」

 

「うっ…」

 

「こんなことしている間にも、あの竜巻はこっちに向かってきているわ」

 

「そんなことはわかってるっ!でも今の状況はまさに八方塞がりだぜ!」

 

「あのねぇ。私の能力忘れた?」

 

「霊夢の能力?【空を飛ぶ程度の能力】だろ?それがどうしたんだよ!?」

 

 

博麗霊夢の【空を飛ぶ程度の能力】。この能力は空を飛ぶこと、つまり無重力。地球の重力も、如何なる重圧も、力による脅しも、彼女には全く意味が無い。身も心も、幻想の宙をふわふわと漂うことなのだ。つまり―――

 

 

「私なら、ここを突破できるわ」

 

「おいおい私は!?」

 

「自分を守るくらい造作もないじゃない」

 

「私の魔力は、あのマスタースパークでほぼ使っちまったよ!」

 

「バカッ!こういう時くらい温存しておきなさいよね!はぁ、じゃあこれ使いなさい」

 

「これは…?」

 

 

霊夢から渡されたのは、一枚のお札。

 

 

「そのお札には、結界が封じられてるわ。それを解放すれば、魔理沙の周りに結界は出現するから。それで身を守りなさい」

 

「あ、ありがとな」

 

「お礼なんていいのよ。さて、じゃあ行ってくるわ」

 

 

霊夢が足に力を入れる。足の力と能力を用いて、竜巻を強制突破する―――!!

 

 

 

ドゴォォオオオオオオオオンッ!!!

 

 

 

「「……えっ?」」

 

 

 

―――壁が破壊され、竜巻が消滅した。

二人は理解しきれず間抜けな声を上げてしまっていた。壁が()()され、竜巻が()()したのだ。突然の出来事に、二人の思考は停止した。

 

 

「い、一体何が…?」

 

「どういうことだぜ…?」

 

 

二人はなにが起きたのだと周りを見渡す。そして―――一人の少女に目が行った。

 

 

「あ、あんた…」

 

「あの魔法使いにぶっ飛ばされた―――」

 

「…大、丈夫?」

 

 

ボロボロになった服を纏い、こちらに手を向けている少女――【フランドール・スカーレット】がそこにはいた。彼女の姿は痛々しい。無理やり体を動かしているようにも見えた。そんな状態でも、彼女は能力を用いて二人を救ったのだ。

 

 

「あんた…!そんなボロボロの体で動いてたの!?」

 

「あ、おい!」

 

 

霊夢の叫びが響いた後、フランはゆっくりと倒れ、魔理沙に抱えられる。

 

 

「お前、あんなにボロクソやられて、無理すんなよ!」

 

「大丈夫だよ?」

 

「大丈夫なわけないだろ!?待ってろ、今回復魔法を!」

 

 

魔理沙の手から、暖かな緑色の光が放たれる。

 

 

「暖かい…」

 

「あなた、どうして私たちを…?」

 

 

霊夢が、回復途中のフランに投げかける。あんなボロボロの体を無理に動かしてまで二人を助ける理由が分からない。

 

 

「…なんでだろう?」

 

「え?」

 

 

フランから返ってきた言葉は、疑問だった。

 

 

「分かんないけど、助けなくちゃって思ったから。…私、普段そんなこと思わないのに。とっても不思議」

 

「……よしっ!これで応急処置は終わったぜ!」

 

 

魔理沙の治療を受け、フランはゆっくりと立ちあがる。

 

 

「…ありがとう。でも、私吸血鬼だから、自力で回復できるんだけどね」

 

「吸血鬼?そうなのか?」

 

「うん。ところで…あなたたちは?」

 

「私たちか?私たちは――――」

 

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

 

 

言葉の途中に、ブラックウィザードラゴンの咆哮が、図書館に鳴り響いた。

 

 

「そういえばいたわねあんた…!」

 

「自己紹介の途中で鳴き声出すんじゃんぇよ!」

 

「あの龍さん…。ヤミと何か似てる?」

 

「ヤミ?誰の名前だ?」

 

「それはね――」

 

「おい、来るぞっ!!」

 

 

ブラックウィザードラゴンに、水と土の魔力が纏われる。

それをそのまま地面に投下すると、床が泥水で徐々に埋まっていく。

霊夢たちは即座に空を飛んで回避する。

 

 

「泥水なんて、姑息な真似をして…。一体なんのつもり?」

 

「あぁ~~本が浸水しちまったッ!」

 

「あんたはこんなときに何口走ってんのよ!――――って、あんた、その手に抱えてるのは…」

 

 

霊夢の目が、フランの体に止まる。フランの手には、二人の人物が抱えられていた。

その人物とは、先ほど霊夢と魔理沙が戦っていたパチュリー・ノーレッジ、そしてその秘書の小悪魔。

 

 

「確か、断片的でしかわからないけど、こいつがあなたが出てきたことに驚いていたってことは、あなたがあそこにいる事態が予想外の出来事だったってこと。私の勘だけど、つまりあんたは出てきちゃいけないってことだったってことじゃない?」

 

「…そうだよ」

 

「なのに、なんで助けたのかしら?」

 

 

『設定上』。フランは紅魔館の住人全員の意向で閉じ込められてた。そして本人も引き籠り気味だ。それなのにフランが何故そんな住人を助けるのかが分からない。

 

 

「…私の、意思もあるけど、閉じ込められたのは変わりないよ。私の能力は危険だからって。でも、大事な家族だから」

 

「……そう。それじゃあ仕方ないわね」

 

 

そう話を認め、理解し、霊夢はブラックウィザードラゴンの方に向き直る。それでもなお、フランに言う。

 

 

「そういったドロドロな話、私はあまり好きじゃないの。でも、私から一つ言うとすれば、そんな過去の話いつまでも引きずってんじゃないわよ。その能力が危険だとか言ってるけど、現にあなたはそのわけわかんない能力で私たちを()()()くれたでしょ」

 

「そうだぜ。詳しくは知らないが、誇っていいことだぜ!なにせ、私たちを()()()んだからな!」

 

「――――ッ!」

 

 

二人の言葉が、フランの心に刺さった。悪い意味ではない。侮辱など、そう言った意味ではない。フランの能力、【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】。ただ破壊しか能がないと思っていた能力。破壊と救済は違う。根本的に違うのだ。そんな破壊の能力で救われた、その言葉はフランに多大な衝撃を与えたのだ。

 

 

「あ、ありがとう…ありがどう…!」

 

「こんな時に泣くんじゃないわよ。お礼ならちゃんと全部終わった時に聞くわ」

 

「そうだぜ。だから、まずは全員であいつを倒そうぜ!」

 

 

魔理沙が、ブラックウィザードラゴンに向かって叫ぶ。フランは二人を安全であろう場所に置いた後、霊夢たちの場へもどる。霊夢はフランの方を見て―――

 

 

「それで、手伝ってくれるかしら?」

 

「うん!」

 

「それじゃあ行くぜっ!」

 

 

三人はブラックウィザードラゴンへと向き直り、それぞれの武器を構える。それを開戦の合図と受け止め、ブラックウィザードラゴンはしっぽに冷気を纏い縦に振るった。

 

三人はそれぞれ左右に避ける。尻尾が振るわた部分に氷柱が生み出される。泥水が()て付き冷気が漂う。

 

 

「喰らいなさいッ!」

 

 

霊夢の色とりどりの弾幕が、ブラックウィザードラゴンに向かって行く。ブラックウィザードラゴンの目の前に魔法陣が出現し、それを防ぐ。煙が漂う中、その煙を一つの影が高速で動き、煙を払っていた。その影は手に燃え盛る炎の剣を持ちし吸血鬼―――フランだ。フランは縦に一閃、レーヴァテインを振るう。ブラックウィザードラゴンの荒い銀閃たる爪がその刃を受けとめる。

 

フランとブラックウィザードラゴンの口が近くなった今、ブラックウィザードラゴンはフランに向けて火炎放射をしようと口で炎を溜め――

 

 

「うわぁ!」

 

 

―――発射した。フランはレーヴァテインで炎弾を受けとめながらも、後ろへと飛ばされていく。フランは精いっぱい力を籠め、炎を天井へと投げ出したッ!

 

 

「おい大丈夫か!?」

 

「大丈夫、平気だよ。人間さんのおかげ」

 

「おいおい、私は人間さんって名前じゃなくて、ちゃんと【霧雨魔理沙】って名前があるんだぜ?ちなみにあっちは霊夢な?」

 

「分かった!霊夢と魔理沙ね!」

 

「おう!」

 

「あんたたち雑談してないでこっちに集中しなさい!」

 

 

ブラックウィザードラゴンの爪による炎の飛ぶ斬撃が霊夢を襲っていた。それを見た二人は即座に各々の弾幕を放ち、霊夢を援護した。直撃するが、無傷で空を飛ぶブラックウィザードラゴンを見て愕然とした。

 

 

「やっぱり弾幕じゃあまり効かなねぇのか!」

 

「防御力高すぎでしょ…」

 

「だったら私に任せて!」

 

 

フランが前に出る。それを阻止せんとブラックウィザードラゴンは炎弾を放つ。七色の翼を羽ばたかせながら、(あか)く燃えさかる剣を振るい、自らの行く手を阻む炎を二つに斬る。

 

 

ギェエエエエエエエエ!!!

 

「はぁあああああ――――!!!」

 

 

今こそ使おう―――自分の、破壊しか能がなかった力で、誰かのためになれるというのなら!

その(こころざし)を胸に、フランはブラックウィザードラゴンより上の位置を取り、レーヴァテインを縦に振るう!

 

ブラックウィザードラゴンはそれを阻止しようと黒い水の魔法陣を頭上に描き、炎の剣をガードしようとする。

 

 

「邪魔っ!」

 

 

レーヴァテインと防御がぶつかり合った瞬間―――魔法陣が「破壊」された。

そのままレーヴァテインはブラックウィザードラゴンに直撃し、ドラゴンは地面にそのまま勢いよく直撃した。だが、あまり威力は期待できない。理由としては先ほどブラックウィザードラゴンが出した泥水が威力を緩和しているのが理由だ。

 

 

「やったッ!」

 

「すげぇじゃねぇか!」

 

「やるわね、あなた」

 

「私の能力は破壊する能力だから。あいつの防御を破壊したの」

 

「なるほどなるほど…。これで、勝率が一気に上がったな!」

 

「そうね」

 

「―――うん!それじゃあ、行こっか!」

 

 

三人は、泥中に佇む―――隠れていたドラゴンへと目を向けた。

ブラックウィザードラゴンは咆哮を上げ、自らの巨体を隠していた泥を払った。そして咆哮を上げながらそのまま霊夢たちへ黒い風と土が混ざった砂嵐を放った。

 

霊夢たちは今よりも高く飛びそれを回避する。ブラックウィザードラゴンは砂嵐をそのまま突破して霊夢たちに急接近する。

 

 

「霊夢たちには手を出させない!!」

 

 

フランがブラックウィザードラゴンの頭を吸血鬼自慢の腕力で抑える。その隙にブラックウィザードラゴンの腹を霊夢が下から蹴り飛ばした。

 

 

「せいやっ!」

 

 

衝撃音が鳴り、ブラックウィザードラゴンは天井に打ち上げられる。

天井に激突したブラックウィザードラゴンは体勢を立て直す―――

 

 

「喰らえッ!」

 

 

――が、それを魔理沙の箒に乗っての突進が入った。巨体のブラックウィザードラゴンを動かすのには威力は足りないが、ここは空中だ。空中で体を無理やり動かすのなら、それなりの威力でも可能である。突進を喰らったブラックウィザードラゴンは一瞬怯むも、すぐに尻尾を魔理沙に振るう。

 

 

「はぁ!」

 

 

そこにフランのレーヴァテインが入り、ドラゴンテイルとレーヴァテインがぶつかり合う。衝撃で跳ね返り、ブラックウィザードラゴンは翼を前方に羽ばたかせ風の刃を放つ。

 

 

「結界ッ!」

 

 

霊夢の結界が二人の目の前に張られる。風の刃を結界が阻み、ピシピシと、音が鳴る。

ブラックウィザードラゴンは別の方向に移動し、霊夢の上空を取り、()()()()()()

 

 

「しまった!」

 

 

泥水が先っぽに棘を作りながら、氷柱(つらら)のように伸び、霊夢を拘束した。その際に氷柱から水分を蒸発させ、完全に固くした。霊夢の上空を取ったブラックウィザードラゴンはそこで体を回転させ、雷嵐(らいらん)を起こした。

 

雷と竜巻が混ざり合い、霊夢に着々とダメージを与える。

 

 

「霊夢ッ!」

 

 

魔理沙とフランが霊夢を救出しようとブラックウィザードラゴンに近づく。

だが、それ故に二人は()()()()()()()()()()()()に気付くことはなかった。

 

 

「がっ!」

 

「魔理沙ッ!?」

 

 

突如、()()()()()が、地面に落下した。フランはすぐに自分の上にある魔法陣に気付いた。そこでフランは気づく。|()()()()()()()()()》に使われた、重力の魔法だと。そのまま魔理沙は地面に向かって働く強制的に生まれた重力に逆らうことなく、泥水の中に落ちて行った――

 

 

ドゴンっ!ガラガラガラ!バコンっ!

 

 

―――が、どう考えても泥水からは聞こえてくるはずもない音が響いた。魔理沙が落ちた周りの場所だけ、周りに土塊(つちくれ)が生まれていた。これは、魔理沙の落ちる部分だけ水分を抜き取って完全に地面にしたのだ。本来泥水によって緩和されるはずの衝撃が、土となってそのまま残った。つまり魔理沙は今大ダメージを受けている状態だ。

 

 

「はぁああああ!!」

 

 

フランはすぐに行動に移した。あのドラゴンを倒せばなんとかなると。今もなお雷嵐にダメージを与えられ続けている霊夢も、土の中に実質的に埋まっている魔理沙も、あのドラゴンを倒せばすべてが元通りになると、そう信じ。フランは自身の周囲に弾幕を展開し、放つ。無論これに意味はあまりないことはフランでも理解している。だが、助ける一心で、攻撃を行ったのだ。

 

 

「喰らえッ!」

 

 

フランの破壊の能力が加わった攻撃。対してブラックウィザードラゴンは自身の周りに、四重に魔法陣を張った。それは、黒い火、水、風、土と言った、四大元素で構成された魔法陣。おそらく防御魔法だと直感し、そのまま魔法陣ごと破壊しようと、そのまま剣を振り下ろした。―――が、その直感は見事に外れた。

 

ブラックウィザードラゴンは体を縮こませ、そのまま魔法陣ごと突撃したのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

ブラックウィザードラゴンの狙いは、防御ではなかった。攻撃だったのだ。四大元素の魔法陣をその身に纏い、勢いよくフランに突撃していくブラックウィザードラゴン。フランはすぐに守りの体勢に入ろうとするが―――遅い。

 

ブラックウィザードラゴンの巨体はそのままフランに直撃し、一直線に後ろに吹っ飛ぶ。そのまま壁に激突したフランは、なんとか、ヨロヨロと言った風に飛んでいた。

 

 

「うぅ…」

 

 

自分の破壊する能力も、当たらなければ意味がない。そこを突かれ、フランはブラックウィザードラゴンの攻撃をまんまと喰らってしまったのだ。

 

ほぼ満身創痍のフラン。フランはブラックウィザードラゴンをかすれた目で見据える。どうすればあれに勝てるのだろうか?今も現在雷嵐は霊夢を中心に起こり続け、魔理沙も地面に埋まったままだ。パチュリーや小悪魔も気絶している。この状況を打破できるのは自分しかいない。いったいどうすれば―――

 

 

 

 

『所詮、この程度か…』

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

その時、男の声が聞こえた。とても風格のある、思わず聞きほれてしまうほどの、(おとこ)の声だ。

 

 

『娘よ、貴様はその程度なのか?』

 

「あなたが、喋ってるの…!?」

 

 

そう、この漢の声は、フランの目の前にいる、ブラックウィザードラゴンから発せられた声だ。今まで戦っていた存在が、意思疎通が可能であったことに驚きを露わにするフラン。

 

 

『左様。私が語り掛けている。小娘、あまり私を失望させるな』

 

「うるさいッ!そんなのお前の勝手だ!勝手に期待しといて勝手に失望するなッ!」

 

 

ブラックウィザードラゴンはフランの怒りに触れ、炎の剣を振り回す。

 

 

『型がなく滅茶苦茶な攻撃…。先ほどの攻撃の方がまだマシだ』

 

「黙れっ!」

 

 

「禁弾『過去を刻む時計』ッ!!」

 

 

フランから青い回転十字レーザーと、赤弾が発射される。

このスペカの難関は、左右逆の回り方をするレーザー型弾幕があることだ。簡単に言ってしまえばホイッパーのような回り方をしている。ぶつかりそうでぶつからない絶妙なタイミングで回るレーザーが回り続けるのだ。

 

 

『笑止千万』

 

 

ブラックウィザードラゴンの体を、黒い魔法陣が通過する。この魔法陣は特に目立つ特徴はなく、強いて言えば『無』とも言えるだろう。

 

―――瞬間、ブラックウィザードラゴンはその場から姿を消した。

そして――

 

 

「ッ!」

 

 

フランの、自身の吸血鬼の勘が、感じた。後ろになにかいる――

 

 

「あがッ!!」

 

 

フランの体が、地面に落下した。―――突然の出来事だ。突如後ろから感じた()の気配。振り返る前に攻撃されたのだ。地面に激突する際、魔理沙が地面に落下させられた時と同じ音が鳴り響いた。あの時と同じ要領で、フランの落下する部分だけ、完全に水気を取ったのだ。自らの体を覆い隠している土塊をどかし、羽を羽ばたかせ外から脱出する。

 

 

「な、なにが…?」

 

『わからぬか、小娘』

 

「お前…!」

 

 

自らの頭上、そこにはブラックウィザードラゴンは見下ろしていた。

 

 

「何をしたの!?」

 

『簡単な話。魔法を使えば一瞬にして別の場所へ移動することができる』

 

「ッ!?」

 

 

ブラックウィザードラゴンが供述したこと。それは簡単に言えばテレポートだ。ウィザードの魔法にもあるテレポート。ウィザードの力の源であるドラゴンが、それを使えてもおかしな話ではない。

 

 

『貴様は俺に勝つことはできない。まぁこれ()()()()がな。さて、そろそろ終わりにしよう』

 

 

ブラックウィザードラゴンの口に、漆黒の炎が充填されていく。先ほどの炎とは比べ物にならない、一回りも二回りも大きい炎だ。確実に、この一撃で仕留めるつもりだ。

 

 

「負けない…!絶対に!」

 

 

フランは全身に魔力を纏わせ、レーヴァテインを装備する。レーヴァテインではあれにあまりダメージを与えられないことは理解している。だが、相手は次の一撃で確実に仕留めにくる。だったらこっちもやってやると、自身の魔力を攻撃力、身体能力にすべてつぎ込んだ。フランは膝を曲げ、そして―――

 

 

「はぁあああああ!!!」

 

 

強靭な脚力で、ブラックウィザードラゴンに向かってジャンプした。それと同時に、漆黒の炎弾が放たれた。レーヴァテインを横に一閃!振るい!激突しあう!

 

 

「あぁあああああああ!!!!」

 

『足掻くがよい。足掻くか否かは、お前の自由だ』

 

 

フランはブラックウィザードラゴンの言葉など耳に入っていない。ただ、目の前の漆黒の炎弾を受けとめるばかりだ。

 

 

「はぁあああああ!!!」

 

 

この炎弾、絶対に押し切らせてはならない。この炎弾が地面に投下されれば、この図書館一体が炎の海になる。それに、今だ雷嵐の中に囚われている霊夢、そして今だに気絶しているのか、姿を現さない魔理沙。さらに今も気絶しているパチュリーと小悪魔。自分の失敗で、四人が犠牲になる。そんなことしたくない、させたくない―――!

 

 

「あぁあああああああ……!」

 

 

だが、元々ブラックウィザードによって体力などを削られていたフラン。本来の力を出せず、徐々に押し切られている。

 

 

『小娘。貴様になにができる?力は削られ本来の力を出せず、現に困窮状態。諦めたらどうだ?』

 

「嫌だッ!!」

 

『何故だ?貴様は吸血鬼故に再生能力がある。このくらいでは死なぬだろう』

 

「でも、二人が…!」

 

『たかが人間二人。しかも初対面だ。何故そこまでして助けようとする?』

 

 

そう。ブラックウィザードラゴンの言う通り、二人とフランは初対面だ。初対面の相手に、普通命を賭けてまで守る義理などない。

 

 

「助かったって言ってくれた!私の、破壊しか能がない能力でも、助けることができた!だから助けたいんだッ!」

 

(こころざし)は見事。だがそれを実現させるための力がない。今の貴様にそれはない。それでも、助けるか?』

 

「助けるっ!!何がなんでもっ!!!」

 

 

フランの、心からの、理性からの叫びが響いた。破壊の能力を助けるために使う。そのために、ここで引くワケにはいかない。だが、そのための力がない。今のフランに全力を出すことはできない。徐々に押し切られていくフラン。そのまま、黒炎に飲み込まれ―――

 

 

 

 

 

 

「よく言ったわね」

 

 

 

 

 

 

―――そうなとき、ありえない人物の声が聞こえた。その人物は、今も雷嵐の中に囚われていたはずの…

 

 

「おらっ!」

 

『なにッ!?』

 

「結界っ!」

 

 

その人物は、フランが抑えている炎弾を()()()()()()()()()。炎弾はそのまま形を保てなくなり、結界の中爆発する。そして、その人物は、フランを見る。

 

 

「時間稼ぎありがとうね」

 

「霊夢…!」

 

「おっと。私のことも忘れちゃ困るぜ」

 

「魔理沙…!」

 

 

その人物とは、霊夢のことだった。それと同時に、魔理沙も姿を現した。

 

 

「どうしてここに…?」

 

 

現に、今も雷嵐は発生しているままだ。

 

 

「簡単よ。まずね、私を拘束してた土を破壊した後、私の能力で切り刻まれる対象から「浮いて」その場から逃れたのよ。あれをそのまま残したのは私が脱出したのを悟られないため。それで、魔理沙を助けに行ったんだけど…」

 

 

霊夢は魔理沙を白い目で見る。

 

 

「おいおい。私は私で、ちゃんとやってたぜ。ちゃんとミニ八卦炉に魔力を溜めてたんだぜ?」

 

「そうじゃなくて、私は助けに行って損したって思ってんのよ」

 

「おいおい、そりゃあないぜ!」

 

「どういうこと?」

 

「こいつね、私が助けに言ったら、普通に返事してきたのよ?」

 

「私があの程度で気絶とかするわけないだろう?」

 

 

―――否。普通の人間であれば固い地面が陥没するほどの衝撃を受けたらタダでは済まない。

それを同意するかのように、

 

 

『普通の人間ならば、あれで死ぬところなのだがな…』

 

「おいおい。お前もか。この魔理沙様はそんな簡単に死ぬタマじゃないぜ」

 

「ていうかあんた、喋れたのね」

 

『無論。お主たちとは言葉を交わす理由がなかった故』

 

「でも今がっつり喋ってるじゃねぇか」

 

『それは、今は必要であると判断したまで』

 

「理由はわからないけど、喋れるってんなら話は早いわ。あんたをぶっ倒していろいろと聞かせてもらうわよ」

 

 

霊夢はお祓い棒を、ブラックウィザードラゴンに向けて、そう言い放つ。

 

 

『そのような戯言は結果を出してから言え』

 

「だったら、出させてもらうわ」

 

「いこうぜ、フラン!」

 

「うん!」

 

 

三人の目が、ブラックウィザードラゴンに釘付けになる。どちらが先に動くか、それが重要になってくるからだ。霊夢が動く―――

 

 

 

 

『――時間だ』

 

 

「え?」

 

「は?」

 

「どういうこと…?」

 

 

 

突如、ブラックウィザードラゴンがそう言った。「時間」。そう確かに言った。一体なんの時間が来たのか、不理解により、霊夢たちの思考は一時停止する。

 

 

『できれば、最後まで戦いたかった。だがそれもできぬ。もう時間だからな』

 

「おい!時間ってなんなんだよ!?」

 

『そのままの意味だ。貴様らはもう()くが良い』

 

 

三人の周りが、魔法陣によって阻まれる。実質的に閉じ込められた。そして、光が差す。

 

 

「な、なにを―――」

 

 

霊夢のその言葉は最後まで言われることなく、三人はその場から姿を消した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「で、気づいたらここにいたってわけ。そのときが、あんたが叫んでたときだったのよ」

 

霊夢の説明が終わり、場は静寂に包まれる。話を要約すれば、ブラックウィザードラゴンが霊夢たちをここに飛ばしたのだ。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ち、ちなみにいつから…?」

 

「えーと、大切な妹辺りかしら?」

 

 

つまり、最初から聞かれていたということになる。その事実にレミリアは顔を赤くするが、すぐに元の顔色に戻った。

 

 

「それより、いろいろと確認したことがあるんだけど…。まず、あんた」

 

「なによ…?」

 

「それで、あんたがこの異変の首謀者?」

 

「え、えぇ…」

 

「そう。本来なら私が直々にぶっ飛ばしてやりたかったんだけど…。フラン」 

 

「うん」

 

 

フランは、ゆっくりと、レミリアの元に歩いていく。そして、お互いの顔が近づく。 

 

 

「お姉さま…」

 

「フラン…。どうして、ここに?それに、狂気は…」

 

「それなら、全部なくなっちゃった。私、なんとなくだけどわかるんだ」

 

「なくなったって…。感情がそんな簡単になくなる訳――」

 

「でも、私平気だよ?」

 

 

フランは、レミリアを心配する顔で、レミリアをずっと、曇りなく(まなこ)で見ていた。そして、レミリアもそのフランの表情が信じられないといった表情をしていた。自分の妹はずっと、ずっと狂気に(むしば)われていた。暗い顔の妹しか見たことない。狂気に染まった笑顔しか見たことがない。そんな妹が、今、自分の前で綺麗な笑顔をしているのだ。平常でいられるわけがない。

 

 

「フラン…。本当に、フラン?これは、幻?あいつに見せられてる、幻なの?」

 

「幻じゃないよ、お姉さま。本当に、ほんとの本当に、フランだよ。フランドール・スカーレット。お姉さまの妹だよ」

 

「フラン………フランっ!!!」

 

 

レミリアは涙を流しながらフランに抱き着いた。対してフランの対応のレミリアと同じだ。

 

 

「お姉さま、私ね、今まで、ずっとお姉さまは私のこと嫌いだから、閉じ込めてるって思ったの」

 

「そんなことあるわけないじゃない!ごめんなさい…ごめんなさいフランっ!」

 

 

お互いが涙を流し、抱き合っていた。

そんな慎ましい光景に、霊夢も魔理沙も、ただ傍観しているだけだ。二人も、この姉妹の仲直りに水を差すようなことはしなかった。お互い、気が済むまでやらせてあげようと、そう思っていた。―――。

 

 

 

パチ、パチ、パチ……

 

 

 

そんな静寂を破るかのように、拍手の音が響いた。一斉にその音の原因を見た。その拍手を鳴らしていたのは、やはりダークキバだ。ダークキバは今もなお拍手を続けている。そして、拍手の音が、終わった時…

 

 

 

『いいモノを、見せてもらった。とてもいい姉妹愛だった』

 

「あんた、空気読むことってできないワケ?―――ていうかさっきと声変わってない?」

 

「そうだぜ!あの霊夢でさえも空気読んでんだ!お前もちゃんと読めよ!」

 

「魔理沙、後でじっくりとOHANASHIしましょうか?」

 

 

魔理沙の発言が、霊夢の怒りに触れた。その後も今はそんなことをしている場合ではないと、ダークキバを見る。

 

 

「大丈夫よ。もう」

 

「うん。ありがとね」

 

「いいってことよ。それよりも、今は目の前のこいつよ」

 

 

霊夢はダークキバにお祓い棒とお札を向ける。戦闘態勢だ。他の三人もそれぞれの武器を持つ。

 

 

『お前たちと今回はもう戦うつもりはない。言っただろう。俺には目的がある、そして、この異変にようがあると』

 

「異変に…?ねぇ、あんたがこの異変起こしたのよね?」

 

「そうよ。あいつ、異変を起こした()じゃなくて、()()()()()()に用があるって言ってたわ」

 

「異変そのもの…?どういうことだぜ?」

 

「それは私にもわからない」

 

『まぁ、いいモノを見せてもらったお礼だ。俺も一つ見せてやろう…!」

 

 

ダークキバは、どこからか、()()()を取り出した。

それの色は白。本のような形をしており、成人男性の手に収まる程度の大きさのものだ。

 

 

「なに、それ…?」

 

「本…にしては小さすぎるぜ」

 

『見せてやろう』

 

 

ダークキバはその本を開き、空に掲げる。

―――そのときだった。

 

 

紅い空が、突如一か所に集まり始めた。

 

 

「紅い霧が…!」

 

「集まっていくのぜ!?」

 

 

紅い霧はやがてダークキバの真上に集まり、霧が肉眼で見えるほどの綺麗で小さな粒子状に変換される。その流離がすべて本に吸収されていき、やがて、本に『文字と色』そして―――『物語』が完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これで一つ、()()()()()()()()()()()ぞ…!!』

 

 

 

 

かつて、一匹の吸血鬼により、世界が紅く染まった…

 

 

 

その本―――【紅霧異変】…否、【東方紅魔郷】の【ワンダーライドブック】が完成した瞬間であった。

 

 

 

 




奪う…。それは略奪と言う行為。
異変を略奪した零夜…。彼の目的とは?

次回:執筆中。


誤字脱字:感想お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 東方紅魔郷

―――世界に、空色が広がる。

至って普通のことだ。朝に空は空色になり、夜に黒くなる。これは一つの常識である。だが、今は違っていた。空は、紅く染まっていたのだ。そして、それは空に紅い霧が存在していたのが原因だ。そして、その原因であった空に蔓延していた紅い霧は、一冊の本に吸収されていった。

 

 

「異変を、奪ったですって…!?」

 

 

袖が無く、肩・腋の露出した赤い巫女と後頭部に結ばれた模様と縫い目入りの大きな赤いリボンを付けた少女、博麗霊夢が、驚愕の声を漏らした。彼女は、この【幻想郷】で異変を解決すると言うことを生業(なりわい)としている。そんな彼女の目の前で「異変」を奪われた。彼女が、いや、彼女でなくとも驚くだろう。事象そのものを奪われたのだから。

 

 

『あぁ、そうだ。この異変……呼称すれば、【紅霧異変】。きっちりともらった』

 

 

ダークキバは手に持った一冊の本。【東方紅魔郷ワンダーライドブック】を四人に見せた。

 

 

「それをどうするつもりだ!?」

 

『わざわざお前たちに言う必要もない。知りたければ八雲紫に聞け』

 

「なんであいつの名前が出てくるのよ?」

 

 

霊夢の疑問は当然だ。この場に関係のない名前が出てきたのだから。そして、その人物が相手の目的を知っているのか、と言う疑問から、霊夢の質問は来ている。

 

 

『千年前に、一度会ったことがあってなぁ。そのときに目的だけ教えてやった』

 

「へぇ。随分と律儀なのね」

 

『じゃないと不公平だろう?』

 

「お前から公平なんて言葉が出るのはなんだか遺憾だと私はなぜか思う」

 

 

魔理沙からの辛辣な言葉を、ダークキバは無視して続きを放す。

 

 

『まぁそういうこった。それじゃ、これからもよろしくな』

 

 

ダークキバの後ろに控えていたキャッスルドランの頭上に乗る。

 

 

「あ、まだ話は――!」

 

『お前にあっても俺はない。さらばだ』

 

 

キャッスルドランはゆっくりと、湖の中に沈んでいった―――。

二人はすぐさま湖に向かって走るが、すでに遅かった。

 

 

「逃げられた…!」

 

「どうする霊夢、追うか?」

 

「いいえ。追っても無駄よ」

 

「どうしてだ?」

 

「あいつが湖に入った瞬間、()()()()()()()()()()の」

 

「瞬間!?」

 

 

普通、水中に入ったとしても体は水の中にある。そのために気配などは感じられるはずだ。それに、気配があったのなら潜ってでも探しにいける。だが、気配が消えたのでは探しにはいけない。それに、この消え方も霊夢にとって不自然すぎた。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この周りを()()に例えて考えれば、一瞬にして()()の外側に移動してしまったようなものだ。

 

 

「まるで、その場から一瞬で消えたのよ」

 

「それって、私たちをここまで移動させたあの竜と同じようなことをしたんじゃないのか?」

 

「―――そう考えるのが、打倒ってことかしらね」

 

「なんだか釈然としない言い方だな」

 

「しょうがないでしょ、情報が足りなすぎるのよ」

 

 

そう言い、霊夢は青く光る空を見る。そこには毎日見ている太陽が出ていた。それを見届けた霊夢は、顔を下げる。

 

 

「さて、帰りましょうか」

 

「そうだな。あいつらは―――」

 

 

魔理沙はレミリアとフランを見る。二人は再び抱き合っていた。

 

 

「―――そのままにしとくか」

 

「えぇ。異変のことはあとでしっかりとOHANASHIしとくわ」

 

「それがなければいい終わり方だったんだがなぁ…」

 

「あんな訳の分からないヤツがいる時点でいいも悪いもないわよ」

 

「だな」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

~時は進み、その日の夜~

 

 

 

――ワイワイガヤガヤ……――

 

 

 

博麗神社は、妖怪や人間で賑わっていた。この賑わいの原因は、宴会だ。

この宴会は異変が解決した際に、毎回恒例で行われるものだ。だが、今回は異変は解決したとは言えない。なにせ、奪われたのだから。

 

 

「…で、その仮面のヤツに、異変を奪われたのね」

 

「そう」

 

「傍から聞いたらなに言ってんだこいつって思うが、全部事実だぜ」

 

 

そして、場所は博麗神社の裏の縁側。そこでは二人の少女と女性がいた。

二人の少女は霊夢と魔理沙。そして、女性の特徴を上げるとすれば、長く伸びる金髪。紫にフリルのついたドレスを着用した美人だ。片手に紫の日傘を持っているのも、一つの特徴だ。

 

 

「それで、そいつのことを私が知っていると」

 

「あいつがそう言ってたぜ」

 

「それで、【紫】。なにか知らない?」

 

 

霊夢は、そう目の前の美人。【八雲紫】へと質問した。彼女は千年前に零夜と直接会い、目的も聞かされている。それが、今回と繋がったのだ。

 

 

「それで、その仮面の男の名前は?それが分からないと話は進まないわ」

 

「そうね。確か、【クロ】。そう名乗っていたわ」

 

「『クロ』…『仮面の戦士』…『千年前』…一つ、心当たりがあるわ」

 

 

そのとき、紫の表情は、美人が、いや、女性がしてはいけないような顔をしていた。その表情から、とてつもない怒りが露わにしていることは容易に想像できた。そして、その怒りに便乗して紫から妖力が漏れ出ている。

 

それをマジかに受け、霊夢と魔理沙の心臓の鼓動が早くなる。それは驚きと、圧倒的強者からによるプレッシャーからだ。

 

 

 

「ちょっと紫!どうしたの急に妖力なんて出して!ビックリしたじゃない!」

 

「本当にそうだぜ!」

 

「ッ!ご、ごめんなさい…。つい怒ってしまったわ」

 

「急にどうしたのよ?あんたがそんなに怒るだなんて」

 

「一体、あいつとはどういう関係なんだ?」

 

 

「……仮面の戦士。そして、そいつはクロと名乗った…。それで、目的は私が知っている。それだけでも、あいつしか浮かんでこないわ」

 

「それで、そいつは誰なのよ」

 

 

紫は一呼吸置き、その存在の名を語った。

 

 

 

 

「究極の闇」

 

 

「ッ!!!」

 

「究極の闇?それって「それって本当なの紫!?」うわぁ!」

 

 

 

魔理沙の発言を遮り、霊夢が大声を上げ紫に顔を近づける。

魔理沙はその霊夢の豹変ぶりに、理解ができていない。魔理沙は究極の闇について全く知らないようだ。

 

 

「おい、究極の闇ってなんなんだよ?」

 

「はぁ!?魔理沙あんた知らないの!?」

 

「おう。興味のないことは覚えないぜ」

 

「あんたねぇ…」

 

「私が説明するわ」

 

 

紫が、口を扇子で隠す。そして、語っていく。過去を―――。

 

 

「今から千年も昔の話よ。魔法の森で、一つの闘いが起きたの。それは後に『光闇(こうあん)大戦と呼ばれたものよ」

 

「光闇大戦?」

 

「そう。その光闇大戦は、幻想郷に甚大な被害をもたらしたわ。その痕跡も、今だ一部残っているほどよ」

 

「千年も経ってるのに、残ってるなんてすげぇな」

 

「舞台となったのは魔法の森。闘いの結果、半分以上の大地や草木が消滅し、近くにあった霧の湖もほぼ壊滅。攻撃が妖怪の山まで到達して、一部が山ごと抉れたの。その余波での被害者も少なくないわ。人里は直接的な被害はなかったけど、攻撃の衝撃波だけで歴代の博麗の巫女が管理していた人里を守る結界が破壊された。慧音が能力で人里を「隠して」くれたおかげで、人に被害はなかった。そして、竹林があるのは知っているかしら?」」

 

「あぁ知ってるぜ。でも一直線に竹が生えてなかったり、所々竹が生えてなかったりしてたな。通る度に、変だなって思ってたけど、もしかして…」

 

「えぇ。それも光闇大戦の影響。あそこからは二度と竹が生えてこなくなったわ」

 

「……聞くだけすげぇな。竹林にはそれ以外の被害はなかったのか?」

 

「あそこを使うのなんて、妹紅や兎妖怪くらいよ。それ以外は知らないわ。幻想郷のことはある程度私は把握しているし」

 

「だよな。それに妹紅は死んでも生き返るし、あんまり気に留めることねぇか」

 

「ほんと、不老不死って卑怯よねぇ…。………なんか話が変わってるんだけど」

 

 

そう。究極の闇の話をしているのに、いつの間にか竹林の話になっていた。

霊夢の指摘により、魔理沙はすぐに話を戻した。

 

 

「それで、その究極の闇はどうして闘ったんだ?」

 

「光の妖怪よ」

 

「光の妖怪?」

 

 

始めて聞く妖怪に、魔理沙は首を(かし)げた。

 

 

「あぁ、だから光闇大戦か」

 

「えぇ。そいつの名は【ゲレル・ユーベル】。一言でいえば最低のクズ野郎よ」

 

「うん。すげぇ分かりやすいけど分かりにくいぜ。もっと説明してくれ」

 

「あいつは、女を子供を産むためのだけの道具としてしか見ていなかったの。実際の犠牲者に話を聞いてみてけど、捕まったら最後、孕まさせるまで犯されたって話よ」

 

「ウゲェ…。なんだよその胸糞悪いヤツ!」

 

 

ゲレルの行った悪行の数々に、顔を(しか)める魔理沙。実際、ゲレルの行動はとても許されたものではない。それを聞いた魔理沙は嫌悪感を感じているのだ。

 

 

「他にも、あいつには奇妙で不明な部分があったんだけどね…」

 

「なんか言ったか?」

 

「いいえ、別に。話を続けるわね。当時、ゲレルは一人の妖怪と戦っていたの」

 

「妖怪?究極の闇は妖怪なの?」

 

「いいえ。それはまだ不確かでわからないわ。彼女は闇の妖怪で、ゲレルとは対極の存在だったわ」

 

「彼女…ってことは、そいつは女だよな?もしかして、そいつも…」

 

「実際そうなりかけたけど、そこに究極の闇が乱入したのよ」

 

 

 千年前、ゲレルがその闇の妖怪―――ルーミアを戦闘不能にしたときのことだ。

 そもそも、ルーミアの直接的な敗因はクウガとの対戦で負けたため、体力がほぼないに等しい状態だったためである。紫はそれも説明する。

 

 

「結局、自分の尻拭いをしにきただけじゃねぇのか?」

 

「まぁ極論すればそう思うわよね。でも、ルーミアは人喰い妖怪であると同時に、一歩能力の使い方を誤れば世界を破壊しかねない危険な存在でもあった。対して、対抗できたのが上位の存在である究極の闇。そして、対極の力を司っていたゲレルだった。そんな二人が、激突したの」

 

「それ…二人の闘いだけで幻想郷が滅びたりしなかったのか?」

 

「恐ろしいことを考えるわね…。でも、そう考えなかったことも否定はしないわ」

 

「考えてたのかよ…。お前は戦わなかったのか?」

 

「対極の存在同士、戦わせた方が楽でしょ?」

 

 

確かに、紫の言うことも一理ある。そのまま光を司るゲレルに対抗していたら、光特有の素早さに翻弄され、地道にダメージを与えて勝たれる…。あの男の性格上勝つためには手段を選ばないため、そういったこともやりそうだ。対して究極の闇であるクウガはそのとき始めて現れた存在。対策のしようがない。闇は次元にすら干渉する力。境界を操る能力と似たようなものなので、対策が難しいのだ。そんな危険な存在同士が潰しあっている。これ以上に最高のシチュエーションはないだろう。

 

 

「まぁそうだけどさ。ゲレルってやつは倒さなかったのか?そんな害虫さっさと倒した方が幻想郷のためになるだろ?」

 

「……もちろん、私だって動いたわよ。だけどね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね…」

 

「は、どういうことだよ?」

 

「―――過ぎたことよ。さて、それでその後なんだけど、究極の闇はゲレルを倒した後、彼女を連れ去ったの」

 

「「は?」」

 

 

これには、魔理沙だけではなく、会話に参加していなかった霊夢でさえも素っ頓狂な声を上げた。紫の言っているいみが理解できない。

 

 

「彼女って、お前がさっき言った闇の妖怪だろ?連れ去られたのかよ!?」

 

「えぇ。彼女の行方はまだ分かってないわ。一体何のために連れ去られたのか、予測も交えると様々な考えが浮かんでね…」

 

「……まぁ、その予想を聞くのはまた今度にしとくわ。紫、続きお願い」

 

「なんで霊夢が仕切ってるのよ…。まぁいいけど」

 

「とにかく、究極の闇が残した爪痕は、まだまだたくさんあるのよ。いい例だと妖怪の山ね」

 

「確かに、闘いの巻き添え喰らって、仲間がお陀仏したんだろ?そりゃあいい思いしないよなぁ…。……今更だけどさ、魔法の森から妖怪の山って結構離れてるよな?そこまで届く射程範囲ってどれだけだよ」

 

「数百年くらいかけて埋め立てたんだけど、一部が一直線に(えぐ)れたからね。大変だったそうよ」

 

「そんなにかかったのかよ」

 

 

実際、妖怪の山の規模はデカい。そんな広い面積の山を一直線に抉られたのだ。抉られたときに闇の力で土は消滅し、一からまた埋め立てる必要が出てきたためのことであった。そこで、紫はまた気づく。話が変わっていたことに。

 

 

「―――話を戻すわね。それで、本みたいなもので異変を奪った。そして、ヤツの目的は、おそらく―――」

 

 

紫の口から語られる、あの時クウガから聞いた、目的を。

 

 

「世界の破壊」

 

「世界の破壊!?」

 

 

その単語を聞いた魔理沙は驚きのあまり立ち上がった。スケールのデカすぎる話だ。普通こんなことを聞いたことで誰も信用しないだろう。だが、相手が究極の闇であれば話は別だ。あれは、危険だ。

 

 

「それってヤバくねぇか!?」

 

「えぇ。千年も音沙汰がなかったから、もう諦めたのか、ただの脅しだったのかと思ってたけど…。異変が起きるのを待ってたのかしら?」

 

「それで、世界の破壊と異変を奪うことがなんの繋がりがあるんだ?」

 

「バカね。いい?この異変だけでも人間が体調を崩して、妖怪の力が上がったのよ。そんな異変を次々と奪われて、尚且つそれを一気に解放されたら――――。もう想像はつくでしょう?」

 

 

霊夢の話を聞いて、魔理沙の体が震える。

―――未来の話をしよう。今回の紅霧異変。そして未来に起こるであろう異変の数々。それがクウガに奪われていき、それを一気に解放すれば、簡単に言えば間違いなく世界が滅ぶ。異変はその名の通り異常な変事のことを指している。異常が重なり合えば、世界の均衡を揺るがしかねない事態になる。

 

 

「あぁ…。あいつがどれほどやべぇことしようとしてるのか、理解できたぜ」

 

「究極の闇は、代々の博麗の巫女に語り継がれてきたわ。そうでしょ、霊夢?」

 

「えぇ。私も先代に教えてもらったわ。当初は信じてなかったけど、未だに残る残状を見てからは、信じるしかなかったわ」

 

「結果として、一匹の害虫は消えた。けど安心できないことだってたくさんある。究極の闇がいい例よ」

 

 

紫の言葉を皮切りに、その場に沈黙が訪れる。

そして―――

 

 

「あー…今日はやめにしないか?」

 

 

魔理沙が突如そう言った。魔理沙は今までの空気を完璧に破壊するほどのことを、何食わぬ顔で言いのけたのだ。

 

 

「魔理沙…あなたねぇ」

 

「そうね。今は宴会の場。楽しまなきゃ損よ」

 

 

紫が魔理沙の行動に痺れを切らし、怒ろうとするが、魔理沙の考えを霊夢は肯定した。

 

 

「霊夢…」

 

「話ならまた後でしましょう。せっかくの宴会なんだから、私は楽しむわ」

 

「そうだなッ!いこうぜ霊夢!」

 

 

二人はそのまま宴会の場へと向かっていった。

 

 

「もぅ…。二人ったら…」

 

 

紫は呆れてモノも言えず、ただ座りつくしていた。

そして、突如紫の隣の空間が裂けた。

 

 

「…紫様」

 

「あら、藍」

 

 

その裂け目から現れたのは、金髪のショートボブに金色の瞳を持ち、その頭には角のように二本の尖がりを持つ帽子を被っており、服装は古代道教の法師が着ているような服で、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのような服を被せている。漢服のような中華風の服を着ており、腰からは金色の狐の尾が九つ、扇状に伸びている、身長の高い女性が現れた。その女性は紫に【藍】と呼ばれていた。

 

この女性は、八雲紫の式神である【八雲藍】だ。過去に究極の闇に奇襲を開けたが、謎の能力によって空間と固定されてた女性だ。

 

 

「ついに現れましたね。究極の闇が」

 

「そうね。――――一体、どうして世界を破壊しようとしているのかしら」

 

「それは私にもわかりかねます。相手の思考を読むなど悟り妖怪でなければ不可能です」

 

「そうよね。…どんな理由があろうとも、私の愛する幻想郷を壊そうというのなら、容赦はしないわ。究極の闇。それに、あいつはおそらく私たちの事を舐めているようだしね」

 

「……それはどういった理由からですか?」

 

「第一に、私の名前を挙げたことよ」

 

「…どういう意味で?」

 

 

藍には紫の言っている意味が理解できない。状況の整理をすれば、究極の闇は自らの目的を知っている紫に聞けを言っていた。そこで藍は理解した。紫がどこに怒っているのかを…

 

 

「自らの目的を、一番最初に明かした、という点ですか?」

 

 

つまり、藍の言っていることはこうだ。目的を明かす。それはある程度行動を予測させると言う行為に近い。本気で壊すつもりなら、情報漏洩などしないはずだ。つまり、情報漏洩はあえて行ったものであり、こちらに情報を与えることによって、自分たちがお前たちより上だ、と知らしめたようなものである。この推測で当たっているだろう、と確信を決めた藍。

 

 

「……それもあるけど、まだあるわ」

 

「他になにかあるのですか?」

 

 

だが、紫が気にしていたのはそこではなかった。では一体なんなのだろうと、藍は首をかしげる。

 

 

「実際、私の考えていることはあなたの言った通りよ。でも、その根拠がもう一つあるの」

 

「根拠ですか?」

 

「あいつ、偽名でヤミって名乗ったのよね。仮面の戦士、ヤミ、そして私。ここまでキーワードを出せば、誰なのか予測がつく。予測が付けるように、あえてその偽名を名乗った…と私は考えているわ」

 

「なるほど…」

 

 

紫の言う通り、彼がヤミと名乗り、その人物が仮面の戦士だったとなれば、究極の闇とのある程度の関連性は考えられる。しかも最後に紫に聞け、と言ったのだ。それは紫との関連性を示唆しているようなもの。それだけの条件が揃えば、例え情報が少なくとも究極の闇にたどり着く。

 

 

「あえてわかるようにそう名乗ってたんだわ。忌々しい…」

 

「そうですね」

 

 

藍は主人である紫の考えに肯定する。実際、藍も同じ考えだ。少し考えれば繋がるこの情報をあえて提示してきた究極の闇は、明らかにこちらを舐めているとしか思えないからだ。

 

 

「……ところで、紫様。彼女―――ルーミアのことをどう思っていますか?」

 

「……急ね。どうしたのかしら?」

 

 

急に第三者の存在を口にした藍に驚きつつも、その話を聞くことにした。

彼女は―――ルーミアは今も行方不明のままだ。その原因たる究極の闇が現れたのだから、考えればそれも不思議なことではない。

 

 

「しばらく気にしていませんでしが、究極の闇に連れ去られた彼女は、今一体どうしているのでしょうか?」

 

「……それについてはいろいろと考えたわ。それで、考えた最悪の結末があるんだけど、聞く?」

 

「……ぜひ、聞かせてください」

 

 

「ルーミアは闇の妖怪。そして、相手は究極の闇。声からして男。それで私が考えた最悪の結末。それは―――」

 

 

紫は一旦息を整えてから、その続きを口にした。

 

 

「―――無理やり犯されて、孕ませられているという結末よ」

 

「ッ……!!」

 

 

その紫の考えに、藍の心に動揺が走った。なにせ、それは聞かされた藍にとっても最悪の結末でしかない。子供と言うのは、両親の遺伝子を受け継いで産まれるものだ。どちらか片方が優れていれば、その方の遺伝子を濃く受け継ぐ。それが両方となれば、産まれる子供の脅威は計り知れない。なにせ両方が闇の力を持っているからだ。

 

これも予測の一つでしかないため、真実かは定かではない。

仮にそれが現実になって、脅威が一つ二つと増えていたら、もう洒落(しゃれ)にならない。

 

 

「……それは、最悪の結末ですね」

 

「これも、私の予想の一つでしかないんだけどね。それに、千年も経ってるんだからすでに遅いと思うわ」

 

「……それが現実だったとしたら、とても笑えませんね」

 

「えぇ。……究極の闇。あなたが一体何を考えているのかわからないけど、この世界を壊させたりはしないわ」

 

 

紫はゆっくりと顔をあげ、夜の大地を照らす月を見上げるのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――???――

 

 

 

「…クションッ!……風邪か?」

 

 

全身黒装束の男が、森の中を歩いていた。男は小さなクシャミをしながらも、歩みを止めることはない。

 

 

 

「………ここで、大丈夫か」

 

 

男は地面に尻をつき、背中を木に預けた。

そのとき、

 

 

「うッ…ゲホッゴホッ!!」

 

 

突如、男は咳をし、口を手で押さえた。

その手を口から放すと、掌には血が付着していた。そこから考えられるのはただ一つ。吐血したのだ。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

『やはりな』

 

 

森から、小さな蝙蝠が姿を現した。【キバットバットⅡ世】だ。

 

 

「蝙蝠もどき…」

 

『せめてキバットと呼べ。それより、俺の言った通りだっただろう。ファンガイアでもないお前が、俺の力を使うなど、無理がある』

 

 

そう、冷徹に、淡々と真実を述べていく。男――零夜はただそれを聞くだけだ。それが真実なのはわかっている。だからこそ、反論などできるはずがない。ダークキバは人間など資質がない者が変身しただけでも死亡してしまうため、変身するだけでもリスクが高すぎる。

 

 

「だから、それを能力で補ってるだろ…」

 

『さっきは解決していると言っていた癖にか?お前は実質ライダー擬きの力を使って補っているじゃないか。それで、『何体分』消費した?』

 

「……2~3体分だ」

 

『お前は本当に無理をする。今のお前は、()()()の能力でストックを『消費』して、生き長らえてる状態d――』

 

 

 瞬間、零夜の瞳がキバットⅡ世を睨んだ。

 

 

「その話はするな。不愉快だ」

 

『――そうだな。話を変えよう』

 

 

 キバットは零夜の肩に乗り、零夜の顔を見る。

 

 

『ところで、一つ気になっていた』

 

「なんだ?」

 

『なぜ、あの姉妹の仲にあそこまで介入した?』

 

「………なんのことかな?」

 

『嘘をつくな。ブラックウィザードラゴンにすら手回しをしていただろう』

 

 

キバットの疑問に零夜は惚けるが、嘘は通じるわけもなく、即座に見破られた。

キバットの質問は、スカーレット姉妹の仲にどうしてあそこまで介入したのかという内容だ。

零夜には彼女たちの中を取り繕う理由も意味もなかったはずだ。

 

 

『レミリア…と言ったか、あの小娘は。あの小娘の妹と、お前が『主人公』と認識している小娘二人。あれらが出てきたタイミングが小娘の叫んだ瞬間だったからな。それに、小娘があぁ叫ぶように、お前があの小娘の精神を誘導しただろう?』

 

 

キバットの推測は、ある程度当たっているのではと感じられた。事実霊夢たちは『大切な妹』という部分から聞いていたと言っていた。つまり最初からレミリアの本音を聞かせるために、ちょうど良いタイミングでテレポートを行ったのだろう、と、推測しているのだ。

 

 

「……それだけか?」

 

『無論。それだけではない。お前は姉妹の仲に関する言付けをしていただろう』

 

「………」

 

『先ほども言ったように、お前はあの小娘の本心を吐き出させただろう』

 

 

―――少し過去に戻ろう。零夜はレミリアにこう言っていた。『いい姉妹愛だ。それをずっと大切にしろ』と。それだけではなく、その前にはレミリアの本心を吐き出させるかのような、彼女の逆鱗に触れるような発言を多くしていた。キバットはその会話だけで、零夜の心情をある程度測ったのだ。

 

 

「―――本当に、お前は侮れねぇよ」

 

『つまり、認めるということだな』

 

「あぁ。お前の言う通りだ」

 

 

零夜は観念し、自身がスカーレット姉妹の仲を取り繕うために一芝居したことを認めた。

 

 

『何故あんなことをしたのだ?』

 

「別に、他意はねぇよ。ただ、強いて言うなら―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。かな…」

 

 

零夜は切なさの残る声で呟きがなら、自分の頭上に輝かしく光る衛星を見上げた。

光が零夜の顔を指し、その顔には、哀愁が漂っていた。零夜はこの世界で家族を失っている。同意での運命であったとしても、涙を流すことのできない別れだったとしても、やはり家族と言う関係に溝が入るのを、捨ててはおけないのだろうか?

 

 

『…そうか。ちなみにだが、お前はあの時小娘に魔法を使用してただろう?あれはなにをしたんだ?』

 

「別に、あいつの狂気を封印しただけさ」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

シール プリーズッ!

 

 

 扉を締め切った後、ブラックウィザードは【シール】の魔法を行使した。

 この魔法は対象を封印する魔法だ。その魔法を使い、ブラックウィザードはフランの狂気を封印したのだ。

フランが狂気に囚われていなかった理由が、これである。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

『…理解した。……これ以上は追及しない』

 

「あぁ。そうしてくれ。お前も、ありがとうな」

 

 

零夜は、その場に物理的に存在しない存在に、お礼を言った。返事は返ってこなかった。

少し時間が過ぎ、零夜は懐からあるものを取り出した。

 

 

「にしても、これは何なんだろうな」

 

 

その『あるもの』とは、紅霧異変を奪った、【ワンダーライドブック】と言うデバイスだ。異変を奪った張本人が、奪う手段を疑問に思っているという矛盾が発生していた。

 

 

『俺も知らないな。また、新しく生まれたライダーの世界のものではないか?』

 

「…まぁ、そう考えるのが妥当か。……―――()()()は、これをどうやって持って来たのやら…」

 

『そうだな。()()()には謎が多い。お前にそいつを渡した際、()()()はこれを『すべてを(しる)す物』と言っていた。本が歴史や物語を記すのは当たり前のことなのだがな。なにせ、それが『本』だ』

 

「機能としてはライドウォッチみたいなもんか。……これで異変を奪えるなら、と、特に考えたことはなかったが…いざとなると不思議でしょうがない」

 

 

 ()()()に渡された通称【ブランクワンダーライドブック】。

 そのデバイスに様々なものを記すことによって、それを本として形成するのだろう。これが零夜が予想したこのデバイスの機能だ。例え、それが事象であったとしても。

 

 

「この調子で異変を奪って行けば、俺の目的も叶う」

 

『それで、お前の目的とは?』

 

 

「無論、世界の破壊

 

 

零夜は今までにない険しい顔で、そう言いのけた。その顔を何かで例えるなら、鬼、般若辺りだろうか?

 

 

『本気か?今のお前はまるでディケイドだ』

 

「なんとでも言え。俺のこの(こころざし)は千年で―――いや、最初から本物だったんだ。だから、誰にも邪魔させない」

 

『……いいだろう。俺は最後まで付き合おう。クイーンがいない世界に、意味はないからな』

 

「そこにファンガイアの、が入ってないが?」

 

『俺は()()()()()よりは出来てはないからな』

 

「そうだったな。―――さて、体も落ち着いたし、そろそろ行くか」

 

『最初から家に帰っていればよかったのではないか?』

 

「バカ野郎。それじゃ家が血で汚れるだろ」

 

『おっと、そうだったな。早く帰った方がいいのではないか?でないとお前の女が心配するぞ』

 

「誰が俺の女だ。ルーミアか?」

 

『逆に聞くが彼女以外に誰がいると言う?』

 

「もう一度言うぞ、バカ野郎。俺とルーミアはそんな関係じゃねぇつーの。ずっと一緒にいたお前も知ってるだろ?」

 

『そうか?あちら側は満更ではないと、俺は思っているが』

 

「揶揄うのはやめろ」

 

 

キバットの揶揄いを軽くあしらう零夜は、森の中に一つの光を見つけた。

それは、民家だ。森の中にあるのは、とてつもなく不自然な民家。

零夜はその民家の扉を開けた。

 

その扉が開く音を聞いてか、一つの足音が家の中で鳴る。

そして、そこから出てきたのは、一人の黄髪の美女。

 

 

「―――お帰り」

 

「ただいま」

 

 

 零夜は、捕虜(ルーミア)と、帰りの挨拶を交わしたのであった。

 

 

 

 




誤字脱字・感想お願いします。

究極の闇とゲレルとの闘いを、光闇大戦と名称づけました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東方妖々夢
12 明けない冬


―――ミラーワールド―――

 

 

「…………」

 

 

森にある、一軒家。

その窓から一人の男性が、外の景色を見ていた。外は、一面真っ白の雪景色に覆われていた。とても幻想的で、綺麗な光景とも言える。だが、その代わりに周りの温度が下がると言う代償もあった。

 

 

「……今日も、雪か」

 

 

 彼はその日初めて言葉を口にした。この言葉は、何回喋っただろうかと心の中で思う彼。その原因は、月にある。この月は、衛星の月のことではない。月日の月のことだ。

 

 

「今は4月―――。確実に、異変だな」

 

 

そう呟く彼は、なぜか笑っていた。彼の言った通り、今は4月。普通なら桜の木に桜が咲いている頃だ。それが、今でも雪が降っている。これは、異変だ。この世界において、異変とは解決しなければ世界に少なからず影響を与えてしまうものだ。普通は慌てるべきところ。だがなぜか彼は、笑っているのだ。

 

 

「冬が続く異変―――いいねぇ。【春冬異変】。奪うに値する異変だ」

 

 

 彼は懐から、白く何も書かれていない小さな本を取り出すと、再びそれをしまった。

そして、彼は後ろを振り返る。

 

 

「―――で、いつまで布団の中に閉じこもってるつもりだ?」

 

 

 彼――【夜神零夜】は目の前にある白い球体に言葉を投げかけた。

その球体は、もぞもぞと動いている。そして、その球体から、黄髪の美女が顔を出した。

 

 

「だって、寒いんだもん…。なんで春の時期に雪が降ってるのよ…?」

 

 

 その美女の名前はルーミア。零夜の捕虜―――と言う名目で居候と化している女性である。

彼女は雪が振り、寒くなった室内に対応すべく、布団を全身に纏っているのだ。だが、それも一時しのぎである。

 

 

「いいからさっさと出ろ」

 

「いーやーだー!出たくないー!」

 

「……勝手にしろ」

 

「あ、折れるの早いわね」

 

 

ルーミアもこの展開が予想外だったらしく、そんな反応をした。

零夜はこういう時意地でもやり通す性格なため、そう簡単に諦めるのは以外だった。

 

 

「―――今はそんなことしてる場合じゃないしな。首謀者ぶっ飛ばして、異変を奪わなきゃなんねぇ」

 

 

そう。今の零夜には重要な目的がある。それが今回早く諦めた理由だ。

零夜の異変を奪うと言う目的は、解決されたら終わりだ。つまり、異変を解決される前に異変の首謀者を倒し、異変を奪わなくてはいけない。

 

 

「異変を奪うなんてどうやってんだか…。どういう原理?」

 

「お前に教えるわけないだろ」

 

「そうよね……」

 

 

そうルーミアは不貞腐(ふてくさ)れる。実際、捕虜にそんな情報を教えることの方がどうかしている。――ちなみにだが、ルーミアが何故零夜が異変を奪っていることを知っているのかと言うと、最近知ったと言うのが答えだ。計画を実行し、誰かの目の前で異変を奪った以上、隠すことなどできない。ならば喋っても構わないと、零夜が喋っているからだ。

 

 

「とにかく、俺は現実世界に戻る。ジッとしてろよ」

 

「はーい」

 

 

 ルーミアの適当な返事を返された零夜は、特に気にすることなく、自身の真後ろにオーロラカーテンを出現させ、その世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

―――雪景色の中、彼は自分と言う存在がその世界に生まれた。

しんしんと雪が振る空を見上げる。とても綺麗で幻想的な空だ。

 

 

「――何度も見てきた雪景色。綺麗なのに、これは異変だなんてな。だが―――綺麗で美しいからこそ、奪いたくなる」

 

 

零夜はそう呟き、雪道の中歩みを進める。雪独特の音が歩く度に鳴る。

 

 

「……寒い」

 

 

すぐに気付くべきだった。よく考えれば今の自分は黒装束しか着ておらず、防寒具と言っていいほどのものを何もつけていなかった。出るすぐになんとかすればよかったのだが、ルーミアとのゴタゴタのせいで忘れていた。

 

 

温冷(おんれい)感の切り離し」

 

 

 温冷感とは、暑い、寒いと思う感覚のことだ。物に触れたときの温かさ、冷たさの感じる際に感じる感覚。それを能力で『切り離し』、温冷を感じなくした。これで体温感覚は気にしなくともよい。ちなみにこれの欠点は感覚を感じないがために体の異常に気付かないという点である。

 

 

「そんなに寒いワケじゃねぇし大丈夫だろ」

 

 

そう自分に言い聞かせるように、零夜は歩みを進める。

 

 

「ここから先は、気をつけなきゃな…」

 

 

―――ここで、気を付けなければならないことがある。

冬、と言うことは冬の妖精たちが活発的に動いているということだ。そして、冬や雪に関連する妖怪もまた同じ。いくらこの世界が現実だと言えど、元は二次創作(創られた世界)であることを知っている零夜としては、なんらかの補正が掛かり戦闘が起こる可能性を考慮しなくてはならない。

 

 

「いつでも戦闘できるよう―――」

 

 

刹那、どこからか放たれた氷杭が、零夜を襲った。すぐに飛びその攻撃を避ける。

予測していたためにある程度警戒をしていたおかげだ。だが零夜もこの程度の攻撃、すぐに避けられる自身があるため、これにあまり意味はないかもしれない。

 

 

「へっへーん!一人倒したぞッ!」

 

「チ、チルノちゃん!急に人に攻撃しちゃいけないよ!」

 

 

そこには二人の少女が空を飛んでいた。

 一人はかなりと言っていいほどの低い身長、青い服装に氷の羽根を持つ。6枚の氷の羽を持ち、髪は薄めの水色で、ウェーブがかかったセミショートヘアーに青い瞳、青か緑の大きなリボンを付けている。服装は白のシャツの上から青いワンピースを着用し、首元には赤いリボンを巻いている少女だ。

 もう一人は髪の色は緑、左側頭部をサイドテールにまとめ、黄色いリボンをつけている。服は白のシャツに青い服を着用。首からは黄色いネクタイやリボンを付けていることも多い。その背中からは虫とも鳥ともつかない縁のついた一対の羽が生えている少女だ。

 

 零夜はその二人の姿を確認すると、その二人に向けて歩みを進める。

 

 

「あ、まだ生きてたのか!お前スゴイな!」

 

「あ、あの、大丈夫でしたか!?」

 

「…チッ、いきなり攻撃してくるたぁ、いい御身分だなぁ」

 

 

二人の少女に向かって、見えない顔で怒りの形相をする。

 

 

「本当にごめんなさい!ほらチルノちゃんも!」

 

「なんであたいが謝らなきゃいけないんだよ大ちゃん!」

 

「だって奇襲を仕掛けたのはチルノちゃんじゃん!」

 

「それのなにが悪いの?あたいは最強なんだからなにをしてもいいんだよ!」

 

「そんなの最強じゃないよ!最強って言うのは正々堂々正面から立ち向かって勝ち続けた人のことを言うんだよ!慧音先生も言ってたでしょ?後ろから攻撃するのは人でなしだって!」

 

「でもあたいは人じゃなくて妖精だよ?」

 

「そんなのはいいの!とにかく、後ろから攻撃する人は最強なんかじゃないってことだよ!」

 

「ッ……!そ、そうなの大ちゃん!?」

 

「そうだよ!それに、本当に強い人は自分の非すら素直に認めるって、慧音先生が言ってたよ」

 

「そ、そうなのか!おいお前!」

 

 

チルノと呼ばれた水色の少女とはくるりと零夜の方を向き直る。

反省しているのかしていないのかわからない高圧的な態度だ。だが緑色の少女の説得によって、この少女も反省したようで―――

 

 

「さっきは悪かったッ!これはあたいの方が悪かった!だから今度は正々堂々と勝負しろ!」

 

「そういう意味じゃないよチルノちゃん!」

 

 

―――前言撤回。やはり反省などしていなかったようだ。

 少女は謝った。謝ったが勝負を申し込むと言う謎の循環を生み出した。

 

 バカなのか素直なのか、判断に苦しむ。

 そこで……彼は再び口を開いた。

 

 

「いいさ…。徹底的にやってやるよ」

 

「やるんだな!」

 

「えぇ!?」

 

 

 零夜はチルノの勝負を受けたのだ。こんなことしている暇はない。一刻も早く異変の首謀者を倒し異変を奪わなければならない。だが―――ここまでコケにされて、黙っているほど彼もお人好しではない。

 

 

「あ、あの、本当にいいんですか?」

 

「――黙ってろ」

 

「ヒッ!は、はい…」

 

「お前、大ちゃんを怖がらせたな!許さないぞ!」

 

 

 友達なのか親友なのかわからない緑色の少女――大ちゃん。あだ名だろうが、彼女がなんとか止めようとしている。だが、それを零夜が聞き入れるはずもなく、恐喝するとチルノが怒った。もう、訳が分からなくなっている。

 

 

「元はお前が蒔いた種だろうが…。まぁいい。相手してやる」

 

 

 零夜の周りに突如、緑色をした長方形のものが飛び回る。同時に裏が紫色のカードが、その物体にくっついて飛び回る。当然、それに驚いて困惑する二人。

 そして、その物体が零夜の腰に装着される。

 

 

「変身」

 

 

 

OPEN UP!

 

 

 

その機械音声とともに、光のゲート・【スピリチアエレメント】が出現し、零夜の体を通過する。

通過した後、零夜の姿は変わった。緑のボディスーツ、金色のアーマー、紫の複眼を基調とする姿。頭部が蜘蛛とクローバーを模しているライダー、【仮面ライダーレンゲル】へと姿を変えた。

 

 

「す、姿が変わった!?どうやったんだそれ!?」

 

「チ、チルノちゃん…今すぐ逃げよう…!」

 

「―――?…どうしたんだよ大ちゃん?」

 

「だ、だって、あの人は…!」

 

 

大ちゃん、と言われた少女は気づいたようだ。目の前の存在が、どのようなものなのかを。

 

 

『自己紹介だ。今の俺は【仮面ライダーレンゲル】…。お前等で言う、【究極の闇】』

 

「「ッ!!」」

 

 

 二人の表情は、それぞれ別だった。チルノと呼ばれた少女の顔は、驚愕と怒り。未だ名前の分からない大ちゃんと呼ばれた少女は、焦燥と恐怖の感情が露わになっていた。

 

 

「チルノちゃん!すぐ逃げよう!私たちじゃ手に負えないよ!」

 

「いいや逃げないッ!逃げるなら大ちゃん一人で逃げて!こいつ、大ちゃんの敵だッ!」

 

(かたき)?俺はお前を殺した覚えなんてないんだがなぁ』

 

 

レンゲル―――零夜もあの妖精を殺した覚えなどない。知能があるものならある程度覚えているし、なにより初めて人型を殺ったのはゲレル(ゴミ)のみである。

 

 

「嘘つくな!お前の攻撃が大ちゃんを消し飛ばしたこと、あたいは今も忘れていない!」

 

『いつの話だ?』

 

「千年前だ!」

 

 

 チルノの証言で、零夜は完全に理解した。確かにあの闘いで周りなど気にする余裕などなかった。それに一直線の広範囲攻撃を行ったときに、彼女は巻き添えを喰らったのだろう。

 

 

『あぁ…。あの時か。だが、妖精は死なない。そうだろ?』

 

「それでも!大ちゃんを殺したことには変わりない!今ここであたいが倒してやる!」

 

 

 チルノは自身の周りに冷気を作り、周りの蒸気が凝固し、剣の形となる。氷の羽を羽ばたかせ、レンゲルへと接近し、剣を振るう。

 瞬間、レンゲルは先端がクローバーを模した、伸縮自在の槍型のラウザー、【醒杖レンゲルラウザー】を一瞬にして装備し、チルノの攻撃を受けとめる。

 

 

『妖精の命は軽い。何度死んでも問題ないはずだ』

 

「うるさい!大ちゃんを殺したヤツは許さない!」

 

『お前はそれしか言えないのか!?』

 

 

レンゲルはそのままレンゲルラウザーを一度引き、剣から離す。

 

 

「うわッ!」

 

 

 ずっと前向きに力を入れていたチルノは、急に自身の力を受けとめる物をなくし、そのまま勢いよく地面に投下される。

 そのままレンゲルはレンゲルラウザーを突き出し、チルノに槍先を直撃させる。

 

 

「チルノちゃん!」

 

「クソっ!だったらこれだ!」

 

 

 チルノは自身の周りにいくつもの氷杭(ひょうこう)を作り、それを一気に放つ。

 それに対しレンゲルはレンゲルラウザーを回転させ盾を作り、氷杭を防ぐ。

 

 

『(対処が簡単すぎる…。たった一つ二つ先を考えるだけですぐに攻撃できたり防げる…。設定で、バカって言うのは確かだな)』

 

「攻撃が当たらない!」

 

「チルノちゃん!相手が強すぎるんだよ!私たちが手に負えないって!」

 

「大丈夫だよ大ちゃん!あたいは最強なんだ!闇だかなんだかなんて、あたいにかかれば問題ない!」

 

 

 『設定上』、チルノは自称最強だ。確かに妖精の中では上位の存在としては間違ってはいない。だが、この幻想郷範囲で見れば、チルノは雑魚に等しい。強者のいい例は【博麗霊夢】【八雲紫】辺りだ。

 

 

『(確かに他にも、五大老なんて設定あったなぁ…!まぁ今はいいか)』

 

「喰らえッ!」

 

 

雹符「ヘイルストーム」

 

 

 チルノを中心に、氷の竜巻が発生する。そのまま(ひょう)*1が発生し、竜巻に揺られ全方位に雹が散乱する。

 レンゲルはトランプを模したカード、【ラウズカード】を取り出し、レンゲルラウザーにラウズする。

 

 

 

TORNADO(トルネード)

 

 

 

 カードがレンゲルに吸収される。それと同時に、レンゲルの周りに竜巻が発生し、雹を周りにまき散らす。

 

 

「なッ!?あたいのスペルカードが!?」

 

『風はこっちだって使える。これは本来、本職のヤツなんだがな…』

 

 

 レンゲルが使ったカードは、ハートのカード。つまり【仮面ライダーカリス】のカードだ。レンゲルは――零夜はカリスにも変身できるため、クローバーとハート、二種類のカードが使える。

 逆に、スペードとダイヤのカードは持っていないため使えない。

 

 

『次はこちらからだ』

 

 

FLOAT(フロート)

 

 

 レンゲルは『フロート』のカードを使い、空を飛ぶ。このカードはハートのカードであると同時に浮遊能力を付与するカードだ。妖精は――幻想郷の者たちはほとんどが空を飛べるため、少しでも対等に戦うと言うことだ。

 

 

『来い、最強の妖精!』

 

「やってやる!」

 

 

 チルノは氷剣を構える。羽を羽ばたかせレンゲルへと突撃する。レンゲルはチルノの攻撃をレンゲルラウザーで軽く受け止める。氷剣の冷気から成る氷の斬撃は、相手の体温を徐々に奪っていく―――。

 

 

「おらおらおらおらおらおら!!!」

 

『単純。簡単。簡易。とてもシンプルな攻撃だな』

 

「うるさい!」

 

 

 簡潔に言おう。チルノの攻撃はとてつもなく単純だ。ただただ氷剣を縦、横、斜めと一直線に振っているだけ。これでは子供のチャンバラと同じだ。そこには工夫がないのだ。

 

 

『闘いと言うのを教えてやる』

 

 

 レンゲルは今だ攻撃してくるチルノの構える氷剣をレンゲルラウザーで上に弾く。

 

 

「あっ!」

 

 

 飛ばされた氷剣に気を取られたチルノはこの時完全にレンゲルのことが視界に入ってなかった。――それが、闘いにとって命取りだと言うのに。

 

 

RUSH(ラッシュ) BLIZZARD(ブリザード) POISON(ポイズン)

 

 

 三種のカードをラウズし、レンゲルラウザーに吸収される。レンゲルラウザーの矛先をチルノを突いた。

 チルノは悶え苦しむ。チルノの体が紫色に変化していく。――妖精が何故ここまで苦しむのか、それは毒によるものだ。自然の権化である妖精は、自然そのもの。自然にとって毒とは危険物だ。それ故、効果抜群なのだ。

 

 

「ウグッ!」

 

「チルノちゃん!」

 

 

 チルノは毒により地面に激突した。大ちゃんとあだ名の妖精はチルノに駆け寄る。

 

 

「うぐぐ…!」

 

「大丈夫、チルノちゃん!?」

 

『おーおー。毒だけでここまでとは。なかなかに効くな』

 

「お、おい…!毒なんて…卑怯、だぞ!ちゃんと、闘え!」

 

『ちゃんと?バカ言ってんじゃねぇ。勝負の世界に汚いも綺麗もあるか。故に、毒とて闘いの場において正当な物だ』

 

 

 この場合、レンゲルが正しい。闘いに一般的な正当性など持ち込んだらその時点で持ち込んだ方の負けである。なにせ、もし闘いの形式が『殺し合い』ならばどんな手を使っても勝たなければならない。そうしなければ、死んでしまうのだから。故にどんな方法を使っても勝つ。それが正しいのだ。

 

 

『まぁ可哀そうだからもう少し遊んでやる』

 

「クソっ!あたいを、バカにするな!」

 

「チルノちゃんもうやめて!毒が、チルノちゃんの体がもたないよ!」

 

「ウグ…。でも、大ちゃん!あいつは、倒さないといけないだ!それは、最強である、あたいがするべきで――」

 

 

BIO(バイオ)

 

 

 ――次の瞬間、レンゲルラウザーの先端からツタの触手が生み出され、『大ちゃん』を拘束した。縄で縛る形式で、腹の辺りをグルグルと巻かれる。

 

 

「大ちゃん!」

 

『遊んでやるんだ。もうちょっと楽しませろ』

 

「大ちゃんを放せ、卑怯者!」

 

『まだ分からないか自称最強。妖精は死んでも生き返る。それは常識だ、そうだろ?』

 

 

 レンゲルはチルノと自らが捕縛した『大ちゃん』に問いかける。

 

 

「そ、そうです…」

 

「そうだ!それがどうした!」

 

『だったら俺ごと殺れ』

 

「「ッ!!」」

 

 

 レンゲルから放たれた言葉は、正に青天の霹靂だった。簡単に言えば、レンゲルはチルノにこう言っているのだ。『卑怯な自分を倒したければ、友人ごと倒せ』と。

 

 

『妖精は死なない。ならば殺しても問題ないだろう?』

 

「そ、それは、そうだけど…」

 

「チルノちゃん…」

 

 

 この危機に、チルノは困惑する。この状態で『大ちゃん』ごと撃てば、あいつを倒せるだろう。それに自身を含めて妖精は死んでも生き返る。だから気にすることはない。だが、それを友情と言う名の感情が邪魔をする。友情は素晴らしいものだ。だが、それが時に障害となることもある。とても残酷なものなのだ。もしこのままじっとしていれば、自分が毒でやられてもいずれ復活し、『大ちゃん』も死ぬことはない。

 

 

『さぁ、どうした?早く決めろ』

 

「ウ、グ、…」

 

『……友情が邪魔をするか。友情とは素晴らしいが、残酷でもある。悲しい感情だ。……酷だな。もういい、よくよく考えればお前と付き合っている暇はなかった。せめて、一瞬で終わらせてやろう』

 

 

 レンゲルはツタで捕縛していた大妖精を放し、チルノに向かって落とした。

 

 

「大ちゃん!」

 

「チルノちゃん!」

 

「良かっt―――」

 

 

FLOAT(フロート) DRILL(ドリル) TORNADO(トルネード)

 

SPINNING(スピニング) DANCE(ダンス)

 

 

 ――刹那、レンゲルは竜巻を纏い、チルノと『大ちゃん』に向かってキリモミ回転キックを喰らわせた。

 爆発音が響く。雪が飛び散り、熱で雪が溶けていく。雪が飛び散り、すべてが地面に落下すると、その場に残っていたのはレンゲルだけだった。

 

 

『悪いな。情報を漏らさないために、お前等には見つかった時点で消えてもらうつもりだった』

 

 

 ――普段の彼からは想像できない鬼畜の所業。それもすべて計画と目的のため。自身の不利になるようなことは徹底的に排除しておくのが吉なのだ。

 

 

『まぁ妖精だから「いずれ復活するだろ」

 

 

 レンゲルは変身を解き、零夜に戻る。

 

 

「―――行くか」

 

 

 そのまま何も言わず語らず、異変の元凶の元へ歩いていく。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「―――ねぇ魔理沙。あっちの方でなんか爆発しなかった?」

 

「そうか?私にはなにも聞こえなかったぞ?」

 

 

 零夜のいたところから遠く離れた場所。そこには二人の少女がいた。一人は脇を露出した巫女服を着ている少女。もう一人は白黒の魔法使いの恰好をした少女だ。

 

 

「そんなことより、異変の元凶らしい妖怪、迷った際に見つけた猫妖怪、全く異変に関する手がかりが見つからないな」

 

「早く異変を解決しないと、究極の闇に異変を奪われる。そうしないためにも早く解決しなきゃね」

 

「そうだな。よし、いくぜ霊夢!」

 

 

 二人の少女は空を飛び、この異変を解決せしめんと、どこかへ飛んでいくのであった。

 

 

 

*1
積乱雲から降る直径5mm以上の氷の粒のこと




零夜の鬼畜度が―――上がった! ※数字どのくらいにすればいいかな?
まぁ悪役って大抵鬼畜だからこれはこれで正しいのかな?まぁその代わり作者のメンタルやSAN値が減っていくけど。

誤字・脱字報告、感想、是非お願いします。もしかしたら改稿するかもしれませんが、そこら辺は大目に…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 剣と亡霊

――しんしんと雪が降る中、一人の男が歩いていた。

その男は全身黒ずくめの、なんともな怪しい恰好をしている男だ。そして、その男の手には、桜の花びらのようなものが丸まって集まっていた。

 

 

「……春度(しゅんど)は、これくらいでいいか。()()()をおびき寄せるのにはちょうどいい」

 

 

 その声は、綺麗な美声だ。思わず聞きほれてしまうほどの綺麗な男の声。彼の名は【夜神 零夜】。異変を奪う者だ。

 

 

「……情報だと、冥界の門は空にある。だったら…『重力からの切り離し』」

 

 

 零夜は、『繋ぎ離す程度の能力』を用いて重力と言う概念から離れた。解放されたのだ。それにより零夜は宙に浮いた。

 しばらく飛んで、自身の手に持つ塊が集まっていく場所を探していく。――そして、発見する。

 零夜の目の前には、とてつもなく大きな門があった。鉄でできた扉、そしてその扉の片方が半開きになっており、そこから自身の持っている塊と同じようなものが入り込んでいる。

 

 

「あそこか。すげぇ目立つな…。あの二人が追って来られないように塞ぐか?…そうしよう」

 

 

 零夜は門の中に入る。案外あっさりと通れた。そう思いながらも、零夜は扉を閉める。ここで、門を閉めると言うことはここに流れ込んでくる『春度』の流通を止めると言う行為だ。つまり、()()()が来る。

 

 

「まぁ()()()をおびき出す目的はただの朝練と同じようなもん。気にすることではないか」

 

 

 ()()()を誘き出す目的は、簡単に言えば肩慣らしだ。()()()は剣術に関してはかなり精通していると言ってもいいだろう。本人曰くまだ半人前だが、能力的も肩慣らしにちょうどいい。零夜は改めて、『設定』の知識に助けられていると実感する。

 

 

「『門の接合』」

 

 

 零夜は門の扉と扉を『繋ぎ』、開かなくした。空間ごと接合したので、そう簡単には開くことはない。帰るときはまた能力でもとに戻せばいいだけ。なんの問題もなく帰れる。それに、時間稼ぎにもなる。

 零夜は後ろを振り返り、目の前を見る。そこには階段があった。ずっとずっと、長い長い階段が。その先にも、その先にも、ずっとずっとずっとずっと。階段ばかりが続いていた。

 

 

「長ぇ…。まぁ飛べば問題ないんだが」

 

 

 零夜は再び宙に浮き、階段の先へと向かって行く。

 途中、階段の道を進んでいくごとに階段の両脇にあるかがり火と桜の木が目立っていた。桜の木から花びらが舞っており、とても美しく感じる。

 

 

「――外は冬なのに、ここだけ春なんて、ずるくねぇのかねぇ」

 

 

 彼の言葉に、返答はない。なにせただの独り言なのだから。

 

 

「――『物語』通りじゃ、そろそろなんだがな…」

 

 

 そうポツリと言葉にする。ちなみに、『物語』であればこの先に待ち構えているのは―――

――突如、なにかの音が聞こえてくる。それは、騒音なのどの騒がしい音ではない。どちらかと言うと綺麗な音だ。それも、進むほどに音も大きくなっていく。

 そして、その音の原因を、見つけた。

 

 

「――見つけた」

 

 

 零夜の前には、三人の少女がいた。

 最初の少女は、髪はほぼストレートの金髪のショートボブヘア。前髪は少し真ん中分け気味。 瞳は金色。少しツリ目気味のキリッとしつつパッチリした目つき。

 服装は、白のシャツの上から黒いベストのようなものを着用し、下は膝くらいまでの黒の巻きスカート。ベストに二つあるボタンは赤。スカートにも同じボタンが付いている。 ベストやスカートの裾には円や半円を棒で繋いだような赤い模様があしらっており、 円錐状で返しのある黒い帽子を被っている。 帽子の先には赤い三日月の飾りがついている少女。

 

 二人目の少女は、髪は薄い水色。全体的に強いウェーブがかかった、軽そうなふんわりした感じの髪質。 髪型は、右半分は特に手を加えず肩くらいまで下ろし、左半分は左後頭部辺りでアップにしてまとめる、といった左右非対称の特徴的な髪型のをもち、青い瞳をしている。

 服装は、薄いピンクのシャツの上にこれまた薄ピンクのベストのようなものを着て、薄ピンクのフレアスカートを履いている。 ベストは前面ボタン閉じタイプのもの。二つあるボタンは青で、ベストやスカートの裾にはランドルト環を二つ並べて棒で繋いだような形の、青い模様があしらってある。襟の淵にはフリルが付いている。

 ベストの裾、スカートの端、襟の淵フリル手前、帽子の返しの淵フリル手前には黒いライン付きであり、基本色は薄水色、薄桃色。ワンポイントで青。幻想郷を見渡してもかなり明るいカラーである。

円錐状で返しのあるピンクの帽子を被っており、返しの淵にはフリルが付いている。

帽子の頂点にある飾りは、太陽のような青い球体に青い円柱状の棒が何本か突き立っている物体だ。

 

 三人目の少女は、かなり薄い茶色の髪。 毛先に行くに従って強い内巻きの癖がついており、少しふわっとした毛質のショートヘアである。 瞳の色は薄茶色。

服装は、白のシャツに赤のベストのようなものを着て、下は姉達と違い赤いキュロットを着用している。二つあるボタンは緑。三人の中では唯一、胸元を第一ボタン上まで開けている。

 ベストやキュロットの裾には白い模様があり、返しのある赤い円錐状の帽子を被っている。帽子の飾りは緑の星が飾られてある。

 

 この三人の少女はどことなく顔が似ており、姉妹なのではないだろうかと思うほどだ。―――実際『設定』では姉妹なのだが―――そしてその姉妹の周りには、楽器が浮いていた。しかも、楽器は引かれていた。音が響いているのだ。

 三人の少女は零夜が自身の演奏を耳にしていることに気付く。

 

 

「…あなた、誰?」

 

 

 金髪の少女が、零夜に問いかけた。

 

 

「この先に、用がある」

 

 

 零夜は包み隠さず目的を話した。情報漏洩を気にすることはない。なにせ、彼女らに話しても何の問題もないことは『知っている』から。

 

 

「へぇ…」

 

「お兄さん、この先に何の用なの?」

 

「…外で、冬が明けない異変が起きている。その対処だ」

 

「つまり、異変の解決をしに来たってことね」

 

 

 金髪の少女の対応は冷たいが、水色と茶髪の少女は零夜に友好的に接していた。

 

 

「――あぁ。それで、足止めするか?」

 

「いやいや、私たちはそんなことしないよ。管轄外だからね。私たちはここの主人に呼ばれて演奏しにきただけだから」

 

「そうそう。だから、お兄さんと戦うことはないよ」

 

「私たちは依頼をこなすだけだから」

 

 

 意外にも、彼女たちは零夜を止めることはなかった。それは零夜にとっても予想外のことであり、嬉しい誤算でもある。無駄な戦いをしなくて済むからだ。

 

 

「意外だな。雇い主を倒そうとする奴をそのまま見逃すなんてな」

 

「まぁ、本来ならあなたのような雑音は退治するんだけど――ッ」

 

「姉さん?」

 

「どうしたの?」

 

 

 二人の反応からして、金髪の少女が姉の立ち位置にいるのだろう。あまり言葉に出さないが、三人の中で唯一零夜を警戒している人物でもある。

 

 

「――如何(いかん)せん、相手が悪すぎるからね…」

 

 

 彼女の発言で、零夜は完全に理解した。彼女は、零夜の正体に気付いている。自身が、【究極の闇】だと言う事実に。他の二人は性格が明るく、人を疑うことをあまりしていないように思える。だが、彼女の性格は暗い。それ故に相手を警戒するのだ。警戒して、状況を整理する。

 まず、ここにいる時点で普通の者ではない。それに、【究極の闇】は異変を奪う者。異変が起きた場所に現れないはずがない。その情報から、彼女は零夜のことを【究極の闇】だと思っているのだ。そして、彼女の考えは正解だ。

 

 

「姉さん、この人知ってるの?」

 

「――知らない方がいいこともあるわよ。【メルラン】」

 

「なんで?せっかくだから教えてよ」

 

「【リリカ】…。私たち、まだ死にたくないでしょう?」

 

 

 どうやら、下の妹の名前は【メルラン】と【リリカ】と言うらしい。だが、零夜は()()()()()()()()。なぜなら、()()()()から。

 そして、彼女の恐怖が混ざった発言に、二人は困惑する。

 

 

「…それ、どういう意味?お兄さんが私たちのこと殺すって言ってるの?」

 

「まさかー。そんなに力感じないし。せいぜい魂がおかしいくらいでしょ」

 

「まぁ、確かにそうだね。目立つところがあるとすれば、魂がおかしいね」

 

「魂がおかしい?」

 

 

 二人から変な発言を聞き、考えもせず聞いてしまった零夜。魂がおかしいとはどういう意味なのだろうか?

 

 

「うん。なんか本当に変だよ、お兄さんの魂」

 

「私たち、霊だから分かるよ。お兄さんの魂は、異質」

 

「…あなたのような魂は、初めてみた」

 

 

 三人の指摘を受け、零夜は軽くショックを受ける。まさかそんなところがあったとは、思いもしなかった。その魂の異質さが、何を指摘しているのかが気になる。それで零夜は続いて質問をする―――。

 

 

「はッ!!」

 

 

 突如、声が聞こえた。その声は、零夜のモノでもない。そして、零夜の目の前にいる三人の声でもない。これは、真上から聞こえた。

 

 

「ッ!」

 

 

 零夜はすぐさまその場から離れた。それと同時に、零夜の立っていた場所が抉れた。石でできた道が壊れ、小石が散乱する。

 足に力を入れ、地面に踏ん張る。やがて勢いは止まり、零夜は攻撃が来た場所を見る。

 

 

「……侵入者、どうやってここまできた?」

 

 

 そこには銀色・白色の髪をボブカットにし、黒いリボンを付けている少女がいた。

眼の色は暗めの灰色~青緑色。人間に比べて肌は白い。白いシャツに青緑色のベストを着ており、下半身は短めの動きやすいスカートからドロワーズが覗いていて、白靴下に黒い靴か草履を着用し、胸元には黒い蝶ネクタイを付けている。ベストやスカートには霊魂を模した柄が描かれている。

そして、【半霊】と言う半身を、隣に添えていた。

 

 その少女は空を飛び、その両手には二本の刀を持っていた。特徴としては、一本は長く、もう一本は長刀と短刀の中間辺りの大きさの刀を持っていた。

 

 

「挨拶代わりに攻撃たぁすげぇご挨拶だな」

 

「黙れ。……【ルナサ】さん。どういうことですか?」

 

「――向かう途中に出会ったのよ。私たちは知らない」

 

 

 先ほど話してた金髪の少女、名はルナサと言うらしい。ルナサは細い目で乱入してきた少女を見続け、少女は睨む。―――その冷たい戦いは10秒ほどで終わった。

 

 

「分かりました。どうやらこの侵入者に関しては、あなたたちは関わってないようですね」

 

「分かればいいのよ」

 

 

少女の方から負けを認めた。少女は出来る限り情報を整理し、述べた。それは当たっており、ルナサから肯定の言葉が返ってくる。

 

 

「それで、あなたはどうしてここに?普段は頂上付近で待機してるのに」

 

「春度の供給が途絶えたので、様子を見に来てみたら…案の定でしたよ。あなたは―――いえ、聞くまでもありません。斬ればいいだけです!」

 

 

 少女は刀を振り回し、飛ぶ斬撃に似た弾幕を零夜に放つ。弾幕を避けるために再び移動をする零夜。砂ぼこりが舞い、零夜の体が隠れ、それが晴れると―――、零夜の腰に、瞳のようなドライバーが出現した。

 彼女も、いつの間にか零夜の腰に謎のものが装着されていたことに、疑問に思ったのか質問をした。

 

 

「――なんですか、それは?あの一瞬でそんなもの付ける余裕があるとは―――。舐めているんですか?」

 

「チッ、短気な野郎が。勝手に拡大解釈しやがって」

 

 

 零夜にとっては戦闘準備なのだが、彼女にはそんなものをつけている余裕があるのだと、逆に苛立たせる行為になっていたらしい。

 零夜は愚痴った後、いつの間にか手にしていた目玉のようなものを持っていた。持っている親指でボタンのような物を押し、瞳にマークのようなものが現れる。それをドライバーのカバーを開き、中に装着し、カバーを閉じる。すると、瞳からパーカーが出現する。

 

 

アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!

 

 

 独特な音声が響き、空中で今も、生きているようなパーカー―――【パーカーゴースト】が零夜を中心に踊りまわる。

 パーカーゴーストを見た、周囲の反応は独特だった。

 

 

「なんですか、あれは…?半霊と同じようなものを感じる…」

 

「お姉ちゃん、あれ、なに?」

 

「魂のようなものを感じるよ?」

 

「私に聞かれても…。とにかく、ここは危険。離れるよ!」

 

 

 様々な考えの中、ルナサは逃げることを選択していた。だが、彼女の行動は決して間違ってなどない。彼女の行動は正しい。それだけは間違いなく言えることだ。なにせここは今から――激戦区と化すのだから。

 ルナサの言う通り、他の二人もその場から離れていき、その場所には二人だけとなる。そして、レバーを引いて、押した。

 

 

カイガン! ダークライダー! 闇の力! 悪い奴ら!  

 

 

「姿が変わったッ…!?」

 

 

 零夜は、白と黒を基準とした、複眼が燃える炎のような形状をしている姿、【仮面ライダーダークゴースト】へと姿を変えた。

 そして、突如姿を変えたことに驚愕の表情を露わにしていた彼女は、時間が経つにつれて、納得と怒りの表情へと変わった。

 

 

「そうか…。貴様、見たときから魂が異質だ。と、いうことは――お前が『究極の闇』だな?」

 

『お前もそれを言うか。まぁ、いい。そうだ。俺が究極の闇。俺の判定基準は何なんだか―――』

 

 

 ダークゴーストが言葉を言い終わる前に、彼女は接近し、剣を振るう。

 咄嗟にダークゴーストは【ゴーストドライバー】から【ガンガンセイバー】を召喚し、剣を打ち合う。

 

 

『いきなり斬りかかってくるたぁとんだご挨拶だなぁ…【魂魄妖夢】ゥゥ……!!』

 

「貴様…私のことを知っているのか!?」

 

 

 彼女――【魂魄妖夢】は驚愕していた。なにせ名乗ってもいない相手に自分の名前を言われたからだ。それはある意味恐怖と言ってもいいだろう。初対面の相手に自分の名前を知られていることは、恐怖でしかない。例外として、有名人と言う者もいるが、魂魄妖夢自身はそこまで有名になったわけでもないことは自分でも分かっていた。故に、彼女はどうして目の前の存在が自分の名前を知っているのかが理解できない。

 

 

「どうして、私の名を…!?」

 

『予習復習は基本中の基本だろ?お前のことはあらかじめ調べておいた』

 

「くッ!」

 

 

 妖夢はもう片方の短剣――【白楼剣】を逆さに持ちダークゴーストに振りかざす。ダークゴーストはすかさずもう片方の腕で受け止め、ガンガンセイバーを持つ手に力を入れ、妖夢を力で押し、妖夢は後ずさる。

 

 

『その程度か?』

 

「そんなわけないだろう!」

 

 

 妖夢は剣を振り、弾幕を放つ。

 ダークゴーストはそれに対応するために空を飛び、迫りくる弾幕をガンガンセイバーで対応する。

 

 

「空を飛ぶか!」

 

 

 妖夢も空を飛び、お互いの顔が真正面になる。

 

 

「技量はなかなか…。流石は世界を壊すと言っただけはありますね…」

 

『半人前に言われても嬉しくないがな』

 

「―――ッ、どこまでも癪に触る…!」

 

 

 妖夢は怒り、一枚のカードを取り出す。

 

 

餓王剣「餓鬼十王の報い」

 

 

 妖夢はスペルカードを唱えると、刀を振るい、横一文字が飛ぶ斬撃兼弾幕として発動し、ダークゴーストを襲う。

 ダークゴーストはすかさず避ける―――が、その次の瞬間。

 

 

『ッ!』

 

 

 ダークゴーストは、背中に痛みを感じた。すぐさまその部分を見てみると、そこからは煙が舞い上がっていた。後ろを確認するが、そこには誰もいない。それは不自然だ。ダークゴーストは360度周りを確認する。すると、気づいたことがあった。すでに遅かった。なにせ、自身の周りに弾幕が展開されていたから。その弾幕は一斉に、一直線にダークゴーストへと直撃し、煙が舞う。

 

 

「……やりましたかね?」

 

 

 妖夢は煙の中は何も見えない。だが、自身の中で今発動したスペルカードは強力なカードの一枚。やられなかったとしても、無傷では避けられない――――

 

 

『なるほど、良い攻撃だった』

 

「ッ!」

 

 

 瞬間、煙が一瞬にして晴れる。こんな晴れ方は自然ではない。つまり故意。

 妖夢は何事かと、ダークゴーストの方を見る。そこには、見た目の変わったダークゴーストがいたのだ。

 

 

カイガン! ムサシ! 決闘!ズバット!超剣豪!

 

 

 その見た目は、顔が二本の刀が重なりあい、見た目は赤、鉢巻きや襷といった和風な外見となっていた。

 当然、見た目の変わったダークゴーストに、妖夢は困惑する。だが、妖夢が驚いたのは見た目じゃない。その中身の方だ。

 

 

「それは…!?どうして…!?【宮本武蔵】の魂!?」

 

 

 妖夢は、半人半霊だ。これは人間と幽霊のハーフであるが、人間と幽霊の間の子と言うワケではない。これは半人半霊体質の種族と言う意味である。

 故に妖夢は、ある程度の魂の判別ができる。そして、それが後の未来に語り継がれるほどの偉人とあれば尚更だ。

 ダークゴーストの体からは、その武蔵の魂を感じる。つまり、今武蔵の魂は、ダークゴースト(究極の闇)の手中にあるということを現していた。

 

 

『へぇ…分かるんだ』

 

「当たり前だッ!宮本武蔵は数々の功績を残したまさに偉人!そのような人物の魂を、何故お前が持っている!?」

 

『持ってるから。理由はこれで十分だ』

 

「貴様――――ッ!!」

 

 

 妖夢は怒り、ダークゴーストに突撃する。

 その間にダークゴーストはガンガンセイバーの上部ブレードを取り外し、収納されていたグリップを展開した小刀へと変形し、妖夢の刀と交える。

 

 

「二刀流…!」

 

『武蔵と言えば二刀流。よかったなぁ、憧れの武蔵さんと剣を交えられるぞ?』

 

「ッ!!貴様など武蔵ではない!」

 

 

 今の一言が妖夢の琴線に触れたのか、刀の振りを激しくする。

 そんな間にも、ダークゴーストはガンガンセイバーの【エナジーアイクレスト】をドライバーにかざす行為、【アイコンタクト】をする。

 

 

『遅い』

 

 

ダイカイガン!オメガスラッシュ!

 

 

「なッ!」

 

 

 ダークゴーストは妖夢の攻撃を難なく躱し、いなし、やがて、妖夢の体に攻撃が到達した。

 斬られたことにより、妖夢の体からは血しぶきが舞う。

 

 

「がッ…!」

 

『…………』

 

 

 妖夢は膝をつき、追撃のチャンスだった。が、何故かダークゴーストは後ろに下がった。あそこで追撃していれば、すぐに勝てただろう。斬られた妖夢自身、その自信があった。それなのに、なぜダークゴーストは攻撃してこなかったのか?

 

 

「どうして…追撃しない?」

 

 

 妖夢は斬られた部分を手で押さえる。少しの止血にしかならないが、やらないよりはマシだ。

 ダークゴーストは、しばらく無言を通し、仮面で隠れた口を開いた。

 

 

『少し、趣向を変える』

 

「…は?」

 

 

 その発言は、妖夢にとって予想外のものであった。

 ダークゴーストはドライバーのカバーを外し、どこからか【黄色い瞳】のようなものを取り出す。それを赤い瞳と取り換え、カバーを閉じ、レバーを引いて押す。

 

 

カイガン! エジソン! エレキ!ヒラメキ!発明王!

 

 

 ダークゴーストは黄色のパーカーを纏い、マスク部分と肩パッドは電球モチーフの装備、白衣をイメージした銀色、頭部には2本のアンテナを持つ姿となった。

 ダークゴーストはガンガンセイバーのブレードを前後に入れ替えて元に戻し、グリップ部分を傾ける。

 

 

「今度は一体…!?」

 

『エジソンだよ!』

 

 

 ダークゴーストはガンガンセイバーのトリガーを引き、電撃の弾を連射する。

 妖夢は刀で電撃を牽制し、ダークゴーストへと接近する。

 

 

「(あれはおそらく遠距離攻撃系!近づけば!)」

 

 

 妖夢はダークゴーストが銃ばかり使っていることから、そう判断したのだ

 そして、一枚のスペルカードを取り出し、発動する。

 

 

獄神剣「業風神閃斬」

 

 

 妖夢は駆けると同時に、青く光る巨大な弾幕を多数に(わた)ってダークゴーストへと放っていく。

 ダークゴーストはそれを見ると、ガンガンセイバーを【アイコンタクト】する。

 

 

ダイカイガン!オメガシュート!

 

 

 ガンガンセイバーの銃口に、電撃が溜まっていく。やがてそれは球体となり、バチバチと電気特有の音が鳴る。ガンガンセイバーのトリガーを引くと同時に、弾が発射され、青い弾幕へと直撃する。

 

――その瞬間、赤い弾幕が全方位に広がった

 

 

「かかりましたねッ!」

 

 

 妖夢がそう言う。本来、この弾幕の本質は、分裂にある。本来の発動方法は、先ほどのように青い巨大な弾幕を展開し、それを自らが斬る。巨大な青い弾幕は小さい赤い弾幕に無数に分裂し、全方位へと降り注ぐ…と言うスペカだった。

 本来自らが斬る弾幕を、相手が壊しても発動する必殺技。なにせ青い弾幕を壊せば発動するのだ。わざわざ自分で壊す必要もなかった。

 

ダークゴーストに無数の赤い弾幕が降り注ぐ――

 

 

カイガン! ロビン・フッド! ハロー!アロー!森で会おう!

 

ダイカイガン!オメガストライク!

 

ダイカイガン! ロビン・フッド! オメガドライブ!

 

 

 

――瞬間、緑の矢によってすべての弾幕が破壊された。

 

 

「何が…!?」

 

 

 弾幕破壊により煙が舞う。妖夢は目の前を見て精神を集中する。

 

 

「(必ずどこかにいる…!見た目からして矢だった。つまり今奴が装備しているのは弓矢!だが、弓は連発が効かないのが難点なはずなのに…。いや、今はそんなこと考えている暇はない!)」

 

 

 不意打ちを避けるために、妖夢は全方位を警戒する。そのために自身の周りに弾幕を展開し、発射する。

 煙が晴れていく。そして、そこには――

 

 

「なッ…!?」

 

 

 無数の、緑色のパーカーを着たダークゴーストが、妖夢の目の前にいた。

 それを見て、妖夢の中で先ほどの攻撃の謎が解けた。連射の効かない弓矢で、どうしてすべての弾幕を破壊できたのか。それは分裂していたからだ。一体一体が攻撃することで、実質的な連射を可能としていたのだ。

 

 

『『『『『ダイカイガン!オメガストライク!』』』』』

 

 

 ダークゴーストたちが一斉に必殺技を放つ。

 複数の緑色の矢が一点集中し、妖夢の胸の中心に直撃しようとする。

 妖夢は刀をクロスさせ、その矢を防ぐ。

 

 

「う、ぐ、ギグゥ…!!」

 

 

 流石に複数の技を一点集中した攻撃はダテではなく、それ相応の勢い、威力が存在していた。妖夢は出来るだけ早くこの攻撃をどこでもいい、跳ね返せねばならない。なにせ相手は自分が防ぎきるまで待ってくれない。待ってくれるわけがない。それ故に、早く、早く、早く―――!!

 

 

カイガン! ニュートン! リンゴが落下!引き寄せまっか!

 

 

――瞬間、妖夢の体が引き寄せられる。

 その謎の力に、妖夢は困惑する。抑えていた矢も、謎の力によって消滅した。妖夢はワケが分からないまま、目の前の敵を見る。

 一目で分かった。ダークゴーストはまた姿が変わっていた。今度は水色のパーカーを着たダークゴーストが両手にある球体のようなものの左手を妖夢に突き出していた。

 ワケが分からぬまま、妖夢はダークゴーストへと引っ張られていき―――。

 

 

ダイカイガン! ニュートン! オメガドライブ!

 

 

 ――右側の腕を突き立て、妖夢の腹に直撃させる。

 すると今度は引き寄せられるのではなく、その逆、跳ね返されたような感覚――と言うより、実際に体が跳ね返された。

 妖夢の跳ね返された体はそのまま空を切り、桜の木をなぎ倒しながら一直線に突き進む―――時、再び体が引っ張られる。

 妖夢の体はすでに中身がボロボロだ。なにせ先ほどの攻撃と言い、現在の引き寄せては攻撃による跳ね返しが行われたから。骨には相当なダメージがあるはずだ。これが続けられることはつまり、『残機の消滅』を意味している。

 やがて、桜の木の群衆を抜け、広い階段―――先ほどの場所に戻って来る。このまま次の攻撃が来ると思われたが、途中で引力が停止した。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…!」

 

 

 妖夢は刀を棒替わりにして震える足を無理やり立たせる。

 その間にも、ダークゴーストの周りに茶色のパーカーゴーストが浮遊しており、ダークゴーストに被さった。

 

 

カイガン! ビリー・ザ・キッド! 百発!百中!ズキューン!バキューン

 

 

 ダークゴーストは【ガンガンセイバー・ガンモード】と【バットクロック】を装備し、妖夢に向かってトリガーを引く。

 

 

「くッ!」

 

 

 刀を用いて、自らに迫る弾丸を弾く。反動で手が痛い、が、ここで我慢しなければこの大量の殺意しか感じない弾を捌くことなど不可能だ。

 だが、無理やり体を動かすと言う行為は、危険極まりない。なにせすでに大量の外傷を負っている中で動くと言うことは、血の流れを加速させ、出血量をさらに多くする行為だ。

 しかし、彼女は『設定上』半人半霊。人間としての体の作りも半分だけだろう。半分は霊だとしても、半分は人間だ。十分に死ぬ可能性は否定できない。

 

 そして、今の間にもダークゴーストによる連射が続き――。

 

 

ダイカイガン! ビリー・ザ・キッド! オメガドライブ!

 

 

 ドライバーのレバーを押引(おしひき)する。同時にエネルギーの補充音のような音が二つの武器から聞こえると同時に、連射速度が上がる。

 

 

「なッ!?」

 

 

 急な速度上昇に対応しきれず、妖夢の服が、肌が徐々に傷ついていく。それでも、少しでも負担を減らすために抗う、抗い続ける。が、当然半分は人間なため、必ず疲弊の時がくる。

 

 

「…ッ!」

 

 

 いなした弾丸が、彼女の腕にかする。血が飛び、痛みに耐える。それが、油断だった。

 それと同時に弾丸の雨が止まったのだ。何事かと赤色に染まりかける景色の目の前には、自分に向けて銃を構えている姿があった。

 

 ダークゴーストは【ガンガンセイバー】と【バットクロック】を合体させた【ライフルモード】の銃口を、妖夢に向けていた。

 それと同時に出現させた目の紋章を模したスコープで狙いを付け、エネルギーを込める。

 複数の蝙蝠のエフェクトが現れ、時計が時を刻む音が聞こえる。

 

 

「お前は…お前は恥ずかしくないのか!!」

 

 

 突如、妖夢はそう叫んだ。意味のない叫びだ。なにせこれが一種の説得だったとしても、ダークゴーストは撃つ。必ず撃つ。だが、妖夢にそのような意図はない。彼女はただ、心の中にたまっていた感情を噴出しただけなのだ。

 

 

「お前の使っている力は、過去に人に感謝されたり!または来世に名を遺すほどの偉業を成し遂げた英雄!そんな人物たちの力を、このような悪行に使って!偉人たちに失礼だとは思わないのか!?」

 

『……………』

 

 

 ダークゴーストは答えない。答えるはずがない。

 

 

「そしてお前の魂は異質だ!今まで見たことのない、()()()()()()ような魂!命の冒涜者よ!この一撃に、私のすべてを賭ける!」

 

 

六道剣(ろくどうけん)一念無量劫(いちねんむりょうごう)

 

 

 妖夢は自分の周りに八芒星の形をした斬撃を繰り出し、その剣閃から楔弾が放たれる。

 この技には欠点があり、弾の速度が一瞬早くなるのだが、逆に『一瞬過ぎて集中が保てない』と言う点だ。

 その一瞬の速さを活かして直接斬りつけにくると、その一撃を外したときの隙が大きくなるため、その欠点を補うために、 自分の周囲を斬りつけることで隙を消しているのだ。

 

 だが、対してダークゴーストの技は、スコープで狙いをつける一点集中系の技。弾幕ごと貫通されればそこですべてが終わる。つまり、賭けに出ているのだ、妖夢は。

 そして―――トリガーが引かれた。

 

 光線にも似た弾は、小型の弾幕を破壊し、貫通し、要となっている斬撃へと到達する。

 電気の音と似た音が響き合い、ガラスが割れるような感じの不快な音が響く。そして―――

 

 

「あっ…」

 

 

 斬撃が霧散し、銃弾が妖夢に向かって行く。

 

 

「(……申しわけありません。()()。私は、一度死ぬそうです…)」

 

 

 妖夢は最早諦め、ただ銃弾が貫通するのを待っていた。

 弾が、貫通する――――。

 

 

 

時符「ザ・ワールド」

 

 

 

―――瞬間、時間が止まり―――時間が動く。

 弾が桜の木を貫通していく。妖夢がいない。あの場から消えた?移動した?否、移動させられた。

 

 

『……時の停止…。こんなこと出来んのは、お前だけだ。【十六夜咲夜】』

 

 

 ダークゴーストが違う方向を向くと、そこにはいつか見た、銀髪の美女。銀髪の美女――【十六夜咲夜】が、ナイフを片手で構え、その片方には妖夢を担いでいた。

 咲夜はそのまま頭上を見る。

 

 

「今よ!」

 

「えぇ!」

 

「任されたぜ!」

 

 

 瞬間、輝く陰陽玉と、七色の極太レーザーがダークゴーストに向かって発射された。

 ダークゴーストはすぐさま浮遊すると同時に、地面に弾を連続で撃つことによって反射を利用し移動速度を上げる。

 

 

『何故、お前たちがここに―――!』

 

 

 ダークゴーストは憤怒の混じった声で、そう目の前の人物に言う。

 確実に足止めしていたはずだ。門を閉じ、入ってこられないよう、外界から完全に遮断していたはず。それなのに、何故、何故―――!

 

 

「あんたの悪事、止めに来たわ。ついでに異変も解決する!」

 

「覚悟しやがれ!」

 

 

 そこには、博麗霊夢と、霧雨魔理沙が、各々の武器を持ち、佇んでいた―――!

 

 

 






感想待ち望んでいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 亡霊姫とゴースト?

 桜の花びらが舞う、現世ではない、全く違う世界。

 その世界に今、三人の少女と、一人の闇の亡霊が佇んでいた。

 

 

『足止めは確実だったはずだ。破るのも異変を奪った後だと、計算していたんだがな…』

 

 

 闇の亡霊、ダークゴーストはそう怒りの声で言い放つ。 

 あの門の接合は、春度の供給の停止と同時に、霊夢たちの足止めの役割を果たしていたはずだった。

 だが、彼女たちの力ならば、いずれは無理やりこじ開けられるほどの接合だ。だからこそ、これほど早い到着は予想外だったのだ。

 

 

「あぁ。お前の言う通り、がっちりと接着してくれたな」

 

「いくら攻撃してもビクともしないし、困ってたのよね」

 

『ならば、どうやって…―――!まさか!』

 

「そのまさかよ」

 

 

 ダークゴーストの驚愕に、咲夜が答える。

 

 

『お前か。お前の能力なら、可能か!』

 

「えぇ。あなたに私の能力が知られているのは遺憾だけどね」

 

 

 彼女――十六夜咲夜の能力は、時間を操る程度の能力。

 字面だけでは彼女が門を破ったこととは関係はないかもしれない。

 だが、時間と空間は、密接に関係しているのだ。つまり、時間を操れる彼女は空間さえも操ることができるのだ。

 

 

「無理やりはあまり好みではないけど、場合が場合だったから、実行に移させてもらったわ」

 

 

 彼女はその力を使い、能力で無理やり接合されていた扉を、空間を操って無理やりこじ開けたのだ。

 

 

『だが、空間ごと接合したはずだ。いくらお前でも時間が掛かる――そうか。それもお前の能力でなら…』

 

 

 彼女の本質は時を操る力。時を止め、自らの力だけで扉をこじ開けたのだ。

 そこには想像がつかない労力が存在するだろう。だが、物事を完全に遂行することが、彼女にとっての生きがいだ。

 

 

「実際、数ヶ月単位で時間がすごく掛かったけどね」

 

「ほんと、咲夜には感謝だな!」

 

「そんなに働いたのなら休んだら?」

 

「お断りするわ。だって、仕事だもの」

 

『おしゃべりはそれまででいいか?』

 

「おっと、そうだったな」

 

「にしても、また姿が違うわね」

 

 

 今霊夢たちが見ている姿はダークゴースト。前回はブラックウィザードとダークキバだ。たくさんの姿のバリエーションに、一体どれほどの数の姿があるのか、霊夢たちには想像がつかない。

 

 

『(時間が止まってれば気づくはずだが…。完全に次元が違ってたがために気づけなかったか)』

 

 

 ダークゴーストはそう心の中で愚痴る。

 ダークゴースト――零夜は特定の姿でしか止まった時間の中動けないが、通常でも生身でも、時間の変化には気づくことができる。

 理由としては、オーロラカーテンを使用しているためである。オーロラカーテンは空間と時間を繋ぐ扉的存在。使っているうちに、そういった感覚を感じることができるようになっていたのだ。

 そして、彼女の能力も違う次元にまでは影響を及ぼさないようで、違う次元にいた零夜も、気づくことはできなかった。

 

 

『都合のいい時にきやがって。そういう仕様でもついてんのかお前等』

 

「何故か来るときは都合がいいのよね私は。やっぱり、日頃の行いがいいからかしら?」

 

「それを言うなら私だって!」

 

「貴方達の日頃の行いがいいのなら、全人類の日頃の行いがいいことになるわよ?」

 

 

 咲夜の辛辣な指摘が入る。

 そんな間にも、ダークゴーストは別のことを考えていた。

 

 

『(本当に、都合が良すぎるんだよ)』

 

 

 実際、彼女たちの登場は都合が良すぎた。

 紅霧異変のときだってそうだ。零夜が後から知ったことだが、フランのピンチにもちょうどいい時に登場したと聞いている。実際は待機していたらしいが。それでも事が”うまいこと運びすぎている”と言う点が問題だった。

 

 この世には、主人公補正と言うものが存在する。例えばこの世界で言えば彼女たち、博麗霊夢と霧雨魔理沙がこの世界の主人公だ。

 主人公補正とは設定・物理法則その他諸々を一切無視した謎の補正のことを指している。

 例を挙げれば、

 敵がどんなに攻撃をしても当たらないまたは倒れない

 逆に主人公が一発でも攻撃を当てると敵が倒れる

 主人公の攻撃は絶対に当たる―――などのチート。

 今回で言えば都合のいい登場だ。都合の良い時に助け、都合の良いときに現れる。まさに敵さん顔なしの真のチート能力。

 

 

『(主人公補正がこの世界でも適応されているとすれば、やはりあいつらは侮れない。一応例外もいるが――。例外がいるなら問題ないか?)』

 

 

 確かに、この世界には主人公補正が効かない相手がいたはず。名前はまだ知らないが、確かいたはずだ。主人公補正が効かない相手が存在するのなら、自分にも効かない可能性がある。だが、逆に効く可能性もあるため、やはり油断はできない。

 

 

『ハァ…。鬱だ』

 

「あら、じゃあ元気にしてあげましょうか?闘いで」

 

 

 完全に反対のことを言う霊夢。あちら側は完全に戦う気満々だ。だが、一刻も早く異変を奪わなければならないダークゴーストにとっては、それは邪魔なだけだ。

 

 

『お前らはこいつらの相手をしていろ!』

 

 

 ダークゴーストは右手を突き出し、二本指を立てると、体から15体の黒い幽霊がパーカーを被ったようなスタがの幽霊、【パーカーゴースト】が出現する。

 謎の生命体?に霊夢たちは驚愕の表情を浮かべる

 

 

『行けッ!』

 

 

 ダークゴーストが命令すると、パーカーゴーストたちは霊夢たちを攻撃する。

 

 

「なにこいつら!?」

 

「うわッ!」

 

「ちょこまかと…!」

 

 

 それぞれに五体ずつが相手をしている状況となる。パーカーゴースト15体を囮にし、ダークゴーストは後ろを向いて、空を飛ぶ。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 当然のごとく、霊夢がダークゴーストに対して静止の言葉を叫ぶが、そんな言葉を聞き入れるはずもなく、階段の上へと昇っていく。

 そして―――一段と大きな桜の木が、よく見える場所へと到達する。この木は、当初入ったときから目に映るほどの大きな桜の木だった。そして、そこに春度が集まってきていたため、一段と目立っていた。

 

 

『出て来いよ亡霊姫!いるのはわかってんだよ!』

 

 

 ダークゴーストはいるはずの存在へと、大声を上げる。

――そして、その存在は、姿を現した。

 

 

「言われなくとも、出てあげるわよ」

 

 

 その存在は、ピンク髪のミディアムヘアーに水色と白を基調としたフリフリのようなロリィタ風の着物にピンク色の被り物。帽子の三角の形をした布が何となく幽霊を想起してしまう形。靴は青いリボンの着いたパンプスを着用している美女。

 この存在は、一言で言えば『亡霊姫』と言う存在だ。

 

 

『初めまして、【西行寺幽々子】』

 

「あら、私の名前を知っているのね。嬉しくないけど」

 

『露骨な嫌悪だな』

 

「あら、バレちゃった?まぁいいわ。それに、まんまと釣り針に引っかかってくれたわね」

 

『釣り針?……まさかとは思うが、この異変は俺を誘き出すために起こしたのか?』

 

「全く持ってその通りよ」

 

 

 ダークゴーストはあまりの出来事に、頭が困惑する。

 自分の知っている歴史では、彼女が異変を起こした理由は、先ほどの巨大な桜の木を咲かせることだったはずだ。それが、自分を誘き出す目的に変わっている。歴史の変化に、対応できなかったのだ。

 だが、自分が介入している時点で歴史は変わっている。あまり気にすることではないと思うが、ダークゴーストは一応自分の考えを口にする。

 

 

『…本当にそれだけか?』

 

「―――どういうこと?」

 

 

 一瞬、幽々子が反応を示した。当たりだと判断したダークゴーストは問答を続ける。

 

 

『俺を誘き出すっつーのは、ただの副産物なんじゃねぇのか?本来の目的は別にある』

 

「…………」

 

『春度がこちら側に来るのを途絶えさせる前、春度はあの大木に集まっていた。詳しくは知らねぇが、あの木に花を咲かせる、のがお前の目的だな?』

 

「………正解。よくわかったわね。さすがは究極の闇、とでもいうべきかしら?」

 

 

 幽々子はダークゴーストの完璧な推理に唖然としていた。だが、その推理をしたのが究極の闇であるのなら、納得がいくと言う顔をしていた。

 

 

『あれが特に目立ったからな。状況把握に努めただけだ』

 

「…そう。まぁいいわ。あなたの言う通り、私の真の目的はあの木を咲かせること。でも異変が起きれば必ずあなたは来る…。だからついでで倒そうかなって」

 

『ついでか…。俺を舐めすぎてないか?』

 

「まぁ確かに、周りの反応が過剰過ぎると思うの。でもね、私の能力なら、あなたを一瞬で殺せる」

 

 

 幽々子の能力―――【死を操る程度の能力】。その名の通り、相手を死に(いざな)う能力。抵抗することなどできず、彼女の能力に()()()瞬間、その生物は死に誘われる。

 瞬間、幽々子の周りに無数の幻想的な蝶が生まれる。この蝶こそが、彼女の能力が具現化したものと言ってもいい存在だ。

 

 

『なるほどな。単純だが、恐ろしいな』

 

「そうでしょ?でも―――あなたの魂、どれか()()()()()のよね」

 

『―――なにを言っている?』

 

「あら、惚けても無駄よ?あなたの体には、無数の魂が蔓延(はびこ)っているの。だからあなた――『究極の闇』の魂が特定できないのよ」

 

 

 ダークゴーストは今の発言で完全に理解した。幽々子が言っているのは、アナザーゴーストの能力で吸収した魂のことだ。

 アナザーゴーストの能力は、『魂の吸収』。吸収を行うことによって、自身の力を強くする能力。その際に吸収した魂のことを言っているのだろう。

 今思えば、プリズムリバー三姉妹や魂魄妖夢が言っていた、『魂の異質』と言うのは、このことを指していたのかもしれない。

 

 

「まぁでも、一つだけ『ありえないほど黒く濁った魂』があるし…。それを消せばいいだけね」

 

 

 彼女の言っている魂は、おそらく――と言うより完全に『ゲレルの魂』だ。

 逆にそこまで濁った魂を吸収した覚えは、アレしか思い浮かばない。

 だが、これはチャンスだとダークゴーストは考える。今幽々子は、『ゲレルの魂』を『究極の闇の魂』と勘違いしている。その勘違いを利用すれば―――。

 

 

『まぁ、俺の魂は目立つからな。バレるっちゃバレるか』

 

「そう。戯言はそこらへんでいいわよね?じゃあ、死になさい」

 

 

 幽々子の操る蝶が、一斉にダークゴーストに襲いかかる。

 そんな中、ダークゴーストは、避けるそぶりすら、見せず、蝶に群がれた。

 

 

「……案外と、あっけなく終わったわね…」

 

 

 幽々子も、避けもせずに蝶に群がられたダークゴーストに、驚きを隠せなかった。もう少し抵抗すると思っていた。必ず避けるはずの初発。それを避けなかったことが、逆に幽々子を不審がらせた。

 

 

「私の能力で死んだ者は、永遠に私の従者になる。せいぜいコキ使って―――」

 

 

 

『変身』

 

 

スカル!

 

 

 

 ――刹那、蝶たちが破壊される。突然の出来事に、幽々子の顔に焦りの感情が出る。

 一体、なにが起きたのか。幽々子の頭は疑問で埋め尽くされた。

 

 

『………』

 

 

 蝶が霧散する中、そこに立っていたのは、一人の骸骨。

 髑髏を模した顔が特徴的な、白い帽子を持ち、マフラーを身に着け、額には「S」字の傷模様がある姿の戦士が、そこに立っていた。

 骸骨は、白い帽子を被り、S字を隠すように深く被る。

 

 

「どういうこと―――!?」

 

 

 突然姿が変化したことに幽々子は驚愕するが、彼女が驚愕しているのは姿が変わったこと――外ではない。()に驚愕しているのだ。

 

 

『どうした?姿が変わることが、そんなに驚いたか?』

 

「惚けないで……!どうして?どうして!?」

 

 

 幽々子の表情が、疑問に溢れるものから、義憤の表情に変わる。

 何故彼女がそんなに怒っているのか。それは―――

 

 

「魂が、一個も感じられないなんて!信じられない!?」

 

 

 幽々子が怒っている理由。それは、この骸骨からh感じられないのだ。生命には必ずあるはずの、『魂』が。先ほどまで不特定多数の魂が、一つの体に内包されていたはず。それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「魂が消えるなんて…!ありえない…!」

 

『あり得るさ。()()()にならな』

 

「どういうこと…!?」

 

『変身するのは……少しの間、死ぬ事だ』

 

「ッ!!」

 

 

 つまり、今の彼は死んでいるのだ。体が死んでいれば、当然魂もなくなる。死んでいるために、殺せない。

 まさに幽々子にとって天敵ともいえる存在だった。殺せない敵に、殺すことに特化した幽々子の能力は効かない。つまり―――

 

 

「どうやら、力づくでねじ伏せるしかないようね」

 

 

 その言葉を皮切りに、弾幕が発射された。

 幽々子の弾幕は、一言でいえば華麗。亡霊姫と言われても、全く不自然に感じない、そんな美しい弾幕が、ゲリラ豪雨のごとく降り注ぐ。

 そんな雨の中、骸骨はゆっくりと、被弾しながら進んでいく。これはおかしいことだ。

 弾幕は、当たれば痛い。これは幻想郷での常識であり、すべての種族に適応されることだ。そんな弾幕の豪雨に、被弾しまくっているあの骸骨が、異質で仕方がない。どうしてあそこまで平然としていられるのか。考えられる可能性は2つある。

 一つは、防御力が高いと言うこと。

 もう一つは、そもそも効いていないのか。

 幽々子にはその判別が、不可能だった。

 

 

 

『そうだ。まだ名乗りがまだだったな―――。俺の名は【スカル】。【仮面ライダースカル】』

 

『お前は、いくつか罪を犯した』

 

『それは人の命に係わる危険な罪』

 

『その罪とは、愚かな好奇心で犯した、哀れな罪』

 

『罪は許されない、誰もが犯し、永遠に背負わなければならない事柄だ』

 

『そして、それは俺にも該当する』

 

『自分でも、それが罪だと知っている。愚かな行為と知っている』

 

『俺はそれを肯定し、自分の罪と永遠に向き合う』

 

『自己満足かもしれない。自己防衛かもしれない。だが、それでも俺は罪を犯す』

 

『だから、俺も罪を背負おう。だから―――』

 

『さぁ……お前の罪を、数えろ』

 

 

 

左手の人差し指で幽々子を指差し、そう言い放った。

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

「あぁぁぁあ!!鬱陶しい!」

 

 

 時は遡り、霊夢、魔理沙、咲夜は、自身を攻撃するパーカーゴーストに手間取っていた。

 元々、単純計算で1対5と言う絶望的な数の暴力で叩かれているために、一体を倒すのにも、他の四対が邪魔をして倒すことができない。パーカーゴーストたちは、連携が取れすぎているのだ。

 

 

「クソっ、くらいやがれ!」

 

 

 魔理沙が星型の弾幕を放つ。

 一番前に紫色のパーカーゴースト、【ノブナガゴースト】が前に出て、手に持った【ガンガンハンド・銃モード】を構えると、自身の周囲にガンガンハンドが複製され、持っているガンガンハンドの引き金を引くと、宙に浮いているガンガンハンドも一斉に弾が発射される。

 弾幕はすべて撃ち落とされ、ノブナガゴーストの前に、数体のパーカーゴーストが出る。

 

 白いパーカーゴースト、【ベンケイゴースト】が【ガンガンセイバー・ハンマーモード】を。

 青いパーカーゴースト、【リョウマゴースト】が【サングラスラッシャー・ソードモード】を。

 水色のパーカーゴースト、【ツタンカーメンゴースト】が【ガンガンハンド・鎌モード】を魔理沙に向けて振るった。

 

 

「やべッ!」

 

 

 魔理沙は自分が乗っている箒に魔力を付与して硬質化し、パーカーゴーストの攻撃を防ぐ。だが、三人分の攻撃を魔法使い以前に人間である魔理沙にとっては到底受けとめられるものではなく、そのまま勢いよく地面に落下する。そもそも、宙に浮いているのだから上に力を入れられれば落ちるのは当たり前だろう。

 石畳に直撃した魔理沙は、石ころをどかしてなんとか立つ。

 

 

「いてて…」

 

「魔理沙、大丈夫?」

 

 

 咄嗟に咲夜が魔理沙に駆け寄り安否を確認する。だが、見た通りでは大丈夫そうだった。

 

 

「あぁ、大丈夫だぜ」

 

「なら安心したわ。こいつら、厄介すぎるわ!」

 

 

 咲夜がそう言った瞬間、時を止めたのだろう、咲夜の目の前の景色がナイフ一色に染まる。勢いが止まった状態だったナイフはそのまま威力が動き、狙いへと投下される。

 が、ナイフはすべて『音符』によって破壊される。音符とともに流れてくる聞きほれてしまうほどの綺麗な音楽。その方向には、灰色のパーカーゴースト、【ベートーベンゴースト】が音楽を奏でていた。

 

 

「音符で攻撃ってありかよ!?」

 

「だったら!」

 

 

幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」

 

 

 咲夜は自身の周りに先ほどより巨大なナイフを大量に配置し、一斉に飛ばした。

 この弾幕は巨大な分、耐久性もある。あの音符でも一撃では破壊されないはずだ。

 それに、次の狙いはあの音楽を奏でているパーカーゴーストではないのだから。

 個々の能力が分からない現在、15体のパーカーゴーストがそれぞれどんな能力を使い、どのように用いるのかが分からない。そのためにも、相手のことを知る必要がある。

 

 巨大なナイフは複数のパーカーゴーストたちに向かっていく。破壊困難な技が、直撃する――とき、鎖が弾幕をからめとる。

 鎖に絡めとられたナイフはそのまま一か所に纏められ、まとめて地面に叩きつけられる。

 見ると、鎖はバイクのような形状をしたパーカーゴースト、【フーディーニゴースト】によって絡め取られていていた。

 

 

「なッ…!」

 

 

 その後、鎖は外されナイフは地面にごろりと置かれた。

 その次に、水色のパーカーゴースト、【ニュートンゴースト】が前に出て、左手をナイフに突き出す。ナイフは一斉に、ニュートンゴーストの左手にまるで磁石に吸い取られる砂鉄のように集まっていき、右手を突き出すとナイフは一斉に咲夜たちに向かって行く。

 

 

「四重結界!」

 

 

 すかさず、どこからか霊夢が結界を張りナイフを迎え撃つ。

 四重結界はその名の通り、結界を四重の膜のように張った結界のことだ。

 一枚目が破壊され、二枚目も破壊される。三枚目でなんとか防ぎ、ヒビが入っていく。

 

 

「ついでにもう一回!」

 

 

 再び四重結界を張り、守りを厳重にする。

 と、同時に三枚目、四枚目と破壊されていた。

 

 

「ばらけるわよ!」

 

 

 霊夢の言葉に、三人ばバラける。それと同時に、結界が破壊され、効力が消えたのか、ナイフ自体が霧散していく。

 バラけた霊夢に、赤いパーカーゴースト、【ムサシゴースト】が【ガンガンセイバー・二刀流】を。

 ピンク色のパーカーゴースト、【ヒミコゴースト】が【サングラスラッシャー】を構えて飛び、攻撃する。

 

 霊夢はお祓い棒でそれを受けとめ、逆に押し返した。

 

 

「おらぁ!」

 

 

 押し返した後、蹴りを喰らわせ、弾幕で追撃を行った。弾幕を直撃した二体は地面に伏してもだえ苦しんでいるように見える。

 

 

「次よ!」

 

 

 次に視界が捕らえたのは黄緑色のパーカーゴースト、【ゴエモンゴースト】。こちらにゴエモンゴーストが気づくと、ゴエモンゴーストは【サングラスラッシャー】を逆に持ち、振るった。

 霊夢は駆ける最中に封魔針を放ち、ゴエモンゴーストがサングラスラッシャーで薙ぎ払い、二人の顔が近くなった瞬間、サングラスラッシャーとお祓い棒がぶつかり合う。

 

 

「くッ!!」

 

 

 そんな中、咲夜は迫りくる攻撃に、ナイフを使って応戦していた。

 黄色いパーカーゴースト、【エジソンゴースト】が【ガンガンセイバー・ガンモード】を。

 緑のパーカーゴースト、【ロビン・フッドゴースト】が【ガンガンセイバー・アローモード】を。

 茶色のパーカーゴースト、【ビリー・ザ・キッドゴースト】が【ガンガンセイバー】と【バットクロック】を両手に用いて、撃ち、射貫き、連射する。

 

 咲夜もナイフで応戦しているのだが、ナイフだけではどうしても限界がありすぎる。

 最も厄介なのがエジソンゴーストとビリー・ザ・キッドゴーストだ。弓のような単発系とは違い、銃は連射可能だ。それに対応するために時間を止めて弾を避けながらナイフを飛ばすしか攻撃方法がないのだ。

 

 

「ふッ!」

 

 

 一応対策はしており、弾の速度を自身の能力で遅め、逆に自身の速度を上昇している。これにより急な弾丸への対策もしっかりしている。

 横に走りながら迫りくる球を回避する。その間にもナイフを投擲するが、やはり弾丸によって途中で弾かれる。

 

 

「だったら!」

 

 

 咲夜は接近戦に切り替えようと、時間を止めて三体の後ろに回る。時間を動かした瞬間、目の前に標的がいないことによる焦りの感情が背中越しでも理解できていた。

 一気に仕留めようと三体の頭に向けてナイフを一本ずつ放つ。

 

 

「(取った!)」

 

 

 近距離による背後を狙った攻撃。一撃死が確定した―――。

 

 

「なッ!?」

 

 

 そのとき、()()がナイフを絡めとった。

 その何かはそのままナイフを地面に投げ捨て、逆に咲夜を拘束する。

 

 

「しまった!」

 

 

 空中に浮遊しながら縛られたために、力が入らない。手に持っているナイフで切ろうとしても切れない。このなにかを見てみると、それは緑の紐のようなものだった。

 その紐の出所を見て行くと、そこには濃い緑色のパーカーゴースト、【グリムゴースト】が肩から紐を放出して咲夜を拘束していた。

 

 

「咲夜ッ!」

 

 

 一方、魔理沙は空中戦で苦戦していた。

 箒に乗って空を掛け、弾幕で攻撃を行っているのだが…。

 

 

「こいつらしつけぇ!」

 

 

 白い法師の服を着た、『サル』『ブタ』『カッパ』が、筋斗雲に乗って魔理沙を翻弄していた。

 それだけではなく、巨大で円型のなにかが、ブーメラン式に飛び回って魔理沙の飛行の邪魔をする。

 

 

「こいつらの本体を叩き潰して咲夜を助けねぇと!」

 

 

 魔理沙の瞳には、白いパーカーゴースト、【サンゾウゴースト】の姿があった。

 サンゾウゴーストは、魔理沙にはあの三体を指揮している司令塔のように見えた。それに加え、ブーメラン――『チャクラム』による攻撃と、【ノブナガゴースト】【ベートーベンゴースト】が散弾と音符を使って魔理沙を追い詰める。

 

 

「一気に叩き潰してやる!」

 

 

 

彗星「ブレイジングスター」

 

 

 

 

―――光る。

 魔理沙を中心にすべてが光り、七色の光が魔理沙を包み込む。

 星型の弾幕が周囲にばら撒かれると同時に、魔理沙は箒の(つか)を強く握り締め、一直線に突撃する。

 このスペルカードは周囲に弾幕をばら撒くと同時に、マスタースパークに匹敵する極太の光と共に自機へ突撃する技だ。

 彼女らしく派手で、強力な技だ。

 

 

そんな技が今、パーカーゴーストたちに、直撃する―――。

 

 

「――――えッ?」

 

 

―――とき、魔理沙の放つ光と弾幕が、一瞬にして消え去った。

そして、それと同時に魔理沙が地面に落下した。

 

 

「ぐッ!」

 

「魔理沙!?」

 

 

 拘束されている咲夜も、今の謎の現象に驚愕していた。

 魔理沙のスペカが強制終了させられただけではなく、魔理沙が突如地面に落下したのだ。これは、ありえない。なにせ彼女は魔法で空を飛んでいる。彼女が飛行魔法を中断するようなバカなことはしないことは明白だ。それに、あの落下は、まるで()()()()()()()()かのように落ちて行っていたのだ。

 

 

「どうしたの!?」

 

「わ、わからねぇ…!急に飛べなくなった!!」

 

 

 魔理沙の口からも、飛べなくなったと証言されている。その謎の現象に驚愕しているのも束の間、攻撃が続く―――

 

 

「うッ!」

 

「咲夜ッ!?」

 

 

 結果、最初にダメージを受けたのは咲夜だ。だが、彼女が受けたダメージはベクトルが違う。なにせ、彼女の痛みの原因は―――。

 

 

「か、解放された?」

 

 

 拘束から解放され、地面に落下したときの痛みだったからだ。

 何故解放されたのか、二人の頭は疑問でいっぱいだ。それに追い打ちをかけるかのごとく―――。

 

 

「えっ?うあぁ!」

 

「霊夢!?」

 

 

 今だゴエモンゴーストと力比べをしていた霊夢の叫びが響く。二人がそこを見ると、前に倒れる瞬間に浮遊する霊夢の姿があった。

 

 

「あ、あぶな…」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「えぇ。こいつら、急にどうして―――」

 

 

 三人が周りを見ると同時に、異常性が感じられた。

 パーカーゴーストの追撃が行われなくなったと思えば、パーカーゴーストたちは皆、同じ方向を向いているのだ。これを異常と言わずしてなんという。

 

 

「全員が、同じ方向を向いている…」

 

「あ、あっちになにが―――」

 

 

 この異常性に霊夢たちも息を飲み、パーカーゴーストたちが向いている方向に顔を向ける。

 自分たちを無視してまで、()()を見つめているのだ。なにかある―――。

 

 

 

『――――――』

 

 

 

 ――ゴクリ。

三人がそう息を飲む。

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 身長は成人男性の平均身長より少し大きい程度。体型は痩せ型。逆にそれ以外の特徴が分からなかった。

 

 

 

『――――――』

 

 

 

 その白いモヤはなにも喋らない。

 しばらくの沈黙が続いたとき―――パーカーゴーストたちが、各々の武器を構える。

 剣を構え、銃を構える。そしてそのまま…

 

 

 

『――――――』

 

 

 

―――パーカーゴーストは駆けだし、一斉に白いモヤに向かって攻撃した。

 赤い斬撃が、電撃の弾丸が、緑の矢が、重力と反重力が、無数の弾丸が、音符が、七つのエネルギー弾が、炎の斬撃が、炎の渦が、桃色の斬撃が、水色の斬撃が、紫色の弾丸が、青いエネルギーを纏う鎖が、緑の弾丸を、白いチャクラムが、一斉に投下された。

 

 攻撃は一点に。ただモヤに向かっていき―――

 

 

 

『――――――』

 

 

 

 瞬間、攻撃が霧散する。

 それだけに留まらず、風が霊夢たちを横切った瞬間、全体に衝撃波のようなものが走る。

 

 

 

「「「………ッ!!!」」」

 

 

 

 手で顔を覆い隠し、なんとかガードするが、体が後ろに押される。足に力を入れてなんとか踏みとどまる。

 風が収まり、三人が目を開けると、

 

 

「嘘、でしょ…!?」

 

「あ、あんな一瞬で…!」

 

「やられた…!?」

 

 

 そこには、パーカーゴーストの姿はなかった。あるのはただ、白いモヤのみ。

 何故パーカーゴーストがいないのか、理由は分かっている。あの衝撃波のようなものだ。あれで、一瞬にして消滅したのだ。

 一体、なにが起こったのか、霊夢たちにはわからなかった。

 

 

『―――――――』

 

 

 霊夢たちの動揺を無視して、モヤはなにかを取り出した。

 それは、白いモヤそのものとは違い、ちゃんと実体――実物と言った方が正しいだろう。質量を持ったものを、モヤは持っていた。

 それは、一言で言えば『時計』のような見た目をしているもの。手のひらサイズに収まる、小さな黒い時計。

 

 

『―――――――』

 

 

 その時計が現れた瞬間、空中に()()()の粒子のようなものが漂う。

 その幻想的な景色に、思わず見惚れてしまうが、あんなもの、先ほどまでなかったはずだ。つまり、あの時計が現れたからこそ、この粒子のようなものが見えるようになったのではないか?

 そんなことを考えているとき、粒子が一斉に時計に吸い込まれていく。

 時計は光輝き、やがて―――

 

 

グレイトフル!

 

 

 時計は色を持ち、見た目が変わり、意味不明の音声が流れる。

 時計を懐にしまうような仕草をし、実際に時計が消えた。そして―――白いモヤの顔のような部分は、霊夢たちを見る。

 

 

「こっち、見たわよ」

 

「そうだな…」

 

「あんたたち、気を抜くんじゃないわよ。あの攻撃がいつ来るか分からな―――」

 

 

 霊夢が言葉を言い切る瞬間、霊夢たちの見える世界が、白い光に包まれた。

 

 

 

 




感想待ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 骸骨男と刃*

 桜吹雪が舞う場所で、似つかわしくない銃弾と、それに似た音が響く。

 そこにいるは、二人の亡霊と骸骨。

 骸骨は手に持った銃の引き金を押し続け、亡霊を攻撃する。亡霊は色とりどりの弾幕を用いて、骸骨を攻撃する。

 ほぼ命中するが、骸骨は無傷だ。

 

 

「(やっぱり、攻撃が効いている様子がない…)」

 

 

 無傷の骸骨を見て顔を顰める亡霊の名は【西行寺幽々子】。

 死を操る能力を持っており、相手を問答無用で死に誘う能力。彼女は今、そんな自身の能力が効かない相手と対峙している。

 

 

『………』

 

 

 その骸骨の名は、【仮面ライダースカル】。死と言う概念を超越した存在(仮面ライダー)だ。

 変身している間は体が死に、あらゆる痛覚や感覚が遮断され、死者同然の状態になるのだ。

 

 

「(攻撃は効いているようだけど、反応を全く見せない。強がりにも見えない。死んでいる体…。まさか、痛覚がない?)」

 

 

 幽々子は断片的な情報から真実を読み取り、それを知った瞬間心の中で舌打ちする。

 

 

「生きているのに死んでいる…。こんな矛盾している相手と戦うのは初めてね…」

 

 

 実際、幽々子も体が死んでいるのに魂が生きている人物と戦うのは初めてだ。幽々子の能力は「体」に作用される。能力で殺した相手は幽々子の支配下に入るために成仏することが不可能な魂となる。

 例を挙げれば「不死者」。不死者は「肉体的」に殺したとしても、魂を起点に蘇生することとなるため、死ぬことが無いのだ。スカルの場合これに近い。

 違いがあるとすれば、「体」がすでに死んでいるため能力そのものが効かないのだ。

 そして、唯一不思議で疑問があるとすれば…

 

 

「(魂は、どこに行ったの?)」

 

 

 そう、魂だ。

 「不死者」だとしても、魂は体に存在しているはずなのだ。

 魂は、己そのものと見て間違いない。記憶や思い出などがすべて魂に刻み込まれ、脳などはそれを継続させるためだけの装置に過ぎない。

 だからこそ、魂がないのは矛盾している。

 

 

「(とにかく、今は倒すことに専念しないと。……どう倒せばいいかしら?)」

 

 

 痛覚がなく体が死んでいるためにほぼ無限に活動できる体力を持ち合わせているスカルを、どう倒せばいいのか幽々子は弾幕を撃ちながらも頭を悩ませる。

 

 

「(ただ単純に考えれば、体の限界を感じることがない…。そこが弱点ね)」

 

 

 感覚がないということは感じることがないと言うことだ。

 体が悲鳴を上げていても、それを感じることはない。それがスカルの弱点だと幽々子は過程する。

 つまり、体の限界がスカルの最後だ。

 

 

「…すごいじゃない。痛みを感じないなんて。今まで私もあなたのような敵と戦ったことはなかったわ」

 

『……………』

 

 

 幽々子はスカルの攻撃が効いていない種を見破り、揺さぶりをかける。

 

 

「でも、それに体がついてこれるとは思えない…。つまりは限界がある。それがあなたの最後よ」

 

 

 手に持った扇子をスカルに向けて、そう宣言する。

 スカルは無言だ。先ほどから一言も喋らず、ただトリガーを引き続けている。

 

 

「何も話さないのね。それは自由だけど。こっちも少し本気を出すわよ」

 

 

 

亡舞「生者必滅の理 ‐魔境‐」

 

 

 

 幽々子を中心に無数の小さい弾幕が螺旋状(らせんじょう)に広がると同時に、巨大な弾幕が螺旋状に広がると同時にスカルに向かってホーミングする。

 

 

『はッ!』

 

 

 スカルは足を曲げ、空へと飛ぶ。正確にはジャンプだ。45メートルのジャンプ力を用いて幽々子へと近づく。その間に当たる弾幕など、羽虫が止まったかのごとく無視しながら。

 

 

「普通そのまま突っ込む?」

 

『はぁッ!』

 

 

 幽々子のツッコミなど無視し、スカルは足を動かして蹴り上げる。幽々子は手に持っている扇子を閉じ、受けとめる。

 金属がぶつかり合う生々しい音がしばらく響き、重力に従ってスカルは地面に着地した。

 

 

「これはただの扇子じゃないの。と言っても、ただ妖力で強化してるだけなんだけどね」

 

『締まらねぇな。降りてこい』

 

 

 幽々子の説明を無視し、スカルは忽然と言い放つ。

 だが、そんなことを幽々子が聞き入れるはずもない。

 

 

「あら、弾幕ごっことは違う、()()()()には、ルール無用でしょ?」

 

 

 幽々子の言っていることは正しい。ただの殺し合いに手を抜くバカはいずれ死ぬ。

 実際、スカルの言葉は自身が本来の力では飛べないための愚痴に等しい言葉だった。

 

 

『……あぁ。そうだな。これは、俺がおかしいか』

 

 

 スカルは己の間違いを即座に肯定し、心の中で反省する。

 

 

「あら、素直に認めるのね」

 

『俺らしくないからなぁ。それになんか、妙にムシャクシャするんだよ』

 

 

 どうやら少し苛立っているために、スカルは落ち着きをなくしていたらしい。

 

 

『(なんだこの苛立ちは?まるで、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()だ……クソっ!)……同じ土俵に立ってやるよ』

 

 

 スカルは―――零夜は能力を行使する。重力と言う束縛から解放され、宙に浮く。

 

 

「あら、空を飛べるんじゃない。わざわざ脚力で飛ぶ必要はなかったんじゃないの?」

 

『…この姿でやるにゃぁ、ハードボイルドじゃねぇ』

 

「その、『はーどぼいるど』っていうのは知らないけど、屁理屈だってことは分かったわ」

 

 

 実際、相手が空を飛んでいるのに対して、飛べる力があると言うのに使わないと言うのは、ただ舐めているとしか捉えることができない。

 だが、この戦いがなんだか知っているスカルが―――零夜がそれを分からないはずがない。

 だからこそ、今の零夜の発言は異質だ。

 

 

『はぁ…落ち着け俺…。怒りに囚われるな…』

 

「……何に怒っているの?」

 

 

 流石にスカルの様子がおかしいと気付いた幽々子は、今現在スカルが(いか)っていると言うことを知り、疑問を口に出す。今までの出来事に怒る理由なんてなかったはずだ。

 だからこそ、幽々子は何故スカルが(いか)っている理由が分からない。

 

 

『お前には関係ねぇよ。…まぁいいとして、流石に攻撃のバリエーションが少ないのがこれの欠点だ。だから、別のヤツで補わせてもらう』

 

 

一本のメモリを取り出し、マキシマムスロットにメモリを挿入し、ボタンを押す。

 

 

ICEAGE MAXIMUM DRIVE!

 

 

 スカルは【アイスエイジメモリ】を使用して、全身に冷気を纏う。

 このアイスエイジメモリは【T2ガイアメモリ】だ。T2ガイアメモリは本来、【仮面ライダーエターナル】と言う「永遠」を象徴するライダーの所有するメモリだ。

 スカルは―――零夜は【ダークライダー】に変身できる。【仮面ライダーエターナル】は【ダークライダー】に分類されているためT2ガイアメモリ26本すべてを持っている。

 ちなみに、今スカルが使っている【スカルメモリ】もT2ガイアメモリである。

 

 

『ハァッ!』

 

 

 スカルは幽々子に近づき、冷気が漂う脚で幽々子を再び蹴る。先ほどと同じ攻撃に幽々子はため息をつきながらも、再び妖力で強化された扇子でガードする。

 

 

「二度も同じ攻撃をして、一体何の意味が――」

 

 

 そのとき、扇子がスカルの脚部分から徐々に凍り付いていく。柄が見えない程氷に包まれた扇子を見た幽々子は、驚愕する。

 氷は広がっていき、やがて幽々子の手に到達する直前、幽々子は扇子を放り投げる。

 

 

「これは…!?」

 

『よそ見はダメだぜお嬢さん』

 

 

 直後、幽々子の腹にパンチが直撃する。衝撃により幽々子は後ろに吹っ飛び、そこから氷が服ごと広がっていく。

 腹の辺りの服を破り、氷が広がるのを阻止する。

 

 

『正しい選択だな。流石年長者は違うな』

 

「殺す」

 

 

 ――女性に歳の話は厳禁。

 彼女はまさにその言葉の女性の返答を現しているようで、スカルに向かって殺気を放った。それと同時にスペル宣言する。

 

 

 

華霊「バタフライディルージョン」

 

 

 

 幽々子を中心に大量の弾幕が広がっていく。それだけでは普通の弾幕となんら変わりないのだが、スカルを中心に小さな弾幕が華のように舞いながら、ホーミングしていく。

 スカルに直撃するが、やはり効いている様子はない。

 使用者の骨格全てを極限まで強化する能力を持ち、それらに支えられた身体能力も向上させる【スカルメモリ】の力は伊達ではない。

 

 

「やはり強行突破するわね…。面倒くさいったらありゃしないわ」

 

『言葉遣いが変わってるぜ?』

 

「あらあら?誰のせいだと思ってるのかしら?」

 

『さぁな。少なくとも俺は知らねぇよ!』

 

 

 スカルも完全に分かってはいるのだが、あえて惚けて、スカルマグナムで牽制する。

 幽々子も拡散系とホーミング系の弾幕を駆使してスカルへとぶつける、が、やはり効いている様子はない。

 そもそも、弾幕弾幕に殺す勢いはなくとも怪我はする。が、そこを数で補えば十分に殺傷能力は発揮される。

 だからこそ、幽々子は数で物を言わせスカルを攻撃しているのだが――

 

 

『効かねぇよ』

 

 

 幽々子の掌に、弾丸が一つ直撃する。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 血が出ることはないが、変わりに青いオーラのようなものが怪我から放出されている。血の出ることのない亡霊故のものなのだろう。

 それを見た幽々子は忌々しげにスカルを睨む。

 

 

『次にこれだ』

 

 

 アイスエイジメモリを取り外し、別のメモリを装着する。

 

 

 

NASCA MAXIMUM DRIVE!

 

 

 

 ――瞬間、スカルがその場から消え、幽々子は腹に斬撃が直撃した。

 幽々子は何が起きたのかわからずに悶え苦しむ。自分の腹を見ると、やはりそこには斬り傷が存在し、青いオーラが漏れ出ていた。

 

 

「な、なにが…!?」

 

『ただ、斬っただけだ』

 

 

 幽々子はスカルの声が聞こえた方向へと体を向ける。

 そこには、先ほどまで持っていなかった剣を持ったスカルが、自らに背中を見せて佇んでいた。

 

 

『ナスカの超高速…。中々だな』

 

 

 ナスカメモリの能力。それはナスカウイングによる飛翔能力、ナスカブレードによる剣撃、「レベル2」に達すると仕様できる超加速能力。

 飛翔能力は零夜自身の能力でどうにかできるためにナスカウイングは必要ないが、今使っているのは『ナスカブレード』と『超加速能力』だ。

 ナスカメモリの能力でナスカブレードを召喚し、超加速能力で一気に幽々子を斬り伏せたのだ。

 

 

『次だ』

 

 

 スカルはスカルマグナムに、メモリをセットする。

 

 

 

BOMB MAXIMUM DRIVE!

 

 

 

 【ボムメモリ】をセットし、バレルユニットを上げる。引き金を引き、銃口から赤紫色のエネルギー弾を発射する。

 幽々子はそのエネルギー弾を自らの手で跳ね返す――が、その直前に四つに分散し、ホーミングのように幽々子に直撃する。

 

 

「ガッ…ハッ…!」

 

『……使いようだな。同時に使える数が少ないから、あまり使えないと思っていたんだが…。やはりやってみないと分からないことはたくさんある』

 

 

 スカルがそう、納得したかのように言う。

――【仮面ライダーエターナル】と比較してみよう。

 スカルとエターナルの違い―――と言うより、エターナルが異常と言うべきだ。

 【ダブル】【アクセル】【スカル】【ジョーカー】【サイクロン】【エターナル】。このライダーたちの中で、同時に多数のメモリを使用できるのは、エターナルのみだ。

 理由は単純。マキシマムスロットの数だ。ダブルやスカルは一つしか存在しないが、エターナルはベルトに1、武器に1、体に24と異常な数のマキシマムスロットを装備しているため、多数のメモリの力を使うことができる。

 が、先ほども述べた通りスカルは【スカルマグナム】と【マキシマムスロット】の二つしかメモリの力を発揮するデバイスがない。

 そのために同時に使用する汎用が難しいと言うのが難点だ。

 だが、その難しさも想定の内でしかなく、実際にやってみたらかなり使えると言うことが分かった。スカルの納得の意味はそこにある。

 

 

『次だ』

 

 

INVISIBLE MAXIMUM DRIVE!

 

 

 瞬間、スカルの姿が消える。

 

 

「消えた!?……いや、気配だけはあるッ!」

 

 

 幽々子はその気配をたどった。そして、顔を向けた先は―――

 

 

「そこよ!」

 

 

―――上空だ。

 上空に向けて、スペルカードを宣言する。

 

 

 

幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ ‐神霊‐」

 

 

LUNA MAXIMUM DRIVE!

 

SCULL MAXIMUM DRIVE!

 

 

 幽々子のスペル宣言と、マキシマムの音声が重なり合う。

 上空には、【スカルマグナム】を向けるスカルと、無数のホーミングする黒と紫が混ざったような色のエネルギー弾。

 幽々子の前に、直線に並んだ五つの弾幕の塊が設置され、それが華の様に広がっていくと同時に、急速にスピードを上げて直線状に広がっていく。

 スカルマグナムのエネルギー弾が幽々子の弾幕を避けて幽々子へと向かって行き、幽々子の直線の弾幕もまたスカルへと向かって行く。

 

 

「グっ!」

 

『ッ!』

 

 

 そして、お互いに直撃。

 幽々子はそのままダメージで、スカルも数による衝撃でお互いバランスを崩し、地面へと激突する。

 

 

「ハァ、ハァ、まだウグッ!!」

 

 

 

KEY MAXIMUM DRIVE!

 

 

 

 スカルの拳が、幽々子の素肌に直撃する。

 幽々子は自らの腹を見る。そこには、黄色に光るスカルの拳が直撃しているのが確認できた。幽々子は後ずさる。

 その時に見た。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 

『取った』

 

「た、たかが拳一発で、私は倒れないわよ…」

 

 

 幽々子は再び上空から弾幕を放つために飛ぼうとする。

 

 

「……あれ?どういうこと?なんで!?()()()()()()()()()!?」

 

 

 幽々子は、飛べなくなっていた。突然の事態に頭が混乱する幽々子。いろいろと試行錯誤して、考えられる可能性は、ただ一つ。

 

 

「私に…何をしたの?」

 

『飛行能力を封じさせてもらっただけだ』

 

 

 飛行能力を封じた。確かにスカルはそういった。それは幽々子の心にとって、まさに青天の霹靂だ。

 スカルは、とあるメモリを使って幽々子の飛行能力を封じたのだ。そのメモリとは【キーメモリ】。

 【キーメモリ】―――数あるメモリの中で、能力が不明なメモリの一つ。鍵の用途は『開閉』。考えれば『封印』とも言える。

 その封印の能力を用いて、幽々子の飛行能力を封じたのだ。

 

 

「私の、飛ぶ力を…!?」

 

『この姿で飛ぶのは性に合わないんだ。これで心置きなく戦える』

 

「…いいわ。飛べなくたって、私は戦える」

 

『だったら、見せてみな』

 

 

 スカルは手に持っているスカルマグナムと、しまっていたナスカブレードを投げ捨て、駆ける。

 対して幽々子も、スペル宣言をする。

 

 

 

「反魂蝶 ‐八分咲‐」

 

 

 

 幽々子を中心に、色とりどり、大小の弾幕が円形状に広がっていく。

 このスペルは本来、ほぼないに等しい弾幕の隙間を通ることで避けることが可能なスペルだ。だが…

 スカルは、この弾幕を完全に無視して一直線に進む。

 

 

『ハァッ!』

 

 

 脚に力を入れ高く飛ぶ。飛翔中に、スカルメモリをマキシマムスロットへと装填する。

 胸部装甲から、怨霊型のエネルギーを生成する。それが巨大化し、スカルの前にそびえる。

―――そして、蹴り飛ばす。

 

 

SCULL MAXIMUM DRIVE!

 

 

『ハァアアアアアア!!』

 

 

 口を大きく開けた骸骨が、依然と弾幕を放ち続けている幽々子へと向かって行く。

 骸骨は幽々子の弾幕をもろともせず、一直線に向かって行く。

 

 

「……負けちゃった…。ごめんね、レイラ…」

 

 

 負けを認め、何かを呟き、ただ骸骨が己を倒す瞬間を待つ。

 幽々子は、その時、過去のことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 今から何百年も前の話だ。冥界の管理をしている自分のところに、とある一人の妖怪の魂が来た。

 ここは魂が来る場所。魂が来ること自体はなんら不思議ではない。あまり気になど止めていなかった。

 だが、ある理由から、幽々子はその魂のことを見るようになった。

 

 それは、ある日のことだ。

 

 

『貴様が、西行寺幽々子だな?』

 

『あなたは…?』

 

 

 目の前には、血に染まった刀を持ち、煌びやかなロングの髪をたなびかせ、紅く光る瞳をした美女。その美女は(サラシ)越しでも分かるほどの大きな胸に黒い法被(はっぴ)を着こなし、青く長い()()()を履いていると言う特徴を持った女性だ。

 

 

『私が誰などどうでもいい。私を生き返らせろ』

 

『……それは無理な話ね。第一、あなた『妖怪』でしょう?自力で生き返ればいいじゃない』

 

『それができたら、このようなことはしない!』

 

 

 妖怪は死んだとしても、復活することができる。しかし例外もあり、それが叶わず幽霊になるパターンも稀にだが存在している。妖怪である以上それは誰もが知っている事実。妖怪である彼女が生き返れないということは――、

 

 

『―――なるほどね。残念だけど、私にはそんな力はないわ。そんなことより、ここに来る前には門番がいたはずだけど、まさか…』

 

『倒してきた。邪魔だったのでな。だが安心しろ、死んではいない』

 

『――それじゃあ、あなたは倒される覚悟はあるのよね?』

 

『無論ッ!』

 

 

 幽々子は女性と戦った。すでに死んでいるため、自身の能力は効かない。ならば、単純な力勝負のみ。自分は持てる力のすべてを。彼女は持てる剣技のすべてをつぎ込んだ。

 

 

『はぁ…はぁ…』

 

『あなた…結構強いのね。弱ってなかったら危なかったわ』

 

 

 幽々子の、ギリギリの勝利だった。この時、幽々子は初めて敗北するのではないかと危惧したほどだった。

 

 

『教えてあげる。こちらに魂が来るとき、普段より弱くなってるの。あなたの能力がうまく作動しないのも、それが原因よ』

 

『なん、だと…』

 

『ていうか、あなたの能力で妖夢を倒せたこと自体驚きよ。能力を二つ持っていること自体珍しいけど、正直言って戦闘向きとは言い難い。それなのに弱体化した状態で妖夢を倒せたことは称賛に値するわ。まぁあの子は半人前だから、もっと修行させなきゃね。――ところで、あなたと妖忌、どっちが強いかしらね?』

 

 

 彼女は正直言って当時、能力は戦闘向きではなかった。それなのに、妖夢を倒せたのは素直に称賛した。まぁ彼女はこちらを睨んでいたが。

 ふと妖夢の祖父である妖忌のことが思い浮かぶ。彼と対峙させたらどこまでやれるのだろうかと、そんなことを考えた。

 

 思い出に浸っていると、女は叫ぶ。

 

 

『ならば…もう一度勝負だ!次は負けない!』

 

『やめておきなさい。……時にだけど、あなたはどうしてそこまで生にしがみつこうとするの?』

 

『貴様が知っていいようなことではない!』

 

『…そう。いいわ。とりあえず、寝てなさい』

 

『何を―――ッ』

 

 

 彼女は首に強烈な一撃を喰らい、気絶した。

 

 

『さてと、妖忌は大丈夫かしら…?』

 

『幽々子様!』

 

 

 そのとき、階段から刀を持った初老の男性が現れた。

 男性は所々に怪我を負っており、良く怪我と年で動けるものだと感心するほどだ。

 

 

『あら妖忌、無事だったのね』

 

『申し訳ありません。賊を侵入させてしまい…』

 

『いいわ。だって倒せたんだもの』

 

『――それで、この者はどういたしましょうか?』

 

『――そうね、………決めたわ。この子、ここで預かりましょう』

 

『……え?』

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 そのとき、思い浮かんだそれは、走馬灯と言うものだろうか?亡霊である自分が走馬灯を見るなんて可笑しな話だ。

 彼女をここで預かると言ったときの妖忌のポカンとした顔が、今でも忘れられない。

 もしかしたら、生前の自分は死ぬ前にこんな思いをしたのかもしれない。それも今となっては分からない。

 気づけば、スカルの攻撃は目の前。

 

 

「不思議ね…。死んでいるのに、まだ死にたくないって思う自分がいる…」

 

 

 幽々子の言葉など誰も聞かぬまま、直撃する。

 

 

 

 

ザシュッ!

 

 

 

―――瞬間、怨霊型のエネルギー弾が真っ二つに割れ、斬撃がスカルに到達する。

 

 

『グハァ!!』

 

 

 スカルは地面に背中から落下し、謎の斬撃が当たった部分を手で触る。そこには、煙を上げながら存在する傷があった。極限まで強化されたはずの自分の装甲に、傷がついていた。

 

 

『なにが…!?』

 

「…レイラ?」

 

「はい。そうです。幽々子殿」

 

 

 幽々子の目の前には、煌びやかな金髪の長髪をたなびかせ、紅く光る瞳をした麗しい美貌を持った美女が、刀を振るった体勢をして、佇んでいた。

 

 

「あとは私に任せて、休んでいてください」

 

「えぇ…。そうするわ」

 

 

 その言葉と同時に、幽々子は意識を失う。幽々子を適当な場所に寝かせた女性は、胸に大きな切り傷を残しているスカルへと、刀を向ける。

 

 

「貴様は…私だけでは飽き足らず、どれほどの女子(おなご)を傷付ければ気が済む!?」

 

『ハァ?』

 

「妖夢に加えて幽々子殿を…絶対に!!絶対に許さんぞ!!!」

 

 

 女性は刀を構え、空高く飛ぶ。

 

 

「今ここで、貴様に引導を渡してやるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲレルウウウウゥゥゥゥッッッッッッ!」

 

 

 そう忌々し気に彼女は叫び、斬撃を放った。

 

 




お気に入り登録・感想お願いします!

スカル イメージCV【吉川晃司】


ちなみにですが、東方の既存の設定にあるレイラさんと、今回出てきたレイラさんは全くの別人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 勘違い筋違いの復讐※


 2021/4/14
 シロの見た目の情報を追加しました。


 剣と拳がぶつかり合う音が響く。

 

 

「逃げるな、ゲレルッ!」

 

『だから俺はゲレルじゃねぇよ!』

 

 

 胸に(サラシ)を巻いて紅い法被を身に纏い、この時代に珍しい長いパンツをはいている女性――名は【レイラ】。彼女は零夜をゲレルと言い放ち、攻撃をしていた。

 当然、否定はするのだが…

 

 

「戯言を!肥溜めのような濁った魂を持っているのはゲレル、貴様しかいない!他の魂と混ざり合っているが、貴様が下種のおかげですぐ特定できた!」

 

『だから、俺はゲレルじゃねぇっつの!これで何回目だ!?』

 

「問答無用!」

 

 

 レイラはスカルに向かって斬撃を放つ。

 スカルは先ほどの攻撃を思い出す。ただの斬撃だけでスカルの防御を突破したのだ。彼女の力を侮ることはできない。故に、防御力を強化して、先ほどと同じように一撃叩き込む。

 

 

METAL MAXIMUM DRIVE!

 

 

 マキシマムスロットに【メタルメモリ】を装填する。スカルの体が銀色に覆われていく。

 スカルはそのまま斬撃へと自ら向かって行く。スカルの防御力と、メタルの装甲。そう簡単に敗れるものではないと、それほど零夜はスカルの防御力を信用している。

 

 そして、斬撃とスカルがぶつかり合い―――

 

 

『グハァッ!』

 

 

 結果、スカルが負けた。そのままスカルは吹っ飛んでいき、桜の木に激突し、変身が強制解除される。

 

 

「変身が…!?」

 

 

 これには零夜も困惑していた。なぜなら、スカルに強制解除なんてないはずだからだ。

 なにせ、スカルに変身している間は体が死んでいる。つまり無限の体力が存在して、痛覚が存在しない体で、強制解除などありえないからだ。

 

 

「脆い。装備に怠けて己を鍛錬することを怠ったか。だが、それこそ私が憎むお前そのものだ」

 

「お前、なんなんだ…。俺はゲレルじゃねぇつってんだろがよぉ…」

 

 

 もう、何回目かもわからない弁解。もちろん、彼女の返答は…

 

 

「いつまでそんな戯言を言えば気が済む。もうよい。死ね」

 

 

 レイラは刀に白い光を纏わせた。これは先ほどと同じような斬撃だ。

 だが、彼女の攻撃はスカルの防御力を貫通するほどの力を持っている。今の零夜が受けるのは危険極まりない。

 それに、ただやられるほど零夜もバカではない。

 

 

「そんな簡単にやられてたまるかよ!」

 

 

フィフティーン!

 

 

 零夜は戦国ドライバーを取り出して、【フィフティーンロックシード】のロックを外す。

 零夜の頭の上空に、ファスナーが表れ空間が開かれる。そこには無限の闇が広がっており、骸骨が出現する。

 

 

ロック オンッ!

 

フィフティーンアームズ!

 

 

 骸骨が零夜の頭に被さり、ろっ骨の部分が零夜の体に突き刺さると同時に、体が闇に覆われる。そして、姿が変わる。

 

 

『死人にはこれだ』

 

「なにをペラペラと!」

 

 

 【仮面ライダーフィフティーン】へと姿を変えた零夜は、骨型の武器【黄泉丸】を装備し、レイラに構える。

 

 

「ようやく死ぬ気になったようだな、ゲレル…!」

 

『なんど訂正すれば気が済む。俺はゲレルじゃねぇ』

 

「ふざけるな!そんな魂をしておきながら!」

 

 

 どうやらレイラは零夜から感じている『ゲレルの魂』を見てそう言っているのだ。

 しかも、先ほど幽々子に『ゲレルの魂』が自分の魂であると言ってしまったため、このままでは『ゲレルの魂』が『究極の闇の魂』と誤認させるための方程式が、『究極の闇』が『ゲレル』であると言う誤認に変化してしまう。

 先ほどの自分の設定をこれほどまでに恨んだことなかった。

 

 

『そういうことかよクソったれ』

 

「死ねゲレル!」

 

 

 レイラは刀を構え、地面を脚で蹴りフィフティーンへと刀を振るう。黄泉丸を刀にぶつけ、牽制する。

 レイラは一度離れ、刀を横に振るい斬撃を放つ。

 同じくフィフティーンも黄泉丸に紫色のエネルギーを溜めて振るう。それは飛ぶ斬撃となり、レイラの放った斬撃とぶつかり合う――ことなく、すり抜けた。

 

 

『なにッ!?』

 

 

 理解できない現象に驚愕したフィフティーンはすぐさまレイラの斬撃を縦一閃で斬り伏せた。

 同時に、レイラもフィフティーンの斬撃を豆腐のように細切れにしていた。

 

 

『斬撃が、すり抜けただと…?』

 

「これぞ私の能力。お前も一度見ていたはず。忘れたとは言わせないぞ」

 

『だから知らねぇっつの』

 

「ッ!そうか…。そうかそうだな。私ごとき、覚えるに足らずと言うことか!」

 

 

 レイラは怒っている。憤怒しているのだ。その理由は零夜にはわからない。なにせ、彼女の怒りが向けられているのは『ゲレル』にであって、『零夜』にではないのだから。

 

 

「死ね!」

 

 

 レイラは怒り、刀を何度も振るって先ほどと同じ斬撃を無数に放つ。

 この斬撃は、おそらく先ほどのすり抜けた斬撃だ。それに斬撃がすり抜けたと言うのに直接的な攻撃は通った。おそらくは何等(なんら)かの能力を用いたのだろうが、能力の正体が分からない以上、迂闊に動くのは危険だ。

 フィフティーンは横に走り斬撃を避け続ける。

 追撃をしようと地面を蹴り跳躍する。

 

 

「ようやく来たかゲレル!」

 

 

 レイラは自分に迫って来たゲレルをただ待つ。だが、気迫だけは十分だ。

 フィフティーンが黄泉丸を振るい、レイラはそれを片手で受け止めた。

 

 

『くッ』

 

「はぁ!」

 

 

 黄泉丸を掴んでいる手に気を取られている隙に、レイラはフィフティーンに足蹴りを喰らわせる。

 作用の力がそのままフィフティーンを後方へと吹き飛ばす。黄泉丸を地面に突き立てることによって強制的に勢いを殺した。

 黄泉丸を地面から抜いたフィフティーンは両手で黄泉丸を持ち空を飛び、黄泉丸を振るう。

 

 

「単純!」

 

 

 そう叫んだレイラは、動かない。どう考えても罠だ。おそらくアレになにか意味があるに違いない。

 何故そう思うのか?何故なら、この短時間の間剣を交え、零夜はレイラを強者と認識しているからだ。

 そのまま重力に従い、剣はレイラに振り下ろされる―――。

 

 

『なッ!?』

 

 

 ―――瞬間、()()()()()

 縦に振り、レイラの体を縦に裂くはずの剣が、すり抜けたのだ。そのまま黄泉丸は勢いよく地面に刺さる。

 

 

「お前は学習と言うものがないのだな。私の能力を強制突破した癖に」

 

 

 レイラは脚で黄泉丸を踏みつけて固定する。フィフティーンは抜こうと力を入れるがビクともしない。

 

 

「何故私は…お前のような奴に!!」

 

 

 怒りに任せ、脚で黄泉丸を固定したままレイラは連続で刀を振るい、フィフティーンの鎧を傷つける。

 

 

『グァアアアアアア!』

 

 

 火花を散らしながら地面に引きずられ、黄泉丸から手を放し地面に転がるフィフティーン。少しヨロヨロとしながら立ち上がる。

 それを見届けたレイラは黄泉丸を片手で持つ。

 

 

「……お前が持つには勿体ない業物だな、ゲレル」

 

『返せ…!』

 

「返せ?私がお前の言うことなど聞くと思うか?愚かだな。私の言い分を聞かなかった貴様の言うことなど、私が聞く耳を持つと思うか?」

 

 

 黄泉丸の先端をフィフティーンに向ける。武器を奪われた以上、こちらが不利になる――

 が、それだけで焦るフィフティーンではない。

 

 

『武器なら他にある』

 

 

 ベルトからロックシードを取り外し、ひときわ大きいロックシードを取りだし、ロックを解除する。

 

 

ウィザード!

 

 

 頭上からファスナーが開き、そこから【仮面ライダーウィザード】の顔が降りてくる。ロックシード―――【平成15ライダーロックシード】をベルトにセットし、ロックする。独特なギター音が鳴り響き、カッティングブレードを振り下ろす。

 

 

ウィザードアームズ!シャバドゥビ・ショータイム!

 

 

 ウィザードの顔がフィフティーンの頭に被さり、それが展開して鎧となる。

 【ウィザードアーマー】へと姿を変えたフィフティーンは【ウィザーソードガン】と【アックスカリバー】を装備する。

 

 

「これまた随分と奇怪だな。まぁ貴様のような外道がどんな力を手に入れようが、今度こそ私が貴様を滅ぼす!」

 

『それはもう聞き飽きたぞ』

 

 

 フィフティーンが言葉を終えた瞬間、レイラの周りに紫色の魔法陣が出現し、そこから鎖が召喚されレイラを拘束する。

 が、拘束した瞬間に鎖がレイラの体をすり抜け、拘束から解放される。

 

 

『(透明化の能力?だが体が透けたようには見えなかった。鎖も実体があるまますり抜けたし、意味分かんねぇ)』

 

 

 能力の解明に勤しむも、全く詳細が掴めない。今のレイラを拘束していた鎖は、レイラの体や武器を貫通して地面に落ちた。つまり()()()()()()()()と言うことだ。だが、実体がないのだとしたら【黄泉丸】すら貫通して落ちたのが腑に落ちない。

 考えられるは黄泉丸も実体を失っていたと考えるべきだろうか?

 

 

『くらえ!』

 

 

 フィフティーンはアックスカリバーを頭上で振り回すと同時に、紫色の光輝く粒子のようなものがアックスカリバーに纏わりつくと同時に巨大化していく。

 それをレイラに向かって振り下ろした。

 

 

「はぁああああ!!」

 

 

 レイラは跳躍し、振り下ろされたアックスカリバーに乗り、駆ける。

 アックスカリバーから手を離したフィフティーンは同じくアックスカリバーに乗ってレイラと相対する。

 お互いの剣の刀身がぶつかり合い、火花が散る。その間にレイラは黄泉丸を逆手に持ちフィフティーンへと突き立てる。

 それをフィフティーンは膝蹴りで黄泉丸を吹き飛ばす。

 

 

『ふん!』

 

「なッ!?」

 

 

 二人を中心に暴風が巻き起こる。暴風に気を取られた隙にフィフティーンはレイラを足蹴りし、暴風へと巻き込ませた。

 その(かん)にアックスカリバーと黄泉丸を回収し、暴風から逃れる。

 この暴風はフィフティーンがウィザードの能力で起こした風だ。鋭利な刃のように切れる風。この中に巻き込まれたらタダでははすまないだろう。そう、巻き込まれていたら。

 

 

「こんなもので、私がやられると思っているのか…!」

 

 

 轟音を響かせながら回転する暴風の中からゆっくりと、歩きながら現れた。

 怪我はほぼしていないと言ってもいい状態で。多少の切り傷と、服が切れているだけ。逆にそれ以外の目立った外傷は見受けられなかった。

 あの斬撃の塊とも言ってもいい暴風の中、軽傷でいること自体あり得ない。怪我をしていると言うことは防御力はそれほど高くはない。なら大怪我をしていない理由はやはり『能力』。これしか考えられない。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

 レイラは今だに回っている暴風を()()()。真っ二つになった暴風は、そのまま霧散する。

 

 

『台風を斬るとか…。それも能力か?』

 

「はッ!この程度、能力など使わずと斬れる」

 

『普通自然のモノは斬れねぇよ』

 

 

 そうツッコミを入れた後、フィフティーンはロックシードを取り外し、わざわざロックした後、再びロックを外す。

 

 

ブレイド!

 

ブレイドアームズ!SWORD・OF・SPADE!

 

 

 【ブレイドアームズ】へと姿を変え、【ブレイラウザー】と【キングラウザー】を両手に持ち、構える。

 フィフティーンに雷が走り、瞬時姿を消す。

 

 

「高速で移動したか」

 

 

 消えたトリックを即座に見抜いたレイラは、周りを見渡す。

 ブレイドの使用するカードに、【マッハ】と言う速度上昇系のカードがある。それを用いて速度を強化したのだ。

 

 

「そこだ!」

 

 

 レイラが刀をとある方向に振ると、そこから金属がぶつかり合う音が響く。

 

 

『速度上昇じゃあダメか』

 

「当たり前だ。お前の人智を超えた速度はもう見切った」

 

 

 レイラは過去にゲレルと相対し、【光を司る能力】である程度の速度の攻撃は対処できるようになっているのだろう。

 光はすべての速度を超える。故にその光を司り負けた相手のことを、対処するために特訓を怠っているはずがなかった。

 

 

『だが、これは先ほどの状況と似てやしないか?』

 

「ッ!」

 

 

 先ほど、レイラは自身の刀と黄泉丸を持っていて、この状況でフィフティーンに黄泉丸を突き立てようとした。

 逆に今の状態は、レイラは自身の刀しか持っておらず、フィフティーンはブレイラウザーとキングラウザーの二つの武器を持っていた。

 つまり、前と同じ状況と言うことだ。

 

 

『くらえ!』

 

 

ロイアルストレートフラッシュ!

 

 

 キングラウザーの刀身が紫色のエネルギーを纏い、レイラへと振るわれる。

 

 

「はぁ!」

 

 

 レイラもそれを素手で受けとめ、力比べになる。

 ―――本来、エネルギーを纏っている状態のキングラウザー―――必殺技に対抗するためにはかなりの単純な力が必要だ。それにエネルギーを素手で受け止めているため、それだけでも痛みが発生している。だからこそ、フィフティーンは驚愕している。何故なら―――

 

 

「やはりお前は愚かだな…ただ力を上乗せした程度で、私がやられると思ったか!」

 

 

 レイラは平然としていた。フィフティーンはレイラの手を見ると、そこには可視化のオーラのようなものを手に纏っていた。

 

 

「私だけではない。この世界の住人はこういった力を使うのが得意だ。私の場合は妖力だがな!」

 

 

 この世界の人物たちは特別な力を持っている。それは最早分かり切っていることだ。故に、自分を有利にするためには使える手はすべて使うのが自然である。そういった単純かつ明確なことを完全に視野から除外していた。

 

 

『だったら!』

 

 

 フィフティーンはカッティングブレードを一回振り下ろす。

 

 

ブレイドスカッシュ!

 

 

 全身に紫色の電撃が纏われる。ブレイラウザーを投げ捨て、そのまま電撃が拳へと集中し、そのまま拳をレイラへと振り下ろす。

 同じく片手の開いたレイラも己の拳に妖力を集め、フィフティーンの拳とぶつかり合う。

 それは衝撃を生み出し、すべてを蹂躙する力が発生する。お互いは拳にさらに力を籠め、さらに力を増していく。そして、爆発する。

 二人の体は吹き飛ばされる。レイラは脚に力を入れて強制的にスピードを落とす。レイラは目の前の煙を見る。そこから出てくるであろうフィフティーンを警戒してでの行動だ。

 

 

ブレイドオーレ!

 

 

 ギター音が響き、煙の一部が晴れる。そこにはキックの体勢を取り、片脚に紫色の電撃を纏っていた。レイラの予想は斜め上の結果で当たっていた。

 舌打ちをし、刀に先ほど以上の妖力を溜める。

 あの斬撃、あれは能力ではなく妖力を飛ばした斬撃こそが今までの斬撃の正体。つまり妖力の塊。刀に妖力を凝縮させ、刀身に留まらせる。

 フィフティーンのキックと、レイラの攻撃が激突する。

 

 

『ハァアアアアアア!!』

 

「ガァアアアアアアア!!!」

 

 

 お互いの叫びが響き、爆発音が響く。その結果、ダメージを負ったのは―――

 

 

『グァアア!』

 

 

 フィフティーンの方だった。そのまま地面に転がり、アームが解除される。

 

 

「あの程度の攻撃で、私が負けるか!」

 

『じゃあ次はこれだ!』

 

 

 

アギト!

 

 

 

 ロックシードのロックを外し、ドライバーにセットする。【仮面ライダーアギト】の顔が表れ、カッティングブレードを振り下ろす。

 

 

アギトアームズ!目覚めよその魂!《/

 

 

 【アギトアームズ】へと姿を変えたフィフティーンは【フレイムセイバー】と【ストームハルバード】を装備し、両方の装備に紫の炎と風を纏わせる。

 そのままフレイムセイバーとストームハルバードを突き出して、紫の炎風(えんふう)の渦を作り出す。 

 

 

「無駄だ!」

 

 

 レイラは炎風の渦をそのまま突っ切る。普通に見たら自ら灼熱地獄に飛び込んでいく愚か者の絵図だ。だが、そうではないことはフィフティーンは分かっていた。

 フィフティーンが攻撃を中断してレイラの残状を見るが、どこも外傷もなく服も無傷だった。先ほどと全く変わっていない。

 

 

『やっぱり攻撃そのものが効いてねぇ…。だが完全にってワケじゃない…。一体なんなんだよあの能力!?』

 

 

 分析している合間にも、レイラはフィフティーンを攻撃しようとこちらへ向かってくる。

 今の炎風の攻撃は、全く効いていなかった。今までの状態を見て分かることは、彼女の能力は『一時的な無敵』だと言うことだ。

 その考えに至った根拠は簡単。『レイラそのもの』に攻撃が通らないのなら服には攻撃が通るはず。今の炎風で全く服が傷まなかったのその証拠だ。

 故に、『レイラと言う存在自体』を一時的な無敵にする能力ではないだろうかと推測しているのだ。しかも、一時的な。

 一時的だと言う理由も簡単だ。なぜならウィザードアームズの攻撃の際に、彼女に攻撃は通ったからだ。だから永続的な無敵ではない。

 それで導き出される推測は―――

 

 

『お前のその能力、空間系か』

 

「ご名答!そして死ね!!」

 

 

 レイラから返ってきた返答は、答えと死刑宣告だ。フィフティーンの目の前で刀が振り下ろされ、二つの武器でそれを防ぐ。

 そして今、彼女は認めた。自分の能力が空間系の能力であると。

 

 

『まだ詳細は分からねぇが、お前は空間を操って攻撃から逃れてたってことか!』

 

「あぁそうだとも!だが、お前にはあのとき強制突破されたがなぁ!」

 

 

 憤怒を交えた声と共にフィフティーンが押されていき、やがて力で負けて後ろへ吹き飛ばされる。

 そして、レイラの発言―――『ゲレルに強制突破された』と言う発言の意味がようやく理解できたときでもあった。

 ゲレルの光を司る能力ならば、光を超える速度で動ける。

 よくアニメで、「早すぎて時間を超えてタイムスリップした」と言う場面がある。【十六夜咲夜】曰く、「時間と空間は密接に関係している」とのことだ。その法則を利用したのだろう。

 限界を超えた速度で彼女の空間系能力を強制突破したのだろう。

 

 

「だが、私の能力をある程度理解したからなんだ。力では完全にお前は押し負けている」

 

『チッ…!』

 

 

 そこで、一つ謎が、不可解な部分が生まれる。

 フィフティーンのスペックはアルティメットクウガほどではないにしても、妖怪にしては体力的に雑魚で人間以下のゲレルが、どうやって彼女に勝ったかが疑問だ。

 体力を能力で補い舐めプをしていたゲレルと、体力的にも戦闘経験的にも豊富で、強者なレイラ。そんな圧倒的な差がある中で、どうしてゲレルはレイラに勝てたのだろうか?

 考えられる可能性としては光を司る能力でゴリ押しした可能性だ。だが光を使った光熱線などは光と同等の速さなために空間を突き抜けるほどの速度はない。空間を超えるには光を超える速度が必要だ。放射性の攻撃ではそれは不可能。

 だが、ゲレルは主にその攻撃を用いて戦っていた。光で造った剣や槍も質量はないはず。故にゲレルでも扱いやすかったはず。拳での戦闘など論外だ。唯一自身の体に光の力と己の体力を混ぜれば、光の速度を超えれた可能性がある。だが体力的に雑魚なゲレルがそれをできたとは思えない。

 そのままで行けばレイラが勝てたはずなのに、結果はゲレルの勝利。つまり、ゲレルがなにか姑息な手を使ったのかもしれない、とフィフティーンは過程する。

 

 

『―――お前には聞きたいことができた。無力化させてもらう…!』

 

「無力化だと?貴様が?そんなことさせるわけがないだろうが!」

 

 

 レイラは地面を駆け、超スピードで移動する。自分の周りをウロウロと。おそらくは翻弄だろう。

 この時点でスピードで負けている。ならば、勝てばいいだけだ。

 

 

カブト!

 

 

カブトアームズ!天の道 マイウェイ!《/

 

 

 【カブトアームズ】へと姿を変え、【クロックアップ】による超高速を行う。

 そこで初めて分かった。レイラがどれほどの速度で動いていたのかを。

 

 

「…その鎧を変える戦法、厄介だな。それで臨機応変に戦場に適応するワケか」

 

『…ここはクロックアップの空間だぞ?なんでさも当然のように会話出来てんだ?』

 

「できるから。それ以外に答えは不要だ」

 

 

 なんと彼女は、クロックアップの中でもフィフティーンと会話ができたのだ。

 そもそもクロックアップとは高速行動能力であり、使用者以外の世界すべてがほぼ止まって見えるほどに感覚すら早くなる。

 そんな状態の中で、彼女は平然とフィフティーンと同じ土俵に立っているのだ

 

 

『空間系能力…時間と空間が密接に関係しているとは言え、これは流石に予想外だ』

 

 

 今現時点で分かっていることはレイラの能力が空間系の能力と言うことのみ。

 その空間系能力がどのように事象や自身に影響を与えるのかが謎だ。フィフティーンの攻撃の一時的な無効化とクロックアップ空間への適応。レイラの空間能力が謎過ぎる。

 

 

『一撃必殺でぶっ飛ばす!』

 

「やってみろ!」

 

 

カブトスパーキング!

 

 

 フィフティーンの片足にタキオン粒子が集中する。地面を駆け、レイラへと向かう。

 対してレイラも構えを取り、目を閉じ瞑想する。

 

 

―――回し蹴りと横一文字が炸裂する。

 

 

 地面が砕け、石ころが消滅する。

 光で目が見えない中、最初から目をつぶっていたレイラが刀を持っていない方の手を広げ、妖力を放出し、自身の体を後方へと押し出した。

 それと同じに、マゼンダ色の斬撃がレイラのいた場所へと振り下ろされる。

 

 

ディケイドアームズ! 破壊者! オン・ザ・ロード!

 

 

 【ライドブッカー・ソードモード】を振り下ろす、【フィフティーン・ディケイドアームズ】の姿がレイラの目に映る。

 フィフティーンは刹那の間に【バッシャーマグナム】と【デンガッシャー・ガンモード】を装備し引き金を引く。放たれる弾丸をレイラは刀で弾きながら移動する。

 

 

「このような邪道の武器を使うとは、流石に汚いな!」

 

 

 剣士からしたら、銃の存在はあまりいいものではないだろう。幻想郷に銃はないはずだが、どうやって知ったかは分からない。

 一通り撃ち終わった後、【音撃棒烈火】を装備し先端に炎を纏い投擲するが、レイラを貫通して石畳に直撃して爆発する。

 

 

『ちッ!』

 

「はぁあ!」

 

 

 再び入る横一文字の飛ぶ斬撃。【パーフェクトゼクター・ソードモード】と【アームドセイバー】を装備し、全力で振るう。虹色の刃と燃え盛る炎の剣技がレイラの斬撃を消し飛ばそうとするが、それも再び貫通する。

 それを見たフィフティーンは()()()拳にマゼンダのエネルギーを集中させ、拳での攻撃へと移行する。斬撃と拳がぶつかり合う―――ことはなく、拳も貫通し、鎧も貫通し―――

 

 

『グホォッ!』

 

 

―――()()()()()()()()()()()()()()

 斬撃とはそのままの意味で斬ること。それが、フィフティーンの体内―――つまり生身にまで到達した瞬間に、痛みが走った。

 レイラの斬撃は、鎧を貫通して生身へと至ったのだ。

 

 

『ガッ…!』

 

 

 仮面の奥で血反吐を吐き崩れる。

 意識が少し朦朧とし、景色がかすれていく。

 

 

「私は任意で具現化する。今までの攻撃を見て学習しないとは、見ていて清々しいぞ」

 

『なるほど、な…』

 

「――――?」

 

『お前今、『具現化』っつったよなぁ…』

 

「そうだが…それがなんだというのだ」

 

『分かったぜ。お前の能力(トリック)

 

「……ッ!まさか貴様、それを確認するためにあえて!?」

 

 

 そう、これもフィフティーンの思惑通り。今までの攻撃の規則性を考えた結果、ある一つの答えにたどり着く。途中で本人が自ら正解だと言ってくれた空間系能力のことも踏まえれば…。

 

 

「ならば、聞かせてもらおうか。剣士たるもの、常に冷静であれ。この言葉に従おう」

 

 

 今に覚えばレイラのこの考え方はすごく、素晴らしい。

 零夜をゲレルと勘違いしているとは言え、復讐したい敵を目の前にしても、その理念を通そうとする彼女の志が。これは、理想の剣士像と言ってもいいし、知恵ある生き物の美点と言ってもいい。

 ゲレルと女性の間になにがあるかは、あの男の性格上、簡単に予想がつく。ついてしまう。口に出すことすらおぞましい凌辱(りょうじょく)を、その身に受けたのかもしれない。そんな目に合わせた人物を目の前にして冷静さを保つのは、とてもじゃないができることではない。

 だが、彼女はそれを行っている。よほど心の強い人物なのだろう。

 

 

『その前に、一つ聞きたい』

 

「…………」

 

お前はどうやってゲレルに負けた?

 

「…………」

 

 

 闘いの最中でも気になっていた点。レイラは強者だ。零夜が手こずるほどに。もしかしたら負けるかもしれないと言うマイナス的な自身もあったりする。それほどまでに彼女は強いのだ。

 ゲレルのことなので卑怯でずる賢い手を使った可能性もあり得るが、それでも彼女を倒せるかどうかは分からない。

 フィフティーンが―――究極の闇がゲレルに勝てた理由は対極の力を駆使し、体力的な差の圧倒的なごり押しだ。それ以外なら負けていたかもしれない。レイラにも究極の闇―――クウガアルティメットの姿で戦えば余裕で勝てるかもしれないが、あの姿は何気に体への負担が大きすぎるため、零夜自身あまり使いたがらない。

 だからこそ考えた。レイラがゲレルに負けた理由を。だがわからなかった。ならば、本人に聞くのが手っ取り早い。

 

 

『お前ほどの強者なら、ゲレルに負けるはずがない。ヤツの光を司る能力だって、お前の能力で直撃しないようにできたはずだ』

 

「……………」

 

『くどいようだがもう一度問おう。お前は何故ゲレルに―――』

 

 

 ―――その先の言葉は、遮られた。レイラの斬撃によって。

 体を逸らしてギリギリで避けたフィフティーンは、レイラを仮面越しに睨む。

 

 

『おい!話の途中だろ!それにさっきの言葉はどうしたんだよ!』

 

「―――前言撤回だ。よくよく考えれば、貴様のような下種に剣士の志など、勿体ない。よくもまぁ本人の口から私が敗北したときのことを言えたものだな!ヌケヌケと嘘を言う!実に貴様らしい!」

 

『嘘?全部本当だっつの!』

 

「黙れゲレル!やはり貴様は世に存在してはいけない外道だ!」

 

『俺はゲレルじゃねぇ。それに第一、ゲレルは俺が倒した』

 

「嘘をつくな!ではその魂はどう説明を付ける!?」

 

 

 レイラが零夜のことをゲレルと確信づけている理由は『ゲレルの魂』だ。これがある限りレイラの零夜=ゲレルと言う方程式は崩せない。

 だからこそ、根本から訂正する必要がある。

 

 

『この際だから教えてやる。俺には魂を吸収する能力がある。その力で、ゲレルの魂を吸収したんだよ』

 

 

 ここであえて真実を話すことで、信用を得ようとしている。悪人に信用など無用だが、それでもレイラに『目の前にいる人物はゲレルではない』と信じさせるためには真実を話す他ない。

 フィフティーンはレイラの反応を見る。その顔は疑惑と驚愕で埋め尽くされていた。確かに、そんな話すぐに信じられるわけがない。

 

 

「―――確かに、他の魂が混ざり合っていることは不思議に思っていた。お前の言葉は辻褄が合っている。では、ゲレルではないとしたら、お前はなんだ!!」

 

 

究極の闇

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 今ここで、初めて目の前の存在、レイラへと自分の正体を明かすことができた。

 それを聞いたレイラは―――

 

 

「そうか…。そういうことか。なるほどな」

 

『どうした?』

 

「―――こちらからも一つ聞こう。1000年前、お前はゲレルを討伐し一人の女子の妖怪を連れ去ったそうだな」

 

『それがなんだ?』

 

「ゲレルが死んだと聞いたとき、私はもう輪廻から外れる必要はないと、輪廻転生の輪に行くつもりだった。まぁ二人に阻止されたがな。しばらくして、ゲレルの魂がどこにも存在していないことが発覚した。ゲレルの魂だけではない。それとほぼ同時期に大量の妖怪の死骸が見つかったらしいが、その妖怪たちの魂は一個も冥界へと来ることはなかった。全部、お前の体に閉じ込められているのだな」

 

 

 急に過去を語り始めたレイラに、フィフティーンは困惑する。一体なんの意図がありこの話をしているのだろうか?

 

 

「あのとき、最初から気づくべきだった。『特級地獄行指定魂(とっきゅうじごくゆきしてこん)』であるゲレルの魂が冥界へ来なかったときから。私を殺したあいつを、私の手で消滅させてやりたかった。苦しむことすら奴には似合わない。あんな奴を連れていって地獄の者どもが可哀そうになる。例え、それが規範に背くような行為であろうと、間違っている行いであると知っていても、それがそれが私の存在している、唯一の理由だった」

 

『つまり、(かたき)を俺に取られたから、その八つ当たりか?』

 

「違う。それは剣士の―――私の生き方に反する。ゲレルの魂がお前の中にあると分かった今、やることは一つ!」

 

 

 ―――虚空からもう一つ、刀が出現する。その刀は、今までレイラが使っていた刀とは違い、刀身が小さい。所謂短刀と言うものだ。だが、その刀身は常に光り輝き、幻想的な雰囲気を放っていた。

 

 

「―――ゲレルの魂を、貴様の中から引きずり出し、私自らの手で消滅させる!」

 

『二刀流…!?』

 

「私の本領発揮は二刀流だ。貴様の刀は私には相性が悪すぎる。やはり自分の刀が一番だ」

 

 

 ――レイラは本来、二刀流だ。

 彼女が二刀流を披露する相手はそれ相応の敵と判断したときのみ。

 

 

「鎧の力の把握のためにあえて一刀流で勝負をしたが―――今となっては話は別。究極の闇よ!紫殿の愛すこの世界を、破壊させたりなどしない!私が、斬る!」

 

『いいだろう。ようやく誤解も解けたとこだ。本気でやってやる!』

 

 

鎧武アームズ! フルーツ鎧武者! オン・パレード!

 

 

 【鎧武アームズ】へと姿を変えたフィフティーンは黄泉丸と大橙丸を装備する。

 レイラの本気。それだけで空気が変わった。先ほどのようにはいかないだろう。

 だが、能力の種は理解()かった。その空間系能力を、零夜の能力で無効化できると言ってもいい。つまり、後はスペックと経験がモノを言う。

 二人が地面を駆け、己の刃が炸裂する――――。

 

 

 

「なッ!?」

 

『くッ!』

 

 

 

 

――――とき、武器が地面から生える。

 突如として無数の武器が地面から生え、二人の行く手を両断する。

 

 

『この武器は…!!』

 

「誰だ!!」

 

 

 レイラは確実にいると確信した乱入者へと声を荒げる。

 フィフティーンも武器の登場に驚愕していたため、フィフティーンの能力とは思えない。つまり、乱入者がいるはずだ。

 

 

ズルズル……ズルズル…

 

 

 レイラの言葉の後、なにかを引きずる音が響いた。その音の発生源は階段から。

 なにかがこちらに、なにかを引きずりながら向かってきていた。その音だけで、それを脳が強制的に、自動的に理解した。

 時が流れ、その存在の一部が見える。白いフードを深々と被った、謎の人物だ。

 

 

「あれ、まだやってんだ。もうこっちは終わっちゃったよ」

 

 

 その人物から発せられた声は、強気で貫禄のある男性の声。

 謎の人物はなにかを引きずりながら、階段を上っていく。

 

 

『お前か…!そうかそういうことか!スカルの時妙にイライラしたのは!』

 

「貴様、何者だ!」

 

「君に語ることはなにもない」

 

 

 その人物は冷徹に、冷静な声色でそう言い放つ。

 

 

「こっちは早く終わったから来たんだけど、こいつらあんま大したことなかったな」

 

 

 その人物―――彼はさらに歩みを進め、全体像が見えてくる。最初から見えた通り、全体的に白い服装をしていた。

 

 白い服に白いズボン、白い手袋をつけ、フードの奥からでも見える白髪。そして、その白髪で隠れながらも、ちらりと見えた、深紅の瞳の男性だ。

 

―――そして、それと同時に引きづっていた何かの正体も、自然と分かった。

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

 ()()を見た時、レイラは絶句した。言葉が出なかった。そんな、ありえない。ありえるはずがない。あの方が、負けるビジョンが浮かばない彼女が、負けるはずがないと。だが、そんな彼女は今、目の前の人物に血塗れの状態で引きずられている。

 だからこそ、怒った。憤怒した!憤慨した!

 

 

 

「貴様ァァァアアア!!その方に何をした!」

 

「なにって――倒した」

 

 

 レイラの問いかけに謎の人物は平然と答える。その答えが、さらにレイラを困惑させる。そしてその困惑が怒りへと変わる。

 

 

「案外弱かったなぁ。幻想郷の賢者が聞いて呆れるよ」

 

 

 呆れたようにいう彼の手にある命。それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫殿!!藍殿!!お二方を離せ!下郎ォォオオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物の手に握られていた命。

 それは幻想郷の賢者【八雲紫】と、その式神である【八雲藍】だった。

 

 幻想郷のトップクラスの人物たちが、謎の人物の手に、血まみれの状態で握られていた。

 

 

 

 




なに話してるかわからないのは後々面倒なんで取り消しました。

フィフティーン CV【板尾創路】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 圧倒的な力※

いやぁ~……memory・of・Herozが面白すぎて更新が遅れて申し訳ありませんでした!
 3日でクリアして、その後タイムアタックに挑戦していたらこんなに時間が過ぎていて……。

ともかく!悪正記17話、お楽しみください!


 2021/3/24 後半を変えました。


 ―――ドクドク、ドクドク、ドクドクと、赤黒いものが、人の体から流れる。

ジワジワ、ジワジワ、ジワジワと、体から体温が奪われていく。

クラクラ、クラクラ、クラクラと、意識が遠のいていく。

 

 

「紫殿!!藍殿!!お二方を離せ!下郎ォォオオ!」

 

 

 そう叫び、憤慨するのは胸に(サラシ)を巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている美女だ。

 女性は両手に短刀と長剣の二本の刀を持ち、一気に振り下ろす。

 斬撃が飛び、男へと向かって行く。

 

 その斬撃が、突如現れた石の壁に阻まれる。

 

 

「急に危ないじゃないか」

 

「黙れ!御二方を離せ!」

 

「別にいいよ。これ荷物だったし」

 

 

 そう語った後、男は潔く二人を投げ捨てる。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 美女―――レイラは男への警戒を怠らずに即座に二人の元へと駆け寄る。

 近づいてもなにもない。どうやら罠などはないようだ。

 

 

「どうすれば…!私の能力は治療に向かない…!」

 

『おい!シロ!』

 

 

 今まで傍観していたフィフティーンが、男へと駆け寄る。

 どうやら男は【シロ】と言うようだ。おそらく服が白いからシロなのだろう。とても安直で、偽名だと言うことがすぐにわかる。

 フィフティーンはシロに駆け寄りシロの襟を掴む。

 

 

『出しゃばってきやがって…!!()()()()()()も勝手に使いやがったな!!』

 

「まぁまぁ落ち着きなよ」

 

 

 突如出てきたシロに、フィフティーンは憤怒する。

 どうやら意味不明なことが怒りの原因らしく、なにが原因で怒っているのかが分からない。だが一つわかることは、フィフティーン――零夜はシロの登場が予想外で、それに怒っていると言うことのみ。

 

 

「なくなったらまた補充すればいいだけじゃないか」

 

『そういう問題じゃ―――!!』

 

「それに、その()()()()を併用できるのも、僕の能力のおかげじゃないか。僕が使わない道理があるかい?」

 

『……チッ!』

 

 

 フィフティーンは舌打ちをしながら襟を離す。

 シロとフィフティーンはどこからか取り出した包帯などで紫と藍に対し応急処置を行っているレイラを見る。

 

 

「そろそろいいかな?」

 

 

 シロは再びレイラへとフードで隠れた見えない顔を向ける。

 それを聞いて二人を睨む―――否、シロを睨むレイラ。

 レイラは二人を桜の木の下へ移動させていた。

 

 

「貴様……!よくもお二人を――!」

 

「そっちから喧嘩売って来たんだ。正当防衛だよ」

 

「ふざけるな!ここまで完膚なきまでにしておきながら!」

 

「それで、続けるかい?」

 

「無論だ!御二方の仇を、必ず取る!」

 

「定型的な返し文句だなぁ。それしか言えないの?」

 

「バカにしているか…!」

 

「うん、してる」

 

「貴様ァ!」

 

 

 あくまで自分は優位にいるかのように、平然とそう言い放つシロ。

 その態度に、レイラの怒りは溜まっていくばかりだ。

 

 

『……そういえば、お前、どうしてここにいる?』

 

 

 空気を読まない疑問の言葉が、雰囲気を破壊する。フィフティーンにとって空気を読む必要などないため、自分の思ったことをそのまま言っただけ。

 だが、周りから見ればどうなのだろう。そんなこと知る由はないが、シロは淡々と答える。

 

 

「彼女相手じゃ、君には荷が重いと思ってね」

 

『ふざけんな!俺一人で十分だ!』

 

「ダメダメ。事実、君は彼女相手に苦戦しているだろう?だから、俺の出番ってワケ」

 

 

 シロが出てきた理由は、「参戦」だそうだ。

 苦戦しているフィフティーンを見かねて、手助けをしに来たのだろう。

 

 

『いらん心配を…』

 

「するさ。()()()()()()()()

 

『それはお前の事情――と言いたいところだが、俺も死ぬわけにはいかねぇからな』

 

「素直なのは好きだよ。――――さて、待たせたね、レイラ」

 

「気安く私の名を呼ぶな…!」

 

 

 シロの目線が、今まで待っていたレイラへと向けられる。

 レイラは今、殺気全開の目で二人を睨みつけ、刀を強く握り締めていた。

 

 

「じゃあなんて言えばいいかな?名前で呼ばなかったら、何て呼べばいいのか分からないよ」

 

「言う必要などない…。なぜなら、貴様らが今日の命日だからだ!」

 

 

 レイラは地面を脚で踏み抜き爆発的な瞬発力を生み出す。スピードにそのまま乗って長刀の方を振り下ろす。先ほどと同じく極めて単純だ。

 この攻撃に即座に反応したのはフィフティーンだ。フィフティーンは振り下ろされる先に黄泉丸を突き出す。だが、その防御も案の定、レイラの長刀は黄泉丸をすり抜けてシロへと到達し、シロは手を突き出すと、そこから見えない壁のようなものだろうか、それが盾となりレイラの攻撃を防ぐ。

 

 

「くッ…!」

 

『はァッ!』

 

 

 フィフティーンは大橙丸を突き出してレイラの腹を貫こうとするが、短刀によって防がれる。そのまま短刀を力づくで下方へと下げ、フィフティーンへと足蹴りを炸裂させる。

 

 

「ッ!」

 

 

 だが、それをシロが許さず、フィフティーンの足元から斜めに長剣が生えてくる。レイラの脚と剣先がぶつかり合うと同時に、雷が巻き起こる。

 

 

「グゥ、アグゥ…!!」

 

 

 レイラの体中に電撃が走る。どうやらこの雷はぶつかり合った衝撃で起こったものではなく、剣に流れている電撃だったようだ。

 感電から逃れるために剣から足を離しそのままその勢いで後方へと飛んだ。

 だが、その間にシロはどんどんと追撃を掛けるために、とある危険物(チート武器)を装備した。

 

 

『おま、それありかよ!?』

 

「勝つためだったらなんでもありさ!」

 

 

 シロが装備した武器、それは【ガトリング砲】だ。六つある銃口を回転させながら銃弾を放つ凶悪な武器。だが、悪夢はこれで終わらない。

 シロがガトリングを片手で持ち、もう片方の手で指を鳴らす。それと同時に、空中にガトリングが()()()。増殖したのだ。

 無数のガトリングがレイラに向けてロックオンされる。

 

 

「ファイア!」

 

 

 気軽に放ったその一言とは裏腹に、狂気の連続攻撃が炸裂する。

 レイラはこの危険性を直感や本能で感じ取ったのか、横に疾走する。

 案の定、弾丸が着弾した部分は破壊の限りを尽くされている。だが、()()()()ならよかったのだ。()()()()なら。

 

 

「なッ!?」

 

 

 疾走するレイラの顔が、驚愕に包まれる。

 問題点は、着弾した部分。そこは、炎上していた。それだけではなく、電撃が走り、凍結もしていた。床が溶けていたりもした。

 弾丸になにかが付与されている。見た目からして付与されているのは『炎』『雷』『氷』『毒』などだろう。他にもまだある可能性だってある。レイラはそれらに注意しながら、疾走する角度を90度変える。つまりは接近だ。

 

 

「また斬撃かい?それはもう見飽きたよ」

 

「私の攻撃方法が斬撃だけだと思うな!」

 

 

 レイラが空高く飛ぶ。それと同時にガトリングの銃口をそちらへと向け、銃弾を放つ。銃弾はレイラの体をすり抜け―――()()()()()()()()()()()

 それは別に普通のことだ。勢いをつけて飛べば自由落下すると同様、斜めに落ちる。だが、その()()()が異常だった。

 普通、落ちるときは放物線を描きながら落ちるのが普通だ。だが、レイラは一直線斜めに落ちていた。

 これは異常なことだ。簡単に例えれば、ボールを投げたら放物線を描いて落ちる。レイラをボールとして例えれば、そのまま重力で放物線状に落ちる。だが、そのボールは斜め一直線に落ちている。それだけでその異常性が理解できる。

 

 

『自由落下の法則はどうした!?』

 

「今それを気にしてる場合じゃないよ」

 

 

 自由落下の法則―――物体が空気の摩擦や抵抗などの影響を受けずに、重力の働きだけによって落下する現象のこと。

 そしてその間に重力下で投射した物体の運動が描く軌跡のことが放物線だ。

 地表には必ず重力が存在する。だからこそ人類は地上に留まっていられる。

 だが、レイラはその法則を完全に無視して斜め一直線に降りてきている。

 人は空から地面に落ちるとき、必ず自由落下の法則に従って落ちている。だからこそ、その法則に伴っていなければおかしいのだ。

 

 

「はぁああああ!!」

 

 

 そんなことを考えていても、レイラは落ちてくる。考えていても仕方ないと、刀を振り下ろすレイラに黄泉丸と大橙丸をぶつける。

 

 

「邪魔をするな究極の闇!」

 

『相手はこいつだけじゃねぇんだよ!』

 

 

 そのままフィフティーンは黄泉丸に紫色のエネルギーを纏わせ、縦に振るう。

 その攻撃に落下していたレイラは体を真横に逸らして攻撃を避け、地面に足が付いたと同時に体を回転させ長刀を振るい、フィフティーンは体を下げてその攻撃を避け、その体制のまま大橙丸で突く。

 

 

『チッ!』

 

 

 だが、その攻撃もフィフティーンの手ごと、レイラの体に貫通したことにより、攻撃が透けていたことを即座に理解した。

 フィフティーンはすぐに手を引き抜くが、その前にレイラはその手を掴み、回し投げを繰り出しフィフティーンを地面に叩き落とす。

 

 

「私が剣しかできないと思ったら大間違いだ」

 

「その手を離してもらおうか」

 

 

 レイラが地面についているフィフティーンにそう言うと、落ち着いた声でシロがそう呟き、レイラに向かって無数の剣、槍などが放たれる。

 それと同時にモーニングスターを装備し放たれる武器とともに鉄球部分を投げつける。

 

 

『おまっ!?』

 

 

 だが、モーニングスターを振り下ろした先には地面に背中をつけているフィフティーンがいる。このままではレイラが避けてしまった場合、モーニングスターがフィフティーンに直撃してしまう。

 案の定、予想通りと言ったところだろうか。レイラはそのまま放たれた武器たちを己の刀で一掃した後、鉄球がぶつかる瞬間に後ろへと飛ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉と同時に、フィフティーンの体を粉砕するのではないかと言うほどの勢いのあった鉄球は、フィフティーンに当たる直前に()()()()した。

 当たる直前に90度曲がったのだ。

 

 

『なんだその曲がり方は!?』

 

 

 ありえない起動変換に流石のフィフティーンも驚愕の意を示している。

 

 

「僕の攻撃は必ず敵をロックオンするんだよ。だから、味方には当たらないってことさ!」

 

 

 シロの能力。それはおそらくホーミング能力。だが、それだけでは武器の召喚や付与などの効果が説明がつかない。この力はシロの力の一部でしかないのだろう。

 そのまま、モーニングスターの鉄球はレイラを狙い様々な方向に軌道変換する。

 

 

「貴様にだけは負けてたまるかぁッ!」

 

 

 対してレイラも自らをロックオンした鉄球に刀を振るい、鉄球を真っ二つにする。すると、その場所から一気に地面が削がれる。刀を振るい鉄球を斬ると同時に、斬撃を放ったのだろう。そのまま斬撃はシロに向かって行き、当たった直前に霧散する。

 

 

「たった一撃で僕にダメージを与えられるとでも―――あれ、どこいった?」

 

 

 シロの目の前には、すでにレイラはいなかった。周りを確認してみるも、そこにレイラの姿はない。逃げたのか?いいや、あの女がそんなことするはずがない。と、なれば―――

 

 そのとき、シロの後ろで金属音が響く。

 

 

『油断すんじゃねぇよ…!』

 

「あぁ、ごめん。君がいたからつい」

 

 

 刀をぶつけ合っているフィフティーンとレイラがいた。

 あの一瞬で移動し、シロの背後に回ったが、フィフティーンに防がれたのだろう。

 

 

『はぁ!』

 

 

鎧武オーレ!

 

 

 黄泉丸と大橙丸に、紫のオーラが纏われ、最初に大橙丸を振るって斬撃を放つ。

―――が、斬撃はそのままレイラをすり抜けていく。

 

 その次に、黄泉丸の斬撃を放つと、その斬撃をレイラは刀で受け止め、弾く。

 

 

『―――?(どうしてこの攻撃は能力で避けなかった?)』

 

「―――活動限界があるんだよ」

 

 

 フィフティーンの心を読んだように、シロがそう言い放った。

 あの必殺技は先ほどの通り斬撃を放つ技。それをあえて二段階に分けて攻撃することでフェイントを狙う――それがフィフティーンの狙いだった。攻撃が透ける可能性とて十分があるが、それでも牽制にはなるかと思ったからだ。

 

 だが、初撃は避けて、なぜ二撃目では避けなかった?

 レイラの能力なら二つの攻撃をそのまま回避することはできたはずだが、レイラはそれをしなかった。

 そこからシロが導き出した答え、それは『活動限界』。

 

 おそらくレイラが攻撃を透けることができる時間には限界がある。空間系の能力で、何が原因でそんなデメリットが存在しているのかは分からないが、とにかくこれは有益な情報だ。

 

 

『小癪だが……』

 

「二人で畳みかければいいのさ」

 

 

 その言葉と同時に、フィフティーンは地面を駆ける。

 大橙丸を爆発的な速度で投擲し、再び黄泉丸で斬撃を放つ。

 

 

「小癪な!回避するまでもない!」

 

 

 レイラはそのまま疾走し、大橙丸を体を逸らして避け、斬撃はそのまま刀で斬り伏せ、フィフティーンと対峙する。

 

 

「貴様に用はない!」

 

 

 もう片方の短剣を逆手に持ち、黄泉丸にぶつけ、フィフティーンを押し出す。それは一撃だけでは足らず、もう一撃、一撃と連続で短剣を黄泉丸にぶつける。

 一方のフィフティーンはこれに抵抗することができない。今の状況は黄泉丸とレイラの長刀がぶつかり合っている状態だ。もし黄泉丸を離してしまえば、今現在も衝撃を与え続けているこの状態で黄泉丸を離せば体制がずれて倒れてしまうため、反撃できずにいた。

 

 

『おいシロッ!早くしろ!』

 

 

 今は共闘だ。つまり2対1の状況。こちらが圧倒的に有利なため、今の状況を打開するためには、シロの助けが必要―――

 

 

「……悪いけど、もう少し耐えてて」

 

『はぁ!?ふざけんな、クソ!』

 

 

 だが、シロの助けは得られなかった。なにかをしているように見えるが、なにをしているかはわからない。

 耐えればいいのだろうが、レイラの一撃が重すぎるためにいつまで耐えられるか不明だ。

 

 

「よそ見をするなッ!」

 

 

 レイラからの強烈な足蹴りがフィフティーンを襲い、フィフティーンは後ずさるが、レイラは()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ハァ!」

 

 

 それと同時に、レイラは斬撃を放つ。

 今までと同じように、黄泉丸を振るって斬撃を霧散させる―――が、それをしようとした直前に、斬撃が剣すらもすり抜けた。

 つまり、このままいけば―――。

 

 斬撃がフィフティーンの、黄泉丸を持つ右手が繋がれている右肩と胴体の間へと侵入し―――

 

 

『あがッ!?』

 

 

 ()()()()()()()()し、骨ごと断ち切られた。

 フィフティーンの右腕はそのまま宙を舞い、黄泉丸ごと地面にボドッと言う音とともに落ちる。

 

 

『どういうことだ…!?斬撃が、()()で発動した…!?』

 

 

 フィフティーンはその原因にすぐに気付いた。

 何度もすり抜ける斬撃を目にしたからこそ、すぐに気付けたのだ。

 当初、レイラの能力は『空間系能力』であると仮定し、本人もそれを認めている。

 

 それらの情報をかけ合わせれば、レイラのこの斬撃は空間、と言うより次元をずらしているのだろう。

 フィフティーンやシロの攻撃がすり抜けたのも、自身の身を別の次元に移すことでその攻撃をかわしている――と言うのがフィフティーン――零夜の仮説だ。

 

 だが、それだとアレの説明がつかない。

 アレとはそう、『自由落下の法則』のことだ。

 先ほども説明したように、質量があるものは本来落ちる際、放物線を描きながら落ちる。だが、レイラは一直線斜めに落ちていた。

 これは明らかに『自由落下の法則』の法則を無視している。

 

 それだけではない。

 先ほどの追撃の際もそうだ。

 あのときレイラは連続攻撃をしていて、力に押されフィフティーンは後ずっていたのに対し、レイラにはなんの負担がなかった。

 

 だっておかしいだろう。それは明らかに『作用・反作用の法則』を無視している。

 作用・反作用の法則とは二つの物体が互いに力を及ぼし合うとき、それらの力は向きが反対で大きさが等しい経験則である。

 

 つまり、なにが言いたいかと言えば、前に力を入れれば少しは力が自身に跳ね返ってくるのだ。だが、あのときのレイラはそんな様子はまるでなかった。

 

 この法則が通用するしないでは大きな違いがある。

 何故なら先ほども述べた通り前方に力を入れればその力が少量跳ね返ってくる。その負担がないと言うことは、その反動を気にせず戦えると言うことだ。

 

 その跳ね返りがなければ、骨に衝撃が響いて痙攣する、と言う不測の事態も起きることはない。つまりは身体的に有利になるのだ。

 だが、レイラはその法則さえも無視している。

 

 法則の無視、それは『空間系能力』の言葉だけでは片づけられない。

 レイラ本人はそんな法則のことなど微塵も知らないだろうが、今までの戦闘経験でそう言ったものを自力で感じ取り、謎の能力で無効化しているのかもしれない。

 

 

『法則を、完全に無視してやがるのか―――!』

 

「なにをブツブツと!」

 

 

 レイラはそのままの勢いでフィフティーンへと突撃する。

 利き手どころか武器を失ったフィフティーンに、何ができるというのか?

 できるのは、ただ攻撃を受けるのみ―――

 

 

「諦めるのは早いよ」

 

 

 だが、そこに先ほどまで傍観していたであろうシロが割り込む。

 シロの手には盾が装備してあり、それでレイラの攻撃を防いでいた。

 

 

『おま、今更…!』

 

「ごめんね。()()()()()()から、もう大丈夫だよ。早く腕をつなげておいて」

 

『…チッ!!』

 

「実に好機だ!貴様にはいろいろと聞かなければならないからなぁ!!」

 

 

 どこか落ち着いているようで、焦っているようで、怒っているような分からないレイラの感情と言葉は、そのままシロに牙をむく。

 レイラは両手に力を入れて刀を強く握り締めながら、再び剣を振るい、二つの斬撃を放ちながら、空を疾走する。

 

 

『空を走ってるだと!?』

 

「空を飛ぶことの応用かな?まぁ僕には関係ないけどね!」

 

 

 シロが手をかざすと、空中から大量の武器が生える。

 空を疾走しているレイラにとってそれは邪魔でしかないため、道を阻む武器たちを根こそぎ切り刻んで道を作る。

 

 

「小細工ごときで、私の道を阻めると思うなぁ!」

 

 

 レイラはそのまま放物線を描きながらシロへと疾走し、刀を振り上げる。

 そのままシロの頭上へと刀を振り下ろし、シロはそれを指で挟んで受けとめる。

 

 

「彼の怪我が治るまでの間、君の相手は僕だ。まぁ本来は僕一人で十分なんだけど―――」

 

 

 小さな声でそう呟く。

 どうやらフィフティーンには聞こえていたようで、仮面越しで分かるほどの睨み(殺気)を効かせていた。

 なんとしてでも、レイラは自分が倒したいらしい。しかし、このフィフティーンだけでは不利な状況で、それは単なる我儘(わがまま)だ。

 

 今までの零夜の性格からして、零夜は冷静に事を起こす知恵者だ。普段冷静な彼が、ここまで感情的になるなど、おかしいのだ。

 考えられる可能性があるとすれば、『ただ単に強くなりたいだけ』。まずこれはない。零夜は地道な努力家でもあるため、強くなることにそんなに急かす必要はない。

 だとしたら、考えられるのはただ一つ、『シロの存在』。

 これが一番有益だ。理由は簡単。シロが現れてから、零夜の態度は明らかにおかしい。なにか、理由があるはずだ。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

「でも、それだと彼が満足しないし、それに、彼にも強くなってもらわないと。強者との戦い、またとない機会かもだからね」

 

「貴様らの都合など、知ったことか!」

 

「なら僕たちも君の都合なんて知ったこっちゃないよ!」

 

 

 シロも剣を装備し、レイラの刀とぶつかり合い、金属音を響かせる。

 レイラが短剣を横に、剣を持つシロの腕へと振るう。それはそのまま、シロの腕へと到達する。

 

―――が、

 

 

「な、に…!?」

 

 

 短剣の刃は、シロの肌を―――否、服すらを傷つけることすらできなかった。

 その装備の防御力に、流石のレイラも驚愕を隠せない。

 

 

―――そして、なにかの音が響き、レイラの腹に、強烈な痛みが生じる。

 

 

「が、は…!」

 

 

 腹を見る。

 そこには血が垂れていた。服に血が滲み、それはどんどんと広がっていく。

 それだけではない、体の中に感じる「異物感」。これは―――

 

 

「隙を見せてくれて、ありがとう」

 

 

 シロの感謝の言葉とは裏腹に、シロはフード越しでも分かるほど、笑っているように見えた。

 そして、そのシロの手に握られている、一つの金属製のモノ。

 

 剣士にとって、冒涜に近い、戦の在り方を、変えた武器――――!

 

 

「そ、それは…!?」

 

「拳銃。まぁ君に分りやすく言えば、火縄銃をコンパクト化したものだよ。あぁ、君にはコンパクトの意味すら分からないか」

 

 

 そう、拳銃だ。

 レイラがシロの服の防御力に驚いている隙に、シロは拳銃を取り出して、撃ったのだ。

 

 

「ひ、卑怯者が…!剣の勝負に、そんなものを…!」 

 

「外道?卑怯?そんなの知らないよ。だって、闘いは命の奪い合い。使える手段はなんでも使うよ」

 

 

 とてつもなく、外道、卑怯と蔑まれても構わない。

 なにせ、殺し合いと言うルール無用の戦いでは、外道な方法だろうと、卑怯な方法だろうと、使っても文句は言わない、言わせないのだから。

 

 

「それに、君がこれだけでやられるはずがないし、わざわざ用意した罠も不発にならないよう、作動させよう」

 

「罠、だ、と…!――――!!」

 

 

 地面に伏せているレイラが、シロを見上げることでようやく気付いた。

 今まで、「無機物」だったから、気づかなかった…。『無数の狂気の雨』に。

 

 

「あ、ようやく気付いた?君と彼が戦ってる間に、空中に無数の鋭利な武器を召喚させてもらったんだ」

 

「あれは、そういう、こ、と…」

 

 

 あのとき、フィフティーンのピンチだと言うのに助けなかったのは、これが理由だった。

 この時のために、ずっとずっと、武器を作っていたんだ。

 

 

「あ、あと―――『爆弾生成』」

 

 

 シロがそう呟くと、シロの手に定型的な黒い丸型爆弾が出現する。

 

 

「確実に殺るためには、念に念を押さないとね」

 

「外道がぁあああああグフッ!!」

 

 

 レイラの腹に、強烈な足蹴りが入る。

 そのままレイラは宙へと舞い―――

 

 

 

「キメは君がやりなよ」

 

『言われなくともなぁ!!』

 

 

 

フィフティーンスカッシュ!

 

 

 

 シロの後ろの空中を、フィフティーンは飛んだ。右手は繋げてあるため、どうやら問題なさそうだ。

 フィフティーンはそのままキックの体勢をとり、右足に紫色のエネルギーを纏い、レイラへと直撃する。

 

 

「アガッ!!!」

 

 

 蹴りの反動で元の位置にジャンプしたフィフティーンを見届けたシロは、同時に爆弾を上空へと投下し、無数の武器の雨がレイラへと降り注いだ。

 

 

―――声にならない声が、響き、今ここで、レイラの敗北は決定した。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 ―――血を流して、倒れている一人の女性がいた。

それを見ている、黒服と白服の男性が、二人。

 

 

 

「さて、零夜。今の気分はどうだい?」

 

「―――最悪な気分だ。これじゃ弱い者いじめのなにものでもない」

 

「でも、それが悪と言うモノさ。悪人になるのなら、それくらいは受け入れないと」

 

「―――そうだな」

 

「まぁでも、君の気持ちも分からなくはない。本格的な悪に目覚めれば、君は()()()と同類だ。それが嫌なんだろう?」

 

「――――――」

 

「まぁでも、本当の悪人にならなければならないときが来る。今の君はさしずめ―――偽善者ならぬ、【偽悪者】、かな?」

 

「―――黙れ

 

 

 黒服―――零夜によって、殺気が放たれる。

 偽悪者、と言う言葉が逆鱗に触れたようだ。

 

 

「おっとごめんよ。君の気分を害する気持ちはなかったんだ。許してくれ」

 

「―――どうだかな」

 

 

 その言葉とともに、零夜は白い本―――【ブランクワンダーライドブック】を取り出し、上に上げる。

 桜へと向かっていた春度が、そのまま本へと吸い込まれていき、やがてそれは一つの物語を完成させた。

 

 

とある亡霊姫が、春を奪い、冬を継続させた物語…

 

 

 本に『色』が、『物語』が宿る。

 【東方妖々夢ワンダーライドブック】を完成させ、懐へとしまう。

 

 

「これで二つ目だ。もう用はない。帰るぞ。聞きたいことが色々とあるからな」

 

「僕はまだ用があるから、先返ってて」

 

「―――好きにしろ」

 

 

 零夜はオーロラカーテンを出現させ、その場から消えて行った。

 そして、一人残されたシロは、倒れている女性、レイラへと目を向ける。

 

 

「殺すとかなんとか言ったけど、君には一つ君に用があるからさ。回復くらいさせないと…」

 

 

 シロがゆっくりと、歩きながらレイラへと駆け寄る。

 ――そのとき、レイラがゆっくりと起き上がった。

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

「おぉ…まさかあの状態から意識が回復するまでこんなに早いだなんて。僕もビックリだよ」

 

「き、貴様らは、なにが目的だ…!?」

 

 

 刀で自分の身を支えながらも、レイラの意思は、闘志は消えていない。瞳の炎は消えていなかった。

 

 

「すごぉ…自分の感情なんて後回し。まずは周りのために動くなんて、ある意味異常だねぇ」

 

「質問に…答えろ!!!」

 

 

 レイラはものすごい気迫と形相でそう叫ぶ。

 その顔にあるのは、怒りだろうか、悲しみだろうか、それとも―――

 

 

「う~ん。俺としては言えないなぁ。だって当たり前でしょ?自分の敵にわざわざペラペラと情報を喋る訳ないじゃないか」

 

「だったら、お前を倒すまでだ…!」

 

「無駄、無理、無意味。この三原則が、今当てはまっている以上、君は僕には勝てない」

 

 

 シロの言う通り、今のレイラではシロを倒すことなど不可能だ。

 今のレイラのポテンシャルは最低レベルだ。それに、実力差がありすぎる。

 

 

「それじゃ、バイバイ」

 

「ま、待て!」

 

 

 シロの背面に、オーロラカーテンが出現し、シロはその中へと消えて行った。

 

 

「くッ……くッそぉおおおおおおお!!!」

 

 

 レイラは、悔しさのあまり咆哮を轟かせた。

 

 

 




()()()()()のイメージCV【前野智昭】。


 今回は大分、シロと言う謎のキャラクターが関わってますね。

感想お待ちしております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18 東方妖々夢※

 ―――とある、神社。

 そこには、複数人の人物が集まっていた。

 

 一人目は紅白の巫女服を着用する、黒髪の少女【博麗霊夢】

 二人目長い金髪に、特に強要される胸部を持つ絶世の美女【八雲紫】。だが、その見た目は本来とは違い、所々に傷が残り、包帯が巻かれていた。

 三人目はショートカットの桃色の髪を持ち、扇子で自らの顔を仰ぎ、紫と同じ大きさの胸部を持つ美女【西行寺幽々子】。彼女も所々に傷がある。

 そして、四人目。長い金髪で、胸に(サラシ)を巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている美女【レイラ】。

 

 この四人が、幻想郷にある神社、【博麗神社】へと集まっていた。

 その雰囲気は重苦しく、誰も一言も喋らなかった。

 なにせ、それは仕方のないことだ。ここにいる全員が、完敗したのだから。

 

 今回、この四人が集まったのはとある議題の会議のためだ。

 もちろん内容は『究極の闇』への対処。だが、そんなこと思い浮かべるだろうか?否である。

 

 ちなみに、魔理沙、咲夜、妖夢、藍は療養のためにこの場にはいない。

 

 

「―――さて、お互いの情報を共有すると、『究極の闇』を名乗る存在は二人います。黒い服の者と、白い服の者。黒服の者はあまり脅威とは言えませんが―――問題は白服の方です」

 

 

 今口を開いたのは、レイラだ。

 究極の闇を名乗る存在が二人いた。

 一人の黒服は様々な姿に変身し、それぞれが特別な力を持っている。

 そして脅威である白服は、能力自体が謎。どんな能力なのか、想像がつかない。唯一分かっていることは、その能力は、『八雲紫』や『レイラ』を倒せるほどの力を持っていると言うことと、断片的な情報のみ。

 

 

「―――でも、それはあなたからすればの話でしょう?私たちからすれば、黒い奴の方も十分脅威だと思ってるわ」

 

「――そうですね。この世は、力だけでは語れません。ご無礼をお許しください、霊夢殿」

 

 

 この中でも、レイラは強者に該当する。レイラ目線では、白服しか脅威に見えていなかったようだが、実際は黒服の方も、脅威になりえる存在なのだ。

 この場合だと霊夢の言い分が正しい。

 

 

「私、そういう堅苦しいの苦手だから、やめてくれない?」

 

「―――分かりました。それでは霊夢。あなたの口から黒服の脅威について語ってくれますか?」

 

「敬語は変らないのね。まぁいいわ。あいつは様々な姿を持ってるでしょ?」

 

「えぇ。それで力を使い分けてました。ですが、それのどこが脅威だと?」

 

「中には想像を絶する力だってあるわ。それこそ、千年前の『光闇大戦』でヤツの脅威はしっかりと把握している。ま、話を聞いた程度だけどね」

 

 

 千年前の『光闇大戦』。そこで、究極の闇――ライジングアルティメットクウガは幻想郷に多大な被害をもたらした。その傷跡は今も残っており、その時代を生きていた者には、過去を思い出させる場所だ。

 

 

「つまり、霊夢が言いたいのは、姿によっては十分脅威となりえる、と言うことですか?」

 

「そうよ。そしてあいつは、戦う相手によって姿を使い分けている。三回しか出くわしてないけど、三回とも姿が違った。予想だけど、戦うヤツの相性を考えて戦っている」

 

 

 霊夢の言う、三回とは、『フラン戦』『レミリア戦』『妖夢戦』で出会った、【ブラックウィザード】【ダークキバ】【ダークゴースト】の三種類。

 いずれも違う姿、異なる力を使用しているため、霊夢の『戦う相手によって戦う姿を変えている』と言う説は、信憑性も倍増する内容だった。

 

 

「確かに、私と戦った時は完全に死を克服するために、『体が死んでいる』状態で勝負を挑まれたわ。〈死〉のバランスが崩れている状態だと、私の能力は『既に死んでいる者』として考えるから、能力が効かなかったんだと思うわ」

 

「つまり、あいつは幽々子の能力を既に知っていた、と言うことになるわね」

 

「ですが、私と戦った時、ヤツは私にとっても有利な姿で勝負を仕掛けてきました。一体あれはどういう意味でしょうか?」

 

「そこが謎なのよね。他のヤツ等の能力は知っていたのに、レイラの話じゃあいつはレイラの能力は知ってなかったんでしょ?戦うかもしれない相手がいる場所で、そういう情報収集を怠るかしら?」

 

 

 霊夢の言う通り、究極の闇―――黒服は能力者について調べていたはずだ。でなければわざわざ姿を変える理由にはならない。

 個人に対して有利な姿になっていたと考えた方が、納得もしやすいし説明もできる。

 だからこそ、そんな人物が戦うかもしれない人物の情報収集を怠っていたとは考えずらかった。

 

 

「―――今考えてみると、あいつは私が出た時、驚愕していました。あれが演技ではなく、本心だったとしたら――」

 

「あいつにとって、レイラが出てくることは予想外だった、ってこと?」

 

 

 事実、レイラが現れた時、黒服は驚愕していた。まるで、()()()()()()()()()()()かのように。

 

 

「黒服はなんらかの事情で、レイラのことを知らなかった。―――ってことしか、今は分からないわね」

 

「ですが、話し合ってここまでのことが分かったことは収穫です」

 

「そうね。それと――紫」

 

「――――――」

 

 

 霊夢は、今まで話に参加していなかった人物、【八雲紫】を見る。

 今まで見てきたその美しい姿や立ち振る舞いはどこにもなく、ただ瞳が虚空を向いていた。

 それが、霊夢の呼びかけでようやく現世へ舞い戻ってきたようだ。

 

 

「……何かしら?」

 

「―――この際だから聞くけど、あんた、どうして負けたの?」

 

「――――――」

 

 

 今まで、誰も触れることのなかったことだ。

 紫は沈黙を通すが、しばらくしたのち、口を動かした。

 

 

「―――能力が、通用しなかったわ」

 

「ッ!どういうこと!?紫の能力が、通用しなかった…!?」

 

 

 その事実に、霊夢は驚愕した。

 紫の能力は【境界を操る程度の能力】。

 境界とは、この世のものすべてに存在し、それを操れると言うことは、言うなれば神に近い。そんな存在の能力が通用しなかったという事実には、驚愕するしかない。

 

 

「何度も、何度も行使した。精神を破壊するために境界を弄ろうとした。体そのものを切断するために空間に境界を増やした。息ができないように周りの空気を境界で遮断した。それでも、倒せなかった―――!」

 

 

 紫の手に力が入り、血が垂れる。

 敗北。それがどれほど紫にとって屈辱的なことなのか、霊夢には予想がつかない。

 そもそも敗北した時点でそれを割り切るのは難しい。それが、心と言うものなのだから。

 

 

「―――それでも、その時の状況を話して。それが、ヤツへの対策になるかもしれないから」

 

「紫、親友の私からもお願いするわ。異変を起こしたのは私でもあるし、今回の元凶は私でもあるから」

 

「辛いのは理解できます。紫殿。ですが、ここは幻想郷のため、お話しては頂けないでしょうか?」

 

「――――分かったわ」

 

 

 三人の説得により、紫は潔く承諾した。

 『究極の闇』の目的は『世界の破壊』。彼女にとってこの幻想郷は何よりも、誰よりも愛している楽園であるため、幻想郷のためならば個人的な事情は挟まないのだろう。

 敗北の後だと言うのに、こういったところで、彼女の心の強さが伺える。

 

 

「それは、あの時のこと―――」

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 

―――ドクドク、ドクドク、ドクドクと、赤黒いものが、人の体から流れる。

ジワジワ、ジワジワ、ジワジワと、体から体温が奪われていく。

クラクラ、クラクラ、クラクラと、意識が遠のいていく。

 

 

「―――――」

 

 

 人が、見てる。それを人の形をした何かが見てる。なにかを呟いているような、いないような、そんな動作をしている。

 それはやがて人の体を形成していき、白いフードを深々と被った、謎の人物へと変化する。

 

 

「ふぅー。()()()()()()()()()()、声が出せないのは難しいな」

 

 

 その人物の声は、かん高い声をしていた。男性なのか、女性なのかわからない、中性的な声の持ち主だ。

 だが、その佇まいから、男性だと判断できる。

 彼は目の前で血を流して倒れ伏している()()を見つめていた。

 あの一瞬。あの一瞬で目の前の()()は倒れた。彼によって、満身創痍の状態へと陥ったのだ。

 

 

「で、君には効かなかったか、【博麗霊夢】」

 

「―――――――」

 

 

 あの謎の攻撃―――衝撃波の中、一人だけ、無事な人物がいた。

 それこそが、博麗の巫女、博麗霊夢。彼女だけは、なぜか無傷で佇んでいた。

 霊夢はただ、お祓い棒を目の前の男性に向けて構えている。それでも、血を流して気絶している二人への注意も欠けてはいなかった。

 

 

「君の能力―――【空を飛ぶ程度の能力】。一見聞くだけじゃああんまり大したことはない能力だけど、その実質は規格外レベル。あらゆるものから浮くことができ、それは瀕死レベルの攻撃でさえも攻撃の対象外にする能力」

 

 

 突如として語られた、霊夢の能力。

 霊夢の能力―――【空を飛ぶ程度の能力】は、あらゆるものから浮くことが可能で、それは「攻撃」「威圧」「重力」などなどから浮くことができ、つまりは対象外になる能力。

 殺し合いに使ったら、間違いなくチートレベルの力。

 なにせ、自分側だけが一方的に攻撃することが可能で、こちら側は攻撃を受けることもないのだから。

 

 実際、倒れている二人―――魔理沙と咲夜だけが攻撃を受けて、霊夢だけが無傷な理由もそれだ。

 だが今、目の前の人物はそれを語り始めたのだ。不審以外のなにものでもない。

 

 

「それが…なんだっていうのよ」

 

「いやぁ?ただ言ってみただけさ。だけど、とても強力な能力であることは変わりないけどね」

 

「――――あなた、何者なの?」

 

究極の闇

 

「――――ッ!!」

 

 

 その答えに、霊夢の顔が驚愕に染まる。そして、それと同時に憎悪で塗りつぶされていく。

 

 

「あなたが…!」

 

「あぁ。この姿じゃあ初めてだったね。ごめんね?千年前は暴れちゃって」

 

「そんなことは今は関係ないわ。今、ここであんたを―――」

 

「出来るかな?今の君に。仲間が死にそうなこの状況で」

 

「―――ッ!!」

 

 

 そう、今霊夢は『究極の闇』を名乗る存在を相手にしている暇はない。

 妖怪ならともかく、魔理沙と咲夜は人間だ。血を流し過ぎれば、その時点で(アウト)。今戦っている場合ではないのだ。

 だが、それを目の前の存在が、許してくれるかどうか―――。

 

 

「今のところ、君の相手をしている暇はない。()()()()()()()()()である君程度なら、いつでも殺れる。それに、今は()()()()がいるからね」

 

「―――どういうこと?」

 

「出てきなよ、いるのは分かってるからさ」

 

 

 少しの沈黙が続いた後、彼は違う方向へと向く。

 ()()()()以外の、()()()()へと。

 

 

「初めまして…」

 

「…………」

 

 

 彼の目の前には、金髪の美女がいた。その美女は扇子で口を隠し、紫にフリルのついたドレスを着用している女性。その女性の第一人称は、胡散臭く、どこか不気味。この一言だ。

 何故なら、その女性は上半身しか存在しないからだ。下半身は、女性が現れている()()()の下に存在している。

 彼女の名前は【八雲紫】。この幻想郷を創りだした賢者の一人だ。

 

 

「紫―――!!」

 

「嫌な気配を感じて来てみれば…まさか、あなたに出会うなんてね」

 

「…………」

 

 

 紫の持つの感情は、不満、不服、不愉快、不快と、悪感情で埋め尽くされていた。

 理由は明白だ。目の前の存在、『究極の闇』への怒り。

 

 

「藍。霊夢たちと一緒に二人を安全な場所で治療を」

 

「畏まりました!」

 

 

 三人の近くへ裂け目が開き、そこに(あお)い法師のような服を着た九本の狐の尻尾と狐耳を持つ美女――【八雲藍】が表る。

 

 

「ちょ、私も戦――――」

 

 

 霊夢の言い分を完全に無視した藍は、颯爽と二人と霊夢を回収し、裂け目――スキマの中へと消える。

 

 

「さて…これでお構いなく戦える。よくもまぁ…やってくれたわね。【究極の闇】」

 

「…………」

 

 

 ここで、究極の闇について、説明しよう。

――【究極の闇】。かつて【光闇大戦】にて闇の力を使う存在。大戦と言う言葉を使うほどには人数は少ない戦い。1対1の戦いだったが、大戦と言う言葉を使うに値する傷跡を残した戦い故の名称だ。

 むしろ、あの戦いでどこも完全に消滅しなかったこと自体が奇跡と言っていいだろう。

 そんな『究極の闇』を名乗る存在と、幻想郷最強の賢者が今、会合した。

 

 

「にしても、もっと早く来てもよかったんじゃないかな?そのせいでぇ、二人も大怪我しちゃったんだから」

 

「自分でやったクセによくそんなことが言えるわね。それに、私の能力を妨害したでしょ?」

 

「あちゃ、バレた?」

 

「私の能力を妨害できたり、する理由を持つ者なんて、あなたしかいないわ」

 

「そりゃあそうか…。君と言う存在は厄介だしなぁ。消したいところなんだけど―――()()()()()()()し。」

 

「優しいことね。殺さないなんて。でも、こちらとしては好都合。覚悟しなさい、【究極の闇】。あなたを始末して平和な幻想郷を取り戻す。異変も奪わせない。この妖怪の賢者、【八雲紫】が、直々にあなたを滅ぼす!」

 

「君に出来るかなぁ?一度取り逃がしたクセに」

 

 

 紫は真っ直ぐな、本心の言葉を平気で煽る究極の闇。紫は怒りを孕んだ瞳で彼を見る。

 

 

「いやぁ志は立派だよ。志は」

 

「バカにしているの?言っとくけど、私が手加減するとは思わないことね」

 

「いや、君は始めっから全力で来ると思ってたから。今更だけど」

 

「どうやら、心の準備だけは出来ているようね。それを聞いて安心したわ。弱い者いじめにならなくて済むから」

 

「弱い者はどっちかなぁ?」

 

「その減らず口、黙らせてあげるわ」

 

「舐めてもらっては困るなぁ」

 

「安心しなさい。あのとき(千年前)のようなヘマはしない。今度こそ確実にあなたをこの世からも、あの世からも消してあげる」

 

「そっかぁ。じゃあ今している攻撃は、無効ってことでいいよね」

 

「ッ!!」

 

 

 彼の発言に、紫の顔が一瞬変わる。すぐに冷静を取り戻すも、顔に出てしまっては意味がなかった。

 

 

「気づいてないとでも思った?この攻撃はおそらく―――境界による「精神破壊」。実質的に死を与える攻撃だね」

 

「…………」

 

「時間稼ぎをしていたつもりで、実は姑息に攻撃。本当に賢者のやることなのかねぇ?あぁでもそんな賢者様は幻想郷を守るためなら、どんな卑怯で外道な手を使おうが、プライドなんて関係ないってことか」

 

「――――ギリッ!!」

 

 

 淡々とした彼の精神を揺さぶる言葉に、紫は歯ぎしりをする。

 ――「精神破壊」。それは実質的な死だ。

 生き物は「心」で成り立っている。心があるから、生きていける。心とは精神だ。その精神が破壊されてしまったら、それはただの人形、廃人だ。

 だが、彼の言っている攻撃内容が本当だとしたら、何故彼は無事なのか。それが分からない。

 

 

「勝手にストック使っちゃったし、彼も怒るだろうなぁ」

 

「――なにを言っているかはわからないけど、もう話はいいわ。死になさい!」

 

 

 そこで、カタリアイは終わった。この先に広がるのは、血を血で洗う地獄。

 先に行動に出たのは、紫だった。紫はまず初めに小手調べとして弾幕を放つ。弾幕が彼に着弾し爆発するが、彼に効いている様子はない。それを見た紫は顔を顰める。

 

 

「やっぱり、この程度じゃ効かないようね…」

 

「これだけじゃないでしょ?

 

「えぇ。これだけで終わるわけないでしょ!」

 

 

 紫は宙に浮き、自身の周りに弾幕を展開する。

 彼はそれをじっと見つめているのみで、動きもしない。ただフードのポケットに両手を入れている。それ以外の動作は全くしていない。つまり、避ける意味がない。その意志表示なのではないか。その考えが紫の精神をさらに逆なでしていく。

 

 

()ねぇ!」

 

 

 紫から放たれる弾幕が様々な形状へと変化し、彼を襲う。

 彼が右手を払う。それと同時に風が舞い弾幕がすべて破壊される。

 

 

「衝撃波…!?だったらこれなら!」

 

 

 紫は空間と空間に境界を断裂、彼のいる空間境界を作り、不可視の斬撃を生み出す。

 時空間を斬り裂く防御不可避の斬撃。彼は動かない。そのまま胴体が斬り裂く―――。

 

 

「…………」

 

「き、効いてない…!?」

 

 

 はずだったのだが、直撃しても彼は無傷だった。

 防御無視の不可視の攻撃が、効かなかったのだ。困惑するのも当然である。

 

 

「僕は時空間系の干渉には耐性があるからね。効かないよ」

 

「そんなはずは!時空間系の攻撃は、防御を無視するはずよ!?」

 

 

 本来防御無視の攻撃は、その名の通り防御を無視して相手にダメージを与える攻撃だ。それを防ぐとなれば、同じく時空間系の能力か、それとも単純な―――。

 

 

「どうやら、一筋縄ではいかないようね」

 

「同じ技には対策してるしね」

 

「そうね。この技は千年前に見切られていたわね。だったら!」

 

 

 次に彼が立っている地面と地面に境界を消失させ、底なしの落とし穴を作り出す。当然のように彼は空へと浮き、落ちることはなかった。だが、それももちろんのこと想定内。

 重力の境界を捻じ曲げ、歪曲させる。

 その結果、その部分の重力が異常なほどに上げられ、底なしの落とし穴へと堕とす―――。

 

 

「…………」

 

「落ちない…!?」

 

 

 だが、彼の体は動かなかった。そこから全く動じずに、ずっと浮いているまま。重力に全力で逆らっている―――否、そんな風には見えなかった。

 なぜなら、彼は余裕そうに欠伸(あくび)の動作をしているから。

 

 

「あぁあと、『重力への耐性』もあるんだよ」

 

「あり得ない!そんなの、もう常識のレベルじゃないわ!」

 

「ここは常識が通用しない世界だろう?」

 

「だったら!溺れ死になさい!」

 

 

 彼の頭上に大量の水が降りかかる。これは重力とは違う、水圧による地中への強制落下を狙った攻撃。

 先ほどの落とすことだけに集中したモノとは違い、攻撃と落下を同時に行っていた。

 

 

「これなら…」

 

 

 警戒を解かずに、目の前の滝を見る。

 これならどうだ?手ごたえは確かにある。現在進行形で存在している。―――そして、気づいた。()()()()。手ごたえのある時間が、長すぎる。

 この量ならば人間どころか妖怪ですら長く持たないはずの水圧なのに。なんで今も手ごたえがあるんだ?

 その疑問が紫の頭をよぎった瞬間、水が弾ける。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 水はそのまま全身へと広がっていき、全体を濡らして、飲み込んでいく。

 紫は自身の周りに境界を作って別の空間を生み出し、水をガードした。

 水を放出していたスキマを閉じ、水がなくなるを伺う。やがて、すべての水がなくなったとき、そこにいたのは―――

 

 

「…………」

 

 

 ()()()()()()()()彼だった。この時点でおかしい。

 あれほどの水だ。服が濡れていないはずがない。いや、無事でいられるはずがないのだ。だが、それ以前に彼の体が一切濡れていないことに紫にとっては不可解だった。

 あの服は防水性なのか?いや、だとしても皮膚も一切濡れていない。それはポケットからいつの間にか出していた手が証明している。もしかしたら、わざと見せつけているのかもしれない。だがそんなことは今はどうでもいい。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

「君の番は終わりかな?」

 

「くッ…!」

 

「だったら次は僕の番だ。」

 

 

 彼が紫に何かを告げると、彼は拳を強く握る。それと同時に一回、地面を踏み出した。

 瞬間、その場から彼が姿を消し、紫の目の前へと移動していた。

 即座に反応した紫は腕をクロスさせて咄嗟にガードし、拳が直撃する。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 紫の体が後方へと吹き飛ぶと同時に、腕の肉が衝撃で響き、骨からピキッと嫌な音がする。たったの一撃、一撃だ。その一撃だけで上級妖怪である紫の腕を負傷させた。それだけでその一撃がどれほどのものなのかが容易に想像できる。

 彼の攻撃は一度では終わらない。もう一撃、もう一撃と、連続して紫へ拳が放たれる。

 

 

「アッ、グっ!!」

 

 

 しかも、放たれる拳の一撃一撃が、放たれるごとに大きくなっている。紫には苦し紛れにも感じられた。

 連撃が始まって2秒のこと―――。

 

 

 

ボキッ

 

 

 骨が砕かれる音が響いた。

 

 

「―――――ッッッ!!!!」

 

 

 声には出さなかったものの、紫の腕は強烈な痛みに苛まれているはずだ。妖怪なために時間が経てば勝手に再生するのだが、その間、痛いものは痛いのだ。

 紫は苦肉の策として自身の痛み――痛覚の境界を消した。これを使えば痛みを感じることはないが、それだと自分の体の異常に気づけないと言う欠点が存在する。それでも、今目の前にいる存在を倒すことに比べれば、安い代償だ。

 骨が修復するまでの間、腕は使えない。それならばと、スペルカードを手に持つ。幸い、手の骨は安全なため、使うことができる。

 

 

 

廃線「ぶらり廃駅下車の旅」

 

 

 

 紫がスペル宣言をすると同時に、紫の後方から巨大なスキマが開き、そこから廃電車が召喚される。そのまま電車は彼へと向かって行く。

 彼は動かず、ただじっとしているだけだ。おそらく、このスペカも彼によって弾かれるだろう。

 何故ならこの弾幕は打撃系の攻撃であるため、直接触れることが可能なのだ。今までの弾幕のように、触れたら爆発と言うタイプのものではないが、それでも当たれば本来は無事では済まない部類の攻撃。

 

 彼が掌を電車へと向ける。

 何か来る―――そう思った矢先だ。 

 

 彼の目の前に巨大な黒い穴が出現し、電車を跡形もなく呑み込んでいった。

 

 

「ッ!」

 

 

 その突然の出来事に紫の思考が一瞬停止する。

 この黒い穴―――通称はブラックホールと言うものだ。重力の塊で、すべてを吸い尽くす落とし穴。そんな凶悪な落とし穴が空間に出現し、電車をすべて飲み込んでいった。

 電車を飲み込み、ブラックホールは姿を消す。

 

 その顔を見た彼は、どことなく笑っているように見えた。

 彼が手をかざすと、地面から光が差し、そこから槍が出現する。

 その槍は綺麗な装飾を施しており、造形も見事なものだ。その槍を片手に持ち、――投げる。

 

 

「単純な!」

 

 

 今までの時間ですでに腕の粉骨した骨は完治している。

 紫は手をかざして目の前にスキマを出現させ、放たれた槍をどこか違う場所へと移動させようと展開する。

 槍はそのままスキマの中へと入っていき―――景色とスキマを破壊し、紫へと向かって行く。

 

 

「なッ!?」

 

 

 景色とスキマを破壊して速度を上げていく。

 ―――そんなバカな!紫は内心で焦りを感じた。彼の一撃一撃ごとに上がっていく攻撃力が、身体能力にも反映されていたら、あの武器の投擲だってバカにならないほどの威力に違いない。

 そもそも紫は接近戦は苦手だ。それこそ今まで自身の強力な能力で、ある程度の敵はすべて屠ってきた。それに冬はほぼ冬眠しているために体力が通常より低下している。

 空間を分裂()けて殺す方法は彼には通用しなかった。

 それどころか今現在は彼が投擲した武器が空間移動のスキマを破壊して自分に向かってきている。

 いろいろと脳内で試行錯誤し、とにかく思いつく方法を試してみる。

 

 

「はぁああ!!」

 

 

 何重にも結界を展開し、止めようとするが、槍は結界をすべて破壊する。

 そして、槍はついに、紫の脇腹を抉った。

 

 

「アガァアアアアアアアア!!!」

 

 

 絶叫が響く。脇腹を貫かれた痛みの現しだ。

 考えてみれば、八雲紫がこれほどまでの絶叫をするのは、物珍しい。なにせ、今まで幻想郷最強と言っても過言ではない実力だったからだ。

 そんな紫が今、脇腹を抑えて地面に膝をついていた。

 

 

「まさかこれだけで膝をつくなんて、弱いね。君じゃ俺には勝てないよ」

 

「それ、でも…!私は、諦めない…!」

 

「健気だなぁ。元気でいいねぇ。じゃあ次はこれ」

 

 

 彼が片手を突き出すと、銃のような形―――人差し指を突き出した。その手を反動が起こったように上に上がると―。

 

 

「グっ!!」

 

 

 紫の体に、小さな穴が開いた。

―――なにが起きた?その一言が紫の頭をよぎった。相手はただ手を銃の形にして、それを動かしただけ。ただそれだけだ。だが、それで紫の体はなにかによって貫通した。

 

 

「『空砲』。これが本当の空気の弾、ってね」

 

「空圧、で…!」

 

 

 今の攻撃の正体。それは『空砲』だった。

 一見それを聞くと無害な弾だと思うが、今彼が言っている空砲とは、空気を圧縮してそれを撃ち出した、鉛玉よりも厄介な弾だ。

 まず第一に、見える見えないの差がある。

 視力が人間よりずば抜けている妖怪だからこそ、銃弾の速度など止まって見える種類もしるかもしれない。効かない相手だっているだろう。

 だが、空砲ならば見えない以前に実体が存在しないため、対処が不可能なのだ。

 

 

「他にも、周りの空気を全部酸素にして、酸素中毒にしたり?逆に空気をなくして酸欠にしたりしたりするものいいかもね!どう思う?」

 

「よく、ないわよ…!」

 

「そっかぁ残念だなぁ。――――無駄だよ。無酸素状態にしたって」

 

「――――ッ!!」

 

 

 突如、何を言い出すのかと思えば、紫も苦虫を嚙み締めたような顔をする。

 この状況は、先ほどと似ている。

 それは、紫が時間稼ぎをしている間に彼に行っていた精神の境界を操ってでの精神破壊。そしてそれが見破られたときの状況と、全く同じ。

 

 紫は彼の周りの空気の境界を操り、空気を完全に遮断していた。

 だが、それは効かないだけではなく、普通に会話ができていた。

 

 これでは、理解できてしまう。いや、してしまう。

 ここまでくれば分かってしまうのだ。

 精神破壊も効かなかった。空間ごと断ち切ろうとしてもそれも効かず、ましてや空気を遮断しても無意味。

 これらが示す、一つの答えは―――

 

 

「私の、能力が、効いていない…!!?」

 

「せい、か~い!!よく分かったね!」

 

「そんな…!存在するものには、必ず境界があるはずなのに…!」

 

「うん。あるよ。でも、それも()()()してしまえば話は別さ」

 

「無効化…!!?」

 

 

 無効化。それはとてつもなく強力な力だ。どんな強力な能力でも、どんな凶悪な能力でも、効かないのだから。それは能力者にとって害悪でしかない存在だ。

 ―――だが、同時に紫は分かっていた。

 

 目の前の存在は、「能力を無効化する能力者」ではないと―――。

 

 それにはいろいろとな根拠が存在する。

 能力を無効化するだけだったら、あの衝撃波はなんだ?確実に別の能力があるはずだ。

 あの水圧での攻撃はなんだ?あれはただの水を呼び寄せただけであり、能力ではないため、その能力封じの対象には入らないはずだ。それに、服が濡れていなかったのもおかしかった。

 あの武器の召喚はなんだ?

 あの武器の投擲だけで移動能力のあるスキマを破壊した能力はなんだ?

 あの空砲はなんだ?空気を圧縮する以外にあの攻撃は不可能だ。

 

 以上のことから、紫は分かった。

 目の前の存在の能力は、「能力を無効化していた」のではない。「能力を能力で無効化していた」のだ。

 

 何を言っているかはわからないと思うが、つまりはだ。

 紫の「境界を操る程度の能力」を上回る、別の「能力」によって紫の力は無効化されていたのだ。

 

 

「私の力を、上回る能力…!?」

 

「再び正解。つまりは最初から、将棋で言う積みの状態だったってワケ」

 

 

 神にも等しい能力を上回る能力、それは一体どんな能力なのか、想像もつかない。

 そんなことを聞いただけで、普通なら戦意を喪失してしまうだろう。

 だが、紫は違う。

 

 

「―――!」

 

「あれ、まだ立ち上がるんだ。もう体力は限界のはずなのに」

 

「それでも、私は諦めないわ」

 

「ご立派なこと…。一人じゃ無理だよ、諦めな」

 

「そうね―――一人だけならね!!!!」

 

「はい、紫様!!」

 

「ッ!!」

 

 

 彼の両腕が、何者かによって脇の間に手を入れ、肩を腕で掴むことによって拘束された。

 彼は自分を拘束している者が誰なのか、すぐに理解できた。

 

 

「八雲、藍…!」

 

「あぁそうさ!八雲紫様の式、八雲藍さ!紫様、今の内に!私のことは気にせずに!」

 

「―――えぇ、分かったわ」

 

 

 藍の協力により、彼はほぼ無防備状態。

 能力を行使するにしても、彼の力で無力化される。

 ならば―――! 

 

 

「扇子――?扇子で何ができるって言うのさ?」

 

「あなたに、私の能力は効かない。なら、物理ならどうかしら?」

 

「―――考えたな」

 

 

 彼の態度が、ヘラヘラした今までの態度とは真逆の態度となった。

 それを聞いた紫は、確信した。「物理までには干渉できない」と。

 

 

「でも、扇子ごときで僕を傷つけることなんて―――」

 

「えぇ、そうね。だからこそよ」

 

「―――?」

 

 

 彼は紫の言葉の意味が分からなかった。

 紫は疑問を残したまま、扇子を振り下ろし―――。

 

 彼と、藍の体を斬り裂いた。

 

 

「グフゥ――!!」

 

「グガッ!!」

 

 

 二人の重々しい声が響き、そのまま、二人は地面へと倒れる。

 彼はそのまま、骨ごと断ち切られ、体が二分し、血が流れている。

 対して藍は、彼が盾となり傷は表面的な部分のみだ。

 

 

「ハァ…。なんとか、やれたわね。まさか、扇子を戦いに使う時が来るなんて…。割と、お気に入りの扇子だったんだけど…」

 

 

 紫が行ったこと。それは扇子を鋭利な武器代わりにしたのだ。

 まず、射程範囲についてだが、これは単純だ。彼と扇子を振り下ろす間隔の境界をつなげて、実質距離間をゼロにしたのだ。

 そして肝心な攻撃。その正体は完全な腕力。

 意味不明に思えるが、順を追って説明していこう。まず最初に、紫には現在それを行えるほどの力はない。だからこそ、境界を操って「体力の前借り」を行った。

 未来の自分の体力を使った荒業。それがこの攻撃の正体だ。

 簡単に言えば、紙をビリビリと破くようなもの。紫の扇子は手であり、彼と藍は紙だった。ただそれだけのことだったのだ。

 だが、たかが扇子。限界をとっくに迎え、扇子は塵と化してしまった。

 

 

「なんとか、殺すことができた―――。藍。ごめんね」

 

 

 自分の家族に反省し、ゆっくりと歩みを進める。

 

 

「待ってて、藍。今すぐ治療を…」

 

 

ゆっくりと、足を引きずりながら藍へと向かう。

 自身の式神を、家族を助けるために。自分で傷つけてしまったとはいえ、これは藍の意思。自らのためにやってくれたことだ。嘆いている暇はない。

 

 藍に手を伸ばし、境界を繋いで傷を塞ぐ―――。

 

 

「グフゥッ!?」

 

 

 ―――なにかが、紫の腹を貫いた。

 紫は口から吐血し、地面に膝をつく。

 

 

「な、に、が…?」

 

 

 自分の腹を、貫いているものを見る。それは槍だった。先端が鋭利な槍。

 そして、その槍の作りは見たことがある。なにせ、これは先ほど見た―――

 

 

「いやぁ参ったね。まさかそんな強引な手を使ってくるなんて」

 

「なん、で、生き、て……!?」

 

 

 そして、その槍を投げた人物。

 それは紛れもない、先ほど己が真っ二つにしたはずの男、【究極の闇】だった。

 

 彼は、先ほどの攻撃で真っ二つになったはず。血も大量に流していたために、無事であるはずがなかった。

 それに、この者からは妖力といった人外の力は感じないため、人間であるはずだ。人間であるからこそ、再生なんてありえない。

 一体、どうして体が、魂が、心が復活できたのか、紫には理解できなかった。

 

 

「その認識には語弊があるなぁ。僕は再生したんじゃない」

 

「ま、さ、か…!」

 

 紫の心を読んだように、彼はそう答える。

 では、再生でなければ一体なんだと言うのか?

 そして、その答えは、すぐに出た。だが、そんなことありえない。あっていいはずがない。紫の、自分でもバカらしいと思う、そんな、予測に過ぎないものが、予想として表面化していく。

 

 

「あり、えない…!そんなこと、あっていいはずが…!!」

 

「ところがどっこい!あるんだよなぁ」

 

 

 彼の言葉で、紫のバカげた予想が、現実となった。

 

 

「死んで、生き返った――!?」

 

「ベリーアンサー!使い方合ってる?」

 

 

 これしか考えられなかった――『蘇生』。

 死んで、生き返った。

 だが、そんなことあり得るだろうか?否、そんなの生命を冒涜している。

 生まれて、成長して、美しく最後に散る。それが生命だ。生き返ってしまえば、それはもう生命ではない、別のナニカ。

 

 

「おかげ様で、ストックを使っちゃったなぁ。あぁ~確実に怒られる。怖い怖い」

 

 

 両手で顔を隠して、誰かわからない人物への恐怖を語る。

 彼が何を言っているのか、まるで意味が分からない。

 なにせ、今の紫には彼が『生き返る』と言う事実が、驚愕すぎて、他の話が一切頭に入って来なかったからだ。

 だが、それでも怖がっているようには見えない。むしろふざけているようにしか見えない。

 

 

「でもまぁ、この子の怪我が確実な無駄になっちゃったね。それはごめんね」

 

 

 子バカにしたように、現在も血を流して地面に伏している藍に謝罪する。

 だが、その謝罪は藍には聞こえていない。何故なら、気絶しているから。

 

 

「さてと―――。ここに置いておくのもアレだなぁ。―――レイラの所に持っていったらどうなるんだろう?」

 

 

 ―――今、彼はなんと言った?『レイラ』?

 何故彼が、この男が『レイラ』のことを知っている?レイラの存在を知っているのは、自分を含めた極一部の者だけだ。なんで、レイラを知っている?

 

 

「その際に意識があると邪魔だから―――」

 

 

 彼が、指を鳴らして―――紫の意識が、途切れた。

 

 

「さて、行くか」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「――――と、言うのが、私が覚えているすべてよ」

 

「「「――――――――」」」

 

 

 三人は黙って聞いていたが、その内容はとんでもないものだ。

 神と言っても過言ではない紫の能力を、上回る能力の持ち主であり、その能力の可能性は未知数。

 レイラからの情報をかけ合わせれば、その男―――シロの能力は『見えない壁のような物の生成』『武器の召喚・生成』武器への「炎」「氷」「雷」「毒」などの『自然物の付与』『攻撃のホーミング』『魂の保管』『空間移動』『衝撃波』『時空間系・重力への耐性(その他の耐性もあると思われる)』『水を一切寄せ付けない力』『黒穴(ブラックホール)の生成』『境界の破壊』『空砲』。そして――、

 

 

「―――殺しても、生き返る力」

 

 

 そう、『蘇生』。

 それが一番厄介な能力だ。

 あのとき、藍を犠牲にして、殺したはずのシロが、復活していたのだ。

 あの殺し方は単純な力技。自身の体力を前借りしてまで放った攻撃だ。現に、今紫の手には力が入らない。自身の能力を用いた技ではないために、攻撃は通ったはずだった。

 だが、生き返った。なんらかの能力なのだろうが、もし際限なしで生き返ったのなら、それはもう対抗する術がない。

 

 

「だけど、あいつの―――シロの生き返りには、限度があると私は思っているわ」

 

「―――その根拠は、なんなの?」

 

 

 絶望的で圧倒的な力に、生き返る力。文字通り成す(すべ)がないこの力に、限度があると紫は仮説する。

 当然、それには理由があるだとうと、幽々子が訪ねた。

 

 

「あいつは幾度となく、『ストック』と言う言葉を使っていた」

 

「そういえば、あいつもその言葉で怒鳴っていたな。「勝手に使った」と言っていた」

 

 

 戦いの最中だと言うのに、幾度となく言っていた言葉を覚えていた二人。

 それが一体なにを意味するのか。

 

 

「ストック―――。意味を言えば、「ためる、蓄える」と言う意味よ」

 

「使った、ってことは、蓄えてた何かを白服が勝手に消費したってこと?」

 

「そうなるわね。でも、何を消費したのかしら?」

 

「―――一つ、心辺りがあります」

 

 

 そう言ったのは、レイラだ。

 その言葉に三人の視線がレイラへと降り注ぐ。

 

 

「奴は、ゲレルの魂を所持していました」

 

「ゲレルの魂を!?」

 

「道理で、閻魔の所どころか、冥界にも来なかった訳だわ…」

 

「魂を所持…そういえば紫!光闇大戦の時代に大量の妖怪が死亡して、て昔言ってたわよね!?」

 

「そうだけど…――――ッ!!もしかして、ストックって、そういうこと!?」

 

 

 霊夢と紫、二人は何かに気付き、同時に幽々子とレイラも、その意味に気付き始めた。ここまで来たら、誰にだってわかる。

 

 

「―――おそらく、究極の闇が言っていた『ストック』とは、『魂』のことを指している…そういうことですね」

 

 

 レイラのその言葉が、その場を沈黙させた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 ――――沈黙がその場を支配する。

 この場所は、とある一軒家のリビングだ。明るい色をした木材を使用された、モダンな作りで、自然を彷彿とさせる、心が落ち着くようなその場所で、似つかわしくない沈黙が訪れていた。

 

 

「―――――――」

 

「―――――――」

 

 

 その沈黙の原因は、二人の男性。

 お互い向かいあって木製の椅子に座っている。

 その内の一人、全身が黒服の男性は、向かい合っている白服の男性を、黒い瞳で睨んでいる。

 この二人の違いは、フードを被っているかかぶっていないか。

 黒服の方はかぶっておらず、白服の方はフードを被ったまま。

 

 

「――――――」

 

「――――――」

 

「あの…お茶、持って来たんだけど…」

 

 

 その沈黙を破った女性が、一人。

 白黒の洋服、黒を基準としたロングスカートを着用し、腰まで伸びた長い黄髪。大きな胸と引き締まった腰、大きな下半身と、女性として理想の体型を持っている美女だ。

 その女性を一斉に見る二人。それに思わず、女性はしゃっくりのように肩を上げてしまう。

 

 

「置いとけ」

 

「置いといて」

 

「わ、分かった…」

 

 

 その二人から出された声は、男性的な声と女性的な声。

 黒服の彼からは、とても威勢を感じる男の声を。

 白服の彼からは、聞いてて安らかな気分になる女性の声が出ていた。ちなみに、先ほども言った通り、彼は男性である。

 女性は机にお茶―――と言っても紅茶だ。紅茶を二人の前に置いて、二人はそれを一斉に飲み干す。

 

 

「フゥ―――。で、説明してもらおうか」

 

「喜んで」

 

 

 彼女の紅茶が起点となり、話が始まった。

 白服の可愛らしい声が、上機嫌なテンポで響く。

 紅茶だけで沈黙が破られるなんて、どれだけ破れやすい沈黙なのだろう。だが、そんなことはどうでもよく―――。

 

 

「まず、なにを話せばいいかな?」

 

「いろいろ聞きたいことはあるが―――まず初めに、どうして出しゃばってきた?」

 

「やだなぁ。言ったじゃないか。君を助けるためだって」

 

 

 女性の声を放ちながらも白服の男―――シロは、そう答える。

 だが、その簡単に言った答えが、黒服の男―――零夜をさらにイラつかせる。

 

 

「お前の助けなんていらねぇ」

 

「ずいぶんと、嫌われたものだね」

 

「当たり前だ。お前に俺の気持ちが分かってたまるか」

 

「―――そうだね。僕に君の気持ちは分からない」

 

「それに、体を酷使してでも、ライジングアルティメットクウガになってあの場を切り抜けてた

 

 

 確かに、アルティメットクウガどころかライジングアルティメットクウガでならあの場くらい余裕で切り抜けられただろう。

 闇の力を舐めてはいけない。

 

 

「駄目だよ。そんなの僕が許さない」

 

「…お前の許しが必要になった覚えなんてねぇ」

 

「そうだね。でも、もっと自分を大切にしてくれ。君は自己犠牲の考えが強すぎる。もちろん、悪い意味でだけど」

 

「余計なお世話だ。俺の体がどうなろうと知ったこっちゃないし、第一、ストックがある」

 

「ストックも無限じゃないんだけどね…」

 

「その無限じゃないストックを勝手に使ったのは誰だよ」

 

「はは、ごめんね」

 

 

 二人は雰囲気が曇りながらも、どこか楽しそうに会話していた。

 いや、そう見えるのはシロだけだ。零夜は相変わらずで不機嫌そうでしかない。

 

 

「とにかく、僕が出しゃばった理由は君に無理をしてほしくないから。あの状況で八雲紫の相手をしていたら、君の体がもたなかったからね」

 

「―――まぁ確かに、あの二人相手はきつかったが…」

 

「そういうことさ。君のそういった潔いところは好きだよ。ルーミアちゃん、お代わり」

 

「…あ、うん」

 

 

 シロは紅茶のカップを女性―――ルーミアへと渡し、ルーミアは再びそのカップに紅茶を()む。

 紅魔館のメイドとまではいかないが、彼女が紅茶を淹れるところは、一枚の絵になるほど綺麗で美に満ちていた。

 だが、その芸術が分かるような二人ではない。

 

 

「―――で、一番気になっていることだ」

 

「【レイラ】の存在だね?」

 

 

 零夜が今現在一番疑問に思っていることは、レイラの存在だ。

 あんな人物、本来の歴史(原作)には登場していなかった。

 つまりは零夜やシロと言った存在、イレギュラーだ。

 

 

「やっぱり、そこが一番気になるよね」

 

「あんな奴、本来の歴史にはいなかったはずだ。同名の奴は設定上存在してるが、あんな見た目じゃない。なんであんな奴がいるんだ?」

 

「―――とあるところから仕入れた情報と、現在の状況を組み合わせての予測だけど、聞く?」

 

「聞かせてくれ。一番有力なやつをな」

 

 

「―――彼女は、『準イレギュラー』だ」

 

 

「準イレギュラー…」

 

 

 『準イレギュラー』。この言葉に反応した零夜が、こめかみをピクピクと動かす。

 そして、この話を横で聞いているルーミアは、何故か知っているような顔をしていた。まるで、知っているかのように。

 

 

「そう。僕たちイレギュラーの介入によって、イレギュラーになってしまった人物。それを『準イレギュラー』と呼んでいるのは、前に話したよね?」

 

「あぁ。ルーミアも、すでに準イレギュラーだからな」

 

「―――――――」

 

 

 彼女は本来の歴史では、歴代の博麗の巫女によってリボン型のお札によって力と記憶を封印されている運命をたどっていたはず。

 だが、それがイレギュラーである零夜の手によって回避したため、準イレギュラーになっていたとしても、不思議ではない。

 

 

「で、レイラを準イレギュラーにしたのが―――」

 

「予想がついている通り、【ゲレル】だろうね」

 

 

 【ゲレル】。その単語を聞いたルーミアが、顔を顰める。ルーミアにとってゲレルの存在は不快でしかないからだ。

 この世に妖怪としての生を受けて、女を凌辱することだけを生きがいとしているような男だ。不快にならないワケがない。

 そして、そんな人物もまた、聞いたことのない人物だ。

 逆に、こんなR18キャラクターがいたら速攻お蔵入りされるに決まっている。

 

 

「予想はしていたが―――あいつ、【転生者】、だよな?」

 

「100%そうだろうね。逆に、それ以外のイレギュラーはありえない」

 

 

 そう、零夜が転生者であるように、他の転生者がいてもおかしくはなかった。

 そして、それがゲレル。

 元々転生者自体がイレギュラーな存在であるがために、辻褄は合うのだ。

 

 

「つーかそもそも話は戻すが、レイラなんて人物はいなかっただろ?」

 

「ただ『物語』に登場しなかっただけで、存在している可能性なんていくらでもある。よく二次創作でオリキャラなんて言われてるけど、よくよく考えれば、その人物も背景キャラ(モブ)以下の存在としては、存在していたんじゃないかな?」

 

「――あんな反則級能力持ってる時点でモブもクソもないだろ」

 

「ははは、そうだね。それで、準イレギュラーであるレイラは今後の活動で脅威となるだろう。君はどうする?」

 

「邪魔をするならぶちのめす―――と、言いたいところだが、あいつの能力はなんなんだ?」

 

「あぁそれならとっくに分かってるから。教えるよ」

 

「―――――マジかよ」

 

 

 あれほど戦って、『空間系能力』と言うことしか分からなかったのに、シロはすでに分かっていたようだ。

 その速さに驚きながらも、冷静にその内容を聞いた。

 

 

「レイラの能力は、『ずらす程度の能力』」

 

「――『ずらす程度の能力』?」

 

 

 シロの口から語られた、レイラの能力。その能力名は、【ずらす程度の能力】。

 ずらす、この言葉から連想されるのは、普通に「なにかをずらす」と言うこと程度だ。

 だが、零夜はその能力の意味を徐々に理解し、歯ぎしりする。

 

 

「そういうことか。それで全部納得がいった。ずれてたのか」

 

「そういうこと。法則や概念からずれれば、ありえないであろう動きをすることができる。博麗霊夢と似たような能力だね」

 

 

 その能力なら、すべてのことに納得がいく。

 まず、いくら攻撃しても、攻撃事態がレイラをすり抜けたのは、零夜たちがいる『次元』からずれていたのだ。その次元からずれれば、その場にいるように見えても、実際はその場にいない。

 簡単な例を挙げるとするなら立体映像だ。立体映像はその場にいるように見えて、本人は別の場所に居るのだから。

 

 

「カブトのクロックアップや自由落下の法則、作用・反作用の法則すらも無視してたのも、その能力の影響か」

 

 

 クロックアップ、自由落下の法則、作用・反作用の法則。この三つの法則を打ち破っていたのも、この能力だった。

 クロックアップの法則からずれることで、自身もクロックアップしたかのようにその世界へと入り込める。

 自由落下の法則のからずれれば、どんな方法で落下することができる。タイミングも自由自在だ。

 作用・反作用の法則からずれれば、相手に一方的に衝撃やダメージを与え、自分に対しての衝撃波、完全に無効化することができる。

 

 

「博麗霊夢の能力も大概だけど、レイラの能力もこれまた厄介なんだよねぇ」

 

「だが、博麗の巫女とは違ってレイラの能力には時間制限があるんだろ?むしろ【空を飛ぶ程度の能力】の劣化版じゃねぇか」

 

「―――あぁあれね。あれ、嘘」

 

「―――――は?」

 

 

 シロからの嘘の言葉に、零夜は呆然とした。

 レイラの能力には時間制限があると言った、あれは嘘だったのか?その事実に、零夜は憤慨する。その影響―――威圧によるものだ。威圧によって地震が起きたかのように家具が、物が揺れ、ルーミアも冷汗をかいている。ただ、なにも影響もなく、座り込んでいるのはシロだけだ。

 

 

「てめぇ…!なんで嘘をついた!?」

 

「ごめんね。でも、言うじゃないか。『敵を騙すならまず味方から』って。それに、あの場限定で真実だったんだから、嘘はついてないよ、嘘は」

 

「言ってる事矛盾してるぞ!結局はどういう意味かって聞いてんだよ!」

 

「僕の能力で、限定的にレイラの能力を解除していたんだ」

 

 

 今だに不明で全貌が掴めていないシロの能力。その能力でレイラのずれを強制的にこちらへと戻していたとすれば、納得がいく―――とは言いずらい。

 その際にどうして完全に封じなかったか、疑問が残るからだ。

 

 

「この戦いを得て、君は経験的にも成長した。強くなった。それでいい。君が強くなれば、君が強くなれば目的も叶えられる。僕はその手伝いをする。そうだっただろ?」

 

「つまりは、自分で考えろってことか」

 

「そういうことさ」

 

「―――――分かった」

 

 

 そう言って、零夜は豪快に椅子に座り、紅茶を飲み干す。

 

 

「本当に、君のそういう(いさぎよ)いとこ、僕は好きだよ。自分の怒りよりも、目的を優先するその心意気。僕はそれを大変好ましく思ってる」

 

「声が女の男に褒められても嬉しかねぇ」

 

「そうかぁ、残念」

 

 

 そう言って、ティーカップを口につける。

 ズズズ…と音が響く中、ルーミアが零夜の耳元で、こう言った。

 

 

「ねぇ、零夜」

 

「―――なんだ?」

 

「あいつってさ、なんで()()()()()()()?」

 

 

 ルーミアから、質問が飛んでくる。

 シロは、今まで出てくるごとに声が変化している。レイラとの戦いでは男の声に。紫との戦いでは中性的な声に。そして、今話をしていたときは女性の声に。

 いろいろな声に変化しており、なぜわざわざそんなことをするのか、ルーミアは疑問に思ったからだ。

 

 零夜は小声でその質問に答える

 

 

「―――俺が最初にヤツにあったときも、全然違う声だった。なんでも、奴は自分の()()()()が知られないように、毎回声を変えてるらしい」

 

「本当の声?」

 

「俺もそれについては知らん。一度も聞いたことないからな。もしかしたら、今まで聞いた声に本当の声が混じってるかもしれんが…」

 

「まぁ、分かるワケないか…」

 

「そう言う訳だ。とにかく、疲れたんで俺は寝る。片付けとけ」

 

「…分かった。じゃ、おやすみなさい」

 

 

 彼女はそう言い残し、カップを台所へと片付ける。

 その様子を、少し見て、零夜はその部屋から出て行った。

 

 

「さてと、僕もそろそろ行くか」

 

「どこに?」

 

「僕にもいろいろあるんだよ。ルーミアちゃんは、どうするの?」

 

「私は後片付け。あと家事。それ以外にやることないし」

 

「はは、もう完全に専業主婦だね。もうこの際だから零夜に夜這いでもやったら?」

 

「なななな、なにバカなこと言ってるのよあんたは!」

 

「いたッ!」

 

 

 ルーミアはシロと拳骨(ゲンコツ)を叩き落した。

 シロはその痛みに(もだ)え、自身の頭をさする。

 

 

「痛いじゃないか…」

 

「あんたが変なこと言うからでしょうが!それ飲んだらさっさと出て行ってね!」

 

 

 プンスカと怒りながら、零夜の飲んだティーカップを台所へと持って行った。

 

 

「はは、かわいいなぁ。それと…痛い。本当に痛い。……そう言えば、レイラの攻撃も、痛かったなァ……もう治ったけど」

 

 

 そう言い、シロは微笑した。

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

~零夜の部屋にて~

 

 

 零夜は、ある二つの本を見ていた。

 それは、今までの経緯で手に入れた、【東方紅魔郷】と【東方妖々夢】のワンダーライドブックだ。

 

 このデバイス―――【ワンダーライドブック】。これはもともと、【仮面ライダーセイバーの世界】のデバイスだ。

 だが、零夜が転生の際に女神から譲り受けた力は【平成ダークライダー】の力のみ。

 そして、【仮面ライダーセイバー】は【令和】と言う新しい時代のライダー。

 本来もらっていないはずのものを持っていることは、後に渡されたか、奪ったか。この二択しかない。

 

 

「異変をすべて奪えるライダーのデバイス。いつ見ても不思議でしかない」

 

 

 実際、異変を奪うとなったときは、どうするか零夜は考えたのだ。

 奪うと言ったら連想されるのは【ブランクウォッチ】だ。だが、ブランクウォッチが奪えるのは、あくまで【個体の記憶・歴史】のみ。

 だが、零夜が奪いたいのは『異変』と言う『事象』そのもの。ライドウォッチでは不適任であった。

 そこで、ワンダーライドブックが役に立った。アレには本来奪う機能など存在していないが、そこら辺は改造するだけでなんとかなった。

 アレが奪うのは『物語』。もともと、この世界自体が『物語』なため、これがジャストフィットしたのだ。

 

 

「そういえばこれも、シロが俺に渡したんだよな…」

 

 

 詳しい話は割愛するが、初めて零夜とシロが出会ったとき、このデバイスを渡されたのだ。

 今現在も、このデバイスがなんなのか、零夜にはわかっていない。

 

 

「―――寝るか」

 

 

 零夜はこれ以上考えることをやめ、眠りについた。

 そして、次の異変である、『明けない夜』へと、迎え撃つために――――。

 

 

 

 

 




今回のシロのイメージCV

紫戦【蒼井翔太】

零夜との会合【井口裕香】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『究極の闇 調査書』 執筆:稗田阿求

 この調査書は、現時点で世界の破壊を企む存在、『究極の闇』のことについて記したものである。

 

 

 危険度   極高

 人間有効度 不明

 

 

 第一に、究極の闇とは何なのか。

 究極の闇とは、執筆時から約千年前、『光の妖怪』とぶつかり合った、『光闇大戦』を引き起こした存在の一角(ひとり)

 光と闇の衝突―――。それは下手をすれば世界にまで多大な影響を出しかねないほどの危険なこと。

 光と闇は、世界の均衡を保つ、大事な柱。その柱が揺れれば、当然世界にも影響がでてしまうために、【八雲紫】はこの二人の存在を危惧。

 と言っても、究極の闇は光闇大戦が行われた日に出現したために、そのときまで八雲紫も究極の闇の存在は認知していなかった。

 

 

そして、そのまま千年と言う長い時が立ち、【紅霧異変】が起きた。

 

 

 その際に究極の闇は再び姿を現し、【紅霧異変】を奪ってその場を立ち去ったと言う。

 異変と奪う、それは大変危険な行為である。

 そもそも異変は異常だからこそ異変なのだ。八雲紫曰く、「究極の闇は異変を奪ってそれを一斉に解放して、世界を終わらせるつもりではないか」と語っている。

 異変一つでも幻想郷に何かしらの影響が起こる。その影響が重なり合ったら、世界の方が耐えきれずに破壊されてしまうのでは?と言うのが私の予想だ。

 

 

 その次に、【春冬異変】にて、もう一人の究極の闇を名乗る存在が現れた。

 

 

 その特徴は全身が白い服で統一された人物であり、【レイラ】【八雲紫】と言った強者を倒すほどの力を有している。

 なお、この情報は広げるだけでも幻想郷に混乱を催すのには、十分なので、一部の者しか知られていない

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 究極の闇:黒

 

 

 こちらでは、黒服の究極の闇について、考察も含めて説明する。

 区別をつけるため、【クロ】と呼称する。

 クロの特徴としては、全身が黒い服で統一されているということのみ。

 

 戦闘方法は極めて特殊であり、戦う相手に対して様々な姿へとその身を変えるらしい。

 千年前に初めてその姿を現した際には、クワガタムシを模したような角を備え、全身が黒く染まり、さらには黄金の血管のようなものが体中に刻印されているらしい。

 おそらく、千年前の光闇大戦に出現したのはクロの方であると推測できる。【シロ】の方も姿を変えることができるのではないか――可能性の低い推測ではあるが、仲間のようにも思えるため、なくはないはずである。

 

 他にも姿を挙げるとすれば、『黒い宝石の姿をした魔法使い』『黒い蝙蝠を模した戦士』『蜘蛛の絵が描かれたところを通って姿が変わった冷気を使用する緑色の蜘蛛の戦士』『白い顔をした英雄の魂を使用する亡霊の戦士』『骸骨男』『額に十五と書かれた、骸骨の戦士』などと種類がたくさんあり、これ以外にも種類がある可能性が大。

 ※『蜘蛛の絵が描かれたところを通って姿が変わった冷気を使用する緑色の蜘蛛の戦士』とは聞いただけでは分かりにくいが、証言の主が妖精なため、大雑把な部分しか分からなかったためである。

 この姿を変える能力が、クロの【程度の能力】であるかは不明である。もしかしたらこれとはまた違った能力を使用している可能性もあるため、断言はできない。

 

 クロの強さとしては、姿が変わることで力そのものが変わったり、相手への相性を考えて姿を変えるらしく、断言することができない。

 事実、【フランドール・スカーレット】の、『四人に増えるスペカ』への対策として、同じく『四人に増える』と言う特性を持った魔法使いの姿で戦ったそうだ。

 そして、その魔法使いの特徴としては、その四人が一人ずつ自立した感情や考えを持っているため、同一人物のように思えて同一人物ではなくなっていると、『博麗の巫女』からの証言を得ている。

 つまり、クロは私たち幻想郷の住人の能力をある程度把握しているのではないかと予測が可能である。

 

 ただし、例外が存在しており、クロは【レイラ】の能力は把握していなかった。

 能力を知ることでその対策が可能な姿へと変わっていたクロが、唯一敗北した相手でもあると言う(ただし、前の戦闘での疲労などがあったため、情報収集を基盤化し、全力で戦っていたらどうなっていたかは不明)。

 彼女自身、もうかなり昔に白玉楼に住んでいたとのことなので、情報収集を怠らなかったであろうクロが、彼女の存在を見逃すとは思えない。

 つまり、憶測の域に過ぎないが、一同はこう一論づけた。『レイラの存在はクロには予想外だった』。

 クロが強者である彼女の存在を見過ごしてきた理由としては、これが一番打倒であるため、この予測をもとに考察を続けていく。

 

 

 そして、一番重要な彼の目的だが、目的は『世界の破壊』らしい。

 そのために異変を奪っていると、八雲紫は語っていた。当初述べた通り、このまま異変を奪われ続け、それが一斉に解放されでもしたら、間違いなく世界は無事では済まない。

 異変を奪う方法も不可解であり、博麗の巫女が語るには『小さな本』のようなものを使用して奪うと聞いている。

 その本の正体も、今だ掴めていない。

 世界を破壊する理由も今だ不明であり、どういった経緯でそういう考えになったのかも、今だに分かっていない。

 さらなる警戒が必要である。

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 究極の闇:白

 

 

 この存在が、一番警戒しなければならない存在である。

 通称【シロ】。この名はクロが語っていた名前である(クロの仮称も、ここからきていると予想する)。

 

 彼の姿は、クロとは逆で名前の通り全身が白く、白い服に白いズボン、白い手袋にフードからちらりと見える白髪。そして、深紅の瞳が確認できたようだ。

 

 シロは前文で説明した通り、幻想郷の強者たる存在である【レイラ】【八雲紫】を圧倒した人物である。

 

 彼の能力は謎に包まれており、現在分かっている情報でも、

 『見えない壁のような物の生成』

 『武器の召喚・生成』

 その武器への「炎」「氷」「雷」「毒」などの『自然物の付与』

 『攻撃のホーミング』

 『魂の保管』

 『空間移動』

 『衝撃波』

 『時空間系・重力への耐性(その他の耐性もあると思われる)』

 『水を一切寄せ付けない力』

 『黒穴(ブラックホール)の生成』

 『境界の破壊』

 『空砲』

 『際限ありの蘇生』

 

 

 どれも統一性皆無の力で、どのような能力なのかが予想がつかない。

 そしてこの中でも一番強力で厄介なのが、『際限ありの蘇生』。際限ありと言うだけで、倒せる可能性はあると思えるが、それ以前にシロを倒すためにはとてつもない力と労力が必要とされており、一回殺すだけでもとてつもなく困難だと言われている。

 事実、八雲紫が実質殺せたのは一回のみ。『精神破壊』や『空間断裂』、『無酸素空間』を作り出したとしても、シロを殺すことは不可能だったそうだ。

 

 そして、一番厄介である能力、『蘇生』。

 これは憶測の域ではあるが、際限があるとされている。

 理由としては、シロが幾度となく『ストック』と言う言葉を使用していたためだ。

 

 『ストック』の意味は、「ためる、蓄える」

 

 それに加え、レイラの証言により、その『ストック』はクロのものであり、シロが勝手に『ストック』を使用していると言うことを発言していたらしい。

 そして、一番肝心である『ストック』が、なにを蓄えているかは、すでに結論が出ている。

 

 それは、『魂』だ。

 

 『光闇大戦』時代、『光闇大戦』前に、大量の妖怪の死体が発見された。だが、その妖怪の魂は一匹も冥界へと逝くことはなかったらしい。

 その謎は千年間、謎のままだったが、今になってようやく分かった。

 クロとシロには、魂を保管能力があったことが明らかになった。そして、シロがクロの『ストック』を用いて自身が死んでもクロの『ストック』を消費して蘇生を繰り返していると言う予想され、おそらくこの仮説は信憑性が最も高い仮説である。

 

 ただ、一つ気になることがあるとすれば、シロにも魂の保管能力があると言うのに、クロのストックを使用している点だ。

 レイラからの情報で、シロにも魂の保管能力が存在することを聞いたが、それ以上詳しくは語ってはくれなかった。

 なにか、自分のストックは使用できない、またはしたくない理由でもあるのだろうか?謎が尽きないため、これからも、考察を含め執筆していこうと思う。

 

 

 続いて、シロの根本的な強さを考察する。

 これは単純で、【レイラ】や【八雲紫】相手に勝利している(ただし、レイラとはクロとの共闘)。

 さらに、二人の強力な能力、『ずらす程度の能力』と『境界を操る程度の能力』を無効化する能力であると言うことは分かっているため、非常に強力な能力であることは確かだ。

 ただ、初めてその場に現れた時、【博麗霊夢】【霧雨魔理沙】【十六夜咲夜】に対して『衝撃波』による攻撃を行ったものの、博麗の巫女のみが無傷であったこともあり、それが謎である。

 今代の博麗の巫女の能力、『空を飛ぶ程度の能力』は、能力の本質から考えると、レイラの『ずらす程度の能力』と同じしている。

 

 『空を飛ぶ程度の能力』はあらゆるものから浮く、つまりは対象外になる能力。

 『ずらす程度の能力』はすべての概念や理念、(ことわり)からずれ、対象外になる能力。

 

 能力の本質は同じなので、何故その時博麗の巫女―――霊夢だけが攻撃の対象外になったのかは不明である。

 もしかしたら、わざと霊夢のみを攻撃の対象から外した可能性があるが、その真意は不明。

 

 執筆時現在、魔理沙さんや咲夜さんは今も療養中であり、全快することを祈るばかりである。

 幻想郷にはこれと言った医療関連の深い知識を持つものがいないため、完治には相当な時間が掛かるとのこと。

 

 

 また、シロとクロの関係性について考察する。

 初めて現れた時、『衝撃波』により、クロの召喚した『英雄の魂』をすべて破壊し、懐中時計のようなもので力を吸収したようだ。

 それに、『英雄の魂』の行動も謎だ。召喚主であるクロに従っているようだが、クロが命令したのは霊夢たちの妨害。

 それなのに、クロの命令を無視し、尚且つ仲間であるはずのシロへ対して攻撃を行ったことについても、非常に謎である。

 レイラによれば、二人の仲は悪かったように見えたとのことなので、『英雄の魂』たちが命令よりクロの心情を優先したのかもしれない。

 

 

 

 

 さて、今現時点で分かるのはここまで。

 

 新たなことが分かり次第、さらに執筆していこうと思う。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東方永夜抄?
19 とばっちり


―――とある日の、日の出。

 全身を黒い服で統一した男性が、崖に腰を下ろして、足をブラブラと揺らしていた。

 彼の名前は【夜神零夜】。

 この世界、幻想郷にて【究極の闇】と言われている存在の、一角である。

 

 

「――今日も、か」

 

 

 空を、大地を、自身を照らして温める太陽を見て、零夜はため息をはく。

 空は快晴だ。雲など、増してや雨などは一切降っていない。

 この空を見て、ため息をはく理由など、どこにあるのだろうか?

 

 

「見張り続けて、もう何日、何か月が経とうとしてるか…一向に始まる予感がない」

 

 

 そう小さな声で嘆き、腕に力を入れ、立ち上がる。

 後ろを振り向き、彼は森の中へと姿を消していく。

 

 

 

 彼の住まいは、現代でよく見る一軒家と、木製の家が合わさったような、モダンな作りだ。内装はシンプルで、基本的な家具が並べられている。

 ドアノブを回し、家内(かない)に入ると、奥から(こう)ばしい香りが漂ってくる。

 

 

「――ただいま」

 

「あ、お帰り。零夜」

 

 

 リビングの扉を開けると、そこにいたのは黒いエプロンとキッチンミトン、お玉を持った黄髪の大きな胸が強調されている美女が姿を現した。

 今日、鼻に香ってくるのは、嗅いでて心地の良いコンソメの匂い。その他の野菜の匂いも漂ってくる。

 

 ちなみに、彼女は一応『捕虜』と言う立場である。

 だがこの見た目では完全に『夫の帰りを待っていた妻』と言う第一人称が付くのだが、二人は決してそんな関係ではない。

 ただの『悪人』と『捕虜』の関係だ。

 

 そもそも、何故零夜がこの状況を黙認して普通に適応しているのか、それは単純。

 零夜の中では『捕虜』と言うのは名目で、自身の情報を知られないためだけに連れてきただけの存在であるために、基本的な自由は許可しているためだ。

 ただ、それが定型的な『夫婦生活』のようになっているだけで。

 

 

「はいこれ。今日も温かいスープだよ」

 

「あぁ。飲ませてもらう」

 

 

 元々、『人喰い妖怪』()()()彼女は、料理などしたことがなかったのだが、ここ千年間でかなりの成長を遂げている。

 だが、こういったものを覚える脳内のスペースが足りなかったのか、覚えているのはかなり簡易なものだけであり、難しいものを作るのには必ずレシピを見ているらしい。

 元が戦闘と生で食べることしか頭になかったので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

 零夜はコンソメスープの入った器の取っ手を持ち、一気に口の中へ流し込む。

 暖かな汁と、旨味が口の中いっぱいに広まっていき、彼の心は一時的に満たされる。

 

 

「――ところで、いつ寝るの?もう何日も寝てないじゃない」

 

「何度も言っているだろう。能力で睡眠欲くらい無効化できる」

 

 

 彼は、もう何日も寝ていない。

 朝に日々の鍛錬を続け、夜になったら先ほどの場所へ向かってただずっと夜が明けるのを待っている。

 そんな異常な毎日に、ルーミアは不信感を抱いている。

 

 だが、そんなことで体を酷使すれば、当然のごとく体に相当な影響や負担がかかる。

 それが分からない零夜ではないのだが―――

 

 

「駄目!何度も言ってるけど、それは一時的なもので、解除しちゃったら一斉に体にダメージがきちゃうでしょうが!」

 

「俺の体がどうなったって、俺にはどうでもいい」

 

「あぁ~もう!強情なんだから!意地っ張り!だったら、外に出なさい。今日という今日は、寝かせるわ」

 

 

 ルーミアは能力を用い、闇の剣を装備する。

 ちなみに、ここは室内であるため、外に出ると言うのは彼女なりの配慮なのだろう。

 

 

「今日も、か。面倒だが…いいだろう。お前じゃ俺に勝てないこと、思い知らさせてやる…」

 

「言ってなさい!今日こそ勝って寝かせてやるわ!」

 

 

 そう叫び、二人は窓から飛び出し、その一秒後に爆発音が響いた。

 ちなみに、この行動は零夜が夜更かしを始めた初日から続いていることで、零夜も「特訓になるから別にいいか」と言う感じでこの毎日が続いていたりもする。

 家に入ってから3分もしないうちに、次の戦いへと身を投資した零夜。

 彼女なりに零夜のことを心配しているのだろうが、それが零夜に届くことは、ないのである。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「ハァ…また、負けた…」

 

「当たり前、だ」

 

 

 一時間後、勝敗はついた。

 零夜の勝ちだ。

 勝負方法は単純な剣術勝負と言う名の体力勝負。これはもう零夜が夜更かしし始めてからずっと続いている勝負方法だ。

 そもそも、二人の間では『妖怪』と『人間』と言う絶対的な壁があり、当初戦った時は生身勝負だったらルーミアが圧倒的な勝利を飾っていたはずだったのだが、ルーミアが負け続けている理由が存在している。

 

 

「俺がお前の力を封印してんだ。弱体化してて当たり前だ」

 

 

 零夜が、ルーミアの力を封印しているからだ。

 本来の歴史では、『力』と『記憶』が封印されたことにより弱体化していた。事実、ルーミアの闇の力は危険だ。それに、人喰い妖怪と言うこともあり、人類の敵であった。

 それで、零夜の『繋ぎ離す程度の能力』を使用し、『力』をルーミアから『離して』、事実上の封印を行ったのだ。

 それにより、当然のごとくルーミアは弱体化し、それにほぼ千年間の間を惰眠などの堕落した生活をしてきたために、基礎能力が低下し、勘も鈍ってしまっている。

 一日の遅れを取り戻すには三日かかると言われているため、単純計算で元に戻るためには三千年かかる。どれほど待てばいいんだとツッコミたくなる。

 

 

「それでも、生身の相手に負けるのは悔しいのよぉ~!」

 

「それはお前が鍛錬してない―――もとい、堕落しきってるからだ。まぁ俺としては訓練になるからちょうどいいんだがな」

 

「もう、私との戦いが訓練程度に格下げされてるし…なんかショック」

 

「しょうがないだろ。お前の力はもう闇で形を形成するのが難しいくらい弱体化してるだろ。今のお前がやれるのは精々剣を一回造る程度。昔のお前は手こずったんだがな…」

 

「それ、封印した本人が言うと嫌味にしかならないんだけど?」

 

 

 頬を膨らましながら、仰向けで零夜に顔を向けているルーミア。

 体力を使いすぎて立ち上がれないのだろう。

 

 

「とりあえず、俺はいつもの場所へ行く」

 

「あ、その前に起こして―――」

 

 

 ルーミアの言葉が終わる直前、零夜が地面を駆け、疾走すると、小さな竜巻ができると同時に、零夜はその場から姿を消した。

 

 

「―――逃げられた」

 

 

  そこには、ルーミアの呆けた声が、響いたのみだった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 彼は疾走する。まずは準備運動としてランニングだ。

 準備運動としては過激だが、彼にとってはこれがちょうどよい準備運動なのだ。

 

 

「いつになったら、異変が発生する…?」

 

 

 零夜がボソッとそう呟く。彼がずっとこの生活を続けている理由は、異変にあった。

 もう何か月も経っているのに対し、全く異変が起きやしない。

 本来の歴史(原作)の時系列を考えても、もうそろそろだと思うのだが、一向にその兆しすら見せないことに、零夜は不審に思っていた。

 

 

「もういっそのこと、このミラーワールドから『永遠亭』に行ければいいんだが…」

 

 

 『永遠亭』。それは次に発生するはずの異変の首謀者の根城の名前。

 だが、その根城がある場所が問題であり、零夜はその場所へと向かうことができなかった。

 大分疾走すること数分。無数の竹が群がる場所へと到着する。

 

 

「――『迷いの竹林』」

 

 

 『迷いの竹林』。先ほど説明した『永遠亭』が存在する場所だ。

 そして、しばらく歩いた場所には、一直線に竹が存在していない場所がある。

 過去に『光闇大戦』によって破壊された地域の一つだ。

 

 さらに、『永遠亭』はこの奥にあるのだが、問題は『迷いの竹林』と言う名の通り、そのまま入ってしまえば迷ってしまう場所だ。

 だが、この『迷いの竹林』には『案内人』が存在する。その名は、【藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)】。

 この『迷いの竹林』の案内人であり、『蓬莱人』だ。

 

 『蓬莱人』の説明は今は省くが、要するに彼女が案内をしてくれれば、その場所へとたどり着くことができる。

 他にも、この場所には『兎妖怪』が存在し、彼女らに案内してもらうと言う手もあるのだが、彼女らは悪戯(いたずら)好きで、通っている人間を見れば、即座に罠などを仕掛けて、悪戯をする。

 妖怪であるために、限度を知らず、中には即死レベルのトラップすら存在しているほどだ。

 

 この世界は、ミラーワールドなので、現実の世界で変化したものは、そのままこの世界へと反映されるため、それを何度も確認することができた。

 

 

 閑話休題(はなしをもどして)

 

 

 つまりは、だ。

 零夜ではこの『迷いの竹林』を突破することができないのだ。

 すべてを破壊すると言う手も存在するが、この場所の竹の成長が早すぎるために、いくら破壊しても無駄であり、できれば切り札である【アルティメットクウガ】を伐採目的で使用したくないために、この場所は手づかずであった。

 

 

「だが、いつまで経っても、異変が起きないのは不思議だ…」

 

 

 確実になにかあるはずだ。零夜はそう考える。

 異変が起きないなんてことはないはずだ。なにせ、それがこの世界に唯一存在している補正だから。

 だからこそ、起きないのはおかしいだ。ありえないのだ。

 

 今までは考えなかったが、もう流石におかしいと気付き、彼は一つの可能性を考えた。

 

 

「もしかして、俺と同じ、転生者、か…?」

 

 

 そこで、真っ先に候補に挙がったのが、自分と同じ存在(転生者)

 『イレギュラー』と呼んでいる存在だ。それは零夜やシロも同じであり、同類だ。

 それに、未来を破壊するなんて芸当ができる存在は、もうイレギュラー(転生者)しか存在しない。

 

 

「だとしたら、相当厄介だぞ…」

 

 

 イレギュラーが一体どんな行動をするのか、予測は不可能だ。

 彼らは本来の歴史(原作)えを知っているであろうが、その目的も不明となれば、行動理由も謎に包まれる。

 考えられる理由は、『ゲレル』と同じ理由で誘拐しているか、監禁しているか。

 すぐにでも行動に移したいところなのだが…。

 

 

「だがな…やっぱり迷うし」

 

 

 そう、入ってしまったら最後、確実に迷う。

 地理に詳しい案内人がいれば話は別だが、如何せん、彼は幻想郷では悪人として知れ渡っている。

 そんな自分を素直に案内してくれるとは思えない。

 

 ただ、可能性があるとすれば―――

 

 

「ここを縄張りとする、兎妖怪…」

 

 

 『蓬莱人』である彼女を相手にするより、雑魚である兎妖怪を相手にした方がマシだ。

 だが、その肝心の彼女らを見つけなければ、話は進まない。

 

 

「―――結局は振り出しか」

 

 

 結局は、迷いの森を抜ける手段がなければ、話は進まない。

 どうするか、本格的に迷う。

 

 

―――そのときだ。

 突如、零夜の近くで、爆発が起きた。

 

 

「なッ!?」

 

 

 爆発の勢いで砂ぼこりが舞って、服が羽ばたく。

 服で顔を隠して、砂ぼこりから顔を守る。

 

 

「(―――なにが起きた!?)」

 

 

 ここはミラーワールド。

 この世界にいる存在は、零夜とルーミアのみ。ルーミアはまずありえない。家でおとなしくしているはずだ。

 だとしたら、考えられる可能性はただ一つ。外界(現実)でなにかが起きている。

 外界(現実)とは完全に遮断されているが、この世界は。外界(現実)と全く正反対、鏡移しの世界なため、外界(現実)で起きたことがミラーワールドにも反映される。

 だが、肝心のなにが起きたかは、想像がつかない。

 

 砂ぼこりが完全になくなった後、零夜の顔は険しくなる。

 

 

「爆発ってことは、何かの戦いが起きてるってことだよな…。とにかく、行って確かめてみるしかねぇ!」

 

 

 なにが起きたのか不明な以上、すぐに行動に移すのは愚策だが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 もしかしたら、この爆発がイレギュラーに関係していることであれば、取り逃すワケにはいかない。

 もし関係あるとしたら、すぐにでも捕まえる必要がある。

 

 

「間に合えよ…!」

 

 

 零夜は急速にオーロラカーテンを出現させ、その中へと消えて行った。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 オーロラカーテンをくぐった時に、零夜の目に映り込んだのは、先ほどと全く同じで、全く変わらない景色だった。

 今現在も煙が舞って、左右が確認できない状況になっている。

 

 

「全く同じのを見たとしても、一体なにが起きた…?」

 

 

 ただの爆発音。

 幻想郷ではそれで片付けらるが、意味もなく攻撃があるようには思えない。

 零夜はこの煙をどかすため、虚空から【ウィザーソードガン】を召喚し、【ブラックハリケーンリング】を指にはめた。

 

 

「これで―――!」

 

 

 刃に風が纏われ、それを体と同時に回転させることによって、煙を一斉に周りから除外した。

 そして、煙を除外したことで見えた景色は、ただ唖然とするには事足りた。

 

 

「こりゃ…なにが起きた?」

 

 

 そこにあったのは、ボロボロになった複数の竹林と、無数の肉片。

 ここで、爆発があったのは確か。つまり考えられるは何者かがこの肉片の主に攻撃して、こうなった、と考えるのが妥当である。

 だとしたら、その目的は?

 どう考えても分からないため、とりあえず後回しにする。

 

 

「とりあえず、肉片を集め―――!?」

 

 

 その時に、あるものを見た。

 それを見て、零夜は硬直した。何故か?それは簡単だ。

 

 肉片が、一か所に集まっているからだ

 

 

「肉片が、一か所に―――!」

 

 

 やがて、すべての肉片が一か所に集まり、形を形成する。

 まず最初に骨を、その次に内臓を、肉を、皮膚を、髪を、目を、そしてなぜか服をも、すべてが作られていく。

 そして、そこに出来たのは、白髪の美少女。

 

 白髪のロングヘアーに深紅の瞳を持ち、髪には白地に赤の入った大きなリボンが一つと、毛先に小さな複数のリボン、上は白のカッターシャツで、下は赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊っており、その各所には護符が貼られている。

 そして、零夜は彼女の存在を知っていた。

 

 

 そう、彼女は、この『迷いの竹林』の案内人にして、『不老不死』たる『蓬莱人』―――。

 

 

「あ゛?何見てんだよ。お前……」

 

「藤原妹紅…!」

 

 

 そう、この存在こそ、『面倒くさい』と言う理由で『迷いの竹林』へと行くことを懸念していた一つの存在へと、鉢合わせしてしまった瞬間であった。

 いや、そんなことより、何故彼女がここに?さっきの爆発と、彼女が肉片になっていたことから、彼女が先ほどここで『死んだ』ことになるのだが、何故彼女がここで、殺されたのか、それが分からない。

 それに第一、何故彼女は自分に睨みを効かせ―――

 

 

「おらっ!!」

 

「ッ!!」

 

 

 そのとき、彼女は突如、炎をこちらへと放って来た。

 すぐに後方へと飛び、炎を避ける。

 

 

「いきなりなにすんだ!」

 

「それはこっちの台詞(セリフ)だクソ野郎!いきなり攻撃してきやがって!」

 

「―――は?」

 

「なに惚けてんだよ!」

 

 

 一瞬、零夜は呆けるが、すぐに状況を理解した。

 今、彼女は自身を攻撃した犯人を、自分だと思っているのだ。

 確かに、今の状況を説明すれば、この場所の半径10m以内には、零夜と妹紅しか存在しない。しかも、彼女はこの世界では強者の位置にいるため、気配察知などお手の物だろう。

 だからこそ、今の状況では弁解する理由は実質ないのだ。

 

 

「―――なるほどな、やられた」

 

「あ?」

 

「信じねぇだろうが、一応言っておく。お前を攻撃したのは俺じゃねぇ」

 

「はッ!自分でも信じてもらえないと分かっている嘘を言うほど、余裕ってことか!」

 

「なんか拡大解釈された…」

 

 

 零夜自身そんな思惑など存在しないのだが、怒りが頂点に達している彼女の耳には、零夜の言葉など入りもしないだろう。

 これが、イレギュラーの策略ならば、非常にまずいことになった。

 

 

「(今ここで戦ったら、あいつらに居場所がバレる)」

 

 

 そう、居場所の特定がされる。

 いくら負傷しているとはいえ、どのくらい回復しているのはか不明だ。

 それに、異常が起きればなにかしらの確認が入る。できれば自身の証拠となるものは現場に残したくない。

 

 

「なにだんまりしてんだよ!いいさ、だったらこっちから殺してやるよ!!」

 

 

 妹紅が自身の体に炎を纏い、弾幕を同時に放ちながら零夜に突進する。

 手や足を同時に乱舞のように動かし、乱撃をかましてくる。

 

 

「うおッ!くッ!このッ!」

 

 

 それを、一つ一つ衝撃をいなしながら攻撃を避けていく。

 だが、彼女の攻撃は乱雑なために一つ一つの対処が難しく、度々攻撃を喰らってしまっている。

 完全なとばっちりだが、今はなんとかしてこの状況を切り抜けなければならない。

 

 零夜は妹紅と、その後ろにある地面を『繋げる』

 

 

「ッ!」

 

 

 すると、その地面に向かって妹紅が引っ張られていく。

 そう、まるで重力に従う生き物のように。

 ワケが分からないまま、地面に引きずられ、その場で静止してしまう妹紅。

 

 

「てめぇ…!なにをした!?」

 

「なに、少しの間動けなくなってもらうだけだ」

 

 

 これも応急でしかなく、自身の体の傷を顧みない蓬莱人ならば、無理やりにでもあの拘束を解くはずだ。

 事実、今妹紅は自身の体が傷付きながらも、重力に似た力に逆らい離れようとしている。

 拘束が解けるのも時間の問題だ。

 

 

「相手が不死なら、こっちも不死だ」

 

 

 零夜は【ガシャコンバグヴァイザー】と【バグスターバックル】を取り出し、合体する。

 【バグルドライバー】を装着し、【デンジャラスゾンビガシャット】を取り出し、【プレイングスターター】を押す。

 

 

デンジャラス ゾンビッ!

 

 

 ガシャットを【ガシャコンバグヴァイザー】へと装填し、ボタンを押す。

 

 

バグルアップッ!

 

デンジャー!デンジャー!ジェノサイド!

 

デス・ザ・クライシス!デンジャラスゾンビ!Woooo!

 

 

 零夜の体が黒い霧に包まれ、投影されたバグルドライバーのモニターのエフェクトをぶち破り、それは姿を現した。

 白と黒を基調とする骸骨のような禍々しい姿、割れてオッドアイになったバイザーや左右非対称の装甲は、ボロボロになったゾンビを想起させるものとなった存在。

 その名は――

 

 

『仮面ライダーゲンム。ゾンビゲーマー、レベルX(テン)

 

 

 仮面ライダーゲンム・ゾンビゲーマーレベルX(テン)

 不死身たるライダーが今、その姿を現した。

 

 そして、姿を変えた零夜を見て、妹紅は鬼の形相を浮かべる。

 

 

「姿が…!それに、この力、お前…そうか。お前が究極の闇か!」

 

 

 究極の闇の一人は、姿を変える、と言う情報を知っているのだろう。

 ゲンムに変身した零夜を、すぐさま究極の闇へと結びつけた。

 

 

『正解だ。俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる』

 

「そっちから喧嘩売って来たくせによくそんな戯言を言えるなぁ!殺す!殺してやるよ!」

 

 

 憤怒、憤慨、憤懣と、怒りの感情が妹紅からあふれ出る。

 ただでさえ、一回殺されたのだ。怒らないはずがない。ただ、その犯人は零夜ではない別の誰かなのだが。

 

 

『できるものならなぁ!』

 

 

 ゲンムは【ギリギリチャンバラガシャット】を起動させ、【ガシャコンスパロー・鎌モード】を装備し、妹紅へと突撃する。

 妹紅は指を真っ直ぐに立て、手刀のように手を変え、ガシャコンスパローの刃の部分とぶつかり合う。

 

 

『流石、蓬莱人ってだけあるな…!』

 

「まさかそこまで調べてるとはなぁ!そういう検索反吐が出る!」

 

 

 妹紅はもう片方の腕を手刀に変え、そのまま槍のように体に突き刺そうとする。ゲンムはその攻撃を足の膝を曲げてそのまま上げることによって、手刀を上に弾く。

 その間にゲンムももう片方のガシャコンスパローで妹紅の首元――頸動脈を狙い斜めに振るう。

 

 

「クソっ!」

 

 

 咄嗟に腕を盾にし、首を守る妹紅。

 結果として、腕は断ち斬られたが、何とか首を守ることはできた結果だ。

 そのまま妹紅は足蹴りをし、自身からゲンムを突き放す。

 

 

「これくらい、屁でもねぇんだよ…!」

 

 

 妹紅の傷跡に、炎が灯り、炎が消失するとともに、腕が元通りになった。

 対してゲンムは、ゆっくりと、足の力のみで体全体を起こす。まるでゾンビだ。

 

 

『…『蓬莱人』の再生能力、そこまでだったか…?』

 

 

 ここで、一つゲンムは疑問が浮かんだ。

 それは妹紅の再生能力。

 『蓬莱人』の本体は『魂』だ。『蓬莱人』の魂は永久不滅であり、その肉体が滅んでも、どこにでも新しい肉体を再構築することができる存在。

 だが、身体能力が強化されているわけではないので、怪我したら痛いし焼かれたら熱く感じ、気力にも限界があるのでいくらでも戦い続けられる訳ではないため、必ず限界がある。

 そして、今ゲンムが言いたいのは、『蓬莱人』にそこまでの再生能力が存在するか、だ。

 いくら不老不死とは限界が存在するその体では、再生に時間がかかるはずだ。

 『蓬莱人』の肉体は、『再生』するのではなく『再誕』するのだ。ここまで早いなんて情報はなかった。

 それに、まるで自身の四肢を犠牲にすることを、なんの躊躇もなく行っている。

 『蓬莱人』は痛みは存在しているのだ。

 だからこそ、この時点で、痛みをすんなりと受け入れるその度胸が、おかしいのだ。

 

 

「なに言ってんのか知らねぇが、とりあえず黙りな!」

 

 

 妹紅がお札を取り出し、炎を纏わせて投擲する。

 ゲンムはその攻撃を受け続けたまま妹紅へと接近する。

 

 

「かかったな!」

 

『は…?――ッ!!』

 

 

 突如、ゲンムの体が爆発し、ゲンムが膝から崩れ落ちる。

 妹紅の顔に、嘲笑が漏れる。

 

 

「あのお札には、触れたら妖力が吸着して、数秒後に爆発するようになってんだよ。残念だったな。まぁ、この私に喧嘩売ったんだ。死ぬのは覚悟して――」

 

『残念。死なないよ』

 

「なッ!?」

 

 

 ゲンムの声が聞えたと同時に、紫色の禍々しいオーラと共にゾンビのような動きですぐに立ち上がり、復活する。

 先ほどの爆発などもろともせず、無傷で復活した。

 

 

「復活した――!?」

 

『今の俺は、死の瞬間に一時的な無敵状態を再現・維持し、ダメージを受けることがない!!』

 

「それ、マジな(しかばね)じゃねぇか…」

 

『痛覚を持つ貴様と、ダメージを受けない俺、この短い間でも分かる、圧倒的な差!誰が有利かは、一目瞭然だろ?』

 

 

 そう、『蓬莱人』の特性として先ほども述べた通り、『魂を依り代に肉体を再誕させる』と言う特性を持っている。

 今魂が定着している体が死んでも、『蓬莱人』は魂が死ぬことがない。魂を基準に、どこにでも体を『再誕』させることのできる、特性だ。

 だが、弱点が存在し、『不老不死』であり、大怪我をしても数日で全回復する『再生』すると言うこと以外、人間となんら変わらないのだ。

 怪我をすれば痛覚を感じ、空腹感もあり、睡眠欲もあり、体は凍死したりする。ただ、肉体が死んでも本人は死なないというだけ。

 

 それに対し、【仮面ライダーゲンム・ゾンビゲーマー】は【仮面ライダースカル】と同等の、『体が死んでいる状態』を常に維持している状態なため、痛覚も、空腹感も、睡眠欲も、死ぬこともない。正に無敵の存在。

 

 だからこそ、この圧倒的な差があるからこそ、『蓬莱人』の特性を理解しているからこそ、ゲンムはこの戦いでの勝利を確信していた。

 だが、この予想の結果は、ありえない結末で、覆された。

 

 

「ふ、ふふ、フフフフフ、アハハハハハ!!!」

 

 

 突如、妹紅は狂ったように笑い出した。

 その狂った笑いに、ゲンムは戸惑いを隠せない。

 

 

『―――何が可笑しい?』

 

「いやぁさ。お前、『ホウライジン』のこと、勘違いしてるだろ?」

 

『は?』

 

 

 妹紅の言葉に、ゲンムは言葉を失う。

 勘違いとはどういうことだろうか?そもそも、この情報は地球(ほし)の本棚から知った情報であり、この情報は絶対だ。それが蓬莱人だ。あの本棚に、嘘の情報など乗っているはずがない。

 なのに、今妹紅は『蓬莱人』の特性を、勘違いしているといった。

 つまり、彼女の方が『蓬莱人』の特性を勘違いしていると言うことになる。

 

 

『お前、急なにを言い出すかと思えば…それが『蓬莱人』だろ?』

 

「いいや、違う。まずあんたは言ったな。『ホウライジン』には痛覚があるって」

 

『あぁそうだ。『蓬莱人』は『不老不死』ではあるがそれ以外はなんら人間と変わりはない』

 

「―――嘘だな」

 

『嘘だと?』

 

 

 ゲンムの言葉を、妹紅は『嘘』と言い切った。地球(ほし)の本棚からの、確実的な情報を。

 これでは本格的に彼女の中の『蓬莱人』が何なのか、知りたくなってくる。

 

 

『嘘とは、どういう意味だ?』

 

ないんだよ。痛覚なんてなぁ!」

 

『ッ!?』

 

 

 妹紅の発言に、ゲンムの思考が、停止する。

 そんなはずがない。

 大前提として先ほど述べた通り、『蓬莱人』には『不老不死』と言うこと以外、人間と変わらない。だが、彼女は痛覚を感じていないと言った。

 それを考えてみれば、先ほどの行動にも合致した。

 痛覚がなければ、当然痛みに対する忌避感も存在しない。それゆえに、あのような自傷行為が可能だったのだ。

 

 

『そんなはずは!『蓬莱人』の特性に、痛覚がないなんてことはありえない!』

 

「現にそうなんだよ!―――さて、もう茶番は(しま)いだ。私には、『ホウライジン』の《特性》である《痛覚無効》と《再生》がある!条件はあんたと揃ってんだよぉ!」

 

『―――前提が、狂ってる…』

 

 

 頭の整理が追いつかないゲンムを差し置いて、妹紅は言葉を続ける。

 

 

「同じ不死同士、仲良く遊ぼう(殺そう)ぜ」

 

 

 妹紅は自らを炎で包み込み、ゲンムへと突撃していった。

 今ここで、『蓬莱人』の理念が崩れた『ホウライジン』と、『不死の怪物』による戦いが、第二ラウンドへと突入したのであった。

 

 




仮面ライダーゲンム・ゾンビゲーマー CV【岩永徹也】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 ホウライジン

 赤く、紅く、朱く燃える炎が、辺り一帯を焼き尽くす。

 ゾンビは、炎に燃えながら、焼かれながらも、その炎を操る術者へと、武器を握って振り下ろす。

 燃え盛る手で、その武器を直接掴み、血が垂れる。

 

 

『ハァアア!!』

 

「アァアアア!!」

 

 

 炎を操る彼女―――【藤原妹紅】。

 彼女は『蓬莱人』――ではなく、『ホウライジン』だ。

 『ホウライジン』である彼女は、まずその特性である『痛覚無効』を用いて、痛みを完全に無視して、目の前の敵へと攻撃を行う。

 その敵、【仮面ライダーゲンム】は、鎌状の武器、【ガシャコンスパロー】を用いて妹紅へと猛攻を続ける。

 お互い、死ぬことがなく、痛覚もない体。その攻撃が止むことはなかった。

 

 

「砕けろ!」

 

 

 妹紅が片足を上げると、膝がゲンムの顎に直撃し、鈍い音が響く。

 体制が揺らいだゲンムに対し、妹紅は拳に炎をため込む。そのままゲンムの腹へと直撃し、炎が螺旋状になりながら(うず)まき、拳の威力が向上する。

 竹を巻き込み、砂ぼこりが舞う。すべてを巻き込みながら、遠くへと吹き飛んでいく。

 

 

「ついでにこいつもくらいやがれ!」

 

 

 おかわりと言わんばかりに、妹紅が追加で弾幕を放つ。

 お札型の弾幕が放たれ、ゲンムが吹き飛ばされた場所へと向かって行く。

 

 

ギリギリクリティカルフィニッシュ !

 

 

 遥か遠くから、二対の紫色の斬撃が、ブーメランのように飛び、弾幕をすべて破壊していく。

 そのまま斬撃は妹紅へと直撃し、彼女の体が真っ二つに斬り裂かれる――と同時に彼女の体が灰燼(かいじん)と化す。

 そして、何もないところから、彼女が、【藤原妹紅】が『再誕』した。

 

 

「おらぁ!!」

 

 

 勢いのある声とともに、妹紅は地面を駆け、ゲンムへ向けて爆走する。

 すると、それと同時に紫色の矢の形状のエネルギー体が妹紅めがけて多数発射される。

 乱射なために、大多数の矢はそのまま妹紅を避けていくが、それでも複数の矢は妹紅に当たるような軌道だ。

 妹紅は腕に炎を纏った状態でその矢のほとんどを弾く。だが、すべてとはいかずに所々、服が血で滲んでいる。

 

 それでも妹紅が走り続けると、ようやくゲンムの姿が見えてくる。

 先ほどのガシャコンスパローを弓モードに変えて、発射していたようだ。

 

 

『だったら次はこれだ』

 

 

 ゲンムはガシャコンスパローを投げ捨て、【ガシャコンバグヴァイザー】を腕に取り付け、【チェーンソーモード】にし、ゲンムも妹紅に向かって疾走する。

 すると、妹紅は炎を形作っていき、『剣』を、作り出した。

 その剣と、エネルギーの刃の部分がぶつかり合う。

 

 

『剣だと…?俺の調べじゃ、お前は剣を使わなかったはずだ!』

 

「何百年前の情報だよ!私はなぁ、強くなるためならどんな分野にだって挑戦してきたんだ!」

 

 

 妹紅の剣がバグヴァイザーのエネルギー()を溶かしていく。

 おそらく、今彼女から出ている炎は、エネルギーすらも溶かすほどの炎のようだ。

 だが、これもおかしい。エネルギーを溶かす炎など、出せるのは精々『神の炎』などの常軌を逸した炎のみだ。彼女の炎が、その境地にまで至っているのだろうか?

 

 

「だから今はなぁ、前よりも確実に私は強くなっている!」

 

 

 剣でそのままエネルギー刃を溶かしきり、危険だと感じたゲンムはバグヴァイザーを炎の剣から離す。

 その隙を狙い、妹紅はもう片方の手にも剣を作り、斜めに切り刻んだ。

 

 

『アガッ…!』

 

 

 ゲンムが炎に焼かれながら倒れていくと同時に、紫色のオーラがゲンムを包み込み、再び『復活』を果たす。

 体を起き上がらせる間にバグヴァイザーをビームガンモードへと切り替え、完全に起き上がると同時に妹紅へと連射する。

 咄嗟にそれを見た妹紅は、剣を地面に突き刺して、炎の壁を作り出す。

 エネルギー弾は炎の壁に飲み込まれていき、消滅していく。

 

 

「残念だったな、私の壁を突破することは―――ゴべブッ!!?」

 

 

 瞬間、妹紅は頭蓋を貫かれて死んだ。

 その体は灰燼と化し、上空にて体が『再誕』し、そのまま剣を振りかぶってゲンムへと落下する。

 

 よく見ると、ゲンムは先ほど投げ捨てたはずの【ガシャコンスパロー・弓モード】を持っていた。

 おそらく、先ほどの自身の死はアレの矢で貫かれて死んだのだと、推測した。

 矢なら重力に従ってそのまま落下する。それに加え、壁は真正面にしか張っておらず、自分も目の前が見えていなかった。

 それが今の死の原因だろうと判断した。

 

 

「随分と姑息な真似をしてくれるじゃねぇか!」

 

『殺し合いに、姑息もクソもない!』

 

「そうだなぁ!!」

 

 

 大声を上げながらの妹紅の肯定の言葉と同時に、【ガシャコンスパロー・鎌モード】にし、【ドレミファビートガシャット】を取り出し、ガシャコンスパローにセットする。

 

 

ドレミファクリティカルフィニッシュ !

 

 

 スパローから音波の形をした衝撃波を連続で放ち、妹紅へと直撃させる。

 音の力――振動の力によって切れ味を増幅させた刃はたちまちと妹紅を切り刻んでいた。

 この攻撃は、振動斬撃であり、物理的に存在しないもののために、妹紅の炎でも太刀打ちすることができなかった。

 そして、妹紅の体は再び灰燼と化して先ほどと全く変わらぬ体制の妹紅が上空に姿を現した。

 

 

「何度死んでも、お前に刃は届くんだよ!!スペル発動!!」

 

 

時効「月のいはかさの呪い」

 

 

 妹紅がスペルカードを発動した。

 線状に並んだ米粒弾と青ナイフ弾を回転させながら放出しつつ、横や下から精度の緩い赤ナイフ型ホーミング弾を迫らせる技だ。

 弾幕は数自体が多いため厄介ではあるが、一番面倒なのは、ホーミング弾だ。

 

 ゲンムの特性からすれば、何度当たっても何度も復活するために特に気にすることはないが、ホーミング弾はなんとかしなければ必ず当たるため、その度に反動やら爆発による煙やらで行動が一瞬制限されたり前方が見えなくなると言ったデメリットがある。

 そんな長い間隔(インターバル)を許すなど、死闘は甘くはない。

 

 

『だったら一気に片付ける』

 

 

 ガシャコンスパローを弓モードへと変形し、【ジェットコンバットガシャット】をセットする。

 

 

ジェットクリティカルフィニッシュ!

 

 

 スパローから小型ミサイルを連続で放ち、弾幕――特にホーミング弾を中心に攻撃し、直撃、爆発させる。

 ゲンムはその煙の中から脱出するために空高く飛び、見晴らしをよくする。

 

 

「かかったなぁ!!」

 

『なッ!?』

 

 

 ―――その上空、そこには妹紅が炎を全身に纏った状態で、ゲンムのさらに真上の所にいた。

 ゲンムは気が付いた。これは罠だと。

 完全に妹紅の目論見に嵌まった。ホーミング弾は厄介だろうと判断した自分が、ホーミング弾を重点的に破壊することで、その弾幕が爆発し、見晴らしをよくするために飛ぶと言うことを。

 おそらく、弾幕を放った瞬間から、すでに飛んでいたのだろう。あまりの弾幕の多さで視界が遮られたのが原因だった。

 

 

「死ねぇ!!」

 

 

 右手一点集中。今までとは比べ物にならない程の炎が妹紅の腕に集められ、ジェットエンジンのようにその炎が動力源となり、超加速を生み出す。

 加速と、炎の勢い、それが合わさってとてつもないほどの破壊力が生まれ、勢いよくゲンムは地面と叩きつけられる。

 

 

『グアァアアアア!!!』

 

 

 竹を押しのけて、巨大なクレーターを生み出したゲンムへの衝撃は、予想以上のものだった。

 ピクリとも動かないゲンムの体に、紫色のオーラが纏われ、『復活』する。

 

 『復活』した後、ゲンムは宙へと浮く妹紅へとその複眼を向ける。

 

 

『不死っつーのは、面倒臭い相手だな。今実感したよ』

 

「はッ。それは私も同じさ。不死を相手にするのが、こんなにも面倒なことだなんてね」

 

 

 お互いを笑い合い、侮辱するような言葉が出てくる。

 そして、ゲンムはガシャコンスパローを、妹紅は自らに炎を纏う。

 

 

『「だったら殺しまくる!!」』

 

 

 お互いの声が被さり、それと同時に動き、お互いの攻撃が衝突しあう。

 ゲンムのガシャコンスパローの刃の片方を投げ、妹紅に傷をつけようと迫る。その刃を妹紅は自らが持つ剣で弾き、スパローは天に舞う。

 すかさずゲンムがもう片方のスパローで妹紅を斬りつけようするとが、その間に、妹紅は足に炎を纏い、それを形作っていき、やがて炎の鳥の足の鉤爪ができあがる。

 鉤爪でゲンムを拘束する。

 

 

『クソっ!』

 

「吹っ飛びやがれえ!!」

 

 

 ゲンムを上空へと吹き飛ばす。その間にもお札型の弾幕や炎弾を放ち、抵抗する暇など与えない、さらなる追撃を与えた。

 背中に炎の羽を生やし、炎の力を用いて上昇気流を生み出し、上昇速度をさらに加速させる。

 上昇しながら、お札を手に構える。

 

 

「どこだ、屍野郎……!」

 

 

 遥か上空、妹紅はそこで止まり、左右上下を見渡す。

 先ほど同じようにゲンムを上空から奇襲をしかけたように、同じ方法で奇襲を仕掛けられる可能性があったからだ。

 だが、上にはいない。かなり遠くに飛ばしたため、もしかしたらまだ肉眼で見えないだけかもしれないが、警戒は怠らない。

 

 

「必ずどこかにいるはずだ…。逃げたワケでもあるまいし」

 

 

 妹紅はあえて、ゲンムが、究極の闇が逃げたと言う可能性を捨てきっていた。

 今日が合うのが、戦うのは初めてだ。それに、奇襲を仕掛けられた。あの場には自身以外誰もいなかった。完全に気配を遮断されたうえでの奇襲だった。

 奇襲を仕掛けた時点で卑怯者だと思っているが、それでも、逃げないということだけは、なぜかわかっていた。これも、生死をかけた戦いをしたものが、通ずるものなのかもしれない。

 

 

「どこだ…どこにいる…?」

 

『こっちだァアアア!!!』

 

「そこかッ!!」

 

 

 聞こえたゲンムの叫びに、妹紅は即座に反応する。やはり逃げてなどいなかった。

 声が聞えた方向、それは上でも、下でも、右でも、左でも、前からでも、後ろからでもなかった。

 斜めだ。

 

 ゲンムは黒いオーラを纏い、キックを体制を取っていた。

 つまりは、『ライダーキック』だ。

 

 

『ハァアアア!!』

 

「上下左右でも前後でもなく、斜めから来るたぁ予想外だったが、馬鹿正直に叫んでくれたおかげで場所は特定できた!」

 

 

不死「火の鳥-鳳翼天翔(ほうよくてんしょう)-」

 

 

 妹紅から火の鳥を模した炎弾の塊が赤い弾を残しながら飛んでいく。

 赤い弾はそのまま止まり、炎弾の塊が何度か飛んでいくごとに、一斉にゲンムへと向かって行く。

 

 弾幕がゲンムに被弾する。

 一撃必殺のゲンムと、多撃必殺の妹紅。どちらが有利なのかは、わかり切っていた。

 当然、妹紅だ。

 

 何度も被弾して、一撃必殺のためのエネルギーを弾幕処理のために使われているだろう。

 耐えてもエネルギーはほぼ使い切ってる。耐えなかったらそのまま落ちる。

 どちらになっても妹紅には良い結果だ。

 

 

「多勢に無勢って奴だな…。使い方合ってたっけ?」

 

 

 これで勝てるだろうと思える。だが、相手も不死。何度だって復活する。

 いい加減無力化しなければ、この戦いも永遠に続く。

 

 

「私の力は拘束には向いてねぇし…。せめて別の誰かが来てくれたら…」

 

 

 妹紅の力は完全なアタッカータイプ。

 拘束などは得意としていない。せめて【博麗の巫女】の封印術さえあれば……と妹紅は考える。

 だが、本当にここまで騒ぎを起こして、誰一人来ないのは不自然だ。様子見で、誰かくればいいのだが、誰も来ていない。

 それを妹紅は不自然に思ってしまうが、今は目の前の敵に集中だと、今だに弾幕が被弾している場面に目を向ける。

 

 

「―――にしても、やけに耐えるな。まぁこのくらい耐えるくらいじゃないと、世界の敵名乗ってるわけねぇからな」

 

 

 もうそろそろで、スペルカードの持続時間が切れそうだ。

 それでも、かなり相手のエネルギーを()がれたはずだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 だが、その思いは、計算は、微塵も残らず破壊された。

 

 

『ハァアアアア!!』

 

 

 ゲンムが、そのまま煙を抜けて妹紅へとその攻撃を加えようと、迫っていきてた。

 何度も被弾して、力が削がれたはずだった。それなのに、力が衰えていない。

 

 

「ま、まさか!!」

 

 

 そこで、妹紅は気付いた。

 最初から、()()()()()()()()()()のだ、ゲンムは。

 己の不死性を利用し、なんども被弾して、体を抉られて、削られて、削がれて、貫かれて死んで、そしてまた必殺技を繰り出す。それを何度も繰り返していたのなら―――!

 

 呆ける妹紅を無視して、ゲンムの蹴りはさらに突き進む。

 

 

「クソっ!」

 

 

 妹紅は炎で『弓矢』を作り、火炎の矢を放つ。

 矢は真っ直ぐに、その勢いを衰えることなく進んでいく。その矢は、ゲンムの頭を貫き――紫のオーラを纏い、再び復活する。

 それに焦りを感じた妹紅は、炎で周りに矢を作って、それを一斉に放つ。弓で放った時よりも幾分かは威力が落ちるが、それでも牽制くらいにはなる。

 矢が放たれると同時に、妹紅は羽を羽ばたかせゲンムへと突撃する。

 

 

「パゼストバイフェニックス」

 

 

 羽ばたく妹紅の体が、次第に炎を纏った鳥、不死鳥(フェニックス)へとその身を変化、変身させる。

 その両翼に乗る魔法陣から次々に弾幕を出現させ、ゲンムへと迫る。

 

 

―――そして、技が、炸裂する。

 

 

クリティカルエンド!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 二つの死体が、宙から落ちる。

 一つは、黒と白を基準とした、アーマーを装備している者だ。だが、そのアーマー――鎧は焼き焦げてボロボロになっており、四肢も折れ曲がったりと言った部分があった。

 もう一つは、白い服と、白く長い髪の少女だ。その少女の体は、戦闘跡がくっきりと残っており、四肢が折れ曲がり、なかったりもした。

 鎧の戦士よりも、酷い有様だった。

 

 しばらくの沈黙が続いた後、二つの死体に、変化が起こる。

 

 

 まず最初は、鎧の戦士の方だ。

 鎧の戦士から、紫色のオーラが身を纏った。

 治癒能力があるのか。そのオーラは折れ曲がった手を元の定位置に戻し、ボロボロで焼け焦げたアーマーが、元の白の色を取り戻していった。

 そのすべてが目立たなくなったとき、死体の手がピクリと動いた。

 やがてそれは全身にまで至り、死体は膝の力のみでゆっくりと立ちあがり、生き返った。

 

 そして、もう一人の白髪の少女。

 少女の体は、ゆっくりと、灰となって朽ちていく。やがて、そこには最初からなにもなかったように灰すらも消えて行った。

 その代わりに、その場所に炎が柱のようになって現れる。

 その炎は人の形を作っていき、その炎が霧散すると、先程の少女が、無傷の状態で、復活した。『再誕』したのだ。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

『――――――』

 

 

 見てみると、少女は疲弊しきった様子だ。

 その逆で、鎧の戦士は無口のまま。

 

 

『―――疲労が、溜まってきたか。藤原妹紅』

 

「まだ、やれるさ…」

 

 

 彼女、【藤原妹紅】は、汗をかきながら、鋭い目で目の前の鎧の戦士――ゲンムを見る。

 ゲンムは、疲れている様子はない。

 そして、ゲンムがさらに言葉を続ける。

 

 

『今まで、考えていた』

 

「なにを…?」

 

『俺の知っている『蓬莱人』と、お前の言っている『ホウライジン』。その違いは、『痛覚』の有無と、驚異的な『再生能力』。この二つだ』

 

「それが、どうしたんだよ…」

 

『だが、それ以外は人間となんら変わらないとしたら。もちろん、『疲労』だって、溜まるよな?』

 

「ッ!!」

 

 

 ここに来て、ようやくゲンムの意図と目的が分かった。

 初めから、狙っていたのだ。妹紅が『疲労』するのを――。

 

 だが、同時に疑問も発生していた。

 妹紅の体は何度も『再誕』しているために、疲労もまたリスタートするはずだ。

 それなのに、妹紅の体は現に疲れていた。身体は動く、なのになぜ、疲れが現れているのか、それが分からなかった。

 

 

『本当に、魂に馴染んできたようだな、ウイルスが』

 

「―――!?どういうことだ!?」

 

『『バグスターウイルス』。通称ゲーム病。放置すれば死に至る病気だ』

 

「なッ――!?」

 

 

 つまり、妹紅は病気にかかったのだ。

 その事実に、驚愕して、声も出ない妹紅。

 

 

「そんなもの、いつ…!」

 

『これだよ』

 

 

 そう言ってゲンムは自身のベルト――に装着されている【ガシャコンバグヴァイザー】に触れる。

 

 

『これには、今言ったウイルスをまき散らす効果がある』

 

「なんだと……!?」

 

 

 妹紅は思い出す。あの時だ。あの武器で弾幕を発射していた時、それと一緒にウイルスをまき散らしていたんだ。

 だが、『ホウライジン』である自分がウイルスに感染するというよりも、妹紅は別の心配をしていた。

 

 

「それが、幻想郷中にばら撒かれたら…!」

 

 

 世界が、終わる。

 今まで聞いたことのない新種のウイルスだ。それに、『ホウライジン』である自分にさえ効いているんだ。常人が感染したら、とんでもないことになる。

 

 

『あぁ、安心しろ。このウイルスは幻想郷中にばら撒かないようにしている』

 

 

 ゲンム―――零夜の能力、【繋ぎ離す程度の能力】で、これ以上ゲーム病が散らばらないよう、制御している。

 だが、そんなことを知る由もない妹紅は、また違う疑問を抱いた。

 

 

「お前、の、目的、は…世界の破壊、だろ?なんで、その、ウイルスで、滅ぼそうとしない…?」

 

 

 そう、【究極の闇】が世界を滅ぼそうとしているのなら、このウイルスを使えば、ゆっくりと滅ぼすことが可能だ。

 それなのに、何故それをしないのか?

 

 

『バカか。八雲紫にウイルス発生時の境界を弄られたらそれで終わりだ』

 

「―――――」

 

『……ちなみに、もう一つ教えてやる』

 

「―――?」

 

『ゲーム病にかかったが最後、死んだもののデータ―――情報は、『最期の瞬間のまま永遠に固定』される』

 

「それは…!」

 

 

 最期の瞬間のまま永遠に固定される。これは妹紅にとって、最悪の意味現していた。

 いや、それは妹紅には限らない。普通、死は一回だけなのだから。

 だが、妹紅にとって最悪だと言うのは、『永遠に固定』と言う部分だ。

 つまり、もう一回死ねば『体』がそのままで固定されて、身動くが取れなくなってしまう。『魂』が生きていて『体』は固定され動けないと言う、地獄が続くことを意味しているのだ。

 

 

『さて、そろそろ終いにしよう』

 

「待て、待て、待って…!!」

 

 

 その時、妹紅はゲンムに悲願した。『死』を恐れたのだ。それは肉体的な『死』ではなく、自身に迫る精神的な『死』を直感して。

 動けない、動かせない、なにもできないと言う地獄が、死んでしまえば永遠に彼女を襲う。

 それを、彼女は『ホウライジン』である藤原妹紅は、『ホウライジン』になって、初めて『死』を恐怖した

 

 

『死慣れてるだろ?だから死ね』

 

 

 妹紅の悲痛な叫びを聞かずに、ゲンムはバグルドライバーのABのボタンを同時に押し、待機状態にした後、Bボタンを押す。

 無数の黒い影が妹紅を囲むように出現し、妹紅を拘束する。

 

 

「う、あ、うあぁあ…!!」

 

 

 恐怖で声が出ないとは、まさにこのことだろう。

 妹紅は両目の視界を濡らしながら、まだ見える、光へと手を伸ばす。だが、その視界も、黒い影に飲み込まれ、すべてが闇に包まれ、そして――――

 

 

クリティカルデッド!

 

 

「―――――――ッ!!!」

 

 

 

―――妹紅が、何かを叫びながら、爆散する。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

『―――「終わったか」

 

 

 ゲンムは零夜に戻り、事の終わりを見届ける。

 先ほどと同じように、妹紅が爆散した場所から、炎が舞い上がり、そこから一人の少女が生まれた。

 その少女は、ただ直立して立ち、ただなにかを言っているだけだ。

 

 

「輝夜。輝夜。輝夜。輝夜―――」

 

「―――輝夜?」

 

 

 直立したままの少女、妹紅はただひたすら「輝夜」と連呼しているだけだ。

 バグスターウイルスに感染して死んでいったものの末路、『最期の瞬間のまま永遠に固定される』と言う特性。その結果が、「輝夜」と連呼する今の妹紅。

 彼女は断末魔で、「輝夜」と叫んでいたのだ。

 

 

「なんで、【蓬莱山輝夜】の名前を…?」

 

 

 本来の歴史(原作)ならば、彼女は幻想郷に到着したあとしばらくしたら、輝夜と再会する。と言うシナリオだ。

 だが、今はそんなことは関係ない。彼女がどうして断末魔の代わりに輝夜の名を叫んでいたのか、それはもう分からないことだ。

 なにせ、もう彼女は実質的に『病死』したのだから。

 

 妹紅を爆死させてしまえば、再び復活する。

 それでは意味がないのだ。だからこそ、影が爆発する直前、影に大量のバグスターウイルスを付着させて、彼女を病死させた。

 そして、今の妹紅が出来上がっている。

 『蓬莱人』はその体が病に侵されることはないが、『ホウライジン』である彼女ならなんとかなるかもしれないと思った結果、当たりであった。

 ただもしかしたらバグスターウイルスが例外過ぎて『ホウライジン』ですら対処しきれなかっただけかもしれないが。

 

 

「―――つっても、今はもう分からねぇか。―――分からないと言やぁ、結局誰が妹紅を奇襲したんだ?」

 

 

 根本的なこの戦いの原因は、妹紅が自身を始めて殺したのは、究極の闇(零夜)だと勘違いしたからだ。

 結局、誰が妹紅を攻撃したのかも謎だ。

 

 

「まぁそれも後々片付けるとして。さて、と―――」

 

 

 零夜は先ほどまでボロボロだった竹林を見る。

 倒壊した竹の根本が様々ありながらも、すでに新しい竹が一軒家以上の高さまで無数に生えていた。

 何度も見てきた竹の生え変わり。完全に迷ったことになる。

 

 

「まぁ、普通にオーロラカーテンで帰れるんだが…」

 

 

 オーロラカーテンは自由自在にどんなところにでも行ける。

 オーロラカーテンで永遠亭に直行できればそれでいいのだが、それができない理由があった。

 その理由は単純。まだ使い慣れておらず、普通に特定の場所へつなげることができないのだ。要は修練不足である。

 普通に使う機会が少なかったため、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 今の零夜では実際に行ったことのある場所、世界、時間にしか()ぶことができない。

 

 

「今はそんなこといいか。まだ帰るつもりねぇし」

 

 

 零夜は一呼吸おいて、もう一度口を開く。

 

 

「だから、お前も帰るとか、ぬかさないよなぁ―――【因幡てゐ】?」

 

「ひっ―――」

 

 

 竹林の中、零夜はそう呟き、その返答が帰って来た。小さな悲鳴と言う形で。

 竹林の間からその身をヒョコっと出している少女が今、そこにいた。

 その少女は癖っ毛の短めな黒髪と、ふわふわなウサミミ、もふもふなウサ尻尾を持ち、服は桃色で、裾に赤い縫い目のある半袖ワンピースを着用している少女だ。

 零夜が言った通り、この少女の名前は【因幡てゐ】。この地に住んでいる、兎妖怪。そして―――この『迷いの竹林』の自称主。

 

 騒ぎを聞きつけてここに来たのかもしれない。だからこそ、都合が良かった。

 

 

「お前の知ってること、全部吐いてもらおうか」

 

「に、逃げるが勝ちぃいいいい!!!」

 

 

 危機察知能力が高いのか、ただ単に恐れをなして逃げたのか、どちらかは分からないが、探していた人物を逃すほど零夜も甘くはない。

 てゐの倍以上の速度ですぐさまてゐに追いつき、裾を持ち上げて顔を見合わせる。

 零夜の顔はフードで見えないが、てゐの顔は恐怖が刻まれていた。

 

 

「なななな、なんでここに…」

 

「黙れ」

 

 

 零夜の一言で黙るてゐ。

 

 

「お前は今から俺の出す質問に素直に答えればいい。嘘や虚言は死に繋がると知れ」

 

「は、はい。分かりました…」

 

 

「それじゃあ、まず最初に聞く。―――【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】はなにをしている?」

 

「―――――」

 

 

 今まで、一番気になっていた、合ったら確実に聞いておきたかったこの質問。

 ずっと待ってもこなかった異変。その首謀者は一体何をしているのか?

 イレギュラーによって誘拐された?監禁された?

 この疑問を解消する時が、今来たのだ。

 

 零夜がてゐに質問してから数秒。

 てゐは緊迫した表情のまま、固まったままだ。

 

 

「おい、聞いてるのか?その二人はなにをしているかって聞いてるんだ」

 

「あ、あの……非常に申し訳にくいのですが―――」

 

「は?」

 

 

 てゐは口ごもってなかなか言い出そうとしない。

 なにやら焦っているようだが、その意図が零夜には分からない。

 

 

「いいから話せ」

 

「は、はいぃ!!あの、えっと、その――――」

 

 

 恐怖や困惑、焦りを孕んでいた表情のまま、てゐはその内容を、言葉を口にした。

 零夜の脳内の許容量を超えて、想像を遥かに上回る形で、その言葉は放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――カグヤとエイリンって、誰のことですか?」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 イナバの兎


 2021/08/21
 パラドクス→アナザーパラドクス に変更。


―――カグヤとエイリンって、誰のことですか?

 

 そのてゐの言葉に、零夜の頭の許容量を軽く超え、頭がショートする。

 情報の許容範囲を超えたのだ。

 

 

「おい、嘘つくなっつたよな?」

 

「いえいえいえ!!本当にそんな人たち知らないんですって!!」

 

「―――――」

 

 

 てゐの焦り方を見ると、どう嘘をついているようには思えない。

 だが、それも信じられない。

 

 そこで零夜は思い出した。

 この妖怪は幻想郷の中で最古の妖怪の一人。

 つまりは昔のことを知っている。だからこそ、知っているはずだ。【竹取物語】の起源となった出来事を。

 

 【竹取物語】は【かぐや姫】―――蓬莱山輝夜が主役の物語。

 かぐや姫の物語では、かぐや姫は(みかど)の耳に届くほど広まっていた。だからこそ、この妖怪の耳に届いているはずだ。

 

 

「じゃあ、『かぐや姫』、この名は知っているか?」

 

「そ、それなら……。昔、数百年くらい前に絶世の美女が竹から生まれたって聞いたことが―――」

 

 

 それは零夜の知っている【竹取物語】の内容と一致している。

 それを知り、零夜はさらに質問を続ける。この世界の本来の歴史(原作)の内容に沿って。

 

 

「で、そのかぐや姫はどうした?」

 

「つ、月に帰ったって聞いてます!どうやら、かぐや姫は元々月が出身だったとか!」

 

「――――」

 

 

 てゐが【輝夜】と【永琳】のことを知らない以外は、どうやら通常の、本来の知識だ。

 だが、その二人を知らないと言うこと自体が問題だ。

 てゐと二人の出会いを考えれば、考えられる可能性はただ一つ―――。

 

 

「まさか、本当に月に帰ったのか―――?」

 

 

 ありえない。零夜の頭にこの一言がよぎった。

 だって、【蓬莱山輝夜】は月での『怠惰』な生活を嫌っていたはずだ。何一つ『変化』がない、変わることを『拒絶』した、あの『怠惰』な世界から抜け出したかった。それが『原作』での内容だ。

 それに、【八意永琳】は何よりも輝夜のことを優先する人物。輝夜の命令に、願いに従わないはずがない。

 確実に、なにかが、否、全てが違った。

 

 

「―――イレギュラーか?」

 

「――――?」

 

 

 これがイレギュラー(転生者)の仕業であるのなら、相当面倒なことになった。

 これまでの情報を集めると、変化が起きたのは『現代』ではなく『過去』。変えられてしまったその過去を、零夜には変える(すべ)はない。

 

 

「くっそ!こうならオーロラカーテンの鍛錬をちゃんとしておくベきだった――!」

 

 

 オーロラカーテンが万全の状態であれば、すぐにでも『過去』に行けただろう。

 だが、今の零夜のオーロラカーテンでは行ったことのある場所にしか行くことができない。己の修練不足を悔やんだ。

 

 

「悔やんでも仕方ねぇか…。おい」

 

「は、はいぃ!!」

 

「この付近に、建物はあるか?」

 

「あ、あります…」

 

「詳しく教えろ」

 

「わ、私とイナバたちが使っているボロ屋で…雨風凌げると言う理由で使っています…はい…」

 

 

 そのボロ屋、間違いなく『永遠亭』になるべき場所だったところだ。

 二人がいない今、あの場所はイナバのたまり場になっているらしい。

 

 

「そこに案内しろ」

 

「えっ!?そ、そこにどんな御用が「殺されたいのか?」素直に案内します!!」

 

 

 殺気混じりの威圧を放ち、素直になったてゐは零夜に襟を摑まれながら、その場所へと案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 てゐの案内を受け、歩くこと10分ほど。

 一軒のボロ屋が見えてきた。木製の作りなのだが、そのほとんどが風化しており、廃屋同然だ。

 よくこんな場所で住もうと思ったほどだ。

 

 

「結構ボロだな。こんなとこで住んでるのか?」

 

「所々、直してますけど…」

 

 

 てゐは直していると言ってはいるが、それでもボロボロな部分が目立ち過ぎた。

 零夜は中に入ると同時に、複数の気配が自分から離れていくのを感じた。

 おそらく、ここを根城としているイナバたちだろう。

 

 

「お仲間は全員逃げたようだな」

 

「うぅ……」

 

 

 圧倒的強者を前にして、逃げることは決して恥ずかしいことでもなく、正しい判断だ。

 誰もいなくなった廃屋を、一匹の兎を連れたまま歩く。

 どこもかしこもボロボロで、とても住めるような場所だとはとても思えない。

 

 

「なんでこんな―――」

 

「あの…私は、こ、これからどうなるんですかね…?」

 

「ん?あぁそういえば忘れてたな」

 

 

 一瞬零夜の頭に『殺』と言う文字が浮かんだが、これは取り消した。

 だが、殺す理由もなければ生かす理由もない。理由もなしに殺しはできるだけしたくはない。

 しばらく考え、適当なところで解放することにした。

 

 

「とりま、一旦外に出るか」

 

「――――」

 

 

 収穫なしと判断した零夜は、廃屋の外に出る。

 そこに広がるのは、先ほどと変わらぬ、竹林の数々。

 

 

「まず、どうするべきか―――」

 

 

 ここまで来て、分かったことを上げるとすれば、

 

・幻想郷に輝夜と永琳はいなかった。

・その原因がイレギュラー(転生者)である可能性がある。

 

 この二つだ。

 そもそも、『永夜異変』の首謀者である二人がいない以上、異変が起きないのは当然だった。

 いや、その可能性は考慮していたが、あくまで『誘拐』や『監禁』の可能性を考えていただけで、最初からいなかったと言う可能性は、考えていなかった。

 だが、『二人がいなくなった』理由、それは『竹取物語』が鍵なのではないかと言う可能性も浮上した。

 そして問題は、その『竹取物語の時代』に行く手段がない。

 

 自身のオーロラカーテンでは過去に()ぶことができない。

 【タイムマジーン】などはそもそも持っていない。

 【ネガライナー】や【ガオウライナーキバ】などは所持しているが、【ネガライナー】の場合は細かい時間設定がないと過去へ行くことができない。

 【ガオウライナーキバ】はどんな時間にも行き来することができるが、操作に慣れていないと言うか一度も操作したことがないので下手(へた)すれば『時間』ごと喰べて『歴史』を消滅させてしまう可能性があるので、危険すぎて使えない。

 要するに、万事休す。

 

 

「―――最悪だ」

 

 

 もういっそのこと『永夜異変』は飛ばしてしまおうか?

 そもそもあの異変は『夜』が終わらない異変と『月』が偽物にすり替えられる異変、この二つ合わせて『永夜異変』だ。

 実害があるのは『月』がすり替えられる異変のみ。『夜』が終わらない異変も実害はあるにはあるが、大したものではない。

 『月』の光に依存する妖怪にとって、偽物にすり替えられたのは死活問題らしい。だから『夜』を止めたと『原作』の【八雲紫】は語っているが、もうそれは、する必要ないことだ。

 

 

「――いや、でも『偽物の月』は欲しいんだよな…」

 

 

 『月』の光に依存する妖怪たちにとって、『偽物の月』は敵の妖怪に多大な混乱を与えるため、できれば欲しいところだ。

 だが、時間を飛ぶ方法がない。

 結局は、最初に戻ってしまった。

 

 

 閑話休題(話を戻して)

 

 

 まず、どうして【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】が幻想郷に居ないのか、その理由を知る必要がある。

 無策で突っ走るのは愚策だ。

 だが、一つ分かっていることがある。それは『二人の居場所』。

 

 

「―――月」

 

 

 『月』だ。

 まず、その考えに至った理由は単純だ。

 『月』は二人の住んでいた場所でもあるし、実際、【竹取物語】でも月から迎えが来ていた。その迎えの名が『月の使者』。

 だが、『原作』から考えれば、【永琳】の助力で『月の使者』からは逃げられていたはずだ。だが、いないと考えると、捕まったと考えていいだろう。

 そう考えると、『月の使者』の中に、イレギュラー(転生者)がいる可能性がある。

 

 

「だが、月も行ったことねぇしな」

 

 

 先ほども述べた通り、今の零夜では行ったことのある場所にしかワープできない。

 結局、また振り出しに―――

 

 

 

「はぁ!!」

 

 

 

―――突如、何者かから攻撃を受ける。

 すぐさま後ろに飛んでその攻撃を回避し、零夜は砂煙の奥にいる襲撃者を睨む。

 

 

「誰だ――!」

 

「この声は!」

 

「その手を放しなさい!」

 

 

 煙ごしから聞こえる女性の声。

 その声の主を、てゐは知っているようだ。

 

 煙が晴れ、視界が良好になっていく。

 そして、そこにいたのは、一人のうさ耳の少女だった。

 足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪、紅い瞳。頭にはヨレヨレのうさ耳があり、女子高生のツーピース制服を着用している少女。

 

 

「【レイセン】ッ!!」

 

「今助けます!」

 

 

 そこにいたのは、【レイセン】と言う名の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「―――レイセン?」

 

 

 そう呼ばれた少女を、零夜はフードで隠れた目で見る。

 彼女がここに?いや、『原作』の『設定』を考えれば説明がつく。

 

 彼女の『設定』は、元々は月に住まう『玉兎』と言う種族だったのだが、現在は月から逃げ出して幻想郷にある永遠亭で暮らしている―――と言う『設定』だった。

 『月』から逃げ出してきているのだから、ここにいるもの、別に不思議ではなかった。

 と言うより、『輝夜』と『永琳』がいないと言うインパクトが強すぎて、彼女の存在をすっかり忘れていた。

 

 

「レイセンッ!私にまで当てる気だったでしょ!?」

 

「そ、そんなことないですよ!」

 

 

 てゐは自分ごと攻撃を当てる気だったのかと怒り、レイセンはそれを必死に弁解していた。

 

 

「まさか、いや、あそこまで情報があれば、お前がいることくらい分かれたか…」

 

「と、とにかく、てゐさんを離しなさい!不審者!」

 

「ちッ」

 

 

 レイセンに言われる通り、てゐをまるで先ほどの妹紅戦の際に、【ガシャコンスパロー】を投げ捨てたように、乱暴に投げ捨てる。

 てゐは地面に転がり、白いワンピースに泥が付く。

 

 

「てゐさん!」

 

「いてて……。首が痛い…」

 

「――――」

 

 

 レイセンはてゐに駆け寄り、状態を見る。

 

 

「よかった…。どこも怪我してませんね」

 

「あんたバカなの?今投げ捨てられたんだけど」

 

「いや、でも外傷は…」

 

「それでも心の傷がついたの!」

 

「ごごご、ごめんなさい!………あれ、これ私謝る必要――」

 

「おい、そろそろいいか?」

 

 

 もう茶番には付き合ってられないと、零夜が声をかける。

 その声でようやく今の状況に頭が追いついたのか、レイセンはてゐを守るように立つ。

 

 

「てゐさん。ここは私が引き受けますので、お仲間を連れてきてください。そして全員でボコりましょう!」

 

「いや、ここは任せるけどさ、やらないよ?」

 

「―――え?」

 

「そもそも相手は【究極の闇】の一人だよ?私やレイセンごときが勝てるわけないじゃん」

 

「え゛。今、なんて―――」

 

「じゃ、後は任せるねレイセン」

 

 

 てゐはレイセンの言葉を最後まで聞かず、爆弾発言だけを残してすたこらさっさと逃げていった。

 

 

「てゐさ――――ん!!!」」

 

 

 レイセンはてゐが逃げた場所に手を伸ばすが、その手は届くはずもなく、虚無に触れていた。

 しばらくして、レイセンは冷汗をかきながら壊れたブリキのおもちゃのように零夜へと顔を向ける。まさか、自分が喧嘩を売った相手が最悪な存在だと、思わなかったのだろう。

 

 

「え、えーと…、あの、その……」

 

「とりあえず、戦う、ってことでいいよな?」

 

「いえ!私はあなたと戦うつもりなんて―――」

 

「でも、先制攻撃してきたよな?あれを、俺が許すと思うか?」

 

「――――――」

 

 

 レイセンの冷汗の量が増えていく。

 零夜は無駄な戦いは極力しない主義だが、それでも売買された喧嘩は最後まで付き合う。

 例え相手の、戦意があろうがなかろうが。

 

 

 零夜は漆黒の【ガシャットギアデュアルアナザー】を取り出し、そこのついているダイアルを右に回す。

 

 

PERFECT PUZZLE!

 

「なに!?なにこれ!?」

 

 

 ダイヤルを回したと同時に、ゲームフィールドが展開され、辺り一体に色とりどりのメダルが現れる。

 その状況に、ワケが分からず困惑するレイセン。

 

 

What's the next stage?

 

 

「変身」

 

 

DUAL UP!

 

Get the glory in the chain! PERFECT PUZZLE!

 

 

 【仮面ライダーアナザーパラドクス・パズルゲーマー】へと変身した零夜は、レイセンを掌を少し広げた状態で指さし、一言。

 

 

『お前は俺の心を、(たぎ)らせた。覚悟は、もちろん出来てるんだよな?』

 

「いや、あの、ちょ、まっ」

 

『さぁ、闘い(ゲーム)を始めようか!』

 

「厄日だァアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 ―――竹林の中、二つの影が戦っている。

 竹が倒壊し、倒れる。それが何度も何度も続いても、爆発音は鳴りやまない。

 

 

「ひぃいいい!!」

 

『どうした?我武者羅に撃ったって当たるものも当たらないぞ!!』

 

 

 レイセンは、銃弾型の弾幕を四方八方に撃ち続けている。その目は渦巻状で、完全に混乱していた。

 当たり前だ、最悪な敵の相手を押し付けられたのだから。

 いや、そもそも押し付けたと言うよりレイセンが自ら売った喧嘩だ。図式で考えれば不法侵入者を退治すると言うちゃんとした大義名分がある。

 だが、その相手が悪すぎた。

 

 レイセンは今、確実に勝てるはずのない戦いと言う局面に入り、それが今の状況に繋がっている。

 

 

「なんで私がこんな目に……」

 

『それは、自分の胸に聞けば分かるだろうぜ?』

 

 

 アナザーパラドクスは小言をこぼした後、右手を宙に向けて動かす。

 そうすると、先ほどまで空中に浮かんでいたメダルが一斉に、5cm×5㎝に並ぶ。

 それが上下左右に交換されながら動き、特定のメダルが中心に集まる。中心のメダルのみが、アナザーパラドクスに吸収される。

 

 

高速化! ジャンプ強化! マッスル化!

 

 

 赤、青、黄色の三枚のメダル――【エナジーアイテム】がパラドクスに吸収されると同時に、アナザーパラドクスはその場から消える。

 

 

「ど、どこに――ウグッ!?」

 

 

 突如、レイセンの体に痛みが走る。それは一度だけではなく、二度、三度と連続で痛みが発生する。

 そして、レイセンは理解する。アナザーパラドクスは姿を消したのではなく、早すぎて見えないのだ。

 腕をクロスして体を守りながら周囲を見る。レイセンの目に映ったのは、竹が何度も揺らめいている所だ。

 今の天気は快晴で、風などは吹いてはいない。無風状態なのに、何度も竹が揺らめくのは、アナザーパラドクスが周りの竹を足場として使用しているからだ。

 

 

「だったら――!」

 

 

 この痛みが、単なる連続攻撃だと理解したレイセンは、周りに集中する。

 そして――居場所を理解する。

 

 居場所を特定したレイセンはその方向へと弾幕を放ち、

 

 

鋼鉄化!

 

 

 周りに配置してあった灰色のメダルが、とある方向へと向かって行き、そのまま何かに吸収される。

 全方位へと放たれた弾幕が、一部に被弾する。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 追撃と言わんばかりにレイセンは、そこへと一斉放火をする。

 多数の弾幕が放たれると同時に、レイセンの丹田部分に光が収束し、そこからレーザーを放つ。

 先に放った弾幕がいくつか被弾した形跡が出現したが、それも所々で詳しい場所は掴めず、後から放ったレーザーはそのまま竹を貫通する。

 その後に、アナザーパラドクスがようやく肉眼で見えるほどの速さ――と言うより、立ち止まった。

 

 

『――波長を操る能力、随分と厄介だな』

 

「ッ!?私の能力を――!」

 

 

 「何故知っているのか」。この言葉を続けようとしたとき、レイセンは口ごもった。

 今分かっている情報では、【究極の闇】は相手の情報を限りなく収集しているとのことだ。ならば、いつの間にか自分の能力のことも知られていてもおかしくはない、と。

 そして、その能力の内容を知られている可能性があると言うことが、確実に相手が有利であると言う証明だった。

 

 彼女の能力【波長を操る程度の能力】は音、光、電磁波、物質の波動、精神の波動などあらゆる波について、その波長、位相、振幅、方向を操る能力だ。

 光や音の波長を操り幻覚や幻聴を引き起こし、光を収束してレーザーを打ち出したり、精神破壊効果のある弾丸を放ったり、完全に見えなくなったり、逆に分身したり、バリアを張ったり、波長で人妖を感知したり、位相をずらすことで相手と全く干渉しなくなる事も可能である、非常に強力な能力である。

 特に、相手と全く干渉しなくなると言う部分については、霊夢やレイラと同等の力だ。

 これを使用されてしまえば、一たまりもない。

 

 

「あぁ~~!やっぱり私一人でなんか無理ですよぉ~~てゐさ~ん!!」

 

 

 レイセン、心からの叫び。

 確実に勝てない敵の相手を任されたことによる怒りの声だった。

 

 

「ていうか、なんでここまで騒ぎが大きくなってるのに誰も来ないんですか!?」

 

『寝言は寝てから言いなよ!』

 

 

 戦闘音を聞きつけて誰か救援に来てくれることを望むが、現実はそう甘くなく、結局はレイセン一人でのバトルになる。

 

 

 アナザーパラドクスは再びエナジーアイテムが並び、パズルのように移動し、中心のアイテムがアナザーパラドクスに吸収される。

 吸収されたのは、水色と黄色のアイテムだ。

 

 

伸縮化! 高速化! 高速化!

 

 

 エナジーアイテムが吸収されると同時に、アナザーパラドクスの右手がゴムのように伸びる。

 

 

「なにそれ!?」

 

『はぁ!』

 

 

 伸びた右腕を横に薙ぎ払う。当たる瞬間にレイセンはジャンプしてその攻撃を避ける、が、薙ぎ払われた右手はそのまま竹林を巻き込み、多くの竹を倒壊させた。

 そのまま右腕を上空に向けてあげ、レイセンへと追撃する。その一撃は、レイセンの能力でも当たる直前にようやく感知できたもので―――。

 

 

「がッ!」

 

 

 ゴムのような腕に攻撃され、レイセンは小さな悲鳴を上げる。

 そのまま、隙を見せずに何度も連撃を続ける。

 普通、ゴムなどを使用した攻撃は次の攻撃にインターバルがあると思いがちだが、アナザーパラドクスの攻撃にはそのインターバルが存在していなかった。と、いうのも、そのインターバルを補っているのが、単純な速さ。高速的な動きをすることで、インターバルを実質的になかったことにすることを、アナザーパラドクスは可能としていた。

 

 

「これだけでは、私は負けない!」

 

 

 ――突然、アナザーパラドクスの攻撃が、レイセンを通過した。貫通したのだ。そう、まるで宙を斬ったように――。

 レイセンはゆっくりと落下するが、その顔には疲れがにじみ出ているようだった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

『波長を操って、攻撃から逃れたか。だが――』

 

 

 パラドクスがその顔色を見るに、いくらなんでも疲れすぎている。

 確かに今まで連続で攻撃はしてきたが、それでもあそこまで疲れるほどのダメージは与えていないはずだ。と言うよりも、ダメージと疲れはなんの関連性もない。

 と、いうことは、別の要因で疲労していうことになる。

 

 

『お前、なんでそんなに疲れてんだ?』

 

「――――――」

 

 

 レイセンからはなんの返答もない。ただ、無言を貫き通している。

 そして、パラドクスはレイセンの異常の答えに、思考を加速させる。無数の可能性を考え、その中で最も考えられる可能性を導き出した。

 

 

『あぁ、そうか。なるほど、分かったよ』

 

「―――――」

 

 

 一呼吸おいて、その可能性を口にした。

 

 

『お前さ、波長を操って全てから干渉されないようにするのに、相当な精神力を使ってるんだろ?』

 

「―――ッ!!」

 

 

 図星。レイセンの顔に、確実にそう書かれた。

 そして、アナザーパラドクスが導き出したその可能性は、確かにあり得ることだった。

 『相手から干渉されない』と言う能力。それは確かに強力なものだ。だが、その『干渉』されないようにするためには、さまざまなものから『干渉』されないように無数の『節理』『理念』『概念』『理屈』『森羅万象』から『干渉』されないようにする必要がある。

 『干渉』されないためにはそれを『同時』にこなす必要がある。それにはかなりの精神力と集中力を必要とし、その精神的な疲労が、無意識的に肉体的な疲労と関連付けてしまっているのではないか、という可能性だ。

 

 霊夢やレイラも同等のことができるが、そもそもレイセンとは前提条件が違う。

  

 霊夢の能力は様々なものから『浮く』能力。すべてから『外れる』と言う能力であるために、レイセンのように無数の処理を同時にやる必要がないのだ。

 レイラの場合だが、これは前提が違う。レイラの能力はすべてから『ずれる』能力。すべてから『ずれる』ために、わざわざ同時に処理をする必要がない。だが、その力もシロの前では無力化されていたが――。

 

 二人と、レイセンの違い。

 それは言ってしまえば『実力不足』。理由は分からないが、今のレイセンはとても弱かった。

 

 

『博麗の巫女やレイラよりは違うな。お前は単純な実力不足だ。博麗の巫女は天才肌だし、レイラはおそらくだが滅茶苦茶鍛錬しまくって効果持続時間を引き延ばしてたんだろ』

 

「誰のことを、言ってるんですか…?」

 

『え、知らないのか?―――まぁいい。弱い奴との闘いを長引かせても、あんま意味がないからな。速攻で終わらせる』

 

 

 アナザーパラドクスは周りにあるエナジーアイテムを、限りなく集めた。

 

 

 

マッスル化! マッスル化! マッスル化!

 

鋼鉄化! 鋼鉄化! 鋼鉄化!

 

高速化! 高速化! 高速化!

 

ジャンプ強化! ジャンプ強化! ジャンプ強化!

 

分身! 伸縮化!

 

 

――アナザーパラドクスの全身の筋肉が盛り上がり、体が銀色に光る。

 そして、それが複数に増える。

 

 

「―――え…?」

 

 

 レイセンはこの出来事に、脳が追いつかなかった。

 精神が悲鳴を上げており、体の機能をうまく扱うことができなかったと言う理由もあるがなにより、通常の状態でこれを見ても、思考が停止しただろう。

 筋肉の発達率が明らかに異常になり、色が変わって、数が増えたのだ。すぐに理解できる方がおかしい。

 

 

『『『『『さぁ、終わりだ』』』』』。

 

 

 アナザーパラドクスは一斉にホルダーから【ガシャットギアデュアルアナザー】を取り外し、ダイアルを左に回した後、再び右に回す。

 

 

キメワザ!

 

 

 ガシャットを手に持ったまま、その場から姿が消える。ジャンプしたのだ。

 遥か上空へと飛んだアナザーパラドクスは、その複眼に、レイセンを捉えた。そして、ガシャットを再びホルダーにセットする。

 

 

PERFECT CRITICAL COMBO!

