機動戦士ガンダムSEED Destiny/Re:Genesis (砂上八湖)
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Phase-Shift①

ハーメルンでは初投稿です。
宜しくお願い致します。


 ただ、2度の攻撃。

 

 それだけで24層もある特殊装甲が全て損壊し、ジオフロントへ通じる巨大な通行口がこじ開けられる。

 第1作戦指揮所に警報が激しく鳴り響き、オペレーター達の発する嵐のような被害報告と状況確認と混ざりあう。

 その中からひときわ鋭い声が、この場にいる全ての人間の耳へと突き刺さる。

 

「目標、損壊部分より降下開始!

 まっすぐジオフロントへ向かってきますッ!」

 

 正面にある巨大なモニターに、リアルタイムCGで構築された現状が表示される。【第14使徒】と表示された巨大な物体が、抉り抜かれた穴から静かに沈降してきていた。

 いや──ジオフロント内の人間からしてみれば、沈降ではなく降臨と呼ぶべきか。

 使徒と呼ばれる『それ』の侵入は、正に『破滅の降臨』を意味する。

 モニターを見る全ての人間の脳髄に、生暖かくも冷たい「何か」が蠢動した。

 

 

 NERV本部施設周辺に設置してある対空迎撃システムが半自動的に稼働する。

 戦艦の主砲や巡洋艦の速射砲を流用した固定砲陣地群や、垂直発射式の地対空誘導ミサイルのサイロ、MLRS(多連装ロケットシステム)などが、次々と地下格納庫からリフトで運ばれ、ジオフロント内に展開されていく。

 破砕を免れた天井部分に、緊急格納された直下収納懸架式の武装ビル群が役割を果たすべく次々と擬態を解いた。

 

 そしてそれら無数の矛先が、ただ一点に向けて旋回する。

 天に大きく穿たれた、天使の爪痕へ。

 

 一瞬だけ訪れる静寂。

 

 その偽りの静謐を保ちつつ──異形の天使が無音のまま、ついにその姿を表した。

 

「砲打撃戦、始めッ!」

 

 使徒の姿が確認された瞬間、作戦部長の号令と同時に、迎撃システムの全てが火を吹いた。

 

 3連装の40センチ主砲8基が轟音をあげて火を吹くと、震動と爆熱と黒煙を同時に周囲へ撒き散らす。

 

 30基近く配備された127ミリ速射砲が、重く低い射撃音と共に数万発の空薬莢を地面に吐き出していく。

 

 撃ち放たれたミサイルが火線の狭間を縫うように吶喊し、使徒の真下から襲い掛かる。

 

 無数に設置された12連装発射管から、227ミリロケット弾が、まるで天に向かって落ちる雨のように使徒へと向かって降り注ぐ。

 

 武装ビルに内装されていた120ミリ超電磁砲(レールガン)や弾頭に仕込まれた弾芯を劣化ウランに換装したLOSAT発射筒、そして大口径の擬装固定式光学臼砲が、使徒の四方八方から牙を剥いた。

 

 40センチ砲弾が直撃する。

 

 数万発の鋼鉄の塊が、超音速で巨体に突き刺さる。

 

 死角からミサイルが命中し、炎と高熱が炸裂する。

 

 全周囲から降り注ぐ爆砕の雨が天使の体を打ちつける。

 

 赤熱する運動エネルギーと膨大な熱量を伴った光圧が、ただ純粋な破壊を贈呈する。

 

 巻き起こる爆発。

 オレンジ色に閃く爆炎。

 焦げる空気。

 轟音。

 爆煙。

 衝撃。

 熱波。

 それが何度も、何度も、何度もジオフロントを大きく揺さぶった。

 

     ──だが。

 

     黒煙の中から「光」が(はし)った。

 

 

 戦艦主砲群が赤熱した次の瞬間。

 爆発にも似た熱エネルギーの潮流に、それらは一瞬で融解し、瞬時に蒸発した。

 

 吹き上がる爆光が金色(こんじき)に輝く十字架の形を模す。

 まるで「これが天罰だ」といわんばかりに。

 やがてゆっくりと地表へ降下する煙の中から、神の御使いが姿を現した。

 その巨躯に傷付いた様子はない。

 使徒ならば例外なく有する隔絶の壁。

 絶対的な恐怖よって総てを拒絶する防御手段。

 

 ATフィールド。

 

 強固な『盾』が天使を守護している限り、物理的な手段で使徒に打撃を加える事はできないのだ。

 そして、再び容赦のない無慈悲な光が(またた)く。

 速射砲陣地は高熱と光爆の中に消え。

 ミサイル発射筒は制御施設ごと粉々に砕かれ。

 MLRS群は熱の奔流と衝撃波によってバラバラに引き千切られ。

 武装ビル群は溶融しながら粉砕されて地表に降り注ぎ、一部で火災をもたらした。

 

 まさに一瞬。

 まるで無力。

 小国が保有する全軍事力にも匹敵する兵装の火力が、ものの2~3秒しか足止めできない。

 

 しかし──彼女にとって、その『数秒』で十分すぎた。

 

 

「なめんじゃないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 あれほどの大火力を受けてもビクともしない堅牢なATフィールドが、いとも容易く中和される。

 驚いたように使徒の体が身じろいだ。

 両腕とおぼしき平らな触手が反応する間も無く──何者かによって投擲され、極音速で飛来したソニックグレイヴが、使徒の右目と思われる部分に深々と突き刺さる。

 攻撃中の隙を完全に突いた形だ。

 突き立てられた形ある衝撃は、使徒の浮遊バランスを崩すに十分過ぎた。

 ぐらついた巨体は、そのままジオフロントの大地へと倒れ込む。

 そこへ前傾姿勢のまま両腕を水平に保持し、空気を刈り取るような鋭い疾駆でもって走り寄る赤い影。

 

 汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン弐号機。

 その左右の手にはスマッシュホークが二振り。

 

「こんのおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 

 エントリープラグの中で、赤い少女が操縦レバーを引き絞り、イメージした動きをA10神経へダイレクトに伝達する。

 戦闘機を追い越してしまいそうな速度で駆ける弐号機の身体が「ずぐんっ」と更に沈み込む。

 そしてトップスピードを維持したまま跳躍し、鋭い放物線を描いて宙を舞う。

 延長接続されたアンビリカル・ケーブルが、その動きに吊り上げられて大きく波打った。

 

 倒れた姿勢のままで使徒が動く。

 

 身をよじらせながら、残された左の眼窩から光を連続で撃ち放つ。

 大地がえぐられ、NERV本部施設の一部を砕き、ジオフロントの外殻に高エネルギーが炸裂して穴を穿つ。

 そこでようやくケーブルを切断させたものの、光線は一条たりとも弐号機そのものを捉えられない。

 エントリープラグ内で活動限界を報せるカウントダウンが始まる。

 パイロットの少女は、それを見向きもしない。

 その間にも高速で降下する赤い残像──弐号機──が鋭利な矢と化した。

 はじかれた様に上体を起こした使徒が、薄く折り畳まれていた両腕を展開して迎撃する。

 

「ハンッ!」

 

 しかし弐号機パイロットは──惣流・アスカ・ラングレーは、その反応を鼻で笑う。

 堅固なATフィールドを中和されッ、

 一番強力な光学攻撃も命中せずッ、

 体勢すらまともに立て直せないアンタなんかのッ、

 うろたえ弾みたいな攻撃が、このあたしにッッ!

 

「通じるもんかあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 スマッシュホークを握る両腕が動く。

 白テープ状の触手が、アスカの左右から()す様に迫る。

 大気を切り裂かんばかりに攻めるその先端へ、真正面から2つの斧を叩き込む。

 いや、ただ叩き込んだのではない。

 まるで竹を真っ直ぐ割るかの如く、そのまま触手を……

使徒の両腕を切り裂きながら下降していくではないか。

 裂断箇所から激しく吹き上がる茜色の火花。

 まるでジェットコースターのレール上を疾走しているかのようだ。

 その白いレールの先にあるは、この腕の持ち主である【第14使徒】。

 虚ろに広がる左眼の闇に光が灯る。

 光射攻撃。

 腕を封じられた今、それが残された最後の攻撃手段。

 

「甘いッ!!」

 

 左肩のウェポンラックが展開する。即座に連射されるニードルガン。

 空中にバラ撒かれた薬莢が後方へと吸い込まれていく。

 福音がもたらす7つの聖釘は、いま攻撃を放たんとしていた天使の左目を寸分違わず刺し潰す。

 等しく死を与えるはずの光が消え失せて、再び使徒の眼窩に闇が戻る。

 身をよじり、使徒が無音の悲鳴をあげた。

 

 ──そして。

 

 弐号機はついに使徒へと到達する。

 巨大な体躯を刺し貫くように踏みつけると、その衝撃は大地へと突き抜けた。

 地面が断末魔をあげて割れ、

 絶望の象徴のようにへこみ、

 天地を(さか)しまにせんと隆起し、

 それら全てが尽く破砕されていく。

 スマッシュホークは降下した勢いのまま使徒の両腕を斬り抜いて、両肩をも両断した。青黒い体液が吹き上がり、斧を、弐号機を、そして地面を不気味な色彩に染め上げる。

 

「トドメッ!!」

 

 2本の斧を手放すと、突き刺さったままになっていたソニックグレイヴを引き抜いた。

 傷口から青い血が飛び出すが、槍の穂先は汚れていない。

 刀身が超高速振動しているためだ。

 眼下には使徒の弱点である「赤いコア」がある。

 これを破壊すればアスカの、人間側の勝利。

 今までの戦闘経験がそれを証明して入る。

 

 ふと、アスカの脳裏にいくつもの顔がよぎった。

 

 知っている顔。

 二度と会えない顔。

 親しい顔。

 嫌な顔。だけど──脳裏から離れない身近な顔。

 

(ファーストは重傷、零号機も片腕が無い。

 バカシンジは司令を、なにより自分自身を許せなくてEVAに乗るのを止めた。

 ここを抜かれたら加持さんや、ミサト達に逃げ場はない。

 ……だったら……ッ)

 

 

「だったらッ!」

 

 スロットルを引き絞り、槍をつかんだ両手が振り上げられる。

 

「あたしがッ、シンジ達を護るしかないじゃないッ!!」

 

 アスカの叫びに魂が宿り。

 轟ッ、と。

 ソニックグレイヴの刺突が、刃先の空気を押し潰す。

 赤いコアに遮蔽板が覆いかぶさり、槍の尖撃を防御しようと足掻く。

 しかし渾身の一撃は、それを易々と。

 深々と貫いた。

 自身の想いが、魂が、願いが、そんなもので防げるはずがないと言わんばかりに。

 

 そして遮蔽板が砕け散り、

 真紅のコアが露出して──

 

 




初日は2話を連投します。
翌日からは1話ずつ投稿いたします。

読んでいただきありがとうございます。


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Phase-Shift②

連投の2話目となっております。


 

「まさか……ゼーレはおろか、我々のシナリオからも逸脱するとは、な」

 

 冬月副司令の嘆息に近い呟きが、暗い部屋に響き渡る。

 弐号機と使徒の激闘を、NERV本部の司令室から直接ながめていた。

 厚さが2メートルもある上に強化コーティングを施されたされた硬化テクタイトの窓を通じて、使徒のコアに槍を突き刺す弐号機の姿が見える。

 NERV司令・碇ゲンドウは重い口調で応えた。

 

「問題はない。死海文書の異端外典には、幾重にも広がる福音の旋律について記されている。

 ──修正は十分に可能だ」

 

「しかし、いいのか?

