【1500PV突破】チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。 (IZーARIA-)
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蒼紅の章第0節:プロローグ

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


ARIA家の日常

 

キーンコーンカーンコーン

 

終業のチャイムが鳴り鞄の持ち手に手を添えたまま帰りの挨拶をする。顔を上げると同時に机の間を縫うように駆け抜け教室を飛び出し、先生と鉢合わせないよう祈りながら廊下を駆け抜け階段を滑るように降り下駄箱へと向かう。上履きを脱ぎ、靴を取り出すと同時に最速で入れ替え軽く放り投げるように靴を地面に落とす。運良く左右どちらも倒れたりしなかったのでそのまま踵を踏みながら足を突っ込み人差し指で左右同時に折れた踵を元に戻す。トントンっと軽くつま先で地面を叩き最終調整を済ませると正門めがけで一直線、全力疾走で駆け抜ける。

正門でスマホを弄りながら待っていた姉と合流し、二人で駅までさらに走る。日頃の行いがいいのか一度も赤信号に捕まることなく駅までたどり着いた二人、改札をくぐり目的地直通の電車に乗り込んだところでどっと疲れが襲ってくる。時間帯的に人も多く席は空いていなかったので目的地まで吊革に捕まり開いた方の手で携帯を弄る。

目的地の駅に到着する。ドアが開くと同時に車両から降り改札へと急ぐ。改札を抜けエスカレーターを上っている間に鞄から財布を取り出しておく。地上へ出ると最短ルートでゲームショップへと向かい入ってすぐ新作コーナーにてそれぞれ目的のゲームソフトを必要分取り、流れるようにレジへと向かう。

会計を済ませ店を出ると偶然にもお兄ちゃんと出くわす。近くで仕事があったらしく終わったついでに色々見て回っていたらしい。お兄ちゃんはまだ見たいものがあるらしいのでお姉ちゃんと一緒に先に家へ帰る。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ただい〜」

 

「ま〜、みんないる?」

 

 勢いよく玄関が開き制服を着た二人の少女が帰宅する。

 一人は長髪ゆるふわ系の少女。

 自分の背丈と同じくらいに伸びた髪は薄いピンク色で、光の反射によって赤、青、黄、緑、紫、オレンジと七色に輝きとてもきれいなグラデーションを奏でている。深く静かで、すべてを包み込んでくれそうなサファイアのような碧眼と透明なクリスタルのように透き通った美声が普通の人間とは思えない、どこか不思議なオーラを放っている。

 もう一人は元気な明るい少女。毛先が綺麗に切りそろえられたボブヘアーの薄い橙色の髪が毛先に行くほど濃いオレンジに染り、両サイドにぴょこんっと跳ねた髪がまるで感情を表すかのようにピコピコと動いている。快晴の空のように透き通った青い眼がキラキラと輝き、長髪ゆるふわ少女ほどではないがこちらも幻想的なオーラが感じ取れる。

 

 学校帰りに寄り道をして何か買ってきたらしく、二人とも右手に学校のカバンを持ちながら左肩にはトートバックを掛けている。

 

「おかえりイア、オネ。あれ?イオは?一緒に帰ってこなかったの?」

 

 脱いだ靴をしっかり踵を揃えて並べている二人の元に長髪ゆるふわ少女と瓜二つの少女が出迎えに来る。名前はロクで長髪ゆるふわ少女イアの三つ子の妹。外見は一部を除いて全く同じと言っていいほど似ている。ハッキリと違う点は眼の色が真紅に染まる紅眼で目元が少しキリッとしていることくらいだろうか。声も透明感は同じだがこっちは力強さが感じられるので一応聞き分けることは出来なくも無さそうだが慣れない人には難しそうだ。そして見た目は瓜二つだがイアがいつもぽわぽわしているせいで自然としっかり者に育ち性格や雰囲気は全然似ていない。

 

「えっとね、イオはまだ見たいものがあるって言ってたからイアたちだけで先に帰ってきた」

 

 力が抜けそうなほどふわふわのんびりとした口調でイアが答える。声質なのかそれとも纏っている雰囲気ちゃんオーラのせいなのか、この子の声は聞いているだけでとても和んでしまう。とこの様に基本イアはぽわぽわしているが一応、一応長女で姉弟の中では一番上である。

 

「ロクお姉ちゃん、ちゃんと全員いる?」

 

 ボブヘアーの少女オネが少し心配そうにちゃんと全員いるか尋ねる。オネはイアの実質的な双子の妹、イアに比べればとてもしっかり者だがごくまれに姉譲りの天然を見せることがある。

 

「オニは昼寝中、ワンは……ワンちゃんは死んでる」

 

「ワンちゃんって言うな!なんで言い直した!」

 

 イアと瓜二つの少女ロクが少しニヤついて質問に答えるとリビングからオネに似た声が響く。

 ロク同様、こちらもオネと比べ少し力強さを感じる。なので普段聞き慣れていない人にはイアロク同様判別が難しいのだが、今回は声に少し…………いや、かなりイラつきが含まれていたので、今のなら初耳でもかなり聞き分けやすかったと思う。

 

 置いてきたイオを除き全員がちゃんと家にいることを把握するとイアオネは手を洗いに洗面所へ向かう。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ”ぁ”ぁ”ぁ”」

 

 リビングに戻るとオネと瓜二つの少女ワンがテーブルのそばでクッションに顔を埋めうつ伏せの状態で倒れながら地の底から響いてきそうな唸り声を上げていた。オネの三つ子の妹でイアロク同様オネの目が碧眼に対してこちらは紅眼、そして見た目はほぼ同じだが口調や雰囲気は全然違う。

 テーブルに放置されたゲーム機にはスコア画面とランキングが表示されており、一位にはイオ、二位がイア、三位がオネ、四位がロク、五位がオニ、そして最下位がワンとなっている。この画面一つだけでワンが唸っている理由はだいたい予想できる。とはいえスコアはパーフェクト自己ベストなうえ他とも大きな差はない。むしろみんな誤差数ポイントと実力自体はほとんど拮抗しているようなものだ。

 そんな悔しそうに唸っているワンのすぐ隣にあるソファの上には、どこかオネやワンと似た面影を持つ少年が安定した寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。この少年の名はオニ、ワンが悔しがっている原因を作り出した張本人でありオネの三つ子の弟だ。安定した寝息を立てるその顔はどこか勝ち誇っているようにも見えなくもない。

 

「ワンちゃんまた負けたの?」

 

「うるさい!ワンちゃんって言うな!」

 

 わざと煽るように聞いてみるとワンは顔だけバッと持ち上げて吐き捨てるように叫んだ後、再びクッションに顔を埋め「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と悔しそうな声を上げ足をジタバタさせる。

 

「自己ベストなんだからもう少し喜んだら?」

 

「コイツの記録抜けないんじゃ自己ベストなんてなんの意味もないの!」

 

 ゴロンと体を反転させ仰向けになると、ガバッと勢いよく起き上がり左人差し指でソファで寝ているオニをビシッっと指さしつつこちらを真紅の瞳で睨みながら右手でバンッバンッと床をたたき超絶不満そうに自分の中の拘りを訴えてくる。

 

「どうせ抜くならイアとかオネの記録越せばいいのに」

 

「あの二人はどうでもいい、僕はコイツの記録さえ抜ければそれで満足なんだから」

 

 オニに対して異常なまでの対抗心を見せるワンだが、こういう光景は日常茶飯事、いつもの事、むしろこれが正常なので「さいですか」と軽くながしてワンの隣に座ってイアオネを待つ。

 イアオネが手洗いうがいから戻ってくると早速トートバッグから買ってきたゲームソフトを取り出し机の上に並べる……六つも……しかも全部同じタイトル。

 ソフトは長年世界中で愛されているファンタジーMMORPGの記念すべきシリーズ十作品目で、今日発売の新作はフルダイブVRMMORPGに対応した期待の神作、シリーズファン歓喜の瞬間なのである。

 

「ほんとに六つ買ってきたよ……」

 

「店員さん困惑してただろうなぁ」

 

「してたよ、『マジか……』って目してた」

 

「そりゃそうでしょ。六人家族全員がそれぞれ自分用のVR持ってるなんて普通思わないでしょ」

 

「じゃあはい、早速やろう!みんな部屋行こう部屋。オニ~起きて~」

 

 早くプレイしたくて興奮度MAXの自称プロゲーマーオネはオニをゆっさゆっさ雑に揺すって起こしながら他の三人に先に自分たちの部屋に行っておくよう指示する。

 全員がリアルタイムで参加できるゲームを買ったときのオネはいつもこんな調子で、ご飯やお風呂などは後回し、買って帰ってきたら速攻始めたがって基本的言うこと聞かないので、全員反対はせずおとなしく自分の部屋に行ってVRを起動する。

 そして揺すられているオニもようやく目を覚ます。

 

「……ん?……あぁ帰ってたんだ」

 

 見た目はオネとワンを足して2で割ったものを性転換させました。みたいな感じで、眼の色はオネと同じ透き通った青。声もオネとワンを足して二で割ったものをイケボに調声した感じで面影を感じるくらいには似ている。

 

「うん、お兄ちゃんはまだだけど。それより買ってきたよ、早くやろう!」

 

「兄貴待たなくていいのか?」

 

「大丈夫、帰ってきたらすぐ連れてくるから」

 

「そっすか」

 

 そう言ってオニは手渡されたソフトを持って自分の部屋に向かう。

 一方あれだけ「早くやろう」と言っていたオネは自分の部屋には行かずソファーに腰を下ろしソフトの説明書などを読み始める。

 この時のオネは先にゲームを始めた四人に何が起こったのか知る由もなかった…………

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ──約一時間後

 

「ただいま」

 

 夕方六時過ぎ、一人の少年が帰ってくる。

イアとロクを足して二で割ったものを性転換させた感じの見た目。

 イアとロク同様綺麗な七色に輝く髪。長髪のイアやロクが両サイドの髪をそれぞれ肩あたりでゆるい三つ編みしているのに対し、セミロングの少年は一部だけロングに伸ばした後ろ髪をイアロクと同じゆるい三つ編みにして垂らしている。

 目はイアと同じ深く静かな碧眼、声はイアとロクを足して二で割ったものをクリスタルのような透明感を損なわない程度にイケボに調声した感じでよく似ている。

 イアオネが制服だったのに対してこの少年は私服、Tシャツ・ジップパーカー・ジーンズと明らかに学校帰りではないことが見て分かる。

 

「お兄ちゃんおかえり、ゲームしよう」

 

 何分前から待っていたのか玄関を開けると同時にオネに手を引かれ少年が声を発する間もなく自分の部屋に連れていかれる。

 

「……オネ、今からやるのか?」

 

「そうだよ、お兄ちゃんが遅いからもうみんな先に始めちゃってるよ」

 

 それだけ言うとオネはゲームソフトを少年に渡し、ダッシュで自分の部屋に戻ってVRを起動する。

 こうなってしまっては説得するのは困難なうえに他が既にゲームを始めてしまっているので小さく溜め息をつきながらも仕方なくゲームの準備を始める。

 そうこれこそがオネが他の四人と一緒に始めなかった理由。それもこれも全部家事全般を担当しているこの少年に有無を言わさずゲームに参加してもらうため。もし仮に全員揃うまで待っていたら先にご飯やお風呂になってしまうのでそれを回避するために他の四人には先にプレイを開始してもらった。しかもよほどの緊急事態でない限り途中で切断なんて真似はしてこないので一度始めてしまえばこっちのものなのだ。

 注意することはこの少年にゲームを始めさせる係が一人残っていなければならないという事。仮にもしオネが他の四人同様先にゲームを始めていた場合……この少年は夕食の下拵えやその他家事が終わってからプレイしていただろう。いや、この少年の事だ。先に自分だけ夕食とお風呂を済ませてからプレイしていたかもしれない。

 せっかくみんなで一緒にプレイすると決めていたのに大遅刻されては困る。 そこで一番ゲームに対して熱狂的なオネこうして残っていたというわけだ。

 

 電源を入れ、ゲームディスクを傷つけないように慎重にセットし、ヘッドマウントディスプレイを被ったのち、そのままベットに仰向けで横たわれば準備は完了。ゲーム機がディスクを読み取りを開始し、しばらくすると目の前の画面に読み込んだゲームソフトアイコンが現れる。アイコンに視点を合わせるとその脳波をヘッドマウントディスプレイが読み取りアイコンの外枠が強調され下に【はじめる】のアイコンが出現する。今度はその【はじめる】に視点を合わせるとゲームが始まりそれと同時に脳裏に少しピリッとした痛みが走…………ったかと思うと突然目の前が太陽を直に見ているような眩い光で真っ白になる。突然の事に思わずびっくりして反射的にヘッドマウントディスプレイを外そうとした瞬間プツンッと意識が途切れ目の前が真っ暗になる。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおひさです。IZです。

初見さんにはよくイアゼットさんと言われますが、「IZ」と書いて『イズ』と読みます。前々からチラホラ言っていた、チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章と蒼の章が目標話数書き終わったのでこれからちまちま投稿していきます。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第1節:未知の世界 の後書きでお会いしましょう。

( ^ω^) ハラペコッタ ( ^ω^)


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蒼紅の章第1節:未知の世界

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 

──あ”ぁ”ったまいてぇ…………

 

 意識が戻ると同時に襲ってきた頭痛により一瞬で目が覚める。頭を抱えながらゆっくり目を開けるとそこは地面の石畳が綺麗な輪の形に並べられ、その中央に噴水のあるどこにでもありそうな広場だった。隣にはプルプルと首を振って頭痛を紛らわそうとしているオネの姿もある。広場の左右には大通りらしき道が広場を貫通するように一本通っていて、背後にはゲームやファンタジー系の作品でよく見るような宿舎らしき三階建ての建物がある。宿舎にはソシャゲなら間違いなく最高レアだろと思うような立派な装備を身にまとったプレイヤーらしき人達が出入りしており、他にも獣人やエルフといった異種族もちらほら目にする。

 

──中世ヨーロッパにありそうな建物にコスプレのような現実離れした服装、さらには異種族までいる…………これはファンタジーの世界確定だろう。

 

とりあえず今目にした情報からここが現実ではないことを確信する。とはいえファンタジーのゲームをプレイしているので異世界のような世界観菜緒はごく普通の事なのだが、何故かゲームだと割り切れない謎のモヤモヤが頭の中に発生する。それもそのはず、本来ならこの時点で『ゲームの中なのに頭痛がする』という矛盾に気づくべきなのだが、なにを思ったのか脳波読み取りの際の一時的な負荷として結論付けてしまう。

 

「イオーこっちこっち」

 

 頭痛もキレイさっぱり治まり、改めてファンタジーな世界観を見渡しているとやや離れた場所から聞き慣れた声が聞こえてくる。声のした方へと振り向くと視線の先、広場の中心にある噴水の縁に見慣れた顔の少年少女二人が並んで座っている。少年は寝ているのか下を向いたままピクリとも動かない、一方少女は少年とは正反対でこっちに向かってものすごい速さで手招きしている。イオと呼ばれた少年とオネは手招きに吸い寄せられるように二人の待つ噴水へ歩みを進める。

 

 少年少女の正体はやはりロクとオニ。噴水のところまで行くとオニはこちらの気配に気づいたのか「んっ」と顔を持ち上げ軽く体を伸ばした後噴水から降りる。一方ロクは座って足を組んだまま腕も組みちょっと不満そうな顔をしてこちらを見上げている。

 

「イオ遅いよ、一時間も待ったじゃん」

 

「悪い、ちょっと行かない間にいろいろ面白そうなところが増えてたからつい」

 

 一応待たせてしまった自覚はあるのでちょっと申し訳なさそうな表情で答えると、だろうと思ったとでも言いたそうなわざとらしい大きな溜め息をつき呆れた様子で斜めに視線を逸らされる。

 

「兄貴も来たし俺達も行くか」

 

「ん"ん"ーっ、やっっっと動けるやっっっと」

 

 ロクは立ち上がってこれまた大げさに動きの伸びをしながら「やっと」を強調してこちらに不敵な笑みを向けてくる。本気で根に持っているのかただただ弄って遊びたいだけなのか、ロクの性格で考えると十中八九後者だろう。むこうが気の済むまで付き合ってあげるとして、こちらも聞きたいことが一つ。

 

「悪かったってまさか先にやってるとは思わなかったんだよ…………そんなことよりロク、なんで止めなかった」

 

 遅れたことに言い訳を追加して謝罪した後、少し沈黙を置いてから今度はこちらが呆れ返った顔をしロクに問詰める。

 

「まさか遅れたこと弄り続けとけば言われないとでも思ってたか?」

 

「あぁ……うん……はははっ……」

 

 ついさっきまで楽しく攻めていたはずのロクが言葉に詰まったことにより完全に形勢逆転が逆転する。急に曖昧な返事をしだしこちらと目が合わないように首までひねって全力で分かりやすく目を逸らしている。

 

「こういう止め時が分からないゲームは何もかも済ませた後にしろって毎回言ってるだろ、なあ~っオネ」

 

 長男でありみんなのお母さん的立ち位置にいるイオはロクに注意すると同時に、抜き足・差し足・忍び足でこの場からこっそり離れようとしているオネにグルンっと首だけ向けて呼び止める。急に呼び止められて驚いたオネは体をギクッと震わせ抜き足・差し足・忍び足の体制でその場にフリーズする。

 

「そうは言うけどさ兄貴、兄貴もイア姉に迫られたら断れないだろ、というか断らないだろ」

 

「………………。」

 

 オニに核心を突かれ今度はこちらが目を逸らす番。そう、基本的にイオはイアに、オニはオネに対しどちゃくそに甘いので言い寄られたりお願いされるとほとんど断らない。今回オニだけ怒らなかったのもオネが元凶ならオニはどうせ断れないと分かっているから、そしてその気持ちが痛いほどよく分かるから。

 

「い、いいから早く行こう、イアとワンは先行ってるから」

 

 このままじゃいつまでたっても話が先に進まないと判断したロクがとりあえず全員をと合流するため、三階建ての宿舎を背にして右側の大通りに向かって歩いていく。本音は説教から一刻も早く逃れたいだろう。続きは後でたっぷりするとして、姿が見えない残りの二人の元へと向かう。

 

「先ってどこだ?」

 

「イオが来るまでこの辺りになにがあるか見て回ったんだけど、あっちに大きな酒場みたいな建物があったからそこで待ってもらってる。迷子になったら困るしね」

 

「ワンもか?イアと二人とか珍しい組み合わせだな」

 

「ワンに関してはアレ、オニとは一緒にいたくないからってイアについて行った」

 

「あぁ、なるほど」

 

 イアワンの現在地とイオが来るまで何をしていたかを簡単に説明してもらいながらロクの後をついて行く。

 大通りはそれなりに長く、左右には現実にもあるようなお店から、ファンタジー世界特有のお店までジャンルを問わずいろんな店が建ち並んでいて結構おしゃれな街だ。

 

「「………………。」」

 

 酒場に向かって歩いているなかイオとオネは街行く人たちの声や店の文字に疑問を抱く。

 

「おっさすがに気づいた?」

 

「どういうことだロク」

 

「さぁどういうことだろうね」

 

 ロクの不確定な返答に自分なりに様々な可能性を考察する。

 ここはゲームの世界のはずなのに文字や言葉が全く分からない。別にすべての国の言語を理解しているわけではないが、明らかに『地球の言葉ではない未知の言語』だ。いや、もしかしたらどこかの少数民族の間でしか使われていない言語という可能性もわずかではあるが存在している。それにゲーム内でオリジナル言語を使っている作品は珍しくない、ファンタジー系ならなおさらだ。だがここはゲームの中でこのゲームは日本語版、さらには過去九作品でオリジナル言語を使ったものは一つもない。そもそもプレイヤーは現実にいる人間その人だ、キャラクターを操作するタイプならテキストでちゃんと和訳してくれるからいいものの、地球人がゲーム内のオリジナル言語なんて分かるはずがない。今流行りの異世界転生ですら神様からちゃんと異世界語を習得している脳に作り替えてもらえるというのに。

 ここまで考察したところで一つの仮説が浮上する。とても現実的ではないがもしこの仮説が合っているなら世界観や言語すべてにおいて納得がいく。

 

「…………ここってゲームの中だよね?」

 

 オネも未知の言語が不安なのかオニの袖をぎゅっと掴んだまま常に周りをきょろきょろしており落ち着かないといった様子だ。

 

「そのはずなんだけどな……」

 

 オニもオネの質問に対し曖昧な返事をするだけではっきりとした結論は出さない。袖を掴んでいたオネの手を握り気持ち安心させることくらいしかしないあたりロクとオニも核心には至っていないのだろう。この未知の言語の正体が分からないとなるとワンがいるとはいえイアの事が心配になってくる。その気持ちと連動するように自然と歩く速度が上がっていく。

 

 大通りをひたすらまっすぐに進むと、先ほどの噴水があった広場よりも断然大きな、中央に女神のような巨大な石像がある街の中心らしき広場に出る。通ってきた大通りの他に、左右に一本ずつ、石像の奥に一本同じような大通りがあることから恐らくここが街の中心であると予想できる。

 歩いてきた大通りから広場に出てすぐ、左斜めの方向、広場方面を入り口に巨大な酒場らしき建物が建っている。素材はほとんどが木材で窓にはガラス、仕舞っている扉を貫し中から楽しげな声が響いている。その入口の左隅に体育座りで座りで下を向いているイアとそんなイアを守るように周りを警戒しているワンの姿があった。

 

「二人ともどうした?入らないのか?」

 

「!?イオ〜〜〜」

 

 俯いて縮こまっていたイアだったがこちらの姿を見るやバッと飛びつきて胸に顔を押し付ける。抱きしめる強さからどれほど心細かったのかが伝わってくる。

 

「そっか、全然言葉通じなかったのか?」

 

「…………うん」

 

 心情を察しながらイアの頭を撫でて一旦落ち着かせる。撫でていくうちに抱きしめる力はどんどん緩んでいき、イアが完全に落ち着いたところで現状を確信していることだけで一旦整理する。

 

 1.ここにいる六人全員は新作のゲームをプレイしようとしていた。

 2.五感などの感覚は正常に働いている。

 3.異種族が存在するファンタジーな世界だということ。

 4.言語が分からないこと。

 

「謎だな」

 

「謎だね」

 

「謎か」

 

「謎すぎる」

 

「謎っ」

 

「なぞなぞ〜」

 

 イオ→オネ→オニ→ロク→ワン→イアの順で全員が『謎』という結論を出し満場一致すると沈黙が始まる。

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「とりあえず……中入ってから色々考えるか」

 

 ここで屯っていても意味無いと判断し一旦酒場の中に入ってから座って今後について話し合うことを提案し、みんなもそれに賛同するとぞろぞろと一同店内に入る。

 建物の中はとても広く、真ん中の通路を境に右側には四角いデーブルと長椅子がある酒場で昼下がりでもそれなりの賑わいを見みせている。

 一方左側にはテーブルはなく、壁一面に文字は読めないものの見た感じおそらくクエストらしき張り紙がずらっと張り出されているだけのスペースとなっており、奥の方には受付のカウンターがある。壁の前に集まっている人数から机一つない理由は容易に想像できる。

 中央の通路の先には二階へと続く階段があり受付カウンターと厨房を隔てていた。二階に会議室でもあるのか重装備をした大人数の団体が時折出入りしている。

 一見ファンタジー世界でよく見る酒場だが、なぜひとつの建物に詰め込んでしまったのか…………そこだけは永遠の謎だ。

 とりあえず酒場の真ん中らへんにあるテーブルに兄姉と妹弟に別れて着席すると今後どうするかを話し始める。

 相変わらず周りが話している言葉は微塵も分からない、当然メニューも何が書かれているかさっぱりだが、嬉し事にメニューひとつひとつに写真がついてるのでどんな料理かは大体わかる…………が、所持金が無いので結局何も頼めない。

 そんな感想をだべっていると、またひとつ新たな発見をする。どうやらこの酒場にいつ者は全員もれなくイアたちの話している日本語が理解できていないらしい。その証拠にやたらこちらに視線が集まっているうえに店内が少し……というよりけっこうザワつき始めている。

 

「これで確信だな、どうやら日本語は通じないらしい」

 

「そうなると結構厄介だな」

 

「イオオニ。言語もそうだけど、ここがいったい何処なのかも調べないと」

 

 言語にばかり気を取られていたが、ロクの言う通りここが何所なのか、本当にゲームの世界なのかが今知るべき最も重要な事になってくる。うすうす気づいてはいたがワン曰くログアウトはできないらしい。

 

「オネ、自称プロゲーマー的にはどう思う?僕たちのいるここは現実なのか、ゲームなのか」

 

「自称は余計。そうだね五感、特に味覚や嗅覚が働いてることからゲームの中とは考えにくいかな。今の地球の技術じゃまだその再現は無理だと思うし」

 

 ワンのログアウトできないという事実とオネの考察によりここがゲームの世界である可能性がくんっと下がった……いや、ゼロになったと言っても過言ではない。だがこれで大分可能性が絞られてきた。

 

「これでここがゲームの世界じゃないことはほぼ確定だな」

 

「でもよ兄貴、ここがゲームの世界じゃないとしたら俺たちは今現実の世界にいるってことになるんだぞ」

 

 そう、この六人は家にいて新作をプレイしようとゲームを起動した。それが気が付くとゲームの世界ではなく、まったく別の現実世界にいたとなるとここがどこなのかはもう確定する。

 

「兄さん、地球にこんなファンタジーな場所があるって可能性は?」

 

「あるわけ無いだろ、あったらとっくにゲーマーの聖地になってる。だから今は確定している事だけでこの世界を再認識する」

 

「お兄ちゃんもっと分かりやすく」

 

話しが超次元過ぎたのかイアは既にぽけぇ~っと思考停止しており、オネも頭爆発寸前といった表情だ。

 

「まず大前提として、この世界は言語からも分かる通り俺たちがいた地球では無い。しかもログアウトが出来ないという点からゲームの世界でもない。つまりここは全く新しい未知の世界ということになる。ここまでオッケー?」

 

「うん」

 

「大丈夫」

 

超絶分かりやすい説明により思考停止していたイアが復活し、オネもなるほどといった感じに何度も頷く。

 

「そしてここで使われている言語は地球にはない未知の言語、さらには人間以外の異種族も多数…………」

 

 超絶分かりやすいように言葉を選び現状世界認識を説明すると、それを聞いた他五人全員が同時に口を開く。

 

「なんか異世界みたい」

 

「異世界だっ」

 

「異世界か~」

 

「異世界来ちゃったかー」

 

「異世界かよ」

 

 ここまであからさまな世界だと全員の認識が一致するのも必然だろう。しかし今自分たちがどれだけヤバい状況にいるかという事が理解できていないのか、理解しているうえで興奮しているのか女性陣四人はどこか嬉しそうな表情をしている。

 

「アニメや漫画の世界だけだと思ってたんだけどな」

 

「諦めろ兄貴、もとより俺たちのいた地球じゃないことは確定してるんだ。ある意味異世界だろ」

 

「オニの言う通りだよ、それに異世界って認識の方が都合いいんじゃない?」

 

 ここが異世界なんて本当は信じたくはないがたしかにロクの言う通り、ここが異世界だとすれば言語が通じないのも納得できるし、そう考えた方が異種族や世界観、すべての辻褄が合う上に今後の対応もやりやすくなる。ただ一つだけ、ここを異世界と認識した場合それこそどうやって一同はここに来たのかが気になるところ。

 転生?転移(召喚)?仮にこの二つのどちらかでこの世界に来たというなら間違いなく後者、転移の方だろう。その理由としては異世界トラックに轢かれていなかったり転生神に合っていない、直前までゲームをしていたなど転生する時のお約束イベントが発生していなかったりそもそも転生する要素が少ないことがあげられるが、それ以前にもっと単純な理由がある。それはここにいる六人全員に限っては…………

 

『転生は絶対にありえない』




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおひさです。IZです。

流石にプロローグだけだとあれなので、チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼の章第1話も投稿です。
案の定異世界らしき場所に来てしまったARIA家は今後どんな異世界ライフを送ってくれるのか期待です。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第2節:異世界特有の問題点 の後書きでお会いしましょう。

ONEコンテナ


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蒼紅の章第2節:異世界特有の問題点

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


異世界に来てからまだ一時間くらいしか経っていないが、ここが異世界だという事実に対し若干…………いや、かなり後先不安になっている男性陣に対し女性陣はやたら楽しそうな雰囲気だ。

 

「異世界か~、魔法とかあるのかな~?」

 

「異世界グルメ食べたい!」

 

 割と絶望的な状況下に置かれているにもかかわらずいつも通りぽわぽわとした口調でのんきに本物の魔法を期待するイアと、バンっと急にテーブルを叩いて立ち上がったかと思うとこちらもいつも通り食い意地を張るオネ。二人ともファンタジー系の作品が大好きなので、本物の異世界に来れたことが相当うれしいのだろう。今回に限ってはこの二人の緊張感のなさが羨ましく思えてくる。

 

「はいはい、話まだ終わってないから一旦落ち着こうな~」

 

「オネもだぞ」

 

 このままだと二人で勝手にどこそこ動き回りそうな感じなので、イオオニが二人を後ろからハグするように拘束する。腕の中に納まってもまだ落ち着けないようでゆらゆらと左右に揺れながら「異世界っ魔法♪」「異世界っグルメ♪」と歌いだす。本当にこのまま何事も無く平和に事が進んでくれるといいのだが、どうせそう都合よくは行かないと思うので半分は諦め、もう半分は異世界に来たことにより主人公補正が身についているお約束展開の可能性に賭けてみる。

 呑気な二人は一旦放置して、残りの四人で現状抱えている問題点について話し合う。と言っても正直問題しかないので今回は細かいことやなんとかなりそうなことは避けて今すぐに解決しなければやらないことだけを題材とする。

 

「じゃあこっからは異世界前提ということで。イオ次はなに?言語?」

 

「そうだな、言語も早々に理解しないと不便だし周りからの視線も気になるよな…………」

 

 そう言って周りに目を向けると思った通り店内の視線がすべてこちらに集中している。日本語を話しているだけでこれ程注目を集めるあたり主人公補正で異世界言語を話せるようにはなっていないのだろう。イアが異世界語を習得しなければならないと考えるだけで胃に穴が空く思いだ。それ程までにイアの語学能力は低い。

 さらに未知の言語を話しているからなのか周りの連中はこちらを警戒して誰一人話しかけようとはして来ない。こちらから話しかけてもいいのだがどうせ言葉は通じない上にさらに警戒される可能性もある。なのでここはあえて周りを頼らず身内だけで話を続ける。

 

「似たような言語じゃなくて僕達ですら知らない完全未知の言語っていうのが厄介だよね」

 

「厄介と言うより普通に詰みゲーなんだよな」

 

「マジかよ…………」

 

「終わった、ガメオベラ確定」

 

「これが絶望ってやつか…………」

 

 詰みゲーと口にした瞬間イアオネ以外の三人はそれぞれが大袈裟なリアクションをして頭を抱えながら声にならない唸り声をあげる。そうなるのも無理はないが周りから変な奴らだと思われるからリアクションは極力抑えるよう注意する。

 

「みんな大丈夫?」

 

「まぁ確かに異世界語は大変だよね」

 

絶望三人組ほどではないがオネもようやく危機感を感じ始めてきたのか言葉に少し緊張感が含まれてきた。しかしイアに関してはここまで言ってまだ事の重大さが分かっていないのか未だに緊張感が感じられない。

 

「分かってないなぁイアは、イオの口から詰みってワードが出たんだよ?生命の危機と言っても過言じゃないよ」

 

「いや過言だろ俺をなんだと思ってやがる」

 

「兄さんでもお手上げなら僕達誰も対処できないもんね」

 

「マジもんの詰み」

 

「「「「………………。」」」」

 

 この中で一番頼りになる存在がお手上げと言っているのだ、奇跡が起きるのを願う他この状況から抜け出せる未来はないと誰もがそう思っている。相手が人間や異種族である以上こちらの星の言語も話し方も通じないだろうし本当に打つ手が無い。

 

「イオ、ジェスチャーとかで何とかならないかな?」

 

「限界があるだろ、でも異世界語覚えるまでの間は本当にジェスチャーしか無さそうだな」

 

 ロクの提案するジェスチャーは確かに1番コミュニケーションが取れる可能性を秘めている…………が、お金が無いやお腹がすいたなどの問題はまだ何とかなるかもしれないが、ここが何所なのか自分たちが何者なのかなどの一番知りたいこと、伝えたいことがジェスチャーで表すにはあまりにも複雑すぎる。

 

「じゃあ言語習得は必須ってことね」

 

口には出さなかったが明らかに面倒臭いと言った顔でロクはその場に突っ伏して大きなため息を着く。

 

「それも簡単にはいかないでしょ。言葉を教えてくれる人も教材も宛がない、そうでしょ兄さん」

 

ワンの言う通り、仮に異世界語を勉強しようとした場合異世界語から日本語に翻訳する必要がある。通訳も翻訳アプリもないこの状況では言語習得は一筋縄では行かないだろう。

 

「先生とかがイラスト付きで教えてくらるならワンチャンある気がするんだがな…………」

 

 いろんな方法でコミュニケーションをとろうと試みるも、どれも最低限の働きしかでき無さそうで現実的ではない。一応相手の言っていること、考えていることをある程度読み取る手段はあるにはあるのだが結局こちらの考えは伝えられないのであまり意味は無い。例えるなら相手が英語で話しかけてきて何言ってるかは大体理解できるけどそれに対する返答が出来ないと言った感じだ。

 

「独学だと時間もかかるしその間の衣食住をどうするかってのもあるしな…………兄貴、いっその事こっちの世界の住人との関わりを絶ってサバイバルで生きていくってのは?」

 

「それはもう最終手段だろ。見てみな、みんないろんな装備をしているだろ。モンスターが溢れてるであろうこの世界でイアオネにサバイバルは難しいだろ」

 

 サバイバルは本当の本当に最終手段、サバイバルしないと死んでしまうみたいな状況になるまでは絶対にやるわけにはいかない。どんなモンスターがいるのか、どれくらいの強さなのか、そもそも野生のモンスターや植物は食べられるのか?食べられるかどうかの判断はどうする?モンスターに襲われない安全地帯はあるのか?この世界についての知識が皆無ないじょうイアとオネをわざわざ危険な目に合わせるような真似はしない、たとえサバイバルになったとしてもこれだけは必須事項の項目。

