未来の神話 (キサラギ職員)
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未来の神話

 人が自ら作り上げた兵器により全世界を焼き尽くしてから数百年後。

 辛うじて生き残った人類による地上の復興の真っただ中に地球に飛来した隕石は、残った文明をことごとく洗い流してしまった。太平洋に落着したそれは猛烈な衝撃波を生み出し、津波を作った。別の破片は大地に降り、長い年月にわたって上空を塵で覆い隠したのだ。

 それから数百年、数千年という年月がかかった頃。

 紙媒体は微生物や雨風の影響で土に還り、デジタル媒体は部品と材質の劣化で見る影も無く、かつての街も建造物の一切も災害と時間の経過で朽ちてしまっていた。プラスチックやその他岩などの物質は姿を留めていたが、その時点で何の意味もなさない代物に成り果てていた。

 人類が負ったダメージは深かった。生き残った人類たちが、その昔、人類がどのような文明を持っていたのかを知る術を失う程度には。

 不幸なことに、隕石がその場所を直撃したことさえも、彼ら彼女らには知る由もなかったのだ。

 

 彼はその土地に生まれた人間である。巨大建造物の欠片――ブロック状の岩が放置された場所に生まれた。両親ともにかつての世界を知らぬ人間である。矢と槍で狩りをして、家に帰ってくる。単純な毎日に飽き飽きとした彼はある日冒険に出ることにした。とある場所にある洞窟に入ってみようとしたのだ。好奇心。それは人類の常。

 その洞窟は、もし上空から見ることができたのならば、クレーターであることがわかるであろう。そして大昔の地図と照らし合わせれば、立ち入り禁止区域であることも。

 洞窟は広かった。まるで自然物ではないような、つるつるとした岩でできていた。槍に使う金属と似た触感のものであちこちが補強されていた。入口から入り込んだ動植物たちが生育しており、蝙蝠までが住んでいた。

 伝説がある。両親が話した昔話では、人間はかつてとても素晴らしい世界に住んでいたが、神の怒りですべてを失ってしまったという。あまりに巨大な岩や洞窟や美しい宝石などは昔の名残であることを聞いていた。洞窟もその一つであり、ただし奥に何があるかは誰も知らなかった。

 彼は槍を構えて、奥に進んでいった。奥に行けば行くほどに入り組んでいた。洞窟自体が傾いているせいで大量の水がなだれ込んでおり、砂などをどけてくれているとはいえ、足場が良いとは言えない。岩、砂、水、そして動植物による障害物が行く手を阻んでいた。

 途中、酷く錆ついて穴あきだらけの鉄板があったが、気にしなかった。なにかバッテン印や人間の頭がい骨に似た模様があったが彼は無視した。

 奥に進めば進むほど、道はらせんを描いていることが理解できた。まっすぐ行っては、右に左に曲がって、下に向かって直進するのだ。まどろっこしい構造ではあったが、一本道であることから、迷うことはない。

 彼は先に進んで、進んだ。

 そしてたどり着いた。巨大な鉄の扉に。

 その扉はやはり大量の水により研磨されたせいか穴がぽっかりと口を空けており、その先で大地に水が消えていた。つまり水は洞窟を流れてきて、最深部で大地に空いた穴に吸い込まれていることになる。

 その先に何があるのだろう?

 彼は古代の警告文を無視して――もとい読めなかったので――先に足を踏み入れた。

 真っ暗な世界。洞窟を埋め尽くしていた水などの不純物の一切が取り除かれた空間。規則正しく整列した円筒状の物体が納められた白亜の棺が気の遠くなる彼方までびっしりと保管された場所である。

 水。その力は恐ろしく強大である。そう、平地が谷に姿を変えてしまうことさえある。隕石という偶然はその施設ごと陥没させ、低い位置に追いやったばかりか、封印を完膚無きままに破壊していた。水が容赦なく流れ込み金属製の扉と、内部のコンクリートを気の遠くなる年月をかけて研磨してこじ開けてしまったのだ。

 かつて電気という力により発光した蛍光灯などの文明の利器は、ガラスは年月で形を保てずとろけて、根元の金属部品は湿気で腐食して粉となり消えていた。ゴムなどはひび割れて塵へ。ペンキ類も同じく塵へ。コンクリートは衝撃や温度変化によりあちこちが割れ、見るも無残な姿を晒していた。

 光はない。あるのは、彼が握る松明のみ。

 だが、光はあった。水という原始的な力でそぎ落とされた結果、殻を破られた大量の重金属が発する不可視の光が洞窟最深部を照らしていた。

 その力こそ、自然界にもごく当たり前のように存在する光である。放射線。放射性物質が発する力。人体を容易く貫通し、その途中でDNAにダメージを与える力である。

 優雅を極めたとする夢の世界が解決できなかった負の遺産。それを廃棄する施設。それこそが彼のいる場所なのだった。過去の人間がどのような意図で洞窟を建造したのかなど彼は知らない。

 致命傷になりうる放射線が発せられる空間で、彼は松明片手に歩き始めた。何かめぼしいものがないかとして……。

 結局、めぼしいものなどなかった。仮にあっても彼に理解できるものはないのだ。そこは、その昔の文明人たちが残した遺産を含んだ洞窟である。理解できるものは一つも無い。

 そして彼は帰った。見えない光で全身がズタズタに引き裂かれてしまったとも知らず。

 暫くして彼に異変が起こることは言うまでもない。

 

 

 

   今正しい事も、数年後間違っていることもある。

 

   逆に今間違ってることも、数年後正しいこともある。

 

                    ――ライト兄弟

 



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