 弐号機の消失が一時的なものとは限らんぞ?」

 

「構わん。

 現状のままならゼーレへの牽制になるし、こちらの計画の時間を稼げる。

 それに異端外典のシナリオ通りに進むとなれば……」

 

 淡々と話す男の声に、わずかだが感情が宿る。

 冬月の視線が窓から外れ、我が子だけでなく誰に対しても不器用な接し方しか出来ない愚かな男の顔を見た。

 そんな元恩師の視線を知ってか知らずか、ゲンドウは窓の外から視線を外すことなく、言葉を続けて紡ぎだす。

 

「必ず、帰還する」

「──そうか」

 

 苦笑しながら。

 根拠を述べないままの断言に、それでも冬月は頷いてみせた。

 昔からこういう男だったと、諦念にも似た首肯であったが。

 

「ならば……未だ見ぬ、遠く隔てた福音の調べに『運命』を委ねるとしよう」

 

 再び窓の外へと目線を移す。

 色を失ったコアが砕け、使徒の体から虹色の閃光が炸裂し。

 ──弐号機を包み込んだ。

 

 

「ッ!?」

 

 ソニックグレイヴを使徒のコアに突き刺すと、それはガラス玉のようにあっさり割れた。

 しかし次の瞬間、割れたコアや使徒の体が虹色に輝きだし、光が爆発したのである。

 アスカはそれを自爆だと判断し、とっさに瞼を閉じ、腕で顔を庇った。

 そんな事をせずともATフィールドが防いでくれるはずなのだが、条件反射という奴だろう。

 半拍遅れてそのことに気付いて「ほんのり」と顔が赤くなるも、身体が防御姿勢のまま固まってしまっている。

 このまま爆発に耐えるしかない。

 アスカはATフィールドを全力展開しつつ、覚悟を決めた。

 

「……?」

 

 ところがいつまで経っても、予想していた衝撃も熱も音も到達してこない。

 恐る恐る構えを解いてモニターを視界に入れる。

 

 

 そこは千変万化に煌めく極彩色の世界だった。

 

 

 弐号機が万華鏡の中に閉じ込められたかのような、目まぐるしく幾何学模様の色彩が百踊乱舞する。

 その変化は『規則正しく』みえながらも、やはり『不規則』であった。

 いや、その『不規則』が『規則正しく』乱雑していると表すべきか。

 それを総称して「秩序」と呼ぶべきなのか「混沌」と呼ぶべきなのか。

 アスカは、そんなどうでもいいことに思考のリソースを最初に費やしてしまった。

 

 ともかく、総天然色の不可思議である。

 距離の算出もできず、足元にあるはずの地面はおろか使徒の姿すら確認できない。

 

「というかッ、なによこれ!?

 リツコッ、これモニターできてる!?

 ミサトッ! ミサトッ!?」

 

 アスカは同じマンションに暮らす作戦部長の名を連呼する。

 しかしスピーカーから通して聞こえてくるのは、川のせせらぎにも似た静かな雑音ばかり。

 まったく通信回線が反応していない。

 

「ダメかッ」

 

 通信を諦めたアスカの思考サイクルが、現状を分析しようとフル回転を始める。

 これも使徒の攻撃だろうか?

 サブモニター群で各部をチェックするが、どこにも損傷はない。

 シンクロ率にも影響はなく、非常に安定した状態である。

 精神汚染を目的とした攻撃でもないらしい。

 これまでに使徒が撃破後にみせたパターンは

 

 【自爆(第3使徒)】

 【爆壊(第6使徒等)】

 【活動停止(第4使徒等)】

 

 である。

 しかしアスカを取り巻くこの現象は、どれにも該当しない。

 

「もしかすると第12使徒(※レリエル)の時みたいに、異相空間に取り込まれた……?」

 

 思いついた推察を口に出してみる。

 十分にありうる話だ。

 あの時は、初号機の暴走によって虚数空間(ディラックの海)を『物理的に引き裂く』という実にデタラメな方法で脱出していた。

 幸か不幸か弐号機の制御は安定しており、これまで一度も暴走した事がない。

 

「……シンジと同じ事をして、ここから脱出できるかどうかは別問題だけどね」

 

 なにより暴走しても活動限界がある。

 先ほどの攻撃で、外部電源ケーブルを切られてしまったのだ。

 あと2~3分程度しか電力が残っていないはず。

 そう考えながら、アスカは活動限界時間を示すモニターへと目をやる。

 

「なっ!?」

 

 そこに表示された数字を見て、アスカはこれまで発したこともないような声をあげた。

 

 活動限界時間が、凄まじい速度で()()しているのだ。

 

 それも2~3分どころの話ではない。

 最大活動時間である5分をはるかに超えて、いまや外部電源がなくても1週間以上活動できる時間にまで達してしまっているではないか。

 しかもそれは留まる事を知らず、更に増加の一途をたどっている。

 戸惑うアスカの目が、モニターに表示された『S2機関』という文字に吸い寄せられる。

 

「え……S2……機関?

 なに、これ……あたし、こんなの知らない……!」

 

 うろたえ、震える声でアスカが呟く。

 しかし頭の片隅で、これが稼働時間の異常増加の原因であることを理解していた。

 ふと心のどこかに不安がよぎる。

 一体、あたしは、弐号機はどうなってしまうのか?

 その片隅で、そんな弱い心を許さないアスカの一部が、自身を奮い立たせようと叱咤しはじめる。

 しかしそれは孤独を隠すためもの。

 怯えと弱さを隠すためのもの。

 アスカの脳裏に、再びあの顔が思い浮かんだ。

 

「ああ、そうか」

 

 何となく、そこでシンジという少年が抱えていた不安や葛藤が分かったような気がした。

 何となく、あの弱くて脆い同居人と初めて(ようやく)心がつながった感覚を得る。

 

「あのバカ。

 言わなきゃ……言ってくれなきゃ……

 いくら天才のあたしでも、分かんないじゃないの」

 

 操縦レバーから手を離す。

 アスカはそっと膝を抱えて、ここにはいない少年に文句を言った。

 

 ……それは、自分も同じか。

 

 彼への文句が、そのまま自分へと返ってきた。

 LCLの中で、赤いプラグスーが寂しそうに丸くなる。

 訳もなく悔しくなった

 アスカは、もう一度「バカ」と口にしてみせた。

 

 そして、

   誰かが優しく微笑んで、

     名前を呼んでくれたくれた気がした。

 

「え!?」

 

 我に返ったアスカは、勢いよく顔を上げた。

 全周モニターを占拠していた極彩色の空間が、加速度的に白くなっていく。

 いや、白くなっていくその端から、どんどん色が、景色が、取り戻されていくではないか。

 視覚領域が正常に働き始めている証だ。

 

「元の世界に戻れた!?」

 

 喜びの声を上げ表情に明るさが戻っていく。

 

「リツコ達がサルベージ作戦を成功、させ、た、の……ね……?」

 

 徐々に機能が回復するモニターが取り戻した外部の光景。しかしそれを視認するにつれ、アスカの声や顔が次第に戸惑い、引きつったものになっていく。

 

 ジオフロント内部では見られなかった針葉樹林の深い森。

 

 なにより突き抜けるような青い空と白い雲。

 

 ジェット煙を引いて飛行する、見たことも無いタイプの航空機。

 

 そして、こちらに銃のようなものを向けて構える人型の機動兵器らしきものが数機。

 

「は?」

 

 おそらく14年という人生の中で、一番マヌケな声をあげたに違いない。

 妙に冷静な頭の中で、アスカはそんなことを考える。 パニックになる寸前に、そんな冷静な思考が生まれたのは幸いだった。

 瞬く間に彼女の思考回路が冷静さを取り戻す。

 

 ここはどこか?

 こいつらは何者なのか?

 自分の身に何が起きたのか?

 

 そのとき、正面モニターに大きな影が射し込んだ。

 戦闘機の主翼のようなものをつけた、巨大な飛行物体である。

 それには砲塔のような物が付属しており、さらにそれを旋回させ、こちらに向けてきている。

 この事から、この飛行物体は「空中機動戦艦」ではないかと推測できた。

 空中戦艦!

 そんな単語を頭に浮かべた瞬間、それに含まれる荒唐無稽な馬鹿馬鹿しさと、目の前を飛んでいる現実とのギャップに、思わず爆笑してしまいそうになった。

 

 だって『空中』戦艦なのよ!?

 歴史の教科書に載っていた「パリ円盤襲撃事件」じゃあるまいし!

 

 そんなアスカにとってあまりにも非常識な存在が、外部スピーカーを通して警告を発してきた。

 

《そこの所属不明の赤い機体に告ぐ!

 ただちに武装解除をして機動停止し、コクピットから出なさい!

 こちらはザフト軍所属、特務艦ミネルヴァ艦長タリア・グラディスです!

 30秒以内に応答が無い場合は、武力による強制的な装制圧行動に移行します!≫

 

 聞いたこともない組織名。

 見たこともない兵器群。

 与えられた30秒という猶予の間、アスカは「さて、どうしたものか」と思案する。

 限られた時間の中で出来る事。

 とりあえずアスカは自分の頬をつねってみた。

 

 ──目が醒めるほど、痛かった。

 

 

 




劇場で『破』を初日の初回上映で観た直後に、興奮のまま書いたっていう経緯の作品です。


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Paradigm-shift①

「私はどんな悪役ムーブが似合いそうかね?」
「議長って暗い部屋の中で1人チェスとかしてそうな顔してますよね」
「人を見かけで判断するなー!!」
(チェス盤でシンの頭を激しく殴打する)


 

 アスカはしばらくの逡巡の後、大人しく武装解除の勧告を受け入れる事にした。

 確かに正体不明の戦艦や機体によって包囲され、銃口や砲口を向けられている。

 しかしATフィールドと1万2千層の特殊装甲を併せ持ち、さらに『活動限界』という枷から解き 放たれた弐号機にかかれば、彼らを全滅させる事など容易いだろう。

 

 だがその後は?

 

 確かに、弐号機は外部電源を必要としなくなった。

 モニターに表示される活動限界が1万年を突破した時点で、アスカは演算処理を中断させている。

 おそらく、半永久的に活動できるようになったのだろう。

 如何なる規模の軍隊や兵器が襲いかかろうとも、戦い続け、撃退する事も可能なはずだ。

 

 ところがパイロットのアスカは生身の人間のままなのである。

 

 日々の食事や衛生管理、弐号機のメンテナンスやLCLの交換だって必要だ。どことも知れない世界や集団を相手に、 たった1人で生きていくのは不可能に近い。

 なにより風呂に入れないのは、女性としてもっとも憂慮すべき事態である。

 いま一番必要なものをアスカは冷静に導き出す。

 

 それは「衣」「食」「住」と、なによりも「情報」だ。

 

 とにかく今は状況を把握し、安全を確保しなければならない。

 彼女の性格からして『降伏』という言葉に抵抗がないわけではなかったが、沸き起こる苛立ちを理性で押さえ込む。

 代わりに、正面モニターに映る青空を、アスカはきつく睨みつけた。

 

「あたしは、シンジたちがいる世界に帰るんだ」

 

 必ず帰って──シンジを守らなくては。

 その想いが、彼女を冷静にさせていた。

 A10神経を通じて弐号機の両腕を上げさせ、敵対する意思が無い事を示す。

 そしてエントリープラグ内のマイクを起動させ、外部スピーカーで勧告を受け入れる旨を伝えた。

 

「その代わり、降りるのを手伝ってもらえる?

 ちょーっと特殊な仕組みなのよね、このコクピット」

 

 聞こえてきた少女の声と不躾な要求。

 銃口を向けている人型ロボット達から、困惑する雰囲気が漏れ出していた。

 

 

「にわかには信じがたい話ね」

 

 戦艦ミネルヴァの艦長を務めるタリアは、アスカの説明を聞き終えると、実に率直な感想を口にした。

 

 その反応は当然だろう、とアスカは思う。

 

 自分がタリアの立場なら、まったく同じ事を述べたに違いない。

 それどころか誇大妄想の狂人と決め付けただろう。

 現在、アスカはプラグスーツのまま拘束されていた。

 両腕を後ろに回し、頑丈な電子手錠をかけられている。

 その上で、艦内にある営倉のような場所に閉じ込められ……扉越しに艦長直々の尋問を受けていた。

 虚偽の応答を吐こうにも、こちらの世界の事は何ひとつ分からない。

 下手な嘘が生命の危機に直結しかねないのだ。

 なので正直に事情を説明し、相手の反応を見てみることにした。

 

 その結果、幾つか分かった事がある。

 言語は基本的に英語が使用されており、使徒と違って意思の疎通が可能であること。

 空気や植物などの外的環境は、アスカのいた世界と大して変わっていないこと。

 この戦艦や人型機動兵器の技術力を見る限り、この世界の科学がかなり進歩しているであろうこと。

 そして──いま現在も、どこかの誰かと戦争状態にあるということ。

 

「けれど」

 

 タリアは副官から渡された報告書に再び目を通しながら、溜息をつく。

 

「この報告を読んだ以上、貴女の言葉を頭から否定することはできなさそうね」

 

 それは艦内に収容したEVA弐号機に関する、整備班からの調査報告書だった。

 

 エントリープラグ、LCLによる衝撃緩和などのパイロット保護、神経接続によるインターフェイス、 何層もの特殊装甲、肩部ウェポンラックに収納された武装の数々、事前にとられたアスカの証言と併せた 調査結果が長々と記してある。