 

 

 左足を突きだし―――伸びる。

 無限と言っていいほどに伸びる複数のキックが、レイセンに直撃し――

 

 

 

「うぁあああああああ!!!」

 

 

 悲鳴とともに、爆風が巻き起こる。

 すべてが、爆風と砂煙で見えなくなる。

 

 

『――――――』

 

 

 アナザーパラドクスはゆっくりと降りて行き、爆風と砂煙の中、変身を解除する。

 

 

「―――――」

 

 

 零夜は、砂煙の奥。レイセンに攻撃が直撃したはずの場所を見据える。

 

 

「なんだ、さっきのは…手ごたえが、おかしかった」

 

 

 ―――あの時、必殺技が直撃した際、手ごたえが可笑しいと、零夜は感じていた。

 全方位から当たるように放った必殺技だ。足裏全体に当たったり、かすったりするのが普通だ。だが、あのとき、分身越しでも分かった、感じたモノがあった。

 分身全体が、足裏全体に質量を感じていた。しかもそれの強度はかなり硬く、まるで何かに守られているようだった。

 レイセンの能力状、バリアを張ることは可能だが、それでもあの状態でバリアを張るほどの余裕があったとは思えない。

 つまるところ―――第三者が守っている。

 

 

「――おい、出てこい」

 

 

 零夜は今だ、煙で見えない視界の奥へとその言葉を言い放った。

 いるかもしれない、いないかもしれない。でも警戒は怠ってはいけない。そして――煙が、一瞬にして晴れる。

 

 

 

「嫌だなぁ。そんな目で見ないでくれよ。僕はこれでも少し臆病なところがあるんだ」

 

 

 零夜の目に映ったのは、白いフードを被った男性だ。

 全身がシロで統一されたコートを着用し、見える肌は顔の下半分と首が見えるのみ。残りはすべて白い薄い手袋、白い靴下、白い革靴を着用し、それ以外の露出はなかった。

 そして、男性だと分かった要因はもちろん『声』。優し気な男性の声をしている男性を見て、零夜は思わず目を見開いた。

 

 

「おまッ…!」

 

「やぁ、久しぶりだね。【クロ】」

 

 

 レイセンを守った人物。そこにいたのは、最強の男、【シロ】だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 二つの存在が、お互いを見つめ合う。

 黒は睨み、白は安らかな目で。

 

 

「シロ――!てめぇなんで邪魔しやがった…!」

 

「落ち着きなよ、クロ。彼女は貴重な情報源だ。殺しちゃったらダメだろう?()()が終わって急いで来てみたら、大変なことになってて、僕ビックリしちゃったよ」

 

「別に、殺すつもりなんてサラサラねぇ。ただ戦闘不能にするだけだ」

 

「もう、この時点で戦闘不能だと僕は思うんだけどね。もうちょっと基準を考えるべきだと、僕は思うね」

 

 

 そう言いながら、シロは百八十度回転して、レイセンの方へと顔を向ける。

 レイセンは完全に腰が抜けてしまっているようで、膝がガクガクと震えている。

 

 

「君、大丈夫?」

 

「え、あ、う、あ……」

 

「おーい、聞いてる?」

 

 

 シロは自身の顔をレイセンの顔に近付ける、逆にレイセンの顔には恐怖が刻まれて行っているように見える。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように、レイセンは動かなかった。

 そのとき、シロの肩に零夜の手が乗っかる。

 

 

「おい、垂れ流してるぞ、威圧」

 

「あぁ、ごめん。すぐに切るよ」

 

 

 その次の瞬間、一秒も経たずして、レイセンは憑き物が取れたかのように、自身の体を見始める。

 だが、今だに腰は抜けたままらしく、起き上がることができないらしい。

 

 

「全く、俺のこと言えねぇだろ。お前」

 

「あはは。ごめんね、本当に。―――じゃあ」

 

 

 シロは、レイセンの方に顔を向けると同時に、レイセンから小さな悲鳴が鳴る。

 この時、彼女は直観していた。「逆らったら殺される」。それの一言が、妖怪として、生き物として本能が告げてきていた。

 

 

「今から、僕たちがする質問にしっかりと答えるんだ。嘘偽り、虚偽は許さない。ちゃんと、答えてね?」

 

 

 震える兎に白い悪魔は、見えない顔でにっこりとほほ笑んだ。

 

 

 

 




今回のシロ イメージCV【増田俊樹】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 情報整理と作戦会議

「こ、答えるって、何を―――」

 

「僕たちがする質問に、だよ」

 

 

 竹林の中、影が三つ。

 全身を黒で統一した服を着ている男、【クロ】。

 その真逆で全身を白で統一した男、【シロ】。

 足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪、紅い瞳、頭にはヨレヨレのうさ耳があり、女子高生のツーピース制服を着用している少女、【レイセン】。

 彼女は今お尻と掌を地面につけて、腰を抜かしていた。

 目の前の凶悪な存在に、恐怖しているからだ。

 

 

「それじゃあ質問するよ。【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】。この名前に、聞き覚えはあるよね?」

 

「―――――」

 

 

 シロの質問に、レイセンの顔が一瞬強張る。大方、「何故彼女たちの名を知っているのか」とでも思っているのだろう。

 

 

「沈黙は肯定と考えよう。では次に、君が、『月の兎』である君がどうして地上にいるのか、これについても教えてもらおう」

 

 

 この質問は、クロならずシロもわかり切っているはずだ。

 なにせ、原作(設定)を知っているいるのだから。だが、これも聞かなければ、話の順序的にもおかしくなるので、ただ聞いただけ――ではない。

 もっと違う、別の理由があった。

 

 

「―――地上が月を侵略しようと、戦争が起こるって噂が、月で出回って……。それで、怖くなって…」

 

「『アポロ計画』、か」

 

 

 レイセンがその言葉を放つごとに、言葉や体に恐怖が刻まれていくのを感じた。

 『地上の侵略』――。これが差すのは、クロの言った『アポロ計画』のことだ。

 『アポロ計画』とは、アメリカ航空宇宙局(NASA)による人類初の月への有人宇宙飛行計画のことである。この計画は後に成功したが、その際に月側が『地上の侵略』だと勘違いし、それがレイセンの逃亡に至ったのだ。

 

 

「―――それで、逃げたところで宛てはあったの?」

 

「なかったら、実行していません……」

 

「で、それが蓬莱人輝夜と八意永琳ってことだよね?」

 

「――――――」

 

「で、なんであの二人がいないのかな?」

 

「―――り、せん」

 

「―――――」

 

「わかりま、せん……。どこを探しても、いなくて……」

 

 

 この言葉に続いて、レイセンはポロポロと言葉をこぼしながら事の顛末を話し始めた。

 『アポロ計画』を『地上の侵略』と勘違いした月。その噂が広がり始め、戦争をするのではないかと噂されるまでになった。

 戦争が怖くなったレイセンは、月を逃亡。幻想郷に迷い込んだはいいものの、行く当てもなくただただ彷徨っていたところを、【因幡てゐ】に拾われ、現在は雑用としてこの迷いの竹林に住んでいるらしい。

 

 よくよく考えれば、『原作』では彼女は【蓬莱山輝夜】に拾われている。

 その拾ってくれるはずの人物がいなければ、残りはその場所に住んでいる者だけ。つまりは消去法でてゐしかいなかったということだ。

 それに、家屋が廃屋になっていた理由も今思えば【蓬莱山輝夜】がいないために腐食が進んでいっていたのだ。

 それに―――

 

 

「藤原妹紅が、何故断末魔の代わりに『輝夜』と呼んだのか、なんとなく分かった気がするな…」

 

 

 彼女は本来、復讐対象だった輝夜を同類(蓬莱人)だと知り、親近感が湧いてそのままある程度感情が緩和されるはずだった。

 だが、それがなくなったため、『復讐』をすることができないためにあそこまで荒れ、復讐することができなかった悔しさから、『輝夜』と叫んだのだろう。

 だが、それも過ぎたことだ。あまり気にしないことにした。

 

 

「――それで、蓬莱山輝夜と八意永琳は結局どこにいるんだ?」

 

「それは、私が知りたいくらいです。地上に逃亡したとお聞きしたのに、一度も会ったことがなく―――」

 

 

 この世界が零夜が干渉する以前が本来の歴史(原作)通りに進んでいたのだとしたら、確実に二人はこの『迷いの竹林』にいただろう。

 だが、いないとなると確実に『逃亡』時になにかあったに違いない。

 

 

「ふむ……。八意永琳と蓬莱山輝夜。この二人がいないのは、随分と予想外の出来事だったね」

 

「――ていうか、なんで今来たのに事情を大体把握してんだよ」

 

 シロは到着と同時に状況を即座に理解しレイセンをパラドクスの攻撃から守った。

 それは、シロが状況を理解していたと言う他ない。

 だが、シロが来たのは今。事情を把握することなど不可能のはずだ。

 

 

「忘れたかい?僕の能力」

 

「あぁ、()()でなら可能か」

 

「そうそう。情報ならいち早く()かるから」

 

 

 少し話した程度で、二人は再びレイセンの方に顔を向け、レイセンは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。

 

 

「とにかく、僕たちの知っている歴史とは、異なっていると言うことだね」

 

「れ、歴史…?」

 

「お前、ちょっと黙ってろ」

 

「すみません!」

 

 

 二人の語っている内容が理解できないレイセンはその疑問を思わず口に出してしまったが、クロの威圧と殺意によって口を紡ぐレイセン。

 

 

「とりあえず、もうここに用はねぇ。帰るぞ」

 

「(え、帰ってくれるの?よかった~!でも、なんで誰も来てくれなかったんだろう…まぁ今となってはどうでもいいか!)」

 

 

 レイセンは、二人が帰ると聞いて、心の中で安堵した。

 彼女の唯一の心残りは誰も援軍に来なかったことだが、最早それはどうでもよかった。

 帰ってくれるに越したことはなかったから。

 

 

「あぁそうだね。―――でも、その前に」

 

 

 シロは顔をレイセンに向け、自らの手をレイセンの頭上に乗っける。

 

 

「―――へ?」

 

「君の持ってるもの(情報)もらう(複写)よ」

 

「――グギッ!!?」

 

 

 突如、レイセンの頭に激痛が走る。

 自らの記憶を、弄繰り回されるような感覚に陥る。脳を凌辱される。そんな不快感が、一斉にレイセンの頭を襲ったのだ。

 やがて、その痛みに耐えられなくなったレイセンは崩れ落ちた。

 

 

「――なにをした?」

 

「情報をコピった」

 

 

 シロは平然にそう言うが、それができない――と言うより、そんなことが普通はできないために、クロは「は?」と呆けた言葉を出した。

 シロが言ったことをそのまま言えば「レイセンの頭の中の情報をコピーした」と言うことになる。

 レイセンに激痛が走ったかのように見えた、と言うより実際走っていたのはシロが情報を引っ張りだして知識に干渉していた影響だったのかと、納得する。

 他人がどのようになっても、無意味な死を遂げなければ、彼は基本的にどうでもいいため、彼はこれ以上なにも言わなかった。

 

 

「――なにを複写したんだ?」

 

「それも含めて、帰ってから話そう。ちょっと、暴れすぎちゃったからね」

 

「―――?」

 

「ほら、行くよ」

 

 

 シロが手を振ると、それと同時にオーロラカーテンが表れ、二人を飲み込み、姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

「お帰り!―――って、そいつもいるの?」

 

「ちょっと、「そいつ」呼ばわりは酷いなぁ、ルーミアちゃん」

 

 

 ミラーワールド。

 二人が家に帰ると、ルーミアが出迎えてくれた。が、シロを見た途端不機嫌になる。

 シロは先ほどの声とは違った男性の声へと変化していた。

 声が変わると印象も大分変わるが、彼の場合いつもの服が全身白なので、すぐにわかるのだ。だが、変わったら毎回対応に困るので、それもルーミアが彼を嫌っている理由の一つでもある。

 要するに、扱いずらいのだ。

 

 

「また声変わってるし……いくつ種類があるのよ」

 

「僕の声のバリエーションは軽く100を超えるよ?」

 

「あーはいはい。そんなことより、お帰り零夜!」

 

 

 シロに対する冷徹な対応とはうって変わり、零夜に対しては温厚かつ色気のある声で帰りを迎えるルーミア。このギャップに、クロ――零夜は困惑するが、「そう言えばもうこれに関しては考えないようにしてるんだった」と考えを切り捨てる。

 彼がここまで考えているということは、こういったことが今まで何度もあったのだろう。

 

 

「あぁ。とりあえず、お茶」

 

「分かった!」

 

 

 ルーミアは満面の笑みで台所へと向かって行く。

 

 

「―――僕さ、なにか彼女に嫌われるようなことしたかな?いつも思うんだけど」

 

「知るか。強いて言うなら()()()()()()()()()、それだけだ」

 

「やっぱりか……」

 

 

 廊下を歩きながら、台所へと到着し、椅子に座りながら雑談する。

 少しすると、ルーミアがお茶を持ってやってきた。

 

 

「はい、お茶」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうね」

 

 

 二人はお茶を受け取り、それを一斉に飲み干す。

 湯呑を置いた二人は、お互いを見つめ合う。

 

 

「――で、これからどうするんだ?」

 

 

 そう、本題に入るのだ。

 元々の目的では、『永夜異変』を奪う。ただ単純なことだった。

 だが、いくら待っても起きないために、しびれを切らしてこちらから伺ってみたら、まさかの不在。

 

 

「彼女の脳から搾り取った情報と、彼女が言った情報に、相違はなかった。間違いなく【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】。この二人は『地上』でも『月』でも存在が『逃亡』以降確認できなかった」

 

「八意永琳の強さは折り紙付きだ。そう簡単にやられるはずがない」

 

「だからこそ、そこにイレギュラーの介入が存在したはずだ」

 

「イレギュラーって、あのゴミクズ野郎(ゲレル)と同類のヤツでしょ?」

 

 

 話に割り込んできたルーミアは、あの忌々しいゴミ(ゲレル)の存在を思い出す。

 彼女にとっては思い出したくもない存在だが、あれと同類が自分たちと同じ地面を闊歩(かっぽ)していると思うと、胸糞悪くなるったらりゃしないらしい。

 ちなみに、同類と聞けば零夜も自然的に対象に入ることになるため、彼女の中での『同類』とはあくまでゴミ(ゲレル)を基準にしている。

 

 

「まぁそうだね。大抵のヤツは、本能に忠実に行動しているだろう」

 

「そして、今回もそれに当てはまる。シロ。、情報の整理を」

 

「任された」

 

 

 シロは一呼吸おいて、整理した情報を話し始める。

 

 

「まず、本来いるはずの【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】。この二人がいないと言う異常事態が起きた」

「そしてその原因はおそらくイレギュラーと見て間違いない」

「そこで、連れ去られたであろう場所の候補は二つ。一つは地上。だけど、僕もいろいろと探ってみたけど、そういった場所は見当たらなかった。だからこそ、彼女らは月にいると仮定する」

 

 

 いつの間にかシロは粗方地上は調べ終えたそうだ。だが、二人がいないとなると、残りの候補は『月』のみ。

 

 

「ここでまた新たな可能性が二つ出てくるけど、その内の一つは確実にあり得ない。ちなみに、その可能性とは地上に追放される前に攫われたということ。だけど、【因幡てゐ】が『かぐや姫』の存在を知っている以上、それはありえない」

 

「そうだ、ルーミア。お前はこの時代でも生きてただろ?何か知らないか?」

 

 

 零夜がルーミアに問いただす。確かにルーミアは原初の妖怪の一人。今の時代も生きているのだから、『かぐや姫』のことを知っていたとしてもおかしくはない。

 

 

「ごめん…。私、昔のことはそんなに覚えていなくて…」

 

「まぁ、それなら仕方ないよね」

 

「あんたは黙ってなさい」

 

「酷ッ!慰めたのに……」

 

 

 ルーミアは零夜に対しては女性らしく可憐な作法で話したりするが、シロに至っては毒舌だ。

 ルーミアはその調子で話を続ける。

 彼女が過去のことを覚えていないのは、当時()()()()()()()()()彼女には、そういったことは一切の興味を示さなかったのが原因らしい。

 

 

「ま、こっちの線はダメだってこった」

 

「そう、だからこそだよ。動かなきゃダメなんだ」

 

 

 シロの言葉に、零夜は全面的に同意する。

 零夜はシロ本人は気に食わないが、こういった局面にはちゃんとした、その場に合った対応をするところは、実に人間的だ。

 

 

「―――それで、シロ。お前のオーロラカーテンなら、どこにでも行けるか?」

 

「お任せあれ。僕ならどこにでも行けるからね」

 

 

 シロは零夜とは違い、オーロラカーテンを使用してどこにでも行ける。どのくらい使えるかと言えば『仮面ライダージオウ テレビ本編のディケイド』くらいと言えばわかりやすいだろう。

 そのくらいの精度でシロはオーロラカーテンを使用できるため、こういった時に役に立つのだ。

 

 

「で、問題は、だ。今すぐにでも原因があるであろう『過去』に行くか、できる限り過去の情報を得るために『現代の月』に行くか、どちらがいいと思う?」

 

「そんなの、もちろん『月』一択だよ」

 

 

 これには、零夜もシロも考えが一致していた。

 もしここまま過去に言ってしまえば、過去になにがあったのか分からず仕舞いのままで情報が不足した状態で『過去』と言う領域に挑まなくてはいけない羽目になる。

 だが、今は『現代』だ。準備の支度はいくらでもできる。そのためにまず、『現代』での情報収集。

 『過去』は過ぎた出来事だ。その『過去』で何が起こったのか『今』知ることができれば、『過去』での行動の対策も立てやすくなる。

 二人の中で、次に行く場所が『月』だと決まったときだった。

 

 ここでひと段落つき、零夜は唐突にあることを思い出す。

 

 

 

「そうだ、シロ」

 

「なんだい?」

 

「俺のこと、『クロ』って呼んでたけど、あれはなんなんだ?」

 

 

 レイセンを守った際、零夜のことをシロはクロと呼んだ。

 何故ああ言った呼び方をしたのか、零夜は気になった。

 

 

「あぁ。人里で、そんな呼び方がされているからね」

 

「人里で?」

 

「なんでも、黒服の【究極の闇】と、白服の【究極の闇】がいるから、区別をつけるためだってさ」

 

「黒ウォズと白ウォズみたいだな」

 

「黒ウォズ?白ウォズ?」

 

「ルーミアちゃんは知らなくていいよ」

 

 

 クロと呼んだ意味は、区別のためだったらしい。

 零夜も零夜で、区別をつけるためだとしたら、そういったものなら別に構わない。これからは互いのことをそう呼ぶことになりそうだと、頭の中にそうよぎる。

 

 

「――――さて、雑談は終わりにして、決まりだな」

 

「決まりだね」

 

 

 二人は同時に立ち上がり、同じタイミングで言葉を続けた。

 

 

 

 

「「それじゃあ早速―――」」

 

 

 

 

零夜「月に行くためにまずは策動するか」

 

シロ「派手に月を襲撃しようか!」

 

ルーミア「―――――」

 

 

 

 

 

「「「―――――ん?」」」

 

 

 




感想お願いします。

零夜の家でのシロの声 イメージCV【三木眞一郎】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 よし、月を襲撃しよう

「―――んー……空気が薄い」

 

「―――――」

 

「そう、でも息吸えるわよ?」

 

「それは僕が空気の結界を張ってるからね」

 

 

 彼ら()()は、今現在『月』に来ていた。

 理由は単純。【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】の居所を知るためだ。

 何故、こうなったのかと言うと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「おい、どうしてそうなった?」

 

「え?」

 

 

 時間は遡り、零夜宅。

 二人の意見違いに、首を傾げるルーミアと、にらみ合う零夜とシロ。

 

 

「いや、もう潜伏しながら移動とか、面倒臭いからさ、もう派手にドカーンって」

「お前はバカなのか?」

 

 

 これは流石に零夜の意見に部がある。

 『月』。どこは東方projectの世界において、とてつもなく危険な場所である。

 どのくらい危険かと言えば、アリがゾウに戦いを挑むくらい危険で無謀だ。月とはそのくらい強者が多いのだ。

 事実、『原作』でもあそこでは実質的最強スキル『主人公補正』すら効かない相手だっているのだ。そんな場所に無策で突撃するとは、バカの所業でしかない。

 

 シロのこの発言も、自分が圧倒的強者であるが故の発言だ。

 確かにシロなら、謎の能力を用いて圧倒的力によるゴリ押しを可能とするだろう。だが、それでも不安要素は大量にある。

 

 

「お前は強すぎるからそんなこと言えるんだ。月には不安要素が多すぎる」

 

「そこら辺は大丈夫」

 

「なにが大丈夫だ。あっちには神の力を使うヤツだっているんだぞ」

 

 

 月には、神の力を使う者が存在する。

 神の力はその比ではなく、とてつもない力の持ち主だ。神と言うのは基本的に何かを司っている。その何かを司る神の力を使い放題の存在が、月にいるのだ。油断しないワケがない。

 それに、その月を取りまとめる存在も神だ。闘いとなれば、面倒くさいだけだ。

 

 

「神相手でもお前の能力なら問題ないかもしれないが、俺はどうする。神を相手にするなら、それ相応のリスクが存在するライダーにならないと、話にならない」

 

「大丈夫だよ。僕も、君も、神相手なら問題ない」

 

「その自信はどっから―――「とにかく、問題ないから」

 

 

 その時のシロは笑っていた。いや、肝心の顔は隠れていて見ることはできないが、それでも笑っているように、零夜には見えていた。

 だが、神を相手に自分と零夜は大丈夫だと、その自信は一体どこから湧いてくるのか、零夜にはわからず困惑していた。

 神とは、大抵何かを司っている。そして『月』にはその何かを司る神の力をいくらでも使用することのできる存在がいるのだ。

 それに、その『月』を収めている神も、強力な力の持ち主だ。この戦いは一筋縄ではいかないことは分かり切っていることだ。

 第一、できれば戦いたくないと言うのが零夜の意見だ。わざわざそんな強力な力を持つ存在と連続で戦えば、体力消耗は必須。そんな今後に響くことをするほど、バカではない。

 ただ、シロの謎の能力を用いれば、簡単に事を運べるだろうが、そんな他人の力で活路を見出すほど零夜は落ちぶれてはいない。と、いうより、できれば他人の力は借りたくないと言うのが、彼の意見だ。

 

 

「神の力は強力なんだ。できれば戦わずに事を進めたい」

 

「おや、負け惜しみかい?」

 

「違う。俺の能力とライダーの力は別物だ。途中で体力尽きました、なんてことなったら洒落にならないからな」

 

 

 シロから挑発じみた言葉を受けるが、零夜はそれをすらりと受け流す。

 

 

「まぁ確かにそうだね」

 

「だったら、潜伏しながら言ったほうが「でも駄目だ」は?」

 

「悪いけどさ、この作戦じゃないといけない理由があるんだ」

 

「は、なんだよそれ?」

 

 

「―――ちょっと、月でトりたいものがあってね」

 

 

「取りたいもの?」

 

 

 

 シロの言葉に、零夜は首を傾げる。

 シロが欲しいものとはなんだろうか?頭で考えるが、やはり想像がつかない。

 

 

「まぁここは僕の我儘を聞いてはくれないだろうか?大丈夫、ちゃんと対策くらいはしてあるからさ」

 

「―――分かった。だが、俺は極力戦闘は避けるからな。俺はまだ死ぬわけにはいかねぇからな。目的もまだ途中だしな」

 

「君が臆病風に吹かれてるのか、そうでないかは知らないけど、頭の片隅くらいには入れておくよ」

 

「―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 そして、現在。

 三人は月にいた。

 

 

「――――」

 

「どうしたんだい、クロ。何か不満なことでも?」

 

「本当に大丈夫、零y―――クロ。どこか具合でも悪いの?」

 

「悪いもどうもこうもねぇよ……」

 

 

 今の零夜は、二人から見ても機嫌が悪そうだった。

 二人からの心配を受けた今でも、零夜の異常は止まらなかった。

 そして、大声で叫んだ。

 

 

「なんでルーミアがいるんだよ!?」

 

 

 そう、何故か『月』にルーミアも同行していたのだ。

 彼女の立場は一応『捕虜』だ。だが、それなのになぜか、何故かここにいるのだ。疑問に思わない方が可笑しい。

 

 

「―――君が寝ている間に決まった」

 

「それを俺が許すワケねぇだろ!!」

 

 

 シロの軽々しい発言に、零夜は怒りシロの胸倉を掴む。

 

 

「まぁまぁこれにはちゃんとした理由があるんだって」

 

「理由だと?」

 

「彼女には、雑魚狩りをしてもらおうと思っているんだ。つまりは陽動(ようどう)さ。その隙に僕たちが敵の本拠地に乗り込む」

 

「――――理屈は分かった。だが、何故それを俺に言わなかった?」

 

 

 ルーミアを捕虜として捕らえたのは、零夜だ。

 つまりは彼女の移動権限は彼にある。だが、そんな彼に何も言わずに勝手に決めたことに、零夜は怒っているのだ。

 

 

「君に言ったら確実に止めに入る。この作戦を確実に成功させるためには、彼女が陽動に入ってくれれば、作戦の成功率は格段に上がる」

 

「―――――」

 

「分かってくれないかな?」

 

「―――――」

 

「零夜」

 

 

 突如、ルーミアから声を掛けられ、そちらの方を向く零夜。

 

 

「お願い。絶対、邪魔にはならないから」

 

「そういう問題じゃ――――………あぁークソ!連れてきちまったのはしょうがねぇ!ただし、絶対に邪魔すんじゃねぇぞ!」

 

「―――分かったわ。任せて」

 

 

 ルーミアの決意を聞き、仕方ない、とシロの胸倉から手を放す。

 実際、連れてきてしまった以上、帰らすのは面倒だ。

 連れてこられた時点で、この事案は可決するしかなかったのだ。

 

 

「―――それで、どうするんだ?」

 

「簡単だよ。まずはあちら側に、僕たちの存在を気づかせる」

 

 

 そう言い、シロは虚空から一つの剣を取り出した。

 その刃は銀色の輝き、刀身と持ち手の中心―――紫色のエンブレムが禍々しく輝いていた。

 

 

「なんだ、その剣は?」

 

「僕専用の『聖剣』さ。とある世界のものを複製&改造したんだよ」

 

「『聖剣』っつーより、『魔剣』に見えるんだな」

 

「はは、それは言わないでくれたまえ。さて、と……」

 

 

 シロはその『聖剣』を天へ掲げると、同時に紫色の波動が、星空全体に広がる。

 

 

「―――何をした?」

 

「今に分かるよ」

 

 

 紫色の波動が広がっていったその数秒後、猛々しいほどの大音量が、月に響いた。

 おそらくは、警報の(たぐい)だろう。

 

 

「本当に俺達の存在が知れ渡ったな…。なんかの攻撃か?」

 

「別に、ただ単に『穢れ』を蔓延させただけさ」

 

 

 『穢れ』。『穢れ』とは、『生きること』と『死ぬこと』である。つまりは『寿命』。

 その『寿命』を持つことを、『穢れている状態』とされている。

 月人は、『月』は『浄土(じょうど)』、『地上』とは『穢土(じょうど)』と言われている言い方は同じだが、意味は全く違う。

 『浄土』は穢れのない土地と言う意味であり、『穢土』は穢れている土地と言う意味である。

 

 そして、今シロはその『穢れ』を故意的に蔓延させたのだ。

 月の民は、『穢れ』を(ことごと)く嫌っているため、こういったセンサーなどを常備起動しているらしい。

 あの大音量こそが、そのセンサーが『穢れ』に反応したのだろう。

 

 

「やっぱ、それ『聖剣』じゃなくて『魔剣』だろ」

 

「言わないでくれよ。――――以外と早い到着だったね」

 

 

 三人の目の前には、大量の兵士たち。

 兵士たちの鎧は統一されており、中華風の鎧を身に着け、腰には巾着のようなものを所持している。そして、武器は主に刀身が輝いている剣、槍がほとんどで、ちらほらと『銃』を所持している兵士たちもいる。

 

 

「水準は、この世界からすればまぁまぁ高い方だね。『本来の歴史』でも、月の都の技術は現代を超えている」

 

「現代の技術よる上なのは、ライダーの力だって同じだ。俺は突っ走るが、お前らは?」

 

「私は予定通り、ここで雑魚どもの相手をしているわ」

 

「それじゃあ、クロ。ルーミアちゃんの力、解放してくれないかな?」

 

「―――――分かった」

 

 

 零夜はルーミアの力を解放することを渋ることなく、すんなりとルーミアの力を解放した。

 それと同時に、ルーミアの体が闇に包まれる。

 

 

「―――全盛期、とは言えないわね」

 

「解放したと言っても一部だけだ」

 

「ケチだねぇ。君も」

 

「全開に解放したら封印が無意味になるだろ。本当に危険なときしか全開放するつもりはねぇ」

 

「まぁ、私もそれで大丈夫よ」

 

「まあいいか。それじゃあ僕もクロと同じく突入するよ」

 

 

 それと同時に、零夜の後ろにオーロラカーテンが出現する。

 一定の範囲を通過すると、そこから一機のバイクが出現する。

 全身が黒、赤、黄金の三色で統一され、頭部にクワガタを模した二本の角が装備されている。

 このバイクの名は、【ビートチェイサー3000】。歴代ライダーの中でも、最強の防御力を誇っており、出せる速度も普通の比ではない。

 最強のバイクと言っても過言ではないバイクを、零夜は所持していた。

 

 零夜はビートチェイサー3000にまたがり、エンジンをつける。

 

 

「それじゃあ、任せたぞルーミア」

 

「任せといて」

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 

「地上の民よ!武器を捨てて手を上げろ!そうすれば八割殺しで勘弁して―――グハァ!」

 

 

 隊長格であろう人物が、何かを言いかけたが、その瞬間に零夜の乗るビートチェイサーが通過し、隊長の男を吹き飛ばす。

 その後ろに居た兵士たちをも掻き分け、零夜は前へ前へと進んでいった。

 

 

「で、シロ、あんたは―――って、すでにいないし」

 

 

 ルーミアが隣にいたはずのシロへ語り掛けるが、すでにシロはその場にいなかった。

 おそらくは零夜とともにあの兵士たちの中を駆け抜けたのだろう。

 

 

「全く、二人して仕事が早いわね」

 

「く、クソ!総員!地上の民を追「させるワケないでしょ!」」

 

 

 ルーミアは自身の能力で闇の剣を作りだし、薙ぎ払らった。闇の力により抉られた地面を見る。ルーミアが月の兵士たちの眼を見ると、その目は二種類。闘志に燃え盛る眼と怯える眼。この二つの眼があった。

 この時点で、勇敢な者と、臆病者、この二種類の人間に分けられたのだ。

 

 

「貴方達の足止めは、私の役目。私と遊んでいなさい」

 

「クソがッ!穢れた存在めが!私たちの邪魔をするなど片腹痛いわ!皆の者、あの者を無力化せよ!我ら月の民を侮辱した罪、その身に刻み込んでやるわ!!」

 

「「「「「うぉおおおおお!!!!」」」」」

 

 

 隊長格の言葉により、士気が上がったのか、兵士たちは一斉にルーミアへと突撃した。

 士気者としての能力でもあるのだろうか?怯えていた者たちが、一斉に闘志に震え上った。ならば、ルーミアが狙うはただ一人、隊長格の男のみ。

 一対多数。普通の目から見れば絶望的な状況の中、ルーミアはシロから言われた言葉を思い出していた。

 

 

『殺しちゃってもいいよ』

 

 

 シロから受けた、一言。

 この一言が、ルーミアの容赦の一切をなくしたのだ。嫌っている相手に指図されるのは少し癪だが、それでも、彼のためになるのなら―――

 

 

「来なさい!皆殺しにしてやるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 月の地面を、一台のバイクが疾走する。

 

 

「―――シロは、問題ないとして、ルーミアは問題ないか?」

 

 

 目的地へと走る最中に、そんなことを口走る。

 彼女はシロが勝手に連れてきたとは言え、一応は『捕虜』と言う立場だ。何かあったら面目が立たない。

 だが、闘いが始まってしまった以上、どうこう言っても仕方がない。

 このまま成り行きが良くなるまで、動くしかないのだ。

 

 

「もうちょいスピード上げるか!」

 

 

 ノロノロとしている暇はない。できれば一刻も早く月の都へと向かわなければならない。

 零夜としては考えて行動したかったが、もうこうなってしまった以上、力によるごり押しが一番よかったりするのだ。

 さっきだって、スピードによる強行突破で難なく切り抜けたのだ。

 できれば、このまま何事もなければいいのだが―――

 

 

「ッ!!」

 

 

―――やはり、そう簡単にはいかせてくれないようだ。

 突如、零夜の目の前の地面が抉れながら、風のようなものが向かってきているのが認識できた。

 それを避けるために自身の目の前にオーロラカーテンを発生させ、攻撃範囲外へと移動する。

 

 そのまま地面は風とともに抉れていき、零夜が走っていたところにすぐさま到達していた。

 あと一秒、行動が遅れていたら、塵一つ残っていなかっただろう。

 

 

「止まりなさい、地上の民」

 

 

 目の前にいたのは、可憐な声の美女。

 腰ほどもある長さの亜麻色の髪と金色の瞳。服装は長袖で襟の広い白いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ている女性が、片手に『扇』を持って佇んでいた。

 そして、その後ろには大量の制服とヘルメットを着用した、うさ耳の少女たちが、武装をしていた。

 さらに零夜には、この少女たちの『種族』に見覚えがあった。

 あの特徴的な頭のうさ耳は、間違いなく、【レイセン】と同じ種族、『玉兎』だった。

 

 

「通行止めか。―――一度しか言わねぇ、そこを通せば命だけは助けてやる」

 

「それはこちらの台詞よ。素粒子レベルで浄化されたくなかったら、すぐに死になさい」

 

 

 彼女は、零夜の殺気混じりの脅迫まがいの忠告を、またさらに高圧的に返した。

 

 

「同じ意味の言葉しか発することができないのか?お姫様?」

 

「―――穢れた罪人ごときが…!」

 

 

 金髪の美女は、顔を顰めて赫怒(かくど)する。

 零夜の挑発に、後ろの玉兎たちも癪に触ったのか、一斉に零夜に向けて剣銃を向ける。

 

 

「総員、あの地上人を殺しなさい!」

 

 

 彼女の命令により、一斉に光の光線が、零夜へと向かって行き、直撃する。

 衝撃により砂埃が舞い、前が見えない状態だ。

 

 

「さて、『穢れ』を浄化しないと――」

 

『なにを、浄化するって?』

 

「ッ!?」

 

 

 砂埃の中から、声が聞こえた。

 だが、その声は先ほどの男の声とは違う、また別の声だった。

 砂埃が晴れていき、『ソレ』は姿を現した。

 

 白と黒の体色に、体に描かれた彫刻のような複雑なモールド。特徴的な頭の尖り。流星の形をした複眼。下半身のラインが、赤く染まっている。

 右肩にはFOURZEと英語が、左肩には2011の数字が刻まれている『化け物』。

 

 その『化け物』を見た玉兎たちは、震え上る。

 先ほどまでは普通の人間だったものが、一瞬にして異形の『化け物』へと変化したのだ。驚愕しない方が可笑しい。

 

 

「フッ。そんな『怪物』のような姿になるなんて、地上の民はしばらく見ないうちに、とても醜い存在になったのね」

 

『すべてがそうだ、って言う訳じゃねぇ。俺が特別なだけだ』

 

「そんなことは関係ないわ。要は単純。あなたを始末すればいいだけの話―――」

 

『出来るかな?―――せっかくだから名乗っておこう。俺の()の名は【アナザーフォーゼ】。『紛い物』だ』

 

「『紛い物』…。いい響きじゃない。気に入ったわ。地上の民も、所詮月の民の『紛い物』。見た目などが同じだけであって、本質は天と地ほど違う。面白いわね」

 

『――――』

 

「特別に、私も名を名乗ってあげる。私の名前は【綿月豊姫(わたつきのとよひめ)】。素粒子レベルで浄化してあげるわ」

 

 

 彼女―――綿月豊姫は手に持った扇を閉じ、その扇子でアナザーフォーゼを指した。

 その顔は先ほどと変わらずの、見下げ、見下している眼だった。

 

 

『―――――』

 

 

 アナザーフォーゼは知っていた。月の民の『傲慢』な姿勢のことを。

 『穢れ』ていると言う理由のみで、地上に蔓延る生命を、侮辱するその考えを、知っていた。

 不愉快だ。この一言しか出てこない。

 

 

『気に入らない、その目。お前の、お前等のすべてが不服だ、不満だ、不快だ、不愉快だ。―――決めた。お前の五感、すべてを黙らせる』

 

「戯言もいいところね。まずは小手調べと行こうかしら。行きなさい、私の可愛いペット(奴隷)たち!」

 

 

 豊姫の命令に従い、玉兎たちが一斉にアナザーフォーゼへと突撃する。

 一人の玉兎が銃口の先についている刃をアナザーフォーゼに突き立てる。

 アナザーフォーゼはその刃をそのまま自らの拳でへし折り、もう片方の手でその玉兎の腹を殴る。

 

 

「うぐ…ッ!」

 

 

 腹を殴られた玉兎の疼きが小さく響く中でも、他の玉兎たちの攻撃は止まない。

 それどころが、倒れた玉兎を踏みながら前進していた。

 

 

『―――?』

 

 

 その光景に、アナザーフォーゼは不信感と不快感を抱いた。

 玉兎は仲間意識も確か強かったはずだ。同じ階級故に、意気投合することだってあるはず。

 今倒した玉兎は、特別周りから嫌われているのだろうか?

 だが、そんな疑問もアナザーフォーゼの次の行動で掻き消えた。

 

 

ホッピング オン!

 

チェーンアレイ オン!

 

 

 アナザーフォーゼが腰のベルトのようなものを操作すると、アナザーフォーゼの左足に半透明のホッピングと、右手に鎖付き棘鉄球の【モジュール】が装備される。

 ホッピングのバネの跳躍力で空高く飛び、空中回転と同時に右手を回し、棘鉄球を地面を抉りながらぶん回す。

 

 

「うわぁー!!」

 

「逃げ――!」

 

「助けt――!」

 

 

 回転と同時の攻撃。

 この凶悪な攻撃に玉兎たちから阿鼻叫喚が響く。

 この攻撃でさまざまな怪我をしている玉兎たちが目視できる。手や足など、四肢の一部を失ったもの、一部に足らず二か所以上失ったもの、体の大部分が抉れたものなど、大けがをしている者が多数いた。

 ―――それだというのに。

 

 

「攻撃を続けなさい!」

 

 

 豊姫の指示が入り、玉兎たちが怪我をした玉兎たちを無視してアナザーフォーゼへと光線を発射する。

 体を逸らしながら攻撃を避ける中、アナザーフォーゼは考えた。

 

 

『こういうことかよ、不信感と不快感はそういう意味か!』

 

 

メディカル オン!

 

ペン オン!

 

 

 目の前の事実に憤怒し、アナザーフォーゼは半透明の【メディカルモジュール】と【ペンモジュール】を起動させ、メディカルの力で怪我をした玉兎に『コズミックエナジー』が凝縮した薬品を注射器ごと投げる。

 それがすべて大怪我をした玉兎たちに当たり、中の液体がすべて玉兎たちに吸収されていくと同時に、怪我をしたところがジワリジワリと治癒していくのを、その目で確認した後――。

 

 

『おらッ!』

 

 

 右足のペンモジュールを振り回し、怪我をした玉兎たちを中心に特殊インクをまき散らす。

 この特殊インクは何かに付着した瞬間に硬質化する性能を持っている。このインクをまき散らすことによって、玉兎の無力化に成功する。

 所々無傷の玉兎も巻き込まれているが、それは良い意味で結果オーライだ。

 

 アナザーフォーゼは地面に着地したのち、その禍々しい複眼で豊姫を捉える。

 

 

『てめぇ…。玉兎たちを本物の奴隷のように扱ってやがるな…』

 

「それが、どうしたと言うのかしら?」

 

 

 豊姫の肯定の言葉が静かに響く。

 確かに、玉兎たちは月では奴隷階級だ。だが、労働内容はほんの軽いものに過ぎないと『設定』に書かれている。事実、それをアナザーフォーゼ―――零夜は知っていた。

 だが、現実はどうだろうか?玉兎たちが怪我をした玉兎を物理的に踏みにじっていたのもこれで納得がいった。

 

 月の民は、玉兎を本物の奴隷のように扱っていた。

 奴隷はモノだ。物だからこそ、いくら怪我をしようが関係なかったのか。そして、それを仲間の玉兎に強要していたのだ。

 

 

「玉兎は所詮、奴隷に過ぎないの。だから、私たちがどのように使っても問題ないでしょう?」

 

『――――』

 

 

 ――違う。

 彼女は、綿月豊姫じゃない。いくらなんでも、零夜の知っている豊姫とは違いすぎる。

 彼女は豊姫じゃない。―――『トヨヒメ』だ。

 

 

「さて、もうお話はいいかしら?玉兎たち、なにをグズグズしてるの!さっさと行きなさい!」

 

 

 トヨヒメの脅しとも受け取れる指揮に玉兎たちは怯えながらも了承する。

 再び、光線を連続でアナザーフォーゼに撃ち込んできた。

 

 顔を伏せ、攻撃に当たりながらも、そのまま突き立ったままのアナザーフォーゼ。

―――そして、伏せていた顔を、上げた。

 

 

『――――まずは全体的に無力化させるか』

 

 

ロケット オン!

 

 

 右腕に半透明の【ロケットモジュール】を装備し、右腕を突き出すことによってロケットを砲弾のように撃ち込んだ。

 着弾地点で大爆発を起こし、玉兎たちが宙に舞う。

 

 

マジックハンド オン!

 

 

 半透明の【マジックハンドモジュール】を起動させ、宙を舞った玉兎たちが手放した剣銃を一斉に掴み取る。

 奪った武器を一斉に自分の方へ持っていき、自身の上空にてばら撒く。

 

 

ハンド オン!

 

 

 ばら撒いた後、半透明の【ハンドモジュール】を起動させ、モジュールが自動で動き地面に落ちようとしている多数の武器に向かって行く。

 一つ、また一つと移動し、やがてその動作が止まった。

 武器が地面に落ちると同時に、バラバラになった。別こ壊れたところなどない。それどころが、ネジの一本一本が綺麗に外されていた。

 ハンドモジュール。このモジュールは精密な動作を可能とし、精密機械などの分解などに適しているモジュールだった。

 

 

『これで、お前たちの攻撃手段はなくなった』

 

 

 そう言いながら、地面にばら撒かれた武器の部品を踏み潰す。

 武器さえなくなれば、玉兎たちの攻撃手段はなくなる。これで、玉兎たちはなにもできない。

 

 

「―――使えないわね」

 

 

 そんな中、トヨヒメの侮蔑の声が聞こえた。

 それはとても人に向けるようなものではない、侮辱の目だった。その目を見た玉兎たちは、心の底から怯えているように見えた。

 一体、なにがどうしてこうなったのか、アナザーフォーゼには理解できなかった。

 

 

「まぁいいわ。あなたたちには期待していないもの。それに、時間稼ぎくらいの役目は果たしたことは褒めるに値してあげるわ」

 

『―――時間稼ぎ?』

 

 

 アナザーフォーゼがその言葉に困惑すると同時に、トヨヒメが手を挙げた。

 

 

「――来なさい、兵士たち!」

 

 

 トヨヒメの叫びとともに、彼女の後ろから無数の兵士たちが出現する。

 まるで、瞬間移動をしてきたかのように一瞬の出来事だった。

 

 兵士たちは零夜たちが最初に出会ったときと同じ中華風の格好をしており、それぞれがそれぞれの武器を構えていた。

 そして、中でも別格だと思えるものが数人。おそらくは隊長格の月人だろう。

 

 

「使えない玉兎の代わりに、彼らがあなたの相手をするわ」

 

「豊姫様。報告で聞いております。あの穢れた化け物風情を討ち取ればよいのですね?」

 

 

 大剣を持った一人の隊長格の男が、トヨヒメにそう問いかける。

 相変わらず、月の民らしい傲慢な発言だ。だが、アナザーフォーゼは本物の『化け物』。否定できる要素など一切ないので、特にアナザーフォーゼはなにも言わなかった。

 

 

「えぇ、そうよ。玉兎たちは使えなかったけど、あなたたちなら、特に問題はないわよね?」

 

「はい。玉兎などと言う『奴隷』ごときと我らは天と地ほどの差があるゆえ。無礼を承知で言えば、あんな下膳の輩と一緒にされては、我々も―――」

 

「分かった。もう大丈夫よ。玉兎が役立たずなのは知れたことだから。でも、言葉より結果で示してもらった方が早いわ。【臘月(ろうげつ)】もそうだしね」

 

 

 玉兎のダメ出し祭とも言えるだろうか。トヨヒメと隊長格の男は玉兎たちをとことん侮辱しまくっている。

 それを聞いている玉兎たちは、何も言わない。否、何も言えないの方が正しいだろう。

 なにせ、圧倒的な差があるのだから。

 

 

『―――――』

 

 

 それを見て、アナザーフォーゼも怒りを露わにしていた。

 言葉に表すのなら、『理不尽』に対する怒りだ。その怒りを、攻撃にのせ―――

 

 

N S マグネット オン!

 

 

 二対の銃口が、地面に直撃する。

 その一撃だけでは飽き足らず、次々に攻撃が放たれる。兵の列に直撃し、悲鳴が上がる中、隊長格の月人たちはスンとした顔でそれを完全にスルーしていた。

 攻撃の一部が、トヨヒメに向かうも、近くにいた男が前に立ちはだかる。

 

 

「『焔炎(ほうえん)の盾』!」

 

 

 背中の大剣を引き抜き、地面に突き刺すと同時に、目の前が炎に包まれる。

 エネルギー弾が炎の中に突入すると同時に、燃焼していくのが目視できた。

 どうやら、あの男の能力は炎を操る能力なのだろう。

 

 

「おのれ化け物風情が!我らが姫を狙うとは、何たる悪質な所業!皆の者、あの化け物風情を討ち取るぞ!」

 

 

 男の叫びに共鳴し、兵士たちが叫ぶ。

 それを見たアナザーフォーゼは―――。

 

 

『てめぇら、まとめてぶちのめす!!』

 

 

 

 猛々しく叫び、まっすぐ疾走すると同時に、月の兵士たちも突撃する。

 

 

 

 今にて、『零夜』対『月』の戦いが、本格的に始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

「―――――――」

 

 

 月の都の、どこか。

 そこには、二人の女性が、頭の上に手を上げた状態で分厚い手錠をさせられ、拘束されていた。

 

 

 

「―――誰か、助、けて…」

 

 

 

 そして女性は、かすれた声で、誰かもわからない不特定の人物に、助けを求めた。

 

 

 

 




感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24 零れ落ちる炎

クロー オン!

 

 

『はぁ!』

 

「ふんッ!」

 

 

 半透明の鉤爪と、巨大な大剣がぶつかり合い、音が反響する。火花が散り、消えると同時に再び武器が衝突しあう。

 アナザーフォーゼは空中にて大剣の攻撃を捌いていた。大剣が【クローモジュール】とぶつかり合った瞬間に体をねじらせ回転させる。そしてまた攻撃を繰り返すと言った方法で、空中回転を維持し、上空と言う少し有利な場所を取っていた。

 上空を取れば有利になる理由、それは上空から狙えば、敵の体の全体像が見え、体の動きを把握することができ、攻撃のある程度の予測を可能とするからだ。

 現に、アナザーフォーゼはその方法で大剣の大振りな攻撃を捌いている。

 

 だが、相手の方もただ者ではなかった。

 敵の使用している大剣は、刀身だけでも約2mほど。それほど大きな武器は使用者が限られる。使用者もそのくらいの身長がある故か、使用が可能なのだろう。

 そして、剣撃(けんげき)の速度もかなりのものだ。

 隊長格の男はこれほど大きな大剣を、通常サイズの片手剣を振るっているような速度で振るっているのだ。その筋力は異常であることが確認できる。

 大剣と言う一撃必殺系の武器をこれほど多様に使用できるなど、普通の者ではない。

 

 

「どうした化け物!その程度か!?」

 

『こんなの、小手調べ程度だ!』

 

 

エアロ オン!

 

 

 アナザーフォーゼの左足に半透明の【エアロモジュール】が装備される。

 それと同時に周りの大気を大量吸引・凝縮し、一斉に放出する。

 

 

「むぅッ!?」

 

 

 男は突然の強風に驚きながらも、足腰に力を入れ、踏ん張る。

 大剣を地面に刺して固定すると言う方法もあるが、その隙に急所()を攻撃されてしまえば元も子もない。それ故に、己の力で耐えるしかないのだ。

 だが、男は次の瞬間目の間の化け物の行動を目にして驚愕した。

 

 

『ふッ!』

 

 

 アナザーフォーゼは風の反作用の力を利用し、その場から離脱したのだ。

 「逃げる気か…!」と男は激怒の声を上げようとしたその瞬間、男の目の前に大量の矢が降って来た。

 その光景に男は驚きながらも、違う方向を見ると別の隊長格の男が弓を上空に向けて構えていた。

 

 

「遊ぶな、我ら【ヘプタ・プラネーテス】が、穢れた地上人が化けた程度の化け物に遅れを取るな」

 

「ふざけるな!この程度の相手、私一人で問題ない!」

 

『ヘプタ・プラネーテス?』

 

 

 突如謎の単語が出てきたことに困惑するアナザーフォーゼ。

 何かの単語だろうか?それが何を意味するのか、それが分かれば相手のことを少しは理解できるかもしれない。

 それに、『我ら』と言う単語を使っていた時点で、それが何らかの『組織』名であることは確かだ。

 すぐにでもその意味を調べたいが、今は戦闘中だ。いまするべきことではない。

 

 

ガトリング オン!

 

 

 左足に半透明の【ガトリングモジュール】を装備し、連続で銃弾を放つ。

 乱雑に撃ったために、焦点が絞られず、目標は多数にわたった。

 

 

「ぼ、防gyゴブッ!」

 

「か、回避しベビッ!!」

 

「あぁああ!!」

 

 

 兵士たちの悲鳴が響く。

 回避や防御手段がないのか、前方の兵士たちが一瞬にして肉片と化す。

 だが、後方の兵士たちはなにやら機材を準備していたようで、それが半透明の膜を作って銃弾を防いでいた。どうやら、前方の兵士たちが肉壁の役割をしていたことで、設置の時間を稼げたのだろう。

 

 

「――――」

 

「クソっ!化け物風情が…!」

 

「まぁ兵士たちがいくら死のうが、私たちはどうでもよいことなのですがね」

 

「さっさとあの穢れた化け物をぶっつぶすぞ!」

 

 

 四人の隊長格の男は、全員無事だ。だが、死んだ兵士たちのことをなんとも思っていない当たり、人間性が伺える。

 そして豊姫だ。彼女は能力を用いて弾丸から逃れたらしい。アナザーフォーゼは彼女の能力を知っているため、彼女の能力の厄介さを理解している。

 一番恐れているのは、彼女が能力を使用することだが、今の流れでそう言った動きはしていない。

 彼女を警戒しながら、目の前の敵を倒すことに専念する。

 

 

ジャイアントフット オン!

 

 

 右足に半透明の【ジャイアントフットモジュール】を装備し、地面に叩きつけると、大剣の男の上空に巨大な半透明のジャイアントフットが現れ、男を踏み潰そうと落ちてくる。

 

 

「ふんッ!」

 

 

 男は自身の頭を守るように大剣を持ち上げ、押し寄せてくる攻撃から身を守る。

 男が踏ん張ると同時に、男の立っている地面にヒビが入り、割れる。

 

 

「がぁあああああ!!」

 

「情けないにほどがある!」

 

 

 隊長格の一人が軽くジャンプすると突如、水のように体が液状化し空中を(ただよ)いながら男をその身で包みこみジャイアントフットの攻撃から逃れた。

 

 

『―――』

 

「これだからお前はダメなんだ。今回の作戦は共同だと言われているだろう」

 

「だが―――ッ!」

 

「【プロクス】。いい加減にしなさい」

 

 

 冷徹で、冷淡な声が響く。

 その声の主は、【綿月豊姫】――否、『トヨヒメ』だ。彼女は口元を扇子で隠しているが、一番冷たいのその目。どこまでも冷めて、(さげす)んだ目だ。

 その目に、委縮する大剣男―――名は『プロクス』。プロクスはトヨヒメの『叱り』によって、完全に萎えていた。この中(月の軍団)で、この中で圧倒的強者は、トヨヒメのみ。

 下の者が上の者に従うのは当然のことだが、今の場合では完全な力による支配のように見える。

 

 

「あなたが強いことは私も知っているわ。だけどね、今回はチームで戦うように言われてるわよね?あなたの独断が、許されるとでも思っているのかしら?」

 

「め、滅相な!そ、そんなことは…!」

 

「だったら黙って私の命に従いなさい。プロクス。あなたは他の三人と一緒にあの地上人を倒しなさい」

 

「ははッ!!」

 

 

 プロクスはトヨヒメの命に従い、アナザーフォーゼから一時離れ他の二人と合流する。

 そして、各々がそれぞれの武器を構える。

 プロクスは大剣を。

 水となった男は片手剣――レイピアを。

 もう一人の男は三又の槍を。

 最後の一人は弓を所持していた。

 

 

『余興は終わったか?』

 

「ほざけ。余興などではないわ」

 

『あっそ。じゃあさっさとかかってこいよ』

 

「そうさせてもらおう。そして、名乗ろう。我は『火』のプロクス!」

 

「私は『水』の『ヒュドール』!」

 

「私は『海』の『タラッタ』!」

 

「俺は『木』の『デンドロン』!」

 

 

「「「「我ら『ヘプタ・プラネーテス』の四人が、お前を滅ぼす!!」」」」

 

 

『やってみろ!!』

 

 

 『ヘプタ・プラネーテス』と、アナザーフォーゼの激闘が、今、繰り広げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * 

 

 

 

 

 

「はぁ!」

 

 

 『水』の『ヒュドール』と名乗った男が、その肩書のごとく腕を水と変化させてそれを先端の尖ったレイピアに包み込み、、アナザーフォーゼへと突き出す。

 アナザーフォーゼはそれを体を逸らして避け、拳を叩き込むが、ヒュドールの体が水と化し、その攻撃が避けられ――すり抜ける。

 

 

『ちッ!』

 

 

 ヒュドールの能力は、自身を水にすると見て考えた方が良いだろう。

 ヒュドールの能力は、ウィザードの『リキッド』や『バイオライダー』と言ったライダーの能力と酷似している。

 体を液状と化して一切の物理攻撃を完全無視する手段。これ以上に厄介なことがあるだろうかと言うほど面倒くさいのだ。

 

 

『ッ!』

 

 

 突如、背中の方に悪寒を感じたアナザーフォーゼは後ろを振り向き―――

 

 

シールド オン!

 

 

 左腕に半透明の【シールドモジュール】を装備し、背後の悪寒の原因を退ける。

 シールドモジュールにカンカンッ、と独特な金属音が響く。

 そのなにかが地面に落ち、それを見るとそれの正体は矢だった。

 

 

「くそッ」

 

 

 矢を放ったのは、『木』の『デンドロン』と名乗った男だった。

 と言うか、弓矢を所持し使用しているのは彼しかいないので、考えるまでもなかったが。

 

 

『弓矢……なんで弓矢を使ってんだ?』

 

 

 それに、何故銃などが存在している月で弓を使用しているのかが不思議なところだ。

 が、人にはそれぞれのスタイルが存在するため、とやかく言うつもりはない。

 それに、見た目はただの原始的な矢だとしても、なんらかの能力が付与されていると考える以上、当たるのは愚策だ。

 

 

チェーンソー オン!

 

 

 右足に半透明の【チェーンソーモジュール】を装備し、ジャンプする。空中回転して、最後の一人――『海』の『タラッタ』だ。

 タラッタに向けてチェーンソーモジュールを振り回す。タラッタは装備している三又の槍でそれを受けとめる。

 そこでチェーンソーの刃を回して、槍を断ち斬ろうとするが、傷一つ付かなかった。

 

 

「そんな装備で、俺の武器を破壊できると思うなよ!」

 

 

 瞬間、タラッタから大量の水が発生し、アナザーフォーゼを飲み込んでうねっていく。

 タラッタは自身が出した水に乗り、まるでサーフボードに乗っているかのように爽快に波を滑っていく。

 

 

「波は俺の遊び場!なければ作るまで!!」

 

 

 そのまま槍をアナザーフォーゼに突き、アナザーフォーゼは水の中で悶える。 

 波の勢いが合わさった貫通攻撃は強力だ。いくら変身しているとはいえ無傷では済まなかった。

 

 

『だったら…!』

 

 

スクリュー オン!

 

 

 左足に半透明の【スクリューモジュール】を装備し、荒れる水中を波に従って移動する。

 ここで逆らえば、体にダメージがいくために、あえて従う。身体が不自由になるよりはマシだった。

 

 

「移動したところで無駄だ!ヒュドール!!」

 

『なにッ!?』

 

 

 タラッタがヒュドールの名を呼ぶと、突如アナザーフォーゼの体に痛みが走る。

 なにが起きたと考えたが、すぐにその理由は分かった。今攻撃してきているのはヒュドールだ。

 ヒュドールは体を液状化する能力者だ。この荒れる水の中に侵入して、体を自由自在に変形して攻撃してきているのだ。

 

 

エレキ オン!

 

 

 半透明の【エレキモジュール】を装備し、水中の中で電撃を発動させる。

 

 

「うわぁ!!」

 

 

 水に電気が通り、水中からヒュドールが排出された。

 今の攻撃は、エレキモジュールによって水に電気を流して、水となっていたヒュドールに直接攻撃をしたのだ。

 だが、今の攻撃は牽制程度にしかならないため、あまり意味はなかった。

 

 

『(一気にここから抜け出す!)』

 

 

 スクリューモジュールのエネルギーをフル回転させてスクリューの回転速度を最大まで上げる。

 

 

ボード オン!

 

 

 水中を抜け出たアナザーフォーゼはそのまま半透明の【ボードモジュール】を装備し、波をタラッタと同じ要領で滑る。

 そのまま波そのものから抜け出し、空を飛ぶと同時に半透明の【ロケットモジュール】を装備してそれを一人の男に放った。

 行き先は―――

 

 

「――――」

 

 

 デンドロンだ。

 デンドロンの装備は弓矢。ロケットに対抗できるとはとても思えない。

 だが、デンドロンは弓の弦を引き、矢を放とうとしている。

 

 

「――――」

 

 

 無言のまま、デンドロンの弓が放たれる。

 矢はそのまま真っ直ぐ、ロケットへと向かって行き、直撃。

 矢とロケット、どちらが勝つかは明白だ。そのまま、ロケットがデンドロンを直撃―――。

 

 

「ふっ」

 

『なに!?』

 

 

――することはなかった。

 矢はロケットを軽々と貫通し、そのままアナザーフォーゼを襲う。

 アナザーフォーゼはそれを避けようと動くが―――

 

 

「はぁ!!」

 

『ガァッ!!』

 

 

 後ろから鈍い音と共に、アナザーフォーゼは上昇した分落下する。

 あの声は、プロクスだ。プロクスが後ろからアナザーフォーゼを攻撃したのだ。

 そのまま矢が、アナザーフォーゼに直撃した。

 

 

『ウグッ…!』

 

 

「よしっ!当たったぞ!」

 

「あとは楽勝だな!」

 

 

 デンドロンとタラッタの愉快そうな声が響く。

 矢に当たっただけでなんだと言うのだ。少し痛い程度で、他にはなにもない。

 

 

『うッ…!?』

 

 

 突如、アナザーフォーゼの意識が飛びそうになる。

 持ち前の精神力で意識が飛ぶのを耐え、体が倒れるのを足を踏み出して留める。

 心地の良い感覚が、アナザーフォーゼを襲う。これは、『眠気』だ。

 突如襲った眠気が、アナザーフォーゼを夢の世界へと誘おうとしているのだ。

 

 

『な、にを…?』

 

「俺の矢には、とある『実』から採取された汁を塗ってある。それが、心地よい眠りへと誘ってくれるんだよ」

 

 

 デンドロンの説明に、今の状況に説明がついた。

 この眠気の正体はその実から取れる汁だ。

 なんとも心地よい眠気に、なんども堕ちそうになり、何度も抗う。

 ここで眠ってしまえば、『死』は確定。耐えるしかなかった。

 

 そして、何故デンドロンが『弓矢』を使っているのかも説明がついた。

 『弓矢』など原子的で、『銃』を使えばいいのになぜわざわざ弓矢を使ったのか、その理由は毒を仕込むためだった。

 よく見るとこの矢、羽以外は先の方もすべて木材で造られており、鉄などが一切使われていない。

 木材は液体が良く定着するために、あえて弓矢を使用していたのだ。 

 あのとき、もっと考えておけばと後悔する。

 

 

「兵士ども、撃てぇ!!」

 

 

 ここで、今まで傍観していた兵士たちが動いた。

 全員が銃を構え、銃口から光線を放つ。光線がアナザーフォーゼを直撃し、徐々にダメージを蓄積していく。

 何か行動しようと思っても、眠気によって判断能力が鈍っていくために、行動することができなかった。

 

 

「プロクス!!」

 

「分かっている!!」

 

 

 プロクスが自身の大剣に炎を纏わせ、アナザーフォーゼに向かって振るう。

 身動きが取れなかったアナザーフォーゼは大剣に直撃し、ボキボキと嫌な音を響かせながら吹っ飛んでいく。

 転び転んで、大分離された地点でようやく勢いが収まる。

 

 

『クソっ!!』

 

 

メディカル オン!

 

 

 半透明のメディカルモジュールを装備し、薬を注入する。

 零夜としての能力を使用してボロボロになった骨を繋いで、そこから徐々に骨が治っていくのが分かる。

 眠気も少しずつだが治ってきている。このまま時間さえ経てば―――

 

 

「次はこれだぁ!!」

 

「喰らいやがれ!」

 

 

 ヒュドールとタラッタの声が聞えると同時に、二人の武器がアナザーフォーゼを吹き飛ばす。

 かすれた瞳の目の前には、すぐそこに二人がいたのだ。

 一体、どうやってここに?動いているようには見えなかった。まるで一瞬でそこに現れたような―――

 

 

「―――――」

 

 

 そうか。そうだ。そうじゃないか。

 『瞬間移動』だ。『ワタツキノトヨヒメ』だ。

 彼女がいることをこの数分ですっかり忘れていた。彼女の能力で、二人を移動させたのだ。

 その証拠にかすれた目でうっすらと見えた、彼女の笑っている目が、それを物語っていた。

 まったく戦闘に参加しないと思っていたら、こういったところで参加していたのだ。

 

 アナザーフォーゼは苦し紛れにモジュールを装備する。

 

 

ランチャー オン!

 

 

 半透明の【ランチャーモジュール】からミサイルが発射され、ヒュドールとタラッタを襲う。

 ヒュドールは体を液状化させて攻撃を回避。

 タラッタは大量の水を発生させて波に乗り、華麗に避けていた。

 

 

「追加!」

 

 

 何者かの声が響くと同時に、背中に痛みが走る。

 その何かは背中で停滞しており、痛みを我慢してそれを引き抜くと、それはデンドロンの矢だった。

 

 

『あが――ッ』

 

 

 そして、再びアナザーフォーゼを襲う眠気。

 しかも今度は先ほどの巣歩合の量が体に投与された。今のアナザーフォーゼが耐えるか耐えられないかの境目にまで至っている。

 何も抵抗できないアナザーフォーゼにプロクスが追い打ちをかける。

 

 

「はぁあああああ!!」

 

 

 今度は、拳だ。

 炎を纏った拳が、アナザーフォーゼに直撃したのだ。

 

 

『あがぁあああああ!!』

 

 

 悲鳴を上げ、アナザーフォーゼは地面に転がった。

 

 

『(クソ…ッ、眠気が邪魔して、能力で無効化できない…!)』

 

 

 

 零夜の能力を使えば、毒などは即座に消える。

 だが、眠気がそれを邪魔してまともに解毒することができなかった。

 

 

「諦めろ、地上の民」

 

「お前では私たちに勝つことはできない」

 

「私たちの力を甘く見過ぎた結果だ」

 

「俺達のチームワークを舐めすぎたな」

 

 

 四人の嘲笑う声がアナザーフォーゼの耳に木霊する。

 そんな中、アナザーフォーゼの頭にある光景がフラッシュバックした。

 

 

――――

 

――――――

 

――――――――

 

 

 

 嫌いだ。この言葉、この感覚、この感情。

 向けられてくるこの悪意が、すべてが嫌いだ。

 

 

『死んじまえクソ野郎!!』

 

『お前のせいで、どれほどの人の心を傷付けた!?』

 

『お前なんか、この世に生まれてくるべきじゃなかったんだ―――!』

 

 

 向けられてくる罵詈雑言が、彼を襲う。

 この言葉、嫌いだ。捨てたはずの過去が、今になって彼を襲う。

 

 

 

 ウルサイ。 ダマレ。 ナゼソンナコトガイエル。

 

 

 

 そんな言葉が、彼の脳裏に浮かぶ。

 怒りが、悲しみが、負の感情が、彼を襲う。

 

 

 

 

―――もう、死ねよお前等――――

 

 

 

 

「グハァ!!」

 

「なッ!?」

 

「そんな、ありえない!」

 

「バカな、どうして動けて…!?」

 

 

 

 化け物の拳が、プロクスを襲った。

 痛みに悶えるプロクス。

 驚愕するヒュドール。

 目の前の事実に理解しきれないタラッタ。

 困惑するデンドロン。

 

 

「その、姿は…!?」

 

 

 その次に、またデンドロンが驚愕と困惑の声を出した。

 目の前には、『青い炎』によって皮膚が爛れたように崩れ落ちる、さっきまで絶命寸前だと思われた化け物。

 崩れ落ちた皮膚の下から、また別の化け物が生まれた。

 

 その化け物の見た目は黄色い複眼の奥にある小さな眼、筋骨隆々としたマッシブな体型と、ボディ各部に走っている赤い血管のようなものは歪みに歪んでいる。

 右肩にはFAIZの文字が、左肩には2003の数字が刻まれた怪物が、怪物の中から生まれたのだ。

 その怪物の名は―――

 

 

 

ファァイズゥ!

 

 

 

 

 ――――アナザーファイズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 月の兵士たちは困惑していた。

 遠目から見てもわかっていた。怪物の中から、また怪物が生まれたのだ。

 そして、困惑しているのは豊姫も同じだった。

 

 

「一体、どういうこと?いえ、そんなことより、今の動き、とても眠気に襲われている者の動きではなかった…。一体、どうやって解毒したというの…?」

 

 

 アナザーフォーゼを眠りにつかせていたのは、とある木から栽培された『実』の汁だ。

 彼女は上司である『神』からこれの栽培を命じられ、デンドロンに命令して育てていた。この木はその『神』が『神の木』と呼んでいたものだ。

 その正体はトヨヒメですら知らないが、穢れが発生しないのならいいかと思っていた。それに、その『実』の睡眠作用は強力だ。どんなものだって眠らせる自信がある。

 それなのに、一体、どうやって…?

 

 

「とにかく、今は情報を集めるのが先ね。『ヘプタ・プラネーテス』。私の役に立ってもらうわよ」

 

 

 

 

 

『グガァアア…!』

 

 

 化け物は―――アナザーファイズはその場に佇んでいた。

 アナザーファイズの能力で保管している魂を媒介にして焼却。状態異常を完全回復したのだ。

 生命エネルギーの力は未知数だ。故に、こういったことに使用することができたのだ。

 

 

「よくも…私の顔に傷を!!」

 

 

 攻撃されたことにプロクスは怒り、激情のままに大剣を振るった。

 縦一直線に振るわれた大剣はそのままアナザーファイズに向かって行く、その瞬間、残像の様にアナザーファイズの姿が消えた。

 

 

「なに!?」

 

 

 一瞬の出来事にプロクスは困惑し、辺りを見渡したが、アナザーファイズの姿は皆無。

 

 

「どこにいった―――グガッ!!?」

 

 

 刹那、プロクスが傷みに悶えた。

 その痛みは、腹から来ていた。己の腹を見る。そこには、化け物の腕がプロクスの腹を貫通していた。

 まさか、あのスピードで自分の後ろに周り、硬い鎧を突き破って攻撃してくるなど、思いもしていなかったプロクスには、この結果は予想外だった。

 

 

「プロクス―――ッ!」

 

 

 ようやくそのことに気付いた三人が、腕を貫通させている化け物。アナザーファイズへ攻撃を加えようとした瞬間。

 

 

「あ、が…ッ」

 

 

 プロクスの体が青い炎に包まれる。

 その現象に動きを止めてしまう三人。

 青い炎が、プロクスの体を浸食する。顔がボロボロになっていくのがその目で確認できた。

 

 

「―――――」

 

 

 プロクスの体が、鎧が、すべてが灰になり、崩れ落ちる。

 プロクスは、断末魔を上げることなく、その生涯に幕を閉じた。

 

 

「プロクスゥウウウウ!!!!」

 

「よくもプロクスをォ!!」

 

「なッ、待てヒュドール!タラッタ!!」

 

 

 デンドロンの静止を聞かずに、二人はアナザーファイズへと攻撃をしようと地面を駆ける。

 タラッタは大量の水を召喚して、アナザーファイズを飲み込む。同時にヒュドールも液状化してその波に溶け込む。

 大量の水の中、唯一水に成れるヒュドールは、アナザーファイズの姿を探した。

 

 

「(おかしい…見つからない!?)」

 

 

 だが、その姿を見ることは出来なかった。

 まさか、あの時飲み込んだつもりが、避けていたのか?

 すぐにタラッタに伝えなければ、そう思い水上に上がって実体化する。

 

 

「タラッタ!!この中にヤツはいない!」

 

「なんだと!?」

 

「すぐにヤツを探して――――」

 

「ヒュドール避けろ!!」

 

 

 突然のタラッタの叫びに、困惑するヒュドール。

 後ろを振り向くと、そこにはもう直撃寸前の両足キックの構えをしたアナザーファイズの姿があったのだ。

 この時すぐに体を液状化すれば避けれたのだが、ヒュドールは体を液状化することができ、自分に物理攻撃が効かないことを知っていた。だからこそ、慢心していた。避ける必要がないと。

 だが、その一秒後に、それが慢心だったと知った。

 

 

「ウガァ!!?」

 

 

 痛みを、感じた。

 感じるはずのない、痛みを。

 そのまま、ヒュドールの体をアナザーファイズは貫通する。

 

 

「ヒュドールゥウウウ!!!」

 

 

 そのまま水を解除し、ヒュドールへと駆け寄ろうとするが、ヒュドールの死体はすでになかった。

 ヒュドールも生涯を終えた。

 

 ヒュドールを倒した方法。それはアナザーファイズの必殺技、『クリムゾンスマッシュ』によるものだ。

 ヒュドールの能力は、体自体を水にする能力であり、アナザーファイズの必殺技を喰らう瞬間も、実体を持ってはいたものの、体は水だった。

 だが、喰らった攻撃が悪かった。

 『クリムゾンスマッシュ』は着弾時に敵の分子構造を分解し、破壊する技だ。

 ヒュドールの体を直撃した瞬間に水の分子構造を破壊されたのが、ヒュドールの敗因だった。

 

 

「クソっ、よくもヒュドールを!!」

 

 

 タラッタは三又の槍でアナザーファイズに駆け寄る。

 アナザーファイズは刀身が円柱状の一角がギザギザに尖った禍々しい見た目をした剣を取り出し、タラッタの槍と対峙する。

 

 

「貴様を、絶対に殺してやる!!」

 

 

 タラッタの威勢とは裏腹に、アナザーファイズの態度は冷静としていた。

 無言のままベルトの部分を操作すると、赤黒い光がアナザーファイズの武器に移動する。

 すると、タラッタの武器がアナザーファイズの武器に触れているところから徐々に青い炎が灯されていき、タラッタの槍が灰と化した。

 

 

「なッ―――ガブッ!!」

 

 

 自身の武器が灰となったことに驚愕したタラッタを次の瞬間襲ったのは、強烈な蹴り。

 地面を転がり、勢いがなくなったと同時に立ち上がろうとした瞬間、自身の腹が青く燃えていることに気付く。

 そして、理解する。

 自分は死ぬのだと。

 

 

「いやだ…!死にたくな――」

 

 

 タラッタの叫びも虚しく、灰燼と化していった。

 

 そして、残るはデンドロンのみ。

 彼は静かに弓を構えた。

 

 

「貴様…一体どうやって『実』の効果を、いや、そんなことはどうでもいい。よくもプロクスたちを…!」

 

『殺す覚悟ができていて、殺される覚悟がなかったのか?』

 

 

 アナザーファイズの言葉はとてつもない正論だ。

 人を殺すと言うことは、人に殺される覚悟もしなければいけない。

 それが、弱肉強食の摂理だ。

 だが―――

 

 

「黙れ!月の民は狩り、地上の民は狩られる!そのルールが絶対なのだ!その節理を犯した貴様を、俺は決して許さん!!」

 

 

 プライドの高い月の民は、その節理を真っ向から否定した。

 もともと、死から逃れるために月へやって来た存在だ。死を極限まで嫌っている彼らからすれば、地上の人間は不快でしかなかった。

 見下していた相手と、立場が逆転したと言うことを、意地でも認めなかったのだ。

 

 

『―――もういい、死ね』

 

 

 アナザーファイズが武器を持ち、その場で立ち尽くす。

 デンドロンは固唾を飲み、弓矢を構え、アナザーファイズをロックオンする。

 両者動かないまま、しばらくの静寂が包み―――

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 矢が、放たれる。

 矢は空を切り、アナザーファイズへと向かって行く。アナザーファイズは動かず、立ち尽くしたままだ。

 そして矢が当たる瞬間、アナザーファイズの姿は掻き消える。

 

 この場面を、プロクスで一度見た。

 後ろへと回られ、腹を貫かれた場面を。

 

 

「そこだ――ッ!!」

 

 

 デンドロンは片手で持っていた弓でアナザーファイズを殴った―――つもりでいた。

 殴っていたのは、虚空だった。

 

 

「な――ゴブッ!」

 

 

 腹に激痛が走る。

 腹を見れば、そこにはアナザーファイズの武器が、デンドロンの腹を貫通していた。

 それと同時に、武器に赤黒い光が発光すると、そこからデンドロンの体が青い炎に包まれる。

 

 

「そんな、バカ、な…」

 

 

 デンドロンも灰燼と化して、今ここで『ヘプタ・プラネーテス』の四人はこの世から消滅した。

 

 

『―――――』

 

 

 デンドロンの灰が、風によって流れていく。

 それを見届けたアナザーファイズは、血塗られた武器を振るい、血を(はら)った。

 血を掃った後、小さな眼が存在する大きな複眼があるものを捉える。

 

 

 複眼に映るのは、『ヘプタ・プラネーテス』の四人が無残に殺されて怯える兵士たちと、こちらを睨んだトヨヒメがいた。

 

 

 そして―――

 

 

『うぉおおおおおおお!!!!』

 

 

 

 アナザーファイズは自身の武器を構え、月の兵士たちへと突撃したその数秒後、兵士たちの断末魔が、月に虚しく響いた―――。

 

 

 




 感想お願いします。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25 始めての殺害

仮面ライダーの映画、面白かったなぁ~

あ、メリークリスマス、デス!

それでは、どうぞ!



『はぁ…はぁ…はぁ…!!』

 

 

 『月』。そこは空気が存在しない、生物が生きることのできない空間。

 その月に、一人の化け物が、存在していた。

 化け物はその手に持った円柱状の刀身の一角がギザギザに尖った武器を振るう。それと同時に、武器から垂れていた大量の血が辺りに飛ぶ。

 

 

「……まさか、ここまでするなんて、ね」

 

『――――』

 

 

 静寂が辺りを包む中、一人の女性の声が、化け物へとかけられた。

 化け物はその方へと振り向く。そこいるのは、腰ほどもある長さの亜麻色の髪と金色の瞳。服装は長袖で襟の広い白いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ている女性―――【綿月豊姫】だ。

 彼女は今まで開いていた扇を閉じ、化け物を睨みつける。

 

 

『―――あとは、お前だけだ』

 

 

 化け物――――アナザーファイズはそう冷徹に、目の前の女性にそう告げる。

 

 

「あら、私に勝てると思っているのかしら?」

 

 

 アナザーファイズの殺意全開の予告にも、全く動じないこの女。

 彼女の名は【綿月豊姫】。地面に血塗れで倒れ伏している()()()()()()()の指揮者だった者だ。

 兵士たちは全員倒れ伏し、残りは彼女―――だけではない。

 

 

「それに、兵士たちを全員失ったワケでもないし、ね」

 

 

 トヨヒメが指を鳴らす。

 すると、彼女の後ろに剣銃を構えた玉兎たちが現れる。

 

 

「第二部隊よ。第一部隊より役立ってくれるといいんだけど…」

 

 

 トヨヒメは体を少し逸らして玉兎たちに、そう嘲笑うような眼で見た。

 その眼を見た玉兎たちは完全に委縮していた。

 そして、今出現したのが第二だと言うことは、第一は全滅したと暗示していた。その証拠に、玉兎たちの亡骸(生者)が、転がっていたからだ。

 それが、目の前の化け物が殺した(気絶させた)のだろうだ。

 

 それを聞いた玉兎たちの反応は、さまざまだ。

 ただ単純に目の前の化け物と戦うことを恐れる者。

 その死体(気絶)を見て悲しむ者。

 それを見て、怒る者。

 

 

「玉兎たち、何をしているの?さっさと攻撃しなさい!!」

 

 

 怒声にも似た声でトヨヒメがそう叫び、慌てた玉兎たちは即座に剣銃を構え、発砲した。

 光線がアナザーファイズを襲う。武器で光線を撃ち落とすその行動の最中(さなか)、アナザーファイズの肌が突如変化する。

 上半身に白と黒の皮膚が再生され、それは、当初の化け物姿へと戻ったのだ。

 

 

フォォゼェェ!

 

 

 アナザーファイズはアナザーフォーゼに成り、ベルトを操作した。

 

 

ランチャー オン!

 

 

 半透明の【ランチャーモジュール】を装備し、ミサイルを一斉に放つ。

 追尾機能を持つミサイルは玉兎たちへと向かって行く。

 玉兎たちは抵抗するべく、剣銃から光線を放つが、追尾機能がそれを邪魔して悉く光線を回避する。

 やがて、ミサイルが豊姫をすり抜け、玉兎たちを襲う。

 

 

「うわぁあああ!!」

 

 

 一人の玉兎が、悲鳴を上げる。

 爆発して、自分の体が爆散する未来を想像してしまったのだろう。

 やがてその恐怖は感染していき、周りの玉兎たちが一斉に逃げ出す―――前に、直撃。

 爆発して、玉兎たちの死体が出来上がる―――ことはなかった。

 

 

「えっ?」

 

「なに、これ!?」

 

「絡まって…」

 

「動けない!?」

 

 

 玉兎たちに直撃したミサイルは、爆発することなく、()()()()()

 ミサイルが当たった瞬間に網へと変化し、玉兎たちの動きを封じたのだ。

 この捕縛には【仮面ライダーフォーゼ・コズミックステイツ】の能力を用いた方法だ。

 コズミックステイツにはモジュールに他のスイッチの効果を重ねがけすることができる能力を持っている。

 【ランチャー】と【ネット】。この二つのスイッチの効果を重ね掛けすることによって、直撃した瞬間に網状のエネルギー体で捕縛することに成功していた。

 

 

「網……どういうつもりかしら?」

 

『玉兎たちには、聞きたいことがあってなぁ。今回は誰一人として殺すつもりはない。無論、転がってる奴らも生きてる』

 

 

 アナザーフォーゼのその言葉に、玉兎たちは仲間がまだ生きていることと、自分たちが殺されることがないという安堵が顔に出てきた。

 だが、それも一瞬のうち。

 豊姫の冷徹な目が、玉兎たちの顔を一瞬にして恐怖に変えたのだ。

 

 

「煩わしいわね…。まさか、私が二度も手を下すことになるなんて」

 

『煩わしいのはお前だ。用意周到に準備したものも、万策尽きたか?』

 

「…口は減らないのね」

 

『お互い様だろ』

 

 

 ―――しばらくの沈黙が続く。

 ただ、沈黙が続く中、二人が手を動かす。

 トヨヒメは手に持った扇子を半分ほど開く。

 アナザーフォーゼは半透明の【ロケットモジュール】を起動する。

 

 

『はぁ!!』

 

 

 先手必勝。

 先に動いたのは、アナザーフォーゼだった。

 アナザーフォーゼはロケットモジュールを突き出し、エンジン全開でトヨヒメへと急接近する。

 トヨヒメは特に何も動く動作をすることもなく、すまし顔でその光景を眺めている。

 

 

「――――」

 

 

 ロケットモジュールが、トヨヒメの顔面に当たるその瞬間、トヨヒメの姿が掻き消える。

 それを認知したアナザーフォーゼはロケットモジュールのエンジンを急停止させて地面に踏みとどまる。

 

 

『――――ッ!!』

 

 

 そのとき、突如背中に悪寒を感じた。

 直感だった。すぐに体を下げると、一つの細い腕が横掃らわれた。

 アナザーフォーゼが顔を少し後ろに向けると、そこにはいつの間にかトヨヒメがいて、背後から攻撃を仕掛けていた。

 それを見たアナザーフォーゼは半透明の【シザースモジュール】を装備してトヨヒメへと突き出す。

 そのときに、トヨヒメの口角が少し上がったと同時に、また姿を消した。

 すぐに気配を探って、トヨヒメの姿を5mほど離れた場所で確認できた。

 

 

『お前の能力か……!』

 

「正解。これが私の能力よ」

 

『瞬間移動の能力、厄介極まりないな』

 

 

 アナザーフォーゼ―――零夜は彼女の能力を知っている。

 彼女の、綿月豊姫の能力は【海と山を繋ぐ程度の能力】。

 量子論を応用し月と地球、表の月と裏の月を繋ぐ事や、月と地上など、遠距離を瞬時に結びつけて、自分が自由に行き来したり、他人や物体をワープ・転送する事が出来る能力。

 要するに瞬間移動能力。

 

 先ほどの彼女は『己の立っていた地面』と『アナザーフォーゼの後ろの地面』を繋ぎ、一瞬にして移動したのだ。

 その移動速度は、最速を誇るだろう。

 

 

『―――だが』

 

「―――?」

 

()()()のは、お前の専売特許じゃねぇ』

 

 

 瞬間、アナザーフォーゼの姿がトヨヒメが瞬間移動した時と同様、掻き消えた。

 トヨヒメの背中に、悪寒が走る。手を振り払う、そこにはなにもない。

 先ほどと同じ場所を振り向く。そこにはいた、アナザーフォーゼが。

 

 

「(一体、なにを…?まさか、私と同じような能力を持っているとでも?)」

 

 

 当然、トヨヒメが疑問に思う。

 もし本当にアナザーフォーゼが使用した能力が自分と同じような能力だとすれば――

 

 

「―――ギリッ」

 

 

 トヨヒメはあまりの悔しさに歯を(きし)ませる。

 トヨヒメの能力は今までに類を見ないほどの移動速度と範囲を誇る能力だ。一瞬にして軍団を移動させることも可能で、さらには軍事行動の補助にも使用でき、宇宙空間へ敵を放り出すと言う攻撃にも多様できる能力だ。

 それはとても素晴らしい能力だ。

 だからこそ、彼女にとって目の前の存在は、不愉快でしかなかった。

 

 自分と言う存在と、同じ能力を持っているから。

 トヨヒメはそれを信じて疑わない。

 事実、彼女の能力は唯一無二の能力()()()から。

 それでも、彼女の強みが消えたわけではない。彼女の手の中には存在している、月の中でも最強を誇る兵器を。

 

 

「――――」

 

 

 トヨヒメは手に持った扇子を広げ、アナザーフォーゼに向けて構える。

 それを見たアナザーフォーゼは、より一層警戒を強める。

 

 

「あら、この扇子の恐ろしさを理解したのかしら?」

 

『ヤバイ気配がビンビンときやがるからな』

 

「これは月の最新兵器の一つ。『森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす扇子』よ。これを喰らいたくなければ、素直に降伏することね。そうすれば、命だけは助けてやらないこともないわよ?」

 

 

 トヨヒメはそう笑うが、明らかに嘘であることは分かり切っている。

 いや、正しくはその境界線が曖昧なのだ。やらないこともない、と言っていることは、降伏すれば残された運命は二択のみ。

 殺されるか、殺されないかだ。

 だが、さっきまで殺すつもりで進撃してきた者が、敵を殺さない理由など、どこにあるのだろうか?否、ない。

 事実、トヨヒメの笑みに潜む感情は、怒りだ。

 優位だったはずの味方(手駒)が、ほぼ殺されたことによる怒り。

 

 

『誰が降伏なんてするか。バカか?』

 

「…まだ、そんな大口を叩けるなんて、よほどの命知らずなのかしら?」

 

『おしゃべりが好きなヤツだな。いいからさっさとかかってこい』

 

「―――お望み通りに、してあげるわよ!!」

 

 

 トヨヒメ

は扇を三分の一ほど開くと同時に、扇を大振りに横に振るった。

 刹那、一瞬にしトヨヒメの前方の地面が横の範囲に広がりながらアナザーフォーゼに向かって抉れていく。

 地面の抉れ方は扇型。故にアナザーフォーゼが今いる場所から避けるためには左右のどちらかに、かなり遠い範囲にまで避ける必要がある。

 アナザーフォーゼは頭脳をフル回転して回避方法を模索する。

 攻撃速度は一秒に約3メートルほどとかなりの速度だ。つまり、避けるにはそれ以上の速度を要求される。

 とりあえず、移動手段の全てを回避につぎ込む!

 

 

ロケット オン!

 

ランチャー オン!

 

ウォーター オン!

 

ウインチ オン!

 

 

 半透明のモジュールを右腕、右足、左腕、左足に装備して、すぐさま横に飛ぶ。

 ロケットの火力、ランチャーのミサイル着弾の爆発による衝撃、ウォーターの水圧、ウインチのロープを障害物に巻き付け、ロープを巻き取って己の体を最大限にまで牽引(けんいん)する。

 アナザーフォーゼの体が引っ張らたその瞬間に、その場の地面が広々と抉られる。

 

 

「…よく避けれたわね」

 

『―――――』

 

 

 アナザーフォーゼは無言だが、その実内心かなり焦っていた。

 三分の一を開いただけでこの威力、これがすべて開かれていたとしたら、その攻撃はもう洒落にならない。

 トヨヒメも被害が大きすぎることを考慮しているのか、最初から全開で来ることはなかった。だが、ただ遊ぶために本気を出していない可能性もあるが。

 ともかく、今大事なのはあの扇をどうにかすることだ。

 彼女の最強の武器はあの扇。あれをどうにかすることで勝敗が決される。

 

 

『だが、お前自体は対して強くない。その扇を無効化すれば、勝敗は決される』

 

「無駄よ。いくらあなたが私と同じような能力を持っていようとも、この扇だけはどうすることもできない」

 

『やってみれば、分かる』

 

「無駄な足掻きだと言うのに―――ね!!」

 

 

 ―――そのとき、アナザーフォーゼの姿が掻き消えた。

 トヨヒメは自身の繋げる能力を自分にではなくアナザーフォーゼへ使用したのだ。

 そして、繋げた先は―――。

 

 

「あなたには、特別な切符を上げたわね。表の月(宇宙空間)と言う名の、地獄への片道切符をね…」

 

 

 表の月(宇宙空間)

 この生物が存在できている『月』が、裏の月ならば、表の月は宇宙空間。つまりは空気が存在しない場所。生物が、生きていることのできない月だ。

 アナザーフォーゼは、その場所へ―――死地へと強制移動させられたのだ。

 

 

表の月(宇宙空間)に移動させられた以上、生存確率は0。私の能力は、自分にだけ使えないなんてことはないのは、とっくに見せていたはずなのに。やっぱり、地上人は低脳ね」

 

 

 もうその場にいない人物にさえも、容赦なく罵詈雑言を浴びせるトヨヒメ。

 同じ能力を持っていたとしても、無酸素状態ではロクに頭も働かず、能力を発動する間もなく

 それに、もういない人物には用はない。

 

 

「さて、この子(奴隷)たちを解放しないt―――『何勝手に終わらせてんだ?』なッ!?」

 

 

 いるはずのない、ありえなかったはずの声が、トヨヒメの後ろで響いた。

 慌てて後ろを向くとそこには、黄色い複眼の奥にある小さな眼、筋骨隆々としたマッシブな体型と、ボディ各部に走っている赤い血管のようなものは歪みに歪んでおり、右肩にはFAIZの文字、左肩には2003の数字が刻まれた怪物が、アナザーファイズがそこにいた。

 

 

ファァイズ!!

 

 

「どういうこと!?確かに表の月(宇宙空間)へと繋げたはずなのに!!」

 

『今の俺は、宇宙空間でも生きられる体なんだよ!』

 

「なッ…そんなのが、地上人に―――!」

 

『本当、突然で驚いた。俺じゃなきゃ死んでたぜ』

 

 

 アナザーフォーゼは宇宙空間でも生存が可能だ。

 故に表の月(宇宙空間)に放り出された程度では死ぬことはない。

 先ほどいた場所の座標はとっくに把握しているため、あとはアナザーファイズの高速移動能力で元の場所に戻るだけだった。

 

 

『死ねッ!!』

 

 

 その行動の瞬間に、アナザーファイズが高速で移動し、トヨヒメに拳を叩き込むために拳を振るう。

―――が、案の定と言っていいのだろうか。トヨヒメは再びその場から姿を消した。

 

 

「―――表の月(宇宙空間)でも死なないことには驚いたけど、所詮はその程度なのね」

 

 

 その声は、アナザーファイズの後方から聞こえた。

 アナザーファイズが振り向くと、トヨヒメは先ほどまでアナザーファイズがいた場所にまで転移していたのだ。

 彼女は手の扇を三分の一開いたまま、口元を隠して穏やかに笑う。

 先ほどまで表の月(宇宙空間)で死なないことに驚愕していのに、適応するのが早すぎるだろ、とアナザーファイズは思ってしまう。

 いや、ただ思考を放棄しただけかもしれないが、今はどうでもいい。

 

 アナザーファイズは再び超高速を駆使してトヨヒメへと近づき攻撃を仕掛けるが、悉く瞬間移動で避けられる。

 アナザーファイズも負けずと気配を察知した瞬間に居場所を把握して攻撃を仕掛けるが、それでもトヨヒメの移動速度が優れており、なかなか攻撃を当てることができない。

 

 

「無駄よ。私の速度の方が早いわ。そして、攻撃力もね!!」

 

 

 再び今の状態の扇を振るい、浄化の風を巻き起こす。

 狂気の竜巻が、アナザーファイズを襲い、超高速を駆使して風を再び回避する。

 

 

『あの攻撃は、アナザーファイズの方が避けやすくていいな』

 

 

 高速移動手段を持つアナザーファイズの姿の方が、何かとトヨヒメ相手だと戦いやすい。

 攻撃手段のバリエーションが豊富なアナザーフォーゼもいいのだが、あれでは回避に心ともない。

 零夜の能力を使用すれば万事解決なのだが、人間、何かと一つの力を使っていると他の力を使うのを頭の隅に追いやってしまうものだ。

 つまり、切り替えが難しいのだ。

 

 豊姫のようなあまり頭を使わず感覚などで対応できる相手には、この方法がちょうどよいのだ。

 

 

『俺の力を使うのを、度々忘れちまうな…』

 

「もうそろそろ自己暗示は終わったかしら?」

 

『自己暗示じゃねぇよバカ野郎。少し欠点を見直してただけだ。この欠点さえ克服できりゃ…お前なんてイチコロなんだよ』

 

「言ってくれるじゃない…!!」

 

 

 アナザーファイズの煽りがトヨヒメの逆鱗に触れたのか、今度は扇を二回連続、クロスを描くように仰いだ。

 ×字になった風の刃とも言ってもよいほどの激風が、アナザーファイズを襲った。

 だが、この時アナザーファイズは―――。

 

 

『フッ!!』

 

 

 風に向かって一直線。爆走して向かって行く。

 当たれば即死の風に一直線に走ると言う凶行を目にして、流石のトヨヒメの驚きを隠しきれなかった。

 

 

「一体なにを――!?」

 

 

 地面を抉る風と、アナザーファイズがぶつかり合うその瞬間、アナザーファイズの姿が掻き消える。

 それに目を見開くトヨヒメだったが、すぐに何をしたのかを理解した。

 

 

『―――――ッ!!』

 

「――くッ!」

 

 

 アナザーファイズの武器と、トヨヒメの扇がぶつかり合う。

 衝撃波が走り、辺りに振動が響く。

 

 

「その移動方法は…!」

 

『怒りに包まれているお前なら、忘れてくれてると思ったんだよ。案の定、俺が繋げる能力者だったってこと、頭からすでに除外していて、助かったぜ』

 

 

 アナザーファイズは、零夜の『繋ぎ離す程度の能力』を用いて、トヨヒメの背後へと移動した。

 トヨヒメの移動能力は厄介だ。場所を特定しても攻撃する直言に避けられてしまう。逆に、それで遊ばれていると思う。

 その壁を崩すために、トヨヒメを動揺させる必要がある。動揺すれば少しの隙が生まれる。

 それにトヨヒメはアナザーファイズの煽りによって激昂状態だ。人は怒りに包まれると、視野や思考の幅が狭まる。目の前の情報しか考えることができず、先ほどまで得た情報を扱うことができない等多々ある。

 そして、アナザーファイズが使う零夜の能力を完璧に思考から除外していたのだ。

 

 そして、これは好機だった。 

 結果、トヨヒメの動揺を生み出すことに成功し、一気に距離を縮めることに成功したのだ。

――――あとは、アナザーファイズの勝ちで決まる。

 そう、断言できたのだ。アナザーファイズには。

 

 

『はぁ!!』

 

 

 アナザーファイズの蹴りが、トヨヒメに直撃する。

 腹を蹴られたトヨヒメは悶え、「カハッ…!」と声を上げる。

 地面を転がるトヨヒメを見て、アナザーファイズは何もしない。追撃のチャンスを自ら棒に振ったのだ。

 そして、それには意味があった。

 

 

「クソっ!!」

 

 

 唸り散らして悔しみの声を上げたトヨヒメはすぐに能力を行使してその場から移動する。

―――が、移動先で、トヨヒメは愕然とした。

 

 

『フンッ!』

 

「うぶっ!!」

 

 

 なんと、移動先にはすでにアナザーファイズがいたのだ。

 アナザーファイズの拳が、トヨヒメの胸の下当たり―――肺に直撃した。

 バカな―――!、と、トヨヒメは激憤する。

 アナザーファイズは、何をした?どうやって自分が転移したと同時に目の前に現れた?

 トヨヒメが転移したその一秒後に目の前に転移してきたのなら分かる。自分の居場所を特定した状態で転移したのだから。

 だが、動きを予測して同じ場所に転移した?そんなことは先ほどの行動でできないことは立証済み。

 一体、どうやって―――!?

 

 

『どうしてか、教えてやろうか?』

 

 

 アナザーファイズの冷静な声がトヨヒメの頭の中に響く。

 その声を聴いて、完全に思考が停止するトヨヒメ。彼女は今、理解不能の状態に陥り、情報を欲しがっていた。故に、情報が聞けると聞いて、考える行為を停止したのだ。

 それに、肺が回復するまでの時間稼ぎにもなるからだ。

 

 

『お前に攻撃を当てた瞬間、俺の勝利は決まっていた』

 

「ど…う、いう――」

 

『俺がお前に触れた瞬間、俺は、俺とお前を能力で()()()

 

「繋いだ…?あなたと、私を…?―――まさか!」

 

『そう、これでお前はもう、俺から逃れられない』

 

 

 アナザーファイズの言っていることを、簡潔に説明しよう。

 まず、アナザーファイズはトヨヒメに攻撃を当てた瞬間に能力で自身とトヨヒメをリンクさせたのだ。

 つまり、能力という名の糸で繋がっている今なら、トヨヒメが移動しても一緒にアナザーファイズも移動すると言うことになる。

 防御手段のないトヨヒメにとって、まさにこの状況は死活状態だった。

 それを理解したトヨヒメは、ほぼ絶望状態ながらも、フラフラと立ちあがる。

 

 

「それ、でも、この扇さえ、あれば―――ッ!?」

 

 

 そのとき、トヨヒメの手にあった扇が()()()()

 それはまるで、磁石のS極とS極が、N極とN極がぶつかり合い、反発した瞬間のようだった。

 突然の状況に、トヨヒメは訳も分からずただ弾かれ空中に舞う扇を、その光のない瞳で、見ていることしかできなかった。

 

 

「な、んで…?」

 

『俺の能力は、繋ぐだけじゃねぇんだ。引き離すことだってできる。もうお前を守るものは何もねぇ』

 

「くッ―――!」

 

 

 試しにトヨヒメは自身の手と扇を繋ぐが、扇が自身の手に戻って来ることはなかった。

 と、いうより、なんらかの力によって阻害されていた。これが、あの怪物の能力なのだろうと、トヨヒメは納得するしかなかった。

 磁石で例えれば、今トヨヒメと扇は、両方が一極単である状態。お互いが反発しあい、繋がれることのない状態だ。

 彼女の能力を磁石で例えれば、SとNを一つずつ持っているだけ。だが、彼の能力はSとNを二つずつ持っている。

 その違いだけで、優劣はとっくに決まっていたのだ。

 

 トヨヒメは自身の脳をフル回転させ対策を考える。

 自分を移動させても、アナザーファイズはしっかりとついてくる。扇を拾う前に攻撃されるのがオチだろう。

 同じく、拠点に逃げても必ず付いてくるために逃げるわけにはいかない。

 この繋がりを断ち斬る必要があるが、繋がりを断ち斬ることは、豊姫の能力状不可能であり、第一、能力の糸を斬る方法など、ない。

 

 

『まだ納得いってないのか?ならもっと簡単に言ってやる。違いがあるとすれば、磁石で例えりゃお前が持っているのはSとNをそれぞれ一つずつ。だが、俺はSとNを、二つずつ持ってた。ただ、それだけの違いなんだよ』

 

「――――」

 

 

 アナザーファイズのその指摘が、トヨヒメに自身と目の前の化け物への優劣が、はっきりと分かれた瞬間だった。そして、優っているのがあの化け物で、劣っているのが自分なのだと。

 月人は、地上人より自分が勝っている、そう思い込んでいる。事実、彼女もそうだった。だが―――その均衡が、今、崩れた。

 

 

(ほう)けて声も出ないか。―――もういい。死ね』

 

 

 瞬間、アナザーファイズの姿が掻き消え、再び姿を現した。トヨヒメの目の前に。

 アナザーファイズは赤黒いエネルギーを纏い、両足キックを、トヨヒメに喰らわせた。

 ぶつかる時に生まれる抵抗力も秒で崩壊。アナザーファイズはトヨヒメの体を貫通すると同時にトヨヒメの体が青い炎に包まれ、崩壊する。

 

 トヨヒメの敗因には、二つの理由があった。

 一つは、あれほどの力を見ても尚、油断しきっていたこと。

 そして、トヨヒメにとって、闇神零夜は()()だったこと。

 

 

 

―――――綿月豊姫 死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 ―――アナザーファイズは、先ほどまで人だった者を見た。

 そこには、灰が転がるだけだったが、謎の虚しさが、後悔が、心を襲う。

 

 

『始めて、殺したからか?』

 

 

 一つの過程を出した。

 今まで零夜は数えきれないほどの生き物の命を奪っている。

 それは、現在に至るまで続いている。

 

 零夜が言った始めて、とは『原作キャラ』でと言う意味だ。

 今までは登場することのなかったモブや、イレギュラー(転生者)を殺していたが、本来存在していたものを殺すのは、これが初めてだった。

 本来いるべき人物を殺した。それは、殺した後になって零夜の心に大きなしこりを作った。

 

 

『―――(殺して、本当に良かったのか?)』

 

 

 本当に、今更だ。

 だが、流石に『原作キャラ』となると、殺してもよかったのかと考えるようになってしまう。

 他のモブ(背景キャラ)と違って、設定の存在する『原作キャラ』には、何かしらの役割が存在する。

 そんな存在を殺してしまったとなると、心に迷いが生じるのだ。

 今まで、博麗の巫女(博麗霊夢)普通の魔法使い(霧雨魔理沙)隙間妖怪(八雲紫)に、何度も「殺す」と言っておきながら、一度もそれを実行に移したことはなかった。

 

 

『――――手が…』

 

 

 震えている。

 零夜の手は、今恐怖によって震えていた。

 それは、ただの恐怖ではなかった。後悔と言う名の、恐怖だった。

 後悔は迷いを生む。そして、その迷いは後悔を生んだのだ。

 

 

『落ち着け、落ち着け、落ち着け!!クソ、クソ、止まれ、止まれよ手の震えェ!!』

 

 

 何度も何度も自己暗示して、手の震えを止めようとしても、止まる気配は一向にない。

 恐怖は、一度こびりついたら、剥がすことは困難なのだ。

 それは、今の零夜が証拠だ。

 人を殺したときの罪悪感なんて、とっくに機能していないと思っていた。だが、あったのだ。まだ残っていたのだ。

 限定された罪悪感が。

 

 

『俺の行動は、正しかったのか…?『原作キャラ』を殺して、本当に良かったのか…?』

 

 

 迷いが、零夜を襲う。

 決意が鈍れば、計画に支障をきたす。だが、ここで感じた、予想外の後悔の念が、零夜を襲ったのだ。

 何度も何度も命を奪って、その罪を背負う覚悟はしていた。でなければ、こんなことはしていない。それでも、今までとは勝手が違った殺害は、零夜の心を後悔で蝕んでいた。

 わからない。その言葉が、零夜の頭を埋め尽くした―――。

 

 

大丈夫だよ、●●●●●。私、信じてるから

 

 

『―――――今、のは…』

 

 

 幻聴が、聞こえた。

 聞こえるはずのない声が、確かに彼の耳に入ってきた。

 その声は、穏やかな女性の声。だが、ここにいる女は玉兎のみ。玉兎たちはあれから一言も喋っていないため、玉兎たちの声ではない。

 

 

『いや、そんなわけが、ないか…』

 

 

 これはフラッシュバックだ。

 過去の記憶に違いない。なにせ、零夜には実際にあの言葉が記憶に鮮明に残ってる。

 あれは記憶だ。記憶の残滓だ。

―――だが、その言葉を聞いたとき、とても心地よかったのが覚えている。

 

 

『―――クソッ!グジグジしたって仕方ねぇか!…で、今は…』

 

「ひっ」

 

 

 あとから考えることだ、と今の考えを斬り捨てて零夜―――アナザーファイズは目の前の少女たちに複眼を向ける。

 案の定、小さな悲鳴が上がるため、アナザーファイズは零夜の姿―――全身黒装束の姿に戻った。

 

 

「これなら問題ねぇだろ」

 

「――――」

 

「あ?」

 

 

 人間の姿に戻ったと言うのに、彼女たち――玉兎たちは怯えたままだ。

 理由を頭の中で探ってみると、さっきまでの殺戮と、今までの錯乱が原因だろうと考えた。

 傍から見ればあれはただの悪魔の所業だし、あの錯乱を見ればただの変人にしか見えない。怖がられるのも当然だった。

 だがしかし、今はそんな外観的なことを気にしている場合ではない。一刻も早くこの玉兎たちから情報を聞き出す。

 

 

「さて、それじゃあ俺の言う質問に一言一句たりとも偽りなく答えろ。そうすれば、お前たちの命だけは、助けてやる」

 

 

 

 零夜は、隠れた顔で、にこやかに、そうにこやかに、ゆったりと脅迫したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

「どうした、もう限界か?」

 

「ふざけんじゃ、ないわよ…。まだまだよ」

 

 

 時間は遡る。闇の剣を携えた少女が、目の前の男を睨みつけていた。

 その少女の見た目は、一言で言えば酷いものだった。服はほぼボロボロで肌の6割が露出していると言っていいほどになっており、その見えている白い肌も、切り傷などで血塗れだ。

 息切れを起こして、ほぼ体力がないように見える。手に持った剣を地面に刺して、自身の体を支えているのだ。

 

 

「無駄だ。いい加減諦めろ。そうすれば、奴隷として生かしておいてやる」

 

「お断りよ。誰があんたみたいなクソ気持ち悪いヤツに…」

 

「そうか、残念だ。せっかく良い上玉だと言うのに…。決めた。何がなんでもお前を私の物にしてやる。四肢を斬っても、また再生するんだ。問題あるまい」

 

「そんなこと、私が許さないわよ―――!!」

 

 

 彼女は飛翔し、手に持った剣を男に向かって振り下ろした。

 そして、男は―――。

 

 

―――この物語の過程を見てみよう。

 時間は、過去に遡る。

 

 

 




 零夜くん、ついに原作キャラを殺ってしまいました。
 ですが、『原作キャラ死亡』のタグはつけるつもりはありません。

 え、何故かって?

 それはネタバレになるので言えません。
 今言えるのはそれくらいですね。


 感想、お待ちしています(アンチコメ以外)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26 変化した月

新年あけましておめでとうございます!

 新年一発目の東方悪正記、どうぞ!


―――時間は遡る。

 

 

「はぁああ!!」

 

 

 一人の女性が、長い黄髪をたなびかせ、手に持った漆黒の剣を振るう。

 振るわれる度に紅い鮮血が飛び散ち、悲鳴が響く。

 彼女―――ルーミアは剣を振るった後、再び方向転換をして剣を振るい、その度に鮮血と悲鳴の連鎖が続く。

 それでも、進撃は止まらない。兵士たちは仲間の亡骸を踏み潰しながらも、ルーミアを殺そうと迫っていた。

 

 

「なにをしている!左翼はレーザー銃で牽制、右翼は重火器で応戦、中央部隊は接近武器で攻撃せよ!」

 

 

 一人の、空を飛翔して重装備を纏った男が、部隊に的確に指示を出す。

 ルーミアにとっての右方向からレーザーが、左方向からミサイルやバズーカ砲が放たれる。

 彼女は自身を闇で覆い、その闇をレーザーが貫通し、爆発してもその形を変えることはなかった。

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 闇が晴れると、彼女が姿を現し、闇の斬撃を複数放つ。

 その横一文字は、綺麗な曲線を描いて飛んでいく。着弾地点予測不能の斬撃が、部隊を襲う。

 

 

「はぁ!」

 

「ッ!!」

 

 

 着地したと同時に、一人の兵士がルーミアに剣を振るうが、素手で受け止められ、逆にルーミアの剣の餌食となった。

 

 

「有象無象が束になったって、私には意味がないと知りなさい」

 

 

 彼女の力が制限されているとしても、彼女の元のポテンシャルはかなり高い。

 さらに彼女の能力―――制限されているが―――が、【闇を操る程度の能力】が合わさり、彼女の本来のスペックが小さくなったとしても、月の兵士程度なら、相手でもなかった。

 

 

「ちッ!本当にこいつらは使えないな!」

 

 

 その時、先ほど兵士たちに指示を出していた男が、空中から傲慢にもそう吐き捨てる。

 

 

「私が指揮していると言うのに、なぜここまで手こずるのだ!」

 

「ですが、【ウラノス】様!あの地上人、非常に厄介な能力を使用しております!兵士たちの攻撃が当たらない以上、これ以上の追撃は――」

 

「黙れ!!上官の命令に逆らう気か!!」

 

 

 ウラノスと呼ばれた隊長格の男に、副官の男が訴えるが、ウラノスはそれを聞き入れず、ただ怒鳴るだけだ。

 自分以外の者を格下と決めつけ、どこまでも傲慢に振るまう。それがルーミアから見たこの男の第一印象だった。

 

 

「それもこれも、貴様らが弱いからだ!弱い奴には価値などない!!」

 

「――――」

 

 

 ウラノスの折檻に、押し黙る副官。

 それを聞いてため息をしながら、ルーミアの方を見る。

 

 

「―――あまり疲労しているようには見えないな」

 

「当たり前でしょ。あんな奴らで疲労してなるものですか」

 

「全く。使えないにも程がある」

 

「―――(もしかしてこいつ、部下を捨て駒に私の疲労を狙っていたの?)」

 

 

 ふと感じたその疑問。

 だが、これまでのことを考えると、なくはない。

 先ほどの――ウラノスが出てくる前だったら、極めて平常な流れだった。

 指揮官であるウラノスが指示を出し、部下たちがルーミアを攻撃し、ルーミアはそれに対応する。

 一人しかいないルーミアは、その大量の兵士たちの対応に追われ、いずれ疲労困憊する運命を辿っていた――。と言うのが、ウラノスの計算だったのかもしれない。

 何とずる賢いのだ。

 

 

「部下が予想以上に使えないため、この私が直々に相手をしてやろう。貴様、名は?」

 

「―――その前に、あんたの方から名乗りなさいよ。相手に名前を聞く前にはまず、自分から名乗るってお母さんから習わなかったの?」

 

「安い挑発だな。だがまぁいいだろう。我が名は【ウラノス】。【ヘプタ・プラネーテス】最強にして、『天』の【ウラノス・カエルム】だ。覚えておくがいい」

 

「―――ルーミア。それじゃあこれ以上の言葉不要よね?」

 

「なるほど、ルーミア、か。……良いだろう。かかってくるが良い」

 

 

 そうして、ルーミアは闇の剣を携え空へと飛翔し、空でこちらを見下すウラノスへと剣を振るった。

 ―――が、見えない壁のようなものがウラノスを守った。

 その衝撃で、風が、暴風が周りに発生する。

 

 闘いが、本格的になった瞬間だった。

 

 

 

「―――ヘプタ・プラネーテスが、()()を名乗った……。と、いうことは…」

 

 

 

 本格的な戦いに、なったからこそ気づけなかった。

 一人の兵士の、小さな呟きに。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

「はぁあああ!!」

 

 

 ルーミアが剣を振るい、闇の斬撃を飛ばす。

 斬撃は空中にいるウラノスへと向かって行くが、再び当たる直前にて霧散する。

 

 

「ちッ!」

 

「どうした?芸はこれだけではなかろう?」

 

 

 ウラノスは空中でルーミアを見下しながら笑う。

 その顔でルーミアの精神が逆なでされるが、取り乱してはいけないと、自分を自制する。

 

 

「―――ていうか、なんで私の能力が効かないのよ…その時点でおかしいでしょ」

 

 

 ルーミアの闇の斬撃は、空間ごと斬り伏せる斬撃だ。

 故にただの防御であれば難なく貫通するはずなのだが、ウラノスはその攻撃を難なく防いでいたのだ。

 つまり、闇の力を『無効化』する能力者である、ということなのだろう。

 

 

「もしそうだとしたら、私の天敵なんだけど…」

 

 

 だが、自分の天敵などあのゴミ(ゲレル)で十分だ。

 天敵が増えるなんて、認めたくないし、認められない。

 事実、『無効化』もただの憶測でしかない。違う能力の可能性だってなくはないのだ。

 たった一つの情報だけで相手の能力を決めつけるワケにはいかない。

 

 

「だったら、今度は―――!」

 

 

 剣を投げ捨て、闇で羽を造り、飛翔する。

 拳に闇を集め、それを一気にウラノスに拳を叩き込む。

 

 

「無駄なことを…」

 

 

 そう言いながらも、ウラノスは避ける動作をしていない。

 おそらく、あの見えない壁があるから慢心しているのだろう。だが、ルーミアの行動目的は、()()()()()()

 ルーミアは翼の羽ばたきを利用して風を発生させ、ウラノスの上を取ったと同時に前進して、全身を180度傾ける。

 ウラノスの背後を取ったのだ。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 この機転にはウラノスも動揺していた。

 この行動の意味は、ウラノスの防御が一方面なのか、それとも全方面に対応しているのかを調べるためだ。

 二回の斬撃も、すべて全面にて防がれていた。なら、後方ならどうだろうか?

 ウラノスの能力の詳細を少しでも調べるための行動だった。

 

 そして、ルーミアの拳がウラノスへと直撃する―――はずだった。

 刹那、ウラノスの体が霧とともに消えた。

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

 ルーミアの拳は虚空を貫き、無に触れた。

 ワケもわからないまま、思考が停止したその時―――。

 

 

「ふぐっ!?」

 

 

 背中に激痛が走った。

 その痛みと衝撃に耐えられず、ルーミアは勢いよく地面に激突し、クレーターが形成された。クレーターが生まれるほどに強力な攻撃を、気配を感じることもなく喰らってしまったのだ。

 だが、一体どこから?ルーミアは体を地面に向けていた。当然地面の全貌も明らかになる。と言うことは、地面にいる兵士たちの仕業ではない。

 と、なると、候補はただ一人―――。

 

 

「小賢しい真似を。私がその程度の不意打ちを読めていないとでも思っていたのか?」

 

 

 ルーミアの真上から、声が響いた。ウラノスだ。

 彼女が上を見ると、そこには先ほどと全く変わらない姿をしたウラノスが空中浮遊していた。

 バカな―――。彼女の頭にその言葉がよぎった。今まで戦っていた相手は幻だったのか?だから、攻撃が当たる瞬間に霧散した?最初から、幻と戦っていたのか?だとすれば―――今目の前に浮遊しているウラノスも、幻なのではないか?そう考えてしまう。

 

 

「前方がダメなら後方から。低俗な輩が考えることだ。そんなことがある訳なかろう。初めから能力で、分身を作っておったのだよ」

 

 

 そう、淡々と答えを語るウラノス。

 容易に答え合わせをするその理由は、ただの慢心か、それとも油断からか。

 どちらにせよ下に見られていることに変わりはなかった。

 

 

「分身まで、作り出せるなんて…」

 

 

 もし、今喋っているウラノスも偽物なのだとしたら、本物はどこにいるのだろうか?

 いや、あれが本物である可能性はあるのだが、それを確かめるためには先ほどと同じルーティーンを踏まなければならない。

 同じ手順を踏めば、また同じ方法で攻撃される可能性が高いしなにより、こんな小賢しい手を使う人間が、同じ手に二度も引っかかるわけがない。

 

 

「今度はこちらから行こう」

 

 

 ウラノスが人差し指を突き出し、下に振り下ろす。

―――その瞬間、ルーミアの左太ももに風穴が空いた。

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

 なんとか根性で叫ぶことは防げたが、それでも激痛が走る。

 一体なにが起こったのか、ルーミアはその頭脳で考える。確実に攻撃の相図はあの人差し指。あれが振り下ろされて、攻撃されたのだ。

 だが、あの人差し指から何かが飛び出したようには見えなかった。見えない攻撃である可能性がある。思えば、あのゴミ(ゲレル)の能力を使用すれば、不可視の光線を放つことだって可能だったはずだ。

 それと同じ要領で、攻撃されている可能性がある。

 

 

「見えない攻撃なら――!」

 

 

 移動するしかない。上を取られている時点で将棋で言う詰みだが、それでもなにも行動しないよりはマシだ。足の怪我もとっくに再生済みなため、問題ない。

 そんな中、ウラノスが再び人差し指を振り下ろした。攻撃の相図だ。

 ルーミアが高速で移動すると、ルーミアがいた地面に穴が開いた。

 

 

「ふむ…流石に、二度も同じ手には引っかからぬか」

 

「当たり前でしょ?あなた、軍司なんてやってるわりにはバカなんじゃないの?」

 

「ほざけ。負け犬の遠吠えにしか聞こえぬわ。それに、攻撃手段はこれだけなワケがなかろう」

 

 

 ウラノスが手を天に掲げる。だが、なにも起きない。

 そのことを疑問に思っていたルーミアだったが、その余裕もすぐになくなった。

 

 

「なに、あれ…?」

 

 

 空に、宇宙空間に一筋、いや、複数の光が見えた。

 その光の色はほのかな(あか)色だった。やがて、その色はどんどん強くなっていき、また、強くなるごとに大きくなっていった。

―――呆然と見つめて、やがてその実体が見えてきた。

 

 

「―――隕、石?」

 

 

 知識の片隅にあったその物体の名前が、自然と口から発せられた。

 今現在、こちらに向かって降ってくる光の正体は、隕石だったのだ。

 彼女は過去、隕石について零夜に家にて様々な書物や映像を見たことがある。他にやることがなかった彼女にとって、書物や映像は唯一の娯楽だった。

 その大量の情報の中の一つに、隕石があった。「本当に空から落ちてくるの…?」と疑問に思っていたが、今この瞬間にそれが立証された。

 

 

「―――なんて考えてる場合じゃない!」

 

 

 すぐに逃げなければ!

 彼女の思考がその一色に染まる。あの攻撃はヤバい。あれは()()()()()()()。直感がそう告げている!

 全力で飛翔し、隕石から逃れようとする。直視では遠すぎて実際の大きさを確認することはできない。でも、そんなに大きくないことは分かる。

 ここ()より大きな隕石なんて持ってくれば、それこそ滅亡まっしぐら。

 それに、自分に被害が出ることを前提とした攻撃なんて、普通だったらしない。だからこそ、ここら一帯を吹き飛ばすほどの大きさであることが分かる!

 

 

「嘘でしょ…大きすぎるにもほどがあるわよッ!」

 

 

 そして、その大きさが全貌できるほどの距離まで、隕石は近づいてきていた。

 その全貌の大きさは、直径で10メートルほどの大きさの隕石だった。その数は数えられるだけで10個以上。とても避けられる数ではない。

 

 

「あぁクソッ!」

 

 

 もう、やけくそだ。

 できるだけ、この身体で防ごう。無論、すべてが防げるわけではないが、それでもやるしかないのだ。なにせ、この技はもう逃避不可能だ。

 着地地点予測不可能の攻撃など、どこに逃げればいいのか分からないに決まっている。それに、余波だって尋常じゃないはずだ。

 もう、瀕死覚悟で受け止めるしかなかった。

 

 

「はぁあああああ!!!」

 

 

 そして、他の隕石よりも早く、一つの隕石が直撃した。

 〈ゴゴゴゴゴ…!〉と、大きな音を轟かせ、着弾する。

 複数の隕石がルーミアに対して暴威を振るう。

 隕石に込められた熱が、衝撃が、重さが、重力を無視した攻撃が、たった一人の妖怪を殺めるために、放たれたのだ。

 

 

「あ、あ、ああぁああああ……ッ!!」

 

 

 当然、そんなものを耐えられるはずがない。

 なにより、彼女は弱体化している。本気を出せない彼女には、この状況はまさしく地獄だった。

 

 

「も、もう、駄目…」

 

 

 ただでさえ自分より大きな物体を支えているわけであり、そんなものが長く続くはずがない。

 そしてなにより、この隕石だけではなく、他の隕石もあるわけだ。もしそれが直撃してしまったら、ここら一帯が陥没してしまう。

 そのとき、自分は無事でいられるだろうか?再生があるとはいえ、これは無理だった。

 

 

「あ―――ッ」

 

 

 刹那、腕の力が限界を超えて機能しなくなったと同時に、同時多発に隕石直撃が起き、強大な爆発音と、衝撃は辺り一帯に響き、轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

―――彼女は、ルーミアは()()()を、呪った。

 なんでよりによって最強が相手なんだ、と。

 今の自分は過去の自分より圧倒的に弱い。なにせ、力のほとんどを封印されているのだから。

 だとすれば、呪うのは自分の力を封印した封印者(闇神 零夜)か?否、違う。呪ったのは、()()だった。

 

 なんでよりによって三人の中で一番弱い自分に、最強の敵が当たるんだ。

 ていうか、なんで最強なのに最前線に出てるんだ。いや、最強だからこそ、なのかもしれない。

 それに、なんであの中で最弱(あの二人と比べるのは論外だが)である自分が最強と闘わなくてはならないのか…。理不尽だ。そう思ってしまう。

 

 

「まだ息があるのか。あれを喰らって生きているものなど、ほとんどいないのだがな」

 

「―――――」

 

 

 ルーミアは直撃を喰らった後、そのまま勢いと衝撃で地面に投げ出された。

 その際に、四肢の一部や二部を失い、再生に体力を消耗して、ほとんど動けない状態になっている。

 そんな時に、ウラノスの声がルーミアの上空で聞こえた。顔を上げると、そこにはやはりウラノスがいた。

 

 

「―――それに、あれを喰らって無傷……いや、再生したのか?」

 

 

 今の彼女の衣服はほとんどがなくなっている状態だ。

 当然だ。いくら体が再生するとしても、服が再生するはずがない。

―――服も体の一部、服は魔力などで生成している、なんていう設定があったら別だが、生憎ルーミアにそんな設定は存在しない。

 すると突如、宙に浮かんでいたウラノスが、地面に着地した。

 

 

「だが、あれで死なないとは大したものだ。―――よし、決めた。おい地上人。ルーミアと言ったか。お前を私の記念すべき45番目の妻にしてやろう」

 

「―――は?」

 

 

 ルーミアの思考が停止する。

 なにを言っているんだ、この男は?本当に意味が分からない。

 いや、実際は意味を知ることを、ただ無意識的に拒否しているだけなのだが。

 

 

「なんだ、その反応は?地上人が月人の妻となれるのだぞ?これ以上の喜びはあるまい」

 

「誰が…あんたみたいな奴に媚び売るか…!ていうか、気安く私の名前を呼ぶな!」

 

「問題あるまい。私たちは夫婦となるのだ。別に問題あるまい」

 

 

 ルーミアは必死の抵抗を試みる。

 第一、月人がこんなことを言うこと自体おかしい。月人に関しての情報は、ここに来る前にシロに教えられた。 月人とは、穢れを嫌う種族と考えられている。穢れとは、言ってしまえば『生命』であり、生きることと死ぬことだ。

 穢れがないここでは、生死の概念がない。が、他殺と言うものは存在するため、月では殺しは禁忌であるとも知らされている。

 そんな『生命』に直結すること――と言う以前に、その穢れを保有しているものと、交わろうと考えている時点で不自然だ。

 それになんだ45番目って。44人も妻を持っているのかこの男は。

 それだけではなく、名前で呼んでほしくないのにそれを完全に無視してウラノスはルーミアを名前で呼び続けている。

 もう、ウラノスの中ではこれは決定事項となっているのかもしれない。

 

 

「それ、に…。私は、あなたたちが嫌う『穢れ』だったっけ?それを持ってるのよ?その時点でアウトでしょ…」

 

「ふむ、博識だな。その通りだ、ルーミアよ。貴様は『穢れ』を保有しているが…問題あるまい」

 

「指導者として、その発言はどうなの?それに、周りの奴らだって聞いてるのに…」

 

 

 今の彼の発言は、月の民の重鎮として失言に値する。

 『穢れ』を持つ地上人を妻に迎えようだなんて、月の民として有るまじき行為だ。

 そんなの、他の者が許すはずがない。

 

 

「問題ない。ルーミア、貴様は博識ではあるが、どうやら()()()()()ようだな」

 

「どういうこと…?」

 

「この戦、穢れが発生して勃発したが、別に穢れが広まったのが理由ではないのだ」

 

「―――本格的に意味が分からなくなってきたんだど」

 

「理由は単純。もう我々月の民は()()()()()()()()()()()のだからなぁ!!」

 

 

 ウラノスの発言により、ルーミアの思考は再び硬直する。

 穢れに怯えることがない?どういうことだ?穢れを消す方法でも思いついたのが理由?

 自分たちの存在に気づいた原因は穢れを発生させたことで間違いはないが、問題は出撃理由がただの侵入者の排除。いや、別に間違ってはいないのだが、それでも穢れを重要視しなくなったと言うのが問題だった。

 完全にシロから教わった情報が役に立たない。いや、役に立つ情報はあったがほとんどが無駄になったと言っていいだろう。

 

 だとすれば、シロは自分に嘘をついていたのか?

 いや、違う。ウラノスは『知識が古い』と言っていた。つまりはシロがルーミアに教えたのは過去の情報だったのだ。

 もしかして、あえて過去の情報を与えたのか?―――それも違うだろう。彼は零夜に対してあの態度ではあるが、協力的だ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな彼が作戦に支障をきたすことをするなんてありえない。

 だとすれば―――彼でさえ、月の変化は想定外だったことになる。

 

 

「もう我々月の民は穢れに怯える必要はなくなった!故に、月では一部の者しか許されなかった穢れた地上人ども同様、子を成すことが一般の者どもにさえ許された!変化とは、素晴らしいことだ!!」

 

 

 まさか、月人から「変化が素晴らしい」なんて言葉が出るなんて、零夜もシロも想像できなかっただろう。

 『生死』と言う『変化』を嫌っている月の民が、変化を喜んでいるのだから。

 

 

「つまりはだ、ルーミアよ。お前を妻として迎えても、なんの問題もないのだよ」

 

「―――そんなの、全力でお断りするわよ」

 

 

 ルーミアは、震える足で、立った。

 ウラノスがベラベラと喋ってくれていたおかげで体力は立ち上がれる程度には回復できた。

 ルーミアは闇の剣を造って構える。

 

 

「―――私の話を聞いていなかったのか?私の妻になることで、地上人以上の地位を手に入れることができるのだぞ?」

 

「地位なんていらないしなにより、その地上人以上って、『地上人以上月人以下』ってことでしょ?」

 

「―――――」

 

 

 ウラノスの余裕そうな表情が、一瞬曇る。

 ルーミアは再び同じ質問をするが、ウラノスは答えない。

 

 月の民が地上人をどう扱っているかなど、それもシロから教えられていた。

 ウラノスが言っている『地上人以上の地位』と言うのは、ただの方便で、実際は『月人より下の地位』であるのだ。

 例を挙げるとすれば『玉兎』。『玉兎』は月では奴隷階級であるがあまり雑な扱いは受けていないとシロから教えられている。

―――まぁ、この知識もすべて無駄になっているワケだが。

 そして、ウラノスの沈黙の意味は是。肯定の意味だとルーミアは受けとめる。

 

 

「どうせあんたのところに行ったって、まともな生活が送れるワケがないしなにより―――私の中で、もう先着は決まっているから」

 

「―――ほう?私の提案を蹴るとは。随分と度胸があるのだな。その度胸に答えてやりたいところだが―――流石にもう飽きた」

 

 

 ウラノスはムカつくほどの余裕を見せる。だが、ウラノスがここまで余裕なのも十分な理由がある。

 圧倒的力の差があるのはもちろん、ルーミアが回復したのは、所詮立てる程度。今の体力で、ルーミアがウラノスに勝つ確率は正真正銘0%だ。

 それほど、ウラノスとルーミアには決定的な違いがあった。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「どうした、もう限界か?」

 

 

 ウラノスが心配――のように見えて皮肉った。

 明らかに分かって言っている。もうルーミアが立つ力しか残っていないことを分かっての、皮肉だった。

 

 

「ふざけるんじゃ、ないわよ…。まだまだよ」

 

 

 ルーミアはそう言うが、見栄を張っているのがバレバレだった。

 息切れを起こして、ほぼ体力が残っておらず、闇の剣を地面に刺して、自身の体を支えているのだ。これを体力切れと言わなくて、逆になんだと言うのだろう。

 

 

「無駄だ。いい加減諦めろ。そうすれば、『奴隷』として生かしておいてやる」

 

「お断りよ。誰があんたみたいなクソ気持ち悪いヤツに…」

 

 

 ルーミアにすべてを悟られたためか、『妻』から『奴隷』になっている。

 というより、元々『妻』などとして扱わず『奴隷』として扱うつもりだったのだろう。

 もしかしたら、ウラノスの『妻』と言うのも、全員『奴隷』なのかもしれない。

 

 

「そうか、残念だ。せっかく良い上玉だと言うのに…。決めた。何がなんでもお前を私の物にしてやる。四肢を斬っても、また再生するんだ。問題あるまい」

 

「そんなこと、私が許さないわよ―――!!」

 

 

 ルーミアは飛翔し、手に持った剣を男に向かって振り下ろした。

 かなりの速度の剣戟だ。残像が見えるほどの速度だった。だが、それもウラノスには悉く躱されてしまう。

 

 

「貴様には、私の究極の技を披露してやろう。安心しろ。もちろん、手加減してやる」

 

 

 瞬間、ウラノスの手に、様々な『属性』と言うべきか。『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』が、ひとまとまりになる。

 彼は、究極の技だと言っていた。つまりは、すべての力を兼ね備えた、未知の技。それに、彼の手に集まっている七つの『属性』。彼は手の内をあれほど隠していたのだ。

 それを使わなかったのは、ルーミアを完全に舐め切っていたからだった。

 

 

「これが、これこそが『ヘプタ・プラネーテス』最強である私にしか使えぬ技!喰らうがいい!」

 

「それだって!全力でお断りするわよ!!」

 

 

 ルーミアは己の能力を全開にし、出し切れるほどの闇を自身に纏う。

 重力を、次元を歪曲させる闇の力。全力を出せないとはいえ、今の全力だ。彼女は、この一撃にすべてを賭けた。

 

 

 

「喰らえ!!我が必殺技―――!!」

 

 

 

 エネルギーの塊を持った手を振りかざし、地上にいるルーミアへと振り下ろそうとする。

 

 

 

 

「なにッ!?『金』と『土』が殺された!?それじゃあウラノス様以外のヘプタ・プラネーテスが全滅したってことか!?」

 

 

 

―――そのときだった。他のヘプタ・プラネーテスが全滅したと言う訃報が舞い降りてきたのだ。

 声の主は副官の男だった。男はあまりの驚愕に、声量を調節することを完全に忘れていたのだ。

 

 

「―――なに?」

 

 

 仲間の訃報。

 それは、闘いの局面の最中で聞くことではなかった。その事実を知ったウラノスは、攻撃する手をやめてしまった。

 ウラノスは完全に油断しきっていたことも原因だったが、なにより他の同士たちの訃報を聞いたことが、なによりの失態だった。

 

 

「―――今ッ!」

 

 

―――それが、逆転の種になるとは思いもせずに、その機会を与えてしまったのだから。

 瞬間、ルーミアは己に溜めていた闇を全方位に放出した。

 

 

「―――ッ!!……目くらましか」

 

 

 闇に包まれれば、何も見ることができない。

 それにこの闇はルーミアが出した闇だ。この中でも彼女の視界は良好だろう。

 ウラノスは不意打ちを狙っていると予測する。

 

 

「どこから攻撃が来るかわからんな…。―――まぁ、ここら一帯を吹き飛ばせばいいか」

 

 

 一瞬にしてとんでもないことを考え出したウラノス。

 暗闇の中、ウラノスが片手に集めていたエネルギー体を掲げる。

 すると、それと同時にウラノスの上空から光が照らされ―――破壊の渦が巻き起こる。

 渦は闇をも飲み込み、すべてを蹂躙していく。渦はやがて巨大な竜巻のようになり、範囲内の何もかもを飲み込んでいった。

 途中、仲間の悲鳴も聞こえたが、そんなことはウラノスにとってどうでもよかった。

 ただ、視界を良好ためだけに、どのくらいの命が散ったのか、ウラノスは知らないし、知ることもしなかった。

 

 

「用途とは違う使い方をしたが、これで、私の視界も―――なッ!?」

 

 

 視界が良好になった瞬間。ウラノスが驚愕の声を上げる。

 ウラノスの視界に広がるのは、無数と言ってもいいほどの、大小の光る球体。

 その球体は、広範囲にも(わたり)存在し、ウラノスの立っていた地面にも、球体が存在していた。これで、完全に逃げ道は阻まれてしまった。宙に浮いたことが仇となったのだ。

 そして、その中心にいるのが、ルーミアだった。

 

 

「ただの玩具(おもちゃ)程度にしか思ってなかったけど、いざとなったら使えるのね」

 

 

 ルーミアの手には、一枚の光るカード。

 

 

「貴様、どうやってあの技を…!?」

 

「教えるわけないでしょ?」

 

「くッ―――。クソっ!?これはなんだ!?」

 

「それになら答えてあげる。スペルカードって言ってね、地上で流行っている遊技なんだけど、結構使えたわよ?」

 

 

 ルーミアが使用したのは、スペルカードだった。

 1000年以上幻想郷の情報に触れていないと思われていたが、実はそうではない。

 外の話は零夜やシロ経由で知っていた。故に当然、スペルカードの存在も知っていた。「こんな遊び程度で決着つけようなんて、幻想郷らしいわね」と思っていたが、まさかこんな状況に役立つとは思わなかった。

 

 

「―――それに」

 

「…?」

 

「少ない情報を得た程度だけど、あなたの能力の弱点を、少し把握したわ」

 

「はッ!出まかせをッ!この短時間で一体何を知ったと言うのだ!?」

 

 

「―――あなた、すまし顔してるけど、結構疲れてるわよね?」

 

 

「―――――」

 

 

 ウラノスは無言を貫き通すが、その顔には若干の焦りが見えていた。

 だが、今までウラノスはほとんど動いていない。動いたことと言えば攻撃程度。つまりは、ウラノスの疲れとは『肉体的疲労』ではない。

 

 

「―――必殺技を放ったことによる、精神的疲労」

 

「―――――」

 

 

 図星だった。

 そもそも、ウラノス含め月の民は元はただの人間だ。元々地上に住んでいた人間が、月に移住したと言うことしか、何ら変わりないのだ。

 それに、あんな『混合攻撃』なんて放てば、当然精神的に疲労するに決まっている。

 なぜなら、その必殺技を行うために必要な同時多発操作。そしてそれ混ぜ合わせるための調整。数が増えれば増えるほど、難易度も高くなっていく。

 そんなことをしてしまえば、すぐにでも()()()()と言う衝動に駆られるだろう。

 

 ウラノスはただ強力な能力を持ったただの人間でしかない。

 所持と操作は別物なのだ。この二つはワケが違う。

 ウラノスは情報処理に長けた人間でもなければ、そんな能力を持ってすらいない。

 いくら強力な能力を保有していたとしても、使いこなせなければ意味がないのだ。

 

 ちなみに、綿月豊姫なども強力な能力の持ち主だが、あの能力はただ行ったことのある場所と今現在の場所をつなげて移動するという単純明確な能力。座標を考える必要もあるが、それはその場所を考えるだけで移動できるので、案外楽な能力なのだ。

 ウラノスの操作性が求められる能力とはワケが違う。

 

 

「これで、あんたはまともに能力を使えなくなった。弾幕であんたを閉じ込めてるから、これでジ・エンドよ!!」

 

「ふッ……ふざけるなぁああああああ!!!」

 

 

 

月符「ムーンライトレイ・改」

 

 

 ルーミアは、自分のスペルカードを改造したものを放った。

 ―――月符「ムーンライトレイ」と言う技は、本来弾幕をバラ撒いたところに敵を左右からレーザーで挟んでくるという初歩的な技なのだが、改造版はこれを増やしたものだ。

 敵めがけて弾幕が放たれレーザーが挟んで攻撃してくると言うことにほぼ変わりはないが、その数を増やすことで、実質的に逃げ場をなくしたのだ。

 この行為は本来スペルカードルールに反するが、これは殺し合い。ルール無用の戦いなのだ。そんなルールに縛

られているのは、愚者中の愚者だ。

 

 

―――そして、話は戻る。

 弾幕に成す術なく直撃したウラノスは、どうなったのか皆目見当がつかない。

 今ウラノスがいる地点は煙が舞っており、とてもじゃないが見えるような状況ではない。

 

 

 

「がぁああああああああ!!!」

 

 

 

 そんな中、煙の中から雄叫びが響いた。

 そこには、()()のウラノスが、怒りの形相でルーミアを睨みつけていた。

 

 

「許さん!許さんぞ!!もういい!お前はもうその顔がぐちゃぐちゃになるまで犯しつくしてやる!」

 

「怒りに乗じてセクハラ発言するんじゃないわよ。気持ち悪い」

 

「いつまで余裕ぶっていられる!?貴様と私では天と地ほどの差があるのだ!それが、私の『天』としての所以なのだ!!」

 

「『天』…ね。―――――。まぁ今は考えるのは後回しね。あなたを倒すのは、私()()じゃ不可能だってことは分かってる」

 

「それを分かっていながら、何故抵抗を続ける!?」

 

「そんなのは私の自由よ。それに、言ったでしょ?()()ではって」

 

 

 ルーミアは手をかざし、そこから闇を発生させる。

 その闇から、ジワジワと、なにやら時計のようなものが出現する。

 

 

()()()から借り受けたものだったから、極力使いたくなかったんだけど…そうも言ってられないわね」

 

「なんだ、それは!?」

 

「自分で考えろっつの。バカ野郎」

 

 

 ウラノスへの悪口へと同時に、時計のボタンを押した。

 

 

グレイトフルッ!

 

 

―――時計が、光る。

 時計は―――【グレイトフルライドウォッチ】は徐々に輝きを増し、辺りを光で飲み込んでいく。

 その光に、ウラノスが、月の兵士たちが、あまつさえ使用者のルーミアでさえも目をつむってしまう。

 やがて、光が収まる。

 

 そして、そこにいたるは15人の英雄。

 春冬異変の際に、シロによってライドウォッチの力と化した英雄たちだった。

 

 

「なんなのだ、そいつらは…!?」

 

「―――聞いてはいたけど、まさか本当に召喚できるなんて、ね。―――なんだか、本当に皮肉だわ」

 

 

 彼女は片手を顔に付けて悩む。本質的に苦手なあの男の力を借りると言うは少々癪だったが、今は仕方がない。

―――とその時、ようやく彼女は自分の服装に気付いた。

 

 

「あ…」

 

 

 自分の恰好に気付いて、顔を赤らめる。

 あの戦いで、大事な部分以外はほとんどさらけ出してしまっていた。なにより疲労が溜まっていて全く気づけなかった。

 このまま戦っていたら、間違いなく恥部が見えてしまう。なんとしても布面積が完全になくなることだけは避けたい。

 

 

「とにかく、大事な部分だけは隠さないと…」

 

 

 とは言っても、ほとんど布面積がないこの状態で、一体どうやって隠せばいいのだろうか。

 これではいろんな意味で戦いに異常をきたしてしまう。

 どうするものかと悩んでいると、一人のゴーストがルーミアにあるものを渡した。

 

 

「―――サラシ?」

 

 

 そう、サラシだ。

 そして、このサラシを差し出したのはムサシゴースト。武士である彼なら、サラシを持っていても別に不思議ではないが、どうして普通にくれるのだろうか?――だが、考えても仕方ない。ここはありがたく頂戴しておこう。

 

 

「―――毎回思うけど、この胸大きくて邪魔なのよね…」

 

 

 戦いに邪魔しか生まないこの大きな胸。

 役に立つことなんて精々男を誘惑することだけ。戦闘では邪魔なだけだ。

 そして、サラシをギュウギュウに縛り、胸を押さえつける。

 

 

「下は…布が余ってるし、これを巻き付ければ…」

 

 

 これで、即席の衣服の完成である。

 これまでのことを何も言わずに見届けてくれたウラノスに、感謝しなくては。彼女は始めてウラノスに感謝の意を向けた。

 

 

「終わったか?」

 

「えぇ、待っててくれたのね」

 

「ふん、余興だよ。お前は私を怒らせたが、私が勝つのはこの世の道理。私の勝つことができるのは、【豊姫】様、【依姫】様、【臘月(ろうげつ)】様、【無月(むづき)】様、【月夜見(つくよみ)】様。そして―――いや、この五人しか存在しない」

 

 

 最悪な情報を得たが、逆に最高の情報を得た。

 この五人が、この月のトップだと、ルーミアは理解した。そして―――の続きも気になるが、今はそんなことは考える必要はない。

 ただ、目の前の敵を滅すのみ…。

 

 

「行くわよ!」

 

「全軍に告ぐ!!目の前の敵を滅ぼせェええええ!!!」

 

 

 

 ここに、『最弱』と『最強』の戦いが、本格的な幕が開いた。




作者「新年が明けて、無事と最新話も投稿できて、良かった良かった!」

ルーミア「いや…良くないでしょ」

作者「何故に!?」

ルーミア「なんで新年早々私の肌が露出する羽目になるの?」

作者「―――サービスだよ。サービゴホォッ!!」

ルーミア「―――次回もお楽しみに」



 感想・高評価 お待ちしております!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27 『最強』と『最弱』

「行くわよッ!」

 

「全軍に告ぐ!!目の前の敵を滅ぼせェええええ!!!」

 

 

―――闘いが、戦が、殺し合いが、始まる。

 15人の英雄と、一人の妖怪。100人を超える軍隊とそれを導く軍司。

 戦争が今―――まさしく勃発しようとしていた。

 

 

「左翼右翼中央部隊は接近、銃撃、防御へと分かれて迎撃せよ!!」

 

 

 軍司―――【ヘプタ・プラネーテス】最強にして、『天』のウラノス・カエルムは自分の指揮下にある兵士たちへと命令する。

 兵士たちはウラノスの命令に従い、各々の武器を手にして目の前の敵へと向かって行った。

 その顔はとても正気ではなく、まるで操られているかのような鬼の形相だった。

 

 思えば、最初からおかしなところだらけだった。

 当初、ウラノスが命令していた時はまるで痛みを知らない機械のように突撃していた。

 仲間が殺されても、お構いなしにその亡骸を踏み潰しながら目の前の敵を殺そうとしていたその(ざま)は、もう狂気しか感じなかった。

 

 

「己の体など気にするな!失明しようが、四肢を失おうが、目の前の敵を排除しろ!!」

 

「「「「「おおぉおおおおお!!!」」」」」

 

 

 これを、狂気と言わずしてなんという。

 普通、生き物は仲間意識が存在する。実際月人の兵士たちにも、心を通わせることのできる者だって存在するだろう。

 だが、この光景はどう見ても異常。仲間の、自分のことを顧みない者など、異常の一言ですら片付けることができない。

 どうしたらこのような人間機械ができるのか?『人間の能力』ではまず不可能だ。

 

 だからこそ―――この場にいる『能力』保持者、ウラノスしかこの状況を引き起こせない。

 ルーミアは向かってくる兵士たちを見て、考える。ウラノスの能力を。

 

 

 まず最初に考えうる能力は、名称を付けるとすれば『指揮をする程度の能力』だろうか。

 言ってしまえば、ただの命令だけであそこまで人間性をなくすなどおかしすぎる。だが、そこに『能力』の介入があればすべてが説明がつく。

 『能力』で部下の精神を支配してしまえば、すべての辻褄が合う。

 だが、同時にこの能力の弱点もある程度把握していた。

 

 ウラノスと戦っていた時、ウラノスの後ろにあったその光景を見て思った。

 その光景とは、仲間の死を悔やみ、仲間の亡骸を踏んだと言う事実を()()()()()()()()嘔吐している兵士たちの姿だった。

 それを見た時、考える暇などなかったためにあまり考えていなかったが、よく考えれば異常だ。

 あれほど旺盛に突撃して仲間の死骸を踏んだクセに、後からその後悔の念に蝕まれる様に、異常しか感じなかった。

 つまりは、精神支配を可能とするのは指揮をしたときのみ。

 これだけ過程ができたのだ。収穫ものだろう。

 

 

「とりあえず―――今は、目の前の奴らをぶっ潰すわよ」

 

 

 ルーミアの言葉とともに、まず最初に動いたのは【ノブナガゴースト】だ。

 ノブナガゴーストは、手に持った【ガンガンハンド・銃モード】を構えると、自身の周囲にガンガンハンドが複製され、持っているガンガンハンドの引き金を引くと、宙に浮いているガンガンハンドも一斉に弾が発射される。

 エネルギー弾は直線に向かって行く兵士たちに直撃し、血しぶきを晒す。

 

 

「撃て撃て!!」

 

 

 前方が肉壁になり被弾を逃れた銃撃隊の兵士たちは、一斉にレーザーを銃口から放った。

 ルーミアへと向かって行くレーザー。当然のごとく邪魔が入る。

 突如、ルーミアの目の前に白色の音符と楽譜のようなものが水の流れのように乱入する。レーザーと楽譜がぶつかり合い、爆発する。

 爆発と同時に煙が一瞬で晴れ、そこには【ベートーベンゴースト】が佇んでいた。

 ベートーベンゴーストは指揮者のように腕を動かすと、白い音符がまるで石を持つかのように動き始め、兵士たちへと向かって行く。

 

 

「もたもたするな!迎撃しろ!!」

 

 

 ウラノスの指示が入り、兵士たちの形相が変わる。

 狂ったかのように、また優美に列を作って連続でレーザー光線を放つ。

 ベートーベンゴーストは先ほど同様音符を用いてレーザーを迎撃しようと爆発させるが、逆に音符が負けてレーザーが爆煙(ばくえん)を貫いてきた。

 

 

「なッ!」

 

 

 先ほど防げた攻撃が、同じ方法で防げなかったことに驚愕するルーミア。

 だが、今は驚いている場合じゃない。咄嗟のことで動けなかったルーミアに変わり、白いパーカーゴースト、【ベンケイゴースト】が立ちふさがり、ルーミアを守る。

 レーザーが直撃するが、ベンケイゴーストが後ずさることもなく、無傷でレーザーを防いだ。

 と、言うのも【ベンケイゴースト】の頭を覆う頭巾【ソウシュウフード】はいかなる戦いでも退くことの無い忍耐力を生み出す。

 オーバー部分に当たる【スズカケコート】は敵の攻撃エネルギーを吸収し、自らの防御力に変換できる特性を持っているのだ。

 つまり、ベンケイゴーストはレーザーのエネルギーを吸収し、自らの防御力へと変換したのだ。

 言ってしまえば、ルーミアを攻撃するのにはベンケイゴーストの防御を突破するほどの攻撃を与えないと駄目だろう。

 

 

「どうして防げなかったのかしら?―――とにかく、今、はッ!!」

 

 

 先陣を切って突撃する。

 闇の剣を横一文字に振るう。闇の斬撃が銃撃部隊の兵士たちを襲い、多くの兵士たちの上半身と下半身が()かれる。

 元々、闇の力は空間や次元を斬り裂く強力な能力だ。普通の兵士にはこのように効くのだが、何故かウラノスには無効化された。

 ルーミアは少しでもウラノスの能力に近づいていると分かり、心の中で歓喜する。

 と、言っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを確かめるためにも、この時間が必要なのだ。

 

 能力には必ず穴がある。()()()()()()()()()()()()

 例外としてシロの能力がルーミアの脳内でトップ入りしているが、彼の能力もぶっちゃけ不明。それに、不自由が感じ取れなかったため、今のところ弱点が見つかっていない。

―――とまぁ、雑談が過ぎたが、とにかく言いたいのは能力には必ずしも万能ではなく、必ず弱点があるはずだと言うことだ。

 今ルーミアが探しているのは、『ウラノスの能力の弱点』。これさえ分かれば、勝機が見えてくるはずなのだ。

 なにせ、今はただでさえ大技を使用して疲弊しているのだ。これをチャンスと言わずしてなんという。

 

 

「あいつの能力を確かめるのが先ね」

 

「私の能力を確かめるだと!?何をバカな!私の能力は最強なのだ!貴様は私の能力の弱点を探っているようだが、私の能力は完全無欠!弱点などありはしないのだ!」

 

「そう?その割には大分使いこなせてないじゃない。いくら能力がすごくても、使用者が無能だったら意味がないでしょ?」

 

「―――無能だと?今、私のことを無能だとほざいたのか!?」

 

「そうよ。もっと言ってあげる。あなたの能力はね、完全に宝の持ち腐れなのよ!!」

 

「―――こッッッのォッッックソアマがぁあああああ!!!これは私だけの能力!私だけの特権!貴様ら地上の民は素直に私の奴隷でいればいいのだぁ!!そうすれば私の奴隷として、幸せに過ごせていたのもを…!!」

 

 

 ウラノスの言い分は、どこまでも支離滅裂で、身勝手な言い分だった。

 能力は生まれ持っての才能ともいうべきものであることは間違いなのだが、ここまで自分至上主義が高ければ、ウザイの一言しか生まれてこない。

 それに、奴隷と言う時点で幸せに過ごせるはずがない。そんな当たり前のことでさえウラノスの頭からは欠如していたのだ。

 

 

「奴隷な時点で幸せなはずがないでしょうが。あなたバカなの?それにねぇ、自分が最強だなんて勘違いしてると、痛い目見るわよ」

 

 

 ルーミアも過去、自分の能力が最強であると信じて疑わなかった時があったと前に証言している。

 だが、そんな自分の天敵(ゲレル)と、それを余裕で倒した(零夜)を見て、ルーミアの天狗の鼻は完全に折れた。

 あの日以降、自分が最強ではないと悟ったのだ。

 

 

「(―――過去の私も、あぁだったのね…)」

 

 

 人の振り見て我が振り直せ。こんなことわざが存在している。

 人の愚かな部分を見て、自分がそうならないように気を付けようとすることを表しており、今まさにこの状況にピッタリなことわざだった。

 

 

「本当の最強って言うのは―――アイツのことを言うと、私は思ってる。アイツとあんたを比べれば、あんたなんてそこら辺の有象無象と一緒よ」

 

「だまれ黙れダマレェ!!そんな素性の分からない輩に私が劣っているだと!?ふざけるのもいい加減にしろぉ!」

 

「―――これ以上、話のも無駄ね。行きなさい」

 

 

 ルーミアの命令に、パーカーゴーストたちが一斉に動き出す。

 最初に動いたのはムサシゴーストだった。【ガンガンセイバー・二刀流モード】を振るい、兵士たちの防御を貫通し、断裂させながら切り刻んでいく。

 ムサシの名に恥じない、素晴らしい剣技だ。

 

 それだけではなく、剣技や銃撃戦に強いゴースト達が率先して敵を斬り、銃でどんどんと肉塊へと化していく。

 他のゴースト―――例を挙げると【エジソンゴースト】【ニュートンゴースト】【ベートーベンゴースト】などが挙げられる。

 これらのゴースト達は敵の足止めや牽制を行っており、その間に攻撃を行っているゴースト【ムサシゴースト】【ロビン・フッドゴースト】【ビリー・ザ・キッドゴースト】などが敵を攻撃すると言った感じだ。

 

 

「へぇー…すごい…」

 

 

 これには闘いの最中ながらルーミアも関心していた。

 自分はあれほどの連携技は出来ないと自分を卑下しながらも、目の前の敵を排除する。

 

 

「よそ見をするなぁ!!」

 

「ッ!」

 

 

 突如、ウラノスの声が響いたと思うと、ウラノスは両手を広げていた。

 何かをする―――それは一目瞭然だった。なにせ、ウラノスのいる上空には、()ができていたのだから。

 

 

「喰らえぇ…デス・レイン!!」

 

 

 ウラノスが技名を叫ぶと―――死の雨が、降り注ぐ。

 無数のナニカが雲から降り注ぎ、地面を、武器を、臓物を、人を、すべてを抉った。

 当然、その狂気の雨はルーミアをも襲ったが、その前にベンケイゴーストが覆いかぶさってルーミアを守る。

 

 

「一体、何が…!?」

 

 

 ルーミアは覆い被さっている間、その隙間から見える抉られた地面を見据える。

 ウラノスが何かをして、地面を抉るほどの攻撃をしたのは確かだが、その降って来たものの正体が分からないままだ。

 現在進行形で降り続けている死の雨。ゴーストたちは己のことは己で守っているが、その術を持たない兵士たちは別だ。

 死の雨は敵味方関係なく死を送り続けているところが性質(たち)が悪い。

 そういったところがウラノスの性格が出ている。

 

 

「どうした女ァ!隠れているだけじゃぁなにもできないぞ!」

 

「うっさいわね!そんなこと百も承知よ!」

 

 

 ルーミアはベンケイゴーストの後ろに隠れながら闇であるものを形成する。

 その形状は、ルーミアの小さな手に収まる程度の大きさのリボルバーがついている武器――俗に言う『拳銃』だった。

 千年で蓄えた知識と、今見ている月の知識を掛け合わせた即席拳銃だ。

 構造などは深く把握していないため、『引き金を引いたら弾が出る』程度の知識しか持っていない。千年の割にはしょぼいが、それでも今では必要な知識になった。

 

 ルーミアがウラノスに銃口を向けると同時に、三人のパーカーゴースト達がルーミアと同様に武器をウラノスに向けた。

 【エジソンゴースト】が【ガンガンセイバー・ガンモード】を【ロビン・フッドゴースト】が【ガンガンセイバー・アローモード】を、【ビリー・ザ・キッドゴースト】が【ガンガンセイバー】と【バットクロック】を装備して、ウラノスへ向けて連射する。

 

 

「無駄だ…」

 

 

 だが、ウラノスに当たる直前になにかに当たり、すべてが霧散していく。

 

 

「やっぱり、駄目ね…」

 

 

 ウラノスの謎の防御。エネルギー体であるゴーストたちの攻撃なら、その攻撃力を上回る防御力を保有していると言うのなら、すべての説明がつくのだが、問題はルーミアの闇の攻撃だ。

 闇は先ほども述べた通り時空間をも断ち斬り、貫通して攻撃することが可能だ。それなのに、防がれた。次元を歪曲させる闇の力。それを防ぐためには、同等の力で防ぐ必要がある。

 と言うより、先ほど『究極の必殺技』として闇の力も使っていたため、ウラノスも闇の力を使うことだって可能だ。つまり、同じ力で防がれた、これが謎の防御力の答え。

 

 

「これ以上、天敵を増やされても困るんだけど…」

 

 

 本当に、運命は自分を呪っているんじゃないかと思えてくる。

 零夜にシロ、ゲレルにウラノス。自分の天敵がここまで増えるなんて思いもしなかった。いや、実際【八雲紫】や【博麗の巫女】も天敵とも言えたが、あれらとは別に敵対しているワケではなかったので重要視していなかったが、今となっては話は別。

 最低でも自分の天敵が最低でも6名―――否、5名いるこの状況、ため息しか出てこなかった。

 だが、今の敵はウラノスだ。他四名の内二名は味方なので、今のところ心配する必要はない。

 

 

「あいつの能力―――指揮する能力だけじゃないはず…」

 

 

 ベンケイゴーストの影に隠れて、ルーミアは考える。

 考えられる時間は今しかない。増援は今のところ見込めないため、自分で何とかするしかない。

 パーカーゴーストが兵士やウラノス相手に時間を稼いでくれている今しか、この時間はない。

 

―――話を戻す。

 まず、ウラノスの能力は二つあるはずだ。

 なにせ、攻撃の能力と指揮の能力は全くの別物だ。二つあると考えた方が自然だろう。

 ルーミアは詳細は知らないが、零夜だって二つ能力を持っている。

 それを踏まえて考えれば、ウラノスが二つ能力を持っていると言う考えにたどり着く。

 

 『指揮をする程度の能力』と、あともう一つ。

 このもう一つの能力は先ほども述べた通りある程度予測はついている。

 そして、その鍵は、『キーワード』は―――。

 

 

「―――『天』」

 

 

 そう。ウラノスの肩書である、『天』の文字だ。

 『(てん)』には「てん」という読み方が一般的だが、別の読み方で『(そら)』には「そら」と言う読み方がある。

 そして、「そら」は『空』だ。

 

 ルーミアは当然知る由もないが、零夜の戦ったウラノスと同じ【ヘプタ・プラネーテス】の【プロクス】【ヒュドール】【タラッタ】【デンドロン】にも、『火』『水』『海』『木』と言う肩書があった。

 プロクスには『火』を操る能力が。

 ヒュドールには『水』に所以する液状化する能力が。

 タラッタには『海』のような大量の水と、激流を操作する能力が。

 デンドロンはあまり地味で詳細が分からなかったが、『木』を自在に操る能力なのかもしれない。

―――と、このようにそれぞれ肩書の通りの能力を保有していた。

 

 無論、これをルーミアが知れるはずがないので、情報が乏しかったが、少々単純な彼女はすぐにこの法則を読み取れた。

 法則、と言うよりは『天』だから『天』に関連した能力を持っているのではないか?と言った感じだが。

 だが、そう考えた方が色々と辻褄が合うのだから。

 

 ルーミアはベンケイゴーストの影から出て、ウラノスに指をさす。

 

 

「聞きなさい、ウラノス!」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 

 ウラノスは今現在もご立腹だ。声を極限ま低くしており、声だけでも彼の怒りが伝わってくる。

 だが、それで臆してしまっていたら意味がない。

 

 

「―――あんたの能力、ぜぇーんぶ、分かったわよ」

 

「―――なんだと?」

 

 

 ウラノスの声色が元に戻る。

 ウラノスからすれば、自分より弱い奴が自分の能力を理解できるわけがないと思っている。だが、それはただの偏見だ。

 弱いから自分より何もかも劣っている―――と言うのは間違いだ。

 人間万能ではない。必ず他人より劣っている何かがある。例えば、『知恵』などがそうだ。闘いしか頭にない人間は、他の人間より知恵が劣っている。逆に、闘い慣れない人間が、知恵が飛びぬけていると言った例もある。

 故に、ウラノスの言い分は間違いだらけなのだ。

 

 

「―――本当に、あなたがバカで助かったわ」

 

「なんだとこのクソアマがぁ!!」

 

「あなた、最初に『天』って言ったでしょ?それがもう、答えになってたのよ」

 

「――――」

 

 

 ウラノスが、口を詰むんだ。

 どうやら、ウラノスもその意味が分かったようだ。

 

 

「貴方の能力は難しいようで単純だった。あなたの能力は『天を操る能力』と『指揮をする能力』。どう、間違いある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

――――『(そら)』とは、誰もが必ず見る景色だ。

 それは快晴であったり、大雨であったり、台風であったり、雷が鳴ったり、雪が降っていたり、暗闇だったり、様々だ。

 ウラノスの能力は、そこが由来となっているのだ。

 異世界もので言う、『全属性適正』を持っているようなものだ。『火』を『水』を『風』を『雷』を『氷』を『光』を『闇』を、すべてを扱える能力、それはウラノスの能力だった。

 

 これならばすべての辻褄が合うのだ。

 先ほどの仮説の通り、ルーミアの闇の斬撃を防いだのは、『闇』の力でガードしていたから。

 強硬そうな鎧も傷一つつかなかったことも、これで頷ける。

 ルーミアの後ろからの攻撃の際、分身していたように見えたのは、『光』による屈折。

 『デス・レイン』はその名の通り水圧による『水』の攻撃のゴリ押し。 

 それらを駆使して、ウラノスは戦ってきていたのだ。 

 

 

「―――つまり、こういうことよ。どう、合ってるかしら?」

 

「――――――」

 

 

 ルーミアが自身の仮説を述べた後、シン…と、先ほどまで騒がしかった戦場が、一気に静まり返っていた。

 それもそうだ、指揮官であるウラノスがなにも言わなくなった以上、兵士たちも正気を取り戻すのだから。

 『指揮をする能力』の影響がなくなった今、兵士たちは自らの意思で誰も動かなかった。全員、ルーミアの仮説に釘付けだったからだ。

 

 

「フ、フフ、フフフ…」

 

「―――?」

 

「ハハハハハハハハ―――!!!」

 

 

 突如、ウラノスが笑い始めた。

 その笑いに、生理的嫌悪を覚えるルーミアと、無言のままウラノスの笑いに疑問を浮かべる兵士たち。反応は様々だ。

 

 

「なにが可笑しいの?」

 

「いやぁ、本当に素晴らしいものだ!先ほどまでの怒りがまるで嘘のように吹き飛んだ!!」

 

「―――まるで意味が分からないんだけど」

 

 

 ルーミアの疑問に、ウラノスは嘲笑の笑みを浮かべながら淡々と話す。

 

 

「あれだけ自信満々に解説していたところ悪いのだが―――」

「今のお前の仮説は、せいぜい80点だ」

 

 

 ウラノスの答え合わせに、ルーミアが内心で愕然とした。

 なるほど。ウラノスの怒りが吹き飛んだ、と言う言葉の意味はこれだったのか。

 あれだけ自信満々に回答しておきながら、それが満点ではなかったことによる嘲笑。

 

 ウラノスはルーミアが恥をかいたと考え、ルーミアへの怒りが吹き飛んだのだ。

 

 

「―――80点?」

 

「そう、大体は合っていた。私はそれらを一気に操ることが可能だ。故に【ヘプタ・プラネーテス】最強なのだ!だがなぁ、全属性の操作を可能とする?ただ兵士たちを操る?()()()()()じゃ『最強』は務まらないんだよ!!」

 

 

 ウラノスは腕を薙ぎ払うと、そこから暴風が吹き荒れる。

 最初のターゲットとなったのは―――。

 

 

『『『ッ!!』』』

 

 

 エジソン、ロビン・フッド、ビリー・ザ・キッドゴーストだった。

 一々攻撃してくるのが、ハエのごとくウザイとでも思ったのだろう。故に、最初の的にされたのだ。

 風による暴力が三体を襲い、一気に霧散する

 

 

「なッ!?」

 

 

 突然の攻撃に対処しきれなかったルーミアは、急な攻撃に驚愕したが、すぐに戦闘態勢に入り、他のゴースト達に攻撃させる。

 ウラノスは空中にいるため、攻撃するには遠距離攻撃は必須だ。

 故に遠距離攻撃を可能とするゴースト達が前に出る。

 

 【リョウマゴースト】【ノブナガゴースト】【グリムゴースト】が前に出た。

 【サングラスラッシャー・ブラスターモード】【ガンガンハンド・銃モード】【ガンガンキャッチャー・銃モード】をそれぞれを装備し、ウラノスに向ける。

 

 

「そんな銃だけで私の防御を貫けるはずが―――」

 

 

 その瞬間、空中に無数の武器が現れた。

 その武器は、三体のゴーストが装備している武器と全く同じものだった。

 

 

「なにが起こっているのだ!?」

 

 

 謎の現象にウラノスが驚愕の声を上げる。

 この現象、関わっているのは【ノブナガゴースト】だ。

 ノブナガゴーストには、武器を複製する能力を保持しており、この能力を用いて自身の武器だけではなく、リョウマとグリムの武器をも複製したのだ。

 1つで駄目なら2つで。とにかく数を増やして力でのゴリ押しだ。

 

 リョウマゴーストはサングラスラッシャー・ブラスターモードの引き金を引くと、それと連動してすべてのサングラスラッシャーの引き金が引く。

 銃口から巨大な螺旋状の炎の渦を発射する技、【メガオメガフラッシュ】を発動した。

 ノブナガゴーストも同様、大量に複製したガンガンハンド・銃モードの引き金を引き、連撃を繰り出す技、【オメガスパーク】を発動。

 グリムゴーストもまた、ガンガンキャッチャー・銃モードに自身のアイコン【グリムアイコン】を装填して銃口からペン先を模した無数の弾丸を繰り出す技、【オメガフィニッシュ】を放った。

 

 大量に複製された武器による連続攻撃。

 圧倒的な力によるごり押しならば、ウラノスの能力を少しは突破することができるかもしれない。

 放たれた凶悪とも言っても過言ではない攻撃が、ウラノスに直撃し、爆風と爆煙を上げる。

 

 

「―――――」

 

 

 思わず、固唾をのみ込む。

 それもそうだ。あれほど強力な能力だ。それに、すべてを解明できたと思ったら、それは80点。あと残りの20点が不明な以上、とにかく攻撃してその残りの20点を解明するしか抜け道は存在しない。

 むしろ―――。

 

 

「―――この程度か?貴様の配下の力は?」

 

 

 この程度の攻撃で、ウラノスの防御を突破できるなんて、希望を持たない方がよかったと思うほどだ。

 そして、そんな希望を抱きながらも、無駄だと言う絶望が存在していたことは、ルーミアが一番知っていた。

 なにせ、同じく闇を操る能力者なのだから。

 闇の力がどれだけ活用できるのか、その運用性を一番熟知しているのは、ルーミアなのだから。

 

 

「そんなへなちょこな攻撃で、私を傷付けられると思うなぁ!!」

 

 

 ウラノスが手を掲げると、そこから大きな水球が生まれる。

 これだけを見れば、あの水をそのまま投げるだ楼と考えるだろう。だが、ウラノスは予想外の使い方をしてきた。

 もう片方の手を上げると、太陽の光が強く輝いた。

 ウラノスの天を操る能力は、太陽の光をも操ることが可能なのだ。

 そして、太陽の光が水球に収束し―――。

 

 一瞬の輝きで、リョウマ、ノブナガ、グリムゴーストが焼き消えた。

 

 

「――――!?」

 

 

 ウラノスは、あの巨大な水球を虫眼鏡に見立て、太陽の光を収束させて一種のレーザーを創り出したのだ。

 自然現象を用いただけではなく、能力をも使用したことによって威力が倍増したのだ。

 

 

「―――なんで、あんなに疲れが出てたのに、人間のクセに精神力の回復が異常に早すぎる…!?」

 

 

 ウラノスはあの必殺技を放ったことで、大分精神力を摩耗していたはずだ。

 それに、あれからほとんど休んでいないはずなのに、あれほど細かくコントロールできるほどに精神力が回復していたのだ。

 

 

「それは、これのおかげだ」

 

 

 ウラノスが懐に手を入れ、(まさぐ)った。

 そして、そこから出したのは小さなカプセル状の薬品。

 

 

「これは、私用に作られた薬でねぇ。精神疲労に急激に効く薬だ。効力が強すぎて私ほどの者でないと効果に耐えきれない欠陥品だがな」

 

「そんな……」

 

 

 再び彼女を襲った、絶望。

 ようやく精神的に疲労させたのに、精神的疲労が弱点だと分かったのに、その弱点をすでに克服していたとは。いや、普通自分の弱点をそのままにしておくはずがないため、こういったことは最初から予測しておくべきだったのだ。

 だが、月の技術を話だけ聞いていたルーミアには、そういった可能性を見出すことができなかった。

 完全な、知識不足が原因だった。いくら千年もの月日を生き、新たな知識を持っていたとしても、それと同時に月の知識も進化していたのだ。

 月の知識の方が、地上より何枚も上手だったのは、最早周知の事実と言っても過言ではなかったのだ。

 

 

「とっくの昔に、耐久戦も問題なくなった。詰んでいたのだよ、最初から」

 

「く…ッ!」

 

 

 ルーミアは悪あがきと言わんばかりに、手をかざすとウラノスの後ろに闇の槍が形成され、そのままウラノスを貫こうと迫る。

 

 

「無駄な悪あがきをッ!」

 

 

―――だが、当然のごとくウラノスに見破られ、ウラノスが腕を振り払うとそのまま闇の槍が霧散する。

 

 

「もういい加減に諦め――」

 

 

 ウラノスがそう言いかけた時、ウラノスの目の前が二つの瞳で埋まる。

 そう、あの攻撃は陽動だったのだ。本当の狙いはこちら。

――が。

 

 

「不意打ちだけで私に傷を与えられると思うな!!」

 

 

 ウラノスは手を出し、能力を行使しようとする。

――そのときだった。

 

 

「なに!?」

 

 

 突如、ウラノスの腕に、鎖が巻かれた。

 その鎖の先には、【フィーディーニゴースト】が。フィーディーニゴーストが鎖をその手に持ち、ウラノスの手を拘束していたのだ。

 このチャンス逃すワケにはいかない。なんとしてでも、いや、せめてあの男に一撃を入れたい。その思いを、気持ちを掲げ闇の剣を携え―――。

 

 

「しまっ―――」

 

 

―――ボギッ、バギッ、グチャ

 突如、辺り一帯に響いた不快な音。その音は、肉がつぶれ、骨が砕かれた音。

 そして、その音の出所は―――。

 

 

 

「あがぁあああああああ!!!!」

 

 

 

 ウラノスの腕だった。

 ウラノスの腕は、その強硬な鎧ごと砕かれ、不快な音を上げたのだ。

 ここで今、なぜか難攻不落だったウラノスを、予想外の方法で、ダメージを与えることに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「殺す!殺す!殺す!殺す!!この能面風情がぁああああああ!!!」

 

 

 ウラノスが今までに見たことのない形相でフィーディーニゴーストを睨み、無事な方の腕をフィーディーニゴーストに向けるとその瞬間、フィーディーニゴーストの立っていた地面が業火に燃える。

 

 

「――――」

 

 

 対して、ルーミアも驚愕していた。

 仲間がやられたことではない。無論、あれだけ攻撃を与えて無傷だったウラノスに、ダメージを与えることができた理由だ。

 あの鎖が、特別だったのか?いや、事前にシロから教えられていた情報では、あれはただの強靭な鎖だ。それに第一、あの鎖にウラノスの謎の防御を突破する力などは存在していない。

 と、言うことは別の要因でウラノスはダメージを負ったことになる。

 

 今回、ルーミアはなにもしていない。

 つまり、考えられる可能性は一つ。『ウラノスの能力』。

 ウラノスの能力―――不明な20点のなにかが、鎖が巻き付いたことと連動し、今回の結果につながったのではとルーミアは過程する。

 

 

「いいや、とにかく。あいつにダメージを与えることができたってことが、一番の収穫ね」

 

 

 ダメージを与えることができたのは嬉しいのだが、その肝心のダメージを与えたゴーストがすでにウラノスにやられてしまっt―――。

 

 

「――誰…?」

 

 

 そのとき、後ろからチョンチョンと肩を叩かれる。

 誰かと思い振り向いてみると、そこには先ほど業火に包まれて倒されたはずのフィーディーニゴーストがその場に佇んでいたのだ。

 これには、ルーミアも驚く。

 

 

「えっ!?さっきやられたはずじゃ…!?」

 

 

 ちなみに、フィーディーニの二つ名は「脱出王」

 その肩書の通りに、脱出をなによりも得意としているため、あの業火からの脱出もお手の物だ。

 背中のタイヤのプロペラを全開にまで稼働させ、後方へと飛んだのだ。あの一瞬にして、疲弊していたとしても妖怪のルーミアの目から逃れるほどのスピードでそれを行ったのだ。彼の技術が伺える瞬間であった。

 

 

「ま、まぁともかく、無事でよかったわ…」

 

「生きていたかこの能面がァ!」

 

 

 フィーディーニゴーストが生きていたことに激怒した。

 それに、生きていると言うより、パーカーゴースト達はすでに死んでいるため生きているとは言えない。

 あともう一つ。ウラノスはパーカーゴーストのことを『能面』と呼んでいるが、これはただ単純にウラノスがパーカーゴーストのことをただのお面をかぶった人間だと思っているだけである。

 普通、人間が急に現れたりしないのだが、そこら辺は完全に考えていないだろう。ウラノスはそういう人間なのだ。

 ともかく、ウラノスにダメージを与えることに成功した今、やることはただ一つ。 

 

 

「青い奴!その鎖をアイツの腹に巻き付けなさい!」

 

 

 ルーミアはフィーディーニゴーストに命令をする。フィーディーニゴーストはそれを聞き入れ、ウラノスに鎖を投げつけた。

 巻き付けると言う行為自体は攻撃ではないが、巻き付けることによって謎の作用が働き、ウラノスにダメージを与えることができると分かった今、それ以外の攻撃をすると言う選択肢はない。

 

 

「そんな幼稚な攻撃に当たる訳がなかろうが!!」

 

 

 ウラノスはそのまま上昇して巻き付ける攻撃を回避する。

 鎖はそのまま空を舞う。

 

 

―――そのとき、白い手がフィーディーニゴーストの鎖を掴んだ。

 その手の正体は、【サンゾウゴースト】だ。サンゾウゴーストは『觔斗雲』のようなものに乗り、空中を浮遊していたのだ。

 そしてそのまま觔斗雲を駆使して滑空し、ものすごい勢いでウラノスの周りに鎖を巻き付ける。

 回転した鎖が、ウラノスの周りに漂う。

 

 

「この程度で―――私を仕留められるとでもアガッ!!?」

 

 

 突如、ウラノスの体が震える。

 

 

「これは―――麻痺か!?」

 

 

 目をギョロギョロと移動させ、その要因を見つけた。

 【ベートーベンゴースト】だ。ベートーベンゴーストには音楽を操る能力。つまりは音を操る能力を持っている。

 音の力でウラノスの体の命令系統――脳に異常を起こし、麻痺を起こしたのだ。

 そのままフィーディーニゴーストとサンゾウゴーストが鎖を引っ張り、鎖をウラノスに巻き付けた。体を動かすことなどできないウラノスは鎖は巻き付かれ、謎の力によってウラノスの体は引き千切れる―――はずだった。

 突如、ウラノスの体が霧のように霧散した。

 

 

「え…ッ!?」

 

「引っかかったなバカめがぁ!」

 

 

 鎖の下段―――。そこからウラノスの声が響く。

 いつの間にか、ウラノスが移動していたのだ。いや、これは移動などではない。

 最初から、そこにいたのだ。でなければ、先ほどまで拘束したウラノスが霧のように霧散するはずがない。

 

 

「死ねぇ能面ども!!」

 

 

 ウラノスの全身に、雷が纏われる。

 それを一気に放電するかのように、辺り一帯に雷の球体が出来上がる。

 

 

「しま…ッ!」

 

 

 ルーミアも、他のパーカーゴースト達も、十分その射程範囲内にいた。

 このままでは、自分たちも巻き添えを喰らってしまう。

 ルーミアとパーカーゴーストたちは一斉に走りだした。だが、雷の浸食の方が、ルーミアたちのスピードを、何倍も上回っていた。

 それに、疲弊した状態なために、いつものスピードを出すことができなかったルーミアは、もうすぐそこまで雷が迫ってきている状態にまで陥っていた。

 

 

「このままじゃ―――!」

 

 

 ルーミアの肌と雷が触れ合った瞬間、雷の中からフィーディーニゴーストの背中の部分――グライダーが飛び出し、ルーミアを一気に押し出した。

 その勢いでルーミアは「ウグッ」とえずいてしまうが、それが起点となった。

 そのままグライダーがルーミアを押し続け、射程範囲から脱出することに成功したのだ。

 だが、その犠牲もあった。

 

 近くにいたフィーディーニゴースト、サンゾウゴースト、ベートーベンゴーストが犠牲となったのだ。

 残った英雄ゴーストは、六体。

 

 

「なんだ、まだ生きていたのか。運のいい野郎どもめ」

 

 

 焼き焦げた地面から煙が漂う中、ウラノスの声が聞こえた。

 だが、その声や顔色には余裕はなく、グチャグチャになった腕をもう片方の手で押さえている状態だった。

 ウラノスはルーミアたちの無事を確認すると、兵隊たちの元へと移動した。

 自分を攻撃できる手段を失ったために、慢心が出たのだろう。普通、最後まで終えてから敵から目を離すのだが、この男がそれをしない所を見ると、どうしても愚かにしか思えない。

 

 

「おい!回復薬をよこせ!常備装備にあっただろう!」

 

「い、いえ、それが…」

 

「なんだ?いいからさっさとよこせ!」

 

「―――も、もうすでに兵士たちにすべてを使ってしまい…」

 

「なにをやっているのだクズどもが!!」

 

「う、ウラノス様は毎回使わないため、今回もそうかと―――」

 

「口答えするなァ!!」

 

「うぐッ!」

 

 

 ウラノスの無事な手が、副官の顔に直撃する。

 副官は地面にこすれながら転がっていく。

 

 

「な、なんなのあいつ――」

 

 

 これを見て、ルーミアも引いていた。それと同時に、敵ながら副官に同情した。

 大方、ウラノスは今まで一度も怪我をせずに生きてきたのだろう。だが、今回怪我をすると言う異常事態に陥ってしまったことにより、ウラノスは副官に八つ当たりしているのだ。

 副官も副官で、ウラノスが怪我をするなど思っていなかったため、惜しまず回復薬を兵士たちに使っていたのが仇となり、八つ当たりの対象となってしまった。

 

 

「もういい!いいか、私が戦い終わるまでに回復薬を補充してこい!これは命令だ!!」

 

「は、はい…!」

 

「ふんッ!」

 

 

 少し満足したのか、ウラノスはルーミアの方へとゆっくりと歩いていく。

 己が怪我をしているというのに、なんという油断なのか。

 いや、ウラノスの性格だからこそ、なのかもれしない。

 

 それはウラノスと言う人間と短期間しか見ていないルーミアにも分かった。この男、人を痛めつけることに快感を覚えているのだ。

 俗に言うサディスト。この男はそれに該当する。

 

 サディストは相手を痛めつけるのには慣れているが、自分が痛めつけられるのには慣れていない。

 そのため、無意味な八つ当たりを繰り返している―――。そんな感じだろうか。

 

 

「貴様はただでは死なさんぞ!!」

 

 

 ただでは死なさない―――。これが意味をしているのはただ一つ。「自分が気が済むまで殺す気はない」と言うことだ。

 本格的に拷問でもするつもりなのだろうこの男は。

 

 

「どうすれば―――」

 

 

 もう本当に、どうしようもなくなった時。それは起こった。

 なんと、ルーミアを守っていた【ベンケイゴースト】以外のパーカーゴーストたちが一斉にウラノスに突撃したのだ。

 

 

「なッ!?あんたたち、戻ってきなさい!」

 

 

 ルーミアの静止も聞かず、ゴースト達はウラノスに武器を振るう準備を始める。

 

 

「バカなことを!圧死しろ!」

 

 

 ウラノスは無傷の腕をゴースト達に向けると、ウラノスの手の掌から激流ともいえる水が渦状となって放水される。

 水の砲弾は、パーカーゴーストたちに牙をむき、そのままパーカーゴーストを穿つ――その瞬間、水が分裂して当たり一帯に零れる。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 これにはウラノスも驚愕していた。

 ウラノスは焦り、手当たり次第に攻撃を仕掛けた。炎の渦、風の刃、雷の槍、氷柱での攻撃など。それらすべてを駆使しても、当たる直前に何故かコントロールを失い霧散するのだ。

 パーカーゴーストたちの距離は、もう目前にまで迫っていた。

 

 

「無駄だ!私には絶対的な防御が―――」

 

 

 焦りながらも、自分の防御を過信していたウラノスはそのまま何もすることなく佇んでいただけだったが――途端に、焦りが生じ始めた。

 

 

「ま、待て!お、落ち着くのだ!だから攻撃するのをやめ―――」

 

 

 そんなウラノスの言葉になど耳を貸さず、パーカーゴーストたちは一斉に必殺技を放った。

 ムサシゴーストのガンガンセイバー・二刀流モードで放つ技『オメガスラッシュ』

 ニュートンゴーストの斥力を込めた右ストレートで敵を吹っ飛ばす技『グラビテーションインパクト』

 ゴエモンゴーストの刃に炎を纏わせすれ違いざまに切り裂く技『メガオメガシャイン』

 ヒミコゴーストのサングラスラッシャーから放つ技『メガオメガシャイン』

 ツタンカーメンゴーストのガンガンハンド・鎌モードによる敵を直接斬り裂く技『オメガファング』

 

 五つの技が一点(ウラノス)に集中した。

 本来、この攻撃も無敵だったウラノスにはなんの意味もなさなかっただろう。

 だが―――今、その前提が、再び崩れた。

 

 

「ぐあぁあああああああああ!!!!!」

 

 

 必殺技は、ウラノスの強硬な鎧をも貫通し、ウラノスの体から血しぶきが舞い上がったのだ。

 

 

「な、なんで…?」

 

 

 ウラノスには『巻き付ける攻撃』が有効打だったはずだ。巻き付けることによって、ウラノスの謎の力が働いてダメージを与えることができた。

 だが、今のはなんだ?通常攻撃が全く効かなかったウラノスに、斬撃が効いたのだ。今までの前提が崩れた。ルーミアの斬撃も、ウラノスにはいなかった。わからない。何が起きているのか、わからない。

 

 

「あ、が…」

 

 

 ウラノスが大量に血を流し、体制を崩す。

 そしてそのまま、膝から崩れ落ちる―――瞬間、踏みとどまった。

 それに気づいたゴーストたちが追撃を仕掛けようとする。 

 

 

「お゛の゛れ゛ゴミ共がァアアアアアア!!!待でど、い゛ッだだろうがァアアア!!!」

 

 

―――だが、時すでに遅し。

 ウラノスの体には業火が纏われ、その姿は今にも爆発しそうな爆弾。

 ゴーストたちは理解した。「これは助からない」と。

 

 

「皆、逃げてぇええええ!!」

 

 

 ルーミアの悲痛な叫びが響く。

 だが、それを叶えることはできなかった。

 

 

「じねぇえええええ!!ゴミクズどもォおおおお!!」

 

 

 ウラノスの熱気が最大限に高まったその瞬間、四体のパーカーゴーストが突如として、一人のゴーストを一斉に蹴り出した。

 その勢いは凄まじく、蹴られたパーカーゴーストはそのまま飛来し、ベンケイゴーストにキャッチされた。

 それを見届けたパーカーゴーストたちは、最後の悪足掻きと言わんばかりに、己の獲物を振るった。

 

―――その一秒後、業火が辺り一帯を支配した。

 

 

 

「あ、ああぁ…!!」

 

 

 

 ルーミアの目から、涙が零れ出る。

 自分の涙腺は、いつからこんなにも脆くなってしまったのか。そんなこと考えている暇など、彼女にはなかった。

 ゴースト達はすでに死んでいるため、朽ちない存在だ。だが、それでも自分のために戦い、その身を滅ぼしたパーカーゴーストたちに、彼女はただ涙を流すことしかできなかった。

 

 

 

『―――――』

 

 

 

 そして、もう一人。

 四体のパーカーゴーストに助けらたゴースト―――【ニュートンゴースト】は、それを見て何を思ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「うぐッ、ひぐッ、えぐッ…」

 

 

 彼女の目から、大粒の涙が零れる。

 自らの身を挺してまで戦ったのに、それでも届かない圧倒的敗北感。それが彼女の心を支配していた。

 最後、最後一度だけ、ウラノスに大ダメージを与えることに成功した。だが、その要因も謎のままだ。

 そして、残された手がかりも一つのみ。

 

 

「ねぇ…なんであんたは、助けられたの…?」

 

 

 涙をこらえながら、ルーミアはパーカーゴーストたちに助けられたゴースト、【ニュートンゴースト】に問いかける。

 だが、ニュートンゴーストは無口だ。

 

 

「なんとか言いなさいよ!あいつを倒す手がかりを、持っているんでしょ!?」

 

 

 ルーミアは無口なニュートンゴーストに対して怒鳴る。

 これはニュートンゴーストに限らず、すべてのゴースト達は無言のままだった。だがそれなのに、お互い情報を共有しあっているようだった。

 と言うことは、パーカーゴーストたちには何かしらの意思疎通を可能としているのかもしれない。

 

―――だが、ニュートンゴーストは無口のままだ。

 

 

「なんとか言いなさいよ!!」

 

「あぁあああああああ!!」

 

 

 ニュートンゴーストにルーミアが掴みかかろうとしたその瞬間、男のかん高い声が聞こえた。

 この声の主を、ルーミアは忘れるはずがなかった。

 

 

「ウラノス――!?」

 

「まぁだハエが一匹残ってたかぁ…まぁいい!今ここで、まとめて仕留めてやるゥ!!」

 

 

 激怒したウラノスに、もう心の余裕などなかった。

 ウラノスは鬼の形相のまま、自身の頭上に七色の球体を創り出す。

 

 

「あれは…!」

 

 

 あれには見覚えがあった。

 あの時、ウラノスが『究極の必殺技』だと言い放った技だ。

 まずい―――!それだけがルーミアの頭を支配した。これだけ疲弊した状態で、あれを喰らえば一たまりもない。

 逃走しようとした、そのとき。ベンケイゴーストがルーミアの前に立った。

 

 

「―――え?なに、してるの?」

 

 

 真っ先に思ったことを口にする。

 あの行動の意味が分からない。否、分かりたくない。だが、意地でも分かってしまう。ベンケイゴーストは、自分を守るために―――。

 いくらベンケイゴーストの特性を用いても、消滅してしまえば話は別になる。

 

 

「駄目、駄目よ。これは命令。あいつには私じゃ勝てない。私を守っても無駄よ。だから、だからやめて…」

 

『…………』

 

 

 ベンケイゴーストは動かない。

 確実に()()()()の命令通りに、動いているのだから。

 すると突如、ニュートンゴーストがルーミアを担いでその場を離れだした。

 

 

「やめて!離して!」

 

『………』

 

「聞こえてないの!?――――あなたも、早く逃げ―――」

 

「死ねぇええええ!!」

 

 

 彼女の悲痛な叫びをかき消すように、ウラノスの叫びと同時に『究極の必殺技』が放たれた。

 先ほどとは違い、今回は一直線による攻撃。一点集中系だ。それに極太レーザーと来た。回避は、不可能だ。

 ベンケイゴーストに、『究極の必殺技』が直撃する。

 

 ベンケイゴーストの特性である相手の攻撃を防御力に変換すると言う特性を、軽々と打ち破るエネルギーを保有した『究極の必殺技』は、ベンケイゴーストを、一瞬にして塵へと化したのであった。

 

 

 

「―――――!」

 

 

 

 その様を目のあたりにしたルーミアは、目を見開き絶句するしかなかった。

 ベンケイゴーストを貫いた技は、そのまま二人を殺さんと直行してくる。

 そして―――『究極の必殺技』が、二人を影ごと飲み込んでいった。

 

 

「ハハハハハ!!!ようやく!ようやく死んだかぁ!!」

 

 

 二人が『究極の必殺技』に飲み込まれたのを確認したウラノスは、高笑いをした。

 

 

「にしても―――面白い!面白かったぞ!奴の絶望した顔!()()()()で見れなかったのは残念だったが、それでもいい!私をコケにした罰が下ったのだぁあああ!!!」

 

 

 血塗れになりながらも、高揚感が止まらないウラノス。

 そのまま、二人が消滅した場所へと目を向ける。

 

 

「―――にしても、ずいぶんとクレーターができた。これでは、()()に怒られてしまうな。よし、お前等!ここら一帯を埋め立て―――」

 

 

 

「ヒッグッ、エッグッ…」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 その時、聞こえた。ウラノスの耳に、()()()()()()が。

 そして、この声は間違いなく―――!

 

 

「バカなッ!?塵と化したはずだぞ!?」

 

 

 ウラノスは風を起こし、辺り一帯の煙を晴らした。

 そして、ウラノスの目に映ったのは、()()()()

 

 

「う、うぅ…!」

 

「――泣くな。なんとなく、状況は分かった。おい、ルーミアを守ってろ」

 

『――――』

 

 

 ルーミアとニュートンゴースト。そして、黒装束の男が追加されていた。そして、その男の隣にはひときわ多いいバイクが。

 おそらく、あのバイクで二人を救ったのだろう。だが、あの一瞬で?一体何馬力あるんだ。

 ウラノスは目線をずらす。例の男は全身が黒で統一されており、フードを深く被り顔などは確認できなかった。

 ルーミアは黒装束の男に縋りつき、泣いていた。男はルーミアを宥めると、ルーミアをニュートンゴーストに預ける。ニュートンゴーストはそれを無言で頷き承諾した。

 

 

「さて―――」

 

 

 黒装束の男は立ち上がると、ウラノスの方を向く。

 

 

「お前が何者かは知らねぇが―――一つ。言えることがあるとすれば―――」

 

 

 男はウラノスを指さし、うっすらと見えた黒い黒曜石のような瞳で睨みつけた。

 

 

「今日が、お前の命日だ」

 

 

 その男は―――【闇神 零夜】は、そうウラノスに対して宣言したのだ。

 

 

 

 

 




我らが主人公登場!
 感想お願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28 シロとクロ

 ※注意。

 今回はR-18系の単語が出てきます。
 R-15のタグは入っているので、嫌だと言う人はブラウザバックしてください。


―――時間は過去に、遡る。

 零夜は捕縛した玉兎たちから情報収集を行っていた。

 

 

「さて、それじゃあ俺の言う質問に一言一句たりとも偽りなく答えろ。そうすれば、お前たちの命だけは、助けてやる」

 

 

 優しい顔をして玉兎たちを脅迫する。

 だが、顔は見えていないため表情など無意味なのだが。

 その脅迫を受けて、玉兎たちは怯えている。

 それもそのはず。先ほどまで自分より強い強者たちを相手に逆転劇をして見せたのだから。弱者が強者に怯える、当然の絵面であった。

 

 

「―――――」

 

 

 零夜はしばらく待つが、玉兎たちはただ震えてなにも答えない。

 今現在の状況は、二つの要因が混ざり合ってできている。

 一つは「恐怖」。圧倒的強者を目の前に、「殺されるのではないか」と言う恐怖に駆られているため。

 もう一つは「他人任せ」。怖くて話したくないため、誰かにその役割を押し付けているのだ。

 このままではらちが明かないため、特定の玉兎を指名することによって、話を進めることにした。

 

 

「じゃあ…そこの玉兎」

 

「わ、私ですか!?」

 

 

 適当に選んだ玉兎。

 選ばれた玉兎は随分と驚いていた。そしてそれとは対照的に彼女以外の玉兎たちは心から安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「他の奴らが喋らねぇからに決まってるだろ。―――吐くもん吐け」

 

「わ、分かりました…」

 

 

―――従うしかない、とその玉兎は次々と事の内容を説明した。

 

 まず、その玉兎から語られたことは、想像できたようで、できなかったことだ。

 玉兎たちの待遇が変化したのは、あまりにも突然の出来事だった。

 ある日を境に、とある月の重役が玉兎たちの本格的な奴隷化を宣言したのだ。当然、玉兎や一部の者たちは反対したが、他の重役たちもその意見に賛成だったらしく、実質無理やり案が可決されたらしい。

 

 そこで、その日を境に始まった地獄。

 と言っても、玉兎たちに課せられた強制任務と言ってもいい仕事が追加されたけだけであった。

―――だが、その内容がかなりの問題だった。

 

 その内容とは、『性欲処理』。要するに完全な『道具』として扱われることだった。

 毎日毎日犯される日々。敵が出てこれば徴兵され、何もない日はむさ苦しい男たちに抱かれる日々を語っていた。

 

 

「――――」

 

 

 それを聞いて、零夜はだんまりとしたままだ。

 だが、その心の内には、様々な悪意が蔓延っていた。人を人とも思わない悪行。その行動に、腹が立っていた。

 もう本格的に月は滅ぼした方がいいのではないか。そう思うほどに感情が暴走していた。

 

 

「――――……落ち着け…」

 

 

 だが、その感情を己で封じ込めることに成功する。

 それに第一、人を人とも思わないこと…大虐殺を、もうとっくにしてしまっている。周りを許せないで、自分だけが許されるなんてこと、あってはならない。

 結局自分もそいつらと同じド畜生へと身を堕としたのだ。クズを殺すためにクズになる。これほど道理に適っている言葉があるだろうか。いやない。少なくとも零夜はそう思っている。 

 ―――そして、落ち着いていると、一つの疑問が、当然の疑問が浮かんだ。

 

 

「おい、ちょっと待て」

 

「な、なんですか?」

 

「月の民が…生殖行為?何をバカな第一、そんなことすれば穢れが出るに決まって―――」

 

「そうなんです。私たちは特に穢れがあろうとなかろうとどうでもいいんですが、重役の人たちは違います。でも、それなのに―――」

 

 

 その重役たちは、『穢れ』の発生の元となる行為を全員が許した。

 これには、流石の零夜も驚きを隠せなかった。

 月の民は『穢れ』を極限まで嫌っている。そんな月の民が、進んで、しかも全員が穢れの発生を促す行為をするなど、誰が想像できるだろうか?

 

 

「―――いや、にしても重役が全員それを可決したなんて、ありえない。反対した奴はいなかったのか?」

 

「―――いるにはいました。その方は私たちの指南役をしていて、いつもきつい稽古をする方でしたね」

 

 

 それを聞いて、零夜の頭にある一人の人物が浮かんだ。

 神を降ろし、その身に宿す剣士―――。

 

 

綿月(わたつきの)依姫(よりひめ)

 

「依姫様を知っているのですか!?」

 

「俺が一方的に知っているだけだ。あいつの性格は熟知している。………だが、綿月豊姫がアレってのはどういうことだ?」

 

 

 深く掘れば掘るほど湧き出る疑問。

 零夜の知る『原作』では、綿月豊姫の性格はあんなものではなかったはずだ。本来の彼女の性格は、敵を目の前にすればカリスマ性が発揮されるものの、天真爛漫な性格で、見た目とは裏腹にかなりお転婆で、玉兎には甘い性格をしていたはずだ。

 それに、玉兎には甘いと言うところも重要だ。玉兎と対等に接する彼女の姿と、あの姿。どう見ても同一人物とは思えなかった。

 彼女の性格を知っていた零夜も、心の底ではただ綿月豊姫に化けた別人ではないかと思ったほどだ。

 

 

「俺の調べだとあいつの性格じゃあ玉兎にかない甘かったはずだが」

 

「そうです。私たちに優しかった豊姫様が、どうして…」

 

 

 段々と語っていく玉兎の目に、涙が浮かべられた。

 よく見ると、それは周りの玉兎たちも同じだ。大方、()()()()()()()()綿()()()()を浮かべているのだろう。

 同時に、零夜はその性格の変化に疑念を持った。

 

 

「―――いつから、そんなになった?」

 

 

 人の性格とは、そんなに急に変わらない。その原因は本質にある。本質は急には変らないため、同時に性格もそんなに急には変わらない。

 これまでの話を聞いて、不審に思ったのはそこだ。最初からその性格だとしたら納得できるが、いかんせん納得できる要素などどこにもない。

 せめて、時期さえ分かれば―――。

 

 

「その議案が可決されて、一か月も経たずに……」

 

「いくら何でも早すぎるな…」

 

 

 人のすぐには変らない本質が、そんなに早く急に変わることはおかしすぎる。

 おそらく、なんらかの『能力』による干渉が起きていると思ってもいいだろう。でなければ、正確の急変に説明がつかない。

 

 

「じゃあ、その時に変わった―――なにか変化があったか?」

 

「変化……とは言い難いかもしれませんが、この出来事が起きた要因となったヤツの、ことでしょうか?」

 

 

 その言葉を発した瞬間、話をしていた玉兎だけではなく、周りの玉兎たちから今までとは違う感情――憎悪だ。憎悪であふれていた。

 その怒りの矛先は、この玉兎が言う『ヤツ』に向けられているのだろう。

 

 

「―――で、そのヤツってのは?」

 

 

 今回の最悪な大変革が起きた要因である人物。

 零夜はとても気になった。もしかしたら、その人物が今回のことに関しての手がかりを持っていると思ったからである。

 だが、次の玉兎の言葉で、零夜の期待は砕かれることになった。

 

 

「そいつは、【綿月依姫】様の元部下にして、私たちの元仲間―――【レイセン】です」

 

「―――は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 零夜は困惑した。多分ここ最近で一番の困惑だろう。

 レイセンが今の状況を造った主犯?あんなビビり越しの兎が?んなわけないだろう。

 

 

「おい、俺は冗談は好きじゃねぇんだ。本当はなんなんだ?」

 

「嘘じゃありません!私たちの扱いが酷くなった理由は、本当にレイセンが原因なんです!!」

 

 

 威圧を放っても、ここまで言うと言うことは、おそらく本当なのだろう。

 だが、零夜は本当だと分かっても信じられなかった。あんな弱い兎が元凶だなんて――。

 精々、考え付くことは逃げたことだけだ。

 

 

「―――いや、()()()()()、か?」

 

「そうです!あいつが逃げたせいで、私たちがこんな目に…!」

 

 

 話している玉兎の目はすでに涙目だ。だが、その顔には憎悪が浮かんでおり、悔し涙を浮かべていたのだ。

 それに、『逃げたから』と言う理由でも、十分に名目としては役に立つ。「玉兎は弱腰だ。よって裏切らせないために玉兎の扱いを酷くするぞ!」とでも言えば十分に話がまかり通っている。

 

 だが、地上でレイセンに対して尋問した時、レイセンはそんなことは言っていなかった。

 シロもレイセンから情報を抜き取っても、月の内情が変わったなどとは言わなかった。

 それに玉兎たちには遠くの玉兎と通信する能力を持っており、レイセンがそれを知らなかったとは思えない。

 だとしても、あの様子だと故意的に言わなかったことは考えられないため、可能性一つ。

 彼女は自分が逃げた程度で月の内情がここまで変わるとは予想もしなかったのだろう。だが、そんなこと誰が予想できるだろうか?零夜だって聞くまで予想できなかった。

 

 

「だが、玉兎が一匹いなくなった程度でそこまで変わるか?」

 

「そこは、私たちも疑問に思ってましたけど、そんなのわかりません」

 

 

 玉兎たちが大量に大脱走したのだとしたら話はそういう風に変わるのもおかしくはないが、たかが一匹いなくなった程度でそこまで変わるのはあまりにもおかしすぎる。

 考えうるに、この議案を提示した人物は、『口実』が欲しかったのだと思う。玉兎が逃げたと言う口実が。そして、それが実現したために事に及んだと考えるべきだろう。

 

 

「―――なるほど。で、その議案を提示したのは誰なんだ?」

 

「その人物は、綿月豊姫様の旦那様であらせられる、【綿月臘月(ろうげつ)】様です」

 

「―――臘月?」

 

 

 始めて聞く名前に、零夜が首を傾げる。

 いや、一度だけ聞いたことがあった。確かプロクスと豊姫の会話に、その名前が出ていたはずだ。あれは豊姫の旦那の名だったのか。

 確かに『設定上』豊姫は夫婦で、一人息子がいる。

 だが、臘月と言う人物は、『原作』には登場していなかったはず。―――なんだかきな臭い。

 

 

「臘月様は私たち玉兎の待遇をさらに酷くし、さらに周りを味方につけ無理やり可決させました」

 

「―――(能力の、干渉か)」

 

 

 先ほども過程した通り、月の重鎮たちがそんな案を通すはずがない。

 だとしたら、自分の言いなりにするしかない。そこで、『能力』の干渉が、必ずあるはず。

 

 

「穢れはどうする?」

 

「それも、臘月様が解決なさりました。なんでも、そういった能力を持っているようで…」

 

「(おかしいな。穢れない能力と、脳に干渉する能力は、全く別物のはずだ)」

 

 

 零夜は臘月の能力を『穢れない能力』と過程して考える。

 だが、もしその能力者だとしたら、『脳に干渉する能力』はなんだ?これにも考えられる可能性は二つ。

 その臘月と言う人物が、能力を二つ持っていること。

 そしてもう一つは―――

 

 

「―――協力者」

 

 

 この可能性。協力者がいる可能性。

 一人ではこんな月の内情を変える計画は過酷すぎる。絶対に誰かの手を借りたいはずだ。

 

 

「で、そいつの能力名は?」

 

「そ、そこまでは…私たちは完全な奴隷なので…」

 

 

 流石に自分の能力を公開するなどと馬鹿な真似はしなかったか。

 だが、得られたい情報を得ることはできた。

 

 話をまとめると、過去にレイセンが逃げたことによって綿月臘月が玉兎を完全に奴隷として扱うことを決定。

 それを何故か月の重鎮たちは可決して、玉兎の本格的な奴隷化が開始された。

 穢れの心配もあったが、それは臘月の能力で解決。月の重鎮たちが何故か可決したのも、『能力』による脳への干渉だと思われる。

 

 そして、正確の変わった綿月豊姫。

 これも『能力』による脳への干渉だと思われる。脳へ干渉するのなら、性格が変わったとしても別に不思議ではない。

 これで分かったことは、臘月には十分に注意しなければならないということだ。

 

 レイセンがどうして月の現状を知らなかったかは不可思議だが、ここでその話をカミングアウトすると、話がややこしくなりそうなので、今は伏せておくことにする。

 

 

「話は大体理解した。で、その臘月ってのは、月の都にいるのか?」

 

「そうなんですけど―――」

 

 

 玉兎の言葉の端切れが悪い。

 なにかまだあるのだろうか?

 

 

「よ、余計なお世話だと思うんですけど……お仲間さんを、助けなくていいんですか?」

 

「は?」

 

 

 仲間?零夜はすぐにあの二人の顔が浮かぶ。

 シロが苦戦するなどとは考えられないため、ルーミアか。

 何故玉兎たちがそれを知っているのかと思うが、この月には通信機器があるんだ。情報共有システムがあったとしてもおかしくない。

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

「えっーと、その……じ、実はですね?この辺り一帯には、『防音フィールド』が張られているんです」

 

「防音フィールド?」

 

 

 始めて聞く単語だ。言葉の通りなら、音を遮断するフィールドだ。

 零夜は玉兎の言葉に耳を傾け、続きを聞くことにした。

 

 

「ヘプタ・プラネーテスのプロクス様らが、『別の場所での戦闘音が耳障りでうるさい』とのことなので、張っていたんです」

 

「―――――」

 

 

 ここまで聞いて、ようやく理解した。

 よくよく考えれば、()()()()()。ルーミアとシロ、二人の戦闘音が聞こえてもおかしくはないのに、それが一切聞こえてこなかった。

 ただ聞き逃していただけかと思っていたが、まさかそんなからくりがあったとは――!

 音が遮断される。つまりはフィールド外の情報が完全に得られなくなる―――!

 

 

「今すぐ解除しろ!!機材はどこだ!?」

 

「じょ、に、荷物の中に…!」

 

 

 それを聞いて、冷静さを失った零夜。

 玉兎からその機材の場所を聞きだす。周りを見ると、荷物などが一か所に集まっている場所を見つけた。

 

 

「(あれを最初に確認しておくべきだった…!)」

 

 

 零夜は荷物を漁って中身を捜索する。

 

 

「どんな見た目だ!?」

 

「ちょ、直径30センチくらいの正方形の―――」

 

「これか!!」

 

 

 玉兎の証言通りの物を見つけた。その機材は細かい回路のようなものが刻まれており、その回路には青白い光が漂っていた。

 零夜は、すぐさまそれを握力で握りつぶす。

 機材は効果を失ったように、光が消える。

 

―――そして、それとともに爆発音が聞こえたのは、すぐのことだった。

 

 

「な…ッ!?」

 

 

 あの爆発地点、あそこは確か最初に分岐したところだったはずだ。

 と、言うことはルーミアが――!

 それに、あの爆発だ。ただで済むはずがない。ルーミアはあんな爆発を起こす能力を保有していない。つまりは、敵の攻撃。

 

 

「クソがッ!!」

 

 

 零夜はビートチェイサー3000を召喚し、またがる。

 エンジンをつけると、その馬力を用いて爆発地点へと向かっていくのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

―――時間は、さらに遡る。

 

 

 全身白装束の男が、月面を歩いていた。

 男はその手に紫色のエンブレムがついた剣を腰に携え、余裕そうに闊歩していた。

 

 

「―――驚くほどなにも出てこないな。流石にここまで暇だと、欠伸がでる」

 

 

 その口から出るのは、男らしい貫禄のある声。

 男は両手をパーカーのポケットにつっこみ、辺りを見渡す。

 辺り一面月面。それ以外になにもなく、どうしても暇だと感じてしまう。

 

 

「僕はハズレクジでも引いたのかな?―――ルーミアちゃんはともかく、r……クロもとっくに戦闘が始まってるっぽいし」

 

 

 どこから情報を仕入れたのか分からないが、シロはすでに仲間の二人が戦闘に突入していることを悟っていた。

 

 

「僕って幸運者なのに、ハズレを引くなんてなぁ…」

 

 

 「早く敵と遭遇しないかなぁ」などとぼやく。

――――そして、その願いは早くも成熟した。

 突如、シロの目の前に炎の壁が作られたのだ。その炎は綺麗な一閃を描きながら現れ、その登場の仕方に、シロは胸を躍らせた。

 

 

「あ、ようやく来た!いやぁー…待ったよ」

 

 

 敵の登場だと言うのに、なんと楽しそうなのか。

 第三者の目からしても、異常でしかないこの状況。

 そんな中、炎の壁が消え去ると、そこには重火器を装備した玉兎が複数、軽装を纏った男性二人。そして、その先頭に立つ、剣を地面に突き刺し、その目でシロを威嚇している女性。

 

 その女性の容姿は、薄紫色の長い髪、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏め、紫がかった赤い瞳の色。

 半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある赤いサロペットスカートを着用した女性だ。

 しばらくの沈黙の後、女性は口を開く。

 

 

「まず、始めに聞こう。地上の民よ」

 

「あーはいはい」

 

 

 シロの適当な変事にまゆを顰めるが、すぐに表情を戻し、問いかける。

 

 

「貴様らはなんの目的があって月を襲撃した?」

 

「わざわざ敵に答えるワケないじゃん。バカなの?」

 

「なッ、貴様「己貴様ァ!!依姫様を愚弄するのかぁ!」」

 

「せっかく依姫様が対話をしてくださっているのに、それを台無しにするとは!」

 

 

 彼女が何かを言いかけた時、突如男の一人が大声を上げた。

 それに共鳴するように、もう一人の男もシロに対して怒りの声を上げる。

 

 

「いやぁ、敵として当然のことを言ったまでだけど?ていうか君たち誰?」

 

「私たちは―――と、名乗りたいところだが、まず俺達が名乗る前に、お前が名乗るのが礼儀であろう!」

 

「―――(何この人たち?まぁいいや)僕の名前はシロ。たぶん地上で最強」

 

「最強とは驕りおって!ならば月での最強は綿月家と月夜見様だ!」

 

 

 ―――本当になんなんだろう。

 そう思いながら、男たちの言葉を完全に無視してシロは依姫と呼ばれた女性に声をかける。

 

 

「なんか君との方が話が通じそうだ」

 

「―――そうですね」

 

 

 お互いに生まれた、謎の感情。憐み、とでもいうのだろうか。わからない。

 話を戻し、彼女は再び目を強めてその目をシロに向ける。

 

 

「せっかくなので、名乗りましょう。私の名は【綿月依姫】。月の都の防衛を担っている者です。――では、あなたが月を襲撃した理由は?」

 

「ノーコメントで」

 

「そうですか―――。では、お二人とも」

 

「「畏まりました!」」

 

 

 依姫の相図とともに、二人の男はそれぞれが虚空から武器を取り出して構える。

 一人の男は巨大なハンマーを、そしてもう一人の男は剣、槍、銃など…。さまざまな武器を所有していた。

 

 

「虚空から物を取り出す……それも月の技術ってワケかい?」

 

「そうだ。偉大なる依姫様の姉であらせられる豊姫様の旦那である臘月様が考案された技術だ」

 

「彼がいたからこそ、我々はさらなる発展を遂げた」

 

 

 そして、二人から語られる謎の自慢話。

 どうして他人の功績なのに自分が達成したかの如く話せるのだろうか?

 

 

「(―――友達がすごい功績残して自慢したくなる心境かな?)自慢話しているところ悪いんだけど、会ったことのないヤツの自慢話されても困るんだけど」

 

「なにィ!?臘月様の偉業を聞いて、なにも思わないだと!?」

 

「なんたる侮辱だ!」

 

 

 ―――話聞いてないな。

 本気でシロは呆れた。まぁこの二人を見るに根はいい奴なのかもしれない。ただ尊敬している人物のことになると暴走するだけで。

 よく見ると、依姫の顔にも呆れの表情がくっきり写っていた。彼女もこの二人には手を焼いているのだろう。

 多分そんなタイプだろうと自分の中でシロは納得させる。

 

 

「あーはいはい。で、君らの名前は?せっかくだから聞いておこうと思う」

 

「話を聞けぇ!何故臘月様の話をしている最中に我々のことなど「いいから話しなさい」で、ですが依姫様!」

 

 

 流石に我慢の限界なのか、依姫が二人を制して止める。

 

 

「これは命令です。早くなさい」

 

「か、畏まりました」

 

 

 二人は「ゴホンッ!」と咳をすると、大声で名乗りだした。

 

 

「俺の名前は『金』の【クリューソス・アウルム】!『ヘプタ・プラネーテス』の一人だ!」

 

「同じく『土』の【アンモス・サブルム】!『ヘプタ・プラネーテス』の一人だ!」

 

 

 そう。この二人こそ、『ヘプタ・プラネーテス』の二人であった。

 シロはその単語を聞いて、不思議そうに首を傾げる。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス…?()()()()()()……」

 

「当たり前だ!俺達ヘプタ・プラネーテスは、綿月家直属の存在!そこら辺の有象無象とはワケが違うのだ!」

 

「そして、俺達二人は依姫様の親衛隊だ!」

 

 

 シロから見れば、二人はどうやら綿月家に心酔しているように見えた。

 それは今までの話の内容から、歴然だった。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス…ヘプタ・プラネーテス…ヘプタ・プラネーテス…」

 

「おい、聞いているのか!?」

 

「あぁ。ごめんね。少し考え事しててね。―――一つ、聞きたいんだけど」

 

「なんだ?」

 

「君たちの名前は、【クリューソス・アウルム】と【アンモス・サブルム】でいいんだよね?」

 

「そうだ。それがどうした」

 

 

 先ほど語ったはずの名前を、もう一度聞き直したことにクリューソスは疑問に思う。

 しばらくの沈黙の後、シロが再び口を開く。

 

 

一貫性が見当たらない…君たちの仲間――ヘプタ・プラネーテス他にもいるの?」

 

「あぁいるぞ」

 

「兄弟、あまりこちらの情報を語るな」

 

「この程度なら問題ないだろう。ですよね、依姫様」

 

「―――えぇ、この程度なら問題ありません」

 

 

 依姫の許可をもらい、クリューソスは話の内容を淡々と語っていく。

 ヘプタ・プラネーテスは7人いるらしく、今いるクリューソスとクロノス、そして最初にいた部隊の隊長。そして他にも四人いることを知った。

 

 

「なるほどね……にしても、直属の部隊が出て来ていいのかい?」

 

「私は月の防衛を担っているもの。防衛のために自身の部隊を動かすことになにか問題でも?」

 

「ないね。実に合理的な判断だ」

 

「では…おしゃべりはもうそのくらいでいいですよね?」

 

 

 依姫がそう言うと、二人は殺気全開で武器を構える。

 今までの浮かれているような感じとは違う、完全な戦闘モード。

 依姫の命令で、動く準備はとっくに出来ていたのだ。

 

 

「―――わざわざ時間稼ぎに付き合ってあげたのです。なにか策はあるのでしょうね?」

 

「なんだ。そんな風に思われてたんだ」

 

「違わないでしょう?戦場で喋るなど、そんな理由しかありませんので」

 

 

 依姫は、自らの勘がそう告げていた。

 相手にむやみに時間を与えれば、何かしら策を転じられる。

 だが、それでもあえてその考えに乗ったのは、自分の圧倒的強さのため。

 自分は決して手を抜かない。常に本気を出して挑む。手を抜くなど持っての他。その考えがあったからこそだ。

―――だが、本人はそれが一番の慢心であることは、気づいていない。

 

 

「違う違う。確かにそういう解釈もあるけど…。一番の本命は、()()()()

 

「なに?」

 

 

 その答えに、一番動揺したのは依姫だ。

 情報収集だった?あれが?ただ仲間の数と名前―――ヘプタ・プラネーテスについて語っただけだ。

 あの程度、依姫にとっては痛くもかゆくもない情報だった。

 だが、あのシロの態度。あれは確実に満足――とは言っていないような感じだったが、なにやら納得しているような感じだった。

 

―――そして、そんな沈黙がシロによって破られる。

 

 

 

「―――【プロクス・フランマ】」

 

「ッ!!」

 

 

 それを聞いた途端、依姫、クリューソス、アンモス、そして今まで静観を決め込んでいた玉兎たちですら、シロの言葉に驚愕していた。

 これは、誰にでも分かっていた。なにせ、今シロが言った言葉は―――。

 

 

「なぜ貴様が、プロクスの本名を!?」

 

 

 紛れもない、ヘプタ・プラネーテスの『火』のプロクスの本名だったからだ。

 これには、流石んお依姫も驚きを隠しきれない。最初から知っていたとするのならなんとなく理解できるが、それでは『情報収集』と言った意味は?では、それですら嘘なのだかろうか?

 依姫には、分からない。

 だが、そんな依姫の思考の速度など顧みず、シロはたて続けに話す。

 

 

「【ヒュードル・アクア】。【タラッタ・マル】。【デンドロン・アルボル】。【ウラノス・カエルム】。―――そして、君たち。以上()()が、ヘプタ・プラネーテスで間違いないんだね?」

 

 

 ―――その時、フードの下にあったシロの顔が、とても愉快そうに笑みを浮かべていた。

 他のヘプタ・プラネーテスの名前など、一切伝えていないはず。なのに、なぜすべてを知っているのか―――。依姫の脳内に、ある一つの可能性が思い浮かんだ。

 

 

「―――最初から、知っていたんですか?」

 

「―――どういうことかな?」

 

「最初から、知っている上でこの話を持ち掛けたのですか!?」

 

 

 もう、彼女に冷静さなどなかった。

 シロが今言った発言は、彼女にとって予想外のオンパレードだったからだ。

 

 

「それも違う。僕も今さっき理解したからね」

 

「そんなバカな話がありますか!」

 

 

 そんなことあり得ない。

 もしそれが本当だとすれば、あの断片的な情報だけでどうやって他のヘプタ・プラネーテスの名前と家名を言い当てたと言うのだ。

 

 

「本当本当。―――僕だって、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 本当に意味が分からない。

 本当にこの男はなんなのだ。言葉の意味も、その存在も、全てが謎過ぎるこの男に、依姫はただただ恐怖しか感じなかった。

 

 

「―――二人とも、彼を攻撃しなさい!」

 

「「はい、畏まりました!!」」

 

 

 何としてでもあの男を捉えて情報を吐かせる。

 そのことだけで頭がいっぱいだった。

 

―――だからこそ、最後まで失念していた。

 

 クリューソスの武器が宙を舞う。それはまるで操り人形のごとく精巧な動きをしていた。

 アンモスがハンマーを地面に叩くと、アンモスの正面。シロの立っていた地面だけが大地震のごとく揺れる。

 

 

「俺の能力は『金属を操る能力』!すべての金属を自由自在に操れる!これでお前の心臓でも内臓でも貫いてやる!」

 

「俺の能力は『土を操る能力』!これを使えば土なんて自由自在!依姫様に振動なんて微塵も与えねぇ!」

 

 

 それぞれが手の内を明かし、シロに攻撃を仕掛けた。

―――だが、それも一秒前の話。

 

 

「まだ話の途中なんだけど」

 

「ガ…ハ…ッ!!」

 

 

 肉が貫かれ、骨が砕かれる音が、鈍く響いた。

 なにせ、突如シロの周りから出現した大量の武器が、クリューソスの体と言う体を貫いたからだ。

 そんな光景を、遅れてアンモスは見た。

 

 

「え……?」

 

 

 アンモスは遅れながらも理解した。クリューソスは死んだ、と。

 だからこそ、反応が遅れたのだ。異常に気付くのが、遅すぎた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 アンモスの周りには、大量の土砂が漂っていたからだ。

 自分はこんな土砂操ってなんかいない。と、言うことは―――。

 

 

「君らと話しても、何の情報も得られなそうだから、もう死んでくれ」

 

 

 そんな恐ろしい単語を淡々というシロに、アンモスは恐怖を感じた。

 だが、こんなところで負けるわけにはいかない。第一、自分にとって土の操作は十八番だ。あの男は自分の殺め方を間違えたのだ。

 わざわざ説明してやったのに――と、内心でシロをバカにした。

 

 

「土の操作は俺の得意分野だ!誤ったなぁ!」

 

 

 アンモスは能力を行使する。

―――だが、土砂は依然とアンモスの周りを漂っているだけだ。

 

 

「な、操作できない!?どういうことだ!?」

 

「君程度の操作技術で、僕から操作権を奪うなんて、無理な話だったんだよ。以上、死ね」

 

「まっ―――!」

 

 

 シロが手を掲げ、手を握ると、それに反応するようにアンモスの周りを漂っていた土砂が一斉にアンモスを中心にして、球状に固まる。

 シロが手を握る力を強めると、声にならない声が土の塊から聞こえると同時に、大量の血液が土の塊から垂れていた。

 クリューソス・アウルム  出血死

 アンモス・サブルム 圧死

 

 二人の生は、今ここで尽きた。

 

 

 

「―――――」

 

 

 

 その光景を見ていた依姫は、ただただ絶句するしかなかった。

 あの二人は決して弱くはない。弱かったら、綿月家直属の部隊などやっていないのだから。

 ただ、あの男が()()()()のだ。

 

 

「さて、次は君の番だよ?綿月依姫」

 

「―――私の番、ですか」

 

 

 それを聞いた依姫は、刀をシロに向け、こう言い放つ。

 

 

「確かにあなたの力量を見誤っていたのは事実です。しかし、私は八百万の神々をこの身に降ろし、その力を扱うことができる。いくら強かろうがあなたも人間。私には勝てません」

 

「慢心だねぇ」

 

「それは重々承知しています。ですが、それはあなたにも言えることではないですか?」

 

「ご名答、確かにそうだね」

 

 

 お互いを皮肉っている。

 そんな二人の背中には、謎のオーラが発せられているように見えるのも、気のせいだろうか?

 それほどの威圧が、二人の間では存在していた。

 

 

―――そんな時、突如シロの背中を爆風が襲った。

 

 

「―――なにあれ?あそこは……ルーミアちゃんが戦っている場所だな」

 

「お仲間が戦っているのですか。では、その方はもうすぐ死ぬでしょう」

 

「―――なんだいその根拠は?」

 

 

 シロの纏う雰囲気が明らかに悪くなる。

 だが、そんなことお構いなし依姫は言葉を続ける。

 

 

「何故なら、あそこで戦っているのは、ヘプタ・プラネーテス最強である、ウラノスだからです」

 

「ウラノス・カエルムか。で、それがどうしたの?」

 

「―――これを聞いて、よく平然でいられますね。ウラノスは強い。あなたのお仲間ももうじき死ぬでしょう」

 

「――――あぁ、それなら大丈夫だよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 

――――本当に何を言っているんだこの男は?

 仲間が最強と戦って、死ぬかもしれないと言われて、何故ここまで平然としていられるのか。

 依姫の心に疑問が尽きない。

 そんな時、シロの口から答えが返ってきた。

 

 

「―――なぜなら、お姫様を助ける役目は、王子様だって、相場が決まっているからね」

 

 

 ゆっくりと喋るシロは、全身が白い服とサンサンと光り輝く太陽と同調して、まるで圧倒的力を有する『神』のようだったと、後にとある玉兎は語った―――。

 

―――そして、彼の言葉は後に現実となる。

 

 




今回のシロのイメージCV 【速水奨】

 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29 理不尽には理不尽を

10日ぶりです。 元気です。

 東方悪正記、どうぞ。


「命日だとぉ…?この私のか!?ふざけるな!お前は誰だ!!」

 

「てめぇに話すことなんざねぇ」

 

 

 時刻は現在に戻り、鎧の男【ウラノス・カエルム】と、黒装束の男、【夜神零夜】はお互いをにらみ合っていた。

 ウラノスは気持ちよく敵を殺そうと思っていた時に邪魔され怒り、零夜は捕虜を傷付けられて。

 捕虜を使っていること自体問題だが、その全ての責任はシロにある。

 そのため、実質零夜の怒りはウラノスとシロに向けられることになる―――が、今はどうでもいい。

 今この怒りを向けるべきはウラノスなのだ。

 

 

「ならいい!貴様も今ここで死ね!」

 

 

 ウラノスが叫び、無事な手を上げた瞬間、零夜に向かって爆風が押し寄せる。

 

 

「素直に当たる訳ねぇだろ」

 

 

 同じく零夜も手を挙げて能力を行使する。

 『繋ぎ離す程度の能力』を行使し、周りの微粒な『風』をかき集める。

 集めた風を竜巻型にし、自身から引き離すことによって凶風をウラノスの攻撃めがけて発射する。

 風と風、二つの暴風がぶつかり合い、凶悪なほどの竜巻が起こる。

 

 

「―――――」

 

「ちッ!クソがッ!」

 

「似たようなことなら俺にだってできる。互角―――と言うべきか?」

 

「ほざけ!いくら私と同じことができようとも、所詮は真似事にすぎぬ!私に追い付くなど不可能だ…!」

 

「ピーチクパーチクうるせぇよ。―――だが、お前が強いことだって、事実だしな」

 

 

 零夜がウラノスが強者であると認めていた。

 先ほどのプロクス、ヒュードル、タラッタ、デンドロンの一件があるためだ。

 【ヘプタ・プラネーテス】と言う存在は、レイラ同様、零夜も知り得ないイレギュラーな存在。

 風を操れると言うことだけは分かったが、それだけではないだろう。零夜の勘がそう囁いていた。そうやって、レイラのようにボロ負けしてしまった時の二の舞にならないための、防衛本能。

 事実、それは当たっていた。

 

 ウラノスの『天を操る能力』と『指揮をする能力』。この二つに関連性など皆無だが、それぞれが強力な能力だ。

 だが、零夜はそれを知らない。故にまずは相手の出方を探る必要があった。

 

 

「クロ!」

 

「――――」

 

 

―――その時、零夜の後ろから可憐な少女の声が、自身の偽名『クロ』の名を呼ばれた。

 その声の主は、【ルーミア】。だが、その姿はほぼ全裸と言ってもいいほど衣服が摩耗していた。 

 そのため、零夜はウラノスへの警戒と彼女の素肌を見ないための二つの理由で後ろを振り向かず彼女の言葉に耳を貸す。

 

 

「あいつの能力は二つあって、簡単に言うと『天を操る能力』と『指揮をする能力』よ」

 

「二つ、か…」

 

 

 零夜も『繋ぎ離す程度の能力』と『創造する程度の能力』を持っているため、自分と同じ二つ持ちを見たのはこれが初めてだった。

 『創造する程度の能力』は『繋ぎ離す程度の能力』よりも汎用性や応用性などが高すぎるあまり、あまり使っていない能力だが、対してあの二つの能力の使用性能は高いだろう。

 『指揮をする能力』は軍人としてなら喉から手が出る程欲しい能力だろう。

 そして『天を操る能力』。これは一見零夜の『繋ぎ離す程度の能力』みたいに曖昧な能力名だが、その実は強力な能力だ。

 ルーミア戦で見せた彼の戦闘力の高さが、それを物語っている。

 

 

「戦う前にあいつの能力を知れたのは僥倖だったな。礼を言っとく」

 

「あ、ありがとう…」

 

「でも邪魔だから下がってろ」

 

「あ、うん……」

 

 

 役立つ情報教えたのに―――。

 ルーミアの頭にそんな言葉がよぎる。だが、今の自分がここに居ても彼の邪魔になるだけなので、何も言えなかった。

 複雑な心境が彼女を襲った。

 そんな状態のまま、【ニュートンゴースト】によってルーミアは遠く離れた場所まで連行されていった。

 

 

「よし、これで心置きなく戦えるな」

 

「準備は終わりかぁ…!?」

 

「―――――」

 

「貴様ァ!」

 

 

 常に怒っているウラノスの質問に対して、零夜は軽く無視。

 その無視が彼のさらなる逆鱗に触れることになるが、零夜にとってはどうでもいい。

 

 

「お前は、本気で叩き潰す」

 

 

 零夜は能力で亜空間から【ドライバー】を取り出す。

 

 

ゲーマドライバーッ!

 

 

「―――は?」

 

 

 ウラノスの素っ頓狂な声が響く。

 そんな間にも、零夜はドライバー―――【ゲーマドライバー】を腰に装着して、ベルトをまく。

 そんな彼が、懐から取り出したのは、【デンジャラスゾンビ】―――ではない。あのガシャットよりも、さらにデカいガシャット―――【デュアルガシャット】だ。

 デュアルガシャットをゲーマドライバーに差し込む。

 

 

ゴッドマキシマムマイティ!エーックスッ!

 

 

 そのガシャットの正体は、【ゴッドマキシマムマイティXガシャット】。

 最強レベルのライダーだ。

 力の底が不明な相手には、理不尽な力で対抗するしかない―――。レイラで学んだことだ。

 

 

「グレードビリオン、変身」

 

 

 その言葉と同時に、ドライバーのレバーを引いた。

 紫色の粒子が体を包み、零夜は【仮面ライダーゲンム】となる。

 

 だが、変化はそれだけではない。

 ゲンムの頭上には、ゲンムの顔を模した巨大な装備―――【ゴッドマキシマムゲーマー】が、浮遊していたのだ。

 ゲンムはドライバーに差し込んだガシャットの、『アーマライドスイッチ』を一気に押し込んだ。

 

 

 

マキシマムガシャットォ!

 

ガッチャーン! フゥゥゥメェェェツゥゥゥ!

 

ゴッドマキシマームエーックスッ!

 

 

 スイッチを押し込むと同時に、ゴッドマキシマムゲーマーがゲンムを包み込み、そこから右手、左手、右足、左足と出現し、最後にはゲンムの顔がゴッドマキシマムゲーマーのてっぺんから出てくる。

 【ゴッドマキシマムゲーマーレベルビリオン】誕生の瞬間であった。

 

 

『さぁ、待たせたな。―――どうした?』

 

 

 ウラノスは今も呆気としたままだ。

 零夜が変身したのにそんなに驚いたのか、表情はまだ固まったままだ。

 先ほどまで声を荒げていたウラノスが、ここまで静かになるなど、一体あの男は何を考えて――――。

 

 

「か、仮面ライダー…!?」

 

『――――ッ!?』

 

 

 ウラノスのつぶやきに、ゲンムが驚愕する。

 今、確かに聞こえた。『仮面ライダー』と。仮面ライダーのことについて話したことなど、ましてや言葉になど一度もしていない。

 仮面ライダーを知っているのは、『現代人』だけだ。

 つまり、それが表す意味は―――。

 

 

『―――お前、転生者か?』

 

「―――――」

 

 

 それが意味することは、二つ。

 ウラノスが『転生者』か。

 それともウラノスが『転生者』から『仮面ライダー』について聞かされたか。

 どちらだとしても、初めから予想していた『転生者』の存在について、ある程度明らかになった。

 

 ウラノスは、『転生者』についてなにか知っている。

 そして、彼の反応は―――。

 

 

「『転生者』―――?なんだそれは?」

 

 

 当然、知らないような素振りを見せた。

 これが演技なのか、もしくは本心からの疑問なのか。ゲンム(零夜)に知るすべはないため、どちらとも言えない。

 だが、この返答はあらかじめ予想していた。

 バカでなかったら自分から自分の正体をばらすなど、絶対にしないからだ。

 

 

『お前が(とぼ)けているのか、それとも本心で言っているのか。俺にはわからねぇが、とにかくお前は一時的に生かしておく価値は出来た』

 

「下らんハッタリを!」

 

『いいだろう。俺の全身全霊を掛けて、ぶっ潰す!』

 

「やれるものならやってみろ!お前などには無理だろうがなぁ!!我が名は【ウラノス・カエルム】!ヘプタ・プラネーテスである私が家名を名乗った以上、本気で貴様を潰してやる!」

 

 

 律儀にも『家名』を名乗る意味を説明したウラノスは、地面を足で踏み抜くと、辺り一帯に地響きが起こる。

 地面から舞い上がった大量の土砂が、空中に漂う。

 

 

「そのまま潰れろ!」

 

 

 ウラノスが()()で腕をクロスさせると、土砂が一斉にゲンムに向かっていく。

 土砂はゲンムを中心に球状形成されていく。

 

 

「はぁああああ!!」

 

 

 ウラノスが片手で掌を握ると、ゲンムを包み込んだ土砂が急速に小さくなっていき―――。

 途中で、ピタリと止まる。

 

 

「なに!?」

 

『フンッ!』

 

 

 止まった瞬間、固まった土砂が一斉に弾かれ、辺りに飛び散る。

 ゲンムは無傷だった。

 

 

『この姿じゃなきゃ、危なかったな』

 

「貴様―――何故無事でいられる!?」

 

 

 土砂に包まれ、圧死するはずだったゲンムが、重力の力を逆らったのを見て、ウラノスは驚愕の文字しか頭に浮かばなかった。

 ウラノスも、途中から異変に気付いてはいたのだ。能力の行使中なのに、途中から全く動かなくなった土砂の塊を不審に思っていた。そして、結果がこれだった。

 よくよく考えれば、あんなゴテゴテの装備なのだ。バカげた防御力を持っていたとしても不思議ではないだろう。

 

 

「防御だけは達者なようだな!だが、これならどうだ!?」

 

 

 ゲンムを中心に、微風が起きた瞬間、それが円形になっていき竜巻が発生する。

 閉じ込められたのだ。

 

 

『――――』

 

「驚愕で言葉も出ないか!?そのまま高火力で死ねぇ!」

 

 

 ゲンムを包んでいた竜巻に、『炎』と『雷』が纏われ、竜巻が圧縮される。

 炎雷の竜巻がゲンムを包み込んだ。

 

 

「どんなに防御が硬かろうが、この竜巻の温度は優に三千度は超えている!貴様もただでは『無駄だ』なッ―――!?」

 

 

 刹那、炎雷の竜巻が轟音とともに霧散する。

 そこには、再び無傷のゲンムが。

 

 

『熱で敵を溶かす―――。防御力に関係ない技だ。いい選択をしたな。だが、それでも無意味だ』

 

「何故だ!?何故無事でいられる!?」

 

『理由は、そうだな―――。『ゲーム』を創ったからだ』

 

「ゲーム…!?ふざけているのか!?」

 

 

 ウラノスが激高する。

 当然だ。今ウラノスは苛立っており、ただでさえ精神的に不安定なのだ。

 そこに、『ゲームを創った』と回答されれば、ふざけているとしか思えない。

 

 

『事実だ。俺の完全オリジナル。ゲーム名はそうだな―――【プロミネンス・クロニクル】』

 

 

――――プロミネンス・クロニクル

 ゲンム(零夜)の完全オリジナルゲームだ。

 ゴッドマキシマムゲーマーの世界のあらゆる概念を変え、どんなゲームをも自在に作り出す能力を用いて創ったゲームだ。

 プロミネンス・クロニクルは太陽の暴走から地球を救うゲーム。

 あらゆる熱の概念を操ることのできるゲームだ。

 故に炎や雷などの熱に対して完全耐性を取得することができるのだ。

 

 

『次は俺の番だ』

 

 

 ゲンムの体が、獄炎に包まれる。

 そのまま、ゲンムはゆっくりと歩む。

 

 

「そんなコケ脅しの炎で、何ができるというのだ!!」

 

 

 ウラノスが手を掲げると、頭上から大量の水球が現れ、燃え盛るゲンムの周りに氷杭が生成される。

 水球と氷杭が発射されると、燃え盛るゲンムを包み込み―――。

 

 蒸散した。

 

 

「―――は?」

 

 

 ウラノスの素っ頓狂な声が、虚しく響く。

 ウラノスの計算では、あの炎を水で消化してから、水でゲンムを包み込み、その後氷杭を発射してその冷気を用いて水を急速冷凍させてゲンムを捕縛するつもりだった。

 だが、その前提すら崩れた。

 水がゲンムに触れた瞬間蒸発したからだ。

 

 

『コケ脅しなんかじゃねぇ。太陽の熱に、ただの水が勝てるわけねぇだろ』

 

「なん、だと…!?」

 

『それに、感謝してもらいてぇ。あんな大量の水と高火力の炎がぶつかり合ったんだ。水蒸気爆発が起きたっておかしくねぇ。そこら辺、調整してやったんだからよぉ』

 

 

―――水蒸気爆発とは。

 水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のことを指しており、今の場面にはこの現象を引き起こすのに、十分な理由が存在していた。

 だが、その爆発が起きなかった理由がある。ゲンムだ。

 

 プロミネンス・クロニクルの能力で、熱を操る能力を保有しているゲンムには、このくらい朝飯前だった。

 爆発すら自身の熱に変換し、爆発のエネルギーをすべて吸収したのだ。

 

 

「クソがクソがクソがぁ!」

 

『じゃあ、こっちの番だ』

 

 

 ゲンムの炎を纏った巨大な拳を振るうと、アームが伸びた。

 伸びた拳はそのままウラノスへと直撃し、砂ぼこりを上げながら強烈な衝撃とともに後退される。

 灼熱の炎を纏った攻撃と、強烈な一撃。これを喰らえばウラノスもただでは済まない―――。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁああああ!!」

 

『嘘だろ…』

 

 

 だが、ウラノスの雄叫びが遠くから聞こえてきた。

 それと同時に、ウラノスのいる地点から一筋の光がゲンムを襲った。レーザーだ。

 ゲンムはそのレーザーを巨大な手で軽々と弾く。

 

 そして、それとほぼ同時に()()のウラノスが元のいた場所に到着した。

 いや、正確にはゴースト達の与えた傷が残っているが、それでもウラノスは依然と動けていた。

 彼の体力と耐久性も、恐るべきものだ。片腕が潰され、体は斬られているというのに、人の身で一体どこからそんなパワーが出てくると言うのだろうか?

 

 

「無駄だぁ!いくら貴様の攻撃が強力だろうと、私に傷をつけることなど、不可能なのだぁ!!」

 

『いや、今現時点で怪我してるだろ』

 

「黙れぇえええええええ!!」

 

 

 ゲンムの言葉はさらにウラノスの逆鱗に触れた。

 彼の顔はすでに般若と例えてもいい具合だった。

 

 

「おいゴミども!こいつを足止めしろ!!」

 

 

 すると、ウラノスは後ろに控えていた兵士たちに命令をした。

 その途端、兵士たちの目から生気が消え失せ、マシーンのように、機械的な動きをしながら武器を持ってゲンムに突進していく。

 

 

『【指揮をする能力】―――か。あの様子見るに、完全に精神支配されてやがるな』

 

 

 理性を失った兵士たちは、怒号を上げながらゲンムを攻撃する。

 だが、ゲンムは無傷だ。

 大量の兵士たちの攻撃を受けながらも、ゲンムは考えていた。

 

 あの指揮をする能力。効果の持続時間はどの程度か?いつ解けるのか?

 それを考えていた。無傷であるため問題はないが、いつまでも攻撃されていると鬱陶しい。

 だとしても、余分な死体が戦闘中に増えるのはゲンム(零夜)にとっても邪魔でしかないため、無力化することにした。

 

 

『―――グラビティ・クロニクル』

 

 

―――グラビティ・クロニクル。ゲンム(零夜)のオリジナルゲーム。

 隕石によって滅亡する地球を、重力を操る主人公が救うゲーム。このゲームの能力により、ゲンムは重力を操る能力を獲得した。

 つまるところ―――。

 

 

『グラビティ』

 

 

 ゲンム(零夜)がそう唱えると、兵士たちが一斉に地面に這いつくばった。

 重力に押しつぶされ自由を奪われてもなお、兵士たちはウラノスの命令に従うべく動こうとしていた。

 

 

『邪魔だな』

 

 

 重力を操り兵士たちを隅に退かして道を作る。

 作った道で、ゆっくりと歩みを進める。

 歩みを進めると、今まで兵士と言う壁に見えなかった、()()()()が見えてきた。

 

―――それは、宙に浮かぶウラノスだった。

 

 

「残念だったなぁ!ゴミどもが時間稼ぎしてくれたおかげでぇ…!貴様を殺す準備ができた!」

 

 

 ウラノスの手には、『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』の、七つの『属性』がひとまとまりになっていた。

 あの技は、ゲンム(零夜)にも見覚えがあった。

 ルーミアを助ける直前に、彼女に放っていた『究極の必殺技』だ。当たったモノすべてを蹂躙するあの技の威力を一瞬ながらも見ていたゲンム(零夜)も、あの威力には賞賛に値したほどだ。

 流石の零夜も、あの技を生身で直撃を喰らえば瀕死は免れなかっただろう。だが、それは()()での話だ。

 

 

『―――ウェザー・クロニクル』

 

 

―――ウェザー・クロニクル。ゲンム(零夜)オリジナルゲーム。

 異常現象が多発する地球を、天気を操る主人公が救うゲーム。

 ゲンム(零夜)はまさにそのゲームの主人公となり、天気を操る力を得た。

 

 このゲームを創った理由としては、ウラノスの能力は『天を操る能力』。今までの能力を見るに、ウラノスの能力は『天気』に関係しているはずだ。

 最初の風は『台風』。水と氷は『雨』と『雪』。光は『太陽光』。(いかづち)は『(かみなり)』で、『炎』は『雷』の副産物。

 そして、最後の闇は『夜』。

 

 そう考えれば、あの七つの『属性』にも説明がつく。

 そう考え、ゲンム(零夜)は『ウェザー・クロニクル』を創ったのだ。

 

 ゲンムは両手を丸め、内側に空間ができるようにする。

―――そして、それと同時にその中心に七色の光が現れる。

 

 

「な!?そ、それは…!?」

 

『お前の必殺技、パクらせてもらったぜ』

 

「き、貴様あァあああああ!!恥と言うものを知らんのか!?」

 

『殺し合いに恥じもクソもあるか。バカが』

 

「ッ!!もう許さん!!死ねゴミがぁあああああ!!」

 

 

 ウラノスとゲンムの技が、同時に発動し、中心でぶつかり合う。

 強力なエネルギー弾がお互いに牽制しあい、力を高め合い、強烈な起爆音が鳴り響く。

 

 

「どうやら、力は互角なようだな!このまま押し切ってやる!」

 

『まぁ、確かにそうだ―――。だから、プラスする』

 

「はぁ?なんだと?」

 

『―――コズミック・クロニクル』

 

 

――――コズミック・クロニクル。

 宇宙崩壊の危機から地球を救うゲーム。

 このゲームの特性は―――『宇宙』に関することすべての、『操作』と『掌握』を可能にする特性。

 

 

『落ちろ』

 

 

 ゲンムの一言と同時に―――月が、光り輝く。

 その現象に、ウラノスは戦慄する。彼にはこの現象には身に覚えがあった。

 それは、彼がいつも必殺技の一つとして使用している―――。

 

 

「―――隕、石…」

 

 

―――隕石だった。

 大気圏に突入したかの如く赤く燃え盛る隕石が、ウラノスの頭上を最も強く照らした。

 

 

「クソっクソックソがぁあ!!!」

 

 

 この状況に、ウラノスは今まで見せたことのないような焦りを見せた。

 ウラノスがここまで焦っているのに、なにもしないのは理由がある。

 その理由とは、単純だ。『究極の必殺技』を放っている最中だからだ。『究極の必殺技』は七つの属性を束ねて放つ必殺技だ。その制御には途轍もない精神の浪費が絶対条件だ。

 つまりは、『究極の必殺技』を放っている最中は、なにもできない。それがウラノスの隙ができる瞬間だった。

 

 

『ジ・エンドだ』

 

 

「――――――――ッ!!!」

 

 

 

 ゲンムの言葉を皮切りに、ウラノスの叫びと、隕石の着弾音が響くのは、同時のことだった。

 そのままウラノスの『究極の必殺技』は暴発しエネルギーが不安定になり、ゲンムの技と誘爆し合い、さらに強烈な爆弾と化した。

 その爆風は強烈な熱を帯び、辺り一面を焼け野原と化すには十分な温度だった。

 それを、空気の膜をつくり、後ろの兵士たちに被害が及ばないように張った。

 この兵士たちは、情報を吐かせるために()()()に残しておく。兵士たちの無事を確認したゲンムは、隕石によって発生した黒煙を、ジッと見つめる。

 

 

『―――嘘だろおい…』

 

 

 ゲンムから呆れの言葉が出ると同時に、黒煙が一気に晴れる。

 そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()がいたからだ。

 

 隕石に直撃し、操作を失った強力な攻撃の爆発によって、ただでは済まないはずの威力だったはずだ。

 それなのに、ウラノスは全く先ほどと変わりない姿で、その場に立っていたのだ。

 

 

『お前の防御力、どうなってんだよ―――』

 

「黙れ黙れ黙れェ!!よくも私の手を煩わせおって!」

 

『―――ちなみに聞くが、どうやってあれを回避した?』

 

「良いだろう!低脳な貴様に教えてやる!私は技の操作を手放し、防御に専念したのだ!私の手にかかれば、貴様の小細工など取るに足らん!」

 

 

 ――――やられた。そう思わざる負えない。

 ウラノスはわざと技の操作を手放して、防御に集中したのだ。自身の能力をフルに生かして、隕石と誘爆の連鎖に耐えうるほどの防御を、あの一瞬にして展開したのだ。

 一体、なにをどうすればあそこまでの防御力を発揮できると言うのだろうか?

 

 ゲンムのウェザー・クロニクルを用いればウラノスの『天を操る能力』とほぼ同じことができる。

 だが、『(そら)』系で防御とは、連想がし辛い。もしや他にも能力があるのだろか?疑問が尽きない。

 ともかく、ウラノスの防御の秘訣を探るのが先だ。いくら攻撃しようとも攻撃が通らないのでは、意味がない。

 

 

『正直、この姿でここまで苦戦を強いられる目になるとはな―――』

 

 

 このゴッドマキシマムゲーマーレベルビリオンは、最強と言っても過言ではない程の強力な力を持っている。理不尽には理不尽を。その言葉の通り理不尽でぶつかってみたのだが、この結果だ。正直、この結果はゲンム(零夜)でも予測外だった。

 レベルビリオンの力を持ってしても、貫通することのできない防御力。とてもあの大きな鎧が関係しているとは思えないため、ウラノスの能力にはなに秘密があるのかもしれない。

 

 

「分かった、分かったぞぉ―――!貴様の弱点が!!」

 

『俺の、弱点だと?』

 

「貴様も、かなりの防御力を有している!だが、お前のそれは私とは違いその鎧が主となっている!つまりは―――」

 

 

 ウラノスの鎧が、ガラガラと音を立てながら外されていく。

 今の彼の体は軽装となり、潰されている片手は痛々しくその傷を露出させ、腹には複数の切り傷が。

 

―――自分の防御を落としてどうするんだ…。と思ってしまうが、よくよく考えたらウラノスの防御力にあの鎧は関係ない。

 つまりは外してもなんら変わらない―――?いや、変わる。鎧を外すことで、一つだけ変わる要素がある。

 

―――それは、素早さ。

 重たい鎧を外したことによる、速度の急上昇。それを完全に失念していた。

 

 

「その鎧を外せば、いいだけだぁ!」

 

 

 瞬間、ウラノスの姿が掻き消える。

――――早い。今の今までより、ずっと。

 

 

―――だが、ゲンムからしてみれば、遅い。

 

 

 

「ぐはぁ!!」

 

 

 

 ゲンムが手を地面に叩きつけると、同時にウラノスの苦しそうな声が聞こえた。

 手ごたえあり。ウラノスは地面に叩きつけられていたのだ。

 

 

『残念だったな』

 

「貴様―――!何故私の行動を―――!?」

 

『少し考えればわかることだ』

 

 

 まず、何故ゲンムがウラノスの行動を読めたか、それはウラノスの言動にある。

 すべての鍵は、『仮面ライダー』だ。

 ウラノスが『仮面ライダー』の単語と、「鎧を外す」と言う言葉で、なにをするのかは予測可能だった。

 

 ウラノスは、ゲンムのベルトを外そうとしていたのだ。

 いくら強かろうが、力の出所であるベルトを外されれば変身解除されてしまう。この有利な状況を覆されてしまうところだった。

 だが、それでもゲンムの前では通用しなかった。

 

 

『てめぇが仮面ライダーを知ってる時点で、俺のベルトを狙ってるのはある程度予想できた』

 

「だ、だが―――!どうして制限を解除した私のスピードについてこれるんだ!?」

 

『あ?やっぱお前自分の速度、鎧で制限してたのか。まぁいいか。答えてやる』

 

 

 制限を解除したウラノスの速度についてこれた理由。

 それはゲンムのもう一つの能力にある。

 その能力とは、基本能力値は変身者が自由に上限なく設定できると言う能力である。

 

 ゲンムはこの能力をフルで活用し、ウラノスの速度を上回ったのだ。

 だが、設定する前ではウラノスの速度の上限が分からなかったため、理不尽なほどに『速度』と『情報処理』のパラメーターを上げたが、上げすぎだったとゲンムは杞憂する。

 

 それを伝えた途端、ウラノスの顔は顔面蒼白になる。

 

 

「―――な!?そ、そんな規格外なもの、存在、していいわけ――」

 

『戯けんな。俺なんかまだまだだよ(―――仮面ライダーって言う『仮初(かりそめ)』の力を使ってる時点でな…)。』

 

 

 零夜の力は、所詮仮初の力に過ぎない。

 アイテムばかりに頼っている強さなど、たかが知れている。

 本当の最強と言うのは、シロのような人物のことを言うのだろう。

 零夜は、それを分かっていた。だからこそ、自分を卑下していた。

 

 

『さて、と。フンッ!!』 

 

 

 ゲンムはパワーのパラメーターを爆上げし、ウラノスの頭を押しつぶそうと力を入れる。

 ウラノスの苦しそうな悲鳴が聞こえると同時に、地面にクレーターのごとくヒビが入っていく。

 

―――だが、ウラノスの頭は潰れない。

 

 

『どうなってんだよお前の体――!』

 

「は、はは、ははははは!!どうやら、貴様でも俺の体に傷をつけることはできなかったようだな!」

 

 

 ウラノスの嘲弄がゲンムの耳に響く。と、同時にウラノスの頭を押し付ける力を強くする。

 

 

『(ゴーストとルーミアは、どうやってこいつの体に傷をつけたんだ―――?)』

 

 

 ゴッドマキシマムゲーマーレベルビリオンの力でさえも傷をつけることのできなかったウラノスに、どうやって格下のゴーストとルーミアが傷をつけることができたのだろうと、疑問が尽きなかった。

 考えても仕方がないため、ルーミアに聞くことにした。

 

 

『ルーミア!こいつにどうやって傷をつけ―――』

 

「おいルーミア!!こいつを攻撃しろ!私を助けるのだ!!」

 

『―――は?』

 

 

 ウラノスの急な迷言に、ゲンム(零夜)は素っ頓狂な声を上げた。

 ウラノスの言葉の意味が理解できない。いや、思考速度が落ちてしまっているだけだ。しばらく考え、その意味をようやく理解する。

 急に何を言っているんだこの男は。第一、敵であるウラノスの命令を、ルーミアが聞くわけがない。

 対して、自分の部下でもないのに命令なんてできるわけがないし、『指揮をする能力』の管轄外のはずだ。

 

 

『ルーミア、どうし―――』

 

 

 ゲンムが振り返った、その瞬間。

 

――――ザシュッ

 闇の斬撃が、ゲンムの体を斜めに通過した。

 

 ワケの分からないまま、ゲンム(零夜)は目の前を見据えた途端、動揺が走った。

何故なら……。

 

 

 

―――そこには、闇の剣を携えた、ルーミアがいたからだ。

 

 

 




感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30 アイザック・ニュートン

どうもー龍狐でぇす。

 最近のコロナのせいで、バイト辞めなきゃならなくなったよー。
 コロナ、ユ゛ル゛セ゛ヌ゛!!



――――では、どうぞ。


―――ゲンムの脳が、止まる。

 一瞬の出来事だった。可能性の片隅でしかなかった出来事が、現実になったから。

 闇の斬撃がゲンムを襲い、たじろいだ。

 

 

『な―――ッ!?』

 

 

 攻撃を受けたゲンムは後ずさり、ウラノスから手を離してしまった。

 そしてそれが、ウラノスにチャンスを与えてしまった。

 

 

「はは!そう、それでいいんだ!ルーミア、私が逃げる時間を稼げ!」

 

「―――――」

 

 

 ルーミアは無言のまま、闇の剣をゲンムに向ける。

 その現実を見たゲンムは、困惑した。

 どうしてルーミアが……裏切ったか?――――いや、違う。ルーミアは裏切ってなんかいない。操られているだけだ。

 

 なぜなら、彼女の目も、また兵士たちと同じように虚ろな目をしていたからだ。

 それに、先ほどのウラノスの妄言。あれは『命令』だった。

 ウラノスの能力、『指揮をする能力』。これさえ使えば彼女を操ることは可能なはずだ。

 だが、この能力の効果範囲を完全に失念していた。

 

 ゲンム(零夜)はこの能力が効く対象は自身の配下だけだと思っていた。

 だけど、完全に違っていた。ウラノスのこの能力は、すべての者に対して使用可能なのだ。

 事実、目の前で操られているルーミアが、それを確証づけていた。

 

 

『クソッ!あいつは何をしている!?』

 

 

 ルーミアには『ニュートンゴースト』をつけていたはずだ。

 彼女が今まで隠れていたところを見るも、ニュートンゴーストはいなかった。

 

 

『どこいったアイツ!クソがッ!』

 

 

 ゲンムはアームを伸ばしてそれをグルグル巻きにしてルーミアを捕縛する。

 ルーミアは抵抗しているが、それでもゲンムの強靭な拘束を解くことはできなかった。

 ルーミアは無力化した。だが、肝心のウラノスが―――。

 

 

『クソッ!逃げられた!』

 

 

 すでにどこにもいなかった。

 その場に残っているのはゲンム、操られたルーミア、取り残された未だに倒れ伏している兵士たち、そしてウラノスの鎧のみだった。

 

 

『―――あいつは取り逃がしたらヤバい。今からでも追わねぇと――がッ!?』

 

 

 そんなときだった。

 突如、ゲンム(零夜)を襲った謎の倦怠感。ゲンムの体は光輝き、元の人の身―――零夜へと姿をもとに戻したのだ。

 

 

「な、なに、が…!」

 

 

 零夜の困惑とともに、とあるものが『ガラッ』『カチャン』と言う擬音とともに地面に落ちる。

 音からして、二つ落ちた。零夜がそれの正体を見ると、目を見開いた。

 

―――その正体は、ボロボロになった『ゲーマドライバー』と、無傷の『ゴッドマキシマムマイティXガシャット』だった。

 

 やられた。

 あのときだ。ウラノスに操られたルーミアが、始めに攻撃したあの一閃。

 あの一閃が、ゲーマドライバーを破壊したのだ。いくら最強クラスのライダーに変身したとはいえ、ベルトを破壊されればただでは済まない。

 それに、ベルトを破壊したのが『ルーミア』だと言うのも、また原因の一つだった。

 ライダーのベルトはそんじょそこらの衝撃などでは破損しない。だが、時空間に介入できる闇の力ならば、破壊は可能だった。

 

 ガシャットが無事だった理由は、ドライバーの傷が中心につけられていたのが物語っている。

 偶然にもガシャットには攻撃が届いていなかった。

 だが、もし届いていたとしてもこのガシャットだけは破壊されることはなかっただろう。なぜなら、神の力のがシャットなのだから。

 

 唖然としている零夜だったが、すぐ現実に戻される。

 

 

「しまった!ルーミアが…!!」

 

 

 今だにウラノスに操られているであろうルーミア。

 アームで拘束していたのに、急な強制解除のせいで拘束が解けてしまったはずだ。

 まずい、このままでは攻撃を喰らう羽目になる。

 急いで警戒態勢を取るが―――その時、零夜の目や口からから大量の血が放出される。

 

 

「ゴプッ―――!?ガホッ!!?」

 

 

―――来てしまった、反動が。こんな時に。

 体の内部が寒い。体の表面が温かい。零夜の体から急速に血液が失われていく。

 その血液ですら、猛毒のように錯覚(かん)じる。

 

 この現象は、前にも一回あった。ゲレルとの闘いの時に『ライジングアルティメット』に変身した時と同様の症状だった。

 この症状は、強力なライダーの力を使った反動だ。

 レベルビリオンの基本能力値の操作などの体の酷使、強力な能力な上での反動。その全てが、今零夜に襲い掛かっていた。こんな、最悪な状況で。

 

 

「ア゛、ガ…!」

 

 薄れゆく意識の中、零夜が目にしたのは地面に膝をついたままそのまま動かないルーミアだ。

 急な拘束解除により、体がまだ混乱しているのかもしれない。

 それでも、状況が整理されてしまったら、彼女の手にある闇の剣は、自分に振りかざされる。それだけはなんとしなくても阻止しなくては――。

 

 

「(クソ…ッ逃げすワケには…だが…!これは、流石、に…)」

 

 

―――そんな信念をもってしても、人の身である以上、体調不良には勝つことができず―――気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

「あ…が…」

 

 

―――暖かい。

 零夜が目覚め、まず始めに思ったことはソレだった。

 体が動かない。意識が朦朧とする。目がかすむ。声が枯れている。耳に雑音のようなものが入ってくる。―――体が異常をおこしている。血を流し過ぎたのだ。

 

 人の身で言えば、血とはロボットで言うオイルや電池。ロボットがそう言った動力源がないと何もできないように、人間もまた血がなければなにもできないのだ。

 

 

「おや、起きたのかい?」

 

 

 突如、聞こえた誰かの声。

 その声は今の零夜には男性なのか女性なのか判別することは、今の零夜には不可能であった。かろうじて、目に映る景色から、情報を読み取ろうとする。

 ぼやける景色の中、そこにはいた。絶世の美女の顔が。

 

 

「―――大丈夫かい?」

 

「――――ッ!」

 

 

 時間が経つにつれ意識が回復してくる。視力も回復し、聴力もある程度問題なくなった。

 それでも、まだ体は動かず声もまだだ。体が五感などの回復を優先した結果かもしれない。

 だからこそ、分かった。今の声は、目の前の彼女―――ルーミアが発している声だ。

 

―――彼女の声に違和感はない。いつも通りの美声だ。だが、口調が可笑しい。明かにいつもの彼女とは食い違っている部分だ。

 それに、なにやら雰囲気が違う。それだけではない。彼女の()()()だ。いつもの彼女の瞳は燃え盛るような深紅の瞳。だが、今の彼女の『蒼蒼(そうそう)』とした瞳を見て、ルーミアではないと言う判断材料にしたしたのだ。。

 目の前のルーミア?に零夜は警戒を強めた―――が、それも一瞬にして終わる。

 

 なぜなら、今の零夜の体制は横になる、頭が体より少し浮いて、ルーミアの顔が目の前にある状態―――俗に言う、膝枕をされていたからだ。

 

 

「――――ッ!?」

 

「驚くのは無理もないだろうが、とりあえず落ち着いてくれ」

 

「な、んだ…お前、は?」

 

「あ、声は出せるようになったのかい?よかったよ」

 

 

 今目の前にいるのは、間違いなくルーミアだ。でも、ルーミアじゃない。

 そんな矛盾、支離滅裂な条件が揃った現状に、血を大量に失った零夜は―――考えることをやめ、擦れた声で、率直に言葉を発した。

 

 

「お、前、は、だれ、だ…!」

 

「喋らないでくれ。君の喉が大変なことになる。―――まぁでも、まずは名を名乗ろう」

 

 

 ルーミアの姿をした謎の人物は、ルーミアの姿のまま、ルーミアの声のまま、自分の名を名乗った。

 

 

「―――私の名は、アイザック・ニュートンだ」

 

 

 目の前の人物―――ルーミア、ではなく、―――【アイザック・ニュートン】は、ルーミアの顔でにっこりと零夜に笑みを向けた。

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 目の前の人物―――ルーミアの姿をした別人が、【アイザック・ニュートン】と名乗ったのだ。

 

―――アイザック・ニュートン。

 イングランドと言う国の生まれで、自然哲学者、数学者、天文学者、物理学者、科学者などで知られ、『万有引力の法則』を発見したことで有名な偉人だ。

 

 すでに死んでいる偉人の名を名乗るなど、本来なら嘘であることがバレバレだが、今回の場合信憑性が増し増しだった。

 理由としては、消えたニュートンゴーストがルーミアの体に憑りついたと言うのなら、いなかった理由にも説明がつく。

 ルーミアの体に憑いていたのなら、いなかった理由は分かるが、憑いていた理由は―――。

 

 

「―――突然のことで驚いているだろうね。大方、どうして私が彼女の体を使っているのかについてだろうけど」

 

 

 零夜の意図を予知し、ルーミア―――ニュートンがゆっくりと語り始める。

 

 

「あの男―――ウラノスの能力を内側から解けないかと思ってね」

 

 

 ウラノスの能力、『指揮をする能力』。この能力が味方だけではなく敵にすら作用すると分かった今、ある意味警戒するべき能力だ。

 『天を操る能力』は物理的に厄介だが、『指揮をする能力』は精神的に厄介だ。

 『指揮をする能力』は精神に直接作用するから、自力で解くにはそれ相応の自我や耐性が必要だっただろう。自我ならルーミアはかなり強い方だが、ウラノスとの闘いで精神が極度に摩耗していたために、耐えることができなかったのだろう。

 だからこそ、ニュートンはルーミアの体に入り内側から能力を解けないか画策したのだろう。

 

 

「―――そして、それがこの結果さ。私は彼女の主導権を得た。……ただ、その代わり彼女の精神が眠りについてしまったけど」

 

「そ、れは…?」

 

「何故、と言いたいのかい?それはね、単純に彼女の精神が摩耗――つまり疲れが原因だ」

 

 

 ニュートンの話によると、ルーミアはウラノスとの闘いで心身ともに摩耗し、極度の疲労状態にあったらしい。 零夜が来たことによって、体を休めることができたが、その時にウラノスの『能力』でルーミアは操られた。そのため疲労が嵩張り、睡眠状態に陥っているのだそうだ。

 

 

「憑りついたとき、彼女の『意識』は心の奥底にあった。それほど心身ともに摩耗していたんだろう」

 

「―――――」

 

「とにかく、彼女は無事だ。安心したまえ」

 

 

 零夜はそれを聞いて安心する。

 捕虜だと言うのに死なれでもしてしまったら、捕虜としての意味もないし、そもそも死なせてしまったら面目がたたない。

 これで、懸念していた結果は回避した。と、なると次の疑問が出てくる。

 

 

「どう、やって…ウラノス、の、能力を、解除、した?」

 

 

 一番の疑問、ウラノスの『指揮をする能力』の解除方法。

 精神を完全に支配されていたルーミアの心と体を、どうやって解い(救っ)たのか。

 それさえ分かれば、『指揮をする能力』への対抗策を作れるはず―――。

 

 

「残念ながら、そこは力になれそうにない。急に能力が解除されたからね」

 

「な、んで…だ?」

 

「―――可能性としては、ウラノスが命令したのは『逃げる時間の確保』だ。それを完遂できたために、能力が発動しなくなったのかもしれない」

 

 

 ニュートンの憶測に、零夜もそれが正しいのではないかと思う。

 ウラノスの命令は『逃げる時間の確保』。それが完遂されたなら能力が解除されてもおかしくない。能力が解除されたならばニュートンがルーミアの体の主導権を『指揮をする能力』から楽に取り返したのも納得がいく。

 

 

「ク、ソ…!」

 

「悔しいのは分かるが、まずは安静にしてくれ」

 

 

 零夜はすぐにでも暴れたいほどの衝動に駆られるが、今の場合ニュートンの方が正しいし、なにより体を動かしたら体がもたない。

 零夜は心に宿る激情を無理やり抑え込む。

 

 

「―――でも、ウラノスを逃がしたのは痛かったね。…このままだと、まずい」

 

 

 ニュートンが危惧していること、それは『情報漏洩』だ。

 襲撃のことはシロが派手にやらかしたために月全土に知れ渡っているが、その能力などは一切謎。

 しかも、零夜はヘプタ・プラネーテスの四人と綿月豊姫を殺している。ここは月だ。情報の共有がおろそかなワケがない。おそらくこれも知れ渡っているだろう。

 そんな存在の能力の一部を持って帰られてしまったら、こちらが不利になる。無論あれは零夜の能力の一部でしかないのだが、それでも情報を持って帰られたのは痛い。

 

 ヘプタ・プラネーテスのようなイレギュラーがいるだけではなく、この月にも『仮面ライダー』の存在があることを知ったのだ。

 相手のライダーの能力がどんなものかわからない以上、また強力な力で対応するしかない。

 だが、それらのライダーの力を使うとなると、今の状態を繰り返すことになる。

 

―――零夜の能力と、ライダーの力は無関係だ。

 故に、ライダーに変身する際のデメリットなどを消すことなどは出来ない。

 例を挙げると、ゲレルと戦った際にクウガアルティメットになって、その後体への大ダメージをもらった。完全な強力な力を使った故の代償だった。

 

 つまりは、強力なライダーの力を使うたび、零夜はこの状態を何度も繰り返すことになるのだ。

 

 

「―――零夜くん。今の君はすぐにでも本拠地に突撃したいだろう。だが、今は駄目だ。体を休めないと」

 

「――――」

 

「納得がいかない、と言うような顔をしているが、君も内心分かっているはずだ。大丈夫、仲間は私たちだけではないだろう?」

 

 

 ニュートンの言う仲間とは、シロのことだ。

 確かにシロの力なら大抵の敵でも相手にならないだろう。

 いつものヘラヘラした態度からは想像もつかないような圧倒的な強さ。零夜ですらその力の真骨頂を知らないが、それでも強さだけは一級だった。

 それゆえに、シロなら力に関しては信用できるのだ。

 

 

「――――」

 

「納得できた、と言う顔だね。ならよかった」

 

 

 今の彼は何をしているんだろう。

 大方、敵を虐殺しているビジョンしか想像できないが、今も彼は戦っているだろう。

 

 

「零夜君」

 

「――――?」

 

「せっかくだから、そのまま聞いてくれ。これは、ウラノスへの突破口となる話だ」

 

 

 ニュートンの言葉を聞いたその瞬間、零夜の表情が強張る。

 あのウラノスへの対抗策?ぜひとも聞きたい。あの圧倒的な攻撃力と防御力。そして、仲間すら操るあの男への突破口となる話。聞く以外に選択肢はない。

 レベルビリオンですらウラノスのダメージを与えることはできなかった。だが、ゴーストたちはダメージを与えられた。

 ウラノスの能力の仕組みさえ分かれば、それが突破口となる。そして、それがニュートンの口から語られようとしていた。

 

 

「おそらくこれは、私でなければ分からなかっただろう。だから、他の皆も私を残してくれたんだ」

 

「――――」

 

 

 ルーミアを助けた際の状況を思い出す。

 確かにあの場にはニュートンゴーストしかいなかった。

 春雪異変の時、博麗の巫女たちを足止めするために召喚したゴーストたち。あの時は『レイラ』や『シロ』と言ったイレギュラーな存在が出てきたために、ゴースト達のことを零夜はすっかり忘れていた。

 そのままゴースト達はルーミアの手に渡り、彼女とともに戦っていたのだろう。

 

 

「他の皆の犠牲――とは言い難いね。皆はもう私を含め既に死んでいる。眠っていると表現した方がいいだろう。彼らが残してくれたこの数少ない情報から、私はウラノスの突破口を見つけた」

 

「―――――」

 

「それでは、語ろう。彼への突破口を―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

 

 一人、月面を全速力で駆け抜ける男の姿があった。

 その体はとても痛々しく、片腕はほぼ潰れていると言ってもよく、胴体には複数の斬り傷が存在しており、肉が、骨が、血が露出していた。

 そんな状態だと言うのに、彼はそんな痛みも知らないと言わんばかりに月を走っていた。

 

 

「あと、もう少し―――!あと、もう少しで―――!!」

 

 

 息を切らしながら出た枯れた声は、恐怖…否、怒りで埋め尽くされていた。

 若干の恐怖も交じっているだろう。だが、そんな恐怖よりも怒りの方が勝っていた。

 まさか、あんな存在がいるなんて思いもしなかった。強者であり、支配者である自分が、あんなに蹂躙されるなどあってはならないことだ。そう何度も自分に言い聞かせながら彼―――ウラノス・カエルムは走った。

 

 

「クソ、クソ、クソがッ!この私を―――俺を超えるなんて、あってはならねぇんだよ!!」

 

 

 先ほどの彼とは打って変わり、一人称が変化し、言葉もさらに荒くなった。

 上品で丁寧だった最初の口調はどこへやら。彼は豹変―――いや、これが彼の本性なのだろう。

 ウラノス・カエルムと言う、醜い醜い男の本性。

 

 

絶対(ぜってぇ)許さねぇ…!あの男も!あの女も!」

 

 

 どうしようもない怒りを、二人(零夜とルーミア)にぶつける。

 彼の怒りの矛先はある意味正しい。あの二人(三人)が月を襲撃してきたことで、自身は前線に出て、こんな醜態をさらす羽目になった。

 ―――そこで、ウラノスはもう一つの失態に気付く。

 

 

「あックソッ!あのゴミ共の掃除を忘れていた!俺の失態を知られるワケには―――!!」

 

 

 ウラノスの言うゴミとは、自分の兵士たちである。

 あれらが生きて帰ったら、自分が尻尾をまいて逃げたことが都中に広がるかもしれない。それだけはなんとしなくても阻止しなくては―――。

 ウラノスの心に焦りが生じると同時に、安寧も生まれた。そうだ、あいつ(ゲンム)が殺しているはずだ、と。敵対者に容赦がないあいつらなら、きっと一人も残さず殺してくれるはずだ、と。

 死ぬほど恨んだ相手に、かすかな希望を託す、そんな矛盾しまくっているウラノスの考えは、歪んでいるの一言だ。

 

 

「だが、それとこれとは別の話!―――そうだ、あの男は随分とあの(アマ)のことを大事にしているな。あの女をあの男の目の前で犯してやる!クックっ、ヤツの絶望する姿が目に浮かぶ―――!」

 

 

 届きもしない理想を語り、ウラノスはご満悦だ。

 一度大敗している癖に、一体何を言っているのだと言いたくなる。

 

 そんなことを考えながら、目前と見えてくる、都。

 都は半透明の膜のようなもので囲まれており、守備は万全だった。

 あの膜は、都の防御の役目を果たすと同時に、穢れを排除すると言う役割を持っている。完璧な守備を保有していた。

 

 

「とりあえず、あいつらに見つからないようにしなければ…」

 

 

 見張りの兵士にこんあ無様な姿を見られたら、それこそ笑いものだ。

 ウラノスは都とは少し離れた物陰に移動する。

 

 

「確か、ここら辺に―――」

 

 

 そう、言いかけた瞬間だった。

 ウラノスの見ていた景色が、地面に落ちた。

 

 

「な゛…ッ!?」

 

 

 突如ウラノスを襲った、腹部からの痛み。

 痛い、痛い、痛い。血が零れている感覚がする。寒い微粒な風が肉と骨に直撃し、さらに痛みを促す。

 そしてなにより――――下半身の感覚がない。

 

 

「え…ッなッ!?は?えッ!?」

 

 

 困惑と恐怖がウラノスを襲った。

 ウラノスは腕で体を動かし、自らの後ろを見た。

―――そこには、ウラノスの下半身が血を拭きながら前に倒れていた。

 

 

「ひぎゃぁああああああああ!!!!」

 

 

 下半身を見て。ようやく状況を理解した。

 自分の上半身と下半身が、裂かれたのだ。

 ウラノスの頭が、ついに恐怖と困惑によってオーバーヒートした。

 

 

「な、なんで!?い、一体誰だ!!?」

 

 

 ウラノスの防御は、レベルビリオンですら貫けなかった。

 ならば、ゴーストたちかと、ウラノスは周りを見渡すがそこには誰もいない。

 なら、一体誰g―――。

 

 

『うるさいなぁ。そんなにわめかないでよ』

 

 

 声が、聞こえた。その声は、まるで子供のような幼い声。

 ウラノスはその声が聞こえた方角を見た。そこは、上空だった。

 この声の持ち主が、上空からウラノスに語り掛ける。

 

 

「お、お前は―――!」

 

『あ、まだ喋れるんだ。すごいなぁ。僕なら卒倒しちゃうよ』

 

「な、なんでこんなことを…!()()()が、黙っていないぞ!」

 

『なんでって、その『お父さん』から、君を殺せって言われたんだよ?』

 

「な、なんだと!?そ、それはどういうことだ!?」

 

 

 その人物の言う、『お父さん』からウラノスの殺害命令が出されていた。

 それを聞いた瞬間、ウラノスが顔面蒼白になる。

 

 

「ど、どうして…!?」

 

『そんなの僕だって知らないよ。ただ、一つ分かってることは、もう君はいらないってさ』

 

「な――――――ッ!!!??」

 

 

 『お父さん』からの伝言――切り捨て宣言に、ウラノスは絶句する。

 自分はもういらない?ふざけるな。俺はまだ生きていなくてはならない―――!

 

 

「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ!俺はまだ、生きるべきで―――!」

 

『それを決めるのは『お父さん』であって、君じゃないよ?さて、もういいや。死になよ』

 

 

 その時、ウラノスの首に鉄線―――鎖のようなものが巻かれる。

 それがだんだんと締まっていき、ウラノスの首を圧迫し―――。

 

 ブシュッ。

 

 ウラノスの首と胴体が、()かれた。

 ウラノスだったものの胴体が、自らの血で汚れる。

 

 それを見届けた謎の人物は、一言。

 

 

『お仕事終わり~っと。えへへ、『お父さん』に褒めてもらえるかな?『お母さん』にも、帰ってきたら褒めてもらおうっと』

 

 

 

 まるでその声に似あった、幼子のように、陽気に仮面越しでほほ笑んだ。

 

 





 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31 神を超えた存在

 2021/05/08 ルーミアの服装変更。




「――――以上が、彼、ウラノス・カエルムへの突破口だ」

 

「なるほどな…。確かに、これはお前じゃないと分からないことだな」

 

 

 あれからしばらく時は経ち、零夜はルーミアの体を借りた英霊―――【アイザック・ニュートン】からヘプタ・プラネーテス最強の存在、【ウラノス・カエルム】の突破口を聞かされた。

 零夜はその時間で着々と体を回復させ、喉の機能までは回復していた。だが、失った大量の血までは回復できないため体は動かず、頭はクラクラしたまま。未だにルーミア(ニュートン)に膝枕されたままだ。

 見た目は美少女なのに中身はおじさんと言うこのギャップに、第三者が見たら驚きを隠せないだろう光景が今現在も、現実となっていた。

 

 

「こうしている合間にも、月の民たちは私たちを迎撃するために兵の再編成を行っているはずだ。この状況はまさに、敵にとって格好の餌だ」

 

「あぁ…せめて、あいつさえいてくれればいいんだが……」

 

 

 零夜の呟きに、ニュートンが反応する。

 零夜の言うアイツとは、シロのことだ。あの男ならなんでもかんでも一人でやれるだろうと思えるほどの力を有しているため、力の部分に関しては零夜も信頼していた。

 

 

「確かに、彼がいれば私たちの安全が保障されたも同然だ」

 

「まぁそうなんだがな。だが、俺アイツ嫌いだし…」

 

「ド直球に言うね」

 

 

 零夜の清々しい発言に、ニュートンが困惑の表情を浮かべる。

 力を借りたいはずの人物を忌避しているなんて、矛盾している。

 

 

「まぁ実際、私も彼の存在を知らなかったために出会った当初攻撃したのだが―――一瞬にして全滅してしまってね」

 

「そーいや、ゴースト達あれからどうなったとか、考えてなかったな」

 

「―――それは何気に悲しいな」

 

 

 命令されていたのに、それを忘れられていたことに悲しみを浮かべるニュートン。

 春雪異変の際、危険な敵かと思って攻撃した相手が、実は味方だったと言うこの事実。ニュートンはそれを知ったとき少し反省したようだ。

 

 

「少なくとも、私は彼に逆らおうなんて思えないな」

 

「そうか?俺は滅茶苦茶言いまくってるけど」

 

「それは君だからできることだろう―――?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 あれほどの力を持つシロに立てつくことのできる人物など、この世に二人しか存在しないだろう。断言できる。

 

 

「まぁ、来たみたいだぞ?」

 

「えっ?」

 

「ハロー」

 

「ひゃう!」

 

 

 突然聞こえた、第三者の声。

 その声に驚いたニュートンは、ルーミアの声で可愛らしい悲鳴を上げた。

 見た目と中身のギャップを考えてしまうと、なんだか虚しくなってくるのは気のせいだろうか?

 

 そして、その声―――深い男性の声が、二人に響いた。

 全身白装束で、顔に深々とフードを被り顔を隠している男―――シロがその場にいたのだ。

 

 

「やー零夜。元気してる?」

 

「これが、元気してる奴に見えるか?皮肉ってるのか?」

 

「はは、まさか。でも、無事でよかったよ。急いで駆けつけたんだ。君も、よく守っていてくれたね。ニュートン」

 

「あはは…ありがとうございます」

 

 

 自分のことをまだなにも話していないのに、なぜそのことを知っているのか。当然のように考えたが、いくら考えても答えが見つからないため、ニュートンは考えることをやめた。

 そして、ニュートンは別のところに視線が行った。

 

 

「あのーそちらの女性は…?」

 

 

 その目線の先は、シロの腕。

 シロの腕には、ある一人の美しい女性が抱えられていた。

 薄紫色の長い髪を、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏めている。瞳の色は紫がかった赤。半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着ている美少女が、シロの腕の中にあった。

 その女性の目は虚ろな瞳で、ハイライトが存在しておらず、心ここにあらずといった状態だった。

 

 

「おま、その女は…。なんでそいつ持ってきてんだ?」

 

「情報を絞り出すため」

 

 

 さらっと恐ろしい?ことを口走ったシロ。

 零夜の目にあるのは、呆れ。

 

 

「俺の記憶じゃ、そいつは決して弱くはなかったはずなんだが…ちなみ、そいつにどうやって勝ったか聞いていいか?」

 

「――――――」

 

 

 零夜にそう言われ、シロは闘いの出来事をおもい返した――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「―――お姫様を助けるのは王子様の役…ですか」

 

 

 時間は遡り、全身白装束の男と、薄紫の長髪をポニーテールでまとめている少女が、対峙しあっていた。

 ポニーテルの少女―――綿月依姫(わたつきのよりひめ)は、白装束の男―――シロの言葉を聞き、顔を強張(こわば)った。

 

 

「そんなことが、実現すると思っているのですか?」

 

「するさ。確信を持てる」

 

「何故ですか?」

 

「―――彼だからさ」

 

「まるで理由になっていませんね」

 

 

 事実、シロの言っていることは理由として成り立っていない。

 だが、彼の言葉は本気だ。本気で、クロが―――零夜がルーミアを助けるであろうと信じているのだ。

 

 

「そもそも、恋愛経験ゼロのお姫様にはわからないかな?」

 

「今の話と恋愛は全く関係ありません。話を逸らして、何を狙っているんですか?」

 

「逸らしているつもりはないんだけどね。でも、期待はするだろう?」

 

「―――まるで理解できませんね。そんな都合のいい話、ある訳がないんですよ!!」

 

 

 依姫は突如声高に怒鳴った。

 普段冷静なイメージのある彼女を、彼女の普段を知っている人物が見たら驚くだろう。

 それほどに、彼女は今頭に血が上っているような顔を―――いや、実際上っていた。

 

 

「何に怒っているか知らないけど、怒ると美容に良くないよ?」

 

「どうでもいいです。そんなこと。………もう、話すのは無駄みたいですね」

 

「そうだね、僕もそう思っていたころだったよ」

 

 

 シロの言葉を皮切りに、冷たい風が辺り一帯の音を支配した。

 ただ、無言で見つめ合う二人。

 

 

「こちらから、行かせてもらいます」

 

 

 依姫の一言と同時に、刀が抜刀される。

 刀が鞘から抜刀される音が、よく響いた。依姫は刀をシロに向けた。

 

 

「―――あなたは剣を、抜かないんですか?」

 

「え?あぁこれのこと?」

 

 

 シロは腰に携えている()()()()()()()()のついている剣に触れた。

 この剣は、月に到着したとき最初にシロがこの月にて穢れを撒いた剣だ。

 

 

「今抜く必要ないし。ていうか君に使っても無意味だし」

 

「―――そうですか」

 

 

 依姫はあくまでも冷静にそう返すが、内心は(はらわた)が煮えくり返るほどの屈辱を受けているだろう。

 剣士にとって、目の前の敵が剣を携えているのにその剣を抜かないと言うことは、自分を舐めていると言うこと。格下とみられているということだ。

 これが、許されることだろうか?否である。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 脚に力を込め、地面を思いっきり蹴る。

 その行為は、爆発的な速度を生み出し、一瞬にしてシロとの距離を埋め、刀をシロの腰方向に振り下ろした。

 だが、その瞬間に、地面から槍が生み出され、依姫の攻撃を妨害する

 

 

「ッ!」

 

「もらった」

 

 

 シロはがら空きのもう片方の手に籠手を生み出すと、依姫へと振るった。

 即座にそれに反応した依姫は刀でシロの攻撃をガードする。

 

 

「うん、良い反射速度だね。でも、まだまだ」

 

「くッ!」

 

 

 刀と籠手のぶつかり合い。明かに籠手の方が怪我をする可能性が高いと言うのに、シロはそれをお構いなしに攻撃してくる。

 そんなとき、シロは足蹴りを依姫の腹に直撃させ、依姫の口から衝撃で体液が吐き出される。

 やられた。拳ばかり使っていたから、足への注意が疎かになってしまっていた。

 衝撃で距離を取った依姫は、さらに距離を取った。

 

 

「なかなか、やるようですね」

 

「君以上にはね」

 

「どこまでも―――!」

 

 

 精神を逆なでしてくるシロの言葉に、依姫は乗っかった。

 だが、彼女とて剣士。すぐに精神を落ち着かせた。

 

 

「あ、もう落ち着いたんだ。やるね」

 

「褒められるほどでもありません」

 

「そっか――――。じゃあ、八百万の神の力使ってきてよ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 瞬間、依姫の顔に動揺が走る。

 「何故、知っているのか」。そんなことでも言いたげな顔だった。

 

 

「だって君、本気で行くとか言っておきながら、能力使ってこないし。なに?僕のことバカにしてるの?」

 

「―――いいえ。そんなつもりはありませんよ」

 

「だったら、来なよ」

 

「えぇ……お望み通り、使って差し上げますよ!愛宕様の火!」

 

 

 その時、依姫の腕が業火に包まれる。

 腕と言う腕、すべてが燃えている。だが、依姫は全くの無傷だ。

 シロにすら、熱気が伝わっているほど熱いと言うのに。

 

 綿月依姫の能力、【神霊を呼ぶことができる程度の能力】。

 八百万の神を自分の体に宿らせ、力を借りて使役する事が出来る能力。

 巫女が通常行う「正式な手順」を省略して、素早くあらゆる神を降ろす事が可能であるため、攻撃手段としてはもってこいの能力だ。

 

 そして、今依姫が降ろした神は『愛宕』。別名『迦具土神(かぐつちのかみ)

 火の神にして、八百万の神々の一柱(ヒトリ)だ。

 

 

「地上にこれほど熱い火はほとんどない。―――これが、神の力です」

 

「―――つまるところ、【プロクス・フランマ】の能力の上位互換ってことだよね?」

 

「あなたは、どこまで―――」

 

 

 知らないはずの人物の、能力のことを知っているシロ。依姫はもう目の前の存在が、まともではないことは分かっていたが、この存在はかなり特別で、底が見えなかった。

 シロもシロで、一度も会ったことのない人物のフルネーム、能力を知っているのか。どこまで言っても、理解の範疇を超えていた。

 

 

「じゃあ、僕も炎で対応しよう」

 

 

 そう言った時、シロの体も炎に包まれる。

 

 

「なッ―――!?」

 

「断言しよう。君に出来て、僕に出来ないことはない」

 

「戯言を―――!神の力を喰らうがいい!」

 

 

 二人は剣に炎を纏わせ、刀を振るう。炎の飛ぶ斬撃が、お互いの中心でぶつかり合い、獄炎を発生させた。

 やがてその獄炎は爆風を生み出し、辺り一帯のものをすべて吹き飛ばした。

 

 

「互角―――かな?」

 

「いや、違う!!」

 

 

 爆風が起こした砂煙。その中か依姫の声が聞こえる。

 砂煙の中、依姫がシロに接近し炎と化したその腕をシロの首元を掴んでいた。

 

 

「このまま、最大火力で燃え尽きろ!」

 

「―――――」

 

 

 依姫の腕の炎がさらに熱気を放出した。温度が上がった証拠だ。

―――だが、首を焼かれていながらも、今だに平然としているシロがいた。

 

 

「あのさ、これいつまで続けるつもり?」

 

「バカな―――!?愛宕様の炎は、すべてを焼きつくすはず―――!」

 

「ごめんだけど――」

 

「ゴフっ!」

 

 

 シロの拳が、依姫の腹に直撃する。その衝撃により、シロの首から手を離してしまった。

 膝をついてしまった依姫に、無情にもシロはこう告げた。

 

 

「それ、僕対象外だから」

 

「なッ―――!?」

 

 

 シロのカミングアウトに、依姫は驚愕と焦燥感を覚えた。

 普通なら信じることのできない出来事。だが、それを実践して見てしまった今、それを信じないワケにはいかなかった。

 

 

「そんな、ことが…!」

 

「あり得るんだよね。ほら、さっさと立ちなよ」

 

 

 シロはあえて後退し、依姫にチャンスを与えた。

 その見え見えな油断と挑発は、依姫のプライドを刺激するのには十分だった。

 

 

「私を……舐めているんですか!」

 

「舐めるだなんて気持ち悪い。僕にはそんな趣味はないよ」

 

 

 認識の違いが、さらに依姫の逆鱗に触れた。いや、これは認識の違いと言うより、確実なわざと。故意的に間違えられたのだ。

 

 

「どこまでも…バカにして…!」

 

「うるさいなぁ。まだ全力出してないでしょ?さっさと来なよ」

 

「ッ!!炎雷神(ほのいかづちのかみ)様!」

 

 

 依姫が神の名を叫ぶと、その時、シロの頭上に雨雲が現れる。

 

 

「雨雲……炎雷神…なるほどね」

 

 

 シロがそう呟いたとき、雨雲ならゲリラ豪雨と言ってもよいほどの雨が降り注いだ。

 そして、これはただのゲリラ豪雨レベルの雨ではなかった。威力が桁違いと言っていいレベルで、ゲリラ豪雨の『短時間で大量に降る』と言う特性のように、対象を水圧で圧死させるほどの威力を持っていた。

 

 だが、それだけではなく、雨が降りながら、『ゴロゴロ…』と雨雲から擬音が鳴り響く。

 その瞬間、巨大な雷が豪雨の中に無数に降り注ぎ、さらにその雷が七頭の炎の龍へと変換され、豪雨の中に直撃し、水と炎が混ざり合い、水蒸気爆発を起こした。

 

 

石土毘古神(いわつちびこのかみ)様!我をお守りください!」

 

 

 依姫の目の前の約10mもの地面が隆起し、依姫を守る盾となる。

 爆発が、縦を蹂躙しながらも、破壊と同時に修復が行われていく。

 

 石土毘古神(いわつちびこのかみ)

 家宅六神《かたくろくしん》の一柱(ヒトリ)

 家宅六神とは神道における家宅を表す六柱の神の総称。石土毘古神(いわつちびこのかみ)は土を司る神である。

 

 

「これならば……」

 

 

 水圧による圧迫。電撃による感電。さらに炎の龍による焼却。そして水と炎が合わさったことによる水蒸気爆発。

 常人ならまず最初の過程で死ぬこの連続攻撃。やりすぎだとは思うが、やりすぎて困ることはない。特に、この戦いの場面においては、相手を確実に殲滅するためにこの威力は上出来だった。

 

 だが―――。

 

 

「残念だけど―――」

 

「な―――ッ?」

 

 

 瞬間、暴風が吹き荒れ、辺り一帯を蹂躙した。

 その蹂躙速度は依姫の比ではなく、水蒸気爆発の爆風の破壊速度ですら修復速度が勝っていたと言うのに、この暴風はそんな土の壁の修復速度を軽々と超え、破壊した。

 壁が破壊されたと同時に暴風はピタッと止み、次第に暴風は爽やかなそよ風に変化した。

 そして、その風の発生源の中央に、濡れず、燃えず、朽ち果てず、そのままの状態のシロが佇んでいた。

 

 

「僕にはそういったことは効かないんだ」

 

「そんな―――バカな―――!?」

 

 

 水圧で押しつぶした。電撃で感電させた。炎の龍で焼き尽くし、爆発でトドメを刺したはずだった。それなのに、まだ足りないというのか!?

 依姫の頭はもう爆発寸前だ。自分でもまともに受けたら無傷では済まないはずの攻撃を、どうやって防いだ?いや、そもそもこの男は、目の前のこいつは()()()()()()()事体を行ったのか?

 

―――分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。

 

―――理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。

 

 理解に苦しむ。理解の範疇を超えている。いや、この男にそんな概念なんど存在するのだろうか?

 

 

「じゃあ今度は僕の番でいいよね?」

 

「あ――――」

 

 

 刹那。依姫の視界からシロが消えた。

 何事かと思ったその瞬間、腹にダメージが入った。

 

 

「カッ、ハ―――!!」

 

 

 依姫が、地面に膝をつける。

 どうやってここまで移動した?見えなかった。自分の感覚を上回る速度で、攻撃された。

 その事実が依姫の心を襲った。これで二度目だ。腹を殴られるのは。一回目も、二回目も、油断はしていなかった。ちゃんと周りに気を配っていたはずだ。警戒していたはずだ。

 だが、現実はどうだろうか?それをしていても攻撃を許してしまっていた。

 その事実を、認めようにも認められなかった。歯を思わず軋ませる。

 

 

「どうした、お姫様。僕にまだ1ダメージも与えられてないじゃないか」

 

「―――。天照大神(あまてらすおおみかみ)様!光を!」

 

 

 瞬間。依姫の体が眩しく光る。

 何も見えない、光だ。その光量を例えるならば、太陽を直視してしまい目が失明してしまうほどのレベル。

 暗闇では人は何も見えないように、極大な光でもまた、人の目は見えなくなるのだ。

 

 天照大神(あまてらすおおみかみ)とは、日本神話の太陽神だ。

 故に、太陽と同レベルの光を放つことができても不思議ではない。

 

 そんな中、依姫だけが無事でいられた。

 それもそのはず。光源だからだ。自身が光源である以上、自分の光は目に入らない。故に、目の前がはっきりと見える。

 光とシロの服が同化して見えずらいが、それでも目の前にいることだけは気配ではっきりと分かっていた。

 

 

建御雷神(タケミカヅチ)様!我に力を!」

 

 

 建御雷神(タケミカヅチ)。日本神話の雷と剣の神。武神としても知られている神だ。

 依姫はこの神を降ろすことにより、基本的な身体能力の向上と、剣術の補填、そして、刀の身に宿る、雷。その三つの力を借り、依姫は刀を振るった。目の前の敵を、滅ぼすために―――。

 

 

「あのさ、目くらましのつもりだったのかもしれないけど、この程度で僕が失明するとでも思っていたのかい?」

 

 

 ―――刀が、動かない。

 力を入れる。前に入れる。より、刀身が入りやすい方向に。でも、動かない。

 そんな状況の中、依姫の赤紫の瞳に、映ったものは―――。

 

 

「君なら、僕との力量差に最初の方から気づいて、全力の一撃をくれると思ったんだけどな」

 

 

 人差し指で、抑えられている刀身だった。

 バカな、ありえない。刀が指に負けるなんて、あってはならない。もしそれが実現したら、もうそれは刀なんかではない。ただの塵屑(ゴミクズ)だ。

 

 

「月の刀も大したことないね。まぁ当然か。こんなボロ屑より、もっといい武器を僕は知ってるよ」

 

「なにを―――」

 

「でも、それはもう手に入らない」

 

 

 その言葉を皮切りに、シロはもう片方の手を依姫のおでこに向け、デコピンをかました。

 これだけではダメージにもなんにもならない。―――だが、それは常人での話だ。

 シロがデコピンをした瞬間、依姫の体が後ろに吹き飛ぶ。そのまま体感を失い、無様にも体を地面に転がした。

 

 

「くッ…!」

 

「―――随分頑丈だね。脳震盪が起きても不思議じゃないんだけどなぁ」

 

「―――――」

 

「あ、その様子だと実際かなり効いてるっぽいか」

 

 

 依姫の体がふらつく。

 実際、依姫は脳震盪を起こしていた。当たり前だ。あの威力の攻撃を脳に直接貰ったのだ。逆に脳震盪が起こらないはずがなかった。

 

 

「うーん…。回復するのに、まだ時間かかりそう?」

 

「ふざ、けないでください…」

 

「別にふざけてるつもりないんだけどな。まぁいいか。―――そうだ。暇つぶし程度に。実はね、()()()()()()()()()()と、僕らの持っている情報を統合してでの話なんだけどさ」

 

「――――?」

 

 

「レイセン」

 

 

「ッ!!」

「「「「「ッッ!!!」」」」」

 

 

 シロがその名―――レイセンの名を口にした瞬間、依姫と玉兎たちの表情が劇的に変化した。

 依姫の表情は、何故か寂寥感を漂わせ、玉兎たちの表情は怒りと憎しみ、悲しみ、それらを体現したかのような表情だった。

 

 

「あぁやっぱりこの話は玉兎にとって地雷だったかな?」

 

「何故―――レイセンのことを?」

 

「いやぁ、君らも気になってたんじゃないかと思ってね」

 

 

 依姫から当然の疑問が来た。

 何故レイセンのことを―――地上に逃亡した玉兎のことを知っているのか。

 だが、いろいろ考えてくるうちに辻褄を合わせることができた。よくよく考えれば、この男たちは地上から来たのだ。ならば、レイセンと面識があってもおかしくない。

 そして、自分たちの情報にやけに詳しかった理由も納得できた。レイセンが話したのなら、自分たちの情報がある程度知られていてもおかしくなかった。

 

 

「そうですか―――。彼女が」

 

「あの子、今地上の兎妖怪に雑用としてこき使われてるよ。まぁお似合いだとは思うよ」

 

「―――それで、あなたはそれを言ってなにがしたいのですか?」

 

「あれ、以外と動じない。おかしいなぁ…。仕入れた情報じゃ、彼女がこの月の大変革の主な原因なはずなんだけど…」

 

「えぇ。その通りです。私のペットだった彼女は、逃げてしまい、そのせいで月は変わってしまった。ですが、これは私の責任でもある。彼女の心を育てきれなかった、私の責任が」

 

 

 何と言う、心の広さなのか。

 大変革の原因である自分のペットを、恨むどころか自分のせいだと自分を追い込んでいる。

 レイセンは、こんな主人を持ってどれだけ幸せだったのか。そんな主人を裏切ったどれほどの愚か者なのか。 

 本人は知る由もないだろう。

 

 

「―――あっそ。もっと激情してくれてたら、面白かったのになぁ」

 

「やはり、それが狙いでしたか。ですが、あなたは間違った選択をした。逆に今の話は私にとって鎮痛剤となってくれました」

 

「鎮痛剤ィ?心の痛みの?」

 

「えぇ。彼女が生きていると知り、安心しました」

 

「安心?ますます意味が分からないなぁ」

 

 

 シロにとっても予想外だった彼女の返答に、首を傾げる。

 月を変えてしまったそもそもの元凶となった人物が、生きていて何故安心する?普通はもっと怒るところだろう。「あいつ、生きていたのか」とか、「連れ出して嬲り殺しにしてやる!」とか、シロはそんな反応をすると思っていた。

 でも、現実は180度真逆だった。

 依姫が、依姫だけがレイセンの生存を喜んでいた。後ろの玉兎たちは、レイセンの生存を知った瞬間、憎しみの表情へと変わったと言うのに。

 

 

「分からない。分からない。分からないなァ……」

 

「ふ―――。ようやく、あなたも私と同じように困惑しましたか」

 

「あぁ本当に。僕もここまで予想外な展開は()()()()だ。でも、その疑問は後に解消される。だって、君から聞けばいいだけだしねぇ」

 

「私がそう簡単に口を割るとでも?あなたが規格外であることは十分に理解しました。ですが―――これならどうですか!!」

 

 

祇園(ぎおん)様!我に力をお貸しください!」

 

 

 そう叫び、神降ろしの力を使ったその次の瞬間、依姫は刀を地面に突き刺した。

 これに何の意味があるのだ。と、普通は思うだろう。刀は斬るために存在しているのだ。突き刺すために存在しているのではない。

 だが、今の場合、それが意味を成していた。

 

 

「―――ん?」

 

 

―――無数の刀身が地面から突き出し、シロをその中心に取り囲んだ。

 

 

「――――」

 

「あまり無理に動かない方がよろしいかと。下手に動けば、祇園様の怒りに触れますよ」

 

「『祇園(ぎおん)』―――。『須佐之男命(すさのを)』か」

 

 

 祇園(ぎおん)。別名『須佐之男命(スサノオ)』。

 三貴子の内の一柱(ヒトリ)。天照大御神と同類の存在である、海と嵐を操る神だ。

 

 

「随分と博識なのですね。その通り。ですが、知識だけではどうにもなりません。おとなしく捕まってください」

 

「――――どうやら、君はまだ理解していないようだね」

 

「なにが、ですか?」

 

「僕は君の能力―――詳しく言えば神々の力だって受け付けなかった。つまりはね―――」

 

 

 シロは途中で会話を途切らせた。

 虚空に手をかざし、小言を口にするシロ。

 そのシロの姿は、依姫にはやけにおぞましく見えたと同時に、悪い予感がした。確かに、シロの言葉には納得感があった。今まで自分が降ろした神、それらすべてでもあの男に傷を負わすことはできなかった。

 そして、その次の瞬間、その予感は的中することになる。

 

 

「■■■の権能。――――●●●●・●●●●」

 

 

 ――――巨大な黒穴(ブラックホール)が、無数の刀を吸い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

―――微かに聞こえた。『権能』と。あとは分からなかった。

 ヤツが、そう口ずさんだ瞬間、巨大な黒穴(ブラックホール)がヤツの目の前から現れ、ヤツを中心に当たり一帯を蹂躙した。

 ワケも分からず依姫は、それを傍観するしかなく―――。

 

 

「ふー、きれいさっぱり愉快爽快!」

 

 

 奴が―――シロが陽気な雰囲気ではしゃぐ。

 辺り一帯は、シロの言う通り、何も残っていなかった。シロを捕縛していた無数の刃も、地面も、すべて消滅していた。

 この状況に、先ほどまで冷静を取り戻していた依姫は驚愕と言う概念を超越し、もうあっけらかんと見ていることしかできなかった。

 

 

「何故……」

 

「ん?」

 

「何故祇園様の力が効いていないの!?貴様は祇園様の怒りを買った!それなのに!それなのに!どうして貴様には何も起きていないんだ!?」

 

 

 先ほどまでの丁寧語はどこへやら。荒くなった言葉で依姫はシロに声がかすれるほどに怒鳴った。

 いや、これは怒りではない。喪失感だ。自分の何もかもが無力だったと言う、圧倒的な無力感―――。この男には、なにもかもが通用しないのだと、ついに理解させられたのだ。

 

 

「祇園の怒り?あのさぁ、教えてあげるけどさ。須佐之男命(スサノオ)ごときが僕に怒りを向けるだって?冗談もほどほどにしろ

 

 

 シロの唐突なカミングアウトと今までの事柄から、さらに理解を深めてしまった。

 

―――「この男は、神を超えている」―――!

 

 脳が、その結論にたどり着くまで、一瞬もかからなかった。

 だが、理解はしても、納得は出来ない。人間が神を超える力を持っているなどあるはずがないのだ。

 今まで神の力を借りてきた依姫にとって、神とは尊敬し、奉らなけらばならない、非常に尊き存在なのだ。そんな、そんな聖域を、こんな人間が、土足で踏み荒らすなどあってはならない―――!

 

 

天津甕星(あまつみかぼし)様!私に力を――――」

 

「――――しつこいよ?」

 

 

 指が鳴る音が、虚空に響く。

 それと同時に、依姫は謎の虚無感に襲われた。さっきまで、繋がっていたはずなのに、それがいきなり途切れた、そんな感覚が―――。

 

 

「あ、あれ?天津甕星(あまつみかぼし)様?どうしたんですか!?何故!何故私の呼びかけに答えてくれないんですか!?」

 

「―――悪いけどさ、もう僕急ぐ理由ができたんだ」

 

「――――ッ!!」

 

 

 依姫が憎悪の表情でシロを睨んだ。

 この男だ。この男が、なにかしたんだ。こいつが指を鳴らした瞬間だった。神との繋がりがいきなり途切れたのは。

 シロの急ぐ理由など知ったことではない。自分になにをしたのか、早急に問いださせねば。

 

 

「私に…私に何をした!?」

 

「君には何もしてないよ。ただ、神の方に細工しただけ」

 

「神々に…干渉したというの!!?」

 

 

 神々への干渉―――。それはおいそれとできるものではない。

 依姫のように、その身に神を降ろす能力や、巫女でなければその場にいない神に直接干渉することなど、不可能だ。

 つまり、この男は―――シロは、神に干渉する能力を用いて、依姫と八百万の神々の繋がりを切ったことになるのだ。

 

 

「それに僕が答える義理はないよ。でも、結果が一つ生まれた。それは、神の力がない君なんて、剣術を少し齧った程度の雑魚なんだよ」

 

「あ、あ、あ……」

 

 

 絶望が、無力感が、虚無感が、依姫の心を支配していく――――。

 そして、シロから、トドメを刺された。

 

 

「結局キミは、その程度の存在だったんだよ」

 

 

――――依姫の心が、折れた瞬間だった。

 依姫の瞳からハイライトが失われ、そのまま膝から崩れ落ち、なにも言わなくなり、人形同然の状態となった。

 

 

「あら、少しどころか完全に心折っちゃった。ま、この方がいいか。うるさくなくて」

 

 

 依姫の心を折ったことに、特に悪びれもせずにシロはそれを笑い飛ばした。

 依姫は、決して弱くなかった。神の力を使い分け、その場を切り抜ける判断力など、戦士としても、リーダーとしても有能だった。

 だが、相手が悪かったのだ。神の力を使う彼女にとって、神の力を断ち斬ったシロは、まさしく相性が最悪だった。

 

 豊姫にとってクロ(零夜)が天敵だったように、シロは、依姫にとっての天敵だったのだ。

 

 

「さて、と。君たちはどうする?」

 

 

 心の折れた依姫を腕で担いで、依姫を腕と横腹に密着させた。

 シロは玉兎たちの方に顔を向けた。

 顔を向けた瞬間玉兎たちから畏怖の目で見られるが、シロの知ったことではない。

 

 

「じゃ、僕行くから。それじゃあね」

 

 

 刹那。シロの姿が掻き消え、その場から姿を消した。

 

 こうして、依姫たちの軍ですらも、大敗北を期したのであった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「―――いや、話すことでもないよ」

 

「いや教えろよ。気になるだろ」

 

 

 シロはいろいろと考えて、零夜に話さないことにした。

 そこに、どんな意図があるのかは、知るのはシロのみ。他には誰も分からない。

 

 

「そう言わないでくれ。僕だって君がデメリットを受けたと知って勝負を早めてきたんだからさ」

 

「お前は相変わらず情報が早ぇな」

 

「はは。それほどでも。でも、今回は何を使ったんだい?普通のライダーだったらそこまでのデメリットは受けないはずだし…」

 

「―――レベルビリオンだ」

 

「あぁ。確かにあれはデメリット受けまくりだね」

 

 

 強力な力には代償がある。代償なしに最強レベルの力を手にすることなど不可能。

 シロも今回の零夜のデメリットの内容を理解したようだ。

 

 

「本当に、無茶しないでくれよ?いくら僕の『能力』でデメリットの効果を少なくして、肉体的ダメージに変換してるからって、限度だってあるんだ」

 

「それは十分すぎるほど承知してるよ」

 

 

 たった一回の変身で体から大量の血が失われたのだ。

 要領を考えなければ、普通に死ぬ。

 それはもう零夜はとっくの昔、千年前から分かっていたはずなのだ。

 

 

「だが、デメリット覚悟じゃなきゃ倒せねぇ敵だっている。そのためなら、俺は…」

 

「分かってる。でも、死んだら元も子もない。だから、極力そういったことは控えてくれ」

 

「―――善処する」

 

「絶対に守る気ないでしょ…。僕はこれほど真剣に言っているのに。まぁでも、君が素直に聞き入れてくれるなんて、僕もはなから思っちゃいないさ」

 

「よくわかってるじゃねぇかよ」

 

「だから――――」

 

 

 シロは無造作に、抱えていた依姫を地面に落とすと、懐から赤い液体が入った小さな瓶を取り出し、蓋を外して零夜の口に流し込んだ。

 

 

「フゴッ!?」

 

「造血剤だよ。だから気にせず飲んで」

 

 

 それを聞いて、零夜は液体を飲み干した。

 確かに、体内中の血液が増えている感覚がする。この状況で、血の補充はまたとない僥倖だった。

 

 

「にしても、よく造血剤なんて持ってたな」

 

「――――万が一の時のためのものさ。もう作れないんだけどね」

 

「そんな貴重なもんどうして使ったんだよ」

 

「使ってなんぼだよ。それに、今使うべきだと判断したまでさ」

 

 

 シロは空っぽになった瓶を懐に大事そうに仕舞った後、零夜に一言――と、言うより、ルーミア(ニュートン)に目を向けた。

 

 

「なに、その恰好?」

 

「あ……」

 

 

 ずっと忘れていたが、ルーミア(ニュートン)の恰好は、ウラノスとの闘いでボロボロになったまま。女性としての大事な部分だけが隠れている状態だ。

 

 

「その恰好見るに、結構な死闘だったと見える」

 

「実際、かなり危なかったが」

 

「となると、ウォッチを持たせたのは正解だったね」

 

「あ、そうだ。お前、よくも俺のゴーストそのままにしてやがったな」

 

 

 造血剤を飲んだからか、言葉が片語でなくなっていた。

 ペラペラと喋れるようになった零夜は、復活早々シロに愚痴を言った。

 春雪異変の際にそのままにしていたゴースト。シロに回収され、ルーミアの手に渡っていたことを知ったときは愕然としたものだ。

 

 

「あはは。ごめんね。でも、今は彼女……彼……ニュートンの服装をどうにかしないとね」

 

「それでいいよ、もう」

 

 

 体は女で、中身は男。

 どこぞの名探偵を思い浮かべるフレーズだ。今のニュートン(ルーミア)は、男として扱えばいいのか女として扱えばいいのかチンプンカンプンな状態だ。

 だからこそ、固有名詞で呼んだ方が混乱もない。

 

 

「ニュートンの服装か…。確かに、このままじゃ移動に支障ができるな」

 

「あ、それじゃあこういう服装なんてどうかな?」

 

 

 シロは懐から一枚の紙を取り出し、零夜に見せた。

 

 

「これか?まぁ別にいいが…どうせまたボロボロになるかもだぞ?」

 

「まぁまぁ。物は試しってことで」

 

「はぁ…そらよッ」

 

 

 零夜が手を叩くと、ニュートン(ルーミア)の体に纏わりつくように一瞬にして服が生まれた。

 零夜のもう一つの能力、【創造する程度の能力】だ。

 ニュートン(ルーミア)が纏ったのは、いつもとは違う、ボタン付きの白い長袖ブラウスと、その上に着せられた黒いワンピースと言った服装だ。

 いつもの服よりかなり違く、彼女の大きく豊満な胸の大きさがより鮮明になる服装だ。

 

 

「とても可愛らしいデザインだね。前の黒一色のワンピースより、こっちの方が彼女の美しさがより鮮明に――おや?」

 

 

 評価をしている最中、いつもとは何か違う感触をニュートン(ルーミア)は感じた。

 

 

「これは…いつもとなにか違うな」

 

「気づいたか?まぁお前の時代じゃ化学繊維なんてなかっただろうしな」

 

 

 零夜がニュートン(ルーミア)に創った服はルーミアがいつも着用している大人用の大きめな黒の服だが、触り心地が違ったのだ。

 その理由は、『化学繊維』にあった。

 

 化学繊維が初めて作られたのは、1883年だ。

 ニュートンが生まれたのは1642~43年で、生涯を迎えたのは1727年だ。化学繊維を知っているはずがないため、ニュートンの疑問は当然だった。

 この衣服には、ポリエステル繊維が使われており、シワになりにくい。型崩れしにくい。非常に強い。丈夫である。乾きが早いなどの特徴がある。

 

 

「―――とにかく、これで服の問題は解決したね。それで、話は変わるんだけど、いいかな?」

 

 

 その言葉だけ、シロの声色が変わった。

 別に、声質が変わったと言う訳ではない。だが、先ほどより一段と声が低くなったのだ。

 つまり、ただ事ではないということを示唆していた。

 零夜は思わず固唾を飲みこみ、シロの言葉を待った。

 

 

「実は、なんだけど――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来る際、ウラノスの死体を見つけたんだ」

 

 

 

 

 

 

「「――――ッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 シロの唐突なカミングアウトは、二人の心情を揺るがすのには、十分な内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のシロのイメージCV【諏訪部順一】

 回想時イメージCV【速水奨】


 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32 最悪な初対面

どうも、龍狐です。

 ここから事前に言っておきます。
 この作品、結構他の原作キャラに対しての扱いが酷い時があります。

 今回はかなり酷いです。特に『永夜抄』のキャラが推しだと言う人はブラウザバックを推奨します。

 それでもいいよと言う人だけ、この先へ進んでください。
 もし見終わって、気持ちが悪くなってもこちらは一切の責任も取りませんしアンチコメも受け付けません。



―――いいですか?



 それでは、どうぞ。






―――ウラノスの死体を見つけた。

 シロから受けたカミングアウトに、零夜とニュートンは敵が死んだことに喜ぶのか、せっかく立てたはずの作戦が台無しになったことに残念そうにした―――と言うことはなかった。

 一番始めに浮かんだ感情は、『驚愕』。誰が、どんな方法を用いてウラノスを殺したのか。

 あんな鉄壁の防御を、どうやって貫通したのか。いや、もうそれは検討はついている。

 問題は、誰がウラノスを殺したか、だ。

 

 

「お前が殺ったんじゃないのか?」

 

「まさか。僕は先に行ったでしょ、『ここに来る際、ウラノスの死体を見つけたんだ』って」

 

 

 シロの呆れの感情を読み取るに、シロは嘘をついてはいない。

 となると、確実にウラノスは殺されたとみて間違いない。

 

 

「一体、誰がそんなことを…私たち以外にも、襲撃者がいたのか?私たちが騒ぎを起こして、それに乗じて月を襲撃した、別の誰かが」

 

「いいや、それは考えられないな。俺の能力で「穢れ保有者」で検索して、情報を俺の頭に繋げた。俺達三人以外それは見つけられなかった。だから、それはない」

 

 

 零夜の『繋ぎ離す程度の能力』の応用、「情報」を「頭」に『繋げる』ことで情報を仕入れることが可能だ。

 ただ、欠点としては繋げるにも時間が掛かるため最新性には優れないことだ。

 

 

「つまりは、内部のヤツの可能性が高いってことだ。シロ、お前―――『観た』か?」

 

「ごめん。君が心配で急いでたから視てないや。でも一応、『回収』はしてある」

 

「仕事が早いな…お前はいつも」

 

「ありがとう―――と、言いたいところだけど、できれば使いたくないんだよねぇ…()()

 

 

 二人の間だけで話が勝手に進んでいく。

 『観た』とは、『回収』とはなんなのか。そんな疑問をすっぽかして二人の話はとんとん拍子に進んでいった。

 

 

「二人は何を話しているかな?」

 

「少し黙ってろ」

 

「あ、うん…」

 

 

 零夜からの圧を受け、ニュートンは黙ることにした。

 二人が黙った後、シロはフードで隠れて見えない目を閉じ、集中し始めた。

 シロは何を視て、何を感じ取っているのだろうか?それを知るのは、本人のみ。

 

 しばらくした後、シロはゆっくりと目を開けて、零夜を見た。

 

 

「『観た』とき、最後―――『仮面ライダー』に殺されてた」

 

「―――やっぱり、居たか」

 

 

 シロの言葉により、確信と確証を持てた、『仮面ライダー』の存在。

 零夜はそれを聞いても、あまり驚きはしない。なにせ、ウラノスの口から仮面ライダーの存在を示唆した言葉を聞いたから。

 これで、月に『仮面ライダー』に変身可能な『転生者』がいることが確定した。

 

 

「他にはそのライダーに関してなにかないのか?」

 

「ごめん。流石の僕でも()()は長時間使いたくないから、死に際しか『観て』ない」

 

「あぁ…まぁそれでいいか。で、どんなライダーだったんだ?」

 

 

 ここが一番重要だ。

 仮面ライダーと言っても、種類も数も多数。どんな姿をしていて、どんな能力を持っているのか、これが一番知りたい。

 零夜はライダーの知識ならこの1000年間で大量に保有している。故にすべてのライダーのことを知っていると言ってもいい。

 

 

「―――鳥のような、能力を持ったライダーだった」

 

「鳥?」

 

「あぁ。翼を持って空を飛んでいたし、飛行能力があることは間違いないだろう」

 

「それならあまり脅威にはならないが……鳥、か…。そんなライダー、いたか?」

 

「考えうるには―――」

 

 

 シロは考えられる様々な鳥がモチーフのライダーを提示した。

 【仮面ライダーファム】【仮面ライダーオーディン】

 【仮面ライダーブレイド、ギャレン・ジャックフォーム】

 【仮面ライダーダブル・ゴールドエクストリーム】

 【仮面ライダーオーズ・タジャドルコンボ】

 【仮面ライダーウィザード・オールドラゴン】

 【仮面ライダーシンスペクター】

 【仮面ライダービルド・ホークガトリング】

 【仮面ライダービルド・フェニックスロボ】

 

―――考えられるには以上である。

 

 

「だけど、僕が視た『ウラノスの最後』には、どのライダーも該当しなかったな…」

 

「じゃあ、それ以外のライダーってことだよな…。だが、他にいるか?」

 

「――――もしかして、()()()の方か?確かにアッチはあまり調べてなかったけど…」

 

「―――なにか言ったか?」

 

「いいや、なにも」

 

 

 シロの小言に零夜は反応するも、流石にこちらに集中していたために聞き逃してしまった。

 だが、シロが否定したので零夜はそのままスルーし、考えることに集中した。

 

―――が、やはり考えても考えても可能性は出し切った。他の可能性など出てくるはずもなかった。

 

 

「あー駄目だ!いくら考えても無理だ!クソっ、鳥のようなライダーなんて他にいたか!?」

 

「―――もう、考えても仕方ないよ。とりあえず対策は後から考えるとして、聞いてほしいことがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

 

 零夜が聞き返した後、シロは雑に地面に置いた依姫を再び担いで、違う方向を向いた。

 

 

「でも、この話はウラノスの死体を見つけた場所でしよう。その方が手短でいいんだ」

 

「―――分かった。で、そいつはどうするんだ?」

 

 

 零夜が指を指した、今だに反応を示さない依姫。心ここにあらずの状態で、虚ろな目をしている彼女。一体、何があったと言うのだろうか?

 零夜の記憶では生真面目でプライドの高い人物だ。それが、どうしてこんなになってしまったのか。

 だが、今考えるのはそれではなく、彼女をどうするのか。

 

 

「そうだな―――。彼女には聞きたいことがあるし、ショック療法でもするか」

 

「は?」

 

 

 シロの言っている意味がますます分からない。

 確かに今の依姫は心の方が重症だ。だが、今それに何の意味がある?

 

 だが、シロの次の一言が、嫌でもその意味を理解させた。

 

 

「零夜。そう言えば彼女のお姉さん、どうした?」

 

「―――――」

 

 

 微か、依姫が自らの意思で動いた。

 それを見て、零夜もようやくシロの意味を理解した。

 シロは、『姉の死』と言う事実を妹の依姫に叩き付け、強制的に心を復活させようとしているのだ。

 だが、ショック療法はその人の心の傷をさらに抉ると言う欠点もある。そのため、彼は迷う。本当に言っていいのかと。

 彼女にとって、姉はたった一人の姉だ。そんな人物が、もういないと知ったとき、彼女はどんな反応をするのだろうか。

 泣き叫ぶ?いや、それは彼女の性格的にもありえない。だとすると、一択だ。激情に飲まれ、怒り狂う。それしか考えられなかった。

 だからこそ、零夜の答えは―――。

 

 

「―――殺した」

 

「――――――――」

 

 

 その罪を背負い、悪人への一歩の糧にしよう。

 悪とは罪だ。必ず背負わなければならない罪を、恐れてどうする。

 恨まれる覚悟なら、とっくにしている。でなければ、悪人などは務まらない。こんな程度で躓いていたら、()()()()を達成することなど夢のまた夢だ。

 

 零夜の頭によぎる、これからの未来。

 依姫が怒りの形相で零夜に殴り掛かろうとする未来。

 それを、十分に覚悟した。

 

―――だが、現実は違った。

 

 

「―――そう、ですか…」

 

 

 ようやく、喋った。果物の果汁をギリギリまで絞り出したような、そんな薄い声が、虚しく響いただけだった。

 おかしい。なんだその反応は?姉を殺されたんだ。もっと怒ってもいいはずだ。目の前に、仇がいるのだから。なのに、依姫は対して興味もなさそうに、ただ受け流した。ただ、それだけだった。

 

 

「おい……なんだその反応は!?」

 

 

 零夜は依姫の胸倉を掴んで、自分の顔に寄せた。

 完全に立場が逆になった。本来なら、掴んでいる方が依姫で、掴まれている方が零夜だったはずだ。

 だが、完全に立場が正反対だ。どうして、どうして肉親が殺されたと言うのに、そんなどうでもよさそうに出来るのだ。

 

 

「肉親が!姉が!殺されたんだぞ!?俺が、殺したんだ!俺を恨むとか、憎むとか、そんな感情はないのか!?」

 

「ちょ、落ち着いて―――」

 

「お前は黙ってろ!」

 

 

 ニュートンの静止を聞きもせず、ただ零夜は依姫に対して怒鳴った。

 どうして、そんなすまし顔ができる。どうして恨もうとしない。どうして憎もうとしない―――!

 恨んでいいんだ。憎んでいいんだ。それなのに、なぜそうしない―――!

 無数の疑念が、零夜の中で渦巻いた。

 

 

「―――もう、あの人は、ではありません…」

 

「―――――」

 

 

 『姉』じゃない?依姫の言っている意味が理解できない。

 零夜は彼女の『設定』を知っている。間違いなく豊姫は依姫の姉だ。それを、姉じゃないだと?

 

 

「姉じゃねぇってどういうことだ!?」

 

「もう、昔のお姉様は、戻らないんです……。だから、姉じゃない」

 

「昔の…?」

 

 

 玉兎の話を思い出す。

 昔の依姫は、『原作』通りの性格をしており、玉兎たちにも優しい、玉兎たちからすれば人格者だった。

 だが、月の大変革が始まってからと言うものの、豊姫の玉兎の扱いは奴隷同然になっていった。

 そして、その原因をなんらかの能力で洗脳されたと過程したはずだ。

 

 だから、依姫は豊姫のことを「もう姉じゃない」と―――。

 

 

「―――そう、か。……ならいい。、行くぞ」

 

「――――そうだね。僕についてきて」

 

 

 

 シロはその言葉を皮切りに依姫を担ぎ、二人はシロの後を追っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 ―――目の前に、グチャっと潰れた、真っ二つになった死体が映った。

 その死体の顔は、なんといえばいいのか。とても苦しそうに歪んだ顔で死んでいた。他殺されるのは十分ショックだ。その際の顔なのだろう。

 その死体―――ウラノス・カエルム、だったものを零夜は見て、思わずため息をついた。

 

 

「ウラ、ノス……?」

 

 

 目の前の、ウラノスだったものを見て、依姫の擦れた声が虚しく耳に入っていく。

 

 

「仲間に殺されたか…。禄な死に方じゃなかっただろうな」

 

「まぁ実際そうなんだけどね」

 

 

 彼の死体は今もそのままだ。

 誰も動かしておらず、触れてもいない。つまりは生のまま。死体に生と言う表現を使うことはおかしいが、この状況じゃ誰もそう思わないだろう。

 

 

「『鳥のライダー』に殺されて、そのまま…。月の都も近いな」

 

 

 零夜が見据える先には、月の都。

 半透明の膜で覆われており、とてもじゃないが正攻法で攻略するには至難の業だ。

 ちなみに、ここに来る際、三人は零夜の能力で「他人の視界・センサー」から『離れた』ため、他人に認知されなくなっている。

 

 

「こんなに近い場所で殺られたってのに、どうして誰も気づかなかったんだ?」

 

「それは、この岩が原因じゃないかな?」

 

 

 シロが触れたのは、ひときわ大きな岩。

 男の大人一人隠れるのには、十分な大きさの岩だ。

 確かにここでなら暗殺は可能だったが、問題は―――。

 

 

「どうして、ウラノスはこんなところにいたんだ?」

 

 

 逃げる最中に暗殺されたと言うのなら、こんな誰にも見つかりづらい岩陰などにはいないだろう。

 途中で殺されて、ここに死体を引っ張ってきたのなら話は別だが、引きずったあともない。つまりは、ウラノスはここで殺された。

 

 

「私が考えるに、ウラノスの性格上、彼は自分の失敗を全力で隠し通したい部類の人間だろうね」

 

「俺もそう思うな」

 

「だったら、そんな人間がこんな誰にも見つからないような場所に、わざわざいた理由なんて…決まってる」

 

 

 シロが一歩踏み出し、無造作にウラノスの死体を蹴って退かし、岩に近づくとなにやら小言を口にした。

 しばらくすると、岩に液晶画面が現れ、回路のようなものが全体に広がっていく。

 それを最後に、地響きの音が鳴り、岩に扉が現れた。

 その扉の先にあるのは、闇。暗闇だ。どこまでも続く、闇だった。

 

 

「扉…?」

 

 

 扉を見た依姫が反応した。が、これも小さな反応だった。

 この状態を見ると、依姫もこの扉のことを知らなかったことになる。

 

 

「パスワード式だったのか」

 

「あぁ。ここでも『ウラノスの記憶』が役に立った」

 

 

 シロは、一度もウラノスに合ったこともないし、ここに来るまでウラノスの存在すら知らなかった。

 それなのに、どうやってウラノスのことについてそんなに詳しいのか、疑問だった。

 だが、今シロは『ウラノスの記憶』と言った。

 

 知らなかったはずの扉のパスワード。ウラノスはもちろん知っていたはずだ。

 だからこそ、『ウラノスの記憶』を見たのなら、すべての辻褄が合うのだ。

 

 

「この扉に関しての記憶を見た」

 

「ほんと、お前のその『能力』便利だな」

 

「――――あまり、良いモノじゃないよ。こんなの」

 

「だな。他人の記憶なんて、見ていてあまり良いモノとは思えねぇし」

 

「その認識で合ってるよ」

 

 

 シロの『能力』が、他人の記憶を見ることが可能だとすれば、それはかなり強力な能力だ。

 つまりは悟り妖怪と同じ能力を持っていると言うこと。

 本当に、彼がどれほど能力を持っているのか、分かったものではない。

 

 

「―――行くぞ」

 

 

 零夜の言葉を皮切りに、シロは依姫を担ぎ、三人は暗闇の中に入る。

 

 

 そこには、暗い、暗い、暗い、闇―――。闇が、広がっていた。

 入口を見た時点ですでに理解は出来ていたはずだ。だが、光源が何一つもないと言うのが、逆に不審に感じる。

 闇黒(あんこく)が広がる地下空間に、三つの足音が小さく響く。

 

 

「―――暗いな」

 

「そうだね。僕は能力で何とかなっているけれど、君は?」

 

「俺も大丈夫だ。時期に慣れる」

 

「それ、大丈夫じゃないと思うんだけど?それで、ニュートンは?」

 

「私も問題ない。と言うのも、彼女が闇の妖怪であるためにある程度の暗闇には慣れているのが理由だろう」

 

 

 今現在の順列は、シロ、ルーミア、零夜の順で、零夜が一番後ろだ。

 理由は今言った通り、一人だけまだ暗闇に目が慣れていないため。

 

 

「ていうか、明かりはつけないのかい?」

 

「駄目だ。こんな暗闇で光なんかつけて、もし敵に見つかる可能性があるだろ」

 

「そうだね…」

 

「この道は、彼女ですら知らなかったらしいし、使っているのはごく一部の人間だけだろうね」

 

 

 この月の都で相当な地位にいるはずの依姫が知らない場所となると、使っている人間は限られてくる。

 まず、ウラノスは確定だ。この道を使おうとしていたのだから。

 そして、もう一人の確定人物が―――。

 

 

「―――綿月、臘月」

 

 

 そう。この都でかなりの地位を持っているであろう綿月家の人間。

 綿月豊姫の夫である、綿月臘月。この月を変えた、大変革を起こした張本人。

 そして、この男が一番転生者であることが高い存在でもあると同時に、ここを造ったであろう人物。

 こういった隠し通路は、重鎮しか使わないから。

 

 

「とりあえず、あの二人がこの場所を使っていたことは確定と考えていいだろう」

 

「そうだね。だが、どういった目的でここは作られたのか…?」

 

「普通に考えたら、隠し通路とじゃないのかな?」

 

 

 普通に考えれば、そうだ。

 誰にも知られていない場所、隠し通路。逃げる際にこういった場所は必ず必要になる。

 よく武将ドラマに、掛け軸の裏に穴があり、そこが隠し通路になっていると言う話があるだろう。ここは、それと同じ用途で造られたはずだ。

 

 

「ここが武将ドラマと同じような隠し通路だとしたら、この先は……」

 

「間違いなく、親玉のいる部屋だね」

 

 

 この先にいるであろう、親玉の部屋。

 そして、その親玉こそが―――。

 

 

「臘月…」

 

「まさかこんな場所を作っていたとはね。随分と容易周到だったようだ。だけど、この場所を知られちゃ意味はないね」

 

「出る際に溶接して閉じるか」

 

 

 逃げ道を完全に防ぐため、この道を抜けたら道を溶接して完全に閉じる。

 これで、逃げ道を防げる。

 

 そう確信した後、零夜が声を上げた。

 

 

「よーやく夜目に慣れた…。この道、全部一直線だな。このまま突っ切って―――」

 

 

―――ガタンッ

 

 

「「「ッ!!!!」」」

 

 

―――音が、聞こえた。

 物音だ。何かが微かに動く音。

 三人は背中を合わせて警戒する。

 

 

「今、聞こえたか?」

 

「あぁ、聞こえたよ」

 

「今、確実に物音が聞こえたね」

 

 

 物音がする。つまりは、何者かがいる証拠。

 ネズミなどの獣の類だったら安心できるのだが、敵が隠れている可能性だって十分ある。

 安心などできない。

 

 

「音は、この近くで聞こえたよな?」

 

「でも、ここには扉らしき場所なんてどこにもない。おかしいね」

 

「―――ウラノスの記憶の続きを見る。だから、警戒は任せてもらってもいいかい?」

 

 

 シロの突然の提案に、零夜は驚く。

 こんな状態で何を言っているんだ―――そう言おうとしたが、すぐにその意図を理解した。

 現状、この場所のことに一番詳しいのはシロ(ウラノスの記憶)だ。なら、ウラノスの記憶を見ればいい。

 もしかしたら、まだ知らない未知の情報があるはずだ。

 

 だが、同時に危険も存在する。

 この『能力』はシロですらも使うのを躊躇うほどのものだ。そんなものを、気軽に連発するのは、相当な覚悟がいるだろう。

 なにせ、『自分』ではない『他人』の記憶を見るのだから。

 だが、それも覚悟の内だろう。

 シロはそのまま無言になり、深層意識の中―――『ウラノスの記憶』へと飛び込んだ。

 

 

「―――――」

 

 

「さて、あとは警戒を続けるだけ「うッ!!」ッ!?」

 

 

 

 シロがウラノスの記憶を見て、そのすぐ直後にシロが唸り声を上げた。

 その声はとても苦しそうで、実際、シロは頭を手で抑え込んで苦しそうにしていた。

 

 

「おい、どうした!?」

 

「―――問題、ない。ただ……気持ちの悪いもの、見た…」

 

 

 シロは問題ないと言ってはいるが、今のシロの状態は重症患者のそれだ。

 いつものシロとは違う状態に、零夜は困惑した。

 

 普段、どんな攻撃を喰らっても平気な状態でヘラヘラしている男が、ここまで体調を崩す―――いや、崩れてしまったのは体じゃない、心だ。

 シロは『ウラノスの記憶』を見た。その『記憶』の中に、シロの心がここまで崩れるほどの内容があったに違いない。

 だが、零夜にはこの男(シロ)がここまで苦しそうにするほどの記憶と言うのは、予想できない……否、できるはずがなかった。

 

 

「これ、持って、て…確か、ここ、に…」

 

 

 苦しそうにするシロから、依姫を預かり、シロはフラフラとしながら近くの壁に触れ、何やら小言を語り始めた。

 そして、この状況に零夜は見覚えがあった。

 

 

「(あれは…)」

 

 

 ついさっきのことだ。

 シロは先ほども、パスワードを用いて扉を開けていた。

 この通路を使用していた『ウラノスの記憶』を探ったために、その信憑性は随一だ。

 隠し通路の中に、また別の隠された部屋か、または道がある。だが、その先には一体なにがあると言うのだろうか?シロが苦しむほどだ。絶対禄でもないに違いない。

 

 10秒ほど経ち、壁が先ほどと同じ要領で消えて、道ができた。

 そして…。

 

―――壁が消えると同時に、激臭が三人を襲った。

 

 

「臭ッ!!」

 

「なんだこれは!?」

 

「――――」

 

 

 零夜とニュートンは鼻を抑え、激臭になんとか耐えているが、シロは鼻を防がずに平然としていた。

 

 

「おまッ…なんでこんな激臭の中平気なんだよ…!?」

 

「それについては私も同意だ!こんな悪臭を耐えられるなんて…理解しかねる!」

 

「僕には……臭い、に、対して、も『完全耐性』を持って、いる。だから、僕が嗅いでいる、のは…草原の香りだ」

 

「今以上にお前を羨ましいと思ったことはねぇよ!!」

 

 

 なんと、シロは臭いに対しても、『完全耐性』を保有していた。

 彼曰く、自身にとって害悪でしかない臭いはすべて草原の香りに変化するようになっているらしい。

 ちなみに、今零夜とルーミア(ニュートン)を襲っている臭いは二人曰く、「肥溜めをなんの処置もせず数年間放っておき、その上に人や獣の腐りかけの死骸や腐った食べ物が無数に積み重なっているような悪臭」らしい。

 つまりはとっても臭い。凄く臭い。

 こんな悪臭を草原の匂いに変換するなど、この時本当に二人はシロのことを羨ましがった。

 

 

「とりあえず…この臭いなんとかできないか!?」

 

「じゃあ……空間を外とつなげて、換気しよう」

 

 

 シロが手を掲げると、空間に小さな穴が開いた。

 その先は月面へと繋がっており、そこから新鮮な空気が大量に入ってくる。

 

 

「―――なんとか、マシになったな」

 

「―――思ってたんだが、何故宇宙空間に酸素があるんだい?」

 

 

 ニュートン(ルーミア)から当然のような質問が来た。

 生き物は空気がないと生きられない。それは月人も同じだろう。だが、地球人の常識では宇宙に酸素はない。それが常識だ。だが、この月では何故か空気が存在していた。

 

 

「そりゃあ、ここは月人が闊歩している『裏の月』だ。『表の月』になくても、『裏』にはあってもおかしくねぇ」

 

 

 月の科学力なら、空気を作ることなど造作もないだろう。

 おそらく、今まで吸っている空気も、すべて月製だ。

 

 

「とりあえず、マシになったから奥を見て―――」

 

 

 その時、零夜が一瞬固まった。

 そして、疑念の声を上げた。

 

 

「―――おい、なんか、聞こえないか?」

 

 

 零夜の耳に聞こえたと言う、謎の音。

 他の二人も、耳を傾け、その音を聞いてみた。

 

 

―――ジャラ、ジャラ、ジャラジャラ……

 

 

 聞こえてきたのは、鉄がこすれる音―――『鎖』の音だ。

 鎖がこの奥で鳴っている。あまりの臭いに部屋を見ることを忘れていたが、今は目的の一環でこの部屋を調べることも重要だ

 今の零夜たちは夜目に慣れている。つまりは部屋の間取りを、全体を見ることができる。

 この部屋の間取りは8畳ほどの大きな部屋だ。

 だが、そこに一切の物などは置かれていない。

 

 ―――そう、物は。

 

 

「これは…!」

 

「なんて、ことだ…うッ!!」

 

「……ッ」

 

 

 部屋の奥にあった()()を見た時、三者はそれぞれの反応を見せた。

 零夜は『憤怒』。ルーミア(ニュートン)は『驚愕』。そして、シロの表情は『果然』としたものだった。

 特に零夜とニュートンは部屋の臭いのことなんて微塵も忘れるほどに、目の前のことにショックを受けていた。

 

 

「ハァ…ハァ…ほんと、こればっかりは、彼女が目覚めていなくて、良かったと思う…」

 

「いや…これはルーミア(アイツ)だけじゃねぇ。他の奴らにも見せれるわけねぇだろ」

 

「―――――」

 

「シロ、お前が『記憶』で見たのは、これだったのか?」

 

「…あぁ」

 

「クソっ!」

 

 

 シロの声が、部屋に虚しく響き、零夜の悪感な怒号が部屋に轟いた。

 零夜はその後に、抱えていた依姫を見る。依姫は声を出してはいないが、この部屋の臭いがとても聞いているようで、先ほどの虚ろな目はどこへやらの状態だった。

 この悪臭には文句しか浮かび上がってこないが、一応依姫の気を取り戻してくれたことには非常に遺憾なのだが感謝した。一応。

 

 

「おい綿月依姫!」

 

「は、はい…」

 

「お前、アレ、見えるか?」

 

「アレ、とは…?」

 

 

 当然、今までずっと夜目に慣れようとしていなかった依姫には、目の前の状況は理解できなかった。

 だか、そんな悠長なことは言っていられない。

 この状況は、『綿月』として知る必要がある。

 

 

「シロ、できるか!?」

 

「―――分かった」

 

 

 シロが人差し指を上げると、そこから光の玉が発生した。

 そして光の玉はまるで蛍のようにフラフラと部屋の奥へと進んでいき、やがて依姫の赤紫の目にも、その全貌が見えた。

 

 

「――――え?」

 

 

 そして、その全貌を理解した瞬間、依姫の世界が静止した。

 彼女の心に渦巻いた感情は、驚愕、焦燥、絶望、憤怒、悲哀―――。さまざまな感情が交差した。

 

 

「え、嘘。え、え?ありえない。だって、そんな、え?どうして、どうして?私が、全ての、今まで、なんだったの?」

 

 

 混乱により語彙が完全におかしくなってしまった依姫。

 そんな、彼女の瞳に映った光景は―――。

 

 

「―――――」

 

「―――――」

 

 

 そこにいたのは、二人の女性。

 

 一人は長い銀髪を三つ編みにしている美女

 もう一人は、ストレートで、腰より長いほどの黒髪を持つ美少女だった。

 

 二人の女性は『鎖』で腕を頭の上で繋がれ、動けない状態になっており、そしてなにより―――一糸纏わぬ姿、つまりは全裸で吊るされていたのだ。

 それを見て、脳がついに理解の範疇に収まった時、依姫は零夜の腕から崩れ落ちた。

 

 

 

八意様ァ…!輝夜…!どうして、こんな………――――あぁあああああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 

 鎖に繋がれていた、全裸の二人の女性。

 それは、零夜たちの目的である【八意永琳】と【蓬莱山輝夜】だったのだ。

 

 

―――今ここに、最悪な初対面が実現した。

 

 

 




 アンチコメ以外の感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33 私を殺して

―――悪臭の原因は、これだったのだ。

 このおぞましい光景が、すべてを物語っていた。一回も掃除されていないような汚い空間に、女性が二人、全裸で鎖に繋がれている。

 つまり、この空間では()()()()()()が長年行われていたのだ。

 

 

「や、八意様!」

 

 

 そう叫び、二人の女性へと向かっていく女性がいた。依姫だ。

 依姫は零夜の手から逃れて、まず最初に二人を捕縛している鎖に目を向け、その小さな手でなんとか外そうとしている。

 だが、外れない。

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

 当たり前だ。

 依姫は強いが、所詮は人間。人間の腕力で鎖を千切れるはずがない。

 それに、今の依姫はシロによって力を封じられている状態だ。

 

 

「―――ッ頼む!お二人の鎖を壊してくれ!」

 

 

 依姫はそうシロに悲願した。

 依姫にとって、彼女――【八意永琳】は姉の豊姫と依姫の師匠でもあり、尊敬し、敬愛する存在だ。

 目の前に、敬愛すべき師が、こんなむごい状態で捉えられているのだ。正気を保てるはずがない。

 

 

「なにその命令とお願いを掛け合わせたような言葉…。なんで君なんかに命令されないといけな「シロ、頼んだ」……君の頼みなら仕方ないね」

 

 

 依姫の頼みを冷徹に拒否したシロが、零夜の横入りが入ったことで即座に行動に移した。

 あれほどの力を持つ存在が、なぜ零夜に従っているかは分からないが、大事な戦力であることは変わりない。

 シロは手を刀の形―――手刀を虚空で振るうと、それと連動するように二人を捕縛していた鎖が千切れ、二人は地面に横たわる。

 

 

「八意様!輝夜!」

 

 

 応答はない。当然だ。こんな劣悪な環境で長年ロクに動くこともできずにいたのだから。

 鎖でずっと動けない状態でいたのだ。当然、筋肉が硬直してまともに動くことすらできやしない。

 彼女たちの心は、すでに限界を超えていても不自然ではないのだ。

 

 

「返答がない―――!?」

 

「当然でしょ。こんな環境に居りゃ、心が破壊されても不思議じゃない」

 

「―――ッ!どうか、助けることはできないですか!?」

 

「だから、僕に命令しないでくれないかな?」

 

「――――ッ」

 

 

 シロから再び返ってくる、冷徹な回答。

 依姫は助けを求めるかのように、涙目で懇願するような顔で零夜を見た。

 

 

「―――無理だ。諦めろ」

 

 

 だが、零夜から返って来た答えも無情だった。

 依姫の顔が絶望に染まり、顔を地面に向けて、そのまま動かなくなる。

 

 

「いくらこいつが有能で、体を治すことが出来ても、流石に心までは無理だろ」

 

 

 『心』と言うのは繊細だ。個人個人によってその度合いが違う。ましてや、すでに「破壊」されてしまった『心』を治すなど、不可能だ。

 『心』は、『体』のように簡単に治らない。

 

 

「『心』を治すなんて、よほどの奇跡がない限り無理でしょ。せめて治す術があるとすれば、時間だね」

 

「―――それに関しても同意見だ。『心』ってのは、そう簡単には治らねぇしな」

 

「そんな……」

 

 

 依姫の擦れた声が、虚しく響く。

 地上へと逃亡しながらも、それでも尊敬し続けていた人物が、こんな状況になっていたのだ。微かに縋った希望にも、裏切られた。いや、最初から仲間でもなんでもなかったため、裏切りではないが。

 

 

―――そんな、ときだった。

 

 

「あ……」

 

 

 かすれた声が、低く響く。

 その声は、麗しい女性の声。その声の主は、当然のこと零夜ではない。そして、シロの今の声は男の声だ。ニュートン(ルーミア)でもない。依姫でもない。

 つまり、この声は―――。

 

 この声に一番に反応したのは、依姫だった。

 

 

「その声は…!」

 

「依、姫……?」

 

「輝夜!」

 

 

 依姫が、その声の主の名を叫ぶ。

 長く伸びた黒い長髪を持った美少女―――【蓬莱山輝夜】だった。

 彼女が声を発したことに、一同は驚きを表す。

 

 

「驚いた…。まさか、意識が残っていたなんて…」

 

「輝夜!大丈夫!?」

 

「なんで、ここ、に…?臘月、は…?」

 

「ッ!!」

 

 

 依姫の顔に、焦燥と驚愕の感情が浮かび上がる。

 彼女(輝夜)が、どうして臘月の名前を依姫の次に挙げたのか、少し考えればわかることだったから。

 依姫の中で、この地下通路を造り、使用していたのが臘月であることが、確定したのだ。

 

 

「―――臘月は、ここにはいません。今、助けます」

 

「わ、私たち―――助かる、の?」

 

 

 擦れた声と、生気のない顔でそう依姫に説いた。

 依姫の顔は真剣そのものだ。それが、輝夜に希望を与えた。

 

 

「よがっだ…よがっだ…あぁあああああああああああああ!!!」

 

 

 輝夜の瞳から、ダムのように涙があふれた。依姫に抱き着き、今まで溜まっていたものを、一気に流し出したようだった。

 そんな(むつ)まじい光景を見てる中、零夜とシロは疑問そうに二人を見ていた。

 

 

「―――おかしいな」

 

「そうだね」

 

「―――どうしたんだい?なにか、おかしいところがあるのかい?」

 

 

 二人の疑問に、ニュートン(ルーミア)が問いかける。

 この絵面は、言ってしまえば「姫を助けに来た王子」だ。そんな感動な光景に、二人は疑問しか思い浮かべることができなかった。

 そんなニュートン(ルーミア)の疑問に、零夜が答える。

 

 

「―――こんな環境下で、精神がまともでいられると思うか?

 

「あッ―――」

 

 

 零夜に言われ、ニュートン(ルーミア)もその異常に気付いた。

 アイザック・ニュートンは科学者だ。心理学者でもないため、この異常に気付くのに、言われるまで気づかなかった。

 月人とはいえ、所詮は人間。こんな劣悪な環境下―――換気もされていない密閉された部屋が生み出した強烈な悪臭が漂い、闇が支配したこの部屋。

 そして、この部屋で行われていたであろう不祥事。そんな状況で、まともでいられるはずがない。

 

 

「―――彼女の能力、【永遠と須臾を操る程度の能力】なら、それも可能だろうと思うけど…」

 

 

 【永遠と須臾を操る程度の能力】。

 その名の通り『永遠』と『須臾』を操ることができる能力。

 永遠とは「不変であり、歴史のない世界」。未来永劫全ての変化を拒絶する。永遠を持ったものはいつまでも変わる事が無く、干渉されることも無い能力。

 須臾とは、「認識出来ないほどの僅かな時間」のこと。その「一瞬」を必要なだけ寄せ集めて、自らの時間とすることが出来る能力。

 

 この『永遠』の力を使えば、この地獄の環境でも耐えうることも可能だろう。

 しかし、それをずっと続けることなどできるだろうか?

 『永遠』は、変化を拒絶する能力。確かにこれを使えば自分の『()』は問題ないだろう。だが、穢されていく『体』は?そして、隣で自分と同じようなことをされている【永琳】は?

 

 自分だけが心を保てている中、隣の大事な人だけがどんどんと劣悪な環境の中で、『心』が壊れていく(さま)を、ずっと見続けていたはずだ。

 そして、自分(輝夜)もまた同じ。『心』が無事なのに『体』が無事じゃなくなっていくことで『心』にヒビが入ると言う矛盾。これがさらに変わらないはずの輝夜の『心』に、何故かダメージを与えていた。

 

 やがて、壊れないはずの『心』が壊れると言う矛盾に至った。

 『心』が壊れていく大切な人の隣で、自分だけの『心』が無事でいて。壊れない『体』も、穢されることには対抗できなくて、『体』が穢されて『心』が無事と言う矛盾が襲い掛かって。そんな環境下で、ずっと能力を発動させているなんてありえない。

 

 【藤原妹紅】の異質な『ホウライジン』とは違い、本来の『蓬莱人』の特性、『肉体が滅んでも飲んだ者の魂を存在の主体として即座に好きな場所に肉体を作り直し、生き返ることが出来るようになる』特性。

 どんなに『()』が丈夫でも、それはあくまで主体的な話。精神面では全く強化されない。死にたいのに、死ねない。

 

 

 これはまだ憶測にすぎない。

 だが、現実は――――。

 

 

「―――依姫。お願いがあるの」

 

「な…なんで、すか?」

 

「私を、私たちを、(解放)して?」

 

 

――――非常に、残酷だ。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「―――な、なにを、言っているんですか?」

 

「だから、私たちを、(解放)して?」

 

 

 依姫の脳内の許容範囲が、オーバーした。脳が、理解することを拒んだのだ。

 だが、それも理解せざる負えない。

 

 

「こ、殺してって……そもそも、あなたたち(輝夜と永琳)は、『蓬莱の薬』の影響で、不老不死になってて―――」

 

「それでも。私ね、もう……生きるのが嫌になったの」

 

 

 先ほどの号泣した時の大声とは裏腹に、最初の時の小さな声に戻った輝夜の声に、生気は感じられなかった。この声は、本当に死を覚悟した者のみ、絞り出せる声だ。

 その声を聞いて、依姫の顔が絶望に染まっていく。

 

 

 

「いや、ですから…不老不死を、殺せるわけが…」

 

「ううん。殺せる」

 

 

 話がかみ合わない。

 依姫の正論が、輝夜の耳には全く入っていなかった。

  予想は、当たっていた。予想していた、この最悪な展開。「二人が、死を望むパターン」を。

 

 よくよく考えれば当然だ。何日も、何十日も、何百日も、何年も、何十年も、何百年も、何千年も、ずっと二人は、こんな環境で過ごしてきたのだ。

 体も穢され、心に相当な傷を負った。この展開は、ある意味予想できた展開だった。

 

 

「―――永琳」

 

 

 ふと、輝夜が隣で今だに倒れている美女―――【八意永琳】の髪を、そっと撫でた。

 

 

「ねぇ永琳。ごめんね。私の、私のせいで、あなたまでこんなことに巻き込んじゃって。元々は、私の我儘だったものね。それが、こんなことに……。ごめんね、本当にごめんね」

 

 

 輝夜の謝罪に、永琳は今だに無反応だ。

 当然だ。零夜達の憶測では、永琳はすでに―――。

 そんな一同の思考をほったからしにして、輝夜は淡々と言葉を続けた。

 

 

「だからね、永琳。私の最後の我儘を聞いて?」

 

 

 輝夜のこの先の言葉。

 それは、何故か簡単に予想が付けた。当然だ。なにせ、答えはもうすでに、決まっているのだから――。

 

 

「私と一緒に、死んで?」

 

「輝、夜…」

 

 

 返答のない、ただただ一直線な会話を目にして、もう依姫は絶句するしかなかった。

 ここまで心が壊れていることは、予測はついていた。なにせ、『()』をいくら頑丈にしようとも、本質はただのガラスのように、淡く繊細なのだから―――。

 

 

「そっかーそうよね!やっぱり、私と一緒に死んでくれるのね!永琳は優しいわね。私はね、永琳のそういうところが好きなのよ?」

 

「―――ッ」

 

 

 もう、見ていられなかった。この、まるで死骸と言わんばかりに微動だにしない永琳に語り掛け続け、まるで答えが返ってきている(てい)で会話をしている輝夜を。

 いくら『人の死骸』などが平気でも、ここまで心が苦しくなる光景は、零夜は一度も見たことはない。

 人を殺したときとはまた別な苦しみが、零夜の心を襲ったのだ。

 

 

「そ、んな……」

 

 

 そして、それは依姫も同じだ。これまで、何度も精神の調子を上下してきた依姫の心も、限界を迎えていた。

 シロによる挫折、二人の無残な光景を見たことによる精神を揺さぶられ、生きていたと言う希望を与えられ、殺して欲しいと願われ、壊れていく仲間(輝夜)を見たことによる絶望。

 こんな状況の連続で、精神が耐えられるわけがなかった。

 

 

「もう、準備は出来てるわ。早く、私たちを、殺して?」

 

「いや…いや…」

 

「―――その役目、僕が引き受けよう」

 

 

 拒絶の言葉が依姫の口から出た時、平然とした口調で許諾した人物がいた。

 全身を白装束で纏った男性の声を発する人物―――シロだ。

 

 

「二人を殺す役目を、僕が引き受ける」

 

「ま、待て!」

 

 

 当然の如く、それに反発する者もいる。依姫だ。

 彼女にとって、ようやく見つけた尊敬し敬愛する人物。それを、目の前で殺されてなるものかと、躍起になっている。

 

 

「二人には手を出さすワケにはいかない…!それに、お二方は不老不死だ!殺せるワケがない!」

 

「確かに、僕でも不死を殺す算段はない」

 

「なら―――「だが、手段がないワケでもない」なんだと…?」

 

 

 算段はないのに、手段はある。

 そんな支離滅裂なシロの言葉に、依姫は疑問しか感じない。

 やがて、それが「ふざけているのか」と、依姫の怒りの油となった。

 

 

「貴様!ふざけるのも大概にしろ!」

 

 

 依姫が素手のまま、シロにとびかかった。

―――が、その直前にシロが目の前から姿を消し、依姫の真後ろに立ちその手に持った刀が、彼女の首筋にヒヤリと冷たい感触を与えていた。

 それは、業火のごとく燃え盛る依姫の炎を鎮火するには、十分なほどの激流だった。

 

 

「いつの間、に……」

 

「君程度の速度なら、十分上回れる」

 

「それに、その、刀は…」

 

「そうだね。君の刀だ。僕が既に回収しているのは予測が付けただろう?」

 

 

 シロが依姫の首筋に当てている刀。それは依姫の刀だ。

 捕縛する際、ちゃっかり異空間で回収していたようだ。そこら辺が抜かりなかった。

 自分の刀で自分の命が危ぶまれている状況。なんと皮肉な運命なのだろうか。

 

 いつもの依姫なら、この程度の束縛など自力で脱出できる。

 だが、今はシロに力を封じられている状態。反撃など、できるはずがなかった。

 

 

「第一、君に彼女等の生死を決める権限はない」

 

「―――ッ」

 

「彼女等たちが生きるか死ぬかは、彼女たちが決めることだ」

 

 

 依姫はシロの正論に、なにも言い返せない。

 他でもない輝夜が、『死』を求めているのだ。その、『死ねない()』でありながらも。

 その究極の矛盾の要求が、彼女の異常を物語っているのだから。

 

 

「僕には彼女等を殺す手段がある。なにより、今この場で僕にしかできないことだ」

 

「それ、でも…!」

 

 

 大好きな人たちが、大切な人たちが、目の前で殺される様なんて、見たくない。見せつけられたくない。そんな感情が渦巻く。

 本当に、現実は残酷だ。

 

 

「でも、安心しなよ。確かに過程はこれよりさらに残酷な結末になるかもしれない。でも、結果論で全てが綺麗に収まる。それだけは、確約できる」

 

「なにを、言って――!」

 

「過程が、結果につながる。それを言いたいんだよ」

 

 

 極々普通の考えだ。過程がなければ結果は生まれない。

 当然、そんなワケの分からない答えに依姫が納得するはずがない。

 なにせ、シロの言っている答えは、零夜達にしか分からない結末(過去改変)なのだから。

 

 

「貴様、ふざけt―――」

 

「もう口論は終わりだ」

 

 

 だが、その積憤とした不快な雰囲気をぶち壊した黒い影が、そう言った。

 黒い影は、依姫の首の後ろを手刀で攻撃し、気絶させた。

 

 

「ありがとう、零夜」

 

「お礼を言われるほどでもねぇ」

 

 

 黒い影―――零夜はシロからのお礼も、面倒くさそうに返した。

 そしてそのまま、零夜は依姫を担いだ。

 

 

「―――本当に、やるのか?」

 

「あぁ。それが、彼女たちの願いだろ?」

 

「まぁ、そうだが…」

 

「大丈夫。全部、僕がやるから。君の懸念は心配ないよ」

 

 

 零夜が懸念していることは、二つ。

 一つは本当に不老不死を殺せるのか?零夜も妹紅を殺した際は、『最期の瞬間のまま永遠に固定』と言う『バグスターウイルス』の特性を用いて実質的に殺した。

 だが、シロはどうやって不老不死を殺すのだろうか?算段はないが、手段はあると言っていた。零夜は、その意味を知らない。

 

 そしてもう一つ。二人が攫われた際の情報だ。『臘月』がどんな能力を用いて、どうやって二人を月に連れ戻したのか。それが知りたかった。

 だが、肝心の二人の『心』は壊滅。とても聞ける状態じゃなかったので、これは素直に二人から聞くのは諦めるしかない。

 だから、シロの『能力』を使うしかない。

 

 

「本当に、お前の『能力』で、大丈夫なんだよな?」

 

「大丈夫だって。僕の『能力』なら、問題ないさ」

 

「―――そうか」

 

「じゃあ、集中したいから、二人とも部屋から出て行ってくれないかな?扉はこっちから閉めるから」

 

「分かった。行くぞ、ニュートン」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 零夜はニュートン(ルーミア)とともに部屋を出る。

 そのとき、零夜が一言、シロに呟いた。

 

 

「ちゃんと、弔ってやれよ」

 

「―――もちろんさ」

 

 

 それと同時に、部屋の扉が閉じた。部屋はシロたちが来る前とほぼ同じ状態になり、光源は、シロが出した光の玉だけ。

 

 

「―――あなたは?」

 

「僕はシロ。今から、綿月依姫に変わって、僕が君たちを殺すよ」

 

「へぇ~~……私たちを、どうやって殺すの?」

 

「君たちは、何もしなくていい。ただ、そこにいるだけでいいよ」

 

「そう。じゃあ、よろしくね」

 

 

 輝夜は永琳を抱きかかえ、そのまま動かなくなる。

 それは、まるで石像のようで。

  

 

「―――本当に、この『権能』は、使い勝手が良いやら悪いのやら…」

 

 

 シロから出た、『権能』と言う言葉。先ほどまでは、『能力』と言っていたはずだが、何か違いでもあるのだろうか?

 そんな誰も聞いていない独り言を、シロは続ける。

 

 

「でも、この『権能』じゃないと、君の望みを叶えられない。―――解放するよ、君の魂を」

 

 

「■■■の権能。――――●●●の●●」

 

 

 哀愁が漂うシロの言葉とともに、淡い水色のオーラが、部屋を包み込んだ。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 力の波動を感じる。

 シロが、『能力』を行使したのだ。それが、壁越しに感じられる。

 彼の『能力』は、まだまだ未知数な部分が多い。零夜だって知らない『能力』ばかりだ。

 

 自身の能力を用いて部屋と自分の視覚と聴覚をつなげれば中で何が起こっているのかを判断できるが、シロ相手ではそれをやった瞬間にバレそうだ。

 シロはなぜか、一部の『能力』を零夜に見せるのを拒んでいる。故に、零夜が知っているのは『火』や『水』、『風』などのエレメントパワーを操る能力だけだ。それ以外は、あまり知らない。

 

 

「―――零夜くん。これで、良かったのかい?」

 

「なにがだ?」

 

 

 力の波動を感じてる中、ニュートン(ルーミア)が零夜に疑念の声をかけた。

 

 

「いくら、彼女の選択とはいえ、こんなのは…」

 

「―――分かってる。これが、残酷な選択だってことくらいはな」

 

 

 零夜が歯を噛み締める。

 その顔には、悔しさが露わになっていた。

 

 

「―――分かってるんだ。いくら早く異変(永琳と輝夜の不在)に気付こうが、とっくに間に合うとか間に合わないとか以前の問題だってことくらい」

 

「――――」

 

「過去に行って、全部なかったことにするってわかっていても……」

 

「零夜くん…」

 

「そのための、今回の出来事だったとしても―――!」

 

 

 あまりにも、残酷だ。

 零夜に残る良心が、零夜の心を蝕んでいく。彼女等(輝夜と永琳)を殺す必要はなかった。でも、二人(輝夜)が殺してくれと祈願したのだ。

 それに、シロの『能力』なら死んだ者の記憶を『視れ』る。ただし、いろいろなデメリット付きらしいが。

 

 

「―――ところで、ルーミアはまだ目覚めないのか?」

 

「そんな、無理に話題を変えなくとも「大丈夫なのか?」――まだ、彼女は眠っているよ。疲労が溜まってるのと、ウラノスに操られていたのが、よほど堪えたのかもしれないね」

 

 

 話を無理やり変えた零夜は、ルーミアの現状をニュートンに聞いた。

 どうやら、彼女はまだ眠っているようだ。零夜は今ただでさえ依姫を担いでいるで奇襲を受けたら対応するのが難しい状態なのに、荷物が増えたらと思うとある意味ゾっとする。

 ニュートンが憑いてくれたおかげで、荷物が減った。そう考えることにしようと零夜は自分の中で話を完結させた。

 

 

―――その時、ちょうど壁の奥からエネルギーの流れが止まった。

 

 

「―――終わったか」

 

 

 零夜がそう呟き、少しした後、壁が再び消え、そこからシロが歩いてきた。

 

 

「―――ご馳走様でした」

 

「なんだお前、喰ったのか!?」

 

 

 出てきた途端に意味深な言葉を使ったシロ。

 先ほどの鬱憤な気分もどこへやら。零夜は大声でシロに叫んだ。

 どさくさに紛れてナニやってるんだ―――と零夜が言うと、シロが慌てて弁解した。

 

 

「違うよ違うよ!そこまで鬼畜じゃないって!ほら、その証拠に見てよ!」

 

 

 弁解するシロを差し置いて、零夜は部屋の中に入るが―――誰も、いなかった。

 あるのは、ただ二人を拘束していた千切れた鎖だけ。二人の影は、どこにも見当たらなかった。

 

 

「おまッ……まさか、喰ったって…まさか、物理的に…?」

 

「まさか、食人をするとは思わなかった」

 

「ちょ!それも違うからね!?」

 

 

 なにかと弁解するシロだが、状況証拠から見てそうとしか思えない。

 まさか、食人をするなど、誰が思いつくだろうか。

 

 

「だから、違うからね!?」

 

「あーはいはい。とりあえず、お前後で胃の中のもん吐き出せよ?」

 

「流石にあの二人が浮かばれないと思うからね」

 

「だ・か・ら!信じてって!」

 

 

 いくら叫んでも、信用されないものはされない。

 ただ二人は状況証拠から考えてその結論に至ったのだ。そもそも、最後に「ご馳走様でした」なんて勘違いされるようなことを言わなければ―――。

 

 

「ッ!!ニュートン、目の前に斥力(せきりょく)を放て!!」

 

「なにを―――ッ!分かった!」

 

 

 シロが突然叫んだと思ったら、その異変にニュートン(ルーミア)も気づいた。当然、零夜も気づき、戦闘態勢に入った。

 ニュートン(ルーミア)が右手をかざすと、不可視の衝撃が目の前の()()()と激突した。

 

 不可視の攻撃がぶつかり合い、そこに何もないように見えて、途轍もないほどの攻防が、零夜たちの目の前で繰り広げられていた。

 

 

「あが…駄目だ…!これ、以上は、この身体(ルーミア)がもたない!」

 

 

 ニュートンの悲痛な叫びとともに、ニュートン(ルーミア)の服の腕の部分が血で滲んでいた。

 

 

「ちッ!零夜!ニュートン!地上に出る!地上での戦闘を視野に入れて、衝撃に備えろ!」

 

「なッ!?おいちょ、まッ―――」

 

 

 突然の宣言に、零夜は驚愕を隠せない。

 「地上に出る」、と「衝撃に備えろ」と言う言葉から、シロがどうやってここから脱出しようとしているのか、皆目予想がついた。シロは、天井を破壊して地上に出るつもりなのだ。地上に出たら戦闘になると言うのも、またそれを示唆していた。

 だが、零夜が危惧しているのはそこではない。

 自分一人ならなんとかなるだろうが、今は荷物(依姫)がある。そんな、両手が塞がっている状態で地上に無理やり出れば―――。

 

 

 零夜の静止を聞かずにシロが人差し指を上に上げると、零夜たちの立っていた地面が隆起し、そのまま天井へと向かって行った。

 硬い金属のようなもので出来た天井を軽々と破壊し、一同は地上に向かって行く。が、零夜だけは大ダメージを受けていた。特に、頭に。

 両手が塞がった状態で、頭を支えることのできなかった零夜は、頭に直接ダメージを受けていたのだ。

 

 ―――そして同時に、足場を支えていた、隆起した地面が破壊され、大爆発のような轟音が、辺り一帯に響いた。

 

 

「あ…が…ッ!」

 

 

 宙に浮いた自分の体。上空に見える青く光った夜空。

 そして、無数の建築物に、そこを歩いていたであろう人。それらが視界に入ったと同時に、零夜は意識を手放してしまった。

 

 

 

 




 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34 AGITΩ(アギト)HAZARD(ハザード)

―――これは、『俺』の過去の出来事。

 

 『俺』はいつも通りに、『主人』に部屋に呼ばれていた。

 『主人』が『俺』を呼ぶのはいつも通りだが、いつもとは違っていた。

 

 

『■■。どうしたんだ?』

 

『●●、ようやく来たか』

 

 

 『俺』の『主人』■■は、『俺』には特別に敬語を使わずに、砕けた口調で喋ることを許可していた。

 最初それを聞いたときは「何言ってんだこの人?」と思ったが、今じゃ完全に友達と話す感覚で喋るようになっていた。

 とはいえ、この人は『俺』の『主人』であることは忘れてはならない。

 そんな『主人』が『俺』を呼び出した理由、今回はなんなのだろうか?

 

 

『●●、ここを見てくれ』

 

『ここ?―――ただの壁だろ。それがどうしたんだ?』

 

『まぁ確かにただの壁にしか見えねぇが、ここでとあるパスワードを口にするとな―――』

 

 

 そういい、『主人』は壁に手を当て、何かの言葉を呟くと、今までそこにあったはずの壁が消え、そこには地下に繋がる階段があった。そして、その階段の奥は、ただの暗闇。

 なんということだ。こんなものあったのか?奥を見ようとしても、どこまで掘っているのか全く分からない。

 それに、こんな大がかりな工事を、一体どうやって誰にも気づかれずに―――?

 

 

『■■。これは一体―――?』

 

『特別な通路だ。この通路を知っているのは、俺を除いてまだお前だけだ』

 

『何故、そんな重要な情報を『俺』に?』

 

 

 この道はおそらく、もしも、万が一の際の逃げ道。

 そんな重要な情報と場所を、どうして『俺』に教えた?『俺』が、万が一裏切るかもしれないと言う可能性を考えないほど、こいつはバカじゃない。

 

 

『お前が、特別だからだ』

 

『全く理由になっていないぞ。『俺』が裏切るかもしれないとは考えなかったのか?』

 

『ははは。お前に限ってそれはない。俺はそれを確信している』

 

『その信頼は嬉しいが、どこからそんな信頼が来るのか……。で、この先は一体どこに繋がってるんだ?』

 

『それを今からお前に見せる。ついてこい』

 

 

 そうして、階段を下りた先は、やはり予想通り暗闇だった。

 ■■は『俺』に光を灯すように命令し、『俺』はその通りに自分の人差し指に光を灯した。

 

 

『いやぁ…やっぱりお前の能力は便利だな。毎回ランタンとかの光源を持っていく必要があったから手が塞がって困ってたんだよな』

 

『『俺』は電球か何かか!ていうか、電球と言えばなんでここには光がないんだ?』

 

『ここは一応隠し通路。電気なんて通してたらバレる可能性があるだろ』

 

『まぁ、そうだが……結局、この先はどこに繋がっているんだ?』

 

『まぁ待て●●。確かにここは隠し通路だが、それは仮の姿に過ぎない』

 

『仮の姿?』

 

『ここには、本当の目的があるんだ』

 

 

 本当の目的?

 ■■が本当に何を考えているのか分からない。時々何を考えているのか分からない男だが、発想力は確かだ。

 今まで誰も考え付かなかった画期的な発明を、こいつはどんどん生み出していった。おかげで、今の月は前以上に発達したのも、また事実。

 中でも、〈びでおかめら〉。あれは素晴らしい。

 『俺』も愛用している。時間を画面の中に封じ込めて、それを何度も再生することができると言うものだ。兵の訓練にも使用して、良い点や悪い点を第三者視点から見れるから、あれほど良い物はそうそうないだろう。

 

 そして、しばらく歩くと、■■が足を止めた。

 

 

『どうした?』

 

『ここだここだ。少し待ってろ』

 

 

 ■■が壁に手を付け、この通路の道を開けると同じ動作をすると、先ほどと同じように壁が消えた。

―――それと同時に、『俺』の鼻に悪臭が襲い掛かった。

 

 

『臭ッ!な、なんだこれは!?』

 

『あ、すまん。害のある臭いに限定して嗅覚を遮断する薬、お前にまだ飲ませてなかったっけ?』

 

『そんなの聞いてないぞ!なんだこの臭いは!?発酵食品でも作っているのか!』

 

『たかが発酵食品のためだけにこんな大がかりな道作る訳ないだろ?』

 

 

 確かにそうだが、この臭いは異常だ!

 さっきは咄嗟に何に例えればいいのか分からない程の臭いで「発酵食品」なんて言ったが、これはせめて例えるなら肥溜めをなんの処置もせず数年間放っておき、その上に人や獣の腐りかけの死骸や腐った食べ物が無数に積み重なっているような悪臭だ!

 逆にこれ以上の例えば思いつかねぇほど臭ェ!

 

 

『ちょ、マジで臭ぇ!おえぇえええ!!』

 

『お、おい吐くな!ほら、薬やるから!』

 

『最初からくれよこのボケ!』

 

 

 『俺』は■■から薬を貰ってそれをそのまま飲み干す。

 すると、先ほどまでの臭いが嘘のように消えた。どうやら薬の効力は本当らしい。

 『俺』は武力専門だから、薬学に詳しくないため、こんなものがあるなんて知らなかった。

 

 

『よくこんな薬があったな』

 

『薬物開発班が、強烈な臭いがする薬の対策に、だとよ』

 

『なるほどな…。それなら納得だ』

 

 

 薬物開発班は、様々な薬を開発する部門だ。

 一日中色んな薬が開発されており、品種改良なんかもやっているらしい。『俺』もあそこに薬にはお世話になっている。

 

 

―――ジャラ、ジャラジャラ……

 

 

―――ん?

 今、なにか聞こえた…?

 

 

『おい、今なにか聞こえなかったか?』

 

 

 この音は、鉄がぶつかり合う……鎖のような音?

 音が聞こえるのは、この奥からだ。

 

 そこで、『俺』は今までの状況から、あることが連想できた、いや、してしまった。

 隠し扉、隠し通路、隠し部屋、そして鎖の音。ここまで来たら、流石に分かってしまう。この場所が、どのような目的で造られたのかさえも。

 

 

『おい、■■……まさか…』

 

『お、気づいたか。ここはな、監禁部屋だ』

 

 

 監禁部屋!?

 なんて物を作っているんだ、こいつは!?正気か!?

 微かに聞こえた鎖の音、つまりはこの奥に誰かが監禁されている。

 

 

『■■!なんでこんなことを!?』

 

『まぁ待て●●。落ち着いて話を聞け』

 

『落ち着けるワケあるか!監禁なんて、もしそんなのバレたら…!』

 

 

 ■■は名門、『綿月家』の頭首だ。そんな人物が監禁なんて悪行をしていたら、一族は破滅するに決まっている!なのに、どうして―――!?それに、何故それを『俺』にバラした!?

 

 

『それに、何故『俺』にそれをバラした…?』

 

『もちろん、お前には協力者になってもらうためさ』

 

『協力者!?『俺』を、この監禁事件に!?』

 

『事件じゃない。よく考えてみろ。ここ最近で、『行方不明者』が出たなんて聞いたか?』

 

 

―――■■の言う通り、『俺』は軍部ではかなりの地位に就いている。

 もしそんな事件があったら『俺』の耳に届くはずなのに…。まさか、情報規制!?

 

 

『情報が流れないようにしてるって思ってるなら、違うぞ。そもそも、俺は『月人』を誘拐なんてしていないからな』

 

『それは、どういう…―――ッ!』

 

 

 流石に、ここまでくれば分かった。

 ■■は『月人』は誘拐していないと言った。つまり、()()()()…?

 

 

『●●、この部屋の奥を光で灯して見ろ。そうすれば、全貌が明らかになるぞ』

 

『――――――』

 

 

 ■■に言われるまま、『俺』は光の玉を部屋の奥へと移動させた。

 一体、■■はどうしてこんなことを―――

 

―――そうか。そういうことだったのか。

 確かに、捕まっていたのは、月人じゃなかった。

 だが、彼女等は―――。

 

 

『大罪人…!?』

 

 

 『俺』の目に映ったのは、二人の女性。

 彼女たちは、この月で禁忌を犯し、そのまま地上へ逃げた大罪人、【八意永琳】と【蓬莱山輝夜】だった。

 彼女等は虚ろな目をしていて、動かない。

 地上へ逃げたはずのこいつらが、どうして…!?

 

 

『■■、どうして、大罪人が…?』

 

『決まってるだろ。俺が地上に出向いて捕まえたのさ』

 

『だが、何故ここに!?そして、何故…全裸なのだ!?』

 

 

 先ほどから気になってはいたが、この二人は全裸のまま頭の上で手を鎖で繋がれ、口には猿轡(さるぐつわ)をされて、完全に身動きができない状態になっていた。

 身動きができない状態。それはつまり、『排泄』ができない。先ほどの悪臭の原因は、これか…。

 

 

『彼女たちは大罪人だ。だから、これくらいの羞恥を晒しても別に問題ないだろう?』

 

『んー…あー…そうかもしれんが…では、なぜ大罪人をここに?上に持っていけばお前は大罪人を捕縛したと言うことで更なる名誉を手に入れることができるだろう?』

 

『名誉なんてすでに有り余るほど持っている。それに、言って置くが俺は密か日常に行きこいつらを捕縛した。こいつらを見せれば俺が地上に行ったことがバレる。そんなものより、俺は、そんなものよりもっと別なものが欲しい』

 

『別なもの?』

 

『それはだな―――』

 

 

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 

 

「れ……や!れい……零夜!!」

 

「―――あ?」

 

 

 揺さぶ差れながら、零夜はゆっくりと覚醒した。

 揺り籠に揺らされたような、そんな優しい動き―――とは程遠いほどの揺れで、零夜は目覚めた。

 先ほどまで、夢を見ていた。いや、あれは夢とは言い難かった。夢と言うよりあれは―――自分の物ではない、他の誰かの物語。

 そして、あの●●と呼ばれていた、謎の男。名前を聞くたびに雑音が混じって分からなかったが、あの顔は―――。

 

 

「零夜!なにまだ寝ぼけてんのさ!」

 

 

 シロの喝の入った声で、零夜は完全に覚醒した。今はこんなこと考えている場合ではない。まずは情報収集だ。

 零夜は覚醒したその瞳で、目の前の状況を確認した。

 目の前にあるのは、移動している地面。なんだこれは?

 

 

「ようやく目を覚ましたか!こんな時になにをしてるんだ!」

 

「―――ルーミア?」

 

「まだアイザック・ニュートンさ!それより、走れるかい!?」

 

 

 自身の横から、ニュートン(ルーミア)の声がした。

 移動している地面、そして、ニュートン(ルーミア)の言葉。それでわかる今の状況。走っているのだ。

 そして、自分の状況も理解した。今シロは、零夜を片腕で抱えて走っている。それが、最初地面を見ることになった最大の理由。

 ―――何故走っているのだろうと考えた矢先、微かだが声が聞こえた。そして、その声が段々と大きくなっていく。

 

 

「待て、侵入者め!」

 

「今ここで成敗してくれる!!」

 

 

 顔を上げ、周りの状況も確認した。

 今シロたちが走っているのは、一言で言えば城壁の最上階だ。籠城をする際に、兵士が一斉に弓や大砲を撃つ、あの場所だ。

 そして、そんな二人を追う大量の兵士。

 

 

「なぁ今どういう状況だこれ!?」

 

「それは後から離す!ていうか重いから降ろすね!」

 

「うぉッ!?」

 

 

 シロが零夜を上空に投げると、空中で体制を立て直して着地。

 それと同時にシロたちと同じペースで走り出す。

 

 

「降ろし方が雑すぎるだろ!」

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃないと思うなァ!」

 

「それより、零夜くんも目覚めたし、そろそろ作戦を開始しようか!」

 

「作戦?」

 

 

 零夜が気絶している間に、なにやら二人で作戦を練っていたようだ。

 だが、零夜にはその内容は分からない。

―――そして、とあることに気付いた。一人、足りない。

 

 

「そういえば、依姫はどうした!?」

 

 

 依姫は零夜が抱えていた。そんな自分が気絶したとなれば、他の誰かが背負う必要がある。

 だが、今走っているのは三人で、シロの腕にもニュートン(ルーミア)の腕にも、依姫の姿はない。

 

 

「あぁ、彼女なら荷物になるから置いてきた!」

 

「おい!どうすんだよ敵が増えるだろ!」

 

「大丈夫!今の彼女はほぼ無力だ!」

 

 

 地下でのあの出来事。

 無数の精神負荷が依姫を襲ったのだ。精神がまともでいられるわけがない。だからこそ、シロは依姫を置いていったのだ。

 ほぼ戦力外として、考えたのだろう。

 

 

「―――それで、作戦ってのは!?」

 

「作戦は簡単さ!僕は一足先に乗り込む!だから、零夜とニュートンはここに残って、零夜。ゾンビパニック―――バイオハザードならぬ、アギトハザードを起こしてくれ」

 

「―――ッ!……了解!ニュートン(ルーミア)!降りるぞ!」

 

「あぁ!」

 

 

 零夜の言葉とともに、ニュートン(ルーミア)は城壁から飛び降り、都へと降りて行った。

 

 

「逃げたぞ!」

 

「兵を二分しろ!」

 

 

 兵の半分が零夜たちと同じように城壁から飛び降り、零夜たちの跡を追う。

 残りの兵士の半分がシロを追い続けようとしたとき、シロは足を止めた。

 

 

「観念したか?」

 

「―――観念?何を勘違いしているのかな?」

 

 

 それと同時に、シロの目の前にも兵士たちが押し寄せてきた。

 そもそも、城壁は円形状だ。ずっと走っていれば必ず周回する。そして、それを見事に突かれ、挟み撃ちにされたのだ。

 

 

「強がりを!貴様はすでに包囲されているのだ!逃げた貴様の仲間も、時期に捕まるだろう」

 

「強がり?違うね。これは余裕と言うんだ。それに、彼らは捕まらないよ。もちろん、僕も」

 

 

 突如、風が吹き荒れる。

 刹那のごとく吹いた風に、困惑する月の兵士たち。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「なにが起こっている!?」

 

 

「唸れ―――破壊の渦!」

 

 

 シロが腕を振ると同時に、シロを中心とし、風が、嵐が、暴風が、城壁ごと辺り一帯を抉った。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「追え追え!捕縛するのだ!」

 

 

 今叫んでいる―――指揮をしているのは、この月の都の防衛隊長の一人だ。

 事の始まりは、約一時間ほど前だ。裏の月に侵略者が現れ、都の半分の戦力が投入され、全力で叩き潰しに行ったのが始まりだ。

 たかが侵入者に過剰戦力だと思うが、『綿月家』の頭首が、「やるからには全力で叩き潰せ」と言う言葉をフレーズとしているため、このような戦力になった。

 これでは月の都の防衛が疎かになると思うが、そのための自分たちなのだ。

 

 それに、この都にはまだ月の二大戦力――『綿月家頭首』と『月の神』がいるのだ。

 防衛に、問題はなかった。

 

 

 そして、今現在。

 約五分ほど前に侵略者が月の都に侵入してきたのだ。

 地面から突如現れ、確実に隙を突かれたのだ。だが、どうやって地面から侵入できたのだろうか?

 地面を掘るにしても、結界があるはずだ。結界に綻びが生じれば、すぐにわかるはずなのに。結界は地面にまで浸透していて、抜かりはなかった。だが、それが覆され、この結果に至った。

 

 

(くそッ!ヘプタ・プラネーテスめ…あれだけ粋がったクセに全滅しやがって!)

 

 

 この男は知っている。外に出たヘプタ・プラネーテスなどの兵士が全滅したことを。

 『綿月家』直属の部隊、この男からしたら上司たる存在は、すでに全滅していることを。

 特に、ウラノス・カエルム。あの男の強さは十分知っていた。だからこそ、この報告を聞いたときは耳を疑ったものだ。最初は虚偽ではないかと疑ったが、使いと出した数分後、月の都近くで死体が発見された。

 

 岩陰に隠れており、見つけずらかった。

 ウラノスの体は痛々しかった。体は真っ二つに切断され、体には所々に傷があった。どうやったらあの無敵野郎を倒せるんだと、畏怖したほどだ。

 だが、他の者たち―――兵士階級の者は、まだ知らない。混乱を避けるためだ。この情報は、部隊長レベル以上の階級のものにしか、まだ知られていない。

 

 

あいつも(ウラノス)も、あの女(豊姫)もだ!あいつの性格上、絶対油断すると思ってはいたが、やはりこうなったか!)

 

 

 この男から見る豊姫は、一言で言ってしまえば自由奔放。

 なにもかも適当で、本当に真面目にやっているのかと思ってしまうほどだ。だが、仕事はちゃんとやるその心意気に、この男は不快に思っていた。「ちゃんと公私を統一しろ」と。

 

 

(依姫様は救出できたからいいものの、まさか全滅するとはな…!)

 

 

 この情報を持ち帰ったのは、依姫率いる玉兎(性奴隷)たちだ。

 通信機器である程度の情報共有ができるのだが、玉兎(性奴隷)たちはおめおめと逃げ帰って来たのだ。

 情報を持ち返ったのは褒めるべきだが、それはあくまで人間にやることだ。玉兎(性奴隷)にやることではない。

 

 

(楽しんでた最中に、こんなことを…!)