 まさか異世界に来てまで言葉が通じない苦労を再び味わうことになるとは…………いや、これが本来の異世界の姿なのだろう。最初から何でも理解できている異世界転生主人公が特別なのであって言葉が通じないのは当たり前の事、世界の理、やはり主人公補正は偉大だった。

 

「とりあえず言語は後回しにするとして、それよりも今一番必要なのは金だな。サバイバルは絶対したくないからこれも必須だ。金があればとりあえず宿と食事が何とかなるから少し余裕も出てくるだろ」

 

「お金…………バトルで強奪」

 

「金持ってそうな人に掛け勝負を挑む」

 

「お前らちょっと黙ってろ」

 

悪い方向で稼ごうと提案するロクワンをすぐに制止する。ちょっと隙を見せればすぐにこれだ、昔からイアオネに悪影響が出る発言はやめろと言っているのに一向に言うことを聞いてくれない。ただ今だけはは平常運転の方が変に混乱してるより断然マシなので特別に一度だけ説教を免除してあげる。

 

「あっそうだ、イアとオネならエロ同人誌みたいな……」

 

「ロク、今度遊んであげようか?」

 

「俺も久しぶりにロク姉と遊びたいなぁ」

 

「冗談だって二人とも怖いなー、あとイオ痛い」

 

二度目はないぞとオニと一緒にロクを睨むとすぐに観念しお手上げだよと両手を小さくあげ苦笑いを浮かべる。どうせ今回も絶対に反省してないだろうから後で一緒にまとめてシバくとロクワンに『伝え』る。

 

「オネちゃん、エロ何とかってなに?」

 

「ええっっっとぉ…………イアお姉ちゃんにはまだ早い、かな…………」

 

エロ同人誌という存在を知らないイアはロクの言っている意味が分からず声のボリュームを下げずに隣のオネに意味を聞く。ここが日本語の通じる世界だったら変な空気になっていただろう。日本語が暗号として使える異世界は案外便利なのでは?と若干考えが傾きつつ、「イアは知らなくていい世界の言葉だから気にするな」と言いつつイアが瞬きを開始した瞬間オニにアイコンタクトを送りそれを受け取ったオニは両手でオネの目を覆い隠し一時的に視界を完全に遮断する。イアが瞬きで完全に目を閉じた瞬間とりあえずのお仕置きとしてロクのおでこにデコピン食らわす。

ズバシッ!!!と拳銃を発泡したかのような爆発音とバタンッ!と床にナニかが倒れる音が同時に店内に響き店内がざわつく。イアオネとイオの三人は突然の大きな音にビクンッと体をビクつかせた後「「えっ、えっ?……」」と何が起きたのか全く理解できずに周りで同じように混乱している異世界人たち同様店内をきょろきょろと見渡す。ロクも同じように何が起きたのか分からないと言った顔であたりを見渡すがよくよく見ると少し目に涙を浮かべている。

一方オニは店内を見渡すふりをした後頬杖をつきながら当然の結果だなと言った顔でロクに哀れみの目を向ける。ワンは「うわーあれは痛い」と地の底から響くような極小さな声で呟き両手で自分のおでこを抑えしかめっ面で縮こまる。

 

「っっっイオ……ちょっと来てっ…………」

 

結局先ほどの爆音の正体は明らかにならず店内が?で溢れかえってていると、苦しさを噛み殺したかのような声になっているロクに手を引かれ店の外へと連れ出される。

 

「どうしたロク、苦しそうだな」

 

「どっかのバカが場所も考え無しに全力ぶっぱ(マジデコピン)するかあだだだだだだっ」

 

心配している感じを装いロクのおでこを撫でてあげるとロクはペシッと撫でている手を払い除け不満を爆発させてきたので元凶がだれか思い知らせるべく真顔で両頬を抓って雑巾を絞るように限界まで捻じる。

 

「っ゛っ゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛イダイイダイイダイ、千切れる千切れるごめんなさい助けて」

 

「反省したか?」

 

「してるめっちゃしてる、だからもうやめて」

 

涙を流しながら嘘偽りなく本心から反省しているようだったので今回はこれくらいで許してあげる。拷問から解放されたロクはムニムニと指先で抓られ捻じりまわされた頬をマッサージする。ロクは言い分や納得いかないことがあれば遠慮なく言ってくるタイプなので一向に反撃して来ないという事は完全に自分が悪いと思っているのだろう。

 

「学習しないのか学習する気が無いのか」

 

「悪いとは思っている反省はしない」

 

「よーし第二ラウンドと行こうか」

 

「ワーロクチャンスゴークハンセイシテルー」

 

満面の笑みで二回追加攻撃(デコピン)の素振りをしてみせるとオデコを守るように両手で押さえバッと後方へ飛ぶと視線を逸らし片言で反省の意を示す。正直これ以上付き合っていても無限ループの未来しか見えないので「あっそ」と雑に対応して酒場の扉を開ける。

 

「待ってイオ、どこ行くの?」

 

「どこって戻るんだよ」

 

「何言ってるの今度は私が説教する番でしょ」

 

扉を開けようとドアノブにかけた手をガシッと鷲掴んで無理やり引き剥がしてくるロク、力任せの荒々しい行動とは裏腹にその顔には笑顔を浮かべていた。それに対してこちらも笑みを返す。

 

「ロク放せよ、中入れないじゃん」

 

「説教受けたら入れるよ」

 

「俺説教される覚えないんだが?」

 

「あのデコピンを見逃すわけないでしょ」

 

お互い笑顔で向かい合っているだけに見えるこの状況に通行人の数名がその場に立ち止まり固唾を飲む。ロクとの久しぶりの姉弟喧嘩を立ち止まって見ているその数名を一人一人記憶しながら一言いい終えるたびに一撃喰らわせてくるロクの攻撃をすべて受け流し、全員記憶し終えたところで言い訳タイムに突入する。

 

「バレてないからギリギリセーフだろ」

 

「バレなかったのは誰のおかげかな?」

 

「ロクがちゃんと一瞬で戻れるように計算して吹き飛ばした俺の技術のおかげだな。イオくん天才、イオくん神」

 

「イオのそういうところ嫌いじゃないけど、なにもあの場所でやる必要はないよね、あとででいいよね」

 

ドヤ顔で自分の神がかった技術のおかげと自慢するとロクの攻撃がピタリと止み、代わりにピタッと左手で指さすようにおでこに触れてくる。その顔に今までの作り笑いは無く真紅の瞳が宝石の如く輝きながらこちらを凝視している。これは冗談の通じない目、下手なことを言えば約半分の確率で死ぬマジでやばい状態のロク。一言一句慎重に言葉を選び揚げ足すら取らせてはいけない、例えるなら爆弾の処理。一つのミスが死へと直結する恐怖と緊張の時間。

 

「違うんだロク、あのタイミングでやったのにはちゃんと訳があるんだ」

 

「イアの事で気が付いたら手が出てた……とかだったらデコピンがグーパンになるからね」

 

「さすがロク、半分正解」

 

「えっ本当やったー。じゃあグーでいいよね」

 

真剣な顔が再び笑顔に溢れたかと思うと左拳の中にある空気を限界まで握り潰し胸部めがけてノーモーションかつ光速で打ち抜きその後同速で拳を繰り出す前の態勢に戻る。その一連の動きを光速でかわし同じように元の態勢へと体を戻す。普通の異世界人なら今の一連、ただただ知らない言語で会話しているようにしか見えなかっただろう。今の「半分正解」は冗談ではなく本当の事、ロクも長い付き合いなのでそれくらいは当然分かっている。だから今の一撃は今までと同じ何の小細工も無い純粋なストレート一発、八つ当たりだけで済んだ。

 

「ちゃんともう半分聞けよ」

 

「チッ、で?残りの半分は?」

 

再び笑顔が消え大きな舌打ちと刺すような鋭い眼光、失敗が許されないのはここから、はたしてこちらの考えを理解してもらえるか…………。

 

「この異世界のレベルを確認しようと思ってな」

 

「レベル?」

 

「そっ、この酒場にいる奴らって多分ほとんどが冒険者だろ、だからあの一連の出来事が見えたか見えないかで俺達との差がだいたい分かるんじゃね?って考えたわけだ、今こっちを見てる通行人みたいにな」

 

「…………それで?何人くらいいたの?」

 

早くもこちらの考えを理解してくれたのか殺意マシマシだった顔がいつものイアに似た可愛らしい顔に戻る。それによりとりあえず処刑は免れ少し緊張が和らぐ、これで地雷さえ踏まなければ最悪吹っ飛ばされるだけで済むので一安心…………と思いつつ大きなフラグを一本立てたことを自覚する。

 

「見た感じ全体の一割ってところかな」

 

「もしそれが本当ならこの世界かなりぶっ飛んでるね」

 

「だろ、だから一刻も早くイアとオネの安全を確保しないといけないんだよ」

 

そう言って再び酒場の扉を開けるべく手をかける。少し騒ぎにはなったがロクもちゃんと納得させることが出来た、結果としては上乗ではないだろうか。

 

──まぁすべての元凶は俺……じゃないなロクだな、俺は悪くない

 

「…………イオ」

 

「ん?まだなんかあグホア"ァ"ッ」

 

名前を呼ばれロクの方に振り向くと同時に腹部に衝撃と激痛が走りその場に膝をついて崩れ落ちる。おかしい、話にはちゃんと納得していたし一撃貰う要素はもう何もなかったはず…………あれか?変なフラグ建てたからか?しかも完全に油断していた挙句よりによってマジの一撃を打って来やがった。苦しさに悶えながらロクを見上げるとすべての元凶はスッキリ爽快大満足といった顔で実に楽しそうに笑っている。

 

「今回はこれでおあいこにしといてあげる」

 

「手加減ってものをよぉ……知らねーのか…………おまえはよ…………」

 

フラグ回収としての一撃と考えればまだ許容範囲だが、なにも本気で打ち込んで来る必要はないだろう、高密度のエネルギーが光速で腹部一点に激突するのだ仮にこれを人間が喰らっていたら風穴どころのレベルでは済まなかっただろう。

 

「パワーバランス的に私は手加減しない方がいいかなーって」

 

「そんな気遣いができるなら発言にも気を遣って欲しいんだが」

 

「善処します」

 

何とか動ける程度には回復し、あと引く痛みを表に出さないよう押し殺しながらロクに続いて酒場へ入る。

 

──さて、どう言い訳したものか

 

元の席へ戻ると雨で特にやることがない休日のような光景がそこにあった。よっぽど暇だったのか全身を脱力させその場で顔を横にしてテーブルに突っ伏し無機力状態になっているイアオネと倒れるどころか少しも揺れずに座ったまま寝ているオニ、周りを警戒しつつ頬杖をつきながらオニを見つめるワン。

 

「んにゃ?二人ともおかえり」

 

「おそかったね~何してたの?」

 

イオロクが帰ってきたことに気づいたイアオネはやっと帰ってきたと口を揃え二人同時に気だるそうにゆっくりと体を起こすとそろって大きな伸びをする。それと同時にオニも目を覚ましワンもオニから視線を逸らす。再度全員揃ったところで話し合いの続きに入る。お題は収入をどうするか。

 

「ファンタジー異世界での収入って言ったらやっぱりモンスター討伐とかか?」

 

「冒険者!!!」

 

 オニが異世界ファンタジーらしい最も理にかなった方法を提案すると、暇人モードでせっかくおとなしくなっていた自称プロゲーマーのオネが周りの目を一切気にせず反射的にバンッとテーブルを大きく叩き立ち上がると興奮した様子で大声を出すも「はいはい落ち着け~」と即オニの膝の上に拘束される。

 

「オネ、ちゃんと理解しろよ。ここは()()だ。モンスターもこの世界では()()なんだからな」

 

「…………うん、そう……だよね」

 

 オニの注意にあれだけ興奮していたオネが一瞬にしておとなしくなる。ファンタジー世界で本物のモンスターと戦えるとなればゲーマーとして腕が鳴るのは本能かもしれないが、それ以前に自分が何者であるかを見失ってはいけない。特にイアとオネ、この二人には強く自覚してもらわないといけない。

 

「モンスター討伐がダメとなると相当ヤバいね、言葉通じないんじゃ接客業もできないわけだし」

 

「ロク、悲しくなってくるからそういうのやめて」

 

 まだデコピンの事を根に持っているのかこちらの気も知らずにロクがモチベーションの下がる追い打ちを仕掛けてくる、いや、こちらの気を知っているからこそなのかもしれない。しかも滅多に見れないイオの困り顔が見れて楽しいのか数分置きに核心をついた追い打ちでメンタルを削ってきてはそれを見て楽しんでくる。質が悪いように見えるが、最終的にはこっちが慣れるか向こうが飽きるかの二択なので好きに言わせておき、真面目に収入源について話し合う。

 

「…………やっぱり、日本語だ」

 

「「「「「「!?!?!?!?!?!?」」」」」」




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章第2話も無事投稿で来ました。
異世界に来て早々異世界特有の問題にぶつかってしまい有効な対策が立てれないでいるARIA家。そんな時、何者かが六人に接触を試みる。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第3節:転生者 の後書きでお会いしましょう。

僕らのヒーロー


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蒼紅の章第3節:転生者

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 店内から聞き慣れた言語が聞こえ、六人全員が声のした方へと振り向く。そこにいたのは一人の少年。どっかの世界で主人公してそうな見た目と存在感。そしてロクと外で喧嘩してたときにこちらを見ていた通行人の一人、普通の人間じゃないという事だけは分かっている。

 

「…………あなたは、俺たちの言葉が分かるのか?」

 

「僕はジル、ジル・ギ・ラウリューモ。元日本人の転生者さ」

 

 こちらの日本語を理解し同じ日本語で返答してくる。どうやら元日本人というのは本当らしい、となれば転生者というのも本当の事だろう。この主人公オーラに加え異世界転生者、もうこの時点でお約束の予感しかしない。

 

「俺はイオ、そしてこっちから順番にイア、ロク、ワン、オネ、オニ」

 

 突然のことに思考が停止してしまったのかポカーンと口を開けたままフリーズしているイアとオネを一旦放置して、ARIA家六人の名前だけ紹介する。それが終わるとちょうどイアがフリーズ状態から戻ってきて少し周りをきょろきょろした後目の前ジルと対面する。

 しかしここでイアが予想外の行動をとる。なんとジルを認識した瞬間サッと逃げるようにイオの後ろに隠れたのだ。イアは別に人見知りというわけではない、語彙力は乏しいが、そのぽわぽわとしたマイペースな性格で初対面でも周囲ごと自分の世界に連れていってしまうくらいにはコミュニケーション能力はある。そんなイアが会話するどころか自分から接触を避けた。服を力強く握るその手はかすかに震えており表情からも余裕が感じられない。それによりイアといまだにフリーズしたままのオネ以外の四人全員が表には出さないが同じ仮説を立てる。

 

「すみません、イアはかなり人見知りなところがあって慣れるまで少し時間がかかるんですよ」

 

「あっそうなんですか、なんなか……すみません」

 

「いえ、ちょっと落ち着かせてきますね。ロクちょっと代わりに話聞いてて」

 

「りょーかーい」

 

 ジルの事をロクたちに任せイオはイアを連れ一旦酒場を出る。

 外に出るとこの世界に来た時に最初にいた宿舎前の噴水の広場まで歩く。気づけばもう日が沈む時間帯で刻々と色を濃くしていく夕焼けが優しく二人を照らす。酒場から離れるにつれイアも徐々に落ち着いていき噴水の広場に来る頃にはまだ表情は暗いものの震えは収まっていた。イアを噴水の淵に座らせ何度か大きく深呼吸させた後に本題に入る。

 

「イア、イエスかノーで答えてくれればいい。()()()()()()()

 

 こちらの質問にイアは小さく頷く。イアには他の五人が持っていない力がいくつかある。その中の一つが【魂を見る力】。魂は生きとし生けるものすべてに備わっており神だろうと悪魔だろうと例外は無い。そして魂は別名心とも呼ばれ持ち主の心情により多彩に変化するという。イアは魂を光のオーラと例えていて正の感情に満たされている時は美しく輝き、逆に負の感情に飲み込まれている時は禍々しい漆黒に塗りつぶされるとのこと。つまり黒かったということはジルの魂が負に飲まれ漆黒に染まっていたという事、この状態をARIA間では「不調和に呑まれている」と表現する。イアに不安を抱かせてしまったこととこういう事態を想定しなかった自分の詰めの甘さに反吐が出る。地球で平和ボケしてしまった自分への罰として、後でロクにぶん殴ってもらおうと決めイアの頭に手を置くと思いっきりわしゃわしゃと撫でまわす。

 

「あ?えっ?ふぇ?なに、なに?」

 

 突然のイオの行動になにがなんだかさっぱりと戸惑うイアを無視しさらに激しく撫でまわす。

 

「イオ?やめ……や、や、やめt……ストッ……ね、聞いt……うぅ…………もぉイオっ!!!」

 

 一分ほどわしゃわしゃしたところでようやく手を止める。イアの髪は当然のようにボサボサになっておりイア自身も頬を膨らませしかめっ面でこちらを睨んでくる。しかしそんなことはお構いなしに今度はそのパンパンに膨れた両頬に指をさして中の空気を一気に噴出させる。

 

「ブフッ!…………むぅ、さっきからなんなの」

 

 訳の分からない奇行ばかりやってくるイオに対し流石のイアもご立腹の様子。正直イオ自身もなぜこんなことをやったのか分からない、気づいたら無意識にやっていて止められなくなっていた。本能的にそうしたのかそれとも特に意味のない行動だったのか、本人ですら分かっていない奇行は謎のまま保留となり記憶の片隅へと追いやられる。理不尽な扱いを受けたイアはボサボサになった髪を手櫛で整えながらツンツンとつま先で脛を軽く蹴ってくる。そんなイアの弱攻撃を無視してイオは今後について考える。

 イアの態度で確信した、ジルはARIA家にとっては敵側に分類される存在だ。しかしそうなってくると新たな問題が発生してしまう。イアが有無を言わさず逃げ出す程不調和に飲まれているジルとこれ以上行動を共にするわけにはいかないが、そうするとせっかくの異世界語習得のチャンスが潰えてしまう。いつもならイアの安全が最優先なので早々に別れを告げる一択なのだが次いつ日本語を理解できる人に会えるか分からない以上このチャンスは無駄にしたくない。この世界に来てから本当に悩んでばっかりな気がする。ただイアオネの安全を確保するだけなら何の問題も無い、というよりイアオネの安全は他四人が揃っている時点で完璧に守られている。それならジルにこの世界についていろいろ教えてもらうルート一択即決だ。問題なのは守れるかどうかではなく、もし敵対した場合守るためにする行いをいかにバレずに実行するか。二人を守るためとはいえその手段をイアとオネは絶対に許してくれないだろう。だから絶対にバレてはいけない。そもそもジルを敵として認識したがなにも今すぐ敵対すると決まったわけではない、言ってしまえば異世界語習得まで敵対せずに穏便に済ませればいいのだ、とても簡単な話じゃないか。

 

 ──異世界語は誰か一人でもマスターすればいいんだから、俺自身が最短で覚えてしまえばいい

 

「イア」

 

「…………なんですか」

 

 口調はまだ不機嫌そうだがつま先キックはやでめくれる。

 

「俺たちは今からジルに異世界語を教えてもらう」

 

「えっ…………なに、言ってるの…………」

 

 こちらの判断に驚愕しなんでそうなるの?とこちらを警戒するように身体を少し引いて距離をとる。無理もない、地球にいた時からずっとイアの安全を第一に考えて行動していたイオが自分から危険地帯に踏み込むと宣言したのだ、警戒されるのは必然。しかしここで食い下がる訳には行かない。

 

「ジルがどれだけヤバいかは分かってるつもりだ。あんな奴と毎日顔を合わせるのは不安だろうが、異世界語を学ぶチャンスを逃す訳にはいかない」

 

「うん……そうだよね、日本語が分かる人に次いつ会えるか分からないもんね…………」

 

 イア自身こちらの考えに全く共感できないという訳では無く、あくまで目的に対するリスクが高すぎることに躊躇している様子だ。

 

「だから約束する。一ヶ月、一ヶ月で俺が全部覚える。だからそれまで何とか我慢してくれ」

 

「………………」

 

 勉強の期間は最長でも一ヶ月、それ以上はイアが耐えられる保証がない。だから異世界語を一ヶ月でゼロから全部覚えることを約束する。もちろんその間イアとオネへの接触は必要最低限に抑えなければいけないし、もし敵対するようなことがあれば勉強は即中断し二人に気付かれないようにジルは排除する必要がある。果たしてイアはこの条件を飲んでくれるだろうか。

 

「分かった、いいよ」

 

「いいのか?」

 

 今回ばかりはさすがのイアでも無理と言ってくると思ったのだが返答はまさかのオーケー。その表情からはもう恐怖は感じず、穏やかだが覚悟を決めた目でこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

 

「だってイオだから、信じるよ」

 

 恥ずかしげもなく面と向かって信じると言ってくるものだから少し照れくさくなり、思わずにやけてしまった口元を手で隠し目を逸らす。こういう時のイアの励ましや鼓舞は何よりも力なる、こちらの無茶ぶりに成功を信じて付き合ってくれたのだ絶対に失敗する訳にはいかない、覚悟を決めた合図としてパンッと一回手を叩く。最後に変に同様されても困るのでこのことは他の四人には内緒にして二人だけの秘密にすることを約束させる。

 

「りょ〜かいです」

 

「ありがとなイア」

 

「うん、頑張ってね」

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 酒場に戻ると未だに思考停止してフリーズしたままのオネを現実に呼び戻そうと目の前で手を振ってみたり、ぺちぺちと頬を叩いて刺激を与えてみたりと試行錯誤しているロク・ワン・オニの三人とそれを手伝うジルの姿があった。まさかまだ固まったままだとは思っていなかったのでそれを見た瞬間思わず「嘘だろ」と無意識に声が漏れる。

 

「………………。」

 

 しかしイアはやはり悲しそうな顔でジルを見ている。最初イアから聞いた時は微かではあるが見間違いであってくれたらなぁ……という淡い願いを持っていたのだがこれで完全に受け入れなければならなくなった。イアは基本顔に出やすいのでこちらが本性に気づいていると悟られないようにする必要がある。いつものようにぽわぽわとしていれば少しは欺けると思うがそんな余裕ができるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

「イア、無理すんなよ」

 

「うん…………」

 

 イアは大きく深く深呼吸をしてからみんなのいるテーブルへと向かう。イオもイアへの心配をポーカーフェイスで隠し続く。

 

「あっ、おかえりー。イア大丈夫?」

 

「うん、もう大丈夫。…………やっぱり無理」

 

 ロクとは今まで通り問題なく話すががやはりジルはトラウマになってしまったのか目が合うとサッとイオの背後に隠れてしまう。本能的に避けているのだがこれはこれで自然な人見知り感満載という感じで上手く欺けてそうなのでイアには我慢してもらい当面の間はこの素でビビっているのを利用させてもらう。

 

「もしかして俺、嫌われちゃいましたかね」

 

「慣れて来るまではそっとしておいてあげてください。無理に近づこうとすると逆効果なので」

 

「あぁそうですね、分かりましたそうします」

 

 ジル本人もイアが本当に人見知りだと思ってくれているようで残念そうな顔をしてこちらの要求に従う。魂がドス黒いと事前にわかっていなければこの顔を半分は信じてしまっていただろう。ジルがどういった反応をするかは賭けだったが、変にこちらを怪しむ様子はなくイアの人見知り(嘘)に対してもグイグイ攻めてくるタイプじゃなかったおかげで結果的にジルとの接触は必要最低限に抑えられそうだ。まずは第一関門を突破したことに心の中で安堵する。

 

「それよりジルさん、いろいろ質問したい事があるんですけどいいですか?」

 

 イアの方は何とかなりそうなので本題へ移る。敵側とはいえ今は日本語が話せる貴重な人材、いつこちらの嘘に気づくかも分からないので聞き出せるうちに少しでも多くの情報を教えてもらう必要がある。思わず少し食い気味になったこちらの要望にこれまた魂の色とは似つかない柔らかな微笑みで「いいですよ」と快く答えてくれる。

 

「はっ、え?日本語?」

 

「おっ、おかえり。速度制限でも来てた?」

 

「サーバーダウンしなかったのは偉いね」

 

「その反応に困るボケはやめてって言ってるでしょ」

 

 ここでようやく我に返ったばかりのオネに容赦なく弄りを加え追撃するロクワン。普通のボケじゃつまらないと主張する二人にツッコんで欲しかったらいい加減普通のボケを覚えてと面倒くさそうに正論をぶつけると二人の弄りから逃れるようにオニを盾にするオネ。

 

「ロク、ワン話進まないから一旦落ち着いてくれ」

 

 隙を見つけてはわちゃわちゃしようとするロクワンを制止し全員を一度着席させてようやく本題に入る。六人が一斉に質問すると混乱しそうなので、一番頭の処理速度が早いイオが代表して質問する。この世界のこと、言語や文化、種族ごとの暮らし、魔法などは存在するのかなどジルが知ってることは全部話してもらった。話を聞いて分かったことは…………。

 

 1.ここがモンスターやダンジョンが蔓延る本物の異世界だということ。

 2.ジルはもとは日本人の高校生でトラックに轢かれて死んだ後神様によって死んだ時の年齢でこの世界に転生してもらったということ。

 3.転生時にチート能力を与えられたこと。

 4.今は冒険者として旅をしながらいろんなダンジョンを攻略して回ってること。

 5.言語は文化は地球同様国や地域によって異なっていること。

 6.魔法も魔術も存在すること。

 

 基本的にはよくある異世界の設定と酷使して理解に苦労はしなかった。強いて言えば言語が複数存在することがとてつもなく面倒臭いという事くらいだろうか。ついでにジルがこの世界のモンスターの詳細について話そうとしたがイアやオネに聞かれると厄介な内容が含まれる可能性があるのでそういう系の話はあとで聞くと言って遮る。

 

「アニメみたい」

 

「漫画かよ」

 

「ラノベじゃん」

 

 ジルのザ・異世界転生物語にイア・ロク・ワンの三人は感想を一言で口々につぶやく。一方こういったファンタジー系の話がARIA家で一番好きなオネは目を輝かせ憧れの世界に感動しているのか微動だにしない。オニは何か引っかかる点があったのか時折少し考える素振りを見せるも特に何か質問する様子はなく飽きてきたのかテーブルに突っ伏しそのまま寝てしまう。ジルからある程度話を聞いた後、こちらも自分たちの現状を教えてもいい範囲で伝える。

 

 1.ゲームをプレイしようとして気づいたらこの世界にいたこと。

 2.自分たちの知る限りではジルのように転生はしてないし、チート能力も貰ってないということ。

 3.初日から収入や言語などすべてが絶望的な事。

 

「確かに、言葉が分からないのは不便だね」

 

「ジルさんは言葉は最初から理解できてたんですか?」

 

「うん、俺は普通に理解できたね」

 

 ジル曰く転生する時に神様が言葉は習得した状態で転生させるとか何とか言ってたらしい…………とのことなので、恐らく脳が自動で習得するようにしてもらったのだろう。自分たちとジルと違いから何か見つかるかもしれないと考えると、ひとつ自分たちが言語を理解できてない原因の可能性を思いつく。

 

「…………もしかして、転生()()()()()()()()()かの違いなのか?」

 

 イオの仮説に全くついてこれていないようでジル含め五人全員が首を捻ってはてなマークを大量に頭上にうかべている。そんなに難しいこと言ったか?と先ほどの発言を思い返してみるが何も難しいことは言っていない。イアオネはまだしもロクワンが理解出来ていないのは予想外、これくらいは頭回って欲しいんだがと思いながらやや大袈裟にやれやれとため息をついて二人を挑発する。声には出せないので口パクで「ふぁ○きゅー」と連呼してくる二人を無視し、さっきの転生してるかしてないかの違いについて自分たちとジルを比較しながら分かりやす〜〜〜く説明する。

 

「まず大前提として転生ということは地球人から異世界人として存在が切り替わったということ。そしてジルさんは転生する際、()()()()ではなく、成長した()()姿()で転生するパターンだった。その際神様が言葉は習得した状態で転生させるって言ってたらしいからそれを踏まえて考えるとおそらく言語をすべて覚えた状態で脳が創られたか、言語自体は覚えていないけど脳が自動的に翻訳して口が自動で発音している。このどっちかが有力だろ、どちらにしても神様のおかげと考えれば最初から異世界の文字や言葉が理解できるのも十分納得できる」

 

「なるほど…………イオさんたちは転生してないからそういう便利な脳をもらえなかったってことか。良く思いつくね」

 

 イオの仮説を聞いてARIA家のみんなは、なるほど、流石と納得し、ジルはイオの発想力の豊かさにこの人の思考回路どうなってるんだろうと感心する。たしかにARIA家メンバーはこっちに来る際誰一人として神様らしき存在には合っていないし声すら聴いていない。ジルが神様から言語は習得済みと聞いていることからだいたいこの説で合っているだろう、しかしこれはジルが嘘をついていない前提での話なのでほぼ百パーセントのこの説も実際には五十パーセントということになる。本当のことを言っているかどうかは後でイアに確認するとして今度は異世界語について頼みごとをしようとするとオネが割って入るように口を開く。

 

「異世界転生モノの作品を読んでると、なんで主人公は異世界の言語が最初から分かるんだろうっていつも思ってたんだよね。これが真実か」

 

「あぁ、確かに。言われてみればほとんどの作品がそうだよね」

 

「でもいざこうして異世界に飛ばされると、あんなご都合展開でも羨ましく思えるんだよね」

 

「そうだよね、現にこうして困ってるもんね」

 

 オネの話にロクワンが加わるとあっという間に雑談タイムに突入する。確かにご都合主義にはいろいろツッコミどころが多いし結構な頻度でバカにしてきたが、いざ転生してみるとそういった主人公補正は凄く欲しくなる。異世界に転生する時に欲しい能力第四位くらいにご都合展開と答えるくらいには欲しい能力だ。もしかして言語が分からない原因は転生・転移うんぬんではなく、ご都合展開を嘲笑っていたバツなのではないだろうか…………なんて冗談を考えながらジルに話を戻す。

 

「でも本当に驚きましたよ、まさか異世界で元日本人に会えるなんて」

 

「俺も、こっちの世界で日本語を話せる人に会ったのは初めてだよ」

 

 ──…………あぁもしかしてジルさんに会えたのが俺たちのご都合展開ってことか

 

 そう、この状況あまりにも都合が良すぎる。突然飛ばされたこの未知の世界でこんなにも早くピンポイントで生前の地球での記憶を持った転生者に出会ってしまった。これを完璧なご都合展開と言わずなんという。これで中身がまともだったら文句なしだったのだが、ご都合展開の帳尻合わせなのかハズレどころか最悪を引き当てる。あまり長話になるとイアが可哀想なのでとっとと用を済ませる。

 

「ジルさんもしよかったら、俺たちにこの世界の言語を教えてくれませんか?」

 

「うん、いいよ」

 

「えっいいんですか?そんなあっさり???」

 

 ジルは旅をしていると言っていたので半分断られること前提で頼んでみたが、いともあっさりオーケーを出してくれたので少し驚く。

 

「どうせしばらくはこの街に滞在するつもりだったし、一人旅は時間を気にせず自分の好きなように行動できるのが醍醐味だから」

 

 旅はしているが行先でどれくらい滞在するかはその時の気分次第とのこと。しかし、こちらとしては一刻も早く別れたいので早々に旅立ってくれた方が助かる。

 

「なるべく早く習得できるよう努力しますね」

 

 そんなこんなで不安要素はいっぱいだがジルがこの世界の言語を教えてくれることになった。言語問題が解決したところで今度はお金、収入源の話になる。

 

「そう言えばお金ないんでしたよね……?」

 

「見事に全員無一文です」

 

「ある程度溜まるまで俺が払いましょうか?お金は沢山ありますし」

 

 これまであらゆる地域を旅して出現しているいろんなクエストを攻略してがっぽり稼いでいるから全く問題ないと言うジルに小声で「その件は夜まで保留でいいですか」とイアとオネに聞こえないよう耳打ちする。

 

「何か事情でもあったり?」

 

「ええ、かなり厄介な事情がひとつ」

 

「イオ、なに話してるの?」

 

「なになに?なんの話?」

 

 こちらのひそひそ話が気になるイアオネが当然のように食い付いてくる。厄介な事情とはイアオネ絡みの事なので二人がいる場所ではとても話せない。チラッとロクワンにアイコンタクトを送るとそれを察したロクワンは了解と目で答え「はいはい後でねー」とイアオネそれぞれの腰に手を回し引き剥がすように自分たちの膝元へ持っていく。

 

「……ジルさん、語学学習って今からできたりします?」

 

「今日やる分のクエストはもう全部終わったから大丈夫ですよ。今すぐ始めるなら二階に会議室があるのでそこでやりますか?」

 

「じゃあ早速お願いします」

 

「みなさんもそれでいいですか?」

 

 ジルが女性陣四人に確認するとイアは相変わらずイオの腕にしがみついたままこくこくと小さく頷き他の三人もみんなそれでいいと承認する。異世界に来て最初のイベントがリスクの高い語学学習になったのははっきり言って想定外だが、言葉が通じない不便さは全員知っているので、いつの間にか起きていためんどくさがり屋のオニですら積極的に参加する。

 ジルに案内され酒場の二階へ行くとギルド用の会議室がいくつかありそのうちの一部屋に入る。両開きの扉を開けると中は学校の教室二つ分程の大きさで、中央に木製の楕円テーブルとそれを囲むように背もたれ付きのイスが二、三十個ほどならべてある。扉のある後方の壁を除き正面と左右には黒板のような板が埋め込んであり壁に刺さっている棒のような魔道具で板をなぞると文字を書くことができるらしい。扉の上には魔術で動く時計が設置してあり秒針はこの世界の自転とリンクしていてコンマ一秒のズレも起きないという。さすがは異世界、すべてが規格外すぎる。オネとロクワンの三人は早速黒板に自分達のデフォ絵を描いて遊んでいる。変にやる気だったオニは部屋に入った瞬間やる気が失われたのか気だるそうに「授業始まったら起こして」とふらふらとした足取りで席に着くとテーブルに突っ伏し寝息をたて始めたので十秒ほど経ってからぺちぺちと頭を叩いて起こす。

 

 全員が席に着いてオニが起きたところでジルは授業を開始する。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はお久しぶりです。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章第3節も無事投稿で来ました。
第一村人はまさかの地球からの転生者(ヤベー奴)。心の中真っ黒ボーイと一か月毎日会わないといけないとは地獄ですね。
それにしてもイオくんは異世界語をたった一ヶ月でゼロからすべて覚えると宣言してましたね、天才過ぎでは?