 そのいずれも「ザフトはもちろん、連合の規格や技術ではない」と結論付けていた。

 何より驚くべきは、その構造とエンジンである。

 

「貴女は言ったわね、あの機体を汎用ヒト型決戦兵器……『人造人間』エヴァンゲリオンと」

 

 口にした言葉が震えたのをタリアは自覚した。

 

 そう。  装甲の下にあったのは機械の塊ではなく、有機構造体──人工的な「生体(アスカがリツコから聞いて いた限りでは『素体』と呼ぶそうだが)」だったのである。

 

 しかもスキャンした結果、モビルスーツのエンジンに相当する部位が見られなかったという。

 つまり、アレは『人が搭乗して操作する生命体』ということになるのだ。

 タリアもザフト軍に所属する身であるから当然「コーディネーター」である。

 だからこそ人並み以上の科学知識を理解できる頭脳を持ち合わせているつもりではいた。

 しかし、この報告にあるような技術などタリアは寡聞にして知らない。

 

 この惣流・アスカ・ラングレーと名乗った少女の「異世界から来た」という突飛な証言に、妙な説得力 が生まれてくるではないか。

 

 今まで抱えていた常識や観念が、根底からひっくり返された気分である。

 

「そう、その量産型モデルよ」

 

 扉に作られた小さな窓から、気の強そうな少女の声がはっきりと届く。

 報告書のまとめには「同じものを作ろうとしても、おそらく不可能と思われる」とあった。 コーディネーターたる整備技術の専門家が断言しているのだ(ただし、どうにか再現できそうなのがLCLのぐらいであるとも併記されていた。深海における研究や資源調査のための技術開発の過程で似たような物が生み出されていたらしい)

 

 そしてそれは間違いなく真実なのであろう。

 だとすれば、ザフトは量産型の機体ですら模倣できないことになる。

 今日に入って何度目かの溜息をタリアは漏した。

 

「分かりました。あなたの拘束を一時的に解きます」

 

「え、なッ。か、艦長ォッ!?」

 

 タリアの言葉に、後ろで控えていた若い副官が滑稽なまでにうろたえだす。

 護衛の兵士達にも軽くはない動揺が走った。

 これにはさすがのアスカも驚く。

 

「……あたしが言うのもなんなんだけど……いいの?

 そんなにあっさり捕虜の処遇を決めちゃって」

 

 太っ腹にもほどがあるんじゃない、という少女の言葉にタリアは苦笑を返してみせた。

 

「生憎、コーディネーターだから体重コントロールは完璧なのよ。飲み薬ひとつで、ね。

 だから、多少の太っ腹でも大丈夫」

 

「──ハッ、それはなんとも……いやいや待って待って、ちょっと本気で羨ましい世界じゃない、ここ?」

 

 日頃から体重計と睨み合っている少女からしてみたら、聞き捨てならない情報だった。

 元の世界に帰るときは1ダースくらい入手しておこう。

 密かな野望が花開く。

 

「何かあれば私が責任を取るわ。

 だから、できるだけ『何か』を起さないで頂戴ね?」

 

 オロオロする副官と、扉の向こうで悶々としているアスカへ向けて、タリアは静かに微笑んでみせる。

 

 悪い人間ではなさそうだ。

 思考に柔軟性もある。

 アスカは素直に感心する。

 ミサトやリツコとは違うタイプの女性、どこか包容力のある大人だった。

 ふと……脳裏に『母親』の姿がよぎる。

 懐かしき暖かさと、じくりと感じる心の痛み。

 彼女にも、子供はいるのだろうか。

 

「そのかわり、身柄と機体はザフト軍が預かるわ。

 今は作戦行動中なの、ごめんなさいね」

 

「いいわ。そちらの指示に従う。

 ネルフが無いんじゃ、他に頼るところも無いしね」

 

 タリアの言葉に、アスカも笑って返す。

 とりあえず衣食住は確保できそうだ。

 

(──あとは情報か)

 

 ここまでは順調だ。

 順調すぎて、少し怖くなったが……やるしか無い。

 扉のロックが開錠される軽快な電子音を耳にしながら、アスカは不安を決意へとシフトさせた。

 

 

 まったく違う思考をする人間になりきって、黒のビショップを動かした。

 白のポーンを排除し、陣地をさらに拡大させる。

 盤上の優勢が、一気に黒へと傾く。

 そして思考を自分のものに切り替える。

 

「ふむ」

 

 そうきたか、と対戦相手である『自分』の腕に感心してしまう。

 ここ数年でかなりの妙手だ。

『どう切り返したものか』と考えていると、卓上に設置したコードレスフォンが鳴り響いた。

 

「私だ」

 

 チェス盤に広げた思考を、頭の中へと畳み込む。

 回線を開いて報告を受ける彼の姿は、一片の曇りもなくプラント最高評議会議長のものであった。

 

「……分かった。

 報告書はこちらにも回してくれ、直接読みたい。

 ミネルヴァは近くの基地で待機するよう伝達を頼む。

 何があっても出撃は控えるように、と」

 

 指示し終えると、彼はゆっくり受話器を元の位置に戻す。

 

「そうか、ついにこの時が来たか」

 

 盤上を白と黒に二分する小さな世界を、彼は目を細めつつ睥睨した。

 机の上に飾っていた赤い小さなガラス細工を手にすると、そのままチェス盤の上へと乱入させる。

 半透明な赤色を輝かせ、ガラスの女神像が世界の色彩を変えてしまう。

 

「忘れられし白き月と黒き月──

 それらを呼び覚ます赤き女神は、果たしてどちらの未来を紡ぐのか……」

 

 盤上の三者は黙して語らない。

 もとより答など期待してはいなかったが。

 

「未来の旋律を奏でる奇跡の価値は、か。

 さて、それは人間にとって──いや、それとも……?」

 

 言葉遊びをするかのように、どこか楽しげな口調と表情で独り呟きを漏らす。

 再び電子音が鳴り響き、通信回線が接続を要求してきた。

 しかし男には──ギルバート・デュランダルには、それはどんな内容の通信なのか既に分かっていた。

 

「白き月からの使者、か」

 

 男性にしては細い指が白いキングを手に取ると、黒のビショップを鋭く弾き飛ばした。

 盤の外へと放り出されたビショップは、繰り返す無機質な旋律の中、踊るようにクルクルと回転し。

 

 そのまま床へと落下して、 ──粉々に砕け散った。

 

 

 




秘書「(破片を片付けて床を掃除するの私なんだから勘弁して欲しいなー……)」


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Paradigm-shift②

よくよく考えるとシンさんも赤い軍服を着てるエリートなので、アスカという名字は、正に運命だったんですよ!




 

地球連合軍の管轄下にある軍事基地ヘールマイヤー。

 東アジア共和国の領海内にある小島に建設された小規模の施設である。

 主に各種広域レーダーによる防空システムと海上警備、そして通信中継基地としての(地味ではあるが、しかし軽視はできない)役割を与えられていた。

 

 だがユニウス・セブン落下による被害がもたらす環境的・地政学的な影響は予想以上に大きく、ザフト軍や親プラント国家群との戦争が激化しつつある現在、急ピッチで軍備の再編成が行なわれている。

 その中でも特に急がれていたのがレーダー網の再整備であった。

 それはここヘールマイヤー基地でも同様であり、それに伴う防衛部隊の増強や機能強化も同時に進められていた。

 

「なんだ、こりゃあ?」

 

 赴任したばかりのレーダー観測員が、間の抜けた声を上げる。

 最初にその異常を感知したのは防空システムの早期警戒レーダーだった。

 洋上に浮かべられた無数の観測機器の発するペンシル・ビーム(棒状の電子ビーム)が、常識では考えられない巨大な物体を探知したのである。

「どうした?」

「方位26ー9ー188ーB、高度3000に、恐ろしくデカイ飛行物体が急に現れたんだが……」

 

 同僚の問い掛けに、観測員が検出された探査報告を読み上げてみせた。

 

「デカイって……戦艦クラスか?」

 

「いや、なんというか、モニターいっぱいに広がってるんだ」

 

 驚いていいのか困惑していいのか、それとも笑っていいののか──どうしたらいいのかまるで 分からないといった表情を観測員は浮かべている。

 そんな表情を向けられた方は眉間にシワを寄せて、怪訝な表情を浮かべ返すしかない。

 

「レーダー撹乱……チャフの類か?

 だとすると敵部隊が近付いてるんじゃないか?」

 

 声に緊張を含ませて問い質すが、返って来たのは何とも煮え切らない唸り声だけだった。

 

「分からん、分からねぇ。

 こんな反応は初めてだ……」

 

「クソッ、頼むぜ相棒……」

 

 レーダー観測画面を前に呆然とする頼りない観測員を無視して、同僚は基地内に通じる回線を開こうとコンソールに手を伸ばした。

 敵の攻撃に備え、この観測室は地下深くに作られている。ここからでは外を確認する事が出来ないのだ。

 ヘールマイヤーは小規模な基地とはいえ、偵察機やMSを飛ばすための滑走路が整備されている。

 当然ながら、それらの航空管制をするための指令塔もある。その航空管制塔から肉眼で確認してもらおうと考えたのだ。

 ところがそこへ、その航空管制塔から緊急コードの通信が入ったではないか。

 その嘘みたいなタイミングに驚きと嫌な予感を感じはしたものの、すぐに回線を開いてインカムに声を飛ばした。

 

「どうした?

 今ちょうどそっちへ確認をしてもらおうと……」

 

『こちら管制塔だ!

 真っ昼間から、ありゃあ何の冗談だっ!?

 防空レーダーは何を見てたんだ!?』

 

 マイクが声を拾うよりも早く、怒鳴り声がヘッドホンを突き抜けて耳の奥を叩く。

 脳がデジタルに変換された金属音に反響して意識を揺さぶるが、次の言葉で我へと返る。

 

『とてつもなく大きな……鏡みたいなデケぇ円盤が飛んできてるッ!

 ザフトの新兵器か何かか、アレは!?』

 

「なっ……!?」

 

 振り返ってレーダー観測員を見る。

 その報告をインカムを通じて聞いていたのか、彼もまた驚愕と不安が複雑に混ざりあった表情を浮かべていた。

 彼らはそろってインカムを床へと投げ捨てると、観測室を飛び出した。

 エレベーターではなく、全力で階段を駆け上がり外に出る。潮の香りに満ちた空気が、肩を上下させる2人の鼻腔を刺激した。

 

「何も見えないじゃないか」

 

 反応のあった方角を見ながら、抗議の声をあげる。

 青い空と白い雲しか見えない。

 ──いや、違う。

 青く広がる空間の中で、キラキラと反射するアレはなんだ。

 水平線とは違う、空の中に浮かび上がる『線』のようなものはなんなのか。

 

「うわ」

 

 観測員が小さな悲鳴をあげた。

 ゆっくりと『それ』が近付くにつれ、空中に浮かぶ『線』でしかなかったものに少しずつ『平面』が生まれ──やがて全体像が見えてきた。

 

 巨大な。

 それは途方もなく馬鹿みたいに巨大な、

 そして非常に薄い『銀色の円盤』だった。

 

 今はもう時代遅れとなってしまった記録媒体、CD-ROMに似ていた。

 だが、スケールが違いすぎる。

 違いすぎるという認識すら超越していた。

 半径だけで十数キロメートルはあるだろうか。

 高度3000という位置を保持し続けながら、首を大きく左右に動かして見なければ、その全体を視界に収める事が出来ないほどである。

 中心には小さな穴が開いており、小さな赤い球体が浮かんでいた。

 小さいとはいえ、それでも直径は数百メートルもありそうだが。

 

 短い間隔で重く古い鐘を鳴らすような低音が、周囲の空気を、祝福するかのように──もしくは威圧をするかのように振動させている。

 それが円盤全体が鳴らしているのか、球体から発せられているのかまでは定かでない。

 しかし何より特筆すべきは、その円盤の全体が1枚の鏡のようになっていることだった。

 上方向の面に降り注ぐ太陽光が光の平原であるかの如く反射し、まるで天使の輪のような光の残影を作り出している。

 

「おお……」

 

 見上げる2人の視界に、円盤が映し出す海面が広がっていく。

 なんとも不思議な光景だった。

 まるで海の一部が切り取られ、空中に浮かべられているようである。

 

「すげえ」

 