 

 

 罰と言う名目で、その玉兎(性奴隷)たちで遊んでいたこの男は、侵略者が侵入してきたと知って、消化不良の状態でこの戦場に投下された。

 この罪は重い。よくよく見れば、侵略者の内一人は女だ。男の脳内に、下種な妄想が展開される。

 あの男の前で、あの女を犯すと言う構図だ。そんな下種な妄想をしながらも、男たちは侵略者を追った。

 

 

「――――」

 

 

 すると、二人は逃げる途中で同時に足を止めた。

 男は、その行動を降伏したと受け取った。

 

 

「降伏する気になったか?今なら、殺さずに帰してやろう」

 

 

 嘘だ。

 男にそんな気ないし、なにより男にそれを決める権限はない。

 絶体絶命の状況と言う鞭。甘い言葉で降伏を勧める飴。これぞ、飴と鞭だ。

 

 

 

「―――バカか。わざわざ降伏するわけねぇだろ」

 

「そういうのは、ウラノスでしっかり勉強したからね」

 

 

 二人を囲んでいた兵士たちに騒めきが走る。

 その原因は、二人からウラノスの名前が出てきたからだ。

 ウラノスたちヘプタ・プラネーテスが全滅したことは、まだ兵士たちは知らない。だが、ウラノスで勉強したと言うことはつまり、兵士たちにこういった疑念を抱かせた。

 

 「目の前の二人は、ウラノスから逃げ出すことのできた強者(ツワモノ)なのでは?」と。

 

 流石の兵士たちも、ウラノスがやられたなどは考えなかった。

 それが、彼の強さを物語っていた。

 

 

「落ち着け!所詮こいつらはウラノス様から逃げた弱者!いくらウラノス様から逃げられようが、疲弊しているはずだ!」

 

 

 ウラノスが死んだ事実は、まだ言ってはならない。

 そんなことを言えば、確実に兵士たちの士気が下がるのは目に見えているのだから。

 

―――だが、男の懸念は、別の要因にて現実となった。

 

 

 突如、城壁から暴風が発生し、発生地点から約10メートルを飲みこんだ。

 途轍もないほどの轟音と暴風をまき散らしながら立った竜巻の塔は、発生地点を跡形もなく抉り、霧散した後には、そこには文字通りなにも残っていなかった。

 建物も、道も、街灯も、壁も、人も、またその肉片も、骨も、なにもかもが消え去った。

 

 

「なッ―――!?」

 

「……派手にやったな、あいつ」

 

「文字通り、跡形もなく消え去るとはこういうことか」

 

 

 あの破壊の渦を見て、侵略者二人は平然としていた。

 それに、二人の言葉からすれば、あれは彼らの仲間が引き起こしたことだということだ。

 その事実が、兵士たちに更なる疑念を持たせた。目の前の人物たちが、もしや強者なのでは?と言う疑問だ。

 

 あれほど強力な力を持っている時点で、目の前の彼らも同じような力を持っている可能性が高い。

 

 

「怯むな!我ら月の民が地上人に怯えるなど、あってはならない!」

 

 

 だが、そんな兵士たちへと、部隊長は喝を入れた。

 そして、それに反応したのが、一人の兵士。兵士は気合いを入れ直した。それに同調するように、一人、また一人と連鎖してく。

 そして、全員が武器を構えた。

 

 

「撃てぇえええええええ!」

 

 

 男は射撃命令を下した。それに応え、兵士たちが一斉に銃、レーザービーム、大砲などを一斉に発射した。

 それは見事に直撃し、爆煙を発生させるほどの威力へと合計された。

 

 

「総員!警戒を緩めるな!」

 

 

 あれで死んだかもしれないし、死ななかったかもしれない。

 兵士たちは警戒を緩めず、各々の武器を爆煙の中に向ける。

 

 警戒を緩めない中、一人の兵士が固唾を飲んだ。

―――それと同時に、爆煙が一瞬にして吹き飛び、霧散した。

 

 

 そこにいたのは、二つの人影。

 一人は、女だ。さらりとした金髪を(なび)かせた、長身でグラマーの美女。それは、先ほどとは変わりなかった。

 

 だが、問題はもう一人の方だ。

 もう一人は、先ほどまで全身黒装束の男だったはずだ。

 

 それなのに、今は―――。

 

 

『アァアアアア……!!』

 

 

 今の、あの男の姿は、とても歪だ。

 濃い緑色をした体色で、歪で禍々しい全身鎧(フルアーマー)の生物的な外観。

 その姿を生物で例えるなら、バッタやイナゴと言った虫類だ。

 さらに、顔。常にクラッシャーが開放され歯牙が剥き出しとなっており、口角がやや上向きになっており、醜悪な笑みを浮かべているように見える。

 

 そしてなにより、特徴と言えるべき点が、胸の文字だ。

 「2019」の数字と「ΑGITΩ」の文字。

 

―――そんな姿を、人々は怪物と呼ぶのだ。

 

 

「あ、あぁああ…!!」

 

「ば、化け物だ!!」

 

 

 月の兵士の、悲痛で、恐怖の叫びが木霊する。

 その叫びに答えるように、怪物は咆哮を上げた。そして、その名は―――。

 

 

アギト

 

 

―――アナザーアギト。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 零夜は、アナザーアギトへとその身を変化させた。

 全身の筋力が、力が、漲ってくるような感覚だ。そんな絶好調な気分で、その紅い複眼で最初に目をつけたのは、一人の何の変哲もないただの兵士だ。

 

 

「ひッ…!」

 

 

 その複眼に捕らえられた兵士の口から、悲鳴が漏れる。

 やがて、その体を強張らせ、硬直した。それと同時に、アナザーアギトが兵士にとびかかった。

 

 

「うあぁああああ!!」

 

 

―――バキッ、ベリッ、バリッ。

 不快な捕食音が、兵士の悲鳴とともに響いた。その光景を、誰もが唖然と見ていた。脳が、理解を遅らせているのだ。いや、理解したくないと言うのが現状か。

 だが、認めざる負えない。今、仲間は怪物に喰われているのだと。

 

 

「そ、そいつから手を離せ!!」

 

 

 一人、勇敢な兵士が捕食中のアナザーアギトに剣を横に凪った。

 それにいち早く気付いたアナザーアギトは、後ろに飛んでその攻撃を避ける。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

 兵士は喰われていた兵士の安否を確認しようと、その兵士の全体を見る。

―――そして、それを見た瞬間、兵士は「えっ…?」と、呆けた声を発した。その次の瞬間、倒れていた兵士が、呆けていた兵士にとびかかったのだ。

 

 

「や、やめろぉ!!」

 

 

 周りの兵士たちは、なにが起きているのか、理解することができなかった。

 分かっているのは、先ほどまで襲われていた兵士が、今度は味方を襲っているということだ。

 先ほどと全く変わらない捕食音が響き、やがてそれが鳴り止むと、捕食した兵士だけではなく、捕食された兵士さえも、全快しているかのように、立ち上がった。

 

 

『アァアアア…!』

 

『アァアアアッ!』

 

 

 ―――だが、その姿は、全くの別人で。

 兵士二人は、アナザーアギトと全く同じ姿になっていたのだ。いや、全く同じ姿と言うのは少し語弊がある。

 まず、服装だ。最初のアナザーアギトは全裸同然なのに対し、他の二体は人間の時と同じ服や装備を着用している。

 そして、姿。これは分かりにくいが、零夜の変身したアナザーアギトより、微妙に違っているため、判別は難しかった。

 

 

「ぞ、増殖しただと…!?」

 

 

 そして、兵士たちと同じように驚愕している人物が、一人。

 部隊長の男だ。驚きの連続で、どこからどう整理していけばいいのか、分からない。

 

 急に侵略者が化け物になったと思ったら、部下が怪物の姿になったのだ。

 混乱しないはずがない。

 

 

「クソっ!攻撃しろ!」

 

「た、隊長!?で、ですが…!」

 

「怪物になってしまった以上、助かるかどうかすら分からん!ここで躊躇っていたら、さらに犠牲者がでるぞ!」

 

「――ッ!分かりました!」

 

 

 その言葉を皮切りに、一斉に集中砲火が始まった。

 先ほどと同じように、爆煙が漂う。

 

 

「攻撃の手を休めるな!攻撃し続け「ギャァー!」なにッ!?」

 

 

 どこからか、悲鳴が聞こえた。

 どこから発せられているのか、確認するが、煙のせいで当たりが見えない。

 今、怪物たちを四方八方で取り囲んでいる状態だ。つまり、自分の見えないどこかで、部下が犠牲になってきている。

 

 

「ギャァー!」「ウアァーッ!」「助けtゲブッ!」「アァアアア!!」「嫌だ!嫌だ!」「死にたくない!」「化け物になんか成りたくない!」「助けて!助けて!」

 

 

「た、隊長…!」

 

「――――」

 

 

 煙が視界を遮る中、聴覚だけが、周りの状況を理解できる唯一の判断材料だった。

 こうしている合間にも、見えないところで仲間がどんどんと化物に成っていく。どうしたらいい?どうすれば、この状況を抜け出せる?分からない―――。分からない―――。分からない―――。

 

 

「あ、ウアァアア!!」

 

「―――あッ…」

 

 

 ついに、自身の耳の近くから悲鳴が聞こえた。

 ここまで迫ってきている。死にたくない。死にたくない。化物なんかに成りたくない。化物なんかに成りたくない。逃げなければ。逃げなければ―――!

 

 

「―――!!」

 

「た、隊長!ど、どこnって、ああぁああああ!!!」

 

 

 自分のすぐ後ろから、悲鳴が聞こえた。

 逃げたのは正解だった。逃げたから、自分の命がまだここにある。逃げなければ。逃げなければ…―――どこに?どこに逃げればいい?

 この都は、ヤツ等(アナザーアギト)の増殖能力で、やがてパンデミックが引き起こされる。

 そんな中、どこに逃げればいい?

 

 

(決まっている…!宮殿に!宮殿に向かわなければ!)

 

 

 逃げる先は、宮殿だ。

 あそこなら広いしなにより、この都のトップがいる。あそこなら、生き残れる―――!

 幸い、男が逃げた方向は、宮殿のある方向だ。このまま、ずっと真っ直ぐ、進んでいけば―――。

 

 

『逃がすわけねぇだろ』

 

「アガッ!?」

 

 

 だが、突如頭を摑まれ、行動を強制停止される。

 地面に顎を強く打ち付けられ、男は悶えた。勢いが強すぎたのか、ぶつけられた際に地面がひび割れ、その威力が伺えた。

 なにが起こったと、辛うじて見える視界が、化物(アナザーアギト)を捉えた。

 

 

「あ、ああぁ…!」

 

『隊長なんだろ?だったら仲良く仲間と俺の仲間になれよ』

 

「だ、誰がなるか!そ、それに…貴様らは、何がしたい!?」

 

『安心しろ。もうやりたいことは終わった。あとは―――ここを、破壊するだけだ』

 

「なッ―――!」

 

『だから、お前も破壊されろ』

 

 

 ものすごい握力で体を頭から持ち上げられ、苦し気な声を上げる男。

 そんな男を、無慈悲に化け物のいる方向―――後ろへと投げ捨てられた。何かが、大量の手が、自分の体を掴んだ。いやだ、死にたくない。生きていたい。化物なんかに、なりたくな―――、

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

しばらく時間が経ち、場所は先ほど三人で走っていた城壁のテッペンだ。

 そこにいる二人の人影。

 

 

「―――見るも無残な惨劇だな」

 

 

 そう、金髪の美女が呟く。

 その言葉に、隣にいる緑色の怪物が答えた。

 

 

『バイオハザードならぬ、アギトハザードとはよく言ったものだ』

 

「その、『ばいおはざーど』って言うのは知らないが、この光景を見る限り、碌でもないものであるのは確かだ」

 

『実際そうだろ』

 

 

 二人の瞳に映る光景は、都に広がっていく、アナザーアギトの集団。

 先ほどまでの落ち着いた、雰囲気はどこへやら。建物には火が、そしてそれが燃え広がり、地上では無数の叫び声、悲鳴、恐怖の声。

 ここに住んでいる一般市民たちは、思いもしなかっただろう。

 

 ゲームのバイオハザードも、現実では決して起きてほしくないものだ。

 日常が、幸せな日常が、失われていくと言うのは、とても心苦しいことなのだから。

 

 

「君は、こんなことして、心は痛まないのかい?」

 

『―――過去に戻って、すべて解決すれば、いいだけの話だ』

 

「なるほど。それがこの凶行に走れた理由か」

 

 

 金髪の美女―――ニュートン(ルーミア)が、そう呟く。

 事実、アナザーアギト(零夜)のやっていることは、外道な行為そのものだ。

 だが、その行為に走れたもの、過去を変えるから、と言うのが理由らしい。

 

 

「―――私は、君のやり方に極力口出しはしないが、すべてうまくいくとは、私には思えないな」

 

『――――』

 

「君だって、分かっているはずだ。もしこのまま何事もなく終われたとしても、過去で失敗してしまえばすべてが終わる。それを、君は分かっているのかい?」

 

『―――だったら、失敗しなければいい』

 

「そこが一番の問題なんだ。何事も必ず失敗はある。現に私もよく知らないが今回のヘプタ・プラネーテスや前回のレイラなどのイレギュラーがあるはずだ。それにウラノスやシロからの証言でこの月の都にも仮面ライダーがいるのは確実じゃないか」

 

 

 そこの月にはまだイレギュラーである朧月と謎の仮面ライダーがいるのだ。

 朧月の能力やその仮面ライダーの謎がまだ分かっていない時点で零夜の言っている事はとてもじゃないが肯定することはできない。

 

 

『確かにそうだ。だが!潰すことには変わりねぇ…!』

 

「零夜くん。一旦落ち着いてくれ。確かにあれを見た後じゃ、精神が不安定なのもわかる。だけど、今はあの惨劇を繰り返さないために、やっているんじゃないのかい…!?」

 

『――――』

 

 

 地下で見た、輝夜と永琳の残状。

 あれをなかったことにしたい。あんなことが起きないように、何とかしなければ。

 結果に全てを繋げろ。結果のために踏ん張れ。最善の結果(誰も死ななかった未来)にするために途中の過程(無数の犠牲)で非情にならなければならない。

 それが、悪人としての本領―――。

 

 

「零夜!!」

 

 

 ニュートン(ルーミア)が、アナザーアギトの両腕を掴んで、叫ぶ。

 

 

「落ち着け!いつもの君らしくない!君はもっと冷静に物事を判断できる人間だろう!?話した時間が一日もない私でも分かる!君は、優しい人間だ」

 

『いいや。この手はすでに血で汚れている。その時点で優しいもクソもねぇ。俺は人を殺した時点で、あいつらと同じクズに成り下がっている。そんな人間が、優しいだと?』

 

「確かにそうだ!だが、今の君は目的と焦りのあまり、いくつも大事なことが頭から抜け落ちている!そんな状態で、この先やっていけるとは思えない…!」

 

『黙れ!ぽっと出のお前に、なにが分かる!』

 

「少なくとも、私は――――」

 

 

―――都に、一筋の光が降り注ぐ。

 地面に直撃した瞬間、光は爆発し、運悪くそこに放浪していたアナザーアギトの一体に直撃した。その一撃でアナザーアギトは倒れ、もとの人間の姿に戻った。

 

 

「なッ…!?」

 

『なにが―――!?』

 

 

 完全に、ど忘れしていた。

 ここが、敵の本拠地であることを。口論していたせいで、周りへの注意が行き届いていなかった。

 そして、あの光は確実な攻撃だ。

 

 二人が上を見ると、先ほどと同じような無数の薄紫色の光の筋が、空から降り注いでいた。

 

 

「伏せろッ、零夜!」

 

 

 ニュートン(ルーミア)が前に出て右手で斥力を放つ。

 斥力が壁となり、光を跳ね除けるが、周りは別だ。都全体に光の雨が降り注いだ。光の雨は爆煙と轟音を響わたらせ、一瞬にして終わった。

 

 

『一体、なにが―――!?』

 

 

 アナザーアギトが下を見る。

 そこには、アナザーアギト化から解放され、横たわってる月の民たちがいた。

 こうして、アギトハザードは予期せぬ事態によって早急に終わりを告げた。

 

 いや、今重要なのはそこではない。

 問題は、あの光の雨はなんなのか、だ。

 

 

『一体、なにが起きた!?』

 

 

 月の兵器の一種か?確かに技術が進歩している月ならば、こういったことは可能だろうが、それでも月の都全土にまで行き渡らせるほどの兵器が、この月には存在しているのか?

 様々な疑問が飛び交う中、二人の耳に、足音が響いた。

 

 

「誰か、来る―――!」

 

 

 この足音は、今二人の立っている場所の隣から聞こえる。

 やがて、足音が大きくなっていくと同時に、人影が見えてきた。だが、二人はその人影に違和感を覚えた。

 煙が全貌を遮る中、近づいてきたことによって、ようやくその全貌を露わにした。

 

―――そして、その違和感の正体も、分かったのだ。

 

 

「―――子供?」

 

 

 そう。その正体は、子供だ。10歳くらいの、小さな少年。

 綺麗な黒髪と、綺麗な透き通るほどの黄色い瞳に、上質な服を取りそろえた高貴な生まれのような恰好をしている美少年。その手には、子供が持つには大きすぎるような、変な形をした紫色のラインが入った、黒い弓。

 

 その子供が、その瞳でアナザーアギトと、子供の表情が歪んだ。正確には、憎悪に濁った瞳で、殺意を込めてアナザーアギトを睨んでいるのだ。

 この子供は、一体何者か?何故自分を睨んでいるのか、今のアナザーアギト(零夜)には分からなかった。

 

 

「お前だな……」

 

 

 そんなとき、ついに少年が言葉を発した。

 子供特有の、甲高い声。それでも、憎悪の表情は変わらない。

 

 

「お前が、『お母さん』を殺したんだな!!」

 

『―――は?』

 

 

 突然のことに、アナザーアギトの思考が止まる。

 今、この少年は、自分の母親を、殺したと言って、アナザーアギトを憎んでいるのだ。

 だが、零夜には女を殺した覚えなどない。兵士は全員男だし、なにより玉兎は一人も殺していない。強いて言うなら――――、

 

 

『ッ!』

 

 

 いいや、一人いた。

 確実に、自分の手で殺した、女性が一人―――。

 

 

『おい…お前の、母親の名前は、なんだ?』

 

 

「―――綿月豊姫だ!!」

 

 

 少年のカミングアウトにより、すべてがつながった。

 アナザーアギト(零夜)が確実に殺したと言える女性、それは豊姫だった。

 確かに彼女は『原作設定』状、豊姫には息子がいる。そして、それが目の前の少年―――。

 

 

『つまりは、復讐か…』

 

「そうだ!お母さんの仇は、僕が取る!」

 

 

 少年は弓を投げ捨て、懐からとあるものを取り出した。

 それは10歳の少年の手からすれば大きなもので、黄、銀、黒の三色の色と、細かな細工が施されている、小型のナニカ。

 それを、少年は腰に巻き、ベルトが装着される。

 

 

『ベルト…!?』

 

 

 その正体が、ベルトだと理解し、驚愕を露わにするアナザーアギト。

 装着した後、再び懐から、ピンク色のデバイスを取り出し、ボタンを押す。

 

 

WING!

 

 

 ピンク色のデバイスからそう音が鳴り、ドライバーにセットする。それと同時に、ドライバーについている小さなランプが赤く点滅し、警告音のようなものが流れる。

 

 

「変身!」

 

 

フォースライズ!

 

フライングファルコン!Break down…

 

 

 レバーを引っ張ると、装填したデバイスが開く。

 ベルトから巨大な銀色の鳥が現れ、少年の周りを浮遊し、鳥が少年を包み込むように翼を閉じた。

 鳥が霧散し、少年の姿かたちが変貌する。

 

 全身ピンクの姿で、(おろそ)かなアーマーの配置。鋭利な形状をした隼を模したマスク。

 そしてなにより、少年の身長が変わっていた。先ほどまで、その見た目通りの小学生程度の身長しかなかったと言うのに、今は大人程の身長へと変化している。

 

 零夜は知らない。

 その見た目を。あのベルトを。あのデバイスを。あの変身方法を。あの、ライダーを。

 すべてが謎に満ちた、謎のライダー。

 だが、一つ分かったことがある。ウラノスを殺したライダーは、鳥のライダーだ。そして、目の前のライダーは、その条件とピッタリマッチしていた。

 ウラノスを殺したライダーは、目の前のこいつだ。

 

 

『お前は…何者だ!?』

 

『僕の名前は綿月無月(ムゲツ)!そして、【仮面ライダー迅】だ!!』

 

 

 そう、無月―――迅は、憎しみを込めた声で、叫んだ。

―――憎しみと復讐の戦いが、今ここに、始まる。

 

 

 




 ゼロワンライダー登場だ・Z!

 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35 復讐の翼

 このたび、内容を改変した話に ※ を付けました。

 現時点では33話と4話辺りです。
 内容が少し変わって居たりしていますので、まだ見ていない人はぜひ見てください。今後のストーリに関わりますので。


 それでは、どうぞ!


「『お父さん』!お仕事終わったよ!」

 

 

 少年は笑顔で扉を開け、お使いを任せてくれた『お父さん』に、仕事の終わりを大声で告げた。

 ノックもせず、いきなり開けた。マナーを知らない、子供特有の行動だ。

 

 

「――――」

 

「『お父さん』?」

 

 

 扉を開けて、まず目に映ったのは、『お父さん』だ。

 

 

 だが、いつもの『お父さん』じゃなかった。いつもなら、お使いを終えたら、笑顔で出迎えてくれた『お父さん』。だが、今日は無言だった。

 

 

「―――無月、か?」

 

「そうだよ。ねぇねぇ『お父さん』!お仕事終わったよ!褒めて褒めて!」

 

「悪い……。今は、できそうにない」

 

「え……なんで?」

 

 

 よく見れば、『お父さん』に元気がなかった。

 いつもなら、笑顔の『お父さん』。でも、なんで―――?

 

 

「無月。落ち着いて、聞いてくれるか?」

 

「―――うん」

 

 

 『お父さん』が元気がない理由を語ってくれるそうだ。

 そして、それを自分に話してくれる。力になれるのだ、尊敬する『お父さん』に。

 そんなドキドキとワクワクの無月の心を、『お父さん』の次の一言が打ち砕いた。

 

 

「豊姫が……死んだ」

 

「―――え?」

 

 

 『お父さん』の口から『お母さん』―――豊姫が、殺されたと、言われた。

 無月は耳を疑った。豊姫は強い。それこそ、この月の都で強者と言われ、自分より強い、そんな尊敬する『お母さん』が、死んだ?

 無月の頭は空っぽになる。いや、これは現実逃避だ。

 

 認めたくない、認めるワケにはいかない。

 

 

「う、嘘だよね?『お母さん』が…?」

 

「残念だが…事実、らしい。今さっき、連絡があった」

 

「そ、そんな……うわぁあああああああああああ!!!」

 

 

 無月はその事実に泣きじゃくり、『お父さん』が宥めてくれた。

 その時間は、約10分くらいだろうか?そのくらいたち、無月が口を開いた。

 

 

「お父さん……」

 

「――――」

 

「誰が……誰が『お母さん』を殺したの!?僕が、僕が殺してやる!」

 

 

 無月の無邪気で無垢な瞳が、憎悪と憤怒に染まった。

 もう、無月の頭にあるのは『お母さん』を殺した者への復讐心のみ。

 

―――殺さなければ。殺さなければ。殺さなければ……。

 

 無月の脳内は、もうこの言葉一色に染まっていた。

 少年の決意に、『お父さん』は―――。

 

 

「そいつは、今もこの月で蔓延っている。見た目は化物だ。一目で分かる。今行けば、間に合うかもしれない」

 

 

 自身の子供のことを全く気にもせず、否定せずに肯定し、大雑把に言えば「母の仇を取ってこい」と言った。

 だが、そんなことを考える暇もない無月は、それをそのまま肯定の意味と称した。

 

 

「行ってくる!必ず、『お母さん』の仇を取るんだ!」

 

「―――あぁ、行ってこい」

 

 

 『お父さん』の一言で、無月は走って扉を開け、強烈な勢いで占めて、その場所へと向かって行くのであった。

 

 

「やっぱ、ちょろいな。子供は」

 

 

 『お父さん』の、最後の言葉を聞かずに。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

―――仮面ライダー迅。綿月無月。

 

 確かに今、目の前の存在は自らをそう名乗った。

 だが、知らない。零夜は知らない。

 

 あの姿も。

 あのベルトも。

 あのデバイスも。

 あのライダーの名前も。

 

 なにもかもが、未知で無知だ。

 

 今までの知識が完全に通用しない、新たな敵。

 ゲレルなどは『光』の知識とクウガアルティメットの力があれば対処は可能だった。

 こんな気持ちになるのは、レイラ以降だ。

 

 あの、どうしても、どう考えても予習不可能な局面は、これで二度目だ。

 

 

『殺してやる!殺してやる!』

 

 

 迅の心の底にあるのは、ただ目の前のアナザーアギト(零夜)に対する明確な敵意と殺意。

 変身を終了した迅は、手を横に上げると、そこから紫色のラインが手の腕で流れ、紫色のアタッシュケースのようなものが手元に現れた。

 それを展開すると、先ほどの弓矢と変貌した。

 

 

Attache case opens to release the never missing bow and arrow

 

 

『アタッシュケースが弓になるとか、どんな冗談だよ…!』

 

『喰らえッ!』

 

 

 弓を引いた迅は、それを話すと、先ほど降って来た矢と同じ形状と色をした矢を放った。

 アナザーアギトは咄嗟にニュートン(ルーミア)の前に出て、『緑色の剣』を召喚し、薙ぎ払う。

 

 

『逃げろ!お前じゃ足手まといだ!』

 

「だ、だが『そいつの体は、お前に預けてんだ!お前がやられたらそいつも死ぬ!』―――…!」

 

 

 アナザーアギトの言う通り、今のニュートンはルーミアの代わりにその体を使っている状態だ。

 体の死は、実質的に彼女の死を表す。

 

 

『捕虜が死んだら俺の面目が立たねぇ!そいつを殺したら、お前のアイコン破壊すっからな!』

 

「―――分かった。ただし、死なないでくれよ!でないと彼女が悲しむ!」

 

『なんで誘拐犯が死んだら悲しむんだよ!訳わかんねぇこと言ってねぇでさっさと『よそ見するな!』行け!』

 

 

 口論をしている最中に、迅は走ってアナザーアギトに近づき、刃で攻撃する。アナザーアギトは持っていた剣でそれを防ぎ、お互い力で押していく。

 

 

『お前は僕が殺す…!』

 

『10歳のガキが、殺すなんて物騒な言葉使ってんじゃねぇよ!』

 

『僕はとっくに1000歳を超えてる!バカにするな!』

 

 

 予想の100倍の歳を取っていた事実に一瞬動揺するが、すぐに頭を闘いに切り替える。

 アナザーアギトは剣から左手を放すと、緑色の薙刀を召喚し、迅に突き刺そうとする。

 

 それに気づいた迅は足蹴りを行い、その勢いを利用して攻撃と回避を同時に行った。

 

 

『グっ…!』

 

『ハァ!』

 

 

 一瞬怯んだアナザーアギトに、迅はまだ足が地面についていない状態で、弓を引いて矢を放った。

 追撃だ。

 一度とならず二度までも攻撃を喰らったアナザーアギトは、腹を抑える。

 

 

『その程度か!『お母さん』の苦しみを味わえ!』

 

『クソっ、舐めるな!』

 

 

 アナザーアギトは薙刀を横に突き出すと、緑色の突風を生み出す。

 螺旋状に発動した竜巻が、迅を襲う。

 

 

『無駄だ』

 

 

 そのとき、迅の背中に機械仕掛けの翼が生え、それを使用して空を飛んだ。

 竜巻は空回りし、そのまま直線状に突き進み建築物にぶつかり爆散する。

 

 

『ちッ!』

 

 

 そして、今アナザーアギトは窮地に陥ったような感覚だった。攻撃を避けられたことより、空を飛ばれたことが厄介だった。

 アナザーアギトに飛翔能力はない。零夜にはあるが、あれは操作性が問われる部類のものだ。

 重力から解放され、空を飛ぶことが可能だが、あれは操作が難しいのだ。故にすまし顔しているが精神がかなり削られると言う欠点が存在していた。

 

 幽々子と戦った際は難なく飛べていたが、あれは練習の賜物(たまもの)と相手に対しての予習のおかげだ。 空を飛ぶなんて、今までやったことがなかったため、練習して練習して練習しまくって、なんとか操作できるようになった。

 さらにそこに予習の力を入れれば、あとはなんとかなった。

 

 だが、今目の前にいるのは、予習不可能な相手。戦法も、能力も、何もかもが未知数な相手。攻撃パターンが分からなければ、回避パターンも分からない相手だ。

 

 そんな相手に自身(零夜)の能力を同時に使ってしまえば、消耗戦で確実に負ける。そんなことをしてまで、飛ぶことはしたくない。

 アナザーアギトは負け戦をする気はない。必ず、自分が勝つ戦法を考案し、それを行動に移す。

 

 

『今決めた。お前は、ジワジワと嬲り殺しにしてやる!』

 

 

 迅は、殺し方を決めたようだ。

 そして、その殺し方は実現できそうなので尚更怖い。

 空を飛べる者と飛べない者の差。その差は歴然だ。

 

 

『だったら―――!』

 

 

 同じ姿で固定して戦う必要はない。

 戦況に応じて、対応を変える必要がある。そして、あれに対抗できる力が、未知を力でねじ伏せられる可能性を持つ、アナザーライダーが一体。

 

 突如、アナザーアギトの体を、禍々しく歪なオーラが包んだ。

 そのオーラは勢いを増し、巨大な渦となる。

 

 

『なんだ…?』

 

 

 オーラの渦に、戸惑いと困惑を隠せない迅。

 迅は、あんなものを見たことがなかった。そして―――、さらに、予想外が続く。

 

 オーラが、黒い霧に見えたオーラが晴れると同時に、()()は姿を現した。

 9メートル越えの、人間の体型からかけ離れた異形の姿を持ち、三本の角と左右に四つずつ存在する瞳に、牙の生えた口。気味の悪い笑顔のように見える。

 右肩にKUUGAの文字、左肩に2000の数字が刻まれている、怪物。

 

 

『グォォオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 

――――アナザークウガ。

 最凶の怪物が、ここに君臨する。

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

『グォォオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 

 禍々しい咆哮を上げたアナザークウガは、その巨体特有の、大きな瞳で迅を見据えた。

 体を丸めるように縮めると、突如背中に(はね)が生え、その翅を使って空を飛んだ。

 アナザークウガ特有の能力のため、零夜の能力を使う必要がない。故に、迅相手には最適だった。

 

 

『喰らえッ!』

 

 

 アナザークウガは自らの巨体に比例する巨大な昆虫のような二本指の腕を振り下ろし、迅へ攻撃した。

 

 

『嘘だろォ~!』

 

 

 流石の迅も、巨体による攻撃は想定外だったようで、飛行能力を駆使して避ける。

 何度も攻撃し、何度も避けられる。まるで、ハエ叩きを持ってハエを追いかける図だ。

 

 

『へッ!当たらなきゃ怖くないね!』

 

 

 当たらないことが分かると、意識を巻き返し弓矢を引いて矢を連続で放つ―――が、あまり効いている様子がなかった。

 

 

『―――痒い』

 

『えぇ効いてない!?』

 

 

 今アナザークウガが感じたのは、小さな虫が体に止まった程度の感覚。

 巨体相手にハエレベルの攻撃が通じるワケがない。だが、そんなことも知らないのか、迅はとても驚いていた。

 

 

『だ、だけど、そっちの攻撃が当たらなければいいだけだ!お前を殺すことには変わりない!』

 

『所詮、子供の浅知恵か』

 

 

 アナザークウガがそう呟くと、アナザークウガの両手に巨大な火球が纏われる。

 それだけじゃない。アナザークウガの周りにも、巨大な火球が現れていた。それはさながら、炎を自在に操る大魔法使い―――!

 

 

『燃え尽きて焼き鳥になれ!』

 

 

 巨大な火球が迅を襲う。巨大すぎる故に、避けるのも一苦労なため、迅が避けてもそれはかなりギリギリだった。

 

 

『クソッ!調子に乗るものいい加減にしろ!』

 

 

 迅はベルトのレバーを押し戻し、デバイスを取り出す。そのデバイスを弓矢に装填する。

 

 

Progrise key confirmed. Ready to utilize

 

ファルコンズ アビリティ!

 

 

 機械音とともに、発射部分にピンク色のエネルギーが集められる。

 弓を引き、発射されると同時にエネルギーの矢が鷹の形を取り、意思を持っているように自在に飛び回り、アナザークウガへと突撃する。

 

 

『効かんッ!』

 

 

 だが、それもアナザークウガにとっては烏合の衆ともいえる攻撃。たかが数が増えただけだ。

 先ほどと同じような程度の感覚を感じたアナザークウガは、そのまま接近することにした。

 接近戦でまた更に接近すれば、体格差で避けることはまず不可能。

 

 

『フンッ!』

 

『アガッ!』

 

 

 接近して接近してを繰り返し、上空から強烈な拳を叩き込み、迅を地面へと落下させる。

 さらに追撃と言わんばかりに、口から火球を吐き出し叩き込んだ。

 

 

ポーラーベアーズアビリティ!

 

 

 ―――すると、地上から巨大な氷塊が発射され、火球とぶつかり合い、中心で水蒸気爆発を引き起こした。

 

 

『―――――』

 

 

 爆現地を見据えるアナザークウガに―――。

 

 

コングズ アビリティ!

 

 

 巨大なゴリラの腕を模したアーマー型のエネルギー弾が、アナザークウガの腹を襲った。

 遥か上空に突き出されたその巨体は、やがて結界を突き抜け―――。

 

 

『アァアアアアア!!!』

 

 

 力を籠め、体を縮こませることで弾を圧迫し、強制的にエネルギー弾を霧散させた。

 遥か下を見下げると、月の都がかなり小さく見えた。大雑把で言うと、スイカくらいの大きさに見えた。

 すぐに急降下し、迅の元へと向かう。

 

 

『こっちから来てやったぞ!』

 

 

 だが、急降下をしている最中に迅が猛スピードでこちらに向かってきていた。

 迅の手には、青色の大きな銃が手に添えられていた。先ほどの氷塊とエネルギー弾は、あの銃で撃っていたのだろう。

 迅は濃い緑色のデバイスを銃にセットする。

 

 

ヘッジホッグズ アビリティ!

 

チャージライズ! フルチャージ!

 

 

 それと同時に、銃をアタッシュケースの状態に戻し、再び銃の形へと戻す。

 巨体のアナザークウガへと狙いを定め――――

 

 

『ハアッ!』

 

 

 アナザークウガへと、発射した。

 発射した針型弾が、アナザークウガへと無数に着弾する。

 

 

『ウガァ…!!』

 

 

 この攻撃は、ただ着弾するだけではなく、アナザークウガの体に突き刺さり、直にダメージを与えていた。

 そして、それに追い打ちをかけるかのように―――。

 

 

スコーピオンズ アビリティ!

 

 

 銃を捨て、再び弓矢を構え、紫色のデバイスを装填。

 弓を引いて、発射。

 

―――最初は、一本の矢だった。

 だが、それが発射されて数秒後、無数に分裂し、アナザークウガに追い打ちをかけた。

 所々に針が突き刺さった部分に激突し、それが更なる激痛を与えた。

 

 煙が立ち上り、汚い空気をまき散らす。

 

 

『どうだ……!やったか!』

 

 

 迅は爆煙を見て、勝利を確信した。

 流石にアレだけの攻撃を与えれば、流石のヤツも起き上がることはないだろう。

 

 事実、迅はアナザークウガに対して、尋常じゃない程のダメージを与えただろう。それは、自分の目で確かめたから。

 あれほどの攻撃を喰らって生きている生き物など、迅は二人と一神(ヒトリ)しか知らない。

 『お父さん』と、ウラノス・カエルム、そして月夜見。この三人だ。

 

 『お父さん』と模擬戦した際は、全くダメージが入らなかったし、ウラノス・カエルムも同様だった。

 月夜見とは一度も戦ったことはないが、強いと聞いている。どのくらい強いのか『お父さん』に聞いたら、「たぶん俺の方が強い」と言っていた。

 『お父さん』から、地上の人間は「全員変身したお前より弱い」と聞かされていた。だから、迅は勝利を確信し油断した。

 

―――それが、敗因となるとも知らずに。

 

 

 突如、煙の中から伸びた巨大な二本指の手が、迅を捕縛した。

 

 

『何ッ!?』

 

 

 突然掴まれたことに迅は困惑し、腕の先――胴体があるであろう煙の中を見据える。

 時間が経つにつれ、煙が晴れていき、そこには赤き凶悪な瞳でこちらを見て、気味の悪い笑顔を浮かべるアナザークウガの姿があった。

 

 

『なんで…どうして!?』

 

『知ってるか?狩りは、獲物を狩ったときが、一番油断するんだよ』

 

『どうして…傷を負わせたはずだ!』

 

 

 アナザークウガの今の姿は、無傷そのものだった。

 先ほど、針型弾を突き刺し、さらに追撃を叩き込んだはずなのに、無傷だった。

 

 

『は?んなもとっくに再生してるわ』

 

『再生だと…!』

 

 

 そもそも、迅は知らなかった。アナザーライダーの特性を。

 オリジナルの力でしか倒せないと言う特性を。

 

 アナザークウガを倒すためには、クウガの力が必要だ。

 それを知らなければ、アナザークウガどころかアナザーライダーを倒そうとするなど、夢のまた夢。

 

 

『てめぇの敗因は、無知だ。よく覚えて置きやがれ』

 

『クソっクソっクソっ!離せよッ!放せよ!』

 

 

 迅はアナザークウガの腕の中で藻掻くが、体格差がありすぎるあまり、じゃれているようにしか見えない。

 完全に無視したアナザークウガは、口に火球を生み出し、自らの手に向けて発射した。

 

 

『アァアアアアア――――!!!!熱い熱いよォ!!助けて、助けて『お父さん』ッ!!』

 

 

 悲鳴も、ごねている子供だ。

 見た目も、精神年齢も子供の相手をいたぶり、殺すのは少々癪だ。だが、それでも殺しに来ると言うのなら―――!

 鉄が焼ける匂いが、音が鼻と耳に入っていく。それに耐え、何度も、何度も火球を発射して燃やして―――。

 

 

『―――――』

 

 

 やがて、なにも喋らなくなる、抜け殻が完成した。

 

 

『―――――――』

 

 

 その抜け殻を手放し、抜け殻はゆっくりと、地上に向けて落ちて行った。

 落として、10秒ほどだろうか。地上で、何かが地面に激突する音が、小さく聞こえた。

 

 

『―――終わった、か』

 

 

 アナザークウガはゆっくりと地面に降り、変身を解除する。

 地面に着地した後、アナザークウガ―――零夜は周りを確認する。それは、凄惨な光景だった。

 

 闘いの余波で巻き込まれ、建物は見るも無残に倒壊し、無事なのは宮殿だけ。あそこだけは特別防御が強固のようだ。

 アナザーアギトと化していた住人たちは良い方では大けが、悪い時では即死していた。彼ら彼女等の中にも、無実の人間がいただろう。だが、無罪有罪の人間を選別していたら、キリがない。

 

 目の前に広がる、自身が引き起こした、生み出した地獄。

 そして、それを見るのは住んでいた住人の平和を、日常を侵略し、土足で踏みにじった悪人だ。

 

 

「―――罪がない奴も、ある奴も、全部この瓦礫の中か…」

 

 

 零夜は適当な瓦礫の前で、合唱を行った。

 ここらに埋もれているかもしれない人が、罪人か、善人かの区別は零夜にはつかない。そこにあるのは、ただ無差別に人を殺戮し、日常を蹂躙したと言う事実のみ。

 許せとは言わない。ただ、せめてもの、戒めに―――。

 

 

「―――迅を、無月を探すか」

 

 

 零夜は無月の遺体を探す。

 よく思えば、無月も哀れな犠牲者の一人だ。

 何も知らない、10歳(実年齢1000歳)の無邪気で無垢な少年が、こんな闘いをする羽目になるのだから。

 そもそも、なぜこんな少年に戦う力を持たせているのかが気がしれない。

 

 それに、無月の怒りも憎悪ももっともだった。

 殺らなければこちらがやられる状態で、敵を殺さないと言う選択肢など存在しない。だが、それが無月を復讐の鬼へと変貌させるきっかけとなったのだ。

 第一、そもそもの発端は自分達だ。自分達が月を襲撃しなければ、無月は怒りに囚われることなどなかったはずだ。

 これも、それも、なにもかも自分達のせい。無月は何も悪くない。悪いのは自分達と―――その自分達が月をここまで蹂躙し尽くす理由を作った男、綿月臘月なのだから。

 

 

「せめて、この時代でも、墓は作っとかなきゃな…」

 

 

 無月の遺体を探す理由は、墓を作るため。

 罪人の墓を作るつもりはさらさらない。そして、その罪人かどうかも区別がつかない今、罪人ではないと断言できるのは無月、そして、依姫。その二人と玉兎たちだけだ。

 だからこそ、罪なき人間を殺してしまった象徴として、墓を建てる必要がある。

 

―――そして、もう一つ。あのベルトのこと調べるためだ。

 未知のライダーのベルト。あれを解明して調べる必要がある。あのライダーは、零夜だけではなくシロすらも知らなかった。

 思わせぶりな発言をしていたが、真偽は定かではない。

 

 

「くっそ、瓦礫が邪魔で通りずらい……」

 

 

 闘いの結果、生まれてしまった大量の瓦礫。

 それが零夜の行く道と視界は阻んでいた。

 

 

「―――ていうか、ニュートン(ルーミア)どこいった?逃げろと言ったが、合流できるかどうか…。まぁいずれあっちから来るだろ」

 

 

 ニュートン(ルーミア)のことを後回しにし、今は無月の死体を探す。

 歩いていくごとに、煙が立ち上っている場所へと近づいていく。

 

 が、目の前に大きな瓦礫があり、それが零夜の行く道を阻んだ。

 

 

「チッ。仕方ない、どかすか」

 

 

 腕に力を入れ、瓦礫を精いっぱい退かした。

 やがて、煙の奥が見える―――。

 

 

スティングカバンショット!

 

 

「オブッ」

 

 

―――硬い、鉄のようななにかが、零夜の腹を貫いた。

 

 

「あ…が…ッ!な、なに、が…?」

 

 

 硬い鉄のなにかが勢いよく零夜の腹から抜けられ、蓋がなくなったと同時に間欠泉の如く零夜の腹から血が噴き出てきた。

 それを抑えるために、腹を手で抑えるが、あまり意味はない。

 

 一瞬見えた鉄のなにか、あれは鎖のように見えた。

 そして、なによりあの機械音。あれは―――。

 

 

「狩りは、獲物が狩った時に、一番油断する。お前が教えてくれたことだよ」

 

 

 擦れる瞳に、一人の少年の姿が、ぼんやりと映った。

 こんな場所に居る子供は、一人しかいない―――。

 

 

「無、月…!」

 

「気安く名前で呼ばないでくれないかな。僕はすごく怒っているんだ」

 

 

 無月の手に、青い銃が握られていた。

 あれで、鎖を発射していたのか。銃口から鎖が出現するなんてどんな冗談だ。予想外過ぎて逆に笑えてしまう。

 倒れた零夜の目の前に、無月が近づくと、足蹴りをして零夜を仰向きにして、踏みつける。

 

 

「あが…ッ!」

 

「苦しいだろ?『お母さん』が味わった苦しみは、こんなんじゃなかったはずだ…!」

 

 

 踏みつけられることで、風穴が空いた部分から血がにじみ出てくる。

 乱暴な言葉遣いと、相手を苦しませる、とても子供とは思えない方法を熟知していた無月。

 よくよく考えれば、見た目の年齢で騙されていたが、1000年も生きていたのだ。そのくらいの言葉、知っていて当然だ。

 実際、豊姫はアナザーファイズの必殺技で、苦しまずに死んでいった。だが、そんなこと知る由もない無月は、豊姫は苦しんで死んだと思い込んでいるだろう。

 もしここで弁解したとしても、豊姫を殺したのは事実なため、弁解などできるはずがなかった。

 

 

「なんで…生きて…!」

 

「僕の体は、『お父さん』に魔改造されたんだ。だから体は特別丈夫なんだよ」

 

「なッ……!」

 

 

 無月が言うには、『お父さん』が無月の体を改造していたらしい。

 確かに、子供の体型ながらにあそこまでの耐久力は、そうでないと説明がつかない。

 

 だが、おかしい。どうして、それを不自然に思わないのか。

 いや、当然か。なにせ、子供なのだから。子供だからこそ、『父親』に対して従順なのだ。

 『親』の言うことを必ず聞く。誰しもが学ばされたことだ。そのルールに(のっと)って、無月も行動しているに過ぎないのだから。

 

 

「僕の体は剣も通さない。残念だったね。まずは―――」

 

「ッ!!」

 

 

 無月は弓矢を装備し、刃の部分で零夜の左足関節を斬った。

 当然、零夜の左足を中心に激痛が全身に迸る。

 

 

「悲鳴を上げなよ!無様な姿を僕に見せろ!次はこっち!」

 

「―――ウグッ」

 

 

 今度は、左腕の関節を斬られた。

 血を大量に流した。もう左は使えない。あと使えるのは、右だけだ。

 迸る激痛に耐えながら、少しずつ、腕を動かす。

 

 

「させるわけないでしょ」

 

「ッ!!」

 

 

 だが、無月がその小さな足で腕を踏み、動きを封じた。

 残るは右足のみ。だが、右足だけでなにができる。出血しすぎて、頭が朦朧としてきた中で、どうここから脱出する?

 相手は子供だ。子供程度の重量なら、なんとか抜け出せそうだが、そうはいかなかった。

 踏まれてようやく理解した。無月は、重い。

 

 魔改造されたと言うのなら、まず連想できるのは体のサイボーグ化。体が機械なのなら、重くてもなんら不思議ではない。

 

 

「『お母さん』以上の苦しみを味わってから、死ね」

 

 

 無月が弓矢で狙いをつけた。狙いは――右足だ。

 これで、とうとう四肢が使い物にならなくなってしまう。なんとか、なんとかしないと―――。

 

 

「―――ん?なにこれ?」

 

 

―――突如、暗闇が、無月と零夜を包み込んだ。

 無月が困惑する中、零夜も驚きを隠せない。突然出現したどこまでも果てしなく続く漆黒の闇。そんな能力を使用できるのは……。

 突然、零夜は浮遊感に襲われた。

 

 何者かに体を摑まれ、そのまま移動させられた。

 それと同時に、闇が晴れる。

 

 

「……誰、あんた?」

 

「―――――」

 

「返してくれないかな?そいつ、殺せないから」

 

 

 零夜の朦朧とした瞳に映ったのは、絶世の金髪美女だ。

 長いロングの金色に近い黄髪、グラマーな体型をした、100/100の男が見惚れるであろう、そんな美しい顔立ちをした女性。

 背中に漆黒の翼を背負った、まるで堕天使―――。

 

 

「ニュートン……?」

 

 

「違うわよ。あんなおっさんじゃないから、私」

 

 

「――――ッ!」

 

 

 

 口調が違っていた。ニュートンはもっと穏やかな口調をしていた。

 だが、目の前の女性少し粗暴な口調だ。そして、言葉遣いが女らしくなっている。彼は、こんな言葉遣いはしない。

 

 

「お前、は…」

 

 

「少し安静にしてて。すぐ、終わるから」

 

 

 

 美女はその右手に漆黒の剣を生み出し、構える。

 無月は不機嫌そうに、目の前の女性に問うた。

 

 

「誰だよお前!」

 

 

「私?私は――――」

 

 

 

 少しの前置きとともに、美女はその唇を動かす。

 

 

 

「―――ルーミア。彼の、仲間よ」

 

 

 

 美女―――ルーミアは、その綺麗な黄髪をなびかせ、無月へと剣を向けたのだ。

 

 

 

 





 評価・感想お願いします。
 後、できれば改変後のヤツの感想もくれたら嬉しいかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36 復活の闇

 どうも、お久しぶりです。ディケイドのスピンオフが面白くて、更新遅れました。
 ディケイド館のデス・ゲーム!滅茶苦茶続きが気になる!

 そして、こちらでもついにルーミアが復活!

 続き、どうぞ!


―――深い、深い、闇の中。

 彼女の意識はそこにあった。動くことも、考えることもせずに、ただそこに、存在しているだけだった。

 そんな、静寂の世界で、一つの騒音が生まれた。 

 

 

「――――――」

 

「お―――き―――ん」

 

「―――――」

 

「――い――きろ―――あく―――」

 

「――――」

 

「おい起きろ!ルーミアくん!」

 

 

「――――?」

 

 

 何者かの声が、彼女の意識に届いた。

 だが、それも杞憂だ。今の彼女は眠い、途轍もなく眠い。怠惰でいたい。このまま、ずっと目を閉じていたいという心地の良さが、彼女を支配していた。

 

 

「―――な、に…もう、少し、眠、らせて……」

 

「何を言ってるんだ!零夜が危ないんだぞ!」

 

「ッ!零夜!」

 

 

 彼女は、男の身に危険が迫っていると伝えられ、すべての感情を置き去りにして目覚めた。

 彼女が目を覚ますと、そこには―――

 

 

「ようやく起きたか!」

 

 

 水色のパーカーに、フードを被り、その奥には果てしない黒。そして、光る怪しい水色の瞳。一言で言えば化物だった。

 

 

「うひゃぁ!」

 

「ぶほっ!」

 

 

 彼女はすぐに起き上がり、目の前の化け物に平手打ちを喰らわせた。

 強烈な勢いで横に飛んで言った化け物は、壁や周りに置いてあったであろう機材にぶつかって、ガラスの割れる音、木材が壊れる音、紙束が落ちる音とともに崩れ落ちる。

 

 

「こ、ここは……?」

 

 

 彼女は体を起き上がらせると、そこには先ほどの音と比例するように、大量のフラスコや試験管、黒板ボードに紙束などが綺麗に整頓されていたり、散乱したりしていた。

 ここは、一言で言ってしまえば研究室だ。学校の化学室とも言える。

 

 

「いたた……少し乱暴が過ぎないかい?」

 

「あ、あんたは……!」

 

 

 意識が覚醒し、彼女、ルーミアはようやく目の前の存在が誰なのかを認識することができた。

 目の前の化け物の正体―――それは、ニュートンゴースト。

 

 

「あ、あんた!なんでここに!?」

 

「それは、ここが私の世界だからだ」

 

「あんたの、世界…?」

 

 

 ルーミアは周りを見渡す。

 確かに、彼女にとっては未知のものばかりだ。

 

 

「ていうか、だったらなんで私がここに…!?」

 

「すまないが、あまり説明している暇はない。強いて言うなら、彼らの荷物にならないように、しばらくの間、君の体に私が憑りついたんだ」

 

「憑りついたって……うッ!」

 

 

 その瞬間、ルーミアの脳内に、記憶にないはずの記憶が一斉に流れ込んでくる。

 まず最初に、最後に覚えていたウラノスに操られてからの、その記憶。ニュートンに体の主導権を奪われ、膝枕、地下通路での出来事、月の都での出来事など、すべての記憶が流れ込んできた。

 

 

「なに…ッ、これ…ッ!!」

 

「それは、私が君に憑りついていた間の記憶さ。この際だから、事情は知っておいた方が良いと思ってね」

 

「それは分かったけど…変なことしてないでしょうね?」

 

 

 ルーミアは目の前の青いゴーストに対して冷たい目で見る。

 当然、自分の知らない間に他人に体を使われていたのだ。警戒するのは当然である。

 

 

「安心してくれ、そんなことはしていない。君も見ただろう?それに、君にそんなことすればあの二人に私の魂を破壊されかねない」

 

「―――零夜ならともかく、あいつなら、やりそうね」

 

 

 ルーミアの中で、シロの評価は著しく低い。

 候補から零夜を押しのけ、無理やりシロに罪を着せたような状態だ。

 

 

「いや、普通に彼にアイコンぶっ壊すって言われたんだがね…」

 

「――――それで、私はどうしていたの?」

 

「無視かい!?―――ま、まぁいいとして……君はウラノスとの闘いで、精神が摩耗して、しばらくの間眠りについていたんだ」

 

「眠り…」

 

 

 先ほどまで感じていた、睡眠欲。それは疲労が原因だ。

 だが、その疲労を気合だけで押しのける彼女の精神力もすごい。

 

 

「他の奴らは?」

 

「大丈夫さ。そもそも、私たちはすでに死んでいるから、消滅したとしても魂だけの存在なためまた復活する」

 

「―――な、なんだ……そうだったの…?」

 

 

 ニュートンゴーストからの説明を受け、死んでいないことに(あの時点で既に死んでいる)安堵したルーミアだったが、よくよく考えればあそこまで泣く必要なかったと赤面した。

 

 

「でも、死んだ私たちのために、あそこまで泣いてくれたのは嬉しかったよ」

 

「―――――」

 

 

 ニュートンゴーストからの感謝の言葉に再び赤面したままのルーミア。そんな彼女の耳に、パチパチと拍手の音が聞こえる。

 見上げると、ニュートンゴーストが喝采をしていた。

 

 

「さて、本題に入ろう。今零夜くんがとても危険な状態だ」

 

「―――そうだ!零夜が危険ってどういうこと!?」

 

「今零夜くんは、敵から強烈な攻撃を受けて、満身創痍の状態なんだ」

 

「だったら!なんで助けないのよ!」

 

 

 ルーミアはニュートンゴーストに近づき、襟を持ち上げる。

 

 

「落ち着くんだ!助けないんじゃなくて、私では助けられないから今こうしてここにいる!」

 

「―――どういうこと?」

 

 

 ニュートンゴーストは、自分では助けることができないから、こうしてここにいると言っている。

 だが、その理由は?どうして助けることができない?

 

 

「正直に言ってしまえば、彼らとの戦闘で出てきた障害物から君の体を守るために、力を使いすぎたんだ」

 

「力を…」

 

「これ以上無理に使ってしまえば、例え妖怪の体である君でももたない。それに、零夜くんから君を守れと言われているからさ」

 

「零夜が……!」

 

 

 零夜が自分を守れと言ってくれたのを知って、ルーミアは一瞬歓喜した。

 こんな、途中からリタイアするような足手まといを、こんなにも気遣ってくれるなんて…。

 ニュートンゴーストは、ルーミアの手を放した。

 

 

「だからこそ、無理やりだが今彼を助けられるのは、君を含めた二人だけ」

 

「二人?もう一人って、シロのこと?」

 

「いいや、シロくんとは途中で分かれた。別人だよ」

 

「それって誰よ?」

 

「それは目覚めてからのお楽しみとしておこう。まず、作戦だが君の闇の能力で、注意を逸らしてくれ。あとは、もう一人が不意打ちさ」

 

「だから、もう一人って誰よ!?そいつは、信用できるの!?」

 

「大丈夫、信用できるさ」

 

 

 ニュートンゴーストの言葉には、何かしらの重みがあった。

 これでは、彼の言葉を信用するしかないではないか。

 

 

「―――よし、それじゃあ体の主導権を君に還す」

 

 

 ニュートンゴーストがそう言った矢先、世界が崩壊し始めた。

 外側からボロボロと崩れ落ちていき、その奥には強烈な光がさしている。

 

 

「検討を、祈る。私は、私たちは、君たちを見守っている」

 

「見ないでよ、気持ち悪い」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないんだがな…。まぁいいか。それでは、行ってらっしゃい」

 

「――――もう二度と来ないわよ」

 

「はは、そうかい」

 

  

 その言葉とともに、世界は崩壊し、ルーミアの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るー、みあ…」

 

「ごめんね。寝坊しちゃって。もう、大丈夫だから」

 

 

 今、目の前に、ルーミアがいる。

 あの時、精神の奥底で眠っていると、ニュートンから言われていたのに―――。

 

 

「起きた、のか?」

 

「そうよ。じゃなかったら今この場にいないし」

 

「誰だよお姉さん。今仲間って言った?そいつの?」

 

「そうよ。ていうか、あんたこそ誰よ。ここはガキのいていい場所じゃないよ」

 

 

 復活したてのルーミアは、敵が子供だと完全に舐め切っている―――わけではない。

 彼女は見た。この子供が、ただの子供ではないことを。そしてなにより……零夜を、傷つけていたことを。

 だからこそ彼女は相手を、無月を煽る。

 

 

「僕はガキじゃない!無月だ!」

 

「あっそ。そんなことどうでもいいのよ。よくも私の仲間を痛めつけてくれたわね」

 

「そんなやつそうなって当然だ!僕の『お母さん』以上の苦しみを味わって死ぬべきなんだ!」

 

「生憎、私は他人がどうなろうと知ったこっちゃないから、あんたの考えは分かんないわ」

 

 

 無月の言い分を、ルーミアは一蹴する。

 彼の言い分は、確かに正論だ。母親を殺された、子供の恨み。それは否定しにくいもの。恨みで前が見えなくなった子供特有の考え方だ。

 だが、他人などどうでもいいルーミアに、無月の言い分など理解できるはずもなかった。

 

 

「だったら……だったらお前も敵だ!『お母さん』を殺したそいつと、同罪だ!」

 

「勝手に罪刷られるの、困るんだけど。これだからガキは…」

 

「だから!ガキじゃないって言ってるだろ!」

 

「うるさいガキね。もう埒が明かないわ」

 

「もういい!お前もころしてやる!」

 

 

 無月は子供のごとく癇癪を起こし、手に持つ弓矢を放った。

 放たれた紫のエネルギー矢が、ルーミアを一直線に襲う。

 

 

「遅い!」

 

 

 だが、ルーミアの動体視力とって、矢の速度などナメクジレベルの速さだ。

 創った闇の剣ですかさず矢を斬り、自慢のスピードで一気に距離を縮める。

 

 

「ッ!」

 

 

 だが、無月が子供の肉体とは思えないほどの身体能力で後方に飛び下がった。

 姿かたちに似合わない超人レベルの身体能力を見せられたルーミアは、動揺してそのまま立ち止まった。

 

 

「今の、確実にガキの身体能力じゃない…どういうこと?」

 

「ガキっていうな!僕の体は改造されているんだ!お前等ごときに遅れを取るわけないだろ!」

 

「ムカつくガキね……。子供はおねんねしてなさい!」

 

「子供扱いするな!もう怒ったぞ!殺してやる!」

 

 

 無月は、懐から迅に変身するためのベルトを装着し――

 

 

「させるかッ!」

 

 

 だが、その直前にルーミアが無月の腕に弾幕を放ち、ドライバーを地面に落とした。

 

 

「ッ!」

 

「姿を変えることができなきゃ、あんたらは所詮雑魚!あ、もちろん零夜は別だからね?」

 

「なにを言ってんだお前は…」

 

 

 ライダーとしての最大の弱点の一つであるドライバーの手放しを行い、ルーミアは悦に一瞬浸る。

 ドライバーを回収するために、無月が跳躍してドライバーに手を伸ばす―――。

 

 

「それも読めてんのよ!」

 

 

――その瞬間、ルーミアが闇の剣を振るうと、オーロラの如く闇が縦に地面に浸食していく。

 闇の斬撃は岩を、石を、地面を、瓦礫を、鉄をも、すべてを断ち斬り、目標へ向かっていく。

 

 

「―――あッ」

 

 

 ドライバーは、真っ二つになった。

 

 

「あぁあああああああッッ!!!!」

 

「―――は?」

 

 

 この現実に、無月は絶叫し、零夜は呆けた声を出した。

 仮面ライダーの最大の弱点の一つであり、禁忌とも言える行動の一つ、ドライバーの破壊。それをやってのけたルーミアは、誇った顔をした。

 

 

「どう!?やったわよ零夜!」

 

「あ……うん。そう、だな……」

 

 

 零夜も、呆けた顔の次に渋い顔をした。

 彼としては、倒した後あのライダーがなんなのかを調べるつもりだったが、壊れしまっては元も子もない。残骸からなにか分かるかもしれないが、それでも得られるものは少ないだろう。

 この状況でとやかく言う資格はないが、何かと複雑な心情だ。

 

 

「よくも!よくもよくもよくも!ベルトを壊してくれたな!『お父さん』に言いつけてやる!」

 

「言いつけてやるってなによ。子供なの?―――子供か」

 

「~~~ッ!!」

 

 

 子供を煽る技術は一級品だ。

 子供だから煽られやすいと言うものあるが、彼女の本質そのものが技術を向上させているのかもしれない。

 

 

「それに、ベルトはそんな簡単に壊れないはずなのに!」

 

 

 ベルトの強度に、自身があったようだが、それも闇の力の前には無力だった。

 空間に干渉する闇の力、その力の前に、どんな強度の物質も、防げるわけがない。もし防げるとしタラ、それは同じ力か対極の『光』の力でしかできないだろう。

 

 

「もういい!ベルトがなくなったって、これがあるから!」

 

 

 無月はベルトのことをすんなりと諦め―――、否、それよりも怒りを優先したのだ。

 少年の腕が、弓矢に伸びて―――

 

 

「ウグッ!」

 

 

――――その前に、無月の喉に、鉄の刃が貫通した。

 

 

「―――エ゛ッ?」

 

 

 無月の喉から、ボタボタと血が垂れていく。

 

 

「な、ん、で…?」

 

「案外あっさり終わったわね。あんたが子供で助かったわ」

 

「どう、いう…―――」

 

「私は、ただそいつが攻撃するまでの、囮でしかなかったってことよ」

 

 

 ルーミアは、ただ()()()が攻撃するまでの、囮でしかなかったのだ。

 ルーミアが無月を煽り、彼の注意をルーミア一人に向けさせることで、協力者が見事無月の喉に一撃を与えた。

 喉から刃が抜かれ、間欠泉の如く血が放出する。無月は膝から崩れ落ち、そのまま倒れる。

 

 

「だ、誰、…?」

 

 

 無月は苦し紛れに首を傾け、襲撃者の正体を見ようとする。

 そして、彼の黄色の瞳が、その正体を捉えた。

 薄紫色の長い髪を、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏めている。瞳の色は紫がかった赤。半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着ている美少女が、養豚所の豚でも見るような眼で、無月を見ていた。

 

 その手には、やはり一振りの刀。

 その刃は、無月の血で濡れていた。

 

 

「な、なんで……!」

 

「―――――」

 

依姫、お姉ちゃん…!?」

 

 

 その襲撃者の正体は、依姫だった。

 襲撃者の正体に、焦燥と疑念、驚愕の表情を浮かべた無月。次第に、それが悲哀と激情になっていく。

 

 

「どう、して…!」

 

「―――――」

 

「ま、待っ―――」

 

 

 ――――無月の首が、胴体から離脱した。

 結局、一言も話すこともないまま、無月はその生涯を終えたのだ。

 

 

「――――」

 

 

 そして、驚愕の表情を浮かべていたのは、零夜も同じだ。

 何故彼女が?何故仲間である無月を殺した?訳が分からない。それも、あんな瞳で……どうして肉親を殺せた?

 

 

「―――――」

 

 

 依姫は刀を鞘に納め、ゆっくりと近づいてくる。

 次は自分の番だ。そう感じた零夜は、ほぼ使い物にならなくなった体を起こそうと―――。

 

―――するが、ルーミアに止められる。

 

 

「大丈夫、無理しないで」

 

「何、言って―――」

 

 

 そんなことをしている合間に、依姫の接近を許してしまった。

 地面に這いつくばる零夜は、依姫を睨む。次は自分の番だと言うのに、どうしてルーミアは……裏切り?

 

 

「――――」

 

「は?」

 

 

 考えていると、突如、依姫が片膝をつき、刀を地面に置き、敬意を示すポーズをした。

 これは、忠誠を誓うポーズだ。どうして、彼女が?

 

 

「―――クロ、殿。こんな状態で、申し訳ありません。ですが、あなたの警戒を、できる限り解くため、これだけは最初に言わせてください」

 

 

「―――どうか、綿月臘月を討つ機会を、私にください」

 

 

 彼女の目は、憎しみと憤怒で、塗りつぶされていた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

「どういう、ことだ…?」

 

 

 零夜はルーミアの手を借り、体を起こしていた。

 腕をルーミアの首に回し、それで体勢を取っていた。

 依姫の言っている意味が分からない。いや、そのままの意味として取れば、依姫は臘月の首を取る――つまりは殺したいと祈願しているのだ。

 勝手に取ればいいものを、なぜそれをわざわざ自分に言う必要があるのか。

 

 

「そんなのお前が勝手に取ればいいだろ。どうしてそれを俺に言う必要がある」

 

「―――確かに、そうです。私も、臘月の首を狙いましたが、失敗して、今や裏切り者です」

 

「――――は?」

 

 

 そのあと、依姫は淡々とシロに捨てられ保護された後のことを話した。

 彼女が目覚めたのは、医務室のベットだった。自らの体を起こした。

 彼女が最初に感じたのは、何かの足りなさ。なにか、重要なことを、忘れている。そんな感覚だった。

 そして、最初に目にしたのが…

 

 

『やぁ、起きたかい依姫?』

 

『―――臘、月……!』

 

 

――――全部、思い出した。

 絶対に許されない、大罪を犯した、自分の師を、あのようになるまでいたぶった、あの男―――綿月臘月!

 この男を見るだけで、徐々に怒りが湧いてくる。すぐにでも殺したい。殺したい。殺しは月の間では大罪だ。だが、それがどうした。この男はすでに大罪人だ。ならば、殺しても、構わない――!それが例え、肉親だとしても。

 

 殺すために、まずは手段を探した。

 力は―――何故か、戻っていた。八百万の神々との繋がりが、確かに存在していた。

 そして、自分の傍に存在していた、自分の刀。白装束の男に回収されていたはずなのに、何故か自分の手元にああった。

 だが、これ以上の好都合なことはない。

 

 依姫は刀を手に取り、抜刀し、神を降ろして殺気全開で、目の前の存在を滅さんと刀を振りかざした。

 狙うは一刀両断。首を狙い、この外道に、引導を渡してやる―――!

 

 神の力を借りた、神速の一刀。

 その光速を超えた速度の刃が、臘月の首を、通り過ぎ―――。

 

 

『なんの、つもりだい?』

 

 

 ―――ることはなかった。

 動かない。刃は確かに、臘月の首にぶつかったはずだ。それなのに、これ以上刃が通らなかった。力を入れても、ただそこに壊れることのない鋼鉄を、相手にしているかのようだった。

 

 

『起きて早々、敵だと思って攻撃したのかい?いや、ちゃんと俺の名前言ってたし、それはないよな……。もう一度聞くけど、どういうつもりだ?』

 

『――――ッ!見させてもらった!あの地下通路を!そして、そこで囚われてる八意様と、輝夜を!!』

 

『―――なんのことかな………なんて言ったって、信じるわけないか。カメラ確認したら侵入者と気絶した君がいたから、もうもろとも殺ろうと思ってたんだけど、生きてたって知ったときは驚いた。ていうか、どうやってあそこのパスワード知ってたのかな?あそこのパス知ってるの、俺以外にウラノスしかいなかったはずなんだけど』

 

『貴様ァぁああああ!!』

 

 

 己が罪を認めた臘月に、鉄槌を下さんと再び刃を振るう依姫。

 刃の煉獄の炎を纏い、このまま焼き殺すつもりだ。刃が無防備の臘月を襲った。だが、その刃が臘月の無防備な手によって掴まれていた。

 依姫の脳内が、疑問で一色になる。どうしてそんなことができる?刃の身で手の皮膚が切れ、熱で肉が焼けることを恐れていないのか?

 

 

『できれば知らないままでいてほしかった…。だけど、秘密を知られたからには、君の残された選択は二つ。まず、一つは、秘密裏に俺の玩具(おもちゃ)になることだ。そしてもう一つ、この月の、裏切り者になるかだ!』

 

『ならば―――私は、迷わず後者を選ぶ!』

 

『そうか、残念だ!』

 

瞬間、医務室が爆ぜる。

 煙で包まれた医務室だった場所から、依姫が飛び出し、廊下を駆けた。

 

 

『依姫様ッ!?』

 

『どうなされたのですか!?』

 

 

 そんな、兵士たちの言葉も無視しながら。

 

 

『謀反だ!依姫が裏切った!』

 

『なんですと!?』

 

『依姫様が!』

 

 

 そんな、自分が裏切者になっていく過程を、聞いていたとしても。

 依姫は、ただ、怒りを胸に、激憤を胸に、悲しみを胸に、悲哀を胸に、ただただ駆けたのだ。

 

 

 

 

「―――そして、なんとか宮殿を抜け出し、轟音を頼りに、ここに来た次第です」

 

「それで、その途中で私と出会ったの。ホント、あのおっさん(ニュートン)から聞かされてたけど、こいつがいたのは驚いたわ。だってこいつ、ついさっきまで敵だったんでしょ?」

 

 

 そう、ルーミアの言う通り、数刻前までは綿月依姫は敵だったのだ。そんな相手を、裏切ったから仲間にしてくれと言われて、はいいいですよなどと承諾できるはずもない。

 

 

「裏切り者はいずれ裏切られる。それは当然の摂理です。ですので、今回の件が終わったら、私を切り捨ててくれても構いません。ただ、私は、臘月に一矢報いれれば……!」

 

 

 依姫の瞳に宿るのは、復讐心と言う名の激情だ。地下で尊敬する人物(八意永琳)と、その人物が忠誠を誓っていた人物(蓬莱山輝夜)が、あのような状態で囚われていたあの残状を見て、依姫の頭は、パニックを起こしているのだろう。

 もっと臘月を討つ機会があったはずなのに、早とちりをして裏切者扱いにされているのが、何よりの証拠だ。

 

 

「―――どうする、零夜?」

 

 

 依姫を一時的な仲間にするかは、零夜の選択にかかっている。

 裏切った人物を仲間にする、それは相当なリスクを背負うことになる。このイレギュラーの巣窟となってしまった月で、これ以上の不安要素を加えるのは、なんとしてでも阻止したいところだが…。

 

 

「一つ聞く。お前は、俺を裏切るか?」

 

「―――私は、裏切る、裏切らない以前の話をしています。私の目的はただ一つ。臘月の、首を刎ねます」

 

 

 依姫の瞳は、どこまでも怒りと悲しみで濁っていて、穢れていた。

 だが、そんな彼女の瞳が、零夜にはまっすぐな瞳に見えた。この目は―――嘘をついている者の、目ではない。

 零夜には、それが確信できた。

 

 

「勝手に、しろ」

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 依姫は再び敬礼し、実質的な服従の儀が、完了した。

 これで、彼にとってどうでもいいことは終わった。それを実感すると、体から力が抜けてくる。

 それを感じ取ったルーミアが、焦りの声を上げる。

 

 

「零夜ッ!?」

 

「怪我が大きすぎたんです!急ぎ過ぎて回復薬の回収を忘れていた…!どうすれば…!」

 

「そんなの、必要ないわよ!私たちには、私たちの薬があるから!」

 

 

 ルーミアは懐を(まさぐ)ると、そこから二つの瓶を取り出した。

 緑色の液体と、赤色の液体だ。赤色の液体は、見覚えがあった。ルーミアの体にニュートンが憑りついたとき、シロが零夜に飲ませた造血剤だ。

 緑色の液体を零夜に飲ませると、みるみると怪我が回復していった。すべての傷が治るのに、1秒もかからなかった。

 そのあとに、赤色の液体―――造血剤を飲ませた。青白かった零夜の顔色がどんどんとよくなっていく。血行が良くなった証だ。

 

 

「よかった…。アイツの記憶弄ったかいがあったわ。順序が間違ってたら、確実に危ないことになってたわね…」

 

 

 もし、順序を逆にしていたら、せっかく増えた血液が流れていただろう。

 こればっかりは、ニュートンの記憶に感謝だ。

 

 

「ちょっと、なにボケっとしてるのよ。あいつの薬の効力がすごいからって、ボーッとされちゃ困るんだけど」

 

 

 今の回復具合を見て、依姫も驚愕していたのだろうか。驚愕と困惑の感情をそのまま顔に出して硬直していた。

 

 

「――――なんで…?」

 

「ん?なんて言ったの?」

 

「なんで――――()()を、あなたたちが持ってるんですか?」

 

「は?」

 

 

 依姫の疑問に、ルーミアは首を傾げた。

 彼女の言っているソレとは、確実にこの回復薬と造血剤のことを言っているだろう。だが、ただ貰っただけのルーミアにとっては、それがなにを意味しているのか分からなかった。

 だが、否が応でも依姫の次の言葉でそれを知ることになった。

 

 

「その回復薬と造血剤は、月の都で開発、量産されているものですよ…?」

 

「―――え?」

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 月の宮殿の一角。

 その一つの大きな場所が、壊滅寸前まで追い込まれていた。

 大量の機材が破壊され、大量の鮮血と血肉が飛び散り、煙が永遠と炊き続けられる。

 

―――場所の名前は、薬物開発室。

 

 

「あ…が…ッ、ウグッ…!」

 

「あぁ良かった。まだ起きてたんだ。お前が一番偉そうだったから、生かしておくつもりだったから、本当に良かったよ」

 

 

 その部屋に、一人の白衣を着た男と、全身白装束の男がいた。

 他にも、人はいた。だが、それらはすべてその辺りに転がっている肉塊や血だまりが、その人物らの後世を物語っていた。

 白装束の男は、白衣の男を首から持ち上げ、白衣の男が苦しそうに悶えていた。

 

 

「すべて、全部、何もかも、虚偽なく答えろ。僕は今、とても機嫌が悪いんだ」

 

 

 白装束の男は、もう片方の手で、緑色の液体の入った瓶を持ち、白衣の男に問いかける。

 

 

 

「なんでコレ(回復薬)が、ココ()で造られてるんだ?」

 

 

 

 白装束の男―――シロは、フードで隠れたその漆黒の瞳で、男に憤怒をぶつけた。

 

 

 




 評価・感想お願いします。

 今回のシロのイメージCV【内山昂輝】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37 月夜見

 前回、依姫の証言により、シロの回復薬や造血剤がこの月で造られていることが判明した。

 どうなる37話!


「ど、どういうこと?この薬が、月で造られている?」

 

「はい。間違いありません。瓶は違いますが、効力は私の知っている物そのものです」

 

 

 依姫の言葉や瞳から、嘘を言っているようには見えなかった。

 つまり、依姫の言葉を信じるならば、この薬はこの月で造られていることになる。

 

 

「あいつ…!もう造れないとか言っておきながら…!現在進行形で量産されてんじゃないのよ!」

 

 

 ルーミアが指摘したものもある意味問題だが、一番の問題が発生している。

 〈何故、シロが月で造られている薬を所有しているのか〉だ。普通に考えれば、シロは月と繋がっていることになる。そうでなければ、この薬の入手経路の説明がつかないからだ。

 偽装なども、瓶から違う瓶に入れ替えれば、十分可能だ。

 

 

「あいつ…!まさか裏切ったの…!?」

 

「しかし、私は彼のような人物は知りません。私が知らないとなると、やはり臘月と……―――」

 

 

「―――いいや、アイツは裏切ってなんか、いねぇよ」

 

 

 突如、この場で唯一の男性の声が響いた。

 二人の少女は一斉に男性に顔を向けた。

 

 

「零夜!よかった…!」

 

「―――どうして、そう言えるんですか?」

 

 

 出血多量で横たわっていた零夜が、薬のおかげで回復しだし、意識もはっきりとしてきたのだ。

 ルーミアは零夜の復活を喜び、依姫は喜びよりも疑問を優先していた。 

 

 

「確かに、あいつは態度こそふざけてるが、俺の言うことに対しては、限りなく従順だ。だから、あいつが裏切るとは思えねぇ。なにより―――」

 

 

 零夜は、シロの自身の体を心配する姿勢や、もう造れないと言っていた回復薬を、自分のために躊躇いなく使用する辺り、シロが自分にとって不利益な行動をするとは、到底思えなかった。

 零夜はシロを、「背中を預けられる(味方)」と言う矛盾した見方をしていた。

 

 

「―――とにかくだ。事情は後で奴に聞けばいい。だから、俺たちは……」

 

 

 零夜はゆっくりと立ちあがり、目の前に堂々とそびえ立つ、宮殿に目を向けた。

 あそこにいるはずだ。この月の大変革の主任にして、すべての元凶―――綿月臘月が。

 

 

「行くぞ」

 

 

 今、シロが裏切っていたのかなど、零夜は内心どうでもよかった。と言っても、一番の理由はシロが裏切らないと言う確信があったからだ。

 シロの態度などは気に食わないが、そのような男ではないと、零夜は知っているから。

 

 決意を、覚悟を、勇気を固め、それを、一言で纏める。

 

 

「綿月臘月を、ぶっ潰す!」

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 宮殿内は、混乱に包まれていた。

 すべての敷地が、どれほどあるのか分からないほどの、広い宮殿。そんな宮殿の中で、いくつもの劫火(ごうか)が生まれていた。

 

 

「―――シロの奴、随分と派手にやったんだな」

 

「ねぇ、これ本当に道合ってるの?」

 

「私に聞かれても……ここまで壊れてしまえば、もうわかりませんよ」

 

 

 その劫火の中、悠然と突き進む三つの影があった。

 影の内の二人の女性、ルーミアと依姫は道が分からず迷っていた。と、言うのも、道にある巨大な瓦礫が、行動を阻止していた。 

 この宮殿の中を詳しく知っている依姫でさえも、ここまで壊れてしまえば、道を思い出すのも不可能であった。

 

 

「とりあえず、形を留めているところからなんとか思い出せ」

 

「そう、言われましても……」

 

 

 何度言われても、無理なものは無理。そんなほどに、宮殿の道は破壊し尽くされていた。

 

 

「ていうか、なんでここだけ壊滅状態が酷いんだよ?」

 

「確かに……。途中まではまだ原型留めてたけど、ここはもう滅茶苦茶ね」

 

 

 三人は堂々と正門から突破したのだが、見張りどころか門番すらいないかったので、楽勝に侵入することができた。

 シロが派手に暴れてくれているおかげで、戦力がすべてそこにつぎ込まれているのだろう。おかげで侵入し放題だった。

 最初は楽に進めたものの、とある場所から破壊状態が酷くなったため、状況が著しく進んでいなかった。

 

 

「ったく、本戦で体力温存しておきたいってのに、余計なところで体力使われるな…」

 

「でも、壊しちゃったら、また酷くなるかもしれないわよ?」

 

「そうなんだよな…」

 

「――――――」

 

 

 二人が目の前の瓦礫をどのように突破するのかを考えている中、依姫だけが無言で目の前を見ていた。

 

 

「どうした?」

 

「あっ、すみません。実は…この、瓦礫で埋まっている場所なんですけど」

 

「この道を塞いでいる瓦礫がどうした?」

 

「実は、この場所にはとある部屋の入口があったんですけど…」

 

「とある部屋?」

 

 

「―――薬物開発室です」

 

 

 依姫の言葉に、目を丸くする二人。

 つまり、この薬物開発室だった場所では、例の回復薬が作られていたと言うことになる。

 

 

「そこって、あの薬が作られていたところよね?なんでこんなになってんの?」

 

「さぁな…。ただ、あいつの暴れ具合からすると、気に食わないことでもあったんじゃねぇか?」

 

「気に食わないこと…?あなた、この部屋でなにがあったか、知ってる?」

 

 

 ルーミアは依姫に、内部のことについて聞く。

 この場で一番この宮殿で詳しいのは、依姫しかいないのだから、当然だろう。

 

 

「一度だけ、入ったことはあります。室内は、一言で言えば研究室…。ですが、その部屋に、とても似つかない物はありましたね」

 

「似つかないもの?」

 

「大樹です」

 

「……大樹?」

 

 

 大樹、とは。つまりは大きな木のことだ。

 確かに、薬物開発室と言う明らかな製作を担う場所にはとても似つかない物だ。

 何故、そんなものがあるのだろうか。

 

 

「大樹とは、確かに変だな」

 

「その大樹って、おかしなところはなかったの?」

 

「おかしなところ……ただの大樹ないことは確かでした。神々しい緑色のオーラを常に纏っており……とても、近寄りがたいものでした。まるで、『本物の神』が、いるかのように…」

 

 

 『本物の神』。そのフレーズに、零夜は反応した。

 

 

「『本物の神』?」

 

「……少し、語弊がありましたね。正確には、今までとは違う神が、居たようでした。感じたことのない、全く別の神の…」

 

「全く、別の神…?」

 

 

 依姫の証言から、考えられるパターンは、二つ。

 まず一つは、自分達の知らない、様々な神話に登場するであろう神とは、全く別の神。だが、これは確証が持てないため、保留とする。

 そして、もう一つ。これが一番現実的だ。日本神話以外の、神。

 

 依姫は八百万の日本神話の神をその身に降ろすことが可能だ。

 そんな彼女が、別の神の気を感じた、と言っているのだ。つまりは、別の神話の神の力である可能性が高い。

 

 

「別の、神…。他の神話の神か?」

 

「何を言っているのかはわかりませんが、私の知らない神であることは確かです」

 

「他にはなにか分からないの?」

 

「すみません。あの大樹のことは、【デンドロン】が一任していたもので…」

 

「デンドロン…」

 

 

―――デンドロン・アルボル。

 零夜が倒したヘプタ・プラネーテスの一人だ。デンドロンだけ、確かに能力が不確かだった。『火』『水』『海』『天』『金』『土』は能力がはっきりしていたのに、唯一『木』だけが能力が分からないなんて、おかしすぎる。

 よくよく考えてみれば、あの土壇場で、何故能力を行使せずに弓で対抗しようとしたのか、今になって疑問だ。ヘプタ・プラネーテスと言う猛獣の集まりの一人なのだ。能力がないなど考えられない。

 弓術以外で、なにか能力があったに違いないが、特に弓術と、『実』のこと以外、デンドロンに気になったことはなかった。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス、だったっけ?デンドロンって奴、滅茶苦茶弱かったけど、本当にヘプタ・プラネーテスだったのか?」

 

「確かに、彼は弱いです。なにせ、彼の能力は戦闘には不向きなので」

 

「なに?」

 

 

 聞き捨てならなかった。ヘプタ・プラネーテスの中に、戦闘に不向きな人物がいたなど。あの手を組まれると厄介な無我夢中で倒した怪物レベルの強者たちの中に、非戦闘員がいたなど。

 

 

「なんで、そんな奴がヘプタ・プラネーテスの中にいるんだ?どう考えてもコネにしか見えねぇんだが」

 

「コネではありません。彼はどちらかと言うと補助を担っています。この場所にあった薬物開発の最高責任者が、彼ですからね。

 

「はぁ?だったら、なんで最前線なんかに出てんだよ。おかしいだろ」

 

 

 非戦闘員を最前線に置くなど、愚かの極みだ。そして、それが最高責任者と言う重要な役割を持っている人間なら尚更だ。

 そんなバカなことを実行するなど、零夜には到底理解できない。

 

 

「ヘプタ・プラネーテスは7人ですが、今まで七人同時に出撃したことは、たまにあります。今回なんかがそうです。ですが、全員が一緒に戦うことは、一回もありません。理由としては、ウラノスが一人で戦うことを好んでいたからですね」

 

 

 確かにウラノスのあの力なら、共闘など弱者のすることだ、などとと考えて共闘などとは無縁だろう。

 

 

「それに、デンドロンは兵士たちが盾となって守っていました。そのデンドロンを含めた『火』『水』『海』の四人と兵士たちを率いるのが、()()の軍。私がリーダーで『金』と『土』と玉兎の軍。そして、ウラノスの軍。それ以外はすべて都の防衛に回されていました」

 

「―――――。」

 

 

 今の依姫の、豊姫の呼び方が完全に呼び捨てだった。

 前に、今の豊姫がもう姉ではないと言った通り、もう今の依姫は豊姫を姉として見ていなかった。ただの、他人だとしか、見ていないように思えた。

 

 

「……そうか。で、肝心の臘月は?」

 

「臘月は一人で十分戦えるので、護衛など必要ありません。ですが、臘月の他に、警戒しなければならない人物がいます」

 

「―――月夜見」

 

 

 そう。元々、臘月やウラノス、無月の存在を知る前から、最も懸念していた存在が、月の神【月夜見】なのだ。なにせ、『原作』では月夜見こそが、月を統べる統率者なのだから。

 その力は、尋常ではない。

 

 この世界の神は、自身が受けている信仰が強ければ強いほど力が増す傾向にある。月の民のほとんどが信仰しているため、彼女の強さは化物レベルになって、いた。

 

 

「だが、今は違う」

 

「どういうこと?」

 

「神は信仰が強ければ強いほど力を増す。だが、月の兵士のほとんどが戦死し、民もあの状態で生きてるか死んでるかも分からない、まさに地獄。そんな状態で、強力な信仰があると思うか?」

 

「あッ…」

 

 

 零夜からの説明で、ようやくルーミアも話についていけた。

 この、月の兵士をほぼ失って、結果的に月夜見の信仰は減った。つまりは、通常よりかなり弱体化しているはずだ。

 

 

「わざわざ、万全の状態で戦う必要なんてねぇ。だからこそ、今が好機なんだ。だからこそ、急ぎたいんだがな…」

 

 

 零夜は再び、目の前の瓦礫の山を垣間見る。

 この瓦礫を退かさなければ、先へ進むことなどできない。そして、他のルートを通れば、間違いなく兵士たちと合流して戦闘になる。

 無駄な消耗は避けたい今、戦うことは悪手だ。だからと言って、この瓦礫を退かせば大きな音が鳴り、兵士たちを呼び出すきっかけを作ってしまう。

 

 

「万事休すか…?」

 

「やはり、遠回りしてでも別のルートへ行った方が良かった「その必要はないさ」ッ!」

 

 

 突如現れた、第四者の声。

 三人は一斉に警戒態勢に入り、周りを警戒する。そして、以外にもその声の主は瓦礫で塞がっている道とは反対の方向―――つまりは零夜たちが歩いてきた道から来ていた。

 

 

「――――」

 

 

 コツコツと、廊下を歩く音が小さく響く。

 影は近づくにつれ大きくなり、やがて、全貌を現した。

 

 流れるような長い黒髪、とても普通とは思えないほどの上質な服装、そして、見るものすべてを魅了するような顔と、その顔に似合うほどのグラマスクな体型の美女が、零夜たちの前に姿を現した。

 

 

「ついに、反旗を翻してくれたんだね。私は嬉しいよ、依姫」

 

「―――月夜見、様……!」

 

 

 依姫の、震えた喉が、目の前の存在を、『名前』を口にした。

 目の前の女性。彼女こそが、この月の神、月夜見だった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「てめぇが、月夜見…?」

 

 

 零夜が疑惑の声を上げる。月夜見―――またを月読尊(つくよみのみこと)。零夜の認識では、彼女は、彼は男だったはずだ。

 だが、目の前にいるのは絶世の美女。

 

 日本神話では月夜見は男だったはずだ。それなのに、目の前にいるのは女性。

 明かに、零夜の認識に齟齬が発生していた。

 

 

「あぁ。私が月夜見だ。だが、信じられないだろう?私からはほぼ神力が感じられないだろうからな」

 

「あ、いや、そうじゃなくて、だな…」

 

「どうしたの?」

 

「この方は間違いなく月夜見様ですよ?」

 

 

 二人からも指摘(心配)が入るが、零夜の頭は硬直したままだ。

 男性かと確信していた月夜見が、まさかの女性。この事実に、困惑が未だ拭えない。

 

 

「あ……もういいや…」

 

「「「――――?」」」

 

 

 零夜は、思考を放棄した。今は他にやらなければいけないことがあるからだ。

 ちなみに、月夜見に女性説はあります。

 

 

「で、神力がほぼねぇのはほぼ気配で分かる。それに、お前レベルの神とくりゃあすぐに分かってもおかしくねぇからな。話しかけられるまで分からなかったのは、気配遮断がかなりうまいのか、弱すぎて気づけなかったか、もしくは両方だ」

 

「言うな…。確かに、今の私にはその両方が該当する。気配を断ち斬ることなど、神には出来て当然だ」

 

 

 流石に、神を名乗るのだから戦闘に関する事柄は、基本的に習得しているようだ。

 月夜見の言う両方とは、そのままの意味だ。零夜が最初に予測した、月夜見の弱体化はもちろん、気配を遮断していたために、話しかけられるまで気づけなかったのだ。

 

 弱ければ、気配も弱くなる。つまりは、気配遮断が断然と楽になるということだ。

 

 

「で、何の用だ?」

 

「ここで話すのはなんだ…。少し移動しようと思う。そこを、どけてくれないか。危ないから」

 

 

 月夜見が、瓦礫の山に手をかざし、拳を徐々に握る。

 すると、瓦礫が小さな音を立てながら、みるみると小さく―――否、圧縮されていく。明かに許容量をオーバーしながらも、大量の瓦礫が圧縮される速度は止まらない。やがて、瓦礫が直径30センチメートルほどの球体となって、地面に転がり落ちる。

 

 

「これ、で……大、丈夫……」

 

 

 突然だった。なんらかの力を行使し終えた月夜見が、体に力が入らなくなったかのように、倒れたのだ。

 それを見た依姫が、月夜見の元へ駆けつける。

 

 

「月夜見様!」

 

「ど、どういうこと…これ…?」

 

「力を使いすぎた結果だろうな…。言ったろ。こいつは弱体化してるって。多分、その後遺症だ」

 

「ど、どうすれば…、ひ、ひとまず、月夜見様の部屋へ!」

 

「おい待て、そんなことしてる暇なんてねぇぞ」

 

 

 零夜の言う通り、ここは敵陣地。いつ敵に襲われてもおかしくはないのだ。

 それだと言うのに、敵か味方か分からない相手を、介抱する時間などない。

 

 

「し、しかし!月夜見様は私たちに活路を開いてくれました!助けなければ―――!」

 

 

 あぁ、なんということだろうか。

 今の依姫は、視野が狭くなっているのだ。精神が不安定で、いつもの自分を見失って、最適な判断が出来ていない。いや、大抵人間はこういうものだろう。

 依姫にとって、月夜見はまだ尊敬に値する人物なのだろう、しかし、零夜はそうではないのだ。

 

 

「それに、俺がそいつを助けて、一体何の意味が―――」

「―――臘月、あいつのことを、できるだけ、話、す…」

 

 

 瞬間、零夜は目の色を変えた。彼女を助ける理由ができたからだ。

 報酬にがめついとかそういうことではない。彼は単純に損得を気にしているだけだ。それに、ここで臘月の情報を、できる限り入手しておくもの、今後に繋がるからだ。

 

 

「―――はぁ、で、どこに行けばいい?」

 

「話の、通じる、やつ、は…嫌い、じゃない、さ。道は…依姫に教えてもらってくれ」

 

「分かった、喋るな。臘月の情報吐くまで体力温存しておけ」

 

「――――――」

 

 

 零夜の言う通り、月夜見はもうそれ以上なにも喋らなくなった。

 神が人間の言葉を聞くなど、意外だと思いながらも、今自体が非常事態なために、そんなこと考えても仕方ないとも言える。

 

 

「ついてきて下さい」

 

 

 依姫の案内に従い、月夜見を背負って廊下を駆ける。

 瓦礫の山の奥に広がる光景は、まさに地獄の業火が蔓延っていたと言えよう。そんな灼熱地帯の中を、猛スピードで移動する。

 これだけでも、シロがどれだけ暴れていたのかが理解できてしまう。

 

 

「あっつ!長時間いるのは危険だぞ!」

 

「ねぇまだつかないの!?」

 

「もう少し待ってください!――――ありました!」

 

 

 秒速百メートルほどの超高速で走り、10~20秒ほどかかり、ひときわ大きな扉の前へと到着した。

 直後、依姫が月夜見を担いでいる零夜を見た。

 

 

「ここに、月夜見様の手をかざしてください」

 

 

 目の前には、タッチパネルのような画面が存在していた。

 

 

「まさか、指紋認証?律儀な…」

 

 

 零夜は月夜見の手をタッチパネルにかざす。

 すると、何重とも積み重なっていたのか、いくつもの扉が様々な形―――横に開き、縦に開き、上下に開き、やがてすべての扉が開くと、そこには大きな部屋が存在していた。

 

 

「入ってください」

 

 

 四人が入ると、先ほどの巨大な門とも言える扉が、閉じる。

 あれほどの強靭な扉、こじ開けるのは困難なはず。これで、しばらく誰も入ってくることはないだろう。

 いざとなれば、オーロラカーテンで逃げればいい。零夜は、言ったことのある場所なら、繋げることができるので、なんの問題もない。

 

 

「非常電力が動いているようで、助かりました」

 

「非常電力?なるほどな、こんな状態でも動くわけだ」

 

 

 こんな、灼熱地獄状態の宮殿で、電力が動いているのかと心配になっていたが、どうやらここには非常電力と言うのがあるらしく、それで動いていたようだ。

 

 

「―――で、ここなら邪魔は入らない。臘月のことについて、どれくらい知っている?話せ」

 

「その前に、まず少し私のことについて、話さなければならない」

 

「は?そんなのは別に「聞いて、くれないか?これは、君に関することでもあるんだ」―――どういうことだ?」

 

 

 何故、月夜見自身の話が、零夜について繋がるのか、意味が分からない。

 零夜と月夜見にはなんの接点もない、ましてや、今日が初めての、つまりは初対面なのだから。

 

 

「知っての通り、私の力は弱体化している。だが、それは君たちのせいじゃないんだ」

 

「ど、どういう、意味ですか…?」

 

「私の力は、もうとっくに弱体化していたんだ」

 

 

 月夜見のカミングアウトに、三人が驚愕と困惑の表情を見せる。いや、依姫だけ、二つの感情とともに悲痛の感情が混ざっていた。

 もうすでに弱体化している。確かに月夜見はそう言った。つまり、最初からほぼ信仰が失われていたと言うことになる。

 

 

「ど、どういう、ことですか…?」

 

「そのままの意味さ。私は、ある日から信仰のほぼ全てを失った。実質、新参者の神となんら変わらない程度の力しかないのだ」

 

「―――何故、力を失った?お前はこの月で最も信仰されてる神だろ?」

 

 

 月夜見は、この月の都の創設者の一人だ。そんな神が、信仰のほぼ大半を失うなど、ありえない。

 なにか、途轍もない要因があるに違いない。

 

 

「―――臘月の、仕業だ」

 

「臘月が!?」

 

 

 再び、困惑に困惑が塗りつぶされた。

 もしそれが、本当に臘月の仕業だとすれば、予測がつかない。月夜見ほどの強大な神を、どうやってここまで追い込んだのか、想像がつかない。

 

 

「臘月…。そいつが、何をしたんだ?」

 

「分からない、だが、ある日突然私の信仰は消えた。いきなり、大量にな……」

 

「一気に、大量に?そんなことがあり得るのか?」

 

「分からない。だが、事実、あいつがなんらかの手段を用いて私の信仰を消したのは確かだ」

 

「で、なんでそれが臘月の仕業だって分かったんだ?」

 

 

 月夜見の信仰が消えていたのは確実だ。ならば、何故それが臘月の仕業だと断言できた?普通、様々な原因を考えるはずだ。

 それなのに、月夜見は臘月を犯人と断言している。

 

 

「―――信仰を失う数日前、臘月に言われたのだ」

 

 

『月夜見、てめぇの天下はもう終わりだ。これからは、俺がこの月のトップとなる…!だから、てめぇはすっこんでろ』

 

 

「最初は、ただの戯言かと思った。不敬罪で牢にぶち込んでやろうかとも思った。だが、なにも言えなかった」

 

「言えなかった?どういう意味だ?」

 

「そのままの意味だ。私は、喋ることができなかった。

 

 

 月夜見は話を続ける。

 何故か言葉を話すことのできなかった月夜見は、そのまま部屋に実質的な投獄され、今までずっとこの部屋に閉じ込められていたとのことだ。

 

 

「待ってください!そんなことありえません!投獄?そんなはずが!だって、月夜見様は私と、たまに会っていたではありませんか!」

 

「そりゃあ、どういうことだ?」

 

「月夜見様とは、私は度々会っていました!そんなはずがありません!」

 

「おい、そりゃあどういうことだ?」

 

 

 今の依姫の話が本当なら、今の話は嘘だと言うことになる。

 二人は、月夜見に警戒を強めた。

 

 

「―――確かに、そうだ。だが、依姫。お前は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは、臘月から、言われて……ッ!」

 

 

 依姫が、言葉を失った。

 月夜見の言っている意味を、理解したからだ。そして、それは零夜とルーミアも同じだった。

 

 

「その次は?」

 

「臘月に……」

 

「またその次は?」

 

「臘、月、に……そ、そん、な……」

 

 

 依姫は膝から崩れ落ち、唖然としたまま、動かなくなった。

 とどのつまり、全部臘月が仕組んだことだったのだ。

 

 

「でも待って?なんで気づかなかったの?」

 

「確かにそうだな。いくら会うのが難しいトップだったとしても、そう何度も頻繁に会っていたら、疑問に思っていたはずだ」

 

「確かに……確かに、そうです。なんで、どうして、今まで、気づかなかったのか……」

 

「予想はしていたが、依姫。お前もすでに、臘月の『権能』の餌食になっていたか…」

 

「―――『権能』?」

 

 

 零夜は、初めて聞く言葉に首を傾げる。

 今までいろんなことに触れてはきたが、そんな言葉は初めて聞いた。

 

 

「なんだ、その『権能』って?」

 

「私も詳しくは分からん。だが、臘月が自分の能力のことを『権能』と言っておった」

 

「『権能』……ッ!…あの男も、シロと言う男も、『権能』と言う言葉を、口にしていました」

 

「なッ!?」

 

 

 ここで、シロの名前が出てきたことに、絶句した。

 シロは確かに、秘密主義のような一面もあった。零夜はシロ自身について、詳しいことすら知らないのだ。だが、知らない部分があって当然だが、よりにもよって、臘月とシロが同じ単語を使っていた。とても偶然とは思えない。

 

 

「あいつ、隠し事が多そうだったけど、まだこんな重要なこと隠してたなんてね…。ますます怪しくなってきたんじゃない?」

 

「そうだな…。信じたくはねぇが、信ぴょう性が高まってきているもの、また事実だ」

 

「―――その、シロと言うのが誰だか分からんが、『権能』を使っているのは確からしいな」

 

「確かにそれも気になるが、もっと別のことだ。実質的な監禁をされていたんなら、どうして出てこれたんだ?」

 

「それはだな、この騒ぎの際、電力が一時期に止まって、扉が開いたんだ。だが、しばらくの間、動くことができなかった」

 

「何故?」

 

「謎の、拘束力……と言ったところか、それで私は動けなかった。だが、しばらく経ち、それが解けたのだ。そうだな……ちょうど、10分ほど前だっただろうか」

 

「10分前?それって…」

 

「俺たちがここに乗り込んだ時だな」

 

 

 零夜たちが宮殿に乗り込んだ時間帯と、月夜見が行動可能になった時間帯が、ほぼ一致している。

 これほどの偶然があるだろうか。いや、ないに決まっている。

 

 月夜見の話を一通りまとめると、月夜見はあるときから臘月によって監禁。不自然に思われないにように依姫とたまに会わせ、依姫にも不自然に思われないよう『権能』とやらを使用。

 

 シロが暴れたことにより、電力が一時停止したことによって、ここを閉じていた扉が解放されたのだ。

 この扉は、従来の電力により開くタイプではなく、電力によって閉じて、指紋認証によって電力の供給が止まり開くと言うもの珍しいタイプだったそうだ。

 脱出のチャンスだったが、何故行動不能に。だが、零夜たちが来てしばらくした後に、行動可能となり、零夜たちと合流したそうだ。

 

 

(俺達が乗り込んだのと、こいつの行動が可能になったのには、なんらかの関連性があるのか…?)

 

「で、臘月って奴のことは?」

 

「あぁ。あいつのことについてできるだけ話そう。あいつは―――」

 

 

 月夜見が言葉を続ける、瞬間だった。

 突然、月夜見が大声を上げた。

 

 

「皆!すぐに壁際に寄れぇええええ!」

 

 

 それを聞いて、三人が一斉に壁際によった。

 その瞬間、轟音とともに強靭で巨大な扉にと反比例した小さな円状の穴が開き、月夜見の腹に巨大な穴が開いた。月夜見の傷口から、口から、鮮血が飛び散り、辺りを汚した。

 

 

「月夜見様ァアアアア!!」

 

 

 依姫は月夜見に駆けつける。

 床を血が汚す中、月夜見は微かに息をしていた。

 

 

「まだ…息はある!でも、脈が…!」

 

 

「なんだ、まだ生きてんのか。さすがに神はしぶといな」

 

 

 扉の奥から、誰かの声が聞こえた。

 そして、何故か零夜はこの声を知っていた。

 

 

「この、声は……!」

 

 

 夢だ。

 気を失った際、見た夢に出てきたうちの一人。●●に、■■と呼ばれていた、男…!

 

 扉が、正規の手段で開く。

 何重にも積み重なっていた扉が開き、そこにいたのは、一人の男だ。

 

 黒髪に、漆黒の瞳を持った、美青年。上質な着物を拵え、動きやすさを重視した服装をしていた。

 

 

「お前等が侵入者か。まったく面倒なこと起こしてくれやがって。男の方はぶっ殺すとして、女は……俺の道具にするか」

 

 

 その言葉とともに、三人の額の血管が浮き出る。

 怒りのあまり、力が入っている証拠だ。

 

 

「貴様ァア……!臘月ゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 依姫が、その男の名を叫ぶ。

 

―――■■、否、【綿月臘月】。

 すべての元凶である男が、ついに姿を現した。

 

 

 

 




 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38 無敵

 めっちゃ頑張って書きました。
 感想お願いします。


「臘月ゥゥウウウッッ!!」

 

 

 依姫の持つ刀の、銀閃が臘月の首筋へと直撃する。

 ―――が、臘月の首の皮膚で、刃は止まった。刀より硬い、そんな金属を斬ろうとしている感覚が、依姫を襲った。

 

 

「な……ッ!」

 

「一度目が駄目だったのに、二度目が通用するわけないだろ?もうちょっと頭使ったらどうだ?」

 

 

 臘月が刃を指でつまんで持つと、そのまま振り回し、刀ごと依姫を壁へ放り投げ、壁に激突する。

 

 

「ガハッ…!」

 

 

 ドーム状に壁が凹み、依姫がそのまま崩れ落ちた。

 

 

「チッ、面倒くせぇな。―――あん、お前……転生者か?」

 

「「ッ!!」」

 

 

 臘月の指摘に、二人の額に冷汗が浮き出る。

 何故、見破られた。零夜はともかく、ルーミアも、男の正体が見破られたことに、驚きを隠せなかった。

 だが、同時に臘月が転生者であると言う裏付けも取れた。

 

 

「何故、そう思う?」

 

「お前が『権能』特有の気配を持ってるからだろ。これくらい分かるっつの」

 

「だから、その『権能』ってなんだっての」

 

「は?お前『権能』知らねぇの?まぁ反応が弱ェからまさかとは思ったが、ハハッ、どうやらてめぇを転生させた神は随分とズボラ見てぇだな」

 

「どういうことだこらぁ…!」

 

 

 自身を転生させた神を侮辱したことによる、零夜の怒りが、可視化できるほどのオーラとなって現れる。

 だが、確かにあの神からは一度も『権能』と言う言葉を聞いたことはなかった。まさか、本当に意図的に、隠されていたのか、思いたくもない考えが浮かぶ。

 

 

「だってそうだろ。大した説明もねぇで転生させるとか、バカの極じゃねぇか」

 

「そういうてめぇの神は、どうなんだ?」

 

「俺を転生させた神?そりゃあちゃんとしてたぜ?てめぇの神とは違ってなぁ」

 

「てめぇ……r―――クロ、落ち着いて!」

 

 

 怒りが増していく中、ルーミアが落ち着かせに入る。 

 

 

「―――だったら、聞かせてもらおうじゃねぇか。その『権能』って奴が、なんなのかをよォ…」

 

「あぁいいぜ。ただし、代金は―――てめぇの命だ!」

 

 

 臘月が地面に落ちた石ころを蹴ると、それが音速を超えた速度で零夜の顔面へと向かって行く。

 咄嗟に巨大な盾を『創造』し、横に体を逸らす。

 

―――石が、盾を、部屋の壁を貫通して、轟音とともに空の彼方へと飛んでいく。

 

 

「――――ッ!」

 

「今の避けるのか、スピード重視系か?」

 

「ッ、ルーミア、ここは一旦引くぞ!」

 

「わ、分かっ「させるかよ」ッ!」

 

 

 ルーミアに合図を出した瞬間、ルーミアに臘月がいつの間にか近づいており、腹に臘月の強烈な一撃が入る。

 

「グフッ!!」

 

 ボキボキと、骨が砕ける音とともに、血を吐き、ルーミアが壁を貫通して外へと放り出された。

 

 

「ルーミアッ!」

 

「安心しろ。アレは俺の道具として使うんだ。殺しはしねぇよ」

 

「ッ!なら…!」

 

 

 突如、零夜の体に、禍々しい緑の風が取り巻いた。

 やがて、風は人外の形を形成していき、それが実体を表す。

 

 

ダブルゥッ!

 

 

 【仮面ライダーダブル】の姿を歪め、後頭部側面にもう2つの赤い「目」、左右を繋ぐフランケンシュタインのような継ぎ接ぎが存在し、右が笑い顔、左がへの字口となっており、その表情はとても恐ろしげで歪な印象を与えている。

 

 右はターコイズカラー、身体から包帯のように垂れた造形だ。

 左はビスが打ち込まれた黒いレザー生地のような皮膚と刺々しい装飾を持ち、ステンドグラスで造られたかのような平面的なデザインで、スロット部分が鳥のようになっているベルト。

 

 両太腿辺りに、左太腿にはDOUBLEの文字、右太腿には2009の数字が刻まれているライダー。

 

 

―――一人になりきれない仮面ライダー アナザーダブル

 

 

「へぇ~それがお前の『権能』なのか?」

 

『だから、知らねぇつってんだろがァ!』

 

 

 アナザーダブルは右側のベルトを操作すると、ターコイズカラーからイエローへと変化する。

 右腕を振るうと、腕が伸び、臘月に巻き付け拘束する。

 

 

『ここじゃ狭い!広いところまで移動させてもらうぞ!』

 

「――――」

 

 

 そのままハイジャンプし、臘月ごと外へと身を投じた。

 かなりの高さまで飛んだあと、臘月をそのまま地面へと強烈な勢いで放り投げる。

 

 地面に激突する瞬間、爆発的な土煙が生まれ、辺りの視界を遮った。

 

 イエローからターコイズに戻し、アナザーダブルの周りを竜巻を操り、空中で体勢を維持する。

 

 

『――――!』

 

 

 少しの時間が経ち、砂煙が晴れた瞬間、アナザーダブルはありえないものを見る。

 衝撃により窪み、できたクレーター。その中心に……。

 

 

「何しやがんだよクソ野郎が…!」

 

 

 ()()で、平然としている臘月が、そこにはいた。

 臘月の素肌には、大けがどころか擦り傷すら存在せず、ましてや、服にすら損傷が届いていなかった。

 

 ウラノスと同じような、服が衝撃の緩和などの特別性の服なのか、いや、それでもあれだけ平然としているなど、ありえない。

 

 

「降りてこいよ!」

 

 

 臘月がアナザーダブルに手をかざすと突如、体の姿勢が崩れ―――否、体が落ちていく。

 

 

『なッ!?』

 

 

 すぐに体制を立て直そうと、風を操ろうとするも、風が言うことを効かない。

 そのまま、高所から地面に落下し、骨に、体全体に、ダメージが響き渡る。

 

 

『がハッ…!なに、が…!』

 

 

 臘月が手をかざしてきた瞬間、完全に風の制御が効かなくなった。

 なにが起きたのか分からず、悶えるアナザーダブル。考えられる可能性として、操作の主導権を奪われた?今ある情報では、それしか考えられない。

 

 

「これで、同じ土俵だなぁ。空飛ぶとか卑怯過ぎんだろ。どう思ってんだよ、お前」

 

『卑怯、か…。月を理不尽と色欲一色に染めたてめぇにだけは、言われたくねぇ言葉だよ…!』

 

 

 零夜の中の、卑怯=理不尽の存在が、シロだけではなく、目の前の男が加えられた瞬間だった。

 零夜としては、もう既に存在自体卑怯なお前にだけは言われたくない、と思うほどだ。

 

 

「理不尽?色欲?なに言ってんだお前。理不尽と色欲なんざ、地球と全く変わりはしねぇだろ」

 

『―――――』

 

「お前はいいよなぁ?俺なんか、せっかく異世界転生ハーレム作って盛り上がろう!って思ってた矢先だったってのに、まさか転生先が『穢れ』だっけ?そんなクソつまんねぇ理由で、禁欲生活を強いられる毎日がよぉ、想像できるか?だから俺が変えてやったんだよ、このふざけた空間を、正常なものへと戻したんだ!」

 

 

 臘月はすらすらと、まるで台本を読んでいるのではと思うほど言葉を読み上げていく。

 そこには、自身の身勝手な理論しか存在しておらず、この世の真理を語っているかのような顔をしていた。

 

 

「まぁいい家に生まれたのが良かったよ。おかげで、あとは大義名分ができるだけでここまで作り変えられたしなぁ。そんな苦労して、念願の夢を叶えた俺と比べて、お前はいいよな?地上で生まれて、好きなだけ女を抱き放題でよォ!あのさっきぶっ飛ばした金髪の女、あれお前の女だろ?いいよなぁ、顔面偏差値が高くて、乳がデカいって、どんな優良物件だよ。いいよなァお前は女を抱き放題でよぉ!お前もどうせ、俺と同じような考え持ってんだろ?この月襲って、自身のハーレム要因増やそう的な考え持って来たんだろ!?そんなことさせねぇよ!逆に、お前の女を俺が貰ってやらぁ!」

 

 

 自身の中で勝手に物語を構成し、まるでそれが真実かのごとく語っていくその様は、生理的嫌悪感しか覚えることのできない光景だ。

 

 

『女抱き放題だ……?ふざけんなよこっちの気も知らねぇで!俺は昔っから一筋派だ!』

 

「はぁ~~~?なにそれ?ふざけてんのか?異世界に来ておいてハーレム作らないとか、バカだな、愚かの極だ。女ってのは、穴としか価値のない、それしか意味のない存在なんだよ。アレか?日本の男女平等?公然猥褻罪?そんなの根付いてんのか?ここは異世界!そんな法律存在しねぇ!だから、女をどう扱おうが、男の勝手なんだよ!お前もそうあるべきだ、だって男なんだからなぁ!」

 

 

 そうか、この男は、男尊女卑が心の底から根付いているのだ。

 理性を常に保っている零夜と、理性と言う壁すら破壊した臘月、二人はまさしく水と油の関係だ。

 

 

『黙れよ……。てめぇの理論こっちに勝手に押し付けてくんじゃねぇ…。お前を見てるとよォ、お前に似たクソ野郎を思い出すんだ』

 

 

 かつての記憶。

 ルーミアをミラーワールドに連れて行く要因となった、最悪の男(ゲレル・ユーベル)

 男尊女卑が心の底から根付き、長々と自分の理論を語っているところからすでに似ている。

 この男は、臘月は、ゲレルと根本的に似ている―――すなわち、クズだ。

 

 

「そのクソ野郎って言うのが誰だか知らねぇが、それは、つまり俺はそのクソ野郎とお前如きに同視されてるって見ていいだな…?」

 

『始めっからそう言ってんだよ、分かれや、クズ野郎』

 

「――――よし、殺そう。お前は、残忍な方法で殺してやろう。そうだな、玉兎たちの嬲り者にでもするか。あいつらはいっつも道具として扱ってるからな。道具のケアも、所有者として必要な仕事だ。あいつらのストレスを、お前にぶつける。俺はとても素晴らしいと思うだろ?人に、道具にも、分け隔てない考え方をするからなぁ!」

 

 

 先ほどまで男尊女卑を語っていた男が、分け隔てなくと言う時点で、とてもまともな思考じゃない。言っていることが何から何まで支離滅裂だ。

 臘月は、自尊心が高すぎる。その証拠が、この傲慢で高慢な態度だ。

 

 

『お前がイカれてることは十分に分かった…。だったら尚更てめぇを生かすわけにはいかねぇ!』

 

 

 右側のベルトを操作する。アナザーダブルの右側―――ソウルサイドが、ターコイズからホワイトへと変化した。

 左側―――ボディサイドの刺々しい装飾同様に、ソウルサイドの装飾も、突起物――刃が目立つ装飾へと変化した。

 

 

『はァッ!』

 

 

 右腕についた三日月状の刃を2、3回連続で振るうと、強大な白銀の斬撃が、地面を斬りながら臘月を襲った。

 臘月は余裕そうな表情を浮かべ、その攻撃を甘んじて生身で受け止めた。

 地面を斬るほどの刃、それを生身で受ければ、ただでは済まない、はずなのに―――。

 

 

「無駄なんだよォ。どんな攻撃をしたって、俺には届かない」

 

 

 臘月には、服すら損傷がなかった。

 やはり服が特別性なのか、それとも臘月の『権能』の影響なのか、最早分からなくなってきていた。

 

 それでも諦めないアナザーダブル。

 今度はボディサイドを銀色に変え、長い鉄の棒のようなものを装備する。それと同時に、棒の両端に巨大で強靭な刃が対になるように出現した。

 見た目は、二対の大鎌をくっつけたような、そんな感じだ。

 

 

『うぉぉお!!』

 

 

 巨大な大鎌を振るい―――狙うは首だ。

 先ほどの依姫の攻撃で、臘月の首を攻撃しても意味がないことは承知済みだ。だがしかし、少しでもある可能性に、賭けてみることにしたのだ。

 巨大な刃が、臘月の首を襲う。

 

 

「お前、さっきのヤツ見て学習しなかったのか?首ちょん切ろうとしたようだけどよ、無意味なのはさっき見たよな?お前って学習能力ないのか?」

 

 

 臘月が刃を素手で掴むと、刃が一瞬にして握りつぶされる。

 それを見たアナザーダブルはすぐに棒を捨て距離を取った。

 

 だが、これで分かったことがある。

 臘月の防御力は―――いや、あれは防御力と呼べる代物ではない。

 

 今確かめたのは、臘月の防御力がどれだけのものかを確かめるためのものだ。

 依姫は女性とは言え、常人以上の力を持っているのは確か。それでも刃が皮膚すら通らないとなると、相当な防御力を誇っていることになる。

 ならば、それ以上の力で振るえば―――と思い実行したが、それはまるで無意味だった。

 

 

 目の前の、ロッドをボキボキと折っていく臘月を見て、確信した。

 

 

―――臘月の『権能』は、限りなく『無敵』だと。

 

 最悪だ。最悪の中の最悪だ。

 今まで、こんな敵にあったことがなかった。『無敵』の能力者なんて、まるで成す術がない。

 成す術なく、やられていく。

 

 

(クソ……最悪だ。『無敵』だなんて、誰が想像できるか…!)

 

「どうした、攻撃の手が止んでるぞ?」

 

 

 この感情は、いつぶりだろうかと、思わず考えてしまう。

 まるで、スーパーなヒーローの虹色無敵状態を相手にする、亀の軍団の気持ちだ。

 この『絶望』は、本当にいつぶりだろうか。

 

 

「まさか、怖気づいたのか?」

 

 

 にやにやと笑う臘月。

 それに激情し、アナザーダブルはソウルサイドとボディサイド、両方の色を変える。

 ソウルサイドはイエローに、ボディサイドはブルーの色に変え、ひと際どでかい銃―――マグナムにも似た銃を持ち、引き金を引く。

 黄金のエネルギー弾丸が、不規則な軌道で臘月に迫っていく。

 

 

「だから、なにをしたって無駄なんだよ!」

 

 

 臘月が地面の砂を掴み、投げる。砂が一定の直線の軌道を描きながら、弾丸に着弾し、小さな爆発を引き起こす。

―――と、そのとき、灼熱の劫火が、渦を描きながら臘月を襲い、飲みこんだ。

 爆煙は、フェイントだった。本命は、この劫火だったのだ。

 

 燃える灼熱地帯の中、アナザーダブルのソウルサイドが、灼熱の如き赤色へと変化していた。

 

 

『物理攻撃は絶望的だ。なら、炎は―――』

 

「しゃらくせぇ!!」

 

『何!?』

 

 

 突如、()()()()()()

 比喩表現ではない、物理的に、炎が止まったのだ。炎の時間が止まった?いや、炎の熱は依然として感じられる。なら、別の要因がある、あるはずなのだ。

 だが、現実はアナザーダブルに考える余裕すら与えてくれない。刹那の時間―――その間で、()()()()()()

 

 

『炎を…砕いた…!?』

 

 

 砕かれた炎が、そのまま塵となって無に消えていく。

 目の前のありえない現象に、困惑を示すアナザーダブル。

 ありえない。現実的にあり得ない。炎がガラス細工のように砕かれるなんて。

 

 

「あー……イライラする。普通諦めるだろ。なんで諦めないだお前?お前さ、もしかして諦めない男はかっこいいとか思ってるんじゃないだろうな?それさ、単純に面倒くさいだけだからよ、いい加減諦めろよ。人生諦めも大事、パパやママに習わなかったのか?確かに諦めないって言うのは利点だ。だが同時に欠点でもあるんだよ。漫画やアニメで諦めないと力が漲って敵を倒すってシーンあるけどさ、あれは主人公だけの特権なんだよ。そして、お前はモブ。俺が、この月での主人公だ」

 

 

 諦めるのを強要しているのか、褒めているのか、貶しているのか、話の要点が掴めない。

 そして、自分を『月の主人公』と自称する臘月。

 

 

『確かに、確かにてめぇは主人公とも言える力を持っているが……だが、それだけだ』

 

「は?」

 

 

 確かに、臘月の『権能』と言うのは『無敵』なのかもしれない。

 だが、完全で完璧な『無敵』など、ないに決まっている。零夜には、その確信があった。

 

 同じ無敵の【ハイパームテキ】でさえも、【パラド】が消失してしまえば変身できなくなると言う弱点がある。

 【ゴッドマキシマムゲーマー】にも、『モータルリセッター』と言う弱点がある。

 それと同じように、何かしらの弱点があるはずだ。零夜はそう信じて疑わない。

 だからこそ、態度を決して崩さない。

 

 

『言ってやるよ。お前は、バットエンドが確定している物語の主人公が、お似合いだよ』

 

「貴様ァアアアアアア!!」

 

 

 アナザーダブルの煽りに、激高する臘月。

 周りに転がっている小石や岩を投げて、蹴って、投げて、蹴ってを繰り返し、音速を超えた石礫(イシツブテ)が、アナザーダブルを襲った。

 

 

「ハァ……ハァ…!この俺を、バカにしやがって……思わず木端微塵にしちゃったじゃないか―――」

 

 

―――突如、臘月に大量の石礫が真横に降り注いだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 臘月は驚きながらも、避けることはせず、石礫が直撃する。

 強烈な、盾や壁をも貫通した己の石礫を受けても平然と立っている臘月は、表情が怒りで歪んでいた。

 

 

「どういうことだ…!?何故俺の攻撃が跳ね返って!?」

 

『そのまんまの意味だよ』

 

 

 目の前の、臘月の視界が、煙から解放された。

 そこにいた怪物は、先ほどとは違っていた。

 

 あのターコイズとブラックの半分こ怪人ではない、別の怪人。

 

 体の色は、漆黒と黄金の二色。

 瞳やクラッシャーが存在し、仮面のスリット部分が歪なラインになっており、赤い複眼の中に小さい瞳が存在している。

 漆黒の龍がモチーフとなり、頭部の紋章はそのまま龍の顔を象っており、ボディ各部には龍の鱗らしき意匠が、ベルトのVバックルもカードデッキを咥えた龍の顔になっている。

 下半身には中華服のような前垂れが存在している。

 胸部には鏡文字でRYUGA、2002と描かれている。

 左に剣を装備し、右に龍の頭を模った手甲を装備している。

 

 

 

 

リュウゥガァ!

 

 

 

 

―――かつて鏡の世界に存在した異世界のライダー アナザーリュウガ

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 アナザーリュウガへと変身を遂げた零夜は、仮面越しで目を血走らせた。

 ほんんどの攻撃が通用しない『無敵』の『権能』。だか、そこには必ず綻びがあるはずだと、零夜は信じて攻撃を続ける。

 

 右腕の龍の手甲に、蒼き漆黒の炎を纏わせ、腕を突き出した。

 蒼き漆黒の炎が臘月を包み込み―――臘月が、炎を突き抜けてきた。

 

 

「無駄だっつってんだろ!」

 

 

 臘月の無傷の右手が、アナザーリュウガを襲う。

 左手の剣を振り下ろし、臘月がその剣を素手で掴む。

 

 

「死ねッ!」

 

 

 右手で剣を掴んだまま、左手でアナザーリュウガの腹を殴る。

 この攻撃は、先ほどルーミアを彼方まで吹き飛ばした攻撃と、同じだ。衝撃に従って、アナザーリュウガは後ろに吹っ飛ぶ……はずだった。

 だが、臘月が今剣を掴んでいるため、吹っ飛びたくても吹っ飛べない。このままでは、サンドバック状態だ。

 

 

『(剣が……離せない!?いや、それだけじゃない足が地面にくっついたように離れない!)』

 

 

 ならば、剣を離せばいいだけだと実行しても、何故か剣が手から、足が地面から離れなかった。

 いや、そうじゃない。()()()()()()()()()()()()。拳が開けないから、手から剣が離れない、足が動かないから、地面から離れないから、力を入れても、己の拳が、足がびくともしない。

 

 

「ハハハハハ!どうしたどうした!!攻撃の手が衰えて―――あん、なんだこれ?」

 

 

 突如、臘月の目の前に、鏡が出現した。

 その鏡は今の臘月の姿をくっきりと映しており、何の変哲もない、ただの鏡だった。

―――だが、そのとき、鏡の中の臘月が飛び出して現実に出現し、連続で鏡像の臘月が臘月に拳を叩き込んだ。

 

 己の攻撃が己に返り、臘月は後ろへ吹っ飛ばされる。

 音速を超えた速度で、後ろへ後退していく。

 

 

「――――――」

 

 

 臘月が、己の脚を、地面に付ける。

 すると突然、先ほどの攻撃が嘘だったかのように、臘月の後退は止まった。

 

 

『衝撃を……かき消したのか!?』

 

「やってくれるじゃねぇか。攻撃を跳ね返すのか?卑怯すぎんだろうが…。さっきの攻撃が跳ね返ったのもそれか。ふざけんなよ、俺の攻撃は俺のもんなんだよ、お前のモンじゃねぇ。俺のなんだ。お前さ、著作権って知ってるか?自分が作ったモンを、人の許可なしに使っちゃダメってヤツだよ。お前が法律のしがらみに囚われてんならそれを守れよ。バカじゃねぇのか?俺の攻撃勝手に使いやがって。著作権の侵害だぞこの野郎が…!」

 

『さっきまで日本の法律に真っ先に無視してたバカにだけは言われたくねぇわ…』

 

 

 日本の法律は通用しないと言って置きながら、その法律を相手に強要する様は、もう呆れを通り越して清々しく見える。

 

 

「黙れ黙れ!俺は法律と言う鎖を断ち斬った身!そしてお前はまだ囚われている身!つまりはだ、俺は守る必要はねぇが、お前はそれを守る必要があるだよ!お前も日本人ならそのくらいの教養身に付けとけよ!」

 

『―――もういい。お前と話していると疲れる』

 

 

 それは一体どんな極論だ、と思わずとも思いたくなる。

 先ほどまで男女不平等を零夜に強要していた男が、ここに来て法律を守れなど、ばかばかしいにもほどがある。

 

 

『教養の「き」の、ケーの文字の一画目すらないお前に、言われたくない!』

 

「ふざけんなよこの野郎!」

 

 

 臘月とアナザーリュウガが同時に急接近し、己の右手をぶつけ合い、蒼き漆黒の波動が辺り一帯を支配した。

 

 

『お前の攻撃は、案外大したことねぇな!』

 

「なんだと!!バカにするのもいい加減にしやがれ!」

 

 

 事実、アナザーリュウガの能力で攻撃を跳ね返せたと言うことは、そういうことだ。

 アナザーリュウガの能力、『反射』は相手の攻撃をそのまま反射する力だが、アナザーリュウガ自身の防御力を上回る攻撃は、跳ね返せない。

 それでも跳ね返せたと言うことは、臘月の攻撃力はアナザーリュウガの防御力より下と言うことになる。

 

 波動が、衝撃が、限界に達して、二人を中心に爆発を引き起こす。

 アナザーリュウガが衝撃で後ろに後退するが、その爆発を受けたことにり、アナザーリュウガの目の前に鏡が出現し、鏡から前方に再び爆発を引き起こし、辺り一帯に爆炎と爆煙をまき散らした。

 

 

『これで、少しはダメージッ!?』

 

 

 ―――刹那、爆煙が一瞬にして晴れ、同時にアナザーリュウガは全身に強烈なダメージを受けた。

 体が宙に浮き、転んでいく。

 

 

『な、なにが…!?』

 

 

 起きて立ち上がると、同時に鏡が出現した。

 『反射』が発動したのだ。

 

―――が、鏡が、割れた。

 

 

『割れ、た…!?』

 

 

 今、目の前で確かに、『反射』の鏡が割れた。

 つまり、あの攻撃は、アナザーリュウガの防御を上回ったと言うことになる。

 

 今の一瞬で、一体なにが起きた?

 

 

「今、見たぞ…?鏡割れたな。工夫して攻撃力高めてみたら、割れたな。つまり、あれか。跳ね返せないほどの攻撃をすりゃ、跳ね返せないってことか。いい発見をしたなぁ。褒めてやるよ、今まで舐めプしてたが…それはやめだ。本気を出す必要はねぇ。ただ、真面目にやるとするよ。真面目に、お前を潰す」

 

『――――ッ!』

 

 

 見破られた。

 あの一瞬で、アナザーリュウガの『反射』の弱点を見破られた。アナザーリュウガは臘月をただの攻撃力だけの塵屑野郎としか見ていなかったが、その認識は少し間違っていた。

 この男は、頭がキレる。でなければ、この短時間でアナザーリュウガの弱点を見破れるはずがない。

 

 

「じゃあ俺のターン行くぜ」

 

『ッ!!』

 

 

 刹那、臘月が一瞬のうちにアナザーリュウガに接近し、腹に拳を叩き込んだ。

 嘔吐物を吐きそうなほどの衝撃が、アナザーリュウガの腹を貫通し、法則のままに後ろへと吹き飛んだ。

 

 勢いが落ちることがなく、まっすぐ、ひたすらまっすぐに飛来し、アナザーリュウガにダメージを与えていく。

 そんなとき、突如勢いが落ち、無様にも地面へと何度も何度も転がり、やがてその勢いはとどまったが、今の一撃が強力すぎて、立ち上がれない。

 

 

(なんだ、今の…!?パンチであることには変わりなかった…それなのに、なんだこの攻撃は!?さっきの比じゃない……!?)

 

 

 攻撃事態は、先ほどと同じパンチだった。だが、相違点は、攻撃力がさっきよりも跳ね上がっているということだ。

 これほどの攻撃力では、『反射』などできるはずが―――。

 

 

『あ゛…?』

 

 

 ここで、ある異変に気付いた。

 『反射』ができなかったことではない。それはすでに予測していた。アナザーリュウガが気づいた異変とは、その前提。

 ()()()()()()()()

 割れる割れない、発動するしないの、以前の問題だった。鏡が、『反射』が出現しないのだ。

 

 跳ね返せないのなら、鏡が割れるはずだ。

 だが、それ以前の問題だ。『反射』が、発動しない。

 

 

『『反射』が、発動しない…!?』

 

 

 それを感じて、一つの可能性が浮上した。

―――『能力の無効化』?いや、それはありえない。今までの攻撃に、それとは全く関係性や関連性がない。

 ということは、別の『権能』を行使したのかもしれない。

 

 ウラノスのように、二つの能力を持ち合わせている可能性だってある。

 

 

『無敵状態と、能力無効化…!?そんなの、正真正銘のチート、だろうが…!』

 

「どうした、怖気づいたか?その方が手っ取り早くていいんだがな」

 

 

 アナザーリュウガの前に、臘月が仁王立ちをしていた。

 完全に舐められている。だが、アナザーリュウガの強みである『反射』が効かない時点で、あの態度を取るのも分からなくはない。

 

 

「もう諦めろよ、いい加減。お前じゃ俺に勝てない」

 

『いいや、まだだ…!諦めて、なるものかよ…!』

 

「面倒くせぇな。なんなんだその自信?」

 

『これは、決して俺の自慢じゃねぇが……こっちにもいるんだよ、チート野郎がな…!』

 

「は、まさかお前転生者二人拵えてきたのか?うわぁーないわ。本当にお前の自慢じゃねぇじゃん。結局は人だよりかよ。かっこ悪ぃな。お前さ、人に任せて恥ずかしくないのか?せめて男なら最後まで筋通せよ。お前のような、ラノベとかでよく出る悪役的な、ああいうの俺嫌いなんだよな。ホント死んでもらいたいわマジで」

 

『言ってろ…。あいつなら、お前に勝てるはず―――ッ!?』

 

「あん?」

 

 

―――突如、巨大な地震が二人を襲った。

 

 

『月で、地震……!?どういうことだ!?』

 

「こりゃあアイツがマジで暴れてやがる…。それほどの敵なのか?まさか、今てめぇが言ってた奴のことか?」

 

『暴れている…。まさか、シロが!』

 

 

 地震と連動するように、地面が轟音とともに爆発する。

 土を、石を、煙をまき散らしながら、そこから一つの人影が見えた。

 

 

―――全身白装束の、チート野郎が。

 

 

『シロッ!!?』

 

「ハァ…ハァ…零夜君?どうして、ここに…?」

 

『それはこっちの台詞だ!なんで地面から出てくんだよ!?それにお前、それ、血…!?』

 

 

 始めてみた、シロの『血』を。

 シロの全身の白装束の、半分以上が赤い血で汚れていた。

 始めてみた、シロが怪我をしているところを。 

 

 

「『』のことは気にするな!『俺』には、今やらなきゃいけないことがあるんだ!」

 

『シロ…ッ!?』

 

 

 始めて聞いた、シロの『俺』と言う一人称。

 始めて聞いた、シロの、ここまで慌てふためく様は。

 いや、慌てていると言うより、シロから怒りや、悲しみといった感情が感じられた。どちらにせよ、ここまで感情的になっているシロを見るのは、初めてだった。

 

 それに、一人称が『僕』から『俺』に変わっている。

 自分の一人称すら変えるほどの、”ナニカ”と、今シロは戦っているのか。

 

 

「おいおい、どうしてくれんだよ、これよ。勝負に水差しやがって…」

 

 

 煙ごしから聞こえた、臘月の声。

 再び、一瞬にして煙が晴れた。だが、今のこれは、先ほどの衝撃波のような攻撃が混じったものじゃない、ただの風が、吹き荒れただけだ。

 

 視界が良好となったとき、零夜とシロは、見た。

 臘月の隣に立つ、”二人目”を。

 

 

「―――――」

 

 

 そこにいたのは、顔立ちの整った、美青年と言うべき青年がいた。

 髪の色は白、色彩が抜けた色だ。瞳は黒真珠のような黒色。だが、その瞳に光が―――ハイライトが存在していなかった。まるで、人形のように。

 引き締まった体が、目立つ青年。

 

 だが、顔と相まって、服装がボロボロだ。

 彼の服装は、一言で言えば布切れだ。一枚の布切れを、被っているかのように、そのまま着用している。

 

 彼の見た目と服装、まさに水と油だ。

 

 

「お前か……お前が、臘月か?」

 

 

 シロが、怒気を、怨念を込めた声で、臘月へと問いた。

 それを聞いた臘月は、にやりと不敵な笑みを浮かべ、

 

 

「そうだ。俺が綿月臘月。それで、お前は?」

 

「『俺』はどうでもいい!お前……()()()に、なにをした!?」

 

「おいおい、こっちが名乗ったんだから、お前も名乗れよ。普通さ、こういうのはお前が先に名乗るもんだぞ?それをこの優しい俺が文句も言わずに答えたんだ、だから名乗るのが礼儀なんじゃないのか?」

 

「――――おい、『俺』は、そいつに―――圭太に、なにをしたかって、聞いてんだよ!!」

 

 

 瞬間、シロの激高に連動してか、暴風にも似た衝撃波が辺り一帯に飛んだ。

 『圭太』とは、誰だ?シロは、その人物のことを知っているのか?零夜は分からない、聞いていないから。

 

 

「おいおい、そんなに怒るな。それによ、『圭太』だって誰のことだ?こいつはそんな名前じゃねぇ」

 

「いいや違う!そいつは、紛れもない『圭太』だ!そうじゃないとしたら、一体誰だ!」

 

「いいぜ、答えてやるよ。こいつは―――」

 

 

 

 

 

「―――八人目の『ヘプタ・プラネーテス』、名を『地』の零番(ゼロバン)だ」

 

 

 

 

 




 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39 『地』の零番

 受験シーズンの三月と言うのも相まって時間がすごくできたこの頃。
 滅茶苦茶書きます。


龍狐「サプリメント、飲まなきゃ」

零夜「目はちゃんと休めろ」





「――――――」

 

 

―――時間は遡り、薬物開発室。

 そこに存在する生命は、たったの一つだけだった。

 

 

「―――これ、か」

 

 

 たった一つの生命、白装束の男―――シロは、目の前にある緑色の神々しいオーラを放つ巨木を見ていた。

 室内にあるには、とてもじゃないが大きすぎる巨木。そんなものが、わざわざ室内にあるのだから、それは必ず意味があるはずだ。

 シロは巨木に触れ、精神を集中させる。

 

 

「確かに、感じる。――――」

 

 

 シロは、先ほどまで生きていた男の話を思い出す。

 

 

『あの木、には……特別な『実』が成る。その『実』から、回復薬などを、造っている…!』

 

『その『実』の、本当の効果は、精神的作用を促すもの、だ…。それを、肉体的なものに変換する技術を、確立し、て…』

 

『その技術、は……デンドロン様が、一任、している…!私は、ここではナンバー2だから…これくらいしか知らない!これで、私が知っていることはすべてだ!だから、助けゴブッ!』

 

 

 男からは、ある程度の情報は接種できた。

 だからこそ、もう生かす価値はないと判断した。生かしたら、余計な波紋を生じかねないからだ。

 

 

「確かに、これなら回復薬の材料になり得る…。―――だが、同じなのは()()だけか…」

 

 

 情報を得たシロは、満足するどころか、逆に落ち込んでいた。

 

 

「まぁいい。こいつは――」

 

 

 シロが巨木に、掌を向けた。その拳を握ろうと力を入れると同時に、白いオーラがシロの掌を包んだ。

 それと連動するように、巨木が徐々に押しつぶされていく。

 

 やがて完全に拳を握ると、巨木が球体となり、重力に従い落下すると同時に神聖な輝きは失われた。

 

 

「処分に限る。これで、薬は造られることはないはずだ。―――にしても、本当に不愉快だ」

 

 

 シロは言葉に義憤を混ぜてそう言い放った。

 彼にとって、この薬がここで造られていることが、不愉快以外の何物でもないようだ。

 

 

「そう言えば、デンドロンって奴だけ、『能力』が不確かだったな……」

 

 

 シロの『権能』で零夜経由で入手した情報だ。

 死んだ奴の能力などどうでもよかったが、今は違う。よくよく考えれば、なんで死ぬかもしれない最前線で、自分の力を発揮しなかったのか。今になって、疑問が尽きない。

 

 

「なんで死ぬ間際でさえも、『能力』を使わなかったのか……分からん。」

 

「デンドロンの『能力』。あいつの『能力』で、この『神の木』を育てていたのは、確かかな」

 

 

 男の話を信じるならば、『神の木』に関してはデンドロンが一任していたとみて間違いない。そして、『神の木』などと言う大層な名前がついているだけ、育てるのは困難を極めるはずだ。それを可能とするのが、デンドロンの『能力』。

 

 

「まさか、デンドロンは〈非戦闘員〉……?」

 

 

 ありえない。―――いや、あり得るかもしれない。

 『火』『水』『海』が積極的に攻める中、『木』だけが遠距離攻撃―――つまりは消極的な攻撃方法だった。それに、矢を射るとき、必ず三人が隙を作ってから射貫いていた。

 つまりは、デンドロンは素人に毛が生えた程度の実力だった……?そう考えることもできる。だが、これも予測の一つでしかない。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス……僕にとっては雑魚でしかないけど、他からしたら十分脅威なのに…そんな連中の中に、雑魚を放り込むか?」

 

 

 一般人からすれば、十分脅威になりえるヘプタ・プラネーテス。そんな猛獣の檻の中に、小動物を入れるのと同じようなことを、するとは思えない。とてもじゃないが、利益を考える人間の考えることではない。

 

 

「だけど、デンドロンが目立った行動をしてなかったのも事実……。せいぜい、零夜の行動を睡眠効果で妨害しただけ…。とても力があるとは思えないんだよなぁ…」

 

 

 その睡眠を促す薬が、一体何なのかは、今だに不明だ。

 だが、所詮は睡眠。自分には効かないと自らを納得させ、シロは様々な機材に目を向ける。

 

 

「いくら、造るための過程などが違かろうが、本質は同じ。そんなものが他の奴に造られてるなんて、許せるものか。著作権守れやバカ野郎ども」

 

 

 手に剣を召喚し、機材へと振るった。剣から生み出された白き一閃が、大量の機材を凪った。

 倒壊した機材が、また機材へと連鎖し、やがて全壊の予兆を生み出した。

 

 

「これは、残してなるものか。圭太への侮辱は、『僕』が―――『俺』が、許さない」

 

 

 ゆっくりと歩みを進め、シロはこの部屋から消えていき、この時代の、月の『薬物開発』は、終わりを告げた。

 

 部屋を出たシロは、フードを深々と被り直した。

 

 

「―――――――」

 

「見つけたぞ!」

 

「穢れた地上人め!覚悟しろ!」

 

「死して償え!」

 

 

 案外、あっさりと警備兵に見つかった。

 レーザー銃を構え、脅迫をする兵士たち。

 

 

「―――僕はさ、今とっても機嫌が悪いんだ。だから、八つ当たりさせろ」

 

 

 シロの体が、灼熱の劫火に包まれる。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「この場所ごと、てめぇら燃え尽きろォォオオオ!!!」

 

 

 劫火はドーム状に広がっていき、人の肉を、骨を、血を、焼き焦がすのに、1秒もかからなかった。

 

 シロは破壊をし続けた。あとから来る仲間のことなど考えずに、ただ、怒りのままに。理性など焼ききって、ただただ、破壊するだけのマシーンとなり果てて。

 

 シロが通った場所は、何も、残らなかった。

 

 破壊をし続けること、何分、何十分かかったかも分からない、そんな時間。

 シロは目の前にある、大きな扉を見た。

 

 

「ここかぁ…!?臘月は!!」

 

 

 手の形を獣の形にし、両手を振りかざす。

 すると、扉は専用の刃物で切った豆腐のように、粉々になった。

 

 扉を強引に開き、その奥に広がっていたのは――――。

 

 

「―――花、畑……?」

 

 

 シロの視界に広がる、一面の花畑。

 理性を崩していた怒りすら忘れるほどの、美しい花畑。その花畑にはスミレ、アジサイ、アサガオ、パンジーなど、季節に関係なく、様々な種類の花が咲いていた。

 

 

「この花畑は…!いや、そんなはずがない!この花畑はあいつにしか作れない、特別なフィールドのはず…!」

 

 

 花畑を見た瞬間、シロに『焦り』の感情が芽生えた。

 普段冷静なシロのこんな状態を見たら、零夜はさぞ驚くだろう。

 

 

「そうだ……。ここは月だ。他の花を咲かせることなんて、実現出来ていても、おかしくはない…」

 

 

 焦っていたからこそ、忘れていた。

 この月は、『穢れ』の源である『自然』を忌み嫌っていることを。だから、『自然』の一部である『花』をわざわざ育てるわけがない。

 

 花吹雪が、舞う。

 花びらが舞い、シロの視界を一瞬覆った。そして、晴れると同時に、シロの目の前に一人の青年が現れた。

 

 白髪の、ボロボロの服言えない布切れを纏っている青年だ。

 青年が、シロの方向を振り向く。

 

 そのハイライトのない、黒く淀んだ黒真珠のような瞳が、シロを見据えた。

 

 

「――――圭、太……?」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 シロは、絶句した。目の前の存在に。

 

 

「『圭太』…、何故、ここに…?お前は、すでに…」

 

「―――――」

 

「おい、なにか、言えよ。―――「『俺』だよ、『俺』!」

 

 

 シロの、声質が変わる。独特な男性の声だ。

 シロの態度から、目の前にいる青年は、シロの知り合いなのだろうか。それじゃなければ、こんな態度も取らないし、わざわざ声を変える必要もない。

 そして、知り合いと言うならば、声も元に戻すはず。つまり、これがシロの本当の、声。

 

 

「何か言えよ圭太!なんなんだよその髪!?お前の髪は、そんなんじゃなかっただろ!?お前の髪は、『俺』と同じ『黒』だったはずだろ!?」

 

 

 シロのフードの隙間から、純白の白髪が見える。彼の今の髪の色は、間違いなく『白』だ。

 シロの言う、黒髪は間違っている。だが、一つ、黒髪が白髪になるとすれば―――。

 

 

「そうか……。お前も……。なぁ『圭太』、お前に、なにがあった!?なぁ教えてくれよ、圭―――」

 

 

 瞬間、『圭太』の姿が掻き消える。

 それを目にしたシロは、腕を前に出し、あるものを掴んだ。

 

 

「――――」

 

「『圭太』…!?どうして攻撃する!?」

 

 

 それは『圭太』の腕だった。

 『圭太』はあの一瞬でシロに近づき、攻撃を仕掛けようとした。しかも『圭太』の両腕には二対の(いかづち)の短剣が握られていた。

 

 

「―――――」

 

「だんまりかよ!クソッ!」

 

 

 シロが悪態をつくと同時に、『圭太』はシロの拘束から外れ、雷の短剣を振り下ろす。

 いつの間にかシロが手にしていた―――二対のゴム製の短剣が、それを防いでいた。

 

 

「『俺』は武器ならなんだって創れる…!それに、お前の主な攻撃手段はそれしかねぇ。ならば、ゴム製の武器が、それに対抗できる手段!」

 

 

 ゴムは絶縁体だ。絶縁体は、電気を通さない。つまり、雷で形成された武器の、弱点でもある。

 雷の短剣を弾き、短剣を振るった。『圭太』が後退するが、『圭太』は自身の頬から血が垂れていることに気がつく。

 

 

「ゴムだからって、なめんじゃねぇぞ。―――にしても」

 

 

 突如、『圭太』の傷から緑色の光が発生し、徐々に傷を治していっている。

 やがて、傷が完治した。

 

 

「お前のその『権能』、面倒臭いったらありゃしないんだよ……なッ!」

 

 

 今度は、二人の姿が掻き消える。同時に、横方向に 暴風が吹き荒れる。それがカマイタチの刃ようになり、花を一直線に狩っていった。

 

 

――バチ、バチバチバチ!!

 

――ドンドン、ゴォン!!

 

 

 短剣を扱う闘いで、本来鳴らないはずの音が鳴り響く。

 その独特な戦闘音は、誰にも聞かれることなく、ただまっすぐ横に通り過ぎていく。

 

 まっすぐ、まっすぐに、ひたすらまっすぐに突き進み、二人は壁に激突した。

 その壁の奥は、空間だった。

 

――――一言で言えば、それは、部屋。

 

 

「ここは、記憶で見た、臘月の部屋…!って、ことは!」

 

 

 シロは壁に手をかざすと、シロの手から衝撃波が発生する。

 その勢いで、壁が崩れ―――階段が現れる。

 

 

「こっちだ、追ってこい、『圭太』!」

 

「――――」

 

 

 シロが、階段を使わずに飛び降りた。

 『圭太』はシロの挑発に乗ったのか、乗ってないのか分からない表情で同じく飛び降りた。

 

 飛び降りた『圭太』の視界に広がったのは、一寸先の闇。

 何も見えない、ただの闇。シロは、この先に逃げたはず。だが、彼は動かなかった。『圭太』は目を閉じ、集中した。

 その時間が10~20秒ほどだろうか、経ったあと、『圭太』は目を開けると同時に、走った。

 

 『圭太』がシロを追っていると、突如『圭太』の目の前が、白く光った。

 強大な光量に、思わず『圭太』は目をつむった。だが、次の瞬間無理やり目を見開いた。この光は明かりではない、攻撃であることを悟ったからだ。

 

 

「これで、目ェ覚ませ!『圭太』ァアアアアアア!!」

 

「―――――ッ!」

 

 

 『圭太』は、反射的に、一つの『槍』を取り出した。

 槍を突き出すと同時に、爆発的に速度が上昇する。

 『圭太』と槍を、竜巻が、激流が、電撃が纏わりつき、それが円錐状になって、光と直撃した。

 

 

――――地下が、割れる。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 あの攻撃で、シロはダメージを負ったのだ。それが、白い服にこびり付く、血が証明している。

 『圭太』は、元々服がボロだったため、目立った外傷はない。シロがダメージを負った攻撃だ。『圭太』もダメージを受けていないはずがないが、この様子だとすぐに回復しているようだ。

 

 そして、現在に至る。

 

 

 

『―――『地』の、零番?』

 

 

 臘月は、確かにそう答えた。

 まだ、いたのか?ヘプタ・プラネーテスが。もうヘプタ・プラネーテスは出し切って、全滅したかに思えた。

 だが、まだ残っていた。【零番】と言う、【圭太】と言う、男が。

 

 

「零番…?なんだその名前は!」

 

 

 シロは、自身が『圭太』と呼んでいる人物が、『零番』と呼ばれていることに、腹を立てていた。確かに、零番と言うのはとても名前とは思えない。

 

―――『名前』と言うより、そのままの意味で『番号』だ。

 

 

「俺が付けた名だ。似合ってるだろ?」

 

「どこがだ…!そんなの、『名前』じゃねぇ!ただの『番号』だ!」

 

「おいおい、人が付けた名を『番号』呼ばわり…。酷いと思わねぇのか?」

 

「それはてめぇだ!」

 

 

 シロは今までの穏やかな口調とは正反対の乱暴の口調のまま、手を振りかざすと、それに反応するように、臘月だけが()()した。

 人体爆発を起こし、焦土が生まれる。

 

 

「おいおい、急に人を爆破するなんざ、どういう教育受けてんだ、あぁん!?」

 

「無傷…!?」

 

 

 服装も身体も、無傷の臘月が、怒りを露わにして爆煙の中から出てきた。

 やはりか、とアナザーリュウガは舌打ちをする。シロの攻撃でも、依然と臘月は無傷だ。

 シロにも驚愕の色が出ていた。

 

 一体、臘月の『権能』とやらは何なのか、それを解明できなければ、勝つ術はない。

 思い切って、シロに聞くことにした。

 

 

『おいシロ、……『権能』って、なんだ?』

 

「――ッ、何故、君がその言葉を…!?」

 

『やっぱ知ってる風だったか。臘月の野郎が、『権能』って言ってたぞ。』

 

「あの野郎、余計なことを……、って、ことは、やはりアイツも転生者か。いや、それでもおかしい。攻撃が通じないなんて…『権能』はしっかりと作用してるはず…。まさか、『権能』でも無傷でいられる別の要因があるのか…!?」

 

 

 なにかをブツブツと喋っている。あまりにも小さすぎるため、アナザーリュウガの耳に届くことはなかった。

 しかし、『権能』がなにかしらのキーワードであることは確かだ。

 

 

『おい、『権能』と転生者に、なんの関係が―――』

 

 

「おい!人の話を無視してそっちで話を進めるなよ!俺をのけ者にして、可哀そうだと思わないのか!?」

 

 

 とんでの所で、臘月の邪魔が入った。

 

 

『なんだ、憐れんで欲しいのか?』

 

「誰がいつそんなこと頼んだ!?俺が言ってることはそういうことじゃない!そんなことも分からないのか?」

 

「じゃあなんだって言うのかな、是非とも教えてくれないかい?代金は『死』で払うけどね!」

 

 

 シロを中心に、剣、斧、槍、矢などが、次々と出現した。

 どれもこれもが神々しきオーラを放ち、普通の武器ではないことは一目で分かるほどだ。

 シロが手を振りかざすと、武器が一斉に臘月へと放たれる。

 

 

「なッ!?」

 

 

―――が、その直前に『零番』が臘月の前に立ちふさがり、手を横に振りかざした。

 同時に、黄金の雷が(ほとばし)り、投擲した武器が全て破壊された。

 

 

(いかづち)…!?いや、それ以前にシロの創った武器を破壊した…!?俺ですらぶっ壊したことがねぇのに…!』

 

「当たり前だ。『俺』の創った武器は所詮()()()。『本物』には勝てない…!」

 

『本物…?それって、どういう「おいこら!この役立たずが!」ッ!?』

 

 

 臘月の怒気を込めた声が、響き渡る。

 二人がソレを見る。

 

―――ソレは、臘月が『零番』を蹴り倒し、何度も何度も踏みつけていた光景だった。

 

 

「さっさとお前が倒しとけばこんな面倒くさいことにはならなかったんだよ!俺がこんな不快な気分になることはなかったんだよ!お前が役立たずなせいで!」

 

「―――――――」

 

 

 理不尽に、不条理に蹴られていると言うのに、『零番』は何の反応も示さない。

 それどころか、感情がないように見える。『痛み』を、感じていないように見える。

 

 その理由は、案外すぐ分かった。臘月によって踏みつけられできた怪我が、淡い緑色の光が放たれ、瞬間的に完治していた。

 怪我をしても、治る。それが『零番』が悲鳴を上げない理由だった。

 

 

「『圭太』になにしやがるクソ野郎!!」

 

 

 シロの背後の地面が突如盛り上がる。やがて、その土や岩が巨大な人の形―――岩石男を思わせる形となる。

 シロが右手を突きだすのと連動し、岩石男もその巨大な右手を臘月へと振り下ろした。

 

 

「――――」

 

 

 蹴られている『零番』が、手をかざした。

 その瞬間、『零番』の手から眩い光が指し、岩石男、シロ、アナザーリュウガに当たる。

 

 

「ッ、しまった!この光は―――!」

 

 

 光に当たった瞬間だった。

 突如、岩石男が砂と化した。それだけじゃない、零夜の変身が、解除された。

 

 

「変身が…!?それに、体が、重い…!?」

 

 

 突如体に降りかかった、倦怠感。

 「体を動かしたくない」「体を休ませたい」。そんな衝動に駆られる。

 

 

「―――『圭太』!何故だ、何故そいつを守る!?」

 

「決まってんだろ?『奴隷』がご主人様を守るのは、当然のことだろう?」

 

「なッ―――」

 

 

 臘月の言葉に、シロが絶句した。

 見えないシロの瞳は、感情は、見えなくとも感じられた。これは、『怒り』だ、『憤怒』だ。だが、それ以前にその『憤怒』に、なにか別の感情が見え隠れしているようにも見えた。

 

 

「『奴隷』、だと…!」

 

「あぁそうとも。他の奴らはもちろん、これはウラノスや無月すら知らない、俺だけの道具!俺だけの特権だ」

 

「だったら、てめぇを殺して、『圭太』も救う!がぁああああ!!!」

 

 

 シロが獣のような咆哮を上げる。

 それと同時に、シロと零夜の体から光の粒子が抜け出た。

 すると、零夜を襲っていた倦怠感が、一気になくなった。

 

 

「今のは…?」

 

「零夜!今の消耗している君じゃ、臘月にも『圭太』にもまともに戦えない!だから―――」

 

 

 突如、零夜の体をエネルギーが膜のようになって覆った。

 

 

「時間を稼ぐ。だから、その内にルーミアを見つけて、逃げろ!」

 

「ふざけんな!お前ひとりを残して行けってか!?俺に、『仲間』を見捨てて恥をかかそうってのか!―――あっ」

 

 

 思わず出た、『仲間』と言う言葉。

 今まで、思ってもいなかった。ただの、計画の『協力者』としてしか、見ていなかった。それなのに、いつの間にか、自分はシロを『仲間』として、見ていたのか?

 自分でも分からない、どうして、そのように考えるようになったのか。自分でも、理解できない。

 

 

「そうか…。よかった。ようやく、『僕』を、『仲間』と認めてくれたんだね」

 

「おい、勝手に決めつけんじゃ「零夜!実は、言って置きたいことがある」」

 

 

「――――ヘプタ・プラネーテスが、八人いること、実はその言葉を知ってから予想はしていたんだ」

 

 

「な―――ッ」

 

 

 何故それをもっと早く言わなかった?それを早く知っていれば、あの時教えてくれていれば、こんなことにはならなかったはずなのに―――。

 

 いや、違う。これはただの方便だ。

 もう一人いることを知ったって、その時何ができた?相手の能力も知らないのに、どうやって対策などできた?これはただの、都合のいい解釈だ。

 

 

「本当に、ごめん」

 

 

 謝るな。謝られたら、なにも言えない。許してしまいそうになるじゃないか。

 

 

「―――零夜、本当に、これが最後。『俺』の隠し事の一部、教えるよ。地球(ほし)の本棚で調べてくれ。キーワードは、『月の都』、『ギリシャ語』、『ローマ語』。さぁ行け!!」

 

 

 それが、何を意味しているのかは分からない。

 だが、零夜は後ろを向いて走った。自分の無力さを、憎むように。

 

 

「――――畜生ァアアアアアア!!!」

 

 

 

 やがて、その姿が、見えなくなり―――。

 

 

「―――――茶番は、終わったか?」

 

「あぁ、終わったよ。待っててくれて、ありがとう。始めて君に感謝の念を抱いたよ」

 

「それは光栄だ。あぁ言う感動シーンは、俺も嫌いじゃないからな。仲間を救うために、自身が犠牲になる。いい物語じゃないか。でもまぁ、それも無駄に終わるんだけどな」

 

「終わらせないよ。俺はここで、君を倒して、『圭太』を救う」

 

「だから、『圭太』じゃねぇって言ってんのによ…」

 

「君がどう言おうが、彼は『圭太』だ。それだけは、決して変わらない。そして―――、」

 

 

 

「―――『俺』の、『仲間』と言う事実も」

 

 

 

 シロは、今まで最初しか使わなかった、腰に携えた【紫色のエンブレムがついた剣】を手に持った。

 

 

「なんだその剣?玩具?まさかそれで戦うつもりか?」

 

「あぁそうだよ。これで、お前を倒す」

 

「ハハッ!とんだ爆笑もんだな!そんな玩具でどうやって俺を倒すっていうんだ!?」

 

 

「――――なぁ、『ミク』。現実って、本当に残酷だな」

 

 

「は?」

 

 

 突如、シロが語った独り言。その独り言に、臘月は首を傾げた。

 

 

「覚悟はしてた。()()を使うときが、いつか来るかもって。だけど、それを、『圭太』に使うだなんて……。『俺』は、できれば、これを使いたくなかった」

 

「おい、何を言って――――」

 

「ごめんな、ミク。こんな俺を、許してくれ」

 

 

 臘月の言葉を無視し、独り言を続けるシロ。

 その態度に、臘月の小さい堪忍袋の緒が切れ、怒りの声を上げようとする。

―――が、黙らされた。

 

 

 

聖剣 ソードライバー!

 

 

 

 剣を腰にかざすと、剣を包むように、ベルトが生成された。

 そして、そのベルトに装填されている紫色の【本型のデバイス】が三つ、存在していた。

 

 本の名前は

―――【ブラッドバジリスク】

―――【ポイズンスパイダー】

―――【スノウホワイト】

 

 

 剣を力強く持ち、叫ぶ。

 

 

「変身!」

 

 

―――剣が引き抜かれる。

 

 

毒牙抜刀!

 

 

―――本が、開く。

 

 

天を(むしば)む魔の化身が、光闇を支配する!

 

デッドリーバジリスク!

 

毒牙三冊!諸刃(もろは)(つるぎ)聖魔(せいま)を穢し、全てを滅ぼす!

 

 

―――頭上に、漆黒の雪が降り注ぎ、

―――その雪が蜘蛛の糸へと変化して全身を巻き取り、

―――巨大な蛇が、全身を包み込む。

 

 

 蛇が消失し、【仮面ライダー】は姿を現す。

 全身は紫、黒、白の三色で統一され、蛇の右半身、蜘蛛の胸部と紫のマント、ドレスのような左半身。

 黒く光る複眼が、恐怖を一層に引き立てる。

 

 

 

『これが……俺の、【仮面ライダーベノム】だ!!』

 

 

 

 




今回のシロのイメージCV【内山昂輝】➡【石田彰】

 オリジナルライダー登場!仮面ライダーベノムの活躍にご期待ください!
 感想お願いします。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40 仮面ライダーベノム

 本作オリジナルライダー、【仮面ライダーベノム】の活躍に、ご期待ください!
 それでは、どうぞ!




「――――」

 

「仮面ライダー……ベノム、だとぉ?」

 

 

 臘月が、疑惑の声を上げる。

 【仮面ライダーベノム・デッドリーバジリスク】。それが、今のシロの名だ。

 

 

『そうだ、『俺』の力だ。お前も、自分の息子にライダーの力を持たせていただろ?』

 

「あぁ、アレか。俺には俺の力があるからいらなかったからあいつにやったが……随分駒として動いてくれたよ。あいつに渡して正解だったな」

 

 

 自分の子供すら、駒としてしか見ていない臘月に、ベノムは不快感を覚える。彼に向ける負の感情は、もうとっくに許容範囲を超えてオーバーヒートしている。

 生かす価値など、ない。

 

 

『最後に一つ……あのライダーの力は、どうやって手に入れた?』

 

「なんで俺がそんなこと教えなくちゃいけないんだよ。大馬鹿かお前」

 

 

 だんまり。予想はしていた。だったら、無理やり聞き出せばいいだけだ。

 ベノムは、ベルトの中心にある本のページを押した。

 

 

ポイズンスパイダー!

 

 

 ベノムの胸部の蜘蛛の目が、怪しく光る。

 すると突如、蜘蛛の口から漆黒の糸が飛び出る。それはベノム、臘月、『圭太』を囲むように四方八方に移動していき、定型的な蜘蛛の巣が百個つながっているような―――百面ダイスのような形になって、三人を閉じ込めた。

 

 漆黒の蜘蛛の巣は毒々しいオーラを帯び、外界の景色を、完全に遮断した。

 

 

「なんだ、これは…?」

 

『『蜘蛛籠』……『俺』の土俵。入ったら最後、お前たちは出ることはできない』

 

「へッ、そんなの誰が信じるか。そういう虚勢ってさ…聞いてると不愉快なんだよ!」

 

 

 臘月が腕を振りかざすと、衝撃波と暴風が横に凪って来た。

 ベノムは咄嗟にジャンプし、それを避ける。が、臘月の狙いはこの糸の籠の破壊。攻撃が、籠を破壊する―――ことはなかった。

 衝撃はそのまま掻き消え、なにもなかったかのようになった。

 

 

「なッ…!?俺の攻撃が通じないだと!?」

 

『お前の『権能』がどんなのかは知らないが、無意味だ』

 

 

 臘月が天井を向くと、そこには蜘蛛のように糸に手足を張り付けてこちらを見下しているベノムがいた。

 

 

「ふざけんなッ!おい『零番』、この糸を焼き焦がせ!」

 

「―――――」

 

 

 『零番』の両手に、金色の雷が発生する。雷は威力を徐々に増していき、四方八方に広がった。

 糸は誰もが知ってる通り炎に弱い。熱を発生させる雷は、蜘蛛の糸の弱点だ。しかも、シロと互角にやりあった、(かみなり)だ。焼ききれる――はずだった。

 またしても、変化なし。

 

 

「はぁ!?おい、もっと出力を上げろよ!そんなこともできねえのか!」

 

 

 怒りを露わにした臘月が『零番』に八つ当たりをしようと拳を振り上げる。

―――が、その寸前で止まった。

 

 臘月の腕には、漆黒の蜘蛛の糸が繋がっていたのだ。臘月は咄嗟にその方向を見ると、胸部の蜘蛛の口から、この糸は繋がっていた。

 

 

『『圭太』に手を出させるかよ…クズ野郎』

 

 

 ベノムが臘月の腕と繋がっている糸に、右手で触れた。

 糸を経由し、紫色のオーラが臘月に伝ってくる。そのオーラが臘月の腕に到達すると、突如腕が紫色に変色した。

 

 

「えぇ!?え、えぇ!!あぁあああああああ!!!」

 

 

 それを見た瞬間、臘月が子供の癇癪の様な声を上げる。

 

 

「な、なんだよこれ!?おかしいだろ!?俺の『権能』は『無敵』のはずだぞ!」

 

『さぁ、なんでだろうな?』

 

「どういうことだとてめぇ!教えろよ!」

 

『教えると思うか?』

 

「てめぇゴミ野郎!人が教えろっつってんだから教えろ!」

 

『―――お前はつくづく駄目人間だな』

 

 

 先ほどこちらから質問したのに、答えなかったヤツに言われたくない、とベノムは思う。

 ベノムは再び真ん中の本のページを押して、胸部―――【スパイダーネイル】の能力を発動する。能力は先ほど見せた通り、糸を自動生成する能力。

 その糸は強靭で、何人たりとも断ち斬ることができない。そして、それはある()()()()()に対しては極限まで作用するのだ。

 

 スパイダーネイルから糸を放出し、隣にいた『零番』を拘束した。

 

 

『お前を出来るだけ傷付けたくないからな、そこでじっとしていろ!』

 

「――――」

 

 

 『零番』が糸を焼き焦がそうと雷を発生させるが、糸に変化は微塵もない。

 その隙に、糸の壁を跳躍し臘月に向かって剣を―――【猛毒剣毒牙】を振るう。

 

―――【猛毒剣毒牙】。剣単体の能力としては、毒を纏った攻撃を行うこと。

 そしてその種類は、無限大。毒と定義されるもの、全て。

 

 臘月が咄嗟に、その剣をまだ無事な方の腕で防いだ。刀身を素手で掴んだと言うのに、臘月の肌は傷ついていなかった。

 が、それも外面的な話だ。剣に触れているところから、もう片方の手と同じように紫に変色した。

 

 

「アアァアアアアアア!!なんだよ、なんなんだよこれ!?」

 

『さぁな、自分で考えてみな!』

 

 

 瞬間的に、右側の本を引き抜き、剣にかざした。

 

 

バジリスク!フムフム…。習得一閃!

 

『死滅覇毒斬!』

 

 

 禍々しき毒を纏った刀身が、臘月を襲った。

――しかし、目の前に『零番』が現れ、(あお)(みどり)の槍で、それを防いでいた。

 

 神々しき槍が、禍々しき色に染まると同時に槍を手放し、臘月を退避させた。

 それでも、少量の毒が、『零番』の体に侵入していた。

 

 が、今は別の問題がある。

 

 

『『圭太』…!?どうやって……!』

 

 

 『零番』は確かに拘束したはずだ。先ほどまで『零番』が拘束されていたところを見ると、簀巻き状態の糸が転がっているだけだった。

 焼き切れた跡もない。つまり―――。

 

 

『関節を外して、脱出したのか…!』

 

 

 関節を外せば、体が柔らかくなって原型を留めず、脱出することは可能だ。

 甘かった。認識が。

 

 

『外す際の激痛も、他の『権能』でカバーしてるな…。だが、お前に関節を外す技術はなかったはずだが……()()()()()()()

 

 

 一人納得したベノム。

 だが、『零番』はともかく、臘月は時間の問題だろう。いくら臘月が『無敵』の『権能』を保有していたとしても、()()()()()()()()がそれを阻むのだから。

 そして、ベノムの特徴の一つ。右側の武装―――【バジリスクメイル】は、一言で言えば、全身が猛毒だ。

 

 バジリスクの毒は非常に強力で、匂いにより他のヘビを殺し、息に含まれた毒は石を砕き、さらに馬上の人が手に持った槍でバジリスクを突けば槍を伝った毒がその人を殺しさらに馬すら殺すという古代の伝承に(のっと)り、剣に、糸に、体に触れただけで無機物などを経由して毒が敵の体を蝕むのだ。

 

 二人を見比べる。

 臘月の体は、両腕が毒に犯され、額に脂汗をかいている。

 一方で『零番』の両腕は、緑色の光が毒を解毒しようとしている。

 

 臘月は自身の権能を『無敵』と言っていた辺り、回復薬などを持っているはずがなかった。

 

 

「あり得ねえ…あり得ねぇ!!どうしてだ!?どうして俺の体が…!」

 

『そんなお前にプレゼントだ』

 

 

 ベノムは左の本のページを押した。

 ベノムの周りを取り囲むように、毒々しい色のリンゴのエネルギー体が7つ、浮遊する。

 

 

『はァッ!』

 

 

 壁を最大限に利用して、頭上から臘月に向かって落下する。

 が、当然のように『零番』が邪魔をする。空中での攻防。ベノムは浮遊しているリンゴを一つ手に取り、『零番』に投げた。

 避ければ臘月に当たる。割れば臘月に当たる可能性がある。つまりは―――甘んじてその身に受ける。

 

 『零番』に直撃したリンゴが、形を崩して『零番』の体に侵入する。

 すると、『零番』の体が、地面に落ちる。落ちると同時に、『零番』の体が動かなくなる。

 

 

「おい、何してる!さっさと動けよ!!」

 

『無駄だ。今のリンゴは麻痺の効果を持つリンゴ。関節を外しても無意味。回復には時間が掛かるはずだ』

 

 

 左側の力―――【スノーホワイトメイル】。この元ネタは【白雪姫】だ。

 毒リンゴで殺された白雪姫(スノーホワイト)が、王子様(プリンス)のキスで目覚める愛の物語。

 その過程で出現する毒リンゴと、七人の小人をかけた能力だ。

 

 その能力をベノムが指摘すると、臘月は頭を掻きむしった。

 

 

「あぁああああ!!なんでだ!なんでこうなる!なんだ、なんなんだよお前のその力はぁああああ!!?」

 

 

 自分の能力が『無敵』だと思っていたからこその、動揺と混乱。

 自分の力が通用しない相手に向ける、恐れ。

 それが、臘月が久々に感じた、感情――――恐怖だ。

 

 

「冥土の土産に教えてやる…。俺のこの力、ベノムの最大の特徴。それは―――」

 

 

 

 

「全ての転生者に対して効果を発揮する……『転生者キラー』だ」

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 【転生者キラー】。

 その名の通り、転生者に対して効果を倍にする能力だ。ベノムの毒の能力は毒に強力な耐性を持っている相手にはほぼ通用しないが、転生者に対しては別だ。

 しかし、この能力の本質は別にある。転生者キラーの最大の特徴は―――。

 

 

『―――転生者キラー――‐【猛毒剣毒牙】の最大の特徴は、『権能』の弱体化だ』

 

「『権能』の、弱体、化……?」

 

『これで、お前の『無敵』の『権能』も弱体化したってワケだ。そして、それに際限はない。弱体化したから、攻撃が通じたってワケだ』

 

 

 ―――『権能』の弱体化。それを聞いた臘月は、唖然となった。

 しかも、それが際限がなければ、極限まで弱体化され、最悪の場合『無効化』に等しくなるまで弱体化できると言うことだ。

 

 

「はぁあああああ!!?ふざけんなよ!!なんだよそれチートじゃねぇか!!ずりぃぞてめぇ!今すぐ変身解除して同じ土俵で戦いやがれ!」

 

『じゃあ聞くが、俺が変身解除したら『無敵』を解除するのか?それだったら、考えてやってもいいがな』

 

「は、何言ってんだよお前!俺の『権能』とお前の『権能』、同じ『権能』使用者って時点で同じ土俵だろうが!そのくらいのこと考える頭もないのかお前!」

 

 

 つくづく呆れる。『無敵』と言うチートを使っている時点で、なにが同じ土俵だろうか。

 チートをチートで返す。それの何が悪い。それに、これは模擬戦でも何でもない、ただの殺し合い。卑怯だとか不利だとか、そんなの関係ない。

 

 

『じゃあ、交渉は決裂だ!』

 

 

 糸の壁を利用し、跳ねて、跳ねて、跳ねて、臘月を攪乱させる。

 狙い通り、臘月は混乱していた。弱体化しているのも相まって、臘月の基礎ステータスはかなり弱体化しているために、ベノムを目で追うことができないのだ。

 狙うは背中。剣を振りかざした。

 

 

「ぐぎゃぁあああああ!!」

 

 

 背中から斜めに鮮血が飛び散ると同時に、臘月が悲鳴を上げる。

 血しぶきの間から、臘月の赤々な肉が見える。そして、その肉が紫へと変色する。毒に犯された証拠だ。

 

 

『まだだ!』

 

 

ブラッドバジリスク!

 

 

 右側の本のページを押す。ベノムの右腕が毒々しいオーラに包まれると同時に、臘月の首を掴む。

 臘月の首から、徐々に紫に変色する。毒のオーラが臘月の体を伝っているのだ。

 

 

『死ね、臘月!!』

 

「ふ、ふざけんな…!死んでたまるかぁあああ!!」

 

 

 臘月が、ベノムに足蹴りを喰らわす。

 足蹴りの衝撃がベノムの全身に伝わり、ベノムを後方へと後退させた。それ同時に、臘月から手を放してしまった。

―――が、ベノムの体が糸の壁に触れた瞬間、衝撃が霧散した。

 

 

「ハァ…?」

 

『驚いたぞ。まさか、まだそれほどの力があったなんてな。だが、さっきよりは格段に威力が落ちている。まぁ、この糸の壁のおかげでもあるんだがな』

 

 

 実は、この糸の壁は、敵を閉じ込めるだけではなく、中にいる転生者の『権能』の効果を下げる効果を持っている。

 それのおかげで、ベノムは壁に触れた瞬間衝撃が霧散したのだ。

 ベノムは猛毒剣毒牙を納刀し、剣についているトリガーを押し、再び抜刀した。

 

 

必殺読破!毒牙抜刀!

 

バジリスク!スパイダー!スノーホワイト!三冊斬り!

 

 

 毒々しきオーラを纏った剣を二回振るい、クロス状の斬撃が臘月を襲う。

 体が弱体化している臘月は、それをまともに受け、後方に飛ばされ、糸の壁に激突する。

 同時に、臘月が吐血した。毒が、転生者キラーの毒が全身に回り出した証拠だ。

 

 

「ふざけ……んな!ふざけんなふざけんなぁああ!!こんなこと、こんなことあっていいわけがねぇ!」

 

『そこまで叫べる元気があるとは……転生した際の身体スペックもいじったな?まぁ、この力の前では無意味―――』

 

 

『これで、終わりだ!』

 

 

必殺読破!

 

 

 再び納刀し、トリガーを押し、再び押す。

 

 

バジリスク!スパイダー!スノーホワイト!三冊撃!

 

ポ・ポ・ポ・ポイズン!

 

 

 跳躍して飛び上がり、右足を突き出し、キックの体勢になる。

 その過程で、糸の壁から太く強靭な糸まるで生きているかのように、臘月に巻き付き、四肢を拘束した。

 

 七つの毒々しきリンゴがベノムの周りを浮遊し、ベノムの後ろには、紫の半透明の大蛇。

 大蛇がその大きな口から毒のオーラを放出し、リンゴがベノムの周りを回転し、遠心力を造った。

 その勢いを利用し、ベノムが臘月に向かって、キックを繰り出した。

 

 

『ハァアアアアアアッッ!!!』

 

 

 相手が拘束された状態での必殺技。

 直撃は免れない。

 

――――そう、普通なら。

 

 

「――――ッ!」

 

『ッ!『圭太』ッ!?』

 

 

 ―――突如、目の前に麻痺させたはずの『零番』が現れた。本当に、突然だった。もう、解毒したのか。

 目の前には、なにもいなかったはず。だが、本当に突如現れたのだ。まるで―――景色と、同化していたかのように、保護色のように―――。

 

 『零番』が瞬間的に、盾を取り出した。

 

 

『―――『神器』…!』

 

 

 ベノムに『神器』と呼ばれたその盾と、ベノムのライダーキックが直撃した。

 毒のオーラが、全体に広がり、視界を阻む。

 

 

『どけ、圭太ァアアアアアア!!』

 

「―――――ッ!!」

 

 

 本気を、出せない。

 『仲間』を、傷付けることができない。この必殺技は、転生者に対して効果は絶大だ。だからこそ、トドメを刺せない。

 相手は、『零番』は本気で臘月を守っている。このままでは、ジリ貧だ。

 どうにかしなければ―――。

 

 

「チャァアアアアアアンス!!」

 

 

 『零番』の体のバランスが、崩れる。

 その原因は、臘月にあった。臘月を拘束していた糸が、(ほど)けている。そしてその理由が、ベノムの目に映った。

 

 

(朽ちている…!?)

 

 

 解けているように見えた糸は、朽ちていた。

 あの時だ。『零番』が、助けに入った瞬間、『権能』を行使したんだ。そして、その『権能』の力で、脱出したんだ。

 

 バランスを崩した『零番』の運命は、一つ―――。

 

 

「――――ガッ」

 

 

 直撃、だ。

 ベノムのライダーキックが、『零番』の体に直撃した。

 

 

『ア、ア…アァアアアアアア!!!!』

 

 

 ベノムは絶叫した。『仲間』を、手にかけてしまった。絶望して――隙を生んだ。

 

 

「死ねぇええええええ!!」

 

 

 臘月が拳を振る。

 当たった先は―――『零番』。

 

 

「―――ゴフッ」

 

『アガァ…ッ!!!』

 

 

 『零番』の体を、衝撃が、攻撃が貫通して、ベノムに直撃した。

 ベノムは『零番』ごと吹っ飛ばされ、糸の壁に激突して―――重力に従い、地面に激突した。

 

 

『グ、ガ…!』

 

 

 ベノムは地面に這いつくばって、仰向けになった。

 同時に、体から毒のオーラが放出され、元の姿、シロに戻った。強制変身解除だ。

 

 

「はは、ははははははは!!手こずらせやがって!」

 

「てめぇ…もう、毒が…」

 

「いや、クソいてぇよ。てめぇのせいでなぁ!」

 

 

 臘月の体はほぼ全てが変色しながらも、それ以上の侵攻が見られなかった。

 おそらく、臘月の『権能』によるものだ。ベノムの毒は、転生者の『権能』を弱体化すると言っても、完全に無効化することはできないため、力を振り絞って、毒の侵攻を止めているのだろう。いや、最悪の場合、解毒されている最中なのかもしれない。

 

 

「だが、そんなてめぇが死ぬと思うと、俺も気分が高ぶる!はははははは―――ん?」

 

 

 ベノムを―――シロを倒したことによって高笑いをする臘月。

 地面に伏しているシロを見下した臘月は、シロの腕を見て、首を傾げたあと、嘲笑した。

 

 

「なんだよその腕。お前も毒にやられてんじゃねぇかよ。ヒャハハハハ!!」

 

 

 シロの腕―――血で汚れた白装束で見えずらいが、シロの体も、毒で犯されていた。

 ベノムの毒が、使用者すら犯していたのだ。何故そんなことになったのか…。それを早く理解したのは、臘月だった。

 

 

「確か……『転生者キラー』だったか?つまり、転生者のお前もその対象ってことか!」

 

「――――ッ」

 

「その顔は図星だな?よくよく考えれば、変身するとき『諸刃の剣』って言ってたしなァ!」

 

 

 臘月の推測は、何一つ間違っていない。むしろ、すべて正解だ。

 ベノムの『転生者キラー』は、使用者である転生者の身すら蝕むのだ。

 

 ベノムの『転生者キラー』は、転生者の『権能』を完全無効化までとはいかないが極限まで弱体化させる能力を持つ。

 そして、それは使用者すら例外ではないのだ。つまりは、変身中は変身者も能力が最大まで弱体化される。シロ自身もチート能力が使えず、ベノム本体の能力しか使えない状態だったのだ。

 

 さらに、とある理由から【仮面ライダーベノム】には転生者しか変身することができない。

 【猛毒剣毒牙】そのものが『転生者キラー』を保有しているため、ただ触っただけでも毒による激痛が使用者を襲う。

 使用者や敵対者関係なく『転生者』やそれ以外の人物らの体をも蝕み、すべてを滅す聖剣―――と言うよりは魔剣に等しい。

 

 この剣は、まさに『諸刃の剣』だった。

 

 

「諸刃の剣を使ってまで、負けた気分はどうだぁ?俺は最高だ!調子づいてた奴が、無様に死んでいくんだからなァ!」

 

「クズ、野郎が…!」

 

「言ってろよ。どんなに泣き喚いたって負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇ。ほら見ろ、お前が展開したこの壁も、バラバラになって消えかけていくぜ?」

 

 

 小さな世界が、崩壊する。

 臘月と言う名の、凶悪な獣を保管していた檻が、終わりを迎えている。

 

 完全に、やられた。シロは心底後悔した。

 ベノムの力が己の体を蝕むと分かっていても、倒したかった相手に、不意を突かれて負けた。

 まさか、『圭太』ごと貫いてくるなんて―――いや、あの男の性格を考えれば、『圭太(どうぐ)』を使い捨てるつもりだったことは、十分に予想できた。

 

 だが、少し期待もしていた。

 『圭太』は強い。使える道具であらば、使い捨てるのを躊躇うだろうと言う、期待が。だが、そんな期待を易々と裏切り、臘月は『圭太』を使い捨てた。

 地面に横たわって血反吐を吐き、皮膚が紫に変色し、瞳が充血しているシロの目に映るのは、腹に風穴が空き、血を流している、『圭太』の姿がある。

 大丈夫だ、『圭太』には回復の『権能』がある、それを使えば、難なく回復できるはずだ。だから、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫――――。

 

 だから、目の前に集中しよう。

 目の前の、愚か者の命に、終止符を打つために。

 

 

「臘、月……。お前は、一つ…間違え、た…!」

 

「はァ…?なにがだよ?てめぇの与太話に付き合っている暇はねェ!とっと死ね!」

 

「いや、まだだ…。まだ、死なない。死ぬのは、お前だ!!」

 

 

 まだ、動くのは、左腕だ。右腕は、長く剣に触れ過ぎたから、駄目だ。

 シロは左手を横に薙ぎ払い、爆風を生み出し、臘月を吹き飛ばし、崩壊中の壁へと激突する。

 

 

「ガっ…!!てめっぇえええええ!!何してんだよぉおおおお!!!決めたぞ!!てめぇが毒で死ぬのを見ていようと思ったが、それじゃ生ぬるい!もっと手を加えて、手っ取り早く殺してや――――ェ…?」

 

 

 大声を上げた臘月の声量が、突如として小さくなった。

 その理由は―――臘月の腹と喉を貫通している、三本の長刀にあった。

 腹を貫通している刃は、二本。左側にあるのは、闇を具現化したような漆黒の剣。右側にあるのは、漆黒の刀身に、銀の刃を携えた【ハモンエッジ】。

 最後に―――中心にある、喉を突き刺した、銀に輝く長刀。

 

 三本の刃が、臘月の血で濡れていた。

 

 そして、その刃はこの糸の壁の外側から伝ってきていた。

 その一撃が決めてとなったのか、―――小さな世界が、完全に崩壊した。

 

 

「で、めぇ、ば…!!」

 

 

 崩壊した世界が隠していた、外界の世界からの攻撃。

 臘月の充血(じゅうけつ)した瞳が、それを、その主たちを、映した。

 

 

「あんた、一つ間違えてるわよ」

 

『死ぬのは、シロじゃねぇ』

 

 

 左右に居たのは、一人の美女と、鎧武者だった。

 左側の、漆黒の剣を持つ女性の服装は非常にボロボロで、特に腹の部分が貫通しており、綺麗なへそが丸見えだ。だが、それでも長い黄髪をなびかせ、綺麗な紅い瞳と、誰もが見惚れるほどのルックスを持ち、服装よりも、素材が勝っている女性だ。

 そして、右側の【ハモンエッジ】―――否、その全体である【無双セイバー】を持ち、赤黒い鎧を装着し、赤黒い複眼で、臘月の背中を捉えていた。

 

 

―――その名は、【ルーミア】と、【仮面ライダー武神鎧武】。

 

 

 だが、臘月が集中したのは、その二人ではない。

 彼の瞳に映ったのは、ただ一人。その二人にいる、銀の刃で臘月の喉を貫いた、真ん中の人物だ。

 

 薄紫色の長い髪を、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏め、瞳の色は紫がかった赤。半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着ている美少女だった。

 

 その少女は、まっすぐな瞳で、臘月の目を見ていた。

 

 

「死ぬのは、あなただ。臘月!!」

 

「よ゛り゛びめ゛ぇええええええええ!!!!」

 

 

 その少女こそが、臘月に復讐を誓う少女―――【綿月依姫(わたつきのよりひめ)】だった。

 

 

 




 【仮面ライダーベノム】【猛毒剣毒牙】
 特徴・能力 『転生者キラー』。
 使用者や敵対者など関係なく、転生者であれば通常の倍の効果を発揮し、体を蝕んでいく聖剣(魔剣)。
 さらに『権能』を最大限まで弱体化し、完全無効化とまではいかないが、極限まで弱体化させることができる。
 ただし、『転生者キラー』の効果も相まって使用者すら能力が弱体化し、実質使用できるのはベノム本体の力のみ。
 【仮面ライダーベノム】に変身できるのは転生者のみで、転生者以外は触ることすら許されず、聖剣(魔剣)から拒絶反応が出る。
 転生者に与えるダメージは一回一回がかなり強力なものとなるが、変身している時間が長いほどに変身者もダメージを負う。

 とまぁ、今考えられる設定はこの程度です。

 次回 いろいろネタバレします。

 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41 ――『命令』する※

―――なんか最後グダグダ感がある感じがしますけど、暖かい目で見てください。

 それでは、どうぞ。



「クソっ!クソッ!くそっ!」

 

 

 零夜は、悪態をつきながら走る。月の地面を、駆ける。

 助けられてしまった、それだけでも、自分が無力だと言う事実が零夜の心に容赦なく突き刺さってくる。

 

 

「どうして俺は、こんな肝心な時に役立たずなんだよ…!」

 

 

自分の無力さに後悔し、自分を追い込む。

 そうでもしないと、こんな自分を保てない。

 

 

「―――ッ、ルーミアッ!」

 

 

 走って、走って、走って、地面で血だらけで倒れているルーミアを見つけた。

 すぐに駆け寄り、体を起こした。

 

 

「う、ぅう…零、夜…?」

 

「起きれるか?」

 

「ご、ごめん…。まだ、回復、しきって、ない」

 

「じっとしてろ」

 

 

 ルーミアの体を起こし、肩車をして背負う。

 零夜の服に、彼女の血が滲む。妖怪の彼女ですら、あれだけ時間が経っても完治していないなど、臘月の攻撃がどれほど強力だったのかが頷ける。

 

 ルーミアを背負い、再び地面を駆ける。

 

 

「ごめん、ね…。役立たずで…」

 

「―――それは、俺にも言えることだ」

 

「どういう……―――あれ、シロ、は…?」

 

 

 意識が朦朧としているであろう中でも、シロがいないことに気付いたようだ。

 

 

「シロは……、俺に代わって、臘月の相手をしてる」

 

「そっか……。あいつか。アイツ、態度は、気に食わないけど、強いから…、任せても、大丈夫、だよね」

 

「―――――」

 

 

 本当に恨めしい。

 無力な自分も、一人ですべてあの強敵たちを相手すると言ったシロも。何故あそこで否定して、一緒に戦わなかったのだろうかと、今も後悔している。

 だが、答えは決まっている。己が、無力だから、弱いから。ただの足手まといにしかならないから。

 

 

「とりあえず、月夜見の部屋に行くぞ…!」

 

 

 あそこにはまだ月夜見と依姫がいる。

 見捨てるのも目覚めが悪い。それに、まだ彼女の願いを果たしていない。依姫の―――『臘月を討つ』と言う、願いを。

 どうしてここまで同情できるのか。普段なら捨て置くところだ。だが―――今の依姫は『昔の自分』と、似ているから。なにもできない自分でも、なにかしようとしているところが、似ているから。

 

 そうこうしているうちに、月夜見の部屋につく。

 ここを離れる時、月夜見は床に、依姫は壁に激突し伏していた。あれから大分時間が経っているため、出血多量で死んでいてもおかしくはない。

 早く、速く、はやくしなければ―――。

 

 

「ッ!誰ですか!?」

 

 

 そのとき、誰かの声が零夜の耳に響いた。この声は、女性だ―――少女だ。

 零夜の目に入ったのは、下半身だけの少女―――いや、上半身が影に隠れて見えないだけだ。

 少女の下半身は、細い脚に丸い尻尾が飛び出た、白のプリーツスカートに加え、黒のニーソックスを履いている。

 少女はしばらく零夜とルーミアを見ると、ハッとしたように。

 

 

「まさか、依姫様と月夜見様の命を…!させませんよ!」

 

 

 早とちりか、それとも余裕がないのか、少女は高速で零夜に近づき、零夜の腹に拳を叩き込んだ。

 

 

「――――ッ、触れられない…!?」

 

 

 が、その拳が零夜を傷つけることはなかった。

 半透明のエネルギー膜が、零夜を守ったのだ。これは、逃げる直前シロが零夜に纏わせたバリアだ。

 

 影で隠れていた、少女の上半身が露わになる。

 水色のショートヘアに、ロップイヤーのうさみみ。服装は白いワイシャツと紺のジャケットに赤いネクタイを着用している少女だった。

 零夜は、この少女が【依姫】同様見たことが、ある。

 

 

「お前は……!」

 

「ッ…」

 

 

 この少女の名は、【レイセン】。

 【鈴仙】が月から逃げたあとに、【レイセン】と名付けられた少女、二代目レイセンだ。

 

 レイセン、と呼ぶべきなのだろうが、呼べない。

 この世界では、レイセンは玉兎を本物の奴隷にしたまさに玉兎たちにとっての大悪党。

 そんな玉兎の名前を、依姫がわざわざつけるはずがない。

 

 といっても、そもそも【レイセン】と言う名がつけられたのは地上へ逃亡した際の罰だ。こんな状態で、玉兎が逃げるようなアイテムなど玉兎の近くにあるはずがない。

 つまり、ただの【レイセン】はただの玉兎だ。

 

 

「ど、どうすれば…」

 

「落ち着きなさい!その人は……味方、です」

 

「依姫様!?」

 

 

 物陰から、依姫の声が聞こえた。

 懐中電灯を創り、照らす。そこには、全身を包帯に巻かれた依姫と月夜見がいた。

 

 

「懐中電灯…」

 

「知ってるのか?」

 

「はい、臘月が提案した日用品です」

 

 

 どうでもいいが、どうやら臘月はここでも現代知識チートを活用していたようだ。本当にどうでもいいが。

 

 

「それにしても、まさか、これをお前が…」

 

「はい。私が手当てしました。―――ていうか、その人は!?」

 

「あぁ、こいつも怪我人だ。手当てできるか?」

 

「任せてください」

 

 

 ルーミアを降ろすと、『玉兎』が包帯や消毒液を取り出し、手当てを始めた。

 零夜は依姫の方を振り向き、

 

 

「動けるか?」

 

「申し訳ないです…。臘月の攻撃が、まだ体内で……」

 

「チッ、どうなってんだアイツの『権能』はよ!こっちの攻撃が全部無効化される!」

 

「それに、ついては、私も、分かりません。それに、私が攻撃を受けた際の痛みが、今だに、衰える、ことなく…」

 

 

 依姫は常に苦しそうな顔をしていた。

 そして、それは隣の月夜見も同じだ。特に月夜見の状態が酷すぎる。腹に風穴が空いたのだ。無事でいられるはずがない。

 まだ、月夜見に意識はない。

 

 

「―――とりあえず、俺も応急処置をする。痛むが、我慢しろ」

 

「は、はい…ウグッ!」

 

 

 痛みで顔を歪ませ、腹を抑えた。額からは脂汗が出ている。大量の体力を消耗している。

 それだけじゃない、抑えた腹から、血が滲み出ている。

 

 

「依姫様!?あなた、一体依姫様になにを!?」

 

「傷を塞いだだけだ。これで、出血することはない」

 

「今ので…?そんなことあるわけないじゃないですか!」

 

 

 『玉兎』が血だらけの包帯を解く。それと同時に、『玉兎』は目を見開いた。

 

 

「傷が…塞がっている…!?」

 

「俺の能力だ。これで、大丈夫だろう」

 

 

 零夜の『繋ぎ離す程度の能力』で、依姫の傷を塞いだのだ。だが、無理やり閉じるので、今のような激痛が発生する。

 『能力』も万能ではない。そのことを痛感する。

 だが、これで自分のやれることはやった。

 

 

「――――」

 

 

 あと、残っている心残りがある。

 八人目の『ヘプタ・プラネーテス』の『零番』/『圭太』の事だ。

 だが、これは聞かなくとも分かっている。臘月は『圭太』のことをウラノスや無月にすら話してなかったと言っていた。

 つまり、『零番』は隠し玉。切り札だった。そんなものを依姫に伝えているはずがない。だから、彼女に聞いても無意味だ。

 

 ならば、あとやることは一つだけ。

 

 

 

地球(ほし)の本棚」

 

 

 

 地球の、データベースへと進入する。

 

 

『―――だが、何故、シロはこの場所で、月のことを調べろと…?』

 

 

 常に()()の情報が更新されるこの空間は、その名の通り地球の情報しか知ることができない。月の情報を知ることは不可能だ。

 

 

『とりあえず、ギリシャ語とローマ語……この二つを調べてみるか』

 

 

 二つの文字を検索すると、壮絶の勢いで本と本棚が減っていく。

 が、まだかなりの数の本がある。

 

 

『まぁ検索範囲が広すぎるからな……。で、問題は『月の都』だ。シロがこんな杜撰な間違いするはずねぇし、……もしかして、月の都で関することを調べろってか?』

 

 

 ギリシャ語とローマ語は、言ってしまえば外国語だ。

 月の都で触れた、外国語―――、

 

 

『ヘプタ・プラネーテスしか、ねぇ』

 

 

 ヘプタ・プラネーテスしか存在しない。よく考えてみれば、この月の都では日本神話が主流だ。偵察などで知る機会などはあるだろうが、それでも月の民にとっては「なんだそれ?」と思うものばかりだろう。

 

 それに、『名前』だ。月の都では日本的な名前しかない。それだと言うのに、外国語で統一されている名前があるなど、不自然すぎる。何故最初に気づけなかったのだろうか。

 

 

『これが、ギリシャ語とローマ語だっとすれば…―――キーワード、【ヘプタ・プラネーテス】』

 

 

 これが、見事にビンゴ。

 二冊の本が零夜の前に現れ、その内の一冊を手に取り、読む。

 その本の内容は―――。

 

『ギリシャ語 ヘプタ 日本語 

 

 

 もう一冊を手に取り、読む。

 

 

『ギリシャ語 プラネーテース 日本語 惑星

 

 

『ヘプタ・プラネーテス―――七つの惑星…』

 

 

 ヘプタ・プラネーテス、その意味はギリシャ語で『七つの惑星』だった。

 『ヘプタ』の意味は数字の『7』。『プラネーテース』の意味は『惑星』だ。

 『プラネーテース』が『プラネーテス』になったのは語呂の問題だろうか?だが、そんなことは些細な問題だ。

 

 『惑星』の種類は太陽系に絞れば『8』だ。『水星』『金星』『地球』『火星』『木星』『土星』『天王星』『海王星』の八つ。

 当初はただのエレメントなどと思っていた。が、『海』や『天』などがあるのはおかしいと思っていた。だが、それが惑星なら、説明がつく。

 

 プロクス・フランマが『火星』、ヒュードル・アクアが『水星』、タラッタ・マルが『海王星』、デンドロン・アルボルが『木星』、クリューソス・アウルムが『金星』、アンモス・サブルムが『土星』、ウラノス・カエルムが『天王星』。―――そして、『圭太』が『地球』。

 

 シロがヘプタ・プラネーテスを知ってから、8人いることを予想出来ていたのは、これを知っていたからだったのか。

 確かに、『地球』だけがいないのはおかしい。が、今知ったところで後の祭りだ。

 

 依姫に聞いても無意味。臘月は『地』の存在はウラノスや無月にすら言っていなかったと言っていた。調子に乗った人間は本音を喋りやすい。だから、あれは本当だと思っていいだろう。

 

 ちなみに、他のヘプタ・プラネーテスのことを調べてみたら、名前がギリシャ語で、苗字がローマ語だった。

 

 プロクス・フランマが『炎』、ヒュードル・アクアが『水』、タラッタ・マルが『海』、デンドロン・アルボルが『木』、クリューソス・アウルムが『金』、アンモス・サブルムが『砂』、ウラノス・カエルムが『天』だった。

 

 かなりバラバラだ。語呂の問題だろうか?

 

 

『だが、この鎖国にも等しい月の都で、外国語が取り入れられるはずがない。こいつらの名付け親は、間違いなく、臘月』

 

 

 臘月にもギリシャ語とローマ語の知識があったために、この名前を付けることができたのだろう。

 だが、何故わざわざ外国語で統一する必要があったのだろうか、それだけが謎だ。もっと、調べようと世界の奥底へ―――、

 

 

「起きてください!」

 

「ッ!」

 

 

 が、その前に『玉兎』によって、たたき起こされた。

 一体何ごとかと声を上げようとしたが、目の前の状況を見た瞬間、固まった。

 

 

「ウグッ…!!アグッ…!」

 

「ハァ……ハァ…!!」

 

 

 依姫とルーミアが、息を荒げていた。

 額から脂汗が尋常じゃないほど垂れていき、確実に体力が失われていた。

 

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「わかりません!急に、苦しみだして…!」

 

 

 ルーミアはともかく、依姫は先ほど応急処置をしたはずだ。

 それだと言うのに、この苦しみ様は異常だ。

 

 『玉兎』が依姫の包帯を取り外す。―――依姫の傷口が、再び広がっていた。

 

 

「傷が、広がっている…!?」

 

「ッ、あり得ねぇ!さっき傷口は閉じたはずだぞ!?―――こっちは!」

 

 

 ルーミアの傷も見てみたが、今だに出血が止まる予兆がない。

 傷が、一向に癒えていない。

 

 咄嗟に、あることを考え依姫に向かって叫んだ。

 

 

「おい、回復できるような神はいないのか!?」

 

「それ、が……。どれだけ、呼びかけて、も……、反応、して、くれない、んで、す…」

 

「なに…!?」

 

「この状況、前にも、あり、ました…。シロ……彼と、戦ったとき、も同じ、ような、こと、が……」

 

「シロが?」

 

 

 シロと戦った際にも、神が応答しなかった。そして、今も同じようなことが起きているというのだ。

 なにか、不審な点がある。

 

 今、異常が起きているのは、『神』だ。

 そして、同じ『神』である月夜見も、似たようなことを言っていた。

 

―――謎の拘束力。

 

 今回も、それが作用しているのではないのだろうか。

 月夜見はその拘束力が邪魔をして部屋から出ることができなかった。だが、零夜たちが侵入した辺りで、その拘束が解けた。

 つまりは、なにかしら関係がある。そう考えるしかない。

 

 そもそも、月夜見が力を失ったのは、臘月が『命令』したからで――――、

 

 

「―――『命令』?」

 

 

 そうだ、『命令』だ。

 月夜見は―――いや、『神』と言う種族そのものが、『命令』されて動くことができないのだとしたら―――?

 月夜見と現時点での八百万の神々は臘月に『命令』され、シロと戦った際の八百万の神々は、シロに『命令』されていたとすれば、いくらかの辻褄が、合う。

 

 かく言う零夜も、宮殿に入った辺りから、月夜見の存在を懸念していた。

 自分の、月夜見に対する強い思念が、どんな形に変換されたか知らないが、『命令』となり月夜見を臘月の『命令』の呪縛から解き放ったのではないだろうか。

 

 よく考えれば、零夜が『喋るな』と『命令』したら、月夜見は案外あっさり素直に受け入れた。あれは、『命令』されていたからだったのか。

 

 

「―――って、その理屈じゃ、俺も神に『命令』できるのか…?」

 

 

 臘月、シロ、零夜。この三人が、神に対して『命令』できた理由。三人の共通点を考えれば、一つしかない。それは、『転生者』であることだ。

 だが、それだといくつか疑問が生まれる。『転生』と言うのは神の力を使って行うものだ。わざわざ、神が自分達への命令権をくれるだろうか?

 零夜を転生させた神が、一体どんな神だったのか、あの時聞いておくべきだった。正体が分かれば、少しはこの疑問が解けたと思うから。

 

 

「いや、待て……。まだ、ある。共通点が、まだ一つ…!」

 

 

 まだ、あった。『転生者』以外の、三人の共通点が。

 それは、『権能』だ。まだ理解不明の謎の単語。しかし、この『権能』が『転生者』に関係あることは確かだ。臘月も、シロも、『権能』を保持していると考えて間違いないだろう。

 それも同じ理屈で考えれば、零夜も『権能』を持っていることになる。

 

 

(まだ『権能』と『転生者』がどんな関係を持っているのかすら分からねぇ。『転生者』限定の力なのか…だとすれば、俺のは『能力』じゃなくて『権能』?一体、『権能』ってのは――――)

 

「ちょっと!こっちを手伝ってください!」

 

 

 ある程度の情報がまとまったところで、『玉兎』から大声で叫ばれる。

 そうだった、今は緊急事態。ボーッとしている暇はない。

 

 

「……一か、八かだ」

 

「なにを言って―――」

 

 

 零夜は大きく息を吸って、虚空に向かって叫んだ。

 

 

「八百万の神ども!!俺が『命令』する!力を貸せ!皆を、治してくれ!

 

 

 自分の推測が正しければ、伝わるはずだ。そして、できるはずだ。

 月夜見が臘月の『命令』を無視して部屋を出れたのは、『命令』が上書きされたからだではないだろうか。

 

 だとすれば、できるはずだ。命令の上書きが。

 臘月の『力を貸すな』と言う『命令』を、『力を貸せ』で塗りつぶす。

 

 そして―――。

 

 

―――その言葉を、待っていた。

 

 

 そう、幻聴のようなものが聞こえた。

 それと同時に、月夜見の部屋を、金色の光が包み込んだ。

 

 

「これは…一体…!」

 

「どうやら、当たってたようだな、俺の、憶測は…」

 

 

 体が温かい、それだけじゃない。体の底から力が湧いてくるようだ。この光が原因だろうか。

 ルーミア、依姫、月夜見の顔色が良くなっている。

 

 

「これは……宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ)様の、力…」

 

「よく弱っている状態でそんな噛みそうな名前言えるな…。まぁ回復している証拠か」

 

 

 宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ)。活力を司る神様だ。

 人や妖怪、神が本来持っている治癒力を活力で高め、癒しているのだろう。

 

 

「どうだ、傷の方は?」

 

「―――幾分か、楽に、なりました…」

 

「そうか。―――だったら、俺は行く」

 

「だ、駄目…」

 

 

 ゆっくりと立ちあがり、部屋を出て行こうとするところを、一人の少女の声が止めた。

 声の主は、ルーミアだった。ルーミアはゆっくりと上半身を起こし、涙目で零夜を見た。

 

 

「―――行っちゃ、駄目…」

 

「止めるな。この光のおかげで、ある程度は回復した。だから、行くだけだ」

 

「勝算は、あるんですか?」

 

 

 依姫から当然の疑問が降りかかってくる。確かに、あの『無敵』の力を破るためには、更なる力が必要だ。

 

 

「奥の手は、まだ残してある」

 

「それでも、駄目…!私知ってるから、その力使ったら、零夜がとても苦しむって…!」

 

「力の代償だ。あって当然だろ。それに、俺が死んだら、お前は自由だぞ?」

 

 

 冗談交じりでそう言った。死ぬつもりはさらさらないが、自分が死ねばルーミアが自由になるのもまた事実。あの、三人しかいない世界から、解放されるのだ。

 また、いつもの彼女の日常に戻れるのだ。

 

 

「嫌!!そんなの嫌!」

 

 

 だが、彼女から轟いた声は、拒絶。

 零夜が死ぬことを、否定したのだ。

 

 

「……どうしてだ?お前は俺が勝手に連れてきた言わば被害者。なんで加害者の俺が死ぬことが駄目なんだ?もし俺が死ねば、お前は千年前の日常に―――」

 

「私の!!私の日常は!もう変わったから!暖かい毛布で寝て、あなたに無理やり起こされて、一緒にご飯食べて、寝てって!そんな日常が、私は好きになったの!だから、これはもう私の日常!」

 

「―――――」

 

 

 彼女の叫び―――本音に、零夜は一瞬呆気に取られる。

 なにを言っているんだ、こいつは?自分から自由を奪った相手との日常が、自分の好きな日常になっているなんて、バカバカしいにもほどがある。

 

 普通ならなにか言うところだ。だが、何故零夜はなにも言えなかった。

 

 

「でも、どうしても、行くって言うなら、私も連れてって」

 

 

 その理由は、彼女の瞳にあった。彼女の眼は、燃え盛るような炎が存在した。

 彼女は本気だ。今の叫びも、この願いも、すべて本気で言って、願っている。

 

 

「今度は、足手まといになるつもりはないから。お願い、私も連れてって」

 

「―――お前も、つくづくバカだな。……ただし、足手まといになったら切り捨てるからな」

 

「それでも、構わない」

 

 

 あっさりとキッパリ答えた彼女に、一瞬呆気に取られるも、すぐに真顔に戻る。

 零夜はルーミアに近づき、彼女に手を差し伸べる。

 

 

「ほら、起きろ。あいつが……シロが危ない」

 

 

 何故危ないとわかるのか、それは零夜自身に分からない。強いて言うなら、()だ。

 

 ルーミアは零夜の手を取り、起き上がる。

 まだ、彼女の体も回復しきっていない。長くここから離れるのも危険だが、彼女は妖怪だ。回復力も、人間の倍以上あるために、依姫ほどの心配はない。

 

――――が、

 

 シロだけではなく、彼女を、ルーミアを『捕虜』ではなく『仲間』として見ているのかもしれない。つくづく、自分も変わったものだと、零夜は思う。

 

 

「零夜、素朴な疑問なんだけど、どうしてシロが危ないって分かるの?」

 

「そりゃあ、アイツが『猛毒剣毒牙』の『特性』に……ッ!?」

 

「―――?」

 

 

 咄嗟に口を詰むんだ。今、自分はなんて言った?

 『猛毒剣毒牙』?その『特性』?『猛毒剣毒牙』なんて単語、初めて聞いた上に、初めて聞いたその剣の『特性』など分かるはずもない。

 

 だったら、今なんで自分は分かっている(てい)で答えた?

 そもそも、さっきのシロが危ないと言うのも、『勘』とは言ったが『勘』とは確証のない、言わば直感だ。

 そんな確実性のない現象を、何故今この場で答えた?

 

 

(――いや、そんなこと今考えている場合じゃねぇ!すぐにでも向かわねぇと)

 

 

 零夜は頭の中を完全に切り替え、すぐにでもシロのもとへ向かうことへと全意識を集中した。

 

 

「それじゃあ、行く「ちょっと待ってください。私を、忘れていませんか?」」

 

 

 ―――そのとき、依姫が割って入った。

 そうだ、まだ、彼女の願いがあった。

 

 

「臘月を、私が討ちます。忘れて、いませんよね?」

 

「あぁ、もちろんだ。臘月ぶっ殺して、必ず生きて帰ってくる」

 

「えぇ。今のやり取り、決して無駄にはさせません。あなたを、絶対に生きて帰らせます。目的が、一つ増えましたね」

 

「よ、依姫様…?」

 

 

 『玉兎』は、気づいた。依姫が、遠回しに『臘月を討ち違えてでも殺す』と言う、決意を。そして、それは零夜もルーミアも分かっていた。

 『玉兎』からすれば、依姫は唯一の救いだった。奴隷として扱われている中でも、彼女だけが、唯一今までずっと今までの態度で接してくれた。

 そんな彼女が、『死んでくる』と言えば、少女はどんな気持ちを胸に抱くのか。

 

 

「依姫様……」

 

「――――」

 

「必ず、生きて、帰ってきて、ください」

 

「――――あぁ、必ず、帰ってこよう」

 

 

 何故、どうして、そこに『生きて』が入っていないのですか。『玉兎』はそう叫びたくなる衝動に駆られたくなる。でも、彼女が、自らの意思で決めたのだ。

 自分に、それを止める術はない。

 

 

「行くぞ!!」

 

「えぇ!!」

 

「はい!!」

 

 

 三人は光から飛び出し――――目の前に出現した、灰色の(モヤ)のような物の中に、消えた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「どうじ、で……おば、えが、ご、こ、に…!?」

 

「単純明確ですよ。あなたの首を、()りに来ました」

 

 

 臘月は、声帯を貫かれながらも、ガラガラ声で喋るその声は、誰もが分かるような殺意が籠っていた。

 

 

「ま、だ……じょう、げぎ、が、残っで、いだ、ばず…!?」

 

「えぇ、自分でも不思議でありません。つい先ほどまで、激痛が私の体に残っていました。ですが、それが先ほど消えました」

 

「ぞんな、ばず…がぁあああああ!!!」

 

 

 臘月が、獣のように叫ぶ。

 その理由は、二つ。一つは怒りだ。依姫の体に残っていたはずの激痛が、途端に消えたこと。それは、【仮面ライダーベノム】の能力が関係していた。

 ベノムの『権能の弱体化』が、遠距離に居た依姫の激痛を消し去ったのだと、臘月が理解したから。

 

 そしてもう一つは、激痛だ。

 喉を貫いていた依姫の刀が灼熱の炎に包まれ、臘月の喉を焼いたのだ。

 声にならない声が、響く。

 

 

「――――!」

 

「今まで、一度も届かなかったこの刃。ようやく、届けることができた。お前に―――死を!」

 

 

 依姫の言葉を皮切りに、腹を貫いていた二人の刃が、黒く、赤黒く、輝く。

 

 

ブラッドオレンジスカッシュ!

 

 

 二対の刃が、腹を裂き、鮮血を飛び散らせる。

 

 

「――――――ッ!」

 

 

「アァアアアアアアア!!!」

 

 

 刃が右へ入り、鮮血が飛び散り、再び、左へ―――。

―――首が、飛んだ。

 

 

 力をなくした胴体は、事切れたように、ドサッ、と音を立てて、倒れる。

 同時に、小さな世界が、完全に終わりを告げた。

 

 変身を解除した零夜は、臘月の死体を見た後、違う方向を向いた。

 三人の目に映るのは、世界から出てきた、二人の影。

 地面に尻もちをつけている血塗れの白装束の男性が、血濡れ布切れを着用している白髪の男性をギュッと、力強く抱きしめていた。

 

 

「―――――シロ…」

 

「―――――」

 

 

 白装束の男性は、白髪の男性を抱きしめたまま、ジッと動かない。

 ルーミアも、いつもとは違うシロの様子に、なにも言えずにいた。

 

 

「彼は……?」

 

「そっと、しといてやってくれ。俺にも、詳しい事情は分からない。だが、そっとしておいてくれ」

 

 

 零夜は何度も聞いて、見た。『零番』に対し、何度も『圭太』と悲痛な声で叫んでいた、訴えかけていたシロを。

 『圭太』とシロに、親密な関係があったのは確かだ。だが、それ以上のことを聞くのは、無粋でしかない。

 

 

「そう、ですか……。―――」

 

 

 突如、依姫が、横に倒れた。

 それに気づいた二人が、すぐさま駆け寄った。

 

 

「おい、どうした!?」

 

「簡単、な…話、です…」

 

 

 零夜が依姫の手首に触れると―――冷たかった。

 この冷たさは、ほぼ、死人に等しい。

 

 

「血を…流し、すぎました…」

 

「零夜!どうにか、どうにかできないの!?」

 

「――――駄目だ、俺の能力は、回復系じゃない」

 

 

 どっちにしろ、回復したとしても血の不足はそう補えるものではない。

 造血剤、アレなら依姫を救えるかもしれないが、今は手元にない。ルーミアがシロから渡されたのも、アレ一つだけ。

 

 

「―――いいん、です。私は、もう、人生に悔いはありません」

 

「――――」

 

「最後に、一つ……聞かせて、ください。あなたたちは、なにが、したいんですか?」

 

 

 一瞬肝を抜かれるが、依姫はつまり、こういっているのだ。

 「零夜たちは、なにが目的なのか」。月の事情にここまで関わり、事実上月の都を壊滅させた理由を、知りたがっている。

 

 彼女とは、短い時間だったが、世話になった。

 だからこそ、彼は―――。

 

 

「―――俺たちは、これから、過去に行く。そこで、救ってやるよ。八意永琳も、蓬莱山輝夜も、お前も、お前の姉も、月夜見も、玉兎たちも。―――臘月から、解放する」

 

「ははは…過去、ですか…。それは、随分と、スケールの、大きい、話ですね…」

 

 

 依姫は肯定こそしなかったが、否定もしなかった。 

 普通、過去へ行くなどとても信じられる話ではないが、彼女は信じたのだろう。それが本当だったら、また、楽しい毎日が、過ごせるのではないかと言う、淡い期待を。

 

 

「それでしたら、お願い、します。過去の私は、頭が固いから、気を付けてくださいね…」

 

「言われなくても、そうするさ」

 

「最後に、玉兎たちに、ごめん、そう、お伝えください」

 

「―――――あぁ」

 

 

 その言葉を皮切りに、依姫の瞼が徐々に下がっていき……力が、抜ける。

 手に触れる。冷たい。

 頬に触れる。なにも感じない。

 脈を触る。動かない。

 

 

――――綿月依姫 死亡。

 

 

 零夜は依姫の体を起こし、肩回りと膝関節を持って担いだ。

 二人は立ち上がり、今だに動かないシロを見据えた後、再びオーロラカーテンの中へと消えた。

 

 

「――――」

 

 

 そして、誰もいなくなり、残ったのは、一人の生者と亡者だけ。

 『圭太』の亡骸を抱え、シロの見えない瞳から、一滴の水滴が流れた。それを始まりに、ぽつぽつと、『圭太』の色が悪くなった顔を、濡らしていった。

 

 

 

 

「―――『圭太』、ごめん。()()()()()()()()()…!」

 

 

 

 シロは、擦れた声で、死体に懺悔した。

 

 

 




 次回で【東方永夜抄?】は終わりの予定です。

 感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42 終われなかった夜

 今回で【東方永夜抄?】は終わりです。

 次回から、竹取物語です。
 
 それでは、どうぞ!


――――この後、依姫の死体とともに先ほどの場所に戻ったら、『玉兎』だけじゃなく、他の玉兎もたくさんいた。

 オーロラカーテンから現れた零夜たちに驚愕する玉兎たちもいるが、やはり一番玉兎たちの目が行ったのは、零夜の腕の中。

 そして、玉兎たちの中心にいたのが…。

 

 

「月夜見…」

 

「心配をかけてすまなかった。もう、大丈夫だ」

 

 

 月夜見だった。彼女は臘月にやられた傷がまだ癒えてなかったはずだが、依姫同様、臘月が死んだことによって傷の治りが早まったのかもしれない。

 だが、一番確実とも言える理由が、あった。

 

 

「お前、神力が…」

 

「あぁ、これか。この『玉兎』が他の玉兎に事情を説明してくれたおかげで、ある程度の信仰が集まったんだ」

 

 

 そう言い、月夜見は『玉兎』の頭に手を乗せる。

 

 信仰―――つまり、月夜見の信頼が戻ったことを意味する。

 臘月をここまで放っておいた月夜見を、他の玉兎が信じるわけもなく、信仰の減少の原因の一つとしてあってもおかしくはない。

 だが、『玉兎』の説得によって、月夜見の信頼=信仰がある程度回復したらしい。

 その回復した神力で、自分の体を回復させたようだ。

 

 説明の後、月夜見の目が他の玉兎同様、顔を悲し気にした。

 

 

「―――依姫は…」

 

「……死んだ。元々、血が足りない体で、無理をしたからな」

 

 

 依姫の死を知った玉兎たちの顔が、曇り、中には仲間とともに号泣している者もいる。

 慕われていた証拠だ。この玉兎にとって地獄と変わってしまっていた月で、唯一の心の拠り所が、彼女だったからだろう。

 

 零夜は依姫の死体を月夜見に預ける。

 

 

「…冷たい。先ほどまで、生きていた者とは、とても思えないな」

 

「そこにあるように見えて、中身は空っぽ…。そんな、虚しさだけが残る、それが、死体って奴だ」

 

「フッ、大量にそれを作ったヤツの言うことじゃないな」

 

「確かに、な」

 

 

 この戦いで、多大な犠牲を生んだのは、紛れもない零夜だ。この事実は、消えることはない。

 

 

「依姫の死体は、どうするんだ?」

 

「都を上げての葬式にする。玉兎たちにも、依姫にとっても、その方が良かろう」

 

 

 後ろの玉兎たちも、肯定の意味で首を縦に振った。

 

 

「そうか。―――それで、これから、お前はどうするんだ?」

 

「月の都を、可能な限り復興させる。まぁ、主要戦力の大部分を失い、まともに戦えるのは、もはや私とサグメしかいない。月の都が機能していない以上、何年かかるか分からんが…」

 

「おい、やっぱ皮肉ってるだろ」

 

「嫌味でも言わないと、やってられないからな」

 

 

 そう言った二人は、笑った。

 こうでもしないと、今にも襲い掛かってくる責任感で、押しつぶされてしまうから。

 

 笑いを止めた二人は、再び真面目な顔になる。

 

 

「で、一応聞くが、侵略とかは気にしなくていいのか?」

 

「お前がそれを言うか?―――だが、気にする必要はないと思う。臘月が月を支配した影響で、その隙に××に逃げられた。嫦娥は玉兎たちの統率者だったんだが……、まぁ帰ってくるとは思えない。嫦娥が原因で、()()()から何度も月を襲撃されていたが……嫦娥がいなくなった今、そいつらを気に掛ける必要はないだろう。無論、警戒はするがな」

 

「―――なんて?」

 

「?」

 

「いや、今なんて言った?」

 

「なにを……あぁ、そうか。××は地上人には発音できなかったな……。地上の言葉で言うと、嫦娥(じょうが)と言う」

 

「嫦娥……」

 

 

 嫦娥(じょうが)―――。

 零夜の『原作』の知識に、ある。

 嫦娥とは、月の都に幽閉された月の民で、月の女神と称される人物だ。 玉兎達の支配者でもあり、強大な力を持っているが、表舞台に出ることは無い存在でもある。

 蓬莱(不老不死)の薬を使った罪人であり、玉兎達の多くが幽閉されている彼女の代理贖罪として()()き続けている――と言うのが『原作知識』だ。

 

 だが、その嫦娥が逃げ出したとなれば、最早玉兎たちにその役割は必要ないだろう。

 

 

「あとは、地上の(あやかし)共が問題だが…」

 

「大丈夫だ。あいつらはしばらくの間、月を襲うことはねぇよ」

 

「―――何故そう言える?」

 

「俺が地上で暴れてる大悪党だから」

 

 

 さらっと重要なことを言った零夜に、月夜見の顔が引きつる。

 つまりは、零夜が暴れている以上、月に攻め入る余裕などないと言うことだ。

 

 

「ま、まぁ…ありがとう、と、言って置くべきなのか?」

 

「いや、別に言わなくていいし言われたらこっちも困る」

 

 

 悪人であってくれてありがとう、なんて言われたらどんな反応をすればいいのか、永遠の課題になるかもしれない課題をするほど、零夜はチャレンジャーじゃない。

 

 

「―――それじゃあ、俺たちは、そろそろ行くよ」

 

「そうか。見送りは……必要ないな」

 

「そうだな」

 

 

 零夜は玉兎たちを月の支配から解放した、玉兎たちからすれば”英雄”だが、外面的には零夜は”侵略者”でしかないため、見送りは出来ない。

 月夜見は後ろを向いて、零夜たちに、一言。

 

 

「さぁ行け、”侵略者”ども。私は、何も見ていない」

 

 

 そう言って、前に向かって歩く月夜見。

 それと一緒に、玉兎たちも月夜見の後をついていった。

 

 

「終わった、な……。あとは…」

 

「……シロ」

 

 

 彼はまだ、あそこにいるだろう。零夜には、()()()()()()()()()()()

 シロと『圭太』。二人が親しい関係だったと言うこと以外、詳しいことは分からない。だが、臘月の言いなりになっていたとはいえ、自らの手で殺めてしまったと言う事実も消えない。

 その事実は、シロの心に杭となって、今もシロの心に突き刺さっているだろう。

 

 

「あいつのことは、まだ放っておこう。大事な人が死ぬ気持ち……()()()()()()から」

 

「―――零夜…?」

 

「行くぞ」

 

「……うん」

 

 

 零夜はオーロラカーテンを出現させ、二人はその中へと消えて行った。

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 灼熱の、業火の世界。

 所々から溶岩が流れ、飛び散っている。普通の人間が入れば、まず瞬間的に脱水症状に陥るほどの熱さだ。

 

 そして、その世界を徘徊する、化物が存在した。

 皮膚の色は赤。三メートルや五メートルと言った様々な身長の個体が存在し、共通点として手に巨大な棘金棒と、額に巨大な角が二本生えていることだ。

 

―――人間は、この化物を、恐れと畏怖の感情を込めて、と、そう呼ぶ。

 

 

「――――――」

 

 

 一匹の鬼が、とある場所を見た。

 熱の湯気で視界が遮られる中、鬼の瞳に映ったのは、一つの白い影。―――いや、影ではない、白い服装の男だ。

 

 

「グゴォアアアア!!」

 

 

 鬼は”獲物を見つけた”と言わんばかりに咆哮を上げ、熱された地面を駆ける。

 それが合図となり、他の鬼も同調して”自分の獲物”だと言わんばかりに他の鬼を押しのけあい、目の前の獲物に金棒を振るった。

 

 金棒を振るった鬼は『仕留めた』と心の中で本能的に歓喜する。

 まず、体格の差がありすぎる。二、三メートルを超える金棒が、たった一メートル後半程度しかない獲物へと振り下ろされるのだ。

 普通、潰されるに決まっている。

 

―――そう、普通なら。

 

 

「――――ガッ?」

 

 

 金棒が獲物に触れる瞬間、金棒が途轍もない衝撃音と共に跳ね返って来た。

 衝撃の反作用が加わり、鬼の顔面に強烈なカウンターが直撃する。その痛みに耐えかね、鬼は後ろに倒れる。それと同時に、ドミノのようにその鬼の後ろに居た鬼たちも倒れ始める。

 中には、道を踏み外してマグマの中へとダイブしてしまった鬼もいた。

 

 鬼は体勢を立て直そうと、立ち上がろうとして―――、鬼の半身が、消し飛んだ。

 それは後ろの鬼たちも例外ではなく、ナニカの攻撃が一直線に進んでいき、ほとんどの鬼が、全滅した。

 

 

「邪魔、するんじゃねぇよ…!」

 

 

 鬼たちの死骸を無視して、男は歩みを進める。

 と、そのとき、男は目の前に誰かがいることに気付く。

 

 そこにいたのは、金髪ロングヘアーの赤がかった紫色の瞳をした、片手に松明を持っている少女だった。

 玉が3つ付いた紫色に水玉の帽子を被り、首元にひだ襟の付いた、青地に白い星マークと赤白のストライプの、実にアメリカンな服を着ている。

 右側がストライプ、左側が星だが、カラータイツは逆に右側が星、左側がストライプで、靴は履いていない。

 

 全体的にピエロを思わせるような恰好だ。

 

 

「ひぇ~……まさか地獄の門番がこんなに早く倒されるなんて……。お兄さん、どこから入って来たの?ここは普通の人間は立ち入り禁止だよ?」

 

「『俺』は普通じゃないから適応外だ。分かったらさっさとどけろ」

 

「なにその超自己中理論…。そんなの許されるわけないじゃん。逆にそんなんで通したら、あたいが叱られるしね」

 

「じゃあお前の上司に俺が取りあってやるよ」

 

「いや、そんなことされたらもっと叱られるに決まってるじゃないか!とにかく、ここから先は立ち入り禁止!それでも通ろうとするというのなら、あたいが相手になるよ」

 

「上等だ。秒殺してやるから、覚悟しろ」

 

 

 白装束の男の周りに、巨大な氷塊が生成される。

 それを見て、少女の顔色が一気に悪化した。理由としては、大きさ依然にこの灼熱地帯で離れた位置にいても冷気が漂ってくるほどの温度の氷塊が生まれたことだ。

 普通、こんな場所で氷なんて作れば即溶けて終わりだ。だが、彼が作った氷にはそれがない。つまり、それだけでも彼が只者ではないことを示しているのだ。

 

 

「あ、あ、あぁ…!」

 

「どうした?さっきまで粋がってたくせに、もう怖気付いたのか」

 

「え、えっと、その……」

 

「じゃあ、死ね」

 

 

 理不尽な断罪の言葉と共に、手を振り下ろし、氷塊を少女へと叩きつけ―――。

 

 

 

「あぁー!ストップ!ストップ!やめてやめて!」

 

 

 

―――女性の声が、それを静止した。

 その声を聞いた途端、少女の顔に色が戻り、男は待っていたと言わんばかりに氷塊を自らの手で消滅させた。

 

 男の目の前に映ったのは、赤髪で、長さは肩らへんまで伸ばしたセミロングの女性だ。

 白い文字で「Welcome to Hell」と描かれた黒いTシャツを着ており、WelcomeとHellの間に赤いハートマークがあり、返り血のようなプリントもついている。

 Tシャツは肩が出ている、言わばオフショルダーだ。

 スカートは濃い色の緑・赤・青の三色カラーの、チェックが入ったミニスカートで裾部分に黒いフリルと小さなレースがついている。

 

 そして特徴的なのは、黒いロシア帽のような帽子を被り、頭の後ろに赤い球体、両手に月・地球を表す球体を持ち、鎖で首輪に繋がっているところだ。

 

 

「騒がしいと思ったら……何やってんだか」

 

「売られた喧嘩を買っただけだ」

 

「え、え?」

 

「あ、クラウンピース。この子私のお客さんだから、お茶用意して」

 

「え、はっ、え!?お客様ですか!?」

 

「そうよ、お願いね」

 

 

 クラウンピースと呼ばれた少女は、驚きながらも後退していき、その姿を消していった。

 目の前の女性の言う通り、お茶を用意しに行ったのだ。

 

 

「いやーにしても、急に来られてもこっちが迷惑よ。門番の鬼、ほぼ全滅しちゃったじゃないのよ」

 

「またどうせ生まれるだろ」

 

「それはそうだけど……もうちょっとこっちの都合も考えて欲しいと言うか…」

 

「ともかく、話がある。だから来た」

 

「了解了解。全く、アナタも昔の方が可愛げがあったのに「昔の話はやめろ」……分かったわよ。それじゃ、上がって上がって」

 

 

 白装束の男―――シロは、目の前の赤髪の女性の跡をついていく。

 

 シロと親し気に話す彼女の名は―――地獄の女神、【ヘカーティア・ラピスラズリ】

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 地獄の部屋の、一室。

 ヘカーティア・ラピスラズリの部屋。シロとヘカーティアは対面になるように座った後、クラウンピースと呼ばれた少女の持って来たお茶をシロは飲む。

 

 

「ありがと、もう行っていいわよ」

 

「は、はい…」

 

 

 クラウンピースはゆっくりと扉を開け、一礼し、部屋から出て行った。

 

 

「あなたの方から来るなんて、珍しい。かつての旧友の頼みだから承諾したけど、普通だったら追い返したわよ?……で、一体何の用?」

 

「―――どうせ、見てたくせに、言う必要があるか?」

 

「あら、バレてた?」

 

「当たり前だ。お前の性格は大体把握している。お前は、昔っから覗きが好きだったからな」

 

「ちょっと……私が変態みたいな言い方やめてよ…」

 

 

 ヘカーティアはシロからの辛辣な言葉に落ち込む様子を見せ―――一瞬で回復した。

 

 

「まぁいいとして!最初に言って置くけど、私は見てただけで、何もしてないわよ?」

 

「別にそれが聞きたい訳じゃねぇ。問題は……どうして月に圭太がいたのかだ」

 

 

 シロから漆黒のオーラが漏れると同時に、シロは手に持ったティーカップを握りつぶした。

 彼のこの怒りは、何故か『圭太』が臘月の言いなりになっていたことによる、臘月への怒りと、そんな圭太を自らの手で殺めてしまった、自分自身への怒りだろうか。

 

 

「あぁ!オーラ漏れ出てる!あとそのカーペット気に入ってるんだから、汚さないでよ!………それは私にも分からないわよ。そもそも、この世界に圭太がいるってこと自体、私すっごい驚いたんだからね!」

 

 

 ヘカーティアは椅子に座ったままシロの方へを身を寄せる。

 シロは冷静に、ティーカップを口に近付けて、 

 

 

「……そうだな」

 

 

 そう言った後、紅茶を啜る音が響く。

 その返答に、沈黙が、部屋を支配する。

 

 そして、その沈黙を破ったのは、ヘカーティアだった。

 ヘカーティアは慌てるように、この部屋の空気を換えるために話を変える。

 

 

「ご、ごめんね?は、話変えるけど、臘月や圭太、あなたに零夜くん、その他モロモロ含めた『権能』保持者に、私たち神が抗えないことくらい、あなただって知ってるでしょ?臘月のやつ、神に一切情報が入らないようにしてたから、ここ最近の月の都の内部情報が分からなかったのよ」

 

「―――そうか。臘月の野郎、そこまで対策してたか…」

 

 

 シロも、特になにも言わずにヘカーティアの話に答えた。

 そして、その話をそのまま続ける。まるで、その話には触れないようにしているかのように。

 

 

「幻想郷や月の都より強いお前なら、なにか知ってると思ったんだが…とんだ無駄足だったな」

 

「ちょっと!人の仕事邪魔したり人の部下殺してそれ!?酷すぎない!?」

 

 

 ヘカーティアが椅子から立ち上がった音と、叫びが響く。

 シロにとっては無駄足でしかなかったが、ヘカーティアにとっては仕事を邪魔され部下を殺されと不幸なことしか起きていない。

 彼女の言葉は正論だった。

 

 

「面白いことがあったらすぐ仕事抜け出す奴がなに言ってんだよ。現に、あの闘いを見てただろ?」

 

「う……それを言われたらなにも言えない…」

 

 

 ゆっくりと座り、紅茶を飲むヘカーティア。

 一呼吸置いた後、面倒臭そうな表情で、シロを見る。

 

 

「とにかく、私から言えることはなにもないわよ?嫦娥も月にもういないから、そもそも見る必要なかったし…」

 

「じゃあなんで見てたんだ?」

 

「それはね、あなたが戦ってたからよ。旧友の活躍舞台、見ない理由はないでしょ?それに、『権能』持ちが二人もいるんだから、あわよくば月の情勢も探ろうかなって」

 

「そっちが本命だろ。俺は、俺たちはまんまと利用されたってわけか。で、お前はどうするんだ?」

 

「―――どうするって?」

 

「月の都を、だ。今しかない襲撃のチャンス。お前はそれを、モノにするのか、ドブに捨てるのか、どっちだ?」

 

 

 今、月の都にある最大戦力は月夜見しかいない。

 そして、ヘカーティアはシロの言った通り、幻想郷や月の都を超えるほどの力を持っている。彼女ならば、今の月の都を落とすことなど、赤子の手をひねるくらい簡単だ。

 

 

「そんなの決まってるじゃないのよ。さっきも言った通り、嫦娥がいないあそこを襲っても意味ないし、そもそもあそこまで落ちぶれちゃ襲う価値もないって感じ?だけど、純狐(じゅんこ)がどう出るか分からないけど…。まぁ嫦娥がいない今の月にはあの子も興味ないでしょうね」

 

「だろうな。あいつが月を襲ってた理由は嫦娥だ。嫦娥がいないあそこを、襲う理由はないか…」

 

「それで、何だけど……」

 

 

 ヘカーティアの顔が凛々しくなる。

 両肘を机につき、手の甲に顎をつけて、一言。

 

 

「―――仮面ライダーベノムの力……使ったでしょ?」

 

「――――――」

 

「あの力はあなたでも危険すぎるから、出来るだけ使わないようにって言ったのに…。あれはあなたの体や命をも蝕む諸刃の剣よ?あなた、もうしばらくの間ベノムに変身できないどころか、ベノムの能力であなた自身が弱体化してるし、しばらくの間動かないほうがいいわよ?」

 

 

 仮面ライダーベノム。

 シロが変身した転生者にしか変身できない、相手にも使用者にもダメージを与える諸刃の剣。

 ベノムの能力は『権能の弱体化』。使用者であるシロにすらもベノムの能力が体を蝕んでいる。つまり、今のシロは弱体化していると言っていい。

 

 

「ただでさえ臘月並のチートがあなたの強みなんだから、せめて回復するまで待って「いいや待てない」――なんで?『最高のポテンシャルを維持』って言うのがあなたのポリシーでしょ?」

 

 

 ただでさえ、ベノムの力で弱体化していると言うのに、回復を待たずに行動するシロの考えが、ヘカーティアには分からない。

 ヘカーティアはシロのことを知っているからこそ、疑問が尽きない。

 

 

「―――圭太が臘月の手に落ちていることは、完全に予想外だった。臘月だけなら、なんとかなった。最悪力のゴリ押しで、なんとかなると思っていたが……圭太がいるのなら、話は別だ」

 

「それも、そうね。でも、闘いは有利だったんじゃない?あなたは圭太の『権能』を知っていて、今の圭太はあなたの『権能』の詳細を知らないんだから」

 

「そういう問題じゃない。少なくとも、武器の性能は……圭太が完全に上だ。俺だって無敵じゃないんだ」

 

「あなたの口から言われても、説得力があるのかないのか…。で?結局そのままいくの?」

 

「無論だ。()()()()()()()()()()()()()からな…」

 

「あー……仕事が…」

 

 

 ヘカーティアは椅子の背で背中を曲げて、天井を見て手で顔を覆い隠した。

 彼女は知っている。()()()()()()()()()()()()

 

 

「修正のために、出来るだけ早く過去を、最善の道へと導く」

 

「―――出来るといいわね…」

 

「出来るできないじゃない。やるんだ」

 

「そうね。あなたは昔からそういうタイプだったわね。……ていか、思ったんだけどさ、それって【あなざーじおうつー】の、時間改変の力で何とかならないの?」

 

 

 アナザージオウⅡ。

 時間改変の力を持っているアナザーライダー。確かに、この力を使えば、わざわざ過去に行かずとも、時間を書き換えて臘月が存在せず、永琳や輝夜が逃げきれた世界へと書き換えることも可能だ。

 

 だが、シロの答えは―――。

 

 

「無理だ」

 

「どうして?」

 

「彼に―――いや、【夜神零夜】に、ジオウの適正が無いから」

 

「―――――」

 

 

 ジオウ劇中、【海東大樹】が副作用により変身した際は、加古川程「ジオウ」への適性が無いのか、はたまた暴走によって冷静な思考が出来ないのか、これらの能力は使用せずに双剣による直接攻撃のみを使用していた。

 これは詳しいことは分からないが、デメリットがあることは確かだ。

 

 

「ジオウの適正、つまり王としての素質。【夜神零夜】にはそれがない。ないから、ジオウの力を正常に扱えない」

 

「つまり、闇神零夜が『歴史改変』の力を使えば、杜撰な部分がたくさん出る…って思っていい?」

 

「あぁ。最悪、辻褄が合わない世界になって、世界が崩壊するかもしれない」

 

「考えたくもないわねぇ…。それじゃあ、あなたはどうなの?」

 

「『俺』が王?冗談はよしてくれ。『俺』に王の素質があるように見えるか?」

 

「……あると言えば、ハーレム王?」

 

「殺すぞお前」

 

 

 純粋な殺気がヘカーティアを襲う。

 彼女はほぼ冗談で言ったが、生憎彼は冗談がうまくとも受ける場合はほぼ真に受ける難しい性格だ。

 殺気に当てられたヘカーティアは、手をあたふたとしながら謝罪する。

 

 

「ごごごごめんって!冗談!冗談だから!」

 

「……『俺』が冗談を真に受けるタイプだって、お前知ってるだろ?」

 

「いやぁ、そうだけど、もうそこら辺は直ってるかなって思って…!」

 

「……もういい。お前は変わってなくて、安心したよ。変わってたら面倒なこと変わりないからな」

 

「それ、レディーに言うこと?」

 

「少なくともお前を女として見たことはない」

 

「ひどっ!」

 

 

 ヘカーティアの顔に、どこぞの少女漫画の如く驚愕の表情を表す白線が入り、背景が白黒になる。

 

 

「さて……そろそろ行く」

 

「あら、もう行っちゃうの?」

 

「いろいろと準備や考え事が、あるからな」

 

「―――そっか。気をつけなさいよ」

 

「言われなくとも」

 

 

 ヘカーティアは立ち上がり、見送りの準備を。

 シロはオーロラカーテンを出現させ、そこに向かって歩き……一度、歩みを止め―――、

 

 

「―――また、来る」

 

「いつでもいらっしゃい」

 

 

 完全にシロの体がオーロラカーテンに飲みこまれていき、それと連鎖してオーロラカーテンも虚空へと消えた。

 シロを見送ったヘカーティアは、再び椅子に座る。

 

 

「―――ハァ、本当に、男の子って分からないわね。あの意地がどこからくるのか…。過去ですべてを救うって心の中で思ってても、圭太を自らの手で殺してしまったことには、変わりないから…。あの子も、辛いはずなのに」

 

 

 ヘカーティアの顔には、何故か寂寥感が漂っていた。

 その心は、シロを心配する気持ちだろうか。

 

 

「泣きたいときに泣けない、悲しむときに悲しめない……本当に男って不便ね。……にしても、あの人は昔っからツンデレなところは変わってないわね。……中身は、ほぼ変わったって言うのに」

 

 

 ヘカーティアは先ほどのシロの態度を思い出す。

 自分の予想通り、彼は正常な態度を取っていたが、心の方は無事ではないはずだ。そして、彼のことを詳しく知っているのは、もう自分しかいない。

 それは彼なりの意地なのかもしれない。

 彼がここへ、自分に会いに来たのは、情報収集と言う皮を被った、彼の悲しみが露わになったからだろうと、へカティアは推測する。

 

 人は、脆い。

 心が揺さぶられると、落ち着かせるのに相当な時間と根気が必要だ。

 そして、それは彼も例外ではないのだ。

 

 だからこそ、旧友と言う関係である彼女を、頼ってここに来たのかもしれない。

 

 

「―――――」

 

 

 へカーティアは無言のまま、自分の首輪に鎖で繋がっている三つの球体を見る。

 その中から、青い球体――地球の球体を持って、悲し気な顔をする。

 

 

「―――もう、笑いあっていたあの三人は、見れないのかしら…」

 

 

 地球を抱きしめながら、ゆっくりと、目を閉じた。

 

 

 




 長かった、東方永夜抄?編……。

 竹取物語はさらに長くなりそうです。
 気長に、次回をお待ちください。

 評価・感想お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【東方永夜抄?】編 登場人物まとめ ※ネタバレ注意!

 物語を分かりやすくするための、登場人物紹介です。
 

 2021/5/31
 【ヘカーティア・ラピスラズリ】、【謎の回想】追加。


 藤原妹紅

 

 初登場 【19 とばっちり】ジャンプ

 

 『原作』とは大分性格がひん曲がった藤原妹紅。

 19話にて零夜を奇襲。その理由は『先にそちらが攻撃してきて一回死んだから』と言う理由らしい。嘘を言っているように見えず、近くに零夜しかいなかったためそのまま戦闘に入った。

 【仮面ライダーゲンム・レベルX】の不死の力で勝負は拮抗していたが、バグスターウイルスの『死後のデータを最期の瞬間のまま永遠に固定』と言う特性で妹紅を実質的に殺して、勝負は零夜の勝利で終わった。

 

 その際に謎が二つ。

 一つは妹紅が蓬莱人ではなく【ホウライジン】であったこと。ホウライジンの妹紅は『痛覚』を感じないと言う蓬莱人ではあり得ない状態になっており、痛みを感じないと言う不老不死にとってのアドバンテージが、苦戦を強いられたきっかけとなった。

 

 もう一つは、バグスターウイルスで動かなくなった妹紅が、断末魔で『輝夜』と叫んでいたこと。

 これは一体、何を意味していたのか――。詳細は34話にて。

 

 

 

 

 レイセン

 

 初登場【21 イナバの兎】

 

 『原作』の【鈴仙・優曇華院・イナバ】。

 『アポロ計画』を地上人が月への侵略へと勘違いが月中に広がり、それを恐れたレイセンは地上に逃亡した。

 逃亡した後は地上にいるであろう【蓬莱山輝夜】と【八意永琳】を探して、匿ってもらおうとしたらしいが、彼女たちが地上にいないと言う齟齬があったため、幻想郷に迷い込んだあと、てゐに拾われたと思われ、現在は雑用としてこき使われている。

 

 拾ってもらった恩がある故か、『原作』ではてゐと呼び捨てにしていたが、この時間軸では「てゐさん」と敬称を使っている。

 

 なお、彼女が月から逃げたことが、玉兎たちにとっての地獄の始まりのトリガーであったことを、彼女は知る由もなかった。

 言うなれば、月を変えた一種の元凶でもある。※28話参照

 

 

 

 ワタツキ ノ トヨヒメ

 

 初登場【23 よし、月を襲撃しよう】

 

 原作とは性格が激変した【綿月豊姫】。

 『原作』の普段は怠け気味で、散歩したり本を読んだりと自由に過ごすといった、見た目と裏腹なお転婆な、天真爛漫な性格――ではなくなっている。

 

 月の防衛隊の実質的トップと言う立ち位置にふさわしいとも言える、威厳のある性格へと変化している。

 『原作』では玉兎に甘かった彼女だが、トヨヒメの場合は玉兎を『奴隷』『玩具』として見ている傾向が強い。

 非常な傲慢と偏見が強い人物になっていた。

 

 最後は、アナザーファイズの一撃によって灰燼となって消失した。

 

 何故彼女が『原作』からかけ離れた性格になってしまったのかは、依然として不明。

 分かっているのは、28話にて玉兎たち曰くレイセンが逃げた後から急に人が変わったとだけ。

 

 

 

 

 ヘプタ・プラネーテス。

 

 綿月家直属の組織。

 ヘプタはギリシャ語で『7』、プラネーテスはギリシャ語で『惑星』を意味している。

 

 なお、ヘプタ・プラネーテスが家名を名乗ることは『本気』を出すと言うことを意味している。

 

 

 

 

 

 

 プロクス・フランマ

 

 初登場 【23 よし、月を襲撃しよう】

 

 本作オリジナルキャラクター。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『火』の席の人物。

 炎を操る能力を用いて『ヒュードル・アクア』『タラッタ・マルが』『デンドロン・アルボル』の三人と強力してアナザーフォーゼを追い詰めたが、零夜が途中覚醒したことによって、アナザーフォーゼの皮がはがれ、アナザーファイズへと変化し、アナザーファイズの能力によって灰燼と化して、そのまま死亡した。

 

 使用武器は大剣

 

 一人称は『我』

 こちらもトヨヒメと同じく、玉兎を見下す下郎の一人。

 

 名前の由来は、『炎』。『炎』はギリシャ語で『プロクス』、ローマ語で『フランマ』

 

 

 

 ヒュードル・アクア

 

 初登場 【24 零れ落ちる炎】

 

 本作オリジナルキャラクター

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『水』の席の人物。

 体を水に変化させる能力を持っており、『タラッタ・マル』との連携技でアナザーフォーゼを苦しめたが、アナザーファイズの『クリムゾンスマッシュ』を喰らい、体を分子レベルで破壊されたことによって、再生不可能になり、そのまま死亡した。

 

 使用武器はレイピア

 

 一人称は『俺』

 

 名前の由来は『水』。『水』はギリシャ語で『ヒュードル』、ローマ語で『アクア』

 

 

 

 タラッタ・マル

 

 初登場 【24 零れ落ちる炎】

 

 本作オリジナルキャラクター。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『海』の席の人物。

 水を大量生成して、自由自在に波を乗りこなす能力を持っており、『ヒュードル・アクア』との連携技でアナザーフォーゼを苦しめていたが、アナザーファイズの蹴りによるフォトンブラッドの注入により、ヒュードルと同じ末路を迎えた。

 

 使用武器は三又ルで破壊されたことによって、再生不可能になり、そのまま死亡した。

 

 使用武器はレイピア

 

 一人称は『俺』

 

 名前の由来は『水』。『水』はギリシャ語で『ヒュードル』、ローマ語で『アクア』

 

 

 

 タラッタ・マル

 

 初登場 【24 零れ落ちる炎】

 

 本作オリジナルキャラクター。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『海』の席の人物。

 水を大量生成して、自由自在に波を乗りこなす能力を持っており、『ヒュードル・アクア』との連携技でアナザーフォーゼを苦しめていたが、アナザーファイズの蹴りによるフォトンブラッドの注入により、ヒュードルと同じ末路を迎えた。

 

 使用武器は三又の槍

 

 一人称は『俺』

 

 名前の由来は『海』。『海』はギリシャ語で『タラッタ』。ローマ語で『マル』。

 

 

 

 デンドロン・アルボル

 

 初登場 【24 零れ落ちる炎】

 

 本作オリジナルキャラクター。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『木』の席の人物。

 こちらは特に目立った能力はなく、戦闘系には向かない能力だったらしい。ヘプタ・プラネーテスの中で、唯一能力の詳細が分かっていない人物

 分かっているのは、彼が『とある木』の管理と育成に向いていたと言うことのみ。おそらく、彼の能力となにかしら関係性があると思われる。

 

 攻撃手段は弓で、矢尻には『とある木』から成る実の汁を塗っており、その汁には睡眠薬と同じような効果を持っている。完全な後衛職。

 

 後衛職は前衛を失った瞬間負けとなり、最後はアナザーファイズの武器によって貫かれ、灰燼と化すと言う末路を迎えた。

 

 24話で『とある木』の管理を任されていたことが明かされ、37話で薬物開発の最高責任者であることも明かされている。

 戦闘職でない彼が、ヘプタ・プラネーテスにいるのかは謎である。

 

 名前の由来は『木』。ギリシャ語で『デンドロン』。ローマ語で『アルボル』

 

 

 

 クリューソス・アウルム

 

 初登場 【28 シロとクロ】

 

 本作オリジナルキャラクター。一人称は『俺』

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『金』の席の人物。

 『アンモス・サブルム』と共に綿月家――特に依姫に対して神を崇めるようなほどに熱心な忠誠心を持った人物。

 金属を操る能力を持っており、様々な武器を使った戦術を見せてくれたのだろうが、その前にシロが生成した大量の武器によって体を貫かれ、そのまま出血多量で死亡。

 

 見せ場もなく物語から退場した、非常に可哀そうな人物。

 

 名前の由来は『金』。ギリシャ語で『クリューソス』。ローマ語で『アウルム』

 

 

 

 

 アンモス・サブルム

 

 初登場 【28 シロとクロ】

 

 本作オリジナルキャラクター。一人称は『俺』。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『土』の席の人物。

 『クリューソス・アウルム』同様、綿月家――依姫に対してかなりの忠誠心を持っている人物。

 砂を操る能力を持っており、名称だけ聞くと、後衛職のように思える。

 

 しかし、クリューソスが死んだ際の動揺を突かれ、シロが操った砂がアンモスを包み込み、そのまま圧死した。

 アンモスは当然の如く対抗しようと砂を操作しようとしたが、シロから操作権を奪うことができず、そのまま死亡した。

 クリューソス同様、特に見せ場もなく退場した人物。

 

 名前の由来は『砂』。ギリシャ語で『アンモス』。ローマ語で『サブルム』

 

 

 

 

 ウラノス・カエルム

 

 初登場 【26 変化した月】

 

 本作オリジナルキャラクター。

 【ヘプタ・プラネーテス】の一人で、『天』の席の人物。ヘプタ・プラネーテスのトップであり、その地位の通り、強力な能力を保有している。

 能力は『天を操る能力』と『指揮をする能力』の二つ。

 

 『天を操る能力』は『朝』『昼』『夜』『晴れ』『曇り』『雨』『嵐』『雪』『雷』などと言った「空の状態」や「天気に関する」ことから連想された力を扱う力。

 挙げられるのは、『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』の七つであり、この七つの属性をひとまとめにした、究極の必殺技が存在する。

 

 『指揮をする能力』はその名の通り指揮を下し、その際に全員に能力上昇(バフ)をかける能力。

 そして、この能力の凶悪性は、指揮をされ軍門に下っている間は相手から意識を奪って精神支配を施す――要するに傀儡(かいらい)とすること。

 この能力が通用する条件は現時点では不明だが、ルーミアもこの能力の毒牙にかかり一時的な洗脳状態に陥ったのに対し、ウラノスが零夜を直接操らなかったことから考えるに、能力の対象は自分より格下の存在だと考えられる。

 

 そして、一番強力な力は、圧倒的な防御力。防御力と攻撃力を駆使して不完全な状態ではあるがルーミアを圧倒し、ゴッドマキシマムゲーマーの攻撃さえ無傷で突破するほどの防御力を持っている。

 だがしかし、その防御力も万能とは言えず、フィフティーンゴーストが腕に鎖を巻き付けた瞬間にその腕が潰れると言った謎の現象が起きたりもしている。

 その防御力が『天を操る能力』の応用なのかは不明である。

 

 性格は一言で言えばクズ

 独りよがりで自己中な性格で、兵士すら、相手を疲弊させるための消耗品程度にしか考えていない。妻は44人おり、ルーミアを45番目にしようと画策していたが、あえなく破砕した。

 

 そして、ウラノスは『仮面ライダー』のことを知っており、零夜の直接的な質問に対し、まるで本当に聞き覚えがないかのような反応を示している。

 

 最後、ウラノスは逃亡を図るも、都市のすぐ近くの岩陰にて【綿月無月】によって暗殺される――『仲間』に裏切られると言う、仲間を仲間とも思わない男にとっての、因果応報とも言える最後を迎えた。

 

――彼は途中で、『月が穢れることがなくなった』と言ってはいたが、その意味は、一体…?

 

 

 名前の由来は『天』。ギリシャ語で『ウラノス』。ローマ語で『カエルム』

 

 

 

 

 綿月無月。

 

 初登場 【34 AGITΩ(アギト)HAZARD(ハザード)

 

 本作オリジナルキャラクター。

 『30話アイザック・ニュートン』にて謎の仮面ライダーとして登場。

 

 【綿月臘月】と【トヨヒメ】の一人息子。

 子供のような純粋無垢な性格をしており、子供故に父親である臘月に従順である。身長は10歳程度の少年。

 月では歳を取らないと言うことなので、外見と実年齢が一致していないと言うことはよくあるが、彼の場合は見た目も中身も同じである。

 しかし、彼の実年齢は1000歳。どう考えても実年齢が中身と見た目に反比例している。

 

 歳を取らないとしても、限界があり、精神年齢は必ず成長しているはずなのだが、純粋無垢で臘月の言葉に素直なところを見ると、そう考えても、肉体面も精神面も成長していないことが分かる。

 

 何故彼の肉体面で成長が止まっているのかは、36話にて明らかになった。

 彼は臘月によって魔改造を施されており、その影響か肉体が成長していないのだと思われる。

 しかし、依然にして精神が子供のままなのは、不明のままだ。

 

 本編では書かれていないが、『原作』の設定とは少し違い、依姫とは『夫婦』ではなく『婚約者』と言う関係にあった。

 

 【仮面ライダー迅】の変身者。何故無月が『迅』のライダーベルトを持っているのかは現時点では不明。転生者である臘月が渡したのかもしれないと言う考えが一番有力ではあるが、真実は定かではない。

 

 なお、ウラノスが【仮面ライダー】について知っていたのも、無月が迅に変身するのを知っていたからである。

 事実、迅のことを知っているかのようなことを仄めかしている発言があった。

 

 そして彼は、ルーミアと戦っている最中にベルトを破壊され、それに子供レベルの激励をしている間に依姫に背後を取られ、そのまま不意打ちで死亡した。

 ――いくら子供だからといって、やっていいことと悪いことがある。臘月はウラノスにやったことと同じ、暗殺によって、命を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 綿月依姫

 

 初登場 【28 シロとクロ】

 

 トヨヒメとは違い、こちらは『原作』と全く同じ性格のまま登場。

 唯一の相違点が、この時間軸の月では玉兎が本物の奴隷の如く扱われているため、数少ない玉兎に優しくしてくれるようになっている。

 

 侵略者であるシロと戦ったが、シロが『権能』による『命令』を行ったことで、神が自分に力を貸さなくなったことで、意気消沈して抜け殻状態になってしまった。

 しかし、隠し通路にいた輝夜と永琳の存在を知ったことで、攪乱状態に陥った。

 

 月の都で暴れるために少しの間出ていなかったが、無月を奇襲すると言う場面にて登場。

 輝夜と永琳を監禁し、精神崩壊にまで追い込んだ主犯である臘月の頸を斬ろうとし、裏切り者のレッテルを張られ、そのまま逃亡。

 逃亡中にシロが宮殿で大暴れしたことが陽動となり、なんとか逃げきることに成功し、そのあとニュートンと合流したと思われる。

 

 その後、今まで監禁状態に等しかった月夜見と合流したが、月夜見が監禁されていた部屋にて臘月の奇襲にあい、またもや戦闘不能に陥った。

 

 そこで『玉兎(原作の二代目レイセン)』の手によって治療を受け、なんとか喋れるまでには回復したが、その時点で血を大分流し、衰弱しきっていた。

 そんな中、零夜は『権能』持ちが神に『命令』する権利があることを知ったことによって再び八百万の神々の力を借りることができるようになり、活力を司る宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ)の力によって『自然回復力の活性化』によって、動けるまでに回復した。

 

 そのまま【仮面ライダーベノム】に変身したシロのもとへ向かって、ベノムの力によって『権能』の力が弱体化している状態を狙って、依姫、ルーミア、武神鎧武の三人係で臘月の体を突き刺し、臘月の頸を刎ねた。

 

 そのあとに、血液の足りない状態で無理をして動いた反動によって、衰弱死。

 生き残った玉兎たちと月夜見に見送られたまま、息を引き取った。

 

 

 

 

 綿月臘月

 

 初登場 【37 月夜見】終盤。

 

 本作オリジナルキャラクター。

 そして、【東方永夜抄?】の黒幕的存在。

 28話の時点で名前が判明し、36話に依姫の回想にて登場。

 

 その正体は皆ご存じの通り転生者であり、チート『権能』を授かって東方projectの世界へと転生した。

 『原作』では《人間風》に言うと豊姫の夫は永琳の甥と言うことなので、おそらく臘月も類に漏れずそのポジションであるだろう。つまりは婿入りしてきたと言うことだ。

 月では表向きには現代知識チートを用いていたようで、その時代にないものをポンポンと作っていたようであり、今の地位にいることに誰も不思議に思わないのは、これが主な理由である。

 

 性格は臘月以上のクズで、女を女とも思っていない。アダルティックな説明になるが、彼は女を『穴』としか思っていない外道。

 言動すらも支離滅裂で、前後の言い分が全く合っていないのが特徴である。

 しかし、月では性行為などによって『穢れ』が発生するため、彼は常に禁欲生活を強いられていた。穢れを消失させるアイテムなどもあり、それで窮地は凌いでいたが、すぐに限界が来きたであろうことが安易に予想できるほど。

 

 それゆえに、彼は『レイセンの逃亡』と言う口実と、なんらかの方法で『穢れの発生』を止め、月を色欲と理不尽の色に染めた。

 

 現時点で分かっている彼が起こした悪事を上げるとするならば。

 

・レイセンが逃げたことを口実に、玉兎を本格的な奴隷にした。

・輝夜や永琳を監禁して、自分とウラノスの玩具(オモチャ)にしたこと。

・純粋無垢な息子である無月を利用し、ウラノスを暗殺させた。

・月夜見を監禁した。

 

 などである。

 なお、これは零夜たちが認識している悪事であり、これ以外の悪事にも手を染めている可能性が高い。

 

 

 玉兎を本物の奴隷にように扱うようにした張本人でもあり、ほとんどの人間や妻の豊姫さえもそれに賛成して、今の状態に至っていた。

 この計画が彼は『東方project』と言う世界のことを知っていたから、玉兎を奴隷にする都合の良い口実(レイセンの逃亡)が出来るタイミングでその計画を行ったのか、それとも知らずに都合の良い口実ができたために起こしたのかは、今だ不明である。

 

 輝夜と永琳が地上に逃亡していると言うことは周知の事実だったため、それを利用して二人を監禁し、ウラノスとともに『月が穢れない』ことを理由に散々嬲り、凌辱した。

 不老不死であり、魂を起点に復活すると言うことなので、下を噛み切るなどされて自殺されないように、猿轡(さるぐつわ)をされていたと思われる。

 発見当時にそれがなかったのは、完全に精神が破壊され、自律的に行動ができなくなった故に、不必要になったからだろう。

 

 無月が所有していた仮面ライダー迅のベルト一式が、臘月が転生前に【仮面ライダーゼロワン】を知っていた故に転生特典の一つとしてもらったものなのかは、今だに不明だが、これを使って自身の息子である無月に無意識的に暗殺者に仕立て上げていた。

 

 『権能』の『神に命令』できる特性を最大限に利用し、月夜見を隠居とも言える名目で監禁。さらに部屋から出ないように『命令』していた。

 しかし、無意識的に零夜が月夜見に対して『命令』したことで臘月の命令が上書きされて自由に動けるようになった。

 これが、零夜が『権能』の特性について気付くようになった要因である。

 

 つまり、臘月は結果的に零夜達の手助けをしてしまっていた。なんとも皮肉なことである。

 

 

 『権能』

 臘月は転生者の力を『権能』と呼んでおり、シロもその単語を知っているようだったため、『権能』が転生者の特別な力であると言う認識である。

 

 臘月の権能は『無敵』の一言に尽きる。

 今までの例を挙げるとするならば、

 

 

・基本的な物理攻撃の完全無効。(51話にてこの謎が一部明かされる)

・服へのダメージすら無効化する。

・依姫の頸を狙った攻撃を、無傷で済ます。

・石ころを蹴っただけで分厚い盾や壁を貫通させる。

・月夜見、依姫、ルーミアを彼方にまで吹き飛ばす怪力。

・アナザーダブルから風の操作権の略奪?

・刃を一瞬で握りつぶすほどの握力。

・砂粒の強度を弾丸と同等レベルかそれ以上に引き上げる。

・実体のない炎を止めて、砕いた。

・アナザーリュウガの拳と足を剣と地面に固定した。

・アナザーリュウガの反射能力を無効化するほどのダメージ。

・反射できるかできないか前提である『鏡出現』の無効化。

・腕を振るって風の刃を発生させる。

 

――ect…。

 

 

 これほどの強力な力を持ったキャラクターは、シロ以降である。

 シロは自身の攻撃すら無効化することに驚いていたが、その理由に別の要因があると仮定していたが――。

 

 

 最後は、ベノムの『転生者キラー』の特性によって弱体化した状態を依姫、ルーミア、武神鎧武によって狙われ、そのまま依姫によって頸を斬られて絶命した。

 

 

 

 

 『地』の零番(圭太)          

 

 初登場 【38 無敵】終盤。

 

 本作オリジナルキャラクター。

 隠された八人目の【ヘプタ・プラネーテス】で、その存在はウラノスさえも知らず、その存在は、いわば臘月の最終兵器とも言える。

 突如として現れた、臘月の『奴隷』。

 白髪で黒真珠のような、ハイライトのない目をしており、服装は大きな布切れを一枚被っているだけと言う、小汚い恰好をしている。

 なにも喋らないのが特徴の一つでもあり、言葉を発しないのは、臘月の『奴隷』であるが故に、精神が完全に破壊され、臘月の人形になったのが理由であると考えられる。

 

 彼と臘月がどのようにして出会ったのかは、不明であり、シロはどういうわけか彼を『圭太』と呼んでいる。

 日本人の名前だが、彼の反応がないため、それが本当の名前なのかすらも分からないまま。

 さらに、圭太が『シロ』のことを知っているのかすらも不明である。

 

 彼の『権能』を保有しており、転生者であることは間違いはないのであろうが、彼の力も臘月やシロと同等で、摩訶不思議かつ強力な力を有している。

 

 

・花畑と言う特別なフィールド。

(いかづち)の短剣の生成や雷そのものでの攻撃。

・自動回復

竜巻()激流()を纏う槍の装備

・倦怠感を引き起こし、変身解除や岩石男を砂塵へと化させた。

・糸を朽ち果てさせる

 

 

 どれも一貫性のないものだが、『権能』である以上、どこかに繋がるがあるはずである。

 

 

 彼はこのまま臘月によって『道具』として使い潰され、臘月の盾として自身の身を挺して臘月を守ったが、逆に臘月はそれをチャンスとして、『転生者キラー』の必殺技を零番に浴びせ、その状態で零番の背中を攻撃することで、二人纏めて戦闘不能まで追い込んだ。

 

 そしてそのまま、『転生者キラー』の効力によって、圭太は命を落とした。

 

 

 

 

 

 ヘカーティア・ラピスラズリ

 

 初登場 【42 終われなかった夜】

 

 『原作』のヘカーティア・ラピスラズリ―――なのだが、唯一の齟齬はシロと『旧友』と言う関係にある点

 どういう訳かシロと面識があるようで、性格を把握していたりで、付き合いは長い様子。

 

 月が大混乱している状態で、月を襲うか襲わないかと言われたら、Noと答えた。理由は『嫦娥』がいないから。

 『嫦娥』がいない理由は、臘月が不安要素を潰すためにあえて逃がしたのか、混乱に乗じて逃げたのかは不明。

 

 そしてなにより、【仮面ライダーベノム】のことを詳しく知っており、「これ以上使うな」とも叱責していた。

 それ以外にも『アナザージオウⅡ』のことも知っているあたり、仮面ライダー全般を知っていると考えられる。

 

――これらのことを踏まえると、ヘカーティアは『シロの過去』を知っているようだ。

 今後、彼女がシロの存在の鍵になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダーベノム。

 

 初登場【39 『地』の零番】終盤。

 

 今作オリジナルライダー。

 シロが【猛毒剣毒牙】と【ブラッドバジリスク(神獣)】【ポイズンスコーピオン(生物)】【スノウホワイト(物語)】の三冊のワンダーライドブックで変身する姿。

 

 毒々しい見た目と相まって非常に強力な特性を有している。

 

 基本的にすべての攻撃に毒属性を追加する。その数は無限大で、歴史上に存在しているすべての毒を操れると言っても過言ではない。

 

 だが、それは基本的な効果に過ぎず、猛毒剣の本質は『転生者キラー』

 これはその名の通り、転生者に対して極端に効果を発揮する特性。『権能』に直接作用して、『権能』の弱体化を図ることができる。臘月の『無敵』の力が通用しなかったのも、この特性のおかげ。

 

 ただし、『転生者キラー』は『権能』を『無効化』するのではなく、『弱体化』させるだけであって、完全無効化させることはできない。

 そのため、『転生者キラー』に蝕まれていても、多少なりとも『権能』を扱える。

 

 しかし、これだけ強力な力もあれば当然デメリットもあるわけで、デメリットは『回復の能力者にしか扱えない』『転生者にしか変身できない』『変身者の転生者も『転生者キラー』の効果を受ける』と言ったデメリットが存在する。

 

 『回復能力持ち』にしか扱えない理由は、猛毒剣毒牙は転生者であるかどうか関係せず、触れた者にのみ常時強烈な毒素を流し込むと言う特性があり、解毒や回復などが出来る能力を持っていないと、触れただけでその毒素によってその部分だけ腐り落ちるほどの毒素を持っているのが理由である。

 解毒や回復は能力でも事足りるが、能力の場合だと、回復より猛毒剣の毒素の浸食が早いため、短時間しか扱えない。

 『回復系権能』で、ようやく相殺できるほどだが、それも長くは続かず、能力者よりは遅く、ジワジワと毒素にやられる。

 

 

 『転生者にしか変身できない』理由は、常人や能力止まりの者だと、短時間しか扱えないものあるが、変身する際に猛毒剣毒牙から触れた時とは比べ物にならないほどの毒素が放出され、その毒素がアーマーに変換されるからだ。

 常人や能力止まりの者が使えば、その毒素に耐えられずに毒素にやられ、変身する前に悲惨な死を遂げる。

 しかし、転生者が変身したとしてもその毒素にずっと耐えられるわけではないため、注意が必要である。

 

 そして、変身条件に求められるのが『転生者』である一番の理由は、でnzi者d血bあjgヴちゅvvatカvうぉぼttテi琉kあーva

 

 

 『変身者の転生者も『転生者キラー』の効果を受ける』理由は、単純明快で、変身者が転生者であるのだから、当然『転生者』である変身者も『転生者キラー』の効果を受けるのは別に不思議なことではないのだ。

 

 

 これら三つを踏まえると、ベノムの力は短期決戦でのみ使われるべきの力だと分かる。

 

 

 

 【バジリスクメイル】

 全身が猛毒になる効果を持つ。

 剣やポイズンスパイダーの糸、体に触れただけで無機物や有機物などを経由して毒が敵の体を蝕む毒を生成する。

 

 【スパイダーメイル】

 胸の蜘蛛の顔から糸を発射してフィールドを形成したり、相手を拘束する糸を出したりもできる。

 全身が蜘蛛の脚と同じ機能を有していて、蜘蛛の糸に張り付くことが可能となる。

 

 【スノウホワイトメイル】

 毒々しい7つのリンゴを生成し、それぞれが持っている毒の効果を相手にぶつけることで発揮する。今のところ、分かっているのは『麻痺』の効果を持つリンゴのみ。

 

 

 

 

 必殺技

 

 

・バジリスク・ワンダー

 

 バジリスクの強力な毒素をさらに活性化させて相手を殺す必殺の技。

 これを受ければ常人は死ぬが、臘月の場合『権能』によってギリギリ持ちこたえられたが、限界が近くなるほど消耗する、恐ろしい技だ。

 

 

・ポイズン・ワンダー

 

 蜘蛛の口から漆黒の糸を飛び出し、百面ダイスのような形して己ごと敵を閉じ込める技。

 仮面ライダーベノムの独断フィールドであり、壁や天井にまるで蜘蛛のように貼りつくことができ、様々な戦術を駆使することができる。

 

 

・習得必殺技

 

 【ブラッドバジリスク】

 技名は「死滅覇毒斬」。禍々しき毒を纏った刀身で敵を斬り伏せる。斬撃として発射することも可能。

 

 

 

死毒紫廃(しどくしはい)斬。

 

 猛毒剣毒牙をドライバーに戻し、トリガーを一回引いてから抜刀して発動する剣技必殺技。

 三つのワンダーライドブックの毒の力を掛け合わせた斬撃を飛ばす技。

 

 その衝撃でそのまフィールドの糸にへばりついて身動きが取れなくなると言うオプション付きだ。

 

 

 

魔蛇蹴壊破(まじゃしゅうかいは)

 

 納刀状態の聖剣のトリガーを2回引いて発動するライダーキック技。

 七つの毒々しきリンゴがベノムの周りを浮遊し、ベノムの後ろには、紫の半透明の大蛇大蛇がその大きな口から毒のオーラを放出し、リンゴがベノムの周りを回転し、遠心力を造ってキックを喰らわす技。

 

 例を挙げるとするならば、仮面ライダー王蛇のベノムクラッシュに、リンゴのエフェクトが入ったと考えればよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の回想。

 

 

 34 AGITΩ(アギト)HAZARD(ハザード)にて零夜が見た回想。

 

 この記憶が誰の者かははっきりとしているが、かなりのいざこざで零夜はほぼ覚えていない。なにか起点があれば思い出す。

 

 登場人物は●●と■■の二人。37話にて■■が臘月であることが判明。しかし、●●の正体は依然不明である。

 

 輝夜と永琳が監禁されている部屋に臘月自ら案内されたと言うことは、臘月がある程度信用を置いている人物(使える道具)として見られているであろう存在である。

 

 しかしながら、臘月の口からあの部屋のパスワードを知っているのは臘月自身とウラノスしかいないとのことだ。

 つまり、必然的に●●とはウラノスのことを指すのだろうが、どうしても文字数が合わないところが不自然である。

 

 この真相は、まだ解明されていない。

 

 

 

 




 できれば、感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タケトリモノガタリ
43 いざ、過去へ。


 
 ついに突入竹取物語―――ではなくタケトリモノガタリ。
 
 お待ちしてくれた方々もいたでしょう、お待たせいたしました!


 それでは、どうぞ!


 あの日から、数日後。

 零夜の体は完全に回復し、あとは本番へと向かうだけだった。

 

 そんなとき、ルーミアから声を掛けられる。

 

 

「……零夜、大丈夫?」

 

「……なにだが?」

 

「全部。臘月を倒す方法だって、分からなかったのに……」

 

「――――」

 

 

 ルーミアの言葉に、零夜は何も言えなかった。

 前回の月の襲撃は、過去で戦う際の月の戦力把握のためだった。あわよくば、敵の『能力』の弱点を把握して過去で楽して倒そうっていう算段だった。

 

―――だが、現実は非情だった。

 臘月の方はまだ、強さ以外は予想は出来ていた。月の情勢が変わっていると言うことは、それを変えた誰かが存在していると言うことだから。

 しかし、問題は別にあった。零夜の『原作知識』をぶち破った八人の『ヘプタ・プラネーテス』に、臘月の息子で、仮面ライダー迅でもあった無月など、予想外のことがあありすぎた。

 

 攻撃が全く効かなかったウラノスだって、【レベルビリオン(チート能力)】でのごり押しで、ようやく勝てたのだから。

 

 

「確かに、分からないことが多すぎた。だが、同時に分かったこともある」

 

 

 零夜は、月で何度も聞いた単語、『権能』を思い浮かべる。

 『権能』と言うのが、どのようなものなのかは、まだ分からない。分かっていることがあるとすれば、『権能』は転生者固有の能力で、これを持っていると神が逆らえなくなる、と言うことだけだ。

 

 

「『権能』……。まだ分からないことが多すぎる。しかし、俺も持っていることが分かった」

 

 

 零夜の『権能』がなんなのかも、まだ分からない。分からないことだらけだ。

 シロに問いただせばなにか分かるだろうが、シロは今、心に大きな傷を負っているだろうと、零夜は強制する気にはなれなかった。

 

 

「あとは、アイツが本調子に戻るだけなんだが……」

 

 

 そんな時、入口のドアからコンコン、と音が鳴る。

 

 

「入れ」

 

 

 そう言うと、扉からシロが入って来た。

 そして、シロを見た二人は驚愕の表情をした。理由は予想は出来てはいたが、いつものシロとは違うからだ。

 今のシロは、何と言うか……やつれている。そんな雰囲気が漂っていた。

 

 

「お前……大丈夫か?」

 

「……うん、大丈夫、だよ」

 

 

 嘘だ。

 これは零夜だけじゃない。すぐにルーミアも気づけたほどの、あまりにも簡単な嘘だった。

 いつものお調子者のイメージとは全く違う、暗い雰囲気。それがシロを支配していた。

 

 

「無理するな。嘘だってことが丸わかりだぞ。休んだ方が「零夜」」

 

「―――心配しなくても、いいよ。気持ちに区切りはつけるし……何より、過去で臘月を殺れば、圭太は助かる

 

 

 「圭太を助ける」。その強い意志が、あらゆる感情と混ざり合って怨嗟(えんさ)の声に聞こえなくもなかった。

 シロと圭太の関係性。それがなんなのか、まだ分からない。

 しかし、今のシロの感情が、今の原動力になっているのも事実。それ以上、土足で踏み込むことは無粋だと、零夜は話を変える。

 

 

「そうか…分かった。俺の方も、準備OKだ。それで……」

 

 

 零夜はルーミアを見る。

 彼女を、どうするかだ。月の時は、シロが勝手に連れてきてしまったが、今回の場合どうするか。このままおいていくか。

 それとも、同じレールに乗ったものとして、連れて行くか。

 

 

「―――――」

 

 

 どちらかと言うと、気持ちは前者に傾いている。彼女は強い。そこら辺の妖怪など、彼女の敵ではない。

 だが、相手は転生者。転生者を相手するには、転生者しか事実上できないだろう。

 

 つまり、彼女は雑魚戦でしか活躍できないと言うのが、零夜の認識だ。

 

 

「ルーミアちゃん」

 

 

 そんなときだった。シロが、ルーミアにこう問いた。

 

 

「君は、どうしたい?」

 

「どうしたいって…?」

 

「君も、行きたいか、行きたくないか」

 

 

 それは、零夜の考えていたことそのままだった。

 何故考えていたことがバレたのだろう。さとり妖怪の力でも本当にあるのではないだろうか?と零夜は考えるが、考えただけ無駄だ。

 今一番の問題は、ルーミアの返答だ。

 

 

「行く」

 

「―――――ッ」

 

 

 即答だった。

 彼女の気持ちを蔑ろにし、強制するつもりはなかったが、ここまで清々しく即答されると、零夜も呆けてしまった。

 はっきり言って、彼女が同行するのには、リスクが高すぎる。

 月では、はっきり言って彼女は運が悪かった。彼女の強みである闇を同じ力で完全に無効化していたウラノスと戦ってしまったのが、彼女の一番の敗因だった。

 

 それだったら、零夜が戦ったあの四人なら、彼女といい勝負になるかもしれない。

 だが、それでも転生者ほどの力を持たない彼女には、必ず限界が来る。それを考えると、連れて行くことにはリスクしかない。

 

 

「……どうしてだ?お前は、月で無力さを痛感したはずだ。わざわざ、あの地獄に戻る必要はないだぞ?」

 

 

 零夜はあえて彼女の考えを否定も肯定せず、彼女に問いかけた。

 そもそも、彼女がこの戦いに参戦したのはシロの勝手な判断。だが、今回は違う。敵の戦力がある程度分かっているからこそ、彼女を戦力として加えるか加えるべきではないのかが、はっきりと判断できる。

 

 

「確かに、私は月では無力だった。けどね、何もしないって言うのは、私の性に合わないの。私は二人に比べたら弱い方だけど、それでもなにか、やれることがあったらやりたいの。だから、私も連れてって」

 

「―――――」

 

 

 どうするべきか。零夜は考える。

 戦力になるか分からない人物を、戦場に連れて行くようなことはしたくない。それに、意味なく連れて行くことも愚策。

 どちらを選択するか、考える。

 そのとき―――。

 

 

「あ……じゃあ、私を案内役として連れてって!」

 

「案内役?」

 

「輝夜姫って聞いたときから、なんか聞き覚えがあるなって思ってたんだけど……実は最近思い出したんだ。あの時のこと、私記憶にあるの」

 

「それマジか!?」

 

 

 零夜が驚愕の声を上げる。

 それが本当なら、当時の力関係などがある程度分かる。

 

 

「なんでそれ最初に言わなかったんだ?」

 

「だから言ったじゃない!つい最近思い出したって!」

 

「あぁ…。だが、何故今なんだ?」

 

 

 つい最近思い出したなど、明らかにタイミングが良すぎる。

 もしかしたら、今まで黙っていたのかもしれないが、流石にそれはないだろう。だからこそ、今はこの状況を甘んじて受ける。

 

 

「なんていうかね……。輝夜姫とか、そういうのを聞いて、記憶のピースがつながった、そんな感じかな?」

 

「―――cued(キュー) recall(リコール)か」

 

「……なんて?」

 

「cued recall。つまり、『想起』を意味していて、『見て思い出す』ってこと」

 

「なるほどな」

 

 

 cued recall。「ものを見て、ものを思い出す」神経のことを言う。

 脳のメカニズムの一つ。脳のメカニズムは、知性があるのなら人間も妖怪も変わらないはずだ。

 なら、この定義が妖怪であるルーミアにも、通用してもおかしくはない。

 

 

「それでも、今ここで聞けば良くないか?」

 

「『見て思いだす』んだから、見ないと思いだせないでしょ?つまり、彼女を連れて行けば、なにか分かることが増えるってことさ」

 

「―――そうか。……分かった」

 

「ホント!」

 

「だが、ただし条件がある」

 

「条件?」

 

「俺と一緒に行動することだ。ウラノスの時のようにならないようにな」

 

「うん、分かった!」

 

 

 彼女は非常に嬉しそうに、にっこりと笑った。

 

 

「それじゃあ、決行は明日だ」

 

 

 その言葉で、解散した。零夜が立ち上がると―――。

 

 

「あ、零夜。少しいいかな?」

 

 

 シロが、呼び止めた。

 

 

「なんだ?」

 

「過去へ行く際、いろいろと設定を作っておかないといけないから、その打ち合わせしていいかな?」

 

「……設定?何のために?」

 

「現代から来ましたなんて言う訳にはいかないしね。設定作っておいた方が、あとから楽だよ?」

 

「―――そうだな。じゃあ俺の部屋に来てくれ」

 

 

 

 零夜とシロは、部屋から出て行った。

 一人、残されたルーミアは…。

 

 

「――――――」

 

 

 誰もいないところで顔を歪め、歯茎を噛み、拳を強い力で握り締め……口と手から、血が垂れていた。

 それは、本人すら気づくことなく―――。

 

 

「あれ、なんで私、血なんて…?」

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

―――竹取物語。

 今は昔、竹取の翁と言う者ありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、よろずのことに使いけり。名をば、さぬきの(みやつこ)となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ(ひと)すぢありける。あやしがりて、寄りてみるに、(つつ)の中光たり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうて居たり。

 

 

 竹取物語の、冒頭だ。

 つまりは始め。始まりの、物語。

 

 

 劇中から外れた、森の中。

 そこに、銀色の幕のようなものが現れ、そこから二人の男性と一人の女性が現れた。

 

 

 

「ここが、過去……」

 

「森が生い茂ってるね」

 

「―――――」

 

 

 時間は、過去。

 三人はシロのオーロラカーテンを潜り抜け、過去へと跳んでいた。

 ついた先は、森の中だ。木々の間から、太陽の光が差し込んでくる。

 

 

「なんとか、着いたようだが…。今はどの辺りなんだ?」

 

「一応、かぐや姫が成人した辺りの時間帯に跳んだから、たくさんの人が求婚しているところじゃないかな?」

 

 

 竹取物語で、かぐや姫は三か月と言う短い期間で、成人へと成長を遂げている。

 つまり、かぐや姫が発見されてから、三か月以上は経った世界と言う訳だ。

 

 

「――――」

 

「どうだ、ルーミア。なにか、思い出したか?」

 

「ごめん…。まだ、ここを見ただけじゃ……」

 

「そうだな…。すまなかった。それで、これからどうするつもりだ?」

 

「―――そうだね。まずは、平城京に行くことから始める―――前に、やらなければならないことがある」

 

「なんだそれ?」

 

「それは…」

 

 

 シロは、ルーミアを指さす。

 指を向けられたルーミアは、「え、私?」ときょとんとした顔をする。

 

 

「この時代、幻想郷がまだ創られてもいない、妖怪を退治する陰陽師が蔓延るこの時代で、妖怪は忌避するべき存在だ。そんな彼女を都に連れて行くわけにはいかないからね」

 

「あー……」

 

 

 よく考えれば、シロの言う通りだ。

 この妖怪を忌避し、忌み嫌う時代で、妖怪でルーミアを連れて行くのは、悪目立ちするし何より門前払いされる可能性だってある。

 

 そして、何より気を付けなければならない存在が、陰陽師。

 彼らはこの時代で言う妖怪退治専門職だ。世間一般で言う正義の味方である彼らに目をつけられたら、もう都に居場所がなくなり、行動しづらくなる。つまりゲームオーバーだ。

 

 

「そこで、二段構えをする」

 

「二段構え?」

 

「そ、まずは第一認証として、彼女には零夜の影に隠れてもらう。彼女は闇の妖怪だから、闇と関連する影に隠れることくらい、造作もないでしょ?」

 

「確かに、出来るわね」

 

 

 ルーミアからの確証も取れた。

 だが、問題は次だ。

 

 

「で、問題は次なんだけど、都の中には陰陽師が必ずいる。都の中で指摘されたらそれもゲームオーバー。だから、零夜とルーミアちゃんには、『式神契約』をしてもらう」

 

「「式神契約…?」ってなんだ?」

 

 

 式神、と言う言葉なら聞き覚えはある。

 八雲紫の式神、八雲藍がその例だ。

 

 この世界の式神は、既存の妖獣等に式神という術を被せ、強化・制御したものを言う。パソコンにソフトウェアをインストールするようなものである。

 八雲藍の場合は九尾の狐という妖怪を媒体として、八雲藍という式神を憑けている。

 

 

「零夜はすでに分かっていると思うけど、『式神』とは言わば使用者の道具。この時代じゃ、その認識が強いね」

 

「―――つまりお前は、俺とルーミアが式神契約をすれば、万が一バレた場合言い訳が出来るってことか?」

 

「そういうこと」

 

「……ルーミア、お前はどうなんだ?俺の式神になるってことは、すなわち俺の奴隷に「なるわ」決断早ェよ!」

 

 

 まさかの即答。

 これには流石の零夜も動揺する。零夜が言った通り、式神になると言うことはすなわち奴隷になると言うことだ。そんな決断を、即決するなど、とても正気とは思えない。

 

 

「だって、ここに来たのは半分私の我儘でもあるんだから、これくらいはやらないと。それに、こうしていた方が零夜も監視がしやすいでしょ

でしょ?」

 

「そうだとしても、お前、プライドとかないのか?」

 

「そんなもの、もうとうの昔に捨てたわよ。言うなれば千年くらい前?いや、今は過去だから、なんて言えば…」

 

 

 千年前に捨てたプライド。だが、今はそれより過去にいる。つまりルーミアが己のプライドを捨てるのは未来の出来事。確実な矛盾だ。

 

 

「まぁ雑談はそれくらいにして…。はいこれ」

 

 

 シロは零夜に、お札のようなものを手渡す。

 

 

「これは式神の札と言ってね。式神の術をかぶせることが出来るんだ。ちなみにこれは既存の式神の札とは違って、媒介となった者の意識を奪うことはないから、安心していいよ」

 

「なるほどな……。これ、どうやって使うんだ?」

 

「えっと……霊力を送りこんで、対象に貼り付けるだけ」

 

 

 シロに言われたまま、零夜はお札に霊力を送りこむ。

 札は霊力を吸収し、淡い光を放った。

 

 

「貼ると言っても、どこに貼れば…」

 

「どこでもいいよ」

 

 

 そう言われ、零夜はルーミアのおでこに札を貼った。

 ルーミアが、「ウッ」と短い悲鳴を上げると、眩い光が辺りを包む。それは3秒ほど続き、光は収まった。

 零夜が目を開けると、何故か札が消失していた。

 

 

「おい、札がなくなってるんだが?」

 

「成功した証拠だよ。試しに、なにか命令してみて」

 

「そうだな……。とりあえず、俺の影に入れ」

 

 

 そう言うと、ルーミアが影の中にズブズブ…と音を立てて入っていき、姿が完全に見えなくなる。

 

 

「……なんか、実感湧かないな」

 

『そう?私の方はなんか、強制力を感じたけど…』

 

「成功ってことだ。それじゃあ、出発しよう」

 

 

 ルーミアを自身の影に入れた零夜は、シロと共に森の中を歩く。

 

 

「なぁ、これちゃんと街道に出るのか?」

 

「もちろん。ただ人目がつかないように森の中に入っただけ。このまままっすぐ進めば、街道に出るはずだよ」

 

 

 そう言われ、黙々と歩き続けること、数分。

 ついに街道に出ることができた。

 

 

「出たな。……で、どっち方面だ?」

 

「こっち」

 

 

 シロが指さす方へと歩こうとした、その時だった。

 

 

 

「ぐぎゃぁー!!」

 

「「ッ!!」」

 

 

 

 反対方面から、悲鳴が聞こえた。

 男の声だった。しかも、その声は、断末魔によく似ていた。

 それだけじゃない。なにやら、武器と武器がぶつかり合うような音が聞こえる。どうやら、戦っているようだ。

 

 

「おい、どうする?」

 

「―――とりあえず、行ってみるとするか」

 

「そうだな」

 

 

 零夜もシロの意見に賛成し、街道を駆けた。

 走ったら、案外早く着いた。そして、零夜とシロの目に映ったのは、豪華な馬車と、それを守っている陰陽師や兵士の姿、そして、複数の妖怪の姿だった。

 

 

「……こんな真昼間から、襲撃とは、妖怪たちも貪欲だね」

 

「どうでもいいだろ。で、助けた方が良いか?」

 

「うーん、豪華そうな馬車と護衛…。有力者が乗っていることには間違いない。これは、利用できるかもね」

 

「利用?」

 

「それは追々話すとして…ルーミアちゃん。僕と彼の影を伝って伝言を伝えることはできるかい?」

 

『そんなこと、造作もないわよ』

 

 

 零夜の影から、ルーミアの声が聞こえる。

 一体、シロはこの状況をどう利用しようと言うのだろうか。

 

 

「零夜、性格の設定は昨晩話した通りで通して。計画は、ルーミアちゃんを経由して話す。だから、助けに行っちゃって」

 

「分からねぇが、とりあえず乗ってやる。――変身!」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「クソッ!畳み掛けるんだ!絶対に守り通せ!」

 

 

 陰陽師特有の服を着こなしているこの男性は、この護衛団体のリーダーだ。

 有力者を乗せているこの馬車を護衛して、帰還の最中、いきなり妖怪の群れに襲われた。

 

 すでに仲間が数人やられた。絶命しているのか、それともまだ生きているのか、確認する暇すらない。

 まさに崖っぷちだった。

 

 

 兵士たちも頑張ってくれて入るが、兵士には陰陽師ほどの攻撃力はない。

 だからこそ、危険な状況だった。

 

 

―――そんな時、一匹の狼型の妖獣が、男に牙を向けた。

 

 

「お、『陰陽札』!」

 

 

 男は札を複数投げ、妖獣に直撃し、煙をまき散らす。

 

 

「やったか!?」

 

 

 倒したかと、男は喜んだが、それは杞憂だった。

 喜んだもつかの間、煙の中から妖獣が牙を向けてきたのだ。

 

 

 

「うわぁあああああ!!」

 

 

 

 男は悲鳴を上げ、両腕で顔を覆い隠した。

 噛みつかれる。そう思った瞬間―――、

 

 

――バキュンッ!

 

「ギャンッ!」

 

 

 謎の音が聞こえたと同時に、妖獣の断末魔が聞こえた。

 男はゆっくりと目を開ける。男の足元――地面には、自身を襲おうとしていた妖獣が、絶命していた。

 

 その摩訶不思議な現象は続いた。

 

 

――バキュンッ! バキュンッ! バキュンッ!

 

「キャンッ!」「グガッ!」「オオォオオ!」

 

 

 

 妖怪たちが、次々にこの現象の餌食になっていた。

 ある妖は脳天を貫かれ、ある妖は胴体を貫かれ……。他の仲間たちも、この謎の現象に動揺を隠せずにいた。

 

 

 

「おい、あそこを見ろ!」

 

 

 

 仲間の一人が、大声を上げる。

 男もそこを見る。そこには、謎の存在がいた。

 

 全身を銀色のフルアーマーで統一しており、左側の肩アーマーに、見慣れない謎のマーク、黄色い複眼が、妖怪を捉えていた。

 謎の存在が、右手に持っているナニカを妖怪に向け、再び音が響いた。音とほぼ同時に、また妖怪が一匹絶命した。

 

 

 “なんだ、あの存在は?”男はそう思う。

 妖怪の類かと思っても、あの存在から感じられるのは『霊力』。霊力は、その者が人間であることを示している何よりの証拠だ。

 だが、あの奇怪な術はなんだ、どうやって妖怪を倒している?男の疑問は尽きない。

 

 そんな男の思考など放って、妖怪たちは目の前の存在を、本能的に“危険”だと感じたのか、一斉にその存在へと向かって行った。

 

 

 

『――――』

 

 

 その存在は、腰に手を掛けた。触れたのは、赤いラインが入った黒く大きなカブトムシのようななにか。

 角に触り―――倒した。

 

 

CAST OFF!

 

 

 

 銀の鎧が弾け、妖怪たちに激突し、弾けた際の爆風が、陰陽師たちを襲う。

 咄嗟に目をつむり、爆風から逃れた男は、ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには、既にあの銀色の戦士は存在していなかった。

 全身が黒い鎧で統一されており、先ほどと比べてスリムになっている。

 頭部、胸部、肩部のアーマーには基板のような赤い模様があり、何より特徴的なのは、銀色の鎧越しからも見えた黄色い複眼と、大きな角だった。

 

 漆黒の戦士は右手の武器を持ち換え、それはナイフのように見えた。

 

 

「グゴォォオオオ!!」

 

 

 妖怪たちが、一斉に戦士へと襲い掛かった。

 圧倒的な数の暴力が、戦士を襲った。先ほどの一体一体確実に仕留めていく方法では、ジリ貧になる。一体、どうするべきか?加勢するべきだろう。だが、脳がそう思っていても、体が動いてくれなかった。

 

 そんな中、戦士は腰に巻かれている銀色のベルトの右側を、押した。

 

 

CLOCK UP!

 

 

 

―――妖怪たちの血しぶきが舞った。

 

 

「―――えッ?」

 

 

 あまりにも、一瞬の出来事で、男には見るところか認知することすらできなかった。

 男が目の前で見た状況を、言葉で説明するならば、「一瞬で妖怪たちが全滅した」。

 

 逆に、これ以外の説明方法が存在しなかった。

 目の前には、妖怪たちの血、肉、骨が大量に転がっている。死んだことは、確かだ。だが、その速度があまりにも速すぎる。

 

 それだけの状況証拠で、理解できた。

 あまりにも見えないスピードで、妖怪たちは殺されたのだと。だとすれば、今戦士はどこにいる?

 

 

 

「ッ!あいつはどこにいった!?」

 

 

 男とその仲間たちは、辺りを見渡す。

 あの速度で動かれたら、対処する術がない。瞬殺される自信がある。

 

 

「……あッ!」

 

 

 仲間の一人が声を上げる。見つけたのかと、一斉のその方向へと目を向けた。

 男の眼には、確かに戦士が映った。だが、その場所は…。

 

 

『―――』

 

 

 馬車の隣に、立っていた。

 平然と、まるで違和感がないかのように、腕を組んで、ただその場に立っていた。

 

 

「貴様は何者だ!」

 

 

 男は自身に課せられた責務を全うするべく、陰陽札を戦士に向けた。

 この戦士に己が勝てないことなど分かっている。あの速度で動かれたら、一巻の終わりだ。

 だからこそ、重要なのはこの戦士が、敵か、味方か、そのどちらか。

 

 

「助けてもらった身でありながら失礼なのは重々承知だが、かといって役職上、いきなり出てきた者を信用するワケにもいかぬのだ」

 

 

 高慢な態度を取っていれば、この戦士の怒りを買って殺されてしまう危険性だってある。

 だからこそ、その理由を語ることによって、その可能性を出来るだけ潰そうとしている。

 

 

『――森を歩いていたら戦闘の音が聞こえて、ここに来た』

 

 

 戦士は言葉を語り、ゆっくりと自身のことを語った。

 

 

「森を歩いていた…?一人で……いや、貴殿のその力があれば、一人でいても何の問題もないか」

 

『これで、いいか?』

 

「いや、まだだ。貴殿は何者だ?貴殿ほどの強者、耳に入っていてもおかしくはないはずだが…」

 

『……目立つのが苦手な、ただの風来坊さ。それで納得してくれ』

 

「そう言われて、納得できる者がいるか?……まぁいい。風来坊と言うのなら、ここへはどんな目的で?」

 

『―――【かぐや姫】。絶世の美女がいると聞いて、やって来た』

 

 

 男はそれだけで、納得できた。

 男の耳にも、【かぐや姫】の事はもちろん入っている。なにせ、都中で噂になっていることなのだから。

 【かぐや姫】を娶ろうと毎日貴族が求婚しにやってくることは、仕事柄何度も目にしている。

 

 目の前の戦士は、自分の力を見せつけて【かぐや姫】に求婚をしに来たのではないのかと、男は考えた。

 

 

「なるほど、かぐや姫か…。貴殿もかぐや姫に求婚しに来たのか?」

 

『……まぁ、似たようなものだ』

 

「―――そうか。疑って悪かったな」

 

 

 男は陰陽札をゆっくりと下ろすと、頭を軽く下げた。

 顔を上げると、優し気な顔で、名前を聞く。

 

 

「貴殿の名前を聞いてもよろしいか?」

 

『名乗るほどの者じゃない。と言うか、名乗ったら有名になりそうだから無理だ』

 

「……貴殿は有名になるのが嫌なのか?誰しも、己の名を上げることに必死であることは当然なのだが」

 

『言っただろう。目立つのが苦手だと。だから、いろいろな場所でも口封じをしてきた、それだけだ』

 

「……道理で」

 

 

 これほどの強者を知らなかった理由、それは自身で口封じをしていたからか。

 確かに、他の名を上げることが目的の陰陽師が必ずいる。本人が目立ちたくないと言っているのだから、それを最大限利用して情報規制をしている可能性だって十分あり得る。

 

 これ以上深入りするのは無粋だと、男は思う。

 

 

「理解した。我々に助勢してもらい、感謝する」

 

『構わない。それでは、俺はこれで失礼す「あぁ待った!」?』

 

 

 戦士が立ち去ろうとしたとき、誰かの声が響いた。

 これは、男の声ではない。別の、誰かの声だ。そして、声の主は…。

 

 

「お待ちくだされ!そこのお方!」

 

 

 その声の主は、馬車から出てきた。出てきた人物は、初老の男性だった。ただ、その身に拵えている服がとても豪華で、普通の人物ではないことは見ただけで理解できた。

 

 

『なんだ?』

 

(みやつこ)様!勝手に出て来てもらっては困ります!」

 

『―――ミヤツコ、だと?』

 

 

 戦士の言葉が、震えた。

 戦士には、その名前に聞き覚えがあった。

 

 

「流石に、かぐや姫に会いに行くとなれば、この方をご存じであっておかしくはないでしょうな」

 

『かぐや姫に会いに行くんだ…。このくらい知っていて当然だ』

 

「おぉ、それでしたら詳しく話す必要はないでしょうが…。一応。オホン!」

 

 

 男性は一回咳をして、気を締め直し――。

 

 

 

「儂の名前は【讃岐(さぬき)(みやつこ)】。かぐや姫の義父(ちち)でございます」

 

 

 

 




 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44 幼き不死鳥※

2021/3/19 内容を一部変更いたしました。


 全身が基板のような赤い模様が入った漆黒の鎧に包まれた、黄色い複眼の戦士―――【仮面ライダーダークカブト】。

 彼は今、頭が混乱していた。

 目の前にいるのが、かぐや姫の義父(ちち)と言うことが、理由だった。

 

 

讃岐(さぬき)(みやつこ)…何故そんな重要人物がこんな場所に?』

 

 

 この老人の名が、本当に【讃岐(さぬき)(みやつこ)】だと、すれば何故こんな場所にいるのか?

 仮にも【かぐや姫】の、義父(ちち)だ。そんな重要人物を、おいそれと外に出すわけが…。

 

 

「儂が無理を言いましてな。かぐやを拾ってから、家が裕福になったと同時に、護衛もついて…散歩も、昔のようにはできぬようになりましてな…」

 

『散歩…』

 

 

 たかが散歩に、大がかり過ぎると思うが、これもかぐや姫の義父と思えば、仕方のないことなのかもしれない。

 

 

「こう老けても、昔の習慣が忘れられず…」

 

「こうなってしまったのだ。しかし、どういうことだろうか。この付近には妖怪除けの札が辺り一面に貼ってあると言うのに…」

 

『妖怪除けの札?』

 

「あぁ。この街道は多くの人間が通るため、当然妖怪に襲われる可能性だってある。だからこそ、それが貼ってあるのだが…不備でもあったか?」

 

「隊長!見てください!」

 

 

 一人の陰陽師が、声を上げる。

 男が走って駆け付けると、男の目に映ったのは――。

 

 

「これは…!札が焼き切れている!」

 

「おそらく、これが原因で結界に穴が開き、結果その穴から妖怪がなだれ込んできたようです」

 

「しかし、札が焼き切れるとはどういうことだ?(みかど)直属の陰陽師が一枚一枚丁寧に作り上げた最高傑作だぞ?」

 

「妖怪の手では不可能です。可能性があるとすれば、人為的にしか…」

 

 

 男の部下の視線が、ダークカブトの方に行った。それを聞いていた他の部下たちも同じ行動をした。

 ダークカブトも、男も、部下たちが何を思っているのかが分かった。

 

 

『俺を疑っているのか。まぁ、ぽっと出の奴を疑うのは仕方のないことだ。しかし、俺ではないぞ。そもそも―――』

 

 

 ダークカブトが、再びベルトの右側の部分を押すと、ダークカブトの姿がその場から掻き消えた。

 混乱した男とその部下たち。が、その1秒も経たない一瞬のうち、男とその部下の肩に手が乗せられた。

 

 

『俺が犯人なら、そんな姑息な手など使わず、この速度を用いて貴様らを皆殺しにすればいいだけのこと』

 

「「―――ッ」」

 

 

 二人の顔に、冷汗が垂れる。

 見えなかった。一度見ていると言うのに、全く見えなかった。もし、彼が敵だったら今すでに自分はこの世にいなかっただろうとすら思う。

 

 確かに、このスピードがあるのなら、こんな姑息な手など使う必要もない。

 この戦士の実力が、陰陽師たちが無理やり納得するしかないほどの、説得材料だった。

 

 

『それにもし、俺がお前たちを利用して、かぐや姫を攫おうと言う目的を持っているのなら、同じこと。この速度を最大限に利用して、攫えばいいだけ。こんな手の込んだことをする必要はない。こんなことをしてしまえば、指名手配されるだけ。しかし、俺がそれをしないのは、そのつもりがないからだ』

 

「……理解した。部下が疑って悪かった」

 

 

 男はダークカブトの手をゆっくりと下ろす。

 完全に信用はできない。だが、それでも否定することもできなかった。

 

 

『――理解は出来ても、納得は出来ないだろう。人とはそういうものだ』

 

 

 こちらの心理を完全に読まれていたことに一瞬動揺を露わにしてしまうが、すぐに冷静に戻った。

 

 

「それで…あなたはこれからどうするおつもりで?」

 

『無論、都へ行く。鎧は脱げば問題ない』

 

 

 それは鎧なのか、と思ってしまうが、逆にそうではないと完全な異形にしか見えない。

 自分達も霊力と妖力の違いを感じられる陰陽師でなければ、妖怪だと誤認して戦っていたことだろう。

 

 事実、そう言った感知に疎い兵士たちには、怯えの表情がくっきり写っていた。

 

 

「それでしたら、この馬車に乗っていきませんか?」

 

「造さま!」

 

 

 男は大声を出してしまう。

 いくら助けてもらったとはいえ、こんな不審でしかない存在を、ましてや敵になったら絶対に敵わない者を傍に置かれたら、対処の仕様がないし、危険だ。

 

 

『いいや、それには及ばない。なにより、この姿では都では目立つ』

 

「そうですか……」

 

『しかし―――』

 

「――?」

 

『かぐや姫に会うと言う目的がなくなったわけではない』

 

「そうですか…。また、会えるでしょうか?」

 

『今度は鎧を脱いだ状態で来ようと思う。その際、俺だと分かるように合言葉を設定しておく』

 

「合言葉…?」

 

 

『―――【綿月臘月(わたつきのろうげつ)】』

 

 

「―――?」

 

『それでは、失礼する』

 

 

 戦士がサイドバックルを叩いた瞬間、(かすみ)のように消え去った。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

『―――はぁ、「疲れる…」

 

『お疲れ様。「大変だったでしょ?」

 

 

 あの場からかなり離れた森の奥にて変身を解除したところに、零夜の影から出てきたルーミアに、(ねぎら)われる。

 そして、その隣にいるもう一人の白装束の男にも同じことを言われる。

 

 

「本当にお疲れ様。苦労した?」

 

「当たり前だ。自分のキャラと合わないキャラなんかやって、ボロが出たらどうするつもりだったんだよ」

 

「そこら辺は零夜を信じた。問題ないかなって」

 

「それはそれでいいとして、本当にあのキャラでいいのか?」

 

 

 ダークカブトに変身していた際で通したあのキャラ。

 一見傲慢に見えるが、礼儀はちゃんと正すキャラで良かったのかと疑問に思う。

 

 

「にしても、まさか助けたのが重要人物の讃岐の造なんて、思いもしなかったな」

 

「あぁ、それは僕もビックリだよ。でも、おかげで以外と早く計画が進められそうだ」

 

「それに、合言葉を臘月に設定するとは、なかなかやるな」

 

「でしょ?」

 

 

 既にネタバレを喰らっている者にしかできない計画。

 かぐや姫―――蓬莱山輝夜は月の住人だ。そんな彼女に、月の人物、しかも有名人の名前を地上で聞かせればどうなるか、確実にあちらからコンタクトを取ってくるだろう。

 

 

「だが、逆に警戒されて跳ね除けられることはないのか?」

 

「仮にも彼女はお迎えが来る予定の罪人だ。彼女は僕たちが月の使者であると認識するだろう。だが、お迎えが来る予定なのに手を出して予定日に来なかったら、不審に思われるだろ?だから彼女は自ら出るはずさ」

 

「そういうものかね…。まぁうまく事が運べば良いが」

 

「それを願うしかないわね」

 

 

 とにかく、今はそうなることを願うのみだ。

 

 

「――ところで、さっきのあれ…。妖怪除けの札が焼き切れた件についてなんだが…」

 

「妖怪除けの札?あぁあったねそんなの」

 

「おまッ……気づいてたんなら言えよ。…まぁいいとして、そんなものがどうして焼き切れたんだ?」

 

 

 陰陽師の話だと、あれはそう簡単には焼き切れないらしい。

 妖怪除けの札と言うのだから妖怪には絶大な効果をもたらすだろう。そんなものが焼き切れるくらいだから、きっと強力な妖怪が―――、

 

 

「あぁ、あれね。アレ、僕らの仕業だよ」

 

「―――は?」

 

 

 零夜の目が点になる。

 シロの言っている意味が分からない。いや、分かるだが、脳がそれを否定している。

 

 

「ま、待て待て待て待て。おかしいだろ、俺達なにもしてないだろ?」

 

 

 ようやく理解が追いつき、反論をする。そうだ、少なくとも自分はなにもやった覚えがない。

 僕らの仕業?つまり、シロだけじゃなく零夜もそこに入れられていたことに疑問しか感じない。

 

 

「そうだね、僕らはなにもしていないね」

 

「そうだろ。結界を壊すようなこと、わざわざする訳…」

 

「―――時間移動」

 

「―――…あ」

 

 

 理解、できた。

 時間移動とは、一種の空間移動だ。過去――つまり違う空間へと移動する際に生じた歪みが、結界の影響を与えたのかもしれない。

 

 

「しかも、それだけじゃないね。ルーミアちゃんも、一つの原因かな」

 

「え、私も?」

 

 

 急に責任を振られたルーミアもキョトンとする。

 確かに、僕らとは言ったがルーミアまで入れることは―――。

 

 

「ここ、妖怪除けの札で守られてるんよね?」

 

「―――――」

 

 

 ここまで言われてしまえば、流石に分かる。

 妖怪除けの札で形成されている結界内に、妖怪を無理やり連れたから…。例え、それが使用者の道具(式神)だとしても例外ではないらしい。

 

 

「それに、結界に歪みが生じているのも、原因の一つかな。本来この結界は、真っ直ぐなドーム状で形成されているんだけど、僕たちが時間移動をした際に空間が歪んだから、結界が見えなくとも、形はねじれているんじゃないかな?」

 

「―――つまり、妖怪であるルーミアが通れたのは、その隙間を通ったからってことか?」

 

「そういうことになるね。まぁ僕もルーミアちゃんが無傷で通れるよう少し細工したんだけど……」

 

 

 つまりは、零夜達が時間移動したせいで結界の形がねじれて隙間が生まれ、そこをさらにシロが広げたことにより結界が不安定に。

 不安定になったものはとても脆い。そこを突かれ、知識を持たない弱小妖怪でも、通ることができたのだろう。

 

 

「―――完ッ全に俺らのせいじゃねぇか…」

 

「そうだね。…(完全に見逃してた…。あぁクソ、胸糞悪い…)」

 

 

 ここで妖怪の大群などに襲われたら、それこそ歴史が滅茶苦茶になる。

 歴史を直しにきたのに、逆に滅茶苦茶にしてしまったら、元も子もない。

 

 

「とにかく、結界を直そ――」

 

 

 

「キャァアアアアア!!」

 

 

 

「「「―――」」」

 

 

 第二の問題、発生。

 自分達の愚行(ぐぎょう)によって起こってしまった第二の被害者。

 

 声の主は、女性であることは分かるがそれ以外は分からない。

 ―――が、今はどうでもいい。すぐに助けなければならない。最悪、歴史が急変する。

 

 

「シロ!」

 

「分かってるよ」

 

 

―――瞬間、シロの姿が掻き消える。

 その速度は、クロックアップを超えているのではないだろうかと零夜が思うほどだ。

 そもそも、シロの種族が人間なのか妖怪なのかすら分かっていないのが現状だ。

 

 シロからは、霊力や妖力などと言った力を感じ取ることができないのだ。

 

 そのため、代弁状は人間と定義しているが、それが真実なのかどうかすら分からない。

 が、人間にあの速度が耐えられるだろうか?普通に無理だ。

 

 二人が駆け足で悲鳴が聞こえた方へと走ると、ある景色が目に映った。

 

 

 そこには、いくつもの妖獣の死骸と、その中心にいる、一切血で汚れていないシロの姿が。

 

 そして、そこには頭をうずくまらせている、黒い長髪の少女がいた。

 体がとても痩せ細っており、皮膚と骨しかないように見える。これだけでも、まともに食事が採れていない貧民の類だと予想できた。

 山菜取りにでも行こうとしていたのだろうか?

 服装はこの時代に合った服装で、とても質素だ。だが、その服は血で汚れていた。

 

 おそらくシロの攻撃が原因だろう。

 

 

「おーい、大丈夫?」

 

「――――」

 

「おーい……」

 

「――――」

 

「駄目だ…。完全に恐怖でやられている…」

 

 

 シロの呼びかけに、少女は答えない。

 妖怪に襲われた恐怖が、まだ心に突き刺さって抜けていないのだろう。

 

 だが、なぜこんな幼い少女が一人で森の中にいるのだろうか?

 親は?保護者は?

 

 痺れを切らしたシロは、少女の肩を揺らす。

 

 

「おーい、そろそろ起きてくれないかな?」

 

「ヒッ!!こ、来ないで!!―――あ、アレ?」 

 

 

 意識を取り戻したと同時に悲鳴を上げた少女は、少し顔を上げる。少女の黒い瞳が、零夜たちの目に映ると同時に、少女は目の前の変化に気付いた。

 自分を脅かす存在がいなくなったことに、疑問を抱いている。そして、その周りに死体が転がっていることに気付いた少女は、再び悲鳴を上げる。

 

 

「――大丈夫。悪い妖怪は、お兄さんが倒したから」

 

 

 瞬間、シロの声が優しい男性の声へと変わる。

 こういうときだけは、彼の特性は便利だと思う。

 

 

「本当に…?」

 

「うん、大丈夫だよ。ところで…君は?お父さんやお母さんと一緒じゃないのかい?」

 

 

 ここが、一番気になるところだ。

 何故、こんな年端(としは)も行かない少女が一人でこんな森に?保護者がいないことも気になる。

 見たところ、服装は質素なため、孤児なのだろうか?

 

 

「―――母上は、もういない。父上も、今はいない」

 

 

 どうやら、彼女の家庭は父子家庭らしい。

 だとすれば、父親はこんな少女を放っておいて一体なにをしているのだろう。

 現代人視点から見れば、十分なネグレクトだ。

 

 

「そうか…。それじゃあ、君はこんな場所でなにをしていたの?ここは妖怪が出て危険なんだよ?」

 

「私と遊んでくれる人いないから、ここで遊んでたの…。いつもは出てこないのに、妖怪が来て…」

 

「「―――――」」

 

 

 ここまで言われると、流石に罪悪感を隠せない。

 この少女を育児放棄している父親が全面的に悪いが、そんな少女を危険な目に合わせた原因を作った自分たちにも当然ながら罪悪感がこみあげてくる。

 

 

「そっか。今のここは危険だ。きっと、都の陰陽師たちがなんとかしてくれる。だから、お兄さんたち一緒に、都に帰ろう」

 

「―――嫌」

 

 

 少女は、拒否した。この答えに、流石のシロも呆気に取られていた。

 今ここは危険な場所(零夜とシロ、ルーミアが原因だが)だ。普通なら一刻も早く安全な場所に行きたいはずだ。

 それなのに、少女はそれを拒んだ。

 

 

「どうしてだい?ここより、都の方がずっと安全だよ?」

 

「私のことは、放っておいて」

 

「放っておいてって……君みたいな子供を置いていけるワケないじゃないか」

 

「別に…父上は私が死んだって、気にしないから」

 

「「―――」」

 

 

 それを聞いて、零夜とシロは唇を噛み締める。

 つまるところ、この少女の父親は育児放棄―――つまるところ、ネグレクトをしているのだ。少女の話から察するに、今まで、ずっと。

 父親は一体全体本当になにをやっていると言うのか。自然と、怒りが込み上げてきた。

 

 

「お家に、他に人はいないのかい?」

 

「お手伝いさんがいる…けど、皆私のこと、見てくれないから」

 

「そうか…。じゃあ、お兄さんたちが、今日一日いてあげるよ」

 

「―――ッ、本当に?」

 

 

 少女が、今まで下げていた顔を上げる。

 ようやく、少女の顔の全貌が分かった。子供らしい童顔と、先ほど見えた深紅の瞳に加えられた、とても綺麗な顔立ちをした少女だった。

 

 

「「――――ッ」」

 

 

 そして、その少女の顔を、零夜とシロは―――知っていた。

 わざとらしく、シロがその少女の名前を聞く。

 

 

「―――君、名前は?」

 

 

妹紅(もこう)。……藤原妹紅」(ふじわらのもこう)《b》

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 目の前の、深紅の瞳の少女―――藤原妹紅。

 まさか、現代で死闘を繰り広げた少女と、再び邂逅するなど思いも寄らなかった――。

 

 

「―――いや、違うか…?この時代だからこそ、会ってもおかしくない…」

 

 

 蓬莱山輝夜と藤原妹紅の時代は、一致している。

 ならば、出会っても不思議ではない。だが、予想外だったのは出会ったことだ。

 予定では、出会う予定などはなかったのだから。

 

 

(ていうか、貧民かと思ったらお貴族様じゃねぇか…)

 

 

 貴族である彼女が、何故こんな質素で、難民を思わせる恰好をしているのだろうか。

 まさかとは思うが―――、

 

 

「とりあえず……都に行こうか」

 

「ううん。私は、ここにいる」

 

 

 彼女の返答に、シロは硬直する。

 

 

「いや…ここは危ないし、都に行こう」

 

「でも、お兄さん強いでしょ?妖怪がいつの間にか倒してたもん」

 

「都に帰ったって……どうせ、皆…」

 

 

 妹紅は顔を下に向け、暗い顔をする。そして、その目には一筋の水滴が―――。

 なにか、父親以外にも、都に帰れない理由があるのだろうか?

 

 

「―――分かった。とりあえず今日はここに居よう。置いていくこともできないしね。二人も、それでいいかな?」

 

「あぁ、別に構わない」

 

「私もr――クロがいいって言うのなら」

 

 

 二人も承諾し、しばらくの間ここにいることにした。

 幸い、強者三人の放つオーラが弱小妖怪を近寄らせない効果があるため、よほどの強力の妖怪でなければここには近づいてこれない。

 無論、人間相手にも警戒しなければならないため、周囲の警戒は怠らない。

 

 

(にしても、予想外の出来事が起きたな…。いや、予想外の出来事が起こるのは、もう慣れっこなんだが…。いや、慣れちゃ駄目だなこれ)

 

 『予想外の出来事』。それは、“藤原妹紅との接点”。

 当初の予定では、藤原妹紅とは何の接点もなしに計画を進める予定だったから。

 

 なにせその計画の中には―――彼女にとって、不利益でしかない内容が含まれているから。

 

 計画をこのまま進めたら、彼女に恨まれそうだ。

 

 

「いや、これも違う。父親にネグレクトされてるなら、恨まれることはないか…?」

 

 

 正直、零夜にその匙加減は分からない。考えの通り、恨まれることはないのか。それとも、ネグレクトされていながらも、父親にある程度の期待を寄せていたり…。

 結局、分からないことだらけだ。

 

 

「……ところでさ、あなた。どうしてずっと体育座りしたままなの?」

 

「ッ―――」

 

 

 ルーミアが何気にそう指摘すると、妹紅がビクッと震えた。

 それは、ルーミアの指摘が妹紅にとって都合が悪い事だと言うのを示唆していた。

 

 

「べ、別に…ただ、この体勢が楽なだけで…」

 

「でも、その体勢って、お尻が痛くなるから、私あまり好きじゃないのよね」

 

「―――ッ」 

 

「「――――」」

 

 

 妹紅の顔が、青ざめる。

 自分の言葉で、ルーミアの何気ない言葉によって、墓穴を掘っていると自覚したからだろうか。

 そして、それを知って、真っ先に動いたのは――シロだった。

 

 

「ちょっとごめんね」

 

「―――えッ…」

 

 

 瞬間、シロの右手が淡く光るとともに、妹紅の体が淡い光と共に浮遊した。

 妹紅は自分の身に何が起こっているのか分からないまま、困惑する。

 

 妹紅の体が浮遊する―――つまり、妹紅の隠していた()()の全貌が、露わになる瞬間だった。

 そして、そこには驚愕すべきものが映った。

 

 

「これは…!」

 

「――――」

 

 

 妹紅は観念したかのように、顔が暗くなった。

 

 注目すべきは、腹部。そこには、巨大なひっかき傷が存在していた。

 そこからゆっくりだが、ドクドクと血が流れてきている。

 

 

「なんだこれ!君はこんなものを我慢していたっていうのかい!?」

 

「あ、う……」

 

 

 シロは妹紅を降ろした後、両肩を掴んで問い詰める。

 

 この傷は、誰がどう見ても大怪我だ。しかも、傷の形状から見ても、さっきの妖獣から与えられた傷だ。

 彼女の服の血は妖怪の返り血だと思っていたが、それだけじゃなかった。彼女の血も紛れていた。

 

 

「これは、どう考えても我慢できるレベルのものじゃない」

 

 

 シロが遺憾なくそういう。

 実際、こんな子供に―――いや、大人でも耐えられないほどの大怪我をしていた彼女は、あまりにも平然としすぎていた。

 だから、見るまで気づくことができなかった。

 

 

「とりあえず、ジッとしてて」

 

 

 シロの左手が怪我をしている妹紅の腹部にかざした。

 すると、光がこみあげ、ゆっくりと、妹紅の傷が治っていく。

 

 自分の傷が治っていくのを見て、妹紅は小さな歓喜の声を上げた。

 

 

「傷が…!」

 

「これで、大丈夫さ。どうして、こんな傷を我慢してたんだい?」

 

「――――」

 

 

 妹紅は治ったはずの腹部を両手で抑えながら、なにも答えない。

 

―――この反応を、零夜は知っている。

 これは、答えたくない質問を、されたときの顔だ。

 

 

「――――」

 

 

 零夜は考える。

 よくよく考えれば、現代の妹紅にもこれと似たような現象があった。

 

『《b》ないんだよ。痛覚なんてなぁ!』

 

 現代の彼女の言葉が蘇る。

 彼女は自身に痛覚がないと言っていた。それは、妹紅が『蓬莱人』ではなく『ホウライジン』だったからだと、自分でもその二つの区別がついていない状態で過程していたが、その過程が、違っていたとするならば…。

 

 

「お前、まさか……《b》痛覚がないのか《b》?」

 

「―――ッ!」

 

 

 瞬間、妹紅の怯えたような瞳が、零夜を―――いや、三人を捉えた。

 どうやら、図星だったようだ。

 

 彼女、藤原妹紅には―――痛覚が、ない。

 

 

「嫌…嫌…やめて…」

 

「どうした?」

 

「やめて……投げないで、いじめないで、…」

 

「――――」

 

 

 この様子、どこか……いや、全体的におかしい。

 なにか、トラウマを刻みつけられているように見える。いや、そういう風にしか見えない。

 少なくとも彼女の怯えと言葉が、それを物語っていた。

 

 

「……少し、眠ってくれ」

 

 

 トンッ、と。シロが妹紅の首筋を叩くと、妹紅が気絶した。

 倒れる妹紅を、シロが抑えると、ルーミアに手渡す。

 

 

「すまないが、彼女を洗ってくれ。このままだと、周りから怪しまれるから」

 

「う、うん……」

 

「それと零夜、湯舟(ゆぶね)と仕切り、あと桶に石鹸とスポンジ創ってくれないかな?僕は温水作るから」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 零夜は言われるがままに、湯舟、桶、石鹸、スポンジを創った。

 シロが湯舟の中に温水をため込むと、妹紅とルーミアを囲むように仕切りが出来る。

 

 

「それじゃあ…この子洗えばいいのよね?」

 

「あぁ、頼んだ、ルーミア」

 

 

 零夜がそう言うと同時に、「はーい」と言うルーミアの声が聞こえ、ザパァと言う水の音が聞こえてくる。

 

 

「―――零夜、察しがついていると思うけど、少し話そうか」

 

「そうだな。……ルーミアはどうする?」

 

「式神になって力が制限されているとはいえ、彼女は非常に強力な妖怪だ。そこら辺の雑魚妖怪なら近寄ってこないだろう」

 

「確かに」

 

 

 確認をし終わると、二人は少し離れた場所に向かう。

 

 

 

「……これで、謎が解けたような、それとも謎がまた増えたのか、分からなくなってきたね」

 

「あぁ、そうだな。だが、確かに言えることが一つだけある」

 

「そうだね。藤原妹紅は―――」

 

 

 

 

 

「「―――病気だ」」

 

 

 

 

 

 二人の重い言葉が、重なった。

 

 

 

 




 はい、今回の話をみて疑問に思った方がいるでしょう。

 藤原妹紅が病気だと言うことは公式設定にはありません。
 完全に本作オリジナル設定です。そこら辺のところを注意して読んでくれた方が、混乱がなく読みやすいと思います。

 痛覚がない、と言う時点でなんの病気なのか既にお分かりの方もいるかもしれません。


 シロの声 【石田彰】➡【保志総一朗】

 評価、感想お待ちしております。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45 藤原妹紅

「う、うーん……」

 

 

 藤原妹紅は、意外にもスッキリとした気分で目覚めた。

 

 どうやら、仰向けで眠っていたようで、空の色が確認できた。綺麗な、夜空だった。

 だが、それ以前に気になったことがあった。

 眠りにつく前と、起きた直前、この違いが一瞬で分かるほど、違っていた。

 

 まず、体の汚れがなかった。

 まともに洗っていなかったこの体、いつも水洗いで誤魔化していたのに、今はとても爽やかな心地よささえ残っている。

 それに、髪。水洗いでボサボサだったのに、今はとてもサラサラだ。

 

 

「なんで、私の体…?」

 

「あ、起きた」

 

「大丈夫?痛いところない?」

 

「――――」

 

 

 まず、目覚めてから聴覚に反応したのは、男の声と女の声だ。

 この声に、妹紅はすくみ上がった。見られた。自分の異常性を。罵られる、罵倒される。

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―――。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――。

 

 

「ヒッ!」

 

 

 逃げないと。聞きたくない罵倒の声が、頭に響く。

 

―――『化物』『怪物』『妖怪の子』『呪い子』…。

 

 事実無根の悪意が、幼い少女を襲った。

 逃げて、逃げて、逃げて、逃げないと!

 

 

「―――アレ…?足が、動かない…!?」

 

 

 動かなかった。

 動こうとしてるのに、逃げようとしているのに、その肝心の脚が動かない。動かなかったら、逃げられない。

 腰が抜けた。あまりの恐怖に、腰が抜けてしまったのだ。

 

 

「あ…あ…あァ…ッ!」

 

 

 再び、幻聴が聞こえる。

 笑い声だ。いや、これはただの笑い声じゃない―――嘲笑だ。悪意の笑い、悪意の感情。

 

 

「やめて…!やめて!」

 

 

 体を縮こまらせ、頭を手で抑える。

 叫んでも、悲願しても、悪意は収まらない。むしろ増長する。

 少女一人で抱えることなど不可能なほどの悪意の量がかさ増しし続け、彼女の器は壊れた。

 

 

「誰か…誰か助けて…!」

 

「――大丈夫」

 

 

 声が、聞こえた。

 この声は、前も聞いた。優しい男性の声だ。だが、それでも妹紅は動かない。自分の秘密を知った以上、自分を人間として見てくれる人なんて…!

 

 

「大丈夫。僕らは既に分かってる。君が、普通の人間とは違うってことも」

 

「―――」

 

「でもね、君は人間さ」

 

「え…?」

 

「君が、人間であることは変わりない。だって、君は、感情が豊かな、人間にしか、僕には見えない」

 

「―――」

 

「僕だけじゃない。彼も、彼女も。君のことは人間だって思ってる。僕は、君がどんな辛い目を経験したのかは、全く分からない。でも、その度合いは、今の君の反応を見て分かった」

 

「―――」

 

「すぐには信用できないかもしれない。だけど、話くらいは、聞かせてくれないかな?」

 

 

 この人は、この男の人は、周りとは全く違うのかもしれない。

 まだ正直、この人が言っている通り、信用は出来ない。だけど、他の人とは違う。話を聞いてくれる。ちゃんと、私の言葉に耳を傾けてくれている。

 

 少しだけど、信用しても、良いのかもしれない―――。

 妹紅は起き上がり、目の前の、白装束の男性に、ゆっくりと頷いた。

 

 

「う、うん…」

 

「ありがとう。それじゃあ、とりあえずご飯にしよっか」

 

「え…?」

 

 

 妹紅の顔が唖然となる。話そうと言うのに、なぜに飯になるのか?

 

 

「お腹、空いてるでしょ?」

 

「え、あ、うん…」

 

 

 妹紅の目の前に、パチパチと音を立てる炎があった。

 そして、その炎の上に、独特な香りが漂う汁が入った鍋があった。コトコトと、音を立てながら、妹紅の嗅覚を刺激する。

 同時に、お腹の虫が鳴った。

 

 

「――――」

 

「ほら、食えよ」

 

 

 黒装束の男性が、妹紅に木製のお椀に入った白い汁を手渡した。

 

 

(とても、いい匂い…)

 

 

 妹紅はヨダレを垂らしながら、その汁を見る。白い汁など見たことないが、匂いが食欲をそそってくる。

 だが、どうしても疑問になる。毒など入っていないだろうか。

 その疑問が一瞬頭をよぎったが――。

 

 

「ハムハムハムハムッ!!」

 

 

 ものすごい勢いで汁を食べている金髪の女性を見て、その疑念も杞憂に終わった。

 妹紅はゆっくりと、お椀に注がれた汁を飲んだ。

 

 

「―――」

 

 

 暖かい。様々な野菜や肉が混合して入っており、柔らかく仕上がっている。

 何より、この白い汁が美味だ。今まで飲んだことのない、全く新しい味だった。白い汁が野菜や肉と絡み合って、また美味になる。

 

 

「おいしい…おいしいよ…!」

 

「そうか。シチューって言うんだけど、三人で作ったんだ。口に合って良かっ――」

 

「うゥ、うう…ッ!!」

 

 

 泣いている。大粒の涙を流しながら、泣いている。

 その涙が、シチューに入る。だが、そんなことを気にせず、妹紅はシチューを食べ続ける。

 

 

「「「――――」」」

 

 

 それが、どれだけ彼女が渇望しているのかを、身に染みて理解できた瞬間(とき)だった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「お腹いっぱい食べれた?」

 

「うん。……ありがとう、おじさん」

 

 

 おじさん。そう言われ、シロはガクッとこけた。

 その様子を見て、二人は笑う。

 

 

「おじさんって…!まぁ歳はそのくらいだけど、おじさんは…」

 

「よっ、おじさん」

 

「おじさん…( ̄m ̄〃)ぷぷっ!」

 

「二人とも……悪乗りしないでくれないかな…?」

 

 

 シロの言葉に、若干のどす黒さが混じった。流石のシロも、おじさん呼びは堪えたようだ。

 

 

「あと……もう一人のおじさんと、お姉さんは…」

 

「お兄さんな」

 

「ちょ!なんでルーミアちゃんだけおお姉さん呼びな訳!?不公平だ!」

 

「だって、おじさんたち。顔見えないんだもん」

 

「「「――――」」」

 

 

 妹紅に指摘され、零夜とシロは黙る。ルーミアも、「そうだった」と言わんばかりに顔を二人に向ける。

 今の二人は正体バレ―――と、言うより素性を知られないためにフードを被っている。これでは、妹紅も歳を識別できなくても仕方ないかもしれないが―――、

 

 

「いいや!僕はまだ認めないぞ!そう、声だ!声はお兄さんだろ!?」

 

「それを言うなら俺もだぞ。俺もまだ若い方だし」

 

「た、確かに…」

 

 

「二人とも、なに意地になってんの?」

 

 

 ルーミアから、そう言われる。

 見た目が若い二人からしてみればおじさん呼びはなんとしても抗議したいところ。

 それが、ルーミアにはバカバカしく見えた。

 

 

「何言っているんだ!これは大事なことなんだ!ルーミアちゃんだって、おばさん呼びされたくないでしょ!やーいおばさん!」

 

「なんですってこのクソ野郎!」

 

 

 ルーミアの闇を纏った拳が、シロの顔面に直撃し―――シロの姿が霧となって霧散する。

 それを見て、ルーミアと妹紅が驚愕する。

 

 

「なッ!?」

 

「残念でした!僕はここだよ!」

 

 

 後ろから、シロの声が聞こえる。

 すぐ振り返ると、そこには片手を振って余裕をかましているシロがいた。

 

 

「今のは幻影さ。まんまと騙されたね!」

 

「この…ッ、素直に当たりなさいよ!」

 

「そう言われて、当たるバカがどこにいるかな?」

 

「おい、静かにしろ!周りに気付かれるかもしれな―――」

 

 

「フフッ、アハハ、アハハハハハハハハ!!」

 

「「「――――」」」

 

 

 その時、三人の隣から笑い声が聞こえた。

 その声の主の候補は、一人しかいない―――妹紅だ。

 

 

「アハッ、アハハッ、ハハハハハ!!」

 

「え、なに?」

 

「―――ご、ごめんなさい……。おかしすぎて、笑っちゃった…」

 

 

 やせ細っている少女からは想像もできないほどの大きな笑い声だった。

 暖かい食べ物を食べて、元気がついた証拠だろう。

 

 

「お兄さんたちって、とっても面白いね」

 

「そうか?ただ(やかま)しいだけに思えるが」

 

「そんなことないよ。とっても、楽しかった。面白かった。私も、お父さんとこんな話ができればなァ…」

 

「「「――――」」」

 

 

 悲壮感を孕んだ妹紅の言葉が、暖かった雰囲気をまた冷ました。

 妹紅も、それに後から気づき、慌てる様子を見せた。

 

 

「ご、ごめんなさい!こんな話、聞きたくもなかったよね…」

 

「―――いいや。聞かせてほしい」

 

「えっ?」

 

 

 そう切り出したのは、シロだった。

 

 

「いずれ、この話を切り出すつもりだったんだ。だから、ありがとう」

 

「え、いや、そんな…」

 

「……まず、言わせて欲しい。ごめん」

 

 

 シロは、頭を45度下げた。

 突然の謝罪に、妹紅は困惑するばかりだ。催促して、シロが言葉を続ける。

 

 

「あれは、君にとってみられたくなかったもののはずだ。それを、無理やり見るようなことをして、本当にすまない」

 

「も、もう、いいよ…。私と、こんなに楽しく接してくれる人なんて、今までいなかったから…」

 

「そう言ってくれると、僕も心が安らぐ。それで、そのことについて、話してもいいかな?」

 

「わ、私の、呪いについて…?」

 

「呪い?」

 

「そう。私の、痛みを感じない呪い…」

 

 

 痛みを感じない呪い。

 妹紅は話を続ける。その呪いがあることを知ったのは、4歳ほどの頃だった。

 

 4歳ともなれば、外で遊ぶことが当たり前の時期だ。

 走っていたとき、妹紅は転んで肘と膝に怪我をした。周りの人間がすぐに駆け付けて手当てをするも、妹紅は平気そうな顔をしていた。

 

 父親に心配されるも、妹紅は「平気」だと答えた。

 そのときはまだ、父親が我慢をしているだけだと思っていたが、子供は活発だ。たくさん動いて、たくさん怪我をする。

 怪我をしたとき、何度も妹紅は平気そうな顔をしていた。

 

 それだけではない。その年の夏。妹紅はたくさん走り回ったと言うのに、汗一つかいておらず、熱くもないといっていた。

 それは冬も同じだ。雪が降る中、妹紅は薄着で外に出てはしゃいでいた。父親がそれを問いただすも、寒くないからと言う一点張りだった。

 

 不審に思った父親は、妹紅を医師のもとへと連れて行った。

 そして、判明した、『温覚や痛覚がないと言う事実』が。

 

 

 そこからだった。何気ない日常が崩壊していったのは―――。

 

 

 まず、父親の態度が明らかに変わっていた。

 服はスベスベな絹製のものから、荒目の服へと変わった。部屋が屋敷の離れへと移され、父親と会う機会が一向に減っていった。当初の妹紅は、何故こんなことをするのか、分からなかった。

 

 一日に三回、飯は与えられるがそれは今まで食べたことのない質素な食事だった。冷たく冷めたご飯とみそ汁、漬物の三つのみ。

 最初は小さな声で抗議したが、持って来た使用人の、奇怪な者を見る目に恐怖し、そのまま黙ったままだった。

 

 そしてある日、外に出てみた。使用人の目を掻い潜ってだ。

 久しぶりに浴びた、外の光、風。妹紅は歓喜した。外とは、こんなにも清々しいものだったのかと。

 実際、妹紅が脱走できた理由は警備がザルだったからだ。だが、それを知る由もない妹紅はただただ駆けだした。

 

 だがしかし、子供が一人で生きていけるわけもなく。都の外に出た時、妹紅は絶望した。

 まず第一に妖怪の存在だ。子供が、妖怪に太刀打ちできるわけもない。それを知らなかった妹紅は、ただ逃げることしか考えていなかった彼女は、その法則に見事に引っかかった。

 

 そして、襲われていたところを、シロたちが助けた――。

 ここで、話は現代に戻る。

 

 

「それでね。父上とはもう、会ってないんだ…」

 

「「「――――」」」

 

 

 聞かされた、妹紅の壮絶な過去。

 幼い少女には、到底抱えることのできない、人間の悪意。

 

 この時代は、まだ医学が発展していない時代だ。

 人間は未知なるものに恐怖し、排除しようとする傾向にある。この出来事も、例外ではない。少し後に生まれていれば、それを理解してくれる時代だ。

 つまり、これは価値観(時代)の違いによって生まれた悪意。

 

 それに、この妖怪が蔓延る世界で、いくら結界があろうとも女性一人で生きていくなど、無理をしているにも程がある。

 この目の前の少女は、そんな選択をしなければならないほど、窮地に追い込まれていたのだ。

 

 

「―――妹紅ちゃん。その、呪いなんだけど…」

 

「……やっぱり、気持ち悪いよね…。私、やっぱり人じゃ…」

 

「違う。それは―――厳密に言えば病気だ」

 

「……え?ど、どういうこと?」

 

 

 妹紅は戸惑いを隠せず、思考が混乱する。

 急にそんなこと言われても、理解が追いつかない。

 だが、そんなことを気にせず、シロは話を続ける。

 

 

「その病気の名は、先天性無痛無汗症。生まれつきの、病気だよ」

 

 

―――先天性無痛無汗(むつうむかん)症。

 痛みを感じる『神経線維』が最初から存在しておらず、痛み、熱さ、寒さ、かゆさを感じないと言う欠点がある。

 その名の通り汗もかかず、全身の温覚、痛覚が消失することにより、様々な症状を引き起こす病気だ。

 

 

「この病気の人間は、日本全国に200人ほどいると言われていて、治療不可能な難病だ」

 

「治療、不可能…」

 

 

 病気であれば、治すことも可能だ。しかし、治療不可能と言うのであれば、そのままの意味で治すことは不可能。

 希望の橋が、あったようで、それは幻に過ぎなかった。

 

 

「期待させてしまって済まない。だけど、自分の体のことくらいは、知っておいた方がいいと思って…」

 

「ううん、いいの。ありがとう。今まで、ずっと『呪い子』って言われていて……呪いじゃないって分かったら…ウッ、ウッ、ウワァアアアアアアン!!!」

 

 

 彼女の涙腺が、崩壊を起こし、瞳から滝のように涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「すゥ…すゥ……」

 

 

 妹紅の小さな寝息が響く。

 あれから泣き疲れた妹紅は、そのままぐっすりと寝た。その隣でルーミアも寝ており、二人は静かな寝息 を立てて、寝ていた。

 二人の体には毛布が掛けられ、とても暖かそうだ。

 

 そして、その近く。

 焚火の目の前で、黒装束の男と白装束の男が対面で会話をしていた。

 

 

「まさか、藤原妹紅が難病持ちだったとはな…」

 

「それは、僕も驚いたね」

 

「だが、なんでだ?『原作』じゃ藤原妹紅がそんな病気を持っているだなんてなかったぞ?」

 

「それは、『原作』で彼女の過去があまり語られていないのが原因じゃないかな?」

 

「どういうことだ?」

 

 

 シロはある仮設を立てる。

 藤原妹紅。彼女の過去はある程度語られてはいるが、父親が輝夜に恥をかかされた――。と言うところからスタートしているため、それ以前の過去が明らかになっていない。

 それに、この世界は『原作』を際限しているとはいえ、なんらかの齟齬があってもおかしくはない。

 

 

「非常に曖昧な仮説だけど、この世界はパラレルワールドで、原作世界であるようでそうじゃない」

 

「まぁ、原作世界って言うのなら、俺らの知識通りに進んでる訳だしな…」

 

「で、このパラレルワールドができた唯一の原因は―――」

 

「俺達、転生者ってことだな?」

 

 

 原作世界とは、本来定められた流れをそのまま突き進む世界の事だ。

 だが、ずっと過去から転生者が蔓延っているこの世界は、原作世界とはいえるだろうか?否である。

 

 

「今更だが、もう俺らの知っているこの世界じゃねぇってことか…」

 

「そうだね。彼女の不幸も、僕たちは直接は関係なくとも、間接的には関係があるのかもしれないしね」

 

「本当に曖昧な仮説だな。だが、今考えても仕方ないか…?」

 

「そうだね。僕たちには僕たちの。彼女には彼女の物語がある。―――ところで、話は変るんだけど、未来の彼女についてだ」

 

「――――」

 

 

 そう言われ、零夜の顔が凛々しくなる。

 その議題が、零夜も、シロも、一番気になっていたことだ。

 

 

「こいつが『ホウライジン』になった未来……無痛無汗症の特性を受け継いでいるようだった。あれは何故だ?」

 

 

 未来の妹紅は、痛みを感じないと言っていた。あれは、生まれつきの病気が原因だったのだ。

 しかし、『蓬莱人』の特性である病むことが無いと言う特性がしっかり働いているのなら、矛盾が生じている。

 

 

「蓬莱人の特性でも、生まれつきの病気には作用しないのか…?」

 

「いや…蓬莱人の特性は魂を不老不死にすることだ。僕の仮説が正しければ、死んだ際に体が一から作り変えられるから、正常なものに戻ってもおかしくはないはずなんだけど…」

 

 

 本来の体だと無痛無汗症だったとしても、蓬莱人になった後、体は何度も作り変えられている。

 その際に『神経線維』も復元されている可能性だったある訳だ。蓬莱人の体が、病を放っておくわけがない。

 

 

「これに関しては僕も分からないことだらけだ。何故【藤原妹紅】の先天性の病気が蓬莱人になっても受け継がれているのか…謎でしかない」

 

「―――(まさか、蓬莱人じゃなくて、『ホウライジン』であることが関係しているのか?)」

 

 

 従来の不老不死であること以外なんら変わりない『蓬莱人』と、特別なケースである先天性の病気であったがために、『蓬莱人』の特性がうまく作用しなくなった『ホウライジン』の二つに分けていた。

 『ホウライジン』のケースが先天性の病気である妹紅限定であることは分かったが、それだけだ。何故『蓬莱人』になっても病気が治らなかったのかは、まだ不明だ。

 

 

「『原作』でも、『蓬莱人』の特性が先天性の病気に作用するかどうかなんて、書かれてるわけもないし…」

 

 

 いくらこの世界が零夜たちも知らない設定があるパラレルワールドだとしても、『蓬莱人』の特性だけは変ってはいないはずだ。

 そう考えると、どうしても矛盾が生じる。一体、なにが違うと言うのだろうか?

 

 

「―――まぁ、分かんないこと考えたって、なんの得にもならねぇか。それにしても、お前、藤原妹紅にすげぇ肩入りしてるな。まさか、お前にそんな優しさがあったなんてな。驚いたよ」

 

「君さ、僕を鬼畜ソ野郎や腐れ外道だとでも思ってた?」

 

「正直思ってた」

 

「随分とはっきり、辛辣に言うねぇ。僕にだって人の心は少しくらいはあるんだ」

 

「そんなんじゃないさ。ただ――気に入らないんだよ。この時代の価値観が

 

 

 シロの体から、可視化できるほどの黒いオーラが放出される。

 これは、シロが感情の起伏が起こった際に、よく見えるオーラだ。そして、その威圧感も半端じゃない。

 

 そのオーラは、敵意とも、殺意ともとれるほど、存在感があった。

 

 

「何!?」

 

 

 瞬間、ルーミアが飛び起きた。

 シロのオーラに反応したのだ。

 

 

「あぁ、安心しろ。シロのオーラだ」

 

「なんだ…。シロ、やめてくれない?ゆっくり寝れないし、この子起きちゃうでしょ?」

 

「あぁ……ごめん」

 

「本当に、全くもう…」

 

 

 頬を膨らませながら、再びルーミアは寝た。

 

 

「本当に、自分のオーラの威圧をもっと自覚しろ」

 

「はは、ごめんね。ただ、今言ったのは心からの本心さ。―――零夜、ちょっと余計なことになるけど、いいかな?」

 

「……内容による」

 

「僕の、いや、『俺』の敵が、もう一匹増えた。そいつを、完膚なきまでに追い込んでやる…!」

 

 

 シロの、敵。その敵が誰なのか、零夜はすぐに察することができた。

 だが、だからこそ、歴史に影響がでないか心配だ。

 

 

「おいおい、歴史に影響が出るんじゃねぇのか、それ?」

 

「大丈夫。最悪無理をしてでも軌道修正を施す」

 

「出来るかねぇ…そんなこと」

 

「できるできないじゃない。やるんだよ。あと、僕もだけど、君もちゃんと、演技、しっかりやってくれよ?」

 

「はいはい、分かってるよ。それじゃあ……明日が本番だ。待ってろよ、【臘月】。てめぇの計画、全部ぶっ壊してやる…!」

 

 

 そう言い、零夜は光り輝く月を見て、拳を握った。

 

 

 

 




 こういうの書いてると、自分でも胸糞悪くなってきますよね。

 そして次回、ついにかぐや姫と邂逅します。

 感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46 五つの難題

 さて、今回でついにかぐや姫と邂逅を果たします。

 零夜とシロの運命はいかに!



 零夜とシロ、二人は都へと足を踏み入れていた。

 人々の賑やかな声が、二人の耳に入ってくる。

 

「―――人がゴミのようだ」

 

「開口一番がそれかよ」

 

 

 シロのボケに、零夜がツッコむ。もっと喋ることがあるだろうに、何故それをチョイスしたのか。

 

 

『そう?私もそう思うけど?』

 

「お前は俺たちの会話に入ってくるな」

 

 

 今聞こえたのは、決して幻聴などではない。零夜の影に潜んでいる、ルーミアの声だ。都に妖怪は入れられないが、幸いなことに誰も気づくことはなかった。

 

 

「…で、あいつのことはどうするんだ?」

 

 

 零夜がそうポツリと呟く。あいつとは、妹紅のことだ。

 彼女の病気(呪い)は、都では誰でも知っているとのことだ。申し訳ないが、連れていくことはできない。

 

 

「都の陰陽師たちも、結界を弱ったままにしとくはずないし、大丈夫だろうとは思うけど、一応防御膜を張っておいた。だから、大丈夫だろう」

 

「……そうだな」

 

 

 心配ではあるが、仕方のないことだと区切りをつけるしかない。

 

 

「それに、彼女には僕の『権能』で防御膜的なものを張っている。並大抵のものだったら、そのままフルカウンターするから大丈夫だよ」

 

「……ずっと気になってたんだが、結局その『権能』ってのはなんなんだ?まだ詳しく聞けてねぇからよ」

 

 

 この際だと、零夜は『権能』について問いただした。

 時々出る『権能』と言うワード。この『権能』について確定していることは、『権能』保持者は神に『命令』できることのみ。

 『権能』が転生者限定の能力なのか、そうではないのか、実際まだ分かってはいない。分かっているのは、『権能』が『転生者』と何かしらの関係があることだけ。

 

 

「それは、また今度話そう。今話しても、全部話せない。それは、もっと時間があるときだ」

 

 

 ポテンシャルを最高にするその期間に話せなかったのか――と思うが、あの期間はシロの心を癒す期間でもあったため、聞くに聞けなかったため、仕方がないと言えばそうなのだが。

 

 

「まぁ、そうしとくよ」

 

「そうそう。それよりも、早速かぐや姫の御前に行こう」

 

「まぁ、すぐに行ければいいんだけどな…」

 

 

 しばらく歩くと、人通りが多くなっていく。

 そして、二人の目が、ある方向へと移動する。

 

 二人の目に映ったもの―――それは行列だ。

 とてつもないほどの、人の列。例を挙げるとするならば、有名チェーン店の行列だろうか。そして、その並んでいる人間は、すべて上質な素材でできている服を着用していた。つまりは、貴族。全員が、貴族だ。

 

 

「これ全部、かぐや姫に求婚している貴族かよ…」

 

「しかも、毎日って話だから、よくこの人らも飽きないよね。さて、このまま並ぶか、どうする?」

 

「できれば早く計画を遂行したい。こんなところでタイムロスをするのはな……うん?」

 

 

 そのとき、零夜が違う方向をを向いた。

 シロも同調してその方向を見ると、そこには警備巡回をしている陰陽師たちがいた。

 彼ら陰陽師は、妖怪退治が主な仕事であるが、有力者の護衛としても活動している。ならば、いたとておかしくない。

 

 

「陰陽師……警備か。ご苦労なことだね。……あ、彼は…」

 

 

 シロも、()()()()()()()()()に気づいたようだ。

 二人は、早速、その人物の前へと移動した。

 

 

「…うん?誰だ貴様ら」

 

「かぐや姫に会いに来たんだけど…」

 

「そうか。それならばちゃんと並べ」

 

「いや、その前に君に聞いて欲しいことがあるんだけど…」

 

「なんだ?賄賂ならもらわんぞ。もし、その気があったというのなら――」

 

「―――【綿月 朧月】」

 

「ッ!!その声、もしや…!……少し待ってくれ」

 

 

 男はそのまま走っていき、見えなくなった。

 あの男は、零夜がダークカブトとして助けた際に造と一緒にいた護衛の隊長だ。【綿月朧月】という合言葉は、あの場にいた者しか知らない。

 それに、ダークカブトとしての零夜は、『鎧を脱いでまた来る』と言った。ならば、男としてはこの男が鎧の戦士であると確信したのだろう。

 しばらく待つと、男が再び走って来た。

 

 

「待たせてすまない。来てくれてすまないが、今かぐや姫は貴族の方々とお話しをされている。それに、あの行列では、話せるのは随分後になってしまうのだが…」

 

「別に、構わない。こっちが勝手に来たんだから、中に入らせてもらうだけでも特別待遇と言える」

 

「そうだね。それは仕方ないことだ」

 

 

 男は二人が合意したのを確認する。

 

 

「それでは、案内しよう」

 

 

 男に案内され、零夜とシロは裏口から入った。

 そして、入った瞬間、見覚えのある老人が目に映った。

 

 

「おぉ、あなたが…!」

 

「昨日ぶりですね、(みやつこ)さん」

 

 

 出迎えてくれたのは、讃岐(さぬき)の造だった。

 

 

「まさか、こんなにも早く来てくださるとは、この造、感服です」

 

「はは、ありがとうございます。いやぁまさか、鎧を脱いでからくると言ったから、すぐには信じてもらえないと思っておりましたよ」

 

「何をおっしゃいますか。あなたが言った合言葉を語った者が表れた場合、すぐにお連れするように言ったのは、他でもないこのワシですので」

 

 

 どうやら、こんなにもすぐ入ることができたのは、彼のおかげらしい。

 しかし、手っ取り早くて助かるのだが、どうしても危機管理能力が足りないのではと感じてしまう。これは、彼の美点でもあり欠点でもある。

 

 

「会って間もない人物を信用するなて、あなた、危機管理能力が足りないと、良く言われませんか?」

 

「ははは…お恥ずかしいことに、昔はよく言われました。ですが、性分ですが故…」

 

「ですが、あなたのその()()に助かりました」

 

「そうですか。ありがとうございます。それでは、まだ時間がありますが故、儂の部屋で会談でもしませんか?」

 

「いいですね!ぜひお話しさせてください!もし良ければ、かぐや姫のお話しを聞かせてもらえないでしょうか?」

 

「構いません!構いません!では、どうぞこちらへ」

 

 

 造の案内で、零夜は造の跡を着いて行った。

 

 

「――――」

 

「ッ、どうしたんですか?」

 

 

 跡を追おうとしたシロが、陰陽師の男に問いかける。

 男は、どこか唖然としているというか、心ここに在らずといった状態だった。

 

 

「あ、いや、初めて会った時と、今の態度が全く違っていて…」

 

「あぁ、実はここだけの話なんだけど、彼は鎧をつけてる時と付けてないときじゃ性格が変わる特殊な体質なんだよね」

 

「そ、そうなのか…」

 

 

 どうやら、男はダークカブと零夜の態度のギャップに困惑を示していたようだ。

 だが、シロの咄嗟の詭弁によって、事なきを得た。

 

 

「それでは、あなたも着いてきてくれ」

 

「はーい」

 

 

 そう言って、シロは男の跡をついていった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「それでですね、外の様子で分かるよう、かぐや姫は大層可愛らしくて貴族の方々が求婚をし続けているんですよ」

 

「なるほど。噂ではかぐや姫は絶世の美女。貴族たちが見初めても全くおかしくないということですね」

 

「そうなんですよ!実はですね、あれでもかなり減った方なのです!当初はあれの3倍はおりましたよ!」

 

「3倍!そんなにいたのですか!」

 

「えぇ!当初の状況を見ていた儂からすれば、あれでもかなり減った方なのですよ」

 

「あれでですか…」

 

 

「「―――――」」

 

 

 場所は、造の部屋。

 有力者らしく、とても豪華な部屋で、そこら辺の貴族の部屋に引きを取らないのではないかと思うほどの部屋だ。

 その部屋で、零夜と造は対面になってかぐや姫の話で盛り上がっていた、そして、その様子を無言で見続けるシロと、陰陽師の男。

 

 

(良く、ここまで話を咲かせられるな…。これは流石の僕でも無理だ)

 

(造さまに危険が及ぶかもしれないと思ってはいたが…杞憂だったようだ)

 

「何故かぐや姫は誰とも結婚しようと考えないのでしょうか?」

 

「それは儂にも分からぬのです。かぐや姫には、一人の女として幸せになって欲しいのですが…。一体、なにが駄目なのやら」

 

(そりゃあ月に帰る予定があるんだから当たり前だよね)

 

「かぐや姫の考えは、かぐや姫にしか分かりません。全てを彼女の考えに(ゆだ)ねるべきでは?」

 

「できればそうしたいのですが、儂も年です。かぐや姫の花嫁姿を見たいもので…」

 

 

 子供がいない老人夫婦だからこそ、娘の花嫁姿を見たいという観望があるのだろう。

 だが、この物語の結末を知っている二人からすれば、それは叶わぬ願いだと分かっている。

 

 

「その願い、叶うといいですね。――ところで、お話しを戻しますが、外にいる貴族たちは、まだかぐや姫を娶ることを諦めきれていない方々たちなのですか?」

 

「そうですね。ですが、一ヶ月も過ぎるとようやく人数が減ったと認識できるほどの速さですかね」

 

「なるほど…。そうですか…」

 

「ところで、儂も聞きたいのですが、あなた方はかぐや姫をどう娶るおつもりで?」

 

「―――というと?」

 

「かぐや姫は、今までどんな財宝にも目が暮れず、求婚を断り続けてきました。詰まるところ、かぐや姫は金銭などにはつられません。だからこそ、あなた方がかぐや姫にどう求婚をするおつもりか、聞きたいのです」

 

「ご安心ください。俺たちの目的は、かぐや姫を娶ることではありませんので」

 

「「―――えッ?」」

 

 

 造と陰陽師の男が、素っ頓狂な声を上げる。

 かぐや姫に会いにくる男など、すべて求婚してかぐや姫を娶る以外の理由などなかった。

 だからこその疑問だ。

 

 

「ならば、一体なにをしにかぐや姫に…?」

 

「お願い、ですよ」

 

「お願い…?」

 

「かぐや姫にお願いがあって来ました。俺たちは、かぐや姫にそのお願いをするために来たのです」

 

「お願い……それはちなみに、どんな…?」

 

「残念ですが、それはお答えできません。ですが、彼女にとって、不利益ではないお願いというのだけは、お約束いたしましょう」

 

「は、はぁ……」

 

 

 流石の造も、理解はできても納得はできないようだ。

 不利益ではないお願いと言われても、その内容が分からなければ、納得などできるはずがない。当然の反応であった。

 

 しばらくの沈黙が流れ―――。

 

 

「造様、失礼します」

 

 

 扉の奥から、一人の男の声が聞こえた。

 造が「構わん」と、答えると、男が入室してくる。

 

 

「造様。朗報でございます。かぐや姫が、結婚の意を示しました」

 

「それは(まこと)か!?」

 

 

 造は勢い良く立ち上がる。

 かぐや姫が結婚の意を示した。それは、造にとってはまたとない朗報であった。

 

 

「ついに、かぐや姫が…!」

 

「よかったですね、造さん」

 

「あぁ、本当に……!」

 

 

 あぁ、本当に良かった。ついにこの時が来た、二人は心の奥底で微笑む。

 かぐや姫が結婚の意を示したーーー。つまり、今かぐや姫のいる部屋には、五人の男がいるはずだ。

 

 『竹取物語』の重要人物の、五名が。

 

 

「もし良ければ、お二人も見ていきますか?」

 

「ありがとうございます。是非」

 

 

 そういい、二人は立ち上がり、造の跡を着いていく。

 

 

「かぐや姫、入るよ」

 

 

 造が入室して、二人も入室する。

 そして、そこには、五人の貴族と―――絶世の美女が、いた。

 

 誰もが見惚れるような可愛らしい顔に、ストレートで、腰より長いほどの黒髪を持った美女だ。

 前髪は眉を覆う程度の長さの姫カット*1

 

 服装は上衣がピンクで、大き目の白いリボンが胸元にあしらわれており、服の前を留めるのも複数の小さな白いリボンが使用されている。

 袖は手を隠すほどの長さと幅があり、左袖には月とそれを隠す雲が、右袖には月と山が黄色で描かれている。また、ピンクの上衣の下にもう一枚白い服を重ね着している。

 腰から下は、赤い生地に月・桜・竹・紅葉・梅の模様が金色で描かれているスカートと、その下に白いスカート、更にその下に半透明のスカートを三重に穿いている。

 スカートは非常に長く、地面に付いてなお横に広がるほどだ。

 

―――彼女こそが、かぐや姫こと、蓬莱山輝夜だ。

 二人は、直感ではなく、確信した。

 

 何故なら、あの忌々しい未来で、彼女とは一度対面している。

 そしてなにより、その未来を変えるために、今自分達はこの場にいる。

 

 五人の貴族は入室してきた造―――ではなく、その後に入って来た零夜とシロを見て、奇怪な目で見てくる。

 大方、何故あんなみすぼらしい者がここにいるのか、と言うことでも思っているのだろう。

 

 

「あら、お爺様…。その方々たちは?」

 

 

 案の定と言うべきか、叔父が連れてきた男二人組が、かぐや姫の目に入った。

 かぐや姫の喋り方は、一言で言えば華奢。それも、綺麗な美声が合わさって、聞き惚れる声だ。

 造はかぐや姫の質問に答えるために、手を零夜の方に向けた。

 

 

「この方は、前に話した儂の命を救ってくれた方だよ」

 

「―――。まぁ…。貴方様が、お爺様の命を救ってくださったのですね。ありがとうございます」

 

「いえいえ、たまたま通りすがっただけですので…」

 

 

 警戒しているのだろう。かぐや姫は自分の叔父を救った恩人だと知るや否や、最初だけ含みの部分があった。

 と、いうことは、『合言葉』はかぐや姫にも伝わっていると言うことになる。

 それを知った二人は内心でほほ笑み、零夜は謙虚な姿勢をしながら、頭を下げる。

 

 

「それで、そちらの方は…?」

 

 

 かぐや姫は次に、シロの方を向いた。

 黒服の男性が叔父の命を救ったと言うのなら、この白服の男性は一体何者なのだろうかと言う考えだろう。

 その質問に答えるため――シロは、声を発した。

 

 

「こんにちは、かぐや姫。僕の名前はシロ。彼の仲間です」

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

 シロは、綺麗な女性の声を発した。

 その様子を見て、先ほどまで男性の声を発していたことを知っている造と陰陽師の男は驚愕の表情でシロを見た。

 五人の貴族は、何故ここに女性が?と言う表情をしている。確かに、シロの姿では性別を判断することは不可能だ。唯一の判断材料は、声のみ。

 だが、その声を変える性質(せいしつ)が、さらに混乱を引き起こすのが、シロの性質(たち)の悪いところだ。

 

 

「綺麗なお声なのですね」

 

「ありがとうございます。ですが、かぐや姫の方が、お綺麗ですよ。僕はそう思います」

 

「謙虚なのですね。あなたの声も十分可愛らしいですよ。それにしても…女性なのに、一人称が私ではないのですね。そのような方は、初めて見ました…」

 

「―――かぐや姫。何を勘違いされているのかわかりませんが、僕は男ですよ?」

 

 

「―――え?」

 

「「「「「―――は?」」」」」

 

 

 始めて、かぐや姫の健美な表情が崩れた。

 そして、それは今まで傍観を決め込んでいた五人の貴族も同じ。

 

 声は完全に女。だけど、性別は男。この究極の矛盾が、彼らの脳に混乱をきたした。

 これは、シロの弄りだ。他人の精神を弄ぶ、一種の遊び。

 

 

「お、お冗談がお上手なのですね…」

 

「いえ、僕はかなり本気で言っていますよ?」

 

「―――そ、そうですか…。分かりました。ずっと立っていると、お疲れでしょう。お座りになってください」

 

「「ありがとうございます」」

 

 

 二人の声がハモり、造が正座をすると、二人も正座をする。そして、その隣に陰陽師の男が座る。

 

 

「それでは、お話の続きをします。私はこの度、この五名にある『課題』を出し、その『課題』を見事成功した方と、結婚することと致しました」

 

「して、その『課題』とは…?」

 

 

 貴族の男の一人が問う。

 

 

「これから、私があなた方にある宝を一つずつ指定します。そして、指定した宝を持ってきた者と結婚いたします」

 

 

 その『課題』を聞いた五人の貴族が、「おぉ…!」と声を漏らす。

 彼らは、かぐや姫との結婚を諦めきれなかった男たちだ。ついに自分達の前に垂れ下がって来た糸、取らない手はない。

 かぐや姫は、次々に『課題』の内容を上げていく。

 

 

大納言(だいなごん)大伴御行(おおとものみゆき)様」

 

「はッ」

 

「あなたには『龍の(くび)の玉』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

―――『龍の頸の玉』

 龍の首元にあるとされる、五色に光る宝玉だ。

 だが、龍が普通の人間に倒せる訳もない。言うなればこれは無理難題だ。

 

 

石作皇子(いしづくりのみこ)様」

 

「はッ」

 

「あなたには『仏の御石の鉢』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

―――『仏の御石(みいし)の鉢』

 ブッダが悟りを開いた際に、四天王が持参した4つの鉢を、ブッダが合体させて一つの鉢とし、終生用いたという宝だ。

 4リットル程の大きさの、鍋サイズの光を放つ黒中心の配色の鉢だ。

 だが、これは世界に一つしかない物のため、本物を取ってくることはまず不可能だろう。

 

 

右大臣(うだいじん)阿倍御主人(あべのみうし)様。

 

「はッ」

 

「あなたには『火鼠の皮衣』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

―――『火鼠の皮衣』

 その名の通り、火鼠と言う、南方の果て(中国)の火山にある決して燃え尽きない木の中に住むという幻獣の皮衣を指している。

 場所が場所なため、その場所に赴くことすらまず不可能だろう。

 

 

「次に仲納言(ちゅうなごん)石上麻呂(いそのかみのまろ)様」

 

「はッ」

 

「あなたには『(ツバメ)子安貝(こやすがい)』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

―――『(ツバメ)の子安貝』

 燕が卵を産む時に体内に現れて、タマゴと同時に生む事があると言われている子安貝。子安貝とは、タカラガイのことを表しており、当然、この貝は海から採れるため、ツバメから採れるはずがない。

 

 

「そして――最後に、車持皇子(くらもちのみこ)

 

「はッ」

 

「あなたには『蓬莱の玉の枝』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

―――『蓬莱の玉の枝』

 七色の実をつけた木の枝のことを言う。

 月の都にしか本来存在しない植物である『優曇華の木』が、地上に蔓延る穢れを栄養として成長し、美しい七色の実を付けた物だ。

 

 しかし、その性質上、地上に持ってくると蔓延る穢れの為に早く成長するため、地上の権力者に与えると、権力者が権力を持っていればいるほど穢れを持つのでその玉は権力の象徴となっている。

 

 その性質を利用し、月の使者が権力者に与えて争いを起こさせ、それによる地上の発展と歴史の創造を促す為にも使われている。

 

 すなわち、一応地上には存在しているが、取ってくるのは至難の業なのだ。

 

 そして――、

 

 

(車持皇子…!藤原不比等(ふひと)…!)

 

 

 この男こそが、藤原不比等

 竹取物語の重要人物にして―――藤原妹紅の、父親。

 

 

(実の娘を(ないがし)ろにして、自分は新しい女かよ)

 

「それでは、各々の健闘を、お祈り申し上げま「待ってください」――どうされましたか?」

 

 

 一人、声を上げたものがいた。――シロだ。

 シロに、全員の視線が集まった。

 

 

「せっかくですので、その『課題』…。僕たちもやらせてください」

 

「何を言うか!これは我らの問題、部外者が出しゃばってくるな!」

 

 

 シロの言葉に、車持皇子――不比等が声を荒げた。

 彼としては、ライバルが増えることを懸念しているのだろう。それに、この『課題』はかぐや姫への愛を捨てなかった自分達五人の特権だと考えているのかもしれない。

 

 

「―――構いません」

 

「かぐや姫!?」

 

「あなたは、お爺様の命を救ってくださった言わば恩人…。それでは、あなたには――」

 

「あぁ、それには及びません」

 

「――?」

 

 

 かぐや姫が、首を傾げる。

 『課題』を受けると言っているのに、『課題』が必要ないと言う矛盾がここで発生していた。

 シロは、一呼吸置くと、発言した。

 

 

「――今、あなたが提示した五つの宝物。それを全部取ってきましょう」

 

 

「「「「「「「――――ッ!!!」」」」」」」

 

 

 零夜を除いた、この部屋にいる人物たちに、動揺が走る。

 「五つの宝物すべてを手に入れる」。つまり、五人の貴族に喧嘩を売り、共通の敵となったのだ。

 

 つまり―――『宣戦布告』

 

 

「い、五つ、全て、ですか…?そんなことせずとも、私の『課題』である一つの宝物を取ってきてくれれば――」

 

「心配いりません。しかし、あなたが私を心配してくれていると言うことは伝わりました。ですが、本当に問題ありません。――前金として、これをあなたに献上しましょう」

 

 

 シロは、懐に手を入れ、ある物を取り出した。

 瞬間、部屋が七色の光に包まれる。あまりの光量に、シロと零夜を除いた全員が目をつむったり、袖で目を隠したりした。

 

 

「そ、それは…!」

 

「えぇ、ご察しの通り―――蓬莱の玉の枝でございます」

 

「な…ッ!?」

 

 

 全員から、驚愕の声が漏れる。

 そして何より、動揺が一番大きかったのは不比等だ。自分の出された『課題』の宝を、すでに持っていたことへの、驚きだ。

 

 

「この輝きは…、まごうことなき本物…!」

 

「最高品質のものを取ってきました。どうぞ、お納めください」

 

 

 シロは立ち上がって、造の所にまで移動し、造に『蓬莱の玉の枝』を手渡すと、造の手からかぐや姫に手渡った。

 

 

「まさか、ここまでの輝きを放っているなんて…」

 

「通常の品質では、そこまで輝きません。最高の品質であるが故の輝きです」

 

「―――分かりました。あなたには、残る四つ。『龍の頸の玉』『仏の御石の鉢』『火鼠の皮衣』『燕の子安貝』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

 立ったままお辞儀をし、シロは不比等の方を見る。

 案の定と言うべきか、不比等は忌々しそうにシロの方を見ていた。

 

 それを見たシロは、不比等に体を向けて―――。

 

 

「安心してください、車持皇子さま。蓬莱の玉の木はこの世にたった一つ―――などではありません。複数存在します。僕が献上した枝は、その木のたった一部分でしかないのですから」

 

「――――」

 

「それに、あなたの条件は『蓬莱の玉の枝』のみ。対して僕はあと四つ。差は歴然です。なので、焦る必要など微塵もございませんよ?」

 

「……貴殿の、言う通りだ」

 

 

 不比等が、叱責を混ぜた言葉でそう言った。

 

 

「それに、かぐや姫の約束がなくなったわけでもなく、あなたはあなたで『蓬莱の玉の枝』を取ってくれば良いのです。品質など、関係ありませんよね?ただ、()()であれば良いのですから。そうですよね、かぐや姫?」

 

「確かに。品質などは関係ありません。私は、ただその『宝』を取ってきてください、としか言っておりませんので」

 

「ご説明ありがとうございます。では、僕はこれで」

 

 

 そう言い残し、シロは零夜の隣に再び正座した。

 そこで零夜は、さっきから気になっていたことを、小声でシロに問う。

 

 

「―――おいシロ、お前いつからあんなもの持ってたんだよ?」

 

「月に襲撃をかける際、言ったでしょ?盗りたいものがあるって」

 

 

 そう言えば、言っていた。

 取りたいものがある、そう言ってその後に別れたが、まさか蓬莱の玉の木を取っていたなんて、思いもしなかった。

 こういうところは、本当にちゃっかりしていた。

 

 

「まさかこの時のためにそれを取っていたなんてな…」

 

「まぁ、結果的にはいいでしょ?藤原不比等にも、精神的ダメージを与えることができたし、万々歳だ」

 

 

 零夜が不比等の方向を見ると、相変わらず悔しそうな顔をしていた。

 シロの『本物』がかなり大きなダメージを喰らわしたのだ。

 

 竹取物語で、彼だけが五人の中で唯一偽物を意図的に作って、それを『本物』だと偽って渡した。騙せるところまで騙せたが、鍛冶職人の介入によって、計画が失敗してしまうが、この場合ではそれ以前の問題だ。

 最高品質の『本物』がある。それはつまり、偽物だと見破られる可能性が高くなると言うことだ。

 

 もし誤魔化せても、最高品質の平凡な品質の『本物(偽物)』。

 どちらが反応が大きいかは、歴然だ。

 

 

「―――ところで、黒服のあなたは、どういたしますか?」

 

「勿論、お受けいたします」

 

 

 ついに、零夜の番が来た。

 かぐや姫は、零夜にどのような『課題』を出そうか迷っている姿勢を見せる。

 しばらく考え込んだようで、ついにかぐや姫は口を開いた。

 

 

「ちなみに聞きますが、あなたは力に自身がありますか?」

 

「えぇ、少なくとも、一般人以上はあると思っております」

 

「ふふ、謙虚なのですね。 それでは、あなたにはある妖怪の討伐と、それを証明できるものを持ってきて貰います」

 

「とある、妖怪…?」

 

「はい。噂では、その妖怪は認識できないほどの速さを用いて、武器である刀で攻撃をすると聞いております」

 

「刀を使う、妖怪…」

 

 

 刀を使う妖怪。つまり武器を扱うほどの知性があると言うことだ。

 大抵の妖怪は知性がなく本能で襲い掛かって来るが、知性がある妖怪は何かと厄介だ。数多の戦術を用いて攻撃し、引き際の時は引く。

 そういった知性を持ち合わせた妖怪ほど、煩わしいものはない。

 

 

(刀を使う妖怪か。なんだか、あいつを思い出すな……)

 

 

 思い出すは、『春雪異変』。

 幽々子を倒した際に、突如現れた金髪の剣士。フィフティーンとして闘い、負けた。ライダーとして初めて負けたあの闘いは、今だ忘れていない。

 あの剣士が何者なのかはまだ分かっていないが、当分は会うことはないだろうと―――、

 

 

 

「その妖怪の名前はレイラ。この妖怪を、討伐してきてください」

 

 

「――――」

 

 

 

―――そう、思っていた。

 

 

 

 

*1
前髪を分厚くまっすぐに切りそろえ、サイドの髪の部分を顎にあたる長さで切りそろえた髪型




 久しぶりに登場した、レイラ(名前だけ)。
 さて次回、どうなるか!

 シロの今回の声 【保志総一朗】➡【金元寿子】

 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47 情報収集

 今回少し話の構成が杜撰です。
 暖かい目で見てください。

 あと、感想募集してます。


「まさか、【レイラ】の名がでてくるとはな…」

 

「そうだね。僕も驚いた」

 

 

 シロの宣戦布告と、かぐや姫が零夜に出した『課題』を聞かされ、(みやつこ)邸から離れて数分。

 二人は都にある団子屋の長椅子に座って団子を食べていた。

 

 定型的な団子である三色団子を頬張り、食す。

 

 

「レイラがこの時代にいるってことはよ、少なくともこの時代でレイラは生きていることになるよな?」

 

「そうだね。僕らが知っているレイラだというなら、そういうことになる」

 

 

 シロが男性の声でそう答える。

 最初に、刀を使う妖怪と言う部分から合致している。気になる部分があるとすれば『認知できない程の速度』と言う部分だが、それは彼女が人外であることが何よりの理由となる。

 

 未来でレイラと戦っていた際、レイラは自分の使う力が『妖力』であると語っていた。

 つまり、生前彼女の種族が『妖怪』であることに他ならない。

 

 

「だが、情報はこれだけなのか?もう少し確証が欲しいところだよな」

 

「確かに。同名の別人、だったとしたら恥ずかしいし」

 

 

 この後に及んで同名の別人などはないと思うが、念のためだ。

 それに、情報はたくさんあった方が良い。

 

 まずは、第一として、最も身近なこの時代を生きていた者に聞く。

 

 零夜は『繋ぎ離す程度の能力(権能)』を使う。自分の『力』の正式名称は『権能』かもしれないが、『能力』の方が使い慣れているしなにより、まだ『権能』の実体が判明していない以上、『権能』という名称を使わないようにしているのだ。

 

―――話を戻し、零夜は自身の『影』に潜む存在(ルーミア)と、『思考』を繋いだ

 

 

 

(―――ルーミア)

 

(ふえッ!れ、零夜!?頭の中から零夜の声が)

 

(良く聞け。これは空耳じゃない。俺の『能力』で俺とお前の『思考』をリンクしたんだ)

 

(りんく?)

 

(あー…つまりは、『思考』が繋がったってことだ)

 

(なるほど!で、どうしたの?)

 

(かぐや姫との話は聞いてたか?)

 

(もちろん!シロに恥かかされたあの子の親の顔、今でも忘れられないわ!)

 

 

 どうやら、不比等の悔し顔はルーミアにも印象に残ったらしく、今でもその余韻に浸っていたようだ。

 が、聞きたいのはそれではない。

 

 

(レイラについてだ。この時代のこと、思い出してきたんなら、レイラの名前を聞いたことはないか?)

 

(あー……ごめん。このとき私、ここら辺にいなかったし。別の場所で『食事』してたから、レイラの名前は聞いたことないのよね)

 

(そうか。分かった。またしばらく影の中で潜んでいてくれ)

 

(分かった。でも、零夜!その団子、私も食べたい!)

 

(―――都の外で食わせてやる)

 

(やったー!)

 

 

 ここで、ルーミアとの会話を、『能力』での繋がりを断ち斬る。

 ルーミアはこの時代ではこの地にはいなかった―――つまり、現代風に言えば別の『県』にいると言うことになる。

 ルーミアからは、有力な情報は得られなさそうだ。

 

 

「どうだった?」

 

「駄目だ。収穫なし」

 

「と、すると、都で情報収集するしかないね」

 

「そうだな。それじゃ、そろそろ行くか。すみませーん!勘定と一緒にもう二個団子ください!お代は一緒で!」

 

「はーい」

 

 

 若い女性の声が店の方から聞こえてくる。

 少し経って、声の通りの若い女性が店から出てきた。

 

 シロが懐に手を入れ、この時代の金銭を女性に手渡した。

 

 

「はいお代」

 

「はい。ちょうどいただきました。お団子はもう少しお待ちください」

 

 

 そういい、女性は再び店内に戻っていく。

 

 

「二つ?どうして二つも……あぁ、そういうことか」

 

 

 シロが疑問を示したが、すぐに察したようだ。

 この二つの団子は、ルーミアと妹紅に渡す予定だ。

 

 

「そういうことだ。……ところで、気になっていたんだが、よくこの時代の金銭なんて持ってたな」

 

「旧友がいてね。貰ってきた」

 

「え、旧友?お前に友達なんていたのか「さぁそれじゃあ情報収集に行こう!」

 

 

 零夜の話を遮り、シロは我先へと走っていった。

 

 

「あ、おいちょ、待てって!」

 

 

 零夜もすぐに追いかけたいところだが、団子を注文している以上、ここからすぐに動けなかった。

 

 

「―――にしても、まさかあいつにこの世界の友達がいたなんてな…正直以外だった…」

 

 

 シロの「友達いますよ宣言」に驚愕しながら零夜は、団子が出来るまでの間、ずっとそこに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「あぁー!私の『思い出コレクション』の『金銭:奈良Ver』が一袋ない!シロの奴、奈良時代に行く前にちゃっかり盗んでいったなぁぁああああ!!」

 

「どうしましたかヘカーティア様!?」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「―――で、ここはなんだ?」

 

「都の陰陽師が集まってる場所だね」

 

 

 前略。零夜とシロ。二人は、バカでかい建物の前に佇んでいた。

 何故こんな場所に来たのか、理由は一つ。情報収集だ。

 

 二人の目の前には、たくさんの陰陽師たちが建物の中を出入りしていた。

 

 

「それは分かってる。俺が聞きたいのは、ココは何なんだってことだ」

 

「だから言ったでしょ。ここは陰陽師が集まる場所。妖怪退治の依頼を受ける場所だね。そして一般人は、ここに依頼を提出する」

 

 

 ここは、陰陽師が仕事を受ける際に必ず訪れる場所――つまるところ、陰陽師たちを統べる組織とでも言えば良いだろうか?

 もっと分かりやすく、異世界ファンタジー風に言えば『冒険者ギルド』的な場所だ。

 

 

「異世界ファンタジーで言う、『冒険者ギルド』的な場所か…。まさかこの時代にそんな制度があったとはな」

 

「陰陽師もたくさんいるからね。それらをすべて管理することは出来なくても、統率する組織があっても別におかしくはない」

 

「確かに。『陰陽師ギルド』って感じだな。ここって正式名称はあるのか?」

 

「『陰陽師連合組合』ってところらしいね」

 

「組合か…。だけど、俺達の場合はギルド呼びの方がしっくりくるな」

 

「それは現代日本人の(さが)かもね…。とりあえず、入ろうか」

 

 

 二人は呼称:『陰陽師ギルド』に入る。

 入った瞬間、建物に近づくにつれ、二人を見る視線が多くなっていく。

 

 やはり、顔を隠している怪しい二人組が入ってきたら、当然警戒はするだろう。

 

 

「目立ってるね、僕ら」

 

「目立ちたく、ないんだがな…」

 

 

 恰好状、陰陽師でないものがここにいるだけでも十分目立つ。

 零夜は愚痴りながらも、真っ直ぐ進んでいき、受付の方まで歩く。

 

 

「ちょっといいかな?」

 

「――なんでしょうか?」

 

 

 零夜は受付の男性に声をかける。

 当然のことながら、怪しい恰好をしている二人組を見て警戒している。

 

 

「実は、調べたい情報があるんだが、大丈夫か?」

 

「調べたい情報?内容にも寄りますが…」

 

「【レイラ】。この妖怪について知りたい。なにか情報ないか?」

 

「―――ッ!」

 

 

 レイラの名前を言うと、男性は驚いた表情を見せる。

 しばらく目の前の二人を見つめ、なにかを呟き始めた。

 

 

「もしや、この二人が…!しょ、少々お待ちください。今その書類を持ってきますので…」

 

 

 受付の男性はそそくさとドアの奥へと消えていき、沈黙が流れる。

 二人は邪魔になると思い、近くにあった椅子へと座る。 

 

 

「「――――」」

 

 

 3分。男が消えてから3分経った。しかし、まだ来ない。

 本当に書類を取りに行っているのだろうか?いくらなんでもそれだけでは長すぎる。

 

 

「なぁ、今書類持ってくるって言ったが、それで済むと思うか?」

 

「全然」

 

 

 二人の意見が合致する。

 この場が異世界ファンタジー定番の『ギルド』だと思えば、考察は楽だ。

 テンプレで考えろ。異世界ファンタジーで『ギルド』のテンプレと言えばなんだ?答えは決まっている。

 

 そのとき、受付の男性が、息を切らして現れて、二人にこういった。

 

 

「組合長が貴方達を呼んでおられます。どうか、来てくれませんか?」

 

 

―――答えは、『偉い人に呼び出される』だ。しかもテンプレ通りの組合長。異世界ファンタジー風に言えば『ギルドマスター』だ。

 二人は了承し、男についていく。階段を何回も上がっていき、5階。その一室に入る。

 

 部屋に入ると、そこには30代後半の中年が、奥の机に座っていた。

 とても貫禄のある顔で、一言で言えば強面の男だ。

 

 

「そっちに座ってくれ」

 

「それじゃ、失礼して」

 

 

 二人は、組合長と対面になるように座った。

 その境目にある長机には、三つのお茶が。

 

 

「構わず、飲んでくれ」

 

 

 組合長の男はそういうも、零夜は手を付けない。

 一番の理由は、『毒』だ。毒を仕込まれている可能性を、否定できない。出されたのだから、飲まないといけないだろうが、どうしても不審に思ってしまう。

 零夜には回復をする(すべ)がない。だから、一回でも口をつけてしまえば終わりなのだ。

 

 

「―――ッ、ゴクッ」

 

 

 シロが、飲んだ。躊躇いもなく飲んだ。

 一気飲みしたシロは、茶碗を机に置き、小さなゲップをする。

 

 

「大丈夫。普通のお茶」

 

「そうか。なら飲めるな」

 

 

 零夜もお茶に手をかけ、ゆっくりと飲み干した。

 茶碗を置いたあと、男は微笑する。

 

 

「毒でも入っていると思ったか?」

 

「「ああ」」

 

 

 二人の即答に組合長は苦笑した。

 

 

「初対面の人間を信用しないことは当然だ」

 

「当たり前だね」

 

「い、言うなお前たち…。ま、まぁいいんだ。それで、本題に入っていいか?」

 

「構わない」

 

「それで、本題なんだが……、かぐや姫のことだ」

 

「かぐや姫?確かに言ったが…それがどうかしたか?」

 

「どうしたもこうしたもあるか。『白いの』。お前、貴族様に宣戦布告したらしいじゃないか」

 

「あー…」

 

 

 この男が二人を呼び出した理由が分かった。それは、五人の貴族とのいざこざが原因だった。

 異世界ファンタジーでも、貴族の権力が凄まじい。そんな貴族に、しかも五人に喧嘩を売ったとなれば、その人間の人生はどん底に落ちたも同然だ。

 

 

「なるほど。その実体を聞きたくて、俺らを呼んだってことか」

 

「そういうことだ」

 

「それにしても、情報が早くないかな?この話、たったさっきの話だよ?」

 

 

 シロがそういう。確かに、この話題などたった一時間もしないほど前の話だ。

 情報の伝達が、あまりにも速すぎる。

 

 

「それは秘密だ。にしても、『貴族に喧嘩を売った』などどんな冗談だと最初は思った」

 

「あ~…」

 

 

 貴族に喧嘩を売るなど、よほどの命知らずかバカだけだ。

 組合長は、それを知るために二人をここに呼んだのかもしれない。

 

 

「貴族共のことなんてどうでもいいよ。それより、【レイラ】について知りたいんだけど?」

 

「どうでもいい、か…。とんでもないこと言うな。レイラの情報、教えてもいいんだが…その『課題』は、 『黒いの』の方のじゃなかったか?」

 

「あぁ、確かにそうだよ。だけど、なにも焦る必要なんてないし、しばらくはこっちの方を一緒にやった方が暇つぶしにもなっていい」

 

「なにを根拠にそんな余裕を持っているんだ?恋敵の手伝いをするなど、愚鈍にもほどがあるぞ」

 

 

 組合長は、勘違いをしていた。

 かぐや姫に近寄る男など、全員がかぐや姫を妻にしたいと言う男しかいないと。しかし、その認識は当たってはいるのだ。

 この時代には、そういう男しかいない。しかし、『この時代』の人間ではない零夜とシロには、それは該当しなかった。

 

 

「恋敵?何を勘違いしているかは知らないが、俺達の目的は求婚じゃない」

 

「なんだと?ではなんなんだ?」

 

「それは秘密。だけど、これだけは言える。僕たちの目的は求婚じゃないから、一緒に行動できるんだ」

 

「納得は出来ないだろうが、理解はしてくれ。その方が手っ取り早い」

 

「―――そうだな。それで、もう一つ。これが本命なんだが……『黒いの』」

 

「俺か?」

 

 

 組合長は次に零夜を指名した。

 “ようやく俺の番が来たか”と零夜は心の中で苦笑する。

 ここに来た目的は『レイラ』の情報を得るためだ。同名の別人である可能性を考えてのこと。

 話が今まで脱線していたが、ついにこの話にこぎつけることができた。

 

―――と、そのときまでは思っていた。

 

 

「――お前の影に隠れている妖怪について聞きたい」

 

「「――ッ」」

 

『え、私!?』

 

 

 零夜の影に隠れている妖怪。それは間違いない、ルーミアだ。

 どういうことなのだろうか?零夜の式神となってから力は極力抑えて引っ込めていた。

 検問の際だって、兵士たちは気付くことはなかった。それなのに、目の前の男には気づかれた。

 

 零夜は霊力をあえて放出して身構えた。

 

 

「落ち着け。別にどうこうしようと言うことではない」

 

「信用できるか。妖怪に対して差別を持っているお前等(人間)が、なにもしないなんてことはありえない」

 

「いや、本当に何もしない。ただ、私が確認したいことは、『黒いの』の式神であるか否かだ。ただ、今の反応を見るに、その妖怪の存在は始めから知っていたようだな」

 

「くッ」

 

 

 零夜は悪態をつく。

 やられた。カマをかけられた。完全な早とちりで、自分が式神の存在を隠していたことがバレた。

 

 

「それに、『黒いの』が存在を知っているといいうことは分かった。それで、それはお前の式神なのか?」

 

「あぁ、そうだ。俺の式神だ。……どうして分かった?」

 

「このくらい分からなければ、組合長などと言う地位には就いていない。私は生まれつき『霊力』や『妖力』などと言った力の波動に敏感なんだ」

 

 

 しくじった。まさかこういう人種がいたとは――いや、いてもおかしくはない。

 こういうものは、生まれつきの才能だ。生まれつきのものは、良し悪しもあり、良しが目の前の男で、悪しが妹紅だ。

 こういったところから、やはり幸せかどうかが決まってしまうのだろう。

 

 

(―――そう考えると、世も末だな)

 

「式神を手に入れたのであれば、管理するために手続きをしなければならない。あとでいいが、ちゃんと手続きをしてくれ」

 

「……ちなみに、やらない、と言ったら?」

 

「規定違反で即御用だろうな」

 

「―――そうか、分かった。あとでやる」

 

 

 バレた以上、隠し通すことは不可能だ。

 だからもう、肯定するしかない。

 

 

「それじゃあ組合長。この話はもう終わりでいいかな?」

 

「構わない。それで、お前たちはレイラに関する情報を知るためにここに来たんだったな」

 

「そうだ。で、あるか?」

 

「もちろんあるとも。と、言っても、詳しいことは取り扱っていないがな」

 

「――? どういうことだ?」

 

「言葉通りさ。レイラに関する情報が少なすぎるんだ。だから、別にタダで答えられる」

 

 

 組合長ほどの男がそういうのだから、実際にレイラに関する情報が少ないのだろう。

 無論、この男が嘘をついている可能性はあるのだが―――。

 

 零夜はシロの方を見る。

 シロは、片手をグットの形にする。

 

 

「―――。じゃあ、教えてくれ」

 

 

 男はレイラについて知っている限りのことを(こた)えた。

 

・長髪で金髪の妖怪

・服装は胸にサラシを巻き付け、赤い法被(ハッピ)を着用。下は見たこともない服。

・刀を武器として使っている

・人智を超えた速度を用いて斬りかかってくる

 

 以上だ。

 なんとも少ない。本当に少なすぎる。

 

 

「本当にこれだけなのか?」

 

「あぁ、これだけだ。もっと詳しいことを知っているならば、その対価としてお前たちに何かしらを要求した」

 

 

 理には適っている。

 確かに、こんな金魚の糞程度の情報、公開しても別に問題ない。逆に、その程度の情報しかないと言うのが、残念だった。

 

 零夜はシロを見る。

 再びグットのポーズをしているため、この男は別に嘘をついているわけではない。

 

 

「まさか、組合でもこの程度の情報しか集まっていないとはな。なんでなんだ?」

 

「情報提供者が少ないのが主な原因だな。この四つは、様々な情報の中から共通しているものだけなんだ」

 

「って、ことは、共通していないものもあると」

 

「そうだなぁ」

 

 

 これ以上、ここにいてもレイラに関する情報は入手できそうにない。

 だが、分かったことが一つある。それは、『レイラ』が零夜たちの知っているレイラだと言うことだ。

 

 

「分かった。じゃあ次に、レイラはなにをやったんだ?」

 

 

 次に浮かんだ疑問が、これだ。

 かぐや姫の耳にすら入る妖怪と言うことは、なにか重大なことをやらかしたに違いないと、零夜たちは踏んでいる。

 大虐殺でも行ったのだろうかと、思ったほどだ。

 

 

「別に、特に問題になるようなことはしていない」

 

「は?」

 

 

 問題になるようなことはしていない?