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第4節:秘密 の後書きでお会いしましょう。

てゅらら


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蒼紅の章第4節:秘密

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 この世界の人間の言語は国や地域によって違うが共通語はコテモルン語・コテモルン文字と呼ばれており、地域によって微妙に異なる部分もあるが、基本的にはどこに行っても通じる地球で言うところの英語のような言語らしい。そして異種族にも種族ごとに言語があるらしく、他種族と話したい場合はその種族の言語も覚える必要があるらしい。もちろん相手がコテモルン言語を話せる場合は例外。

 単語の文字列や発音の仕組みは日本語に酷使しており、母音で終わる開音節言語の性格が強く、音韻は子音+母音の音節を基本とし英語と違い文字数と発音数が同じだったりBとV、LとRといっためんどくさい発音の違いもそこまで重要にはなってこない。しかも全く同じ発音で複数の意味を持つ言葉は無く読み方が一緒でもアクセントやイントネーション一つで全く違う意味の言葉になったりもするらしい。ゆえに表記体系は漢字に該当する文字は無く文字の変換という概念も無いためある意味文字・発音・意味が一致しやすい言語だ。

 文も基本は主語・修飾語・述語の語順で構成されるSOV型だが親しい仲になってくると伝わればいいという考えになる人が多いらしく文法は基本さえできていれば不便はないらしい。

 

「とりあえず簡単に特徴をまとめたけどここまでで分からないところはある?」

 

 正面の黒板にコテモルン文字の五十音とその発音を日本語で書き、左右の黒板には文法や例文が日本語訳で丁寧にびっしりと書かれている。ここまでの講義でイアオネは序盤で頭がパンクする平常運転、ロクワンはまだまだ余裕といった表情、オニは退屈そうに欠伸を噛み殺している。思った通りイアオネ以外は心配しなくてもよさそうだ。

 

「イオさん、ペース下げた方がいいですかね?」

 

「いや、あの二人に合わせてたらマスターまでに何十年もかかるからそのまま置いて行っていいですよ。むしろペースは俺に合わせてください」

 

 口を開け斜め上を見上げたまま微動だにしないイアオネを心配しジルが訪ねてくるがイアオネは言語を覚えるのが苦手だ。特にイアは日本に十年近く住んでいるというのに未だに語彙力は皆無だ。そんな二人に合わせていたらイアへの負担がますます大きくなってしまう。だから今回は遅い奴は置き去りにし早い方に合わせるスタイルで行かなければならない、ゆえに時間の無駄遣いである小休憩は一切取らない。とりあえずまずは日本語で言うところの五十音と濁音をさっさと覚え、今日で片言レベルで話せるくらいにはなりたいと考えるイオ。

 

「確かに俺の旅が数十年もここでストップするのは嫌ですけどイオくんのペースに合わせるのは流石に…………」

 

「いいですよ」

 

「問題なし」

 

「お好きにどうぞ」

 

 イオの自己中心的な発言に戸惑いチラッとギリギリついて来れている三人に目を向けると全員イオの意見に賛成する。誰一人として反対しないこの状況にジルは戸惑いを通り越してかなり引いている様子だった。結局思考停止しているイアオネ以外の三人の許可が出たことにより授業ペースはイオ基準になり先ほどの倍のペースで授業は進んで行き、陽が落ちる頃には異世界五十音と発音は完璧に仕上がっていた。

 

 ──そろそろオネのアレがくる頃だろ

 

 

 『くきゅ~~~…………』

 

 

「…………お腹すいた~」

 

 はい来ました。オネの正確な腹時計。お腹がすいている時に限りそれぞれ朝の七時、昼十二時、夜七時、寸分狂わず毎日同じ時間に鳴り本人は決まって「お腹すいた~」と呟く。一応羞恥心はあるらしいが本人曰く「恥ずかしがってる暇があるならお腹を満たしたい」とのこと。

 

「兄貴そろそろ飯にしようぜ…………と言っても金ないけど」

 

 途中から居眠りしていたオニがオネの空腹と同時に目を覚ます。今日はまだ全然寝ていないせいか目はほとんど空いておらずバランス感覚もズタボロだ。しかし自分で動けているということはまだ眠気は限界に達していないらしい。

 

「そうですね、きりもいいですし今日の授業はここまでにしましょうか。夕食は俺が奢りますよ」

 

 今日の授業が終了しみんな初めての異世界グルメに期待に胸を躍らせ何を食べようか話しながら一階へ降りていく。おそらくイアオネは地球で食べたことのないメニューを中心に頼むだろうから調子に乗って頼み過ぎて食いきれないなんてことにならないよう注意する必要がありそうだ。

 

「あっ、ジルさんちょっといいですか?」

 

 みんなと一緒に一階へ降りようとするジルを呼び止め部屋に二人きりの状況で少し話す。

 

「今回の件本当にありがとうジルさん。いや、ジル先生」

 

「先生はやめてください恥ずかしい。それにしてもイオくんは凄い学習スピードですね。正直驚きました」

 

「地球にいたころはいろんな国に行ってましたから、言葉を覚えるのは結構慣れてるですよ」

 

「そういうことですか。でもあれですね、姉弟でも勉強の個人差は大きいんですね」

 

 聞き取れると喋れるは全くの別物でイアはリスニングは得意だがリーディングが大の苦手で特にイアは地球で一番長く使っている日本語ですら長文が喋れないうえに意味を間違えて使っていることもしばしば。

オネはイア程ではないがまともに喋れるようになるまでは少し時間がかかる、しかし日本語もイアより上手くスペックは完全に上だ。

ロクワンは可もなく不可もなくといった感じで大抵の言語は検定上級者並には喋れる、問題があるとすれば他人を挑発したり見下すような言葉を中心に覚えようとすることくらいか。

イオとオニはARIA家の中でもダントツで覚えるのが早い、オニは二回、イオに関しては一回で完璧にマスターしてしまうくらいバケモノじみている。なので初めて覚える言語はまず最初にイオオニが覚えてから他四人に教えるというのがいつものパターン。

 

「今回の授業料と夕食代は今夜にでもすぐに返しますよ」

 

「えっでも一文無しなんですよね? そんなすぐにじゃなくてもいいですよ、言語覚え終わってからでも」

 

「いや大丈夫ですよ、今晩クエスト行って稼いできますから」

 

「…………そう……です、か?」

 

「詳しくはイアとオネが寝てから話します。二人とも結構披露してると思うので多分食べ終わったらすぐに寝ちゃう思いますし」

 

「!?」

 

 一瞬声のトーンが下がり昼間とは少し違う雰囲気を放ったイオに背筋に寒気が走るジル。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっいえ、何でもないです」

 

 殺意を放つ鋭い目つきを向けられた気がしたジルがこちらを凝視してくるが頭がパンクした時のイア並みにきょとんとした顔を向けると気のせいだったかな? と頭を掻いてスルーする。

 

「お兄ちゃ~ん、ジルさ~ん早く~」

 

 なかなか降りてこないイオとジルをオネが呼びに来る。おそらく今のオネの脳内には異世界グルメを食べることしかないのだろう。今さっきまで勉強していたことを忘れていないか心配になるイオであった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 夕食を食べ終わり満腹になるとイオの言う通りイアとオネはぐっすり寝てしまう。完全に眠ったことを確認し会議室に全員を集合させる。イアオネを部屋の隅の壁にもたれかかるように寝かせ、一階で借りてきた毛布をかぶせる。

 

「じゃあ終わったら起こして」

 

 相変わらず眠たそうなオニは興味ないといった感じに大きな欠伸をしてオネの横に並んで一緒に寝てしまう。

 

「それじゃあ、さっそく要件を聞こうか」

 

「その前に約束してくれませんか。俺たちが今から言うことやこれから起こることに関しては絶対にイアとオネに喋らない事、勘づかれない事、この二つを守って欲しい」

 

 イオの警告と同時に会議室内の空気が一気に凍り付く。イオもロクもワンもイアオネが起きてる時は穏やかで優しげな雰囲気だったのに今はまるで真逆。まるで一流の殺し屋。冷酷・無慈悲・感情を持たない機械・漆黒の闇、これが三人の本当の顔なのかとジルは思い唾を飲み込む。

 

「…………わかった」

 

 ジルが了解するとほんの少しではあるが凍てついた空気が和らぐ。ほんの少しとはいえこの場の緊張感に今にも押しつぶされそうだったジルにとっては十分すぎるほどの和らぎであった。

 

「まず今夜から毎日、二人が寝たらロクとワンにはクエストに行ってもらう。もちろんお金を稼ぐ意味でな。その際ジルさんにはクエスト受付時の通訳を頼みたい」

 

「…………それだけ? それがイアちゃんとオネちゃんに聞かれたらマズい事?」

 

 押しつぶされる寸前だった緊張感の正体がまさかの通訳。たったそれだけであれほど緊迫した空気になるものなのか? と思っていたジルだったが、三人の緊張感の正体は全然違うところにあった。

 

「そっ、訳あってあの二人にはクエストに行ってることを知られる訳にはいかなくてね。言語を理解できるようになるまではクエストくらいしか稼ぐ方法が無さそうだから、二人が寝ている間にこっそり稼ごうかなって」

 

「なんでダメなのか聞いてm…………」

 

 あえてサラッととても気になる発言をするとジルが反射的に追求してくる。理由を聞こうとしてきたジルだったが瞬間三人の目のハイライトが消えたのを見て言葉に詰まる。こんな意味深な発言を詳しく知りたいと思うのも無理はない、だが全く信用できない相手に喋れるような内容ではない、それに教えたところでどうせ理解できないだろうから喋るだけ無駄。そんなことより夜の行動の理由については絶対に踏み入ってはいけない領域だと思わせ、口留めだけで安心せず本能的に喋ってはいけないと思わせる必要がある。ジルも分かってくれたのかこれ以上は深く追及はせず、クエストで稼ぐ方に焦点を合わせる。

 

「あぁ……えっと、通訳だけでいいんですか? みんなこの世界には今日来たばかりでしょ、いきなりモンスターと戦うのはちょっと無謀だと思うんですが、何なら同行しますけど?」

 

 こっちの世界でいろんなクエストやダンジョンに挑戦し、沢山のモンスターと戦ってきたジルはそうとう経験も溜まっている、そのジルが同行を希望するほどこの世界のモンスターは強いということなのだろう。どうせジルはこの世界に来たその日にチート能力も与えられていない人間がモンスターと戦うのは危険だと思っているのだろう。イアオネならまだしもロクワンにそんな心配は無用、どれだけこの世界のモンスターが強かろうと()()なんてことは無いだろうが一応確認しておく。

 

「っと、言ってますが?」

 

「邪魔にしかならないと思う」

 

「足手まといはいらない」

 

「…………おまえらな」

 

「あはは、二人とも凄い自信だね」

 

 ロクワンの平常煽り運転に無神経すぎると呆れるイオとその自信はどこから来るんだ? と内心ツッコむジル。言っていることは一応正しいが何故そういちいち挑発する必要があるのか……確かにジルは敵だがオブラートには包んで欲しいものだ。特にワンのそれは初対面じゃなくても言ってはいけないワードだ。今の発言でジルからの一方的な信頼関係が無くなったかもしれない。もしそうなってしまったら授業はもうしてくれなくなるうえに言語問題の解決法をまた一から考え直さなくてはならない、それだけは絶対に阻止しなければならない。そう思ったイオはジルの気が変わらないよう珍しく必死にフォローする。

 

「ホンッッットごめん! あの二人基本ソロプレイヤーだから認めてない奴にはみんな煽り態度なんだ、マジでごめん!」

 

「あぁそういうタイプなんだ……大丈夫大丈夫、冒険者にはそういういう人も珍しくないから」

 

 ──あれ? 大丈夫? なんで? まあ大丈夫ならいいけど

 

 ブチ切れられてもおかしくないこの状況を「よくいるから」の一言で済ませてしまうジルの器の大きさ。こっちの世界だとこれが普通なのだろうか? 初対面で実力もろくに知らない相手に足手まといと言ってしまうことが普通だとしたら冒険者は相当闇の深い職業ということになる。これもご都合展開ってやつかと補正のせいにして無理やり納得する。

 

「でも二人ともこの世界のモンスターについては知らないよね? 大丈夫?」

 

 ジルはロクワンが二人だけで行くことが相当心配かのように結構しつこく同行を求めてくる。ただ単に本気で心配しているのか何か企んでいるのか、魂のドス黒さから考えれば可能性は圧倒的に後者、今イオたちに協力的なのも本来の目的のための下準備だとしたら? 事前に敵だと分かっているからこそ考えれば考えるほどよくない可能性が次々と思い浮かぶ。ここまで純度の高い不調和だと生きて調和させるにはイオやオニでは手遅れだしオネは力不足、唯一対抗できるのはイアくらいだがそれはあくまで本来の力で相手した場合の話で弱体化している今の状態では望みは薄い。比較的不調和の影響を受けにくいロクワンならおそらく調和することが可能なのだろうが、そうするとジルから異世界語を教えて貰えなくなってしまうので論外。

 

「ここが現実で相手が生命なら問題ない」

 

「☆余☆裕☆」

 

 こちらの悩みを他所にむちゃくちゃ調子に乗りまくってフラグを建てまくるロクワン、いい機会だから初クエストで痛い目にあってきてくれないかなと内心期待しながら忠告に耳を傾けようともしない二人に苦戦しているジルに少なからず同情する。基本自由気ままに行動するこの二人を止めるには動機そのものを完全論破するか脅して弾圧するかの二択しかない。長い間一緒にいる姉弟たちでさえ止めるのに一筋縄ではいかない問題児が会ったばかりのジルにどうこうできる訳もなく徐々にロクワンの圧に押されていっていく。

 

「…………そう……ですか」

 

 心配すればするほど興奮して舞い上がってしまう二人にとうとうジルが折れクエストはロクワンの二人だけで行くことになった。

 

「じゃあジルさんクエストの受付だけお願いします。…………好きにやってもいいけど調子には乗るなよ」

 

「はーい」

 

「わかってますってー」

 

 どうせ守ってはくれないだろうが一応注意だけはしておく。なげやりの忠告に準備運動がてら体を解しながら気の抜けた返事をする様子をジルが疑うような目でジッと見てくる。おおかたイオほど頭のキレる人がなんでロクワンの自由にさせているのか理解できないのだろう。仮にも女の子二人だけ真夜中モンスターのいるダンジョンに行くのだ、普通なら心配ものだろう。ここにいる誰よりもこの世界に詳しいジルの言っていることは正論だ。二人だけで行っては行けない理由を明確にしないとろは不審に思うがクエストに何かがあることは間違いない、もしかしたら急に異世界に召喚された理由や元の世界に戻る方法といった重要な手がかりかもしれないし、異世界あるあるのどうでもいい情報かもしれない。しかしあくまで正論であって正解ではない、お互いがちゃんと根拠踏まえて話しをすれば簡単に収まるのにそうしないのは信用がないから、話したくない又は話せない何かをお互いが隠している言わば拮抗状態、先に動いた方が負けるそんな心理戦。仮にジルが同行の真意を話したとしてもこちらの根拠は教えない、どうせ話しても理解されないことをわざわざ危険を冒してまで教えてあげる程お人好しではない。

 

「よしっ、行こー行こー」

 

「PAGG! PAGG!」

 

「やっと異世界らしくなってきたね」

 

「どんなモンスターがいるんだろう」

 

 準備運動が終わりクエストに行く準備が出来たロクワンが期待に胸を躍らせて一階へと降りていく。ジルも通訳のため一階へと降りて行くがその顔には複雑な表情を浮かべていた。

 三人が一階へ降りたのを確認し、フッと短く息を吐いたあと椅子に深く腰掛け全身を脱力させる。昼間は絶望そのものだっがなんだかんだで言語とお金問題は何とかなりそうでひとまず安心する、この運が今日よりもさらに大事な場面で帳尻合わせを受けないことを祈るイオだった。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はちゃすっちゃすっ。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章更新です。
蒼紅の章第もそろそろ終わりが近づいてきましたが、今回は特に書くことも無いのでお願いを一つだけ書いておきます。

『 評 価 や 感 想 お 待 ち し て お り ま す 』

特に感想のない方は「(┓^ω^)┛))ハラペコッタ♪(┓^ω^)┛))ハラペコッタ♪」と書いてください。それだけでもモチベは上がりますので。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第5節:異世界でも変わらない日常 の後書きでお会いしましょう。

全部ほっぽり出してハワイに行きたい


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蒼紅の章第5節:異世界でも変わらない日常

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 三十分くらいして通訳を終えたジルが帰ってくる。どうせロクとワンが無理難題のわがままでも言ったのだろう結構精神的に疲れているのが見て分かる。

 

「お疲れ様。あの二人の相手は疲れたでしょ」

 

「一応モンスターについて説明はしたけど…………初心者クエストでも結構難易度高いやつにせざる負えなかった」

 

 ふらふらとした足取りで目の前の椅子に座った後ロクワンの圧に押され初戦闘には向かない難易度のクエストに挑ませてしまったことを伝えられる。あの二人が初心者クエストで妥協するなんて珍しい、しかも相手は全く信用していない人間、なにをどうやって説得したのかもの凄く気になる。二人をどう説得したのか聞くと同時になぜそこまでして低レベルクエストに行かせたがるのか聞いてみる。

 

「えっとそうですね、一言で言うならこの世界のモンスターはみんなチート級の強さなんです」

 

「へぇ~」

 

「真面目に聞いてください!」

 

 他人事のように気の抜けた反応をするとバンッとテーブルを叩き一喝される。思わずごめんと謝り話を続けてもらう。

 ジルの話を要約するとこの世界の人以外の種族は『聖獣』と『魔獣』の大きな二つのグループに分かれており他種族との共存を主張するのが聖獣、一方的な支配や虐殺を目的に他種族を襲うのが魔獣というように区別されているらしい。つまりこの街で見かけるような異種族は聖獣側でクエストやダンジョンなどで討伐の対象になるモンスターが魔獣側に分類されるとのこと。そして魔獣はそれぞれ種族特有のチート特性や能力を持っているということ。

 ジルの様に異世界に転生したらチート能力を与えられたという展開はよくあるが、転生先の世界のモンスターも同様にチート能力を持っているパターンは珍しい、どんなチート能力にかもよるが並のラノベ主人公レベルなら今のロクワンでも大丈夫のはずだ。

 

「今回のクエストの魔獣のチート能力ってそんなに強いんですか?」

 

「確かボスの名前はケルベロス。蘇生無効の能力で一度でも殺された肉体はあらゆる蘇生手段を受け付けなくなる。一度死んだ者が死の世界から出ることを許さないまさに冥界の番犬にふさわしい能力だね、道中の魔獣もケルベロスの分身体みたいなものだから同じ能力を持っている」

 

 クエストの詳細を聞いても普通の奴なら緊張感溢れるバトルになるなと思うだけでやはりロクワンの身を心配するまでには至らなかった。能力の効果だけ見ればまぁそれなりに強い方だがいかんせん発動条件が厳しすぎる、そこはやはり初心者クエストということなのだろう。これはもっと高難易度に上位互換がいるパターンだなと思うイオ。

 

「異世界のケルベロスか……あの二人には息抜きにもならないかもな」

 

「なんでそんなに余裕なんですか? 死んだら生き返れないんですよ」

 

「なんでって、そりゃさっきのクエストの詳細に二人が死ぬ要素が見つからないからですよ」

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

「それはもちろん────」

 

「言ってもどうせ理解できないですよ」

 

 情報として余裕でいられる根拠をどうしても知りたいのかしつこく詮索してくる質問に濁した返答をしようとするとまるでジルの頭をバカにするような返答が横から割り込んでくる。声のした方に振り向くとそこにはまだ少し眠そうに眼をこするオニが立っていた。

 

「なんだ起きたのか」

 

「やっとあのクソカスがいなくなったからな」

 

「……えっ? クソ!?」

 

「あぁワンの事ですよ。お互い全然名前で呼ばないんですよね」

 

 上機嫌な口調でしれっと悪口を言うオニに驚き戸惑うジルに補足説明を加える。昼間の無口でマイペースなオニからは想像もできない口の悪さだ初見で驚くのも無理はない。

 

「仲が悪いってことですか?」

 

「そんな生ぬるいもんじゃねーよ」

 

「早く死ねって感じ」

 

 オニの返答の直後バタンッと扉が開きワンが続けるように罵倒しながら入ってくる。帰宅早々機嫌の悪いワンの後ろからロクが「ただいまー」と小声であいさつしながらひょっこり顔を出す。その手には今回のクエストの報酬であろう金貨袋が握られている。

 

「…………えっ……はっ……えぇ、はや? ……え?」

 

 ロクワンのあまりにも早い帰宅にジルは驚きを隠せないようで開いた口がふさがらず思考回路が混雑している様子だ。そんなジルを置いて日常の一コマの様に淡々と話を進めていく。

 

「もう終わらせてきちゃったのか?」

 

「うん、ワンが飽きたって」

 

「チッ、くたばればよかったのに」

 

 相手に聞こえるように大げさに打った舌打ちからのマジトーンでの「くたばれ」。見え見えの挑発だがこれにワンが乗らないはずも無くズカズカと小走りでオニの目の前まで行くと両手を腰に添えて少し背伸びしながら顎を突きだし見下すようにオニを睨みつける。

 

「はぁ? あの程度で死ぬのはあんたみたいな弱虫だけだから」

 

 煽りを煽りで返されてオニが黙っているはずも無くこちらもまんまと挑発に乗ると腕を組みワン同様背伸びしながら顎を突き出して見下す。

 

「あ"ぁ"?」

 

「なんだよ」

 

 結論から言ってしまうと、二人ともまったく同じ身長なのでどんなに頑張って背伸びしても結局は同じ目線になってしまってお互い上から見下ろすことはできないのだが、分かっててやっているのかムキになってるのかどっちにしろ見てて面白いので何も言わず日常の風景として眺める。

 

「えっと……イオさん、止めなくていいんですか?」

 

 ようやく我に戻ると今度は目の前で姉弟の殺伐とした現場を目撃するジル、自分が引き起こしたわけでもないのに一人あわあわと緊迫した顔で慌てる様子を見てこの人も感情が忙しいなぁと思うイオ。変な誤解をされめんどくさい展開にならないうちに状況を説明する。

 

「ん? あれはいつもの事だからほっといていいですよ」

 

「えっ……あぁ、そう……ですか」

 

 殺し合いが始めるんじゃないかと思うほどの殺気を放っているのにいつもの事と伝えられても納得しきれないといった様子のジルに対し、異世界でも仲いいなぁといった目で椅子に並んで腰かけながら姉弟喧嘩を眺めるイオロク。

 

「あっジルさん、やっぱりあのクエスト簡単すぎたよ」

 

 オニワンの事はほったらかしで唐突にロクがクエストの感想を話し始める。

 

「えっあ、そ、そんなに簡単だった?」

 

「マジで止めないのかよ」とでも言いたそうな顔でこちらに振り向きながらも二人から意識を逸らしたいのかゆっくりこちらに向かってくると目の前の席に座る。

 

「敵の強さもダンジョンの構造も何もかもが初心者向けって感じのダンジョンだった」

 

 ロクの態度から今回のダンジョンは息抜きにもならなかったことがひしひしと伝わってくる、帰ってきたときにワンがやけに不機嫌だったのも消化不良だったからだろうか。

 

「まぁ一応初心者向けだからね。だとしてもずいぶん早い攻略だったね、ダンジョンの大きさ的に普通はもっとかかるんだけど」

 

「初ダンジョンだったからちょっと張り切り過ぎちゃって」

 

「それ分かります、僕も初めて挑むダンジョンは大体そんな感じです」

 

 時計の針は草木も眠る丑三つ時をさす、宿泊に必要なお金は手に入ったので今日はこれ以上ジルと一緒にいる理由は無い、イアとロクの安全を確保するという本来の目的へと戻る。面倒事が起きる前にさっさと別れなければと思い話が発展する前に解散の口実を作る。

 

「ジルさん、二人とも戻ってきたことですしそろそろ解散しましょうか」

 

「……あっ、そうですね。今夜停まる宿とか決まってますか? よかったら僕と同じ宿に泊まりませんか、そうすれば気軽に語学学習の質問とかも出来ますし」

 

「いえ、宿はもうロクが予約してくれてるので大丈夫です(xxx,xxxHz)」

 

「いつの間に」

 

「(xxx,xxxHz)クエストから戻ったついでに、この世界に来た時から目星は付けていたので」

 

 しごくまともな理由で同じ宿を勧められたがそれを承認するほど馬鹿ではない、即興の嘘をついて誘いを断る。ジルも今回はしつこく誘おうとはせずすんなりと引き下がる。

 

「オニ、ワン帰るぞ」

 

「「はーい(ほーい)」」

 

「「あ"ぁ"? 被ってくんな!」」

 

「「真似してんじゃねーよ!!!」」

 

 未だにわいわいガヤガヤ口喧嘩をしているオニワンに一応声をかけると全く同じタイミングで返事をして、これまた一言一句違わず、同じタイミング、同じ音量、同じ速さ、同じ迫力で激怒し合う。そんなイチャついている二人を存在していないかのようにスルーしてイアを抱きかかえるとオネをロクに任せ部屋を出る。

 

「…………仲がいいのかな?」

 

「「仲良くないっ!!!」」

 

 部屋を得る直前もしかしてと思ったことが口に出てしまっていたらしく直後オニワンがまたしても同じタイミングでジルの方を振り返り、同じタイミング、同じ音量、同じ速さ、同じ迫力で否定する。

 ジルも見事なまでのシンクロだなと感心しながら「は、はい……すみません」っとあっけにとられその場から逃げるように部屋を出る。酒場の外で明日以降の語学学習の時間と場所を決めて分かれる。

 

 月明かりが照らす夜道を歩き到着したのは異世界に来た時に最初にいた広場、そこにある一番最初に見つけた宿舎へと入る。覚えたての言語で男女二部屋借りイアオネをロクワンに任せて自分たちの部屋に向かう。部屋に入るとオニと一緒に有無を言わさず即ベッドへと倒れ込む、今日は誤算も収穫も盛りだくさん、正直久しぶりに常時警戒モードだったのでかなり精神的に披露している。明日の為にも今日一日でごっそり削れた神経を十分に回復させなければ、こういう生活が一ヶ月も続くと思うとメンタルが崩壊しそうだが一番辛いであろうイアが頑張っている以上こちらが値を上げるわけにはいかない。改めて一ヶ月の覚悟を決めゆっくりと目を閉じる。

 




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章更新です。
今回は少し短いですがその分濃い内容になっているはずです…多分…おそらく…きっと…十中八九……
次回はもしかしたら少し時間が空くかもしれないので気長に待ってくれると助かります。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第6節:つかの間の平和 の後書きでお会いしましょう。

毎月27日はARIAの日


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蒼紅の章第6節:つかの間の平和

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 心地よい朝の陽ざしが窓から部屋を照らし、冷えた空気が徐々に暖まっいく。

 朝一の温もりを求める体に心地いい朝日がじかに当たれば布団から出るのに多大な時間を要してしまうだろう。浅い眠りから意識が戻ったイオは首だけ少し動かしてちらっと窓の方に目を向ける。とても平和で一日の始まりとしては理想的な朝。布団にくるまったまま今日の予定を考える。

 

 ──確か今日は土曜日だから少し遠出してピクニックに行くのもいいな…………。

 

「······なんて日が送れたらよかったんだけどな」

 

 淡い期待をボソッと呟き、昨日の出来事が夢落ちならどれだけ平和だったかと心から落ち込む。

 目覚めた直後でもしっかりフル回転してくれる優秀な自分の頭が今だけは残念に思える、朝一で現実を突きつけてくる部分修正できないかなぁと訳の分からないことを考えていると意識が完全に目覚める。

 

「…………現実か」

 

 今五感で感じているものすべてを現実と再認識し体を起こそうとすると腹部の違和感に気づき布団をめくる。

 

「んんー……イオ……Zzz」

 

 自分の体の上に感じる温もり、気持ちよさそうな寝言、猫のように丸く包まる少女が一人イオの上で規則正しい寝息を立てて無防備に寝ている。その長いピンクの髪は朝の日差しにより七色に輝いている。

 普通の人なら目を閉じていると色で判別することが出来ないのでイアかロクか迷うところだが──、

 

「おい、ロク」

 

 こうやって布団の中に勝手に潜り込んで来るのは早い者勝ちらしくイアの時もあればロクの時もある。しかしイオは一切迷うことなくこの少女をロクだと断定しベシッと頭を叩いて起こす。

 

「んにぁ……朝?」

 

 頭に一撃をもらった少女は半分だけ目を開け間抜けな声を出す。

 宝石の如く美しい紅の瞳、少女の正体は予想通りロクだった。ロクはこちらを見上げながら大きな欠伸をして軽く目をこする。

 性格や考え方など見た目以外ほとんど別人とも言えるロクだがこういう何気ない仕草は似ていることが多い。

 普段からこれくらい可愛げがあればいいのにと思いながら許可なく勝手に潜り込んでいたロクに状況の説明を求めるイオ。

 

「なにしてんだ?」

 

「いい……お布団……」

 

「…………ていっ」

 

「ッハゥガッ!?」

 

 イオの質問を華麗にスルーし二度寝にはいろうとするロクを体をてこの原理でゴロンッと雑に放り投げた後ベッドから降り大きく伸びをしながら深呼吸する。

 

「@%"&*+”&%&#”%”#*$”ッッッ!!! っあ"あ"あ"……い"った"あ"あ"あ"い"っ!!!」

 

 放り出された勢いそのまま壁に激突したロクは、当たり所が悪かったのか顔全体を抑えながら悶え苦しみ足をばたつかせゴロゴロと転げまわったり飛び跳ねたりする。

 

「%”$&%”@”*”? +%……ゴフッ」

 

「勝手に入ってきて勝手に上で寝てんじゃねーよ」

 

 イオが足元をゴロゴロと転がってきたロクの体を右足で踏みつけ強制停止させてから見下すように注意する。

 

「だってベッドよりイオの体の方がよく寝付けるから、あと足どけて……地味に痛い……」

 

 溝落ちを踵で押し込むように踏みつけているイオの足を両手で必死にどけようとしながらそれっぽい言い訳をするロク。

 実際イアやロクが布団に潜り込んできた時は決まって今回のようにイオの上で蹲って寝ているしそういう日は基本寝起きが良い、よく寝付けるというのはあながち間違っては無いだろう。

 

「勝手に入って来るなっていつも言ってるだろ」

 

「イアは……あいてっ、よくてなん痛い痛い……なんで私はダメ……なの」

 

「そりゃお前…………イアだから許してるんだよ」

 

「解せぬ…………っしょっと。はぁ……まったくこれだからシスコンぎぇはっ!?」

 

 ようやく足をどかすことに成功したロクが寝転がったまま愚痴るように煽ってきたので真顔でゲシッと脇腹に一発蹴りを入れてドアの方に向かう。

 

「えっ? イオどこ行くの?」

 

 蹴られたれた脇腹を撫でながら上半身だけ起こしたロクに「散歩」とだけ言ってドアを開ける。

 

「イオ、ちょっといい?」

 

「よくない」

 

 部屋を出ようとするイオにロクが手招きをして呼び止める。

 正直面倒なことになる気しかしないので無視してそのまま部屋を出ようとしたのだがそうすると床をバンバン叩いて「話くらい聞けー!!!」とうるさいうえに下の階の迷惑になるので仕方なく用件を聞く。

 

「三文字以内で用件を言いな」

 

 そう言ってロクの方に向き直った瞬間────、

 

 勢いよく腕を引かれそのままベッドへと引きずり込まれる。そしてそのまま抱き枕のように腕と足で完璧に挟み込まれ身動きが取れなくなってしまった。ロクは「二度寝」とだけ言うと有無を言わさずそのまま寝てしまう。

 

 ──はぁ……だるい…………

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「楽しそうだね兄さん」

 

 抜け出す気力も起きずおとなしくロクの抱き枕になること三十分、閉め忘れて半開きになっているドアからワンがひょこっと顔を出しニヤニヤとした表情を浮かべながら茶化してくる。

 

「冗談言ってないで助けて欲しいんだが」

 

「えー、姉さん幸せそうだからいいじゃん」

 

「俺は全然幸せじゃないんだが?」

 

「あっ僕やる事あるからー」

 

 部屋に入ってきたワンにだるさ全開で助けを求めてみるが案の定助けてはくれず適当にあしらいながらオニがまだ寝ていることを確認する。確認し終えると先ほどまでにやにやと緩んでいた顔が一瞬で真顔になりドタドタと自分の部屋へに戻っていく。

 

 ──ワンが帰ってくる前にこの部屋出たいな……と面倒臭そうに思うイオ。

 

「んん……おはー兄貴。今日はロク姉の抱き枕ですか」

 

 ワンが部屋を出ていったと同時にオニが目を覚ます。まるでずっと前から起きていたみたいなタイミングの良さだ。起き上がって大きく伸びをしながら皮肉を込めた朝の挨拶をしてくる。

 

「おはよう、出来れば助けてくれると嬉しいんだが……」

 

 あまり期待せずに……というより全く期待していないが、オニにも一応助けを頼んでみる。

 

「あのクソ野郎を返り討ちにする準備しないといけないから後でな」

 

 ──ですよねうん、知ってた

 

 予想通りの返答に異世界でも恒例になるのかと思いつつ隣とかに迷惑かからない程度にしとくよう注意してロクが起きてくれるまで二度寝する。

 

『ドタバタガタンッ! ドガドガ……ガタッバン! ドタドタガンッ!』

 

 あれからどれくらい経っただろうか、部屋の中に響く騒音で無理やり目が覚める。この騒がしい雑音の正体はわざわざ目で確認するまでもない地球にいた時も毎朝の日課となっていたイチャイチャ喧嘩。