 我を忘れて、思わず感嘆の呻き声が喉から漏れた。

 その声は観測員のものだったのか、それとも自分のものであったか。

 航空管制塔にいる兵士も、外で作業をしていた整備兵達も、配備されていたMS(モビルスーツ)に乗り込もうとしていたパイロット達も、そこにいる誰も彼もが言葉を失い、唖然とした表情で円盤を見上げていた。

 

 天使だ、と誰かが呟いた。

 それはかつて彼らの歴史から失われた宗教的な存在。

 

 まるでその言葉に反応したかのように、

 しかし賛同の声が上がるよりも早く、

 銀の円盤が蠢動する。

 

 銀盤の表面に小波(さざなみ)が生まれる。

 それは数十億枚はあろうかという正方形の鱗が、ぞわりと蠢いたようにも見えた。

 その蠢きが瞬時に全体へ伝播すると、中心にある『穴』が形状を変える。

 赤い球体を中心に据えたまま穴が一瞬で拡大した。同時内縁部に沿って鏡の壁が上下にせり出してそびえ立つ。

 その鏡の壁に、中央の穴に、太陽の光が激しく反射して明滅する。

 そこに神々しく耀《かがや》く円筒形の残像が見えたような気がしたが、それも瞬きをする一瞬の間だけだった。

 

 光は尚も反射を続け、

 指向性を持たされ、

 光が収束し、

 鏡壁を上を滑るように走り出し、

 軌跡は残像を生じさせ、

 

 やがて1つの『光輪』を作り出す。

 

 まるで光が『練り上げられた』かのように。

 

 その光輪は膨大な熱を生み出し、空気を暖め、気流を発生させ、風に雄叫びを上げさせた。

 

「あれは」

 

 まぶしさに目を眩ませながら呻いた声は、風の音に掻き消された。

 

 そして次の瞬間、巨大な光の輪が彼らの頭上から奉げられ──

 数十万度に達する熱エネルギーの直撃は、ヘールマイヤー基地はもちろん、そこに存在する全てを瞬時に『沸騰』させた。

 それは島全体と周囲の海水を無秩序に巻き込んで、刹那の後には跡形もなく『蒸発』させてしまう。

 ほぼ同時に膨大な熱量が大規模な水蒸気爆発を引き起こし、途方もなく巨大な水柱を吹き上げさせた。

 それでも高く舞い上がった大量の水飛沫は、高度3000メートルの真上に鎮座する円盤を濡らすことなく──

 太陽光線を受けて命の煌めきのように輝き──

 物理法則に従った軌道を描いて、やがて風に吹き散らかされていく。

 

 最初の形態に姿を戻した巨大で薄い円盤は、何事も無かったかのように悠々と進行を再開した。

 

 第参使徒「ウリエル」の襲来である。

 

 

 




太陽を司る天使でもあります。


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Paradigm-shift③

「使徒は強いなアスカ……いや…大したことはないか。
 ……今夜は俺とお前でダブルアスカだからな」
「……まあ、確かにダブルライダーキックしたことあるけど」



 

 弐号機に施されていた物理的拘束が解かれることになった。

 本来は貨物の固定や牽引に使われるワイヤーで何重にも巻かれた上、片膝立ちの状態でハンガー内に固定されていたのだ。

(起動してしまいさえすれば、その程度の拘束具など無いも同然なのだが)

 それがクレーンや整備兵の手によって次々と解除・解放されていく。

 

「いいのかよ、もう拘束を解いちまって」

 

 真紅の機体を見上げながら、シン・アスカはすぐ傍にいた整備兵に尋ねた。

 やや不機嫌な口調である。

 この決定に不服があるのだろう。

 それにしては、自分を含めた総ての物に不満があるような言い方である。

 

「まぁ艦長命令だしな。

 それに、別にこの機体そのものを拘束する意味もあんまりねぇし。

 ホラ、例の細長いコクピットがないと動かないだろ?

 だからアレさえ押さえておけば、こちらも管理が簡単なんだよ」

 

 整備兵のヴィーノは苦笑いを浮かべながら、友人の不満へ律儀に理由を返す。

 ミネルヴァのクルーは訓練航行もなく、いきなり実戦へ身を投じた者ばかりである。出撃自体も緊急を要する出撃であったため、十分な数のクルーがそろっていない。

 つまりミネルヴァは慢性的な『錬度不足』と『人手不足』の二重苦に陥っているのだ。

 いくら武装のほとんどが自動(オートメーション)化されている最新鋭の戦艦とはいえ、無駄な仕事に人員を割いている余裕はない。おおよそ艦内外の「整備」に関することの全てを受け持つがゆえに多忙極まるヴィーノとしては、この拘束解除命令は両手(もろて)を上げての大賛成であった。

 

「ああもう。シンったらこんなところでサボってる!」

 

「艦長からパイロット招集命令が出た」

 

 それでも不満をこぼそうとするシンの背後から、男女の声が重ねて掛けられる。

 

「……サボってるわけじゃない」

 

 ふてくされるようにシンが振り返ると、パイロット仲間であるレイとルナマリアが近付いてきた。

 ザフト軍の中でもエリートと呼ばれる赤い軍服が整備ドッグの中で映える。まだ年齢も経験も浅い整備兵などは、羨望の眼差しでシン達に視線を送ったりしている。

 

 とりあえず不満の矛先が他方へそれてくれた事にヴィーノは感謝しつつ、自分の作業へと戻っていく。

 

「ヴィーノ、悪いが俺達のMSの整備も急いでくれ」

 

 そんな彼に向けて、珍しくレイの方から語りかける。

 滅多にない状況に驚きつつも、プロらしく細かい事は聞き返さない。

 背中を向けて作業しながら「分かった、任せろ」と親指を立てた。

 MSの整備、という言葉を聞いたシンは眉間にシワを寄せる。

 

「なにかあったのか?」

 

 声が自然と硬くなった。

 

「艦長に呼ばれたのも、どうもその辺に関係するらしいわ。

 チラッと小耳に挟んだんだけど、連合軍の基地が何者かに襲撃されたらしいの」

 

「……敵の基地が襲われたんだろ?

 別におかしなことはないじゃないか」

 

 そんな同僚の言葉に、ルナマリアは右手を顔に添え、わざとらしく溜息を付いてみせる。

 ザフト軍とザフト支援国家群は、連合勢力と敵対関係にある。

 その『ザフト軍』であるルナマリアが、あえて「何者か」とボカして表現した意味を、チームメンバーは汲み取ってくれなかった様だ。

 彼女の態度を前にしたシンが不機嫌さを加速させる前に、絶妙のタイミングでレイが助け舟を出す。

 

「問題は、これを襲撃したのが『何者』なのか分かっていない部分だ」

 

「つまり──攻撃したのはザフトじゃないってことか?」

 

「少なくとも、この近辺に展開してる部隊じゃないわね」

 

 ようやく事態を飲み込んだシンの言葉に、ルナマリアは真剣な表情で頷いた。このタイミングで中立国がザフト側として(宣戦布告やザフト側に何の通達もなく)軍を動かすとは考え辛い。

 

「さらに付け加えると……

 今から2時間ほど前、偵察任務にあたっていたザフト(うち)のMS部隊が消息を絶ったらしい」

 

 シンの顔に緊張が走る。

 事前に報告を耳にしていたルナマリアでさえ、レイの言葉に思わず息を呑んだ。

 

「連合でもザフトでもない『第3者』による攻撃だ」

 

 

 艦長室で3人を待っていたのはタリアだけではなかった。

「紹介するわ。

 こちら、あの赤い機体──エヴァンゲリオンのパイロット、アスカさんよ」

 

「惣流・アスカ・ラングレーよ。よろしくね」

 

 浅黄色のワンピースを着込んだ少女は、腰に両手を当てながら自己紹介をする。

 友好的に接しようとしながらも、口調に潜むどこか不遜な態度。

 アスカの性格が、このセリフひとつに凝縮されているといって良かった。

 それに反感を覚えたのだろう、一瞬にしてシンの表情が険しくなる。オーブの代表に対し、感情の赴くまま(自身の立場を弁えず!)暴言を吐いたときと同じ顔である。

 

(これはまずい!)

 

 ルナマリアは直感で悟った。

 ここに彼女がいるということは『協力をとりつけた何らかの協定が結ばれている』ということに他ならない。

 本来なら彼女の姿を視認した段階で、エリートパイロットである自分達は察しなければならないのだ。

 そこにはタリア艦長の負うべき『責任』が介在していることも。

 ここで後先を考えずに行動する奴(シン)が暴走して御膳立てを御破算にしてしまうのは、様々な意味でマズイのである。

 

「あ、わ、私はルナマリア。ルナマリア・ホークよ。

 赤く塗装してあるガナー・ザクウォーリアのパイロットよ。

 よろしく! あっは、あはははは!」

 

 何とか穏便な流れへとフォローするために、わざとらしく大声で自己紹介してみせる。

 取り返しのつかない失態を犯すぐらいなら、ピエロになって胃に穴を開けた方がマシなのだ。

 

「ああ。アンタが、あの赤いロボットの──ザク?とかいうヤツのパイロットなのね」

 

 自分と同じ『赤』がパーソナルカラーとなっている機体に親近感を覚えてのだろうか。

 アスカがルナマリアに対して向ける口調から、高圧的なものが薄らいだ。

 ここまでくると、シンが口を出すタイミングが完全に削がれた格好になる。

 暴走の発露を食い止められたのを横目で確認し、ルナマリアは胸の中で安堵の溜め息を()いた。

 

「あ。てことは、このワンピースを貸してくれたのアンタの妹さんなんだ」

 

「あ~。どこかで見たことあると思ったら、それメイリンのだったんだ」

 

 年齢が近いということもあるのか、アスカとルナマリアの距離は一気に縮まったようである。

 そうした場の空気が弛緩したのを読んだのだろう、続けてレイが口を開く。

 アスカの方を向きながら、模範的な軍人らしく姿勢を正す。

 

「レイ・ザ・バレルだ。白い機体──ザクファントムに搭乗している」

 

「レイ?」

 

 名を聞くやいなや、アスカの片眉が大きく釣りあがった。

 同じ名前の知り合いでもいるのだろうか。

 反応から察するに、あまり『親密』で『良好』な関係ではないらしいが……

 タリアは独特の緊張感に包まれた自己紹介の場を眺めつつ、そんな推測をしてみる。

 アスカはしばらくレイをジロジロと眺めると、やがて「フンッ」と鼻を鳴らして胸をそらした。

 

「名前も同じなら雰囲気まで『優等生』と似てるのが癪だけど、まぁいい男じゃない」

 

 加持さんには及ばないけどね! という(この世界の人間にとって)謎のボーダーラインが設定された。

 高慢な態度は崩していないものの、どうやらレイを対等の存在として認識したようである。

 

 そして。

 

 4つの視線が残った1人へと注がれる。

 思わず目をそらしそうになったが、ここで空気を読まなければどうなるかぐらい、シンにだって理解できた。

 

「……シン・アスカだ。インパルスガンダムに乗ってる」

 

 渋々といった口調で淡々とした説明ではあったが、アスカの興味は確実に引くことができたようである。

 

「アスカ? アンタの苗字(ラストネーム)って、あたしの名前(セカンドネーム)と同じなのね」

 

 しかも同じEVAパイロットである少年(シンジ)の名前にも(やや強引な解釈になるが)近い。

 少なからず複雑な気分になりはしたが、近しい者の名前がこれほど集中しているのも不思議な(えにし)を感じる。

 ちょっとだけ嬉しい偶然だった。

 

「好きで同じになったわけじゃない。

 大体、人をいきなり『アンタ』と呼ぶような奴は好きじゃない」

 

 しかし当のシンは、憮然としてアスカを睨みつけてきた。

 正論ではあるのだろうが、いきなり国家元首に相当する人物に暴言を吐き散らした人物が正論を口にしても、まるで説得力が足りていない。

 

(へえ、シンジと違って根性はありそうじゃない)

 

 対するアスカは暴言事件など知らないので、感心したように余裕のある笑みを返す。

 それがかえって神経を逆なでしたのか、シンがさらに何かを言おうと口を開きかけた時、タリアがタイミングよく「パンッ」と手を打ち鳴らした。

 シンの動きがピタリと止まり、全員の視線が艦長へと

集まる。

 

「緊張感あふれる刺激的な自己紹介、どうもありがとう。

 でも、この辺でお開きにして頂戴。

 そろそろ貴方たちを呼んだ理由を説明したいから」

 

 

 




ちなみに、この世界線でも『ナディア』での事件が起きています。
その時の証拠や資料や情報の多くが再構築戦争(第三次世界大戦)で消失してしまったため、今では不正確で都市伝説的な「オカルト話」としてしか残っていません。

それと劇場版ナディアでの事件も発生していますが、アニ○ージュ文庫版に準拠しています。

ロゴスという組織の原型を、ネオ・アトランティスの残党の子孫が作った……という裏設定が今作には存在してまして。
ただし世代を重ねたり外部からメンバーを招いたりしていく内に組織が持つ意味合いも変わってしまい、死の商人という側面のみが残ってしまった……という経緯があったりします。


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Paradigm-shift④

「いいかシン、お前と惣流は1人1人では単なるアスカだが、2人合わさればアスカフローネとなる。
 アスカフローネとなったバスターガンダムは、無敵だ!」
「恋の黄金率作戦とか真面目に実行しちゃう敵が出てくる作品みたいになってるじゃない!?」
「確かにバスターガンダムはライフル同士を合体せられるけど……というか誰だアンタ」
 


 

 タリアは手元のパネルを操作して、壁に設置されたモニターを起動させる。

 太平洋を中心とした作戦海域地図が表示され、白く太い矢印と赤い×印が同じ地点に現れた。

 連合軍の勢力圏内である。

 

「もう聞いているかもしれないけれど──

 7時間ほど前に、正体不明の存在が連合軍のヘールマイヤー基地を殲滅させました。

 正体不明の存在……アンノウンは連合とザフトの両軍に損害を与えつつ、真っ直ぐこちらに向けて進行しています」

 

「つまり、それを迎撃するんですね?」

 

 ミネルヴァを表すマークに向かって伸びる矢印を眺めながら、ルナマリアはタリアに問いかけた。

 しかしタリアは即座に首を横に振る。

 

「なんでっ!?