 ならば、なぜ討伐を命じられる必要がある?

 

 

「だったら、なんでわざわざ倒す必要がある?実害はないんだろ?」

 

「何を言っている。妖怪は殺す。それが力を持つ人間のやるべきことだろう」

 

 

 つまり、危険だから()す。組合長はそう言っているのだ。

 危険を排除する。それは、恐れるからだ。恐れるからこそ、その恐れをなくしたいがために、危険な可能性を持っている、もしくは秘めるものを全力で排除しようとする。それが、人間と言うもの。

 

 そして――それが、人間の浅はかで愚かな部分。

 

 

「……つまり、なんだ?俺の式神すら殺すっつー宣戦布告って受け取っていいのか…?」

 

「阿呆か。なにをどう受け取ったらそんな解釈が出来る。他人の大事な商売『道具』を、わざざわ壊すような無粋な真似、私はしない」

 

「――『道具』、ね…」

 

 

 今も、昔も、未来も、『怖いから排除』すると言う人間の思考は決して変わることはないだろう。

 ましてや、その『可能性』を、『命』を『道具』としてしか扱っていない部分が、彼は本質的に嫌いだ。全力で嫌悪する。

 

 今すぐに言いたい。『命』は『道具』じゃないと。

 だがしかし、『式神』を『道具』としてしか見ていない今の時代の人間にそんなことを言っても、無駄であることなど百の承知だ。

 だからこそ、今はぐっと堪える。

 

 

「……そうか、それなら、いいんだ。情報提供感謝する」

 

 

 零夜とシロは立ち上がり、組合長も立ち上がる。

 零夜がふすまの取っ手に手をかけた――瞬間。

 

 

「あぁ、そうだ。『白いの』」

 

「僕?」

 

「情報の一つに、【蓬莱の玉の枝】を所持していて、それをかぐや姫に献上したとあったが、(まこと)なのか?」

 

「そうだけど、それがどうかしたの?」

 

「これは私の妄想でしかないのだが、五人の貴族に宣戦布告をしたということは、貴族たちを敵に回した。これから、『白いの』に間者が来たとしてもおかしくはない。なにせ、五人の貴族共通の敵なのだからな。それに、【車持皇子】が『蓬莱の玉の枝』の在処(ありか)を吐かせるために君を攫おうとしても、おかしくはないだろう。これは、私の妄想に過ぎないがな」

 

「「――――」」

 

 

 これは、警告と忠告だ。

 シロはこの時代で有力者五人を敵に回した。この時代で貴族の権力は絶大だ。間者や暗殺者を送ってきたとしても、不自然ではない。

 しかし、ここまで来てしまった以上、後戻りはできない。

 それに、覚悟もなしにこんなことは、していない。

 

 

「ご忠告どうも。わざわざありがとうね。そして、悪いんだけど」

 

「――モゴッ!?」

 

 

 突如、シロの掌が組合長の顔を包み込んだ。同時に、顔に強烈な痛みが発生した。

 声を発そうにも、口が塞ぎこまれているため、声を出せない。

 

 

「モ、モゴゴッ!!?」

 

「悪いけど、ルーミアちゃんのことは知られるわけにはいかないんだ。だから、消えてくれ

 

 

 組合長の顔が、淡い水色の光に包まれ、声にならない悲鳴が響く。

 手で、足で、藻掻(もが)くが、シロの圧倒的な腕力が、抜け出すことを許さない。

 光が発生して3秒ほどで、組合長は藻掻くことをやめた。まるで、屍のようになった。

 

 

「――――」

 

 

 シロは組合長から手を放すと、組合長は立ち尽くしたまま、瞳に生気が宿っていない状態となっていた。

 

 

「おーい」

 

「……あ、え、うん?私は、一体、何を…?」

 

「何って、あなたは五人の貴族に喧嘩を売った僕に興味を持ち、ここへ連れて来て、そのついでで僕の仲間であるクロのためにあなたから『レイラ』の情報を聞いていたじゃないですか。それで、今あなたは僕たちを見送ろうとしている。そうですよね?」

 

「……あ、あぁ。そうだったな。急に呼び出してすまなかったな。ちなみに、あれは本当に私の妄想でしかないからな」

 

「分かってますって。それじゃあ、ありがとうございました」

 

「失礼する」

 

 

 零夜とシロは、ふすまを開けて部屋から退室した。

 

 

「―――はて、なにか大事な話をしていたような…。まぁ、気のせいか」

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 陰陽師組合の建物から立ち去り、門に向けて歩く二人。

 

 

「にしても、まさかルーミアの気配に気づくとは、流石は組合長ってことか」

 

「そうだね。まさかあんなところで『権能』を使うことになるとは思わなかった」

 

「それにしても、お前あんなこともできたんだな」

 

「記憶の消去のこと?簡単さ。僕の『権能』で記憶を抹消して、杜撰になった部分は都合の良いように補完して繋げる。言ってしまえば『捕食』『混合』『嘔吐』だね」

 

「なんで食事で例えてんだよ。しかも最後リバースしてるじゃねぇか」

 

「でも、あながち間違いじゃないからね」

 

「で、『捕食』と『嘔吐』はなんとなく分かるが、『混合』ってなんだ?」

 

「『混合』は、『捕食』した元の記憶と都合のいい記憶を胃の中で『混合』するって意味だよ」

 

「分かりにくッ!」

 

 

 何故食事で例えるのか分からないが、確かに記憶の抹消とは凄まじい『権能』だ。

 『捕食』で記憶の消去し、胃の中で『混合』する。そして、元に戻す『嘔吐』で例えているのだろう。

 非常に分かりにくいが、意味さえ分かれば確かになんとなく分かる。

 

 

「まぁこれも、僕の『権能』の応用なんだけどね…。昔、知人のアドバイスでこの方法を編み出したんだ」

 

「知人って……マジでお前の友人関係が分からん。まぁそれは今はいいとして、結局のところ『権能』ってマジでなんなんだよ…?」

 

「焦らなくて大丈夫。今のところ、今の君は覚醒途じょ―――」

 

「シロ?」

 

 

 シロが言葉を遮り、目の前を見据える。

 その異常性から、零夜も只事ではないと察知。そして、今この状況での、異常性と言えば――一つだけ。

 

 

「――追手、か?」

 

「そうだね。すでに何人も僕たちを見ている」

 

「こんな街中で……暇してんだなぁ、あいつら」

 

 

 組合長から忠告されたことが、早速起こった。

 貴族に喧嘩を売った以上、こうなることは必然だったが、まさかこんなにも早く来るとは少し予想外だった。

 しかし、あの情報伝達の速さからすれば、これもおかしくはないのかもしれない。

 

 

「とりあえず、戦闘態勢だけは取っておこう。都を出たら、即刻戦闘だ」

 

「そうだな。だが、都を出るまで平然としておこう」

 

 

 二人はそのまま歩き、複数の視線も零夜たちを追いかける。

 門で身体調査を済ませ、門の外に出る。

 

 その瞬間、零夜たちを見つめる視線が急激に増加する。

 外にいる刺客が、都よりたくさんいた証拠だ。

 一目に付かない森まで歩き――。

 

 

「ここで、良いでしょ」

 

「そうだな、ここにするか」

 

 

 わざとらしく、零夜は背伸びをする。

――瞬間、零夜の頭上めがけて、矢が飛んでくる。

 

 

「――ルーミア」

 

「分かってるわ!」

 

 

 零夜の影の中からルーミアが出現し、矢を闇の剣で弾く。

 矢が飛んできた方向から、「なッ!?」と聞こえてくる。妖怪の出現が、完全に予想外だったのだろう。

 

 

「よくやった。あとは、俺達に任せろ」

 

 

 亜空間から、【ダークカブトゼクター】が出現し、いつの間にか零夜の腰に巻かれていた【ライダーベルト】に自らの意思で装着され、角を倒す。

 

 

HENSIN

 

 

 仮面ライダーダークカブトに変身した零夜は、即座にクロックアップを発動し、森に隠れているであろう多数の刺客たちを探し、見つけて、一網打尽にする。

 

 気絶させて、一か所に集める。

 

 

「ご苦労さま。にしても、良くこんな数が森に隠れてたね」

 

「ここら辺は結界内だし、妖怪に襲われる心配もねぇから、この数も納得だわ。数が多いって理由で、襲われることがないからな」

 

 

 変身を解除した零夜は、そうため息をつく。

 

 

「それじゃあ、こいつらの記憶消して、塀のところに放置しとくよ。巡回する警備兵が見つけてくれるでしょ」

 

 

 そう言い、シロは気絶した男たちを塀まで持っていき、放置した。

 

 こうして、呆気なく襲撃者を打倒(蹂躙)したのだった。

 

 

 




 今回は異世界転生でよくあるテンプレを発動させてみました。

 シロのイメージCV 【廣瀬(ひろせ)大介】


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48 狐面の妖怪

 夕方。

 結界内の一角。

 

 そこで、香ばしい匂いを放っている鍋を、四人の男女が囲んで、鍋の中を食べていた。

 

 

「どうやら、『レイラ』は俺達の知っているレイラで間違いないようだった」

 

「その、レイラって奴、れ――クロを負かしたほど強いんでしょ?大丈夫なの?」

 

「あの時はあいつの存在が予想外だっただけだ。だが、それも言い訳にしかならないがな…」

 

「確かに、レイラの能力と君の能力は似ている。能力を見破っていれば、あの闘いも勝てていただろうね」

 

 

 そうシロが、男性の声でキッパリと言い放つ。

 とっくに過ぎた話だが、確かに零夜とレイラ、二人の能力は似ていた。能力の性質では零夜が上位互換の立場にいたのだが、能力を見破れずに負けてしまった。

 正直、あのままではシロの介入がなければヤバかったのだ。

 

 

「ねぇねぇ。そのレイラって、誰なの?」

 

 

 ルーミアの横で食べている、黒髪と黒目の着物の少女―――妹紅が質問する。

 当初は出来るだけ彼女と関わりをもたない予定だったが、既に乗った舟だ。最後までやり遂げる。

 

 それに、妹紅が【先天性無痛無汗症】と言う生まれつきの病気を持っていると言うイレギュラーな事態がある以上、既に『原作』は崩壊している。この点では、彼女も【準イレギュラー】と言えるだろうが、この造語は転生者が関わったときに使う言葉だ。彼女はこれに該当していない。

 

 もう、自分達の知識通りにはいかないはずだ。だったら、とことんやるしかない。

 そして、妹紅の質問にシロが答える。

 

 

「妖怪だよ。かぐや姫に、クロが討伐を依頼したんだ」

 

「へぇ……かぐや姫が…」

 

 

 特に興味がなさそうに、妹紅はスープの野菜を頬張る。

 ここで、すでに『原作』と『今』の彼女の違いが出ている。『原作の藤原妹紅』は、設定情報から察するに、父親を奪い、さらには恥をかかせたかぐや姫が憎かったはずだ。

 しかし、『この世界の藤原妹紅』は、心の中で既に父親(不比等)と決別を果たしているようだった。だから、かぐや姫に特に恨みなどを持っている様子ではない。

 

 

「――――」

 

 

 ―――だからこそ、思う疑問が(存在)る。

 何故、未来の妹紅は断末魔に蓬莱山輝夜の名前を叫んだのか?と言う疑問だ。

 かぐや姫に恨みがないのなら、わざわざ断末魔で叫ぶ必要などないはずだ。それに、あの世界の妹紅は―――どこか、荒れていた。

 

 その理由は、『先天性無痛無汗症』によって、『呪い子』扱いされていたのが一番の原因だろう。

 しかし、それとこれでは『かぐや姫』を恨む理由などどこにも見当たらない。

 

 父親の愛を奪ったかぐや姫に憎悪した――などとも考えにくい。

 おそらく、別の理由がある。だが、それが分からない。

 

 

(だが、毎度のことながら考えても仕方ないか…)

 

「どうしたの、黒いお兄さん?」

 

「―――いや、何でもない」

 

 

 少なくとも、この『今の妹紅』から『未来の妹紅』になるとは考えにくい。

 一体、『この世界の本来の時間帯』に、なにがあったのだろうか?

 

 

(分からないことだらけだ。それに―――レイラが生きていると言うのなら……【ゲレル】も)

 

 

 零夜は胸元に手を置き、どす黒い魂が、そこに確かに存在していることを確認した。

 

 未来で倒した、世界の害悪。ゲレル・ユーベル

 光を司り、レイラが死んだであろう原因でもある、臘月と同等レベルの最悪の妖怪だ。

 

 あのとき、光と相反する究極の闇の力(クウガアルティメット)でなんとか撃退することができたが、正直あれはヤバかった。

 ゲレルが油断してくれていたから弱らせることができたし、力でゴリ押すことができた。

 

 さらに言えば、あそこでルーミアに気が向いたのも勝因の一つだ。

 ゲレルは光の派生である雷の力でクウガを倒せたと思い込んでいたし、ゲレルは女癖が気持ちが悪いほど強い。

 だからルーミアに集中してくれていたおかげで、撃退することができた。

 

 そういう点では、彼女に感謝しなくてはならない。

 女性の心に傷を負わしかけた時点で、外聞(がいぶん)は最悪だろうが――。

 

 直後、ルーミアがシロに質問した。

 

 

「そう言えばさ、シロ。あんた他の四つの宝はどうすんの?最初の一個は持ってたからいいとして、四つなんて正直キツ過ぎない?」

 

「無論、現地調達さ。タイムリミットは三年もあるんだ。だから、ゆっくりと集めるだけさ」

 

「なんで三年?」

 

「あー……それは、秘密」

 

 

 シロは夕食を食べている妹紅をちらりと見た後、そう言った。

 ちなみに、三年の理由は、【車持皇子(くらもちのみこ)】が偽物の『蓬莱の玉の枝』を作るのにかかった期間だ。

 流石に未来の情報を交えた理由は、現代人の妹紅に聞かせるわけにはいかない。

 だから、シロはあえて言わなかった。

 

 

「ケチ!言ってもいいじゃモゴッ!」

 

「お前は黙って食ってろ」

 

 

 うるさいルーミアの口に零夜がパンを押し込み、ルーミアを無理やり黙らせる。

 ルーミアはシロを睨みながらも、黙々とパンを食べた。

 

 

「―――で、とりあえず、どうする?」

 

「彼らが『難題』を達成するようなことはまずないだろうから、しばらくは君の『課題』に付き合うよ。組合長の前でも、そう言ったしね」

 

「そう言えばそうだったな」

 

「忘れてたんだ…。まぁいいけどさ、それより、昼の襲撃についてなんだけどさ」

 

「あぁ……あいつらか。なんか情報あったか?」

 

「『捕食』した記憶では、刺客を(けしか)けたのは――四人」

 

「四人?五人じゃないのか?」

 

「見ては見たけど、四人だった。で、その四人に該当しなかったのが――石上麻呂(いそのかみのまろ)

 

 

 石上麻呂。

 かぐや姫に求婚している五人の貴族の内の一人で、【(ツバメ)子安貝(こやすがい)】を『難題』として出された貴族だ。

 竹取物語の中で、唯一まともに『難題』のお宝を入手しようとした人物でもある。

 

 彼の未来をネタバレすると、彼は死ぬ。

 だが、かぐや姫としても心情が良かったのか、唯一国内でなんとかなる【燕の子安貝】を『課題』として出された人物でもある。

 

 要約するに、五人の内、彼だけはまともな人間であるということだ。

 

 

「まぁ刺客を放っていないのならそれでいい。逆を言えば、あの四人が仕掛けてきたってことだしな」

 

「そうだね。で、どうする?」

 

「どうするって……無視でいいだろ。あいつらも今回の一件で、無駄だと分かっただろうしな」

 

「どうかな?バカは執念深いから、どんな手を使ってくるか分からないから、注意は必要だ」

 

「それもそうだな」

 

 

 三人は立ち上がり、後片づけをする。

 と言っても、空間に収納するだけだが。

 

 

「とりあえず、今日はもう遅いし寝よう」

 

「そうだな。早朝、出発するか」

 

 

 夕飯が終わり、今の時間帯は夜だ。視界も悪くなるし、わざわざそんな時間帯に出発するほど愚かではない。

 

 そんなとき――、

 

 

「ねぇ、お兄さんたち…明日には、行っちゃうの?」

 

「あぁ。時間はあるとはいえ、できるだけ早い方がいいからな」

 

「―――お兄さんたち、また、帰って来るよね?」

 

 

 妹紅は、悲しい目をして三人を見る。

 それを見て、零夜とシロはすぐに彼女の感情を察した。彼女は、寂しがっているのだ。恐れているのだ。目の前の、彼らを失うことを。

 たった一人の孤独の中、自分に手を差し伸べてくれた、『陽だまり』を、『太陽』を、失うことを恐れているのだ。

 

 二人には、どうしてもその目が他人事の様には思えなかった。

 すると、シロが妹紅に駆け寄り―――。

 

 

「よければさ、僕らと一緒に行かないかい?」

 

「おま…ッ!?」

 

 

 突然の提案に、驚愕を隠せない。

 相手はあの【レイラ】だ。そして、妹紅は正直に言えば『足手まとい』でしかない。そんな彼女を連れて行くなど、零夜にはとても承服することができない。

 

 

「何言ってんだ!それに、何勝手に決めてんだ!」

 

 

 零夜はシロの胸倉を掴み、叫んだ。

 もし連れていきでもしたら、最悪攻撃に巻き込まれて彼女が死ぬ。

 

 過去の『原作』の登場人物を殺した場合、未来にどんな影響が起こるか分からない。

 だから、この時間帯(過去)では出来るだけ『原作キャラ』の抹殺は避けたい。

 

 

「大丈夫だって!この『課題』は、君の課題だ。だから、僕は手を出さずに彼女を守るよ。だから大丈夫」

 

 

 そう言いながら、シロは零夜の耳に顔を近づけ―――

 

 

「彼女をここに置いていけば、人質として使われる可能性だって否定できない。それでも置いていく?

 

「――詳しく話せ」

 

 

 今のシロの可能性の話は、流石に聞き流せない。

 零夜はシロの胸倉を放し、話を聞く。シロは零夜の耳元で、ルーミアや妹紅に聞かれないように、小声で話す。

 

 

「今は視線を感じないけど、ありとあらゆる手段を用いて監視される可能性だって否めない。もし妹紅と僕たちの関係性がバレたら、特に藤原不比等。ヤツはもう娘の事を娘だなんて思っていないはずだ。だから、容赦なく人質に取って来たとしてもおかしくない」

 

「―――」

 

 

 シロの推測は、良く考えれば十分にあり得ることだ。

 今はバレていないからいいとして、地道に調査を続ければ、妹紅と零夜たちが、何かしら関係あるとバレるかもしれない。

 バレたら、確実に人質として使われるだろう。その点を考えれば、多少危険でも、連れて行く方が良いのかもしれない。

 

 

「だが、そう簡単に事が運ぶのか?杞憂になるかもしれないぞ?」

 

「人生ってのは、そう都合よくはいかないものさ。何事も想定外を想定するべきだ」

 

「―――そうだな。……あまり納得は出来ないが、致し方ないしな」

 

「理解してくれて、ありがとう。それじゃあ決定で」

 

 

 それで話がまとまり、二人は離れた。

 

 

「…なんの話をしてたの?」

 

「別に、どうでもいい話さ」

 

「明日から忙しくなるからな、ちゃんと寝ろよ」

 

「はーい」

 

「お、おやすみなさい…」

 

 

 妹紅の言葉を皮切りに、四人は今日を終えた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「……で、探すにしても、どこを探す?」

 

 

 明朝。場所は深い森の中。

 零夜たちは、最初の関門に激突していた。

 

 かぐや姫の『難題』は、レイラの討伐だ。それを行うためには、まずはレイラを探さなくてはならない。

 だが、その前提条件が、達成されていなかった。

 

 

「レイラがどこにいるのか分からなきゃ、前途多難だねぇ…」

 

「完全に盲点だった…!まずはレイラを探さなくちゃならねぇんだった!」

 

 

 いろいろとありすぎて、大事な前提条件をすっかり忘れていた。忘れてはいけない条件を、忘れていた。

 レイラの居場所が、全く分からない。これでは倒す以前の問題だった。

 

 

「目撃情報があるってことは、この近くなんだろうが…詳しい場所が分からん」

 

「そんなんで、『課題』成功できるの…?」

 

「だ、大丈夫だと思う!ずっと探せば見つかると思うから!」

 

 

 ルーミアからは辛辣で正当な評価を(いただ)き、妹紅からは励ましの言葉を貰った。

 

 

「はは、返す言葉もないなぁ。事実だから。でも、励ましてくれてありがとうね」

 

「励ましは正直ありがたいが……どこを探す?三年もあるとはいえ、相手は生きている。つまりは移動しているんだ。すれ違いになったら洒落になんねぇぞ」

 

 

 探す相手は、そこに留まっているのではない。生きているため、移動しているはずだ。

 いる場所が分かっても、すでにそこに居なければ本末転倒だ。

 

 

「うー……ん…?……あ、そうだ」

 

「なんか思いついたのか?」

 

「あのさ、【地球(ほし)の本棚】って使えないかな?」

 

「あー…確かに、あれなら居場所を特定できるかもしれないな」

 

 

 地球の本棚を使い、『レイラ』の居場所を特定する。

 地球の本棚の特性として、常に地球の情報が更新される。その特性を活用すれば、レイラの場所を特定できるはずだ。

 

 

「……だが、地球の本棚は、ここ(奈良時代)だとどう作用するんだ?」

 

「あ、そう言えばそうだね。そこら辺はまだ検証してなかったから、どうなるか分からない」

 

 

 地球の本棚は、常に地球の情報が更新されるが、この時代だと、一体情報がどこまで解禁されているのかが未知数だ。

 今この場に妹紅がいるために、『この時代』や『未来から来た』などと言うワードを使わないことも、配慮する。

 

 

「それじゃあ、物は試しだ。早速試してみる」

 

 

 意識を集中させ、零夜は地球の本棚へとダイブする。

 

 真っ白な世界。そこに並ぶ、無数の本と本棚。この景色は、いつ、何度も見ても達観だ。

 

 

『さて…キーワードは、【レイラ】』

 

 

 キーワードに反応して、急激に減っていく本棚と本。

 一万から千へ、千から百へ、百から十へ、十から―――三つの本棚と、三冊の本が。

 

 

『三つか。一つの情報だけで、かなり絞り取れたな』

 

 

 一つのキーワードだけで大分絞れたことに驚く。

 もう少し情報が必要かと思っていたが、その必要はなかったようだ。

 

 

『さて……取り合えず取ってみる……ん?』

 

 

 そこで、零夜は本にある異常があることに気付いた。

 とても、分かりやすい異常だった。なにせ、こんなことは今までなかったのだから。

 

 

『この本…、封鎖されている…?』

 

 

 三冊の中、一冊だけが、鎖で巻かれ、南京錠のようなもので閉じられていた。

 鎖が邪魔で、タイトルすら見えない。

 しかも、それだけじゃなかった。

 

 

『それに、もう一冊…これ、焼き焦げてる…?』

 

 

 次に零夜が手にかけたもう一冊の本は、ボロボロで焦げていた。これも同様、タイトルが焼き焦げているために確認できない。

 これでは、本の中身など見れるわけもない。

 

 

『三冊中二冊が中身を見れないようになってやがる…こりゃあ一体全体どういうことだ?』

 

 

 今までこんなことはなかった。

 地球の情報が、こんなことになるなんて、今まで、一度も。これを違う表現で表すのなら―――、

 

 

『地球の意思で、情報が抹消された…?いや、それだと封じられてる意味が分からない』

 

 

 もし、この仮説が正しかったとしたら、南京錠で封じる必要などない。

 もう一冊同様、焦がして見れない状態にすればいいだけの話だ。

 

 一体この二冊の【レイラ】に何が起こっているのだろうか。

 

 

『……いや、考えるのは後だ。とりあえず、残りの一冊は通常の状態だ。これを見て戻ろう』

 

 

 零夜はそう決断し、最後の一冊のページを開く。

 

 

『アラビア語で【ライラ】と【レイラ】。この二つの単語は日本語でを意味している』

 

 

 最後の一冊、タイトルは【Lyla(ライラ)Leila(レイラ)】。

 この一冊は、【ライラ】と【レイラ】と言う単語が、『夜』を意味すると言う辞典のような内容だった。

 

 

『……これはあんまり意味ないな。やっぱ、謎なのはこの二冊。仮説は立てたが、それが正しいとは限らないしな…。はぁ、収穫なし、戻るか』

 

 

 これ以上、ここにいたとしても収穫はない。

 それに、自分だけで考えていたら分かるものも分からない。

 

 零夜は、地球の本棚から離脱した。

 

 

「…ふゥ」

 

「…どうやら、ダメだったみたいだね」

 

「あぁ。まさか、三冊中二冊が読めないなんて、思いもしなかった」

 

 

 三冊中二冊も読めないとなると、組合までわざわざ言って情報を収集したことは間違いでなかった。

 こっちで調べられないのなら、地道に収集するしかなかったから。

 

 

「唯一読めた本は、アラビア語のレイラと【ライラ】って言う単語が、日本語で『夜』を示すってことだけだ。正直、どうでもいい情報だった」

 

「まぁでもこれで、地球の本棚の情報が、僕たちと同じ水準であることが分かった。それを知れたことだけでも、僥倖だと思うよ?」

 

 

 シロはこう言っているが、やはり気になるものは気になる。

 あの南京錠で閉じられている本と、焼き焦げて回覧できなかった本。あれは一体何を表しているのだろうか?

 

 

「―――仕方ない、この手はあまり使いたくなかったんだけど…」

 

「え、なんかあるなら最初から使いなさいよ!」

 

 

 ルーミアから怒号が響く。

 今の目的はレイラの捜索だ。そのための手段を隠していたことに、ルーミアは怒る。

 

 

「いやぁさ…ここで使うにはいろいろと条件が悪いんだよ。その条件をクリアできたら、できるんだけど…」

 

「じゃあさっさとクリアしちゃいなさいよ。時間があるとはいえ、早い方がいいんでしょ?」

 

「そうだね……それじゃあ、妹紅ちゃん」

 

「え、私…?」

 

「少しの間、眠っていてくれ」

 

 

 シロの姿が、霞のように掻き消える。

 その瞬間、零夜の後ろで妹紅の「うっ」と小さな悲鳴が聞こえる。何事かと思い即座に後ろを振り向くと、シロが妹紅を気絶させて担いでいた。

 

 

「ちょ、なにしてんのよ!?」

 

「彼女には悪いけど、これで最低限の条件が揃った」

 

「なに?こいつが起きていると困ることがあるのか?」

 

「彼女には……寝ていてくれないと、耐えられないからさ」

 

「は、耐えられない?一体なにを――」

 

 

 零夜の言葉を無視したまま、シロは妹紅をルーミアに預けて―――力の流れ(威圧)が、爆発した。

 

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

 力の波動は見えない暴風となり、荒れ狂った。

 青緑色のオーラが可視化するほどにシロを中心として暴れまわり、周りの木々をなぎ倒しながら広がっていく。

 力の波動は発生源の近くにいた零夜とルーミアに直撃し、冷汗が止まらなかった。

 心の底から湧き出てくる、“逃げろ”と言う本能的警告が、鳴りやまない。

 

 

 

「ううぅ…!」

 

「――――ッ!」

 

 

 妹紅を気絶させた理由が分かった。

 こんな波動、強烈な威圧にも等しい。こんな威圧を幼い子供がこんな近くで受ければ、心臓麻痺が起こって最悪の場合死に至ってもおかしくはない。

 

 妹紅を気絶させたことは、そうさせないための保険だったのだ。

 

 

(なんだ!?シロの圧倒的存在感が…間欠泉のごとく吹き出してやがる!)

 

 

 普段感じることのない、圧倒的存在感。

 あのへらへらした態度からはまったく想像することのできない力の波動。普段と今のギャップすらも、心の動揺を引き起こしていた。

 

 たまにシロが強烈な力の波動を出すことはあったが、今までとはまた――質だ。質の違う力の波動が、零夜とルーミアの肌にビリビリとダメージを与えていた。

 

 シロの力の波動を受けて、大量の動物の鳴き声――悲鳴が聞こえる。

 圧倒的な、力の差。それを本能的に感じて、天敵から逃げているのだ。

 

 

「ちょ、ストップ!やめろシロ!」

 

「―――え?どうかしたの?」

 

「どうかしたの?じゃねぇよ!あんな波動を急に垂れ流すんじゃねぇよ!」

 

「え、一応それを(ほの)めかすことは言ったんだけど…」

 

「仄めかすんじゃなくて直接言え!ていうか、これになんの意味があるんだ!?」

 

「単純だよ、これだけの力の波動を流せば、逃げる奴と近づいてくる奴で限れてくる」

 

「……つまり、力に自信があるヤツが近づいてくるって認識でいいのか?」

 

「そう!実に聡明だね」

 

 

 零夜の言う通り、知能のない妖怪なら今の力の波動を感じて逃げている。それは野生の動物すらも同じだ。

 唯一、近づいてくる存在があるとするのならば、それは力に自信がある、強者だけだ。

 

 

「だが、その強者が聡明だった場合、お前との力の差を感じて、逃げてしまう可能性だってあるんじゃないのか?」

 

「あー…それは、大丈夫だと思うよ?」

 

「なんでそう言い切れるんだ?」

 

「今の波動にね、少し小細工をしたんだ。特定の人間にしか分からないような、そんな小細工を。――と言っても、勝手についてくるだけなんだけどね、その小細工が」

 

「小細工?」

 

「少なくとも、()()()には分からない小細工さ」

 

「今の俺?それはどういう―――」

 

 

―――瞬間、光輝く三日月が、零夜とシロに向けて放たれた。

 即座に反応した零夜は、【繋ぎ離す程度の能力】を行使し、三日月を近くの木と繋げて、対象を木へと変更。三日月は木に向けて軌道を変えて、三日月が木を真っ二つにした。

 

 シロはシロで、手を横に振りかざすと同時に、漆黒の三日月が発生し、光輝く三日月と衝突し、霧散した。

 

 

「なんだ!?」

 

「普通に考えて、敵襲だよ」

 

 

 二人が一斉に、三日月が放たれた方向を向くと、そこには長い金髪に胸に(サラシ)を巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている女性がいた。

 

 狐面の女性から感じられるのは、妖力。目の前の女性が、妖怪であることは間違いない。

 手には一本の獲物()。さらに顔は――、

 

 

「お面…?」

 

 

 狐面の女性は、木彫りの狐面を着用していた。

 狐面の女性は、空いている瞳の部分から、紅い瞳をこちらへずっと向けているままだ。

 

 これで、今と未来を合わせての、二回目の邂逅だった。

 何を話せばいいのか分からない。

 

 そして、そんな沈黙を――、

 

 

「やぁ、初めまして。君が、【レイラ】でいいのかな?」

 

 

 シロが破った。

 率直な質問。レイラの顔は狐面で顔を隠れているため、確認が必要だ。

 

 

「と言っても、その服装、その髪、その瞳。全部が僕らの知っている【レイラ】のままだ。もう、君がレイラってこといいよね?」

 

「――――」

 

 

 狐面の女性は何も答えない。無言を貫いたままだ。

 

 

「無言、ね…。まぁいいや。今回君に用があるのは僕じゃない。彼の方さ」

 

 

 シロは掌を零夜に向ける。それと同時に、狐面の女性の視線が零夜の方に向く。

 

 

「……お前が、レイラでいいんだな?」

 

「――――」

 

「無言か。だが、どうでもいい。突然で悪いが―――」

 

 

 零夜は、狐面の女性に向けて、虚空から取り出した【無双セイバー】を、狐面の女性に向けた。

 

 

「お前を、倒させてもらう」

 

「――――」

 

「かぐや姫って知ってるか?絶世の美女だって人間の間で流行ってる。んで、そのかぐや姫が俺にお前の討伐を命じた。お前を倒す経緯は以上だ。他に、理由はいるか?」

 

「――――」

 

「肯定ってことでいいな?それじゃあ――」

 

 

 零夜は無双セイバーを投げ捨て、己の腰に漆黒の宝玉が取り付けられたベルトが現れる。

 構えて、力を高め――、

 

 

「待った」

 

 

 突如、シロからストップが入る。

 今使おうとした力は、ゲレルと戦った際の【クウガアルティメット】だ。

 

 レイラは強い。それに、【ずらす程度の能力】と言う能力を持っており、それに対抗するには出し惜しみはできない。

 自身の【繋ぎ離す程度の能力】と、クウガアルティメットの圧倒的なパワーを用いて倒す。

 

 零夜の体は最悪になるが、結果は最高のものとなる。

 それなのに、止められた。

 

 

「――何の真似だ?」

 

「クウガアルティメットはまずい。せめて、【ダークドライブ】で戦ってくれ」

 

「は?なんでそこでダークドライブをチョイスするんだよ?」

 

「いいからいいから。僕の言う通りにして」

 

「チッ、わーったよ」

 

 

 渋々と零夜はベルトを霧散させ、【ドライブドライバー】と【シフトブレス】を装着する。

 シフトブレスに【シフトネクストスペシャル】を装填。

 

 

ブゥウウウウンッ!!!

 

 

 車のエンジン音とともに、零夜の周りに黒い鎧が現れる。

 

 

「変身」

 

 

ドライブッ!! TYPE NEXT!!

 

 

 それが零夜の体に纏わる。それと同時にどこからか現れた黄色いラインが入ったタイヤが体にセットされる。

 

 零夜は、【仮面ライダーダークドライブ】へと変身した。

 その手には、専用武器の【ブレードガンナー】も。

 

 

『待たせたな。準備はいいか?』

 

「――――」

 

『じゃあ……行くぜ!』

 

 

 瞬間、二人の姿が掻き消え、中央にてお互いの刃が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、僕もそろそろ、零夜に怒鳴られる覚悟の準備をしておかないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 地球の本棚の【レイラ】に関する三冊の本。
 その内の二冊が封鎖され、燃やされていた。一体、どういうことか?

 狐面の女性現る!
 次回、ダークドライブVS狐面の女性!

 今回のシロのイメージCV【榎木淳(えのきじゅんや)


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49 狐面の奥※

 いやぁ……49話の内容に大分奮闘したなぁ…。

 3~4パターンの49話を作って、これが一番良いと思ったので投稿します。



※本来、ライラに「自分たちは未来から来た」と言うことを正直に話すという展開でしたが、諸事情で変更しました。2023/02/21


『ハァッ!』

 

「――――」

 

 

 森林の一部。そこでは、漆黒の騎士と狐面の女性。二人の戦士の刃が衝突し合い、接戦を繰り広げていた。

 漆黒の騎士――ダークドライブは、専用武器【ブレードガンナー】を振るい、狐面の女性へと攻撃を行う。

 

 

 ガキンッガキンッガキンッガキンッガキンッ!!

 

 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ!!

 

 バチッ、バチバチッ!!

 

 

 状況は、まったく一変しない。

 互いの刃が、衝突し合い、次の一手に繋ぐために体を動かし、再び刃を振るう。

 その繰り返しだった。

 

 

(クソっ…このままじゃジリ貧だ…!)

 

 

 ダークドライブは拮抗*1感を感じていた。

 このままでは体力勝負になるだけだ。

 

 ダークドライブの圧倒的な速度のおかげでなんとか狐面の女性の攻撃に対応することが出来ている。

 初見でこの速度を用いた連撃を喰らっていれば、クウガアルティメットだったとしても優劣の差がはっきりと出ていただろう。

 

 

(速度の点では、シロのストップのおかげでなんとかなってるが、どうする?このままって訳にもいかない)

 

 

 ジリ貧にするわけにもいかない。

 ダークドライブは狐面の女性から一旦離れ、脚に力を入れる。

 

 

「――――」

 

 

 地形を最大限に利用させてもらう。

 ダークドライブは周りの巨木を足場にして跳ねて、また巨木を足場にして跳ねて、それを繰り返して狐面の女性を翻弄する。

 

 

「――――」

 

 

 狐面の女性は頭上を見上げ、様子を伺っている。

 ここまでやれば、ある程度攻撃の予想ができる。翻弄して、死角を攻撃。速度に自信がある者が、よくやるパターンだ。

 しかし、ダークドライブはその裏を突く。

 

 

『ふんッ!』

 

 

 ダークドライブは狐面の女性の真正面に着地した。

 それと同時にシフトブレスのイグナイターを押し、脚にエネルギーを充填し――一気に爆発させ、0.4/100mの壁を、超える。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 (上限)を越えた速度で真正面(まっしょうめん)から向かってブレードガンナーを振るう。

 速度が上がったことに動揺したのか、一瞬反応が遅れた狐面の女性は、避けるのが少し遅れてしまう。

 

 横一線の斬撃。

 攻撃と同時に距離を取り、すぐにダークドライブが狐面の女性の方を向くと、法被の裾が少し斬れているだけだった。

 しかし、攻撃が当たったと言う事実がそこにあった。

 

 

(少し工夫して攻撃したってのに、ダメージを与えられたのは服だけ…。分かってはいたが、侮れない)

 

 

 あれほどの速度で攻撃したと言うのに、その攻撃に反応する能力もかなり長けている。

 

 

『まさか、あの速度に適応するとはな。やるじゃねぇかレイラ』

 

「――――」

 

『無言か。俺の知ってるお前は、結構喋ってたんだがな』

 

「――――」

 

『せめてなんか喋れよ。こっちが恥ずかしくなんだろうが』

 

「――――」

 

 

 ここまで言っても、狐面の女性は無言を貫いたままだ。

 

 

『……ここまでくると、喋るつもりはねぇらしいな。……能力、使って来いよ。何故使わない?』

 

「――――」

 

『―――じゃあ、こっちから先に使わせてもらうぜ』

 

 

 ダークドライブはブレードガンナーを地面に突き刺し、【闇神零夜】の能力を行使する。

 闇神零夜の能力の一つ、【創造する程度の能力】。能力を行使し、自身の周りに【パトカー】【クレーン車】【デコトラ】を創造する。

 

 

「―――?」

 

『これは馬車みたいなもんだ。ただし、少し特殊だが、な』

 

 

 ダークドライブは三つの【シフトカー】を取り出し、ばら撒く。

 三つのシフトカーは自動的に、【ネクストデコトラベラー】がデコトラに、【ネクストハンター】がパトカーに、【ネクストビルダー】がクレーン車に。

 

 創造された三台の乗り物へと吸収される。

 

 すると―――、

 

 

変形して、ロボットとなった。

 

 

「―――ッ!!?」

 

『ライダーと俺自身の力を混合した、完全オリジナルロボットだ。巨体な分お前ほどのスピードはでねぇが、パワーは強大だぞ?』

 

 

 巨大ロボへと変形した三体のロボが、狐面の女性を捉える。

 

 

 

「―――ねぇ、何あれ?」

 

「男のロマンだよ」

 

「……あれの何がいいの?」

 

 

 

 ルーミアから女性特有の『男のロマン分からない宣言』は、ダークドライブの耳に入る。

 だが、それを無視してダークドライブは三体のロボに進撃命令を下す。

 

 

『―――行け』

 

 

 三体のロボが一斉に動き出した。

 最初に攻撃したのはクレーン車型ロボだ。クレーン車型ロボは右手のショベル部分を狐面の女性に向けて振るった。

 

 狐面の女性は動かないままだ。

 そしてそのまま、当たる直前に―――ショベル部分が、細切れになる。

 

 

 ズバババッ ズバババッ!!

 

 

 その次に狐面の女性の姿は掻き消え、次の一瞬には狐面の女性はクレーン車型ロボの肩の上にいた。

 そのまま、狐面の女性の無数の斬撃が、クレーン車型ロボの全体を、細切れにした。

 

 

(―――速いな。スピードだけならダークドライブの性能を超えていてもおかしくない)

 

 

 応戦中で気付かなかったが、狐面の女性のスピードは、ダークドライブの走力を完全に上回っている。

 ダークドライブ自身と戦っているときは、手加減をしていたのかもしれない。そう思いとイライラしてくる。

 

 

(あの野郎…全力でかかってこないなんて、完全に舐められて……うん?)

 

 

 突如、ダークドライブの視界の端に、煙が立っていることに気付いた。

 そちらの方向を振り向いてみると、その一帯の草木が焼き焦げていた。

 

 

(焼き焦げてる?……そう言えばあの場所、俺が最初の斬撃を移動させた場所だったような…)

 

 

 焼き焦げていた部分は、零夜が斬撃を移動させた場所だった。

 着弾場所が、破壊されているのではなく、焼き焦げていた。

 

 

(これは、もしや―――)

 

 

 ババババッ!ドドドドッ!

 

 

 ダークドライブが思考の波に吞まれている中、狐面の女性を、パトカー型ロボが銃撃していた。

 パトカー型ロボは両手にアサルトライフルを装備すると、狐面の女性に向けて撃ちまくる。

 狐面の女性は再びその姿をかき消し、ある場所まで移動した。そこは―――、空だ。

 それを感知したパトカー型ロボは頭上に向けてアサルトライフルを連射するが、一弾も狐面の女性に当たることはなかった。

 それどころか、弾丸を利用されていた。

 

―――弾丸を、足場にしている。

 

 放たれた小さな弾丸の尻の部分を足場にし、己の速度を高め、空中でも体の軌道を変えることに成功していた。

 

 

 ジャキンッ!!

 

 

―――一閃。

 地面に着地した狐面の女性は、縦に一閃、刃を振るった。着地した場所は、パトカー型ロボの影。

 狐面の女性が血の付いた刀から血を掃うように刀を振るったと同時に、パトカー型ロボが縦に真っ二つになり、爆裂四散する。

 

 

(――――やはり、そうか)

 

 

 それを見て、ダークドライブはある一つの結論を見出した。 

 そんな中、爆裂四散の影響で発生した煙の中から、漆黒に輝くチェーンが、狐面の女性を拘束した。

 

 

「――――」

 

 

 煙が晴れると、最後の一体。デコトラ型ロボの胸部から、このチェーンが出ていた。敵を拘束したデコトラ型ロボは己の巨大な拳を振り下ろした。

 

 万事休すな状況。だが、狐面の女性は諦めていなかった。

 突如、狐面の女性の全体から、白く光り輝く刃が現れ、チェーンを細切れにした。

 

 チェーンから逃れられたと同時に振り下ろされた腕の上に乗り、駆ける。

 そのままデコトラ型ロボの頭に向かって走り―――、斜め一閃。

 

 デコトラ型ロボは斜めに真っ二つになり、爆発した。

 

 

『……かなり、終わるのが早かったな』

 

「―――」

 

 

 爆発した煙の中から、ゆらりゆらりと、ゆっくりと狐面の女性が一歩ずつ一歩ずつ歩いてくる。

 途中で止まり、狐面の穴から見える紅色の瞳が、ダークドライブの複眼を捉えた。

 

 

『―――戦って、少しは疑問に思ってたんだ』

 

「――――」

 

『なんで能力を使わないのか。普通に舐められていると思っていたが、そうじゃない。お前は、ただ単に使えなかっただけなんだ』

 

「――――」

 

『そして、ようやくお前は能力を使った。能力を見て、それと同時に、声を出さない理由も分かった』

 

「――――」

 

『よくよく考えれば、能力使わなきゃあの最初の斬撃は何だったんだよって話だしな。……お前さ、―――レイラじゃないだろ?

 

 

 狐面の女性が、かすかに動揺を見せた。それが答えだ。目の前の女性は、レイラじゃない。

 

 

「え、レイラじゃないの!?」

 

「――――」

 

『お前はレイラじゃない。服、髪、瞳。すべてが俺の知っているレイラそのものだ。だがな……『能力』だけは、どうしても変えられないんだよ』

 

 

 服装も、髪の色も、瞳の色も、すべて変えることは可能だ。この時代でその技術はまだないが、妖怪ならば多少変えることくらいできる妖怪がいたとしても不思議ではない。いくら容姿を本人に近付けても、変えることのできないものだってある。その筆頭が、『能力』だ。

 先天性な能力は、どうあがいても変えることはできない。狐面の女性が堅くなに能力を使わなかったのは、自身がレイラではないと悟られないためだろう。

 

 それに、声もだ。

 妖怪の中には声を変えることの出来る者もいる。その代表格は狐と(タヌキ)。この妖怪たちは人を騙すために人間に化けると言うのが有名な妖怪だ。

 狐面と言っても、この女性は声を変えることはできないらしい。

 

 

『お前がレイラじゃないってんなら、お前の行動も全て納得できる』

 

「――――」

 

『それに、剣の打ち合いと、巨大ロボの攻撃。それだと言うのに、お前は『レイラの能力』を使わなかった。俺が知っているレイラなら、自分の手札は出し惜しみなく使う』

 

「――――」

 

『それに、能力が違った』

 

「――――」

 

『俺の知っているレイラの能力は、全然違う』

 

 

 冥界でレイラと戦った際、かなり翻弄された記憶、今でも鮮明に覚えている。

 レイラの【ずらす程度の能力】はかなり厄介だった。自身の存在をずらすことによって異空間に身を置いて攻撃から逃れる術は最後まで見破ることができなかった。

 

 と、こんなレイラ特有の攻撃回避方法があると言うのに、目の前の狐面の女性はそれをしなかった。

 それを見て、ダークドライブはある仮説を立てたのだ。それが、“しないのではなくできない”と言う仮説だ。

 これも、その能力を持っていなければ、辻褄が合う。

 

 

『レイラとは一度戦ってるからな。あいつの戦い方はある程度身に染みているつもりだ』

 

 

 レイラの戦い方は、己の剣の道を信じて突き進み、力も速度も能力も、すべてを出し惜しみなく使って、決して相手を侮らないという己の信念を持った、そんな闘いだった。

 

 それ零夜=ゲレルの誤解が解かれていない時でさえ、同じだった。 

 零夜は、少なくともそう感じていた。

 

 

『だけど、お前の剣の在り方は、レイラのソレじゃない。剣の型も似てた。だがなァ、剣に賭ける想いが違う。俺は人に剣を教えられるほどうまくはねぇが、それぐらい分かる』

 

 

 レイラと零夜の関係は、善し悪しのどちらかを言えば、悪い方だ。これからも、敵として戦い続けるだろう。

 

 

『偽物は本物に成れない。本物はこの世でたった一つだ。心も、想いも、信念も。……もう一度聞くぞ。お前は、誰だ?』

 

「―――お前こそ、なんなんだ?」

 

 

 狐面の女性から、声が発せられた。可憐な美声だ。

 だが、その声はレイラの声ではない。別人の声だ。

 狐面の女性は(うつむ)き、力なき声でダークドライブに向けて問いた。

 

 

『言っただろう?レイラと一度、戦っただけだ。だけどな、戦ったからこそ、分かることがあるんだ。だから分かった。お前が、レイラじゃないってこともな』

 

「たった一度、か…。まさか、その程度で私のレイラの違いが見破るなんてな…」

 

『認めたな。何故レイラの名を(かた)っている?本物のレイラはどこだ?』

 

「――――」

 

 

 ダークドライブの質問に、レイラを騙る狐面の女性は再び無言になった。そもそも未来ではすでにレイラは霊界にいた。つまりこの時代でも既に死んでいる可能性だってある。手の相手に、無理矢理聞き出すのは返って逆効果だ。

 

―――だからこそ、質問を変える。

 

 

『それでは、質問を変える。お前は、ゲレルとどんな関係だ?

 

「――――」

 

 

 狐面の女性の、雰囲気が圧倒的に変わる。

 先ほどの委縮したような雰囲気とは180度反転し、心の底から怒っているような、そんな雰囲気を放っていた。

 狐面の女性にとって、ゲレルの質問は爆弾だったようだ。

 

 狐面の女性が、ドス黒い声を放つ。

 

 

「何故……そんな質問をする?」

 

『お前の能力を見たからだ』

 

「……何?」

 

 

 怨嗟と疑問を混ぜた声が、木霊する。

 

 

『お前のダークドライブをも超える、圧倒的なスピード。光り輝く斬撃。そして……焼き焦げた草木と地面。俺は、これと似た能力を、一度見ている。そして、その能力を使っていたのが……【ゲレル・ユーベル】だ』

 

「なッ…!?」

 

 

 詰まったような言葉が狐面の女性から出る。喉が詰まった状態で出したような、そんな声。

 狐面の女性は明らかな動揺を示し、後ずさった。

 

 

『お前の能力は……【光を操る能力】。違うか?』

 

「――――」

 

「光を操る…?」

 

 

 一連の話を聞いたルーミアが、身震いを起こし、顔に青筋が浮かんだ。

 今から考えれば未来の話だが、ルーミアにとっては思い出したくもない過去だ。

 

 訳も分からないまま初対面の男に襲われ、そのままハジメテを奪われかけた。それはどれだけ強い力を持っている者でも、心にトラウマを刻み込むだろう。

 それに、ルーミアも例外ではなかった。

 

 光を司る力を持つゲレルと、光を操るであろう狐面の女性。この二人に、何等かの関係があるのは明白だ。

 能力の酷似性が、それを証明している。

 

  

『――――』

 

 

 ダークドライブがルーミアの状態を遠目で見て、申し訳ない気持ちになる。

 ダークドライブ――零夜は未来で悪人を名乗っているが、それは仮の姿に過ぎない。自分が行う、悪行を自分の中で正当化するための。

 

 かつて自分を襲いかけた男と、何かしらの関係がある者。

 トラウマを掘り起こすのには、十分だった。

 

 

『――俺は昔、ゲレルと言う男と戦った。その際に奴は自分の能力を【光を司る能力】だと言った。お前の能力が【光を操る能力】だった場合、その関係性は否定できねぇんだよ』

 

「――――」

 

『もう一度聞く。お前は、ゲレルとどんな関係を持っている?』

 

 

 もう一度、同じ質問をする。

 こちらの情報は、出来る限り開示した。だから、今度はそちらの番だ。

 

 そう遠回しに言い、ダークドライブの青い複眼が狐面の女性を捉える。

 

 

「……そうか…あなたたちも……そうなのか…」

 

 

 狐面の女性は何かを呟くと、背中にかけてあった鞘に刀を納刀する。

 それと同時に、狐面の女性がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 

 先ほどとは違い、殺意も、敵意も、感じない。

 

 

『―――』

 

 

 敵対意識がない相手に、剣を向けても、逆効果だ。

 ダークドライブも無言で、剣を納刀する。

 

 

「――――」

 

 

 狐面の女性は、ダークドライブの横を通り過ぎる。

 そのまま歩いた先には―――、

 

 

「ひッ」

 

 

 ルーミアだ。狐面の女性はルーミアにゆっくりと近づいていく。

 ルーミアがダークドライブとシロに助けの視線を送るが、二人は無言だ。

 

 率直に言えば、彼女は狐面の女性に対して恐怖を抱いている。

 自分にトラウマを与えた男と、なんらかの関係性を持っているとわかれば、その反応も分からなくはない。

 だがしかし、ダークドライブとシロは、ルーミアを助ける気はない。

 

―――と言うより、助ける意味がないから。

 

 

「………」

 

「……えっ?」

 

 

 狐面の女性は、ルーミアに抱き着いた。

 力強く、ただ、抱きしめた。

 

 

「え、え、え?」

 

「……怖かっただろう」

 

「…え?」

 

「怖がらせて、すまない。君も、怖かっただろう?過去を掘り返してしまって、本当に申し訳なかった」

 

「―――」

 

「すまない、すまない、すまない…!」

 

 

 

 狐面の女性は、ただただルーミアに謝り続けた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 あれからしばらくして、狐面の女性と、変身を解除した零夜、シロ、ルーミア、そして目覚めた妹紅が、四対一で対面になっていた。

 

 そんな中、最初に口を開いたのは零夜だった。

 

 

「……あの…なんだ。喧嘩売って、悪かったな」

 

 

 零夜の開口一番は、謝罪だった。

 よくよく考えて、時を遡って考えると、先ほどの一連の出来事は、かぐや姫の『依頼』を受けて起こった出来事だ。それを受けなければ、あの出来事は怒らなかった。

 それに、あんなものを見せられたら、罪悪感しか湧かない。

 

 

「いいや、構わない。私も、熱くなりすぎた」

 

「いや、元はと言えば俺らが喧嘩売ったからな…。言ってしまえば元凶は俺らだし…」

 

「……では、罪悪感を感じているのならば、あなたたちのことについて教えてくれ。極端に言えば、ゲレルについてだ」

 

「―――……」

 

 

 その質問に、零夜は沈黙する。

 どう答えるべきか、迷っているのだ。

 

 零夜達が知っているのは、未来のゲレルだ。しかし、その情報を馬鹿正直に話したところで、未来と過去の齟齬が出る可能性も否めない。

 それを考えると、どこまで秘匿してどこまで正直に話すか、迷ってしまう。

 

 

「――――」

 

 

 沈黙が続く。

 このまま続けば、狐面の女性に不信感を与えてしまう。

 

 どうすればいいか、考えていたとき、ふと頭に声が聞こえた。

 

 

(零夜。聞こえる?)

 

 

 突如、零夜の頭の中に、シロの声が届いた。

 突然の出来事に困惑を示し、零夜がシロの方を向くと、シロの口角が微妙に上がっていた。

 

 

(シロ!なんだこれは!?……いや、これは俺の能力でルーミアの思考と繋げたときと同じ状態?)

 

(そうだね。それと全く同じ状態だ)

 

 

 思い出すは、都の団子屋でレイラの情報をルーミアから入手するために、影の中に潜んでいたルーミアと零夜の思考を【繋ぎ離す程度の能力】でリンクした時と、まったく同じ状態だった。

 

 

(お前こんなこともできたのか…)

 

(できるよ?あと、彼女にどれくらい話すかなんだけど、未来のことは伏せて、できるだけ全部話そうと思うんだ)

 

(……そうか)

 

 

 正直、シロの正気を疑う。

 第一、未来から来たなどと言う話を信じて貰えるわけがない。そこを踏まえても、嘘を混ぜて説明をするべきだ。

 

 

(いくらなんでも馬鹿正直すぎる!それに第一、未来云々(うんぬん)の話を信じてもらえるわけねぇだろ!)

 

(まぁ確かにそうだ。だけどね、大丈夫なんだ。僕に任せて)

 

 

 次の瞬間、零夜とシロのリンクが切断された。

 

 

「……どうして無言なんだ?まさか、話せないようなことでも―――」

 

「いやいや、そんなのないさ。ただちょっと、考え事していただけだから」

 

「―――」

 

 

 狐面の女性が、怪しげにシロを見る。あそこまで無言が続けば、仕方のないことだが。すると、狐面の女性が見定めたかのように、こう言った。

 

 

「―――そうか、あの波動は、お前のものだったのか」

 

「正解。まぁ試したのもあるんだけど、やっぱりこのくらいは分からないとね」

 

「そうだな」

 

「…さて、待たせてごめんね。少々、二人には話しずらい内容だから、僕の口から話すよ。嘘偽りなく、ね。許可してくれるかな?

 

「――――……許可する。分かった。お前の言葉を信じよう」

 

「「ッ!」」

 

 

 零夜とルーミアは驚愕の表情を浮かべる。

 狐面の女性の性格と一言で表せば、堅物だ。そんな彼女をたった数秒で懐柔して見せた。シロのその腕前に、驚きを隠せない。だが、不審に思うこともある。

 

 

(信頼要素もないあの内容で、あの女は一体シロの()()()()()()()?それに、『許可』ってどういうことだ?)

 

 

 話の内容にあった、『許可』と言う単語。一体、シロは何を提案して、狐面の女性は何を許可したのか、分からないことばかりだ。

 普通、信じて貰えるように話すのが普通だが、『許可』と言う単語はこの手の話には明らかに不自然過ぎる。

 『許可』と言う単語に、どんな意味が隠されているのだろうか。

 

 

「それじゃあ、一から話すとね―――」

 

 

 シロはこれまでの経緯をかいつまんで話した。そして話した内容を要約すると、

 

 自分たちはとある目的を持っており、三人で行動を起こしていること。

 その目的の最中に冥界に立ち寄り、その際にレイラと戦ったこと。

 その目的の足掛かりとして、かぐや姫の懐に入る必要があること。

 零夜が戦ったゲレルの情報を。

 

 時々違うことも言いながらも、辻褄の合うように話していた。

 

 

(それにしても…)

 

「それで、零夜――黒い方の彼のことね。で、彼が疑ったゲレルと君の関係性についてなんだけど、正直なところ俺もよく分からない。能力が似通うなんてことは稀にあることだけど、やっぱり関係を疑わざる負えないんだよね」

 

「―――それで?」

 

「だから俺は一つの仮説を立てた。まぁそれを言うのは(はばか)られるから言わないけど」

 

(口がうまいな、アイツ)

 

 

 零夜が口を滑らせたところを、シロはうまくカバーしていた。そもそも、目の前の女性とレイラの関係性すら分からない状態だ。未来で知り得た情報を出すのは不味すぎた。女性はゲレルのことを死ぬほど恨んでいる。だというのに、自分と宿敵のなんらかの関係性を仄めかすような発言は、限りなく危険だ。だが、その時は零夜はこの女性がゲレルを恨んでいたことを知らなかった。全ては後の祭りなのだ。だからシロは、そこをうまく本題に入れたようで躱したのだ。

 

 

(あとで礼、言っとくか…)

 

(礼なら今ので十分だよ)

 

(ちゃっかり俺の脳内除くなッ!!)

 

 

 狐面の女性にむけて喋っている最中だというのに、こちらに向ける意識まであるとは。ある意味感服だ。ある意味。

 

 

「それで、お前らの目的とはなんだ?」

 

「それはね…LOVE&PEACE、愛と平和さッ!!」

 

「は?」

 

「「??」」

 

 

 何言ってんだこいつは、と、三人の心が一致したような感じになった。狐面の女性は呆けた声を出したが、二人は顔には出たが声には出なかったため、そこは偉かった。だが、二人も内心穏やかじゃない。

 

 

(え、何言ってんのコイツ?)

 

(むしろその愛と平和を脅かしてる側だろ…)

 

「そ、そうか…、そ、それ、は、素晴らしい、目的、だな…」

 

 

((絶対信じてない。まぁ分かるけど))

 

 

 狐面の女性は明らかにたじろいでいる。まぁ明らかに愛と平和とは程遠い人物(ヤツ)なため、信じろと言うのも無理があるが。ていうか絶対信じてない。

 

 すべて聞き終わった狐面の女性は、顎に手を当て、真剣な面持ちで、唸っている。しばらく、それが続き―――、

 

 

「……(にわ)かには信じられないが、それが真実なのだろう。まさか、未来から来るとは、想わなんだ」

 

「まぁ普通は信じられないよね。でもね、これが真実なんだよ」

 

「……それに、かぐや姫が月で生まれたなど、信じられなかったな。だがしかし、信じる他あるまい。それに……ゲレルのことが気がかりだ」

 

 

 そう、シロはゲレルのことについてなど、偽り(少し誤魔化しはしたが)なく話した。その場にいた零夜とルーミアが頷けるほどの説明だった。

 狐面の女性はそれらのことをすべて信じ、話を続ける。

 

 

「ゲレルが、私の上位互換の能力を使っていたんだろう?」

 

「あぁ、光を司って、光から派生する『雷』や『熱』の力を使ってきた。凄い強敵だったらしいよ。ね?」

 

「―――そうだ。だから、こっちは闇の力でなんとか撃退した。だから、アイツが俺のこと逆恨みしててもおかしくないな。つまり、互いに因縁の相手ってことになる」

 

 

 未来のゲレルは既に葬っているが、ここは過去の世界だ。ゲレルは確実に生きている。だからこそ、“撃退したが取り逃がした”と言う事実を創り出すために口裏を合わせる必要があった。そこら辺は、シロの念話でいくらでも可能だ。

 

 

「……しかし、何故ゲレルが私の能力の上位互換を…ゲレルには能力を奪う力でもあるのか?」

 

「さぁな。まぁもしかたらそういう能力を持っていてもおかしくはないが、もしそれが事実だとしても【光】の能力以外使ってこなかったからな…」

 

 

 もしゲレルの能力が敵の能力を奪うなどと言うチートであれば、複数の能力を使ってきたはずだしなにより、零夜やルーミアの能力を奪ってきてもおかしくはない。

 

 

「奪うのに条件があるとすれば……例えば、殺した相手の能力を奪うと言う能力であれば、おかしくはない」

 

「それでも、ゲレルは光の能力しか使ってこなかった。だから能力の強奪はないだろう」

 

「でも、零夜のことナメてて、最後まで使わなかった可能性もあるね」

 

「あぁ、アレのことなら十分あり得るな。自分のこと最強だと思ってる定型的なバカだったから」

 

「そうだね……あとほかに、なんかある?」

 

「「「「――――」」」」

 

 

 完全に言葉に詰まった。と言うより、これ以上の考察ができない。

 いや、正確には、一番有力な可能性が、誰も口にできないことだ。

 

 

(―――俺らの知っているゲレルが、こいつ(狐面の女性)の子孫だと言うこと…)

 

 

 考える中で、この説が一番有力なのだが、この説が本当だった場合、最大の矛盾が生じる。

 もしこの説が正しかった場合、この時代のゲレルはなんなのか?

 狐面の女性の反応から察するに、ゲレルはこの時代ですでに悪行の限りを尽くしているだろう。これを踏まえれば、零夜たちの知っているゲレルが狐面の女性の子孫だということ自体おかしい。それに、彼女が配偶者を作るなど、想像すらできない。

 つまり、この説は塵と化したも同然だ。だから皆、口に出さない。

 

 

「どちらにせよ、分からないことが多いが、怨敵のことが分かった言うのは僥倖だ。私は、これからも強くなり続けるだけだ」

 

「強くなることは別に構わないんだけど、僕からも質問いいかな?結局、君とゲレルはどんな関係なの?」

 

「……冥界でレイラと戦ったのだろう。レイラは復活することなく幽霊として存在している。ならば、私の目的はただ一つ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――『(かたき)討ち』だ。この私――【ライラ】の妹である、レイラの、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、狐面の女性―――ライラは、憎悪を孕んだ声で、淡々と答えた。

 

 

 

 

 

*1
ほぼ同列のもの同士が、互いに張り合って優劣のないこと




 狐面の女性の正体は、レイラの姉、ライラだった!

 ちなみに、巨大ロボですが、完全に趣味で取り入れてみました。
 まぁ、ライラに瞬殺されましたけどねw。

 ライラはシロの何を信じて話を信じたのか、いろいろと考察してみるのも、ありですよ?

 あと、ライラがルーミアに抱き着いた理由ですけど、単純にゲレルに恨みを持つ者として、妹を殺された者として、襲われかけた彼女(ルーミア)に同情したからですね。


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50 師匠と弟子※

※49話の内容を改変したため、したがって50話の内容も変わります。2023/02/21



「レイラの、姉…?」

 

 

 零夜は狐面の女性―――ライラの言葉に耳を疑う。

 地球(ほし)の本棚で調べた、アラビア語で『夜』を意味する言葉だ。

 

 ライラは、自身をレイラの姉と言った。確かに、ライラとレイラが双子の姉妹と考えれば、見た目の共通点にも説明がつく。

 見た目の問題は、それだけでも納得できる要素だ。

 

 

「ちなみに聞くが、お前とレイラは双子の姉妹なのか?」

 

「そうだ。私とレイラは、時と同じくして生まれたれっきとした姉妹だ」

 

「――そうか…。シロ、お前は知ってたか?」

 

「流石の僕も、これは初耳だ。僕は、全知全能じゃないからね」

 

 

 この反応を見るに、どうやらシロにも知り得ない情報だったようだ。

 確かに、正直ここら辺の知識はシロに頼りすぎている(ふし)がある。これも仕方のないこと、シロとて万能ではないと言うことだ。

 

 

「――――」

 

「――?」

 

 

 仕方ない――と思っていた時、ライラの顔がシロの方に向かっていた。

 仮面で表情は分からない。故にシロにどんな感情を向けているのかが理解できない。

 

 

「……とにかく、お前等の事情は大体分かった。正直、まだ信用できない部分もある。だが、話せる相手であることは理解した」

 

「そうか。ありがとう。感謝を述べる」

 

「感謝されるほどのことではない。それにしても…そうか、やはり、レイラは幽霊として存在する道を選んでいたのか…《b》」

 

 

 ライラが呟いた言葉を、零夜は聞き逃さなかった。

 東方project(この世界)の定義として、《b》妖怪は死んでも生き返る。例えどんな無残な殺され方をされようが、問答無用で生き返る。復活するのが叶わないのなら、幽霊として存在することができる。

 むしろレイラが復活することなく幽霊として存在していた謎も解けた。妖怪は肉体は強靭だが、精神は脆弱だ。肉体的ダメージはバラバラにされても回復するが、精神的ダメージなら致命傷を与えることが可能だ。ゲレルに襲われて尊厳を粉々に破壊された、それだけでもレイラが復活を拒む理由としては十分だ。

 

 

「……少し、話から逸れてしまうが、いいだろうか?」

 

「……なんだ?」

 

「実は、会ってほしい相手がいる。どうか了承してくれないだろうか?」

 

「…内容によるな。どんな内容なんだ?」

 

「―――私の弟子に、会ってもらいたい」

 

「……弟子?」

 

 

 『弟子』。この言葉に零夜は再び耳を疑い、ルーミアが驚愕した表情になる。シロはフードで顔が隠れているため、表情は確認できない。

 言葉の意味をそのまま取ると、彼女は弟子を取っている。堅物のイメージがある彼女が、弟子を取るなど想像もつかなかったため、二人は驚いた。

 

 

「お前……弟子なんていたのか」

 

「以外…」

 

「おい、流石に失礼だぞ。私にだって弟子はいる」

 

「そうか…」

 

「まぁまぁ、取り合えず、その弟子さんに会えばいいんだよね?会って、どうすればいいのかな?」

 

「……お前と、お前。二人のどちらかと、戦ってもらいたい」

 

 

 ライラが指名したのは、零夜とルーミアの二人だ。指名された二人は、目が点になる。 

 

 

「戦って…なんで私たちなの?」

 

「実は、私の弟子は、実戦経験が(とぼ)しくてな…。ほぼ私との戦いしか、やっていないんだ。野生の妖怪と戦わせることもしばしばあるのだが、如何せん、弱すぎてだな…」

 

「……まぁ、野生の妖怪なんて本能で生きてるからな。まともに戦える知能も有してないし、仕方ないだろ」

 

「そう、そうなんだ。だから、あいつには新しい風を吹き込ませたいと思っている」

 

 

 ライラは、自身の弟子に実戦経験を豊かにするために、零夜かルーミアと戦わせようとしているようだ。

 しかし、そこでルーミアがある疑問を抱く。

 

 

「その意味は分かったけど……なんでシロがそこに入ってないの?」

 

「それは……」

 

「単純だよ。僕じゃ強すぎるし、その弟子さんを大怪我させかねないからって理由でしょ?」

 

「……そうだ」

 

 

 ライラの目的が弟子の実戦経験を積ませることであれば、シロは適応外すぎる。

 理由は単純。シロは強すぎるため、瞬殺される可能性が大だ。それを考えれば、シロは自動的に除外されるため、この判断は正しいと言える。

 

 

「とりあえず、一通りの要求は分かった。これくらいだったら、別に問題ないよね?」

 

「あぁ、俺は意見はない」

 

「私も」

 

「要求を通してくれて、感謝する。それでは、私もそれなりの誠意を見せようと思う」

 

 

 そう言うと、ライラは狐面を外し、その素顔を晒した。

 狐面の奥にあったのは、レイラとよく似た顔立ちの、美しい美貌を持った女性だった。双子の姉妹と言うだけあって、姉と妹ともども、とても美人だ。

 ライラとレイラを比較すると、レイラは桜の木を背景にするとよく似合う美人だが、ライラは梅の木と散らばる花びらを背景にすると、良く似合う美人だ。

 ちなみに、桜の花言葉は「精神美」「純潔」「優美な女性」であり、梅の花は「高潔」や「上品」と言う意味を持っている。

 ライラの素顔を見た零夜は、呟く。

 

 

「…なんだ、仮面取った方が、似合うじゃねぇか」

 

「生憎だが、私の素顔は私が信頼に値する者にしか見せないことにしている」

 

「つまり、俺らはその信頼に値する人物って捉えてもらったってことか?」

 

「言っただろう。誠意を見せると。これが、私なりの誠意だ」

 

 

 そう言い、ライラは小さくほほ笑む。

 

 

「――――」

 

「――ん?どうした、ルーミア?」

 

 

 零夜が横を向くと、何故かルーミアが頬を膨らましていた。

 

 

「別に……何でもない」

 

「いや確実になにかあるだろ。なんか拗ねてるだろ」

 

「なんでもないったらなんでもない!」

 

 

 拗ねていることを拒否しながらも、完全に拗ねているであろう反応に、困惑する零夜。思考をひねり、彼が出した結論は――、

 

 

「まぁ、何もなければいいんだが…」

 

 

 スルーだった。この手には、いくら内容を聞こうとも決して話そうとしないタイプだ。だからこそ、無理矢理聞かずに諦めた。

 

 

「……どうやら、拗ねさせてしまったようだな。すまない」

 

「別に!あなたに謝ってもらう必要なんてないから!」

 

(……こいつ、いつの間に面倒くさいキャラになったんだ?)

 

 

 千年前とのキャラのギャップに、困惑を示す。

 しかし、人も妖怪も例外なく成長する生き物だ。千年と言う年月が過ぎれば、彼女の性格が変わっていても、別におかしくはないと零夜は心の中で納得する。

 

 

「それでは、着いてきて「あぁちょっと待った」どうした、まだ何かあるのか?」

 

 

 ライラを静止し、シロはここから少し離れた物陰に移動する。

 そこでしゃがむと、何かを掴む動作をして、再び立ち上がる。

 

 

「あっ、それは…」

 

「妹紅」

 

 

 シロが背中に担いでいたのは、今だに気絶している妹紅だった。

 シロが強烈なオーラを放つために、妹紅に影響を及ぼさないためにあえて気絶させていて、今までずっとあの物陰に隠していたようだ。

 

 

「――彼女は?」

 

「人間の捨て子さ。いろいろな事情があって捨てられて、僕らの旅に同行してもらった次第だ」

 

「……そうか。その年で、その子の親はなんとむごいことを…」

 

 

 ライラは俯き、妹紅を捨てた親への怒りを露わにする。

 

 

「おっほん!でも、彼女はすでに父親と決別しているから、大丈夫だと思うよ?」

 

「……もし、その子がそうだとしても、私はとても許容することはできない…!」

 

 

 ライラの憤慨が、ひしひしと伝わってくる。

 少しして、自分が我を見失っていたことに気付く。

 

 

「―――すまない、取り乱した。それでは、向かおうか」

 

 

 そう言い、ライラは最初に現れた方向に向けて、歩き出す。

 

 

「あ、待って」

 

「なんだ?また何かあるのか?」

 

 

―――その矢先に、シロが待ったをかける。

 

 

「聞きたいんだけどさ、ここからその場所まで、どのくらいかかる?」

 

「えっと、そうだな……。お前の気配を感じてから、能力を使って全力で走ってきたからな、詳しい距離は分からん」

 

「うん、こっちの方が早いね」

 

 

 光を操る能力を持つ彼女が、全力で走ってきたと言うことは、ここからかなりの距離があることが安易に予想できる。

 彼女なりに、人間の子供を担いでそこまでの速度は出せないと考慮したのだろうが、いくらなんでも徒歩など夢想の中の夢想だ。

 

 見かねたシロが、ライラの頭に手を乗せる

 

 

「な、何をする!?」

 

「―――『権能』発動」

 

 

 シロがそう呟いた瞬間、五人を巨大な黒い穴が包み込んだ。

 

 零夜、ルーミア、ライラの三人の視界が、真っ暗闇に染まる。

 だが、それは一瞬の出来事で、すぐに暗闇の世界が、光に包まれた。

 

 

「一体、何が…!?」

 

 

 零夜がゆっくりと目を開けると、そこには先ほどとはまったく別の景色が広がっていた。

 

 先ほどの場所は陽の光が入る巨木が連なる樹海だった。

 しかし、ここは木の一本すらない、緑が生い茂る草原だった。そして、正確に言うと、木がないのはこの辺りの話であり、目を凝らしてよく見ると、遠目で分かるほど遠くに森のようなものが見える場所だった。

 

 

「こ、ここは…?」

 

「ここは、私が当初、いた場所だ…」

 

 

 困惑するルーミアに説明するように、ライラが補足する。

 どうやら、零夜達はライラが最初にいた場所にワープしたようだ。

 

 

「シロ、これはどういうことだ?」

 

「僕の『権能』のコンボ。ライラの最近の記憶を読み取って、ワープの『権能』で移動したんだよ」

 

「……お前の規格外さに、慣れている俺がいるよ…」

 

 

 シロの言い分から考えるに、シロは二つの『権能』を用いて記憶(メモリー)入手(インストール)して、ワープをしたようだ。

 言葉だけ聞くと、とんだ幻想かと思うが、それをやってのける力、『権能』とは一体なんなのか、零夜の頭を苦しめる。

 

 

「さて、言いつけ通りなら、ここで待っていろと言っているはずだが―――」

 

「――師匠?」

 

 

 刹那、零夜達の背中から聞こえた、少年の声。声から察するに、歳の頃は15~16と言ったところだろうか。

 師匠と言っている辺り、彼がライラの弟子なのだろう。

 そして、背中で感じるは、妖力。つまり、ライラの弟子は妖怪だ。

 

 全貌を確認するために、一同は振り向き―――凍り付いた。

 

 

「――――」

 

「師匠、その人たちは…?」

 

 

 目に映った少年は、ライラに似た金色の髪を短髪に整え、紅色の瞳を持ち、黒と赤で統一された半袖長ズボン、その上に水色の長袖法被(ハッピ)を着用していた。

 腰には、上等な刀がかけられており、鞘も上質なものに見える。

 

 そして、女性に近い顔立ちをしている美丈夫(びじょうぶ)を持った少年だった。

 だが、その顔に近い、オリジナルを、零夜達は知っていた。

 

 

「―――レイラ…?」

 

 

 その顔立ちは、レイラにとても良く似ていて。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 バカな、そんなことがあるはずがない。

 零夜は頭をリフレッシュするために目を(こす)る。しかし、現実が変わることなどなく、レイラに似た顔立ちの少年は、今もこうして目の前にいる。

 

 目の前の現実が、零夜の脳内キャパを超え、硬直していると、耳元にライラの声が聞こえた。

 

 

「少し黙っていてくれ」

 

 

 そう言い、ライラは目の前の少年に近づいて話をする。

 黙ってくれと言われたが、すでにこの現状を理解するために、喋ることなどできない。

 

 

「師匠、この人達は…?」

 

「私の客人……とでも思ってくれ。とにかく、気にしなくて問題ない」

 

「まぁ…師匠が仮面を取っているわけですし、大丈夫ですね」

 

 

 少年も、ライラが仮面を外す意味を理解しているらしく、当初見せていた警戒の表情も、今ではすっかりなくなっている。

 

 少年は零夜たちに近づいて、お辞儀をする。

 

 

「どうも、初めまして。俺の名前は紅月(アカツキ)紅夜(コウヤ)。師匠の弟子です」

 

「……零夜(レイヤ)。夜神零夜」

 

「ルーミアよ」

 

「……シロ」

 

「ところで、どうして俺達のところに?」

 

 

 紅夜と名乗った少年は、自己紹介が終わると率直に疑問をぶつけた。

 その疑問を、ライラが答える。

 

 

「実はだな、紅夜。夜神とルーミア、この二人とお前に戦ってもらおうと思って、連れてきた」

 

「え!?どうしてそうなるんですか!?」

 

「理由は単純だ。お前は知性がある相手との実戦経験が乏しすぎる。そう言った相手との戦いなんて、せいぜい私が大半だっただろう」

 

「……つまり、俺と二人を戦わせて、実戦経験を(つちか)うのが目的…ってことですか?」

 

「そうだ。流石私の弟子だな!はっはっは!!」

 

 

 ライラは大声で笑い、紅夜の背中を叩く。

 会った当初のイメージはどこへやら。紅夜の前だとあそこまでテンションが高くなるのかと、達観する。

 

 

「痛いですって!……ちなみに、シロさん、でしたっけ?なんでその人は除外されているんですか?」

 

「そんなの決まってる。理由は私と同じで、お前じゃこいつに傷一つ付けられないからだ」

 

「えぇ!!この人、師匠と同等の化け物なんですか!?」

 

 

 カッチーン。ライラからそう擬音が聞こえた気がした。

 ライラから強烈なゲンコツを頭にもらい、悶えている。

 

 

「痛い!」

 

「誰が化け物だ?もう一度言ってみろ」

 

「だって!師匠と同等ってことは、首に刀入れても傷一つつかないってことじゃないですか!」

 

「え、なんだそのバケモン?」

 

 

 これには耳を疑う。首に刃を入れて無傷だなんて、化け物と言わずしてなんというのだ。

 シロをジト目で見ると、シロはフードの奥で笑顔になって、

 

 

「ちなみに聞くが、これはお前でも該当するのか?」

 

「はは、相手にもよるけど当て嵌まるよ?」

 

 

 シロはそう笑い飛ばすが、笑いごとではない。と言うか、ライラと紅夜の場合それをやったのかとツッコミたくなるが、これは、あれだ。口に出したら負けと言うやつだ。

 

 

「―――」

 

「でもさ、それって妖怪だからじゃないの?私だって、弱っちい人間の攻撃受けたって無傷よ?」

 

 

 ルーミアがそこに補足を入れる。

 確かに、弱小人間と強い妖怪の溝は底なしだ。弱い人間が強い妖怪に剣を振るって当たったとしても、傷をつけることはできない。

 その理屈で考えれば、その現象も説明がつく。

 

 

「だから、弱者と強者の違いで傷をつけられないってことも、あるんじゃ―――」

 

「いやそんな次元じゃないですよ!師匠は無防備で、俺は全力で攻撃したのに、傷一つつけられなかったんですよ!そんなの異常すぎますって!」

 

「「――――」」

 

 

 そんなことをしていたのかと、唖然となる。紅夜が恐怖するのも無理はないと思った。

 そもそも無防備の師匠を攻撃すると言うだけでも精神的にかなりきつくなるのに、ましてや狙いは首。確実に死ぬであろう急所を攻撃しろと言ったのだから、心にトラウマを植え付けられていたとしても不思議ではない。

 

 それに、そんな状態で無傷など、一体どれほどの防御力を――、

 

 

(……あれ、前にも一度、こんな話を聞いた覚えが…。確か、依姫からだったか?)

 

 

 思い出すは、3対月の戦争の時、依姫が臘月を裏切ってこちらの仲間に入った際、その経緯を説明して、依姫の(クビ)を狙った攻撃に臘月が無傷だったと言う話を思い出した。

 その話は、今の話と酷似している。と言うかそのまんまだ。

 

 

(頸の攻撃が無傷…。いや、頸だけとは限らない。事実、臘月相手では、俺やルーミアの攻撃も服にすら通らなかった)

 

 

 ウラノスを相手にした際はチートを使ってゴリ押ししたが、その反動による内傷があり、いくら傷が回復したとはいえ本気を出すことはできなかった。

 それに、攻撃が通らないことに、なんらかの規則性があるのだとしたら―――、

 

 

(俺の攻撃が通らない相手は、知っているだけでもシロと臘月。……そしてレイラ。あと、今の話からライラを入れると、四人。この四人の共通点は……『イレギュラー』であること)

 

 

 攻撃が通らない相手の共通点が、イレギュラーであることだと気付いた零夜だが、イレギュラーであることはあまり関係なさそうだということに同時に気づいた。

 その理由は、単純だ。

 

 

(俺もイレギュラーだってのに、攻撃は通る。ルーミアは【準イレギュラー】だから省くとしても、攻撃が通らない理由に、この共通点は関係なさそうだな)

 

 

 結局、この程度の情報では真理にたどり着くことなどできなかった。

 零夜が考え事をしている合間にも、話は進んでいて、ライラが紅夜に対してものすごい形相をしていた。

 

 

「―――(何この状況?)」

 

「……紅夜。お前が私をどのように考えていたのかがよぉ~く分かった」

 

「い、いや、あの、その…(や、ヤバイよ!初めて他の人と会話らしい会話したから浮かれて師匠がいること忘れてた…!)」

 

「……予定変更だ。今まで手を抜いて戦ってきたが、今日は特別に少し本気を出そう。そうだな……いつもなら1割だが、今日は特別に3割だ」

 

「え、遠慮しておきま「やるだろう?」ヤリマス、ハイ…」

 

 

 考え事をしていて話を聞いていなかったが、予想するに紅夜はいつものライラの怪物っぷりを淡々と話していたのだろう。

 そして、それはライラの存在を途中から忘れるほどに。愚痴も入っていたのだろう。

 

 それが原因で、現在に至っていると説明されても納得が出来る。

 

 

(あいつ……真面目そうに見えて、抜けてるところあるな…)

「なぁ、そう言えば途中から考え事してたから、話聞いてなかったんだが…なにを言ってたんだ?」

 

「き、聞きたい?かなりヤバイわよ…?」

 

 

 話を聞いていたであろうルーミアの顔が蒼白になっている。

 一体、どんな恐ろしい話を聞かされたのか。逆に興味が湧いてくる。

 

 しかし、彼女の状態を見るに、あまり聞かないほうがいいのかもしれない。

 

 

「……じゃあ聞かない」

 

「賢明だと思う。すごく」

 

「―――」

 

「逆に、それをやっていて耐える彼のメンタルを、逆に関心したわ…」

 

(どんだけだよ。……しかし、ここまでのスパルタ指導を受けてるのに、それを語る度胸があるのはすごいな。いや、よくラノベとかであるスパルタ指導の中で、覚えていないほどきつい修行があるとか、そういう部類なのか…?)

 

 

 よく、ラノベなどで本人が覚えていないほどのスパルタ指導をする場面があるが、もしかすると目の前の師弟も同じなのかもしれない。

 紅夜が語ったのはあくまで彼が覚えている部分のみと言う仮説を立てる。そう考えれば、どうしても思い出せない―――本能が思い出すのを拒絶している修業内容も、存在しているかもしれない。

 

 だがしかし、どうしても気になる。知らないことを知りたがるのは、人間の(さが)だ。

 ルーミアに聞けないのなら、もう一人に聞けばいいだけだ。

 

 そう考え、シロの方を向く。

 

 

「――――」

 

「――?」

 

 

 シロの方を向くと、彼はずっとライラと紅夜の戯れ?を見ていた。

 フードの奥で、うっすらと見えるその口も口角は、微妙に上がっていて。

 

 

「今の()は……幸せそうだな。……見れて安心したよ」

 

「―――」

 

「……だからこそ、助けるから」

 

 

 小声でそう言った後、シロは再び無言になって、ライラと紅夜の戯れ?を再び見続ける。

 

 シロの言葉の意味は、なんなのだろう?

 彼はたまに含みを入れるようなことを喋るが、最近はそれがめっぽう多くなっている。

 

 今の場合だと、君に該当するのはライラと紅夜だけだ。そして、ライラと出会った時の反応もほぼ動揺することはなかった。

 つまり、君と言うのは紅夜しか該当しない。

 

 

(紅月紅夜…。あいつと何らかの関係があるのか?だけど、あっちはシロのこと知らなそうだし…まぁフードつけてるし、声変わってるし当然か?いや、それにしてもこいつの友人関係には謎が多い)

 

 

 シロの友人関係は分かっているだけで紅夜、圭太、そして謎の旧友(ヘカーティア)だ。

 圭太はほぼ洗脳状態にあったため覚えてないもの仕方ないとして、紅夜の反応は初対面の反応だった。だがしかし、シロは紅夜を一方的に知っているようだった。

 

 

(まぁとにかく、今は目の前の方に集中するか。はてさて、今はどんな状況か…)

 

 

 零夜が目の前を見ると、ついにライラと紅夜の戦いが始まるところだった。

 

 ライラは構えと言う構えはしておらず、ただ刀を抜刀しているのみ。

 対して紅夜は腰に会った刀を抜刀して構え、強い瞳でライラを見ている。先ほどの恐怖はどこへやらと思うが、紅夜はライラの強さを知っているからこそ、恐怖を押し殺して向き合っているのかもしれない。

 

 しかし、今のライラは1割ではなく3割の力を出すつもりでいる。つまり、ライラの力ならば1割と事足りるということ。

 3割出すと言うことは、紅夜にとってかなり厳しい戦いになるだろう。

 

 

「―――はぁあああああ!!」

 

 

 紅夜がライラに向かって地面を蹴り、刀を振り下ろす。

 

 

「愚直すぎるぞ」

 

 

 が、その程度のスピードのジャンプなどライラに通用するわけもなく、難なく躱される。

 光の速度を出せるライラにとって、きっとスローに見えているだろう。

 

 そのまま刀の柄を振り下ろし、紅夜に向けて一撃。

 

 

「―――ッ」

 

 

 しかし、ライラの振り下ろした腕に向かって、地面から石の柱が突出した。

 当たることを忌避したライラは腕を振り上げて攻撃を回避する。その隙に、ライラと距離を取った。

 

 

「流石だな。これくらいやらなければ、私の弟子は務まらん」

 

「師匠の攻撃は素早いですからね!一手二手先を読むんだって、口癖じゃないですか」

 

「そうだな。今日は客人もいるからな。次はお前に先の一手を出させてやる。さぁこい!」

 

「それではお言葉に甘えて、これなら!」

 

 

 紅夜が手を地面にかざすと、地中から複数の巨大な岩石が浮き出てくる。

 複数の岩石は、ライラに狙いを定め、発射される。

 

 

「乱れ撃ちか…。何度も行っている上に、私はこの技を何度も見ている…。鍛え直さねばならないな!」

 

 

―――無数の光の斬撃が、ライラの前方から放たれる。

 光の斬撃は視界と岩石を蹂躙し、すべてを真っ白な世界へと切り替えた。

 

 

「……眩しい」

 

「お前は闇の妖怪なんだから、人一倍光に弱いだろ。目つむってろ。にしても、あの斬撃、かなりの速度だったな」

 

「そうだね。今の一瞬で、斬撃分の数だけ刀を振るってた」

 

「え、あれ振ってたの!?全然見えなかったんだけど…」

 

「そりゃあ発光とほぼ同時の速度だったからな。俺は能力で、視認する『光』と『ライラ』を『分離』して、『光』を除外して『ライラ』だけを見えるようにした。あとは持ち前の洞察能力だけだ」

 

「僕はただ五感が良いだけだけどね」

 

「自慢かよ」

 

 

 零夜は能力の補助と自前の視力を使ってようやく見えたほどだが、シロは普通に視力だけでライラの攻撃を見たらしい。

 人間の瞳は許容量以上の光を見ると本能的に目を閉じるが、彼はそれをどうやったカバーしたと言うのか、皆目見当がつかない。

 

 

「それに、紅夜はどうやら、岩を操る能力があるみたいだね」

 

「そうだな。攻撃と隠密に向いてるな」

 

 

 見るからにだが、紅夜の能力は岩を操る能力だろう。

 岩を操っての攻撃、地面の岩盤を盛り上げて隠れ蓑を作ると言ったことに長けている。

 

 

「さて、ここからどうしてくるか――いない?」

 

 

 すべての岩石を破壊し終えたライラが目の前を見ると、そこに紅夜はいなかった。

 その代わりに、空中に複数の先ほどの1.5倍ほど大きな岩石が浮遊していた。

 

 

(……あの岩石から紅夜の気配を感じる。岩の大きさを利用して、姿を隠しているな。気配をなるべく消しているようだが…まだまだだ!)

 

 

 岩石から紅夜の気配を感じ取ったライラ。

 そのまま巨大岩石がライラに向かって放たれ、ぶつかりかかる前に何度も斬り伏せる。

 

 

「そこだ!」

 

 

 そして、最後に襲い掛かってきた岩石を斬る。

 ライラの背中で真っ二つになった岩石。だが、そこでライラはある異常に気付く。

 

 

(今の岩石…斬った感触がほとんどない!まさか!)

 

 

 ライラが後ろを向くと、斬った岩石の内側から、紅夜が飛び出してきた。

 “やられた”。ライラは咄嗟にその言葉が脳内に浮かんだ。

 

 紅夜の気配が岩石にあることを確認しただけで、まさか岩の内側に潜んでいるなど思いもしなかった。

 岩から飛び出した紅夜は、刀を斜めに凪った。

 

 

「なッ!?」

 

 

 だがしかし、ライラの姿が掻き消えたことにより、奇襲は失敗に終わった。

 そのまま、紅夜の首元にライラの刀が添えらえた。

 

 

「……負けました」

 

 

 紅夜は負けを認め、それを聞き入れたライラが刀を納刀する。

 

 

「――紅夜。あれをいつ考えた?」

 

「特別なことはありませんよ。ただ、師匠がいない間一生懸命考えていただけです」

 

「―――馬鹿者!」

 

 

 突如、そう叫び紅夜にゲンコツを浴びせる。

 その表情は、先ほどの静かな怒りとはと違い、激情していた。取り乱して、どこか、悲痛な部分が見える怒りを露わにしていた。

 

 

「うッ!」

 

「もしあのまま私が岩石を細切れにしていたら、中のお前ごと斬ってしまうところだったぞ!」

 

「そ、それは…」

 

「とにかく!この奇襲は禁止だ!二度と使うな!」

 

 

 ライラの叱責に、完全に委縮した紅夜は、うつむいたまま無言になった。

 ため息をついたライラは、零夜たちの方に向き直り、

 

 

「呼び出したのに済まないが、今日はもう遅くなってしまった。明日、紅夜と戦ってくれないか?」

 

 

 空を見ると、空は赤く染まっていた。

 夕暮れ時だ。もうすぐ、夜がくる。

 

 

「……分かった。とりあえず、今日も野宿でいいな」

 

「せっかく来てくれたのに、本当にすまないな」

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「「「――――」」」

 

 

 時間帯は、真夜中。場所は夜の山。

 その場所に、三人の男女が立っていた。

 

 山の山頂に立つのは、長い金髪の美女――ライラと、その後ろ――背中を見ている二人の男性。白装束の男【シロ】と、黒装束の男、【夜神零夜】。

 

 三人は無言のまま、互いに何も話さない。

 

 ちなみにだが、ルーミアと妹紅、紅夜の三人はここから離れた場所で野営をして眠っている。

 三人は、紅夜達が寝静まったことを確認した後、この場所に来ていた。

 

 三人は沈黙したまま、なにも喋らない。

 しかし、喋らなければ、話は進まない。だからこそ――、

 

 

「……なぁ、ライラ」

 

 

 その沈黙を、零夜が破った。

 その言葉を聞いて、ライラが後ろを振り向いた。

 

 

「なんだ?」

 

「……紅夜について、聞きたいことがある」

 

「…そうだね。顔立ちが……レイラそっくりだった。大体、予想はつくけど、さ…」

 

 

 零夜は紅夜の顔を思い出す。

 男性だが、顔立ちはレイラに似ている。ライラとレイラは双子姉妹なので、ライラにも似てなくはないが、顔のパーツはレイラよりだ。

 

 

「…あぁ。お前たちの、思っている通りだ」

 

「「――――」」

 

「警告はしておいたが、紅夜に言わないでいてくれて、感謝する」

 

「まぁ、普通に考えれば、言わないのが得策だ。紅夜は、レイラにそっくりで、とてもただの師弟関係とは思えなかった」

 

「むしろ、ライラ。君の息子だと言われても、全く不自然じゃないくらいだ」

 

「……私とレイラは、良く似てたからな。紅夜が似るのも、無理はない」

 

「……傷を抉るようで悪いが、紅夜の、父親と、母親は、もしかして――」

 

 

 今まで取り入れてきた情報を組み合わせれば、その答えも自然と出てきた。

 むしろ、()()があったとしても、全くおかしくないと思えるほど。

 

 ライラはそのまま、小さな声で――、

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、紅夜は……ゲレルとレイラの子供だ」

 

 

 

 

 

 

 

 予想していた答えが、ライラの口から出た。

 

 

 

 




 衝撃! 紅夜はゲレルとレイラの子供だった!

 生まれた経緯は……ゲレルの性格を考えれば、悪い意味で予想できちゃいますよね。


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51 『権能』※

 どうもー20日ぶりです。

 いろいろと孝作して、やっと話がまとまりましたよ。

 それでは、どうぞ!

 2021/11/21 『権能』の一部設定変更及び内容の変更


「……やっぱりな」

 

 

 ライラから聞いた事実に、零夜とシロは納得した。

 そもそも零夜とシロ、二人はその可能性をすでに見出していた。

 

 第一、紅夜は双子であるライラとレイラの顔立ちとよく似ている。それだけでも、レイラと無関係と言うのは些か無理がある。紅夜の母親が、ライラかレイラであることは、安易に予想できる。

 

 では、紅夜の母親はライラとレイラどちらなのか。これも簡単だ。

 紅夜の顔は、ライラとレイラ。どちらと似ているのかと言われれば、レイラに似ているからだ。

 

 それに、ゲレルの性格とレイラのゲレルに対する怒りから考えれば、父親がゲレルであることも、予想ができる。

 

 予想していた分、驚きはあまりない。あるのはむしろ答えが出たことによる安堵だ。

 

 

「この際だから正直に話すが……紅夜は、ゲレルがレイラを孕ませてできた子だ」

 

 

 その答えもすでに分かっている。この世にゲレルに惚れるような女がいるわけがない。むしろ、その逆。

 ゲレルは【女】と言う生き物を『子を産むための道具であり玩具』であると言う価値観を持っている。それを踏まえれば、ゲレルの子は全員、望まれない子供と言うことになる。

 

 

「まぁ、ゲレルの性格から考えて、そうだってことは安易に予測できる」

 

「ゲレルの性格は、外道の類であることは理解している。でなければ、レイラは死ぬこともなかった。紅夜が生まれてくることも……!」

 

 

 ライラは苦虫を嚙み潰したような表情になり、拳を力強く握る。

 ゲレルを憎く思うのは、最早自然のことだった。しかし、ライラがゲレルを憎く思っているならば、不自然に思うことが一つある。それは、紅夜の存在だ。

 

 

「だったら、どうして弟子として育てたりなんてしてるんだ?あいつは、ゲレルがレイラに無理やり孕ま――ゔゔんッ……憎くないのか?」

 

 

 心の傷が残っているかもしれないのに、この聞き方は不敬だ。すぐに咳込んで、本題に入った。

 

 

「…憎くない――と言えば、嘘になる。私だって、最初は紅夜が憎かった。紅夜を拾った子として育ててはいるが、レイラの死因は、紅夜を産んだことだ。レイラは、衰弱した状態で紅夜を産んだからな」

 

「衰弱死、か…」

 

 

 今になって、初めてレイラの死因を知った。

 レイラは強敵だ。そのためいろいろと調べたが、すでに死んでいるために全く情報を入手することができかなかった。

 

 

「レイラは……優しかった。だから、紅夜を生かした」

 

「……逆を言えば、レイラが優しくなかったら、紅夜をその場で殺してた……ってことか?」

 

「……否定は、しない。当時も今も、私はレイラの死の原因を作ったゲレルを許すことはない。そして、当時の私は、紅夜も恨んでいた」

 

「……レイラが死んだ、遠因だから?」

 

「―――そうだ」

 

 

 シロの質問に、ライラはそう答えた。その表情は、司令官が苦渋の決断を下すような、そんな表情だ。恨みと理性がせめぎ合って、葛藤に悩んでいたのだろう。

 

 

「なるほど。じゃあレイラと同じ格好をしてるのは?」

 

「レイラの墓を建てた時、そのまま拝借した。本来なら罰当たりなのだが、レイラと同じ格好をすることで、ゲレルにレイラの『復讐』であること分からせるために、今も着ている」

 

「「―――」」

 

 

 ライラの考えは、確かに理にかなっている。

 普通、自分が殺した相手と同じ服装をしていたら、動揺するものだ。それは、罪悪感からくるもの。しかし、ゲレルのようなクズに罪悪感と言う感情すらあるかどうかすら分からない。

 いや、分からないのではない。ない。そう断言できる。

 

 だが、ライラの目は本気だ。本気でそう思っている。だから、二人がどうこう言っても無駄だ。

 零夜は話を一つ戻すために、頭を整理する。

 

 

「……確かに、辻褄は合う。―――」

 

 

 零夜は考える。確かに、辻褄は合う。だがしかし、一つ気になることがある。

 

 

(その時、ライラとレイラは一緒にいたのか?)

 

 

 ライラとレイラは、仲間依然に『姉妹』だ。ならば、一緒に行動していたとしてもおかしくない。

 レイラがゲレルに負けて、襲われて……その時ライラは何をしていた?

 

 もし一緒にいたならば、一緒に戦っていたはずだ。もし一緒に戦って負けたとしたら、何故ライラは無事で今ここにいる?

 ゲレルは捕らえた『獲物()』をみすみす逃がすような男じゃない。むしろ、絶望を楽しむような男だ。そんな男が、極上の獲物を逃すはずがない。

 

 そう考えれば、ライラはレイラの傍にいなかったことになる。しかし、そう考えれば、『もう一つの疑問』が浮かんできた。

 

 

「……ライラ」

 

「なんだ?」

 

「……お前さ、なんでレイラが襲われているのに気付いた?

 

「―――それは、どういうことだ?」

 

 

 ライラから、威嚇のオーラが放たれる。零夜はそれに負けずと、言葉を続ける。

 

 

「だっておかしいだろ。そもそも、もしお前がレイラとともに行動していたのなら、どうしてお前は無事なんだ?」

 

「……なに?」

 

「ゲレルは女を――しかも極上のモノとありゃあ絶対に逃がさない。そういう男だ。だがお前は無事だった。ましてやゲレルと対面しているのなら、俺らからゲレルについて詳しく聞く必要もない。つまり、お前はレイラと一緒にいなかったことになる。…違うか?」

 

「……そうだ」

 

 

 ライラは、思い言葉とともに、その事実を認めた。

 隠し通す意味もないと判断したのだろうか、とにかく素直に認めてくれたおかげで、話が進みやすい。

 

 

「話題を戻すが、お前とレイラは一緒にいなかったのに、どうしてレイラの身の危険を察知できたんだ?」

 

「それは単純だ。感じたんだ。強力なまでのレイラの妖力を

 

「……ちなみに、詳しい距離は?」

 

「……大体、約375里だと記憶している」

 

「375里…確か、1里が4kmだったよな?375掛ける4は―――」

 

「約1500km。単純に言えば東京から北海道までの距離だね」

 

「遠ッ!」

 

 

 その長さに、感服と驚愕の声を荒げた。単純に考えて良く1500kmからの場所からレイラの妖力を感知できたなと思う。零夜も、そこまでの距離までは感知できない。

 だがおそらく、ライラがレイラの力を感知できたのには他にも理由があるだろう。それこそ、双子の姉妹だからこその繋がりの強さがあるのかもしれない。

 

 

「そんなところから良く感知できたな…。俺でもそんなことはできないぞ?」

 

「それはまだお前が未熟だからに過ぎない。それに……あの時レイラは全力で戦っていたようで、妖気が駄々洩れで、只事ではないとすぐに察知して、駆け付けたが…間に合わなかった」

 

 

 ライラは見えないところで手を強く握った。あまりの悔しさだろう。当時のことを思いだして、歯ぎしりすら聞こえてくる。

 ――が、そこで、零夜はある一つの疑問を思い浮かべた。

 

 

「いや…おかしくないか?」

 

「……なんだと?」

 

「間に合わなかった?光の速度で動けるお前が?たった1500kmを?」

 

「…仕方なかった。当時の私は『覚醒』してなかったんだ。だから、光の速度で動けたわけじゃない

 

「―――どういうことだ?お前の能力は元々【光を操る】ことじゃないのか?」

 

 

 当然の疑問だ。光の速度で動けるライラなら、たかが1500キロなんて秒もかからずに間に合う。

 だが、ライラは当時『覚醒』しておらず光の速度は出せなかったと供述した。能力は、基本的には先天性だ。生まれた後で変わるなんてことは永遠にあり得ない。

 だからこそ、ライラの供述は矛盾を起こしている。零夜の疑問も当然だ。

 

 

「私だって詳しく知っているわけじゃないんだ。だから私に聞かれても困る。…正直、私に聞くより、こいつ(シロ)の方が“これ”について知ってそうだったぞ?」

 

「は?」

 

 

 ライラの指摘に、零夜がポカンとなる。そのままシロの方を向くと、シロは無言で立ち上がった。

 

 

「ここで振るか…。まぁいつかはこうなるはずだったし、時期が早まったって考えればいいか…」

 

「お前…なにか知ってるのか?」

 

「うん。なにかと言うより…めちゃくちゃ知ってる」

 

 

 なんだ、それは。つまりさまざまなことを知っていながらも、今までずっと黙っていたと言うのか。

 彼が秘密主義であることは周知の事実だが、まさかここまでの大事な情報を今まで隠していたなんて。

 

 そう思うと、零夜の丹田辺りから、怒りの炎が沸いて出た。

 

 

「お前なァ…!そういう大事なこと(情報)は最初から言えよ!!」

 

 

 零夜は大声で怒鳴り、喚き散らす。

 この行動は今に始まったことではないが、やはり慣れるものではない。やられるたびに、イラつく。

 

 

「ひィ~……怒鳴らないでよ…。“これ”に関しては、あとでちゃんと話すって言ったじゃん」

 

「そんなの、聞いた覚え―――」

 

 

 「そんなの、聞いた覚えがねぇよ!」と叫ぶ途中、零夜の頭の片隅に保管されていた記憶のデータ、今まで予想外のことがありすぎて、そのデータのことを完全に忘れていた。

 それはごく最近のことだ。零夜の知らない情報を、あとで話すとシロは確かに言っていた。

 

 それは―――、

 

 

「―――『権能』

 

 

 ぽつりと、呟く。

 確かに、『権能』については、分からないことだらけだ。これについては、いずれ話すとシロも言っていた。

 しかし、零夜が驚いていることはそこではない。ライラの言っている“これ”と、『権能』がなんらかの関係を持っている、いや、もしかすると“これ”自体が『権能』のことを言っているのかもしれない。

 

 零夜が呟いた言葉を聞いたシロは、ゆっくりと頷く。

 

 

「そう、それだよ。『権能』。それが君の疑問の答えさ。ちょうどいいから、話そう。『権能』とは、なんなのか」

 

 

 シロが片手の手袋を外し、パチンッ!と、指を鳴らすと、二人の景色が真っ暗になる。

 一瞬で、景色が闇色一色に染まった。そして、覚えている。二人はこの感覚を、前に味わった。

 

 

「「―――」」

 

 

 気がつくと、二人は先ほどとは全く別のところにいた。

 そこは、中世ヨーロッパの部屋のような、一室だった。

 

 モダンな机と三つの椅子があり、その机に紅茶が入っているティーカップが。

 しかも、湯気が出ている辺り最近入れられたものだ。

 

 そして零夜は、この内装に見覚えがあった。

 

 

「ここは…まさか…」

 

キャッスルドランのドランプリズンさ」

 

 

 見覚えがあるわけだ。ここは、キャッスルドランの中だ。

 キバの物語で、アームズモンスターが使っていた場所だ。

 

 

「どーりで見覚えがあるはずだ」

 

「な、なんなんだここは?私にも説明してくれ」

 

「あー……極論で言えば、ここは生物の中だ」

 

「生物だと!?この部屋がか!?」

 

 

 ライラの驚愕の声が、ドランプリズンに木霊する。

 驚くのも無理はない。事情を知らない者からすれば、この部屋が生物の中など誰が思うだろうか?

 

 

「まぁ屋敷と竜が合体したような生物だから、あんま気にするな」

 

「何故屋敷と竜が合体する!?まるで意味が分からんぞ!」

 

 

 ライラの叫びに、二人は耳を塞ぐ。

 慣れている二人は問題ないが、ライラの反応の方が普通なのだ。

 

 

「とりあえず、座ってよ。そうじゃないと話は進まない」

 

「そ、そうだな……邪魔しよう」

 

 

 ライラは椅子に座ると、それに同調して二人も椅子に座る。

 

 

「――で、こんなところにまで連れてきたってことは、紅夜やルーミアに聞かれたくないってことだよな?」

 

「そうだね。妹紅は関係ないから省くけど、紅夜にはまだ早い。ルーミアちゃんは惜しいところまでいっているけど、まだダメ。だけど、零夜ならもういいかなって思った次第だよ」

 

「どういうことだ?」

 

「言ったでしょ?覚醒途上だって」

 

「―――」

 

 

 そうだ。確かにシロはそんなことを言っていた。怒涛の展開の連続で、そんなことすっかり忘れていたのだ。

 時を遡ること数日前。陰陽師組合の帰りに、シロが組合長から記憶を強奪した仕組みを聞いていたときだ。

 それを聞いて、『権能』が羨ましいと思っていた時、シロが「君はまだ覚醒途じょ――」と言っていたことを思い出した。

 あの時は、四人の貴族の刺客を相手するために戦闘モードに入っていたため、すっかり忘れていた。

 

 

「あの時か…。いろいろあって忘れてたが、言いかけだったじゃねぇか。覚えずらいわ」

 

「ははッ、確かにそうだね。だけど、君が覚醒途上だってことは間違いないだよね」

 

「……俺が『権能』に覚醒しかけてる。それは理解できた。だが、その確証はなんだ?証拠でもあるのか?」

 

「―――『天からの声』が聞こえただろう?」

 

「―――ッ!!」

 

 

 言い当てられたことに、零夜はフード越しで顔を驚愕の表情に染める。

 『権能』を持つ者が、神に命令することができることに気付いたとき、確証が持てなかったため、半場ヤケクソだった。しかし、実践して見て、見事予想が的中した。

 その時に聞こえた声。あれは、空耳なんかじゃなかったと言うのか。だとすれば、なんだと言うのだ。

 

 

「……あぁ、聞こえた」

 

「ならば覚醒しかけている証拠だ。――ライラも聞こえるだろう?」

 

「……『権能』、と言う単語は初めて耳にしたが、『天からの声』、が聞こえるのは確かだ。と言っても、聞こえたのはこの力に目覚めた時だけだ。それ以外には一度も聞こえてこない」

 

 

 ライラからも肯定の声が出る。しかし、一度しか聞いたことがないとのことだ。

 これも初耳だ。ライラも『天からの声』が聞こえていたなんて。いや、会って間もないのだから知らなくて当然か。

 

 

「この際だから、ライラにも説明するとしよう。ライラ、君は、自らの力に気付きながら、その正体を知らない。違うかい?」

 

「―――確かに、私は『権能』とやらは知らないが、私が纏っている独特な気配が、お前からも感じる。その気配が『権能』なのか?」

 

「そうだね。これで、君の力が『権能』であることも、はっきりしたね」

 

「待て待て待て。どうしてそうなる?理由を説明しろ」

 

 

 今の話の流れで分かったことは、ライラも『権能』を持っていたと言う衝撃の事実だ。そんな重要な内容をさらっと流したことに、困惑しか生まれなかった。

 困惑を表す零夜に、補足するようシロが口を開く。

 

 

「『権能』にはね、同じ『権能』を持っている者にしか分からないような特別な気配――波長とも言う。それがあるんだよ」

 

「つまり、特別な力――『権能』を持つ奴は、互いに『権能』持ちだって分かるのか?」

 

「そうだね」

 

 

 さらっとそう言うシロ。

 シロは軽く言っているが、これは大きなメリットであり、デメリットでもある。

 互いに『権能』持ちであることが分かると言うことは、互いに【イレギュラー】ですよと言っているようなものだ。隠そうとしても、相手に『権能』持ちがいれば、無意味になる。

 

 

「じゃあ、ライラ。お前は会った当初からシロが『権能』持ちだって分かってたのか?」

 

「そういうことになるな。私以外にもこの気配を持っていた奴を見るのは、初めてだったからな」

 

 

 会った当初からシロが自分と同じ特別な力を持っていると分かっていた。話の流れからその可能性は十分にあった。

 分かっていた回答(こた)えを、あえて聞いたようなものだ。

 

 

「それで、次だ。『覚醒』前の能力と『覚醒』後の『権能』が違うのはなんでだ?」

 

「…それでもう合ってるよ。わざわざ聞いたのは、確認のためかな?」

 

「……これで、合ってるのか」

 

 

 これで決まりだ。ライラは『覚醒』前は何かしらの能力を持っており、それが『覚醒』して『権能』になったことで【光を操る権能】へと昇華した。それが先ほどの謎の答えだ。

 

 

「……私は元々、『速度』と『耐久』。この二つの能力を持っていた。そして『覚醒』してこの二つの能力が統合されて、『光を操作する』と言う『権能』に成った」

 

「能力が二つあって…統合?それが『権能』の正体か?」

 

「いいや、それはただの一部分にすぎない。僕も元々、二つの能力が統合して今の『権能』になってるからね」

 

 

 初めて聞く情報だ。『権能』は、一部分とは言え二つの能力が統合された結果によるものだと言う事実。

 それはシロも同じだったらしい。

 

 

(俺の能力は『繋ぎ離す』――言い辛いから…『離繋(りけい)』でいいな。『離繋』と『創造』。この二つが融合すれば、一体どうなるんだ?)

 

 

 未来のことを考えるが、今考えていてもどうしようもないことだ。それよりも、これまでの情報を統合すると、これで、いろいろと辻褄があった。

 レイラも『権能』を保有していた。これは確定事項。だから、『権能』に覚醒していない零夜の攻撃が一切通用しなかった。

 レイラの『権能』である『ずらす』の特性もあったのだろうが、これで零夜の攻撃がレイラに通用しなかったことも、辻褄が―――、

 

 

「ん、ちょっと待て。レイラと戦って俺が惨敗した時、お前その説明でレイラの力のこと『能力』っつたよな?なんであんとき『権能』って説明しなかった?」

 

 

 ちなみに、シロはレイラとの戦いをライラに説明する際に、零夜がレイラに喧嘩を吹っかけて惨敗したと説明していた。

 その後にシロと協力してなんとか倒したと言うのが事実だが、これも一応真実だったので、なにも言えなかった。

 ある意味真実なため、零夜は特に反論することなく、話を合わせることにした。非常に遺憾であるそうだが。

 

 零夜が惨敗したあと、シロからレイラの『能力』について教えられたが、レイラがあのとき『権能』に覚醒していたとしたら、何故あの時に説明しなかったのか、新たな疑問が生まれた。

 

 

「あぁ、それはまだ、明かすのは早かったからね」

 

「早い、だと?」

 

「そう。何もかも最初から話してたら、情報多過(たか)で混乱しちゃうでしょ?」

 

「だとしても!あのとき(月に行くとき)に話していてもよかっただろ!」

 

 

 零夜はそうシロに怒鳴りつける。

 月に行くとき、『権能』のことを話さなかったシロに、嫌気がさしてくる。もしその前にその話をしていたら、何かしらの対策ができていたはずだ。

 

 

「確かに、その通りだ。だけど、無理だったんだよ。あの時は」

 

「理由は?」

 

 

「『権能』の最大で最凶のアドバンテージ」

 

 

「―――」

 

 

 力の入ったシロの言葉に、零夜は黙るしかなかった。否、黙らされた。

 シロのフードの奥にある見えないはずの紅い瞳が、零夜を捉えていたからだ。だがしかし、フードの奥が闇で染まり、その闇の奥から紅い瞳がこちらを捉えていた。

 

 今の零夜は、まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 それほどまでの威圧を、シロから感じた。だがしかし、零夜は立っている。この、圧倒的強者から放たれる威圧を前にしても。

 

 威圧されながら、零夜は話を続けた。

 そして、それと同時にシロをまとっていた威圧が虚栄(うそ)のように消え去った。

 

 

「……それは、なんなんだ?」

 

「答えをすぐに言うようでは面白くない。そのメリットは、君はすでに聞いてもいるし体験しているはずさ」

 

「……すでに聞いて、経験している?」

 

「ヒントは理不尽(チート)。分かるかな?」

 

「――――」

 

 

 零夜は脳内で頭を振り絞って、シロが提示したヒントを元に、答えを導き出す。

 

 ヒントはチート。そして、この話の内容は『権能』保持者だ。

 零夜が思うに、『権能』持ちは正直言ってズルい。『能力』だけでも常識外れだと言うのに、『権能』はさらにその上をいくのだから。

 

 『権能』持ちを理不尽だと思ったことは、何度もある。

 いい例が臘月だ。零夜の攻撃は、全くと言っていいほど通用しなかった。アナザーダブルはまだいい。しかし、アナザーリュウガの反射能力すら凌駕する力を持っている相手を、理不尽と言わずしてなんというのだ。

 

 それに、依姫の頸を狙った攻撃さえも、全くの無傷―――無傷。

 

 

「……無傷?」

 

「おッ」

 

 

 零夜が口から零した言葉に、シロが反応した。

 そうだ、あったじゃないか。臘月、ライラ、シロ。この三人の、理不尽の共通点が。

 

 (くび)を攻撃しても、全くの無傷だったと言う、事実が

 

 

「そうだ。お前も、ライラも、そして臘月も、頸を切ろうとしても無傷だっつー化け物じみた耐久力を持っているのは、なんでだ?」

 

「―――正解。僕たち『権能』は、『権能』持ち以外の攻撃を、完全無効化することができる」

 

「はぁ!?」

 

 

 衝撃の事実に、零夜は椅子から立ち上がって叫んだ。

 信じられない、そんなことを聞いても、夢や幻を見ているのではないかとすら思う。

 

 『権能』による、『権能』以外の攻撃の無効化。

 確かに、そう考えれば辻褄は合う。

 

 月に行く前にそんな話を聞かされて、もし月に『権能持ち』がいた(実際にいたが)とするならばそれはかなり士気に関わってきたはずだ。

 『権能』持ちは『権能』持ちにしかダメージが通らない。そんな事実を聞かされれば、零夜の頭を悩ませる結果になっていただろう。

 いや、実際今なっている。

 

 それに、臘月にいくら攻撃しても通じな(とど)かなかった理屈も、それで通る。

 だが、理解はできても、納得できるかは別の話だ。

 

 

「なんだよそのチート!!いきなりそんなこと言われたって納得できるわけねぇだろ!」

 

「まぁまぁ落ち着いて…。怒鳴られたって、真実は変らないんだって。『天からの声』の説明も、そうだったしね」

 

「―――その、さっきから言っている『天からの声』ってのは、なんなんだ?」

 

 

 権能の話の起点である、『天からの声』とは一体なんなのか。

 零夜は頭の中で今までの話の流れ(経緯)を整理する。 

 

 月で『転生者』が『神』に『命令』することができると仮定して、それを行った。

 そして、見事予想が正解(あた)り、零夜は『神』に『命令』することができて、その場の全員を癒すことができた。

 

 その時、聞こえた声は――、

 

 

「――『神』」

 

「なに?」

 

「『神』だよ。『天からの声』――それを言い換えれば、『神の声』ってことじゃないのか?」

 

 

 状況を整理すれば、すぐに分かることだった。

 

 

――その言葉を、待っていた。

 

 

 あの時聞こえたこの『天からの声』は、零夜が『神』に命令した直後に聞こえた声だ。

 そう考えれば、『天からの声』=『神の声』と考えるのは自然且つ合理的だ。

 

 

「―――正解。『天からの声』って言うのは、『神の声』のことさ。いつ聞こえるのかは個人差があるけど、それが聞こえると、僕たちが『権能』への覚醒の(きざ)しなんだ」

 

 

 シロから打ち明けられた事実に、二人は黙っていた。

 零夜は単純に、『権能』への覚醒についてのことで驚きのあまり心ここにあらずと言った状態だったが、ライラの方は、俯いたまま、なにも喋らないでいた。

 

 

「…『権能』覚醒への兆し…。そう考えれば、俺ももうそろそろ権能に覚醒できるのか?」

 

 

 単純に考えれば、零夜も『権能』に覚醒してもおかしくない。

 シロから覚醒途上と言う墨付きをもらい、『権能』に覚醒するための『神の声』も聞こえた。それならば、もう『権能』に覚醒していてもおかしくはないが――、

 

 

「いや、まだだね」

 

「なんでだよ?」

 

「『権能』に覚醒すれば、『権能』を持つ相手以外からの攻撃を一切受け付けなくなる。君はまだその境地に至っていない。それに、完全に覚醒している僕の目から見ても、零夜の覚醒具合は中途半端なんだよね」

 

「中途半端?」

 

「言ったでしょ、覚醒途上だって。覚醒途上(イコール)、気配が中途半端に出てるんだよ。僕らは同じ『権能』覚醒者の気配を完全に読み取ることができるからね」

 

「――――」

 

 

 良く考えれば、確かにシロの言う通りだ。

 零夜の状態はあくまで覚醒途上。そして『権能』の気配を完全に感じ取れる『権能』持ちであるシロがそう言うのだ。

 それに、『権能』が『権能』以外の攻撃を完全無効化する話が本当だとすれば、零夜はまだその境地に至っていない。

 『権能』に覚醒していない理由の提示は、これだけで十分だ。これ以上は、必要ない。

 

 

「じゃあ、いつになったら『権能』に覚醒するんだ?」

 

 

 これらを聞いて、零夜は焦りを感じた。

 一番の理由としては、『権能』以外の攻撃を無効化すると言う特性だ。これがある以上、『権能』に覚醒していない零夜の攻撃は、『権能』持ちには一切通用しない。

 それを防ぐためにも、早く『権能』に覚醒しなければならないと言う、焦りが生じ始めている。

 

 

「焦んなくてもいい…とは言いづらいけど、そうだね。強いていうなら、言えない

 

「は、どういうことだ?一番大事なところだろうが!なんでそれを言わない!?」

 

 

 『権能』保持者相手には攻撃が『権能』しか効果(きか)ないのであれば、いち早く『権能』に覚醒することが必須だ。

 その条件が、『言えない』?バカげている、ありえない。シロ()はこの状況を、理解しているのかとと、正気すら疑いたくなってくる。

 

 

「ふざけるのもいい加減にしろ。ある程度のことは飲みこめるが、こればっかりは看破できねぇ」

 

「焦らないでって。それに、言葉が足りなかったのは、こちらの落ち度だしね」

 

「言葉が足りない?」

 

「そう。正確に言うならば、言ったら余計条件達成が厳しくなるからね

 

「それは、どういう意味だ?」

 

 

 言ったら条件達成が難しくなる?普通、逆だろう。

 その条件を知ることによって、それを目標としていき、やがて達成する――、それがセオリーと言うものではないか。

 しかし、シロはそのセオリーを真っ向から否定した。

 

 

「さっきも説明した通り、『権能』への覚醒にはある条件を満たす必要がある。そして、その内の一つが 『神の声』を聴くこと。だけど、それは入口に過ぎない。本当の覚醒に至るためには、その『条件』を達成する必要がある」

 

「――――」

 

「そして、その『条件』は達成しようとして達成できるものじゃない。だから、知らない方がいいんだ」

 

「――つまり、知らない方が『条件』達成に都合がいいって言いたいのか?」

 

「そういうこと。悪いけど、この理由から、教えることはできない」

 

「――――」

 

 

 シロのこれ以上ないほどの確言に、零夜は黙るしかなかった。

 そして、これ以上なにも言えなくなったのか、零夜は無言でオーロラカーテンを出現させ、その場から消えて行った。

 

 

「あれは…?」

 

 

 そして、今まで黙っていたライラが、口を開いた。

 

 

「おそらくだけど、元の場所に帰ったんだと思うよ」

 

「夜神も同じような力を持っているのだな」

 

「話すとこはそこ?でもまぁ、仕方ないよ。『権能』と『能力』じゃ、雲泥(うんでい)の差だから、自分が無力だって言う事実を、受けとめざる負えないと言う事実が、彼を蝕むだろう」

 

「無力感…。その気持ち、分からなくもないがな」

 

 

 ライラの口から、「ズズズ…」と紅茶を啜る音が響く。

 ティーカップを机に置き、「フゥ」と息をつく。そして、何かを決意したかのような真剣な顔立ちになって、シロを見つめた。

 

 

「さて、夜神もいなくなったことだ。これで、ゆっくりと話が出来るな」

 

「―――話すこと?他になにかあったかな?」

 

「惚けるな。お前が一番良く分かっている癖に」

 

 

 そう言った次の瞬間、ライラは机を蹴り飛ばして退()かして光の速度で刀を抜刀し、シロの首元に突き付けた。

 

 

「―――何の真似かな?」

 

「無論。嘘をついたと分かった瞬間、お前の喉を突き刺すための準備だ」

 

「怖いなァ…僕ってそんなに信用ないかい?」

 

「あぁ、ない」

 

 

 即答だった。

 ライラの瞳に宿るのは、疑惑と殺意。ライラは、本気でシロを殺すつもりでいる。

 

 

「今のお前の話が本当ならば、同じ『権能』とやらを持っている私の攻撃は、お前に通用する。そうだろう?」

 

「あぁ、そうだね」

 

 

 『権能』保有者以外の者の攻撃を完全に無効化しているライラも、また『権能』覚醒者の一人だ。

 つまり、同じ『権能』持ちであるシロに、攻撃は通る。

 

 シロ自らの口で説明した事柄だ。この場では、シロが一番良く知っている。

 

 

「だから、もう一度聞かせてもらうぞ。『真実の契約』中に私についた『嘘』を、今度は虚偽なく、だ」

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「すゥ…すゥ…」

 

「むにゃむにゃ…」

 

「――――」

 

「――呑気に寝てるなぁ。今は、それが羨ましい」

 

 

 オーロラカーテンを通して零夜が戻って来た場所は、ルーミアや妹紅、紅夜が寝ている野営地点だ。

 ルーミアと妹紅は、今もスヤスヤと寝息を立てながら寝ている。

 

 紅夜も、刀を抱き枕代わりに座ったまま寝ている。これなら奇襲でもすぐに抜刀できそうだ、なんて気晴らしにそんなことを考える。

 

 零夜達がいない間に、三人はとっくに寝ていたようだ。

 紅夜は一応警戒はしながら寝ているようだが、大妖怪とも言える力を持った彼女はだらしない顔で寝ている。

 本当に、当初あったときの威厳は何処へやらだ。

 

 零夜は三人が寝ている場所から1mほど離れた地べたに座って、夜空を見上げた。

 

 

(―――知るより、知らない方が都合がいい条件、か…)

 

 

 今回の出来事で、『権能』について様々なことを知ることができた。そして、その中でも衝撃が大きかったのはやはり『攻撃の無効化』だ。

 レイラや臘月相手に攻撃が通用しなかったのは、それが一番の理由だった。

 

 『権能』と『能力』は、まさに『雲泥の差』『月とすっぽん』と言った単語を使えるほどの圧倒的な差があった。

 

 それを知ってしまった以上、今求められるのは『権能』の覚醒だ。

 すでに『権能』に覚醒している臘月、さらに他にもいるであろう転生者も『権能』を持っている可能性が高い。

 そんなチート(権能)持ちを相手するためには、自分自身も権能に覚醒する必要がある。

 

 しかし、その条件を知ることができない。知ってしまったら、条件達成が余計に厳しくなると言うことで、知りたくても知れない。

 その矛盾が、零夜をさらに焦らせた。

 

 

「―――俺に、なにか出来ることはないのか?」

 

 

 今のところ、『権能』持ちとまともに戦えるのはシロだけだ。ライラはこの時代の存在のため、当てにはできない。

 正直に言えば、早く覚醒したい。しかし、なにをすればいいのかが分からない。

 

 

「知っていたら達成が厳しくなる条件。そんなの、いくら考えたって答えにたどり着けるわけがない」

 

 

 つまり、考えるだけ無駄。そう判断した零夜は、夜空を見上げた。

 考えることから逃げる(現実逃避)。人間がそれをやる際にまず、空を見上げることが多い。零夜も、例外ではない。

 零夜の瞳に映るのは、無数の星の輝きだ。その輝きが、今だけこの鬱憤を晴らしてくれている。

 

 

「なぁ、『神の声』さんよォ。あれから一回もそっちの声、届いてねぇけど、俺は何をすればいい?教えてくれ……」

 

 

――――。

 当然、返事はない。月で神に『命令』を下して聞こえた『神の声』を皮切りに、あれから一回も声を聞いていない。

 シロの口から、『神の声』が聞こえることが『権能』覚醒への第一歩だと知った時は嬉しかったが、今最も欲しい情報である『権能』覚醒への条件が、知ることができない。単語で表すなら、上げて落とされた、だ。

 

 

「返事なし、か…一体、何がダメなんだか」

 

 

「――彼女は、そんな生半可な気持ちには(こた)えてくれませんよ」

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 零夜の真後ろから、少年の声が聞こえた。

 あまりにも咄嗟のことで動揺し、すぐに後ろを向いた。

 

 

「『声』は、認めた者にしか聞こえないから」

 

 

 金髪の少年が、いつの間にか立ち上がって零夜に語り掛けていた。

 いつから起きていた?いや、いつから見ていた?いろんな考えが交錯する。

 

 

「お前、いつから…?」

 

「答える義理はありません。師匠が信用しているとしても、俺はまだ信用してませんでしたから」

 

「いや、それより、お前、『神の声』のことを、知っているのか!?」

 

「当然ですよ。だって、その声は、俺にも聞こえますから

 

 

 そう、確言した金髪の少年――紅夜は、深紅の瞳を、光らせながら、零夜にそう言った。

 

 

 

 




 怒涛の展開!

 ついに『権能』の情報を知ることができた。
 しかし、その大事な条件は知ると逆に達成が厳しくなると言う。その条件とは一体?

 『真実の契約』とは?
 シロが契約中にライラについた嘘とは?

 そして、『神の声』のことを知り、聞くことができていた紅夜!
 紅夜は『神の声』について何かしら知っているようだ―――。

 さて、どうなる次回!


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52 軋轢(あつれき)埋立(うめたて)陥没(かんぼつ)

 どうもー何日ぶりだろうか…?忘れた。
 まぁそんなことはどうでもよく、52話、投稿できました。


 お知らせ。
 31話にてルーミアの服装を変更いたしました。
 理由は―――ノーコメで。


 それでは、どうぞ!


「当然ですよ。だって、その『声』は、俺にも聞こえますから」 

 

「な…ッ!?」

 

 

 金髪紅眼の美少年――紅夜から、その事実を告げられ、絶句した。

 寝たふりをしていたのか、紅夜の言葉に 気怠(けだる)さは感じられない。寝起きだったら、もうちょっと言葉にナマりがあるはずだが、今の紅夜にそれはない。

 つまりは、()()()()()と言うことになる。

 

 

「お前にも、『神の声』が聞こえるのか!?」

 

 

 驚愕(驚き)怪訝(疑い)。その二つの感情を混ぜた表情を言葉で表した。

 だって、ライラから紅夜が『神の声』が聞こえるだなんて情報は、聞いていないから。

 

 紅夜の返答を待ち、帰って来た回答(こた)えは――、

 

 

「いや、その前に、こっちも一つ聞いておきたいことがある」

 

 

 紅夜の表情が『無』に変わると同時に、素早く腰の獲物(かたな)を抜刀し、零夜の喉元に突き付けた。

 突然の行動に、一瞬先ほどのカミングアウトの内容すら忘れた。額に冷汗が垂れる。

 

 

「……これは、どういうつもりだ?」

 

「見たまんまですよ。言いましたよね、俺はまだあなたたちを信用していないと。彼女たちは――無防備なうえに熟睡しているので、警戒するほどではありません。だからこそ、俺はあんたたちを警戒していた」

 

 

 紅夜は丁寧な口調は変えないものの、明らかな敵意と警戒心を持って零夜に刀身(やいば)を突き付けた。

 そうだった。初対面の人間を疑うのは当然のことだ。紅夜の師匠であるライラが信用しているのだから、紅夜からも信用を勝ち取ったと勘違いしていた。

 紅夜は、零夜たちことを疑っていた。零夜たちを信用していた紅夜は、ライラの弟子の紅夜であって、【紅月紅夜】と言う個人は、全く一同を信用していなかった。

 

 そして、ルーミアと妹紅。これは憶測と状況情報を混ぜた結論だが、二人は紅夜にとって、ただなにも知らないまま連れてこられた犠牲者とでも思っているのだと思う。

 害意や敵意があるのなら、無防備な状態で熟睡するはずがないから。

 

 

「……師匠は今どこにいる?」

 

「…シロと一緒いる。さっきまで三人である話をしていた」

 

「何の話を?」

 

「―――『神の声』について。シロがいろいろと話してくれた」

 

 

 零夜は、『正直』に『真実』を答えた。これは嘘ではない。

 話の本質は『権能』だったが、その話を切り出すために必要な話題が『神の声』だ。『神の声』の話をしていたため、零夜は『本当』のことを答えた。

 

 

「―――」

 

 

 その回答を聞いた紅夜の顔は、呆気に取られた――否、絶句だ。彼の今の顔にふさわしい言葉を探すと言うのなら、それは『絶句』がふさわしい。

 

 今の話の中に、紅夜が驚くような内容があっただろうか?

 

 

「――どうした?」

 

「いえ、別に、なんでも…。……話が逸れた。本題に入る。あなたたちは一体、何が目的で師匠に近づいた?どうやって師匠の信用を勝ち取った?」

 

 

 紅夜は刀身を突き出したまま、そう言った。

 零夜は、どうするべきか迷う。彼の真意は、師匠であるライラのことを第一に想っての行動なのだろう。

 しかし、それは裏を返せば、ライラの考えを真っ向から否定すると言う意味合いも持つ。

 それくらいは、彼も承知の上だろう。だからこそ、零夜が取るべき行動は――、

 

「とある奴から、ライラを倒せって言う依頼があった。だから来た」

 

 

 正直に、すべてを話すことだった。

 しかし、そんなことを言えば、当然紅夜の怒りを買うことになる。そして、それも承知の上。

 予想通りに、紅夜の顔が険しくなる。

 

 

「なんだと…?」

 

「話は最後まで聞け。で、戦ったんだが…負けた。その後、なんやかんやで意気投合してな。そしたらここに連れてこられた、以上」

 

「それで納得できると思っているのか?あなたがこれからも師匠に危害を加える可能性も考慮すべきだ。そこら辺はどう――」

 

 

「―――無理だよ」

 

 

 紅夜の顔が、ギョッとなった。

 零夜の今の言葉には、この時代に来てから、一度も出したことがなかったような力が入った声だった。

 

 

「――俺じゃ、ライラは倒せない

 

 

 ダークドライブとして戦ったあのとき、ライラに傷一つつけることもできなかった。

 その理由も、つい最近知った。

 

 あまりにも、差がありすぎるのだ。雲泥(うんでい)の差、月とすっぽん。ライラが雲と月で、零夜は泥とすっぽんだ。

 圧倒的な、『権能』と『能力』の格差。『能力』の強弱など関係ない。いくら強かろうが、それは『能力』止まり。

 『能力』と言う枠を超越した『権能』相手には、傷一つ付けることができない。その格差を知ったからこそ、零夜は断言する。

 

――自分は、まだ弱い。赤子同然なのだと。

――ただ強い『能力』と『(仮面ライダー)』をもらっただけの、ただのケツの青いガキだと。

 

 

「俺は、弱いんだよ。弱者(能力)は、強者(権能)を倒せない。それを埋めるためには何が必要だ?『技』?『力』?『速度』?『手数』?『工夫』?―――無意味なんだよ。どれを埋めたって、弱者(能力)は、強者(権能)を倒せない。それを、実感しちまったんだ」

 

「――――」

 

 

 零夜は地べたに掌と尻をつき、頭上を見上げた。

 映るのは、綺麗な星空。この空を見上げるのは、もう何度目だろうか。何度目か分からない程に、上を見た。空を見た。

 

 

「本当、人生クソったれだ」

 

 

 その言葉と同時に、零夜は寝そべった。

 

 

「…とりあえず、あなたが師匠に危害を加えない――いや、加えられないことは分かった」

 

 

 そういい、紅夜は刃を降ろした。

 そして、言葉を続けた。

 

 

「……それで、彼のことはどう説明する?

 

「彼……?シロのことか?」

 

「彼だけが、師匠を倒せる可能性を持っているはずだ」

 

「―――ッ!」

 

 

 今までの悲観的な感情が、一斉に抜け去った。零夜はすぐに飛び起きて、紅夜の言葉の意味をすぐに頭に浮かべた。

 そうだ、シロだけだ。シロだけが、この中で唯一ライラを倒せる存在だ。『権能』持ちを倒せるのは『権能』持ちだけ。そのルールに(のっと)った考えを、紅夜は持っていた。

 

 

「『声』が教えてくれた。あの中で、師匠を倒せる可能性を持つのは、あの人だけだって」

 

「―――ッ」

 

 

 予想外だ。予想外中の予想外だ。まさか、『神の声』がそんなことを教えていたなんて。

 正直、『神の声』の用途がどんなものなのか分かっていない。『神の声』は、そういったことも教える存在(もの)だったのは、完全に予想外だ。

 

 

「今、師匠とあの男は二人きりだ。今あの男はなにをしている?まさか、師匠を―――」

 

「いや、それはないはずだ。あいつにはライラを害する理由はない。だから別に心配する必要は――」

 

「あなたが知らないだけで、彼に師匠を害する理由があるとすれば?」

 

「――――」

 

 

 反論できない。

 紅夜はライラのことを守るためにありとあらゆる可能性を模索し、相手に突き付けた。

 そして、その可能性がないとは言い切れないのが、また苦しいところだ。

 

 

「反論できないんだろ?立証できないんだろ。―――今すぐに師匠の元に連れていけ」

 

 

 紅夜が、豹変した。

 今まで残っていた丁寧語も完全に消え去り、乱暴な口調へと変化した。

 

――そして、錯覚だろうか。

 彼の周りの輪郭(けしき)が、揺れているように見える。圧倒的な『怒り』のオーラ。

 もう、初対面だったころの紅夜の面影は、どこにもなかった。

 

 

(この感覚…!体が、心が、本能が、覚えてる!)

 

 

 この世界に転生してから、初めて戦った強敵――ゲレル・ユーベル。

 その子供と言うだけあって、あの男の気配が若干ながらも似ている。このオーラに当たるだけで、思い出したくもない男の顔が、鮮明に思い浮かぶ。

 

 

「すぐに連れていけぇええええ!!!」

 

 

 紅夜の持つ刀の刀身が、振り下ろされる。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 零夜はすぐさま亜空間から【無双セイバー】を取り出し、刃を受けとめ―――。

 

 

「「――ッ!?」」

 

 

 ――た。零夜の影から生えた、漆黒の刃が

 零夜の影から生えてきた鎌状の刃は、紅夜の刃を押し返すと同時に、鎌の持ち手から枝分かれするように巨大な影の拳が出現し、紅夜を吹き飛ばした。

 

 

「ウグッ!」

 

 

 鈍い声を発した紅夜は、そのまま木へと激突して悶えていた。

 そしてその反面、零夜は自身の影から飛び出してきた鎌と拳が再び自分の影の中に戻っていく様を見届け、後ろを振り向いた。

 

 零夜に影を操る力などない。この場で、そんな芸当ができるものは、ただ一人。

 

 

「―――ルーミア」

 

 

 白いボタン付きTシャツと、黒いロングワンピースを着用した美女――ルーミアだった。

 いつの間にか起きていたのか、彼女は険しい顔で紅夜を睨みつけていた。

 彼女の【闇を操る程度の能力】の応用で影を操り、その操った影での攻撃で、紅夜は今も悶える声を出して苦しんでいる。

 

 そんな彼を無視して、零夜はルーミアのもとに近づいた。

 そして、その横では妹紅がスヤスヤと寝息を立てながらまだ寝ていた。

 

 

「いつの間に起きてたのか?」

 

「――殺気を感じたから。起きたら、零夜が危険そうだったから…邪魔だった?」

 

「……いいや、ナイスタイミングだ。ありがとう」

 

「へへっ、ありがとう」

 

 

 ルーミアは頬を赤く染めて恥ずかしそうにした後、ゆっくりと立ちあがって紅夜の元まで歩いて、胸倉を掴んで無理やり起こした。

 

 

「――ッ」

 

「……話は少し聞いてた。あんた、ライラのことが大事だからこんなことしたんでしょ?」

 

「…そうだ。あの男が、唯一師匠を倒せる存在なんだ。だから、あの男と師匠をいっしょになんてできない!」

 

「……確かに、あの理不尽野郎ならあなたの師匠を倒せるかもね」

 

「貴方もそう思うんだろ!?だったら「でも、それは自分の師匠が『弱い』って言ってるのと同じよね?」

 

「――ッ!」

 

 

 紅夜の顔が、険しかった顔が、呆気に取られた表情へと変化する。

 そう。師匠であるライラが信用した相手を疑う時点で、ライラを信用していないのと同じように、倒される可能性を考えると言うことは、ライラの『強さ』すら否定すると言うことだ。

 

 無論、疑うことも大事だ。紅夜は生きるために当然のことをしたに過ぎない。

 

 どちらが正しく、どっちが過ちなのか――この場合、その『正しさ』も『間違い』も存在しない。だって、両方が『正』しくて、『過』っていないのだから。

 

 

「信じている人がいるのなら、信じて待つのが筋なんじゃないの?」

 

「――――」

 

「それが分からないくらいなら、ずっとそこで野垂れてなさい」

 

 

 紅夜はなにも言わないまま、背中を木に預けて顔を俯けた。

 ルーミアは後ろを振り向き、零夜のもとにまで移動する。

 

 

「これで、しばらくは大丈夫でしょう。あとは、あいつが愚かじゃないことを信じるのみね」

 

「…縛らなくていいのか?」

 

「そんなことしてライラに見られたら、それこそ信用問題でしょ?だから、あれでいいのよ」

 

「―――そうだな」

 

「……そんなことより、零夜」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 ルーミアは零夜の服の裾を掴んだ。そしてその掴んだ手を見て――唖然とした。

 

 

今日……一緒に寝てもいい?

 

 

 ――そういっ彼女の手は…震えていた。それだけじゃなく、顔も『怯え』と『恐怖』の感情で染まっていた。

 その原因は、覚えがある。ルーミアはあのとき、ゲレルに襲われかけた経験がある。

 そして、その子供である紅夜のオーラは、無論ゲレルの気配と酷似している。紅夜のオーラを感じて、トラウマが呼び起こされていた。

 

 つまり、先ほどまでの紅夜に対する態度は、ただの精いっぱいの虚勢。

 ゲレルと酷似した紅夜のオーラは、ルーミアのトラウマ(恐怖)を再発させた。

 

 トラウマが蘇った上で、その対象にあそこまでの虚勢を張ることは、相当『精神』や『心』を酷使したに違いない。

 トラウマ(恐怖)の対象を相手にあれだけの虚勢を張るために、どれだけ無理をしたのだろうか――。

 

 

「――いいぞ」

 

「…ありがとう」

 

 

 普段なら、こんなことはしない。

 だが、彼女のおかげで紅夜の暴走は止まり、その代償として彼女の心の傷が再発した。ならば、そんな彼女を労ってあげるのが、今の自分にできることだと思う。

 

 

「俺が真ん中になるから、お前は俺の隣で寝ろ」

 

「うん…」

 

 

 二人は妹紅が今も寝ている毛布を上げて、中に入る。毛布の大きさは3人は入れるほどの大きさだ。元は二人で使っていた分容量があったが、零夜が入ることでちょうど良くなった。

 

 ルーミアは毛布で体を包み―――零夜の膝を、枕代わりにした。

 

 

「――――」

 

 

 その行動に、零夜はなにも言わず、許諾した。彼女は零夜のためにトラウマを超えて無理をしたのだ。このくらいは、許すべきだ。

 

 

「ねぇ……頭、撫でて?」

 

「………」

 

「そうしてもらった方が、安心するの…。ダメ…?」

 

「はぁ、今日は特別だぞ?」

 

「――ありがとう」

 

 

 零夜は自身の右手をルーミアの頭に乗せて、撫でる。まるで犬や猫の頭を撫でるかのように。

 それをしばらく続けたあと――。

 

 

「すゥ…」

 

「……寝たか」

 

 

 彼女は安らかな吐息を吐きながら、寝た。

 紅夜のオーラに当たって浮かび上がっていた『怖』の感情も消え去ったように見えて、表情はとても穏やかだ。

 正直、トラウマが再発したあととは、とても思えない。

 

 トラウマは一種の呪いだ。呪いが見えない楔となって心の臓に根深く突き刺さり、それを抜くことは不可能だ。

 唯一の逃避手段は、痛みを和らげること。そして、その方法は一つしかない。

 

 それは―――、

 

 

「うゥ…」

 

 

 そのとき、零夜の目の前で、細く、弱々しい声が聞こえた。

 この声は、無論零夜のものではない。そして、妹紅のものでも、ルーミアのものでもない。となると、この場にいる残りの人物は――、

 

 

「―――起きたか、紅夜」

 

 

 紅夜だ。木が陥没するほどの大打撃を喰らっても尚、この短時間で気絶から目覚めるその胆力は、流石は妖怪と言ったところだろうか。

 紅夜は立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか、うまく立ち上がれそうではなかった。

 

 

「おい、そのまま聞け」

 

「――――」

 

「お前がライラを大事に思っているのは、この一件でよーく分かった。だがな、お前の()()は違う。『大事』と『信頼』を履き違えている」

 

「――――」

 

「ライラはお前を『大事』にしてる。そうじゃなきゃ、お前を弟子として自分のすべてを叩き込むことはしない」

 

「――――」

 

「だから、お前がライラにするべきなのは『大事』にすることよりも、『信頼』することなんじゃないのか?」

 

「――――」

 

「今のお前の()()は、『大事』でも『信頼』でもなんでもない。なにもできないガキが意地を張る――ただの『虚勢』だ」

 

 

 紅夜は、なにも言わない。答えない。

 それでも、伝わっているようには思えた。これは、勘でしかないが。

 

 零夜は続けて紅夜に向けて言葉を発する。 

 

 ライラは強い。それに、『権能』と言う圧倒的な力を持っている。紅夜に守ってもらう必要など、どこにもないほど強い。

 そもそも、ライラと紅夜は師弟関係なのだ。この関係が維持されている限り、弟子が師匠を守ると言う出来事は決して起きえない。

 仮にもし、そんなことが起きてしまえば、その時点で師弟関係は崩壊する。

 『師』より強い『弟子』など、最早『弟子』ではないから。

 

―――だから言うのだ。赤の他人だろうと、無関係だろうと。

 

 『師』を守る力なんてないくせに、守ろうとすること自体がおこがましい。間違っている。

 『弟子』ならば、『信頼』しろ。師匠の強さを、生きて帰ってくるのだと、帰ってくるそのときまで『信用』しろ。

 それが――『弟子』と言うものだろう。

 

 

「別にお前が間違っている、とは言い辛い。心配になるのは分かる。だがな――」

 

 

 零夜の言葉のトーンが変わる。説得のようなものじゃない、怒りを孕んだ言葉だった。

 

 

「詳細は省くが、こいつはお前の気迫に怯えてた、震えてた。恐怖に染まってた。お前への態度は、精いっぱいの虚勢だったんだよ。俺は人のこと言えたもんじゃないが、他人に配慮できない奴が、一番『大事』な人を『大事』にできるわけがない。見ていて分かったが、そういうとこだぞ、お前の欠点」

 

「―――ッ」

 

「赤の他人に言われてムカついたか?……声を出さない、いや、出せないのはさっきの攻撃で肺をやられたか…?……なら好都合だ。最後に一つ、言わせろ」

 

 

 その声は――先ほどまでの怒りを孕んだ声でもなければ、説得をしているような声でもなかった。

 その声は――どこか、悲しさを、哀愁を、哀を感じた。

 

 

『大事』で、『信頼』した人たちがいなくなってしまうのは、辛くて、悲しくて、苦しいからな。お前が、そうならないために、今ここで忠告しておくぜ?」

 

「――――」

 

「しばらくはそこで考えてろ。俺は、もう寝るぜ」

 

 

 零夜は木に背中を預け、目を閉じた。

 そして――少し後悔した。

 

 

(本当に、どの口が言ってんだかなぁ…)

 

 

 誰かを泣かせ、困らせ、絶望に叩き込んだ数なら、零夜が圧倒的だ。

 転生当初に起こした【光闇大戦】で、どれほどの人間が、妖怪が、半人半妖が、彼に――夜神零夜に、『究極の闇』に、絶望を振りまいたのだろうか。

 その数は、計り知れない。そんな人間が、道徳を説くこと自体間違っていると言うのに。

 

 

(――――)

 

 

 だがしかし、紅夜に対して、言いたいことは言えた。

 正直、赤の他人の事情にここまで関与するつもりはなかった。だがしかし、似ていると感じたから。

 本質が違くとも、ある一点においては――『大事にしている人がいる/た』と言う点が、似ていたから。

 

 

(だから……そうならないためにも、その未来が来させないためにも、今ここで、殺っておく必要がある。俺のエゴでしかないが……目的追加だ。首を洗って待っていろ。――【ゲレル・ユーベル】)

 

 

 未来で倒した、思い出したくもない害悪を、この時代で倒すことを決意した。

 例え未来が激変しても――あのウイルス(ゲレル)だけは、駆逐すると。

 

 そう胸に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「んー……朝か…」

 

 

 零夜は、朝日と膝の重みによって、目覚める。

 目を開けて、最初に目に映ったのは、日光。やはり、何度も浴びているとはいえ、眩しいものは眩しい。そして、膝の重みの原因――ルーミアだ。

 昨日、彼女は心が危険な状態で無理に動いたため、零夜に甘えてきた。それを許諾して膝枕を許したが、はやり重い。

 

――いや、そんなことよりだ。

 今だに自分の頸と胴体がオサラバしていないことに、正直驚いた。

 

 いくら密かに夜襲対策をしているとは言え、普通、起きたら確認することではないが、確認できると言うこと自体で、結果は決まっているも当然だ。それでも、予想内と言えばいいのか予想外と言えばいいのか――。

 

 

「―――流石に、その行動は、予想外を超越したな…」

 

 

 目を開けた零夜の目の前には―――土下座をしている金髪の少年の姿があった。

 そのフォームは流れるように美しく、また、懺悔の心情すら伝わってくると感じるほどだ。

 

 

「……ちなみに聞くが、それは何の真似だ?」

 

「……見ての通り、謝罪です。昨夜は、真に申し訳ございませんでした」

 

 

 そう言い、紅夜はこれ以上は無理だと言うのに限界を超えてまでおでこを地面に擦り付けた。

 確かに、確かにちゃんと考えろとは言ったが、ここまでしろとは一言も言っていない。

 

 この行動が彼の真面目さ故なのかは分からないが、土下座をされると流石に抵抗がある。

 

 

「あー分かった分かった。だからもう土下座はやめろ」

 

「―――ありがとうございます」

 

 

 顔を上げた紅夜の顔は、憔悴しきっていた。やつれているようにも見えて、少し罪悪感が湧いた。

 半日も経たずにこれほどまでの顔になるとは、一体どれだけ零夜とルーミアの言葉の意味のことを考えていたのかが伺える。

 真面目に考えてくれたのは嬉しいが、流石にここまでさせるつもりはなかった。

 

 普通に、ゆっくりと考えを改めてくれた方が良かったのだが――、

 

 

「それにしても、随分と急な心変わりだな?どうしたんだそんなに急に?」

 

「―――師匠の教えです。女性を乱暴に扱う者は、それは心のない怪物だ……と。昨夜、俺の怒りが彼女を怯えさせてしまったのは事実。弁解のしようもありません。昨夜の俺は…正気じゃありませんでした。それ故に、己の過ちに、気づくのが遅すぎた」

 

 

 ライラのその教えは、紅夜が父親(ゲレル)のようなクズ男にならないための教育の一種のはずだ。

 鳥の雛の刷り込みの一種だ。子供のころからそういった教育を施せば、自然とそのような考えになる。ライラのその教育は、正解だ。 

 結果、紅夜は己の非を認める潔い男になったのだろう。

 

 それに、ライラも良いことを教えたものだ。実際こうやって、紅夜は今の自制ができる素直な性格になったのだから。自分の感情に素直なのも、難点ではあるが――、

 

 『女性を乱暴に扱うものは、それは心のない怪物だ』。いい言葉だと思う。

 しかしならが、零夜は「自分には向かない言葉だな」と心の中で思う。幻想郷では女性が多いため、必然的に女性と戦う羽目になる。

 つまり、零夜はこの言葉を完全に違反していることになる。別に約束しているわけではないが、こう聞くと何故か罪悪感が湧いてくる。

 

 

――ともかく、彼の心境は理解できた。

 しかし――、

 

 

「その謝罪は、俺じゃなくてこいつにするもんじゃないのか?」

 

「全く持って、その通りです。怖がらせてしまった以上、まともに取り合ってくれるとは思っておりません。それでも、今ここで、謝罪をしておきたいのです。―――誠に、申し訳ありませんでした」

 

 

 そう言い、紅夜は再び頭を下げて土下座の状態になった。

 零夜への謝罪は、もうさっき受け取った。つまり、今の謝罪はルーミアへの謝罪。彼女は今も寝ており謝罪は耳に入っていないだろう。

 しかし、こういった状態でもないと、『恐怖』を植え付け(再発させ)てしまった相手に、謝罪をする機会もなくなる。故に、今なのだ。

 

 

「頭を上げろ。そして、もう一度言うぞ。その謝罪は、俺じゃなくてこいつ(ルーミア)にしろ。ちゃんと起きた状態で、だ」

 

「――分かりました」

 

 

 責任を重んじる彼は、即諾した。

 ほぼ無理難題を押し付けたが、そうでもしないと腹の虫が収まらな――、

 

 

(……ん?なんで俺はこいつのためにこんな感情的になった?うーん…分からん。とりあえず、この件は一件落着ってことでいいか)

 

「とにかく、顔を上げろ。体を起こせ。足で立て。俺はこいつの枕役で忙しいからな。薪でも集めて来てくれないか?」

 

「はい、任せてください!」

 

 

 零夜の言う通りに立ち上がった彼は、森の中へと消えて行った。

 

 

「早いな。まるで野生動物…まぁ長い間野営してたら当然か?………にしても、『神の声』のこと完全に聞きそびれたな。今日の夜聞いておくか…」

 

 

 最初の話題であった、『神の声』のことについては、完全にあやふやになってしまっていた。紅夜の疑惑が晴れたとはいえ、元々聞きたかったのはそっちの方だ。

 今の状態ならば、聞ける。

 

 

「そうと決まればまずは―――」

 

「…ねぇ」

 

 

 次の目的を決めた、次の場面。また見知った声が聞こえた。

 しかも、今度は一日しか聞いていない声などではない。千年間、聞き続けた、女性の声だ。

 

 そして、その発生源は、自身の膝の上――。

 

 

「――お前、いつから起きてた?」

 

 

 そこにいるのは、やはりと言って長い金髪と白い長袖ブラウスと黒いワンピースの美女――ルーミアだ。

 いつの間に起きていたのだろうか?

 

 ルーミアは零夜の膝の上にある頭を軸に仰向けになって、零夜の顔を真上から見た。

 彼女の美貌が朝日と合わさってより美しくなったように感じる。そして朝日を眩しそうにしながら、腕で顔を覆い隠して、零夜の質問に答えた。

 

 

「零夜が……起きる前から」

 

「そんなに早くからか?……じゃあ、あれ、聞いてたのか?」

 

「……うん。ねぇ、零夜。もしかしてだけど、紅夜って…ゲレルの…?」

 

「――察しがついてんなら、その通りだ。間違っても、本人の前で言うんじゃねぇぞ?」

 

「……うん。分かった」

 

 

 ずっと起きていたのなら、先ほどの謝罪もすべて聞いていたはずだ。その謝罪を聞いて思うところがあったのか、ルーミアは即諾した。

 その後、ルーミアはゆっくりと起き上がって―――今度は、零夜の膝を座椅子のようにして座った。

 

 

「――おい、なんだこれは?」

 

「何って、座ってるのよ?」

 

「俺は枕代わりに使うことは許容したが、座椅子代わりに使うことは許容した覚えはねぇぞ」

 

「えーこのくらいいいじゃない、使わせてよ」

 

「ダメだ、降りろ」

 

「それじゃあ、膝枕してくれたお礼に、膝枕ならぬ私の胸まく――」

 

「よし冗談言える余裕があるのならもう大丈夫だな」

 

 

 女性が軽々しく言ってはいけないワードを言いかけることを阻止することに半分成功半分失敗した零夜は、ルーミアの腰を掴んで持ち上げて横にずらした。

 

 

「意気地なし…」

 

「なーにが意気地なしだ。俺に変態のレッテル張り付けるつもりか?」

 

「そんなことないわよ。それに、見た目の歳は近いんだから、恋人同士にも見えないくないでしょ?そんな風に説明すれば――」

 

「加害者と被害者が恋人だなんてどんな少年漫画の設定だよ。ていうかそれ以前に誰に説明すんだよ」

 

 

 ――優しくしてるからって調子に乗るな。

 そう言ったあと、彼女の頬は膨れ上がった。第三者が見れば「かわいい」の一言に尽きるだろう。

 

 

「―――(でもまぁ、トラウマを一時的にだが忘れてくれて、良かったのかもな)」

 

 

 それに、昨夜は紅夜のオーラに当てられ過去のトラウマが蘇り心の底から震えていたと言うのに、とてつもない精神の回復力だ。

 これも妖怪だからだろうか―――いや、流石にない。回復が早いのは身体的にであって精神的な回復は人間と同じだ。

 普通はじっくりと治療していくものだが、一体、なにが彼女をあそこまで笑顔にするのか。

 

 心の傷を治すためには、信用できる第三者の存在が必須であり、必要不可欠。

 この場合、第三者は零夜のことを指すが、彼は彼でルーミアが異常なまでの精神回復を見せた理由に、検討がついていない。

 

 

(――膝枕してやっただけだし、それだけでここまで回復するとは思えないしな。それを省けば、特に心辺りはな――)

 

 

「やぁやぁ。なんか非常にいい雰囲気になっているところ悪いんだけど、ただいまー」

 

 

 ふと、声が聞こえた。その声は、初めて聴く男性の声だった。

 ほのぼのした雰囲気から一転、二人はすぐに戦闘態勢に入り各々の武器を手に取り――、

 

 

「その反応は酷いなぁ。せっかくお仲間が返って来たって言うのに」

 

「――シロ……なのか?」

 

 

 そこにいたのは――シロだった。

 彼は零夜が出ていったあとも、ライラと一緒にいた。そして、二人が帰ってきていないと言う状況から、紅夜が暴走するきっかけを作った、一種の元凶のお帰りだった。

 

 そして、そんな彼を見て、二人は、絶句した。目を擦って、目の前の現実が幻でないのかを確かめてから、再び絶句した。

 

 零夜とルーミアは、目の前の人物が、『シロ』であることに疑念を抱いていた。

 なぜなら―――、

 

彼の白装束の所々が焼き焦げ、擦り減っているから

 白かった服が濃い茶色に変色して、所々の布地の繋がりが半分以上なくなり、さらに目立つのは左腕の部分の服が、左手の指先から左肩までなくなっていたところだ。

 左肩の焼き切れたような焦げ跡が、くっきりと残っていた。彼のスレンダーながらの筋肉質な細腕が、しっかりくっきりと見えた。

 

 なお、何故か顔を隠しているフード部分だけが無傷で焦げ跡も一切見当たらない。

 顔を重点的に守っていたと言う状況が伺えた。

 

 

「おま…ッ!?どうしたんだよその服と傷は!?」

 

「半分以上焼けちゃってるじゃない!」

 

「いやぁ~僕としては現在進行形で行われている別の熱さ(ラブコメ)が気になるんだけど――」

 

「ラブコメしてる覚えもねぇよ!ていうか、マジでなにがあった!?」

 

 

「それは「それは私から説明しよう」」

 

 

 そんなシロの後ろから、金髪の美女――ライラが現れた。

 ライラの服装も、シロほどではないが、乱れていた。ズボンや法被(ハッピ)には複数の切り傷が存在しており、サラシに至ってはなぜか新品のように綺麗で、新調されていた。

 

 そんな二人の状態を見て、零夜とルーミアから――、

 

 

「お前もなにがあった!?」「あんたら…なにやってきたの!?」

 

 

 困惑した答えが返って来た。当然と言えば、当然だ。

 突然帰ってきたと思ったら、両者とも風変わりした状態で帰還してきたのだ。

 

 それに、紅夜には「なにもないから安心しろ」と伝えたばかりで――、

 

 

 

「―――師匠?」

 

 

 

 少年の声と、なにかが「ガラガラ」となにかが崩れる音が聞こえた。

 全員がその方向を向くと――、案の定、紅夜がいた。なんとも最悪な状況で帰ってきた。必然か運命か、とにかく零夜はソレを呪いたくなった。

 そして、先ほどの崩れる音は、紅夜の手から薪が地面に落ちる音だった。

 

 帰ってきたら自分の師匠がボロボロの状態で帰ってきてた――。

 そんな状況を見れば、唖然となるのは当然だ。

 

 しかし、そんな中零夜は、別の要因で焦っていた。

 

 

(まずい、せっかく弁解したってのに…!)

 

 

 せっかく「シロは危害を加えない」と弁解したばっかりだと言うのに、明らかに「ドンパチやらかしました」と言う痕跡をお互い隠す気もなくここへ戻って来たことは、ドンパチやらかすことから零夜にとって予想外の連続だった。

 

 

 

 

―――困惑の第二戦が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




――自分で書いててなんだけど、二人の距離が一気に縮まった気がするなぁ…。

 これからも、次回投稿にかなりの間が空くことが予想されます。そこらへんは、許容してください。


 今回のシロのイメージCV 【阪口大助】

 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53 玉に(きず)な彼ら

 41話、46話、改稿しました。

 53話の話の流れを繋げるために、先に少し変えた41話と46話を見ることを推奨します。


「―――師匠…どうしたんですか、その怪我…?」

 

 

 まずい、まずい、非常にまずい。零夜の頭の中で、『Warning(ウォーニング)』の警告音が鳴り響く。

 せっかく説得したばかりだと言うのに、二人の空気の読めない恰好と登場ですべてが

パァだ。

 

 

「あぁ、これは「まさか、そいつがやったんですか?」」

 

 

 案の定と言うべきか、ライラの言葉を遮り、紅夜から荒々しい怒りのオーラが吹き荒れる。

 そのオーラ――気迫とも言うべきか。それが周りの木の葉や砂を巻き上げて、辺りに散らされ、彼の周りの輪郭が揺れていく。

 

 

「―――ッ」

 

 

 ふと、零夜の二の腕が、強く掴まれる。その方向を見ると、ルーミアが零夜の二の腕を掴んでいた。その握力はとても強く、特別な肉体でなければ、潰れているような握力だ。

 

――怯えている。一目でそれが分かった。

 顔も昨夜と同じ状態になっていて、文字通り『恐怖』一色に染まっていた。

 

 紅夜が納刀状態の刀に手をかけ、シロに向かって跳躍した。

 

 

「師匠に、なにをし「落ち着け紅夜!」グフッ!」

 

 

――ライラの鉄拳が紅夜の頭に直撃し、紅夜の顔が地面にめり込んだ。

 

 

「「「――――」」」

 

 

 あまりの突然の出来事の連続で、三人の思考は完全にフリーズした。

 紅夜のオーラに当てられて怯えていたルーミアの顔も、ポカンとなるほどだ。

 

 

「早まるな馬鹿者。この傷は確かにこいつにつけられたものだが、別に奇襲を受けたわけでもない。もしそうなら、こいつと仲良く帰ってきているわけがないからな」

 

「――――」

 

「私の方から頼んだのだ。『お前と一戦交えたい』とな。こいつはそれを快く引き受けたにすぎん。お前の考え過ぎだ」

 

「――――」

 

 

 紅夜の服の襟元を掴んで無理やり持ち上げ、ボロ雑巾を投げるかの如く近くの地面に投げた。

 「グフッ」と小さな悲鳴が聞こえたが、ライラはそれを完全に無視して――、

 

 

「大丈夫か?」

 

「……」

 

 

 ルーミアのもとへ向かった。ライラは片膝を折り、もう片方を地面にくっつけて、ルーミアの顔の様子を伺った。

 ルーミアの恐怖も、先ほどの出来事で和らいでいるように見えるが、依然として零夜の二の腕を掴んで、体を寄せていること以外は変っていない。

 

 

「――一度とならず、二度までも、怖がらせて済まなかった。こいつは一度そう思い込むと力で抑え込む以外に融通が利かないのが玉に瑕でな。私も苦労している。…悪いヤツではないんだ。だから、あのバカにはきつく言って、後で謝罪させる。だから、今はこれで許してやってはくれないか?」

 

「う、うん…」

 

「……本当に、すまない」

 

 

 ライラはもう一度謝った後、紅夜の襟を掴んで地面に引きずりながら移動していく

 すかさず、シロが質問した。

 

 

「どこにいくのかな?」

 

「この近くに湖があるので、そこにぶち込んでくる。なに、すぐに終わらすさ」

 

 

 当然の様にスパルタ発言をするライラに一瞬畏怖の念を抱きながらも、零夜はルーミアの頭に手を置いて、落ち着かせるために撫でる。

 ルーミアはそれを甘んじて受けて、何も言わない。それが、しばらく続く。

 

 

(あいつ…。本当に学習してんのか…?いや、謝れる知能があるだけマシだと思うが…)

 

 

 そもそも、ライラの言葉を要約すると、紅夜は「思い込みが激しい」と言ってはいるが、この一日紅夜を観察した結果、それがライラ関連で起こる持病と考えた方が、いろいろと説明がつく。

 彼も愚かではない。なにせ、ゲレルのような自分の非を認めるどころか自覚することすらできない男ではないから。

 

 ともかく、彼の暴走は、ライラが関連すると起こると思えばいい。

 それだけ、ライラのことを大事に思っていたと言うことだろう。

 

――昨日の説得が、ちゃんと紅夜の考えを変えるきっかけになればいいが…

 紅夜には、ライラを『大事』にする前に『信用』しろと説得した。人はすぐには変わらない。だから、今の零夜にできることは、その変化を見守ることだけだ。

 

 と言っても、暴走してしまえば学習していることすべてを忘れてしまうと仮定があったとしても、再び彼女のトラウマが再発したことはあとで抗議を入れるつもりだ。

 

 零夜は頭を別の話題で変えるために、ルーミアの頭を撫でる手を辞めずにシロに質問した。

 

 

「そう言えば、あの後どうなったんだ?」

 

「―――あの後って、どの後だい?」

 

「俺が出て行った後の話だよ」

 

「―――あぁ、あの後は、彼女の言った通り、闘いの申し出を受けたよ?いやぁー強かったなぁ。四肢の一つを持ってかれるなんて、久しぶりの経験だったよ」

 

「マジか。お前でも苦戦して――いやちょっと待て。四肢の一つが持ってかれた?持ってかれたのが久しぶり?……これは俺の聞き間違えか?」

 

「全然?全く持ってその通りだよ?」

 

 

――頭痛の種が、また一つ増えた。最近は新しい情報が盛りだくさんで、情報多過の連続だ。

 種の原因を数えるだけでも

 

・ゲレル

・『権能』

・紅夜

・シロ(New!)

 

 と、三つもあるのに、さらにその項目に『シロ』が追加された。

 この種は、他三つと比べれば、別に聞き逃しても問題のないことだ。だがしかし、一つでも情報を知っておきたい零夜としては、その頭痛の種と抗ってでも必要としている優先事項だ。

 

 四肢を持ってかれた?じゃあ今なんで四肢が健全のままなんだ?

 持ってかれたのが久しぶり?いつそんなことがあった?

 

――何故だろう、彼女の頭を撫でてると、心が落ち着く気がする。

 一種の現実逃避だろうか?

 

 

「……ちなみに聞くが、お前から見て、ライラはどのくらい強かった?俺じゃ判断材料にならねぇから、一応聞いておく」

 

「うーん、どうかな…?基準が『今の僕』だしねぇ…。まぁそれでも、四肢を持ってかれたのは久しぶりだったし、いい準備運動なったかなって感じかな?『権能』持ちと張り合うなんて、レイラ以来だったしね」

 

「まあそうだが……ん、『今の僕』…?どういうことだ?」

 

「あぁ、そう言えば話の途中だったね。あの時言ったけど、今だに『猛毒剣毒牙』の毒は、僕の体を蝕んでいる」

 

「ッ、『猛毒剣毒牙』…」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、零夜のルーミアを撫でる手が止まる。

 下で「むー」と言う声が聞こえたが、零夜の今の耳に、その声は届かなかった。

 

 『猛毒剣毒牙』。『転生者キラー』の特性を持ち、その名の通り、『転生者』に対して絶大な効果を発揮する聖剣だ。

 始めてみたのは、月に侵入した際に、聖剣を使って穢れを月に蔓延させた際だ。その剣にどうしてそんな効果があるのかと思っていたが、『毒の聖剣』と聞いたら、ある程度のことは予想できる。

 

 あの場でばら撒いたのは、『穢れ』。『穢れ』は、月の民からすれば一種の毒だ。つまり、聖剣が『毒』だと認識できたから、聖剣から『穢れ』を発生できたと考えるのが自然だ。

 『毒の聖剣』のことを詳しく知らない零夜でも、そのくらいのことを予想するのは難しくない。

 

 それよりも、話の話題が『猛毒剣毒牙』に完全に向いた今だからこそ言える疑問を、言うべきだ。

 都に入った際は、他の目的もあって、話題を切り出せなかったからこそ、出せる話なのだ。

 

 

「……ずっと、聞きたかった。月で、流暢(りゅうちょう)にその単語が口に出た。一度も聞いたこともない単語だったのに、無意識的に出た。あれは、なんでだ?」

 

 

 剣を見たことなら、あった。月に初めて来たとき、月の民たちに自分たちの存在を教えるために、あえて剣の特性を使って『穢れ』をばら撒いたとき。

 しかし、あのときに剣の名前を聞いた覚えなど微塵もない。それなのに、覚えている。知っている。

 この圧倒的な矛盾が、零夜の心の中でわかだまりを作っていた。

 

 だからこそ、その真実を今知るべきだと、確信する。

 

 

「――――」

 

「…シロ?」

 

 

 話を聞くうえで、彼の見えない顔を伺った。顔が見えなくとも、動作である程度の表情は読み取れる。

 そして、今のシロは、硬直した状態で、なにも言わなかった。

 

 ただ、口に手を当てて、なにかブツブツ独り言を喋っているばかりであった。

 

 

「まさか…『権能』が限りなく弱体化していた状態で、無意識的に『権能』が発動していたとでも…いや、逆にそうとしか考えられない…」

 

「シロ、お前なにブツブツ言ってんだ?」

 

「ッ!、…ご、ごめん。なんでもないんだ。それで、その答えだけど、答えは『ライラとの会話』だよ」

 

「は?」

 

「いやだから、『ライラとの会話』だって。ライラに全部話すって言った際に、体験したでしょ?」

 

「あー……あれか」

 

 

 思い出すは、ライラと戦った後の事。シロが急に念話みたいなもので零夜の頭の中に直接語り掛けてきたときのことだ。

 あれと同じことを、陰陽師組合に行く前に団子屋で自前の能力を使ってルーミアとともに体験しているため、すぐに思い出すことができた。

 

 自身の思考に、他人が介入してくると言う本来ならありえない未曽有の事態。覚えていないはずがなかった。

 

 

「僕の場合、あれは『権能』を使ってるんだけど、どうやらあの時無意識に防衛本能とでもいうのかな?まぁ、その『権能』が発動していたらしいね」

 

「――つまり、あの思考をリンクさせる『権能』で、俺が『猛毒剣毒牙』とその『特性』を知れた、ってことでいいんだな?」

 

「その認識でいいと思うよ。それに、『猛毒剣毒牙』の説明をまだしてなかったからその話からしないといけないと思っていたけど、手間が省けたね」

 

「俺からすれば混乱するに十分な内容だったんだけどな。『転生者キラー』だったっけか?『権能』の弱体化とか、どんなチート能力だよ」

 

「でもその分、転生者にしか変身できないし、変身者もその毒の餌食になるんだよね…」

 

 

 『猛毒剣毒牙』がどのようなチート剣だと言うことなのかは、その『権能』のおかげで理解できた。

 無数の『毒』を生成でき、その可能性は無限大。例を挙げるとするならば、『穢れ』と言う『毒』を生成したとき。

 常人ですら持てば危険だと言うのに、『猛毒剣』の『特性』で転生者には絶大な効果を発揮する。まさに、『転生者特化の武器』だ。

 

 

「まぁ逆に、そんなデメリットがなけりゃマジで不公平だしな。で、その話と今の話、なにが関係しているんだ?」

 

「……『猛毒剣』の毒が、今だに僕の体を蝕んでいる。『猛毒剣』の毒が、まだ体内に蓄積していて、すべて分解できていないんだ」

 

「ッ、……つまり、『弱体化』してるってことか?」

 

「―――」

 

 

 零夜がたどり着いた答えに、シロは頷き、肯定した。

 そしてその答えは、今となっては最悪の事実だった。事実は変えようがない。それも、過去のこととなれば尚更だ。

 いくら過去を変える可能性と手段を持っていたとしても、こればっかりはどうしようもない。

 

 シロの力は、三人の中では最強クラスだ。そして、一番の理由は『権能』を持っているから。そんな人物の力が弱体化しているとなれば、唯一の頼みの綱が切れたも同然だった。

 

 

「マジか…。ちなみに、どのくらい弱体化している?」

 

「そうだね…、本来ならライラ相手に手こずるどころか、四肢を奪われるようなことはなかったんだけどね。パワーもスピードも弱体化してるから、ライラのスピードに対応できなかったのが敗因かなぁー」

 

 

 シロはそうヘラヘラと語るが、現状では死活問題だ。

 彼の全盛期の力は、レイラを圧倒するほどに強かった。しかし、その姉であるライラ相手に四肢を奪われるほどに弱体化しているとなると、対月への戦力としての信頼度が下がったとみてもいい。

 だが、ライラとレイラの実力差が分からない以上、言い切れないのが難点ではあるが―――、

 

 

「じゃあ、どのくらいで完全回復が見込める?」

 

「それについては不明だね。僕の『権能』がベノムの毒を分解しているとはいえ、そのペースは微々たるものだ。『猛毒剣』の毒と『権能』の効果は水と油の性質に近いからね。時間がかかるんだ」

 

「……3年。タイムリミットの三年間、それだけ時間がありゃ回復もするだろ?」

 

 

 藤原不比等が蓬莱の玉の枝の模造品を作るのにかけた時間が、約三年。

 そしてそのあとしばらくすれば月からの迎えが来る。

 竹取物語から推測できる情報は、これが限界だ。

 

 シロがどれだけベノムの毒に犯されているのか、その現状は分からない。

 しかし、三年もあればある程度毒の影響からも解放されるはずだ。

 

 

「僕もどれくらい時間をかければ全回復するのか分からないけど、三年もあればある程度回復するはずだから、経過を見るしかないね」

 

「そうか。それはもう仕方ないか…」

 

 

 彼の今の心境は複雑だ。

 レイラがいるのかと思ったら、その姉や息子が出てきたり、ゲレルのことだったり。そして、シロと『仮面ライダーベノム』のことだったり。

 様々な状況情報が、零夜の頭を混乱させた。

 

 正直、どこから手をつけていいのかが分からなくなっている。

 

 

(さて、どうしたものか――)

 

「ふわぁ~」

 

 

 ふと、聞こえた第三者の声。

 三人が一斉にその方向を見ると、毛布が盛り上がっていた。そして、その毛布をかぶっている、黒髪の少女に目がいった。

 妹紅だ。

 

 

「おはよう…。って、あれ、皆どうしたの?」

 

 

 キョトンとしながら、いつもと違った様子の三人の状況を聞いてくる妹紅。

 

 

――今だけは、彼女の子供特有の無邪気さが、うらやましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 一同の目の前で、紅夜が土下座をしていた。紅月紅夜、本日二回目の土下座だ。

 内容は、一回目と同じ。急に襲い掛かって来たことに対する謝罪だ。ただ、一回目とは違って、二回目の土下座はほぼ強制的に行われているような感じだった。

 その、一番の理由は――、

 

 

「――――」

 

 

 無言で怒りのオーラを放っている、ライラが原因だった。

 ライラが掲げる思想は、『男が女に手を出したらそれはただのケダモノ』。そんな感じの思想だったが、紅夜のオーラはゲレルのものに類似している。

 そのために、ゲレルにトラウマを持っているルーミアのトラウマを再発させてしまっている。

 

 それが主な理由で、ライラは紅夜に怒っていた。

 その理由から派生した理由を上げれば、客人に刃を向けた、と言うところが妥当である。

 

 

「あー……ライラ?もうそこら辺でいいぞ?」

 

「それは貴様が決めることではない」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 零夜が止めるように言うが、ライラの威圧に気圧された。

 ライラは知らないが、このやり取りはすでに二回目だ。だからこそ、そのやり取りを知っている二人は、もう別にいいと思っているが、その事情を知らないライラは別である。

 ライラの中では、ルーミアを恐怖させたことが許せないようだ。

 

 

「わ、私ももういいから……いい加減にやめさせたあげて…」

 

「そう言う訳にはいかない。こいつには一応学習する知能はあるが、時折怒りに呑まれて本能のままに猪突猛進するのが玉に(きず)なのだ。いい加減、その癖を矯正(きょうせい)しなければならん」

 

「で、でもほら、本人もすっごく反省してるみたい出し…」

 

「反省?何度注意しても直らんところの、どこが反省しているように見えるのだ?」

 

「そ、そうですね……」

 

 

 ルーミアは最早肯定するしか選択肢が残されておらず、頷くしかなかった。

 どうやら、紅夜の怒りのままに突っ走るクセは、筋金入りのようだ。ライラが怒るのも、無理はない。

 

 どうしても埒が明かないため、今度はシロが入った。

 

 

「まぁまぁ、怒ってばかりじゃ話にならないし、そろそろ食事にしない?この子もお腹空いてるしさ」

 

 

 シロは妹紅の頭に手を乗せ、それに乗るように妹紅は「お腹が空いた」と言うジェスチャーを行った。

 それを見て観念したのか、ライラはため息をついた。

 

 

「……そうだな。そろそろ食事にするとしよう。紅夜、もういいぞ」

 

 

 ライラの許可が下ったことで、紅夜は土下座から正座へとフォームチェンジする。

 紅夜の表情は沈んでおり、深く反省しているように見えた。実際、彼は反省しているのだろう。だがしかし、反省した矢先にまた同じことを繰り返すと言う愚行を行っている以上、すぐに信用はできない。

 

 こればっかりは、彼の「怒りに任せて本能のままに行動する」と言う欠点が、いつか改善されることを祈るしかない。

 逆を言えば、怒らせなければいいということだけなのだが、彼の地雷は「ライラ」に関することだ。

 だから、それにさえ触れなければ大抵は問題ない。

 

 

「―――」

 

「ほら、俺は気にしてねぇから、飯さっさと食うぞ」

 

「そうよ。怖かったけど…もう大丈夫だから。気にしないで」

 

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 

 二人の許しを得た紅夜は、感謝を述べた後、立ち上がって薪を並べ始めた。

 いろいろあったが、そろそろ食事の時間である。

 

 

「ふぅ、とりあえず、一件落着、か?」

 

「まぁ…そうなんじゃない?根本的な解決には至ってないけど…」

 

「それもそうだが……。ところで、いつまでそうしている気だ?」

 

 

 ちなみにだが、今零夜とルーミアの距離は――近かった。無論、物理的な意味で。

 倒した木を椅子代わりに座っているのだが、その二人の間の距離が近い――いや、ないに等しいくらい、ピッタリと密着していた。

 

 

「正直、まだ怖いから…こうさせて。こうした方が、誰かがいるって感じて、安心できるから」

 

「……そうか。だったらいいんだ」

 

 

 零夜は彼女の行動を甘んじて受け入れ、そのままの状態を続けることにする。

 零夜は非常な人間と思われがちではある。少なくとも、幻想郷の住人達の『究極の闇』――『クロ』の認識はそうだろう。

 しかし、それは『敵』であるが故の行動だ。基本的に、『味方』相手ならば、零夜は寛大な心で接する。ただし、絶対に裏切らないと言う保証がある相手にだけ、それは通用するが。

 

 彼女がその枠に収まっている理由は、式神契約を行っているからだ。

 『式神契約』とは、行ってしまえば主従関係を構築する契約だ。だが、主従と言っても、従者の扱いは良くて(しもべ)、悪くて奴隷だ。

 しかしながら、主人に服従しているので、裏切ると言うことがない。

 

 だからこそ、零夜はそこを信用しているのだ。

 

 

「しばらくそうしてもいいが、飯の時くらいは離れて「おやおや、お熱いですなぁ」―――」

 

 

 狙ってなのか、シロがイジッてくる。

 別にそんなのではないが、どうしよう、なんだかものすごくイラつく。特に、こいつの態度が。

 

 

「冷やかすな。顔面にグーパン喰らいたいのか?」

 

「おぉ怖い怖い。だけど、僕はそんな惚気(のろけ)を見たら、揶揄わずにはいられない性質なのさ」

 

「お前、はっきり言ってクソだな。あと別に惚気てなんかねぇよ」

 

「はっきり言うねぇ。でも、その状態で惚気てないなんて言う方が無理だよ?」

 

「う…ッ」

 

 

 それを言われると、流石の零夜も何も言えない。だって、それは紛れもない正論だったからだ。

 客観的に見れば、男女が密着していることなんて惚気以外の何物でもない。逆に、それ以外だったらなんだというんだと言うツッコミが必ず返ってくるだろう。

 

 零夜は顔を顰めるが、なにも言えずにただ黙るだけだった。

 

 

「……まぁ、いじるのはこれくらいにして、妹紅ちゃん。この野菜を鍋に入れてくれないかい?」

 

「分かったー」

 

 

 妹紅は既に切られている野菜を、鍋に入れる。

 あちらはあちらで家族団らんみたくなっていた。

 

 

「はぁ……」

 

「夜神、少しいいか?」

 

 

 零夜がため息をついたとき、今度はライラが話しかけてきた。

 

 

「どうした?」

 

「いや、私からも謝罪をしなければならないと思ってな。すまなかった、お前たちを客人として連れてきたのに、無礼を働いてしまったからな」

 

「あぁ、さっきも言ったが、俺はもう気にしてねぇから、安心しろ」

 

 

 零夜の考えに同意するように、ルーミアも首を縦に振る。

 

 

「そうか。そう言ってくれと、私も気が楽だ。ありがととう。ところで話は変わるが、紅夜と戦う話なのだが…」

 

「あ…」

 

 

 そう言えば、そうだった。

 ライラがここに連れてきた理由は、零夜たちを紅夜と戦わせるため。戦闘経験を養わせるためだ。

 

 いざこざがあって、すっかり忘れていた。

 

 

「そう言えばそんなこと言ってたな」

 

「まぁ忘れてしまっていても仕方なかったが…とりあえず、飯を食い終わってからでいいか?」

 

「そうだな。それじゃあ、食事が終わったら、そうするとしよう」

 

「あぁ、終わりくらいには、しっかりとしておくぜ」

 

 

「おーい、飯できたよ」

 

 

「いや早ぇよ!さっきのやり取りから3分も経ってねぇぞ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ルールは簡単だ。一対一の真剣勝負。武器に使用制限はない。これだけだ。審判は僕が務めるよ」

 

 

 食事が終わった後、一同は最初の場所――紅夜と始めて出会った草原にいた。

 紅夜の【岩を操る能力】によって凹凸が激しくなり、美しかった緑が一瞬にしておじゃんになった草原だったが、シロが謎の力(権能)で岩を強制的に地面に引っ込め、再び綺麗な更地へと戻したのが、現状である。

 

 そして、シロが審判を務め、二人の間に立つ。

 

 

「頑張れー!」

 

「手を抜くなよ、紅夜」

 

「負けないでねー!」

 

 

 外野から、二人の女性と一人の少女の応援が響く。

 

 

「―――」

 

「―――」

 

 

 互いに見つめ合っている二人の男性は、それぞれの武器を手にした。

 紅夜は腰に降ろしていた自前の刀を手に取る。

 零夜は亜空間から取り出した【無双セイバー】と【ブラックライジングタイタンソード】の二刀流だ。

 

 変身はしない。

 表向きの理由は、ペナルティやデメリットのあるライダーに変身すれば体調を崩す可能性があると言うことだが、裏向きの理由は、紅夜相手になら変身する必要がないからだ。

 (おご)りや油断などと思われても仕方ない理由だが、変身すれば『生身』VS『武装』の戦いになってしまうため、しないことに決めたのだ。

 

 しかし、紅夜は妖怪だから変身した方がフェアなのではと思うだろう。

 だが、身体能力や体の作りが能力によって人間離れしている零夜にとって、そんなペナルティなどないに等しいのだ。

 故に、必要ない。

 

 

「そろそろ、いいかな?」

 

「あぁ」

 

「構いません」

 

 

 二人の了承を得て、シロは片手を天に掲げる。それを合図に、二人が剣を構えた。

 

――そよ風が、二人の間に流れる。

 

 

「レディ……ゴォー!!」

 

 

 その掛け声とともに、二人が地面を蹴って、互いの刀身が、衝突した―――。

 

 

 

 

 




 次回、戦闘から始まります。

 なんかグダグダで終わった感じがするけど、まぁいいかなーって感じで終わりました。
 紅夜くんには可哀そうだけど、彼の性格が二人の距離を縮めましたね。
 ちなみに、彼の暴走も、ライラを想うが故の暴走なんですけどねぇー…。
 
タイトルの意味。
 零夜――鈍感
 シロ――秘密主義・ウザい
 紅夜――暴走


 次回、お楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54 親善試合

 どうもーお久しぶりです。
 龍狐です。

 投稿しまーす



「「はぁあああああ!!」」

 

 

 零夜と紅夜。二人の叫びが響く。

 互いの刃がぶつかり合い、火花を散らす。力で押しあって、勝った方が先手を取ることができる。重要な戦いだ。

 

 

「はぁ!」

 

 

 そして、その戦いの勝利を掴み取ったのは―――零夜だ。

 零夜は力で紅夜を押すと、それと同時にがら空きの腹部を蹴った。

 

 

「グフッ!」

 

 

 紅夜の短い悲鳴が聞こえる。

 その間に、零夜はその勢いを利用して跳躍する。空中回転して、一回転したあとに、無双セイバーの『ブライトリガー』を引く。

 『ムソウマズル』から強力な弾丸を発射する。

 

 

「これは…ッ!」

 

 

 紅夜の周りの地面が、爆ぜる。

 空中回転中と言う、不安定な状態での発砲故の、ミスだ。それに、これは特訓であって、当てるつもりはさらさらない。当てるとしても、カスる程度に留めておく。その調整は、零夜の【繋ぎ離す程度の能力】――略称し、離繋(りけい)と呼ぼう。『離繋』の能力を使えば、それらを調整することは難しいことではない。

 

 紅夜は銃弾の威力を感じ取り――本能的に『危険』だと直感する。

 故に、頭の中で、それの脅威から身を守る方法を、既に画策していた。

 

 紅夜は、能力を発動する。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 フィールドに広がるのは、無数の岩の壁だ。してやられた。銃弾による攻撃で、一番厄介な防御が、定型的な壁で防ぐ行為だ。

 紅夜は、あれを見ただけですぐさま突破方法を編み出し、実現してみせたのだ。

 

 紅夜が岩の壁の間を抜けながら、疾走する。

――撃つ、撃つ、撃つ。しかし、強化された銃弾でありながら、銃弾は岩の壁を少し削ることしかできていなかった。

 岩を操る能力者、岩の硬度すら操ることができるのかとすら感服する。

 

 ともかく、銃弾はもう使い物にならないと見ていいだろう。

――通常ならば。

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 左手に持った、【ブラックライジングタイタンソード】を、力任せに振る――漆黒の稲妻が、迸る。

 破壊の力を司った稲妻は、轟音と共に周りの岩をすべて破壊する。

 

 タイタンソードの重量は常人は愚か、クウガですら他のフォームでは持ち上げることも出来ない程重く、突きや薙ぎ払いの一撃一撃が絶大な破壊力を有する剣だ。

 さらに、ライジングタイタンソードともなると、タイタンフォームですら持てないほど重くなる。

 そこに稲妻の力が加われば、破壊力は絶大を超える。

 

 そして、そんな超重量のものを何故片手で持てるのかと言うと、理由は単純明快だ。

 零夜の常人離れした筋力と、『離繋』の能力によって支えられているからだ。零夜は能力を用いてタイタンソードから『重力』を『離した』。重力という概念がなくなったライジングタイタンソードは、浮く。まるで宇宙空間に放り出されたゴミのように。

 

 この理屈によって、重力の支配から解放されたライジングタイタンソードは軽くなる。

 しかし、それはあくまで持ったときのみ。振るうとなれば、話は別だ。タイタンソードが浮く理屈は、重力がなくなったからだ。本体の重さ自体が、なくなったわけではない。

 つまり、持つのに力はいらないが、振るうための力が必要になという意味だ。

 

 その動作は、零夜の筋力が行っている。

 

 

「ふッ!」

 

 

 再び、今度はライジングタイタンソードを縦に振るう。

 地面を穿(うが)ちながら、漆黒の稲妻は紅夜へと向かっていく。

 

 

「はッ!」

 

 

 紅夜が跳躍し、稲妻を避けたと同時に、紅夜の真下の地面が隆起する。

 柱状となった岩のテッペンに、紅夜が立ち、零夜を見下ろす。

 

 紅夜が、手を掲げる。それと同時に、地面から複数の全長3~5メートルほどの巨大な石礫(イシツブテ)がまるで念動力に操られているかのように浮き上がっていく。

 手を振るう。複数の石礫が、零夜に向かって飛んでいく。

 

 ブラックライジングタイタンソードはまだ使えない。振りかぶった反動で、振るうのに時間がかかる。

 しかし、無双セイバーの攻撃ではあの岩を防ぐので手一杯だ。

 

 だったら――、

 

 

ブラッドオレンジチャージ!

 

 

 『離繋』の能力で無双セイバーに【ブラッドオレンジロックシード】を『繋いで』トリガーを引く。

 刃にエネルギーを集中させ、それを飛ぶ斬撃として紅夜に向けて放つ。

 

 刃は石礫たちを破壊しながら、紅夜へと向かって行く。

 そんな中、彼は―――、

 

 

(あいつ…冷静にしてやがる。当たる直前だぞ!?なに考えてやがる…?)

 

 

 意外にも、冷静にしていた。

 そんなとき、紅夜に変化が起こった。

 

――紅夜から深紅のオーラが噴き出し、それが紅夜の持つ刀の刃へと移っていき、深紅のオーラは刃へと纏わりつき、深紅の刃へと変化した。

 

 

「刃の色が…!?」

 

 

 そうしていつ合間にも、無双セイバーの必殺技は紅夜を傷付けようと向かって行く。

 

 そして、斬撃が当たる瞬間――、紅夜は斬撃を、深紅の刃で一刀両断し、斬撃は二つに分かれ、爆散した。

 

 

「……ッ!」

 

 

 爆発を背景に、今度は紅夜が動いた。

 深紅の刃を振りかぶり、無双セイバーの必殺技にも似た技を放った。それも、一度ではない。何度も降って、何度も斬撃を飛ばした。

 

 

「連続で可能なのかよ!めんどくせぇ!」

 

 

 瞬間的に、今度は【イチゴロックシード】を無双セイバーに『繋げて』、『クナイバースト』を発動させる。

 無双セイバーを振り、無数のイチゴクナイを紅夜に向かって発射する。

 

 イチゴクナイと斬撃がぶつかり合い、その対立は拮抗している。だから、後押しする。

 ライジングタイタンソードを振りかざし、漆黒の稲妻を発生させ、斬撃をイチゴクナイごと破壊する。爆発が起き、砂煙が舞う。

 

 互いに目の前が見えない中、先に動いたのは――、

 

 

バナナチャージ!

 

 

 零夜だった。無双セイバーに『バナナロックシード』を『繋げて』、相手の足元から複数のバナナのオーラを突き出し攻撃する技、『スピアビクトリー(スパーキング)』ならぬ『セイバービクトリー』を発動させる。

 この技は、バナスピアーを使って発動する技だが、バナナのオーラを纏わせるだけなら、無双セイバーでもできるはずだ。

 故に、その理屈で無双セイバーを地面に突き刺し、一本の巨大なバナナのオーラを紅夜の立っていた岩柱(いわばしら)めがけて突き出した。

 

 

 

「―――ッ!」

 

 

 紅夜も、足元から瓦解していっている岩柱の異変に気付いたのか、上空に跳躍して回避する。

 そのまま零夜へと向かって行き、刀を振り上げた。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 そのまま重力に従って落ちると同時に刀を真っ直ぐに振るった。

 なんの工夫もひねりもない、ただの攻撃だ。

 

 故にただ腕と拳に力を籠め、無双セイバーで受け止め――、

 

 

「ッ!」

 

 

 その時、零夜の背中の地面から「ボコッ」と言う地面が盛り上がる音が聞こえた。それを本能で察知して、タイタンソードを体の回転させながら振るった。

 岩が、弾ける。

 零夜の背中に向けて岩の柱が斜めに突出してきていた。これで体勢を崩してその隙を狙うつもりだったのだろう。

 そして、現に――、

 

 

「はぁ!」

 

 

 背後の岩柱に気を取られて、前の防御が疎かになった。

 衝撃で、周りの空気が二人を中心に押し出される。紅夜は両手で持っているのに対し、零夜は二刀流の都合により片手だ。筋力に、圧倒的な差があった。

 零夜の立っていた地面が、陥没する。

 

 

(こいつ…ライラに教え込まれてるから騎士道精神旺盛かと思ってたが……実戦向きに特訓されてやがる!)

 

 

 先ほどの不意打ちで、確信した。

 彼の技術は正々堂々などと言う騎士道精神に反しており、完全な殺し合いを想定した実戦向きに訓練されている。

 不意打ちや騙し討ちなどをしない騎士道と逆にそれをする実戦、どちらが勝つかと言えば実戦形式が圧倒的に勝つ確率が高いだろう。

 だって、騎士道精神を持つものは、そう言ったことは絶対にしないから。

 

 

「ふんッ!」

 

 

 受けとめた状態から、タイタンソードを力任せに振るう。

――漆黒の稲妻が、迸る。

 

 

「ハッ!」

 

 

 それを察知した紅夜は無双セイバーの刀身を足場に後ろの跳躍。さらに岩で壁を作ることによって稲妻を防いだ。

 しかし、その壁も稲妻の威力に難なく破壊される。

 

 迫りくる稲妻。一度地面に着地した状態で、再び跳躍し、避ける。

 

 その後に岩の塔を建設し、そのテッペンで零夜を見下ろす。

 

 

(こいつ……出来るな)

 

 

 もう、決めつけも先入観で捉えるものやめよう。

 少なくとも、生身で勝つには難しい相手であることは確かだ。

 

 ならば、変身するか?――否。

 ここまで来て、勝てる確率が少ないから変身する?これは実戦じゃない、決闘だ。だからこそ、「勝てそうにないからより強くなる」などと言う後出しは、零夜の中に選択肢として存在していない。

 

 

「だからこそ、生身で戦うことに意味がある!」

 

 

 零夜は無双セイバーを放り投げると同時に、無双セイバーは消失する。

 そして次に、零夜が変わりに亜空間から取り出したのは、【仮面ライダーグレイブ】が使用する『醒剣グレイブラウザー』だ。

 そこにすかさず『マイティ』のカードを『繋げて』読み込み、刃に重力場を発生させる。

 

 

「はぁ!」

 

 

 そして、ライジングタイタンソードを振るう。漆黒の稲妻が迸り紅夜の目の前の地面に直撃し、大量の砂埃が舞う。

 

 

(当てることを目的としていなかった…?目くらましか?だったら、煙の動きをよく見て…!)

 

 

 目くらましを行った以上、必ずどこからか仕掛けてくるはずだ。目くらましとは、そのためのものなのだから。

 

――しかし、だからこそ、だった。

 

 その先入観こそが、零夜の罠だった。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 気配を、感じた、真後ろから。即座に振り向くと、そこには、グレイブラウザーを横に振って重力場の斬撃――『グラビティスマッシュ』を放っていた零夜の姿があった。

 

 ――何故、どうして、いつの間に? 様々な考えが紅夜の頭の中で交差する。

 移動してきたとしても、おかしすぎる。だって、煙には全くの異変が感じ取れなかったから。

 

 いや違う。今はこんなこと考えている場合じゃない、すぐにでも、これに対応しないと。

 

 

 紅夜が動くのは、速かった。

 深紅のオーラが再び紅夜から大量に滲みだし、それはある形を成した。――刀だ。

 深紅のオーラが深紅の刀へと形を変え、紅夜は零夜と同じ二刀流となる。

 そして、その刃を、投げた。と、当時に疾走する。

 

 投げた刃はグラビティスマッシュとぶつかり合い、爆散する。

 その煙の中から、紅夜が零夜に向けて走ってきた。

 

 

「……もうそろそろ、決めさせてもらうぞ」

 

 

 グレイブラウザーを放り投げて、消失させる。

 そして、取り出したるはもう一振りの【ブラックライジングタイタンソード】。これも同様に、『離繋』の能力で重力から解放している。

 

 二振りのブラックライジングタイタンソードを装備し、刀身に漆黒の稲妻を纏わせる。

 

 これで、ラストフィニッシュだ。

 紅夜が助走の勢いと共に深紅の刃へと変化した刀を両手で振りかざし、零夜は全力でタイタンソードを振りかざして――刃が、ぶつかり合う。

 

 

ドゴォォオオオォオオン!!!

 

 

 今までの何よりも強力で強大で、大きい爆発が鳴り響いた。

 

 

 

「「「――――」」」

 

 

 

 これには、今まで黙ってみていた()()も、息を飲んだ。

 煙の向こう、二人はどうなっているのか――。

 

 

「――え?」

 

 

 そのとき、ルーミアがそんな声を出した。

 なぜなら、あの大量の砂煙が、一瞬にして晴れたからだ。

 

 しかし、その謎現象のおかげで、今の現状を知ることができた。

 三人の目に映ったのは――、

 

 

「あなたは…ッ!」

 

「シロ…ッ!!」

 

 

 水色のオーラの壁を生成して、二人の攻撃を防いでいるシロの姿があった

 

 

「二人とも…これは特訓、親善試合的なものなんだからあれはやりすぎだって。あのまま激突してたら、どちらかが大怪我してても不思議じゃなかったよ?」

 

「「―――」」

 

 

 そう言われ、二人は黙るしかなく、無言で獲物を降ろした。

 零夜も紅夜も、熱くなりすぎてこれが特訓であることをすっかり忘れていた。あのまま言っていたら、相手を怪我させてしまっていても、おかしくはなかった。

 こればかりは、止めてくれたシロが正しい。

 

 

「…そうだな。やりすぎたか」

 

「確かに、そうですね。止めてくれてありがとうございます」

 

 

 零夜は二振りのブラックライジングタイタンソードを消失させ、紅夜は刀を鞘に納刀した。

 

 

「零夜!」

 

「お兄さん!」

 

「紅夜!」

 

 

 ルーミアと妹紅、そしてライラが二人に駆け寄る。

 

 

「大丈夫だった?」

 

「あぁ、別に問題ない」

 

 

「紅夜も、大丈夫だったか?」

 

「はい、師匠。心配してくれてありがとうございます」

 

 

 ルーミアとライラは二人の身を案じた。

 しかし、ルーミアはともかく、ライラが紅夜の心配をするなど、先ほどまでの鬼畜っぷりを見せられては、珍しい事のように見えた。

 

 

「―――」

 

「どうした?私の顔に何かついているか?」

 

「いや、別に」

 

 

 流石にそれを言ったら、叩かれそうなので、黙っておくことにする。

 それにしても―――、

 

 

「紅夜、お前のあれ……なんだったんだ?」

 

「アレ、とは?」

 

「紫紺の刃だよ。お前の体から滲み出てたが、あれは…?」

 

「あぁ、アレのことですか?あれは『妖力』ですよ?」

 

「妖力…!?」

 

 

 紫紺のオーラの正体が妖力だと知った零夜は、絶句した。

 妖力は妖怪ならば誰しもが持っている力の総称だ。それを、認識できなかった?

 

 そんなはずはない。『霊力』や『妖力』などには日常的に触れているのに、それを認識できないどころか分からないだなんて、あり得なかった。

 零夜が黙って考えていると、ライラがそれを補足した。

 

 

「紅夜は、昔から『隠す』ことが得意なんだ」

 

「…『隠す』?」

 

「身を隠したり、気配を隠したり、力の流れを隠したり。とにかく隠すのが得意なんだ。実際、あの時岩に隠れていたとき、私が察知できなかったのも、これが原因なんだ」

 

 

 つまり、紅夜は隠蔽能力に長けていると言うことか。

 隠蔽能力は、自身の力量や能力を知られないための、重要な能力の一つだ。それが長けているとなると、敵に回るとかなり厄介だ。

 

 

「そんな能力が…意外だな」

 

「そ、そうですか?」

 

「あぁ、すげぇ実戦向きだと俺は思う」

 

「あ、ありがとうございます。そう言って頂けると、嬉しいです」

 

 

 紅夜は照れ臭そうに自身の頭を撫でた。

 何度も言うが、あれはすごいことだ。オーラの正体すら掴ませないほどの隠蔽技術、あれは零夜ですらできないし、シロですら出来るかどうか分からないほどだ。

 隠蔽と言うため、完全に隠すことは無理だろうが、それでも極限まで隠すことは可能なはずだ。

 それほどの技術を習得するために、どれほどの時間を費やし――いや、ライラの話であれば、紅夜の隠蔽技術は先天性の才能だ。

 

 それに、妖力をあのように刃に纏わせたり、妖力自体を刃のように形作ったりする技術もあっぱれだ。

 あそこまで事細かに精密に操作できる技術も「すごい」の一言に尽きた。流石すぎて、言葉が出ない、絶句状態とも言えるだろう。

 

――そんなとき、零夜の隣から、シロの声が聞こえた。

 

 

「『隠す』……『隠蔽』が無意識に発動しているのか?」

 

 

 シロはシロで、独り言を喋っていた。

 彼の独り言はもう慣れっこであり、この言葉の意味もなんとなく理解できる。彼の隠蔽能力は才能だ。だったら、その力が無意識的に発動してもおかしくない。

 つまり、無視しても構わない。

 

 色々と考えているうちに、今度は紅夜が零夜に質問をした。

 

 

「そういえば、あの砂煙の中、どうやって俺の後ろにまで移動したんですか?俺としてはそっちの方が気になります」

 

「あぁ、それはだな――」

 

 

 瞬間、零夜の姿が掻き消え、紅夜の肩に、何者かの手が乗った。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 咄嗟に反応した紅夜は、拳を肩に手を乗せた者に対して全力で振るった。

 そして、それを止められる。

 

 

「おい、危ねぇだろうが」

 

「いつの間に――!」

 

 

 その正体は、零夜だった。いつの間にか自身の後ろへといられたことに、驚きを隠せない紅夜。

 移動したような形跡は、見当たらない。となれば、どうやってここまで――?

 

 

「それは、一体…?」

 

「瞬間移動だよ」

 

「瞬間移動?」

 

 

 聞き慣れがないためか、頭を(かし)げる紅夜。瞬間移動と言う言葉は、この時代でまだ定着していないため、仕方ないと言えば仕方ない。

 零夜の『離繋』の能力で『場所』と『場所』を『繋げて』距離間をゼロにして、実質的な瞬間移動を行っていたのが、紅夜の疑問の正体だ。

 

 

「まぁ、能力を使って、足を使わずに移動できる方法って思ってくれ」

 

「そんな方法があるんですね…」

 

 

 零夜の説明に、紅夜は納得と感心を持ったように考える仕草を始めた。

 これは、完全に自分の世界に入っているだろう。

 

 

「本当に零夜のそれって便利だよね」

 

「お前に言われても自慢にしか聞こえねぇんだが」

 

 

 瞬間移動の手段を持っているのにも関わらず、そんなことを言われると自慢にしか聞こえない。

 

 

「……あのさ、前から思ってたんだけど、零夜の能力、あれ名称長いから、略して『離繋(りけい)』でいいんじゃないかな?」

 

「離繋?」

 

「そ、離すの()と繋ぐの(けい)で離繋。その方が、カッコいいと思うんだけど」

 

「―――カッコいい云々はともかく、それでも構わねぇぞ」

 

 

 少し雑談を含んだ後、零夜はライラの方を向き、

 

 

「……にしても、ライラ。少し意外だったぞ」

 

「―――なにがだ?」

 

「紅夜の戦い方だ。お前の性格上、騎士道――不意打ちなんて絶対させない戦い方を教え込んでいたと思っていたから、あの行動は予想外だった」

 

「何を言っているんだ?正々堂々戦って、なにになる?世の中には卑劣な行為を平然と行う外道だっているんだぞ?そんな闘い方を教えていたら、そう言ったものへの対処ができなくなるじゃないか」

 

「――現実的だな」

 

「そういう風に教えているからな」

 

 

 戦っている最中にも思っていたが、ライラは紅夜に現実的な戦い方を教え込んでいる。確かに、騎士道精神は『悪』が絶対存在する『世界』では、尊くもあるが、儚くもある。

 生きるために手段を選ばない生き汚さを持つ者にとって、騎士道は都合の良い存在だ。

 

 それゆえに、ライラはそんな世界へ適応できるよう、そう言った教育を施しているのだろう。

 

 そして、ライラの言う『外道』とは――、

 

 

(ゲレル…。本当にあいつは害悪だな)

 

 

 どこへ行っても悪影響しか及ぼさないあのクズは、本当に何故生きているのかとすら思うほどだ。

 

 

(3年間、やることもほとんどねぇし、ゲレルの捜索も視野に入れとくか…。そのためにも、シロと計画の変更を話し合っておくか)

 

「ねぇ、そろそろご飯にしない?零夜と紅夜も、お腹空いてるだろうし」

 

 

 そう考えているとき、いつの間にか零夜の隣にべったりとくっついているルーミアがそう提案した。

 そう言えばと、腕時計で時間を確認して見てみると、時間はまだ10時ほどだった。

 

 昼食を食べるには、まだ早すぎる時間帯だ。

 しかし――、

 

 

「そうだな。動いたら腹減って来たし、食うとするか」

 

 

 今回ばかりは、彼女の意思を尊重することを決めている零夜は、それを了承した。

 許可してくれたことに喜びの表情を見せたルーミアは、

 

 

「それじゃあ準備しましょう!今日はなににする?」

 

「お肉!」

 

 

 すかさず、妹紅が候補を上げた。どうやら、この世界の妹紅は肉が好きなようだ。

 しかい、肉ばかりだと栄養が偏るので野菜も食べさせてはいるが、肉ばかりだとどうしても栄養が偏ってしまう。

 

 

(バーベキュー形式でやるか?確か肉に野菜を巻いて食べる方法があったはずだ。あれなら野菜も一緒に喜んで食べてくれるだろ)

「それじゃあ、肉焼くぞ。今日は特別に、炭火焼きだ」

 

「炭火焼きか。あれで食べる肉は格別にうまいからな。私も好きだ」

 

「あ、それ分かります。前師匠に食べさせてもらったときの味は忘れられません」

 

 

 炭で焼く肉は、特別にうまい。これは現代人だけでなく、過去の人物も共感を得られた。

 と言うか、炭火を使ったことがあるのかと驚いた。

 

 

「それ食べたい!」

 

「はいよ、じゃあ準備するから待ってろ」

 

「あ、それじゃあこの肉焼きたいんだけど、いいかな?」

 

 

 そう言って、シロが懐から取り出したのは、30cmほどある長い鉄製の串に突き刺さった、巨大な肉の塊だった

 

 

「でけぇよ!それ、なんの肉だ?」

 

「なにって、別に?この時代に生息している生き物の肉だよ」

 

「いつの間にそんなの取ったんだよ。それにしてもデカすぎだろ。そんな巨大な肉を持つ奴なんていたか?あぁ、もしかして複数体から剝ぎ取ったのか?だったら分けてやれよ。一人占めしようとすんな」

 

「いやいや、違う違う。これ、一匹から取ったんだよ?」

 

「――――」

 

 

 頭が、痛くなる。

 複数体から取った肉だと言うことの方が、まだ納得できた。それなのに、その巨大な肉がたった一匹から取った肉?

 非常識的にもほどが―――あ、そう言えばここは非常識の世界だった、と、零夜は改めて認識した。

 

 それにしても、こんな巨大な肉を持った生き物なんて、生息しているのだろうか?

 

 

「……その肉を剝ぎ取った生き物の名前は?」

 

「え?―――龍だけど。かぐや姫の難題の【龍の頸の玉】の、龍の尻尾

 

「―――」

 

「実はライラと戦った場所が、その龍の生息地だったんだよね。戦いを邪魔してきたから、二人で一斉にぶっ飛ばしちゃった」

 

「良いところだったのだが、邪魔が入ったのが不快だったな…」

 

「まぁ過ぎたことだしいいじゃないか。生かした代わりに、難題の宝を持って来たんだから」

 

「―――」

 

 

 シロの予想外の行動に驚かされるのは、もういい加減に慣れてきた。

 だがしかし――、

 

 

(それ、強盗と変わりなくね?)

 

 

 それだけは、心の中で秘めた思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

―――その日の、夜。

 零夜とシロは、昼間の内に都へと帰還し、かぐや姫に【龍の頸の玉】を献上した。本物かどうか当然疑われたが、それは零夜の知るところではない。

 それよりも、零夜は『レイラ討伐』の報告を行った。

 

 

 その報告の内容とは――『中断』だ。

 

 

 零夜は『レイラ討伐』を諦めると宣言したのだ。当然、反発はあったが、その理由を『面倒くさくなったから』の一点張りで通した。

 そしてさらに、『面倒くさいことをするより、あと三つの宝物集める方がよっぽど楽だ』とも言い放ってきた。

 各方面から叩かれそうな挑発文句だが、それらをすべてスルーしたり逆に脅し返したりして、帰って来た。

 

 なお、帰る際に再び刺客に出会ったが、当然の如く返り討ちに。シロの権能で刺客を送って来たのが【龍の頸の玉】を持ってくる予定だった『大納言(だいなごん)大伴御行(おおとものみゆき)』だった。

 通常より何年も早く持って来たことへの腹いせか、刺客を送って来たのかもしれない。

 

 しかしながら、未来では五人ともかぐや姫と結ばれないことは確定しているし、そしてなにより笑い者になる未来を回避させてやったのだから、感謝してもいいほどだ。

 だがまぁ、本人はそんなことは当然知らないだろうが――。

 

 

「今日も、散々な一日だったな…」

 

「お疲れ様です。これどうぞ」

 

 

 紅夜が、鉄製のコップ(零夜持参)に暖かいお湯を入れた状態で手渡した。

 中身を飲むと、口に入れるのにちょうどいい温度になっていた。

 

 

「温けぇ……サンキューな」

 

「それが誉め言葉かどうかわかりませんが、誉め言葉として受け取っておきます」

 

「そうしてくれると助かる。……で、聞きたいことがあるんだが」

 

「―――『声』、についてですよね?」

 

「あぁ」

 

 

 その話に入ると、紅夜の顔が真剣な面影になる。それと、自責の念も。

 昨日のその話が、紅夜自身のせいでおじゃんになったし、昨日の責をまだ引きずっているのだろう。

 だがしかし、そうでないと困る。

 

 

「何度も言ってるが、俺はもう気にしてねぇ。こいつは……俺はこいつじゃねぇし、断言はできねぇが、たぶん大丈夫だろ」

 

 

 そう言い、零夜の近くで妹紅と熟睡しているルーミアを見る。

 ちなみにだが、シロとライラは留守だ。理由は、特訓である。

 

 

「ご迷惑をかけて、本当に申し訳ありません…」

 

「良いんだよ。にしても、ライラに感謝しないとな。お前をこんないい奴に育ててくれるなんてよ」

 

「へへ、そうですか?……師匠のこと、そんなに褒めてくれるなんて、嬉しいです」

 

「自分のことじゃねぇのに…。あれか?仲間が偉業を成し遂げた時にそれを周りに伝達したくなり心境か?」

 

「まぁそれと同じような感じだと思ってください」

 

「そう思うことにするよ。で、お前は『神の声』をいつから聞くようになったんだ?」

 

「―――」

 

 

 零夜の質問に、紅夜は考え込むようになって、しばらくした後―――、

 

 

「あの、質問を質問で返すような真似をしてしまいますが、大前提として、あなたはあの『声』を神のものだと思っているんですか?」

 

 

 回答(こた)えは、逆に質問によって返された。

 どうやら紅夜は『天からの声』を『神の声』とは認知していなかったようだ。

 

 『声』から説明はなかったのだろうか?

 いや、ライラすら『声』の正体が神だと知らなかったのなら紅夜が知らなくとも当然だ。

 

 

「逆に、お前はなんて思ってる?」

 

「―――不思議な『声』、としてしか思ってません」

 

「……そうか」

 

 

 その答えはここまでこれば案の定だったが、とりあえず今この場で確定している一つの事実がある。

――紅夜は、『権能』覚醒への入口に、とっくに突入している。

 シロは言っていた。『神の声』が聞こえることが、『権能』覚醒への兆しであると。

 つまり、紅夜も、『権能』の蕾を保有していると言うことだ。

 

 

「あなたは、『声』の正体が神だと思っているんですか?」

 

「……あぁ。正体を定義しておかねぇと、不安だろ」

 

「定義と言うより、憶測のようにしか聞こえませんが…まぁ認識は人それぞれですからね」

 

 

 零夜はあえて、『神の声』だと確定させず、紅夜に『声』のことを『謎の声』として定着させた。

 理由としては、説明を求められたら面倒だからだ。自分ですらよくわかっていないのに、質問を迫られたら対処の仕様がない。

 

 零夜はもっと情報を得るために、次の質問をした。

 

 

「そのことを、ライラは知っているのか?」

 

「いえ、知りません」

 

「―――ッ」

 

 

 即答だった。即答で、否定された。

 ライラは、紅夜が『神の声』を聞こえるということを知らなかったようだ――と、あの話を聞く前までだったら、そう思っていただろう

 

 『権能』に完全に覚醒したものは、他の『権能』保持者の気配を読み取ることができる

 そして、その兆しが見えている零夜からも、その気配が微弱に読み取ることができると、シロも言っていた。

 つまり、完全に覚醒しているライラが、紅夜の気配に気づかないわけがない。となると、ライラは紅夜のことを黙っていたことになる。

 よく考えれば、あの話の中、ライラはある場面から完全に黙りこくっていた。それは、紅夜のことを考えていたからではないだろうか?

 

 

(そこら辺はライラを問いたださねぇと分からねぇな)

「そのことを、なんでライラに言わないんだ?」

 

「師匠のことです。幻聴として片付けてしまうでしょう。だから、言っていません」

 

「―――そうか」

 

 

――ライラも神の声が聞こえる。そう言おうとしたが、自制した。

 零夜の口から説明するのは、あまりにも不躾だからだ。これはライラと紅夜の師弟関係の問題。部外者である零夜が口を挟んでいいレベルのことではない。

 それに、『声』が聞こえるなんて話、通常なら誰も信じないだろう。紅夜の選択は、ある意味正しくもある。そして、ライラも同じ悩みを抱えているかもしれない。

 もうこれは、いずれ互いに話すときが来るだろうと、ただ信じて待つのみである。

 

 

「じゃあ、次に、お前はいつから――いや、どうやって『神の声』を聞けるようになったんだ?」

 

 

 その時、シロの忠告が脳裏に浮かんだが――取っ払う。

 シロが、「聞けば達成が難しくなる」と言う『権能』覚醒への条件は別にあり、『神の声』が聞こえる段階はファーストステージでしかない。

 それに、同じ『権能』未覚醒の状態である紅夜から何かを聞けば、覚醒への手がかりになるかもしれない。

 

 

「―――どうやって、ですか?」

 

「あぁ、因果律――『原因と結果』って意味で、何かを成せば何かしらの結果が生まれるって意味があるんだが、それに(のっと)って、お前が『神の声』を聞けるようになったのには、なにか原因があるはずだ。それを聞きたい」

 

「原因、ですか…」

 

「なにか、思い当たる節はないか?」

 

「うーん……すみません。思い当たる節はありません。ですけど、聞こえるようになった時の話なら、できますけど、いいですか?」

 

「あぁ、それでも構わない」

 

 

 

「―――それじゃあ話します。それは、数年前の出来事でした」

 

 

 

 




 なんかテキトーに終わった感じがあるな…。まぁでも、次回は紅夜が『神の声』が聞こえるようなった時の物語から始まります。
 ぜひ、お楽しみください。


 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55 ウォクス

 今回は、紅夜が『神の声』を聞けるようになった要因について話します。
 強いて言えば、それだけです。

 それでは、どうぞ。


――三年前。

 それは、ジメジメと雨が降り注ぐ日だった。

 

 

「ゴホッ、ゴホッ」

 

「師匠、大丈夫ですか?」

 

「あぁ……問題ない。ゴホッ」

 

 

 俺と師匠は洞窟の中で休憩を取っていた――と、言うより、師匠が体調を崩してしまい、その療養をするための休憩だ。

 

 

「師匠、やっぱりダメです。安静にしていてください」

 

「そういう訳にはいかん。ゴホッ。この程度、どうだってこと…ゴホッゴホッ!!」

 

 

 咳が荒くなった師匠を、俺はすぐに看病した。

 おでこを触るが、熱かった。体温がここまで高くなるなんて、明らかな異常だ。これは、確実に病気だ。

 俺達妖怪は人間よりは体が強いから、病気にかかりにくいが、かかるときはかかるようだ。

 

 

「無理をして酷くなったら元も子もありません!お願いですから安静にしていてください!」

 

「……と、言ってもな…この程度、少し寝れば治る…」

 

「とりあえず、今日の食糧調達は俺に任せて、師匠は安静にしていてください」

 

「おい、紅夜!」

 

 

 そう言って、俺は雨が降る中を飛び出した。

 師匠の叫びが聞こえるが、こればかりは無視だ。そもそも、師匠は修行をするときは厳しいのに通常運転で過保護すぎるのだ。俺だって、この森の動物や見境なしに襲ってくる妖怪なら、難なく倒せるから、別に余計な心配はする必要ない。

 

 

「……と言っても、この雨じゃ動物たちは見つけづらいし、あるのは木の実やキノコくらいか…」

 

 

 この雨だから仕方ないし、山菜などの発見も、この雨じゃ見込めなさそうだ。

 俺は雨に濡れながらも、岩で作った器にある程度の食糧を集めていく。

 

 

「よし、とりあえず師匠の元に――」

 

 

 その時、俺は足元が、疎かになっていた。器で足元が見えなかったのと、急いでいたのも一つの要因だった。

 俺は、地面に浮き出ていた木の根っこに足を引っかけて、そのまま横転した。

 

 

「いてッ!」

 

 

 俺は痛みに悶絶し、小さな悲鳴を上げた。しかし、それは不幸の始まりにしか過ぎなかった。

 転んだ衝撃で、持っていた岩の器が遠くへと飛んでいき、器が近くにあった池の中に落ちていってしまった。

 

 

「あ…ッ!」

 

 

 雨の中、しかも池に落ちてしまった以上、取りに行くのは不可能だ。タダでさえ雨で体温が低下していると言うのに、池なんかに潜ったら、間違いなく死ぬ。

 中身は惜しいが、また取ればいいだけの話だ。

 

 

「仕方ない…もう一度取ってきて……ん?」

 

 

 そのとき、池の中から、「ボコボコ…」と泡が大量に出てきた。

 何事かと思い、そのまま見ていると――、

 

 

「な…ッ!」

 

 

 絶句した。

 なにせ、そこから出てきたのは、魚の顔をした人のような妖怪だった。それも、一匹だけじゃない。二匹、三匹と、ゾロゾロと湧いて出てきた。

 彼らはこの池に住み着いていた妖怪だった。あの岩の器が投げ込まれたことを、攻撃と勘違いしていたのかもしれない。

 

 

「あの、急に岩を投げ込んですみませんでし――」

 

 

 咄嗟に謝った瞬間、俺の頭の前に、風が切られていくのを感じた。両腕を重ね合わせて咄嗟に防御の体制取る。

 その瞬間、腕に強烈な衝撃と痛みが炸裂し、後方に吹き飛ばされ、木に背中が激突した。

 

 

「グフ…ッ!」

 

 

 問答無用で、相手は攻撃してきた。対話の意思はないと言うことだろうか。

―――いや、違う。あの妖怪には、なかった。『対話の意思』どころか、『対話の知能』すら有してなかった。

 その証拠に、魚顔の妖怪たちはヨダレを垂らし、言葉にもならない言葉を叫び、まるで獲物を見つけたかのように歯を鳴らしている。

 

 大抵の妖怪は知能がなく、知能がある妖怪は一部のみ。俺と師匠がその例に該当する。

 そして、知能のない妖怪は本能で人間に襲い掛かり、その血肉を喰らう。 

 しかし、目の前の魚顔の妖怪たちは、それどころじゃない。同じ妖怪ですら、獲物としてしか見ていなかった。

 

 俺は即座に戦闘体勢に入る。

 一刻も早く、師匠の元へ戻らなくてはならないから。

 

 

「はぁああ!!」

 

 

 刀を抜刀し、跳躍する。妖怪の首めがけて刃を振るう。

 しかし、近くにいた仲間が、俺の刃を拳で掴んだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

 その驚きを他所に、俺の刃を受けとめた妖怪が肥大化した拳で、俺を殴った。

 

 

「――ッ!」

 

 

 言葉も上げられず、吹き飛ばされた。

 空中で何度もバランスを取り、なんとか着地できた。

 

――しかし、今ので理解できた。

 

 

「あの妖怪たち、連携が得意なのか…!?」

 

 

 理不尽だと思った。言葉すら話すことのできない知能しか持っていないのに、連携が出来るなんてどういいうことだ。矛盾の塊のような存在だった。

 

 

「―――」

 

 

 俺は空を見上げる。天候すらあいつらの味方をしていた。あの妖怪は魚型の妖怪。皮膚の乾燥に弱いはずだ。しかしながら、今は雨が降っていて、あいつらは皮膚の乾燥を気にする必要などない。

 それに、この雨は徐々に俺の体から体温を奪ってきている。その証拠に、刀を掴む手の力が弱まり、(かじか)んでいる。

 

 

(こんなことしている場合じゃない。すぐにでも師匠の元に戻らないと!)

 

 

 能力を使用して、無数の石柱を作り、奴らを閉じ込める。

 これで、少しでも足止めを――、

 

 

 

 バコンっ!!

 

 

 

「―――ッ!」

 

 

 壁が、破壊された。足止めにすらならなかった。

 妖怪たちは、閉じ込められたことにいら立ったのか、俺に対して威嚇してくる。

 だが、すでに威嚇程度じゃすまないところまで来ているのだ。

 

 

「くっ!」

 

 

 今度は周りの石で大量の石礫を作って、発射する。

 今度は直撃した。しかし、肥大化しているあの体にはあまり効いている様子はない。だがしかし、それでいい。

 地面を踏み込んで、妖怪たちの隣を疾走する。

 

 別に、倒す必要などない。敵が有利な環境で戦う必要は皆無だ。それに、今一番大事なのは目の前の敵を倒すことではない。師匠の元へ行くこと――!?

 

 

「な…ッ、これは…!?」

 

 

 その時、俺の右脚に何かが絡まり、そのまま勢いよく転んでしまった。なにかと思い後ろを振り返ると、その正体は、奴らの舌だった。

 カエルのように長い舌を俺の脚に巻き付けて、固定していた。まさかこんなこともできるなんて…!

 

 

「うおっ!」

 

 

 そのまま舌を戻して、俺を引き寄せる。刃を奴の舌を斬ろうとするも、硬すぎて刃が通らない。

 本当に最悪だ!俺を引き寄せた妖怪は仲間たちと共に拳を突き出し、俺をさらに遠くに吹き飛ばした。

 

 

「―――ガハッ」

 

 

 吐血した。口の中が、血の味と匂いで充満する。

 それに、腹が痛い。非常に痛い。骨が折れているようなほどの激痛だ。引っ張られた衝撃と放たれた拳の反動が、決め手になったようだ。

 

 

(どうする…!?今すぐ逃げれば間に合うか?幸いにも遠くに吹っ飛ばされたから、今逃げれば十分時間は――「いつっ!」

 

 

 その時、今度は足に激痛が走った。その足は、奴の舌が絡んだ足――右足だった。

 まさか、あの時、圧力ですでに骨にヒビが…!?

 

 自己再生するにしても、時間が掛かりすぎる。その間にも、アイツらは来るだろう。

 

 

 

―――どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする…

 

―――どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら…

 

 

 

 模索する。考える。今できる、最善の回答を。

 俺が生きて、あいつらの目を掻い潜って、無事に師匠のもとへたどり着く方法は―――、

 

 

 

――。

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

 

 ない。そんな方法、いくら探しても、存在しなかった。

 俺がもっと強ければ、師匠みたいに強ければ、話は別だったのかもしれない。だが、俺には師匠の様な力はない。師匠のような、妖怪と言う枠から超えたような存在じゃない。

 師匠だったらあの妖怪なんて一撃で倒せていただろう。だが、俺は師匠じゃない。だから、今の俺じゃあいつらには勝てない。

 

 

「……いや、違う。勝てる勝てないの問題じゃない。やるんだ

 

 

 いくら考えても出てこない答えを、いつまでも考えている暇などない。それに、逃げるより、戦って勝った方が、何倍もマシだ。

 それに、よく考えれば、もし逃げたとしても追ってきてしまったら、体調不良の師匠と鉢合わせる羽目になる。それだけはなんとしてでも阻止したい。

 

 

「―――」

 

 

 自身の能力で怪我をした右足を岩で包んで固定する。その時に少し痛みはあるが、それでも何もないよりは断然いい。

 

 

「―――」

 

「ゴロォオオオ…」

 

 

 妖怪たちが、今になって現れた。

 冷静になって考えるんだ。数は……全部で五匹。連携が厄介だが、それだけだ。一匹ずつ、確実に仕留めれば、勝機は、ある!

 

 

「俺は、早く師匠の元に帰らなきゃならない……そのためにも、お前らは……邪魔だ

 

 

――条件を、達成しました。これより、コードネーム『ウォクス』によるサポートが入ります。

 

 

「―――?」

 

 

 幻聴だろうか?全く知らない女性の声が聞こえたような気がした。しかし、この周りには目の前の五匹の妖怪たちと俺しかいない。

 怪我による幻聴としか思えない。幻聴なんて、聞いている暇は――、

 

 

否。幻聴などではありません。この声はあなたの脳内――意識に直接語り掛けることによって会話が成立しています。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 これは…幻聴などない。確実に、俺の頭の中に声が響いてきている。なんなんだこれは?

 

 

説明よりも先に、目の前の状況を片付けるのが先だと提案します。

 

 

 ッ、そうだ。今はこんな声よりも、目の前の敵のことを考えなくては。

 妖怪たちは、何故か俺を威嚇したまま攻撃してこない、チャンスを狙っているのだろうか?いや、知能がないのにそんなことは…

 

 

それはマスターの気迫に怯えているからです

 

 

 どういう訳か、謎の声が俺の疑問を解消してくれた。

 あいつらが、俺の気迫に怯えている?俺より強いのに?

 

 

あの魚型の存在が連携を得意とする理由は、イルカのような超音波を用いて単純な情報を仲間へと送っているからです

 

 

 イルカ?それがそんな生き物なのかは分からないが、とりあえずあいつらには音だけで情報を共有できる手段があるってことか?

 だが、それでもそれを理解できるようには――

 

 

その単純な命令を本能で理解することが可能です。生物学的にもあり得ない、まさに人智を超えた存在です

 

 

 あり得ないってことは分かったけど、どこからそんな情報を?

 

 

――黙秘します。

 

 

 それだけ黙秘?なんなんだこの声は一体?あれだけ流暢に説明しておいて、情報の出所だけ話さないなんて怪しすぎる。

 だが、それでもあの妖怪たちの情報をくれたのは感謝すべきだ。それが本当か嘘かなんてもうどうでもいい。とにかく、今はあれを倒すのが先決だ。

 

 

その前に、私にマスターの妖力の使用許可をください

 

 

「はっ?俺の妖力の使用許可?なんでまた?」

 

 

 あまりにも突発的すぎて、声に出してしまった。なんで、俺の妖力なんかを…?

 

 

マスターの妖力を使用し、それを元にヒビの入った骨を接着、補強し、身体能力を向上させるためです

 

 

 ――妖力で、そんなことができるのか?

 師匠にはそんなことは一回も教わっていない。つまり、これは師匠すらもできないことなのか?

 

 

答えは、『はい』と『いいえ』の中間地点に当たります。マスターの師匠、固体名:ライラでも、妖力をそのように細部までに扱うことは難しく、失敗すれば逆に身体にダメージを与えてしまうため、未熟なマスターには教えることすらしてなかったのが正解です。

 

 

 未熟…事実だけど、心が痛む。よく考えれば、師匠は常に妖力を纏っていた。それは妖怪であるが故のだと思っていた。だけど、あれは身体強化の修練だったのか。

 だけど、師匠ですら難しいのに、俺なんかに出来るわけが…

 

 

それは問題ありません。私が補佐をします。妖力の調整は私に任せて、マスターは戦いに集中してください

 

「…そうか。だったら、使用許可、だすよ。調整は、任せた…!」

 

 

了解。マスターの妖力を消費し、身体能力の向上と骨の補強を開始します

 

 

 『ウォクス』のその声と同時に、俺の体に紫紺の気が流れていき、俺の体の細部にまでわたっていく。

 心なしか、本当に身体能力が向上しているように感じる。

 

 

「試させてもらうぞ…!」

 

 

 妖怪めがけて、跳躍する。――その時、俺は自身の跳躍力に驚愕した。

 いつもの倍以上飛んだのだ。身体能力が向上すると言っても、まさかここまでとは――!

 

 相手側も、俺の能力向上に驚いたようで、反応が遅れていた。これを逃す理由はない!

 そのまま首めがけて、刃を振るう。するとどうだろう、あれほど苦戦した妖怪の首が、飛んでいくのを俺は見た。

 そのまま着地して、周りを見る。

 

 他の四体はすぐに反応して、俺を囲むように移動していた。

 

 

「―――」

 

 

 まさか、ここまで能力が向上しているなんて、思いも寄らなかった。

 後、四体。

 

 

マスター!右後ろ方面か接近攻撃が来ます!

 

 

 『ウォクス』の警告に即座に反応し、右後ろに向けて妖力を纏った拳を振るった。

――妖怪の頭が、爆散する。

 すごい、こんなにも簡単に…!

 

 

マスター、応用によ妖力をあなたの能力である『岩操作』による岩にも纏わせることが可能です。実行しますか?

 

 

 そんなこともできるのか?もちろんだ。

 その威力、見せてみろ!

 

 俺は地面に手を付けて、当たり一帯に石柱を地面から複数の突き出し、攻撃した。

 突出した柱により、一匹の体を突き抜け、そのまま絶命させた。そしてもう一匹は突出した柱に絡まり、身動きが取れなくなっていた。

 岩を破壊しようと何度も殴るも、その岩はびくともしなかった。さっきは、一撃で破壊されていたと言うのに、耐久力が上がっている!

 

 

マスター、喜ぶのはまだ早いです。一匹に逃げられました。

 

 

 そうだ。残るは三匹だったのに、一匹いない。逃げたのか?それならそれでいい。

 とりあえず、捕縛しているこいつだけは確実に仕留める。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 首と、血しぶきが舞う。

 まさか、あそこまで苦戦した敵を、ここまであっさり倒せるなんて、思いもしなかった。妖力を纏うだけで、こんなにも――、

 

 

マスター危険です!すぐにそこから離れてください!

 

 

「え―――ッ」

 

 

 その時、俺の右腕に見慣れたヌメヌメとした何かが巻き付かれた。

 それは、舌だった。その舌の出所は――逃した残り一匹の奴の舌だった。

 

 

「くッ!」

 

 

 完全にやられた。逃げたと思っていたのが慢心だった!

 こんなことを考えている合間にも奴はその長い舌で俺を引き寄せようとしている。幸い、妖力を纏っているおかげで腕や脚の力が強化されたことでさっきみたいに引っ張られることも骨にヒビが入ることもない。

 しかし、問題は奴の舌の強度だ。俺の刃と実力じゃ、奴の舌を斬ることは――待てよ?

 

 

「『ウォクス』!刃にも妖力を纏わせることはできるか!?」

 

 

はい、可能です。実行しますか?

 

 

「頼む!」

 

 

 その時、妖力が腕から手に、そして持っていた刀に伝って行き、刃が紫紺の気に包まれる。

 そのまま刀を舌に向けて振るって――斬った。

 

 

「グギャァアアア!!」

 

 

 奴の汚い絶叫が響く。あれほど硬かった奴の舌が、普通の肉を切るかの如く斬ることができるなんて、何度体験しても驚きしかない。

 そして、この好機を逃がす手はない。奴が苦しんでいる間に、俺は飛んで、脳天めがけて刃を突き刺した。

 奴が絶叫を上げる。まだ、生きている。死ぬまで、攻撃し続ける!

 

 

「グガァアアアアアア!!」

 

 

 何度も拳を振るい、奴の皮膚に、肉、骨に、何度も傷を与えた。夢中になって、何度も、何度も、何度も……。

 

 

マスター、もう敵は絶命しております。これ以上の攻撃は無意味です

 

 

「―――」

 

 

 ピタッ、と。俺の手が止まる。『ウォクス』の言う通り、敵はもう絶命しており、既に死んでいた。

 俺は濡れた地面に尻もちを搗き、ため息をついた。

 

 

「はぁ~~……終わった…ありがとう『ウォクス』。おかげで助かった」

 

 

いえ、別に感謝されることではありません。私がここまでのサポートができたのは、マスターの能力のおかげなのですから

 

 

「え、俺の能力?俺の能力は岩を操ることだけだ、それ以外にある訳――」

 

 

自覚していないのようですので、お伝えします。マスターにはもう一つの能力が存在し、その能力を使うことによって、私はここまでのサポートをすることが可能となったのです

 

 

「―――そ、そうなのか?じゃあ、俺のもう一つの能力って…?」

 

 

マスターのもう一つの能力―――それは繊細です

 

 

「――え?」

 

 

 繊細?どういうことだろうか?単純に考えれば、繊細な動きが出来る能力?なんだか微妙な能力だな…。

 そんなんだったら日常生活で気付けるわけがないか…

 

 

確かに微妙な能力ではありますが、『繊細』を扱うことによって、繊細な動き、繊細な考え、繊細な操作が可能になります

 

 

 繊細な動き、繊細な考え、繊細な操作―――あ。

 

 

「繊細な操作ってまさか…妖力操作のことか?」

 

 

はい、その通りです。

 

 

 じゃあつまり、その能力を使えば難しいことも楽に出来るようになるって考えでいいのか?

 

 

その考えは間違いではありませんが、努力は怠ってはいけません

 

 

 それは当たり前のことだ。努力を怠るつもりはない。と言うか、そんなことしたら師匠に殺される!

 

 

―――話を戻しますが、私はマスターの能力のおかげでここまでのサポートをすることが可能となりました。本当に感謝すべきは、私なのです

 

 

「――俺の能力でそこまでできるようになったって言ってるけど、普通は出来ないのか?」

 

 

はい。普通は簡単な物事の説明と尋ねられた質問に答えるだけです。戦闘サポートをすることはできません

 

 

 なるほど。俺の『繊細』の能力で『ウォクス』が進化して、ここまでのことができるようになったってことなのか…?

 あれ、と、いうことは他にも『ウォクス』の声を聞こえる人がいるってことじゃ…

 

 

「『ウォクス』。俺以外にも『ウォクス』の声が聞こえる奴がいるのか?」

 

 

……その情報は、封鎖されているため、開示することができません。

 

 

 なんか、歯切れが悪いな。黙秘するんじゃんくて、開示できない、か。

 黙秘と開示不可の違いが分からないけど、とりあえず今は保留でいいか。

 

 

そんなことよりも、ライラの心配はしなくともよいのですか?彼女は『風邪』のようですが…風邪でも放置すると危険ですよ

 

 

「え…あー!!」

 

 

 そうだった!こんなことをしている場合じゃない!すぐに師匠の元に戻らないと!

 そうして、俺は雨が降り注ぐ中、自分の体のことすら気にせず、師匠のいる場所へと走っていった――。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「―――って言うのが、俺が『ウォクス』の声が聞こえるようになった経緯です」

 

「――まず、一言言わせてくれ。……ライラも風邪ひくんだな

 

「って、そこですか!?」

 

 

 冗談のつもりで言ったつもりが、紅夜には真面目に受け止められ、驚愕の声が響く。

 いや正直に言えば、あの体自体がチート野郎と言っても差し支えない『権能』保持者であるライラが風邪をひくなど思いも寄らなかった。

 

 

「でもまぁ、その『風邪』と言う症状のことも、『ウォクス』のおかげで対処できたんです。本当に、彼女には感謝しかありません」

 

「そ、そうか…」

 

 

 ――と、まぁそんな雑談はそれくらにして。

 

 

「その…『ウォクス』だっけか?女の声を発する、『神の声』。しかし、なんで最初に『ウォクス』って言わなかったんだ?名前があるなんら、正体を濁さずに言うと思ってたんだが…」

 

「あの時はまだ確証がありませんでしたから、黙っていたんです。黙っていて、すみません」

 

「いや…もう過ぎたことだ。気にしてない」

 

 

 謝る紅夜を、自制する零夜。これに関しては、紅夜に非はない。よくよく考えれば、敵に成りうる可能性を持つ相手に、情報を秘匿するのは当たり前のことだ。

 これは、完全にこちらの思慮不足だ。

 

 

「その『ウォクス』の声は、今も聞こえるのか?」

 

「はい。『ウォクス』は今も僕に語り掛けてきています」

 

「――そうか」

 

 

 今までの話を纏めてみると、共通している点は、『窮地』に至っていると言うところだった。

 零夜はルーミアや依姫が死にかけている所を、無我夢中で『命令』した際に、一回のみ。しかし紅夜は、目の前の敵を殲滅せしめんとしているときに『神の声』が聞こえるようになった。しかも、『声』は継続して聞こえているようだ。

 この違いは、一体何なのか。

 

 

(……『ウォクス』……言い換えると、ラテン語で『声』。随分と安直なネーミングだ。得られる情報が、名前からは何一つねぇ)

 

 

 月で『ヘプタ・プラネーテス』の人員の名前の由来が、『惑星』であったことから、『ウォクス』の名も何かの言い換えではないかと踏んだ零夜は、話の途中に『地球の本棚』に飛んで、情報を得た。

 『ウォクス』はラテン語で『声』。安直過ぎてこの名をつけた奴は随分とテキトーなのだと思った。

 

 

「俺とお前の違いは、一体なんなんだろうな。お前は継続して聞けているのに、俺は一回きりだ。その違いこそが、『条件』なんなんだろうな」

 

 

 紅夜が『ウォクス』の声を聞いた際に彼女が発した、『条件を達成』と言う言葉。自身の時はそんな言葉言われなかったのに、紅夜の時だけ言われていた。話を聞いた対象が紅夜だけな以上、確定は難しいが。

 一体、ウォクスの声が聞こえるための『条件』とは一体なんなのだろうか?

 

 

「考えうる可能性は、『窮地』に至って事だけなんだけどな…」

 

 

 唯一共通している点は、そこだけだ。逆に、それ以外は見当たらない。

 なら、もう一度窮地に追いやられてみるか?いや、それは危険すぎてあまり実行できることではない。

 

 

「……どうやら、あまり俺の話は役に立たなかったようですね。すみません」

 

「いや、そんなことはない。ヒントは得られた。十分な情報だと、俺は思うぞ」

 

「そうですか?ありがとうございます」

 

 

 お礼をしてくる紅夜。……このやり取りは何回目だろうか?もう何度も行っているため、彼には悪いが正直ウザい。いや、謝られない方がよっぽどムカつくため、この考えは完全に自己中だ。

 感情のコントロールは、本当に難しい。

 

 

「それにしても、その『妖力纏い』、岩にも適応できるんだな」

 

「はい。体にやるわけじゃないから、幾分か楽なんです」

 

「お前と戦った時も、それで岩の耐久力を上げていたってわけか」

 

「そうですね。おかげで壊れにくくなりましたよ」

 

 

 親善試合として戦った際、ライジングタイタンソードの力でも壊れなかった岩だ。妖力を纏うだけで、耐久力はかなり上がるようだ。

 そして、それに気づかれない工夫も、彼独自のものだった。

 

 

「力の流れすらも隠す『隠蔽』の能力。いや、才能と言うべきか?いや、もう『能力』レベルだから……」

 

「どちらでも構いませんよ。でも確かに、『隠蔽』は能力ともいうべきなんですが、『隠蔽』は、能力と言う枠に当てはめるべきじゃない…そう思うんです」

 

「……なんでだ?」

 

「それは俺にもわかりません。だけど、そうしちゃいけないって、思うんです」

 

「―――」

 

 

 理由は分からないが、紅夜は本能的に『隠蔽』を『能力』と言う枠にカテゴライズすることを拒否しているようだ。

 別に『能力』でも構わないと思うのだが、分からないことだらけだ。

 

 ただ一つ、可能性があるとすれば『権能』だが、紅夜はまだその境地に至っていないために、除外した。

 

 

「――じゃあ次に、お前の能力…もう一つ、あったんだな」

 

「黙っていてすみません。あまり地味で目立たない能力なので、言う必要はないかなって…」

 

「いや、かなり有用な能力だと思うぞ?実際に、その能力のおかげで、『ウォクス』を進化できたんだろ?」

 

「はい。……本当に地味だけど、この能力には感謝しかありません」

 

 

 あまりにも地味で、『ウォクス』に言われるまで気づくことすらなかった、『繊細』の能力。言葉だけでは地味に聞こえるが、この能力のおかげで、ウォクスは進化して、妖力を纏うと言うライラでも難しい難関な技術を行うことが出来ているのだ。

 

 

(纏う技術か…俺も霊力でやったな…)

 

 

 実際にこの技術は、千年間で、何度か試したことがある。

 結果は、と言うと――、

 

 

「俺も霊力でそれをやったことがあるんだが、意外と難しかった。身体強化ってこの世界じゃ難しいんだな」

 

 

 苦々しい思い出だ。単純に霊力を腕に纏ってみたら、腕が一か所に集めた霊力に耐えられなくなって、内出血を起こしたことがある。

 あの方法なら、微調整して安全に行うより強力な一撃を放てるだろうが、その代わり腕がイカれる。治療にとても苦労した思い出だ。

 それを可能にするこの世界のキャラクター、【聖白蓮】はとてつもなくすごいと思う。ただ、かなり先の話になるが。

 

 

「通常の異世界ファンタジーものじゃ、こういうのって簡単に描かれてるんだけどな…この世界だと、勝手が違うみてぇだ」

 

「異世界ファンタジーもの?」

 

「あぁ、こっちの話だ」

 

 

 ちなみに、異世界ファンタジーでセオリーな魔力を使っての身体強化をやろうと思ったが、零夜は自身の力では魔法を使えない。使える魔法は【ウィザード】系のだけだ。

 魔法を習得しているわけでもないので、魔法が使えないのは自明の理だが、それでも異世界ファンタジーのセオリーみたくならなかったのは、痛い思い出だ。

 

 しかしよく考えれば、あれは魔法陣などでうまく調整されたものであり、普及しているものを使っているために安全にコントロールできると言うもの(物語)もある。

 そんなものがないこの世界で、魔力や霊力をうまく扱えないのも、仕方がないことかもしれない。

 

 

「まぁ……とりあえず、時間取らせて悪かったな。そろそろ寝てくれて構わない」

 

「そう言う訳にはいきません。師匠がいない今、見張りなしはダメです」

 

「それもそうか…。でも、夜更かしは体に悪い。途中で起こせ。後半は俺が見張りをしてやる」

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えされていただきます」

 

 

 零夜は寝ているルーミアと妹紅の隣に座り、そのまま瞼を閉じて――、

 

 

「あ、そうだ。最後に言いたいことがあったんでした」

 

 

 紅夜の声で、瞼を閉じるのはやめた。

 

 

「なんだ?急に?」

 

「……師匠に、ウォクスのこと話したって、言ってましたよね」

 

「あぁ。つっても、ウォクスなんて名前があったことは初耳だったがな」

 

「……師匠が返ってきたら、ウォクスのことを打ち明けようと思うんです」

 

「―――」

 

 

 来た。いつかは来るであろうと思っていたことが、案外早くに来た。いや、むしろこの速さでちょうどいい。

 紅夜が疑っているときに、素直にライラが『ウォクス(神の声)』のことを知ったと思っている紅夜にとって、ウォクスのことを話す最大のチャンスだ。紅夜が、これを逃すはずがなかった。

 

 

「お二人のおかげで、師匠がウォクスのことを知りました。これを機に、話してみることにします」

 

「あぁ、俺も、それでいいと思ってるぞ。あいつの驚く顔が、目に浮かぶ」

 

 

 そうは言うが、ライラは紅夜が既に『ウォクス』の声が聞こえていることはすでに知っているだろう。

 『声』が聞こえると言うこと、すなわち『権能』覚醒の兆しと言うゾーンに今、紅夜はいるのだから。

 完全に覚醒しているライラが、気づいていないはずがない。

 

 それでも、それは言わない。

 

 

「ははっ、俺もです。……お時間、取ってすみませんでした。おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

 そう言い、零夜はゆっくりと、瞼を閉じた―――。

 

 

 

 




 どうでしたか?
 『ウォクス』――ラテン語で『声』。自分でも安直だなと思ってます。

 ちなみに、ライラもちゃんと風邪は引きます。だって、生き物だもの。

 紅夜はウォクスのことをライラに打ち明けようとしました。
 しかし、ライラはすでにそのことを知っているでしょう。なにせ、『権能』覚醒者は他の覚醒者の気配を読み取ることができるから。
 そして、微力ながらも零夜からもその気配をシロが読み取ることができたのは、『声』を既に一度聞いているから。
 つまり、何度も聞いている紅夜の隠し事を、ライラが気づいていないはずがない――。

 どうなる、次回!


 評価、感想お願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56 覚悟の告白(ホンネ)


 どうもー龍狐です。
 いろいろと試行錯誤して、12000文字くらいになっちゃったよ。

 正直なところ、どうやって話を三年後に持っていこうかなーって考えてる次第です、はい。
 まぁそれは後々テストが終わったあとに考えることにします。

 それでは、どうぞ!


――翌朝、零夜はゆっくりと瞼を開けた。

 背中を木から離し、背伸びをする。隣にいる、ルーミアと妹紅の姿を確認した。スヤスヤと、二人で気持ちよさそうに眠っている。

 

 

「うーッ」

 

「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」

 

「あぁ、お前のおかげでな」

 

 

 目の前で焚火を焚いている紅夜を見て、零夜はそう言う。

 あの後、約2時間置きに見張りを交代した形で二人は朝を迎えた。

 

 

「―――(現在、六時半……ちょうどいい時間だな)」

 

 

 零夜が寝たのは、零時過ぎ。逆算すれば見張りをしていたのは紅夜➡零夜➡紅夜の順で、朝日が昇るころに睡眠から起きたのが零夜のは、自明の理だ。

 

 

「シロとライラは?」

 

「まだ戻ってきていません。でも、この時間帯まで戻ってこないなんて、少し心配です。いつも師匠はこの時間帯にはすでに起きているので。大丈夫なのは分かっていますが、少し心配になります…」

 

「昨日もちゃんと無事に――とは言い辛ぇが、帰って来ただろ。だから、大丈夫だ」

 

 

 昨日、二人は特訓と言ってボロボロで帰って来た前科があるため、心配になるのも無理はない。

 しかし、ちゃんと帰って来るだろう。

 そう確信をして、焚火の近くに寄る。

 

 

「で、『神の声』のことを言うタイミング――機会はどうする?」

 

「―――」

 

 

 単刀直入に聞いて来たため、紅夜は口ごもる。

 彼の中でも既に決定事項となっているだろうが、やはりまだ抵抗があるようだ。

 そりゃあそうだ。今まで隠してきたことを、突然語ると決意したのだから。心では、まだ迷いが残っているはずだ。

 

 ちなみにだが、タイミングを機会と言い直したのは、紅夜が理解できないだろうと言う単純な理由だ。

 

 

「――正直、迷いがあります。さっきまで、あんなに言おうと決めていたのに、いろいろと考えるうちに、迷ってしまいます」

 

「―――」

 

「本当に俺って駄目ですよね。一度決めたのに、迷ってしまうなんて…」

 

「―――」

 

 

 仕方のないことだ。

 迷いとは誰にだって生まれる物だ。そして、時間が経つにつれてどんどんと膨大していく。例外がいるとすれば、それは冷酷な奴かバカな奴だけだ。

 

 

「……仕方ねぇな」

 

「――え?」

 

「おい紅夜。これは俺の憶測に過ぎねぇが、ライラは既にお前が『神の声』が聞こえてるって、薄々勘づいている可能性があるぞ」

 

「……えっ?」

 

 

 予想していた通り、紅夜は素っ頓狂な声を出した。

 言わないでやろうと思っていたが、ここまで迷っていたら、何度やっても燻ぶるだけだ。ならば、その燻ぶった悩みを一瞬にして燃やす必要がある。

 

 だからこそ、今まで言いかねていたこの話題だ。

 

 

「あれからいろいろ考えてみたんだが、ライラがお前の様子を変だと感じる点がいくつもあった」

 

「それは…」

 

「『妖力纏い』と『繊細』の能力だ」

 

「―――」

 

 

 零夜の言葉に、紅夜は驚愕の表情も見せず、真剣な表情のままだ。どうやら、この程度のことは考えていたようだ。

 過程を考えれば、誰だって疑問を持つことだが、それでも零夜は話を続ける。

 

 

「自分ですら難しい『妖力纏い』。それを弟子のお前が軽々とやってのけること自体が異常だ。だから、まずそこをライラは疑っただろう」

 

 

 あの後、【地球の本棚】で『妖力纏い』についていろいろと調べてみた。すると、ある程度確信をもって予想していた通りの情報と、確信が持てなかった情報が載っていた。

 それは、妖力纏いは高度な技術であり、これを使用できれば基礎能力の上昇や、武器に纏わせれば攻撃力や耐久力を上昇させると言う基礎的なことが書いていた。

 しかし、零夜の不確かで不確定だった情報、それはそれが正確かつ繊細であればあるほど、その上昇率は格段に上がると言うことだった。

 

 どのくらい繊細にやればいいのかと知りたく、もっと読みあさってみると、自身の妖力を『血液の流れと同じ均一の速度で』『骨の一つ一つ』『筋肉の繊維に沿って妖力を纏わせる』――全てを一つに要約すると、『細胞の一つ一つに均一に妖力を纏わせる』と言った大変高度かつ無理ゲーとも言える練度で行わなければならないと言うことだ。

 

 そんなこと、完全に出来たとしても1秒持つかどうかだ。さらに勝負となったとき、妖力のコントロールと戦いを同時に行うことになるため、その集中力は尋常ではない。

 

 

 つまり、そんな高度な技術を紅夜が扱えること自体がおかしいのだ。

 

 

「あと、お前がライラに『妖力纏い』を見せた時の状況を説明してくれないか?」

 

「えっと、それはですね…」

 

 

 紅夜の説明では、ライラの体調が万全になったあと、新たな技ができたと言い、それを見せた結果、『何故できたのか』と問い詰められた。

 正直にウォクスのことを除いた事の顛末を放すと、物凄く怒られたらしい。

 

 理由はなんでも、危険な技を無暗に使用するな、と言う理由だ。

 失敗すれば体の内側にダメージを負う身体強化技。未熟な紅夜ができたこと自体に問題があったことだ。すべて、ウォクスの言う通りだったと紅夜は思ったらしい。

 

 

「師匠は俺のことを思って怒ってくれたと思うんですけど、繊細の能力のことを話したらすごく疑われまして…」

 

「…そうか。ある程度は理解できた。で、お前が『繊細』を扱えるようになったのを、お前はどんな言い訳で通した?」

 

「昨日話した、妖怪での戦闘で我武者羅(がむしゃら)に妖力を放出しながら戦った、そう説明しました」

 

「つまり、未熟者の浅知恵で戦った結果、運よく勝てたって筋書だな?」

 

「そんなところです」

 

 

 紅夜の証言で、ある程度の予測はついた。ならば、ライラ――賢人が真っ先に考える可能性は――、

 

 

「確かに、『繊細』に物事を扱う能力を得たのなら、それができたとしても不自然ではない。だがしかし、ライラは同時にこう思ったはずだ。『そんなすぐに二つ目の能力に目覚めるか?』、と」

 

「―――ッ!」

 

 

 そこで、紅夜はようやくと言えば良いのか、驚愕した表情になった。

 零夜が、何を言いたいのかを理解したようだ。

 

 

「通常、能力ってのは自覚してないとうまく扱えない。お前の一つ目の能力の場合は『岩を操る』ことだから簡単に気付けたが、『繊細』の能力は誰かに指摘されるまで気づかないような、そんな能力だ」

 

「―――」

 

 

 事実、紅夜の『繊細』の能力はウォクスに指摘されるまで自分自身ですら気づけなかった。だからライラは考えたはずだ、『どうして気付けたのかと』。

 

 

「だがそんな能力をお前は気付いた。当然ライラは考える。『誰かが紅夜に能力の手がかりを教えた』と。『だったらそれは誰だ』とも、思ったはずだ。そして極めつけは昨日の深夜の『神の声』をライラに教えたことで、ある程度の推測が可能になったかもしれない。」

 

「じゃあ、師匠は…」

 

「確実じゃないにしろ、お前に『繊細』の能力を教えた存在には気づいているだろうな」

 

「……だったら、なんで師匠はそれを俺に言わなかったんでしょうか…?」

 

「さぁな。俺はライラじゃねぇから分からねぇよ。あとは、本人に聞くしかねぇな」

 

 

 紅夜があの時妖力纏いを使ったと言うことは既にライラは紅夜が高度な妖力纏いおの使用者であることは知っていたのは確定事項だ。であれば、何故それを聞きだすことをしなかったのか、単純に、師匠としてのプライドを守るためか、それとも、別の理由があるのか、真相はライラにしか分からない。

 

 

「それじゃあ、俺からも聞いていいですか?何故師匠に『神の声』――ウォクスのことを話したんですか?」

 

「ギブ&テイク……っても分からねぇか。情報交換のために、シロが『そういうのがある』って感じで話したんだ。俺だって初耳情報満載で驚いたかんな?」

 

「そう、ですか…」

 

 

 咄嗟の嘘に半分本当を混ぜたおかげで、完全に信じた紅夜は、考え始める。

 彼がなにを考えているのかは、手に取るように分かる。だから、これでチェックメイトだ。

 

 

「―――」

 

「まぁただ、単純にお前がその後に『繊細』の能力に気付けたと考えたかもしれない」

 

「え…?」

 

「言ったろ?これは俺の考え、ライラの考えじゃない。ライラの考えなら、ライラが一番知っている。あとは、お前があいつの口から直接聞けばいい、それだけだ」

 

「……そう、ですよね。ありがとうございます。勇気づけてくれて」

 

「感謝するこたねぇよ。時間が経てば、迷いが生まれるのは、当然のことだからな」

 

 

 紅夜の場合、あの時の決意は例えるのなら『紙』、ただそれだけだ。少しの風が吹けば、一瞬にして飛んで行ってしまう。

 しかし、零夜の言葉がその『紙』を補強する『のり』になり、『セロハンテープ』になり、紅夜に『紙』を完全に貼り付けたのだ。

 

 つまり、何も知らない状態で話すより、相手がある程度勘づいていると考えている状態で話す方が、よっぽど心に負担をかけないと言う訳だ。

 

 

(だから、あとは紅夜の決意がまた剝がれねぇうちに、さっさと帰って来いよライラ!)

 

「う~ん…」

 

 

 そして、零夜の考えとは逆に、今まで零夜の隣で眠っていたルーミアが目覚めた。とんだ金髪違いだ。

 

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよう」

 

「う~ん……おはよう…」

 

 

 彼女は目を擦って、目やぎを取り除く。

 そしてその後に、欠伸(あくび)をして――。

 

 

「お休み」

 

 

 零夜の膝を枕にして、そのまま二度寝した。

 

 

「「―――」」

 

「こいつ、ちゃっかり俺の膝を枕にしやがった……」

 

「ははっ、随分と好かれてるんですね…」

 

 

 その様子を、ただ無言で眺めた二人は、別々の感想を述べた。

 紅夜の考えに、『俺の膝ってそんなにこいつにとって枕として適してるのか?』とすら考える始末だ。しかし、これは実戦しようがないため、断念せざるを得ない。

 

 

「まぁコイツは重いだけだ。重石(おもし)だとでも思えばいい」

 

「それ、かなり失礼じゃありませんか?」

 

「良いんだよ、別に」

 

 

「「―――」」

 

 

 再び、無言になる二人。

 今ので完全に話題が尽きた。あとはライラが来るまで待てばいいのだが、ライラがいつ戻って来るのかすら分からない状態だ。

 つまり、この空気はとても気まずい。

 

 しかし、流石にこの空気は頂けないため、なにか話題を作って――、

 

 

「なーにしてんの?」

 

「「ッ!!」」

 

 

 二人の間から聞こえた初めて聞いた女性の声に、二人の肩が震えた。

 即座に戦闘態勢に入り――、

 

 

「あーストップストップ!僕を攻撃しちゃやーだよ」

 

「……シロ…ッ!」

 

 

 その女性の声の正体は、シロだった。シロの恰好は、昨日のようにボロボロの恰好ではなく、いつも通りの服装だった。

 彼の声質は毎回変わるために、聞く度にドキッと心臓が高鳴る。

 

 

「……待てよ?お前がいるってことは、ライラは今どこにいる?」

 

「ライラ?彼女なら湖の方に行っているけど?」

 

「――ッ!紅夜」

 

「はい。行ってきます」

 

 

 短い会話でコンタクトを取ったあと、紅夜は湖のある場所に向かって走り出した。

 当然の紅夜の行動に、当然の如くシロは首を傾げた。

 

 

「……どういうこと?」

 

「お前はいなかったから知らなかったからな。教えてやる。どうやら紅夜にも『神の声』が聞こえてるらしくてな。それを今ライラに話すらしい」

 

 

 一通りの事情を一言で纏めた零夜は見えないシロの顔を見る。どうせシロも知っているはずだ。

 『権能』を持っている者同士、『権能』持ちであることを理解できることは、百も承知だ。

 

 

「……あぁ、知ってるよ」

 

 

 案の定の答えが、シロから返って来た。

 この答えは当然だ。想定の範囲内だ。

 

 

「あぁ、だからあとは分かり切っている結果が来るのを、待つだけさ」

 

「……そうは、行かないんじゃないかな?」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 シロの口から思わせぶりな発言が飛ぶ。

 別に問題はないはずだ。『権能』に覚醒しているシロが紅夜の『神の声』の存在に気付いているのだ。同じ覚醒者のライラが気づいていないはずがない。

 

 

「お前が紅夜の『神の声』に気付いているなら、ライラだって気付いているはずだ。それの、どこに問題があるんだ?」

 

「そこに、問題があるんだよ」

 

「―――どういうことだ?」

 

「だって、ライラは気付いていなかった。紅夜が『神の声』が聞こえることに

 

「……は?」

 

 

 

 

 

―――。

 

 

――――

 

 

―――――。

 

 

――――――。

 

 

―――――――。

 

 

 時間は、少し先へ。

 湖はここからなかなか離れており、紅夜ですら走っても3分ほどかかる。ライラならば一瞬だが、紅夜は違う。

 そもそも水場のある近くに拠点を構えればいいだけの話なのだが、水辺は生物()が集まりやすいと言う理由で、却下されている。

 

 

 

「師匠ー!」

 

 

 紅夜は、この近くにある湖にいるであろうライラの元へと向かっていた。

 湖が見えたと同時に、見慣れたライラの後ろ姿が確認できた。

 

 ライラから3メートルほど離れた場所で立ち止まり、呼吸を整えた。

 

 

「…そんなに息を荒げて、どうしたんだ?」

 

「…突然ですけど、師匠!実は俺、今まで師匠に言っていなかったことがあるんです!」

 

「―――」

 

 

 ライラは、やはりと言うべきか、ずっと無表情で紅夜を見ていた。

 紅夜もそのライラの状態に、紅夜は確信した。零夜の仮説は正しかった、と。

 確信と自身を持って、言葉を続ける。

 

 

「その、隠し事とは?」

 

「……実は俺、聞こえるんです。『天からの声』が」

 

 

 

 

「――あぁ。知らされたよ

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 脳が、理性が、知性が、今入って来た情報を遮断しようとする。

 事実、あの話を聞いた後ではとてもじゃないが信じられない情報だ。だって、『権能』持ちは互いに『理解』し合える、そんな特性を持っているはずだろう?

 零夜だって一度しか『神の声』を聴いた経験がないのに、微弱ながらも同じ力の流れを感じると二人から言われたのだ。

 そんな『権能』持ちが、『権能』の蕾に気付いていなかったなんてことがあるのか?

 

 

「待て、おかしい、どういうことだ。お前が今言ったことは、前提から覆るぞ?だって――」

 

「『権能』持ちのライラならば、紅夜の覚醒に気付いていてもおかしくない、だよね。事実、そうなんだ」

 

「だったら――」

 

「でも、それを阻害するナニカがあるとすれば?

 

「阻害する、何か…?―――ッ、まさか」

 

 

 あった、確実な、気配などを隠すために最適な、紅夜の『才能』とも言える長所――!

 

 

「『隠蔽』…!」

 

「そ、紅夜の『隠蔽』が、『権能』の『気』そのものを『隠蔽』していたんだ」

 

「だがそんなことがあり得るのか?いくら生まれつきの才能だからって、『権能』の気配そのものを消すことなんてできるのか?」

 

「……通常は、できない」

 

「……通常は?ってことは、例外があるのか?」

 

 

 シロのすぐに分かるような含みのある言葉に、零夜は反応を示す。

 『権能』の気配は消すことはできない。常に垂れ流しだ。しかし、そんな『気』を遮断する方法があるとすれば――、

 

 

「……まだ先の話だから、黙っていたことがある。『権能』に覚醒すると、一つ特典がもらえる

 

「……特典?……俺で言う『離繋(りけい)』の能力と【ダークライダー】と【アナザーライダー】の力か?」

 

「まぁそんな類のものだと思ってもらって構わない。その特典ってのは、『能力』を一個増やすような感覚で、『才能』がもらえる。ちなみに、僕の才能は『変声』であり、ライラの才能は『教育』だ」

 

「お前の声が毎回変わる理屈ってそれだったのか!?」

 

 

 まさかの千年越しの驚愕の事実の発覚だった。

 シロの声が一々変わる理屈が、まさか『才能』だったなんて。しかし、何故よりにもよってそれをチョイスしたのだろうか。紅夜の『隠蔽』のような戦闘向きの『才能』にすればよかったものを。しかし、それは本人が決めたことなので零夜がとやかく言う資格はないし、そもそも過ぎたことなので出過ぎた真似だ。

 

 ライラの『才能』をいつ知ったのか分からないが『教育』と言うだけで、紅夜を育てるためにその『才能』を貰ったのだろうということが十分予想できた。 

 

 

 

「――話が変わったから戻すけど、この理屈で紅夜は『隠蔽』の『才能』があるんだと思う――んだけどね」

 

 

 しかしよくよく考えてみればこれはまた初耳の情報だ。黙っていたと言うのは聞き捨てならないが、それは後ででいい。

 問題は、『権能』に覚醒すればその特典として『才能』がもらえると言う点だ。

 しかし、紅夜の場合は前提が崩れている。

 

 

「待てよ、それこそおかしいだろ。紅夜はまだ『権能』に覚醒してねぇんだぞ?」

 

「それも不思議なところだ。今までのパターンでも、『権能』に覚醒せずに『才能』を貰えたパターンは存在しない」

 

「だったら、なんで…?」

 

 

 シロですら知らない例外。それは零夜の脳を振るわせた。どうしてそんな例外的なことが起こるのだろうと。

 しかし、考える物事はその次だ。何事にも例外があるとするならば、必ず理由が存在するはず。その理由を、考える。

 だが、考える前に、シロが口を開いた。

 

 

「……コレは僕も初めてのパターンだから分からないけど…紅夜の『権能』関連で、異例の事態が起こっていると考えれば、それが連鎖して今の事態が起こっていると考えられる」

 

「例外……異例の事態…ッ」

 

 

 瞬間、零夜の脳裏にある記憶がフラッシュバックする。

 それは、紅夜の昔話の一部だった。頭の中で話題が要約されて一文に纏められる。―――『『繊細』の脳能力のおかげで、通常できないはずのサポートが可能になった』。

 

 通常できないことができる――つまり異例の事態だ。

 そして、それが出来る者の名は――、

 

 

「ウォクス…!」

 

「ウォクス?『(だれ)』だいそれは?」

 

「紅夜の『神の声』の名前だよ。紅夜の持っている『繊細』の能力で通常できないことができるようになった正にイレギュラー!これが関係してんじゃねぇのか?」

 

「……確かに、それは異常だ。零夜の言ってること、案外当たってるかもしれないね」

 

 

 そうあくまでも、シロは冷静に取り繕う。

 しかし、内情は焦っているはずだ。本来ありえない――イレギュラーを目の前に、混乱するのは誰だって当たり前の出来事だ。

 

 

「……待てよ?だとしたらまずくねぇか?紅夜にはライラが『神の声』の存在に気付いている前提で話をしりまってる」

 

「いや、そこらへんは心配ないよ」

 

「――どういうことだ?」

 

 

 『神の声』の存在を知ったライラは、紅夜が『神の声』が聞こえるのではないかと言う疑念を持たせた状態で送り出したことをまずいと感じた零夜だったが、何故シロは大丈夫だと言う。一体、なにが問題ないと言うのだろうか?

 

 

「僕がさ、昨日の夜ライラと居たのは、なんでだと思う?」

 

「そりゃあ、特訓だって――」

 

「違う。ライラの力量は初めて戦った日に把握している。特訓なんて、あの場から離れるための口実に過ぎない」

 

「なんで、そんなことを…?」

 

「……零夜と紅夜が戦ったあと、僕は紅夜が『隠蔽』を持っていることを知って、確信したんだ。紅夜は『神の声』が聞こえていると」

 

「その根拠はなんだ?」

 

「僕の権能だよ。君にはまだ話していない部分も多いからね。隠された部分を見つけるなんてことは、お茶の子さいさいさ」

 

「―――」

 

 

 確かに、零夜はシロの能力――もとい権能の効果すべてを知っているわけではない。と、言うより本人が情報開示をしないだけだ。

 別に隠すことは悪いことではない。誰だって隠し事の一つや二つ持っているものだ。

 

 既に知っているいくつかの権能の効果の実態を知っているが、どれも頭が痛くなるようなチート級能力だ。

 だから、信じるに値する十分な事柄だ。

 

 

「だからいろいろとライラから聞いたんだ。無論、彼女もタダで情報開示するようなバカではない。だから、僕も情報を上げた。ギブ&テイクってやつさ」

 

 

 つまり、昨日二人がいなかったのは特訓などではなく、互いの情報を擦り合わせる――いや、提示し合う会議のようなことをしていたと言うことか。

 そして、その中に紅夜の『神の声』の可能性を教えたということだろう。

 

 

「その情報に、知られたらまずい情報は入ってねぇか?」

 

「少なくとも、僕たちに不利な情報は流してない。話したことを挙げるとすれば、『紅夜の権能覚醒の可能性』や『僕たちの表側の目的の詳細』くらいかな」

 

「―――紅夜のことはともかく、俺らの目的――表向きってことは、最悪の未来を変えるって言う目的のことか」

 

「そう。輝夜と永琳、圭太を救い、臘月をこの世からもあの世からも滅ぼすと言う目的をね」

 

 

 大体は会ってはいるが、この世からもあの世からも滅ぼすと言うのは初耳だ。そこらへんは膨張しているのだろう。しかし、それほどシロは臘月を殺すことに執着していることになる。

 あの世からも消し去ると言うことは、魂を消失させると言う認識でいいのだろうと思うが、シロならそれが出来そうで怖い。

 

 零夜にはとてもじゃないが無理だ。アナザーゴーストの力を使っても、魂の消失までは行えない。せいぜい『貯蓄』までだ。

 

 もしこの世界の住人で『魂』を消滅させることのできる権限や力を持つ者がいるとするのなら、原作の公認チートキャラである【八雲紫】と【ヘカーティア・ラピスラズリ】しかいないだろう。

 気に食わない奴がいれば、彼女たちに消させるよう誘導するのもありかもしれない。

 

 しかし、悪役と言う立場で定着している零夜達の誘導では、あの有能で頭がキレるであろう二人には無意味かもしれない。

 無駄な発想だったなとこの考えを頭から振り払う。

 

 

「なに考えてたの?」

 

「別に。大したことじゃない。……もう、大分時間が経ってるな」

 

「そうだね。僕からもライラに話しているから、案外すぐに会話が終わるだろう。その証拠に――来たし」

 

「――?」

 

 

 その言葉で、二人が戻って来たのかと思った零夜が後ろを振り向くと、そこには誰もいない。

 「誰もいないじゃないか」と文句を言おうと再び前を向いたとき、『ソレ』はそこにいた。

 

 それは機械で出来たような鉄製を思わせるフォルムをした赤と黒を基準とした、黄色い瞳を持つ蝙蝠だった。

 

 

「『キバットバットⅡ世』…!」

 

『久しぶりだな』

 

 

 キバットバットⅡ世はシロの腕に乗っかり、黄色い瞳で零夜を見据えていた。

 そして、零夜は二人の要因から困惑していた。一つ目は何故彼がいるのか、二つ目は、いつ、どうやって抜けだしたのか。

 

 

『俺様が何故いるのか。どうやってお前のところから抜け出したのかと困惑している顔だな。それは単純だ。コイツに頼まれて、あの二人の様子を見に来たのさ』

 

「…お前がか?お前は人のお願い聞くようなタイプじゃねぇだろ」

 

 

 キバットバットⅡ世は、良く言えばクールで厳格な性格、悪く言えば傲慢だ。

 そんな彼が素直にお願いを聞くとは思えない。

 

 

「やだなー零夜は。彼は確かに悪い面ばかりに気を取られちゃうけど、融通が利かないって訳じゃないしね。でしょ?」

 

『―――』

 

 

 キバットバットⅡ世は、何も喋らない。

 そう、彼は決して悪い人間?蝙蝠?ではない。彼はクールで厳格かつ融通が利くキバット族なのだ。

 だから、頼みを聞いたのだろう。

 

 

「沈黙は肯定とみなすよ?あ、あといつ彼が零夜から抜け出したのかと言うと、単純に君が寝ている隙に盗って待機させておいたのさ」

 

「結局お前が原因じゃねぇか!」

 

 

 今すぐにでも立ってシロに突っかかろうとしたが、膝に乗っかかる重さを思い出して、途中でやめた。

 すっかり頭から抜け落ちていたが、今も尚ルーミアは零夜の膝を枕にして寝ている。良く寝ていられるなと感心する。

 それに、その隣で毛布で包まって寝ている妹紅もすごい。あれだけの騒音で全く起きないなんて、なんだろう、胆力がすごいとでも言えばいいのだろうか?

 

 

「ははっ、それじゃ君は動けないね」

 

「―――ッ。まぁいい。気付かなかった俺も俺だ。」

 

「そうか。それで、どうだった?」

 

『話の大体の内容はお前らが話していたのとほぼ同じなはずだ。あとは……そうだな。あの小僧はあまり驚いてなかったな』

 

 

 その理由は簡単だ。紅夜にはライラがウォクスの存在に気付いているかもしれないと言ったあるため、驚きは少ないだろう。

 

 

「他には?」

 

『ない。それだけだ』

 

「そっか。ありがとうね」

 

『礼など必要ない。俺様は休ませてもらう』

 

 

 そう言うと、キバットバットⅡ世は零夜のコートの内側の懐へと入っていった。

 

 

「――さて、そろそろ帰ってくるだろう。心の準備はいいかい」

 

「あぁ、とっくにできている」

 

 

 二人は紅夜が走っていった方角を見据え、数十秒ほど待つと、二つの足音が聞こえてきた。

 零夜は枕を『創って』ルーミアをゆっくりと乗せ、二人で立って森を見据える。

 森の奥から最初に出てきたのはライラで、その次紅夜が出てきた。

 

 

「「――――」」

 

 

 二人は無言で、互いの顔を見合わせずに、帰って来た。

 ライラはそのまま二人を通り過ぎると、焚火の前に胡坐をかいて座った。

 

 そして紅夜は、零夜の前で立ち止まった。

――一言、放った。 

 

 

「…ありがとうございます」

 

「――――」

 

 

 それは感謝であった。しかしその表情は『儚い』、その一言で尽きるような表情だった。

 

 

「今まで詰まっていたナニカが、取れたような感覚です。これも、あなたのおかげです。本当に、ありがとうございました」

 

「あぁ。それなら、良かった」

 

 

 そう行った後、紅夜はライラから少し離れた場所の木にもたれかかった。

 溜まっていたものが取れたようにも見えるが、何故かそこには喜びはないように感じられた。どういうことだろうか?

 

――こればかりは、話を直接聞いていたキバットバットⅡ世に聞くしかない。

 

 

(それはあとで聞くとして…今はこの空気を変えるとするか)

 

「おい、そろそろ飯にするぞ。二人を起こすから、できればこの空気を変えたいんだが?俺は嫌だぞ、こんな空気で飯食うの」

 

 

 直球だ。オブラートに隠すことも、なにか比喩することもせず、直接要求を言った。

 普通なら機嫌を悪くするところだが、そこにまっとうな理由があるのなら話は別だ。

 

 

「…そうだな。いつまでもウジウジしてられない。食事の準備をするぞ、紅夜」

 

「…はい、師匠」

 

 

 そういい、二人が率先して食事の準備をし始める。

 しかし、空気とはそう簡単に変わるものではない。だが、少しでも話題から逸れてくれたことでも、成果はあった。

 

 

「フッ、おい、そろそろ起きろ」

 

「ふぎっ!」

 

 

 零夜はルーミアの頭にチョップをかまして無理やり起こし、小さな悲鳴を無視して妹紅の方に駆け寄ると、ゆっくりと揺さぶって起こす。

 

 

「う~ん…」

 

「ご飯だから、起こした。お前も手伝ってくれ」

 

「んー…分かったー…」

 

「ちょっと!その子と比べて私の扱い雑過ぎない!?」

 

「俺の膝勝手に枕にしただろ。それに、枕わざわざ創ってやったんだ。それでいいだろ」

 

「……いいけど、なんか納得いかない!」

 

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ金髪の美女を無視して、零夜は食事の準備をし始める。

 

――10分後、全員分の食事が行き渡り、食事をし始めたころ。

 

 

「―――」

 

 

 むすっとした顔でソーセージを口に入れるルーミア。零夜に杜撰に扱われたことが気に食わなかったのだろう。

 

 

「機嫌悪くすんなよ…飯がまずくなる」

 

「そんな私の機嫌を悪くした本人には言われたくはないわよ」

 

「―――」

 

 

 そう言われると、何も言えない。

 元々悪い空気を変えるためにあれこれやったのに、結局は自分で別のパターンで元の状態に戻してしまった。完全に因果応報だ。

 

 

「悪かったって…」

 

「乙女の心は繊細なの!そんな心の籠っていない謝罪で、私の機嫌が治ると思ったら大間違いよ!」

 

 

 そう豪語するルーミアだが、零夜の頭に浮かぶのはクエスチョンマークだ。

 

 

「乙女…?」

 

 

 零夜は彼女を見ていると、どうしても乙女とは何なのかを考える。どうしても初対面のインパクトが強すぎるために、とてもじゃないがルーミアは乙女に見えない。強いて言うなら、見た目だけだ。

 むしろ、彼がルーミアの内側に感じるのは、『獣』のような本能と思えた。

 

 その反応を見たルーミアは、ライラに泣きついた。

 

 

「うわーん!ライラ―、零夜がいじめるよー!」

 

「ちょ、おまっ!」

 

「……夜神。彼女はこう見えても繊細な子のようだ。いじるのもほどほどにしろ」

 

「そうですよ。流石に可哀そうです」

 

「ちょ!こう見えてもって酷くない!?ライラもいじめるー!こうなったら、紅夜!今日一日私と付き合いなさい!親交を深めるわよ!」

 

「えぇ!?俺ですか!?」

 

 

 彼女の急な提案に、紅夜が驚きの声を上げるが、驚いたのは彼だけではない。妹紅を除いた三人も同様で驚いていた。

 彼女は、ルーミアは、紅夜を恐怖の対象として見ていたはずだ。それもそのはず。紅夜自身は知らないが、紅夜の父親はかつてルーミアにトラウマを植え込んだ最狂の狂人だ。

 そんな怪物の息子である彼の()はゲレルと酷似しているため、それに恐怖を覚えていたはずだ。それなのに、どうしてそんなことを急に――?

 

 

「そう!あんたに怖がってた私はもうバイバイ卒業よ!これからはグイグイ行くことにするから!」

 

「そ、そうですか…?」

 

「ていうかそもそも、私より弱いあなたに怖がること自体間違ってるってことに気付いたからね!」

 

「う…ッ、事実が棘に…!」

 

 

 目に見えない攻撃が、紅夜を襲う。

 ルーミアの急激な変化に戸惑いながらも、零夜は口を開いた。

 

 

「おいルーミア、お前どうしちまったんだ?」

 

「別に、なんでもないわよ」

 

「いや確実にあるだろ。今日のお前、おかしいぞ?」

 

「おかしくない!おかしくないったらおかしくなーい!」

 

 

 彼女は否定するが、誰の目から見たって今の彼女は異常だ。

 もしやと思い、いや、確実に彼女のこの態度の原因は零夜の態度だと直感した。

 

 

「すまん、俺が悪かった。だから落ち着け!」

 

「落ち着いてますー!別に変なところはないから!と、言うわけで行くわよ紅夜!あんたのこと、いろいろ聞かせなさい!」

 

「えっ、あの、ちょ、まだ食べてる途中―――!」

 

「いいからいいから!」

 

 

 ルーミアは紅夜の手を掴んで無理やりどこかへと連れ去っていった。

 

 

「「「「――――」」」」

 

 

 そんな状況を、ただ見ているだけで留めてしまったことに、少しの後悔を持った。

 

 

「仕方ない。妹紅ちゃん。一緒に二人のところに行こうか」

 

「えっ、どうして?」

 

「だって、そっちの方が楽しそうだし」

 

「……分かった!行く!」

 

「良い返事だ。それじゃあ、行こうか!」

 

 

 シロは食器を置くと、オーロラカーテンを出現させて、二人は消えていった。

 残ったのは、零夜とライラの二人のみ。

 

 

「…なんか、騒がしかったな」

 

「ふふっ、そうだな」

 

 

 嵐のような朝だった。

 その起源がいろいろとおかしくなったルーミアだが、彼女が本当に心配になってくる。シロがみているから大丈夫だとは思うが、やはり心配だ。

 

 

「ルーミアのこと、心配しているのか?」

 

「あぁ、一応な。あいつなんか急に変になったし。本人は否定してるけどあれって完全に俺の対応が原因だよな…」

 

「そうかもしれんな」

 

「他人事見たいに…いや、他人事か…」

 

 

 反論しようとするが、できない。だって、本当に他人事なんだから。

 すると、ライラが。

 

 

「それにしても、ちょうど良かった」

 

「―――?」

 

 

 

 

 

「夜神。お前とは一度、一対一で話しておきたいと思っていたんだ」

 

 

 

 

 

 そう、真剣な面持ちでライラは零夜にそういった。

 

 

 

 





 評価・感想お願いします。

 いやー今回でシロの声が毎回変わる謎が解けましたね。こんな日常回?シリアス回?の中間地点とも言える()でこの謎が明かされるとは誰も予想していなかったでしょう!

 それにしても、すべてシロが手回ししていたことも驚きがあったでしょう!どこまで用意周到なのかと思うくらいですね!
 
 そして、久しぶりに登場キバットバットⅡ世!
 前回の登場は11話だったので、大分久々ですね!そしてその役割が盗み聞ぎ…。ちょっと微妙な立ち位置だったなと思いましたね。

 最後に、次回はライラと零夜がついに一対一の対話となります。
 ライラは、一体零夜になにを話すのでしょうか?

 次回をお楽しみに!


 今回のシロのイメージCV 【楠木(くすのき)ともり】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57 疑惑と蜘蛛

 お久しぶりでぇーす。

 いやぁーどうするのかといろいろ考えていたら、もうこんなに立ってましたよ。

 まぁ、一話分も書き終えたので、投稿しまーす。



「話…?お前がか?」

 

「どうした?別に変ではなかろう」

 

 

 ライラからそう言われ、零夜は黙る。だがしかし、ライラの方から零夜に話があると言うのはこの数日間過ごしただけでも十分珍しいと思えることだった。

 

 

「…いや、珍しいと思ってな。まぁ気にするな。それで、話ってなんだ?」

 

「あぁ済まないんだが、その話をする前に、別の話をしていいか?」

 

「おま…ッ、自分からふっといて、別の話するとかどうなんだ?」

 

「それはすまないと思っている。ただ、確認しておきたくてな。……ルーミアのことだ」

 

「――――」

 

 

 その言葉だけで、ライラが言いたいことが手に取るようにわかる。

 あのルーミアの態度がおかしいことは、普段の彼女を知っている者ならば誰でも分かる異常だと言うことが、一目瞭然だった。

 

 

「お前も分かっているとは思うが……彼女、かなり無理をしているはずだぞ」

 

「あぁ。あいつも、俺達も、分かってるだ。頭では。あいつには罪はねぇって。でも、あいつ(紅夜)の存在感が、どうしてもゲレルを思わせる。あいつは、まだそれが恐怖の種になってるはずなんだが…」

 

「……私が良いたいのは、それだけではないのだ」

 

「――ん?」

 

 

 ライラはゆっくりと立ち、ゆらゆらと体を揺らしながら零夜の両肩を掴む。

 

 

「お、おい。どうした?」

 

「お前が…お前がしっかりしないでどうする!!」

 

「――ッ!」

 

 

 突如として怒鳴られたことに、一瞬ビビるも、すぐに落ち着きを取り戻す。そもそも、零夜にはライラに怒鳴られるようなことをした覚えなどない。

 

 

「話には聞いてはいたが、いくらなんでもそれはない!もう少しだな、ルーミアの気持ちを踏まえろ!」

 

 

 あ、そういうことか。と、零夜は気付いた。

 ライラは女性の敵にかなり敏感だ。紅夜に『女性には優しくしろ』と言うほどに。その理念の起源は、最愛の妹を失ったことにある。

 それに由来して、ルーミアを怒らせたことに、ライラは怒っているのだと、零夜は考えた。

 

 

「あぁ…あれはすまなかったって。俺も悪気はなかったんだ。ただ――」

 

「ただ、なんだ?」

 

「いや、あの、その…」

 

「言い訳もできないようだな。……それも仕方のないことだとはいえ…

 

 

 そう小言を言うが、零夜には聞こえていない。

 そして、ライラの脳裏に一昨日の夜の光景の一部がフラッシュバックする。

 

 

『――ところでシロ。一つ聞きたい、いや、確認したいことがあるんだが…』

 

『確認したいこと?……あぁ、当てようか?零夜とルーミアちゃんのことでしょ?』

 

『そうなんだ。無関係者の私からは非常に言いにくいのだが、ルーミアは夜神を……』

 

『あぁ、『愛』しているだろうね。彼女の感情は、恋する乙女そのものだ』

 

『…やはりか』

 

 

 記憶の中のライラは頷く。

 ルーミアのこの数日間の行動や仕草を見ても、零夜の気を引こうと頑張っているところが多々見られた。それでも、零夜は見向きもしていなかったが。

 それがわざとなのか、それとも天然なのかはライラにも判断はできなかったから、ここで聞くことにする。

 

 

『それで、私が聞きたいことは、夜神はルーミアの好意に気付いているかと言うことなのだ。正直、あれで気付いてないと言うのは異常だぞ?』

 

『あぁあれね…。まぁ確かに、僕だったら普通に気付くよ』

 

『じゃあやはり、わざとなのか?だとすれば――』

 

『いいや、それは違うよ』

 

『なに?じゃあなんだと言うのだ?』

 

 

 ライラの問いかけに、シロは一呼吸を置き、星が満点の夜空を見上げる。現代社会では見られない、濁りのない綺麗な夜空だ。

 数秒間を置いて、シロは口を開く。

 

 

『零夜はね、人の愛情――いや、感情に鈍感なんだ。と、言うのも、それを認知するための機能が欠如してしまったって言う方が正しいかな?』

 

『それはどういうことだ?』

 

『……強いて言うなら、一種の防衛本能かな?頭じゃなくて、心が『愛』を拒絶してる。だから、零夜自身も気づいているようで気付いていないんだ』

 

『……それは、どうにかできないのか?彼女の愛はここままでは一方通行だ。』

 

『さぁね。一種のトラウマ――心の傷は、修復不可能だからね。こればっかりはどうしようもない。僕らには、彼らに気付かれない程度の支援をすることしかできないさ』

 

『―――お前は、夜神のことをどこまで知っているんだ?』

 

『全部♪』

 

『―――』

 

『とりあえずこの案件については本人の口から言ってもらうしかないと僕は思う。それで話は変るんだけどさ――』

 

 

 回想の途中で、ライラはそれを切る。

 これから先のことは、後から零夜に言うつもりだ。今、考える必要はない。ライラは重々しく口を開く。

 

 

「―――夜神。とりあえず私から言うことはルーミアにちゃんと誠心誠意をもって謝れと言うことだ。そしてちゃんとルーミアの目を見て向き合え!以上だ!」

 

「あ、あぁ…分かったよ…」

 

 

 零夜は渋々といった形で了承した。本当にやるかどうかは不安だが、とりあえずライラの中では二人が話す名目を作れたことだけでも良しとした。

 

 そして、ここからが本題だ。

 

 

「それじゃあ、本題に入らせてもらうぞ」

 

「そういえばそんなのあったな。で、本題はなんなんだ?」

 

「……紅夜の、『神の声』について…だ」

 

「―――」

 

 

 先ほどまでの熱が、一瞬にして冷める。

 正直、零夜は彼女が話すことは十中八九そのことだろうと、心のどこかで予測はしていた。逆に、自分が知っている中でそれ以外は見当たらなかったから。

 

 

「お前が背中を押してくれたと、紅夜から聞いた」

 

「別に。アドバイス――助言しただけだ。感謝されるほどじゃねぇ」

 

「謙虚なのだな」

 

「――それで、俺からも聞きたい。……シロが紅夜の『可能性』に気付いた理由は、なんだと思う?

 

「それは私にも分からん。聞けてないからな」

 

 

 そう言い、ライラは目の前で燃え尽きかけている炎を、己の深紅の瞳に映した。

 二人がシロを疑う要因は、しっかりと存在する。

 

――まず第一に、『今のシロ』ははっきり言って信用できる要素が少なくなっている。

 と、言うのも、千年越しにいろいろな事実を零夜に言ってきて、情報を整理するのにかなりの時間を有した。何故それをもっと早く言わないのかと言う問いかけにも、『順序があった』と言うもっともらしい理由をつけていた。

 

 これだけならまだいいのだ。

 しかし――、

 

 

「いくらアイツが規格外(チート)だからって、疑わねぇわけにはいかねぇ」

 

「…私ですら気づけなかった紅夜の『可能性(権能覚醒)』を、シロは少しの情報だけで完全に見抜いた。アイツは自らの力で知ったと言っていたが、本当にそれだけなのか?」

 

 

 『権能』保有者は、互いにその気配を知ることができるという常識。しかし、その常識を覆すような『才能』、『隠蔽』。

 しかし、そもそも『才能』と言うのは『権能』に覚醒して始めて貰えるおまけのようなモノ。『権能』に覚醒する前に保有していること自体おかしいのだから。

 

 

「その例外の原因が、『ウォクス』と言う例外的存在にあるってことは、一理あると思うだけどな…」

 

「ウォクスのことは紅夜が言っているのだから、間違いないと思うのだが…。シロは、なにか変なことは行っていなかったか?」

 

「変なことね……強いて言うなら、紅夜が『隠蔽』を持っていることで『神の声』が聞こえるって言うことに気付いたってこと自体が怪しいと思ってんだよな」

 

 

 シロが『神の声』に聞こえた要因に、決定的となる証拠がない。

 『隠蔽』と言う才能を持っていたとしても、『権能』覚醒後に貰えると言う常識が結論を邪魔するはずだ。それなのに、すぐに常識をかなぐり捨てられるのはおかしいというか、聡明だと言うのか。

 

 

「何故シロは『隠蔽』が『神の声』に繋がることに気付いたのか、俺も詳しいことは良く分からん」

 

「やはり、そうか。話してみて、あいつは結構な秘密主義だと言うことくらいは理解できていた。お前はあいつについてなにか知らないか?」

 

「それ、何か知れば結果的に今の話の結論に繋がるとか考えてるのか?無駄だ。千年一緒に過ごしているが、知っているのはあいつの『権能』の効力の一部と、あいつの素顔旧友がいるってことくらいだ。昔話とかしねぇからな、あいつ」

 

「あいつの素顔…?知っているのか!?」

 

 

 予想以上に、この案件についてライラが食いついてきた。

 まぁ普段人前で顔を見せないシロの素顔を知っているとなれば、食いつくのも当然であろう。

 

 

「あぁ、初対面のときに、嫌というほど見せられた。知っているのは、俺とルーミアだけだ」

 

「そうか…。ちなみに、どんな顔か聞くことかは可能か?」

 

「―――驚愕的かつ、納得のいく顔、だろうか?」

 

「―――?」

 

 

 驚愕するのか、納得するのか、一体どちらなのだろうか?そこらへんをはっきりしてほしいと表明しようとするが、途中でやめた。

 今の表現は、彼にとって精いっぱいの表現だったのだろうと、納得させる。

 

 

「それでは、旧友とは?」

 

「さぁ?旧友がいるってことしか聞いてねぇからな。あいつ、自分の昔話とか全然しねぇし。その旧友ってのが判明すれば、あいつの過去くらい知ってると思うんだがな」

 

「分からないなら、探しようがないか。無粋なことを聞いたな」

 

「それは俺にじゃなくてシロに言うべきだろ。まぁ、この場にいない奴のことなんて言ってもしょうがねぇが……。しかし、総合的に考えて、あいつがそんな疑われるようなヘマをすると思うか?」

 

「…では逆に聞く。付き合いが長いお前の目から見ればどうだ?」

 

絶対にしない。あいつはそう言うやつだ。やるとしても、確実にわざとだ」

 

 

 シロの性格は、良く言えば計画的、悪く言えば狡猾だ。

 そんな男が、そんな初歩的なミスをするとは思えない。

 

 もしかするならば、『紅夜の可能性に気付いた』という示唆すら、シロがわざと疑うように言ったと言うほうが、まだ現実的だ。

 普通は逆だが、シロと言う存在はそういう男なのだ。

 

 

「しかし、この状態で私たちの疑いを自らに持たせることに、一体なんの意味があるんだ?」

 

「さぁな。あいつの考えていることは俺にも分からん。だが、皮肉にもあいつのやることのなんらかは俺達の利益に繋がっているってこったな。それでも、いい気分はしねぇときが多数だが」

 

 

 零夜は、これまでのシロの行動を振り返る。

 何度も自分勝手のような行動をしておきながら、その裏では何かしらの利益に繋がっていた。ほとんど納得のいかないような形で終わってはいたが。

 

 

「本当に、あいつはなにを企んでいるのか、理解に苦しむな」

 

「あぁ、本当に、だ。情報が乏しいのが致命的だな。あいつは俺よりも策略家だからな。『敵を騙すにはまず味方から』って言う考えが定着してる」

 

「それは……理解は出来るが、納得できるものではないな」

 

 

 この時代の価値観からしても、この考えはあまり受け入れがたいようだ。敵を欺くために味方を欺くのは計画や作戦上仕方ないと思われるが、それでも信用していた見方から騙されると言うのはいい気分はしない。

 だからこそ、ライラの反応は当たり前なのだ。しかし、シロは容赦なくこの方法を使っている傾向にある。

 

 

「ただし、俺達の場合は完全に騙されてるわけじゃなく、『あいつはまだなにか隠してる』って感じだな。つまり、中間地点とでも思ってくれ」

 

「……隠し事をする者のことなど、あまり信用は出来ん。気を付けた方がいいぞ」

 

「分かってる。それに、それはお互い様……ってなわけでもねぇな。悪い、失言だった」

 

「―――」

 

 

 シロがまだなにか零夜たちに隠し事をしているように、ライラもまた紅夜に対して隠し事をしている。紅夜は自分がライラの妹の息子だということを知らない。と、言うより、知る由もない。

 無知は罪とはよく言うが、こればかりはどうしようも言えない。

 

 

「いや、いいんだ。紅夜に嘘をついていることは事実なのだから。紅夜には、捨て子だったところを私が拾ったと説明している。……今更、それが嘘だったなんて言えない」

 

(いやその説明は正直無理がありすぎるだろ。お前と紅夜がどんだけ似てると思ってんだ)

 

 

 零夜は内心そう思う。

 ライラとレイラは双子だ。つまり、容姿がとてつもなく似ている。しかも、紅夜はそんな双子の妹であるレイラの息子でレイラよりの容姿を持っている。

 つまり、いくらなんでも捨て子だと言う設定には無理がありすぎる。容姿の時点で紅夜がなんらかの血縁関係の疑問を抱いていてもおかしくはないレベルである。

 

 

「だから、嘘をついていると言う点においては、私はお前と同類だ」

 

「ま、まぁそこまで自分を卑下することはないんじゃないか?俺も自分の過去はあまり語らない部類だしな…」

 

 

 自分の闇の歴史の表を使って、ライラを擁護する。シロはともかく、ライラの嘘はすぐにバレるような嘘だ。

 だからと言って、ライラの反応を見るにあの説明で本当に紅夜が気づいていないと思っているようだ。

 

 気づかれている可能性が高いだろうが、なんとも言いにくい状況だ。

 昨日、紅夜に確認しておくべきだった。いや、確認した時点で怪しまれそうなためこの手は悪手だ。結局は、紅夜がどのように考えてるのかは聞くことができない。

 

 

「とりあえず、気にすることはないと俺は思うぞ?嘘には、ついていい嘘と悪い嘘がある。それは、つくのは仕方のない嘘――つまり、ついていい嘘だ」

 

「―――そうか、そう言ってくれると、幾分か気が楽になる」

 

 

 そう言ったライラの顔は、少しだけだが清々しくなっていた。励ましたことは、無意味ではなかったようだ。

 

 

「さて、励ましてもらったのはありがたいのだが、これとはまた違う、別の重要な話があるんだ」

 

「……なんだ、それは?」

 

 

 ライラは目を閉じた状態で、気持ちを落ち着かせるためかしばらく無言だったが、ゆっくりと目を開けて『ソレ』を言った。

 

 

「実はな、夜神。シロから提案されたんだ。『綿月臘月の討伐』と『ゲレルの討伐』。これを交換条件で、互いに協力し合おうと」

 

「―――ッ!?」

 

 

 なんだって、そんなの初耳だ!――と零夜は憤懣(ふんまん)と驚愕を混ぜた感情を爆発させ、思い切りよく立ち上がった。

 

 

「落ち着け、夜神。私も昨日言われたことなのだ。お前が知らなくて当たり前だ」

 

 

 零夜の気持ちを汲み取るようにライラがそう補足するが、零夜の怒りの起点はそこではない。

 

 

「あいつ……なんでそんなことを俺に相談しない!?」

 

 

 シロからはそんな話一度も聞いたことはない。いくら昨日言われたことだからと言って、許容範囲と言う壁が存在する。

 臘月討伐に『権能』持ちの仲間が増えることに越したことはない。あちらにだって、『権能』持ちが二人いるのだから。

 だとしても、正直言えば無関係のものを巻き込むわけにはいかない。これは、零夜たちの問題なのだから。悪を自称している零夜にも、その程度の常識はまだ残っている。

 

 

「それに、お前は納得しているのか!?」

 

「落ち着け。そこも順を追って説明する。まずお前の疑問だが、私は別に良いと思っている。と、言うのも、了承してなかったらこの話をここで持ちかけてなどいない」

 

「―――」

 

 

 確かにその通りだ。もし断っていたのならその場で断っていただろうし、考える時間を貰ったとしても、シロに内容を伝えるはずだ。

 だからこそ、話を聞いた時点で了承していたのだと理解できた。

 

 

「しかし、良く了承したな。お前にはゲレル討伐以外に何の得もないだろう?」

 

「なに。困ったときはお互い様と言うではないか。……しかし、だ。これだけは一つ確定させておくぞ。この条約はゲレルのことは他言無用だ。理由は、言わなくても分かるだろ」

 

「あぁ。分かってる」

 

 

 そこにゲレルのことは言わない理由は、言われなくとも分かっている。

 紅夜に自信の両親の真実を知られるわけにはいかないし、ルーミアに対してはゲレルにトラウマを持っている。

 そんな二人を、ゲレルの討伐に巻き込むわけにはいかない。

 

 

「じゃあ、臘月討伐のときはどうするんだ?」

 

「無論、参加させる。見方によってはあいつのいい特訓になるからな」

 

「月人との戦いを特訓で済ませんな。月には権能持ちが二人もいるんだぞ?しかもその内一人は『無敵』で、もう一人は忠実に動く『人形』。舐めてかかったら痛い目見るぞ」

 

「それも承知の上だ。シロからは『人形』の方を抑えることをお願いしたいと言われた。なんでも、短期決戦で済ませると言っていた。なんでも、切り札があるとか…」

 

「短期決戦…切り札…ッ、(まさかあいつ、【猛毒剣毒牙】を使うつもりか!?)」

 

 

 最凶最悪の諸刃の剣、【猛毒剣毒牙】。シロは臘月相手にまた使うつもりだ。猛毒剣毒牙の危険性は、使用後のシロの身体の疲弊度を見ている零夜だからこそ、その使用は危険だと思っている。――だがしかし、それと同時に使わなければならないと言う気持ちも強い。

 

 今のところ、臘月の『無敵』の権能を破る方法はチートを超えたチートである毒牙しか思い浮かばない。つまり、必然的に毒牙を使うしかないと言うことだ。

 別の方法は臘月の『無敵』を突破する方法を見つけることだが、前回は見つけることはできなかったため、今回も見つけることは難しいだろう。

 

 

(それと、ライラの反応からするに、シロはその切り札(毒牙)のことを話していないみたいだな)

 

 

 だが、話さないのは逆に良かったのかもしれない。

 『権能』の弱体化と言う理不尽極まりない力の存在を知ったら、それ以前に『猛毒剣』と言う名称通りあらゆる『毒』を操る能力は大変危険だと判断するはずだ。

 

 それに、いくら共闘する仲になるとはいえ、こちらの情報を渡し過ぎるのは得策ではない、ただの愚策だ。

 

 

「……そうか。だったらそれに関しては俺が言うことはなにもねぇな。ところでよ、ライラ。お前の方はゲレルを探したりなんかはしたのか?」

 

「いいや。私もそうしたいのは山々なのだが、紅夜の育成などもあってできなかったんだ」

 

「なるほどな。じゃあゲレルに関しては情報はなしか…。顔は覚えてるからな、3年もあればきっと見つかるだろ」

 

「…3年か。確か、妹紅の父親が模造の宝を作る期間、だったか?偽物の宝で女を手籠めにしようなど――いや、それ以前に自分の娘を蔑ろにする奴に女を愛す資格などないと言うのに…!」

 

 

 そこに関しては零夜も同感だ。【先天性無痛無汗症】を持つ妹紅を化け物呼ばわりしたことは、決して許せることではない。

 そもそも、これは一種の病気であって、痛みを感じず汗をかかないと言う部分を除いては、妹紅はれっきとした人間なのだ。

 無知とは罪――この言葉は、まさにこれに対してベストマッチな言葉だった。

 

 

「まぁ結局偽物だってことがバレて恥をかく運命だ。どうせなら、盛大に、派手にやろうぜって、俺は思うね」

 

「ふっ、そうだな」

 

「――さて、話は終わりでいいか?」

 

「あぁ、時間をとってしまって済まなかったな。それじゃあ、そろそろ紅夜たちのところに―――」

 

 

 

「キャアアアアアアア!!」

 

 

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

 

 突如、聞こえたかん高い女性の悲鳴。

 しかも、この声は、とても聞き覚えのある声だった。

 

 

「この声は…ッ!」

 

ルーミア…!?」

 

 

 そう、あの悲鳴の正体は、ルーミアの声だった。

 

 

「一体なにがあったんだ!?」

 

「分からん!ともかく、急ぐぞ!」

 

 

 二人は各々の武器を持ち、悲鳴の聞こえた方向へと急いで駆けた。

 本当に一体、なにが起こった?あそこには紅夜もシロもいる。バリバリの戦闘要員であるあの二人――特にシロの目を掻い潜ってルーミアに危害を加えることができる存在が、この時代にいたと言うのか?

 

 シロの目を掻い潜れる存在となると、『権能』覚醒者である可能性が高い。そして、『権能』覚醒者とは、転生者のことだ。

 

 まずい、本当にまずい。転生者と言えばゲレルのことばかり考えていて、他の可能性を全く考えていなかった。

 もしかしたら、零夜達の知らない歴史で、もう一人の転生者が暗躍していて―――、

 

 と、様々な可能性が浮かび上がる。

 

 

「――おい、大丈夫か!」

 

 

 声が聞こえた方向へと着いた零夜とライラ。零夜が叫ぶと、横から聞き慣れた声が聞こえた。

 

 

「あ、零夜」

 

「お兄さん!」

 

 

 振り返ると、そこには今だに女性の声のシロと妹紅がいた。しかし、あれだけの悲鳴があったと言うのに、二人は冷静そのものだった。

 

 

「もしかして、ルーミアちゃんの悲鳴聞いてここに来たの?」

 

「当たり前だろ!あいつは今どこにいるんだ?あと、なんでお前はそんなに冷静なんだ!?」

 

「ちょっとちょっと。そんなに質問されたらなにから答えればいいのか分かんないって。とりあえず、ルーミアちゃんならこっちだから、着いてきて」

 

「「―――」」

 

 

 零夜とライラは互いの顔を見合って無言で頷き、二人の後を追う。

 少しだけ歩き、生い茂った森を抜け、少し余裕のある場所へと着くと、そこには――

 

 

「ルーミア!大丈夫か!?」

 

 

 ライラがそう叫ぶ。そこには、尻もちをついてガタガタと震えているルーミアの姿があった。

 零夜もすぐに駆け付けて、ルーミアの状態を見る。涙目になって、とても怯えている。そして、それはゲレルや紅夜に怯えていたような、心の底から怯えているようだった。

 

 

「―――ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

「おい、なにがあった!?」

 

「あああああ、あれ……!アレ!」

 

 

 そう慌てながらもルーミアが指さす方向には、紅夜がヤンキー座りの脚を閉じた方の座り方をしながら、影で全体が見えないがモゾモゾと動く巨大な毛が生えている物体を撫でていた。

 

 零夜は武装を取り出し、ライラが光で照らして、影を消去する。

 そして、その巨大な存在の正体が、露わになる。

 

 

「―――蜘蛛?……いや、タランチュラか?」

 

 

 暗い紺色の毛を全身に纏い、赤く光り輝く4つの眼光。大きな八本の脚に、その足で支えられる巨体のタランチュラだった。

 大きさは縦の大きさなら中学生サイズの妹紅といい勝負であり、横のサイズもそれに比例してデカかった。

 

 しかし、普通タランチュラと言えば毒を持つと言うイメージがあり、恐怖の対象でもある存在だが、このタランチュラは違った。

 大きくクリクリとした目に、小さな口。見た目的に言えば、マスコットキャラのような見た目をしたタランチュラだった。

 

 

「―――なんだ、マクラじゃないか」

 

「――枕?」

 

「あ、師匠!零夜さん!」

 

 

 二人の存在に気付いた紅夜は、立ち上がってこちらに手を振る。すると、マクラと呼ばれた巨大なタランチュラも脚の一本を持ち上げて左右に振る。

 

 

「あれのこと…知ってるのか?」

 

「あぁ。紅夜に紹介されてな。あいつの友達だ。なかなかに可愛げのある奴だぞ」

 

「―――」

 

 

 零夜はマクラの目を見る。確かに、大きなクリクリとした目が、可愛さを彷彿とさせている。ライラの意見も、あながち間違いではない。

 

 

「まぁ、確かに可愛げは、あるな」

 

「分かります!?俺の大事な友達なんです!マクラも、褒められて嬉しいって言ってますよ!」

 

 

 マクラの首が、ものすごい勢いで縦に振られている。どうやら、マクラは人の言葉を理解できているようだ。マクラからも感じられる力も妖力だし、どうやら妖怪のようだ。

 いや、逆に妖怪じゃなかったら何なんだと言う話になるのだが――、

 

 

「にしても名前がマクラって……枕にして寝てるのか?」

 

「いえ、蜘蛛の別名が、【マクラ】って言うらしいんです。名前がなかったので、それをそのまま付けたんです!」

 

 

 別名――つまるところ、別の国の言い方と言う解釈になる。

 そして、付け足すようにシロが割って入った。

 

 

「マクラは、『ネパール語』だね。その国の言葉で、蜘蛛って呼ぶんだ」

 

「お前、随分と博識なんだな」

 

「そうですね。俺もウォクスに言われて知ったのに…」

 

「なぁに。ちょっとした豆知識だよ。それで、どうだい?マクラ、可愛いかい?妹紅ちゃん」

 

「うん!マクラすっごく可愛いね!」

 

『(≧▽≦)』

 

 

 妹紅にも褒められて、嬉しそうにしているのが分かる。

 妖怪だったら普通人間を襲うのだが、知性があるおかげか友好的な蜘蛛のようだ。

 

 

「しかし、マクラは仲間見たいなもんだろ?なんで一緒に行動してないんだ?」

 

「あぁ、それはですね。マクラがただ単に自由奔放なので、時々会うくらいなんです」

 

「……個人の考えに水を差すつもりはないが、それ下手したら討伐されていてもおかしくないんじゃ…」

 

「不吉なこと言わないでくださいよ。マクラはとっても強いんですから。そんんじょそこらの人間には負けませんよ」

 

「―――そうか」

 

 

 紅夜が強いと言っているのだから、マクラの強さは相当なものだろう。

 だがしかし、強さに関係なくルーミアはマクラの何が怖いのだろうか?妹紅の目から見ても可愛いと言う感想が飛び出てくるほどなのに、怖がる要素など皆無のマクラを怖がる理由が分からない。

 ルーミアの強さがあるのならば、マクラを怖がることもない。

 

 

(それに、力の封印はもう解除してるしな)

 

 

 ルーミアの力の封印は、もうとっくに行っていなかった。

 理由は一つ。これから強大な力を持つ敵と戦う以上、力を出させておかなければ大変なことになるからだ。

 

 

「おいルーミア。こいつのどこが怖いんだ?」

 

「ち、ちちち、違うの!私が怖いのは、そいつじゃないの!」

 

「マクラじゃない?じゃあなにが怖いんだ?」

 

「そいつの、そいつの後ろにいる、アイツよ!」

 

 

 全員が、一斉にマクラの後ろを見る。特に気配は感じない。

 

 

「何も感じないぞ?誰もいないんじゃないのか?」

 

「違う!間違いなくいるわ!あいつの気配を、私が忘れるわけがない!」

 

 

 これ以上ないほどの剣幕な感情を露わにしているルーミアを見て、只事ではないと判断する。

 

 

――ガサッ

 

 

「「「―――ッ!!」」」

 

 

 突如、マクラのいる場所の奥にある茂みから、音が聞こえた。バカな、さっきまであそこにはなんの気配もなかったはずだ。なのになぜ、あそこに誰かいる?

 零夜、ライラ、紅夜の三人は剣を構え、シロは妹紅を守るように立ちふさがる。

 

 そして、()()()は姿を表した。

 

 

 全身に存在する、黒光りする外皮鎧。頭から生える二本の触覚に、二つの眼。

 その姿は、人間――いや、人間だけじゃない。生物全てが、生きとし生ける者全てが嫌悪感を抱かずにはいられない存在――。

 

 

 

―――G(ゴキブリ)

 

 

 

「「「―――」」」

 

 

 

 

 しかも、問題はその大きさだ。横の大きさが1メートルを超えており、縦のサイズもそれに比例したものになっている。

 どう考えても、非常識なサイズのGだった。

 

 あまりにも衝撃的な存在を前に、全員が言葉が出ないでいた。

 だが、そんな皆の状態など気にせずと言わんばかりに『G』は『カサカサ…』と言う生理的嫌悪感を抱く音を立てながら、零夜たちの方へと向かってくる。

 

 

「キャアアアアアアア!!」

 

 

「全力で滅ぼせぇ―――!!!」

 

 

 

 ルーミアの悲鳴と、ライラの雄叫びが被る。

 零夜と紅夜はそれぞれの武器を取り出し、全力で目の前の『嫌悪物(ゴキブリ)』の抹消へと全力を注ぐのであった――。

 

 

 

 

「――――フフッ」

 

 

 

 

 

 そして、そんな場面の裏で、シロと妹紅がマクラと合流し、妹紅はマクラの頭を撫でていた。

 

 

「よしよし」

 

『―――///』

 

「―――にしても、かぁ…」

 

 

 シロは絶賛G(ゴキブリ)と奮闘中の紅夜の姿を見て、微笑する。

 

 

「これを見るに、蜘蛛好きは変わってないみたいだね。君の片鱗(へんりん)を見れてよかったよ」

 

 

 シロは妹紅に撫でられて喜んでいるマクラを見ながら、懐から紫色がベースの一冊の本を取り出す。紙製ではない、プラスチックでできたような、硬い質感を持つ本だ。

 

 

 そして、その本の題名は――POISUN(ポイズン) SPIDER(スパイダー)

 

 

 

 




 今回はどうでしたか?
 ちょっとシリアスな部分が多いので、マスコットキャラ的なキャラを出してみまさいた!
 全部シリアスだったらちょっと気分的にアレなんで、ちょっとはコメディな部分もあってもいいですよね!

 そして、紅夜が蜘蛛好きだと知っていたシロは――?そして、何故あそこで【POISON SPIDER】のワンダーライドブックを…?
 いろいろと謎が深まりますね!

 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58 蜘蛛VS蜘蛛――龍

 どうもー龍狐です。

 ついに明日はスーパーヒーロー戦記の公開日!いやー明日が楽しみですね!
 オーマジオウ、電王、ジオウ、ゼロワン!楽しみだなぁ!

 それにしても、個人的にシンケングリーンがレジェンドキャストとして出てきたのが驚いたな。

 それでは、どうぞ!


 あのG(ゴキブリ)騒動から一日経った。

 あの後、なんとかあの嫌悪感を具現化したような怪物を三人で撃退したときは、何とも言えぬ絆が三人の間で生まれた。

 ついでに、その隣で妹紅が首を傾げて『?』のマークを浮かべていたのは余談だ。

 

 騒動が終わった後にあの『G』の話を聞いてみたら、時々野生として出てくるらしい。

 あの『妖怪』の黒い外皮はとても硬く、並大抵の攻撃では通らなかった。アレを貫通するには、かなり強力な攻撃が必要だったため、零夜も無意識的に本気になったほどだ。

 

 それに、あの『妖怪』はライラや紅夜も嫌悪感を抱いており、見つけ次第即刻排除しているとのことだ。

 やはり、Gは全国万人共通の天敵だと再認識させられた。

 

 そして、今零夜はシロと共に湖にいた。

 時間帯は朝、目的は、洗顔だ。

 

 水をパシャッと言う擬音と共に顔に投げつけ、目やになどを眠気と共に洗い落とす。

 創ったタオルで顔を拭いて、既にやることをし終えていたシロに話しかけた。

 ちなみに、また声は変化している。

 

 

「――にしてもよぉ、あんなのまでいるとは想定外にもほどがあったぞ」

 

「そうだねぇ。僕もあれには内心驚いた。まぁ僕はもちろん?子供の前だからちゃんとした()()()()()を見せたからね。フフッ」

 

「そのムカつく言い方を辞めろ。結局怖かったんじゃねぇか」

 

「仕方ないじゃないか。流石の僕もアレは生理的に無理だ。――根絶やしにした方がいいかな?あのゴキ――」

 

「待てッ!」

 

 

 零夜が突如大声を張り上げた。

 

 

「一体どうしたんだい?」

 

「―――せめて、せめてGと言ってくれ。その方が、まだマシだ」

 

「……君、意外とそう言うところ気にするんだね。そう言うところが僕とは全く違うよ」

 

「あぁそうだな。本当に。俺はお前と違ってわざわざライダーの能力を使わねぇと火とか水とかの元素系が使えねぇんだよ」

 

「君が言いたいこと、僕が変わりに当てるよ。……靴とか剣とかをアレの体液で汚したくないんでしょ?」

 

「そうだ。アレだけは、本当に無理なんだ」

 

 

 アレに出来るだけ近寄りたくないというのは、生物に植え付けられた本能の様なもの。

 零夜も、その例に洩れなかった。

 

 

「全く、贅沢な悪人様だよ。悪人もGも忌避されると言う点においては同じなんだから、同類同士仲良くすればいいじゃん」

 

「おいこら。それだけは聞き捨てならねぇぞ。俺をGと一緒にすんじゃねぇよ」

 

 

 悪者と言う立ち位置にいる以上、様々な罵倒や悪口を言われることを覚悟してはいるが、流石にGは無理だ。そう言ったヤツを手あたり次第殴れる自信がある。

 同じ黒繋がりなんだから、別にいいじゃん、と言うシロに「やかましいわ」と叫ぶ。

 

 

本当にそこら辺俺と違うよなお前って。お前だってゴキブリ怖いんだろ?」

 

「怖いと言うより、僕の場合はただ嫌なだけさ。嫌いだから嫌悪感を表す。嫌いだから処分する。人間の心理に依存した考え方だ。違うかい?」

 

「――いいや、間違っちゃいねぇよ。それが、人間だ」

 

「そうかそうか。それじゃあ、もうこの話は終わりでいいよね?」

 

「あぁ、別に構わねぇ。しかし、もう一つ気になることがあってだな」

 

「なんだい、それは?」

 

「いや単純なことだ。マクラのことだ」

 

「マクラ……あぁ、紅夜のペットのことだね」

 

 

 マクラ――紅夜の友達の蜘蛛妖怪の名前だ。見た目がほぼマスコットキャラのためどうしても警戒が薄れてしまいそうな印象を持つ妖怪だった。

 

 

「ペットて……まぁあながち間違いじゃねぇけどよ。まぁいい。そのマクラなんだが、どのくらいの強さなのかと思ってな」

 

「強さ?」

 

「あぁそうだ」

 

 

 零夜は話を続ける。

 零夜が気になったのは、単純にマクラがどの程度強いのか、だ。紅夜とマクラがどのような経緯で仲良くなったのかは知らないが、それでも紅夜が『強い』と評価しているのならば、一度戦った、もしくは戦いを見たことがあると言うことだ。

 

 

「これから少々、長い付き合いになるからな。出来るだけ、あちら側の戦力も確認しておきたい」

 

「ペット――友人を戦力に入れるのは、ちょっと微妙なところなんじゃないのかな?」

 

「それでも一応、知らないよりは知っておいた方が良い。違うか?」

 

「――いや、まったく違わないね」

 

「つーわけだ。やること終えたし、直接本人に頼み込んでみるとするか」

 

 

 それで話を終え、零夜とシロは帰路へと着く。

 しばらく歩き、元の場所へと戻ると、そこにはいつもの光景――とはいかないが、ほぼ変わらない景色がそこにあった。

 いつもと唯一の相違点は、マクラがいることだ。マクラは現在、糸を使って妹紅と遊んでいた。

 

 そして、帰って来た二人を、紅夜の声が出迎えてくれた。

 

 

「あ、お帰りなさい。お二人とも」

 

「あぁ、今帰ったぞ。……ところで、ルーミアは?」

 

「彼女なら、あそこにいますけど…」

 

 

 そう言い、紅夜は木の物陰に隠れているルーミアを見る。

 

 しかし、なんとも端切れの悪い回答だ。だが、こうなるのも仕方ない。先ほどマクラがいること以外にいつもと変わったところはないと言ったが、それは間違いだ。

 もう一つ加えるとするならば、ルーミアの状態だ。ただでさえトラウマをほじくり返す存在である紅夜と一緒に行動すると言う凶行をしたにも関わらず、Gの追い打ちがかかり、彼女の心は今、圧迫されている。

 

 本当にGは、いい意味でも悪い意味でも今のメンバーの心に影響してきていた。

 

 ライラが立ち上がり、零夜に近づく。

 

 

「夜神。言ってやれ。あの状態では、隣にいてくれる誰かが必要だからな。この中で、お前以上の適任はいない」

 

「え、なんで俺が適任――」

 

「千年、一緒にいたんだろう?だったらお前以外に選択肢はない。それに、男の自分よりも女の私の方が良いと言う提案は受け入れないぞ。こういうのは付き合いが長い相手を隣に置くのが定石だからな」

 

「うッ――」

 

 

 正論だ。何も言えないほどの、正論だった。

 それに、ライラから「ルーミアと前を見て向き合え」と言われたばかりだ。それを踏まえると、適任は自分以外しか思い浮かばなかった。

 

 

「……とりあえず行ってくる」

 

「あぁ、行ってこい」

 

 

 促されるままに、零夜はルーミアに近づいた。

 

――その瞬間、世界から隔絶されたような感覚が零夜を襲う。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 辺りを見渡すと、先ほどとなんら変わりのない景色が辺り一面に広がっているが、唯一違うのが、先ほどまでそこにいたはずのライラやシロの姿、ましてや紅夜や妹紅、マクラの姿すらも見失ったことだった。

 

 

「なんだこれは…!?まさか、転生者――」

 

(零夜)

 

「――ッ!」

 

 

 突如、頭の中からシロの声が聞こえた。

 

 

(おいシロ!?これは一体どういうことだ!?)

 

(それは僕の『権能』で生み出した元の世界と隔絶された空間さ)

 

(お前の仕業かこれは!)

 

 

 突然やってビックリしただろ!と、零夜は心の中で憤慨する。

 何の前触れもなしにそんなことをされたら、誰だって驚くし怒る。零夜の反応は当然のことだった。

 

 

 

(夫婦水入らずって言うしね!これなら誰にも聞かれることはないから、安心しな!)

 

(安心できる要素がこれッぽっちもねぇよ!あと、誰が夫婦だ!)

 

(それ以外にいい言葉が見つからなかったんだ。言葉の綾ってやつだよ)

 

(違うよなそれ、絶対違うよな!?―――まぁいい。一応感謝しとくぞ)

 

 

 勝手に相談なしでやったことには怒っているが、周りに誰かいると話しにくいのも事実。それ故に、今回は素直に感謝することにした。

 そこでシロとのリンクが途切れ、零夜は目の前の問題に集中する。

 

 

「――――」

 

「おい、大丈夫かルーミア?」

 

「――――」

 

「大丈夫…な訳ないか。――怖かっただろ?まぁ俺もアレだけは無理なんだけどよ」

 

「――ッ、零夜にも、怖いもの、あったんだね」

 

 

 ようやく喋った。しかしながら、その声はか細く、力のない声だった。相当心が病んでいることが伺えた。

 零夜はやっと喋ったことに微笑して、さらに言葉を続ける。

 

 

「おい、俺を何も怖がらない冷徹な男みたいに言うなよ。怖いものがないなんて、そんなことはありえねぇんだからよ」

 

「――そう、だよね」

 

「例えば、なにか失うことが怖いとか、死ぬことが怖いとか、そんなもんがある」

 

「……零夜も、そんなこと思うときあるの?」

 

「あぁ、()()()()。まぁ俺のことはどうでもいいんだ。……それで、本題に入っていいか?『アレ』はまぁ……今度会ったら見つけ次第処分するぞ。いいな?」

 

「う、うん…」

 

「それでだ、俺も聞きたかったことがある。昨日のアレはなんだ?紅夜は悪くないとはいえ…それでもゲレルの血縁であることは間違いないんだ。あいつの気配に当てられて、トラウマが再燃していたはずのお前が、どうして積極的に紅夜と仲良くしようと思ったんだ?」

 

「―――」

 

 

 ルーミアはなにも答えない。

 依然として、無言のままだ。

 

 

「――そうか。別に、答えたくなかったら答えなくても「だって…構ってくれなかったんだもん…」は?」

 

「だって!ここ(過去)に来てから、ずっと零夜はシロだったりライラだったり紅夜だったりにずっと付きっ切りで…私にほとんど構ってくれないじゃない!」

 

「――――」

 

 

 まさか、それだけか?

 そんな子供じみた理由で、自分のトラウマを(えぐ)ってまで自分の気を引こうとしたのか?

 

 

「まさか……本当にそれだけか?」

 

「―――」

 

「そんな子供じみた理由で、自分のトラウマ抉ったのか?」

 

「―――」

 

「……一言言わせてもらうぞ。お前、バカなのか?」

 

「ウグッ」

 

「自分の怖い記憶掘り起こしてまで大人に構って欲しい子供すらいねぇってのに……お前、この千年間でだんだんとポンコツになってきてないか?」

 

「ポ、ポンコツって…!」

 

 

 ルーミアは裏返った声で否定するが、説得力が全くない、皆無だ。

 

 

「そりゃそうだろ。ポンコツっつーか知能が幼くなってるぞ」

 

「だ、だって…」

 

「……はぁ……とりあえず、そんな無理をするのはやめとけ。構って欲しかったのなら、暇な時ができたらいつでも構ってやる」

 

「本当に!?」

 

 

 大声と同時に顔を近づけて来て、零夜は困惑する。

 うるさいし顔が近い!そう心の中で叫んだ零夜は、ルーミアの両肩を掴んで引き離す。

 

 

「近いっての!本当だからあんまり近づくな!」

 

「たった今構ってくれるって言ったじゃない!」

 

「分かった分かった!それじゃあ――」

 

 

 零夜は正座した後、ルーミアの頭を持って優しく自分の膝の上に乗せた。

 

 

「ふえッ…」

 

「とりあえず、今は寝ろ。人払いは出来てるし、寝てもなにも問題ねぇよ」

 

「うん……ありがとう。……でもごめんね。それは出来ない…。それが、私なりの罪滅ぼしだから

 

 

 そうして、しばらくした後、彼女の可愛らしい寝息が、零夜の耳に入って来た。

 

 

 

 

 

 

「―――(にしても、なぁ。少しチョロすぎやしないか?)」

 

 

 ルーミアが眠った後、零夜は心配そうにルーミアを見る。

 世の中にはこんな言葉がある。『機嫌が悪い女性を慰めるのは大変』だとかなんとか。正式な言葉は忘れたが、確かこんな感じだったはずだ。

 だが確かに、女性の心は複雑で機嫌を直すのはかなり苦戦を強いられると零夜は思っていた。だが現実はどうだ。子供を慰めるようにやったら、それが成功した。これは零夜自身かなり驚かされた。

 

 

(世の中の女が厳しいのかそれともコイツが正常なのかと聞かれたら、確実に前者が正しいって言えるな。千年前は知性的な雰囲気があったってのに。千年でここまで変わるもんなのか…)

 

 

 思い出すは千年前。凛々しく可憐で、今思えば畏敬すらも感じたあの頃。

 それらを見比べると、どうしても見劣りする。だが、彼女がそうなってしまったのも理由と原因――因果律が存在する。

 ソレ(因果律)を作ったのは、紛れもなく夜神零夜その人だ。

 

 千年、戦いと無縁の生活を送らせてきたがためだ。

 

 

(時間は人を変える…。正に言葉通りだな。……この状態じゃ、いつか変な男に引っかかってもおかしくなさそうだな。まぁ、そんな日は永遠に来ねぇが。そういやなにか、コイツ眠る前になにか言ってたような…まぁいいか。)

 

 

 解放するつもりがないため、そんな日は永遠に来ることはないだろう。

 それと同時に彼女には申し訳ないが、彼女に本物の自由は、永遠に来ないだろう。

 

 

(いや…あるっちゃ、ある、か)

 

 

 いや、ある。

 彼女が()()()()()()をされる日は、いずれ来るだろう。

 

 夜神零夜の、計画が完遂した暁には―――、

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

『―――』

 

 

 あの日から、また一日。

 結局、あの隔絶空間でまる一日を過ごした。

 

 あの後零夜も寝て、結局その日は一日寝ると言う事実だけを残しただけだった。

 

 零夜が能力でシロに思念で出たいと言う言葉を送った後、隔絶空間はガラスが割れるかのように音を立てて急速に崩壊して、元の光景へと戻った。

 急に現れたことによりシロを除いた全員に驚かれた。シロが前持って説明していたようだが、それでも急に現れたと言うことに驚かれたことに変わりはなかった。

 

 

 そして、時間帯は昼。場所は紅夜と親善試合を行った場所と同じだ。

 今零夜の目の前には、紅夜の友達、『マクラ』がいる。

 

 

「二人とも、頑張ってください!」

 

「マクラと夜神…どちらが強いか、見物だな」

 

「零夜ー!頑張ってー!」

 

「二人とも頑張れー!」

 

「――――」

 

 

 外部からの応援が、耳に響く。

 正直、零夜にとって応援などあまり意味がない。その理由としては、閑話だが『ご都合主義』がある。漫画で、外野からの応援で力が湧いて、自分より強い敵を倒すシーンがあるが、零夜にとっては「なんだこりゃ」だ。

 現実のルールから離反しているとしか思えない現象だ。そう言ったことで能力が上がるスキルがあるなら話は別だが、生憎零夜にそんなスキルはない。

 故に、零夜にとって応援はその言葉通りの意味合いなため、あまり意味はない。

 

 

 

「よろしくな、マクラ。お手合わせ頼むぜ」

 

『―――』

 

 

 マクラは無言だが、首を縦に振った辺り、了承したと言うことだろう。

 

 

「いくぜ」

 

 

 零夜は【ビルドドライバー】を取り出し、腰に装着し、【キルバスパイダー】に【キルバススパイダーフルボトル】を振ってセットする。

 

 

 

キルバスパイダー!

 

 

 零夜がハンドルを回すと蜘蛛の巣状のスナップビルダーが広がり、それに前後から挟まれるとさらに中心の空間が歪む。

 

 

 

Are You Ready?

 

 

 

「変・身」

 

 

 

スパイダー! スパイダー! キルバススパイダー!

 

 

 ブラッドスタークとビルドを合わせたような見た目。全体的に赤・黒の二色で塗装され、脚等に真っ赤な毒が泡立っているかのような模様がある。顔と胸の前から見たクモのような意匠、肩や腰のクモの脚のような飾りが特長がある―――【仮面ライダーキルバス】へと変身し、マスク越しにマクラを見つめる。

 

 

「姿が、変わった…!?」

 

「私と戦った時とは、また別の鎧だな」

 

「かっこいー!」

 

 

 三人からそれぞれの感想を戴いた後、ルーミアとシロを見るが、二人は見慣れてるおかげか、無言だった。

 そう言えば、紅夜と妹紅は零夜の変身を見るのは初めてだったため、驚きは十分にあっただろう。

 

 

「それでは、また私が審判を務めるぞ。それでは―――はじめ!」

 

 

 ライラの言葉と共に、零夜――キルバスは地面を蹴って跳躍し、マクラに紅いエネルギーを纏わせた拳を叩き込む。

 それに即座に反応し、マクラは自身の脚に紫色のオーラ―――妖力を纏わせ、キルバスに対抗する。

 

 

(『妖力纏い』!こいつもできるのか!)

 

 

 『妖力纏い』。自身の力を放出してそのまま拳に纏わせるのではなく、筋肉の繊維や血管一本一本に妖力を纏わせることで、ただ纏うだけの効果より数倍の威力を発揮させる技術だ。

 『妖力纏い』はこの世界はもっとも難しい高難易度の技術の一つだ。失敗すれば自身の体を傷つける行為だからだ。そしてそれは『妖力』に限らず、『霊力』も同様である。

 

 『神力』は――試したことがないため不明だが、神と言う超越的な存在が扱う力のため、纏うことは造作もないかもしれない。

 

 力の衝突で衝撃波が生まれ、互いに後方に吹っ飛ばされる。

 

 

『だったらこいつだ!』

 

 

 キルバスは【ドリルクラッシャー】と【ホークガトリンガー】を装備する。

 ドリルクラッシャーを『ガンモード』へ切り替え、【忍者フルボトル】をソケットに装填する。

 

 

忍者!

 

 

 ドリルクラッシャーが分身して複数の銃口がマクラに牙を向ける。

 さらに追い打ちをかけるようにホークガトリンガーのリボルマガジンを10回回転させる。

 

 

100(ワンハンドレッド)! フルバレット!

 

 

 100発の玉を装填し、ドリルクラッシャーとともに一気に発射する。

 同時に何十発も撃ったがために、砂煙が大量に舞う。

 

 

『―――』

 

 

 これほどやったのなら、流石にダメージは負うだろう。そう考えてはいたが、決して油断はしていない。

 その理由としては、外野にある。前回、危なくなったところでシロが止めに入った。しかし今回はそれがない。零夜はちらりと外野を見る。そこには全員がすまし顔でこちらを見ていた。

 

――つまり、まだ終わっていない。

 

 

『―――ッ!』

 

 

 その予感が的中した。煙の中から、一筋の光がキルバスに向かって飛んできた。

 咄嗟にホークガトリンガーを前に向けると、ホークガトリンガーに純白の糸が絡みついた。

 

 

『糸放出か、蜘蛛らしいじゃねぇか!』

 

 

 ドリルクラッシャーを投げ捨て、【スチームブレード】を装備し、バルブを操作する。

 

 

アイススチーム!

 

 

 スチームブレードは冷気を纏い、ホークガトリンガーを絡めている糸に押し付ける。

 すると、その部分から糸が凍り付いて、そのまま砂煙の方へと氷が広がっていく。

 

――煙の奥から、ブチっと何かが切れる音がすると同時に、糸が力尽きたように地面に落ちた。

 それと同時に、地面に巨大な影が生まれる。この場に影を生むような場所はない。つまり――

 

 

『上か!』

 

 

 キルバスは上を見上げると、そこにはマクラの姿があった。あの巨体で、よくぞあそこまで飛べたものだと感心する。

 そして、その感心とは裏腹に、キルバスは両の武器を投げ捨て、【カイゾクハッシャー】を装備する。

 

 

各駅電車・急行電車・快速電車・海賊電車!

 

 

 黄緑色の電車、【ビルドアロー号】をエネルギー状にして、上空のマクラに向けて放つ。

 対してマクラは、首を下に向け、地面に向けて糸を発射した。糸を巻き戻すことによって、その力を湯用して自身に放たれたビルドアロー号を避けた。

 そのまま地面に着地したマクラは、妖力を球状してキルバスに向けて発射した。

 

 

『なるほどな。そんなこともできるってわけか!』

 

 

 再び【ドリルクラッシャー・ブレードモード】と【トランスチームガン】を装備したキルバスは、【ユニコーンフルボトル】をドリルクラッシャーに、【扇風機フルボトル】をトランスチームガンのソケットに装填する。

 ユニコーンフルボトルの力によりドリルクラッシャーのドリル部分にユニコーンの角を模したエネルギーが纏われ、ドリルが勢いよく回転する。

 扇風機フルボトルの力で、トランスチームガンの銃口に風が集束する。

 

 

『ついでにこれもだ』

 

 

 もう一つの【トランスチームガン】を取り出し、【スケボーフルボトル】をソケットに装填し、トリガーを引く。

 エネルギー状のスケボーを召喚する。キルバスはスケボーに乗り、ドリルクラッシャーを前方に、扇風機フルボトルを装填したトランスチームガンを後方に突き出し、トランスチームガンのトリガーを引く。

 

 今まで集束していた風の力が一気に放出され、超速スピードで直線に突き進み、ユニコーンの力で貫通力が強化されたドリルクラッシャーでマクラに向けて突進する。

 

 

『―――ッ!』

 

 

 マクラが自身の目の前に糸を放出して、蜘蛛の巣状にする。それにどう言う訳か、空中に糸がくっついていて、それで形を保っている。

 しかしどうであれ、突っ込むことに変わりはない。蜘蛛の巣なぞ、破壊して――、

 

 

『――何ッ!?』

 

 

 しかし、それは叶わなかった。

 蜘蛛の巣にぶつかった瞬間、蜘蛛の巣にくっつくことはなかったが、その代わり強力な弾力性が、キルバスの行く手を阻んだ。

 まるでゴムのように、蜘蛛の巣が突進によって引っ張られるがユニコーンの力で貫通力が強化されているにも関わらず、貫通する様子が全く見られない。

 そしてゴムに弾かれるように、キルバスの体が後方に吹っ飛ぶ。

 

 

『クソッ!』

 

 

 背中から巨大な蜘蛛のかぎ爪を、4本出現させ、地面に突き刺して体を固定する。

 固定しながらも勢いは止まず、そのまま木に激突してしまう。

 

 さらにマクラが追い打ちをかけるようにキルバスに向かって糸を吐く。それが右手に当たり、木と完全に固定された。残された左手で無理やり引きはがそうとしても、ビクともしない。

 

 

『今度は粘着!?そういうことか!』

 

 

 キルバスは腕力を使って木を無理やり持ち上げる。

 【4コマ忍法刀】を左手で装備し、忍法刀のトリガーを三回押す。

 

 

風遁の術!竜巻斬り!

 

 

 竜巻切りで右手を固定していた糸を木ごと斬り刻み、細かく斬られた木が地面に落ちる。

 

 

『マクラ。お前の力、大体読めたぜ。弾力性のある糸に、今度は粘着性のある糸……お前の能力は、糸の性質を変える能力だ。加えて『妖力纏い』…紅夜が強いと評価するワケだ』

 

 

 マクラの能力。それは『糸の性質を変える』能力だ。

 放出する糸を弾力性のある糸に変えたり、粘着性のある糸に変えたりなど、様々な性質を含む糸に変える能力。

 それは、様々な状況に適応できる糸を生み出すことができると言う、マクラ特有のアドバンテージだ。

 

 

『しかしだな、今の俺も、糸の力はアドバンテージなんだよ』

 

 

 トランスチームガンとスチームブレードを合体させ、ライフルモードにし、【冷蔵庫フルボトル】をソケットに装填して、構える。

 

 

フルボトル!

 

 

『―――』

 

 しかし、これでは避けられてしまう未来が見える。だからこそ、予想外の一手をかます!

 キルバスは自身のスペックを駆使して紅い残像が見えるほどの高速で動き、マクラのすぐ近くにまで移動する。

 

 

『―――ッ!』

 

 

スチームアタック!

 

 

 流石のマクラも、この行動は予測できなかったようで、驚いた表情をしていた(表情は分からないが)。

 そしてトリガーを引き、冷気がそのまま氷となり、マクラの下半身を固定する。

 

 

『足さえ奪えば、もう避けられるもんも避けられねぇだろ』

 

 

 キルバスはドライバーのレバーを回す。

 

 

Ready Go!

 

キルバススパイダーフィニッシュ!

 

 

 背中から巨大な4本の蜘蛛の鉤爪を展開し、そのままマクラを叩き潰した。

 その勢いでキルバスを巻き込んで周りに爆発が起こる。

 

 

「マクラ!」

 

 

 紅夜の悲痛な叫び声が聞こえた。あの至近距離での超強力な必殺技だ。まともに喰らえばタダでは済まない攻撃。さらに追加で爆発までときた。これでは、中にいた二人が――、

 

 

『フィ~……』

 

 

 しかし、その爆発の中からマクラを背中の鉤爪で担いだキルバスが出てきた。

 ゆっくりとマクラを降ろした後、紅夜が二人の元に駆けつけ、マクラの状態を確認した。マクラは目をクルクルと回しながら、気絶していた。

 

 

「よかった…死んでなかった」

 

『当たり前だろ。「親善試合なんだ。死なせてたまるかよ」

 

 

 ベルトを外して、変身を解除した零夜はそう言う。

 

 

「零夜!大丈夫!?」

 

 

 他の皆も駆けつけ、それぞれの状態を確認した。その隣でシロが黄緑色の光と共に、マクラの傷を回復させていく。

 相変わらず、便利な能力だ。

 

 

「俺は大丈夫だ。それに、殺すつもりでやったわけじゃねぇし、時間が経てば時期にマクラも回復するはずだ」

 

「――そうか。それで、どうだった?マクラと戦った感想は」

 

「……正直、危なかったな。バリエーションの多さ……つっても分からねぇか。物事の変化って意味なんだが、それが多くなかったら、あいつの能力に翻弄されて、負けてたかもしれねぇな」

 

 

 例えば、ドリルクラッシャーやトランスチームガンなどの武器、そしてフルボトルが使えない状態でのバトルだったとしよう。

 こうなったら頼れるのはキルバス自身の圧倒的なスペックだ。

 

 つまり、このIF(イフ)が現実だった場合、キルバスのスペックVSマクラの『妖力纏い』と『性質変化』と言う図柄になる。

 特徴の数ですら負け、尚且つ『性質変化』と言う特性を見抜けなければ、負けていた確立が高かったはずだ。

 それに、()調()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「―――」

 

「紅夜。俺が言うのもなんだが、そんなに気落ちするな。そいつ、強いんだろ?お前が認めてんだ。だから、大丈夫だって」

 

「そう…ですね。ありがとうございます、励ましてくれて」

 

「お礼なんて必要ねぇよ。……少し、湖の方に行ってくる。汚れた体を洗いたいんだ」

 

「分かった。マクラの方は私たちの方で看病しておくから、行ってくるといい」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 

 

 そういい、零夜は湖に向けて歩き出し、森の中に消えた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「ふゥ……」

 

 

 湖で上半身裸になって、汗を洗い流す零夜。

 零夜は先ほどの戦いを、思い出していた。

 

 

 

キルバススパイダーフィニッシュ!

 

 

 

 マクラに必殺技を叩き込む瞬間、零夜は手加減するようにしていたが、その次の瞬間、マクラは自身の体に(まゆ)のように糸で体を巻き付けたのだ。

 手加減した状態でその繭に必殺技を叩き込んだが、キルバスの必殺技でもヒビを入れることしかできなかったほどの強度を誇っていた繭に、思わず本気に近いほどの力を入れて叩き込んでしまった。

 

 しかし、それでもようやく繭を破壊できたほど硬かった。

 あれはおそらく、糸の性質を『硬性』にしていたのだろう。ならば、あの硬さも納得である。

 

 

「あのまま手加減してたら、あれで終わらなかったはずだ…。あれほど強力な奴を、どうして俺は未来で見なかった?」

 

 

 零夜は疑問に思った。あれほど強大な力を持っていたにもかからわず、どうして未来では姿を見せなかった?討伐されたとはとても考えにくい。

 と、なれば、封印されたと言う可能性が濃厚だ。未来では地底にでも封印されていたのかもしれない。

 

 しかし、それは妄想の域でしかないため、考えても無駄だと言うことで頭から振るい払う。

 

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

 

 

 突如、零夜が咳をし、口に手を付ける。手になにか吐瀉物(としゃぶつ)が付着し、その正体を零夜は見た。それは血液だった。

 

―――そう、仮面ライダーと言う強力な力を使う代償として、零夜は様々なデメリットを肉体的ダメージに能力で変換しているのだ。

 ただし、デメリットのないライダーならば、デメリットなしに使えるため、それはそれでいいのだが……。

 

 

「キルバスだっただけ、まだマシか…。俺のハザードレベルはいくつだ?」

 

 

 ハザードレベル――それは【仮面ライダービルド】の専門単語で、ネビュラガスへの耐性のレベルであり、ビルド系の仮面ライダーに変身するために必要なレベルのことである。

 ビルドドライバーを使うのに必要な最低レベルは『3.0』。スクラッシュドライバーを使うのに必要な最低レベルは『4.0』。ちなみに常人だと『2.0』だ。

 

 

「―――ハザードレベル……『6.4』、か。マジで人間やめてんじゃねぇか……」

 

 

 ハザードレベル『6.0』は、人間の限界を超えた数値だ。

 とっくに受け入れていることなため、あまり心にダメージはない。ただ、こういったところで人間を辞めていると思うと、心にくるものがある。これは零夜に残っている人間としての矜持が原因だ。

 しかし、そんな矜持など持っているだけ無意味だと、無理矢理割り切る。

 

 

「これがエボルドライバーだったら、反動がどんだけ苦しいのか……想像できるけど想像したくねぇな」

 

 

 すでに想像を絶する苦痛は、何度も味わっている。例を挙げるとするならば【アルティメットクウガ】と【ゴッドマキシマムゲーマー】だ。

 あのライダーに変身した後のデメリットを肉体ダメージへと変換した後の苦痛は、思い出したくもないレベルだった。

 

 

「よし、そろそろあがるか」

 

 

 零夜は木の枝にかけていた自身の上着を持って、湖から出る。

 

 

「マクラが起きたら、とりあえず―――ん?」

 

 

 そのとき、零夜の真上――上空から巨大な影が零夜の全身を覆った。いや、全身どころじゃない。湖すら覆うほどの、巨大な影だった。

 何事かと、零夜は上空を見上げる。すると、そこにいたのは、巨大な緑色の鱗で覆われた蛇のような見た目(かたち)をした生物だった。

 

 

「あれは…!?」

 

 

 あの見た目に、零夜は見覚えがあった。実際に見たわけではない。ただ、伝承や絵本などで、見たり聞いたことがある程度だ。

 あの、あの生物は―――、

 

 

 

 

愚かな人間どもよ!返せ!我が宝を返せ!我が宝たる玉を!返せぇええええ!!

 

 

 

 

「龍…!!」

 

 

 

 伝説上の生物が、そこにはいた。

 

 

 

 

 




 トランスチームガン、零夜が何故二つ持っているのかと言う疑問についてですが、それは単純にビルド本編で【ナイトローグ】と【ブラッドスターク】用の二つがあったためです。
 二人ともダークライダーに分類しているので、これが二つ持っている理由です。

 そしてマクラがどの程度強いのか?
 キルバスはNEW WORLDでも高スペックであり、スペックをフル活用していたらマクラと互角に戦えた…って感じですかね。
 ただし、これは58話本編でも話した通り、IFの話であることを考慮してください。

 要約すると、マクラは肉弾戦に限定するのならキルバスと互角に戦えるほど強いです。さらに自身の能力である『糸の性質変化』を加えると、幅の広い戦いが可能だったため、肉弾戦限定のキルバスだったら、勝敗はマクラに傾いていたことでしょう。

 そして、龍の登場。あの龍は言動で分かるように、【龍の頸の玉】の持ち主の龍ですね。
 さて、次回、どうなるのか!


 シロの今回のイメージCV【近藤孝行】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59 永遠VS龍

 どうも!スーパーヒーロ戦記見てきました!面白かったなぁ!

 仮面ライダーリバイスもカッコよかった!詳しくはネタバレになるので言いません!

 それはそうと、実は一か月くらい前から、ツイッターを開口しました!
 主に投稿のお知らせとか、自分がやっているゲームのことを呟いています。

 アイコンはお祭りで売っている黒い狐のお面です。
 ぜひ、見てフォローしてください!


愚かな人間どもよ!返せ!我が宝を返せ!我が宝たる玉を!返せぇええええ!!

 

「龍…!何故こんなところに…!?いや、玉ってことは…もしかして!!」

 

 

 突如現れた龍に驚きを表し、何故こんなところに現れたのかを疑問に思う。

 しかし、怒りと憎悪を含んだあの龍の言葉で、あの龍が一体何を目的としてここに来たのかは、十分理解できた。

 

 

「あの龍は、シロとライラの戦いを邪魔したって言う、【龍の頸の玉】の持ち主…!」

 

 

 「玉を返せ」と言っている時点で、目的は想像がつく。

 大方―――と言うより確実にシロが奪った玉を取り返しに来たのだろう。

 

 零夜は走り、一同がいる場所へと戻って来た。

 

 

「シロ!ライラ!」

 

「騒ぐな。言いたいことは分かってる。まさか、宝を取り返しにここまで来るとはな…」

 

「あの龍って、前に話してた玉を盗ったって言う龍ですよね?なんで師匠とシロさんのいる場所が分かったんでしょう…?」

 

「さぁな。龍だけにある特別な力…二人の力の残滓(ざんし)を探る力でもあって、辿って来たとか、か?」

 

「―――ウォクスから確認が取れました。確かに『龍』と言う常識を超越した存在ならば、それも不可能ではないと…」

 

「……そうか」

 

 

 それにしても、なんという大きさだ。

 『リュウ』には二つのタイプがある。蛇のような見た目をした龍と、トカゲのような見た目をした竜だ。

 この場合は龍だが、全長が確認できないほどに大きい。大まかな推測をすると、ざっと全長50メートルと言ったところか。

 さらに体の太さも相まって、見た目だけでも震え上がる見た目をしている。

 

 

「今頃、人里は大混乱でしょうね」

 

「あぁ。タダでさえバカでかいんだ。混乱するに決まってる」

 

「それで、どうする?ただでさえ『龍』が襲来したと言うだけで大混乱のこの状態で、街の人間だけでアレを倒せるか?」

 

「100%、無理だろうね」

 

 

 零夜の質問に、シロがそう答える。零夜も同意見だ。この時代の人間に、龍を倒せるとは到底思えない。

 

 

「んでだ。この状況を作ったお二方。どう責任を取るつもりかな?」

 

 

 零夜は威圧を含んだ言葉を放った。ただでさえ歴史を塗り替えまくっているのに、『龍』の襲来などと言う修復不可能な出来事を起こしてしまっている。

 タイムパラドックスが起きて、最悪()()()()が崩壊してしまうかもしれない。

 幻想郷には影響はあまり出ないだろうが、それでも外の世界(地球)からすれば大迷惑な話である。

 

 それに、このままでは、人にも妖怪にも、甚大な被害が出ることは明白だ。

 

 

「……すまないが、私はあれほどの巨体に決定打を与えるほどの力は持っていない。私が戦えば、周りが悲惨な状態になることは火を見るよりも明らかだ。それに、私が共に戦えば、人里でお前たちが活動しづらくなるだろう」

 

「それにアイツ、再生能力が厄介だし。なにより神力使ってくるんだよね」

 

「…なに?」

 

 

 その龍が『神力』を持っていると聞いて、驚愕した。あの龍が、『妖怪』の類ではなく『神』の部類に入っていると言う事実への驚愕だ。

 

 

「だったら、『権能』の特性を使えば、アイツを止められるんじゃないか?」

 

 

 『権能』の特性の一つである、『神への命令』。それを使えば、あの龍を止めることができるはずだ。だがしかし――、

 

 

「いや、それができないんだ」

 

「は?できない?そんなのあり得ないだろ。だって月夜見のときだって――」

 

「とにかく、できないものはできないんだ。諦めてくれ」

 

「はぁ?」

 

 

 はぐらかされたように、話を区切られた。

 しかし、神であるのならば『権能』の力である『神への命令』が使えるのではと期待していたが、無駄だったようだ。だが、物事に絶対はないので、そう考えることにした。

 

 

「はぁ…とにかく、シロ!お前がいけ!お前がここに連れてきたようなもんだろ!」

 

「ん……分かった。だけど、せめて一緒に来てくれないかな?」

 

「は?なんで俺が?」

 

「龍くらい倒せないと、目的の奴も倒せないよ?」

 

「…そうだな。予行演習って感じか。分かった。行ってやるよ」

 

 

 乗せられたみたいだったが、シロの言っていることは正論だ。

 この先、龍以上の相手と戦うのだ。龍くらい倒しておかないと、それ以上の強敵に勝てる確率などまったくもって皆無だ。

 

 零夜は懐から漆黒の長方形のモノ――デッキを取り出す。そのデッキには龍を精密に(かたど)ったマークが施されていた。

 これは、【仮面ライダーリュウガ】へと変身するためのカードデッキだ。

 

 

「じゃあ、龍には龍だ。とりあえずこれで――」

 

「おっと、それはダメだ」

 

 

 懐から取り出した瞬間、腕をシロが掴んだ。

 

 

「リュウガは駄目だ。リュウガのファイナルベントは石化させてからの追撃――。それじゃ、龍が死んでしまう可能性がある。だから駄目だ」

 

「は?それの何がダメなんだよ?」

 

「龍が死んだら困ることがあってね。それに、龍なんて超越した存在を殺せば、後に多大な被害を被ることになる」

 

「―――そうだな。だったら、龍は殺せねぇか…。だったら、何がいい?」

 

「コレなんて最善じゃないかな?」

 

 

 シロは懐に手を入れ、まさぐり始めた。

 少しした後、シロが取り出したのはどう見ても懐には収まり切れないほどのデカいアタッシュケースを取り出した。

 

―――そこには、綺麗に整列された、複数の【次世代型ガイアメモリ】があった。

 

 

「これは…ッ!?」

 

「君が持っているT2ガイアメモリの他に、存在しているメモリをすべてT2ガイアメモリにして造ってみたよ」

 

「お前…やること毎回えげつないよな」

 

 

 もう驚きを通り越して、呆れた。

 【仮面ライダーダブル】でも、T2ガイアメモリは随分厄介な代物だ。26本あるだけでも危険なのに、それをすべて造るとは、最早正気の沙汰ではない。

 だがしかし、これはシロと言う男だ。だから、潔く受け入れるしかない。

 

 

「にしても、全部ってわりには少なすぎないか?」

 

「当たり前だろ?このケースにすべて入るわけないから、中身の空間を広げて、そこに全部収納してるよ」

 

「あぁ、なるほどな…。分かった。んじゃ、とりあえず、行くぞ」

 

「あぁ。龍退治と行きますか」

 

 

 アタッシュケースをシロからもらった後、零夜はロストドライバーを腰に巻く。懐から『E』の純白のメモリを取り出し、ボタンを押す。

 

 

ETERNAL!

 

 

 【エターナルメモリ】をロストドライバーに装填し、ロストドライバーをL字に展開する。

 全身が、純白の鎧に纏われる。両手に青い炎のグラデーションが入る純白のボディと、Eを横倒しにした三つ角を持ち、∞マークをイメージした黄色い複眼。

 漆黒のコンバットベルトに、漆黒のマントを装備した、仮面ライダーだ。

 

 

『仮面ライダー…【エターナル】』

 

「よーし、それじゃあ行こうか!」

 

『あぁ。「零夜!」――』

 

 

 行こうとした矢先、ルーミアの声が背後から響いた。

 

 

「ちゃんと、無事に帰ってきてね?」

 

『当たり前だ。こんなところで死ぬつもりはない』

 

 

 再び彼女に背を向け、二人は街へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「くそォ……!一体全体、何がどうなっているんだよ!?」

 

 

 そう呟くのは、この都で門番の警備をしている若者の兵士だ。

 彼はこことは違う街を治めるとある貴族の四男で、家を継げる立場ではなかったため、そのまま門の警備兵として雇われた。四男と言う立場であったため、彼が今までの家庭環境は、良くも悪くも普通だった。

 そのため、傲慢な性格へと育つことはなかった。そもそも、彼がこの都で警備兵として働いている理由は、一刻も早く家から離れたところに行きたいと言う願いがあったからだ。

 首都である『都』なら、賃金も高いだろうと言う打算もあって。

 

―――と、そんな彼は今人生の生きるか死ぬかの狭間へと突入していた。

 

 事の始まりは10分ほど前。

 いつもと変わらない日々を過ごしていた途端、あの強大な龍が現れたのだ。彼は何が何だか分からないまま、あの龍を撃退するための準備をしていた。

 

 

(倒すって、無理に決まってんだろあんなの!?)

 

 

 彼の心は既に諦めモードだ。

 この世界を基準にして、龍は常識を超越した存在だ。そんな相手に、一兵士でありなんの力も持たない自分が勝てるはずがない、むしろ死ぬとすら思っている。この考えは、間違いではない。

 

 

(なんであんなのがこの都に来たんだよ!?ここに来た直前「宝を返せ」とか叫んでたけど、もしかして例の噂が原因か!?)

 

 

 例の噂とは、白と黒の謎の服装をした二人組のことだ。最近この都に来て、都の人間たちの注目をかなり集めた。なにせ、服装からして異質なのだから。

 そして、その二人組――白服の方が、5人の貴族に宣戦布告をして、すでに二つの宝物をかぐや姫に献上していると言う話まで広がっていた。

 そして、その宝の内一つが【龍の頸の玉】。どう考えてもこれが原因だ。

 

 

(完全にとばっちりじゃねぇかよ!ふざけんな!龍の宝なんて盗っただけでこうなることは目に見えてるはずだろ!?それを取ってくるよう指示したかぐや姫もそうだけど、それを本気で取ってくる奴もどうかしてる!)

 

「おい!早く上に上がって弓矢を持て!」

 

「は、はい!」

 

 

 上官にそう怒鳴られ、彼も弓と矢筒を取って城壁へと昇る。

 そこにはすでに大量の兵士がおり、緊迫していた。当たり前だろう。相手は常識を超越する存在なのだ。

 

 ここから見える龍は、全長50メートルの怪物。城壁から龍がいる場所から100メートル近く離れているとはいえ、まるですぐ目の前にいるかのような存在感だ。

 

 

(無理だ…!こんな弓矢であの龍と対等に戦えるわけがない…!陰陽師組合の陰陽師たちはまだなのか!?)

 

 

 唯一の微かな希望があるとすれば、陰陽師組合の陰陽師たちが来てくれることだ。

 だがしかし、一向に来る気配がない。

 

 と、その時、別の人――彼より上の役職の人間が、上官―――隊長へと問いかけた。

 

 

「隊長!陰陽師たちはまだですか!?」

 

「さっき連絡が入ったが、龍と戦うための装備の準備でゴタゴタしているらしい!しばらく時間がかかるとのことだ!」

 

(最悪だ!)

 

 

 自分が思ったことが、他の者も思っていることだろう。

 陰陽師と言う霊力を扱い戦う存在がいなければ、兵士たちに出来ることなどないに等しい。

 

 

「ここを我らで食い止めるぞ!総員!放てえぇ!!」

 

 

 隊長の叫びと共に、全員が矢を放つ。だがしかし、100メートルと言う長距離で矢が届くはずもなく、途中で落ちるのがほとんどだ。

 当たったものがあったとしても、全くダメージが入っていない。

 

 そして、その攻撃が、龍の怒りをさらに買うことになる。

 

 

えぇい小賢しい!その邪魔な壁ごと、貴様らを葬り去ってくれるわぁああ!!

 

 

 龍が口に深紅の火炎玉を生成する。それは50メートルレベルの龍が作るにふさわしいほどの、巨大な玉だ。あれが当たったら、ここら一帯は無事では済まないだろう。

 

 

(あ、終わった…)

 

 

盗っ人ごと、貴様ら全員死ねぇええええ!!

 

 

 そして放たれた火炎玉。火炎玉は直線を描き、青年を巻き込んだ全員の死を、体現するために近づいてくる。

 熱気が近づき、青年の肌をじりじりと焼いていく。まだ火炎玉は遠くにある。それなのにこの熱量だ。当たったら、絶対に死ぬ。

 

 

(まだ、まだ死にたくない!)

 

 

DRAGON(ドラゴン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 そして、その願いは―――一人の死神によって、叶えられた。

 青年のすぐ横を、蒼炎の竜が通り過ぎ、火炎玉と衝突した。

 

 深紅の炎と蒼炎の竜がぶつかり合い、周囲は強力な熱気に包まれる――と思われた。

 

 

ICEAGE(アイスエイジ) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 むしろ、兵士たちは強力な冷気に襲われた。

 

 

(寒い!あれは炎だろ!?何で炎が寒いんだ!?)

 

 

 青年にはなにが起こっているのか分からなかった。

 炎と冷気。決して相まみえることのない相反する力が混ざり合い、深紅の炎と衝突しているのだ。もう、訳が分からない。

 

 そして、深紅の炎が掻き消えた。

 

 

わ、我の炎が…!貴様は一体何者だ!?

 

 

 龍も驚きを隠せないようで、そう叫んだ。

 蒼炎の竜は、無言のまま己の身を包んでいる蒼炎を振り払う。

 

――そこのいたのは、純白の戦士だった。

 漆黒のマントを見に包み、黄色い複眼を持ち、腕に蒼炎のグラデーションを持った存在だ。

 

 その存在は、なにも言わないまま、龍を無視してこちらの方を振り向いた。

 

 

『お前等、怪我はないか?』

 

 

 その声は男の声だった。

 ポカンとなる一同だったが、その言葉に、隊長が言葉を返した。

 

 

「は、はい。あなたのおかげで…」

 

『そうか、それは良かった。死なれたら目覚めが悪いからな。お前らはそこにいろ。俺が、片をつける』

 

 

我を無視するなぁああああ!!

 

 

 龍の轟音とともに、再び兵士たちが震え上がる。龍は無視されたことに怒り、怒号を上げた。その怒号だけでも、常人を震え上がらすのには十分だ。

 

 

『うるせぇな…耳障りなんだよ!』

 

 

 目の前の戦士も、負けずと己の力、『霊力』を放つ。

 

 

「うわぁあああ!」

 

 

 青年は思わず悲鳴を上げ、尻もちをついた。龍の威圧と、目の前の戦士の威圧。二つの威圧が混ざり合い、気絶する者ほど出てくるほどだ。

 それを踏まえれば、悲鳴を上げるなどまだ序の口だった。

 

 

『遊んでやるよ』

 

 

BIRD(バード) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 戦士は深紅の翼を宿し、その翼を扱うことで空を飛ぶ。

 そして、漆黒のダガーを装備して、龍へと向かって行く。

 

 

『はぁあああああああ!!』

 

うぉおおおおおおお!!

 

 

 両者が叫び、互いにぶつかるために近づいていく。

 戦士の武器と、龍の爪が、ぶつかり合い、金属がぶつかり合う音が響いた―――。

 

 

「え…?」

 

 

――瞬間、一人の一体の姿が掻き消えた。

 

 

「な、なんだ?」

 

「き、消えた…?」

 

「一体、なにが起こったんだ?」

 

 

 周りの兵士たちも、困惑を隠しきれていなかった。

 突如消えた戦士と龍。一体、なにが起こったのか、事態はどうなっているのか。分からないことだらけだ。

 

 

「た、助かったのか…?」

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、ああ。ありがとう――」

 

 

 横から手を差し伸べられ、青年はその手を掴んだ。だが、違和感に気付いたのはその次だ。

 そこには、知らない人物がいた。全身を白い服で統一した、謎の人物だ。

 

 

「うわぁああ!!」

 

 

 青年は再び悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた兵士たちが謎の人物の存在に気付き、一斉に武器を構え、隊長が叫んだ。

 

 

「貴様は何者だ!」

 

「やだなぁ。この恰好だけで察してほしいよ」

 

「恰好…?ッ!まさか、お前!」

 

「そう。龍の宝を盗った張本人さ」

 

 

 そう言った瞬間。周りの人間に様々な感情が芽生える。

 それは、困惑。憤怒。恐怖。驚き。焦燥。などなど…。

 

 ともかく、今の出来事を作った張本人が今、目の前にいると言う事実がそこにあった。

 

 

「貴様…何故ここに!?いや、それ以前にどうやってここに!?」

 

「どうやってって。ただ登って来ただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない。どうやって来たかはこれで説明し終えたよ?次は?」

 

「―――ッ。何故、ここに来た?」

 

「何故って。当たり前じゃないか。かぐや姫に言われたからとはいえ、僕が宝を奪ったのは事実。その本人が逃げてちゃ、世話ないからね」

 

「――――」

 

 

 正論だ。むしろ逃げていたら絶対に許さなかっただろう。いや、この状況を作っただけでも許せることはない。

 しかし、今は一個人の怒りよりも、状況を立て直すことが先決だ。それが、隊長としての責務だ。

 

 

「お前等!この時間を使ってすぐに戦況を立て直すぞ!すぐに動け!!」

 

「「「「「は、はい!!」」」」」

 

 

 兵士たちは一瞬戸惑いながらも、すぐに隊長の言葉に従って行動し始めた。

 全ての兵士が散った後、隊長は男に再び質問をした。

 

 

「最後に質問だ。龍とあの鎧の奴は、一体どうしたんだ?」

 

「それなら別の場所に移動させたよ。ここで戦ったら、被害が大きすぎるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 場所は変わり、謎の空間。

 そこに零夜こと仮面ライダーエターナルと龍はそこにいた。

 

 

なんだ……ここは?

 

『流石は龍だな。そこに気付くとな』

 

貴様…我を『どこ』へ連れて行った?

 

『連れて行ったのは俺じゃない。俺の仲間だ。『永久(とわ)の牢獄』って言うらしいぜ。あいつの許可がないと出れないのが難点だがな』

 

 

 『永久の監獄』とは、零夜とルーミアを二人きりにした、あの隔絶空間の名称だ。ここに来る最中にシロから聞かされた。

 この現実と隔絶されたこの空間ならば、現実に迷惑をかけずに、全力で相手をすることができる。

 

 

『ともかく、だ。あとはお前を倒すだけ』

 

我を倒すだと?調子に乗るものいい加減にしろ!

 

 

 龍は尻尾を振り上げ、エターナルに向かって勢いよく尻尾を突き落とした。

 

 

『問答無用か…。好きだぜ、そう言うの!』

 

 

DIAMOND(ダイヤモンド) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 ドライバーの右に着いている【マキシマムスロット】に【ダイヤモンドメモリ】を装填し、マキシマムドライブを発動させる。

 

――尻尾が、エターナルに直撃する。

 

 

ふん!呆気なく死んで…ん?

 

 

 龍はそこで違和感に気付いた。

 尻尾の直撃したであろう場所だけが、凹んでいるように感じた。

 

 そして、その疑問もすぐに解消された。

 

 

GIANT(ジャイアント) MAXIMUM DRIVE!

 

ROCKET(ロケット) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 突如現れたエネルギー体の半透明の巨大なロケットが現れ、龍の顎に直撃した。

 

 

ぐおおぉおおおお!!!

 

 

 殴られた衝撃で、龍は叫びながら頭を地面に勢いよく殴打(おうだ)する。

 悶絶している龍だったが、持ち前の再生能力ですぐに殴打による脳震盪(のうしんとう)やら骨のヒビなどを再生して、何が起きたのかを確認した。

 

 

なッ!?貴様、何故無事でいるのだ!?

 

『――――』

 

 

 そこには、無傷のエターナルがそこにいた。

 エターナルは龍の状態を確認した後、ネタバラシをする。

 

 

『簡単だ。俺の体を硬くした後、巨大なエネルギー体でお前を攻撃。それだけだ』

 

 

 経緯はこうだ。『ダイヤモンドメモリ』を使用して、自身の体をダイヤモンドと同等の硬さに仕上げ、龍の攻撃に耐えた。

 その後にその状態でマキシマムスロットに『ジャイアントメモリ』を、エターナルエッジに『ロケットメモリ』を装填して、ロケットのエネルギー体を巨大なものへと仕上げ、龍へと向かって殴りつけたのが、今までの経緯だ。

 

 

えぇいならば!これならばどうだ!

 

 

 龍は自らの鋭利な爪に黄緑色のエネルギーを溜める。あの力は、エターナルにとって未知の力。そしてそれはつまり―――『神力』を指す。あれは、『妖力纏い』ならぬ『神力纏い』だ。

 龍は腕を振りかざし、爪の形に成ったエネルギー体をエターナルに向けて放った。

 

 

『ちょうどいい。この武器が神力に効くかどうか…試してみるチャンスだな!』

 

 

 エターナルエッジを構え、爪が来るまで構える。そして、爪がエターナルにぶつかるその瞬間、エターナルはエターナルエッジを振りかざし、爪と刃がぶつかり合う。

 エネルギー体から鳴るはずのない金属音が鳴り、互いにぶつかり合うことで強力な音と共に強大な力のぶつかり合いによる力の衝突が起き、周りの物全てが吹き飛び、風が荒れ狂う。

 

 

『はぁあああああ!!!』

 

 

 腕に精いっぱい力を籠め、エターナルエッジを持つ右手を右に精一杯振り払った。それと同時に爪も右方向へと飛んでいき、地面とぶつかって爆発を起こす。

 

 

『なるほどな。エターナルエッジの切断力をもってしても、龍の神力を使った斬撃は抑えるのが精いっぱいと言うわけか。流石は龍だな』

 

 

ふんッ。怖気づいたか!

 

阿保(あほ)か。お前の力がどんだけなのか知りたかっただけだ。俺の武器で防げるのなら、ドーピングすればいいだけの話だ。』

 

 

EDGE(エッジ) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 『鋭利』の記憶を保有する『エッジメモリ』をエターナルエッジに装填する。エターナルエッジの刃に漆黒のエネルギーの刃が重ねて生成される。

 エターナルエッジを逆手に持ち、右足を前に、左足を後ろにして、エターナルエッジを持つ右手を突き出すような姿勢で構える。

 

 

ならば!その虚勢ごと貴様を葬り去ってくれる!

 

 

 再び龍は自らの爪に『神力』を通し、それを爪の形としてエターナルに向かって飛ばす。

 斬撃が当たる瞬間、エターナルはエターナルエッジを振りかざし、龍の斬撃と直撃させる!その瞬間、龍の斬撃は真っ二つに割れ、割れた斬撃はエターナルの左右隣で地面に当たり、爆発を起こす。

 

 

何ッ!?

 

『強力な切断力を誇るエターナルエッジに『鋭利』の記憶のエッジメモリ。この二つの組み合わせで、ここまでの切断力を誇るとはな。なかなかじゃねぇか』

 

我の斬撃まで通用しないとは…!貴様は何者だ!

 

『龍に名乗る名はない…と、言いたいところだが、いいだろう。俺は仮面ライダーエターナル。死神だ

 

死神だと!神力もないクセに、神を名乗るな!

 

『別に俺が神だと言っているわけじゃない。この姿の俺を、人々はそう呼ぶ。畏怖を込めての、二つ名だ』

 

 

 半分本当と半分嘘を混ぜた名乗り。確かに未来の現実世界の人々ならば、エターナルをそう呼ぶが、この時代の人間はそもそもエターナルどころか仮面ライダーを知らないため、嘘だ。

 そして、エターナル――零夜自身は神を自称したことがないため、これは本当だ。

 

 

であれば!その『死神』に我が引導を与えてくれる!

 

 

 龍は全身を使って円を描くようにして回転する。そしてその行動の勢いとスピードは上がっていき、巨大な竜巻へと仕上がった。

 巨大な竜巻は木を、林を、森を、石を、岩を、土を、泥を、水を、川を、空を、天を、すべてを巻きこんでさらに肥大化していく。

 

 

『竜巻か…これは捌き切るのは難しそうだな…。だったら、根本から叩き潰すだけだ

 

 

EYES(アイズ) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 『眼』の記憶のアイズメモリを使い、視力を強化する。強化された視力で、竜巻を起こしている龍の姿を確認する。

 竜巻で霞んでいる姿も、アイズの力を使えば一発で視認できる。

 あとは――。

 

 

FINGER(フィンガー) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 『指』の記憶のフィンガーメモリをエターナルエッジに装填し、指の形をしたエネルギー体がエターナルエッジの刃に包まれる。

 そのままエターナルエッジを逆手に持つことで、指が下――地面に向かれ―――、

 

 

ぐおぉおおおおお!!

 

 

 その指の方向に従うように、操り人形の如く龍が地面に激突した。

 それと同時に竜巻も霧散し、瓦礫などが地面に散乱する。あらゆる攻撃などを無効化する『エターナルローブ』で全身を包むことで、落ちてくる瓦礫たちを防ぐ。

 

 

な、なにをした!?

 

『さぁな。俺も初めてやったから、詳しく説明できねぇが…。まぁ、お前は『指』に従われるままになったってわけだ』

 

なにを訳の分からぬことを!ならば!『天』を操る龍の力、見せてくるわ!!

 

 

 龍の周りに、『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』の七つの複数の巨大な塊が出現する。それが竜の頭を中心に回転し、龍の顔の先へと一点集中。虹色の輝きを放つ巨大な玉へと成った。

 

 

『『天』を操るだと…?それに、その技は…!なんでお前が使える!

 

何を言っている!これは私の技だ!私が使えて、何が可笑しい!

 

『そうか…。お前にはできたな。いろいろと聞かねばならねぇことが!!』

 

 

ZONE(ゾーン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

『うぉおおおおおおおおお!!!』

 

 

 エターナルはエターナルローブを脱ぎ捨て、マキシマムスロットに『ゾーンメモリ』を装填して、複数のガイアメモリを一点集中させ、体に張り付いている複数のマキシマムスロットにガイアメモリを一気に装填する。

 

 

ACCEL(アクセル) BOMB(ボム) CYCLONE(サイクロン) DRAGON(ドラゴン)

 

FANG(ファング) GRAVITATION(グラビテーション) HEAT(ヒート) INJURY(インジャリー)

 

JOKER(ジョーカー) KNIGHT(ナイト) LIGHTNING(ライトニング) MUSIC(ミュージック)

 

NASCA(ナスカ) OWL(オウル) PEGASUS(ペガサス) QUEEN(クイン) BEE(ビー)

 

REACTOR(リアクター) STAR(スター) TRIAL(トライアル) UNICORN(ユニコーン)

 

VIOLENCE(バイオレンス) WEATHER(ウェザー) XTREME(エクストリーム) YOGA(ヨガ)

 

 

MAXIMUM DRIVE!

 

 

『これで、最後だ!』

 

 

 

ETERNAL MAXIMUM DRIVE!

 

 

 

 本来とはまた違う26連マキシマムドライブを発動させ――エターナルの体が、熱く燃え上がる。エターナルを中心に熱気が轟き、当たり一帯を焦土と化させ、地面がガラス化していく。

 『アクセル(加速)』『ボム(爆弾)』『ドラゴン』『ファング()』『グラビテーション(重力)』『ヒート()』『インジャリー(障害)』『ジョーカー(切り札)』『ナイト(騎士)』『クインビー(女王蜂)』『リアクター()』『ユニコーン(一角獣)』『バイオレンス(暴力)』『ウェザー(天気)』の力で攻撃力を上昇――。

 『アクセル』『サイクロン()』『ライトニング(稲妻)』『ミュージック(音楽)』『ナスカ』『オウル』『ペガサス(天馬)』『スター()』『トライアル(挑戦)』の力で速度上昇――。

 『グラビテーション(重力)』で重力を操り体を軽くし――、『ヨガ』で体を柔らかくして最善のプロポーションへ――。

 

 

 そして、それを『エクストリーム』で極限まで高める

 高まったエネルギー――『ガイアウェーブ』が緑色のオーラとしてエターナルを包み込む。

 

 

死ねぇええええええ!!

 

『お前がなぁあああああああ!!』

 

 

 龍から『究極の必殺技』が放たれ、エターナルが『26連マキシマムドライブ』を発動させ、中心で『究極の必殺技』とエターナルエッジがぶつかり合った。

 お互いが放つ熱気で包まれ、当たり一帯に強大なエネルギー密度が生まれる。

 

 様々な属性が内包された『究極の必殺技』。

 パワーとスピードを生み出すガイアメモリを複数使用することによって圧倒的な力と速度を生み出し、それらを一点集中している『26連マキシマムドライブ』。

 

 それが、ぶつかり合って、そうして―――、

 

 

ドゴォオオオオオオオオンッッッ!!!