 

「うるさいぞお前ら、騒がしくするなって言っただろ」

 

「……んん……なに? ……こっちでもやってるの?」

 

 騒音の正体はやはりオニワンが部屋で暴れている音。

 見慣れ過ぎて一種の朝の風物詩となっている光景だ。朝一で騒がしく暴れること自体は正直言ってもう慣れたのでやる分には構わないのだがせめて場所は選んで欲しい。

 自分たちの家ならまだしも他の宿泊客もいるような場所で朝から五月蠅くしてクレームが来ても言い訳のしようがない。

 

「ごめん兄貴、今静かにさせるから」

 

「大丈夫兄さん、あと数秒で黙らせる」

 

 そう言いって全くこちらの忠告を聞かずに睨み合っている二人の手にはいつの間に購入したのかダガーのような短剣が握られていた。

 いつの間にとは思ったがおおかた予想はできる、どうせワンはクエストの報酬が出てすぐオニはみんなが寝ている間に仕入れたのだろう。

 

「今日も仲良しだね」

 

「「仲良くない(ねーよ)!」」

 

「仲良いのはいいけどもうちょい静かにな、あと部屋の物壊すなよ」

 

「「だから仲良くない(ねーよ)!」」

 

 日本には「喧嘩するほど仲がいい」ということわざがある。

 つまり毎日毎日飽きもせずちょっとしたくだらないことで喧嘩しているこの二人も本当のところとても仲がいいし相手のことをよく理解している。幼かった頃はどこに行くにもいつも一緒で年がら年中ベッタリとくっついていたくらいだ。

 本人たちは全力で否定しているが、こうやって刃物を躊躇なく向けられるのも相手の実力、性格、考え方などを良く分かっているからこそ、本気で刺しに行ってはいるが殺そうとはしていない、なんだかんだちゃんと手加減しているところに本音を感じる。

 

「朝飯は?」

 

「「これ終わったら」」

 

「「真似すんな!!!」」

 

「くれぐれも騒がしくするなよ」

 

 とにかく静かにやってくれれば何の問題もないので、もう一度しっかり注意し何故かついてきたロクと一緒にイア達の部屋へと向かう。

 本来なら朝食を取りたいところだがイアオネを二人きりで部屋に寝かせておくのはあまりにも無防備すぎるのでそっちは後回し、朝食はとても大事だが二人の安全には変えられない。

 ちなみに結構格安のこの宿は酒場からは離れているが朝と晩の食事付きで風呂や洗濯など生活に必要なものは大体そろっているコスパのいい宿で、この値段でここまで充実しているとこれより高いところは一体何があるのだろうかと逆に気になってくる。

 今日も昼からジル先生のもと語学学習があるのでそれまで何をして時間を潰そうかイアの寝顔を眺めながら二人で考える。

 

「うーん……イアが昼まで起きないんだったらクエスト行きたいな」

 

「通訳なくて大丈夫か?」

 

 ロクもワンも勉強は昨日始めたばかりでまだ他人とまともに話せるレベルには達していない。文字も半分くらいしか書けないので直筆でのコミュニケーションも難しいだろう、はっきり言ってジルかイオが通訳しない限り現状クエストは受けられない。

 

「イオが通訳してくれるから大丈夫」

 

「俺はイアが起きるまでここに居るから無理」

 

「オニに任せればいいでしょ」

 

「考え得るすべての可能性に対し完璧な対策をして初めて安全が保障されるんだ。どんなに確率が低くてもゼロでない限り油断してはいけない。予想外、思ってもいなかった、そんなこと言ってるやつはまだまだ半人前だ」

 

「そんなことが出来る変態を私はイオしか知らないけどねー」

 

 こちらの安全理論に飽きれながらもちゃんと理解はしてくれるロク。まだまだ未知の世界に加えジルという男の存在、いつも以上に警戒し神経をすり減らしていることに気を遣ってくれたのか昨日の損失分を補うための朝のクエストは諦めてベッドに大の字に横たわる。

 

「暇なら街中でも見て回って装備も買ってきたらどうだ? 今夜もクエスト行くんだろ」

 

「装備ねぇ…………ナパーム弾とか?」

 

「お前らは昨日どんなダンジョン行ってきたんだよ……」

 

 装備と聞いて剣や防具ではなくナパーム弾と答えるロクに昨日何があったのだろうと疑惑の目を向ける。しかしロクはこちらの質問には答えず気難しそうな顔をして黙り込む。

 

「…………武器とかはいらないかな、ロケランとかは欲しいけど」

 

「なんか矛盾してない?」

 

「昨日のクエスト魔獣倒すだけなら武器はいらなかったんだけど、めっちゃ重くてこう、ドッカ―ンって爆発させないと開かないような扉があったんだよね」

 

「なるほど確かに入って出ることはできても中のものを持ち出すことはできないもんな」

 

 膨大な経験と自分たちの身体の性質から昨日のクエストでその扉の中にお宝には近い何かがあってロクワンはそれを回収することが出来なかったことを察する。たしかに目の前にある宝を回収できないのはもどかしかっただろうがだからと言って扉を壊す一択にこだわるのはどうかと思う。

 

「あっでもー、イオが()()好きにやってもいいって許可を出してくれるなら────」

 

「許可するわけ無いだろ」

 

「別に使うのがダメって言ってるわけじゃない、ただ今の俺達にはあまりにもリスクが高すぎる。ちゃんと自分を大事にしろ」

 

「‥‥‥イオ……そこまで私のこと心配してk」

 

「イアの為にもな」

 

「ですよねー」

 

「あぁあと昔から言ってるけど、自分を過信しすぎるなよ」

 

「私だってもう子供じゃないんだからそれくらい分かってますぅ」

 

 そんな割と重要ともとれる話などをイアが起きるまでの暇つぶしとしてお互い話半分に聞き流しながらダラダラとした時間を過ごす。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………まだやってたのか」

 

 オニワンが迷惑かけて無いか気になりイアオネはロクに任せ一旦部屋に戻ってみた。

 扉を開けると、朝じゃれ合っていた二人がお互いの喉元に短剣を突きつけ拮抗している光景が真っ先に目に入ってくる。

 左手に逆手持ちで握った短剣を相手の喉元に突き刺そうとしつつ、自分は刺さらないよう右手で相手の左手首を抑えている。拮抗して小刻みに震える腕がお互い本気で刺そうとしていることを物語る。

 普通なら慌てて止めに入るような場面だがこっちでは日常中の日常もう見慣れ過ぎてどちらかが倒れていない限り止める気にもならない。

 

「もしかしてこのためだけにその短剣買ったのか? 別にいいけど迷惑かけてないだろうな」

 

()()苦情は来てない」

 

()()何も汚してないし壊してないよ」

 

 これか苦情が来るかもしれない又はこれから散らかすと言わんばかりに『まだ』を強調し保険をかけてくる。

 本人たちも十分気を付けてはいるが万が一苦情や物が壊れるなんてことになったら他人のふりをしようと思ったイオであったがワンに容姿が似ているオネにまで飛び火が行く気がするのでそろそろまじめに止めに入ることにする。

 

「…………続きするなら外でしろ。あとワン、ロクと一緒になんか装備でも買ってこい今日もクエスト行くんだろ」

 

「えええぇぇ装備ー? いるうぅー? …………あっでもTNTとかなら欲しいかも」

 

 オニとの喧嘩を続行しつつもしっかりこちらの話に答えてくれる。つまりそれだけ余裕があるそれだけ相手が手加減してくれているという事だろう。

 

「ロクと言いお前と言い装備って言ってるのになんで爆発物を挙げるんだよ」

 

「頭ん中爆発して思考回路ぶっ飛んでるからだろ」

 

「あ”ぁ”?」

 

 オニの挑発によりお互いぶっ刺す力が数段増す。それでもまだまだ余裕たっぷりといった感じだ。

 

「さっきロクにも言ったけどお前ら自分の事過信しすぎてるところがあるからな。俺たちの力が通用しないモンスターがいるかもしれないんだから」

 

 そう、ここはチートモンスターしかいないカオスな異世界。

 昨日はモンスターのレベルがたまたま二人より劣っていたとかチート能力の相性が悪かっただけという可能性も十分あり得る。

 ロクとワンは自分で生み出した武器以外を使いたがらない傾向にあるが、今後二人の体質や能力と相性最悪のモンスター又はダンジョンギミックに遭遇する可能性がある以上もしそうなってしまった時のために戦略のバリエーションを多くしておかないといけない。

 

「…………そんな生命がいるとは思えないけど」

 

「ここはチートな異世界だぞ、それだけで可能性としては十分だろ」

 

「そうだけど……しばらくはコレ一本でいいかな」

 

 そう言うとワンはオニの喉元に突き立てている短剣に目を向ける。出来ればもう少し選択肢を持って欲しいところだがどうせそう言うとは思っていたのでそれ以上は強要せず無いよりかはマシと捉える。

 

「兄貴、俺も行っていい?」

 

 ワンが行かないと分かったからなのかそれとも単に異世界の武器に興味があるのかオニが興味津々といった目で首だけをこっち向ける。

 装備にさして興味がないロクワンと違ってオニはかなり武器好きだ。腕前も相当なもので近距離遠距離もどちらも神業レベルに極めており剣術や狙撃などを大抵オニに教わってるイオとロクには師匠的立ち位置でもある。

 本人はなかでも和風武器がお気に入りのようで地球にいたころは真剣も何本か持っていた。

 

「…………おう、いってらっ」

 

 少し考えてからあることを思いつきオニの買い物を許可する。

 許可が下りるとオニは後ろに身を引きながら腕の力を緩め、勢いそのまま前に倒れ込んでくるワンをヒラリとかわし、短剣を仕舞うと昨日の報酬金片手にワンを放置して部屋を出ていく。

 一方試合放棄されたワンは少し間をおいてから「べ~~~」っとドアに向かって舌を限界まで出してあっかんべーをする。毎日飽きるほどイチャついているくせに途中で放棄されるのは嫌らしい。

 そんな消化不良、フラストレーション溜まりまくり、イライラマックスのワンに午前中の予定を聞く。

 

「僕は……久しぶりに兄さんと手合せしたいかな」

 

 真顔で目のハイライトを消したワンが静かに答える。

 これは直訳すると「ストレス発散したいから兄さんサンドバックになってよ」という意味で体を思いっきり動かしたいときや今回のような消化不良が続いた時によく言ってくる。

 今さっきのオニのイチャ付き放棄に加え昨日のクエスト完了の速さからダンジョンでの消化不良も原因だろう。あとは地球での平和な日常が続いたことによる訛りの解消といったところか。

 イアオネをロクに任せれば一応相手はできるがやる気がいまいち出てこない、もっと言えばワンの相手は一番めんどくさい。勝負は自分が勝つまで続けさせられるし少しでも手を抜くとものすごく怒られる、絶対に昼間でに終わらないと分かっているストレス発散に付き合うのは絶対にごめんだ。

 だからお願いにすぐには答えず沈黙して考える。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「なーんてっ、どうせ兄さんは二人が起きるまで部屋出る気ないんでしょ。僕は一人でその辺ぶらついてくるよ」

 

 しばらくの沈黙の後「冗談冗談」とへらへらした態度でワンの方から提案を取り下げると鼻歌を交えながら部屋を出ていく。

 マジ顔マジトーンで言っておいて冗談とは悪戯にしても質が悪い、背筋が凍ったのはいつぶりだろうかとそう思うほどの圧力。

 半分くらい八つ当たりが含まれてそうと思いながらイア達の部屋へと戻る。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 オニとワンが街に行って途中まで一緒に部屋でのんびりしていたロクもぶらついてくると出かけて行ってしまってから二時間が経過しようとしていた。

 その間これといった出来事はなくイオはずっとイアの寝顔を見ながら黙って起きるのを待っていた。

 部屋に設けられている時計の針はそろそろ十二時を指そうという時間。

 

「…………3、2、1、0」

 

『くきゅ~~~っ』

 

 十二時になると同時にオネの可愛らしい正確な腹時計が鳴りそれに反応するように本人が目を覚まし体を起こす。

 髪は寝ぐせでボサボサ、身に着けているのは左右で長さの違うソックスと第一・第二ボタンの開いた制服の白シャツだけ。

 普通なら萌えイベント突入なのだが、オネは学校から帰ってきてそのままゲームに没頭した挙句寝落ちすることがたまにあるのでこういった格好で朝を迎えることは珍しくない。

 それに兄妹ということもあるのか、イオには見られてもさほど羞恥心は感じないらしい。

 

「……ふわぁ~~~……おはよ~お兄ちゃん」

 

 大きな欠伸と、どこかイアに似ているゆるふわな口調の挨拶に、こういう所は似てるなぁと思うイオ。

 

「おう、良く寝れたか?」

 

「んん~……い@&、$んひぃ……?」

 

「ちょうど12時になったばっかだ」

 

「……*#%?」

 

 体は起こしているがまだ意識が夢の中にあるようで、全然呂律が回っていないし目もほんの少ししか開いていない。

 

「とりあえず顔洗ってこい」

 

「うん~……」

 

「ちゃんと下履いてから行けよ」

 

「うん~……」

 

 イオの指示に従いベッドから降りてスカートを早着替えのごとく()()()から壁を伝ってゆっくりふらふらと一階に降りていく。

 この調子だと階段で足を踏み外しそうな気がしたのでイオも一階まで同行する。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……さてと。お~いイア、そろそろ起きろ~」

 

 オネを無事一回まで送り届けて帰ってきたイオ。今度はイアを起こしにかかる。

 いつも通りぺちぺちと頬を軽く叩きながら意識を徐々に現実へ引き戻してくる。

 

「……んん? ……朝?」

 

「昼だ」

 

「……何時?」

 

「十二時」

 

「…………んん十二? ……まだ朝……」

 

「ハズレ、ガッツリ昼だ」

 

「お昼……お昼寝~……おやすみ~……Zzz」

 

「は~い起きようね~」

 

 この一連の会話は休日の昼になると必ず行われ、イアの両頬をぷにぷにびよ~んびよ~ん弄って眠気を飛ばすまでがテンプレとなっている。

 

「ん~っ……ほひふ~(起きる)……ほひるはら~(起きるから)」

 

 全然強く摘まんでいないので痛くはないのだが、問答無用で弄られ続けるので目を覚ませざる負えない。

 んん~~~っとけだるそうに体を起こしたイアもオネと全く同じ格好で、こっちはシャツのボタン全開で肩からずれ落ちそうになっている。

 はぁ~っと小さい溜息を漏らし、ちゃんと着せてボタンを留めてあげる。

 

「な~に朝からイチャついてるの」

 

 ボタンを留め終わった直後ドアの方から声がする。振り向くとまだ寝ぐせは治ってないが、顔を洗ってさっぱりしたオネが異世界に来ても変わりなくイチャつくイオイアをドアの隙間からのぞき見していた。

 

「おっ、目ぇ覚めたか?」

 

「うん……お腹すいた」

 

 イオに空腹を伝えながら部屋に入って自分のベッドに腰掛ける。

 

「すぐ終わらせる。ほらイア、髪解くから向こう向いて」

 

 慣れた手つきで寝起きのイアの髪を手櫛でササッとほぐして整えると、ものの数分でボサボサだった髪が元のふんわりとした髪に戻る。

 

「よしっ、終わり~」

 

 手櫛が終わるととても満足しているのかアホ毛がピロピロ動いている。

 

「じゃあ次、オネ」

 

 イアの髪を整えた後今度はオネのところに移動し同じように手櫛で整える。イオの手櫛は少しくすぐったいのかオネは時折「んっ」と小さく変な声を出し髪型として両サイドに跳ねている髪がピコピコと動く。

 

「はいっ、終わりぃ~。お昼はどこで食べる?」

 

「酒場! 酒場がいい!」

 

 昨日の晩ご飯でなにかお気に入りのメニューでも見つけたのかオネが即答する。

 

「イアもそれでいいか?」

 

「うん」

 

 昼食をとる場所を決めイアオネが制服に着替えたあと、昨日ロクワンが稼いできた報酬金の入った金貨袋を持って宿を出る。

 語学学習が始まるまでのつかの間の平和、この平和がつかの間ではなく永遠に続くものになるよう今一度気合を入れ直すイオであった。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章今週も無事更新です。
前回、「次回はもしかしたら少し時間が空くかもしれません」と言いましたが嘘ですすみません。
間隔があくのは次回です。おそらく今月の投稿はこの一話だけになると思います。
11月1日のスーパーONEちゃんの日まで気長にお待ち頂けると幸いです。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第7節:神絵師に言語の壁はない の後書きでお会いしましょう。

-セロリ・昆布・ピスタチオ-


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蒼紅の章第7節:神絵師に言語の壁はない

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 昼の酒場はこれからクエストに行く人たちが腹ごしらえのため集まり、ほぼ満席の状態だった。

 多くのグループが十人以上の団体なのに対し、こちらは三人だけだったので思ったより早く席に通される。

 

「さてなににするか」

 

「う~~~ん……うん、読めない」

 

 覚えの速いイオはもうメニューもある程度読むことができるが、イアオネの二人はまだちんぷんかんぷんといった様子だ。

 幸いメニューは全て写真付きなので指差しでなんとか注文することくらいは出来る。

 メニューが決まると手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。注文を取りに来た金髪エルフの美少女に寝起きのイアオネが注文したのはまさかのステーキ。昨日の夕食でもお代わりしていたメニューで相当気に入ったのだろう。

 その際エルフウェイトレスが何かを尋ねてくる。

 

「え? なんて? イオ~通訳」

 

「さぁ~俺にもさっぱり」

 

「「えっ???」」

 

 イオは確かにコテモルン語の文字と発音は覚えたがそれはあくまで文字単体での話、単語以上になるとさすがのイオでもお手上げ。

 一つ一つの文字そのものは読めてもその文字列が作り出す単語の意味まではまだ教わっていないので分からない。

 例えば「ス」「テ」「ー」「キ」のそれぞれの文字の書き方や読み方を知っていても「ステーキ」という単語の意味までは分からない。この酒場に限ってはご丁寧に写真が載っているからおおかた予想はできるがこれが文字だけだった場合何が出てくるのか想像するのは難しい。

 

 しかも日本語の五十音とコテモルン語の五十音は合計文字数や表にした時の並び方の特徴こそ似ているがただ単に置き換えればいいというわけではない。

 例えば今注文したステーキ。日本語ではステーキという文字列でステーキと発音するが、コテモルン語では五十音表で見た時の日本語の「ス」の位置に該当する文字は注文したメニュー名には一文字も使われていない。

 ステーキのような写真が載っている他のメニュー名にもすべて共通して書かれている単語なのでこの単語がおそらくステーキを指してしているのだろうがその単語はそもそも四文字ですらない。

 

 ゆえにただ単純に文字を置き換えるだけでは通用しないのだ。

 さらにイントネーションも今まで聞いたことがない独特なものでとにかく違和感が凄い。

 なのでエルフウェイトレスにはあえて日本語で「言葉が分からない」と言ってお互いの言語が分からないことを伝える。

 するとイオの意図を理解したのかしばらく考えたあと少々お待ちくださいのジェスチャーをして一旦裏に下がっていく。

 

「もしかして日本語が分かる人がいるのかな?」

 

「だといいけどな」

 

「天才料理人転生した異世界で酒場を開く……てきな?」

 

「何でもかんでも異世界につなげようとするの悪い癖だぞオネ」

 

 そんな雑談をしているとエルフが戻ってくる。その手にはメモ帳らしき紙束が握られておりペンを握るとものすごい速さで紙に何かを描き始める。

 数分後描いたものを三人に見せてくる。一ページ目上部にはステーキの単品の絵、下にはご飯とサラダが付いたセットが描かれている。

 

「すご~い、上手」

 

「えっ、やばっ……やば」

 

「有能だ」

 

 ペンで書いたとは思えないまるでモノクロ写真のようなイラストのクオリティに三人とも驚きを隠せないでいた。イラストを交互に指さしどっちにしますかのジェスチャーにイアオネはセットの方を指さす。

 エルフはセットをオーダーにメモしてメモ帳のページをめくる。

 二枚目にはステーキの断面図が三つ描かれており、上がレア、真ん中がミディアム、下がウェルダンとなっている。こちらもまた見事な神イラストで一目で焼き加減と分かってしまうほどだ。

 焼き加減は二人ともミディアムを選択。オーダーにメモしたあと、メモ帳をしまいメニューを指さすと「他に注文はありませんか?」といった雰囲気でオーダーシートにペンを走らせるジェスチャーをしながらこちらを見てくる。三人とももう頼むものはないので同時に首を横に振るとエルフはぺこりと一礼して奥に下がる。

 

「………そう言えばイア、寝起きなのにガッツリ食べて大丈夫なのか?」

 

 常に食欲旺盛なオネはまあ分かるとして、基本小食気味のイアが朝食を食べていないとはいえ寝起きでガッツリ肉料理を頼んで大丈夫なのかと思うイオ。

 

「大丈夫、凄くお腹すいてるから」

 

 ──お腹空いてても寝起きステーキはきついと思うんだが……

 

 そう思いつつも万が一食べきれなかった時の対策はちゃんとしてあるのでこれ以上何も言わず今回は好きに食べさせることにするイオ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 少し待つとオーダーを受けてくれた神絵師エルフがステーキセットを運んでくる。注文から三分も経っていないのにメニューが到着したことについては知る由もないので厨房に神の料理人でもいるのだろう程度に考えスルーする。

 厚切りの肉から滲み出た肉汁が鉄板の熱でジュウウウゥゥっと香ばしい音を奏でイアオネの食欲を誘う。

 手を合わせ「いただきます。」と挨拶し、昨晩出会ったお気に入りの味を心ゆくまで堪能する。

 寝起きでステーキを注文した時は正直どうなるかと思ったが、二人ともきれいに完食し満足そうにお腹をさする。

 

「まさか本当に完食するとは……」

 

「だから言ったでしょ」

 

「お兄ちゃんは何も頼まなくてよかったの?」

 

「いや、完食できなかった分を貰うつもりだったんだが……俺も普通に頼むか」

 

 そう言ってメニューを適当に開き、一番最初に視線に入った唐揚に決める。

 イオが手を挙げウェイトレスを呼ぶとありがたいことにまた神絵師エルフが来てくれる。

 イオが唐揚げを注文すると早速何か描きだし、一分ほどで完成したイラストを見せてくる。

 一枚目はステーキ同様単品かセットか、二枚目にはどうやら唐揚げの量について描いてあるらしく、一人用から宴用まで全五段階。右隣には指人形のようなデフォルトイラストで何人前の量なのか描いてくれている。

 イオは二番目に多い二~三人前の量を注文し完成を待つ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 揚げたての唐揚げが運ばれてくると「いただきます。」をしてかぶりつく。サクッと香ばしい衣と軍鶏肉のようなコリコリとした触感に加え、噛んだ瞬間止めどなく溢れ出る甘い肉汁。

 

「う~~~まっ」

 

 なんの肉かは知らないが、今まで食べたことのない超絶上手い唐揚げを一個一個堪能して食べていると、オネがジ~~~っと物欲しそうにこちらを見つめてくる。

 

「……食べたいのか?」

 

 ぶんっぶんっとものすごい勢いで首を縦に振るオネに結構分厚いステーキを食べたのにまだ食べるのかと思いながら一つ食べさせてあげる。

 唐揚げを一口で頬張り、「んまぁ~」ととろけるような声を出し口いっぱいに広がるうまみを堪能するオネ。

 口の中が空になれば次の一個を、それもなくなればさらに次の一個を……という感じに全く遠慮せずまるで機械の如くどんどん横取りして食べていく。

 

「オネさん? そんなに食べるなら普通に頼んだら?」

 

「ううん、もうお腹いっぱいだからいい」

 

 三分の二ほど食べたところでようやくオネの手が止まる。

 イオも別に食べられたこと自体は気にしておらず残りを食べていく。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ラスト一個。最後の唐揚げを箸で掴むと、今晩は何にしようかなとメニューを眺めていたオネがパタンッとメニューを閉じ、また無言で唐揚げを見つめてくる。

 

「………………。」

 

「………………。」

 

 ちょっとの沈黙の後、イオがそっと微笑むとオネは身を乗り出して「あ~~~」っと口を大きく開ける。

 それを見たイオはおねだりするオネをスルーして何事も無かったかのように唐揚げを自分の口へ運び、咀嚼し、飲み込む。

 

「………………。」

 

 自分の予想と違う結果に終わったオネは、口を開けたままフリーズし、イオが手を合わせ「ごちそうさまでした。」を言い終わるとテーブルに崩れ落ちる。

 

「ん? どうしたオネ」

 

「うぅ……お兄ちゃんの嘘つき、最後の一個くれるって言ったのに」

 

「あぁ悪い、お腹一杯って言ってたから」

 

「ラスト一個は別腹でしょ!」

 

「知らね~よ、あと最後の一個あげるなんて言ってね~からな」

 

 感情のこもったオネの演技と、けだるそうに適当にあしらうイオの茶番が終わったところで会計をして外に出る。

 

 ちなみに数字の概念は地球と同じらしく、文字もどことなく似ている。

 通貨概念も少し似ており、地球同様地域や国ごとに専用通貨が存在し、この街の場合は金貨が専用通貨となっている。

 単位はゴールド、値段=金貨の枚数なので嵩張ったりいちいち枚数数えたりするのかと思ったが、どうやらこの街には空間魔術と条件起動型転送魔術が施された金貨専用の四次元金貨袋があり、それに金貨を入れておけば嵩張ることはなく支払いも専用の魔術回路を使って中から必要な分だけ転送させることができる…………らしい、ジル曰く。

 

「イオ~、この後どうする?」

 

「そうだな……まだちょっと時間あるし……どっか買い物でも行くか?」

 

「食べ物?」

 

「今さっき食ったばっかだろ」

 

「じゃあイオ、服買いに行きたい」

 

「……服いるか?」

 

 体質上実物の服を直接着る必要がないこの家族、ゆえに地球でも服は買わず自分たちで作って生活していた。

 

「異世界の衣装見てみたいじゃん。えぇっと……品納め?」

 

「おしい、品定め」

 

 イアの間違いにツッコみつつ要望通り服屋に向かう。

 最初この世界に来た時に立っていた噴水の広場から酒場に行く大通りの途中に服屋があったのをイオが覚えていたので探す手間は省ける。

 店は二階建てで一階は子供用中心、二階が大人用となっていた。

 三人は身長が百五十センチ台だが直接着る必要はないので片っ端から良さそうなデザインを見ていく。

 

 イオは動きやすそうな服を中心に見て回り一通り見たところでイアオネと合流する。

 

「あれ? イオもう終わったの?」

 

「相変わらず早いね、もう少しゆっくり見てもいいんじゃない?」

 

「動きやすければ基本何でもいいからな」

 

 いつも通り性能重視ファッションガン無視のイオに呆れると同時に適当に選んでいるのにちゃんとセンスがいいのは納得がいかないといった表情のイアオネ。ここからはイオにも手伝ってもらい次々と品定めをしていく。

 

「ねぇお兄ちゃん、こういうのって営業妨害になるのかな?」

 

「あくまで参考資料だからな、問題ないだろ」

 

 正直異世界の法律とかは全く分からないが流石に店の商品を参考資料にしただけで警察沙汰になるほど権利には厳しくないだろう。そう自分を言い聞かせ引き続き服を見ていく。

 あらかた見たところで店を出て語学学習のため酒場へと戻る。

 

「そう言えばお兄ちゃん、もの凄く今更だけどお金どうしたの?」

 

「あっ、それイアも気になってた」

 

 昼食の時イオは当たり前のように代金を支払っていたが、よくよく考えるといったい何時どこで稼いだのか不思議に思うイアオネ。

 

「ほんと今更だな、昨日二人が寝た後ロクとワンがクエスト行って稼いできたんだよ」

 

「えっ、なにそれズルい……なにそれズルい!」

 

「……モンスター……倒したの?」

 

 突然の告白にオネは驚き「羨ましい」とぐいぐいイオに言い寄る。

 一方イアはロクやワンがモンスターを倒してしまったのではないかと思い、悲しそうな顔をする。

 

「あぁ違う違う、モンスター倒す方じゃなくて、魔術鉱石とかの採掘のほう。アホみたいにレアな魔石とか鉱石見つけてきたから結構稼げたんだよ」

 

「そっか……なら良かった」」

 

「いいな~! オネも行きたかった! 異世界らしいことしたかった!」

 

 イオが事情を説明するとイアは安どの笑みを浮かべ胸をなでおろし、オネは余計羨ましそうに大声を出す。

 

「深夜限定クエストだぞ、起きてられるのか?」

 

「 ☆ 余 ☆ 裕 ☆ …………だと思う……多分……おそらく……きっと……」

 

 超ドヤ顔の余裕からだんだん目線を逸らし小さくなっていく声。最後の「きっと」はほぼかすれ声になっており、起きていられる自信がない事を自白しているようなものだ。

 イオも「だろうな」と少しバカにしたように鼻で笑う。

 

「じゃあじゃあ、別に深夜限定じゃなくてもいいから行こう! 明日の朝一で行こう!」

 

 とにかく何でもいいから異世界らしいこと(できればクエストやダンジョン係)がしたいオネは必死にイオに頼む。

 ちなみに一人で行こうとしないのは本物の異世界モンスターに遭遇するのが怖いからである。

 ゲームならホラーやグロ系でない限り全然問題ないのだが、やはり現実となると普通のモンスターでも怖く感じてしまうらしい。

 

「って言ってもな、深夜の方が報酬いいからしばらくはロクたちに任せるつもりなんだよな」

 

 ロクワンの行いをイアオネは絶対によく思わないだろう。だから夜の出来事は真実を嘘で塗り固めてでも隠し通さなければいけない。

 その対策の一つとしてイアオネには極力クエストへの干渉を避けさせること、クエストから離れれば離れるほどロクワンも動きやすくなるしバレるリスクも小さくなる。

 しかしファンタジー脳の二人を完全にクエストから切り離すことは不可能に近い、なら干渉を最小限にとどめ余計な知識を与えないよう言いくるめ、ごまかし、騙す。

 酒場も今は言葉が分からないから普通に通えるがあそこは最もクエストの情報が集まる場所、万が一ロクワンの功績が第三者に漏れてしまった場合イアオネが真実を知ることとなる最も危険な建物だ。

 今後ある程度言語を理解できるようになったらもう通わなくなるだろう。

 ただしクエストへの挑戦、これだけは絶対に何があってもダメ……というわけではない。しかしこれはイアオネ自身がモンスターに襲われる危険性を増すのでそういう万が一のことを考えるとやっぱりモンスター関連のクエストには行かせたくないと思うイオ。

 

「ロクお姉ちゃんずるい……ワンずるい……ロクお姉ちゃんずるい……ワンずるい……ロクお姉ちゃんずるい……ワンずるい……」

 

 しかしそんなイオの心配をよそにオネは呪いのようにぶつぶつと呟き始め、イアもそんなオネに苦笑いを浮かべる。

 

「そう不満そうにするなって、言語ある程度覚えたら考えとくから」

 

 クエストに関わらせたくないイオがクエストへの挑戦を拒否しない理由。

 それはイアオネの二人に現実を突きつけるため。リスクはかなり高まるが成功すればイアオネが自分たちからクエストに行こうとは言わなくなるだろう。あれこれ理由を付けて拒否するより自分たちから行かなくなる方がよっぽど楽、イオはそう考えている。

 

「絶対だよ! 約束だからね!」

 

「はいはい」

 

 行くクエストはもう決まっているのであとは時が来るまで耐え忍ぶのみ。クエストへ連れて行ってあげることを約束すると普段の稼ぎクエストをロクたちに任せることにも納得してくれた。さらには勉強も一段とやる気が出たみたいで結果的に一石二鳥の大収穫だ。それでも一切油断はできないが、とりあえず今はオネがロクワン同様毎日クエストに行くことにならず安心するイオ。

 

「…………終わった?」

 

 ロクワンが昨日クエストに行ったと話したあたりから歩みが止まっていたらしく、イオオネの会話が終わるとちょっと進んだところで野良ネコと戯れていたイアがよいしょと立ち上がる。イオオネは「悪い」「ごめんね」と軽く謝り再び歩き始める。

 大通りの真ん中に立っている時計を確認すると集合時間の十七時までもう十分くらいしかない。今から走って行けばまだギリギリ間に合う。

 

「じゃっお先~」

 

「えっあっ、オネちゃん待って~」

 

「転ぶなよ~」

 

 競争とでも言わんばかりにフライングして走り出したオネを慌てて追いかけるイア。そんなイアに注意しつつイオも急いで酒場へ戻る。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ほぼ全力疾走で酒場に駆け込んだ三人は一息つく間もなく二階へ賭け上がる。

 会議室に入ると既に他のみんなは集合しており、オニはイスの背もたれに身体が水平になるようにもたれ掛かり後ろの二本の足だけで絶妙なバランスをとったまま爆睡。ロクワンも暇すぎて死にそうといった顔を机に置きくでーっとしている。ジルも「おっ、来た来た」と読んでいた本を閉じる。

 

「あーイオやっと来たー」

 

「兄さん遅刻ー」

 

「んん? ……」

 

「えっ!?」

 

「うそっ!?」

 

 三人が入ってきたことに気づいたロクワンのマジで待ちくたびれたという表情・口調・オーラに思わず三人とも頭上にかかっている時計を見てる。三人が時計を見た瞬間、針がピッタリ十七時を指す。

 

「ジャストじゃねーか」

 

「「あぁ……うん、そうだね」」

 

 イオが突っ込むとロクワンはちらっと時計を見て、「あと一秒遅れてきてたらなぁ」と言って残念そうに落ち込む。

 イオは呆れて小さくため息を、イアオネは安どしながら大きな溜め息をついて席に座る。

 

「えぇっと、それじゃあみんな集まったし、時間なので授業を始めます」




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章なぜか今週も更新です。
本当は11月に入ってからの投稿だったのですが、課題の合間に書いてたら完成してしまったので温めずに投稿しました。
課題の進み具合にもよりますが、多分来週も投稿すると思います。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第8節:表と裏 の後書きでお会いしましょう。

お布団ロールケーキ


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蒼紅の章第8節:表と裏

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 ジルと出会ってからちょうど一か月が経った。

 異世界での生活にもようやく慣れ始めイアオネにいつもの緩さが戻ってくる。

 ロクワンのおかげでお金には余裕があるしイオオニもこの世界についていろいろ分かってきたところだ。

 そんな一か月の一日の流れは……、

 

 イアオネ──朝:自由行動・昼:勉強・夜:爆睡の繰り返し。

 何度かロクワンと一緒にクエストに行こうと試みるもいつも睡魔に負けて寝てしまう。

 

 ロクワン──朝:自由行動・昼:勉強・夜:クエストの毎日。

 クエストに行くときはイアオネが完全に寝たのを確認してから行くので基本寝不足。

 モチベーションがあれば一夜で複数のダンジョンに行く。

 

 イオオニ──朝:それぞれイアオネに同行・昼:勉強・夜:睡眠

 一日中イアオネと一緒に行動している。

 

 学習進行度は……、

 

 イアオネ:約五十パーセント習得

 読み書き:OK。

 聞き取り:まだ不安。

 発音:普段よく使う言葉は大丈夫。

 

 ロクワンオニ:約七十から八十パーセント習得

 読み書き:OK。

 聞き取り:まあ大丈夫……かな? 