 ザフトも攻撃を受け、こっちに向かってきてるんだろッ!?」

 

「エヴァンゲリオン関連の事で、議長から指示が出ているの。

 ミネルヴァには近くの基地で戦闘配置のまま待機し、けれど出撃は控えるように──と」

 

 このアンノウンの襲撃に関する具体的な指示は未だ出ていない、とタリアは付け加える。

 つまり次の指示があるまで(臨戦態勢は維持したままとはいえ)待機命令は続行しなければならないのだ。

 もちろん次の指示がアンノウン関係だとは限らないのだが。

 

「ただし、情報は集まってる。

 アンノウンに関する情報収集のために、海空(かいくう)の両軍からMS部隊等が威力偵察を敢行したの」

 

 モニターの中央を進む矢印に対して、いくつかの△マークが向かっていく。

 第28海上機動偵察部隊。

 輸送艦付きの独立航空MS部隊であるラッセ隊、アミドナ隊、クラッヘル隊。

 第7方面軍所属のブローニン海上重騎兵艦隊。

 そして現在ミネルヴァが駐留している、ここサウスルチア基地に配備されている長距離MS強行偵察部隊。

 △マークには、それぞれ上記の名前が付随されていた。

 しかしジリジリと進む矢印へ近付くたびに、それらは次々と赤い×印へと姿を変えてしまう。

 やがて△マークは地図上から全て消えてしまった。

 

「これは……」

 

 シンが呻く。

 アスカも眉をしかめている。

 単純なCGの表示だが、それが何を意味しているのかを理解できたからだ。

 もちろんルナマリアやレイにも、それは理解できている。

 理解できているからこそ、消えていった戦力に対して強い疑念にも似た驚きを覚えたのだ。

 

 ブローニン海上重騎兵艦隊といえば、重巡洋艦やMS空母・イージス艦を主力とする本格的な機動打撃艦隊だったはずだ。

 その艦隊を指揮するブローニン提督は、コロニー生まれながらも海洋上の艦隊運営に定評のある軍人だ。それをこの数時間ほどで、1個艦隊を含めた幾つものMS部隊を撃滅せしめた……というのだろうか。

 

「これらの交戦データと超高高度偵察機からの光学観測データを元に、アンノウンの情報をまとめたのが──これ。

 貴方達に来てもらったのも、これを見てもらうためよ」

 

 モニターが切り替わる。

 望遠レンズでデジタル撮影したと思われる航空写真だった。

 海の上に雲がまばらに漂っている。

 しかし、写真の中央に違和感が形を成して写り込んでいた。

 円盤。

 銀色の円盤。

 それが海と雲の間に浮かんでいるのだ。

 

「直径は約25キロメートルあるわ」

 

 タリアの説明に、アスカは息を呑む。

 デジタル写真に添付されたデータを信じるならば、その物体は直径約25キロメートル。

 中央部の穴の直径は2キロメートル。

 穴部分を除いた円盤本体の半径は、実質10キロメートルほどもある。

 穴の中心部(というよりも全体の中心部)に浮かぶ赤い球体の直径は約300メートルほどと、他に比べて

極端に規模が小さい。

 いや、それでも航空機用の空母と同等の大きさなのだが……

 ただ、全体のスケールがあまりにも巨大すぎるのだ。

 

「これが機動兵器だとしたら……これがコクピットと機関部かしらね?」

 

 写真をさらに引き伸ばし、赤い球体の部分が拡大表示される。

 連続でシャッターを切るかのように画面が切り替わり、その度に次々と補正がかけられていく。

 解像度が上がり、最初に写し出された豆粒のような状態に比べて、はっきりとした球体が表示される。

 だが補正にも限界があり、どうしても全体像がぼやけたように写ってしまう。

 それでも鮮血のように赤い姿は不気味であった。

 

 再び写真が切り替わる。

 交戦データと併用して作モデリングされたアンノウンの全体予想図を立体モデル化したものだ。

 

「なにこれ……これ本当に兵器なの……?」

 

 ルナマリアが絞り出すような声で驚くのも無理はない。

 その約300平方キロメートルはある面積に対して、驚くべきはその『薄さ』である。

 中心の球体を除いた『本体』の薄さは、約5マイクロメートル(0.000005メートル)しかないのだ。

 しかも鏡は一枚鏡ではなく、何十億という小さな鏡の集合体であるらしい。

 恐ろしく強力な電磁障壁(新型の陽電子リフレクターではないか、という推測が付随されている)を展開しており、攻撃が通用しなかったというデータもある。

 円盤本体からは電磁スペクトル分析でも独特の波形を検出しており、どうやら『未知の物質』で構成されているらしかった。

 そのどれもが驚くべき情報ばかりである。

 

「嘘だろ、なんだよ『未知の物質』って……

 まさか、宇宙人の襲来とか言うんじゃないですよねタリア艦長……?」

 

「宇宙人じゃないわ」

 

 シンの動揺で枯れた声に、アスカが張りのある声が応える。

 断言する少女に、シンとルナマリアが顔を向ける。

 そこには威風堂々と腕を組み、モニターを凝視しているアスカがいたが──その表情から驚愕の色は隠しきれていなかった。

 

「じゃあ、なんだよ。

 お前、あれが何か知ってんのか?」

 

 驚くときも偉そうな奴だと思いつつ、シンは生意気な少女に問い質した。

 しばらく「どう答えたものか」と思案する様子を見せていたアスカだったが、組んでいた腕を解き、再び腰に手をやりながらシンを睨み返す。

 

「──『使徒』と呼ばれるものよ」

 

シト(angel)?」

 

 アスカが予想したとおリ、完全には理解しかねた反応をパイロット達は示した。

 遠い過去に置いてきた宗教的概念存在の総称だったから、というのもあるだろう。

 

「あたしも詳しい事は知らないけど……人類の存在を脅かす、あたし達の『敵』とされる存在。

 エヴァンゲリオンは使徒と戦い、倒すために作られたものなの」

 

 アスカがいた世界、とやらの説明はパイロットや一部のクルーにのみ(ごく簡単にではあるが)伝えられていた。

 艦長からの話とはいえ、やはりにわかには信じられない。

 というより『受け入れがたい』と言い換えるべきか。

 しかしモニター上に表示され、現実に迫りつつある「それ」や、艦内にあるエヴァンゲリオン弐号機を見た後では信じざるを得ない。

 信じるしかないようだった。

 

「──まさか、このタイミングで現れるなんてね」

 

 中央部分に鎮座する赤い球体……コアと呼ばれる部分の存在が使徒である証拠といえるだろう。

 あの輝きは何度も目にしている。

 エヴァンゲリオンで使徒と戦ってきたアスカが見間違えるはずがなかった。

 それでもレイは別の可能性を示唆してきた。

 

「君と……エヴァンゲリオンと一緒にこちらの世界に来たという可能性は?」

 

「それは否定しきれないけど、可能性は低いでしょうね」

 

 転移する前、ジオフロント内に使徒は1体しかいなかった。

 さらに使徒は複数同時に出現した例がなく、あの場でも他の使徒が潜んでいる反応は無かった。

 アンビリカルケーブルによる電力供給の必要がなくなった原因……S2機関が弐号機内部に出現したのも、倒した使徒から得たのではないかと推測できる。

 したがって、あのジオフロントに侵攻してきた使徒は『完全に倒した』のであり、こちらの世界に存在しているとは考えられなかった。

 

 つまりあの転移の際に、他の使徒を連れてきた可能性は限りなく低いという事になる。

 

「ということは」

 

 レイの言葉にアスカは頷く。

 

「こちらの世界にも元々『使徒』が存在していたって事になるわね」

 

 何という運命だろうか。

 おおよそ生物と呼べるような形状ではない化物と戦う世界から隔絶されたと思ったら、どうやら切っても切れない関係にあるらしい。

 だがアスカの瞳は燃えていた。

 

 望むところだ。

 

 自分という存在は、エヴァンゲリオンに乗ってこそなのだから。

 使徒と戦って勝つ事こそが自分自身の証明なのだから。

 

「待機命令は出ているけれど、戦闘態勢は維持せよという指示も出ているわ。

 つまり、この使徒と呼ばれる物体に対する何らかのアクションを取る算段が進められている……ということでしょうね」

 

 タリアは、アスカの静かに燃える闘志にテコを入れるようなタイミングで部下達を見つめ直す。

 シンの背筋が伸び、ルナマリアは瞳に緊張を宿らせる。

 レイは静かに姿勢を正し、アスカは腰に手を当て不敵に笑う。

 

「使徒迎撃の任務が課せられた場合は、ミネルヴァとアスカさんを加えたこのチームで当たります」

 

 タリアの言葉には、戦う者が秘める確固たる意思があり──それだけに重大な事態であることを強く感じさせた。

 同時に頷く4人の傍で。

 

 モニターの中の矢印は、不気味に、静かに進行を続けていた。

 

 

 




書き留めに入るので、しばらくお待ちください。

閲覧・評価してくださり、ありがとうございます!