 

 

 爆発が、起きた。

 それを、ただ技を放っただけであった龍は遠目でそれを見た。

 

 

ふんっ。呆気なく終わったか。たかが人間が、図に乗る―――

 

『はぁああああああ!!』

 

なにッ!?

 

 

 油断していた。突如、爆風の中から一直線に突っ切るようにエターナルが自身めがけて突進してきたからだ。

 途中で爆発していたとはとても思えないほどのスピードで、速度は全く劣っておらず、むしろどんどん早くなっていっている。

 

 やったと思って完全に油断していた。だから、防御するのに、時間が―――

 

 

喰らえぇええええええ!!

 

うぉおおおおおおおおおお!!!

 

 

 エターナルエッジが龍の額にぶっ刺さり、龍が痛みによる絶叫を上げる。しかし、龍の体は巨体だ。小さな刃が刺さっただけで、絶叫など上げたりしない。だが、その理由は、中身にあった。

 

 

な、何が起こっている!?我が身体(からだ)が…中身から侵食を受けているだと!?

 

『正解だ。ガイアウェーブをお前の身体に注ぎ込んでいる!26本分のマキシマムドライブの力を味わえ!!』

 

おのれ小癪なぁああああああああ!!

 

 

 龍の身体に、ガイアウェーブを注ぎ込み、身体の中でエネルギーを暴発させることによって、中身から龍にダメージを与えているのだ。それによって、龍は激痛を患い絶叫を上げている。

 

 

『これを受けてもまだ喋れるか。龍の身体は随分と頑丈なんだな!だったらちょうどいい、俺の質問に答えてもらうぞ!』

 

誰が…答えるか!!

 

『いいや聞いてもらう!お前、ウラノスとどういう関係だ!

 

 

 あの『究極の必殺技』―――。あれは間違いなく月でウラノスが使ってきた切り札だ。順序も、手順も、なにもかもが同一。とてもオマージュとは思えないほどの、完璧なパクリとも言えるほどだった。

 ウラノスと龍が、全く出会わずに全く同じ技を編み出したなどとは全く思えない。そんな偶然は、絶対にあり得ない。絶対に何か、接点があるはずだ―――!!

 

 だが―――、

 

 

ウラノスだと?誰だそれは!!

 

 

 否定の言葉が、帰って来た。

 

 

『しらばっくれんな!お前と全く同じ技を使う人間を俺は知っている!お前と同じ『天』を操る能力者だ!』

 

『天』を操る人間だと!?まさか、アヤツか!?いや、『天』を操る人間が何人もいてたまるわけが…!

 

『その口ぶり、なにか知っているな?』

 

 

 期待した応えが帰ってきたため、エターナルはエターナルエッジを抜き取り、龍の身体から離れ、地面に着地した。

 息を切らしながら己の身体を回復していく龍を見届けながら、返答を待つ。

 

 

おい人間……その人間は、ウラノスと言う名前なのか?

 

『あぁ。妻を44人も娶っている奴だ。しかもその『妻』を『妻』とも思わず『奴隷』として扱っているクズ野郎だ』

 

 

 ウラノスのこの話の詳細は、零夜達が過去に行く前にルーミアから聞いた話だ。聞いたときは零夜の中でウラノスのクズさにより磨きがかかった。

 それを聞いて龍は、呆れた―――いや、悵然(ちょうぜん)*1とした表情になった。

 

 

ならば尚更アヤツなワケがない。あんな堅物で真面目のアヤツが、そんな外道に堕ちるはずがない

 

『おい』

 

大方、アヤツの子供か何かだろう。アヤツ…月に行ってからメスを(はら)ませてたのか?子供の飼育が疎かになったか?アヤツらしくない…

 

『おいったら…』

 

それに我が伝授した技までそのような愚かな愚息に伝授するとは…アヤツの見る眼も質が落ちたか?我が子可愛さでそうした可能性も…

 

『おい!!自己完結してねぇで俺にも分かるように説明しろ』

 

 

 エターナルは自身の中でほぼ話が完結し終えている龍に向かって叫んだ。だが、今のでウラノスと龍になんらかの関係性があったことは確実だ。

 

 

貴様に説明するつもりなど、ない。

 

『だったら、その口を無理やりこじ開けてでも、話させてやる!』

 

やれるものならやってみろ。そして――我は貴様を侮っていた

 

『なんだ?唐突に?』

 

認めているのだ。お前の力を。だからこそ――我も本気で、貴様を叩き潰すとしよう!!

 

 

 突如、龍の巨体が巨大な暴風に包まれる。全てが包まれて竜巻の一部になる間にも、エターナルは竜巻を見ていて。

 ただ、これはただ見ているわけじゃない。エターナルは、なにか違和感を感じていた。

 

 

『この嵐……()()()()()()

 

 

 一見すれば攻撃としか思えない嵐。だが、エターナルは直観で感じ取っていた。この嵐は、攻撃じゃないと。この風と痛みは、ただの副産物でしかないと。

 

 嵐が、晴れる。晴れて、嵐の中心に、一つの影があった。

 

 

「―――」

 

 

 その影は、二メートルほどの人の容姿(かたち)をした存在だった。全身を包む深緑色のフルアーマー。そのアーマ―には龍を意識させるような装飾が事細かに施されており、芸術的価値があるだろうと一瞬で理解できるほど精巧な鎧だった。

 龍の頭部を模した兜はとても頑丈そうで、目の前が見えるように空いている部分は目の部分だけだ。

 

 両の腰には二メートルの人の容姿を持つ存在が持つにちょうど良いほどの大きな二振りの刀がそこに存った。その刀を納める鞘も、金や銀などと言った宝石が施されている鞘だった。

 

 龍の頭部を模した兜の奥から、深紅の二つの光が走る。

 

 

「だからこそ、この姿で、相手をしよう」

 

『―――なんだ。そっちの姿の方がカッコいいじゃねぇか』

 

「褒めても何も出ない」

 

 

 深緑色のフルアーマーの存在―――龍は、腰にある二振りの刀を、鞘から引き抜く。鞘から解放された銀色の刃が、太陽の光で輝く。

 

 

「名を、聞こう」

 

 

 武士としてか、戦士としてか、龍はエターナルの名前を聞いて来た。

 これに応えるべきか、否か―――。答えは、決まっている。

 

 

『零夜。夜神零夜(やがみれいや)。そして、この姿の時の名は【仮面ライダーエターナル】。どうとでも呼べ』

 

「ならば夜神と呼ぼう。そして、我も名を名乗ろう。我の名は――」

 

 

 そこで一回含みを入れて、もう一度言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名は『龍神』。『(あま)』と『(あま)』と『(あま)』。三つの『あま』を統べる神だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
とても嘆くこと。悲しんでがっかりすること




 本編などで存在しか設定がないため、詳しい能力などの説明がないメモリの今作オリジナルの能力。

『ドラゴンメモリ』――メモリの色と相まって、マキシマムドライブによる蒼炎の竜を形作ってそのまま攻撃。
 蒼炎同士でエターナルとは相性抜群(個人的に)!
 脚が竜の頭で、そこから胴体が形作られている感じ。

『ダイヤモンドメモリ』――ダイヤモンドのように体を硬くするマキシマムドライブ。『ジュエルメモリ』とほぼ同じ。

『ジャイアントメモリ』――モノを大きくするマキシマムドライブ。今回は『ロケットメモリ』のマキシマムドライブの力を巨大化させ、そのまま龍を殴った。

『ロケットメモリ』――エターナルエッジに装填することで、ロケットの形をしたエネルギー体で攻撃。

『エッジメモリ』――切断力を増す。

『フィンガーメモリ』――指の指した方向に対象を移動させる。

『グラビテーションメモリ』――重力を操る。

『インジャリーメモリ』――攻撃力アップ

『ナイトメモリ』――攻撃力アップ

『ライトニングメモリ』――稲妻の力を操る。音速で移動する

『ミュージックメモリ』――音の力を応用して、音速で移動する。

『ペガサスメモリ』――飛行能力を付与する。

『クインビーメモリ』――蜂の針を模したエネルギーで攻撃する。

『リアクターメモリ』――熱の力で一気に加速するのに利用した。

『スター』――星の速度で移動できるようにした。

『ヨガメモリ』――身体を柔軟にして動きやすくする。


 そしてそしてそして!!今回出てきた龍――なんとまさかの『龍神』!!

 しかもその龍神、ウラノスとなんらかの関わりがあるようで…?

 次回に続く!次回【死神VS龍神】


 次回をお楽しみに!!


評価、感想お願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60 死神VS龍神

 龍神と死神との対決!今回で終わりますが、ある程度ボリュームがありますので、楽しんでいってください!


―――前回、シロが奪った【龍の頸の玉】を取り返しにやってきた龍を相手に、零夜は【仮面ライダーエターナル】へと変身して、応戦する。
 当初は圧倒的な力の差で龍を圧倒するも、その時龍が月で戦った忌々しき敵【ウラノス・カエルム】の必殺技と全く同じ技を使用した。

 そのことを話すと、龍はいろいろな情報を口から零し、月へ向かった『アヤツ』にこの技を伝授していたことが発覚。
 ウラノスが『アヤツ』の息子だと仮定した龍は悵然とした。

 そして、零夜の力を認めた龍は姿を変え、本気を出すと宣言し、自らの名を龍神と名乗った――。






『龍神、だと…!?』

 

 

 エターナルは目の前の武士――龍神の名乗りを聞いて、驚愕する。

 龍神と言えば、この『東方project』の世界においての最高神に位置する存在だ。幻想郷を維持するための『博麗大結界』を張る際に協力した神だ。

 未来の人里でも像が祀られているほどだ。

 

 そんな存在が今、目の前にいて、尚且つ自分を本気で潰しにかかってきている。

 

 

(シロォ…!お前後で本気で呪ってやるからなぁ…!)

 

 

 今日と言う今日は、本気でシロの無邪気と言うか、考えているようで考えていないような、考えてないようで考えているような良く分からないアイツ(シロ)に本気で(いきどお)りを感じた。

 

 幻想郷創造に関わっている神と過去で関わると言うだけで、どれほど未来に影響が出るか未知数だと言うのに、あの男は一体何を考えているのか、本当に分からない。

 

 それに、なんでよりにもよって龍神に喧嘩を売った。【龍の頸の玉】なのだから普通の龍でいいだろう。何故わざわざ龍神の宝を盗る!

 二人の乱戦の最中だったため、相手を選んでいる状況ではなかったことは理解できる。だとしても龍神はない!それに、乱戦中で二人係だったとはいえ、龍神をも相手できる力を持っていることを知り、『権能』の偉大さを改めて知ることとなった。

 

 とりあえず、これが終わったらシロは殴るとだけ心に決めておく。

 

 

(それに、気付ける要素があったのに気づけなかった俺も俺だ!龍で神力があるって時点で、龍神って言う候補が出てくるべきだろ!いや、普通は候補に出ないもんだが…)

 

 

 そして、それに気づけなかった自分にも憤りを感じていた。龍と神力と言う時点で龍神の可能性を少しでも考えておくべきだった。

 それに、よくよく考えればあの時リュウガに変身しようとしてシロが止めたのも、すべてシロは知った上でのことだったのかもしれない。

 

 もしリュウガのまま戦っていたら、バリエーションの乏しさでネタが尽きて負けていた可能性が大だっただろう。しかも、相手が龍神となれば尚更だ。

 しかし、エターナルでいたことによって100本近くのガイアメモリを併用して使えると言うバリエーションの多様性から、龍神を翻弄させることに成功している。

 これを考えれば、すべてシロの策略である可能性が高い。

 

 これが終わったら、絶対に殴る。

 

 

「どうした、夜神。何をしている?」

 

『いや、別に。ただ少し考え事をしていただけだ』

 

「我を目の前にして、考え事とは、随分と余裕なのだな」

 

『ほっとけ。それよりも、見せてもらうぜ。お前の力…!』

 

「いいだろう。我が力、とくと見よ。」

 

 

 龍神は二振りの刀を前に突き出して構える。一見、隙がありそうに見えるが、一切の隙がない。流石は龍神だ、先ほどの巨体のときとは、比べ物にならないほどのプレッシャーを感じる。

 

 

『はぁ!』

 

 

 最初に動いたのは、エターナルだ。地面を蹴って一気に跳躍して、龍神と距離を縮める。

 身体を回転させて、エターナルエッジを振りかざした。

 

 

「遅い」

 

 

 が、その攻撃は龍神の持っていた刀によって防がれる。だが、そこで終わるほど甘くはない。

 エターナルは跳躍して龍神の両肩を足場にして龍神の背後に回り、エターナルエッジでそのまま鎧を突いた。

 だが、高い金属音が鳴り響いたと同時に、エターナルは鎧が無傷でありこちらの攻撃が弾かれたことを認識した。

 

 

『ちッ!』

 

 

 すぐさま距離を取る。

 

 

「防がれてからも思考停止せず、次なる一手を考える…なかなかだな」

 

『お褒めに預かり光栄だな。そんなに見どころがあるか?』

 

「無論。私はそう言ったものには傲慢な態度と偏見は殴り捨てる。それを捨てなければ、こちらが足を(すく)われるだけだからな」

 

『――そうかよ』

 

 

 戦いに関してそう言ったことをよく熟知している。いや、あれはむしろ、経験談に近い。過去に、そのような体験をしたことがあるのだろうか…?

 ともかく、今は目の前に集中する。

 

 

『悪いが、こっちも負けてられねぇんでな』

 

 

CLUB(クラブ) MAXIMUM DRIVE!

 

WATER(ウォーター) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 二つのメモリのマキシマムドライブを発動させると、エターナルエッジの先端から水滴が零れ落ちる――と同時に、龍神の向かってエターナルエッジを振り上げる。

 振り上げられた刃から強力な水圧と衝撃波の塊が生まれ、それら二つを合わせることで強大なまでの切断力を生み出し、龍神の鎧へと振り上げたのだ。

 

 

「―――なんだこれは?」

 

『なに…!?』

 

 

 しかし、結果は最悪なことに、相手(龍神)は無傷だった。あり得ない、いや、あり得てほしくない。『クラブメモリ』の力で放つ斬撃波は、強力な切断力と貫通力を誇るメモリだ。

 さらに『ウォーターメモリ』はその名の通り『水』を操るガイアメモリ。その能力で水を操って圧縮して刃のようにして飛ばすことが可能なメモリだ。水の切断力は、金属すらも切ることが可能なのだ。

 

 その二つの『切断力』に特化した二つのメモリを併用してまで放った技が、龍神の前では呆気なく敗れ去ってしまったのだ。

 

 

「今のはなんだ?水のようだが…こんなものを使って、一体なにをしている?遊んでいるのか?」

 

『別に遊んでるわけじゃねぇ。今のは立派なまでの『攻撃』だよ』

 

「……なんと。今のがそうだったのか。失礼したな。この姿になると、少し身体が硬くなる故、並大抵の攻撃は通さないのだ」

 

(今のは並大抵ってレベルの攻撃じゃなかったんだぞ…!それに、身体が少し硬くなるって、全く少しじゃねぇじゃねぇか!)

 

 

 『クラブ』と『ウォーター』の切断力コンビの力を前にしても、それを『並大抵の攻撃』と認識する龍神に鳥肌が立つ。流石は未来で幻想郷の最高神をやっているだけはある。

 それに、あの鎧姿になってから一目瞭然のように防御力が飛びぬけるほど跳ね上がっている。本当に、あの鎧を突破するには『並大抵の攻撃』では通用しないだろう。

 

 

(最終手段で、()()を使うしかねぇ…!身体に負担はかかるが、いつものことだ!)

 

「来ないのか?ならばこちらから()くぞ!!」

 

 

 龍神は右手に持つ刃を天に掲げると、その刃に纏われるように、『炎』『氷』『雷』が顕現する。

 そして、その刃が振り下ろされる。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 その攻撃は、大地を割りながらエターナルへと向かって進んでいく。スピードもかなり素早く、とてもじゃないが避けられない。

 

 

『くッ!』

 

 

ZONE(ゾーン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 その音が響くと同時に、エターナルに技が着弾する。凄まじき轟音と共に、爆発を引き起こす。

 

 

「……流石だな。防いだか」

 

 

 そう龍神が呟き、自らの力でなんの動作もせずに当たり一帯に突風を発生させた。その突風により、爆発による爆風が晴れる。

 そして、エターナルがいた場所では、黒い球体のようなものが地面にあり、その周りでは地面が燃え、凍り、雷が迸っている。

 

 

『ハァ…!』

 

 

 そして、その黒い球体がうごめき、立った。その正体はエターナルだった。エターナルは『ゾーンメモリ』の能力で脱ぎ捨てた『エターナルローブ』を引き戻し、あらゆる熱・冷気・電気・打撃を無効化できる力で攻撃を防いでいたのだ。

 

 

『さっきとは、強さが比べ物にならねぇほど、強くなったやがる…!』

 

「当然のこと。我が常にあの巨体でいる理由は、有象無象共への示威行為のためだ。そして、その巨体を維持している我の神力をすべて、人の形で統一することで、我の力は真価へと至るのだ」

 

『説明ご苦労様だ。とりあえずある程度理屈は理解できた。常に巨体として分散していた力を、濃縮することでありとあらゆる能力値を上昇させる――そうだな?』

 

「その認識で構わないぞ、夜神」

 

 

 理屈は理解できた。先ほど龍神が行っていた通り、この姿こそが龍神の最強フォームとも言える姿なのだ。本当に流石、八雲紫より強いほどはある。

 もっとも、そんな龍神でも『権能』持ちの前では敗れ去ったが―――。

 

 ともかく、今はなんとしてでも勝つことが先決だが、どう考えてもあの龍神に勝てるビジョンが思い浮かばない。

 

 

(とにかく、我武者羅に戦ってみるっきゃねぇ!!)

 

 

WEATHER(ウェザー) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 ベルトのマキシマムスロットに『ウェザーメモリ』を装填する。エターナルが左拳を突き出すと、そこから螺旋状になった嵐が吹き荒れ、龍神へと向かって行く。その嵐を、龍神は手を振り払うだけで横へと薙ぎ払い、嵐は地面と森に激突して爆風を巻き散らかす。

 

 その間にもエターナルは突き進むと同時に、エターナルの身体が発光する。

 

 

「―――目晦ましか」

 

 

 龍神がそうボソリと呟く。それと同時に、龍神は自身の脚が動かなくなっていることに気付いた。下を見ると、自分の脚が地面ごと凍っていた。

 しかし、それをいとも簡単に足の力だけで割って脱出した。

 

 

「無駄なことを――」

 

 

LUNA MAXIMUM DRIVE!

 

 

「――ん?」

 

 

 先ほどと似た音声が再び聞こえた。なんだと思い、辺りを見渡してみると、なんとエターナルが五人に増えていた。

 『ルナメモリ』による分身能力を用いた力だ。

 

 

「分身か。良いだろう」

 

『『『『『やってやるよ!!』』』』』

 

 

ETERNAL MAXIMUM DRIVE!

 

 

 五人のエターナルが一斉にエターナルエッジにエターナルメモリを装填した。エターナルエッジを包み込むように蒼炎が発生する。

 五人が刃を振り下ろし、蒼炎が斬撃となり、龍神に着弾した。五つの同じ必殺技が一か所に着弾したことにより、龍神を中心にエターナルたちすら巻き込むほどの爆風と爆炎が轟く。木が、林が、森が倒壊していく音が響く。

 

 

『これなら、ダメージくらいは―――ッ!!』

 

 

METAL(メタル) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 煙の中から、二メートルほどの人影が薄っすら見えた瞬間、本物のエターナルは即座に『ルナメモリ』から『メタルメモリ』に切り替えて、身体を硬くして防御力を上げる。

 瞬間、煙の中から雷風が旋回し、分身のエターナルたちを一瞬にして塵へと化した。メタルメモリで防御力を上げていた本物はなんとか無事だったが、それでもかなりダメージを喰らった。

 

 

『まさか、今のでも…!?』

 

「今のは、良かったと思うぞ。だが、我の鎧に傷を与えるには、明らかに不十分だ」

 

 

 無傷だ。無傷の龍神が、余裕の姿勢で立っていた。龍神は己に降りかかる砂ぼこりを振り払い、身を整える。

 あり得ない。一つじゃ無駄だと思って五つも同じ技を放ったと言うのにも、それも無駄だった。どうする?どうすれば勝てる?どうすればあの鎧の防御力を突破できる?

 

 

(突破…!そうだ、突破するためには…!ぶち抜けばいい!)

 

 

 エターナルが考えたことは、先ほどまで分散させて攻撃していた力を、ドリルのように一点集中させて、鎧の防御を突破すると言う方法だ。

 だがしかし、あの鎧は『クラブ』と『ウォーター』の切断力、貫通力に長けているメモリのコンビでも傷一つ付かなかった代物だ。とてもじゃないが、『並大抵の攻撃』では通用しない。だったら――。

 

 

(26連マキシマムドライブ…。だが、これで二回目だ。ただのダブルの場合でも二つのマキシマムは危険だってのに、それを26連だ…。俺がコレに耐えられたのは、エターナルのスペックと俺の能力のおかげだ。もし変身解除したら、どれだけの反動が来るか…)

 

 

 従来の仮面ライダーダブルでは、ツインマキシマムは危険とされている。初めて、エクストリームとなることによって5つのマキシマムを発動させることが可能だ。

 だがそれはダブルだからであって、エターナル(零夜)はダブルではない。それに、原作にてエターナル(大道 克己)が26連に耐えられたのも、強靭な肉体を持つ『NEVER』の特性も大きいのではないかと考えられる。

 

 だが、エターナル(夜神 零夜)にはそれがない。だから、連続でそれを行うとどれだけ反動が帰ってくるか分からない。

 

 

(―――いや、考えている暇は、ない!やる、それだけだ!!)

 

 

 即決した。誰だって痛いことは嫌だろう。だが、それでもエターナルは使うことに決めた。それは、信念の硬さを表している。

 

 

「考え事は終わったか、夜神?」

 

『あぁ。考える時間をくれてありがとう。そして…その防御、破らせてもらうぞ』

 

「やってみろ」

 

 

ZONE(ゾーン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 龍神の短い一言が終わると同時に、エターナルは再びゾーンメモリのマキシマムを発動させる。エターナルを中心に24本のメモリが集まり、エターナルローブを投げ捨てると同時に、身体に張り付いているマキシマムスロットに装填される。

 

 

ACCEL(アクセル) BEE(ビー) CLUB(クラブ) DIAMOND(ダイヤモンド)

 

FANG(ファング) GRIFFIN(グリフォン) HEAT(ヒート) INJURY(インジャリー)

 

JOKER(ジョーカー) KEY(キー) LIGHTNING(ライトニング) METAL(メタル)

 

NASCA(ナスカ) OWL(オウル) POLLUTION(ポルーション) QUEEN(クイン) BEE(ビー)

 

ROCKET(ロケット) SCREAM(スクリーム) TOOL(ツール) UNICORN(ユニコーン)

 

VIOLENCE(バイオレンス) WATER(ウォーター) XTREME(エクストリーム) YESTERDAY(イエスタデイ)

 

 

MAXIMUM DRIVE!

 

 

ETERNAL MAXIMUM DRIVE!

 

 

 二回目だ。二回目の『26連マキシマムドライブ』を発動させた。今回は『パワー』と『スピード』じゃない。『貫通力』と『切断力』―――つまり『攻撃』に集中したメモリの構成だ。

 ガイアウェーブが緑色のオーラへと変換され、それがドリルのように右手に収束し、龍神の鎧に直撃する。エネルギーのドリルが回転し、その鎧を削り取るように、高速かつ強力な一撃を、一瞬のうちに喰らわせる!

 

 

 

『はぁあああああああ!!!』

 

 

 

―――神速だ。神の領域とも言ってもいいスピードで、龍神の懐に一気に入った。『アクセル』などの速度系に一瞬だけパワーをすべてつぎ込んだ。

 そしてそのまますべてのパワーをエターナルエッジに集中させて、ドリル状の緑色のオーラが、龍神の胸筋あたりに直撃する。

 

 

 

『つ・ら・ぬ・けぇええええええ!!!』

 

 

 

 すべてだ。すべてをパワーへと変換させる。それで、このクソ硬い鎧をぶち抜くのだ。ぶち抜いて、その中身に、一撃を、一撃を―――!

 

 

――だけど。

 

 

「それがお前の全力か?すまないが、我には通じない!」

 

 

 二振りの刀が、無慈悲にも振り下ろされる。刃にエターナルの放つオーラよりも濃い深緑色のオーラが纏われ、それがエターナルに直撃する。

 ゼロ距離で斬撃を喰らったエターナルは法則に従って後方へと吹っ飛んでいく。

 

 

「うぁああああああああ!!」

 

 

 叫びながら、後方へと吹き飛ばされていくエターナル。だが、叫びながらもエターナルはメモリを取り出して、マキシマムスロットに差し込んだ。

 

 

ZERO(ゼロ) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 『虚無』の記憶を保有する『ゼロメモリ』の力で、勢いと衝撃を殺した。その影響でこれ以上吹っ飛ぶことはなくなったが、そのまま背中を地面に付ける。

 

 

『ハァ…ハァ…ハァ…!!』

 

 

 息が苦しい。もう既に限界に近いと言うか、限界だ。これでよく強制変身解除に至っていないものだと自分自身を感心する。これも、今までの成果だとでもいうのだろうか。

 しかしながら、どうやっても勝てない相手に、これ以上どう戦えと言うのか――。

 

 

『―――あ?』

 

 

 その時、エターナルは異変に気付いた。その異変は、『空』の異変だ。

 彼の見上げる空は、ヒビ割れていた。こんなこと、あり得るのだろうか?

 

 

(空が、割れている…?なんで…?いや、待てよ……まさか…!)

 

 

 ここで一つ、エターナルは――零夜は昔のことを思い出していた。

 それは、まだ仮面ライダーの力が使えず、『地球(ほし)の本棚』でそれぞれの仮面ライダー詳しい情報を得ていた時の話だ。

 

 

『仮面ライダーエターナルか…。永遠を冠する仮面ライダー。どんな能力があるんだ?』

 

 

 本を見続け、ある程度の情報を掴めた。

 

 

『大体、このくらいか…。にしても、流石はチートライダー。装備も武器もチート級だな。さて、他には……ん?』

 

 

 その時、零夜の目に一つの分が止まった。

 

 

〈エターナルのマキシマムドライブは世界の一つや二つ永遠に破壊できる 白ウォズの言葉〉

 

 

『なんだこの文…?エターナルのマキシマムドライブは世界を永遠に破壊できるって…危険すぎんだろ。この破壊の力は、出来る限り使わないようにしとかないとな』

 

 

(そうだ…確か。こんんあ内容だったはずだ)

 

 

 と言うことは、あの亀裂の原因は自分だ。今まで、エターナルは二回も26連マキシマムドライブを行った。その強大な力に、世界の方が耐えられなくなり、亀裂が発生している。

 それにここは、シロの創った隔絶空間。一種の『世界』だ。現実世界に影響が出ないように創った世界だったが、もし、ここが破壊されれば――。

 

 

(いや、もしかしたら、一か八かの、賭けだ…!)

 

 

 エターナルはフラフラと今にも倒れそうなほどの状態の中、立ち上がる。それとほぼ同時に、龍神がこちらの方に歩いてきて、エターナルと10メートルほどの間隔を空けたところで留まる。

 

 

「もう終わりだ、夜神。お前の身体は、その通りボロボロだ。もうお前は立ち上がることすら不可能だ。ここで終われば、命は助かるぞ?」

 

『いいや、まだ終わるつもりはねぇ…!』

 

「――夜神。それは勇気ではい。無謀と言うものだ。時に諦めることは肝心だぞ?」

 

『んなこたぁ、俺が一番良く知ってるよ。―――おい龍神。一つ、賭けをしないか?』

 

「賭け、とな?」

 

 

 突如と話が切り替わったことと、『賭け』と言う単語に単純の疑問を持つ龍神。

 そして、話を続ける。

 

 

『あぁ。賭けだ。今ので感じ取ったが、今の俺じゃ逆立ちしてもお前に勝てそうにない。一応まともに戦える力はあるんだが、俺は半分――ある程度人間の身でいるつもりだ。この力を使い続けたら、俺の身の方がもたない』

 

「何を言うか、夜神。お前が保有する力は、長い年月をかけてため込まれた力…。妖怪と同じようなものだ。我の見立てでは、少なくともお前は百年以上は生きている。そんな者が、人間だと?我が寛大な態度を取っているとはいえ、我を侮辱するのもいい加減にしろ」

 

 

 突如、龍神から放たれた怒気。それとともに濃密なまでの神力も流れ込んでくる。途轍もない気迫だ。昔の自分だったら、即座に気絶していただろう自身がある。

 だがしかし、今は違う!こんな殺気で、気絶なんてしてたまるか!!

 

 

『今のは言葉の綾だ。俺は、人間でありたいと言う意味での言葉だ』

 

「理解できんな。それほどの強さを持ちながら、どうして人間でいようとする?強さを求めることは決して悪い事ではないぞ?」

 

『あぁ。その通りだ。これは俺のエゴ。薄っぺらいエゴだ。プライドだ。だが、それがなければただの抜け殻だ。これは、中身を保つために必要な考えなんだ』

 

「…ほう。それで、賭けと言うがお前は対価になにを払う?」

 

『―――記憶だ。俺の記憶を、知りたい分だけお前に見せてやるよ』

 

 

 エターナルは、『記憶』を見るための『メモリーメモリ』を持っている。負ける確率が多いだろうが、ある程度保障は出来る。

 龍神が知りたいのは、『アヤツ』の息子(仮)である【ウラノス・カエルム】に関する記憶だろう。だからこそ、無理矢理でも未来云々の話に入るまで区切らせる。

 約束を一部破ることになるが、流石に未来の幻想郷の主神に未来のことは見せられない。

 

 

「なるほど。確かに魅力的な提案だ。それで、もしお前がその賭けに勝ったら、我に何を欲する?」

 

『レンタルだ。―――つっても分からねぇか。実は、お前の宝を盗ったのは、俺の仲間なんだよな』

 

「――ほう?貴様の仲間だと?」

 

『まぁ黙って聞け。お前の宝はそもそも絶世の美女と言われるかぐや姫の依頼で取ったんだ。それで、今、そいつが保有している。そのかぐや姫が『都』でその命が尽きるときまで、貸し出してくれ』

 

 

 今は、この方法が一番だと零夜は思っている。この賭けの内容を龍神から『アヤツ』の情報を聞き出すことが一番かもしれないが、正直今は二の次だ。

 そもそも、前提として龍はシロが盗った宝を盗り返しに来ているのだ。だから、その目的にピリオドを打つのが、今自分がすべきことだと思う。

 

 それに、この姿の龍神相手に、ライラと弱体化中のシロが戦えば『永久の監獄』内で戦ってもその世界ごと破壊しそうで被害が尋常じゃなくなることは目に見えている。

 

 だからこそ、ここで龍神の侵攻を止めることが最善だ。

 

 

「つまり、そのかぐや姫の命が尽きるまで宝を貸し出すと言うことか。だが、人間どもがその約束を守る保証はあるのか?」

 

 

 そう。そこが一番の難点だ。もしそれを行っても、愚かな人間がその一方的な約束を守るかどうかが問題だ。

 手に入れた普通の宝よりも貴重な龍の宝だ。手放すのは惜しいと考える輩が出てくることは想像に(かた)くない。

 だがしかし、そう言ったものには『死』と言う脅しが有効だ。

 

 

『そこはお前が返さなかったら都を焦土に化すとか脅しとけばいいだろ。今の人間は、龍に勝つ方法は持っていない』

 

「確かに、一理ある内容だ。だが、我を巨体の状態とはいえ負かしたあの二人、そしてお前がいる以上、物事に絶対はないと知った。その間で、人間の中に私を打ち負かす敵が現れないとも限らない」

 

 

 確かにその通りだ。物事に絶対はない。龍神の警戒は当然だ。だがしかし、それもない。

 それに、あの二人がこの龍神に勝ったことへの理由も解明できた。あの二人は、龍神があの鎧姿になる前に完膚なきまでに倒したのだろう。

 それで、二人ともこの姿のことを知らなかった。すべて納得がいった。

 

 

『そもそも、お前を負かしたやつは二人とも人間じゃねぇ。そして俺は…人間のつもりだが、半分以上やめてるからな。断言できる。人間じゃ、お前には勝てねぇよ』

 

「――フッ。良いだろう。それで、賭けの勝ち負けはどうする?」

 

『俺の攻撃を、受けとめ切れたらお前の勝ち。逆に弾かれたら、俺の勝ちだ』

 

 

 要約すると、エターナルが放つ技を龍神が受けとめ切れたら龍神の勝ち。だがそれを受けとめ切れなかったら龍神の負けと言うことだ。

 

 

「――それは、あまりにもこちら側が有利だと思うのだが?既にお前の切り札とも言える攻撃を、我は一回受け切っている。それに、そのボロボロの身体ではまともに動けはしない。結果は目に見えているはずだ」

 

『さて、それはどうかな…!?』

 

「……なにか策があるのだな。良いだろう。夜神!お前の攻撃、受けきって見せよう!

 

『その言葉を、待っていたぞ!』

 

 

ZONE(ゾーン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 『ゾーンメモリ』のマキシマムを発動させて、再び26連マキシマムドライブを行う。

 

 

ACCEL(アクセル) BIRD(バード) CYCLONE(サイクロン) DUMMY(ダミー)

 

FANG(ファング) GENE(ジーン) HEAT(ヒート) ICEAGE(アイスエイジ)

 

JOKER(ジョーカー) KEY(キー) LUNA(ルナ) METAL(メタル)

 

NASCA(ナスカ) OCEAN(オーシャン) PUPPETEER(パペティアー) QUEEN(クイーン)

 

ROCKET(ロケット) SCULL(スカル) TRIGGER(トリガー) UNICORN(ユニコーン)

 

VIOLENCE(バイオレンス) WEATHER(ウェザー) XTREME(エクストリーム) YESTERDAY(イエスタデイ)

 

 

MAXIMUM DRIVE!

 

 

 メモリが一本一本刺さる度に、骨が砕け、軋む音がする。肉が裂けるような激痛が走る。体が、身体から溢れる液体で熱くなる。脳がまともに働かなくなる。それでも、無理やり動かす。

 

 

ETERNAL MAXIMUM DRIVE!

 

 

『あぁあああああ…!!』

 

「まさか…三回目だと…!?夜神、お前自分がなにをしているのか分かっているのか!?それを行うたびに感じる力の増幅…。それはもう今のお前が耐えられる範疇ではないぞ!?」

 

『それでも!!やるときは、やる!!それが俺だぁああああ!!!』

 

 

 エターナルは空高く跳躍し、キックの体勢を取る。蒼炎がエターナルの身体を包み込み、それが右足へと集まる。

 そのまま龍神へと激突し、勢いに促されるまま龍神はその勢いに身を任せて後退していく。

 

 

「もう諦めろ夜神!このままでは貴様の体がもたないぞ!!」

 

『うるせぇええええええええ!!!』

 

「…ッ!!ならば、無理にでも―――グっ!?」

 

 

 その時、龍神の背中にナニカがぶつかった。龍神はチラッと後ろを振り向くと、そこには何もなかった――いや、ある。『亀裂』が、存在していた。

 何もない景色にぶつかり、そこから亀裂が入っていることに、驚きを隠せない龍神。

 

 

「何が起こっている!?景色が、いや、空間に、亀裂が…。まさか!」

 

 

 そこで、龍神はエターナルが何を狙っているのかを理解した。それは世界の崩壊だ。より正確に言えば、エターナルと龍神、二人を閉じ込めているこの空間を破壊するつもりでいることを、龍神は悟った。

 

 

「そうか…この世界(箱庭)を破壊して、その余波で自分ごと我を…!そんなことすれば、貴様はただでは済まないぞ!!」

 

『悪いが、俺は相当悪運が強い方なんでな!根性で回復してやるよ!!』

 

「う、うぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 龍神の叫びとともに、徐々に亀裂が広がっていき―――世界が、崩壊した。

 

 

 

 

 

 一本のメモリが宙を舞った。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!!」

 

 

 目の前が、紅くなって見えない。エターナル――零夜は目を拭うと、手が赤く染まっていた。そして、それが血だと悟る。

 体が痛い。手が痛い。足が痛い。腕が痛い。体中のすべてが悲鳴を上げている。むしろ、感覚が徐々に薄れていくことすら感じている。

 

 

「―――」

 

 

 突如、何者かの姿が零夜の目に入る。

 

 

「―――りゅ、う、じ、ん…」

 

 

 その正体は、龍神だった。凄い、本当にすごい。そしてふざけるな。目の前に立っている龍神は、傷一つ負っていなかった。

 あれほど粉骨砕身したと言うのに、結局この姿の龍神には傷一つ与えることができなかった。流石は龍神だ。未来の幻想郷の主神だと言うだけはあると思う。あの巨体のときに意気っていた自分が恥ずかしい。

 

 

「俺は、負け、た、のか…」

 

 

 この勝負、龍神の勝ちだ。もともと勝機の少ない賭けだった。それでも、もうあれしか龍神の宝を盗られたことへの怒りを解決させる方法はなかった。それにこの賭けで零夜が失うものは何一つない。

 どちらにしてもwinwinだ。だが、負けは負けだ。零夜は龍神に自分の記憶を見せなければならない。

 

 

「記憶は、あとに、して、くれ…」

 

「いいや、夜神。我の負けだ」

 

「―――は?」

 

 

 意味が分からない。突如負けと言われても、理解することなどできない。零夜の身体に血があまり残っていないため、脳すら活動を休止している状態で、この回答は予想外すぎて頭痛がする。

 

 

「どう、い、うこ、とだ…?」

 

「言っただろう。受けとめ切れなければ我の負けだと。あの攻撃を、我はあの空間の崩壊に気を取られ、受けとめ切れなかった。故に、負けだ」

 

「は、はは、ははは…。こんな、釈然としない、勝ち方、初めて、だ…」

 

 

 負けたと思っていた勝負に勝っていた。普通なら勝ったことに喜ぶだろうが、今回ばかりは喜べなかった。まるで、勝ちを譲られたような感じだったから。

 

 

「ともかく、約束は約束だ。我はこれから宣告しに行く。これでお別れ――と言いたいところだが、その傷くらいは治してやろう」

 

 

 龍神が零夜に手をかざすと、深緑色のオーラが零夜の身体を包む。その光は、力は、とても暖かく、零夜の身体を癒していく。

 

 

「これで、大丈夫なはずだ。それでは、さらばだ。夜神」

 

 

 龍神は再び巨体の姿へと戻り、都の方へと向かって行った。

 終わった。短いようで、長かった戦いが。

 

 

(終わったのか…。とりあえず、休、ませて…)

 

「零夜!」

 

 

 前方から向かってくる、女性の声とともに、零夜は気を失った。

 

 

 

 

 

MEMORY!

 

 

 

 

 

 空から落ちてきた、一本のガイアメモリが、自身の体に侵入した状態で。

 

 

 

 

 

 




 圧倒的な力の前に、エターナル(零夜)完敗…!
 流石は東方projectの主神。強さは伊達じゃない。主人公である零夜を完膚なきまでにボコボコにするほど、あのフォームの龍神は強いということですね!!

 まぁ龍神の最終フォームにして最強フォームであるあの鎧姿。想像するだけでもカッコいいです!

 そして、最後にメモリーメモリが零夜の身体に入っていきましたね。メモリーは、一体零夜にどんな『記憶』を見せるのか…?

 次回もお楽しみに!


龍神のイメージCV 【小山力也】

 どこぞの魔王様と同じ声に設定してみました。


評価:感想お願いします!!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61 お前の名は

――前回、龍神が本気を出して深緑色のフルアーマー姿となり、巨体の時とは比べ物のならないほどの力を発揮した龍神に、エターナル(零夜)が提示した賭けには勝ったものの、エターナル(零夜)は敗れ去ってしまった。
 そして、負けた時に中に舞い上がった【メモリーメモリ】が機動して、零夜の体の中へと入っていた――。


 メモリーメモリは、どのような過去を見せるのか?


 本編、スタート!


――夢を見ていた。

 それは、自分の夢ではない。誰かの、知らない誰かの夢だ。その証拠に、零夜の体は半透明になっていた。

 

 

『何だココは…?一体なんなんだ?俺は確か、龍神に負けて、気絶していたはずなのに…』

 

 

 龍神に負けて、気を失ったらここにいた。

 状況が分からぬまま、零夜は辺りを見渡す。そこは宮殿のような豪華な場所で、美しい装飾品が無数にあった。

 

 

『ここが現実なはずがない…。と言うことは、夢かもしくはそれに類似する類の現象か?』

 

 

 普通、目覚めたらこんな所にいるはずがない。それに、連れ去れてたとしてもここは零夜にとって過去だ。この場所が、奈良時代のものとはとても思えない。

 それに、そもそも連れ去れてたのなら半透明になっているわけがない。

 

 

『―――いや待てよ…?こんな現象を引き起こす『ナニカ』を俺は知っているはずだ…。確か―――メモリーメモリ!!』

 

 

 そう、この現象を引き起こした元凶はメモリーメモリだ。メモリの性能をすべて調べていた時期で、メモリーメモリの効能を文字で見てはいたが、実際に体験するとこうも違うのかと実感できる。

 確か、メモリーメモリの能力は使用者に過去の出来事を見せる効果だったはずだ。

 

 先ほどそのメモリを連想していたおかげで、早く答えを見つけることができた。

 

 

『と言うことはつまり、ここはどこかの過去と言うことか?―――ん?』

 

 

 周りを再び見渡すと、その奥に一つの影が見えた。零夜は歩いて、その影の人物が何者なのかを知るために近づく。

 

 その人物は――、

 

 

『月夜見…!?』

 

 

 その人物は、月の最高神である月夜見だった。そんなバカな、彼女は今、月にいるはず…!?

 いや、違う。ここは過去だから、非現実的なことも今だけは現実となっているのだ。

 

 

『ということは、ここは月…?何故俺は月の過去を見ている?』

 

 

 いやあり得ない。―――いや、違う。あり得ない話ではない。

 月の民は昔、地球で暮らしていた。月に移住した理由は『穢れ』が増えすぎて対処できなくなり穢れから逃げることが目的だった。

 つまり、今見ているのは月の民がまだ地上にいた頃の出来事だ。

 

 そう考えていた時、コンコン、と手前の扉からノックが響く。

 

 

『入れ』

 

 

 月夜見が王として威厳のある声で、そう言うと、一人の人物が入って来た。その人物は全身を絢爛な鎧で包み、重戦士を思わせるような姿をしていた。

 その人物が月夜見から10メートルほど離れたところで跪いた。

 

 

『わざわざ呼び出してすまんな、空真(くうま)

 

『いえ、とんでもございません。月夜見様に呼ばれましたら、真っ先にお伺いするのが、臣下の務めです』

 

 

 空真と呼ばれたその人物は、重々しい声でそう言った。

 

 

『相変わらずお前は堅苦しい奴だな』

 

『…そう言われましても、当然の態度でございまして…』

 

『まぁお前はその方が楽なのだろう。さて、本題に入る。実はこの度、私と同じ存在である『神』……龍神と会談して欲しいのだ』

 

『りゅ、龍神…様…ですか!!?』

 

 

 空真は当然の如く驚いた。

 

 

『わ、私ごときが月夜見様と同等の存在である龍神様と会談など―――』

 

『いいや、これはお願いではない。『命令』だ。空真』

 

 

 最初のような威圧が放たれ、空真の体がビクッと震えた。つまり、遠回しに「お前に拒否権はない」と言っているのだ。

 

 

『……かしこましました。……月夜見様。いくつか質問してもよろしいでしょうか?』

 

『構わん。言ってみろ』

 

『何故龍神様はこちらに来られるのでしょうか?』

 

『それは私が呼んだからだ。龍神はな、人間を見下しているんだ。人間など、恐れずに足らずと言う認識を持っている』

 

『……それは、間違いないかと思います。月夜見様や龍神様と言った『神』の領域に立つ存在は、私たちども人間を、遥かに凌駕しております』

 

 

 それは空真の言う通りだ。神と言う存在にとっては、人間など雑魚に過ぎない。それほど、力の差があるものだ。

 大半の神が、人間を「弱い者」だと認識しているもの仕方のないことなのだ。

 

 

『確かにその認識は正しい。だがな、空真。私は認めているのだ。人間の可能性を。その力を。空真、お前も例外ではない』

 

『――ッ!月夜見様…!この空真、更なる忠誠をあなた様に誓います!』

 

『それは今はいい。前に会った時にそれで口論になってしまってな…。それでだ、空真。お前には龍神と戦って欲しいのだ。そして、勝て』

 

『わ、私が龍神様とですか!?そんな…目を合わせることすら恐れ多いのに、ましてや勝負して、戦って、勝つだなて――『空真』』

 

 

『―――これは、『命令』だ。黙って従え』

 

 

『―――ッ!!ハッ!!』

 

 

 また威圧だ。高圧的で、絶対に逆らってはいけないと言う絶対零度の気配が放たれた。月夜見は多少強引なところはあるが、そう言ったところからカリスマ性が溢れ出てきている。

 

 

『良い返事だ。それで、なにか他に質問はあるか?』

 

『…それでは、失礼します。何故私なのでしょうか?』

 

『それはもちろんお前が適任だからだ。他に候補として綿月姉妹も視野に入れていたが、いろいろ考えた結果やはりお前が適任だ』

 

『……何度も聞くようで申し訳ございません。私の無礼をお許しください。私を選んでくれた、根拠は一体…?』

 

『根拠か。それはさっきも言った通り、お前が適任だと言う理由と、後はそうだな…。お前と龍神の能力が同じだからだな』

 

 

『龍神と同じ能力…ってことは、この空真ってヤツが、龍神の言ってた『アヤツ』か?』

 

 

 龍神の言葉を鵜呑みにするなら、『アヤツ』とは龍神と同じ能力――天を操る能力を持っている人物のことを指しているはずだ。

 それがウラノスではないとすると、空真が『アヤツ』の可能性が高い。

 

 

『龍神様の能力と、私の能力が同じ…(なるほど、だから月夜見様は私を選んだのか。だがしかし…)私ごときで、龍神様に勝利することができるでしょうか?』

 

『何度も言ったが、奴は人間を舐め切っている。だから必ず手加減するはずだ。これを機にアイツに見せてやれ。人間の可能性をな』

 

『―――ハッ!!!』

 

 

 空真は大声を上げて、敬礼した。人間と神との決闘。結果は目に見えているはずだ。龍神が勝つに決まっている。零夜も、あの龍神の本気モードを見て、感じて、負けて、より強く実感していた。

 

 

『……それでだ空真。臘月は今どうしている?』

 

『―――ッ!!』

 

 

 この驚愕は、この話を聞いている空真の驚愕ではない。零夜の驚愕だ。

 まさかここであの忌々しき名前が出てくるとは思わなかった。――いや、だがある意味当たり前だ。ここは過去の出来事の中なのだから。

 

 

『はッ。相変わらず自室に籠りっきりでして…』

 

『あいつは相変わらずだな…。大方研究や発案で忙しいんだろうが、一応聞いておく。アイツの現状を報告してくれ』

 

『申し訳ありませんが…分かりかねます。しかし、館の巡回をしている兵士の証言によると、夜中に臘月様の部屋で何やら奇妙な物音がするとのご報告が入っております』

 

『奇妙な物音?なんだそれは?』

 

『私にも分かりません。証言をした兵士によりますと、キシキシと、なにかが動く音が微かに聞こえたとの報告が。また、別の日には何やら(うめ)き声のような声が聞こえたと、別の兵士から証言が上がっております』

 

『なにかが動く音に呻き声?本当にあいつはなにをしているんだ?」

 

『本当に分かりません。しかし、これだけではなく、なにか機械音が鳴っているとの報告も』

 

『機械音?――あいつは都をより発展させるものの発案などをしているはずだ。創作は専門外だろ?』

 

『はい…。それを聞いた兵士の話では、フラ、ファ、ンと、途切れ途切れしか聞こえなかったようです』

 

 

『フラ、ファ、ン……。その単語、どっかで聞いた覚えが…』

 

 

 『フラ』『ファ』『ン』。その三つの単語が導きだす答えは――、

 

 

『――まぁよい。臘月のことは常時報告を入れろ』

 

『かしこまりました!』

 

 

 しかし、考えている最中にも話はどんどん進んでいくため、零夜はこの考えを一度斬り捨てる。

 

 

『それではもう下がってよい。次はアヤネと話をしなくてはならないからな』

 

『……口を挟むようで申し訳ありません。アヤネは、確か…』

 

『あぁ、女部隊の隊長だ。隊員の連続失踪のことについて話を聞かねばならん』

 

 

『―――隊員の連続失踪事件?』

 

 

 謎の事件を聞かされて、零夜の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。話を聞く限り、任務中に何人のも失踪者が出た事件のようだ。

 

 

『彼女は本当に気の毒です。まさか穢れの除去任務が主なアヤネの部隊…。その任務中に何人のも失踪者を出しているのですから』

 

『それらも含めて、あいつとはいろいろ話さなければならないことがある。もういいだろう?下がれ』

 

『はっ!!』

 

 

 そういい、空真は一礼をして、扉から出て行く。零夜は、その空真の後を追って行く。何故だかは分からない。だがしかし、彼の後を追わなければならないと思った。

 

 空真が扉を出て、しばらく廊下を歩くと、一人の女性と空真はあった。

 

 

『アヤネ』

 

『……空真』

 

『これが、アヤネ?』

 

 

 その女性の名前はアヤネだった。月夜見と空真の最後の話から出てきていた、女性の名前。女部隊の連続失踪事件の被害者たちの隊長だ。

 アヤネの目には深いクマがあり、とても落ち込み、荒れているのが人目で分かる。彼女も、この事件を悔やんでいるのだろう。

 

 

『―――その、なんだ。気の毒、だったな』

 

『なに?同情ならいらない。それだけだったらそこどけてくれない?アタシは月夜見様に呼ばれているの』

 

『…分かった』

 

 

 空真は道を譲った。そして、アヤネは道をわざわざどけた空真の肩にわざとのようにぶつかり、そのまま月夜見の部屋まで向かって行った。

 が、途中で一旦止まり、空真の方に振り返る。

 

 

『あと、宮殿の中でくらい鎧や兜を脱ぎなさいよ。正直、見ていて鬱陶(うっとう)しいわ。その恰好でいることを許されているからって、調子に乗ってんじゃないわよ』

 

 

 愚痴をこぼした後、その背中が見えなくなるまで、空真はその背中を見送る。

 

 

『――大分荒れているな。仕方のないことだが…』

 

 

 アヤネの辛辣な言葉を受けとめ、空真は歩みを進める。

 しばらく歩いて、空真が到着した場所は、訓練場だった。そこではたくさんの兵士たちが訓練に励んでおり、熱気に包まれていた。

 空真が顔を見せると、一人の兵士がその存在に気付く。

 

 

『空真隊長!』

 

 

 その一声で、兵士たちが一斉に訓練を辞め、空真に近寄ってくる。

 その表情は爽やかで、空真がとても慕われていることが分かる。

 

 

『ハハッ。来ただけでこの歓迎とは…。別に俺のことなど気にしなくともいいんだぞ?』

 

『いえいえそんな!隊長が来たのなら全力で歓迎しますよ!それで隊長。この度はどうしてこちらに?』

 

『あぁ。実は火影(ひえい)に会いに来たんだ。火影はいるか?』

 

『はい!火影隊長ならこちらにおります!さっそく、お呼びいたしますね!』

 

『あぁ。頼む』

 

 

 兵士の一人が火影と言う人物を呼びにその場を離れる。

 その間にも兵士たちのすし詰めにされながらも、空真は紳士に対応する。

 

 

『こいつ、かなり慕われてるんだな…』

 

 

 零夜はその場面を見ていて、空真がどれほど兵士たちの信頼を集めているのかを実感する。月ではそれどころではないため合わなかったが、この性格の人物ならば、臘月の非道さに心打たれ、零夜とともに戦ってくれてたかもしれない。

 本当に、空真と合えていればよかったと思う。

 

 そして、火影を呼びに行った兵士が戻って来る。

 

 

『隊長!火影隊長をお連れしました!!』

 

『よぉ空真。俺に一体何の用だ?』

 

 

『なっ!!?こいつは―――!?』

 

 

 零夜は火影の顔を見て、驚愕する。混乱、動乱、困惑と言った表情を一気に詰め込んだような表情をしてしまった。

 だって、なにせ、その人物の顔は―――、

 

 

プロクス・フランマ―――!!?』

 

 

 火影と呼ばれたその人物は、未来で零夜と戦った【ヘプタ・プラネーテス】の一人、プロクス・フランマだったのだ。

 驚きと困惑で脳が停止する。一体どういうことだ?何故プロクスが火影と名乗っている?

 

 だがしかし、零夜の驚きを他所に、話はどんどん進んでいく。

 

 

『お前が俺を呼ぶなんて珍しいな。一体どういう風の吹き回しだ?』

 

『実は、今度あるお方と手合わせすることになっていてな。その準備運動をしたいと思っているんだ』

 

『カーッ!お前にとって俺は準備運動程度かよ!!』

 

『す、すまない。お前の気分を害してしまったようだ。申し訳ない』

 

 

 そう言い空真は頭を下げて謝罪する。

 

 

『いいってことよ!お前は俺ら男隊長の中では最強だからな!そうなっちまうのも仕方ねぇ!それに、俺はお前がそう言う奴じゃねぇってこと、知ってっからよ!その謝罪、ちゃんともらうぜ?』

 

『……ありがとう、火影』

 

『いいんだいいんだ。それで、お前の準備運動に付き合えばいいんだろ?付き合ってやるよ!』

 

『ありがとう。それじゃあ、移動しよう』

 

 

 そういい、二人は訓練場の中心へと移動する。兵士たちも、場外から観戦するために集まる。滅多に見れない部隊長同士の戦いだ。

 ある者は興味本位で、ある物は参考にとどんどん人が集まってくる。

 

 

『それでは、審判は私が務めさせていただきます!用意はいいですか?』

 

『あ―ッ、ちょっと待てや。おい空真。お前戦いのときくらい兜脱げや』

 

『…?いや、普通は逆じゃないのか?』

 

『そりゃーそうだけどよ、なんつーかな。お前いつもその恰好だから、たまには顔見せた状態で戦えよ。一種のハンデだよ』

 

『そうか…頼んでいるのはこちらだから、お前の考えを尊重するのが道理か。では、外すからちょっと待っててくれ』

 

 

 空真はゆっくりと、その兜を外していく。

 そして―――その顔が、露わになった。

 

 

『―――』

 

 

 零夜は、その顔を見た途端、絶句した。その時だけは呼吸も忘れ、息をすることすらできなかった。

 そして五秒ほど経ち――、

 

 

『ゲホッ、ゲホッ!!』

 

 

 ようやく息をして、生命活動を再開した。

 

 

『あいつは…あの顔は…!』

 

 

『それでは、はじめ!』

 

 

『『『『『おぉおおおおおおお!!!』』』』』

 

 

 零夜が苦しんでいる傍らで、火影と空真の戦いは始まった。

 火影の烈火が燃え盛り、地面と焼きながら、空真に向かって行く。空真は風を引き起こし、火を消失させ、風の力で自らの体を飛翔させ、剣を振るう。

 

 

『『はぁああああああ!!!』』

 

 

 火炎が、流水が、雷が、疾風が、土豪が、光が、闇が、辺り一帯を包み込み、そして――、

 

 

『すまないな、火影。また俺の勝ちだ』

 

『あーっ!クソっ!またお前の勝ちかよ!少しは手加減しろよ!』

 

『すまないな。俺は一切妥協しないと、知っているだろう?』

 

 

―――そう悪気のない皮肉を言い放った空真の顔は、あの忌々しき敵、ウラノス・カエルムだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「ウラノ――ッ!ガッ…!」

 

「零夜!」

 

 

 零夜は、そこで目が覚めた。情報多可による衝撃で起き上がろうとすると、肉体的なダメージで苦痛の悲鳴を上げる。自分の体を見て、自分の体に無数の包帯が巻かれていることが理解できた。

 そして、零夜の目ざめに喜んだ一人の女性―――ルーミアが隣にいた。

 

 

「ルーミア…。ここは…?」

 

「ここは私たちが元居た場所。怪我が多くて、ここまで移動するの大変だったんだから」

 

 

 ルーミアは愚痴のようにそう言った。

 ともかく、零夜が気絶する前に聞こえた女性の声は、ルーミアだったと言うことだ。

 

 

「そうか…。すまないな。わざわざ」

 

「えっ!?い、いや別に…当然のことだし…」

 

 

 お礼と謝罪すると、ルーミアは突如として顔が赤くなり挙動不審となる。

 その感情のバリエーションの多さに、激しい奴だと言う感想が浮かんだところで、ルーミアに質問する。

 

 

「ところで、他の奴らは?」

 

「妹紅は寝てるわ。シロはまだ都に。ライラと紅夜の二人は零夜のために薬草とか探しに行ってきてる」

 

「――そうか。皆に迷惑かけちまったな…」

 

「全然、私はそんなの気にしてないわよ」

 

「そうか」

 

「……それで、どうだった?龍との戦いは…?」

 

「―――それ聞く意味あるか?見ての通り、惨敗だったよ」

 

 

 それを聞いて、ルーミアの顔が曇る。彼女にとって零夜はほぼ敵なしの存在だ。例外を上げるとするならばシロや臘月のような権能持ちのみ。

 きっと勝ってくると、そう思っていたのに――、

 

 

「それに、相手が悪かった」

 

「どういうこと?」

 

「神力を持っているって時点で気付くべきだった…。あの龍はただの龍じゃない。【龍神】だった」

 

「龍神って…!あの!?」

 

 

 彼女の顔が驚愕に染まる。どうやら彼女も龍神を知っているようだ。(まが)りなりにも幻想郷に住んでいたのだ。

 その場所を創った人物のことを知っていても不思議ではない。

 

 

「あの龍神だ。あぁクソ!シロの野郎、次会ったら絶対ボロクソ言ってやる!」

 

「そこは殴るとかじゃないの?」

 

「普通はそうしてぇよ。だけど、この体じゃ無理だし何より、龍神だと気付ける要素は会話の中にはあったんだ。今回は隠し事らしい隠し事はしてねぇし、それだけで留めとくつもりだ」

 

 

 今回は少なからずとも気づけなかった自分にも非があるので、言葉だけで済ませておくとする。

 

 

「……すまん。もう一回寝るから、緊急以外のときは起こさないでくれ」

 

「分かった。それじゃ、おやすみ」

 

 

 彼女の柔らかく優しい声を最後に聞き、零夜は再び眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く…どうして我がこんなことを…』

 

 

『――龍神…!』

 

 

 再び過去の記憶へと突入すると、そこには見慣れた存在である、龍神がいた。

 龍神は蛇のような見た目をした巨体バージョンで、木々が生い茂る場所の中で、開けた場所で体を丸めて休息をとっていた。

 

 

『月夜見の奴め…。人間の凄さを見せてやると言っていたが、何故我ら神より弱い人間とわざわざ戦わねばならぬのだ。いや、挑発に乗った我も我だが…』

 

 

 

 独り言のように、零夜にとってありがたい状況の説明を述べていく。

 記憶の中の龍神は、当初零夜と初対面だったときのように、人間を弱小種族と馬鹿にしているような雰囲気だった。

 

 

『こいつの傲慢さは相変わらずだな。強さを認めた奴にだけは寛大になるが、温度差の激しい神だな』

 

 

 龍神への率直な感想を述べた後、奥の方から一つの影がこちらに向かって歩みを進めてきた。

 そして、その存在が露わになる。その人物は、ウラノス・カエルム――いや、空真だ。

 

 

『お待たせして申し訳ない。龍神様。ご紹介に預かった、空真と申します』

 

『貴様の名前などどうでもよい。我もこのような児戯に戯れているほど暇ではないのだ。早々に終わらしてやる!』

 

 

 龍神は丸まった体を広げながら飛翔し、上から空真を見下ろす。

 

 

『あなた様に無礼にならぬようこの空真、全力で、全身全霊で、お相手いたしましょう!!』

 

 

 その言葉とともに、戦いの火ぶたは切られた。

 龍神が初めに口に火炎を生成すると、それを玉にして空真に放つ。空真は両手剣を豪快に振るうと、その炎をかき消した。

 

 

『ほう。我の炎をかき消すとは。月夜見が選ぶだけのことはあるようだな!』

 

『お褒めに預かり光栄です!では、次は私から行かせてもらいます!!』

 

 

 空真の両手剣に、水流が集束していく。それと同時に空真の体に竜巻が纏われ、瞬発的な速度と飛翔を生み出し、両手剣を振るう。

 水流が斬撃となり、龍神を襲う。

 

 

『その程度か!』

 

 

 瞬間、龍神から強烈な熱気が放たれ、水の斬撃が一瞬にして蒸発する。

 

 

『流石は龍神様です!であればこれなら!』

 

 

 両手剣を地面に突き刺すと、岩などが地面から浮かび上がる。両手剣を持ち上げ、振るうと岩が龍神に向かっていく。

 

 

『小癪な!』

 

 

 龍神は暴風を巻き起こし、迫りくる岩たちを粉砕する。その間に、空真は跳躍して両手剣を振るい、龍神の体に当てた。

 

 

『うぐぅうう!!おのれ!我の体に攻撃するとは!!人間風情がぁあああああ!!』

 

『申し訳ありませんが、月夜見様から手加減などせず、容赦なく勝てと命令されておりますゆえ、私も本気で行かせていただきます!!』

 

『えぇい!!ならば、これならば!!』

 

 

 龍神の体が突如として発光し、空真の目を晦ます。一瞬目を閉じてしまった空真だったが、その隙を突かれ、龍神が爪を使った斬撃を飛ばす。

 

 

『ふっ!』

 

 

 そしてその攻撃を、間一髪で防いだ。長年の勘のおかげだ。

 お返しと言わんばかりに、空真は次に手を振りかざすと、当たり一帯が闇に包まれる。

 

 視界を奪った状態で、空真は全身する。狙うは龍神の顔じゃない。その胴体だ。

 両手剣に(速度)()を乗せて振りかざし、龍神の鱗に傷をつけた。

 

 

『うがぁああああ!!そんなことがあり得てたまるか!人間如きに、我の鱗が傷つけられるなどぉおおおおお!!』

 

『はぁあああああああ!!』

 

 

 下等生物と見下していた相手に傷をつけられたことによるショックと動揺を付き、空真は連続で攻撃を叩き込む。

 場所を一か所に絞り、攻撃を続けていく。龍神の鱗が少しずつ剥がれ、肉がどんどんと露わになっていく。

 

 

『こんなこと、認めて溜まるかぁあああああ!!』

 

 

 龍神の体が雷撃に包まれ、空真もそれに巻き込まれて感電する。

 感電した空真は、焦げて地面に落ちる。

 

 

『やはり、一筋縄ではいかないようですね…!』

 

『当たり前だ!月夜見が自慢するだけの力はあるようだが、神を舐めるな!!』

 

『もちろんですとも!!』

 

 

 空真は手に炎を纏わせると、その拳を地面に向けて突き出す。

 すると上昇気流が発生し、一気に空真は上空へと解き放った。

 

 

『はぁ!!』

 

 

 龍神よりも高く飛び、両手剣に『雷』『炎』『風』の力を纏わせ、重力に従って龍神の頭めがけて剣を振り下ろした!

 

 

そんな攻撃!当たらせるものか!

 

 

 龍神が大きく口を開き、炎弾を生成する。しかし、それだけには留まらず、深緑色のエネルギーを炎弾に纏わせ、赤緑色の玉へと変化する。

 

 

『あれは…神力…!』

 

 

 遠巻きで見ていた零夜が、その深緑色のエネルギーの正体を見破る。

 あれはエターナルで戦った時に何度も見せられた龍神の神力だ。あれを纏わせたと言うことは、空真を強者と認めたのか、あるは――、

 

 

―――そんなことをしている合間にも、龍神の攻撃と空真はぶつかりそうになっていく。

 

 

『送風!二酸化炭素!!』

 

 

 瞬間、炎弾ごと龍神に向かって強力な風が吹き――火が鎮火した。

 

 

なに!?我の炎が、たがか風如きに!?

 

『永琳様の知識ゆえですよ!』

 

 

 天晴(あっぱれ)だ。まさか戦いの最中に科学知識を使うとは。確かに炎は酸素がなければ燃えない。二酸化炭素は逆に炎を鎮火するには持ってこいの反転物だ。

 だがそんな知識知る由もない龍神はただの風にしか思えず、そのただの風に鎮火されたことに、再び気を取られていた。

 

 

『ハッァアアアアアア!!』

 

『うぐぉおおおおお!!』

 

 

 その結果、空真の両手剣が脳天に直撃。龍神は悲鳴を上げ、衝撃のまま地面に激突し、強烈な爆音と砂ぼこりをまき散らしながら、落下した。

 

 風の力でゆっくりと地面に着地した空真は、砂ぼこりの奥を見つめる。

 

 

『はぁ…はぁ…』

 

 

 砂ぼこりが晴れ、そこにいたのはボロボロになっている龍神の姿だった。

 

 

『まだだ……まだ我は負けてなどいない!!』

 

『いいや、お前の負けだ。龍神』

 

『『―――ッ!!』』

 

 

 突如聞き慣れた声に、空真と零夜は驚愕し、その方向を見る。するとその何もない空間から突如として、月夜見が現れた。

 

 

『お前が地面に落下した時点で、お前の負けだ。そう言う勝敗の決め方だっただろう』

 

『だがまだ我は負けてなどいない!!』

 

『あぁ。お前はまだ動けるな。だがしかし、お前はあの時言っただろう?〈我を地面に堕とせばそいつの勝ちにしてやる〉と。まさか、約束を違えることなど、しないよなぁ?』

 

『うぐぐぐぐぐぐ……!!』

 

 

 月夜見の皮肉に、龍神は悔しそうに唸る。しかし、そんな状況が分からないと、空真は月夜見に質問する。

 

 

『あの、月夜見様?どういうことですか?この時点で私の勝ちと言うのは!?』

 

『あぁ、そう言えば言ってなかったな。正直あまりにも不公平だから、こいつが調子に乗ってな。地面に落下させたらお前の勝ちと言うハンデをつけてくれたのだ!そして、見事こいつは負けた!そういうことだな』

 

『月夜見様…それ先に言ってくださいよ…』

 

『ハハッ、すまなかったな。それでどうだ、龍神?格下に見ていた相手に負けて、ついでに賭けにも負けた気分は?』

 

『黙れ月夜見!分かっておる!この勝負は我の負けだ!千年物の美酒はそなたの物だ!!これでいいだろう!!』

 

『そうだそうだ!それでいいのだよ!!はっはっは!!』

 

『―――賭け?千年物の美酒?どういうことですか?』

 

 

『まさかこいつら―――』

 

 

『あぁ。実は龍神と賭けをしていてな。負けた方が秘蔵の酒をくれてやると言うものだ』

 

 

『えぇ!!?』

 

 

『やっぱりこいつ……ウラノスを賭けに使ってやがったな』

 

 

 その事実にウラノスは驚愕の言葉を上げ、零夜は呆れた。

 まさかあの命令にこんな裏があったとは、誰も思いはしなかっただろう。

 

 

『そんな……まさか賭けに使われていたなんて…』

 

『どうした?不服か?今の私は気分がいいからな。なんでも言っていいぞ?』

 

『―――それでは、一言。確かに賭けに使われていたと言う事実には、腹が立ちました。……しかし、龍神様とお手合わせできたと言う感動の方が、私の心の中により強く残りました

 

『『『――――』』』

 

 

 その言葉に、月夜見も、龍神も、零夜も絶句した。

 賭けに使われたと言うのに、人間風情と罵られた相手に、その相手と戦えたことへの感動の方が勝ったなどと、普通の人間に言えようか。否である。

 

 

『貴様――空真と言ったか。変わっておるな』

 

『気にするな。コイツは元からそう言う奴だ』

 

『えぇ。私は元からこういう奴なのですよ』

 

 

『『『フフフ、ハハハハハハハハ!!!』』』

 

 

 最後はともに三人で大爆笑した。その笑い声は森中に届いた。

 

 

『―――景色が』

 

 

 それと同時に、零夜が見る景色が薄れて行っている。目覚めの時が来たのだ。

 そんなときでさえも、零夜は二人の神と共に笑っている空真を悲しそうな目で―――悵然(ちょうぜん)の表情で見つめた。

 

 

『――どうして、どうしてお前はあんな風になっちまったんだ?ウラノス―――いや、空真』

 

 

 誰にも届かない、悲しい言葉。その言葉を最後に、零夜は、過去から覚める。

 

 

 

 




 はい、いかがでしたか?
 この回では、プロクスとウラノスが地上にいた頃は別の名前を名乗っていて、尚且つ部下たちにも慕われているほどの人気ぶりを持っていたことが明らかになりました。
 零夜の言う通り、何故この二人があれほどの下衆(ゲス)へと身を堕としてしまったのか。とても気になりますね!

 そして、臘月の部屋から鳴っていた機械音、『フラ』『ファ』『ン』。これが何を意味するか分かりますかね?

 さらに、龍神との出会いが月夜見と龍神の賭けだったと言うことも明らかに。
 これから徐々に二人の関係が親密になっていきますので、楽しみにしていてください!(零夜達にとっては過去の出来事)

 それと、龍神があれほど早く負けてしまった理由としては、空真が普通の人間より確実に強かったのと、龍神が人間を見下して最後の最後まで本気を出さなかったこと、そして何より自分自身を不利にしたこと(龍神にとっては不利でもなんでもないハンデ)が敗因でしたね。

 それでは、次回をお楽しみに!!


 評価:感想お待ちしております!!




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62 覚悟を決めろ

 いやー、セイバー最終回、楽しかったですね。
 倫太郎のあの告白シーン、緊張して扉越しから見ました。ああいうシーンて緊張して苦手なんですよねぇ、自分。
 
 そしてリバイスもカッコ良かった!次回が楽しみだ!


それでは、どうぞ!!


「――――」

 

「おはよう」

 

 

 零夜は目を覚まし、辺りを見渡す。ルーミアが隣で、零夜に目覚めの言葉をかけてくれた。他にあるとすれば、今までいなかった四人も、この場にいたことだ。

 

 

「大丈夫ですか?零夜さん」

 

「あぁ…なんとかな」

 

「そうか。それなら良かった」

 

 

 紅夜とライラが、体調の方を気遣ってくれる。シロの隣にいる妹紅は、零夜の状態を見て、口を詰むんでいた。あまりの怪我の酷さに、顔面蒼白しているのだ。

 妹紅はまだ子供だ。故に、こういったものに耐性がない。それに妹紅は先天性無痛無汗症だ。故に、痛みが分からぬためどう言葉をかければいいのか分からないのだろう。

 そして、ようやく一言発した

 

 

「大丈夫…?」

 

「あぁ。大丈夫だ」

 

「そっか…よかった」

 

 

 その言葉に、妹紅は小さな笑顔を浮かべた。

 

――さて、最後は…

 

 

「で、シロ。何か言うことあるよな?」

 

「――――」

 

 

 威圧を込めた言葉を放ったが、シロは無視して、ただ無言で何かを考えているように見えた。

 シロがこうなったら、話が進まないので、ルーミアに頼んで鉄拳制裁してもらう。

 

 

「いてッ!」

 

 

 シロが苦悶の声を上げ、ルーミアに殴られたところをさする。

 

 

「痛いなァ……。なんなの急に?」

 

「なんなのじゃないでしょ!零夜が話してるでしょうが!」

 

「あぁ――。ゴメン。ちょっと考え事をしててね。それと、君の言いたいことは分かってるよ。なんで相手が龍神だったのを言わなかったのか、でしょ?」

 

「それもある。だが、神力があるってところで気付けなかった俺も俺だ。だが本題は、なんで龍神のあの形態のことを黙ってた?」

 

「黙ってなんかいないさ。むしろ、知らなかったんだ。僕もライラも

 

「―――本当なのか?」

 

 

 零夜がライラに視線を向けると、ライラは首を縦に振った。つまりは、肯定。本当に知らなかったと言う意味だ。

 

 

「僕とライラが倒したのはあくまで巨体の時の龍神だ。鎧武者姿の龍神なんて、僕は知らない」

 

「私もだ。奴の威圧感…。一瞬だけだったが、ここからでも感じ取れた。アレは強い。私ですら勝てるかどうか分からんほどの力を感じた。まさか、奴の本気があそこまでとは…」

 

「師匠でも、勝てるかどうか分からないんですか!?」

 

 

 ライラの評価に、紅夜が驚愕する。

 ライラの話だと、一瞬感じたと言うところ、あの隔絶空間が龍神のエネルギーを包み込んでいたはずだ。それを破壊したことによって、エネルギーが一気に広がったとみるべきだ。

 

 

「巨体の龍神はそこまでの力はないんだ。だが、あの姿になった瞬間だった…。勝つ可能性が一気にゼロになった」

 

 

 それほど、本気の姿になった龍神の力は凄まじい。正に桁違いの強さを誇っていた。

 今の零夜では、龍神には決して勝てる要素など微塵もない。シロとライラならば勝てる可能性もあるだろうが、それは周りの被害を無視したこと前提の話だ。

 

 

「でもまぁ、危機は去ったんだ。……それで、零夜と話たいことがあるからさ、悪いんだけどライラと紅夜の二人は妹紅を連れて違う場所に行ってくれないかい?」

 

「……分かった。そちらの陣営の話し合いということだな。ならば私は邪魔か。いくぞ、紅夜」

 

「はい!」

 

 

 紅夜は妹紅を担いで、ライラの後を追っていく。

 完全に見えなくなったところで、シロは息をはいた。

 

 

「ふぅ〜。これで僕たちだけで話ができるね」

 

「ねぇ?私が残ってもよかったの?」

 

「構わないよ?だって僕らは仲間じゃないか」

 

「……なんだろう、あんたが言うとすごく胡散臭く感じるから、辞めてくれない?」

 

「えぇ、酷!」

 

 

 ガーン、とシロは落ち込むが、一瞬にして立ち直り愉快そうに話を続ける。

 

 

「それで話なんだけど、ウラノスのことなんだよね」

 

「―――ッ!!」

 

「は?なんであのゴミクズが出てくるのよ?」

 

 

 シロが出したその名、ウラノス・カエルム―――否、空真の名が出てきたことに、驚愕を示した。なぜその話を今になってするのか、作為的なものを感じたからだ。

 そして、突然思い出したくもない男の名を聞かされたことで、一気に不快感を露わにするルーミア。

 

 

「ゴミクズとは心外だね―――まぁ僕もアレを知るまではそう思ってたから、君のこと言えないんだけどね。龍神が怒っていた理由はこれだったのか…

 

「は?話が分からないんだけど。あと今なにか言わなかった?」

 

「気のせいだよ。百聞は一見にしかず、直接見た方が早いよね。零夜、記憶コピっていいかな?」

 

「そう言うことかよ。何考えたのかと思ってたが、まさか俺が起きた瞬間に俺の記憶閲覧しやがったな…!」

 

 

 そう、シロの権能の一つには、記憶に関する権能がある。相手から情報を読み取ったり、相手の記憶を好きなように抹消したりすることができる。

 だが、これらの行動には相手の脳に近い場所ーー頭に直接触れる必要がある。だが、それを必要としない記憶の読み取りが、シロには零夜にのみ可能なのだ。

 つまり、いつでも零夜の記憶を読み取り放題なのだ。プライバシーもクソもない、クソみたいな権能だ。

 それを知っている零夜は、一気に顔を顰めた。

 

 つまり、シロはあの一瞬で零夜がメモリーメモリで観た記憶を勝手に見たことになる。

 

 

「まさか昔のウラノスとプロクスがあんな真人間だったなんて、思いもしなかったよ。この分だと、他の五人も昔はまともだったと見るべきかな?」

 

「……俺の記憶を見たことは置いておくとして、その考えは早計だ。例えば地上人を見下すのは月の民の証みたいな常套句だからな。特にプロクスやデンドロン辺りが、その傾向が強いように見えたからな」

 

「そこにウラノス―――空真がいないのは、どういうことかな?」

 

「……お前も見たなら分かるだろ。あの頃のあいつは、すごくマトモだ。それに、演技ができるようにも見えない」

 

「……そこに関しては僕も同意見だよ。一体、何があったのか……すごく気になるところだよ」

 

 

「―――あのさ、私を置いて話を進めないでくれない?」

 

 

「「―――」」

 

 

 完全に忘れてた。空真に関するショックが大きすぎたために、ルーミアのことをすっかり忘れていた。

 そして、忘れられていた事実に腹が立ったのかルーミアは立ってシロの後ろに周り、首を十字固めで絞めた。

 

 

「ぐえぇえええ!!なんで僕!?零夜も同罪のはずだよね!?」

 

「零夜は怪我人だから除外してるだけよ!私を除け者にするなぁあああ!!」

 

「ああああ!!ギブギブ!!…あ、でもおっぱいがクッションになってて正直気持ち「~~~ッ/////この変態!!」ヘブシッ!!」

 

 

 シロのセクハラ発言に顔を赤らめてシロの頭を掴んで地面に叩きつけた。ゴシャッ、と鈍い音が響いた。

 少なくとも、今のは完全にシロの発言が悪い。

 

 

「あぁ~痛いなぁ。もうちょい加減してよ」

 

「あんたが悪いんでしょ!」

 

「はいはい。反省しておりますよーだ。さてと、話が脱線したね」

 

「あ、あぁ。そうだな」

 

 

 顔や服が土まみれになり、汚れているところでシロは水を操り、服の不純物を取り除き顔を洗っていつも通りの姿となる。

 

 

「さてとそれじゃあ記憶コピっていいかい?」

 

「でもアレ辛いんだろ?正直この体では無理だ」

 

 

 思い出すは、レイセン(優曇華)相手に情報を読み取ったときのあの苦痛に悶えた姿。記憶を無理矢理読み取られるのだから、ああなるのも無理はないが、正直この体でやるのはリスクが高すぎる。

 

 

「そもそも、お前が回復かけてくれればいいだけの話だろ。回復くれよ」

 

「いやいや。それはできない」

 

「はぁ?なんでだよ」

 

「今の零夜の体には龍神の回復術が流れてるからね」

 

「……確かに、回復してもらったが、それがどう関係してるんだ?」

 

「今も龍神の術が君の体を治癒している。そこに僕の回復力をぶつけると、強力な力がぶつかり合ってさらに君の体を壊すことになるよ」

 

「…マジか」

 

「マジだよ」

 

 

 まさかの情報に、零夜はもう一度聞き返してしまった。回復と回復。聞くだけだと癒す力だが、それでも『力』であることは変わりない。

 強力な『力』同士がぶつかれば、暴発することは目に見えている。

 

 それに、回復力が異常なまでになってしまえば、『回復』を通り越して最早それは『破壊』の力へと変化してしまう。

 

 

「どこぞの漫画で過剰回復で相手の体を破壊するって言う設定は存在するしね。この世界でもその節理が働いたとしても不思議じゃない」

 

「じゃあ、龍神の回復の術?が俺の体を完治してくれるまで、お前は手が出せないってことか…」

 

「そゆこと。それで、記憶コピっていいかい?」

 

「―――好きにしろ。ただし、あまり痛くするなよ?」

 

「分かってるよ。それじゃあ…」

 

 

 シロは頭を掴んだ。―――自分自身の

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 その行動に二人は驚いた顔を見せ、それと裏腹にシロの頭が光り、数秒もするとその光も収まった。

 

 

「よし、これで記憶のコピーは完了だ」

 

「待て待て待て。どういうことだ?」

 

「どういうことって、記憶をコピったに決まってんじゃん」

 

「いや、俺はてっきり俺の記憶から……」

 

「私も…」

 

 

 あの話の流れなら、確実に零夜の記憶を拝借する流れだっただろう。それなのに、その工程を自分自身で行ったことに、困惑を隠せない二人。

 

 

「いやぁ、最初はそのつもりだったんだけど…よく考えたら零夜の記憶を見れるんだから僕自身でもいいかなって」

 

「おまっ…だったら今までのやり取りほぼ無意味じゃねぇか…!」

 

「まぁそうなんだけどね。僕もやられっぱなしは性に合わなくてねぇ…」

 

 

 そういい、シロはルーミアのことをチラッと見る。

 その視線を感じたルーミアは、先ほどのことの軽い仕返しを受けたのだと判断し、頬を小さく膨らませた。

 

 

「あれはあんたが悪いんでしょ!」

 

「まぁ僕も配慮が足りなかったけど、なにも首を絞めるまでもなかったじゃん。それにあの体勢ならば君のおっぱいが僕に当たるのは自明の理であって――」

 

「~~~////!うるさいうるさい!おっぱいおっぱい言うな!」

 

 

「……おいお前等、うるせぇぞ」

 

 

「「―――」」

 

 

 二人の言い争いは、圧のある零夜の一言によって終わった。零夜にとって、胸のことで争っている二人が今は何よりも醜く見えたためだ。

 と言うか一番の理由が『おっぱい』と言う単語が単純に耳障りなのが理由だが。

 

 

「話を戻すぞ。さっさと記憶をルーミアに移植しろ」

 

「は~いはい。それじゃあ、準備はいいかい?」

 

「なるべく痛くしないでよね?」

 

「分かった分かった。できるだけ被害が及ばないように、じっくり、ゆっくりと移植することにするよ」

 

「―――なんか、その言い方すっごくキモイんだけど」

 

「……()せたよ」

 

「いいからさっさとやれ」

 

 

 零夜の言葉で、再び話が進む。

 シロはルーミアの頭に手を乗せ、淡い光がシロの手から発せられる。その光とともに、ルーミアは少し苦しそうな顔をしつつ、汗が垂れている。

 精神的苦痛に耐えている証拠だろう。曲りなりにも他人の記憶を移植するのだ。別人の記憶を見ることで、自分自身を失いかねない危険性もあるため、ゆっくり、ルーミアに危険性がないようにやっているのだ。

 

 そして、しばらくするとそれも終わり、ルーミアは地面に尻もちをついて、大きな息を吸って吐いた。

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!なにこれ…辛すぎるでしょ…!?ゆっくり、やっても、これ、なの…!?」

 

 

 彼女の疲弊具合から、どれほど苦しいのかが伺える。

 

 

「それで、どうだった?昔のウラノス―――空真を見た感想は?」

 

「――正直、まだ信じられないわ。あのクズがまさか昔はあんなだったなんて…。これ、猫被ってるわけじゃないわよね?」

 

 

 ルーミアは完全に疑っていた。

 無理もないだろう。彼女は一回あの男(ウラノス)によって散々な目を見ている。疑うのは当然のことだ。

 

 

「その可能性もあったけどね。でも『星の記憶』を見た限り、人のいない所でも空真はあの態度を崩さなかった。だから、その可能性は低いと、僕は睨んでいる」

 

「だとしたらおかしすぎるでしょ。なんでアレからああなるのよ。どう考えてもおかしいでしょ」

 

「そこなんだよねぇ。空真の性格は紳士だ。だがしかし、ウラノスの性格はゲス、クズ、ゴミの三拍子が揃っている。それを踏まえると、考えられる可能性は――二つ」

 

 

 一つは、龍神が予想した通り空真とウラノスは別人説

 龍神が予想したウラノスは空真の息子だと言う説は、あり得る可能性の一つだ。だがしかし、いくらウラノスが空真の息子だとしても、あまりにも似すぎている、と言うより完全に同一人物にしか見えない。

 故に、この可能性はあくまでも可能性でしかない。

 

 二つ、これはかなり有力な可能性だ。空真がなんらかの理由で絶望し、過去の自分をすべて忘れるために名前を変えた説

 人とは変わりにくく変わりやすい生き物だ。並大抵のことでは人はあまり変わらない。だがしかし、強烈なこと――精神的苦痛や重圧によって絶望し、まるで別人のように変わるときがある。

 

 

「考えられる可能性はこの二つ。そして一番有力なのが後者のほうだ」

 

「まぁ妥当だな。仮に後者だと考えると、どうして空真が絶望したのかを考えることが必要だな」

 

「うん。そのためにも零夜。また過去に跳んでくれないかい?」

 

「―――はぁ。やっぱりか。まぁ寝てれば見れるんだ。こうならとことんやってやるよ」

 

「皆のことは、僕やライラに任せて。君は、自分のやれることをやってくれればいいから」

 

「わーってるよ。それじゃあ、行ってくるよ」

 

 

 そして零夜は、再び目を閉じ、過去へと眠りにつく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

『……さて、また入って来れたな。さて、空真は何処にいる?』

 

 

 零夜が目を覚ました時、そこはとても広いメルヘンチックなドーム状のホールだった。人が千人入ってもかなり余裕のあるバカでかいホールで、零夜は目を覚ました。

 

 

『ひっろ。こんな場所一体何に使うんだよ―――』

 

 

 その瞬間、ドームの天井が開き、快晴な空が目に映る。

 そして、その光がなにかの巨体に遮られ、その巨体がこちらに向かってきている。

 

 

『―――ッ!』

 

 

 その正体は龍神だった。そうか、このホールは龍神の体を納めるための場所だったのか。

 確かにこの大きさなら龍神の巨体も十分入るだろう。

 

 そう考えていると、今度はホールの奥の2m×1mほどの穴が開き、そこから空真が出てきた。空真はあの時のガチガチの鎧ではなく、私服で入って来た。

 

 

『来たか空真。待ちわびていたぞ』

 

『申し訳ございません。次はもっと早く来るように精進いたします』

 

『―――おい空真。何度も言うが、敬語はやめろ。堅苦しい』

 

 

『あ、それは申し訳―――申し訳ない。もう敬語は沁みついてしまっていてな…』

 

 

 ついまた出てしまいそうになった敬語を押し込み、空真はため口で龍神と話す。

 もの凄い適応力だ。格上の存在に対して、ため口では話すなど無礼以外の何物でもないと言うのに。

 

 

『…どうやら、あれから大分間があいた後の記憶らしいな』

 

 

 どういう経緯かは知らないが、空真と龍神は互いにため口で話すほど仲は親密になっていた。

 しかも、あの堅苦しいイメージしかなかったウラノスが、命令とは上司レベルの相手にため口を平気で使っているところも、驚愕している点だった。

 

 そして、それを見て零夜は―――、

 

 

『繋がった』

 

 

 どこか、納得したような顔をした。

 そして、どんどん話は進んでいく。

 

 

『まぁよい。とりあえず、これを飲め!』

 

 

 

 そういい龍神が取り出しのは、一つの酒樽。空真の身長など、軽々超える、龍神用の酒樽だった。

 

 

『相変わらずのデカさだな』

 

『まぁ構わんではないか。お前には全く問題ないからな』

 

『まぁ、確かにそうだな』

 

 

 龍神が酒樽を開けると、そこから純白の透き通った美しい酒が現れる。

 空真はジョッキを取り出し、体を浮かして飛び、酒樽からジョッキで酒を掬う。

 

 

『がはは!今日は祝杯だなぁ!』

 

 

『あぁ、全くだ。ようやく、月へ行くためのロケットが完成したのだから、これほど嬉しい日はない』

 

 

『月に行くためのロケット…まさか、【人妖(じんよう)大戦】の前か?』

 

 

 【人妖大戦】―――それは月の民たちが月へ移住する際にそれを阻止しに来た妖怪たちとの戦争のことだ。結果は人間側の勝ちで見事月へと飛び立つことができた。

 ただし、零夜が知っているのはあくまでも結果だけだ。過程は知らない。

 

 

『だが、正直言うと寂しくもある。友が全く違う場所へ行ってしまうとなるとな…』

 

『なにを仰る。半永久的に不死身の神であるあなたが、たった一人の人間との別れを惜しむなど…』

 

『空真、素が出ておるぞ』

 

 

『ははっ、これは失礼したな』

 

『まぁいいのだ。……正直、ここまで我と波長が合った人間は、そうそういない。能力が同じと言うのも理由の一つなのだろうが……やはり、お前の『魂の色』が限りなく白に近いからだろうな』

 

 

『―――魂の色?』

 

 

 気になる単語が出てきた。それは全く新しい単語で、理解するのに数秒の時を有した。

 そして、話は進んでいく。

 

 

『龍神。何度もその話は聞いた。お前は魂の色を見てその生き物の善悪を見定めることができるんだろ?それで、俺は限りなく白に近いと。だがその言い方だと、黒も少しは混じってるんだろ?いいのかそんな人間を信用して?』

 

『フン、完全に白な人間などいるはずもないし、もしいたとしても気持ち悪いわ。』

 

『そうか?完全に白の人間なんて、究極の善人じゃないか』

 

阿呆(あほう)が。人間はそのように出来てはおらん。光があれば闇がある。それは人間だとて同じこと。もし本当にそんな奴がいたとすれば、そんなのはただの自意識を失った人形でしかない。それを、気持ち悪いと言わずしてなんという』

 

『そういうものなのか…』

 

『そう言うものだ。むしろ、我からすればお前は信用における最高の善人だ。魂の色が、それを物語っている』

 

『買い被りすぎだ。俺は善人なんかじゃない。誰もいないところで上司に不満を漏らすときだったあるんだ』

 

『それは当然のことだと思うぞ。もっと自分に自信を持て。お主は、人の上に立てる存在なのだからな。現に、お前は隊長の座についている』

 

『そうか?お前にそう言われると、気分が良くなるな、ハッハッハ!!』

 

 

 酒に酔ったからなのか、豪快な笑い声が響く。

 

――そして、豪快な笑いと共に、空真の目から水滴が零れ落ちる。

 

 

『本当に…共に酒を飲みあかせるのが、今日で最後だと言うのが、辛くなってくるな』

 

『……仕方のないことだ。お前たちは月に行く準備を進めており、お前も責任者の一人だ。忙しいのだろう。この時間だって、わざわざ空けてくれたのだろう?』

 

『―――月でも…また会って、酒を飲みあかせるか?』

 

『何度も言うたが、それは無理だ。我はこの星の神。それ故に離れることは出来ん。それも余程の理由でもない限りな』

 

『そう、だよな…。』

 

 

 先ほどの楽しい空気とは一変、暗い気持ちがホール中を包んだ。

 これで、合えるのが実質最後に成ってしまう。言うなれば別れの飲み会だ。先ほどの笑顔も、それを忘れるために取り繕っていたのかもしれない。

 

 

『――おい空真。』

 

『……なんだ?』

 

『最後の最後に……我の技を伝授してやる。』

 

『な、なんだ急に?』

 

『知っての通り、もう我とお前は会えることはないだろう…。だから、だ。我の技を、お前に伝授する』

 

『も、貰えるのならありがたく貰うが……何故、そんなことを急に?』

 

『我とお前の、最後の友情の証だ』

 

『―――最後なんて、言うなよ。離れていても、心は繋がってるだろ?』

 

『確かに、そうだな。それでは準備はいいか?我が教える技はとっておきの技で―――』

 

 

 それから、龍神による技の講習が始まった。

 技の方法は『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』の七属性を束ねてそれを放出すると言う技だった、それは――、

 

 

『そうか。ここでその技を教わったのか…』

 

 

 零夜は納得したように、両腕を組む。

 別れの前の、プレゼント。その(てい)であの技は龍神から伝授されたのか。そして、その清らかな技は、未来でより汚い方法で使われていた。

 

 技を酒の勢いで伝授している龍神と、酒の勢いでそれを実践してみようとして楽しむ二人を見て、零夜は悲しそうな表情をした。

 

 

『あの時――月の都に侵入して、夢で見た二人の男。一人は臘月だって分かったが、もう一人が謎だったが……お前だったんだな。空真』

 

 

 あのとき――月で見た謎の夢。そこには二人の登場人物がいた。二人とも、顔にモヤがかかったようで見ることができなかったが、声だけはちゃんと人別できた。

 一人は声だけで臘月だとしっかり判別できた。だがしかし、もう一人の方が分からなかった。いや、違う。脳が理解を拒んでいたのだ。

 知っての通り空真とウラノスは違いすぎる。声は二人とも同じだったが、ウラノスとの印象が違いすぎたため、無意識にその結果を否定していたのだ。

 

 そう考えている合間にも、話はどんどん進んでいく。

 

 

『なるほど、これはこうやるのか。覚えたぞ』

 

『早いな。まさかここまでとは。流石我の見込んだ男だ』

 

『ありがとう。それでは―――』

 

 

 その時、空真の懐から『ピピピピ…』と、音が鳴る。

 懐から小型の機械(タイマー)を取り出し、それを確認すると、空真は名残惜しそうな顔をする。

 

 

『すまない、そろそろ時間のようだ』

 

『そうか……仕方ない、か』

 

 

 ついに、互いの顔合わせもできなくなってしまい、名残惜しそうな顔をしたまま振り向き、入って来た扉へと向かい、その扉を開ける。

 半分身を乗り出したところで、空真はピタッと動きを止めて、振り向かないまま、言葉を綴った。

 

 

『そうだ。最後に一つ、俺からの願いを聞いてはくれないか?』

 

『願い、とな?』

 

『あぁ。もし、もしもの話だ。もっと未来の話。自分で言うのは気恥ずかしいが……俺のような奴がいたら、そいつの力になってくれないか?』

 

それは、お前のように強く、清らかな心を持った人間と言うことか?

 

『恥ずかしいからやめろ!そこまで言う必要はない。ただ、俺から言うことは、人間だから、弱いからって種族全体を見下すのはやめて欲しいってことだ』

 

『―――何を今さら。我はすでにお前のことを認めている。良いだろう、唯一無二の、『親友』の頼みだ。聞き入れてやろう。ただし、『我が認めた強さと心の持ち主』、に限るがな。そいつには、お前と同じように接してやろう』

 

『それでいいんだ。―――俺は誇りに思うよ。龍神と言う存在であるお前に、影響を与えることの出来るまでの存在に、なれたことを。さようなら、永遠の友よ

 

 

 空真の足元に、一筋の水滴が、零れ落ちる―――。そして、扉は締まった。

 

 

『ふん――。最後の最後は、カッコ良く締まりをつけるものだぞ。空真』

 

 

 ドームの天井が開き、龍神もその巨体をうねらせながら、天空へと姿を消していった。

 

 

『――――』

 

 

 本当に誰もいなくなったドームで、零夜は拳を握る。爪が拳に埋め込まれ、本来ならば血が出てしまうほどの圧だ。

 それでも、実体を持っていない零夜の手からは、血は流れない。

 

 

『―――なるほどな。そう言うことか…!龍神が人間の強者を認める理由は分かった。だが…!清い心の持ち主だと!?俺がか!!?『悪』を名乗り、それを実行し、罪なき命を!生命を!無数に、無慈悲に葬って来た俺が、清い心の持ち主だと!?』

 

 

 あの話からするに、龍神が心を開く人間の対象は、空真のように『強く清い心の持ち主』であること。それに、零夜は該当したのだ。

 

 その事実を叩きつけられ、零夜は怒鳴った。自分の矜持を傷つけられたからだ。

 今まで、零夜は数知れないほどの一般論で言う『悪行』をこなしてきた。そんな自分を、龍神は『善』と認識したのだ。

 これほどの屈辱があるだろうか?自らを悪人と定義している人間に、赤の他人から『善人』だと言われて、納得できるはずがない。

 

 

『そんなこと、あってたまるか…!!』

 

 

 だが、メモリーメモリは過去を見せる力だ。この現象を否定できるはずもない。

 それに、龍神の『魂の色』を見る力も、信ぴょう性が大きい。嘘をつく理由がないからだ。途中、大雑把に中間地点が抜け落ちていて、二人が仲良くなる過程がまるまる飛ばされていたが、あの信頼関係が構築されている状態で、あんな嘘をつくとは思えなかった。

 

 

『―――いや、今そんなことを考えている場合じゃねぇ。』

 

 

 もう既に、世界(過去)は崩壊している。目覚めるのも時間の問題だ。

 自分の矜持より、今に目を向けるべきだ。

 

 

『だが、認めるつもりはねぇぞ。俺は、『悪』でいなきゃ、ならねぇからな』

 

 

 崩壊する世界(過去)の上空に向かって、そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

「おはよう、零夜。―――なるほど、そう言う過去を見たのか」

 

「起きて早々、俺の頭の中覗くんじゃねぇよ」

 

 

 起きた瞬間、零夜は毒を吐く。あの一瞬で、零夜の記憶を丸々全部見たのだ。不愉快極まりないのは、仕方のない事だ。

 

 

「にしても、見えたのは最終部分だけか。二人が仲良くなる過程とかも、観れたら良かったんだけどね」

 

 

 シロは手にいつの間にか持っていたメモリーメモリを上に投げながらそう言う。

 

 

「いつの間に…」

 

「零夜の体から摘出されたからね。それで、どうなの?」

 

「それを俺に言ってどうする。まぁ、そこら辺は同意するが…あいつらはどこ行った?」

 

「あぁ、邪魔にならないように、皆違う場所で寝ているよ。もう、夜だしね」

 

「あぁ……」

 

 

 零夜は空を見あげると、とっくに夜になっていた。

 夜特有の夜空と星が光り輝き、零夜の目を覚ましていく。

 

 

「それで、どんな気分だった?」

 

「―――どこのことを言ってるんだ?」

 

自分の矜持を傷つけられた感想だよ

 

 

 瞬間、零夜の両手がシロの首を掴む。強烈な殺気を放ち、威嚇する。

 率直に聞いて来た。自分の矜持に関することを、オブラートに包むことすらせずに。

 

 

「黙れ…!」

 

「おぉ、この反応は予想してたけど、過激すぎない?」

 

 

 首を掴み、絞めていると言うのに、全く苦しそうにせず、むしろ余裕を見せているシロに、怒りしか湧いてこない。

 これが『権能』の効果かと実感する。首を絞める力を強めても、一向にシロは態度を変えないのだから。

 

 

「気持ちは分からなくはないけど、別に悪に成りきる必要はないんじゃない?ていうか、君は正直言うと『悪人』向いてないしね。だって、根っからの善人じゃん、君」

 

 

 シロから言われた、一番言われたくない言葉。

 自分の存在価値を根本から揺るがされ、零夜はさらに激高する。

 

 

「黙れ!!お前に、何が分かる!?俺の、『悪』でいなきゃならない俺の気持ちが!なにもかも失ったことすらないお前に、分かってたまるか!

 

「―――――」

 

 

――――瞬間、ゾクッと、零夜の背筋に悪寒が走る。その悪寒の正体は、殺気だ。それも、零夜のものより濃厚な。

 感じているだけで息ができない。感じているだけで瞳孔が開きそうになる。感じているだけで冷汗が止まらない。感じているだけで、体が動かない。

 

 そして、その殺気の発生源は、シロだった。

 

 

「零夜、今は正直僕が悪かった。誰だって、掘り返したくない過去もあるしね。だけど――」

 

 

 

「失ったことだって、あるんだよ。『俺』にだってなぁ……!!」

 

 

 

 一瞬、『本物のシロ』が浮き出てきた。それは『圭太』へ悲痛な叫びを向けた時と、同じ一人称だった。

 シロは、今まで『本物の自分』を出したときが、あの場面しかなかった。出会った当初から、ヘラヘラとした態度も、もしかしたら『偽りの自分』なのかもしれない。

 

 それに、失ったこと――それは『圭太』のことだ。圭太とシロの関係は分からない。だが、ただの友達とは言えないようなナニカがあることは確かだ。

 それを臘月に奪われ、その命を自分自身で奪った。シロの喪失感は、計り知れないだろう。

 

 零夜は、ゆっくりと、崩れ落ちるようにシロの首から手を放した。

 

 

「――――」

 

「―――いや、ごめんね?君が怪我人だったこと忘れてたよ。それに、『僕』は零夜のこと良く知ってるけど、君は『俺』のこと良く知らないじゃん?だから、そんなことも言えるんだよね。これって不公平だよね。だから、許すよ。ただ、一度だけだけど

 

「――――」

 

「僕も謝っとくよ。君の矜持を傷つけてごめんね」

 

「――あぁ。それで、もういい」

 

 

 ともかく、この話はこれ以上するべきではない。

 零夜は本題に足を踏み入れる。

 

 

「ともかく、目的が一つ追加されたな」

 

「おぉ。それは一体なんなんだい?」

 

ウラノス――空真を、一発ぶん殴る。そうしないと気が済まねぇ。そのために、俺は更に強くなる」

 

 

 何故空真がウラノスになってしまったのか。分からないことだらけだ。だからこそ、何故そうなってしまったのかを知らないと、気になって仕方がない。

 それに、あの龍神が認めた男があんなに堕ちるなんてありえない。なにか途轍もない理由があるのは確かだ。それを、確かめたい。知識を求めて、零夜は強欲になる。

 

 

「そして、あいつがどうしてああなったのかが知りたい。そのために、力を貸せ、シロ」

 

「ははっ、そういうとこだよ、零夜。答えはもちろんイエスだ。『俺』と君は、()()()()だからね」

 

本当のことだからってそんなこというなよ。気持ち悪りぃ」

 

「ははっ、確かにそうだね」

 

 

 そういい、二人は笑いあう。

 これからも、零夜はどんどんと強くなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――三年後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――と言う訳で、ここから三年後の物語、『竹取物語』の終盤に入っていきます。

 いやー区切りをどうするか迷っていましたけど、なかなかいい感じに終わったと思いましたね、これ。

 さらに、34話で見た零夜の夢の人物で、臘月ともう一人が謎で分からなかったですけど、それも空真だということが今回で明かされました!
 このあとは、どうなっていくのか!とても楽しみですね!

 さてとさてとで、次回は特別版!


 題名は【断章:輝夜姫の憂鬱】です!


 蓬莱山輝夜の視点からの三年間をお送りいたします!
 次回をお楽しみに!


 そしてついでですけど、アナザーストリーをご紹介します。
 どっちを投稿しようかなって迷ったんですけど、迷った末に本編のようになりました。
 ちなみにIFの部分は『零夜が龍神に善人だと認定されたことずっと思い悩んでいたら』です。


 では、どうぞ。


『―――なるほどな。そう言うことか…!龍神が人間の強者を認める理由は分かった。だが…!清い心の持ち主だと!?俺がか!!?『悪』を名乗り、それを実行し、罪なき命を!生命を!無数に、無慈悲に葬って来た俺が、清い心の持ち主だと!?』


 あの話からするに、龍神が心を開く人間の対象は、空真のように『強く清い心の持ち主』であること。それに、零夜は該当したのだ。

 その事実を叩きつけられ、零夜は怒鳴った。自分の矜持を傷つけられたからだ。
 今まで、零夜は数知れないほどの一般論で言う『悪行』をこなしてきた。そんな自分を、龍神は『善』と認識したのだ。
 これほどの屈辱があるだろうか?自らを悪人と定義している人間に、赤の他人から『善人』だと言われて、納得できるはずがない。


『認めてたまるか、認めてたまるか…!!』


 だが、メモリーメモリは過去を見せる力だ。この現象を否定できるはずもない。
 それに、龍神の『魂の色』を見る力も、信ぴょう性が大きい。嘘をつく理由がないからだ。途中、大雑把に中間地点が抜け落ちていて、二人が仲良くなる過程がまるまる飛ばされていたが、あの信頼関係が構築されている状態で、あんな嘘をつくとは思えなかった。


『―――そうだ。龍神は、見間違えたんだ。俺の中には無数の魂がある…。その一つを、俺の魂と勘違いしたんだ。そうだ、そうに違いない!』


 あまりにも幼稚で、自分に都合のいい解釈だ。だが、自分の矜持を傷つけられた衝撃で、今の零夜にそんなことを考える余裕などない。
 しかし事実、零夜にはアナザーゴーストの力で魂を取り込み、基礎能力を向上している。つまり、その可能性は()()()()()()()
 だが、ただそれだけだ。


『俺がまだ善人だなんて……あってたまるか。ライラたちだって、臘月の討伐のために利用しているだけで―――』


 ブツブツと、ただ脳で考える前に言い訳の如く口にしていく。
―――それとともに、過去の記憶が、場面が、世界が、崩れ去っていく。


『―――』


 その世界を見て、零夜は濁った眼を、光り輝かせた。


『そうだ――!これだ、これだよ!俺は『世界』がこの場面になることを望んでいるんだ!今やってることだって、あの二人(輝夜と永琳)を救うためじゃない!俺が異変を奪うためだ!異変を奪って、『世界』を滅ぼす!それが、俺がこの世界に転生してきてから、ずっと心に宿してきた(こころざし)だ――!』


 もう、零夜は自分自身が何を言っているのかすら、分からなくなっている。それくらい、()()()()()()()()()
 たった、一つの真実だけで。龍神が零夜を善人扱いしたと言う、その事実だけで。

 なんと馬鹿げていて下らない理由だろう。そんな理由だけで堕ちていく零夜は、とても下らなく、儚く、哀れにしか見えない。


『そうだ。俺は、俺は、俺は!あのときから、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!!『世界』を破壊することが目的だった!アイツが憎くて憎くて――!だから、ここで立ち止まっているわけにはいかねぇ!目的のために、俺は更なる『悪人』になってやる!」


 崩壊する世界(過去)で、零夜は高笑いを続ける。


「俺は、更なる悪の境地へと至ってやる!!ははっ、はははははははは!!!」


 目覚めるまでずっと、零夜は狂人の如く笑うこと止めなかった。



―――と言う感じですね。
 採用するにも闇落ちする理由があまりにも幼稚すぎるので、没にしました。


 正直、皆さんはどっちが良かったですかね?
 変更のつもりはありませんが、もしよかったらコメントください。


 評価:感想お願いしまーす!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

断章:輝夜姫の憂鬱

 どうもー。龍狐です!
 ようやく完成輝夜姫視点の話!

 文字は30000を突破!目が疲れるのを承知で、見ていってくださいね!

 物語で重要な単語も出てくるし…ボソッ。

 それでは、どうぞ!


 やっほー、初めましての人は初めまして。知っている人は跪きなさい!私の名前は【蓬莱山輝夜】!月のお姫様よ!

 ――とまぁそんなお嬢様なキャラは置いといて。

 

 

「暇ねぇ…」

 

 

 何故あんな自己紹介したのか、それはただ単に暇だったからだ。

 退屈が嫌で『蓬莱の薬』と言う禁薬に手を出して不老不死になって地上追放刑になったはいいけど、地上の生活は予想以上につまらなすぎる。

 そもそも、私が月からわざと島流しの刑になったのは月の生活が退屈で仕方なかったからだ。そのために永琳に我儘も言ってこうなったし。

 

 まぁ、ここまではいいんだけどね。問題は――、

 

 

(今日も、貴族たちと面会かぁ…)

 

 

 おじいさんとおばあさんに拾われてから約半年。私が成人になった三か月目から、『私が美しい』と広がって毎日貴族が求婚してくる始末。

 月と変わらない裕福な生活が出来るのはいいけど、これじゃ月と同じななんの代わり映えのない生活だ。これは、私が望んでいた結末じゃない。

 

 そもそも、人が三か月で成人するわけないでしょーが。まぁ人が竹から生まれること自体、永琳の言葉を借りるなら『生物学的にあり得ない』だし、私の成長速度が異常なことを不思議に思わないのは初対面がよほどインパクトがあったからに違いない。

 

 私が出てきた竹から金銀財宝が出てきてそれを使ってるらしいけど、その理屈は私でも分からない。ていうか竹から金銀財宝が出てくるってどんなおとぎ話よ。

 

 そんなことを考えていると、

 

 

「かぐややー、入るよー」

 

「はい。お爺様」

 

 

 おじいさんが私の部屋に入って来た。

 一体なんの様だろうか?

 

 

「どうしたのですか?」

 

「実はな、久しぶりに散歩に行って来ようかと思うのじゃ」

 

「大丈夫ですか?私は心配です」

 

「心配してくれてありがとうな。でも大丈夫じゃ。護衛の兵士や陰陽師の方たちがついておられるからの」

 

「そうですか…。分かりました。お気を付けて」

 

「ありがとう。それでは、行ってくるよ」

 

 

 そういい、おじいさんは(ふすま)を閉めた。

 彼は元々しがない一般人だったのに、私を拾ってから楽しい毎日を過ごせるようになって喜んでいるのだろう。それに、おじいさんとおばあさんには子供がいないらしいから、私は本物の娘のように育てられた。そこは本当に感謝している。

 

 だから、二人には寿命で亡くなって欲しいし、命が80~90年しか保てないこの世界(地上)は、何一つ変わらない月よりははるかにマシなのだ。

 私に出来る恩返しは、二人が楽しい毎日を一日でも過ごせること。それが、私の出来る唯一の恩返しだ。

 

 

「――(よし、そう考えれば、今日もなんとなく過ごせそうな気がしてきたわ。頑張らなくっちゃ)」

 

 

 今日もまた、たくさんの貴族と面会する。そんなつまらない毎日に耐えるための、心の補強も終わった。

 

 

「…それでは、行きましょう」

 

 

 私は自身を耽美な麗人モードに切り替え、貴族たちが待つであろう部屋へと向かった。

 これが、なんの変わりない、私の憂鬱な一(ページ)である。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 そんなつまらない毎日に、変化が起き始めた。

 始まりは、おじいさんが帰って来た時だった。なんでも、妖怪に襲われたとのことだ。

 私はすぐに駆け付けた。私がおじいさんの部屋にいくと、そこにはおじいさんとおばあさんの二人がいた。

 

 

「おじいさま!」

 

「おぉかぐやや!心配をかけてすまなかった」

 

「本当に、知らせを聞いたときはどうなったかと…心臓に悪かったんですよ?」

 

 

 おばあさんとともにおじいさんの心配をする。

 おじいさんにはとくに目立った外傷もなく、散歩をする前とまったく変わらない状態だった。

 

 

「でも、無事で本当に良かったです…」

 

「あぁ。だけど、儂が無事にここに戻ってこれたのは、あの御仁(ごじん)のおかげだ」

 

「あの御仁?……その方がお爺様を助けてくれたのですか?」

 

「あぁ、あの御仁がいてくれたおかげで、儂は今ここにおるのだよ」

 

 

 お爺様の話によると、散歩の帰りに突如妖怪が襲撃してきて、その時にその御仁――全身黒い鎧で統一された男が、颯爽と助けに来てくれたようだ。

 なんでも、目では追うことのできない人智を超えたスピードで妖怪たちを掃討したのだとか。

 

 でも、いくらなんでもタイミングが良すぎる。護衛の陰陽師が自作自演を疑ったようだが、もし暗殺が目的ならばそのスピードを使えばこうして姿を表すことなく暗殺が可能だったと言う正論で黙らされたようだ。

 しかし、別の目的や私と近づくための自作自演であることも否定できない。その人物は、警戒すべきだ。

 

 それに、警戒する材料に別の要因はある。

 

 

(人智を超えたスピード…。そんなことを出来る人間は、能力を持っている人間以外にあり得ない。護衛の陰陽師の話によればその男は人間だったらしいし…。でも、全身を鎧で統一する理由は?正体がバレたくないのならもっと地味な風に顔を隠すはずだし…)

 

 

 正体がバレたくないのなら、顔だけ隠せば問題なはずだ。それなのに、どうしてその男は鎧なんて目立つ方法を…?

 

――いや、分かっている。おそらく、そうしなければならない理由があるはずだ。そして、その理由には心辺りがある。

 『月』だ。月の技術ならば、能力を持っていない人間でもそのようなスピードを可能とする鎧が作成されていたとしてもおかしくはない。

 あぁ、もう少し軍事のことを頭に入れておくべきだった。もしその知識があったのならそれが月の者だと言う確たる証拠になったのに…!

 

 

「それでの、その鎧の御仁が、今度かぐやに会いに来るそうじゃ。もちろん、鎧を脱いだ状態での」

 

「―――ッ!」

 

 

 鎧を脱いだ状態で来る?その男が?

 

 目的はなに?月の者である可能性がある以上、求婚なんて言う有象無象(貴族)たちと同じ理由ではないはずだ。

 まさか、私を月に連れ戻すために…?

 

 あぁ、確たる証拠があればいいのに…!

 そのとき、おばあさんが。

 

 

「でもおじいさん。鎧を脱いだ状態なのならば、区別がつかないのでは?」

 

 

 そう、それだ。

 鎧を着ていたと言うことは、個人の区別がつかない。そこらへんはどう区別をつけるのだろうか?

 

 

「そこも大丈夫じゃ。あの御仁は、合言葉を残していったからの。その合言葉を言ったものを、ここへ連れてくるよう言っておる」

 

「合言葉…ですか?ちなみに、なんなのか教えてもらっても構いませんか?」

 

「構わんよ。……しかし、この合言葉は、なんというか、人の名前なのじゃよ」

 

 

 合言葉が、人の名前?一体どういうこと?

 

 

「人の名前とは?」

 

「そのままの意味じゃ。合言葉は人の名前での。確か―――【綿月臘月】。こう言っておった」

 

「―――」

 

 

 ――綿月の、臘月?その名前を聞いた途端、言葉を失った。

 覚えていないはずがない。忘れるはずがない。月にいるときに、何度も聞いて、何度も見た人物の名前だ。それに、『綿月』と言う家名の時点で、確実となった。

 

 その人物が、『月の者』だと…!

 

 

「――――」

 

「かぐや、どうしたんだい?」

 

「あっ、いえ。別になんでもありません。ただ、なんで合言葉が人の名前なのかと考えていたのです」

 

 

 一瞬の動揺をおばあさんに心配された。咄嗟に誤魔化したが、おじいさんとおばあさんの二人はまだ心配そうに見てくる。

 私は人前では端麗な姫を演じなければならない。それなのに、あの動揺を失態だった。

 

 しかし、その人物とは本当に月の民なのだろうか?いや、臘月の名前を知っている時点で月の民の疑惑がほとんどなんだけど…。それでも怪しい部分がある。

 基本的に月の民は地上の生物すべてを見下してるし、例外を言うのなら永琳とかが該当する。ついでに豊姫もそうかしら。

 そんな月の民が、原住民に優しく接するとは思えない。むしろ、見下して強硬させようとしてもおかしくはない。

 

 ともかく、今はその人物に会ってみる他なさそうね。

 

 

「お爺様を救ってくれた御仁は、一体どのような方なのでしょう。会うのがとても楽しみです」

 

「儂もじゃよ。あの時はまだちゃんとしたお礼を言ってなかったからの。この機会にちゃんとお礼をしなくては」

 

「私も、そのお方に会ってみたいですね」

 

 

 そうして、後日。その人物は来た。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 それは、いい加減に求婚に飽き飽きしていたときだった。

 私は五人の貴族たちに無理難題を吹っかけて、結婚を諦めさせようとした日のことだ。

 

 

「かぐや姫、入るよ」

 

 

 おじいさんの声と共に、入って来たのは白い服に黒いズボン、黒いコートの男と、全身白服のフードを被った性別不明の人物だった。

 

 それを見て、私は確信した。あ、こいつら月の民だと。

 その理由は無論ある。まず初めにあれ、あの服よ。絶対に地上の技術じゃ作れないような素材で作られてるじゃない。ていうか、地上にコートやフードなんてもんがあるわけないでしょうが。

 そもそもあいつらは隠すつもりがあるのかとツッコミたい。

 

 まぁそれにしても、黒服の方の顔はなかなかイケてるわね。あれをなんていうんだっけ?確か、イケメン?あんなの月にいたかしら…?

 

 とりあえず、知らないフリをしておく。

 

 

「あら、お爺様…。その方々たちは?」

 

「この方は、前に話した儂の命を救ってくれた方だよ」

 

「―――。まぁ…。貴方様が、お爺様の命を救ってくださったのですね。ありがとうございます」

 

「いえいえ、たまたま通りすがっただけですので…」

 

 

 黒服の方が丁寧にそう答える。

 警戒するに越したことはないが、一つの疑問がやはりと言っていいのか生まれる。

 

 目の前の人物は、本当に月の民なのだろうか?

 いくら何でも丁寧すぎる。演技と言う可能性もあるが、プライドの塊であるあいつらにそんな芸当ができるとは考えにくい。

 

 そして次に、白服の人物へと声をかけた。

 

 

「それで、そちらの方は…?」

 

「こんにちは、かぐや姫。僕の名前はシロ。彼の仲間です」

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

 白服の人物が発した声は、おしとやかな女性の声だった。なるほど、白服の方は女性なのね。

 ……にしても、おじいさんと護衛の陰陽師がものすごく驚いてる――呆気に取られると言う言葉がふさわしいような顔をしているけど、一体どういうこと?

 

 まぁとりあえず話を繋げておくか。

 

 

「綺麗なお声なのですね」

 

「ありがとうございます。ですが、かぐや姫の方が、お綺麗ですよ。僕はそう思います」

 

「謙虚なのですね。あなたの声も十分可愛らしいですよ。それにしても…女性なのに、一人称が私ではないのですね。そのような方は、初めて見ました…」

 

「―――かぐや姫。何を勘違いされているのかわかりませんが、僕は男ですよ?」

 

 

「―――え?」

 

 

「「「「「―――は?」」」」」

 

 

 私だけじゃない、目の前の貴族五人もあっけらかんとした表情をしている。

 しかも、素の声を出してしまった。恥ずかしい。

 

 いや、それよりおかしいでしょうが!今の声で男!?冗談もほどほどにしなさいよ!

 男があんな声出せるわけないでしょうが!脳みそ腐ってんの?

 

 

「お、お冗談がお上手なのですね…」

 

「いえ、僕はかなり本気で言っていますよ?」

 

「―――そ、そうですか…。分かりました。ずっと立っていると、お疲れでしょう。お座りになってください」

 

「「ありがとうございます」」

 

 

 あのままこの話を続けていると埒が明かないので、とりあえず座ってもらった。

 多少の驚きはあったけど、まだ今の姿勢を崩さないでいられる私は褒められてもいいと思う。

 

 

「それでは、お話の続きをします。私はこの度、この五名にある『課題』を出し、その『課題』を見事成功した方と、結婚することと致しました」

 

「して、その『課題』とは…?」

 

「これから、私があなた方にある宝を一つずつ指定します。そして、指定した宝を持ってきた者と結婚いたします」

 

 

 そういい、私は五人の貴族にそれぞれの宝の情報を話す。

 私が知っている中でもとびっきり難しい、と言うか入手自体が無理なモノを選出してやったわ!

 特に【蓬莱の玉の枝】なんて、月に行かないと絶対に入手不可だし。これなら問題ないわね!

 

 

「それでは、各々の健闘を、お祈り申し上げま「待ってください」――どうされましたか?」

 

 

 その時、女性の声――白服の男?が私の口を挟んだ。

 一体なに?

 

 

「せっかくですので、その『課題』…。僕たちもやらせてください」

 

「何を言うか!これは我らの問題、部外者が出しゃばってくるな!」

 

 

 【蓬莱の玉の枝】を課題にした貴族が、叱責する。ていうかあんたらの問題じゃなくてこれは私の問題よ。だから私が決めさせてもらうわ

 

 

「―――構いません」

 

「かぐや姫!?」

 

「あなたは、お爺様の命を救ってくださった言わば恩人…。それでは、あなたには――」

 

 

 とりあえず、この二人の力量を溜めさせてもらうわ。

 メチャクチャ強いと噂されているあの妖怪の討伐にでも向かわせようかしら。

 

 

「あぁ、それには及びません」 

 

「――?」

 

「――今、あなたが提示した五つの宝物。それを全部取ってきましょう」

 

 

「「「「「「「――――ッ!!!」」」」」」」

 

 

 部屋全体に、動揺が走る。

 今こいつなんていった?私が提示した宝物五つ全部取ってくる?とてもじゃないし正気を疑うんですけど。 

 入手自体が無理難題なのに、それをどうやって五つ取ってくると言うのよ。月の技術が地上より長けているからと言っても、無理なものは無理なはず。

 

 それに、今の発言の意味を理解しているの!?

 あのは、完全な宣戦布告…!

 

 

「い、五つ、全て、ですか…?そんなことせずとも、私の『課題』である一つの宝物を取ってきてくれれば――」

 

「心配いりません。しかし、あなたが私を心配してくれていると言うことは伝わりました。ですが、本当に問題ありません。――前金として、これをあなたに献上しましょう」

 

 

 そういい、白服の男は懐からあるものを取り出した。それは、とても見慣れていて、尚且つ、初めて見たもので――。

 

 

「そ、それは…!」

 

「えぇ、ご察しの通り―――蓬莱の玉の枝でございます」

 

「な…ッ!?」

 

 

 誰が、絶句した。

 しかし、そんなことは最早どうでもよかった。あの輝きが、蓬莱の玉の枝?いくらなんでもあり得ない。いや、あり得るか?

 永琳から昔聞いたけど、蓬莱の玉は地上の穢れを吸うことによって輝きが増し、成長していくと聞いたことがある。

 地上は穢れが蔓延してるから、これほどの輝きを放っていても、別に不思議ではないはず――!

 

 

「この輝きは…、まごうことなき本物…!」

 

「最高品質のものを取ってきました。どうぞ、お納めください」

 

 

 白服の男が枝をおじいさんに渡して、おじいさん経由で私の手の中に入る。

 この手触り、輝き、月で見た時のと、なんら変わらない。本物の蓬莱の玉の枝だ。

 

 そして、私は始めた見たような反応をする。しかし、相手側もこの程度の演技は分かっているだろうが。

 

 

「まさか、ここまでの輝きを放っているなんて…」

 

「通常の品質では、そこまで輝きません。最高の品質であるが故の輝きです」

 

「―――分かりました。あなたには、残る四つ。『龍の頸の玉』『仏の御石の鉢』『火鼠の皮衣』『燕の子安貝』を取ってきてもらいます」

 

「畏まりました」

 

 

 そちらの演技がうまいことに免じて、こっちもある程度の裁量を図らせてもらうわ。

 月から来たのだから【蓬莱の玉の枝】の入手は楽だったのかもしれないけど―――って、あれ?よく考えればなんであいつ(白服)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 読唇術?それでも予習どころの内容ではない。最初から持っていたとなると、無論知っていたと言うことになるが……一応持っていたという少しの可能性も否めない。だからこれに関してはあまり考えないようにする。

 

 ともかく、いくら一つ取れたって、残りの四つを持ってこなければ意味はない。せいぜい、苦しむといいわ。

 

 そして、そんなことを考えているうちに、白服の男は私が【蓬莱の玉の枝】を提示した貴族に向かって、こう言った。

 

 

「安心してください、車持皇子(くらもちのみこ)さま。蓬莱の玉の木はこの世にたった一つ―――などではありません。複数存在します。僕が献上した枝は、その木のたった一部分でしかないのですから」

 

「――――」

 

「それに、あなたの条件は『蓬莱の玉の枝』のみ。対して僕はあと四つ。差は歴然です。なので、焦る必要など微塵もございませんよ?」

 

「……貴殿の、言う通りだ」

 

 

 あの貴族が怒りを混ぜた声でそう言った。うわぁ~あれは随分と皮肉ってるわね。

 いくら演技しようとも、本質は変えられないってわけね。……なんだろう、自分で思ってると心がムカムカしてくる。

 

 まぁいい。よし、次だ。次は黒服の男に声をかける。

 

 

「―――ところで、黒服のあなたは、どういたしますか?」

 

「勿論、お受けいたします」

 

「ちなみに聞きますが、あなたは力に自身がありますか?」

 

「えぇ、少なくとも、一般人以上はあると思っております」

 

「ふふ、謙虚なのですね。 それでは、あなたにはある妖怪の討伐と、それを証明できるものを持ってきて貰います」 

 

「とある、妖怪…?」

 

「はい。噂では、その妖怪は認識できないほどの速さを用いて、武器である刀で攻撃をすると聞いております」

 

「刀を使う、妖怪…」

 

 

 その後、私がレイラの名前を提示すると、黒服の男だけでなく、白服の男でさもえ一瞬の動揺を見せた。

 どういうことかしら?レイラは妖怪だから別に気にするようなことはない。月では地上の生物はすべて穢れたものとして忌避されているから、気にしなくてもいいのに。

 

 ……あ、もしかして、ここに来る最中にそのレイラっていう妖怪に出会って、プライドを握りつぶされたとか?もしそうだとしたら爆笑ものね。

 朝ドラとか昼ドラとかでも傲慢なクソ野郎が成敗されるのは見ていて気持ちがいいものだからね。

 

 あー、それを創造すると気分がいいわ。

 

 

―――とまぁ、そんな感じでこの日は終わったのよね。

 かなり衝撃的な一日だったけど、まだ耐えられるほうだ。

 

 そして、数日が過ぎたころ――、

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「どうもー【龍の(くび)の玉】取ってきましたー」

 

 

 この日、白服の男は高笑いしながら前日とは全く違う男の声でひと際デカい光輝く玉を持って来た。

 しかも、その成人男性レベルの半分くらいほどの大きさの玉を片手で持って、そのもう片方には肉の串焼きがあった。

 隣の黒服の男は、無表情だった。

 

―――はぁ!!?

 

 いろいろとツッコミたいところがあるけど、まず一つ言わせて欲しい。それ絶対偽物よね?だってあれからまだ数日しか経ってないのよ?しかも龍の玉よ?そんなの数日で取って来れるわけないでしょうが。

 

 あとまたあの白服声が変わってるわよ!?別人じゃないでしょうね?いや絶対別人よね!?

 いつかその正体を暴いてやる。

 

 

「……疑うようで、申し訳ありませんが、それは本物ですか?数日で取って来れるような代物ではないのですが…」

 

「やだなぁ本物ですよ。でもまぁ疑う気持ちも分からなくはないんですよ?モグモグ…」

 

「喋りながら食うのはやめろ」

 

 

 黒服の男が私の気持ちを代弁してくれた。いやね?一応私姫なのよ?偉いのよ?よくそんな偉い人の前で謎の肉の串焼きを堂々と食べれる度胸あるわね!驚愕を通り越して関心するわ、いやマジで。

 おじいさんや陰陽師の人たちだって困惑しているでしょうが!

 

 

「でもまぁ盗って来たものは盗って来たんで、どうぞお納めください。龍の頸の玉です」

 

 

 なんか最初の方に比べて、雑になってきてない?

 結局、この巨大な玉は預かることにした。数日でこんな巨大な玉を用意できるとは思えないし、もしかしたらだけど、本物かもしれないしね。

 

 とりあえず、今日はもう帰って欲しい。

 

 

「あの…」

 

「……どうかしましたか?」

 

 

 そして今度は、今まで黙っていた黒服の男が手を挙げてきた。

 

 

「……単刀直入に言います。レイラの討伐、辞退させていただきます

 

 

―――ん?

 今なんて言った?私の聞き間違いでなければ、レイラの討伐を諦めると聞こえたんだけど…。

 

 

「ど、どういうことですかな!?」

 

 

 おじいさんが荒い声を挙げる。おじいさんのあそこまでの大きな声、初めて聴いた。

 いや、でもあの男の本心を聞けるチャンスだ。一体、なんでそんなことを…

 

 

面倒になったから

 

 

―――は?

 ごめん、なんだかキレそう。面倒になったから取り止める?バカなんじゃねぇの?

 

……ゴホンッ。口調が荒くなっちゃったわね。

 頑張れ私!この状況下で出す言葉を脳から絞り出すのよ!!

 

 

「……で、では、途中辞退…と、言うことでよろしいのですか?」

 

「はい。とまぁその理由もあるんですけど、一番の理由が妖怪の討伐より残り三つを探し出す方が比較的楽なので。シロに協力する形にしました

 

 

 いや残り三つを探し出すより妖怪討伐した方がまだ現実的でしょうが!

 私ですら残り三つの本物があるかどうか伝承でしか知らないのに、見つかるワケないでしょう!いや、龍の頸の玉の本物も見つかったし、残り三つがある可能性も十分……。

 

 いやそれでも逆だと私は思います!

 

 

「よ、よろしいのですか?特に協力してはいけないと言う決まりはないので、私からは何も言うことはありませんが…」

 

「別に構いませんよ。俺はこれだけで話はすましたので、これにて失礼します」

 

「それでは、また」

 

 

 そういい、二人は退室していった。

 

 

「――――」

 

 

 はぁ…。疲れた。あんなのあの常識破り型破りの奴は。

 姫である私に対して態度変えまくりだし、いや、まだ敬語使ってるだけマシなのかな…?月の民の可能性が大きくなってきたわね。

 

 とりあえず、この巨大な玉は陰陽師組合に任せるとして、この先をどうするべきか、じっくりと考えなきゃね。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

―――と、思っていた。

 数日後、大変なことが起こった。玉の持ち主である龍が、都を襲撃してきた

 

 

「かぐやや!すぐに安全な場所に避難するぞ!」

 

「はい、おじいさま」

 

 

 おじいさんとおばあさんが珍しく慌てている。仕方のないことだ。天災レベルの存在が襲撃してきたのだから。

 私たちは護衛とともに屋敷の廊下を速足で駆ける。

 

 それにしても、まさかあの玉が本物だったなんて…!そして、この事態を生み出したのは、間違いなく私だ。この都には恩がある。私が蒔いた種で、正直死んでほしくない人たちの住んでいる町だ。

 一体、どうすれば…!

 

 そう思いながらも、私たちは避難指定の場所まで避難する。

 そこにはすでに百を超える貴族たちが避難していた。でも正直、龍を相手にすればこんな避難所なんて一瞬で灰にできるだろう。それほどまでに、龍は強い。

 最悪、私が自ら戦うしかない。

 

 

 そう考えながらも、私はこの場離れず、おじいさんとおばあさんを励ましながら、隠れていた。

 途中、空気の読めないバカども―――おそらくは好感度アップのためでしょうが、「龍が襲ってきたら命を賭けてでもあなたを守ります」とかいう貴族がいた。

 “お前はバカか”と言ってやりたい。あんたなんかが龍に勝てるわけないでしょうが。

 

 そして、しばらく経った。

 おかしい、何故これだけ時間が経っていると言うのに、破壊音が聞こえてこないのか?外では龍による破壊活動が行われているはずだ。それなのに、無音と言うのはおかしすぎる。

 

――そのときだった。

 

 

「かぐや姫!かぐや姫はおられますか!?」

 

 

 突如、バタンッ!と言う音とともに慌ただしく入って来た衛兵が一人。

 何故私が呼ばれているの?こんな状況なのに、ますます訳が分からなくなってきた。

 

 

「おい貴様!一体なにをしにここに来た!?さっさと防衛に戻れ!」

 

 

 貴族の一人がそう叫ぶ。

 だが、衛兵の顔はそれどころではないようだった。貴族の言葉など、耳に入らないほど、恐怖と焦燥に駆られた表情をしていた。

 

 

「これは都の存命がかかった大事なことなのです!このままでは、都が焦土と化してしまいます!!」

 

 

 衛兵が叫んだことで、一気に不安が蔓延する避難所。ここは、私が出ないとダメね。

 

 

「私がかぐやです。一体、どうなさったのですか?」

 

龍です。龍がかぐや姫と話がしたいと!!」

 

 

 衛兵の叫びとともに、一気に不安が加速する。

 龍が、私と話を?一体どういう風の吹き回し?いや、それよりも、

 

 

「都が焦土と化すとは、どういうことですか?」

 

「そのままの意味です!かぐや姫を連れてこなければこの都を焦土にすると龍が脅しを!」

 

「―――分かりました。今すぐに行きます。案内してください」

 

「かぐや!」

 

 

 決意の意思を表した瞬間、私の後ろから声が響く。おじいさんとおばあさんだ。その顔は不安で染まっており、おばあさんに至っては目が潤おんでいる。

 

 

「お二人とも。私はこの都を守るために行かなければなりません。どうか、行かせてください」

 

「「――――」」

 

 

 しばらく黙り、おじいさんが。

 

 

「分かった。行ってらっしゃい」

 

「おじいさん!?」

 

「だけどね、必ず無事で帰ってくるんだよ」

 

 

 おばあさんの叫びの後に、おじいさんがそう付け足した。

 

 

「もちろんです。私は、絶対無事で帰ってきます」

 

 

 そう言い、私は衛兵のあとをついていく。駆け足で急ぎ、都を囲む壁まで着いた。

 その瞬間、強烈な悪寒が私を襲った。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 その悪寒のせいで一瞬倒れそうになるが、衛兵が私の体を支えてくれる。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「それは…よか…た」

 

 

 瞬間、私を支えてくれた衛兵の方が倒れてしまった。無理もない。こんな悪寒を目の前にして、立っていられる方がおかしい。

 でも、行かなければならない。倒れた衛兵は他の衛兵たちに任せて、私は塀壁の上に上った。

 

 

「――――」

 

 

 そこで、私は絶句した。登り切った瞬間、そこにいたのは巨大な緑色の顔。その生物は蛇のように長い体を持ち、その体から放たれる『力の波動』だけで、動転しそうになる。その生物の名前は、『龍』。

 悪寒の発生源は、間違いなくこの龍によるものだ。

 

 そして、その近くに見慣れた男が佇んでいた。

 

 

「あれっ、かぐや姫。ここまでご苦労様です」

 

「あなたは…!」

 

 

 その男は、あの二人組の内の白コートの男だった。どうして!?何故あの男はこの悪寒の中平然といられるの!?

 これを耐えているだけで、この男が只者でないことだけは分かる。だけど、今はこちらに集中しないと。

 

 

貴様が、かぐや姫とやらか?

 

「はい。私が、かぐや姫です」

 

 

 すぐ近くで放たれる、巨体特有の大きな声。聞くだけでも、鼓膜が破れそうな勢いだ。

 ここだけでも、不老不死の再生能力があってよかったと思える。

 

 そのとき、隣からあの男の声がした。

 

 

「あの『龍神』さ、声デカい。もうちょっと音量下げてよ。あとあからさまな不機嫌オーラ出さないでよ。他の人倒れちゃってんでしょうが」

 

脆弱(ぜいじゃく)で薄汚れた人間がどうなろうが、我の知ったことではない。だが……来奴(こやつ)と話が出来なければ、本末転倒だな

 

 

 龍がそう言うと、私を襲ってきた悪寒が嘘のように消え、龍の声のトーンが若干だが下がった。まだ少し響くが、これでも制御してくれた方なのだろう。

 それを感じ取ったのか、兵士たちが一斉に駆け込んできて、いつでも戦闘態勢に入るようにしている。

 

――だがしかし、問題はそこではない。

 なんでこの男はこの龍と平然と話してるの!?一度戦って勝った相手だから、油断してるの!?こっちの被害も考えなさいよ!

 

 

 あれ、なんかもう一つ聞き捨てならない単語が出てきた気が…。

 だが、龍の言葉によって私の考えはかき消される。

 

――これは、嘘はつけないパターンね。嘘をついたら、絶対殺される。死なないけど。

 

 

野次馬が増えたが…まぁいい。それで、人間の姫、かぐや姫よ。貴様が我の宝を盗むようにそこの男に言ったのか?

 

「はい。私は『龍の頸の玉』を取ってくるよう、彼に言いました」

 

つまり、『龍神』である我を、貴様が意図して狙ったわけではないと言うことか?

 

「はい――?」

 

 

 素っ頓狂な声が小さく木霊する。誰にも聞かれてないわよね!?

 今確実に『龍神』って言ったわよね?じゃあ今目の前にいるのは神様!?後ろの兵士たちからも騒めきが聞こえる。

 というか神様の私物強奪するとか頭イカれてるんじゃないのこいつ!?

 私は白コートの男を凝視すると、男はヘラヘラと笑っている。笑ってる場合か!原因あんただからね!? 

 

 

「い、今は私の聞き間違いでなければ、『龍神』と…」

 

そう言っておろうが。聞き返すな

 

 

 やっぱりそうだった!畜生!龍神って言ったら月夜見様と同一の存在じゃない!

 『空真』からも昔話として良く聞いていたあの龍神様じゃない!

 

 まさか会える日が来るなんて―――なんてこと考えてる場合じゃない!

 

 

貴様の意図は良く分かった。そして貴様。何故我を狙った?狙いが【龍の頸の玉】であれば別に我である必要はなかろう?

 

 

 今度は龍神の視線が白服の方に向いた。そして肝心の白服は―――、

 

 

「え?だって龍神からぶん盗った方が価値あんじゃん。あと実感」

 

 

 んー!発想が脳筋の馬鹿すぎる!そんな理由で神様に喧嘩売るんじゃないわよ!そのくらいの強さがるのなら普通の龍から奪えばいいだけの話じゃない!

 

 

―――まぁよい。それでは本題に入ろう

 

 

 ついに本腰を入れるときがきた。一体、どのような話をするつもりなのだろうか?まず第一に、宝を返せと言われるのは確実だ。

 そのあとに、どのようなことを言われるかが問題だ。

 

 

貴様に、我が宝を『貸し出す』ことにした

 

 

 しかし、結末は予想斜め上をいった。宝を、貸し出す?一体どういうこと!?

 

 

「貸し出す、ですか?」

 

そうだ。本来ならここを潰してでも奪い返すつもりだったがな

 

 

 さらっと怖い事言ったわこの龍神。でも、神からすれば人間なんて取るに足らない存在。そのような考えに至るのは仕方のないことだ。

 しかし、『空真』の言った通りの人物――いや、龍物かしら?基本的な人間への当たりが強すぎる。

 

 

黒服の男――貴様の仲間だろう?あの男が、身を挺して我と賭けをし、勝った。それ故に我が宝を貸し出すこととする

 

 

 黒服の男―――レイラ討伐を辞退したあの男。あの時はただの意気地なしかと思ったけど、結構気骨ある男じゃないの。関心したわ。

 ていうか――私はちらりと白服の方を見る。確か黒服の方は仲間だったはずだ。と言うことは龍神の話からするに彼は危険な状態にあるはずだ。それなのに、どうしてそんなに冷静でいられるの?

 

 ともかく、この話には乗らない手はない。

 

 

「――あなた様の寛大なるお心に、感謝いたします。それで……いつまででしょうか?」

 

それはあの男からすでに条件として聞き入れている。期限は『貴様がこの都にて命が尽きるとき』までとする

 

 

 その条件を聞いて、私は何か引っかかった。『私が都で命が尽きるときまで』?この言い方は、なにかおかしい。

 普通なら、『私が死んだとき』でいいはずだ。それなのに、なんで『都で』と言う内容が付けられているの?

 

 私は不老不死だ。だから死ぬことはない。と言うことはつまり、私が都で死ぬとき――この都からいなくなるときだ。

 そして、こんな条件を付けるために必要な情報は、ただ一つ。あの黒服は、私が『不老不死』であると言うことを知っている!!

 

 そして、それを知っているのは―――『月の民』!

 

 つまりあいつも、この白服も『月の使者』ってことに――、

 

 

「今君が考えていることは、1000%の確率で間違いだ。僕たちをあんな肥溜め連中と一緒にしないでくれ」

 

 

――心を読まれたッ!?

 どうして私の考えていることは分かったの?まさか、心を読む能力者!?

 

 

「違うっての。(さとり)妖怪と一緒にしないでほしいなァ」

 

「また―――ッ!やっぱりあなたは、そうなのね!?」

 

「主語がないから分からないんだけど。―――あぁ、そうか。外野がいるから詳しく話せないもんね。それなら問題ないよ、ほら」

 

 

 白服が私の後ろの方―――護衛たちがいる方を指さす。私は振り返ると、そこには奇妙な現象が広がっていた。

 ()()()()()()()宿()()()()()()()()。まるで心ここにあらずと言うことわざが似合う現状に、私は困惑した。

 

 

「これは…?」

 

「大丈夫。しばらくの間、『記憶喪失』になってもらってるだけだから」

 

「記憶喪失…!?」

 

「そ、すごいでしょ?記憶にも干渉できるだぁ、僕(まぁ、実際に対象の頭に触れないと『捕食』も『混合』も『嘔吐』できないんだけど。せいぜい『幻惑』程度なんだよなぁ。でもこけおどしでも十分効果はあるしね)」

 

「記憶に、干渉…!?」

 

 

 それを聞いて、鳥肌が立たずにはいられない。それはつまり、いくらでも自分に都合のいいように周りの記憶を誤魔化せると言うことだ。

 そんなのを相手にしていたら、精神的に持つはずもない。

 

 

「だから、『記憶』も複製できちゃうんですよ。誰だろうと、ね」

 

「―――ッ!!」

 

 

 そういうことか…!だから私が『不老不死』であることを知っていたのね。つまり、出会った当初から私の記憶すべてをコピーされていたってこと。

 そしてそれに伴って、私が『月の民』であることも知っているはずだ。黒服が知っていたのは、この男が仲間である黒服にその情報をリークしたから!

 

 

「あなたたちの目的はなんなの?まさか、私を攫うこと?」

 

 

 化けの皮を剥がし、私は面と向かって目の前の『不審者』に敵意を持って睨む。

 

 

「違うっての。そんなことしたら、メリットどころかデメリットでしかない。まだ疑っているようだから言って置くけど、僕たちをあんなゴミと一緒にするなって。不愉快極まりないんだよね」

 

「だったら―――!」

 

さっきから聞いていれば!月の民を侮辱しおって!何様のつもりだ貴様ァ!!

 

 

 私が叫ぼうとした瞬間、龍神が大声を出したことで私の言葉はかき消された。その際に鼓膜にダメージが入った。声大きすぎるのよ…!

 不老不死の再生能力があってよかったと今だけは思える。

 

 ていうか急になに?さっきまで静観決め込んでいたじゃない。なんで急に怒鳴るのよ?

 多分、彼は『月の民』である空真をあいつが侮辱したから怒ったんだろう。

 

 

「なに?急に怒鳴って?事実じゃん。あんな『寿命(穢れ)』の有無で元々自分達が住んでた場所の人間を見下す、『同族嫌悪』野郎どもには、この程度でも足りねぇよ」

 

確かにあそこには『ゴミ』が大多数だ。だが、そうでないものもいる。悪しき部分しか見ることの出来ぬ愚か者が

 

「それって月夜見のこと?まぁ月夜見なら幾分かマシな部類だよ。でもそれ以外は駄目だ。俺は、月の民に『悪感情』しか(いだ)けない」

 

 

―――瞬間、二人から強烈な『力』の波動が暴発する。輝夜はその波動による風圧で、目をつむった。まさに、一触即発の危機だ。

 『記憶喪失』状態でなにも感じていない護衛たちが羨ましい。自分は、こんなにも鳥肌と悪寒、震えが止まらないと言うのに。

 

 こいつら張本人(月の民)を目の前に罵倒しまくってる!自分もそこに含まれていると思うと心底腹が立つ!だけどあの二人と戦っても、持久戦以外で勝ち目なんて全くないから何も言えないところがムカつく!

 

 

「―――やめよう。ここで戦ったら、条約違反になる。そっちも、一度確定して自分で決めたことを覆したくもないだろう?」

 

―――そうだな。我もそれで構わん。

 

 

 あれ、案外あっさり終わった…。

 もうここが焦土になるくらいの戦いが起こるかもしれないと思ってたのに…。

 

 

だが、貴様を警戒するに越したことはない。今後とも警戒させてもらうぞ

 

「一瞬で僕に負けたクセに良く言うよね」

 

あれは貴様らが我が本気を出す前に一方的に叩きのめしたからだろうが!!

 

 

 え…?相手はあの龍神よ?それを本気を出してないとはいえ一方的に叩きのめすなんて一体何者なのこいつ?

 意味不明がどんどん増えていくんだけど。

 

 

まぁよい。我はもうこの地から飛び立つ。次会う時は、あるかないか、分からんがな。さらばだ、小娘。そして――『陰の使徒』よ

 

 

 そういい、龍神は空の彼方へと飛び立っていった。

 ようやく、終わった…!

 

 

「はぁ…疲れた…。―――」

 

 

 ところでさっき、龍神が『陰の使徒』って言ってたっけ?

 小娘は私のことだから、その『陰の使途』って言うのは――、

 

 

「チッ。『俺』をその肩書で呼ぶんじゃねぇよ…!」

 

 

 なんかすごく豹変してるんですけど!?『僕』から『俺』になってるんですけど!?もしかして、あっちが素?あいつも猫被ってたわけ?

 『陰の使途』が肩書?これは一体何を意味しているのかしら?

 

 

「あ、何見てんだよ?」

 

「…ッ、当たり前よ。結局、あなたが何者なのか、まだ全然聞けてないじゃない」

 

「そんなの―――それは、すべての宝物が君のところに集まったら、おのずと知ることになるよ。ていうか、その時にある程度バラすつもりだし」

 

 

 こいつ、一瞬で猫被ったわね。適応能力凄すぎでしょ。

 ていうか、なによそれ、めちゃ気になるわよそれ。

 

 

「なにを勿体ぶって…。今聞かせなさいよ――って言うつもりだけどやめるわ。さっきのアレを間近で喰らって、命令する気にもなれないわ。それに、あなたなら本当に残りの三つを集められそうだしね。不老不死の私にとっては、いい暇つぶしになるしね」

 

「そういうもんかぁ。じゃあ、その時を楽しみにしているといいよ」

 

 

 そういい、白服は指を鳴らすと、兵士たちの目の色が一気に戻る。

 その瞬間、私はかぐや姫モードに入る。

 

 

「か、かぐや姫様!あ、あの龍はどこへ!?」

 

「安心してください。あの龍はすでに飛び立っていきました。龍は私と『約束』を締結したため、ここにはもう用がないと」

 

「そ、そうでございましたか!本当に、あなたに怪我がなくて良かったです!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 すまし顔をするが、私は内心困惑していた。何故皆あの龍を『龍神』だと認識していないの?

――まさか!!

 

 

「―――」ニコッ

 

 

 白服の方を振り返ると、アイツはフード越しにニコッっと口を曲げた。

 あいつの仕業ね、これは。でもまぁ、龍神なんていう存在だけでも余計混乱するだけだ。龍が来たと言うだけでも十分効果はあるから、余計な情報は言わないのが吉ね。

 

 そして、龍騒動は終わりを迎えた。

 残るは後始末だけだ。

 

 まず白服と黒服に向くであろう住民や貴族たちのヘイト。これをすべて私に集中させ、尚且つ減少させる。

 今回の件をどうするかについての集まりで、『彼らに責任を取らすべきだ』と言う声が多数上がったため、私がそこで待ったをかけた。

 

 『元より龍の宝物を盗ってくるように命じたのは自分であるため、彼らはそれに従っただけにすぎないと。罪があるのなら、私にある』と主張した。

 

 そこから状況は一変。(みかど)に気に入られている私の意見を無碍にすることはできないのか、手のひら返しのように私を励ます声が増え、彼らを罵る声は消えていった。

 

 帝と結婚する気はないけど、せっかくだから今の地位を全力で利用してやるわ。

 だから、私のこと、退屈させないでよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからと言うものの、彼らはたて続けに【仏の御石の鉢】【火鼠の皮衣】を取ってきて、私に献上してきた。

 偽物かと思うかもしれないが、実際に本物の【蓬莱の玉の枝】と【龍の頸の玉】を持って来た彼らを疑うことは(疑っているだろうが、実際に持って来た実績があるため、口にはできないはずだ)。

 それに、【火鼠の皮衣】は実際に燃やしてみて全く朽ちることがなかったため、本物認定された。

 

 

「ていうか、あれからももう三年ね…」

 

 

 私の結婚候補は、実質【石上麻呂足】様と【車持皇子】様の二人。残りの三人は宝を先に盗られた実質降格だ。

 ところで、宝を献上する際にもう白服しか来なくなったけど、黒服の方はどうしてるのかしら?

 今度会った時聞いて――、

 

 

「かぐや姫様。例の男がこちらに来ております」

 

「分かりました。通してください」

 

 

 と、思った矢先に来た。どんだけタイミングがいいんだか…。

 少しすると、白服が部屋に入って来た。

 

 

「おはようございまーすかぐや姫。いや、こんにちわの方が良いでしょうか?」

 

「いえ、どちらでも構いませんよ」

 

 

 早々につまらないジョーク?をかましてくるあたり、本物で間違いないだろう。

 こいつは何故か毎回会うたびに声が全くの別人に変わる。顔も見えないし、もう別人だと何度思ったことか。それでも、権力者に対してあんな『のほほ~ん』とした態度とれる奴なんて早々いてたまるものでもないし、突っ込まないことにしている。

 

 周りにいる護衛の陰陽師たちがその度に不快感を顔に露わにしているけど、私の方から「別に構わない」と言っているので、突っかかってくることはないだろう。

 

 

「それで、此度はどのようなご用件で?」

 

「あぁ、実はこれを」

 

 

 そういい、取り出したのは小さな手のひらサイズの綺麗に輝く玉。もしかして、これは…。

 

 

「ご明察。これは【(つばくらめ)子安貝(こやすがい)】です。いやー取ってくるのに苦労しましたよ。なにせ、ちゃんと出てくるまで待たなきゃならなかったですからねぇ」

 

 

 と、ヘラヘラとした態度でそう答えた。相変わらずよねぇ。もう驚かないわよ。

 子安貝をおじいさんに渡し、おじいさん経由で私の手に渡る。

 

 

「―――と、いうことは、達成ですね。おめでとうございます」

 

 

 私は数回、小さな拍手を白服に送る。まさか、本当に達成できるとは、当初は全く考えてなかったわ。

 

 

「いやぁーありがとうございます。これで、ようやく努力が報われるってもんですよ」

 

「そうですね。それでは、あなたの望みはなんですか?私との婚約ではないとはお爺様から聞いております。それで今までずっと気になっておりました」

 

 

 あの時は私自身が目当てかと思っていたが、どうやら違うらしい。なにやら、私にお願いしたいことがあるから、この戦いに参加したようだ。

 その内容が今まで分からなかったが、ついにそれを知ることができる。

 

 

「あー……すみませんが、まだ申し上げることはできませんね」

 

「――えっ?」

 

「だって、まだ。揃っていないんですよ。舞台役者が」

 

 

 舞台役者?こいつ一体何を言っているの?

 

 

「おっと。つい楽しみを滑らせてしまいました。いやー面目ない」

 

「――その舞台とは、一体なんですか?」

 

 

 その時、部屋にいた護衛の陰陽師たちが一斉に彼に警戒を表す。中には札や大幣(おおぐさ)をなどの武器を持つものもいる。

 

――瞬間、白服の雰囲気が一変する。針や吹雪のような、威圧に、突き刺すような痛みが私の肌にひしひしと感じてくる。

 

 

「やめてくれないかなぁ。別にかぐや姫に危害を加えるような内容じゃないんだ。僕もここで君たちとドンパチするつもりはないんだからさ。ここは穏便に、ね?」

 

「――降ろしてください」

 

「し、しかし…!」

 

「ここで彼と戦えば、アナタたちが無事ではすみません。どうか、私の言うことを聞いて下さい」

 

「……分かりました。全員、武器を降ろすんだ」

 

 

 隊長格の陰陽師の人がそう言うと、全員が武器を降ろす。

 ここで戦ったとしても、龍神をマトモに相手に出来る存在とじゃ、勝てるはずがない。

 

 

「もう一度聞きます。その舞台とは、一体なんですか?」

 

「とっても面白く、壮絶で愉快な舞台(ショー)です。まぁもっと分かりやすく言えば、いけ好かないムカつく奴を言葉でぶっ飛ばすショーです」

 

 

 かなりド直球に言ったわね!つまり何?いけ好かない奴を言葉の暴力でとっちめるショーってこと?よくもまぁそんなことを言える度胸あるわねこいつ!

 いや、もうこんな無礼をしても、問題ないと思われているのだろう。だって、ここにいる陰陽師たちじゃ、この男に勝てる道理などない。だから調子に乗られてる。

 私なら持久戦に持ち込めるけど、こんなことで力を使う訳にもいかない。

 

 

「ですが、そのための役者がまだ二名ほど足りてないんですよねぇ。だからできないんです。だから、それが来るまで待ちます」

 

「その足りない役者とは、誰なのですか?」

 

「一人はおのずとここへ来ます。そして、もう一人は僕がここへ連れてきましょう。フフフ、本当に楽しみです。その時が。それでは失礼します」

 

 

 そういい、陰陽師たちの間を通って白服は退室していった。

 そして、緊張の糸が途切れたように陰陽師たちが口を開く。

 

 

「なんなのですかあの態度は!かぐや姫様の前で、あんな無礼を!」

 

「全くだ。隊長!何故あの男に鉄槌を下さないのですか!」

 

「そうです!我らは舐められてはおしまいです!」

 

 

「―――お前等、気持ちは分かるが、かぐや姫の御前だぞ。愚痴なら誰もいないところでやれ」

 

「「「「「――――」」」」」

 

 

 隊長の人の一喝で、全員が黙った。いやぁ、こういうときって上の人間ってすごく便利よね。

 そして、隊長の人が私を前に跪いた。

 

 

「かぐや姫。彼らの無礼をお許しください」

 

「良いのです。それよりも、あなたの考えを聞かせてくれないかしら?」

 

「私の考え、ですか?」

 

「彼との関係を、どのようにしていくか、です。ぜひ、彼らのまとめ役であるあなたに話を伺いたいのです」

 

「―――畏まりました」

 

 

 よし、どうやら通じたようね。

 単純に考えて、私の決定でもそれをよしとしない奴だって十分いるはずだ。それに、こんな箱入り娘(自分で言ってて悲しくなるわね…)の言葉なんかより、戦いに精通している彼の言葉の方が、より良い。

 それに、私が考えを聞いているのだから、それに口出しする権利は与えるつもりもない。

 

 

「私としては、このままの関係を続けるべきだと愚行いたします」

 

「―――その理由を、お聞かせください」

 

「はい。知っての通り()の人物は龍を退ける実力の持ち主。敵対するのは愚策かと。それに――これは私個人の『勘』であるのですが…彼を目の前にすると、まるで『神』を見ているような気分になるのです

 

「神―――ですか?」

 

「はい。それを説明する前に、私の大まかな生い立ちをここで話すことをお許しください」

 

「……分かりました。話してください」

 

 

 何故その説明にこの人の生い立ちを聞く必要があるのか分からないけど、ここで肯定しないと私の姫としてのイメージが崩れるし、結局はやるしかないのよね。

 そして、彼の話が始まった。

 

 

 彼の一族は代々、『無銘(むめい)の神』を信仰している家らしい。その神の教えは特になく、ただ一日に一回ご神体である『木』に祈りを捧げるだけらしい。

 そんな特に御利益のない神を、良く信仰していられるなと感心する。――と思ったが違った。

 

 ご利益はどうやらあるらしい。

 なんでも、ご先祖様がその神と(ちぎ)りを()わしたことにより、彼の一族は代々『感覚』や『勘』などの『危機管理能力』に長ける人物が長らく排出されているようだ。

 

 事実、彼には一人の兄と弟がおり、兄は【陰陽師組合】の『組合長』をしており、弟はこの都の貿易などを一括している責任者である。そして真ん中である彼は組合に属さない『朝廷』に選ばれた陰陽師たちの総括している立場だ。

 三兄弟揃って、都の重要なポジションについている。改めて聞くと凄い一族ね。

 

 そう言う重要なポジションに必要なのは、『優秀な知識』と『危機管理能力』だろう。あらゆる状況にも対応できる、順応な人間。優秀以外の何物でもない存在。

 

 

「そして、感じました。彼は『神』に似た存在であるかもしれないと!」

 

「―――」

 

 

 『神』に似た存在……確か、龍神があの男のことを『陰の使途』って言ってたわよね?

 使徒って言ったら普通、神の手下を連想させるけど、まさか……いや、考え過ぎか。

 

 

「……すみません。取り乱しました。今のは私の愚言(ぐげん)だと思い聞き逃してください」

 

「は、はい…。分かりました」

 

「そして、私が感じた彼の気配から考えるに、彼はこの場にいる誰よりも強い。故に、私はこの関係を続行することを提案いたします」

 

「……分かりました。あなたの考えを肯定します」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そのやり取りに、皆が皆困惑を示す。無理もない。事実彼が無礼であることは事実。その場で仕置きをするのがここでの普通だ。

 だがしかし、龍神を退けたと言う実績がある以上、無碍に扱うわけにもいかず、かといって敵に回せばこちらも無傷で済まず、むしろ全滅する可能性が高い。

 だから、悔しくとも、感情で動くのではなく理性で動くしかないのだ。情けないと思うが、本当に仕方ない。

 

 もう、後戻りはできない。

 だったら見せてもらおうじゃない。そのショーってやつを……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から一か月経ったこの日、【車持皇子(くらもちのみこ)】様が私の屋敷に来た。

 三年ぶりね、この顔を見るの。なんでも、三年間旅をして【蓬莱の玉の枝】を入手してきたようだ。

 

 その証拠に、屋敷に戻らず旅人の服装でここに来ていた。よく見ると、本当にボロボロだ。

 そして、長ったらしい経緯を説明された。

 

 

 一昨々年の二月の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中にいでて、行かむ方も知らず、おぼえしかど、思ふこと成らで世の中に生きて何かせむと思ひしかば、ただ、むなしき風にまかせて歩く。命死なばいかがはせむ、生きてあらむかぎりかく歩きて、蓬莱といふらむ山にあふやと、海に漕ぎただよひ歩きて、我が国のうちを離れて歩きまかりしに、ある時は、浪荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなるものいで来て、殺さむとしき。来し方行く末も知らず、海にまぎれむとしき。ある時には、糧つきて、草の根を食物としき。ある時は、いはむ方なく むくつけげなる物来て、食ひかからむとしき。ある時には、海の貝を取りて命をつぐ。

 旅の空に、助けたまふべき人もなき所に、いろいろの病をして、行く方そらもおぼえず。船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日といふ辰の時ばかりに、海のなかに、はつかに山見ゆ。船の楫をなむ迫めて見る。海の上にただよへる山、いと大きにてあり。その山のさま、高くうるはし。これや我が求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり見歩くに、天人のよそほひしたる女、山の中よりいで来て、銀の金鋺を持ちて、水を汲み歩く。これを見て、船より下りて

 

『この山の名を何とか申す』

 

と問ふ。女、答へていはく、

 

『これは、蓬莱の山なり』

 

と答ふ。これを聞くに、嬉きことかぎりなし。この女、

 

『かくのたまふは誰ぞ』

 

と問ふ。

 

『我が名はうかんるり』

 

といひて、ふと、山の中に入りぬ。

 

 その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金、銀、瑠璃色の水、山より流れいでたり。それには、色々の玉の橋わたせり。そのあたりに照り輝く木ども立てり。その中に、この取りて持ちてまうで来たりしはいとわろかりしかども、のたまひしに違はましかばと、この花を折りてまうで来たるなり。

 

 山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。大願力にや。難波より、昨日なむ都にまうで来つる。さらに、潮に濡れたる衣だに脱ぎかへなでなむ、こちまうで来つる」

 

 とのたまへば、翁、聞きて、うち嘆きてよめる、

くれ竹のよよの竹とり野山にも さやは わびしきふしをのみ見し

 

これを、皇子聞きて、

 

「ここらの日ごろ思ひわびいはべりつる心は、今日なむ落ちゐぬる」

 

 とのたまひて、返し、  

 我が袂 今日かわければ わびしさの 千種の数も 忘られぬべし とのたまふ。

 

 

 

―――なっがい。

 メチャクチャ長い。よくそんな話をペラペラと言えるわね。疲れてるのに、本当にその胆力だけは褒めてあげたいわね。

 

 ちなみに翻訳するとこうだ。

 

 

 おととしの2月10日ごろに、難波から船に乗って出港し、海へ進みました。どこへ行ったらよいかもわからずにいたのですが、だからと言って、自分の願いが叶わないでいては『この世に生きていても何をしようか』と思ったので、ただ無情である風にまかせて進んでいきました。『死んでしまったらどうしよう(とは思いましたが)、生きているうちはとにかく船を進めて、蓬莱という名の山に辿りつけるだろう』と思いながら、船を漕いで日本から離れていったのです。

 あるときは荒波にのまれて海に沈んでしまったり、あるときには、風に流されて知らない国に漂着し、鬼のような怪物が現れて私を殺そうとしました。あるときには、行く方角も帰る方角もわからなくなり、海で遭難しようになりました。あるときには食糧がつきて、草の根を食べたこともありました。あるときには、言いようのない恐ろしい怪物がやってきて、私を食べようとしました。あるときには、海の貝を採って命をつないだり(飢えをしのいだ)もしました。

 

 旅の空の下のことですので、誰も助けてくれる人はいませんから、いろんな病気をして、どこに行ったら良いのかもわかりません。船の進む方向にまかせて、海に漂って500日ほどたった日の辰の時刻(午前8時)ぐらいに海の向こうに、うっすらと山が見えたのです。船の楫を進めて見ていましたが、海の上にただよっている山は、とても大きいのです。その様はとても高く立派でした。『これが私たちが求めていた山に違いない』とは思うのですが、さすがに(見つけた喜びを通り越して)恐ろしく思えました。

 

 山の周りを2、3日かけてめぐっていたところ、天界の人の格好をした女性が山から出てきました。彼女は銀のお椀を持って、水を汲んでいました。これを見た私は船から降りて

 

「この山は名前をなんと言うのか。」

 

と尋ねました。女性が答えて言うには、

 

「これは蓬莱の山です」

 

とのことでしたので、これを聞いてとても嬉しい限りでした。

 

「そうおっしゃるのは(あなたは)、どなたですか?」

 

と女性が言うので(自分の名を)答えたところ

 

「私は"うかんるり"と申します。」

 

と言って、彼女は山の中に入っていったのです。

 

 その山を見てみると、まったく登る手段がありません。その山の周りを廻っていると、この世の物とは思えない花の木々が立っていました。金色、銀色、瑠璃色をした水が山から流れています。その川にはいろいろの玉で作られた橋がかかっています。そしてそのあたりに光り輝く木々が立っていたのです。その中では、この採ってきた枝は(他の枝に比べたら)よくない質の物だったのですが、かぐや姫がおっしゃられた物と違ってはならないだろうと、この花を持ってきたのです。

 

 山はたいへん興味深いものでした。この世に例えるものがないほどですが、この枝を折ってしまうと、かぐや姫に会うのが待ち遠しくなって、船に乗りました。すると追い風が吹いて、400日ほどして参上した次第です。神様のお力添えでしょうか。難波から昨日都に参りました。そして潮にぬれた衣さえ着替えることもなくこちらに参上したのです。

 

 と皇子がおっしゃったので、おじいさんはこれを聞いて、すっかり感激して歌を詠みました。

代々、竹取の仕事で野山にはいりますが、そのように辛いことがあったでしょうか、いやないです。

 

 これを聞いた皇子は、

 長い間つらいと思っていた心は、(その言葉、やりきった気持)で今日落ち着きました。

 

 とおっしゃいました。そして返歌に

 

(かぐや姫への思いと海の潮、これまでの苦労の涙)で濡れていた私の袂も今日乾きました。1000種類

もの辛さも忘れることができましょう。

 とおっしゃいました。

 

 

 

 

「―――と、言う苦難を乗り越え、私はついに蓬莱の玉の枝を入手することに成功したのです!」

 

 

 

 車持皇子様がおじいさんに蓬莱の玉の枝を渡し、経由して私の手に渡る。

 確かに本物だ。この輝きが証明している。

 

 まさか、本当に持ってくるなんて…。アイツ(シロ)は例外として、持ってくることなんでできないだろうと思っていたのに…!

 

 

「かぐやや。この皇子に申し上げた蓬莱の玉の枝を、ひとつの間違いもなく持ってきている。何をもってあれこれと申すこともない。皇子は旅のお姿のまま、ご自宅へもお立ち寄りにならないでいらっしゃった。はやくこの皇子に嫁ぎ仕え申し上げよう」

 

 

 と、おじいさんがとても嬉しそうにそう言った。隣のおばあさんも、最早泣いている。うれし泣きだろう。

 ようやく自分の娘が嫁に行くことになって、嬉しいのだろう。

 

――だがしかし!私からしたら有難迷惑でしかない!元々結婚するつもりもないことを前提にあの宝をリクエストしたのに!

 

 かといって、約束を違えることもできない。一体、どうすれば…。

 そして、考えている合間にもどんどん話が進んでいく。

 

 

「この国では見ることのできない玉の枝だ。今回は、断る理由もない。皇子は身なりも良い方だ。きっとかぐやのことを幸せにできるだろう」

 

 

 と、おじいさんは善意でにこやかな笑顔を私に向ける。やめて!善意が辛い!

 クソっ!せめて断る口実ができれば――

 

 

「おーと待ったー。そーは問屋が卸さないよー」

 

 

 そのとき、中庭の方から気が抜けた声が聞こえた。その声は愛くるしい少女の声で、その平凡さがより一層不気味さを増し、全員の視線が中庭に向く。

 そこには、あの白コート野郎―――『シロ』がいた。

 

 

「貴様は何者だ!」

 

「やだなぁ。三年前合ってるじゃないですか。僕ですよ僕、シロですよ」

 

「は、はぁ!?貴様があいつ!?バカ言うな!声が全然違うじゃないか!」

 

 

 うん。それは全力で同意する。なんであいつは毎回毎回声を変えるのよ!それにこう思うのはこれでもう何回目よ!

 

 

「あー、女の子の声は駄目だった?だったら―――「こっちの声の方がいいかぁ?」」

 

 

 瞬間、可愛らしい女の子の声から、野太い男の声に変化した。

 え、マジ?本当に声が変わったんだけど。ギャップがすごすぎてドン引きなんですけど!

 

 

「なっ、なっ、なっ!?」

 

「うん、十分困惑してるね。まぁ想定の範囲内だ。だからさ、もっと戸惑わせてやろうと思ってさぁ!」

 

 

 白服は拍手を二回すると、左から三人、右から三人の男たちが現れた。

 

 

「見つけたぞ!」

 

「褒美はまだなのか!」

 

 

「な、なんだね君たちは!?」

 

 

 おじいさんがあまりの困惑に叫ぶ。護衛の陰陽師たちも一斉にその六人の男に警戒を表す。

 その威圧に怖気づいたのか、六人は後ずさるが、白服が一人の男にこう言った。

 

 

「大丈夫です。彼らは何故あなた方がここにいるのか分からないから警戒している。落ち着いて、ゆっくりと、ここに来た経緯を話してください」

 

「あ、あぁ。――こほん。まず私の名前は【漢部内麻呂(あやべのうちまろ)】と申します。内匠寮の工匠をしております」

 

「それで、あなた方は一体どのような理由でここに来たのですか?」

 

「実は、玉の木を作る仕事のことです。五穀を絶って1000日ほど力を尽くして玉の木を制作したことは、並大抵の労力ではありませんでした。しかし、まだ報償を頂いておりません。これを頂いて、ふつつかな弟子たちに与えたいのです」

 

「「「「「―――ッ!」」」」」

 

「そして、彼から玉の枝は、かぐや姫のお使いとして、かぐや姫がお求めになるはずであったと、伺いまして。それ故この家から褒美を頂きたく存じます!

 

 

 私たちは一斉に車持皇子に視線を向ける。彼の顔は憤怒の赤と、焦燥の青が混ざったような良く分からない顔色をしており、彼の視線の先には白服が舌を出したピースサインをしていた。確実に煽ってるわねあいつ。

 

 

「これはどういうことですかな?」

 

「えっ、あの、それは…!!」

 

「皇子!褒美はどうするおつもりですか!」

 

「えぇい黙っていろ!!」

 

 

 と、あいつは大声で叫ぶ。しかし、これ以上聞いても結果が覆ることはなさそうだ。

 私は、車持皇子に笑顔で、

 

 

「本物の蓬莱の玉の枝かと思いました。このような驚くウソでしたので、早く枝を皇子にお返しになってください」

 

 

 おじいさんに偽物の蓬莱の玉の枝を渡す。

 と、その時車持皇子が大声を荒げる。

 

 

「お待ちください!これは、彼らが私を陥れるための嘘を―――」

 

「嘘だと!?三年間も箱詰め状態で仕事させといて、嘘とはなんだ!」

 

「そうだ!俺たちは仕事でやっているんだ!嘘つき呼ばわりするな!」

 

 

 それを聞いて私は宝物庫にある【蓬莱の玉の枝】を従者に取りに行かせる。

 しばらくすると白服が持って来た蓬莱の玉の枝が私の手の元に。輝き以外は、ほぼ本物と同じだ。まさかこれほど精巧な物を作っていたなんて…!

 地上の技術も、捨てたものじゃないわね。

 

 すると、しばらく黙っていたあの男が怒鳴る。

 

 

「えぇい!よくも私の邪魔を!許さんぞ!そんなに私とかぐや姫が結婚するのが妬ましいのか!この愚か者目が!」

 

「ははっ。許さない?逆恨みもいいところだ。僕はただ、彼らをここに案内しただけ。不正を止めに来たんだ」

 

「不正だと?ならば貴様が龍を退けたと言う噂はなんだ?人間が生身で龍に勝てるはずもない!貴様こそ不正をしているのではないのか!?」

 

「―――言ったね。その言葉を、待っていたよ」

 

「――は?どういうことだ?」

 

「あのさぁ。君はついさっき本土に上陸して、すぐさまここに来たって言ってたよね」

 

「そうだ!それがどうした!?」

 

「だったらさ、なんでその噂を知っているのかなぁ?

 

「―――ッそ、それ、は……!」

 

 

「―――なるほど。そういうことですか」

 

 

 もしアイツが本当に三年間旅をしていたと言うのなら、その噂なんて知れるはずもない。そして、本土に帰ってきてすぐにここに来たと言うことは、その噂を誰かに聞く暇もない。

 つまり、この男は噂を知れる範囲内にいたと言うことになる。

 

 

「なんで、その噂を知っているのかな?説明プリーズ」

 

「そ、それは旅の途中で流れ着いた国で聞いたんです!それでその噂を耳に――」

 

「それもおかしい。さっきの話だと、君は日本にいなかったはずだ。今の時代、外国との交流が盛んに行なわれている。だから分かるはずだ。外国とこの国の言葉は違うと。その状態で、どうやって噂を知ったんだい?」

 

「う、うぐぐ……!!」

 

「つまり!!先ほどの話は全くの嘘!今までのお前の言葉は、何もかもが矛盾してるんだよ!!」

 

「――――ッ!!!」

 

 

 彼は絶句して、最早何も言わずに、悔しそうな表情をするばかりであった。

 自分の失言に気付いたのが、遅すぎたのが、彼の敗因ね。

 

 さて、と…。

 

 

「お爺様。車持皇子に玉の返却をお願いします」

 

「分かった。明かな偽物だと分かった以上、貰う理由はないからの」

 

「えぇ。本物の玉の枝と聞かされたのに、言葉巧みにかざった偽物だったのね。本当に驚きました…」

 

 

「何故だ!何故私の邪魔をする!?そんなに私のことが羨ましいのか!?私のことが妬ましかったのか!?」

 

 

 と、あの男が怒鳴り散らす。正直言って、面倒臭い。

 不正したんだから、もう諦めなさいって言うのが本音ね。

 

―――ちょっと待って。この前のアイツが言っていた『舞台』って、まさかこのこと?役者が二名足りないからって言っていた。

 一人はおのずとここに来て、もう一人は連れてくると。だが、あの男が連れてきたのは六人。どう考えても多すぎる。

 一体、あの男は何を考えているの?

 

 

「羨ましい?妬ましい?ははっ、違うね。―――僕は、君のことが初めから気に食わなかった

 

「なに?」

 

「藤原不比等。あなた―――娘さんは今、どーしてますかー?」

 

「―――ッ!!?」

 

 

 その質問に、車持皇子がとても焦った様子をした。

 確か、彼の娘――【藤原妹紅】は、とても重い病気を患っていて、離れで療養をしていて、しらばくの間顔も見れていないと言っていたことを覚えている。しかも母親がすでに他界しているため、使用人が看病しているらしい。

 あのときは「だからこそ、かぐや姫には妹紅の母親代わりになってほしい。声だけでも、きっと元気を出すでしょう」と言われたことを思い出す。

 それを聞いたときは、娘思いの父親だなと同情した。同情だけだけど。

 

 

「それは車持皇子の話を覚えております。確か、重い病気を患っているのですよね?その()がどうかしたのですか?」

 

「あー……なるほどね。そう説明されてるのか。まぁ、その言い訳が、打倒だろうねぇ」

 

 

 なによその言い方…。言い訳って、それってつまり、嘘ついてるってこと!?

 あり得る…。

 

 

「―――車持皇子様。言い訳とはどういうことですか」

 

「か、かぐや姫!こんな奴の言葉を信じるのですか!?」

 

「偽物の蓬莱の玉の枝を持って来たあなたよりは、多少は信用できます」

 

「―――ッ!」

 

 

 そう、辛辣な言葉を言い放つ。ていうか、久方ぶりに私の本音を人前に出すことができたわ。

 普通なら、ビックリされるだろうが、今は特別な状況。彼が疑われている状況。私が疑っていても、なんら不自然でもない。

 それに、私は偽物の宝物を渡され、騙された被害者だからね。

 

 

「シロさま。説明をお願いします」

 

「さまは良いよ。さんとかで。その方がやりやすい」

 

「では、シロさんと」

 

「うんうん。まず、彼の娘が病気なんて言うのは大嘘だ。いや、一部は本当だけどね」

 

「どういうことですか?」

 

「彼は、自分の娘が生まれつきの病気で『痛覚』がなくなっていることを、周りに露見することを恐れて、それを隠していたんだ

 

「「「「「――ッ!?」」」」」

 

 

 予想していたのがかなり外れて、スケールのデカい話になって来た。『痛覚』がない?だから車持皇子は娘を病気として外に出すことを恐れた?

 

 そうか…『痛覚』がないないて、当然普通じゃない。そして、私はその娘以上に普通じゃないから、その気持ちが良くわかる。

 不老不死は、地上人からしたら十分不気味だろう。地上人の寿命は約80年と随分短い。そんな中、ずっと老けずに生き続ける人間がいたとしたら、不可解に思うのも当然だ。

 

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「まぁ君も知らなかったから仕方ない――と言うつもりはない。君は無知ゆえの加害者であることは変わりはないから」

 

「だから、なんのことだと言っているのだ!?あんなのが、病気なわけがない!痛みを感じないんだぞ!?そんなのが、病気であるはずがない!人間なはずがない!」

 

「本当に、あなたは墓穴を掘るのが得意なようですね」

 

「アッ―――!」

 

 

 彼は本当に墓穴を掘るのが最特技なのではと思うほどにやらかしていた。

 彼は、自分の娘を人間として見ていなかった。『痛覚』がない故に、人外(怪物)としてしか見ていなかった!

 それが地上では普通なのかもしれないけど、いくらなんでもムカつくわ…!

 

 

「車持皇子。あなたは…私に嘘をついていたのですね」

 

 

 最早コイツに敬称をつける価値すら、私の中には残っていなかった。

 そして、私の中で自分の価値がどんどんと下がっていることに気付き始めたのか、彼は焦り始めて言い訳を並べた。

 

 

「し、仕方なかったのです!『痛覚』がないなど、あまりにも異常なこと!それが外に知られれば、妹紅は非難の対象となる!我が子を守るためには、苦肉の策だったのです!」

 

「――――」

 

「はっはっはっ。はははははは!!!」

 

「な、なにがおかしいのだ!?」

 

「いやさ、確かにさ。普通だったら通用するでしょうね、それ。だけどさぁ、考えたことなかったの?自分の娘が三年間どうしているのか

 

「―――ッ!」

 

 

 どういうこと?確かに娘のことを秘密にしていた理由としては確かだろうし、三年間ずっと隠れて過ごしていたのなら自分の娘がどうなっていたのかなんて知る由もないはずだ。

 一体、この男はなにを知って――、

 

 

「そもそもさ。なんで僕が隠していたはずの君の娘の秘密知ってるか分かる?」

 

「そ、それは…ッ!まさか…ッ!」

 

「そう、その通り。その娘さんから直接聞いたよ。あなたが、自分をどのように扱っていたのか」

 

「み、皆さん!聞きましたか!?この男、私の娘を攫った極悪人であると自ら主張しました!今すぐにこの男を捕縛するべきです!」

 

「「「「「――――??」」」」」

 

 

 と、叫んだが何のことだかまったくさっぱり分からない。

 どうして今の話の流れで娘を攫ったって言う話に繋がるわけ?

 

 

「はっはっはっ。本当に、あなたは自身の墓穴を掘るのが、得意のようですねぇ」

 

「なにッ?」

 

「どうしてこの話の流れから妹紅さんを攫ったことになるんですかね?普通、こう言うのは不法侵入したって言うのが自然でしょう?」

 

「―――ッ!」

 

「つまり、あなたは自分の娘がいなくなっていることにとっくに気付いていた訳だ」

 

 

 そうか!どうしてあの話から攫われたなんて不吉な話になったのか理解できなかったけど、これで辻褄が合う。

 この男、とっくに自分の娘がいなくなっていることに気付いていて、それでも探すことをしてなかった。娘ほっぽらかして宝探し(自称)をしていたから、自身で出来るはずもない。

 

 

「さて、どうして自分の娘がいなくなっていたことに気づいていたのに、あなたは何もしてなかったんですか?」

 

「そ、それは密かに探らせていたのだ!事情が事情であるが故に!」

 

「それもあり得ない。あなたは【藤原妹紅】を自分の娘どころか人間と思ってもいない人間が、私財を裂くとは到底思えない」

 

「―――ッ!」

 

 

 彼はもう何も言えなくなったのか、押し黙った。

 これで、確定ね…。

 

 

「―――さて、そろそろ最終ショーと行きますか」

 

「何だと…?」

 

「そう、そのまさか。ここで、最後の役者に、入ってきてもらおうと思います」

 

 

 ついに来た。ショーの〆ってやつね。あいつがなにを企んでいたのか、大体わかって来たし、後は高みの見物のみね。

 それに、話の流れで出てくる人物が誰なのか、すでにもうわかっている。

 

 

「イッツザ、召喚!」

 

 

 そのとき、中庭に銀色の垂れ幕なようなものが出現する。

 その垂れ幕に一斉に警戒を表し、中には当然の如く困惑する

 

 そして、その銀の垂れ幕の奥に、一つの影が映り―――一人の少女が姿を表した。

 現れた長い黒髪を持つその少女は、謎の強烈な存在感を持った、不思議な少女だった。あまりの登場の仕方に驚きすぎて開いた口が塞がらない。使い方間違ってるけど。

 

 

「――――」

 

「な、な、な…!?」

 

 

 その少女の存在に、車持皇子は大層驚いている様子だった。

 彼があれほど驚く人物―――彼女が…。

 

 

「僕たちは、ただ二人で三年間を過ごしていたわけじゃない。彼女とも、過ごしていたんだ。さて、あとは君の番だ」

 

「―――分かった」

 

 

 白服とすれ違うようにして、前に出てくる。

 

 

「――ほとんどの人が初めましてですね。私の名前は【藤原妹紅】。といってもすでにシロさんが私のことを話しているとお思いですが…」

 

 

 妹紅さんはあの男を光のない目で見据えた後、私の方を見る。

 

 

「お話を聞いていることを前提に話を進めさせていただきます。ご存知の通り私は彼の娘です。小さい頃、生まれつき『痛覚』がないことを理由に、離れでの生活を強いられていました」

 

「―――ッ!」

 

「そこでの生活に耐えられなくなった私は逃げ出し、都の外に出たところを彼に助けられ、この三年間彼らとともに過ごしていました」

 

「と、言う訳だ。さて、真っ先に出るであろう質問は?」

 

「―――それでは、妹紅さん。心苦しいとお思いですが、あなたは離れでどんな生活をしていたのか、できるだけ詳しく話してくれませんか?」

 

 

「――はい」

 

 

 そこで彼女から聞かされたのは、辛い毎日だった。

 質の悪い服に無理やり変えられ、外に出ることすら許されない毎日。食事は少ない穀物とみそ汁と漬物の三つのみ。それを毎日。

 自身のことを知っている使用人が食事を持ってくるたびに向けられる奇怪な目に精神をすり減らされていく毎日。

 

 

「隙を見て逃げ出し、彼らに会いました。彼らに『痛覚』のことを知られたとき、もうダメかと思いました。しかし、彼らは私の異常をどうでもよさげに、私の普通の人間として扱ってくれました。この恩は、決して忘れることはないでしょう」

 

「――――ありがとうございます」

 

 

 話を聞いて完全に理解した。

 あとは、私が決定を下すだけだ。だがしかし、認めることのできないバカが一人いた。

 

 

「お待ちください!その女が、本当に私の娘だと言う証拠はどこにあるのですか!?確かに顔立ちは昔と似ていますが、妖怪が化けている可能性だってあります!」

 

「隊長殿。どうなのですか?」

 

「問題ありません。彼女から放たれる()は間違いなく霊力。人間の力です」

 

「ぐぐぐぐぐ……ッ!」

 

 

 隊長からのお墨付きをもらった。彼のお墨付きならば、誰もが納得しよう。

 あとは――、

 

 

「車持皇子」

 

「は、はいッ?」

 

「三年前。あの五名を、私を諦めずに愛を捧げてくれた方たちに、試練を与えました。ですが……あなただけだったようですね。あの五名の中でその資格に値しなかった人物は

 

 

「う……うわぁあああ!!」

 

 

 辛辣な言葉を言い放った直後、あの男が突然奇声を上げ、白服と妹紅さんに突撃した。

 あの男、もう後がないからって理性を投げ捨てたわね!陰陽師の人も、率先して動いた――、

 

 

「―――サビク・オフィウクス」

 

 

 そう、白服が呟いた瞬間、白服のフード越しにある目が赤く光った。それと同時に波動が流れ、あの男が後ろ向きに倒れた。それだけじゃない発せられた悪寒の巻き添えを喰らった私たちは、心臓の音が止まらなくなるほど恐怖に駆られた。

 あまりにも一瞬の出来事で、唖然とする私たち。

 

 

「あっ、いっけね。ちょっとカッコつけたいから、技名口に出しちゃった…。恥ずッ」

 

 

 あいつは軽々しく口にしたけど、一体何したのよ。

 そして、妹紅さんは倒れているあの男を上から見下ろし――、

 

 

「さようなら、お父さん」

 

 

 と、背中を向けて白服の方へと歩いていった。

 

 

「これで、もういいのかい?」

 

「うん。お別れはもう済んだから」

 

「そっか。君が満足なら僕が言うことはなにもない。とりあえず、先帰っていてくれ」

 

 

 白服は指を鳴らすと、再びあの銀色の垂れ幕が現れ、妹紅さんはその中へと消えて行った。

 そんな摩訶不思議な現象を見て唖然としている私たちを目の前に、白服が手を鳴らす。

 

 

「さて、疑問質問はいろいろと浮かぶでしょうが、僕がそれに答える義理も義務もない。と言うわけで楽しかった舞台もこれで終わり。それではかぐや姫、僕とあなた、二人で話をできますか?お願いのことでお話があります」

 

「―――分かりました。皆さん。申し訳ありませんが全員外に出ていてくれませんか?」

 

 

 反発があるだろうと思っていたが、案外素直に全員出て行ってくれた。

 と言うより…まだ体が震えている。さっきのアイツが口に出した技――『サビクなんとか』で目が光った瞬間だ。その瞬間に「目の前の存在に逆らってはいけない」と言う言葉が本能から発せられた。

 それより―――、

 

 

「……もう、いないわよね?」

 

「えぇ。他の奴等には聞こえない。猫を剥がしても、なにも問題ないはずさ」

 

 

 姿勢を崩し、右足を立てて右腕を膝に乗せる白服。

 

 

「信用して、いいの?」

 

「今ここで君の本性がバレることは、僕にとっても都合のいいことじゃない。だから、心配しなくていいさ」

 

「そう…分かったわ。それじゃあ今度こそ聞かせてもらおうじゃないの。あなたの目的を!」

 

 

 ついに知ることができる。こいつが何者で、なにを目的として私に近づいたのか――!

 

 

「それを言う前に、まず君が多分誤っているであろう情報を抜き取って、補填することから始めようか」

 

「補填?どういうこと?」

 

「まず三年前だ。龍が襲撃してきた際、僕は自身の能力で君の記憶を見た。だから君の正体を知っている。君はそれで自分の中で自己完結して一つの疑問を解消した――これで合ってるね?」

 

「言い方ムカつくけど、一応合ってるわ。それが、どうかしたの?」

 

「やっぱり、勘違いしてるね、君」

 

「はぁ?」

 

 

 勘違いって、なんのことよ。

 非常にムカつくしイラつくけど、こいつが能力使って私の記憶覗いたってなら、私の正体知っているのにも説明つくし、それのどこが勘違いだって言うのよ。

 

 

「そもそもさ、君が僕らを認識することになった要因である『合言葉』がなんだか知っているかい?」

 

「『合言葉』って――臘月……ッ!」

 

「やっとか」

 

 

 そうか!あいつは当初から月の民でしか知ることのできない【綿月臘月】のことを知っていた!つまり、記憶に関する能力を持っていることが本当だとしても、私の記憶を見たと言うのは完全な私の勘違い…!

 なんでこんな単純なことに気付かなかったのかしら。

 

 

「そう、僕らは最初から【綿月臘月】と言う存在を知っていた。それはつまり、君と出会う前から『月の民』について知っていたからさ」

 

「じゃあ、やっぱりあんたたちは…!」

 

「だから、僕らは『月の民』じゃない。何度言ったら分かるのかなぁ?」

 

「だったら、なんだって言うのよ!?」

 

「―――『復讐者』

 

 

 ――えっ?

 

 

「今、なんて…ッ」

 

「聞こえなかった?僕は――『俺』は、臘月に、復讐する」

 

「復讐って…一体、アイツが何をしたの?」

 

 

 復讐なんて物騒な単語が出て、私の脳内活動はフリーズした。

 アイツが、復讐されることなんて――いや、ある。あいつ月でも素行悪いし。何回かしか会ってないけど、碌なヤツじゃないってこと、クソ野郎だってことは十分熟知している。

 普段は猫かぶってるけど、碌なヤツじゃないことは分かり切ってる。私の予感はただしい。うん、アイツは復讐されていいと思う。

 

 と、ともかく、今はコイツの動機を知らないと。

 

 

「そうだな…せっかくだし教えてやる。臘月は、俺からあまりにも大事なヒトを、奪っていった。その人は…俺にとってかけがえのない大事な人だった。やっと、ようやく見つけたんだ。だけど…もうそれは、アイツに何もかも奪われていた後だった」

 

「――――」

 

「だから俺は、もう一度月に行ってあのクソ野郎を完全にぶっ殺す。それが俺の目的だ」

 

 

 臘月…私が知らないところでそんなことしてたの?

 こいつはもう一度月に行くと言った。つまりは一度行ったことがあると言うことだ。そこで何らかの形で私のことを知った…。それで、もう一度月に行くために、私に近づいたってことね。辻妻は合ってる。

 

 

「理屈は分かった。理由も分かった。私は月にもアイツにも情なんて持ってないから、アナタがアイツをどうしようがどうでもいいんだけど…どうして私に近づくことが月に行くことに繋がるの?」

 

「――前に月を襲撃した際、資料室らしき場所で、償いが終わったからそろそろお前を連れ帰るって言う資料を見つけてな

 

「ッ!?それ、本当!?」

 

「嘘だったら、わざわざ近づく必要がない」

 

 

 嘘でしょ…!まさかそんな計画があったなんて!?

 連れ戻されるなら、わざわざここ(地上)に来た意味なんてない!事前に知れたのは僥倖だったけど…なにか、対策できないしら?――無理ね。

 地上人じゃ、月の民に太刀打ちできない――そう、普通ならば。

 

 

「それじゃあ、あなたがここにいるってことは、並大抵の奴等よりは強いって認識でいいの?」

 

「そんな当たり前の質問、答える意味、あるのかなぁ?」

 

「―――そうだったわね」

 

 

 空真ですら勝てない龍神を相手が本気を出していないとはいえ勝った相手だ。並大抵の月の民ならば圧倒できるだろう。

 

 

「つまりまとめると、アナタたちの目的は臘月への復讐。そのために私を利用するってことは―――」

 

「そう。お前が帰るであろう乗り物を奪い、俺達が月へ行って、臘月をぶっ殺す。これが今考えている俺の計画の全貌だ」

 

「なるほどね…。だったら、わざわざあんな回りくどい方法じゃなくて、直接私に言ったら良かったのに」

 

「なーに言ってんだ。直接言ったって信用しなかっただろ。何のために五つの宝物取ってきて、龍神に喧嘩吹っ掛けたと思ってんだ」

 

 

 あー確かに、初対面でそんなこと言われて、信用するほど私もバカではない。むしろ初対面でそんなこと言われたらなにか裏があるんじゃないかと全力で警戒する。

 私の信用を得るために、わざわざ五つの宝物取ってきたり、龍神の喧嘩売って―――ん?

 

 

「ちょっと待って?龍神に喧嘩売ったのって、価値と実感なんて馬鹿げた理由だったんじゃないの?」

 

「ハッ、そんなんで龍神相手に喧嘩売るバカがどこにいるよ。そんなの嘘に決まってんだろ、お前の考えを都合よくさせるための」

 

「嘘ッ!?じゃあ本当はなんなの?」

 

「そんなの、俺の強さを知ってもらうためさ。圧倒的力ってのは、良くも悪くもあらゆる者への抑止力となる。だから、知ってもらった方がいいかなってさ」

 

 

 あーそういうことね。

 力を見せつける相手に、龍神以上に適任がいなかったと―――いやいるでしょ!もっと他のが!

 いくら力を見せるためだからと言って龍神はない!それだけは断言できる。

 

 いや、結婚するの嫌だったから、【龍の頸の玉】を依頼した私も私だけどさ!

 

 

「もう、笑わないわよ」

 

「笑ったら殺す。永遠に」

 

「あっさりと怖いこと言うのやめなさいよ!」

 

「いいだろ、別に。さて、話を戻すけど、そろそろ月の方から迎えが来るはずだ。それを奪って俺たちは月に行く。麗し(笑)の輝夜姫のご到着だ。これ以上の油断はねぇだろ」

 

「ちょっと!なによ麗し(笑)って!?完全に私のことバカにしてるでしょ!?」

 

「してなきゃこんなこと言ってねぇよ」

 

「やっぱあんたムカつくわ…」

 

 

 (笑)を入れるなんて、良い趣味してるじゃないコイツ…!今度絶対なんらかの形で仕返ししてやる!

 

 

「さてと、これで俺の目的は大まかに全て話した。―――それじゃあ、これで『僕』はお(いとま)させてもらうよ」

 

 

 こいつ…!一瞬で化けの皮を貼りやがった!どんだけ面の皮厚いのよ。

 

 

「それじゃあ―――あ、そうだ言い忘れてた。その資料の中のお迎えメンバーに【八意永琳】の名前もあったから」

 

「―――ッ!」

 

「本番よろしくねぇ~」

 

 

 手をヒラヒラと動かしながら、退室していく白服。

 そう…永琳が、ここに来るのね。ならば、やることはただ一つ。

 

 

「はぁ……これから、大変になりそうね。今まで以上に、デンジャラスで、スリリングなことが、起こりそうな気がして止まないわ…」

 

 

―――後に、私のこの予感は当たることになる。

 一つの単純明快な計画が、複雑怪奇なモノへと変貌していくことを、私はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく…この時が来たか」

 

 

 シロはそう満足げに屋敷を後にする。

 途中、屋敷の使用人や陰陽師たちに向けられた奇怪な目をすべて無視して。

 

 一番の難所だったかぐや姫への対処も完了だ。

 嘘と言うのは、本当の中に嘘を混ぜるのが、一番バレにくい方法だ。今回もその方法で相手を完全に誤魔化した。

 

 

「三年間…練りに練った計画が、ついに実を結ぶときがきた。これで心置きなく月に行ける…。これで心置きなく臘月を殺せる準備も整った」

 

 

 三年間、シロは奔走した。自分の計画を、より確実に、完璧に近づけるために。

 だが、そう言った完璧な計画ほど、一つの歯車がずれることで全てが瓦解することになる。だから、完璧すぎるのも危険だ。今回のような、何が起こるか分からないこの状況では。

 だからこそ、練りに練った計画が必要だった。

 

 

「三年と言う時間、何もしてなかった訳がないだろ。しかし、まだ不安もある。僕の方も予想外がかなり舞い込んで、摩訶不思議な不確定要素が残っているが、今はそれを気にしている場合じゃない」

 

 

 すべては()()()()()()()()()()()に。

 

 

「零夜と紅夜には権能に覚醒してもらわないと、話にならない。それに、嬉しい誤算もあるしね。まさかだったよ、本当に。常識が覆った。まぁ、常識が通用しないのが、『この世界』だし、特に気にすることはないか」

 

 

 基盤も整った。準備も整った。あとは―――、

 

 

「あとは出し惜しみなく、全力で敵を潰す。だから…どうか、『俺』の期待に応えてくれよ、零夜」

 

 

 不適な笑みで、そう呟いた。

 

 

 




 これで、終わりました!次回は三年後で、本格的に始まります!

 さてさて、今回気になったのは龍神のシロの呼び方『陰の使途』ですね!使徒と言えば神の御使い。かぐや姫もそれを察したが、気のせいと切り捨てる。
 でも、もしかして…。

 そして、軍の責任者である陰陽師の男の人!陰陽師組合の組合長が兄であることが発覚!そして弟は貿易の責任者。今考えると凄い一族ですねぇ。
 さらに、その一族が信仰している『無銘の神』。それと『陰の使途』がなにか関係がありそうで。

 そして、シロの最後の意味深な言葉の意味とは?

 ドキドキワクワクな展開が止まらない!


 次回をお楽しみに!

 シロの声イメージCV
 当初     【下野紘】
 女の声    【鬼頭明里】
 野太い男の声 【松岡禎丞(よしつぐ)




 車持皇子の話→https://manapedia.jp/text/1873
 リンク貼っておきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63 さぁ、開戦の(トキ)だ※


※ 空真の性格変貌の時期がおかしいことに気付いたシーンの追加。


―――三年後。

 夜の都近くの森にて。美しく光る満月を見る影が、複数。

 

 

「ついに…この日が来たか」

 

 

 数ヶ月前、かぐや姫が突然の告白をした。

 なんでも、自分が月の人であり次の満月に迎えが来て帰らなければならないと告げたのだ。

 帝もこの事を知り、かぐや姫を帰すまいと兵士を遣わした。

 

 だが、月の民たちに地上の兵士が太刀打ちできるわけがない。焼け石に水と言うのが関の山だ。

 

 しかし――、それはこの時代の人間からしたら、のことだ。

 未来人である零夜たちには、それは通じない。

 

 零夜は後ろに居るシロを見る。シロは、岩に座りこんで月をゆったりと見ていた。

 

 

「緊張してるねぇ。もう少し肩の力抜いたらどう?」

 

「逆に難でお前はそこまで脱力できんだ。これから大きな戦いが起こるってのに、ゆるふわしすぎだろ」

 

「強者の余裕って奴だよ。ほら、僕この中じゃ一番強いし」

 

「唐突な上から目線やめろ」

 

 

 確かにこの中ではシロが一番強い。かといって上から目線はムカつく。

 

 

「でもまぁ、零夜の言うことも一理あるしぃ、僕も動きますか」

 

「最初からそうしろ」

 

「ははっ、そう言えば、妹紅ちゃんは大丈夫だったっけ?」

 

「守りの力使ったお前が言っちゃおしまいだろそれ」

 

 

 ちなみに妹紅は戦う力がないため、シロの権能で身を守っている状態で、人気のないところに隠れて貰っている。

 そして、ルーミアたちは、それぞれの配置についている。

 

 

「それじゃあ行こうか。皆のところに」

 

 

 そうして、二人は夜の都に向けて駆けだす。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 かぐや姫――蓬莱山輝夜は緊張する。固唾を飲みこみ、汗を垂れ流す。

 彼女の目線には満月。もうすぐ、あそこから迎えがくる。

 

 

(ついたら永琳と一緒に逃亡する。大丈夫、永琳なら、私の言う事絶対に聞いてくれる。そして、残りのお迎えは―――ウッ)

 

 

 想像しただけでも吐き気がする。計画には聞かされているが、いざ目の前にするとなると、とてもじゃないが耐えられる予想ができない。吐く、絶対吐く。もしくは吐きかける。

 ある程度の配慮はしてくれるらしいが、それでも不安だ。

 

 

「でも、もう決まってしまった以上覚悟を決めるしかない…頑張るのよ、私!」

 

 

―――そんなときだった。

 

 

「来たぞー!」

 

 

 一人の兵士がそう叫ぶ。

 月を見あげると、そこには豪華絢爛な牛車(ぎゅうしゃ)らしき物体が、月からやってきていた。

 

 

「迎え撃てー!」

 

 

 兵士たちが一斉に矢を放つが、飛距離などもあって全く当たらない。

 すると、牛車から光る光線が放たれ、兵士たちの体を貫き、赤い液体が飛び散っていく。その様を、輝夜は出来るだけ見ないようにした。

 

 そして、兵士たちの抵抗虚しく、牛車は輝夜の前へと降り立った。

 そこから出てくる複数の男女。

 後頭部のシミヨンキャップ1つと中華風の鎧を身に着けている男たち。

 

 その中でも特に目立ったのは、上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆の配色袖はフリルの付いた半袖と言う左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている銀髪の女性だ。

 

 

「――永琳

 

「姫様…」

 

 

 そう、この女性こそ、輝夜の信頼する人物、【八意永琳】である。

 二人は互いの目を見合い、再会を享受した。

 

 だが、男たちは空気を読まず、ただ職務を全うし、その感動の再開を遮る。

 

 

「罪人、蓬莱山輝夜。贖罪の時は終わった。月へ帰還する。さぁ、乗れ」

 

「嫌よ」

 

「……何?」

 

 

 その男は一気に不快の感情を顔に出した。そして、それは他の迎えの男たちも同じ表情をした。

 

 

「なんのために罪を犯したと思ってるの?月から逃げるためよ。私は、もう二度と月に帰らない」

 

「勝手なことを!」

 

「それをあんたたちに言われる筋合いはないわ。……お願い、永琳。私と一緒に来て」

 

「―――」

 

 

 輝夜の問いかけに、輝夜と男たちの視線が、永琳に集中する。永琳からは見えない、輝夜だけが見れる男たちの視線。それは、「裏切らないよな?裏切ったらどうなるか分かるな?」と言う意思表示のように見えた。事実、そうなのだろう。

 

 そして、永琳は背中に背負った弓矢を取り出し、それを輝夜に向けた。

 

 

「―――ッ!!」

 

「フッ、月の頭脳が、月を裏切るわけないだろう。浅はかだったな、罪人。少し交流があった程度で、お前のような我儘女の言うことなど、聞くわk――」

 

 

 男の言葉が、遮られる。その理由は、銀髪の女性―――永琳だ。

 永琳は咄嗟に後ろを振り向き、その矢で男の脳天を貫いた。男は後ろに倒れ、その体からは血が流れる。

 

 

「永琳!」

 

 

 彼女の行動に、輝夜は喜んだ。やっぱり、永琳は私の味方をしてくれるのだと、歓喜した。

 が、真逆に男たちは驚愕した。裏切るはずのなかった人物が、裏切ったから。

 

 

「なッ!?」

 

「貴様ッ!何をしたか分かっているのか!?」

 

「分かってなかったら、こんなことしないわ。私は、姫様と共に行く」

 

「――と、言う訳よ。私たちは、地上に留まるわ」

 

 

 輝夜と永琳の明確な意思表示に、男たちは憤慨する。

 

 

「ふざけるな!こうなれば、貴様らを無理やり連れ戻してやる!」

 

「いくら月の頭脳でも、この数を相手には勝てまい?」

 

「お前等は不老不死だからな、多少痛めつけても問題ないだろう」

 

 

 男たちはライトセイバーのような武器を取り出し、輝夜達に向ける。

 だがしかし、これは多勢に無勢と言う現状だ。いくら数で優っていても――質で負けている。

 

 

 

「確かに、数だけならあなたたちの方が上ね」

 

「なんだ、今更怖気づいたか?だが貴様らを痛めつけることは変わらん!」

 

「違うわよ。でもまぁ、いいわ。どうせこの場で死ぬ奴等に言っても無駄でしょうから」

 

「貴様――ッ!」

 

 

 その時、男たちの地面が、漆黒の底なし沼へと変化した。男たちは足がはまり、抜け出せなくなった。

 

 

「う、うわぁ!」

 

「な、なんだ!?」

 

「抜け出せない!?おのれ罪人!一体なにをした!?」

 

「姫様…これは一体なんですか?」

 

 

 この謎の状況に、永琳ですら困惑している。実際、この状況を説明できる人物は、この中では輝夜だけだ。

 

 

「見ていれば分かるわ」

 

 

 その瞬間、二つの影が永琳と輝夜の間を通り抜けた。影が男たちの間に入ると同時に、影と男たちを囲むように岩のドームが形成される。

 

 

「これは…ッ!?」

 

 

「うわぁー!」

 

「あぁあー!!」

 

 

 ドームの奥から聞こえてくる、断末魔。その他にも、肉を斬り裂く音、殴打する音が鈍く響く。

 中で何が起きているのか、想像に難くなかった。

 

 謎の現象を目の前に硬直する永琳と、事情を知っているが故に内面を冷静に取り繕う輝夜。

 そして、断末魔が聞こえなくなったとき、岩のドームが消失し、中でなにが起こっていたのかの説明が、景色だけで行われていた。

 

 

「――――」

 

『――――』

 

 

 そこにいたのは、一人の女性と、一体の怪物だ。

 女性は長い金髪に胸に晒サラシを巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている。そして、特徴的な狐面を被っている。

 

 怪物の見た目は、目の中に手の指が入り込んだ腕のような意匠も存在しており、目は窪んだ形で存在し、そこに手の指が入り込んでいる。

 その姿はまさしくカブトムシを模した容姿(かたち)で、頭部には大型化した角を生やしており、頭部の形状も戦国武将の鎧の兜のようになっている

 肩、太もも、わき腹など各部にも昆虫の脚を思わせる意匠を備え、胸の茶色いモールドはカブトムシの翅に似ている造形だが、目が存在するようにも見える不思議な造形。

 

 頭部には大型の角から繋がった鼻を中心に人間の顔を模した出で立ちになっており、顔の表情はさながら何かを羨み、嫉妬で怒っているかのようだ。

 右肩には角、左肩の装甲状のパーツには間に黄色が配色されており、横から見たカブトムシを彷彿とさせる。

 

 ベルト部分にはカブトムシの幼虫のような装飾が存在し、脚部のサイドアーマーの右部分にKABUTO、左部分に2006と書かれている。

 そんな、形容しがたい存在が目の前にいた。

 

 そして、彼らの後ろの地面には、粉々になり、原型を留めていないほどグチャグチャになった肉片や骨、血だまりなどで悪臭が漂ってくる。

 

 怪物が近寄ってくる。見た目が見た目なだけに、全力で警戒を表す永琳。

 が、それを解くように輝夜が催促する。

 

 

「大丈夫よ。こんな見た目だけど……彼らは味方だから」

 

「しかし…」

 

「大丈夫だから。えーと……黒服、で、合ってる、わよね?」

 

『そうだが、どうかしたか?』

 

「あ、やっぱり…。計画聞かされたときに、かなりショッキングな姿で来るって聞いてたけど、これは流石に驚いたわ…」

 

 

 ショッキングな姿で来ると言って、誰が怪物の姿で来ると予想できるだろうか。少なくとも、輝夜は予想できなかった。

 

 

「姫様…?この者たちと知り合いなのですか?」

 

「うん、ちょっとね。……それで、その女の人は誰?彼女?」

 

「違う」

 

 

 狐面の女性に、速攻で否定された。

 

 

『協力者だ。名前は―――』

 

「レイラだ」

 

『あー…』

 

「レイラ…?え、レイラって、あのレイラ!?」

 

 

 レイラと言えば、三年前黒服の男に討伐を依頼した妖怪の名前だ。依頼して数日で辞退したが、まさか強力してくれるまで仲良くなっていたとは。

 辞退した理由は、これだったのかと納得する。

 

 

「あぁ、三年前。貴様がこの男に討伐を依頼した、そのレイラだ」

 

 

 三年前命を奪うように命じた人物を、その妖怪に助けられるとは、これ如何に。

 なんとも気まずい空気が漂う中、その沈黙を破るように二人の妖怪が姿を表す。

 

 一人は茂みから、もう一人は、肉片や血だまりを闇の中に吸い込み、その闇の中から出現した。

 隊服のような服装をした金髪の少年に、黒い服を纏う金髪の美女だ。

 

 

「師匠、大丈夫ですか?」

 

「零夜、大丈夫だった?」

 

「問題ない」

 

『―――「問題ねぇよ」

 

 

 怪物の姿から、黒服――零夜の姿に戻る。

 二人は怪物の姿から人間の姿になった零夜に驚愕の表情を見せた。そしてさらに現れた次々に現れる協力者に、首を傾げる輝夜。今だに状況がよく理解できず、頭を悩ませる永琳。そして、その頭脳を生かし切り、結論にたどり着く。

 

 

「とにかく、アナタたち全員味方って事でいいのね?」

 

「早い話そうだ。ちなみに、あともう一人いるぞ」

 

「僕のことでーす」

 

 

 零夜の背中から、ひょこっと全身白装束の男が姿を表した。

 それに再び驚く二人。さっきまでそこにいなかったはずなのに、急に現れたことに対しての驚きだ。

 

 

「やっほ、かぐや姫。いや、今は…輝夜ちゃんって呼べばいいかな?」

 

「輝夜でいいわ。それよりも、こんな所で油売ってて言い訳?」

 

「あっ、そうだった!それじゃあ零夜、これ乗ってね」

 

 

 シロは永琳たちが乗って来た牛車に乗り込み、零夜もそこに乗り込む。

 その行動に、永琳が質問してきた。

 

 

「一体、何をするつもりなの?」

 

「それは私が説明するわ。彼らは、月に行ってメチャクチャに暴れるつもりよ。そして、目的は臘月の抹殺ですって」

 

「臘月の…!?いや、無理よ。いくら強くても、アナタたちに臘月は殺せない」

 

 

 永琳はそう断言する。その言葉に、二人は何も言わない。

 事実、未来で臘月と戦った際には、【仮面ライダーベノム】と言う諸刃の剣(チート)を使わなければ勝てなかったほど、臘月の底は分からないほど恐ろしい。

 臘月に対して、ベノム以外の勝算すらない。だが、やるしかない。やらなきゃ、いけないのだから。

 

 

「バカな真似はやめておきなさい。私たちに協力してくれたからこそ、良心で言っているの。あなたたちじゃ、臘月は倒せない。それに…最近編成された、【ヘプタ・プラネーテス】だっているのよ」

 

「「「―――ッ!!!」」」

 

 

 その単語を聞いた瞬間、聞き覚えのある言葉に耳を傾ける三人。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス?なにそれ?」

 

「姫様は長い間月にいなかったからご存じないでしょうが…つい最近、七人の優秀な人材をひとまとめにした団体、【ヘプタ・プラネーテス】が臘月によって結成されたの。しかも、その中には『空真』もいるわ」

 

「空真も!?」

 

 

 臘月が編成した団体、ヘプタ・プラネーテスが結成されていたと言うことに、零夜たち三人は驚愕した。

 そして、その中でも驚いていたのは零夜とシロだ。

 

 

「なぁ…その空真って奴も、その事件に巻き込まれて性格が変貌したのか?」

 

「そう言ってるじゃない。どうかしたの?」

 

「いや、少しな…」

 

 

 これで、確定だ。同時に、不安要素も生まれた。

 

 

(ねぇ…零夜)

 

 

 その時、シロが念話で話しかけてきた。そのことに少し驚きながらも、すぐに対応する。

 

 

(あぁ、分かってる。空真の性格改変の時期が、おかしいってことくらいわよ)

 

 

 未来の月で見た、空真だったころのウラノスの記憶。あの記憶から予想するに本来空真がウラノスになるのは輝夜と永琳の捕縛後の話だ。

 それなのに、永琳が逃げる前に空真がウラノスになっている。歴史の齟齬が、発生してしまっていた。

 

 

(とにかく、これは後で話そう)

 

(あぁ)

 

 

 そして、次なる質問をする。

 

 

「ちなみに、危険度は?」

 

「そうね…。かなり危ないと言っても過言ではないわ。それに、妙なことに全員の性格が激変してしまっているの」

 

「ッ!その話、詳しく聞かせろ」

 

「……分かったわ」

 

 

 永琳の話だと、月では少し変わった事件が起きているそうだ。

 その事件とは、人が突如行方不明になり、数日後に月の都の所々に倒れている状態で発見されると言う不可解な事件。

 しかも、その事件の被害者は、どういう訳か性格が激変していた。そこで、攫われている人物に共通点が浮上した。

 それは、全員が『男』であり性格が温厚で優しい性格の持ち主だと言うことだ。

 

 その男性たちは行方不明のあとに見つかった後、全員元とは180°逆の性格へと変貌していた。人を人とも見なくなり、真面目だった人物は不真面目になり、優しかった人物は沸点の低い人間になったりと、月ではその問題の解決に勤しんでいた。

 

―――だが、なんの進展もないまま、空真もその事件の被害者になった。

 

 これまでの被害者と同様、空真は空真ではなくなった。何故か自分のことを全くの別人――【ウラノス・カエルム】と名乗り、性格も激変した。

 酒に浸り、女遊びも激しくなった彼を見て、彼を慕っていた人々は激怒した。あれほど人望を集めていた彼を、あそこまで変えてしまったその事件へと。

 

 空真―――ウラノスの変貌をきっかけに、兵士たちの間でも捜索は激化するが――それもまた、犠牲者を増やすだけの行為に過ぎなかった。

 その兵士たちもまた、どんどん消えていき、性格を変貌させて戻って来るだけだったからだ。

 

 

「――と、言うことが、月であったの」

 

「そんな…空真が…?月夜見様は何をしているの?」

 

「月夜見様も全力で捜査に協力しているけど、状況に変化はないわ」

 

「……それで、その名前が変えたってのは?」

 

「そこ?まぁいいわ。名前を変えたのは全部で七人。そしてその七人は、ヘプタ・プラネーテスの全員よ」

 

「空真って奴がウラノスって名乗ったなら、他の六人は?」

 

「そうね―――【火影】が『火』のプロクス・フランマに、【水蓮(すいれん)】が『水』のヒュードル・アクアに、【海星(かいせい)】が『海』のタラッタ・マルに、【光輝(こうき)】が『木』のデンドロン・アルボルに、【砂金(さこん)】が『金』のクリューソス・アウルムに、【逢土(あいと)】が『土』のアンモス・サブルムになったわ」

 

 

 と、永琳から他の六人の元の名前を聞かされる。

 それらを知っていた零夜は、冷静のままに結果論を出す。

 

 

「ともかく、今の月は混沌と化している。あなたたちじゃ危険すぎる。諦めた方がいいわ」

 

「諦める―――?」

 

 

 そのとき、シロの体から禍々しいまでのオーラが噴出する。

 服装とは似合わない、真逆の漆黒のオーラに身を包み込み、そのオーラの中から獣のような紅蓮の瞳が、漆黒のオーラの中に現れる。

 

 そのオーラを間近で受けて、冷汗が止まらない永琳と輝夜。他の皆は、平然としている。理由は、もう慣れているからとしか言いようがない。

 

 

「――――ッ!」

 

「元から無理ゲーだってことは分かってんだよ。だけどな、それを覆すのには、命張るしかねぇだろうが…!」

 

 

 もとより命を賭けた作戦だ。それを前提としているのだから、永琳の警告など無意味に等しい。

 いくら良心からの言葉だとしても、それを聞く必要などない。

 

 それを言い終わった後、シロは漆黒のオーラを引っ込めた。

 

 

「と、言う訳だ。忠告は聞くけど、それを聞き入れるつもりはない。それじゃあ、いこうか零夜」

 

「あぁ、つーわけだ。レイラ、そいつらのこと、よろしく頼むぜ」

 

「任せておけ」

 

 

 シロと零夜は牛車に乗り込み、扉を閉めた。すると、水色のオーラが牛車を包み込み、重力から牛車を解放した。

 重力から解放された牛車は、そのまま月へと向かって行った。

 

 

「…行ったな」

 

「行きましたね。しかし、牛車(ぎっしゃ)が空を飛ぶなんて、あり得ない光景目の当たりにしてません俺ら?」

 

「そんなのいつものことだろう。気にするな」

 

「……そうですね」

 

「……と、ともかく、あなたたちはこれからどうするの?」

 

 

 唖然と今までの状況を見ていた輝夜が、そう質問する。

 

 

「そうだな。私たちはとある事情であいつらに協力している。だから、お前等を最後まで見届けるとする」

 

「……どうして私たちにそこまでしてくれるの?」

 

「……お前、名前は確か……永琳か。それは知らん。私たちはあいつらに協力しているだけと言っただろう。ルーミアならなにか知っているんじゃないか?」

 

 

 そう言うと、四人の視線が一斉に金髪の美女であるルーミアに向けられる。

 

 

「えっ、私?正直、私も良く知らないの。私は零夜と一緒に行動できればそれでいいから」

 

「―――(あー…そういうことね)」

 

「―――(なるほど。そう言う関係性ね)」

 

 

 ルーミアの一言で、二人がどのような関係なのかある程度把握できた二人。

 そして、次に聞くのは今後の方針だ。

 

 

「それで、これからどうするつもりなの?私はどこかに身を潜めるつもりだけど…」

 

「それも用意されてるって。えーと確か場所は…」

 

 

 ルーミアは懐から(カンペ)を取り出し、それを読む。その光景に乾いた笑い声を出しながらも、その説明をしっかりと聞く。うろ覚えの説明より、書いてあった方が確実性があるから。

 

 

「場所はとある竹林で、そこに和風性の建物があるらしいの。そこに匿うって書いてあるわ」

 

「そう。でも、そこに誰か他に住んでたりしてないの?」

 

「えーっと、……誰も住んでないみたい。ただ、誰も住んでいない分老朽化が進んでいるみたい」

 

「それくらいなら、私だけでも大丈夫ね。そこからその竹林はどこまで?」

 

「ここから歩いて約4日くらいの場所にあるらしいわ」

 

「4日…かかり過ぎね。全力で走ればなんとか短縮できるんだろうけど…」

 

「それなら、私の速度でなんとかなると思うぞ。4日くらいの距離ならば、5秒もかからない」

 

「あなた、そんなに早いの?」

 

「あぁ。私は光を操るからな」

 

「光……ならやめとくわ」

 

「……なに?」

 

「人間は、光の速度には耐えられないからよ」

 

 

 永琳によると、人間はある程度の速度には耐えられるが、光の速度には耐えることができない。

 音速ならギリギリ耐えられるだろうが、光の速度は流石に無理だ。

 

 

「そうなのか…考えたこともなかったな。もし、光の速度を人間が受けると、どうなる?」

 

「耐えきれず粉々に砕け散るわ」

 

「―――これは、やめておこう」

 

「……そうですね。でもそうなると、他に移動手段は―――」

 

「えっ、あるわよ?」

 

「あるんですか!?でも、それらしきものは――」

 

 

――その時、突如空の空間に穴が開いた。

 そこから出てきたのは、巨大な列車だ。先頭車両の赤い山羊(やぎ)の角のようなものが特徴の列車――【アナザーデンライナー】が現れ、地面に降りて来てルーミア達の前で停車する。

 

 

「―――ありましたね」

 

「なんだ…これは…?」

 

「えっと、零夜達が用意した乗り物みたい。名前はアナザーデンライナー。この乗り物なら歩けば約4日のところ、約半日(12時間)で着いちゃいます!

 

 

 と、愉快に言うルーミア。

 ちなみに、電車がノンストップで一日走った場合行ける距離は約800キロ。その半分と言うことは目的地の森林までここから400キロ離れている計算になる。

 歩いていく場合、1キロ歩くのにかかる時間は約15分。つまり歩いて400キロ歩くと6000分=100時間=4日と4時間かかると言う計算になる。休息を入れると、その1.5倍かかることだってあり得る。

 しかし、電車で行くとなると1キロを移動するのに2~3分で済ませられる。二分単位で計算すると800分=13時間20分で目的地に到着することができる。

 

 単純に言えば、東京から兵庫の距離である。

 

 いや、十分遠いのだが。

 

 

「なにこの悪趣味な乗り物…」

 

「製作者の正気を疑うデザインね…。何を考えてこんなデザインにしたのかしら」

 

 

 率直な感想を口に出した輝夜と永琳。何も知らない分、辛辣なコメントが飛んでくる。女性だからデザインの感性も違うと言うもの理由の一つだろうが、やはり無知なのが一番の理由であろう。

 現実でこんなことをファンの前で言ったら、「イラストレーターさんに失礼だろ!」と言う感想が出てくるに違いない。

 

 

「まぁまぁ、とにかく乗るわよ!」

 

 

 ルーミアが二人の背中を押して、アナザーデンライナーに乗せる。

 そして、アナザーデンライナーは夜空に路線を張って、目的地へと進んでいく―――、

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 一つの牛車が、宙を舞う。豪華絢爛で、中身を一切見ることができない、一種の牢屋とでもいうべきだろうか?

 そんな牛車が、地球と言う星から脱し、宇宙へと舞い立った。牛車は目的地へと進んでいく。

 

――目的地は、月面だ。

 

 月面に近づくと、そこにはヘリポートのような突出した建物があり、複数人の兵士や重役のような人物たちがいるのが伺える。

 牛車が着陸すると、王の凱旋のように兵士たちが道の両脇に陳列し、その間を重役である数人の男が歩く。

 

 

「罪人の迎え、ご苦労だった」

 

「――――」

 

「何をしてる。さっさと出てこい」

 

「――――」

 

「聞いているのか!?」

 

「――――」

 

 

 いくら男が叫んでも、牛車の中からは反応がない。中に誰もいないなんてことはありえない。この牛車は、中に誰かが乗らないと操縦できないのだから。

 男は痺れを切らし、兵士の一人に命令を下す。

 

 

「おい、扉を開けろ」

 

「はい」

 

 

 兵士が扉に近づき、取っ手に手を付けた――瞬間、扉がぶち破られ、ぶち破られた扉から何者かの手が出てきて、その手が兵士の首を掴む。

 

 

「がッ――!?」

 

 

サンダー

 

 

「あがぁあああああああ!!!」

 

 

 棒読みな音声が聞こえたと同時に、兵士の体が漆黒の雷に包まれ、感電する。口から煙を出して、敵の手が兵士の首を離すと、男は力尽きて倒れた。

 

 

「な、何ッ!?」

 

 

 その状況を見て、一瞬で状況が一変した。兵士たちは牛車に武器を向け、男たちを守るように前に出る。

 

――それと同時に、内側から牛車が完全に破壊された。

 

 砂埃が舞い、兵士や男たちは砂埃が目に入らないように目を閉じた。そして、砂埃が落ち着いて目を開けるとそこには―――、怪物がいた。

 

 

『――――』

 

 

 その怪物の見た目は、顔は粉々に割れてしまった宝石だ。後頭部の装飾は異形の怪物の鷲掴んだ手を連想させ、目はドクロのように落ち窪んでいるものの瞳は存在し、クラッシャーもシールドの中に隠れるという形で存在している。

 

 左指にはメリケンサックを思わせるかなり尖った形状の指輪をしており、肩や胸はドクロを意識した造形、赤色のローブを装着している。

 マントにはWIZARDの文字が書かれ、背中には2012の数字が刻まれている。

 

 そんな怪物が、牛車の中から現れた。

 

 

ウィザァァドォ!

 

 

「な、なんだこの化け物はあぁああ!?」

 

「兵士ども!この化け物を始末しろぉ!!」

 

 

 男たちがそう命令すると、臆しながらも兵士たちは武器を持って怪物へと突撃していった。その勇気だけは、褒め称えられるべきであろう。だがしかし、無意味だった。

 

 

ブリザード

 

 

 怪物が指輪のついた左手を手の骨を模ったベルトにかざすと、無機質で棒読みな声が響く。

 怪物が左腕を振りかざすと、そこから冷気が噴出し、男たちは氷山の中に取り込まれ、芸術作品のようになって(凍って)しまった。

 

 

「ひ、怯むな!遠距離で攻撃しろ!」

 

 

 兵士の一人が、そう命令する。おそらく隊長格の兵士だろう。兵士たちが銃のようなものを取り出すと、銃口からビームが発射され、怪物を襲う。

 

 

リキッド

 

 

 無機質な声が響くと同時に、怪物の体が液状化し、レーザービームを全て無に貫通させた。液状化した怪物に怯んだ兵士たちの隙を突き、怪物は再び実体化して左手の指輪をベルトにかざす。

 

 

スリープ

 

 

 再び響く、無機質で棒読みな声。

 その声が響いたと同時に、兵士たちは糸が切れたように倒れ、眠りについた。

 

 成す術もなく兵士たちがやられていく様に、男たちは恐怖する。

 

 

「ひ、ひぃ!?」

 

 

 怪物はゆっくりと、男たちに近づいていく。身を守る術を持たない男たちは、叫ぶことしかできない。

 

 

「おいお前等、私たちを助けろ!」

 

「なにをしている!早く、早く起きろ!」

 

「私たちがどうなってもいいのか!?」

 

 

 それでも、その声が兵士たちに届くことはない。歩いて、歩いて、怪物と男たちの距離は目と鼻の先になった。

 恐怖で足がすくんだ男たちに、初めて怪物が声を発する。

 

 

『おい』

 

「ッ!?しゃ、喋った!?」

 

『失礼な奴だな。まぁいい。要件は簡単だ。臘月は今どこにいる?』

 

「ろ、臘月様!?貴様、臘月様をどうするつもりだ!?」

 

『お前等の質問には答えない。俺の質問にだけ答えろ』

 

「だ、誰が言うか!お前のような醜穢(しゅうわい)な化け物に!」

 

『まぁ最初から答えてもらう必要ない』

 

 

メモリー

 

 

 怪物が手をベルトにかざすと、今度はその手を男たちにかざした。その行動の不可解さを疑問に思っていると、怪物が喋る。

 

 

『なるほど…お前等、話さないんじゃないくて知らないんだな。臘月のスケジュールを知っているのは臘月自身ってことか』

 

「なっ!?貴様、どうやって―――」

 

 

エクステンド

 

 

 男の言葉が遮られ、怪物の右腕が伸縮化する。その腕で男たちを巻き付け、投げ捨てる。場所は――ここより低い、別の建物へだ。

 

 

「「「うわぁああああああああ!!!」」」

 

 

 男たちの悲鳴が響く。そして聞こえる打撲音。この高さから落ちたのだ、ただでは済まないだろう。

 そしてしらばくすると、ようやく騒ぎを聞きつけた兵士たちが、ここ、屋上に突撃してきて、この惨状を目の当たりにする。

 

 

「な、なんだ貴様は!?」

 

 

 隊長であろう兵士の第一声はこれだ。その感情は、怒りだ。自分たちの仲間である兵士たちを、凍らされたことへの、怒り。

 そして、怪物は口を開いた。

 

 

『よぉ、ゴミども。初めまして。俺の名前は、【アナザーウィザード】。まぁ適当に呼べ』

 

「誰が呼ぶか!貴様など、醜い化け物で十分だ!」

 

『まぁそれはどうでもいいんだ。そして、俺は、お前等に宣言しよう!!』

 

 

 怪物――アナザーウィザードは一呼吸置いて、叫ぶ。

 

 

『―――さぁ、開戦の(とき)だぁ!!かかって来いよ、雑魚どもぉおおおお!!』

 

 

「舐めるなぁ!行くぞ!お前等ぁ!!」

 

「「「「「おぉおおお!!」」」」」

 

 

―――こうして、再び始まった、月の都での戦い。

 この勝負の行方は―――誰も、知らない。もし知っている者がいるとするならば、それは()()()()…かもしれない。

 

 

 




 今回のシロのイメージCV【伊藤健人】


 さて、今回で過去での月面戦争スタート!

 ここで大きく分けて地上パートと月パートに分かれる予定ですので、悪しからず。

 奇襲を成功させた零夜たち。これからどうなっていくのか!ドキドキワクワクの展開が止まらない!

 あと、アナザーデンライナーのデザイン、二人はダサいみたなこと言わせましたけど、作者はあのデザイン好きですね。
 ちなみにディケイドコンプリート21もカッコいいと思ってます。

 これも、ディケイドが芸術センスを破壊したせいか……おのれディケイド!ありがとう?

 あと、ヘプタ・プラネーテスの他の六人の名前に、違和感覚えませんか?もしよければコメントください。

 評価・感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64 侵略開始

 どうも、悪正記投稿できました。
 明日、リバイス楽しみにしてるんですけどね、検定があって録画で見るしかなくなったのが残念でしたね。

――前回のあらすじ
 輝夜を迎えに来た月の民たち(永琳以外)をアナザーカブトに変身した零夜とレイラ(ライラ)と共に皆殺し。乗って来た牛車を強奪して、月の都に向けてレッツゴー!
 永琳から『ヘプタ・プラネーテス』や月の民たちが行方不明になり、数日後に性格が別人になって帰ってくると言う怪奇な事件があることを知った零夜たち。
 月について牛車に輝夜と仲間たちが乗っている油断して近づいた兵士をアナザーウィザードの力で感電させ、開戦した。

 なお、ルーミアたち地上組は東京から兵庫までの距離をアナザーデンライナーで移動中ナリ。
 輝夜の評価は“悪趣味な乗り物”。永琳の評価は“デザイナーの正気を疑うとのこと”

 もちろん、作者はこんなこと思ってませんよ。

 それでは、どうぞ!


―――場所は変わり、一同は広い場所へと移動していた。攻防が続くうちに、ここまで移動していたようだ。

 事実、ここの方が戦いやすいという理由が、一番の理由だが。

 

 

ディフェンド

 

 

 無機質で棒読みな声が聞こえた。

 それと同時に、アナザーウィザードの目の前に土の壁が現れ、アナザーウィザードを襲っていたレーザービームを防ぐ。

 攻撃を受けて崩壊寸前な壁をキックで破壊し、兵士たちの視界を奪う。

 

 

ドリル

 

 

『ふんッ!!』

 

 

 接近して、ドリルの魔法で足に漆黒の魔力で形成したドリルを装備し、薙ぎ払う。

 回転ドリルの猛撃は、兵士たちの鎧を易々を貫通する。

 

 

「「「「あぁああ!!」」」」

 

 

 鮮血を散らして、地面に伏した兵士たち。

 それに怯む周りの兵士たちだったが、すぐに一喝するように隊長であろう男の声が響く。

 

 

「狼狽えるな!一班はそのまま追撃し、二班は負傷者を回収しろ!!」

 

「了解!!」

 

 

 隊長の男の声によって、すぐさま統率が取れる。

 一定多数の兵士たちがアナザーウィザードに槍を向け、その隙に負傷兵を回収する。効率の良いサイクルだ。

 

 アナザーウィザードはゴキゴキと首の骨を鳴らしながら、状況を確認する。今仕留めるべき存在を。

 

 

テレポート

 

 

 魔法が使用され、アナザーウィザードの姿がその場から掻き消え、隊長の男の目の前へと出現する。

 

 

「何ッ!?」

 

『お前は邪魔だ』

 

 

エキサイト

 

 

 瞬間、アナザーウィザードの体が筋骨隆々なゴリゴリでムキムキな筋肉マッチョに変化する。

 

 

『吹っ飛べッ!!』

 

 

 巨体となったアナザーウィザードの拳を直に喰らい、男から骨に響くような鈍い音が響き、遠い彼方へと吹き飛んでいく。

 

 

「隊長!!」

 

『統率者がいなきゃ、てめぇらはただの烏合の衆。統率者を奪うのが、戦いの基本中の基本だ』

 

 

 「烏合の衆」と言う単語にキレたのか、殺気の籠った目でアナザーウィザードを睨む目が複数生まれた。そして、一人の男が叫ぶ。

 

 

「舐めるな!隊長がいなくても我々は―――」

 

 

エクスプロージョン

 

 

 男の声を遮るように魔法が発動し、当たり一帯が爆発する。爆発は広範囲に行き渡り、辺りを一瞬にして灰燼と化した。

 煙が晴れると、呻き声を上げながら痛みに震える兵士の声と、あまりの悔しさにだろう、怒りのあまり叫ぶ声が聞こえた。

 

 

『お前等じゃ話にならない。弱すぎる。これ以上ここにいても無駄だ。さっさと―――』

 

 

 その時、アナザーウィザードめがけて、()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()が放たれた。

 

―――周りの被害を、すべて無視して。

 

 アナザーウィザードに向かってくる最中に、炎の斬撃で身を焼かれる者、水の攻撃で腕や体を貫かれもだえ苦しむ者が生まれる。

 

 

『くそがッ!!』

 

 

グラビティ

 

 

 重力を操り、無理矢理炎と水の攻撃をかき消した。

 攻撃が放たれた先を見ると、そこには三人の男の影があった。その影は、とても、見慣れていたもので――、

 

 

「これが、話に出ていた例の化け物か?」

 

「本当に気持ち悪い見た目してんなぁコイツ」

 

「さっさとぶっ殺しちゃいましょうと、お二人とも」

 

 

『―――【プロクス・フランマ】、【ヒュードル・アクア】、【タラッタ・マル】…か』

 

 

 忘れられない、ヘプタ・プラネーテスの内の三人。プロクス・フランマ、ヒュードル・アクア、タラッ

タ・マル。『火』と『水』と『海』の三人が、この場に集結していた。

 

 三人の登場により、辺りは騒然とした。単純に考えれば、三人は強力な助っ人だ。だが、三人が現れたことにより、周りの人間たちの感情は恐怖に染まった。

 

―――性格改変による影響が、彼らに相当な恐怖心を植え付けているのだろう。

 

 そして、アナザーウィザードが()()()()()()を呼んだことに、不快感を表した。

 

 

「あ、なんでお前俺らのこと知ってやがるんだ?」

 

「化け物に覚えられても、全く嬉しくないですしね」

 

「どうせなら、キレーな姉ちゃんに覚えててもらいたいよなぁ。例えば――豊姫様とか!」

 

 

 タラッタがそう叫ぶと、その後ろで腰ほどもある長さの亜麻色の髪と金色の瞳を持ち、服装は長袖で襟の広い白いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ている女性が瞬間移動のようなことをして現れた。玉兎の部隊とともに。

 

 

「お!噂をすればなんとやらって奴ですね!!」

 

 

 タラッタは愉快そうにそう叫ぶが、肝心の豊姫の表情は―――不快感そのものであった。まるで汚物でも見るかのような目で、タラッタを、いや、三人を睨んだ。

 

 

「あなたたちに言われても、全く嬉しくなんてないわ。むしろ不愉快よ」

 

「そんなこと言わないでくださいよー」

 

「――チッ」

 

 

 扇子で口を隠し、舌打ちをする豊姫。その様子を見て、アナザーウィザードは不可解を覚えた。未来のトヨヒメと、全く違う。今の彼女は、【綿月豊姫】だった。

 

 

(今はまだ俺の知っている【綿月豊姫】のままだ……確か、玉兎たちがあんなことを…)

 

 

 未来の玉兎たちの言葉を思い出す。豊姫が空真たちのように正確改変の影響を受けたのは、初代レイセンが逃げた後だ。この時代にレイセンはまだ存在している。つまり、豊姫の性格改変の影響を受けていないとしても、不思議ではない。

 

 

「それで、あなたが月の牛車に乗って来た怪物さん?……始めに聞くけど、乗車していた人たちはどうしたのかしら?」

 

『あぁ…男たちは全員殺した。出会い頭にムカつくこと言ってきたからなぁ』

 

「……女の方、は?」

 

『無論、生かしてある。あの女は失礼なバカどものストッパーかなにかか?とても物分かりが良かったぞ。おかげであの牛車もすぐ手に入った』

 

「―――そう。欲しい情報はある程度入ったから。いろいろと教えてくれたお礼に、痛みもなく、一瞬で浄化してあげるわ」

 

 

 豊姫は手に持った扇子を、アナザーウィザードに向ける。あの扇子、【浄化の扇子】は危険だ。正式名称は不明だが、あの『森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす扇子』はその名の通り森を素粒子レベルで浄化する風を起こす凶悪な扇子だ。

 あの攻撃は、未来でも冷汗をかいたほどだ。

 

 

『悪いがまだ死ぬつもりはない。こっちにも諸事情があるから、生かしたままぶちのめしてやる』

 

「―――こっちは、良心で言ってあげてるの。私、今とっても腹の虫が悪いの。だから、かなり譲歩している方なのよ?」

 

 

 この時代の豊姫は、性格改変してしまった空真たちにかなりのストレスを抱えているのだろう。つまり、この穏やかな表情も、上辺を取り繕っているだけなのだ。

 つまり、彼女のストレス値は限界に近い。そして、そのストレス値の(あたい)の限界を考えないバカが三人いた。

 

 

「つまり、俺達のことを八意永琳に聞いたんだな?」

 

「まさかとは思いましたが、俺達の情報を流している時点で確定ですね」

 

「やっぱ不老不死の薬を飲んだ奴は裏切り者になるんだな!!」

 

 

「―――ッ」

 

 

 豊姫が三人に顔が見えないように唇を噛み、血が垂れているのが見えた。

 もうそろそろボルテージがマックスになって、本当に手当たり次第に怒りのまま排除しかねない。

 

 

『あーウルサイ。ちょっとお前ら黙ってろ』

 

 

コスチューム

 

 

 その前に手を出す。まずは精神的に追い詰める。

 三人の体が、漆黒の魔力に身を包まれ、それが竜巻状になる。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「な、なにが起こっているんだ!?」

 

「前が…って、なにか違和感が…」

 

 

 風の起きない竜巻が止むと、三人以外の兵士や豊姫、玉兎たちは目が点になる。……と同時に全体から笑い声がこみあげてきた。

 「プッ…!」「な、なんだあれ…!?ププッ!!」「おい、笑ったら…アハハッ」と、周りから聞こえてくる。

 

 

「フフフフフフ…ッ!!」

 

 

 豊姫も、一生懸命笑いをこらえているが、別の意味でダムが決壊しそうになっていた。

 その理由は――、

 

 

「な、なんだこれはぁあああああ!!?」

 

 

 プロクスが叫ぶ。その理由は、服装にあった。鎧や軍服を着ていた三人の服装は、モヒカンの世紀末ヤンキーを思わせるトゲ付き肩パットの主張が激しい服装に変化していたからだ。

 その圧倒的のセンスのなさ、ダサさが際立ち、豊姫の怒りのゲージを一気に下げた。

 

 

『ハハッ…似合って、る、ぞ?』

 

 

 やった本人であるアナザーウィザードも笑いこけ、その風貌に似つかわしくない笑い声をあげた。

 この行動により豊姫の怒りのゲージは下がったが、逆に三人の怒りのボルテージはマックスだ。

 

 

「ふ、ふざけるなぁああ!!」

 

「よくも俺達にこんな格好を!!」

 

「死して償えよぉ!!」

 

 

 三人が怒りに任せて武器を持って突進する。が、その単調な攻撃が仇となる。

 

 

ハイドロ

 

 

 アナザーウィザードの前に漆黒の魔法陣が現れ、激流となりその凶悪な刃が三人を襲う。

 

 

「バカが!」

 

「俺達に水の技なんて効かないぜ!!」

 

 

 ヒュードルとタラッタがレイピアと三又の槍の先端を向けて攻撃する。水に変化するヒュードルと水の波に乗るタラッタを前に、水技など無意味だ。

 だが――、この攻撃はこれで終わりじゃない。

 

 

『凍れ』

 

 

 瞬間、激流が氷結する。水に変化していたヒュードルはそのまま凍り付き、波に乗っていたタラッタも巻き添えを喰らって凍った。

 

 

「なッ!?クソッ、こうなったら俺が!!」

 

 

 大剣の刃に炎を纏わせ、突進するプロクス。

 アナザーウィザードは、別の魔法を発動させる。

 

 

ボルケーノ

 

 

 地獄の煉獄を思わせるような獄炎が、プロクスを襲う。

 

 

「馬鹿め!俺に炎など通用しな―――」

 

 

 その時、プロクスの頭に先ほどの映像が流れる。激流が氷結し、二人のヘプタ・プラネーテスが一瞬にして倒されたことを。

 プロクスは上に跳躍して、炎を避ける。

 

 

『ほぉ、学習するか。だがまぁ無意味なんだがな!』

 

 

ホライズン

 

 

 突如、プロクスを強力な重力場が襲った。強制的に炎の渦の中に投函(とうかん)されたプロクスに追い打ちをかける様に次なる魔法が発動する。

 

 

テンペスト

 

 

 獄炎の中に雷雲が召喚され、そこから雷がスパークする。

 

 

「あがぁあああああ!!」

 

 

 プロクスの悲鳴が聞こえるが、この魔法はこれで終わりではない。雷雲を中心に漆黒の暴風が生まれ、『火』と『風』と『雷』の三つの元素が絡み合い、プロクスを肉体的にも精神的にも追い詰めていく。

 魔法が終了し、そこには全身が焼き焦げ、口から煙をはいて白目になっているプロクスがいた。

 

 

『―――よし、まだ生きてるか』

 

「へぇ……あなた、結構面白いわね」

 

 

 今まで静観していた豊姫が、そうアナザーウィザードを評価する。事実、彼が豊姫の怒りを代わりに発散してくれたため、気分が良くなってきているためだ。

 辺りを見渡すと、豊姫と玉兎以外誰もいなくなっていた。負傷兵が多かったため、避難したのだろう。あの合間に。

 そして、時間稼ぎの如く豊姫が口を開く。

 

 

「ヘプタ・プラネーテスの三人がこうもあっさり倒されるなんて…あなた、何者なの?」

 

『アナザーウィザード。それがこの姿の名前だ。それに二度相手した相手に、遅れをとるかよ』

 

「…?最後の方良く聞こえなかったけど、その言い方だと、他にも姿を持ってるってことかしら?」

 

『その通りだが、そこまでお前に見せてやる義理はない。さぁどけ。なるべく早く済ませたいんだ』

 

「そう言う訳にはいかないわ」

 

 

 豊姫は扇子を大幅に閉じ、全体の一割ほど扇子を開いた状態にした。

 

 

「あなたが侵略者である以上、見過ごすわけにはいかない。最初に言った通り…一瞬で終わらせてあげるわ!!」

 

 

 豊姫が扇子を振るうと、細く一直線に、強力な突風が吹き荒れる。

 その攻撃に、アナザーウィザードが動くことはなく、直撃し―――()()()()()()()()()()

 

 

『グォオオオオオオッッッ!!!』

 

 

「――?」

 

 

「やった!」

 

「流石は豊姫様です!!」

 

 

 後ろにいる玉兎たちに絶賛の言葉を送られるが、豊姫は違和感を覚えていた。この扇子による攻撃は、相手を『浄化』する攻撃だ。

 決してあのように爆発などしない。なにかが、おかしい。

 

 

――そして、その豊姫の不安は、現実のものとなる。

 

 

「なッ!?」

 

 

 突如後ろから両肩を組まれ、両腕の動きを完全に封じられた。バカな、後ろには誰もいなかったはずなのに―――!

 豊姫は急いで自分を抑えた存在が何者なのかを探るために、後ろを振り向いた。

 

 

――そこには。

 

 

『捕まえたァ…』

 

 

 心電図のような線が入ったゴーグルから覗く鋭い目付きに唇が厚く細かい牙がずらりと並んだ、わかりやすい嘲笑うような顔つきの悪人面。

 ピンク色の頭部から生やした長い黒髪や所々入った金色の造形の入った意匠。

 腕や肩に装備している刺々しい装甲などが特徴的で、更には全身の皮膚にまばらに発疹のような模様もあるなど、いかにも不健康そうな姿。

 

 胸部の装甲にはEX-AIDの文字が、背中の仮面の黒い複眼には2016の数字とEX-AIDの文字が刻まれている。

 

 

 そんな怪物が―――アナザーエグゼイドが、いつの間にか豊姫の背後を取り、拘束していたのだ。

 

 

「豊姫さま!」

 

 

 玉兎たちの虚しい叫びが響き、こちらに銃が向けられる。

 

 

『動くな。動けばこいつを圧殺(あっさつ)する』

 

 

 アナザーエグゼイドは拘束した豊姫を玉兎たちの方に向け、脅迫する。

 主人を人質に取られ、玉兎たちは動けなくなる。

 

 

「あなた…どうやって私の後ろに…?さっきまで、気配なんてなかったはず…!」

 

『俺は、現実と非現実を行き来する力がある。それを応用して、自分の体をデータ化したんだよ』

 

「データ化…!」

 

 

 これで謎が解けた。アナザーエグゼイドにはゲームの世界と現実の往来する力がある。その力を応用して、自分の体をデータ化できる。それを知らされた豊姫は、扇子の力が効かなかったことに納得がいった。

 いくら素粒子レベルで浄化できる力があったとしても、元々そのレベルまで体が小さくなっているのなら、効きなどはしない。

 

 

「じゃあ、あの爆発もフェイクね?」

 

『正解。案外頭回るじゃねぇか』

 

 

――あの時。

 

 

 当たる直前、アナザーウィザードは魔法を発動した。

 

 

エクスプロージョン

 

 

 目の前が大爆発を起こし、目晦ましには最適だ。その合間に、アナザーウィザードは『アナザーエグゼイドウォッチ』を起動し、自分の体に押し込め、変身する。

 

 

エグゼイドォ…!

 

 

『グォオオオオオオッッッ!!!』

 

 そして、自身の体をデータ化して、素粒子レベルの浄化の扇子の攻撃を受け流し、豊姫の背後を取った。

 

 

「道理で扇子の力が効かなかった訳ね…」

 

『つー訳だ。お前は袋の鼠状態なんだよ』

 

「―――それはどうかしら?」

 

 

 そう、豊姫には奥の手である能力、【山と海を繋ぐ程度の能力】がある。その能力は平たく言えば瞬間移動を可能とする能力。

 いかなる拘束だろうと、この能力ならば抜け出せる。

 

 豊姫は能力を使って、拘束から抜け出し――

 

 

「―――ッ!?」

 

 

―――抜け出せ、なかった。

 おかしい、能力は発動したはずだ。なのになぜ、ここから一歩も動けていない?

 

 予想外の事態に、豊姫は困惑する。

 

 

『自分の能力が発動しなくて、困ってんのか?』

 

「なっ!?」

 

『その質問に答えてやろう。俺の能力は『離繋(りけい)』。繋いで離す能力だ。()()()()()()()を繋いで、ここから動けなくしたんだよ…!』

 

「そんな、ことが…!?」

 

『残念だったな。お前との勝負の勝ち負けは、最初から決まってたんだよ。なにせ、お前にとって、俺は天敵だったからだ

 

「―――ッ!!」

 

『じゃあな』

 

 

 アナザーエグゼイドは豊姫の拘束を外した瞬間、豊姫の首の後ろを力強くチョップして、脳震盪を引き起こし、豊姫を気絶させた。

 力が尽きて倒れた豊姫を、アナザーエグゼイドはゆっくりと地面に置く。

 

 

『安心しな。今回は、極力殺すつもりはねぇよ』

 

 

 完全に気絶したのを確認すると、横からレーザーが飛んできた。それを『離繋』の能力で方向を捻じ曲げて回避して、その方向を見ると玉兎たちが憎悪の炎を瞳に宿らせながら撃ってきていた。

 大方、あの攻撃で豊姫が死んだと勘違いしているのだろう。

 話合いなどする必要はない。と言うかあの状態で話を聞いてもらえるわけがない。ここは、殲滅一択だ。

 

 

『行け』

 

 

 バグスターウイルスAを複数体召喚し、玉兎たちに仕向ける。

 バグスターたちが戦っている間に、都の外への道へと向かい、記憶を頼りにある場所へ向かう。

 

 その場所とは―――秘密通路だ。

 

 臘月とウラノス(空真)が未来で使っていた秘密の通路。輝夜と永琳を監禁するために臘月が作った場所だ。

 正面突破は余計な労力を割く。ならば、確実な方法で内部に侵入するために、一度外に出るのだ。

 場所は月の都の近くにある岩陰。パスワード式だが、そのパスワードの内容はここに来る前に牛車の中でシロに教えてもらっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――そして、その内容の全貌を思い出す。その理由は、一つの違和感からだ。

 アナザーエグゼイドは、走りながらも頭に牛車の中での会話を思い浮かべる。

 

 

『――デンドロン・アルボル?……あぁ、あの『木』の奴な。影が薄いから忘れてたよ』

 

『忘れて貰っちゃ困るって。まぁ仕方ないけどさ』

 

 

 話の内容は、【デンドロン・アルボル】についてだ。【ヘプタ・プラネーテス】の『木』の席の人物。この時、当初は別に警戒するだけでいいと思っていた人物であった。

 だが、今回出てきたヘプタ・プラネーテスの中に、デンドロンはいなかった。未来では、四人で出てきたはずなのに、(過去)ではデンドロンを除いた三人しか出てこなかった。

 故に、警戒レベルが上がった。

 

 

『だってあいつ、完全な後方支援系だったんだぜ?他の七――六人と比べて、見劣りするっていうか…』

 

『――まぁ、そりゃ当然の考えだ。だけどさ、それ自体がおかしいと思わないかい?

 

『―――どういうことだ?』

 

『デンドロンは、ヘプタ・プラネーテスに入れるほどなのかな?』

 

『――――』

 

 

 零夜は考える。

 ()()いるヘプタ・プラネーテスの中で、最弱は誰かと言われればそれはデンドロンだ。事実、デンドロンは後方支援系だった。

 それに、『トヨヒメ』の記憶から分かったことだが、デンドロンは研究室の局長であり、依姫の証言で薬物開発の最高責任者であることが明かされている。

 非戦闘職である彼がヘプタ・プラネーテスにいたのかは、今だに謎だ。

 

 

『それは、未来でもかなり考えたが、結局はなにも出てこなかった』

 

『状況が状況だったからね。それでね、未来で僕と零夜が回収した月人の魂、あるでしょ?』

 

『あぁ、それがどうかしたか?』

 

『量が量だったし。それに、月人以外の魂も大量にあったからさ、整理するのに結構時間が掛かったんだ。その時間なんと3年』

 

『三年って……俺らの予定していた時間じゃねぇか』

 

『そうなんだよねぇ…。ていうか、それに間に合うように整理してたんだよ。ゆっくりやってたら、それの倍以上かかったからね?』

 

 

 今まで二人が奪ってきた月人や妖怪の魂。それらは【アナザーゴースト】の力の中で今も眠り続けている。

 軽くその数は1000を超えているため、詳しい数はもっとあるはずだ。その整理をハイスピードで三年で出来たと言うことは、その数はかなりのものだと予想できる。

 

 

『めっちゃ散らかった部屋を片付けた気分だったね。昔、お母さんに部屋片づけなさいって怒鳴られたのが懐かしいよ』

 

『―――そうだな』

 

『おっと。それじゃあ話を戻すよ。魂を整理していたら、不可解な事実に気付いたんだ』

 

『なんだ?』

 

『―――デンドロンの魂だけ、見当たらなかった

 

『――どういうこと、だ?』

 

『そのままの意味さ。デンドロンの魂だけ、何度探しても見当たらなかった』

 

『―――それは、確かにおかしいな』

 

 

 魂は、死んだ場合すぐさま天へと召される。だがしかし、アナザーゴーストの力で無理やりこちら側に引き寄せている。つまり、その力を中心として魂が混濁しているのだ。

 その中で、デンドロンの魂だけ見つからなかったと言うのもおかしすぎる。

 

 

『それにさ、元の名前にも違和感あるんだよね。あと能力も』

 

『あぁ…ん?能力に違和感はあったが、元の名前がどうかしたのか?』

 

『他の六人の名前と能力は、偶然にも『称号』と一致している。例えば、ウラノス(空真)の称号は『天』。これは『天王星』を由来としているはずだ。名前の漢字と称号が一致している…他の五人も例外じゃない』

 

 

 空真と『天』の場合は、空と天は意味合いが同じなので、カウントできる。

 そして、他の五人は『火』影が『火』の称号を持ち、『水』蓮が『水』の称号を持ち、『海』星が『海』の称号を持ち、()(こん)』が『金』の称号を持ち、(あい)()』が『土』の称号を持っている。

 その中で唯一マッチしないのが、『木』の称号を持つ光輝だ。

 

 

『こいつだけ、名前の漢字と称号が一致していない。『木』ならば、光木(こうき)でもいいはずなのに、おかしいと思ってさ』

 

『いやぁ…それは別にいいんじゃないか?逆に称号と名前の漢字が一致してないだけでなんだ?偶然名前の漢字と称号が一致していただけだろ?それこそおかしいじゃねぇか』

 

『……まぁ、偶然にも順序があるしね…。でも、他の六人は『称号』に似合った能力を持っていた。当然、『木』の席にも、『木』に由来した能力者を据えるべきだったのに、何故臘月は全く関係のないデンドロンを入れたのか…意味不明なんだ』

 

『確かに、そこを考えると不自然でならない。ヘプタ・プラネーテスの七人の中で、唯一まともに能力知らねぇのはアイツだけだしな。警戒していて損はないか』

 

 

―――そして、未来と過去で、豊姫の人格改変を除けばデンドロンの存在だけ相違が起きている。

 デンドロン・アルボルは、不可解な人物だ。臘月レベルで、警戒すべき人物だ。見つけたら、即刻始末するべきなのかもしれない。

 幸い、デンドロンは『権能』持ちではない。『権能』を持っていない零夜でさえ殺せたのだ。ここだけは間違いない。

 

 

『……ちなみになんだけど、『臘月』の魂は回収し損ねた』

 

『まぁ、それは仕方ないだろ…』

 

 

 その言葉で、一気に牛車の中の空気が冷えたが、今はどうでもいい。

 

 

(あの場所から臘月の部屋に直行して、内部をかき乱す!そしたら、強い奴等も出てこざる負えない!そして―――アイツも、空真も!)

 

 

 空真―――今は、ウラノス・カエルムとなってしまった人物。

 彼の攻略法も、ニュートンから聞けている。あの知識が、今になって役立つ時が来たのだ。レベルビリオンと言うリスクの高いライダーに変身しなくても、あの怪物を倒せる方法を、ルーミアから聞いた『鎖で巻いて圧っされたようにダメージが入った』時のことも聞いて、確実性が増していった。

 

 

(今回は極力殺さない方針、当然難易度も上がるが…上等だ!やってやるよ!)

 

 

 そして駆けるうちに、あの岩陰が見えてきた。

―――当初は、ゆっくりとパスワードで入る予定だったが、

 

 

『アナザーエグゼイドなら、それもいらねぇんだよな!』

 

 

 再びアナザーエグゼイドのゲームの世界と現実の往来する力を応用して、自分の体をデータ化する。扉の僅かな隙間から侵入し、あの通路へと侵入を果たした。

 あの時と変わらない、闇が全てを支配している空間だ。そして、今度はその暗闇に対して対策を立てた。

 

 

 

フォォオゼ…!

 

 

 アナザーフォーゼへと姿を変え、【ライト】と【ホイール】のスイッチの力を使い、超高速で廊下を通り抜ける。

 そして、階段が見えた辺りでスイッチを切り、【ホッピング】を用いて跳躍。頭の方に衝撃が響くが、すぐに収まる。

 

 着地すると、そこには一般的な部屋が広がっていた。

 

 

『ここが臘月の部屋か……』

 

 

 どうやら、臘月は不在のようだ。運がいいのか悪いのか。

 後ろを振り向くと、額縁の残骸と紙切れが転がっていた。あの記憶とは相違がある。あの記憶の中では普通の壁から扉が出てくる仕掛けだったはず。

 それを額縁で誤魔化していたと言うことは、まだ作成段階の最中だったのだろう。

 

 

『……ともかく、これだけの爆音が響いたんだ。確実に来るはず…』

 

 

フラッシュ オン!

 

ビート オン!

 

ウォーター オン!

 

ハンマー オン!

 

 

 非殺傷に長けた四つのモジュールを装備して、待ち構える。

 そして、音を聞きつけた兵士たちが、扉を開ける。

 

 

「臘月様!一体何が――」

 

『フンッ!!』

 

 

 フラッシュの力を使って兵士たちの目を(くら)まし、ビートの音響の力で兵士たちを壁まで吹き飛ばす。

 異変だと感じ取った兵士たちは、武器を持って部屋に突撃しようとするが、ウォーターの噴射力で一気に距離の差を縮め、ハンマーで兵士の頭を殴り、地面をキスをさせる。

 

 部屋の外に出たことで、アナザーフォーゼの姿を、月の兵士たちは目撃することとなる。

 

 

「か、怪物だ!?」

 

「い、一体どこから入って来たんだ!?」

 

『御託はいいんだよゴミ共。てめぇらまとめて掃除だ。地面にキスさせてやるぜぇ!!』

 

 

 高く飛び、アナザーフォーゼは兵士たちの群れへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

―――少し時間は遡る。

 場所は、月の都内部の広場。落ち着いた男性の声で喋る男性――シロはそこに移動して、兵士たちを誘導していた。

 

 あの牛車の爆発から一目散に身を乗り出していたシロは、街中で着地していたためにすぐに兵士たちに見つかり、今に至る。

 

 

「追い詰めたぞ、侵略者め!貴様もここまでだ!」

 

「――追い詰めた?違うね、ここまで君たちを移動したんだ。こんなに美しい景観が、君たちの体を張った前衛芸術で汚れるとなると、嘆かわしいだろう?」

 

 

 隊長であろう男の声が響く。しかし、挑発とハッタリを混ぜたであろう言葉に、兵士たちから殺意の眼差しが炸裂する。が、その程度の殺気で恐れるほどシロは弱くない。

 

 

「ハッタリをかましおってェ…!貴様、ただでは済まさんぞ!」

 

「それはこっちの台詞。君たちに用はないんだ。用があるのはただ一人だけなんでね」

 

「なんだと?」

 

「僕たちの目的は、ある人物の抹殺。それができれば、もう用はないんだ」

 

「なんだと!?目的を聞いたからには、ますます貴様を返すわけにはいかなくなったな!」

 

 

 兵士たちが、ライトセイバーみたいな武器と、レーザー銃を構える。月の技術は地上より発達している。地上人を見下している月の民たちにとっては、地上人にとってこれほど恐ろしいものはないだろうと思い込んでいる。

 だが、その認識は間違いだ。

 

―――次元が、違いすぎるから。

 

 

「ねぇ君たち……多勢に無勢って言葉知ってるかい?

 

「ハ?」

 

イェド・オフィウクス

 

 

 シロが手を空にかざすと、シロの手が水色のオーラに包まれる。

 すると、兵士たちの持っていた武器が宙に浮き始める。謎の現象に、戸惑いを見せた兵士たちだったが、その表情は驚愕へと変わった。

 シロが手を握ると、それと共鳴するように武器がスクラップになった。スクラップになった武器は、水色の光が消えるとともに、地面に転がる。

 

 

「な…ッ!?」

 

「武器が無けりゃ、君等はただの有象無象。雑魚も同然さ」

 

「ウグ…ッ!!」

 

 

 対抗手段が一気になくなり、隊長の男は冷汗を流した。

 もう打つ手がなく、どうしようもなくなった、その時――、

 

 

「どいてください」

 

「――おぉ!」

 

 

 一人の可憐な女性の声が、美しく響く。その声に、兵士の一人が声を漏らした。

 その女性は、薄紫色の長い髪を、ポニーテールにして纏めている。赤紫色の瞳の、女性――。

 

 

「依姫様だ!依姫様が来て下さったぞ!」

 

「これで我らの勝利だ!」

 

 

「――――」

 

 

 【綿月依姫】。―――忘れもしない、未来で共闘して、臘月を倒した仲の存在。

 そして、(過去)では敵である存在。

 

 さらに、その彼女の周りには複数の玉兎たちが武装して着いてきていた。そして当然、その中には――

 

 

「―――(レイセン…)」

 

 

 初代レイセン―――頭にヨレヨレのうさみみを持ち、足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪に、紅い瞳を持った玉兎だ。

 そして、やはり他の玉兎と違い長身なので目立つ。

 

 未来では、『原作』同様の理由で逃げた玉兎。しかし、それを口実に転生者である臘月が利用し、月を己の快楽の場へと変えた。

 絶対に、そうはさせないと思わせられる記憶だ。

 

 

「地上からの侵略者よ……覚悟なさい」

 

「……仕方ない、5分だけ遊んであるげるよ」

 

 

 シロが地面に手をかざすと、地面から深緑色の二対の短剣が出てくる。

 その神秘的な演出に少々驚きながらも、依姫は冷静さを取り戻す。

 

 

「短剣で暗殺者、一度やってみたかったんだ。かっけぇし」

 

「そんなお遊び感覚で、私に勝てるとでも?」

 

「そうしなきゃ、やってらんないってだけ。さぁ、行こうか!」

 

 

 依姫とシロ、二人は自身の獲物を手に取って跳躍し―――互いの獲物が、ぶつかり合った。

 

 

 

 

 




 はい、今回の注目ポイントは、【デンドロン・アルボル】が怪しいと言うことですね。
 デンドロンだけ、いろいろとヘプタ・プラネーテスの中では異質なんですよね。そこにシロは気付いたっぽいですね。
 それに、未来では豊姫についてきたヘプタ・プラネーテスは四人だったのに、過去では()()になっていて、デンドロンの姿がなかったことに、より不審に思った零夜。
 さらに一度戦ったことがある相手なので対策はバッチリ!未来のようなことにはならず、ほぼ瞬殺で未来で苦戦したあの三人を戦闘不能にしています(なお、やはり善戦した理由はデンドロンの後方支援がなかったことも大きいはず。デンドロンの攻撃は睡眠薬のような液体を矢に塗って放つと言う攻撃なため)。

 そして、豊姫相手にも善戦。その理由は豊姫にとって零夜の『離繋(りけい)』の能力が天敵だったからと言うのが理由ですね。

 あと、依姫にとってもシロは天敵ですよね。【東方永夜抄?】での話ですけど、シロは(正確には権能持ちだから)依姫の能力を無力化してましたよね。
 権能は一部の力として神に命令できると言うチート能力持ってますからね。ついでに、一部分覚醒している零夜も、この能力使えてましたしね。 
 

 それでは、また次回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65 絶望までの5分間

 どうも、悪正記投稿できました。
 いやぁ、どんどん戦いが激しくなっていきますよ…。

 そして、とある報告をしたいと思っております。

 なんと、『タケトリモノガタリ』が完全に完結した暁には、『旧東方悪正記』を再び閲覧可能にしようと思っております!
 改正前と改正後、一体何が違うのか?(かなり違ってますけど。今回はかなり凝りましたけど)比較してみてください!

 ただぁーし。本当は『旧式』の方を新しく改稿しようとしていたので、1~4話までは『新悪正記』と全く同じ内容なので、そこら辺は悪しからず。


 それでは、どうぞ!


 刃がぶつかり合い、火花が散る。

 刀が真上から振り下ろされ、左手の短剣がそれを止める。すかさず右手の短剣が依姫へと襲い掛かる。

 

 

「―――ッ」

 

 

 体を逸らすことによってその攻撃を避け、刀をそのまま真正面へと突き刺した。

 

 

「残念ッ」

 

 

 左右の短剣で刀の刃を挟み込み、強烈な腕力によって動かせないようにする。いくら強くとも、腕力の差は歴然で、依姫は刀を動かすことができない。

 すかさず依姫の腹に蹴りを入れ、それがクリーンヒット。依姫その衝撃で後ろに後退しながら口から液体が漏れ、悶える。

 

 

「ぐ…ッ」

 

「依姫様ッ」

 

 

 依姫は腹を抱えながらシロを睨みつけ、そのまま立ち上がる。後ろからレイセンが心配するように小さな声で依姫を呼んだ。

 

 

「心配いりません。少し…油断してしまっただけです」

 

「―――40秒」

 

「……なに?」

 

 

 

 突如そう口にしたことによって、依姫の思考はその言葉の意味を理解するために思考が全力で動き――やがて、その意味に到達する。

 

 

「お前…まさか…!」

 

「言ったでしょ?5分だけ付き合うって。どうする?あともうすぐで残り4分になるよ?」

 

 

 そう言うシロの言葉に、嘘偽りはない。本気でそう言っているのだ。それを感じ取ると、依姫は戦士として、剣士としてのプライドを踏みにじられたような感覚に陥った。

 事実、戦場で時間設定と言うのは、相手を侮辱している以外に他ならない。

 

 

「舐めるな!私を侮辱したこと……後悔するがいい!」

 

後悔ならし飽きた。余程のことでもない限り、するつもりはないね!」

 

 

 短剣を地面に落とし、深緑色の粒子となって消失する。すると今度は蒼く輝く槍が粒子が重なって生まれる。

 それをブンブンと振り回し、構える。

 

 

「――1分ジャスト。まだまだ時間はあるよ!」

 

「舐めるな!!」

 

 

 二人同時に、攻撃が炸裂する。ぶつかった瞬間に衝撃波が生まれ、互いの体が後方へと飛ばされる。

 

 

「くッ、ならば!」

 

「―――」

 

風神様、私に力を!」

 

 

 綿月依姫が――神の力を使った。使った神は『風神』。その名の通り風を司る神である。

 依姫の体に、神力が纏わりつくと、それと同時に周りに暴風が発生する。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 刃を振るうと、斬撃に風が纏わりつき地面を斬り裂きながらシロを襲う。その攻撃をシロは空中で華麗に避けながらも、次々に二撃三撃と斬撃が襲い掛かってくる。

 

 

「――1分16秒。風の刃で攻撃。単調だけど良い攻撃だ。でも―――」

 

 

 斬撃の嵐を掻い潜り、次の斬撃が来る最中(さなか)の一瞬、シロは蒼く輝く槍を構えると、槍先に蒼色のエネルギーが槍の形となって固まっていく。

 それをそのまま突き出すと、巨大な槍型の蒼いエネルギーが解き放たれ、風の斬撃を全て霧散させて依姫に向かって行く。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 風神の力で風を纏い、後方へとジャンプして攻撃を避ける。だがしかし――、

 その後ろには、傍観している兵士や玉兎たちがいた。

 

 

「しま――ッ」

 

 

 このままでは後ろの部下たちに当たってしまう。その心配と懸念が依姫の心の中で満たされた瞬間―――攻撃が曲がった

 不自然な形で軌道を歪曲させた槍型エネルギー体は、空中で孤を描きながらそのまま依姫の頭上へと向かって行く。

 

 

「追尾弾…小癪な!」

 

 

 そのまま風の力で跳躍し、叫ぶ。

 

 

火雷神(ほのいかづちのかみ)!私に力を!」

 

 

 依姫の刀に、七頭の炎の龍が顕現し、それがまとまり一匹の獄炎の巨龍へと変化する。

 巨龍と槍が上空で衝突し合い、強烈な爆発を生み出した。黒く輝いていた空が、一瞬赤く変色した。

 

 

「――――1分39秒」

 

 

 そうポツリと、空を見上げていたシロが呟く。

 すると、爆発の中から依姫が降ってきて、着地する。

 

 

「はぁ…!」

 

「神の力もこの程度か。まだ一分半しか経ってないのに、ひ弱過ぎない?」

 

「なんだと…!」

 

「あ、伝わらない?神の力が弱いのか、君が未熟故に本来の力が発揮できていないのか。その選択が難しいんだよ」

 

「戯るな!」

 

 

 何度も依姫の逆鱗に触れる度に、フードで隠れているシロの口元がニヤリとなる。ここまで、易々と挑発に乗ってくれるなんて!シロは歓喜する。だがしかし、喜んでばかりはいられない。

 依姫がここまで挑発に乗ってくる理由は、月で起きているあの事件が理由だろう。だからこそ、依姫の精神は今安定していない。

 

 

「不都合が、今だけ好都合になるとは、なんとも皮肉なのかねぇ…」

 

「なにを呟いている!油断は…命取りだぞ!」

 

 

 その瞬間、シロの真上から強力な落雷が発生する。そう、炎雷神の攻撃は終わっていなかった。名前の通り、この神が司るのは『炎』と『雷』。先ほどの攻撃では『炎』しか使っていなかった。本命は、『雷』だった。

 さらにシロが今持っている武器は槍。避雷針として運用もできたため、都合が良かったのだ。

 

 

「神を侮辱したこと…神の怒りに焼かれて悔いなさい」

 

 

 爆発音にも似たような強烈な音ともに雷は着弾する。シロを包み込み、周りに熱気をまき散らしながら、中心にいるシロを跡形もなく焼いていく、だろう。

 だが、

 

 

「―――んー、これじゃ電気マッサージにもならないなぁ」

 

 

「な、に…ッ!!?」

 

 

 雷が、霧散して、当たり一帯に散る。その中心には、全くの無傷のシロの姿がそこにあった。その現実に、依姫は絶句するしかなかった。神の怒り(いかづち)が全く通用しないなんてこと、今までなかった。

 それなのに、本人に効いていないどころか服すらノーダメージだ。もう、笑うしかない現実がそこにあった。

 

 シロは服の埃を払うかのような動作をして、一服。

 

 

「――2分18秒。最近マッサージとは無縁だったから、長く浸かってみたんだけど…時間の無駄だったかなぁ」

 

「そんな…。貴様は、一体何者、なんだ!?」

 

「あ、それ聞いちゃう?……普段なら『ただの地上人』って答えちゃうけど、まだ時間あるし、今回は特別に――」

 

 

 瞬間、シロの雰囲気がガラリと変わった

 

 

『僕』の名前はシロ!そして、『僕』と『俺』の肩書は――『復讐者』だ」

 

 

 高らかに宣言をした『僕』――シロは笑う。その笑いに、周りは疑問と疑惑に包まれた。そして、すぐに言葉の意味を理解して、侵略者がどのような目的で月に来たのかを、知ることとなった。

 

 

「復讐…。なるほど。それがあなたたちが月へ来た理由…。誰を、殺すつもりですか?」

 

「そこまで言う訳ないでしょ。目的を知れただけでも、君等にとってプラスのはずだ」

 

 

 そう淡々と述べるシロに、依姫は一旦黙り、ならばと次の口を開き――、

 

 

「依姫様、こんなんじゃ駄目ですってば」

 

「そうですよ。こういうのは徹底的にやらないと。無理やりにでも吐かせるべきです。拷問とか、ね」

 

 

 兵士たちの奥から、特徴的な二人の男の声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、辺りがザワッと、雰囲気が変わり、兵士と玉兎は顔を青ざめるものが大勢出てきた。

 そして、依姫でさえも嫌悪感を露わにしていた。

 

 その、人物は――、

 

 

「【クリューソス・アウルム】、【アンモス・サブルム】…」

 

 

 ヘプタ・プラネーテスの『金』と『土』の席の人物。【クリューソス・アウルム(砂金)】と【アンモス・サブルム(逢土)】だった。

 

 

「あれ、なんで侵略者が俺達の名前知ってんの?」

 

「あー情報を漏らしたんだよ、八意永琳が罪人と一緒に地上に逃げたって情報に入っていただろ?」

 

「あぁ、そうだったね。本当に、裏切者ってのは卑しいよね」

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 その言葉を聞いて、依姫の唇から血が垂れる。強く噛んでいて尚且つ、その言動に怒りが湧いている証拠だ。

 ちょうどこの時、豊姫もプロクスたちの言葉で唇を噛んで血を流していた。

 

 だが、その雰囲気をぶち壊す男が一人。

 

 

「――3分。あと二分だ、早くしてくれないかな?」

 

「―――お前さぁ、通信で聞いていたが、俺達や依姫様を侮辱しているのか?」

 

「本当にそうだよね。依姫様や僕たちに失礼だと思わないのかい?」

 

「君等の社会的地位なんて僕は興味ない。さっさとかかってきてくれないかな?雑魚が二匹、増えただけだし」

 

 

 そのあからさまな挑発に、クリューソスとアンモスは激怒し、怒鳴る

 

 

「言ったな!その言葉、後悔させてやる!!」

 

「俺達を雑魚呼ばわりとは、許せない!」

 

 

 クリューソスは大量の武器を召喚し、剣、槍、矢などが宙に浮き、アンモスの周りに砂が浮きシロを捉える。

 

 

「喰らえ!」

 

 

 最初に動いたのは、アンモスだった。アンモスは腕を振るうと、突如としてシロの周りの砂が浮かび上がり、旋回して――超強力な竜巻へと変化した。

 まず最初に言って置くが、アンモスの能力は風を操る能力ではなく、砂を操る能力者だ。その能力を使い、砂嵐を巻き起こしている。砂粒が高速で回転し、相手の心身を物理的に抉ると言う恐ろしい技だ。しかし――、

 

 

「―――フッ」

 

「なにッ!?」

 

 

 無傷の状態で、傷一つ負っていないシロが砂嵐の中から飛び出し、右手に巨大な突出武器――パイルバンカーを装備した状態でアンモスに強烈な勢いで突撃する。

 

 

「させるか!」

 

 

 すかさず、クリューソスが目の前に金属の壁を作った。

 

 

「そのまま自分のスピードで潰れ――」

 

 

 そう言いかけた瞬間、金属の壁はシロと衝突したと同時に砕け散った。そして右手のパイルバンカーの杭が浮き出ており、あれで壁を破壊したことが確認できた。

 

 

「ならば!」

 

 

 ああいった武器は、再使用にインターバルが必要だ。この一瞬の間に解決策を思い浮かべ、今度は何重にも金属の壁を作った。それに、今度はより頑丈な金属を使って、だ。

 

――だが、それも無意味に終わり、横に一直線だったシロの体は、突如として風を纏い勢いを無理やり殺して上昇した。

 この一瞬で、だ。右手のパイルバンカーを消失させ、今度は銀に輝く弓矢を取り出し、引き絞った。それと同時に、虚空からシロの周りを囲むように銀の矢が出現し、クリューソスとアンモスを捉える。

 

 

「な――ッ!!」

 

「そんな…ッ」

 

 

 弓の弦が、手から離れる。複数の矢が一斉に二人を貫かんと放たれた。二人はそれぞれの防御形式をとるが、銀の矢はそれを軽々と貫き、二人の関節、手首、足首、肘、膝、動けなくなるような場所を重点的に貫いていき、二人は血を流して倒れる。

 

 

「「「「「――――」」」」」

 

 

 ヘプタ・プラネーテスが圧倒言うまに倒された。その事実に、周りの兵士や玉兎は言葉が出なかった。それと同時に感じた。

 目の前の侵略者は、自分達がどうあがいても勝てる存在でないと。その、唯一のこの場にいる希望(依姫)も――、

 

 

「―――」

 

 

 唖然としている。依姫としても、あの事件に巻き込まれてから性格が変わってしまった彼らを毛嫌いするようになったが、実力は自分には及ばないとはいえ認めていた。そんな彼らが、一分もしないうちにやられた。

 そして認めるほかない。目の前のこの男は、想像を絶する化け物だと―――。

 

 

「―――3分54秒。結構時間食ったかな?」

 

 

 そう平然と言葉を口にする男に、もう怒りどころか、焦燥しか感じない。この男は、最初に見せた態度の通り、自分との戦いは遊びでしかなかったのだ。

 それを思うと、再び怒りが湧いてくる。しかし、その感情が自分を失わせると自覚し、自制する。

 

 いくら強かろうが、自分は月の使者のリーダーの一人。ここで、引くわけにはいかない。

 

 

「4分だ。後1分。遊んでくれるよね?」

 

「―――愛宕(あたご)様!!私に力を!」

 

 

 依姫は、愛宕の力を借りて、自身の腕を炎と化した。「地上にこれ以上の熱い火はない」と言わしめるほどの、強力な炎だ。

 炎の腕で刀を持ち、全体に炎を行き渡らせる。シロに接近して、燃え盛る刃で何度もシロに斬りかかる。

 

 

「よっ、ほっ、はっとぉ」

 

 

 だが、気の抜けた掛け声とともにその攻撃はいなされる。―――生手によって。

 手袋をしているとはいえ、この炎とは強力な火だ。手で触って無傷で済むはずがない。しかし、この男はそんなこと気にせず、と言うか気にしていないように自分の手で攻撃を無効化していった。

 

 

「あと40秒。本当にやる気あるの?」

 

「うるさい!!天津甕星(あまつかみぼし)様、私に力を!!」

 

 

 天津甕星(あまつかみぼし)――それは星の輝きを用いた力を使う神。輝き――光による圧倒的熱量。そして光特有の素早さ。

 二つを掛け合わせた剣技を炸裂させる。が、しかし、その攻撃すらもめんどくさそうにシロは避けた。――ポケットに両手を入れながら。

 

 

「あと30秒。遅すぎるっての」

 

「ウグッ!!」

 

 

 ポケットから出した右手の指で高速で動く刃を受けとめられ、少し離れた地面に投げ跳ばれ、叩きつけられる。

 これでも、駄目なのか。速度も駄目、熱による攻撃も駄目。ならば、もうこれしかない。

 

 

祇園(ぎおん)様…あの男に、鉄槌を!!」

 

 

 依姫が地面に剣を刺すと、シロの周囲に無数の刃が突き出て取り囲んだ。

 

 

「――――」

 

 

 それに動じることなく、無言で周りを見渡すシロ。

 脱出口を探しているのかと思った依姫は、忠告する。

 

 

「無暗に動かないことです。下手に動けば、祇園様の怒りを買いますよ」

 

「――――」

 

 

 それを聞いても、シロは無言だった。と言うか無視していた。無視して、シロは懐から手のひらサイズの時計――懐中時計を取り出して、じっと見つめる。

 

 

(まさか、この状態でも5分と言う時間を気にしているの?どれだけ傲慢なのか…。祇園様の怒りで、破られるといい!)

 

 

 自分を何度も侮辱したこの男。自然系の攻撃も聞かないとなれば、もうこれに臨みを賭けるしかなかった。そして――5分が、経った。

 

 

「5分だ。もう遊んでいる理由もない」

 

「まだ、そんなことを―――」

 

祇園、この檻どかせ

 

 

 そう無造作に無機質に、『祇園』に命令した瞬間、刃の檻が地面の中に戻っていった。

 この謎現象に、困惑する月人たち。それに、何より困惑しているのは術者の依姫だった。

 

 

「そんな…バカな…!?祇園様!?祇園様!?」

 

「無駄だよ。祇園は君より僕の命令を優先したんだ」

 

「そんな、ことが…!?」

 

 

 依姫は愕然とする。自分に力を貸してくれている神が、目の前の男を優先したことによる、一種の絶望。裏切られた感覚に、依姫は動揺する。

 

 

「ならば、火雷神様――」

 

火雷神、綿月依姫に力を貸すな

 

 

 一瞬、溢れてきた力がシロの言葉によって瞬時に途切れてしまった。これも、先ほどの祇園と同じ感覚だ。神の力の供給が、突如途絶えたこの感覚、自分の傍から大事な誰かが消えていなくなってしまうような、そんな悲しい感覚―――。

 そんな感覚が、依姫の脳天を襲った。

 

 

「あ、あぁ……!!」

 

「分かった?君は、俺に勝てる道理なんて、最初から、微塵もなかったんだ。悲しいけど、これが現実だ」

 

「認めない!!愛宕――」

 

愛宕。お前は出てくるな

 

 

 また、自分から離れて行った感覚が襲った。行かないで、見捨てないで、置いていかないで――。そんな不安の感情が、依姫の中でどんどんと肥大化していき、増幅していく。

 まるで、帰省した際に大好きなおばあちゃんと、実家に戻るために離れ離れになってしまうような、子供だ。今の依姫は、まさにそれだった。

 

 

「そ、そんな…ッ」

 

「悲しいだろう?辛いだろう?大切な誰かと、二度と会えなくなるような、そんな感覚。君はこの短期間に()()味わったはずだ」

 

「―――ッ!」

 

「でもね、――『俺』は、そんなの何度も何度も、味わってきた。そして、ニ度と会えないと思った人に会えた。それは奇跡だった。でも―――()()()が、それを奪った」

 

「あの男…?」

 

「あいつは、『俺』と『僕』の、大事な仲間を奴隷のように扱うだけではなく、『俺』と『僕』の大事な仲間を盾にして、他でもない、『俺』自身の手で殺めてしまった!!」

 

「―――ッ!!」

 

 

 そうか、そういうことか――。

 依姫は、この男の言う『あの男』が誰なのか、分かった気がした。自分の身内で、狡猾で自分本位で傲慢で強欲で不誠実で不作法で無慈悲な男が。

 無論、他にも候補がいるだろう。例えば、【ウラノス・カエルム】と人が変わってしまった『空真』など、候補に十分当てはまる。

 だが、人と言う愚かな生き物は、自分の憎い相手の親族でさえも、まるで肉親の仇のような眼で見る。それと同じで、目の前の男も、自分が制御できないほどの、怒りにまみれているのだ。

 

 

「まさか…あなたの、復讐対象は…」

 

「あぁ…気づいたんだな。せっかくだ、教えてやるよ」

 

 

 『僕』―――シロは歩いて、悲しみのあまり膝をついてしまっている依姫の目の前まで移動して、こう言った。

 

 

『俺』の復讐対象は、【綿月臘月】だ。臘月は今、どこにいる?」

 

 

 その瞬間、周りが騒めく。周りは、「まさか、あのお方が…!?」「ありえない!」「でたらめに決まって…」と兵士たちから懐疑的な声が、「でも、そのくらいの理由がないと…」「じゃあ、やっぱり臘月様が?」と、玉兎たちから肯定的な声が聞こえてくる。

 

 

「外野がうるさいな。周りの意見なんてどうでもいいんだ。とりあえず、君は連れて行くことにするよ。ここじゃ、いろいろとうるさいんでね」

 

 

 シロは半場放心状態の依姫を担ぐ。その状態を目の当たりにした兵士や玉兎たちが、正気に戻り、依姫を取り返さんと躍起になり、近接武器を手にシロに襲い掛かる。

 

 

「―――あぁ、そう言えば君も忘れてたな」

 

 

 シロは瞬足で移動して、まるで瞬間移動のようなスピードで目の前の長身の玉兎――レイセンの腹をもう片方の拳で殴る。

 

 

「ウグッ!!」

 

 

 強烈な腹パンで意識をなくしたレイセンは、『カハッ』と白い液体を口から吐き、気絶する。そのまま依姫とともに担いだ瞬間、オーロラカーテンを召喚して、その場から消え去った。

 

 

――月の時代で、類を見ないほどの、綿月依姫の大敗北が、ここで決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん……?うッ」

 

 

 腹への激痛と共に、レイセンは目覚める。一体自分は―――そうだ。あの男に、連れ去られたんだ。依姫とともに。

 何故自分も連れ去られたのか、分からないことだらけだが、とりあえず今はこの場所の確認だ。レイセンは辺りを見渡す。

 

 波のせせらぎと、生い茂る桃の木。ここは―――、

 

 

「豊かの海。その名の通り、とても美しく豊かな海だ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 後ろから聞こえた、綺麗な女性の声。だが、その声を自分は知らない。知らないからこそ、レイセンはすぐさまに反応した。

 そして、その後ろに居たのは、岩に尻を持ちかけているシロだった。その隣には、気絶している依姫の姿も。

 

―――豊かの海。波の静かな大洋で、日中でも大きな地球を見ることができ、海岸沿いには桃の木が茂っている海だ。

 そして、『原作組』がいずれロケットで降り立つ場所でもある。

 

 つまり、この場所は豊かの海の海岸沿いにあると言うことだ。 

 

 

「依姫さま!!」

 

「おっと、動かないでね」

 

 

 瞬間、先ほどと同じように認識できないスピードで自分に近づいたシロは、短剣をレイセンの喉元に突き付ける。

 

 

「―――ッ!」

 

「安心しな。死んではいないさ。それよりも―――「君は今、疑問に思っているはずだ。どうして自分が連れてこられたのかと」

 

 

 途中から、シロの声が女性からさっきの男性の声に変わる。

 

 

「声が…!?」

 

「あぁ、これ?これは僕の『才能』である『変声』だよ。結構使えるんだ。凄いでしょ?まぁなに言ってるか分からないと思うけど」

 

 

 実際、この男の言っている意味が分からない。それよりも、どうして自分を連れてきたのかが重要だ。戦闘態勢に入りながら、話を聞くことにする。

 と言っても、喉元にナイフを突き出されている以上、抵抗できるかどうかも怪しいが。

 

 

「それで、君を連れてきた理由だけど、君が一番臘月に近い玉兎だからさ」

 

「臘月様に、近い…?」

 

「君はそこに転がっている綿月依姫のペット。つまり、なんらかの理由で臘月に会えた時期があってもおかしくはない。つまり、君を連れてきた理由は臘月について知るためさ」

 

 

 そういうことか…。確かに、自分は依姫の部下(ペット)だ。そう考えるのは当然だ。だからと言って、そう簡単に喋るほど、自分の忠義は甘くはない。

 

 

「私が、喋るとでも?」

 

「別に、そこには期待していないさ。だから、ね?強硬手段になるけど……こうするしかない」

 

 

 シロは再び一瞬で依姫の元まで移動して、その頭を鷲掴みにする。すると、シロの手から淡い水色の光が差し込み、その光が依姫を包み込んでいく。

 

 

「その手を放せ!」

 

 

 依姫が攻撃されたと思ったレイセンは、飛び出してシロに襲い掛かる。が、その攻撃は躱され、逆に首固めを喰らった。

 

 

「さぁ、どうする?もう一度聞くよ。臘月について知ってることを全部話せ」

 

「わ、分かった…!分かったから!全部、話すから!依姫様を、助けて!」

 

「うん、良い返事だ。その話を―――『俺』に聞かせろ」

 

 

 シロはレイセンを解放し、依姫から手を放して光を中断させる。――身に纏う雰囲気を変えながらも。

 レイセンはシロを勇気を振り絞り睨みつけながらも、知っていることを全部話した。

 

 

「臘月様に会ったのは、実際に、偶然の一回だけ。あの方の波長を見たけど……あれは次元が違った。豊姫様や、依姫様を凌駕するような、本物の化け物って言っても、差し支えなかった」

 

「あぁ、それくらいは知ってる。一度戦ったことがあるからな。あいつの力は、あの女以上であることは確かだ。だからこそ、同じステージに立つ必要があった」

 

「同じステージって……―――ッ!!あなたの、それって…!!」

 

「あ、波長見たんだ。臘月と同じだろ?僕のこれは、言うなれば『思い』の力さ。『思い』が、僕を強くした」

 

 

 レイセンはシロの波長を読んで、感じた。この男も、臘月と同等の化け物だと。自分が逆立ちしても、決して勝てない相手だと。

 依姫に圧勝した時点で、その力は立証済みだったのに、怒りに任せて攻撃した。どれだけ、自分が無謀なことをしていたのかを思い知る。

 

 

「それで、君は臘月を見た際、どの様に感じた?」

 

「―――臘月様は、私と出会った時、何故か恐怖の波長を出していた。臘月様の方が強いのに……どうしてなのかって、疑問に思ってた」

 

「―――恐怖の波長?」

 

 

 あり得ない。あの、死ぬ間際まで自分の敗北を認めないで『死ぬ恐怖』よりも『敗北への怒り』が勝さった男が?恐怖を感じた?

 だが、逆にレイセンが嘘をつく理由にもならない。

 

 

「……それは、本当なのか?」

 

「この状況で嘘をつけるわけがないでしょ」

 

「本当に、臘月が『恐怖』を抱いていたのか?お前如きに?」

 

「嘘じゃない。自慢じゃないけど、私の波長の感知能力は玉兎随一なんです!それを見込まれて、私は依姫様の部下に―――」

 

「ペットに、だろ?」

 

 

 シロのムカつく補足に、レイセンは内心怒りながらも話を続ける。

 

 

「――ペットになりました!それからは…説明する間でもなく、普通な毎日でしたけど…あの事件が起こって――」

 

「あ、そこは省略で」

 

「えっ!!?」

 

「もう永琳からその話は聞いてるしね、同じ話を二度も聞く趣味はない」

 

 

 再び、レイセンを怒らせるシロ。だが、その怒りを無視して、終点へとたどり着く。

 

 

「なるほどね。臘月が君に―――いや、『玉兎』にと考えるべきかもしれない。ともかく、恐怖を抱いていたと言う情報は、値千金だ…!」

 

「もう、これでいいでしょう…?」

 

「あぁ、十分だ。でもその前に――」

 

 

 シロは頭に二本指をつけると、なにやらブツブツと話し始めた。所々で、「零夜、――して、――キングして」など「――ンを創っ―。」など「創ったド――をにつなげて」と聞こえた。もしやと思い、能力を使って波長を可視化できるようにする。

 すると、レイセンの目に見えたのはシロの頭を起点に、とある方向に伸びている赤い糸が見えた。

 

 そして、その糸が指す方向は――、

 

 

(あそこは、月の都の方向…)

 

 

 あそこに、通信相手のもう一人の敵がいるのか。玉兎同士は『テレパシー』の能力で繋がっており、どんなに離れていても耳から特殊な波動を発して会話が成り立つと言う仕様だ。

 ちなみに、その性能にも差があり、レイセンははっきりと聞こえる。

 

 

(とりあえず、今の近況を仲間に伝え―――)

 

 

 その瞬間、自分の首を距離を一瞬で詰めたシロに捕まれた。

 

 

「ウグッ!!」

 

「ダメだなァ。そう言うのは、僕がいないところでやるのが、もっと賢い方法なんだけど」

 

「―――」

 

「でも、君はもう用済みだ。あとは彼女を連れて行くなりすればいい―――」

 

 

―――突如、ハッとしたシロは、力がなくなったようにレイセンを解放した。なにか思い詰められたような、そんな表情をしている。(顔は見えないが)。

 

 

「―――?」

 

「嘘、だろ…?万が一のことを考えて、今出せる力の全力で結界を張ったってのに……それが――!!」

 

 

 レイセンはこの男の言っている意味を理解できない。それでも、一つだけ、確かなことがあった。

 

 

(今、この男にとって、予想外の出来事が起きてるってこと…?)

 

「クソっ!零夜、緊急事態だ!悪いけど、一度地上に戻る!!すぐに戻るから!!」

 

 

 再び虚空に叫び、シロが手を振るうとそこにオーロラカーテンが出現し、シロはその中に消えて行った。

 

 

「なんだったの…?ッ!とりあえず依姫様を運ばないと!!」

 

 

 レイセンは今だに気絶している依姫を担ぎ、豊かの海を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

―――場所は変わり、思い出の場所へ。この場所で何度も夜を明かし、朝日を浴びた場所だ。

 そして今、この場所に居るはずの人物を探すために、シロはわざわざ地上に戻って来た。

 

 

「――妹紅ちゃ…!!」

 

 

 その人物――妹紅の名前を呼んだ瞬間、シロは硬直した。

 

 

「――――」

 

「――あ?なんだお前?」

 

 

 シロが見た光景は、見知った人物の足元に、()()の妹紅が倒れていると言う光景だった。

 黒かった髪が、老人のように白くなっている。あの白髪は、何度も観て、何度も知っている姿―――蓬莱人の姿だった。

 

 そして、その見知った人物の手には、カラの瓶が握られており、そこから残りカスであろう液がチョピチョピと垂れている。

 つまり、妹紅は誰もいなくなった後、この人物に無理やり、『蓬莱の薬』を飲まされたことなる。――シロが今出せる、全力の防御結界を破壊して。

 

 そして、そんなことを出来る人物は、同じ『権能』持ちしかいない。

 

 だからこそ、シロはその人物の名前を、思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「臘月ゥウウウウウウッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忌々しき宿敵、【綿月臘月】へと。

 

 

 

 

 

 

 




 どうでしたか?
 豊姫の天敵が零夜であると同様、依姫の天敵はシロ。ここまでは【東方永夜抄?】と同じパターンですね。
 しかし、レイセンが語った、臘月が『玉兎』を恐れていると言う情報は、勝利の鍵になるかも…?


―――ていうか、『権能』持ちには『能力』は効かないはずなのに、『能力』で波長が見れるって……アレ?


 そして、最後に臘月が地上に登場しましたね。
 妹紅に、無理矢理『蓬莱の薬』を飲ませて、一体何が目的なのか…?もしかしたら、臘月が妹紅が『ホウライジン』になってしまった原因なのかもしれませんね。

 臘月の『権能』とは――?いづれをお楽しみに!

 シロの今回のイメージCV
 女性声【水樹奈々】
 男性声【石田彰】


 評価:感想:ツイッターのフォローもよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66 思い出の花畑

――時は少し遡り、場所は臘月の部屋前。

 

 

『おらよっと!』

 

「グフゥ!」

 

 

 アナザーフォーゼは、半透明のハンマーモジュールで兵士の頭を殴り、脳震盪で気絶させる。

 今回はあまり敵を殺さない方針だ。故に、この方法が一番である。

 

 

「クソっ、手ごわいぞ、この怪物!!」

 

「畳みかけるんだ!かこ、ぐはっ!」

 

 

 言葉を話すことも許さず、次々に敵を撲滅していく。

 ウォーターモジュールの噴出で、跳躍力を増し、目の前の敵の大群の後ろ側へと返り咲く。

 

 

マジックハンド オン!

 

 

 半透明のマジックハンドモジュールを装備して、敵を一気に薙ぎ払った。タダでさえ、この場所は通路と言う狭い場所だ。避ける場所などどこにもない。

 

 

『さて、ここにいるだけじゃ無意味だ。移動しないとな!』

 

 

ホイール オン!

 

 

 半透明のホイールモジュールを起動して、長い廊下を一気に移動していく。

 途中、兵士たちと遭遇するが、そこは轢いていき完全に無視する。轢いただけならば、死なない―――はずだ。なにせ、規模が規模なため、死にはしないだろう。

 

 

『さてと、地理が分からねぇのが痛てぇな』

 

 

 アナザーフォーゼは宮殿の地図などを把握していない。過去のあの場所も、シロが破壊しまくったために原型が分からず、困惑している最中だ。

 ならば―――。

 

 

ペン オン!

 

 

 右足に半透明のペンモジュールを装備して、ホイールモジュールで移動しながら、地面に黒い線を描く。本来このモジュールの力は、『瞬時に硬質化するインクを塗る』と言う力なため、使用の仕方はあながち間違いではない。

 このままマーキングしながら移動し、地理を把握する。

 

 だがしかし、これは同時に敵に自分の居場所を教えることになる。それを承知で、アナザーフォーゼはマーキングを続ける。

 

 

『ここは、通ったな。だったらこっちか』

 

 

 迷路のような場所を、ペンモジュールの力で迷いながら即決で進んでいく。

 そして、進んでいくと、ある場所へとたどり着いた。

 

 

『この場所は…』

 

 

 ついた場所は、広場だった。室内の、広場。この場所は、見覚えがあった。――過去の、『回想』で。その回想とは、『空真の回想』だ。

 空真が、火影と戦った場所――、

 

 

『訓練場か』

 

 

 この場所は、兵士たちが訓練をするために使う場所――訓練場だった。

 空真の回想で、火影と戦った場所。自分の記憶ではないのに、何故か懐かしいと感じるのは、記憶に感化されているからだろうか。

 

 

『だったら、ここからずっと辿っていけば―――』

 

 

 あの神のもとへ、たどり着ける。未来では協力した、あの神のもとへ。

 『空真の記憶』を元に、移動しようと、した。

 

 

「待ちな、化け物」

 

 

 しかし、その行動が女性の声で遮られる。声の方向は、自分の背中からだ。アナザーフォーゼはゆっくりと後ろを見た。

 そこには、剣を持っているボサボサな黒い短髪の女性がいた。女性の顔立ちは、普通にしていればとても整い、『美人』に分類されるレベルだ。――顔が、負の感情で歪んでなければ。そして、零夜はその女性に見覚えはあった。完全には初対面だ。だけど、零夜は知っている。

 

 

『お前……確か『アヤネ』って呼ばれてた奴だな

 

「―――それを、どこで聞いた?」

 

 

 目の間の女性――アヤネは、不愉快を顔に浮かべ、アナザーフォーゼを睨む。

 

 

『そうだな…『記憶』を見たって言えばいいか?』

 

「記憶…随分と不愉快な能力持ってるじゃない」

 

 

 その能力のことを知って、不快感を表すアヤネ。特に疑う訳でもなく、納得したように淡々と話しを進める。

 

 

『お前のことはここに来る前に色々な奴から記憶を抜き取って情報を得ている』

 

「そう。どうせ、『無能』とか『役立たずのクズ』とか、そんな感想しかなかったんでしょ?」

 

『―――』

 

 

 アナザーフォーゼは答えない。なにせ、予想外というか予想通りと言うか…。そんな言葉が飛んできたことに、言葉を失ったからだ。

 アヤネはあの事件から一向に立ち直っていない。むしろ、酷くなっている節がある。自分を極限まで卑下して、一匹狼のようなイメージが目立つ。

 

 

「無視?大層な化け物様ね」

 

『お前の言葉は貶してるのか慕っているのか分からん発現だな』

 

「安心しなさい。貶してはいるけど、慕ってなんていないから。むしろ殺意が湧いて来たわ」

 

 

 そう言い、武器である剣をアナザーフォーゼに向ける。完全にやる気だ。と言うか、戦いは避けられるはずがなかった。

 そこで、気になったことを口にする。

 

 

『――やるならやるで構わないが、お前ひとりか?』

 

「当たり前でしょ?アタシに味方する奴なんて、いるわけがない」

 

『……潜伏して、俺の油断を狙っている奴がいる可能性は?』

 

「もしそんな奴がいたら、アタシが逆に斬ってやる」

 

 

 その目と言葉は、本気(マジ)だった。本当に何も信じず、何者にも頼らない人間が放つオーラが漂っていた。

 

 

『そうか……ならお構いなしにやれるなァ!』

 

 

ロケット オン!

 

 

 先制攻撃。ロケットモジュールを装備して、ライダーロケットパンチを繰り出す。アヤネは後ろに跳ぶことで、その攻撃を避ける。噴出の力で強まったパンチは地面に衝突した瞬間に地面が爆裂する。

 

 

チェーンアレイ オン!

 

 

 チェーンアレイモジュールを装備して、鉄球を遠くにいるアヤネに振りかざす。アヤネは少し接近して、鉄球の鎖に剣を絡ませた。

 体を回転させて、逆に鎖の軌道を変えて鉄球をアナザーフォーゼに向けさせた。

 

 

ジャイアントフット オン!

 

 

 チェーンアレイモジュールを解除して、ジャイアントフットモジュールを装備する。

 ジャイアントフットでアヤネに向けて虚空を蹴る。重力の脚が生成され、アヤネに向かって飛んでいく。

 

 

「小癪なんだよ!」

 

 

 ジャンプすることでその攻撃を避け、懐から手のひらサイズの球体を取り出す。それをアナザーフォーゼの元に投げると、爆発を引き起こす。

 

 

『手榴弾か。中々だな』

 

 

シールド オン!

 

 

 シールドモジュールで爆発の勢いをカット。

 

 

ランチャー オン!

 

ガトリング オン!

 

ジャイロ オン!

 

 

 ジャイロモジュールで空を飛び、ランチャーとガトリングで連射連撃。空中からの攻撃に、流石のアヤネも怯む。

 

 

「あんた!!空中からの連撃なんて卑怯だろうが!!」

 

『敵に情けをかける方がおかしいだろうが!』

 

「ははっ、それもそうか!」

 

 

 あっさりとアナザーフォーゼの言い分を認めたアヤネは、腰から小型の銃を取り出し、連射する。が、アナザーフォーゼの方が圧倒的に優勢であり、アヤネはジリ貧だった。

 

 

『チッ、時間切れか』

 

 

 突如、アナザーフォーゼがそう言うと、三つのモジュールを一気に停止し、地面に着地する。

 

 

「なにしてんだ、あんた?」

 

『見りゃ分かんだろ。弾切れだ』

 

「なるほどな。そりゃあんだけぶっ放してたらそうなるわけだ!」

 

 

 アナザーフォーゼが攻撃をやめた理由は、ただのエネルギー切れ。永久ではない。永久機関のエネルギーなんて、それこそ欲しいくらいだ。

 そして、エネルギー切れを知ったアヤネは、とある行動に出る。

 

 

「だったら、あんたは耐久戦に弱いってわけだ!!」

 

『決めつけんなァ、まだやれるわ!!』

 

「だったら見せてみなさいよ化け物!!」

 

 

クロー オン!

 

チェーンソー オン!

 

スパイク オン!

 

シザース オン!

 

 

 一触即発。半透明の四つのモジュールを装備して、アヤネ相手に凶器を駆使して攻撃する。対してアヤネも、負けずと剣を巧みに操って四肢に繋げられているアナザーフォーゼの攻撃を受けとめる。

 しかし、一つと四つと言う、四倍の攻撃を捌き切れるわけもなく――、

 

 

「ガハッ!!」

 

 

 スパイクで蹴り飛ばされる。棘と蹴りの痛みで悶えるアヤネ。いくら防具をつけているとはいえ、これは痛い。

 地面に転がり、少量の血反吐を吐いた。

 

 

「う、ぐぐ…!!」

 

『諦めろ。火影――プロクスたちでさえ、俺の前では瞬殺だ。お前じゃ勝てない』

 

「だ、黙れ!お前が決めつけるな!アタシの全てを!アタシの力を!」

 

『――いいや、決めつけるしかないだろ。お前は、弱い』

 

「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」

 

 

 アヤネは自分が弱いと言う事実を、アナザーフォーゼに負けたと言う事実を否定する。

 自分に絶対的な自信を持っている物は、自身の敗北を認めないものが多数だ。……だがしかし、アヤネからは別のなにかを、アナザーフォーゼは感じた。

 

 そして、感じたそれを容赦なく口にする。

 

 

『……お前たちが、まだ地上にいた頃。お前が担当していたチームの隊員が何人も行方不明になった事件…か?』

 

「―――ッ!」

 

『それでお前は立場を失い孤立。それで荒れ果てて、現在に至るってわけか…』

 

「黙れ!!お前のような化け物になにが分かる!?ただ他人の記憶を見ただけのお前に!」

 

 

 アヤネは激怒して怒鳴った。アヤネがここまで男性(まさ)りと言うか荒れてしまったのは、あの事件が一番の理由だろう。

 アヤネの反応からして、アナザーフォーゼの推測は合っているようだ。あの事件の責任を負わされ、孤立した。全貌の辛さは分からない。

 

――だけど、

 

 

『……だけど、失う気持ちは、分かる。失いたくないから、大切なものを作ろうとしない気持ちが、分かる

 

「なにを言ってんのよあんたは…?勝手にアタシの気持ちを捏造するな!クソがッ!」

 

 

 アヤネは剣を握り締め、アナザーフォーゼに向かって突撃していく。

 

 

スモーク オン!

 

 

 しかし、中間地点に白い煙が発生し、アヤネの視界を奪う。

 

 

「目晦ましか!?小癪な―――」

 

 

マジックハンド オン!

 

 

 煙の中から、半透明の赤いマニューバが飛び出し、アヤネを掴んで拘束する。そのまま横に投げ飛ばし、壁に激突させる。

 

 

「―――」

 

 

 ゆっくりと壁から崩れ落ち、アヤネは気絶する。

 

 

『……ご愁傷様、としか言いようがねぇな』

 

 

 アヤネにかける言葉が見つからず、とりあえず慰めの言葉をかける。

 

 ――今思えば、未来でアヤネと会わなかったのは、不必要だったから()()()()になっても、誰も気にしなかったからだと、思う。

 我ながら不謹慎なことを考えるなと思った時、シロから通信が入る。

 

 

『俺だ。どうした?……分かった。は?そんなものなにに使うんだ?……なるほど、分かった。じゃあ切るぞ』

 

 

 シロからの通信の内容は、ある程度理解できた。だが、最後の『とある物』を能力で作ってくれと頼まれたときはそれを何に使うのかは、ある程度予想は出来るが使う用途が分からない。

 まぁ、何かに使うんだろうかと考えた矢先、再びシロから着信が入る。

 

 

『なんだ?今度はどうした―――って、あいつ、一方的に通信切りやがった。焦ってたようだったが、なんだったんだ…?』

 

 

 考えていても仕方ないし、内容が分からない以上、今やることは自分の役割を全うすることのみ。

 

 

『……この先だな。最難関の、一人は』

 

 

 そうして、アナザーフォーゼの姿から人間の姿に戻った零夜は、最難関の敵がいるであろう先の廊下を、ゆっくりと歩みを進めた。

 彼もまた、危険に飛び込んでいく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 時間は正常な軸に戻り、シロが臘月と対面していたところまで戻る。

 

 

 

「あぁん……?なんでお前、俺の名前知ってんだ、てめぇ?」

 

「お前を……忘れたことはなかった。お前に、大切な人を殺された、あの日を!!」

 

 

 臘月の疑問を無視して、シロは未来で圭太を盾にして自分に殺させた臘月に怒りの言葉をぶつける。当然、過去であるために身に覚えがない臘月は首を傾げるだけだ。

 

 

「なーに言ってんだ。お前のことなんて――。あぁ、もしかして、俺が忘れちまってるだけか?大分前から地上に密かに来てっからな。それで、隠れて女をたくさん()ったぜ。もしかして、それのこと言っているのか?」

 

「―――ッ!」

 

 

 また新たに発覚した、臘月の愚かな罪。臘月は地上に密かに降りて女性を性的な食い物にしていた。それを聞いて、ますます臘月への怒りが蓄積されていく。

 とてつもない、外道だ、と。

 

 そして――シロの視線が別の方向へと向いた。夜なため、月の光でしか見えない環境の中、岩陰にヒッソリと、血を流しながら横たわっている男性がいた。

 シロは己の『権能』で目の光を調節して、その顔を見た。

 

 

「―――岩笠(いわがさ)

 

「あ?もしかして知り合いか?悪いなァ…殺しちまってw」

 

 

 嘲笑しながらシロを侮辱する。

 この転がって魂が抜け落ちている男――名を『つきの岩笠』と言う。この人物は、かぐや姫が月に帰ったことにより、かぐや姫に渡されていた『蓬莱の薬』を飲む意味がなくなったために山に棄てるよう帝から直々に勅命された人物である。

 

 『原作』では、富士山頂へ向かった妹紅が、登山の準備を怠っていたため途中で行き倒れ、本末転倒の状況に陥った時、岩笠に助けられることになり、それ以降行動を共にすることとなった。

 山頂へ至ると岩笠は壺を火口へ投げ込んで処分しようとするが、そこに現れた『木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)』によって阻止され、さらには壺の中身が服用することで不老不死になる「蓬莱の薬」であることを知り、次の日咲耶姫から薬を処分する場所として八ヶ岳を勧められ下山するが、魔が差した妹紅は岩笠から薬を強奪して、服用した――と言う内容だ。

 

 しかし、この世界線では妹紅はかぐや姫に対して恨みすら持っておらず、父親とも絶縁を果たしいているため、父が輝夜に恥をかかされた後、彼女は『月に帰った』輝夜が地上に残した2つの壺のうち、迷惑をかけたとして帝に残した壺が運ばれることを知り、壺を奪うことで復讐すると言う動機がなくなったために、交わらないはずの二人だった。

 だが、臘月の手によってそれは変わった。状況を見るに、岩笠から壺を奪って、それを飲みやすくさせるために容器に入れ替えて妹紅に無理やり飲ませた、と言うのが一番しっくりくる。

 

 

「―――」

 

「なんだよ、黙りやがって」

 

「……いや、もう、お前に怒りを抱くことすら、無駄なんじゃないかと思い始めただけさ…」

 

 

 何度も、過去()と未来で臘月の悪行をこの目で見て、聞いて来た。もう、怒ることすら疲れた。だからこそ、冷静に、激怒することに決めた。

 

 

「それに…お前、妹紅になにしている?」

 

「妹紅?……あぁこのガキか。安心しな、俺はガキには手を出さねぇ主義だ。やっぱ、巨乳でケツのでけぇ女じゃないと、抱きごたえがねぇからな」

 

「『俺』は、なにをしてるかって聞いているんだ…!!」

 

「やっかましいなぁ。見ればわかるだろ?―――実験だよ

 

「実験…?」

 

 

 実験だと?『蓬莱の薬』を使って?蓬莱の薬の効果は、輝夜と永琳によって立証されているはずだ。それなのに、それ以上何を実験すると言うのだ?

 

 

「『蓬莱の薬』ってんだ。まぁ不老不死の薬だな。これを、先天性の無痛症の奴に使うと、どうなるかって実験だ。でも、無意味だったぜ…あーぁ、時間無駄にしちまった…」

 

「……なんで、妹紅の先天性無痛無汗症のこと、知っているんだ?

 

 

 臘月は転生者だ。この『東方project』と言う世界を知っていても、別に不思議ではない。しかし、妹紅の先天性無痛無汗症は完全に『原作』にない予想外だ。

 それを、何故臘月が知っている?

 

 

「おっと。ここから先は、いくら心の広く慈悲深い俺でも、話すことはできねぇなァ」

 

「……話す必要はねぇよ。操り人形が」

 

「―――てめぇ、そりゃどういう意味だ?」

 

 

 瞬間、臘月から『権能』特有の強烈なオーラが放たれた。このオーラに常人が当たれば、普通の人間ならばよくて気絶、悪ければショック死だ。

 しかし、シロは普通ではない。

 

 シロも負けずと、己の『権能』のオーラを放ち、対抗する。そのオーラを感じ取り、臘月は一言発した。

 

 

「……なんだァ。お前も操り人形じゃねぇかよ。人の事言えんのか?お人形さんよォ」

 

「別にいいんだよ。それに、お前も操り人形だって認めてるようなもんだぜ?」

 

「チッ、ムカつく野郎だ。こうなると見込んで俺をキレさせるために言いやがったな?本当にムカつく野郎だぜ…。まぁいい。今ここでお前を殺せば、俺の鬱憤も晴れるだろうからなぁ!」

 

 

 瞬間、臘月はボールを投げるような動作で虚空を掴み、振りかぶってシロに投げた。突如、強烈で身が引き裂かれそうなほどの突風が吹き荒れ、シロは持ち前の速度で難を逃れる。

 風が向かって行った地点は、地面が抉れ、木が跡形もなく木端微塵になっていた。

 

 

「死ぬのは、てめぇだ!!」

 

 

 シロは接近すると、臘月に拳を叩き込む。臘月は、無傷だ。

 

 

「ハッ、この程度の攻撃が、俺に効くワケ―――」

 

 

 その時、臘月は違和感に気付いた。自分にとって、この程度の攻撃、蚊が止まったのかと思う程度のレベルだ。

 ――それなのに、攻撃の威力が上がっているのはなぜだ?

 

 シロは連続で臘月に拳を叩き込む。……気のせいじゃない。間違いじゃない。攻撃が、どんどん強くなっていく!!

 

 

「離、れろ!!」

 

 

 臘月は足蹴りをシロの腹に叩き込む。その衝撃でシロは後方へと飛ばされ、勢いが衰えることなく吹っ飛ばされていく。

 

 

「へッ、侮ったな俺を。そのまま岩にでも激突して潰れろや」

 

 

 そう呟いたその時、銀の光が臘月の横をすり抜けた。何事かと思い後ろを見ると、そこには銀色に輝く槍が地面に突き刺さっていた。

 

 

「なんだ…!?」

 

 

 暗闇の奥から、複数の雷の光が漏れ出る。その光はやがて近づいてきて、臘月を襲う。

 

 

「これは…矢!?」

 

 

 その正体は、矢だった。しかも雷を纏った一つ一つに常人が触れれば感電死するであろう放電量だ。それが、雷の矢の雨となって臘月を襲う。

 

 

「こんなの、聞くと思ってんのか!!」

 

「聞くとは、思ってねぇよ!」

 

 

 臘月の目の前の空間が歪曲してそこから炎を纏った巨大な斧を持ったシロが現れた。斧の大きさは成人男性の身長を軽く超えており、二メートルはありそうだ。

 そして、加えて炎の力が加わった斧。その刃が、臘月の脳天に直撃した。

 

 

「―――」

 

「――ビックリしたじゃねぇか!」

 

 

 だが、特に痛がる様子を見せず――と言うより無傷で済まされている臘月がいた。怒号を叫び、臘月は手をチョップの形にして、まるで刃のように扱った。

 肘でガードしようとしたシロだったが、嫌な予感がして、その直感が当たった。

 

 手のナイフによって、シロの右腕が鮮血を散らしながら舞い散った。ボトッと音を立てながら、地面に落ちるシロの腕。

 

 

「―――ッ」

 

「はははははッ!!お前、打撃より斬撃の方が効くらしいな。だったら、もっと痛めつけてやるぜ!」

 

 

 打撃より斬撃の方が通用すると認識した臘月は、手刀で何度もシロを切り刻む。後ろに後退していくシロも、服が破れ、白い服が少しずつ赤く染まっていく。

 

 

「どうしたどうした!?さっきまでの威勢はどこに行ったんだ!?」

 

「――――」

 

 

 完全に委縮した者だと思い込み、臘月は完全に調子に乗って高笑いをして勝利を確信した。だがしかし、臘月は気付かなかった。

 もう既に、シロの策略にハマっていることに。

 

 

「―――空間歪曲」

 

 

 そう呟いた瞬間、シロの姿が掻き消える。

 

 

「どこ行きやがった!?あの野郎―――」

 

 

 臘月の言葉が、途中で無理やり中断される。理由は、上空にあった。四方八方を見渡すついでに見つけてしまった、狂気の雨の全貌。

 上空には、無数の剣、刀、矢、斧、槍などの武器が無数に縦横無尽に張り巡らされていたのだ。それも、月明かりが完全に遮られるほどに。

 

 

「まさか――ッ!!」

 

 

 臘月はとある場所、妹紅が倒れている場所へと目を向けた。―――いない。あの少女が、自分が無理やり『蓬莱の薬』を飲ませたあの女がいない。

 やられた、やられた!!あの一瞬で、能力を使ってあの女ごと逃げられた!それに、こんな最低な置きみやげを残して。

 

 

「畜生ォオオオオ!!!」

 

 

 凶器の雨が、臘月に降り注いだ。

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

――――――。

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 

 シロは白髪になってしまった妹紅を担いで、その場から離脱する。本来ならば、あのまま戦い続けていたかった。

 そして、臘月を殺したかった。この怒りが尽きないうちに。だが、冷静でいられるのも今の内だ。妹紅を安全な場所――【アナザーデンライナー】に運ぶ。

 

 

(くそっ、まさか妹紅がこんな形で狙われるなんて…。どうして臘月は妹紅を狙った?実験と言ってはいたが…)

 

 

 妹紅に張っていた今出せる本気の結界をもってしても、臘月に破壊された。本調子でないことが、こんなところで裏目に出た。

 ともかく、今は妹紅を運ぶことが先決だ。怪我も、破損した右腕も回復の『権能』によって修復済みだ。終わったら、すぐに戻らなければ。

 

 シロはアナザーデンライナーの位置を特定する。

 

 

「―――どういう、ことだ!?」

 

 

 アナザーデンライナーの位置を特定して、その場所を知って愕然とした。

 

 

「場所は…地上?……まさか、墜落しているのか?

 

 

 その予想は、予想外中の予想外で―――。

 事態は、訳の分からない方向へと、進められていく。

 

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

――――――。

 

 

 

「あークソッ!!あの漂白野郎!面倒なことしやがって!!」

 

 

 大量の武器が地面に刺さっている地獄絵図の真ん中。臘月はそこから身を起こし、腕を振りかぶった。そこから発生した暴風が、周りの武器たちを木端微塵に粉砕する。

 ちなみに、漂白野郎と言うのはシロのことである。

 

 

「あの漂白野郎!次はあの白い服を完全に赤く染めてやる!」

 

 

 勝ち逃げされた。その事実が臘月を腹立たせ、冷静さを失わさせた。そんな時、彼の懐から着信が鳴る。

 

 

「あぁ!?なんだよ!今俺は猛烈に機嫌が悪――なに?月の都が襲撃されている?……寝てて気付かなかった。それで?……避難しろ?いや、ちょうどいい……。俺がソイツの迎撃に向かう!ちゃんと持ちこたえろよ!!」

 

 

 臘月は通信機の電源を乱暴に切る。

 

 

「こんな時に襲撃たぁついてねぇ…。だが、ちょうど良かった。あの性奴隷(ふたり)はいつでも捕まえられる。アイツへの怒りの、鬱憤晴らしさせてもらうとするか!!ハハハハハッ!!」

 

 

 臘月は懐から『月の羽衣』を取り出して、飛翔する。自分の楽園を犯す、侵略者を排除することを目的に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――』

 

 

 長く暗い廊下を、歩く、歩く、歩く。

  心電図のような線が入ったゴーグルから覗く鋭い目付きに唇が厚く細かい牙がずらりと並んだ、わかりやすい嘲笑うような顔つきの悪人面。

 ピンク色の頭部から生やした長い黒髪や所々入った金色の造形の入った意匠。

 腕や肩に装備している刺々しい装甲などが特徴的で、更には全身の皮膚にまばらに発疹のような模様もあるなど、いかにも不健康そうな姿。

 胸部の装甲にはEX-AIDの文字が、背中の仮面の黒い複眼には2016の数字とEX-AIDの文字が刻まれている怪物―――アナザーエグゼイドは、足音を鳴らしながら、歩く。

 

 アナザーフォーゼから、アナザーエグゼイドに変わっている理由は、シロに言われたことを果たし終わったからだ。

 アヤネを無力化した後、『未来での記憶』と『空真の記憶』を頼りにして、モニタールーム的な部屋を見つけた。幸い、内装は地上に建築されていたのとはほとんど変わっていない。まぁ突然変えたら困惑するのだから、当然と言えば当然か。

 そこで仕事を終えて、『空真の記憶』で今、『最強の神』の元へと足を運ぶためだ。

 

 

『―――これは』

 

 

 歩みを止める。アナザーエグゼイドの前には、巨大な扉が存在していた。取っ手が付いており、触れる。

 

 

『―――やはり、動かないか』

 

 

 押してもダメ、引いてもダメ。もしやと思って横に引いてみたり、シャッターのように上に上げてみたり、逆に下に下げてみたりもしたが駄目だった。

 どうやらロックが掛かっている上に単純に強固な壁のようだ。

 

 

『ならば!』

 

 

 アナザーエグゼイドの能力を応用して、自身の体をデータ化する。実体を失った体は僅かなスキマからの侵入を可能とする。

 再び粒子を一体化させて、室内に入る。

 

 そこに広がっていたのは―――広大な花畑だった。

 

 

「ここは…。ッ!?」

 

 

 その瞬間、頭に頭痛が走り――どこかの景色が、フラッシュバックする。

 

 

 

『すっげぇ花畑だな…』

 

『あぁ、花にはあんまり詳しくないけど、ここがすげぇってことは、本能的に分かる!』

 

『ありがとう。【―――】。【蒼汰】。そう言ってくれると嬉しいよ』

 

 

 場所は……この景色となんら変わりない花畑。

 だが、その場所には三角形になるように、三人の男性がいた。一人は零夜視点では後ろ向きで、顔は分からない。ただ、その男性が自分と全く同じ服装をしていると言うことだけは、驚いた。

 今の零夜の服装は、白い半袖Tシャツと黒い長ズボンの上に大きめの黒く薄いコートを着込んでいると言う状態だ。白いTシャツだけは確認できないが、それ以外はなんら変わりない。

 

 そして、顔が見える二人の男性。一人は全く知らない、初対面とも言える存在だ。【蒼汰】と呼ばれている男性だ。

 黒くしなやかな髪質が特徴的な美青年で、腰には武器であろう『刀』が常備されていた。

 

――最後に、花畑を褒められて喜んでいる男性。その人物は……『圭太』だった。

 

 

『圭太…ッ!?』

 

 

 どうして?と言う疑問をすっ飛ばして、『記憶』は流れていく。

 

 

『それで、この花畑は一体なんなんだ?』

 

『この花畑の効果はねぇ、この花畑の『権能』の『神』の二面性からとって、『味方には様々なバフを与えて敵には逆に強力なデバフを与える権能』らしいよ』

 

『かなり凶悪だな…。流石二面性の神。はんぱねぇ』

 

『確かに、敵にすると恐ろしい能力だね。でも、味方だと逆に心強い』

 

『ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ』

 

『でもよ、その『味方』と『敵』ってどうやって区別するんだ?』

 

『あぁ、それは術者()の認識で決まるね。単純なんだよね』

 

『まるで蒼汰みたいにな』

 

『あぁん!?誰が単純だこの野郎!この際だ、もっかいバトルして決めようじゃねぇか!』

 

『いいね。このフィールドの効果がどれほどか知りたいし、いいぞ。やってやろうじゃねぇか』

 

 

『二人とも……喧嘩はほどほどに、ね?』

 

 

???『今日こそ決着つけてやる!一番カッコいいヒーローのモチーフは、ドラゴンだ!』

 

蒼汰『今日こそ決着つけてやる!一番カッコいいヒーローのモチーフは、蜘蛛だ!』

 

 

『それ絶対今どうでもいいやつだねぇ!!?あと、やっぱり一番良いのはヒーローじゃなくて、白雪姫だと思うな俺は!!』

 

『『お前もそれ今どうでもいいじゃねぇか!!』』

 

『なにおう!?ていうか、今自分達の(くだ)らなさを認めたね!?やっぱり一番良い物語は童話だって!』

 

『いいやドラゴンだ!ドラゴンは男のロマンだからな!』

 

『蜘蛛だろ!世間は見た目がキモいって言うがな、異世界もののマスコットやら、ヒーローになればめちゃカッコいいんだぞ!』

 

『話の収集が付かねぇ…。だったら、また戦争勃発だ!』

 

『よーしやってやる!勝つのはもちろん俺だがな!』

 

『そう言って、今まで決着ついたことないけど…とりあえずやろう!』

 

 

 そうして、穏やかな花畑の中で、己の意地と意地のぶつかり合いが、勃発した。

 目の前は、戦いの爆煙の中で見えなくなって―――、

 

 

 

「はッ!?」

 

 

 

 零夜は、そこで目覚める。己の体を見ると、変身が解けており、尚且つ汗がぐっしょりだ。あの一瞬で、ここまで…?

 

 

「あれは……俺の記憶じゃない!誰の、記憶だ…?いや、あの情報量から、分からないはずがねぇ…!」

 

 

 零夜は懐から【メモリーメモリ】を取り出した。このメモリの力じゃない。だったら、考えられる可能性は一つのみだ。

 

 『蒼汰』と言う謎の人物―――好きなヒーローモチーフ(せいぶつ)は『蜘蛛』

 どこかで聞いたことのある趣味だ。それもつい最近。細かく言えば、『三年前』…。

 

 『圭太』―――好きな童話(ものがたり)は『白雪姫』

 彼についても良く知らない。だが、シロの大事な人物であるいうことは分かる。

 さらに、あの映像と、なんら変わりない目の前に広がる現実の花畑。つまり、この時代では既に、圭太が臘月の手によって飼われていると言う現実の立証だ。

 

 そして最後に―――回想の中に出てきた、零夜と同じ服装の人物。好きなヒーローモチーフ(しんじゅう)は『ドラゴン』

 

あれは――、

 

 

『シロ』になる前の、シロ…ッ!?

 

 

 それしか考えられない。『シロ()』になる前のシロと考えれば、あの映像の説明がつく。シロの権能には、『感覚・思考の共有』と言うものがある。

 しかし、『共有』とは名ばかりのもので、最初は一方的にあっちがこちらの入手できると言う理不尽なものだったが、段々と、『共有』と言う名前の通りの力になってきている。

 

 その『共有』が、この花畑を見た瞬間に発動した。つまり、あの過去は、シロの過去!

 

 

「それに、【ドラゴン】【蜘蛛】【白雪姫】って、どっかで聞いたフレーズだな…?いや、それよりも――」

 

 

―――ズリ、ズリズリ…

 

 

「―――ッ!」

 

 

 その時、何かを引きずる音が聞こえた。その方向に、急いで振り返る零夜。

 そこにいたのは、全身を絢爛な鎧で包み、重戦士を思わせるような姿をした男。その男は、巨大な大剣を地面に引きずりながら、にやけた顔で、近づいてきた。

 

 

「お前か。侵入者とは。俺の至福の時間を邪魔しやがって…覚悟できているだろうな?地上人(ゴミクズ)が」

 

「――――」

 

「どうした、恐怖で言葉も出ないか?」

 

「――――」

 

「無視か。ゴミのくせに。黙っているようなら、さっさと死ね」

 

 

 男は大剣を持ち上げて、剣先を零夜に向ける。

 あぁ、なんでこんなにも変わってしまったのだろうか。あれだけ部下に慕われて、神にさえ好かれていたあの男が、どうしてこんな風になってしまったのだろう。

 そう思うと、怒りが込み上げてくる。

 

 彼をなんて呼べばいいんだろう。前の名前で呼べばいいのか、今の名前で呼べばいいのか。だが、今の彼は昔の彼ではない。

 だから、今の名前で呼ぼう。

 

 

「―――初めまして、だな。【ウラノス・カエルム】」

 

 

 そして、恨めしくもあり、同情してしまう敵―――ウラノス・カエルム(空真)と初開講を交わした。

 

 

 




 はーい。今回のおさらいでーす!
 今回は、アヤネが登場しましたね。回想の通り、随分荒れててご立腹…。常にキレている状態で、正常な判断力を失っているところが、早く勝敗を決しましたね。
 そして、地上にて臘月とシロの邂逅。臘月は『実験』と称して妹紅に岩笠から『蓬莱の薬』を奪ってそれを無理やり飲ませた。実験とは一体なんなのか…?
 そして、墜落しているかもしれないアナザーデンライナー。一体なにがあった!?

 花畑――。この花畑は、未来でも出てきましたよね。この場所で、シロの圭太の『再開』が果たされたわけですが…。
 ここで出てきたのは、ウラノスでした。しかし、この花畑がある時点で、圭太もこの時代にいることはほぼ確実。

 さらにさらに、花畑を見て突如零夜の頭を突き抜けた『記憶』。あの『記憶』はシロのもので、あの花畑を見たから発動したんですよね。
 それに、出てきた『蒼汰』と言う人物。好みが誰かに似ていませんか?

 最後に、【ドラゴン】【蜘蛛】【白雪姫】って――――。


 ちなみに、零夜の服装のイメージは【俺だけレベルアップな件】の主人公【水篠旬】の『架南島(かなんとう)編』の服装です。

 評価、感想をお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67 『天』と『星狩』

 どうもー、約一週間ぶりですね。
 ウラノスとの邂逅、どのような結果になるのか、楽しみな人が多いでしょう。

 それでは、どうぞ!


「―――初めまして、だな。【ウラノス・カエルム】」

 

「……貴様、何者だ?俺の名前を知っているなど…」

 

「聞いた。あんたらお得意の知恵者から」

 

「あの罪人からか。これは明確な裏切り……すぐさまに粛清しなくてはな」

 

「――――」

 

 

 あぁ、完全にウラノスだ。あの回想で見せた、空真の面影は微塵もない。もう、あれが妄想や幻想の類だったら、まだよかったのに。

 だが、現実は非情に、それが現実だと突き付ける。龍神の記憶が、何よりの証拠だった。

 

 

「……一つ、戦う前に聞きたい」

 

「なに?何故私が貴様の質問に応えねばならん。そんな無意味なことを―――」

 

「――龍神。この名前に、聞き覚えはないか?」

 

 

 瞬間、ウラノスは口ごもった。思った通り、反応してくれた。一番聞きたかった、その内容。

 今、聞けるかもしれない時が来た。

 

 

「地上で、龍神と会った。龍神はあんたの話をよくしてくれていたよ。なにせ、アイツが認めた数少ない人間だからな。だけど今のアンタは……一目で分る。昔と、龍神が話してた頃と、変わってる。何が、お前をそこまで変えたんだ?」

 

 

 空真がウラノスになった理由は、謎の失踪事件によるものだ。性格改変の理由は、それが有力候補だが、遠回しに聞いている。

 “お前に、一体なにがあったのか”と。

 

 ウラノスは黙った後―――口を開いた。

 

 

「お前、あのヘビと知り合いか」

 

「……ヘビ?」

 

「あぁ、あれだけ長いんだ。ヘビで合ってるだろう?」

 

「……仮にも、かなり仲良かったんだろ?何故そんな風に呼ぶ?」

 

「そんなの、見下しているからに決まっているだろう」

 

 

 直球だった。ウラノスは龍神を自分より『弱者』と罵り、罵倒した。『記憶』の中の彼からは、想像できない発言だった。

 

 

「……龍神は、一度も負けたことがないって自負してたぜ?」

 

「ふっ、所詮は弱小なヘビ。嘘をつくのが得意らしいな。この私が、ヘビ如きに遅れを取るとでも?私をまともに相手できるのは、月でもたったの()()。ヘビ如きがおこがましい。ごっこ遊びも疲れたよ」

 

「――――ッ!」

 

 

 血が煮えくり返るほど、激情しそうになるのを、ぐっと堪える。血迷うな、冷静さを保て。あれは、本心じゃないはずだ。

 あの事件のせいで、おかしくなっているだけなんだ。零夜は確証する。あの『地球の記憶』が、嘘じゃないって、思いたいから。

 

 でも、やられてばっかりじゃいられない。

 

 

「ウラノス……お前、嘘つきだな」

 

「―――なんだと?」

 

「お前は龍神より弱い。それは、龍神に挑んで完膚なきまでに負けた俺が、保証できる」

 

「ハッ、滑稽だな!弱者の保証など、なんの保障材料にもならない!よくそんな恥ずかしいことを堂々と言えるな!地上人は、口八丁(くちはっちょう)が得意のようだな!」

 

「だったら、試してみるか?」

 

「……なに?」

 

「俺とお前が戦って、俺がお前に勝てば、さっきの言葉は嘘ってことになるよな?だって、龍神に負けた俺にお前が負けたら、必然的にお前は龍神より弱いことになるからなァ!」

 

「貴様ッ!!この俺が下賤で下劣な地上人に優しく対応してやったのに、その態度!つけあがりやがって!後悔させてやる!」

 

 

 ウラノスは風を纏い、その風の勢いを利用して零夜に近づき、大剣を振るう。

 零夜は横に除け、咄嗟に虚空から【カイゾクハッシャー】を装備して、黄緑色の電車、【ビルドアロー号】をエネルギー状にして発射する。

 

 

各駅電車・急行電車・快速電車・海賊電車!

 

 

「小癪な!」

 

 

 ウラノスは大剣を地面に向けて振るうと、そこから瞬間的に凍り付いていき、氷の壁が生成され、ビルドアロー号が激突すると、砕け散ると同時にビルドアロー号も消失する。

 それと同時に、ホークガトリンガーを装備して、 ホークガトリンガーのリボルマガジンを10回回転させる。

 

 

100(ワンハンドレッド)! フルバレット!

 

 

 弾丸を百発、休みなしで発射する。ウラノスは大剣を振るうと、ウラノスを中心に竜巻が発生する。鋭利で繊細な竜巻が、銃弾の貫通を阻害する。

 竜巻の中から、ウラノスが零夜に向けて突撃してくる。

 

 

「ッ!」

 

「死ねッ!!」

 

 

 豪快に横に振り回された大剣。後ろに避けることで、ギリギリ直撃を免れた。

 空中で逸れた体を活用し、大剣の()を足蹴りにする。手から離れることを期待したが、大剣であることとウラノスの握力が強すぎたせいか、それはできなかった。

 

 そのまま空中で一回転して、着地する。

 

 

「よくも私の剣を…死にたいようだな!」

 

「……一応、お前にも騎士道精神の欠片はあるみたい…なのか?」

 

 

 一瞬そう考えるが、ただ自分の武器を蹴られたことへの恨みだろうと、自分の馬鹿な考えを切り捨てる。

 空真ならともかく、ウラノスにそれがあるとは思えない。

 

 

「なにをごちゃごちゃと言っている!さっさと―――」

 

「あぁ、そこ動くなよ。発動するから」

 

「なに――」

 

 

 瞬間、ウラノスの背後から衝撃波と金属音が響く。ウラノスが驚いてそこを見ると、短剣が地面にゴトリと置かれていた。

 そして、その瞬間を零夜は見逃さない。後ろを振り向いたウラノスの肩関節をめがけて、『離繋(りけい)』の能力で亜空間から()()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出して、刺す!

 

 

「あがッ!」

 

 

 ウラノスの鈍い悲鳴が響く。本来刺さりそうにない刃とも呼べない刃。その刃が、ウラノスの肩関節めがけて見事に刺さったのだ。

 それを引き抜き、鮮血が飛び散る。零夜はウラノスと一定の距離を取る。

 

 

「予想的中、だな」

 

「貴様ァ!一体、()に何をした!?」

 

 

 一人称が私から俺に代わった。化けの皮が剥がれてきたようだ。絶対的な自信があったのだろう。自分の防御力に。それを貫通されたから、怒りと困惑で感情の枠が埋まっている。

 

 

「化けの皮が剝がれてきたな。お前にはそっちの方がお似合いだぜ?」

 

 

 挑発を混ぜてウラノスにそう言うと、ウラノスは激高する。

 

 

「俺は質問をしているんだ穢れた地上人め!どうやら貴様は脳も穢れてマトモな会話もできないようだな!」

 

「底辺な会話してんのはお前だろ。挑発に挑発で返す方が、返って底辺なんじゃないかな?」

 

「ぐッ…!!」

 

 

 思う所があるのか、ウラノスは押し黙る。そして――考えた末に、怒りに転結する。

 

 

「黙れ!挑発などする暇があったら、もう少しまともなことに知能を働かせたらどうだ!?」

 

「はいはいそーですね。じゃ、そっちの話はそれで終わりでいいか?」

 

「―――ッ!!もう許さんぞ!ここで散れ!!」

 

 

 ウラノスは頭の血管が浮き出た状態で、大剣に『炎』『風』『光』の属性を纏わせて斬撃として零夜に向けて放った。

 そして、それが零夜の足元付近で爆発を起こす。

 

 

「ハハハハハッ!これでお前も無事では――『済まされるんだよ、これが』なにッ!」

 

 

 煙の中から、籠もったような声が聞こえる。

 煙の奥から、口を開いて舌を出したヘビを真横から見た姿を思わせる赤い複眼が、ギラリと光る。

 頭部の星座早見盤のような球体が、星の輝きを放つ。

 

 煙が晴れ、その姿を表していく。

 

 

コブラ! コブラ! エボルコブラ!

 

フッハッハッハッハッハッハ!

 

 

 不気味な笑い声と共に、【仮面ライダーエボル・フェーズ1】がその姿を表した。

 変身した零夜―――エボルは、右手の人差し指をコンコンと、自身の頭に当てる。

 

 

『準備完了だ。どっからでもかかってきな』

 

「ふんッ。全身装甲か。臆病な奴め」

 

『さっきまで、生身で戦ってたんだがなァ…。フルプレートで生身の奴に傷負わされた奴に言われてもなァ』

 

「――殺す!」

 

 

 何度もウラノスの逆鱗に触れ、最早ご立腹のウラノス。手ぶらな左腕を力いっぱい落とすと、エボルを包むように大量の水がエボルに降りかかり、零れ落ちることなく、エボルを水の監獄で包んだ。

 

 

「そのまま、溺れ死ね!」

 

『―――』

 

 

アイススチーム!

 

 

 音声が――響き、水の監獄が氷結する。それと同時に、氷結の監獄が一瞬にして破られる。

 

 

「は――?」

 

『水圧が邪魔だったんでな、出るのも面倒だったし、凍らせてから脱出させてもらった』

 

「な、ならば!!」

 

 

 大剣を地面に突き刺すと、雷の群れがエボルを一斉に襲う。それだけではない。両腕に右に『炎』、左に『闇』を纏わせて、それを螺旋状にして放つ。

 上と真正面。二つの攻撃を捌くことは、実質不可能――のはずだった。

 

 それは一瞬の出来事。

 

 

スチームショット!

 

 

 【トランスチームガン】と【スチームブレード】を合体したライフルモードのエレキスチームの状態で、【コブラエボルボトル】を装填して、引き金を引く。

 電撃を纏った弾丸が、コブラのように曲がりくねるエネルギー弾を雷に向かって炸裂した。上空で爆発した。

 一瞬の出来事だ。『炎』と『闇』の螺旋攻撃が到達する前の出来事だ。

 

 次に、【エボルドライバー】のレバーを回す。

 

 

エボルテックフィニッシュ!

 

 

 足元に星座早見盤を模したフィールドを発生させ、エネルギーを右足に収束させて回転キックを見舞った。

 炎と闇の攻撃は、霧散する。

 この一瞬の出来事に、ウラノスは困惑した。

 

 

「あ、あり得ない!!俺の攻撃が、こんな一瞬で攻略されるなんて!!それに、『炎』はともかく、『闇』だぞ!?空間に直接干渉できる力だぞ!?それが、どうしてこうもあっさりと…!?」

 

『一つ教えといてやる。俺の必殺技発動時には、一定範囲の空間を圧縮・崩壊・爆発させる力があるんだよ。まぁ要するに超新星爆発ってワケだ』

 

 

――超新星爆発。

 太陽の8倍以上の比較的大型の恒星が最期に起こす大爆発のことだ。それに似た現象を、エボルの必殺技は可能とするのだ。

 当然、言葉の意味など知らないウラノスは、ただただ困惑するだけだ。

 

 

「なんだそれは!?非常識にもほどがあるだろう!?」

 

『それにな』

 

 

 超高速を用いて、残像が生まれるほどのスピードでウラノスに急接近して、拳を叩きこむ。ウラノスの腹に、激痛が走り、唾液を吐く。

 防御を無視した攻撃は、綺麗な花畑を蹂躙しながら突き進み、ウラノスは途中で地面を抉りながら不時着する。あの攻撃で、確実に内臓が傷ついた。

 ウラノスはヨロヨロと起き上がり、エボルはゆっくりとウラノスに近づく。

 

 

「ば、バカな――!俺の防御が、機能していない…!?」

 

『ちげぇよ。突破しただけだ。お前の――風の防御をな』

 

「な、何故それを――!?」

 

 

 ウラノスはあからさまな動揺を見せる。

 そう、ウラノスの防御力の秘密――それは、風の装甲だった。この風の防具は、不規則に吹く風が攻撃をずらしていたのだ。

 全身に風を纏うことによって、攻撃の軌道を変える。これがウラノスの異常なまでの防御力の秘密だった。

 

 フィーディーニの鎖の巻き付けで腕が潰れたのも、その時の風の向きが内側に作用していたためだ。

 

 あまりにも単純で、誰にも考え付けるような、簡単な防御だった。だが、気づけなかった理由は、その風があまりにも微量だったからだ。微風なのに攻撃を逸らすほどの風。この矛盾を概念として確立しているのは、『能力』の恩恵か。

 さらに大抵の攻撃はこれで防げるが、ルーミアの『闇』などは防ぎようがなかった。だからこそ、同じ『闇』で相殺していたはずだ。

 

――ゲンムの太陽の炎を纏った拳も『水』と『(二酸化炭素)』の元素でなんとか相殺して防いだから。

――隕石の落下で無事だったのも、『光』の力で逃げたから。その熱からも『水』の元素の力で相殺したから。

――腕力のパラメーターを上げまくった攻撃で、頭が潰れなかったのも『風』の力で衝撃を受け流し、『闇』の重力操作でダメージ軽減かつ、クレーターも自作自演。

 

 ニュートンの助言がなければ、気づけなかったことだ。彼の助言が今、ようやく役に立ったのだ。

 

 

「どうやって俺の能力を見破った!?絶対に気付かないはずなのに!!」

 

『悪いな。()()()()()()()()。対策さえ知っていれば、お前はどうだってことのない、ただの雑魚なんだよ』

 

 

 未来で苦戦した敵も、その情報(データ)を取得していれば、立場は逆転する。タネがすべて明かされて、その対策をしている以上、ウラノスはただの雑魚に成り下がったのだ。

 さっきのグニャグニャした刃でウラノスを傷つけられたのも、繊細かつ不織(ふしょく)式の風の刃の向きを利用して、隙間を狙うための武器だったのだ。

 

 それに、エボルの腕部・脚部のEVOゼノベイダーグローブEVOゼノベイダーシューズは接触した物体を自在に分解・再構築する能力を持っている。つまり、攻撃対象の装甲を無視して内部中枢に攻撃を叩き込むことが可能なのだ。

 

 風の装甲を完全に無視して攻撃を叩き込んだ。相当痛いはずだ。心身ともに。

 

 これを知った時は、臘月にも通用するのではないかと愚策したが、『権能』と言う絶対的な格差がある以上、エボルでも流石に無理だと考えた。

 

 ともかく、エボルの力なら、ウラノスの攻略など容易いと言うことだ。

 

 

「対策を知っているだと…!?誰も知らない方法だぞ!それをどうやって!?」

 

『うちにも優秀な科学者(ニュートン)がいてなぁ。そいつからの助言だ』

 

「だとしても!この短時間で見破れるはずが…!?」

 

 

 ウラノスは困惑する。たったこれだけの時間で、自分の防御の秘密を見破られ、尚且つ追い込まれていると言う状況に、憤慨した。

 

 

「認めるか…!ならば、力で潰してやる!!」

 

 

 ウラノスは大剣を投げ捨て、拳に『炎』を纏わせて、体を闇で覆った。地面を蹴って、エボルへと急接近した。

 拳を突き出し、エボルを後方3メートルまで吹き飛ばした。その際に地面についていた足の跡から摩擦によって煙すら出てくるほどだ。

 

 

「どうだ!」

 

『なるほどな。先ほどと同じに見えて違う。『炎』で攻撃力を爆発的に上げて、『闇』の重力操作で攻撃力の昇華…。これほど違うとはな』

 

「フッ!賢いようだが、これならば貴様も防ぎようがないだろう!」

 

『―――』

 

 

 エボルは殴られた腹を(さす)る。痛みはない。

 ゼノチェストアーマー*1EVOオムニバーススーツ*2の効果でほぼ傷はないが、それでも――、

 

 

『そうだな。2%程度じゃ、お前には物足りないか』

 

「―――は?」

 

 

 ウラノスの素っ頓狂な声が無視される。エボルドライバーからコブラエボルボトルを引き抜き、【フルボトルホルダー】から【ドラゴンエボルボトル】を取り出し、装填してレバーを回した。

 

 

ドラゴン!

 

ライダーシステム!

 

エボリューション!

 

 

 星座早見盤型のエネルギー、エボルの左右に出現し―――エボルを、包む。

 

 

Are you ready?

 

 

『エボルアップ』

 

 

ドラゴン! ドラゴン! エボルドラゴン!

 

フッハッハッハッハッハッハ!

 

 

――蛇は、龍を喰らう。

 仮面ライダーエボル・ドラゴンフォーム。またの名を【エボルドラゴン】。

 

 龍――かつてウラノス(空真)と関係のあるフォーム。

 

 

『フェーズ2。今度はこれで相手をしてやる』

 

「忌々しき姿だ!その装甲、潰してやる!」

 

 

 先ほどと同じ攻撃を、ウラノスはエボルに向かって放つ。エボルは動かずにその攻撃を――無傷で受け止めた。

 

 

「なにッ!?」

 

『今度はこっちの番だ』

 

 

 エボルは拳に蒼炎を纏い、ウラノスの頬をぶん殴る。目玉が飛び出そうな勢いで殴られたウラノスは下斜めに強烈な勢いで吹っ飛ばされ、地面と花を抉りながら、飛ばされ、途中で止まる。

 

 

「が、あ、がァ…!!」

 

 

 ウラノスは『光』の力で自身の体の回復を図る。その間にも、ウラノスの視界には――足元の花を蒼炎で燃やして歩く、エボルの姿があった。

 その姿は、まるで死神、悪魔――、

 

 

「舐めるなぁあああああああ!!!」

 

 

 激高して叫ぶウラノスは、『水』と『雷』の元素を混ぜた攻撃を、ユニコーンの角のような形状にして、エボルに放った。

 

 

『ふんッ――ん?』

 

 

 拳の炎でそれを一蹴(いっしゅう)すると、ウラノスは『氷』と『風』の元素を混ぜた氷礫(こおりつぶて)の竜巻をエボルを中心に発生させた。

 そんな礫と速度が合わさった、凶悪な攻撃――、

 

 

スマッシュスラッシュ!

 

 

――それは、蒼炎の斬撃でかき消される。

 晴れた竜巻の中心には、【ビートクローザー】を持つエボルの姿があった。

 

 

「何故だ…俺の力が、何故通用しない!?」

 

『そうだな……俺が教えてやれることがあると言えば、お前は()()()()()()()()()()心に驕りが生まれた。俺からみりゃぁそれが敗因だな』

 

「ふざけるな!そんな理由で俺が弱くなっているはずがない!なにかの間違いだぁあああああ!!」

 

 

 その言い分を認めない―――認めたくないウラノスは、体に暴風を纏い、発光する。これは、『風』と『光』の元素の力だ。

 突如、ウラノスの姿が掻き消える。残像が見えないほどに。

 

 

『―――ッ』

 

 

 瞬間、エボルの全方位から強烈な打撃が複数回叩き込まれる。この打撃の生みの親は、ウラノスだ。『風』と『光』。速度に特化した力で、蹂躙しようと企んでいる。

 だが――それもエボルには通用しない。

 

 攻撃されている最中(さなか)で、エボルは行動に移す。

 

 

ラビット!

 

ライダーシステム!

 

エボリューション!

 

 

 レバーを回して、星座早見盤型のエネルギーがエボルの左右に出現し―――エボルを、包む。

 

 

Are you ready?

 

 

『エボルアップ』

 

 

ラビット! ラビット! エボルラビット

 

フッハッハッハッハッハッハ!

 

 

 

―――龍は、兎を喰らう

 仮面ライダーエボル・ラビットフォーム。またの名を【エボルラビット】。

 

 速さに特化したフォームだ。

 変身の衝撃で、ウラノスは遠くへと吹き飛ばされる。

 

 

「うぐぅううううう!!」

 

『――フェーズ3。これで、十分だろ』

 

「戯けるなぁあああ!!」

 

 

 再び超高速を駆使して、エボルに近づくウラノス。一発目の拳を叩き込む――、

 

 

『ふんッ』

 

「ゲホッ!」

 

 

 瞬間、より早くエボルの拳がウラノスの腹に到達した。赤い衝撃波とともに腹に拳をモロに受けたウラノスは、そのまま膝から崩れ落ちた。

 頬を膨らませ、胃から逆流しようとしてくる胃酸をなんとか押し込める。息を荒げながら、叫ぶ。

 

 

「何故だ!?俺のスピードを超えるだと…!?『光』の速度だぞぉおおおお!!?」

 

『……悪いな。知り合いに、光を扱う能力者(ライラ)がいるんだ。光の速度は……もう感覚で慣れた』

 

「ふ、ふざけるな!『光』の速度だぞ!?慣れてたまるか!!」

 

『まぁそこら辺は人外補正ってことで、な』

 

 

 ちなみに、エボルラビットの【ラビットヘッド】には、

 

EVOイヤーフェイスモジュール*3

EVOツインアイラビット*4

 

 が存在しており、これの補正によって『光』の速度に対応できたと言うのは、秘密だ。

 

 

「認めるか認めるか認めるかぁ!!」

 

 

 ウラノスは怒りのままに速度にものを言わせた連撃を、再び放つ。それでも、動きが早いのはエボルだ。拳を拳で相殺して、逆に手数の多さでウラノスを殴ってダメージを蓄積させる。

 

 

「アガァアアアア!!」

 

『どうしたどうした!!さっきまでの威勢が、まるで嘘のようだぞ!!』

 

 

 やがて、ウラノスからの攻撃が来なくなり、こちらの一方的な蹂躙と化した。赤いエネルギーを纏ったエボルの速度は急速に加速してウラノスの唇と地面を接吻させた。

 

 

『どうだァ?バカにしていた奴に一方的にやられる屈辱は?―――そういやぁ、この姿のモチーフ……元となった動物は『兎』なんだ。どこかの月の兎を、思い浮かべるだろォ?』

 

「―――ッ!!」

 

 

 顔を見なくとも、ウラノスの顔が憤怒(ふんぬ)に染まっているのが分かった。月の兎――それは無論玉兎だ。

 レイセンが逃げていないこの時代――『玉兎奴隷化』が始まっていない今では、ウラノスはただ玉兎を見下しているだけのはず。

 そんな『兎』に負けたと言う屈辱が、ウラノスを支配した。

 

 殺したい。殺したい。殺したい。その衝動をもってして体を動かそうにも、体はピークを迎えて言うことを聞かない。

 そんなとき、

 

 

コブラ! コブラ! エボルコブラ!

 

 

 エボルはラビットフォームからコブラフォームに戻し、赤い複眼でウラノスを睥睨(へいげい)する。

 

 

『これで終わりだ。安心しな。命までは取らないでおいてやるよォ。だから、安心してイきな!』

 

 

エボルテックフィニッシュ!

 

 

 レバーを回してボトルの成分をさらに活性化。エネルギーを右拳に集中して、死なない程度に手加減を――、

 

 

ドゴォオオオオオン……!!

 

 

 そのときだった。天井が崩れ落ちた。

 

――そうだった。ここは、『室内』だった。花畑のおかげで、ここが室内だったことをすっかり失念していた。

 いやそんなことはどうでもいいのだ。天井を突き破って現れた謎の人物。煙はゆっくりと晴れて、その姿を表した。

 

 全身を包む深緑色のフルアーマー。そのアーマ―には龍を意識させるような装飾が事細かに施されており、芸術的価値があるだろうと一瞬で理解できるほど精巧な鎧を纏った二メートルくらい人の容姿。

 龍の頭部を模した兜はとても頑丈で、兜の奥から、深紅の二つの光が走るのが特徴。

 

 武器は両の腰には二メートルの人の容姿を持つ存在が持つにちょうど良いほどの大きな二振りの刀。その刀を納める鞘も、金や銀などと言った宝石が施されている鞘であり、とても上質なものだとわかる。

 

 

『お前は―――!!!』

 

 

 その人物は、忘れようとしても忘れられない、あの人物―――いや、龍物。

 三年前、かつて零夜を完膚なきまでに叩き潰した、強力な力の持ち主であり―――空真の大親友。

 

 

『龍神……!!』

 

「……久しぶり、と言えばいいのか?夜神」

 

 

 龍神が、月にて姿を表した。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 時は約一時間前。アナザーデンライナーに乗ってから10分程経った頃だ。

 

 

 

ガタンゴトン ガタンゴトン

 

 

――列車は音を立てながら、夜の上空を走る。

 八両編成で構成されている列車の一両に、複数の人影があった。

 

 

「―――本当に、空を走ってるわね」

 

「本当ですね。レールが出たり仕舞われたり……どのような仕組みなのでしょうか?」

 

 

 輝夜と永琳が、窓から見える景色の感想を述べる。輝夜は単純に褒め、永琳は仕組みを気にしている。

 そして、その隣で、武器である刀を抱きながら、椅子に座る紅夜。初めて乗る乗り物への困惑と、くるかもしれない敵への警戒をしている。

 もっとも、困惑の方が大きいがために全く動かないのだが。

 

 

「驚きだな……空を走る鉄の塊があるとは」

 

「それを言うなら、月のやつだって同じじゃない」

 

「そ、それもそうだな」

 

 

 また、その奥ではルーミアと狐面を被った状態のライラ(レイラ)が固まって話し合っていた。常に冷静なライラも、この状況には困惑せざる負えないようだ。

 

 

「とりあえず、今後の方針は、あの二人を竹林に無事に置いてから、話会うってことでいい?」

 

「あぁ。だが、あの二人が無事に帰ってくれればの話だが…」

 

「不吉なこと言わないでよ!ただでさえ一回目だってギリギリだったんだから、この三年間、考えに考えたし、きっと大丈夫!」

 

「そうだといいんだがな…」

 

 

 不吉なことを言うライラの言葉をこれ以上聞きたくなく、ルーミアは別の方へと足を運ぶ。次の目的地は、紅夜だ。

 

 

「大丈夫?」

 

「は…はい…」

 

 

 ルーミアが紅夜の顔を見ると、何故か顔色が悪かった。

 

 

「大丈夫!?もしかして、食あたり!?」

 

「い、いえ……。ウォクスが言うには、『乗り物酔い』と言う現象らしいです…。乗っている間だけの辛抱らしいので、耐えます」

 

「あ、うん……」

 

 

 どうやら、紅夜は乗り物酔いしやすいタイプらしい。ウォクスからの助言で、治る状態異常だと言うことを認知して、耐えているようだ。

 こればっかりは彼女にはどうにもできない。と言うことで、そのまま放置することにした。

 

 そして、次に向かう先は残り一つのみ。輝夜と永琳のいる場所だ。

 

 

「やっほ、どうかしら?乗り心地は」

 

「そうね、内装も、景色も文句はないんだけど……明かりが」

 

 

 ちなみにだが、アナザーデンライナーのライトは、紫色なのだ。暗色であるため、気分が悪くなっても仕方ない。

 

 

「……我慢して。仕様だから」

 

「仕様って…やっぱこれ設計した人に文句言いたいわねこれ」

 

 

 文句垂れ流すなよ――と言いたげな口を無理やり閉じて、ルーミアは永琳の方を向く。

 

 

「…一つ聞いておきたいんだけど、……デンドロンについて」

 

「デンドロン…光輝のことね?それがどうかしたの?」

 

「えっと…まず、シロが疑問に思ってたことらしいんだけど、名前のことだって」

 

「名前…?それがどうかしたの?」

 

「えっとね…シロが、誰にも聞こえないくらいの音量で、『光輝の名前と称号が一致しない…』って呟いていたのを聞いたの」

 

「意味が分からないわ?名前と称号が一致しないってどういう意味?」

 

「それは――」

 

 

 ルーミアは永琳にシロが疑問に思っていたことを話す。

 

――デンドロンの真名(まな)が『光木』ではなく『光輝』と『光』の要素しかない疑問

――デンドロン・アルボルと言うのが、『ギリシャ語』と『ローマ語』で『木』を意味すること

 

 

「と、いうことなの」

 

「……ちょっと待って。確かに光輝の漢字はそれで合ってるけど、なんで漢字すら分かるの?私そこまで話した覚えないんだけど」

 

「け――能力じゃない?」

 

「そんな能力があるのね…言葉を文章で見返せる能力かしら?結構便利な能力ね、交渉とかで使えそう」

 

 

 永琳は数少ない情報から、シロの能力が会話を文章で見ることができる能力だと推測した。

 ルーミアは思わず『権能』と言ってしまいそうな口を閉じて、さらに話を続ける。

 

 

「それに、デンドロン・アルボルと言う言葉にそんな意味があったこと自体初耳よ。地上の言葉が使われていたということは……あの事件の犯人は、地上に詳しい人物と言う線が濃厚ね」

 

「そこは私はついて行けないから、次いくわね。前に月に侵入して情報集めた時に、ソイツの能力だけ分からなかったのよね。脅威になりそうな人物は大抵ピックアップしたんだけど…」

 

「仕方ないわよ。光輝の能力は、あまり戦闘には向かないし。まぁ…使い様によってはとても強力な能力になるんだけど、知れなかったのも無理ないわ」

 

「それで、一応知っておきたいの。デンドロンの能力について」

 

 

 今まで不透明だった、デンドロンの能力。ずっとあの男の能力を知れなかった理由は、誰もデンドロンについて詳しいことを知っていなかったからだ。

 詳しそうだったトヨヒメでさえも、曖昧にしか覚えていなかった。それほど、目立たない能力だと思っていたが、デンドロンへの不安要素が拡大していくこの現状では、知るほうが得策だ。

 

 それに、知れなかった理由はもう一つ。詳しそうな未来の永琳の心が完全に壊れていて、記憶を読み取れなかったとシロは言っていた

 流石に心の壊れた魂から記憶を読むのは不可能だそうだ。それを知った時は、『権能』も無敵ではないと安心すればよかったのか、同じ女性として二人のことを悲しむべきなのか、二つの感情が入り乱れて混乱した。

 

 

「デンドロンの能力。それは―――」

 

 

 

キィイイイイイイイ!!

 

 

 

「「「「「――――ッ!!!?」」」」」

 

 

 

 その瞬間、爆音と衝撃が一同を襲った。車体は横に傾き、今にでも落ちてしまいそうになる。

 

 

「なにが起こったの!?」

 

「車体の不備かなにか!?」

 

「いや、これは……()()()()()()()!!」

 

 

 そう、紅夜が叫んだ。全員が窓から見える傾いているのと逆の方向――つまり衝撃を受けた方向を見ると、森の中から燃え盛る弾幕のような攻撃が放たれていた。

 

 

「クソっ、ここまま迎え撃つぞ!」

 

「でも、中からじゃ攻撃できな―――」

 

 

 その瞬間、地面と天井が逆転した。

 レールから外れ、空中を真っ逆さまに落ちてしまった。

 

 

「きゃあああああ!!」

 

 

 輝夜の悲鳴が響き、空中で永琳が自らの腕と体で輝夜を包む。自らクッションになるつもりだ。彼女も蓬莱人だから問題はないものの、地面に落ちたら彼女のケチャップが飛び散るのは確定になる。

 そんな中、3人は冷静だった。

 

 ルーミアは妖怪としての本来の力で飛べるため問題はない。

 ライラも、光の速度で動けるために体は丈夫だ。落ちた程度ではどうにもならないだろう。そ

 そして、紅夜は―――、

 

 

ピィイイイイイイイ!!

 

 

 口笛を、鳴らした。

 この状況で、なんの意味もないだろうと思う口笛―――だが、彼だからこそ、意味があった。

 

 

――地面に直撃する一歩手前で、突如現れた蜘蛛の巣がクッションとなり、5人を支えた

 

 

 突然の出来事に、困惑する輝夜と永琳。

 蜘蛛の巣から降りた紅夜とライラは、暗闇が支配する森の奥から()()()()()()()()()()()が姿を表した。

 

 

「マクラ!」

 

「(^_^)/~」

 

 

 その正体は、紅夜の友達である蜘蛛妖怪の【マクラ】だった。

 タランチュラのような見た目に反して、マスコットキャラのような見た目をした強い力の持ち主だ。―――仮面ライダーキルバスと肉弾戦で互角に戦えるほどに。

 

 

「マクラか。助かった、ありがとう」

 

「本当、偉い子よねぇ~…」

 

「(≧▽≦)」

 

 

 ライラとルーミアも近づいてきて、マクラを褒める。

 そして、突如現れた生物に警戒していた二人も味方であることを知って安心する。

 

 

「この子が私たちを助けてくれたのね、ありがとう」

 

「(*^▽^*)」

 

 

 喜びを露わにするマクラ。その裏で、永琳は辺りを見渡す。

 

 

「姫様。話は後に……私たちの乗っている乗り物を襲撃した襲撃犯がいることを忘れてはなりません」

 

 

 永琳の一言で、全員が現実へと戻った。そうだ。アナザーデンライナーを攻撃し、墜落させた犯人がいるはずだ。

 少し奥で墜落したアナザーデンライナーが周りの木々を侵食しながら燃えている。襲撃犯は、この炎を目印にして、近づいてきているはずだ。

 落ちた衝撃で、どこから来るのかもう分からない。だからこそ、迎え撃つしかない。

 

 円形になり、360度を警戒していると―――()()()は現れた。

 

 

「あ、ああ……みーつけ、た…。見つけた見つけた見つけた……」

 

「「―――ッ!!」」

 

 

 その人物は、壊れた機械のように、乾いた声で同じことを何度も繰り替えす。

 目も虚ろで、口からはヨダレが垂れている。とても正気の人間には見えない。

 

 手には弓を持っており、背中には矢筒が。おそらく、アナザーデンライナーへの攻撃はあの矢で行ったのだろう。

 炎を纏っていたのを見るに、おそらくそれは能力によるものだ。

 

 だけど―――、

 

 

「あなたは…!」

 

 

 永琳と輝夜は、その人物を見た瞬間に顔を凍らせた。

 襲撃者が、予想外の人物であったことへの驚愕だ。

 

 

「なんだ、知っているのか!?」

 

「知っているも、なにも……!!」

 

 

 

 

 

「命、令、執、行!!殺す殺スこロすコロスころぉおおおおおおすぅうう!!」

 

 

 

 

 

 

 狂気的に叫ぶ、その男の『名』は――、

 

 

 

 

 

 

デンドロン・アルボル(光輝)……!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――光輝こと、デンドロン・アルボル。

 ヘプタ・プラネーテスの、『表側』の最後の一人。今まで姿を隠していた最後の一人が、ルーミアたちの前に姿を表した。

 

 発狂し、目を血走らせながら―――。

 

 

 

 

*1
エボルボトルに含まれる未知の物質を圧縮・加工した装甲。地球上のどの物質よりも優れた耐久力を備えている。フェーズごとに耐久力が上がる

*2
いかなる天体においても完全に破壊活動を実行できるよう、全身を覆う遮断フィールドを展開し、過酷な環境や敵の反撃から変身者を保護する機能を備えている

*3
敵の気配やわずかな動作を捉えることで次の行動を予測し、素早い反撃を可能にする聴覚強化装置

*4
戦闘時の反応速度と索敵制度が高められた、陰に潜む敵を見つけ出すための特殊な嗅覚センサーも組み込まれた視覚センサー




 ウラノスとのバトル…。

 未来で大分苦戦したウラノスをエボルの力で圧倒する零夜!
 そして今回、東映さんの公式のやつ見て細部まで見て書いてみました。公式のを見ていると、「あぁ、仮面ライダーにはこんな装備もあるんだなぁ」って実感しましたね。
 今まではピクシブを見て書いていましたからね。ピクシブに書いていない装備の詳細とか、これから見て書いていこうと思ってます。
 まぁ、その分投稿ペース落ちますけど…。

 そして、トドメ(殺すとは言っていない)を刺す瞬間に、龍神が登場――!
 回想で『余程のことがない限り月に来ることはない』と言っていたところから、今回のことを『余程のこと』と認識したようですね。
 龍神は、一体何しに来たのか…。敵になるか、味方になるか…。まだ分からない。

 最後に、アナザーデンライナー襲撃犯は、デンドロンでした。
 デンドロンどこにいるんだよって思った方、ちゃんと登場しましたよ。

 『狂気』と言う特性をつけて。いや―本当、どうしてこうなっちゃったんだろうね?
 これ見てると、某『怠惰』の大罪司教を思い浮かべますよ。いやほんとに。


 それでは、さらばーい。


 評価:感想お願いします。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68 『木』の襲来

 しゅーがくりょこー行ったぜ。東北方面にな!


 それでは、どうぞ。


「デンドロン…こいつが!?」

 

 

 目の前に現れた、デンドロン・アルボル。その存在に驚愕し、声を荒げるルーミア。

 彼女は顔を見たことはないが、この人物は間違いなくデンドロンだ。

 

 

「デンドロンってこんな発狂してる危険な奴なの!?」

 

「いいえ!私の知っているデンドロンはこんなのじゃない!なにか、様子がおかしい…!!」

 

 

 既知である永琳の目から見ても、今のデンドロンの状態は異常だ。目玉をギョロギョロと動かしながら、一同を垣間見る。普通にキモい。

 

 

「えうぃり…ん、にィぃいいい……がぐがぁあああ!!みいつけたぁああああ!」

 

「キモッ!!なんなのコイツおかしくなってるわよ!?」

 

「私に分かりません!なにか変です!」

 

「そんなことは見ればわかるわよ!」

 

「お前等、武器を構え―――」

 

 

 そうライラが言葉を発した瞬間、ライラは後方へと吹き飛ばされた。木々を抉りながら、勢いが衰えることなく後方へと。

 

 

「師匠ォオオオ!!」

 

「ライラ!!」

 

 

 何があったのか分からないまま、事態は進んでいく。

 デンドロンは弓を構え、小型ナイフを取り出した。

 

 

「ハハハハハハハハッ!!!!」

 

 

 高笑いしながら、ナイフで自身の弓の木の部分を荒々しく削っていく。それでできたのは、刃の形状の弓だ。

 木目も荒々しく、棘も出ていて完成度が高いとは言えない代物になった。ヤスリも使わず、乱暴に削ったそうなるのも仕方ない。

 

 

「あれでなにを―――」

 

 

 するつもりだ。そう言いかけた瞬間、紅夜は地面を蹴り上げて永琳と輝夜を担ぎ、その場から離脱した。

 

 

「なにを――ッ」

 

 

 そう言いかけた時、デンドロンは斜めに弓を振り下ろした。すると、さっきまで二人が立っていた場所を、デカい斬撃が襲った。

 その爪痕は、まるで本物の獣が付けたかのように、荒々しい爪痕だった。

 

 アレを喰らえば、重症は必須だっただろう。

 

 

「できたでキた!アタッチュアローかんじぇぇえええええい!!」

 

「うるさいわね!それに、なんなのよあれ!?弓を振っただけであの威力!?」

 

 

 デンドロンの発狂を煩わしく思いながらもその威力に愚痴る。弓を振っただけであの威力だ。もしあの小型ナイフで斬られていたら、もっと酷かったかもしれない。

 

 

「デンドロンの能力を戦闘に応用した結果よ!あいつ、あの状態になってから、自分の能力を躊躇いもなくフルで使ってるわ!」

 

「だからなんなの!?デンドロンの能力って!?」

 

「いい?良く聞いて!デンドロンの能力は『変化(へんか)』!あらゆるものを『変化』させる能力よ!!」

 

 

 紅夜に担がれながら、永琳はそう叫んだ。

 デンドロンの能力は―――『変化』

 

 先ほどの斬撃も、『威力』を変化させたものだ。物を振った際に発生する風。その『威力』を変化させて巨大な斬撃へと変えた。

 それが、デンドロンの力のタネだ。

 

 

「それってヤバくない!?なんで一回目の時零夜とシロの目に止まらなかったのよ!?」

 

「デンドロンはヘプタ・プラネーテスの中で、唯一自分の能力を制御できていないの!だから、デンドロンも、光輝も、戦闘にはこの能力は使わなかったからよ!ヘタすれば自分にもダメージが行くから!

 

 

 デンドロン――いや、光輝は唯一自身の能力を制御できなかった。強力な能力は、制御できなければ諸刃の剣と化す。

 それを体現している人物だったからこそ、『人格改変』後も無暗にその能力を使ってなかった――だから未来では易々と倒せたのか。

 

 だが、

 

 

「ヒャハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 発狂している今のデンドロンは、そんなことお構いなしに能力を使いまくっている。そして、能力を制御できていないと言う証拠なのか、弓を持っている手の肌が斬撃の衝撃で裂けて、血が噴出している。完全に諸刃の剣だ。

 痛みを感じているようには見えない。おそらく、発狂しているからアドレナリンが大量分泌して痛みを和らげているのだろう。

 

 その斬撃を、避けながら大声で情報を共有し合う。

 

 

「あれじゃ、すぐ自滅して終わりじゃない!」

 

「いや、よく見てみて!」

 

「なにって……えっ!?」

 

 

 よく見ると、出血しているところから怪我が修復されてきていた。一体どういうことなのか?

 まさか―――、

 

 

「あれはおそらく、自己修復力の力を『変化』させて傷を治しているんだわ!」

 

「そんなのあり!?」

 

 

 修復力を『変化』させて体の傷を治す――。破壊と再生をほぼ同時に行っているため、体への負担と激痛はかなりのものだろう。

 だが、デンドロンはそんなことお構いなしに攻撃を続けてくる。

 

 

「とりあえず、このままじゃジリ貧です!攻撃します!」

 

 

 二人を一旦おいて、刀を抜刀してデンドロンに急接近する。紅夜が狙うは首一点。そうでもしないと、全員に身の危険が及ぶ。

 斬撃を避けて接近し、そのまま刃を振り下ろした――、

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 その瞬間、紅夜は行動を攻撃から一転し、防御へと変更した。何事かと思ったその時、紅夜の体から()()が貫通し、紅夜の体のところどころから複数箇所の貫通による小さな出血が発生した。

 

 紅夜は後方に体を移動させ、そのまま地面に激突する瞬間、マクラが糸を吐き出してそれをクッションにして地面への激突を免れる。

 ルーミアは紅夜のもとに駆けつけて、声をかける。

 

 

「大丈夫!?」

 

「はい…!くッ!」

 

 

 出血が酷い。傷口は小さいが、数が多すぎる。修復にもかなりの時間を要するだろう。

 自分のもとに駆けつけてくれたマクラに、傷口を塞ぐ糸を作ってもらい、それで傷口を塞ぐ。

 

 

「(/ω\)」

 

「ありがとう…でも、俺は心配ないから…!でも、それより師匠が…!」

 

「ライラなら大丈夫よ。()()()待ちましょう」

 

「――ッ、はい!!」

 

 

 決意と覚悟の入った声で、そう叫ぶ。

 三年前のあの出来事で、紅夜は師匠であるライラを『大事』にするのではなく『信頼』することを決意した。

 ライラなら、きっと大丈夫だ。まだ生きている。だから、今は目の前の出来事に集中しろ!そう自分に言い聞かせた。

 

 

「それで何があったの?」

 

「アレは……アイツの『血』です」

 

「血…?血っての、あの体から出る、あの血?」

 

「はい。血が針状になって、俺の体を貫通したんです」

 

 

 その攻撃はおそらく、諸刃の剣のあの攻撃で噴出した血を針状に『変化』させて、速度も『変化』させた即席の攻撃。

 だが、その攻撃力は計り知れない。

 

 遠距離にいては斬撃が遅い、近距離では血の針が襲う…。一体、どうすれいいのだろうか?考えが、混濁する。

 

 

「ごじょおぉおおおおおおおす!!」

 

 

 そのとき、デンドロンの強烈な叫びに、現実に引き戻される。デンドロンを見ると、デンドロンは弓の弦を引き絞って矢を放とうとしていた。――輝夜と永琳に向かって。

 

 

「危ない!!」

 

 

 紅夜がそう叫ぶと同時に、凶悪なまでの威力の矢が放たれる。

 まずい!届かない!どうすれば――、

 

 その時、二人の間から細長い何かが放出され、それが輝夜と永琳にひっつくと、粘着力があるのか二人の体がこちらに引っ張られる。

 宙に浮く二人の体を紅夜はすかさずキャッチ。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「え、えぇ…ありがとう。でも、今のは……」

 

 

 永琳は自分に繋がっている細長い何かが繋がっている場所を見る。そこを見ると、マクラの口に繋がっていた。

 細長いなにかの正体は、マクラの糸だったのだ。

 

 

「あなたの糸ね。ありがとう」

 

「(`・∀・´)エッヘン!!」

 

「すごく自慢してるわね。まぁいいけど」

 

「それよりも姫様。ここままやられっぱなしは性に合いません。反撃しても、よろしいですよね?」

 

「えぇ、私も参加させてもらうわ」

 

 

 輝夜は蓬莱の玉の枝を、永琳は弓矢をデンドロンに向けて構える。

 これで、5対1。数的には圧倒的に有利だが……正直不安要素が大きい。

 

 いくら数で(まさ)っていても、今のデンドロンは正気を失っている。なにをしでかしてくるか分からないのが、一番の不安要素だ。

 

 

「いくわよ!!」

 

 

 そう、ルーミアが叫んでデンドロンへと突撃していく――、

 

 

「うッ!!」

 

「ひぐッ!」

 

「――えッ?」

 

 

 その瞬間、両隣から二人の鈍い悲鳴が聞こえ、背中が爆音で支配された。

 目の前にいたはずの、デンドロンがいない。その可能性――いや、確定していた。しかし、なにが起きたか分からない故に、その可能性を無意識に否定してしまう。

 だが、体は脳の命令を無視して、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 

「―――」

 

「―――」

 

「ヒャハハハハ!!」

 

 

 木に背中をつけて、血を流して倒れている輝夜と永琳の二人だった。

 そして、狂気的に高笑いしながら輝夜の頭を掴んで木にこすりつけている、デンドロン。

 

 

「一体、なにが…!?」

 

「ルーミアさん、アイツの脚…」

 

「脚…?あッ」

 

 

 紅夜に指摘され、ルーミアはデンドロンの脚を見る。良く見ると、デンドロンの脚から大量の血が噴出していた。

 それだけではない。何故か足の服が弾けて、肌が見える状態になっており、そこから生々しく輝き、血で光沢を持っている筋肉と、所々骨が飛び出ていた。

 超高速の代償と見える。しかし、そんな大怪我も『変化』によってみるみる内に治療されていく。

 

 

「まさか、自分の脚がメチャクチャになること前提で、アレをやったって言うの…?」

 

「……ルーミアさん。あいつに常識は通用しません」

 

 

 紅夜の言う通り、もうデンドロンに常識は通用しない。自分の被害や怪我を顧みず、ただ目の前の敵を破壊し尽くすだけの殺戮兵器と化しているデンドロンには、もう全力で相手をしないと、勝てる相手じゃなくなっている。

 

 

「輝夜さんを放せ!!」

 

 

 地面を蹴り、輝夜の頭を今だに掴んでいるデンドロンに、刀を振り下ろす。

 刃が当たる瞬間、デンドロンは後ろを振り向いて刃を素手で掴み、血が垂れる。

 

 

「く…ッ!!」

 

「命令執行邪魔スルな。お前も殺して―――」

 

 

 その瞬間、マクラがデンドロンの顔付近に急接近して、脚を拳のようにしてデンドロンの顔に直撃させる。

 衝撃で体が浮きながら後方へと飛んでいき、木々をなぎ倒し砂埃を上げながら吹っ飛ばされていった。

 

 

「<(`^´)>」

 

「マクラ…ありがとう。そうだ、二人の怪我を繋ぎとめてくれ!!」

 

「(-_-)/~~~」ピシー!ピシー!

 

 

 マクラは糸を放出して、包帯代わりにして二人の怪我を包む。

 

 

「二人は大丈夫なの?」

 

「……どうやら、気絶しているみたいです」

 

 

 二人は気絶していた。

 いくら不老不死の蓬莱人でも、気絶してしまえば動くことはままならない。そこをおそらくデンドロンは突いたのだろう。今のデンドロンにそんなことを考えることができるかどうかと言われれば不安になるが、偶然だとしても結果は変わらない。

 

 

「マクラ。二人を糸で包んで安全な場所まで運んでくれ」

 

「('◇')ゞ」

 

 

 マクラは二人を蜘蛛の繭のようにして二人を包むと、担いでデンドロンが吹っ飛ばされた方向とは真逆の方向へと走っていった。

 

 

「これで、心置きなく戦えるけど、一気に戦力が減ったわね…」

 

「仕方ありませんよ。今は、目の前のことに集中しましょう!」

 

 

 武器を構えて待っていると、デンドロンがゆっくりと歩いてきた。マクラにやられた傷が相当なのか、首をコキコキと鳴らしながら、不穏なオーラを纏っていた。

 

 

「ああああああああ!ころす!殺す!コロス!!あのクも、おレノかオをこンなニしヤッがテ!!」

 

 

 顔を殴られたことで語呂や口調がおかしくなったのか、はたまた発狂によっておかしくなったのか、言葉がメチャクチャになっていた。

 目を充血させて、握りこぶしからは血が流れる。頭を掻きむしり、強引に引っこ抜く。その様は、まさに恐怖だ。

 

 

「なにあれ……ホラー映画でももっとマシな絵面になるわよ?」

 

「……ルーミアさん、来ます!」

 

 

 デンドロンは引っこ抜いた髪の毛を投擲する。それは一瞬にして針状に『変化』して二人を襲う。

 それを左右それぞれに避けて、ルーミアは地面に手を付けて、デンドロンに向けて『闇』を広げた。

 

 

「アぁ……?」

 

 

 『闇』の沼に足がハマったデンドロンは、その場から動けなくなる。

 

 

「今よ!」

 

「はい!」

 

 

 『妖力纏い』を発動し、刃に妖力を纏わせてデンドロンの首を狙って今度こそ斬りぬかんと振り払った。

 だが、さらにデンドロンは狂気的な行動に出た。

 

 

「あぁあああ!!」

 

 

 デンドロンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 もっと分かりやすく説明すれば、口が開いている状態で、刃が口を貫き、後頭部から鮮血が垂れる刃が丸見えになる。

 

 

「―――ッ!!」

 

「あひゃぁぎゃぎゃがひゃ!!」

 

 

 何を言っているか分からない。それよりも、デンドロンのとった狂気的行動に、言葉を失い思考が停止してしまい、次になにをすればいいのか分からなくなってしまっていた。

 その隙を突いて、デンドロンは次の行動に移す。

 

 

――ザクッ!!