 発音:ほぼ大丈夫。

 

 イオ:100%……読み書き:OK。

 聞き取り:完璧。

 発音:完璧。

 

 と、個人差はあるがお店で注文したりクエストの内容を理解したりなど普通に生活する分には問題ないくらいまで成長している。

 最近では姉妹兄弟間の会話以外では日本語を使わないなどなるべくコテモルン語でコミュニケーションをとるようになった。

 イアオネは実践で慣れるなら姉妹兄弟間でもコテモルン語で会話した方がいいのではないかと提案したが他四人全員にその必要はないと断られる。

 

 そして今日の分の授業が終了する。

 

「疲れた~」

 

「お腹空いた~」

 

 授業が終わると同時にイアオネが解放感全開の声を出しながら大きく伸びをして腕を伸ばしたまま脱力するようにゆっくりテーブルに突っ伏す。

 

「……まさかたった一か月で全部覚えるとは」

 

 一か月でコテモルン語をマスターしたイオの成長ぶりにジルも思わず感心する。

 宣言通り一ヶ月でコテモルン語をマスターしたイオは明日からはどの言語学ぼうかと既に他種族の言語学ぶ気満々だ。

 

「今後はイオくんにも先生になってもらって授業しようかな」

 

 一方ジルはイオにも一緒に先生をしてもらうことで授業の効率化を図ろうとしているようだった。

 

「いや、勉強教えるためとはいえ一か月もジル先生の旅を止めてしまってるわけですから。明日からは俺が一人で教えますよ」

 

「いやいや、俺は全然大丈夫だから。急いで旅してるわけでもないし」

 

「そうかもしれませんけど足止めをしているのは事実ですから、さすがにこっちも罪悪感が……」

 

 提案を少し強引な理由を付けて断るイオにジルは一か月前初めて会った日の夜に感じた時と同じ寒気を感じる。

 

 ──なんだ今のは……? 

 

 そう思った頃にはすでに時遅し、寒気はすっかり消えておりまたしても謎のもやもやだけが残る結果に終わった。当のイオ本人も苦笑いを浮かべるだけで特段変わったことは何もない。

 その後結局綺麗に言いくるめられこれ以上引き留めることができなくなったジルは後の事をイオに任せる。

 ということで、明日からジルは旅に戻り言語はイオが教えることとなった。

 

 一方その頃ロクワンはイオの学習スピードの異常さについて日本語で話していた。

 

「やっぱり兄さんはすごいね」

 

「凄いというか……なんか気持ち悪いよね。後半とかほとんど『それいつ使うの?』って言葉ばっかり勉強してたし」

 

「分かるー、なんだっけ……? 虚数式虚構空間とかイスゥ・エ・ヂファギアとか、もはやそんな言葉が存在するのかどうかも怪しいレベルだよね」

 

「教えてくれるってことは本当に存在するんだろうけど、あとヂファじゃなくてジファ、『チ』じゃなくて『シ』ね」

 

 イオが覚えた無駄知識に呆れつつ結局ぶっ飛んだ世界だからそういうぶっ飛んだ言葉もあるんじゃない? という結論に至りこの話は終了する。

 

 ──くきゅ~~~

 

「ご飯~」

 

「飯か」

 

「晩飯だ」

 

「七時か」

 

「何食べよう」

 

「夕食ですね」

 

 親の顔より聞いた空腹の合図に一斉に反応する。

 最初は唖然としていたジルもこの一か月毎日聞き続けたおかげですっかり慣れてしまった。

 

「ジルさん、今晩は勉強教えてくれたお礼として俺たちが奢ります」

 

「いいんですか? どうせ今回もみんなでどんちゃん騒ぎになりますよ、支払い大丈夫ですか?」

 

「ロクとワンがこの一ヶ月でかなり稼いで来てくれましたから多分大丈夫ですよ。ジルさんも遠慮しないでドンドン頼んでください」

 

「そうですか……」

 

 みんな揃ってぞろぞろと一階へ降り今晩はジルの好きなメニューフルコースで宴会を開く。

 小さな宴会の輪は次第に周りを巻き込み仕舞いには酒場にいる全員を取り込んで大宴会に発展する。

 言語を学んだことで酒場にいる人たちともコミュニケーションをとれるようになり常連客ともかなり仲良くなった。

 大宴会は日付が変わってもまだ続き、その頃にはイアオネは爆睡、ロクワンは今回のクエストを何にするか掲示板を探っている。

 

「兄貴、とりえずオネたち運ぼうぜ」

 

 今日こそは最後まで起きていると意気込んでいたイアオネは二十二時くらいまでは皆と楽しく飲んでいたが、そこからだんだん睡魔が襲ってきたらしく十分程でうとうとし始め、さらに十分後には瞼を開けることすら難しくなっていた。

 そこからお互いの頬を抓り合うなどして一時間ほど粘ってはいたが、やはり睡魔には勝てなかったのか即撃沈する。

 

「ジルさーん、イア達寝ちゃったんで、ちょっと宿まで寝かせてきます」

 

「あぁそうですか、じゃあこの辺でお開きにしますか」

 

 支払いを済ませそれぞれイアオネをお姫様抱っこで抱きかかえると、周りの酔っ払いどもから「ヒューヒュー」と冷やかしの声が上がり酒場を埋め尽くす。

 しかし、イオオニはこういうのは全く気にしないタイプなので華麗にスルー、むしろこの一か月寝落ちしたイアオネを運ぶ度に冷やかしを浴びせてくるここの連中によく飽きないなと感心すら覚える。

 

「ジルさん、明日もう出発するんですよね、何時の予定ですか?」

 

 酒場を出て解散する前に一応お世話になったジルの見送りをするため出発の時間を聞いておく。

 

「朝十時には出ようと思ってる」

 

 時間を聞いたイオオニは、その時間に見送りに行くことを伝え宿へと向かう。

 

 

 ──帰り道

 

 

 日付が変わったというのに街中はそれなりに人が行き来している。ロクワン同様深夜クエストが目当てなのかそのほとんどが冒険者らしき人たちだ。しかも全員、ゲームなら間違いなく最高レアの装備を当たり前のようにフル装備している。

 

「兄貴、今度はなに考えてるんだ?」

 

「なにって?」

 

「とぼけるなよ、ジルの見送りなんてふざけたこと言いやがって。あいつは俺たちの敵だぞ。そもそも接触を最小限にするために一ヶ月でコテモルン語マスターして延長も断ったんだろ」

 

「そうだな」

 

「じゃあなんで自分から過剰接触しようとしてんだ?」

 

「…………ジルが旅人だから」

 

「旅人……俺たちのこと言いふらす可能性があるってことか?」

 

「半分正解」

 

「……残り半分は?」

 

「旅人ってことは再開する可能性があるってことだ。イアとオネへの脅威がなくなったわけじゃない、むしろご都合展開で知り合ったから帳尻合わせで最悪のタイミングで再開しそうなんだよな…………対策考えとかないとな」

 

 ほんの少しでも可能性があるなら起こる前提で行動する。イオが信頼される要因の一つであり、めんどくさい奴と思われる原因でもある。

 

「そんなに可能性潰したんだったら調和すればいい」

 

「地球全体の不調和を凝縮したようなやつだぞ、今の俺らじゃロクかワンじゃないと調和できない」

 

「紅のARIAか……紅の存在を知ったらイア姉もオネも許してはくれないだろうな」

 

「イアオネの思想に反する紅は極力使いたくないんだけど、二人の安全面を考えると野放しにはしたくない…………さてどうしたものか」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………コインで決めるか」

 

「こんな大事な決断をコインで決めるのはどうかと思うけどな」

 

「どっちでも正解なら迷うだけ無駄だ、つまりシンプルかつ単純に決められるコインが最強」

 

「兄貴がそれでいいなら俺は止めねぇよ」

 

 自分の意見は持たずイオの決め方に素直に従うオニ、これは長年の経験からイオの判断に間違いはないと信じており何の不満もない事を意味している。

 イオはポケットからコイントス用に常備している金貨を取り出し親指ではじく。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 部屋に着くとイアオネをベッドに寝かせ、ロクワンが帰ってくるまで二人のベッドを借りて寛ぐ。もちろんオニはワンではなくロクのベッドを使う。

 

「兄貴、これからどうするんだ?」

 

 大の字で寝転がり、ぐでーっと無気力状態になっているオニが明日以降の予定を聞いてくる。

 

「特には……勉強教えるくらい?」

 

 同じように大の字で寝転がるイオが目を閉じたまま答える。

 今までの生活が勉強を教えるのがジルからイオに変わっただけで他はいつもと同じといった感じだ。

 

「いや、そうじゃなくて……ここ異世界だろ、地球に戻ろうとか思わないのか?」

 

「そっちか~」

 

「そっちだよ」

 

 わざとらしくボケるイオに適当にツッコミを入れこの異世界で今一番にやるべきことについて話す。

 

「そうだな……なるべき早く戻らないとな」

 

「宛は?」

 

「俺たちをこっちに召喚した存在がいるはずだからそいつに帰してもらう」

 

 何者かに何らかの方法で異世界に転移、または召喚されたことは確定しているので、イオはそいつを探し出して地球に帰してもらうプランでる。

 

「じゃあ俺たちも()()で旅に出るのか~……なんてな、ぜってぇありえね~」

 

「そんなことないぞ、せっかくの異世界なんだし俺もいろんなところに連れて行ってやりたいとは思ってる」

 

 とても気の抜けた声だがその言葉からは真剣なイオの本心が伝わってくる。こんなぶっ飛んだ異世界でも楽しい思い出をたくさん作らせてあげたいというイオの言葉にオニもうっすら微笑む。

 

「俺知ってるぞ、それ条件付きだろ」

 

 しかしその微笑はあくまでイオの理想論の内容に対しての笑みであり、心に響いていたわけではなかった。微笑んだ表情のまま話の核心を言い当てる。

 イオもそんなオニに対して「よくわかってんじゃねーか」と鼻で笑いながらも流石と褒める。

 

「まぁ、引っ越し程度なら無条件でいいかな」

 

「絶対森の奥とか空の上とかになりそう」

 

「いいじゃん、情報集まるまでそこでひっそりと暮らす、人目に付きにくいところは俺たちの正体がバレにくいから大歓迎だ」

 

「…………安全な森があるといいけどな」

 

「どうせ安全になるから大丈夫だろ」

 

 今のイオにさっきまでの真剣さは感じられない、どこまで本気で言ってるのかオニでも分からなくなってきた。

 

「まぁ続きはロクたちが帰って来てからだな」

 

 そう言うとイオは布団をかぶって仮眠に入る。

 オニはイオが寝た後も少し起きていたが、あまりにもやることがなく退屈過ぎるので結局イオ同様布団にもぐって寝てしまう。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 丑三つ時。ぐっすり眠るイアオネと仮眠をとってるイオオニの四人がいる部屋に二つの影がひっそり足音を消して近づく。

 二つの影のうち片方は短剣を、もう片方は縄を手に持っている。

 影はドアに耳を当て中の四人が起きて話していないことを確認したあと、ゆっくりと少しだけ開けて中の様子も確認する。

 見たところ四人とも寝ているらしい。

 そのまま起きないよう慎重に部屋へ侵入し、二つの影のうち片方は持っている短剣を抜きオニの喉元に狙いを済ませスーっと大きく息を吸う。

 もう片方はイオを縛るためにそっと布団を剥がす。

 影のやり口が手慣れ過ぎているからなのかイオオニ、二人揃って全然起きる気配がない。

 準備が整うとアイコンタクトで合図して同時に襲い掛かる。

 

 ──グサッ!!! バシッ! ぎゅうううぅぅっ!!! ギチギチッ!! 

 

 短剣はオニの喉元を貫きベットまで深々と突き刺さる。

 一方イオは手足を縛られベットに縛り付けられる。

 

 ……というのは幻覚で、短剣の突き刺さったベッドには貫いたはずのオニの首はなく、代わりに背後から鋭い殺気を突き付けられる。

 

「詰めが甘いんじゃないか? ゴミカス」

 

「あ”ぁ”? 現在進行形で舐めプして隙晒してるバカに言われたくないね」

 

 オニの寸止めに落胆する影の正体はワン。ベッドに突き刺していた短剣の刃先はいつの間にかオニの腹部へと向けられておりそのまま睨み合いが続く。

 

「そっちこそ、寸止めなんてらしくねーな」

 

「朝起きてマヌケの死体があったらオネが可哀想でしょ」

 

「ダウト」

 

「…………こっちにもいろいろあるんだよ、はぁー手加減しないといけないとかマジでつまんない」

 

 ぐちぐちと文句を垂らしつつも短剣で威嚇はし続けるワン。

 異世界に来てからの姉弟喧嘩も今の寸止めも全部理由があっての事とまるで言い訳のように言い放つ。

 

「なるほど、つまり今のこの状況は俺が一方的にブッ殺せる状況ってことだな」

 

「はぁ? 僕がダメなのにテメェーが良いわけねーだろうが、頭湧いてんのか」

 

「あ”ぁ”? なんで俺が雑魚のルールに合わせないといけねーんだよ」

 

「知らないよ姉さんに聞け」

 

「二人とも静かにね、あとオニもしばらくは大人しくしてね」

 

 もう一つの影はやっぱりロク、布団のふくらみに馬乗りになったままシッと鼻の前で人差し指を立てる。

 

「はいはい……あぁーあ、だるっ」

 

 オニもこの状況でイアオネが起きるとまずいことは承知なので大人しくロクに従う。

 

「……!?」

 

 ロクが隣のやり取りを注意するためターゲットから視線を逸らした刹那、自身の身体がストンと下に落ちる。

 びっくりして視線を戻すと確かに縛りつけたはずのイオは縄ごと消えており、背後に気配を感じたころには見事な亀甲縛りで拘束されベッドに突き倒される。

 

「対象から目を離すとか油断しすぎだろ」

 

 今夜は雲が多く月は隠れている。真夜中の今、部屋の中は普通の人間がそこに誰か居るとやっとこさ認識できるかどうか程度の暗さ。

 しかしこの姉妹兄弟に限っては違う。自身の体質からこの暗闇でも昼間の様に明るく見えているのでそこにだれがどんな顔して立っているかも容易に分かる。

 ロクの視線の先にいたのは容赦なく縛り上げたはずのイオ、見下すように見下ろすその顔はロクをもの凄くバカにした煽りを極めた顔。

 見ていると無性に腹が立ってくる。

 

「…………手足は絶対動かせないようにしたんだけどなぁ」

 

「ただの縄で俺たちが拘束できないことくらい分かってるだろ」

 

「レーザービームでも切れない縄みたいだからワンチャンいけるかなって思ったんだけど」

 

「抜け出すだけなら切る必要ないだろ、眠すぎて思考回路停止してんじゃないのか?」

 

 ロクのとぼけた言い訳に呆れつつ容赦なく論破するイオ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

「ねぇ解いて」

 

 長い沈黙の後、一向に解く気配を見せずただただこちらを見下しているイオに助けを求めるロク。

 

「解かなくても抜けられるだろ甘えんな」

 

「はーい」

 

 自分には残残優しくしてくれないイオに対しぶつぶつと文句を垂れながらロクが体を起こす。すると不思議なことに縄がロクの体を貫通し結び目すら弄ることなく脱出する。

 

「無駄な買い物しやがって」

 

「いやいや絶対どこかで役に立つから大丈夫」

 

「兄貴全員揃ったしさっさと始めようぜ」

 

 いつまで待たせるんだ? と言いたげな口調でロクのベッドに腰掛けるオニ。

 

「そうだな、ワン、明日ちゃんとベッド弁償しとけよ」

 

 ベッドに勢いよく腰を下ろしたイオはザックリとベッドを貫通している刺し傷を上に座って隠しているワンに「バレてるからな」とジト目で指摘するとワンはですよねーっといった苦笑いを浮かべる。

 それと同時にワンは自分のベッドに移動し、オニと対角になる位置に座る。代わりにロクがオニの隣に移動。会議の席決めが整ったところで早速話を始める。

 

「明日からロクワン二人にはやってもらいたいことがある」




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」の蒼紅の章やはり今週も更新です。
それにしてもイオくんの学習スピードは以上ですね。
一般人が実際に他の言語を一からすべて覚えようとしたときにどれくらい時間がかかるのか分かりませんが、日本語の「に」の字も知らない外国人が一ヶ月で日本語を完璧にマスターすると考えればどれだけ凄いかが良く分かりますね。
IZさんは日本語すらまともに話せないバカなのでイオくんがとても羨ましいです。

次回で【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章は完結になる予定です。
その次からは【蒼の章】と【紅の章】の二つをそれぞれ投稿していきます。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】蒼紅の章第9節:分かれ道 の後書きでお会いしましょう。

12月9日


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蒼紅の章第9節:分かれ道【最終節】

『チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。』蒼紅の章最終話。


ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 ――翌朝

 

 ジルが出発する一時間前。

イオ・ロク・ワンの三人は見送りをするため街の東門に来ていた。イアオネはいつも通り爆睡中、オニはイアオネの護衛のために留守番。

 東門には荷馬車が数台停まっており他の冒険者や商人などいろんな人たちが出発の準備をしていた。そんな中、馬車が止まっている通路の横にいくつかあるベンチの一つに、見覚えのある人物が座って晴天を眺めているのを発見する。

 

「おはようジルさん」

 

 近づきながら声をかけるとジルは少しびっくりしてこちらを振り向き、声の主が分かると立ち上がってこちらに歩いてくる。

 

「イオくん、おはよう。あれ?ほかの三人は?」

 

「イアオネは爆睡中、オニは重力が邪魔して起き上がれないとか訳の分からないこと言ってぐでってたから留守番」

 

「あはは、三人とも相変わらずだね」

 

 いつも通りの朝の光景にジルは一笑する。積み込みはもう終わっているらしく、他が終わるまでの暇潰しにベンチに腰掛け少し話す。

 

「東に行くんですね」

 

「うん、今はひたすら東一直線に進むように旅してるから、一周したら今度は北方角に一直線って感じかな」

 

「方向決まってると不便な時ない?利点とかあるの?」

 

 意外にもジルの旅のルールに興味のあるのかロクが自分から質問する。

さっきまでひとつ隣りのベンチに離れて座っていたはずが、いつの間にかジルイオの間に割って入ってきた。

まさか自分たちもそのルールで旅に出るつもりなのか?と思いながらイオは少し横に移動してロクの座るスペースを開ける。

 

「進む方向は決まってるけど、その行き先に何があるか分からないワクワクが楽しいんだよ。それに次どこに行くかをいちいち考えないで済むのも利点かな」

 

 一直線旅特有の楽しさを話すとさらに興味を持ったのか、他にも「崖や海にたどり着いたらどうするのか?」「危険地帯と分かっていてもルールは曲げないのか」と質問攻めにするロク。

 

ーーまさかな・・・

 

ロクに限ってそんなことはないだろうと思いつつもいつもの癖で何かの間違いで嫌な予感が的中した時に備えてどうするか考えておく。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ジルさーん、出発しますよー」

 

 ロクが質問攻めしているうちに時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか出発の準備が整っていた。ジルが御者に「分かりました」と返事すると、ロクはまだ質問あるのに・・・といった不満そうな顔をする。

 

「他は実際に自分たちで確かめてみてくれ」

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

 ジルにお礼を言って少し上機嫌でイオワンの元へと戻るロク。よっぽどジルの旅の仕方に関心を持ったのか早く自分もやりたくてうずうず()()()()()()()()()()

 

「じゃあイオくんたちも頑張って。またどこかで会った時は旅の思い出話しながら宴でもしようか」

 

「いいですね」

 

 別れのあいさつを交わし荷馬車の列がゆっくりと出発する。

手を振りながらジルを見送り、見えなくなったところで三人の雰囲気が一変する。

 

「んんーーーっ、やっっっと解放されたーーー」

 

 長年の呪縛から解放されたかのような解放感にイオは大きく伸びをして嬉しそうな大声を出す。ロクワンも「終わった終わったー」「自由だ―」とそれぞれ体を大きく伸ばし解放感に満たされる。

 

「イオー、どうだった私たちの演技」

 

「百点満点で何点くらい?」

 

「ギリ赤点回避」

 

「えぇーー厳しくない?」

 

「バレなかったんだからおまけしてよ」

 

 イオの辛口評価にブーイングと文句を浴びせ抗議する二人だがその顔はこの異世界に来てから見せた表情の中で一番幸せそうだ。

 

「なに言ってんだ、この一ヶ月ずっと棒読みクソ演技だったじゃねーか。『結果的にバレなかったボーナス』で赤点だけは回避してやったんだからむしろ感謝な」

 

「イオ基準とか無理に決まってんじゃん!」

 

「そうだそうだ!一般基準で評価しろー」

 

「じゃあ八十点」

 

 評価の採点基準がイオなのは余計に納得できないと騒ぐロクワンに適当に高評価を与えとりあえず満足させる。

 

「ていうかイオだって二回も威嚇してたじゃん」

 

「そーだそーだ」

 

「そうだな、あの程度で乱れてるようじゃ赤点以下ゼロ点・・・いや、マイナスだな。気をつけているつもりでも警戒心は平和ボケしてるな」

 

こういった事には他人よりも圧倒的に自分に厳しいイオ。自分以外には赤点や八十点など具体的な点数を与えるが、自分に与える点数はゼロか百の二択しかない。しかも一度でも粗相をすれば絶対に百にはならないしようらしく、特に酷い時はどんどんマイナスになっていく。

 

「はいはい、そうだね」

 

「この世界では百点出るといいね」

 

自分で自分に酷評をつけられてはロクワンもこれ以上責める気にはなれず雑に話を終わらせる。

 

「・・・・・・さてと、ワンそろそろ行こうか」

 

「そうだね」

 

「えっ?どこ行くんだ?」

 

「え?ジルを調和してくるに決まってるじゃん」

 

「危険に遭遇しない方法は危険に合う可能性をすべて潰すこと。兄さんの言葉だよ」

 

「昨日の夜今回だけ見逃すって話になっただろ、もう忘れたのか?」

 

「でもあんなの見逃したら絶対後々面倒になるから、僕予言しとく」

 

「一応異世界語教えてくれた恩人なんだしこれでプラマイゼロってことでいいだろ」

 

「圧倒的にマイナスなんだよねー」

 

「じゃあ次()()()()会った時は好きにしていいから今回は我慢してくれ」

 

後で追い付いて調和するなんてことにならないようにしっかり言い聞かせ勝手な行動をしないよう抑制する。

ロクワンは無茶苦茶納得いかないと言った様子だったが、イアオネの為と自分を押し殺し善処する道を選ぶ。

ジルの行き先はある程度ルートが予測できるのでイアオネの方が再開することはもうないだろう。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ただいまー、起きた?」

 

「まだ」

 

 宿に戻り部屋のドアを開けると同時にイアオネの起床を確認するとバックパックを背負った状態でベットに寝転がって仮眠していたオニが体を起こしながら短く返答する。

 

「よし準備はできてるな。じゃあよろしく」

 

「兄貴もオネの事頼んだからな」

 

「おう、場所さえわかれば生存報告の手紙くらい送るぞ?」

 

「いいよ、兄貴なら余計な心配なんてしなくて済むし」

 

 オニは長年一緒に生活して得た信頼でイオの提案を断り部屋を出ていく。

ロクワンも忘れ物が無いかの最終確認を済ませる。

 

「兄さん、お金は全部置いていくから好きに使ってね」

 

「本当に持って行かなくて大丈夫か?」

 

「大丈夫、すぐに稼げるし」

 

「ありがとな、でも流石に無一文は心配だから少しはもって行けよ」

 

 この一か月で稼いだ大金の中から片手で一回掴んだ分だけを自分たちの金貨袋に入れ、これだけあれば十分といった顔で閉じた袋の紐をもって回す。

イオはホントに少しかよといった顔をするが、こういう場面でワンが余計な気遣いをしないことは知っているので素直に了解する。

 

「イオ、家建てたらちゃんと教えてね。見に行くから」

 

「急に何の話!?」

 

楽しみにしてるとでも言いたそうな素晴らしい笑顔とグッと力強く立てられた親指。今まで話題にすら上がらなかった家の話をするワンに少々驚くイオ。しかも賃貸とかではなく一件建てること前提。

 

「えっ?なにって、イオが一軒家建てる話」

 

「ホントに何の話!?」

 

 最後の最後で訳の分からないことを話し出したロクに思わずツッコんでしまう。ロクはこういう意味不明なことを何の前触れもなく突然言い出すのでイオでも頭で状況を理解するまで少しかかる。しかも質が悪いことにその大半は「なんか急に頭に浮かんだから」と、特に理由はない凄くどうでもいい話だったりする。

 

「建てるんでしょ?森の中に」

 

「いや建てないから。何を期待してんだよ」

 

「えっ?建てないの?こう・・・大樹をそのまま使った幹の中に部屋とかがあるパターンのやつ」

 

「それファンタジー過ぎない?」

 

「だってファンタジーの世界じゃん」

 

「・・・あぁ・・・まぁ・・・・・・一応頭の片隅には置いとくよ」

 

 どうやら今回は真面目な話らしく、将来家を建てるならファンタジー世界らしい家にしてという要望だったらしい。イアオネが好きそうなタイプの話題なので一応候補に入れておく。

 

「姉さん行くよー」

 

「はいはい、じゃあイオいろいろ頑張ってね」

 

「お前らも目的忘れるなよ」

 

 ロクとワンは遊園地に遊びに行くときの子供のようなテンションでバイバイと手を振り部屋を出ていく。

そのあとは窓から酒場方面に向かう三人を見送り、見えなくなったところで「ふぅ~~~」っと大きく息を吐きながらロクの使っていたベッドに背中から倒れ込む。

 まもなく昼だと言うのに寝ぼすけ二人は未だにぐっすりとしていて起きる気配は感じない。

やっとまともな異世界ライフが遅れることにちょっとだけわくわくしながら時間になるのを待つ。

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

 ――・・・くきゅ~~~

 

 12時ジャスト、いつも通りオネのお腹が可愛らしく空腹を伝える。

しかし、お腹がすく=オネが起きるという事ではなく、空腹よりも睡魔が勝っていればいくらお腹が鳴ろうが起きることはない。とはいえこれ以上寝かせても生活習慣的に悪いのでまずはイアから起こしに行く。

 

「お~~~いっ、イア~~~起きろ~~~」

 

 いつも通りぺちぺちと左頬を軽く叩いて徐々に意識を現実に呼び戻していく。しかし軽く叩いた程度では少し寝言を建てるだけで全然起きようとしない。ならばとだんだん叩く強さと速さを上げてより強くたくさんの刺激を与える。一分くらい叩いたところでやっとこさ目をほんの少しだけ開けてくれる。

 

「・・・んん・・・ん?・・・・・・イオ?」

 

「おはようイア、そろそろ起きろよ」

 

「んん~・・・あと五分・・・Zzz」

 

「はいはい、五分だけな」

 

 基本的イアに超でろ甘なイオはある程度イアのわがままを許しており、この「あと五分」もその日がよっぽど時間厳守なスケジュールでもない限りは許している。五分の睡眠延長を承諾し、その間に今度はオネを起こしに行く。

 

「オネ?起きろ~、朝・・・っじゃねえ、昼だぞ~ご飯だぞ~」

 

「・・・・・・ご飯?」

 

 イア同様頬をぺちぺちと叩いて起こすとこっちは「ご飯」という単語に反応したのか、寝ぼけながらも素直に目を覚まして体まで起こしてくれる。

 

「おはよう、オネ」

 

「おはようお兄ちゃん・・・朝?」

 

「残念、昼だ」

 

「・・・そっか~」

 

 お昼という事実を知らされるとオネは寝ぼけた返事をしてゆっくりベッドから降りる。「んんんん~~~っ」と大きく伸びをして両肩を回したあと下の階に響かない程度に軽くジャンプジャンプする。

 オネはどんなに寝ぼけていても目を覚ましさえすればルーティーンとして必ずこの動きをする。

地球にいたころ、このルーティーンに意味があるのか聞いてみたとがあったが、本人曰く「特に理由はない」「起きたら何となくやりたくなる」とのこと。

 

「顔洗ってくる」

 

「おう・・・あっ、オネ?」

 

「なに~?」

 

「ついでに風呂入ってきたら?昨日は入る前に寝ちゃったから」

 

「あ~・・・うんっ、分かった~」

 

 そう言ってオネは着替えを持たずトタトタと一階にあるお風呂に向かう。

 ちなみにこの宿のお風呂は銭湯のような一つの大浴場を薄い壁の仕切りで男湯、女湯と分けているシンプルなつくりで物理的に覗きはできないが声はお互い駄々洩れで聞こえる。

 

「・・・・・・・・。」

 

「Zzz」

 

「・・・・・・・・。」

 

「Zzz」

 

「・・・・・・3、2、1、イア~~起きろ~~~」

 

 イアの睡眠延長からちょうど五分が経過すると再びぺちぺちと頬を叩き起こす。五分しか経っていないということもあり今度は軽く叩いただけで起きてくれた。

 

「・・・・んんっ、ん~・・・まだ三分」

 

「残念きっちり五分です」

 

「じゃああと五分追加・・・Zzz」

 

 やはりイアの睡眠延長が五分で済むはずが無く、当然のように三度寝にはいる。

 

「イア~?お~~~い」

 

「・・・・・・Zzz」

 

「イア~?・・・」

 

「・・・・・・Zzz」

 

「はぁ~~~・・・」

 

 あっという間に夢の世界への門をくぐったイアに大きな溜め息を付きつつも、五分経つまで大人しく待つイオ。待ってる間特にやることもないので時間を一秒ずつしっかり正確に数えていく。

 

 ――さらに五分経過

 

「・・・・・・3、2、1、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、イアさ~んお昼ですよ~」

 

 次こそ起きてもらうため、今度は目覚まし風に手をパンパン叩きながら半強制的に起こす。

 

「・・・・・う~ん・・・・あと五ふ・・・」

 

「させねーよっ、はい、起きた起きた」

 

 四度寝しようとするイアの体を大きく揺すり寝かせる隙を与えない。流石のイアもこれには耐えられないようで、意識がはっきりしてくるのに比例してだんだん目も開いてくる。それでも念には念を込めて意識が完全に目覚めてもしばらくは揺らし続ける。

 

「あわわわわっ、起きた起きたから~」

 

 言っても一向にやめる気配がないイオの右腕をつかみイアがしっかり起きていることを伝えてくると揺らすのを止める。

 

「おはようイア」

 

「おはようイオ・・・・・・そしておやすm」

 

「はいはい、お風呂でさっぱりしてこよ~ね~」

 

 一瞬油断させてその隙に四度寝を決める作戦のイアだったが、当然イオがそれを見逃すはずもなく寝ようとベッドに倒れるイアの身体よりも先に布団を剥ぎ取る。

 

「あぁ~~返して~~」

 

「はいはい、さっさと起きな」

 

 ベッドに倒れ込んだままの態勢で何とか布団を取り返そうとするイアに対し手がぎりぎり届かないところに布団を抱え立ち、必死に手を伸ばす可愛いイアの姿を見て楽しむ。

 

「ん”ん”~~~・・・・・・そうだっ、オネちゃんの布t」

 

 はっと閃き口に出したときには時既に遅し、オネの布団はイオが満面の笑みで回収を終えていた。

 

「イ~~オ~~」

 

「いいから早く着替えろ」

 

 布団を奪われ、むくれているイアは上から下まで何も着ておらず素っ裸だった。本人曰く服は着ていない方が布団が気持ち良くてよく寝れるらしい。

 きめ細かい純白の肌はまだ布団のぬくもりが残っているのか薄いピンク色に火照り、乱れたシーツの上にちょこんと座る身体は少しの事で折れてしまいそうなほど細く華奢だ。

 普通の年頃の女の子ならこんな無防備な姿を異性に見られれば、たとえ姉弟とはいえ恥じらいの一つでも持つのだろうが・・・この長女にそう言ったものはないのだろう、気にする様子は全くなく胸や下半身を隠そうとする素振りすらない。

 イオも服を着ろとは言ったがそれはあくまでイアを風呂に行かせるためであって、見ていて恥ずかしいとかそういった感情は微塵も無い。むしろこの光景はいつもの日常そのもの、ゆえにガン見したまま超平然と会話を続ける。

 

「・・・・・んん?ん~・・・んん・・・・・・ん~~・・・」

 

「はいはい、さっさとオネと一緒に風呂入って来い」

 

「ふわぁ~~い」

 

 もの凄く寝ぼけながらも服をまとったイアは欠伸と返事を同時に行いふらふらと揺れながら壁を伝いお風呂に向かおうとする。さすがにこのままでは階段から滑り落ちそうなのでイオが手を引きながらお風呂場まで連れていく。

イアをお風呂まで連れて行ったあと、受付で借りていた部屋を二部屋からイア達の使っていた四人部屋一つに変更する。

その後部屋に戻ってワンが朝一で弁償・運搬・設置した新しベッドに横たわり今日の予定を考える。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ――浴場

 

「はぅ~~~」

 

 アニメのように不自然に濃ゆい湯煙が存在しない銭湯でオネが湯船に浸かって全身緩んでいるところにガラガラと戸を開けイアが入ってくる。

 

「オネちゃん、おはよ~」

 