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Paradigm-shift⑤

お待たせいたしました。

まずはザフト通常戦力による「俺のターン!」
なのでアスカ達の出番は後になる模様。


(2020/09/15)指摘された誤字を修正


 

 未知の敵性存在と対峙することになったザフト軍人達は、今日ほど己の「運の悪さ」というものを呪わずにはいられなかった。

 

「嘘だろクソッタレ、厚さ1ミリも無ぇのに航宙戦艦搭載クラスより強力な陽電子リフレクター積んでるとかマジかよ」

 

「宇宙人の侵略兵器って噂は本当なのか?」

 

「ビーム1発で洋上戦艦が丸ごと蒸発したらしいぞ」

 

「こんなSF映画みたいなことになるなんて……」

 

 出撃を命じられた戦闘攻撃機やMSのパイロット達は薄暗いブリーフィングルームで、配布された資料片手に愚痴や憶測や不安をささやき合っている。

 作戦計画の通達(ブリーフィング)前の緊張よりも、言葉通りの「未知なる敵」に対して混乱し、動揺し、気味悪がっているのだ。

 

 だがその静かな喧騒も、黒い軍服を身にまとった中年男性が数人の部下を後方に従えながらブリーフィングルームに入ってきたことで波を引くように収まっていく。

 ザフト軍サウスルチア基地の防空副司令であるゴンザレスだった。

 大きなモニタースクリーンが設置された壇上へ上がるなり、ジロリとパイロット達を睨む。鋭い視線に晒された彼らは、自分達が着席したままであるという事実に気が付き、慌てて起立して敬礼する。

 未知へ困惑するあまり、一時的に軍礼を失念してしまっていたのだ。

 

「おはよう諸君、着席してくれ」

 

 軍隊としての秩序が回復したことを確認すると、ゴンザレスは満足したように頷き着席を促した。

 

「配布した資料を見たのなら知っていると思うが、諸君らには非常に困難な任務についてもらうことになる」

 

 パイロット達に、改めて緊張が走る。

 特に若いパイロットなどは生唾を飲み込んだのか、喉を波打つように大きく上下させていた。

 

「最高評議会から、当基地を主体とした迎撃作戦が指示された。周辺基地との連携を図りつつ、目標の完全撃破を作戦目標とする。

 作戦の基本的な概要について、防空指令本部作戦課のネッドケリーより説明する」

 

 壇上傍に控えていた青服の青年に顔を向け頷くと、ゴンザレスは壇上に設置されたパイプ椅子へ腰を下ろす。

 入れ替わる形で壇上へ登った青年は、やや慣れない様子で敬礼をした。青服を着ていることから、作戦課の中でも作戦参謀任務に就く側ではなく、参謀幕僚の更に下……後方で作戦立案をする側の人間なのだろう。

 

「防空司令本部作戦課のネッドケリーです。

 これより本作戦の概要を説明致します」

 

 緊張しているのか、やや声が引き()っている。

 

「判明している目標に関する情報は配布資料のとおりですが……

 これまでの交戦記録と観測結果から、目標が発射する光線攻撃はビーム、いわゆる荷電粒子砲によるものではないと新たに判明しました」

 

「それは事実なのか? 基地ひとつを蒸発させたって聞くぜ?」

 

 パイロットの1人が、挙手しながら懐疑の声を浴びせる。その発言は想定していたものだったのだろう、手元の資料に目を向けることなくネッドケリーは(声は強張(こわば)っていたが)間を置かずに応答する。

 

「事実です。観測データによると、目標本体を構成する無数の鏡が変形し集光した『太陽光』を収束させ指向性を持たせて撃ち出す、純粋な熱エネルギー攻撃……熱光線であると考えられます」

 

 どよめきが走る。

 要するに「バカでかい集光加熱炉」に敵も味方も薙ぎ払われたことになるからだ。

 

 より正確に述べるなら、太陽光を集め収束させた熱の塊をATフィールドで形成したレールを通し指向性を持たせて射撃しているのだが──使徒やエヴァについて知識のないザフト軍にそこまで求めるのは酷であろう。

 ──タリアから上層部に報告書は提出されているはずなのだが。

 

 俺達は虫眼鏡に焼かれる蟻かよ……パイロットの誰かが自虐的なジョークを口にするが、誰も笑わなかった。

 というよりも実際に「焼かれて」甚大な被害が出ているのだから「笑えなかった」と言うべきか。

 

「ちょっと待ってちょうだい。

 観測班や科学分析班の努力は認めるけどね。

 熱光線だろうがビームだろうが、私達にとって撃ってくるものの正体なんて関係なくない?」

 

 結局は避けるか防ぐかなんだから、と女性パイロットが今の流れに込められた意図が読めないとばかりに口を挟んでくる。

 

「いえ、これは極めて重要な情報です。

 なにせ今作戦に関わる重要な要素なのですから」

 

 喋る内に緊張もほぐれ、舌も小慣れてきたのか、ネッドケリーは僅かに勿体振った言い回しを使い始めた。

 ややイラッときたパイロットもいたが、何人かの赤服パイロットの中には彼の言わんとする作戦内容にピンときたものもいたようで、思わず「あっ」と声を上げたりしていた。

 それを確認したネッドケリーは頷きながら説明を続ける。

 

「つまり、この物体の攻撃は太陽光がエネルギー源であり、太陽さえあれば理論上無限に撃てると同時に──

 太陽が出ていないと攻撃手段を失うという、極めて大きな弱点であるということを意味します」

 

「おおっ」と、どよめきが再びパイロット達の頭上でうねりを上げる。

 それは不安の中で希望を見出だした、声色の明るいうねりであった。

 

「ということは、夜間攻撃か」

 

「そういうことになります。

 気象観測班からの報告によると、明日以降1週間は昼夜を通じて晴れが続く予報です。

 目標は未知の存在であることも踏まえ、本来であれば作戦の成功率を上げるために十分な習熟訓練をしたいところではありますが……」

 

 ここでネッドケリーの表情が渋いものになる。

 

「目標は時速40キロメートルという低速ながら、ここサウスルチア基地へ向けて直進してきています。

 このまま何事もなければ3日後には基地直上に到達し──為す(すべ)なく我々は蒸発させられるでしょう」

 

 数十人の息を呑む音が重なり合う。

 

「そのため非常に不本意ながら、今作戦は明日の深夜……0000(マルマルマルマル)時に決行するようにと司令本部を通じ、評議会から通達がありました」

 

 元々の作戦案では、最低でも3日の習熟訓練をしてから実行というスケジュールを組んでいた。

 しかし、これ以上の基地機能の喪失は連合との戦争における戦線の維持やシーレーンの確保、そこからの兵站の確立が難しくなる事態を招くのは好ましくないという理由から(戦争は太平洋だけで行われているのではないのだ)、作戦の早期決行が望まれたのである。

 

 上層部からの命令であれば、兵士達にとって否やも無い。

 従うより他ないのだ。

 この基地や周辺の作戦地域に配属されていた兵士達は「運が悪かった」と己の不運さを呪わずにはいられなかった。

 

「では本作戦の具体的な戦略概要とタイムスケジュールを説明する」

 

 ネッドケリーからゴンザレス防空副司令へと壇上の主役が入れ替わり、スクリーンに作戦図が表示される。

 

「ただ今回は時間がない。連携を密とするためにも、この場で積極的な意見を述べることを許可する。その上で各隊との意思疏通を図って欲しい」

 

「了解であります副司令殿。

 宇宙人の侵略船を叩き落としたら、糞鏡(ファッキンミラー)で記念メダルを作って進呈するであります」

 

 戦闘攻撃機のエースパイロットが軽口を飛ばすと、緊張した面持ちだった兵士達の空気も弛緩したものになり、笑い声が幾つか上がる。

 

「頼んだぞ」

 

 ゴンザレスが返したのはユーモアではなく、重い──重い言葉と眼差しだった。

 笑い声が一瞬で沈静化する。

 40歳を過ぎ、厳ついながらもユーモアを理解している軍人の表情は険しく真剣なものであった。

 

「頼む」

 

 その短い言葉に、どれ程の複雑な感情や想いが込められているのか。如何程の希望や期待が織り込まれているのか。

 兵士達は大小の差こそあれど、それを感じ取り。

 皆、無言で一斉に敬礼で応えるのであった。

 

 

 軍に支給されている全てのイッテルビウム171光格子時計が、わずかな狂いもなく正確に00時00分を刻む。

 日付が「今日」から「明日」へと更新され、そしてそれは一瞬にして「今日」へと呼び名が変わる。

 

「ゴンザレス防空副司令、時間です」

 

 主席副官が作戦開始時間を報告する。

 サウスルチア基地の地下防空戦闘指揮所に置かれた作戦司令本部、その中枢にゴンザレスは各参謀達と共に座していた。

 

「宜しい、これより『オウルクロー作戦』を開始する」

 

「オウルクロー作戦、開始!」

 

「オウルクロー作戦、開始! MS・戦闘攻撃機の各隊は管制の指示に従い、順次発進せよ!」

 

「航宙駆逐艦アインローゼⅢ、モルトⅣ、周囲2キロメートルの空域に航行中の機体は確認されず! 直ちに発進してください!」

 

 大きく頷くゴンザレスの宣言を受けて、各隊に割り振られた通信兵やナビゲーター達が、矢継ぎ早に指示や方向を繰り出していく。

 

「衛星観測班、光学観測を開始します」

 

「超高高度警戒偵察機によるデータ収集開始、計器に問題なし」

 

「各通信、感度良好」

 

「目標、進路と速度に変化なし」

 

「洋上にて待機中の第254、268、330対空打撃分艦隊は第1次攻撃を開始してください!」

 

「カールナッハ海上基地、中距離弾道弾クロイスヘルツⅥを全弾発射! 弾着まで90秒!」

 

「各補給艦群は目標の推定射程距離外にて待機願います」

 

「海上警備艇の各梯団は、作戦区域に民間船舶や航空機が侵入しないよう厳重に警戒してください!!」

 

「リットン空軍基地より第41から57までの戦術爆撃機部隊が発進! 第1次精密爆撃開始は予定通り0040時になる模様!」

 

「続けて第2次精密爆撃の準備に入ってください!」

 

「医療班は基地地上施設にて待機!」

 

 指示や報告が次々と乱れ飛ぶ。

 これまでは(情報が無かったこともあって)ザフトも連合も散発的に戦力をぶつけるだけだったが、今回は違う。

 ザフト軍のみではあるが、大平洋上における戦力を可能な限り抽出した集中迎撃だ。

 

「上手くいってくれよ……」

 

 各方面の作戦経過をリアルタイムで映し出すスクリーンを睨み付けるように見つめながら小さく呟いたゴンザレスの冀望(きぼう)は、更には激しさを増す喧騒の中に紛れて沈んでいく。

 

 

 闇に(くだ)った海と空の狭間にある天使へと、無数の轟音が近付いてくる。

 夜の(とばり)に浮かぶ星々だけが、それらを静かに見下ろしていた。

 

 




ザフト軍の地球圏内における通常兵器や部隊の呼称などは、完全に独自設定です。
御了承ください。

ニュートロンジャマーかまされても、核反応とかで動いてるわけではないので原子時計は問題なく動くはず。
でもスイスの時計職人によるアナログ時計はザフト軍にも大人気。


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Paradigm-shift⑥

お待たせいたしました。

体調的なことや、内容が難産だったこともあり、予想以上に時間が掛かってしまいました。

今回はザフトの皆さんのターンですが、次回からはアスカさん達のターンになる予定。


ザフト軍にかかれば、使徒なんてエヴァが無くともフルボッコですよ!
Wアスカ? お前らの出番ねぇから!
 


 

 雲に遮られることもない星明かりが、宇宙へとつながる無限の広がりなのだと雄弁に物語る夜の空。

 そんな幻想的なキャンバスを引き裂く爪ように、幾十ものジェットの噴炎光が天を横切り疾走していく。対空打撃分艦隊から射出された艦対空ミサイルの、破壊をもたらさんとする軌跡であった。

 

 それだけではない。

 

 天より振り下ろされる鉄槌の如く、大気圏から再突入してきた中距離弾道弾の多弾頭が赤熱の尾を()いて落下してきている。

 それらが目指す着弾点は唯ひとつ。

 

 夜天の宙に座す異形の天使。

 ザフト軍のコードネームは「薄っぺら(Thin)」。

 だが、その名に反して数々の部隊や基地を丸ごと蒸発させてきた正真正銘の化け物である。

 

 その外周を構成するドーナツ状の鏡部分に、次々と艦対空ミサイルが突き刺さる。やや間を空けてから、目標中心部に浮かぶ直径が数百メートルはあろうかという赤い球体に、中距離弾道弾クロイスヘルツⅥの弾頭群が着弾していった。

 紅蓮に咲いた爆炎が轟音と共に空間を激しく揺さぶっていく。

 球体に直撃した弾頭は、弾着部分から空中に無数の巨大なキノコ雲を起立させ、周囲の薄雲を衝撃波が跡形もなく吹き飛ばしてしまう。

 

超高高度警戒偵察機(セージリーダー)より司令本部(ソーサラー01)艦対空ミサイル(ファイヤーボルト)クロイスヘルツⅥ(バルキリージャベリン)の弾着を確認」

 

「全弾命中」

 

「効果を確認中……」

 

 焦熱と爆煙と衝撃波で震える海より遥か上空で戦況観測していた大型偵察機の観測員達が、暗号(コード)を用いながら本部へ攻撃の第一波を報せる。

 

「──移動速度、変化なし」

 

「進行方向に変化ありません」

 

「外周部、中心部、共に破損箇所を認められず。

 ミサイル攻撃による効果無し。繰り返す、ミサイル攻撃による効果無し」

 

 爆炎の華と灰色の傘が霧散すると、そこには攻撃を受ける前と何ら変わることの無い御使(みつか)いの姿があった。

 

「……嘘だろ……クロイスヘルツを同時に何発も喰らって、どうして無傷なんだよ……!」

 

「やはりフェイズシフト装甲でしょうか?」

 

「赤い糞玉はともかく、1ミリより薄い鏡にフェイズシフト装甲なんて施せるとは思えん」

 