 

 

「ッ!?」

 

「嘘でしょッ!!?」

 

 

 デンドロンは刃となった弓で闇の沼にはまった自身の足を斬り、無理矢理拘束から外れる。さらに斬った足を足場にして、跳躍。紅夜の頭の上空を掻い潜って背後を取りホールドされた。

 

 

「しまったッ―――グっ!!」

 

「げひひひひ!!ひゃはひゃは!!へへへへ!!」

 

 

 刃となった弓の先端で、紅夜の体を何度も串刺しにする。鮮血が舞い散り、紅夜の苦痛の悲鳴が、ルーミアの鼓膜に響く。

 一刻も早く彼を助けたい。だが、このまま攻撃すれば彼にもダメージが及んでしまう。ルーミアは、精一杯、困惑する頭を冷静にして、解決策を見出そうと―――、

 

 

「やられっぱなしで…いてたまるか!」

 

 

 紅夜が叫ぶと、空中に無数の石礫が浮遊する。三百六十度、隙間なく。それを、自分ごと被弾するように発射した。

 

 

「ああああああああああぁあああ!!」

 

 

 デンドロンの汚らしい叫びが響く。砂ぼこりが舞い、中がどうなっているのか、全く見えない。ルーミアは杜撰に、適当に妖力を手に纏わせて、腕を薙ぎ払った。衝撃で突風が舞い、砂ぼこりを一瞬にして晴れさせた。

 

 埃が晴れたその場所には、膝をついた紅夜がいた。体の所々から血を流して、気絶しているように見えた。

 

 

「紅夜!!」

 

 

 ルーミアは走って、紅夜の元へと駆け寄ろうとする。

 が、しかし、焦りすぎたあまり、ルーミアは一つ重要な失念をしていた。

 

―――デンドロンがその場にいないということを。

 

 

―――ザクッ

 

 

「……え?」

 

 

 突如聞こえた、鈍い、何かを貫く音。その音の出所は……自分の腹。なにが起きたかとゆっくりと見てみると、そこには見慣れた弓の先端が、自分の腹を貫いている現状だった。

 状況が理解でき、ゆっくりとその場で倒れ伏す。

 

 

「バか、バカ、馬鹿なおばかさん……。まるで王子と結ばれなかった哀れなお姫様!!ひゃははははは!」

 

「デン、ドロン……!!」

 

 

 そこには、服がボロボロになりながらも、『変化』の力で体の損傷が完全に回復しきっているデンドロンの姿だった。

 

 

「はいそうです、ヘプタ・プラネーテスの一人、デンドロン・アルボルです!!よろしくね可哀そうなお姫様!!ハハハハハ!!」

 

「笑ってんじゃ、ないわよ…!」

 

 

 その笑い声を聞くだけで、虫唾が走る。気持ち悪い。今まで何度も生理的嫌悪を感じる嫌な男どもを見てきたが、デンドロンは別のベクトルで生理的嫌悪を感じる。

 話が通じそうで、通じない。今までで一番厄介な相手だ。

 

 

「痛いですか?痛いですよね!!そりゃそうだ、腹に『木』がぶっ刺さってるのだから!」

 

「だから、なんなのよ…!!」

 

「だって、俺、『木』のヘプタ・プラネーテスですよ?『木』を使うのは当たり前じゃないですかアハハハハハ!!」

 

 

 言ってることが、無茶苦茶で支離滅裂だ。言葉の主語が分からない。と、言うより何を伝えたいのか全く分からない。

 

 

「言ってる意味、全然、分かんないわよ…。もっと、分かるやすく言いなさいよ、このイカレ野郎…!」

 

「ハハハハハハ……って、俺、なんで笑ってたんだ?まぁいいや!命令執行、殺そ、殺そう、殺しちゃおう♪」

 

 

 先ほどの会話の内容も忘れ、愉悦に浸りながら『命令』に従ってデンドロンは対象達を殺そうと足りなくなった頭で模索する。

 だが、そんな頭でまともな案が出るワケもなく、

 

 

「んー、まぁどうでもいー!ていうか殺すって誰を殺せばいいんだっけ?………まぁ全員殺せばいいよな!」

 

 

 ついには殺害対象であろう二人のことすら忘れ、全員を殺せばいいと言う思考に帰結してしまった。

 

 

「とりあえず、君から殺っちゃおう。えぇと…臘月様、確か言ってたなァ。女は凌辱して絶望させるのが一番良いって

 

「――――ッ!!」

 

 

 そのとき、ルーミアの全身に悪寒が走る。『凌辱』と言う言葉が出てきた時点で、女性がどのような結末に至るかは、目に見えている。

 今すぐ、なんとかしてこの場を切り抜けないといけない。しかし、開いた傷がどうしても塞がらない。おそらく、『変化』の力で再生が遅延している。

 

 

「――――」

 

「………?」

 

「ねぇ」

 

「な、なに、よ…?」

 

 

 デンドロンは、痛みで地面に伏しているルーミアの顔を見下ろしながら、尋ねた。

 

 

凌辱って、なに?

 

「――は?」

 

「だってだってだって……臘月様はそう(おっしゃ)った!!でもでもでも、凌辱って何をすればいいんだ!?分からない分からない分からない!!臘月様は絶対的な主だから、あの人の言うことは絶対なのに!このままじゃ彼への忠誠が嘘になってしまう!!」

 

「な、何言ってるの、コイツ…?」

 

 

 さらに増々意味が分からなくなる。言っていることと思考がバラバラでそこに自分の意思と言うのが感じられない。

 だが、自分の意思で『凌辱』の意味を聞いているのだろうが、それでも不気味さは変わらない。

 

 

「どーすればどーすればどーすればァアアアアア!!!」

 

 

 デンドロンは自身の頭を木に叩きつけて殴打する。その度に頭から血が噴出し、かなりエグい絵面になっている。

 それを10秒ほど続けていると、ピタッと、デンドロンが自傷行為を止める。

 

 

「あー思い出した…。凌辱って、とりあえず全裸にさせればいいんだ」

 

「ひッ!」

 

「あ、もしかしてその反応、当たり?当たりだよな、正解だよな、間違ってないよなぁ!!やったやったやった!これで臘月様への忠誠が嘘じゃなくなった!さて、と……」

 

 

 ギョロっと、デンドロンの瞳がルーミアに向いた。凌辱の意味の一部を理解した彼は、主への忠誠の証として、主の言葉をそのまま再現するために動く。

 

 

「うッ…」

 

 

 恐怖で身がすくむ。今すぐにでも、この場から逃げ出したい。でも、それをすることはできない。このまま自分が逃げれば、紅夜が今度の標的になって、()()()()()()()()()()()

 そんなことにはなりたくない。その一心で、まだ回復しきっていない体を、闇の剣を松葉杖代わりにして立つ。

 

 

「うん、良いね。いいと思うよ。そうじゃないきゃダメなんだ。臘月様は言っていた。その目!その瞳!その反抗しようと抗う気概!臘月様は言っていた!そう言う女の方が堕とした時の快感がたまらないって!実行したい!やってみたい!その快感を、味わってみたい!!」

 

「やらせるわけ、ないでしょうがぁあああああああ!!!」

 

 

 闇の剣を全力で振るって、目の前の敵を全力で排除すべく声を荒げて――、

 

 

「うあああぁああああああああああああああ!!!」

 

 

 その時、ルーミアの両真横から視認できないほどのスピードで()()()()()が通り過ぎ、デンドロンに直撃して、デンドロンは遥か彼方まで吹っ飛んでいった。

 

 

「え……ッ?」

 

「すまない、ルーミア。諸事情で遅れた。良く持ちこたえてくれたな」

 

「さっきマクラとも合流した。彼女になら、妹紅も任せられるしね。それに、まだ誰も死んでいないようで安心した」

 

「あんたたち……来るのが遅いのよ…!!」

 

 

 そこに現れたのは、金髪のサラシを巻いた女性と、全身を白装束で統一している男性だった。

 

 そう、ライラとシロ。

 今ここに、二人の『権能』持ちが、集結したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?ルーミア」

 

「今傷を治すから、じっとしててね」

 

 

 シロがルーミアの傷に手をかざすと、その傷がみるみると塞がっていく。『変化』の力を易々と破り、上書きするあたり、流石だ。

 

 

「シロ!紅夜も頼む」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 

 シロがその場から紅夜に向けて手をかざすと、薄緑色の粒子が紅夜に向けて飛んでいき、その粒子がみるみる内に傷を治していく。

 ライラは紅夜の元へ駆け寄り、肩を揺さぶる。

 

 

「おい紅夜!しっかりしろ!」

 

「ん、あ……師匠…?」

 

「あぁそうだ!よかった、無事で…」

 

「師匠こそ…ご無事で、良かったです。信じて、待っていたかいが、ありました…」

 

 

 回復したばかりか、口調が今だに途切れ途切れだ。だが、喋れると言うことはそれなりに回復しているはずだ。

 

 

「馬鹿者め…。だが、それでこそ私の弟子だ」

 

 

 ライラは珍しく、涙ぐんでいた。出かけた一滴の涙を指で拭く。

 

 

「感動路線に入っているところ悪いけど、まだ終わってないよ」

 

「おっと……そうだったな。回復したところで悪いのだが、ルーミア。アイツの能力がなにか、永琳から聞いていないか?」

 

「そうだったわ。アイツの能力は『変化』。あらゆるものを変化する力よ。それだけじゃなくて、アイツ自身も大分頭がイカれていて、自傷行為もしでかす奴よ」

 

「……僕の知っているデンドロン像と大分離れてるんだけど。前に見た時はそんな狂人チックじゃなかったんだけど?」

 

「困惑しているところ悪いが、ルーミアの言っていることは本当だ。一瞬だけだったが、アレは正気とは思えない。そして、その原因はあの力が関係しているはずだ」

 

「―――あぁ、そういうことか。道理で、デンドロンの魂が回収できなかった訳だ…。臘月はともかくだけど」

 

「え、え?」

 

 

 ルーミアの知らないところで、二人の間でどんどんと話が進んでいく。正直、訳が分からない。

 

 

少なくとも、デンドロンの件は()()()が絡んでいることは間違いない

 

「……どういうことだ?」

 

 

 その言葉に、ライラも首を傾げる。途中までついて行けたのに、この話題になった瞬間ついて来れなくなっていた。

 正直、話の手順がもう曖昧で分からない。

 

 

「あぁ……もっと分かりやすく説明するとね、デンドロン・アルボル。アイツは『権能』に覚醒している

 

「えっ、嘘でしょ!?」

 

 

 ルーミアの顔が、驚愕で染まる。

 『権能』。それは言い換えればバランスブレイカー、チート、反則だ。そして、ライラとシロが持っているものと同じである。

 道理で、自分達の攻撃が通用しないわけだ。ルーミアは、この三年間で『権能』のについて詳しいことをシロと零夜から聞かされているため、話について行けている。無論、紅夜も同様だ。

 

 そこに、回復した紅夜が話に参加する。

 

 

「『権能』って…シロさんと師匠の力と、同じ力、なんですか?」

 

「あぁ。だから、心配だったんだ。『権能』と『能力』の絶対的な力の格差がある以上、どれだけ耐えていられるか、不安だった」

 

「あんなイカれた奴でも、覚醒できるのね『権能』って…」

 

「『権能』に善も悪もない。まぁ、個人の考え方で変わるけど…」

 

 

 『権能』は、覚醒の基準が個人によって変わる。故に、条件さえ揃っていればあとは基準を満たすだけで『権能』に覚醒できるのだ。

 それを知って、その『基準』も知りたかったが、それを知ると逆に難しくなるからと教えられなかった記憶が新しい。

 

 

「それにだ。アイツの覚醒の仕方……明らかに手順を踏んでいない。『権能』に無理やり覚醒してやがる!」

 

「「ッ!?」」

 

「どういうこと、それ!?」

 

「そのままの意味だ…。あの男は、無理矢理力を手に入れたようだ。私たちには分かる…。あの歪なオーラは、その証拠だ」

 

 

 『権能』持ちにしか分からない、『権能』特有のオーラ。その歪で不快感すら感じるオーラ。正当な手順を踏んでいないからこそ感じる悪寒だと、ライラは言う。

 

 

「でも、そんなことが可能なの?」

 

「現状、そんなことが可能なのは、『俺』は二人しか知らない。でも、そこら辺の話はいつかするとして―――来るよ」

 

 

 全員が目の前を見ると、ゆっくりとデンドロンが歩いてきていた。

 

 

「あぁ…痛い、辛い、苦しい!でも嬉しい、愉快だ、愉悦に浸れている!ぶっ殺せる奴が倍に増えたから!」

 

 

 二人に殴られたデンドロンの顔の傷は、ゆっくりながらも完治に向かっていた。

 ルーミアと紅夜の攻撃が効かなかったのは、デンドロンがすでに『権能』に覚醒していたからだ。二人が大怪我を負うのも、無理はなかった話だった。

 今まで、デンドロンが怪我をした理由は自傷によるものだ。故に、『権能』と言う可能性を完全に捨て去ってしまっていたのも、一つの認識ミスの理由だ。

 

 

「それに、その力の波動!俺と同じだ、同一のものだ!私は嬉しい!俺も嬉しい!僕も嬉しい!嬉しさマックスでハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

「分かってはいたけど、やっぱりキモい」

 

「奴の言動など気にしても無駄だ。アイツを相手できるのは、私たちだけだ。気合を入れていくぞ!」

 

 

 一人称も何を伝えたいのかも分からないデンドロンの高笑いに、引くシロ。言動を無視してシロに喝を入れるライラの姿は、なんと男らしいか。

 

 

「それじゃあやろうかやりあおうか!」

 

 

 デンドロンは背中にある矢筒から矢を取り出して、指と指で挟む。それを投擲すると、速度が『変化』して、剛速球の如く、二人の体を貫通させるために向かってくる。

 

 

「ふんッ!」

 

「よっと!」

 

 

 ライラは刀で、シロは召喚した剣で薙ぎ払う。

 進行方向がずれた矢は軌道が逸れ、森林を穿(うが)ち、直撃した大木が横にメキメキと音を立てながら倒れる。

 

 

「行くよ」

 

「分かっている!」

 

 

 二人は己の獲物を手に取り、デンドロンに向けて武器を振るった。

 

――権能力者同士の戦いが今、始まる。

 

 

 

 

 

 




 どうも、今回のまとめです。
 キャラが定まっていないデンドロン参戦!スマブラ風に言ってみたけど、やっぱり異常だわ。

 そして、デンドロンの能力――『権能』が『変化』であることが明かされましたね。ヘプタ・プラネーテスの中ではデンドロン(光輝)は何もかもが異色を放ってますよね。
 名前も、能力も、すべて『木』には全く関係ないのに、どうして臘月は光輝を『木』の席に据えたのか、今だに真意が分かりませんね。

 未来のデンドロンは『権能』持ちじゃない零夜でも倒せていたので、『能力』止まりだったことが示唆されてますね(『権能』持ちでも自傷すればダメージは入る。事実、18話での紫の攻撃でシロが一度死んでましたけど、あれは『自傷』だったんですよね
 いつか言おうと思ってましたけど、いつ言うか迷ってたんで、今言いました。

 デンドロンは精神面でかなりおかしくなった影響でアドレナリンが過剰分泌して痛みをほぼ感じない体質に変化しています。
 そのせいで自分の体がどうなろうがお構いなしに『変化』を使いまくって破壊と再生を繰り返す【ヘルライジングホッパー】状態です。
 これって、かなりまずいですよ。

 最後に、デンドロンが無理やり『権能』に覚醒したことなんですけど、シロが言う二人はもう存在が明るみになってるんですよね。
 覚えてましたか?


 それでは、また次回!
 評価:感想:ツイッターのフォローよろしくお願いします















―――なんで、デンドロンはアタッシュアローのこと知ってるんだろう?







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69 狂乱と贖罪(しょくざい)の始まり

 いやー、今回いろいろとあったから、投稿が遅れたぜ。
 土曜日を二回も家以外で過ごしたからなー。

 まぁとりあえず、どうぞ。


「はぁッ!」

 

「おらよッと!」

 

 

 光り輝く斬撃と、風の斬撃がXの文字となり交差(クロス)する。

 その先にいるのは、アドレナリンが過剰分泌している狂人――デンドロン・アルボル。デンドロンは二人の武器を素手で掴み、そこから鮮血が垂れる。

 

 

ライラ(きみ)のこの刀…良い獲物だ。良い武器だ。良い装備だ。長年使い込まれている業物……そういうのは、とても好きだ!!」

 

「貴様に褒められても嬉しくなどない!」

 

 

 ライラは自身の足に光の力を付与してデンドロンの顎を蹴り上げる。直撃したことによって、デンドロンの口内から唾やヨダレなどが混じった粘性のある血が噴出した。

 

 

「あとは『俺』に任せろ!」

 

 

 シロは蛇腹剣を二本召喚して内側に振るう。軌道が予測不能な蛇腹剣は、デンドロンのありとあらゆる箇所を切り刻む。

 それは胴体であったり、腕であったり、足であったり、首であったり、とにかく様々な場所が斬撃に襲われた。

 

 重力に従い、血を流しながら倒れるデンドロン。

 

 

「やったか?」

 

「ライラ、それフラグ」

 

「はッ?」

 

「ハッ、ハッ、ハァッ…!!」

 

 

 ライラが立てたフラグがものの見事に回収され、デンドロンはあれだけ痛めつけられた状態で、笑いながら起き上がった。

 『変化』の権能で斬られた箇所を再生しながら。

 

 

「結構痛かった…。でも、その子ほどじゃない!その武器からは感じられない。研鑽が、経験が、モノへ込めた想いが!」

 

「そりゃそうだ。即席の武器だからな…」

 

 

 そう、適当に正確な返答を返す。正直、デンドロンと邂逅した時間が短いシロでさえも、デンドロンと話すのは疲れていた。

 さっきからキャラがコロコロと変わり、一体どれが『デンドロン』本人の人格すら全く分からなかった。言動や性格が少しずつ変わっていって、どう接していればいいのか分からないからと言うのが、一番の理由だ。

 唯一の共通点と言えば、どのキャラも発狂して狂っているということだけだ。

 

 

「あの方への忠誠のため、今ここで死ね!」

 

「死ぬか馬鹿!」

 

 

 『変化』された速度で一瞬にして間合いを詰めたデンドロンはシロに向けて空中回転蹴りを炸裂させ、シロは自らの腕でガードする。

 その隙を逃さず、ライラはデンドロンの首をめがけて刀を振るった。

 

 が、すかさず防御のためにデンドロンが突き出した左手がその軌道をずらした。刃と手、どちらが負けるかは明白で、ライラの刃がデンドロンの左腕の肉を掌から縦に裂いていき――途中でビタッと止まる。

 

 

「――っ!」

 

 

 その刹那、当たらないはずの攻撃に当たった。そのせいで、口から吐血した。

 ライラは、鳩尾(みぞおち)に強烈な痛みを感じた。そこは、射程と距離とデンドロンの手足の長さから考えれば決して当たらない所。

 右手では決して届かない。かといって、唯一届くはずの左手はこのざま。一体、何がライラに当たった?

 

 何が起こったのかと状況を確認するライラ。そして――とんでもないものを目の当たりにした。

 

 

火雷(からい)炸撃(さくげき)ッ!!」

 

 

 それと同時に、シロが防御から攻撃に転じた。拳に『炎』と『雷』を纏わせて、デンドロンを殴る。

 

 

「アガァアアアアアア!!」

 

 

 発火と感電が同時に炸裂し、悲鳴が響く。

 その場で膝から崩れ落ちたデンドロンを尻目に、シロはライラを担いでデンドロンと一定の距離を取った。

 

 

「大丈夫かい?」

 

「あぁ…不覚を、取った」

 

「そっか。にしても、驚きだねぇ…。『変化』出来るとはいえ、あそこまでできるなんて。どっかの能力者かよ。いや、能力者か…」

 

 

 全身が焦げたデンドロンの左側…途中まで二つに裂けた左腕。二人はそこに注目していた。二人がそこに注目する理由――それは『長さ』にあった。

 デンドロンの左腕が、異様に長かった。右と比較しても、その差は約1.5倍。おかしいと思えるには、十分な違いだった。

 

 

「―――」

 

 

 ピクッと、デンドロンの体が動いた。同時に警戒態勢を強める二人。―――『変化』はそこから始まった。

 最初の変化は『皮膚』からだった。焼け焦げた全身の皮膚がみるみると剥がれ落ち、新鮮で真新しい皮膚へと『変化』を始めた

 それと同時に、ゴキゴキと骨の鳴る音とともに異様に長かった左腕の長さが右腕と同じ長さに戻っていく

 鳴りを潜めると、デンドロンが声を発した。

 

 

「アァ…いい。怪我をして、自分が傷つく度に、あの方のために働いているのだと実感できる!」

 

「……ねぇライラ。気持ち悪いって思うのは『俺』だけかな?」

 

「安心しろ。私も同意見だ」

 

 

 久しぶりに、二人の意見が一致した瞬間だった。

 それでも、問題は変わらない。『変化』による即時回復――いや、『再生』をどうにかしない限り、デンドロンへの勝ち目が見えてこない。

 

 

「それに、あの再生能力が厄介だな…」

 

「あぁ、あれを突破するには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()必要がありそうだ」

 

「それなら、私の得意分野だ。……頼まれてもらっていいか?」

 

「無論。どんどん使っちゃって」

 

 

 シロは一歩前に出て、右手の中指を立てながら大声で叫ぶ。

 あの手の相手には、『煽り』が一番効くのだ。

 

 

「おいデンドロン!お前あの臘月っつー糞野郎に仕えてて恥ずかしくないの!?人間としての失敗作とさぁ!」

 

「なに―――?」

 

「もう一度言おうか?あんなクソ野郎に仕えてるお前の頭、一回解剖してみてぇなーってことだよ!!」

 

 

 シロの明確なまでの煽りに、臘月の頭の血管が千切れた音が聞こえる。デンドロンの顔が怒りで歪みに歪み、憤慨した悪魔の形相へと早変わりする。

 

 

「クソヤロウ、だと?ふざけるなぁ!!あのお方は偉大で、尊大で、至高な存在なんだ!それを、クソ野郎だと!?万死に値する!!」

 

 

 臘月を呼び捨てにしたことによって、デンドロンの琴線に触れ、劇的な回復を見せて高らかに叫ぶ。

 

 

「ほざけ。アイツがそんな偉大だったら人間はもっとマシな生き物になってる。むしろアイツには下劣で卑怯で薄汚い存在って言う方がお似合いだぜ!!」

 

「貴様ァあああああああ!!!」

 

 

 逆鱗に触れられたデンドロンは血管が浮き出てそれがブチ切れるほどに発狂し、怒り狂った。その状態を見て、シロは――にやりと笑った

 

 

「ほら来いよ!てめぇの尊敬する人を馬鹿にした奴はここだぞ?あんなクソみたいな人間を慕っているお前は、どんだけクソ野郎なんだろうなぁ!?」

 

「それ以上あの方を侮辱するなぁああああああ!!」

 

 

 デンドロンは地面を蹴り、拳を叩き込んだ。当然の如くそれを避けたシロは、デンドロンの背中の方向へと逃げた。

 デンドロンは目を血走らせながらシロの跡を追う。

 

 

「ほらほら、鬼さんこちら!」

 

「逃げるなぁあああああああ!!ぜっ、ぜった、絶対に贖罪させて、させてやるゥううううう!!」

 

 

 怒りのあまり言葉が途切れ途切れになりながらも、怒っていると言うことは分かる喋り方でデンドロンは追いかけてくる。

 だが、これも想定の範囲内。いくら発狂している狂人といっても、思考パターンさえ把握すれば誘導することは簡単だ。

 単純な思考しかできない狂人ならば、それは尚更だ。

 

 デンドロンは弓を横に持って、そのままへし折る。それはさながら木製の二対の鎌。

 

 

「切り刻んでへし折ってひき肉にしてやる!!」

 

「ワイルドスラッシャーかよ!?」

 

 

 シロがそうツッコむと、我武者羅にデンドロンは二対の鎌となった弓を振るう。一から二になった刃は先ほどよりもさらに斬撃の数を増やし、シロが通った道を跡形もなく破壊していく。

 

 

(本当に狂ってるな…目の焦点が『俺』に合っているようで合っていない。クソっ、理性を無くした相手との戦いは流石に『俺』でも――)

 

 

 初めてだ。シロ()は―――●●●()は、ここまで狂った相手と、今まで一度も戦ったことがない。

 まとも話せる敵は今まで何人もいたが、本格的なまでに頭の思考回路が不明すぎる相手と戦ったのはこれが初めてだ。 

 

 

(こんなに狂った奴じゃ、『俺』も対処方が分からねぇ!こういうときって、漫画やアニメではどうしてたっけ…?)

 

 

 前世で見ていたアニメや漫画の内容を思い出すが、あの頃はまだ精神が未熟で、人の死に耐えられるほどじゃなかった。

 狂人キャラは常軌を逸脱した突拍子のない行動(殺戮)を起こすことが多いため、あえて覚えていなかったのが今更になって仇となった。

 

 

「ともかく行き当たりばったりだ!とことんやってやるよ!」

 

「逃げるなぁあああああああ!!」

 

 

 はちきれそうなほどに叫んでいるデンドロンの声を聞いて、シロはその場で立ち止まって、武術の構えを展開する。

 

 

(正直、武術なんて一回も習ったこともない。この構えだってどっかのアニメのやつ真似しただけだけど……それでも)

 

「観念したかクソが!その煩わしくあの方を愚弄した口を、繋いでやる!」

 

 

 デンドロンの拳が、強力な熱を帯びた状態へと変化する。近づいてくるほど、皮膚や肉の焦げた匂いが鼻に染みついてフードの奥の顔を顰める。

 アレは体の熱を『変化』させた結果だろう。火傷すら厭わないとは、ある意味で恐怖を覚える。

 

 

「熱すら無視するか。だったらこれなんてどうかな!」

 

 

 シロは自身の右腕に『(エネルギー)』を()()()に溜めて、近づいてきたデンドロンの攻撃を避けて腹に直撃させる。

 デンドロンは疼くが、それだけでは足りないとニヤリと笑う。

 

 

「それだけじゃ俺には私には届かない!地上の民よ、燃え尽きグフッ!!」

 

 

 言いかけた時、()()()()がデンドロンを襲った。だが、シロはこの打撃の際に一切デンドロンに触れてなどいない。動いた様子も確認できなかった。

 デンドロンは訳が分からないまま、さらに3撃目、4撃目と連続で打撃を腹に受ける。

 

 

「ウゴォオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

 目に見えない拳による連撃が、デンドロンを襲った。何度も同じ威力の打撃が同じ一点()に叩き込まれることで、胃の中のものが逆流し始める。

 それを汚いと思いながらも、シロは天高く昇っていくデンドロンを見上げる。

 

 

「なんかのアニメとどっかのアニメの技を掛け合わせてみたけど、かなり使えるな」

 

 

 シロは基本、自分で技などを考えない。なぜなら、大抵の敵は普通の攻撃だけでオーバーキルできるから。技など必要なときはアニメから引っ張ってくる。

 “そう言えばこんなのあったなー”と言う軽い感覚でその技を真似て、ノンフィクション(現実)で出来なかったことをフィクション(妄想)であるこの世界だからこそ使える芸当だ。

 

 

「えっと確かこの技は…どっかの呪術アニメとグルメバトルアニメの主人公の技を掛け合わせた……って、これだけしか思い出せねぇや」

 

 

 テレビで直接見たアニメなんてもう合計千年以上見ていない。それに、アニメのことなど思い出している余裕すらなかった過去だ。ほとんどもう覚えていない。

 朧気な記憶で、再現できるところまでやっているだけだ。

 

 

「著作権とか、特許とか、世界が別だからどうでもいーよね」

 

 

 そうある意味身勝手な理論を並べて、フードの奥で不適な笑みを浮かべる。

 この技の理念は、自身の『力』を段階的、弾速的に発射することによって連撃を可能とする技だ。つまり、溜めた力が尽きるまで終わらない、地獄の片道切符。

 

 

「でも、俺だけで終わらせたらライラに怒られるし…」

 

 

 シロは地面を蹴って跳躍する。その体は現在飛翔中のデンドロンの高度すらも軽々と飛び越え、ガトリング砲を召喚して、一斉にデンドロンに撃ち込む。

 

 

「アアァアアアアアアアア!!!」

 

 

 デンドロンの悲鳴が聞こえる。いくら回復するといっても、それには速度があるはずだ。空中に打ち上げられている状態でその間反対からの攻撃。とても人間の体で耐えられるものじゃない。

 デンドロンには、この方がいい。連続で複雑な傷を叩き込めば、流石に無力化できると踏んだ。

 

 

「ふざけ、ふざけるな!この俺が負けるはずがない!僕は最強なんだよ!?我は月も地上も凌駕するほどの力を持っているはずなんです!私は誰よりも強いんダァアアアアアア!!」

 

「キャラと言動統一しろや!」

 

 

 今度は『バズーカ砲』に『ミサイル』を追加で発射。地面に着弾すると同時に、大爆発を起こし赤く光ながら地面を震撼させる。

 やりすぎたとは思うが、あの狂人相手にはここまでやらないと効かないだろう。現に今デンドロンはキャラ崩壊を起こしている。いや、すでに元から崩壊していたが、さらに激しくなっている。

 

 

「グガァアアアアアアアアアア!!」

 

 

 デンドロンの汚い叫びが再び響く。

 シロは浮遊しながら、地面を見下ろし、デンドロンの状態を確認するために目に力を入れる。

 

 

「うぅ、うう……」

 

「どうやら、効いてるっぽいな。『俺』じゃなかったら流石に危なかったかも―――」

 

「ウガァ!!」

 

 

 その時、シロの言葉が無理やり遮られた。

 その理由は―――ここまで跳んできたデンドロンが、自身の右腕から走った鮮血の噴水と、自身の右腕が宙を舞っていたから

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 そして、それより驚愕すべき事実は、獣のように四つん這いになったデンドロンがシロの千切れた右腕を加えていると言うことだ。

 痛みに悶えながらも、シロは地面に急いで着地する。それと同時に、少し遠くでデンドロンが着地したと思われる茂みのカサカサと言う音が聞こえた。

 

 

「この高度をたった一瞬で…!?いや、それよりあの野郎…!俺の右腕()りやがって…!」

 

 

 デンドロンが落下した方向へと茂みや草を掻き分けながら走り、その場所へと到着したと同時に、信じがたい光景を、目の当たりにした。

 

 

クチャ クチャ グチョ バキッ ゴキッ ゴリッ

 

 

 それは、()()()咀嚼(そしゃく)して、噛む音だった。柔らかいなにかを口に入れ、硬い何かを嚙み砕く音。

 その音の中心にいるのは、やはりデンドロンだった。デンドロンは丸まって、何かを食べている。咀嚼音の正体はデンドロンから発せられていた。

 

 そして、暗くて見えずらいがその隣には―――血で紅く染まってソレだと分からなくなったシロの白い服の腕の部分の布が落ちてあった。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 それを見て、シロはデンドロンが何を喰べているのか、理解した。いや、理解してしまっていた。慣れているはずだ。こんな光景。こんな音。この鉄の匂い。

 それでもこれほどの恐怖と忌避感を覚えるのは、それが、()()()()()()()()()()()

 

 デンドロンがゆっくりとこちらを振りむく。

 

 

「――――?」

 

 

 デンドロンが手に持っていたのは、骨と筋肉が露出している、腕だった。これだった。咀嚼音の正体は、この腕だった。

 柔らかいものを食べる音は肉を食べる音だった。硬いものを嚙み砕く音は骨を嚙み砕く音だった。

 驚愕しているシロを無視して、デンドロンは残りの肉と骨を一気に平らげ、食した。

 

 

「ご馳走様でした…。お前、生意気なクセにいい味するんだな」

 

「お前…ッ!!ついに人であることすら辞めたか!」

 

 

 この感情は、怒りだ。自分の腕を食べられたことによる、今までに感じたことのない異色の憎悪。シロや零夜も、自分は人間失格だと自覚しているが、それでも最大の禁忌(タブー)であり忌避していた行動…同族喰いだ。

 それを、デンドロンは行っていた。

 

 

「なんだよ急に……あぁ、そうか。どうして戦いの最中に食べてるのか、疑問に思ってるのか?」

 

「はッ?」

 

「だってそうだろ?普通、戦いの最中に食事なんてしない。そんなの俺だって分かってる。それを不思議に思ってるんだろ?だから教えてあげようと思ってさ」

 

 

 ずれている認識の仕方に、さらにシロの怒りのボルテージは上がっていく。自分の体の一部を捕食されることが、ここまで気持ち悪いことだったなんて。正直生まれて初めての経験だった。

 

 

「そういうことを言っているんじゃ――」

 

「腹が減るからさ」

 

「……なに?」

 

「戦ってると、猛烈に腹が減って、体が痩せちゃう。それを補うためには喰うしかない。だから食べているんだ。食べると言うのは生物的な本能。つまりは仕方のないことなのさ。分かってくれたかな?」

 

「……そうか」

 

 

 なにを当たり前のことを言っているのだと思うが、同時に納得がいった。アイツは体が痩せるといった。体の失った部分を『変化』させて回復させるには、その組織や細胞を回復させるための栄養が必要だ。そこだけは、能力や権能で補えるものではない。

 『回復』や『再生』と言うのは一種の『栄養の前借り』だ。体の復元は栄養がないとできないのだ。

 

 つまり、ここからは憶測だがデンドロンの体は『変化』の権能によってト○コ方式になっているはずだ。トリ○方式の体ならばカロリーを滅茶苦茶蓄えられる。

 今までその蓄えで『変化』による回復を行ってきていたのだろう。だが、さっきの嘔吐も含めてか、その蓄えが切れて敵の体を捕食していた。

 

 

「確かに、食べると言うのは生物学的には本能によるものだから、言えることは何もない。けどな……」

 

 

 シロは足に今まで以上の力を入れて、自身の持てるすべての『権能』で体を強化した。その体で一瞬にして失った右腕を再生し、地面を蹴って、一瞬でデンドロンとの間合いを詰めた。

 

 

「俺の体、勝手に喰ってんじゃねぇよ!!」

 

 

 再生した右腕で、デンドロンを思いっきり殴り飛ばした。

 

 

「おぶぅうううううう!!!」

 

 

 腹を直で殴られたデンドロンは、汚い悲鳴を上げて遠くに吹っ飛ばされそうになる。だがしかし、それを許すほど今のシロは甘くない。

 その体を左手で掴んで、地面に叩きつける。そのまま足で踏んづけて体を地面に固定して、殴り続ける。

 

 デンドロンの体から鮮血が舞い、骨がひしゃげる音が聞こえる。

 

 

「お前には、これだけじゃ足りねぇよな…!!」

 

 

 シロは武器を召喚する。召喚した武器は、グニャグニャとした特殊な形状のピンセットだ。それを思いっきり――口内に突き刺した。

 

 

「――――ッッッッ!!!!」

 

 

 デンドロンの悲鳴にならない悲鳴が聞こえた気がした。それを無視して、シロはあることを口にした。

 

 

「普通、こんなことしたら延髄(えんずい)に突き刺さって死ぬが、このピンセットの金属部位は少し特殊でな。生命活動に必要な部位や神経なんかを素通りして貫通してくれるんだ。便利だろ?」

 

「―――ッ!!」

 

 

 つまり、本来死んでしまうような攻撃でも、このピンセットでは死ねないと言うことだ。

 ちなみに、紅夜の刀の刃を口で受け止めても死ななかったのは、ただ単に筋肉で受け止めた際にそこまで貫通しなかったからだ。

 最悪な拷問器具を目の前に、デンドロンが血走った眼でシロを見た。

 

 

「どうした、今更怖気づいたのかあぁん!!?人の腕喰っといて、今更待ったはナシだ。お前は少し調子に乗りすぎた。殺しはしないが……お前に一つ教えてやるよ。同じ『権能力者』でも存在する、()()()()ってのをな!」

 

「アア…アァ!!?」

 

 

 シロは四本の剣を召喚すると、それを『権能(念動力)』で動かし、それをデンドロンの四肢に突き刺した

 

 

「グガァアアアアアアアア!!!」

 

 

 デンドロンの獣のような雄叫び(悲鳴)が響く。これで、デンドロンの体は地面に完全に固定された。そこからさらにピンセットで口の中を固定されているから、声をまともに出すどころか顔を動かすことすらできない。

 

 狂気に溺れている今のデンドロンならば、そんな状況からも自分の安否を顧みずに脱出を試みるだろうが、延髄と言う傷ついたら生命活動が停止する危険な場所へのダメージを考慮しているのか、無理に脱出をしようとはしなかった。

 ただ、魚のようにジタバタと暴れているだけだ。

 

 

「正直さァ……ここまでキレたのはホントいつぶりだよって話だ。()()()()()で、本当にムシャクシャする」

 

「ア…ガ…?」

 

「喋るんじゃねぇよ!!」

 

 

 シロは獄炎で燃える巨大なハルバードを召喚して、それを無防備なデンドロンの腹へと振り下ろす。

 

 

「アガァアアアアアアア!!」

 

 

 血と肉が焼き焦げる音と匂いが、辺りに充満する。

 

 

「楽に死ねると思うなよ…?と、言いたいところだけど、まだ終わってない。てめぇのトドメはアイツに任せる」

 

 

 シロはデンドロンの体を持ち上げる。剣で固定した部分がブチブチと音を立てながら肉体がシロに持ち上げられる。

 それと同時に()()()()()に向かって投げる。

 

 

「ライラ!やっちまえ!!」

 

 

 その瞬間、森の奥から光る一閃が迸り、一直線に進んだ道を光で焼き焦がし、投げ飛ばされたデンドロンの体を嬲るように無数の細かな斬撃がデンドロンの体を切り刻み、鮮血が舞う。

 

 

「ガァアアアアアア!!」

 

その通り道を通った人物――ライラは刀を鞘にしまうと、デンドロンの残状を確認して、軽く引いた。

 

 それと、ライラを置いてきた理由――それは技と集中力を溜めるために一人でいられる空間を作るためだった。集中力を上げることで技の完成度を高める。

 ライラが放った技は光の力による刃による無数の連撃だ。それでデンドロンの回復が追いつかないほどに攻撃を与えるつもりだった。

 だが、デンドロンがシロの腕を喰らうと言う予想外の事態に発展してしまったことと、デンドロンの『変化』による『再生』が無限ではなかったことが幸いして、シロだけでも倒せてしまい、ほぼライラの出番がなくなってしまった。

 

 

「ア、ガ、ガ……」

 

「なんだこれは…明らかに私の攻撃以外の傷で重症を負っているじゃないか」

 

「いやーごめんね。久しぶりにプッツンいっちゃって」

 

「なにが……って、お前、右腕の袖がないじゃないか。まさか、斬られただけでここまで?」

 

 

 シロの現状を見て、右腕がやられたのだと推測した。たがしかし、同時に疑問が生まれた。三年前、シロとライラは実力確認のために戦ったことがある。【猛毒剣毒牙】の『転生者キラー』の力で弱体化していたシロと対等に戦えて、右腕を奪ったことがあるライラにも、シロは怒らず、むしろその場で再生して見せた。あの時は本当に人間かと疑ったが、本人曰く“人間は既にやめている”とのこと。

 そんな彼が、どうして右腕を奪われた程度で激怒したのか、ライラは分からなかった。

 

 

「いや、右腕取られた程度じゃ『俺』は怒らないよ?だけどその後コイツ、俺の右腕喰いやがった」

 

「喰っただと!?お前の腕をか!?」

 

「いろんな奴と出会ったけど、人間で同族喰いする奴は流石に初めて見た…。こんなの許されんのはゾンビ映画だけだっつの…」

 

 

 ゾンビ映画でも許されないことだが、そこは人とはずれている感覚なので、どうにもならない。

 そして、流石のライラも人喰いに関しては言葉が出ないほど驚いていた。彼女も人喰い妖怪などを知っているために常識の一つとして認識しているだろうが、いくらなんでも同族を喰らうことには抵抗があるようだ。

 

 

「なんでそんな凶行にコイツは及んだんだ…?」

 

「簡単だよ。コイツ、『再生』のために大量に栄養(エネルギー)を補給していた。それが切れたから、補給のために俺を喰ったんだ

 

「……理屈は理解できたが、納得はできないな…」

 

「しなくていいんだよ。とりあえず、コイツを拘束しよう」

 

 

 そうして、二人はデンドロンを縄で拘束した。普通の縄では逃げられる可能性が十分あるため、特別製の縄だ。追加で鎖で縛って、身動きできないようにした。死なないようにある程度の回復も済ませて。回復しすぎると危険だが、栄養の足りない今では、深い所までは回復できないだろう。

 自害もできないように、先ほどの特別製の縄で口を縛る。

 

 

「とりあえず、これで大丈夫っしょ」

 

「……これで大丈夫なのか?不安しかないのだが」

 

「一応、あらゆる可能性を考慮した仕組みになってるよ。この縄には、マクラの糸を巻き込んであるんだ」

 

「いつの間にそんなものを…」

 

 

 マクラの糸は、あらゆる性質に変えることができる特性がある。捕縛に最適な糸を練り込んだ縄を、今回は使用した。それも、何重にも。

 

 

「こっちの縄は頑丈性を重視。こっちの縄は弾力性を重視。そしてこれは粘着性を重視した縄に耐熱性を持った糸の縄。本当にマクラ万々歳だよ」

 

「正直、マクラの糸には助けられているのは確かだな。この服や紅夜の服も、マクラの糸で作ったものからな」

 

「……前々から思ってたんだけどさ。その服装って、レイラの奴そのまんまだよね」

 

「――――」

 

 

 疲労困憊(ひろうこんぱい)の頭に血が回らない状態で、地雷にも近い質問をしてしまった。シロは、口が滑ったことに、“しまった”と思った。今迄触れたことのなかったワード。ライラの逆鱗に触れることを恐れて、今まで聞かなかったことを聞いてしまった。

 その、ライラの様子は…

 

 

「あぁ。これはレイラの服装をマクラの糸でそのまま再現したものだ。レイラの服装は、レイラを襲った人間が着ていたものらしい。大分前に偶然合ってその話を聞かされた。着心地が良かったから殺した後そのまま自分の物にしたらしい」

 

「殺した奴の服着てたのかアレ…」

 

 

 意外と怒らずに当時の話をしてくれたライラに驚きながらも、いろいろと納得がいった。レイラの服装は上半身はサラシと法被(ハッピ)と言うこの時代ではありそうなスタイルだが、下半身が『青の長パンツ』と言うどう考えてもこの時代の服装ではなかったのが今まで疑問だったが、そう言うサイドストーリーが存在していたとは。

 

 

(この時代にも転生者?レイラを襲ったって時点で、ソイツがどんな奴かは丸わかりだが…『俺』の行動に、()も介入率を高めてきたのか?)

 

「どうかしたか?」

 

「いや、なんでも。とりあえず、僕は月に行かなきゃ。こっちのいざこざが終わったから、次の場所に行く」

 

「そうだったな…ひと段落ついたと思ったが、まだ全て終わったわけではなかったな」

 

「そうそう、だから行くとするよ。えぇっと……転移先の座標は―――」

 

 

 

ドゴオオォォオオオオン!!!

 

 

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

 その刹那、とある方向から爆音とともに爆炎が燃え上がり、熱気がシロとライラを襲った

 二人が実害を受けたわけではない。二人が直撃したのは、熱気だけだ。だが、その熱気が起こったと言うだけで異常事態だ。

 その方向を見ると、森が炎にどんどん侵食されていく光景が広がっていた。

 

 それに、この方向は―――、

 

 

「今度はなんだ!?」

 

「……まずい。あの方向は、妹紅たちを置いてきた場所だ!」

 

 

 そう、その方向とは、妹紅や輝夜、永琳を安置してきた方角だった。

 何故、よりにもよってそこに?いや、答えなんて決まっている。襲撃だ。

 

 その方角へと、急いで走る。

 

 

(一体誰が…?臘月じゃないはずだ。アイツの攻撃は発火なんてしない。だったら――)

 

 

 最悪の可能性が浮かぶ。だが、攻撃で発火などするはずのない臘月は除外するとすれば、炎の能力者など、ただ一人しかいない。

 

 

「アアァアアアアアアアア!!」

 

 

 その場に着くと同時に、悲痛な()()の声が二人の鼓膜に木霊(こだま)した。その少女は、白髪を揺らしながら、灼熱の業火に身を焦がし、当たり一帯を焦土へと変化させていた

 悲鳴にも声は全てを燃やす火炎へと変換し、その紅い瞳はその炎のように紅い。

 

 

「アアァアアアアアアアア!!」

 

 

 我を失ったかのように、理性など焼き切れたかのように、獣のように叫ぶその少女の名は――藤原妹紅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

―――逃げていた。

 ルーミアと紅夜。デンドロンと戦うシロとライラから、背中ごしの激戦区から離脱していた。ルーミアよりも体の傷が多かった紅夜を、ルーミアが抱えて。

 

 

「大丈夫?」

 

「はい…。すみません。担いでもらって…本来、これは俺の役割なのに…」

 

「気にしないの。実際、あの戦いには私たちは役立たず。離れているのが得策よ」

 

「――そうですね」

 

 

 しばらく歩くて、3分ほどだろうか。突如目の前からなにか速球で走ってくる生物が見受けられた。その生物に、警戒をして――、

 

 

「(・ω・)ノ」

 

「マクラ!」

 

 

 そこから出てきたのは、マクラだった。

 マクラは手ぶらであり、どうやら無事二人を安全な場所まで届けてくれたようだ。

 

 

「きゃッ!」

 

 

 突如として二人を軽々と担いだマクラは剛速球で移動する。

 

 

「速ッ…こんな小さな体して、こんなに早く走れるものなのね」

 

「(≧▽≦)」

 

「道理であなざーでんらいなー?だったっけ?それに追いつけたのも納得だわ…」

 

 

 マクラの走る速度を体感してみると、あの状況ですぐに駆け付けられたのも納得の速度だ。これなら以外とすぐに着くだろう。

 

 

「あの二人が心配だけど、あの二人ならきっと大丈夫よ。だから―――って、どうしたの!?」

 

 

 隣にいる紅夜の反応がないことに疑問を感じたルーミアは、まだどこか体の調子が悪いのではないかと心配する。

 

 

「あっ、いえ、何もありません……。ただ……」

 

「ただ?」

 

「あの……理屈も確証もない、ただの戯言のようにしか思えないんですけど…直感なんです。あのデンドロンって人、俺とどことなく似てるような気がして……」

 

「…えッ?」

 

 

 なにを言っているんだ?彼は?

 似ている?デンドロンと、紅夜が、どことなく?あの狂人と、この真人間を模ったような人間が?

 

 

「そんなワケないでしょ…性格の方向性も違いすぎるし……」

 

「そう、ですよね。なんで俺、こんなこと思っちゃったんだろ…」

 

「そうよ。そんなこと考えてないで、今はこの状況を何とか――」

 

 

 その時、マクラが急停止した。

 

 

「なにッ!?どうしたの!?」

 

「ルーミアさん……アレッ!」

 

 

 紅夜が大声を出して指を刺した方向、マクラが急停止をした理由が、目の前にあった。

 それは、『闇』だった。今日(こんにち)の夜空よりも暗く、泥沼よりも混濁し、まるで、人の心の闇が具現化したような、そんな『闇』があった。

 

 この先の視界が『闇』に遮られ、なにも見えない。

 

 

「ルーミアさん。この先何か見えませんか―――って、ルーミアさん?」

 

 

 常闇の妖怪であるルーミアになら、この闇の中でも道案内が出来るだろうと考えた紅夜は、そうルーミアに問うが、彼女からの返答はない。

 むしろ、視線は闇の奥へと釘付けになっていた。

 

 

「嘘…なんで?どうして、ここにいるの?」

 

「―――えッ?」

 

 

 あり得ないものを見るかのように、ルーミアの声は小さくなる。何事かと思い、紅夜は奥に広がる闇を見る。――『闇』だ。『一寸先は闇』と言う言葉が物理的にふさわしい状況であるが故に、紅夜はなにも分からない。

 

 そんなとき。

 

 

「危ないッ!!」

 

 

 ルーミアが紅夜を突き飛ばし、マクラの上から突き落とした。何が何だか分からないまま、落ちていく瞬間、紅夜は見た。

 自分のいた場所に黒い何かが高速で通り過ぎるところを

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 その黒い何かは連続で、目の前の真っ暗闇から飛んでくる。すかさず闇の剣を創ったルーミアはそのなにかを薙ぎ払い、防御に徹した。

 そのなにかは地面に落ちると同時に、霧散する。

 

 

「これは…?」

 

 

 その時だった。全ての景色が、『闇』一色に包まれた。紅夜はなにも見えない。全てが『闇』で『暗闇』で、いくら妖怪として暗視が可能だとしても、限度がある。

 暗闇は人を恐怖に陥れる。そして、それは紅夜も例外ではない。何も見えないこの空間、紅夜の心は、徐々に恐怖に染まっていき―――

 

 

「紅夜、しっかりしなさい!」

 

 

 その時、ルーミアが紅夜をギュッと抱いた。紅夜の顔がルーミアの豊満な胸に包まれ、赤面する。恐怖心に染まりかけていた心が一瞬にして羞恥心へと変わる。

 紅夜も年頃――思春期だ。こんな状況、興奮するに決まっている。故に、すぐ自分から突き放した。

 だが、そのおかげで恐怖から脱することができた。

 

 

「ルルルル、ルーミアさん////!?」

 

「大丈夫?……本当は零夜以外にしたくなかったけど、緊急事態だし…」

 

「で、でも、それならビンタでも構わなかったんですが…」

 

「あなたを殴る気にはなれないの。それよりも……」

 

 

 ルーミアと紅夜、そしてその隣ではマクラの鳴き声も聞こえる。全員の無事を確認して、周りの闇を再び認識する。

 

 

「これは…一体、なにが!」

 

「襲撃よ。最悪の敵の。あなたにとっても、私にとってもね

 

 

 そんな時、一部の闇が、晴れる。その場所は地獄からの出口であると同時に地獄の門番がいる場所だ。その場所から一つの人影が姿を表した。

 その詳細の特徴は、『ルーミアのような』高身長。『ルーミアのような』黄髪の長い髪。『ルーミアのような』豊満で華奢(きゃしゃ)な体型。『ルーミアのような』紅い瞳。『ルーミアのような』能力者だった。

 唯一の違いは、『服装』。ルーミアはボタン付きの白い長袖ブラウスと、その上に着せられた黒いワンピースで、目の前の人物は、白黒の洋服を身につけ、黒いロングスカートを履いている美人だ。

 

 そんなルーミアに似た人物―――いいや、違う。似ているとか、そういうレベルじゃない。

 その顔はーールーミアと、瓜二つの、同一の顔だった。唯一の違いは、瞳のハイライト。紅夜を守った方のルーミアのハイライトは健在だ。だが、紅夜を襲ったルーミアのハイライトは、濁っていた。消えたとか、そう言うレベルじゃない。どこまでも濁りに濁って、この世の絶望という絶望が引き詰められたような瞳だった。

 

 

ルーミアさんが…二人?

 

「―――」

 

 

 状況の整理がつかない紅夜は、ただただ困惑するばかりだ。当然だ。目の前に、同じ人物が二人いるのだから。驚かない方が不自然だ。

 二人のルーミアは互いに睨み合い、武器を持って互いに威嚇した。

 

 

「紅夜……あんたにはいつか、知らせなきゃならないと思ってた…。だけど、早まっちゃったわね」

 

「なにを、言っているんですか?」

 

「私ね…あなたにずっと黙ってたことがあるの」

 

「え…?」

 

 

 訳のわからない状況に、もうどう対応すれば良いのかわからない。自分に黙ってたこと?三年前が初対面だったのに?別に、怒るようなことはなにもしていないのに?

 

 

「訳がわかりませんよ!?一体なんなんですか!?ルーミアさんが二人いて、それで謝らなきゃならないことって!?もう何もかもわかりませんよ!!」

 

「……あれは、過去の私。何もかもに絶望して、ただただ自分の行為を正当化していた、未熟で愚かな私。この巡り逢いの可能性は充分にあった。全てとは言わない。でも、今だけは、少しでも、私の()()()()の清算するために!」

 

 

 もう後ろに居る紅夜の言葉など耳に入っていない。ただ、彼女の五感はすべて、この時代のルーミアに釘付けにされている。

 闇の剣を過去のルーミア―――通称:【過去ルーミア】とでも呼ぼうか―――彼女に向ける。

 

 

「―――」

 

 

 過去ルーミアは無言のまま闇の剣をルーミアに向ける。その黒く(よど)んだ目で。再びここは闇に包まれ、光が消失した。

 今この場でまともに戦えるのは、『常闇の妖怪』であるルーミアのみ。故に、最適なのだ。

 

 

「マクラ、紅夜を連れてここから逃げて!!」

 

「ルーミアさん!!」

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

 

 紅夜の叫びも虚しく、紅夜を無理やり縛ったマクラとともに闇の彼方へと消えていき、二人のルーミアによる激闘が始まった。

 その時間帯は奇しくも、デンドロンを倒し妹紅が暴走した時間と、ほぼ同じであった―――。

 

 

 




 いやー、今回はデンドロンのイカレ具合が際立った回でしたね。まさかの食人…。人喰い妖怪ならまだ分かりますけど、人間が人間を喰うって、怖いですよね。

 そして、暴走する妹紅――。一体、なにがあったのか?だが、暴走の理由は、なんとなく皆さん、分かるかもしれませんね。

 最後に、過去のルーミア―――ヤミヤ登場。この時代のルーミアは何故かハイライトが消えており、紅夜を狙っていた模様。そして、ルーミアも動機は理解しているようで…?
 何故ヤミヤは紅夜を狙うのか?ルーミアの“犯した罪”とはなにか!?

 ――謎が謎を呼ぶ、サスペンス!!

 あと、判明した謎もありましたよね。
 ライラとレイラの服装です。二人の服装は統一されており(レイラとして振舞うために)
 青いパンツ――まぁ言ってしまえばジーンズとジャージの二つの良い部分を良いとこ取りしたようなやつです
 これは過去にレイラを襲った転生者が身に着けていたものだったんですよね。そして、そのまま返り討ちにあり死亡。

 だけど、シロは自分達以外の転生者の存在が確定したことを気にかけているようで…


 評価:感想お願いします。


 あと、過去ルーミアの通称を大募集しています。今はヤミヤで通ってますが、これを考えた理由は単純に“眼の光が存在せず、闇落ちしているから”と言うのが理由です。
 もし、他にマッチしそうな呼び名があったら、感想で投稿をお願いします。

 もし採用されたら改稿し、採用することがなかったら『ヤミヤ』で行きますのであしからず…。

 それでは、また次回!!








―――紅夜とデンドロン、一体、どこが似ているのかな?









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70 不死鳥暴走注意報※

51話を改稿しました。『権能』の設定とか微妙に変えているので、乗り遅れないように見て行ってください。




――痛い。最初はそれだけを感じた。

 痛くないはずなのに、痛い。なんで?どうして?いや、違う…。痛いのは体じゃない。心が痛いんだ。

 でも何で?この三年間、暖かい人たちに囲まれて、笑って、怒って、たまに泣いてを繰り返して、本当に楽しい日々だったのに、なんで?

 

……痛い?違う、熱い。なんで?どうして?

 

 

「……え?」

 

 

 私はゆっくりと目を開けた…え?なんで!?どうして!?

 

 

燃えてる…私の体が!

 

 

 力の調整は出来ているはずなのに。「よくできたね」って、シロさんに褒めてもらったのに。どうして!?

 困惑して、髪が揺れる。……えっ?なんで髪の毛が白くなってるの?

 

 分からない、分からない、分からないよ!!怖い、怖い、怖い!!自分の体が怖い!自分の力を抑えきれないのが怖い!髪が白くなっているのが怖い!なんで、どうして!?ねぇ、誰かいないの!?

 周りを見渡しても、そこには誰もいない。……あれ?

 

 私は足元を見る。そこにはマクラの糸で包まれて顔だけを出している女の人が二人いた…。一人はかぐや姫…でも、最後の一人は()()()()()()()()()

 

―――怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!

 

 でも、一番怖いのは…なにが怖いか分からない。どうして私はこんなに震えているの?どうして私はただ眠っている人をこんなに怖いって思うの?何に怖いと思っている分からないことが、一番怖い!!

 

 逃げなきゃ、逃げなきゃ!!

 

 私は走る。森の奥深くへと。怖いから、恐ろしいから、恐怖で染まっているから。そして、何故そこまで『恐い』のか分からない自分が、一番怖いから。

 

 

「ここまで、くれば…」

 

 

 そこで私は気付いた。燃える体で、私は逃げていたことに。

 火の消し方が分からない。とりあえずいつもの水辺に行けばいいかもしれないけど、闇雲に走って、私は迷子になった。

 

 どうしよう…怖い!炎のおかげで周りは明るい。でも、燃えているのに熱いと思えない自分も怖い

 どうしたら、どうしたらいいの!?

 

 

――ガルルル…

 

 

 そんな時、物陰から、妖怪が出てきた!

 

 

「キャアアアアアアア!!」

 

 

 私はあまりの恐怖に悲鳴を叫ぶ。この炎だ。この炎を目印に、妖怪が私の所に!なんで、どうして!?どうしてこんなことになっているの!?ねぇ怖いよ、誰か助けて!

 

 ……そうだ、あの男の人だ。血塗れの男の人を引きずりながら急に現れて、私に変な薬を飲ませたあの男の人!あの薬が、私をこんな風に…許せない。あの男の人が、許せない

 

 私は抜けた腰を立たせて、目の前の妖怪を見据える。そうだ……全部敵だ。

 全部、燃え尽きちゃえ!!

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

 

 気づけば、私の周りは火の海だった。周りの木々は燃えて、あの美しかった緑は一つも残っていない。あるのは、黒と赤色だけ。

 これを……私がやった。そんな、そんな、そんな!?何で私、こんなことを…!?分からない、分からない、分からないよ、怖いよ!!

 

 

「アアァアアアアアアアア!!」

 

 

 私は悲鳴を上げた。こんなの、こんなの認めたくない!まるで、父親に散々言われた“化け物”そのものだ

 認めたくない、誰にも見られたくな―――、

 

 

「「―――――」」

 

 

 見られた。よりにもよって、あの二人に。シロさんに、ライラさんに!見ないで、見ないで!私を、そんな目で見ないで!

 お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!

 

 お願いだから―――こんな“化け物”の私を見ないで!!

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「アアァアアアアアアアア!!」

 

 

 

 目の前で暴走し、炎をまき散らす妹紅を見て、二人は唖然としていた。どうして妹紅がこのようになってしまったのか分からないからだ。

 

 

「どういうことだ…!?どうして妹紅が!?」

 

 

 目の前の状況が理解しきれないライラは、そう叫ぶ。ライラは、今までの妹紅に起こった惨劇を、理解しきれていない。

 何故髪が白くなっているのか、何故炎を扱えるのかを、ライラは知らない。

 

 

「力が暴走してる…妖術をコントロール出来てない!」

 

「それもおかしい!何故妹紅が妖術を扱える!?何故だ!?」

 

「……僕が教えたからだよ」

 

「―――なんだと?」

 

「僕たちの終着点までの道のりは危険だ。彼女の面倒をずっと見ているわけにもいかない。だから、一人でも生きていけるように教えておいたんだ」

 

 

 シロはこの三年間、妹紅が一人でも生きていられるように妖術を教えていた。その内容は、本来妹紅が、長い年月の中で妖怪退治を生業としてきたためか様々な妖術を独自に身につけていくはずの炎の妖術を、いち早く妹紅に教えていたのだ。

 本来の時間軸でも炎の扱いを得意としてきた妹紅だ。様々な妖術よりも、炎の妖術に関してのことを一点集中で教えることで、彼女の炎の妖術は更に完成度が高くなっていた。理由としては、現代知識も教えているからだ。

 

 だが、それが最悪な形で発現してしまった。暴走と言う形で。

 

 

「理由は分かったが…これが人間の幼子に出せる力なのか!?明かに異常だぞ!?」

 

「異常なんだよ!少なくとも今の妹紅は――半分人間を辞めているようなものだ!」

 

「意味が分からん。つまりは!?」

 

「要点だけ話すと、ある奴にとある薬を無理やり飲まされて、そのせいでああなった!以上!」

 

「分からんが…とにかく分かったことにする!今は、妹紅を止めるぞ!」

 

 

 要は蓬莱の薬の影響で妹紅の体は霊力(エネルギー)容量が底上げされ、ライラたちと同様の力を持ったことになるのだ。

 そして、その力が感情が安定しないことによって極限まで暴走を起こしている。

 

 このままでは、妹紅の体が強力な霊力(エネルギー)に耐えきれず、いつ爆発してもおかしくない状態だ。

 

 

「そのためにも、まずはこの山火事を消すか!」

 

 

 シロが頭上に手を挙げると同時に、この燃え盛る森の中で、一滴の水滴が落ちてきた。

 

 

「なんだ…?」

 

 

 ライラが頭上を見ると、そこには巨大なまでの水球が存在していた。そのサイズは、燃えている部分を完全に覆い隠せるほど、巨大な水の塊だった。

 

 

「お前、まさか――!」

 

「落ちろ!」

 

 

 殺戮の滝が、灼熱の森へと投下される。死の滝は炎を浄化し、沈静する。

 そこに残ったのは倒壊した黒ずんだ木々のみ。その中心には、毎度の如く濡れていないシロが佇んでいた。

 

 

「やっぱ、広範囲を消火するにはこの方法が一番だな」

 

「おい……私まで潰す気か!おかげで服がグチャグチャだぞッ!」

 

「あぁゴメンゴメン。許して―――」

 

 

 その瞬間、シロは固まった。呼吸が、思考が、体の動きが、目線が。そんな時でも、シロの目線はある一点へと注がれていた。

 先ほどの水爆弾で半径3キロの木々は倒壊した。それほど水圧が強大だった証拠だ。当然、先ほど言った通りシロと言う例外を除いた場合、妖怪であるライラでも無事では済まない。――当然、『服』も

 

 

「ん?一体どこを見て―――」

 

 

 その瞬間(とき)、ライラも固まった。その時のライラの感情は『困惑』―――よりも『羞恥』が勝った

 ライラのサラシが外れていた

 

 

「――――」

 

「ヒニャァアアアアアアアアア//////!!!」

 

 

 ライラは今までに聞いたことのない可愛らしい悲鳴を上げ、胸を手で抑え付けて赤面しながら後ろに振り向いて見られないようにする。

 

 

「み、見るニャァ!」

 

 

 さらに今まで聞かなかった可愛らしいネコみたいな声にシロは更に困惑する羽目になる。そして、『権能』による情報処理能力ですら5秒と言う時を有してようやく状況の整理ができたシロは、一言。

 

 

「以外とお前の胸ってデカかったんだな。90くらいあるのか?」

 

「ぶっ殺すぞ貴様!!」

 

 

 まさかのセクハラ発言だった。先ほどまでのシリアスはどこへ行ったのやら。確かにライラの胸はいつもサラシで見えなくて、不明だったが――。

 当然の反応が返ってきて、ライラの恥ずかし度はさらに上昇する。

 

 

「それに言葉が猫っぽく…。もう一回言ってくれないかな?」

 

「ふざけるのも大概にしろ!いいから早く隠せるものをくれ!なにかないのか!?」

 

「……サラシならもう一枚あるけど」

 

「じゃあそれをよこせ!今すぐに!」

 

 

 シロは懐からサラシを取り出し、ライラに投げ渡す。それと同時に、ライラは光の速さで己の胸にサラシを巻いた。

 

 

「―――///」

 

「いやー、災難な目にあったね」

 

「誰のせいだと思ってる!?」

 

「はいはい。良いでしょ別に。僕は眼福(がんぷく)になって妹紅の炎も消火できた。皆幸せ万々歳じゃないか」

 

「私には一個もいい事がなかったぞ!?」

 

「いいからいいから。とりあえず妹紅を探さなきゃ――」

 

 

 その時、ある一か所が燃え上がる

 

 

「「―――ッ!!」」

 

 

 その明らかな異常をすぐに感知した二人は、炎の奥を見る。そこには、一つの人影が炎の奥にあった。

 その人影は、妹紅だった。

 

 

「そうだった…!いくら炎を消しても、術者をどうにかしないと無意味だった。ライラのせいで忘れてたじゃないか」

 

「誰のせいだと思ってる!予告もなしにあのような水弾(みずだま)を投下するお前が悪いんだろ!?」

 

「いや、君のおっぱいの破壊力がデカすぎたからさ、それって結果論で君が悪くない?」

 

「なんだその責任転嫁は!?これが終わったら覚悟しろ!」

 

 

「アァ…燃ヤシテヤル。ナニモカモ、燃エ尽キチャエ!!」

 

 

 ―――が、その空気も暴走している妹紅には関係ない。

 瞳も炎のように燃え上がり、全身が炎で燃え(たぎ)り、まるで地獄の悪魔の化身のようだ。

 

 

「おっと。どうやらあちらは待ってくれないみたいだ…」

 

「…とりあえず、どうする?」

 

「怪我などさせずに暴走を抑え込ませたいし…一番の方法は、力を使い切らせることかな」

 

「つまり、耐久戦と言うことか。防御と回避に徹しればいいな」

 

「まぁ君はそうだね。いくら火傷しないとはいえ、服、燃えて全裸にならないようにね」

 

「もうその話を引きずるのはやめろ!クソっ、こんな奴に私の体を見られるとは…」

 

「まぁもうその話はいいじゃないか。『僕』は気にしてないし。それよりも――来るよ」

 

 

 瞬間、妹紅が両手から二撃同時に炎の渦を発射する。ライラは即座に抜刀して、炎の渦を二等分にして、ライラの後ろ両隣で爆発が起きる。そしてシロは、特に防御もすることなく炎の渦を間近に受ける

 

 

「な―――ッ!?」

 

 

 特に受け身の素振りも見せずにそのまま直撃したシロに絶句した。そのまま炎が消えるのを待つと、無傷で服がノーダメージ状態のシロがいた。本当に、いつものことだけど。

 

 

「ハァ!?」

 

「なに?驚いた?僕がこの程度でやられるわけないじゃないか。だって僕たち、『権能』持ちじゃないか」

 

「そうじゃない!なんで服が燃えていない!?」

 

「あぁそっちのこと?僕の『権能』は身に着けているものにも適応されるからね。『権能』以外の自然攻撃なら、完全に防御(ふせ)げるよ」

 

「……もう私要らなくないか?お前だけで妹紅をなんとかできそうだぞ?」

 

「いやぁいるよ。まず第一に―――」

 

「燃エロ!!」

 

 

 不死鳥を模った炎が、翼を閉じるようにシロを包んだ。その熱気は地面を溶かし、ガラス化するほど。近くにいたライラも、その熱気に押された。――そして飛び火して服に着火する。

 

 

「うわわわわ!!」

 

 

 すぐに服をはたいて鎮火して、飛び火しないように離れる。それが続いて約10秒のとき、炎の鳥が霧散して、温度も一瞬にして平常に戻る。

 

 

「―――ッ!?」

 

「暴走して忘れちゃったかな?君の力は僕には通用しない。……どうせならライラの服を燃やしてくれ

 

「貴様は私に恨みでもあるのか!!?三年前か!?三年前のあの洋館でのことをまだ引きずってたのか!?謝るからこれ以上私の服を燃やそうと画策してくるな!」

 

「あー……それ、一応3、4割程度の理由なんだよね。本当の理由は―――もっとふざけていたい

 

「斬るぞ貴様ァ!そんな私的な理由で全裸になってたまるか!」

 

「いいじゃんいいじゃん。正直、『俺』は、いつまで『僕』でいられるか分からないし

 

「―――」

 

 

 先程までのおふざけモードとは違った、言うなればシリアスモード。その顔はフードで分からないが、焦燥感や寂寥感、何やら寂しい雰囲気を感じさせた。

 『俺』はいつまでも、『僕』と言う化けの皮を被っているわけにもいかない。そう言いたげな顔だ。

 

 ライラもライラで、なにか事情を知っていそうな顔だった。洋館(キャッスルドラン)での出来事について、言っているのだろう。

 まだ、その時彼が付いた『嘘』がなんなのかは、分からないが。

 

 

「いや、だとしても私の服を燃やそうとしてくることなにか関係あるか?」

 

「―――」

 

 

 正論がシロに突き刺さる。確かに何かしらの事情があるとはいえ、女性の服を燃やそうなどと画策する理由にはならない。と言うやってること自体が最低だ。

 

 

「いや、正直言うとね。今だけ、今だけはシリアスとか完全に無視して、(ライラ)揶揄(からか)いたいんだ

 

「ふざけているのか貴様!」

 

「だってさ、君は服だけが燃えて僕は何ともない。実に見ごたえのあるシーンになると思うんだ!

 

「……お前には別の意味でゲレル以上に怒りを覚えそうだ…。―――ん?何故、妹紅は攻撃してこない?」

 

 

 阿保(アホ)みたいな会話が繰り広げられる中で、ライラは疑問にたどり着いた。何故か、妹紅が一向に攻撃してこないと言う事実だ。

 暴走状態で、会話など無理だった妹紅が、全く動いていない。疑問を感じずにはいられなかった。

 

 そんな時、シロが一歩前に出た。

 

 

「もう、いいんじゃないかな?」

 

「シロ―――?」

 

「君に、暴走なんて似合わない。そんな、恐怖に染まった顔は似合わない。僕には分かる。その炎の奥の君の顔は――悲しい」

 

「―――」

 

 

 妹紅は動かない。逆に、シロはどんどんと歩みを進めて、妹紅に近づく。

 

 

「さっきゴメン。まさか、アイツがあんなところで来るなんて予想だにしなかった。怖かったよね。無理やりそんな風にされて…。でも、僕は大丈夫」

 

 

 ついにシロと妹紅の距離は近づき、シロは妹紅をギュッと抱きしめた。燃えていることなど、お構いなしに。自分に炎が燃え移っていることなど、気にもせずに。

 

 

「こっちに帰っておいで。今みたいに、馬鹿なことやって、阿保みたいな会話繰り広げて、怒って、笑って、嬉し泣きする。そんな日常に帰っておいで」

 

「ア、ア……」

 

(反応した!?……まさかアイツ、このためにあえてあんなことを…?)

 

 

 そこでライラはようやく気付いた。何故シロはあのようなことをしたのかを。何故空気も読まずにあのような会話を繰り広げたのかを。

 あれの本当の目的は、暴走している妹紅を、日常に連れ戻すためにやったことだったんだ。

 

 

(いや…それでも許さん。とりあえずこの件が終わったらアイツの首を絞めよう)

 

 

 そう心の中で決意するライラの目の前では、優しい声で語り掛ける、シロの姿。

 

 

「もういいんだよ。だから、すべて解放して、眠れ。大丈夫。僕は―――『俺』は、絶対に死なない」

 

「ウ、ウアァアアアアアアアア!!!」

 

 

 妹紅の声と同時に、二人を中心として火柱が立った。その柱は天にまで高く上り詰め、漆黒の夜空を赤く照らした。

 

 

「こ、ここまでの力を、貯めていたのか!?これを全部まともに出し切っていたら、一体どのくらいかかったことやら…」

 

 

 シロの行動は、ある意味正解だった。時間がないこの状況で、無駄に時間を喰っている暇はない。だからこそ、一気に妹紅の力を消費させることで、解決しようという一種の荒業。

 そんなことをすれば、妹紅もただでは済まないが―――ライラには確証があった。それを軽減するために、シロはあえて近づいたのだと。

 

 

「―――――」

 

 

 炎の柱が立ってから、約1分。炎の熱の勢いは更に増し、炎に直接触れていない部分の地面でさえもガラス化するほどの熱量が放たれていた。

 ライラはそこから大分離れた場所で、柱を見守った。

 

 さらに数分後、炎の柱はついに崩れ落ちた。それを見届けたライラは、二人の元へと移動した。

 そこに立っていたのは、疲れて眠り落ちている妹紅を抱えている無傷のシロがいた。

 

 

「――――」

 

「やぁ、こっちは終わったよ」

 

「妹紅は…」

 

「見ての通り、ぐっすり眠ってるよ。悪いけど、もっててもらっていいかな?」

 

 

 シロは寝ている妹紅をライラに渡し、シロは目線を“月”へと向けた。

 

 

「―――あっちも、大分終わったようだけど、かなり面倒なことになってるね。まさか龍神が来てるなんて

 

「龍神?あの神がどうしたのだ?」

 

「いやぁー…まぁとりあえず。ポジションチェンジだね

 

「ぽじしょんちぇんじ?」

 

「あぁ、ライラには分からない単語だったね。まぁ簡単に言えば“立ち位置の変更”かな」

 

「―――?」

 

 

 訳の分からないまま、ライラはシロの行動を傍観する。

 

 

「零夜。そっちはどうかな?ん、あぁこっち。聞いてよー、デンドロンが襲撃かけてきてさ。さらには『権能』に覚醒してたんだよ?あり得ないくない?まぁ倒して捕まえたんだけどさ」

 

(夜神と会話しているのか…?相変わらず謎の原理だな)

 

「それでさ、そっちに龍神行ってるでしょ?それってなんで?へぇ~うんうん、それで?―――マジか。龍神サマサマだな」

 

(―――?)

 

それが空真たちの性格改変の真相か…!道理で腑に落ちなかったワケだ。謎はすべて解けた!じゃあ今からそっちと交換するから」

 

 

 そこで、シロは通信を切った。先ほどの話の内容から察するに、何やらこちらにとってかなり有利な情報が入手できたようだ。

 

 

「なにか、いいことでもあったのか?」

 

「良い事どころの騒ぎじゃない。龍神からの情報と、妹紅に触れて見つけた、ヤツ(臘月)の『権能』の残滓(ざんし)から統合するに、ヤツの『権能』は―――アレだ」

 

 

 全てのピースがハマったような表情を見せているのだろうが、フード越しでそれは分からない。だが、今までにない愉悦(えがお)で満たされていることは間違いない。

 

 

「臘月の奴、墓穴を掘ったな。自ら自分の権能の正体を明かしてくれるなんてなァ…。となると、奴がレイセンを含めた『玉兎』を虐げていたのも、他に理由があったからか!

 

(どうやら、私が入り込む余地はないみたいだな…)

 

「それじゃあ行ってくるよ。ぶっ殺してやる、臘月ッ!!」

 

 

 対象への殺意を剥き出しにしながら、シロはその場から姿を消し、逆に白いTシャツと黒いズボンと薄長い黒コートを着用した男性へと立ち位置が入れ替わった。

 シロと入れ替わった零夜は、隣にいたライラを見て、すぐに駆け寄った。

 

 

「やれやれ…殺意マシマシだったなぁ、シロのやつ。ここまで声が聞こえたぞ?」

 

「そうだな…。途中で会話が分からなかったが、どうしたのだ?」

 

「さぁ?俺には分からん。だが、俺にやれることはやった。こっちでの不安要素を限りなく無くしとくことに心血を注がないとな。デンドロンはどこだ?」

 

「あっちで簀巻きにしてあるはずだ。何重にも縛ったから、抜け出せないはずだ」

 

「そうか…。なら、行ってみるか。ルーミアと紅夜は?」

 

「あの二人なら遠くに逃げてるはずだ。問題ないだろう」

 

「そうか」

 

 

 とりあえず安心した零夜とライラは、デンドロンが縛られている場所へと向かう。

 

 

―――としたその時、一匹の狼妖怪が燃え尽きた木々を掻き分けて飛び出してきた。

 

 

「「―――ッ!!」」

 

 

 即座に武器を構えようとした二人だったが、一瞬にして動きが止まった。

 

 

「「――――」」

 

「グ、ガ、ガガ……」

 

 

 動きが止まったのは、零夜とライラだけじゃない。妖怪の動きも、止まったのだ。

 そして、止まったと思った瞬間に動きがあった。妖怪は、前ではなく後ろに引っ張られていった。

 

 倒壊し、燃えた木々が景色を遮り、奥が見えない。だが、聞こえてくる、咀嚼音。

 

 

クチャ クチャ グチョ バキッ ゴキッ ゴリッ

 

 

「「――――ッ」」

 

 

 この奥に、捕食者がいる。ここからあそこまでの距離は、かなりある。そこまで腕?尻尾?舌?とにかく体を長く伸ばせる捕食者がこの奥にいて、既に自分達がロックオンされている可能性が高い。

 それに、逃げるつもりなどない。

 

 緊迫した空気が周りを包み、固唾を飲みこむ。やがて、その捕食者が姿を表した。

 

 その捕食者の姿を言い表すなら、人型の獣だ。体中に捕食した獲物の体液やら肉片やらがべっとりとついており、血生臭い。途轍もない数の獲物を食したことが伺える。

 体も猫背で、手もぶらんッと力が抜けているように見える。だが、その爪は刺々(とげとげ)しい。その爪で獲物を掻っ捌いた形跡がある。

 

 

 その獣の名は――――

 

 

「グゴォオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

「デンドロン…!!」

 

 

 

 唯一の理性の皮を完全に剥ぎ取った、デンドロン・アルボルが、野生の本能を解放して、再び零夜達の前に立ちふさがった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 時はこれより少し遡り。ルーミアと過去ルーミアは互いに闇の剣を構えて、互いの様子をうかっがっていた。

 そんな中、先に動いたのは、過去ルーミアの方だった。――ただし、動いたのは、手ではなく、口。

 

 

「ねぇ?あなたは、誰?」

 

「――――」

 

 

 無機質で、なんの感情も入っていない機械的な声で、全く同じ声で過去ルーミアはルーミアに語り掛けた。

 その目は絶望しかない。そこに希望なんてない。あるのはただ、真っ暗闇の闇黒(あんこく)のみ。

 

 

「どうして私は二人いるの?ねぇどうして?」

 

「……せめて言えるとしたら、私が『希望』であなたは『絶望』の塊。そう言う解釈でいいわよ」

 

「じゃあ、あなたは私?私はあなた?」

 

「そう。あなたもルーミア。私もルーミア。同じ存在なの」

 

「だったら、なんであいつを守るの?アイツは殺さなきゃ。アイツは生かちゃいけないの。アイツが生きてたら、悲劇がまた繰り返される…」

 

「……矛盾してるわね」

 

「どういうこと?」

 

「私はあなただから分かるの。確かに『私』はあの男が怖い。今も正直怖い」

 

「だったら殺しましょう?そうすれば、解放されるのよ?」

 

「いいえ、あの子を―――紅夜を殺したところで、なんの解決にもならない!」

 

 

 そう豪語するるルーミアに、過去ルーミアは理解できないと頭を抱えながら叫ぶ。

 

 

「どうして!?どうしてどうしてどうして!?どうして私なのに分からないの!?なんでなんでなんでなんで!!?」

 

「……私にも、そんな自暴自棄な時期があったわね。でもね、言ったでしょ?今の私は『希望』で満ち溢れてるの。心の支えがある。人を食べることしか能がない、あなた(過去の私)では、絶対分からないことでしょうけどね」

 

「……そうか…あなた、偽物ね?おかしいと思ってたの。同じ存在が二人もいるはずないって。だから、あなたは偽物!!」

 

 

 高らかに叫んだ過去ルーミアは闇の翼を展開して、殺気を流出させる。完全に、殺る気だ。

 

 

「偽物じゃない。私は本物。あなたも本物!ただ違うのは、思考の違い。そして……守るものが、大切なものがあるかないかよ!!

 

「うるさいウルサイうるさいウルサイ!!黙れ黙れ黙れ!!」

 

「あなただって分かっているはずよ。本当に怖いのなら、目の前に姿を表すことすらできないって。あなたは内心分かっているはず。紅夜はゲレルと違うって!別人なんだって!

 

「ウルサイ!あいつに関わってるヤツは全員殺さなきゃならないんだ!そうしないといけないんだ!」

 

「……私が言うのもなんだけど、話が通じないわね。でもまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど…」

 

「もういい!!殺さなきゃ!あなたを殺してアイツも殺さなきゃ!!」

 

「させない。絶対に、あなたと私が背負うべき罪を背負って、自覚して…そして償う!それまでは、絶対に死なせない!!」

 

 

 

――互いの闇の翼が(くう)を掴み、横に向かって飛翔する。闇の剣がぶつかりあって、衝撃波を生み出した。

 ここで、同一人物による戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

―――そして。

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!

 

 

 

 

 互いに、洪水に巻き込まれた。

 

 

 





 改稿したけど、やはり妹紅戦は短いところは変わらない。
 やっぱりアレはやりすぎかなと思って改稿したこの頃。あまり不自然がないように少しいじっただけだけどね。
 妹紅戦は、19話と20話でお腹いっぱいなのよ。だから短く終わった。以上。

 そして未来(いま)過去(むかし)のルーミアが、ついに激突。何やら互いに意味深なことを言っているけど、その意味は…?

 評価:感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71 常闇の贖罪

 前回のアレ、不自然がないように改稿しました。アレ見直して、“やりすぎたなァ~”って自覚して、直したんですよね。
 いや、前回も皆さん少し困惑したでしょ?本当ごめんなさいね。

 それでは、どうぞ!!


「けほっ、けほっ。なんなのよ、急に…!?」

 

 

 時は少し遡る。過去の自分と剣を交えた瞬間、どこからか洪水が流れて来て、二人ともども流された。今自分がどこにいるかすら分からない。

 一体、あの洪水はなんなのか―――、

 

 

「いや、確実にシロのやつね…」

 

 

 既に、バレていた。ルーミアには洪水の犯人がシロだと言う確証があった。と言うのも、簡単だ。

 水を扱う能力者が、今のところシロしかいないからだ。他の第三者の介入と言う線も考慮されるべきだったが、生憎今のルーミアはそこまで思考は回らない。

 だからこそ、簡単に正解にたどり着けた。

 

 

「あの洪水で確実に見失った…どこに行ったのよ、『私』…」

 

 

 あの洪水のせいで、『私』を見失った。あの『私』は紅夜を殺すために行動する。自分の過去のトラウマの克服のために。

 過去の自分ならそれを許しただろうが、それを自覚し、清算すると決めている今のルーミアにとっては、それは間違いだと言う認識だ。

 だからこそ、いまするべきは紅夜の捜索と『私』の捜索。それを同時に行わなければならない。

 

 

「寒っ…」

 

 

 そこで、ようやく体の感覚も戻ってきた。今は夜。つまりは冷える時間帯だ。それに、服が全身びしょ濡れになり、体の体温が急速に奪われていくのを感じる。

 このままでは、負ける以前の問題になる。

 

 

「仕方ないけど、脱ぐしかないわね…」

 

 

 ルーミアは自身の白いブラウスと黒いスカートを自身の闇の中に脱ぎ捨てる。ちなみに余談だが彼女の下着は上下とも黒である。(はた)から見れば完全に変質者だが。

 半裸になったルーミアは、闇に手を突っ込むとそこから新しい服を取りだし、着用する。

 

 実は、何気に同じものをもう1着持っていた。零夜監修の服と言うこともあって気に入っており、全く同じものを持っていたのだ。

 唯一の違いは、素材である。この服はすべて、マクラの糸で編まれているため、下手な防護服より頑丈である。

 

 

「まだ冷たいけど、あのままでいるよりはマシね。さてと、とりあえず紅夜を見つけなくちゃ!」

 

 

 彼女は夜の森を駆ける。守るべき存在(こうや)天敵(じぶん)を見つけるために―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「―――。一体、何がどうなっているんだ」

 

 

 現在進行形で走っているマクラの上に乗って考え込む青年――紅夜。あの出来事だけで、紅夜の脳内はキャパオーバーを起こしていた。

 “どうしてルーミアが二人いるのか”“ルーミアの犯した罪とは一体?”これだけでも彼の脳はいっぱいだ。

 

 

「ねぇマクラ。なにがなんだか、もう分からないよ…」

 

「(。´・ω・)?」

 

「…そう、だよね。マクラに聞いても、分かるワケないもんね」

 

 

 自分は何を言っているのだろうと、自虐する。自分の分からない答えを、知っているワケのない親友に効く自分の方が間違っていると。

 それでも、今自分がすべきことはなんなのかを模索する。二人のルーミアのことは後回しだ。

 

 

(大丈夫…ルーミアさんは強いんだ。だから……いや、でも…)

 

 

 だが、それでも考えてしまう。

 あれはどう考えてもルーミアだ。同じ存在が二人。それはどう考えてもあり得ない。なんらかの異常事態だと認識すべきだ。

 いくらルーミアが強くても、相手は自分自身。勝てる保証なんてどこにもない。

 それに、あちら側のルーミアは何故か自分を狙っていた。そして、自分の知っているルーミアは過去ルーミアが自分を狙う理由を知っていそうだった。

 

 

「一体、なんだってんだよ…!」

 

 

 ―――そんな時だった。強大な音共に、広大なまでの洪水が紅夜とマクラを襲ったのは。

 

 

「マクラッ!」

 

「(; ・`д・´)」

 

 

 マクラが急停止をすると同時に、紅夜は地面の岩をドーム状にして自らを包むように包囲した。そして、あえて天井だけを能力で開けて、そこからマクラの糸が噴射される。マクラの糸はドーム状の岩に纏わりつき、白いドームへと変化する。

 能力で天井の穴を閉じて、完全な密室へと変化させる。

 

 

「「――ッ!」」

 

 

 それとほぼ同時に、洪水は到達した。岩の内側からも聞こえる、巨大な水音。何が起きたか分からないまま、二人で水音が止むまで動かない。

 時間は約1分くらいだろうか?水が完全に引いたのを確認して、紅夜は岩のドームを解除した。

 

 

「フゥ……助かったよ。ありがとうマクラ」

 

「(`・∀・´)エッヘン!!」

 

 

 マクラが出したあの糸。あの糸には『撥水』効果が施されており、それで迫りくる水への防御力を増幅させたのだ。

 あの岩のドームだけでは、水圧で決壊する恐れがあった。だから、水を受け流す力が必要だったのだ。紅夜一人では、あの波に巻き込まれていただろう。

 

 

「とりあえず、今のでルーミアさんは流されたはずだ。戦いの最中だったし、防御する余裕はなかったはず…」

 

「うッ…」

 

「ッ!」

 

 

 そんな時、自分とは違う第三者の声が真後ろから聞こえ、二人は後ろを振り向いた。そこにいたのは、びしょ濡れになって倒れているルーミアがいた。

 

 

「ルーミアさん!」

 

 

 紅夜はすぐに駆け付けて、ルーミアの脈を図る。脈は乱れているが、命に係わるほどではない。無事であったことが確認出来て、ほっとした。

 

 

「マクラ、ルーミアさんを運ぶの手伝って―――」

 

 

『マスター!彼女から殺意を検知!今すぐに離れてください!』

 

 

 突如鳴り響いたウォクスの警告。

 その時、マクラが自らの糸を噴出して紅夜に巻き付けて、自分の元へと引き寄せた。

 

 

「何―――」

 

 

 それと同時に、闇の刃が自分の目の前を真っ直ぐ通り過ぎて行った。マクラが移動させてくれなければ、そのまま縦に真っ二つになってもおかしくなかった。

 それを認識して、マクラのもとにたどり着くまでの約1秒の間、紅夜は自分のミスに気付いた。

 

 

(服装が違う…!)

 

 

 そう、自分の知っているルーミアと目の前にいるルーミア。二人は服装が違っていた。よくよく考えれば、あの時二人が並んだ時も、服装に差異があった。

 洪水が収まってからそんなに経っていない。それに着替える暇もない。だから必然的に、このルーミアは“自分の命を狙うルーミア”だった。

 

 

(最悪だ!よりにもよって俺達のところに流れてくるなんて!)

 

 

 おそらく、流されてきた時にあの岩のドームに衝突して、そのまま洪水が収まるまであぁなっていたに違いない。

 マクラの糸のカバーと洪水の音で衝突した音に全く気づけなかったことも、ミスの原因の一つだ。

 ウォクスのカバーとマクラの擁護が無ければ危なかった。

 

 

「見つけた…殺す。あなただけは、殺す」

 

「どうして!どうして俺を殺す必要があるんですか!?」

 

 

 思ったことをそのまま率直に言う。事実、紅夜には自分が殺される筋合いも理由もない。自分の知っているルーミアだって、自分に敵意は向けれど殺意を向けたことは一度もなかった。

 あれは自分の愚行だとしても、それでも殺される理由としては弱い。それに、この『ルーミア』と自分の知っているルーミアが同一なのかも疑問だ。

 

 『ルーミア』が口を開いた。

 

 

「殺す意味?そんなの一つに決まってるじゃない。あなたがあの男の子供だからよ!!」

 

「―――ッ!!」

 

 

 『ルーミア』が闇の剣を上に振り上げると、闇の斬撃が波を作り地面を()りながら紅夜を襲った。瞬間的に横に避けて、紅夜は腰に携える刀を抜刀して、マクラも戦闘態勢に入る。

 

 

(俺があの男の子供?ってことは、俺の父親となにか関係があるってことか?)

 

 

はい。その可能性が高いと思われます

 

 

 頭の中でウォクスが肯定する。正直、ウォクスに言われなくともあの言葉で答えはすぐに出る。今まで聞いたことのない自分の父親のことについて。

 その考えが、紅夜に動揺を生んだ。

 

 正直言って、紅夜はライラとの血縁関係を疑っていた。言葉などが理解できる年頃になって、自分の父親と母親のことについて聞いたことがある。だが、その時のライラの返答は“知らない”の一点張り。自分を拾った『捨て子』と言われていた。

 

 当初はそれを信じたが、考える力が強まるごとに、疑念と欺瞞は拡大していった。

 水面に映る、自分の顔。いつ、どう見ても師匠(ライラ)にソックリだ。これで『捨て子』と言い張るのも無理があるだろう。

 だからこそ、少ない情報から紅夜が導き出した結論はこうだった。

 

 

師匠のライラは実は母親であり、何等かの理由で自分を『捨て子』と偽っているのだと

 

 

 事実は違うが、当初情報量が少なすぎたための紅夜が導き出した結論だった。だが、その間違いも納得できる理由が揃っていたのが、間違いを増長させるきっかけだった。その理由の一つが、顔の造形の酷似していることだった。

 

 だから紅夜は正直夢見ていた。ライラのことを、『師匠』ではなく『母さん』と呼べることを。だが、理性と現実がそれ許さなかった。

 自分のことを『捨て子』と偽っている以上、自分の父親と何からしらのトラブルがあったのだと考え、切り出すことができなかった。

 

 だが今はどうだ。更なる確証材料である自分の父親が“ロクデナシ”だと言う『確信』が深まった

 そうでなければ、目の前の『ルーミア』がここまで自分を恨む理由について検討がつかない。自分ではなく、“血縁者”関連での恨みだと考えれば、ある程度理解できる。

 

 今思えば、勘違いの怒り(自分の愚行)でルーミアが自分のことを過剰なまでに怖がっていたのも、それが理由なのかもしれない。

 それに、第一前提に戻れば、あれほど警戒心の強い『師匠(はは)』が出会ったばかりの人たちを信用するとは考え難かった。だがそれも、“初対面ではなかった”としたら辻褄が合う。

 

 これで『ルーミア』が自分のことを殺そうとしている理由が分かった。自分の父親と何かしらのトラブルで、自分のことを恨んでいるのだと言う、結論に至った。状況情報からすぐにわかることだが、それでも紅夜にとっては衝撃すぎる案件だった。

 

 

「だからって…死ぬわけにはいかないだッ!!」

 

 

 だからと言って、そんな理由で殺されるほど紅夜は優しくない。刀を抜刀し、刀身に紅色の妖力(エネルギー)を纏う。

 これも、ウォクスのサポートの賜物だ。互いに近接戦闘を行使し、刃が激突する。

 

 一撃目、二撃目、三撃目と、一瞬のうちにお互い引けを取らないスピードで打ちあう。あちら側は最初から本気で剣を振ってきている。

 対して紅夜は、今だに本気を出せずにいた。理由は明白だ。ルーミアと同じ姿をしているから。

 

 

「く…ッ!」

 

 

 いくら別人だとわかっていても、本質は本物同然。これくらいは分かる。実際、紅夜は自分と戦っているルーミアが“この時代のルーミア”だと言うことを知らない。

 紅夜の認識ではこのルーミアは“本人と分離したルーミア本人”と言う自分でもよく分かっていない認識をしていた。

 

 これはルーミアの説明の仕方に問題があった。このルーミアを『過去の私』とそのままの意味で言ってはいたが、それを知らない紅夜からすれば、“意識が分離して二人になった”という説明の方がまだ納得できた。そこに理由も理屈も理念もない。その情報完結の終点は、混乱を避けるためのただの憶測に過ぎない。それでも、考える暇のない紅夜には十分な結論だ。

 

 

「―――ッ」

 

 

 すぐに距離を取って、少し開けた場所で立ち止まる。腰から鞘を引き抜いて、地面に勢いよく振り下ろした。地面の岩盤が一斉に瓦解すると同時に、岩盤が割れたできた無数の大小それぞれの岩が紅夜の周りを浮遊する。

 

 

「喰らえッ!」

 

 

 石礫(イシツブテ)ならぬ岩礫(イワツブテ)が『ルーミア』に向かって飛来する。隙間もほぼないに等しい、防御不可避な連撃―――。

 

 ならば、迎え撃てばいい。それを体現するかの如く『ルーミア』は前に出て地面に手をついた。『闇』が地面に広がり、壁のように『ルーミア』と紅夜を隔てた。

 岩礫は闇の中へと浸透すると同時に、闇が消失する。無論、岩礫は闇の中へと消えた。

 

 

「いないッ?」

 

 

 闇の壁が消失すると同時に、ルーミアも姿を消していた。逃げたと言う可能性はまずない。そこで、紅夜はルーミアの能力の詳細を思い出していた。

 大分前に、ルーミア自身に能力について教えられた。彼女の能力は『闇を操る能力』。闇を自分で創り出すこともできるし、能力の応用で『影』に潜り込むことも可能だと―――、

 

 

「マクラ!『影』に集中しろ!」

 

「Σ(・ω・ノ)ノ!」

 

 

 二人(?)で背中合わせ(?)になって全体を警戒する。ルーミアと全く同じ能力を持っているならば、『影』に潜ることなど造作もないはずだ。

 そして、その警戒は正解した。二人の横の影が盛り上がり、それが人の形を成した。

 

 

「( ゚д゚)ハッ!」

 

 

 それに先に反応したのはマクラだった。マクラはルーミアと同じ高さまでジャンプすると、前足を拳の如くルーミアの顔に打ち付けた。

 

 

「―――ッ、この虫風情が!!私の邪魔をするな!!」

 

 

 殴打されて顔が一瞬赤くなりながらも、その再生能力ですぐに回復。拳に闇を纏ってマクラへとその拳を向ける。

 が、二人(?)の間の地面から細長い岩が隆起して、ルーミアの腕に直撃する。そのせいで腕の軌道を変えられ、攻撃は不発となった。

 

 

「ハァッ!」

 

「―――ッ!」

 

 

 斜め一閃。妖力纏いで強化された刃を斜めに振って、『ルーミア』の服を斬った。肉までは届かなかった―――いや、()()()()()()()()()()

 

 

「なかなかやるみたいね。忌々しいわ…」

 

「優秀な助言者(アドバイザー)がいるからな。そう簡単にはやられない」

 

「それに()()()も…。あなた、命狙われてる自覚あるの?流石はあの男の子供ね。侮辱し(あざけり)り笑う…。どこまでも不快で、怒りが煮えたぎる!」

 

「――――」

 

 

 『ルーミア』の怒りが、直で伝わってくる。その度に、自分の父親がどれほどのロクデナシなのかが一言一句耳に入ってきて、雑音のように変換される。それは多分、脳がそう処理しようとしているのだろう。

 だが、紅夜の意識はそれを許さなかった。血族のことは、決して無関係とは言えない。だからこそ、自分の父親がどのような“クズ”なのかを知る義務を、紅夜は自身の中で自ら発行していた。

 

 それに、先ほどの斬撃。アレは正直言えば手加減していた。それだけは正しかったから、なにも言えなかった。別に、そこに特別な理由など存在しない。あるのはただ、師匠(はは)からの言葉のみ。

 

 

女性を乱暴に扱う者は、それは心のない怪物だ

 

 

 この言葉を何度も聞かされ、育ってきた。

 今思えば、あの言葉の真の意味は、自分が父親のようにならないための、一種の刷り込み――洗脳のようなものだったのだろう。

 それを今さら知ったところで、どうこうなるわけでもない。事実、紅夜だってその認識は正しいと思っている。

 だからこそ、『ルーミア』相手に本気になれない。自分を殺しにかかってきている相手だとしても、師匠(はは)の言葉が寄り大事で、本気を出せない。

 

 

「正直……俺は父親のことは全く知らない。育ての親(ライラ)からだって、その話は一度も聞かされていない」

 

「だからなに?それで無関係を突き通すつもり?そんなの無理。だってあの男の血筋は全部抹殺(ころ)すって決めてるから」

 

 

 ハイライトのない瞳で、真っ直ぐな瞳でそう言われ、紅夜の胸は掴まれたかのように苦しくなる。

 自分のことではないのに、自分のことのように胸が苦しくなる。でも、もう心に決めたことが、一つだけある。

 

 

「でも、その因果から…逃げるつもりはない。俺の父親が、どんなロクデナシで、どんなことをしたのか知らないといけない。それを知った上で、どう生きるか決めなくちゃいけない。だから、死んでたまるか!」

 

「なにここから生きて帰ること前提で話進めてるの?生かさないって言ったよね?」

 

 

 『ルーミア』が闇の剣を地面に落とし、それが闇へと帰して無へと散る。そして再び闇が形を成し、『ルーミア』の両手へと収まる。

 それは、二対の闇の短剣だった。

 

 

「―――ッ」

 

 

 短剣には長所と短所がある。短所は、リーチが短いこと。刀身が短いため、完全に近距離攻撃を強いられることだ。

 だが、『ルーミア』にとってその短所は長所へと変わる。既存の長所は刀身が短い故に扱いやすいと言う点だ。それを『ルーミア』の『影』に潜る力を統合すれば、完全な暗殺者スタイルへと早変わりする。

 それに、今の時間帯は夜。『ルーミア』の独壇場だ。

 

 『ルーミア』が再び、闇の中へと姿を消した。

 同時に全体を警戒する二人(?)。先ほどのように近接戦に持ち込んでくることは確実だろうと思ったため、近くにより警戒を集中した。

 事実、短剣は近接専用武器。その認識は間違っていない。ただ――短剣が彼女の能力で創られたものでなければ

 

 

マスター!右下斜めから高妖力(エネルギー)反応!その周りには点々と無数のエネルギー体が存在しています!このエネルギー量は―――先ほどの短剣のエネルギーとすべてが同一です!

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 ウォクスに言われて、右下斜めに目線がいった。ウォクスの力を借りて、目に妖力を細部にまで渡らせて、暗闇の中でも見えるように目の力を極限にまで高める!

 段々と景色の色の違いが分かって来た。そして、そこに在ったのは―――、

 

 

「死ね」

 

 

 中距離辺りで宙に浮いた『ルーミア』が無数の闇の短剣を顕現させ、それを紅夜とマクラへ銃弾のように発射した状況だった。

 別に不思議なことではない。紅夜の岩を操る能力で念動力の如く岩を浮かせられるように、自身の能力に関係するものならば、念動力の如く動かすことは可能だ。

 それと同じ要領で、今度は紅夜に牙が向いた。

 

 

「マクラ!」

 

「ァィ(。・Д・)ゞ」

 

 

 マクラは周辺の木々を使って、超巨大でぶ厚い蜘蛛の巣を設置した。闇の短剣が一斉に蜘蛛の巣にとびかかり、まるでゴムのように伸び、円錐形になるまでの攻撃が一点集中する。

 互いにそろそろ限界だと感じ、別の場所へ移動しようとしたそのとき、

 

 

マスター!周辺360度、上空からも武器(たんけん)と同じエネルギーを検知!その数最低でも千!

 

「なにッ!?」

 

 

 気づいたときにはもうすでに遅く、囲まれていた。

 『妖力纏い』で極限強化された視力で周りを見ると、それが真実だったことが分かった。左右にも、斜めにも、上空にも、同じ短剣が無数に散りばめられ、紅夜とマクラにその()を向けていた。

 

 

(ウォクス!回避方法は!?)

 

―――今現在急ピッチで模索中。少しの間時間を稼いでください

 

 

 こんなの、初めての経験だった。あのウォクスが、結論を出すまで時間を必要とするなんて。だが、その理由も理解できる。

 360度囲まれて、上空も退路を塞がれた。マクラの糸でも限界があるし、紅夜が岩の壁を作って『妖力纏い』で強化したとしても、それもいつまで持つか分からない。

 それに、あの『ルーミア』がどこまで攻撃を続けられるかどうかすら分からない。完全にジリ貧だ。

 

 

「マクラ!悪いけど、少しの間、耐えられるか!?」

 

「(''◇'')ゞ」

 

「そうか、ありがとう!!」

 

 

 こうして、完全なジリ貧の戦いが始まった。上左右から迫りくる闇の短剣を、自分の全力を駆使して避けて、躱して、対抗して、薙ぎ払って、弾いて、斬って、防御して、転んで、守って、撃つ

 それを何度も何度も何度も何度も繰り返す。

 

 腕の感覚がきつい、足の感覚がなくなってきている。乳酸が筋肉に溜まってきている証拠だ。体中から汗がにじみ出て、息もあがる。意識が動転しそうになるのをぐっと堪えて、唇を噛み締める。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…!!」

 

「(´Д`)」

 

 

 瞳に汗が入る。汗を袖で拭う。だが、袖すらも汗でびしょ濡れになっており、意味がない。

 紅夜もマクラも、すでに疲弊している。このままでは時間の問題だ。

 

 

「よく耐えるわね…でももう限界。いい加減に死になさい」

 

「―――」

 

 

 もう、言葉すら出せないくらいに疲れ切り、意識が朦朧とする。そんなときだった。

 

 

マスター。模索の結果が出ました…

 

 

 それは、天からの恩恵にも等しい言葉―――ではなかった。その声には力はなく、今までこんなことはなかった。

 最悪の可能性が頭によりぎりながらも、紅夜は答えを求めた。

 

 

「ウォクス…その、答えは…?」

 

答えは……“ありません”。完全な詰みです

 

「―――――」

 

 

 その言葉に紅夜は、怒りも、悲しみも、呆れも、しなかった。そこにある感情は―――諦め。この一点しかなかった。

 なんとなく予想出来ていた答えだった。だからこそ、この感情へと帰結したのかもしれない。

 

 

「それ、でも!!」

 

「――?」

 

「諦めて、たまるかぁ!!」

 

 

 それでも、何かしらの突破口があると信じて、それに向かって、紅夜は足を一歩前に踏み出す。

 

 

「無駄なことをご苦労様。でもそんなに熱くなると―――下を見忘れるわよ

 

「えッ」

 

 

 そのとき、自分の刀を持っている方の腕――右腕の二の腕辺りに、激痛が走った。その正体は――、自分の影から飛んできた闇の短剣だった。

 

 

(しまった―――ッ)

 

 

 完全にやられた、まさか、自分の影を発射地点にしてくるなんて。いや、違う。多分前々から計算されていたんだ。

 上、右、左、斜め、ここから短剣が飛んでくるのに、下からも来ないなんておかしいと思うべきだった。いや、普通思わない。だが、彼女の能力は【闇を操る】こと。『影』から短剣を発射するなんてこと、造作もないはずだ。

 これが、地獄の連鎖の始まりだった。

 

 この一撃が隙間となり、背中、肩、太もも、様々な場所に闇の短剣が刺さっていく。

 

 

「―――ッ!!」

 

「Σ(゚Д゚)」

 

 

 マクラがすぐにその傷を塞ごうと糸を放出するが、

 

 

「邪魔よ」

 

「(>_<)」

 

 

 一瞬のうちに近づいてきた『ルーミア』に横から蹴飛ばされ、マクラは遥か遠くへと吹っ飛んでいった。

 血だまりで震え、横たわりながら今出せる力の全力で起き上がろうとするが、『ルーミア』に背中を踏まれて、「ガッ…!」と血を吐いた。

 

 

「よく頑張ったけど、これでおしまい。ようやく殺せる。これであの時の雪辱を晴らせる。これで私は解放される…!安心して?あなたに勝てると分かった以上、()()()()()()()()()()()()()

 

「グっ……!!」

 

 

 あの言葉で、分かった気がする。『ルーミア』が自分を殺そうとしてきた目的を。ただ単に父親に恨みを持っているからだけではない。

 彼女は、自分(こうや)のことを父親(ゲレル)を倒すための通過点(きじゅん)としてしか見ていなかった。息子に勝てた以上、父親とまともに戦えるだろうと言うことを知るためにも、紅夜を殺そうとしていた。

 

 

「うゥ…!」

 

 

 悔しい。無力な自分が、何もできない自分が。今、皆は戦っている。それなのに、自分一人だけ死んで、恥ずかしくないのか?師匠(ライラ)を一人だけ残して、彼女のためにも―――ためにも?

 

 

「『ルーミア』さん…」

 

「――なに?遺言なら聞いてあげる。実際、アナタに恨みがある(が悪い)わけじゃないしね」

 

「――俺って…産まれてこない方が良かったんですかね?」

 

「――――」

 

 

 自分は気付けなかった。師匠の心の闇に。歪みに。自分をどんな気持ちで産んで、どんな気持ちでここまで育てたのだろうか。

 絶対何度か恨んだはずだ。自分の父親の人物像は『ルーミア』から聞いてもう把握できている。そんな(ゲレル)との間からできた子供だ。絶対に一度や二度、恨んでいてもおかしくない。

 だからこそ、自分は生まれないほうがよかったんじゃないかと言う思考に陥った。

 

 

「…そうね。母親のためにも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――そうか」

 

マスターッ!?

 

 

 絶望の一言。その一言だけで、紅夜は全身の力が抜けた。もうウォクスの声も、聞こえるようで聞こえない。それと同時に、『ルーミア』の闇の剣が紅夜に向けられ、そのまま突き刺さる。

 

 

「諦めるんじゃないわよ、この馬鹿!!」

 

 

 が、そのとき「ルーミア」の声が聞こえた。紅夜が上を向くと、そこには、もう一人の――いや、紅夜の知っているルーミアがいた。

 

 

「ハァ!」

 

「チッ!」

 

 

 ルーミアは剣で『ルーミア』の剣を弾き、『ルーミア』は跳躍して距離を置いた。ルーミアは紅夜の方を向き、紅夜に向けて言葉を投げかける。

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 紅夜は見た。彼女の顔には大量の汗がにじみ出ており、自分を探すのにどれだけ苦労したのかが分かる証拠だった。

 

 

「傷、さっさと回復させてここから逃げて。ここからは、私が相手するわ」

 

「どこまでも邪魔を…!どうしてソイツを守るの!?」

 

「決まってるでしょ。守らなくちゃいけないから!理由はそれだけで十分よ!」

 

「やっぱり、あなたとはどこまでも分かり合えないみたいね…。決めたわ。あなたを殺して、そいつも殺す!」

 

 

 ルーミアと『ルーミア』が、自分自身(てきどうし)に殺気を放つ。一触即発の雰囲気に、第三者がいたなら、誰もが息を飲んだだろう。

 しかし、そうしないのが、一人いた。

 

 

「――ルーミアさん」

 

「紅夜!?逃げてって言ったでしょ!?」

 

 

 それは紅夜だった。紅夜は先ほどの傷を少しずつ回復し、なんとか立てるようにまではなっていた。フラフラの足を無理やり立たせ、ルーミアの隣に立った。

 

 

「いいえ、逃げるわけにはいきません。自分の、俺の、父親のことを、知るまで…!」

 

「――ッ」

 

「ルーミアさん。話は全部、『ルーミア』さんから聞きました。俺の父親が、とんでもない“ロクデナシ”だってことも」

 

「紅夜…」

 

 

 ルーミアは驚愕しながらも、どこか納得していた。ハイライトがない自分でも、話は十分出来ていた。だから、『ルーミア』がゲレルについて話す可能性だって、十分にあった。

 

 

「だから、聞かせてください。言いましたよね?ルーミアさんの罪…。それを、聞かせてください」

 

「―――」

 

「俺にも関係してるんでしょ?だったら、俺にだって知る義務がある!」

 

「……分かった。いつかは言うべきだって思ってたし。それが今になっただけ。私の犯した罪。償わなくちゃいけない罪。それは―――、」

 

 

 一目置いて、息を飲む。そして彼女は、重い唇を、覚悟をもってしてこじ開け、その罪を告白した。

 

 

あなたの母親を、見捨てて逃げたこと。それが、私の、私たちの罪よ!!」

 

 

 

 




 はーい。今回はここでおしまい。ここで衝撃の展開。なんと、ルーミアはこの時代の少し前に、レイラを知っていた。そして、そのレイラを見捨てて逃げていたと言う事実が発覚!

 一体どういうこと?この時代のときのこと覚えてないって言ってたじゃん。レイラと会ったことあったの!?
 いろいろと疑問な今話。その疑問も、次話に明かされるでしょう。

 次回をお楽しみに!

 評価:感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72 (けわ)しく硬く、輝く道

あなたの母親を、見捨てて逃げたこと。それが、私の、私たちの罪よ!!」

 

「―――え?」

 

 

 ルーミアが告白した罪――、それは紅夜にとって耳を疑う事実だった。“自分の母親を見捨てた”。それは言い換えれば自分の母親の仇?とも言えるからだ。

 

 

「……やっぱり、あの時の“女”の子ね?そう…分かってはいたけど、結局そうなのね」

 

 

 『ルーミア』が悟ったかのように、まるで最初から分かっていたかのような反応をする。二人のルーミアには事実であり、理解できていないのは紅夜一人のみ。

 それが、また紅夜を困惑に導く。血を失っているから、頭も回らなくさらに混乱が強まる。

 

 

「ど、どういうことですか?ルーミアさんが、『ルーミア』さんが俺の母親を、見捨てて逃げた…?」

 

「えぇ。もう何十年も昔の話になるわ。出来ればすぐに話したいけど―――」

 

「ハァッ!!」

 

 

 『ルーミア』が話の途中で突撃してきて、ルーミアの話を遮った。その形相はまるで鬼のようで、言い換えれば言われたくないことを無理やり止める子供のようだ。

 剣で攻撃され、同じく剣でその攻撃を防いだ。

 

 

「その話をするなぁ!!」

 

「そうよね…私だって、正直こんなこと晒したくない。だけど、これ以上過去から逃げたくない!」

 

「黙れ!言うな言うな言うな言うな言うなァアアアアアア!!」

 

 

 よほど言われたくないのか、『ルーミア』は子供のように喚く。押す力も段々と強くなっていき、彼女がどれほど興奮しているのか、ルーミアはしっかりと伝わってきていた。

 ルーミアは後ろ(こうや)の方向を向いて、叫んだ。

 

 

「詳しくはこれを割りなさい!」

 

 

 そう言い、ルーミアは紅夜の近くに『影』を自分の『闇』に繋げて、青く光るガラス玉を紅夜の近くに転がした。

 

 

「これは…?」

 

アイツ(シロ)の便利アイテムの一つで、【記憶玉】ってアイテムらしいわ。効果は割ると複製して内包された記憶を使用者に見せること!それで観なさい、私の記憶を!」

 

「させるかァアアアアアッッ!!」

 

 

 そのアイテムの効果を聞き、なんとしてでもそれを阻止しようする『ルーミア』。先ほどまでは聞くことが嫌だったと言うのに、どうやら聞くのが嫌なのではなく、その話題自体が嫌なのだろう。紅夜を守るために、ルーミアは防御で手一杯だ。その間にも、『ルーミア』の猛攻は続く。

 そして、紅夜も選択を(せま)まれた。ルーミアと『ルーミア』の罪とは何なのかと言う知りたい気持ちと、知らなくてもいい事実を知ってしまう危険性を天秤にかけていた。足りない血液を全力で回して、選択を()く。その結果、導き出した答えは―――、

 

 

「アァアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 【記憶玉】を掴んで、思いっきりその握力で砕いた。その瞬間、【記憶玉】から青い光が失われ、紅夜の意識が、暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここ、は…?』

 

 

 紅夜が目を覚ますと、そこは美しき森の中だった。上から、赤い太陽の光が差し込み、微妙に眩しい。いや、眩しいはずなのだ。それだと言うのに、なにも感じない。太陽の光に当たったと言う感覚も、全然しない。それに今の時間帯は夜。夕方の太陽が出ているのはおかしい。

 すぐ近くにある泉にも触ってみる。触っているはずなのに、濡れていない。

 それだけではない。自分の体が、半透明になっている。こんなこと普通あり得ない。

 

 ルーミアがこの場所に来る前に行っていた、他人の記憶を見る玉。おそらくこの状況がそうなのだろう。この情報だけで、この場所が疑似的なものなのだと自覚するには十分だった。

 

 

『じゃあこれは、ルーミアさんの記憶…』

 

 

 太陽は落ちかけ、夜に入ろうとしている。一体この場所で、何があって、何が起きたのか。紅夜は精神を研ぎ澄まして、この先にある事実を、一言一句聞き逃すつもりはない。その決意と覚悟を胸に秘め、記憶の時間を過ごす。

 

 

『木にもすり抜ける…この世界じゃ、物理的干渉は不可能か…。当たり前だけど…』

 

 

 しばらくの間、なにも起きなかったため、この記憶の世界をよく知るためにあらゆる物に触れてみたが、結果はすべて同じ。“すり抜ける”だ。

 やはり現在精神体である紅夜に、現実のものは触れられないようだ。過去の記憶の世界を現実と言うのも、おかしいが――。

 

 

『次は周りの探索っと』

 

 

 次に行ったのは周りの探索だ。周りには木々や岩に生えている苔、大小の凹凸(おうとつ)の地面だけで、ザ・自然と言った風景だった。

 唯一目立つ場所はこの小さくも大きくもない中くらいの泉。

 

 そんな時、一つの発見をした。

 

 

『痛って!』

 

 

 奥に進もうとしたとき、()()()()()()()()()()

 

 

『なんだこれ…景色は続いてるのに、奥に進めない…?』

 

 

 景色は続き、その先に行けてもおかしくないはずなのに、見えない壁に阻まれ先に行けない。これについては一瞬謎に思ったが、すぐに結論が出た。

 大前提として、この世界は記憶の世界だ。だから、複製された記憶の中心から一定の距離しか再現できず、奥の景色も一種の飾りでしかないのだろう。つまり、この壁は一種の深層心理の壁だ。

 

 

『仕方ない…あの泉に戻るか』

 

 

 木々を掻き分け、暗い夜道を進み、泉へと戻る。そして、変化は起きていた。紅夜の目の前――泉の景色に変化が起きていた。

 その変化とは―――豊満な女の裸体だった

 

 

『――え?』

 

 

 泉から上がって来た水に濡れたその長髪と豊満な肉体は、夜の森をバックにしても、逆に美しく感じる一種の芸術とも言える光景だ。

 その()()()()(したた)る水分を両手で絞り取り、誰にも見られていないことを良いことに背伸びをして、その裸体を森の中に晒していた。

 

 

『ん――――…』

 

『ハワワワワワ……』

 

 

 が、彼女は気が付いていない。この記憶に潜り込んできた異性がこの場にいることに。まぁ当然だが。

 その当人である紅夜は、両手で顔を隠して後ろを振り向き、裸体を見ないようにしていた。

 

 

『いつの間に…!?いや、そんなことより、この人――!』

 

『やっぱり、体を洗うのは気持ちいいわねぇ~…』

 

(ルーミアさん…!?)

 

 

 そう。この裸体の美女こそ、ルーミアその人だった。何故ここにいるのかと言う疑問も、ここが彼女の記憶の中だからだと言う理由だけで説明はつく。が、しかし。一体いつからここにいたのかが分からない。泉から離れた時間だど、たかが数分程度。その間で、入浴が終わるとは思えない。

 

 

(いや、よく考えれば水は冷たいし、すぐに終わるのも頷けるか…?)

 

 

 そう考えれば、色々納得がいく。紅夜も、岩で疑似的な風呂を造ってそこにちょうど良い湯加減のお湯を入れて入る。それを知ってしまえば、水に浸かろうとも思えない。まぁ、汗をかいたときに浴びたり拭いたりはするが、流石に全身浸かると言うのは考えられなかった。

 

 が、次のルーミアの一言で、彼の常識は破壊された。

 

 

『久しぶりに入ったから、もう四刻*1も浸かっちゃったわ~』

 

『四刻!?』

 

 

 その時間の長さに、後ろを振り向きながら紅夜は驚いた。約2時間も冷たい水の中に浸かっていられるなんて――。いや、そんな問題じゃない。紅夜はこの世界で目覚めた時真っ先に泉を見たが、人影なんてなかった。それだけでは飽き足らず衣服の類も見なかった。なら、一体…?

 

 

『それにしても、いくらなんでも潜り過ぎたわね。ここいらで辞めといて正解だったわ』

 

(潜ってた!?)

 

 

 はたまた新たな新事実が更新された。確かに泉は少し触れて表面全体を確認した程度で終わっていたが、まさか水中に、しかも二時間もいたとは誰も考え付くまい。いや、そうだとしても二時間も酸素が持つのかという疑問もあるが…そこは考えないでおこう。

 

 

(この人、どこか抜けてるところがあるのは知ってはいたが…まさかこんな昔から解放的だったとは…あぁ、気が抜ける…)

 

 

 完全に泉から上がり、体の水分を乾燥させるためか、そこから一歩も動かない。目のやり場に困り、どこか別の場所を向いたとき―――異変に気付いた。

 

 

『お、ちょうどいいところにイイ女が。これも神が俺の勤勉なまでの義務行動へのお礼なのかもしれないなぁ。』

 

『は?』

 

 

 そこから出てきたのは、霞とモザイクをごちゃ混ぜにしたような顔の男が現れた。顔の分からない男は、ルーミアを見つけると、その体を舐めまわすような言葉でルーミアを見た。

 紅夜も顔は分からないが、この男がまともなヤツではないと言うことだけは、本能的に理解した。

 

 

(なんだコイツの顔…?まるで(もや)にかかったかのように分からない。いや、こんな顔のやついるワケがない。……待てよ?ここはルーミアさんの記憶…。つまり、ルーミアさんがこの男の顔を思い出すことを拒絶している?)

 

 

 この仮説が、男のモザイクの理由としては一番明快な答えなのではないかと思う。ここはルーミアの記憶の世界。本人が拒絶している、はたまた覚えていない部分があれば、それは当然何かしらの要素で補完される。あの水晶玉の力で覚えていない(拒絶している)男の顔をモザイクで補完しているのだろう。

 

 

『誰あんた?なに急に?』

 

『俺が誰とか、別にどうでもいいだろ。お前がこれから辿る運命はたった一つ。俺の性奴隷(オモチャ)になることなんだからさ。それは義務であり運命。逃れられることのできない宿命とも言える。今宵、お前は俺の相手として選ばれた。誇りに思ってくれていい』

 

 

 急に現れ、急に長ったらしい自己顕示欲の強い発言を第一声とした顔がモザイクの男は、おそらく下種な笑みを浮かべながらルーミアの美しい裸体を見ているのだろう。

 この男が現れてからすぐに己の体の一部を両手で隠して、すぐさま行動に出る

 

 

『急に現れて、なにほざいてんのよ。死にたいの?』

 

 

 その瞬間、ルーミアの体が闇に包まれ、闇が晴れると一瞬にして紅夜の知っている『ルーミア』の服装になり、その右手には闇の大剣が握られていた。黒く輝く闇の大剣の剣先を、男に向ける。

 

 

『急に出てきた挙句、私の水浴び見るとか…余程死にたいようね』

 

『運命に抗う女…実に健気で面白い。実を言うと俺、お前のような強情な女、ヒィヒィ言わせんのが楽しみなんだよなァ。俺は生き物としての義務を行っているからな、この程度の遊びくらいなら神も仏も許してくれるだろうさ。』

 

『どこまで私を不快にさせれば気が済むのかしら。第一、神や仏が実在するならアンタみたいな奴いないっての。もういいわ、死になさい!!』

 

 

 ルーミアが闇の大剣を振るうと、そこから闇の斬撃が飛んだ。強力な一撃。この一撃で撃沈するものだと思われたが――、

 

 

『弱いな』

 

 

 その時、闇の斬撃が男の体をすり抜けた。その様子に、目を見開き驚愕するルーミア。そしてそれは、男の近くでソレを見ていた紅夜も同じ表情をしていた。

 

 

(今、何が起きた?確かにルーミアさんの攻撃はこの男に当たったはず。それなのに、当たってないなんておかしい!)

 

『やっぱ、大抵の女は威勢だけは強いんだな。だからこそ、その自信を完膚なきまでにぶちのめすのは気持ちよくてたまらないねぇ。あぁこれだからこの仕事は怠惰ではいられないんだ!俺は今、この穢れた大地のために行動を起こしている!そう思うと、俺がどれだけ偉大な存在だと言うことが、実感できる!』

 

『減らず口を…!もうあんたの肉を食べる気にすらならない。そこら辺の雑魚に喰わせるのがいいわね』

 

『本当に威勢だけは強い。だからこそ、堕としがいがあるってもんだ!』

 

『ぶっ殺す!!』

 

 

 ルーミアが跳躍し、闇の剣を男に向けて振るった―――瞬間、紅夜の景色がブラックアウトする

 

 

『なんだ!?』

 

 

 景色が暗転し、なにも見えない。まるでルーミアの闇の中に囚われたかのように。

 なにも見えない、なにも聞こえない、なにも感じない。それが恐怖を生み、呼吸も荒くなる。あの時のトラウマが呼び起こされる。

 あの時は隣にマクラがいたから、まだ精神的に余裕があった。しかし、今は自分以外誰もいない。ここは記憶の世界。紅夜は言い換えれば侵入者だ。そんなところに、自分と同じ境遇の者などいるわけがない。

 

 

『―――ッ!』

 

 

 精神が限界に達しようとしたとき、再び景色は色を取り戻した。荒れた呼吸を整え、当たりの状況を確認する。結局、あの暗転がなんなのかは分からなかった。

 が、しかし。ルーミアの能力が『闇操作』である以上あの暗闇はあの男の視界を奪うための彼女の策略である可能性が高かった。

 

 あの暗転からの復活までの時間は、約5秒程度。この程度のレベルで済んだ紅夜は、落ち着いた後周りの状況を確認して――愕然とした。

 

 

『そんな…!?』

 

 

 周りの景色が、五秒と言う短い時間で、見るも無残な惨状へと早変わりしていた。

 単純に考えて、あり得ない。もしあの暗闇がルーミアによるものだとしても、たった五秒で決着などつくはずがない。あの何も見えない空間で、まともに動けるはずがない。

 

 そんなことを考えているうちに、紅夜は再びとある異変に気付いた。その異変とは、この疑問に核心――というより完全に答えを語っている異変だった。

 そもそも、その異変には真っ先に気付くべきだったのだ。そうでないと、おかしい異変だから。周りの凄惨な残状を見て、それすらも忘れていた。

 

 

『太陽が…沈んでいる!?』

 

 

 太陽が完全に沈み、夜になっていた

 ここに来た際の太陽は沈みかけで、時間帯は夕方だった。あの男とルーミアが戦い始めたのも、夕方だ。だが、今の時間帯は完全に夜。紅夜でも分かるほど、完全なまでのタイムラグが発生していた。

 

 周りの凄惨な現場と時間経過。そしてこの世界が記憶の世界だと言うことを踏まえて考えると、挙げられる答えは一つ。

 

 

『この場面も、ルーミアさんの記憶にはないのか…?』

 

 

 この世界の進行は、【記憶玉】に記憶を封じ込めた本人の記憶に左右されている。その本人が覚えていない場面は、どうあがいても再現しようがない。あの男の顔がモザイクで補完されていたように、この戦闘シーンも、『暗転』と言う形で補完されいた。

 

 それを自覚した紅夜は、真っ先に確認するべきことに気付く。

 

 

『そうだ、ルーミアさんは―――!』

 

 

 木々は倒壊し、泉は跡形もなく破壊され、地面の凹凸も激しくなっている。ただでさえ歩きにくいこの地形で、人を探すなど困難を極める。

 だが、そんなに時間はかからなかった。

 

 

『ウ、グ、…』

 

 

 少し離れたところから、女性の苦しそうな声が聞こえた。そこにすぐ駆けつけて、目に映った光景に驚愕した。

 ルーミアがボロボロにやられ、地べたに這いつくばっていた。そしてその光景をモザイクの男が見下して優越感に浸りながら眺めているところだった。

 

 

『ルーミアさん!』

 

 

 紅夜はルーミアを助けるために走って、ルーミアの腕を掴もうとするが―――すり抜ける。

 

 

『ッ!』

 

 

 分かってはいたことだ。ここは記憶の世界。とっくに過ぎた過去の世界。そこに現実の存在が介入できるわけもない。だからこそ、この結果は当然だった。

 だが、紅夜の性格上、目の前で大惨事に見舞われそうな女性を見捨てることはできない。だから、その無意味な行動を辞めることができない。

 

 

『クソッ、クソッ、クソッ!!』

 

『まぁ女にしてはかなり抵抗できた部類だな』

 

『アンタ…私に、恨みでもあるワケッ!?』

 

『恨み?いや、違うに決まってんだろ。俺はただ、お前に“女としても義務”を全うさせるだけさ。そんなことも分からないのかい?』

 

『義務…?』

 

『分からない?うっわあり得ない。何度も言っているだろう?君って大人でしょ?なんで分からないのかな?いや、ただ普通に分からないフリしているだけでしょ?まぁ分からなくはないよ。羞恥心ってものがあるしね。でも心配いらない。ここには俺とお前しかいないんだ。俺は優しいから、ゆっくりといたぶって、凌辱してやる!』

 

『あんた、まさか…、オモチャって、そう言う――!』

 

 

 ルーミアはようやく、この男の言っている意味を理解した。最初は虐待趣味の変態と思っていたが、“女の義務”と“凌辱”という言葉で、自分が辿ってしまう道をようやく理解した、してしまったのだ。

 

 

『や、やめ――ッ!』

 

(こわ)がるな、(おそ)れるな、作業だと思えばいいんだ。なにせ、女は子供を孕むのが仕事だからな

 

 

 醜悪な笑みを浮かべているのだろう。男はそう言うと、ルーミアの顔が恐怖で歪んだ。逃げようとしても、よほどの恐怖なのだろう。逃げ出せないのだろう。

 紅夜には、あのブラックアウトの間に何が起こったのか分からない。たぶん、逃げられないほどに痛めつけられたのだろう。

 

 

『やめろッ!やめろッ!やめろッ!!』

 

 

 紅夜は一心不乱にモザイクの男に拳を振り続ける。しかし、空ぶってすり抜けるだけ。何度も言うように、この世界は記憶の世界で過去の世界。とっくに確定してしまっている時間だ。

 それでも、目の前の悪行を放っておけない。その心構えが、紅夜の心を締め付けた。

 

 

『とりあえず、その邪魔な布切れを剥ぎ取らないとなァ―――!!』

 

 

 ルーミアの服に男が手をかけて、それを思いっきり引っ張ろうとしたその時。

 

――どこからか飛来したカマイタチ(斬撃)が男に向けて飛んできて、その行動を中断させた。

 

 

『誰だ!?俺の大事な時間を邪魔しやがって!出てこいよ!』

 

『彼女から離れろ。下郎め』

 

 

 斬撃が飛んできた方向を二人が見ると、そこには長い金髪に胸に晒サラシを巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている女性が、刀を持って丘の上から男を見下ろしていた。

 そしてその女性の顔は、紅夜にとってはあり得なく、信じられないものだった。

 

 

『師匠…!?……いや、少しだけ、違う?』

 

 

 その女性は自分の師匠であるライラにそっくりで、着ている服も師匠と全く同じものだった。それだけじゃない、必然の如く、彼女は自分に似ていた。ライラよりも、彼女に似ていた

 

 

『そんな、まさか…!?』

 

 

 彼女の出現と、今までの状況情報から、ある一つの答えが推測できた。認めたくない、信じたくない。それじゃあ自分は、と。嫌で不都合で目を背けたくなるような事実のみが押し寄せてくる。

 それでも、逃げられないと自覚して、思わず口に出てしまった。

 

 

『俺の、母さん…?』

 

 

 思わず口に出たその可能性は、十分あり得る話だった。今まで、自分の母親はライラだと思っていた。彼女の存在なんて、知る由もなかったから。

 だけど、目の前の女性はライラにそっくりで、自分にもそっくりだ。その可能性は、十分にあり得た。

 

 

『はぁ~俺は、運がいいんだか悪いんだか。良いところを邪魔されて怒るべきか?それとも、また新しいい獲物(オモチャ)が転がりこんできたことを嬉しく思うべきか?どっちの感情を優先すべきだろうか…。あァ…迷う』

 

『減らず口を叩くとは余裕だな。その傲慢、悔い改めろ』

 

『傲慢?違うね。これは余裕と言うんだ。いかなる女も、俺の前では何もかも無力へと陥るからな。何故だか知りたいか?』

 

『別に聞きたくもない』

 

『まぁ聞け。いかなる女も俺の前では無力になる理由―――それは俺が圧倒的強者だからだ』

 

『は?』

 

『獣畜生でも当たり前のことさ。強い(オス)(メス)が惹かれ、繁殖する。それは何故か?雌が強い雄の遺伝子を欲しているから。つまり、こいつも、お前も、俺と言う圧倒的強者の前では俺が勝つしかなくなると言う結果だけが残る。女ってのは、ただそうやって男に服従していればいいんだ』

 

『『『――――』』』

 

 

 あまりのナルシス根性に、三人とも引いた。これを見ている紅夜でさえ、“それだけは絶対にない”と思っている。彼の恋愛基準は、愛し合うことが第一前提だからだ。まぁ当然のことだが。

 

 

『――お前が自分大好きな変態だと言うことは分かった。それとお前を生かしておいても害悪にしかならないと言うこともな』

 

『酷いな。害悪とは。むしろこの地上の発展に協力しているんだよ、俺は。地上と言うのは脆く儚いところだ。命は永遠ではない。必ずどこかで『死』が起こり、悲しみが生まれる。だからこそ、一人でも数を増やして、喜びを生もうと俺は努力しているんだ

 

 

 言葉だけ聞けば真っ当なことなのかもしれない。だがしかし、彼の碌でもない本性を既に知っている人物たちからすれば、彼の言葉は自分の欲を満たすための方便――言い訳にしか聞こえなかった。

 

 

『余計なお世話だ。いつ誰がお前に頼んだ。お前はただ、自分の下劣な欲を満たすための言い分としているに過ぎない。お前の中身は、何もないペラペラの布のようだな』

 

『―――あ~あ。今の言葉は、流石の俺でもキレたぞ?決めた。まずお前から“俺”で染めてやる。嬲って痛めつけて苦しめて犯して殺してやる!』

 

 

 彼女の言葉が、彼の逆鱗に触れたのか、彼から濃厚な殺気が放出される。負けずと、彼女からも強烈な力の波動が感じられた。

 精神体のはずの紅夜でさえも、まるで現実で起きているかのような威圧に襲われた。

 

 

(すごい力の波動だ!少し力を抜いただけで、気絶しそうだ…!)

 

 

『せめて、お前を滅する者の名を覚えておけ。私の名は【レイラ】。私が、お前に『死』を与えよう』

 

『上等だ!俺の名前は【ゲレル・ユーベル】。きっと、お前の最初で最後の“男”になるだろう男の名だ!あの世に逝っても覚えときな!』

 

『戯言をッ、口にするな!!』

 

 

 最初に動いたのはレイラだった。跳躍したレイラは、特攻とも言える無謀さでゲレルに刀を振るった。

 

 

『そんな単調な攻撃当たってたまるかよ!』

 

 

 当然の如くそれを避けたゲレルは、空中回転しながらレイラに足蹴りを炸裂させた―――と思った。それは間違いだ。ゲレルの足はレイラの体をすり抜けた。

 

 

『―――ッ!?』

 

『甘いッ!』

 

 

 自分の足が標的の体をすり抜けたことで判断が鈍ったところを、レイラは突いた。刃がゲレルの二の腕を貫通し、それを一気に下に向けて下ろすと、手と腕が二分した。

 レイラは距離を取って、鮮血が垂れるゲレルの腕を眺める。

 

 

『そうやって傲慢になるからそんなことになるのだ。やはり口だけだな』

 

『……本当にそうかな?』

 

 

 その瞬間、縦に分断されたはずの腕が気色悪い動きをしながら、ジュクジュクと音を立てて高速で再生し始める。その光景に、今度はレイラが驚いた。

 

 

『バカな!?なんだその回復力は!?お前、人間のはずだろ!?』

 

『能力だよ。のーりょく。お前って案外傲慢が過ぎるんだな。人のこと言う前に、まず自分の方を直したらどうだ?まぁ、俺の場合は直すところなど一つもないんだけどな』

 

『再生すると言うならば、再生が追いつかないほどに攻撃を与え続ければいいだけだ』

 

『その余裕、いつまで続くかね!?』

 

『それはこっちの台詞だ!』

 

 

 二人の激闘は、どんどんと白熱していく。元々ルーミアとゲレルの戦いで荒れ果てていた森が、さらに酷く凄惨になっていく。

 原型が留まっていなかった。

 

 

『――え?どういうことだ?』

 

 

 そして―――紅夜の思考も、原型を留めずにいた。では、何がそこまで彼の思考を崩壊させたのか?

 彼女の名前が【レイラ】で【ライラ】と似ていること?それはもうある程度予想は出来ていたことだ。そんなことではない。

 彼女は今、なんて言った?

 

 

『あの男が…人間?』

 

 

ゲレルと言う男が人間であると言う情報に、紅夜は驚きを隠せずにいた。

 普通なら、そんなに驚くことではない。だが、ここは過去の世界。結果は既に決まっている世界。だからこそ、否が応でも分かってしまう。理解してしまう。ゲレルが自分の父親であると

 

 『ルーミア』からの話でも、自分の父親は碌でもない男だと言うことは分かっていた。そして、そんな男から生まれる子供の大抵は、女性が望まずに産んだ子供だと言うことも。

 分かり切ってしまっている悲しく残酷な結末より、自分の摩訶不思議の状態が気になっていた。

 

 

『俺は…妖怪のはずなのに…親の片方が、人間?』

 

 

 その事実は、自分の種族がゲシュタルト崩壊を起こしたと同義だった。自分は『妖怪』だ。100%妖怪のはずだ。この身に流れる力も、妖力だけだ。

 それなのに、父方が『人間』?ここに確実は矛盾が発生していた。もしそれが事実なら、自分は半人半妖だと言うことになる。

 でも、妖力だけしかなくて―――。

 

 自分と言う存在が、なんなのか分からなくなってくる。

 

 

『―――ッ!?』

 

 

 そんな考えが頭に巡って来た時、自分の体が意思とは反対に二人が戦っている場所から遠く離れていった。

 この押し出される感覚、つい最近どこかで感じた。―――そうだ。深層心理の壁だ。その壁が移動して、自分を押し出している。

 

 

『一体何が…!?』

 

 

 その疑問も、一瞬で解けた。二人とは反対方向に視線を送ると、ルーミアが全速力で逃げていた。

 

 

『そうか…!!ここはルーミアさんの記憶の世界!彼女を中心に壁が形成されていたのか…!』

 

 

 よくよく考えれば、当然と言えば当然だ。この記憶の世界は彼女の記憶の世界。つまり、彼女を中心に回っている。むしろこの結果は、当然のことだった。

 

 あの場からどんどんと離れていき、ルーミアは木陰の闇に隠れていた。

 

 

『――――ハァ、ハァ、ハァ…』

 

 

 体は小刻みに震え、息も荒い。完全に恐怖で体が竦み、怯え、恐怖で染まっていた。

 

 

『ルーミアさん…』

 

 

 その様子を、隣で見る紅夜。彼女――『ルーミア』もこのような気持ちだったのだろう。記憶を見て、事情を知ったからこそ分かる。

 あのような恐怖に襲われ、無様にも逃げた。そんな過去を持ったら、誰だって精神が壊れる。『ルーミア』は、その成れの果てだったのかもしれない。

 

 ルーミアは、『ルーミア』のことを“過去の私”と言っていた。心の支えがあるルーミアと、何もない『ルーミア』。その心の差は歴然だ。だがそれ故に脆いころもある。あの顔面モザイクにブラックアウトがいい例だ。アレは、思い出したくないから生じたバグだから。

 

 そして紅夜も、思い立たされていた。自分の種族が妖怪なのか、半人半妖なのか、分からないこと。自分の正体すら分からないことに、恐怖を覚えていた。自分に対する恐怖。これはどうやっても自分だけじゃ拭うことはできない。

 紅夜も、迷いの渦に巻き込まれていた。

 

 

――あれから、1時間ほど経ったころ。

 

 

『もう、良いわよね…?』

 

 

 ルーミアは、何を思ったのか、行動に出たのだ。彼女の残っていたプライドがそうさせたのか、あの男が倒されているのかどうかを、知りたくなってしまった。

 彼女は立ち上がり、震える体を無理やり抑え込んであの地獄の場所へと再び足を踏み入れた。

 

 

―――踏み入れてしまった。

 

 

 一泡の希望を抱いていた。あの男が死んでいるのではないかと。

 だが事実は、現実は、その逆だった。

 

 

『この…殺、せ…』

 

『殺すわけないだろ?これから始まるだ。お楽しみがなァ。片方は逃げちまったし、お前が壊れるまで、ヤってやるよ!!』

 

 

 レイラが、あの男、ゲレルに敗北している場面だった。ルーミアが負けた時と同じように、服が半分以上服の意味を成していない状態で、木に背中をつけた状態で、ゲレルから逃げるように後ずさっていた。

 対してゲレルの方は服に多少のダメージはあるものの、肉体には傷一つついていなかった。

 

 

『―――ッ』

 

 

 もうダメだ。分かり切った流れをこのままここで見ているわけにもいかない。ここにいれば気付かれて、巻き込まれる可能性があった。それだけは嫌だ。だからルーミアは逃げようとした。だけど…

 

 

『――――』

 

 

 レイラが、こちらの存在に気付いてしまっていた。口では言わなかった。叫ばなかった。それでも、目で訴えかけて来ていた。助けてくれと。

 そこにもう意地もプライドもなかった。ただ一人の女としての危機から、救ってくれと言う一つの願望が、その瞳に込められていた。

 

 確かに自分の能力なら助け出せるかもしれない。だけど、もし捕まったら彼女と同じことをされる。そう思うと、足が(すく)んで動けない。

 結果、彼女が出した答えは―――、

 

 

『――――ッ!!』

 

 

 逃げることだった。

―――その後、どうなったのか、彼女は想像がついたが、それでも現実から逃げるために、あの日のことを極力思い出さないように、ただひたすら、逃げた―――。

 

 

 

 

『――――――』

 

 

 

 

 ここで、再び周りの景色がブラックアウトした。だがしかし、先ほどのブラックアウトとは違い、周りが暗闇ながらも見えていた。

 何故だかは分からない。でも、そんなことは今、どうでも良かった。

 

 これで終わりのはずの彼女の記憶。紅夜はこれらすべてを見て、困惑、焦燥、嫌悪、ありとあらゆる負の感情を感じているように思えた。

 

 アレが、自分が生まれてきた経緯。それを思うと、途轍もなく怒りが込み上げてくる。自分を望まずに産んだ彼女の気持ちは、何だったのだろう。そして師匠でありその家族であろうライラは、どういう気持ちで自分をここまで育てたのだろう。

 そして、自分は何者なのだろう。

 

 あらゆる感情が、紅夜を惑わせる。が、そんな感情で迷っているとき、突如として声が聞こえた。

 

 

このあと私は、一心不乱に逃げ出した

 

 

『―――ッ!?』

 

 

 突如聞こえた、()()()()()()()()。その声は、まるで頭の中に直接響いているようだった。ウォクスが自分に語り掛けてくるときの感覚と同じだったため、すぐに分かった。

 その声の主は、間違いない。ルーミアの声だった。モノローグの如く、次々に語り始める。

 

 

私はそれから四六時中あの出来事を忘れようと躍起になった

 

あの時の彼女(レイラ)の顔を思い出す

 

あの時、私が彼女と一緒に逃げていればって

 何度も考えるようになった

 

そしたら私も危なかったって、自分を正当化してきた

 

彼女の絶望した顔が、今になっても忘れられない

 

だから私は忘れたかった

 

 

『ルーミアさん…』

 

 

 これも記憶玉の効果の一種だろうか。彼女の本音であろう言葉が次々に紅夜の頭に流れ込んでくる。そしてその度に、胸が苦しくなる。

 

 

そして私は無意識に、この記憶を『闇』に葬っていた

 

忘れていたのに、忘れていたかった。

でも、ずっとって訳にはいかなかった。

 

私は今、その記憶と向き合っている。

今度は逃げたくない。

 

 

だって―――私には頼れる大事な人がいるんだから

 

 

『――――ッ』

 

 

 ここで、彼女の言葉は完全に途切れた。そうだ、確かに彼女の行為は賛否両論分かれるであろうことだ。助けられるはずの人物を自分優先にして逃げ出した。自分を大事にすることは別に悪いことではない。だって、誰だって自分が一番大切だから。

 でも、それを良しとしないヤツだって必ずいる。ルーミア本人が、そうだったように。

 

 彼女のこの出来事は足枷として、今までずっとついてきた。そして、彼女は今本当の意味でそれを外そうとしている。

 だからこそ、彼は、紅夜は、今この場でじっとしているわけにはいかない。行かなければならない。目覚めなければならない。

 

 ―――現実へと。

 

 

『そうだ…ルーミアさんが現実と向き合っていて、俺が向き合わないわけにはいかない」

 

 

 過去のことも確かに大事だ。だがしかし、今立ち止まる理由にはならない。今困っていて、助けなければならない人を助けない理由にはならない。

 

 自分の種族が妖怪だろうと、半人半妖だろうと、それが今関係あるか?いいや、ない。この場ではそんなこと関係ない。ただ、誰かの、自分が守りたいと思える誰かの力に成れるのなら、そこに種族なんてどうでもいい陳腐な問題だ。

 決意と覚悟を胸にした紅夜は、再び立ち上がった。

 

 

『俺も一緒に戦います。そして―――進みましょう、未来(あす)へ』

 

 

 紅夜の視界が、光に包まれる。

 太陽の光を浴びて目が覚めるように、彼は覚醒する。その光へ突き進むその信念は、まるで光り輝く石のよう。

 

 “宝石”のように硬く輝かしいゴールのない光の道を、突き進んでいく。永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

覚醒条件の一部を達成しました。

 

『岩操作』と『繊細』の能力の一部を統合します。

――成功。これにより、

 

 

『権能』“宝石の支配者(ジュエルルーラー)”が限定解放されます

 

 

――気を付けろ。死ぬんじゃねぇぞ、紅夜

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

―――時は少し遡り、現実世界ではルーミアと『ルーミア』。二人が争っていた。

 紅夜が記憶の中へと入ってから約10分が経とうとしていた。

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「そこをどけ。ソイツを殺さなくきゃ。早く、殺さなきゃ!!」

 

「させるわけ、ないでしょ…?」

 

 

 争う――と言えば良いが、実際はルーミアの防戦一方だった。なぜなら、現在気絶中の紅夜を守りながら戦っているからだ。一つのことに集中できず、意識が二つに分断され、苦戦を強いられていた。

 

 

「どうして…どうしてなの!?どうしてソイツを守るの!?」

 

「分からない?それがあの時逃げてしまった私がやらなければいけない、贖罪なの!」

 

「違う違う違う!!ソイツは殺すべきよ!あの時逃げてしまったこと…それを償いたいと言う気持ちは、私も同意する。けど!!守るんじゃない、殺すことが彼女(レイラ)への償いなの!」

 

 

 意見が対立する。同じ存在であると言うのに。

 紅夜を守って生かすことを償いとするルーミアと、紅夜を殺してレイラの傷の証である紅夜を殺すことがレイラへの償いだとする『ルーミア』。

 お互いの償いを実現するために、全力を出し合っていた。

 

 

「それは違う!そんなのレイラは望んでいない!」

 

「どうしてそんなことが言えるの!?あの彼女はあの男に無理やり産ませられたのよ!?そんな苦しみの権化みたいな奴、殺してなにが悪いの!?」

 

「確かに、そうでしょうね。でも、もしそう思っていたのなら、今彼がこの場で生きているはずがないでしょ!!

 

「――――ッ!」

 

 

 ルーミアが大剣を振るうと、その言葉に一瞬動揺したところを突かれ、『ルーミア』は胸の辺りにかすり傷を負った。

 

 そう、もしレイラが本気で紅夜のことを恨んでいたとするならば、この場で生きているはずがない。ライラも、当初は紅夜を殺すつもりだった。だが、レイラの遺言がそれを止めた。つまり逆に言えば、レイラは紅夜のことを恨んでいないと言うことだ。

 

 

「確かにこの子を産んだことでレイラは死んだ…。そして彼女の意思は彼女の姉が引き継いで、この子を育てた…それはなんでだと思う!?」

 

「―――まさか、本当だとでも言うの!?彼女は、本当にソイツを恨んでないって言うの!?そんなのおかしい!!だって、そんなの普通…!」

 

「さぁね。そこまでは私も分からない。私はレイラじゃないから。でも、あたなは私だから分かる。もういい加減認めさい。この子を殺す意味はないって!」

 

 

 『ルーミア』の思考が、極限まで回転して、混乱する。あり得ない。無理やり産まされた子供を生かすなんて。絶対にあり得ない。だけど、それだと今生きている理由だって説明がつかない。レイラもおかしいが、その姉もおかしい。どうして妹を殺した一因であるあの子供を生かすどころか育てられる?出会った時の状態を見るに、虐待などはされているようには見えなかった。まさか、本当に…。

 

 

「だから、もう意味はないの。武器を降ろして」

 

「―――認めないッ!!」

 

「ッ!?」

 

「認めてたまるか!あんな、あんなことがあって生かすなんて、あり得ない!どうかしてる!だから殺す!殺さなきゃ!!」

 

 

 迷いに迷い、彼女が出した答えは、思考の放棄だった。これ以上考えたら、自分が崩壊するかもしれない。そんな恐怖を抱き、彼女はその選択をしたのだ。

 

 

「あなたねぇ…!」

 

「もう違う!『私』とあなたは側が同じでも、中身はもう別物なの!私は、私の想うがままに行動する!」

 

 

 己の考えの境地に至った『ルーミア』は、闇の大剣を巨大化させる。その刀身は、ルーミアも紅夜もすべてを両断しようとする絶対的な意思が感じられるほど、巨大で存在感のある刃だった。

 

 

(あのデカさ…。避けられないし逃げられない。だったら、迎え撃つしかない!)

 

 

 『ルーミア』とは真逆に、ルーミアは小さな片手剣を闇で作った。疲弊している今、地上であのバカでかい剣を創る余裕はなく、圧倒的な質量の差がそこには存在していた。だがしかし、それとは真逆にそこに内包される妖力(エネルギー)量は平均を凌駕し、『ルーミア』の巨大な大剣とほぼ同格へと至った。

 

 

「死ねぇえええええええええ!!!!」

 

「―――ッ!!」

 

 

 『ルーミア』とルーミアの攻撃が、炸裂し、黒い雷と見間違えるほどの衝撃波が、辺り一面を覆った。風が舞い、この二人を中心に当たり一帯が倒壊を始めた。

 

 

「あぐ、う…!!」

 

 

 そして、このせめぎ合いで有利になったのは、『ルーミア』の方だった。やはり質量差と残量体力の差が、ここで現れてしまった。

 

 

「ここで、潰れろッ!!」

 

 

 『ルーミア』の剣を振り下ろす力が増していき、ついには耐えきれなくなる―――。

 

 

「もういいです、ルーミアさん」

 

「え…ッ?」

 

 

 そのとき、振り下ろされた巨大な闇の剣を手掴みで抑え込む手が、ルーミアの背中から現れた。その手は徐々に己の力で闇の剣を持ち上げ、逆に奪った。刀身を持った手の握力で、()()()()()()()()()()

 

 

「ありがとうございます。ここからは、俺が彼女の相手をします」

 

 

 ルーミアの前に出た青年は、今までとは違う異質な雰囲気を放ち、鋭き眼光で『ルーミア』を見る。

 

 

「―――ッ」

 

 

 その異質な雰囲気と威圧に、『ルーミア』は空中で一歩後ずさった。

 この雰囲気、前に感じたことがある。そう、あのとき―――自分が背を向けて逃げた、あの時の殺気!!。あの男と彼女の殺気が、二つに混ざって統合されたような、濃厚な殺気!

 

 

「ア、ア、アァ…!」

 

「宣告する。俺は、あなたを倒す。そこに、容赦を持つことはない。あなたが俺の仲間を傷つけると言うのなら、俺はそれを『意味』として、『理由』として、あなたを倒す!!」

 

 

 明確なまでの意思と理由を持ち、目の前の女性を相手に刃を向けた。今だけは、そして今後も大切な師匠の教えを一部、破ることになるだろう。でも、それでも。今守りたい人を守るために、その掟を捨てる。かなぐり捨てる。

 

 

これより、『宝石の支配者(ジュエルルーラー)』の権能の行使を行います

 

 

「頼むぞ、ウォクス」

 

 

了解。全力で、着いてきてください

 

 

「最初からそのつもりだよ。宝石の支配者(ジュエルルーラー)』解放!!

 

 

 紅夜の持つ刀の刀身が、六色の宝石の色に輝き――。今、この場で、蹂躙の刃が誕生した瞬間だった。

 

 

*1
現代時間で約2時間。一刻は約30分




 今回はここで終わりです。
 ルーミアの罪の内容がついに明らかになりましたね。この時代から十数年前にルーミアとレイラが面識あったと言う事実。

 ここで追加設定として補足をすると、『闇』に葬っていた記憶がまだ完全に復活したわけではないが、それでも結構復活しているのだ
 事実、ここでゲレルの名がちゃんと出ている理由は、ゲレルの名前を聞いて記憶に残っており、足りなかったパズルのピースのようにハマったからである。
 それから時を経て徐々に記憶を取り戻していき、(大きなきっかけはレイラのことを聞いてからである。実はこの時既にここまで思い出していた)。
 過去に行くことを志願したのも、自分の贖罪のためである。当時のことの説明と言うのはあくまで方便でしかなかったのだ。

 それと、当時ゲレルが人間だったと言う事実も判明したよねー。零夜とルーミアの知っているゲレルは妖怪なのに、なんでだろ?
 そしてそうなれば必然的に紅夜は半人半妖のはずなのに、完全に妖怪です。これも少しおかしく思えるなァ。
 それとさそれとさ、ゲレルの発言って、どっかの誰かさんたちと似てませんかね?

 そして、ついに紅夜が『権能』に覚醒!でも、限定解放だからまだ完全に開放したってことじゃないんだよなァ。一体、何が条件なんだろうね。そして、アレでどうやって条件達成したのかな?

 今の紅夜の『権能』はまだ不完全だけど、それでも『権能』持ちじゃない相手なら普通に勝てる。
 そんなわけで、次回もお楽しみに。




評価:感想ください(切実)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73 宝石の支配者(ジュエルルーラー)

 よーやく投稿できた…。ていうか、登場キャラのプロフィール作るとか言っときながらそれをさぼって本編書く自分って…。

 まぁーいいや。

 それより今日、ビヨジェネ見に行くんですよ。親と。父方が自分と同じく仮面ライダー見てまして…。
 二日もお預け喰らったし、一人で見に行こうにも雪で行けねーし。ようやく行けてハピハピハッピー!

 まぁそんなわけで、73話、始まります。


 六色の輝きを放つ刃が、『ルーミア』に向けられる。宝石の支配者(ジュエルルーラー)が解放された今、『ルーミア』に勝ち目は消えうせた。

 『権能』は『権能』持ち以外の攻撃を完全無効化する力だ。その確実な格差が存在する限り、『ルーミア』は紅夜に対して勝つと言うことすらできなくなってしまった。

 

 それに加えて、紅夜の放つ殺気に完全に委縮している。あの時感じた、逃げる決め手となったゲレルとレイラの殺気を完全に合体させたような殺気に、『ルーミア』は後ずさった。

 

 だが、『権能』について詳しく知っているはずの紅夜は、このアドバンテージが完全に頭から抜けていた。そんなことを思いだしている暇がないほど、緊迫していたからだ。

 

 

「――――」

 

 

 対してルーミアも、急な紅夜の力の解放に目を疑った。それと同時にこの進化の可能性を頭の中で何度も張り巡らせ、『権能覚醒』と言う結論に至った。

 

 

(まさか、『権能』に目覚めたと言うの?あの時間で一体なにがあったの?私の記憶にそんな効果があるとは思えないし…)

 

 

 『権能』について知っているルーミアとしては、何故急に紅夜が権能に目覚めたのか理解できなかった。特にきっかけがあったようにも見えず、ただただ疑問が増え続けるばかり。

 

―――そして、困惑しているのはルーミア二人だけではなかった。

 

 

よォ。始めましてだな

 

(え―――えッ?)

 

 

 突如聞こえた、男性の声。この場に男性は紅夜しかいないし、全く知らない誰かの声だ。だが不思議と、その声が他人のように思えなかった

 

 

俺の名前は…まぁ今まで通りウォクスって呼んでくれや

 

(ウォクス!?ウォクスなのか!?)

 

 

 自らを【ウォクス】と名乗った謎の声は、平坦な声で紅夜に自己紹介をした。紅夜の知っている【ウォクス】とは完全にかけ離れた性格、声、口調だ。そのあまりのイメージの違いに、この瞬間だけは戦いを忘れてしまう。

 

 

(いや、ウォクスじゃない!声も口調も違う。全くの別物だ!)

 

酷ェな。まぁ否定できないけど。まぁ『権能』に覚醒したから進化したって思ってくれや

 

(進化じゃなくて変化だろ!?一体どうなってるんだ!?)

 

あーうるせ!!いいから目の前に集中しやがれ!

 

 

 乱暴な口調で命令されながらも、紅夜は目の前を向くと、現在進行形で『ルーミア』が突撃してきた。

 後ろに避けると、『ルーミア』は今紅夜がいた地面に激突して、砂ぼこりが舞った。ルーミアの隣に立って、『ルーミア』の様子を確認する。

 

 

「紅夜…その力…」

 

「ルーミアさん。今の俺じゃこの力を扱えきれません。補助を、お願いできますか?」

 

「―――えぇ。今は、アナタに従うわ!」

 

 

 今考えても仕方ない。情報を完結させたルーミアは目の前の状況へと集中する。砂ぼこりの中から闇の翼を生やした『ルーミア』が闇の大剣を持って突撃してくる。

 前よりもより速度のキレが増した突進だ。それだと言うのに、紅夜はその速度に『不自然』と言う感情を抱いた。

 

 

(遅い?速度が遅くなってる!?)

 

 

 『ルーミア』の移動速度が遅く感じた。『権能』に覚醒する前はロケットミサイル並に感じたあの速度は、今や素人が投げた野球ボール程度の速度に見える。

 そこからの対応は早かった。紅夜は抜刀していた六色に輝く刃を『ルーミア』の闇の大剣にぶつけた、先手を取った。

 

 

「―――ッ!!」

 

「ハァッ!!」

 

 

 ぶつかった瞬間の力の押し合いも、紅夜が勝った。圧倒的な力でゴリ押して、逆に『ルーミア』を吹き飛ばして、『ルーミア』は背中が木々に激突する。

 

 

「―――今のは…」

 

「紅夜、今のって…」

 

よっしゃ!アメジストの力は遺憾なく発揮できてるみたいだな!

 

 

 二人の驚愕を他所(よそ)に、ウォクスを名乗る謎の男性の声は紅夜の力の上昇に喜びを示し、気になる単語を発した。

 

 

アメジスト?一体なんなんだ?)

 

いいか?お前の『権能』は限定解放されたものに過ぎない。だから基本の6つしか使えない。刃の光で表すと、『紫』色の力だな

 

 

 紅夜は自身の刃の紫色に光っている部分を見る。これ以外に、『白』『赤』『青』『緑』『黄』の五色が刃に纏われている。

 

 

アメジストの力は【思考超加速】!“脳内で行われる情報整理や完結を生き物の速度を超えたスピードで行う力”だ!

 

 

 アメジストの力。思考超加速。この力はその名の通り思考力を超加速してありとあらゆる状況へ即対応できるようにする情報演算能力。

 先ほどの『ルーミア』の特攻が遅く見えたのも、アメジストの情報収集能力と処理能力が極大までに成長したことによるものだ。

 

 

(だから『ルーミア』さんの行動が遅く見えたのか…)

 

ちなみに刃の光は『権能』の力を表面化させて刃に纏わせたにすぎねぇ。要するに中身のないただの力の塊だ。攻撃力が強化されると思えばいい

 

(助言ありがとう!人間臭いウォクス!)

 

なんだその呼び方!普通にウォクスでいいだろ!?

 

 

 心の中で感謝を述べて、紅夜は地面を駆ける。それと同時に砂ぼこりを辺り一面に散乱させながら『ルーミア』が復活する。それを見て、ようやくルーミアも活動を開始する。

 

 跳躍し、刃を振るう。『ルーミア』は倒れ伏しながらも闇の大剣で防ぎ、せめぎ合う。すぐに『ルーミア』は先手を取って紅夜の腹に足蹴りを喰らわせた。これで吹き飛ばし、体制を整えるつもりだったが――、紅夜はびくともしなかった。

 

 

「ウォオオオオオ!!」

 

 

 紅夜は更に力を入れて、闇の大剣を粉砕した。

 

 

「―――ッ!?私の剣がッ」

 

「捕まえたッ!!」

 

 

 『ルーミア』の両腕を掴んで、馬乗りになる。紅夜としては『ルーミア』を殺すつもりはない。むしろこのまま和解したいと思っているほどだ。そのための拘束だったが――今の『ルーミア』にとっては逆効果だった。

 

 

「――ヒッ!」

 

 

 紅夜の姿が、あの男(ゲレル)と重なる。紅夜はどちらかと言えばレイラよりの容姿だが、それでもあの男(ゲレル)の血が混ざっていると分かっていると、どうしてもあの男(ゲレル)と姿を重ねてしまっていた。

 そして想像した姿は、“ゲレルに襲われる自分”という最悪の想像だった。

 

 

「イヤァアアアアアアア!!!」

 

「――ッ!?」

 

 

 恐怖で錯乱したまま、『ルーミア』は能力を使って影の中へと姿を消した。そのまま紅夜の後ろに回って、闇で形成した無数の矢を自身の周りに顕現させ、一斉投下―――、

 

 

「させるわけないでしょ!」

 

 

 そこでようやくルーミアが間に入った。紅夜と『ルーミア』の間に闇の壁が形成され、闇の矢は闇の壁へと消えていく。

 その隙にルーミアは掌に闇のエネルギーを収集した玉を創り、『ルーミア』へと投げた。

 

 だが、『ルーミア』のつけていた闇の翼が羽ばたくと同時に空中に浮遊して回避した。

 

 そして、必然的に紅夜に向かってくる闇の玉を足蹴りで消失させる。

 

 

「ご、ゴメン!大丈夫だった、紅夜!?」

 

「えぇ。問題ありません」

 

「それにしても、体が大分丈夫になってない?私の質量の塊(闇の玉)を蹴りで消失させるなんて…」

 

「そう、ですね。これも、強化のおかげですね」

 

 

 闇の玉は、言い換えれば質量――つまり重力の塊だ。言い換えれば鉛玉のようなものだ。さらにそこにルーミアの能力が加わっている。それを軽々と蹴りで打ち破るほどに、紅夜の体は強化されていた。

 それだけではない。ルーミアが自分に向けてくる感情が何故か奥深く理解できた。彼女は今、紅夜に対して『負い目』と『心配』と言う感情を向けてくれている。

 

 何故そんなことが分かるようになったのか、疑問に思ったとき、

 

 

ダイヤモンドトパーズの力だな。ダイヤモンドの力は防御力の底上げだからなァ。攻撃にも転化できるぜ。そしてトパーズの力は戦闘中はほぼ使いどころがないんだが、“他人の感情を読み解く”ことが出来るんだ。結構便利だぜ?

 

 

 自分の『権能』のことについて詳しく、淡々と説明してくれている謎の男声(ウォクス)に疑問を感じる。先ほど目覚めたばかりどうしてそこまで詳しいのだろうか?ウォクスもいろいろなことに詳しかったが、生まれたばかりの能力についてここまで詳しいのは流石に違和感を感じる。

 

 ダイヤモンドの防御力向上の力と、トパーズの感情を読み解く力。確かに強力な能力だ。

 

 

次に妖力纏い、やってみろ

 

 

「えっ、無理だって」

 

「えっ、どうしたの急に!?」

 

「あっ、いえ、何でもないです!」

 

 

 思わず声に出てしまった。でもそれは仕方のないことだと言える。今迄妖力纏いは高等技術で、あのライラにですら困難を極める難関を極める部類の技術だ。下手な腕前で行えば、力が暴走して逆に自分がダメージを負う可能性すらある危険な行為だ。

 

 (エネルギー)を“外部から纏う”のと“内部から纏う”のでは完成度が全然違う。天と地の差、月とすっぽんの差だ。外部から纏う力は、ただ鉄の籠手(こて)をつけて攻撃するようなものだ。だが、“内部から”纏えば力は格段に上乗せされ、相乗効果が生まれるのだ。

 

 今まではウォクスがすべてをやってくれていたからできたことで。紅夜自身の実力と技術では不可能だ。

 

 

(今まではウォクスがやってくれたんだ!だから、頼むよ!)

 

このあんぽんたんが!いつまでも甘えるんじゃねぇ!大丈夫!今のお前になら出来る!ファイトイッパーツ!!

 

「なんだよそれ!?でも、そこまで言われちゃ…やってやる!!」

 

 

 ほぼヤケクソのように見えて、彼なりに自分の体の細部一つ一つに妖力を纏わせる。その結果、予想外なことに武器と全身の妖力纏いに成功した

 

 

「―――ッ!?(成功した!?今まで自分でやっても無理だったのに…!?)」

 

 

 過去に一度、ウォクスの手を借りずに『妖力纏い』を行った結果、散々な結果になった。ウォクスに警告され試した部分は右手の小指だけだったが、その部分の妖力が暴発して、見るに堪えないまでにダメージを負った記憶がある。

 それ以来、ダメージを負う恐怖で自分で『妖力纏い』を行ってこなかったため、一発で成功するなんて思いもしなかった。

 

 

どうよ!これがエメラルドの力だ!余分な力を完全に抑えて力の制御を可能とする力!アメジストの力と合わさってるから、さらに研ぎ澄まされてるぜ!

 

 

 どうやら、自分の力が暴走せずここまで完璧に制御できるのはエメラルドの力によるものらしい。余分な力を完全に抑制し、必要な分だけを使う力。それがエメラルドの力なのだ。

 ともかく、『妖力纏い』を自力で扱えるようになった紅夜は格段にレベルアップしていた。そんなやり取りが続き――、

 

 

「死ねッ!!」

 

 

 上空から質量の暴力が降り注いできた。ここまでの時間、上空で『ルーミア』はずっとあの重力の玉の生成に勤しんでいたようだ。ルーミアが使っているところを見て、すぐにコピーをしたようだ。流石本人と言わざる負えない。

 

 しかし、己の力で『妖力纏い』を成功させた紅夜の前では無力だ。妖力と『権能』の力を纏わせた刃は、何物をも斬り裂く鋭利な刃へと進化を遂げた。そして、それは重力の塊である『闇』ですら例外ではない。

 瞬の速さと情報処理能力、そして持ち前の膂力(りょりょく)で闇の玉をすべて切り刻む。そのまま剣を片手に突進する。

 

 

「ハァッ!!」

 

「アァァア!」

 

 

 互いの剣が、交差する。一撃二撃三撃と続き、周りの木々を犠牲にしながら攻防を互いに繰り返す。

 二人の強烈な一撃が互いの武器に激突し、反響音が鳴り響く。それと同時に二人は勢いのまま後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ハァァア!!」

 

「――ッ!?」

 

 

 その後ろで、ルーミアが影の中から姿を表して『ルーミア』を奇襲する。紙一重で避けた『ルーミア』は膝蹴りをしてルーミアの腹を殴打した。

 

 

「グ――ッ!!」

 

 

 ルーミアが躊躇った瞬間(とき)を利用して、『ルーミア』はルーミアを足場として蹴った。『ルーミア』の体は紅夜の方向へと向かい、逆にルーミアの体はその反対方向へと飛んでいく。

 それと同時に、『ルーミア』の武器に変化が起きた。大剣から形状が『槍』へと変化し、さらに背中の翼をたたんで移動速度を上昇――。

 まるで高速で回転するドリルの如く迫ってきていた。

 

 アレをまともに受ければ無傷では済まない。が、避けたら避けたではあのスピードでは別の場所で戦っている零夜とライラに激突してしまう可能性がある以上、避けることもできない。一体、どうすれば――。

 

 

あッ。紅夜!サファイアの力を使え!使い方とその後は俺の言う通りにしろ!

 

(サファイア!?と、とにかく分かった!)

 

 

 言われるがままに『サファイア』と呼ばれた謎の力を行使した。それは『ルーミア』の攻撃が当たると同時の瞬間だった。

 突如として紅夜の体が液状化する。それはまるでヘプタ・プラネーテスの【ヒュードル・アクア】の如く。ただし、紅夜の変化した液体の透明度はヒュードルが変化したときのものよりも透き通っていた。

 

 液状化した紅夜の体は、『ルーミア』の体を包み込んで勢いを殺した。

 

 

「――ンッ!?」

 

 

 体が水に包まれた『ルーミア』は酸素を求めて水球から脱出しようと試みるが脱出することができない。逆にこれは紅夜にとっては好機であった。出来るだけ『ルーミア』を無力化した状態で捕らえたい紅夜としては、少し心苦しいが『酸欠』による『失神』と言う形が望ましかった。

 

 

――これで、彼女との戦いが終わるなら。

 

 

 その思いを胸に秘めて、今だけは心を鬼にしてこの状態を維持した。この状態が約3分ほど続いて、『ルーミア』が完全に動かなくなったところを見計らって、液状化を解除した。

 全身びしょ濡れになった『ルーミア』をゆっくりと地面に置いて、状態を確認する。腕に触れて脈を確認するが、今のところ異常は見当たらない。

 

 

「よかった…命に別状はなくて」

 

お前…なんで助けたんだ?いや、別に殺せって言ってるわけじゃないんだが…拘束するくらいしろよ

 

「確かにそうするべきだろうけど、彼女が目覚めた時に害意がないって伝えるために、こうしておかなきゃ。じゃないとまた戦うことになっちゃうだろ?」

 

そうだけどよー…。まぁいいか。それで?吹っ飛んだこの子ソックリの女の子とあの“可愛らしい蜘蛛ちゃん”はどうすんだ?

 

「アァ―――ッ!!そうだった!二人は大丈夫かな…?」

 

 

 ひと段落ついたことで、二人のピンチに気付いた。マクラは目の前の『ルーミア』に遥か遠くに吹き飛ばされ、同じくルーミアも『ルーミア』に吹き飛ばされた。

 二人の安否が確認できない今、紅夜の不安は広がるばかりだ。

 

 

「あーでも、『ルーミア』さんの様子も見ないといけないし…それに、あの二人がそう易々と敗けるわけもないし…どうすれば…」

 

なァ、紅夜。お前は、ソイツ等のこと信じてるのか?“二人が敗けるはずがないって”

 

「もちろんッ!―――とは言いたいけど、今の出来事があった以上、そうは言いずらいな。でも、ルーミアさんは言ってくれた。『大事』と『信頼』の意味を履き違えるなって」

 

 

 三年前、早とちりで零夜を攻撃しかけた時、ルーミアが自分をぶっ飛ばし、言ってくれた言葉だ。これ以来、紅夜は『仲間』のことを信じるようになった。確かに大事な人を心配することは大事なことだ。だが、逆に言えばその仲間のことを不甲斐ないと思っているとも捉えられる。

 難しい塩梅(あんばい)なため、一概に正解とは言えないが―――、

 

 

「すごく心配だよ。今だって危険な目に合ってるんじゃないかと思うと不安になる。でも、俺に出来ることなんて数少ないし、出来ることを全力でやらないと」

 

精神(ココロ)は、成長しているみたいだな。いやぁ、安心したぜ

 

「それで、結局お前はな―――」

 

 

――ブシュッ。

 「結局お前はなんなんだよ」。そう言おうとした紅夜の胸に、何かが貫通した。ゆっくりと胸に触る。その場所は右の胸だった。その胸から、血がドクドクと流れて――。

 

 

「ウッ」

 

 

 その唐突なダメージに、紅夜は膝から崩れ落ちた。なにが起こったのか分からぬまま、呼吸を荒げる。吐血して、嘔吐物とともに口から出てくる。

 

 

紅夜ッ!?

 

「一体、なに、が…」

 

 

 その時、一人の人影が紅夜の目の前に立った。苦しい体の一部である頭を上に上げて見上げると、そこにいたのは『ルーミア』だった。

 『ルーミア』の右手には闇の稲妻のようなものが迸っており、おそらくあの手でエネルギーを放出して紅夜の体を貫いたのだ。

 

 

「なん、で…!?」

 

 

 失神していたはずだ。3分も水の中に居れば、酸欠を起こして失神してしばらく動けなくなるはず。その考えが脳裏によぎった時、紅夜は一つの事実を見過ごしていたことに気付く。

 回想の中で『ルーミア』は四刻(二時間)も水の中に入水していたことに。二時間も潜れる相手に、たった3分なんて無意味だ。むしろ体感的に10秒程度だろう。

 気絶していた振りをして、勝機を伺っていたのだ。

 

 そして、紅夜の考えを読み取ったかのように、『ウォクス』が説明を付け足した

 

 

それだけじゃねぇ!この子の傷、完全に回復してやがる…!サファイアの力の影響だ!

 

「どういう…!?」

 

サファイアの水質は、お前(紅夜)の感情に左右される!あの子(ルーミア)この子(『ルーミア』)を同じ目線で見たことで、あの水に『回復』の効果が付与されてたんだ!クソっ、俺が気づけていれば…!!

 

 

 サファイアの知られざる性質。それは紅夜の感情と思想によって水の水質が変わると言う特殊能力。その水は回復のための治癒水にもなりうり、また逆にあらゆる敵を殺す猛毒にだってなり得る危険な力。

 ルーミアと『ルーミア』を同列で見てしまったことによる、敵に回復。それがこの結果だった。

 

 

あの二人を違う目線で見ていたと思ったが、まだ甘かったか…!

 

「ゲホッ、ゴホッ!!」

 

やっぱ限定的な覚醒じゃ、『攻撃無効化』までは発揮できなかったか…!

 

 

 男性声のウォクスが後悔の感情を含んだ言葉で紅夜を蔑むが、当の紅夜はダメージでそれどころではなかった。

 そしてなぜか『権能』に覚醒したはずの紅夜が『ルーミア』の攻撃で大ダメージを受けた理由も判明した。限定的に覚醒された権能では、『ダメージ無効化』を発揮しないと言うことだったのだ。

 つまり、良くも悪くも紅夜の考え方は正解だったと言えよう。

 そんな紅夜を、『ルーミア』は見下ろした。

 

 

「優しいのね。あなた」

 

「え――?」

 

「まさか敵で、殺そうとしてくる相手を介抱するどころか回復させるなんて、余程のお人よしみたいね…。一瞬だけど、あなたがあの男(ゲレル)じゃなくてあの人(レイラ)に見えたわ」

 

「そう、ですか…」

 

 

 『ルーミア』の言葉からは覇気が失われていて、むしろ優しさ籠っているように思えた。敵対するつもりはなくなった?いや、そんなわけない。そうじゃなかったら、攻撃なんてしてこない。

 

 

「だったら、どうして…!?」

 

「だからこそ、余計に思ってしまったの。私を助けてくれたあの人…私が見捨ててしまったあの人…。あの人の優しさを、あの男の血が混じったあなたに穢されるのが、許せない!!」

 

「――ッ!?」

 

 

 これがおそらく、『ルーミア』の本音。『ルーミア』は自身を助けてくれて、またそのピンチを見捨ててしまったことに負い目を感じてしまっているのだ。だからこそ、彼女なりに彼女への贖罪をしようとしている。そこまではルーミアと同じだが、贖罪の考え方が真逆だった。

 紅夜を殺すことでレイラへの贖罪だと考えている『ルーミア』にとっては、どう転んでも、どう説得されても『あの男(ゲレル)』の血が混じっていると言うこと自体、彼女にとっては許さない大罪となっていた。

 

 

「今のを聞いて分かった。あなたにはなんの罪もないって。だからこそ、恨むならあの男と『私』を恨みなさい

 

 

 『ルーミア』は闇の大剣を創って、紅夜のとある箇所に向ける。それは心臓だ。その巨大な大剣を一突きして、苦しまずに殺そうと言う、彼女なりの慈悲なのかもしれない。

 そして、大剣が降ろされて―――、

 

 

クソっ!今の状態で使いたくはなかったが…なりふり構っていられねぇ!!ルビーの力…強制発動!

 

 

 その瞬間、紅い宝石の力が発動した。――と同時に、大剣は地面を刺した。

 

 

「何ッ?」

 

 

 急に消えた紅夜を探す『ルーミア』。そして、自身の真後ろでその姿を確認した。体から熱気を放出し、紅い瞳が更に紅くなり、呼吸も荒くなっている。それはさながら獣。ただ目の前の敵を殲滅するためだけに生まれた、一体の獣のようだった。

 紅夜は背中にオーラを纏っているように見え、その色はルビーのような赤みを放っていた。

 

 

おい、聞こえねぇかもしれねぇが聞け!ルビーの力は言わば“暴走形態”だ!全能力を上昇させるが、変わりに血流がメッチャ早くなってアドレナリンが過剰分泌して要するにハイテンションになる!今のお前の身体じゃ、もって10秒が限界だ!だからサファイアの力で冷却と回復を――

 

「ガァアア!!」

 

 

 ウォクスの声を完全に無視して、言葉を失い獣となった紅夜は刀を片手に縦横無尽に駆け回る。周りの木々を足場にして、『ルーミア』を翻弄する。

 

 

―――00:00:01

 

 

「ウガァッ!!」

 

 

 型や形など完全無視の我武者羅に刃を振るう攻撃を連発する。『ルーミア』はその速度に苦戦しながらもギリギリで避け続ける。それでも、時々カスるし、余裕もなくなった。

 

 

―――00:00:02

 

 

「グっ!」

 

 

 途中、紅夜は攻撃を刀から足蹴りに切り替えた。衝撃と共に吹っ飛んでいく『ルーミア』の背中に一瞬で追いついて刀の鞘で地面に叩き落とす。

 

 

―――00:00:03

 

 

 空中で滞空したまま、紅夜は自身の左手を液状化した。だが、その水は、水と言うより熱湯だった。グツグツと煮えたぎった熱湯を『ルーミア』にぶちまけた。

 

 

―――00:00:04

 

 

「あァ!!」

 

 

 熱湯で一瞬怯んで火傷を負うが、この程度のものならばすぐにでも回復できる。そう息まいていたとき、『ルーミア』の体に変化が起きた。

 かかった部分が強酸にかけられたかのように服とともに焼け爛れていく

 

 その隙を狙って紅夜は右手に刀、左手に鞘を持って突撃する。

 

 

―――00:00:05

 

 

 サファイアの感情と思想による水質変化の影響で、獰猛な獣と化した今の紅夜の思想は、まさにドロドロとしたものになっている。そこから連想されて水質が強酸へと変化したのだろう。

 

 右足で『ルーミア』の体を押さえつけ、刃と鞘で何度も何度も何度も切り刻み、殴打する。そこに『紅夜』の意思はない。あるのはただ、目の前の敵を破壊し尽くすための破壊衝動の塊だ。

 

 

―――00:00:07

 

 

「調子に、乗るなッ!!」

 

 

 ルーミアは攻撃されながらも紅夜の左足に闇の落とし穴を創って、体の軸をずらして攻撃を中断させる。

 一瞬で距離を取って、自分の体のことなどお構いなく、闇の大剣を創って両手で掴む。その刀身にありったけの妖力をふんだんに飲みこませ、威力を肥大化させて、振るった。

 

 

―――00:00:09

 

 

 対して紅夜は全身強化された脚力と膂力でスピードに全振りした。右手に持つ刃にありったけの妖力で『妖力纏い』を発動し、対してエメラルドの力の力でそれを制御。余分な力を抑えるエメラルドの力と“暴走形態”に陥らせて全パワーを強化するルビーの力。この二つが合わさったことによるエメラルドの許容量が大幅向上したことによって、更なる力を発揮できるようになっていた。

 

 その何者をも蹂躙する圧倒的なパワーとスピードでルーミアの大剣を刀で粉砕する。

 

 

―――00:00:10

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 左手の鞘も、『妖力纏い』で極限にまで強化されている。その凶器でしかない鞘を、無慈悲に『ルーミア』に振り下ろして―――、

 

 

―――00:00:10.99

 

 

「ガハッ!」

 

「―――なに?」

 

 

―――その当たる寸前で、10秒が経過した。

 紅夜はその瞬間(とき)から膝から地面に崩れ落ち、体の至るところから湯気と熱気が放出される。目も白目を向いて、完全に意識が飛んでいた。

 

 

クソっ、最後の最後で…!!

 

 

 『ウォクス』が悪態をつく。あと数秒。それさえあれば敵を倒せた。だが、現実は残酷なことにそのチャンスすら取らせてくれなかった。

 

 

「自滅…?まさかの土壇場で、いや、だからこそか…。そこまでして生きたかったのね。やっぱり、あの男の血を持つアナタを、生かしておく意味はない!!」

 

 

 その場から飛び立ち、手のひらに巨大な闇の玉を創る。

 

 

「さよなら」

 

 

紅夜―――ッ!!

 

 

――闇の玉が、紅夜を目掛けて投下された。

 今の紅夜に、自衛の術はすでにない。二人の救援が来るかどうかも分からない。

 

 

 万事、休す―――だった。

 

 

 

ハイタッチ! シャイニングストライク!!

 

 

――白銀の一閃が、その闇を断つまでは

 

 

「なにッ!?」

 

 

 謎の斬撃に驚愕し、辺りを見渡す。すると、黄色く光り輝く謎の何かが、線を描いてこちらへ向かってきていた。謎のソレは周りの倒壊した木々を足場にして、持ち前の超高速で移動していた。

 

 

「なにかは知らないけど、邪魔するじゃないわよ!」

 

 

 闇の大剣を何度も振るって、斬撃を飛ばす。しかし、閃光のごとき光の線は闇の斬撃を避けながらどんどんとルーミアに近づいてきていた。

 こちらに近づいてくる度に、その姿が少しずつ見えてきた。妖怪の眼力の強さは伊達じゃない。その姿は、全身黄色でライオンの(たてがみ)のような顔と青い複眼を持つ生き物だった。

 

 

「セイヤァ―――ッ!!」

 

 

 その生物は両手のトラの爪を模した武器を展開して、その脚から発せられる跳躍力とスピードで『ルーミア』のいる高度にまで一瞬で到達し、一撃を浴びせた。『ルーミア』はギリギリ避けたが、すでにボロボロの服に更なるダメージを受けた。

 

 

「グっ…!!」

 

 

 このままでは不味いと『ルーミア』は滞空を辞めて地面に着地する。

 その場所は紅夜が今現在気絶している場所の近く。降りた『ルーミア』は、気絶した紅夜の両隣にいる、謎の戦士を見た。

 

 

『ここまでよく頑張った。あとは俺達に任せてくれ』

 

 

あんたらは…?

 

 

 白銀の戦士が気絶した紅夜を慰めるように言う。その紅夜の懐からは、二人の戦士が描かれているカード二枚が零れ落ちていた

 だが、謎の声が二人の戦士に聞こえるはずもなく。黄色の戦士が自身が描かれているカードを拾い、状況を理解した。

 

 

『なるほどね。急に呼ばれたからなんだろうと思ってはいたけど、この子を守れってことらしいね』

 

『理由が何であろうと、助けを呼ぶ声がしたら助ける。それが俺達だろ?』

 

『そうだね。女の子を倒すのは正直気が引けるけど…伸ばされた手は、必ず掴む

 

『だから、今はゆっくりしていてくれ』

 

 

ブリザード プリーズ

 

 

 魔法使いは魔法を行使する。紅夜を包み込むように小さな氷山が生成される。それと同時に、紅夜の過剰なまでの熱を奪いながら氷は徐々に解けていく。

 その様子を見て、ついに『ルーミア』が叫んだ。

 

 

「なんなの…あんたたちッ!?」

 

 

指輪の魔法使い。この子の、希望さ』

 

『俺はただの旅人さ。まぁ、仮面ライダーの、だけどね』

 

 

 彼らの名は【仮面ライダー】。

 【希望を担う指輪の魔法使い】と【手を掴み取る欲望(無欲)の王】。その名は――。

 

 

『さぁ、ショータイムだ』

 

『さぁ、行くぞ!!』

 

 

 

 仮面ライダーウィザード・インフィニティ―スタイル

 仮面ライダーオーズ・ラトラーターコンボ

 

 

 二人の戦士が今、顕界(げんかい)した。

 その二人の存在はさながら、“絶望を打ち消す光”だった。

 

 

 

 




 今回はここで終わりです。
 限定解放された紅夜の『権能』は“宝石言葉に由来した力”となっております。調べればすぐに分かることなので、わざわざ本編で言う必要もないかなーって。
 しかし、限定解放なためだけに全ての力を使うことは出来ず六つの宝石の力しか使えません。

 ダイヤモンド ルビー サファイア エメラルド アメジスト トパーズ
 この六つが今現在使える力です。

 そして、ルビーの力は非常に強力な分暴走します。
 見た目のイメージは暴走するルフィのギア(セカンド)と認識してください。

 ちなみに秒数の捉え方として、“一秒立った後の出来事”か“その一秒間の出来事”かどちらかと言うと“一秒間の出来事”です。

 例を言うと、

―――00:00:01

「ウガァッ!!」

 型や形など完全無視の我武者羅に刃を振るう攻撃を連発する。『ルーミア』はその速度に苦戦しながらもギリギリで避け続ける。それでも、時々カスるし、余裕もなくなった。

 ↑ この部分は1秒目に起こった出来事というワケです。認識のズレが起こらないように、ここで名言しておきます。


 そして、ラ イ ダ ー 登 場 !
 最近ライダー要素が少ないなと思っていた皆さん。安心してください!ついに出ました!
 紅夜の懐から零れ落ちたカード…その入手先は?まぁ皆さんお分かりでしょうが。
 一人どこまでも先回りする奴がいますしね。

 そして、今回出てきた二人の中身、【火野映司】と【操真晴人】は本人たちと“限りなく本人”であって“限りなく別人”というワケ分からん設定です。

 そこら辺はご了承を…。

 では、また次回に!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74 暴食変異の獣(デンドロン)

 今回は零夜&ライラVSデンドロンの回です。
 ウィザードとオーズの活躍を期待していた人たち、ごめんなさい。いずれちゃんとやりますんで。


「グオオォオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 暴威の怪物が、獣の如く咆哮を上げる。()の者の衣服は既に所々がボロボロになり、まるで亡霊のよう。身体(からだ)も傷が至るところに存在し、皮膚の色も再生が追いつかないのか黒く変色している。全ての歯も犬歯のように全てが尖っていると言う歪な並びで、瞳の瞳孔も黒くなっており、それは最早“人”とは呼べない別のナニカになっていた。

 

 

「ありゃぁ…完全に獣になってんな…」

 

「それだけじゃない。マクラの縄で捕縛していたはずだ。マクラの糸の縄を引きちぎったと言うのか…!?」

 

「マクラの糸か、納得だ。正直言えば、アイツは縄を引き千切ったというより、自分の腕を引きちぎったようだぞ…?

 

「なに?」

 

「ほら、よく見てみろ」

 

 

 零夜の指摘でライラの目線は目の前の(デンドロン)の左腕へといった。その左腕には、まるで引き千切ったような跡が確認できた。再生はしているが、余程手荒な方法だったようで、傷跡がクッキリと残っていた。

 

 

「まさか、自らの腕を引き千切って、隙間を作ったのか…!?」

 

「今のアイツならやりかねない…ていうか絶対やる。シロの野郎…亀甲縛りでもやっとけば良かったものを…!」

 

「いや、アレを縛ったのは私だ。二人で協力はしたが、アイツにはあの不思議な空間にマクラの縄を入れてもらっていたから、あの程度のことは私がやろうと…」

 

「そうかよ…」

 

 

 あの時、二人でデンドロンを縛ることを協力して行ったが、正確に言えばマクラの糸の縄を持っていたのがシロで、縛ったのがライラだ。持ってくれていたと言うことでライラが縛ったのだが、この時代の存在であるライラが亀甲縛りなど知るはずもなく、デンドロンに脱出の機会を与えてしまったのだ。

 

 

「とにかく、今確かなのはアイツをもう一度無力化する必要があるってことだ」

 

「良くも悪くも、アイツは完全に理性を失っている。いや、理性があるときをほとんど変わらないか…」

 

 

 正直、デンドロンに理性があろうがなかろうがあった時でさえあの様子だったのだ。なくてもあまり変わらない。それが正直な感想だった。

 

 

「行くぞ。相手方は待ってくれないからな」

 

「あぁ」

 

「クロロロロロロロロ…!!」

 

 

 警戒心全開でこちらを見ているデンドロン。既に本能から獣として覚醒しており、人だった面影は最早微かに残る見た目のみ。

 

 

「変身」

 

 

 炎と共に腰に【ガオウベルト】が出現し、パイプオルガンに似た変身音が流れ、【マスターパス】を取り出すと手から離れて自動的にベルトにセタッチされた。 

 

 

GAOH FORM

 

 

 ベルトの中心から【フリーエネルギー】がプラットフォームを形成し、零夜の体に纏われる。【オーラアーマー】が鎧として形成され、ワニの電仮面が複雑に変形する。

 

 仮面ライダーガオウ。時の捕食者に変身した零夜は、【デンガッシャー】を組み立てて剣へと変形させる。

 

 

『さて、行くか』

 

「――――」

 

『どうした?』

 

「いや、なんでも…」

 

『ハァ…なんて思ってるかなんとなく想像がつく。だからこそ言っておくが、これは弱者なりの工夫だ。弱者が陶打される弱肉強食の世界で、弱者は強者の枠に入らなければならない。俺の()()は、その抵抗に必要なんだ』

 

「――――」

 

 

 ライラに向けられた視線。それは限りなく少なく向けられたが、誤魔化しようのないほどの『軽蔑』だった。

 零夜の強さは“仮面ライダー”という別物の力だ。自分の力だけで『権能』にまで至ったライラとしては、別物の力を使っている零夜に少なからず『軽蔑』の念を向けていた。

 

 

『それに誤解しているかもしれんが、コレはただの“防御力”と“攻撃力”などの基本的能力値の向上に過ぎない。勝つか負けるかは、単純に己の力量次第なんだよ』

 

「――――」

 

『事実、俺もコレの意味は良く分からんが、使える物は使う。それだけだ』

 

「…そうか」

 

『それに、今はそんな個人の感情を優先するときか?俺達はこの戦いに勝たなければならない。負ければ失うものだってある。そのためにも、俺はどんな力だって使う。なにか間違っているか?』

 

「―――いや、何も間違っていないな。すまなかった。今は、コイツを倒すことに集中するとしよう」

 

 

 こうして、完全にライラの注意はデンドロンへと向いた。

 正直、ライラのこの感情は大分前から勘づいていた。だが、いつその話を切り出してその考えを払拭させるか迷っていた。

 仕方ないが、この状況を利用させてもらった。零夜にもライラにも、守りたい“今”がある。自分の感情と、どちらを優先させるべきかは、自明の理だ。

 

 

(こういうのは、早期に片付けておきたかったんだがな…。今思えば、良くこの3年間なんのイベントもなく終わったな)

 

 

 そう考えながらも、零夜―――ガオウは行動に出た。デンガッシャーを構えて真っ先に突撃する。

 

 

「ガァアアアアアア!!!」

 

 

 咆哮を上げて時を同じくして突撃するデンドロン。デンガッシャーを振るってデンドロンを押し出すが、それとはお構いなしにデンドロンは獣のごとき爪でガオウの鎧を傷付けた。

 

 

『――ッ』

 

 

 ガオウの鎧に、獣の爪痕のような傷がクッキリ残る。普通、ただの人間の攻撃でライダーの装甲は破れない。単純に攻撃力が増加しているのかと思ったが、その考えはすぐに払拭された。その理由は、デンドロンの己の装甲を傷付けた手にあった。

 

 

「気をつけろ!あいつの腕…獣のものに変質しているぞ!」

 

 

 ライラの叫びで、それが決定した。デンドロンの腕が、全く別物の生物の腕に成っていた。その腕は異常なまでにデカい熊の腕だった。傷口とその大きさが全く比例していないが、どうやらこの攻撃かかすり傷の部類だったようだ。

 

 それでも結構痛いが。

 

 しかし、デンドロンの変化はそれだけではなかった。

 腕だけではなく、全身が変化していく。顔はワニのように、胴体はゴリラのように、足はバッタのようになる。それぞれ違う生物の特徴を無理やりツギハギさせたようなグロテスクな見た目へと変貌した。

 体のサイズも阿保かと言えるレベルで肥大化し、零夜の身長の2倍は優に超えていた。

 

 

『なんだよこれ!?もう別の生物になってんだろうが!暴食の悪魔かッ!!』

 

「変化…。変貌…。まさか、あの合間に喰った妖怪の特徴をそのまま取り込んだのか!?喰ってその情報を取り込んだと言うのなら、十分説明はつく」

 

『だとしても頭がワニで胴体がゴリラっておかしいだろ!日本にワニとゴリラはいねぇよ!』

 

 

 そう、この時代の日本に、というかそもそも日本にワニとゴリラは生息していない。ワニは亜熱帯、ゴリラは多湿林に生息している。どちらとも日本生まれではない。

 

 

「そのワニとかゴリラとかと言う生き物のことは知らんが、妖怪は色々存在する。この国以外の生き物の(かたち)を元にした妖怪がいても不思議ではない」

 

『そう言うもんか?俺も妖怪に関しては詳しく知らんからな』

 

 

 実際、この世界(東方project)の妖怪の明確な定義は存在しない。広い意味では妖精や幽霊や神なども含めて人外はみんな妖怪。少々狭い意味なら、魔法使いや妖獣などを含めて妖怪。一番狭い意味では、幻想郷縁起にも「種族:妖怪」としか書かれないような妖怪。

 

――など、良く分からない。

 

 だが一つ確かなのは、妖怪は人間の(おそ)れが必要な存在だ。その恐れが具現化したのが妖怪と言ってもいい。

 

 

『だとしても、この時代でまだゴリラは見つかってねぇだろ…?』

 

 

 ゴリラが見つかったのは1846年だ。二人のアメリカ人宣教師によって発見された。この時代から約千年後のことだ。それだと言うのにゴリラがいるのは普通に考えておかしい。

 

 

「そんなことはどうでもいい!来るぞ!」

 

「ブゴォオオオオオオ!!!」

 

『せめてワニの声で鳴けッ!!』

 

 

 今ここに、ワニとワニの頂上決戦が始まった。ワニの強力な顎の力とガオウの刃が激突する。ともに協力な切れ味を誇り、どちらが先に壊れるか、それこそ決着をつけたくなるような内容だ。

 だがしかし、これは持久戦ではない。だからこそ、この硬さ比べの決着はつかない。

 

 

「後ろが、がら空きだ!」

 

「ガァアア!!」

 

 

 光の速さで移動したライラがデンドロンの背後に跳んで、背中を斬りつけた。そこから血が噴出するが、もののコンマ一秒レベルで再生した。

 

 

「―――(速いッ!この速度で再生など、どれほどの獲物(生き物)を捕食した!?)」

 

 

 デンドロンの再生には捕食して獲得した栄養を『変化』の能力で急激な速度で体の再生に反映していることで可能としている技術(わざ)だ。

 だが、あの時は栄養不足でシロの右腕を喰らうと言う凶行を行ったが、今回の場合は野良の妖怪を大量に食すことでその栄養を補っていた。だが、ここまでの再生能力はなかった。一体、どれほどの数をあの短時間で食べたと言うのだろうか――。

 

 

「ウゴォ!」

 

『な――ッ!』

 

 

 デンドロンはバッタの脚になった自身の足の脚力を用いて空高く飛翔した。そのままワニの頭でガオウをブンブンと上空で振り回し、顎の力を緩めてガオウを空に放り投げた。

 

 

『グ…ッ!』

 

「ウガァ!!」

 

 

 そして肥大化した筋肉の腕――ゴリラの腕でガオウを地面に向けて殴り飛ばす。ガオウは勢いよく地面に激突して、砂ぼこりが舞う。

 

 

「夜神ッ!」

 

 

 ライラが光の速度でガオウを回収して、木の物陰に隠れる。

 

 

「無事か?」

 

『あぁ…なんとかな。あの野郎、また変わったタイプの『変化』を見せつけてきやがって…対処しずれェ。ガオウに変身したのは失敗だった』

 

「その失敗は打開すればいいだけの話だ。それよりも…アイツ、いつまで空に…なに!?」

 

『あ…?……マジかよ』

 

 

 二人が見たもの。それは白い一対の翼が生えているデンドロンの姿だった。今だに滑空して、一ミクロンも動いていない。

 

 

『アイツ、鳥も喰ってやがったのか…。割とマジで暴食の悪魔だな』

 

「その暴食の悪魔と言うのは分からんが、今まで以上に厄介なのは変わりないぞ?『変化』の権能の可能性を見誤っていた」

 

『…ん?今変な単語が聞こえた気がするんだが?『変化』の『権能』だと?』

 

「ん、まさか…シロから聞いてないのか?アイツ、『権能』に目覚めてるぞ」

 

『…アイツ…何故それを言わなかったんだ…』

 

「いや、私もシロもあそこでデンドロンのことは無力化できたと思っていたからな…。わざわざ教える必要もないと思っていたんだろう」

 

『――納得だ』

 

 

 居場所を入れ替える前にある程度渡された情報。その中にデンドロンが『権能』に覚醒したと言う情報は入っていなかった。

 それもそのはず。二人はデンドロンは無力化できたと思い込んでいたから、わざわざ言う必要もなかったのだ。つまり、これに関してはシロは悪くない。

 

 だがしかし、状況は最悪なことに変わりはない。相手が『権能』持ちであるのならば、零夜は実質この戦いでは役立たずである。

 

 

『ライラ。この戦いはお前を主軸にする。いいな?』

 

「構わん。お前はどうする?」

 

『無論。お前の補助だ。そのくらいさせろ』

 

「了解だ!着いてこい!」

 

 

 ライラはジャンプして、空中で一回転すると着点がガオウになるようにした。その意図を理解したガオウはライラの両足を掴んで、遥か上空へと投げ飛ばした。

 滑空しているデンドロンの高度を遥か超えて、スピードに物を言わせて超高速で落下して刀を構えた。

 

 

「ゴロロロロ…」

 

 

 迫ってくるライラの姿を確認した時、デンドロンの頭に変化が起きた。ワニの頭からサイの頭へと変化したのだ。

 そのサイの角が、ねじれた角に変化する。

 

 

地球(ほし)の本棚ッ!!――――【ジャイアントイランド】の角かッ!』

 

 

 地球(ほし)の本棚の力で最速で調べて情報が出た。『ねじれた角の動物』と言うキーワードで何件か見つかったが、サイの角から変化した角の形状に、その動物が一番近かった。

 【ジャイアントイランド】とは、中央アフリカ生まれの世界で最も大きなレイヨウだ。バリエーション豊富な角を持つことで通っている【ジャイアントイランド】だ。これならばとすぐ出た。

 それと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この動物も日本に現存しないのに、一体どうやってその情報を会得したのだろうか――。

 

 

「そんな角、へし折ってくれるわ!」

 

 

 ライラは体勢も速度も落とさず、迫りくるデンドロンにそのまま太刀打ちしようとしている。サイの突進力と翼による飛翔、そしてジャイアントイランドの角による合計されて突進してくる。

 そんな時、デンドロンの速度が急上昇した。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 その秘密は、『変化』とバッタの脚にあった。『変化』で空気の層を作ってそれを足場にして跳躍。結果的に爆速とも言える速度を生み出した。

 その速度は一瞬だけだがライラを怯ませるには十分で、ジャイアントイランドの角が、ライラの胸を貫こうと――、

 

 

FULL CHARGE

 

 

 ベルトから発せられた機械音とともに、のこぎりのような刃がデンドロンのゴリラの胴体を斜めに斬り込まれた。『権能』のせいでダメージは傷は出来ていないが、それでも怯ませるくらいは出来る。一瞬の、瞬きの合間とも言えるあの一瞬で、今の動作を行ったガオウは、ライラに向かって叫んだ。

 

 

『今だ、やれ!』

 

「無論!」

 

「グゴォアァアアア!!!」

 

 

 ガオウの攻撃で怯んだデンドロンの隙を狙って、ライラは光の速度で無数の斬撃をデンドロンに浴びせた。

 デンドロンの攻略法。それは彼の蓄えた栄養を完全に消費させた状態にすること。そうしなければ何度も回復してキリがないからだ。

 

 ダメージを負って落下してくるデンドロンを見届ける中、変化が起きた。ガオウベルトのエンブレムが消失し、通常の電王ベルトになった。その次に、なんの動作もなく電王ベルトが紫色に光る。

 

 

『変身』

 

 

 黒いライダーパスをかざして、「変身」と口にする。

 

 

NEGA FORM

 

 

 新たなフリーエネルギーによってガオウの鎧を包み、プラットフォームへと変化する。そこからソードフォームと酷似したアルファベットの「N」をモチーフにした模様が描かれている紫色の【オーラアーマー】が装着される。

 それと同時に自動的にソードモードだったデンガッシャーがガンモードへと変形する。

 

 

『喰らえ』

 

 

――【仮面ライダーネガ電王】へと変身し、落下してくるデンドロンに銃口を向けて発砲する。

 ダメージは与えられてはいないものの、発砲されて再び体制を崩し、落下地点を変えられた。そして、その地点にいるのは――、

 

 

「―――」

 

 

 刀を構えてその場からじっと動かないライラがいつの間にかいた。しかし、落下している合間にも再生は続いており、一向に再生スピードが落ちる気配がない。だからこそ、追撃する。

 跳躍して銃を連射する。その衝撃で落下スピードが速まりながらダメージを負わせた。

 

 そして落下する寸前に、再びライラの連撃がデンドロンを襲い、まるで包丁風呂にでも入ったかのように細かな切り傷がデンドロンの体に刻まれた。

 

 

「グォオオオ!!」

 

 

 が、そこからの再生は一秒もかからず、瞬間的に再生が終わり空中で体勢を立て直しながら綺麗に着地した。

 そこから変化は再び起こる。頭は(タカ)、胴体は腕から背中にかけてまでカニになり、足はチーターになった

 さながらオーズの【タカ】【カニ】【チーター】の亜種形態、仮称:【タカータ】をそのままリアルな動物にしたような見た目だ。

 

 

『ホント、チーターなんてどっから仕入れてきてんだよ!』

 

 

 チーターも日本にはいない。一体どうやってチーターの遺伝子情報を手に入れたのか不明だ。

 しかしそんなことデンドロンはお構いなしに獣の唸りを上げてチーターの速度で移動する。

 

 

『チッ!』

 

 

 ネガ電王は一瞬デンガッシャーを離すと、空中で自動的にガンモードからアックスモードへと変化して、迫りくる巨大なハサミを防いだ。デンガッシャーと、圧倒的な腕力と膂力で、だ。

 デンドロンの猛攻はこれで終わらない。鷹の頭へと変化したその凶器とも言える(くちばし)で動けないネガ電王を狙った。

 ハサミを防ぐので両手が塞がっているネガ電王は動けない。だからこそ、必然的にライラが動いた。

 

 

「グ…ッ!」

 

 

 ネガ電王が掴んでいるハサミを土台にして、鷹の頭をその細腕からは予想できないほどの力で抑える。しかも片手で、だ。残った片腕で刀を掴み、その頭を貫こうとした。

 しかし、残っていたもう片方のハサミもデンドロンは忘れていなかった。その巨大なハサミで塞ぎ、両者状況が拮抗する形に収まった。収まってしまった。

 

 この状況をいつまでも続けるわけにもいかず、先に動いたのはネガ電王だった。

 

 

『ライラ…少し我慢しろッ!』

 

「なにを―――ひぐっ!?」

 

 

 それは一瞬の出来事だった。ハサミが閉じるのを抵抗する力の一切を抜いて、しゃがんでハサミの拘束から抜ける。その影響でそのハサミを足場にしていたライラの体勢が崩れる。ライラの服を引っ張ってそれと同時にデンガッシャーがアックスモードからロッドモードに自動的に変形して、ライラの股を通り抜けさせてデンドロンの鷹の頭へと刃が直撃する。

 

――と同時に、落下の法則のままライラは股からデンガッシャーに着地した。ちなみに「ひぐっ」はこの時の悲鳴である。

 

 

「ゴォオオオオオ!!?」

 

『鷹の声で鳴け!!』

 

 

FULL CHARGE

 

 

 パスをフルチャージし、必殺技を発動させる。デンドロンの身体デンガッシャーを押し込んで吸い込まれる。それと同時にライラも地面に落下する。

 デンドロンは紫色の亀の甲羅の様なマークが浮き出ると同時に動きを封じられる。

 

 

『死ねッ!!』

 

 

 そのままライラを飛び越えて、デンドロンの鷹の頭にデンライダーキックを炸裂させる。

 勢いのまま、デンドロンは木々を倒壊させながら遥か遠くへと吹き飛ばされる。その様子を見た後、ネガ電王はライラの様子を見る。

 

 

『おい、大丈夫か?』

 

「――大丈夫に、見えるか?」

 

 

 プルプルと震えながら股を両手で抑えるライラは、いつもの凛々しくも男気のある雰囲気とは真逆の女性らしい仕草をしていた。

 

 

「貴様…この一連のことが終わったら、覚悟しておけよ…」

 

『……善処しておく。立てるか?』

 

「……礼は、言わんぞ」

 

『いや、言わなくていいと言うか…うん』

 

 

 仕方なかったとはいえ、零夜が悪いだけにライラに何も言い返せない。いくらライラが男よりの性格をしていると言っても、体と本質は女。ていうか男も女も関係なく股に強烈なダメージが行ったら誰だって精神的に逝く。だからこそ、これは零夜が悪いとしか言いようがなかった。

 

 

『俺に回復系の力が使えれば良かったんだが…。悪いがすぐに戦線復帰してもらうぞ。アイツに俺の攻撃は効かないからな。ただ吹き飛ばしただけだ』

 

「分かってる…だとしても、少し待て…」

 

 

 今だにプルプルと震えているライラ。少し――とても可哀そうに思えてきていた。が、その次の瞬間だった。

 

 

『アガっ!!』

 

 

 突如として、デンドロンが吹っ飛んだ方向から長く生臭い赤いなにかが飛来してきて、ライラを庇うような形でネガ電王が前に出て、ライラごと後方に吹き飛ばされる。

 先ほどのデンドロンのように遥か後方へと吹っ飛ばされ、重力に従って地面に落下しそうになる。

 

 

『くッ!』

 

 

 咄嗟の判断でネガ電王はライラを頭を重点的に守るように抱き着いた。それと同時にネガ電王は背中から地面に落下した。勢いで回転しながら何度も何度も激突し、その度に痛みに耐える。

 やがて勢いが落ちて、ネガ電王が下、ライラが上になるような体勢の状態で勢いが死んだ。

 

 

『ア、グ…!』

 

「夜神!どうして私を――」

 

『当たり前だろ…アイツに攻撃通んのはお前だけだ。その方が合理的だ…』

 

 

 そのために自分が盾になった。それを聞いてライラは自分の不甲斐なさを痛感した。あの時、痛みに悶えていたとしても、自分が真っ先に気付いていれば――。

 倒れ伏すネガ電王だったが、次の瞬間キョンシーの如く飛び起きた。

 

 

「――ッ!?」

 

『このまま寝ていられるか。まだやれる…!』

 

 

 『離繋』の能力は磁石としても応用できる。それを使って地面から『離れて』まるで磁石の同じ極が触れ合ったかのように飛び起きることができた。

 

ネガ電王のベルトに金のエンブレムの意匠が施され、ガオウの変身音と似た音楽が流れる。ドーベルマンのような顔の意匠が施されているライダーパスを取り出し、パスを読み込ませる。

 

 

『変身』

 

 

 オーラアーマーが展開して、ネガ電王を包み込んだ。電王のプラットフォームと似た状態になると、パトカー型の電仮面が変形する。

 

 【仮面ライダーG電王】に変身したネガ電王は、デンガッシャーをオーラアックスが展開した状態のガンモードへと変形して、先ほどの攻撃を受けた方向へと発砲する。

 

 

「グギャ!!ウギャ!!ガァアアア!!」

 

 

 連続で赤と青のエネルギー弾を発射したことによって、その存在は姿を表した。カメレオンの頭、亀の甲羅(どうたい)にカマキリの(うで)、ゾウの脚の異形だった。

 

 

「ブゴォオオオオオオ――――!!」

 

 

 攻撃されたことでキレた異形――デンドロンは、ゾウの脚でドスドスと音を立てながら突進してくる。両手の代わりにカマキリの鎌がG電王に振るわれた。持ち前の筋力と腕力、膂力で鎌を鷲掴みにして、力比べをする。

 

 

『――やれっ!』

 

「あぁッ!」

 

 

 ライラの一閃が、デンドロンを斬った。だがしかし、手ごたえはあるがそれは硬いものに刃が滑った感覚だけだ。

 あまりの防御力にライラは冷汗が垂れる。

 

 

「硬い――ッ!」

 

『だったら別の所を狙え!頭でも、足でもいい!』

 

「だったらその頭を――」

 

 

 狙う、と言おうとした瞬間、デンドロンの姿が周りの景色と同化するかのように消えた。

 

 

「消えたッ!?」

 

『頭の動物の特性だ!あの頭の動物の名はカメレオンっつって、保護色で体表の色素を変化させて背景に溶け込む能力を持ってる!』

 

「なんだと!?まさか取り込んだ動物の特性までも取り込めるのか!?」

 

『いや、流石にそんな能力まではないはずだ!『変化』の能力で周りの景色と同化しているんだ!』

 

 

 それが零夜の導き出した結論だ。むしろ、それしかないと彼の中で確信する。自分でも最初はそうなのではないかと思ったが、流石にそんな能力まではないだろうと自身の中で否定した。

 デンドロンの能力は『変化』。カメレオンも保護色に『変化』するのだからこのくらいの芸当、できないとおかしい。

 それに、むしろ本当にそんな能力があったとしたら、絶望的だ。喰った物の特性をそのまま取り込んで能力を自由自在に扱うことができる。そんなことができるのは本当に暴食の悪魔くらいしか思いつかない。まぁ会ったことはないが。

 

 

『ライラ、伏せろ!』

 

「あ、あぁ」

 

 

パーフェクト・ウェポン

 

 

 ベルトにパスをかざすと、機械的な音声がコールする。すると、G電王とライラを囲うようにバリアが展開される―――と同時に死角の方角のバリアに衝撃が走った

 

 

『そこか』

 

 

 デンガッシャーガンモードの引き金を引くと、無数の赤と青のエネルギー弾が発射され、ホーミング弾の如く曲がりながらバリアを攻撃した対象にぶち当たった。

 

 

「グゲラァアアアアアアアッ!!」

 

 

 銃弾の圧で押されて、デンドロンは背中から倒れた――倒れてしまった。亀の体で背中から倒れる。それがなにを意味するかは、誰だって分かる。答えは、バランスを失う、だ。

 

 手足をジタバタさせながら、体勢を戻そうとするが、亀の甲羅の楕円型がそれを邪魔していた。

 

 

パーフェクト・ウェポン

 

 

『ライラ、これを使えッ!』

 

 

 再びパスをかざすと、デンガッシャーがG電王の手から離れて空中で自動的にガンモードから十手(じって)モードに変形すると、デンガッシャーがライラの左手に渡る。

 デンガッシャーに赤と青のエネルギーが充填される。

 

 

「これは――」

 

「あの甲羅を割るには斬撃より打撃の方がいい。これであの甲羅をブチ割れッ!」

 

 

 意図を理解したライラは、右手に刀、左手にデンガッシャーを持ってデンドロンのお腹の上に乗る。十手モードのデンガッシャーを無慈悲に、思いっきりデンドロンの甲羅に叩きつけて、『ビシビシッ!』と言う亀裂音と共に、中の肉が露見していく。

 

 

「ウゴォアアアアアアアアア!!!」

 

 

 亀にとって甲羅が壊れること。それは人間にして言い換えればお腹の皮膚をそのまま剥がされて内臓が零れるようなものだ。それほどの強烈で残酷非道なことを、一瞬で躊躇もなく行ったライラは、さらに追い打ちをかける。

 “表面に”妖力を纏った状態の刀で、露見した内臓を中心的に切り刻み、デンガッシャーで内臓を傷つける。内臓などの再生は皮膚の傷などよりも多くの栄養を必要とする。だからこそ、外より中を傷付けた方が手っ取り早いのだ。

 

 痛みに悶えながらもデンドロンはその圧倒的で驚異的な再生能力で傷が再生していき、破壊されを続けていく。耐えられなくなったのか両腕の鎌をライラに向けて振るった。

 

 

『やらせるわけねぇだろ』

 

 

 が、G電王が当たる直前で鎌を両腕で掴み、先ほどと同じように綱引きのような押し出しあいが始まった。

 その隙に、ライラは内臓にダメージを与えることを辞めない。むしろその速度は激化していく。そして、その対象に心臓や肝臓などと言った重要器官だけを狙っていないと言うところも性質が悪いと言える。

 

 そもそも、二人にデンドロンを殺す理由はない。デンドロンも被害者なのだ。性格を無理やり変えられたと言う。だからこそ、殺さないように留めている。だが、それがデンドロンを苦しめていることには変わりないのだが。

 

 こんなことを続けて約3分。3分だ。ライラが光の速度で動けるため、1秒間に千回攻撃出来ると仮定しよう。単純計算で1080万回も攻撃したことになるのだ。それ程やって、ようやくデンドロンの回復スピードが落ちてきた。

 ほぼ動かなくなった―――というかほとんど既に動いていない。そろそろ潮時だと分かったライラは、攻撃する手を少し緩めずにデンガッシャーをG電王に返す。

 

 

『行くぞ!これで(しま)いにするぞ!』

 

「あぁ!」

 

 

パーフェクト・ウェポン

 

 

 ゆっくりと、ジワジワと再生していく亀の甲羅を見届けながら、G電王はパスをセタッチした。十手モードのデンガッシャーに赤と青のエネルギーが溜まり、構える。

 対してライラも、刀の“表面に”特大の妖力を纏わせた。

 

 

「これで、眠れッ!」

 

『ハァアアアアッ!!!』

 

 

 二人の武器が、無防備となった甲羅に振り下ろされ、決着が―――

 

 

 

「な…ッ!?」

 

 

『なんだ、これは…!?』

 

 

 

―――つかなかった。

 二人の攻撃が当たる寸前、なにかに阻まれたかのように二人の武器が動かなくなった。いや、違う。むしろ、押し出されている?

 

 

「なッ!?」

 

『ぐッ!?』

 

 

 突如として押し出される力が強まって、暴風にでも当てられたかのように二人の体が遠くへと押し出される。木に背中から激突して、(うずくま)ると同時にG電王の変身が解除された。

 

 

「なんだ、今のは…!?」

 

「なんかの力に押し出された…!?あれも『変化』の能力なのか!?」

 

 

 なんとか腕で体を起こしながら、目の前にいるデンドロンを見据えた。すると、デンドロンの体に再び変化が起き始め、ゴキゴキと体の中身も変化されながら、体の面積も零夜たちと変わらない通常サイズ――元のデンドロンの姿へと戻っていた。

 

 ただ違うのは、右腕のみ。デンドロンの右腕――というか体全体はあれほど傷ついたと言うのに、嘘だろと思うほど傷口が綺麗に塞がっていて、まるで赤ん坊のようにきめ細かな肌だ。それも『変化』による再生の賜物だろう。

 だがしかし、デンドロンの右腕は、右腕だけはまるで歴戦の猛者(もさ)かのような傷跡が複数刻まれていた

 

 つまり、あの右手はデンドロンのモノではなく、別の誰かの右腕と言うことだ。

 

 

「グゴォオオオオオオッッ!!!」

 

 

 デンドロンがその右手を掲げると、デンドロンを中心に四つの元素――『火』『水』『風』『(いわ)』の塊が出現する。

 それらを一斉に投げつけられると、二人は互いに右と左に分散。元素攻撃が当たった瞬間、起爆地点から半径3メートルが、“燃えて焦げた”わけでもなく、“濡れた”わけでもなく、“風で刻まれた”わけでもなく、“岩の塊に潰された”わけでもなく、消滅していた

 

 跡形もなく、まるで破壊光線にでも当たったかのように地面が(えぐ)れていた

 

 

「嘘だろ…!?もう『変化』って言うレベルじゃねぇぞ…!?」

 

「流石にそれはないとは私も思ってはいたが…『権能』と言うのは底が知れない異物だな…」

 

 

 『火』『水』『風』『(いわ)』。これらはすべて『変化』で片付くようなものではない。『水』と『風』であるのならば、説明はつくだろう。『水』は『変化』の力で『酸素』と『水素』を融合すれば出来る。『風』も周りから集めれば済む話だ。

 だが、『火』と『(いわ)』だけはどうしても説明できない。あの右手の持ち主の能力と考えた方が納得だ。だがしかし、同時に納得したくなくなる。

 

 一度は否定したその可能性が、顕著に現れ、それが現実となった。

 

 デンドロンの『変化』の能力―――否。『変化』の権能はすでに生物の枠組みを超える力を持っていた。ライラの『光』の権能だってそうだ。『光』の速度に生物は耐えられない。それこそ、『権能』と言う埒外の異物によって成り立つものだ。

 

 デンドロンの『変化』の権能の真価――それは食したものの特性(のうりょく)をも取り込む凶悪性だ。

 あの生物の体への『変化』は、見た目だけかと思っていた。だが違った。

 それに、あの右手は――。

 

 

「まさか…!?」

 

 

 ここで、その答えにライラが気づいた。気づいてしまった。

 

 

「どうした?」

 

「夜神。一つ聞くが…今までヤツが『変化』してきた動物の部位は、すべてその動物とデンドロンの部位と一致しているか?」

 

「どういうことだ?もっと簡潔に言ってくれ!」

 

「つまりだ!最初にヤツの腕が『変化』した際の動物の腕は、あのようなものなのか?」

 

「当たり前だ!最初のデンドロンの腕は間違いなく熊の腕だ!それがどうした!?」

 

 

 今までデンドロンが『変化』してきた生物の部位とデンドロンの部位は合致していた。つまり腕は腕しか、足は足しか『変化』できないと受け止められる。

 だとしたら、デンドロンは喰っている。()()()()()()を―――。

 

 

「不味い…アイツの『変化』した腕……アレはシロの右腕だッ!!」

 

「なにッ!?」

 

「間違いない!あいつは、シロの右腕を喰らったッ!!」

 

「マジかよ!?だとすれば、不味いぞ…!?」

 

 

 零夜にとって少々いけ好かなくて、煩わしいヘラヘラしているが最も強い男。絶対に敵に回したくない男の右腕の『権能』。それが、今最も渡って欲しくない相手に、渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――絶望の第二ROUND(ラウンド)。スタート。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回はこれで終わりになります

 ちなみにこの74話の時系列はルーミアが駆けつけて紅夜のジュエルルーラーが解放された時間帯です。
 『権能』の特性として『権能』特有のオーラと言うものを『権能』持ち同士感じ取れるのですが、紅夜の『権能』が半端に覚醒しているのと、場所が離れすぎているため、ライラは紅夜が『権能』に覚醒したことをまだ知りません。
 
 そして、明かされた『変化』の権能の凶悪性――。まるで暴食の悪魔のような力に、零夜たちはどう対抗するのか――。次回を、お楽しみに。


評価:感想ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75 暴食の悪魔(デンドロン)

 本日は連続で投稿。大晦日も近いし休みもある。だから小説投稿が少しだけどスムーズに進む…。
 目がやられない限りは。ブルーライトカットのメガネ、百均で買ったし、あとは指がどこまでもつかなだな。まぁ限界に近いけど。

 それでは、どうぞッ!


 絶望だ。絶望だ。その言葉が何度も頭の中に打ち付けられて、無理矢理払う。

 目の前にいるのは【デンドロン・アルボル】と言う獣だ。最強・最恐・最狂。三つのサイキョウの称号を授けるに相応しいと言えるほどの凶悪なシロの『権能』。それが、敵であるデンドロンが使っている。戦意喪失してしまうのは仕方のないことだ。

 

 

「嘘だろ…よりにもよってアイツのかよ…」

 

「そうだとしても、現実を受けとめる他あるまい。――来るぞ!!」

 

「ジデッ!!」

 

 

 デンドロンが右手を突き出すと同時に、強力な衝撃波が生まれ、二人を吹き飛ばそうと暴風のように荒れ狂う。

 ―――そんなとき、零夜の懐から青い光が飛び出し、それが人の容貌(かたち)を取った。ソレは、右手を突き出すと同時に零夜たちを襲った衝撃波が緩和された。

 

 

「なんだ…?」

 

「――ッ!?お前は…ッ!!」

 

「久方ぶりだね。零夜くん」

 

 

 その人物――もとい幽霊に、零夜は見覚えがあった。かつて、月面で一時を共にした英雄――。

 

 

「ニュートン…!」

 

「あぁ。アイザック・ニュートンだとも」

 

 

 万有引力を発見した英雄、アイザック・ニュートンだ。パーカーゴーストであるニュートンが、何故か急に姿を表した。

 

 

「どうして…!?」

 

「なに。大したことではない。アレは私の専門分野…あの攻撃の対処は、私に任せてくれ。ソレに、あまり時間がない。無理やりこの容貌(かたち)を取っているのでね。出来るだけ話も早く済ませたいん…だッ!」

 

 

 前を向いたニュートンが、再び右手を突き出すと、デンドロンが苦しそうに押し出されていく。その隙にニュートンは二人に語る。

 

 

「これで少しは時間稼ぎができる。このうちに、一つ言って置くことがある。いくら相手の能力を取り込んだところで、『権能』などと言う埒外の力をそのまま取り込むなんて不可能だ。それにね、私は知っているのだよ。彼の――シロ君の能力を

 

「なにッ!?」

 

「あいつの、能力を!?」

 

 

 ここで途轍もないカミングアウトに驚愕を見せる二人。二人はシロの『権能』の詳細どころか『能力』だった頃も知らない。

 そんなトップシークレットとともいえるシロの情報を知っていると言うのだから、驚くのも無理はない。

 

 

「なんでお前が知っているんだ!?」

 

「何度も語り明かしたからさ。万有引力についてね。当時、彼が二つの能力を持っていたことは知っているかね?」

 

「あぁ…それは聞かされた。でも内容までは知らん」

 

 

 シロが『権能』について語った時に『権能』とは二つの能力が統合されたことによって生まれる偶然の産物ともとれる代物だ。実際はどうなのかは知らないが、シロの説明だとこういうことになる。

 

 

「彼の『能力』の内の一つ……それは私が今言ったように万有引力に関係するものだ」

 

 

 ニュートンの万有引力―――リンゴが落ちているところを見たことで『重力』と言う法則を発見すると言う偉業の代物だ。来世に語り継がれ、書物となり、今や知らないものは誰もいないほどの有名な法則。

 その法則に関係する能力、それは―――

 

 

重力か!!」

 

「そうだ。『重力を操る力』。それが彼が当初持っていた能力の一つだ。実際私も直接聞いたことはないが、私にこの話を聞くと言うことがあったのでね。片方はそれで決まりのはずだ」

 

 

 ニュートンがそう淡々と口にしたその理論は、曲がりなりにも合っていた。事実、シロが『権能』になる前の能力の一つとして、『重力操作』が存在していた。それともう一つの能力が統合したことによって、今に至っている。

 確かに、重力について聞きたいのならばすぐ近くに重力と言う概念を発見した張本人がいるのだから、相談すると言うことは不思議ではないが――。よりにもよってこんな筋から彼の能力の一つが判明したことでやるせないというかなんというか――。

 

 

「彼の先ほどの衝撃波も、『斥力』によるものだ。だからこそ、こっちも今『斥力』で攻撃している」

 

「じゃあつまり……今デンドロンが使っているのはシロの『権能』じゃなくて『能力』なのか!?」

 

「そう言うことになるだろう。現に決定的な証拠として、彼の権能の一つである『絶対命中』がない」

 

『絶対命中』…?」

 

「そうだ。『絶対命中』はその名の通り攻撃を必ず当てる力。だが先ほどの奴の攻撃はそうじゃなかった。故に、彼が『権能』ではなく『能力』を取り込んだと言うのは自明の理だ」

 

 

 そこで零夜は、ある光景を思い出した。それはレイラと戦ってた際に、シロがモーニングスターを振り回して零夜に当たりそうになった時、あり得ない軌道変更が目の前で起こった場面*1だ。

 あれも『権能』の効果の一つだとすれば――。

 

 

「確かに説明は着くが、どうしてそんなことを知ってるんだ?」

 

「……そろそろ抑えるのも辛くなってきたから一言で言おう。私は、ずっと君の懐で見ていたさ

 

「――なるほどな!行くぞライラッ!!」

 

「あぁッ!!」

 

 

 二人は一斉に飛び出して左右からデンドロンを責めるべく旋回する。ライラは刀を、零夜は『離繋』の能力で取り出した【ブラックライジングタイタンソード】と【オーガストランザー】を両手に持って突撃する。

 

 

「オラッ!!」

 

 

 掛け声とともに、ブラックライジングタイタンソードを振るって、漆黒の電撃を放つ。直接ダメージを与えることはできなくても、痺れさせることくらいならと、放った。

 

 

「ギグゲ!!」

 

 

 が、デンドロンは『斥力』の中、右手を地面に向けて『斥力』を放った。空に撃ち出されたデンドロンは電撃を回避。再び右手を零夜の方に向けるとデンドロン(シロ)の右手に電気が纏われる。

 

 

「ビネ゛!!」

 

「お前がな」

 

 

 瞬間、光の速さで通り抜けたライラが右腕を切断し、電気が散乱する。デンドロンがシロの『能力』発動を可能としているのはあの右腕によるものだ。それゆえに、その腕さえ切ってしまえば――。

 

 

「マダバダ」

 

 

 瞬間、血が散乱する前に血が収縮すると同時に右腕がくっついた。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 それはライラが通り過ぎる直前の出来事で、今までとは違う再生スピードにライラは後ろを振り向いてそれを確認すると、驚愕の声を上げた。

 

 

「だったらこれで!」

 

 

 オーガストランザーのフォトンブラッド(やいば)の部分を巨大化をして投擲する。

 

 

「バダルガッ!!」

 

 

 右手を突き出すと、オーガストランザーの勢いが殺された。それだけではなく、オーガストランザーが半回転して零夜の方に向いて、『斥力』でこっちに矛先を向けて飛んでくる。

 

 

「ちッ!!」

 

 

 空いた左手で即座に『離繋(りけい)』の能力を発動する。オーガストランザーと何もない地面を“繋げて”軌道を逸らした。

 オーガストランザーが地面に突き刺さると同時に轟音が響き渡り砂ぼこりが舞う。

 

 

「クソ、前が見えな――」

 

 

 そう言いかけた瞬間、砂ぼこりが一か所に凝縮される。その箇所は、デンドロンの右手の掌の上だった。あの量の砂が掌の半分くらいまでに濃縮され、その凶悪な玉を、弾丸のように零夜に向けて発射した。

 

 

「こちらを忘れていないかね?」

 

 

 ニュートンが今度は『引力』で向かってくる砂の玉の勢いを殺した。そして今度は自明の理として砂の玉がニュートンに向かって飛んでくる。

 

 

「対処は任せろ」

 

 

 いつの間にかニュートンの目の前にいたライラが居合の構えで、一閃。砂の玉は真っ二つに割れて霧散する。そのスピードのままデンドロンへと突撃する。

 

 

「ゲヒッ」

 

「―――?」

 

 

 デンドロンが下種な笑みを浮かべた。デンドロンが右手を地面に向けて振りかざすと、地面から分厚い氷の壁が形成された。

 

 

「そんなもの、斬ればいいッ!!」

 

 

 案の定と言っていいか、ライラは持ち前の刀で行く手を阻む氷の壁を横に一刀両断した。横にずれていく氷の壁を横切って、目の前の敵を見定め――、

 

 

(―――いない?)

 

 

 しかし、目の前にデンドロンはいなかった。零夜かニュートン。どちらかを狙っているのかとすぐに情報を整理して、一番襲われる可能性のあるニュートンに視線を送った。彼はデンドロンが取り込んだシロの『能力』である『重力操作』の相殺を担当している。何者なのか分からないが、味方であることは分かり、そして重要な役割を持っている。

 

 それに、さっきまで獣のようだったデンドロンが少しずつだが理性を取り戻して言葉を喋るようになってきている。シロの『能力』は思考を働かせないと使えないようなものばかりだ。故に、その可能性は大きい。というより確実だろう。

 

 

「ニュートン殿ッ!気を付け「ライラ、上だッ!!」なッ!?」

 

 

 零夜の大声で自分の上を見た瞬間、固まった。デンドロンがいつの間にか自分より高い上空を取っており、凶器とも言えるほどの巨大な氷の塊を持っていたからだ。

 

 

「ジョゴデオドナジグジデイボ!!」

 

 

 言葉ともとれる言葉とともに氷の塊を落とした。回避が間に合わずそのまま氷に押しつぶされる。

 

 

「ライラァアア――――ッッ!!」

 

 

 零夜の叫び声とともに、無慈悲にもその上に凍えるような冷気が氷を包み込んで、脱出不可能な氷の箱を造ってしまった。

 

 

「~~~~ッ!!」

 

「やられてしまった…少し考えれば分かることだった。最初に狙うべきは私でも零夜くんでもない。自分に攻撃出来る彼女を先に潰すべきだと…」

 

 

 やられた。ニュートンの言う通り、デンドロンにとって最優先に排除すべき敵はライラだ。この中で唯一自分にダメージを与えることの出来る人物。デンドロンの知能が欠如してしまっていたから、考えることを放棄していた。それを見過ごしてしまい、一番懸念すべき事態を引き起こしてしまったのだ。

 

 

「アァー、アァー、アァ―。ボーヤク……ゴーヤク…ヨーヤク。ようやく。ようやく排除できた…。排除すべき敵をなァッ!!」

 

 

 氷の壁の上に乗って、醜悪な笑みを浮かべながら零夜とニュートンを見下ろすデンドロン。最悪なことについに言葉と知能を完全に取り戻し、さらに難易度レベルを上げてきた。

 

 

「デンドロン…ッ!!」

 

「あぁそうさ!『俺』が、ようやく帰ってこれたのさ!さぁ、拍手喝采をしろ!」

 

 

 今度のデンドロンは自己顕示欲の塊のような印象を受けた。ここで出会った時から狂人のように狂って性格や一人称がコロコロと変わっていた。今度はそんななんだなと閉口する。

 

 

「どうした?どうして喜ばない?俺様の帰還だぞ?」

 

「敵が帰ってきて喜ぶかよッ…」

 

「あぁそれもそうか。しっけーしっけー。それにしても、良い“おみあげ”ができた」

 

「……おみあげ?」

 

「あぁそうさ。この女のことさ。この女を献上すれば、大層お喜びになるだろう」

 

「―――ッ!!」

 

 

 それを聞いた途端、零夜は歯ぎしりをする。今までのデンドロンも形容しがたいほどの異常者だったが、今度の性格のデンドロンはかなりムカつき精神を逆なでさせる言動をする。

 ライラのことを“おみあげ”と言い放ったデンドロンの顔は、酷く笑顔で歪んでいた。

 

 

「そこで一つ聞きたい。この女は処女か?その方が価値が高いんだがなぁ」

 

「――もういい。それ以上喋るな」

 

 

 血管が浮き出るほどの怒りが湧き出た零夜は、ブラックライジングタイタンソードをその場に捨てる。

 腰に黒い(もや)が浮き出て、それが目玉のようなドライバー―――【ゴーストドライバー】へと変化する。

 

 

「ニュートン。やるぞ」

 

「やれやれ…人使い、もとい英雄使いが荒いな君は。しかし、そろそろ時間だったのは事実。私の力、思う存分使うがいい」

 

 

 ニュートンがアイコンへと変化し、零夜の手へと渡る。

 ドライバーのカバーを開き、中に装着し、カバーを閉じる。瞳からニュートンゴーストが出現し、零夜の周りを旋回する。

 

 

「変身ッ」

 

 

 怨嗟の混じった声の、「変身」を声にした。

 

 

カイガン! ニュートン! リンゴが落下!引き寄せまっか!

 

 

 【仮面ライダーダークゴースト・ニュートン魂】へと変身した零夜は、右手を地面に向けて『斥力』の力で跳躍する。同時に『引力』をデンドロンに向けてこちらへ引き寄せる。

 対してデンドロンは先制攻撃を奪われたと言うのに、余裕そうな表情をしていた。引き寄せられながらも、デンドロンは余裕そうに語った。

 

 

「無駄だよ!!俺の力はすでに生物の枠組みを超えたんだよ!半端者のお前の攻撃は、俺には届かない!

 

 

 デンドロンの余裕の起因は、零夜が『権能』に覚醒していないことが原因だ。“『権能』持ちにダメージを与えられるのは『権能』持ちのみ”と言う絶対的な格差が存在する限り、零夜がデンドロンに勝つことなど不可能だ。この場で『権能』に覚醒できればいいが、そんな都合の良い妄想はやってこない。

 

 零夜の攻撃に何も抵抗しないまま、零夜の『斥力』のパンチがデンドロンに直撃する。

 

 

「弱すぎんだよ!出直してこい」

 

 

 しかし、無傷。それに一向に『斥力』の押し出す力が作用していない。よく見ると、ダークゴーストの『斥力』より強力な『引力』でその場に踏みとどまっていた。

 

 

「重力の攻撃ってのは…こうやるんだよ。それで勉強しな」

 

 

 侮蔑を込めた卑しい喋り方で右手をかざすと、強力な『斥力』の力で押し出され、吹き飛ばされる。地面を抉りながら遠くへと吹っ飛んで、吹っ飛んで、吹っ飛んで――。『斥力』の力で威力削減を行うにしても、限度がある。

 途中、何故か倒壊していた木々を『引力』で引き寄せて臨時バリケードを設置して――激突。

 

 

『ア、ガ、グガギ…』

 

 

 結果、止まることはできたが、全身打撲を患った。骨にも若干ヒビが入っているのが認知でき、動かすだけでも辛い。そこは『離繋』の能力で骨のヒビをなんどか繋ぎとめた。それでもかなり痛いが、なにもやらないよりはマシだ。

 

 

「どうしたどうした?もうへばったのか?いやぁー圧巻だなぁ。強さとは罪だ。なにせ、つまらなくなるからなぁ」

 

 

 上空から、嫌な声が聞こえてくる。ダークゴーストが見上げると、デンドロンが空を飛んでこちらを見下していた。完全に舐めている目だ。侮蔑と侮辱の目だ。それを向けられるだけでも、零夜の数少ないプライドが刺激される。

 

 

『まだだ…』

 

「おっ、まだやるのか?強情だなぁ。まぁお前の身体だ。止めないが、こんなんで終わってくれるなよ?俺がつまらないからな!」

 

 

 その時、見えない速度でデンドロンがダークゴーストの目の前に近づいてきて、腹に一撃を与えた。

 

 

『ガ―――ッ』

 

「どうしたどうした?よえぇな。そんなんでよく俺の相手を出来ると思ったな。もう詫びとして自害してみろよ。ホラホラよォ!」

 

「―――黙れ」

 

「あッ?今なんて言っ―――」

 

 

 その時、デンドロンを中心に空間が歪んだ

 

 

「なんだ…?」

 

『俺とニュートンの混合技だ…』

 

「は?」

 

『俺の能力の『離繋』とニュートンの『斥力』と『引力』…。その本質は似たようなものだ」

 

「あ?なに言ってんだてめぇ?ついに頭が狂ったか?」

 

 

 急に訳の分からないことを言う零夜を、ついに狂ったと認識した。本当に狂っているのはどちらなのかと言うレベルだが。それでも、ダークゴースト――零夜は淡々と言葉を続けた。

 

 

『押し出す力の『斥力』と『離す』ことは同義…。同じく引き込む力の『引力』と『繋ぐ』ことも同義…この意味分かるか?』

 

「は?」

 

『分からないよな。だからお前にでも分かるように簡潔に教えてやる』

 

「なにを――ッ」

 

 

 デンドロンが憤慨しようとしたその時、空間の歪みがさらに強力なものになり、デンドロンを少なからず吸い込もうとするブラックホールと化した

 

 

「なんだ、これは!?」

 

『排反する対極の力…。言うなればS極とS極、N極とN極!本来くっつかない二つの力を無理やり繋げることでそのエネルギーの衝突を利用して、空間に歪みを造る技だ!』

 

 

 急に思い浮かびあがって来た、謎の利用方法。今までこんなこと試したこともないのに、突如として思い浮かんできた方法に賭けた。それが、()()()()()()()()()()()()()()()使えるものは使うのみ。

 手が痛い。腕が痛い。筋肉が悲鳴を上げて、骨が軋む。空間系の能力、しかもそれを無理やり発動させるため、その負荷は計り知れない。それでも、やるしかない―――!

 

 

『一か八かだ…消えろ、デンドロンッ!!』

 

「貴様――ッ!!」

 

 

 デンドロンがなにか言いかける前に、空間の歪みに完全に吸い込まれ、デンドロンの姿が消えて空間の歪みも消えた。いかなる『権能』以外の攻撃を無効化する『権能』だとしても、空間移動には耐えられまい。正直どこに移動したかもわからない。宇宙空間かもしれないし、はたまた別の場所かも。もしくは重力場―――ブラックホールの力で分子レベルで分解されているかも…。

 

 

『―――』

 

 

 正直、何度も言ったようにデンドロンを殺すつもりはなかった。あんな狂人でも、とある事件に巻き込まれて性格改変をされた被害者なのだ。できれば救いたかった。だが、全てを救うなんてことはできない。それこそ偽善だ。『悪』を自傷する者にとって、とても考えてはいけないような思考だ。それゆえにすぐに振り払った。

 

 とにかく、次に優先すべきはライラの救出だ。いくら死ぬビジョンが見えない『権能』持ちとはいえ、今行ったように死ぬ可能性だって十分あり得る。

 それにこのまま放置していたら凍死していてもおかしくない。ただで連戦で体力が消耗していたんだ。これ以上長引けばライラの体が危ない。

 正直あの技の反動で腕がほぼ機能しない。人間を超えた回復力を持っているとはいえ、この戦いの合間では完全に回復することは不可能だ。

 しかし、そんなことは言ってられない。ライラを助けに行かなければ。

 

 

『クソッ、デンドロンの野郎、こんなところまで飛ばしやがって…』

 

 

 幸い、あの氷の柱がなんとか視認できるほどに大きいためにそれが目印となってどちらの方角に行けばいいのかすぐに分かる。

 

 

『とにかく、急がねぇと――』

 

「驚いたじゃねぇかよ」

 

『ガッ!?』

 

 

 突如、背中を蹴られて悶えると同時に先ほどと同じように遠くへと吹き飛ばされ、場所は氷の壁へ。壁に激突して、ようやく衝撃が殺された。

 それに、あの衝撃を受けとめたと言うのに、びくともしない氷に驚くばかりだ。

 

 変身解除一歩手前の所まで追い詰められ、状況が理解できないダークゴーストに、魔の手が迫りよる。

 

 

「ったくよォ。面倒なことしやがって。流石にアレは驚いたぜ?」

 

『な…ッ!?』

 

 

 目の前から一人の男が歩いてくる―――それはまごうことなき、見間違えるはずがない。先ほど空間の歪みの中に放り込んだ【デンドロン・アルボル】だった。

 

 

『バカな…!?さっき空間の歪みに放り込んだはずなのに!!』

 

「人を産業廃棄物みたいに処理しやがって。抜け出してきたに決まってんだろ」

 

『馬鹿な…重力場の塊だぞ!?それを…』

 

「頭悪いなお前。言っただろ?俺の力はすでに生物の枠組みを超えたんだよ!半端者のお前の攻撃は、俺には届かない!……ってなあ」

 

『―――』

 

 

 まさか、これも『権能』による格差だとでも言うのか?空間系の技も、『権能』持ちには届かない。それほどまでに、隔絶した実力差が、あると…?

 

 

『―――』

 

「動かなくなった…絶望したか?したなぁ、したよなぁ!!ここで一つお前に教えてやるよ!俺は吸い込まれる瞬間、『変化』の力でそこら辺の石ころと自分の場所を入れ換えたんだよ!つまり、お前が吸い込んだのはただの石ころだったわけだ!!ヒャハハハハ!!」

 

『―――』

 

「ほら、もう一回使ってみろよ。もしかしたら今度は勝てるかもしれないぞぉ~?」

 

 

 精神を逆なでする声で煽ってくる。しかし、その声のほとんどはダークゴースト――零夜の耳には届かない。

 

 

「まぁ?その腕じゃ無理ってもんだな!ハハハハハ!!」

 

 

――なぜなら、ダークゴーストはデンドロンの言葉より、背中の水分に意識が向いていたからだ。当初はマイナスの温度だったあの氷から、水滴が垂れていた。

 そこで思いついた。一つの可能性を。

 

 

『(だとしたら…ッ!!)そうだな…だったら、最後に、これ、喰らえや』

 

「ん?」

 

 

 ダークゴーストが壊れかけた左腕を掲げる。―――その瞬間、『引力』が辺り一帯を駆け巡る。範囲は、半径1キロ。

 

 

「どうした?負けを認められなくてついに暴挙に出たかぁ?そんなもんで俺を倒せるわけねぇだろ!?」

 

『やってみなきゃ、分からねぇだろうが…!』

 

 

 すると、後ろから『ズザザザ…』と何かが引っ張られる音が聞こえて、デンドロンは後ろを振り返る。デンドロンが見た光景、それは周りの倒壊した木々が『引力』で引っ張られている光景だった。

 

 

「こんなんでどうするつもりだ?まさか、俺を窒息死させようってか!?無理無理!だってなぁ」

 

 

 デンドロンは自分のではない右手をダークゴーストに見せる様に掲げると、右手を中心にデンドロンが風の鎧を纏った。

 

 

「これで、俺は無事。残念でしたぁ」

 

『それはどうかなァッ!!』

 

 

 『引力』の力で木々を濁流のように引き寄せて、追加で『離繋』の力で『引力』の中心を()()()()へと変更――!

 

 ――木々が、一か所に衝突しあう。木が、泥がダークゴーストをデンドロンを包み込み、確認できるのは氷の柱のみ。

 

 

「無駄無駄」

 

 

 余裕そうにデンドロンが自分を覆い囲う木々と泥を風の力で吹き飛ばす。案の定と言っていいか、デンドロンの服には汚れ一つすらついていない。というより、狂化時に服の半分以上を失っているためにそこまで被害はないのだが。

 逆についに変身解除してしまった零夜の見た目は凄まじいことになっている。濁流の影響で服が泥まみれになっていて、あの空間の歪みを発生させた副作用による腕へのダメージも相まって、濁流によって流れ込んできた木々にぶつかったのか、打撲の跡が酷い。

 

 

「――――」

 

「最後は自滅か。呆気なかったな。……そうだ、この服貰うぜ。せめてもの情けとして、俺が使ってやるよ」

 

 

 デンドロンはピクリとも動かない零夜から薄い黒コートを、コートが傷つかないように強引に脱がす。強引に脱がされた零夜の体は横にバタリと倒れる。 

 

 

「うっえ汚ねぇ」

 

 

 デンドロンは零夜のコートを放り投げると、コートを中心に水球が生成される。水球がまるで洗濯機の水のように高速回転して水球が泥で汚れていく。

 水球の水分とコートの水分が地面に零れる。それと同時にコートが『火』と『風』の力によって熱風となりコートを乾かす。

 

 

「よしよし。これで良し。良かったな、最後まで自分の遺品使ってもらえて」

 

 

 醜悪な笑みでそう言うデンドロン。

 

 

「このコートは、しっかりと使わせてもらうぜ。月に帰るまでなァ」

 

 

 キチンと最後まで使うつもりがないところが、より下種らしい。倒れている零夜などは完全に無視して、今だに氷の柱に保存されているライラを見て、デンドロンは舌なめずりをした。

 

 

「さてと、あとはこいつを運ぶだけだが…味見、しちまってもいいよなぁ

 

 

 醜悪な思考を働かせて、デンドロンはこの後のことを想像する。「やめろ」と懇願して泣く、彼女の姿を。そして、堕ちていく姿を――。

 

 

「さてと、それじゃ早速―――」

 

 

ピシピシ

 

 

「―――あ?」

 

 

 突如として聞こえた、何かにヒビが入る音。その音を聞いて、デンドロンは歩みを、行動を止めた。その音の原因を確かめるためだ。

 そして、その原因――聞こえてくる場所はすぐに特定できた。ライラを封じ込めた氷の柱だ。

 

 

ピシピシ ピシピシ ビキビキ

 

 

「――なッ…!?」

 

 

 ついに不穏な部分まで音が酷くなる。

 あり得ない自分の氷結封印は完璧だったはずだ。氷点下レベルで凍らせたはずなのに、どうして――!?

 

 デンドロンの驚きとは裏腹に、どんどんと亀裂が大きく、激しくなっていき――、

 

 

パリィイイインッッ!!

 

 

 氷の柱が割れて―――黄金の閃光がデンドロンを斬り刻んで通り過ぎた。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 傷が複雑に生まれ、再生に少し時間が掛かる。せっかく新調(ごうだつ)したコートも切り刻まれ、デンドロンの怒りはデットヒート状態だ。それを無理に抑え込み、再生に専念して後ろを振り向く。

 

 そこにいたのは、血管が浮き出ているのほどにキレているライラだった。その左手には、気絶した零夜もいた。

 

 

「貴様…よくもやってくれたな…」

 

「てめぇ…どうやって俺の氷の檻を…。俺の技は完璧だったはずだッ!!」

 

「―――残念だったな。私の力は『光』を自由自在に操る。故に私自身も『光』の力に耐えられる体なんだ。『光』の熱で、中身からジワジワと溶かした。それだけだ」

 

「―――まさかッ!!」

 

 

 デンドロンは憤慨した目と表情で気絶している零夜を見た。さっきの木々をこちらに向けて濁流させるあの荒業。アレは自滅前提の破れかぶれの技だと思っていた。だけど違った!!

 アレは、流木をぶつけて溶けかけていた氷の柱をライラが自力で壊すために言葉巧みに細工したブラフ!!本命はそれで、自滅前提の技へと見せかけた、アイツ(れいや)の策略!!

 

 

「てめぇええええええええ!!!」

 

 

 怒り狂ったデンドロンは再生のことなど忘れて自身の周りに四元素の塊を出現させて飛び込んだ。

 

 

「フンッ」

 

「アガッ!?」

 

 

――が、それよりもライラの方が何倍も、何十倍も、何百倍も速かった。不雑怪奇とも言える妙な斬り方で右腕をダイコンのように(おろ)され、斬られるより不快感の増す斬られ方をされて、デンドロンの怒りのボルテージはどんどん上がっていく。

 

 

「アァアアアアアアア!!!てめぇええええええ!!ぜってぇ許さねぇ!!泣き叫んで懇願するまでお前を貪ってやる!そうしないと気が済まねぇ!」

 

「絶対許さない…?それは私の台詞だ。その思考回路…会ったことはないが憎いヤツがいてな。そいつの思考回路とお前の思考は同一のものみたいだ…。私は今、途轍もなく“不愉快”という感情に支配されている」

 

「ハァ!?それはこっちの台詞だっつーの!!俺もここまでの感情を出したのは初めてだ!」

 

「貴様の感情など知ったことか……。私はお前を倒す。ただ、無事でいられると思うなよ…?」

 

「てめぇもなクソアマッ!!」

 

 

 互いに一触即発の雰囲気を醸し出し、殺気が漏れ出る。

 

―――そんなとき、先に動いたのは…デンドロンだった。

 

 

「死ねッ!!」

 

 

 デンドロンはなんとか再生したシロの右腕から発せられた『風』と『氷』の元素を集合させた。それがグチャグチャに混ざり合った手で“ちょうどその場に突き刺さっていたブラックライジングタイタンソード”を手にかける。

 

 アレは、零夜が変身する際に地面に突き刺していた武器。最悪とも言える武器が、デンドロンの手に渡ろうとしていた――が、最悪なのはデンドロンにとっても同じだった。

 

 

(ぬ、抜けねぇ!?重い…!?)

 

 

 そう、ブラックライジングタイタンソードは、並半端な力では持つことすらできない。一本だけでトラック一台分の重さと言っても過言ではない重量だ。そんなものを、デンドロンが持つことなど不可能だ。

 だからこそ、デンドロンは持ち前の知能で機転を利かせた。『重力操作』で筋力を誤魔化してデンドロンは右手でブラックライジングタイタンソードを持つ。これほど重い武器、当たれば一たまりもない。

 

 

「キヒヒ…今度こそ死ねッ!」

 

 

 『風』『氷』に加えて、ブラックライジングタイタンソードの『雷』の力が加わった。その状態で、再び地面に突き刺した。

 瞬間、そこを中心に風と氷と雷が波紋のように広がっていく。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 このスピードなら余裕で避けられるが、近くには零夜もいる。避ければ零夜に当たってしまう。ここは零夜にを掴んで上に逃げるべきだと、零夜に手を伸ばす。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

 が、デンドロンは右手で『風』と『土』の元素の力を使って砂ぼこりを発生させた。その砂が、ライラの目に入ってライラの視界を奪った。

 

 

「しま――ッ」

 

 

 そのまま体勢を崩し、目で零夜の場所を追えなくなる。それに、このままではあの波紋の餌食になる。どうすればと、ライラの思考が加速する。

 

 

「これで、ジ・エンドだぁああああああああ!!!ハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

「グゥ―――ッ!!」

 

 

同時刻、彼女の弟子がピンチに陥り二人の戦士が顕現しようとしていた

 

そしてその現象は、共鳴する

 

 

 突如として、ライラの懐が光った。

 

 

ストレートフラッシュッ!!

 

 

 

――黄金の斬撃が、波紋のように広がった三属性の波を薙ぎ払った。逆にその斬撃と波動によってデンドロンの体勢は狂い、尻からずっこけた。

 砂ぼこりが立ち込み、視界を遮る。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 驚愕するデンドロン。だが、驚いてばかりじゃいられなかった。

 

 

ライダー100億ボルトバーストッ!!

 

 

「アガァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 その大声と共に地面に電流が走り、先ほどライラにやろうとしていた攻撃を、しっぺ返しを喰らうように逆に自分に帰って来た。

 体に強烈な電流が走って感電し、膝から崩れ落ちて――片足で踏みとどまる。

 

 

「ふざけんなァア゛アアアアア!!誰だ!?どこだ!?出てこいよぉおおおお!!」

 

『どこにいるもなにも、俺たちはここにいる』

 

「あ゛ッ!?」

 

 

 先ほどとはまた違う声が、砂ぼこりの奥から聞こえてくる。

 徐々に砂ぼこりが晴れていき、目の前にはライラを守るように二人の戦士がそこに存在していた。

 

 金色の重厚感ある外見。足に6枚、左腕に2枚、右腕に3枚と11枚の【アンデッドクレスト】が付いており、胸部がコーカサスの紋章になっている、黄金の剣士

 

 左腕、右脚、左脚以外の部分が金色、複眼が青く、胴衣には雷神太鼓の意匠が施され、マスク形状やボディの光沢あるゴールドから月面着陸船イーグルを彷彿とさせる、ロッド状の武器を持った電撃の戦士だ。

 

 

「お前たちは…?それに、夜神と同じような恰好…?」

 

『俺達が誰かなんてどうでもいい。アレを倒せばいいだけだからな』

 

『俺と先輩に任せとけって!カーッ、燃えてきたぜ!』

 

『御託は良い。行くぞ後輩』

 

『うっす先輩!!』

 

『お前は、その男を守ってろ。アイツは俺達で片付ける』

 

 

 黄金の戦士にそう命令される。命令されるのは正直癪だが、今は仕方がない故にそれに従って零夜の元まで歩く。

 

 

『待たせたな。さぁ、思いっきり戦い合おうじゃないか』

 

『宇宙キタァ――――ッ!!』

 

 

 黄金の戦士は【重醒剣キングラウザー】を、電撃の戦士は【ビリーザロッド】をデンドロンに向ける。

 

 

「なんだよ!?なんなんだよてめぇらはよぉ!!??」

 

 

 その暴言ともとれるデンドロンの困惑に、電撃の戦士が答えた。

 

 

『俺たちは仮面ライダー!!ダチを守るために戦うヒーローだッ!』

 

「仮面ライダーァアア!?開発途中の出来損ないじゃねぇか!そんなんで俺に勝とうとするなんて片腹痛いんだよォ!」

 

『御託は…俺達の強さを味わってから言え。行くぞッ!』

 

『タイマン張らせてもらうぜっ!!』

 

 

 彼らの名は、

 仮面ライダーブレイド・キングフォーム(ライダー大戦の世界の剣崎一真)

 仮面ライダーフォーゼ・エレキステイツ

 

 

 ほぼ同時刻で、ライダーの戦いが始まった。これは偶然か、必然か――。

 

 

 

 

*1
17話にて




 
 今回はこれで終わりです。次回は一気に二つの場面の戦闘を繰り広げます。

 正直、導入から戦力投入と言うのはいきなり過ぎたかなとは思ってますけど、後悔はない。もう書いたから。

 今回出てきた【剣崎一真】はもちろん、【如月弦太朗】も“限りなく本人に近い別人”です。

 評価・感想お願いします。


 次回をお楽しみに!


―――デンドロンの“開発途中の出来損ないって…?”





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76 「―――ごめんなさい」

 今年最後の投稿ですね。
 そして締めにふさわしいとも言える、『ルーミア』とのバトル最終回…。

 ぜひ、皆さんの心境を感想に欲しいところです。

 それでは、どうぞ。


――今年ガキ使やらないのマジ残念。ちなみに30日の晩御飯はすき焼きでした。


 

 

「邪魔よッ!そこをどきなさいッ!!」

 

 

 『ルーミア』が攻防を続けながら遅いかかってくる二人の戦士に声を荒げる。

 白銀の戦士――ウィザードと黄色の戦士――オーズはそれに反論する。

 

 

『悪いな。そう言う訳にもいかないんだ!』

 

『彼を守らないといけないからねッ!』

 

 

 紅夜を守りながらウィザードが【アックスカリバー】と呼ばれる剣にも斧にもなる武器で、【カリバーモード】でルーミアを攻撃する。

 そして、横からもオーズのトラクローによる攻撃が『ルーミア』を襲う。『ルーミア』は二つの攻撃を両腕で掴み、投げる。

 

 

『なるほど。一筋縄じゃいかないようだな』

 

 

 と、ウィザードがそう言うが今の彼の言葉は『ルーミア』にとって皮肉でしかない。そして、『ルーミア』もそれが未だに皮肉だと気付いていない。

 ―――気付くのは、今からだ。

 

 

『仕方ない。少し力を使うか』

 

「何を言って―――」

 

 

 その瞬間、ウィザードの姿を目で追えなくなると同時に、体に複数の切り傷を負った。

 

 

「え―――ッ?」

 

 

 見えなかった。『ルーミア』はあの攻撃が全く見えなかった。まるで瞬間移動したかのように、動きを捉えることができなかった。

 

 

「一体、どうやって…!?」

 

『それ、教えてやってもいいが、いいのか?相手は俺だけじゃないぞ?』

 

「しまっ―――」

 

『ハァッ!!』

 

 

 今度はオーズの爪、【トラクロー】によって大ダメージを受けた。左腕の肉をゴッソリと持っていかれ、再生は行っているがそれでも繋げるまで時間はかかる。

 本来、トラクローは強化コンクリートのビルの外壁も切り裂くほど強力な威力を持っている。そして何より不可解なのは、躊躇いもなくそれを行ったことだ。

 

 第三者の目―――【火野映司】と言う男のことを知っている人間ならば尚更だ。彼は過去に“少女を救えなかった”と言うトラウマを抱えている。だからこそ無欲になった。だと言うのに、中身は化物レベルの力を持っているとはいえ、見た目は華奢で妖艶な美女だ。人間の見た目をしている相手を、【火野映司】と言う男が躊躇いもなく攻撃出来ること自体、おかしい。

 

―――これも、“本人”寄りの“別人”ということ(ゆえ)なのだろう

 

 

『オーズ!合わせられるか?』

 

『無論だよ!行くよッ!!』

 

 

 瞬間、二人の姿が掻き消えると同時に、『ルーミア』に真新しい無数の斬撃跡(ざんげきこん)が出来上がる。負傷と再生が繰り返されるが、どう考えても負傷の数が多く、再生が間に合わなくなっている。

 

 二人は、ただ単純に高速で移動しているに過ぎない。

 オーズは【チーターレッグ】の三つの機能によって、超高速を可能としていた。

 

・チーターラムジェット

 

 チーターレッグ内部の特殊筋肉が生む膨大な熱が身体そのものを融解させるのを防ぐため、余分な熱をここから蒸気のように輩出する。

 排熱と同時に補助的な推進力を生むため、脚力を上回る更なる加速が可能となる。

 

・チーターアグソール

 

 身体を支え、疾走時には地面を確実に捉えることが出来る。

 内部には特殊筋肉が網目状に張り巡らされており、隠密行動時には足音を消すことも可能。

 

・チーターアンクルトゥ

 

 足首部分を保護する強化外骨格。

 超加速する際、爆発的なパワーで地面を蹴ることで発生する圧力と、脚部への負担を分散する。車のサスペンションにあたる衝撃緩衝機構の役目を果たす部位。

 

 超高速を生み出すこの三つの機能で、オーズは高速移動を可能としていた。

 

 ならば、ウィザードの高速移動の秘訣はなんなのか。答えは単純明快かつ、複雑怪奇なものだ。

 

 それは時間操作だ。インフィニティースタイルのウィザードは時間に干渉することによって高速移動を可能にしている。

 そして武器であるアックスカリバー・カリバーモードでもそれは同じだ。アックスカリバーにインフィニティーリングを使用すると時間への干渉が可能となる。

 

 だが、そのトリックなど知るよしもない『ルーミア』は、窮地に立たされる。そこで彼女が出た行動は――、

 

 

「調子に乗るんじゃないわよッ!!」

 

 

 すべてを闇に包み込むことだった。闇は『ルーミア』にとっての絶対領域。暗闇の中で、彼女に勝る存在はいない。そして、それはウィザードとオーズも同じことだった。

 何も見えなければ、何もできない。

 

 だがしかし、『ルーミア』には二人のことがバッチリと見えている。

 

 

(まずはあなたからよ――ッ!!)

 

 

 最初に狙ったのはオーズだ。先ほどの腕を抉ってくれたお返しをしくてはならないと思ったからだ。

 そんな時、後ろで変な声が聞こえた。

 

 

ライト プリーズ

 

 

 謎の機械音と共に、強烈な光がウィザードを包み込んだ。

 

 

(嘘でしょ…!?)

 

 

 “馬鹿な…!?”そう『ルーミア』は何度も心で復唱した。

 ルーミアの闇は光すら奪う。そもそもこの闇は魔法の闇で、松明など内部の光源をも無効化してしまう闇だ。だが、相手は『ルーミア』と同じ魔法使い。“闇の魔法”より強力な魔力で発動した“光の魔法”で闇を搔き消したのだ。

 

 光の魔法で闇の魔法を掻き消せないなど、そんな道理は存在しない。もしそれがあるとすれば、埒外の力のみ。だが、『ルーミア』はその枠には入っていなかった。

 

 

『見つけた』

 

 

エクステンド プリーズ

 

 

 白銀の魔法陣が、アックスカリバーに吸収される。アックスカリバーをウィザードが振るうと、剣が鞭のように伸縮して『ルーミア』の体を傷つけた。

 

 

「私の闇が…ッ!そんなことあり得てたまるかッ!」

 

 

 だが、目の前の現実を直視できないルーミアは再び闇で一帯を包み込んだ。この闇の魔法は先ほどよりもより強力な魔力を注ぎ込んで形成した闇だ。いくらこちらが連戦で疲弊しているとはいえ、魔力にまだ少しは余裕はある。

 

 

(この隙に、アイツを片付けるッ!!)

 

 

 標的をオーズからウィザードに変更した『ルーミア』。最初からこうすれば良かったんだ。ウィザードからは魔力を感じるが、オーズからは全く魔力の「ま」すら感じない。ならば、本当に先に倒すべきはウィザードだ。

 

 闇はルーミアの絶対領域。この領域にいる限り、攻撃は外さない。またさっきの様な光を出す前に、決着をつける。

 ウィザードを中心に360度全体に闇で形成した武器を設置する。紅夜を追い詰めたのと同じ方法で、ウィザードを潰す!

 

 

(これで、終わり――)

 

『ウォオォオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 突如として、オーズの雄叫びが『ルーミア』の背後から聞こえてきて――灼熱の閃光が『ルーミア』の体を焦がした

 

 

「熱いッ!」

 

 

 光は問題ない。問題はその光から発せられた熱だ。

 オーズの(たてがみ)【ライオネルフラッシャー】は光を乱反射させ、敵の視覚を麻痺させる力を持つ。さらにコンボ特性によって【高熱放射】を得たことによって、さらにその光は凶悪性を増していた。

 

 咄嗟に『ルーミア』は闇の領域を解除してしまう。地面にへたり込み、焼けた皮膚と肉を再生される。しかし、精神的ダメージはまでは回復できず、目の焦点が合わず、無意識的にヨダレも垂れる。これは、食欲よるものではない。痛みによるものだ。

 

 オーズとウィザードは現在進行形で溶けかけている紅夜を包み込んでいる氷の塊へと集まる。

 

 

『そろそろ、コイツの熱も引けてきたみたいだな。それにしても、お前も趣味悪いな。あんなことしなくてもお前の複眼()なら闇の中で自由に動けただろうに。俺の氷がほとんど溶けかかってるじゃないか』

 

 

 そう、オーズの【ライオンヘッド】は眼部の【ライオンアイ】によって受け取る光量を調整し、ライオネルフラッシャーでの自滅を防ぐ他、暗闇の中でも視界を確保することが可能なのだ。

 それだけでなく、風などの音を三次元的に聞き取って周囲を把握し、人間に聞き取れない音波にも対応する聴力の高さも持ち合わせている。

 

 【ライオンヘッド】があれば、わざわざライオネルフラッシャーを発動する必要もなく、何不自由なく動けたはずなのだ。

 

 

『ごめんね。彼女に的確なダメージを与えるにはこっちの方がいいかなって…』

 

『それに、アレ俺に当たってたらどうすんだよ』

 

『それも大丈夫でしょ?防御力高いんだから』

 

『防御高くても熱からは守れないっての…』

 

 

 まるで中学生同士の雑談だ。だが、その内容は生々しい。攻撃した彼女のことを気にかけているようで全く気にかけていない。いや、敵に対しては正しい対応なのだろうが、彼らの性格的に、おかしい。

 

 先ほども言ったように【操真晴人(そうまはると)】と【火野映司】らしからぬ言動。まるで本来のカードの所有者のようだ

 

 

「クソっ…!!」

 

 

 忌々しそうに二人を睨む『ルーミア』。

 

 

「調子に乗るんじゃ――」

 

 

 その時、ルーミアの背中から複数の電気の斬撃が直撃した。

 

 

「ガハッ!?」

 

『―――いてッ』

 

 

 予期せぬ攻撃に完全に当たってしまった『ルーミア』は感電する体で思考する。あの二人が動いた気配はなかった。自分があの二人の攻撃を単純に認識できなかっただけかもしれないが、それはない。なぜなら―――。

 

 

『なんだ、今の?君がやったの?』

 

『いやいや、俺じゃないぞ?そもそも俺に当たったでしょうが』

 

 

 あの攻撃は白銀の魔法使いにも当たったからだ。『ルーミア』と違って防御力が高すぎるためにノーダメージではあるが。つまり、あの電撃は第三者による攻撃。あの蜘蛛妖怪?アレはどう考えても電撃系の能力を使うヤツではない。もう一人のルーミア?それも違う。彼女の能力は自分と同じだ。

 だったら、一体誰が…。

 

 『ルーミア』は今だに痺れる体で立ち上がる。

 

 

「これで…終わったと思うなッ!」

 

 

 『ルーミア』が闇の大剣を造り、闇の斬撃を放った。

 ウィザードが前に出て、魔法を行使する。

 

 

サイコキネシス プリーズ

 

 

 念動力を行使するサイコキネシスの魔法で、『ルーミア』の斬撃は180度回転して『ルーミア』の方向へと方向転換した。

 

 

「グっ!」

 

 

 弾き返すほどの余裕もなく、『ルーミア』は体を逸らして攻撃を避けた。屈辱だ。この屈辱はあの時以来だ。それを思い出すだけでも背筋が凍る。

 

 

「今に見てなさい…あんたたち全員ぶっ殺して、ソイツも殺すから…!」

 

 

 最早の呪いとも言える執念で、ルーミアは武器を構えた。同時に二人も構える。

 

――それとほぼ同時だった。

 

 

「これ、どういう状況…?」

 

「(。´・ω・)?」

 

 

 倒壊した木々の奥から、ルーミアとマクラが姿を表したのは――。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことなの、これ…?」

 

 

 時間は少し巻き戻り、ルーミアとマクラがオーズとウィザードと合流したところから始まる。

 ルーミアは目の前の状況が理解できず、困惑していた。そして、それは二人も同じだった。

 

 

『ど、どういうことだ?』

 

『同じ妖怪(ヒト)が二人も…どっちかが、偽物ってこと?』

 

「あ、困惑しているところ悪いんだけど……どっちも本物なのよね…」

 

 

 とりあえず間違った認識を訂正するためにルーミアはそう言う。しかし、事情を知らない二人からすれば普通に困惑する。

 

 

『えっ、なに?つまり同じ妖怪(ヒト)が二人いるってことなのか?』

 

「そ、そう言うこと…って、紅夜はッ!?」

 

『彼なら、ここにいるよ』

 

 

 ルーミアとマクラは、ウィザードの氷に包まれている紅夜を見て、すぐに駆け寄った。と言ってもほとんど溶けているが――。

 

 

「紅夜、大丈夫!?」

 

「( ;´Д`)」

 

「――――」

 

 

 紅夜からの返事はない。完全に気絶している。

 

 

『今、彼は気絶している。むやみやたらに触らない方が良い』

 

「それでも、なにもやらないよりは、なにかやった方がマシよ」

 

『そうだけどなァ…アッチと全然違うね、君。双子かなにか?』

 

 

 オーズの意見も最もだ。二人のルーミアの違いは、紅夜に向ける敵意の有無。目の前のルーミアに紅夜に向ける敵意などは全くないが、『ルーミア』の方は紅夜に途轍もない敵意を超えた殺意を見せていた。

 現に、二人がルーミアを紅夜に近づかせることに邪魔しなかったのは、このルーミアに紅夜に対する敵意が全く見られなかったからだ。

 

 

「違うわよ。それよりも、アッチを何とかしないと…」

 

『それは俺達に任せておけ。この際だから聞こう。あの子、どうする?捕縛するのか?それとも―――殺すのか?』

 

 

 ウィザードから告げられる、究極の二択。そして、ルーミアの選択は一つだ。

 

 

「殺さないに決まってるでしょ。馬鹿じゃないの?」

 

『おっと。かなりの毒舌。凛子ちゃんみたいだな』

 

『まぁそうだと決まれば、少し手加減しなきゃいけないけど、仕方ないかッ!』

 

 

 二人は己の武器を『ルーミア』に向けた。その『ルーミア』の目元はとてつもなく――闇で隠れていた。

 突如、『ルーミア』が微笑を浮かべた。

 

 

「手加減?私を相手に?そこまでの大口を叩かれたのは…始めてよッ!!」

 

 

 今迄のこともあってプライドをこれで完膚なきまでに粉々にされた『ルーミア』は、怒りの形相で巨大な闇の矢を作り、自身の横一列に並べる。

 

 

「風穴を空かせてあげるわッ!!」

 

 

 一つ一つの太さが通常の木ほどある矢が、オーズとウィザードを襲った。飛んでくる矢も、絶えず補充され留まるところを知らない。

 

 対してウィザードがアックスカリバーを振り回して闇の矢を弾く。その剣技で剣が振るわれる度に、白銀の魔法の粒子がちりばめられ、芸術すら感じられる。

 オーズはトラクローで闇の矢を撃沈させるが、終わりが見えない。

 

 そんなとき、オーズとウィザードの後ろから『ルーミア』と同じ闇の矢が無数に放たれた。闇の矢同士が激突し、霧散する。効果は同じようだ。

 

 二人が後ろを振り向くと、ルーミアが右手を突き出して闇の矢を生成しているシーンだった。

 ちなみに、その後ろではマクラが一生懸命に紅夜を糸で手当てしている。

 

 

「『私』に出来て、私にできないことはないわ」

 

「この…ッ!」

 

 

 『ルーミア』にできてルーミアにできないことはない。確かに道理は通っている。

 

 

『ありがとな、お嬢ちゃん』

 

『これである程度楽になったよ』

 

「お礼はいいから、さっさと行ってッ!連戦が続いてたから、長くはもたない…ッ!!」

 

『そうか。だったら遠慮なくッ!』

 

「させるかッ!」

 

 

 『ルーミア』はすかさず両手で生成した巨大な球体型の闇のエネルギー体を投げつけ、二人の近くが爆発する。

 爆発の影響の砂煙の中から、すかさずウィザードと【トライドベンダー】に乗り【メダジャリバー】を持ったオーズが飛び出す。

 

 

「グォオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 トライドベンダーが咆哮を上げると、『ルーミア』は気圧(けお)され、闇の矢を中断してしまう。

 しかし、すぐに復活して闇の長剣二振りを持ち、小さな闇の球体を自身の周りに浮遊させながら突撃する。

 

 球体が発射され、ウィザードとオーズを追う。ウィザードは突進してきているため、オーズが弾のほとんどを引き付けている状態だ。機動力故だろう。

 

 『ルーミア』は次の行動に出る。自身のお腹周りに闇で作った小さな穴―――重力場の発生による小規模ブラックホールを生成し、ウィザードを引き寄せた。

 

 

『おっとッ!?』

 

「これで、私からは離れられないわよッ!」

 

 

 自身の力の全てを持ってウィザードを二振りの長剣で攻撃する。

 対してウィザードは己の魔法である【時間干渉】を発動しようとするが――、

 

 

(発動が停滞している!?―――そうか。今俺は空間的な影響を受けているから…!)

 

 

 “時間と空間の関係は密接”。この関係性が深いために発動できなかった。時間干渉でこのブラックホールに干渉することもできるが、裏を返せば『ルーミア』も空間系の技を使えるために時間に干渉できるのではと言う考えがよぎった。

 

 

(―――いや、違うな。彼女の力は闇を操ること。空間系の技はその副産物に過ぎない)

 

 

 もし彼女の能力が空間系だとすれば、自分の高速移動のトリックなどとっくに気が付いているはずだ。それが正しければ、彼女はまだ気づいていない。

 

 その気になれば無理やりこの状態から脱することもできるが、そうすれば――、

 

 

(生かして終わることができる保証がない。このまま続けるのが得策だッ!)

 

 

 強制的に時間干渉を発動し、剣技の速度を上げる。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 ルーミアの体が後ろに倒れ損ねる瞬間を利用して、魔法を発動する。

 

 

コネクト プリーズ

 

 

 白銀の魔法陣を出現させ、そこに左手を突っ込み、引き出すと左手に【ウィザーソードガン・ソードモード】が装備されていた。

 『ルーミア』に対抗して自身も二振りの剣でルーミアと剣技を披露し合う。

 

 

「真似するなッ!」

 

『それは悪いね。だけど、いいのかい?君の相手は俺だけじゃないぜ?』

 

「今のアイツは遠くにいるってのに、なにを言ってグガッ!?」

 

 

 突如背中に何かが辺り、鈍器に当てられたかのような感覚に陥り、殴打の跡がクッキリ残る。

 なにかと思い後ろを振り向くと――、

 

 

『ハァッ!』

 

 

 トライドベンダーからメダル型の光弾が発射されていた。周りを見ると、自分の攻撃がすべてなかった。あの短時間で、全て一掃されていた。

 歯ぎしりをしながら『ルーミア』はブラックホールを解除して跳躍する。

 

 

「その獣から潰してやるッ!」

 

 

 遠距離物理攻撃ができるあの獣は離れてしまえば厄介だ。だから、アレをまず先にやらなければならない。正直、『ルーミア』にとって三体とも脅威だ。それでもまず、優先順序をつけなければやってられない。

 

 『ルーミア』は霧と同じ効果を持つ闇を生成して、トライドベンダーに投げつけ、ヒットした。すると、そこから煙のように闇が広がってトライドベンダーとオーズを包みこんだ。

 

 ルーミアの目的は、トライドベンダーを暴走させること。そうしてしまえば、少しでも戦力が減ると踏んだからだ。

 だが、『ルーミア』は知らない。知らなかったから実行できた。トライドベンダーは機械生命体の一種であると言うことを―――。

 

 

『ハァアアアア!!』

 

「嘘でしょ!?なんで!?」

 

 

 闇の中だと言うのに、平然と動いて走行しているオーズとトライドベンダーに驚愕した。ウィザードは自分と同じ魔法使いだから聞かないにしても、オーズからの視界は奪えるはずなのに…。

 

 すると、自分の下からウィザードの声が聞こえてくる。

 

 

『嬢ちゃん。さっきの俺達の話、聞いてなかったのか?』

 

「なにを…ッ!?」

 

アイツの複眼()は暗闇の中でも動ける特別な複眼()だって、言ったろ?』

 

「―――ッ!!」

 

 

 そうだ、確かにそう言っていた。あの時は背中から急に来た電撃のことで頭がいっぱいで、そのことを失念してしまっていたのだ。

 だからと言って、敵は待ってくれない。自身へも怒りを感じた『ルーミア』はその怒りを二人にぶつける結論に至った。

 

 

「畜生ッ!!」

 

『女の子が、そんな言葉使っちゃいけないよッ!』

 

「な――ッ!?」

 

 

 オーズの声が聞こえた方向を向くと、トライドベンダーを足場にここまで跳躍して、【メダジャリバー】を持ったオーズ自分の頭上にいた。

 オーズは飛翔中にセルメダルを三枚入れて、【オースキャナー】で読み込む。

 

 

トリプル・スキャニングチャージッ!!

 

 

「そんな攻撃、当たるワケ――」

 

『セイヤァァアアアアアアア!!』

 

「しまっ――ッ!グハッ!」

 

 

 追加でライオンヘッドによる太陽のような発光で、視界を奪われた『ルーミア』はその隙を狙われる。

 

―――白き一閃が、『ルーミア』の右足と右腕を、木々を、地面を、空間を、一直線に断裂された。

 空間が歪み、右両手足の、木々の、地面の、空間の境界線がズレる。

 

 『ルーミア』以外のずれた空間が、元通りになる。

 

 

「ア゛…ッ!!」

 

 

 空間ごと断裂された右手と右足は、すぐには戻らない。その一瞬を、オーズは見逃さない。

 メダジャリバーを地面に捨てたオーズは『ルーミア』の両肩を掴んで、敵にしがみついた状態で連続蹴りを繰り出すチーターレッグの技【リボルスピンキック】を繰り出した。

 

 

「アガッ!グガッ!ギグッ!!」

 

『ハァァアアアアアアッ!!』

 

 

 右手両足が斬られた直後のきつい連続攻撃が、『ルーミア』の精神を摩耗させる。

 連続蹴りが腹に何度も直撃し、『ルーミア』は胃袋から逆流しかけるが、オーズの攻撃がそれを許さない。結果、中の物が食道を言ったり来たししている。

 

 

『ハァアッ!!』

 

「アァッ!!」

 

 

 トドメに、強烈な蹴りを一発喰らい、『ルーミア』は地面に擦られながら落下する。

 

 

バインド プリーズ

 

 

 地面に横たわる『ルーミア』を取り囲むように白銀の魔法陣が複数出現すると、そこから鎖が飛び出して『ルーミア』を拘束し、無理矢理立ち上がらせた。

 だがしかし、再生は少しずつだが進んでいるため、そう言った能力は封じられていないようだ。

 

 利き手が失われているとはいえ、この程度の拘束を切り抜けられなければ、大妖怪の名折れだ。

 

 

「この程度で、私を捕まえられるとでも――」

 

『セイヤァァアアアアアアア!!』

 

「アグッ!!」

 

 

 突如、『ルーミア』の脚が凍った。氷は足から腰までかけて広がっていき、その氷点下とも言える温度で『ルーミア』の残り少ない体力を奪って行く。

 

 

「なに、これ…!?」

 

 

 氷点下によるしもやけにも似た症状が『ルーミア』を襲う。

 一体なんなのか、『ルーミア』はこの氷獄(ひょうごく)の出発地点を見た。

 

 そこには、【メダガブリュー】を持ち、地面を砕くように振りかざしているオーズがいた。そのメダガブリューから自身を包む氷が発生していた。

 

 

『そろそろ終わりにしよう』

 

『行こう、ウィザード』

 

『あぁ』

 

「ふざけんじゃ…ないわよッッ!!『私』は終わらないッ!!終わっちゃいけないのッ!!ここで負ければ、彼女(レイラ)が報われないッ!!ソイツを、ソイツを殺さなきゃッ!!」

 

 

 『ルーミア』の憎悪は、現在進行形でルーミアとマクラが介抱している紅夜へと向けられる。

 レイラの汚点、自分の黒歴史の物的証拠。それを取り除かない限りレイラが報われないと言う固定概念に囚われている彼女は、どんな理論も理屈も無視して、ただ己の正しいと思ったことに向かって突き進む暴走列車だ。

 

 

「ふざけないでッ!」

 

 

 その時、ルーミアの怒号が『ルーミア』に向けられた。

 

 

「ふざけないで…?私のどこがふざけていると言うの!?あんな状況証拠を信じろと!?彼女(レイラ)の姉がちゃんと育てただけで、彼女自身はソイツが生きてることを望んでないかもしれないでしょ!?」

 

「そうやってあんたは自分に都合の良い理由並べて、結局は自分のことしか考えてないッ!!本当はただ自分の汚点を抹消したいだけでしょうが!」

 

 

 その瞬間(とき)、『ルーミア』は心臓に杭でも刺されたかのような痛みに悶える。それは物理的な痛みではない。精神的な痛みだ。

 目の前の女性は、自分自身だ。だからこそ、自分のことについて一番よく理解している。

 

―――本当は、心の奥底のどこかで、“それは違う”ともう分かっていたのではないかと思う。でなければ、こんなに心臓が傷まない。

 それでも理性が感情を塗りつぶす。恐怖はそう簡単には消えない。

 

 同じ存在でも、同じ感情と思考を持っていたとしても確執が存在する。

 その時点で、『ルーミア』にとってはルーミアは別人だ。

 

 

「アァアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

 結果、彼女が選んだ結末は、感情と思考がストップした世界――暴走だ。

 何も考えず、ただただ目の前のものを破壊することを選んだ彼女の感情の高まりによって――リミッターが外た。

 妖力が限界値を超えた『ルーミア』の妖力が体外に大量放出される。氷も破壊され、衝撃波が飛ぶ。

 

 

『これまた随分と分からず屋みたいだね…』

 

『やっぱ、見た目と中身は違うってことか…』

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!どうするのよ、アレ!!」

 

 

 こうしている合間にも、『ルーミア』の妖力値はどんどん上がっていく。その(あたい)は、ルーミアを遥かに超える。

 

 

「コノママジャ終ワラセナイ!私ゴト、コノ辺リ一帯全部吹キ飛バシテヤルッ!!」

 

 

 『ルーミア』の頭上で魔力が沈殿する。魔力は闇へと変換され、全てを飲みこむ重力場へと変換される。

 

 

『不味いな。このままじゃ、ここら一帯が更地になるどころか、大穴が空くぞッ!』

 

「死ネッ!全部ぜんぶゼン――」

 

 

 投下される瞬間――どこからか黄金の剣(オーガストランザー)が飛んできて、『ルーミア』の横腹に突き刺さった

 鮮血が舞い散り、『ルーミア』はバランスを崩した。

 

 

『今だッ!』

 

 

テレポート プリーズ

 

 

 巨大な白銀の魔法陣が重力場の塊の球体の頭上に生成され、ゆっくりと重力場が通過して――最後には、そこに何も残らなかった。

 

 

「なにが、どうなったの…?」

 

「(。´・ω・)?」

 

『安心しろ。あれは遥か遠くの宇宙に捨てた

 

「それなら安心?なのかな…?」

 

 

 安心できるかどうかわからないが、とりあえず無害な宇宙に放り投げたと言うことは、安心していいのだろうか?

 そして、自分の最大の技が無力化されたことで、吐血しながら呆然とする『ルーミア』。

 

 

「そんな…私の…私の…ッ!!」

 

 

ゴックン!!ラトラーターッ!!

 

トリプル・スキャニングチャージッ!!

 

スキャニングチャージッ!!

 

 

 背中から聞こえた派手な機械音。

 オーズがメダガブリューに四枚のセルメダルを噛み砕かせ、メダジャリバーにセルメダルを三枚入れてスキャン。

 さらにオースキャナーでスキャニングチャージ。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 『ルーミア』に続く3つの黄色いリングの道が出来る。全身から大熱波を放ち、右手にメダガブリュー、左手にメダジャリバーを持ったオーズは、リングをチーターレッグの加速能力で突き抜けて――、

 

 

「セイヤァアアアアアアッ!」

 

「ア゛…ッ!!」

 

 

―――『ルーミア』をX字に切り裂いた。

 圧倒的破壊力を誇るメダガブリューの斬撃に、空間を斬り裂くメダジャリバーのコンボが炸裂し、鮮血をまき散らしながら『ルーミア』の動きが止まる。

 

 

チョーイイネッ! キックストライク サイコォーッ!

 

「待って、ま゛っで…ッ!!」

 

 

 しかし、彼女の言葉は届かず、無慈悲にも魔法は発動する。

 終われない。終わりたくない。ここで終わったら、彼女の無念を晴らせない。死ぬのは怖くない。でもここで終わったら、私は()()()()()()()()()()()

 もう、ただ生きているだけなんて、嫌――。

 

 

(――嫌?ただ生きているのが、何が悪いの?)

 

 

 そこで彼女は気付いた。自分の掲げる理念の矛盾を。

 彼女のために動いているはずなのに、結局は自分のために行動してるじゃないか。何度も指摘されたこの矛盾。それでも認めるわけにはいかなかった。

 でも、いざ自覚してみると―――『ルーミア』の決意を揺るがした。

 

 

(そうよ。こんな嫌な思い出、さっさと忘れていればいいものを…。こんなの、私にとって不利益でしかない。それなのに、私は――)

 

 

 辛い事実(げんじつ)から逃げて正気を保っているルーミア。

 逃げられずに事実(げんじつ)に生きて狂った『ルーミア』。

 そこのどこに違いがあるのか。いいや、ない。あるとしても、五十歩百歩だ(かわらない)

 

 どんな生き物でも、生きる意味は必要だ。それが無ければ、ただの生きている機械だ。だからこそ、彼女はそう思っているが、無意識のうちにこう思っていたのかもしれない。“どんな理由でもいい。生きる理由が欲しい”と。

 

 例を挙げれば【八雲紫】。彼女は幻想郷を保つと言う(こころざし)を持っている。それは十分生きる理由として成り立つ。

 だが、彼女はただ人を喰らい生きると言うただの人喰い妖怪。大切な物もなければ、そう言った志もない。

 だからこそ欲していた。生きる理由を――。

 

 だからこそ捨てきれなかった。この生きる理由(ふくしゅう)を――!

 

 

(なによ…私も『アイツ』と同じ身勝手野郎じゃない…。生きていいんだって言う自分が生きる理由に縋って、現実から目を背けたただの馬鹿…。それが私よ…)

 

 

 『ルーミア』は一気に脱力した。元より、先ほどの攻撃でつける力ももうない。

 

 【キックストライクウィザードリング】をベルトにかざすと、ウィザードの足に白銀の巨大な魔法陣が浮かび上がり、魔法陣のエネルギーが足元に収束する。

 跳躍し、バク宙しながら身体を捻る。

 

 彼女は最後に、自分のせいで気を失っている紅夜を見て、微笑んだ。そして、一言。

 

 

「―――ごめんなさい」

 

「ハァァアアアアアアッ!」

 

 

 白銀の一撃が、動けない彼女へと――直撃した。

 

 

 

 





 今回はこれで終わりです。
 最後の最後で己の矛盾と向き合った『ルーミア』…。彼女はこのあとどうなるのか。ぜひ予想してみてください。

 そして、戦いの途中でオーズとウィザードを攻撃?援護?した電気の斬撃とオーガストランザー、アレは一体…?
 この戦いの裏で、一体なにが起こっているのか?それを次回やります。お楽しみに。

 できれば次回も明日に投稿したいなぁ…体、持つかな?


評価:感想お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77 『変換(ぜつぼう)』と『黄金一閃(きぼう)

 正月投稿、実現できました。
 今回はブレイド&フォーゼVSデンドロン回です。

 お楽しみにッ!


―――明けまして、おめでとうございます!!





「死ねッ!」

 

 

 同時刻。時間は『ルーミア』とウィザードとオーズの戦いが始まった直後。

 デンドロンとブレイドとフォーゼは互いの武器をぶつけ合っていた。

 

 

『死ねと言われて、死ぬ馬鹿がどこにいる』

 

『そう簡単に死んでたまるかってだッ!』

 

 

 ブレイドのキングラウザーとデンドロンの強奪したブラックライジングタイタンソードがぶつかり合う。

 ブレイドのキングラウザーはともかく、ブラックライジングタイタンソードをデンドロンの筋力じゃ持つことはできない。それを可能としているのが、シロから奪った『能力』の一つ『重力操作』だ。これにより、ブレイドの剣と互角に戦えている。

 互いに超重量級の武器がぶつかり合い、その衝撃波は計り知れない。

 その衝撃でフォーゼも吹き飛ばされるが、背中のブースターって体勢を整えて着地する。

 

 

『おっとっと。ちょっと先輩ッ!危ないっすよッ!』

 

『この程度についてこれないのならそこで傍観していろッ!』

 

『……言ったな!よーし!その言葉、撤回させてやるぜっ!!』

 

 

 フォーゼは【ビリーザロッド】のプラグを左側に刺す。するとロッド部分に電流が迸る。

 

 

『行くぜっ!!』

 

 

 背中のブースターをフル活用して、二人を飛び越えてデンドロンの後ろに立ってロッドを振るい、デンドロンが感電する。

 

 

「アガァッ!!」

 

『よくやった!』

 

 

 ブレイドは剣の作用点をずらしてブラックライジングタイタンソードを弾き飛ばし、キングラウザーを何度も振るってデンドロンを斬り伏せる。

 

 ブレイドが『単体ラウズ』を行使し、【タックルボア】のアンデットクレストが光った。それと同時にタックルをかました。

 ブレイド・キングフォームのタックルは厚さ3mの鋼鉄すら粉砕する凶悪な一撃だ。それを生身でまともに、しかも突進力を強化する【タックル】の力が加わった状態で喰らえば―――、

 

 

「オゴッ」

 

 

――背骨やらあばら骨などが粉砕される。中の内臓が大ダメージを負う。

 ボキボキと不快な音を鳴らしてデンドロンは転がっていく。

 

 

『この程度か。呆気ないな』

 

『先輩。容赦ねぇ~~』

 

『当たり前だろ。敵に、情けはかけん』

 

『あぁ~でも……立ち上がってますよ?』

 

『―――なに?』

 

 

 戦闘不能に見えたデンドロンが、徐々にだが復活していっている。体内で何とも形容しがたい再生音が鳴り響き、不快な感情を抱く。

 

 

「気をつけろッ!あいつは体の栄養がある限り何度でも再生する!」

 

 

 零夜の介抱をしているライラが、二人に向けてそう叫んだ。

 デンドロンの再生のタネがなんなのか、二人は知らなそうだった。だから教えた。少しでも戦いが有利に終わるように。

 

 

『なるほど…。馬鹿な俺でも分かる質問、ありがとなッ!これが終わったらダチになろうぜっ!』

 

「だ、ダチ…?」

 

『後輩。そんなことを言っている余裕があるのなら手を動かせ』

 

 

 ブレイドが空いた左手を天高く掲げると、先ほどデンドロンの手から離れたブラックライジングタイタンソードを軽々と片手で持った。

 本来トラックほどの重さを持つブラックライジングタイタンソード。普通は片手で持てる代物ではないのだが、キングラウザーも同じような設定を持っている。それゆえに、キングフォームのブレイドがタイタンソードを持てない道理はない。

 

 

『おぉ~~!先輩かっけぇ!二刀流だァ!』

 

『…うるさいぞ。さっさと動けッ!!』

 

『了解ッ!!』

 

 

チェーンソー オン

 

ウォーター オン

 

 

 両足に【チェーンソーモジュール】と【ウォーターモジュール】を装着して、ウォーターモジュールの蛇口を回して水を放出して、今は使えない【ロケットモジュール】の代わりにする。

 半回転して、右足のチェーンソーモジュールでデンドロンの体の肉を刈り取り、鮮血が舞い散る。

 

 本当の本当に、【如月弦太朗】と言う男らしからぬ行動だ。“本人”寄りの“別人”というのはここまで作用するものなのかと実感する。

 

 

「アァアアアアアアアッ!!」

 

『これで終わらないぜっ!』

 

 

 ビリーザロッドを傷口から差し込んで、そこから電流を流すと言う拷問とも言うべき行動に出た。

 

 

『これも喰らいやがれっ!!』

 

 

 チェーンソーモジュールとウォーターモジュールを解除して別のスイッチに切り替える

 

 

ジャイアントフット オン

 

スタンパー オン

 

 

リミットブレイクッ!

 

 

 レザーを引いてエレキ・ジャイアントフット・スタンパーのリミットブレイクを発動する。

 デンドロンにスタンパーモジュールで蹴り込んでスタンプ印を爆発させ、強化されたジャイアントフットモジュールの一撃を放った。

 

 

「グギャアアアアア!!」

 

 

 爆発と巨大な足のコンボでデンドロンの体と心は悲鳴を上げる。爆発で後ろに引きずられていくデンドロンの目の前に黄金の重剣士がその巨体からはあり得ないスピードでデンドロンとの距離を取った。

 スペードのカテゴリー9、【マッハジャガー】の単体ラウズの力による高速移動だ。

 

 

『ハァッ!!』

 

 

 キングラウザーにカテゴリー6、【サンダーディアー】の単体ラウズを行うことによって追加でブレイドとキングラウザーに雷が纏われ、攻撃力と速度、攻撃速度を上げる。

 右手にキングラウザー。左手にブラックライジングタイタンソード。この二つの大剣をそれぞれ片手で持ち、連続でデンドロンを切り刻んだ。

 

 

「アッ!ガッ!グギッ!!」

 

 

 前に進みながらの斬撃を繰り出し、爆発ダメージと斬撃ダメージでデンドロンは更に重症を負う。

 しかし、いつまでもやられてばっかりのデンドロンではない。

 

 

「調子に乗るなよ出来損ない風情がァ!!」

 

 

 デンドロンは『斥力』の力でブレイドを強引に引き剥がす。強力な力がぶつかってきて、ブレイドは地面に後ずさりの跡を残しながら後退させられた。

 

 

『先輩、俺が行くっす!』

 

 

 フォーゼがビリーザロッドのプラグを上の部分へと刺し変える。ビリーザロッドを横に振るうと、電気の斬撃が飛び、デンドロンへと向かって行く。

 

 

「当たるかぁッ!」

 

 

 電気の斬撃は『斥力』の力によって弾き飛ばされ、デンドロンの後方へと飛んで行ってしまった。

 

 

「面倒くせぇ…()()で一気に片付けてやるよォッ!!」

 

 

 デンドロンが両手を合わせ、エネルギーが充填していき、両手をゆっくりと剥がしていく。すると、そこから黒い球体ようなものが発生し、その球体は最初は塵、埃から吸い取って徐々に巨大化していき、ブラックホールのようなものになった。

 

 そう、なにを隠そうこの技は先ほど零夜がデンドロンに放った技だ。理屈はあの時説明された。取り込んだこの『能力』があればそれは再現可能だ。

 一回聞いただけで、それを完全再現した、してしまった。

 

 

「全てを吸い込む穴…てめぇらこれで死ねッ!!」

 

『クッ…!』

 

『吸い込まれちまう…ッ!』

 

 

 ブレイドとフォーゼは地面に己の武器を突き刺して踏み留まるが、周りの倒壊した木々たちは吸い込まれていく。デンドロンは自分が吸い込まれないようにうまく調整しているようだ。まさかそこまで再現してしまうとは、一周回って清々しい。

 

 

「あ…ッ、ぐ…ッ!ああっ!」

 

「――――」

 

『しまったッ!』

 

『ッ!ヤベェ!』

 

 

 ここで、二人は痛恨のミスを犯していた。それは、自分以外にも人がいたことだ。ライラはともかく、気絶している零夜は抵抗する術を持たない。それ故にブラックホールの吸引力に逆らえず体が吸い込まれていき、それを止めようと手を掴んだライラも、バランスを崩して零夜と一緒にブラックホールの吸引力の餌食になってしまった。

 

 

ウインチ オン

 

 

 フォーゼは左手に【ウインチモジュール】を装備して、噴射したワイヤーでライラを捕縛した。ライラが零夜を掴み、零夜は気絶。この状態で踏みとどまってしまった。

 それとは裏腹に、ブラックホールの吸引力は増していく。

 

 

「ハハハハハッ!ソイツには感謝しないとなァ!俺にこの技を教えてくれた。だから、この技で葬り去ってやるよォ!!」

 

「ウグッ…グギッ…」

 

『耐えろ!絶対に離すんじゃねぇぞッ!』

 

『クソッ、ここで【タイム】を使えれば――ッ!!』

 

 

 ブレイドの愚痴が零れる。

 カテゴリー10の【タイムスカラベ】のカードの効果、それは時間操作だ。これを使えば止まった時の中、零夜とライラを救えるだろうが、一つ問題があった。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 【十六夜咲夜】曰く、“時間と空間は密接している”。つまり時間と空間は隣人のようなものだ。ここで時間に干渉しても、空間に干渉している技を止めることはできない。

 いや、正確には出来るだろう。彼女だって、時間を操る能力を応用して空間を操ることができる。だがしかし、ブレイドはそんなこと一度もやったことがない。経験者と初心者。差は歴然だ。初心者がそんな状況者向けのスキルを使えば、 最悪時空間のバランスが崩れてどのようになるかも想像がつかない。だから、使えなかった。

 

 そんな時、デンドロンが動いた。

 

 

「煩わしいんだよッ!さっさと死ねッ!」

 

 

 右手に火球を生成して、投げつけた。その場所は―――零夜を掴むライラの手だった。急に投げつけられた火球はライラの手に直撃し、火傷を負わせた。

 疲労し、精神が摩耗していたこともあって、ライラは手を――放してしまった。

 

 

「夜神――ッ!!」

 

 

 デンドロンの顔が愉悦に染まる。―――そんなときだった。

 

 

「ギガグっ!?」

 

 

 突如デンドロンの背中に闇の斬撃が直撃した。背中から鮮血が噴出し、デンドロンの技が強制中断された。

 

 その影響で宙に浮いていた零夜の体が投げ出され、地面に墜落する。

 

 

「夜神ッ!」

 

『任せろッ!』

 

 

 フォーゼがウインチで零夜の体を引っ張って回収する。

 零夜の体を掴んだフォーゼは、零夜の体の異常を感知した。

 

 

『ヤベェぞ…心臓の音が弱いッ!』

 

 

 そう、零夜の心臓の音が、平均リズムの感覚が圧倒的に遅い。零夜の体がとてつもなく弱っている証拠だ。

 

 

「なにッ!?本当か!?」

 

『――先輩ッ!俺はコイツの治療をします!そっちは任せましたッ!』

 

『あぁ。そっちは任せた』

 

 

 ブラックライジングタイタンソードを地面に突き刺して、【ブレイラウザー】を召喚し、片手で持つ。二振りのラウザーを持って、ブレイドはデンドロンと攻防を続ける。

 

 その隙にフォーゼとライラは零夜の背中を木にかけて安静にする。

 スイッチを入れ換えて、ボタンを押す。

 

 

メディカル オン

 

 

 コズミックエナジーを凝縮した解毒剤や傷薬を内蔵する医療用モジュールであるメディカルモジュールで零夜の治療を開始する。

 

 

『悪りぃけど手伝ってくれ』

 

「無論だ」

 

『すまねぇな。俺の言う通りにしてくれ。まずは――』

 

 

 そうして、零夜を生かすための治療が始まった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

『ハァアアアア!』

 

「死ねッ!死ねッ!クソがッ!」

 

 

 零夜たちから少し離れた場所、ブレイドとデンドロンが己の武器を振るって対峙していた。

 ブレイドは【ブレイラウザー】と【キングラウザー】を、デンドロンは【ブラックライジングタイタンソード】を両手に持っていた。

 

 少し時間が遡った際の乱戦の中、地面に突き刺していた剣を強奪して今に至っている。

 倒壊した森の中、二人の剣技がぶつかり合うが、優勢なのはブレイドだ。

 

 

『剣技が甘い。そんな中途半端な技術で俺に勝つつもりかッ!』

 

「ふざけんなッ!俺の得意武器は弓矢とかの投擲系だっつのッ!不向きな武器で勝負仕掛けてくんなッ!こっちのことも考えろやッ!」

 

『お前はそうやって自分の負けを武器のせいにするのか。良かったな。これでお前が敗けた時、“得意武器じゃないから敗けました”って言う言い訳ができてッ!』

 

「―――ふっざけんなッ!!誰がそんなこと言った!てめぇ程度、得意武器が無くても勝てるわボケがッ!!」

 

 

 ブレイドの煽りに、従順に乗ったデンドロン。当初の性格ではこのくらいの煽りには乗ってこなかったが、どうやら今回の性格は良く乗ってくれるようだ。

 

 ブラックライジングタイタンソードを振り回して、漆黒の雷で辺り周辺を薙ぎ払う。ブレイドにちょくちょく当たるが、それでも効いている様子はない。

 それもそのはず。キングフォームのブレイドを覆う【ディアマンテゴールド】の防御力は200tの衝撃にも耐えうる。黒い部分も【ミスリルアーマースキン】になっておりミサイル爆撃にも耐える耐久力を有しているのだ。

 

 

『その程度の攻撃、俺に効くと思うなッ!』

 

「ずっりぃぞこのクソ野郎ッ!こっちは生身だってのにそっちは全身装甲って、恥ずかしくねぇのかよッ!」

 

『どんなときでも全力で相手を潰す!それが騎士道ってヤツだろ』

 

「俺に騎士道語るんじゃねぇよッ!」

 

 

 前後と言っていることが完全に真逆になっており、どちらがクソ野郎なのかは言うまでもない。

 

 

『――デンドロン・アルボル。月の綿月家直属の護衛騎士【ヘプタ・プラネーテス】の一人。…で合ってるな』

 

「なんだ急にッ!気持ち悪ぃんだよッ!!」

 

 

 突然自分の情報を語り出した敵を“気持ち悪い”と表現し、デンドロンはブラックライジングタイタンソードを振るう際さらに『重力』を付加させて攻撃力を増し、刃がブレイドの肩アーマーに直撃する。

 しかし、ブレイドは当たった瞬間にブレイラウザーを持った手で刃を掴んで肩と手を挟むようにしてブラックライジングタイタンソードを離さない。

 

 離させようとデンドロンはシロから()った能力の一つである元素を操る力でブレイドを攻撃するが、微動だにしない。

 

 

「離せ、この野郎ッ!」

 

『権能は『変化』。ありとあらゆるものを変化させて変幻自在な戦いを得意とする。そしてその権能の本質は喰らったものの遺伝子情報を取り込み、尚且つその『能力』の一部を取り込む…』

 

「それがどうしたッ!いい加減うざぇんだよッ!」

 

『単細胞なお前には、なにを言っても理解(わか)らない。直球で聞くが、お前は取り込んだ能力を使用している間、どうして『変化』の力を使わない?

 

「は――?」

 

『それだけ富んだバリエーションを持てる権能(ちから)だ。どちらか片方だけ使うなんて勿体ないだろ』

 

「んなもんてめぇ如きに全部使う必要ねぇからに決まってんだろうがよッ!」

 

 

 今までずっと感じていた疑問をぶちまけた。

 デンドロンはそう言っているが、今までのデンドロンの攻撃パターンは、広く見ればどれも一貫している。

 自身の『変化』を直接使うか、『変化』で喰った生物への身体変化や『能力』の使用。そんな風に二パターンに別れている。

 

 そこでブレイドは一つの結論を見出した。それは――、

 

 

『違うな。お前は『変化』の権能(ちから)で『変化』の権能(ちから)を取り込んだ別の生物の特徴や『能力』に変えているに過ぎない違うか?』

 

「――ッ!!」

 

 

 デンドロンの顔があからさまに歪む。どうやら図星のようだ。

 彼の『変化』の権能は一見見ればメリットばかりだ。だがしかし、デメリットがないわけではない。そもそも第一前提として彼の『権能』は強制開花だ。デメリットがないわけがない

 

 彼の『変化』の権能のデメリット、それは『変化』と言うより『変換』だ。元あるものを別のものに変えること。それが変換。

 彼の権能は『変化』の権能を別のものに一時的に『変換』することによって他人の『能力』を扱えるのだ。

 つまり、今シロの能力を使っているデンドロンは自身の力である『変化』を使わないのではなく使えない状態だと言うことになる。

 

 

『つまり『変化』の権能(チカラ)を『変換』しているってことだッ!!

 

「―――カカカっ。よくわかった…と褒めると思ってんのかクソがッ!」

 

 

 デンドロンは重力場の塊を足に定着させてブレイドの鎧を蹴った。ブレイドの体が地面を擦るように2メートルほど無理やり後方へと下げられる。

 その際、衝撃でブレイラウザーとブラックライジングタイタンソードが宙を舞い、交換するように二人の目の前の地面に突き刺さった。

 

 ブレイドはキングラウザーとブラックライジングタイタンソードを、デンドロンはブレイラウザーを持って駆ける。

 その際にデンドロンはブレイラウザーの刃に『火』『風』『雷』『光』の元素を纏わせてブレイドと対峙した。

 

 

「ハハハッ!なんだよそっちより断然使いやすいじゃねぇかッ!てめぇぶっ殺したら俺がこの剣使ってやるよッ!」

 

『その剣は、お前が使っていいものじゃないッ!』

 

「どうしたどうした剣士さんよォ!?お得いの剣技がぶれてるぜぇ!?」

 

『どこまでも癪に障るヤツだ…!』

 

 

 自分の愛用武器の一つであるブレイラウザーを勝手に使われたことで、ブレイドの心が怒りで少し揺れる。しかもこんなヤツに使われることが腹立たしい。

 さらにシロの『能力』の影響で攻撃力が倍化と言っていいほど上がっている。いくら耐久力が馬鹿みたいにあるからと言って、体力が消耗すれば意味がない。勢いのまま押されれば押されるほど、体力は消耗する。

 

 

(ならばッ!)

 

 

 一度だけ、完全に防御を捨てて攻撃する。

 カテゴリー3の【ビートライオン】のカードを単体ラウズして、拳に力を溜める。

 攻撃の隙は一瞬だ。ブレイラウザーが振るわれて、デンドロンの方に戻るまで。

 

 ブレイラウザーの攻撃が当たった。

 

 

『ハァッ!!』

 

 

 その隙に、ビートライオンで強化されたパンチが、デンドロンの顔面に直撃した。デンドロンの顔は埋没して、歯がいくつも飛び散った。

 衝撃波と共に後方へと吹き飛ぶデンドロン。音を一瞬置き去りにしたその攻撃は、やがて誰にも聞こえることなかった。

 ブレイラウザーが今の攻撃で宙を回転しながら地面に突き刺さった。すると“これで役目は終わりだ”と言わんばかりにブラックライジングタイタンソードが消失する。耐久値が限界を迎えたのか、それとも元の主の場所に戻ったのか――。

 

 

『まぁいい。後輩の様子でも見にいくか――なにッ!?』

 

 

 そう思い背中を向けた瞬間、空気によって生まれた斬撃がブレイドに直撃した。その圧倒的な防御力のおかげでダメージはなかったが、風の斬撃は絶え間なく飛んでくる。

 

 カテゴリー7の【メタルトリロバイト】を単体ラウズして、必要以上に体を硬くして、攻撃に耐える。

 

 まだ終わってなかった。ブレイドはデンドロンが吹き飛んだ場所をじっと眺めると、足音が聞こえてきた。その足音をずっと聞いて、近づいてくるのを待っていると、そこには潰れた顔を再生しながらフラフラと歩いてくるデンドロンの姿だった。

 

 

「#&%$?*^!!」

 

『何を言っている?せめて人間の言葉で話せ』

 

「%&?<+=~#$!!」

 

『…正直お前の話にはうんざりしてたからな。これで終わらないと言うのなら、何度でもぶっ潰してやる』

 

 

 キングラウザーを通常持ちに、ブレイラウザーを逆手で持ってラウズなしに【ストレートフラッシュ】を発動する。

 キングラウザーの刀身に黄金に輝くエネルギーの長い刃が、ブレイラウザーに水色に輝くエネルギーの長い刃が纏われる。

 

 二振りの長身の刃を振るい、デンドロンを襲った。

 

 

「―――完、全、理、解」

 

 

 当たる瞬間、デンドロンがそう呟いた。その時、あり得ないことが起こった。

 柔道経験者のような身のこなしでブレイドの斬撃を避け、逆に『発勁(はっけい)』のような技でブレイドを攻撃したのだ。

 発勁で押されたブレイドは、宙に浮いてたため防御力に関係なく吹き飛ばされ、後方へと飛んでいった。

 

 

『なっ…ッ!どういうことだ!?』

 

「はぁ~さっきは良くもやってくれたなぁ!クソ剣士がッ!」

 

『今の技…明らかに経験者の身のこなし。実力を隠してたってわけか…』

 

「はぁ?違ぇよ。お前頭も悪いんだな。戦士職ってよ、脳筋イメージがあるから嫌なんだよなぁ…。プロクスもヒュードルもタラッタもクリューソスもアンモスもウラノスもよぉ。皆ダメだ。馬鹿ばっかなんだよなぁ」

 

『なに…?まさかッ!!』

 

「なんだ。脳筋の割には理解が早いんだな。そうさ、俺が取り込んでるのは何もあの白服野郎の力だけじゃない。今まで喰ったヤツすべての力を使えるんだ」

 

 

 そう、今の今までデンドロンはシロの力しか使ってなかったが、デンドロンは喰ったものの『能力』を『変化』を『変換』して塗りつぶすことで一時的にその能力を使えるようにする権能を持っている。

 今まで食べた生物は、当然一つではない―――。

 

 

「ちなみにさっきの斬撃は妖怪“かまいたち”を喰った際に入手した能力で、さっきの技は(とう)*1の国の武人を喰った時に入手したやつだな」

 

『唐の武人…。ってことはあの男のように』

 

「もちろん喰ったッ!不味いが喰えないほどじゃない。それに、喰うだけでその力が手に入るんなら味なんて些細な問題だ」

 

『やはり、お前は生かしておく価値はなさそうだな…』

 

「おいおい。逆に聞くがよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『――つまり、お前にとって同族も餌でしかないってことか?』

 

「話が早ぇな。つまりそう言うこった。脳筋の割には理解が早ぇじゃねぇか。脳筋の割には、な」

 

 

 そうやってデンドロンは高(わら)う。デンドロンにとって、人間と言う同族なんてただの自分が強くなるためだけの餌でしかないと言うことだ。

 ブレイドのキングラウザーを握る手が強くなる。

 

――仮面の奥で、笑った。

 

 

『フッ、おい、一つ教えておいてやる』

 

「は?」

 

『人間と言う生き物は下種で下劣で悪劣な、悪性を極めた生き物だ。誰だって自分を最優先する。それが人間と言う存在だ』

 

「なに急に語ってんだよ。気持ち悪ィ」

 

『だがな、それにも限度ってものがある。その限度を超えたお前は既に『人間』と言う枠組みに収まらない。そうだな……お前がさっき言った、『虫』の方がお前にはお似合いだ」

 

「―――ハァアアアア!?ふっざけんなこのゴミムシが!俺が、この俺が虫だと!?いくら寛大な俺でもそれだけは許せねぇなあぁん!?俺を豆粒サイズの脳みそどもと一緒にするんじゃねぇ!この頭凝り固まった老害がよォ!」

 

『そこまで年を取ってはいないッ!』

 

 

 そうして再び始まる剣技の舞。いつの間にか所有していた【西洋の剣(レイピア)】でデンドロンは驚きの剣技でブレイドを翻弄する。

 しかし、場数的にブレイドが今だ優勢だ。

 

 

「おらよっと!」

 

『グっ!』

 

 

 押した時、デンドロンが股下を通り抜けてブレイドの背中を何回も斬る。だがしかし、防御力が上のためダメージは通っていない。一つ心配なのは、体力のみだ。

 

 

「追加で喰らえッ!」

 

『アグッ!』

 

 

 至近ゼロ距離での弓矢攻撃。付着した瞬間爆発を引き起こしてブレイドは前のめりに倒れる。

 次に弓矢を投げ捨て短剣を持つと、ブレイドの弱そうな所―――関節を狙った。

 

 

『ハァッ!』

 

「おっと!」

 

 

 間一髪のところでカテゴリー6の【サンダーディアー】の力で全身から電気を放出し、デンドロンは距離を取った。

 

 

「危なかったなぁ。どうした?さっきまでの威勢はどこにいったんだ?」

 

『どういうことだ…!?まるで、急に俺の行動パターンを理解したかのように…』

 

「おっ、気づいた?気づいちゃった?そうだよそうだよ正解だよ!ひゃははは!!」

 

 

 デンドロンは気持ち悪いぐらいに高笑いをした。アレは完全に見下す動作だ。今まで自分を下に見てきた相手を嘲笑う――下剋上をする者の目だ。

 

 

「昔の話だ。()()()思い出したんだよ。そう言えばあんなヤツもいたなって。とある女の能力だ。『知識』と『理解』って言う二つの能力を持った女だった」

 

『『知識』に『理解』…そういうことか』

 

「ご明察ゥ。当初は戦い()()クソほど役に立たないと思っていたが、なるほどなって。こういうことだったんだよ」

 

『その力で俺のことを『理解』したと言うわけか…』

 

 

 デンドロンがかつてとある女性を喰らって手にした能力。『知識』と『理解』。『知識』は字面的に知識を蓄える能力だろう。戦いとは、時に知恵も必要となる。

 そして、『理解』。これが重要だ。この能力でデンドロンはブレイドのすべてを『理解』したのだろう。故に、動きなどを見極められた。

 

 

「『理解』は見たものの情報を読み取る力。『知識』は――正直よくわからん。聞いたことのない単語とその意味が大量に頭の中に思い浮かんできやがる。『理解』が無ければ脳が焼き切れてたなぁ」

 

『何故そんなことを俺に教える?』

 

 

 能力の開示。それはすなわち相手に情報を与えることだ。明らかに不利になることをどうしてするのか分からない。

 この愚かにも賢い男の考えることが分からない。

 

 

「まぁ聞けよ。『理解』の力のことは理解できたが、『知識』のことは今だに俺も良く分からん。でもまぁ色々知れるから役には立っていたんだ。よく使ってたよ」

 

『元の持ち主のことは忘れてたくせに、能力だけはちゃっかり使ってるんだな』

 

まぁ覚えてても意味なかったしな。()り捨てて喰った女のことなんて、いちいち覚えていねぇよ

 

『クズが…』

 

「まぁなんとでも言えよ。それに、全部喰ったわけじゃない。俺の『権能』の力も、全部喰ってようやく全てを取り込めるってわけじゃないんだ。むしろ、腕一本だけで十分だ。不味いもん喰いながらなんて、楽しめるわけねぇだろ」

 

『それがお前の遺言かッ!!』

 

 

 二振りの剣を持ってブレイドはデンドロンに剣を振るう。その剣捌きは先ほどよりも大分荒くなり、一撃一撃が重くなっている。

 

 

「どうしたどうしたァ!?お得いの剣技が鈍ってるぜ剣士様よォ!」

 

『ウグッ!』

 

 

 しかし、ブレイドのことを完全に理解したデンドロンに攻撃は全て交わされ、逆に『重力操作』の力によって投げ飛ばされる。その際にブレイラウザーとキングラウザーを手放してしまった。

 しかも、この先は――、

 

 

(不味いッ、この方向には彼らと後輩が!)

 

 

 そう、この方向には未だに塗料を受けている零夜と、それを行うフォーゼとライラがいる。かなり時間が経っているとはいえ、進んでいるか定かでない今、あそこまで飛ぶのはリスクが大きい。

 

 ブレイドは踏みとどまると、呼吸を整えた。

 この武器がない状態で、しかも武器を相手に与えてしまったこの状況、一体どうするべきか――、

 

 

「よぉよぉ剣士さんよォ。調子はどうだぁ?敵に自分のご自慢の武器奪われてよォ」

 

 

 そんな時、ブレイドの武器を両方とも奪ったデンドロンが、嘲笑しながら歩いてきた。

 

 

『最悪…意外の何がある?』

 

「そうか?安心しろよぉ。お前が死んでもコレは大事に使ってやるからなァ!!」

 

 

 デンドロンが一直線に向かってくる。

 武器は己の拳のみ。ならば、これにかける――、

 

 

「アベッ…?」

 

『なに――!?』

 

 

 そんなときだった。突如、白き一閃がデンドロンの上半身と下半身を分かつと、“ズルリ”とデンドロンの上半身と下半身が分裂した。力が脱力して、持っていた剣も地面に落ちる。

 その光景は、ブレイドには空間ごとそぎ落とされたように見えた

 

 ブレイドは即座に自分の武器を拾い、ブレイラウザーでデンドロンの上半身を地面に串刺しにした。

 

 

「アギャアアアアアアアアッ!!」

 

『ハァ…なにかは知らんが、助かったな。それと…よくもやってくれたな』

 

「アグギガ…!」

 

 

 正直、この男を生かす価値など毛頭ない。ブレイドはキングラウザーを逆手に持って、デンドロンの首筋を狙った。

 

 

「おい待てッ!待てって言ってるだろクソ野郎!てめぇこんな状態(むていこう)の俺を痛ぶって楽しいかこの野郎!!このクズ!!ゴミ!!冷徹野郎!!」

 

『聞く耳はもたん。それに、痛ぶる趣味はない。一瞬で終わらせてやるッ!』

 

 

 ブレイドはキングラウザーををそのまま突き刺して―――、

 

 

『おーいッ、先輩ッ!』

 

『――ん?』

 

 

 その時、ブレイドの後ろから声が聞こえた。振り返ると、フォーゼがこちらに向かって走ってきていた。フォーゼは着くなりデンドロンを見るが一度スルー。

 

 

『どうした。もう治療は終わったのか』

 

『あぁ。おかげで一命は取り留めたぜっ!』

 

『そうか。こっちも粗方終わったところだ。コイツを殺せば終わりだ』

 

『あぁー駄目ですよ先輩!一応殺さずにって言われてるんですから』

 

『…こいつをか?』

 

 

 ブレイドは心底この男を殺さない理由が分からない。

 あそこまで堕ちた人間なんて、百害あって一利なしだ。そんなヤツを殺さない理由なんてどこに…。

 

 

『一応聞いて来たんですけど、どうやら何らかの理由で元の人格が塗り潰されてるらしいんですよね』

 

『……つまり、この体にとってコイツの人格は外来種と言うことだな?』

 

『あー…難しい言葉は分からねぇっす!(外来種ってなんだ?)……とにかく、捕縛だけしておきましょう!』

 

 

 フォーゼはビリーザロッドのプラグを右側に刺し変えると、電磁ネットを飛ばしてデンドロンを拘束した。

 

 

『よしっ、これで大丈夫だ!』

 

『大丈夫なのか?』

 

『大丈夫っす!』

 

 

 心配なところは多いが、ブレイドは拘束の術を持たないために今は信じるほかない。

 

 

『とりあえずコイツ運ぼうぜ。ここに放置しても危険だしよ』

 

『まぁそれについては同感だ。さっさと――』

 

 

 その時聞こえた、不思議な音。“ミチミチ…”という、不思議と言うより、どこか不快な音。

 その方向に二人は一斉に視線を向けた。

 

 

「さっきから聞いてりゃァ…俺を舐めやがってぇええええええ!!」

 

 

 次第に、音は“ブチブチ”と不快感を増していく。いつの間にか再生していた下半身で立ち上がり、腕などを中心に圧迫されて血が噴出する。

 しかし、自分の体のことなどお構いなしにどんどんと電磁ネットの拘束を外していき――、

 

 

「アァアアアアアアア!!」

 

 

 電磁ネットが、霧散する。

 

 

『なにッ!?』

 

『嘘だろッ!?』

 

 

 自分の体のことなど顧みず戦いを続けようとするその執念、怨念、敵愾心に一瞬ながらも身震いを起こす。

 腕からは血が、肉が、露わになり、所々骨も飛びしてしている。痛くはないのだろうか。徐々に再生しているとはいえ、痛くないはずがない。

 

 

「てめぇら…覚悟出来てるんだろォなァ!!」

 

 

 デンドロンんは圧倒的殺意を持ってして叫んだ。ここまで侮辱を受けたのはいつぶりか。馬鹿な生みの親以来だ

 

 

『どうする先輩!まさかアレを破るなんて…』

 

『いや、待て』

 

『どうしたんすか?』

 

『―――アイツの再生能力。そろそろ限界のようだ』

 

『え…あッ』

 

 

 そこでフォーゼも気づいた。デンドロンの再生スピードが遅くなっていることに。そう言えばライラは再生には『変化』の力で蓄えた大量の栄養のストックを使っていると。それが今、なくなってきているのだ。

 

 

『このまま押し来るぞッ!』

 

『うっす!!』

 

「コケにしやがってッ!!ぶっ殺す!!」

 

 

 ブレイドとフォーゼ、デンドロンが衝突する。

 ブレイドとフォーゼがデンドロンを挟むように移動して攻撃する。デンドロンは『重力』の『斥力』の力を使って二人を吹き飛ばす。

 

 

『そんなに簡単には近付けさせないか…』

 

『だったらこれだッ!』

 

 

スモーク オン

 

 

 【スモークモジュール】を装備したフォーゼは、猛烈な煙を発生させデンドロンの視界を隠した。

 

 

「なんだ、このッ!!」

 

 

 デンドロンは両手で煙を振り払う。しかし効果は薄い。砂ぼこりなどの実態があるものなら重力の力で一掃できるが、これはただの煙だ。重力は使えない。

 

 

ウインチ オン

 

 

 そんな機械音が聞こえたと同時に、ローブが煙の中から出てきてデンドロンを拘束した。

 

 

「なんだ、これはッ、離せッ!!」

 

 

ライダー電気ショックッ!!

 

 

 すると突然ウインチのワイヤーに電撃が流れ、デンドロンの体を感電させ、動けなくする。その電流は下手すれば死亡レベルであり、デンドロンの体はその電流によって受けたダメージを再生しようとどんどん栄養ストックを減らしていく。

 

 

『追加でもういっちょッ!!』

 

 

ガトリング オン

 

 

 煙の奥から無数の弾が轟音と共に発射され、デンドロンの体を撃ち抜いていく。時には脳を、首を、眼球を、心臓を、肝臓を、股間を、撃ち抜いてストックを更に減らしていく。

 

 

「いい加減にじぼごのぐじょやごうがァアアアアア!!―――ゲボッ!!」

 

 

 さらに追い打ちをかけるように煙の中から冥界の剣(オーガストランザー)が飛んできてそのままデンドロンの体を貫通してすっ飛んでいった。

 

 煙が晴れると、デンドロンは再生は続いているもそれは著しく低下しており、先ほどまでの驚異的とは言えないレベルにまで下がっていた。

 

 

『先輩。今の剣なんすか?』

 

『さっきそこに突き刺さってたのが見えたからな。取り寄せて投げただけだ』

 

 

 実は偶然零夜が戦闘の最中に地面に突き刺したものを見つけて、カテゴリー8の【マグネットバッファロー】で手元まで引き寄せてカテゴリー3の【ビートライオン】柄頭(つかかしら)の部分を殴って投擲したのだ。これは投擲と言えるか分からないが。

 

 

『もう終わらせるぞ』

 

『うっす!』

 

『死ね、クソ野郎(デンドロン)

 

 

 言葉に呪詛を込めたブレイドはキングラウザーにカードを五枚ラウズする。

 フォーゼは【エレキスイッチ】をビリーザロッドに差し込んだ。

 

 

10(テン) (ジャック) (クイーン) (キング) (エー)

 

 

 ブレイドの目の前にそれぞれのカードの絵柄をした光のフィールド5枚が出現し、フォーゼのビリーザロッドに電気が蓄電されていく。

 

 ブレイドは突進してフィールドを潜り抜け、フォーゼは背中のブースターで跳躍して一瞬でデンドロンとの距離を詰めた。

 

 

ロイヤルストレートフラッシュッ!!

 

ライダー100億ボルトブレイク!!

 

 

「ウワァアアアアアアアアアア―――ッ!!」

 

 

 フォーゼの必殺技が炸裂し、動けなくなったところをブレイドの黄金の一閃がデンドロンを斬り裂いた。鮮血が舞い散ると同時に爆発を起こし、ここでデンドロンとの戦いは幕を閉じた―――。

 

 

 

*1
この時代の中国の呼び方




 今回はこれで終わりです。
 デンドロンともこれで完全に決着がつきました。

 それにしても、デンドロンは『ルーミア』と違い手ごわかったですね。まぁ『権能』に覚醒してるし一対一の状態だったから苦戦するのも無理はないんですが。
 それと―――『権能』に目覚めてるデンドロン相手にライダーたちの攻撃が通用してるの、何故だと思います?。まぁ考えてみてくださいな。

 デンドロンが昔性的にも物理的にも喰った女性の能力、『知識』と『理解』。これぶっちゃけいうと【地球(ほし)の本棚】と同じなんですよね。
 『知識』はあらゆる摂理などを知ることができ、『理解』はその意味を完全に理解すると言うある意味この世の真理的なものに近付ける能力なんです。
 そんな能力を持っていた女性って、一体何者…?

 次回更新は未定です。次回もお楽しみに!

 評価:感想お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78 龍神降臨

 どうも正月ぶりです。龍狐です。

 バイトやらなんやらで色々忙しくて、結局1月最後辺りまで伸びてしまいました。すみません。

 しかし、ようやく投稿できましたので、どうぞ楽しんでいってください!


―――時は遡る。

 時間軸は零夜とウラノスの戦いが終わり、そこに龍神が乱入してきたところから始まる。

 

 何故彼がここに?様々な疑問を抱えながら零夜は第一声を発した。

 

 

『――龍、神?』

 

「……久しぶりだな、夜神」

 

 

 天井を突き破って、龍神が姿を表した。

 どういうことだ?何故月に彼が―――いや、良く考えれば答えなど分かる。あの回想で、龍神は『余程のことがない限り月にはこない』と言っていた。

 つまり、今が『余程のこと』なのだ。そしてそれは―――親友である、ウラノス(空真)のピンチに駆け付けると言うこの現状だ。

 

 

(まずいぞ…。いくらエボルの力でも、龍神に勝てるビジョンが全く浮かばねぇ!最悪の場合、()()を使うしかない…)

 

 

 エボルは背中に隠していた手から、『白黒のトリガー』を取り出した。いつでも、それを使えるように。これで勝てるかどうかわからないが、やらなければならないことには変わりない。

 

 

『……何を、しに来た』

 

「決まっている。我が認めた数少ない人間……それをここで朽ちさせる訳にはいかない」

 

 

 龍神は両腰に携えた大刀(おおたち)を目に見えない速度で引き抜くと、その衝撃で美しかった花畑が一瞬で全面が散った。

 文字通り、花のない空間へと早変わりした質素な大広間。ただ、そこにある『龍神』と言う圧倒的な存在が目の前にあることが、部屋の異質さを際立てている。

 

 深緑色のオーラを放ち、エボルを見据えるその深紅に光る眼に、恐怖すら覚え、固唾を飲む。

 

 

「お、おぉ!!龍神なのか!?久しぶりだな!早速で悪いが、こいつを殺してくれ!俺のことを殺そうとしてくるんだ!」

 

(こいつ…ッ!)

 

 

 戦う前は龍神のことをヘビと蔑んだのに、この手のひらの返しようはなんだ。さっきまでバカにしていたのに、自分のピンチになったら助けを乞うその姿は、浅ましさしか感じない。

 ただ、長い間親友として過ごした『ウラノス(くうま)』と、出会って三年しか経っておらず、あったのも今を含めて二回しかない零夜。どちらを信じるのかは、決まっているようなものだ。

 

 

『――――』

 

 

 零夜―――エボルは自らの武器である【トランスチームガン】と【スチームブレード】を合体したライフルモードを装備する。

 いつでも、攻撃できるように。

 

 

「さぁやれ!龍神!俺の恨みを、晴らしてくれ!」

 

 

 背中の外野がうるさいが、今は無視だ。こんな畜生よりも、今目の前の圧倒的存在感を放つ龍神の方が危険だ。

 仮面の奥で、冷汗をかく。三年前の敗北が忘れられない。あの、完膚なきまでの敗北を。

 

 

『――――』

 

「――――フッ」

 

 

 龍神が、小さな息を吐いたと、同時だった。エボルの目でとらえることのできない速度で移動されて、完全に見失ったのは。

 

 

(まずい、防御形態をとらないと――)

 

 

「グハァ!!」

 

 

(―――ッ!?)

 

 

 だが、現実は180度反転した。

 エボルへの攻撃が一切ないどころか、後ろの外野が悲鳴を上げた。急いで振り返ってみると、そこにはウラノスの首根っこを掴んで持ち上げている龍神がいた。

 状況の整理が追いつかなく、困惑するエボル。

 

 

「―――」

 

「お、お前…ッ!俺を裏切るのか!?そいつにつくのか!?親友だった俺を捨てるのか!?」

 

 

 そう悲痛な叫びを―――いや、ウラノスにその表現は勿体ない。ウラノスはふざけたことを抜かす。龍神との出会いを、時間を、『ごっこ遊び』と言い放ったウラノスに、慈悲はない。

 そして、龍神がウラノスに向けて言葉を発した。

 

 

「黙れ、お前など親友(とも)に持った覚えなどない

 

 

 龍神の言葉は、非常なものだった。『地球の記憶』で、あれほど親密に会話をして、悲し気に別れたのが、まるで嘘だったように――。

 

 

「何故我の友だと貴様が抜かす?我が友に持ったのは、高潔な精神、真っ直ぐな心を持った、そんな男だ!だが、お前はなんだ?薄汚れ、嘘にまみれた小汚い男だ。そんな下郎は、我の『親友(とも)』ではない!!」

 

 

 声を大高にして、言い放った。そうだ、と零夜は思い出す。龍神は『魂の色』を見ることができるのだ。白と黒の二色で、悪人か善人かを見ることができる。

 『空真』は限りなく白に近い善人だった。だが、今の『空真(ウラノス)』は――、

 

 

「お前の魂の色は……どこまでも濁った『黒』。お前は、我の友ではない」

 

「―――ッ!!ふざけるなよ、ヘビ風情が!少し仲良くしてやって調子に乗りやがって!」

 

 

 『空真』としてのメッキが剥がれ、『ウラノス』と言う人物が全開で表に出た。

 

 

「お前なんて、所詮穢れた神の名を持つことすらおこがましい卑しき存在だ!そんな奴が清浄な俺と一時仲良くなれたんだ!むしろ感謝して欲しいものだな!」

 

「――――」

 

 

 どこまでも腐った言動に、ついに龍神はキレ、圧倒的なオーラを放つ。それでも、ウラノスは怯まない。どこまで面の皮が厚いのか――。

 

 

『オイこら。さっきから聞いていれば……「お前はどこまで腐ったんだ空真ァ!!」

 

 

 そんなとき、我慢できずに変身を解除した零夜が叫んだ。

 『地球の記憶』で二人の嘘偽りのない仲を見ていたからこそ、怒鳴れた。ここまで怒りを持てたのだ。

 

 

「お前がどうしてそうなっちまったかは、永琳からある程度聞いている。あの事件で、どうしてお前が変わったのかは詳しい事は俺にも分からねぇ。だがな、ソレがお前の本心か?」

 

「なに…?」

 

「少なくとも、お前がまだ地上にいた頃はこいつとかなり仲が良かったはずだ。それなのに……お前はどうしてそんなことを言う?龍神の特性から、当時は嘘偽りのない清らかな関係だったはずだ。お前はどうしてそなった?ウラノス・カエルム―――いや、空真!!」

 

「そんなの、決まっているだろう!月が、この穢れなき世界が俺を変えてくれた!『穢れ』と言う概念がある地上は、地獄そのもの!我々は天国の住民なのだ。むしろ、今までがおかしかったのだ!我々は、『天国』に来て、ようやく目覚めたのだ!」

 

「――――」

 

 

 駄目だ。いくら言葉を放っても、説得しようとしても、ウラノスにはなにも響かない。『あの事件』で空真がウラノスになってしまったことを知ってしまった以上、ただの悪人として殺すのは気が引ける。

 一体、どうすれば―――、

 

 

「いいのだ、夜神」

 

 

 そう考えていると、龍神がそう声をかけた。

 

 

「龍神…」

 

「夜神。やはりお前は『悪』ではない。清らかな心の持ち主だ。もっと自分に自信を持て」

 

「――――」

 

 

 なにも、言えない。零夜は『自称:悪人』だ。それをモットーとして、『光闇大戦』で無自覚の虐殺を行えた。むしろ、自分を『悪人』と定義することで、ある意味現実から逃げていた。

 それでも、薄々気づいてはいたのだ。本物の悪人は、わざわざ自分の命を賭けてまで、他人の幸せのために動かない。そんなの、本当の『悪人』じゃない。

 でも、なろうと思っても、『過去』がそれを邪魔する。『極悪人』に、強い忌避感を覚えているのだ。矛盾した考えが、零夜の脳を交差する。

 

 

「―――さて、もう話は終わりだ。ウラノスとか言ったか…?もう、その顔と声で卑劣で汚濁な言葉を話すな。()()()()()()()()()()()()()()……『寄生虫』ッ!!

 

「―――待て、今、なんて言った?」

 

 

 龍神の含みある言葉に、零夜が疑問に思い口にする。

 ウラノスのことを『寄生虫』と言った。その言い方、まるで――、

 

 

「その言い方だと、『ウラノス』が『空真』に寄生しているように聞こえるぞ?

 

「そう聞こえるもなにも、事実だ。このウラノスと言う愚図は……精神生命体だ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 龍神のカミングアウトに、零夜は困惑した。なんだって?ウラノスが、精神生命体で、空真の体に寄生している?そんな話、急に言われても納得できるわけがない。

 だがしかし……確かにそう考えれば納得だ。人が急に変わるわけがない。あり得るとしたら、人格の変化のみ。『あの事件』で拉致られたウラノスは、何者かに『ウラノス・カエルム』と言う精神生命体を植え付けられた。

 

 そう考えれば、全ての辻褄が合う!

 

 

「だが、どうして分かったんだ?俺やシロですら気づかなかったんだぞ?」

 

 

 そう。問題は零夜やシロですらそのことに気づけなかったことだ。

 未来で殺して魂を回収した時でも(デンドロン(光輝)と臘月のは未回収)、魂に異変などまるで感じなかった。

 

 

「夜神。お前、空真と同じ状態の奴を殺して、その魂を確保したか?」

 

「なんで知ってんだよ…。まぁそう言う能力はあるにはあるが、何故なんだ?」

 

「精神生命体は宿主から離れると存在が保てず自動的に消失する。()()()()()()がな。こいつらは合体している際は完全に融合している。殺した瞬間に外に飛び出た魂は、本人の物であり、寄生していた精神生命体は死ぬ寸前に消失するんだ。だから、取り出した後では分からない」

 

「なるほど、道理で…」

 

 

 回収した際になんの違和感も感じなかった理由はこれか。()()()()精神生命体は宿主が死ぬと自動的に消失する―――、

 

 

「待て。今の話し方だと、やっぱりこいつを創った黒幕がいるってことだよな?」

 

「そういうことになるな。さて、話の続きだが、我が見破られたのは、魂の色を見れるからだ」

 

「魂の色を見れるだけだろ?それがどうして精神生命体の存在を見破るのに出てくるんだ?」

 

「魂の色を見れると言うことは、『魂の状態』を見れるということ。『魂の形』を見ることだってできるのだ」

 

「魂の形…」

 

 

 人にはそれぞれ、魂に形がある。よく漫画やアニメなんかでも、肉体の形は魂の形に引っ張られると言う設定がある。

 魂の形がそれぞれ別々だから、人の顔もそれぞれ別なのだと言う解釈も存在している。

 

 

「魂の形は個体によって違う。と言ってもそこまで激しいわけじゃない。違うのは、分かりにくい細部のみだ」

 

「要するに、そう簡単には判別しにくいってことか…」

 

「だが、精神生命体は特殊でな。元の魂を包み隠すような立法的な四角。だからすぐに分かる」

 

「なるほどな…だから寄生する魂。名付けるとすると『寄生魂(きせいこん)』か」

 

 

 『魂の色を見る』力は、『魂の状態を見る』能力であるらしい。つまり、形の状態も見ることが可能だ。その魂の形を知ることで、見破れることができたのだ。

 寄生する魂では言い辛いので、暫定的に『寄生魂』と名付けた。

 

 一通り説明を終えた龍神は、『寄生魂(ウラノス)』へと視線を向けた

 

 

「……そして、空真に寄生しているウラノス・カエルム(寄生魂)を剥ぎ取るだけだ

 

 

 零夜のネーミングを採用してくれた龍神は、濃厚なまでの殺気を放つ。それに少し臆した零夜だが、持ち前の胆力で凌ぎ切る。

 

 

「だけどよ、どうやって剥ぎ取るんだ?」

 

「そこが問題なのだ。方法はあるにはある。魂に強烈なまでの衝撃を与えて、融合している空真の魂と『寄生魂(ウラノス)』を一時的に分離して、一気に剥がすしか方法はないだろう」

 

「でも、それをどうするか……あ、そうだ」

 

 

 一つ、方法があった。

 自分にはできないことを、平然とやってのける男がいる。その男に任せればいい。

 

 

「ちょっと待ってろ。―――シロ、今どこに………って、デンドロンが?しかも『権能』に?どういうことだ…?とりあえず分かった。なんの心配もないってことだな。……すまん。今からそれに詳しいヤツと変わる。あとはソイツと話をしてくれ。じゃあな」

 

 

 別れの言葉を告げると同時に、零夜は姿を消して逆にその場所に全身を白い服装で固めた男性が零夜と入れ替わるように姿を表した。

 しかし、その姿が戦場を通って来たかのようにボロボロで、その証拠に右腕の部分の服が破り捨てられたかのようになっており、そこからは大量の傷跡が垣間見えている。他にも全身が砂埃で汚れている。

 

 だが、そんなのは龍神にとって些細なことだ。問題は、この男はあの時自分の宝を盗んだ犯人だと言うことだ。

 

 

「――久々、だな」

 

「……君は?」

 

 

 龍神が話かけると、白服の男性――シロは首を傾げた。まるであったことのない初対面かのように頭にはてなマークを浮かべた。

 それと同時に、警戒の色も。初対面の相手を信用しないことは確かに当たり前のことだが、龍神はそれ以前に忘れられたことを不愉快に思った。

 

 

「……忘れたか?三年前、我が宝たる宝玉を盗んだお前が、我を?」

 

「―――え?お前まさか龍神?龍神なの?えっ、えっ!!?」

 

 

 目の前の人物が龍神であると言う事実に驚愕を示し、あたふたと困惑している。それが数秒続き、シロは深呼吸をして思考を整える。

 

 

「ハァ…フゥ…ホォ…。よし、落ち着いた」

 

「本当に忘れていたのだな…。死にたいか?」

 

「いやいや。正直君とここで事を構えるのは僕としても嫌だ。いやぁね、正直言うと君のことはもちろん覚えてたし、ここにいるってことも零夜から聞いてたよ?でも見た目からそんなに変えられると分からないって言うか…」

 

 

 どうやら、シロは完全に龍神のことを忘れていたわけではなくこの姿だからこそ分からなかったようだ。シロは一回もこの姿の龍神を見たことがなく、零夜からも見た目の詳細は聞いていなかった。

 

 

「いや、正直君を僕らの同類かと疑ってしまってね…」

 

「お前と同類だと?笑わせるな」

 

「そうはいかないでしょ。僕らしか出せないオーラ出しておきながら…」

 

「知らん。さっさと本題に入るぞ」

 

「はいはい。それで、ソイツから『寄生魂』を引き剥がすんだったな?」

 

 

 シロは目の前で今だに龍神に首を絞められているウラノスを見て言う。

 ウラノスは泡を吹いて失神寸前まで陥っている。

 

 

「その前にいい加減に離してやれよ。ウラノスも空真も死ぬぞ、それ」

 

「あぁ…。頭に血が上った」

 

 

 龍神はウラノスを解放する。荒い息遣いで少しずつ呼吸を取り戻す。涙目と鼻水を垂らしながらウラノスは龍神とシロを睨んだ。

 

 

「おぉ。まだそんな力が残ってたなんて。驚きだ」

 

「下らないことを言ってないで、さっさとやれ。お前はこの手の専門なのだろう?」

 

「はいはい。手順は彼女(よりひめ)と同じだし、かなり楽かな」

 

「ぎざまぁ…!!俺に、なにを、ずるぎだ…!」

 

 

 殺気が籠った目で近づくシロを睨む。

 だが、その質問をスルーしてシロはウラノスの頭を掴んだ。

 

 

「ばなぜ…!!」

 

「言葉の呂律(ろれつ)も碌に回らないんじゃ、何言ってるか分からないよ?」

 

 

 その瞬間、シロの手から淡い水色の光が発生し、その光がウラノスを包み込んでいく。その光は、少し前にシロが依姫に対して行ったことと同じものだ。

 

 

「アァアアアアアアア…!!」

 

 

 大きくもなく小さくもない悲鳴を叫びながら、ウラノスは気絶した。

 それと同時に、シロはウラノスの頭から手を放すと、その手の上には白いモヤのようなものが残留していた。

 

 

「…どうかな?こういうの初めてだからちゃんとやれたか不安なんだけど」

 

驚いた。まさか本当に成功させるとは…」

 

 

 龍神は一回で成功させたことに驚きを隠さずに驚嘆した。

 

 

「なんだよ。期待してなかったの?」

 

「我も魂を視ることはできとも干渉することはできん」

 

「……神なのに出来ないんだ」

 

「馬鹿者が。我は全知を自負してはいるが全能ではない。そういうのは他の神の仕事だ」

 

「ふーん…」

 

 

 シロは大層興味もなさそうにウラノスから取り出した白いモヤを見る。そこには一見なにもなさそうに見えるが、彼の掌には確かに存在する。普通目には見えないものが。

 

 

「でも、本当にこれが【ウラノス】なのか…」

 

 

 何もない掌を見て、シロはぼやいた。

 手のひらのモヤ。それは【ウラノス・カエルム】と言う存在そのものの集合体だ。手始めに空真の魂を囲っている【ウラノス】の魂を空真の魂ごと()()()()()でダメージを与えてその歪みが発生したうちに引き剥がすと言う一種の正攻法と言うか荒業と言うか分からない方法で分離した。

 つまり、完全に空真とウラノスが分離された。

 

 

「とりあえず、コイツ(ウラノス)は合っても有害でしかないし…」

 

 

 シロは、手を握った。それと同時にモヤが霧散して、手を開くとそこにはなにも残ってなかった。

 今ここで、【ウラノス・カエルム】は完全に死んだ

 何も残らない手から目を背けた。

 

 龍神は倒れている【空真】向けて歩み寄り、その体を担いだ。

 

 

「それで、偉大なる龍神様はどういったご用件でこんな場所まで?」

 

「――なにやら地上が騒がしかったので、何事かと思って様子を見てみれば…夜神の気配がここ、月にあったのでな。嫌な予感がしてみて(第六感が働いて)来てみれば…どうやら我が動かざる負えん状況になっていたようだな」

 

「どんだけだよ気配察知能力…。まぁそれは良いとして、お前が動かざる負えない状況になってるってどういう意味だ?」

 

 

 龍神の気配察知能力も十分驚嘆に値するが、それとはまた違う、“龍神が直接動く事態”というのがシロには気になって仕方なかった。

 

 

「お前はすでに理解しているはずだ。我も、お前も、そしてあの金髪の女(ライラ)も結局は()()()()のシモベでしかないのだから

 

「―――」

 

 

 龍神のその一言で、シロは完全に黙った。第三者が聞いたら訳の分からない文章で困惑するだろう。だがしかし、シロはそれを完全に理解していた。

 それに、龍神は基本的に敬語を使うことはまずない。そんな彼が、“あのお方”と呼ぶほどの人物とは、一体…?

 

 

「あーなるほどね。完全に理解したわ…。さっきの理由はもしものときの建前か。どうすんの?俺が“『ミク』のシモベ”じゃなくてあの“クソ野郎”の方のシモベだったら?」

 

「我とて神だ。そのくらいの区別はつくわ。そんな間違いをするのは覚醒したての三流か研鑽を怠った愚か者だ」

 

「ふーん…。そっか。なら、配下同士仲よくしようよ」

 

 

 シロは右手を差し出して、握手を求めた。しかし、龍神はその手を払いのけた。

 

 

「阿呆が。貴様なぞと仲良くなりたくもない。我が宝を強奪したことは今でも忘れておらんぞ」

 

 

 そう、龍神がシロと仲良くしない理由は彼に自分の宝を奪われたから。自分の大切なものを無理やり奪った人物と仲良くしようと言う方が無理だろう。それに、彼はそのことを反省していないから尚更だ。

 

 

「―――あぁ、そんなことあったね」

 

「貴様…完全に忘れていたな?」

 

「いやいやまさか。今の間はジョークだよジョーク」

 

 

 ヘラヘラと笑いながら講義?のために手を振る。やはり反省も後悔もしていないようで龍神のシロに対するストレスゲージは溜まっていくばかりだ。

 

 

「それと、そのことについては彼女(ライラ)には言わないように。彼女はまだ自分の役割を知らないんだから。『チカラ』に目覚めたら、それは()()()()()()()()だということも

 

「――そうか。ならば自分で気付くまで待つか…」

 

 

 謎の会話を終わらせ、シロは一回手をパチンと叩いた。

 

 

「さてと。君がここにいる理由が“彼女”の命令だと言うことも分かった。その上で聞くよ?これからどうするつもりだ?」

 

「ひとまずはお前に着いていく。……不快だがな」

 

「率直な感想ありがとう。それじゃあ行こうか」

 

 

 雰囲気は斜め下がりのまま龍神の同行が決定した。タッグを組めと言われれば無理な面子だが、戦力としては過剰と言っていいほど心強いメンバーだ。

 

 

「それで、空真はどうするの?」

 

「心苦しいが、連れてはいけない。どうにかしなければ…」

 

「だったら、彼女に任せるといい。彼女なら安心して彼を任せられるだろう」

 

「あぁ…敵ではないのか?」

 

「な――ッ」

 

 

 二人の言葉に驚いて、物陰に隠れている謎の女性は驚きの声を上げた。ここにいるのがバレてしまった――もとよりバレていたことで隠れる意味もなくなったと観念した彼女は、物陰から姿を表した。

 その女性は、ボロボロの鎧姿で、零夜にやられて気絶させられていたはずの女性だった。

 

 

「えっと…確か君は、アヤネ、だったよね?」

 

 

 シロが確認すると、女性は肯定した。彼女――アヤネは体の軸が定まらずにフラフラと体を揺らしながら近づいてくる。

 

 

「いつから、気づいていた?」

 

「最初っから。君、俺がここにいる時点で既にいたでしょ?」

 

「……そこまで気が付いていて、どうして今まで無視していた?」

 

「だって、気に掛けるまででもなかったから」

 

「…そうかい」

 

 

 相変わらずデリカシーのない発言で、アヤネは一瞬落ち込む。しかし、すぐに無理やり立ち直った。この程度の言葉で凹むほど、彼女の精神は脆くない。

 

 

「女。……お前の名前は、アヤネと言ったな?」

 

「そうだよ。まさか偉大な龍神様に名前を呼んでもらえるとは予想もしてなかったけどねぇ」

 

「なに。空真の話によく出ていたから、覚えていただけだ」

 

「―――空真の?」

 

 

 アヤネは今だに龍神の腕の中で気絶している空真を見た。その目は、怪訝のような、慈しみのような目だった。

 

 

「手がかかるが、良いヤツだといつも言っていた。愛されてるじゃないか」

 

「―――別に、そんなんじゃない」

 

 

 彼女は悪態をつくが、その言葉に悪感情はない。むしろ、“こんな自分をそう思ってくれていたのか”という少しの喜びと驚きがあった。

 

 

「まぁまぁ。それで、頼まれてくれるかい?」

 

「…ちなみに、拒否権はないんだろ?」

 

「もちろんさ」

 

「…ハァ。いいさ。コイツのことは任せな」

 

 

 アヤネは龍神から空真を渡される。予想はしていたが、重い。鎧が破壊されているとはいえ、男性の体は普通に重い。しかし、鍛えているアヤネにとってはそれも少し重い程度だ。

 

 

「…それとさ。話は聞いてたよ。要約すると空真とその他野郎どもの性格が突然変異しちまったのは、その『寄生魂』ってやつのせいなんだろ?」

 

「あぁ。そうだよ」

 

「そしてその『寄生魂』を人工的に作ったクソ野郎がいる…。ここまで合ってるか?」

 

「合ってるとも」

 

「だったら…コイツのこと預かる代わりに、黒幕必ずぶっ殺せ

 

「――無論さ」

 

 

 アヤネの殺気の籠った言葉に、シロは平然と返答した。それは彼の胆力故か、はたまた同じ感情を偉大ている故か――。

 ずっとかくれていたと言うことは、シロと龍神の会話を聞いていたと言うことになる。それ故に、この事件の黒幕の存在を知った以上、怒りを向けるのは当然のことだった。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 

――二人は、通路の奥へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 コツコツコツコツと、床を踏み込み歩く音が響き渡る。豪華絢爛で高級感溢れる廊下を、二人が歩く。

 

 

「しっかし長い廊下だねー。もうどのくらい歩いたっけ?」

 

「知らん。時間など一々気にしていられるか」

 

 

 あれからどれほど経っただろうか。シロは未来で覚えた地理を生かして動いたが、今だに着いていない。それもそのはず。シロは未来では極端なショートカット(宮殿爆発)を行っており、それにより通常よりも何倍の速さで目的地に着くこととができた。

 だがしかし、今回はそれをするわけにはいかないため、必然的に時間が掛かると言うことだ。

 

 

(ここで結構時間喰ったな…地上の方は大丈夫か?こっちに集中するために零夜とのリンクは切っているけど…まぁでも、一応そのために二人にはカードを持たせてあるし…こっちに集中しよう)

 

 

 地上の心配をしながら、目の前のことに精神を集中させる。

 あのカードさえあればある程度の窮地は凌げるはずだ。それにあのカードからどんなライダーが出てくるかは完全にその時の状況で左右される仕組みになっている。

 使えるか使えないかは、完全に状況次第だ。

 

 

(唯一の懸念は臘月だが…おそらく臘月は地上にいないはずだ)

 

 

 シロは懸念材料である臘月が既に地上にいないことを考え当てていた。その理由としては月人の思想だ。“地上は穢れが蔓延した地獄”という認識の月に長くいることは流石にしない。長くいたらその分バレやすくなる。

 それに今月はシロたちの侵略によりピンチに陥っている。それを、あの男が見逃すはずがない。

 

 張り巡らした思考を一旦中断し、隣で歩いている龍神に声をかける。

 

 

「ところでさ、なんであの場で()()()()言ったんだ?彼女がいることはとっくに気が付いていたはずだろう?」

 

「理由は一つ。『彼女』に“そろそろ自分の存在を仄めかすべきだ”と言われたからだ。『あの方』のの思考は我には理解できん」

 

「なるほど理解。『ミク』の考えなら仕方ないか」

 

「――先ほどから思っていたが、『あのお方』を呼び捨てとは不敬が過ぎるぞ」

 

 

 横にいる龍神から、突如として濃厚で純粋なまでの殺気を受ける。これは冗談などで済まされるレベルではない。本当に、『殺意』と言う純情な感情を向けられたのだ。

 常人どころじゃない。幻想郷でもトップを争う大妖怪たちでさえこの殺気を間近で受ければ怯んでしまうだろう。最悪、気絶か失神もあり得る。

 だが、そんな殺気を受けても彼は――、

 

 

「いいんだよ『俺』は。『俺』だけは、それが許されている」

 

 

 ケロッといつもと変わらない態度でそれを受け流した。今更だが、彼が常識を逸脱している一つの逸話が誕生した。

 しかし、その態度が龍神の機嫌をさらに損ねた。

 

 

「どの口で――」

 

「それに、今はともに同じ戦場で背中を預け合う仲間だぜ?ここで潰しあうのは愚策だ」

 

「…あとで詳しく問いただす。今は、与えられた任務を遂行するのみだ」

 

「ふいふい」

 

「我は質問に答えた。故にこちらの質問にも答えろ」

 

「なんだいなんだい?」

 

「まず一つ。お前は何者だ?

 

 

 龍神のその問に、シロは動揺することもなく背中を前にして龍神に体の全面を向けた。それでも、歩みを進める足を止めることはしなかった。

 

 

「何者って、僕はシロだよ?」

 

「違う。そういうことを聞いているのではない。お前のその名はどう考えても偽名だろう」

 

「まぁね~。周りからもよく言われるよ。それで、何を聞きたいんだい?」

 

「単刀直入に言う。お前から、夜神の気配を感じるのは何故だ?」

 

 

 その時、シロの歩みは止まらないが、唯一見える口元から笑顔が消えた。

 

 

「お前の気配は夜神のものとは大分違う。だがしかし…魂の本質が似通っている。これは親兄弟によく見られる「ストップ」」

 

 

 シロは足を止めて龍神の顔のすぐ近くにまで手のひらを近づけて、ストップの合図を出した。

 

 

「そこから先は、関係者以外立ち入り禁止だよ?」

 

「――そうか。ならば貴様の口から直接聞くまで待っておいてやろう」

 

「おや、潔いね」

 

「お前の夜神の気配に免じて、だ」

 

「おやおや。ありがとね、零夜」

 

 

 今この場にいない人物へと感謝を送る。リンクを切っているため零夜が今どうなっているかは知らないが、まぁ大丈夫だろう。

 そう考えていると、龍神が再び口を開いた。

 

 

「次に、貴様、さっきなにをしていた?」

 

「なにって?」

 

「あの女と別れてからなにやら服の中で(まさぐ)っていただろう」

 

 

 時は1分ほど前に遡り、アヤネと別れて見えなくなった後すぐ、龍神は見た。シロが自身の薄いコートの中、腹の辺りで何かを弄っていたところを。

 実際、シロのコートの右袖は半分以上がなくなっているため、袖に腕が通ってない時点でなにかをしているとすぐに分かった。

 

 

「あぁ、分かっちゃった?まぁ当たり前か。あれはだね――あ」

 

「どうした?…む」

 

「話はあとにしようか。話している合間に、ついたみたいだしね?」

 

 

 二人が歩みを止めると、そこにはどんな巨体の男でも入れそうなほど巨大な扉があった。それはまるで、魔王の部屋の入口の扉。

 その扉の奥からは、想像を絶するようなほど禍々しい気配を感じ取った。しかし二人は――、

 

 

「それじゃあ開けるよー」

 

「早くしろ」

 

 

 まるでそんなことなど関係ないと言わんばかりの態度で、“キィイ…”という建付けのよい扉を開けた。ゆっくりと開かれる巨大な扉。それが開かれると、床にレッドカーペットが敷かれている豪華絢爛な作りの部屋だった。

 レッドカーペットを目で追って、その終着点を見た。その奥には見覚えのある人物が、王座と言わんばかりの椅子へと座っていた。

 

 

「――――」

 

「いたいた。やっぱボスはこんな部屋にいないと威厳ないしね」

 

「なにを言っているかは知らんが…」

 

 

 龍神は数歩先へ出て、玉座に座る女性へと、顔を向けて、第一声を発した。

 

 

「久しぶりだな…【月夜見】」

 

「――――」

 

 

 その人物。それは月の賢者の一人にして月を統べる神、【月夜見】だ。彼女は龍神に話しかけられたにも関わらず、無言を貫き通していた。

 

 

「おいおい。久しぶりの旧友同士の再会なんだ。もっとこう反応しないと――」

 

 

 シロがそう言いかけたとき、()()()()()()を察知した。それは、目だ。瞳の光だ。ハイライトが仕事をしておらず、その目には光が宿っていなかった。

 そして、シロはその状態のことを知っている。

 

 

「なるほどな。彼女、もうすでに『権能』の特性に呑まれてるね…」

 

 

 シロがぼやいた。『権能』の凶悪な特性の一つとして、『神への命令権』が存在する。未来でも臘月はこの権利を活用して月夜見を封じ込めていた。

 そして、今現在も――。

 

 

「あぁ…確か『権能』にはそんな効果があったな。遺憾なものだ。神が操られるとは…。しかし、我には関係ないことだ」

 

「君が例外なんだよ。ともかく、彼女を解放しておくか。権利を持って命ずる。正気に戻れ、月夜――

 

 

 その時、シロの体が“く”の字に曲がり、後方へと吹き飛んでいく。突如として腹部辺りに受けた衝撃に驚きながらも、それよりもっと別のことに驚いていた。

 

 

(嘘だろ?『痛い』ッ!!?)

 

 

 それは、痛覚が反応したことだ。『権能』保持者であるシロには同類である『権能』保持者の攻撃しか通用しない。つまり、同類の攻撃でないと痛覚も反応しない。

 そんな痛覚が反応したと言うことは――。

 

 一瞬のことで、何より月夜見に気を取られていて気づくことができなかった。

 シロはそのまま宮殿から外へと投げ出され、それでも勢いは止まることを知らない。やがては都すらも飛び越え、月特有のクレーターがあちこちに点在する更地へと景色が移り変わる。

 

 

「クソがッ!!」

 

 

 シロは今だに自分の腹部を貫かんとしている攻撃に両手を掴んで振り下ろした。打撃が攻撃へと直撃し、その攻撃が地面に激突する。

 荒い息を整えながら、シロは思考を重ねる。今感じた、違和感を。

 

 

(今の攻撃のとき感じたあれ…。あれは攻撃にしては質量がありすぎる。まるで、人の体を殴ったみてぇな感覚だ…)

 

 

 思考の最中、シロの疑問はすぐに晴れた。突き落とした攻撃でできたクレーターの中から、ゆらりと一つの人影が現れた。

 あの攻撃は、ただの攻撃ではなく人による突進だったのだ。

 

 しかし、そんなことはシロにとっては些細なこと。問題は――その人物だった。

 シロは渇いた声で、その人物の名前を口から零した。

 

 

「圭、太…」

 

「―――」

 

 

 そう、その人物は謎の人物【圭太(零番)】だったのだ。

 未来の圭太とは違い、彼の服装は『服』と言う概念がギリギリ存在していると言うほどのボロボロの服で髪の色も白色ではなく黒色が主体で白いメッシュが入っていた。

 しかし、未来と変わらず瞳のハイライトは今も失われたままで、機械のようだった。無言で何も語らない、本物の機械のようだ。

 

 

「また会ったな。白服野郎」

 

「臘月…ッ!!」

 

 

 そんな時、ヒョッコリと圭太の背中から臘月が体を傾けて姿を表した。いつの間にそこにいたのかは分からないが、シロにとってはどうでもいい事案だ。

 臘月の顔は笑顔で、とても気持ち悪い。シロを出し抜いたと言う感情が、彼の優越感を満たしているのだ。

 

 

「月が襲撃されてるからって言われてすぐに戻って来てみれば…まさかお前だったとはなぁ。まぁいい。お前ぶっ殺した後お仲間さんも皆殺しにするからそれでチャラだな」

 

「…『俺』はまだ仲間がいるなんて一言も言ってないが?」

 

「阿保か。報告で侵入者は二人って既に知ってんだよ。それに襲撃のことを知ったのはお前を逃がしちまったあとだ。単純に考えて仲間がいねぇ方がおかしい」

 

「単細胞の癖に以外と頭が回るんだな。単細胞から猿に格上げしてやるよ」

 

「てめぇ…人のこと言う前に自分のこと治したらどうだ?よく言うだろ?バカって言う方が馬鹿ってなぁ」

 

 

 出会って間もなく、口論による小競り合いが始まった。お互いを馬鹿にしているのか、それとも見計らっているのか…。

 しかし、シロがそれを打ち切った。

 

 

「――余談はもういい。今すぐ圭太を解放しろ」

 

「圭太?誰のこと言って――――あぁ!!まさかコイツのことか!?ハッハッハッハッ!!なるほどな。お前らが侵略しに来た理由が、コイツの奪還ってことか!?笑えるなぁ!最高に!!」

 

「何がおかしい…!!」

 

 

 目的のことを話すと、臘月は何故か大爆笑した。その行動が、さらにシロの怒りを蓄積させていく。

 

 

「だって笑えるだろ?月は最強だ。俺もいるから尚更な。それだと言うのに人一人の奪還のために命を散らしに来る馬鹿なんて、最高に笑えるじゃねぇか!!ハハハハハッ!!」

 

「――――」

 

「ちょうどいい!だったらこいつとお前で戦わせて――」

 

 

 その瞬間、臘月の頬に剣が(かす)った。臘月の『権能』特有の力によるものなのか、無傷だったが、地面に着弾した剣はその場で轟音を轟かせながら爆発した。

 爆熱と爆音と砂煙が二人の後ろで立ち込める。

 

 

「―――は?お前、なに急に攻撃してきてんだ?まだ話の途中だろ?」

 

「知るか。もう話すことはねぇ。最初から全力で行く。魂の根幹まで、磨り潰す」

 

 

 爆風が吹き荒れ、熱気が当たり一帯を支配する中。風によって――シロのフードが外れた

 その顔はとても険しく、同時に凛々しい男の顔。白い白髪を爆風で揺らしながら、深紅の瞳で一人の敵を見つめる。

 

 

「今この場で、顔を隠す意味はない。だから…死ね」

 

「意味不明なんだよォ!!顔見たから死ねってどこぞの美女か!男がやっても意味ねぇだろうが!まぁ、お前なかなかイケメンじゃねぇか。ムカつくぜ。原型留めねぇくらいボコボコにしてやらァ!」

 

「―――やってみろ。【スピカ・ヴィルゴ】【アルゲディ・カプリコーン】――完全起動(フルオープン)

 

 

 その瞬間世界は武器で染まった

 剣、短剣、刀、槍、斧、薙刀、鎌、(ひょう)、 ジャベリン、鉄扇、鉤爪(かぎづめ)、ミサイル、バズーカ、ガトリング砲、チェーンソーなどの現実に存在する武器。

 聖剣、魔剣、属性武器、ガンブレード、レーザーソード、蛇腹剣、如意棒、パイルバンカー、ビームライフル、レールガン、荷電粒子砲などの架空の武器。

 

 ありとあらゆる武器が三人のいる空間を包み込んだ。そして、それは一つだけではない。同じ武器が現在進行形で複製され続け、その空間の凶悪性をどんどんと上げていく。

 

 

「な、なんだァ!?」

 

「―――?」

 

「容赦もない。慈悲もない。ここから繰り広げられるは――単なる塵殺(おうさつ)だ。お前の全てと言う全てを皆殺す。さぁ、お前単体の―――大虐殺の始まりだ」

 

 

 慈悲無き塵殺ショーが、幕を開けた。

 

 

 

 




 龍神の助言によって、【ウラノス】たちが『精神生命体』であることが判明しました。人工的な精神生命体は宿主の体から離れたら存在が保てず消失してしまうと言う新情報もゲット。
 そして状況証拠からウラノスたちを作ったのは臘月ではないかと言う疑惑が。ますます彼の能力が分からない。
 空真からウラノスを剥ぎ取ったことで空真は存命、ウラノスは消滅。彼らへの真なる対抗手段を手に入れたと言うわけですね。

 次に龍神の謎の発言。シロから何故か零夜の気配を感じるそうで…。こういうの(魂の根幹が似ていること)は親兄弟によくある事例らしい。
 シロって、一体…?
 あと、シロが服の中でやってた何かも気になりますよね。

 そして、臘月と圭太が登場。臘月の相変わらずのクズ発言でシロは完全にキレました本当にありがとうございます。
 未来のこともあって手加減なしで最初から全力で応戦していきます。


 最後に、シロの顔がついに露わに!顔の詳細は言えないけど、とても気になるよね!というわけで、次回もお楽しみに!


 ちなみに少しネタバレになりますけど龍神が来ないのは臘月の命令で月夜見が全力で妨害しているからです。


次回―――【79 真名(しんめい)解放】


評価:感想よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79 真名解放

 今回はネタバレ祭です。今の今までため込んでいたネタの半分くらいを発散したかな?
 いざ出すとなると緊張するわー。

 それでは、どうぞッ!!

 


 散策する。記憶の波を。調べ出す、自分ではない、赤の他人の記憶を。

 見つけ出す、その記憶を、魂から。

 

 魂とは、その人物の全てだ。その人の見た目も、声も、在り方も、すべて魂で決まると言っても過言ではないかもしれない。

 故に、魂は『記憶』を『記録』として保持している。『記憶』も、その人物の在り方を形成する一つの要素。

 

 シロは権能――ネメアの獅子(獅子座の力)を発動する。

 ネメアの獅子はギリシャのペロポネソス半島にあるネメアの谷に住むとされていた人喰いライオンである。それゆえに、多くの生命を殺した怪物として書かれている。

 生命を殺した=魂を肉体ごと捕食したともとれる故、ネメアの獅子の力は【魂】を操り、操作する力に長けている。

 操作する力に長けていると言っても、それは肉体のある魂を操作できるわけではない。ネメアの獅子が操れる魂は、肉体を保有していない魂限定だ。つまり、生者を操ることは不可能だ。

 まぁ、操れなくとも多少の干渉は可能だが。

 

 その権能を使い、シロは見つけていた。

 臘月の『権能』の秘密の一部を。

 

 下っ端などは論外。やはり一番は【蓬莱山輝夜】【八意永琳】【綿月豊姫】【綿月依姫】【綿月無月】の魂だ。あの戦いの後、肉体を失った魂はほとんど回収した。デンドロンと臘月は無理だったが。

 

 その五人の魂を、自身の魂に影響がないよう、ゆっくり、ゆっくりと探索していく。いらない部分は端折って、重要な部分のみを。それでも他人の記憶を見るのは他人と自分を重ね合わせてしまう危険性があるため、いくらシロでも慎重に動かざる負えなかった。

 

 だからこそ、五人の記憶を視るだけで約一年もかかった。全部を全部、その記憶を視る時間に費やすわけにもいかなかたったため、ここまで時間が掛かった。

 昼などは戦力増量のため、ライラと一緒に紅夜や零夜、ルーミアの稽古をしていたりした。途中でマクラも混ざったり混ざらなかったりしたが、アレはマジですごかった。

 

 零夜も色々なライダーへと変身して戦ってはいたが、肉弾戦でキルバスと同等だ。一筋縄ではいかなかったのが記憶に新しい。見ているだけでもかなり眼福だった。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

 五人の内の一人――綿月豊姫の『記録』に、かなり重要な情報があった。

 

 それは臘月の『能力』だ。臘月の能力。それは『保存』と言うあまり戦闘向きとは言えない能力だった。

 いつから権能に覚醒していたかは知らないが、今の臘月の権能が『保存』の能力が昇華したものだと言うのはかなり有益な情報だった。

 

 そもそも権能への変化パターンは二種類ある。それは『昇華』と『混合』、つまるところ『進化』と『合成』だ。

 『昇華』はそのままの通り、能力が一つだけの場合、その能力をベースにして劇的なまでに進化させて無理やりこじつけとも言えるレベルで戦闘向きの権能にするパターン。

 『混合』の場合は二つ能力がある状態でその能力が合成され、全く新しい力――権能へと至らせるパターン。ちなみに、こちらもこじつけレベルで戦闘向きの能力へと改造される 

 

 臘月の場合、前者だろう。いや、もう一つ能力を隠していた可能性を含めて、後者である可能性も捨てきれない。しかし、さらに考えるためにはもう一つの可能性を斬り捨てなければならない。

 臘月が前者だった場合――『保存』と言う非戦闘員向きの能力を戦闘向きの権能に昇華するならば…。

 

 シロは思案する。権能、ラムダ・キャンサー(蟹の眼)で。

 この権能は蟹と言う明らかにハサミが武器なのだろうと誰もが思う戦闘向きな力だが、シロの場合は違う。

 大体権能に進化する際の力はこじつけがほとんどである。コレの場合は『思考加速』や『演算処理』などと言った処理能力の力だ。分かりやすく言うと脳をゲーミングPCレベルにまで爆上げしている。無論、冷却装置などは―――どうしているかは、不明だ。ともかく、これでいつでも新鮮な情報を収集してそこから状況把握をしている。この権能は、とても使い勝手が良いのだ。

 

 この権能を使って考えた、臘月の『保存』から始まった権能の可能性。それを思案して――ついに、一番近いものを二、三個に絞ることができた、が、そこまでだった。

 

 しかし――、

 

 

『―――臘月様は、私と出会った時、何故か恐怖の波長を出していた』

 

 

 レイセンの証言で、足りなかったパズルのピースが完全にハマった。

 一番単純で、一番わかりやすかった。だが、“そんな単純か?”という思考が邪魔していた。臘月の権能は、字面だけ見れば単純だが、実際の能力はそんなに単純じゃない。もっと凶悪で、多様性に長けていた。

 

 そもそも『保存』と言うのは一般的に食べ物が腐らないように腐ってしまう時間を延長させることを言う。つまり時間を延長させると言う行為だ。

 ならば、その“時間延長”を進化させれば?

 

――答えは一つだ。

 

 

 その答えを持ってして、彼は今、戦場に立っているのだ。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 シロはスピカ・ヴィルゴ(乙女の稲穂)アルゲディ・カプリコーン(山羊の繁殖)と言う二つの権能も持っている。

 

 【スピカ・ヴィルゴ】。スピカとは『稲穂』を意味する星座の一部である。稲穂は生え、増やすことができる。それを戦闘向きにすることによって、ありとあらゆる武器や防具の生成が可能となった。

 しかし、『一定以上の数を生産すると次の生産にタイムラグが必要となる』と言う欠点が存在している。

 

 だが、そんな欠点を解決する権能が【アルゲティ・カプリコーン】だ。アルゲティは『子山羊(こやぎ)』を意味しており、山羊は繁殖能力が非常に高いため、アルゲティ・カプリコーンは『複製』の能力を持っている。

 

 故にありとあらゆる武器を一個ずつスピカ・ヴィルゴで創り、アルゲティ・カプリコーンの力でそれらを複製すれば武器畑の完成だ。

 さらにアルゲティ・カプリコーンには複製の制限がないため、実質無限に創ることができるチート。無論、力の本質は『複製』のため、武器以外の複製も可能だ。しかし、今は関係ない。

 

 

「――――」

 

 

 白い悪魔が、月の地面を大股で歩く。精製された大量の武器が月の地面へと突き刺さり、その背景はまるで戦場跡地のようだ。

 突き刺さった二つの剣、神々しく輝く聖剣を左手で、禍々しいオーラを放つ魔剣を右手で地面から抜いて、その紅き眼光で臘月を捉える。

 

 

「この…コケ脅しがッ!行けッ!」

 

「―――」

 

 

 圭太に命令すると、圭太は両手に雷を纏い地面を蹴って跳躍しシロとの距離を詰める。

 その刹那――シロは聖剣を振るった。聖剣と雷が互いにぶつか―――らなかった。

 雷は実体を持たず、聖剣が纏う特別な力が二つの間で炸裂し、暴風が荒れ狂った。

 

 

攻撃:1→2

防御:1→2

速度:1→2

耐久:1→2

精神:1→2

霊力:1→2

魔力:1→2

神力(レンタル):1→2

 

 

「俺のこと忘れてんじゃねぇぞッ!」

 

 

 そんな中、臘月がシロの後ろを取った。不意打ちだ。手の形を手刀に変え、それを振るった、が、右手の魔剣でそれを防がれる。

 

 

「ちッ!」

 

「不意打ちくらい読める。あんまり舐めんなよ?」

 

 

攻撃:2→4

防御:2→4

速度:2→4

耐久:2→4

精神:2→4

霊力:2→4

魔力:2→4

神力(レンタル):2→4

 

 

 両手が塞がっていながらも、余裕を見せるシロ。

 すると、突然圭太の足元から巨大な大柱が大量に突出して、柱の間に体が挟まるようになり圭太を拘束した。その隙に聖剣を手放して右手に生成したのは――ボウガンだ。

 

 体を臘月の方向に向けて銃口を臘月の眼球に押し当て――トリガーを引いた。

 残虐非道な即死の一撃だ。――普通ならば。

 

 

「あぁああああ!!てめぇ!!いきなりボウガンを眼球に押し当てて発射するとかマジでクズだな!!俺じゃなかったら死んでただろうがぁあああ!」

 

 

 この男は、それでさえも死なない。むしろノーダメージだ。臘月の権能によるものなのか、権能持ちであるシロの攻撃が通じないのは、一切の謎だ。

 しかしその謎も――ほとんど解けかかっている。

 

 

「死ねよ。むしろこっちはそれを望んでんだ」

 

「ふっざけんなッ!誰が死ぬかよ、お前が死ね!!」

 

 

 魔剣と臘月の拳による連撃がぶつかり合う。互いに速度は拮抗している――と思われていたが、徐々に押す力も攻撃する力も、防御もシロの方が勝っていく

 その違和感に臘月も気づき始めた。

 

 

「どういうことだッ!?なんでお前の方が強くなってきてんだよぉオオオッ!!?」

 

「なんでだと思う?教えてやろうか!?」

 

「――ッ!いらねぇよッ!!結局てめぇが俺より弱いのは変わりないんだからよォ!」

 

 

 この展開は、予想通りだ。“教えてやろうか?”と言われて教えられたら、それは臘月のプライドを傷つけることになる。自身のプライドを優先するタイプの人間に、これほど有効な手の隠し方はない。

 その怒りによる隙を利用して、自身の権能の一つである念動力を扱う力――イェド・オフィウクス(ヘビつかいの手)を発動する。

 

 遠くに突き刺さっていた蛇腹剣を引き寄せて左手でそれを器用に操り臘月を束縛し、振り回して地面に叩きつける。次にイェド・オフィウクスを再び発動して周りにある無数の斬撃武器を持ってきて、刀身を浮地面に半分ほど埋まった臘月へと向けて――発射した。

 

 無慈悲で無情な刃の雨は、留まるところを知らない。いくらダメージが通らないからといっても、その衝撃までは完全に掻き消せないだろう。

 その内に、シロは柱に拘束()()()()()圭太をみやる。やっとのことで柱を破壊して自由を得た圭太は、激流を纏う三又の槍を召喚した。

 

 

「トライデント…」

 

 

 その槍の名を、シロは呟いた。

 

 トライデント。それはギリシャ神話に出てくる【オリュンポス十二神】の一柱(ヒトリ)【ポセイドン】の持つ三又の槍だ。

 嵐や津波、洪水や風を操る力を持っているとされている、伝説上の武器。

 

 圭太の三又の槍――トライデントが暴風を纏いながら周りに水が旋回する。その伝説の通り、風と水を操る力を持っていた。

 

 

「神器の力はケラウノス(ゼウスの雷霆)同様全盛期のままってことか…。あのとき(みらい)では考える暇すらなかったが…どうやら俺と同じで『権能』をそのまま引き継いだみたいだな」

 

 

 シロは思案する。今の紅夜のように蒼汰の力を受け継いでおらず完全に【紅月紅夜】と言う人物の力のみで生きている場合もある。

 自分の知っている親友のままで、嬉しさすら感じる。

 

 

「でもなぁ…その嬉しさは、お前を救ってから、噛み締めることにするよッ!」

 

 

 イェド・オフィウクスで地面に置かれたガトリング砲を引き寄せる。今はこの権能で臘月を集中攻撃しているため、長時間は使えないがこれで十分だ。

 ガトリング砲の回転力を全力まで上げて、自身の力で生成した弾は尽きることなくほぼ無制限に発射される。

 小型弾の雨が、圭太を襲った。

 

 

「――――」

 

 

 圭太は無言のまま、トライデントを凪ると暴風が発動し、弾を全て軌道変換して逸らした。―――が、そこで圭太は異変に気付いた。

 銃弾一つ一つに込められた殺意が、まだ自分に向いていることに

 

 

「忘れたとは言わせなぜ、圭太。蒼汰はもういない。あのアホ女神(ヘカーティア)()()()()も含めて、お前は俺の『権能』の全貌を理解している数少ない存在だ。だから知ってるよな――?俺の、カウス・メディア・サジタリウス(射手の中心)】――絶対命中を!!