「あれ~?起きるの早かったね~」

 

「イオが寝かせてくれなかった」

 

「もうお昼だからね~、ふわぁ~・・・オネもちょっと寝すぎたかな・・・」

 

 オネの隣に入浴してもっと寝たかったと愚痴るイアにオネが緩みに緩んだ気の抜けるようなゆる口調でゆる~く答える。

 

「今日はどこに行くのかな?」

 

「せっかくの異世界なんだから異世界らしいことしたいな~、ダンジョンとか」

 

「オネちゃん本当にそういうの好きだよね」

 

「だって異世界だよ?ファンタジーだよ?ダンジョン行くしかないでしょ」

 

 さっきまでゆるゆるだったオネが一変、ザバァっと湯船から勢いよく立ち上がり自分が考える異世界ライフを激しく主張する。

 

「イオがダメって言いそう」

 

大興奮のオネとは逆に冷静なツッコミをするイア。幼少期から危険を伴う可能性のあることは一切やらせてもらえなかったイアオネ、イオオニのそういった判断により結果的に大きな事件事故に巻き込まれることはなかったがヤンチャしたくなる年ごろでもあるためなかなかこういった欲望は絶えない。

 

「あぁ言いそう、超言いそう、絶対言ってくる」

 

「却下です!」

 

「あははっ似てる似てるwww」

 

「ふふっ、どや~」

 

 今度はイアが湯船から立ち上がり謎のドヤ顔を決める。

元々イオとイアは声が似ているので自然と声真似は上手くなる。オネも相当ツボったらしく、お腹を押さえて笑い転げた挙句お風呂で溺れそうになる。

 

「オネちゃん!?」

 

「だ、大丈夫大丈夫」

 

 突然の出来事に慌ててオネを引き上げるイア。苦笑いを浮かべながらオネが無事を伝えると安心して全身の力が抜けたように再び湯船に身体を沈める。

 

「オネちゃん!」

 

「本当にごめん、つい」

 

 何はともあれオネが無事だったことに安堵し、姉としてしっかり説教してから肩まで浸かって全身の力をゆっくりと抜いていく。

 

「・・・・・・・はふぅ~」

 

「・・・ふわぁ~」

 

 気の抜けるようなゆるゆるな声を出しながら二人してとろける。

 さっきオネが溺れそうになった衝撃で一度は完全に目が覚めてしまったはずのイアだったが、それをかき消すように湯船が眠気を誘ってくる。

 オネは疲れてさえいなければそうでもないのだが、一日中眠そうにしているオニよりも睡魔に弱いイアでは当然あらがうことができず湯船につかりながらうとうとし始める。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ふぅ~気持ちよかった~」

 

「あぁ~気持ち良かった~」

 

 お風呂から上がりさっぱりした体を常備してあるバスタオルでキレイに拭く。

 

「イアお姉ちゃん途中から寝てたよね。溺れそうだったよ」

 

「お風呂ってすごく眠くなるんだよね~」

 

「すっごく分かるけど、もし一人で入る時はちゃんと我慢してね、怖いから」

 

「うん、オネちゃんもはしゃがないでね」

 

「それは・・・本当にごめん」

 

 お風呂での件を深く反省しつつ一瞬で普段着に着替え、イアの髪がある程度乾くのを待ってから部屋に戻る。

 

 ――ガチャッ

 

 イアオネが部屋に戻ると珍しくイオが両腕を広げて規則正しい寝息を立てながら寝ていた。

 

「・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・おやすみぃ~」

 

「ん?あがった?」

 

 イオの腕枕で四度寝しようとベッドに横たわった瞬間イオが目を覚ます。まるで狙っていたかのようなタイミングで目を覚ましたイオに少しムスッっとしたイアだったが、ハッと頭にひらめいた妙案を実行する。

 

「おはようイオ、ここは夢の中だよ」

 

「夢の・・・中?・・・あぁそうか寝ちゃったか、早く起きないとな」

 

「夢から覚めるためには夢の中で寝るといいって言われてるよ」

 

「そうか、それじゃあおやすみ」

 

 これこそイアの作戦:ここは夢の中作戦

『ここは夢の中作戦』とは、寝起きで頭が回らないことを利用してここが夢の中だと思わせた後、「夢から覚めるには夢の中で寝る」という噂を用いて「夢の中で寝る=現実で寝る」を実現させる、ただただイアが寝たいがために閃いたバカが考えるような作戦である。

 しかし当然イオにそんなクソ雑魚作戦が効くはずもなくイアは両頬を軽くつねられてびよぉ~~~んと引っ張られてしまう。

 

「いひゃいいひゃい(いたいいたい)」

 

「目は覚めたか?」

 

「しゃへたしゃへた(覚めた覚めた)」

 

「ならよし」

 

 イオが引っ張る手を離すと「むぅ~っ」と抓られた頬を手で押さえながらイアがほっぺを膨らます。

 しかしイオはそんなイアには目もくれずバックパクからペンとノートを取り出してイアオネに手渡す。

 

「イアも起きたことだし、授業始めるぞ」

 

「授業?イオがやるの?ジルさんは?」

 

 なぜかいつもの酒場ではなくここで、しかもジルではなくイオが授業をするということに、オネは無言で左右交互に首を傾げさっきまで超絶不満そうな顔をしていたイアも首をかしげる。

 

「ジルは旅に戻ったよ。今朝出発した」

 

「えっ?それホント?」

 

「ホント。俺が言語全部覚えたから今日からは俺が教えることになった」

 

「はへ~・・・」

 

「えぇなんで起こしてくれなかったの?見送り行きたかったのに」

 

「ちゃんと起こしたぞ、二人とも起きなかったけど」

 

 息を吐くように嘘をつく。なぜわざわざ嘘をつく必要があるのか・・・理由はイオのみが知っている。二人がなぜ少しも疑わないのかは、ただイオの「起こしても起きなかった」という言葉に自分自身がなっとくしてしまっているから。

 イアは学校や仕事が無いときは、今日のように無理やりにでも起こさない限り昼までは確実に寝ているし、日頃早起きのオネでもかなり疲労がたまっている時はいくら起こしてもイア並みに起きない。二人ともそれを自覚しているからこそ、こんな単純な嘘でも疑うという選択を一番に捨ててしまう。ましてや寝坊しそうな時は必ず起こしに来てくれるイオの言葉だ、日頃の行いも合わさり、()()()()()()()のに()()()()という虚構に気づかないのも無理はない、後ろそれが必然。

 

「最後にお礼言いたかったな・・・」

 

 自分たちが寝てい間にジルが旅立ってしまったという事実に驚きつつも少し寂しそうにする二人。たった一か月の付き合いとはいえ親切にしてくれた恩人、ジルの内面を知っているイアですら感謝の言葉くらい言いたかったと残念そうに落ち込む。

 

「なんかひたすら東に進む縛り旅してるみたいだから、また会う機会はあると思うぞ」

 

 しかしイオはイアに甘い、しょんぼりしているイアにジルの行先だけは伝えてあげる。それを聞いて再開の可能性がゼロでない事にイアは「そっか・・・」と小さく微笑む。

 

「なにその変な縛り、先が海とかでもまっすぐ進むの?」

 

 一方オネはジルの一方通行縛りの方が気になるらしく、さっきまでイア同様寂しそうにしていたのにもう切り替えている。イオが「そうらしい」と答えると今度はメリットデメリットについてぶつぶつ呟きだす。ロクの時のデジャブを感じながらイオは本人に築かれない程度にフッと小さく鼻で笑う。

 

「イオ~イオ~」

 

「はいはいっ、なんだ?」

 

「ロクちゃんたちは?一緒に勉強しなくていいの?」

 

「あっそういえば、オニがいない」

 

 流石のイアオネでもいつものメンツがいない事には気づいたらしい、あたりを見渡し残りの三人がどこに行ったかイオに聞く。

 

「あの三人ならクエスト行ってるよ」

 

 今回はある意味本当の事。ただイオとイアオネの間にはクエストの内容に関しての認識にズレが生じている。

 

「また採掘クエスト?」

 

「ロクお姉ちゃんたちばかりズルくない?ロクお姉ちゃんたちばかりズルくない!」

 

「何で二回言った」

 

「大事なことだから」

 

 イアオネはイオの付いた嘘によりお金稼ぐための採掘クエストに行っているといまだに思い込んでいる、オネに関してはそれに加え自分たちが連れて行ってもらえてない事に対する不満が爆発寸前まで溜まっている。

 

「朝に行くの初めてじゃない?どんなクエストに行ったの?」

 

「遠征クエスト」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「遠征クエスト」

 

「「なんで二回言ったの?」」

 

「聞こえてないのかと思って」

 

 これもある意味本当の事。モンスターを倒しているということさえバレなければどんなクエストに行ってようが問題はない。今回はロクワンが動きやすいように遠征という選択をとったが、これにより気を付けないといけないことが一つある。

 

「お兄ちゃん遠征ってどういうこと!?どこに行ったの!!??いつ帰ってくるの!!!???」

 

 そう、溜まりに溜まったオネの不満の爆発である。

 

「落ち着けって」

 

「 い つ 帰 っ て く る の ! ? 」

 

 場所もいつ帰って来るかもわからない遠征クエスト、一緒に行きたかったのかオニに会えないのが寂しいのかそれとも両方か、いつにもましてぐいぐい攻めよってくると仕舞いにはイオをベットに押し倒し馬乗りになって拘束した後、両手でボフッと壁ドンならぬベッドドン?(いや、床ドンか?)で押さえつけると超絶不満そうな顔を近づけて睨みつける。

 そんな感情の激しいオネとは対極に普段と変わらない落ち着いた口調でいつ帰って来るかはわからないとイオが伝えるとオネはじっとイオの目をのぞき込むように見つめる。

 十秒ほど経っただろうか、オネは大きな溜め息をついてイオから離れると隣のベッドへ移動し大きく息を吸ってからうつ伏せで倒れ込む。そして顔を枕に埋めると「あ”あ”あ”あ”あ”!!!」っと不満を吐き出し足をバタつかせ始める。

よっぽど付いて行きたかったのだろう、この様子だとしばらくは収まりそうにない。

 こうなると思ったんだよなぁと思いつつイオが体を起こした瞬間何故か再び押し倒される。

犯人はイア。オネと同じように馬乗りになり無表情のままただただイオを見つめている。

 

「・・・どうしたイアまで」

 

「 く わ し く 」

 

「・・・あぁ~はいはい、説明が足りなかったな」

 

 イアがこうも積極的にぐいぐい来るのは珍しいく、いったい何を言われるのだろうと身構えた結果・・・要求は遠征の詳細。

大好きな家族が危険な場所とかに行ってないかが心配なのだろう。しかも今回は行先を本人たちが決めるクエストと言う名の遠征、旅立ってからまだ数時間しか経っていないが既にどこにいるかも分からないし安否確認の方法もない。

 だから今回に関してはイオも正しい情報を伝える。もちろんモンスター討伐に関しては例外だが、それ以外は嘘偽りなく答える。というのも今回のクエストの内容はイアとオネに一番関係しているのだから。

 今度はイオが真剣になって話す番。イアに退いてもらい体を起こす。

 

「遠征クエストの依頼主は俺だ。地球へ戻る方法を探すためにあの三人にはいろんな場所に行って情報を集めてもらうことにした」

 

「地球に?」

 

「戻る?」

 

 流石はイアオネ、イオが作った真剣な空気をいとも簡単にぶち壊すアホ顔をさらけ出す。

異世界生活の弊害かイアはもちろん、ついさっきまで発狂していたオネまでぽけ~っと首をかしげている。これも一種の才能なのか張り詰めた空気の中に黼織り込むだけで無意識に緩和してくれる。しかもその返答はたいてい天然発言なのでイオでも予想外な回答をされることが多い。

 

「おいおい、異世界に馴染み過ぎて自分たちの使命忘れたか?」

 

 ちょっと焦り気味に問いただすと二人はぽけ~っとしたまましばらく黙り込む。

 

「・・・・・・はっ!忘れてないよ!大丈夫」

 

「・・・うん、大丈夫だよ大丈夫だから」

 

 本来なら即答でなければいけない内容の質問なのだが、五秒ほどフリーズしてからようやくイオの質問の意味を理解するイアオネ。どう見ても大丈夫じゃなそうに焦りながら大丈夫と答える。

 

――こいつら忘れかけてたな・・・というか絶対忘れてたな

 

 異世界関連とは別に新しく心配ごとが増えてしまったイオはいっきに不安になり、大きく息を吸って一気に溜め息として吐き出す。

そしてこの異世界に長居するわけにはいかないと一刻も早く地球に戻ることを決意する。

 

「とまぁそういうことだから、三人には旅に出てもらったんだ」

 

「どういうことイオ?」

 

「全然分からないんだけど?」

 

「今さっき言っただろ!ロクたち三人には情報収集のために俺達とは別行動してもらってるって」

 

「「・・・あ~~~っ」」

 

――・・・大丈夫かこの二人

 

 旅に出た三人とイアオネの心配度の比率が半々だったのがたった今この瞬間からイオの中で一対九に更新された。

三人のことは未知の世界ということもあり一応それなりに心配はしていたのだが、今ではそんなことどうでもいいと思えるくらいの不安が頭を埋め尽くす。

今後次第ではロクたちの心配すらしている暇が無くなりそうで頭が痛くなってくる。

 

「お兄ちゃん質問」

 

「はいはい、どうぞ」

 

「三人はどこに行ったの?」

 

「知らない」

 

「いつ帰ってくるの?」

 

「分からない」

 

「遠征に行ったこと以外に何か知ってる?」

 

「なにも知らない」

 

 淡々とした口調で即答するイオにオネが疑いのジト目で睨んでくる。イオもいったい誰のせいでこんなに疲れてると思っているんだ。と思いつつもちゃんと納得してもらえるよう一から説明してあげる。

 

「事前に決めたのは情報収集が目的ってだけで、それ以外は全部むこうに任せてるんだよ」

 

「ふ~~~~~ん」

 

 珍しく事実を話してあげたにも関わらず全く疑いの目を緩めようとしない、それどころか余計疑いの目が強くなる。

イオ自身そうなるのも無理はないと思っており、けだるい反応や感情の籠っていない淡々とした返事をするのは、基本めんどくさがって適当にあしらおうとする時でイアオネもそれは知っている。

 ちゃんと反応してあげないとは分かっているのだが、先ほどのイアオネの反応があまりにも衝撃過ぎてどうしても立ち直るのに時間がかかってしまう。

 

――あぁ・・・これはめんどくさいパターン入ったか?

 

目を閉じて一呼吸置いたオネに対し嫌な予感を感じ取る。

 

「クエスト」

 

「クエスト?」

 

「クエスト一回で信じてあげる」

 

 なぜ上から目線なのかは分からないが、どうやらクエストに一回連れて行けば今の話を信じてくれるらしい。

この事実はイオ的にも信じてくれていた方が都合がいいので一回だけという条件であっさりクエストを許可する。

 当然イアだけお留守番というわけにもいかないのでクエストには三人で行くことに決まった。

 

「それで、どんなクエストがいいんだ?」

 

「当然異世界でファンタジーと言えばモンスター討b」

 

「却下」

 

 オネの平常運転。この子の中ではクエスト=モンスター討伐という概念しか存在しないなのだろうか?他にも採掘クエストや宅配クエストなどいろんな種類のクエストがあると言っているのに日本のゲームに影響され過ぎたせいか、未だに討伐一択を貫いている。もちろんこの二人に討伐をさせるわけにはいかないので言い終わる前に割り込んで拒否する。

 

「WHY!なぜ!なんで!お兄ちゃん」

 

「それは自分が良く分かってるだろ」

 

 大げさに抗議するオネだが、オネ自身自分がモンスターを討伐できないことは十分に理解している。だからこそこっそりクエストに行ったりせず毎回あえてイオに相談し拒否してもらうことで自分の欲求を無理やり抑えてきた。

 

「討伐以外行きたくないならこの件は無しってことで」

 

「ダメッ!ダメッ!じゃあモンスター出ないやつでいいからっ!」

 

 討伐は無理だとしてもせっかくクエストに行けるのだ、内心不満を持ちつつもこの機会を逃さないためにモンスターと遭遇しないクエストに連れて行って貰うよう必死になるオネ。

 

「お願い?」

 

「ダーリン♪・・・なに言わせるの!」

 

「すまん、流れでつい」

 

 イオの合いの手につい条件反射で反応してしまうオネ。イオも一応謝ってはいるが顔を見る限り絶対反省はしていない、むしろ楽しんでいる。その様子を見ていたイアも「ふふっ」と小さく笑う。

 その様子を見てオネはようやく異変に気付き始めたのか、推理でもするように右手を顎に当ててぶつぶつと呟きながらなにやら考え始める。

 

「あれ?なんかおかしくない?なんでこうなったんだっけ?なにかが違う気が・・・」

 

 チラッとイオの方を見てくるがイオは無言で不思議そうに少し首を傾けるだけ。オネは眉を歪ませたままジッとイオを見つめ続ける。そして朝起きてからの出来事を振り返る。

 

「たしか・・・起きて、お風呂入って、溺れかk・・・あぁ多分ここら辺は関係ない・・・えっと・・・そう、勉強するってなって、オニたちがいないことに気づいて、オニたちがいつの間にか旅に出てて・・・お兄ちゃんに聞いたら何も知らないって言うから・・・それで嘘ついてると思って・・・確か・・・クエスト一回で・・・()()()()()()ってなって・・・・・・」

 

「・・・あっ!なんでオネが頼んでるの!?」

 

「おっ、やっと気づいたか」

 

 オネ、ようやく矛盾に気づく。イアは左右交互に首を傾けながら「?」を浮かべているが、イオはパチパチと煽るように拍手しながら嘲笑している。

 

「・・・・・いつから」

 

「さぁ~~~」

 

 

いったい何時から弄ばれていたのか、イオが仕組んでいたことは確定したがいつから計画が実行されていたのかは教えてくれなかった。さすがのオネもこれにはイラァ~っとし、仕返しをすべく妹特権を使う。

 

「・・・うぅっ・・お兄ちゃんなんて・・・お兄ちゃんなんて大ッッッキライ」

 

 妹特権No.01:お兄ちゃんなんてキライ

 この特権は兄妹の仲が良いほど効果が上がり、さらに追加オブジェクトとして涙を付けると威力が倍増する。

 

 泣きじゃくり溢れ出る涙を両手で拭いながら鼻をすする。本当のことを言うとこれは演技なのだが、感情移入により本物の涙を流しているのでより一層破壊力が増している。

 が!肝心のイオは少しの沈黙を挟んだあと「あぁ・・・うん、そう」とだけ返事し、慰める様子は微塵も無くどうでもいいといった態度をとる。

 

「うわぁ~~~んイアお姉ちゃ~~~ん」

 

 作戦が失敗するとすぐさまイアに飛びつき助けを求める。こうなると分かっているはずなのに自分からダメージを受けに来るオネに学習しないなと嘲笑う。

前々妹にやさしくないイオの代わりにイアが号泣するオネを抱きしめながらよしよしと頭を撫でて慰める。

 

「イオ、メッ!」

 

「ごめんオネ。俺も調子に乗り過ぎた」

 

 イアに注意されると今度は素直に謝る。姉妹でこの差・・・オネ含め他の四人は基本平等なのに対しイアだけは圧倒的特別扱い。無駄に甘やかすし、危険な事じゃない限りは何でも言うことを聞く。なんでそこまでしてイアに尽くすのかはイアオネ以外の全員が知っているがそれはイアオネには知られてはいけないことの一つとして厳重に隠し通されている。

 

「・・・・・・扱いの差」

 

「俺は()()の味方だからな」

 

 膨れて不満をぶつけるとお決まりの意味不明な返答をする。これも昔からそう、なんでイアだけ特別扱いするのか聞かれたときは決まって「イアの味方だから」としか答えないイオ。正確には意味自体はあるのだがそんなことをオネが知るはずも無くただただ扱いの差に不満が募っていく。

 

「イアお姉ちゃんばっかりズルい」

 

「オネにはオニがいるだろ」

 

「そのオニがいないからこうして困ってるんじゃん」

 

 イオがイアに甘いように、オニはオネに甘い。そのオニさえいれば今回のイオのおちょくりも途中で助けてくれてただろう。

しかし当の本人は情報収集のため不在、一応イアという助け船はあるが、毎回助けてくれるというわけではない。仲が良いなぁと言った顔で見守り続ける時もあれば、イオに言いくるめられてしまう時もある、よくある。どんな時もオネの味方でいてくれるのはオニだけなのだ。

 

「だから・・・」

 

「それはない」

 

「早くない?否定するの早くない?」

 

「どうせ、オニが戻ってくるまでは中立で対応しろとかそんな感じだろ」

 

「ハッズレ~、正解はオニが戻ってくるまではイアお姉ちゃんと同じように特別扱いするでした~」

 

 いつも通り先に思考を見透かしたドヤ顔のイオを右手で指さしながら勝ち誇ったかのようなドヤ顔返しで不正解を言い渡す。

 

「あってるじゃん」

 

「模範解答じゃないから間違いです」

 

「鬼畜採点のクズ教師かよ」

 

「だってだってこうしないと後で揚げ足取って論破するじゃん」

 

「流石良く分かってるじゃん」

 

 オネが揚げ足取り封じをしてくるのも計算のうちなのかイオは全く動じる様子がない、むしろドヤ顔が際立ったようにも見える。

全然イオを出し抜けないことにオネも「ぐぬぬぬ~」と悔しそうに歯ぎしりをして言いては無いかと思考を駆け巡らることしかない。

 

「イオ~、勉強」

 

 オネの傷口をこれ以上広げないためか、特に深い理由はなくただ単にそろそろ勉強したいだけなのか、イアがイオの袖を引っ張りながら話を戻す。

 

「そうだった、はいこの話は終了~勉強勉強」

 

 イオも強引に話を打ち切るとイアに勉強を教え始める。

 

「お兄ちゃん!勝手に終わらせないで!」

 

 勝利のビジョンが思いついていないにもかかわらず感情的になり自然な流れで勝ち逃げするイオを呼び戻すオネ。

 

「分かった分かった。さっきのクエストの件、モンスター討伐のクエスト受けさせてあげるから、それでチャラ、オーケー?」

 

「いいの!?」

 

「その代わり初回は俺が指定したモンスターを討伐してもらう。それが達成出来たら二回目以降はいつでも好きなクエストに連れて行ってやるよ」

 

 あれだけダメといっていた討伐クエストをいとも簡単に解禁するイオ。こんなあからさまな手のひら返し、普通なら何か裏があると疑わなければいけない場面だが、ただでさえ感情的になっているうえに待ちに待ったこの瞬間に大興奮のオネの頭が冷静に働くはずもなく、一切疑うことなく話に乗っかってくる。

 

「言ったね!二言はないね!」

 

「おう、言った言った」

 

「じゃあ今から行こう!すぐ行こう!!!」

 

 ようやく異世界ファンタジーらしいことが出来るようになると、演技とはいえついさっきまでマジ泣きしていたのがウソのようにparty partyするオネ。

 

「ばーか、今日はこれからずっと勉強だ。明日朝一で連れて行ってやるから今日は我慢しろ」

 

 まだちょっと不満そうだが、討伐クエストに連れて行ってくれる事が確定したので今回は何でもおとなしく従うオネ。

 イオ最初の授業はまず今まで習ったことの復習もかねて昨晩イオが二人のノートに作成したテストを解いてもらうことに。

オネはよほど明日が楽しみなのかジルが教えていた時の二倍以上のペースでどんどん解答欄を埋めていく。逆にイアはかなりペースが落ちておりあまり進んでいない、というより集中できていないようだった。

 

「どうしたイア?」

 

「・・・・・。」

 

「大丈夫安心しろ、俺もそこまで馬鹿じゃない」

 

「・・・・・・イオがそういうなら」

 

 イアの心境を読み取り優しく大丈夫と伝える。

イアはイオの矛盾した行動に気づいているらしく、今回の初回クエストの件をかなり心配しているようだった。普通に考えればこれが正しい反応だ。

今までモンスターを倒すことが出来ないという理由で禁止していた討伐クエストをいきなり解禁してきたのだから本来なら不安や恐怖でこういう反応にならなければいけないはずなのだ。なのにオネと来たら・・・・・・。

イオ自身、当然無計画でこんなことを許すはずがなくちゃんと色々考えてはいる。心配なあまりイアが根拠を聞いてくるが「明日のお楽しみ」と内容をごまかす。イアには悪いが今ここで詳細を話してしまうとせっかくの作戦が台無しになるので何も教えることはできない。どんなに聞いても頑なに教えようとしないイオについにイアも諦め不安そうにしながらも仕方なく勉強の方に集中する。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
蒼紅の章全10節投稿し終わりました。(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ
Youtubeの更新速度を見てもらえれば分かるんですけどIZさんはARIA界隈では失踪のプロなのでなんだかんだでちゃんと毎週更新できたIZさん超えらいぞ!!!みんな褒めて。

次回からは新章突入!!!

【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
『蒼の章』&『紅の章』
ついに始動です。

異世界スローライフ派の方は『蒼の章』、バチバチのバトル異世界夢想が好きな方は『紅の章』、なに言ってるんだどっちも読むぞ!と言う方は両方をそれぞれお楽しみください。
どちらか片方しか読まなかったとしてもストーリー進行には全く支障はないので安心してください。

そして新章突入に関しまして重要なお知らせがあります。

『蒼の章』と『紅の章』は毎節同時投稿の予定なので蒼紅の章よりも投稿頻度が下がることが予測されます。というより下がります。
それでも流石に月一更新とかにはならないと思いますので失踪に関しては心配ご無用です(フラグ)。
投稿頻度が下がる分の期間で考察などしてくれたら大変うれしく思います。

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第1節:武器屋
紅の章第1節:初めてのクエスト
それぞれの後書きでお会いしましょう。

ありありあ


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蒼の章第1節:武器屋

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 テストが終わると間違えたところを重点的に復習し、一通り終わるころには夕方になっていた。イアはいつも通り「ふしゅぅ~っ」と空気が抜けるような声を上げ頭がショート寸前だが、オネは一回限りのクエスト参加券の効果でこのまま夜まで授業を延長してもいいくらいに元気一杯。

 今日の分の勉強も終わったところで次は明日のクエストに向けて色々準備を整える。

 

「さて……と、オネ~武器買いに行くぞ~」

 

「えっ?」

 

「いやえっ? じゃなくて、まさかモンスターと素手で渡り合うつもりか?」

 

 まさかイオの口から武器を買っていいという許可が下りるとは思っていなかったのだろう、さっきまであんなに元気うきうきだったオネが混乱して動きがピタッと固まる。

 オネがイオの発言の意味を理解するまでしばらく沈黙が続く。

 

「……あっ、そ、そうだよねっ! 武器必要だよねっ! 行こう行こう」

 

 数十秒ようやくイオの言っていることが理解できたオネがパンっと手を叩きながら早口で同意する。

 一度理解したつもりでもやはり違和感が残るのか、オネはベッドに腰かけ指を顎に当てると時折首を傾げながら武器という単語をひたすらぶつぶつと呟き始める。

 

「……うん! そういうことにしよう」

 

 その後、頭が痛くなる前に無理やり納得するように手を一回叩き大きく頷くと元の元気な状態に戻り手早く外出の準備をして先に部屋を出ていく。

 

「今日は感情の上下が激しいな……ん?」

 

 表情や精神状態がコロコロ変わるオネを見て楽しんでいるイオの背中にコツンッと何かが当たる。それがイアのおでこであると気づくのにコンマ一秒もかからなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何も喋らないがイアの体はかすかに震えており精神が不安定になっていることが伝わってくる。

 

「どうした、イア」

 

「……イオ……なに考えてるの?」

 

 黙り込んだまま一向に口を開こうとしないイアに穏やかな口調で問い掛けるとイアは呟くように答える。

 

「……なにって?」

 

「今日のイオおかしいよ。モンスター倒していいって言ったり、そのために武器買ったり……オネだけじゃない、イアもロク達もイオだって、モンスターが倒せないことは知ってるでしょ……なのに、なんで行かせるの……もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ?」

 

 感情的になったり、真剣に向き合おうとしている時にみんなの名前を呼び捨てになる癖は相変わらずだ。

 握る手がだんだん強くなっていることからも相当興奮していることが分かる。いつもゆるふわで、ほわんほわんしているイアがここまで感情的になるのも無理はない。それだけイオの言っていることが今までの行動や理念と矛盾しており、その目的も見えないのだから。

 

「……これはなイア、オネの為なんだよ」

 

「オネの……?」

 

「そう、今日のクエストはモンスターを殺すんじゃなくて今後モンスターを()()()()()()()()()為のもの。安心しろ、モンスターは殺させないし、逆にオネがモンスターに傷付けられることもない」

 

「……本当?」

 

 今回は隠すつもりは微塵もない、今後の安全を考えればむしろ知っておくべき事。

 百聞は一見にしかず、口で伝えるよりも初見で実際に見た方が効果が高いと判断しているイオは、今日のクエストを受けることにより得られる成果をあえて意味深に伝えることでイアオネの探求心を煽る。

 イオの考えを聞いたことによりイアの声から興奮が消え落ち着いた口調に戻る。しかしまだ完全に不安を取り除けてはいないようで体は微かに震えている。

 

「信じられないか?」

 

「分からない……イオがそう言うなら、大丈夫だって思いたいけど……やっぱり、オネちゃんがモンスターと戦うのは……心配……」

 

 ここがゲームなどの架空の世界ならイアもここまで心配はしないのだろう。

 イアの不安の根底はここが現実だということから来ている。イアとオネは現実世界に生きている生命の命を奪うことが出来ない。これは単に生き物を殺すことが嫌いという事ではなく、宿命や運命といった概念的要素によるもの。街中で畜産廃止運動の演説をしている人や野生の絶滅危惧種を守ろうとしている人たちとは次元が違う、彼らは守ろうとはしていてもその気になれば殺すことが出来る、しかしイアオネの二人に関してはこの行動が生命の命を奪う結果に繋がっている場合仮に殺そうとしても未来が自動的に改変され殺さなかった又は殺せなかったという結果にしかたどり着かない。

 

 分かりやすく極論の狩猟で例えてみよう。

 人間の場合どんなに生き物の命を守ろうと尽力し結果を残している人でも銃を構えヘッドショットを決めれば動物を殺すことが出来る。

 しかしイアオネの場合、銃を構えて完璧なベッドショットを撃っても、たまたま対象が頭を動かしか事により運良く当たらなかったとかどこからともなく飛んできた石に弾の起動を変えられたなどの何かしら弾が当たらなかった未来に都合よく改変される。

 

 運命と言うよりそういう能力を生まれつき持っていると言った方が適切かもしれない。

 そんな能力を持った妹が異世界のモンスターと戦って万が一のことがあったらと考えれば例えお姉ちゃんじゃなくても心配になる。

 イアは隠し事をしている時に問い詰められるとすぐ顔に出るので、オネにバレるリスクを無くすために本当は詳細までは話さないつもりでいたが、このままイアの不安が増していくとそこから勘づかれそうなので少しくらいなら話してもいいんじゃないかと思えてきたイオ。

 

「……イア、絶対にオネに喋らないって約束できるか?」

 

「うん」

 

「悟られないようにできるか?」

 

「……うん」

 

 一回目は覚悟を決めた目でまっすぐイオを見つめていたイアだが、二回目イオが念を押すと目を逸らし少し沈黙を置いてから自信無さげに返事をする。

 

「よし、やめとこう」

 

「なんで!?」

 

「だって絶対バレる」

 

「大丈夫だから、教えて」

 

「そういうのは一度でも隠し事が出来てから言いな」

 

「イ~~オ~~~」

 

 イオに縋り付き子供のように駄々をこねるイア。

 基本イオはイアに超絶甘々のシスコンだ、かと言って何でもかんでも許しているわけではない。今回のように秘密事項を確実にばらすと分かっている時など、結果的にイアの安全が損なわれる場合は甘やかし対象外となる。

 

「お兄ちゃんまだ!?」

 

 バタンッっと勢いよくドアが開き、一向に降りてこない二人にしびれを切らせたオネが戻ってくる。武器屋はオネのクエスト行きたい意欲が高まるという理由で近づかないようにしていたので、場所を知らないオネに先に行っておくという選択肢は存在しない。

 

「悪い悪い、すぐ準備する」

 

「イチャついてないで早くして」と急かすオネにナイスタイミングと心の中で親指を立て強引に会話を終わらせる。バックパックから金額袋を取り出し、未だにイオに縋り付き頬を膨らまして不満そうな顔をしているイアをそのまま引きずりながら部屋を出る。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 この前短剣を買っていたオニワンの言う通り、酒場の右側の大通り(歩いてきた大通りの向かいにある大通り)を少し進んでいくと右側にひと際大きな建物が見えてくる。店の外には丁寧に案内板が出ており、一階が鍛冶屋、二階から四階が武器屋となっているのでおそらくここで合ってるだろう。上の階は二階に武器、三階に防具、四階にその他アクセサリー系とそれぞれ分かれており、一階あたりの広さもコンビニ二つ分くらいあるので品揃えもかなり充実していそうだ。ちなみにそういう魔法・魔術か技術があるのかどうかは分からないが、一階の鍛冶屋内は空気が揺れるほどの熱を帯びているのに対し店の外には一切熱風は漏れてこない。

 

「お~いっお兄ちゃ~ん? お〜〜〜い」

 

 チート異世界だからそういう技術があってもなにもおかしくはないのか? 仮に技術があったとして……とイオが室内の仕組みについて考え始めたところで、オネがイオの顔の前で手を振って現実に呼び戻してくる。

 

「ごめんごめん、なに?」

 

「武器は何でもいいの?」

 

「ん? あぁ……うん、好きなの選びな」

 

 何でも好きな武器を選んでいいと許可が出ると金貨袋を受け取り、まるでおもちゃコーナに向かう子供の様にオネは全力ダッシュで階段へ向かい一段飛ばしであっという間に駆け上がっていく。

 

「…………」

 

 オネの姿が完全に見えなくなるとイアがイオの裾をギュッと握ってくる。イアはイオのことを誰よりも信頼しているからこそ今回の計画に一番疑問を持っている。何かよからぬこと考えてそうな……それに結局オネが大丈夫な理由は説明してもらえてない。

 