 報告を一旦終えた偵察機の観測員やパイロット達が、無傷の脅威を眼下に収めながら思い思いの言葉を吐き出していく。

 

「マジで化けモンだな」

 

 いくら物理攻撃を殆ど無効化してしまうフェイズシフト装甲といえども、あれ程の火力を一点集中されれば耐えられるものではない。

 少なくとも「無傷」はあり得ないのだ。

 しかし仮に耐えられるカラクリがあるとしても──

 

「化け物であれ人工物であれ、攻撃手段を封じられた状況で攻撃を受け続ければ防御に使っているエネルギーも枯渇する筈だ」

 

 それこそが、この作戦の本質だ。

 

「その瞬間を観測し損ねる(見逃す)んじゃないぞ」

 

 観測班班長の言葉が、機内全員の気を引き締める。

 

 次の攻撃、そして次の次の攻撃が迫っていた。

 

 

第5戦闘攻撃機部隊(プリーストE1)より作戦本部(ソーサラー01)、目標をレーダーで確認。これより攻撃態勢に入る」

 

第3MS部隊(ファイターC1)より司令本部(ソーサラー01)、こちらも目標を捉えた。予定通りプリーストの遠距離攻撃(ホーリーライト)の後、ビーム攻撃を試みる」

 

本部(ソーサラー01)了解。その直後辺りで戦術爆撃機部隊(シーフA)が作戦空域に入る予定だ。

 攻撃に巻き込まれないよう注意しろ」

 

「プリーストE1、了解」

 

「ファイターC1、了解」

 

 連合が傍受していることを考慮した暗号(コード)混じりの交信の後、1個中隊規模で構成された戦闘攻撃機の群が、緩やかに高度を上げつつ加速を始める。

 やがてキャノピー越しにも、夜天に横たわる巨体を確認することができた。

 

「プリーストE1からプリーストE各機、赤外線誘導空対空ミサイル(ホーリーライト)発射準備」

 

「了解、安全装置解除」

 

「────攻撃開始。プリーストE1、FOX2」

 

「プリーストE2、FOX2」

 

 第5部隊のリーダー機が合図したと同時に、追随する戦闘攻撃機が次々とミサイルを発射していく。発射するや小隊ごとに散開(ブレイク)して、第二次攻撃に備えて再び距離をとる。

 別方向から飛来していた他の戦闘攻撃機部隊(プリースト)も、同様にミサイルを発射し散開していった。

 

 翼下の戒めから解き放たれた火閃の矢は、夜空に白煙を曳きながら高速で突撃していく。先程の攻撃から畳み掛ける、質量兵器による飽和攻撃だ。

 現行する戦争の主役がモビルスーツに変わって以降、質量兵器や一世代前の戦闘機は、主力としての出番が激減してしまっていた。

 都市攻撃や拠点爆撃などの航空火力支援といった任務には欠かすことのできない存在であるため、空軍という組織が編成されているものの、華々しい活躍を飾れる場は時代と共に失われつつあったのだ。

 所謂「余剰戦力」扱いである。

 だからこそ、今作戦においては殆ど全航空戦力と言っても良い数が投入された。パイロット達も「見せ場ができた」と士気も高い。

 夜の海と空に映える誘導弾の白い幾つもの軌跡は、空軍兵士を久しく高揚させるに足る光景であった。

 そのミサイル群が目標に命中する直前。

 数十万の鏡が蠢いた。

 

 広域の空間を鋭く揺さぶる甲高い金属音。

 

 星明かりに浮かぶ夜を一瞬だけ青白く染め上げた8角形の障壁が、ミサイル群の猛攻を全て阻んでしまう。

 

 ミサイルが次々と大爆発していくものの、ある一定方向にだけは物理的な影響が見られず、空中に極めて不自然な形の爆炎が炸裂していく。

 まるで空間を一部だけ切り取ったかのように。

 いや、この場合は「不可視の壁に阻まれて」いるかの如く。

 

「違う! 違うぞッ! フェイズシフト装甲でもない! 陽電子リフレクターでもない!

 何か別の種類のバリアで攻撃が防がれている!」

 

 戦闘攻撃機部隊のパイロットが、自身が目撃した光景の根源を絶叫に乗せて報告する。

 

「未知のバリアだろうと飽和攻撃で目標のエネルギーを削るのが俺達の任務だ!

 ファイターC各機、予定通りビーム兵器による中距離攻撃を開始する!」

 

 散開して航空打撃陣形が崩れた隙間を埋めるように、ザフトのMS部隊──その主力をサブフライトシステムである支援空中機動飛翔体グゥルに乗り、ブレイズウィザードに換装したZGMF-1000ザク・ウォーリアが占めている──が展開していく。

 陣形を素早く整えると同時に、構えていたビーム突撃銃が黄色に輝く光弾を一斉に発射した。

 その一連の動きから、非常に高い練度のパイロットを集めたのだろう。

 

 しかし夜の闇に降り注いだ光の豪雨は、だだの一発も使徒へ届かなかった。

 外縁部の端にある鏡が拒絶するかのように壁を形成すると、再び青白い8角形の障壁がビームの弾雨を尽く跳ね返す。

 続けて後方に控えていた、ガナーウィザードを装備した長距離攻撃部隊がM1500オルトロス 高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち込んでいくが、結果は同じであった。

 

「ブッダファック! 高出力ビームでも駄目か!」

 

 頭上の星明かりよりも儚く散って砕けるビームの残滓(ざんし)をモニター越しに睨みながら、MSパイロットは無念の声を吐き出す。

 この作戦前に行われた散発的な交戦でも、ビーム攻撃が通用していなかったことは判ってはいた。

 それでも大部隊からの集中砲火が容易く無力化される有様には、やはりショックを隠し切ることはできなかったのだ。

 

「なら今度は俺達の番だな」

 

 戦闘攻撃機部隊と同様に散開していくMS部隊の通信バンドに、オープンチャンネルで声が届いた。

 

「こちら戦術爆撃機・第1次攻撃隊(シーフA)

 お待ちどうさん、杭打ち機(ドアノッカー)の宅配に来たぜ!」

 

 静音処理が施された低いジェットエンジン音を夜空に唸らせつつ、大型の全翼機編隊が姿を現した。

 ザフト軍が地上拠点制圧用に開発したステルス重爆撃機、第1次攻撃隊の3機である(高コスト化により12機しか製造されていない)。

 通常は対地攻撃用多弾頭散布型航空爆弾を搭載しているが、今回は精密爆撃を敢行すべく別種の爆弾を装着していた。

 

地中貫通爆弾ペイルウェイ(ドアノッカー)投下準備」

 

「了解。レーザー誘導装置、準備よし。最終安全装置解除」

 

全弾投下(マザーファッカー)

 

投下(ファックオフ)

 

 主に地下施設を直接攻撃するために使用される特殊貫通爆弾、それも2000ポンド(約900キログラム)を誇るペイルウェイが高高度から空中に放り出された。

 

 その数、12発。

 

 計算通り、独特の形をした先端が直下への軌道を描き始める。姿勢安定翼が風を切り裂き、甲高い音楽を掻き鳴らす。直後にブースターが点火し、自由落下では得られない圧倒的な速度で落下しつつも、不可視の導きに従って正確に目標へと邁進していった。

 厚さ6メートルの鉄筋入りコンクリート防壁を貫通して爆砕させる威力を持つ爆弾が、ほぼ垂直の角度で巨大な紅い球体に次々と突き刺さる。

 

 時限信管ではないため即座に大爆発を起こし、オレンジ色と黒煙の花弁を持つ華が幾つも咲き乱れた。

 偵察機を通じて映像を見守っていた司令部の面々から「おおっ!」という期待の声が沸き起こる。

 

「どうだッ! 狭いケツの穴も、さすがに拡がっただろッ!」

 

 爆撃機のパイロットが眼下の焔華を視界に収めつつ、目標に向け中指を突き立ててみせた。

 華からはオレンジの色が抜け、夜の闇にも劣らぬ黒煙が

目標の中心で(くすぶ)っている。いや、まだそこに色は失われていなかった。僅かに黄色がチラチラと垣間見えるではないか。火花──電気系統の損傷だろうか。

 だとすればこれまでの飽和攻撃が功を成し、堅固なバリアを突破してダメージを与えた証拠である。

 

「今の俺達には祝福の花火に見えるぜ!」

 

 黒煙が風に流され華が散る。

 

 しかし黄色は華を咲かせたままだった。

 それはパイロット達が思い描いていた祝福の花火という形ではなく。

 神の(しもべ)が頭上に冠する細長い輪の如き姿で、夜天を映す鏡の掌内で輝いていた。

 

「あれは」

 

 何だ、と言い終わるよりも早く。

 

 収斂した光の輪が細い直線となって、音も無く夜空を舞うように薙いだ。

 

 舞踏会場となった星空の下にいた観客は、編隊飛行を続けていた3機の爆撃機。

 彼らは光の乱舞が終了した一拍の間を置いてから、瞬時に空中分解し──爆散した。

 

 

「シーフA、全機ロストッ!」

 

「攻撃! 目標からの対空攻撃です!」

 

「目標の中心部、健在! 損傷などは認められず!

 効果なし! 繰り返す、効果なし!」

 

「目標の移動速度が低下! 停止するものと思われます!」

 

「目標の高度に変化なし!」

 

 司令部のオペレーター達が偵察機や現地部隊から送られてくる報告やデータを、悲鳴を上げているかのように読み上げていく。

 逆に本部付きの幕僚は言葉を失い、映像の中で平然と──そして悠然と夜に佇む天使の姿を眺めることしかできなかった。

 

「バカなッ! 太陽は出ていないんだぞ! なぜ熱線を撃てるッ!?」

 

 そんな音の温度差が激しい場にあって、参謀課のネッドケリーは信じがたい現実を目の当たりにしても、それをそのまま受け止めきれずにいた。

 戦艦を一瞬で蒸発させるような膨大な熱量ではないものの、先程の観測されたデータを見れば熱線攻撃であるのは明らかである。

 

 では熱源となる太陽もないのに、なぜ攻撃できたのか?

 

 映像に映る深夜の空を彩るのは、黒き(とびり)と星明かりだけだ。

 どこにも太陽は存在していない。

 争いを知らぬ星空だけが広がっている。

 

 星空だけが。

 

「────まさか」

 

 その夜空に点在する瞬きが、視神経を通じてネッドケリーの脳を直感という形で直撃する。

 

 まさか。

 まさかそんな。

 そんなバカな。

 

()()()()()()()()()()()()()……ッ!?」

 

 閃いた結論の馬鹿馬鹿しさに、思わずネッドケリーはふらついた。

 あんな頼りない光源を集めて圧縮し、収斂し、収束し、増幅し、細いながらも熱線として撃ち出した?

 つまり奴は太陽がない夜でも、何らかの光源さえあれば攻撃が可能ということ……?

 

 自分で出した結論ながら、到底信じられるようなものではない。

 太陽炉であればいざ知らず、星明かりを熱戦に収束させて攻撃するなど、例え数百年先の科学技術でも不可能だ。

 

 しかしネッドケリーは、この直感が「正しい」と確信していた。

 彼は作戦参謀ではない。作戦参謀の下で細かい案を出したり事務仕事をする立場なのだ。今回はブリーフィングで作戦内容の説明を任されたが、それだけである。

 本来は作戦行動に言及できる立場ではない。

 それでも彼は、茫然としたままの司令部に直接具申しなければならなかった。

 

「副司令! 目標は星明かりを光源にして攻撃していると思われます!

 作戦の中止を! 撤退を!