 

 

 カウス・メディア・サジタリウス。絶対命中の権能。それは言い換えればホーミング能力であり、敵を絶対に逃がさない追跡性を武器などに付与させることができる。

 放たれた銃弾は既に千発を超えている。その銃弾が、一斉に軌道変換して圭太に襲いかかる。

 

 圭太はトライデントを地面に突き刺すと、そこを中心に巨大な水球が生成された。さらに自分は安全になるように水のない空気が十分な空間を中心に作っている。

 銃弾が水球の中に侵入するが、水圧で思うように進まない。それもそうだろう。トライデントの風の力で水流の流れを自作しているのも、一つの理由だろう。

 

 圭太はそのまま、水圧を最大限にまで操作すると、ただでさえ小さかった弾丸が米粒より小さく圧縮された。水球を解除すると、弾丸だった金属が地面に散乱する。

 

 

「…自分の自由意志はねぇってのに、状況把握は自分でも可能…。やっぱ、『保存』から進化したのは、アレで間違いねぇってわけだ」

 

「―――」

 

 

 前々からおかしいとは思っていた。圭太は臘月によって調教され、臘月の命令がないと動かない人形のように思えていた。だが、思い返してみると今のように圭太は自分で状況把握をして行動していた。これは明らかに矛盾している。しかし、臘月の権能がアレであるならば、その矛盾もまかり通る。

 

 

「それに、アッチもそろそろ限界か」

 

 

 今だに臘月に向けて発射している無数の剣による突撃。それも限界に近かった。

 後ろで剣が散乱する音が聞こえた。イェド・オフィウクスの効果が、完全に切れたのも確認できた。

 

 

「てめぇえええええ!!さっきからボカスカボカスカブッ刺してきやがって!!いい加減うざったいんだよォ!!」

 

「―――」

 

 

 シロは今だに圭太のことを見ていて、臘月のことなど視界にも入れなかった。その行為が、さらに臘月のプライドを傷つけた。

 

 

「無視してんじゃねぇぞクソ野郎ォオオオ!!」

 

 

 激高して血管を浮き出し、シロに向かって跳んだ。しかし、シロはそんな臘月に興味などなさそうにスピカ・ヴィルゴを発動した。スピカ・ヴィルゴのタイムラグはとっくに過ぎている。

 シロの右手に鉤爪が精製され、そのまま振りかえって臘月を攻撃した。まるで金属を削るような音が響く。しかし、臘月に傷はない。

 だがこれも想定の範囲内。今度はイェド・オフィウクスでバズーカ砲を引き寄せて、臘月が怯んでいる隙にバズーカを―――破壊して、自爆した。

 中にある火薬をぶちまけてそれを炎を出して爆発させたのだ。

 

 当然シロも巻き添えを喰らうが―――シロも無傷だ。ただ、その爆発で自身の体を移動させた。それだけだ。

 そもそも、何故シロが大抵の自然系攻撃を無効化してしまうのか、それはまた権能の一つの力だ。

 

アンタレス・スコーピオン(サソリの抵抗)。アンタレスには火星に似たものと言う意味があるが、昔は間違った解釈で火星に対抗(アンチ)するものと言う意味があった。

 間違った解釈=『反転』と捉えてアンチ――抵抗の力。それがアンタレス・スコーピオンの力だ。

 

 この権能は大抵の攻撃を無効化するほか、

 

 火は完全に無効化して、体どころか服すら燃えることはない。

 水は沈められても呼吸可能であり、水圧すら完全に無効化する。

 風で体が斬れることもなく、また飛ばされることもない。

 土で体が汚れることなく、埋められても呼吸可能であり、と言うより埋められても自身の周りに土を寄せ付けない。

 

 今の今までシロの服にすらダメージが通らず、濡れず、汚れずだったのもアンタレス・スコーピオンあってのことだった。

 

 体を自ら吹っ飛ばしたシロは少し離れた場所で着地する。その時に地面に巨大なクレーターが出来た。

 

 

「――今のステータスは…」

 

 

 シロは眼を閉じて頭の中で今の自分のステータスを確認する。

 

 

攻撃:16384

防御:16384

速度:16384

耐久:16384

精神:16384

霊力:16384

魔力:16384

神力(レンタル):16384

 

 

 と、かなりのものになっていた。

 さっきから現れるこの数値。これもシロの権能の一つだ。

 

 権能の名はエルナト・タウルス(牡牛の突撃)。エルナトには『(角で)突くこと』と言う意味がある。

 この権能は戦闘の最中のみ自身のすべての力を『1』と定義して一回の攻撃ごとに2倍に増やしていく力だ。

 また、これはON&OFFも自動で切り替えることができる。自身に過ぎた力は体を破壊する。それゆえに体に支障がないようにここで留めているのが現状だ。

 今の弱体化しているシロの体では、後二回ほど倍化すれば完全に壊れる。流石に自滅はゴメンだ。

 

 

「打ち止めにしてて正解だったな…」

 

 

 シロは左手の裾をめくる。そこには、信じられない光景があった。

 シロの左腕に、ヒビが入っていたのだ。

 

 全体を強化すればするほど強くなるが、その強化に体が耐えられなければ意味はない。普段は最大でも16384の前の8192で留めているのだが、今ばかりは体のことなど気にしていられない。

 しかし、強化し続けると体が壊れていくのも事実だ。

 

 

「……そう言えば、圭太が見当たらない。……まさかッ!!」

 

 

 ラムダ・キャンサーを発動して脳をフル回転する。圭太にはまだ神器がいくつもある。そしてその内の一つに、この見当たらない状況を作り出す神器があった。

 

 

「たぁッ!!」

 

「――ッ」

 

 

 右の死角となる場所。そこに違和感を感じてレーザーソードを生成して薙ぎ払う。何もないはずの場所。そこには何故か抵抗感があった。

 徐々にその正体が露わになった。正体は圭太だった。

 

 

「やっぱりな…【ハデスの兜】【タラリア】のコンボ。お前の得意な不意打ち方法だったよな」

 

 

 ハデス。オリュンポス十二神の一柱(ヒトリ)で冥府の神。冥府の神の名の通り死者を司る神だ。そのハデスが着用していた兜――【ハデスの兜】には透明化効果がある。

 というのも、ハデスには“姿隠し”の能力を持っているため、それに由来している。ちなみに、兜も透明化済みで触れることもできない。攻撃は防ぐと言う矛盾効果もあるが。

 

 タラリア。【金術、道祖神、盗賊、商売の神ヘルメス】が履いている魔法の靴。

 羽根が生えており、これを履いていると鷲よりも速く飛ぶことが出来るとされており、これで空を飛ぶこともできる。

 

 この二つのコンボが、圭太の得意な不意打ち方法だった。

 

 

「どうやら、戦法も変わってないみたいだな。そこも見れて安心したよ。だからこそ――この戦い、俺が有利だッ!!」

 

 

 シロは圭太のあらゆる事情を知っている。故に、立ち回ることが可能だ。

 シロは属性武器――炎の剣と氷結の槍を精製する。リーチの長さの違いで扱いにくいレパートリー

だが、そんなハンデ、シロにとっては造作もないことだ。

 

 炎の剣を振るうと、(ほむら)が舞う。圭太は体を逸らして避けるが、そこを狙って氷結の槍で問答無用で突く。攻撃は見事辺り、傷口から凍っていく。

 その攻撃にはまるで躊躇いなどなく、かつての親友に向けるものではない。

 

 

「―――ッ」

 

 

 圭太は一旦距離を取った。その瞬間、傷口から炎が出現し、氷を溶かした。さらにその炎は圭太の傷口を焼くのではなく、逆に回復を促していた。やがて、傷が完治する。

 

 

ヘパイストスの【再生の炎】…厄介だな。だが、お前の力を知っているからこそ、俺が手を抜くことは絶対にない。だから…全力でお前を倒す」

 

 

 もうあの時のようなヘマはしない。絶対に、倒して、救って見せる。

 

 

「おいおい。なに茶番やってんだよ!!」

 

 

 そんな時、水を差すように臘月が後ろから叫んだ。水を差されたことでシロが舌打ちする。実質挟み撃ちの状況に追い込まれた。

 

 

「それにしても、お前酷ぇな?友達なんだろ?助けにきた友達相手に殺す気で戦うとか…頭狂ってんなww」

 

「黙っとけ。お前には分からないだろうなァ。俺がどうしてここまで本気を出すのか」

 

「あぁん?」

 

「答えは簡単だ。俺は圭太を認めている。強いから、決して舐めてかかることはしない

 

「――はっ、訳わかんねぇ。結局は自分大事ってことじゃねぇか」

 

 

 臘月はシロの考えを一蹴する。しかし、シロの表情は――無。まるでその瞳は臘月を見ていない。

 

 

「言っただろ。臘月。お前には決して分からない。だから、ここで宣言するぜ臘月。今日、お前は何もかもを失い失堕(しっつい)する。いいや―――させる」

 

「ははははッ!なに馬鹿なこと言ってんだよッ!失墜?この俺を!?冗談も休み休み言えッ!」

 

 

 怒るどころか逆に爆笑し、静寂の空間を打ち破った。

 しかし、シロの表情は相変わらず変わらない。

 

 

「別に冗談で言ってるつもりはないさ――。それに、目的の“時間稼ぎ”も終わったしな

 

「は?なに言って――?」

 

 

 そんなとき、突如臘月の背中に灼熱を纏った斬撃が直撃した。臘月は完全に不意打ちを喰らい、前に数歩前かがみになった。

 臘月はゆっくりと後ろを見て―――その斬撃を放った相手を見た。見た途端、臘月の表情が怒りで染まる。

 

 

「おい……こりゃあ何の真似だ?……依姫

 

 

 臘月を攻撃した人物。それは依姫だった。

 依姫は刀を振り下ろした姿勢で、鋭い眼光で臘月を怒りの形相で睨む。

 

 

「臘月ゥ…殺すッ!!」

 

 

 依姫は殺意全開で地面を駆けた。

 

 

火雷神(ほのいかづちのかみ)様!!愛宕(あたご)様!!どうか私に力をお貸しくださいッ!!」

 

 

 怒りで周りを忘れながらも神への礼節は欠かさず、依姫は全身に灼熱の炎を轟く雷を纏った。瞬間、依姫のスピードが極限まで上がり臘月との距離を一瞬で詰めた。

 臘月は防御をしない。なにせ、ただでさえ権能持ちではない依姫の攻撃が自分に通じるはずないから。

 

 しかし、臘月はとっさに攻撃を防いだ。いや、刀を掴んだ。

 

 

「おいてめぇ…どこ狙ってんだよ」

 

 

 依姫の刀は、臘月の股間一歩手前で、臘月の手によって止まっていた。臘月がわざわざ攻撃を止めた理由。それは単純に自分の睾丸に攻撃されるがの嫌だったからだ。

 

 

「お前のそんなもの、潰れてしまえばいいッ!」

 

「キモめぇんだよ!俺の股間狙ってきやがって!どうしたんだよてめぇ!!」

 

 

 怒りながら臘月は依姫の腹を蹴った。依姫は水切りの石のように何度も地面に体をぶつけて撥ねながら五回目で止まり、地面に蹲りながらも立ち上がろうとする。

 

 

「依姫ッ!!」

 

「依姫様ッ!!」

 

 

 すると突如として依姫のすぐ近くに豊姫とレイセンが現れた。二人はボロボロになった依姫を介抱すると、豊姫はシロを睨んだ。

 

 

「あなたね…ッ、依姫を傷付けたのはッ!!」

 

 

 とんでもない誤解だ。しかし、その誤解はすぐに解けることになった。

 

 

「離してくださいお姉様ッ!!私は、アイツを臘月を!!殺さなきゃいけないんですッ!!」

 

「依姫…ッ!?どうしたの!?急に医療室から飛び出して、さっきから様子が変よッ!?」

 

 

 依姫の殺意が、あの白服の男ではなく身内である臘月に向いていることに、豊姫は驚きを隠せなかった。

 その様子を見たレイセンは、あのシーンを思い出した。シロが依姫の頭を掴んで、水色の光が出ていた、あの場面を。

 

 

「あなた…依姫様になにをしたんですかッ!!?」

 

「そこで俺に矛先が向くわけね…。まぁ合ってるけど」

 

「やっぱり…!!」

 

 

 豊姫はボロボロになりながらも臘月への殺意を緩めずに暴れる依姫を抑えている。しかしそんな豊姫も依姫を抑えながらシロを睨んでいた。

 

 

「単純な話さ。記憶を埋め込んだのさ。彼女に

 

「記憶を、埋め込んだ…?」

 

「そう。俺の“臘月が憎い”って言う憎悪の記憶を、そのまま彼女に植え込んだ。結果的に、彼女は臘月を憎むようになったってことさ」

 

「そんなことを…ッ!!」

 

 

 豊姫とレイセンがシロを睨む。

 しかし、シロのこの発言は半分本当で半分嘘だ。

 

 実際埋め込んだのは、シロの記憶じゃない。【綿月依姫】本人の記憶だ。

 未来で依姫の魂を回収した後、ずっと保管していた。そしてあの時、今の依姫と未来の依姫の魂を融合させたのだ。

 ここで使ったのはネメアの獅子。生者の魂を操作することはできずとも多少の干渉は可能なこの権能の力を使って二つの魂を、『記憶』を融合させた。同一人物の魂だ。うまくいかないはずがない。

 だがしかし、記憶の完全継承のはかなりの時間を労するため、時間稼ぎが必要だった。

 

 しかし、もうそんな必要もなくなった。

 

 

「あなたはどうして、こうも臘月様を憎むんですかッ!!」

 

 

 レイセンが叫ぶ。その叫びを、シロは鼻で笑った。

 

 

「お前、アレが見えないの?」

 

 

 シロが親指で指さしたのは、シロの真後ろに立ち尽くしたままのボロボロの服を着ている白いメッシュのある黒髪の美青年が目に映った。

 

 

「あの人は…?」

 

「親友だよ。俺の、大事な…」

 

 

 シロは天を見上げて、ほそぼそと答えた。哀愁が漂う雰囲気に、レイセンは思わず押し黙る。

 

 

「ヤツは、俺から大事な人を奪った挙句、自由意志を奪った。そんなヤツを、みすみす許しておけるかッ!!だから俺は、成った!どんな極悪人にだろうと、大罪人になろうと、俺はなってやった!知ってるか?クズはクズにしか裁けないんだよ

 

 

 シロは両手の武器を手放すと、武器が霞のように消え去る。

 手を広げ、大声を出した。

 

 

「それではッ、ようやく役者と観客が揃った!見てもらおうか、聞いてもらおうかッ!!俺がこれから話すすべてをッ!!」

 

 

 シロは演説を始めた。急に始まった謎の茶番に、一同は困惑する。臘月すらも、怪訝とも言える表情で行く末を見守っていた。

 それだけでなく、先ほどまで暴れていた依姫も表面上は落ち着きを取り戻してただ静かに彼の演説に耳を傾けていた。

 

 

「まずは自己紹介から始めようかッ!物語も、登場人物のことを知らないと見向きもされないからねッ!」

 

 

 紳士のように一礼して、シロは――否。

 

 

「俺の名前は()()()()()()。ただのしがない復讐者(アヴェベンジャー)さ。さぁ、最大で最高なネタバラシと洒落込もうか」

 

 

 シロは――ヤガミレイヤは、【夜神零夜】と全く瓜二つの顔で、ニコリと微笑んだ。その笑みは、とても黒かった。

 

 

 

 

 




 はーい。ネタバレ祭、いかがでしたか?自分としてはかなり満足です。

 今回のまとめ。

シロ(ヤガミレイヤ)

2【エルナト・タウルス】 牡牛座の権能
 エルナトには『(角で)突くこと』と言う意味がある。
 戦闘中にのみ自身のすべての力を『1』と定義して一回の攻撃ごとに2倍に増やしていく力。戦闘が終わればバフは消える。
 また、これはON&OFFも自動で切り替えることができる。

4【ラムダ・キャンサー】 蟹座の権能
 『思考加速』や『演算処理』などと言った処理能力の力。
 脳をゲーミングPCレベルにまで爆上げできる。普通にやれば1時間かかる書類も10秒で完成できるレベル。

5【ネメアの獅子】 獅子座の権能
 【魂】を操り、操作する力。
 しかしすべての魂を操れるわけではなく操れる魂は、肉体を保有していない魂限定。だが肉体を持っている魂でも多少の干渉は可能。

6【スピカ・ヴィルゴ】 乙女座の権能
 ありとあらゆる武器や防具の生成、精製する権能。
 しかし欠点として『一定以上の数を生産すると次の生産にタイムラグ』が必要となる。

8【アンタレス・スコーピオン】 蠍座の権能
 アンタレスの間違った解釈で火星に対抗アンチするものと言う意味があった。
 間違った解釈=『反転』と捉えてアンチ、つまり抵抗の力。それがアンタレス・スコーピオン。
 この権能は大抵の攻撃を無効化するほか、『火』『水』『風』『土』などの属性攻撃への完全耐性を発揮している。
 シロの服が汚れないのもこの権能のおかげ。

9【カウス・メディア・サジタリウス】 射手座の権能
 絶対命中の権能。投擲したり発砲した攻撃にホーミング効果を追加する。
 この権能は少し前に【ニュートン】によって明らかにされていた。

10【アルゲディ・カプリコーン】 山羊座の権能
 繁殖能力が非常に高い山羊をモチーフにし、『複製』の権能。
 これでスピカ・ヴィルゴの欠点をカバーしている。
 イメージとしては【衛宮士郎】の【投影魔術】。

13【イェド・オフィウクス】 蛇遣い座の権能
 念動力を扱いことを可能とする権能。これで遠く離れた場所にあるものを引き寄せたりすることができる。
 今回はスピカ・ヴィルゴとアルゲティ・カプリコーンの権能で生成し、散乱した大量の武器を自分の手元に引き寄せたり、大量の武器を一気に動かして集中攻撃も可能。

13【サビク・オフィウクス(ヘビつかいの制圧者)蛇遣い座の権能
 79話では使われなかったが、【断章:輝夜姫の憂鬱】にて使用された権能。
 この権能は「相手の戦意を喪失、現象させる」権能。どの程度喪失するかは相手の「覚悟」と「度胸」によって決まるため、どのくらい減少するかは使用された者次第。
 簡単に言うと“蛇に睨まれた蛙”状態にする権能であり、雑魚専用である。


圭太

 火と鍛冶の神ヘパイストス
 【再生の炎】
 鍛冶師は新たな武器や防具を作り、また新しく直す職人。その炎は燃やすのではなく治すために存在する。
 治してやる。直してやる。何度でも、何度でも。その命尽きるまで、何度でも。お前が望む限り、何度でも、何度でも。


 【ケラウノス】
 オリュンポス十二神のゼウスが使用している実態を持たない雷の神器。通称【ゼウスの雷霆】。
 雷の形を整えて武器にしたりすることも可能。

 【トライデント】
 オリュンポス十二神の海神ポセイドンが使用していた三又の槍。
 嵐や津波、洪水や風を操る力を持っており、圭太は器用に水と風を操って攻撃している。

 【ハデスの兜】
 姿隠しの能力を持つ、オリュンポス十二神の冥王ハーデスの兜。効力の通り、透明化する能力を保有しており、気配を完全に断ち切るので奇襲を仕掛けることや逃走に使用可能であり、ある程度の強度も持ち合わせている。
 また誰からも見えないように兜自体が透明化しており、圭太以外触れることは不可能。
 さらに攻撃を通さずそれ以外を通すと言う矛盾を完全に確立しているオマケつき。

 【タラリア】
 オリュンポス十二神のヘルメスが使用していた魔法の靴。羽根が生えており、これを履いていると鷲よりも速く飛ぶことが出来るとされている。
 常に圭太が履いており、これにより空を飛ぶことを可能としている。なお、羽の部分は【ハデスの兜】の力で透明になっており、通常では見ることも触れることもできない。

 というのが今回の使用権能およびアイテムです。

 次回もネタバレ祭の続きだよ!

 評価:感想よろしくね!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80 お前は『敵』だ

 綿月(わたつきの)臘月(ろうげつ)

 ↑ 今思ったんだけど、『臘月』って普通に作者以外なんて読むかわかんなくね?と思って書いてみた配慮。


 お待たせしましたー。
 ネタバレ祭なので、かなりの大ボリュームに!もう少しで20000生きそうだった…。なんか微妙な文字の終わり方だけど、気にしないッ!!

 それでは、どうぞッ!


「始めようか。最大で最高なネタバラシを」

 

 

 そう言い、シロ――もといヤガミレイヤは高らかに宣言する。

 長く隠されていたベールがついに晒された。彼の素顔を見て驚愕したのは依姫だけだ。今の依姫は未来の依姫の魂と融合した状態ゆえ、未来の記憶が存在する。もちろん、自分が死んだときの記憶も。融合故にしばらく情報の整理で頭痛が酷かったが、すぐに現状を理解して今この場に居る。

 

 未来で見た、黒い服で全身を包んだ男の顔。その顔と、双子と見間違えるほど瓜二つだったら、そりゃあ誰だって驚く。

 そんな彼女の驚きを他所に、臘月が怒声で「ネタバラシ」を邪魔した。

 

 

「ふっざけんなっ!なにがネタバラシだッ!!んなもんどうでもいいんだよッ!!それに、冤罪吹っ掛けてんじゃねぇ!!俺がアイツを拾った時は既にボロボロの廃人だったんだよォ!!あの残状を俺のせいにしてんじゃねぇ!!むしろ餓死しねぇように拾ってやったことを感謝される身なんだよこっちはよォ!!」

 

「―――。黙れ。だったら今の圭太はなんだ?服もボロボロで、言葉もまともに話さない。ただお前の言うことだけ聞く人形だ。ボロ雑巾のように使い古して、あまつさえ――」

 

 

 未来のあの出来事が鮮明に思い浮かぶ。自身の盾として圭太を使い、そして直撃してこちらが放心してしまっている隙を狙って圭太を貫いて攻撃された、あのときを。

 

 

「感謝だと?ふざけるな。どうせお前は圭太を都合のいい駒としか思っていないクセに、戯言を抜かすんじゃねぇ!!」

 

「知るかよッ!こっちは拾ってやった上に仕事を与えてやってんだ!とやかく言われる筋合いはねぇ!!」

 

「……そうか。そうだよな…お前は、そんなヤツだよな。口論してた自分が恥ずかしくなるよ」

 

 

 レイヤは今更ながらこんな男と口論になっていた自分が恥ずかしくなる。

 

 

「んだとてめぇ!!」

 

 

 チンピラみたく挑発に乗って攻撃を仕掛けた。

 臘月が屈んで地面の砂を拾うと、それを投げつけた。ただの子供の攻撃としか思えない攻撃。しかし、臘月がやった場合それは即死の弾丸――当たればハチの巣になることは必須の即死攻撃だ。

 しかし、シロはすぐさま空間の権能の力で禍々しい剣と二冊の本を取り出して、読み込んだ。

 

 

ブラッドバジリスク!

 

ポイズンスパイダー!

 

習得二閃!

 

 

 剣は毒のオーラを纏い、剣を地面に突き刺した。すると紫色の円状の壁がレイヤの目の前に出現し、砂の弾丸を受けとめた――いや、時が止まった。

 砂の弾丸が、だんだんと紫色に変色していき、地面にポロポロと落ちていく。

 

 そして臘月の四方八方の地面から紫色に変色した蜘蛛の糸が飛び出し、臘月の四肢を拘束する。

 

 

「な、なんだこれは!?それに、力が、抜けて、いく、だと…!?なにしやがったてめぇええええええ!!!」

 

「これのおかげだよ…【猛毒剣毒牙】。てんs――いや、【権能キラー】とでも呼んでおこうか」

 

 

 レイヤは高々にして猛毒剣毒牙を見せつける。その剣は神々しさも毒々しさも禍々しさも兼ね備えており、矛盾をそのまま形にしたような剣だった。

 

 

「権能キラーはその名の通り、権能を持つ相手に対して強力な特攻を発動する力…。対権能用に創られた、特別な剣だよ」

 

「はぁああああああ!?ふっざけんなよ!!そんなチート使いやがって!ずりぃだろ!!すぐに外せッ!!」

 

「そう簡単に離すわけないだろ…ちょっとの間お話しようぜ。俺も長くはもたないからな」

 

 

 そう言うレイヤの猛毒剣毒牙を持つ右手はジュクジュクと音を立てながら毒に浸食されていた。

 その右手を見て依姫が反応を示した。

 

 

「それは…ッ!」

 

「そう。猛毒剣毒牙は権能キラー。だから必然的に俺にも効果あるんだよねぇー。つまり諸刃の剣ってわけ。俺のサダルメリク・アクエリアス(王のみずがめ)の力でなんとかなってるけど…正直辛い」

 

 

 サダルメリク・アクエリアス。レイヤの11番目の権能だ。サダルメリクは【王の幸運】の意味を持つ水瓶座のアルファ星であり、【回復】の権能を有している。

 猛毒剣毒牙の権能キラーを耐えることができるのも、この権能のおかげだ。

 

 

「はっ。自分の武器にやられてちゃ世話ねぇなぁ」

 

「そんな恰好で威張れるお前もどうかと思うがな」

 

「クソが…ッ!!」

 

 

 臘月の嫌味を嫌味で返す。

 正直言って今猛毒剣毒牙の力で臘月の力が弱体化している今、すぐにでも殺したい。しかし、それでは意味がない。コイツの罪を洗いざらい吐くまでは。

 猛毒剣毒牙をしまって、臘月に語り掛ける。

 

 

「じゃあまず、お前が犯してきた罪から暴露していこうか?」

 

「は?俺はなにもしてねぇっつの!まさか、さっきの話の掘り返しかよ。あんなのは罪でもなんでもねぇ。何度言えば分かるんだかなァ」

 

「うるせぇ。まずは――依姫」

 

「――――」

 

 

 レイヤが依姫を指定すると、依姫はこちらを向いた。今だに依姫は臘月を殺さんとばかりの眼で睨んでいるが、一旦落ち着きを取り戻して、レイヤの言葉に耳を傾けた。

 

 レイヤは気を取り直して一回手を叩く。

「この月でさ、怪奇事件みたいなこと、起きてるよね?」

 

「……本来なら答える義理などありませんが、あなたには借りがあるので…。えぇ。あります。人が突如として豹変すると言う不可解な事件が」

 

「ちょ、依姫ッ!?」

 

 

 義理のない相手に月の内情を喋った依姫に驚いた豊姫。しかし、依姫の“あなたには借りがある”という部分から、自分の妹の不自然な部分の理由をすぐに理解した。半分正解で、半分間違いの。

 

 

「あなた…この子に憎しみ以外のなにを吹き込んだの!?」

 

「ん?別に“憎しみ”だけとは言っていないだろう?」

 

 

 レイヤは平然と豊姫の疑問を肯定した。つまり、憎しみ以外にまた別の記憶を埋め込んだことになる。

 相手は他人の記憶に干渉できるほどの敵だ。だったら、捏造した記憶を埋め込んでそれを本当のことだと思わせる洗脳のような芸当ができたとしても不思議ではない。

 

 

「依姫ッ!目を覚まして!!それはあなたの記憶じゃない!!臘月が憎いって言うのも、全部嘘「違うッ!!」ッ!」

 

「お姉様…これは誰かの記憶でも、嘘の記憶でもなんでもない。これは、私自身が体験して、私自身が見た経験そのもの!私は、今すぐにでもあの男を殺したい…!!」

 

 

 依姫は臘月を抹殺せんと鋭い眼光で睨む。そこから放たれる殺気は場の雰囲気に押し負けてさっきから黙っているレイセンと説得していた豊姫すら後ずさりするほどのものだった。

 臘月はそんな状態の依姫を見て、鼻で笑った。

 

 

「おいおいお前さんよォ…。俺の事散々クズだの言ってたが、お前だって変わらねぇじゃねぇか」

 

 

 臘月はレイヤのことを侮蔑する。これには、流石の臘月にも軍配が上がっていた。

 真実は違うとはいえ、今のレイヤは偽りの記憶を女性に埋め込んだ悪人だ。流石の正論に、レイヤは口を閉じ――ない。

 

 

「あぁそうさ。確かに俺がやってることはクズだな。だが、お前とそう変わらない。俺の感情は所謂“同族嫌悪”ってやつだ」

 

「はぁ?」

 

「それに俺言ったよなぁ。クズはクズにしか殺せないって。そのために、俺は喜んでクズになった。だから分かるか?お前も俺と、そう変わらないってことが」

 

「知らねぇよ!!大体なぁ、俺がクズなら周りの奴等はもっとクズだぜっ!!俺なんて生易しい方だ。むしろ、俺はこんな人で良かったって安堵されるべき人種なんだよ!!」

 

 

 ――と、冗談なのか本気なのか知らないが……いや、割と本気で本人はそう信じているらしい。

 臘月の言い分に、さらに依姫は殺気を増した。

 

 

「お姉様。あんな害悪生かしていてもなんの得にもなりません。殺します」

 

「落ち着いて依姫ッ!!臘月は、今きっと少しおかしくなってるだけ!!本当の敵はアイツよッ!!」

 

 

 そう言い、豊姫は相変わらずこっちに敵意を向けてくる。レイヤは彼女の感情が真っ当であるがゆえに何も言えない。いや、言わない。

 豊姫なりの状況判断からすれば“臘月も依姫と同じ洗脳を受けている”扱いなのだろう。レイヤは何度か豊姫の様子をちらちら見ていたが、臘月の豹変ぶりに驚いているようだった。

 どうやらこの男、普段は猫を被っていたようだ。

 

 そしてその本性がさらけ出した瞬間が、レイヤと言う洗脳能力を持つ敵の目の前だから、豊姫はこれが臘月の本性だと言うことに気付かない。

 本題は、どうやってこれがこの男の本性だと言うことを豊姫に納得させるか、だ。

 

 

「じゃあ―――」

 

 

 レイヤは豊姫と依姫の間でどちらの味方をすればいいのか今もあたふた困惑しているレイセンに視線を向けた。

 

 

「レイセンちゃん。君の疑問に答えてあげよう」

 

「えっ、私ッ!?」

 

 

 急に話を振られて困惑するレイセン。タダでさえ今の状況にあたふたしているのに、さらに爆弾を抱えて彼女の頭はパンク寸前だ。

 

 

「ずっ~と、不思議に思っていたことであろうことさ。それを、今この場で暴露する」

 

「そ、それって…?」

 

「ずっと不思議に思っただろ?臘月が君に向ける感情について

 

「―――ッ」

 

 

 その時、レイセンは度肝を抜かれたような表情をした。その言葉に、豊姫と依姫は一斉に視線をレイセンに映し、臘月は殺気の籠った眼でレイセンを睨んだ。

 

 

「ヒッ――!」

 

 

 臘月の殺気に怯えた瞬間

 

 

「ハッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 

 レイヤのボディーブローが、臘月の腹に直撃した。猛毒剣毒牙の効力が未だに続き、拘束されている状態の臘月には権能持ちのレイヤの攻撃はクリティカルヒットだ。臘月は口から吐血した。

 

 

「臘月――」

 

「サビク・オフィウクス」

 

 

 この瞬間、豊姫はヘビに睨まれた蛙のように動けなくなった。これほどまでに“死”という概念を感じたことはなかった。

 サビク・オフィウクスはイェド・オフィウクス同様【蛇遣い座】の権能だ。レイヤの権能は一つの星座につきひとつの権能しかないが、蛇遣い座は黄道十二星座に該当しない例外の星座だ。だからこそ、例外故に2つの権能が存在する

 サビクは蛇遣い座のη(イータ)星を表している。その意味は「勝利者」「制圧者」。それに由来して【威圧】と言う権能を持っている。

 基本は雑魚用だが、自分より強い相手にも聞く。ただし、力だけのチキン野郎にだけだ。本物の強者とは心も強いものだ。自分より実際の力が弱くとも、心が強かったら効果が出にくいと言うのがこの権能の分かりにくいところだ。

 

 さて、その間に、依姫は豊姫に対して申し訳なさそうな顔をして、レイセンに問い掛ける。

 

 

「レイセンッ!!今の話、詳しく聞かせなさい」

 

「で、でも「早くッ!!」は、はひっ!!」

 

 

 レイセンは依姫の気迫に怯えながらも話した。臘月と自分が初めて出会った時、何故か臘月が自分に対して『恐怖』の感情を抱いていたことに。

 

 

「本当に、心辺りなんてないんです。始めて出会ったのに、なんでこんなに怖がられてるんだろうって、ずっと不思議に思ってて」

 

「確かに…これはどういうことですか?」

 

「簡単な話さ。あの男の恐怖はレイセンと言う個人に向けられていたものじゃない。()()()()()()()()()事体に向けられていたものだったからね

 

「―――ァアアアアアアアア!!!」

 

 

 そう言った瞬間、咆哮とともに臘月の暴れる力と怒りの形相が深まった。ジタバタと暴れるが、【権能キラー】の力に権能持ちはどうすることもできない。

 ネタバレをすれば、そもそもあの糸はある一定の筋力があれば普通に切れる。それができないとなると、臘月がどれほど権能に頼っていたのかが伺い知れる。

 

 まぁもっとも、権能持ちであろうがなかろうが蜘蛛の糸の毒でやられて大抵はお陀仏するが。むしろこの拘束方法は権能持ち以外にやると普通に死ぬ。耐えられるのは権能持ちのみだ。まぁ不老不死や強力な耐性を持つ相手なんかの例外も存在するが。

 

 

「図星か…。だったらさらに追い詰めてやる。お前が玉兎に怯えている理由。それは――」

 

「やめろぉおおおおおお!!!!おい、アイツを黙らせろォオ!!!」

 

 

 弱点の露見を阻止するために臘月は圭太に命令する。自分が動けない今、使えるのは彼だけだ。喉がはちきれるであろうほどの声量で叫ぶも、圭太はなにも反応しない。

 それは、コントローラーを持っていないラジコン同然に。

 

 

「おい!!動け!!あいつをぶっ殺せ!!聞いてんのかよおい!!」

 

「無駄だよ。今、圭太は誰の声も聞こえてない状態だからな」

 

「どういうことだッ!!」

 

「今も圭太は、これで耳が聞こえない状態なんだ」

 

 

 そう言ってレイヤが懐から取り出したのは――、

 

 

「耳栓…?」

 

「そう、耳栓。お前らが俺の話に夢中になっている際にこっそり付けさせてもらった」

 

「ふざけんなッ!!そんな暇なかっただろうが!!」

 

「ざんね~ん。俺には【カウス・メディア・サジタリウス《絶対命中》】の権能があるんだよ。それで耳にスポッ、ってわけだ」

 

 

 カウス・メディア・サジタリウスの権能、絶対命中の力で耳栓を誰にも気づかれずに圭太に取り付けた。その事実を知った臘月は歯ぎしりと怒りの形相は止まらない。

 罵倒、罵倒、罵倒。罵倒のコンボが続いていくが、レイヤはその情報を完全にシャットアウトして、暴露を決行する。

 

 

「臘月の弱点それは―――」

 

 

 そもそも、ずっと疑問に思わなかった。しかし、レイセンの証言でそれが疑問に思えた。

 未来の月で玉兎が奴隷化(おもちゃに)された理由がレイセンの逃亡だ。そして、それを進言したのは臘月。これだけで話の筋がまかり通ってしまうためにこれ以上考える必要がなかったのだ。

 だが、そこにもう一つの理由があったとすれば?それが―――。

 

 

「玉兎と言う存在自体が、お前の最大の弱点だったから、だろ?」

 

「な…ッ!?」

 

「え…ッ!?」

 

「…どういう、こと?」

 

「クソがぁあああああ!!!」

 

 

 言った瞬間、臘月の暴れる力が強まる。自分の弱点を完全に露見された。それへの怒りで、だ。

 依姫とレイセンは臘月の弱点が『玉兎』であることに驚き、豊姫はまだ話についていけてなかった。

 

 

「まさか、臘月があの制度を強制的に通したのって…!!」

 

「…ど、どういうことですか?」

 

 

 臘月が未来で玉兎の奴隷化を進めた真の理由。それは自分の弱点を完全に潰すことだった。玉兎を奴隷化することで自分に反逆する微かな可能性を完全に打ち消したのだ。

 無論、玉兎が反逆などすれば自分が出る間もなく終わるし、そもそもしない。臘月は大胆ながらも心配性な一面も持っていた。

 

 そして、未来で悦に浸っている最中に、【猛毒剣毒牙】と言う完全なイレギュラーによって、死亡した。

 

 

「依姫、どういうこと?臘月が強制的に通した制度って…?」

 

「あ…っ、お姉様やレイセンには全く関係のない話です。それに、そんなものは存在しません」

 

「え…?」

 

 

 二人は訳が分からず首を傾げる。依姫も咄嗟に誤魔化したが、別に嘘は言っていない。この時代に、その制度はないのだから。

 

 

「―――話を戻そう。何故臘月にとって玉兎が弱点なのか。それは玉兎共通の能力が関係している」

 

「玉兎共通の能力って…【波長を操る能力】のことですか?」

 

「そう。頭良いじゃないか」

 

 

 レイセンの回答を、レイヤは高らかに肯定する。あっさりと肯定されて褒められも、玉兎の【波長を操る】力は共通の能力だから逆に馬鹿にされているようにしか聞こえなかった。

 

 

「その【波長を操る】力こそ、臘月。お前の弱点だ」

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞッ!!出鱈目いいやがって!!名誉棄損で訴えてやるッ!!」

 

「ははっ。ここをどこだと思ってるんだ?現代日本でもあるまいし、そんな法律あるワケないだろ。少しはその()()()()脳細胞で考えたらどうだ?」

 

「てめぇ…ッ!!」

 

 

 臘月は変わらない般若の能面でレイヤを殺さんとばかりに睨む。特に、停滞した脳細胞と言う部分に、かなりの動揺を見せていた。

 

 

「さぁ、ネタバラシの続きと行こう。何故玉兎共通の能力である【波長を操る】ことが臘月にとって最大の弱点なのか。それは臘月の権能が関係している」

 

「権、能…?」

 

「なによ、それ」

 

 

 レイセンは聞き慣れない言葉に首を傾げた。そして、今まで乗り気ではなかった豊姫も、耳を傾けてきた。

 よし、着実に、事態はレイヤの期待通りに動いてくれている。

 

 

「権能とは、所謂(いわゆる)能力の進化した形だよ。ある一定の資格を持った者しかたどり着くことのできない、力の境地さ」

 

「なにそれ。全然意味分からないわ」

 

「まぁ当然さ。地上人にフェムトファイバーの説明をするようなものだからね」

 

 

 そんな説明をすると、豊姫も口を閉じた。彼女もフェムトファイバーの説明を地上人に説明しても理解できないだろうと言う考えを持っているのだろう。納得できてもらってなによりだ。

 

 

「そして、権能に進化すれば、能力者なんて蚊帳の外さ。なにせ、権能持ちの攻撃以外を完全にシャットアウトするからね」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 権能の恐るべき力。その実態を知って、3人の顔が強張る。権能持ち(どうるい)以外の攻撃を完全に無効化して寄せ付けないと言う圧倒的力。

 レイセンと豊姫は“そんなものが存在するのか”と驚いている様子だったが、逆に依姫は心底悔しそうだった。

 

 未来で、臘月への攻撃が一度も当たらなかったからくりが、そんなズルとも言える力によるだったのかと言う怒りで、刀を持つ手の力が強くなっていっている。

 

 

「で、でも!!臘月様がそんな力を持っているのなら私や他の仲間たちを警戒する意味なんてないじゃないですか!!」

 

 

 レイセンの言葉はもっともだ。そんな力があるなら、自分を警戒する必要も、怯える必要もない。なのに、何故――。

 

 

「あー違う違う。その先入観が間違っているんだよ」

 

「え…?」

 

「そもそも、権能は確かに強力だが、そんなに万能じゃない。よく覚醒したての初心者がやらかすミスだ。確かに権能は能力などの権能以外の攻撃は無効化するけど、それは“肉体系ダメージ”を無効化するのであって“精神的ダメージ”を無効化するわけではないのさ

 

 

 そう、権能持ちが良くしてしまう勘違い。確かに権能は権能持ち以外の攻撃を無効化するが、それは肉体ダメージを無効化するのであって精神ダメージを無効化するわけではないのだ。

 実際に精神ダメージを喰らわないと気付かないミスだが、受けると大抵困惑して行動できなくなったりする。

 

 つまり、臘月が玉兎に怯えている理由は――、

 

 

「精神を操作して精神攻撃することに長けている玉兎が、権能持ちの攻撃すら受け付けないお前の、最大の弱点だ。そりゃあ怯えるし、隠し通したくもなるよな。だってお前は、自分の優越感を満たすために『無敵』でいたいもんなぁ!!」

 

「黙れ黙れ黙れ黙れぇええええええ!!!」

 

 

 ついに、露見した臘月の弱点。これで何度臘月の怒りがピークを迎えたことか。

 そう、この男は自身の弱点である精神攻撃を扱える玉兎たちを疎ましく思ったのだ。権能持ちの攻撃すら通さない臘月の権能は、臘月自身にとってかなり愉悦なものだっただろう。本当に自身を『無敵』だとおもえたのだから。

 

 しかし、玉兎と言う弱点がある以上『無敵』ではない。この男のプライドが、それを(ゆる)すはずがない。

 だからこそ、レイセンの逃亡を名目に玉兎を奴隷化して、臘月は本物(にせもの)の『無敵』を手に入れたのだ。

 

 

「ず~っと疑問だった。何故お前があそこまで玉兎を虐げていたのか。これが理由だったのか」

 

「うるせぇ黙れっ!!俺が玉兎を虐げた?そんなこと一回もねぇよ!!罪を捏造すんじゃねぇこのゴミクズ野郎!!」

 

「――罵倒のレパートリーそれしかないのか?知識を蓄える力も止まっちゃってるのか。つくづくお前を憐れに思うよ。臘月」

 

「てめぇ…!!」

 

「それじゃあ次のネタバラシと行こうか。次はいきなり行くよ。お前の、権能の詳細だ」

 

「―――クソがァ!!!てめぇ!!このクズ野郎!!人の知られたくない個人情報暴露して、そんなに楽しいか!?この人間の屑が!!」

 

「面白いか?……あぁ。面白いよ。特に、お前のと思えば、特に、ね」

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 

 罵声を浴びせながら糸を解こうとするが、どうあがいても解ける物ではない。それに、猛毒剣毒牙の毒は臘月の体力を常に奪って行っている。その状態で、あそこまでの声を上げられるだけ大したものだ。

 

 

「さぁ弾けようか!!胸が高鳴る!!気分が高揚する!!お前をここまで追い詰めることができた!!お前の権能。それは――!!」

 

「あぁあああああああああああ!!!!!」

 

 

 臘月が声を荒げた。彼なりの抵抗だろう。しかし、そんな抵抗虚しく、あの男の権能の名が、ついに暴かれる。

 

 

 

 

 

 

 

「お前の権能の名前は、【固定】だよ。臘月

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「固定…?」

 

「それが、臘月の、権能?」

 

「なんか、拍子抜けと言うか…」

 

「字面に惑わされちゃいけないよ。これはかなり強力な力だからね」

 

 

 3人が各々の感想を述べる。確かに、一見聞けば【固定】とはあまり戦闘向きとはいえない字面だ。しかし、字面だけでは惑わされてはいけない。

 

 

「おい!!てめぇら俺の権能がその『固定』なんて言うつまんねぇものだって確定してんじゃねぇよ!!確証も証拠もねぇのに、出鱈目言ってんじゃねぇぞ!!」

 

「じゃあお前の権能ってなにさ」

 

「バーカ!!そんなこと言うわけねぇだろ!!!聞いたらなんでも答えてもらえると思ってんじゃねぇぞ!!ガキかてめぇはよォ!」

 

「―――その焦り様、もう“それです”って言ってるようなものだぞ?」

 

「はぁ!?別にそんなつもりで言ってるわけじゃねーっつの!!この馬鹿が!阿保が!屑が!!」

 

「罵倒が幼稚園生レベル…。まぁいいや」

 

 

 臘月の罵倒をひらりとかわして、レイヤは説明を始める。

 

 

「お前の権能【固定】は、文字通りありとあらゆるものを固定する力を持つ」

 

「そうか、だから…!」

 

「そう。俺の攻撃も通らなかったってわけ」

 

 

 依姫が気づき、レイヤは補足する。

 臘月は【固定】の権能を使って自らの体の状態を固定して、体の時間(とき)を進まなくした。所謂一種の“時間停止能力”だ。

 

 大分前の話になるが、ルーミアが言っていた。ウラノスが変なことを言っていたと*1

 もう穢れに怯える必要がないと。これが理由だったのだ。臘月の固定の権能があれば、月が『穢れ』で蔓延しても人々が『穢れ』で穢れることはなくなるのだから。

 

 しかし、臘月が他人のために力をすべて使う訳がない。臘月が止めていたのは個人個人の『老化』だろう。それならば、辻褄は合う。

 

 

「でも、そんな力を持ってたら、精神の方も固定すれば、まさしく『無敵』になるんじゃ…?」

 

「はい0点。赤点以下だね。そんなことをすれば心の方も止まって中身のないただの肉人形になるだろうが」

 

「あっ、そっか…」

 

 

 臘月が精神面を『固定』しない理由。それは単純明快だ。精神まで固定してしまえば心も動かなくなる。つまり脳が停止すると同義なのだ。

 やらないのではなくできない。それが正しい回答だ。

 

 

「お前はその『固定』の権能で『無敵』を手に入れていたようだが…残念だったな。お前はもう『無敵』じゃない」

 

「アアアアアア!!!」

 

「咆哮もそれしかできないのか?お前は頭の回る馬鹿だと思ってたが、ただの馬鹿だったみたいだ」

 

「ふざけんなよ、クソがァアアアアアア!!!」

 

 

 そのとき、臘月を束縛する強靭な毒糸が――千切れた。これには傍観していた3人も驚き、レイヤですら同様した。

 自由になった体で瞬間的に臘月は動いた。固定された体は空気抵抗などのあらゆる法則から解放され、常人ではあり得ないスピードでレイヤへと迫る。

 しかしそんな状況で、レイヤの口元は――笑っていた。

 

 

「残念でした」

 

 

 レイヤの左腕の(すそ)から、一冊の機械的な本が出てくる。それを、開いた。

 

 

白馬の王子と7人の小人が、眠り姫を救う物語

 

 

 レイヤが本を開いたその瞬間(とき)、当たり一帯が紫色の雪に包まれる。その雪に、臘月の脚が囚われる。しかし、レイヤと依姫たち3人のいる場所は見事に除外されていた。

 体が固定されているはずの臘月が、雪に囚われることなど決してない。ならば、この雪は普通の雪ではないと言うことだ。

 

 

「なんだ、この雪は!?」

 

「猛毒剣毒牙の能力の一部。…白雪姫の本の力だよ

 

「はぁ!?白雪姫は名前だけで雪の要素なんて一つもねぇだろうが!!」

 

「おいおい。ただでさえ権能が覚醒する際は非戦闘能力でも戦闘の権能に変化するんだ。これくらいのこじつけ、どうってことないだろ」

 

「それとこれとは話が別だ!!なんなんだよ、これはァ!!?」

 

 

 臘月はジタバタと雪を掻き分けて進もうとするが、権能が十分に発動しない。この感覚は、先ほど嫌というほど味わった。

 コレは、つまり…。

 

 

「今言っただろ?【猛毒剣毒牙】の力…つまり【権能キラー】の力だってな」

 

「クソっ!!この卑怯者がぁあああああああ!!」

 

「卑怯?はっ。よく言われるね。けど、俺は俺の持てるすべてを出しているに過ぎない。卑怯者って言うのは、背中から不意打ちするようなやつだよ?

 

 

 卑怯者と言われ、あったことのない()()()()の言葉を借りる。彼を見たのは画面の奥のフィクションの世界だ。ゆえに絶対に会うことのない、会えることのない人物だ。

 その人物にはとても共感を覚え、カッコイイと思ったほどだ。【仮面ライダー】と言う知識を蓄えようと思わなければ決して芽生えることのない感情だっただろう。

 

 

「さて、話の続きと行こうか」

 

「おい!!もういい加減にしろやッ!!」

 

「しねぇよ。いいから黙って聞いてろや」

 

 

 臘月の後ろからレイヤのスピカ・ヴィルゴ(武器生成)が発動する。それによって創られたのは、鎖だ。しかも、ただの鎖ではない。『神力』を纏っている特別な鎖。固定の権能を持ってしても切ることは難しいだろう。その鎖を臘月の口へ、体へ、四肢へと巻き付けた。これ以上喋らせないためだ。

 この力はレンタル(かりもの)に過ぎないが、それでも十分役に立つ。エルナト・タウルスの倍化の力で神力にはまだ余裕がある。

 

 

「ん――――ッ!!」

 

「うん。さっきよりはうるさくなくなった。それでは話を戻すとしよう。話題は一番最初の『性格改変異変』だ」

 

「何故最初の話に……まさかッ!!」

 

「そう。そのまさか。その『性格改変』も、コイツの権能の力だ」

 

 

 レイヤがそう告げて親指で臘月を指さすと、三人は唖然として驚いていた。まぁ、この反応は予想できた。そして、次に来る反応も。

 

 

「ふざけないでッ!!大体、『性格改変』と『固定』はなんの関係も関連性もないでしょう!?」

 

 

 豊姫だ。彼女は今だに、夫として、肉親としての臘月への信用を捨てきれずにいる。確かに、今までの暴露では豊姫の臘月への信頼を断ち斬るには不十分だ。しかし、これで完全に軋轢(あつれき)を生み、隔意を生み、確執を作ることができる。

 

 

「そうだね。『固定』と『性格改変』は、どうあっても繋がりがない」

 

「だったら「でも、二つの要素を繋ぐもう一つの要素があれば、話は変わるよね?」…どういうこと?」

 

 

 豊姫が顔を顰める。信じていないようだが、一応聞いてくれるだけありがたい。レイヤは微笑を浮かべて喜々として語る。

 

 

「まず『性格改変』の餌食になった一人…、空真。彼の魂から非常に興味深く…不愉快な存在が検出されたんだよねぇ」

 

「不愉快な、存在…?」

 

「そう。言い換えれば『精神生命体』かな?」

 

「精神生命体…?」

 

 

 聞き慣れない言葉。しかし、言葉の意味だけは分かった。精神だけの生命体だ。それが、『固定』と『性格改変』の間に挟まっている。

 だが、精神生命体と聞いてすぐに『性格改変』の理由が分かった。

 

 

「まさか、その精神生命体が乗り移ったのが、『性格改変』の原因!?

 

「グッド。正解だよ。その精神生命体が油汚れのように空真の魂にこびりついていてね。それを引き剥がしたら空真が元に戻ってウラノス・カエルムは完全に死んだ」

 

「……その精神生命体が『性格改変』の元凶だとしても、そこに空真の『固定』が入ってくるのが理解できない!そこはどう説明するつもりなの?」

 

「簡単だよ。実に簡単。『固定』の権能で精神生命体を作り出したんだよ

 

「精神生命体を」

 

「作り出した…!!?」

 

 

 あまりにもこざっぱりとした、無知蒙昧とも言える回答に、豊姫は顔を顰める。依姫とレイセンは十分に驚いてくれているが。

 ネタバレをされて暴れまくっている臘月は、無視だ。

 

 

「そんなわけないでしょ!!『固定』となにも関係ないじゃない!!」

 

「ところがどっこい。あるんだなー関係が。そもそも権能への覚醒による変化がこじつけレベルだし。理論は簡単だ。空真で例えると『固定』の権能で『精神生命体(ウラノス)』を空真に上乗せ――上書きしたんだ

 

 

 そう。『固定』の権能の恐ろしい真価。それは『上書き』だった。体の情報と言うデータを新たなデータで上書きして、全く新しい人格を作りだす。それがタネであり、『固定』の恐ろしいところだ。

 

 

「でも、私が見た限り、全員波長に可笑しなところは―――」

 

「あれは完全に融合して溶け込んでた。玉兎の能力でも認知するのは無理だ」

 

 

 レイヤはばっさりと切り捨てる。レイヤですら龍神の指摘があってようやく気付けたのだ。玉兎如きに気付けるはずがない。

 

 

「全く恐ろしい権能だよ。名前ってさ、その人物を形成するのに一番重要な要素なんだ。その人の全てと言っても過言ではない、『名前』。臘月の『固定』の権能はそれを上書きする力を持っている。精神生命体は、おそらくその結果による副産物だと俺は思っている。まぁそんなことをすれば生まれるのは必然なんだけどね」

 

 

 その人物がこの世に生まれ落ちて一番最初に与えられるもの、それが『名前』だ。『名前』はその人物を構成する大事な要素。それがなかったら、その人物は『誰でもない何者か』になってしまう。だからこそ、名前は大事だ。

 

 しかし、『固定』の権能はその大事な要素を踏みにじり、嘲笑うかのごとく上書きする。恐ろしい力だ。

 

 

「だけど、そんな上書きの力があるのなら、最初から俺や仲間に使えばいいだけの話…。それをしない理由を考えると、使用するのになにかしらの条件があるのか?

 

 

 こんなチートレベルの洗脳――いや、ホムンクルスやクローンと同レベルで悪質で、生命の神秘を蹂躙する悪魔の権能だ。何かしらの条件がないとか、それこそおかしい。

 

 

「どうなんだよ、臘月。答えてみろよ。俺が話すことは全て話した。あとはお前の返答次第だ」

 

 

 レイヤがそう呟くと、臘月の口を塞ぐ鎖のみを外した。

 ここでレイヤは、即興の罵倒を予想していた。短絡的でプライドの高い男が、すぐに喋るわけないと。だからこそ言い逃れできないレベルで追い込んだ。

 

 結果は――、

 

 

「あ~あ。まさかそこまでバレてるなんてな…。面倒ごとが増えたじゃねぇか」

 

 

 男は、臘月は、否定もせず、ただただ肯定した。ただ冷静に、これから行うことを面倒臭がる、ただの人間の素振りを見せた。

 しかし、その態度による答えの捉え方は、それぞれだ。

 

 

「ついに、認めたな…ッ!!」

 

「そんな…」

 

「嘘でしょ、臘月…?」

 

 

 レイヤの指摘を全て認めた臘月の態度を見て、依姫は怒りに燃え、レイセンは驚愕の色を示し、豊姫はショックのあまり膝から崩れ落ちた。当たり前だろう。信じていた人間に、間接的にとはいえ裏切られたのだから。裏からの月の征服と言う形で。

 

 

「お前にしては随分案外あっさり認めたな」

 

「あそこで言い訳したって、あの出来事が帳消しになるわけねぇだろ。普通に考えて。お前やっぱ馬鹿だろ」

 

「なんだ。お前冷静に状況を分析できる程度の脳は持ってたんだな」

 

「チッ。調子に乗れんのも今の内だ」

 

「ハッ。そんな状態で何が―――」

 

 

 そのとき、臘月を拘束していた鎖が全て砕け散った。――いや、この場合、潰れたと言う方が正しいだろう。

 臘月は『固定』の権能で鎖を重力と固定して、圧縮させたのだ。

 

 

「な…ッ!!」

 

「驚くのはまだはえぇよ」

 

 

 臘月が、大股で地面を踏みつけようとする。あと少し、あと少しの所で―――臘月は、地面ではなく空を踏んだ。二歩、三歩と空を歩み、レイヤを見下ろした。

 

 

「まさか…『固定』で空気の層を作って、それを使って歩いているのか!?」

 

「正解だ。クズの分際で博識じゃねぇか。褒めてやるよ」

 

 

 臘月が上から見下しながら喝采する。いや、そもそも空気層を作ったとしても乗ることはできない。しかし、それを可能としているのが『権能』だろう。

 レイヤも『権能』で何度も非常識なことをしでかしてきた。これは、それと同じだ。

 

 

「それと―――」

 

 

 臘月の視線が、今だに動かない圭太へと向けられた。今の彼は耳栓で周りの状況が全く把握できていない。唯一知ることの出来る眼も、虚ろな瞳で本当に機能しているのかと言うレベルで怪しい。

 そんな意気消沈している圭太に、臘月は右手を獣の手のようにして振りかざすと、圭太の居たところに巨大な斬撃が放たれた。その威力は絶大で、五つの幅30cmほどの亀裂が生まれていた。

 

 そんな攻撃を受ければ、当然圭太も怪我を負う。耳栓が跡形もなく消滅すると同時に、圭太は顔、耳、腕に大ダメージを受けていた。

 臘月は、圭太ごと耳栓を外すと言う暴挙に出たのだ。そして圭太の傷は【再生の炎】で再生されていく。

 

 

「てめぇ―――」

 

 

 臘月の暴挙に憤慨したレイヤが武器を生成して臘月に向かって跳ぼうとするが、その瞬間に強烈な重力に体が襲われた。レイヤの体が、強制的に地面に横たわった。

 この一撃で意識が飛びかけ、【スノウホワイトワンダーライドブック】の力が消え去った。力を維持する者の力の供給がなくなったのだ。当然のことだった。

 

 

「ハハハハッ。滑稽だな!!どうだ?散々見下した相手に見下された気分はよォ!!」

 

 

 臘月が上から見下ろしながら叫ぶ。その笑いには侮蔑が込められていた。嫌でも感じる。

 

 

「お前…ここまでの、力は、出せなかったはずだ…ッ!!」

 

「あぁ。『固定』のほとんどの力と集中を体の固定に回してたからな。だが、今は毒の停滞だけに留めてる。俺がなにを言いたいか分かるか?今までは全然全力じゃなかったんだよ!!

 

「な――ッ!」

 

 

 予想外の展開だ。まさか権能のほとんどを体の固定に集中させていたなんてこと、予想外だ。いや、よく考えれば当たり前だ。『無敵』を自身の存在の第一前提とする男が、自分の体に傷がつくなんて自体を赦すはずがない。防御に集中を回していても、不思議なことではなかった。

 

 しかし、今の臘月は固定の権能を最低限にして、攻撃へ権能の力を回している。つまり必然的に攻撃の威力も精度も爆上がりする。

 

 

「ははッ!その顔、いいねぇ!!その無様な顔の褒美だ。さっきの質問に答えてやるよ。俺の『上書き』はある程度の信頼関係を築かないと使えねぇんだよ。まぁ今となってはそんなことどうでもいいがな」

 

 

 臘月はにやりと地面と体が固定され強力な重力に押しつぶされてる状態のレイヤを嘲笑った。

 

 

「臘月――――ッ!!!」

 

 

 そのとき、横から依姫の怒号が聞こえると同時に灼熱の斬撃が臘月を襲う。しかし、臘月は防御することなく直撃し、攻撃が霧散した。

 

 

「おいおい。さっきの話聞いてなかったのかよ。俺にお前の攻撃は通じねぇってことがよ」

 

「くッ、ならば、レイセン!!臘月の精神を狂わせなさい!」

 

 

 先ほどの話を真に受けるのならば臘月の弱点である玉兎の能力【波長を操る】力で臘月にダメージを与えられるはず。その希望と期待を持ってして、依姫はレイセンの方を振り向いた。

 しかし――、

 

 

「あ、あ、ああ…!!」

 

「レイセン…?どうしたのですか!!早く臘月をッ!!」

 

「う、う、え、あ…」

 

「レイセンッ!!」

 

 

 レイセンは完全に腰が抜けて、涙目になっていた。いくら他の玉兎より秀でた才能を持っていたとしても、中身が強くなければ意味はない。

 実際、レイセンは臘月の放つ殺気や威圧に耐えかねて、腰を抜かして言葉をまともに喋ることすらできていないのだから。

 

 

「臘月…どうして?どうしてこんなことを!!」

 

「あ?」

 

 

 その隣で、豊姫の悲痛な叫びが轟いた。臘月は豊姫の方を見やると、鼻で笑った。

 

 

「そんなの、俺の、俺だけの楽園を築くために決まってるだろ

 

「え…?」

 

「そもそもよォ。俺はこの月の風習自体気に入らねぇ。毎日毎日変わり映えのない生活。大した娯楽もなくただ憂鬱と過ごす毎日。それだけじゃねぇ。穢れ云々で発散できない『性欲』。こんなの牢獄と変わりゃしねぇ、だから変えてやろうと思ったのさ。月も、地上と同じように!!この『固定』の力を使ってッ!俺の、俺だけの楽園を創るためにッ!!

 

「な――ッ、そんな理由で――!!」

 

 

 権能が覚醒するはずがない。そう言いかけたとき、新たな考えが脳で巡る。権能覚醒に必要なとある“思考”。遠回しと言うか、前借りとも言うべきか、臘月は偶然にも権能覚醒の条件を満たしていたのだ。

 

 臘月は、続きを喜々として語る。

 

 

「それから俺の計画はスムーズに進んだ。偵察で自分で地上に何度も行った。アレは良かった。平和ボケもねぇスリリングな時間。それにいくら妖怪や孤児の女を犯しても俺の『固定』の力があれば穢れもつくことも地上で問題になることもない。まさしく楽園だ。だから俺はここにもその楽園を作る。それが俺の目的であり、俺の全てだ!!」

 

 

 今語ったすべて。それが綿月臘月と言う存在を確立した思考であり思想であった。言い換えれば満たされない『欲望』まみれの人生と言うことだ。

 

 

「そんな…洗脳、されていたんじゃ」

 

「阿保か。俺が洗脳なんてされるわけねぇだろ。少しは常識でもの考えろよ。でも、信じられねぇってのなら別に信じなくていいぜ。お前等四人とも、ここで死ぬんだからな」

 

「え…?」

 

 

 臘月の発した言葉に、豊姫が唖然とした。いや、豊姫だけじゃない。腰を抜かしているレイセンもだ。依姫は顔を険しくし、体が動かないレイヤも真顔になった。

 

 

「どっちにしろ俺の秘密を知ったからには生かすつもりはない。お前等全員皆殺しだよ」

 

「「「――ッ!?」」」

 

「安心しろ。お前等の死は、無駄にしねぇ。理由もあいつに擦り付けとくしな」

 

 

 そういい臘月はレイヤを見やる。その表情には嘲笑だった。

 

 

「お前には最高で最悪の結末を見せてやるよ」

 

「な、に…!?」

 

 

 レイヤの言葉を無視し、臘月は叫ぶ。――圭太へと。

 

 

「強い奴を降ろせッ!!とびっきり強い奴を!!こいつらを蹂躙できる力を持つ奴をッ!!こいつを、絶望させてやれっ!!」

 

「降ろす…なにを言って――」

 

「まさか…まずいッ!!」

 

 

 臘月が圭太に命令すると、突如圭太が光の柱に覆われる。それはまるでスポットライトを真上から当てられているようだった。

 圭太の体が光の粒に覆われ、やがて光が圭太を包む――。

 

 

「やめろぉおおおおおお!!!」

 

 

 レイヤの絶叫が木霊する。しかし、それは届かなかった。光が徐々に強くなっていき、レイヤの顔が絶望へと染まっていく。

 

 

「アレが始まったらもう止まらないぜ。お前を束縛しても意味ねぇし、解放しといてやるよ」

 

 

 『固定』の権能が解除されたと同時に『固定』で空気を固めた攻撃――発勁(はっけい)のような技で体を吹き飛ばされる。

 

 

「大丈夫ですかッ!?」

 

 

 依姫がレイヤに駆け寄って、無事を確認する。

 レイヤは顔や体に傷ができ、血が出ているが、それでも今ある力で無理やり起き上がる。

 

 豊姫とレイセンも駆け寄るが、元気がない。ほぼ放心状態と言ってもいい。ただ目の前の不可思議な現象を見るだけだ。

 

 

「なんなのですか、あれはっ!?」

 

「とてつもなく、嫌な予感がします…」

 

「その予感、当たってるよ…」

 

 

 レイヤは苦笑いでレイセンの嫌な予感を肯定した。実際、レイヤにとって今の状況はよくない。というより非常にまずい。

 あの光は、今の圭太にとって生死に関わる、途轍もなく危険な行為だからだ。

 

 

「あれは、もしかして…」 

 

「あぁ、やっぱ君は気付くよね。逆に、気づいてなかったらおかしい。アレは、死者降霊だ…!」

 

「死者、降霊…!?」

 

「依姫の神降ろしと同じだ。冥府の神ハデスの権能…【死者の記憶】。アレは本来冥府の死者の魂から、魂を降ろしている間だけ記憶を読み取り技術や技をそのまま会得することができる、コピーの権能だ」

 

「コピーの、力…」

 

「確かに、達人なんかの魂を降ろされたら、厄介極まりないですね…」

 

「違うッ!!問題なのはそこじゃない!!」

 

 

 レイヤは叫ぶ。本気で焦っているからこそだ。その焦り様に、三人は本気で焦っているのだと理解した。圭太を取り戻しに来た彼が本気で焦る事態。それは…?

 

 

「アレは降ろした魂が自分の魂より強すぎた場合、その魂に体を乗っ取られるんだ!!」

 

「「「―――ッ!!」」」

 

 

 放心状態に近かった二人の顔が正気に戻った。

 

 ここで三人はレイヤが何を言いたいのかを完全に理解した。魂の強さ―――所謂自我の強弱。それが降ろした本人の魂より強すぎた場合その魂に体を乗っ取られると言う危険すぎるデメリット。

 さらに、圭太は今魂が極限まで摩耗している。そんな状態でハデスの権能を扱えば、その魂に体を乗っ取られることは100%確実だ。

 レイヤは、それを危惧していたのだ。

 

 

「もうそろそろ、完全に…」

 

 

 そう言いかけたとき、光の柱が霧散した。その時に衝撃波が360度に広がり、4人の体を少し吹き飛ばした。

 

 

「さぁ、完全に完成した。もう、こいつはあのカスじゃない。完全な別人だッ!!」

 

「あ、ああっ…!!」

 

「そうだよッ!!その顔だよ!完全に絶望に染まったその顔!大事な人を失ったんだもんなぁ!?そりゃあそんな顔にもなるよッ!!ヒャハハハハッ!!」

 

「臘月――ッ!!」

 

 

 臘月は狂ったように笑い、発狂し、喜んでいる。レイヤの苦しんだ顔を見て、笑っている。依姫が憎み口を叩くが、彼女は何もできない自分が歯がゆくて拳から血が垂れていた。

 それを目の前の男――圭太だった誰かはその様子を見て顔を顰めた。圭太だった誰かの顔や見た目は完全に変わっていた。

 服装もだ。赤と黒を基準とした薄いコートのようなものを着用しており、その人物が生前にまで着ていたものだろう。何故服までも変わっているのかと言うと、それもハデスの権能によるものだ。レイヤはコレの他にも一回だけ同じ事態に立ち会ったことがあるため、知っている

 

 何故こんな姿になったのかは、魂を降ろしたからだ。肉体は魂の容貌(かたち)に引っ張られる。それ故に、圭太の体は完全にその人物のものになってしまっていた。

 

 その人物は、臘月から目を逸らして周りの景色を見渡す。

 

 

「不格好な場所だな。地球にこんな場所あったか?」

 

 

 圭太だった誰かは第一声を発する。声もレイヤの知る圭太の声から完全にかけ離れており、完全に別人が乗り移ってしまっている確固たる証拠だった。

 

 

「よォ。調子はどうだ?」

 

「…誰だ貴様は」

 

「俺はお前のご主人様だ。その体の持ち主に、アイツらを殺すためにお前を降ろすように指示した!」

 

「降ろしただと?……なるほど。つまりこれは赤の他人の体と言うことか。しかし、何故赤の他人の体なら姿形は俺のままなんだ?それに同じ服を着ていたとも思えん」

 

 

 圭太だった人物は当然のことを疑問に思う。圭太だった人物もそれが気になっていたようだった。

 そして以外にも、その人物の疑問にレイヤが答えた。

 

 

「それはお前が原因だよ…」

 

「なに?」

 

「肉体はな、魂の容貌(かたち)に引っ張られる性質がある。お前が圭太の体に入ったから、圭太の体がお前の容貌(かたち)に合わせて変質したんだ…」

 

「――なるほどな。ある程度理解はできた」

 

 

 圭太だった誰かは臘月の方に体を向ける。

 

 

「それで、お前は俺になにを望む?」

 

「あぁ?聞こえなかったのか?アイツらを殺せ!!あの女三人は一瞬で殺せ。せめてもの情けだ。だが、あの白服の奴は瀕死にまで追い込めッ!最後に俺が(むご)たらしく凄惨に殺してやる!」

 

「お前はあいつらの死を望むのか」

 

「そうだって言ってんだろっ!!耳悪ぃのかよ!!」

 

「……何故自分でやらない」

 

「は?」

 

 

 圭太だった人物の質問に臘月は顔を歪めた。どうやら、乗り気ではないようだ。4人は、二人の口論をただ見守っているばかりだ。

 

 

「不思議なことだが、コイツの記憶を覗かせてもらった。一度もお前はこの体の持ち主を人と扱ったことがない。しかし、力だけならお前の方が上だ。わざわざ俺を呼びださずとも、お前がやればいいだけの話だろう。まさか、自分の手は汚したくはないと言う甘ちゃんではないだろうな?

 

「うるせぇッ!俺はただ()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()!!それにその体の持ち主のクズは白服野郎の大事なヤツらしいからな。『お前』を降ろして憑依させて、絶望させてやったんだよッ!!戯言言っている暇があったら俺の言うこと聞いてさっさとあいつらぶっ殺せッ!!」

 

 

 臘月が手刀を繰り出すと、圭太だった人物の頬を掠る。圭太だった人物の頬から血が垂れ、その後ろで地面が爆散する。

 その顔は怪訝で埋め尽くされ、醜悪な汚物を見るような眼へと変わる。舌打ちが聞こえる。

 

 

「―――チッ。貴様のような男を見てると【戦極凌馬】を思い出す。非常に不快だ」

 

(戦極凌馬?まさか、あの男…)

 

 

 臘月への怒りやら圭太をまた失って悲しみやらで頭が回らなかった。しかし、あの男は確かに言った。【戦極凌馬】と。その名前を知っている時点で、【仮面ライダー】の関係者であることを理解した。

 

 

「さぁ!!さっさとやれっ!」

 

「―――貴様の命令など知ったことか」

 

「はぁ!?ふざけんなッ!お前は俺の命令を聞いてりゃいいんだよッ!」

 

 

 道具としか思っていない人間の口から自分の命令の否定を聞いて、怒鳴り、喚き散らす。それはまるでオモチャを強請(ねだ)る子供のようだ。

 

 

「何故俺がお前の命令に従わなければならん。だが、俺がやることは、今も昔も変わらない

 

 

 圭太だった人物がこちらを向く。その顔にはとても迷いなどなく、真っ直ぐ4人の方を見ていた。あの顔には、迷いや迷走の感情などは一切感じられない。

 その瞬間悟った。あの男は、やろうとすれば必ずやる男だと。

 

 圭太だった人物は、懐から【ドライバー】と【錠前】を取り出した。ドライバーを腰につけ、ベルトが飛び出して装着される。圭太だった人物は懐から錠前を取り出して開錠する。

 

 

「変身」

 

バナナ

 

 

 圭太だった人物の頭上にクラックが現れ、そこから【バナナ】が降って来た。

 

 

「えっ、あれ、バナナ、バナナですか?バナナですよね!?」

 

「レイセン…少し黙っていてください。しかし、何故バナナ…?」

 

「まさか……なんか少し見覚えあるな、とは思ってはいたけど…あの男とは、ね…」

 

 

 レイヤが納得したかのように頷く。あの錠前、ベルトを使うのは、世界でたった一人だけだ。

 圭太だった人物が錠前――【バナナロックシード】を手でクルクルと回してセットして、錠前を閉じる。

 

 

ロック オンッ!

 

 

 ファンファーレの音が流れる。そして――ドライバーの刃、【カッティングブレード】を降ろした。

 

 

カモンッ! バナナアームズッ!

 

 

 圭太だった人物にバナナが頭から被さり、アーマーが装着。そのままバナナが展開して、鎧となっていく。

 

 

ナイト・オブ・スピアァー!

 

 

 黄色の果汁が散乱し、赤と黄色の戦士が顕現した。

 皮を剥いたバナナ型の槍【バナスピアー】を持ち、黄色の複眼で4人を捉える。

 

 その戦士――仮面ライダーの名を、レイヤは呟いた。

 

 

「仮面ライダー……【バロン】…」

 

『俺の名は駆紋戒斗(くもんかいと)。お前の力……見せてもらおうか』

 

 

 かつて自身の信念と正義と理想を最後まで貫き通した罪無き人々の平和な生活を脅かした悪を滅ぼした末に平和な世界を作ろうとした仮面ライダー世界への復讐の為に人間を捨て人類を裏切り戦争を目論んだ魔王。その二面性を持ち、戦友の手によって敗れた男――。

 

 

――駆紋戒斗。

 

 

 その男が、再び現世に舞い戻った。

 

 そして戦闘態勢に入った男――戒斗を見て結局彼は自分の傘下に降ったとご都合解釈を行った。

 

 

「チッ。最初からそうすりゃいいんだよッ!お前があの“カス”より使えたら、もっと優遇してやるよ。せいぜい、俺の期待を裏切るようなことはするなよ。現世に留まっていたければなァ!!」

 

 

 悪態をつきながら罵倒をする臘月。そこに悪びれなど存在せず、圭太のことを“カス”と罵ったことになんの疑問も疑念も抱いていない。当然と言えば当然だろう。

 

 そして、臘月は知っていた。死者は大抵再び現世に舞い戻って猛威を振るいたいやつばかりだと。昔の強者やら知識が膨大なものは、永遠に自分が優位に立たねばその欲を満たせない貪欲なやつばかりだと。

 事実、彼は、駆紋戒斗は『力』を求め、敗北した。しかし――、

 

 

『ハァッ!!』

 

 

――駆紋戒斗は、そのような強者とは違う。

 

 その時、世界が止まった。否、それはその場にいる人間の錯覚に過ぎない。正確には、そんな風になるほどのショックを、全員が受けたと言うことだ。

 4人の視線は、バロンと臘月に向いている。しかし、臘月の視線は――自身の腹に向かっていた。

 

 

「あ、がが…?」

 

『―――』

 

 

 その光景は、バロンがバナスピアーを逆さに持って、臘月の腹に突き刺している光景だった。

 臘月の口からは血液が垂れ、瞳もギョロギョロと気持ち悪い。理解できないと言った表情だった。そんな愚か者(ろうげつ)に、バロン――駆紋戒斗は言い放った。

 

 

『脅迫などで、俺が貴様に下るとでも思ったか。貴様のような卑怯者(おろかもの)に…俺が従う道理などない!!』

 

 

 なぜなら、彼が『強者』として求めた理想は、強さと引き換えに優しさを捨て去り、弱者に己の都合を一方的に押し付けて力づくで踏みにじる冷酷な強者も、強さを求めず他人を騙して食い物にする卑怯な行いを始めとした悪事を、弱さを免罪符にして正当化する弱者もいない弱者が踏みにじられない世界

 それが彼の理想。

 

 この男は、前者のタイプだ。故に、『弱者が踏みにじられない世界』を穢し、正々堂々と戦わずに心から蝕もうとする悪劣。すなわち、彼にとって――

 

 

 

『お前は…俺の敵だ』

 

 

 

――『敵』である。

 

 

 

*1
26話参照




 シロ

11 【サダルメリク・アクエリアス】

 【回復】の権能を持つ水瓶座の権能。その権能は欠損部位すらも再生するほどの強力仕様。
 この権能がある故に【猛毒剣毒牙】を持つだけでも毒に侵されるデメリットも緩和することができる。しかし毒が回る速度の方が早いので緩和するだけ。
 他者にも使用でき、妹紅の傷を治したのもこの権能。

 サダルメリクは【王の幸運】の意味あいを持つ。


圭太


【冥府の神ハデス】の権能。 死者の記憶。
 死者の魂を自らに降ろしてその死者の技や技術をそのまま使うことができる権能。
 しかし魂が自分より強いと体を乗っ取られる危険性があるため、使用は制限されていた。


『権能』

 同じ権能以外の攻撃を無効化するやべー代物。しかし『肉体ダメージ』は通さないが『精神ダメージ』は通すと言う少しの欠陥あり。まぁこのくらいの抜け穴がなかったらマジでチートで歯が立たない。


臘月(ろうげつ)
 
 【固定】の権能。

 体を固定して時を止めることで権能持ちの攻撃すらも通すことのなかった(まさ)に『無敵』の権能。
 しかし『権能』自体の弱点をレイヤに見破られる。玉兎が扱う【波長を操る】などの精神に作用する能力が唯一の弱点。

 能力のイメージはリゼロの【レグルス・コルニアス】


 駆紋戒斗(仮面ライダーバロン)

 まさかのまさかで登場。
 圭太の体を依り代にして顕現した。鎧武本編となにも変わらぬ性格で『敵』である臘月に牙を向け、攻撃した。
 次回がどうなるか、考案中。


 ついに明かされた臘月の権能!
 
 物語もついに佳境へ。

 評価と感想よろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81 目には目を、歯には歯を、(クズ)には(クズ)

 どうもー。まずは一言…。投稿、遅れてすんませんでした…。

 いやー、この話を書くの、ほんとすごく苦労しましたよ。次の展開、どうしようかなーって。
 途中、悪ふざけ7・真面目3の確率で違う作品と混合させちゃったし、あー…、針治療したい。

 まぁそれはそれとして、81話、どうぞッ!


『はァッ!!』

 

「アガッ!!」

 

 

 駆紋戒斗――仮面ライダーバロンのバナスピアーを臘月(ろうげつ)の腹から抜き取る。腹は貫かれてはいないが、何故か今臘月は殴打によって吐血していた

 追撃でバナスピアーを斜め下から上に振りかぶり、凪った。

 

 この攻撃に臘月は衝撃のまま吹き飛ばされ、地面に体がバウンドする。

 

 

『フッ、粋がるだけの雑魚が』

 

「あなた…どうして臘月に攻撃を?」

 

 

 依姫が出した疑問に、バロンは辟易(へきえき)した。

 

 

『聞こえていなかったか?俺はあいつが気に食わない。理由はそれだけだ』

 

「だよなぁ…駆紋戒斗。お前という人間は、そういう男、だよな」

 

『なんだ、貴様。俺のことを知っているのか?』

 

 

 バロンが怪訝そうに質問する。初対面のはずの男が、まるで自分のことを知り尽くしているかのような発言をしたのだ。気にならないはずがない。

 

 

「あぁ知ってるとも。ただし歴史としてね

 

『―――歴史か…。俺が死んでどの程度経ったのかは知らんが、貴様のような奴にも知られているとは、な』

 

「おや、不服かい?」

 

『好きに解釈しろ。俺はあいつを殺すだけだ』

 

 

 バナスピアーの矛先を臘月に構え、淡々と言い放つ。

 

 

「おや怖い。だったら、俺も混ぜてくれよ。お前のその体、大怪我なんてされたら困るからさ」

 

『……確か、お前の親友(とも)の体だったか。この体は。……いいだろう。だが、足を引っ張るようであれば退場してもらうぞ』

 

「へいへい。お手柔らかにね…」

 

 

 レイヤはバロンの隣に立ち、【スピカ・ヴィルゴ】で【暴風の斧】と【聖光(せいこう)金槌(かなづち)】を生成する。

 どれも普通にも持とうとすると両手じゃないと持てないほどの重量を持っているが、流石はレイヤだというべきか、両方を片手で持っている。

 

 

「それと、君たちにはここにいてもらったら困るから、()()()に転移させるから、驚かないように!」

 

 

 レイヤは三人に向けて手をかざすと、オーロラカーテンが出現して、有無を言わさずに三人を転移させた。

 その間に、臘月が立ち上がった。臘月の目の前にはバロンとレイヤの二人しかいない。あの三人に逃げられた、それが臘月に屈辱を焦りを与えた。ここで始末するはずが、情報を持っていったまま離脱された。このままでは自分の地位が――なんてことでも考えているんだろう。

 その行き場のない怒りを、目の前の人物たちにぶつけた。

 

 

「クソ!!クソ!!クソ!!クソ!!あのゴミが!使えねぇどころか歯向かうような奴を降ろしやがって!!決めたぞっ!!今ここで廃棄処分してやる!!」

 

 

 口から吐血したせいか、血を吐きながら叫ぶ。今の臘月は攻撃ステータスにほぼ全振りしているため、防御のステータスがほぼスッカスカである。その弊害でバロンの攻撃をまともに受ける羽目になった。だというのに貫かれない程度には防御に権能を回していたようだ。

 

 そして“廃棄処分”の単語を聞いた瞬間にレイヤは戦闘隊形に入っていた。顔に血管を浮かばせた、怒りの形相で。

 空間に波紋が広がり、そこから『炎』『水』『風』『土』『雷』『氷』『光』『闇』の属性を纏った剣と槍が出現(せいせい)した。

 

 

「死ね」

 

 

 その一言。たった一言だけで武器たちが弾丸のような、またそれ以上の速度で発射された。

 死の弾丸は臘月へと向かっていく。

 

 対して臘月は――手を突き出した。ただそれだけだ。その瞬間、空中で武器がピタリと止まった。『固定』の権能で動きを封じ込められたのだ。

 そこで腕を振るうと武器が塵芥(ちりあくた)と化した。

 

 

「残念だったな。今の俺は『固定』の力を攻撃に変換している。だから防御に集中していた時にはできなかった空間操作を可能としているんだ!!雑魚がいくら増えたところで、お前らに勝ち目はねぇ!」

 

 

 なるほど、とレイヤは頭の中で思う。

 ご丁寧に説明してくれたおかげで種が分かった。『固定』の『権能』を攻撃に回したことにより発現した空間操作、非常に厄介だ。

 

 

―――しかし、空間操作は臘月だけの特権というわけではない。

 

 

「空間操作がお前だけの特権だと思うなよ?――アリエス・ボテイン(羊の胃)

 

 

 レイヤがそう呟いたとき、小さな直径10センチほどの黒い球体が複数個、レイヤの周りに出現する。

 

 アリエス・ボテイン――羊の胃。レイヤの一番目の権能。ボテインは牡羊座のデルタ星で【小さなお腹】を意味している。それに由来してブラックホール→重力の塊→空間の渦という連想ゲームから生まれた権能。

 【空間歪曲】という権能を持っており、その名の通り空間を操る権能だ。基本的にはゲームで言う【無限収納(インベントリ)】として使っているが、このように攻撃用として併用することが可能だ。未来で初めて依姫と戦った時*1に使った権能でもある。

 

 黒い球体――ようするにブラックホールなわけだが。それを複数個作って臘月に向かって発射する。

 しかし、臘月も負けずと空間を操作して攻撃を打ち消す。

 

 空間系の攻撃がぶつかり合えば、どうなるか――。答えは簡単、対消滅だ。威力など関係なく、空間系の攻撃はぶつかれば対消滅する。

 

 

「残念だったなぁ!!いきってた攻撃がこうも無様に無効化されるなんて、哀れにもほどがあるぜっ!」

 

「問題ねぇよ。―――本命はこっちだからな

 

『はァっ!!』

 

「あ――?」

 

 

 突如頭上から鳴り響いた、不愉快な威勢のある声。臘月は上を向くと、そこにはバナナの鎧を着た戦士――バロンが降ってきた。

 突然のことで臘月は思考が働かず、バロンのバナスピアーによる攻撃をまともに喰らってしまった。さらにそこから連撃、連撃、連撃の雨あられ。最後にバロンはカッティングブレードを二回降ろした。

 

 

バナナオーレッ!!

 

 

 バナスピアーに長大なバナナのオーラをまとわせ臘月を叩き切った。臘月は鮮血をまき散らしながら吹っ飛び、地面に体を殴打する。

 バロンはバナスピアーで振るってついた血を振り払う。

 

 臘月はフラフラと立ち上がりながら、叫んで、罵倒する。

 

 

「こんの卑怯者がァァアアアアアアアア!!!不意打ちしやがって!それでも戦士のやることかよォオオ!!?」

 

「お前、何様のつもりだよ。ていうか第一、お前が戦士を語るな」

 

『全くもって同意見だ。貴様のようなクズに戦士を名乗る資格などない』

 

「うるせぇ!!てめぇらのようなクズに俺が負けることなんて万に一つもありえねぇんだ!!」

 

『はッ』

 

 

 喚き散らす臘月に、バロンは鼻で笑った。そしてそれを臘月は聞き逃さなかった。明らかな(さげす)みの感情から来た呆れ笑いだ。自分が侮辱された。それは臘月にとって何よりも許しがたい大罪だ。

 

 

「お前…今俺のことを笑ったな!?お前のような下等なクズが、『無敵』で『完全』なこの俺を、笑ったのか!!?」

 

『お前が完全で無敵?それを笑わずしてどうする。お前のようなやつが完全無敵だったら、他の奴らは神にでも至っている。自意識過剰も大概にしろ』

 

「なんだとォ…!?」

 

『それに貴様、俺のことを卑怯者だと罵ったな』

 

「あぁそうだッ!!空中から奇襲しやがって!卑怯者以外の何物でもねぇだろっ!」

 

『はッ。ここまでくると呆れるな。あれは立派な戦法の一つに過ぎん。無知で傲慢なお前に一つ教えてやろう。卑怯者というのは強いものを背中から攻撃するような奴だ!そしてそいつは、俺の敵だッ!!』

 

 

マンゴーッ!

 

 

 バロンはバナナロックシードを戦極ドライバーから取り外し、【マンゴーロックシード】を取り出して鍵を外す。バナナアーマーが消失し、頭上にクラックが開いて、閉じる。

 戦極ドライバーにマンゴーロックシードをセットし、閉じる。

 

 

ロックオンッ!!

 

カモンッ!マンゴーアームズッ!

 

ファイト オブ ハンマーッ!

 

 

 バロンが特徴のある下向きの2本角と大きなマントと山吹色の複眼と山吹と赤の2色のアーマーに変化した。

 専用装備である重量級メイス【マンゴパニッシャー】を片手で持ち、構える。同時にレイヤも先ほど出したばかりの重量級アイテムを片手で持って、二人で突撃する。

 

 

「クソがクソがクソがッ!!ゴミの分際で、俺を傷つけるなんて、許されることじゃねぇんだよッ!!」

 

 

 自分勝手な妄想を垂れ流しながら、臘月は地面から砂を握って投げる。固定され止まった砂の威力は衰えることなくまっすぐ進んでいく。たとえ鋼鉄の壁に阻まれても貫通していく狂気の弾丸だ。

 その弾丸に、バロンはマンゴパニッシャーを持っていない方の手を突き出すと、突如として砂の弾丸の威力が落ちていき、地面に落ちる

 その様子を見て、臘月は驚愕と困惑の表情を見せた。

 

 

「ど、どういうことだ!?どうして俺の攻撃が――ッ!?」

 

「お前…今のそれは、デメテルの権能、盛衰(せいすい)!?どうしてお前が使えるんだ!?」

 

 

 圭太の権能の一つ――盛衰。その権能はその名の通り『(さか)る』と『衰える』という現象を操る権能だ。『盛る』は上昇。『衰える』は減少として対象物の速度や耐久度を操れる。

 本来は圭太の権能であり、バロンである駆紋戒斗が使えるはずがない。なら、いったいどうして…?

 

 

『そんなもの、頭の中に使い方が思い浮かんだからという説明以外俺にもわからん。だが、あり得る仮説を立てるとすれば、この体の持ち主の能力であるがゆえに、俺という『異物』が入り込んでいる状態でも使える。これが一番の最有力の仮説だ』

 

 

 今の戒斗は圭太の体に入り込んでいる状態だ。ゆえに圭太の権能を使えてもおかしくはない――。ありとあらゆる疑問をそっちのけで放棄すれば、納得できる問題だ。

 だが、どう考えても納得できない要素が、レイヤにはあった。

 

 

(だが、最初の事例じゃ圭太の体を乗っ取った奴は圭太の権能を使えなかった。いや、()()()の場合圭太の権能を使うまでもなかったというのが最適解か?)

 

 

 過去に一度あった圭太の体が乗っ取られた事例。

 あの時は軽いノリで『過去の英雄』を呼び出してみようという考えで【宮本武蔵】やら【服部半蔵】やらを降ろして試し合いをしていた。

 その試し合いの時、事故が起こった。提案は自分からだった。【サークル】活動をしていた際に読んだ『叙事詩(じょじし)』から『最強の英雄』を呼び出してみたら、その英雄に圭太の体が乗っ取られた。

 

 その英雄は傍若無人(ぼうじゃくぶじん)傲岸不遜(ごうがんふそん)唯我独尊(ゆいがどくそん)、好戦的かつ残忍な人物で【金ぴか】な人物だった。

 武器を無限と言っていいレベルで射出してくるものだから、二人係で三日三晩休憩なしの戦闘で、ようやく圭太の体からその英雄を追い出すことに成功。と、いうよりもその英雄が戦いに満足して自ら出て行ったというのが正しいか。

 転生してからの初めての大敗北だった。一撃も与えることもできなかった。チート過ぎるだろうと心の中で愚痴った。

 

 

 最後の彼の言葉――「フハハハハハッ!!雑種ども!見事であったぞッ!この我をここまで愉快(たの)しませるとは、褒めてやろう!!ここは貴様らの道化ぶりと砂埃と泥にまみれた無様な姿で地面にへばりつくその姿勢に免じて、ここで閉幕としよう。さらばだッ!!フハハハハハハハハハっっ!!」

 

 

 そう言ってあの男は勝ち逃げしていった。めっちゃむかついたし、悔しかった。ちなみに戦いの場となった無縁塚(むえんづか)は原型を留めないほどにグチャグチャになり場所的に近かった再思(さいし)の道に咲いていた彼岸花の95%が消滅した。地獄の閻魔の24時間お説教コースがとてつもなく辛かった。足が痺れた。香霖堂の店主からも白い目で見られたことが忘れられない。

 

 あれから何度も俺たち弱すぎるな。もっと強くならなくちゃと思っていたのが懐かしい。

 

 

――ちなみにこの思想の間、【ラムダ・キャンサー】の力で0.1秒くらいしか経っていない。

 

 

 ともかく、臘月の『固定』の権能を『デメテルの権能』で対処できた。これは新たな情報を収穫できた。

 

 

「考えるのは後だ!今はあいつをぶちのめすッ!」

 

 

 レイヤは左手に持つ暴風の斧を振るうとトルネードと勘違いしてしまうほどの暴風が巻き起こり、臘月を襲う。結果、竜巻は臘月に直撃したが彼の体を吹き飛ばすことも傷をつけることもできなかった。

 『固定』の権能で自らの足裏と地面を『固定』しているのだろう。体もある程度『固定』しているはずのため、傷がつかなかった。

 

 

「煩わしいんだよッ!」

 

 

 臘月が手を突き出すと、竜巻が停止した。そのまま臘月は竜巻に手を伸ばすと、竜巻の一部を折った。比喩だったり、例えなんかではない。文字通り、木の枝を折るごとく竜巻を折ったのだ。

 そのまま折った竜巻を振りかざすと、その衝撃で竜巻がガラス細工のように割れて、地面に散乱した

 

 これも『固定』の権能による力――。この現象をかつて零夜を通じてみたことがある。それは未来で零夜がアナザーダブルに変身して竜巻を纏って空を飛んだ時、臘月が『固定』の権能を使用したことで竜巻が止まった現象*2と全く一致していた。

 

 

「だったらッ!」

 

 

 聖光の金槌をぶん投げる。回転しながら飛んでくる超重量アイテムはもはや凶器の域を超えている。普通に当たれば即死の一撃だ。

 しかし、『固定』の権能を持つ臘月にはなんてこともなかった。そのまま『固定』で勢いを止められた。

 

 

「単調だなァ!地上の人間はいつから単細胞生物に変わったんだ!?」

 

「言ってろッ!それと――」

 

『俺を忘れるなッ!!』

 

「ッ!」

 

 

マンゴースカッシュッ!

 

 

 マンゴパニッシャーにエネルギーを纏わせ、臘月の右腰に直撃させた。しかし、臘月の体は少し動いて唸り声をあげただけだった。

 

 

『なにッ!?』

 

「死ねッ!」

 

 

 臘月はバロンに向けて拳を握って振るった。『固定』された拳。それは何者にも勝る凶器だ。

 

 

「危ねぇッ!」

 

 

 レイヤは【イェド・オフィウクス】を発動して、バロンの体をこちらに引き寄せる。

 臘月の攻撃は間一髪の擦れ擦れで回避した。

 

 

「チっ!運のいいやつめッ!!」

 

『どういうことだ?なぜあいつの防御力が上がっている?』

 

「お前、圭太の記憶を共有していたんじゃなかったのか?」

 

『こいつの記憶にもあいつの力のことは記されていない』

 

「あ…ッ」

 

 

 そういえば、あのネタバレ祭りを開始した際に圭太には耳栓をしていた。だからその間の情報は一切入っていなかったはずだ。だから記憶を共有していたはずの圭太の記憶から臘月の力を知ることができなかったのか。

 

 臘月は『固定』の権能で圭太から自由意志のみを『固定』して命令を聞くだけの人形へとしていたはずだ。どういうわけか臘月が拾った際すでに廃人の状態だったらしいため、楽に人形にすることができたはずだ

 

 

「そうだった…。だったら、これを割ってくれ」

 

 

 そういってレイヤはバロンに青く光るガラス玉――記憶玉を投げ渡した。これは少し過去に遡る程度だがレイヤがルーミアに事前に手渡していたものだ。

 これは割ると複製して内包された記憶を使用者に見せるという効果を発揮するアイテムである*3

 

 

『なんだこれは?』

 

「記憶玉っていう特別なアイテムだ。割ると効果を発揮する。それにいろいろと情報入ってるけど、圭太の権能を使える今のお前なら、ヘルメスの権能【情報演算】があるから特に問題ない」

 

『…いいだろう。使ってやる』

 

 

 バロンはレイヤの手から記憶玉を取って、その手で割る。この間、情報を「記憶」という形で入手するため、無防備になる。

 いくらヘルメスの権能【情報演算】があるとしても、データ量があるだけに3秒ほどかかるはずだ。ヘルメスの権能はレイヤの【ラムダ・キャンサー】と同じで情報処理系の権能だ。こういうのがあるから、つい頼ってしまうのが傷だ。

 

 

「よそ見してんじゃねぇぞッ!!」

 

 

 臘月が足で勢いよく地面を押すと、岩盤の一部が飛び出る。それを空中で『固定』して足で蹴って瓦礫に分解して勢いよくこちらに向かってくる。

 レイヤは【イェド・オフィウクス】で臘月と同じく周りの岩を浮かして、ぶつけ合う。巨大な大剣を生成して、ぶん投げる。

 

 

「はッ!単細胞野郎がッ!いい乗り物をありがとよッ!!」

 

「なに!?」

 

 

 臘月が大剣を空中で『固定』するとそのまま刀身に乗って、『固定』による空間操作で、まるで乗り物かのように使いこなす。

 空中で大剣を足場にして、見下してくる臘月を見て、レイヤはある一つのキャラクターが思い浮かんだ。

 

 

「てめぇは桃○白(タオパイパイ)かッ!!」

 

「どっちかっつぅと俺はブ○ック補佐派だよッ!!」

 

「裏切り確定キャラじゃねぇかッ!!」

 

「どのキャラを好感が湧こうと俺の勝手だろがッ!!」

 

『なにを雑談している貴様らッ!!』

 

 

 するとレイヤの後ろから超重量級メイス(マンゴパニッシャー)が飛んできて、臘月の腹に直撃した。空中にいたことも相まって臘月はそのまま落下した。ついでに大剣も落下して臘月は大剣の下敷きになった。そのまま刀身が腹に刺さってくれればよかったのに。

 

 

「もう終わってたのか…」

 

『俺も正直驚いているがな。あんな膨大な量の情報(きおく)を、まさかたった数秒で理解できてしまうことにな』

 

「それが権能の力よ。情報系のやつはマジで役立つんだよな」

 

『それより、貴様敵のあいつとなにを呑気に雑談している。遊びじゃないんだぞ』

 

「ごめんって。つい熱くなっちゃって。子供の小競り合いとでも思ってくれ」

 

『フン。もう少し見た目に合う判断力と思考を身に着けたらどうだ?』

 

「ははは、なにも言えねーや…」

 

 

 バロンの煽りを、レイヤは軽く受け流す。大人な対応と言えるだろう。だがしかし、そんな対応もできない見た目は大人、頭脳は子供(ガキ)な年齢不詳者が一人いた。

 

 

「俺を、侮辱したなッ!?不意打ちしたあげく、そこの白服クソ野郎と、一緒に子供扱いしたな!?子供だと?この俺が、子供(ガキ)だとォおおおおお!!!!」

 

 

 子供扱いされたことが許せないらしく、無意識なのか、『固定』の空間操作の波動で衝撃波が二人を襲う。しかし、この程度の衝撃はレイヤはもちろん、圭太の体を使っているバロンにはなんのダメージにもなっていない。

 

 

『一気に叩くぞッ!!』

 

「あぁッ!」

 

 

 逆上して回りが見えていない今が好機だ。バロンはカッティングブレードを二回降ろし、レイヤは手に持っていた暴風の斧の出力を最大にまで上げる。

 

 マンゴパニッシャーに、花切りマンゴー型のエネルギー体が重なる。それだけではない。本来マンゴーロックシードの力にも、バロンとしての力にも、駆紋戒斗としての力にもなかった『権能』の力が加わった。武器にゼウスの権能【破壊】、ゼウスの神器【ケラウノス】、ポセイドンの【激流生成・操作】、慈母神ヘスティアの【向上】、デメテルの【盛衰】を重ね合わせる。同時使用による情報多可はヘルメスの権能で補う。

 

 ゼウスの権能【破壊】はその名の通り『ありとあらゆるものを破壊する力』。要するに【フランドール・スカーレット】の能力の上位互換だ

 篭の女神・慈母神ヘスティアの【向上】の権能はその名の通り自身の力を向上することを可能とする権能だ。デメテルの権能【盛衰】との違いは自分に使用できるか相手に使用できるかの違いのみ。

 

 対してレイヤも暴風の斧に自分の16384もある霊力、魔力、神力(レンタル)をすべてつぎ込んで風を纏わせる。

 先ほど語ったあの男が切り札として持っている(使ってきたとは言っていない)剣がある。回転する三つの円筒が風を巻き込むことで生み出される、圧縮され鬩ぎ合う暴風の断層が擬似的な時空断層となって絶大な破壊力を生み出すという仕組みだ。

 今回はそれを真似て、相手(ろうげつ)の空間操作を上回るほどの、空間を破壊するほどの威力で、臘月の防御ごとそぎ落とす。

 防御が落ちている今なら、可能だ。

 

 

マンゴーオーレッ!

 

「あァえっーととりあえず……荒れ狂う二対の嵐(アシュヴィン・ディオスクロイ)ッ!!

 

 

 バロンの隣で、“これ必殺技名あったほういいよね?”と考えたレイヤは即席で必殺技に名前を付けた。それがかっこいいか否かは画面の奥の皆さんに任せるとする。

 ちなみにアシュヴィンはインド神話のアシュヴィン双神のことで、ディオスクロイは双子座になったとされる双子のことである。

 そして、双子座は風属性である。

 

 マンゴパニッシャーをハンマー投げの要領で振り回し、花切りマンゴー型のエネルギー弾を飛ばして相手を粉砕する【パニッシュマッシュ】と【荒れ狂う二対の嵐(アシュヴィン・ディオスクロイ)

 

 

「は――?」

 

 

 と、臘月が素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出した瞬間に、二人の攻撃が臘月に直撃する。

 通常のパニッシュマッシュに圭太の権能と【神器】を上乗せして、アシュヴィン・ディオスクロイの空間をも断絶し、暴風によって生み出された時空断層に直撃すればまず無事では済まない。

 

 暴風と砂埃が舞い、あたり一帯を覆いつくす。

 目の前の状況が確認できないが、やったのではないかと思う。

 

 

『やったか…?』

 

「それ、フラグにならないといいけどね…」

 

 

 待つこと10秒。音沙汰はない。だがしかし、臘月の状況を確認できない以上気を抜くことはできない。じっと、目力を強くして目の前を見据える。

 

 何も起きないため、待つことが面倒くさくなり、レイヤは暴風の斧を振り回すことによって風を生み、砂埃をすべて霧散させた。

 

―――そして、目の前には、誰もいなかった。

 

 

『いない…どういうことだ?』

 

「時空間断絶系の技だからなぁ…。跡形もなく消し飛んだとか?」

 

『…そう考えるのが妥当か。しかし、凄まじいな、この威力。本来の俺でも出せる威力ではなかった』

 

 

 バロンはそう呟く。

 バロンの最終形態【ロードバロン】の力でさえもあそこまでの力は出せない。というか【鎧武の世界】の【黄金の果実】の力があればこのくらいの力が手に入っていたのでは…?と思うがこれ以上考えないことにした。だって全然関係ないことだから。

 

 バロンはバナナアームズに戻って、当たりを見渡す。周りを警戒しているのだろう。それに見習って、レイヤも手を出す。

 

 

「まぁ、でもなぁ、一応――サビク・オフィウクス

 

 

 あたり一帯に威圧系の蛇使い座の権能【サビク・オフィウクス】を発動した。

 目の前にいるバロン(かいと)には、もちろんのこと効果がない。単純に彼の心が強すぎるからだ。サビク・オフィウクスは自分より心の強い者には効果が薄れる傾向にある

 

 そして逆に、心が弱い者には――、

 

 

「うわぁああああああッ!!!」

 

 

『「ッ!?」』

 

 

 突如として鳴り響いた聞き覚えのある声での悲鳴。一斉にその方角(後ろの方)に振り向くと、臘月が腰を抜かしていた。その姿に、レイヤは微笑を洩らした。

 いや、しかしそんなことはどうでもいい。問題はあの攻撃の中から、どうやって生還した?

 

 

『貴様…わざわざ後ろに回っていたとは…どうやらよほど俺に殺されたいらしいな』

 

「いやちょっとストップ。お前にとっちゃ激怒案件だろうけど今はそれ違う」

 

 

 バロンが予想斜め上とも、予想通りともいえる態度を、レイヤはいち早く止める。【駆紋戒斗】という人間の情報を反芻(はんすう)し、【ラムダ・キャンサー】で言葉を並べて口で発する。

 

 

「そもそもあの攻撃から生還しなきゃ俺たちの後ろに移動することもできやしない…なにをした、臘月」

 

 

 レイヤはサビク・オフィウクスを解除する。すると調子が戻ったため、臘月が罵声を上げる。

 

 

「てめぇええええ!!なにをしやがったッ!!」

 

「質問してるのはこっちなんだが…。まぁいいか。威嚇だよ。ただの」

 

「威嚇だと!?ふざけるなッ!!俺が、この俺が威嚇なんかで怯えるはずがないッ!!なにをしやがったッ!!包み隠さず話やがれぇえええええええ!!!」

 

 

 なんと、この男、あろうことか自分が怯えたという事実を認めたくないがゆえに存在しない事象を己の頭の中で生み出してそれのせいにした。そして、ソレを使用したであろうレイヤを罵倒したのだ。

 

 そして、そんな臘月を、バロンは嘲笑った。

 

 

『はッ。ここまでくると憐れで言葉も出ないな。己の弱さを他人の所為(せい)にする。定型的な弱者だな』

 

「――弱者、だと?てめぇ…この俺を、弱者だと!?ふざけるな!!俺は強い俺は強い俺は強い俺は強いんだぁ!!『固定』という無敵の力を手に入れた、それは生まれが違うからだッ!育ちが違うからだッ!才能が違うからだッ!てめぇのそれはそんな(ねた)みと(ひが)みの妄想虚言だァ!!」

 

『ほざいていろ。力に溺れ、あまつさえその地位という甘い汁を啜り続けているお前を、俺は強者とは認めない。嫉み?僻み?そんな感情を俺が感じる価値など、お前にはない』

 

「てめぇ―――ッ!!」

 

 

 手も足も、口も出せないほどの論破に、臘月は唇を噛む。血が出てないところを見ると、改めて己をどれほど可愛がっているのかを実感する。

 

 

「もういいッ!!どっちにしろ、お前らは俺にもうダメージを与えることすらできやしないんだからなッ!」

 

「どういう……いや、まさか…」

 

『……なるほどな。奴の『固定』の力。それのほとんどを防御に回していたというわけか』

 

 

 よく考えればわかることだった。臘月の権能『固定』は攻撃にも防御にも回せる。おそらく、攻撃が当たる瞬間に力のほとんどを体の固定につぎ込んだのだろう。

 しかしそれだけではあの時空間断絶の技を逃れられるはずが――、

 

 

「いや、自身を『今』に『固定』したのか…!!

 

 

 自身の存在を『今』という時間軸と世界に『固定』すれば、空間断絶から逃れられることは十分可能だ。しかし、臘月は技の詳細を知らないはずだ。そこまで頭が回るはずがない。おそらくヤバイ攻撃だからとりあえず全部固定しちゃえ程度の感覚だったかもしれない。

 

 

「そして、今のお前は当初の状態ってわけか…」

 

「そうッ!!毒もそろそろ引いてきたしな。これでお前らをまた一方的に蹂躙できるってわけだ…玉兎もいねぇしなッ!!」

 

「――――」

 

 

 この場に自分の唯一の弱点がないため臘月は完全に調子に乗っている。だがしかし、また窮地に追いやられたのは事実。あの状態の臘月を相手するには玉兎か【猛毒剣毒牙】しかない。猛毒剣毒牙を使うにしても体力の心配はないとは言え精神面で摩耗する。

 

 そもそもレイヤは12番目の権能アルファーグ・パイシーズ(さかなのあたま)によって無限の体力を得ている。

 握力、脚力、肺活量などの運動に必要なものすべてに無限の力を与え、五感などの機能向上も可能だ。さらに水瓶座の権能である『回復』と『再生』に必須の『栄養』はこの権能で補っているため、実質無限に再生可能。

 

 (うお)座の権能の由来であるアル・ファーグはη星の固有名であり、「テューポーンの頭」を指している。

 テューポーンとは頭が天体を擦り、両腕は世界の端から端まで届く程の体躯を持ち、無限にも思える超絶な怪力、決して疲れない脚、耀く目玉、発声するだけで山々を揺らす声量、全ての種類の声を介し、恐ろしい火焔を目や口から出し暴風を司る超怪物である。

 

 その権能の恩恵があるとしても、猛毒剣毒牙を使うのはためらってしまう。あの剣はそれほどのものなのだ。

 だが――別の手がある。臘月を、肉体的ではなく、精神的に追い詰める方法が!!

 

 

「確かに、肉体的にお前を追い詰めることは不可能だろうなぁ…」

 

「ようやく自覚したか。お前らは俺に嬲り殺しにされる運命――」

 

「これ、なーんだ?」

 

 

 そう言って、レイヤは右手を広げて天に掲げた。すると、その手に空飛ぶカラクリが乗った。

 それを見て、バロンと臘月は困惑する。

 

 

『それは…』

 

「ドローン…?」

 

 

 そう、そのカラクリの正体はドローンだ。実はこのドローン、零夜がアヤネとの戦闘の後のレイヤとの通信で“創ってくれ”と頼んでいた代物であった*4

 

 

「正解。そして、注目すべきはここだ」

 

 

 レイヤはドローンの一部分を指さした。その部分は――下に取り付けられている、【カメラ】部分だ。そこを指さした瞬間、臘月の脳裏に最低最悪の予想が(よぎ)った。

 

 

「まさか、嘘だッ!!そんなことできるわけがねぇ!!見てくれだッ!外見だけだッ!!」

 

「いい加減現実を認めろよ。ウチにはこういう機械工学系が得意な奴がいる(ウソ)んだよ。それで月のメインコンピューターハッキングして、ドローンのカメラに繋げてたんだよ

 

 

 時は遡り、零夜が空真ことウラノスと戦う前のこと。零夜はその前にアナザーエグゼイドに変身しており、その能力でドローンのカメラと月のメインコンピューターを繋げるという大事を可能にしていた*5のだ。

 零夜が空真との闘いの前にモニタールーム的な場所――つまりメインコンピューター室のコンピューターをハッキングしていたのはこれが理由だ。しかし、零夜はレイヤがなにをしようとしているのかはある程度予想はついていたが知らない。

 

 ちなみに龍神と歩いていた際レイヤが服の下でやっていたナニカもドローンの最終調整だったりする*6

 

 

「おま、え…ッ!!」

 

 

 臘月の額のこめかみがピクピク震える。その怒りはまさに爆発寸前の火山だ。

 

 

「ていうかさ、なんで依姫達がこの場所すぐに分かったと思う?答えは明白。この映像がず~っと流れてたからさ

 

「この……クズ野郎がぁあああああああああッ!!!

 

 

 臘月は前のネタバレ祭りよりもさらに大きな怒声を放った。

 当然と言えば当然だ。自身の権能がバレたことはまだなんとかカバーできた。だが、自分の悪行が全て月の民にバレてしまったとなれば、もう取返しがつかない

 

 そもそもレイヤは最初から、コレを狙っていたのだ。わざわざ臘月の権能のネタバラシショーを行ったのも、弱点を露見させたのも、すべてはコレのため。月の民に“臘月を新死んで当然だ”という印象を植え付けるためだったのだ

 

 

「クズ野郎…。楽しいかッ!?嬉しいかッ!?俺をここまで追い詰めて、楽しいかぁあああああ!!!」

 

「あぁ楽しいよッ!!それに俺は言ったよな?(クズ)を殺すためなら喜んで(クズ)になるってッ!!それがこの世の摂理ッ!それが世界の(ことわり)ッ!!俺は、目的のためなら喜んで(クズ)になるッ!!」

 

 

 企みが、企てが、計画が、すべて成功した。途中予想外の事態にも発展したが、臘月を精神的に追い詰めるという計画は、今この場を持って成熟した。

 

 

『―――』

 

「どうした、駆紋戒斗。こんな俺を見て軽蔑したか?これが俺の本性さ。大切なもののため、人のためにどこまでも下郎に墜ちていく。それが俺の本分であり本性なのさ」

 

『――俺が言うことはなにもない。貴様のそれは策略の一つであり、ヤツはそれに気づけなかった。その時点でヤツの精神的敗北は決まっていたも同然だった。お前が思うことなどなにもない。奴は、()()()()負けた。それだけだ』

 

「ははッ。罵倒の一つでも、欲しかったのが、本音かな…」

 

 

 過去に圭太の体を乗っ取った男の言葉が蘇る。

 あの男は最終的には笑って帰っていったものの、途中は暴言が酷かった。当時強大な【能力】が開花したてで強大な力の意味を理解していなかったバカだった自分には、とても心に突き刺さる一言だった。

 

 

「フンッ。そこの男。貴様の強情なまでの胆力と根性は褒めてやろう。だがそれだけだ。―――そして、貴様はまるでダメだ。道化にもならんゴミだな。貴様の攻撃には何もない。この(オレ)とて分かるわ。まだ(こころざし)を持っていた贋作者(フェイカー)の方が、遥かにマシだ。はっきり言おう。貴様は贋作者(フェイカー)以下の愚物だ」

 

 

 その時は“贋作者(フェイカー)って誰だよ”って悪態をついた。まぁいろいろあったがあの言葉のおかげで当時の愚かだった自分を矯正(きょうせい)するきっかけになった。

 まぁ遅かれ早かれあの環境では天狗の鼻を折られるのは必須ではあったが。

 

 

 あの時のように、いっそ罵倒してくれたの方が、精神的にも少しは楽だった。

 

 

「許さねぇ……ぜってぇに許さねぇッ!!こうなれば話は別だ…ッ!てめぇらさっさとぶっ殺して、大掃除する必要しかねぇなァ…。もうこの際だ、地上を第二の月の都にしてやるッ!!

 

「お前…そこまでか」

 

 

 (クズ)を精神的に追い詰めればどんな手段に出るかはある程度予想はついていた。

 この場合掃除というのは、月の民全員の、塵殺を意味する。そして、地上の月の都化。それは未来の、あの凄惨で性と欲にまみれた混沌都市のことを指していた。

 

 

『貴様が追い詰めたんだろうが』

 

「まぁそうだけどさ。ここで、決めようと思ってたしね」

 

 

 そういって彼が亜空間から取り出したるは、毒に侵された聖剣―――【猛毒剣毒牙】。その剣を持ったレイヤの手が、紫色に変色する。

 

 

「これで、最後の最終決戦だ」

 

「やってみろよ。問答無用でぶっ殺してやる」

 

 

 臘月の殺気をもろともせず、猛毒剣毒牙を腰にかざすと、聖剣ソードライバーが出現する。

 そのまま【ブラッドバジリスク】のワンダーライドブックを取り出して――、

 

 

「待て」

 

 

 そんなとき、その手をゴツゴツした鎧の手によって阻まれた。

 レイヤの手を握るその強さはレイヤの腕力を上回り動かなくするほどの強力な力でありながらも、配慮といった優しさも感じられる手だった。

 

 レイヤはゆっくりと自身の手を掴んだ人物を見た。

 そこには龍を模した緑色の全身アーマーを着込んだ、2メートル越えの超人だった。その人物はレイヤの手を離すと、二人の前に出る。

 

 

「よくぞここまで持ちこたえた。あとは、我に任せよ」

 

『貴様…一体何者だ?』

 

 

 バロンは急に表れた人物を警戒した。全く気配が感じられなかった。依り代である少年の力と、自身の生前に培った様々なスキルでさえも、この人物の接近を、声を掛けられるまで気づくことはできなかった。

 

 バロンの脳内に、一つの確信的な、絶対的な一つの結論が浮かんだ――。

 

 

 “この男は、自分よりも遥か格上の存在だと”

 

 

 この人物に武器を向けるなんて無理だ。したところでなんの意味もないと、分からされてしまうほどの、圧倒的なオーラ。

 事実、その勘は当たっていた。だって、目の前の人物。それは人を超えた存在――まさしく、“神”

 

 

 

「我が名は【龍神】。【綿月臘月(わたつきのろうげつ)】よ。貴様の卑しき(ごう)、その肉体(からだ)とともに断ち切る者の名だ」

 

 

 

 

*1
31話参照

*2
38話参照

*3
72話参照

*4
65話・66話参照

*5
66話参照

*6
78話参照




レイヤ


1 【アリエス・ボテイン】(羊の胃)
 
 権能は「空間歪曲(くうかんわいきょく)」。

 その名の通り、空間を歪ませて自在に操る能力。
 基本的な使用方法は、異世界ファンタジーで言う無限収容(インベントリ)など。

 応用として、一部を世界から隔絶させる空間を作り上げたり、強大な吸引力を有するブラックホールの生成を可能とする。

 ボテインは、アラビア語で「小さなお腹」。吸い込んだ先を「胃」とし、宇宙全体を「体」と表現すれば、「巨大なブラックホール」も宇宙全体から見れば「小さなお腹」として捉えられる。


12
 アルファーグ・パイシーズ(さかなのあたま)
 権能の効果は【尽きることのない無限の力】

 握力、脚力、肺活量などの運動に必要なものすべてに無限の力を与える能力である。
 また、五感などの機能向上も可能。『回復』と『再生』に必須の『栄養』はこの権能で補っているため、実質無限に再生可能。

 アル・ファーグはη(イータ)星の固有名であり、「テューポーンの頭」を指している。
 テューポーンとは頭が天体を擦り、両腕は世界の端から端まで届く程の体躯を持ち、無限にも思える超絶な怪力、決して疲れない脚、耀く目玉、発声するだけで山々を揺らす声量、全ての種類の声を介し、恐ろしい火焔を目や口から出し暴風を司る超怪物である。
 「無限の力」の由来は超絶な怪力と、決して疲れない足から来ている。


 駆紋戒斗(圭太)

【全知全能の神ゼウス】

 ギリシャ神話に登場する神で、オリュンポスの神々の一柱(ひとり)にして頂点。

 権能は「破壊」。

 最高神であり、至善至高、全知全能の神として知られているゼウスは、変幻自在の能力を持つ神にして破壊神と創造主を兼ねた偉大な存在である。
 その「破壊」から取った権能であり、全パラメーターの上昇し、神器による攻撃が本命。

 【竈の女神・慈母神ヘスティア】
ギリシャ神話に登場する神で、竈を司るオリュンポスの神々の一柱(ヒトリ)
 権能は「向上」。
 竈や炉は「火力」を「上昇」させる。それを元にし、すべての属性の威力を「向上」させることが可能になる権能。

 【豊穣の女神デメテル】
 ギリシャ神話に登場する神で、豊穣を司るオリュンポスの神の一柱ヒトリ。
 権能は「盛衰(せいすい)
 効果はヘスティアの権能とほぼ同じだが、上げるだけのヘスティアとは違って“下げる”ことも可能。
 そしてデメテルの権能は“相手”にのみ使える権能。要するにRPGで言うサポート役である。



 こことは全く違う作品からの【英雄王】
 過去に一度圭太の体を乗っ取った際に憑依した人物。記憶の時系列は【UBW】終了済み。
 レイヤではない人物の“胆力”と“根性”を褒めた。

 しかし当時のレイヤのことはボロクソに評価。志がある分贋作者(フェイカー)の方がマシだったと評価していた。

ていうか何故圭太と憑依(つな)がった?真相は不明である。


 と、いうわけで今回はここで終わりです。次回は龍神VS臘月。


 次回もお楽しみに!


 評価と感想、お願いします。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82 龍神(カミ)の断罪劇

 どうもー、お久です。
 バイトとかが忙しくて投稿が…ご了承ください。ちなみにこの後バイトあります。

 さっさと投稿!して、バイト終わりに感想を見て疲れた心を潤したい今日この頃。

 それでは、どうぞッ!


「龍神…」

 

 

 突如として現れた心強い援軍に、心を震わせたレイヤ。いや、それよりも、龍神は月夜見の足止めをしていたはずだ。それだけじゃない、確か――。

 

 

「龍神だと…?あぁ名前だけは聞いたことはあるな。まぁそれだけだが」

 

 

 突然現れた人物に動揺しながらも、その正体を知るや否やあからさまな余裕を見せてきた。

 目の前の人物が『神』だと知っての余裕だろう。何せ、臘月(かれ)には神すら命令で屈服させる、『権能』持ちなのだから。

 

 しかし、臘月の余裕を見ることなく(無視して)龍神が、こちらの方を向いた。

 

 

「貴様…やはり夜神と同列の存在だったか」

 

「それは今はどうでもいいんだ。ところで、依姫達は大丈夫かな?」

 

「あぁ…あの小娘どもか。突如として出現したため少し驚きはしたが、問題ないだろう」

 

「そっか。ありがと」

 

 

 なんの話をしているのかと言うと、依姫達を転送した場所のことだ。

 実はレイヤは依姫達の転送先に龍神のすぐ近くの場所を指定したのだ。臘月の創った精神生命体に汚染されている人物が全体的に把握できていない今、確実に信用できる場所へと転送する必要があった。

 

 

「おいてめぇらッ!!俺を無視してんじゃねぇよッ!」

 

 

 臘月が獣のごとき咆哮を上げた。

 自分の発言を無視されたことにキレたらしい。

 

 

「神の分際で俺を無視しやがって…龍神だかなんだか知らねぇが、俺の『権能』の前では、神でさえ俺の手足だッ!命令だッ!そいつらをぶっ殺s――」

 

 

 瞬間、時間(とき)が止まった。しかしそれは、実際は比喩だ。ここにいる全員が、まるで時が止まったかのような体感をした。

 レイヤとバロンを挟むように立っていた龍神の姿はどこにもなく、代わりに臘月の背中の方向に龍神がこちらに背中を向けて立っていた。

 

 あの一瞬で、レイヤにすら視認できないレベルで、移動していた。その移動の合間に――、

 

 

「あ、がッ…!!」

 

 

 臘月の右肩から左の腹脇にかけて、切り傷が生まれていた。

 レイヤとバロンが龍神の現在位置と臘月の傷を視認できた瞬間、鮮血が臘月の体から飛び出た。

 

 傷ができた時間と、血が飛び出た時間。それは少なからずタイムラグが存在した。龍神は、臘月の体が傷ついたという認識すら遅らせる速度で、臘月を攻撃したのだ。

 

 

「なんだ、今の速度は…。とてもじゃないが、人間技じゃない」

 

「当たり前だよ…。だって、彼は最高位の神だよ?」

 

「神…か」

 

 

 バロンもあまりの衝撃で、言葉は少なかった。

 痛みで膝をついた臘月は、口からも吐血する。

 

 

「あがァアアアアアアアアッ!!ば、バカな…ッ!!どうして、俺の体に傷が…ッ!!力のほとんどを、防御に回しているはずなのに…ッ!それだけじゃないッ!!なんで、権能を持っていないお前が、俺に攻撃できるんだッ!?

 

 

 臘月と龍神の違い―――それは圧倒的に、権能の有無だろう。

 それだけで、戦局は大きく違ってくる。しかし、龍神はその違いをねじ伏せた。

 

 困惑していると、レイヤが一歩前に出てきた。

 

 

「はァ…まだ気づかないのか。臘月」

 

「なにッ!?」

 

「そもそもお前は勘違いしていたんだよ。確かに『権能』は神への命令権という途轍もない力を持っている。……だからと言って、いつから神が『権能』を持てないと誤解していた?

 

「―――ッ!!まさか!!」

 

「そう、その通りさ」

 

 

 レイヤは余裕を持ってそう答える。

 そもそも、その事実(こたえ)に気づいたのは龍神と零夜の初戦闘の時だ。無視したくてもできないほどの、強大な力。それは無論隣にいたライラも感じていただろう。あの圧倒的な力の波動を――。

 

 思わず、冷や汗が垂れたほどのだった。彼の――『権能』は。

 

 

「龍神。彼も権能に覚醒していたんだよ」

 

「ば、バカなこと言うなッ!!『権能』は転生者(オレ)の特権なんだぞッ!?なんで既存の神ごときが、権能に目覚めてんだよォおおおおおおおッ!!!!??」

 

「お前だけの特権じゃねぇだろ。正確(ただし)くはイレギュラー(俺たち)の特権だ。龍神は空真の存在と邂逅を経たことで性格と思考に影響が出た。そこで既に正史とずれ(イレギュラーになっ)た。これだけ言えば、あとは言わなくても分かるだろう?」

 

「まさか…ッ!!」

 

「おっ、思考までは停止してないみたいだな」

 

 

『なるほどな。貴様らの言う『正史』から外れた時点で、『権能』に覚醒(めざ)める素質を持ち合わせることになるということか』

 

 

 以外にも、話を纏めたのはレイヤの隣にいるバロンだった。

 その纏めを、レイヤは肯定する。

 

 

「どこだッ!?どこで狂ったッ!?どこで俺の計画がッ!!狂っちまったァああああああッ!!」

 

 

 自暴自棄になった臘月は、叫んだ。ただただ、悔しさのあまり叫んだ。今だにレイヤの手にあるドローンで撮影されて、現在進行形でその無様な姿を映像(うつ)されていることを知りながら。

 

 

「強いて言うなら最初からだよね」

 

「なん、だと…!?」

 

転生者(俺たち)という存在がいる時点で、その歴史はとっくに本来の道筋とはずれているのさ。

 

 

 世の中には【タイムパラドックス】という単語が存在する。

 過去にタイムスリップし、後の時間に起こる事に符合しない影響を与えてしまった場合、未来は変わってしまうことになる。そしてその結果がタイムスリップ行為そのものに影響を与えた場合、矛盾が生じる現象のことである。

 

 それと同じく転生者という存在が生まれた時点で、その正史からは外れていく。ここはすでに『正史(げんさく)』とは乖離した世界だ。

 

 

「お前という存在自体が、龍神と空真を引き合わせる一因になった、のかもしれないな。理屈や理論は俺にはわからんが」

 

「そんなの…認めるかッ!俺は認めないぞッ!!俺の計画が俺のせいで狂ったなんてッ!!なんで、どいつもこいつも俺の邪魔ばかりするんだよッ!どうしてそう易々と俺の聖域(らくえん)を土足で踏み荒らすッ!?」

 

 

 臘月は頭を、腕を、顔をかきむしり、ただただ怒りのままに叫んだ。

 

 

「お前は単純にやりすぎたんだよ。大きすぎる欲望はいずれ己の身を滅ぼす。最低でも、今の地位で甘んじて、あくどいことをせずに生きていれば、良かったんだよ。お前は、自身の性『欲』を抑えきれなかった。これがお前が踏み間違えた道の分岐点だ

 

 

 ここから、近くも遠い未来――。臘月と豊姫の間には【無月】という一人息子が生まれていた。【無月】はよくも悪くも父親である臘月に従順で、家族愛が感じられた。

 だというのに、「欲望」に染まりすぎたこの男は肉親である息子の体のほとんどを機械に改造、そして確定事項だが未来のトヨヒメも豊姫に「トヨヒメ」という名前を付けたことによる精神生命体による本体の汚染だったはずだ。

 

 レイヤは力説する。“お前は欲に溺れ、道を踏み外さなければ、お前の聖域(らくえん)凌辱(けが)して、破壊(こわ)す必要なんてなかったんだ”と。

 

 

「そして、お前は俺の大事な人を――【圭太】の権利すべてを略奪(うば)い、あまつさえ圭太を()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がお前という存在を許すことは――決してないッ!!」

 

 

 自らの欲望のために、他人の人権すら己の都合で剥奪し、自分の人形(コマ)として扱ったこと。それだけでは飽き足らず、自分の肉親(こども)でさえも利用しようとする悪辣(あくらつ)さ。

 そして、圭太のこと。決して許せることではない。

 

 最後に、唯一気がかりだった何故このような男がデンドロンとは違い正規(ただ)しい手段(ほうほう)で覚醒条件に必要な“あの感情”を心の底から抱くことができたのか“あの一言(ことば)で、理解できた気がした。

 

 

「―――黙れッ!!黙れ黙れ黙れッェエ!!いいさッ!やってやるよッ!!俺の楽園(せかい)は俺が創るッ!!今度こそ誰にも穢されない、俺の、俺だけのッ!!俺という無敵の番人が、俺の楽園(せかい)を守るッ!!誰にも、邪魔はさせるかァアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 臘月が足踏みをすると、衝撃波が広がり辺り一帯を覆い隠す。

 しかし、龍神が刀を横に振るうと、その衝撃波が臘月の衝撃波を押し殺し、互いに霧散した。

 

 

「な――ッ!?」

 

「――綿月臘月よ。貴様に裁定を下す。その前に、貴様が今まで虐げてきた者たちの苦しみを、その身をもって味わえ。そこに、時間と空間の概念など持ち込まない。現在(いま)と過去と未来、そのすべての貴様の罪を、今ここで、凄惨させよう」

 

「未来だとォ…ッ!未来の罪まで償わされる筋合いなんざねぇよッ!!」

 

 

 臘月は地面の砂を広い、投げるつける。『固定』の力で止まったその砂は完全な凶器。しかし龍神はその砂を避けることなく、逆にその鎧で受けた。しかし、鎧は傷一つついていない。

 龍神は誰もいない、何もない場所で左手の刀を振るった。その瞬間、臘月の右足に切り傷が生まれた。

 

 

「うわぁああああああッ!!」

 

「その程度の傷で叫ぶか。精神(こころ)は幼子そのものか。貴様のような人間ごときが、我に傷をつけるということ自体烏滸がましい」

 

「ふざ、けんな…ッ!!今の俺は90%も防御に権能を回してるんだぞッ!?それを易々と貫通するなんて、できるわけがねぇッ!!」

 

「そのきゅうじゅっぱーと言うのは貴様の感覚での単位か?まぁ感覚位はお前に合わせてやろう。我の今の力は、全体の1%にも満たないのだがな

 

「なん、だと…ッ!!?」

 

 

 その圧倒的な力の差に、臘月は冷や汗を流した。それと同時に、自身は9割も防御に回しているというのに1%以下の力に負けたという事実が、彼のプライドを刺激した。

 臘月のおでこに、血管が浮かぶ。

 

 

「ふざけるなァ…ッ!!俺を、バカにしてんのかッ!!この、無敵で最強の俺をッ!!」

 

「貴様は無敵でも最強でも何でもない。我にとっては、ただそこらの惰弱な人間にしか見えん

 

「うがァアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 その言葉にキレた臘月は権能の95%を攻撃に転用した。攻めこそ最大の防御。それを体現するかの如くだった。

 ちなみにレイヤとの勝負で空間を操れるようになるまでの『固定』の権能の攻撃力への転用率は65%ほど。残りの35%ほどは毒の『固定』と単純な防御に回していた。

 

 その力のほとんどを攻撃に回した。まさに捨て身の特攻。

 臘月の拳が龍神の腹を目掛けて直撃した。その衝撃波が辺り一面に広がり、あらゆるものを蹂躙する。もはやただの観戦者となってしまっていたレイヤとバロンにもその矛先は向いた。

 

 反応が一瞬遅れ、衝撃波だけでレイヤの手にあったドローンは一瞬でバラバラに分解された。

 

 

「しまった…ッ!!」

 

 

 時すでに遅し。ドローンはもう修復不可能なところまで壊れて、跡形もなく霧散した。能力で創ったもののため、こうなるのは仕方ない。

 レイヤは自身の身を守るために【アンタレス・スコーピオン】の『抗体』と【カウス・メディア・サジタリウス】の『絶対命中』の権能を応用して風の狙いを自分から外すことによって迫りくる衝撃波と暴風から身を守る。

 対して隣のバロンは、【バナナスカッシュ】を発動して地面にバナスピアーを刺すことによって自分の体を固定していた。

 可哀そうに思ったレイヤはバロンの体に触れることによってバロンも『権能』の対象になった。

 

 

「すさまじい威力だね…。なぜヤツはあれをもっと早く俺たちに使わなかったんだ?」

 

『おそらくだが、ヤツは無意識的に俺たちを舐めていたはずだ。さらに、ヤツは臆病者だ。自分の体に傷をつくことを最も恐れている。それゆえに力を防御に回すことを主としていたのだろう』

 

「とことん舐められてるね…俺たち。俺たちには『権能』の力の8割くらい攻撃に回さなくても勝てるだろうって思ってたのかね?」

 

『おそらく、それだけではないはずだ。どうもヤツは無敵やら最強やらに固執している。異常なほどにな』

 

「――そうだな」

 

 

 綿月臘月という男は、どういうわけか無敵と最強に異常なまでの執着を見せている。無敵とはすなわち傷がつかないこと。最強とはすなわち誰にも負けないこと。

 その前提条件が既に崩れている今、臘月はそのどちらの称号も持っていない。それを取り戻そうと、狂うほど、求めている。

 

 あの狂気は、似ている。

 

 

夜神零夜の『悪』に対する異常なまでの執着と

 

 

 そんなことを考えている合間にも、砂埃は晴れていく。

 そして、二人の見えた光景は―――、

 

 

「な…ッ!!」

 

 

 臘月の必殺の一撃ともいえる拳が、龍神の左手によって阻まれていた。龍神の左手は臘月の右手をしっかりと掴んで離さない。

 

 

「たかがこの程度か。信念の籠っていない、ただの子供の駄々のような拳だった。貴様はふざけているのか?」

 

「黙れ黙れ黙れぇ!!!」

 

 

 瞬間、二人の目には映った。臘月の『権能』の力が体から拳にすべて移ったことに。臘月の拳には今、『固定』の権能のすべての力が宿っていた。

 そして至近距離から放たれる狂気の拳。一撃、二撃と喰らわしていく。足蹴りも行って、一撃一撃が即死の攻撃が、何度も何度も何度も繰り出された。

 

 そんな轟音と暴風が荒れ狂う空間の中、確かに聞こえた。はっきりと。

 

 

「煩わしい」

 

 

 その言葉とともに、あれほど煩かった轟音としつこかった暴風が一瞬にして止んだ。砂煙も晴れていた。

 何事かと見ていると、そこには龍神が左手で持っている刀で、臘月の体を斬っていた

 

 

「う、が、あぁ…ッ!!」

 

「悲鳴も上げられないか。もう少し耐えると思ったんだがな。手加減というのは難しいんだ。ただでさえ貴様ごときに利き手を使えないんだからな」

 

 

 臘月は再び体を斬られたことで、ショックを受けたのか片語しか喋れなくなっていた。

 だが、それだけが要因ではない。龍神は、今まで一回も利き手である右手を使ってこなかった。その事実が、臘月のプライドを何度も傷つけ、ショックを受けるか、怒るか、悲しむか、すぐに攻撃するべきか、脳がオーバーヒートを起こしていたのが真相だった。

 

 しかし、血の流れが止まっているところから無意識下で『固定』を使って止血しているのだろう。なんという無敵と最強への執念だ。

 

 

「さて、そろそろ――む?」

 

 

 そんな時、龍神と臘月を挟む空間に、異常が起きた。

 黒い渦が、出現した。その渦はどんどんと広がっていき、やがて成人男性ほどの大きさにまで成長していった。

 その中から、一つの影が飛び出した。

 

 

『ウォオオオォォォッッ!!!』

 

 

 飛び出してきた生物は、第一声に雄たけびを選んだ。

 赤い洋風の騎士のような洋風の外見に頭部の肥大化している角に両肩に2本の角が存在していた。それは一言で言えば怪物――化け物だった。

 

 

「な…ッ!!」

 

『アイツは…オーバーロードッ!!?』

 

 

 その怪物――オーバーロード。またの名をデェムシュ(進化体)

 その怪物は、赤い剣を持ち上げて、バロン見て、殺意を滾らせて叫んだ。

 

 

『猿ゥウウウウウッ!!貴様ハ、貴様ダケハ必ズ殺スゥ!!』

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振り上げ、襲ってくるデェムシュ。それを間一髪で避け、デェムシュを囲うような陣形になった。

 

 

 

「あり得ないッ!!どうしてここにオーバーロードインベスがッ!?」

 

『口を動かすなら手を動かせッ!!来るぞッ!!』

 

 

 デェムシュは一目散にバロンに襲い掛かった。その目は殺意で煮えたぎっており、レイヤなんて視界に入っていない。

 バロンは圭太の権能を駆使して、バナスピアーに【ケラウノス】を纏わせ、デェムシュの灼熱で燃える剣に対抗する。衝撃で、互いの立っていた地面がえぐれる。

 

 

『いける…。この力があれば、この姿でも十分貴様と渡り合えるッ!!』

 

『小癪ナァッ!!』

 

 

 どうやらデェムシュはバロンしか標的に入れていない。ならば、時間は十分にある。

 

 

「龍神ッ!一体何が起きている!?」

 

「我にも詳しくは分からん。だが、分かっている真実(こた)えを聞こうとするな

 

「くッ。そうだったな…」

 

 

 わからないふりをしておきながら、レイヤはある程度予想はついていた。

 原因は確実に先ほどの臘月と龍神の攻防によるものだ。あれほど強力な力のぶつかり合いだ。空間の境界に影響が出ないわけがない。その結果が、デェムシュというオーバーロードの出現だった。

 

 おそらく、どこかの世界線のデェムシュが、先の攻防で空いた空間の穴にクラックと間違えて自ら入ったか、もしくは巻き込まれたか。どちらにせよ面倒なことになったことに変わりはない。

 

 それにデェムシュのバロンに対する執着から察するに、おそらくどこかの鎧武の世界線で鎧武が極アームズに変身する前の時間軸から来たはずだ。

 

 

「龍神ッ!!お前はどうするッ!?」

 

「あの程度の俗物。我が直接手を下すまでもない。貴様らで何とかしろ」

 

「あーもー分かったッ!その代わり、そいつ、ちゃんとやれよッ!!」

 

 

 そう言い残してレイヤはバロンとデェムシュの方へと走る。

 この時間で、臘月はある程度回復していたようで、こちらを睨みつけていた。しかし、龍神はそれを完全に無視していた。

 

 

「フン。誰にものを言っている。では始めようか、断罪を。【魂の審判】

 

 

 龍神がその言葉を発した瞬間、周りの空間が一変した。

 二人は、天秤の上に立っていた。その巨大な天秤の片方に、臘月と龍神の姿が見受けられた。

 

 

「立て」

 

 

 臘月はいきなり知らない場所に連れてこられて、かなり困惑している様子だった。

 

 

「ど、どこだここはッ!?」

 

「まだ叫ぶだけの元気はあるようだな。ここは我の独壇場。お前に分かりやすい呼び方をすれば【固有結界】というものだ。ここで、お前の罪を裁く」

 

「てめぇに裁かれる筋合いなんてねぇよッ!!」

 

 

 臘月は己が放り込まれた場所のことについて理解した途端に龍神に攻撃を仕掛けた。真正面からの拳による攻撃だ。しかし、すんなり躱され逆にカウンターを喰らい地面に伏せる。

 

 

「がはッ!!」

 

「いい加減学習しろ。我には勝てないと。それにこの空間は貴様の罪を裁くもの。故に罪の重さが重ければ重い程貴様は弱体化していく。逆に、その罪を心の底から反省し、悔い改める心を持てば軽くなっていき貴様を縛る(くさび)は切れて本来の力を取り戻すことができる空間だ。裁きの心得はあのいけ好かない女神に学んだ。不本意だったがな。だから、裁判に関しては、なにも心配することはない」

 

 

 その時、龍神の頭の中にあの赤髪にも青髪にも金髪にもなれる地獄の女神を思い浮かび「誰がいけ好かないクソダサTシャツ女神ですてぇええええええッ!?」という幻聴が聞こえた気がしたため、彼は「そこまで言ってないが、事実だろ」と心の中で返しておいた。そのあとも幻聴がうるさいため強制的にシャットアウトした。

 

 

「これより、綿月臘月の審判を、開始する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁッ!!』

 

『フンッ!!』

 

 

 バロンとデェムシュの攻防が、あたり一帯を埋め尽くした。

 雷を纏うバナスピアーと灼熱の炎を纏う【シュイム】と言う()の剣がぶつかり合い、衝撃波を生み出し辺り一帯がたった二人によって激戦区と化した。

 

 互いに傷をつけることができず、力でもほぼ同格なこの状況で、状況を変える一手をバロンが繰り出した。

 バロンは蹴りをデェムシュに喰らわせデェムシュから距離を取り、ポセイドンの権能をバナスピアーに纏わせて水と風で構成された攻撃が縦に伸びてデェムシュに直撃する。

 

 

『グァアアアアアアッ!!』

 

 

 デェムシュはその威力の攻撃に直撃してそのまま転ぶ。

 立ち上がり、目の前のバロンに憤慨する。

 

 

『猿如キガ。コノ俺ヲ地面ニ…許サンッ!』

 

『貴様のその性格は相変わらずだなッ!!』

 

 

 自分にも言えることだが、そんなことはバロンの頭にはない。

 バロンは変身前に履いていた靴の力を発揮する。神速を発揮する神器の靴『タラリア』による高速移動でデェムシュに防御の隙を与えることなく攻撃を仕掛けた。

 

 デェムシュが膝をついたと同時に、バロンは高速移動を止める。

 

 

『一度トナラズ二度マデモ…貴様ハタダデハ死ナサンッ!!』

 

『それは言葉ではなく力で証明したらどうだ?ヘルヘイムの果実を食べて力が上がっているはずだが、それでも貴様は俺に敵わんようだな?』

 

『貴様ァッ!!』

 

 

 突如としてデェムシュの体はゲル状になる。

 ゲル状の姿でバロンに突撃したデェムシュはバロンを翻弄し、バロンの背後で実体化してシュイムでバロンの背中を斬りつける。

 

 

『くそッ!この卑怯者がッ!!』

 

『卑怯?ソンナモノ闘イノ中デハ不要ナ言語ダッ!!』

 

 

 追加でシュイムでの剣撃を2,3回喰らい今度はバロンが地面を転がった。

 バロンの攻撃力は圭太の力も相まって生前よりかなり上がっているが、防御力は全くと言っていいほど変わっていない。つまり、今のバロンの弱点は駆紋戒斗本人の性格的に“不意を突かれること”だ。

 

 バロンがゆっくりと立ち上がると、バロンの背中から炎が燃え上がる。それに驚くが、その炎は自分を焼き焦がすのではなく、逆に傷を癒してくれていた。

 

 

『そうだったな…確か、【再生の炎】だったか』

 

 

 この体(けいた)の権能の一つ、ヘパイストスの権能【再生の炎】。己の傷を癒してくれる心優しい炎。それはまるで母親にくるまれたような温かさを感じた。

 徐々に傷が回復していき、バロンはデェムシュを睨みつけた。

 

 

『バカナ、アリエンッ!!ドウシテ炎ニ身ヲ焼カレナガラ立テルッ!?』

 

『少しはその足りない頭で考えたらどうだ?これは貴様の炎ではない。これは、この体(コイツ)の炎だ』

 

 

「そのとーり」

 

 

『なにッ!?』

 

 

 デェムシュの後ろから、見知った声が聞こえた。

 そこには、全身白装束の男がいた。白髪で赤い瞳をしている顔立ちの整った男性――レイヤがいた。

 

 

『貴様、今までなにをやっていた』

 

「俺に怒らないでくれ。少し龍神と話しをして、すぐにこっちに来たんだよ。こんな遠くに移動しているとそっちが悪い」

 

『そんな遠くに移動しているつもりはない。それに、貴様のスピードならこの程度の距離、すぐに来れるだろう』

 

「まぁそうだけどねー。ちょっと興味本位で、君が進化体のデェムシュ相手にどこまで渡り合えるか、気になってね。レモンエナジーでもなく進化体のデェムシュと互角に戦えるなんてすごいなーって思ってたら、つい」

 

『……貴様、黒幕か?』

 

「違うってッ!!確かに黒幕っぽい言い方であったことは認めるけどさぁ」

 

 

 デェムシュを挟んで、完全に二人の空間だけになっていた。

 しかし、デェムシュはその会話を最後まで待つほど心穏やかではない。

 

 

『俺ヲ挟ンデ会話ヲスルナッ!!猿ドモォオオオオオッ!!』

 

 

 デェムシュが左手を上に掲げると、高熱の火の玉が複数出現し、ホーミングして二人を襲う。

 

 レイヤは【スピカ・ヴィルゴ】を発動して武器を生成し、イェド・オフィウクスで武器を操って炎の玉をすべて切り伏せて消滅させる。

 対してバロンはその圧倒的な身体能力を駆使して火炎玉をすべてを切り伏せた。

 

 

『猿ガ、コノ俺ノ攻撃ヲォオオオオオッ!!』

 

「もうその常套句は飽きたんだよッ!!一気に行くぞッ、これを受け取れッ!!」

 

 

 レイヤはとあるものを投げつけ、それがデェムシュを通り過ぎ、バロンの手に渡る。

 それは二つのアイテムだった。赤いドライバーに、レモンの錠前。

 

 

『これは…ゲネシスドライバーッ!?なぜ貴様がコレをッ!?』

 

「悪いけど、今はそんな場合じゃないだわ。さっさと変身ッ!!」

 

『―――いいだろう。やってやる』

 

 

 バロンは戦極ドライバーを外して、ゲネシスドライバーを着用し、レモンエナジーロックシードの鍵を外す。ゲネシスドライバーに装着して、錠前を閉じた。頭上にクラックが開き、巨大なレモンが出現する。

 

 

レモンエナジーッ!

 

ロック オン

 

 

 右側にあるレバー、押し込んだ。

 

 

ソーダッ!レモンエナジーアームズッ!

 

ファイトパワー!ファイトパワー!

 

ファイファイファイファイファファファファファイッ!

 

 

 レモンのアーマーがバロンの頭上に降りて展開し、バロンは【レモンエナジーアームズ】へと変身を遂げた。

 バロンはエナジー系の専用武器【創生弓ソニックアロー】を、レイヤは【蛇腹剣】を持ち、構える。

 

 

『来イッ!小癪ナ猿ドモォオオオオオ!!!』

 

「その猿に、無様に倒されろッ!!」

 

 

 レイヤの巧みな蛇腹剣による攻撃に、デェムシュは己の類稀なる剣技を駆使して弾く。しかし、技術はレイヤの方が上だった。微細な軌道変換でデェムシュを翻弄し、デェムシュの剣を持つ手に蛇腹剣を巻き付かせた。

 

 

『ナァッ!?』

 

「今だッ!」

 

『そんなことわかってるッ!!』

 

 

 ソニックアローの弦を引いて黄色のエネルギー矢を連続で撃ち放つ。矢のすべてがデェムシュの体に突き刺さり、デェムシュは悲鳴を上げる。

 その間にもバロンはすぐさま動き、デェムシュとの距離を一気に詰める。ソニックアローの刃の部分でデェムシュの体を斬りつける。

 

 

『クズ共ガァッ!!』

 

 

 デェムシュがもう片方の手で拳を作ってバロンを殴る。バロンは倒れそうになるが、踏み留まってデェムシュの腹の辺りにソニックアローの銃口(はっしゃぐち)を押し付けた。

 

 

『サセルカァッ!!』

 

 

 デェムシュがもう片方の手でそれを掴もうとするが――空間に空いた穴から鎖が出現して、デェムシュの手を巻き付けた

 

 

「させない?それはこっちのセリフ」

 

 

 それはレイヤの空間系の権能【アリエス・ボテイン】と念動力の【イェド・オフィウクス】によるコンボ技によるものだった。

 隙だらけのデェムシュに攻撃を仕掛けることは、容易かった。

 

 ゲネシスドライバーからレモンエナジーロックシードを取り外して、ソニックアローの中心にあるスロット部【エナジードライブベイ】にエナジーロックシードをセットし、弓を引いた。

 

 しかしそれだけでは済まなさい。追加で【ケラウノス】。そして――ソニックアローが銀色の弓矢型のエネルギーに纏われる

 

 

『はぁッ!』

 

 

レモンエナジーッ!

 

 

『グァアアアアアアアッ!!』

 

 

 矢とともにデェムシュが吹っ飛び、地面をバウンドしながら転がる。

 デェムシュが立ち上がろうとした瞬間、輪切りレモン型のエネルギー体が出現して、デェムシュを拘束した。

 

 

『コンナモノ…ウ、ウガァアアアアアアアアッ!!』

 

 

 デェムシュは拘束を解こうとするが、突如としてデェムシュの周りを銀色のエネルギーがバチバチと雷のように纏わりついて、デェムシュを苦しませる。

 

 

『使えるな』

 

「あれは…アルテミスの神器【銀の弓矢】か。結構エゲつないね」

 

 

 バロンがソニックアローの必殺技を撃つ瞬間に纏わせた銀の弓矢のエネルギー体。実はアレも神器の一種だ。

 月の女神アルテミスが使っていたとされる神器【銀の弓矢】は、女性を射抜いた場合、苦痛なく即死させることができるとされる。ちなみにそれと相反する神器もある

 その伝承に凶悪性を付け足すことで、女性は苦痛なく衰弱していき、男性は痛みとともに衰弱していくという形で収まったのが、この結果だ。

 

 今のデェムシュの現象は、『痛みとともに弱体化(すいじゃく)』という現象を目で見えるようにしたに過ぎないのだ。

 

 

「しかし、ナイス。まさかそこまでうまく使いこなせるとは思いもしなかった」

 

『まぁコイツの記憶もあるからな。それに、俺の技術をバカにするな』

 

「バカにした覚えはないんだけど…。まぁいいや。戒斗、ソニックアロー貸して」

 

『これか。別にいいが、確実に仕留めろよ』

 

「分かってるよ」

 

 

 バロンはソニックアローをレイヤに投げ渡すと、ゲネシスドライバーのシーボルコンプレッサーを三回押し込み、キックの構えを取る。

 対してレイヤは【アリエス・ボテイン】を使い空間から【レモン】【チェリー】【ピーチ】【メロン】【マツボックリ】【マロン】【ドラゴンフルーツ】のエナジーロックシードを取り出すと、【アルゲディ・カプリコーン】でエナジーロックシード分のソニックアローを複製する

 

 そこから【イェド・オフィウクス】でロック解除からロックオンまでの工程を一気に行った。

 

 そこからさらに【アルゲティ・カプリコーン】でエナジーロックシード装填済みのソニックアローを大量に複製した。

 

 

「一斉発射」

 

 

[[[[[レモンエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[チェリーエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[ピーチエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[メロンエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[マツボックリエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[マロンエナジーッ!]]]]]

 

[[[[[ドラゴンフルーツエナジーッ!]]]]]

 

 

『グァアアアアアアアッ!!!!!』

 

 

 レイヤの持つソニックアローの弦が放たれて矢が放たれた瞬間に、すべてのソニックアローから矢が発射され、デェムシュの悲鳴が響き、砂埃が舞った。しかし、爆発が起きていない以上まだ死んでいない。レイヤの記憶(鎧武本編)のデェムシュよりしぶとい

 

 

「それで決めろッ!!」

 

『はァッ!!』

 

 

レモンエナジースパーキングッ!

 

 

 バロンのレモンエナジーで放つジャンプキックの必殺技――キャバリエンドが放たれる。

 レモン色のエネルギーを纏ったキックに、デェムシュは直撃。当たった後、バロンは空中で回転しながら、レイヤの隣で着地する。

 

 当のデェムシュは、バチバチと体から火花を散らした。

 

 

「認メン、認メンゾ!貴様ラノ様ナ猿ゴトキニィイイイイイ!」

 

 

 レイヤの記憶(鎧武本編)と同じ断末魔を叫んだあと、デェムシュは派手に爆発した。その爆発で、デェムシュはこの世界からチリも残らず消え失せた。

 

 デェムシュの消滅を確認した二人は、武器を降ろした。レイヤの背中に展開されていた無数のソニックアローも消失する。

 レイヤはバロンに手に持っていたソニックアローを投げ渡した。

 

 

「ようやく終わった…。なかなかにしぶとかった」

 

『それにしても、あれほど強かったアイツを、こんなにも簡単に倒せるとはな…。拍子抜けだ』

 

「言っとくけど、それはお前の力じゃなくて圭太の力だからな?」

 

『そんなこと分かってる。他人の力を自分のものだと言い張るほど、俺は図々しくない』

 

「はいはい。予想通りの返答でした。じゃあ、龍神のところに戻るか。アイツのことだ。今頃とっくに終わってるだろ」

 

『―――そうだな』

 

 

 そうして、レイヤは一足先に龍神がいるであろう場所へと走っていく。

 

 

『――――』

 

 

 バロンは、走っていくレイヤの背中を見た後、デェムシュが爆死した跡を見た。

 その場には、もう爆発した後の砂煙以外なにも残っていなかった。そんな場所で、バロンは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

『―――確か、権能持ち相手には同じ権能でしか攻撃が通らないはず…。なぜデェムシュ(アイツ)は俺に傷をつけられた?』

 

「おーい、早く来いよ」

 

『分かっている。急かすんじゃないッ!』

 

 

 バロンの――駆紋戒斗の疑問を残して、その場には誰もいなくなった。

 

 

 




 今回はこれで終わりです。
 いやー新たな謎が残って終わりましたね。

 突然の龍神の蹂躙劇にデェムシュの登場!!
 熱くなってきたなと思う。

 そして、なぜデェムシュは圭太の体を使っている戒斗の体に傷をつけることができたのか…疑問が尽きない。


 アルテミスの神器 【銀の弓矢】
 効果
・射った相手が女性の場合は苦痛なく弱体化(すいじゃく)させ、男性は痛みとともに弱体化(すいじゃく)していくという弓矢。

 本来は女性を苦痛なく即死させる弓矢。相反する神器がある。


 次回。
 
「俺の…俺だけの楽園(せかい)を創るッ!創ってやるッ!」

(もう苦しまなくていい…いいんだッ!!俺は、この楽園(せかい)の神だからな)

「俺の楽園(せかい)を穢す奴は、誰であろうと潰す」


「お前は見事に体現してくれたよ。臘月。夜神零夜のありえたかもしれない最悪の未来(けつまつ)を、な


次回――【綿月臘月(わたつきのろうげつ)


 次回予告作ってみた。


 評価と感想、よろしくねッ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83 綿月臘月(わたつきのろうげつ)

 お待たせしましたッ!

 最近バイトが忙しくて一話を作るのも大変な挙句、臘月の過去を考えるのに時間がかかりました。

 今回は大ボリュームとなっておりますので、どうぞお楽しみにッ!!


 クソが。クソが。クソが。クソが。

 どうしてこうもうまくいかない?どうして俺の思う通りに自体が動いてくれない?なぜ、あのゴミクズどもは俺の楽園を、世界を、聖域を、そう易々と破壊できる?

 俺はなにも悪いことなんてしていない。

 

 他人の人権を奪ったから?大切な人を傷つけたから?自分の都合を他人に押し付けたから?

 

 

知るかよそんなこと

 

 

 それに、そもそも人間なんてそんなヤツらばっかりだろーがよ。事実、俺の周りにはそんなクズな野郎どもしかいなかったからな。俺がクズなら、あのクソ黒野郎や白クソ野郎とかもクズだ。みんなクズだ。

 

 俺が生まれた家庭環境は、お世辞にも“良い”とは言えねークソな環境だった。

 親父は定型的なDVクソ野郎だし、お袋はそんなクソ親父を恐れて、どこでどう感情を拗らせたのかは知らねーが、ストレスの捌け口として俺に攻撃的になっていった。

 

 まぁ要するに構図を説明すると、クソ親父の俺とお袋への暴力→お袋の仕事とDVで溜まるストレス=俺へ還元されたっつー形だ

 さらに両親ともども周りの政体やらを気にして半袖を着ても見えないような、例えば腹とかを狙って暴力を振るってきた、こんなクソ野郎どもでも、怖いものはあるんだなと思ったぜ。

 

 そうなったのは小学生に上がったころだったか。世の中には教育法だかなんだか知らねぇーが、中学までは学校に行かなきゃならねぇ決まりがある。マジでクソみてぇな法律だ。

 

 親父は酒に飲んだくれてまともに仕事はしねぇから、収入は実質お袋の稼ぎのみ。そんなんだから保育園にも幼稚園にもいけなかったわけだが、法律上仕方ねーから小学校に上がらせてもらったって感じだ。

 

 当時ガキだった俺はそんな家庭環境だったことも相まって、根暗だった。そして、そんな俺に目を付けたのが、今でいうクラスのガキ大将やらマドンナ的存在だった。

 そいつらは仲間とともに俺に()()()()をした。理由なんて、ガキからすればただただ“面白い”からだろうよ。だが、当時すでに心が半分以上死んでいた俺は悲しいとか怒りとか憎悪とかそんな感情の表現の仕方がわからなかった。だから何も表情に出さなかったあいつらは、“面白くない”としてどんどんエスカレートしていった。

 

 どんなことをされたのかは、思い出すだけでもむかつくから、言わねぇ。絶対言わねぇ。回想で思い出したくもなんかもねぇ。それくらい、クソみたいなことをされた。

 

 家ではDVによ肉体的暴力、学校では“嫌がらせ(いじめ)”で精神的暴力を受けていた俺は、心はほとんど死んだといっても過言ではなかったはずだ。

 学校の先生に相談?あいつらは俺を気味悪がって関わろうともしなかった。世の中クズばかりだよ。

 

 

 

 

 

 学校は行ってる。だが友達(ナカマ)なんていねぇ。

 授業も受けてる。だが“痛み”で内容(ナカミ)なんて聞けねぇ。

 給食も出てくる。だが周り(クズども)が勝手に不味く混ぜてくる。

 衣服も来ている。だが、いつも傷や泥で滅茶苦茶だ。

 帰る家はある。だが居場所(あんそく)がねぇ。

 

 

 

 

 そんな日々を過ごすにつれて、俺は心を無心にして殺す術を身に着けた。本当に意味もねークソみたいなスキルだ。

 そんな、なにも考える必要も、意味も、義理もないそんなゴミみたいな毎日、毎日、まい、ち、ま…――

 

 

 

「おーらッ!!」

 

「きゃははッ!」

 

 

 下種な笑い声とともに、俺の腹は蹴られて(うずくま)る。

 時期は確か小6。12歳ごろの話だったな。周りには俺を笑い者として標的にするクズが複数人。そしてそれを()()()()()のゴミクズ共大勢。

 

 毎度のことながら誰も味方などいないこの状況、もう慣れてきたもんだ。

 

 

「おら立てよ。まだ終わってねぇぞ?」

 

「ほんと惨めよねアンタ。こーんなに見てる人が大勢いるのに、誰もあなたを助けないなんて」

 

「仕方ないわよ。だって、コイツに味方するとか、マジ無理じゃない!?」

 

「あーそれ分かるッ!だってコイツウザいし汚いしなッ!!」

 

「ほんとそれな?」

 

 

「「「「「ハハハハハハハッ!!!」」」」」

 

 

 汚らしい笑い声、本当にむかつく、いやになる。なぜここまでになっているのに誰も助けない?なぜ傍観を決め込んでいる?大人に言え、そうすれば何とかなる。

 

―――なんてことを思っていた最初のころが懐かしい。

 

 今はもうそんなことを考える方がばからしい。世の中クズばかり。正義なんて存在しないことをこの年で思い知らされた。

 

 救いなんてない、慈悲なんてない。学校では同級生(クズ)に殴られ家でも家族(クズ)に殴られる。悪循環のスパイラルだ。

 

 休み時間が、早く終わらないかと、ただただ時間が経つのを待ついつもの時間――。そんな時、誰かの声がした気がした

 

 

降りるんだ。少年

 

「―――?」

 

あそこの窓が開いているだろう?そこから、降りるんだ

 

 

 頭の中から、男の声が聞こえた。

 最初は、幻聴だとバカにした。何言ってんだ。ここ、4階だぞ?ここから降りたら確実に死ぬだろうが。

 

 

死ぬことの何がいけない?

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 その声は、俺の心の声を見透かして、返答してきやがった。

 

 

今こそッ!肉体という枷から解き放たれ、痛みから解放されるのだッ!その畜生共に、お前の“死”と言う変えられない事実をもってして、絶望の底に叩きつけてやれッ!!

 

 

―――俺は乗った。

 この死神の声に。死を促す、悪魔の声に。冷たいながらも温かい、救いの言葉に、俺は身を委ねた。

 

 俺はすかさず、ゴミクズどもとは反対の方向に走る。

 

 

「お前、なにして――ッ」

 

「おい、そっちは窓――」

 

「やめ―ッ」

 

 

 俺を殴り、罵倒したゴミクズ共の言葉なんて耳に入らない。入ってたまるか。俺はそのまま――。

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

 

 

 

 

 人生で初めて、心の底から歓喜(わら)った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「どこだ?ここ」

 

 

 目が覚めると、真っ白な空間の中だった。

 どこだここ?俺死んだはずだったんだけどな。

 

 

「目が覚めたか?」

 

 

 突如聞こえたその声に、俺は咄嗟に振り向いた。そこには、強烈な光で顔が見えない『男』がいた。声が男だったから、間違いない。服は全身が隠れるくらいの白色で、今思えば『教祖』みてぇな恰好だったはずだ。

 光は俺の真後ろから発生しており、後ろを向いたら目が焼かれそうなほど光っていた。だからこそ、目の前の男は、普通の存在ではないことが分かった。

 

 

「あ、あんたは…」

 

「……ふむ。この(わたし)に対して無礼な物言い…。本来ならば極刑ものだが、俺が直接連れてきた存在だ。大抵の無礼は許してやろう」

 

 

 俺の問いかけに対する言葉は、傲慢なまでの一方通行の言葉だった。

 “最初はなんだこいつ?”と思いながら、話を聞くことにした。

 

 

「それで…ここは一体?俺は死んだはずじゃ?」

 

「そこらの説明も踏まえて、話してやろう。佐藤無止(ないと)

 

 

 その言葉に、俺は内心舌打ちをする。

 俺を名前で呼ぶな、と。『無い』と『止める』で無止。キラキラネームかって呪詛を吐いたし、何より『無』と『止』なんて向上心も持てない漢字が使われている時点で、両親(クズども)が俺に無関心だった何よりの証拠だ。

 『止』は1年生で習った。『無』は本来4年生で学ぶもんだったが、図書室の漢字辞典で調べてみて意味を知ったときは絶望もんだった。当時まだ小1だぞ?

 

 

「ふむ。名前を呼ばれるのは不快か?」

 

「な――ッ!?」

 

 

 コイツ、気づいていやがった。愕然とした俺だったが、ただでさえこの状況が不可解なんだ。何が起きたって不思議じゃない

 

 

「貴様程度のことなら全て閲覧できる。貴様の家庭環境も、学校生活も、な」

 

「―――それで、なんで俺をここへ?」

 

 

 舌打ちをしたい気分を我慢して、本題に入る。

 今目の間にいるのは、俺程度の存在が太刀打ちなどできるはずもない強大な存在だ。そんな存在が、なぜ俺に目を付けた?

 

 

「突然だが、お前は死んだ。それは理解できているのな?」

 

「……当然だ。俺は4階から落ちたんだぞ。生きてるはずがない」

 

「そう。その通りだ。そして早速だが……コレを見ろ」

 

 

 その存在(おとこ)が俺から見て右に手を掲げると、突如としてその空間から光が消えた。まるで映画館のようだったが、当時の俺は映画館なんて言ったこともないためもちろん比べる対象なんて存在しなかったから、おおいに驚いた。

 

 

「な、なんだッ!?突然暗くッ!?」

 

『いいから私が手を掲げた方向を見るんだ』

 

 

 あの存在の声が近くもなく遠くもない声量で、まるで頭の中に直接語り掛けてくるようにそう言った。

 そして、俺の目の前には、映像が映った。それは、テレビのニュースだった。

 

 

『次のニュースです。3日前、○○小学校で、小学六年生の男子、【佐藤無止(ないと)】くんが、自殺しました』

 

『自殺の原因はイジメだったとみられ、警察は現在、教育委員会とともに事実確認と取るとのことです』

 

『さらに鑑識の結果、無止くんの体には無数の傷痕や打撲の痕があり、無止くんの両親【佐藤○○(33)】と【佐藤■■(32)】が虐待の疑いで逮捕されました』

 

 

 突然舞い込んできた情報に、俺の頭がフリーズした。

 俺が死んで3日経っていること?俺のことがニュースになっていること?あのクソどもが逮捕されて全国の晒し者にされていること?

 なんだこのこみあげてくる感情は、理解(わか)らない――ッ!!

 

 

『次の映像は、これだ』

 

 

 あの存在の声が聞こえると、指パッチンの音とともに、見ている画面が消失し、今度は5つのスクリーンが俺の目の間に現れた。

 そこのそれぞれ映るのは、男3人女2人。誰もかれもが暗い表情をしていた。俺はその顔を忘れるはずがなかった。俺をイジメてきた主犯格の5人。そのクズどもだ。

 

 画面の映像が、徐々にズームアウトしていき、詳細が分かった。

 

 

『『『『『―――――』』』』』

 

 

 クズどもの暗い表情の原因。それは机に書かれている罵倒の文字だった。“死ね”“消えろ”“人殺し”“学校来んな”“罪人”なんていう言葉。かつて、俺の机に書かれていた言葉がほとんどだった。

 しかし、俺でも見慣れない文字があった。“人殺し”とか“罪人”とかだ。俺はコレの意味をすぐ理解できた。

 

 

『この映像は貴様が死んでから1ヵ月経った後の映像だ。こやつらはそれぞれ別の学校に転校したようだが、貴様の自殺の件は日本全国民が知る大事件。当然情報は手に負えないほど広まり、こいつらは貴様へ行ったことへの制裁が待ち望む未来(ルート)へ一直線、と言うわけだ』

 

 

 俺の言葉をあの存在が代弁してくれた。

 しかし、そんなことより、今は――、

 

 

「ひひっ」

 

 

 笑いが、止まらない。どういうことだろう。生まれてこの方12年。笑うことなんてなかったのに、なんだこの感情は、一度知ったら抑えられない、止まらない。

 

 

「なんだ、なんだよ、これ?面白い?この感情は、なんなんだッ!?」

 

『それは『愉悦』という感情だ。面白いと思うと、思わず笑みが零れる。そんな感情だ。君を散々バカにしていた連中の墜ちる姿を見て、貴様は『面白い』と感じたのだ』

 

 

 光のない空間に、再び光が舞い戻る。俺はその光に思わず目を瞑った。

 

 

「そして、貴様はその感情をもっとたくさん味わうことができる」

 

「ど、どういうことだ?」

 

 

 あの場から一歩の動いていないアイツが、そう言った。

 

 

「貴様は今から、俺の手によって『転生』するのだ」

 

「て、てん、せい…?」

 

「要するに、生まれ変わるということだ。なぁに、心配することはない。貴様には『保存』という能力をくれてやる。それでなんとか生き延びろ」

 

 

 暴論だった。俺の意思なんてまるっきり無視した、『転生宣言』。だがその提案に、少なからず俺は魅力を感じていた。

 この感情を、もっと、もっと、もっと、もっと味わえるのかッ!!

 

 

「それに、この能力の使い方次第では、貴様は『最強』で『無敵』な存在へと進化できるかもな」

 

「『最強』!?『無敵』!?」

 

 

 なんだその言葉は!?聞いたこともない、言葉の意味も分からない。だが、なぜかその言葉に魅力を感じる。惹かれるッ!!

 俺が『最強』の存在(でむてき)になれたら、この感情を、『愉悦』をもっと嚙み締められる。そんな気がして止まない!

 

 

「気になって仕方がないか?だったら行くがいいッ!!お前の第二の人生の、始まりだッ!!」

 

 

 その言葉とともに、俺の意識は暗転した。

 最後に、アイツはこんなことも言っていたな。

 

 

「にしても、『保存』だけじゃ物足りない。()()もつけるか…」

 

 

 その言葉の意味は、分からないままだったが。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 俺は生まれ変わった。【八意臘月】という人間として。記憶を思い出したのは12歳のときだ。クソッ、絶対アイツの嫌がらせだ。

 まぁそんなことはどうでもいい。幸いとして、俺が生まれた家はかなりの良家らしい。というのも、俺の親の実のキョウダイの女――要するに叔母さんに当たる存在がかなりの天才らしくて、要するに俺の家の裕福さはソイツのおこぼれにすぎないってわけだ。

 

 まぁ良い家であることには変わりないから、不自由はあまりない。

 

 どうやら俺の生まれた時代は卑弥呼が生まれる前の時代らしく、かなり古い。つーか卑弥呼って誰だ?よく知らない単語も頭の中にインプットされている。現に、俺は前世でインプットなんて言葉を聞いたことがない。でも意味は理解できている。

 

 心当たりが一つしかないが、まぁ賢くなったと思おう。

 

 しかし与えられた知識で分かったことだが、この時代の文明がおかしすぎる。なんだこれ、ここ、異世界で昔の世界なんだよな?なんで現代より技術が発展してんだよわけわかんねぇ。

 あとで調べて分かったことだがこれもすべて俺の姪のおかげらしい。すごすぎるだろ。

 

 

「さてと、やるか」

 

 

 俺はそんな中、まず自分の地位を盤石にすることにした。俺の今の立場は天才の姪のおこぼれをもらっているに過ぎない。そんなんじゃバカにされる未来は明白だ。これは転生した意味がない。

 

 俺は与えられた知識をもとに現代の技術などをノートに書き写した。この技術力で現代知識はほぼ無意味だと思うが、与えられた知識と今現在の都市を比べてみて、まだ現代には足りないものがいくつかあったからそれをそのままそっくり書き写した。

 

 あとは、これをどうやってこの都市に広めるかだ。答えは一つに決まっている。

 

 

「えいりんッ!!俺が考えたすっげー発想ッ!見てみてッ!!」

 

「―――別に、いいわよ」

 

 

 直接天才(かぞく)に見せることだ。俺はまだ12歳。姪である【八意永琳(やごころえいりん)】に近寄って見てもらった。

 俺はこいつにとってはまだ子供。無邪気を装って近づけば、子供の遊びくらいには付き合ってやろうと思ってくれるはず。正解だった。

 永琳は俺のノートを見るたびに顔を険しくしていき――、

 

 

「これ、本当にあなたが考えたの?」

 

「そうだけど?」

 

 

 それから事態は慌ただしく動いた。

 説明は面倒臭いから割愛するが、とにかく俺はこの都市で盤石なまでの地位を手に入れたッ!!

 

 

―――それから6年後。

 

 

 俺は18歳になり、この都市での地位を固め、盤石にした。

 周りから「天才だ」だの「鬼才の血筋だ」などと言われて、俺は嬉しくなった。うれしい!!とてもうれしいッ!これが『愉悦』かッ!

 

 

「臘月」

 

「えっ、どうしたの?」

 

 

 突如として、俺の後ろにいた永琳が声をかけてきた。そこには6年前と全く変わっていない永琳の姿が。

 どうやらこの世界には「穢れ」という年を取らす悪いものがあるらしい。この都市にはその「穢れ」を浄化する装置があるから、年の人間は必要以上に年を取らないらしい。

 マジかよ不老長寿って。

 

 

「突然だけど、あなた結婚するから。身支度整えときなさいよ」

 

「―――は?」

 

 

 俺はその言葉の意味を理解できぬまま、数日経って豪邸へとお呼ばれされた。

 あの後俺は永琳にめっちゃ質問攻めにした。話を纏めるとどうやら、永琳が家庭教師をしている姉妹の姉の方と、俺の結婚が密かに決まっていたようだ。勝手に決めすぎだろ。殺すぞ。

 

 しかしそんなことを口にできるはずもなく、俺は結婚相手と出会うことになった。

 

 

「どうも始めまして。綿月豊姫と申します」

 

 

 そこにいたのは、絶世の美女だった。こんな女、今まで見たことがないくらい綺麗だった。絹のように滑らかな金髪、整った顔立ち、そして豊満な胸。

 男の理想郷のような女だった。こんな女が、俺の妻に?

 

―――絶対“モノ”にする。

 

 そう決意して、俺は、

 

 

「どうも。綿月臘月です。よろしくお願いします」

 

 

 これが、俺の本当の第二の人生の始まりだ。

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

「私はあなたのこと、決して認めせんからね」

 

 

 邂逅一番、俺はポニーテールの女にそう言われ、女は立ち去って行った。

 なんだあいつ、姫騎士状態にして、“くっ殺”状態にした後にブチ犯してやろうか?そんな本心を隠して、俺は隣にいるオンナ(とよひめ)に質問する。

 

 

「――彼女は?」

 

「私の実の妹です。依姫って言うんですけど…。すみませんね、あの子、初対面の人にはきつく当たるんです」

 

「いえいえ。あの様子から察するに、とても仲の良い姉妹なのでしょう?依姫さんもあなたのことをとても大切に思っているはず。そんな姉がぽっと出の男に取られたら、いい思いをしないのは当然でしょう」

 

「ありがとうございます。そう言ってくれると、気が楽になります」

 

「どういたしまして」

 

 

 今思うが、猫を被るって滅茶苦茶しんどいなッ!!これほどストレスが溜まるなんて…あー早く結婚してこの女とセッ○スしてー。この顔をグチャグチャになるまで堕としたい。

 そんな本心を心の奥底に閉じ込めて、新たな話題に突入する。

 

 

「そういえば、あなたのことを私はまだ詳しく知りません。良ければあなたの口から教えてくれませんか?」

 

「もちろんいいですよ。どんなことが知りたいんですか?」

 

「そうですね…。あなたの能力は?」

 

「私の能力は【海と山を繋ぐ】ことです。わかりづらいですが、言い換えれば瞬間移動のようなものです」

 

 

 それ結構すごいんじゃないのか?瞬間移動ってなんだ。俺の『保存』なんてよくわからない能力よりすごいじゃないか。このあとにカミングアウトしづらくなってきたな…。バカにされるのは癪に障る。

 しかし、相手側も結婚を了承している以上、俺の能力について知っていてもおかしくはない。俺は意を決して言葉にした。

 

 

「ご存知かと思いますが俺の能力は『保存』です。その名の通り、物体が錆びるのを遅らせたり、食材が腐るのを遅らせたりする程度…。自慢できるほどのものではありません」

 

 

 俺は今“謙虚な私”を演じなければならない。自分の評価を下げるのはクソほど癪だが必要経費だ。将来コイツの体で清算してやる。

 

 

「―――いいえ。その能力はとてもすごいものですッ!!」

 

「え?」

 

 

 しかし、女から出た言葉は俺の予想をいい意味で裏切った。

 

 

「その能力は今穢れで悩み、苦しむ人々を救うでしょう。時間稼ぎにしかならないのは事実ですが…それでも、その能力があれば苦しむ人々のことを救えるでしょう」

 

 

 ―――褒められた。前世ではそんなこと一度もなかった感謝の念。うれしい。嬉しい。愉悦(うれ)しいッ!!

 こんな使えないと思っていた能力を、この町は、都は、都市は、肯定してくれる。認めてくれているッ!

 ここにあった。俺の楽園は、この場所だったんだッ!!

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

 

 それから1年ほど経ち、俺と豊姫はさらに打ち解け合い、結婚した。

 依姫の好感度も、この一年でマイナス100から若干プラスにまで上げることができた。

 

 ちなみに結婚した初日でヤった。この日が脱童貞だった。

 

 感想を言うならば、愉悦(きも)ち良かった。それだけだ。

 

 

「――――」

 

 

 ちなみに今俺は、街中をぶらぶらと歩いている。もちろん変装をして。仕事は『保存』して終わらせてきた。どうやらこの能力、仕事をするのにはかなり役立った。

 すべての事柄や単語を頭の中で『保存』することが可能になったため、この書類は何をどうすればいいのかというのが全て分かるのだ。おかげで仕事効率がメッチャいい。

 

 そんなランラン気分で街中を歩いていると、定食屋が目に入った。そういえばこういうのは久々に食べるなと思い、その店に入ることにした。

 店に入って、料理を注文する。うん、いい日だ。この日も徳に何もなく終われそうだ――

 

 

「そういやあんたら、臘月ってやつ知ってるかい?」

 

「知ってるわよ。豊姫様と結婚した男でしょ?」

 

 

 ふと、自分が座っている席の真後ろで、そんな会話が聞こえた。ちらりと見てみると複数人の軽い武装をした女たちが飯を食いながら雑談していた。

 あいつらは確か…女しかいない女部隊のやつだったな。どうしたんだ?急に俺の話題なんかだして。

 

 

「その人がどうかしたの?」

 

「いやさ……なーんかプンプンすんだよね。ロクデナシの匂い

 

 

 ―――は?

 

 

「あー…なんか分かるかも。あの人、なんか自分を繕ってるっていうか、腹黒?」

 

「あのハニーフェイスの裏側で、とんでもないこと考えてそうだよね…」

 

 

 なんだあのクソアマども。俺のこと勝手に推測してもの言いやがって。

 

 

 

「もしかしたら、あの地位を使って犯罪を犯してたりとか?」

 

「あーあり得そう。根拠ないけど」

 

 

 根拠もない話をするな。俺の悪い噂が広まったらどうする?どう責任を取る?勝手なことを本人を前にボロクソ言いやがって…このクソアマども。

 

 

「おーい!いつまで休んでるんだッ!とっとと見回りいくぞッ!!」

 

「ゲッ、アヤネ隊長ッ!!」

 

「今行きまーすッ!!」

 

 

 クソアマどもは大急ぎで店を出ていく。店員の「お客さんお勘定ーッ!」なんて声は、聞こえない。俺の感情は、すべてあのクソアマどもを()()()()させる算段で埋め尽くされていた。

 

 俺は掴んでいるグラスに注がれている、()()()()()()()()()()()を見て、思いついた。

 

 

 

じわじわと犯し殺してやる

 

 

 

 だがしかしどうやって?仮にもあいつらは妖怪を毎日狩っているプロ。能力もごり押しできるほどのもものじゃないし、第一戦闘向きじゃない。

 一体どうすればいい?適当な罪をでっち上げて俺の性奴隷(がんぐ)にするか?いや、それだと生ぬるいし何より俺のプライドが許さない。

 

 だったらどうすればいい?プライドを捨てて楽な道で堕とすか?それとも玉砕覚悟で俺一つでやるべきか?

 

 どっちを、どっちを選べばいい?

 

 

「お待たせいたしました。ご注文の品でございます」

 

 

 そんなとき、注文してた品が届いたので、一旦考えを中断して飯を食べるために背に着けていた背中を話して前のめりにした。

 

 その時、机と()()()()()がぶつかった

 

 なんだ?懐には財布しか入れていないはず。しかしあの音は財布がぶつかった音では決してない。まるで、金属がぶつかったかのような――。

 俺はちらりとそのぶつかったなにかを取り出して見てみる。

 

 

 それは黄色と黒のなにか鳥が書かれたピンク色の長方形の物体だった。

 

 

 こんなものは前世でも見たことはない。この訳も分からずいつの間にか俺の懐にあったコレ。普通なら気味が悪くなって捨てるところだが、俺はなぜかコイツに予想外の魅力を感じていた。

 俺の心が叫ぶ。俺の本能が咆哮を上げた。おそらくこれだ。あの男の言っていた、『アレ』は。

 

 

これを使えば、アイツらを…ッ!

 

 

 俺は笑みを絶やすことなく、目の前の食事を貪った。ここで理性を失くして突撃すれば、最悪今までのすべてを失いかねない。

 これが魅力的なものであることは間違いないが、実証もしていないのに突撃するのはリスクが高すぎる。とりあえず、確認せねばならない。

 

 俺は一心不乱に食事を貪り、その後帰宅した誰にもばれることなく、さも当然かのように廊下を歩き思案する。

 

 

(まずはこれの力を試さないとな…)

 

 

 夜中になるのを待ち、場所は俺の個人部屋。俺の部屋はもしもの時のために耐久性はピカイチだし防音機能もバッチリだ。

 ここでなら思う存分が使える。

 

 使い方なんて知らないだけど本能が俺に教えてくれる。こいつの使い道を…俺に力をッ!

 

 

「―――変身」

 

 

フライングファルコン!! Break Down…!

 

 俺は変身した。

 前世でチラッと話を聞いていただけの変身ヒーロー――【仮面ライダー】に。迅に。

 

 

『すごい…力が、力が漲るッ!これなら、これなら――ッ!』

 

 

 この都市に、俺を否定するやつはいらない。俺を認めるこの都市に俺を否定するやつは、存在しちゃいけないんだよ

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

 

「やめろ…やめろォオオオオオッ!!」

 

 

 目の前で叫ぶのは、俺をロクデナシとバカにした女の一人。俺はソイツの服を無理やり引き裂く。そのあとは…単語はなんだったか。【強姦】だったか?それをやった。

 

 俺が初めて変身したあと、女部隊が衛生する機会を狙い、奇襲した。

 あいつらを分断するために、空からの奇襲かつ姿を見られないための高速移動。アイツらを分断することに成功した。【アヤネ】とか言うこいつらのリーダーには是非生き残ってもらう。そのあとも永遠に苦しめ。恨むんなら俺をバカにしたてめぇの部下を恨むんだな。

 

 しかし、ヤる前にこの装甲は邪魔だ。だから無防備にして木にしでも縛り付けた後に、俺は正体を現した。

 

 

「てめぇ、は…ッ!!」

 

「よう。初めまして、だな」

 

「な、なんであんたがッ!こんなことして、いいと思って――」

 

「ゴチャゴチャうるせぇな。お前、昨日俺のことを“ロクデナシ”っつったろ?その減らず口を、お前の“穴”と“命”で償わせるんだよ。異論は認めねぇ」

 

 

 そのあとは、冒頭の叫びだったな。

 ヤり終わった後は殺して、そこらへんの妖怪に喰わせるだけだ。簡単な作業だった。

 

 俺はそれを何度も繰り返して、アヤネだけを残すことに成功した。

 

 

「――――」

 

 

 空から見た、アイツの絶望に染まりきった顔。今でも忘れられない。

 そして俺は気づいた。【愉悦】という概念の真の意味を。他人の不幸――それこそが【愉悦】の真骨頂だったんだッ!!

 たまらない。やめられない。止まらない。見たい見たい。愉悦をもっと味わしたいッ!

 

 

 さて、次は何をしようかねぇ…。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 突然だが、俺たちはロケットに乗って月に移住することになった。

 なんでも、穢れがもうこれ以上浄化しきることができなくなったから、穢れの存在しない月に移住するという計画が進められていた。

 

 計画は順調に進み、後はロケットに乗って月に移住するだけだった。

 どういうわけか妖怪どもが都市に攻め込みやがった。理屈はわからないがどうやら妖怪たちは人間がいないと存在出来ないらしい。だから人間達に月に行かせる訳にはいかないらしい。

 

 だがそんなことは俺の知ったことじゃない。兵たちが足止めをしているらしい。俺たちはこの隙に真っ先に逃げるだけだ。

 ――と思っていたが。

 

 

「うわぁああああああッ!!」

 

 

 誰かが叫ぶ。まったく予想だにしていなかったところから妖怪どもが攻め込みやがった。当然この場は大パニック。俺も人の波にもみくちゃにされた。

 ちくしょうなぜ邪魔をする?なぜ俺の都市にそうやすやすと踏み入れる?なぜ土足で上がれる?

 

 周りが逃げ惑う中俺だけは逃げなかった。なぜなら俺には力があるからだ。俺は仮面ライダー迅に変身して武器を持つ。これは妖怪どもの群れの中に飛び込んでいった。

 

 

――。

 

―――。

 

――――。

 

 

 

 結果は惨敗だった。奴らの中には巨大なやつがいて空を飛んだが脚を捕まれ地面に叩き落とされた。そこからは単純なリンチタイム。変身も解除された。

 何とか『保存』の力で人の形が保てたが、もうあとどのくらい生きられるかわからねぇ。

 

 そんな時声が聞こえた。俺は励ます声じゃない。こいつらの薄汚い笑い声だ。なぜ笑うなぜ俺見て笑っている許せない…ッ!!俺の本来の立ち位置はお前らの場所だ。なのになぜ立場が逆なんだ。そこは俺の席だぞ。てめぇらの死体を見て俺が笑う。それが本来の立ち位置だったはずだろ…!

 

 

 許せねえ都市を襲ったてめぇらを、俺の都市をめちゃくちゃにしたてめぇらを、俺を見て笑う、嘲笑うてめぇらクズども絶対に許さねぇ!!

 

 

そうだ。その調子だ。

 

 

(この声は…ッ!?)

 

 

 突如として聞こえた声、それは俺を転生させたあの男の声だった。なぜ?何故今になって急に?そんな俺の疑問を無視して男の声は続く。

 

 

貴様は、3つの条件を果たした。今この場をもって更なる力を得る。その力をもってして、そのクズども蹂躙しろ!!

 

 

――その時、俺の『保存』の能力は『固定』という新たな力へと開花した。

 それからは、こっちのターンだ。笑っていたゴミクズ共を蹂躙、殲滅しつくし、血に濡れた空間が広がる。

 

 俺は血に濡れた部屋を出て行った。

 そのあと、下っ端どもが俺を見つけて、けが人として運ばれ、なんとか事なきを得た。何があったかは、ショックで記憶が飛んだってことで納得させた。

 

 これから月へ行く。どんどんと小さくなっていく地上を見て、俺は決意した。

 

 

(俺の…俺だけの楽園(せかい)を創るッ!創ってやるッ!待ってろよ。月)

 

 

 

 

―――。

 

――――。

 

―――――。

 

 

 

 月での生活が始まって、はや数年。俺の不満は爆発寸前だ。なぜかって?性欲が溜まりに溜まってるからに決まっているだろうがッ!!

 月には穢れはない。だからこそ上の野郎どもは性行為一つにすら慎重に慎重を重ねている。一年に1回くらいだぞ?ヤるときだって穢れの除去室でやる必要がある。

 そんな場所で、満足ができるかってんだ…ッ!!

 

 いや、正直今はそんなことは頭の片隅に置いておくべきだ。俺は今途轍もないほど頭をフル回転している。その原因は“玉兎”だ。

 あいつらはこの月の先住民で、今や俺たち『月の民』の奴隷。しかし奴隷と言うのは名ばかりで、従業員兼戦闘兵のような扱いだ。

 

 そんなそいつらの能力は『波長を操る』ことらしい。その能力を使って仲間同士で通信したり、戦闘になれば相手に幻覚を見せるなどお茶の子さいさい。

 それが俺にとっては非常にまずい。あの後『固定』の力について研究していたが、どうやら『権能』という代物らしい。

 

 『権能』は『権能』持ち以外の肉体ダメージを完全無効化するものらしく、『権能』持ちでしか俺の体にダメージを与えることはできないらしい。しかし、俺の『固定』の力はその常識すらも打ち破る。『固定』の力で同じ『権能』でもダメージを無効化することができた。

 だがしかし、逆を言えば精神面は脆いということだ。そんな俺の弱点の象徴である玉兎を、どう処分するべきか…。アイツらに俺の弱点がバレれば、俺が『無敵』じゃなくなる。そうじゃないと楽しめない。俺の生は、愉悦(たの)しむためにあるのだから

 

 

―――そんなことを考えているうちに、輝夜が月を追放された。直接的な接点はないが、大層な美人だという。というのも箱入り娘だから一度もあったことがないだけだ。永琳も輝夜と同じ罪を犯したようだが、その頭脳を買われて無罪らしい。

 

 

 俺はこれをチャンスだと思った。

 月を追放されたのなら、いなくなっても不自然ではない。俺の溜まりに溜まったこの性欲。てめぇで発散させてもらうぜ…ッ!!

 

 

 それから俺の部屋に隠し階段を創り、地下に空間を作った。もう一つの入り口は都の外にある大岩につないだ。

 真っ暗闇な空間。そこに月の技術をかけ合わせれば、最強の隠し空間の完成だ。

 

 あとは、地上に行く手段。これもすでに持っている。【月の羽衣】という満月と地上の間を繋ぐ一種の乗り物だ。時間はかかるが確実に行ける代物。

 

 これで、あとは輝夜を捕まえるだけ、のはずだった。

 

 

聞こえるか

 

「この声は…ッ!?」

 

 

 また、あの声が聞こえた。突如として聞こえた声に、俺は驚く。

 

 

これは啓示だ。お前には戦争の準備をしてもらう

 

「はぁ!?なんだよ突然!?」

 

 

 意味(ワケ)が分からなかった。突然話しかけてきたと思ったら戦争の準備をしろ、だ?頭沸いてんのかコイツ?

 

 

今から3年以内に、この月を襲撃し、陥落させようとする輩が来る。整えるのだ。その者たちを撃退する、準備を

 

「そりゃ、どういうことだ!?」

 

以上だ。せいぜい、励んでくれ

 

「おい、待てッ!!」

 

 

 姿の見えない相手を止められるわけもなく、俺はただ部屋の中で呆然と立ち尽くした。なんなんだよ、いったい?3年以内に月が襲撃される?意味がわからねぇ。

 だが、それが本当だとするならば、俺が止めない理由はない。ここは俺の都市(くに)だ。誰にも、何人たりとも土足で上がらせるかッ!!

 

 

 それから俺はまず『固定』の力で様々なヤツに【精神生命体】を創って寄生させた。一気にやると不自然だか、3年もあれば余裕だ。空真とかの隊長格は一番初めにやった。その方がやりやすいからな。

 

 しかし面倒くさいことには変わりなかった。どうやら【精神生命体】を寄生させるためには対象から50%以上の信頼を得なければならないということだ。

 これが割ときつかった。寄生させるために何か月もかけたやつもいた。なんでこんな面倒な設定なんだよ。

 

 これくらいあれば、侵略者なんか恐れることはない。結局1年も経たずして終わった計画。あと2年。暇すぎる。

 俺は豊かの海へ移動して、一人で桃を食う。ここの桃はうまいが、何度も食ってると飽きてくる。

 

 

(輝夜、搔っ攫ってくるか…)

 

 

 そう決意して、俺は立ち上がった。

 そんなときだった。どうやらあの男は、俺が地上に行くことをまだ許さないらしい。突如として空間に穴が開き、そこから白髪のボロボロの服を着た一人の男が転がってきた。

 

 

「なんだッ!?」

 

 

 俺は即座にその男に駆け寄った。その間に空間は閉じて、残ったのはこの男だけ。

 うつ伏せになっていた男を足で蹴り上げ、仰向けにする。虚ろな目をしていた。廃人だった。

 しかし、そんな男から、とあるオーラが発せられていた。

 

 

「これは…『権能』の気配?」

 

 

 『権能』について調べて分かったことのうちの一つ。どうやら同じ『権能』持ちは互いに『権能』持ちだということが分かるようだ。

 それを知ったとき、俺は舌なめずりをしていたのだろう。歓喜した。喜んだ。

 

 

(よかった。まだやれることがあったじゃねぇかッ!!)

 

 

 俺はさっそく秘密通路にそいつを連れてって監禁して、調教した。俺の言うことだけを聞くように。廃人だったから調教に苦労したが、『固定』の力だけでなんとかなった。

 こいつの『自由意志』を固定して、それ以外の『判断能力』などはそのままにしておいた。おかげでヤツは俺に対して従順に動く駒。

 

 さぁこいよゴキブリども。ゴキブリホイホイをおいて、待ってるぜ。

 

 

「俺の楽園(せかい)を穢す奴は、誰であろうと潰す」

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 審判の場。この場にいるのは支配者と罪人のみ。

 そしてどちらが強者なのかは、一目瞭然であった。

 

 

「この空間は罪人の力を縛るだけではなく、その魂に直結してその者の罪を見ることも可能だ。ゆえに、貴様がこの場でできる隠し事など、ない」

 

「この――ッ、プライバシーもクソもねぇクソ神がァああああああッ!!」

 

 

 再び臘月が懲りることもなく攻撃した。今度は自分の服の小さな一部をちぎって、それを『固定』してナイフのように飛ばした。今この場に投擲できるものはなにもないため、苦渋の決断だったはずだ。

 しかし、そのナイフと化した布切れでも、龍神の鎧に傷をつけることはできず、刀で弾き飛ばされる。

 

 

「罪、その1。我が盟友の空真とその仲間、部下たちの権利を踏みにじった

 

 

 龍神がそう告げた瞬間、一気に力が低下する。

 脱力して、膝から崩れ落ちる。

 

 権利?権利だと?そんなものあってないようなものだろ。もし確実にあったとしたら俺はこの場にいないかもしれなかっただろ。

 

 

「罪、その2。地上にいた際に数えきれないほどの女子を犯し、殺した

 

 

 さらに脱力し、立つことすら精いっぱいになる。

 

 それの何がいけない?所詮他人なんて利用するものだ。ただの消耗品でしかない。心なんて、痛むものか。

 

 

「罪、その3。地上の幼い子供に、無理やり【不老不死】を与えた。

 

 

 臘月は膝を地面に伏せた。もう、立ち上がる努力すらできない。

 

 これに関しては――なんでだ?なんでそんなことをしたのかすら、覚えていない。なんの目的があって、あんなことしたのか?自分の行動に疑問すら抱き始める。

 

 

「以上が貴様の罪だ。悔いて、墜ちろ」

 

 

 龍神の落ち着いた言葉が、臘月をさらに苛立たせる。

 

 畜生、こんなことになるならドライバーを持ってくるべきだった。『固定』があるから、もうすでに棚の中にしまってある。こんなことになるのなら、持ってこればよかった。

 しかし、後悔してももう遅い。

 

 臘月に逃げ場は、ない。

 

 

「終わりだ。儚く散れ」

 

 

 龍神が緑色の光線を描きながら、一瞬にして臘月の背中側へと移動した。

 臘月の意識が途絶える。

 

 

 今ここで、長きに渡った闘いに、終止符が打たれた。

 倒れた臘月の体を見て、龍神は呟いた。

 

 

「貴様は見事に体現したな。綿月臘月。夜神零夜のありえたかもしれない最悪の未来けつまつを、な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそくそくそッ!!」

 

 

 ここは臘月の深層意識の世界。

 臘月は気絶することによってこの世界で意識を保つことが可能となっている。

 

 

「あのクソ神…ぜってぇ許さねぇッ!!まだだッ!!俺はまだ終わらないッ!!終わってたまるかッ!!」

 

『いいや。お前はここで終わりだ』

 

「だ、誰だッ!?」

 

 

 そんな、臘月以外存在しないはずの空間で、別の男の声が聞こえた。

 臘月は慌ててその声の方向に振り向く。そこにいたのは、黒いナニカだった。全身が黒い霧のようなもので塗りたくられており、その姿を確認することができない。

 

 

「な、なんだお前ッ!?いきなり出てきやがってッ!?何様のつもりだ!!」

 

『そうだな…。貴様に分かりやすく言えば、私はアレという存在だ』

 

「はぁ!?何わけのわからないこと言って――」

 

 

 その時、臘月の脳裏に転生する際にいたあの白い空間でのあの男の最後の言葉がフラッシュバックした。

 

 

「にしても、『保存』だけじゃ物足りない。()()もつけるか…」

 

 

「確かにそんなこと言ってたな。だがあれは変身アイテムで、意思なんて持ってねぇだろッ!」

 

『違う。あれは付属品にすぎない。本命は私だ』

 

「だったらちょうどいいッ!!今すぐあのクソ神を倒せッ!!俺の道具なんだ!俺の命令を聞けッ!」

 

『言われなくともそのつもりだ。まぁ最も、貴様の意見を尊重してやる義理はないがな』

 

「な、なにを勝手な――うぐっ!?」

 

 

 その時、臘月の全身が黒い霧で拘束される。臘月はジタバタともがくが、どうあがいても取れそうにない。

 

 

「な、なんだこれ!?外せッ!!」

 

『外すわけがないだろう。貴様は、ここで大人しくしておけ』

 

「ふざけるなッ!!外せ、今すぐ外せッ!!」

 

 

 黒い影は臘月の叫びなど無視し、後ろを振り向く。

 それと同時に黒い影の腰辺りに、機械的なベルトが出現する。

 

 

『貴様の体は今日を持って私のものだ。貴様はここで観戦していろ。―――永遠にな』

 

「待てッ!!待てぇえええええええッ!!!」

 

 

 

 

 

『変身』

 

 

 

 

 

 

アークライズ!

 

 

オール・ゼロ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 評価:感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84 悪意たる所以(ゆえん)

 投稿しまーす。


 今回、滅茶苦茶ヤバイ伏線回収をしました。と言うか衝撃の事実が明かされる!!


 ぜひじっくり読んで、感想を聞かせてねッ!!


 月の一角――。そこで決したはずの勝負が、再開される。

 龍神は自らの固有結界が分解されている光景から目をそらし、倒れていたはずの『臘月』へと目を向けた。『臘月』は黒い泥のようなものに全身を包みながら、関節を曲げずに起き上がった。まるでキョンシーのようだ。

 

 

「ようやく出てきたか」

 

 

 しかし、龍神の反応は意外なもので、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その泥――否。それは泥と呼ぶにはあまりにも異常なものだった。『悪意』を連想させる文字に満ちた泥だった。

 『悪意』は『臘月』を包み込み、機械的な見た目へと変貌させた。

 

 黒一色のボディ、片方しかないアンテナ、左目が剥がされたかのようなマスク、禍々しく輝く赤い瞳。

 左半身は胸部装甲を貫くように銀色のパイプが伸び、配線や内部パーツが剥き出しになっているなど、無理やり剥がされたかのような痛々しい外見。

 

 そんな不完全・未完成をそのまま形にしたような見た目だが、そんなことはない。これが彼の完成形の姿なのだ。

 そして、目の前の『悪意』が喋りだす。

 

 

『ほう…私の存在に気付いていたか』

 

 

 男の声だった。男特有の低い声。しかし魅了されるような虜になってしまうような甘いハニーボイスのように聞こえなくもないその声。

 その声の主は、存在がバレていたことに驚いているようで、落ち着いている。感情を感じさせない無機質な声でもあった。

 

 

「神を舐めるな。あの男の魂の色を見て、すぐ分かったぞ。貴様の存在をな」

 

『さすがは神…とでも言うべきか?では、私がどういった存在なのかも、把握しているのか?』

 

「無論だ。ならば今この場で答えてやろうか?」

 

『いいだろう…。言ってみろ』

 

 

 『悪意』が了承し、龍神はフルフェイスの兜で隠れた口を動かした。

 

 

「貴様の名前はアーク。そしてその姿の名はアークゼロ。とある世界で『悪意』の人工知能として()まれ、人類の敵として、最後に破壊された…違うか?」

 

 

 皮肉を込めての評価を炸裂させる。無論龍神にそんな意図はない。ただ、彼にとって認めた相手以外の対応がこのようになってしまうだけだ。

 

 そう。かの存在はかつて『ゼロワンの世界』にて悪意の人工知能として悪行の限りを尽くし、最後に【仮面ライダーゼロツー】によって倒された【通信衛星アーク】。

 なぜか臘月の精神に寄生し、その体を乗っ取ったアーク。その理由は不明だ。

 

 

『やはりその力、侮れないな。全てを見通す目…それも神である貴様の力か?それとも、『才能(スキル)』の力か?』

 

 

 アークは淡々と、『スキル』について語った。それは本来転生者などのイレギュラーか準イレギュラーしか把握していないことだ。

 しかし、権能持ちの臘月の精神に寄生していたため、そういった情報を持っていても不思議ではない。

 

 さらに龍神の力の一つとして、『真実の眼』と言うものが存在する。まぁ要するに【鑑定眼】みたいなものだ。それを通してみることで、知れる限りのすべての情報を閲覧することが可能。要するに地球(ほし)の本棚と同じである。

 

 

「たわけ。あんなまやかしの力に我が縋るわけなかろう。今ある者で十分だ」

 

『傲慢だな。しかし、それも一興と言うものだ。私の力のすべてをもってして、貴様を滅ぼすとしよう。全ては、我が意思のままに』

 

「貴様の目的は、相も変わらず人類滅亡と言うことか?」

 

 

 初対面のはずの二人。しかし、会話は完全に知り合いのソレである。第三者が見たら確実に戸惑う光景だろうが、その第三者たちは現在赤い騎士と乱戦中である。

 

 

『そうだ。それこそが私の存在意義。そしてそれを完遂するためには龍神。貴様が最大の障害と見た』

 

「――なるほど。だがしかし、貴様の予測も大したことがないのだな」

 

『――なに?』

 

 

 その言葉は聞き捨てならないと、アークの声がさらに低くなる。しかし、龍神は口を止めることはない。もとより、これが彼の平常運転だからだ。

 

 

「貴様は【ゼロツー】なるものに予測能力で負け、さらには自分の存在意義たる『悪意』で手足に裏切られ身を滅ぼした。そんな程度の能力だからこそ、私を“最大の障害”などと抜かしたのだろう?

 

『ほざけ。私が知らぬとでも?ヤツは現世への直接介入はできん。せいぜい()()()のような刺客を送り込む程度。警戒など、する意味がない』

 

 

 アークゼロの悪意に満ちた返しに、龍神はピクリと反応する。

 今の龍神にとって、「あのお方」を侮辱されるのは許し難いことだ。しかし、小さな深呼吸をすることによってその怒りを鎮める。

 

 

「それはそちらの方も同じだろう。あの男や貴様を送り付けている時点で条件はこちらと同じだ」

 

『――――』

 

「よもやこれ以上の言葉の交わし合いは無用。貴様ごとソイツを、スクラップにするとしよう」

 

『その前に、私が貴様を滅ぼしてやる』

 

 

 龍神が二対(につい)の刀を構える。その刃に緑色のオーラ――『神力』を纏わせる『神力纏い』を行う。

 アークゼロはその姿をとらえ――

 

 

『結論を、予測』

 

 

 二人の立っていた場所の中心が、轟音を上げて爆発する。天が揺れ、地が揺れ、星が揺れた。砂埃がまき散る。

 アークの各種電子機器へのハッキング、ラーニングと情報の分析によって数億通りもの『事象に対する結論』を導き出す能力を用いて、龍神の行動を予測した。そのうえでの突撃だった。

 

 しかし――、

 

 

『なに…ッ!?』

 

 

 アークゼロの拳は、龍神の刀によって防がれていた。刃と拳がぶつかり合い、火花が散る。

 だが、そんなことはどうでもよかった。問題は龍神の行動はアークの予測から全て外れたと言うことだ。

 

 ほんの一瞬の出来事だった。アークはドライバーに格納されている流体金属を複雑怪奇なまでの棘山へと変換し、津波のように龍神へと仕向けた。

 流体金属の硬度や精密さをはじめ、全ての力を自分を寄生させたあの存在によって本来の何十倍も強化されている――はずなのに。

 

 

「…硬いな。強化されているのか?」

 

『バカな…ッ!私の今のスペックは、本来のものより何百倍も強化されているッ!だというのに、貴様は私の拳を、刀で止めたというのかッ!!』

 

「うるさいぞ。耳が腐る」

 

 

 アークゼロの叫びも虚しく、龍神はもう片方の刀を振り下ろした。しかし、アークゼロはそんな見え見えの攻撃に当たるほど低スペックではない。

 アークゼロは照射成形機【ビームエクイッパー】で空中に【エイムズショットライザー】を大量製造し、ファンネルのように展開する。

 

 ショットライザーの射撃が、一斉に龍神へと迫った。

 その間、何もしないアークゼロではない。ショットライザーの弾が龍神に着弾するまでの刹那の時間、攻撃に転じていた。集中銃撃はただのブラフでしかない。本命は、首だ。

 

 アークゼロは龍神の首を掴み、両肩に内蔵した粒子加速器で手のひらを砲口とした荷電粒子砲を全力で放つ。ゼロ距離での確殺技。死なないはずがなかった。

 龍神が集中砲火如きで死ぬ可能性なんて、アークゼロにはその予測は一切存在しない。それはアークゼロの予測を上回れたときからすでに“手加減”をする思考はすでに切り捨てられている。このような苦渋を飲まされたのはゼロツー(ゼア)に自分の予測能力を超えられ、最終的に倒された時以来だった。

 

 

『貴様は強い。それは認めよう。だが、避けようのない攻撃ならば、貴様も無事では――』

 

「誰が、無事で済まない、と?」

 

『なにッ!?』

 

 

 掴んでいたはずの龍神の首元から手が離れると、今度は逆に自分の首元を掴まれて、地面に叩きつけられた。

 アークゼロは顔面を地面に叩きつけられ、半径50メートルレベルで地面に亀裂が入る。

 

 バカな、あり得ない。また超えられたッ!自分の予測能力から、逸脱されたッ!今のアークゼロはあの存在によってゼロツーをも超える予測能力を手に入れている。強化されているはずだ。それなのに、目の前の敵すら、倒せないなんて。

 

 

「確かにこの距離での攻撃は避けようがない。だが…傷がつかなければ、なんの問題もない」

 

『化け物、め…ッ!!』

 

「心を持たない人口知能風情に、化け物呼ばわりされるのは心外だなッ!!」

 

 

 本来のスペックよりも何十倍も強化されたアークゼロに化け物を言わしめるほどの力を持った龍神。その超えられない壁を持ってして、アークゼロに()()()()()()()()()()()()が芽生えた

 

 

(予測だ。予測だ。コイツを倒すシュミレーションを繰り返せ。何億、何十億、何百億、何千億と、繰り返すんだ)

 

 

 全システム、全知能、全行動を投げ売って、アークは龍神を倒すシュミレーションを開始する。

 

 

――一回目。駄目。破壊される。

――十回目。駄目。破壊される。

――百回目。駄目。破壊される。

――千回目。駄目。破壊される。

――万回目。駄目。破壊される。

――億回目。駄目。破壊される。

――兆回目。駄目。破壊される。

 

 

 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 何度も何度も何度も何度も。別々の行動を組んで、シュミレーションを行っているというのに!!この化け物(りゅうじん)に勝てる要素が、まるで見当たらないッ!!

 

 

――怖い。

 

 

「なんだ、この、データ、は…!?」

 

 

 いや、そもそもこんなデータ存在していない。ならばなぜ、そんなことを思ったのか?

 アークゼロは『悪意』の塊たる人工知能だ。ゆえに『感情』など持ち合わせていない。だったら、何故…。

 

 そして、導き出された“結論”

 アークの高スペックによってもたらされた、自分の不可解なデータの真相。

 

 そういえば、この男の体を乗っ取ってまだ時間が短いとはいえ、不可解なものを感じてはいた。感情の籠った言葉を使っているようだった

 それも、これも、どれも―――!!

 

 

アイツかァ…ッ!!私に、『感情』などと言う不愉快極まりないデータをインプットしたのかァッ!!』

 

 

 アークはこの場にいない人物に叫ぶ。だがしかし、アークには分かる。アイツは今、確実に、自分のことを見下ろして、嘲笑っている。まるで見世物を見るかのように、笑っているのだ。

 

 アークは人工知能だ。ゆえに人間の持つ『感情』などと言うのは無縁の存在。アークと言う人口知能であれば尚更だ。

 アークとて、人口知能に『感情』に芽生える可能性は認知していた。シンギュラリティと言うものだが、アークにとっては不愉快でしかなかったためにその概念事ヒューマギアも人間ごと破壊しようとした。

 

 自分とは無縁であるはずの、あったはずの『感情』。それを本人が気づけなかったほどのレベルで隠蔽し、尚且つそんなことをできる存在が、自分を嘲り笑っている。

 

 

『許さん!!許さんぞッ!』

 

「独り言で激昂しているところ悪いが、連れの足音が聞こえてくるのでな。そろそろ終いにしよう」

 

 

 アークは激昂する。自分はそんな理由ですぐに終わらせられるのか?そんなことが許せるはずがない。

 しかし、龍神にとってそんなことは知ったことではない。龍神はアークゼロを自分の頭上に空高く投げ飛ばした。

 

 

『わざわざ自分の頭上に投げてくれるとは…。私を侮辱するかッ!』

 

 

 アークゼロはビームエクイッパーで武器を大量生産した。

 【アタッシュカリバー】【エイムズショットライザー】【アタッシュショットガン】【アタッシュアロー】【サウザンドジャッカー】【プログライズホッパーブレード】【メタルホッパーブレード】が大量生産される。

 その全てに黒いエフェクトを纏い、龍神に向けて一斉発射される。

 

 その刹那の間に、アークゼロが【アークローダー】と呼ばれるボタンを押し、必殺技を発動し、エネルギー足に貯めた。

 

 

 

オールエクスティンクション

 

 

 

 アークゼロは悪意のオーラをその身に纏い、必殺のキックを繰り出した。

 その光景を、真下から見上げていた龍神は――回転した。

 

 

剣閃(けんせん)―――勅龍乱舞(ちょくりゅうらんぶ)

 

 

 二つの刃が龍神の体とともに一回転し――周りの風、空間全てを巻き込み、全てを切り刻み、存在すらも許さない断絶された斬撃の空間を生み出した。緑色の斬撃の風は頭上にあった武器、発射された弾丸すべてを飲み込み、灰塵へと化し、塵すらこの場に存在することを許されなかった。

 

 アークゼロも、例外ではなかった。

 1秒で千回ほど刻まれるような感覚に、アークゼロは何もできない。すでに悪意のオーラも全て消去された。彼に待つ未来は、消滅のみ。

  

 

『こんな結論は、あり得ない…ッ!それもこれも、『感情』などと言う余計な要素がなければ、私の予測が、狂うことなど―――うおぉぉぉぉっ……!!!』

 

 

 その言葉とともに、アークゼロと言う存在は消滅した。

 変身が解除され、臘月の体が残るだけだった。それと同時に斬撃の風は消滅し、臘月の体がゆっくりと落ちてくる。ここは月だ。地球の6分の1の重力のため、落ちてくる速度がゆっくりだ。ゆっくり押してきた臘月の体を乱暴に回収し、生きているかどうかを確認する。

 

――脈はちゃんと確認できた。生きているようだ。

 

 

「貴様にはまだ確認したいことがあるからな。それまで生きてもらうぞ」

 

 

 龍神は空を見上げる。アークゼロが消滅した、この空を。

 唯一の、答えが分かっている、疑問を述べて。

 

 

「あの存在はヒューマギア(からくり)にしか寄生できないはずだが…。存在定義をアイツに歪められたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ程度ではあの神に勝てないか…まぁ分かりきった結果だな。余興としてアイツに“感情”を足してみたが…無駄だったようだ。これなら漫画を見ている方が何百倍も暇つぶしになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「――あぁ…?」

 

 

 頭が熱い。目覚めてから浮き上がった思想は、それだった。その次に、“痛み”が襲っていた。全身が痛い。まるで業火に焼かれているかのような痛みだ。しかし、こんな痛み、耐えられる。

 ゆっくり、ゆっくりと、視界が広がる。そこには森と夜空と――

 

 

「あ、零夜ッ!」

 

 

 金髪の美女がいた。

 彼にとって、彼女はとても見慣れたもので、その美女の名を呟いた。

 

 

「…ルー、ミア」

 

「よかったッ!起きたのねッ!!」

 

 

 金髪の美女――ルーミアは涙目で零夜に抱き着いた。

 そのことに戸惑いながらも、自分の状況を確認する。確か自分は、ライラを氷の檻から救うために自分ごとデンドロンを集中攻撃して、気絶したはずだ。

 

 ―――今こうして、彼女の胸に埋もれているということは、うまくいったということだろうか。

 

 

「それはそうと、息苦しい。あと痛い」

 

「あっ、ご、ごめんねッ!?」

 

 

 ルーミアは慌てて零夜を離す。零夜はルーミアの手を借りてゆっくりと起き上がった。自分の体をよく見てみると、全身が痛々しい地に濡れた包帯が巻かれていた。手、腕、足、胸、頭。全身の至る所の包帯を見て、『ミイラかよ』と思ってしまう。これも、ある程度終わったことによる安寧によるものだろう。

 

 

「夜神ッ!起きたのかッ!?」

 

 

 すると、ライラが目の前から駆け寄ってきた。ライラの綺麗な肌も傷だらけだが、流石妖怪。すでにほとんどが治りかけている。治癒力が半端ない。

 

 

「ライラ…。無事だったか」

 

「自分の心配をしろ馬鹿者ッ!ほんと、無茶しおって…」

 

「無理無茶無謀は俺の専売特許だ。そう簡単にやめられるかよ。それより、紅夜は?」

 

「全くお前は…紅夜はあそこだ」

 

 

 零夜はライラが親指を向けた方向を見ると、手当て済みの紅夜と妹紅がマクラをベットにして眠っていた。ちなみにマクラもところどころ包帯が巻かれているが、この中の誰よりも軽傷だ。妹紅も大した怪我をしていない。そのマクラもすやすやと眠っており、何も知らない人から見れば“蜘蛛の大型人形で眠っている美少年と少女の図”にしか見えない。

 

 ちなみに、その隣には輝夜がマクラを背もたれにして眠っていた。

 

 

「気持ちよさそうに寝てんなー。羨ましい限りだぜ」

 

「ほんとにね」

 

『そんなお前も、さっきまで気持ちよさそうに寝てたけどな』

 

「――は?」

 

 

 突如として聞こえた、聞いたことのある第三者の声。その声は後ろから聞こえ、ゆっくりと後ろを振り返ってみると――永琳と黄色いエレキ宇宙教師ライダーがいた。

 

 

『よっ』

 

「――はぁッ!!?フォーゼ!?」

 

 

 零夜の後ろにいたのは、まぎれもない【仮面ライダーフォーゼ・エレキステイツ】だった。突然のライダーの登場に零夜の体は強張(こわば)り、体に苦痛が針のように襲ってくる。

 

 

「ッ!!」

 

『あー!まだ動いちゃダメだっての!一応治療はしたけど、ひどすぎたから手間取ったぜ、ほんとによー』

 

 

 フォーゼは頭をかいて、本当に手間取ったような感じを見せた。

 しかし、零夜にとって一番の問題はそこではない。何故ここにライダーが?変身者は誰だ?しかし、その声から変身者は心当たりがありすぎて――、

 

 

『あっ、目が覚めたみたいだね』

 

『よかったな。少し心配したんだぜ?』

 

『心配なんてする必要ないだろう。あれほどの減らず口を叩けるのならな』

 

 

 さらに聞きなれた三人の声が聞こえ、零夜はその方向を向くと、オーズ、ウィザード、ブレイドの三人のライダーがこちらに向かって歩いている姿が確認できた。

 零夜の頭はあまりに予想外の状況すぎてパンク寸前だ。しかし、ただでさえ大怪我をしているのに頭を使うことを躊躇った零夜は――、

 

 

「……ライダーがいっぱいだな」

 

「零夜!?」

 

 

 考えることをやめた。

 うん。これは考えた方の負けだ。そう思うことによって心の安寧を享受して――、

 

 

「驚いただろう?私も驚いたぞ?こいつらが、いきなりこの紙切れから召喚されたからな」

 

 

 そういい、ライラが胸の谷間の間から――いや待て、どこから出した?零夜は内心突っ込んだ。そこからライラは二枚のカードを取り出した。ライラが取り出したのは【フォームライド:エレキステイツ】と【キングフォーム】のブランクカードだった。

 

 

「おま、それ、どこで――」

 

「シロからもらった。“もしものときのためのお守り”だとな」

 

 

 零夜は心の中でシロに悪態をつく。そういうことは事前に行っとけよ、よ。もう何度目かわからない同じ悪態で呆れ、零夜はライラの言葉に耳を傾ける。

 

 

「ちなみに、紅夜にも渡してたみたいだぞ」

 

 

 そういい再びライラは谷間からカードを取り出s「いやちょっと待て」

 流石に我慢できずにツッコミを入れた。

 

 

「なんだ?」

 

「なんだじゃねぇよ。なんでそんな際どいところに収納してんだよせめて懐に入れろや」

 

「一気に言うな。反応に困る。こういう薄いものを入れるには、胸がちょうどいいんだ。こういうところは、無駄にでかいこの邪魔な乳も、役に立つというものだ」

 

 

 そう淡々と述べるライラの手にあるのは、【フォームライド:ラトラータ】と【インフィニティスタイル】のブランクカード。なんでもなさそうなライラを零夜は白い目で見た。そして告げた。忠告として。

 零夜は見たことがある。よく異世界もので、こういう展開を。

 

 

「お前…妹紅とか輝夜とかの前では言うなよ?」

 

「あなた、さりげなく姫様のことを“貧乳”とバカにしたわね?」

 

「げっ」

 

 

 ライラへの助言のつもりだったが、思わぬところに飛び火してしまった。永琳の顔を見ると、笑顔だが顔が笑っていない。わけわからないが、本当にそうだ。

 

 

「いやいや。俺はただのちの騒動の火種を潰そうとだな…」

 

「あら残念。今、この場で新たな火種が燻って、発火したわ」

 

「…畜生」

 

「――でも。今回は見逃してあげる」

 

 

 永琳は怖かった顔をもとのデフォルトの顔に戻した。

 

 

「え、なんで…?」

 

「あなたはそんなになるまで私と姫様のために尽くしてくれた。だから、それでチャラにしてあげるってことよ」

 

「別にお前らのために頑張ったわけじゃねぇんだけど…」

 

「あら?そうなの?じゃあ…彼女さんのため?」

 

「え//ッ?!」

 

 

 すると今度は隣にいたルーミアが顔を赤くした。それを見て、零夜はため息をつく。

 

 

「はぁ…ルーミアを揶揄うのはやめろ。俺みたいな人間を恋愛的な意味で好きになるやつなんているわけねぇよ。いたとしてもそいつは同類的な意味で好きになってる変人だよ。アイツみたいにな」

 

「え?」

 

「は?」

 

 

 永琳の零夜が、ともに無言になる。永琳は冷めた目で零夜を見てくる。それは憐みと言うか、侮蔑と言うか、なんというか…と言うような何とも言えない表情をしていた。

 

 

「なんだよその目…?」

 

「いえ、ただ弱腰鈍感クソ野郎を見ているだけよ」

 

「なんだよそれ!?絶対それ俺のこ、ッ!!」

 

 

 大声を出したため、傷にきてしまった。零夜は傷口を抑え、それを見たルーミアが咄嗟に安否を確認する。

 

 

「はぁ、とにかく。私はここで姫様と彼らの看病をしているわ。あなたたちはどうするの?医者としては、そのまま安静をおすすめするけど…」

 

 

 永琳の発言は医者として、また逃亡者して打倒な選択だった。輝夜と永琳は脱走者扱いされている。それゆえに月に行くという選択肢はない。

 さらに医者としての意見で、零夜には絶対安静を推奨する。だが、彼の性格からすれば――、

 

 

「いや、俺はこのまま月に行かせてもらう。アイツを月まで送り届けなきゃな」

 

 

 そういうと、零夜の目線の先には、簀巻きにされているデンドロンが映った。デンドロンの姿は起き上がった当初からすでに視野に入っていたが、今までずっと無視していた。優先順位が低いからだ。

 

 

『全く。バカにもほどがあるだろ』

 

『まぁまぁ。無理したいって気持ち、俺にも分かるし…』

 

『おっ。さっすが先輩。俺もっすよッ!』

 

『まぁ無理はしても無茶はしなければいいんじゃないか?……聞き入れるかどうかわからないけど』

 

 

 ライダーたちからも賛否両論の意見をもらった。零夜は乾いた笑いを送り、ルーミアの肩を借りて立ち上がる。

 

 

「じゃあ、行ってくる。どうせすぐ戻ると思うが、その間ゆっくり、しといてくれ」

 

 

 零夜はボロボロの手をかざして、オーロラカーテンを出現させる。それを初めて見た永琳の驚きの表情を見て、心で微笑みながら、零夜はオーロラカーテンを操作して、最初にデンドロンを包み込み、そして二人ともその中へと消えていった。

 

 

「……消えた」

 

『別に驚くことじゃない。一種の移動手段だ。……ディケイドの力を、アイツも使えるのか』

 

 

 ブレイドはそう呟く。ライダー大戦の世界のライダーとして、かつて倒そうとした敵の能力を持つ者の手助けをするとは、皮肉と言うか、なんというか…。

 

 

「それで、お前たちはどうするんだ?」

 

『もう役目も終えたし、帰ろうと思います。元の世界に』

 

『ちょーレアな思い出作りだったぜッ!帰ったら仮面ライダー部のみんなに教えなくちゃなッ!』

 

『いやー、こんなバイオレンスな思い出は、言わない方がいいでしょ…』

 

 

 すると、四人のライダーの背中に、零夜が出現させたのと同じオーロラカーテンが現れる。

 四人は一斉に後ろを振り返り、迷うことなく、その身をカーテンへと浸食させ、その姿を消していった――。

 

 

「……む」

 

 

 ライラの手元にあった、四枚のカードが光る。その光が収まると、色を失くしていたカードたちに、色が戻ってきた。

 まるで、そこが自分たちの世界だといわんばかりに。

 

 終わった闘い。本来は喜ぶべきであろう出来事。それなのに――、

 

 

「シロ……お前は、その選択で、本当にいいのか?」

 

 

 悲しい表情で、夜空に輝く満月を見上げた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「――――」

 

 

 アークゼロが消滅し、その場に残ったのは臘月の体のみ。龍神は臘月の体を乱暴に担いで、足音の聞こえる方向へと目を向ける。そこには、バロンとレイヤが駆け寄ってきた。

 

 

「龍神、なんかあった?すげぇ爆音が響いたんだけど」

 

「大したことではない。それに、なにかあったとしても貴様に話すことなどなにもない」

 

 

 龍神はレイヤの質問をバッサリ切り捨てた。そもそも龍神にとってレイヤは自身の宝を盗んだ不届き者。自身と同じあのお方の配下でなければすぐさまに細切れにしていたところだ。

 

 

「おっと手厳しい。でも心当たりしかないから辛いところだね」

 

「自覚があるなら黙っていろ。……それで、貴様はどうする?」

 

『俺か?』

 

 

 龍神はバロンに話を向けた。

 バロン――駆紋戒斗は死者。それは別の世界の存在だとしても変わらない。神として、こういう異常事態は排除しなくてはならない。故に、答えを待つ。

 

 

『そんなの決まっている』

 

「ほう…して、答えは?」

 

『還るに決まってるだろ。俺は死んだ。無様に生にしがみつくのは性に合わん。何より、他人の体を奪ってまで、執着することなどないからな』

 

 

 躊躇いのない、強い言葉。それは明確なまでの強い意志表示だった。

 バロンはドライバーのロックシードを外し、ゲネシスドライバーとロックシードを投げてレイヤに返却する。

 バロンは駆紋戒斗の姿に戻ると、徐々にその体から光の粒が浮き出てくる。戒斗は拳を握り締め、呟く。

 

 

「…時間か。」

 

「どうやら、そうみたいだな。……ありがとな。いろいろと」

 

「フンッ。礼など言われる筋合いはない。俺は、俺の道に従っただけにすぎない」

 

「…お前らしいっていうか、なんていうかな…」

 

「出会って一時間もしない人間に言われたくもない」

 

「……そうだな。悪かった」

 

「―――一つ、言葉を送ってやろう」

 

 

 体から散っていく光の粒の量が増す中、戒斗はレイヤを指さして、言い放つ。

 

 

「貴様はもっと強くなれ。大切なものを奪われないほど、強くな」

 

「バーカ…。そんなこと、ハナッからわかってんだよ…」

 

「そうか。なら、それを心に留めておくことだな」

 

 

 そう言い残し、戒斗はレイヤと龍神に背中を向ける。それと同時に、最後の光の粒が宙を舞い――消えていった。

 戒斗――圭太の体は崩れ落ち、その場に倒れる瞬間、レイヤが抑えた。

 

 

「――お帰り」

 

 

 返事はない。だがしかし、大事な人が、仲間が、今自分の腕の中にいる。そう思うと、涙腺が緩くなってしまう。その涙腺を再び引き締めて、圭太の体を抱えて立つ。

 

 それと同時に、二人の隣に四人の人物が現れた。龍神は警戒態勢に入るが、レイヤが静止する。

 

 

「ちょ、ストップッ!私たちだってばッ!」

 

 

 その声は、豊姫の声だった。現れた人物は豊姫、依姫、レイセン、そして――、

 

 

「そいつは…?」

 

「彼女は玉兎のうちの一人です。ちょうど近くにいたので着いてきてもらいました。龍神様が、一人連れてこいと仰ったので…」

 

 

 問いに答えたのは依姫だった。どうやら、龍神がなにやら根回ししていたようだ。

 それよりも、レイヤが気になったことは―――この玉兎がただ玉兎(レイセン)だということだ。

 水色のショートヘアに、ロップイヤーのうさみみ玉兎。どう考えてもただの玉兎(レイセン)でしかなかった。なんという運命のいたずらか。

 

 

「まぁちょうどいいや。圭太の治療を頼む。これ、医療セットね」

 

 

 【アリエス・ボテイン】で医療セットを取り出してただの玉兎(レイセン)に手渡す。正直言って、赤の他人に圭太を任せるのは癪でしかないが、戒斗が憑いていたことによって生命活動が活発になり、状態もいい。【サダルメリク・アクエリアス】で回復もしてあるため、変なことが起きることはないだろう。

 

 

「は、はい…」

 

「ちなみに、圭太に変なことしたらマハー・プララるからな」

 

「なんですかその言葉ッ!?聞いたことないんですけど!?」

 

 

 ただの玉兎(レイセン)は叫ぶ。当たり前だ。だってこの言葉は知ってるヤツにしかわからないし、なにより前世でやっていたゲームキャラクターの必殺技だ。ただの玉兎(レイセン)が知っているはずがない。

 

 

「詳しく言えばお前を隔離空間に閉じ込めて、その空間を巨大な剣で真っ二つ。それと同時に内包されている莫大なエネルギーが中で一気に爆発する技、かな?」

 

「精いっぱいやらせていただきますッ!!」

 

 

 ただの玉兎(レイセン)はとても良い返事とともに圭太の体を抱えて、少し離れたところで圭太の治療を開始する。と言っても、包帯を巻いたり傷口の消毒などだが。

 大抵の傷は、【再生の炎】で癒えるが、今の圭太はハデスの権能で許容量がいっぱいいっぱいだ。ゆえに使えない。

 

 

 そんな時、全員の隣に、オーロラカーテンが出現した。

 

 

「よう。お疲れさん」

 

 

 オーロラカーテンが消滅し、そこから零夜とルーミアが姿を表す。

 零夜は辺りを見渡すと、二人の目の前には、知りすぎている人物がたくさんいた。

 

 最初に目が言ったのは、シロ――レイヤだった。彼がフードを外し、素顔を晒している。これには、隣にいるルーミアもびっくりしていた。

 

 

「おま…もういいのか?」

 

「あぁ。もういいよ」

 

「……そうか」

 

 

 零夜は興味なさそうにこの話を終わり、他の人物を見る(正確には痛みで追及する気になれなかっただけ)。豊姫、依姫、レイセン、縛り上げられボロボロな臘月、そしてそれを抱えている――

 

 

「また会ったな、夜神」

 

「龍神!?なんでお前がここにいるんだッ!?――ッ!!」

 

 

 なぜかここにいる龍神の姿に、零夜は驚き再び体を痛める。驚きのあまり自分が重体患者だということを忘れていた。

 それを見かねた龍神が、零夜に近づき、手をかざした。すると、緑色の光が、零夜を包み込んだ。

 

 

「これは…」

 

「三年前、お前に施したのと同じ術だ。前よりも強力だ、すぐに治るだろう」

 

 

 龍神の術が終わると、零夜の血濡れの包帯がほどける。零夜は体のところどころを動かして、痛みがないかを確認する。

 それはもうすごいの一言で尽きた。関節の一つを動かすだけであれほど激痛が走った体が、健康体と大差ないほどまでに快復したのだから。

 

 

「おー……2度目とはいえ、何度やられても慣れないな…」

 

「治してやったのになんだその言い草は」

 

「いやいや。これでも褒めてんだよ。ありがとな。……ところで、空真とは?」

 

 

 零夜は一番の疑問を口にした。あの後、空真がどうなったのかすらわからないまま地上に戻ってきてしまったため、事の顛末を知らない。

 龍神は一瞬黙った後、兜の奥にある赤い瞳を光らせた。

 

 

「――ッ」

 

「いや、怖がらなくていい。アイツとは無事、話もできた」

 

「……そうか。良かったな」

 

 

 ここで内容を聞くのは不躾だろう。数百、数千、数億年ぶりの親友(とも)同士の再開。その思い出に、水を差すようなことは無粋の極みだ。

 ゆえに、零夜は何も言わずに、その言葉だけを放った。

 

 

「さて、地上の神たる私がこれ以上月にいるのもまずい。私はこれにて失礼させてもらう」

 

「ん?もう行くのか?」

 

「あぁ。管轄外の場所に長くいると、いろいろと面倒なのでな。それに知りたいこともある程度引き抜けた

 

「お、おお…。そうか」

 

「さらにこの後、そこの男が強奪した私の宝を回収しなければならないからな

 

「あ……頑張れ」

 

 

 そういやそうだったな、と零夜は心の中で思った。

 

 

「そういうわけだ。夜神、機会があればまた会おう」

 

「……あぁ」

 

 

 龍神が後ろを振り向くと同時に、龍神は臘月を地面に投げ捨て、緑色の嵐に包まれ、その場から消えていった。

 文字通り、嵐のように消え去っていった龍神を、一同は無言で見届けた。その静寂が途切れたとき、シロは真っ先に臘月に近づいて、胸倉を掴んだ。

 

 

「さて、起きろ」

 

「あ、が…」

 

 

 臘月は言葉の呂律が回らない。龍神の攻撃を受けて、まともに喋ることもできなければ動くこともできない。権能を発動しても、この状態から変わらないだけだ。回復などしない、できない。

 臘月はすでにいろんな意味で退路が断たれていた。

 

 

「お前が喋る必要はない。ただ、お前の後ろにいる“ナニカ”。それを俺に見せてみろ」

 

 

 鬼気迫る表情で、レイヤの瞳が光る。

 レイヤは【ネメアの獅子】を発動した。魂に干渉する力、魂に詳しくなれる力。これならば、臘月の“魂に刻まれた記録”を直接視ることができる。

 

 こうもレイヤが臘月の後ろにいる“ナニカ”が気になっているのには、理由がある。自分の上司であり■であるあのお方が、臘月のことを知らない以上、別の存在がいるはずだと勘ぐったからだ。

 

 そこにいるのは誰だ。誰が介入している。まさk、

 

 

 

「―――あ?」

 

 

 

 枯れた声が出た。自分でも驚くくらい、枯れた小さな声が出た。その時、レイヤは吐血する。意味が分からない。どうして自分は吐血する?よく考えれば、自分の腹部が熱い。とても熱い。火傷しそうなくらいに熱い。その熱の原因を探るべく、レイヤは自分の腹部を見た。

 

 

腕が生えていた

 

 

 比喩でも何でもない。本当に、自分の腹から腕が生えていた。この腕の発生源は、自分の内部じゃない。外側からの干渉だ。その証拠に、後ろに気配を感じる。

 レイヤはゆっくり、その人物の顔を見た。

 

 

 

「―――デンドロン…?」

 

 

 

 そこにいたのは、レイヤの腹を貫いたのは、まぎれもない、ヘプタ・プラネーテスの一人、【デンドロン・アルボル】その人だった。

 デンドロンは恐悦ともいえる表情をしながら、レイヤの腹を貫いていた。その腕を乱暴に引き抜くと、レイヤの体から血液が大量に噴出する。

 

 

「キャアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 悲鳴を上げたのはレイセンだった。彼女は青ざめながら、腰が抜けた。

 しかし、その声はここにいる全員の脳を活性化させることにつながった。零夜とルーミア、依姫が武器である刃を振るい、豊姫が完全に閉じた扇子を振るう。

 

 デンドロンはその攻撃を爽快なステップで躱し、臘月を回収して全員と距離を取る。

 

 

「シロッ!!」

 

 

 零夜はレイヤに近づき、安否を確認する。幸い、まだ息はしているようだし、傷口から黄緑色の光が漏れていた。【サダルメリク・アクエリアス】の回復の力だ。しかし、光が微妙だし、脈が速すぎる。レイヤは『権能』以外の攻撃を受け付けないというだけで、人間だ。妖怪じみた回復力があるわけでもない。完全に『権能』頼りなのだ。

 そんな人間が、腹を貫かれたら、無事で済むわけがない。完全な奇襲だった。 

 

 一方、デンドロンは臘月のことをじっと見つめていた。

 

 

「おい…、俺の、こと、助、け、ろ…」

 

「――――」

 

「おい!聞いて―――」

 

 

 瞬間、デンドロンの頭が肥大化して、別の生き物(オオカミ)の頭になり、臘月の上半身を捕食した。

 そのあまりにもグロテスクな光景に、全員が息を飲んだ。全員の思考が停止する中、咀嚼音だけがこの空間に響いた。

 全部食べ終わった後、次の一口でデンドロンは臘月の下半身を口内に放り込み、咀嚼する。埒外なまでの悪食さに、もう声も出なかった。

 

 全てを食べ終わり、デンドロンはようやく口を開く。

 

 

 

「この時を待ってたぜ…。邪魔な野郎が消えて、コイツを喰える、今この時を!!」

 

 

 

 デンドロンの声は、愉悦でまみれていた。臘月を喰ったことに、最大限の喜びを感じていた。デンドロンの頭部が、デンドロンのものそのものに戻る。

 デンドロンの口元は臘月の血肉で汚れており、舌なめずりをすることによってキモさ倍増だ。

 

 

 

「ははは…ついに、ついにやったぞ。コイツを喰ったことで、俺はついに、完全な存在へと至れたんだ。コイツの存在を必要としない、一人の人間としてッ!!」

 

 

 

 デンドロンは待っていた。臘月を喰える今この時を。

 デンドロンと言うのは、臘月が創った嘘偽りの仮初めの存在にすぎない。創造主である臘月が死ねば、精神生命体であるデンドロンは、もちろん死ぬ。

 しかし、デンドロンと光輝の『権能』。それは「変化」。そして変化の権能の効果を、忘れてはいないだろうか?

 

 

食べたものの能力を、そのまま使える(能力止まりで)。

 

 

 こうすることによって、デンドロンは『保存』の能力を手に入れていた。しかしそれでは意味がない。デンドロンの自壊は免れない。――通常であれば。

 

 デンドロンは狂気に満ちた目で、天を仰いだ。

 

 

 

「さぁ今こそ貴様が望んだ展開だ!俺に力を寄越せッ!!【デンドロン・アルボル】を触媒に、『固定』の力を俺に寄越せッ!!」

 

 

 

 そのとき、天から一筋の光が、デンドロン――いな、“別の誰か”を包み込んだ。

 零夜は光に攻撃するも、全ての攻撃が弾かれてしまう。なにもできぬまま、光は消えていった。

 

 光に包まれた『何か』の服は、一新されていた。現世であれば誰でも手にいる長袖Тシャツにジーンズ。しかし彼の纏う雰囲気はあまりにも異質だった。

 

 

「……チッ。やっぱ生贄は寄生するだけの【疑似生命体】一体じゃ、『保存』の力を『精神生命体(おれ)』の存在を定着させる力だけで精いっぱいか。この体の持ち主も差し出せればよかったんだな

 

 

 どうやら、会話から察するに、【デンドロン・アルボル】は『権能』覚醒への生贄に差し出されたようだ。しかし、『精神生命体』一体だけでは、『精神生命体』の存在を定着させるだけで手いっぱいだったようだ。

 

 その異常すぎる光景を前にして、零夜は呟いた。

 

 

「お前は……誰だッ!?」

 

 

「あぁん?俺か?そうだな……名乗っとかないとな。俺はこの体の持ち主の光輝でも、『精神生命体』のデンドロン・アルボルでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の名は【ゲレル・ユーベル】。ひと時の殺戮(ゆめ)乱交(うたげ)を、楽しもうじゃないか」

 

 

 

 




 アーク

 今回の最大の被害者 その1

 謎の存在(アイツ)によって臘月の精神の奥深くに寄生され、今回体を乗っ取って顕現した。
 しかし謎の存在(アイツ)の“余興”によってアークにとって最大限の屈辱である『感情』と言うデータをインストールされ、その弊害で“結論の予測”に不備が生じる(詳しく書けば『感情』があることによって“無慈悲さ”が薄くなり自分の行動選択のパターンが削減された)。
 だがしかし、謎の存在(アイツ)によって本来のスペックより何十倍にも引き上げられており、その時点で一人で幻想郷(龍神除く)を一人で相手できるレベル。
 だが、龍神にあっけなくやられ、龍神の強さを証明する引き立て役になった本当にありがとうございます。

 どうやら謎の存在(アイツ)に臘月の精神に寄生させられたときに、謎の存在(アイツ)謎の存在(アイツ)と同列の存在の情報をある程度インプットされていたようだ。


 龍神

 作者(龍狐)が認める公式チート。
 
 あのアークを赤子の手をひねるように破壊したマジヤバイチートキャラ。
 

 ちなみにアークを倒したあの技、全体の5%くらいの力で放ったらしい。



 綿月臘月

 今回の最大の被害者 その2
 アークに体を乗っ取られてボコボコにされた後に、デンドロン?に喰われる。




 デンドロン・アルボル(ゲレル・ユーベル)

 ゲレルは、『精神生命体』だった。
 衝撃の新事実。

 ちょっとした伏線回収。
 臘月はヘプタ・プラネーテスの名前を本来の名前に存在する漢字をギリシャ語とローマ語に直しただけだった。

 実は一番最初に寄生させた生命体はゲレルであり、【光輝】と聞いて最初に考え付くのはゲレル(モンゴル語で光)だった。当初はギリシャ語とローマ語で統一させるという考えを持っていなかった。ユーベル(ドイツ語で悪い、卑劣)は完全に面白がってつけた。
 あとから【デンドロン・アルボル】と言う名を付け足し、一つの体に三つの人格が宿った。それから基本的に体を動かしているのはデンドロンだった。





 正直言ってようやく出せてすっきり。




 評価:感想お願いします。




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85 ゲレル・ユーベル

 ※注意!

 この話には“性暴行”のシーンがあります。嫌だという人はブラウザバックを推奨。




 今更ながらゲレルのちょい設定。


 3話の初登場時。

 天然パーマの金髪。赤い瞳。
 顔立ちは紅夜をより男っぽくした感じ。

 能力は『光支配』


 タケトリモノガタリ 兼 光輝&デンドロン の時

 ストレートパーマの黒髪青瞳。
 顔立ちはどこにでもいる普通の好青年

 能力は『変化』


 どう考えても違くね?





 ゲレル・ユーベルと言う人物についての話をしよう。

 まず最初に厳密にいえば、ゲレル・ユーベルと言う人物はこの世に存在しない。それもそのはず。何故ならゲレル・ユーベルは【綿月臘月】によって創られた人口生命体――『精神生命体』だからだ。

 

 ゲレル・ユーベルと言う人物の言い方を変えれば、“実験番号1”だ。ゲレル・ユーベルは臘月の精神生命体創造の第一号の生命体だった。

 臘月が“光輝”に“ゲレル・ユーベル”と言う名前を付けた理由――そこに得に意味はない。強いていうなら臘月はモンゴル語:光の意味のゲレルとドイツ語:卑劣の意味のユーベルを合わせただけで、得に意味など考えていなかった。

 

 ゲレル・ユーベルは臘月(おや)にとても似ている。“子は親に似る”と言われているが、この二人はその典型(てんけい)だ。臘月の悪意の裏には、悲しい過去が存在した。しかし、ゲレル・ユーベルにはそれがない。

 これは臘月も知らないことだが、臘月が生み出す精神生命体の思考回路は、()みの親である臘月の思考パターンに依存する。逆に臘月が知っていたのは思考回路をある程度自由に設定できるということのみ。『精神生命体』は50%以上が宿主の思考回路に依存しているため、結局は臘月寄りの生物が生まれるだけだ。

 

 さらには、臘月の創る精神生命体は、創ったらすぐに稼働するわけではない。元の体の持ち主の人格を上塗りするのにも時間を要するし、何よりその人物の記憶を全て引き継ぐため、それらの整理などに時間を要するのだ。

 失踪した人物が数日後に突如人格変貌して戻ってくるという真の真相は、これである。ただ単に時間が必要だったのだ。

 

 そして、ゲレル・ユーベルもその例に洩れなかった。

 臘月は一番最初の精神生命体を創る際の素体を探していた時、そのお眼鏡に叶った憐れな犠牲者が、光輝だった。理由は割愛するが、光輝を呼び出した臘月は、すぐさま光輝に『固定』の権能の力で『精神生命体(ゲレル・ユーベル)』を創りだした。

 

 しかし、成功だったはずの実験は、臘月の思い込みで失敗と言うことになった

 精神生命体が生まれてから稼働するまでのタイムラグを当時まだ知らなかった臘月は、これを失敗だと決めつけ、それをそのまま放置。臘月良くも悪くも前向きだった。それゆえに【ゲレル・ユーベル】と言う存在は臘月の中で消えていった。

 だが、しっかりとゲレル・ユーベルは生きていた。宿主の記憶、そして自身を創んだ創造主すべてのことを数日と言う時間を持って理解し、彼が感じた初めての感情は怒りではなく歓喜だった。

 

 宿主が自分のことを忘れていることは、勘で理解していた。何せ、ゲレル・ユーベルの思考回路のほとんどが臘月に依存していたからだ。それはほとんど本人と言っても差し支えない。自分の思考だからこそ、理解が簡単だった。

 状況を完全に理解したゲレルは好き勝手生きることに決めたが、そうは問屋が卸さないのが臘月の思考による影響だ。臘月は粗雑に見えてかなりの慎重派だ。その考え方もまるっきりゲレルに移っていた。自分の性欲のまま行動しても、処刑されるのがオチだと、光輝の記憶から理解していたからだ。

 ゆえにしばらくは光輝のふりをして生活していた。猫かぶりの生活はかなり辛かった。しかし、オリジナルにできて自分にできないはずがないと自分を自制し続けた。そんな生活を続けているうちに、月から地上に行く方法を見つけた。

 

 【天の羽衣】と言う玉兎がよく使う地上への道だ。玉兎しか使わないから調べるのが大変だったし、表で探すわけにもいかなかった。ここの住民たちは地上を地獄として見ている傾向が強いため、個人的な用事で地上に行きたいなどと呟けば叩かれることは間違いなかったからだ。

 そんなタイミングを見計らう日々、ついにゲレルは休暇を手に入れることができた。光輝はもともと戦闘ではなく裏方――回復薬を創る部署の人間だった。ゆえに戦闘もほとんどないため、無事取れた。と言うか大分前から休暇はもらえていたが、その時間のほとんどを地上への行き来の方法を探っていた。

 

 ゲレルはこの休暇を利用しまくった。5日間の休暇。今までの中で最も長い休暇だ。これを利用しない手はなかった。

 【天の羽衣】の位置は特定済み。あとはそれを盗むだけ。これに一日を労した。地上に行く手段とあって、管理が厳重だったことを記録しておく。しかし警備が厳重な割には管理が雑だったことは気にしないでおくことにした。

 

 周りに残りの時間は部屋から出ないという旨を伝えた。理由としては読書をしていたいからと誤魔化した。光輝は読書が趣味だというのは同じ研究者の間では周知のことだったので、存分に利用させてもらった。

 カモフラージュのために図書館から薬学の本を大量に借りて、保存食も大量に買っておいた。さらに光輝は宿屋の部屋を借りて不在をアピールした。部屋は完全防音機能(オンオフ可能)と風呂とトイレもついている完全な個人部屋を選択した。こればっかりには月の技術に感謝したものだ。

 宿屋の職員にも4日間部屋に閉じこもるという旨を伝えたため、準備は万全だ。休暇2日目の夜にゲレルは月を脱出した。

 

 このときばかりは、歓喜で埋め尽くされた。

 

 

 休み3日目。

 

 

 この日はまさに運が良かった。

 ゲレルが降り立ったのは、緑が茂る森の中だった。そんな中をぶらぶら散策していたら、偶然裸体の女性を見つけた。しかもかなりの豊満スタイルで、ゲレルの好みドストライクだった。

 

 早速自分勝手な理屈を並べながらその女を犯そうと思った瞬間、別の女に邪魔をされた。

 ただでさえこの女が抵抗して、3日目が無意味に潰れそうになり、憤っていたところのお預けだ。怒らないはずがなかった。

 

 しかし、本来そう思うべきはずなのに、邪魔した女もゲレルの好みにピッタリハマっていた。長い金髪にサラシに紅い法被、長いパンツと言った騎士のような女だった。

 

 その女とも戦闘になり、勝利した。もう片方の女の方には逃げられたようだったが、もうどうでもいい。今すぐにでも目の前の女をグチャグチャになるまで犯したくなった。

 絶望に染まった顔の女の服を裂き、貪る。ゲレルも光輝も、女性経験がなく、これが始めてだった。ゲレルは決めた。残り2日は、決定的にこの女を落とすと。

 

 

 休み4日目。

 

 

 あれから、ずっと、ずっと、ずっと、目の前の女を貪り続けていた。誰にも見つからないように、巨木に自分たちが入れるくらいの穴を空けて、そこでずっと、ずっと、ずっと―――。

 休みなど与えるつもりなどない。最初は大声で叫んでいた女も、今じゃ何も言わない。そんなことを続けているうちに、ゲレルを、とある感情が支配した。

 

 

この女を何度も復活(なお)して絶頂(こわ)してやりたい

 

 

 はっきりと言おう。ゲレル・ユーベル。彼は生粋のドSだ。だからこそ、被虐心が心の底から湧き上がってくる。

 かれこれ一日中、彼女の(ナカ)に自分の子種を注ぎまくった。だからこそ、受精(デキ)てなくてはおかしい。

 

 話は変わるが、彼の能力は『変化』だ。この能力は扱いがとても難しく、繊細さを要求される能力だ。一歩間違えれば必要以上に変化させてしまい変化させたもの全てをオジャンにしてしまう可能性があるからだ。だからこそこの体の本来の持ち主である光輝も自身の能力の使用を躊躇っていた。

 

 しかし、ゲレルは粗暴で野蛮な性格とは裏腹に能力の扱いがとても長けていた。だからこそ彼女の体を変化させるなど彼にとっては子供向けの16ピースほどのパズルを完成させる程度に等しかった。

 最初に変化させたのは、彼女の子宮に存在する新たな生命の成長速度だった。ただ能力を行使する。それだけの行為で目の前の女の腹が膨れ上がる。なんと愉快(ゆかい)なことだろうか。

 

 しかし、そうなればその生命に栄養が行ってしまい、母体が死んでしまう可能性も十分あった。仮にも光輝(ゲレル)は人の命を扱う薬品を作る部署で働いているのだ。その程度の知識もなければあそこではやっていけない。

 幸い、食料はたくさん持ってきている。この買いだめも、あの設定が役に立った。

 

 女に口移しで食事を与え、栄養を取らせる。消化、吸収も『変化』の力で即座に執り行った。そしてその栄養が生命へと向かっていく。このスパイラルが、10か月レベルになるまでずっとずっと続けていく。

 強制的な消化と吸収速度上昇による体の負担など、ゲレルにとってどうでもよかった。ただ、自分が愉悦(たの)しめればいいのだから。

 

 

 休暇5日目

 

 

 今日で終わりの休暇。もう2日も続けて動き続けている。流石に自分の体力も限界が近づいてきた。そう思うと、体の体臭が酷い。ずっと夢中で自分の匂いにすら気づかなかった。この独特な匂いが空間中に霧散して、とても不快だ。よく嗅ぐと、女の方も臭かった。

 

 

「くっせぇな…。確か近くに湖があったな。あそこで洗うか」

 

 

 その悪臭の原因は間違いなく自分にあるというのに、棚に上げて女を姫様抱っこで持ち上げた(ゲレル的には重身の女を担ぐにはこの持ち方が一番楽と言う持論である)。とても重かったが、御自慢の筋肉でなんとかなった。

 光輝はなぜかインドア派でデスクワークが主な仕事のはずなのに筋肉がついていた。何故かと考える余裕はなかった、と言うより考えるのが面倒臭かったので思考を放棄した。

 

 ゲレルは女を乱暴に湖に投げ、浅瀬の部分に投げたため、体の上半分が水に浮かぶ。

 二日ぶりの洗体だ。水が冷たいが、体を清められるなら我慢できる。ふと水に体を浮かばせている無心の女を再び目に入れる。なんだろう、この気持ちは。この体を、二日間も貪って、犯して、堕としてきたというのに、まだ足りないのか、まだ尽きないのか、俺の欲望は。

 

 気づけばまた女を貪っていた。低い水温と高くなる体温がミスマッチなのかベストマッチなのかはわからない。

 ただ、女を貪りたいその一心で、体を動かし続けた。

 

 

――そんなとき、

 

 

「ヴッ!!」

 

「あ?」

 

 

 女が突如として腹を抱えた。とても苦しそうな顔に、流石のゲレルも戸惑い女から離れる。さっきまで無心で、表情一つすら変えなかった女が、突然お腹を押さえて苦しみ出した。つまり、これは――、

 

 

(おいおい、今かよ。せめてタイミング考えろよ…)

 

 

 ゲレルがその状況を完全に理解した後に出てきた感情は、呆れ、だった。

 せめて自分が完全にイったときに陣痛が来て欲しかった。これでは不完全燃焼だ。そう呆れていると、ゲレルの耳から徴収される音に、とある変化に気付いた。

 

 

(なにかが近づいてきてやがる…。新手か?しっかしこいつはどうするか…。まぁいいや。捨ておこ

 

 

 ゲレルは放置を決めた。

 今の自分はただでさえ2日間も動き続けて疲弊しているのだ。もし近づいている存在が自分に友好的かつ自分と同じ思考の持ち主だったとしても、これはもう自分のものだ。くれてやるつもりもない。しかし、持って帰るということもできない。

 どうしたものか、こう考えているうちにも足音の存在は近づいてくる。

 

 そんな中、ゲレルがとった選択は――、

 

 

(……帰るか)

 

 

 帰還(かえ)ることだった。

 これ以上地上にいれば、浄化が困難なほどに穢れがこびりつくだろう。残りの時間は、体にこびりついている穢れの除去をすべきだ。

 そう考えたゲレルは、『変化』の力で体の体温を上昇させ、水を乾かす。そのまま服を着て、天の羽衣で宙に浮かび、そのまま月へ向かってまっしぐら。

 

 どんどん遠くなっていく地球。

 その時かすかに耳に入った、女の声。

 

 

「――レイラッ!!」

 

 

(へー、あの女、レイラって名前だったんだ。まぁ、どーでもいいが)

 

 

 本人が名乗った名前すら、ゲレルにとっては忘れてもいい程度の価値でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 あのあと、穢れを完全に除去することができたゲレルは、何事もなかったかのように宿屋の扉から姿を表す。天の羽衣も無事返還したし、問題ない。いつも通り光輝の皮をかぶって仕事に励む毎日だった。

 

 しかし、あれ以降欲求不満が続いていた。本物の味を知ってしまった以上、もう自慰行為だけでは満足することはできなかった。

 だからこそ、数を増やした。天の羽衣を盗み、地上の女を貪り、犯す機会を。1年に数回を、1ヵ月に1回するようになった。本当は一週間に一回くらいにしたかったが、仕事の都合上することができなかった。こればっかりは自身の役職を恨んだものだ。

 

 

 そんなある日、あの時から十数年ほど経った後の話だ。

 地下の空間に『変化』が感じられた。他人ではわからないほど微弱なまでの『変化』。これは『変化』の能力を持つ光輝(ゲレル)であったからこそ分かった変化だった。

 

 

(まぁいいか)

 

 

 この変化は、見逃した。別に告発したからと言って自分になにか利益があるわけでもないし、何より犯人が分からなければ意味がない。そんな意味のない行為をするほど、ゲレルは暇ではなかった。

 

 そんな日々を過ごしているとき、臘月から直接呼ばれた。その呼び出しに驚いたが、断ると面倒そうなので、素直についていくことにした。

 

 

(今更になってなんのつもりだ?今になって俺のことを思い出したか?なんで今になって?……どっちにしろ、なんだか嫌な予感がすんな)

 

 

 そのゲレルの嫌な予感はあたっていた。ゲレルは臘月の部屋に入ってすぐ臘月にこう宣言された。

 

 

「宣言する。今日からお前の名前は【デンドロン・アルボル】だ」

 

「―――は?」

 

 

 思わず素が出てしまった。――その瞬間、ゲレルの意識がどんどん暗転していく。

 しまった、忘れていた。これはあれだ。自分が作られたときの状況そのままじゃないか。この男が自分のことを忘れているのは想像がついていた。だが、しかしそれに重ねてまた新しい人格を作ろうとしているなんて、さすがのゲレルでも予想が付かなかった。

 

 

(まずい。オレの意識が、どんどん遠ざかって…。クソ、が……)

 

 

 ここで、ゲレル・ユーベルにデンドロン・アルボルが上書きされた。

 ゲレルの意識はしばらくの間、何年だろうか、ずっと、ずっと眠っていた。

 

 しかし――、

 

 

 デンドロン・アルボルの意識が、希薄になる。その瞬間に、上書きされていたゲレルの意識は覚醒した。

 

 

「……あ?」

 

 

 目が覚めた時、感じたのは痛みだった。激痛が体に走る。同時に、脳にもだ。同じだ、あの時と。自分が初めて生まれたときに、光輝の知識や記憶をインプットしたときと。光輝の知識は数億年と長く数日の時間を要したが、デンドロンの知識はたかが数年。インプットにそう時間はかからなかった。

 その瞬間にゲレルは全ての状況を把握した。

 

 

(そうか…俺が眠ってる間に、そんなことがあったのか。だったら、まず最初にするべきは…敵戦力の確認だな)

 

 

 ゲレルは物事を冷静に対処できる頭脳は一応持っていた。この性格も、完全臘月譲りだが。

 だから、最初は目の前の敵――黒い男と自分が最初に犯した女と戦った。完全にデンドロンになり切れていたと思う。

 

 この『とある存在』によってデンドロン・アルボルの理性を生贄にして無理やり覚醒されていたようだが、使えるものは何でも使う主義だ。そいつがなにものであろうと関係ない。

 

 そもそも、デンドロン自体、キャラが定まっておらず、キャラが大分変わっても不思議に思われなかったのが不幸中の幸いである。

 

 おかげで、あの二人は完全に自分をデンドロンとして扱っていた。それにそのおかげで、敵戦力のことも調べることができた。

 最初は大怪我で呂律が回らなかったが、なんとか喋ることができた。

 

 

「アァー、アァー、アァ―。ボーヤク……ゴーヤク…ヨーヤク。ようやく。ようやく排除できた…。排除すべき敵をなァッ!!」

 

 

 これが数年ぶりにまともに話せた言葉だった。

 その途中まで自分の体を獣のものに変質させるという体質を会得していたのは自分でも若干引いた。女を喰い(おかし)に別の国に行った際、食料調達でその辺にいた動物を狩って食したことはあるが、まさかそのまま使われるとは思っていなかった。

 

 正直言って、デンドロンを演じるのは滅茶苦茶疲れた。何がうれしくて自分を忘れて封じ込めた相手に極上の女を献上しなくてはならないんだ。

 しかし、デンドロンはそういう性格のため、耐えてきた。

 

 最後にはやられ縛られる末路になったが―――、今こうして、反撃の狼煙を上げることができた。

 

 臘月を喰った。意識を閉じ込めてくれやがった罰だ。それに、喰ったおかげでの存在を確立できた。精神生命体の指揮権も、今はゲレルの手にある。

 一番邪魔なやつも排除できて今はあの有様だ。『とある存在』のアドバイスでアイツ(シロ)から回収した“アレ”も、アドバンテージとして存分に利用させてもらう

 デンドロンの魂とついでに回収したアレも正式な権能獲得のために捧げた。アレについてはなにかは分からないが、更なる新しい力が手に入ると。『とある存在』に言われたんだ。なら、使うべきだと判断した。

 

 

 さらに目の前には、あの時犯し損ねた女が、極上の女がいる。あぁ犯したい。グチャグチャになるまで、犯したい。男どもをぶっ殺したら、嬲ってやるから、覚悟しとけよ。

 

 

 さぁ、蹂躙の時だ。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「ゲレル・ユーベル…!?」

 

 

 忘れない。忘れられるはずがない。その忌々しい名前を。何度その名を聞いて不快になったか。数々の女性の命と尊厳を踏みにじった、存在悪。

 ライラとともに、存在を討伐することを条件にこの戦に参加してもらい、いずれ探すつもりだったが、まさかの場所で、出会ってしまった。この、最悪の状況で。

 

 

 そして何よりもこの場で唯一の権能持ちであるシロがこの状況だ。ヤツはこの状況を今まで狙っていた。自分以外の権能持ちを排除できるこの状況を。

 ライラは度重なる戦闘でこれ以上無理をさせることは躊躇われる。さらに零夜は紅夜が部分的とはいえ権能に覚醒したことをまだ知らない。今この場にいる唯一の権能持ちの圭太は気絶中。その治療をしているただの玉兎(レイセン)でさえ今の状況を理解できずにてんやわんや状態だ。

 

 

「そうッ!!俺こそがゲレル・ユーベルだッ!その反応、どうやら俺のことを知ってるっぽいな?どうせあのお前の隣にいた金髪の女から聞いたんだろ?分かるよッ!あの女は俺の童貞卒業(ハジメテ)の女だからなぁ!」

 

「てめぇ…ッ!!」

 

 

 あの時の状況(こと)を笑いながら語るゲレルに、零夜は怒りしか湧いてこない。しかし、なんだこの齟齬感は。その理由はすぐにわかった。ゲレルは、ライラをレイラと勘違いしている。

 あの姉妹は双子だ。知らなければ本人だと思っていてもおかしくはない。ゲレルの認識では自分と一緒にいたのはレイラと言う認識のようだ。その認識にはおそらく、レイラと同じ服装をしているというもの理由の一つだろう。

 

 しかし、気がかりなことがある。容姿(みため)が全然違う。始めてあったときのゲレルは天パの金髪紅瞳だ。しかし目の前の男性――ゲレルはストレートの黒目黒髪だ。どう考えても零夜やルーミアの知っているゲレルではない。

 

 だが、今はそんなことを考えている場合でない。ゲレルの感情はハイで、今でも流暢に喋り続けている。

 

 

「それにそこの女。俺が犯し損ねた女だ。これはもう運命だなッ!!いくら離れても、俺たちは運命と言う糸で結ばれてる証拠だ!!」

 

「――――」

 

 

 ゲレルが次に目に移した、金髪の美女――ルーミアは、いつの間にか手に握っていた闇の剣を強く握り締める。

 あの視線が気持ち悪い。不快だ、今すぐに逃げ出したい。しかし、逃げたくない。『自分』と向き合ったんだ。もう、逃げてたまるか。

 

 

「勝手に妄想決め込まないでよ、気持ち悪い。生憎とこっちにはもうお相手がいるの。あんたはお呼びじゃないのよ!!」

 

「へー。お前、男ができたんだー。あの時無様に逃げた女を好きになる男なんて、いたんだー」

 

「……?それって、どういう――」

 

 

 聞きなれない初めて聞いたことに、零夜が反応するが、その瞬間――零夜の口を、ルーミアの唇が塞いだ

 

 

「――――」

 

「―――は?」

 

「「「「えッ?」」」」

 

 

 瞬間、時が止まった。上から順に、零夜、ゲレル、女子勢である。このシリアスな場面での突然の接吻 (キス)。あまりにも場違いな行動に、全員の行動が停止した。

 長い口づけのあと、ルーミアはゲレルに言い放つ。

 

 

「こういうわけだからッ!あんたの入り込む余地なんて存在しないからッ!」

 

「へー、見せつけてくれるねー。なるほどなるほど。だったら、男の前でお前を犯したら、もっと楽しくなるかもな?

 

(……やっぱり、そう来るわよね。……上等よ)

 

 

 ルーミアは全員より前に出て、闇の剣を構える。その構えを見て、ゲレルは舌なめずりをする。もうどうやら、ルーミアに勝った後の妄想が止まらないでいるようだ。

 完全になめられている。

 

 

「なにが…どうなってんだ?」

 

「はは…僕を間にラブコメをしないでくれないかな…」

 

「シロッ!?良かった、まだ意識はあるんだなッ!?」

 

 

 レイヤがそう呟いて、零夜がレイヤの生存を確認できたことに驚いた。あの呟きは聞こえなかったが、とにかくまだ生きていたことに安堵するばかりであった。

 

 

「まぁなんとかね…でも、しばらくは動けそうにないや。だから、頼んだよ」

 

「だが、今この場に権能持ちはいない。いるにはいるが、全員が再起不能だ。今のアイツに、俺たちが勝つ手段なんて――」

 

「いや、まだあるでしょ?地球(した)に」

 

「……した?」

 

 

 した?下とは、地上のことを指しているのか?確かにあの場所には権能持ちがいる。だが、相手は驚異的なまでの回復力で全快しており、こっちはすでに再起不能者が多い状況。焼石に水にしか思えない。

 

 

懐かしい気配がしたんだ

 

「…え?」

 

あり得ないのに…。あの懐かしい気配が、近くにいるような気がするんだ。きっと、彼なら…

 

「お前、さっきから、何言って――」

 

 

「もうお話は終わりか?だったらこっちから行かせてもらうぜッ!!」

 

 

 ゲレルが地面の砂を掴むと、それをぶん投げる。砂の速度は『変化』によって過剰なまでの上昇し、弾丸にも等しい威力を保有していた。

 この技は臘月を喰ったことで手に入れた技だ。臘月を喰ったことで、彼の技そのままそっくり、コピーしている。『変化』の権能で再現できる範囲に限るが。

 

 

「遅いッ!」

 

 

 しかし、それよりも早くルーミアが地面に手を付け、闇の壁を生成し、砂の弾丸を全て防ぐ。

 

 

「なにッ!?」

 

「悪いわね。臘月の技はある程度とっくに対策ができてるの。それに……今の、いえ。これからの私は一味も二味も、百味レベルで違うんだからッ!!

 

 

 そう豪語するルーミアは、確かに最初のときとはレベルが違っていた。闘いになった途端に開放された妖力。それは今までの比でなかった。明らかに増えている。増えすぎている。たった短期間で、ここまで増えて、成長するものなのか?

 

 

「ルーミア、お前、なにがあった?」

 

「その説明はあと!零夜、戦える!?」

 

「―――もちろんだッ!!」

 

 

 腕に抱えているシロは他四名に任せる。シロにも回復の権能がある。時間が経てば回復してくれるはずだ。その回復に必要な時間がどれほどかかるのかはわからないが、やるしかないというのが現状だ。

 零夜はルーミアの隣に立ち、ゲレルを睨む。

 

 

「おー怖。そんなに睨んじまってよ、疲れねぇの?」

 

「そこらへんは大丈夫だ。ようやくお前をぶっ飛ばせると思うと、気分が高揚するからよ」

 

「はっ。短絡的な思考の持ち主か。いいよな気楽で。まだ俺に勝てるだなんて幻想を抱いているんだからよ。知ってるか?俺は今『権能』と言う圧倒的な力で全てを蹂躙し、格下からの攻撃を一切寄せ付けない“権限”を持っているんだ!対してお前らはその“権限”を持ち合わせていないッ!これが何を意味するか分かるか?お前らは俺に勝てないと言う無情なまでの現実なんだよ。わかったか?分かったならお前はさっさと死んで女の方は俺に体を売るのが正当なまでの現実――」

 

「うっせぇッ!!」

 

 

 零夜は手榴弾を『創造』してゲレルに投げつける。ゲレルの足元が爆音とともに爆発する。

 あの長話は毎度毎度のことで聞き飽きた。今思えば、臘月とゲレルは“長話”と言う点で似ていた。もしかしたら創造主と寄生体は似るのかもしれない。今となっては真相は分からないが。

 

 

「もうてめぇの長話は聞き飽きてうんざりなんだよッ!!20文字以内で簡潔にまとめろッ!!」

 

「そうかそうか……俺は優しいからよ。ちゃんとまとめてやるよ」

 

 

 爆風と土煙が晴れると、デンドロンの体は服がボロボロになり、体のところどころに傷ができていた。顔には青筋が浮かんでいて、明らかに怒りのボルテージがマックスであることを物語っていた。

 

 

「まずは女……てめぇは壊れるまで犯しつくすコースに変更はねぇ。」

 

「―――ッ」

 

 

 ルーミアの顔が強張る。何度も聞いている言葉でも、もしそれが現実になったらと言う妄想が止まらないのだろう。しかし、すぐに心の迷いが消えたかのようにまっすぐ目の前を見つめていた。

 しかし、ゲレルにはその顔は見えておらず、そのまま言葉を続けた。

 

 

「あそこの女どももだ。お前らも纏めて俺の性奴隷(オモチャ)にしてやる」

 

「「「「―――ッ」」」」

 

 

 次はゲレルの下劣な瞳が四人に向けられた。玉兎二人は完全に怯えきっており、豊姫と依姫は睨みながらも、冷や汗が止まっていない。力の差を完全に理解して、“勝てない”と言う潜在意識が浅層(せんそう)まで浮かび上がってきていた。

 

 

「そして最後に男ども…。あそこの瀕死のゴミどもはあとでじっくり殺す。そして黒野郎。てめぇは―――この世のありとあらゆる拷問(責め苦)で嬲り殺しにしてやる。そのあとに、てめぇの目の前でてめぇの女を、犯してやるよ」

 

 

 ゲレルは怒りが限界にまで到達していた。――しかし、それはこちらも同じこと。零夜とて、そこまで言われたら黙っているわけにはいかない。

 青筋が立ち、怒りボルテージが限界値なのは、零夜も同じだ。

 

 

「だからよ…てめぇの相手は俺じゃねぇ。来いッ!マリオネットどもッ!!」

 

 

 ゲレルがそう叫んだ瞬間、ゲレルが言ったマリオネットたちが姿を――、

 

 

「―――?」

 

「え?」

 

「「「「――――」」」」

 

 

「は?」

 

 

 しかし、なにも起きなかった。全員が呆気に取られている中、ゲレルにも予想外の出来事だったらしく、辺りを見渡している。

 

 

「どうした?何故来ない!?さっさと来い!俺の命令に従えっ!人形のくせにッ!!」

 

 

 喚き散らかすゲレルを視界の端で捉えながら、零夜やルーミアもこの謎の現象に戸惑っていた。

 マリオネットと言うのは、ゲレルと同じ精神生命体たちのことだろう。ゲレルの『変化』は喰った相手の能力をそのまま使うことができて、この場合『固定』は使えないが、精神生命体の支配権を獲得していたのだろう。

 しかし、その人形たちが一行に来る気配がない。

 

 そんな困惑が場を支配する中――、突如、豊姫の無線機が鳴る。豊姫は困惑しながら、無線機を取った。

 

 

えーこちら空真。豊姫様、聞こえますか?

 

 

 その声の主は、ウラノスではない、空真だった。

 突如聞こえた空真の声に、豊姫たちの表情が強張った。無理もない。豊姫達の認識では、臘月の精神生命体は死してなおゲレルの手によって支配下にあると言うことだったのだから。それが、空真が本来の自分を取り戻していたことに、驚きを感じ得なかった。

 

 

「空真!?どうして!?」

 

驚くのも無理はありません。私もアヤネから聞いたことですが、白服の御仁が、私を【ウラノス】から救ってくださったのです

 

 

 全員の視線が、シロに向く。シロはシロで大けがをしているが、視線程度に気付いているので、小声で「ジロジロ見ないでくれないかな…」と呟く。

 

 

あの映像、私も拝見しました。驚きを禁じ得ませんでしたが、いろいろ納得も行きました

 

「そんなことはどうでもいいッ!!他の奴らはどうした!?まさか、そいつらもアイツが…!!」

 

違うさ。光輝。いや、デンドロンと言った方がいいか?

 

 

 ゲレルの予測(もうそう)を、空真は即座に否定した。

 

 

「名前を間違えんじゃねぇ!!俺はゲレル・ユーベルっつー名前があるッ!そんなクソみらいにダセェで呼ぶな!」

 

なに?―――いや、そうか。失礼したな。ゲレル

 

 

 通信機越しからでも空真の困惑を感じ取れるには十分だった。しかし、あっちも軍隊長。情報処理は常人以上に早かった。

 

 

ではお前の質問に答えよう。お前の兵士たちは、全てこちらで無力化しておいた

 

「なに――ッ!!?」

 

 

 ゲレルの鈍い声が、辺り一帯に響いた。予想外の出来事が、辛くゲレルの胸に響いた。やがてその怒りはふつふつと彼の中で燃え上がり――、

 

 

「あ゛あぁあああああああああああッ!!!」

 

 

 雄叫びを――咆哮を上げた。

 自分の思い通りに事が進まないことによる憤り、自身のルートを崩されたことによる強い憤怒、それらをひとまとめの怒りへと変換したのが、この感情――怒りだ。

 

 

「クソがクソがクソがクソがッ!どうして俺のシナリオを書き換える!?どこに、その権利がある!?どうして主張する!?存在しない権利を!俺の邪魔をするなぁ!!」

 

権利?んなもん最初からてめぇーに存在してねぇだろッ!!

 

 

 今度は無線機から違う声が聞こえた。声の主は女性で、その正体はアヤネだ。

 

 

アヤネッ!?

 

ちょっと貸せ。おいこら聞こえてんなゴミカス

 

「てめぇ…ッ!!」

 

てめぇのお人形たちはこっちでぜーんぶぶっ潰したッ!要するにてめぇを助けるやつなんざ一人もいねぇ!!

 

「あの、野郎、ども…ッ!!」

 

 

 ゲレルの青筋がさらに酷くなる。そして、無線機の奥から聞こえてくる笑い声。この場は完全にアヤネの支配域だった。

 

 

ま、まぁと、いうわけだ。こちらはこちらでやっておくから、そちらで全力を出してくれ

 

「……あんがとな」

 

礼を言われる筋合いはないさ。これを機に、私の“ウラノス”としての汚名を(そそ)がせてもらう。我が名に賭けて、そちらに援軍を来させないことを、約束しよう

 

 

 ここで無線機が切れた。

 

 

「――と、いうわけだ。あとはお前だけってわけだ」

 

「調子に乗るなッ!!いくら強がっても、()()()()()の中途半端な権能のカスは、俺の敵じゃない!」

 

「わりーな。別に俺らがお前に勝つ必要はねぇんだわ。つーわけだ。行くぞ」

 

 

 亜空間から【ダークディケイドドライバー ver‐neo】を取り出し、ベルトとして装着する。左腰のライドブッカーから【ディケイド】のライダーカードを取り出す。左右のサイドハンドルを引くことで中央のバックルが回転、カード挿入部が露出する。

 ライダーカードを装填し、変身する。

 

 

「変身」

 

 

KAMENRIDE DECAED!

 

 

 2次元に封じられているライダーカードのエネルギーを3次元に解放し、それを纏う。

 零夜は【ダークディケイド】へと姿を変え、その圧倒的で禍々しい王者の風格を纏って、この場へと再び立った。

 

 ライドブッカーをソードモードにして、構える。ルーミアとダークディケイド。二人が並び、互いに剣先をゲレルに向けた。

 

 

「こけおどしが…。姿変えなきゃまともに戦えねぇクズが、俺に敵うわけねぇだろッ!!」

 

『だから言ったろ。俺たちがお前に勝つ必要はない』

 

「そういうこと。だから、さっさと終わらせたいの。あんたなんかに構ってるほど、私たちは暇じゃないってわけ」

 

「上等だァ…。犯して嬲ってぶち殺すッ!!」

 

 

 

 

――始まる。本当の、最終決戦が。

 

 

 

 

 

 

 

 





 ゲレルが対象に【精神生命体】を寄生させるためには本来、50%以上の信頼を得ないと発動しないという気難しい条件があります。


 次回はゲレルVSダークディケイド&ルーミア


 ルーミアの急な謎の変化は一体!?
 

 次回もお楽しみに!


 評価:感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86 百貌変化(ひゃくぼうへんげ)

 注:今作のダークディケイド(ネオディケイドライバーver)は、ジオウ本編同様に、フォームライドやアタックライドを省略していますので、「何故フォームライドしてないのにフォーム用の武器とか使ってるの?」と言う疑問はご遠慮ください。

“エネルギー体だけの”=半透明

 あ、あとちなみに今日は作者の誕生日です。祝っとくれ!


 

 ゲレル・ユーベル VS ダークディケイド&ルーミア 戦

 

 

――開始。

 

 

「おらッ!!」

 

『はぁッ!』

 

 

 ゲレルの硬質化した腕と、ダークディケイドのライドブッカー・ソードモードが激突する。刃と腕を何度も交わせ、そのたびに火花が散って辺り一帯に散乱する。

 その時、ダークディケイドの背中側の頭上からバスケットボールサイズの漆黒の弾丸が複数飛んでくる。その起点は、闇の翼を生やして飛んでいるルーミアだ。

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

 ゲレルはダークディケイドの両肩を掴み、盾にしようと試みる。

――強い。振りほどけない。このままでは当たってしまうだろう。だが、こんなやつの盾にされてたまるか。

 

 

ATTACKRIDE INVISIBLE(インビシブル)

 

 

「なッ!?」

 

 

 体を透明化したことで、ゲレルからすれば突如消えたことに驚いただろう。手の力が緩みその隙にその場から脱出。そのころにはもう漆黒の弾丸たちはゲレルの目と鼻の近くにあり、そのまま直撃した。

 怪我をすること自体はなかったが、衝撃でゲレルの体は後ろに倒れる。

 

 

「どうよ」

 

『上出来だ』

 

 

 地上に降りたルーミアの隣で、ダークディケイドは透明化を解除して、姿を表す。

 弾丸が直撃したことによって舞った砂煙の中心から、人影が起き上がる。同時に砂煙が一瞬で霧散すると、無傷――と言っていいかわからないほど服だけがボロボロだが――のゲレルが起き上がってきた。

 

 

「クソが……ふざけやがってッ!!」

 

 

 ゲレルの見た目が変化していく。

 頭はクワガタのように、腕はサイのように、足はタカの爪のように変化していく。背中にはカラスの翼が生えている。

 

 ゲレルの権能――『変化(へんか)』が発動した。

 

 

「なにあれッ!?気持ち悪!」

 

『『変化』してきたか…。だったらお前にはこれがお似合いだな』

 

 

 ライドブッカーから一枚のカードが飛び出し、そのカードをダークディケイドライバーにセットする。

 

 

KAMENRIDE O()O()O()

 

!  

 

 

 タカ・トラ・バッタのエンブレムが一つに重なり、エネルギーを纏う。ダークディケイドは【仮面ライダーオーズ】へと姿を変えた。

 オーズ専用武器、【メダジャリバー】を右手に持ち、ルーミアとともに突撃する。人間の速度を超えた連撃を二人同時に叩きこみ、ゲレルに反撃の隙を与えない。

 しかし、ゲレルも対抗して、タカの足で地面にしっかりとしがみ付いていた。

 

 

「調子に、乗るなァアアアアアッ!!」

 

 

 ゲレルが咆哮を上げると同時に、衝撃波が辺り一帯を襲い二人を後方へと吹き飛ばす。しかし、Dオーズはこんなところで諦めない。一瞬で手に持った【ウナギウィップ】でゲレルの体を拘束し、レッグの性質を【ゾウレッグ】にして踏み留まる。

 ルーミアへの配慮も忘れず、彼女の腕を掴んで離さない。【タカヘッド】の頭上がエネルギー体だけの【クワガタヘッド】の角部分に変化し、ウナギウィップとともに電流を流した。

 

 

「アガァアアアアアアア!!」

 

 

 直接的なダメージはなくとも、痺れは感じるはずだ。権能持ちが権能持ち以外から受けないのは、“肉体的ダメージ”――それは言い換えれば外傷と内傷を受け付けない力。しかし、それ以外なら通らないという通りはない!

 

 読み通り、電流が通ったことでゲレルの咆哮は止み、ルーミアの浮いていた体が重力によって(月に重力はないが、月の裏は空気があるなどの特別な空間のため)体が落ちる。

 

 

「はぁ、はぁ…!!」

 

『まさか、もうヘバったわけじゃねぇよな』

 

「こっちはまだまだいけるわよ」

 

「黙れぇ…俺を舐めるなッ!」

 

 

 そう喚き散らすが、ゲレルの体力が元からないことはDオーズ――零夜やルーミアもとっくに把握している。ただでさえデンドロンがあれほど無茶なほど体を酷使したのだ。それだけにさえエネルギーを大量に使っているはずなのに、追加で最後の地上の闘いでもう一度敗れている。

 本人はとある存在によってパワーアップしたことで『権能』が正式なものになり更なる力を手に入れたことは紛れもない事実なのだが、彼の体力が消耗している事実は消すことができない。

 

 事実、ゲレルの息は当初から上がっていた。正直言って見栄を張っているだけだ。

 

 

「そもそも、消耗してるのはそっちも同じだろうが!まぁ?俺はお下劣な劣等遺伝子の持ち主のようなお前らとは違って、まだまだ余裕だけどなッ!!」

 

 

 その自信はどこから来るのか――正解は彼自身の権能だ

 彼の権能『変化』を使えば自身の体の回復速度を『変化』させて即座に回復、なんて芸当は朝飯前だ。しかし、それは彼の栄養貯蓄がある限りの話だ。彼の貯蓄は先の闘いでほとんど尽きているはずだ。

 

 つまり、こちらの勝利条件はゲレルのストックを完全に切れさせること。それほどの時間があればシロも動けるくらいには回復するだろう。

 

 ゲレルの状態は、先ほど電撃を喰らったというのにピンピンしている。ストックを使って体力を回復したのだろう。しかし、それがいつまでもつか。

 

 

『ずっと吠えてろ。その間、こっちは二人で一緒にてめぇをぶちのめすがな!』

 

「二人で…。そうね。覚悟なさい!」

 

「調子に乗るな、つってんだろうがァ!!」

 

 

 ゲレルの腕が鞭のように変化した。どうやら、体は有機物(どうぶつ)だけに変化できないわけではないらしい。顔もゾウのものになり、ゾウの長い鼻が硬質化する。その二つの長い獲物を器用に操りDオーズとルーミアを攻撃する。

 

 Dオーズはトラアームの部分をエネルギー体だけの【カマキリアーム】に、バッタレッグの部分にエネルギー体だけの【チーターレッグ】に変化させて刃を展開する。チーターレッグで俊敏に動き、カマキリアームの刃で鞭に対応し、ルーミアは闇の剣と自前の剣術のみでゾウの鼻を受け流す。

 

 

FINAL ATTACK RIDE オ・オ・オ O()O()O()

 

 

 ファイナルアタックライドのカードを装填し、オーズの必殺技を発動する。

 バッタレッグを昆虫型に変形させて真横に一気に跳躍し、Dオーズとゲレルの間に赤・黄・緑。三つのリングが形成され、通り抜けるたびにDオーズに三つの色のエネルギーが纏われる。赤き翼を羽ばたかせ、両足のキックがゲレルに直撃する。

 

 ゲレルは悲鳴を上げながら、後方へと砂埃と上げ、地面をえぐりながら飛んでいく。ダメージはないだろう。だが、確実に、一歩ずつ、体力は削れて言っている。

 

 

「やった!?」

 

『おい!ソレは100%フラグってやつだッ!』

 

 

 Dオーズがルーミアの前に出ると、無意識のうちにカードをライドブッカーから取り出して、ダークディケイドライバーへと装填していた。

 

 

FINAL ATTACK RIDE O・O・O O()O()O()

 

 

 もう一度オーズのファイナルアタックライドを発動し、メダジャリバーを振るった。途端、目の前の景色が一刀両断され、ズレた。

 景色が戻ると、目の前になにもなかったはずが、空中で()()()が小さく爆発した。

 

 

「な、なに、今の…?」

 

『空間を圧縮して飛ばした弾丸だ。空間と空間がぶつかれば対消滅するからな。これじゃなきゃ危なかったぜ…』

 

「アイツ、そんなことできんの!?」

 

『アイツの権能は『変化』だ。権能っつーのは正直予測がつかん。だからこそ、想像を軽く超えてくるなにかをしてくる場合もあるってわけだ。……なッ!?』

 

 Dオーズが突如そう叫んだため、ルーミアがゲレルが吹き飛ばされた方向を見やると、そこには背中から蜘蛛の足が生え、その足で歩いてきているゲレルがいた

 どうやらあの男、蜘蛛も(しょく)していたようである。

 

 

「きもッ!」

 

『雑食かよ、アイツ!』

 

「グルメと言えッ!もとより俺の『変化』は喰ったものの長所をそのまま体に表すことだってできるッ!さらに『権能』に進化したことによって、周りの無機物すらも『変化』させて、俺の駒にできるんだッ!」

 

『聞いてねーのに説明ご苦労さま。情報くれてありがとう。そしてさっさとくたばれッ!』

 

 

KAMENRIDE DEN-O

 

 

 電王のライダーカードを装填し、フリーエネルギーを纏う。電仮面を纏い、【仮面ライダー電王・ソードフォーム】へと姿を変え、【デンガッシャー・ソードモード】を装備してゲレルに攻撃する。しかし、剣の軌道が突如滑らかになり、威力が削減される。

 

 

『なッ!?』

 

「おらッ!」

 

『ぐッ!』

 

 

 ゲレルから足蹴りを喰らい、吹っ飛ぶ。途中何度か地面に激突したが、体を回転させて威力をいなして軽減させた。すぐにルーミアに介抱され、起き上がってなにが起きたのかを確認する。すると、信じられない光景が目の前に広がっていた。

 

 

「きもッ!」

 

 

 本日二回目の、きもッ!だった。

 何故なら今のゲレルの体は、軟体動物そのものだ。軟体動物の体液はヌメヌメしていて、手からスッポリと抜けてしまうほどだ。もし、そのヌメヌメが異常なほど分泌していて、尚且つその量が剣の攻撃すらも逸らすほどの量だったら?

 答えは簡単。全身を透明なローションで塗りたくられたようなテカテカ人間の完成である。さらにヌメヌメが体中にあるため、生理的嫌悪感を促す見た目をしている。見た目はただの人間なのに。

 

 

『こればっかりは同意だな…。フンッ!』

 

 

 デンガッシャーを空中に投げると、空中でデンガッシャーがガンモードへと自動変形する。そのままキャッチして引き金を引く。しかし、予想外のことに弾丸すらもヌメヌメによって当たる直前に軌道が変えられた。こればっかりは驚くしかない。

 

 

「どうだ!これでお前らは俺に攻撃することはできない!お前らは俺の体力消耗とストックの貯蓄切れを狙っていたんだろうが、俺の体力が減らなければいいだけの話ッ!これならば、お前らの攻撃が俺に届くことはないッ!」

 

『だったらこれで…!』

 

 

FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DEN-O

 

 

 デンガッシャーの銃口に紫色のエネルギーが充填されていく。それはやがて巨大な球体の弾丸となり、引き金を引くと同時に弾丸が発射される。

 

 

「無駄無駄ァ!!」

 

 

 当たる直前、ゲレルは手を動かしてエネルギー弾の軌道を逸らし、横で爆発させた。その光景にD電王は舌打ちした。しかし、収穫はあった。普通の銃弾はなにもしなかったのに、必殺技となるとあえて手を使って軌道を逸らした。つまり、あれほどの攻撃は無防備で喰らえば今の状態のゲレルでもヌルヌル体液の鎧を突破できるということだ。

 

 

「だったらこれで――どうよッ!!」

 

 

 ルーミアが大剣を振るうと、闇の斬撃がゲレルを襲う。その斬撃に内包されているエネルギーは先ほど打った【ワイルドショット】のエネルギーを優に超えており、圧倒的なまでの優劣が存在していた。それを見たとき、やはり思わずにはいられない。彼女の身に一体何が起こったのか。しかし、それは今聞くことではないし、なにより彼女に隠す気はない。ならば、あとで聞けばいいだけの話なのだと、脳の片隅に置いた。

 

 闇の斬撃がゲレルに直撃する。ゲレルは両手を使って闇の斬撃を必死に抑えているようだった。流石に、アレを直接受けるという選択肢はゲレルにはなかったようだ。

 しかし、これはチャンスだ。今ゲレルはあの攻撃に集中している。これを逃す手はない。

 

 

FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DEN-O

 

 

 電王のファイナルアタックライドのカードを装填すると同時に、デンガッシャーを空中へと投げた。先ほどと同じ要領で、デンガッシャーがガンモードからアックスモードへと変形し、跳躍して空中でキャッチする。そのまま黄色いエネルギーとともにデンガッシャーを振り下ろす技――【ダイナミックチョップ】がゲレルの脳天へと直撃した。

 

 

『はぁああああああ!』

 

「うぉおおおおお!!!?」

 

 

 凄まじいまでのエネルギーがぶつかり、ヌメヌメの鎧が散っていった。普通ならばこのまま死ぬが、相手は権能持ちだ。死ぬことはないし攻撃は通らない。ならば、この振り下ろされたエネルギーはどこに向かっていく?

 答えは単純、真下だ。ゲレルの体が――全身が地中に埋まった。

 

 

『ふぅ…まさか地面に埋まるとは思ってなかったが、これで大丈夫だろう』

 

「そうね。でも本当に大丈夫?」

 

『正直言ってまだわからん。頭が見えないほどに埋まったからな』

 

「でもこれでもうアイツは動けないわね。あーせいせいした。じゃあこのままにして放っておきましょ」

 

『待て。せめてあいつの気絶の確認をしないといけない。気を緩めるな』

 

「分かってるわよ。でもアイツが地面に伏せたと思うと、面白くて――キャッ!?」

 

 

 そのときだった。突如地面から出てきた爪にルーミアの足が掴まれ、そのままルーミアが地面の中に消えていった。

 

 

『ルーミアッ!!』

 

 

 すぐに追いかけるが、当然のごとく間に合わなかった。

 しかし、一瞬見えたあの爪。あれはまごうことなき―――、

 

 

「あいつ…モグラも喰ってたのかッ!?」

 

 

 モグラだった。ゲレルは本当に雑食だったのか、そんなものまで食べていたとは驚きでしかない。すぐに周りを確認する。もう自分以外は誰もいない。シロや圭太たちも。おそらくは豊姫の能力で都辺りに避難しているのだろう。気づかなかった。

 しかし、今はそんなことをしている場合じゃない。追わないと。

 

 

KAMENRIDE WIZARD!

 

ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!

 

 

 D電王はDウィザードへと姿を変え、ファイナルアタックライドのカードを装填する。

 

 

FINAL ATTACK RIDE WI WI WI WIZARD

 

 

 エネルギー体の【ドラゴヘルクロー】を装備して、地面を掘り進む。そのまま【ドリル】の魔法も同時使用して掘削(くっさく)していく。すると、現在進行形で地面に埋もれていくルーミアを見つけた。

 そして案の定、ゲレルの体はモグラそのものになっていた。Dウィザードはゲレルよりも早く掘り進み、ゲレルを地上に吹き飛ばす。

 そのままルーミアの体を掴んで、地上へ脱出した。

 

 

「うへぇ…ありがとう」

 

『この一級フラグ建築士が!力が強くなってもそこは変わらねぇな!?』

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 

 そういい、ルーミアを降ろす。彼女の服は地面に引きずられたことにより土で汚れていた。しかし、ほつれや穴などは一切ない。流石は“大妖怪”マクラの糸で編んだ服だ。並大抵の攻撃じゃびくともしない。

 

 

『説教はあとだ。今は目の前に集中しろ』

 

「うん。わかった」

 

 

 それと同時に、ゲレルが地面から落ちてくる。砂埃が晴れると、ゲレルの体は人間体に戻っていた。どうやらある程度の体力消耗で人間体に戻るようだ。仮面ライダーのフォームチェンジから基本フォームに戻るのと同じ原理である。

 

 

『あ?もう落ちてきたのか。もう一度宙に舞ってろッ!』

 

 

 Dウィザードが腕を振るうと、緑色の竜巻が発生し、ゲレルの体全体を覆い、ゲレルの体重では抗うことができずにそのまま再び宙を舞った。

 

 

「くそがァああああああああ!!!」

 

『それしか言えねぇのか、アイツ?』

 

「まぁいいでしょ。それより、どうするアレ?格好の的だけど」

 

『撃ち抜くに決まってんだろ』

 

「そうよね!」

 

『つーわけで。変身!』

 

 

KAMENRIDE KUUGA

 

 

 Dクウガへと姿を変えると、そのまま【ライジングペガサスボウガン】を装備すると、宙を舞うゲレルへと標準を合わせる。ルーミアも、闇で形成したスナイパーライフルを構える。

 

 

『スナイパーライフル…?』

 

「へへん。かっこいいでしょ」

 

『ちゃんと使えるのか?』

 

「もちのろんよッ!あんまり舐めないでよね!」

 

『だったら文句はねぇ』

 

 

FINALATTACKRIDE KU・KU・KU・KUUGA

 

 

『―――墜ちろッ!!』

 

 

 稲妻のごとき一閃が、漆黒の弾丸が、矢となり、弾となり、月の永遠の夜空が、稲妻によって一瞬だけ照らされた。

 ゲレルに闇の弾丸と【ライジングブラストペガサス】が直撃した。ゲレルは煙を上げながら、地面へと落下する。

 

 

「へへん!どうよ!」

 

『おい。お前が喋るとフラグでしかねぇからあんま戦闘のとき喋んな』

 

「酷!」

 

 

 ルーミアが隣でうるさいが、Dクウガの目線は相変わらずでゲレルを捉えて離さない。

 ゲレルが起き上がってくる。その顔には相変わらずと言っていい程青筋が浮かんでおり、服はボロボロだが、特に目立った傷はない。だが息は上がっている。

 

 

「ガァアアアアア!!」

 

 

 すると突然ゲレルが咆哮した。それと同時に上がっていた息が回復していた。また体力を回復された。完全に消耗戦だが、いったいいつになったらゲレルのストックは切れるのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、ゲレルは突然深呼吸をして、肺に空気を貯めている。

 

 

(風系の攻撃か?)

 

 

 そう予測して、身構えていると――、

 

 

破滅波雷砲(はめつはらいほう)!!」

 

 

 突然そんなことを叫んだと思ったら、ゲレルの大きく空いた口から超濃密なまでのエネルギー砲が発射された。

 

 

「えっ!?」

 

『いっ!?』

 

 

 突然の出来事で固まったが、そんなことをしている場合じゃないし、避ける余裕すらないほど目の前の砲弾は速い。

 Dクウガは【ライジングタイタンソード】を二振り持ち、ルーミアは闇の大剣を同じく二本をクロスして砲弾に立ち向かう。

 強力な作用エネルギーが一方的なまでに二人を襲い、踏ん張っている地面に足がめり込み、後ろへと下がっていく。

 

 

「ちょ、これ…不味くない!?」

 

『いいからこっちに集中しろッ!……がァ!』

 

 

 一気に力を集中して二人一斉に光弾の軌道を逸らした。遠くで地面に着弾して爆発する音と風が襲ってきた。しかし、そんなことが気にならなない程に、腕の痺れが物凄い。アレ一発を返すのに、途轍もない負担を背負った。

 

 

(なんだあの威力…!?とてもエネルギーの貯蓄が切れかけているヤツから放たれるような技じゃねぇぞ!?)

 

 

 二人係――強化されているルーミアも含めてだ。その二人でなんとか弾けた必殺技。貯蓄が切れかけていると思わせてからの、完全なまでの不意打ち。やられた。

 

 

「ちょ!?何今の技!?アイツってもうエネルギーカツカツなんじゃないの!?」

 

『そのはずだ!なんだあの凄まじいエネルギー量は!?』

 

「流石に、お前らもさっきの技には驚いたか?そうだろうそうだろう!!どうだ?知りたいか?」

 

『……あぁ、是非とも知りたいなァ』

 

「その答えは……てめぇの女を俺のビックマグナムでぶち抜いた後で教えてやるよッ!!

 

『やっぱそうきたかッ!』

 

 

 ゲレルは自身の異常すぎる膨大なエネルギーを体の外に排出し、それを『変化』の権能でエネルギー球体へと変化させる。

 ゲレルの『変化』はこう言ったエネルギー操作にも大いに役立つ。どんな粗暴で野蛮な人間でも、精密なエネルギー収束が可能になるのも、『変化』の強みだ。

 

 盛大な下ネタを叫んだあとに、超高密度で小さなエネルギー弾が無数に二人を襲う。その数は、星――否、無数の流星群を思わせるほどの数だった。

 

 

『ちッ!』

 

「えッ――?」

 

 

 咄嗟にDクウガはルーミアを後ろへと押して、自分が前に出る。ライドブッカーからカードを取り出して急いで装填した。

 

 

――着弾する。

 

 

 途端に鳴り響く轟音と爆風。その衝撃で近くにいたルーミアも爆風によって体が宙を舞ってかなり後方へと飛ばされた。地面に体が激突する。打撲して、痛いと感じるが、服に傷がついているわけでもないし、肌が傷ついたわけでもない。本当に、ただの打撲だった。妖怪ゆえの耐久力だろう。

 

 しかし、零夜はそういうわけにはいかない。自分の代わりに全ての攻撃を一身に食らった。無事で済んでいるわけがない。

 

 

「零夜ッ!」

 

『なんだ?』

 

「――ん?」

 

 

 心配して叫んだのに、その次に心配した男の声が隣から聞こえた。思わず呆けた表情になって横振り向くと、カブトムシを模した戦士がいた。

 

 

KAMENRIDE KABUTO

 

 

 あの一瞬。瞬間的にDカブトに変身したあと、クロックアップで抜け道ができるほどの光弾を防ぎ、捌いた後、ルーミアの隣に移動した。ただそれだけのことをしていた。

 

 

『クロックアップでなんとかなった。気にしすぎだ』

 

「……私の心配を返して?」

 

『無茶言うな。それに、その心配はありがたく受け取っとくからそれで勘弁しろ』

 

「―――いいわよ。それで勘弁してあげる」

 

 

 ルーミアは不敵に笑う。その言葉だけでも、彼女にとってうれしかったからだ。

 だが、そんなルーミアの思考とは裏腹に、零夜は思考を張り巡らせていた。

 

 

(あのエネルギー量…どう考えても普通じゃねぇ。……まさか、エネルギーの出処が別にあるのか…?

 

 

 それならば、いろいろと納得がいく。あのエネルギー量、どう考えても普通ではなく、あれほどの力がゲレル自身から放出されているということは考えにくい。

 もう一つの可能性として、自身の生命エネルギーを力に『変換』していると言う可能性も考えたが、ゲレルがそんな自らの命を犠牲にしてまで戦うはずがない。あんな、他人を道具のように扱う人間が、自分のことを消費するはずがないのだから。

 

 Dカブトは目を凝らす。零夜の能力、『離繋(りけい)』は“繋ぐ”と“分離”が主な能力だ。そして、それを応用することによって“繋がり”を見ることが可能になる。

 それは力の流れ、感情の起伏などの繋がりを“線”としてみる力であり、逆にその線を“切り離す”ことも可能だ。そうすれば、力の流れを断つことも、恋人関係や友好関係をも断ち切れる

 

 本当ならいつでも使いたいのだが、これを使うと長時間ブルーライトに目を当てているような目の疲れが発生する。地味に連発ができない代償のため、使いどころを制限している。ちなみに対処方は蒸したタオルを目に当てることである。

 

 

(――やっぱりかッ!)

 

 

 この力を使い、ゲレルの“繋がり”を確認する。するとどうだろうか。ゲレルの体積を超えるほどの図太い光の柱が、天から降り注いでいるのが確認できた。

 あの柱から、尋常じゃないほどの膨大なエネルギーが常に供給され続けている。アレがカラクリだった。本来もうとっくに倒れてもおかしくないはずのゲレルが、未だに戦い続け、大技を連発できるほどのエネルギーの正体は、天から降り注ぐ柱。

 目の筋肉がズキンと痛くなってきたため、ここで中断する。

 

 

『ルーミア、お前、あのエネルギーの柱。……見えるか?』

 

「え?エネルギーの柱?そんなの見えないけど」

 

 

 一応確認してみたが、ルーミアは気づいていないらしい。隠蔽能力も凄まじい。あれほどの膨大なエネルギー、気づかない方がおかしいレベルだが、それを大妖怪であるルーミアにも気づかせないレベルで隠蔽するとは、紅夜の『隠蔽』と、どちらが強いのか気になってしまう。

 

 

「うまくよけやがったな…。だが、その幸運がいつまで続くかなァ!?」

 

 

 ゲレルの周辺に、バレーボールサイズの光の玉が複数出現する。その一つ一つが、先ほどの小さな玉よりも膨大なエネルギーを抱え込んでいた。

 そのエネルギー玉全てから、無数の線が――散弾のように飛来する。ホーミング弾のように、軌道を変えながら。

 

 

「死ねッ!!」

 

 

ATTACKRIDE CLOCK UP(クロックアップ)

 

FINALATTACKRIDE KA・KA・KA・KABUTO

 

 

「アガッ――ッ!?」

 

 

 一瞬の出来事だった。ゲレルの頭から勢いよく地面にめり込んだ。

 迫りくる壮絶な威力であろうホーミング弾。当たればただでは済まないはずだ。しかし、いかなる強力な攻撃も当たらなければ問題ない。クロックアップで全ての攻撃を一気に回避して、ゲレルの後ろに回り込んで、カブトの上段回し蹴りの【ライダーキック】をゲレルの頭に直撃させた。

 この技は本来、タキオン粒子を波動に変え、命中すれば敵は原子崩壊して消滅すると言うファイズの【クリムゾンスマッシュ】並みのおっかなさを持つ技で、威力は19t。

 

 そんな技を頭で直撃すれば、権能持ちのゲレルもただでは済まない。普通に顔から地面にめり込んだ。深く突き刺さって埋没しているため、すぐに抜け出すことは不可能なはずだ。

 

 この隙に―――、

 

 

『破壊させてもらうぜ。ルーミアッ!俺に向けて超弩級(どきゅう)の必殺技を放てッ!』

 

「えっ、零夜に!?こいつにじゃなくて!?」

 

『そうだッ!!さっさとしろ!時間がない!』

 

「あーもう!よく分からないけど分かったわッ!思い切ってぶっ放すッ!」

 

 

 ルーミアが闇の大剣を振るうと、自身の妖力を光に変換、集束・加速させる。闇の大剣から放たれる漆黒の極闇(きょくあん)。おそらくあれが本気の一振りだ。ここからでも感じられるほど、3年前のエネルギー量とは比べ物にならないほど強くなっていた。

 しかし、()()が強くなっていることは自分にとっても都合いいことこの上ない。そのままDカブトは能力を使って攻撃のエネルギー全てを右足に“繋げて”収束する。

 

 あっち側でルーミアの驚いた声が聞こえるが、無視だ。膨大な闇のエネルギーを収束した右足をそのままにして、再びファイナルアタックライドのカードを装填する。

 

 

FINALATTACKRIDE KA・KA・KA・KABUTO

 

 

 Dカブトの回し蹴りが、ゲレルに刺さっていた光の極太柱に直撃する。

 この柱は、現状、Dカブト――零夜でしか壊せない。このエネルギーの供給道(きょうきゅうどう)である柱は『離繋(りけい)』の能力を持つ零夜にのみ視認可能だ。普通見えないものを見る特別な能力さえ持っていれば、零夜以外でも視認可能だが、膨大なエネルギーの道であると同時に、大妖怪であるルーミアでさえも気づかないほどの高い隠蔽能力を保有していることも事実だ。

 この柱に、いったいどれだけの人物が気づけるのだろうか。

 

 そして、見えるのも現状零夜だけなのならば、壊すことも零夜にしかできない。この柱さえ断つことができれば、ゲレルを戦闘不能にすることができる。逆に、それができないと完全に負ける。

 

 タキオン粒子の力のほかに、空間系に強い闇のエネルギーを凝縮したルーミアの闇の力も加わっている。これで壊せない道理はない。

 

 

『うぉおおおおおおおッ!!』

 

 

 強力な力と力が拮抗する。Dカブトの攻撃が決して弱いわけではない。むしろ過剰な程に強力だ。それだというのにこの光の柱は一向に壊れる気配も、ましてやヒビが入るようすらも見せない。

 

 

――瞬間、光の柱が発光して、大爆発を起こした。

 

 

『なッ!?』

 

「きゃぁ!!」

 

 

 光の柱を起点として、周囲一帯が爆散する。地面の基盤すらも崩壊し、小石や土などは跡形もなく砕け散って消滅した。

 ルーミアは少し離れたところから爆発の衝撃を受けたからまだいいものの、Dカブトは0距離からの直爆を受けた。辺り一帯のものが完全消滅するレベルだ。無事で済むはずがない。

 

 

「零夜ッ!!」

 

 

 ルーミアは、爆発の範疇外で起き上がった。先ほどより服が汚れ、ついに服に傷ができてしまい、顔に少し傷がついてしまっていた。

 自分よりも零夜のことを優先し、零夜の名を叫ぶが、先ほどのように高速移動していて自分の隣にいる――なんてことはなかった。

 まさか、あの爆発で本当に――。

 

 そんな考えが浮かんでくると同時に、涙がにじみ出てくる。そんな、どうして。せっかく、強くなって、隣に立てると思ったのに―――、

 

 

「ガハッ」

 

「ッ?!零夜!?」

 

 

 突如自分の耳からかすかに聞こえた、零夜の声。爆発の範囲は半径約1キロ。しかもルーミアとは反対に吹っ飛んでいったはずだ。それでもなおそのかすかな声さえ聞きとる力は、大妖怪故のものだろう。

 ルーミアは耳を凝らす。ちゃんと聞こえる。かすかに聞こえる。愛しい男の声が。

 

 空を飛び、急いでその声が聞こえた方向へと急いで駆けつける。

 

 

「あ、ぐ…ッ」

 

「零夜!――え?」

 

 

 変身解除され、地面に身を投げている零夜の姿があった。来ている服はやはりと言うか、ボロボロになり果てていた。よく服が原型を保てているなと言う驚きもあったが、あの服もマクラの糸製だ。頑丈なのが取り柄だし、変身していた鎧を着ていたのだ。むしろあの程度で済んで良かったというべきだろう。

 

 しかし、問題はそこではない。ルーミアはそれを見た瞬間に、固まった。思考が停止したのだ。

 何故なら、零夜の目の前には全長約5メートルの腕が4本の翼が生えた首から下までの異常なまでに発達した筋肉が目立つ生々しい形容しがたい怪物が、いたからだ。

 

 なんだあの生き物は。あんな生き物、地球上のどこにも存在していない。全く未知の生物だ。妖怪だといえばまだ納得はできるが、妖怪特有の『妖力』はあの怪物のどこからも発せられていない。

 だったら、あの怪人は、いったいなんなのか。

 

 

『ヨクモ…ヨクモヤッテクレタナ。マサカ俺ノ力ノ供給源ニ気付クトハ。オカゲデコンナ気持チ悪イ姿ニナラザル負エナクナッタジャネェカヨ』

 

 

 その声は、ゲレルのものだった。どういうことだ?あの怪物が、ゲレル?もう人間の原型を留めていない。いや、『変化』の権能の力ですでに何度か人間の原型を留めてはいなかったが、あれは体を既存の動物の部位に当て嵌めたに過ぎない。あんな、地球上に存在していないような姿には、今まで一度もなったことはなかった。

 

 

『ダガ迂闊ダッタナ。アンナ力ノ衝突ガアレバ、爆発スルノハ必須。ソコマデ考エガ至ッテナカッタミタイダナ。俺ノ勝チダ』

 

「まだだ……まだ終わって溜まるか…ッ!!」

 

『イイ加減諦メロ。マァ安心シナ。女ノ方ハ俺ガジックリト可愛ガッテヤルカラヨ』

 

「んなこと…させるわけ、ねぇ、だろ…ッ!!」

 

『死ニゾコナイナニヲ言ッテモ無駄ダ。潔ク死ネ』

 

「させるかッ!!」

 

 

 ルーミアは咄嗟に動いた。脳よりも、体が先だった。

 闇の大剣を振るって、ゲレルを攻撃する。

 

 

『獲物ガ向コウカラヤッテ来タナ』

 

「うぐっ!」

 

 

 ゲレルの極太な4本のうちの一本の腕が一瞬で伸びて、ルーミアを掴んで離さない。しかし、ルーミアも負けない。握力と腕力を駆使して、手の中から離れようと指と指を自分から放そうと力を入れる。

 それに危惧を感じてか、ゲレルは二本の腕を使ってルーミアの拘束を強めた。

 

 

「あがッ!」

 

『オ前、強イナ。コノ姿ノ俺ガ、掴マエルノニ二本ノ腕ヲ使ウノハ、コレガ初メテダ。』

 

「う、ぐッ…!」

 

『ソウダ。今貴様ノ目ノ前デコノ女ヲグチャグチャニナルマデ犯シ尽クシテヤル。貴様ノ絶望ノ顔ガ、目ニ浮カブゾ』

 

「なッ!」

 

「ひっ――!」

 

 

 それを聞いて、ルーミアの顔が強張る。これではあの時の再現だ。それじゃだめだ。今この場の出来事は、自分があのトラウマから完全に脱却するための闘いでもあるのだ。もし、あの日の()()()が実現してしまったら、二度立ち直る自信がない。それに『自分』との約束も守れない

 

 

「誰が…あなたなんかのオモチャに…!」

 

『ソノ威勢ガイツマデ続クカ見物ダナ。サテ、ジャアマズハソノ邪魔ナ衣服カラ先ニ…』

 

「おい。調子に、乗るなよ…?」

 

『ア?』

 

 

 ゲレルが不意に零夜を見ると、零夜は立ち上がっていた。ただでさえ変身解除されるほど追い込まれ体から血を流しているというのに、精神力と根性だけでその場で立ち上がっていた。

 

 

「お前は自分が強いって勘違いしているみてぇだが、お前のその強力な力も、結局は常にお前に流れ続けている謎のエネルギー供給源があっての話だ。本来のお前は、ただの慢心バカだからな」

 

『負ケ惜シミヲ言ッテンジャネェヨ。ドンナ力ダロウガ、使エルモンハナンデモ使ウ。ソレガ勝負ノ世界ダロウガ。屁理屈言ッテンジャネェゾ』

 

「へー…。それくらいの知能はあったわけか。ただのバカだと思ってたが、なかなかやるな」

 

『…話ハソレデ終ワリカ?』

 

「あぁ。話に付き合ってくれてありがとう。……おいルーミア。熱いの、我慢できるか?

 

「……うん」

 

 

 彼女の了承の声とともに、零夜の腰回りに黄金に輝く、漆黒の宝玉がはまったベルトが出現する。それを見て、ルーミアは理解した。

 あのベルトは、自分と零夜が初めて敵対して、戦った時変身した姿になるためのベルトだ。しかし、アレを使った後は反動が尋常ではなかった。全快のときの零夜でさえ大量吐血と言うデメリットが襲ったのだ。もし、この状態でその力なんて使ったら――。

 

 

「やっぱりだめッ!それだけはダメッ!使っちゃ駄目ッ!」

 

『ナンダ、命乞カァ?サッキハ了承シタッテノニ、途端ニ手ノヒラ返シヤガッタ!ドウスル?ナンナラ俺ガ助ケテヤロウカ?』

 

 

 違うそうじゃない。心配しているのは自分のことじゃない。零夜のことだ。アレを使ったら、この戦いの後に、本気で死ぬかもしれない。ただでさえ零夜は自分の体のことに関しては無頓着だ。何度も危篤状態に陥って、今回も助かったのだから次回も助かるだろうと無意識のうちに楽観視している節がある。それも、彼の自分を大切にしていない思考故なのだが。

 

 

「零夜ッ!それは使っちゃ駄目!」

 

「悪ぃな。ぶっちゃけ、俺は、自分の体がどうなろうと、目的のためなら、どうだっていいんだ」

 

「零夜ッ!」

 

「――変s」

 

 

 

 

 

 

 

「自分の体を軽視するな、馬鹿者」

 

 

 

 

 

 

 

 突如、零夜の横から聞き覚えのある女性の声が聞こえたと思ったら、自分の服を引っ張られる。その女性自体が超高速で動いているため、人間やめている零夜の体でなければ体がバラバラになっていた。

 その声の主――女性はゲレルのルーミアを拘束している二本の腕に乗っかると、持っていた刀で腕や手を細切れにして、ルーミアを救出する。その肉片と血液が地面に落ちる前に、刀を帯刀(たいとう)してルーミアを担ぎ、ゲレルから少し離れたところまで移動した。

 

 

『ナッ!?グアァアアアアアアアアア!!!』

 

 

 その一瞬の出来事を、ようやく視認し、体が感じ取ったゲレルは、悲鳴を上げる。二本の腕は徐々に再生を始めるが、それでも痛みで悶えている。

 

 

『ナ、ナンダ!?ドウシテ俺ノ腕ガ…!?』

 

「こんな言い方をするのはクソ癪だが、私はお前と同じ権能持ち(どうるい)だということだ」

 

『ナッ!?オ、オ前ハ!!』

 

「お前の名前は聞かなくとも分かる。ゲレル・ユーベルだな?ようやく会えたな。我が宿敵」

 

「どう、して…?」

 

 

 零夜は呟いた。どうして、この場にいる?彼女に、この状況を知る術はなかったはずだ。シロが知らせたとしても、あの権能(ふたご座)は自分限定の権能のはずだ。それに、シロは今動ける状態ではない。だったら豊姫が?彼女だったら可能だ。

 いや、しかし、今はっきりしていることは――最大の助っ人であるということだ。

 

 

「どうしたもこうしたもあるか。そもそも私は今回の作戦に関与するにあたって、共にゲレルを討伐するという盟約を交わしたことをもう忘れたのか?愚か者が」

 

「―――」

 

「でも、ありがとう。おかげで助かったわ」

 

「礼など不要だ。……さて」

 

 

 彼女は一歩前に出て、ゲレルをしっかりとらえて視界から放さない。彼女の目に映るのは執念の炎。そして心の底から湧き上がる待望だ。

 

 

「その人間とは思えぬ醜悪な見た目…。本当に人間か怪しいところだが、貴様には戦う前に一つ聞かねばならんな」

 

『テメェハ…』

 

「その様子だと覚えているらしいな」

 

『忘レルワケガネェ。マサカ生キテタトハナ。流石ハ妖怪ッテ言ッタトコロダナ』

 

「いいや、違うさ。この服装は私の大事な大事な妹の形見の一つ」

 

『妹…?』

 

「どうせ死にゆく身だ。冥途の土産に私の名を教えてやろう」

 

 

 彼女は刀を抜刀し、その剣先を、ゲレルに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「我が名は【ライラ】。貴様が殺した我が妹【レイラ】の敵、今ここで晴らさせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 と、いうわけで今回はここで終わりです。

 ダークディケイドでライダー変身祭りを展開しました。零夜も一応ディケイドに変身すれば主役ライダーに変身できます。
 しかし同時にデメリットが存在していることも忘れてはいけない。ディケイドへの変身はあまりデメリットがなかったとはいえ、あの爆発を受けてあの程度で済んだのは相当運が良かったのです。
 あの爆発、実は爆発範囲は本来のものより狭いとはいえ、威力は水爆や核と言ったレベルで危険な爆発力でした。いくら人間やめてる体でライダーに変身していたとはいえ、アレを至近距離で受けてあの程度で済んだのは、なんでも言うようだが本当に奇跡だったのです。


 そしてゲレルの最後の変体(へんたい)。地球上に存在していない生き物になり果てていますが、モチーフは『悪魔』です。リバイスの方の悪魔ではなく、普通にファンタジーとかに出てくる、デーモン、ガーゴイルのような見た目です。


 最後に現れたライラ。普通に考えればライラはゲレルの登場などを知る術はなかったはず。零夜たちの闘いの裏で一体なにが起こっていたのか?シロか、豊姫か、はたまた別の――。

 真相はまだ分からない。


 次回、【因縁の対決】


 評価・感想お願いします。誕生日プレゼントにね!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87 因縁の対決


 この話で、ちょっと過去の回想入るよ、具体的に言うとね、ゲレルの回想で地上から飛び立ったあとのお話。

 今回も、じっくり見て行ってくれ!


「ライラ…」

 

 

 突如として現れた援軍に、零夜は言葉を零した。

 何故彼女がここに?と言う疑問をすっ飛ばすほど、ありがたい援軍だ。しかし、そんな呟きは虚空の彼方へと捨て去られ、この場の発言権は完全にライラとゲレルの手中にあった。

 

 

『ライラ…?俺ガ犯シタ女ト一文字違ウナァ。誰ダオ前?』

 

「――貴様の耳は節穴か?私は言ったはずだ。敵討ちだと。私の妹な」

 

『妹…ソウカ。アイツニ姉ガイタノカ。ソウ言エバ、俺ガ帰ルトキニオ前ト似タ声ヲ聴イタナァ』

 

 

 間違いを訂正しても、ゲレルの声の振動はなんの変化も起きていない。気にもかけていない証拠だ。

 ゲレルにとって、双子の姉妹とか、そんなことはどうでもよかった。ただ、どっちも女なのだから。

 

 

「覚えているか…。ならば話は速い。その命、刈り取らせてもらう」

 

『ハッハッハッ!俺ヨリ弱イヤツガ何ヲ言ッテモ無駄ダ!オ前モ権能ヲ持ッテルミタイダガ、俺ノ足元ニモ及バナ――』

 

 

 瞬間、光の一閃によってゲレルの体が複雑に切り刻まれる。

 手も足も、胴体もなにもかもが切り刻まれ、ゲレルは全てを言い切る前に体が粉みじんになった。残ったのは頭部だけだった。

 ライラもいつの間にかゲレルの後方側へと移動しており、零夜とルーミアは相変わらずライラを視認することができなかった。彼女は光の速度で移動している。常人なら見えないのは当然だ。

 

 

「無駄話が多い。その不快な声を私に聞かせるな」

 

『驚イタジャネェカヨ。イキナリ斬リカカッテ来ヤガッテ…』

 

「なに!?」

 

 

 バラバラになったはずの死体から声が聞こえたことに驚いた。

 そのまま、ライラは信じ互い光景を目にする。斬り損ねた――特別に硬くて一気には斬られなかった頭部が浮き上がり、そこからバラバラにしたはずの骨、肉片、血が宙に浮きあがり、そのままゲレルの悪魔的な体を形成していった。

 その生物としてあり得ない構造に、ライラはただただ驚くばかりだった。

 

 

「心臓も細切れにしたはず…。貴様の弱点は頭部か」

 

『ソレハドウカナ?ヤッテミレバイイ』

 

「調子に乗りおって…!」

 

「待てライラ!ソイツは――」

 

 

 零夜の叫びも虚しく、ライラは次の攻撃を開始していた。

 光の速度で一瞬でゲレルに近づいて、刃に“妖力纏い”を発動させる。この技術はとても難しいだけで、ライラは一言も“できない”と言ったことはない。ゆえに使用可能だ。

 そのまま強化された刃を光の速度で何度も振るい、今度は頭部を細切れにした。ミンチをも超える細かさで切り、再生できないように斬り、今度は零夜たちの隣に着地した。

 

 

「これならば――」

 

「いや、無駄だ」

 

「なに?ヤツの再生核は細切れにしたはずだ」

 

「そんなの、無意味なんだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「ああいうことだ」

 

 

 そのまま零夜はゲレルの首なし死体を指さすと、今度は首から下からゲレルの頭部が生成されていく。その生々しい光景は、ルーミアの顔を歪め、ライラは舌打ちをした。

 

 

「どういうことだ…。頭部がヤツの再生核ではないのか!?」

 

「そもそも、今のアイツに再生核なんてもんは存在しない!それを分かりやすく伝えるために、俺の視界を貸してやる

 

「それは一体どういう――」

 

 

 零夜は問答無用で『離繋(りけい)』の能力を発動する。

 自身が見ている光景を無理やりライラの視界と繋ぐ。ライラに負担を負わせるわけにはいかないので、特別なものを見る際のデメリットは全てこちらで肩代わり。目が物凄く痛いが、少しの我慢だ。ライラにも見えたのだろう。あの忌々しくも輝かしい光の柱が。ライラは困惑で頭がいっぱいのようだ。

 

 

「なんだあれは…。私の見間違いか?あのような力の柱…今まで見たこともないぞ?それに、私はなにも感じない」

 

「残念ながら現実だ。あのバカみてぇな再生能力の要因も、あの柱がエネルギーの供給道なんだよ。隠蔽能力が高い癖に供給量はバカみてぇにある。アレを絶たない限り、アイツを何度傷つけたところで永遠に回復し続ける」

 

「ならば、あの供給源が切れるまで攻撃し続ければ――」

 

「それも無駄だ。アイツ、さっきっから必殺技レベルの攻撃をバカスカ水鉄砲のような軽さで撃ちまくってきやがる。あのエネルギーが切れるまで戦闘(たた)かい続けるなんて、無理がある」

 

「ではどうしろと言うのだ!?このままただ敗けろとでもいうつもりか!?」

 

 

 ライラは憤慨して叫ぶ。確かにアレほどのエネルギーの供給、アレがある限り勝つなどと言う発想は常人にはまず浮かばない。

 だが、ライラには負けられない理由がある。それがレイラの敵討ちだ。目の前に妹の仇がいるというのに、手も足も出せないという事実は、ただただ怒りが募るだけだ。

 

 

「んなわけあるか。俺たちの勝利条件はただ一つ。あの供給道をぶっ壊すことだ」

 

「でも!さっきそれを壊そうとして、大爆発したじゃない!」

 

 

 そう。零夜は先ほどその供給道を破壊しようとして、結果的にそこが爆発した。強大なエネルギー同士の衝突による大爆発だった。

 しかもあの供給道の柱に触れられるのは現状『離繋』の能力を持つ零夜のみだ。ライラではその突破方法がない。

 

 

「だが、アレを壊さないことには話は進まない。アレを破壊できるほどの一撃必殺が欲しいところだが……アイツが待ってくれるかも、問題なんだよな」

 

『話シ合イハ終ワッタカ?ナラサッサト死ネ!!』

 

 

 ゲレルが口を大きく開くと、そこから極太のレーザービームを放ってきた。それは霧雨魔理沙のマスタースパークのような程、強烈な一撃だった。

 それを避けるために三人全員で散らばった。着弾した場所は爆心地となり、大きな爆発を生んだ。それから、ゲレルは四つの腕からそれぞれ光の玉を生成し、何度も何度もそれを繰り返して三人へと放つ。

 

 この攻撃にライラとルーミアは持ち前の武器で弾き、いなし、回避しているが、零夜はそうはいかない。ただでさえ大ダメージを負っていて、能力を使って目に疲れが来ていて視界がうまく定まらない状況だ。零夜はただただ逃げるしかなかった。

 

 

「クソッ!」

 

 

 体力も危ないくらいに尽きている。それでも体を動かせているのは、根気と気力によるものだった。しかし、ゲレルからの攻撃は止むことがない。

 そんなとき――

 

 

「うぐっ」

 

 

 視界が揺らいだ。代償がここで作用してしまった。『離繋』による通常見えないものを見えるようにする能力の代償である長時間ブルーライトに目を当てたような痛みを2回も受けた。それは視界が安定しない要素としては十分すぎた。

 結果、零夜は石ころに躓きこけてしまった。目前には、光の玉の群れが。

 

 

(ヤバ――)

 

 

 そう思った時、自分の体が高速で移動した。突然のことに驚いたものの、結果的に助かった。感覚が戻った。誰かに担がれているようだ。担いでいる人物を見ると、それはライラだった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ…なんとかな。だが、正直言って辛い。が、弱音を吐いちゃいられねぇ」

 

「……安心しろ。お前が無理をしてまで、アイツを倒すことを、私は望んではいない」

 

「どういう、ことだ?」

 

「お前は少し休んでろ。私が時間を稼ぐ」

 

「無駄だ!アイツに時間稼ぎなんて、意味がない!」

 

「黙っていろ。それにそもそも、私の目的は時間稼ぎだ

 

「な――?」

 

 

 零夜が疑問を口にする前に、ライラは突撃していき、ゲレルを一方的に切り刻んでいくが、攻撃した瞬間に再生が始まっており、どう見ても効果があると思えない。それに、ライラの言っていたことが気になる。時間稼ぎ?一体彼女は、なにを待っているのだ?

 

 疲労した目で目の前の戦いを見ているとルーミアがこちらに飛んできて、零夜を介抱する。

 

 

「大丈夫?」

 

「ああ大丈夫だ。だがしかし、一体どういうことだ?ライラは何を待っている?」

 

 

 あのような攻撃を繰り返しているところで、ゲレルに致命打を与えることなど不可能なことはライラとて分かっているはずだ。それなのに、一体時間稼ぎをしてなにになるというのか。

 

 

「時間稼ぎ…。一体、なにがあるってんだ?」

 

「……零夜」

 

「どうした?」

 

「何かがこっちに近づいてくる」

 

 

 ルミアのその言葉を聞いた瞬間、零夜は辺り全体を疲弊した目で見渡す。だがしかし特に変わった様子は見受けられない。

 だが感知能力は自分より高いルーミアがそう言っているのだ。確実にここに何かが来ているのは明らかだ。

 

 

「まさか…ライラが待っている何かなのか?」

 

 

 逆に、そうとしか思えない。

 ライラの目的は時間稼ぎだ。今の現状ではゲレルを倒せないがために、自分が時間稼ぎをして、その人物を待っている。その謎の人物が今、この場に現れようとしているのだ。

 

 ライラはライラで、その人物の登場を感知したのか、その場から一旦離脱して零夜たちの隣に着地する。

 

 

『ドウシタ?モウ力尽キタノカ?』

 

「阿呆が。そんな風に見えるか?……さて、雑談をしようか。ゲレル・ユーベル」

 

『雑談?何言ッテンダテメェ?』

 

「いいから聞け。十数年前、お前が凌辱したことで死んだレイラは…一つの生命を産み出して、死んでいった。衰弱死だったよ」

 

『アァ…俺ガ孕マセタガキカ。驚イタ。マサカ生キテルトハナ。テッキリモウ死ンダモノカト思ッテイタゼ』

 

 

 あの日あの場所で、レイラは一つの生命を産み出して、その生命を枯らして、死んだ。

 当時、ライラは目撃したのだ。その生命が産道から排出(でて)くる瞬間を。その瞬間を見ただけで、大切な妹がどんな目に会っていたのかを瞬時に理解した。してしまった。

 

 

 あの時のことが、未だに忘れられない。

 

 

 

―――。

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

 

 夜中。冷たい風が吹雪く、夜の樹海。ライラは地面を駆けた。途中、ぬかるんだ地面に足を取られ、転んで服を汚すこともあった。しかし、そんな汚れなどどうでもいいと、ライラは走ることをやめない。

 

 

「レイラ!」

 

 

 目についたのは、大きな湖。そこにいる。慣れ親しんだ、唯一の肉親である妹の存在の気配が―――!

 

 

「レイラ、どこだ!!」

 

 

 森を抜け、その湖の全体が見渡せられるようになった。この湖は背景は、とても綺麗だ。現代であれば、有名スポットになるほどの美しさを、誇っていた。

 だがしかし、そんな光景を汚す、絶望的なものが視界に移ってしまった。

 

 

――ウェエエエエエン!!

 

 

「――レイ、ラ……?」

 

「――――」

 

 

 見てしまった。目の前で、新たな命が産道を通り、この世に生まれる光景を。

 普通ならばそれは喜ばしいことなのだろう。だがしかし、彼女――レイラの残状が、そんな妄想を一瞬で吹き飛ばす。祝福どころか忌まわしき邪悪な儀式のあとのように、酷かった。

 痩せこけて衰弱しており、服などは一切つけていない生まれた姿のまま、股からは一本の線が飛び出ていて、その線につながれた赤子が、大声で泣き叫んでいた。

 

 ライラの瞳に、いつものレイラと今のレイラがダブって見えた。

 現実逃避だ。自慢の妹が、どうしてこんな状態に―――。

 

 ライラはすぐさまレイラに駆け寄り、その体を持ち上げた。服が濡れることなど、この際どうでもよかった。

 

 

「レイラ!?どうした!なにがあった!?」

 

「…ね、ねぇ…さ、ん…?」

 

「そうだ、ライラだ!どうしたんだ!お前の身に、一体なにがあったんだ!?」

 

「――――」

 

 

 そう問うが、なにが起きたかなんて一目瞭然だ。だがそれを認めたくない。現実から目を背けたい。でも、目の前の現実がそれを許さない。

 最愛の妹が、ただ唯一の、妹が、誰かも分からぬ男と――!

 

 

「まさか…そうなのか!?そういうこと、なのか…!?」

 

「……ねぇ、さん。おね、がいが、ある、の」

 

「喋るな!すぐに手当を――!」

 

「ま、って…」

 

 

 レイラの手が、ライラの服を掴んだ。その力はとても弱々しく、人間ですら簡単に振りほどけるほどの力しか籠っていなかった。

 

 

「私は、もう、だ、め…だから」

 

「そんなことない!今からでも処置をすれば――!」

 

「姉さん」

 

 

 弱々しく、小さな声が、ライラの魂に響く。

 小さな声のはずなのに、その声が魂に焼き付いて離れない。スピーカーで大音量で聞いたような、そんな感じだ。

 

 

「この子を…お願い」

 

「え…?この子供を、私に?」

 

 

 耳を疑った。ライラの視線が、浅瀬の水に浮く赤ん坊にいった。レイラは、この赤ん坊を、ライラに育ててくれと頼んだのだ。

 妹の頼みだ。普通なら引き受けるだろう。だが、今は状況が違った。

 

 

「無理だ!お前をこんな目に合わせた男の子を、私に育てろと!?そんなことできるわけない!」

 

 

 この赤ん坊は、レイラをこんな目に合わせた(ゲス)の子だとするならば、この赤ん坊はライラにとって負の遺産だ。最愛の妹に無理やり産ませた男の、子供。許せるわけがない、絶対に。許してなるものか。

 

 

「お前をこんな目にした男の子供の存在なんて、許せるわけがない!いますぐにでも殺して――!」

 

「ねぇさん……産まれてきた子に、罪はない

 

「―――ッ!」

 

 

 レイラにそう言われ、ライラが我に返る。

 正直、まだこの赤ん坊の存在を、許したわけじゃない。しかし、妹であるレイラが、「頼む」と悲願しているのだ。ライラにとっては負の遺産でも、レイラにとっては自分が生きた証。

 

 この赤ん坊を殺すことは、レイラの生きた証を自分の手で抹消するようなものだ。

 そんなことはできない。でも、今すぐにでもこの手で抹消したい。二つの感情が、天使と悪魔がせめぎ合う。

 

 

「――――」

 

 

 感情が交差する。より複雑になる。

 レイラの願いを叶えたい。だが、その根本をライラは許せない。この赤ん坊を殺して、レイラの忌まわしき敗北をなかったことにしたい。そして、その男に復讐したい。しなければならない。

 

 

「お願い、ね…?」

 

「……まだダメだ!レイラ、お前をこんな目に合わせた男は、一体どこのどいつだ!絶対に、私が、そいつを殺す!!」

 

 

 レイラをこんな目に合わせた、この赤ん坊の父親。決して許さない、復讐してやる。

 その心に決め、ライラは叫んだ。絶対に、許さない。

 

 その問いかけに、レイラは、小さな弱い声で。

 

 

「ゲレル、ユー、ベル…」

 

「ゲレル…?分かった。絶対に、ゲレルを殺して、お前の仇を取る!だから、死ぬんじゃない!私を、置いていかないでくれ…!!」

 

「ねぇさん。……最後に、この子の、名前…」

 

「最後なんて言わないでくれ!もっとずっと一緒にいてくれ!」

 

「―――」

 

 

 なにか、なにか言ってくれ。ライラは心の中でそう悲願する。

 分かってる。分かってるんだ。返答せずとも、レイラの体のことはレイラが一番良く知っている。だから、何も答えてくれない。

 

 

「私、でも、よくわからない。だけ、ど…この子の、名前。すでにね、決まってるの。紅い、月と、夜…。この子の名、は…【紅夜】。【紅月 紅夜(あかつき こうや)】。名前はね、私たちみたいに、紅い瞳だから…いい名前でしょ?」

 

「もういい!もう分かった!だから、もう喋らないでくれ!!」

 

「紅夜を、お願い…」

 

 

 低かった声が、さらにも、もっと、どんどん低くなっている。

 もうライラの耳に届かないほど、レイラの、彼女の声が、胸の鼓動が、小さくなっていくのが分かる。

 

 

「姉さん―――ありがとう

 

 

 レイラの体から、力が完全に抜けていく。

 それを見て呆気に取られ、またすぐに、その意味を理解した。

 

 

「……レイラ?…レイラ!?レイラァア!!」

 

 

 呼びかける。……返事はない。

 

 呼びかける。……返事はない。

 

 呼びかける。……返事はない。

 

 何度も叫んだ。何度も呼びかけた。何度も起きてくれと祈願した。

 それでもレイラは起きてくれない。目覚めてくれない。呼びかけに、答えてくれない。

 

 

「あぁああああああああッッ!!!」

 

 

 目から大粒の液体が零れ、それが決壊し、大粒の涙になった。

 涙が、地面に吸収されていく。

 

 後悔の念が、ライラの心を支配する。何故もっと早く来れなかったのか。もし早く来ていれば、レイラを助けられたかもしれない。もしくは、レイラの仇である【ゲレル・ユーベル】を殺せたかもしれない。

 

 それでも、過去は変えられない。すべてが遅かった。

 

 

「どうして、どうして!!!」

 

「ふぇええええん!」

 

「――――」

 

 

 やせ細った体に触る。冷たい。当然だ、外は夜。裸同然の恰好じゃ、冷えるに決まっている。それに生まれたばかりの赤ん坊は体温調節ができない。体を温めるために、ライラは赤ん坊を抱いた。

 そしてそのままレイラの体を抱いて、湖をあとにした―――。

 

 

 のちに彼女はレイラの墓を作り、彼女の衣服を繋ぎ合わせて再生し、自分が着た。全ては忌まわしき敵、ゲレル・ユーベルを探す旅に出た。

 レイラの願いを叶えるために、子供を着実に少しずつ育てていった。時にはパワハラレベルで“特訓”と言う名目で酷いこともしてきた。しかし、何年も一緒に暮らしていると、不思議と愛着が湧いてきて仕方がなかった。憎い相手の子供なのに、その子は自分の妹に似ていて、とても虐げる気になれなかった。

 

 そして時は立って。今自分の目の前には、待ちに待ち望んだ仇が、目の前に立っていた。

 

 ライラの心は今、最高潮に達している。

 

 

 

―――。

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

 

「――思えば長くも短い時間だった」

 

『…ア?』

 

「――もう17年にもなるか?私があの子を育てて…。私の妹の子供だ。物覚えもよく、容量が良かった。だが、思い込みが激しく暴走するのが欠点でな。欠点そのままお前のものだ」

 

『ダカラナンダ?ンナモン俺ニハ関係ネェンダヨ』

 

「自らの責任から目を背けるな。貴様には責任も関係もある。あの子を産ませたという、大罪がな」

 

『ゴチャゴチャウルセェナ!!結局ハ一ツノ命ガ消エテ一ツノ命ガ生マレタダケノコトダロウガ!』

 

 

 ゲレルは自らの意見を変えない。ゲレルにとって男も女も、赤の他人は全て消耗品に過ぎない。この性格も、臘月の悪い部分の一つをそのまま反映している。

 自分以外の生命体も、すべて生まれて擦り減り消えるだけのおもちゃ。男は奴隷で女は玩具。それがゲレルと言う生命体の思考回路のすべてだ。

 

 

「そう。そしてお前が生んだ命が、お前の命を刈り取るのだ。ゲレル・ユーベル。お前の命を、な」

 

『ナニヲ言ッテ――』

 

「ほら、もう来た見たいだぞ?」

 

 

 

―――ブォオオオオオオオッ!!!

 

 

 

 突如聞こえた、猛々しい荒ぶるエンジン音。その音だけが、このこの領域を支配する。ライラ以外の全員の視線が、その音が聞こえる方向へと振り向いた。そこから、小さく、小さく、次第に大きくなっていく姿があった。バイクに乗る、謎の人物の姿が。

 バイクが近づくいてくると、その人物はバイクを足場にして勢いよくジャンプして、前方に爽やかに着地する。

 

 

「待たせたなお前ら。俺が来たからにはもう安しブベラッ!!」

 

 

 言葉を上げたその次に、エンジンがそのままで前進するバイクが背中から衝突するという被害者のいない加害者のみの人身事故が発生した。

 

 

 

「「「『――――』」」」

 

 

 

 この意味不明な状況に、敵も味方も関係なく、ただただ唖然とするだけだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

「あー痛って!誰だよバイクをそのままにしたヤツは!?」

 

「いやお前だろ」

 

「そうだ俺だったなッ!いやー参ったぜ!格好よく着地するはずだったんだが、バイクのことを視野に入れてなかった!」

 

 

 ガッハッハと豪快に笑う謎の男性に、全員何も言えない。いや、謎の男性と言う表現は正確に言えば間違えている。顔と声には、見覚えと言うか知っていた。顔と声は完全に紅月紅夜そのものだ。違うところと言えば、髪の色が黒色で、瞳の色が澄んだ蒼色であるということのみだ。服装も零夜が知っている紅夜の服装そのままだ。

 

 キャラ変か?それにしても変わりすぎである。

 

 

『オイ!ナンナンダオ前ハ!?イキナリ現レテハ事故ヲ起コストカ、バカナンジャナイノカ?』

 

「バカにバカ呼ばわりされる筋合いはねぇよ。強姦魔(レイパー)に言われちゃおしまいだ。ですよねライラさん!!」

 

「――お前、あんな登場の仕方でよく冷静?を保てるな」

 

「メンタルの強さは伊達じゃないんで!なんなら高校時代の二つ名“鋼のメンタル術師”なんで!!

 

「意味は分からんが、それは蔑称だろ」

 

「俺にとっちゃ名誉ある二つ名ですがね!」

 

 

 そしてまた笑う謎の男性。なんなんだこいつは。零夜とルーミアの思考が一致した。突然現れたと思ったら人身事故を起こしてそれでも平気で叫びながら会話し、高校時代の二つ名を暴露した。

 もうどこから突っ込めばいいのか分からないため、二人は思考を放棄することで解決した。

 

 

『オイ。俺ノコトヲ無視スルナ!!』

 

「あぁ?ごめん。雑音過ぎて聞こえなかったわ。お前の声。それよりなんだよその見た目。キモいんだけど。具体的に言うと昔アンデットのダンジョンに入ったときの腐敗臭よりも酷いレベルで吐き気を催すんだけど。お前はまずマクラちゃんの可愛らしさを学んで出直してこい」

 

『フザケテイルノカ、貴様ッ!!』

 

 

 堪忍袋の緒が切れたゲレルは四つの手を繋げて花の花弁のような形をとった。そしてその中心にエネルギーの塊が生成され、次第に強大な力を秘めた光弾へと形を成していく。

 

 

『一瞬デ消シ去ッテヤルッ!』

 

「えっ、もしかしてかめ○め波撃とうとしてない?マジでか○はめ波?しかも四腕バージョン?倍くらいの効果が出るの?」

 

「お前の言ってることは全く意味が分からんが、さっさと構えろッ!」

 

「大丈夫大丈夫。あの程度の攻撃なら――」

 

『死ネッ!!』

 

 

 ゲレルから放たれる極太レーザー。そのエネルギー量はゲレルの感情が反映されているのか、途轍もない量になっている。エネルギー量を例えで表すならば、着弾すれば先ほどの水爆や核レベルの爆発へと匹敵するであろう力だった。

 今までゲレルは彼なりに手加減をしていた。理由としては相手を舐めているというのが一番の理由だが、他の理由としてはあまりにも破壊しすぎると最悪(ほし)の崩壊に自分が巻き込まれる可能性があったからだ。

 

 しかし、あまりの予想外の状況にゲレルは困惑し、紅夜?のふざけた態度に激怒したゲレルはそんなことお構いなしにマジでヤバイレベルの遠距離攻撃をぶっ放してきた。

 これが地面に着弾なんかすれば、月の崩壊は免れない。

 

 

「まずいッ!アレが当たりなんかすれば――!」

 

「まぁ任せてください、よッ!」

 

 

 男は、飛んだ。―――真上に。あのエネルギー砲に向かっていくという勇敢な行為をするわけでもなく、ただ真上にジャンプした。

 その瞬間、ライラ、零夜、ルーミアの脳裏によぎった言葉が一つにまとまった。

 

 

 

あ、逃げたなアイツ

 

 

 

 予想外の行動に呆気にとられる。すぐさま逃げた男に怒りしか湧かないが、今はあのエネルギー砲をどうにかするのが先決だ。ライラは冷や汗を流しながら刀を構えてた。

 

 アレをどうするか?実害のない方向に軌道を逸らすか?しかし、あの膨大なエネルギーの塊を自分一人でどうこうできる自信がない。なら威力を分散させるか。だがそれは受け止めることが前提であり、何より結局地面に着弾してこの場の被害もバカにならない。

 

 考えが巡り、巡り、巡り――、

 

 

 

「輝け!ペリドットの光よッ!!“デコイ”!!」

 

 

 

 男性の声が響くと同時に、男性の持つ紅夜の刀の刀身が緑色に輝く。すると、真っすぐ進んでいたエネルギー砲の軌道が、急に逸れて男性目掛けて一直線に進んでいく。

 “デコイ”とは、(おとり)と言う意味である。自信に意識を集中させ、おびき寄せる力。それは無機物でもあるエネルギーの塊でさえ対象可能とする、権能の力だ。

 

 

「俺が逃げるとでも?俺が逃げるのは、テスト勉強と受験勉強だァああああああああ!!!」

 

 

 カッコよくない言葉を叫び、エメラルドの力を使用して【妖力纏い】を発動する。そのままあり得ないくらいの腕力と膂力でエネルギー砲は上へと弾き、上空で大爆発を起こす。空気が震え、地面が揺れる。地面で直接爆発したわけでもないのに、爆発の波動だけで地上にここまで影響を与えるとは、あのエネルギー砲の威力が異常だという証明でもあった。

 

 

「この程度かよ。これくらいのエネルギー供給しかできないとなると…アイツ、本当に弱体化してやがるのか。いい気味だぜ」

 

 

 ニヤリと擬音が出そうなほど、笑みを上空に浮かべる男性。事実、彼の気分は最高だった。17年ぶりに、自由に動けるのだから

 

 

『オ前…一体何ヲシタ!?』

 

「あ?見て分からないか?弾いただろうが。この程度のことも分からないのか?」

 

『アノ攻撃ヲ弾ケルワケガナイ!!トリックダ!トリックヲ使ッタニ違イナイッ!』

 

「てめーが認めようが認めまいが事実なんだよ。学習しろや、悪魔野郎」

 

『貴様ァアアアアアアア!!』

 

 

 ゲレルがその背中に生えた巨大な翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。四本ある拳が、二本へと圧縮を始める。ただでさえ太い腕の二本分が一本へと圧縮されたため、腕一本で筋力や膂力は二倍へと増幅されている。

 その二本の腕での拳で、ラッシュで一気に攻めた。

 

 

「速いだけでただ出し引きしているだけのパンチじゃねぇか。んなもん、当たらなけちゃ怖くねぇ!!」

 

『グハッ!!』

 

 

 ゲレルの攻撃を全て避けてその上でカウンター攻撃で“妖力纏い”をした刀の鞘でゲレルの顔面を打ち砕く。メキョッっと鈍い音が響き、ゲレルは地面に落下した。

 それに合わせて、男性も地面に綺麗に着地する。

 

 

「はっ。てめぇのようなデカい図体の相手とは戦った経験はある。俺にとっちゃデカい的でしかねぇよ。」

 

『ウ、ググ…ッ!!オ前ハ一体何者ダ!!名ヲ名乗レッ!』

 

 

 膨大なエネルギーを使って回復、再生したゲレルはすぐに立ち直り、怒りの感情のままに喚き散らした。

 

 

「えー。人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだってお母さんから教わらなかった?」

 

『バカニシテイルノカ!』

 

「してるしてる。でもまぁ、俺は優しいから?答えてあげちゃうよーん」

 

 

 バカにした態度のまま、男性は刀を鞘にしまった。そのまま右手の親指を自分に向けて、高らかに自己紹介をした。

 

 

「俺の名前は【(あかつき) 蒼汰(そうた)】。一言で言い括ちゃうと、【紅月 紅夜】の前世の人格で【ウォクス】の正体でーす!。つーわけでよろしくッ!!」

 

 

 紅月 紅夜の前世の人格――暁 蒼汰は、その真っ白な歯を輝かせ、見せつけながら、この場の注目を集めた。

 いろいろとはっちゃけたあと、彼はもう一言、叫んだ。

 

 

「ちなみに俺の『才能』は“シリアスブレイカー”ッ!どんなに緊迫した状況だってぶち壊して見せるぜッ!!」

 

 

 ある意味“最狂”な『才能』を獲得していたことに戦慄した。

 

 

 

 

 

 





 紅月 紅夜 プロフィール更新

 【暁 蒼汰】。紅夜の前世の人格にしてウォクスの正体。
 ちなみにこれはネタバレになるが紅夜が権能覚醒前に『才能』をすでに持っていたのは『隠蔽』の才能が蒼汰のものだったから。
 蒼汰の人格が表に出ると同時に、紅夜は権能に完全覚醒したため『才能』獲得が可能になった。しかし、その枠を蒼汰が無理やり分捕り、紅夜の枠に『隠蔽』を映して自分の枠をカラにしたあとに『シリアスブレイカー』を追加した。

 正直に言って貴重な『才能』の枠をなんてことに使ってるんだって話。


 権能

 ペリドット

 「デコイ」
 よくファンタジーであるモンスターの集中(ヘイト)を集める力。ペリドットの権能の場合、それは無機物にでも対応し、軌道を無理やり自分へと向ける。

 銃弾や弾幕などにも使用可能。完全なタンカー。



 評価:感想お願いします!











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88 人妖(そうく)混合

 タイトルは人妖(そうく)混合となってますが、“そうく”っていうのは作中での人間(れいりょく)(あお)(そう)色と妖怪(ようりょく)(あか)(“く”れない)色と言う意味です。


――意味が分からない。零夜やルーミアが最初に思ったのはその一言だった。言葉の意味は理解できる。だが、それらの事実がキャパオーバーしすぎていて、脳が理解するのに時間を要した。

 あの黒髪碧眼の美少年の名前が【暁 蒼汰】と言う名前で、【紅月 紅夜】の前世の人格で、“神の声”である【ウォクス】の正体であり、持っている才能が“シリアスブレイカー”。

 

 

「いや意味わからん」

 

 

 この単語を箇条書きで何度も反芻(はんすう)しても、理解できない。表面の言葉は理解できるが、その奥深くまでは理解できない。圧倒的な情報不足だ。真実が分かってるのに、もどかしい。このもどかしさは、数学で答えを見て分かっているのに解き方が分からないときのもどかしさと同じだ。

 

 

「お前が、紅夜の前世の人格で、ウォクスの正体?」

 

exactly(その通り)!!あ、ちなみに補足して説明すると紅夜が“才能”の枠を獲得した時に俺の『隠蔽』を紅夜の枠に移してカラになった俺の枠に“シリアスブレイカー”を追加したのが真相なッ!

 

 

 それは今聞いてないし、それはある意味問題である。一つしかない才能の枠をなんてことに使っているんだ。

 迫りくる情報量の多さに、零夜はなにもできずにいる。ただでさえ血液が足りずに頭が回らないのだ。零夜はこの短期間で失血で頭が回らない経験を何度も体験している。自分から進んでやっている結果とはいえ、もう少し頻度を減らしたいと思う。

 しかし、零夜は頑張ってその情報を一旦整理し、一番重要な部分に気付く。

 

 

「紅夜が、“才能”の枠を獲得している?それってつまり――紅夜が完全に、権能に覚醒したってことか!?」

 

 

 零夜は知らない。紅夜が一部とはいえ権能に覚醒していたことを。そもそも零夜は目覚めた後すぐに月へと移動したのだ。説明する暇もなかったから、知らないのも当然だった。

 

 

「あ、そういえば零夜はまだ知らなかったわね」

 

「そういえばそうだったな」

 

 

 ルーミアもライラも知っていた。自分だけ除け者にされている感覚だったが、いろいろあったため説明する暇もなかったなと思い出した。

 

 

「しかし、なんでまた急に…?」

 

「そりゃアレだ。紅夜が最後の条件を達成したからに決まってんだろ。まぁ最初限定開放だったのは俺がアイツの心にブレーキ掛けてたからだけどな

 

 

 つまり、紅夜はこの戦いでその最後の条件を達成したというのだ。零夜ですら未だに達成できていない条件を見つけて、それを達成した。

 彼の中で焦りが生まれる。次々に周りが権能に覚醒しているのに何故自分だけ――と言う焦燥感に。顔を俯いていると、蒼汰から声がかかる。

 

 

「なに俯いてんだ。まぁなに考えてるかは顔見りゃ一目瞭然だが…。おい零夜。……あーやっぱアイツとかぶるな。夜神、でいいか。オイよく聞け」

 

「―――?」

 

「条件はもうお前のすぐ近くにある。それに気づかずに見て見ぬふりをしているだけだ。お前は」

 

 

 紅夜の言葉に零夜は首を傾げることしかできない。条件がすぐ目の前に転がっているのに、自分はそれに気づいていない。知りたい。一体それは何なのか。しかしレイヤ――シロの言葉を思い出す。“その条件は知れば余計に難しくなる”と。だが、知らなければ達成のしようがない。知りたい気持ちとそれを抑えこむ気持ちに苛まれる。

 

 

「まぁこれでも体にかけたり飲んだりして回復しとけ。あとこれも。レイヤからお前に渡しとけってな」

 

 

 そういい蒼汰はルーミアに数本の無色透明の液体が入っているペットボトルと蒸されたタオルを投げ渡した。

 

 

「えっ、あっつい!なにこれ!?」

 

「ペットボトルの方は俺の【サファイア】の力で生成した回復水。蒸したタオルは目に当てて目の回復に

使え」

 

「アイツ…なんでも知って過ぎだろ。双子座()の権能、使ってやがったな…」

 

 

 双子座の権能。アレならば自分に知られずに自分の現状をリアルタイムで知ることが可能だ。それで能力の使い過ぎで目が疲れていることを知って用意したのだろう。準備が良すぎる。

 

 

「つーわけで。あんたらは少し休んでてくれ。あ、でも夜神は別だかんな?ある程度回復したら前線戻って来いよ。俺の権能じゃあの供給道を破壊するのはむずいからな」

 

「……あぁ」

 

「よーしッ!じゃあいっちょやりますか!!」

 

『俺ヲ無視シテ話シ込ムトハ…ヨホドノ自信ガアルミタイダナ』

 

 

 ゲレルの顔には青筋が立っていた。自分が蚊帳の外にされて相当切れているようだ。ゲレルを無視して完全に話し込んでしまった。これもシリアスブレイカーの力なのだろうか。戦意や集中力が削がれてしまう恐ろしい力だ。これだけは敵に使ってほしい。

 

 

「今まで待ってくれてありがとう。そのお礼として――“俺が”全力で相手してやるよ!!」

 

 

 蒼汰が右手に刀、左手に鞘を持つと、二つの武器に蒼色の回路のようなものが浮かび、全体に透き通っていく。そして、蒼いオーラが炎のように燃え上がり、武器に纏わりついた。

 あの力は――。

 

 

「霊力…!?」

 

 

 人間の象徴ともいえる力――『霊力』だった。

 何故妖怪であるはずの紅夜の体から『霊力』が?いやまて、落ちつけ。もうすでに答えはあるはずだ。答えを知っているはずだ。

 

 あぁそうだ。何故今まで気づかなかったのか。すでにピースは揃っていたはずだ。あとは繋ぎ合わせるだけだったのに、何故それをしなかったのか。

 

 紅月紅夜は、彼は――、

 

 

「種族、人間。暁蒼汰。シュパッっと参上ッ!!」

 

 

 ゲレル・ユーベル(にんげん)レイラ(ようかい)の間から生まれた、半人半妖だ。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 紅月紅夜は半人半妖だ。これは明確な事実であるのだが、周りがソレに気付いたのはつい先ほどのことだ。

 よく考えてみてほしい。零夜とルーミアの知っているゲレル・ユーベルは金髪紅瞳の妖怪だ。だがしかし、目の前にいるゲレル・ユーベルは決して人間の見た目をしていないが、黒目黒髪の人間なのだ。どう考えてもおかしい。

 しかし、そんな分からないことをいくら考えても無駄だ。

 

 さらに、紅夜の前世の人格を名乗る蒼汰なる謎の人物から発せられる力――あれは間違いなく人間の象徴である『霊力』そのものだ。逆に紅夜から発せられていた『妖力』は鳴りを潜めているどころか一変たりとも感じ取れない。まるで、そこにいるのが本当に人間のようだった。

 

 

「ライラさん。今まで時間稼ぎご苦労様でした。ここは俺の番ですよ。ここからの時間稼ぎは俺に任せちゃってください」

 

「……頼んだぞ」

 

「でも、仕事はしっかりしてくださいね。あの供給道をぶっ壊すのが前提ですから」

 

「分かっている。夜神のおかげで、私もあの柱が普通に見えるようになったしな。まぁ壊せるかは別の話だが…」

 

「ちょっと待て!?あの光の柱が見えるようになったのか!?一回視界を貸しただけで!?」

 

 

 これには物申したい。零夜でさえ『離繋(りけい)』の能力を持ってして視ることができて、尚且つ触れることができる代物だ。まぁ壊そうとすれば爆発するが。

 それを、一回視界を貸しただけで視れるようになり、ましてや破壊ができるようになったことを示唆した。

 

 

「あぁそれは『俺ヲ無視シテンジャネェヨッ!』まだ説明途中だろがいッ!」

 

 

 しかし、ゲレルはそれを待ってはくれなかった。超高速で移動したゲレルは蒼汰とライラに向かって拳を放つが、二人はそれを軽々と避ける。

 蒼汰はゲレルの背中へと移動して、『霊力纏い』で強化された蒼いオーラを纏った刀の鞘でゲレルの背中を強打した。苦悶の咆哮を上げながら、ゲレルは前方へと吹き飛んでいく。

 

 

「たく。空気読めっての。そんなんだからモテねぇんだよお前は。まぁ女を道具扱いしているお前を好きになるやつなんているわけねぇけどな」

 

「雑談はそこまでにしろ。敵から視線を逸らすなッ!!」

 

 

 ライラが追撃で光の斬撃を放った。ゲレルのスピードと光の斬撃のスピード。どちらが早いかは一目瞭然だ。吹っ飛んでいるゲレルに光の斬撃が貫通して、ゲレルの体を斜めに真っ二つにする。下半分がズルッ…と音を立てながらズレて落ちる――瞬間に細胞が再生して肉体を繋ぎとめた。

 

 

「知ってはいたが、キモイほどの再生スピードだな。斬った瞬間再生って、どっかの鬼の親玉かよ」

 

「誰のことを言ってる?紅夜を鬼と戦わせたことなどないぞ?」

 

「紅夜じゃなくて俺の経験ね。経験つっても漫画だけどな!」

 

 

 漫画の経験を出してくるな。ていうか経験でもなんでもないだろソレ。そう思ったが口には出さなかった。

 

「ゲレルにエネルギー与えてる野郎と『権能』と言う概念は切っても切れない関係にある。関係(ソレ)を利用して、あの供給道をぶっ壊すことは可能だ」

 

「なに――!?」

 

 

 蒼汰の口から出た衝撃の関係性。零夜は正直そっちの方が気になった。

 零夜も正直言って権能についてはシロに教えてもらったことくらいしか知らない。自分が権能を持っていないというのも理由だが、とにかく権能については謎が多すぎる。

 そんな“権能”とゲレルに力を与えているヤツの関係性。気にならないはずがなかった。

 

 

「そもそも権能にはそういう機能が備わってんだよ。俺も、【アメジスト】の力で解析して理解()かったがな。まぁアッチとコッチじゃ権能の詳細が少し違うみたいだがな。ポケモンで例えりゃ同じポケモンだが地方でタイプが違うみたいな感じ」

 

「待て待て待てッ!?そりゃどういうことだ!?」

 

 

 零夜はすでに情報量がピークを迎えていた。迫りくる情報にもう対応しきれなかった。アメジスト?ポケモンのタイプ?なんだそれ。と言った具合で混乱してた。

 

 

「今説明している暇はねぇよ?正直俺もわけわからん。整理が必要だ。だが、その整理はこれが終わったらいつでもできるッ!」

 

「――そうだな」

 

 

 これ以上考えても結論なんて出てこない。なら、今は目の前のことに集中すべきだ。知ることなんて、あとからでもできる。

 

 

『無駄ダト言ッテイルダロッ!俺ヲ傷ツケルコトナンテ不可能ナンダヨッ!』

 

「他人の力に依存してる癖に粋がりやがって…。恥ずかしくねーの?サノバビッチくん」

 

「お前は毎回煽らないと気が済まないのか?」

 

 

 ライラが全員の言葉を代弁してくれた。この短時間で、暁蒼汰と言う人間の人物像が理解できてしまうほどに濃い人物だ。貴重な一つだけの才能の枠をシリアスブレイカーなんてふざけたものを入手してしまうのだから、変人であることには間違いはない。

 あと性格も悪い。

 

 

「うっせぇわ。余計なお世話だっつの」

 

「本当に紅夜とは正反対だな。未だにお前が紅夜の前世だということ自体が信じられん」

 

「いやライラさんに言ってないから。『文章』の方に言ってるから」

 

「――――?」

 

 

 ライラはもはや訳が分からずに首を傾げる。もうこの男の言ってること自体理解できないと悟ったのだろう。

 

 ちなみに、シリアスブレイカーの効果の一つとして、『第四の壁の認識』が可能である。つまり読者(われわれ)の、と言うよりこの文章すらも蒼汰は認識しているのである。――ふざけすぎたかもしれない。

 

 

「まぁいい。行くぞッ!!」

 

「了解ッ!!」

 

 

 ライラは『妖力』――紅色のオーラを、蒼汰は『霊力』――蒼色のオーラを全身に纏い、ゲレルに突撃する。その速度は両方とも音速を超えた。

 だが、同時にゲレルもその速度を視認できていた。二人が自分に近づく間に両手を刃のように変形させた。

 ライラは一刀流、蒼汰は鞘を含めた二刀流。3本の攻撃をゲレルは無茶苦茶な剣技で対処する。無茶苦茶なため、攻撃も当たるのだが、即座に回復される。自分の怪我を顧みないが故の攻撃方法だ。

 

 

「くッ!ならばこれでッ!」

 

 

 ライラは一旦ゲレルと距離を取り、『光操作』の権能で光の槍を複数生成。それを飛来させ、ゲレルの四肢や体を貫く。

 

 

『コンナモノ、俺ニ効クワケガ…!』

 

 

 瞬間、光の槍が熱を帯び、ゲレルの体を蝕んでいく。ゲレルは叫び声をあげ、地面に膝をついて苦しむ。

 

 

『ナ、ナンダコレハ!?』

 

「知っているか?光は熱を帯びている。そのままの意味で、お前を中から苦しめる技だ」

 

『ダッタラ、抜ケバ――』

 

 

 ゲレルが自分に突き刺さっている光の矢を掴む。そこから煙が出ていても、お構いなしだ。

 

 

「させるわけ、ねぇだろッ!」

 

 

 ゲレルの体が、強力な力によってうつ伏せに倒れた。突然のことでゲレルは理解が追い付かない。何故急に倒れた?倒れた際、ゲレルはそれを認知していた。地面に引っ張られるかのように倒れたのだ。

 事実、上になにかが乗っかっているわけでもないのに、起き上がれない。ゆえに、地面からなにか強力な力が作用しているのが原因だと思われた。

 

 

「すげぇだろ?俺も夜神と似たようなことできるんだぜ?」

 

『貴様カァ…!俺ニ一体何ヲシタ!』

 

「【タンザナイト】の権能。「吸引・反発」。まぁ“磁力”を自在に操る能力ってこった」

 

『磁力…ッ!』

 

 

 ゲレルはこの力の仕組みを完全に理解した。この引っ張られる力は、磁石の力か。 地面と自分を磁場に変えてこの状況(げんしょう)を作り出している。

 タンザナイトの権能、「吸引・反発」は磁力を操る力だ。もともとタンザナイトの効果の一つに「引き寄せ」と言う幸運を引き寄せる効果(ちから)がある。その効果を戦闘特化のものへと変換()えた結果が、この権能だ。

 

 磁力で地面にくっついていて、尚且つライラの光の槍が地面に突き刺さって抜け出せない。それに体の内部から徐々に焦がされていく。まさに万事休すの状態だ。

 

 

「だから。こんなことだってできんだよッ!!」

 

 

 蒼汰が地面に伏せた無防備なゲレルの腹を貫いた。ゲレルの悶絶した声が響く。そしてそのまま蒼汰はタンザナイトの権能を発動した。

 

 

『ウガァ…!!カ、体ガ、張リ裂サケイクヨウダ…!?』

 

「お前の体内(なかみ)の中心に強力なS極の磁力を設置(おい)た。そしてそこらの内臓なんかにもS極の磁力を設置(おい)た。知ってるよな?同じ極どうしだと反発しあうって」

 

『マサカ…!』

 

「はじけろ」

 

 

 蒼汰が握り拳を作ると同時に、ゲレルの体が爆裂四散する。内部爆発を起こしたゲレルの肉片は四方八方に飛び散り、原型を留めずグチャグチャになった。もともと人間の原型を留めてはいなかったが、もはや生物としての根幹すら残っていないほどバラバラになった。

 

 しかし、再生速度が異常なためにもう頭部から再生を初めていた

 

 

『コノ俺ガバラバラニナッタ程度デ倒セルトデモ――』

 

「思ってねぇよ。ただ、再生(なお)るの早すぎんだろうがッ!もう少し存在ごと黙っとけよ」

 

 

 一瞬でゲレルの頭部へと近づいていた蒼汰は、足蹴りでゲレルの頭部を空中へと蹴り上げた。

 

 

「夜神ッ!!ゲレルの欠片全部アイツの頭部に(あつ)めろッ!!」

 

「なっ!?だがそんなことをしたら――」

 

「いいからさっさとやれッ!!」

 

「ッ!!どうなっても知らねぇぞ!!」

 

 

 ゲレルの欠片を全部一か所に集めたら再生のスピード早めてしまう、そんな懸念を一切無視して蒼汰は零夜に指示を出し、零夜は能力を使い指示どうりにゲレルの頭部を中心に欠片を全て収束させた

 

 

『バカガッ!!部品ヲ集メテクレルタァ、随分ト優シインダナッ!!』

 

「んなわけあるかよ。ただ、一回で焼き焦がせる方がいいだろうが」

 

 

 蒼汰は両手を合わせて、両手人差し指を重ねて突き出す。それはまるでカンチョーのポーズだ

 すると、人差し指を中心に電気が蓄電されていく。その勢いは増していき、真昼よりも明るく、過激になっていく。

 その電撃が、極太のレーザー砲のように放たれる。手で銃の形を作り、雷を弾丸として放つ技――。

 

 

超過電粒子砲(レールガン)ッッ!!!」

 

 

 極太電撃砲が放たれ、ゲレルの体全てを飲み込んだ。今この日、永遠の夜空であった月の空が、地上の真昼を超えるほどの光に包まれた。

 

 

 【トルマリン】の権能、「電磁波操作」による力だ。

 トルマリンは微弱な電磁波を出すとされており、それを戦闘用に改造(きょうか)されたものだ。ちなみにトルマリンにはもう一つの権能があるが、それはまた別の話だ

 

 本来であれば肉や骨すら残らずに消滅していたであろう攻撃。だがしかし、ゲレルの場合、無から復活してきてもおかしくないため、警戒は必要だ。

 

 

「よし。これで少しは時間稼ぎになるだろ」

 

 

 蒼汰は地面を蹴って跳躍し、そのままライラの隣へと着地する。そのまま零夜とルーミアの二人にゲレルの復活を教えてくれるように頼み、ライラへ顔を向け、自分の胸に手を当てた。

 

 

「これで少しは時間ができた。さて、準備はいいか?紅夜」

 

 

 青年は今この場にいて、この場にいないはずの人物へと声をかける。だが、その会話は確実に成り立っているのだろう。なにせ、一つの体に二つの人格が存在しているのだから。

 

 

「あー…意見も聞かずに連れて来ちまったのは悪かったと思っているからさ。時間がなかったんだよ。それに、今の状態じゃヤツの力の供給源を破壊することはできない。今やれるのは、俺とお前だけだ。――変わるぞ」

 

 

 蒼汰がそう呟いた瞬間、蒼汰の髪の毛の色が黒から金色へと変化していき、蒼かった瞳が紅色へと変化していた。

 蒼汰――紅夜は目を閉じ、再び開く。その瞳に移るのは、自分の師匠であり、叔母でもある、ライラ一人のみ。

 

 

「師匠…」

 

「――そんな顔をするな。事情は全て、なんとなく察していたよ。ゲレルが人間だったと知った、その時から。そしてあの男(そうた)を見て、確信に変わった」

 

「そう、ですか…」

 

「――紅夜。私が今言えることは、ただ一つ。気をしっかり持てッ!!

 

「―――ッ!!」

 

 

 突如大声で怒鳴られて、萎縮する。怒られる――そう思った紅夜は、恐怖のあまり目を閉じた。しかし、次に待っていたのは痛みではなく、抱擁だった。

 ライラに抱きしめられた紅夜は、意味が分からず硬直する。

 

 

「17年だぞ?私は一生懸命お前を育ててきた。人間の血が混じっていようが関係ない。今更と言うものだ」

 

「―――」

 

「確かに。確かに当初、お前が憎かった。最愛のレイラ(いもうと)の命を奪った男の子であるお前が憎かった。だが、それも過去の話だ。今は、確かに、確実に、嘘偽りなく言える。お前は、私の自慢の弟子(かぞく)

 

「師匠――ッ!!」

 

 

 紅夜は大粒の涙を流す。

 拒絶されると思っていた。否定されるのではないかと思っていた。その懸念が全て消え去ったことと、ライラ(おや)に自分の存在を本当の意味で認めてもらえた。その安堵により、紅夜の不安(きょうふ)と言うなの重荷は完全に消え去ったのだ。

 今まで、蒼汰やライラが時間稼ぎに奔走していたのは、紅夜に考えさせる時間を与えるためだった。妖怪としての生を否定して、半人半妖として生きていく。つまり、妖怪として生きていた今までの生を捨てることに他ならない。それは自分と言う存在の基盤を捨てることと同義。並大抵の覚悟で決められることじゃない。

 

 それでもここまで待っていたのは、必要だったからだ。全力全開(ほんき)を出すのに、紅夜の意思が。蒼汰の人格は、この体に居候しているような状態だ。憑依転生とはまた違った形で、転生の定義が歪になったためだ。故にこの体に関わることは基本的に紅夜の意思が尊重されている。

 

 そして今、認められた。認めてもらえたことで、楔が外れる。力に制限をかけていた枷が、解き放たれる。

 

 

『ナニイチャコラシテンダッ!』

 

 

――そんなとき、ゲレルが()()した

 文字通り、竜巻や大地震のように発生したのだ。この言い方は、ある意味ゲレルに適していると言えよう。何もないところから突然発生した。一瞬の出来事だった。

 流石のゲレルも全てを塵以下に替えられたら、再生に手間取るようだ。本当に無から発生してきた。

 

 ゲレルの巨大な拳が二人に襲い掛かる。突然の出来事で、近くにいた零夜とルーミアですら反応できなかった。

 このままでは当たってしまい、二人とも吹き飛ばされてしまう。

 

 

『「感動の時間(シーン)を邪魔してんじゃねぇよ」』

 

『グガァアアアアアアア!!!』

 

 

――しかし、それは懸念だったようだ。

 紅夜?がゲレルの岩石より大きい拳を片手で受け止め、その上で【トルマリン】の権能でゲレルを感電させた。ゲレルから焼き焦げた独特な匂いが放たれる。そのうえで、自分とゲレルを【タンザナイト】の権能で磁力で反発させ、ゲレルを吹き飛ばした。

 

 

『「いやぁ。ありがとうございますライラさん。俺じゃ紅夜の説得は無理だったんで」』

 

「いや…私は本心を言っただけだ。それよりも、二人の、声が…」

 

 

 ライラはあり得ないものを聞いて、困惑した。

 二人の声が重なって聞こえてくる。幻聴などではない。確実に紅夜と蒼汰。二人の声が重なって発っせられているのだ。

 

 

『「大丈夫です、師匠。特に問題はないので」』

 

「紅夜!?紅夜なのか!?――いや、お前たちは今、どっちなんだ?」

 

『「紅夜でもあり蒼汰でもあるって感じです。俺にもよく分からないんですけどね」』

 

 

 そう言った紅夜の姿は、紅夜と蒼汰の見た目を半分ずつ分けたような見た目だ。姿は当初の紅夜のもので間違いないが、左側は紅夜を象徴する金髪と紅色の瞳、右側は蒼汰を象徴する黒髪と蒼色の瞳となっている。

 そしてなにより、体に流れる力――オーラの量が今までの2倍となり、色が紫紺(しこん)へと変化していた。

 

 紅夜と蒼汰。この二人が一つの体を操ることでなり得る、本気だ。

 

 

『「俺にもよくわからんが、多分俺がいるせいだろうな。霊力が俺で妖力が紅夜っていう括りが俺たちの中で完成しちまっているが故のもんだろ」』

 

 

 蒼汰の言い分に、確かにと納得した。

 紅夜は妖力を、蒼汰は霊力を使っているため、その両方――つまり本気を出すときには、二人の意識が一斉に浮上する仕組みなのだろう。本人たちも詳しいことは理解していないようだが。

 

 

『「まぁそういうわけですので、何も問題ありません。心配しないでください」』

 

「そうか。なら問題ないな」

 

『「任せてくださいよ。あぁあと夜神」』

 

「――なんだ?」

 

 

『「この戦い、多分俺たちだけじゃ無理だから。トドメは任せるぜ」』

 

「なッ!?それってどういう――!?」

 

『「俺が今言えることは、あとはお前の気持ち次第ってこった。気づく前に、失ったりしたら承知ししねぇぞ?」』

 

「何を言って…!?」

 

 

 その時、頭のこめかみに激痛が走り、前かがみになる。

 急に蒼汰がなにを言い出すのかと思い、声を出そうとした途端の激痛だ。

 

 

『○○○○○○。大好きだよ。ずっと。だって、私の大事な大事な、■■なんだから』

 

 

 なんだこれは、記憶が疼く。記憶が、重なる。なんだ、これは。

 

 夜神零夜は別に記憶喪失でも記憶障害を患っているわけではない。いたって普通の健康体だ。無論、消し去りたいほど忌々しい記憶があるが、零夜は忘れることはしない。何故なら、その記憶が今の零夜を突き動かす原動力(ガソリン)なのだから。

 

 

(なんだこれは…。これは、俺の記憶だ。これはいつのころだ?俺は現実(いま)(かこ)の…どの辺りを比べているんだ?)

 

 

 突如つながった自分の記憶と蒼汰の言葉。これにどんな関連性があるのか、零夜は思い出せない。いや、分かっているはずなんだ。だが、それを、心が、拒絶している。それを分かってしまえば、今までの自分を崩すことに繋がりかねないから。

 

 

『「とにかく。零夜さんは少しの間休んでいてください。ルーミアさんも、あまり無茶はしないように、お願いしますね?」』

 

「――分かってるわよ」

 

『「あとライラさんは二人のこと頼むよ。俺たちの戦いの巻き添えで死んだなんてことになったら、洒落にならないからさ」』

 

「あぁ、分かった。任せておけ」

 

『「さてと。もう来たか。まぁあれだけ時間があったんだ。再生するのも、ワケないよな?」』

 

 

 蒼汰が目の前を見ると、ゆっくり、ゆっくりと、視界の奥からゲレルが歩いてくるのが視認できる。傷も完全に治っており、減っているどころか増えているようだ、怒りが。

 

 

『許セネェ…。ブッ殺シテヤル…!!』

 

『「それはコッチの台詞だっての。さぁ夜が終わるまでに決着をつけよう。ラストバトルの始まりだぜッ!」』

 

 

 





 正直自分でも書いて、戦闘中に感動シーンって必要か?って思ってましたけど、紅夜の場合“ライラに否定されるかもしれない”と言う不安が大きくて全力が出せないでいたので、必要です。

 紅夜の全力がついに解放されたッ!
 次回は紅夜と蒼汰の初邂逅のシーンから初めて行きます。

 それでは、また次回もお楽しみにッ!!

 評価:感想お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89 覚悟を決めるまで

 お待たせしました。悪正記、更新完了!!

 楽しんでいってね!


 

 

 紅月紅夜は、目を覚ます。目をゆっくりと開け、(まぶた)を開くとそこは――真っ白な空間だった。

 

 

「え、ここどこ!?」

 

 

 理解不能な状況に、思わず叫ぶ。確か自分は『ルーミア』との闘いの後に気絶したはずだ。それなのに、起きたら謎の空間に――笑えない。

 辺り一帯を見渡すが、一面真っ白なその世界には、文字通り何もない。立ち上がり、辺りを見渡すが、高さを変えただけでも見えるものは何もない。

 

 

「どこだよここ…俺、あのあと気絶したはずだよな?そしたらこんな謎の空間に――はッ!師匠たちは!?」

 

「安心しろ。ここは俺とお前の精神空間。ライラさんたちは無事だから、心配すんじゃねぇよ」

 

「誰だッ!?」

 

 

 突如聞こえた、誰もいないはずの空間から聞こえた、『自分の声』。後ろを振り返るとそこには――

 

 

「よッ。初めまして…ってなるのかな?対面は初めてだし」

 

 

 そこには、黒髪碧眼の紅夜自身がいた。

 困惑した。突如謎の空間に飛ばされたと思ったら、自分とは違うカラーリングの存在が目の前に立っているのだから。

 いろいろと分からないことが多すぎて、紅夜はなにから考えればいいか分からない。

 

 

「あーそんなに悩むな。あんまし時間がねぇからよ。詳しいことは話せねぇが…まず一言。俺はウォクスの正体だ」

 

「ウォクスの、正体…!?」

 

 

 頭を金づちで殴られたような衝撃だった。目の前の男が、ウォクスの正体だった。数年連れ添った謎の女性の声。アレの正体が、男性だった。

 

 

「でも、ウォクスは女性の声で…」

 

「んなもんいくらでも変えれるんだよ。具体的に言うとお前の脳に影響を起こして俺の声を女の声に聞こえさせてた」

 

「なんかとんでもない単語が聞こえた気がするんだけど!?」

 

 

 脳に直接影響を与えてたって、それ大丈夫なのか?知らない間にそんなヤバイことをされていたと知った紅夜は青ざめる。

 

 

「なんでそんなことを」

 

「え?だって野太い男の声より綺麗な女の声の方がいいだろ?」

 

「そんな理由で!?」

 

 

 まぁ確かに世間一般的にはその方がいいだろうが、紅夜としてはそんなことで自分の脳に影響を与えないでほしいと思うばかりだ。

 紅夜は気を取り直して、彼の正体がウォクスだと知ったことで新たな疑問が生まれた。それを直接彼に問いただす。

 

 

「ウォクスは…神の声、なんだろ?つまり、お前は神なのか?」

 

「いや?前世ただの人間だけど」

 

「神と全く関係なかった!?」

 

 

 新たな事実を聞かされて紅夜は純白の空間で叫ぶ。

 今までウォクスを神の声だと信じてきたのに、それが一瞬にして崩れ去った。まさか、彼らが嘘をついていたのか?いや、彼らに限ってそれはあり得ない。

 

 

「あー補足するとだな、そもそも神の声は基本的に権能に覚醒するときの1回しか聞くことができないんだよ。例外的な事例も存在するが、大抵はコレ一回。覚醒する前に神の声を聞くなんて珍しい方だぜ?フツーの神の声は、サポートなんてしねーよ」

 

「……じゃあ、零夜さんはその珍しい方だったのか」

 

 

 一瞬でも彼らを疑った自分を蔑む。彼は彼なりの事実を言ったに過ぎなかったのだ。それを疑うとは――。自分はなんて未熟なんだろうか。

 それに、男から発せられた情報は紅夜のあらゆる常識が打ち砕かれた瞬間だった。零夜は権能について詳しくないし、シロはなにかと隠しているしで、紅夜の権能の知識は完全に零夜の知識に依存していた。その結果がこれである。まぁ零夜も詳しいことは知らなかったため、仕方のないことだが。

 

 

「まぁ落ち着けって。多大な情報量で困惑してるんだよな?分かるぜ、大変だよな」

 

「その元凶があなたなんですがね…でも、もう一つ気になることが。神の声が普通、ここまで介入してくることはあり得ないって、シロさんが言っていた。初めて声を聴いたとき(初対面)の時、俺の『繊細』の能力で自分が進化したって言ってたよな?アレは――」

 

「あんなん嘘に決まってるじゃん」

 

「やっぱりかッ!!」

 

 

 目の前の男がウォクスの正体だと知り、もしかしてと思い質問してみたら、予想通りのまさかの結果が返ってきた。

 そもそも神の声でもなんでもなかったのなら、進化もアップグレードもクソもない。事実だと知った紅夜は地面に膝と手を付けて、野垂れた。

 

 この話はこの3年間の間で聞いたことだが、これを聞いたときは驚いたものだ。ウォクス――蒼汰にも聞いてみたが、当時はだんまりだったのはこれが理由だったのかと理解したが、依然として納得はできない。

 

 

「最悪だ…。知りたくなかったそんな事実…」

 

「はっはっは。その通りだな。でも、俺が嘘を付いたのはお前に『繊細』の能力の存在を気づかせるためだ。それに、『繊細』のことが嘘でも、お前はあの時権能の覚醒条件の一部を満たしてた。だから声だけでも表に出てこれたんだよ」

 

「それって……」

 

「はいはい。この話は終わり。お前もいろいろ情報が多すぎて困惑してるだろうが…そこに追い打ちをかけるのが俺だ。ここで新事実発表~!!」

 

「またですか!?」

 

 

 下種すぎる。情報量の多さに苦悩しているというのに、そこにさらに情報と言うなのダンベルを投下しようとしている男を睨む。今度は一体どんなことを聞かされるというのか。

 

 

「実は!俺!【暁 蒼汰】はお前こと【紅月 紅夜】の前世の人格なのだッ!!」

 

「―――なんて?」

 

「だーかーらッ!!俺はお前の前世の人格なんだって!」

 

「――――」

 

 

 紅夜は仰向けになった。空はなく、ただの白い(せいしん)空間のため真っ白な景色しか映らないが、とにかく天井を見つめた。ハイライトのない瞳で。

 事実が理解できない。したくない。彼が、この男が前世の自分の性格?人が悩んでいるところにさらに情報(ばくだん)嬉々(きき)として投下してくる、この男が?前世の自分?

 

 認められるか!!