「心配なら無理やりにでも引き戻してきな」

 

「……でも……イオが何か考えてそうだったから……」

 

「俺はいつだってイアの味方だ、イアが本気で止めるなら俺も止めない。今からでも間に合うぞ」

 

「…………イオ一つだけ聞かせて……オネは明日、モンスターを殺すの?」

 

「断言する。それは絶対あり得ない」

 

「……オネは明日モンスターに傷つけられるの?」

 

「それも断言する。絶対にあり得ない」

 

「じゃあイオを信じる」

 

 イアが予想する不安な結果を断言してまで否定したイオのおかげで不安も迷いもすべて吹き飛ばしスッキリした顔になったイアは二階への階段に向かう。

 

「……イア」

 

 イアが階段の一段目に足をかけたところでイオが呼び止める。表情や口調はいつもと変わらないが、長年一緒に暮らしてきたイアには分かる。名前を呼んだだけのイオのその名前を呼んだだけの言葉には「こんなところに入って大丈夫か?」という意味が込められていることに。

 オネは今回に限り武器を持っていて欲しいがクエストに否定的なイアはわざわざ入る必要は無い、オネが戻ってくるまで外で待っていればいい。

 大量の武器を目にすることで地球で起きた悲劇をフラッシュバックさせようやく不安から開放された心をまた悲しみで満たすことになる。

 イアは何も発さずただただイオを見つめる。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……分かったよ、けどギブアップの判断は俺がするからな」

 

 数秒の沈黙の後、まるでテレパシーで会話していたかのようにイオがイアの気持ちを理解する。言葉にするよりも沈黙の方が信頼度が高いとされているのか、イオイア間で真面目な話をするときはこういった光景がよく見られる。

 イアは「うん」と短く返事をすると二階へ上がっていく。イオもそれに続きイアに付いて行く。

 

 二階の武器コーナーには剣やハンマー、槍や杖、盾に弓矢、さらには重火器まで、見たことあるようなものから知らない武器、歴史的なものやファンタジー、テクノロジー系まで時空時系列ガン無視の武器がゴロゴロ売られていた。

 オニワンは駆け出し冒険者におすすめの店と言っていたが、どう見ても初心者が扱うような代物じゃないモノもたくさん置いてある。

 

「……カオス」

 

「うん」

 

 お互い店内の第一印象を呟きつつオネを探す。

 覚悟を決めたとはいえ、イアは『LIFE(生命)』『LOVE()』『PEACE(平和)』の化身のような存在であり根っからの平和主義者。やっぱりこういった命を奪うためだけに進化したモノを見るのは心が痛むようで今にも泣きだしそうなくらい目が潤んでいる。

 

「泣いたらギブアップな」

 

「……泣かないし」

 

「♪ .•* Sunshine *•.¸¸♬.•* Rainbow *•.¸¸♩」

 

「やめてっ! 感動系の曲歌うのやめてっ!?」

 

 イアの持ち歌ということもありイオが歌い出した瞬間曲名を理解しすぐさま口を両手で塞ぎ強制終了させる。

 

「なんでよりによってそれを選曲するかな……」

 

「ホヘハハアフヒフハッフヒヘホヒイハラネ(俺は早くギブアップして欲しいからね)」

 

「泣かせに来るの禁止! わかった?」

 

 お叱りを受けてコクコクとうなずくと塞いでいる手をゆっくり離してくれる。イオのちょっとした意地悪によって沈んでいたイア気持ちがイオのペースに乗せられ始める。

 

「そんなに心配ならお留守番させればよかったでしょ」

 

「ほんとだよ、なんで付いて来たんだか……」

 

「イオが無理やり連れて来たんでしょ」

 

「だって一人で留守番させるとかめっちゃ心配だし」

 

「イアだってもう一人でお留守番できますぅ」

 

「それは地球での話だろ、異世界は別だ。留守番中にモンスターエンカしたらどうすんだよ」

 

「街にモンスターが出現するわけないじゃん」

 

 あらゆる可能性を考慮し、そのすべてに対して事前に対策を練るタイプのイオとそういった細かいことは一切考えず、その場で何とかするタイプのイア。普通ならイオの考えすぎとなるが、ここはカオスな異世界。必ずしもそういったことが起きないとは言い切れないし、万が一起きてしまった場合戦えないイアは無事では済まないだろう。

 

「はぁ~、これだから素人は」

 

「イオが考えすぎなだけだと思う」

 

 イオに子ども扱いされ珍しくムキになるイア。

 もちろんこれはイオの企みで、さっきまで泣く寸前だったイアが完全にイオのペースに乗せられたことにより悲しみはかなり和らぎ目の潤いはすっかり治っていた。

 

「あっいた! お兄ちゃ~んイアお姉ちゃ~ん、見て見て~」

 

 イオイアが滅多に見せない睨み合いをしていると後方奥の方からオネの声が近づいてくる。知っている武器でも見つけたのか、中古屋で懐かしのおもちゃを見つけた時のようなはしゃぎ声だ。声のする方振り返るとオネが刀を一本両手で抱えながらこちらに向かって走って……いや突っ込んでくる。

 そのままブレーキを忘れて一直線に突っ込んでくるオネに対しイオはイアの胸をトンッと軽く押して後ろに身を引かせた後、自分も少し大きめに一歩下がる。するとオネはイオイアの間をきれいに通過しそのまま奥にある壁に激突する。

 

 ドバアアアァァンッ!!! 

 

「オネちゃん!?」

 

「ははっ」

 

 一切ブレーキをかけずに壁に衝突したオネに慌てて駆け寄るイアと鼻で笑いながら歩み寄るイオ。ここでイアにとって不思議なことがオネの体に起きていた。

 一切ブレーキをかけず超トップスピードでぶつかったにも関わらずまさかの無傷、ぶつけたはずのおでこは赤く腫れてすらいないし、かすり傷一つ負ってない。

 

「大丈夫オネちゃん!?」

 

「大丈夫か~?」

 

「うん大丈夫~、それより見て見て」

 

 壁に跳ね返されてようやく止まったオネはブルブルと首を横に振ったあと、全くの無傷であることを伝え持っていた刀を見せてくる。

 号の長さはだいたい八十センチくらいか? オネの身長にはあまりにも長すぎる。

 鍔に括り付けてある大きな値札には片面に刀の切れ味や強度などのステータスがレーダーチャートで、裏面には「ムラサメ」と書かれた文字と値段が記されていた。

 値段は百ゴールド、この異世界は一ゴールド一円くらいの感覚なので日本円で例えるなら大体百円くらい。真剣がたったの百ゴールドなんて正直言って安すぎる。

 

「ムラサメ……確か架空の刀だったか?」

 

「そうそう、凄くない! 本物だよ!」

 

「その根拠は?」

 

 イオに問われるとオネはニヤッと笑いムラサメを水平に構えて少し引き抜く。すると摩訶不思議、刀の付け根から露が流れ出しぽたぽたと垂れ落ち唐突な寒気に襲われる。

 大長編読本でオネ唯一のお気に入り『南総里見八犬伝』に出てきた宝刀村雨と同じ奇瑞。

 同じ名前・同じ奇瑞を持つ刀となれば本物と考えるのが普通かと思いイオもこの刀が本物の村雨であると認識する。

 

「村正はなかったのか?」

 

「あったけど、オネはこっちでいい」

 

「オニが村正買ってるとは限らないだろうに」

 

「う、うるさいっ! とにかくオネはコレするから」

 

「けどオネ、その刀身だと居合出来ないだろ」

 

「いいのっ! ムラサメであることに意味があるんだから」

 

「そっすか……」

 

 本来なら自分に合った方何するべきなのだが使用者本人が謎の強いこだわりを見せるためクエストには最悪鞘から抜いた状態で挑めばいいかと諦める。

 

「それよりオネ、なんでこれがムラサメって分かったんだ?」

 

「えっ? だって、抜いたら露が発生したから。オニから聞いた中でこんな奇瑞持ってる刀は村雨だけだし」

 

「たしかに奇瑞だけ見れば村雨だけど、こっちの世界でも()()()()()で呼ばれてるとは限らないだろ」

 

「……あはは、ちょっとジル先生に個別で……」

 

「……もしかしてオネが覚え悪いのって──」

 

「違うから!?」

 

「そういう余計な事ばっか先に──」

 

「 違 う か ら ! ? 」

 

 興奮状態で判断力が鈍っているオネを言葉巧みに誘導しオネの学習能力が低い原因を特定するも食い気味に否定される。

「まぁそういうことにしてやる」とイオが勝ち誇ったように腕を組み上から目線で嘲笑うとオネは超悔しそうな顔をする。

 

「……絶っ対いつか言い負かす」

 

「おう、頑張れ~」

 

「っ早く買って帰るよ」

 

 ゲームでもそうだが結構負けず嫌いで根に持つタイプのオネ、イオからお金を受け取り「今に見てろよ」と捨て台詞を吐いて小走りでレジに向かう。

 

「オネもまだまだだな」

 

「イオ、オネちゃんイジメちゃダメでしょ」

 

「は~い」

 

 イアに注意されたので一応反省する。

 一方ムラサメを購入しようとしているオネだが、やはりレジの店員に自分に合った刀にした方がいいのでは? と説得されている様子だった。当たり前も当たり前、これに関しては店員さんが正しくてオネの方が変な客だ。レジの店員も最初は自分の言い分を聞いてくれない客に難しそうな顔をして必死に説得しようとしていたが結局オネに強引に押し切られ諦める。

 ムラサメの購入が完了しウッキウキのオネが戻ってくる。まともに使えるかどうかはさておき一応武器の入手はできたので店を出て宿に戻る。

 

 ──ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ

 

 帰る途中、ムラサメを購入してからずっとオネのニヤニヤが止まらない。ほんの数分前イオに言い負かされて凄く悔しそうにしてた顔が今では完全に緩み切っている。

 

「オネ、気持ち悪いからそのニヤつきやめろ」

 

「っ気持ち悪いは言い過ぎじゃない?」

 

「オネちゃん不審者みたい」

 

「えっ? イアお姉ちゃんまで?」

 

「言っとくが明日のクエスト以外では使わせね~からな」

 

「えぇ、試し斬りとかもダメ?」

 

「……う〜ん……まぁ、俺が見ていることが条件な」

 

「は〜い」

 

 ムラサメの実質的所有権を得たオネは握っていたムラサメを見つめて嬉しそうに微笑んだ後またニヤ付き始める。

 

「それにしてもすごく安かったね」

 

「それだけこの世界ではランクが低いってことだろうな。それを差し引いても安すぎるけど」

 

 あの名刀が最低ランクの剣だったとしても本物の真剣が百円、子供のお小遣いでも十分買える値段だ。

 購入してる時の様子から特に免許などの資格が必要な訳でもなさそうなのでもしかしたら本当に子供でも買えてしまうのかもしれない。

 

「オネちゃんゲームの時は強い武器使うから意外だったね」

 

「そうだな、オネ~、ホントにそれでよかったのか?」

 

「好きな武器は例外だからいいの」

 

 購入してから聞くのもなんだが再度後悔はないか聞いてみるも返事は変わらない。

 

「……イオ、本当に武器あれで大丈夫なの?」

 

「正直今のオネじゃどんな武器使ってもほとんど一緒だから問題ない」

 

 オネに聞こえないようにヒソヒソと話すイオイアを置いてオネは一人でスキップしながら宿に戻っていく。

 

 ──あれなら明日のクエストも大丈夫……かな……? 

 

 あれだけ上機嫌なら明日のモンスター討伐で受けるショックも少しは軽減できるだろうと少し肩の力を抜くイオ。

 明日のクエストでオネがどんな反応を見せるかとても楽しみだ。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
蒼の章がスタートしましたv(≧∇≦)v イェェ~イ♪
つい先日までモニターの故障でPCが使えず朝9時の更新はできませんでしたが安心してくださいまだ失踪はしません。

さてさて今日からスタートした【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】『蒼の章』ですが、ざっくりとあらすじを説明するのであればイアちゃんとオネちゃんによる異世界スローライフです。
異世界でチート能力使って無双する系よりものんびりとした日常系が好きな方はこの『蒼の章』をお勧めします。

チート能力無双が見たい方は恐らく同時刻に投稿されているであろう【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】『紅の章』をお勧めします。

どうぞ自分に合ったルートでお楽しみください。(たまに合流するかも?)

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第2節:異世界でのオネは遠足前の小学生
紅の章第2節:最凶のゴブリン
それぞれの後書きでお会いしましょう。

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紅の章第1節:初めてのクエスト

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >


 白銀の月明かりが夜道を照らし冷え切った空気が不気味な悪寒を運んでくる。

 西門を出発してから十分くらいたっただろうか、流通で使い古され草一本たりとも生えなくなった一本道を左に外れ寝転がってお昼寝したくなるくらい程よく伸びた草原を歩いて行く二人の姉妹。

 姉は今にも地面につきそうなほど伸びた柔らかくふんわりとした髪が夜風になびき、揺れる髪はまるでマジョーラカラーの様にその色を次々に変えていく。

 一方妹は肩ラインまでしか伸ばしていないボブスタイルで、姉の様に髪の色は変化しないがその楽しそうな表情と連動しているかのように横に跳ねた犬耳のような髪がピコピコと軽快に動く。

 蟲のさざめきが小さな音楽隊となって心地よい音色を届けてくれそれが満腹後の眠気と見事に調和し大きなリラックス効果をもたらす。

 

「こんなに自由な気分はいつ以来だろう。遠慮したり抑えたり隠したりそんな気遣いを一切しなくていい圧倒的解放感、長年の監獄生活からの釈放なんて比じゃない例えるなら深淵のさらに奥深くで四肢を楔で打ち付けられ指先どころか瞬きすらもさせてもらえない、何も見えずなにも聞こえず何も感じない五感を完全に遮断され年月が分からなくなるほどの長い拘束から一気に解放されたかのような、あの日に匹敵するかのような懐かしい感覚。あああああ良い、生きてるって感じがする、このままクエストで行方不明になったことにして疾走したい、無理だけど。あぁやだなー家出してる子供ってこういう気分なんだろうなー」

 

「姉さんさっきからなに一人で喋ってるの気持ち悪いよ」

 

「ワン、今いいところなんだからちょっと黙ってて」

 

「開放的なのは分かるけど、いつまでこうしてのんびり歩いてるの?」

 

 ワンの質問にロクは鼻の前で人差し指を立てながらシッと短く息を吐く。後ろを振り返り街がミリ単位にまで小さくなるほど離れていることを確認する。そのあとクエスト出発前にジルに買ってもらった地図を開き現在地と目的地の方角と距離を確認する。目的地は今向いている方向を正面に二度左、距離はだいたい十キロ強くらいで全く離れていない。

 

「そうだね、この辺でいいかな」

 

 周りに他の冒険者がいないことを入念に確認して二人並んで目的の方向を向く。軽く手首足首をほぐし準備が完了する。

 

「姉さん久しぶりに競争しない?」

 

 久しぶりの自由行動に羽目が外れるかかっているのかワンが遊びたそうにうずうずしている。こういう子供っぽいところは昔から全然変わらない、しかしそれが生意気なワンの数少ない可愛いところでもある。

 しかしロク自身勝負する気にはなれなかった。

 

「近すぎて競争のしがいが無いからヤダ」

 

「そういうセリフは一度でも僕と肩を並べてから言おうよ」

 

「十分肩並べてるから、むしろ一枚上手だから」

 

 どうしても遊びたいのかまともな理由で断ったのになぜか煽りで返してくるワン、しかもその煽り文句があまりにも納得いかなかったためつい反射的に言い返してしまう。

 

「はっはーご冗談を、姉さん今まで僕に何連敗してるか覚えてる? そーんな姉さんが僕と同格とか天地がひっくっり返ってもありえないね、何なら超手加減してあげてやっとこさ同レベルだよ」

 

 下手に強がったせいでワンの煽りがさらに加速する、事実ワンとの競走はタイマンではまだ一度も勝ったことが無い。この場にイオが居たら「妹相手にムキになるなよ」と呆れられていただろう、ワンが相手とは言えこういう所は自分も成長してないなぁと内心反省するロク。

 

「そうやって余裕かましてペラペラ喋るのは敗北者の象徴だよ、これだから一級フラグ建築士は」

 

「ブーメラン刺さってるよ? 大丈夫? 痛くない?」

 

「……痛いから抜いて」

 

「物理的に刺さってないから無理」

 

 反省はしたが相手がワンなので構わずこちらも挑発を試みる。挑発の内容を勝負からワンの悪い癖に変えてみたが余裕かましておしゃべりになるところはロク譲りなので見事に特大ブーメランで自傷ダメージを負う。さすがに勝てる見込みがないので茶番はこれくらいにして足元から小石を拾い上げる。

 

「合図はいつものでいい?」

 

「いいよー」

 

 ワンの同意が確認できたところで小石を握った左手を下げそのまま持っていた小石を手放すように手を開き自然落下させる。小石が重力に引かれ地面へと向かう際脱力を完成させスタートの合図を待つ。

 小石が地面に着く十万分の一秒前にスタートしクエスト目的地へと走り出すロクと小石がしっかり地面に触れてから後を追いかけるようにスタートするワン。

 約三万分の一秒後古い遺跡らしき建造物の前にロクとワンが同時に到着する。

 

「チッ、引き分けか」

 

「いやいやいやいやいやいや、がっつりフライングして同着ってどうなの」

 

「ワンちゃん勝てなかったからって嘘はダメだよ」

 

「……そこまでして負けたくないですか…………あとワンちゃんって言うな」

 

 ワンが哀れみを通り越してどうしようもになこいつと言う顔で見てくる。「姉をそんな目で見るんじゃない」と言いたかったがあからさまなフライングをしてまで勝ち越せなかったためあまり強気に出ることが出来ない。どうせこのまま言い合になっても圧倒的に不利どころか負け確なのは目に見えているで地図を開きちゃっちゃとクエストに話題を変える。

 

「ここで合ってるよね」

 

「現在地と目的地が重なってるし他にそれっぽいの無いから合ってるんじゃない?」

 

 ここは森林の奥、辺りは草木が無尽蔵に生い茂り近くで地図に移っている建造物はここだけ、作りはダンジョンの定番ともいえる組積造で地下タイプなのか入り口から上には何もなく階段も下へと続いている。

 ダンジョンの全貌が剥き出しになっていないので大きさは不明だが一応初心者向けのクエストなので大規模ギルドが攻略するようなバカみたいに広いダンジョンなんてことは無いだろう。

 

「えーっとクリア条件はぁ…………」

 

 クエストの受付で貰った申込用紙の控えをジルから借りたアイテム袋から取り出し確認する。クリア条件の欄にはダンジョン内の魔獣の討伐とだけ書かれており、討伐だけならすぐ終わるねと余裕綽々のロクワン。

 

「向こうは大丈夫だと思うけど、念のためさっさと終わらせて帰ろうか」

 

「そうだねRTAで行こう」

 

 戦闘時邪魔になる荷物はその辺の木陰に置いてダンジョンの中に入る。なるべく多く稼ぎたいのでボス部屋一直線は使わずに道中の魔獣もたくさん倒す方向で行く。

 ジル曰くダンジョンで稼ぐ方法は主に三つあり一つ目は宝箱で超レアアイテムなどの当たりを引く方法。二つ目が魔獣の心臓である(コア)を換金する方法。そして三つ目がドロップアイテムの売却。宝箱の当たりは乱数調整が必須になるレベルの確率なのであまり期待はできないらしい。ドロップアイテムも大抵は使えるものなので換金するなら核《コア》がメジャーらしい。

 ダンジョンに入ってすぐの階段を下ると車道二車線ほどの一本道が続いている。トラップが仕込まれていそうな雰囲気の壁は古くところどころ崩れていて、先は突き当たりが見えないほど遠く闇に飲まれている。

 そして魔獣一匹いないこの通路の中央にポツンと大きな宝箱が一つ不自然に置かれている。誰がどう見てもトラップにしか見えないその宝箱を見つけるや否や何の躊躇も無くバカッと乱暴に開けるワン。

 

「なんか入ってる?」

 

 箱をいきなり開けたことには突っ込まずロクも落ち着いた様子で宝箱に近寄る。

 

「めっちゃ入ってる、多分あたりだコレ」

 

 トラップだと思っていた宝箱の中には金貨宝石がぎっしり詰まっておりその一つ一つが暗いダンジョン内を明るく照らすほど眩い光を放っている。

 

「ゲームとかでよくこういう演出見るけど、これってどういう原理で光ってるんだろうね」

 

「さぁ発光物質でも含まれてるんじゃない? 知らないけど」

 

 目がくらむような眩しさに一切動じることなくワンのよくよく考えてみればな質問に適当に答えながらこれまたジルに借りたアイテム袋を取り出し宝箱内の財宝を一気に鷲掴みにする。

 

 ────バグンッ!!!!! 

 

 瞬間大型犬が噛みついたような鳴き声と鉄同士が打ち合った時のような金属音が同時に通路内に響く。

 開けたときに襲ってこなかったから完全に油断していた、まさか腕だけでなく上半身ごと食い千切ってこようとしてくるとは……。 とは言え攻撃速度は遅かったので異変に気づいてから身を引くのは造作もない、上半身も突っ込んでいた腕も無事。

 突如襲ってきたソレの正体はもちろん宝箱、顔のパーツは一切なく左右の側面から細長い二本の手足が伸びており先端の爪は鋭く尖っている、開けた時は一本も生えてなかった鋭い牙を蓋の縁にズラリと並べ箱の中にあったはずの財宝は消え代わりに緑色の粘液に塗れた赤紫色の舌がでろんと垂らしている。粘液がボタボタと地面に落ちる度にジューッと焼けるような音が鳴り落ちたところには綺麗な穴と煙が立ち込める。

 そしてこちらに狙いを定めると口を限界まで大きく開け音速に近いそのスピードでこちらに食らいついてくる。

 

「なかなか早かったね、音速くらいはあったんじゃない?」

 

「開けた瞬間じゃなくてあたりと思わせておいて──、ってところがムカつく」

 

「僕も完全にセーフだと思ってた」

 

「イアなら開ける前に気づいたんだろうなぁ」

 

 余裕綽々で呑気に会話しながら全ての攻撃をかわしていく。

 宝箱も踏み込む際に足が地面にめり込むという細身の足からは考えられないほどの脚力で飛びついた先の壁を反射しながらピンボールのようにどんどん加速するが二人の速さには到底追いつけず噛み千切るどころかかすりもしない。

 

「飽きた」

 

 そう小さく呟くと同時に今の今まで壁に反射して飛び回っていた宝箱が突如正面から壁に激突しそのまま中に埋もれる。

 しばらくピクピクと手足を痙攣させていたがやがて脱力したように動かなくなる。

 仕留めたロクの左手にはソフトボール程の大きさの球体が握られておりそれは水晶のような透明感を持ちながらも禍々しい邪気を放っていた。

 抜き取った瞬間動かなくなったのでこれが(コア)で間違いなさそうだ、これひとつでいくらぐらいになるかは分からないが初心者向けのダンジョンではあまり期待はできないだろう。

 こんな不気味でモンスターの血にまみれた物を買い取って何に使うのか気になりつつ(コア)をアイテム袋にしまう。

 

 

「さっさと終わらせるって言っておいて遊ぶのはどうかと思う」

 

 ワンが壁にめり込んだ宝箱を見ながら少し不満そうに愚痴る。彼女の事だから雑魚一匹に時間かかり過ぎとでも言いたいのだろう。しかしそれに関してはこちらも言いたいことはある。

 

「それならワンが仕留めればよかったでしょ」

 

「だって邪魔したら怒るじゃん」

 

「いや怒らないから」

 

 不満たらたらなワンをめんどくさいと思いながら半ばいなすように答え奥へと進む。しばらく進むと前方に壁が現れる。行き止まりかと思いつつ歩みを進めると丁字路の分かれ道に突き当たる。

 

「姉さんどっち行きたい?」

 

「どっちでも」

 

「僕もどっちでもいい」

 

「「…………」」

 

「「……………………」」

 

「「…………………………………………」」

 

「ねえ早く決めて」

 

「こっちのセリフ・オブ・ザ・デイズなんだけど」

 

「じゃあもう右にいる僕が右ね」

 

「おけ」

 

 しばらくの間無駄な沈黙を続け結局左側に立っているロクが左を右側に立っているワンが右に進むことになった。

 お互い背を向けスタートダッシュの体制に入る。二人の着ている服が眩い光を放つと同時に細かい粒子となって形を崩しながら着ている本人の体に吸収されていく。

 光をすべて吸収し終え裸体になったところで二人同時にレーザービームの如く一直線に飛んでいき、曲がり角にぶつかると鏡に反射したように直角に折り曲がりボス部屋目指してダンジョン内を隈無く飛び回る。

 途中で出くわした魔獣はすれ違いざまに一匹残らず(コア)を抜き取り終着点に着く頃には百を超える(コア)が集まっていた。

 

 ──やっぱりこのアイテム袋、普通じゃない

 

 ボス部屋らしき扉の前にワンよりも早く到着したロクはジルが貸してくれたアイテム袋の性能ではなく強度に驚く……と、ロクの到着から約一秒後オネも終着点となるボズ部屋の前までたどり着く。

 

「遅かったね」

 

「こっち行き止まりだった」

 

「ありゃ……」

 

 マジなんなんのとぶつぶつ連呼して呟くワンに同情しながら回収した(コア)を受け取る。(コア)をたった数個しか持っていないのはジルがアイテム袋をひとつしか渡してくれなかったので袋を所持していないワンは持って移動できる分しか回収できなかったからだろう。

 行き止まりだった挙句これといった収穫も無かったこと、完全に無駄足を踏んだことにかなりイライラが溜まっているご様子。

 ロクは八つ当たりモードのオネを相手するここのボスがなんだか可哀想に思えてきた。

 

「それにしてもワンちゃんのお友達しかいないねこのダンジョン」

 

 ロクのルートで見つけた魔獣はすべて倒したがトラップの宝箱以外はイヌやオオカミの魔獣しかおらず全員ロクの動きについて来れなかったため瞬殺、正直言ってつまらなかった。

 これなら上級者のダンジョンでもよかったなとロクは最初のダンジョンだから初心者向けにしようと考えた自分に後悔する。

 

「今の僕の心境分かっててそれが言える姉さんの度胸が凄いよ」

 

 もはやいつものように言い返してくる気力もないのか流石にワンちゃん弄りにも飽きてきたのか依然として言葉に力が無い。

 

「私だって言っていいときと悪いときの区別くらいついてますぅ」

 

「今は言って?」

 

「いいとき」

 

「………………はぁ、なんでうちの家族は問題児しかいなんだろう」

 

「みんなワンにだけは言われたくないと思う」

 

 まるで自分が一番まともかのような言い分に秒でツッコミを入れる。ワンもノリでえっ? という顔をするがそれ以上は話が進まず少しの沈黙を置いてから二人はボス部屋の扉に体を向ける。

 巨人専用かと思うほど大きな鉄の扉はまるで地獄絵図を思わせる装飾が施されており固く閉ざされ押しても引いてもビクともしない。

 近くに開閉ボタンや隠し扉がある訳でもないので自力で開けない限り中には入れなさそうだ。

 

「これ普通の人どうやって入ってるんだろう?」

 

「あれでしょ、この扉を開けれないようなやつにボスに挑む資格はない……的な」

 

「厳しい世界だねーまぁ僕たちには関係ないけど」

 

 そういうとアイテム袋をその場に置き今度は自身の体そのものを粒子レベルに分解するとミリ単位の扉の隙間や割れ目から中へと侵入する。

 こういった密室への侵入や脱出の時に自分たちの体質の優秀さを再認識する。

 

 部屋の中は円形の空間になっていて中央に巨大な魔法陣、壁には松明がずらりと並んでいるシンプルな作りだ。

 中に入ってしばらくすると人感センサーが反応したかのように辺りに備え付けられた松明が燃えだし、全ての松明がつくと中央の巨大な魔法陣が作動する。

 薄紫の光の中からそいつは表れた、漆黒の体毛に覆われた大型トラックと同じくらい大きな胴体に生えた三つのイヌの首、唸り声をあげるその口は鋭利な刃物よりも鋭くとがった牙がずらりと並び太く強靭な爪が食い込んだ地面をえぐる。

 ここでようやくダンジョンのボスの正体が発覚しロクワン共に「なーんだ」と落胆する。

 一応既に攻略されているクエストにはダンジョンボスの名前も記載されているのだが二人ともまだコテモルン語の五十音すら理解しきれていないのでそこに書かれている文字を【ケルベロス】と読むことが出来なかった、しかし逆にそれを楽しみとして利用し実質ボスの正体が伏せられた状態で挑むスリルを味わっていたのだがいざ正体が分かると膨らんだ期待は簡単に破裂しモチベーションも落ちてしまう。

 

「なるほどケルベロス、それなら弱すぎる道中も納得」

 

「ケルベロスってこんな見た目だったけ? もっと竜の尻尾とか蛇のたてがみがあった気が…………」

 

「異世界なんだし私たちの知ってる個体と姿が違ってても別に不思議じゃないでしょ」

 

「……それもそうだね」

 

 異世界だろうがなんだろうがケルベロスごときに負ける要素が微塵もない二人は青銅の雄叫びを上げなんらかの溜めモーションに入った猛犬を前にしても全く余裕を崩さずいつもの緊張感のない会話を続ける。

 

「ボスはワンがやっていいよ、消化不良でしょ」

 

「あぁなんかもういいや飽きた」

 

「飽きた?」

 

「飽きた」

 

『ボゥワアアアアアッ!!!!!』

 

 攻撃を溜めていたケルベロスがこちらの会話を断ち切るように二人の間に咆哮と共に業火のブレスを放つ。真っ赤に燃えるその炎は部屋の半分を焼き尽くすほど広く広がり、石で作られているはずの地面や壁の形を徐々に歪ませていく。

 しかしロクワンの二人にとって燃え広がる業火も温度は感じるが体質状ダメージにはならない。強いて言うなら夏以上の蒸し暑さにイライラが止まらなくなるくらいか……。

 

「ありゃ?」

 

「なに? どうかしたの?」

 

(コア)がない」

 

 体が反射的動いたのかそれともいい加減鬱陶しかったのか、ケルベロスの咆哮と同時に道中の魔獣にしたように体から(コア)を抜き取るべく巨大な胴体を貫通したワンだったが、その手に(コア)は握られておらず空のまま。少しの苛立ちを含んだしかめっ面をケルベロスに向け同じく不思議に思ったロクも顔を向ける。

 目の前のケルベロスの身体には本来(コア)があるであろう胸元をはじめ体のあちこちにぽっかりときれいな穴が開いており、傷口からドバドバと溢れ出た血が地面を塗りつぶしていく。道中の魔獣は全員心臓部に(コア)があったのでてっきりモンスターの(コア)は全て心臓部にあるとばかり思いこんでいたがこれは考えを改める必要がありそうだ。

 とはいえ胴体になければ残る可能性はもう一つしかない、普通なら(コア)を当てる確率は三分の一だがこっちは攻撃速度のおかげで二回外しても全然誤差の範囲内、つまり実質百発百中。

 

 ワンは目を閉じた。なるべくゆっくり……ケルベロスに相手が油断していると思わせるため、決定的な攻撃のチャンスを与えるため。

 そしてそれにより先ほどのワンの攻撃でこちらを警戒して近づいて来ようとしなかったケルベロスが警戒を解き、今この瞬間このタイミングが絶対なる完全な好機と()()()()ハチの巣にされた体とは思えない俊敏な動きで攻撃を仕掛けて来る。

 

 ──はい僕の勝ち

 

 好機と思ったその瞬間に生まれる油断が狙いだったワンはケルベロスの体が動くと同時に針で縫うように頭を貫き、最後に貫いた一匹の頭蓋から自分の背丈と同じくらいある(コア)を押し出すように出てくる。核《コア》を抜かれた瞬間絶命したケルベロスはあたりに脳と血肉を飛び散らせながら勢いそのままにロクの方へと突っ込んでくる。

 ロクが飛んできた死体を華麗に避けるとその肉塊は未だに燃え続けている業火の海へと消えて行き焦げ臭いにおいを放ちながら炭となる。

 

「終わったかな」

 

「結局RTAしなかったね」

 

 ケルベロスの(コア)を雪玉のようにゴロゴロと転がしながらワンがこちらに戻ってくる。

 すると突如部屋の魔法陣が再び発動し青白い光の中から宝箱が召喚される。このダンジョンの宝箱は全部トラップだったのでこれもハズレの可能性が高いが、仮に外れだったとしても瞬殺できるうえに追加で(コア)を稼げるので有無を言わさず開封する。

 

「…………首輪?」

 

「首輪だね」

 

 中に入っていたのはトゲの付いた三つの赤い首輪。手に取っても特に何も起こらないことから恐らくこれがクリア報酬なのだろう。それにしても報酬が首輪なんて何か意図があるのだろうか? ロクとワンの頭ではボスがケルベロスだからとしか考えようがない。

 

「…………ワン──」

 

「絶対ヤダ」

 

「まだ何も言ってないんだけど」

 

「言わなくても分かるから絶対付けないから」

 

「私もつけるからー!」

 

「なんでそんな必死なの」

 

「目の前にワンがいてここに首輪がある……これはやるしかないでしょ」

 

 力づくでつけようとしてみるがケルベロス戦とは比較にならないほど必死な抵抗でこちらの腕を握りつぶされ距離を置かれる。無意識にガルルルッと唸るような声で威嚇するあたり完璧な犬気質だなと思うロク。

 

「はぁはぁ……意味わかんない! そんなに付けたいならオネに着ければいいじゃん、見た目ほとんど同じなんだから」

 

「オネよりワンの方が名前が犬っぽいからワンちゃんの方がいい」

 

「ふざけないで、あとワンちゃんって言うな」

 

 潰された腕を元に戻しワンとの睨み合いになる。ワンが全力で逃げようとしている以上普通に追いかけては絶対に追いつけない、だから捕まえるにはなるべく狭いところでワンの動きを先読みしなければならない。だからダンジョンの外には絶対に出してはいけない動きの制限がなくなればその時点でゲームオーバー、ゆえに出口は絶対死守『扉から遠ざけるように反対側の壁に追い込んで捕らえる』シンプルな作戦のくせにやたら難易度が高い、こうやって常に頭を使う作戦は昔から苦手なのに、正直言ってイオに助けて欲しい。そう思いながら睨み合うこと十秒ようやく結論が出る。

 

「…………はぁ、分かった私の負け」

 

 足りない頭で数多の捕獲ルートをシミュレーションしてみたがどれも捕まえるどころか追い付くことすら出来ない。確実に捕まえられるルートが見つからない以上これ以上考えるのはエネルギーの無駄遣い、今回は諦めて次のチャンスを待つとしよう。ワンもこちらが完全に諦めたことにより半分警戒を解いてくれる。

 

「さっさと帰ろう」

 

「そうだね……あっ…………」

 

「ん? 姉さんどうしたの?」

 

 ケルベロスの(コア)を転がしドアの前まで来たところで重大な欠点に気づく。

 

「これ……どうやって出す?」

 

「あっ……」

 

 この部屋には自身の身体を粒子化して隙間から入ってきた、そして粒子化できるのはあくまで自身の魂の光で形成しているものつまり服や肉体だけでそれ以外は対象外、だからここに入る時にアイテム袋は置いてきたジルから借りたアイテム袋は粒子化できないからだ。こんな初歩的なミスあの二人(イオオニ)に知られたらしばらくネタにされること間違いなし、このことは厳重に黙っておこうと思うロクワンであった。

 

「平和ボケしすぎたかな、こんなミスするなんて」

 

「全然頭回ってなかったね、これはリハビリ結構かかりそう」

 

「ワン何とかして開けれない?」

 

「無茶言わないでよ、今僕たちか弱い女の子なんだよ?」

 

 扉が自力じゃ開けれないことは証明済み。かと言って爆弾の様な強引にぶち壊せるような物があるわけでもないし魔力すら通っていないこの身体では魔法で解決することもできない、ボスの(コア)が売れないとなると報酬金が半額くらいになるが外に出す方法がない以上素直に諦めるしかないのだろうか。

 

「ねぇワン、これってある意味緊急事態だよね···という事はつまり使ってもいいんじゃないかな?」

 

「その言い訳が通用したこと一度もないでしょ連帯責任で僕まで怒られるの嫌なんだけど、あとどうせ耐えれないでしょ」

 

「ですよねー、諦めますか」

 

「うん」

 

 ケルベロスの(コア)と報酬の首輪を諦め部屋を出る。そして損失分を少しでも補うためにワンが仕留めなかった道中の魔獣から(コア)を採取してダンジョンを出る。ダンジョン周りにモンスターがいればついでに核《コア》を貰おうと思っがそう都合よく獲物がうろついている訳もなく来た時同様速攻で街へと戻る。

 酒場へ戻ると受付横の換金所で獲得した(コア)を換金する。金額はやはりクリア目安額の半額ほどだったが量的に今日の宿代くらいにはなる気がする。予定より随分と時間がかかってしまったがそれでもここを出てから十分やそこらで帰って来れているこれなら誤差の範囲になると思う·····多分·····おそらく·····きっと·····。

 

「姉さん僕ちょっと買いたいものがあるんだけど」

 

「今必要なもの?」

 

「明日使う」

 

「あんまり高いのはダメだからね」

 

 ワンの買い物に付き合うべく武器屋に行った後再び酒場へと戻ってきたロクワンはみんなの待つ二階へと足を運ぶ。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
紅の章がスタートしましたv(≧∇≦)v イェェ~イ♪
つい先日までモニターの故障でPCが使えず朝9時の更新はできませんでしたが安心してくださいまだ失踪はしません。

さてさて今日からスタートした【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】『紅の章』ですが、ざっくりとあらすじを説明するのであればロクちゃんとワンちゃんが地球に戻るための方法を探すべく世界中を旅してまわる異世界攻略記です。

チート能力無双などのガッツリバトル系が見たい方はこの『紅の章』をお勧めします。

のんびりとした日常系が好きな方は恐らく同時刻に投稿されているであろう【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】『蒼の章』をお勧めします。

どうぞ自分に合ったルートでお楽しみください。(たまに合流するかも?)