 威力は落ちているとはいえ、あのバリアが破れない限り被害が拡大するだけです!」

 

「あ……う、ああ……だが……」

 

 その行為を咎めるべき上司の作戦参謀も、呻くゴンザレス副司令と同様に自失した状態から抜け出せないでいた。

 

「撤退をッ!!」

 

 叫ぶ背後のスクリーンに、星明かりを集めた死の鎌が再び振るわれる光景が流される。

 混乱するMS部隊を縫うように光の糸は軌跡を残し──

 

 その度に命が熱に焼かれ、夜空に散っていく。

 

 その蹂躙を、その虐殺を、星空は沈黙の光で照らし出すだけだった。

 

 

 




ザフト軍「アカン」


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Paradigm-shift⑦

大変お待たせいたしました。

使徒の脅威を目の当たりにしたシン達の反応と、アスカの心境の変化を書いてから反撃の狼煙を上げないと、何のためのクロスオーバーだと考えながら何度もリテイクして、こんな遅さに。
申し訳ないです。

BGMは「♪デーンデーンデーンデーン デッデッ」というエレキを掻き鳴らしてるバージョンのを脳内に流していただけると幸いです。


 

「後退! 後退だ! 全部隊、後た、ギャッ」

 

「ぎゃバっ」

 

「小隊長と副隊長がまとめてやられた! 指揮は誰が引き継ぐんだ!?」

 

「助けてッ! 誰か助け……」

 

「洋上艦は煙幕を張れ! 航空部隊は低空飛行で離脱しろ!」

 

「また光を集めてるぞ!」

 

「うわああああっ!?」

 

「駄目だ! ファイターBが全部撃墜され(喰われ)たッ!」

 

「ガッデム! 左の主翼をやられた! 墜落する! ああ……っ」

 

「糞ッ、洋上艦が真っ二つとかマジかよ! ヤキン・ドゥーエの白い悪魔じゃねぇんだぞ!」

 

「あいつよりバケモンだろ! 冗談きついぜ!」

 

「ちくしょう、死にたかねえ、死にたかねえよ……」

 

「ソーサラー01! 後続の爆撃機部隊を引き返させろ! このままじゃシーフAの二の舞だ!」

 

「母さん」

 

「こちらアインローゼⅢ! これより陽電子リフレクターを展開しながら部隊の後退を支援する!

 戦域から離脱する部隊は我が艦を盾にしながら下がれ!」

 

「モルトⅣは前進して陽動攻撃を開始する。可能な限りヤツのヘイトを集めて後退の時間を稼ぐ。

 ──この艦に乗り合わせた者には貧乏クジを引かせてしまったな、副長」

 

「すまないっ! ……すまないっ!」

 

「反撃するな! 無駄だ! 逃げることだけ考えろッ!」

 

「退却! 退却!」

 

「サユリとヒッグスがやられた! あの化け物、四方八方に熱線を振り回しやがってえええっ!」

 

「ジェネレータを撃ち抜かれた! コックピット内の温度がっ、温度の上昇が止まらない……熱い、熱いいっ、嫌だっ嫌だっ! こんな死に方は嫌だぁ……っ!」

 

「モルトⅣが被弾したぞ!」

 

「アインローゼⅢが……燃えてる……高度が下がって……ああ……」

 

「振り向くな! 稼いでくれた時間を無駄にするな! 振り抜かず下がれえっ!」

 

 

 控えめに表現しても阿鼻叫喚の地獄だった。

 こちらからの攻撃は一切通用しないのに、あちらからの攻撃は一方的な蹂躙なのである。

 

 その様子が記録された映像や音声を目の当たりにし、アスカは言葉を失った。人の死を見るのは、これが初めてという訳ではない。母の自死という形ではあるが、彼女はそれを真正面から捉えた過去がある。

 一方的に人が殺される衝撃に絶句したというより、その時のトラウマを呼び起こされて舌が言葉を忘れた──と言った方が正確だろう。

 

 勿論(録画記録とはいえ)人が殺されていく様子に精神(こころ)が震えていない訳ではない。アスカの本分は「エヴァンゲリオン弐号機のパイロット」以前に「14歳の子供」なのである。

 いくら知能が高くても、いくら大人ぶっていても、いくら戦闘中の人的損耗を覚悟していても、子供が一人で受け止め抱えきれる「現実」ではないのだ。

 

「ひでえ……」

 

 それは今日(こんにち)まで軍人……それも赤服を(あずか)るエリート軍人として過ごしてきたはずのシンやルナマリアにとっても同様であった。

 戦闘と呼ぶには、あまりにも一方的すぎるワンサイドゲーム。

 相手に戦闘をしているという意思が介在しているのかさえ疑問に思える、機械的すぎる命の消費だった。

 

「これが使徒と呼ばれる存在(もの)……」

 

 常に冷静沈着なレイですら、攻略の糸口さえ垣間見ることができない理不尽に顔色を悪くしている。

 アスカから使徒と呼ばれるモノ──サードインパクトを起こして人類を滅ぼそうとする謎の襲撃体については説明を受けていた。

 その脅威。

 その強大さ。

 その恐怖。

 その理不尽さ。

 聞けば、本体が虚数空間……ディラックの海という数学上の領域で構成された影という「どうやったらそんなの物理的に倒せるんだ!?」と思わず叫んでしまった使徒もいたそうだ。

 

 そのように色々と話には聞いていたが、現実がこれ程のものとは想像していなかった。

 

「ATフィールドを展開したはってことは、やはり使徒で間違いないみたいね」

 

「……その、ATフィールドだったかしら?

 あれ反則、というか卑怯すぎない……?」

 

 ミネルバに在籍するパイロット達に、持ち帰られた戦闘記録を閲覧させるために呼び出したタリア自身も冷や汗を流さずにはいられない。

 シン達を呼ぶ前に事前確認したにも関わらず、改めて見ても身震いするのだ。溜め息と一緒に本音が(こぼ)れ落ちるのも無理はないだろう。

 

 葬儀に参列しているかの如き沈痛な空気が艦内の会議室に漂うのを肌で犇々(ひしひし)と感じ取ったタリアは、覚悟を問う意味で(士気が著しく低下するかもしれない危険性も孕んでいたが)映像を見せたものの、やはり間違いだったのかもしれないと後悔を感じ始めた。

 

「でも破れない訳じゃないわ」

 

 声の表層まで浮かび上がりかけたトラウマを塗り潰すかのように、あえて重い声色を意識的に出しつつアスカは指摘する。

 彼女自身は参加していないが、第5使徒が襲来したときにATフィールドの中和という手段以外の攻撃方法で貫通・撃破した「ヤシマ作戦」という実績がある。

 日本中から電力を集め、それをエネルギー源とした陽電子砲による狙撃での一点集中突破という強引な方法だったが。

 

「だとしても……何でも防げちゃうバリアがあって、夜間でも光を集めて攻撃手段を得られるとなると、つけ入る隙が無いわよ?」

 

「持ち帰られたデータからすると」

 

 不安が色濃く混じるルナマリアの指摘返しに、アスカは鼻を短く鳴らしてから、そう前置きする。

 

「この使徒のATフィールドは、ヤシマ作戦で倒した使徒より堅くない」

 

 後にラミエルという名が冠されていると判明する第5使徒が展開していたATフィールドは、可視化するほど強力な位相空間であり、その物理的な強固さは威力偵察で放たれた光学攻撃を(比喩表現でもなく文字通りに)弾き返してしまうほどであった。

 

「それに、あたしがこの世界に来る直前に倒した使徒が展開していたATフィールドほどの『拒絶感』は感じない」

 

 なら倒せる。

 言外に異世界の少女は述べていた。

 

「大した自信だな」

 

「あたしは惣流・アスカ・ラングレー。エヴァンゲリオン弐号機のパイロットよ」

 

 皮肉を多分に含んだシンの一言に、アスカはアイデンティティの全てと──転移時に抱いた決意を瞳の中で燃え上がらせたかのように、強い意志を込めて自らを名乗る。

 それこそが根拠の全てであるかのように。

 アスカという少女の本分である「14歳の子供」を引っくるめて、それでも「エヴァンゲリオン弐号機のパイロット」として、シン・アスカという同じ名を持つ少年の前に立つ。

 

「使徒を倒す、それがあたしの役目なの」

 

「ふん」

 

 お前はどうなんだと言わんばかりな宣言に、しかしシンは不機嫌そうに顔を背けるだけだった。

 それに気分を害するでもなく、ただ眉を下げるだけのアスカだったが、思考は別の懸念を走査している。

 

 この世界にも使徒が出現したということは、サードインパクトを引き起こす「何か」が存在しているということだ。

 NERVが掲げた大義名分としては、本部の地下深くに封印されている物と使徒が物理的接触を果たすとサードインパクトが起きる──というものだった。

 使徒が出現するロジックが向こうと同じなら、このコズミック・イラという歴史を刻む世界の何処かに「人類を滅ぼしかねない存在」が封印されているか、下手をすると野晒しになっているかもしれないのだ。

 

 エヴァンゲリオンのパイロットとして、それを放置することはできない。

 アスカは静かに拳を強く、強く握り込んだ。

 

「しかしATフィールドを突破できても、あの攻撃が脅威であることは変わらない。

 エヴァンゲリオン単機が壁を越えても、目標が巨大すぎる」

 

 空気を変えると共に話の流れを元に戻す意図もあったのだろう、落ち着きを取り戻したレイが問題点を洗い出す。

 

「どこかの誰かと違って、優等生っぽいこと言うわね」

 

 名前が同じだからかしら、と小さく呟いた声は誰にも届かなかった。

 どこかの誰かって誰だよと絡んでくる少年をスルーして、アスカは映像記録に視線を向け直す。

 

「確かに熱線攻撃は脅威的よ。

 けれど、この夜間攻撃で『攻撃の規模』が日中と比べたら格段に落ちているのが確認できる。

 夜間に攻略する作戦自体は間違ってないのよ」

 

 使徒殲滅のエキスパートとして、これまでの経験を踏まえながら、少しずつ攻略の糸口をほどいていく。

 多大な犠牲と引き換えに得られたものを、ひと欠片でも無駄にしてはいけない。

 ヒトの死から目を逸らしてはいけない。

 母の死から目を逸らしてはならない。

 

 前にいた世界の国連軍の存在をアスカは思い出していた。

 弐号機のデビュー戦でも、少なくない犠牲が出ていたのだ。それをアスカは傍観していた。そうと認識していてもエヴァのためなら、使徒殲滅のためなら必要なもの……()()()()()()()()と思い込んでいた。

 

 そう思うことがエヴァパイロットとしての覚悟だと思っていた。

 そう割り切ることが覚悟なのだと思い違いをしていた。

 一人で戦っていると思っていた。

 独りで戦っていると思い込もうとしていたのだ。

 

 だが違う。違うのだ。

 誰かが支えになって、誰かが犠牲になって、その上でヒトはヒトとして立っているのだ。

 だからヒトは互いを支え、助け、笑い、泣いて、怒るのだ。

 それを自覚せずに何が覚悟だ、何がひとりで戦うだ。

 いつかサードチルドレンに向けて放った言葉が記憶に蘇り、自らに憤りを覚える。

 自分はエヴァが無ければ、誰かが──みんなが、アイツがいなければ……こんなにも弱いではないか。

 

 無慈悲で理不尽な死の記録が「実母の自殺」というトラウマを浮上させかけたものの、エヴァという存在を介することにより、アスカの中で「自分と他人」の意識が変わりつつあった。

 

 それを成長と呼ぶのか、特異な環境に適応するための生存本能と呼ぶのか。アスカ自身はもちろん、他の誰にも判断することはできなかったが。

 

「でも使徒を倒すにはコアを……あの赤い球体を壊さなくちゃならないんだろ?

 レイも言ってたけど、相手がデカすぎてバリアを抜けても接近するのも難しそうだぞ」

 

 大体エヴァンゲリオンは飛べないだろ、とシンは乱暴ながらも核心を──一番の難関になるであろう問題点を突いてきた。

 

「向こうの世界ではF型装備構想なんてものもあったらしいんだけどね」

 

 主に予算的な理由で実現せず終わった計画を口にしながら、アスカは腰に両手を据える。

 ちなみに「飛行型使徒に対する対処」の方法として、大型輸送機からエヴァを高高度から投下して対空戦闘をさせるという計画案に落ち着いたのだが、もしあのまま転移せずにいたら衛星軌道上という更に高い場所から精神攻撃をしてくる使徒が現れることになっていたのは皮肉としかいいようがない。

 

「幸い、こっちの世界には向こうと同じ『大砲』があるしね」

 

「大砲?」

 

「『こっち』じゃ『向こう』と違って、大砲が空を飛んでるみたいだけど」

 

「おい、お前まさか」

 

 アスカが意図するモノに気付いたシンは、愕然として予想を口に出そうとして続けることができないでいた。

 遅れてタリアとレイも大砲が何であるかを察して息を呑む。

 ただひとり会話に取り残されたルナマリアの困惑に、アスカは不敵な笑顔を浮かべつつ足元を指差してみせる。

 

「このミネルバの陽電子砲で、使徒のコアを狙撃するのよ」

 

 




次回から、いよいよアスカ達の反撃(の予定)です。

第1話から敢えて説明を避けていた物体に関する伏線が、ついに!
(そこまで大した伏線じゃない)


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