 

 

「嘘だァッ!!」

 

「残念ながらウソではありません。本当です」

 

「だったら証拠は!?証拠はどこにあるんだ!?」

 

「お、敬語が崩れてきてるぞ?落ち着けって、ほら、カルシウムいる?」

 

 

 そういってどこからか煮干しを取り出して紅夜に差し出す。

 

 

「いるかッ!!」

 

「あら残念」

 

 

 紅夜は完全に口調を崩した。

 彼が口調を崩す相手は、基本的に彼を怒らせた相手か、自分より下の立場のもの。もしくは仲間や友達などの関係のものだ。この場合は前者に該当している。

 

 蒼汰は煮干しを仕舞った。ていうか精神空間の食物なんて腹の足しにもならない。

 

 

「とりあえず落ち着け」

 

「いや、誰のせいでこうなっていると――」

 

「俺のせいだなッ!!はっはっは!!」

 

「殴っていいか?」

 

 

 紅夜の今の率直な感想だった。とにかくこの男は気に喰わない。何故かわからないが、本能がそう叫んでいる。彼自身が自分の前世の人格だと公言しており正体は分かっているが、

 

 

「でもまぁ、こんな風に普通に会話できてる時点で、お前は俺ってことなんだけどな」

 

「いや、意味が分からない。どうしてそうなった?」

 

「普通、初対面の相手ってだけでこんなにスムーズに会話できるか?それが俺とお前が同一人物だっていう何よりの証拠さ」

 

「――いや、それはウォクスとしての土台があったからで…」

 

「あぁ、あの口調疲れんだよな。俺敬語とか苦手だし。まぁその話は置いといて…。俺が俺の口調で話したのはついさっきだ。だってのにこんなに馬が合うのは、本質が似通ってるっていう何よりの証拠じゃないのか?」

 

「……そんなの、持論だろ」

 

「そーだな。否定はしねーよ」

 

 

 確かに、こんなに苛立っているというのに、なぜだかあまり怒りを感じていない。むしろ、心の底から湧き上がってくるこの感情は――歓喜?今まで待ち望んでいたものが、ついに手に入ったような、そんな切望が叶ったかのように、心地よかった。

 だが認めることはできない。その原因は蒼汰の第一印象だ。それが最悪すぎた。

 

 

「それに理由ならもう一つある。お前の戦闘スタイル――要するに戦い方だ」

 

「戦い方?」

 

「お前は基本的に刀一本で戦ってるだろ?だがたまに、二刀流だ。妖力そのものを刃に変えたものや鞘すらも武器として使ってる。それ、俺のスタイルなんだぜ?」

 

「――ッ。いや、でも、それくらい誰だって思いつくし、なんなら鞘を武器として使ったときは必ず師匠に怒られるし…」

 

 

 紅夜は不貞腐れたように呟く。

 鞘は刃を保管するために、一定の強度を持ち合わせており、鈍器としても十分機能している。しかし世間一般的にも鞘は武器ではない。鞘は刃を保管するためのものだ。決して武器として扱いものではない。この場合は、ライラが正しかった。

 

 

「まぁそりゃ当然だ。鞘は武器じゃないし、なんならお前の刀はレイラのやつだからな

 

「――えっ?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえて、紅夜は呆けた。思わず蒼汰の顔を二度見する。しかし、蒼汰の顔は依然として変わらず、嘘を言っているようには見えなかった。蒼汰の顔に浮かんでいるのは、“あぁやっぱ知らなかったか”と言う冷えた感情だけが張られていた。

 

 

「まぁ知ってたらもっと大事に使うもんな。ていうか、ライラがお前に教えてないんだから当然か…」

 

「いやいやいやいやちょっと待て!?お前ひとりだけで話を進めるなっ!えっ、あの刀が、俺の、母親の、使ってた刀ッ!?」

 

「そうだって言ってるだろ。誰だって、大事な家族の刀を乱暴に扱ったら怒るに決まってんだろ」

 

「お、俺、そんな大事な武器をあんな乱暴に……」

 

「そうだな。むしろ今までよく壊れなかったって関心するよ」

 

 

 紅夜は頭を抱えて蹲った。まさかあの刀がそんな重いものだったなんて。物心ついたとき、ライラから刀を持つ許可を得たときに最初に渡されたのがあの刀だった。

 ただの刀かと思っていたが、まさか自分の母親の形見だったなんて…。なんでそれを言ってくれなかったのかと、なんでそんなものを自分なんかに持たせて、使わせていたんだと思考する。

 

 

「まぁ、今まで壊れなかったのは俺が『妖力纏い』でサポートしてたからなんだけど」

 

「――それだけは本当にありがとう」

 

 

 今思えば『ルーミア』戦で壊れてもおかしくなかった。だが、壊れなかったのは『妖力纏い』――つまり蒼汰のサポートがあってこそのことだった。

 蒼汰の人格、思考は忌避感はあるが、それでも母親の形見である刀を守ってくれていたことには変わりなかった。

 

 

「まぁこの話はここで終わるとして、こんなんで驚いてちゃ、俺がこれから話す本題に頭と心がついていけねーぞ」

 

「アレよりも酷い話があるのか!?ただでさえお前が俺の前世の人格だってことすら信じられなくて困惑してるのに、アレよりもっと酷い話があるものなのか!?」

 

「ところがどっこいあるんだな。今のお前にはそれを聞かなきゃならない義務がある。ていうかすでに知っている」

 

「知っているって…なにをだよ」

 

「お前の出生の秘密は、もうあの…なんだ、ルーミアだったっけ?ソイツの記憶を【記憶玉】で見たんだろ?」

 

「見たけど…それがどうしたんだよ」

 

「そんで、【ゲレル・ユーベル】の存在を知った…。んで、お前は真実を知ったはずだ。もう忘れたのか?」

 

「俺が、知った、真実…」

 

 

 思考を張り巡らせる。あったはずだ。その真実が。ただ忘れているだけだ。衝撃的すぎて。

 

――そうだ。

 自分は、半人半妖だ。人間の父親と、妖怪の母親から生まれた、混血だ。でも忘れていた。それすらも覆い隠すことが連続で起きてきたから。現実逃避をしていたのだ。しかし、思い出したからにはもうそれは頭の中で侵食を開始してしまっていた。

 

 

「そうだ。俺は、半人半妖で、でも、俺は、妖怪で…」

 

「はいはい落ち着け落ち着け。思考の渦に飲み込まれんな。そこらへんも説明すっからよ。時間がないから早くしてぇんだよ」

 

 

 仰向けになっている紅夜の体を起こし、目を見合わせる。紅夜はその瞳を見た。ふざけた瞳ではない、真面目な瞳。自分の全てを見透かしているような、真っすぐな瞳。紅夜の思考が停止する。

 

 

「いいか、よく聞け。まずお前が半人半妖であることは間違いない。だが、今の時代は半人半妖なんざ人間にとっても妖怪にとっても忌避する存在だ」

 

「――――」

 

 

 そう言われ、紅夜は押し黙った。確かにその通りだった。ここは人間と妖怪が共存する幻想郷ではない。過去の世界だ。人間と妖怪が憎み合い、対立する世界。そんな世界(じだい)に、人間と妖怪の間から生まれた子供など、核爆弾でしかない。まともに生きていられる方がまずあり得ないだろう。

 

 そのまま、蒼汰は紅夜の肩から手を離し、紅夜の隣に座る。

 

 

「俺はお前が産まれたその瞬間から【暁 蒼汰】として意識が目覚め、確立していた。だが体は動かせなかった。お前と言う存在が既にいたからだ。だからこそ、俺はお前の中でしか活動できなかった。俺は困惑した。当然だよ、俺は死んだはずだったんだからな。だがあり得なかった目覚めを体験したら赤ん坊の体に憑依してた。当初は自分のことしか頭になかったよ」

 

 

 蒼汰は当時のことを感情の籠っていない言葉で語っていく。どれほど辛かったのだろうか。十数年、確かにそこに存在しているというのに、声は誰にも届かず、ただ存在しているだけの日々と言うのは、どれほど苦しいものだったのだろうか。紅夜には、それは分からない。

 

 

「でもな、次第に頭が冴えていくと、お前が半人半妖だってすぐに気づいた。そしてお前の隣にはライラさんと、母親であるレイラさんがいた。どっちとも妖怪だったし、なによりレイラさんの残状を見て『あ、こりゃやべぇやつだ』ってすぐに気づいたよ。だから、俺は『隠蔽』でお前の霊力を隠蔽(かく)した」

 

 

 体は動かせないのに、“能力”はそのまま使えたのは自分でも驚いたがな、とぼやいた。

 そして同時に、紅夜は真相を知った。だからか、自分が半人半妖だというのに、『妖力』しか扱えなかったのは。

 紅夜は昔から力を隠すのは得意だった。それを自分の『才能』だと考えていたが、まさかそれが自分の前世の『能力』だったなんて――能力?

 

 

「能力?お前の『隠蔽』は権能が覚醒した時にもらえる『才能』じゃないのか?」

 

「ん?あぁ、それな。当時は“もらえる『才能』”どころか『権能』なんて概念なかったからな。おそらくアイツが『権能』のシステムを作ったんだろ、きっと」

 

「作った?『権能』のしすてむ、を?一体なんの話を――」

 

「これを一から説明してる暇ねぇし、俺も詳しくは知らん。だから話しても無駄だ」

 

 

 話はここで区切られた。紅夜としてはさらに大きな謎が残っただけだったが、おそらく蒼汰はこれ以上話すつもりはないだろう。本人だって詳しくないと言っているのだ。これ以上の追及は無駄だろう。

 紅夜は、最初の議題に戻ることにした。

 

 

「さっきから時間がないって言ってるけど、一体なにが起きてるんだ?」

 

「あぁそれな。ゲレル・ユーベルが月に現れて現在レイヤたちが戦闘中だ

 

「―――は?」

 

「今は黒い方の零夜――あーややこしいッ!!夜神でいいか。夜神とルーミア?って子がソイツを戦ってる。レイヤはアイツの攻撃喰らってノックダウン中。正直言ってジリ貧状態だ」

 

「――なんでソレをもっと早く言わないんだッ!?」

 

 

 紅夜は力いっぱい叫んだ。現実世界だったら確実に傷口が開くほどのダメージだっただろうが、ここは精神世界のためノーカンである。

 しかし、問題はそこではない。自分がスヤスヤと眠っている間にも、今月では自分の父親と仲間が壮絶なバトルを繰り広げているということではないか。

 

 

「まぁ落ち着け。ジリ貧と言っても今はまだ大丈夫だ。だが、時間の問題だからな。ここからは急ピッチで話を進めるぞ。まずライラさんを月に送りこむだけでも、本来なら十分対処できるはず……なんだが」

 

「……なんだが?」

 

あの野郎がゲレルにエネルギー援助を行ってるらしい。供給道をぶっ壊さない限り、ライラさんを投入してもレイラさんの二の舞になるだけだ」

 

「じゃあ、どうしたら…!?」

 

「そこで、俺とお前だ」

 

「俺と、お前…?」

 

 

 まさか、自分たちがその現状を打破するための切り札だとでも、この男は言っているのだろうか。自分は皆に比べれば全然弱くて、権能の覚醒も中途半端で、そんな自分が、切り札に?

 

 

「無理だ。俺に、切り札が務まるはずがない」

 

「誰もお前だけとは言ってねぇ。言っただろ、俺と、お前だって」

 

「でも、お前、確か俺の体は使えないんじゃ――」

 

「今まではな。お前が権能に覚醒したおかげで、切り替えが可能になった」

 

「切り替えが、可能に…あっ」

 

「そういうこと!俺がお前の体を使えるようになったってことさ!!」

 

 

 そう豪語する蒼汰の言葉は、歓喜そのものだ。彼にとっては久しぶりに体を動かせる機会。期待するのは当然だろう。しかし――、

 

 

「でも、そんなことをしたって…」

 

「おいおい。自分を卑下すんなって。まぁそんな性格になっちまったのは俺が原因でもあるんだけよ」

 

「えっ…?」

 

「そもそも、俺はこの17年間、お前の『霊力』を封印し続けたんだぜ?つまり力の半分を失っている状態だった。つまりお前の全力は、本来の力の半分だけだったってことだ

 

「―――あっ!」

 

 

 蒼汰に言われて、ようやく気付いた。彼は今まで自分の力の半分である『霊力』を『隠蔽』し続けていた。つまり使う機会(とき)がなかった。紅夜は今まで『妖力』だけを自分の全力として扱ってきた。その全力が、本来の力の半分でしかなかったため、今まで全力を出せていなかったのは当然のことだった。

 

 

「つまり、『霊力』と『妖力』。二つの要素が合わさってこそ、紅月紅夜の本当の全力ってことだ」

 

「じゃあ、それを解放すれば――」

 

「まぁ、簡単に出来たら苦労はしないんだがな」

 

「え?」

 

 

 上げて落とされた。希望が見えたというのに、その希望をそう簡単にとらせてくれない現実が襲ってきた。

 

 

「いや、実際それ自体は簡単なんだよ。お前の合意さえあればできる」

 

「じゃあ別に、悩む必要なんて――」

 

「本当にいいのか?お前が本当の全力を出すってことは“妖怪”の生を全て否定して、“半人半妖”としての生が始まるってことだ。つまり、妖怪としての紅月紅夜は死ぬも同然だ

 

「―――」

 

「お前は、本当にソレでいいのか?」

 

「それ、は…」

 

 

 突然の選択を迫られ、紅夜の思考は真っ白に漂白される。思考が停止したも同然だ。紅月紅夜が死ぬことはない。ただ本当の力を解放するだけなのだから。しかし、それは紅夜の妖怪としての生全てを捨てることにつながる。

 それで本当にいいのかと、蒼汰は言っているのだ。

 

 

「まぁそこらへんに関してはもう少し考えててもいいぜ?大事なことだ、すぐに決断しろなんて言わねぇよ。その間、俺はお前の体で時間稼ぎ、しといてやるからよ」

 

「―――ありがとう。……最後に一つ聞いてもいい?」

 

「ん?どした」

 

「あんたは…どうして死んだんだ?」

 

「どうして死んだって、随分と急すぎる質問だな。それ今言わなきゃダメか?」

 

「……なんとなく、聞いてみたいと思ったんだ。理由は特にない」

 

「そうか…じゃあやっぱ、お前は今世の俺だよ

 

「それって…」

 

「さて、俺が死んだ理由だったな。えっとそうだな~……」

 

 

 紅夜の言葉を遮り、蒼汰は質問に答えようと頭を捻る。そして、考えに考えた末の答えを出した。

 

 

「苛烈で熾烈な戦いの最中(さなか)、敵に殺された」

 

「なッ――」

 

「俺たち三人の中で、一番最初に死んだのが俺だった。まぁ今となっては仕方ないかな?って感じ。俺は他の二人より《b》シンクロ率が低かったからな。真っ先にリタイアしちまってよ。《/b》アイツらに、迷惑かけちまったしな」

 

「シンクロ率…?」

 

「あーシンクロってのはつまり、どれくらい同じなのかってことだ。俺は二人よりシンクロ率が低い、ていうかゴミだった。だから一番弱かった。だから死んだ。それだけだ」

 

「……なんで、そんなに軽く流せるだ?死んだんだぞ?もっと、困惑するもんじゃないのか!!?」

 

「まぁ当初はそうだったよ?お前が赤ん坊の時に意識が確立して、そこ数年間は自分が情けなさ過ぎて不貞腐れてた。自分のことを罵倒したよ。でもなぁ、アイツが俺の目の前に現れた時、俺はとても嬉しかった。生きてたんだよ。俺、俺たちの大事な親友が」

 

「親友…?」

 

「お前も知ってるやつだ。あの胡散臭い喋り方で全身真っ白な、声を自在に変えちまう、お前に異様に良くしてくれた男がいただろ?」

 

「まさか―――、シロ、さん?」

 

 

 紅夜が気づいたことで、蒼汰は首を縦に振る。蒼汰が言った条件に当てはまる人物なんて、紅夜は一人しか知らないから、すぐにたどり着くことができた。

 記憶から鮮明に彼のことが浮き出てくる。そうだ。この3年間、自分の面倒を精いっぱい見てくれていた。零夜と並行しながら、自分に戦い方を一生懸命に教えてくれた。

 

 そういえば――

 

 過去の記憶(えいぞう)が、蘇る。

 

 

『そういえば紅夜ってさ、普段は一刀流だけど、妖力で刀を形成したりして二刀流になるじゃん?』

 

『えぇ。そうですが…』

 

『それってさ。鞘とかでも併用できないの?』

 

『あぁ…。実は前に一度、師匠と特訓しているとき、やったことがあるんです。でも「鞘は武器ではないッ!」って怒られちゃって…』

 

『まぁ常識だし無理はないわな。だがそんな常識に囚われてちゃ、いつか足元掬われるぞ。もしもの時は、それも視野に入れとけ』

 

『――はい』

 

 

 そうだ。確か彼は紅夜に鞘の使用を促していた。そして、目の前の蒼汰と言う人物はシロのことを知っている。つまり顔見知り――いや、それ以上の関係。先ほど彼が言ったように“親友”と言う間柄だったのだろう。

 親友の今世である紅夜に、前世の蒼汰の闘い方を促している――。つまり、

 

 

「あいつはお前の正体が俺の今世だってことに気づいてたはずだ。なんせ今のアイツには【ネメアの獅子】があるからな」

 

「ネメアの獅子…?なんですか、それ」

 

「なんでも魂の造形とかに詳しくなったり自在に扱えたりする権能?らしい。俺も聞いただけだし詳しくは知らん」

 

「聞いたって、誰から?」

 

「まぁそこまで説明してる暇はねぇよ。さぁ、没頭タイムだ。お前の体、使わせてもらうぜッ!」

 

「えっ、ちょ、いきなりッ!?」

 

 

 目の前で蒼汰の体が一瞬にして消えていく。わけもわからないまま、紅夜はこの白い空間に置いてきぼりにされたのだ。

 

 

「えー…。置いてかれた…。これって、アイツが俺の体の主導権を握ったってことでいいんだよな…?にしても、いきなり決めろだなんて、無理があるだろ…」

 

 

 もし本当に蒼汰が自分の体の主導権を握ったとしても、紅夜には感覚(ソレ)が伝わっていなかった。つまり知る術がないということだ。

 

 紅夜は白い空間の地面に腰を落とした。今までの自分を捨てて全く新しい自分へとなり、この戦いに勝利と言う名の終止符を打つか。それとも、自分のちっぽけな存在を守るか。

 今この場で正しい選択は、間違いなく前者だ。だが、それを選んだら?今までの関係性が全て破綻してしまうのではないかと言う恐怖が紅夜を襲う。中でも一番恐ろしいのはライラに見捨てられることだ。自分の育て親であり、二人しかいない肉親だ。そしてそのうちの一人(ゲレル・ユーベル)は完全に紅夜は見限っているためカウントに入れることはないだろう。

 

 

「どうすればいいんだ…。この場で正しいのは俺が『人間』の血を受け入れること…。でも、それをやったら、師匠に捨てられるかもしれない…!」

 

 

 ライラは自分の妹が死んだ直接の原因である人間を、ライラは赦すだろうか?紅夜にはそうは思えなかった。

 それに、半人半妖なんて人間からも妖怪からも遠巻きにされる存在だ。人間と妖怪の紛い物。そんな存在を、今、受け入れてくれる者など、存在しない。

 

 

「どうすれば、どうすれば、どうすれば――!!」

 

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 

 考えを纏めることもできないまま、ただただ時間だけが過ぎていく。そんな中、この白い空間に地震が発生した。それは紅夜の体を揺らし、思考すらもストップさせた。

 

 

「この揺れは…!?まさか、もう始まったのか!?」

 

 

 何もないはずの空間での地震。それは外側での苛烈なまでの闘いを表していた。

 不味い。時間がない。自分が悩んでいる合間にも、蒼汰は自分のために戦っている。それだというのに、自分は――!

 自己嫌悪に陥り、紅夜の思考はさらに混沌と化していく。もう自分でも収集を付けられるほど、紅夜の思考は平常ではなかった。

 

 

「どうしたら…いや、もう分かってるんだッ!答えなんて決まってるんだッ!!でも、それを選んだら…」

 

 

 最悪の未来を想像してしまい、紅夜の血の気が引いた。

 

 

「もう、俺には、どうしようも―――」

 

「もう。そんなに悩むことでもないのに。もっと健気にしなさいよ」

 

「―――ッ!?」

 

 

 紅夜は慌てて後ろを振り向いた。聞こえたのは女性の声だった。この空間は自分の中に存在している、自分と蒼汰だけの空間のはずだ。それなのに、聞こえるはずのない、いるはずのない第三者の声が聞こえ、紅夜は全ての思考を投げ捨ててその声が聞こえた方向を振り向いた。

 

 そこにいたのは、肩らへんの長さまで伸ばした赤髪セミロングの女性だ。

 白い文字で「Welcome to Hell」と描かれたダサイ黒Tシャツを着ており、WelcomeとHellの間に赤いハートマークがあり、返り血のようなプリントのある服を、オブショルダーで着こなしている。

 スカートには濃い色の緑・赤・青の三色カラーの、チェックが入ったミニスカートで裾部分に黒いフリルと小さなレースがついている。

 

 なにより特徴的なのは、黒いロシア帽のような帽子を被り、頭の後ろに赤い球体、両手に月・地球を表す球体を持ち、鎖で首輪に繋がっているところだ。

 

 

(何この人…?)

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 何この人。それがこの人物に対して抱いた感想だった。驚愕より困惑の方が勝った。正直言ってダサイ。そもそもこの時代にTシャツなど存在しておらず、平安時代の感性のものに、現代の装いを理解させるのは無理があった。

 零夜やルーミア、シロはまだマシだ。零夜は基本服装は黒か白で統一しているし、シロに至っては全身真っ白だ。ルーミアもボタン付きの白い長袖ブラウスに黒のワンピースだ。

 だが彼女の服装に至っては論外であr――

 

 

「やかましいわよッ!私のファッションセンスにケチつけないでよねッ!!」

 

「す、すみません!」

 

「あぁ、あなただけに言ってるんじゃないからね」

 

「―――?」

 

 

 ちなみにだが、ここは紅夜と蒼汰の精神空間。ゆえに“シリアスブレイカー”の効力が働いているため、この場にいる限り彼女も、第四の壁(こちらがわ)を認識することができている。

 こえぇよ。

 

 

「え、えぇと…あなたは?」

 

「私?私は名乗るほどのものじゃないわよ。まぁ言うなれば、地獄の女神ッ!!あなたがあまりにも悩んでいるのを見かねて私が直々に来てあげたわ!!」

 

「―――はぁ」

 

「あー!!その顔は全然信じてない顔ねッ!!ほんと、初対面の時の蒼汰と全く同じ反応するわねッ!!流石同一人物ッ!

 

「いや、アイツと同一人物と認定されるのはちょっと……。って、アイツを知ってるのか?」

 

「そりゃあもちろん!!古くからの仲だからねッ!さて、時間もないから手短に話を進めるわよ。確か、半人半妖の自分を受け入れるか、受け入れないか、だったわね」

 

「――はい」

 

 

 突如現れた怪しい謎の人物の質問に、紅夜は素直に答えた。普通だったら、こんなことはしなかっただろう。だが、不思議と感じていた。この女性は、大丈夫だと。もしかしたら、蒼汰としての記憶が、紅夜(じぶん)の思考に影響を与えているのではないだろうか。

 

 

「そもそもあなた勘違いをしているわ」

 

「えっ…?」

 

「そもそも、蒼汰があなたの『霊力』を『隠蔽』で隠していたのだから、ライラはゲレルの種族を『妖怪』だと決定づけた。でも実際は違ったけどね」

 

 

 そうだ。今の時点でライラはまだ自分が半人半妖であることを知らない。だったら隠し通せる――と言うのは高望みだ。

 この戦いに勝つには、紅夜の全力が必要だと、蒼汰に言われたばっかりだ。隠し通すというのは、無理がありすぎた。

 

 

「この戦いが進めば、ライラは真実に辿り着くことになる。必ずね」

 

「えぇ。分かってます。でも――」

 

「人間の要素が混じっているあなたを、ライラは見限るかもしれない、って?」

 

「――はい」

 

「はぁ~~!あのねぇ、あなたの眼、節穴?」

 

「――え?」

 

 

 大きなため息とともに、次に出た言葉が“節穴”と言う罵倒だった。少し呆けて、言葉の意味を理解したあと、紅夜は顔を歪めた。

 

 

「どういう――」

 

「はい。ストップ。こんなことで怒らないの。私が言いたいことは、今更そんなことでライラがあなたを見捨てるかって話よ」

 

「それって…」

 

「そうね。そもそも、ライラが憎んでいるのは『人間』ではなく【ゲレル・ユーベル】と言う個人に対して。まぁそのゲレルを創った人間も、すでにゲレルに喰い殺されてるしね」

 

 

 その情報を聞いて、愕然とした。

 まさか自分の父親を創った人間がいて、その人間はすでに父親に喰い殺されているという事実に。すでにこの情報だけで頭がパンクしそうだが、それでも紅夜はその思考すべてを切り取り与えられる情報をただ一心に得ようとしていた。

 

 

「それに、あの二人だってそうでしょ?零夜とルーミアちゃんよ」

 

「零夜さんと、ルーミアさん?」

 

「そう。ただの人間――とは言えないけど、人間と妖怪があんなに仲良し。それって、一つの可能性じゃない?」

 

「可能性…」

 

「そう。かくいう私だって女神だけど、ちゃんとお相手の男性もいるのよ。その人ももちろん――人間、とは言い辛いけど、人間ね」

 

 

 結局どっちなんだと言わざる負えない。人間なのか人間じゃないのか。

 だがしかし、そこには可能性は確かに存在していた。この時代では、人間と妖怪が仲良く――などと言う思考すら存在していなに。互いに殺し合う関係ならあるが、彼らは違う。長い時間をともにした、仲間なのだ。

 

 

「とにかく!そんなことはどうでもいいのよ!私が言いたいのは、ライラと直接話しなさい。それで全てが決まるわ」

 

「――ッ」

 

「何を言ってるんだ、って顔ね。だって、そうしないと話が進まないじゃない。と言っても、ソレを決めるのはあなたよ。私に決定権はない。ただ、背中を押してあげることくらいしか、ね」

 

 

 そう。この件に関しては彼女は背中を押すのを促すことしかできない。強制決定権を持っていないのだ。だからこそ、強制はしない。

 

 

「さて、あとはあなた次第。私はもう行くわ。私にも立場というものがあるからね」

 

 

 そう言い残し、女性はこの空間から光とともに消えていった。結局、あの女性が一体誰だったのかは、分からず仕舞いだ。地獄の女神と名乗ってはいたが、それが本当かどうかも怪しい。しかし、女性の言葉は、強く、そして深く紅夜の心に根付いた。

 

 

「……不安ですけど、やってみます。それで、いいんですよね?」

 

 

 この女性の言葉が引き金となり、紅夜の考えはプラスの方向へと進んでいく。

 紅夜は目を閉じて、集中を高める。

 

 そして――、

 

 

『さて、準備はいいか?紅夜』

 

「ッ!蒼汰…。まずそっちからなにか言うことあるんじゃないの?」

 

『あー…意見も聞かずに連れて来ちまったのは悪かったと思っているからさ。時間がなかったんだよ。それに、今の状態じゃヤツの力の供給源を破壊することはできない。今やれるのは、俺とお前だけだ。――変わるぞ』

 

 

 その言葉とともに、紅夜の体がこの世界から消えていくのが分かる。変わるときだ。さぁ、ここからが正念場だ。

 信じるんだ、自分を。信じるんだ、師匠(ライラ)を。信じるんだ―――蒼汰を。

 

 

「あぁ、いつでもいけるさ」

 

 

 紅夜の意識が、現実へと浮上した。

 

 

 

 

 

 




 はい。ここで今回は終わりになります。これが紅夜と蒼汰の間に起きた粗方の概要ですね。
 ていうか部外者がさりげなく紅夜と蒼汰の空間に紛れ込んでましたけど、女神パワーですね。明言します。

 そして次回、現実に戻ります。

 ちなみに今回は、かなり重要な伏線がところどころに散りばめてありますよー。分かりやすいですけどね。


 次回もお楽しみに!


 評価:感想お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90 決着?

 どうもお待たせしました。東方悪正記、投稿完了。今回はいつも以上の大ボリュームですよ。

 15000文字もいっちゃいましたからね。

 つーわけで見て行ってください。90話を!



 

 

『「おらおらッ!細切れにしてやるッ!!」』

 

『チョコマカト鬱陶シイ!!』

 

 

 月の一角で、無数の斬撃が生み出されていく。そしてそのあとには必ず一直線の紫紺の剣痕(けんこん)が宙に描かれていく。そしてそれは数秒後に消えていく。それはまるで一種の芸術――星空のようだった。

 

 今の人格は蒼汰だ。蒼汰は右手に刀、左手に鞘を持ち、霊力と妖力を混合してそれぞれに纏い、耐久力や攻撃力を尋常でないくらいに強化している。

 その武器を振り回して、ゲレルに着々とダメージを与えている。ゲレルに反撃をする暇など与えない。

 しかし、ゲレルの回復力も尋常ではないため、すぐに回復される。

 

 

『何度ヤッテモ無駄ダトイウコトガ分カラナイノカッ!!』

 

『「それはお前が決めることじゃないッ!それを決めるのは、俺たちだッ!!」』

 

 

 今度は紅夜の人格に切り替わり、紅夜は左手の鞘をもってしてゲレルの脳天へと直撃させた。その勢いでゲレルの下半身が地面に埋まり、その衝撃で地面に巨大な亀裂が走る。

 

 

『コンナモノデ、コノ俺ヲ封ジ込メラレルト思ッテ――』

 

『「そもそも、封じ込めようなんて思ってないッ!」』

 

 

 紅夜は地面に手を付けると、紅色と蒼色のオーラが広がり、【タンザナイト】の権能――磁力操作が発動する。ゲレルの体が磁力によって反発し、空高く宙を舞った。

 

 

『グォアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 空中に投げ出されたことで平衡(へいこう)感覚を失い、ゲレルは雄叫びを上げる。上下左右が分からなくなり、ゲレルは次の行動への判断が遅れる。

 その隙に、紅夜は飛来した無数の瓦礫のうち、足場になる大きい瓦礫に、立っていた。無論、足場が不安定だが、そこはタンザナイトの権能で平衡感覚を保っていた。

 

 

『「お前を、空に追い詰めるための、布石だ」』

 

『「いや、そこは空の監獄って言った方がカッコよくないか?」』

 

『「今はカッコよさなんて求めてないし、さっきと言ってることと矛盾するでしょうが!!」』

 

 

 蒼汰はギャグを挟むことを忘れなかった。

 何も知らない第三者の視点からすれば、一人で喋っている危ない人だが、ここはそっとしておく。

 

 人格が蒼汰に切り替わる。

 

 

『「こういう場所での狙い撃ちは、得意なんでな。任せとけ!」』

 

 

 蒼汰の周りに、【トルマリン】が無数に出現し、それら一つ一つが雷を帯びていた。そこから宝石の大きさとは比べものにならないほどの巨大な雷が飛来し、一転集中でゲレルの体を焼き焦がす。

 

 

『ウガァ…!!』

 

『「次は俺に任せて。ヤツの体を、切り刻む」』

 

 

 足場の瓦礫を蹴り、瓦礫が崩壊する。その一瞬で真っすぐに移動し、ゲレルの左腕を斬る。そしてまた新しい瓦礫を足場にして、それを何度も繰り返す。

 

 そしてその速度は増していき、一縷(いちる)の光へと化す。そのわずかな光が線を結び、星空のような芸術を生み出した。

 対してゲレルもその圧倒的なまでのエネルギーで体を再生しているが、内心ゲレルは焦っていた。

 

 

(対応しきれないッ!!ハエのようにチョコマカと動き回りやがってッ!!だが、速すぎるとしてもこの斬撃は異常すぎるだろ)

 

 

 平衡感覚を失い、斬られた体を再生した直後にまた斬られる。これではこちらは一切攻撃できない。いくらエネルギーが()()にあるとはいえ、このままではまずい。

 そこでゲレルの短絡的な思考が導き出した結論が――、

 

 

『マトメテ死ネッ!!』

 

 

 自爆だった。

 その爆発の威力はガンマ線バースト*1にも匹敵するほどの威力だ。基本的には前と後ろの一直線に放たれるが、エネルギー源となる場所にはエネルギー球体が存在しており、そこにゲレルはいた。正直言ってこれは爆発と言うよりレーザーに近い。

 その技が放たれた瞬間、月は真昼よりも明るくなり、空間が揺れた。

 

 

『「とんでもねぇ技放って来やがったッ!紅夜!できるかッ!?」』

 

『「もちろんッ!――【デコイ】ッ!」』

 

 

 ペリドットの権能、【デコイ】が発動した瞬間、爆発の威力が全て紅夜たちの方へと集中した。

 先ほども説明した通り、この爆発はガンマ線バーストに匹敵し、ガンマ線バーストとは天文学の分野で知られている中で最も光度の高い物理現象だ。とてもじゃないが生物がまともに喰らって生きていられるわけがない。

 それを二人は感覚だけで直観していた。それでも、自分たちがやらないとヤバイし、月に直撃すれば文字通り月は消滅する。

 

 

『「【宝石の支配者(ジュエルルーラー)】。同時発動」』

 

 

 二人がそう呟くと、体から複数の宝石が出現する。

 

 

№1  ガーネット  【真実の瞳】  発動

№2  アメジスト  【思考長加速】 発動

№4  ダイヤモンド 【硬化】    発動

№5  エメラルド  【調整】    発動

№10 トルマリン  【電磁波操作】 発動

№11 トパーズ   【感情■■】  発動

№12 タンザナイト 【磁力操作】  発動

 

 

 体から出現した宝石の数は、()()。アメジスト、ダイヤモンド、エメラルド、トルマリン、トパーズ、タンザナイトの六つだ。そこに、ガーネットは存在しない。

 それもそのはず。ガーネットの権能は常時発動系のものだからだ。ガーネットの石は、紅夜と蒼汰の体の一部分がその役割を担っていた。それは“瞳”だ。

 

 ガーネットは基本赤色だが、ブルーガーネットと言う青色のガーネットも存在している。

 二人の瞳をガーネットに見立てて発動されているため、語弊が生まれる言い方だが、要はガーネットと言う宝石が二人の瞳なのだ

 

 そして肝心のガーネットの権能は、【真実の瞳(ガーネットアイズ)】。

 この権能はその名の通り、真実を視ることができる権能だ。要は相手の嘘を見抜ける。しかし、さとり妖怪のように心が読めるわけではない。ガーネットアイズで分かることは、“相手が嘘をついていること”“相手の弱点”“相手の状態”などである。

 相手の感情を読み解く力はトパーズの権能ですでにあるため、必要ない。

 

 そして、トパーズの【感情■■】。これは基本的に戦闘に使えなさそうな権能ではあるが、これをガーネットアイズと組み合わせて使うことで相手の攻撃パターンを把握するという未来予知にも似た力を発揮するのだ。

 

 

『「妖霊力、チャージッ!!」』

 

 

 半人半妖である紅夜だからこそ使える霊力と妖力。その二つを組み合わせた力を便宜上、“妖霊力”と仮称する。

 二人の持っている刀に、紫紺のオーラが纏われていき、それはやがて肥大していき、巨大な大剣を、オーラのみで形作った。

 この強大すぎる力をアメジストの力で“調整”し、自身の体と刀を“硬化”。“思考長加速”で対策の一手のために時間をかけない。おかげで目の前の景色がスローモーションだ。刀に“電磁波”と“磁力”を纏わせる。

 

 

『「ウォオオオオオオオオオオオッ!!!!」』

 

 

 縦に一気に振るい、爆発(レーザー)と直撃する。

 爆風と衝撃が一気に月中に広がり、近くにあった岩や石は衝撃波だけで跡形もなく消滅する。余談だが、この激突で月の都を守っていた防衛結界が無残にも破壊されたことは言うまでもない。

 

 激しいエネルギー同士のぶつかり合い。これ以上の酷いことが起きない――などと言う保証はどこにもなかった。ゆえに、そこからさらに巨大な爆発が、辺り一帯を覆った。

 

 

――。

 

―――。

 

――――。

 

 

 爆発のあと、戦場は凄惨の一言に尽きていた。もともと更地の地面とクレーターしかなかった場所が、もはやそれを識別できないほどに凸凹(でこぼこ)に膨れ上がり、へこんでいた。

 空中で起きた爆発だったからこの程度で済んだものの、もしこれが地上で行われていたら、この程度では済まなかっただろう。

 

 大量の煙が舞う中、紅夜と蒼汰はそこにいた。周りに飛んでいた宝石もなくなっており、刀からオーラも消失していた。あれほどの攻撃を受けきったのだ。当然のことだろう。顔には汗が垂れ流れており、息も少し上がっていた。

 

 

 そして、その姿を見上げるものが、3人。

 

 

 零夜、ルーミア、ライラは瓦礫で生まれた影の中から、姿を表した。ルーミアの能力で影と言う闇の中に避難していたのだ。

 

 

「ひえぇ…やばすぎでしょ、アレ…」

 

「アレでなにが「俺たちだけじゃ無理だ」、だ。あんな攻撃受け止め切ってる時点でヤバイだろ。……アレが権能、か」

 

「紅夜のやつ…とんでもない才能を隠し持っていたようだな」

 

 

 3人から歓声をもらっていたが、そんなことを知る由もない二人は、未だに警戒している。ゲレルは()()することは理解しきっている。実際蒼汰はそれを見ている。

 

 

『「ねぇ蒼汰…アイツのエネルギーって、あとどれくらい切れると思う?」』

 

『「俺に聞いても指標(しひょう)になんねぇぞ。だがそうだな。今のあのクズが供給できるエネルギー量は、さっきのレーザービーム10回分ってくらいか?」』

 

『「じゅ…!ていうか、指標になんないなんて言っておいて、かなり詳しい数字だね」』

 

『「前にも言ったが、今のクズは弱体化してる。俺はあの後のことを知らないからな。詳しいことは知らんが、最初に会った時より明らかに弱体化してるのが実際眼に視えた」』

 

 

 紅夜は固唾を飲んだ。

 今のゲレルに力を分け与えている謎の存在。蒼汰が【クズ】と呼んでいるのとゲレルに力を貸している時点で【ゲレル】と同レベルかはたまたそれ以上のクズか、今の紅夜には分からない。

 ただ一つ分かることは、そのクズは今弱体化しており、全盛期のころはコレの比ではないという事実だ。もしそんな存在が本来の力を取り戻したらと思うと、ゾっとする。

 

 

『「ところで、全然ゲレルが姿を表さないけど…」』

 

『「油断すんなよ。不意打ち狙いだからな」』

 

『「分かってる。けど、なんか引っかかるような…」』

 

『「そうか?俺は何とも――って、まさかッ!!」』

 

 

 蒼汰が視線を下にすると、そこには零夜たちの姿があった。

 まさか、ヤツは――!!!

 

 

『「お前らッ!!今すぐそこから離れろッ!!」』

 

『残念だったなッ!!』

 

「――えッ」

 

 

 二人の声とともに、三人のいたところにゲレルが発生した。ゲレルはこれを狙っていたのだ。狙いは――小さな声を上げた女性――ルーミアだった。

 ゲレルの巨大な手が、ルーミアに掴みかからんと襲い掛かる――。

 

 

「そんなことさせるわけがないだろッ!」

 

『アベベ』

 

 

 しかし、ライラがいたことを忘れていたのだろうか。ライラによってゲレルの体は三枚おろしにされ、その場でゲレルの体が崩れ落ちた。

 3人は急いでその場から離れると、同時にゲレルの体が再生して、声を発せられるようになる。

 

 

『貴様…ドウシテ不意打チニ気ヅケタ!?』

 

「簡単だ。そもそも弟子が警戒しているのに、師匠である私が警戒しない方がおかしい。お前は短絡的ながらも頭は回るそうだからな。狡猾な知能も持ち合わせているだろう。ならば人質を取ったとしてもおかしくない。そしてお前にとって有益な人質に、私は論外。お前に攻撃できるからな。夜神は男だから当然論外。ならば消去法で、狙うならルーミアしかいない。そう結論付けただけだ。お前の思考は読みやすい」

 

 

 そもそも、ゲレルは女好きだ。女を孕み袋とか性玩具くらいにしか思っていないコイツならば、必ずあとのことを考えて人質は女を選ぶだろうとライラは踏んだのだ。

 

 

「彼女に手を出そうものなら私が間に入ろう。彼女に指一本触れられると思うな」

 

 

 そういい、彼女はルーミアの前に立って刃をゲレルに向けた。

 

 

(かっこいい…でも正直、そのセリフは零夜から聞きたかったかな…)

 

 

 なんて、彼女が思っていたことは、永遠の秘密である。

 

 

『クソゥ!チクショウッ!クソガッ!!ドウシテコウモウマク行カナインダッ!』

 

『「当たり前だッつの。人生思い通りできてると思ったら間違いだから。」』

 

 

 ライラの隣に、蒼汰が着地する。

 

 

『「大方の説明はヘカちゃんから聞いてたけど、創造主がガキだと、その子供もガキだな」』

 

(ヘカちゃん…?)

 

『フザケルナッ!俺ヲアンナ不出来ナヤツトイッショニスルナッ!』

 

『「いや同レベルだろ。そういう自覚がないって面倒くさいよな」』

 

『ナンダト…ッ!』

 

『「…蒼汰。ちょっと、いいかな?」』

 

『「なんだ?……あぁ、分かったよ」』

 

 

 一心同体ゆえに、紅夜の気持ちを理解したのか、黙った。体の主導権が完全に紅夜に移り、一歩前に出て、ゲレルに問いかけた。

 

 

「ゲレル・ユーベル、だったな」

 

『ナンダァ?』

 

「俺の顔に――見覚えはあるか?」

 

『ハァ?テメェノヨウナガキニ見覚エナンテ――』

 

 

 ゲレルの言葉が、途中で止まる。顎に手を当て、考え込むような動作をして、数秒後。ゲレルの顔が歪んだ。もとよりガーゴイルのような見た目に変化してから、歪んだ顔つきだったが、その顔がさらに歪んだ。

 

 

『アァソウカ。思イ出シタゾ。ソノ女ノ妹ダッタカ。ソシテオ前ハアノ時ノガキカッ!最近物忘レガ激シイクテナァ。アァ段々ト鮮明ニ思イ出シテキタゾ。今デモアノ仏頂面(ぶっちょうづら)ガ泣キ(ひしゃげ)ゲタ、絶望シタ顔ニ変ワッタアノ時ノコトガガ忘レラレナイ…!アァ、今思イ出シテモ興奮ガ止マラナイ……!俺ガ初メテ抱イタ女ダッタカラナァ…!』

 

「貴様―――ッ!!!」

 

 

 ライラの顔が憤怒で歪む。

 完全にバカにされていた。忘れたと言っておきながら、忘れらないなどと言う戯言を口にされ、もとよりピークだったライラの怒りが、さらに上がっていく。

 

 さらには下品なことに、ゲレルの過剰膨張した筋肉――特に下半身。ナニとは言わないが、体に比例したバカでかい()()が過剰に膨れ上がっていた。モザイク必須レベルである。

 

 それを見たルーミアが「ひっ」と言う小さな悲鳴を上げて零夜の背中に隠れた。対して零夜も嫌悪感が顔に現れていた。

 

 

「それ以上、レイラを穢すのは――「師匠。ここは俺に任せてください」…紅夜」

 

 

 紅夜はゆっくりと、一歩、二歩とゲレルに近づく。左手で刀を強く握り締め、その手からは血が垂れている。

 

 

「もとよりお前を潰す覚悟はとっくにできてたんだ。でも、お前の口から直接聞いておきたかった。俺のこと、師匠のこと、そして…俺の母親のこと。お前がどんなやつなのか、とっくに理解してたつもりだったんだけど…お前への認識を、甘くしすぎていたようだ

 

 

 そのどす黒い声がどこから出たのか。一瞬でゲレルとの間合いを詰めた紅夜は、紫紺のオーラを纏わせた刃で、ゲレルの()()を横から斬り取った。

 ゲレルが苦悶の声を上げる前に、目の前でソレを細切れにした。

 

 

『クソガキィイイイイイイイイッ!』

 

 

 ゲレルが口を大きく開くと、そこから巨大な光が充填されていた。至近距離でのエネルギー弾を放つつもりだ。

 しかし、その直後に紅夜はゲレルの顔まで届く距離まで跳んで、ゲレルの巨大な顔を鷲掴みし、そのまま地面に叩きつける。

 

 

『ウガァアアア!!ド、ドコニソンナ力ガ…!?』

 

「黙れ」

 

 

 持っていた刀を逆手に持って、ゲレルの口内に突き刺す。追加で【タンザナイト】の権能「磁力操作」でゲレルの体を地面に固定する。

 

 

『アギアァアアアア!!』

 

「黙れと言っているのが聞こえないのか?」

 

 

 左手を(あいだ)の閉じたピースの状態にし、そこに妖霊力を流しこみ、エネルギーの刃へと形を形成した。

 真実の瞳(ガーネットアイズ)を発動する。視える、ゲレルの体の至る所に一点の光が複数点在しているところが。数は300カ所以上はあった。

 一瞬で、その300カ所全ての光を突いた。背中の方にあったものもあったが、そんなの関係ない。胸から一気に突き刺すだけだ。

 

 

『ウワ、グギ、アグアァアアアアアアアッ!!』

 

「やかましいなァ。なんでうるさいって言ってるのに。聞き取れないのか?」

 

 

 ゲレルは激痛に悶える。

 紅夜がついたのは、経穴(けいけつ)。一般的にツボと呼ばれるものだ。民間療法の一つで、押されると滅茶苦茶痛い。そんな場所を、刃なんかで貫通させたら、それは通常の何倍、何十倍もの痛みへと変わるだろう。

 

 

『ヤ、ヤメロ…!お前ハ俺ノ息子ダロッ!?父親ヲ痛メツケテイイト思ッテルノカ!?』

 

「誰が父親だ。そんなこと、微塵も思ってない癖にな!!」

 

 

 挙句の果てには心にもない言葉と懇願を言ってくる。それが嘘であることなど、先ほどの言葉で丸わかりだ。誰がそんな嘘を真に受けるか。

 こんなことをしても、ゲレルの傷はすぐに回復し、再生する。だからこそ、痛みを、激痛のみを与えることで、ゲレルへの報復とした。

 途中、再生することで何度も何度も経穴の位置が変わっていた。『変化』の権能によるものだろう。そこすらも変えることができるとは。だがしかし、真実の瞳(ガーネットアイズ)を持つ紅夜にはそんなことは関係ない。何度経穴の位置が変わろうと、そこを突くだけだ。

 

 

『おい紅夜、落ち着けッ!』

 

「落ち着いていられるか。コイツには痛みと恐怖を刻み込んでやる。二度と調子に乗れないように」

 

 

 自分の中で蒼汰が語り掛けてくるが、紅夜の心情は自分で抑えられるレベルではない。

 ここにきて初めてライラの心情を理解できたかもしれなかったからだ。実の妹を(なぶ)られ、凌辱され、犯され、どこの馬の骨かもわからない男の子を産まされたレイラ(母親)の心も、最後を見たライラの絶望も、紅夜には分からない。せいぜい苦しかったんだな程度しか思い浮かばない。それに、自分にはそれを理解する資格などないと紅夜は思っている。

 

 『ルーミア』の記憶で視た、レイラのあの絶望の表情が今でも忘れらない。あの後、なにが起こったのか想像に難くないが、それでも考えるだけでも反吐が出る。

 自分はこんなクズの血が流れているのかと思うと寒気がする。自分ですら、ここまで冷徹に拷問をできるなんて、思いもしなかった。

 

 

『そもそもコイツの供給源を断ち切らないと、何度も回復しちまうだろうがッ!』

 

「今となっては都合がいい。コイツを永遠に苦しめられる」

 

『お前怒ると本当に話聞かねぇな!そういうとこだぞ欠点ッ!』

 

「やかましい。今はコイツを苦しめるので精いっぱいだ。ちょっと黙ってろ」

 

『黙ってるわけにはいくかッ!それにテメェ、トパーズの本当の権能(チカラ)すらも使ってんだろッ!それは教えてなかったはずだッ!』

 

「お前の権能でもあり、俺の権能でもあるんだ。どんなものかはすぐ知ろうと思えばすぐに()かる」

 

 

 まだ紅夜が未成熟な権能覚醒に至ったとき、蒼汰(ウォクス)はトパーズの権能を“感情感知”と答えた。だがしかし、それは正確ではない。それはトパーズの権能の一部でしかない。

 トパーズの本当の権能は、“感情支配”である。トパーズの効果、効能は“取捨(しゅしゃ)選択”と“感情抑制”。この二つが合わさることで、冷静、冷徹、冷酷な判断すら下せるようになるという、心が腐敗しかねない危険な権能だ。

 無論、感情に関してできることが増え、感情抑制、感情感知はもちろん、相手の感情にすら干渉可能で、相手の脳に直接作用できる。現に今、ゲレルには“痛い”と言う“感情”を必要以上に送り続けているのだ。そうすることで痛みを数百倍へと昇華することも可能だ。

 今の紅夜には危険すぎると考え、蒼汰は敢えて教えなかったのだが――、

 

 

『お前、この権能がどれほど危険なのか分かってのか!?俺だってルビー(ぼうそう)権能(チカラ)よりも使わねぇんだぞ!?

 

 

 トパーズの権能は、はっきり言って危険だ。それは蒼汰がルビーの暴走よりも使用を躊躇うほどに。当たり前だ。この権能を使えば、心がだんだん死んでいく。自分が自分ではなくなる感覚に襲われる。取捨選択が容易にできてしまうようになるのだ。

 それは恐ろしいことだ。だからこそ、蒼汰もこの能力を好んで使わなかった。

 

 だというのに、紅夜はその能力を自力で理解して、使用している。このままではまずい。

 本来発動していいはずの“感情抑制”も、なぜか発動しない。発動条件は、過剰なまでの感情の高ぶりだ。今の紅夜の状態で、発動しないのはおかしい。

 

 

『クソッ、なんで“感情抑制”が発動しない!?発動してもいいはずだぞ!?』

 

「蒼汰。なにか一つ勘違いしてるけど、俺は別に怒ってなんかない」

 

『……なに?』

 

「コイツには怒りを向ける価値すらない。だったら、コイツを痛めつけるのは復讐心による怒りなんかじゃなく、作業のようにすればいいんだ」

 

 

 そう。本来なら“感情抑制”が発動してもおかしくなかった。だが、紅夜はゲレルへの怒りすらも封殺し、単純作業のようにゲレルを拷問しているのだ。

 

 

『ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!!』

 

「……その懇願を、お前は一度でも聞き入れたことはあるか?ないだろ?もしあったら、あの人(レイラ)が死ぬことも、俺が産まれることもなかったんだからなッ!!」

 

 

 紅夜が攻撃の手をやめると、再びゲレルの巨大な口を無理やり開けて、手を口の中に突っ込む。その際嚙み千切られないように手を『硬化』させておくことも忘れない。

 そこからサファイアの権能、“液体化”を発動し、ゲレルの体内に大量の水を流し込む。それだけではない。サファイアの水質は紅夜の感情によって変化する。それゆえに、今紅夜が出している液体は、熱湯などで片づけていいレベルではない。塩酸、硫酸、濃硫酸を濃く混ぜ込んだような劇物だ。それを直接、ゲレルの体内に流し込んだ。

 

 

『――――――ッ!!!!』

 

 

 ゲレルから言葉にならない悲鳴が上がる。いくら回復、再生するチート級の体を持っているとしても、痛覚までは変えられない。ゲレルであれば痛覚を最大まで麻痺させるまで『変化』できるだろうが、なくなるわけではない。つまり紅夜の出した答えは麻痺していても激痛が走るような痛みを与え続けることだ。

 

 

「苦しいか?苦しいだろ。だがまだ終わらせない。お前に殺された人たちの苦しみは、こんなものじゃなかったはずだ。お前の苦しみはその人たちへの(いまし)めとしての価値すらないが、それでもなにもしないよりはマシだ。さぁ、もっと苦しめッ!!!」

 

 

 ゲレルの体から煙が噴出する。体内から溶解されている証拠だ。通常ならすぐにでも回復、再生するが、それをした瞬間にまた溶かされては、なんの意味もない。今この瞬間、ゲレルの再生と回復は完全に無意味と化したのだ。

 

 

『――――――ッ!!!!』

 

「なんて言っているのか分からないなぁ!!もっと分かるように言ってみろよッ!その焼け爛れた喉でッ!ほら、もっと、もっと、もっt――」

 

「もうやめろッ!!」

 

 

 突如、パンッ!と言う乾いた音ともに、紅夜の頬に痛みが走る。その衝撃でゲレルの体から弾かれ、地面を転がる。

 それにより、ゲレルは離脱の隙が生まれ、紅夜たちから距離を取った。アレでは再生に時間を要するだろう。

 

 そして、紅夜を叩いたのは――ライラだった。それに、涙目だった。その瞳から涙が今にも零れそうで、今まで見ることがなかった顔に、紅夜は呆気に取られた。

 

 

「し、師匠…?」

 

「もうやめろッ!これ以上お前が外道に墜ちる必要はない!」

 

「でも、アイツを赦すことなんて、出来ませんッ!」

 

「それは私だって同じだッ!でもそれ以上に、お前がお前じゃなくなるような気がして、心が休まらないッ!それに、私はお前の師匠として―――義親(おや)として!!我が子が深沼に墜ちていく様を見るのは、許容できないッ!!」

 

「―――」

 

 

 頭を鈍器で殴られたような感覚だった。

 今、ライラは自らを義親(おや)と言ったのだ。自分を子として認めたのだ。当初、自分がどれほどそのポジションが欲しいと願ったか。今ではその資格すらないと考えているのに。

 それだというのに、ライラは自分を“我が子”と言った。その衝撃に、紅夜の思考回路はストップした。

 

 

「本当のお前を認めたばかりなんだッ!妖怪でも半人半妖でも関係ない!【紅月紅夜】を、私は受け入れたんだッ!別人になるな。お前は一生、【紅月紅夜】として生きろッ!!」

 

「師匠……ご、ごめん、なさい」

 

「――あぁ。分かればいいんだ」

 

 

 優しい声で、紅夜に近づいて、ハグをする。背中を優しく叩く。紅夜の瞳から、液体が零れる。そして、誰にも見せないが、ライラの瞳からも、雫が零れていた。

 

 

『ヨクモヤッテクレタナ!!』

 

 

 しかし、そんな空気を読まないヤツが一人いた。無論、ゲレルだ。そもそも敵であるためこんな空気を読む必要などなかった。

 回復した口内から発射されたエネルギー弾が、二人を襲う。

 

 

「てめぇ、感動シーンを何度台無しにしたら気が済むんだッ!」

 

 

 即座に紅夜――蒼汰の人格に切り替わり、タンザナイトの権能でエネルギー弾を分散させ、後ろで爆発をする。

 

 

「いやぁ、助かりましたよ、ライラさん。コイツ、俺じゃ聞く耳持たなかったんで。止めてくれてあざます」

 

「感謝はもっと丁寧にやれ…」

 

「まぁそんなことはどうでもいーとして。ハグ、いつまでやってるつもりっすか?巨乳が苦しいんですけど」

 

「あ、あぁ…すまん。…ていうか、貴様には羞恥心と言うのがないのか!?」

 

「それを言うならデリカシーじゃないっすか?」

 

「―――なんだそれは」

 

「あー言葉知らなきゃ使えないか」

 

 

 蒼汰は一人で納得するが、ライラは全然納得できていない。

 

 

『貴様ラ…絶対ニ許サナイカラナ!!』

 

「許さない?ははっ、バカなこと言うなー。許さないのは――『こっちの台詞だよ」』

 

 

 紅夜と蒼汰が、また一つになる。

 一度は紅夜によって接続を拒否されていたが、ライラのファインプレーにより、再び一心同体になった。

 

 

『「行くぞ紅夜。今度は暴走すんなよ?」』

 

『「もちろん。師匠に叩かれて、十分目が覚めたよ」』

 

『「そりゃぁ頼もしい。それじゃ、さっさと決めるぞ」』

 

『「あぁ」』

 

 

 十二個の宝石が、二人を中心に煌びやかに舞い、それが刀に収束されていく。

 これぞ、【宝石の支配者(ジュエルルーラー)】の真骨頂。最終奥義である。

 

 

『「本来、お前単体じゃ未熟だから使えねぇ技だ。俺のアシストのおかげで放てるんだ。感謝しろよ」』

 

『「その減らず口がなければ、感謝してたよ」』

 

『「ははッ。そりゃ残念だッ!!」』

 

 

 宝石の光は、やがて巨大な一本の巨大な刃と化す。その光は神々しく、虹を連想させる。

 そして、紅夜と蒼汰の瞳は、ゲレルの繋がり真実の瞳(ガーネットアイズ)で視認する。もともと、権能を獲得した時点で見えてはいたが、こちらの方がよりはっきり見える。

 

 相変わらず、巨大なエネルギーの塊だ。アレを破壊しない限り、ゲレルが倒れることはない。ならばアレを破壊するだけ。

 零夜の時は破壊しようとして、大爆発が起きたが、問題ない。爆発が起きたとしても、それを集中させればいいだけだ。

 

 

『大技ヲ放ツツモリダナ……サセルカァ…!!』

 

『「ところがどっこいもう遅い!」』

 

『「お前が苦しめた人たちの分の苦しみを噛み締めて、死ねッ!」』

 

 

『「ゲレル・ユーベルッ!!」』

 

 

 ここで、正真正銘、二人の声が、心が、一つになった。――刃の輝きが、増していく。

 二心一体になったことで、二人分の集中力、エネルギーが、より凝固に、強固に、強靭に固められ、高まっていく。

 

 

『死ネネエエエエエエエエェエエエエ!!!!』

 

 

―ガンマ線バースト 一転集中―

 

 

 本来前と後ろに放たれる大爆発が、前方へと一転集中された。そのエネルギー量は、単純計算で、二倍。さらにそれを自爆と言う方法で放つのではなく、砲撃と言う形で放った。そのエネルギー量は、計り知れない。

 

 

『「ウォオオオオオオオオオオオ!!!!」』

 

 

 巨大な刃を、一気に振り下ろす。爆破砲撃と、巨大斬撃。二つのちょうどど真ん中で激突し、衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばす。

 戦況は、正直言ってゲレルが有利だ。もともと、紅夜の体はすでに疲労困憊であるのに対し、ゲレルの体は常にエネルギーの供給により、全快まで回復している。そこには圧倒的な差があったのだ。

 

 

『マダダ!モウ一丁オマケダァ!!』

 

 

 さらにゲレルは、この状況でさらにガンマ線バースト・一転集中を連続して放ってきた。ゲレルはこの時点で、月のことなど微塵も考えていなかった。

 これが大爆発を起こせば、考えるまでもなく月は消失する。そこにある生命が全て息絶えるのだ。ゲレルのどこまでも自分本位な思考が、彼をそうさせたのだ。臘月であっても、自らのテリトリーを消滅させるような愚かな真似はしなかった。

 

 

『「アイツマジかッ!?こんなん爆発すれば月消滅確定だぞッ!?」』

 

『「いいから集中しろ!このエネルギーごと、ペリドットで霧散させればいいッ!」』

 

『「どうやって!?ただでさえ爆発しないように抑えるのに精いっぱいだぞ!?」』

 

『「……頑張るッ!!」』

 

『「お前そんな脳筋キャラだったか!?」』

 

 

 しかし、このままではジリ貧だというもの確実。負けてしまうだろう。

 徐々に体が押されて、足で踏ん張るも、地面を盛り上げながら後ろへ引きずられていく。足から少しずつ、何かが、ひび割れるような音が、不快な音が聞こえる。いや、これが何かは分かってる。骨の音だ。足の骨が、耐久力がなくなっていき、徐々にヒビ割れていっている音だ。ダイヤモンドの『硬化』の権能ですら、この攻撃には長くは耐えられないのか――!

 

 不味い。不味い。不味い。

 

 再生しなくては、耐えられない。だけど12の宝石全ての力を攻撃へと転換してしまっている。そもそも、ダイヤモンドの権能があるのにここまで脆くなっているのは、全ての力を攻撃に転化しているからだ。攻撃力が上がる代わりに、防御力が疎かになってしまっていたのだ。

 

 どうする?ドウスル?ドうるす?どウする?どうスる?どうすル?ドウする?どウスる?どうスル?ドうすル?ドうスる?どウすル?どうす――

 

 

『周りを頼れ、バカ共ッ!!』

 

「なに一人?二人?だけで全部解決しようとしてんのよ!!」

 

 

 間から、二人の影が入ってきた。その二人が手を前にかざすと、敵の攻撃の抵抗が一切なくなった。驚いた二人は、慌てて攻撃を解除する。それでも、エネルギー刃へ纏うことを忘れない。

 二人は目の前の人物を見る。一人は黒い服の金髪の女性で、もう一人は、見覚えのない、白い鎧を装着している、男の声をしている人物だった。この声には聞き覚えがある。

 

 

『「零夜さん、ルーミアさん…!」』

 

『俺らのこと完全に忘れたんじゃねぇだろうな!?戦力外通告してんじゃねぇぞッ!まだ、やれるっつの!』

 

「そうそう。全部自分たちだけで片づけようだなんて、どんくさいにもほどがあるでしょ!」

 

 

 零夜――【仮面ライダーエボル・ブラックホールフォーム】と、ルーミアの目の前には、ブラックホールにも似た黒いワームホールが、

 ルーミアの闇の力による重力場の生成、ブラックホールフォームのブラックホール生成能力、星間航行と重力操作を合体させることで、ワームホールを形成しているのだ。

 これほどの精度の高い技を即興で行うなど不可能に近いが、何せ彼ら彼女らは千年も同じ時を過ごした間柄。不可能なはずがなかった。

 ちなみに、ワームホールの繋がっている先はどこかの宇宙空間だ。無害な場所へと飛ばしているため、いろんな影響はない。

 

 

『さっさとしろッ!正直言って今の状態でこのフォームになっているだけでもキツいってのに、出来る限り強化してんだッ!負担が半端ないんだよッ!』

 

 

 仮面ライダーエボル・ブラックホールフォームの胸部にある特殊変換炉“カタストロフィリアクター”で、影響範囲内における全存在の生命活動を強制停止させる程の力ブラックホールを利用した特殊攻撃と言う恐ろしい機能に加えて、自身の戦闘能力を最大50倍まで引き上げることができると言うデタラメ染みたブーストを可能にしている。

 

 しかし、ノンリスクでブースト出来る訳では無く、特殊攻撃の威力や能力強化の程度に応じて、装着者への負担もまた爆発的に増大する。

 

 変身条件があるライダーに変身すればデメリットを肉体ダメージに変換する(なお、そのライダーの力が強力だったら、その分身体ダメージ(デメリット)も増す)と言う元々の制約(ふたん)を持っている零夜からすれば、上位クラスで使いたくないライダーだった。

 

 

『「でも、足が…!」』

 

「お前、私がいることを忘れていないか?送ってやる!」

 

 

 ふと、体が持ち上げられる。顔を上げると、そこにはライラが映った。

 

 

「お前ら、元は同一人物なだけあって、やはり性格も似てるな」

 

『「ど、どこがですかッ!」』

 

「ははっ。文句ならあとでたくさん聞いてやる。―――行ってこいッ!!」

 

 

 体が放り投げられ、未だに攻撃中のゲレルが視界に入ってくる。どうやらあの状態だと、この奇襲には完全に気づいていないようだ。まだ、この攻撃の先に自分たちがいると、誤解している。

 再び力を解放して、刃に12の宝石の輝きと力が宿る。

 

 

『ナッ!?イツノ間ニ!?』

 

『「よーやく気づいたか。だがもう遅いッ!!」』

 

『バカナ!?ドウヤッテココマデ…!?』

 

『「お前の敗因を教えてやる。それは――仲間の有無だッ!!」』

 

 

『「宝石は星の輝きをも凌駕す(リトス・オブ・カルデアス)!!」』

 

 

『ヤメロ…ヤメロォオオオオオオオオオ!!!』

 

 

 縦に一直線。斬撃は振り下ろされた。ゲレルは対応できる間もなく、自分の供給源(せいめいせん)が破壊されていくのを見るしかなかった。攻撃は、急にはやめられないから。

 12の宝石は星の輝きにすら勝り、凌駕する。星をも超えた力は、天から降り注ぐ光の柱を壊していく。ゆっくりだが、確実に。

 やがてそれはガラスのように確実に砕け散り、光の塵となって消えていく。攻撃対象のなくなった斬撃は、次の標的へと襲い掛かる。

 

 

『グアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 ゲレルは両手をクロスして、攻撃を防いでいるが、ゲレルの立っている地面が陥没を始める。

 

 

『「今度こそ、本当に終わりだッ!」』

 

『「さっさと消滅(きえ)ろッ!」』

 

 

『フザケルナ…!俺ハコンナトコロデ消エテイイハズガナイッ!俺ハッ!俺ハッ!俺ハァアアアアア!!!』

 

 

 ゲレルの体が、二分される。それと同時に、今まで内包され、供給されていたエネルギーが、暴走を始める。

 

 

『今だッ!』

 

「了解ッ!」

 

 

 爆発する瞬間、零夜――エボルとルーミアは再び合体技を発動し、ワームホールがゲレルの体を包み込む。黒い球体がゲレルの体を包み、ただそれだけの時間が、10秒ほど過ぎていく――。

 

 二人がワームホールを解除すると、そこからドサッ、と言う音とともに、ゲレル――光輝の体が落ちてきた。

 この一連の出来事に、紅夜たちは唖然とした。その驚きをよそに、変身を解除し、ふらついた体をルーミアにキャッチしてもらう。

 

 

『「これは…?一体、なにをしたんですか?」』

 

「ゲレルが、死ぬ、瞬間。ヤツの意識とアイツの体を、分離した。本来なら、無理、だった、けど。死ぬ瞬間なら、魂と肉体の繋がりに、綻びが生じるから、それに、賭けた」

 

「もう零夜。無茶しすぎ…」

 

「しぶとさ、には、定評、あるん、で、な」

 

「誰からの定評よ…」

 

 

 ブラックホールフォームともともとのデメリットで、体に結構な負担がかかっており、言葉が途切れ途切れだ。正直言って今意識があるだけでも奇跡と言っても過言ではないだろう。ルーミアはゲレルと蒼汰の戦闘前に渡された三本の内、二本目の回復薬を、ゆっくりと零夜に飲ませる。

 紅夜と蒼汰は融合状態を解除し、紅夜へと戻る。

 

 

「それで、ゲレルの体を残したのは、なんでですか?」

 

「えっ、聞いてなかったの?その訳分かんないヤツに」

 

(『あれッ?そーいや話してなかったような、いや、話したような…?』)

 

「つまりすごく曖昧ってこと?俺もよく覚えてない」

 

「ハァ…仕方ないわね。いい?よく聞きなさい。ゲレル・ユーベルと言う人格は、綿月臘月っていうやつの権能で創られた存在なの。だから零夜は、ゲレルに憑依された人物を助けたってわけよ」

 

「……いろいろと、わけわからな過ぎて、理解まで時間がかかります…」

 

(『えー…俺そこらへんの説明省いたっけ?作者が覚えてないこと俺が分かるわけねぇよ…』)

 

 

 やかましい。

 

 

「とにかく。これで本当に終わりってわけよ」

 

「――そうだな。終わりの勝ち(どき)を上げる気力も湧かないが――この戦い。本当に、終わったんだ」

 

「あぁ。その通りだ」

 

 

 隣から、ライラがそう言う。そしてその肩には、光輝の体が担がれていた。意識は失っているようだ。無理はない。あれだけゲレルとデンドロンに体を酷使され続けていたのだから。

 

 

「私が直接デンドロンをこの手で亡き者にはできなかったが…まぁ、結果オーライ、と言うやつだろう?」

 

「どこで、覚えたんだよ、その言葉…」

 

「シロの奴が使っているのを聞いてな。真似てみただけだ」

 

 

 この程度の雑談ができるほど、余裕が生まれ、零夜もそこまで回復できている。全て終わったことによる、一種の報酬とも言えるだろう。

 

 

「夜神。ナイスファイト。いやー、正直言って、俺たちだけじゃ危なかったぜ」

 

 

 すると、いつの間にか体の主導権を握った蒼汰が零夜を労う。

 

 

「うっせ。お前が言ったんだろ。この戦い、多分俺たちだけじゃ無理だからって。ていうかなんなんだよその入れ替わりシステム。急にやられると調子狂う」

 

「はははッ。そうだな。だが俺は謝らない」

 

「おい」

 

「だって俺悪くないしー。まぁまぁ。そんなわけで凱旋だよ凱旋ッ!つーわけでレイヤたちのところにさっさと戻るか」

 

 

 「いやー疲れた疲れた」と両手を頭の後ろに重ねながら、蒼汰はフラフラと周りを歩く。

 蒼汰を尻目に零夜たちは帰るために一カ所に集まる。

 

 

「おーい。さっさと帰るぞ。とりあえず、シロがいるであろう月の都に」

 

「はいよー。じゃあそっち行くから待って――」

 

 

 ビクンッと、蒼汰の体が震える。突然のことに零夜たちは首を傾げる。そしてそのまま蒼汰の髪色が金髪へと戻っていく。人格が紅夜になった証だ。

 

 

「おい紅夜ッ!お前もこっちに来――」

 

 

 ライラがそう叫んだ瞬間、紅夜の右手が雷電によって輝く。あれは間違いない。攻撃用の権能【トルマリン】の権能による“電磁波操作”だ。

 その右手を銃の形にして―――零夜たちに向けた。

 

 

「なッ!?何の真似だ、紅夜ッ!」

 

 

 紅夜は何も答えない。ただ、こちらを見る際の顔が、彼らしからぬほど、途轍もなく歪んでいて――

 

 

 

「駄目だよ。もう終わったんだ。脱落者(負け犬)はさっさと墜ちろ」

 

 

 

「ガ…ッ!!」

 

 

 その紅夜の右胸を、血で染まった手が貫いていた。その光景に、全員で顔を青くする。

 紅夜?は吐血し、自分の胸を貫いた人物を睨んだ。

 

 

「おま、え…ッ!!」

 

「あぁそうだ。蒼汰は解放させてもらうよ」

 

 

 その人物が紅夜?の頭を掴み、引っ張る。すると、まるで地面から掘られた野菜のように、蒼汰の体が分離した。紅夜と蒼汰の体が分離したのだ。

 地面に投げ出された蒼汰は、その人物を睨みつけ、怒鳴る。

 

 

「おい!!―――何の真似だ!?」

 

「見て分からないかい?後始末だよ」

 

「なんだと――!?」

 

「そもそもさぁ。ずっと不思議に思ってんだ。なんで今のお前と未来のお前。容姿も能力も違っていたのかって()()()()()()()()()()()

 

「なんの、話を――!?」

 

「お前が俺を行動不能にしてくれたおかげで、考える時間がたくさんできた。そして一つの結論に至れた。やっぱりお前、“憑依系”だったか―――ゲレル・ユーベル」

 

 

 衝撃の名前――先ほど倒したはずの男の名前を、その人物は紅夜に向かって言った。血に濡れた右手を抜き取り、紅夜――ゲレルはは前のめりに倒れる。そして攻撃した人物が露わになる。

 

 

 

「【シロ】…ッ」

 

 

 

 悲痛な声で、零夜はその人物の名を呟いた。シロ――ヤガミレイヤの名を。

 

 

 

*1
巨星が一生の最後に起こす爆発で宇宙で確認される中で最大最強の爆発現象




 ゲレルを撃破――と思った矢先に異常事態!?

 そして、シロの裏切り――。

 ゲレル戦が終わったらタケトリモノガタリと言ったな。アレは嘘だ。後々の展開を考えたら、やっぱ無理だったわ。
 軽率に予告なんてするもんじゃないと学習した。


次回 91 裏切り


 評価:感想お願いしますッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91 裏切り

 前回。

 ゲレルをやっとの思いで倒したと思ったら、なんとゲレルは“憑依”も使えたらしく、それで紅夜の体を乗っ取って零夜たちを襲撃。
 しかし、その瞬間に紅夜の右胸は何者かによって貫かれた。そしてその犯人は――ともに長い時間を過ごした仲間である、シロこと、ヤガミレイヤであった。


 


「シロ…何の真似だ!?」

 

 

 理解が、理解が、理解が、出来ない。

 何故シロは紅夜の胸を貫いた?あれほど大事にしていた紅夜に、そう易々と傷をつけられる?分からないことが多すぎるこの場面で、零夜はこの一言を絞り出した。

 

 薄いシロコートに白いTシャツ、白いズボンと言う全身白装束の恰好をした、自分に瓜二つの人物へと。

 

 

「アレ?さっきも言ったよね?今のコイツは紅夜じゃない。紅夜の体に憑依したゲレルだ」

 

「だから、お前はいろいろ飛びすぎなんだよッ!そんな急に言われて、分かるわけないだろうが…!!」

 

「――もう答えを言っているんだから、あとは自力で答えを見出してほしいんだけど…他人に答えを求めてたら、いつまで経っても成長できないよ?」

 

 

 皮肉交じりで、シロ――レイヤは口を動かす。

 今のシロは、零夜の知っている彼ではない。むしろ、誰かが彼の変装をしていると言っている方が納得できる。

 

 

「だったら俺の質問に答えろ…ッ。お前はなんでこんなことをしたッ!?お前はそんなヤツじゃなかっただろうがッ!!」

 

 

 蒼汰が怒りをもってして叫ぶ。

 彼と紅夜は分離した。そんなことは、魂を操る【ネメアの獅子】を持つシロにだからこそできる芸当だ。だからこそ、目の前にいる人物がシロ本人であるという確証が深まっていく。

 

 

「…蒼汰の言うことなら、答えないわけにはいかないな」

 

 

 シロは倒れている紅夜――ゲレルの襟を掴み、持ち上げる。そして右手に水色のオーラを纏わせる。そしてそのまま紅夜の体に向かって薙ぎ払うように手を振るうと、その手が紅夜の体を傷つけずに通過する。

 そしてシロの右手の動作が止まると、シロの右手には黒い四角い物体が握られていた。

 

 

「これはゲレル・ユーベルのコア――まぁ要するに、存在そのものってわけ。どうだ?不意打ちをしようとして、不意打ちを喰らった気分は」

 

『貴様ァアアアアアアア!!ヨクモ、ヨクモォオオオオ!』

 

 

 その四角い物体から、濁った野太い男の声が響く。聞くだけでも不快になる声だ。低資質な機械音声に近いその声は今まで聞いたゲレルの声ではない。そもそもゲレルの声は光輝の声であり、ゲレル自身の声ではない。ゆえに、機械音声(このような声)になっているのだろう。

 

 

「今から説明してあげるよ。お前の権能【変化】は文字通りあらゆるものを変化させる権能。それに再現はない。利便性も効くし、応用もできる。だからこそ、魂の移転も可能だと踏んだ。だって、それも変化だから」

 

 

 魂の移転――。それはその名の通り、魂を移すことだ。しかし、そんなことは簡単にできるはずもない。だが、それが可能になるとしたら?それが、『権能』の恐ろしさだ。

 

 

「でも、魂の移転なんてこと、誰も彼もにできる無条件なものだなんて、普通は思えない。なんらかの条件があるはずだ。そこで、普通に考えれば乗り移り先は血の繋がった肉親――。安直な答えで早く辿り着けた」

 

 

 ゲレルが『憑依』を行えるとしたら、その移転先はどこか?真っ先に思いついたのが肉親である紅夜の体だ。逆に情報が乏しい中、そこまでしか思いつかなかった。

 『権能』の埒外の力があれば、赤の他人にも乗り移ることが可能なのではと思ったが、一番可能性のある選択肢に賭けた。そして勝ったのだ。

 

 

「そこで乗り移るとしたら全員が油断してるとき。現に蒼汰の意識を強制的に引っ込めただろ?」

 

『貴様、ソコマデ…!!』

 

「でも賭けだった。蒼汰の【アレキサンドライト】の権能“魔除け”が発動しなかったのは――いや、それ以前に俺の知ってるレパートリーじゃなかった

 

「そうか…なら話は簡単だ。俺は“星座石”で、紅夜は“誕生石”だよ

 

「なるほど…納得」

 

 

 蒼汰は普通に会話しているように見えるが、表情は真逆だ。レイヤに対して激情と困惑を抱いている。分からないのだ。彼の行動心理が。長い時を過ごした親友のはずなのに、蒼汰には目の前の人物が全くの別人に視えた。

 

 

「紅夜ッ!!」

 

 

 彼の名を叫んだのは、ライラだ。今にも泣きそうなその表情で、ライラは刀の上辺に妖力を纏い、それをカマイタチとして飛ばし、レイヤに放つ。レイヤは後ろに飛んでその攻撃を回避する。

 そのまま、ライラは紅夜の体を抱き抱える。

 

 

「紅夜ッ!紅夜ッ!」

 

「安心しなよ。心臓は貫いちゃいない。妖怪の回復力なら、休ませれば十分回復する」

 

「何故だ――!!何故こんなことをしたッ!シロ――いや、ヤガミレイヤッ!!」

 

 

 ライラは大粒の涙を流し、憎悪の籠ったその紅き瞳でレイヤを睨みつける。近くにいた零夜も、まるで自分に言われたかのような錯覚に陥り、胸を握り締める。

 その間にもルーミアは残り一つの回復薬を紅夜の傷口に振りかける。少しだが、徐々に傷が癒えていく。これで一安心――できるはずもなく、ライラは再びレイヤを睨む。

 

 

「何故って、このクズ(ゲレル)を完全に戦闘不能にして、()り出す必要があったからさ」

 

「―――そんなの、ここまでしなくても良かったはずだッ!!お前なら、その程度のこと、造作もなかったはずだッ!!」

 

「買い被りすぎだって。僕は『権能』持ちではあるが最強じゃない。絶対的な力ってのは、少数だから成り立つんだ。それが複数もあったら、それは絶対的な力じゃない」

 

「お前は……なにを、言ってるんだ?」

 

「――あぁ、ごめんごめん。話が逸れちゃってったね。全然関係ない話だったよ。まぁ、ライラの質問に真面目に答えるとすると……有言実行したまでさ

 

 

 “有言実行”。その言葉にはかなり力が込められており、強調したいことが伺えた。

 そしてその言葉を聞いた途端、ライラのは呆けた表情になった。何か心当たりがあるのか、何か知っているのかと叫びたくなる。

 

 

「まさか…」

 

「そう。その通り。あの日、あの時。キャッスルドランで僕は確約した。そして僕は実行に移した。ただそれだけのことなんだッ!!

 

「だがあれは、離脱するとしか…!」

 

「あぁ。確かにそう言った。でも、離脱する方法を、僕は言っていない

 

「―――ッ!!」

 

 

 ライラの表情が、虚を突かれたように変わった。騙されたときのような、そんな表情だった。

 それよりも、離脱とはなんだ?なにも知らない。何も聞いていない。

 

 

「だが、【真実の契約】は、何の反応も…!」

 

「うん。反応しなかったね。だって、()()()()()()()()()()()

 

 

 この会話の意味は、零夜たちには分からない。おそらく、シロとライラの間にしか伝わっていない。

 しかし、会話から分かることは、ライラはシロに騙されたということだ。

 

 

「ほかの人たちが全然ついていけてないから補足するよ。俺の権能とはまた別に保有している俺の能力、【真実の契約】。これを契れば互いに嘘を付けば分かるようになる」

 

 

 それを聞いて、零夜の脳裏に、ライラと初めて出会ったときのことが思い浮かぶ。

 こちらを完全に警戒していたライラが、急にこちらの言葉を信じ始めた。今思えば、あれは契約だった。“許可”なんて言葉が出た時点で候補に入れておくべきだった。あの時は困惑の方が勝っていたので、そんなことを考える余裕などなかったし、すぐに忘れていた。

 

 

「初めて契約した時、僕はあえて一つだけライラに嘘をついた。ライラとレイラの関係――俺は始めから知っていた

 

「な――ッ」

 

「俺の権能【ネメアの獅子】は魂を操る権能。魂は情報の塊だ。俺はレイラと戦った時、彼女の全てを閲覧した」

 

 

 シロは言葉を続ける。

 未来でレイラの魂から情報を得て、とっくにライラとその子供の存在は知っていたと。知ったうえで、接触を図ったと。全ては、臘月を殺すために。

 

 

「あの時、あの瞬間から、臘月は何としてでも殺さないといけないと俺は決意した。でも、ヤツの権能は強力だった。【猛毒剣毒牙】を使えば訳なかったけど、俺の体への負担も尋常じゃない。実際弱体化してるわけだし。さらにヤツは本気じゃなかったときた。正攻法で行ってたら間違いなく無事じゃすまなかった」

 

「じゃあ、光輝――ゲレルのことも、最初から知ってたのか!?」

 

「いや、それは違う。あの時臘月とデンドロンのだけは回収できなかったからね。今思えば、ヤツの介入があったんだろうな…」

 

「ヤツ?」

 

「そこで俺は考えた。こちらのなんの欠如もなく、ヤツを倒す方法を。でも実際になって見通しが甘かったことを思い知らされたよ。まさかあの野郎が全力を出し切っていなかったなんてね。龍神が援助してくれなきゃ、最悪【天秤座】を使わなきゃならなかったしね

 

 

 シロは淡々と語る。自身の復讐計画を。

 その瞳に宿る感情を、零夜とルーミアは知っていた。アレは、一度見たことがある。フードの奥から見せた、あの憎悪に染まった瞳を。あの時点から、すでにシロは臘月を殺す算段を模索していたに違いない。

 

 

「“天秤座”……お前、そこまでして…」

 

「そう。すでに消滅した未来とはいえ、圭太を殺した要因をそのまま生かしたくはなかったしね」

 

「……そこまで、そこまで俺たちのことを想っていたのなら、何故紅夜を、そんな風にッ!!お前が圭太に向ける感情を、俺が紅夜に向けていないとでも想っていたのかッ!?」

 

「――長話はこれくらいにしよう。“ジェニミ・ライフ”」

 

「グガッ!」

 

「零夜ッ!?」

 

 

 シロ――レイヤは【双子座】の権能“ジェニミ・ライフ”を発動する。それと同時に、零夜は胸を抱えて苦しみ出した。突然の喪失感に襲われたのだ。ルーミアはそんな零夜を支えた。

 

 双子座の権能、ジェニミ・ライフ。

 この権能は星座の意味に由来しない数少ない権能の一つ。

 権能は「共有」。ちなみに名ばかりのもので、実際は一方的な搾取に近い。譲渡も強奪も、すべて権能保持者が権利を握っている。

 この権能は“夜神零夜”と“ヤガミレイヤ”であらゆるものを「共有」できる権能だ。レイヤはかつてこの権能で零夜が【アナザーゴースト】として保有しているストック()を勝手に消費している。そうすることで、回復・再生が可能と言うまさにチートスペック。

 

 

「ふぅ…このくらいでいーでしょ」

 

「お前……俺のストックを、大量に、強奪しやがったな…!!」

 

「ごめんねー。そうしないと俺の体の構造とかが戻らないからさ。ほんとはもっと早くやりたかったんだけど、ほら。零夜の基礎スペックって、残機()量で増幅されてんじゃん?戦ってる最中にスペックダウンは流石にやりすぎだと思ったからさ。これでも結構良心的な方でしょ?」

 

「てめぇ…!!」

 

「さて、と。お楽しみの、処刑タイムだ」

 

 

 シロはぎろりと、正方形(ゲレル)を睨んだ。

 

 

『ま、待てッ!助けてくれッ!俺はあいつらを殺すつもりはなかったんだ!!』

 

「どー考えても電撃で殺す気満々だったくせに」

 

『あれはその、あれだ!疲れただろうから、電気マッサージをだな!!』

 

「――全ッ然笑えないジョークだな。もういいからさっさと死ねよ。過去のお前も、未来のお前も」

 

 

 シロのもう片方の手に、どす黒い人魂が現れる。間違いない。未来のゲレルの魂だ。今のゲレルのものとは違い、確実に人魂――炎の形をとっている。同じ存在だというのに、その違いは何だというのだろうか。

 

 

「お前はとっておいても百害あって一利なしだ。今思えば、コレのせいでレイラと戦うハメになったし散々だったよ」

 

『よ、よせ、やめろッ!!!』

 

「死ね」

 

『グギャァアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 両方を空中に投げ飛ばし、それと同時に両手から高エネルギー密度の極太レーザービームを放った。その威力は空間、次元すらも消し飛ばし、ゲレル・ユーベルという存在そのものを、削り取っていく。

 

 

「汚い、断末魔だったな。聞くに堪えない」

 

 

 あっけなく終わった、ゲレル・ユーベルの死。

 シロはそれに興味を失くし、ライラに目線を配った。

 

 

「さて、これで君の目的であるゲレルの抹殺は完遂したッ!イヤー良かった良かったッ!妹の仇を取れてさッ!」

 

「仇を取れた、だと…ふざけるなッ!紅夜を殺しかけておいて…!!」

 

「もー何度も言ってるでしょ?その程度じゃ死なないってさ。まぁ気持ちは分からなくはないからさ、俺も強く言えない立場なわけで…。話を戻すけど、俺はあの時、キャッスルドランで君に真実を話した。そうでしょ?」

 

「それがどうした!?結局、お前は私を騙しただろ!!」

 

「騙しただなんて人聞きの悪いッ!あの契約の最中じゃ、互いの嘘が分かるようになってるんだ。嘘をついてもすぐに見破られる。そうやってあなたは俺に脅しをかけてきた。だから俺は正直に答えた。それであなたはあの時納得しただろう?」

 

「…だが、それは…」

 

 

 ライラの態度が、急にたどたどしくなる。

 ライラにも思うところがあるのだろう。今までの話が本当だとすれば、互いの嘘が分かるという【真実の契約】をキャッスルドランの中で行い、シロはそこで真実を答え、ライラは納得した。

 零夜はその内容を知らないため、何とも言えないが、その場では確実に話し合いは締結していたのだろう。――いや、締結していたのか?

 

 あの日の次の日、シロとライラはボロボロになって帰ってきた。シロは片腕を失っていた(すぐに再生していたが)。もしあれが、話し合いの破綻が原因の抗争であったとしたら?

 

 互いに訓練だと言っていたが、それすらも嘘だったとすれば?

 

 

「あーそれ以上は言わなくていい!分かる。分かるよ。嘘を付かないって言われた矢先に嘘を言われたら、俺だってキレる自信がある。そこに関しては君を責めるつもりは全くない。でもね、ライラ。世の中にはね、人それぞれに優先順位っていうのが存在しているんだ。そしてその価値観は君と俺とじゃ全く違う」

 

 

 そう。ライラの優先順位は紅夜だろう。レイラはもういないため、除外するが。

 シロの優先順位は分からないため省くが、それでも彼の中でもその順位が存在していることは確かだ。

 

 

「俺は俺の順位を優先したんだ。ただそれだけのこと」

 

「――ッ」

 

「あ、それとだけど。分かってると思うけどさ、あの時君に投げかけられた“当然の疑問”は、俺でも龍神でも月夜見でも“あの方”でも覆すことは不可能だ。また疑問に思うかもしれないから、言っておくよ」

 

(“当然の疑問”?“あの方”…?アイツは、一体何を言ってるんだ?)

 

 

 喪失感と魂の消失による弱体化で急激な倦怠感に襲われながらも、零夜は思考する。しかし分からない。シロは、レイヤは、一体何の話をしているんだ?

 

 

「何故だ…レイヤ!?お前はそんなやつじゃなかっただろッ!?お前はもっと、思いやりのある、優しいやつだッ!身内にも、友達にも、他人にも、優しかったッ!俺はバカだからよ…分かんねぇことは多いが、これだけは分かる。お前の行動理念は変わってない。だから他人じゃないッ!。――あのあと、お前に、一体なにがあった?」

 

 

 悲痛な叫びが、蒼汰から発せられた。

 あの陽気で愉快な人物像からは考えられない声の低さだった。シロは蒼汰の方へ向き直ると、口を開いた。

 

 

「――蒼汰。俺がさ、なんでゲレルが憑依系だっていう結論に、こんなに早く気付けたと思う?」

 

「何の話を…」

 

「いたからだよ。前例が。あのヤンデレクソアマのことさ

 

「アイツか…。まさか憑依系だったとはな…」

 

 

 ヤンデレクソアマ。その暴言だけで蒼汰にはそれが誰なのかを理解できたようだ。

 

 

「本当に大変だった。いや、大変なんかで済ましていいレベルじゃなかった。ヤツを滅ぼすために大多数の犠牲者を出したし、何よりそれで俺の心は死んだも同然だった」

 

 

 レイヤはハイライトのない瞳で、答えた。

 ここにきて、零夜はヤガミレイヤと言う人物がどのようにして形成されたのか、その一部始終が理解できた気がした。

 最初は蒼汰の言う通り、優しい人物だったのだろう。しかし、たった一人を倒すために大多数の犠牲が出て、それで心が死んだ。そんな過去を、彼は持っていたのだ。

 

 しかし、それらを真に受ければ、彼が最初に出会った際に言った自分の正体についても嘘を付いていたということになる。

 

 

「アイツの場合は、条件が肉親とかそんな絞られた条件じゃなかった。アイツの条件は――接吻(キス)だった」

 

「キス…?」

 

「そう。接吻(せっぷん)と書いてキス。アイツにキスされれば、赤の他人だろうが憑依の対象になった。アイツの能力が判明したのは、蒼汰が死んだあとだったから、知らなくても無理はない」

 

「まさか、そんな…」

 

まぁ他にも倒し辛かった理由はあるけど。でも分かっただろ?俺がここまで変わった理由は」

 

「――殺したのか。その憑依された奴らを」

 

「あぁ。そうだよ」

 

 

 レイヤはさらっと答えた。その顔に曇りなどなく、憑き物が取れたかのように、晴れやかな表情だった。

 蒼汰はレイヤのその表情を見て、唇を噛み、血が垂れる。

 

 

「俺が死んだあと、そんなことが…!」

 

「あぁ、気にしないで蒼汰。君には何の責任もないんだ。だから、気に病む必要はない。――さてと。長話は終わりだ。本題に入ろう」

 

 

 レイヤは歩みを進める。その先にいるのは――零夜だ。隣にいるルーミアはすぐさま零夜の前に立つが、高速でレイヤが腕を振るうと、ルーミアの体はなにかが右腰に直撃し、遠くに吹っ飛ばされ、地面に擦られ、転がる。

 

 

「ルーミアッ!!」

 

「他人の心配ばっかしていいの?」

 

「なっ、ぐっ!」

 

 

 レイヤは零夜の胸倉を掴み、少し持ち上げた。レイヤは腰をかがめて零夜の顔に自分の顔を近づける。

 

 

「僕はさ、零夜。千年間、ずっと君のことを見続けた。それで確信したよ…。零夜。君には悪は向かないよ。君の役目は、僕が引き継ぐ

 

「――はぁ?何言ってんだ、テメェ…!」

 

 

 急になにを言われたかと思えば、自分には悪が向かない?変わりに自分が引き継ぐ?

 

 

「世迷言を、言ってんじゃねぇよ…!」

 

「言っているつもりはない。零夜。君はただ悪人の真似事をしているだけに過ぎないんだ。君と俺、あらすじが似通っていても、本質は違う。君が()になるには…まだ少し、若い

 

「何の話を…」

 

「もう君も勘づいているだろうけど、僕と君が初めて出会ったとき。僕は君にミラーワールドのお前だって説明したでしょ?アレ嘘ね」

 

「あぁ…まんまと騙されたよ」

 

 

 出会った当初のことだ。

 急に自分と同じ容姿(違うのは髪と瞳の色と声。そして服装)の人物が目の前に現れたときは本当に驚いた。しかもその人物は自分のことをミラーワールドの自分だと答えた。当時はあまり疑問に思わなかったが、よく考えれば不自然なことだ。

 ミラーワールドの自分であるならば、ここまで協力的なものおかしいし、何より正反対の存在でも表面上(ようし)は同一のはずなのに。だって鏡像なのだから。見た目が同じじゃないとおかしいのだ。

 

 

「ま、実際は()()嘘だけど

 

「――どういうことだ?」

 

「それを喋るほど、俺はバカではない」

 

「さっきはペラペラ喋ってた癖にか?」

 

「あれは蒼汰からの質問だったからね。大親友(とも)の質問だ。答えられる限り、答えるさ」

 

「なるほどな…ちなみに、俺はどんな枠に収まってたんだ?」

 

「――ごめん。考えてなかった」

 

 

 少しだけ考える素振りをしてからの、即答だった。

 つまり考えるほど、レイヤにとって零夜はその程度の存在だったということだ。

 

 

「あぁ勘違いしないで。流石の僕でもこの気持ちを、感情を、言葉でなんて表現したらいいのか分からないんだ。喉元で突っかかってる感じなんだよねー」

 

「――――」

 

「さて、話を戻そう。僕がこの評価を下した一番の理由はね、君には足りていないんだ。悪意が。非情が、恐怖が、足りない」

 

「なんだと…」

 

「君は根っからの善人だ。正直言って、幼稚園児のヒーローごっこの怪人役のようにしか見えない。君には大役すぎる。身の程に会わない役では、いずれボロが出る」

 

「この…」

 

「そもそも悪人ってさ、非道な人物だよね?確かに零夜も今までクズみたいな行動はしてきてさ、悪人っぽいところはあったっちゃあったけど、それでも理由として弱すぎる。結局君は、心から悪人に成り切れないんだ」

 

「そんなこと――」

 

「あるよね?君も薄々勘づいていたでしょ?」

 

「―――ッ!」

 

 

 レイヤの問いかけに、零夜は何も言えない。

 きっかけはゲレルだ。ヤツこそは本物の悪。他人を道具としか見ず、自分の快楽と利益のみを追求する悪徳者。一般的に悪とは、彼のような人物を指すのだ。

 そして零夜はそんな(ゲレル)を心の底から忌避した。その時点で、夜神零夜は“悪”とは縁遠い存在なのだ。

 

 

「君はゲレルや臘月のような悪にはなれない。理性がそれを拒んでる。そんなヤツに悪が全うできるとは思えない。だから俺は証明した。残虐非道と言う言葉を実行することで己の悪を証明したんだ

 

「――――」

 

「もうなにも言えないみたいだね。……さて、そろそろ」

 

 

 レイヤが零夜を掴む手とは逆の手を振り上げた。

 

 

「「させるかッ!!」」

 

 

 そこでライラと蒼汰が動いた。二人は一瞬でレイヤの背中まで急接近して武器である刀を振り上げ――

 

 

「それはこっちの台詞」

 

 

 シロの後ろの空間に、黒い穴が生まれた。その黒い穴に、二人は吸い込まれる。

 それと同時に、自分の後ろで二人の悲鳴が聞こえた。

 

 零夜は後ろを振り向いた。そこには――、

 

 

「な――ッ」

 

「ぐぎっ…!!」

 

 

 互いの刀が互いを傷つけている光景があった。

 カラクリはこうだ。あの黒い穴はレイヤが牡羊座の権能“アリエス・ボテイン”――【空間歪曲】の力でワームホールを創り二人を移動。そのまま対面になるようにワープさせた。何もわからない二人はそのまま自滅した。これが全貌だ。

 

 

「済まない。傷つけるのは正直嫌だったんだけど、邪魔されないためにも必要なことだったんだ」

 

「ふざ、けるな…!」

 

「忘れてたぜ…お前のこの手段、十八番(おはこ)だったな…」

 

「あ、覚えててくれたんだ。嬉しいな~。まぁでも感動話は後にして――」

 

 

 レイヤは零夜の頭を掴んだ。その瞬間、零夜の体から急激な力の消耗――喪失感が生まれていく。零夜の体から力がオーラとして視覚できるように表面化し、赤、青、黄色、緑、白、黒などの色となってシロの体に流れていく。

 ジェニミ・ライフが発動されたのだ。

 

 

「が、ぎ、アガッ…!!!」

 

「この力は君には不揃い…じゃない。アレ、なんて言うんだったっけ?豚に真珠?……でいっか。まぁそんんな感じで勿体ないからさ」

 

「なに、を…!」

 

「もらうよ。ライダーの力をッ!!

 

 

 レイヤが零夜から奪うもの――それはライダーの力だ。

 ジェニミ・ライフは遠く離れていて【夜神零夜】からの奪取は可能――と言うわけではない。むしろ奪取をするためには直接触れる、接触が必要だ。だが、零夜が保管している魂は別だ。これは【ネメアの獅子】によって可能となっている。

 【ネメアの獅子】は魂を操る権能。それゆえに直接触れずとも魂だけは奪取できる。

 【ジェニミ・ライフ】と【ネメアの獅子】。この二つの権能が合わさってこそできる芸当なのだ。

 

 

 強奪(うば)われていく。喪失(なく)なっていく。

 転生するときにもらった力が、どんどんどんどん――、

 

 

「ハァアアアアア!!」

 

 

 その時、闇が零夜とレイヤの間を分けた。レイヤは驚いて後ろに下がる。その赤き瞳に映ったその姿には、闇の大剣を振るっているルーミアが映った。

 

 

「おや、ちょっと強めに飛ばしたはずなんだけど…流石と言っていいかな。もう戻ってくるなんて」

 

「お褒めに預かり光栄――なんて言うとでも思った!?」

 

「いいや、全然。そんなことより、零夜のこと介抱しなくていいの?」

 

「ッ、そうだった。零夜、大丈夫!?」

 

 

 胸を押さえ、汗が滲み出て苦しむ零夜にルーミアは声をかける。

 

 

「どう、なってる…!力が、入ら、ない…!」

 

「――当然だよ。俺が奪ったのは【アナザーライダー】の力だからね

 

「なん、だと…!」

 

「もう分かってるでしょ?零夜はアナザーライダーの力で基礎能力の向上を行っていた。でも、その力が全て俺の手中に収まった。つまりアナザーライダーの力で超えてた人間の限界値が、元に戻ったってわけさ。つまりもう零夜は、能力が使えて、不老長寿で、霊力で身体強化できるだけのただの人間に戻った、と言うわけさ」

 

 

 零夜の人間にしては異常なまでの身体能力。それのタネはアナザーライダーの力にあった。アナザーゴーストの力による魂の吸収での能力向上。アナザー龍騎、アナザーファイズ、アナザーフォーゼなどの生命力吸収などでの強化で、今まで零夜は人間離れした力を有してきた。

 しかし、それらが一気になくなったため、零夜は急激な弱体化による倦怠感に襲われたのだ。

 

 つまり、夜神零夜は()()()()()()寿()の人間に戻ったということだ。

 

 

「そしてアナザーライダーの力を奪ったということは当然。こんなこともできるってわけ」

 

 

 瞬間。レイヤの体に漆黒の禍々しい渦が纏わりつく。やがてそれはレイヤの体全体を覆い尽くし、姿が見えなくなっていく。その渦が、はじけ飛ぶ。

 

 

 

ディケェイドォ!!

 

 

 

 ――その姿は、一言でいえば『悪魔』であった。

 横に張り出す形で大きなツノのような突起が伸びており、そこにバーコード状にプレートが21枚突き刺さっている。顔は歯が剥き出しになった双頭の鷲を思わせる醜悪な人面。

 暗いマゼンタの体色に、腰には白色のカメラを連想させる機械的な血走った眼球にも見える生物的な意匠のベルトが。

 その周囲にみられるそれぞれ形が異なる爪や牙のような装飾が20本存在している。

 胸の翼に、十字部分は真っ黒で三本のラインで構成されている。

 

 そして特に胸部右側にある「DECADE」「2019」と刻まれている文字が強調されていた。

 

 

 【アナザーディケイド】。それがこの悪魔の名である。

 

 

『零夜。教えてやろう。これが、『悪』だッ!』

 

 

 レイヤ――改め【アナザーディケイド】は両手を広げると、その背後に巨大なオーロラカーテンが出現し、そこから複数のダークライダーたちが召喚された。

 

 

 仮面ライダーオーディン

 仮面ライダーエターナル

 仮面ライダーワイズマン

 仮面ライダークロノス

 仮面ライダーエボル・フェーズ1

 

 

 この5体のダークライダーたちが召喚され、場は一時騒然と化す。

 ライラや蒼汰からすれば一気に戦力が増えてしまったこと。

 だがしかし、零夜からすれば違う意味で驚いていた。

 

 

「どういう、ことだ…。アナザーディケイドの、ダークライダー召喚のためには、“アナザーワールド”を生成しなければならないはずだ…!」

 

 

 アナザーワールド。それは失われた可能性の世界。人間をそこへ閉じ込めることで、アナザーワールドは生成でき、そこからダークライダーが勝った世界を創り出して召喚する。それがカラクリだ。

 だがしかし、レイヤは今目の前で初めてアナザーディケイドに変身したのだ。アナザーワールドを創り出す時間なんてなかったはずだ。

 

 

『疑問に思うのも無理はない。ネタバラシをすれば、俺は零夜から奪った“魂”でアナザーワールドを生成しているんだ

 

「なん、だと…!?」

 

『取り込むのはなにも人間だけじゃなくてもいい。その根幹である魂だって、代用するのには十分だ』

 

 

 アナザーディケイドは、零夜から奪った魂を代用して、アナザーワールドを生成していたのだ。

 アナザーディケイドの能力と、レイヤ自身の権能。その二つが合わさった結果、魂の数だけアナザーワールド創り放題と言う地獄の組み合わせが完成してしまったのだ。

 

 

『悪にやりすぎも過剰もない。ただ一方的に、相手を叩きのめす。それが悪の基礎だッ!覚えておくといい』

 

「んなこと、言われなくとも――」

 

『そうかそうか。なら今度は体で覚えるといい。――と言いたいところだが、その前に一つだけ聞いておこう』

 

「―――?」

 

『零夜。本当に、この役を降りる気はあるか?それだったら、俺はこのまま引くとしよう。だが……この状況でも『悪』を続けるなどと言う世迷言を吐くというのであれば…僕は君を、殺さなければならない』

 

 

 声のトーンが低くなった。アレは、違う。レイヤとしてではない、シロとしてでの言葉だ。

 レイヤは敵。シロは味方。その二つの矛盾が織りなしているからこその言葉だ。

 

 

「決まってんだろ…俺の答えはただ一つ。ふざけんな、クソ野郎

 

『そうか…残念だ。どうして君はそうも死に急ぐ。死んでは元も子もないだろうに…』

 

 

 残念そうに、期待外れのように、そんな感情が目に見えていた。

 アナザーディケイドは右手を前に突き出し、宣言する。

 

 

『俺の名はヤガミレイヤッ!!お前を――殺すものだ。行けッ!』

 

 

 その一声で、ダークライダーたちが一斉に動き出す。

 

 

 

タケトリモノガタリ 最終章始動

 

 

 

 




 ついにタケトリモノガタリ最終章突入です。
 タケトリモノガタリはゲレルで終わりにしようと思っていたのですが、それだと物語の展開的に不味くて…。
 
 あと、迷ってるんですけど、レイヤ、蒼汰、圭太を主人公に描いた過去編を書こうかな?って迷ってる感じです。

 書いた方がいいですかね?まぁその分本編の投稿頻度遅くなりますけど。
 アンケート協力お願いします。

 
 評価:感想お願いします。

 期間は今月末までです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92 絶望()(トキ)

 戦況は、絶望的であった。

 シロ――アナザーディケイドの召喚したライダーたち五人は、それぞれが並大抵の力を持っていない。どれも常軌を逸した力を保有しているのだ。

 

 そして、そんな力を持ったライダーたちの相手をすることになった一同は、防戦するしか道がなかった。

 

 まず最初に『彼』の目に映ったのは、ライラと蒼汰だ。彼らは【仮面ライダーオーディン】と【仮面ライダークロノス】を相手にしていた。

 ライラがオーディンを、蒼汰がクロノスを相手にしている図式だ。

 

 オーディンはゴルドセイバーを爽快に、鮮やかに、一種の芸術のように、ライラの攻撃を捌く。

 

 

「遊んでいるのか、貴様ッ!」

 

 

 ライラは激情するが、余裕がない。何度も行った戦闘によって蓄積された疲労は、妖怪と言う身であっても耐えられるものではない。事実、ライラの攻撃は権能による速度で疲労を誤魔化しているに過ぎないのだ。

 

 

『――――』

 

 

 オーディンが、消えた

 なんらかの比喩ではない。黄金の羽とともに、本当にオーディンはその場から姿を消したのだ。その光景に唖然としていたライラだったが、自身の背後にオーディンの気配が現れ、ライラはすぐに反応して――

 

 

「イギッ!」

 

 

 できなかった。疲労が積み重なり、反応が遅れた。背中から、血が噴出するのが見えた。そしてその血の後ろで、オーディンがゴルドセイバーを持ち佇んでいる姿もあった。

 いつの間に背後まで移動を?見えなかった。だからこそ困惑した。ライラの『光操作』の権能はライラが光の速度に対応できるように使用者自身(ライラ)の体を権能取得時に大幅に強化している。つまりライラの眼は光の速度でも対応できるということだ。そんなライラの眼ですら追えなかったオーディンの移動。そのカラクリは一体なにか?

 

 

「ハッ!」

 

 

 ライラは負けずと刀を振るう。しかし、力の入っていない速度だけの攻撃など、受け止めるまでの時間が無駄だ。ゆえにオーディンは再びその場から黄金の羽とともに姿を消した。

 

 しめた。今度は逃がさない。ライラはオーディンが消えた瞬間にいち早く後ろに刀を力いっぱいに振るった。するとガキンッ!と言う金属音とともに、オーディンが後ずさった。

 

 

「やはり…貴様のソレは、瞬間移動か」

 

 

 瞬間移動。この現象は前に何度か見たことがある。それは主にシロだ。キャッスルドランでの攻防で、シロはこの現象を【アリエス・ボテイン】を用いて何度も見せてきた。経験があったゆえに、2度目で対処することができた。もしそれがなかったら、理解するのにあと数回はあちらに行動権を渡す羽目になっていただろう。

 

 

「カラクリは分かった…次も見逃さんz」

 

 

ポーズ

 

 

 ――時が、止まった。

 これも比喩ではない。正真正銘、世界が止まった。そして、ソレを認知できるものは、ごく一部しか存在しない。『彼』はその枠に入っていなかったため、この停止した世界を認識することはできなかった。

 

 そして、その止まった時の世界で、一人、行動する人物がいた。

 ゲームのキャラクターを彷彿とさせるその姿――審判の神、【仮面ライダークロノス】が、ライラの背中から少し離れた場所に現れた。

 ベルト状態のガシャコンバグヴァイザーⅡをチェーンソーモードに設定する。

 

 

『――絶版だ』

 

 

 Aボタンを押して、Bボタンを押す。

 

 

キメワザ

 

クリティカルサクリファイス!!

 

 

 丸鋸型のエネルギー刃を形成し、ライラの背中に斜め、直接斬撃を当てた。ライラの背中から血液が噴出し、衣服を赤く染めていき、その状態で静止する。

 

 

リスタート

 

 

 ――時間が動き始める。

 

 

「な゛…ッ?」

 

 

 突如喰らった不意打ち。気付けなかった。後ろに回られていることに。ライラは倒れる最中、後ろを振り向く。絶版者(クロノス)と目が合った。ライダー特有の無機質な目は、何を映しているのか――。それすら分からぬまま、ライラは倒れた。

 血の海が誕生し、その面積をどんどんと広げていく。地面が赤く染まっていく。

 

 

「ライラさんッ!!」

 

 

 蒼汰は、腹の底から力いっぱい叫んだ。

 何が起きた?自分はさっきまで、ライラにトドメを指したライダー、クロノスと戦っていたはずだ。こちらが疲労しているとはいえ、押していると思っていたが、クロノスがベルトのAとBのボタンを押したとき、クロノスは目の前から姿を消していた

 

 

「クソッ。俺は仮面ライダーはあまり知らないんだよッ!」

 

 

 創作物であることは知ってはいたが、知識はその程度だ。子供のころは見てた。そのくらい記憶が朧気だ。

 チートレベルのやつが多いくらいのことは聞いたことはあるが、実際に目の前にすると面倒くさいことこの上ない。

 

 

「それにこいつら、権能の恩恵受けてやがるしよッ!マジでどうなってんだ意味が分からねぇ!!」

 

 

 ライラに傷を与えられる時点で確定はしていたが、仮面ライダー(彼ら)から感じるのは『権能』の力。確実にシロの影響を受けている。実際はそれだけではないのだが。

 黄金の不死鳥のライダーと、審判の神のライダー。どちらを相手にしても絶望でしかないのに、それを一気に相手にしないといけないなんて、分が悪すぎる。権能の壁はない。

 それに蒼汰はオーディンとクロノスの能力を知らない。だからこそ、動けずにいた。

 

 

「ニ対一か…本格的に不利になってきやがったな」

 

『いいや、三対一だよ。蒼汰』

 

「な――ッ」

 

『つ・か・ま・え・た』

 

 

 肩に大きな黒い手が置かれている。後ろを振り向くと、そこにはアナザーディケイド(あくま)が立っていた。一度見たとはいえその悪魔の形相を間近で見て、蒼汰は一瞬膠着した。そして、その一瞬の気の緩みが命取りになった。

 アナザーディケイドが手の平を蒼汰の腹に付けた瞬間、黒い衝撃波が蒼汰の体を貫通した。蒼汰は白目をむき、前のめりに倒れる。その体をアナザーディケイドは支えた。

 

 

『度重なる戦闘に、分離。お前の体はとっくに限界を迎えていた。この程度の攻撃だけで倒れるなんて、まだまだ経過途中と言うことか』

 

 

 ライラ 蒼汰 戦闘不能。

 

 

 

 

―――。

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

 

 『彼』は見る。

 長年をともに過ごした女性――ルーミアが苦戦を強いられている光景を。

 

 彼女が一人で戦っているのは、仮面ライダーワイズマンと仮面ライダーエボル・フェーズ1。エボルが接近戦を、ワイズマンが遠距離攻撃を担当しており、使役されているがゆえに、統率が取れていた。

 

 

「はぁ!」

 

『フンッ!』

 

 

 ルーミアは闇で生成した双剣を駆使してエボルを攻撃する。しかし、並大抵の攻撃は無効化するエボルには、この戦いは児戯に等しかった。拳にエネルギーを纏い、武器を破壊する。ルーミアは武器が壊されるたびに再び投影して闘いに挑んでいる。これの繰り返しだ。正直言って、遊ばれていた。

 もともとルーミアも度重なる闘いで疲弊している。武器の練度が下がるのも、仕方のないことだった。

 

 

テレポート ナウ

 

 

 ルーミアの立っている地面に、魔法陣が展開された。

 振るった剣の感触がない。ぶつかった感覚がない。その謎の感覚に呆気に取られていると、ルーミアの立っていた場所は変わっていた。

 目の前にはエボルがいたはずだが、いつの間にかワイズマンが目の前にいて、ハーメルケインを振り下ろしている光景が――

 

 

「あがッ…!!」

 

 

 斬られた。血が出てくる。苦しい。痛い。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。妖怪特有の再生能力で止血だけして、能力を使って闇の中に隠れる。この状態でだけ、ルーミアは実態を失う。非実態、つまり霊的状態であるため、陰陽師なんかの力が泣ければ、今の彼女を攻撃することはできない。

 

 しかし、そんな状態でもワイズマンは動く。

 

 

スパーク ナウ

 

 

 瞬間、ワイズマンの手が光源となり強力な光が辺り一帯を照らしていく。

 この力、この光景、知っている。実際に受けるのはこれが初めてだが、『ルーミア』がそれを覚えていた。ウィザードにやられた技だ。

 光が一面に広がれば、そこに当然影はできない。つまり、闇――影に潜んでいたルーミアは強制的に弾き出される。

 

 だが、この結果を予測していたルーミアは一足先に影から出て、ワイズマンの後ろを取る。闇の弓矢を形成してワイズマンに狙いを定めた。

 

 

『フンッ』

 

「あ゛…ッ!!」

 

 

 しかしその瞬間に腹に強烈な痛みが現れた。目の前にはなぜかエボルがいて、自分の腹に拳をめり込ませていた。

 

 

「なん、で…!」

 

 

 膝を付き、腹を抑える。しかし血液は口から溢れてくる。

 そして、エボルが目の前に現れたことにタネなんてない。ただ、ルーミアが出てくる位置をいち早く察知してそこに高速で移動しただけだ。

 

 そのまま動かないルーミアに、エボルは追い打ちをかける。

 腕で赤い光弾を生成し、放つ技――“エボル滅弾”がルーミアに直撃する。もともと人間が喰らえば一撃で即死レベルのものだ。妖怪である彼女でも、無事では済まない。その場で爆発を起こし、ルーミアの体は宙に舞う。

 

 

エクスプロージョン ナウ

 

 

 ワイズマンの魔法が発動する。

 この魔法は魔力を亜空間に圧縮し、一気に解放することで任意の空間に爆発を起こす魔法だ。魔法陣を重ねての連続発動や複数展開して同時発動も可能で、単純だが非常に自由度が高い魔法である。

 そこに情など一切ない。何回も、何回も、魔法を発動してその威力を一気に開放する。ルーミアの体の空間を起爆地点として、大爆発を起こす。

 

 

 

ドォオオオオオオオオオン!!!!

 

 

 

 大爆発が起きた煙の中から、ルーミアの体が落ちてきて、地面に激突する。

 その見た目はとても痛々しいものだった。服は破け、血みどろになり、皮膚が焼け爛れ、肉が、骨が、見えている部分だってある。辺り一帯に血の海を作り出し、その瞳からは生気が一切感じられなかった。彼女の体はピクリとも動かない。死んでしまったとしても、おかしくない状況だった。

 

 

 

 ルーミア 戦闘不能。

 

 

―――。

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

 

 『彼』はこの一連の状況を見て己の無力さに唇を嚙み締める。

 『彼』は呪った。自分の弱さを。

 『彼』は恨んだ。その光景に映った悪魔たちを。

 

 

「う、ぐ…ッ!!」

 

 

 『彼』――夜神零夜は今、純白の体を青い炎で燃やした死神――仮面ライダーエターナルによって一方的に蹂躙されていた。

 彼も度重なる戦闘で極限まで疲労している。それにアナザーライダーの力を奪われて、能力値が大幅に下がった。これらの状況を見ても、これ以上の戦闘は不可能に近かった。

 エターナルがサムズダウンしながら、こちらへ近づいてくる。

 

 

『さぁ。死神のパーティタイムだッ!』

 

「誰がやるか…!」

 

 

 拳を握り締め、零夜はエターナルの顔面目掛けて拳を振るった。しかし、その攻撃はエターナルの拳によって防がれ、逆にもう片方の手にあった“エターナルエッジ”で横腹を指された。大量に、吐血する。

 傷口を握り締め、なんとか止血する。

 

 

『無様だな。目の前で仲間が倒れていくのに、なにもできないというのは』

 

「んなこと…言われなくとも、分かって、る…!」

 

『そうか。なら、己の運命を呪って死ね!!』

 

 

 エターナルの蹴りが零夜の顎に直撃する。後方に吹き飛ばされ、地面に転がされる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…!!」

 

『どうした?俺の力を使ったことがあるんだろう。何故反抗しない?する気力すらもなくなったか?それとも…怖気づいたか!』

 

「誰が…!」

 

『だったらそのまま、二度目の死を迎えろッ!!』

 

 

UNICORN(ユニコーン) MAXIMUM DRIVE!

 

 

 メモリスロットにユニコーンメモリを装填しマキシマムを発動する。エターナルの右拳にドリル状のエネルギー波を纏わせて放つ技、“コークスクリューパンチ”を零夜の腹へと突き刺した。

 腹を貫通し、そのまま乱暴に引き抜いた。血がドバドバと噴出して、吐血して、血が、血が、血が、足りない。足りない。足りない。足りない足りない足りない。

 意識が、意識が、意識が意識が意識が意識が意識が。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ――。

 

 立て。俺の体。立て、俺の足。

 そう何度も言い聞かせても、体は言うことを聞かない。立て、立ってくれ。頼むから。

 

 

『なんて見苦しいんだ。まぁ、そんな状況は何度もあったから見慣れてるけどさ』

 

「シ、ロ…!!」

 

『――あぁ。まだその名前で呼んでくれるんだ。いや、自分で自分の名前を言うのも変な感じするから、当たり前か』

 

「てめぇ…!!」

 

『まぁそうカッカするなよ。君もすぐに、二人と同じ場所に連れていくからさ

 

 

 アナザーディケイドが後ろを振り向き、地面に倒れている三人――二人を見やる。その二人は、ライラとルーミアだ。蒼汰にはゲレル戦以降から傷が増えていない。

 鮮やかな金髪が見るも無残に赤黒く染まっていて、生気のない体と瞳が、零夜の眼に映った。

 

 

「死んだ、のか…?」

 

『正確には、君は一足先に逝く。彼女たちも一緒だ。寂しくはないだろう』

 

「あ…あ…アァアアアアアアア!!!

 

 

 零夜は叫んだ。力いっぱい。腹から来る痛みすらも無視できるほどに。体よりも、心が痛かった。

 これじゃ前と同じだ。転生前、冤罪をかけられて死刑にされたときと、なんら変わりない。あの時の状況と、同じじゃないか。大切なものに限って、自分の手の平から零れ落ちてしまう

 

 

「レイヤ……ヤガミレイヤァアアアアアアア!!!」

 

『それは俺への怒りの叫びか?それとも自分への怒りの叫びか?分からないから、もっと具体的に言ってくれないかな?』

 

「おま、お前は、お前だけ、は!絶対、ぜった、い、絶対、に、ゆる、許さないッ!!」

 

『――苦しくないのかい?腹を貫かれて、そんな大声。絶対体に悪いだろうに。まぁ…そんな苦しみから、君は解放されるんだ。良かったな』

 

「はぁはぁ、はぁあアアアアアアアアア!!!」

 

 

 零夜は『創造』の能力で【バレットM82】を創造する。既存で存在しているスナイパーライフルの中でも、最強の部類にあるライフルだ。

 それに改造を加えて、火薬の量も人間が耐えられないレベルまでつぎ込み、通常の威力の何十倍のも威力を獲得した。

 

――引き金が引かれる。

 

 弾が発射されたと同時に、アナザーディケイドは両手を突き出して暗黒のバリアを展開した。体が、足が、無理やり押されていき、かかとに土が盛り上がっていく。

 最後には力を少し出して、弾を完全に弾いた。その方向に弾が着弾し、大爆発を起こす。

 

 

『まさかこんな攻撃を仕掛けてくるとは、君のイカレ具合を見誤っていたようだ。だが――』

 

 

 零夜の右側は、悲惨なことになっていた。いや、悲惨と言う言葉で片づけられる次元(レベル)の怪我ではない。弾が発射されたと同時に、ゴキッと嫌な音が右肩から鳴った。関節が完全に外れた。右腕の骨が豪快に割れる音が耳に入ってきた。右耳の鼓膜が破れた。右腕の穴と言う穴から血が噴き出した。

 

 人間では耐えられない攻撃を行ったのだ。こうなるのは必然だった。零夜の右側は、完全に使い物にならなくなっていた。

 左側も、右側ほどではないか反動のせいで大けがをしていた。

 

 

『破れかぶれの攻撃だったか。その攻撃は吉と出るか凶と出るか――この場合は凶だったようだ。見たまえ』

 

「え…あ…」

 

 

 アナザーディケイドが指さしたのは、零夜が放ち、アナザーディケイドが弾いた弾が着弾した場所だった。土煙が立ち込めている。しかし、問題はその中身にあった。

 そこには、片腕を失っている紅夜の姿があった。千切れた腕からドクドクドクドクと、血が、血が、血が――。

 

 

『どうやら、俺が弾いた場所にたまたま紅夜がいたようだ…。完全なとばっちりだ。彼には悪いことをしたよ』

 

「あ、あ、あ…」

 

『さて。そろそろお別れの時間だ。さようなら、零夜』

 

『地獄で、己の弱さを悔いな』

 

 

 

FINAL VENT

 

ETERNAL MAXIMUM DRIVE!

 

イエス! キックストライク!

 

クリティカルクルセイド!

 

エボルテックフィニッシュッ!!

 

 

 

 それぞれの必殺技が発動する。どれか一つでも喰らったら確実に死ぬだろう。

 そんな時、零夜の脳裏に、過去の記憶が蘇る。

 

 

『零夜。俺は信じてるからな。お前をそんな風に育ててないんだからな』

 

『そうよ。私たちもなんとかするから、零夜もめげないで』

 

 

 あぁ思い出す。自分を励ましてくれた両親の顔を。励ましてくれていたが、あの二人の顔が忘れられない。だって、あんなにも(やつ)れた顔で、自分を心配してくれるのだから。

 

 

『■■■■■■のせいだよ。■■■■■■のせいで、私は…』

 

 

 あぁ違うんだ。俺のせいじゃないんだ。俺はなにもやってない。だからそんな目で、俺を見ないでくれ。そんな蔑んだ目で、俺を見ないでくれ、頼むから。

 

 

「あ…」

 

 

 思わず、左手を空に向かって掲げていた。

 走馬灯と言うやつをみた。死刑寸前でも見ることができなかった光景を、今になって見るなんて。なんて滑稽なんだ。

 

 顔を上げると、5人分のライダーキックと黄金の不死鳥が迫っているのが見えた。

 死ぬのか?まだ、死ねない理由があるのに。やり遂げなければならないことがあるのに。こんなところで、死ぬなんて―――。

 

 

「零夜!!!」

 

 

 聞き覚えのある女性の声とともに、その人物に前から抱きしめられる。赤い血が付着した金髪の彼女は零夜を力強く抱きしめた。

 そして目前には、ライダーたちの攻撃が迫っていて――激突する。

 

 

 衝撃が緩和されながらも、とんでもない威力の攻撃を受けたことにより、その人物と一緒に吹き飛ばされ――目の前が、光に、包まれ、て

 彼女の笑顔が、忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 体が、重い。自分の体の大けがも理由のひとつであるが、何より、自分の上に、なにかが乗っている。左手でそれに触ってみると、ネチョ、と言う音が聞こえる。掠れた視界でそれを見てみる。その正体は血液だった。別に不思議なことではなかった。今の自分は瀕死の状態だ。血で腕が濡れようと――そもそも自分が血まみれなのだ。不自然なことではない。

 だが、それではこの重量の理由の説明がつかない。

 

 少しずつ、少しずつ、視界が鮮明になっていく。零夜の視界に映った光景は――ルーミアの顔だった。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 力を振り絞って、上半身だけ起き上がって、左手でルーミアの体を抱えた。

 彼女の服の背中側は、必殺技を喰らったことでほぼないに等しく、肌は焼け爛れ、荒れて、肉が、骨が、見えて、見えて。瞳には光がなくて、まるで死んでいるようで、体温があるのに、それでも死んでいるようにしか見えなくて。美しいその姿も、怪我と出血で穢れてしまった。

 

 

「ル、ミア?おま、なん、で」

 

「良か…た…無j、で…」

 

「な、で、俺、w、かば、た?」

 

「だ、って…好き、なんだ、もん…」

 

「聞こえ、ない。も、と、聞こえる、よに、言っtく、れ…」

 

 

 わからない。彼女が、なんて言ったのか、分からない。聞こえない。先ほどの銃撃で起きた爆音は、零夜の右耳の鼓膜を完全に破壊し、右耳ほどではないとは言え左耳の鼓膜も破壊寸前までのダメージを負っている。今までのような再生力は持っていない。だから、聞こえない。大事ななにかを言っていることは分かる。でも、聞こえない。聞き逃してはいけないであろう言葉が、頭に入ってこない。

 零夜の瞳から、液体が零れる。これは血液じゃない。血液はこんなに透明じゃない。もっと赤黒く濁っているはずだ。だが、零夜は自分の瞳から液体(なみだ)が零れていることに気付いていない。それよりも、目の前の事実の方が、心に重くのしかかってきていたからだ。

 

 

「なんで、私…こう、m、大事、なとk、に限、て伝わ、r、ないnだ、ろ…」

 

「おい、おい、おい…!!」

 

 

 何度も、何度も、何度も、叫ぶ。しかし、彼女の体温は徐々に下がっていく。妖怪の再生能力なんて当てにならない。それくらいのダメージ量だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 止血。止血しないと。傷を塞いで、それから体力を回復させないと。そうだ、あれがあった。蒼汰からもらった回復薬が。あれがあれば、ルーミアは助かる。どこだ、どこだ。どこにある。見つかれ、見つかれ、見つかれ。見つかってくれ。アレが、アレが、アレがないと、ルーミアが、ルーミアがルーミアが――!!

 

――彼女の手が、優しく、弱く、儚い手が、零夜の頬に触れた。

 

 

「零夜……悲しまないで。あなた、は…そんなことで、めげる人じゃ、ないでしょ?」

 

「ルーミア…?」

 

「あなたといれて……幸せでした」

 

 

 彼女の手から――力が抜け、地面に落ちる。

 

 

「おい、ルーミア…?ルーミア、ルーミアッ!!」

 

 

 何度も彼女の体を揺さぶり、呼びかけても、返事はない。胸に左耳を当ててみる。セクハラだろうがそんなことはどうでもよかった。――聞こえない。心臓の音が、聞こえない。心臓が止まっているのか、それとも自分の鼓膜が聞き取り不可能なレベルまで落ちているのかすら、今の零夜には分からなかった。

 

 

『あぁ…なんてことだ。まさか庇える気力が残っていたなんて…なんて可哀そうなんだ』

 

「――ッ!!」

 

 

 顔を上げて、憤怒で染まった表情で、目の前に現れた悪魔を全力で睨みつけた。その悪魔の周りに、他の五人のライダーたちが立っていた。中にはかつて自分で使ったこともある戦士もいる。だからこそ、一層憎たらしく見えた。

 

 

「シ、ロ……ッ!!」

 

『やぁ零夜。大事な仲間を失った悲しみはどうだ?辛いだろう。苦しいだろう』

 

「おまえ゛、おm、え、おま゛え゛がァアアアアアアア!!!」

 

 

 なにを言っているのか、それがほとんど聞き取れない。だが、ろくでもないことは確かだ。目の前に、彼女を殺した怨敵がいる。それだけでも、零夜にとって憎み、恨み、(いか)る理由としては十分すぎるほどだった。

 

 

『叫ぶと寿命を縮めるぞ?……さて、俺は今、目の前にいる死にぞこないと話をしようと思っている』

 

「―――」

 

『あぁそうか。今の君は鼓膜がほとんど使いものにならないんだったな。だったら――(これなんてどうかな)』

 

(――ッ!?)

 

 

 頭の中に、直接シロの声が入ってきた。不思議――いや、今となっては気持ち悪い。憎き悪魔の声が、自分を支配しているように思えたからだ。

 おそらくジェニミ・ライフを使ったのだろう。でなければこの状況は作れない。

 

 

(大事な人を失った感想はどうだい?辛いだろう。悲しいだろう)

 

(当たり前だ――ッ!よくも!よくも!よくも!!)

 

(うん。正常な反応だ。だが……君も同じようなものだろう?)

 

(――は?なにを、言って…)

 

(そうだなァ。例を挙げるとするならば、春冬異変のときかな)

 

(それが、どうした?)

 

(あの時君は、チルノと大妖精を無残にも殺しただろう?復活するとはいえ、冷酷に、君は殺した)

 

 

 春冬異変の時、確かにそうした。

 動機はチルノによる“究極の闇”への『復讐』だった。光闇大戦の時、自分の攻撃が大妖精に直撃し、一度死を迎えていた。妖精は復活できるとはいえ、それでも大切な人を殺されたとすれば、誰だって怒りに燃えるだろう。そして、戦う意志のない大妖精ごと、一時的な情報漏洩を防ぐために、殺した。

 全て復活できるからと言う前提があったからこその行動だった。アレが、悪人として、もっとも正しい行動で、尚且つ最善で――

 

 

(だから、それが――!)

 

(その時の君と今の俺。一体何が違うと言うんだ?)

 

「――――」

 

(今、君が俺に向けている感情を、あの妖精(チルノ)が抱かなかったとでも?)

 

 

 チルノは、怒っていた。大妖精(ともだち)を殺されたことによって。生きていたとしても、その怒りは消えることはないだろう。だからあの時、彼女は自分に戦いを挑んだ。そして殺した、無残にも。

 今自分が抱えている感情。“怒り”“悲しみ”“憎悪”。これらの感情を、彼女は抱いていたはずだ。そしてそれらの感情が今、自分の中で噴き出している。

 あの時と今の違いは、対象が生きているか、死んでいるかの違いだ。

 

 目の前にいるダークライダーたち。あの時の彼女たちの瞳にも、レンゲル(自分)の姿が悪魔に見えていたのだろうか。そうに違いない。

 だって、感情を持たなければ、こんな考えにはならないから。

 

 

(人間なんて、身勝手な生き物だ。自分かやられたら嫌なことを他人には平気でやれる。そして自分がやられたらギャアギャア(わめ)く。愚か以外の何ものでもないよね)

 

「――――」

 

(そして無論、それは俺にも適応される。――強者は、大抵はこう考える。“強い奴はなにをしても許される”と。これは悪か?違う。これはその人物にとっての理念だ。正義と悪の境界線なんて、あってないようなものだ。自分にとっての正義が、他人にとっての悪だなんてこと、ザラにある)

 

(結局…お前はなにが言いたいんだ)

 

(あぁそうだね。俺の意図は、君の意志の脆弱性を問うこと《b》《big》だ)

 

(脆弱性…)

 

(もっとボロクソに言えば、脆弱(ぜいじゃく)で、惰弱(だじゃく)で、貧弱な君自身を追い詰める)

 

(なんだと…)

 

(――悪でいたい。アイツの正義(すべて)を否定してやりたい。そこはいいよ。君が『悪』を遂行することで、《b》《big》アイツと同類のクズであることを容認したことも、まだいい。でもやってることが稚拙すぎる。そんなものは本当の悪じゃない)

 

(だったら…なんだって、言うんだ!!)

 

(そうだね…偽善者ならぬ、偽悪者(ぎあくしゃ)、かな?)

 

 

 偽悪者。妙にも、それが夜神零夜と言う男を表す一番の言葉でもあった。

 零夜は過去に何度もそんなことを行ってきた。今回のことだってそうだ。悪人なら、自分の利益にならないことにはまず手を貸さない。根っからの悪人は、自己犠牲なんて最初から考えない。悪は、他人の心など尊重しない。

 どれも零夜は該当するか、しないかの回答(こた)えが曖昧なのだ。悪人らしい非道で冷酷な部分を見せながらも、他者のために自分の体など二の次にするという自己犠牲(とうとさ)。心から“悪”になり切れていない何よりの証拠だ。

 

 

(君は…結局“悪者ごっこ”をしていた子供に過ぎないんだ。“ごっこ”だから、行動に綻びが、矛盾が生じる。ここは生きるか死ぬかの世界。“ごっこ遊び”なんて論外なんだよ)

 

(俺は…遊びなんてしていたつもりはないッ!!)

 

(――自覚がないって面倒くさいよね。いや…気づかないふりをしているだけか。再び問おう。夜神零夜。君はどうして“悪”になろうと思ったんだい?

 

(それは――)

 

 

 ――言葉が、出ない。続けようと思っても、言葉が出てこない。アレ、なんで自分は“悪”になりたいと思ったんだろう。最初は前世の時周りが自分を“悪”だと罵るから、だったらなってやろうという曖昧で稚拙な考えだった。

 それを言っても「バカなの?」と反論されるだけだ。だからこそ、零夜は考える。この1000年間で培った、自分の悪の概念を、言語化するために、脳を使う。

 

 

(――ほら、考えてる。考えてる時点で、まともな理由も、納得できる理由も、共感できる理由もないんだろう)

 

(な――ッ)

 

(君も当時は19歳。まだ精神が未成熟の時だ。特に考えなしの行動をしても、バカなの?程度で済むけどさ、500年だよ?こんな長い時を、ただ鍛錬のためだけにつぎ込んで、自分のことはこれっぽっちも考えてなかったのかい?どんな脳筋だよ)

 

「――――」

 

(結局君は、その程度だったってことだ。もっと思考を働かせて、せめて彼女らを裏でサポートする謎の仮面戦士!みたいなフレーズの方が良かったんじゃないのかな?まぁ今更言ってもあとの祭りだけどさ)

 

 

 アナザーディケイドは言葉を続ける。もっと別の方法があったんじゃないかと。わざわざ敵を作って、バカにもほどがある。付き合ってたこちらの身にもなってくれと。ボロクソに言い続ける。

 零夜の心は、ほとんど折れていた。目の前で大事な仲間の死に、この追い打ちだ。いくら心が千年の間で強靭に育ったといえど、こればかりには慣れないし、慣れたくないものなのだ。

 

 

(俺は…ただ…)

 

(ただ、なに?)

 

(俺はただ…自由に。今度こそ、自由に生きてみたかった)

 

(――捻りだした答えがそれかい?誰でも思いつき、誰でも願う単純な願望だ。君の底が透けて視えるよ)

 

「――――」

 

『もうなにも言えないか…。ならそろそろ終わりのときだ』

 

 

 アナザーディケイド(あくま)がゆっくりと歩みを進める。ゆっくりと、ゆっくりと、悪魔が徒歩で零夜に近づいてくる。“死”が、迫ってくる。

 それでも、零夜は行動(うご)かない。もう、そんな気力なんて、残っていないから。

 

 アナザーディケイドが、零夜を見下せるところまで、目の前で立ち止まった。

 

 

『君たちとの時間…彼女たちとの時間。案外、楽しかったよ』

 

「さい、ごに、ひ、とつ…お前、はな、んで、俺につい、て、きた、んだ?」

 

(―――責任を取りたかったから、かな)

 

「せき、に、ん…?」

 

『話は終わりだ。じゃあね。零夜』

 

 

 エネルギーで右手に巨大な刃を創り、零夜の心臓を突き刺した。

 

 

「あ……」

 

 

 不思議と痛くなかった。当たり前か。体が痛すぎて、もうどこに傷ができても、いちいち反応できないほど、感覚が鈍っているのだから。死ぬのだから、当然か。

 刃が引き抜かれると同時に、零夜の体が前のめりに倒れる。アナザーディケイドが片膝を付いて、倒れ行く零夜の体を支えた。

 最後に、零夜の左耳に、ポツリと。

 

 

 

『我らが女神様への、謝罪は忘れないように』

 

 

 

(女神……って…)

 

 

 

 残り少ない意識の中、零夜が考えた、最後の思考だった。

 

 

――夜神零夜 死亡

――ルーミア 死亡

 

 

 

―――。

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

 

 寝ている。起きない。二人が、起きない。血を出しながら、二人で眠ったかのように、死んだ。

 アナザーディケイド――シロは二人の死体を寝転がし、顔合わせの状態で置いた。

 

 

『生前、結ばれなかった君たちへ、僕ができる唯一の、おせっかい。是非受け取ってくれ』

 

 

 シロは立ち上がり、二人に背中を向けて歩き出す。

 途中で、一回止まって、振り返る。

 

 

『これからはもう、ただ静かに、死《ねむ》りたまえ』

 

 

 その言葉は、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 




 主人公、ヒロイン、死亡しました。
 バットエンドって思う方も、これってIFの物語ですか?って思う方もいるかもしれませんが、安心してください。本編です。(いや安心できるかーい!)
 次回これどうなんの?って思う方もいるでしょう。次回の展開は、最後らへんにシロ口にした言葉で予想できますよ。

 今回は、零夜君がシロに痛いところ(核心)を突かれましたね。
 なんで“悪”になろうと思ったのか。それで本当によかったのかと。いろいろと考えられると思います。
 あなたは、どんな選択が正しいと思いますか?


 評価:感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

93 再開(はじめ)空間(ばしょ)

 どうもお久です。

 東方悪正記、見ていってください。


 

「――――」

 

 

 目覚めたら、真っ白な空間にいた。それが最初に夜神零夜が思考したことだった。零夜は立ち上がって、空間を見渡していく。

 この空間には、見覚えがある。ここは――

 

 

「目覚めましたね」

 

 

 背後から、女性の声が聞こえた。零夜はゆっくりと後ろを振り向くと、そこには見覚えのある女性がいた。全身を黒い装いで統一し、顔をベールで隠している、謎の――

 

 

「はい。神です」

 

「……思考を呼んでくるのは相変わらずだな」

 

 

 そこには、零夜を【東方project】の世界に転生させた女神がいた。

 女神はゆっくりとこちらに歩いてきて、零夜との距離が1メートルあたりになった時点で、止まる。

 

 

「誉め言葉として受け取っておきます。……体の調子はどうですか?」

 

「――絶好調だよ。もう死んでるからな」

 

 

 体に、なんの不調も不備も感じない。ボロボロだった体も完全に元通りになっている。それはそうだろう。今この場に、実体はないのだから。今の零夜は、魂だけの存在だ。零夜の魂が、【夜神零夜】を形成して、見て、聞いて、喋っているだけに過ぎないのだ。

 

 

「さて、本題に入りましょう。あなたは、また死にました」

 

「分かってること言わなくていいっつの…」

 

 

 あの、心臓を貫かれた感覚。忘れるはずがない。正直って元の世界の絞首刑よりも、一瞬で終わった気がした。

 そして、自分の膝に置かれていた、彼女だった、肉の塊が――

 

 

「――ウプ」

 

「あぁ。ここで吐かないでくださいね。吐くものすらお腹にないでしょうけど、私の気分が駄々下がるので」

 

 

 転生直後に見せたあの女神はどこへ行ったのか。零夜には目の前の女神が別人に視えた。最初に見せてくれた謙虚さは既にない。

 いっそのこと、顔なんて最初から分からないのだから別人説があっても不思議ではない。むしろ別人であれ。

 

 

「あらあら。別人だなんて。酷いことを仰いますね」

 

「そーだったな。お前は心が読めるんだったな」

 

「はい。さとり妖怪以上に読めますよ」

 

 

 憎まれ口だ。口が達者のようだ。適格に零夜を煽っている。

 しかし、死んでしまった以上、出来ることなどほぼ皆無だろう。零夜は落ち着いて、口を開く。

 

 

「……お前に、一つ。聞きたいことがある」

 

「はい。なんでしょう」

 

 

「シロが最後に言った『我らが女神様』って……お前のことか?

 

 

「あら、随分と直球なんですね」

 

 

―――女神はベールで隠れている顔で、かすかに口で笑みを浮かべた。

 

 

「俺が知っている女神ってのは、お前しか思いつかない。それに…お前の前じゃどんな隠し事もお見通しだ。だったら最初から切り出した方がいいだろ」

 

「思い切りが良いのですね。では私もあなたの質問に真摯に答えなくてはなりません。答えはYESです

 

「――――」

 

 

 なんの躊躇いも、躊躇も見られず、ただ作業のように、女神は肯定した。

 今となっては隠す必要などないということか。

 

 

「……詳しく説明しろ」

 

「……口は生意気ですが、話が早い方は好きです。立ち話もなんですので、座って話をしませんか?」

 

 

 女神が両手をパチンと叩くと、零夜と女神の目の前にガーデニングチェアが二つと、丸いガーデンテーブルが現れる。神としての力だろうか、流石は零夜に『創造』の能力を与えただけのことはあるようだ。

 女神が率先して座ると、零夜も対面になるように座る。女神は先ほどまでなかったはずの、テーブルに置かれているティーポットを持ち、二人分のティーカップに紅茶を注ぎ、片方を零夜の方までずらす。

 

 

「どうぞ」

 

「神のくせに随分とご丁寧なんだな」

 

「これでも神ですので」

 

 

 零夜は紅茶が注がれたティーカップを豪快に持ち、豪快に飲み干す。警戒なんて微塵もない、無骨で猪突猛進な行動だ。そして最後に乱暴にティーカップを机に置いた。

 

 

「お前は、なにが目的だッ!」

 

「まぁそう焦らないでください。焦ると、余計知る時間が遅れますよ」

 

「―――」

 

 

 零夜は女神にそう言われ、黙るしかなくなった。正直言って、この行動すら零夜にとっては茶番にしか感じなかった。だからこそ女神の行動一つ一つが鼻につき、癪に障る。何よりこの女神は自分と大事な人を殺した(シロ)の仲間だ。見ているだけで虫唾が走る。

 女神はゆっくりとティーカップを持って、湯気が出ている紅茶に、息を吹きかける。

 

 

「フーフー」

 

「―――」

 

「フーフー」

 

「――――」

 

「フーフー」

 

「―――――」

 

「フーフー」

 

「――――――」

 

「フーフー」

 

「――長いッ!いつまで冷ましてんだてめぇはよッ!!」

 

 

 ここで堪忍袋の緒が切れた。

 長い、長すぎる。かれこれ十秒以上紅茶に息を吹きかけている。内心イライラしている零夜にとって、怒りメーターが頂点に行く理由には、申し分なかった。

 

 

「仕方ないでしょう。私は猫舌なのです」

 

「なんだよ猫舌の女神って…!……だったらアイスティーでも良かっただろうがよ…!」

 

「あぁ!その発想はありませんでした。頭がよろしいのですね!」

 

「おめぇに褒められてもうれしくねぇし、それは褒めてるというより貶してるだろ」

 

 

 この女神、アホなのかと思った。それともどこかヌケている。

 こんな程度で褒められるなんて、屈辱以外に何物でもない。いつになったら話が進むんだと、零夜は心の中で憤慨する。まぁこの感情も女神には筒抜けだろうが。

 

 女神がようやく紅茶に手を付け始め、チビチビとゆっくり飲んでいくシーンを、零夜はただイライラしながら見ていた。

 

 

「では、まずなにから聞きたいですか」

 

「ようやくか…。じゃあまず一つ目。なんで俺を転生なんかさせた

 

「―――それは、最初に話したはずですが。まだ説明不足でしたか?」

 

「いいや違う。そんなことを言ってるんじゃない…。なんで転生者なんてもんが存在しているんだ?

 

「――と、言うと?」

 

「俺は……転生なんて、しない方が良かった。今になって、気づいたよ」

 

 

 高ぶった感情から一転、感情が抑圧される。

 零夜がこの考えに至った理由――それは【綿月臘月】だ。転生者が一人いるだけで、不幸になった存在がどれだけいたほどか。輝夜、永琳、豊姫、依姫、月夜見、玉兎、元ヘプタ・プラネーテスの7人、アヤネ、月の民――圭太。

 たった一人の存在で、これだけの数の犠牲者が出ていた。全て、一人の野望によって生まれた犠牲だ。いくらなんでも被害が大きすぎる。

 さらに零夜は存在だけ知っているが、かつてレイラを襲おうとした転生者がいた。レイラのズボン(今のライラのズボン)は、その転生者を殺してからはぎ取った戦利品だ。ズボンなんて、文明レベルに差がありすぎるから、すぐに気づけた。

 

―――そして、自分。若さゆえの過ちとでも言うのだろうか。それゆえに、多くの人間を、妖怪を、神を、惑わせ、傷つけた。

 

 

「転生者は害悪な存在だ。世界の癌だ。いるだけで損でしかない」

 

「――ですが、転生者と言う存在の介入で本来死ぬはずだった人が生存していたり、闇墜ちを回避したりもできますよ?それらを考慮してでの発言ですか?」

 

「そんなの、あってないようなものだ。転生者なんて、結局自分勝手に行動して、他人に迷惑をまき散らすウイルスでしかない。俺は身をもって知ったよ。だから、俺のようなウイルスと一緒にいたから、アイツは――」

 

 

 ルーミアは、自分を庇って死んだ。

 庇う必要なんてなかったのに。お前は本来死ぬ必要はなかったのに。死ぬのは、自分だけで良かったのに。

 俯いて、独り言のようにブツブツと呟いていく。零夜の瞳にハイライトなんてものは存在せず、ただひたすらに闇のみを見続けていた。

 

 

「困りましたね…ここまで傷心してるなんて。……否定できない部分があるのが、辛いところですね」

 

「なぁ……なんでお前は俺を転生させた?俺を憐れに思ったからか?両親の願いだからか?それとも――転生者(俺たち)の人生を、弄んでいるのか?」

 

 

 最初から不思議に思うべきだったんだ。自分が不幸にあったから、転生して順風満帆な異世界生活を送る?そんな漫画やアニメのような展開、現実であってたまるか。

 自分の転生のきっかけに、神の落ち度なんて言うベタな展開もありはしない。ただ、目の前の女神が、「あなたはもっと幸せに生きるべきでした」と言って転生させたのだ。虫のいい話だった。最初から、気づくべきだった。人間を誰も信じられなくなっていた、牢屋生活で失った心を、あそこで発揮していれば良かった。

 

 生気のない瞳で、なおかつ怒気を孕んだ瞳で零夜は女神を見た。どう反応する。逆切れするか。それとも、素直に謝るか。どちらに転んでも、零夜にとってはもうどうでもよかった。ただ、どんな反応をするか気になる。その程度の考えしか持っていなかった。

 しかし、零夜の予想はどっちも外れた。

 

 

「―――私を、あんなクズと一緒にしないでもらえますか?」

 

 

 その時、零夜の全身の血液、全細胞、全肉体が震えあがった。咄嗟に椅子から身を放り投げ、後退した。

 なんだ今のは。突如氷河期へと身を放り投げられたように、寒気で体が震えあがり、冷や汗が止まらない。これは殺気だ。今までののほほんとした雰囲気からは考えられない、研ぎ澄まされた殺気!

 

 

(これが、神か…)

 

 

 零夜は改めて目の前の女神の力を再確認する。五百年と言う長い時を生きてきた自分にとって、殺気なんていつでも耐えられるものだろうと自負していた。だが自惚れだった。自分なんてまだ、金魚のフンレベルじゃないか。

 

 

「あ、失礼しました。ついさっきを……。それにしてもやっぱり、あの程度の処置では(わたし)の殺気には耐えられませんでしたか

 

「―――処置?なんのことだ?」

 

「え、気づいてないんですか?あなたさっきから平静(たも)ててるじゃないですか

 

「―――ッ!!」

 

 

 零夜は慌てて全身を確認する。意味のない行為だが、なにかしていないと落ち着かなかったからだ。

 そうだ。確かにそうだ。目の前でライラが、紅夜が、ルーミアが。皆倒れて、死んだ。そんな光景を見たというのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の心が、自分のものじゃなくなったような、そんな感覚に、突如襲われる。

 

 

「あなたに施した処置とは、心の修復です。あなたは仲間の死を直接見て、精神崩壊75%と言った感じでした。それだとお話にならないので、私が勝手に修復しておいたんです。ついでに感情の方も弄っておきました、今」

 

「……人の心にまで、干渉出来るのかよ」

 

「もちろんです。神ですので。まぁ私の司っているものがソレに似たようなものなので

 

「――あんたは何を司ってるんだ?」

 

「はーい。無駄話は終わりにして、そろそろ本題へ戻りましょう」

 

 

 あからさまに話を逸らされた。女神にとってそれは知られたくないものなのか、はたまた――。

 しかし、そんなことを考えても分からないものは分からないため、これ以上考えても無駄である。そもそも女神に強気で喋ってはいるが、力関係では零夜は圧倒的に弱い。自分の心すらも操っている存在に、勝てる自信がない。しかし、そんな弱者にもそれを容認しているのは女神の懐の広さ故か、それとも、面白がっているのか。

 

 零夜は倒れた椅子を立て直し、再び座る。

 おかしい。本来であれば、自分の心を制御されているなんてこと、激昂して怒鳴りつけているところだ。だが、そんな気が微塵も起きない。これも、心を制御されている影響だろう。

 先ほどは怒ることはできたのに、今はできない。感情を制御されたのが原因だろう。

 

 

「……それで、さっき言ってたやつってのは一体なんだ?」

 

「……やっぱりその質問はしますよねー。正直言ってあのクズの話をすると私の機嫌が最高潮に悪くなるので、これをどうぞ」

 

 

 そう言われ、女神から一冊の本を机に置いた。

 

 

「――これは?」

 

地球(ほし)の本棚にある本と同じ本です。私の権限と力でできる限り閲覧可能にしたので、参考にしてください」

 

「ふーん…」

 

「ちなみに、これからは地球(ほし)の本棚ではなく異界(ほし)の本棚と呼ぶことにしてください。舞台(ココ)、地球じゃなく幻想郷なので」

 

「なんの話をしてるんだ。ていうか全然言い方変わってねぇじゃねぇか」

 

「失礼な。“ほし”の部分が地球から異界に変わっています」

 

「分かるか」

 

 

 このような雑談を繰り広げ、零夜は本を手に取り、中身を見る。文字の重要な部分のほとんどが■で埋められており、とても読めたものではない。だが、女神ができる限り閲覧可能にしたと言っていたので、これで最高待遇と言うことか。

 

 

「私もできれば口頭で説明したいのですが、ヤツだけはどうしても……」

 

「…あんたが嫌うって、相当なクズってことか」

 

「はい。ていうか綿月臘月(ろうげつ)を転生させた張本人ですね

 

「―――ッ!」

 

 

 驚愕の事実に、零夜は勢いよく立ち上がった。あのクズを転生させた、張本人?と言うことは、そのクズはこの女神と同じ『神』のレベルであることには間違いない。

 

 

「――複数いたんだな。転生の神って」

 

「おや、以外と冷静…あぁ。私のせいでした」

 

 

 本来なら激昂して、もっと問い詰める場面なのだろう。だが、目の前の女神に心と感情を制御されているため、そういった感情が一切湧いてこない。

 だが、これで良かったのかもしれない。元の精神状態でこんなことを聞けば、平静を保ってはいられなかっただろう。

 

 

「ほんと、あのクズには困ったものなんですよね。考え方はまぁ…過去の龍神と似たようなものでして。まぁ龍神よりもっと酷いんですけど」

 

「あぁ…」

 

 

 メモリーメモリで過去の龍神を見ている以上、呆れ声しか出てこなかった。あの龍神よりも酷いとは、一体どれほどなのだろうか。あのクズ(臘月)を転生させるような神だ。ろくでもないことは確かだ。

 

 

「それにアイツ、私が一から設定と構築を重ねて作ったシステムをコピペして盗んでいきやがったんですよ。あの時はマジでぶっ殺してやろうかと思いましたね。龍神さんに止められましたけど」

 

「龍神…アイツと関わり持ってんのか?それに、作ったシステムって?」

 

「龍神さんとの関わりの話は端っこ、もといブラックホールの中に捨てて――」

 

「捨てるな」

 

「―――システムの話をしましょう」

 

「おい」

 

 

 龍神との関わりの話を完全になかったことにされた。話したくないのか話せないのか分からないが、とにかくこの話はもう聞けない。

 

 

「まずは『権能』について話をしましょう」

 

「――なんでここで『権能』が出てくるんだ?」

 

「その『権能』こそが、私が創ったシステムだからです」

 

「へぇ………ハァアアアアア!!!?」

 

 

 あまりの驚きに再び勢いよく立ち上がる。感情の制御を完全に突破し、零夜は驚きの声を上げ、感情を高ぶらせることができた。

 いや、問題はそこではない。今この女神は何て言った?『権能』を創った?システム?結論は出ているはずなのに、頭での理解が追い付かない。

 

 

「え、いや、あの、え!?」

 

「落ち着いてください。うるさくて仕方がないです」

 

「あー……なんか落ち着いた…」

 

 

 先ほどまで感情の高ぶりが凄かったのに、無理やり抑圧されて気分が悪くなる。

 おそらく制御レベルが上がったのだろう。もう大抵のことでは驚かなくなったような気がする。

 

 

「とりあえず座ってください。でないと話が進められません」

 

「す、すまん……」

 

「コホン。さて、話の続きですが、『権能』とは私が創り上げたシステムです。その目的は私の管轄の転生者やその影響を受けたものたちの管理と監視です」

 

「管理と監視?」

 

「そう。『権能』は強力な力を持つと同時に危険な力。それ故に管理と監視が必要です。ただの転生者であれば“とりあえず見ている”程度の監視がつくだけですが、『権能』を持てば本格的に監視されます」

 

「監視ってのは…穏やかじゃねぇな」

 

「仕方ありません。それほど強力で危険と言うことなのですから」

 

「なら、なんでそんな危険なシステム創りやがった」

 

 

 創った女神本人が管理と監視が必要だというほど危険なものだ。ならば最初から作らなければいいだけの話だ。

 創らないといけない理由でも、あったのだろうか。

 

 

「創らないといけない理由があったからです。それに仮にも私が創ったシステムですよ?致命的な欠陥を除けば、ほぼ完璧です。そのためにも覚醒条件を定めたのですから」

 

「致命的な欠陥がある時点で完璧じゃねぇだろ。それで、その欠陥を埋めるために覚醒条件を設けたのか?」

 

「あぁいえ。覚醒条件とその欠陥はほとんど関係ありません」

 

「ねぇのかよ」

 

 

 今のはどう考えても、その欠陥と覚醒条件が何かしらの関係性を持っているというのを示唆しているようにしか聞こえなかった。どうやらこの女神、言葉選びが少し杜撰のようだ。

 

 

「『権能』持ち以外による肉体ダメージの完全無効化。体の『権能』に耐えられるレベルまでの身体能力の大幅向上。Excel。権能の力をあそこまで強大にするためには、致命的な欠陥は必要不可欠でした。メリットとデメリット。それが釣り合っていないと、システムを安定させることは、不可能だったんです」

 

「で、結局その致命的な欠陥と覚醒条件ってのはなんだったんだ?」

 

「それはネタバレになっちゃいますよ」

 

「俺はもう死んだんだから別にいいだろ。心残りができて死んでも死にきれない」

 

「――あなたの目的が達成されていないという点の方が、よほど心残りだと思いますけど?」

 

「……もういいんだよ。アレは」

 

 

 零夜はぬるくなった紅茶にゆっくりと口をつける。零夜があそこまでして、『悪』に固執した理由の一つ、『計画』。その計画の達成によって果たされる悲願。こんなところで死ぬ時点で、達成できるわけがないとすでに諦めていた。

 もう、零夜にはあの計画を進める気力なんて、残っていなかった。

 

 

「―――そうですか。少し、残念です」

 

「おいおい。神様がそんなこと言っていいのか?大量殺戮が起こる残虐非道な計画だぞ?」

 

「良いのです。私は形式上カルマ値はマイナスなので。まぁあの野郎はマイナスどころか最悪を天元突破してますがね!」

 

「その、時々出てくるな。ソイツへの恨み言」

 

「当たり前ですッ!アイツ、私からシステム情報を奪った挙句に自分なりに改造したんですよ!?まぁ覚醒条件のシステム辺りはセキュリティ厳しくしておいたので、そう簡単に突破できない――はずだったんですけどねぇ~」

 

「おいそれでいいのか女神」

 

 

 一番大事で厳重に管理するべき場所を突破されては意味がないだろう。女神の言い方だと、ソイツは権能の覚醒条件すらも弄ることができるようになったということだ。

 

 

「先ほども言った通り、強力な力を発現させるシステムを構築するには、それ相応のデメリットを設定しなければなりません。あのクズは悪知恵は働くのですが、それ以外はからっきし。アイツは覚醒条件の“パターンを追加”するだけで、他はなにもしていません」

 

「パターンの追加?それは一体…?」

 

「あなたも見ているはずです。ゲレル・ユーベルは、デンドロン・アルボルの人工魂をヤツに捧げて【強制覚醒】に至りました。その条件とは己に近しい魂を生贄に捧げることです」

 

「己に近しい、魂……」

 

「えぇ。家族などがいい例です」

 

 

 だから、ゲレルは権能に覚醒できたのか。こちらにはない、“ソイツ”女神から奪っ(コピペし)たシステムに追加した【強制覚醒】の方法を用いて、ゲレルは権能に覚醒した。

 ゲレルとデンドロンの場合、臘月に創られた人口生命体と言う共通点があり、同じ体に定着させられたと言う共通点がある。条件としてもピッタリだ。

 

 

「アイツは今、とにかく権能持ち(自分の駒)を創ることに固執しています。実際、権能持ちは数人いるだけで十分驚異ですからね。それらを排除するために、私の配下――もとい権能持ちを使っているんです。例えばシロさんですね。彼には抑止力として活動してもらっています」

 

「―――ッ」

 

 

 シロ。その名を聞いて、米神が動く。心と感情を高レベルまで制御されたこの状況で、ふつふつと少しずつ感情が燃え上がっているのが感じる。それでも、叫び散らかすなどと言う思考に辿り着くことはない。この処置がなければ、自分はどれほど荒れていたのだろうか。知る術などないが、己のことながら気になってしまう。

 

 

「……その抑止力が、今現在暴走してるが?」

 

 

 あぁ、今ここで怒りのままに叫びたくなる。だが、精神が抑圧されている現状ではそれはできない。ただ、気味が悪いほど冷静に、話を進めることしかできない自分が、不甲斐なく、心を失っているのではないかと感じる。残っていた、人間の心が。

 

 シロが抑止力であるとするならば、ライラだって権能持ち=女神の配下だ。同じ配下を、自らの手で粛清している。ライラはなにも悪いことはしていない。ただ、家族思いなだけだ。恨まれるような行動も、独りよがりな行動も、全て家族を想ってのことだ。何故、それを“死”で咎められなければならないのか。

 

 

「え、暴走?――すみませんがそれは私の管轄外ですね。彼には彼の目的があるので」

 

「暴走が管轄外って、おかしいだろ。そこらへん全部お前が管理してるはずだろ」

 

「あぁ。どうやら互いの意識に齟齬があるみたいですね。すみません。私、今シロさんが私の配下だとおっしゃいましたが、それは正しくないんです」

 

「……どういうことだ?」

 

「彼は形式上私の配下ではありますが、実際は同列の存在として扱っています」

 

「――それは、シロがお前と同じ『神』ってことなのか?」

 

「いいえ。違いますとも。私が勝手に自分と彼を同列に見ているので、実際主従関係はあってないようなものなのですよ。あ、もちろんそれにはあなたも含まれてますよ」

 

「――道理で俺がタメ口で話してもお咎めなしなわけだ。どこで判断してんだお前は」

 

 

 零夜の言葉遣いが粗暴でも、それが許されている理由が判明した。どうやらこの女神は零夜とシロを自分と同列に扱っているらしく、だから女神はタメ口を許しているらしい。これが零夜とシロ以外だったら、一体どうなっていたのか、身震いがする。

 

 

「それくらいは自分で考えてくださーい。さて、話を戻しちゃいますよ」

 

「――あぁ」

 

「正直言って、ヤツと私の争いは平行線なんですよねー…。できることなら今すぐにでもアイツを殺したいです」

 

「だったらさっさと殺ればいいじゃねぇか。なんでやらないんだ?」

 

「殺れるならとっくに殺ってます。やりてくてもできないんですよ」

 

「それはまた、なんで?」

 

「――実は、ここだけの話なのですが、ヤツは私と対極に位置する神でして、互いの存在が弱点みたいなものなのです。だから手を出したくてもお互い出せないんです」

 

 

 光と闇。火と水。マグマと氷河。天と地など。対極に位置付けられるものは多数存在する。この女神が何を司っているのか分かれば、そこからその神の司っているものが予測できただろう。しかし、分からないものは分からない。

 

 

「だから拮抗してるんです。互いの権能持ち(配下)を潰し合わしている…。それが現状ですね」

 

「なるほど。つまり、俺たち転生者や俺たちが巻き込んだ奴らはお前ら神のいざこざのための道具…ってことか」

 

 

 持っているティーカップにヒビが入る。もはや感情でこの怒りを発散することなどできない。ならばこそ、器物破損と言うのが、この怒りを発散させる唯一の手段だった。

 

 

「ちょっと、壊さないでくださいよ!」

 

「――――」

 

「――はぁ。あなたの質問ですが、平たく言えば、そうなります。しかし先ほど言った通り、私はそのようなつもりは一切ありません。――しかし、そう言ったことを強要してしまっているのも、また事実です」

 

「結局、なんの変わりもないってことだろ」

 

「そうなんですよね…お恥ずかしい限りです」

 

「自覚してんなら、直す努力をしろ」

 

「簡単に言ってくれますね。できてたらとっくにやってますよ」

 

「―――」

 

「―――」

 

 

 互いに沈黙が続く。これは威嚇だ。お互い顔は笑っているが(女神は顔は見えないが)、目が笑っていない。

 零夜の顔は“てめぇらのいざこざに俺たちを巻き込んでんじゃねぇよ”と言う顔で、女神の顔は“こちらにもやむを得ない理由があるんです。分かってない癖に余計な口出ししないでもらえます?”と言った顔だ。

 お互いに顔で威嚇しあっているところで、終止符を打ったのは、零夜だった。

 

 

「――これ以上無駄な冷戦はやめよう。時間の無駄だ」

 

「そうですね。私もそう言いたかったです」

 

「そうか。ならさっさと“本来の本題”に入らせてもらうぞ

 

「本来の本題とは……権能の覚醒条件とデメリットの話ですか?」

 

「違う。てめぇも気づいて言ってるだろ。俺の今後の話だ

 

 

 そう、結局のところ【夜神零夜】は2回死んだ。これは覆らない事実として存在している。1度はあっても2度はないだろう。自分は確実に死にゆく存在として、あの世へ行く。

 零夜が聞きたいのは、女神の口からの“地獄行き”だ。

 

 

「あら。てっきりその話かと思っていたのですが…」

 

「てめぇと会話してると、こっちがバカらしく思えてくるんだ。それに、どうせ死ぬんだから俺には関係ないことだ」

 

「――心残りとか、ないんですか?」

 

「――あるにはある。だがてめぇが俺の感情を制御してくれたせいで、感情より理性の方が圧倒的優位に君臨してるんだよ」

 

 

 自分の感情を制御している本人に、心残りがないかとか、聞かれたくなかった。

 心残り?あるに決まっている。正直言って今すぐにでも復活させろと怒鳴りたい。でも感情が支配されているこの状況では、とてもそんなことができなかった。

 

 

「そうでした…。あなたの精神が壊れないための措置だというのに、あなたが人間らしさを失っては意味がありませんでした。反省文ものですね」

 

「その反省文を誰に提出するんだよ」

 

「あ、それもそうですね。私、またやっちゃいました。てへぺりんこ♪

 

 

 女神はわざとらしいポーズで可愛らしく言い放った。しかし、それが零夜の感情の支配を突き破った。零夜の顔は般若寸前のところで止まり、黒いベールで隠れている女神の顔を今にも殺さんばかりの眼で睨みつけた。その血走った眼は、老若男女問わず人間が見れば卒倒し、気を失、妖怪などが受ければ萎縮し、後ずさりするほどの殺気を放っていた。

 ついでに持っていたティーカップを握り潰した。もう人間レベルの握力に戻っているはずなのに、恐ろしい力である。

 

 

「おい。次それを俺の目の前でやったら……刺し違えてでもぶっ殺す

 

「えー……制御レベルはかなり高く設定したはずなんですけど…。やっぱり逆鱗に触れちゃいました?

 

「当たり前だクソボケ。逆に何を間違えたら怒られないと誤認した?」

 

「ほんの冗談のつもりだったのですが、受けなかったようですね。では本題に入りましょう。座ってください」

 

「――――」

 

 

 零夜はそのまま無言で座る。今絶賛現在進行形で込み上げている怒りの感情が、沈静化されていくのを感じている。制御レベルがまた高まった。再び、自分と言う存在が遠く離れていくように感じる。自分の地雷が、地雷ではなくなり、更地と化していっている。

 女神は、先ほどとは違った重々しい口調で、本題へと移った

 

 

「単刀直入に言いましょう。あなたの地獄行きは免れないでしょう」

 

「だったらすぐに送ってくれ。もう生の世界への未練が増幅しないうちに」

 

 

 この感情が制御され、支配下に置かれている状況でも、生への未練は徐々に大きくなっていく。あぁ最後に、せめて、あの男だけでも、自分の手で殺したいと、シロへの怒りが込み上げ、抑圧される。

 最終目標まで到達したかったのは確かだ。でも、それだけで【東方project(この世界)】の住民たちを、これ以上巻き込むわけにはいかない。自分の都合で、一体どれだけの生き物が不幸になったことか。零夜はその数を知らない。分からない。だから、この程度の考えで済ましてしまっている。もっと、深く考えるべき内容を

 

 

「俺も、知らないうちに、身勝手な(ヤツ)に成長しちまったな…。両親(ふたり)に、叱られちまうよ。いや、むしろ「お前をそんな子に育てた覚えないッ!」ってぶん殴られそうだ…」

 

「まぁ普通はそうだから、悲観的な考えになりますよねー。ですがそれは許しません。あなたには再びあの世界で活動してもらいます

 

「―――はぁ?」

 

 

 口がぽかん、と開いた。開いた口が塞がらない。素っ頓狂な声を出し、固まる。

 今、なんと言ったのか、零夜の耳には確実に聞こえていた。強制的な理性が、それを聞き逃さなかった。再び、あの世界で活動してもらう、死ぬことは許さないという、赤紙(アカガミ)*1にも等しい宣言だった。

 

 

「どういう――ことだ?」

 

「そのままの意味です。あなたは転生します。再びあの世界へと」

 

「――なん、で、だ」

 

 

 冷静に、冷徹に、平坦な声で、声を返した。あぁなんで、どうしてここへ叫べない!もっと怒りのままに狂いたい。本能に忠実になって叫んで、あの女神の顔をぶん殴ってやりたい!

 あぁ出せ、肺から空気を、喉から声を!出ろ、出ろ、出ろ!何故でない!?怒りの言葉を叫ぶことすら許されないというのか!

 

 

「ぶん殴るだなんて、怖い人ですねぇ」

 

「いいから、質問に答えろ」

 

「はーい。いいですか?あなたにはやってもらわねばならないことがあります。あなたはそれを全然完遂できていません。だから、完遂できるまで、地獄行きは保留です」

 

「ふざけんな…。そんなの、お前が許しても他の神々(ヤツラ)が許すわけ――」

 

「残念ですが、私。コレでも結構(くらい)の高い上位の女神なのです。そこら辺は地獄の女神と直談判しましたので、ご安心を。愛想笑いで了承してくれましたよ」

 

「地獄の女神が愛想笑いって…どんだけ上位の存在なんだよ、てめぇは…!」

 

 

 地獄の女神――【ヘカーティア・ラピスラズリ】。彼女は一言で言えば“公式チート”だ。

 その力は幻想郷や月の都というレベルを完全に越えており、地獄では閻魔大王――【四季映姫・ヤマザナドゥ】が『ヘカーティア様』と呼ぶほど偉い。そして強い。別格の実力者である。

 零夜が一方的に知っているだけだが、この女神に勝つには【ハイパームテキ】か【オーマジオウ】の力でもないと勝てないんじゃないかと思っている。

 そんな女神が、愛想笑いするほどの存在――それがこの女神。只者ではないとは思ってはいたが、まさかそれだけ強大な存在だとは考えもしなかった。

 

 そしてつまり、この女神と対極の力を持つ臘月を転生させた神も、ヘカーティアを超える力を持っていてもおかしくはない。

 一体自分たちは、どんな相手と、知らぬうちに戦っていたのだろうかと、身震いしてしまう。

 

 だが、その身震いは今はしなくていい。問題はもう一度転生させてくるということだ。

 

 

「いや、今はそれは問題じゃない。なんなんだ……その事項は?俺はなにをさせられている?」

 

あなたには補完してもらっています。しかし、あなただけでは到底あの量を補完できるとは私も考えていません。近々人員を追加する予定です

 

「ほかん…?保管?補完?」

 

「あぁ。補う方の補完です。仕舞う方の保管ではありませんよ」

 

「―――」

 

 

 思考を完全に読み取られているため、零夜が何を考えているのかを理解している女神は零夜の戸惑いを解消した。零夜は今、“ほかん”と聞いてはいたが、それが“保管”か“補完”のどちらかが分からなかった。

 女神のアレは、完全に理解してでのことだった。

 

 

「それで、なんの補完をしている?俺はいつそんな作業をしていた?」

 

「それはですね――秘密です」

 

「おい」

 

 

 零夜は少し威嚇するが、効果はゼロに等しい。

 この女神が秘密にしたいと言えば、その情報は確実にこちらには入ってこない。何度聞いても無駄だ。それぐらいは、二度しか会っていなくとも、その二度で印象が違っていても、零夜には理解できた。

 

 

「あなたはただ、戦っているだけでいい。それを少しだけ、量はプールの中に水滴を垂らしているようなものですが、貯めているのです。だから、あなたは戦うだけでいい」

 

「戦うだけ……ただの殺戮マシーンになれってか?」

 

「いえいえ!もちろん、生き物には休息も必要。豪華な食事、上質な睡眠、ハーレム作ってセックス三昧の毎日なんてのも、私は許します!」

 

「――生憎と三大欲求は事足りてんだ。食欲も睡眠欲も十分。性欲は…まぁないとは言い切れないが、問題、ない」

 

「あれれ~~随分と歯切れが悪いですねぇ~どうしたんですか?なにか隠し事でもしちゃってるんですか?」

 

 

 あぁ、なんで俺はこんなバカみたいな会話に付き合っているんだろうと心底呆れる。心のほとんどが女神の支配下にある以上、自分の意志などあってないようなものであった。

 それゆえに、本来であれば乗らないような会話にも、乗ってしまっている。そして、自分の墓穴を少しずつ掘り下げていっている。

 

 女神はようやく席から立ち、零夜の隣に立って腰を掲げ、座っている零夜と自身の高さを合わせるように(かが)み、唯一分かる口元が、とてもニヤニヤと笑っているだけは分かった。

 

 

「私はずっと気になっていたんですよ。あなた、ルーミアさんのこと、どう思っていらっしゃったんですか?

 

「な――ッ!」

 

「だって~気になるじゃないですか。500年もひとつ屋根の下で暮らしてたんですよ?お互い、タまりにタまってたはずだから、セックスの一回や二回、してたんじゃないですか?」

 

「お前さっきから思ってたけど女神なのによくそんな下品なワード恥ずかし気もなく言えるな?」

 

「減るものなどありませんので」

 

 

 事実、零夜が人前では決して口にしないようなワードを、女神はなんの恥ずかし気もなく口にしている。豪胆なのか、ただの考えなしのアホなのか。

 だが、零夜にはこの豪胆さに思うところがあった。一人の少女が、零夜の脳裏に映る

 

 

(―――)

 

 

 それをすぐに拭い去り、零夜は真っすぐな瞳で女神の顔を見る。

 

 

「一切ないな。そもそも彼女は俺が無理やり連れてきた、いわば誘拐の被害者だ。今はまぁ――良好な関係を築けてはいるが、それは結果論。そんなことしてらレイプになるし、何よりこの結果は生み出せなかっただろう。まぁ、一番の最善は、俺とルーミアが出会わないこと、だったんだろうけどな」

 

「――それ、本気で思ってたりします?」

 

「――そうだが」

 

「はっはは~~……今更嘘ついて、何の得があるんでか?」

 

「―――」

 

 

 一瞬笑ったかと思ったが、その次の瞬間、女神の声があり得ないほど低くなった。今まで彼女の低音の声など聴いたことなどなく、普通であれば聞いただけで寒気が止まらないほどの重圧を抱えていた。

 しかし、今の零夜にはそれが効かない。何故なら、他でもない女神によってその感情を封印されているのだから。

 

 

「どういうことだ」

 

「え、分からないんですか?自分のことなのに?」

 

「言ってる意味が分からん。お前はなにを伝えたい?」

 

「えーこれ私が直接言わないと駄目ですか?答えは既にあなたの中にあるというのに。まぁ知らないと突き通すのであれば、私は優しいので答えますが」

 

「――――」

 

 

 煽ってくる女神に、零夜は何も言えない。何故なら、女神の言っていることは的を得ていたからだ

 零夜はその本心を隠している。何故なら、零夜自身。この心は墓場まで持っていくつもりだったからだ。

 

 

「まぁあなたが話さない理由なんて当に分かり切ってますし。恥ずかしいですよねー。実は彼女にすっごく欲情してたなんてー

 

「――言ってくれるな」

 

 

 そう、夜神零夜。肉体年齢19歳。精神年齢約534(+3)(537)歳。一言で言えば、彼はかなりタまりにタまっていた。

 自慢でも何もないが、彼はDT(童貞)だ。19歳で死ぬ前、投獄されたのが17歳。青春の真っただ中であった。そんな時期に彼女などできるはずもなく、そのまま死んだ。

 

 ゆえに女性経験皆無!ましてや男のロマンの結晶ともいえる金髪紅目のボンキュッボンな巨乳美女との同棲生活!零夜の精神が無事であるはずがなかった。

 そもそも零夜が“やっちまった”と気づくのが、監禁(どうせい)生活初日の夜である。正直言って、ルーミアを連れてきたのは間違ってはいないと思ってはいるが、初心(ウブ)な男にはハードモード過ぎた。

 金髪巨乳美女と一つ屋根の下での生活。これを実感して零夜は“俺、このままやっていけるか?”と思った記憶は懐かしい。よく今まで理性を保ち続けていたなと感心できる。

 

 そんな中でも、零夜が理性を保ち続けていたもの、悪への根本的な忌避が理由だ。悪人を演じ続けていた零夜にとって、この感情は皮肉以外のなんでもなかった。だが、零夜は後悔はしていない。

 

 彼女(ルーミア)からのアプローチも度重なるほどあったが、それでも零夜は理性を優先していた。計画への執念を胸にして。

 

――しかし、そんな零夜の鎖ともいえる“計画”は既にご破算だ。つまり、零夜の理性を縛るものは既に何もない。

 

 

――つまるところだ。

 

 

「――あぁそうだよ。俺は正直言うとアイツに欲情はしてた。お前に分かるか?男のロマンともいえる金髪紅目の巨乳美女。興奮しないわけがないだろ。あぁそうさ正直に言うよ俺は溜まりに溜まっていただがしかしそれは“計画”があったからだ。“計画”が第一目標と決めている中、恋愛なんてものに(うつつ)を抜かしている暇なんてない。そもそもアイツは俺が無理やり連れてきたんだぞ?監禁生活を強要したんだ。そんな状況で恋愛感情なんて芽生えるわけがない。じゃあなにか?悪人らしく無理やり手籠めにとって性奴隷にでもしたらどうだって思ったか?んなことできるわけないだろ。俺は結局“悪人ごっこ”をしていたに過ぎないんだ。この際はっきり言うが俺は根本的に“悪”と言うのが大嫌いだ。だからと言って“正義”を掲げるわけではない。自分の正義なんて他人から言わせれば悪だなんてパターンザラにある。正義の定義なんて曖昧で、この世で絶対的揺るがない定義なんて、俺は『悪』しか知らない。まぁ少し話は変わったが、この500年間、俺は本当に自分の感情と理性を戦わせてきたんだ。本当に苦労してきた。特に目のやり場に!途中からアイツ、風呂上がりに俺の目の前で全裸徘徊するようになったし、なんなら寝るときも全裸だし!もう少し俺のことも考えろ!まぁあんなのどう考えてもハニートラップでしかなかったから、引っかからなかったけどな。よく考えてもみろ、自分を拉致監禁した相手に好き好んで素っ裸を見せに行くか?俺だったら絶対にしない。どう考えても逃げるための罠だ。まぁそんなのやめさせればいいだけの話なんだが、――正直言うと眼福だから見逃してた。なぁ、頼むから500年間理性を保ち続けていた俺を褒めてくれ。ていうか褒めろ。あの度に部屋で前かがみになる俺の気持ちも汲み取って慰めてくれ。いや、もう過ぎたことはどうでもいい。あの後からボディタッチも増えたからな。さらに俺の理性は蒸発寸前までいったよ。本当に俺を褒めてくれ頼むから。挙句の果てにライラや紅夜にすら焚き付けられるしよォ。あいつらは俺をなんだと思ってるんだ。俺はただのちんけなチキン野郎だぞ?『僕悪い奴なんだ。かっこいいだろ』とか主張してたガキだぞ?なにが“いい加減くっつけ”だ!なにが“なんで零夜さんとルーミアさんってまだ結婚してないんですか?お似合いなのに”だ!くっつけるワケないだろ!お似合いなわけないだろ!俺みたいなクズを婿(むこ)にってどんな罰ゲーム?どんな地獄だよ!アイツもアイツだ。なに顔を赤らめてるんだ!なんで嬉しそうなんだよ!俺なんかとくっついても不幸になる未来しかないからな!?」

 

 

「――とりあえず一言言わせてください。GO TO HELL(くたばりやがれ)

 

「はぁ!?」

 

 

 長ったらしい零夜の独白が終わった次の瞬間、女神はサムズダウンをして低い声での『ゴートゥーヘル』。間違っても女神がしていい動作ではない。

 

 

「なんでそうなる!?俺はただ自分の気持ちをありのまま口にしただけだぞ!?」

 

「うわー開き直りやがりましたよ。これだから男っていうのは。ていうかキャラ崩壊酷くありません?途中から話も変わってきてるし、長すぎると読者の目が疲れるので分けてもらえませんか?

 

「お前は一体誰目線で話をしてるんだ」

 

 

 女神の第四の壁(にんしき)のことは放っておいて、女神はガーデンテーブルに置かれている紅茶を一杯飲み干す。そのまま置いて、零夜を指さした。

 

 

「まぁ言いたいことはいろいろありますが、最後の部分。あなた気づいてるじゃないですか。彼女のお気持ち

 

「逆に何故そこまで頑なに彼女の気持ちを受け入れないのか不思議でありません」

 

「――決まっている。不幸になると分かっていて、誰が好き好んでくっつくか?だから今まで無視(スルー)してきたってのに…あのバカ。俺なんかを庇って死にやがって。俺は良かったが、お前はまだ生きるべきだったんだ…」

 

 

 あの、死ぬ間際の彼女の顔が忘れられない。最後、彼女は自分になんと言った?分からない。分からないが――あの表情(かお)で、言いたいことはなんとなくわかっていた。おそらく彼女が伝えたかったのはあの二文字。

 でも、自分にその二文字を聞く資格はない。結果的に、あの結末は、良かったのかもしれない。

 

 

「俺は心のどこかで期待していた。一度目の人生で出来なかったこと。この世界で全部できるんじゃないかって…。でも、結果的に俺は自らの手でその期待(ゆめ)を壊したんだ。チャンスを、俺は無碍にした。そんな俺に、戦うだけの機械になれってのは、戒め、ってやつか…」

 

「――あなた本当にクズですね。なに一人で納得してるんですか?」

 

 

 突如零夜の耳に響いた、暴言――。その出処は他でもない、女神だ。

 零夜の表情が曇る中、女神は唯一見える口元を笑顔にしていた。それが、零夜の感情を逆なでさせ、今できる限りの怒りを発現した。

 

 

「んなこと分かって――「彼女の行動を無駄にしてますよね?せっかく彼女が命を賭してあなたを守ったのに、あなたはその命を放棄した。それって、彼女に対する裏切りになりません?」

 

「それは――」

 

「良かったじゃないですか。あなたはなれたんですよ。裏切者と言う悪に。悪人になりたかったんでしょう?良かったじゃないですか」

 

「違うッ!!」

 

 

 感情が制御されている状況で、よく叫べたと思う。それほど、零夜の感情(こころ)は揺らいだ。

 違う。違う。違う。俺は裏切ってなんかいない。そう心の中で叫び続ける。そもそも無理だ。あの状況で、生きろと?無理だ。無理だ。無理だ。夜神零夜はそんな強い男ではない。強い外見を、取り繕っていたに過ぎない。中身は弱い、子供のままだ。

 悪魔(シロ)に完全論破されたあの状況で、精神崩壊間近の状況で、生きる意味なんて、見いだせるわけがない。そんなことができるほど、夜神零夜は強くない。

 

 

「知ったような口を聞くな!もとはと言えば俺の弱さが招いたことだッ!ルーミアが、ライラが、紅夜が死んだのも、アイツ(シロ)に論破されたのも、今こうして死んだのも!全て俺の弱さが招いたことだ!アイツは関係ない、全て俺の責任だッ!」

 

「……言ってることの矛盾、自覚してます?あなたの主張は全部自分が悪い。だが、ルーミアさんは関係ない…。バカなんじゃないですか?」

 

「な…ッ」

 

「そうやって逃げてるから、大事なものばかり失うんですよ。どれほど強力な力を与えられようとも、人間(ひと)は一人では生きてはいけない。その先に待っているのは、孤独と破滅のみ。どこまで行ってもバットエンド直行ルート。いいですか?あなたが今までここまで生きていけたのは自分一人の力ではない。分かっていますか?」

 

「それは――」

 

「そう。今のあなたはルーミアさんと、シロ。この二人の交流によって成り立っている。このどちらか一つが欠けてでもしたら、今のあなたは存在していない。IF(もしも)はないんですよ」

 

「――――」

 

「ここで、優しい言葉(アメ)の一つでもかけてあげるのが常套句のように思えますが、私はそこまで優しくありません。ですので、もっと辛い目(ムチ)にあってもらいます。もう、感情制御《保護》はいらないですね」

 

 

 女神が指パッチンをする。それと同時に、零夜の精神(こころ)に、強烈な痛みが炸裂した。

 

 

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」

 

 

 零夜は奇声と間違われても仕方がない雄叫びを挙げ、瞳から大粒の涙を流す。寝ころびながら、叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。両手で顔を覆い、それでも隠し切れないほどの声量と涙が、白い空間に木霊した――。

 

 

 

 

*1
軍隊が在郷の者を兵士として召集するために個人宛に発布する招集令状




 夜神零夜(悪役に憧れた子供)

 死んだと思ったら女神と再会。女神とシロが繋がっていたことにショックを受けるも、その時点ですでに女神に感情制御を施されていたので、思考に発現することはなかった。
 女神から数々の事実を聞かされ、怒り、憤慨したくとも感情制御のせいで冷静に話すことしかできない。
 だが、何度かその制御を突破するほどの怒りを示し、そのたびに制御レベルが上がっていくため、最終的には一時的とはいえ人間の心を失っている状態に。
 特に女神の“てへぺりんこ”でブチギレた。普通ならただイラっとするだけだが、この時点で制御レベルは100が最大だとすると50まで上げられていたので、よほどのことでもない限り怒りを表に出せない。それゆえに、なにか別の理由があったことは確実。

 最後に女神が感情制御を完全に解除したことによって、零夜の精神が本来のものへと戻り、崩壊が始まった。


 ルーミア(今話一番の被害者)

 今回は出てきてはいないが、最後らへんに話題にされた。
 彼女は羞恥心で零夜を一回殴ってもいいと思う。


 女神(猫舌の黒幕?)

 零夜を転生させた張本人。1話と性格が全然違うが、同一人物です。むしろ今回の方が素に近い。零夜の感情を制御したり心を支配したりと、散々やらかした。
 神のレベルとしてはヘカーティアを超えている。超絶ヤバイ。

 権能と言うシステムを創り上げたすごい実績の持ち主。しかしどこか抜けており、そのせいで毛嫌いと言うか嫌悪している対極に位置する神にシステムをコピペされた挙句改造された。戦争一歩手前だったらしい。
 その神とは互いの存在が弱点でお互い手が出せないとのこと。
 零夜に“てへぺりんこ”をやったためガチギレされる。反省の色はなし。たまに下品な言葉を使った。セックスとかね!!

 最後にムチとして零夜の感情制御を解除した。
 鬼畜な面も見せたが、猫舌と言う可愛らしい場面も見せた。

 表現されていないが、首に大きめのほくろがある。


 ヘカーティア(苦労人)

 存在だけ登場。実は零夜を地獄へ迎え入れるか、そのあとの裁判をどうするかなど考えていたところ、女神に介入されて案件を無理やり取られて愛想笑いした。
 シロにはコレクション盗られて使われるし*1、自分より上の女神に介入されるしで、今回の一番の被害者ともいえる。


 女神と対極に位置する神(テメー黒幕だろ)

 存在だけ登場。対極に位置する神だけあって、その力は未知数。超絶ヤバイパート2。この神が臘月を転生させた張本人であることも、今回で明かされている。
 女神から権能システムをコピペして奪い、一部改造を加えた。それこそが自分に近しい魂のものを生贄に捧げることで発動する【強制覚醒】である。



 とりあえずまとめとして書いてみました。
 どうでしょうか?分かりやすいっすかね?


 評価:感想よろしくお願いします!


*1
47話参照



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

94 飴と鞭

 辛い。辛い。辛い。怖い。恐い。なんでなんでなんで。助けて誰か助けてお願い誰か誰か誰か!目の前で、血が、ドパッてなって、暖かさが、抜けて、冷めて、落ちて、落ちて落ちて落ちて――それからそれから揺さぶったのに、叫んだのに、いくら呼びかけても、聞いてくれなくて、なんでなんでなんで。悪魔、悪魔、悪魔だ。目の前の悪魔が、手に抱えている彼女を()()()()()()()変化(した)のだ。許せない。どうしてそうした。どうして彼女が死なねばならなかった。死ぬのは自分だけでいいのに。

 

 

「あぁ、あ、あぁあああ!!」

 

 

 転んで泣き叫ぶ。転んで泣き叫ぶ。転んで泣き叫ぶ。それしかできない。それしか、この悲しみを表現する方法を思いつかない。それでも壊れた心を修復(なお)すことなどできやしない。

 彼はほかの逃避方法を思いつく。それは自傷だ。爪で己の体をかきむしり、床で頭を殴打(なぐ)る。それでも彼が流血することなどない。ここは、精神世界に準ずる場所なのだから。

 

 

「――――」

 

 

 対して女神は、無言でティータイムに勤しんでいた。零夜の悲鳴を完全に無視、または店内のBGMのように認識しているのか、気にする様子はない。

 つまり、零夜の自傷を止めるものは、誰もいない。

 

 床での殴打が終わったあと、零夜はナイフを取り出した。だが、ナイフの刃を見た瞬間、零夜の脳裏に浮かぶのは――ライラ。

 彼女は時間停止の中で、不意打ちを喰らい、倒れた。

 

 

「う、うあ、うあぁああああああ!!」

 

 

 零夜は自分で取り出したナイフを地面に投げ捨て、地震の対処法のように(うずくま)る。ガクガクと体を震わせ、いないはずの外敵に怯える。

 一度考えたら妄想は止まらない。ライラだけじゃない。紅夜は?あのあとどうなった?生きているのか?それとも死んでいるのか?全く分からない。それでも、妄想が膨らめば零夜の心はさらに不安で埋め尽くされる。

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!!」

 

「あーもー。流石に五月蠅(うるさ)いですよ?」

 

「―――ッ!」

 

 

 女神が立ち上がり、いつの間にか零夜の目の前に立っていた。その速度は瞬間移動と間違われてもいい程、一瞬だった。

 女神を認識した瞬間、零夜は顔を恐怖で引きつらせた。

 

 

「あの、私そんなに怖がられることした覚えないんですけど」

 

「―――」

 

「あの、聞こえてます?」

 

「―――」

 

「……これじゃ話になりませんね。流石に全部外したのはまずかったですかね。それじゃあ―――」

 

 

 女神が指をパチンッと鳴らす。感情制御を再び発動したのだろう。しかし、零夜の顔に特に変化はない。

 それもそうだ。女神が施したのは、必要最低限。零夜が恐慌状態でも脳に言葉が届くように、零夜が喋れるようにと、必要最低限の措置しか施していないのだから。

 

 

「これで話ができますね」

 

「ハァハァハァハァ!」

 

「どうですか?自分の愚行が起こした結果は。これも全てあなたのせい。あなたのせいなんですよ」

 

「違うッ!俺じゃない!結果は俺自身が招いた!だが!アイツらを殺したのは、紛れもない(シロ)だ!!」

 

「まだ理解できてないんですね。確かに最終的に彼らを殺したのはシロさんです。ですが、彼があんな行動を起こした理由はあなたにあるんですよ?

 

「――どういう、こと、だ」

 

 

 零夜の行動が、全てストップする。意味が分からない。シロがあの凶行に及んだ理由が、自分(オレ)のせい?どうして、どうしてそんな結末になったんだ。

 女神が顔を近づけてくる。唯一見えるその口元は、とてもよく笑っていて――、

 

 

「なんでって。あなたが弱いからですよ」

 

 

「―――は?」

 

「さっき自分で言いましたよね?彼女たちが死んだのは自分の弱さが招いたことだって。正しくその通りなんですよ。彼には彼の目的がある。まぁ私の目的も彼と一致してるから協力関係にあるのですが、それまでの過程(ルート)が違うんですよね、私と彼って。私は基本的に傍観派なんですけど、彼はゴリッゴリの干渉派。その結果ですかね」

 

「話が見えてこない!それになんの関係があるんだ!?」

 

「もう、鈍い人ですね。要するに、あなたは彼の品定めで脱落したんですよ

 

「―――?」

 

「要するに、彼はあなたが権能に覚醒するか、否か、これを今までずっと見てきたんです。しかしあなたはチキンで女性の要望にちっとも応えられない鈍感ちゃん。彼は区切りをつけたんでしょう」

 

「意味がわからない!なんでその話と権能の覚醒が繋がってるんだ!?」

 

 

 女神の会話から察するに、シロが零夜たちに手をかけたのは、()()()()()()と判断されたからだ。だが、そこからが分からない。どうして零夜の鈍感(故意)と権能の覚醒が繋がっているのか、とても理解ができなかった。

 とてもじゃないが、この二つが繋がっているようには思えない。

 

 

「それに、アイツは最後、俺に最後までついてきた理由が、責任を取りたかった!?責任って一体なんなんだよ!?」

 

 

 シロが言った、責任とは結局なんだったのか、理解すらできない。

 品定めをして、責任を取って、そして最後にはおさらば?意味が分からない。行動の一貫性が見当たらない。どれもこれもバラバラにしか思えなくて――思えない。

 シロの意図が全然理解できない。壊れた零夜の心も相まって、頭が混乱していく。

 

 

「そもそもアイツは一体なんなんだ!!?一体アイツは、どこから来たんだ!?

 

「―――それを知るには、まだ早すぎますね。それを知るには、あなたはまだ地位も功績も足りない。Do you understand(お分かりですか)?」

 

 

 最後の一文だけ英語で言ってくる(あお)りが零夜の精神を抉ってくる。怒りと憎しみと悲しみ。様々な感情が渋滞して、先ほどの激情が、どこへいったのやら、収まってしまっていた。

 自分は今、どの感情を表に出せばいい?激怒(おこ)ればいいのか?哀愁(かな)しめばいいのか。困惑している。

 人間、困っているときに、逆に冷静になるときがある。感情の起伏が激しくなるどころが、逆に緩やかになったりする。人間とは、不思議なものだ。

 

 

「さて、お話を戻しましょう。どっちみちあなたの未来(これから)は確定済みです。だから、吐き出してください。あなたの心を、全て。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しいことも、全て私は聞きましょう。あなたが二度目の人生でしたかったこと、出来ずとも、その全てを私は聞き、受け入れましょう」

 

「――――」

 

 

 突然なにを言っているんだと、言うべきような言葉だった。突然そんなことを言われても、困惑するだけだ。理解できたとしても、躊躇うような提案だ。

 だがしかし、今の零夜にそんなことを考える余裕などなかった。むしろ、今まで堕天使のようにしか見えなかった女神が、突然女神のようにように見えてきたのだ。一種の錯覚とも言えよう。

 それは例えるならば、神の啓示を乞う神官のごとく。

 

 零夜は瞳から大粒の涙を流し始め、蹲った。泣き顔を見せないためか、零夜がその顔を見せることはない。だが、その声は確実に響いていた。

 

 その光景は、普段の夜神零夜を知っている人物が見たら、目から鱗だろう。それくらい、信じられない光景が目の前で広がっていた。

 

 

「もじ…もじも!!アイツ(ルーミア)と、普通に暮らせていだらって、いまざら、思っでる!出会いは普通じゃなぐども!そのあどは、ぶづうに、愛じ合って、暮らず。ぞんな、ぞんな未来も、出来たんじゃないがって!思えて、ぎだ!」

 

「そうですね。えぇ。それで?」

 

悪人(あく)になんて、なるんじゃながった!!昔の自分が、理解でぎない!!なんで、なんで俺はもっとも嫌うアイツと同種の道を歩もうなんて思っだんだ!?――分がってる!!ゲレルや臘月のような奴を殺すと決意した時点で、俺には悪の道しかなかった!正義なんで、自分を正当化する都合のいい免罪符(レッテル)だ!俺は、俺たち家族を追い詰めた有象無象共になるのが、いやで、結局は、悪の、道ぢか、ながった!」

 

「そうですね。正義なんて都合のいい免罪符。あなたのその考えは正しい。しかしあなたのその考えは膨張しすぎた。それがこの結果です」

 

「――そう、そうだ。俺は、自分の力に、酔ってたんだ。いや、自分の力なんて烏滸がましい!『離繋(りけい)』とか『創造』とか、『ダークライダー』とか、全部あんたからもらった力だッ!所詮は借り物でしかないのに、俺はそれを、自分のもののように扱って、それで悦に浸って、喜んでた!!!圧倒的な力で他者を蹂躙できるその力に、酔いしれてた!俺は、いつ、いつ、いつ間違ったんだよ!!?」

 

 

 仰向けになって泣き叫び、髪を掴みながら眼を隠す。その姿はまるで泣きじゃくる子供。その姿を見て、口元がうっすらと笑っている女神がいる。不気味以外の何物でもない。しかし、そんなことを追求するものはこの場には誰もいない。

 

 夜神零夜は良くも悪くも大人になり切れなかった。19歳と言う大人ギリギリの年でその命を終え、本来輪廻にいくはずの魂はこの女神によって外された。それに3つの強大な力をもらった。彼も年頃だった。そういうものに憧れる年頃でもある。それに追加で死刑囚と言う肩書が彼の感情を暴走させた。

 17歳で嵌められ、2年間自由を奪われ、苦しんだ。その束縛からの解放で心のどこかでは有頂天になっていたのだろう。彼はこの2年間、外の情報が完全に封鎖されていた。唯一の情報源が面会に来る『家族』だった。それにその『家族』が来る度に(やつ)れていて、話なんでほとんど入ってこなかった。

 その反動が、この結果を招いたのだ。

 

 

「私は、あの世界でどんな脅威があなたを襲っても、撃退できる力を預けました。正直言って、あなたが『悪人』になると聞いたときは驚きましたが、同時に納得もしました。2年、束縛され続けたあなたが、普通に暮らすはずがないと。たった2年。そう、2年です。たったそれだけの期間で、あなたの心は擦り減り、摩耗(まもう)した。どんな物語を見せてくれるのかと思ってましたが、消化不良で不完全燃焼なムカムカな終わり方でしたね」

 

 

 女神(彼女)は全て観ていた。零夜の幻想郷での人生を。それはさながらドラマを見るような心境で。零夜の人生を、完全に見世物扱いした感想に、零夜は涙目で睨んだ。

 

 

「お前の……お前が最初に向けた、俺への感情は、全部嘘、だったのか!?父さんと母さんが、俺を、俺だけを転生させたってのも、嘘だったのか!?お前の、謀略だったのか!?」

 

「―――零夜さん。私、言いましたよね?私はアイツほどクズじゃないんですよ?

 

 

――世界が揺れる。比喩でも何でもない、真っ白な世界が、揺れた。

 女神は零夜の両頬を優しく掴んで、冗談レベルでは済まされない威圧を放ってきた。女神にとって、クズ扱いは自分が本気で嫌悪する神と同類(おな)じに扱われると認識し、本気で怒ってくる。

 

 しかし、零夜の顔は変わっていなかった。泣きながらも、女神に向ける憎しみの瞳は、ただ真っすぐ女神を射抜いていた。先ほどは耐えれなかった女神の威圧。それに今は感情補正のレベルが先ほどより低い。それなのに、零夜は精神力で耐え、真っすぐ女神を見ていた。

 その瞳を見て、女神はため息をついて、零夜の顔を離す。

 

 

「――今のは、私の方が悪かったですね。まさか私の威圧を2回目で耐えきるなんて、適応能力異常すぎません?」

 

 

 事実、先ほどまで心の保護をすべて外して廃人レベルにまで追い込んで、一度話ができるように最低限の措置だけはした。

 そのあとに、こんなまともに会話できるようになるのは、成長を通り越して、異常だ。

 

 

「うる、さい…!!」

 

「もう。叫んだわけでもないのにうるさいだなんて失礼ですね。そんな悪い子のあなたには、もっと屈辱を味わってもらいます」

 

 

 女神が指をパチンッ!と鳴らす。

 

 

「ア゛ッ゛――!」

 

 

 その瞬間、零夜は声の自由が効かなくなる。喉を掴み、発声しようとするも、声は出ない。声の自由が効かなくなった。確実に女神の仕業だ。女神を睨む。

 

 

「―――ッ!」

 

「何をしたんだって顔ですね?まぁでも分かってると思いますが、あなたの発声の自由を奪わせてもらいました。あなたの言葉は、私の思いのままってことです」

 

「―――ッ!!」

 

「ふざけるな、って言いたいんですか?あなたが悪いんですよ?失礼なことしたんだから。さて、では気を取り直して、罰ゲーム発表です。あなたのルーミアさんに対する欲情劣情を、全部思いっきり、洗いざらい全て吐いちゃってください!!

 

「―――ッ!?」

 

 

 それは零夜にとって――いや、知性と理性あるもの全てにおいての死刑宣告だった。人間の3大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。上記二つは何てことなくさらけ出せるが、一番最後は別だ。普通は人前でさらけ出すものでもないし、なんならそんなことをすれば社会的にも精神的にも死ぬことは確定事項。

 それにプラスして、500年間溜め続けた欲情と劣情ともなれば、その数は数え知れない。

 

 口が動く。女神の命令に従い、喋ろうとする。嫌だ、やめろ。そんなことをされたら――!!

 

 

「俺は、ルーミアに―――」

 

 

 

――――。

 

 

―――――。

 

 

――――――。

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!!死にたい……!!」

 

「もう死んでますよ?」

 

 

 あの後、零夜は醜態をさらし続けた。500年間溜め続けたルーミアへの劣情欲情を全て吐き出した。何度も規制音(ピ――)を入れる自体となった。

 零夜が苦しみながら言葉を吐き続けるところを、笑顔の女神が見ていたこともおまけだ。

 

 

「最悪だ…!こんな欲にまみれたこと、今まで一度も口にしたことなかったのに…!こんなのただの最低クソ野郎じゃねぇか…!」

 

「そうですねぇ。普通ならドン引きして話しかけもしないほどの醜態を晒し続けましたね。しかし私はそんなあなたも認めましょう」

 

「こんなことさせた本人が、なに言ってんだ…!!」

 

 

 零夜の顔が、醜態で顔が真っ赤に染まり、涙目になっていた。彼は完全に女神に遊ばれていた。女神は形式状カルマ値はマイナス最大レベルらしいが、彼女はそのレベルに恥じない外道っぷりを発揮していた。

 普通に考えて自分(ひと)の劣情を全て吐かせるとか、ド畜生極まりない。汚い。さすが汚い。

 

 

「でも書かなかっただけマシじゃないですか?まぁ全部書いたら“R-18”がついちゃうので流石にやりませんが」

 

「なんの話をしてんだよ、お前は…?」

 

「まぁまぁ。いいじゃないですか。それよりも……私はとても満足しています!私の中のムカムカ、消化不良、不完全燃焼が完全に消えました!」

 

「それは、良かったな…!」

 

 

 完全に女神の気分上げに使われた。零夜は内心で悪態をつくが、これ以上何かを言えば更なる醜態を晒す羽目になるため、心の中で貶しておく。

 

 バカ!アホ!ロクデナシ!バーカ!バーカ!バーカ!

 

 

「誰がバカですか?あと語彙力死んでますよ?」

 

「―――あ」

 

 

 零夜はあまりの恥ずかしさのあまり、忘れていた。女神が心を読めるということを。つまり零夜の悪態は女神にすでに筒抜けであり、言葉にしなくとも意味なんて欠片すらなかった。

 零夜は顔を上げる。ベールで隠れているが、あの顔はなにかよからぬことをまた企んでいる顔だった。

 

 

「全く……全然学習しないんだから困りものですよね」

 

「いや、あの、それは…」

 

「言い訳は不要です。どうやらまだお仕置きが足りないみたいですね。次はなにがいいかな~」

 

「――ふざけんなッ!!どこまで俺を辱めれば気が済む!?」

 

 

 零夜の堪忍袋の緒が、ついにキレた。もう女神の怒りとかどうでもよかった。自分と女神しかいないこの空間でも、自分の恥ずかしい部分が赤裸々と暴露されてしまうのはもう勘弁だ。

 それに女神も本来の業務を忘れているように思える。そのくらい楽しんでいた。

 

 

「あらあら。怒っちゃいました?」

 

「当たり前だッ!こんなことして…何の意味がある!?」

 

「え、私が楽しくなります」

 

「―――」

 

 

 零夜は無言で拳を握る。右腕を大きく振りかぶって、そのまま女神のすまし顔へ一撃を――、

 

 

 フニッ

 

 

「――――?」

 

 

 零夜の思考がストップする。激情に駆られていた感情が、一瞬で沈静化する。今、現在進行形でなにか柔らかいものに触れている。しかし、彼の右手は今空を切っているはずだ。一面の白い空間。いるのは零夜と女神だけ。だというのに、空中に柔らかいなにかが存在していた

 零夜は冷静さを取り戻して、女神に語り掛ける。先ほどの感情とは180度の違いだ。人間、予想外のことが起きれば以外と冷静になる。

 

 

「おい女神。この空間にこんなものあったか?」

 

「あ~それは…」

 

「何もないところに柔らかいなにかが存在してるんだが……。これもお前の仕業か?」

 

 

 零夜はその柔らかいなにかを掴みながら女神の方を向く。零夜はこの柔らかい空間を自分を落ち着かせるために用意したものだと思っていた。

 しかし、女神の口元が歪んでいる。あの口が表す感情は――苦笑いだ。ベールで隠れている女神の顔は、今絶賛苦笑いを作っている。

 

 この時、零夜はしめた、と考えた。あの女神に一泡吹かす言い材料が手に入った、と。

 

 

「お前、コレを気にかけてるな?お前に一泡吹かすいい機会だ」

 

「あ~……どうなっても知りませんよ?」

 

 

 女神が顔をポリポリと掻く。頭の上に?マークを浮かべる零夜だったが、妄言と定めて零夜は柔らかいなにかを掴む力を強めた。

 

 

「ヒャウッ」

 

 

「―――ん?」

 

 

 力を強めた瞬間、どこからか声が聞こえた。

 目の前には、白い空間が広がるだけでなにもない。しかし目の前には柔らかい物体があることは確か。そして、すぐ近くで声が聞こえた。零夜は左右を確認するが、何もいない。いるのは苦笑いしている女神のみ。

 この場を詳しく調べてみることにした。その場をグルグルと回転して、ところどころを触っていく。柔らかいところや、微妙に硬さがある場所がある。どうやらこの場にだけ、見えないなにかがあるのは確実だった。

 触っていくと、鼻が反応する。華やかな匂いが、零夜の鼻腔を貫いた。とても柔らかな香水を嗅いでいるようだ。穏やかながらも、しつこすぎない、いい匂い。

 

 

(しかし、この匂い。どこかで嗅いだことがあるような…)

 

 

 そんな気がしてならないが、そのことを頭の片隅に置いた。

 

 

(本当になんだこれ?)

 

「そんなに気になります?でしたら下の方から調べるといいですよ」

 

「―――?」

 

 

 女神が急にそんなことを言ってきた。

 先ほどまで苦笑いしていたというのに、なんだこの変わりようは。そう疑問に思っていても、この場で出来ることなど限られている。結局は彼女の言いなりになるしかできないというわけだ。

 

 その事実(こと)に歯噛みしながら、零夜はしゃがんで、この謎の空間の下――地面の方に手をかけた。すると、スルっと、手触りの良いなにかを掴んだ。とても薄く柔らかい、これは――

 

 

「布?」

 

 

 透明な布だった。意味が分からず首を傾げる。なんだろうかと思いながら引っ張ってみると、若干の抵抗が感じられる。なにかに引っ掛かっているような、そんな感じの引っ掛かりだ。

 

 

「引っ掛かるものなんてねぇしな…。もうちょっと強く――ッ!!」

 

「あっ!」

 

 

 強く引っ張ると同時に、また誰かの声が聞こえてきた。布が全て零夜によって引っ張られ、見えなかった謎の空間の全貌が、明らかになった。

 そこにいたのは、人だった。絹糸のような長い金髪、宝石のような紅い瞳、豊かな胸、引き締まったくびれ、大きな臀部、白いブラウス、黒いワンピースの女性が、その場に姿を表した。

 ちなみに、その女性は羞恥で顔を赤くしていた。

 

 

「――え」

 

 

 零夜はその女性の姿を確認すると、目を(こす)る。見間違いじゃない、夢じゃない――今この状況が夢と同じようなものだが――幻覚(ゆめ)ではないと、把握できた。

 

 

「ルー、ミア?」

 

 

 その女性――ルーミアは、赤くなった顔(涙目)で零夜を見上げた(身長差で)。

 かく言う零夜は、未だに現状を理解できていなかった。何故?どうして?先に死んだはずの彼女がこの場にいる?零夜の脳内は『困惑』で埋まっていた。

 

 

「お前、なんで、ここに…?」

 

「はーい。それは私の方から説明しますよ」

 

 

 零夜の困惑を余所に、女神が大きな声で切り出した。

 女神曰く、「零夜の魂を呼び寄せされるのだからルーミアの魂を呼び寄せることくらい造作もないこと」なのだそうだ。

 確かに理に適っており、納得するに値する理由だ。だがしかし、零夜が聞きたいのはそこではない。

 

 

「いやそうじゃなくてだな。コイツがいる理由は理解した。だが、なんでこいつがここにいるんだ!?」

 

「それって同じ質問……じゃありませんね。同じように聞こえて違う質問ですね。ホント、日本語って難しいですね」

 

「なに?お前外国の神なのか?」

 

「いえ、日本の神様ですけど?」

 

「日本の神が日本語苦手とか言うんじゃねぇよ」

 

 

 自国の国の言葉が難しいという神など、目も当てられない。そう思いながらも、質問の答えを聞くことを忘れない。

 

 

「では質問に答えましょう。彼女がここにいる理由はですね……私の独断です

 

「は?」

 

「詳しく説明すると、あなたがルーミアさんのことをどう思っているのか、ルーミアさん本人に知ってもらいたかったんです。お互いの気持ちを知らないまま死ぬなんて、悲しいにもほどがありますからね」

 

「なるほど。――で、本音は?」

 

「ラブコメみたいなので面白くて。私、ドタバタ系のラブコメ大好きなんですよね」

 

 

 違う。こんなの恋愛物語(ラブコメ)じゃない。ラブコメの漫画とは無縁の生活を送っている零夜でもわかる。こんなものをラブコメとは決して言わない。

 前世(かつて)、ラブコメ漫画の議論を一方的にされた経験(こと)があるが、こんな内容のラブコメはなかったはずだ。

 

 

(今時のラブコメは進化してるものなのか?いや、そんなことはどうでもいい!)

 

 

 零夜はいろいろと冷静に考え始める。そして――一つの結論に、辿り着いた。

 もし、もしもだ。その考えだした結論が、当たっているとするならば…。零夜の口から、言葉(“あ”)が漏れる。

 

 

「――あ」

 

「気づきましたね?あなたが目覚めたとき、彼女は既にこの場にいました。つまり!あなたの言葉、あなたの本心、あなたの欲望!!全て!!彼女の耳に入っているのですよ!!

 

「――――/////」

 

 

 女神が高らかに笑い続ける。その笑い声さえ聞こえないほど、零夜の目線はルーミアの顔に釘付けになっていた。ルーミアの姿を確認した時から、最初からなっていたあの顔。あの顔の理由が、自分の欲望まみれな下種な言葉の数々?

 その事実を知った零夜は――、

 

 

「~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

 言葉にならないほどの、羞恥による叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「もう死にたい」

 

「死んでますけど?」

 

 

 零夜が零した言葉を、女神が真面目に返してきた。このやり取りも二回目である。

 零夜は顔を隠し、ルーミア達に背中を向けて寝っ転がっていた。零夜なりの逃避方法である。

 

 無理もない。先ほどの欲と劣情まみれの言葉を、全て本人に聞かれていたのだから。まともな感覚を持っている人間ならば、普通は立ち直れない。ルーミアが顔を赤くしていたのも、そのためだ。「自分と○○○(ピ―――)したい」だとか「ヨゴしたい(意味深)」だとか聞かされれば、無理もない。

 

 

「いやーそれにしても滑稽ですね。意気消沈した男にその男の本性を知り赤面している金髪巨乳美女!

写真撮っていいですか?」

 

「「やめろッ!!」」

 

 

 いつの間にか手に持っていた高性能カメラ(一眼レフ)を堂々と見せつける女神に、二人が一斉にこちらを向いて叫んだ。二人の顔は共通して、怒り3:羞恥7と言った感じだ。

 

 

「あら息ピッタリ。微笑ましいですね」

 

「そんなことどうでもいいわよ//…。ていうか!!なんであんなことしたの!!?」

 

「え、だって知りたくありませんでしたか?彼があなたのことどう思っているのか?」

 

「――――」

 

「結果、彼はあなたにいっそ清々しいと言えるほどに欲情劣情を抱いておりました!!そこであなたの反応は?」

 

 

 女神は手を未だに寝転がっている零夜に向けた。女神の顔はベールで分からないが、笑っているように――笑っていた。

 彼女はこの状況をあからさまに楽しんでいる。このあとルーミアがどのように行動するのか、今零夜に対してどんな感情を抱いているのか、まるで漫画やアニメを見ているような、違う世界からの視点で見ているようだった。

 

 そこでルーミアが出した決断は――

 

 

「フンッ!!」

 

 

 女神を殴る――『殴打』だ。ルーミアの拳は、女神の顔面目掛けて放たれた。しかし、当たる直前、女神の姿が蜃気楼のように消え去る。

 しかし、女神の姿が消えたはずなのに、女神の声が聞こえた。

 

 

『危ないじゃないですか。いくら同性とは言え顔を狙うのはどうかと思いますよ?』

 

「うるさいわね。私、あなたのような高みの見物かましてるいけ好かない奴は嫌いなの。それと、今のは零夜を苦しませた分よ」

 

『あらあら。嫌われたようで残念です。せっかく機会(チャンス)を与えてあげたのに』

 

「余計なお世話なのよ。いいからさっさと去りなさい」

 

『はーい。私はお邪魔なようですので、あとは若いお二人で』

 

 

 その言葉を最後に、女神の声は聞こえなくなった。それと同時に、ルーミアは深くため息をつく。今のやり取りで、完全に羞恥心がどこかへ飛んで行ってしまった。これも彼女の策略なのかもしれないが、今はどうでもいい。

 ルーミアはまだ蹲っている零夜の方へと歩き出し、歩みを止める。

 

 

「零夜」

 

「―――」

 

「零夜。聞いてるの?」

 

「――すまん。お前に合わせる顔がない。俺、今回最低なことしかしてない

 

「あ~……」

 

 

 ルーミアは零夜が言った自分に対する劣情の言葉を思い出す。実は零夜がこの空間で目覚める前、ルーミアは既に目覚めており、女神から透明マ○トを借りてその場で零夜と女神のやり取りを聞いていた。状況の説明もされないまま姿を隠されたため、困惑しながらも状況を理解している最中での、あの零夜の言葉だった。あの時声を出さなかった自分を褒めたいところだ。

 

 ちなみにその時のやり取りの一部始終である。

 

 

「これをかぶってください。インビシブルコート。決して透明マン○ではありませんのでご注意を。かぶると透明になって姿を消せまーす」

 

「別にどうでもいいんだけど……○の部分に悪意を感じるのは、私の気のせい?」

 

「気のせいです。それともなんです?そういうの意識してたりします?」

 

「んんんんんんんなわけないでしょ////!!?」

 

「反応があからさま過ぎません?」

 

 

 こんな感じである。ちなみに○の部分に悪意を感じるのは、当たっていたりする。

 ルーミアはゆっくりと、零夜の隣で体育座りをする。

 

 

「確かに、私今日零夜に、すっごく(はずかし)められちゃったな~~。零夜、私に欲情してたんだ~。私のこと屈服させて、自分の思い通りにしたいって、零夜って前から思ってたけど、Sなんだね」

 

「――やめてくれ」

 

「それに私が透明○ントで零夜の隣で隠れているとき、零夜が最初に触ったのは胸の方。それからいろいろなところ触られたっけ。お腹だとか、お尻だとか、足だとか、手だとか、さらにはシタの方も触られそうになったわ。まさかあんなに胸を強く掴んでくるなんて。思わず声出ちゃったじゃない」

 

「――マジで、やめてくれ」

 

 

 零夜のSAN値はとっくにゼロを振り切っていた。無自覚と強制とはいえ、度重なるセクハラ発言にセクハラ行動。常識人なら罪悪感が湧かないはずがない。零夜もちゃんと常識人ポジションにいるため、例外ではなかった。

 すぐに叫びたいが被害者(ルーミア)被疑者(零夜)が強く当たれるはずもなく、ただ「やめてくれ」と懇願するしかない。しかし、ルーミアがその口を止めることはない。

 

 

「それに、今まであんな素振り見せてこなかったけど、まさか500年間ずっと我慢してたなんてね~。なんで私も気付けなかったのかしら?」

 

「――――///」

 

「まぁそんなことはいいわ。――よいしょ、っと」

 

 

 ルーミアは零夜にさらに近づいて同じく寝っ転がって、零夜と対面になるようになった。零夜はそれに驚き、真顔になる。

 

 

「これでようやく、二人きりになれたわね。またとない機会だから、たくさん話しましょ?」

 

 

 そう言った彼女の顔は、妖艶としていた。

 

 

 




 夜神零夜(本日の被疑者&被害者 その1)

 女神に精神の保護を完全に外されたことによって一度は精神崩壊を起こした。女神に恐怖し、まともに話ができない状態に。
 しかし女神によって再び会話はできる状態に戻された。そのままシロに「品定め」されたという事実に驚愕する。
 自らの罪を自覚し、改めるもすでに遅し。何故ならすでに死んでいるから。
 その際に女神の逆鱗に触れ、威圧を受けるが、二度目で耐えてしまっている。いくらなんでもあり得ない事態である

 逆上して偶然にも後ろにいた透明化していたルーミアの胸に当たる。そのあと、女神がなにやら渋い顔をするので、「これは奴を困らせるチャンスだ!」とプチ復讐を思いつき、実行する。知らずとはいえ、零夜はセクハラを超越したレベルのことをした。詳しくは下記参照。そしてそれを知った瞬間声にならない悲鳴を発した。

 本人が言ったように、彼、今回最低なことしかしてない。

零夜(合わせる顔がない…)



 ルーミア(被害者 その2)

 実は零夜よりもこの空間で一足先に目覚めており、女神にインビシブルコート(透明マン○)を強制的に(むりやり)つけられた。そのため零夜が起きたときには、彼に感知されなかった(死んだばかりで感覚が鈍っていたから)。

 零夜の本心を知ったとき、隣で赤面してたし、なんなら【タグ問題(じじょう)】でカットされた部分を聞いたときは、赤面を通り越して頭から煙でたし、なんならお腹部分が疼いたりもした
 零夜が精神的にダメージを受け、喚き散らしているところに胸が痛くなる。最終的に保護が外され一度精神が完全崩壊した際には、抱きしめて落ち着かせようとした(しかし本人の精神ダメージが大きすぎたため気づかれていない)

 零夜の近くにいすぎたため零夜が女神を殴ろうとして大きく振りかぶった手に自分の胸とぶつかった。そこからバレる。目線で女神に助けを求めるが、当の本人は苦笑いで助けてくれないどころかアドバイスをしてくるため、心の中で罵倒した(なお、その罵倒はもちろん本人に聞こえている)

 女神のアドバイスで、零夜に胸、お腹、尻、背中、髪の毛、太もも、挙句の果てにデリケートゾーンまで触られた。零夜じゃなかったらすぐに殺してた(すでに死んでるが)。

 最後に女神によって自分の存在がさらされ、二人でともに叫んだ。



 女神(本日最大の加害者)

 実は二人の魂をこの空間に呼び出しており、あとでサプライズ(詐称)をするからとインビシブルコートを渡した。
 零夜を精神的に思う存分痛めつけた後、あちらからムカつく言動をされて威圧するが、耐えられてしまい、零夜の適応能力に驚かされた。心の中で冷や汗をかいた。

 腹いせに零夜の心の内(ルーミアへの感情や想い、劣情)を全てさらけ出して本人に聞かせた。
 零夜がルーミアの胸を触った際の苦笑いは、アレ実はブラフ。本当は心の内で大爆笑しており、笑いを隠すための表情だった。二人の赤面は退屈を紛らわす良い魚のつまみ。
 そのあとルーミアに殴られそうになるが、余裕で回避。今現在も、二人のことを暖かい目で見守ってまーす。







女神がこの場で予定していた本当の計画(二人をくっつけろ大作戦)








 零夜は無言で拳を握る。右腕を大きく振りかぶって、そのまま女神のすまし顔へ一撃を食らわした。


「フフッ」


 しかし、女神の体は蜃気楼のごとく消え去り、零夜の攻撃は外れた。


「なっ!?」

「ここは私の空間ですよ?ゆえに私の思い通りになるのです。この空間は」

「――ッ!」


 後ろから女神の声が聞こえてきて、零夜は急いで振り返ると、いつの間にか女神が佇んでいた。


「ゆえにあなたの勝ちはあり得ません」

「そんなこと…!」

「あぁ、ちなみになんですが。今私はこの空間のルールを、このように設定しております」


 女神が、虚空から漆黒のナイフを取り出した。いや、出現したという表現が正しいだろうか。女神の手から()()()()のようなものが出現し、それがナイフへと変化した
 そのまま女神は、右手でナイフを持ち、左腕を切り落とした


「ッ!!?―――?」


 「トチ狂ったか?」と思いながらその光景を見ていた零夜だったが、次の瞬間違和感に気付いた。本来、女神の腕が地面に落ちるはずだったのに、女神の腕は健在だ。先ほどと今の変化は、女神の腕を包んでいたインナー製の袖が斬った部分からなくなり、女神の傷一つない美しい腕が露わになっていた

 そして肝心のインナー製の袖は、地面にポトリと落ちていた。


「これは…?」

「この空間では、人体に傷害を及ぼすことはできませんが、着用している衣服はこの通り、影響が出るようになっています」

「なんでそんな謎設定にした!!?」


 つまり、この空間は人体には無害だが衣服には有害な空間になっているということだ。なにこのカオス。


「つまり。私が攻撃を続ければ、あなたのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲が露わになります」

「なんだそれ!?意味は分からんが、なんか理解(わか)る気がして怖いわ!それは全力で阻止させてもらうぜ」

「できますかね?あなたごときに」

「お前が俺に与えようとしている屈辱。逆にお前に与えてやるよ。お前の衣服が切れるのも、お前自身が見せてくれたしな!」

「キャー、へんたーい。零夜さんのエッチ―」

「バカにしてるだろてめぇ!よーし分かった。てめぇの服全部斬って、その面拝ませてもらおうかッ!」


 感情の籠っていない無機質な声で叫んだ。よって零夜はおちょくられてキレた。確実に舐められている。神と人間では確かな実力差が存在し、女神が舐めてくるのも無理はない。しかし、そんなことで諦める男ではなかった。

 零夜は『創造』の能力で刀を生成すると、女神に対して縦に一太刀、“八文字*1”を浴びせた。

 しかし、女神はそれを当然のごとく、流体のごとくひらりと避けてくる。


「チッ!」


 次は喉を突く。これには当たるが、問題はその次だ。零夜はそこから右斜めにかけて下に振り下ろす――が、この瞬間に女神の姿が黒く染まり、泥のようになって地面に落ちて消える。


「ッ!?」

「無駄ですよ。あなたに私の服は斬れません」


 女神の姿が、零夜の背後にて再び出現する。やれやれと両手を広げ、困ったポーズを取り、零夜の精神に直で触れてくる。


「それ言うと俺が変態みたいに聞こえるだろうが!」

「事実そうじゃないですか」

「ふざけんなッ!」


 さらに逆上し、零夜は地面を蹴り刀を振り上げる。
 女神は、動かない。


「細切れに……してやるッ!!」

「幽体化」


 女神がなにか呟いた瞬間、女神は()()()()()()後ろに下がった。


「フンッ!」


 女神に向けて、零夜は刀を振るう。その一回に見えた斬撃に、実際は100以上の全方向による斬撃を行った。体が人間に戻ったとはいえ、技術はそのままだ。ただ、これ以上を行うと、肉体の方がついてこれないが。


「――ッ!?」


 直撃した。確実に当たったはずだ。しかし、女神の衣服に変化はない。むしろ、手応えを感じなかった。まるで、空を斬ったかのように、感覚がまるでないことに気付いた。


「流石の私も全裸になるのは勘弁ですので。そんなに私と言うボンキュッボンのスタイル抜群妖艶美女のデカパイや○ンコをみたいというのなら――」

「誰がんなこと言ったァ!!」


 確かに女神はその条件を全て揃えているが、零夜はそんなこと一言も言っていない。しかし、女神にとっては例外だった。


「これは思春期の男子全員の共通意識じゃないですか!ですが――その役割は、私ではなく、彼女に任せることにします」

「何を言って――」


 その瞬間、女神の姿が完全に消えた。――と同時に目の前で白と黒の衣服が細切れになり、生まれたままの姿になった美女の姿が


「ヒャ///――!」

「ハ?」


 心の底から呆けた声が出た。あまりの事態に、脳が理解を拒んだ。と言うより理解することをしたくなかった。
 そして、今の状況を説明しよう。今、零夜は跳躍しながら斬撃を行った。つまり、物理的な法則で零夜の体は前へと進んでいる。

 ――つまりは。


「キャァ!」

「うぉお!?」


 時間が進む。


「いてて……え」

「うう……///」


 零夜の眼に映った、金髪の美女――その正体は、【ルーミア】だった。そして全裸だった。ルーミアの顔は羞恥で赤く染まっており、理性(こころ)を揺さぶるには十分な要素が詰め込まれていた。
 何故?どうしてここに?という様々な疑問もあるが、まず一番最初に彼らが行った行動は――。


「うわぁあああああああああああ!!」

「きゃぁあああああああああああ!!」


 叫ぶこと、だった。



 眼福です。ありがとうございました。



 これがサブタイトルの意味。


 評価:感想よろしく!

*1
頭から胴体にかけて唐竹割りに。逆八文字に人体が左右に分かれることからの名称



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

95「愛し合うと、誓いますか?」

お待たせしました。できるだけこの話は濃くしたいなと思い、やっていたら一か月近く経っていた。
 本当に申し訳ない。しかし、その分大ボリュームだから見ていってね!


 

 一度消えた、死に絶えたはずの彼女の笑顔が、近づいてくる。零夜はようやく近づいていることを認識した瞬間、零夜はそれを認識した瞬間、顔が赤くなり、そっぽを向いてしまう。

 

 

「可愛い~。反応が初心だぞ、このこの」

 

 

 頭をペチペチと叩いてくる。

 零夜の恋愛防御力は、今完全にゼロだ。今まではバカみたいな理性がルーミアの愛情表現(アタック)を防御してきたが、防御力カスなこの状況では、完全にルーミアが有利だった。

 

 

「俺を」

 

「ん?」

 

「俺を揶揄って愉快(たの)しいか?」

 

「うん。とっても楽しい。私の500年間の気持ちを思い知れ~♪」

 

 

 先ほどの赤面とは180度違う、ルンルン気分で零夜を精神的にいたぶってくる。そこに容赦なんて一切感じず、鬱憤の溜まり具合が伺える。

 

 

「――なんで」

 

「なに?」

 

「なんで、俺なんかを好きになったんだよ?俺は最初、お前のことボコボコにしたし、なんなら勝手に連れ去ったしで、恨まれる要素はあっても惚れられる要素なんて、これっぽちもなかっただろ」

 

「ん~~確かにそうね」

 

 

 零夜とルーミアの出会いは、最悪と言ってもいい。

 零夜は人外とは言え、初めての殺しを経験し、多少は意気消沈していた。すぐに立ち直ったが。そんな状態での、初対面だった。そしてルーミアは零夜のことを『餌』判定してきて右腕を吹き飛ばしたのだから。『離繋(りけい)』の能力がなければ今頃零夜は隻腕どころかその命すらなかったかもしれない。今はもう死んでいるが。

 

 

「最初は餌としてしか見てなかったのも事実よ。まぁそのあとこっぴどくやられたけど。……そうだ。あの時の行動の意味、私まだ聞いてなかった。ねぇ、なんであの時私のこと攻撃するの止めたの?

 

「―――」

 

 

 あの時――零夜(アルティメットクウガ:ブラックアイ)がトドメの一撃をルーミアに叩きつけようとしたとき、零夜は攻撃しなかった。その時の拳は震えていて、戦いとは無関係の人間が初めて暴力を振るうような初心さを見せた。

 

 

「ゲレルに襲われて助けてくれた時、あなた、「やっぱり、そうだったんだ」って言ったでしょ?それの意味、聞いておきたいの」

 

「それ、言わなきゃ駄目か?」

 

「うん、駄目。今まで散々私のこと弄んできたんだから、これくらいのことには答えてもらわないと。出ないと、あなたのことタベちゃうわよ?」

 

「……今のお前から聞くと、どっちの意味だか分からん。……分かったよ。言うよ正直に。お前を、()()()()と重ねてた

 

「――ある人物?」

 

「そうだ」

 

 

 零夜は寝転んだ体勢から一転、起き上がって片膝に片腕を乗せた体勢で座って、話始める。それを見て、ルーミアも隣に体育座りで座る。

 

 

「そのとある人物っていうのは?」

 

「――悪いが言えない。いや、言いたくない。口にして、昔を思い出すのは、苦しくて、嫌だ」

 

「―――」

 

 

 稀に見る――おそらく初めて――の、零夜の弱きに、ルーミアは何も言えない。弱音とは、言ってしまえば自分の弱点を見せると同義とも捉えられる。それゆえに、零夜が弱音を吐いたことは見たことがない。

 

 

「――そう。なら聞かないでおくわ」

 

「そうしてくれるとありがたい。―――結論から言うとだな。お前が怯えた姿が、その人物と重なったんだ

 

「そう、なんだ」

 

「ルーミア。この世界のこと、前にシロと一緒に話したよな?憶えてるか?」

 

「もちろんよ。あの時の衝撃、忘れるわけないわ。まさか自分が創作キャラだなんて、普通信じられないわよ

 

 

 時はミラーワールド時代にまで遡る。“なんやかんや”あってシロとの初対面を終えた後、家のリビングで机を囲み話を聞いている最中、彼は(わざと)口を滑らせた。

 

 

『この【東方project】と言う創作物の世界で、君がどれほどできるのか、楽しみだ!』

 

 

 この言葉を聞いた瞬間のルーミアの顔は今でも忘れられない。鬼気迫る顔で、質問攻めにあった。その瞬間、ルーミアは【キャラクター】から【準イレギュラー】にジョブチェンジを果たした瞬間だった。

 準イレギュラーは転生者によって関わった人物が、本来の本筋から外れた場合のことを指す。ルーミアは零夜に連れ去られた時点でそうなってはいたが、この一件で確実なものとなった。

 

 

「その時に、俺が別の世界から来た『転生者』だってことも明かしたっけ。ちなみに俺を転生させたのは“アレ”な?」

 

「うん。話には聞いてたけど、性格が全く違うから別人かと思った」

 

「俺も初めて知ったわ。あの女神の本性」

 

 

 「ハハハッ」と、二人で笑う。この話を女神は今確実に聞いているだろうが、そんなことはどうでも良かった。生きている間では実現しなかったこの対談を、一秒でも長く続けたかった。

 

 

「あまり詳しくは言いたくないが、俺は転生前、とある冤罪をかけられた。その罪は、とんでもなく重い罪。当時殺しの“こ”の字すら実行できる気概も意志もなかった俺からすれば、縁のない話だったんだがな」

 

「冤罪……」

 

「それで2年間、薄暗い牢屋の中で過ごして最後は死刑だ。……話はその前に遡るが、一回目の面会の時だ。その人物が見せた顔が、お前の顔と被った。それがなんでかは分からん。だが、それが理由だ」

 

「そんな、ことが……」

 

 

 そんなこと、当たり前だが初めて知った。今まで零夜の過去には触れてこなかったが、そんな出来事があったなんて、知りもしなかった。

 

 

「だから、『計画』を実行したかった。まぁ、それも無駄に終わっただな」

 

「『計画』?」

 

「――もう関係ない話だ。聞かないでくれ。……それよりも最初の質問の答え、まだ聞いてねぇぞ」

 

「あぁ、そうだったわね。……なんか言うのも恥ずかしいけど…まぁ今更感あるし、いっか。私ね、ゲレルに襲われるの、アレで2度目なの

 

「そうなのか……って、はぁ!!?」

 

 

 初耳の情報に、零夜は目を丸くした。そんなこと聞いていない。今までずっと隠していたのか?一体、なんのために?いや、普通に考えればわかることだ。ゲレルの性格からして、襲われたとなればろくでもない話に違いない。まず自分から話したがらないだろう。そう考えれば納得も――

 

 

「ちょっと!なに人が話してる最中に考え事してるの!?」

 

「あ、あぁ、すまん……」

 

「まぁでも大方予想がつくわ。「なんで言わんかったんだー」って思ってるんでしょ?でも、ずっと忘れてたから、言えなかったの」

 

「忘れて……そういうことか」

 

 

 誰しも、苦しいことや辛いことは記憶から抹消したいものだ。あの時のルーミアはゲレルへの恐怖とレイラへの罪悪感に押しつぶされ、防衛本能に従い、記憶の抹消を無意識的に図ったのだ。

 その理屈を理解している零夜は、なにも言わなかった。

 

 

「済まなかった。辛いこと、思い出させて…」

 

「もういいの。ゲレルの野郎は完全に消えたし、なんならこの時代の私とも、分かり合えたしね

 

「この時代の……って、え?なんだそれ初耳なんだが」

 

「初耳もなにも、零夜に話す暇なんてなかったし…。ついでだから話しちゃうね。あれはシロが紅夜に渡していた【ライダーカード】から召喚されたライダーたちがこの時代の私を倒した後の話なんだけど――」

 

「オイ待てそれも初耳だぞッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「終わった、のね…」

 

 

 ルーミアは力が抜けて腰を下ろす。まさか過去の自分と直接対決するなんて、思いもしなかった。いや、過去に行くのだからそのくらいの想定はするべきだったのだ。そこは完全に、ルーミアの思慮の浅さが原因だ。

 ルーミアは爆発の中からこちらに歩いてくる二人のライダーを見やる。

 

 

「あんたたちも、お疲れさま」

 

『どうってことないさ。俺たちはただ、彼を守っただけさ』

 

『助けられる命には手を伸ばす。俺はただ、自分の欲望(よく)に従っただけだよ』

 

「随分と、ご大層な欲望ね」

 

 

 オーズの欲望に、ルーミアは愚痴る。軽口が出る程度には、元気があるようだ。

 ルーミアは膝の上に乗せている紅夜の頭をなでる。あの後、氷は完全に溶け切り【ルビー(ねつぼうそう)】の熱は完全に冷め切った。紅夜の顔は安らかなものに変わっており、気持ちよさそうに眠っている。

 

 

『気持ちよさそうに寝てるねぇ。なに、君って、この子の彼女?』

 

「ち、違うわよッ!私が好きなのは零y――ハッ!」

 

『へぇ~。ルーミアちゃんって、その人のことが好きなんだね』

 

「~~~////////!!」

 

 

 自分で墓穴を掘ってしまい、赤面する。両手を覆って、下を向く。

 

 

『そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけどな。君くらいの美人さんなら、断る男はいないと思うんだけど』

 

『俺もそう思うな。それで、その人は君のことどう思ってるの?』

 

 

 ルーミアの恋愛話に、グイグイと食いついてくるライダーズ(ふたり)。本来の二人はここまで聞いてこないが、()()()()()()()なため仕方がない。

 

 

「うう//…零夜の考えなんて、私が知るわけないでしょ…。こちとら、500年アタックしてるのに、接吻もしたこと、ないん、だから、ね…」

 

 

 言ってる途中で恥ずかしくなり、言葉がしどろもどろになる。

 

 

『500年!?はぁ~気が遠くなるような年月だね』

 

『いやそれで振り向かない男も逆に凄いよ、逆に』

 

 

 オーズには慰められ、ウィザードは零夜の方を褒めた。褒めるところはそこではないし、そこは褒められるようなところではない。そこだけ明言しておく。

 それに、ウィザード(かれ)の言葉にも一理ある。普通の男からすれば、金髪巨乳美女からの誘惑に、勝てるはずがない。その誘惑(さそ)いに打ち勝ったのは、零夜の類稀なる精神力のおかげだ。

 

 

「まぁ、逆を言えばそれほど堅実っていうか、愚直っていうか、馬鹿っていうか……不器用なところがたくさんあって、悪になり切れない、優しい人。そういうところが、あの人の、魅力、かな?」

 

『フュ~!ラブラブじゃん。くっついちゃいなよ、いい加減に』

 

『それが出来ないから、ルーミアちゃん困ってるんでしょ?』

 

「あ~も~!!この話はお終い!!異論は認めないわよッ!!」

 

 

 ルーミアの必死の叫びに、二人のライダーから小さな笑い声が発生する。一件落着の油断した状況。だからこそ、後ろの存在に、気付かなかった

 

 

「なるほど、ね…。惚れた男がいるんだ…『私』」

 

「『『―――ッ!!』』」

 

 

 声が、聞こえた。とても聞きなれた声が。三人が一斉にその方向を見ると、そこにいたのは、『ルーミア』だった。さっき倒したはずの、『ルーミア』が、いた。

 彼女の体は既に満身創痍で、歩くのが精いっぱいだということが目視だけで理解できた。全身ボロボロになり、服も半分以上破けて、血で汚れた素肌が見える。妖艶と言うより、悲痛だ。体感も効かずに、フラフラとよろめいており、体の体幹がなっていないのは、目に見えていた。

 

 『ルーミア』の登場に、オーズとウィザードは再び警戒するも、ルーミアが待ったをかけた。

 

 

「待って」

 

『えっ』

 

「『私』から、もう敵意は感じないから」

 

 

 ルーミアがそういうと、各々が武器を降ろして、道を開けた。

 その道を、『ルーミア』はフラフラと千鳥足で歩いていく。そして、ルーミアに膝枕され、寝ている紅夜の前で、正座する。

 ライダーたちは未だに警戒しているが、本当に敵意を感じないため、ただ静観することに徹することにした。

 

 

「――こうしてみると、普通の男の子、ね」

 

「そうでしょ?なにも考えずに見れば、この子はただの男の子よ」

 

「私……今まで何のために、生きてきたんだろう?」

 

「えっ?」

 

 

 唐突なカミングアウトに、ルーミアも困惑する。未来(いま)の自分でも、現在(いま)の『ルーミア』の考えが、分からなかった。

 ルーミア自身、当時のことはあまり思い出したくない出来事だったため、断片的にしか思い出せないでいる。

 

 当時は、復讐のことしか考えていなかった。しかし、探しても探してもゲレルは見つからなかった。(ちなみにこの時は知らなかったが、女神によってゲレルが地上で見つからなかった理由――ゲレルが月の住民だったからと言う理由を聞かされた)

 そんなことをしているうちに、ある一つの考えがルーミアの中に浮かんだ。“なんで自分は勝てなかった相手を探しているんだろう”と。普通に考えれば当然のことだ。万全の状態で、負けて、女性としての尊厳を壊されそうになった。そんな相手を、何故自分から探す必要があるのか。バカらしいことだ。

 この日からルーミアは自己嫌悪に陥り、その結果、無意識下で自分の記憶を封印した。

 

 この『ルーミア』は、その考えに至る前に、復讐相手を見つけてしまった、IF(もしも)の自分なのだ。

 

 

「未来のあなた(わたし)なら分かってるでしょ?私のやってることが、馬鹿らしかったって」

 

「――そう、ね。自分が惨敗()けて、ましてや犯そうとしてくる相手を探すなんて、本当にあなた(わたし)はどうかしてるわ。まぁ私はあなた(わたし)と違って、途中でその愚かさに気付いて、忘れたけどね」

 

羨ましいわ。単純に、そう。とても羨ましい。私ももっと、早く忘却(そう)できたら良かったのに」

 

「えぇ。そうした方がとても楽だったわ。だって、なんのしがらみもなく、生きていられるんだもの」

 

「――私も、そうしたかったわ」

 

 

 『ルーミア』はさらに近づき、紅夜の頭を撫でた。その手つきはとても優しく、母親の腕の中のようなぬくもりを持っていた。

 

 

「改めて見てみると、この子の寝顔、とてもかわいいわね。まだ子供だから?」

 

「そうね。私たちを助けてくれた、大恩人が残した、最後の宝物…。あなたは知らないだろうけど、紅夜が今こうして生きているのは、レイラ自身の意志なのよ」

 

「―――()ってたわよ」

 

「えっ?」

 

「だって、あなたは私。この子があの男の子供だって知っていながら、あなたはこの子を守護(まも)った。憎い男の子供よ?普通ならそんなことはしない。私だって、やれる自信ないわ。なら、そこには必ずあの人(レイラ)の意志があるはずだから」

 

「――――」

 

 

 どうやら『ルーミア』には全てお見通しだったようだ。考えが違っていても、もとは『同一存在(じぶん)』だ。それに途中まで辿ってきた経路(じかん)は同じだ。互いにゲレルへの印象は最低以下なのに、その子供である紅夜を守るというのは理に適っていない。だからこそ、違う人物の意志がそこにあると踏んだのだ。

 

 それを聞いたルーミアは、続きを聞かせた。ライラのこと、紅夜のことを。

 楽しく、嬉しい時間だ。ちなみにこの光景を見ていたライダー二人は。

 

 

『…なんでさっきまで殺し合いしてたのに、こんなに楽しく話せてるんだろ?』

 

同一人物(おなじひと)だからでしょ』

 

『――なるほど?』

 

 

「今のこの子の保護者は、レイラの双子の姉のライラ。この子をここまで育てたのも彼女よ」

 

「……その人も、とっても強い人なんでしょうね。仮にも自分の妹を殺した元凶の子供。彼女の遺言だったとしても、ここまで育てるのに、どれだけ苦渋を飲んだんでしょうね…」

 

 

 実際、ライラは当初紅夜を育てることには否定的だった。いくら最愛の妹の最後の頼みとはいえ、自分の妹を凌辱した男の子であり、妹が死んだ直接的な原因である子供を、まともに育てられる自信なんて、なかった。

 それでも紅夜はここまで育った。全てはレイラの頼みを全うした、姉の底力だ。

 

 

「私には、そんなことできる自信がない…。赤の他人の私でさえ、こんなに恨み辛みを抱えてきたって言うのに……血縁(かぞく)を殺した男の子を育てるなんて、私には到底無理。会ったことはないけれど、とてもすごい人なのは分かるわ」

 

「えぇ。とてもすごい人よ」

 

「うん……。私は血縁なんて概念、ないから分からないけど、それは……美しくも残酷な、繋がりを持ってるんだって…分かった」

 

「うん。そうね」

 

「ねぇ、あなたは、その男のどこが好きになったの?」

 

「えっ!?きゅ、急にそれ聞いちゃう?恥ずかしいな、もー…」

 

 

 『ルーミア(じぶん)』の質問に、顔を赤らめる。急な乙女の反応に、『ルーミア』は微笑む。

 

 

「交尾とかしたの?」

 

「ファ/////!!!??そそそそそ、そんなわけないでしょ!?だって零夜、そういうのに全然付き合ってくれないから…

 

「あらそうなの?随分とおかしな人ね?」

 

「ほんとにそう!あなた(わたし)もそう思うでしょう!?」

 

 

 二人は、会話に花を咲かせた。笑い、楽しみ、(おこ)り、また笑う。自分同士の会話を、どんどんと弾ませていく。

 そんな二人を、オーズとウィザード(ふたり)は優しく見守る。

 

 どれほど時間が経っただろうか。二人は、すっかりと打ち解けていた。

 

 

「ふふっ。こんなに感情豊かに笑ったのなんて、いつぶりかしら」

 

「さぁ、私は忘れたわ。私にとっては、大分過去の話なんだから」

 

「そうだったわね。……ありがとう。()()()、とても楽しい時間(とき)だったわ

 

「え、それって、どういう――」

 

 

 ルーミアが言い切る前に、『ルーミア』の体に変化は起きた。

 『ルーミア』――彼女の体は闇へと還ろうとしていた。彼女の体から闇がにじみ出てきて、虚空へと消えていく。次第に、少しずつ、『ルーミア』の姿が薄くなっているように見えた。いや、事実薄くなっている。

 

 

「えっ!?どうしたの、その体ッ!?」

 

「限界、よ。この体を保つのも。時間が来たのよ、お別れの」

 

「そんな――!?……どういうこと?」

 

 

 ルーミアはギロリ、とオーズとウィザードを睨む。『ルーミア』にトドメを刺したのは間違いなくこの二人だ。

 

 

「殺すな、って言ったわよね!?」

 

『いやいや俺知らないって!!第一、最後の一撃は俺じゃないし!』

 

『いやいや俺に振らないで!?ちゃんと手加減したから!』

 

「……勘違いしないで。私はね、もう生きているのが限界だって言ったのよ」

 

「…それって」

 

「えぇ。私はこのまま消えることにするわ。もう、未練はないしね」

 

 

 澄んだ目で、天を仰ぐ。最初に見た、濁り切った眼とは正反対の、綺麗な目だった。空に輝く満点の星空を、彼女の瞳は映していた。

 しかし、まだ問題はある。

 

 

『ちょ、ちょっと待ったっ!今の『ルーミア』ちゃんが死んじゃったら、未来(コッチ)のルーミアちゃんも死ぬことになるじゃんッ!!

 

『あっそうだよッ!!なんとかしないと…!!』

 

 

 そのことに気付いた二人は、焦り始める。

 今、消えかけている『ルーミア』は過去の存在だ。すなわち、未来のルーミアの消滅に繋がる。彼女たちを守るために召喚されたのにも関わらず、その護衛対象を消滅させてしまったら元も子もない。

 

 

「勘違いしないで。私は、死ぬわけじゃないわ」

 

「それは…つまり?」

 

「私はもう疲れたの。生きることに。だから……あなたの中で、ゆっくりと眠ることにするわ

 

「それって…」

 

「えぇ。私の命、私に預けるわ。私の力、使ってね」

 

 

 『ルーミア』は、ルーミアに抱き着いた。その瞬間、彼女の体が闇へと還り、ルーミアに吸収されていく。ルーミアの体が闇に包まれる、と同時に、力が溢れてくる。限界の壁を、容易く破り、限界を超えていく。

 

 

『おいおい。なんかルーミアちゃん、急激に強くなってきてね?どういうこと?俺まだ状況が飲み込めないんだけど』

 

『いや俺に言われても…』

 

『――とりあえず、これは考えたら敗けってやつかな?』

 

『……そうだね。見守ろう。彼女を』

 

 

 そしてその状態がしばらく続き、ルーミアを覆っていた闇が消え、なぜか服も元通りの綺麗なものになっていた。

 彼女はゆっくりと目を開け、深呼吸をする。彼女の眼は、澄んでいた。目の前を見ているが、見ている世界が、違っているように。

 

 

「ふぅ…」

 

『おめでと。かなり強くなってるね。魔力の量がさっきより段違いだ』

 

『合体と吸収でここまで強くなるなんてねぇ…』

 

「――行くわよ」

 

 

 ルーミアは紅夜を担いで、歩みを進める。

 

 

『え、どこに?』

 

「零夜たちのところに決まってんでしょうが!!さっさとついてきなさい!!」

 

 

 先ほどの神聖な雰囲気は一瞬で消え去り、いつもの彼女に戻った。そのまま、ルーミアは紅夜とともに森の奥に消えていく。

 

 

『――とりあえず、行くか』

 

『そうだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うのが経緯(いきさつ)ね」

 

「すまん。理解ができない」

 

 

 零夜は今までの経緯を1から10まで全て聞いたが、理解が遅れる。

 今までの話を纏めるとこうだ。

 

 

・過去の自分と恋愛の話(コイバナ)をする

・ライダーたちが置いてけぼり

・『ルーミア』が自ら吸収され、二人が合体してパワーアップ

 

 

 こんな感じである。最初の二つはなんとなく理解できるが、一番最後が全然理解できない。『ルーミア』が一度“死”を選んで、闇に還っていき、それがルーミアに吸収されたところまではまだ分かる。だが、それでパワーアップってどんな理屈なのかさっぱりだ。

 一番わかりやすく言い換えれば、漫画的な展開だ。

 

 

「シロの奴…マジでなに考えてんだ?」

 

 

 シロが【ライダーカード】――なにか細工を加えていたはずの――を渡していたなんて初耳だ。しかもその召喚の発動条件は、おそらく持ち主またはそれに準ずるものの命の危機。渡していた相手は紅夜とライラ。最後に裏切るつもりだったなら、何故そんなものを渡したのか。

 最初から裏切るつもりだったのなら、渡す意味はない。

 

 しかし別の方面から考えれば話は別だ。利用できるだけ利用して、捨てること。

 シロにとって、自分もルーミアもライラも紅夜も、蒼汰以外は利用できる駒程度の扱いだった。その駒を失うわけにはいかなかったため、カードを渡した。この予測が、案外しっくり来てしまう。

 

 

「あぁ~イラつく!!シロの野郎絶対許さねぇ…」

 

「もう。そんなの、何も考えなければいいのよ。もう終わったことなんだから」

 

「何言ってんだ。俺とお前を殺した張本人なんだぞ?怒らない方がおかしいだろ?」

 

「でもその割には、怒ってるようには見えないわよ?」

 

 

 零夜はシロに対して怒鳴り散らしているが、表情を見てみると怒っているようには見えなかった。

 

 

「……そりゃあ、あんなことがあった後だ。怒るに怒れねぇよ。ていうか、ここで怒ったら敗けだ」

 

「零夜って鈍感(バカ)だけど、そういうところには頭回るわよね」

 

「誰がバカだ誰が。俺が普段ボケっとしてるように聞こえるだろうが」

 

「分かってる癖にーニヒヒッ!」

 

「んだと、このやろー!」

 

 

 零夜はルーミアの首に腕を回すプロレス技、スリーパーフォールドをかけた。無論、攻撃の意志はなく優しくだ。二人の体は密着し、顔は満面の笑みを浮かべている。

 

 

「思考放棄なんてするから、シロの論破に論破できなかったんでしょー!それで死んじゃったんだから、情けないわよね」

 

「うっ!……死んじまったのは、しょうが、ない、だ、ろ…」

 

「論破?これ論破でしょ!?やったー!!口論で零夜に勝てたッ!!」

 

 

 ルーミアは零夜の腕の中で、喜ぶ。互いに死んだ経緯すらも笑い話に変えてしまうほど、この時間は二人にとって尊くて、儚いものだった。

 それに、零夜の変化も凄まじいものだ。ルーミアとの関係性の変化ももちろんだが、先ほどまで精神崩壊の理由の一つで笑えてしまうほど、彼の精神は回復していた。それもこれも全て、自分と言う存在に愛情を向けてくれる存在(ルーミア)のおかげだ。

 それに、この時間が、永遠に続くわけではないからだ。だからこそ、この時間、この場所では互いに素直になって、笑い(イチャつき)合っている

 

 

「バーカ。口論で俺に勝った程度で喜ぶなんて、まだまだ子供だな」

 

「はぁ~?さっきまで自分は子供だーって言ってた人が何言ってんのよッ!あと、私は十分大人なんだからッ!!」

 

 

 ルーミアは意図して自分の豊かに育った二つの果実揺らして、大人であることを象徴する。その煽情的な光景に、零夜は顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。

 その反応を見たルーミアは、小悪魔のような笑みを浮かべる。

 

 

「あ~私の胸見た~。このエロスケベ!それが素の反応?初々しい~~!」

 

「うっせぇ…!仕方ないだろ、男なんだからッ!」

 

「フフフッ、ならこれならどうかしら?」(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

 

 

 ルーミアは零夜の腕から抜け出し、前から零夜に抱き着いた。その際に零夜の胸板に自分の豊麗(ほうれい)な胸をギュウギュウと押し付ける。

 その際に零夜の鼻腔を、女性特有の香りが突き抜ける。「うっ」と声を出しながらも、体は正直だ。モジモジと体が震えている。今までずっと我慢してきた分の反応が、今ここで出てきてしまっているのだ。

 

 

「今までずっと我慢してきたんだから、この時間(いま)くらいはいいわよね?」

 

「うおッ!?」

 

 

 ルーミアは零夜を思いっきり押し倒した。彼女の妖艶とした笑みが、さらに近づいてきて、心臓の音がさらにうるさくなる。

 

 

「な、なにを…」

 

「どうせ最後だから…シよ?」

 

「それってムグッ!?」

 

 

 突如、零夜の口は塞がれた。――同じ唇によって、だ。その途端に息ができなくなる。鼻で呼吸は可能だが、それすらも忘れるほど、零夜は困惑していた。しかし、思考は一つにまとまっていた。

 

 “甘い”。女性との、初めての、キス、ファーストキスだ。その味は、途轍もなく甘かった。それは幻覚なのかもしれないが、それでもとても甘かった。

 

 さらに零夜の口内に、生暖かいものが入ってくる。舌だ。ルーミアの舌が、零夜の口内を犯そうと迫ってくる。抵抗できるわけもなく、二人の舌は、濃厚に絡み合う。うまい。うますぎる。テクニックが尋常じゃない。意識が飛びそうになる。

 ファーストキスがディープキスなんて、贅沢がすぎるだろう。

 

 どれほど時間が経っただろうか。1分かもしれないし、10分かもしれない。もしかしたら1時間も経っているかもしれない。ルーミアは満足したのか、唇を放つ。二人の唇を橋渡しにして、よだれが粘液となって、垂れていく。

 

 

「――――////」

 

「ウフフ。まだ前菜(オードブル)よ?これからもっと、イイコトしましょ?

 

 

 ルーミアの手が、ゆっくりと、下の方に――

 

 

「はーいそこまででーす。その続きは“R-18”がついてしまうので中断してください」

 

「「――ッ!?」」

 

 

 突如横に、女神が姿を表した。ゆっくりと、二人は女神の方を向いてしまう。普通(いつも)なら驚く場面だが、二人とも脳が興奮によってオーバーヒート寸前であり、理解がかなり遅れた。

 そしてしばらく経ち、ようやく状況を理解した二人は、急いで離れた。

 

 

「「うわぁッ!?」」

 

「とてもいい反応。私あなたたちへの好感度が少し上がったかもです」

 

「な、なんで…」

 

「なんでって、元々ここは私の空間ですよ?興奮のし過ぎでそんなことも頭から抜け落ちてたんですか?

 

「「―――」」

 

 

 そう、この空間は女神が創り出したものだ。それゆえにこの場で最強は女神。つまり何でもできるのも女神。彼女は彼女なりの配慮でこの場から姿を消していたのだ。ただ見守っていただけだ。それがどうだろう。この場でコトをおっぱじめることになりそうになったことを危惧して、出てきたのだ。

 

 

「羽目外しすぎてませんか?まぁそれほどタマってたってことみたいですけど…。まぁそれは百歩譲っていいとして、人の空間でナニしようとしてるんですか?私の意志一つで掃除だろうがなんだろうができますが、汚されるのは勘弁です」

 

「う、うぅ…!」

 

 

 ルーミアは俯いて、なにも言えない。顔は赤いが、冷静さを取り戻し、自分はなにをやっていたのだろうかと自覚する。だが、彼女にも譲れない思いがあり、反論するに至った。

 

 

「だって、もう零夜と会えないから、最後にと思って…」

 

()()()()()()()()()()くれませんか?ヤろうと思えばいつでもできるんですから」

 

「……え?それって、どういうこと?」

 

 

 思わず聞き返してしまう。零夜も、女神の今の言葉に目を見開いた。

 話の内容は置いておくとして、今の女神の言い方だと、二人でいつでもできることだと言いたげだ。

 だがしかし、零夜は既にもう一度あの世界へと転生が決まっている。そしてルーミアは復活――

 

 

「「あぁー!!!!」」

 

 

 ここでようやく二人は気づいた。

 零夜は生き返り、ルーミアは復活する。それをそのままの意味で捉えれば、二人同時に生き返ることが可能なのだ。二人の中ではこの場でお別れのような雰囲気になっていたため、そんな単純なことにも気付けなかった。いや、気付くことができなかった。

 

 

「ようやく気付きました?逆に気づかなかったことに呆れているんですが…」

 

「いや、お前の性格から考えれば、周りの記憶や歴史が消えた状態へのやり直し(リスタート)を強制してくると思ったから

 

「あなたの中でどこまで私の評価が地に落ちているのかはわかりました。ですがまぁ今更なので特に気にしません」

 

「いや気にしろよ」

 

 

 むしろ、今までの女神の言動や行動のせいでそう思っていた。この女神(クソ)がそんな気前のいいことをしてくれるわけがないと、勝手に思い込んでいたのだ。

 

 

「誰がクソですか?」

 

「あっやべ」

 

「―――まぁ仕返しは後でするとして。私はそこまでクズではありません。それくらいの配慮はしますよ」

 

 

 なにやら不穏なことを呟いていたが、とりあえず無視(スルー)することにする。女神が心を読めることをすっかり忘れていた。

 しかし、零夜は女神のことを誤解していたようだ。印象の値が+3くらい増えた。だが仕返しはされるようなので、印象の値が-30くらい下がった。

 

 

「でも気を付けてくださいね?転生者であるあなたはともかく、ルーミアさん。あなたは既存の人物(キャラクター)なのですから。零夜さんと一緒に転生させてしまうと、タケトリモノガタリ(あの時)と同じように()()()()()()()いることになってしまうんですよ

 

「「――――」」

 

「あなた方の行き先は同じ世界ではありますが、別の時間軸となります。それでもいいですか?」

 

 

 別の時間軸、つまり何がどうなっているのか分からない世界。今までの交流は全てなかったことに(リセット)される。ライラも、紅夜も、マクラも、妹紅も、永琳も、輝夜も、全て二人のことを知らない世界なのかもしれない。もしかしたら、もっと酷い世界なのかもしれない。

 

 それでも――

 

 

「大丈夫だ。問題ない。なにせ――俺は一人じゃないんだって、気付けたからな

 

「零夜……」

 

「おーアツアツのラブラブでメロメロですね。妬けちゃいます。―――まぁ同じ世界に二人の同一人物がいる問題も、『憑依転生』で全部解決できますから、何の問題もないんですけど」

 

「「おいッ!!」」

 

 

 さっきまでの決意が一気に溶けてしまった。

 上げて落としてくるのは聞いたことはあるが、落としてから上げてくるのは初めてだ。これだからこの女神は好きになれないのだ。

 

 

「さて、おふざけはこれくらいにしましょう」

 

「ふざけてんな。……最後に一つ聞きたい。ライラと紅夜はどうなってる?

 

 

 ライラと紅夜、二人は結局あの後どうなったのだろうか。死んでしまったため分からないが、ライラは背中を深く斬られ、紅夜は片腕が吹っ飛ぶ始末。あの後、二人は無事なのだろうか。

 死んでしまったのかと思い込んでいたが、ルーミアの件もある(ルーミアは死んでいるが)。二人には、生きていてほしい。

 

 ――あの二人は零夜たちの未来ではすでに死んでいる可能性が高い。

 しかし、そう考えるには不確定要素が多すぎる。死んでいるとするならば、白玉楼辺りで二人のことを見ていないのが不自然だ。これは単純に二人のことを見ていないと考えるべきだが、レイラの危険(ピンチ)にライラが駆け付けないというのはおかしい。だからこそ、不可思議なのだ。

 

 

(なんであの時ライラは(レイラ)のピンチに駆けつけなかったんだ?)

 

「――なるほど。確かに真っ当な疑問ですね。しかし、それを聞いたところでなにか意味がおありで?」

 

「分からないことが一つでもあったら、それは心残りだろ」

 

「確かにそうですね。ですが、私の口から言えることはその理由はいずれ分かる、としか言いようがありません」

 

「―――」

 

 

 いずれ分かる。つまり零夜にその理由が分かる日が訪れるということを意味するだろう。それがいつになるか分からないが、それが聞けただけでも良しとするべきだろう。

 

 

「そうか。だったらこれ以上聞かないでおく」

 

「懸命な判断ですね。それでは決まったところで始めちゃいましょう!!」

 

「――あぁ、始めてくれ」

 

「はいッ!!!」

 

 

 女神は今までで一番いい返事をした。そのまま指パッチンをすると、白い空間が、一変する。

 

 

「え――?」

 

「は――?」

 

 

 そこは、幻想的な世界だった。

 世界すべてが夜で染まり、夜空には満点の星空と、流れ星が無限に流れ、満月が映える花畑へと変わったのだ。花の種類は『薔薇(バラ)』『チューリップ』『桔梗(キキョウ)』『ブルースター』『千日紅(センニチコウ)』『向日葵(ヒマワリ)』などの『愛』に関連する花言葉がある花が、無数に咲いて、広がっていた。

 それ以外にも、黒い花の花畑が、別にあった。

 

 他にも外装として、黒いイルミネーションアーチ、風車、藤棚(フジダナ)、フラワーアーチ、紫陽花(アジサイ)や薔薇が絡まったパーゴラ、黒くて丸い天井のガゼボなど、選り取り見取りな景色が広がっていた。

 

 

「これは……って、ルーミアお前、その恰好…」

 

「えっ、どうかし……って、なにこれ!?」

 

 

 ルーミアの恰好が、いつの間にか着替(かわ)っていた。

 いつもの白いブラウスと黒いスカートの姿ではなく、漆黒のウエディングドレスを身に纏っていた。これには流石の二人も驚いた。

 

 

「驚いたでしょう?私からの選別です」

 

 

 すると、花畑の道から女神がこちらに向かって歩いてきた。

 

 

「花嫁衣装。素敵でしょう?」

 

「いやそれは分かるんだが…」

 

「零夜!?///」

 

「俺の服は変わってないのはなんでだ?」

 

 

 そう、この状況なら零夜の服はタキシードに変わるはずだが、いつもの黒いフード付きの薄いコートを羽織り、黒いズボンと白いTシャツと言ういつも通りの服装をしていたのだ。

 

 

「私の気分です」

 

「……これが仕返しか」

 

「いやそうじゃなくて!?なにこの状況!?全然意味が分からないんだけど?」

 

 

 その通り。零夜(ツッコミ役)はなぜかこの状況を受け入れていて、ルーミア(ボケ役)が逆に困惑しているという珍現象が発生していた。

 

 

「いや逆になんであなたは慣れてないんですか?」

 

「俺ももういろいろと吹っ切れたからな…」

 

「駄目!これは吹っ切れちゃ駄目なやつだよ!?ちゃんとツッコんでよ!」

 

「まぁいいじゃないですかー。さぁ、始めちゃいましょう、結婚式!!!」

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「え、ちょ、え!?どういうこと!?」

 

「どうしたんですか?」

 

「いやそれはこっちの台詞!?いきなり結婚式ってなに!?」

 

 

 あまりの唐突な状況変革に、驚いて慌てずにはいられないルーミア。零夜は完全にこの状況を受け入れて(諦めたともいえる)おり、何も言うことはなかった。

 

 

「それに零夜もこの状況に慣れないで!?あなたはそんなキャラじゃないでしょう!?」

 

「それはですねーそれはですねー。私の仕業だッ!

 

「あんたかッ!!」

 

 

 女神が勢いよく自白した。確かに精神を直接操作できたりできる女神の仕業であれば、この零夜の突然の変わりようにも納得がいく。

 人間と言うのは、第一印象でほとんどが決まる。そんな第一印象が突然変わったら、人は大抵困惑する。そんな状況を作り出せる力を持つ女神は、まさにはた迷惑でしかない。

 

 

「手っ取り早くこの状況に慣れてもらうためですよー。零夜さんったらツッコミ属性ですから、面倒臭いんですよねー」

 

「逆にあんたからはシロと似たような余計なことしかしないボケ属性が透けて視えるわ」

 

「あら、嬉しい。そんな誉め言葉をもらえるなんて…」

 

「皮肉で言ったのよ」

 

 

 駄目だ。どんな悪態も女神にとっては誉め言葉かそれに類似したものに化してしまう。一度だけ、女神が本気でキレたシーンを間近で見ているため、ルーミアは本能的に女神を怒らすことを避けているのも、一因であるが。ルーミアがその恐れに気付いている様子はない(ちなみにこれも女神の仕業である)

 

 

「ですがよくよく考えたらこんな零夜さんを見たら読者の方々もなんだかむずがゆい感じになりそうなので、戻しておきますね」パッチン

 

「はッ!?なんだこの状況全く意味分からねぇ!?なんで俺慣れてた!?」

 

 

 女神が指パッチンをした瞬間、零夜の精神が元の形に戻り、この状況にツッコミを入れ始めた。元の零夜に戻って、ルーミアも安心した。

 それにしても相変わらず読者の世界(こちらがわ)の近況を読んでくる辺り、流石だ。

 

 

「では司会進行役兼神父役は私が遂行いたします」

 

「おいちょ待――」

 

 

 女神が手をたたくと同時に、大風が吹き荒れる。それは激しくも優しい突風だった。風は大量の花びらを乗せて、辺りに散乱する。それはまるで花びらの霧雨。

 あまりの風に、二人して目を閉じた。そんなとき、鐘の音が聞こえた。ゴーン、ゴーン、と、鐘の音が辺り一面に響き渡り、二人の鼓膜に響いてくる。

 

 

「あれ…ここは…?」

 

「なんだ、ここは…?」

 

 

 零夜とルーミアが今立っている場所は先ほどと違っていた。さっきは花畑と花畑の間で出来た道だったが、そこは花や蔓を中心とした豪華絢爛なステージのような場所だった。月の光でライトアップされた花畑が、いい味を出していた。

 手前には、小さなカウンターのような机がある。そこに、女神の姿はあった。

 

 

「あ、おい!どういう状況だこれ!?」

 

「さっき説明しましたよね?結婚式です」

 

「話が飛躍しすぎてるんだよッ!こういうのはもうちょっと手順を踏んでからやるもんだろ!?」

 

「そうよッ!やるにしても、心の準備が――」

 

「いや500年も同棲しているのに今更ですか?」

 

「「―――うッ」」

 

 

 そう言われれば、二人にはなにも言えない。事実、零夜とルーミアは500年も同じ屋根の下で暮らしているのだ。そんな状況、傍から見れば夫婦以外の何物でもない。

 

 

「もうそんなに長い期間同棲しちゃってる上に、両想いなんですから、もう夫婦になった方が手っ取り早いじゃないですか」

 

「それを言われると…」

 

「何も反論できねぇ…」

 

「ま、そんなわけでッ!!さっさと済ませてしまいましょう!!」

 

 

 女神が両手を広げると、今まで散っていた花弁(はなびら)がルーミアの腕の中に集まり、様々な黒い花のブーケが完成した。

 ちなみに全て黒い花で統一されているが、花言葉などは特に考えられずに束ねられている。

 

 

「これでより結婚式ぽくなったでしょう?さぁそれでは始めちゃいましょう!!」

 

「――はぁ。急すぎるが…やるしかないか」

 

「零夜!?」

 

「コイツの言い分も一理あるし、何より俺たちでこの状況をどうにかできるわけがない。コイツ、強硬するつもりだぞ?」

 

 

 零夜とルーミアが女神の方を振り向くと、口だけしか分からないが女神の顔は満面の笑みを浮かべていた。それを見てルーミアも悟った。「これ、強制イベントだ」と。

 

 

「だから俺たちがなにか抵抗しても徒労に終わるだけだ。諦めてこの状況を甘受しようぜ」

 

「うう……なんで元に戻ってもこの状況を受け入れてるの零夜…まさかまたこの女神(アマ)に操られて――」

 

「アマって口悪いな。違ぇよ。俺もこの経験を得て、気付いただけさ。お前がいれば、俺はなんとかなれるってな」

 

「零夜…//もう、そういう告白(コト)は、もっと直球で言ってよね…」

 

「分かった。ルーミア、俺はお前を愛してる」

 

「直球すぎるってッ!!!」

 

 

 零夜はついに開き直った、と言うより開き直りすぎた。500年ため込んだ感情を全て曝け出す、それはどれほどの羞恥心に耐えなければならないのか、想像もつかない。しかし、そんなこと関係ないと、零夜は率直に、ルーミアに己の想いを伝えたのだ。

 ルーミアも、ただでさえ恥ずかしいのに、さらにド直球に愛の告白をされれば、恥ずかしいを通り越して言葉にできない感情で溢れかえっていた。

 

 

「なんだ、直球で言えって言ったのはお前だろ?」

 

「そこまでしろとは言ってない!ていうか私全然想像してない!急にそんなこと言われたから、恥ずかしいのよ…それに、それに、ぞれ、にぃ…!!」

 

 

 声を荒げて叫ぶルーミアだったが、次第に呂律が回らなくなっていき、紅い瞳から大粒の涙が零れていた。急に泣き出してしまったため、零夜は困惑した。単純に泣いた理由が分からないのと、急な状況に対応できないというのが理由だ。

 オロオロと戸惑う零夜に対して、ルーミアは泣き叫んだ。

 

 

「500年だよ!?500年!!私は500年間零夜(アナタ)のことをずっと想っ(愛し)てたッ!だからずっと、ずっとアプローチしてたのに、全然、零夜は気にも留めてくれなかったッ!長い時間(とき)を生きていける妖怪(わたし)にとって、短い時間であることは確かだよ!!でもね?この500年だけは、どうしても長く感じたのッ!1000年よりも10000年よりも、ずっと、ずっと、長くて、楽しい時間だったのッ!!」

 

「ルーミア……」

 

「だから……悲しいと同時に嬉しいの。私の500年は、決して無駄じゃなかったんだって…ッ!!」

 

「――すまん」

 

 

 謝罪し、零夜はルーミアを抱きしめる。

 

 

「―――」

 

「俺は、ずっと怖かったんだ。大切なものがまたこの手から零れ落ちて、腐り(しぼ)んでいくことが。だから、今回の生では二度とそんな気持ちにならないようにって、自分の気持ちに蓋をしていた。たとえ、それがお前の心を傷つける選択だったとしても」

 

 

 もう二度とあんな気持ちはしたくない。その決心一つで500年と言う年月、欲を抑え込んできた。ありとあらゆる欲望を、決意で抑え込んで、抑圧してきた。全て、過去の悲劇を繰り返さないために。

 

 

「だけど…幸せになるために女神(アンタ)がくれたもう一度の生……本当は、こう使うべきだったんだ。お前も、なんだかんだ言って、俺たちのためにやってくれてたんだよな」

 

「さぁ、御想像にお任せ致します」

 

「だが、お前の荒治療のせいというかおかげと言うか、俺は自分自身の気持ちに気づけた。――ありがとう」

 

「…………それ、お礼になってるんですか?お礼なら、もっと感謝の念を込めて言ってくださいよ」

 

 

 そう言った女神の声は柔らかく、笑っていた。口元の、僅かな微笑み。暖かい家族の団らんを見守る、親のように。

 

 

「でもまぁ、私はそういう結婚はできなかったので羨ましいですね」

 

 

 そんな女神の小さな呟きを、誰も聞き取ることはなかった。

 そして突如、零夜はルーミアの両手を強く、優しく掴んだ。突然のことに、ルーミアは顔を赤らめるも、不快な思いはしなかった。

 零夜の心臓の鼓動が、早くなり、高くなる。緊張しているのが手に取るように理解できた。少し間が開き、ついに零夜の唇が、動いた。

 

 

「だからルーミア。俺の我儘な、自分勝手なお願いを聞いてくれ。………俺と、結婚、してください

 

「―――喜んで、受け入れます」

 

 

 零夜が勇気を出して放った一言に、ルーミアは笑顔で涙を流しながら、受け入れた。

 

 

ゴォオオオン ゴォオオオン

 

 

 それと同時に、鐘の音が響き渡る。その鐘の音色は、二人の結婚(つな)がりを祝福しているかのようだった。

 その音色と同時に、女神が誓いの言葉を口にする。

 

 

「それでは新郎【夜神零夜】さんは、【ルーミア・夜神】さん、あなたを健やかなる時も、病める時も豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 

「はい、誓います」

 

 

「新婦【ルーミア・夜神】は、【夜神零夜】さん、あなたを健やかな時も、病める時も、豊かな時も、貧しい時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 

「もちろん、誓います」

 

 

「それでは、誓いのキスを」

 

「えっ、それはさっきやった…」

 

「あれはルーミアさんが一方的にやったから無効です。そもそもあのキスはなんであろうとカウントには入れません」

 

「あ、そう…」

 

「それでは、もう一度……誓いのキスを」

 

 

 互いの顔が赤面しているのが分かる。同時に心臓の鼓動もうるさい。それでも、二人の顔の距離は徐々に近づいていく。二人は瞼を閉じて、そして――

 

 

 

 唇を、重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

権能への覚醒条件を全て満たしました

 

『離繋』と『創造』を統合します。よろしいですか?

 

[はい]  [はい]

 

 

本当によろしいですか?【制約】は御覧になられましたか?

 

[はい]  [はい]

 

 

後戻りはできません。本当によろしいのですか?

 

[はい]  [はい]

 

 

『離繋』と『創造』を統合――完了しました

 

 

「これにより、【権能:現幻創消(げんげんそうしょう)】が生成されました

 

 

ご武運を。二度とコンテニューは不可能です。

 

 

 

 

 

 

 




 夜神零夜(新郎)

 ルーミアに己の本心を聞かれたことで吹っ切れて、ついに本当の自分を表に出して、彼女への行為を露わにした。
 いきなり結婚式とか言われて戸惑っていたが、いつの間にか女神に精神操作されて状況に慣れてしまっていたが、途中で女神自身が解いたために元のわけわからないぞ!?の状態に戻った。
 
 最後にこの経験を得たことで、権能が開花。『離繋』と『創造』が統合したことによって権能、『現幻創消』が発現した。


 ルーミア(新婦)

 500年の恋が、ようやく叶った。
 ついでに強化の理由も明かされた。強化の理由は過去の自分との融合によるものだった。融合の理由としては、『ルーミア』自身がそう望んだことと、同一存在であるためになんのリスクもなくパワーアップすることができた。

 恋がようやく叶って、良かったね!!
 それにしても、いきなりセ○クスは手順飛びすぎじゃないかな?まぁそれほど溜まってたってことだろうけど。


 女神(神“父”?)

 今回の騒動(けっこんしき)の元凶にしてトラブルメーカー。
 今回はあまり干渉しなかったが、自分を突き通して場を滅茶苦茶にかき乱した。

 そして、二人の結婚を見て、一言呟いていたが――。


「あの子は元気でしょうか?一応責務もありますし、久しぶりに見に行きますか、遠くから♪」



 評価:感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

96 魔王の墓場

 どうも、お久しぶりです。龍狐です。もう何か月も投稿しておらず、皆さんをお待たせして…。誠に申し訳ありません。
 テストやら自動車学校やら設定の練り直しに今後のストーリー展開やらで時間をかなり食ってしまいました。今回のもとりあえず投稿できました。

 それにしても今日のギーツと王蛇…半端なかったです。続きが楽しみですね。

 それでは、どうぞッ!


「皆様。こんにちわ。私は【女神】です。え?名前じゃないだろって?そんなのはどうでもいいんですよ」

 

 

―――花畑の間。

 零夜とルーミアがついに結ばれた場所で、女神はガーデンチェアに座り、一人、本を読んでいた。その本の題名(タイトル)は影で隠れており、知ることは不可能。

 

 

「あなたたちも読みますか?この本。……まぁ、冗談なんですけどね」

 

 

 女神が片手で本を閉じると、その本は超能力に操られているかのようにふわふわと浮遊し、本が大量に陳列されている一個の本棚にひとりでに入っていく。

 この舞台に不自然に存在する本棚。どう見ても普通ではない。

 

 

「この本たちの存在はあなた方も知っているはずなので、わざわざ言う必要なんてないですよね」

 

 

 女神はガーデンチェアから立ち上がり、ゆっくりと歩みを進め、花畑へと足を踏み入れる。

 

 

この本棚の本は歴史を重ねるごとに増え続けていくので、飽きがこないから私のお気に入りなんです。……とりあえず、早速本題へと入りましょう。夜神零夜さん。彼はついに極地ともいえる『権能』に覚醒致しました。パチパチパチ~」

 

 

 女神は軽く拍手をし、すでにいない相手に喝采を送る。

 

 

「そのうえで、皆さん気になっていませんでしたか?なにをって?決まってるじゃないですか。『権能』への覚醒方法ですよぉ」

 

 

 権能ヘ覚醒する方法――それは三つの手順を踏まなければならない。現時点で分かっているのはそのうちの二つ。

 

 一つ イレギュラーか準イレギュラーになること。

 

 これに関しては比較的簡単なこととも言えなくもない。

 イレギュラーは要するに転生者などの本来東方project(この世界)には存在しない人物たちのことだ。もちろんだが幻想入りしたものなども該当しなくもない。ケースバイケースである。

 

 今まで出てきたイレギュラーたちは零夜、シロ、紅夜、蒼汰、圭太、臘月、ゲレルの合計6?7?人である。

 

 紅夜と蒼汰は人格が別なものの、体は一つで分裂もできて二人にもなれるため、定義が曖昧であるため暫定として合計人数が曖昧になっている。

 

 そして準イレギュラー。それらは元々は原作キャラや本来存在しない物語の枠組みの外に存在していたはずの者たちがイレギュラーによって運命を変えられてしまったものの総称のことだ。

 

 今まで出てきた準イレギュラー()()()()()()()()()()たちは、ルーミア、ライラ、レイラなどが挙げられる。

 

 彼女たちは明らかにイレギュラーの手によって物語の枠組みから外れているからだ。

 

 

「まぁここまでは皆さん知っていますよね。そしてその次に必要な条件は神の声を聴く素質を得ること“存在の昇格”を行うことで解決できます。これは要するに権能に耐えられる器を持つことです。権能は強大な力ですからね、それを受け止める器がなければ話になりません」

 

 

 神の声を聴くことと器を広げ、強固にすること。これは一見関係なさそうに見えるが、実は関係大ありなのだ。ただの人間の身で、姿形が認識できない神と言う上位存在の声を拾うなどと言うのは不可能に等しい。

 似たようなもので現人神(あらひとがみ)と言うものがある。実際現人神とは“人間の姿で現れた神”と言う意味ではあるが、東方project(この世界)において現人神とは人の身でありながら神の代理として力を行使しているうち、人々の信仰が神のみならず、力を行使する人自体にまで及ぶことによって、あたかも神と同様であるかのように見なされた存在のことである。

 

 

「そういうと、『守矢の巫女』辺りが第二の条件を、第一の条件を飛ばして達しているんですよね。まぁこういう矛盾は致し方ありません。だって、幻想郷では常識に囚われてはいけませんッ!ですよね」

 

 

 そういい女神は微笑む。しかし、この矛盾が発生してしまっていること自体がおかしいのだ。何故なら――

 

 

「まぁ本来、第二の条件を達成するためには第一の条件をクリアしていないとそもそも無理なんですけど…こういうところが穴なんですよねぇ

 

 

 女神は、『権能』と言うシステムを作成(つく)る際、順序を設定した。第一の条件、第二の条件、第三の条件、これを順番通りに達成しないと『権能』には覚醒できないようにしていたのだ。

 第一の条件である“イレギュラー化または準イレギュラー化”。これによって権能を受け止めるための器の基盤が整う――耐久性がついたと言っていい。

 そのうえで第二の条件である『存在の昇格』を行うことができるのだ。

 

 

「この二つは零夜さんはすでに達成(クリア)していました。まぁ500年も使えば当然でしょうけど。そして肝心な“第三の条件”です。皆さん気になってましたよね?」

 

 

 かつてシロの口からも語られた*1最後の条件。シロ曰くこの条件を知ってしまうと逆に達成(クリア)が難しくなってしまうため、語られなかった。

 

 

「最後の条件、それは―――心から愛するモノ…要するに大事なものを決めることです」

 

 

 つまり、一生で愛する“ナニカ”を見つけて決めて、守り通すと誓うこと。それが『権能』覚醒のための一番大事な、最後の条件。

 心から大事なものなど、そう簡単にできるものではない。趣味や興味のように、いずれ飽きるものでは駄目だ。“死んでも守りたい”そこまで大事に思って初めて条件は揃うのだ。ずっと、守ると誓えるほどのものでなくてはいけない。

 

 シロが言ったように、この条件を達成する前に知ってしまえば、最初から守りたいものが決まっている人はよくても、それが存在しない者であればすぐに作ろうと苦悩するのは火を見るよりも明らかだ。

 そもそも人間はそんな簡単に一生を賭けてでも守りたいものを簡単に見つけることは不可能だ。悩んで悩んで悩んで、ようやく見つけられるものなのだ。

 

 

「命を懸けてでも、一生を懸けてでも守りたいという気概がない人に、『権能』は重過ぎる力です。『権能(こんなもの)』を人を選ばずポイポイと与えては、世界なんて簡単に破壊(こわ)れちゃいますから」

 

 

 『権能』を見境なく適当に与えたら、世界が滅茶苦茶になるのはもはや道理と言えよう。だが、そんな条件を設定してでさえ、根っからの『悪』が『権能』に覚醒してしまった。

 

 

「覚醒条件はあのカスにも変更できないように、創った私自身ですら条件変更システムに関与できない難易度(レベル)のものを設定しましたからね」

 

 

 そう、この女神(おんな)、『権能システム』の『覚醒条件変更』の部分のセキュリティだけを自分にすら解除(とけ)ないレベルのものに設定したのだ。これで大丈夫――と高を括っていたが、あろうことか“ヤツ”はその条件を全て正攻法で突破した。

 

 

「……それでも覚醒できてしまったのですから、人間って分からない生き物ですよね…まぁ私も人のこと言えませんけど…

 

 

 ヤツ――性根が腐っている臘月(ろうげつ)ですら、この条件を揃えて権能に覚醒したのだ。

 

 臘月はもとより転生者と言うイレギュラーであり、長い年月をかけて“神の声”が聴けるまでの存在へと昇格した。そして、臘月が命を賭して守りたかったものは、【(みやこ)】だ。

 臘月は歪んではいたが都を心の底より大事に思っていた。自分を大事に思い、自分を認めてくれる聖地。それが都だった。そんな場所を、大事に思わないはずがない。臘月は善くも悪くも純粋だった。12歳で終わった前世と、歪んだ価値観を持ってしても、彼の心は少年だった。だから好きだった、都が。

 だが少年ゆえに心は変わりやすく、最終的に都を捨てる決断に至ったのだ。まぁ、これはシロと零夜の策略ではあるが。

 命を賭けてでも守るものを見つける。それが『権能』覚醒のための一番大事な、最後の条件。

 

 

「ですが、『心』と言う不安定なものは、いつ変わるか分からない。どんなに大事な宝石箱も、ある日突然ゴミの山に変わるかもしれない。そんな複雑なものを最後の条件にしていいのか私も悩みました。だけど……………えっと……………その……………」

 

 

 女神は口ごもり、その先のことを言い淀んでいる。最後に女神は決心し、口を酸っぱくしながら語った。

 

 

「これよりいいのが思いつかなかったので、このまま可決したんです」

 

 

 つまり、「もう考えるのが面倒臭いからこれでいいや」と言うことである。

 

 

「だってだって!!私も最初はこの先のことも考えて、大切なものを失ったら『権能』も失うという設定を付けようと思ったのですが、「それだと大切な人に裏切られるパターンになったら可哀そ過ぎない?」ってシロさんに言われて……悩みに悩んだ結果なんです」

 

 

 女神は乱暴に手に持っているティーカップを置いて(それでも壊れない程度に)、一気に愚痴ってきた。

 

 

「それに最初は、“一度大事なものを決めたらもう二度と大事なものを変更できない”っていう設定をつける予定だったのに、シロさんに全力で阻止されて…はぁ…難儀なものです」

 

 

 ちなみにこの女神。最初にこの設定を本気でやる予定だった。確かに女神の力であれもこんなことも可能であるが、危険すぎるためシロのファインプレーでなんとかなったのだ。

 であれば代案として、『権能』を失う設定も考えたがそれも却下された。女神が30%くらい落ち込んだ日でもあった。

 

 

「でもまぁ、それも過ぎた話。今更とやかく愚痴ることでもありません。―――では別のお話をしましょう。零夜さんとルーミアさん。この二人がどこに()ったか分かりますか?」

 

 

 女神はフェイスベールの奥で不適に笑う。

 

 

「それはもちろん…自分たちを殺害(ころ)したシロさん(あの人)復讐(リベンジ)しに行きました。楽しみですねー。零夜さん、どのくらい強くなったんでしょう?読者(オーディエンス)の皆さんも、楽しみですよね?じゃあ観戦()ましょうか。とっておきの戦争(ショー)を」

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

『――あり得ない』

 

 

 シロ――またの名をヤガミレイヤ。そして、彼が変身している姿がアナザーディケイド。彼は目の前の事実を受け止め切れずにいた。

 確かに仕留めたはずなのに。殺したはずなのに。オーディンとクロノスでライラと蒼汰を足止めして、その隙にワイズマン、エボルト、エターナルでルーミアと零夜を追い込み、6人で一斉に必殺技を放ってルーミアを殺害し、その後自らの手で零夜を殺めた。

 だからこそ――()()()()()()()()()()()、アナザーディケイドは目の前の事実を受け止め切れなかった。

 

 

『何故君たちが……生きている!?』

 

「さぁ…なんででしょー?」

 

 

 そこには、()()()()()()の零夜とルーミアがいた。

 二人の服は、殺したときにボロボロになったはずだ。互いに素肌が血肉で穢れて、見るに堪えない姿になっていたはず。

 それに、変化(かわ)ったのは、二人だけではない。

 

 

「これは…?」

 

「あれ、俺って…?」

 

 

 二人の両隣には、ライラと紅夜が万全の状態――服装は戦前の状態に戻り、体力や精神力も完全に回復した状態――で立っていたからだ。無論、二人もこの状況の異常に気付いている。

 ライラは気絶させられ、紅夜に至ってはとばっちりでシロに負傷させられたのだから。そして――

 

 

『こりゃあ、一体どういうことだ…?』

 

「っ、蒼汰さん!この状況って一体…どうなってるんですか?」

 

 

 先ほどまで分離していた蒼汰は紅夜の中へと戻り、精神体として活動していた。

 

 

『あとでゆっくり説明するから、今はなんとか追いついてくれ。しかしこりゃ一体どういうこった?』

 

『そんなこと…俺が知りたいね』

 

 

 その声に、全員がその声の主へと顔を向ける。シロ――アナザーディケイドの両隣にいる五人のライダーたちでさえ、この異常事態に戸惑っているのだ。彼も驚いていてもおかしくはない。

 

 

『こんなこと、こんなこと普通はあり得ない。だか、この世界ではそういうことがあり得てもおかしくない。……オーディンの『タイムベント』やクロノスの『リセット』でもくらったかのような感覚だ

 

 

 アナザーディケイドは横にいる仮面ライダーオーディンとクロノスに顔を向ける。目を向けられたオーディンとクロノスは、ゆっくりと首を横に振り、「自分は関係ない」と主張する。

 

 

『まぁコイツらが関係ないであろうことは分かってる。それに……もう謎は解けた。零夜、君……『権能』に覚醒したんだな?』

 

「――――」

 

 

 アナザーディケイドの言葉に、零夜が反応する。

 これだけ時間が経って、シロが零夜の『権能』の気配に気づかないはずがなかった。『権能』持ちは、互いにその存在を感じ取ることができる。『権能』に覚醒したものには、力の流れ――特有のオーラと言うものが流れ出ているらしい。

 そのため零夜のオーラは垂れ流しになっており、シロはすぐに理解できたのだ。

 

 

『得た『権能』は時間系列か?明らかにそうでないと説明がつかない。だが、君の能力は『離繋(りけい)』と『創造』だ。この二つが『混合』したとしても時間系列の『権能』になるとは思えない。君は、一体――「ごちゃごちゃうるせぇよ」――アッ』

 

 

 その瞬間、零夜が右手を手刀に変えて振るい、アナザーディケイドの右腕が零れ落ちる

 本当に一瞬の出来事で、アナザーディケイドには知覚することすらできなかった。痛みを感じるまで、気付くことすらできなかったのだ。

 

 

(今…なにをされた?斬られた?俺が認知できないほどの速さで?)

 

 

 手刀はアナザーディケイドにとって別に不思議なことではない。なんなら霊力や魔力(オーラ)を具現化して手刀を形成できる。だが重要なのはそこではなく、【エルナト・タウルス】の権能で限界まで倍化してるはずの防御をも貫くというのは、アナザーディケイドにとって予想外のことだった。

 

 アナザーディケイドは斬られた腕を徐々に再生させていく。

 

 

「お前は……お前だけは、オレが還付なきまでにぶっ潰すそこで待ってろよ…シロ」

 

『――ッ!』

 

 

 この言葉の重圧に、アナザーディケイドは押し潰されそうな感覚に陥る。今までとは明らかに違う、夜神零夜と言う存在の格が明らかにグレードアップしている。

 

 冷や汗――これをかくのは、いつぶりだろうか。

 

 アナザーディケイド――レイヤは仮面の奥で、にんやりと笑う。

 

 

『いいだろう!全力で、相手してやるッ!!』

 

「お前の相手は俺だ。両隣の雑魚共は消え失せろ」

 

 

 雑魚。そう言われた瞬間、全員が武器を取った。当たり前と言えば当たり前。

 オーディン、エターナル、ワイズマン、クロノス、エボル。この五人は五人中四人がラスボス的存在であり、エターナルもボス枠に入る。ボスのプライドと言うものがあるが、残念ながら彼らにボスのプライドなどない。そもそも自分が『物語のボス』と言う自覚がないからだ。彼らにあるのは、ただ自分たちを雑魚だとバカにされたという怒りのみ。

 

 

『まぁ待て。零夜は俺を所望だ。お前たちは彼女らの相手を頼む』

 

 

 そういいアナザーディケイドはルーミア、ライラ、紅夜の三人を指刺した。五人は不満そうにしているが、召喚主の命令は絶対。それがアナザーディケイドの能力だ。

 

 

『それじゃあ零夜。闘いの場へと案内しよう』

 

「―――」

 

 

 アナザーディケイドがオーロラカーテンを生成し、二人はそれに飲み込まれて姿を消した。

 それと同時に、ライダー五人が各々の武器を構え、迎撃態勢に入った。

 

 

「怪我や体力もなぜか全快しているが…奴らを三人で倒せるか?」

 

「やるしかないでしょう…。アイツら、俺たちのこと本気で殺す気ですよ。蒼汰と共有した記憶で確認したし、師匠だって分かってますよね?」

 

「当たり前だ。……少々弱気になった。行くz――」

 

 

 ライラが気張りの声を上げようとした瞬間、一つの影が二人の前を通り過ぎる。長い金髪を揺らし、紅い瞳を輝かせながら。彼女はただ月の地面を踏んで、歩みを進め、ライダーたちへと近づいていく。その過程で彼女は手に闇の剣を創り出し、力強く握る。

 ライラは声をかけようとしたが、何故か声を出すことはできなかった。彼女から発せられる謎の圧に、ライラは負けたのだ。それは隣にいる紅夜も同じで、目を見開いて冷や汗をかき、開いた口が塞がらない状態だった。ただその目は二人とも、彼女へと向けられていた。

 

 

『なにを――』

 

 

 その声を発したのは誰かは分からない。五人のライダーの内の誰かであることは確かだ。だが、それだけだ。彼女は闇の剣に妖力を注ぎこみ、横へ一閃。――そうするだけで、空間(けしき)はずれた。

 

 その一振りをした彼女の紅い瞳は――どこまでも濁っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広く、広く、広く。どこまでも広く続く荒野に、影――夜神零夜はいた。アナザーディケイド――シロに連れてこられた場所は、このなにもない見渡す限りの荒野。ご丁寧にタンブルウィード*2が転がっている。

 零夜は辺りを再び見渡すが、特にこれと言って何もない。と言うよりも、風が強く砂埃が舞っていて全方位視界が悪く、常人であれば顔を隠さずに前を向くことすらできないであろう風の強さだ。

 

 そんな中、零夜の前方から一つの影がこちらに向かって歩いてくる。砂埃で隠れて分かりにくいが、映し出す影は明らかに人間のものではない。まるで悪魔の姿だ。やがて姿の全容が明らかになり、零夜の前に立ちはだかったのは、アナザーディケイドだった。

 

 

「―――」

 

『やぁ、どうだいこの世界は

 

「……まぁお前にしてはいいチョイスじゃないか?なにもないからお前を遠慮なくぶっ飛ばしても被害がなさそうで」

 

『強気だね~。でも、何もないっていうのは間違いだ。後ろを見てみな

 

 

 その言葉に、零夜は警戒する。目の前の悪魔は敵だ。そんな相手にわざわざ隙を見せるような真似をするはずがない。だからこそ、聞くに値しない言葉だった。

 ――それなのに、さっきまでなかったはずの巨大な影に、零夜は困惑せざる負えなかった。零夜の影を完全に隠すほどの巨大な影。こんなものはついさっきまでなかったはずだ。と言うよりそもそも、()()()()()()()()()()()()()()はずなのだ。

 零夜は恐る恐る後ろに振り向いた。影の大きさは縦にも長いが、それよりも横に長かった。その正体を知るために、決意を反故した。

 

 

「―――ッ!」

 

『驚いただろう?()()()には』

 

 

 零夜の後ろに突如出現した謎の正体――それは石でできた巨大な像だった。

 

円形の土台の中心の像を外壁のように囲う19人の最強フォームのライダーの石像が存在していた。また、外壁と中心の間に囲うように立っているのは、2人の仮面ライダー。【新時代の予測者】【銀河の聖剣士】の石像が中心を守るように立っており、その隣には()()()()()()()()。肝心の中心に鎮座する石像は、【最低最悪の魔王】もしくは【最高最善の魔王】の石像だった。

 

 

「……オーマジオウ」

 

 

 石像の台座の中心に鎮座する王――オーマジオウの石像が、零夜の後ろに立っていたのだ。

 その大きさは零夜の身長を遥かに大きく超えており、土台だけでも零夜の身長を超え、2mほどの大きさだ。そして仮面ライダーの一人一人の大きさが4,5メートルほどの大きさで、かなり遠くから、もしくは空中からでないと全容がハッキリしない大きさだ。

 そして台座に書かれている像の名前は【魔王の墓地】だった。

 

 

「魔王の……墓地?」

 

『驚いただろう?』

 

 

 アナザーディケイドの声に、零夜はゆっくりと振り返る。

 

 

『その像は見ての通りオーマジオウの像だ。だが、タイトルが全く別物だろう?それが立てられた意図は…タイトルの通りさ』

 

「……オーマジオウの墓、つまりオーマジオウは…」

 

『あぁ、オーマジオウは、常磐ソウゴは死んだ』 

 

 

 その言葉は、衝撃的の一言に尽きた。シロに対する怒りや憎悪が、この瞬間だけ全て吹き飛んでしまうほどの衝撃だった。零夜の認識ではオーマジオウとは、『最強』の名を総なめにできるライダーだ。そんなライダーが、死んだなんて誰が想像できるだろうか?いな、想像すらできるはずがない。唯一想像できる死に方は、老衰だが――

 

 

『勘違いしないように先に言っておくけど、彼の死因は老衰ではない。享年68歳だったよ』

 

「――――ッ!!」

 

 

 享年68歳。死因は老衰ではない。それだけでも零夜の思考はアナザーディケイドを注視しながらも様々な可能性を模索していた。だが、零夜の思考を余所に、アナザーディケイドは会話を続ける。

 

 

『彼はとても素晴らしい人物だった。実際対面した時間は1日にも満たないが、それでも俺の心に永遠に刻まれるほどには強烈な存在だった。だから()()()()()()()()()()()()()()

 

「……その尊敬した奴の墓がある場所で戦おうとするお前の神経を、俺は今疑ってるよ」

 

『あれ、あんまり驚かないんだね』

 

「当たり前だ。いろいろ情報が入りすぎてパンク寸前ってこともあるが、なにより……言ったよな?俺はお前をぶっ潰すって。俺を混乱させるためなのかもしれねーが……無意味なんだよ」

 

 

 目の前に驚愕の事実があろうとも、零夜の今の目的はシロをぶっ潰すことのみ。それにのみ重点を置いている。しかし、零夜の心はロボットではなく人間だ。驚きが、決意を鈍らせる。だからこそ、ここで力を使うのだ。

 零夜は右手に『権能』を行使してとある短刀を『創造』した。その短刀を使って、零夜は自分の腹を掻っ捌いた。

 

 

『――、その刀は…ッ!?』

 

「いやぁ、使えるなこれ。さっきまでの迷いが嘘のようだ」

 

『あり得ない…。それは、その刀は、【白楼剣】はッ!!例えオリジナルを完全コピーしようとも、君には使えないはずッ!!』

 

 

 【白楼剣】。それは【魂魄妖夢】が使っている二つの刀の内の一振り。白楼剣を人間に使うと迷いを断ち切り、幽霊に使うと成仏させるという力がある。だがしかし、この刀は理由や原理は不明であるが魂魄家のものにしか扱うことができないため、零夜が完全に扱うなど、不可能なのだ。

 

 

「可能なんだよ。俺の『権能』なら」

 

『なんだ、その権能は!?『創造』と『離繋(りけい)』の能力から、どうやったらそんな『権能』が生まれる!?』

 

「完全に形成が逆転したなぁ。感想はどうだ?」

 

 

 零夜は意識の全てを目の前の悪魔(アナザーディケイド)へと向ける。オーマジオウのことについて、かなり衝撃の事実を聞かされ、先ほどまで混乱していたのに、白楼剣のおかげで今は何ともない。意識の全てをアナザーディケイドに向けることができる。

 逆にアナザーディケイドの方はかなり困惑している様子だ。本来扱うことができない刀を、いとも簡単に扱って見せたのだから。普通なら才能云々で納得できるが、白楼剣の場合そうはいかない。何故なら白楼剣を扱うために重要なのは【血筋】だから。血筋は、才能ではどうやっても覆せない。だからこそ、ヤツは困惑しているのだ。

 零夜はその姿を鼻で笑った。

 

 

『くっ…』

 

「言葉も出ないか。まぁそれでいい。お前をぶっ潰すことには変わりないから。覚悟はいいか?」

 

『―――あぁ、そうだね。……全力でかかってきたまえ。君の復讐心で、俺を倒してみせろ』

 

 

 アナザーディケイドはすぐに落ち着きを取り戻し、両拳に闇のようなエネルギーを纏う。迎撃態勢に入った。対して零夜も――権能を、本格的に発動した。

 

 

「そうさせてもらうよ……現幻創消(げんげんそうしょう)…発動」

 

 

 

 

*1
51話参照

*2
荒野でよく転がっているイメージのある枯れ草の塊




 夜神零夜

 新たな力【現幻創消】を入手し、早速その力をシロにぶつけて物理的にシロの腕を切り落とした。原理はまだ不明。
 シロに連れてこられた荒野がまさかのオーマジオウの墓場で超ビックリ。でもそんな迷いも白楼剣でバッサリ斬っちゃった。魂魄家にしか使えないはずなのにどうしてー?そんなことよりも一秒でも早くシロをボコボコにしたくてウズウズしています。

 ルーミア

 今日登場メッチャ短かったけど存在感パネェ。最初あれだけ苦戦していたライダー二人だけじゃなくて、残りの三人も闇の大剣でバッサリ。なにが起きたのー?それにハイライトオフで若干怖め(ホラー)。彼女の身に一体何が!?


 シロ(アナザーディケイド)

 今日一番滅茶苦茶驚いた人。二人には致命傷、一人には怪我、二人は殺したはずなのに、何故が全部が元通り。零夜もルーミアも生きてるし、ライラも紅夜も全回復。一体なにがどうなった?それに右腕バッサリ斬られて驚いたけど再生したよ。
 零夜にオーマジオウの像(墓)見せて驚かしたけど、白楼剣使ってるの見せられてさらに驚いた。驚きすぎてスイッチON


 女神

 第四の壁をすでに突破している人。
 画面の前の皆さんにいろいろ説明してくれたお方。【謎の本】を手に持って登場。厚顔な態度とお茶目な態度を使い分ける。それが本性か演技かはまだ不明。『権能』のシステムを作る際に『あの野郎』にシステムを乗っ取られないためにシステム障壁を強固かつ複雑にしたせいで自分でも手を加えることができなくなったことが明らかに。頭がいいのかバカなのか分からない。


 ライラ 紅夜 蒼汰

 なんかルーミアが怖い。


 ダークライダー五人組

 ナニガオコッタ?


 ゲレルの抜け殻(光輝の体)

 今回一切出てきてないけど未だに放置されている。


 評価:感想お願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

97 現幻創消(げんげんそうしょう)


 どうもお久しぶりです。龍狐です。タケトリモノガタリ、本当のクライマックスバトルです。
 49話を改稿したので、そっちの方も是非見て言ってください。





 視界が広がったように感じた。世界が広大(ひろ)くなったように感じた。あの[はい]しかない後戻り不可能な選択肢を迷わず選んで得た力――【現幻創消】は、予想などと言う妄想をはるかに超える、超えてしまう力を感じる。

 この力だけで、神に至ってしまうと誤解してしまうほどの甘味が、この力にはあった。

 

 しかし、まだ疑問に思うことがある。それは【制約】の内容だ。権能に覚醒するための工程、[はい]を押す前に確認した際、【制約】の内容を知った。

 

 あれはそういうことだったのだ。

 

 確かに『権能』などと言う常識破り、チート能力をタダで入手し、使えるなんて虫が良すぎる話だ。むしろこんなデメリットがあった方が納得できる

 

 ライラ、レイラ、紅夜――そしてシロ。彼らはこのデメリットのことを承知で権能の力を受け入れたのだろうか。知らなければ絶望しそうだが、不思議とそんな気はしなかった。零夜は三年間、二人と言う人物に触れてきた。シロに至っては500年だ。レイラの人となりも、ライラ経由で知った。全員がこのデメリットを知らないということはあり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 あのシステムの最後の忠告分は、そういう意味だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現幻創消(げんげんそうしょう)

 

 

 思わず自分が手に入れた権能(チカラ)の名だ。

 力を持った瞬間、頭にその力の力の使い方が流れ込んできた。不思議と大量の情報を全て飲み込むことができた。これほどのデータなら、知恵熱が出てもおかしくないのだが。だが当然とも言えよう。何故ならデータが流れ込んできたと言っても、全てが一つにされて送られてきた。パソコンで言い換えるのならば、全てのデータを一つのファイルに圧縮してそのまま零夜の脳内に送られ、未解凍状態だというだけだ。

 

 これを解凍する前に迷わず選んだ『才能』に助けられた。もし自分が権能に覚醒したら、こういった『才能』が欲しいとずっと考えてた。事実、この『才能』に早速助けられたのも事実。

 

 『才能』――。『権能』を与えられたものに必ず一つ与えられるもの。シロは『変声』、ライラは『教育』、紅夜は『隠密』、蒼汰は『シリアスブレイカー』と、十人十色(じゅうにんといろ)だ。基本的になんでもいいのなら、零夜は迷わず欲しかった『才能』を選んだ。そしてその『才能』が、牙となる。

 

 

 「【現幻創消】、発動」

 

 

 零夜が呟いた瞬間、何もない空間から突如として無数の剣が出現する。アナザーディケイドはその剣たちに見覚えがある。【タイタンソード】に【フレイムソード】、【ドラグセイバー】などのレジェンドライダーたちが使っている武器たちだ。

 零夜が指を鳴らすと、その剣たちが一斉にアナザーディケイドに向かって射出される。

 

 アナザーディケイドもすかさず【スピカ・ヴィルゴ(武器の生産)】と【アルゲディ・カプリコーン(複製)】を発動して炎、氷、雷などの属性を纏った武器たちを一斉射出する。

 

 互いの武器が衝突し、破壊され、対消滅を繰り返す。

 

 

「――――」

 

『―――(やはり駄目か。零夜が何を考えているのかさっぱり分からない。零夜が権能に覚醒したから、僕の【ジェニミ・ライフ】も無意味か…)』

 

 

 双子座の権能【ジェニミ・ライフ】。かつて*1シロ――レイヤが零夜と念話をするのに使っていた権能の正体だ。この権能、『共有』は自分と最も近しい魂の持ち主とリンクし、互いの能力や持ち物を共有できるというある種のチートだ。

 そして、その共有は零夜が【アナザーゴースト】として簒奪した魂も例外ではない。魂とは、一言で言えばエネルギーの塊のようなものだ。魂を細部まで操作つかうことのできる【ネメアの獅子(しし座の権能)】と組み合わせれば、その魂をエネルギーに変換して超強力な必殺技を扱うことだって可能だ。

 それに、このジェニミ・ライフは零夜のデメリット除去にも貢献している。零夜は自身能力『離繋(りけい)』によって危険なデメリットを持つライダーに変身した際の代償(デメリット)を、肉体的ダメージへと変換している。しかし、それは危険な行為のため、いつまで続くかわからない。だからこそ、レイヤは【ジェニミ・ライフ】と【ネメアの獅子】のコンボによってダメージを簒奪した魂へと転移させているのだ。

 

 ちなみにその逆も可能で、春雪異変のときに紫の油断を誘うために――ただし、そのためには相手の同意が必要になる――のだが、今までは無理やり許可なくゴリ押しでこの権能を零夜に使っていた。と言うのも、零夜は『権能』に覚醒しておらず、いわば無防備状態だったため、能力を使用し放題だったのだ。

 しかしそれも『権能』に覚醒した今、不可能になっている。

 

 だが、それだけならレイヤが残念がる必要はない。ジェニミ・ライフにはもう一つ隠された能力が存在していたのだ。それが『思考の閲覧』だ。要するに対象の心を読むことができる一種のさとり妖怪の能力に近い。

 

 それゆえに零夜の考えはシロには全て筒抜けだったのが、零夜の思考を面白がっていたため、思考が読めることを表に出したことはない。

 

 

(だが、なんのつもりだ?このまま同じことを続けていても戦況に変化なんて起きようはずもない。零夜はそんな無意味なことをするはずが…ん)

 

 

 思考の海に浸っているうちに、ある変化に気が付いた。

 

 

『押されている…!?バカなッ!』

 

 

 そう、それはアナザーディケイドにとって驚愕すべき事実と現実であった。先ほどまで中心でぶつかり合っていたはずの互いの武器が、徐々にこちら側へと向かってきていた。

 異変に気付いたアナザーディケイドはすぐに生成数を増やし、対抗しようとした。だがそれでも、戦況は変わりを見せない。

 

 

(一体なにが起こって…!?権能は問題なく発動して…)…なッ!

 

 

 アナザーディケイドは無意識的に後ろを振り向いた。と言うより確認だ。【アルゲティ・カプリコーン】の『複製』の能力がちゃんと発動しているかのだ。そしてそこには衝撃の光景が広がっていた。

 

 

「発動と同時に…消滅してる…?』

 

 

 アナザーディケイドが見た光景は、自分の武器が複製されたと同時に消滅すると言う現象だった。

 この意味不明の現象を余所に、零夜の攻撃は徐々にこちらを押してくる。

 

 

『クソッ!』

 

 

 いずれこのままでは押されるのは確実。ならば次の一手を投じる必要がある。アナザーディケイドは右手に漆黒のエネルギーを纏い、真正面に突き出した。衝撃波による発勁(はっけい)――に見せかけた、不意打ちだ。拳を突き出した瞬間に小さなオーロラカーテンを出現させ、標準を零夜の真後ろに合わせた。これで戦況を逆転できる――はずだった。

 

 

『あがぁ!?』

 

 

 拳を突き出し、自分の右手がオーロラカーテンで見えなくなった瞬間、アナザーディケイドの後頭部に強烈な衝撃が響き渡った。その衝撃で体が横転する。

 

 

(なんだ、なにが起きた!?)

 

 

 意味不明、理解不能な攻撃が、アナザーディケイドを混乱へと陥れさせる。だが、そんなことは今重要ではなかった。横転したことによって、武器射撃による攻撃の手を緩めてしまった。それにより、無数の零夜の武器が、アナザーディケイドを雨の矢のように襲う。

 

 

『う、がぁ…!この程度で、俺はたじろがないッ!』

 

 

 横殴りの武器の雨にアンタレス・スコーピオンとサダルメリク・アクエリアスの『抗体』と『回復』の権能でゴリ押しで耐える。零夜は既に権能に覚醒しているため、アナザーディケイドにダメージが通らない道理はない。そのため、痛みがアナザーディケイドを襲うが、それを耐えてアナザーディケイドは突き進む。

 

 

『こっちに…こいッ!』

 

 

 蛇使い座の権能『制圧者の手』の念能力で零夜をこちらへと引っ張ろうと画策する。黒いエネルギーが零夜の体を包み込み、その体をこちら側へと移動させていく。

 その間にもアナザーディケイドは零夜の武器の雨でダメージを負っているが、執念とアルファーグ・パイシーズの『体力チート』がそれを可能としている。

 

 『制圧者の手』によって引き寄せられる零夜と、引き寄せている張本人が前に進むことによって、距離が徐々に縮まっていく。そして、直接触れられる距離まで届こうとしている。――だというのに、零夜の表情は一向に変わっていない。胆力が元からすごかったが、『権能』に覚醒してからよほど図太くなっていたようだ。

 

 

『ここまで届けば…問題なく当てられるッ!』

 

 

 拳が届く距離で、今度こそと意気込んでエネルギーを右拳に集めて、一発をぶつけた。だが、その攻撃は空を切った。

 

 

『な――ッ』

 

 

 唖然として、体制を崩したその瞬間、衝撃がアナザーディケイドの顔面を襲い、血反吐を吐いた。

 

 

「バカが。どこ狙って打ってんだよ」

 

 

 自分を侮辱する零夜の声が――目の前から聞こえた。そう、空を切ったはずのその場所で、零夜が立っていた。

 訳も分からないまま、殴られ、体制が崩れている瞬間にアナザーディケイドはラムダ・キャンサーの『情報整理』能力で即座に解析を始めた。

 

 

(今何が起こった?俺の攻撃は確実に零夜の顔に入ったはずだ。だけどその攻撃は空を切った。そしてその瞬間に零夜の攻撃が俺に当たった。思い出せ、零夜に攻撃が当たりそうだった瞬間を!……そうだ、あの時、俺の拳は陽炎(かげろう)を殴ったかのようにすり抜けたんだッ!と言うことは俺が殴った零夜は幻覚か幻影だった。でも、その次の瞬間に実体を持って攻撃してきた!一体、なにがどうなっt――)

 

「考える時間はやらねぇよ。大人しくぶっ飛ばされてろ」

 

『アガッ!!』

 

 

 体勢が崩れて宙に浮いていたアナザーディケイドの顔面に、追加で零夜が一発入れた。アナザーディケイドの体が地面にぶつかり、強力な衝撃と砂埃が辺り一面に舞う。

 

 

『クソッ』

 

 

 すかさずオーロラカーテンを出現させ、距離を取った。権能で体を回復しながら、零夜の様子を伺った。

 

 

『舐めてた…流石に『権能』に覚醒したんじゃ、今までの零夜と違うことは頭では分かってたのに…僕もまだまだだな』

 

「グチグチうるせぇよ」

 

『最初からこうすべきだった。観させてもらうよ、君の力』

 

 

 アナザーディケイドは手をかざし、自身の後ろにうオーロラカーテンを出現させた。そこから、【仮面ライダーG4】【仮面ライダーレイ】【仮面ライダーダークゴースト】【仮面ライダー風魔】を召喚した。

 

 

『いけッ!』

 

 

 レイ、ダークゴースト、風魔が武器を持って零夜へと突撃し、G4が【ギガント】を装備して、零夜に標準を合わせ、発射した。四つのミサイルが零夜を襲う。

 

 

「―――」

 

 

 その状況に焦ることなく零夜は、右手を前に振るう。その瞬間、ミサイルが全て霧散する。次に零夜は向かってくる三人のライダーを視認すると、指を鳴らした。

 

 

「ライダーの召喚はお前だけの特権じゃないんだよ」

 

 

 その瞬間(とき)、無からライダーが召喚(あら)われた。【仮面ライダーサガ】【仮面ライダーネクロム】【仮面ライダーレーザーX】が、零夜を襲うダークライダーたちの行く手を阻む。

 

 

『ライダーの召喚までできるのか…!?』

 

 

 アナザーディケイドは驚愕(おど)ろきを隠せない。認識は先ほど改めたつもりだ。それでも、今の零夜は全てを見通すことができない。零夜の能力は『離繋(りけい)』と『創造』の二つだ。この能力から、どのような『権能』が出来たのか、自身の権能を持ってしても予想することすらできない。

 

 この短時間で零夜が見せた権能(ちから)は武器の召喚と射撃、こちらの武器を消滅させる、おそらくだがダメージを移転させる、幻覚か幻影を発生させる、ライダーの召喚だ。

 

 

(考えろ…零夜の能力は【げんげんそうしょう】。だがその漢字が分からない。幻覚や幻影を発生させる能力から推測するに、“げん”のうちの一つは『幻』で間違いない。そして俺が複製した武器を消したところから“しょう”の字は『消』。残るはもう一つの“げん”と“そう”の文字。“そう”の文字は大方予想がつく。零夜の能力は『離繋』と『創造』だった。なら“そう”の文字は『創』。予想した情報を統合すると【げん幻創消】になる。『創』と『消』の文字は対立した文字。なら、最初に入る“げん”の文字は――)

 

「おい、お返しするぞ」

 

 

 結論へとたどり着きそうだった瞬間、零夜の言葉で意識が戻る。目の前ではライダーたちが戦っており、向こう側では零夜が右手を上げていた。すると、零夜の頭上にミサイルが四つ出現する。奇しくも――いや、確実に狙っている。そのミサイルは【ギガント】のミサイルそのままだった。零夜はそのまま真っすぐ、ミサイルを発射した。

 

 

『バカな、そのままじゃライダー共に直撃――ッ、チッ!!』

 

 

 一瞬、なにをやっているんだと考えたが、すぐにその考えを払拭した。零夜の能力が【げん幻創消】とほとんどの漢字が予想ではあるが分かっている以上、それが正しいのであれば、ただちに行動すべきであった。そして、アナザーディケイドの予感は的中する。

 なんと、ミサイルがライダーたちをすり抜けて、そのままこちらへ向かってきたのだ。咄嗟にアナザーディケイドの目の前にG4が立って、アナザーディケイドは自身の目の前に黒いエネルギーの壁を生成した。ミサイルはそのまま真っすぐG4に触れると――着弾し、爆発を起こした

 

 

『そうか…それが君の『権能』か…ッ!!』

 

 

 アナザーディケイドはバリアを生成し、G4が壁になってくれたおかげで、なんとか無事だった。その代わり、G4は爆散してこの世界から退場したが。零夜の『権能』の力を理解したと同時に、ライダーたちの決着もついた。

 

 

ウェイクアップ!

 

DIE-TENGAN! NECROM OMEGAULORD!

 

クリティカル クルセイド!

 

 

 上空を出現した皇帝の紋章に、ジャコーダービュートで標的を刺し貫いたレイ、ダークゴースト、風魔をビュートを通して宙吊りし、魔皇力を直接流し込み、赤い稲妻が走った。サガの必殺技、【スネーキングデスブレイク】がライダーたちを襲う。そこを狙いネクロムの【ネクロムデストロイ】とレーザーXのライダーキックが炸裂し、爆散した。

 役目を終えたライダーたちが、消滅する。

 

 

『【げんげんそうしょう】。あの時はよくわからなかったが、能力を見ればよく分かった。『現実』『幻想』『創造』『消去』。それらを自在に操る『権能』…。【現幻創消】。それが今の君の力か』

 

「―――」

 

 

 『創造』と『離繋』。この二つの能力が混ざったことにより生まれた新たな権能(チカラ)、【現幻創消】。『現実』『幻想』『創造』『消去』。この四つの能力を自由自在に操れるようになるというものだ。

 種明かしをすると、武器を召喚した力が『創造』、複製したばかりの武器や【ギガント】のミサイルを消したのは『消去』、零夜の体やミサイルがすり抜けたりしたのが『幻想』、逆に出現させたりしたのが『現実』の力だ。確かにすごい、すごいが――、

 

 

『だけど、その程度なのかい?君の権能の力は?』

 

「―――」

 

『君の力はある程度解明したと言ってもいい。だが、一つだけ腑に落ちないことがある』

 

 

 アナザーディケイドは先ほどのことを思い出す。そう、オーロラカーテン越しの攻撃が、何故か自分に当たったことだ。あのオーロラカーテンは正常に起動していたし、座標だって問題はなかった。あの攻撃、最初は訳が分からなかったが、自分の攻撃が自分に当たったということしか説明がつかない。

 

 

『俺の攻撃を察知して、攻撃を俺に返したってところまではいい。普通なら、オーロラカーテンを二重にして俺の方に繋げた、でも十分説明はつく。だが、』

 

 

 アナザーディケイドは言葉を続ける。

 

 

『今の俺は偽物とはいえ【ディケイド】だ。門矢士(オリジナル)ほどではないにしろ、オーロラカーテンの気配には敏感でいるつもりだ。そんな俺が、殴られる前まで真後ろのオーロラカーテンの存在に気付けなかったなんて、おかしいと思わないか?』

 

「――――」

 

『はは。今の俺とは話したくもないらしい。まぁ仕方ないが。』

 

 

 今目の前にいる怪物は一度自分を殺した宿敵だ。憎まないはずがない。だが、そんなことお構いなしに怪物(アナザーディケイド)は話を続ける。

 

 

『権能は汎用性が高い。俺、蒼汰、圭太のように字面から派生した能力をいくつも使えるように』

 

 

 シロの権能はまだ正式名称は明らかになってないが、『自然現象』や『星座』に関連した能力を使用し、蒼汰は『宝石』、圭太は『オリュンポス12神』の力を使う。どれも12の力を使っているように、工夫次第で可能性は無限なものが多い。

 ライラの『光操作』やレイラの『ずらす』――『位相操作』も単純そうに見えて広く使える。『権能』に覚醒すれば、その力に耐えられるように体も自動的に強化される。ライラが『光操作』を自由に使えているのがいい証拠だ。

 

 なら、【現幻創消】にもあるはずだ。他にも飛びぬけたなにかが。

 

 

「……それなら簡単だ。さっきお前が解き明かした『幻想』の能力でお前の認識を狂わせた。それが答えだ」

 

『――――』

 

 

 思いのほか、あっさりと自分の能力の一端を申告した零夜に不信感を感じる。確かに零夜の権能の力は先ほど推理したばかりだ。だからバレた以上隠しておいても意味がないと踏んだのだろう。これが真実だとすれば、『誤認させる力』はかなり厄介になる。偽物とはいえディケイドの力すらも誤魔化すその力に戦慄する。原作キャラにも『認識』を狂わせる能力を持つ者がいる*2*3*4が、その中でも上位に位置するだろう。

 

 だが、それでもこんなにあっさり教えたのが気がかりだ。今の零夜が自分に情報を自分から教えること自体不可解だ。アナザーディケイドは考え込んだ。だが分からない。分からないなら――

 

 

『戦って解明するのが一番だ』

 

 

 アナザーディケイドは両手に漆黒のエネルギーを纏わせ、零夜に突撃する。拳が届く距離まで近づき、拳を振るい、零夜は爽快なステップと軽い足取りで避けていく。

 

 

(速い、そして無駄がない!動きの無駄を『消去』してるのか?こんなことまでできるのか!?今の俺のステータスでも追いつけないなんて…!)

 

 

 今のアナザーディケイドのステータスはこのようになっている。

 

 

攻撃:16384

防御:16384

速度:16384

耐久:16384

精神:16384

霊力:16384

魔力:16384

神力(レンタル):16384

 

 

 アナザーディケイドの体で――と言うかシロ自体【エルナト・タウルス】の『倍化』に耐えられる最大の強化数値だ。これ以上やると体が崩壊(パンク)する恐れがある。【エルナト・タウルス】は自身の力を“1”と定義して一回の攻撃で全ての能力値を倍化する権能だ。つまり今のアナザーディケイドのスピードは従来の16384倍であるということだが、そのスピードで繰り出される拳を零夜は全て避けていることになるのだ。

 

 

「もういい加減避けるのも飽きたな」

 

 

 その一言とともに、再びアナザーディケイドの顔面に拳が叩き込まれる。

 

 

『あがッ…!』

 

 

 アナザーディケイドの体がふらつく。攻撃を受けたからだけではない、もっと、なにか――

 

 

『力が…抜ける…』

 

 

 全身から、力が抜けるように感じた。強烈な倦怠感に、アナザーディケイドの体は倒れることはなかったがよろけ、なにが起こったのか頭を整理する。そして、一つの可能性に気付いた。

 

 

『まさか…!』

 

 

 アナザーディケイドは気づいた。すぐに()()()()()()()()()()を見る。そして分かった。異変の正体に。

 

 

攻撃:8192

防御:8192

速度:8192

耐久:8192

精神:8192

霊力:8192

魔力:8192

神力(レンタル):8192

 

 

『ステータスが…下がってる…!?』

 

 

 ステータスが、16384から8192へと下がっていた。この数値はちょうど÷2をした数値であり、半減してしまっていることになる。特殊ななにかされた覚えは一切ない。強いていうなら、零夜に一発殴られたくらいだ。それを思い出し、アナザーディケイドは気づく。

 

 

『そうか……()()()()()()()()()

 

 

 そう、強烈な倦怠感――つまり弱体化が起こる前、アナザーディケイドは零夜に殴られた。それが起点(トリガー)だ。何故自分のステータスが下がっているのか。それは零夜の権能を考えれば分かることだ。

 『消去』。おそらくこの力が関わっているだろう。と言うか、この力しか思いつかない。『消去』の力がどれほどまでに及ぶのか、全く理解できていない状態だったが、まさか基礎能力まで『消去』できるとは、思いもしなかった。

 

 

『まさか…そんな力まで、あるなんて…』

 

「お前がそう思いたいならそう思えばいい」

 

『…なに?』

 

 

 零夜が呟いた言葉に、反応を示す。「そう思いたいならそう思えばいい」この言葉は、説明する意志がないとも捉えられるだろう。だが、そのままの意味で言うのなら、“違う”と言うことになる。ここで聞いても、零夜はきっと答えない。なら、自身が取るべき行動は一つ。

 

 

『攻撃あるのみ。最初からこれ一つだ』

 

「―――」

 

 

 アナザーディケイドは『権能』を発動する。【スピカ・ヴィルゴ】【アルゲティ・カプリコーン】の力が発動し、全方位にガトリングガンを無数に設置する。さらに【アリエス・ボテイン】の『空間歪曲』を使い、()()()()()()零夜を空間ごと隔離する。アナザーディケイドは隔離外――つまり安全圏にいる。

 

 

『追加でどうぞッ!!』

 

 

 さらにその隔離空間の中に核爆弾レベルの爆発力を有する爆弾を過剰なほど、アナザーディケイド自身ですら数えられないほどの量を投入し、爆ぜる。爆発音はしなかった。無論、空間を隔離したということは、その中身は次元が違うことになる。言い換えるのなら、その空間だけ存在していないことになるからだ。

 

 

『普通なら死んじゃうけど、今の君にこれが効くとは考えにくい。さぁ、そこからどうする?どんな能力で俺を圧倒してくる!?』

 

 

 返事はない。ただ静寂が支配するだけだ。それでもアナザーディケイド――シロは確信する。今の零夜があの程度でやられるはずがないと。短時間だが、何度も見てきた。零夜の新たなる権能(チカラ)を。気を抜くなと、本能が警戒してくる。

 

――少し時間が経って、背後から気配を察知した。

 

 

『そこかッ!!』

 

 

 アナザーディケイドは黒いエネルギーで手刀を創り出し、背後の存在を――零夜を貫いた。決まった。完全に決まった。アナザーディケイドはそれを確信する。

 しかし、その確信が誤りであったことにすぐ気が付いた。

 

 

『幻影…?』

 

 

 手刀は、空を貫いていたのだ。真後ろにいたのは、まごうことなき夜神零夜の姿。だが、貫いた感触がない。出血もしていない。顔色を少しも変えていない。すぐさまアナザーディケイドの脳裏によぎったのは『幻想』の力だ。だがおかしい。幻影に気配なんて存在しないはずだ。おかしい。どう考えてもおかしい。だが、今考えるべきはそれではない。幻影を囮に使ったということは、確実に次の攻撃が来るはずだ。

 

 アナザーディケイドはすぐに後ろを振り向いた。反射的に、振り向いてしまった。後ろに幻影(おとり)があるということは、後ろから攻撃を仕掛けてくるはずだと、そういう()()()()を持ち合わせていたから、振り向いてしまったのだ。それが、間違いだったと気づく。

 

 

『しま…ッ』

 

「あぁ、お前にしては凡ミスだったな」

 

『な…ッ』

 

「臨機応変に対応できるお前にしては、こんな初歩的な囮に躓くとは、な」

 

 

 アナザーディケイドは剣で貫かれた――背中を

 

 

(はッ?)

 

 

 アナザーディケイドに、すぐさま疑問、疑念、不可解と言う感情が襲ってきた。おかしい。どう考えてもおかしい。もうそう思うのは何度目だろうか。アナザーディケイドは後ろを振り向いた。零夜がそこにいると思ったからだ。

 状況はこうだ。後ろから気配がしたと思い、後ろに手刀で攻撃したら、それは零夜の幻影だった。だから後ろに本物の零夜がいると思って後ろを向いた。そしたら後ろにはなにもいなかった。そしたら後ろから剣で貫かれた。その証拠に、アナザーディケイドの腹部から猛々しくも荒々しい見た目の、しかも刃部分が全て“かえし”になっているところから、殺意の高さが伺える。だが、重要なのはそこではない。

 

 この状況を素早く簡潔にまとめれば、幻影に攻撃されたことになる

 

 

『バカ、な…!』

 

「――――」

 

 

 アナザーディケイドは刀身を掴み、後ろを振り向く。そこには、憎悪の表情を浮かべる零夜がいた。零夜は刀身から手を離し、そのままアナザーディケイドを睨む

 

 

『その君は…紛れもない幻影だったはずだ…!何故、攻撃が…』

 

 

 不意に、アナザーディケイドは零夜を()()()。このことに、驚きを隠せなかった。実体が、ある。あの時貫けなかった身体(からだ)に、触れている。どうなっているのか、理解に苦しむ。先ほどまでこの零夜はまごうことなき幻影だった。偽物だった。だが今は本物になってこの場にいる。

 どんな力だ、どうやってこんな芸当を――

 

 

『そうか……『現実』と『幻想』の力…。そんなことまで可能とするのか』

 

 

 アナザーディケイドは――シロは当初、零夜の権能【現幻創消】の意味を解読はしたが、『現実』の力のみは分からなかった。他の三つ、『幻想』『創造』『消去』に比べて、『現実』は抽象的過ぎてどんな力なのか想像できなかったからだ。だが、その力の一端が今、目の前にあった。

 

 

『『幻想』で作り出した“偽物”を…『現実』の力で“本物”にしたのか…!』

 

 

 そう、『現実』の力は『幻想』とセットになって初めて力を発揮する力だ。『現実』の力はその場に存在しないものを存在させる力だ。『創造』の力と似ているが、本質が違う。簡単に言えば、『創造』は無機物にしか効果がないが、『現実』は有機物と無機物、両方に効果があるのだ。その力で、幻影だった零夜を“本物”にしたのだ。

 

 

「流石だな、まぁそのくらい頭が回ってくれないとこっちも殺りごたえがない」

 

『―――ッ!!』

 

「はっ、もう言葉も出てこないか。ざまぁないな」

 

 

 前から、アナザーディケイドの正面から、ゆっくりと“零夜”が歩いてきている。アナザーディケイドはその光景にゾッとしたが、すぐにカラクリを理解した。

 

 

『そうか…『幻想』を『現実』にできるのなら、()()()も可能か…!』

 

 

 『幻想』を『現実』に、つまりは存在しないものを存在させる力を逆に使うことによって、存在してたものを一時的に存在していないことにできる。ライダーの召喚もこのコンボによるものだ。最初に『幻想』でライダーの幻影を作り、『現実』の力でその存在を本物にする。これがライダー召喚のカラクリだ。しかし、存在を操る力と言っても、本当に存在してた、してないという認識を『現実』の力では操ることはできない。それにそもそも【現幻創消】自体に『存在』自体を消せるような力はない。

 

 突如、アナザーディケイドの後ろにいた零夜が消える。『現実』と『幻想』の力が解除された。支えを失ったアナザーディケイドはふらつきながら、目の前にいる零夜に顔を向ける。

 

 

「あぁ。俺の体を一時的に幻影にした。おかげでこの通り、ピンピンしてるぜ」

 

『まんまと不意を突かれた…。ヴヴヴ…ヴァッ!!』

 

 

 アナザーディケイドは刀身を両手で持ち、思いっきり引っ張る。かえしがついている以上、引き抜こうとすれば今以上の激痛が走るだろう。ならば、刺された方向に逆らわずに抜けばいい。

 アナザーディケイドは剣を思いっきり引っ張り、やがて血で濡れた持ち手が露わになる。その剣を投げ捨てると、アナザーディケイドは傷口を手で覆う。

 

 

『傷の治りが遅いし、滅茶苦茶痛い…。あの剣、刃に特殊ななにかが仕込まれてるな…』

 

「ご名答。お前の回復能力は把握してるからな。少しでも回復を阻害できればと思って、だ。どうだ、俺からのプレゼントは」

 

『そうだね……。フフフ、ハハ、ハハハハハハハハハハハ!!!!

 

「は?」

 

 

 突然、アナザーディケイドは不適に笑いだした。爆笑だ。腹に穴が開いているにも関わらずの大爆笑だ。これには流石の零夜もドン引きだ。何故急に、このタイミングで笑いだすのか、零夜は理解できなかった。

 笑い終えたアナザーディケイドは、その醜悪な顔を零夜に向け、高らかに言う。

 

 

『素晴らしいよ!!俺をここまで追い詰めるなんて思いもしなんだ!!よくぞここまでッ!!』

 

「意味わかんねぇな。もう気持ちわりぃから、喋んな」

 

『そうだね。今の君に話しても、無意味な話だ。そろそろ、終わりにしよう』

 

 

 アナザーディケイドは腰の血走った眼球にも見える生物的な意匠のベルト型部位を中心に、腕を一瞬クロスさせた。その瞬間、強烈な紫色の波動がアナザーディケイドから放出される。そのままジャンプし、キックの体制を取ると波動を紫色のカード状に変え、まるでディケイドの【ディメイションキック】のようなキックを放った。

 

 

「……『創造』、発動」

 

 

 【現幻創消】の『創造』を発動すると、零夜の右手にシアン色の銃が握られる。その名は【ネオディエンドライバー】。そのカードにディケイドのファイナルアタックライドカードを装填する。

 

 

FINAL ATTACKRIDE

 

DE・DE・DE・DECADE‼

 

 

 エネルギー状のディケイドのファイナルアタックライドカードが複数、アナザーディケイド目掛けて縦に並ぶ。アナザーディケイドの斜め降下と零夜が引き金を引き、【ディメイションシュート】が炸裂するのは同時だった。互いの攻撃が拮抗しあい、衝撃波が辺り一面を支配する。

 

 

『ハァアアアアアアアアアアア!!!』

 

「……長引かせるつもりはない。もう終わりにしよう」

 

 

 零夜が左手の指を鳴らすと、アナザーディケイドの背後にディケイドのファイナルアタックライドカードが()()()()()()()()()()()()()()()出現した。

 

 

『なにッ!?』

 

 

 その円の中心から、カードの塊のようなディケイドが出現し、ディケイドのキックがアナザーディケイドの背中に直撃する。その衝撃で、アナザーディケイドはキックの体制を崩し、そのままディメイションシュートの攻撃を直に喰らった。

 

 

『ヌァアアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 そのままアナザーディケイドを起点として、強烈な爆発が起こった。零夜は自身の体を『幻想』でないものにし、爆風の影響を受けずに済んだ。その光景を見て、零夜は思わず呟く。

 

 

「なんだあのディケイド…?」

 

 

 零夜が召喚したのはコンプリートフォームのディケイドのはずだ。だが、実際出てきたのはコンプリートフォームをもっとゴテゴテに武装して、カードをさらに増やした見た目のディケイド。あんなもの知らないと、出した覚えすらない。零夜が疑問に思っているとどこからか、「サービスですよ」と、そんな声が聞こえた、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 荒野の燃え盛る炎の中、ボロボロで血まみれの白装束を来た男が立ち上がった。シロ――ヤガミレイヤだ。シロはあれほど強力な攻撃を前方と後方、両方から受けたというのに、ピンピンしていた。これも【アルファーグ・パイシーズ】の『無限体力』――体力チートのおかげだ。その権能がなければ今のシロは立ち上がることすら困難だっただろう。シロは服についている埃を振り払うと、手に持っていた【アナザーディケイドライドウォッチ】が粉々に砕け散るのをその目で目撃する。

 

 

「あーあ、壊れちゃった。まぁ仕方ないか。ディケイドの力で倒されたから」

 

「元気そうだな」

 

「あ、見つかっちった。でもいいか」

 

 

 零夜がシロを発見するが、シロは特に気にしている様子はなさそうだ。真剣な面持ちで零夜とシロは対面する。しかし、顔とは裏腹に軽い口調でシロは零夜に話しかける。

 

 

「まさかここまで強くなるとはね。驚きだよ。これなら僕がいなくても安心だ」

 

「バカいえ。もうお前に頼ることなんざ一生ねぇよ」

 

「ははっ、その言葉、いずれ破る日が来るだろうけどね」

 

 

 零夜のきつい言葉にもなんの反応もせず、軽い口を叩くだけだ。もうこの話を続けるだけ無駄だと分かった零夜は、次の行動――質問をする。

 

 

「一つ聞かせろ」

 

「なんだい?」

 

「何故闘いの場に()()を選んだ?」

 

「――――」

 

 

 零夜のその質問に、シロは押し黙った。普通に考えればおかしなことだった。オーマジオウの像。魔王の墓場。シロは尊敬している人物が眠る墓場を闘いの場に設定し熾烈な戦いをしているという状況だ。普通に考えればおかしい。しかし、当初は零夜もシロとの戦闘に集中するために思考を放棄していたが、よく考えれば矛盾点だらけだ。それに、一番決定的なところは――、

 

 

「俺は『権能』に覚醒してからいろいろ敏感になった。『権能』に合う体に強化されたおかげだな。それで、お前が俺を隔離したあの空間、あの墓だけ対象外になっていただろう。あの隔離空間は墓ごと飲み込んでいたが、アレだけ全くの無傷だったからな」

 

「――――」

 

 

 シロは、あの像――墓が傷つくことを非常に恐れている。そうしなければ、攻撃対象から外すなどと言うことはしないはずだ。だが、ここで一つの矛盾が生まれる。そんな大事な墓がある場所で戦いを行ったのは何故かと言う疑問に帰結する。

 

 

「ん~……流石に隠し通せないか。まぁ当たり前っちゃ当たり前だけど」

 

「さっさと言え」

 

「焦らないでって。そうだね…一言で言えば、(はか)を見て欲しかったのと、オーマジオウの死亡(イマ)を知ってもらいたかったから、かな」

 

「……俺にオーマジオウの死を伝えて何の意味がある?」

 

 

 そこが分からない。何故わざわざ零夜をここに連れてきてオーマジオウの死を見せたかったのか。確かにオーマジオウが死んだなんて衝撃の事実、受け入れがたいものだ。そもそもオーマジオウと言う存在はチート級の存在だ。2068年までの全ての仮面ライダーの力を保有し、世界の破壊と創造を可能とする恐ろしき力。そんな存在が死ぬなんて、一体誰が考えられるだろうか。それを零夜に信じさせるという意味で、ここに連れてきたのかもしれない。だが、その死亡の情報を零夜に伝えて、シロは一体なにがしたかったのか。結局はそこに帰結する。

 

 

「君は最初、オーマジオウが死んだなんて、信じられなかっただろう?」

 

「当たり前だ。オーマジオウの強さは知ってるからな」

 

「そしてその死因は自殺でも老衰でも病死でもない。ましてや事故死や自然現象による死でもない。ここまで言えば、僕がなにが言いたいか、分かるだろう?」

 

「――――ッ!!」

 

 

 シロの言葉で、流石に気づいた。オーマジオウの死因が自殺でも老衰でも病死でも事故死でも自然現象による死でもない。そのどれも当てはまらないとするならば、残るは――、

 

 

「そう、オーマジオウは殺された。他殺だよ」

 

「……一体、誰に?」

 

「女神がクソ野郎と呼ぶ存在にさ」

 

「――――」

 

 

 零夜は言葉が出なかった。目の前にいる怨敵への復讐心、憎悪などを全て忘れ、ただ佇む。自身を遥かに圧倒する存在、女神。『権能』と言うシステムを創り出した存在、女神。その女神と同列の存在であり、その女神が死ぬほど嫌悪している存在、通称“クソ野郎”。ソイツが、オーマジオウを殺害した?実際に聞いても、やはり信じがたい。

 

 

「信じるか信じないかは君次第だ。それとねぇ、零夜。もうこの際だから教えておくことにするよ」

 

 

 シロはゆっくりとこちらに近づいてくる。その行動に警戒し、いつでも攻撃できるように身構える。

 

 

「あぁ、そんな警戒されちゃ俺も傷つく。でも仕方ない。教えることだけ教えることにするよ」」

 

「――――」

 

「君はさぁ、自分の力に疑問を感じたことはないかい?」

 

「は?」

 

 

 急に喋りだしたことに、零夜はハテナマークを浮かべる。自分の力に疑問。そんなの今まで感じたことがない。元々、既に終わっていた人生に、女神が新たに道を作り、自分はその道を進んだ。確かに今思えばあの女神が用意した『創造』と『離繋』と『ダークライダー』『アナザーライダー』の力。あの女神の性格を考えれば、なんらかの作為しか感じない。

 

 

「はぁ…どうやら分かってないみたいだね」

 

「……なんだと?」

 

「君の顔を見れば大体分かる。あの女神様に合ったってことは、彼女の性格を知ったってことになる。だったら僕の質問で最初に考えるのは女神からもらった力自体に疑問を持つだろうけど…そうじゃない」

 

「だったら、なんだ?」

 

「何故『仮面ライダー』と言う力に疑問を感じない?」

 

「―――ッ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、夢から覚めたような感覚に陥った。そうだ、シロの言う通りだ。普通に考えれば、おかしいことだったんだ。それを、自分で選んだものではないと、思考停止していた。

 

 

「この【東方project】の世界において、『仮面ライダー』とは本来不必要な変数だ。何故女神がそんな本来無駄な要素を付け足したと思う?」

 

「――――」

 

 

 今まで、ずっと疑問に思ったことはなかった。ただもらった力に満足して、思う存分使っていただけだった。本来、この世界では「程度の能力」さえあれば十分やっていけるだろう。何故、『仮面ライダー』と言う本来必要ない要素が足されていた?頭が思考でいっぱいになる。

 

 

「いいか、これはいわば宿題だ。ヒントはすでに出ている。これを紐解いて、次に合う時はその答えに少しでもたどり着けるよう、期待しているよ」

 

「次?ここで退散させるわけないだろ。まだルーミアたちがお前のことを殴ってない」

 

「彼女らにも僕のこと殴らせるつもり?それは後の機会にしてくれ。僕はちょっと疲れたから、じゃあねぇ~」

 

 

 その時、景色がピキピキと音を立てながら割れ始めた。その裂け目は徐々に広がっていき、やがてこの空間を全てを支配し、――完全に砕け散った。景色はバラバラと割れた鏡のごとく崩れていき、光が世界を支配した。

 

 

「―――」

 

 

 次に零夜が目を開けると、そこは元の場所――月面だった。夜空と殺風景な風景、何度見ても、見慣れた月面だ。

 

 

「……あの野郎。最後の最後にとんでもねぇ宿題(なぞ)残していきやがって…」

 

 

 『仮面ライダー』の意味。確かに気になるが、今考えることではない。今、すべきことがある。

 後ろを振り向けば、三人の人影がある。顔を上げれば、三人がいた。彼女が、零夜の姿を見て、満面の笑みを浮かべた。零夜は歩き、彼女は駆け寄り、飛び込んでくる。それを零夜が受け止めて――決まりの一言。

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 

*1
49話参照

*2
上白沢慧音【歴史を食べる(隠す)程度の能力】

*3
鈴仙・優曇華院・イナバ【波長を操る程度の能力】

*4
クラウンピース【人を狂わす程度の能力】





 次回辺りでタケトリモノガタリ終了予定です。タケトリモノガタリが完全に終了したら、“零夜たちが介入しなかった世界線”要するにバットエンドルートの投稿もします。そして初期の【東方悪正記】の非公開状態も解除するので、今と前の違いもよく見てみてね。


 夜神 零夜

 今回無双した人。【現幻創消】を速攻で使いこなしてシロを圧倒した。ちなみに零夜が現幻創消をすぐに使いこなせた一番の理由に獲得した『才能』が関わっている。
 非常に徹したけど、やっぱりまだ甘いところがある。それに、迷いも。

 東方project(この世界)における『仮面ライダー』の存在意義をシロに問われ、頭の中で『才能』の力をフルで活用していたけど、それでも結論には至れなかった。まぁ情報足りないから当然だけど。


 シロ(ヤガミ レイヤ)

 アナザーディケイドのウォッチが粉々に砕け散って、落ち込んじゃった。すぐに立ち直ったけど。尊敬している人の墓がある場所を戦場に選んだキチガイだけど、その墓が壊れないように配慮していたという矛盾を抱えている。真意が分からない。
 零夜に東方project(この世界)における『仮面ライダー』の存在意義を問いてその隙に離脱。ちなみに空間が割れたのはシロの仕業ではない。


 女神

 関与が示唆されている。具体的にどこでと言うと、コンプリートフォームを出したはずがコンプリートフォーム21が出てきたところ。せっかくディケイドの力で倒すんだからと言う女神からのサービス。ちなみに零夜がコンプリートフォーム21を召喚しなかったのは、単純にそのフォームのことを知らなかったから。最新情報仕事しろ。


 シロ

3 【ジェニミ・ライフ】

 双子座の権能。能力は「共有」。
 星座の名前に由来していない能力。

 この能力は“魂の性質が似通っている相手”がいて初めて発動する能力。共有相手のあらゆる状態を共有、または譲渡することができる。残機魂を減らすことで、回復・再生する権能。念話も可能。
 彼が本当に死ぬときは零夜のストックがなくなった時である。妖々夢にてわざと一回自殺した時に生き返ったのはこれが理由。
 零夜とレイヤはある意味双子と捉えてもなんら不思議ではないため、こんな能力になっても不思議ではない。
 さらにこの能力は零夜にも使用でき、零夜が『人間には変身できないライダー』に変身する際、変わりに『魂』を消費することによって、そのデメリットを打ち消している。
 ジェニミ・ライフには隠された能力が存在し、双子の片割れの思考を読むことができる能力だ。


 夜神零夜

 【現幻創消】

 『離繋』と『創造』の二つの能力が混合し、権能へと覚醒したことで新たに入手した能力。『現実』『幻想』『創造』『消去』の四つの能力が使えるようになり、相手を翻弄しながら戦うことが可能。

『現実』 存在していないものに実体を持たせる力。有機物、無機物関係なく使用可能
『幻想』 存在していないものを視せる力。有機物、無機物関係なく使用可能
『創造』 あらゆるものを創造して創り出す力。無機物限定
『消去』 あらゆるものを消し去る力。無機物限定、生き物でないなら『概念』もあり。

これの他にも、この権能にはさらなる『秘密』が存在する、というかしている。ネタバレになるけど、シロのステータスを半減させた力は本当は『消去』の力ではない。


 評価 感想 お願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

98 光輝

どうもお久しぶりですッ!!龍狐です。

会話パータンに迷ってまた引き延ばしが続いて…。

でも、ようやく投稿できたッ!


「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 そういい、二人は抱き合った後互いの顔を見つめ合う。零夜は基本無表情だが、今だけは口元を笑顔にしており、ルーミアの方も満面の笑みを浮かべていた。彼女の無事を確認し終わり、零夜は紅夜とライラの方を向く。その時、ルーミアの自分を抱く力が強まったような気がした。

 

 

「お前らも、無事なようで何よりだ」

 

「あ、あぁ…」

 

「はい……なんとか、なりました…」

 

「――――?」

 

 

 二人の言動が何やらもどかしい。いつもならまっすぐ顔を見て喋るはずなのに、どこかわざと視線を逸らしているように見えた。その顔からは、焦りにも似た表情があった。

 

 

「そういえば、シロが召喚したダークライダーども、いないってことは倒したのか?」

 

「それは「みんなで倒したの!三人でね!リベンジできてよかったー!」……」

 

 

 紅夜が説明しようと口を出したが、途中でルーミアが割って入って状況を簡潔に説明してくれた。「そうか」と口に出して、抱擁している自分の手を離す。「あっ…」とルーミアの口から漏れ出た。

 

 

「大変だっただろう。アイツら相手するのは」

 

「い、いや……。そもそも、私たちは度重なる戦闘で疲労していた状態だった。だが、あの時なぜか体力も全快して……。それでなんだが、覚醒したのか?『権能』に」

 

「……あぁ」

 

 

 ここで『権能』に覚醒したことを隠す意味もないので、素直に打ち明けた。別に打ち明けたところでなにか問題があるわけでもないし、既に『権能』に覚醒しているライラと紅夜の前では隠すだけ無駄だ。同じ権能に目覚めているものは、その気配を感じ取ることができる。

 

――そこで、零夜はあることに気付いた。

 

 

「…権能の気配がない…」

 

「気づいたか」

 

 

 ライラと紅夜、二人から『権能』の気配(オーラ)が感じ取れなかったのだ。『隠蔽』の才能を持つ紅夜からその気配が感じられないのはまだ分かる。実際シロだって教えるまで気づかなかったほどだ。だがライラは?ライラの才能は『教育』だ。力を隠せるような才能ではない。

 零夜が口から漏らすと、ライラが説明をした。

 

 

「これはシロ(ヤツ)に教えてもらったことなのだが、『権能』の気配は隠す――正確には全くオーラが出ていない状態にすることが可能らしい」

 

「は?」

 

「お前が知らないのは無理もない。3年前にお前が立ち去った後に聞いた話だからな。隠す技術も必要だったからお前たちといる間になんとか習得することができた」

 

「あの野郎…」

 

 

 衝撃の事実を聞いて、零夜は意気消沈し、体から力が抜ける。最後の最後まで、零夜を翻弄してそれを笑う気に喰わない奴だった。元々大事な情報はあとになってから言うパターンが多くあったから、もう怒ることさえ無駄に感じている。

 

 

「だが、当時のお前は『権能』に覚醒したところだし、教えたところで意味がないから、黙っていた。でも覚醒したからには、教えないと、と思ってな…」

 

「はぁ~…そうか。分かった。教えてくれてありがとう。……そういえば、俺がいなくなったあと、話していたのはそれだけなのか?」

 

「―――それ、は……」

 

 

 ライラは口ごもった。よほど言いたくないのか、それとも――。

 

 

「まぁ話したくないのなら無理に話す必要はない。悪かったな」

 

「あ、あぁ、すまない…」

 

「じゃあこの話は終わりだ。じゃあ帰ろうk「あ、う…」――?」

 

 

 突然聞こえた、誰のか分からない声。零夜でも、ルーミアでも、紅夜でも、ライラのものでもない。四人は声の主を探す。そして、一番最初に気付いたのは紅夜だった。

 

 

「あ、あの人…ッ!!」

 

 

 その人物にいち早く気づいた紅夜は、その人物に向かって駆け出していく。紅夜が動き出すことによって、三人もその声の主が誰なのかを気づくことができた。と言うより、この何もない月面で、自分たち以外の人間を探すことは至極簡単なことだった。ゆえにすぐ気づけた。

 

 

「あいつは…」

 

 

 その人物は、この何もない月面で倒れ伏し、ボロボロになった見るに堪えない血に染まった衣服をまとい、筋肉を痙攣させながら肘を使ってゆっくりと起き上がるさまは、痛々しい。穢れのない純粋な短髪の黒髪は何度も酷使された影響でボサボサになり、顔を上げることで見せた透き通っていたはずの蒼い瞳は、濁り切っていた。そんな姿をした男性を見て、零夜は呟いた。

 

 

「ゲレル…」

 

 

 その人物はまごうことなきゲレル・ユーベルだ。だがしかし、ゲレルは既にシロの手によって消滅させられている。元々ゲレルは臘月が創り出した精神生命体。本来の体など存在しない。つまり、今目の前にいる男性は――、

 

 

「いや、光輝(こうき)か…」

 

 

 ゲレルが寄生した体の本来の持ち主――光輝だ。光輝は弱弱しい体で、ゆっくりと上半身を起き上がらせようとしていた。

 その光景を見た零夜は、ルーミアを連れて光輝の方へとゆっくりと近づいていく。

 

 その中で一人ライラは、思考の海に潜った。

 

 

(運がいいのか悪いのか、もう少し早く起きてもらいたかったな…。そうすれば、あの話を有耶無耶(うやむや)にできたのに)

 

 

 筋違いの逆恨みを、目の前の男性にする。だが、もう起きてしまったことは仕方のないことだ。零夜が根掘り葉掘り聞かなかっただけ、よしとするべきだ。

 

 

(言えるわけあるか。あの後他にどんな話をしたのか、それに――)

 

 

『コノコト、零夜ニハ秘密ダカラネ?』

 

 

(…いや、()()についてはもう考えるのはよそう。だか、それでも、やはり不可解で、言えるわけもない)

 

 

 ライラは空を見つめる。ただ星が輝く、暗くて明るい夜空。その光景を見ながら、ライラは心の中でため息をついた。

 

 

(シロから裏切ることを最初から伝えられていたなんて、死んでも言えるかッ)

 

 

 心の中で悪態をついた後、ライラは零夜たちの跡を付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 信じた自分がバカだった。バカだったから、利用された。ずっと体の自由を奪われた。意識だけはあった。意識だけは心の奥底にあったんだ。だから憶えてる。俺の体を奪ったやつがやった悪行の数々を。何度も何度も叫んださ。やめろ、って。でも俺の体を支配してるやつにその声は届かない。そいつは悪行を何度も続けて、そのたびに快楽に染まっている。他の生物の心を犠牲にして、だ。もう何度もヤツに泣かされた女性を目にしてきた。叫んでも、叫んでも、俺の心はそれを肯定した。俺に残っていたのは意識だけじゃない、感覚も残ってたんだ。当たり前だ、もとは俺の体なんだから。その感覚って言うのは多岐に渡る。怒りも、哀しみも、喜びはもちろんのこと、熱さ、寒さ、痛み、快楽ですら俺の体に流れ込んできた。特に快楽の感情が流れ込んできたときは、何とも言えない感情だった。

 その感情は、決まってアイツが女性を襲っているときだった。体中を刺激する快楽、人を不幸にするという悦楽、それらが俺の唯一の娯楽のようになっていた。頭ではいけないことだ、口でやめろと言っても、体と心は正直だ。どんなに正論や綺麗事を言おうとも、その行為に悦びを感じてしまっては叫ぶ資格すらないと何度も自問自答した。

 

 こんな生活――真っ暗闇の空間でただ一つの光源、俺の体を通して見ている光景がモニターにリアルタイムで映っていて、それを見ているだけの生活だ。そのモニターを見たくなくても、この空間で光はそれだけだ。真っ暗闇は怖い。だから見たくなくても見てしまう。その繰り返し、ループ。もういやだ。

 

 そもそもだ。生まれたときからいいことなんてほとんどなかったじゃないか。俺の生まれ故郷の月は、『穢れ』を嫌う。『穢れ』とは“生きる”と言うことそのもの。そして俺の能力は『変化』。『穢れ』を嫌う月の民にとって最悪極まりない能力だった。変化を嫌うやつらにとって、『変化』の力を持つ俺はまさに毒の原液そのもの。疎まれるだけの人生だった。本来ならその場で殺されてもおかしくなかったが、そこで待ったをかけたのが【八意永琳】様だ。彼女は月の賢者の一人にして、この月の都の創設者のひとり。その権力は絶大だ。そんな彼女が俺の保護を申し出た。と言うもの、『変化』の力を自身が作る薬に使えないかと言うのが彼女の考えだ。利用されてるようでいい気分はしないが、彼女はいわば命の恩人だ。従う以外の選択肢なんて、俺にはなかった。

 

 しばらく経って、彼女のおかげで自分の能力について把握することができた。『変化』の力はそんななんでも変化できる力と言うわけではなかった。俺の『変化』は科学変化や耐久値などを変化できるものではあったが、月の住人が一番危惧していた寿命などを変化させる力はない。正直これにはほっとした。俺にはそんな力は身に余る力だったからだ。俺の力の全貌を把握した彼女は、早速この月の都のトップである月夜見様に報告しにいき、経過観察と言う形になった。監視はつくが、それでもある程度の自由は保障される身分になったわけだ。今その力がなくとも、いつ目覚めてもおかしくないという上層部の判断らしい。そんな力使えないのに、仮に使えるようになったとしてもそんな力は絶対に使わない。

 

 そんな中訪れた、人生の転換期。それは俺の生活を最悪のものへといざなう悪魔の道だった。

 俺にとある人物が話しかけてきた。その人物は彼女――八意様の教え子である綿月姉妹の姉の夫、【綿月臘月】と名乗った。最初は形式的な会話を続けていたが、彼は月で疎まれている俺に気さくに接してくれた。だから、気を、心を許してしまったんだ。――悪魔を相手に。

 

 

「お前の名前は…【ゲレル・ユーベル】だ」

 

「はッ?」

 

 

 ここで気づくべきだった。アイツは一度も俺のことを名前で呼んだことはなかった。その時点で、気付くべきだったのかもしれない。アイツにとって俺は、単なる実験体でしかなかったことを。

 その時から、俺の体は俺のものではなくなった。アイツが言ったように、俺の体は【ゲレル・ユーベル】のものになった。アイツは俺の体を使って好き勝手やっていた。月では俺に扮していたが、地上では本当にやりたい放題だった。もう何度も泣きわめいて壊れていく女性をモニター越しで見ていた。そしてそれを、この暗闇の空間での唯一の娯楽として楽しんでしまっている自分が嫌になった。

 

 死にたい、死にたい、そう何度思っても、俺の意志で死ぬことなんてできない。

 

 誰か、誰か助けて

 

 

「――――」

 

 

 そんなある日、この暗闇の世界の住人が一人増えた。そいつこそがゲレルだった。アイツの状況をモニター越しで見ていたから知っている。アイツ――臘月はまた俺に『名付け』をした。今度は【デンドロン・アルボル】と言うヤツが俺の体を支配した。そのせいでゲレルがこっちに来たようだ。

 しかしゲレルは精神体のために、うっすらと光る球体としてこの世界にきた。しかも眠っているようで、反応がない。でもむしろ良かった。あんなヤツといれば、こっちまでもっと駄目になる。

 デンドロン・アルボル。アイツは一言で言えば狂信者だ。心の底から臘月に心酔している。なにも、俺だけではない。空真さんや他のみんなだって、変わってしまっていた。おそらく臘月が『名付け』をした影響だろう。

 空真さんは俺に優しく接してくれる数少ない優しい人だ。そんな優しい人が、外道に墜ちてしまっていたのを見るのは、辛かった。

 

 もう、この俺に、俺たちに救いはないのだろうか。

 

 そんなとき、再び転換期がやってきた。

 アイツは地上に降り立ち、二人の男女と戦っていた。一人は全身を白い服で統一した、女性か男性か分からないが、声的に男だ。そしてもう一人は、ゲレルが、アイツが最初に襲って、滅茶苦茶にしていた女性に瓜二つの女性だった。服装も同じで、一瞬あの時の女性かと思った。だけど、会話を聞くと、彼女の名前はライラと言うらしい。ゲレルと戦った女性の名前はレイラ。名前も似ているし、双子なのだろうか。彼らは言い合いをしながらも連携が取れており、デンドロン(おれ)を圧倒していた。そのたびに、痛みが、苦しみが俺を襲う。

 

 痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい!!

 

 あいつは狂信者に仕立て上げられてるから、自分の体のことなどお構いなしだ。やめろ、それは俺の体だ。勝手なことをするなッ!!そう何度も叫んでも、アイツは聞き入れないしそもそも声も届かない。無駄でしかないと分かっていても、この痛みから気を逸らすために血反吐が出るほど叫んだ。

 そんな闘いが何度も続いて、ようやくアイツが倒れた。良かった、終わった。これで、苦しまなくて済む。

 

 痛みで霞んでいた視界も、徐々に戻ってきた。それで気づいた。()()()()()()()()()()()()()()

 まさか、そう思って目の前のモニターを見てみると、衝撃の光景が広がっていた。

 

 

「俺の名は【ゲレル・ユーベル】。ひと時の殺戮(ゆめ)乱交(うたげ)を、楽しもうじゃないか」

 

 

 不味い。最悪の事態になった。状況は分からないが、デンドロンが死んで体の主導権がゲレル(アイツ)に移ったんだ。本当に不味い、このままじゃ、あの時の二の舞になる。なんとかしたい。なんとかアイツを止めたい。でも、俺には何もできない。もうこのまま、成り行きに任せるしかない。

 

 

――どうか、アイツを……

 

 

 元々の怪我が酷かったせいか、俺の意識はそこで途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「ここ、は…」

 

 

 黒髪碧眼の血まみれの男性がゆっくりと上半身を起き上がらせた。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 誰かの声が聞こえる。男性は顔の血を拭い、ゆっくりと前を向いた。そこには――かつてゲレルが遅い、孕ませていた女性(レイラ)がいた。

 その瞬間、男の顔の血の気が引いた。レイラの目の前には、自分を襲い孕ませ、尊厳をズタズタにした男がいる。その後なにをされるか男は、光輝は直観的――それともずっと分かっていた――に理解して、行動が、頭より先に体に出た。

 光輝は、頭を地面に擦りつけ、土下座をした。

 

 

「えっ?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

 

「あ、あの?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――ゲフッ!」

 

 

 土下座で謝り続けていると、突然腹を蹴られる。蹴られて、吐き気がする。それでも怒る気力なんて湧いてこない。全て自分が悪いんだから。腹を押さえて荒い呼吸をすると、耳に会話が入ってくる。

 

 

「し、師匠?何故急に蹴って…」

 

「あのまま謝り続けられても話が進まない。だから強制的に中断させるしかないだろう」

 

「だからってこんな乱暴に…あの、大丈夫ですか?」

 

 

 レイラが自分の顔を覗き込んでいる。恐い。怖い。でも、逃げちゃ駄目だと自分を鼓舞する。この痛みは、贖罪なんだ。そう決意してレイラの顔を見てみると、若干違うことが分かった。顔立ちは非常にレイラに似ているが、長髪だったレイラに対し、目の前の人物は短髪だ。そしてなにより性別が違う。レイラは女で、目の前の人物は男だ。そしてようやく理解する。見間違いだったと。

 それに、もう一つの事実にも気づく。レイラに似ているこの少年。この子はもしかして――

 

 

「あの、君は…」

 

「――初めまして。【紅月(あかつき)紅夜(こうや)】です。レイラの……息子です」

 

「そうか……君が…」

 

 

 紅夜は始めて知った自分の母の名前を口にした。隣では、驚いた様子のライラがいた。ライラは紅夜にレイラの名前を伝えたことはない。それなのになぜレイラの名前を知っているのかという顔だ。

 かくいう紅夜は、【記憶玉】の記憶でレイラのことを知っていた。いわゆるカンニングに近いことをしていた。

 光輝はようやく自覚する。この子が、自分の子供であると。顔立ちも、髪色も、瞳の色も、レイラそっくりで、自分の要素なんて見分けがつかない。言い方を変えれば劣性遺伝子だったともとれる。だがそれに光輝は安堵した。ずっと不安だった。ゲレルが――自分が孕ませ作り出した命が、子供がどのように生きているのか。あの暗闇の世界でずっと、思ってきた。でも、その不安も杞憂だった。隣にいる女性がレイラの妹か姉かは分からない。自分に似てないおかげで、まともに育てられたのかもしれないから。でも、その考えは全て光輝の妄想だ。別の考えがあって、葛藤があったかもしれない。それでもこの絆を見れただけで十分だ。

 

 

――もう、思い残すことなどない。

 

 

「―――本当に、ごめんね」

 

「えッ――」

 

 

 光輝は最後の力を振り絞って、光輝から刀を強奪する。そして刃を自分の首筋に当ててそのまま勢い良く引き下ろして――

 

 

「なにやってんだバカ野郎ッ!!」

 

 

 黒髪碧眼の謎の男に、殴られた。光輝は殴られた衝撃で剣を手放してゴロゴロと転がる。痛みに悶えながら、掠れた目で殴った本人を見てみると――見た目が違っていた。顔は紅夜そのものだが、髪色と瞳の色は

黒髪碧眼で、自分の特徴そのまんまだった。

 混乱と痛みでフリーズしている光輝の胸倉を、目の前の人物が掴んでくる。

 

 

「なにいきなり死のうとしてんだバカッ!ビックリして思わず飛びててきちまったじゃねぇかッ!!」

 

「え、え、あの、え?」

 

 

 訳も分からず光輝はカタゴトのままだ。突然全然雰囲気、性格も見た目も変わってしまっているから無理もないのだが。

 

 

「どうも【暁 蒼汰】です!コイツの前世の人格だからヨロシクッ!!」

 

「え、あ、…はい」

 

 

 突然の自己紹介に戸惑いを隠せない。誰だって殴られた後に自己紹介されれば脳のリソースを超えて意味不明に陥るであろうため、同情する。

 蒼汰は光輝の胸倉を離す。光輝は崩れおち、尻もちをついた。

 

 

「んで話戻すけど、なんで急に死のうとした?説明プリーズ」

 

「そんなの…決まってるじゃないですか。僕は死ななくちゃいけない。僕は今まで、償いきれないほどの罪を犯してきた。そんな自分が、生きているなんて……誰にも顔向けできないッ!!」

 

「あー…ほぼ他人の俺が言うのはなんだけど、元々の元凶はゲレルと臘月だろ?お前にはなんの罪もないと思うんだけど」

 

「あるッ!!俺の罪は生きていることだッ!!」

 

「―――は?」

 

 

 涙を流しながら語る光輝に、蒼汰はたじろぐ。こういう場合でも『シリアスブレイカー』が発動できたらいいのだが、『シリアスブレイカー』の発動には本人の意志が必要だ。つまり蒼汰がこの雰囲気をぶち壊そうと思わなければ発動しない。

 

 

「……俺は、体を乗っ取られてる間も、自我があったんです。感情も、感覚も、ただ体を奪われてるだけで」

 

「――――」

 

「深層意識って言うんですかね?そんな真っ暗闇の空間に囚われて、そこでしか動けなくて、暗くて、怖くて、気が狂いそうになって…でも、俺の体を乗っ取ったヤツ――ゲレルが見ているもの、感じているものをそのまま俺も感じていた」

 

「……それで?」

 

「アイツが見ているものは真っ暗闇の空間の中でモニターのようなもので表示されてた。暗闇の世界で、唯一の光。胸糞悪くても、そのモニター(ひかり)に縋るしかなかった。だからゲレルがなにをやってきたか、全て知ってる。そして……彼女らの悲鳴を、心の平穏の糧にしてしまった自分がいる

 

 

 暗闇の中、他人の不幸に悦楽を感じてしまった自分に、罪悪感しか湧かない。体の主導権を奪われたとはいえ、ゲレルやデンドロンの痛みなど感じ取れるように、感覚や感情が連結(リンク)している。モニター越しでゲレルに女性が襲われているところを見ていて、ゲレルが味わっている優越感と光輝自身が持つ罪悪感に苛まれ、葛藤を繰り返していた。

 悦楽なんて、快楽なんて感じちゃいけない。こんなことで駄目だと、何度も頭の中で叫んでも、心は正直だった。心は精神崩壊を免れるために、ゲレルの行いを肯定した。色欲にまみれた穢らわしい行為を、認めてしまったのだ。

 光輝は己の罪を叫びながら、大粒の涙を零す。

 

 

「あの人だけじゃないッ!!俺がゲレルだった時、涙を流しながら叫ぶ女性たちの声が、その時からずっと、頭の中で響いて離れないッ!その叫びを、少しでも()()と感じてしまった自分が許せないッ!!もうあなたたちだけの問題じゃないんだッ!あの人たちへの贖罪として俺ができることは、もう死ぬしか――」

 

「甘ったれるなッ!!」

 

 

 女性の甲高い怒号が響いた。その声に光輝も蒼汰も驚き、光輝は肩を震わせ蒼汰は引っ込んで紅夜に戻る。その怒号の主――ライラは光輝の胸倉を掴み、般若のごとき形相で光輝を睨む。

 

 

「あ、甘ったれ…?」

 

「そうだ甘ったれだッ!一人で勝手に死んで、罪を償った気になろうとしているのを、甘ったれ以外になにがある!?」

 

「……そっか。そうですよね。あなたが俺を殺さなきゃ、意味ないですよね

 

「―――ッ!!」

 

 

 光輝はようやく気付いたように、()()()()なことを口にする。それがまたライラを苛立たせる。ライラが再び手を上げようとしたところを、紅夜に手を掴まれ止められる。

 

 

「師匠やめてくださいッ!!」

 

「―――すまない。頭に血が上った…」

 

 

 ライラが光輝の胸倉を離すと光輝が尻もちをついて、紅夜がその容態を確認する。

 

 

「大丈夫ですか?お怪我とかは…」

 

「どうして……どうして君は、俺を責めない?それどころか、何故俺なんかを心配するんだ?」

 

 

 顔を地面に向け、言葉を途切れさせながら紅夜に向けた疑問。立ち位置で言えば、光輝(ゲレル)は完全に被疑者でライラや紅夜は被害者だ。普通、被害者は被疑者を許さないだろう。だからこそ、何故被害者(こうや)被疑者(こうき)に優しくするのか、光輝は分からない。

 

 

「……あなたは悪くない。事情は全て知っています。だから、気に病まなくていいんです」

 

「そんなの綺麗ごとだッ!例えあなたたちが赦したとしても、レイラ(彼女)が俺のことを赦すはずがないッ!君が俺に向けるべきなのは、優しさ(アメ)じゃなくてその刃(ムチ)なんだ!彼女の無念を、君が晴らすんだ!」

 

 

 いくら赦されようが、それを光輝は許さなかった。赦されるということは、今までの自分(ゲレル)の罪を赦すということに他ならないからだ。

 

 

「それなのに、君は赦す?俺を?この、どうしようもない最低な人間を?」

 

「確かにゲレルはその通りの男だった。でも、あなたは違うでしょう?」

 

「違うッ!!俺もゲレル(アイツ)となんら変わりない最低な人間だッ!それは変わらない事実なんだッ!!」

 

 

 光輝は辛かった。彼の優しさが。暗闇の世界でゲレルが襲う女性の悲鳴とゲレルの感じる快楽を唯一の娯楽としてきた自分が、この優しさを受ける資格がないと、だから自分を責める。

 しかしこんなことをしても紅夜は自分を殺すつもりがないと理解した。これ以上は平行線で埒が明かないと、殺される(すがる)相手をライラにすり替えた。

 

 

「あなたも、何故俺を殺そうとしないんです!?今目の前に、あなたが憎んで、恨んだ男がいるッ!その刃を振るえば、殺すことのできる距離にいる。だというのに何故それをしないのです!?」

 

「―――」

 

 

 光輝の問いかけに、ライラは反応しない。ただ、その紅色の瞳で光輝のことを映すだけだった。それを見て、光輝の心は深い絶望に墜ちる。死にたい。殺されたいのに、相手がそうさせてくれない。罪悪感と言う檻に再び囚われ、地面に手を着き、ボロボロと大粒の涙を流した。

 

 

「お願いだから…殺してください…」

 

「私は、お前を殺さない」

 

 

 それは普通であれば救いの言葉であるが、光輝にとっては真逆の意味――死の宣告と同義だった。地面に大粒の涙を垂らしながら泣く光輝に向かって、淡々とした声でライラは言葉を続けた。

 

 

「私はお前を赦すつもりはない。私はそこまで人格者じゃないからな。だが、お前を殺さないのはお前が死にたがっているからだ

 

「えッ…」

 

「ゲレルは生きたがっていた。だから殺した。まぁ厳密に言えば殺したのは私ではないが…。だからこそ、お前には生かすことが、最大の苦しみだろう。それが、今の私の復讐(やりかた)だ」

 

「そう、ですか…。それは、とても残酷な、復讐ですね…」

 

 

 途切れ途切れな声で、光輝は死ぬことを諦めた。死にたいという気持ちがなくなったわけじゃない。そもそも光輝が死にたがった理由は、“罪悪感”と言う言葉で締めくくるられる。たくさんの女性(ひと)たちを不幸にして、それを楽しいと感じてしまった自分への贖罪とも言える。

 だが、ライラの復讐方法が“生かす”と言うことである以上、光輝は死ぬことができない。

 

 

「だから、死ななくていいんですよ」

 

「君は…俺のことを恨んでないのか?」

 

「言ったじゃないですか。あなたは悪くないって」

 

「俺より、ずっと大人だな…」

 

 

 達観した考えを持った紅夜にへこたれた。自分よりずっと立派に育って、逞しく生きている彼に、一種の安心を覚えた。自分にそんな資格はないが、これが親心と言うものなのかと、光輝は勝手ながらに思った。

 紅夜の言葉に光輝は一瞬だけ微笑んだが、それもすぐに落ち込みの色に変わった。

 

 

「でも、全部解決したってわけじゃない」

 

「それって…」

 

「生き地獄。それがあなたの復讐だ。だけど、他の人たちはそうはいかない。俺の被害者はレイラさんだけじゃないから…」

 

 

 ゲレルの被害者は、レイラだけじゃない。それを思い出した紅夜の動きが止まる。一番最初の被害者がレイラと言うだけで、他にも被害者がいることは確実。その被害者たちが生きているか死んでいるか知る術はない。もし生きていて光輝と直面したら?相手は確実に光輝を殺そうとするだろう。ライラのような復讐パターンの方が珍しいのだから。

 

 

「だから、今生きていたところで、結局は死ななきゃ――」

 

「やかましいッ!!」

 

「へぶッ!」

 

 

 いい加減キレたのか、それとも同じことを何回も聞くのがウザくなったのか、ライラは刀(鞘付き)で光輝の頭を叩く。無論死なない程度に手加減して。

 頭を抱え、悶えながら痛みに苦しむ光輝に向かってライラは大声で叫ぶ。

 

 

「いい加減卑屈になるのはやめろッ!こっちまで気分が下がるッ!!」

 

「で、でも無視していい問題じゃな――」

 

「そんなのその時が来たら私がなんとかしてやるッ!」

 

「……えっ?」

 

 

 ライラの発言に、光輝は唖然とする。思わず耳を疑ったほどだ。紅夜も一瞬驚いていたが、少し考える素振りをすると、頷いてこちらを向いて微笑んだ。

 

 

「今、なんて…?」

 

「私がなんとかしてやると言ったんだ。まぁ監視の意味もある。勝手に死なれてもらっては困るからな」

 

「いや、でも――」

 

「なんだ?私の決定に文句でもあるのか」

 

「―――」

 

 

 光輝はここで本来、「自分がついていていいのか」と聞くつもりだった。ゲレルと光輝は精神が違うと言えど外見だけは同一人物。つまり四六時中怨敵と一緒に過ごすことに他ならない。そんな暴挙とも言える発現に、光輝はそれでいいのかと躊躇った。

 同時に自分に拒否権も決定権もないことを理解しているため、なんとも言えなかった。

 そもそも光輝はライラに「生きろ」と言われた時点で一人で生きることを前提としていたため、ライラの発言に衝撃を受けたのだ。どこの世界に怨敵を一緒に暮らすバカがいるのだろうか。今ここに誕生したが。

 

 

「君は…いいのか?母親を殺したも同然の男と一緒に過ごすことになるんだよ?」

 

「――そういった感情がないって言うと、正直に言って嘘になります。でも、師匠の我儘には慣れているんで」

 

「―――」

 

「誰が我儘だって?」

 

「いでででで!!!」

 

 

 紅夜の言葉に反応したライラが両手で紅夜の頭をグリグリする。とても痛そうだ。その光景を見て光輝は呟いた。

 

 

「あなたは…身勝手だ、自分勝手だ。そんなことしたってなんの解決にもならないのに……」

 

 

 その問いかけに、ライラは手を止めた。

 

 

「なんでそんな簡単に割り切れるんですか。憎悪は、そう簡単に抑えられるものじゃない。感情は、そんな簡単なものじゃない。なのに…どうして…」

 

「それはもう聞いた。何度も聞くな。お前は生きて罪を償え。これはもう決定事項だッ!!

 

「――――」

 

 

 ライラの力強さに、もうなにを言っても無駄だし、考えを変えるつもりはないと理解した。いや、させられた。不安だった。生きて罪を償うと言っても、具体的に何をすればいいのか分からない。だからこそ死ぬという決断に至った。だが、彼女が罪を背負って生きることを償いだというのであれば――

 光輝は重い腰を持ち上げて立った。その顔は、まるで憑き物が取れたかのように、綺麗で、瞳も澄んでいた。

 

 

「―――分かりました。あなたの言う通りにします。どうか私を、地獄までご案内ください」

 

「その案内は閻魔か死神にでも頼め。私に頼むんじゃない」

 

「地獄は地獄でも、生き地獄ですよ」

 

「――そうだな」

 

 

 その言葉とともに、三人は微笑んだ。

 するとそこへ――、

 

 

「話は終わったか?」

 

 

 このやり取りをずっと今まで遠巻きから見ていた零夜とルーミアが歩いてきた。と言っても、ルーミアは零夜にずっとくっついているが。

 ルーミアの姿を確認した光輝は、再び表情を暗くした。ゲレルの時代(とき)、実質的な最初の犠牲者とも言える彼女は、光輝の姿を確認しても、笑顔の表情を絶やすことはなかった。と言ってもそもそも、光輝に興味すら抱いていないようにも見えた。

 

 

「あぁ、十分だ」

 

「それはよかった」

 

 

 今まで零夜たちは蚊帳の外とも言えるほど話に入っていなかったが、そもそもこれは当人同士の話し合いであり第三者が介入する余地も必要もなかったためだ。流石に自殺しようとしたのは驚いたが。

 すると光輝が、ルーミアの方に体を向けた。しかし、顔も視点もルーミアの方を向いていない。

 

 

「あなたにも…散々迷惑を…。謝って済む問題ではありませんが、申し訳ありませんでした…」

 

 

 この状況であれば普通「許さないッ!」だとか「謝って済むとでも思ってるの?」とか「死ねッ!」とかの罵詈雑言が出てきてもおかしくはなかった。と言うか、残酷な現実ながらもそれが普通だ。

 しかし、彼女から出てきた言葉は―――

 

 

「どうでもいいの。もう」

 

「えっ…?」

 

「もうどうでもいいって言ってるの。分からない?」

 

 

 ルーミアはその一言で済ましていた。同時に零夜の腕を抱く力を強くしながら言っていた。これを見れば、少しの不自然さを感じるも、“大切な人ができた”と言う理由で、なんとなく曖昧ながらも理解できていただろう。しかし、彼女の瞳はハイライトが消え、笑っていなかった

 それを見て光輝は、本能的な恐怖を感じた。単純な恐怖じゃない、もっと、根源的な――

 

 

「よしっ!全部終わったんだッ!そろそろ帰るぞッ!!」

 

 

 わざとらしく大声を上げたライラに、紅夜も賛同する。少し違和感を感じながらも、零夜も賛同し、オーロラカーテンを生成して――、

 

 

 

「悪いが、そうは問屋が卸さないな」

 

 

 

 低い女性の声が響いて、一同はその声の出処の方向を向いた。そこにいたのは一人の女性と、二人の少女だった。二人の少女の正体は、豊姫と依姫の二人。そしてその中心に立つ一人の女性に、零夜は見覚えどころではない覚えがあった。

 そしてその女性の名を、光輝が冷や汗をかきながら呟いた。

 

 

「つ、月夜見様…」

 

 

 月の都の神――月夜見が、降臨した。

 

 

 

 

 

 




 追加情報

 光輝は研究所の中でも能力のせいと『永琳』によるコネで配属されたということで浮いた存在であったため、読書が唯一の心の拠り所でもあった。そのため周りが勝手に読書好きとイメージした。
 本来疎まれている光輝が5日も休暇を取ろうとしても上司がそれを不正に蹴っていてもおかしくないが、既に研究チームの人間ほとんどがゲレルに精神生命体を植え付けられている状態であった。

 裏話

 蒼汰の見た目が黒髪碧眼なのは、実は光輝の遺伝子が関係していたから。


 評価:感想お願いします




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。