この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回 【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第2節:異世界でのオネは遠足前の小学生
紅の章第2節:最凶のゴブリン
それぞれの後書きでお会いしましょう。

Machine#Heart


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蒼の章第2節:異世界でのオネは遠足前の小学生

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



 翌朝街の外、どこまでも広がる広野の一本道を歩くイオとオネ。

 イオの背中には身長と同じくらい伸びた長い髪をポニーテールにまとめたイアが気持ちよさそうな寝息を立てておぶられている。その前方にはバックパックを背負って地図を広げながら先頭を行くオネ、昨日イオから討伐クエストの許可をもらい、さらにはお気に入りの日本刀ムラサメまで手に入れたことにより子供の様にはしゃいでいたオネの足取りは…………ものすごくふらついていた。

 

「……お&#ちゃ~ん、そろ*+限か$~……」

 

「あとどれくらいだ?」

 

「&$半分……」

 

「あと半分んじゃん、頑張れ~」

 

「眠い of the デイズ」

 

「自業自得だろ小学生」

 

「しょう%L$せい'&`+ない」

 

 呂律が回らず眠そうに目をこすり、さらには大きな欠伸を連発するオネ。昨日までの元気はどこへ行ったのかと思えるほど差が激しい。その原因は朝、イオが目を覚ますところまでさかのぼる。

 

 ──早朝

 

 いつも通り同じ時間に睡眠から意識が戻ってくる。ゆっくり目を開け窓の方に目を向けると雲一つない青空が目に入ってくる。朝はまだ少し冷えるのか冷えた空気が頬を撫でる。

 こんなに長い睡眠をとれたのはいつぶりだろうか……。そんなことを考えながら視線を正面にすと視界の下の方にナニカが映り込む。

 

「お兄ちゃあああああああああああああああああああああああん!!!」

 

 ──ドスンッ!!! 

 

「ごぶっ」

 

 そのナニかを確認するため視線を落とすと同時にイオのお腹めがけてオネがダイナミックに飛び乗ってくる。

 血反吐を履くように喉にあった空気の塊を吐き出し、内臓に響くような衝撃に悶え苦しむ。

 

「お兄ちゃん朝だよ! 早く起きて! クエスト行くよ!」

 

「……お……オネ…………お、おり……てっ…………」

 

「あっ、ごめん」

 

 ぺちぺちとオネの太ももを叩いていてギブアップを伝えるイオ。オネもようやく状況に気付いたようですぐさまイオの上から降りる。

 

「……とりあえ、ず……そこ……座れ」

 

 お腹を押さえながら上体を起こしオネを正座させる。

 

「あ"あ"あ"……お前な……」

 

「すみませんマジで反省してます」

 

「間違ってもイアにだけはするなよ」

 

「善処します」

 

 ──それにしてもなんで避けれなかったんだか……相手がオネだって分かったからか? それとも…………。

 

 普段ならロクが縛ってきたときのように体が勝手に反応して回避なり反撃なりするのだが、今回は指先一つピクリとも動かなかった。

 自分の体の違和感に疑問を持ち少し考えこむイオだったが、ちらっとオネの方に顔を向けた瞬間もっと気になる変化が視界に入ってくる。

 

「…………オネ?」

 

「なに? お兄ちゃん」

 

「お前、寝たか?」

 

「……寝たよ」

 

「……そっか、ならいいけど」

 

「急にどうしたの?」

 

「いやな、オネの事だから遠足前の小学生みたいに興奮して寝れなかったんじゃないかと思って」

 

 イオが気付いた変化とはオネの目。いつもはきれいな水色の瞳を際立たせるような白目が今朝は真っ赤に充血しており、さらに寝不足であることを強調するかのように目元にはハッキリとクマが出来ていた。

 

「あははまさか~、この歳でそんな小学生みたいなことするわけないじゃ~ん」

 

「そうだよな。俺とイアには九時に寝るように強制しておいて、まさか自分が寝不足なんてことはないよな」

 

「ないない」

 

「だよな」

 

「「あはははははははは」」

 

「「………………」」

 

「「……………………」」

 

「「…………………………」」

 

「…………さて、そろそろ起こすか」

 

 長い沈黙の後イオはベッドから立ち上がると腕を十字に組んで左右交互に肩を伸ばしながら前方のイアのベッドへ向かう。そしていつものようにやさしく起こしてあげるのかと思いきや、ガシッと布団を鷲掴みして勢いよくひっぺがす。

 

「……ん”ん”んっ」

 

 布団を引き剥がしたときに発生した風によりイアの周りから一気にぬくもりが消え、それと同時に肌寒さが全身を襲う。その肌寒さに勢いよくブルっと体を震わせたあと、なるべく外気との接触面を減らそうと極限まで丸まろうとするイア。そんなイアの鼻と口にイオはそっと手を伸ばすと真顔で容赦なく塞ぐ。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……!? ぷはぁあああっ!!!」

 

 さすがのイアも呼吸を止められた状態では寝続けられないようで一気に目が覚めるとイオの手を振り払い不足した酸素を補うべく大きく息を吸う。

 

「……はぁ……はぁ……イオ!」

 

「うん、悪いとは思ってる。けど時間だ」

 

 そう言って指さした先ではオネがムラサメを持って準備満タンやる気満々、ウキウキわくわくした顔でイアを見ている。

 

「今なん時?」

 

「六時」

 

「……おやすみ~」

 

「イア、せめて着替えてから寝てくれ」

 

「……んんっ…………Zzz」

 

 寝てていい条件として着替えを済ませるよう言うと早着替えの如く一瞬で私服に着替えそのまま二度寝を決め込むイア。

 ワンがバックパックをイオはイアを背負い酒場へと向かう。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 いつもの酒場に入ると、朝早い時間ということもあって多くの冒険者で賑わっていた。ソロプレイヤーは数えるほどしかおらず、遠征クエストや高難易度ダンジョンに挑むパーティ冒険者やギルドがほとんどを占めている。

 イアは相変わらず寝ていて起きる気配が無いのでイオオネの二人だけでパパッと軽く朝食を済ませてから昼食のテイクアウトをオネに頼む。イオはその間に掲示板の中から今回オネに挑ませるクエストを探し受付に持っていく。

 受付嬢のお姉さんはなんで背中の少女を降ろさないんだろう……と出も言いたそうな顔でイオイアを見つめたまま手元を一切見ることなくすごい速さで手続きを進める。最後に挑戦者の著名を書き目的地を読み込んでもらった地図を買ったら受付終了。

 

「終わったぞオネ~」

 

「こっちはもうち少しかかりそう。そう言えば今日はどんなモンスター討伐するの?」

 

「着いてから教える」

 

 挑むクエストのモンスターは本当に初心者向けなのでオネのモチベーションが下がらないよう名前と特性は伏せる。

 

「えぇ~今じゃダメ?」

 

「こいうのは分からない方が楽しみがあっていいだろ」

 

「そう……かな?」

 

「そんなことより今のうちに地図の見方と目的地の場所の確認するぞ」

 

 イアをテーブルに突っ伏させて先ほど購入した一枚の地図を取り出しテーブルに広げる。地図は緑色をベースとした巻物の様なデザインで紐の先には黒い四角すいのアクセサリーが付いている。

 あえて一番安いヤツにしたので地図上で名前が表示されるのは主要都市や巨大な山脈くらいだ。現在地は地図中央に赤い逆四角すいで表示されており、イオが指さす目的地はこの街を中心に北西の方角、巨大な樹海と街の間に広がる広野内にポツンと不自然に存在している小さな湖を囲っている森。

 小さな森と湖なので地図上に名前は表示されていない。見た目巻物なのにカーナビのような機能を搭載した地図にオネは何回も表裏を交互に確認したり、回してみたり、天井の電球に照らしてみたりする。しかしどの角度から見てもカーナビ機能以外はただの地図。仕組みは魔術らしいがどんな回路を組んだらこんな科学技術と同等のものが完成するのか不思議でならない。

 

「やっぱり異世界の技術って面白いね」

 

「そうだな。ちなみに目的地方面は商業ルートじゃないから歩いていくことになるぞ」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「馬車とかないの?」

 

「ない」

 

「他の移動手段は?」

 

「ない」

 

 目的地は森、それまではずっと広野だが距離がそれなりに離れており、最短距離の一直線で進んだとしてもおそらく一時間以上はかかだろう。

 

「お兄ちゃんおぶって」

 

「無茶言いなさんな」

 

「大丈夫いける」

 

「やめろ定員オーバーだ」

 

 そんなこんな話していると注文していた昼食がピクニックバスケットで届く。それをそのままバックパックにしまいクエストに出発する。

 

 ──そして現在:小休憩中

 

 そよ風に揺れる草原の中でスヤスヤと眠るイア。立ったまま休息をとりつつ周辺を警戒し続けるイオ。イオイアの周りをうろちょろ歩き回りながら手の甲を抓って眠気と戦うオネ。

 

「お兄ちゃんヤバい超眠い、足止めた瞬間寝る」

 

「知るか、オールした自分のせいだろ」

 

「だってしょうがないじゃん、寝れなかったんだから」

 

「イアと言いまだまだ子供だな」

 

 眠気が増しているのか徐々に歩くスピードが速くなるオネ。体動かしたら余計眠たくなるんじゃ? というツッコミは一旦置いておいて引き続き周囲の警戒に当たる。

 

「お兄ちゃん、一回、一回でいいから」

 

「俺、嘘つきはおぶらない主義だから」

 

「けちぃ~~~」

 

 歩くのに疲れたのかオネがイオの肩にぶら下がってくる。なんでこう自分から疲れる体勢になるのか、眠すぎて思考回路が停止しているのかさっきから矛盾した行動ばかりとるオネ。

 

「そもそもあの場面で嘘つく必要なかっただろ」

 

「だって寝てないって言ったら絶対怒るもん」

 

「バーカその程度で怒るかよ」

 

 優しい笑みを浮かべ頬を膨らませ拗ねるオネの頭をわしゃわしゃと撫でるイオ。オネも嫌がるそぶりは見せず犬の様に頭をこすりつけてくる。

 

「ん"ん"っほんと? 怒らない?」

 

「あぁ怒らない、ぶっ飛ばす」

 

「ほら怒るじゃん」

 

「いやほらだって、俺とイアは強制的に寝かされたのに一番体調が万全じゃないといけない本人がオールしたうえに寝不足……ねっ」

 

 容赦なくたたみかけ弾圧してくるイオにオネは耳を塞ぎその場に蹲ると即降参する。

 

「オネもまさか一睡もできないとは思わなかったのっ!」

 

「……何時間寝れれば満足なんだ?」

 

「三……いや、四時間」

 

「今から四時間だと…………昼頃か……四時間経ったら起こすk」

 

「おやすみ!」

 

 イオが言い切る前にごろんっとイアの隣に寝転がると爆速で寝てしまうオネ。

 イオ的には夜遅くさえならなければ何時に挑んでくれても構わないので、ここでの仮眠自体はさほど問題ではない。一番厄介なことは、このまま睡眠不足でモンスターと戦いイオのシナリオ通りの結末を迎えた場合、クエストが終わってから「眠くて全力が出せてなかった」とかなんとか言い訳を言われることだ。

 今回のクエストによって得られることは絶好調で万全な状態に近いほど効果があるので好きなだけ眠らせてあげることに。

 

「…………さてと、結構たくさんいるな」

 

 イアが最初から寝ててくれて助かったと思うイオ、寝ている二人を守るように臨戦態勢へと入る。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 太陽の高さからしてオネが寝てからだいたい四時間後、イオはイアをお姫様抱っこしながらバックパックを背負ったオネを背中に背負い目的地の前まで歩いて来ていた。

 鍛えているとはいえイアオネと大して変わらない細い体つきのイオ。二人とも四十キロ台と体重が軽いとはいえ大して身長の変わらない女の子二人を運んでも汗ひとつ掻かずに平然としている。

 目的地である森の前までくるといったん二人を下ろし、念のため自分の体が汚れていないか確認する。どこも汚れていないことを確認した後オネを起こそうとすると向こうから勝手に目を覚ましてくれる。

 

「ふわ~~~~ぁっ……良く寝た~~~」

 

「おはよオネ、気分はどうだ?」

 

「うん、超元気。ってあれ? こんな森あったっけ?」

 

 目の前に広がる見覚えのない森に首を傾げ少し混乱するオネ。寝起きで錯覚を見ていると思い込んだらしく、いったん目を閉じてぺちぺちと自分の両頬を叩いて意識をはっきりさせる。十秒ほど叩いてから再び目を開けるも変わらず目の前には森がありもう一度首を傾ける。

 

「こんな森あったけ?」

 

「暇だったから運んできたんだよ」

 

「…………お兄ちゃん」

 

 ちょっと事実を改変してそれっぽく伝えるとじっとこちらの目を見つめて小さく呟く。

 さすがにちょっと不自然過ぎたかと思い、万が一勘付かれた時のために言い訳を頭の隅に用意するイオ。

 

「もしかしてオネが起きらすぐクエスト始められるようにしてくれたの!?」

 

「あぁうん、そんな感じ」

 

 しかし現実のオネはそこまで勘が鋭くないようでイオの不安には掠りもせず、むしろ変な方向へ勝手に解釈してくれる。

 イオもかなり都合よく解釈してるなぁっと思いつつ、勘付かれてないならいいかと適当に話を合わせる。

 

「……なんか今日お兄ちゃんが優しい!」

 

「はい? いつも優しいだろ」

 

「イアお姉ちゃん中心にね」

 

「そんなことないぞ、オニに代わりを頼まれてるからな、たまにはオネ基準にもなる」

 

「ホント?」

 

「まぁオニとの約束だからな」

 

 イオは今度は事実を述べる。今まで基本的にイアを甘やかすのはイオ、オネを甘やかすのはオニという風に甘やかし対象が決まっているのだが、オニをロクワンに付いて行かせる際、オニからオネの面倒を頼まれたイオ。

 一応オネの方を優先して甘やかそうとはしているのだが、本能なのかどうしても無意識にイアの方を甘やかしてしまう。

 ちゃんとオネの方にも構っておかないと後でオニに怒られるかもな……とオニとの約束を思い出しながら頑張って善処することを決意するイオ。

 

「ふ~~~ん、()()()()()()のレベルで期待しとく」

 

「普通に期待してないって言えよ」

 

 遠まわしに期待していないと伝えてくるオネだったが、その顔は小さく笑っており本心を全然隠しきれていなかった。

 めんどくさいことになるだろうからあえてそのことは指摘しないが、写真に撮ってオニに送りたいくらい可愛らしい表情だった。

 

「そんなことよりお兄ちゃん。気になったんだけど、オネとイアお姉ちゃんいっしょに運んできたの?」

 

「もちろん。片方ずつ運んでたらどっちかが危ない目に合うかもしれないだろ」

 

「だったら最初からオネも一緒に運んでくれても良かったんじゃ……」

 

「その辺はほら、気まぐれだから」

 

 あまり疲れないとはいえ二人も担ぐのはやはりめんどくさいし、オネに背中でぐっすり寝られるのは何か納得いかない。幸いイオは日頃の行いが良いおかげでこういう時に気まぐれと適当に答えても疑われることは無い。

 

「じゃあその気まぐれで帰りはおぶってくれたり?」

 

 オネの油断による余計な一言を聞き逃さなかったイオによる茶番が始まる。

 

「あぁ~あっ、そんな事言わなければやってあげたのになぁ~、言わなければなぁ~」

 

「待って! 待って! なし、今のなし!」

 

「えぇ~~~」

 

「キャンセル! キャンセル!! キャンセル!!! キャンセル!!!!」

 

「申し訳ございません。当運搬業ではそのような対応は行っておりませんので、ご要望にお答えすることは出来ません」

 

 イアもオネも帰りはどうせ疲れて寝るだろうから運んで帰ることはほぼほぼ確定なのだが、本気で焦っているオネが面白いのでまだまだ止める気は無い。

 

「じゃあ忘れて」

 

「無茶言うな」

 

「聞かなかったことにして、お願い!」

 

「えぇ~~~どうしよっかな~~」

 

 何を言っても拒否ってくるイオに対しオネは最終手段を使うことに。

 

「おねがい、ダーリン」

 

「あぁ~っもう駄目、なにがあっても乗せないわ」

 

 ▶しかしイオには効果がないようだ。

 

 ▶イオオネは目的を忘れている。

 

「あああああごめんなさいごめんなさい」

 

「ダメダメ、もうこれは決定事項、終わり、はい終了~」

 

「お兄ちゃあああああああああああああああああああん」

 

「あぁうるさいうるさい」

 

「おおおおお! にぃぃぃぃぃ! いいいいい! ちゃあああああん!」

 

「そんなことよりほら、とっとと行ってこい」

 

 ここでようやく当初の目的を思い出したイオはバックパックからムラサメを取りだしオネに差し出す。

 イオのこの一言でオネもここに来た理由を思い出したようで「あっ」と呟くがこのまま言い負かされたままでは引き下がれないと意地を張った負けず嫌いが発動し受け取りを拒否する。

 

「やだ」

 

「いや、ヤダじゃなくて」

 

「帰りおぶってくれないと行かない」

 

「目的変わってるじゃねぇか」

 

「さ~どうするお兄ちゃん」

 

 ──どうするもこうするも賭けになってないんだよな……。

 

「そうだな~……じゃあ、俺の手助け無しでクエストクリアできたらおぶってやるよ」

 

 今回のクエストはあくまでオネをここのモンスターと戦わせることが目的なので何もしないでリタイアというのは論外、必然的におぶる一択となる。とはいえ無償でおぶるのはなんか嫌なので超簡単そうな条件を付けてオネを挑発する。

 

「もしかしてオネの事バカにしてる?」

 

「おう、かなりな」

 

 事実ここのモンスターはイアオネには()()()倒せないし、本人は未だに脳内がファンタジーなのか挑発しているのに対して何か裏があるとかの疑いも持たないくらいに思考が単細胞化している。

 それよりもひどいのは未だに自分がモンスターを倒せないことに気づいていないことだ。仮に分かってて挑んでいるならそれはもう何かしらの病気か地球での生活に汚染されすぎた証拠だろう。

 

「そう言ってられるのも今のうちだよ、T◯Sさんもビックリの最速討伐で終わらせるから」

 

 超ドヤ顔で無謀な宣言をしながらイオを指さすオネ。とりあえずモチベーションが下がってない事()()は確認できたので「ガンバ~」と適当に応援する。

 

「それで? 何を倒せばいいの?」

 

「この森にモンスターは一種類しか生息していないから入ればすぐ分かる。そいつを十体討伐できればクエストはクリアだ」

 

「十体とか超簡単じゃん、これならすぐ終わりそう」

 

「じゃあ行ってら~」

 

 やる気満々でムラサメを天高くつき上げながら森に入ろうとするオネを胡坐をかいたまま見送る。しかしこの反応がオネには予想外だったそうでピタリと歩みを止めこちらに振り返る。

 

「えっ?」

 

「なに」

 

「一緒に来てくれないの?」

 

 オネは森には全員で入ると思っていたらしく、一人で行かせようとするイオを目を見開いて見つめる。

 

「なんで?」

 

「えっ?」

 

「えぇっ?」

 

「えっ? えっ?」

 

「えぇ? ……えぇっ?」

 

「えっ? えぇ~? ……えっ?」

 

「いい加減飽きないか?」

 

 ARIA家でよく見られる展開に発展しオネはどこか楽しそうに乗ってくるが、くだらない茶番の無限ループで時間を食わせたくは無いので早めに流れを断ち切る。

 

「えへへ~なんかちょっと楽しくなっちゃって」

 

「いいから行って来いよ。どうせ俺は手伝えないし、イアとここで待ってるから」

 

「あぁそっか……じゃあ行ってくる」

 

 ここのモンスターに遭遇すればクエスト自体は早く終わるので手伝うことの無いイオはわざわざイアを連れて一緒に入る必要はない。

 オネもそれは理解したようでクエストには一人で行くことにする。

 

「クリアできた時の約束も忘れないでね」

 

「約束? なんだっけ?」

 

 そんな約束してたっけ? とわざとらしく聞き返す。

 

「このクエストクリアしたら好きなクエスト挑んでいいって話し! 忘れたとは言わせないよ」

 

「あぁ~はいはい、分かった分かった」

 

 ここに来た目的は忘れてもイオから提示さてたクリア報酬は忘れておらず最後に入念に確認してから今度はスキップで森に入っていく。

 

「さ~て、何秒で帰って来るかな?」

 

 そよ風に吹かれ気持ちよさそうに寝るイアの頭を撫でながらイオはオネの期間を待ちつつ同時にどうやって元来た道を避けて帰るかを考え始める。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第2節ちょっと遅れましたが投稿完了です。

さてさて後書きですが、『紅の章』と『蒼の章』が始まったという事でしばらくはチカ異世の世界観についてアイテムやモンスターの詳細を書いていきたいと思います。

今回は作中でも登場した【地図】について詳しく書いていきたいと思います。
※さらに詳細を知りたい方はコメントしてくれれば追記します。

≪チカ異世の世界の地図≫

≪特徴≫
・一見ただの巻物だが紙と紙の間に魔術回路又は魔法が施してあり立体的に地図を投影する。
・値段が高い物ほど地図がより精密かつ鮮明で地名などの詳細も表示してくれる。
・クエストの受付で希望があればダンジョンや受けるクエストの目的地を読み込んで青い逆三角すいで表示してくれる。

≪素材≫
一般的な巻物と同じ紙でできている。紐の先についている四角すいの飾りはレーダーの機能を持っており地図上に現在地として表示される。

≪入手方法≫
クエストの受付やアイテム屋など冒険関係のものが置かれている店には大抵置いてある。

≪値段≫
100ゴールドから1万ゴールドと幅が広く、特殊なものやオリジナルの機能が付いている物は100万を超える物もある。

≪色≫
3色+αでそれぞれ値段の桁で分かれている。
3桁=緑、4桁=青、5桁=赤、特殊地図=白または黒、オリジナル=製作者が決められる。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第3節:倒せない最弱モンスター
紅の章第3節:真逆の二人と入団試験
それぞれの後書きでお会いしましょう。

布団の誘惑


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紅の章第2節:最凶のゴブリン

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



 今日のジル先生のコテモルン語の授業が終わるといつも通りそのまま酒場で夕食を食べ宿へと戻る。

 満腹になったイアオネがぐっすりと眠ったところで二人の姉妹はアイテム屋でリュック型のバックパックを購入してから再び酒場へと戻り今日挑むクエストを選ぶ。

 

「ワン、今日はどれにしようか」

 

 ロクワンは昨日に引き続きお金を稼ぐため掲示板の前で深夜クエストの張り紙をあさっていた。今日は二人だけの受付でのコミュニケーションを踏まえた実践という名目でジルの通訳は来ていない。

 

「昨日の奴は弱すぎたからなー、上級でなんかないかな?」

 

「中級飛ばすの?」

 

「初級であれなら中級も大したことないでしょ」

 

「だよねー、報酬金額が一番高いやつにしようか」

 

 そう言ってロクは報酬金額が一番高いクエストを手に取る。

 今日の授業でだいたいの【文字】を覚えたロクワン、しかし単語の意味まではまだ分からないのでクエストの内容はさっぱり分からない。

 唯一分かるのは地球の数字と形の似ている数字で書かれた報酬金額だけ。

 昨日のジルのやり取りでクエストの申し込みの仕方はだいたい分かった。流れとしてはクエストの紙を受付に持っていき受理してもらった後控えの紙を貰って終了。このとき一緒に地図を渡すとダンジョンの位置を地図に読み込んでくれる。

 

「さてと、行こうか」

 

「ウラウラー」

 

 酒場を出て早速地図を開く。

 昨日ジルから借りた地図やバッグはロクたちにあげるとのことだったので新しいのは買わずそのまま使わせてもらう。

 地図の裏に施された投影魔術により地形は立体的に浮かび上がる。しかもアップとルーズ、スワイプで上下左右と三百六十度自由にずらすこともできる。

 少し縦長の赤い八面体が現在地、二回ルーズし北側にあるバツ印が目的地。場所が分かったところでロクワンは北門へと走りだす。

 

「そういえばなんで昨日短剣買ったの? 武器くらい自分で生成すればいいじゃん」

 

「ん? あぁコレ、刺した対象を絶命させる効果があるんだって……これは試すしかないでしょ!」

 

「さいですか」

 

 絶命とか確殺とか相手の死を確定させるような言葉になると、とたんに頭が悪くなるワンにいいカモだなと思いながら走る速度を上げる。

 

 門を出て辺りに誰もいないことを確認してから昨日同様光速でダンジョン前まで移動する。

 

「今日は私の勝ちだね」

 

「いやいや僕が荷物持ってるんだから流石に勝って当然でしょ」

 

「負け犬の遠吠えですか? ワンちゃんだけに」

 

「その舌引き抜いてあげようか?」

 

 ちょっとした冗談のつもりでワンを弄ると満面の笑みでロクの舌を引き抜こうとしてくる。殺る気満々なワンの左手を押し返しながらダンジョンの入り口に向き直る。

 ダンジョンの入り口は高さ十メートルはありそうな巨大な扉があり見たことのないバケモノの装飾が施されている。

 

「…………これさ、自力で開けるパターンじゃないよね」

 

「うっ、昨日のトラウマが……」

 

 ロクワンともに大げさに頭を押さえつつ扉の前に立つ。

 しかしいくら待っても扉は開かない、びくともしないだろうと思いつつ一応扉を押したり引いたりスライドしたりするもびくともしない。

 

「ガチのグーパンしたら壊せるかな?」

 

 自分たちの身体の体質を利用し、光に戻した自身の身体を一点に集中してレーザービームの要領で打ち出せば貫通できるんじゃないかと考えるワン。

 

「壊せそうな感じはするけどね」

 

「じゃあ発案者のワン頑張って」

 

「えっ姉さんがやってくれるんじゃないの?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「えっ??」

 

「えっ??」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「えっ???」

 

「えっ???」

 

 そこから五分ほど沈黙が続き埒が明かないと判断したワンがもう一度質問をする。

 

「姉さんがやってくれるんでしょ?」

 

「痛いからヤダ、ワンがやってよ」

 

「僕も痛いのは嫌なんだけど」

 

 光体になっているとはいえちゃんと痛覚は働いている、例えレーザービームになって体当たりしても大したダメージにはならないが正直めんどくさいので絶対に自分はやりたくないと考えるロクワン。

 

「ワン、じゃんけんしようか。負けた方が扉ぶち抜く」

 

「いいけど後出ししたら負けね」

 

「「じゃんけん、ポンッ」」

 

 ロクがグーでワンがチョキ、録画ドヤ顔をかまそうとしたその瞬間、先にワンが勝ち誇った顔をする。

 

「姉さん今……後出ししたでしょ」

 

「してない」

 

「ダウト、コンマ一秒ずれてた」

 

「コンマ一秒は誤差だから」

 

「僕と姉さんのじゃんけんでそれは無理があると思う」

 

 苦しい言い訳で視線を逸らすロクに呆れて正論をぶつけるワン。

 

「はいはい分かりましたよ、やればいいんでしょ」

 

 論破され話ロクはけだるそうに一つ大きなため息を吐いて自身の肉体を光へと変化させ一点集中で扉に突撃する。

 あたりを眩しく照らしながら一直線に飛んで行き扉に風穴を開けたかのように思えたロクだったが扉に触れた瞬間扉全体に複数の魔法陣が浮かび上がりロクの身体は数秒の拮抗のあと跳ね返されるように遥か彼方へと飛ばされる。

 

「ははっ、やば……」

 

「あぁ……痛い」

 

「おかえり、結構飛ばされたね」

 

 飛ばされてからコンマ一秒後、左手首を握りぐるぐる回したり手を握ったり開いたりしながらロクが戻ってくる。

 

「カウンター魔法でも張られてるのかな、今の私たちじゃ壊せないねコレ」

 

「そっかー……よし、諦めよう」

 

「リタイアリタイア」

 

 ダンジョンにすら入れないことを知ったロクワンは一旦酒場へ戻りクエストをキャンセルして二番目に報酬金が高いクエストへ向かう。

 しかしそのダンジョンの入り口にも頑丈な扉が設けてあり前のクエスト同様力技で中に入ることはできなかった。

 その後もリタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア、リタイア…………。大きさは様々だか、挑戦したダンジョンの入口は全て扉が設けられており、ご丁寧にその全てに謎のカウンター魔法が施されている。

 

「ねぇワン、これは泣いていいよね」

 

「うん、いいと思うよ」

 

「私明日からナパーム弾常備するから」

 

「僕もこの世界にTNT爆弾ないか見てみるよ、どうせ跳ね返されるだろうけど」

 

 まだ一時間程度しか経っていないのにいったい何回リタイアしただろう、メンタル的にも今日最後のクエストになりそう。

 ラストの挑戦に選んだクエストは報酬金百万ゴールドの上級者の中でも底辺難易度のダンジョン。

 

「だいぶ報酬安くなったね」

 

「今日で一ヶ月ダラダラできるくらいには稼ぐ予定だったんだけどね」

 

「ナパームとか必要なもの色々あるし、百万程度じゃ全然足りないね」

 

 受付を済ませ北門へと歩いていく。位置的には最初に行こうとしていたダンジョンの近くで地図を見た感じ入口に門はあるが今までのように頑丈閉ざされた迷宮というわけではなく、どちらかと言うと巨大な山の壁をくり抜いた洞窟の入口に落とし格子で塞いでいる地味な感じの作りだ。

 とりあえず今度こそ入れそうな入口なので光速で向かう。

 

「はい着来ました今からストレス発散します」

 

「初対面でサンドバッグにされるモンスターが可哀想……いやそうでもないな」

 

「モンスターはみんな不調和だからね慈悲はない」

 

「お姉ちゃんみたいに見えたら便利なんだけどね」

 

「ほんとそれな、まぁ見えなくても経験と勘で割と何とかなるけどね……じゃあワンよろしく」

 

「はいはい」

 

 順番的にワンが門の開門をする番。

 今までの門と違い今回は開けられることがほとんど確定しているのでワンも面倒くさがらず進んで開門する。

 ロクワンの胴回りの何倍もある極太の丸太でできた落とし格子を光速の手刀で四角に切り裂き足で蹴飛ばすと、ちょうど二人が通れるサイズにくり抜かれる。

 

「今日もさくっと終わらせようか」

 

「無駄に疲れたしね、おかげでロクちゃんお眠」

 

「なんならここで寝てても──、」

 

 洞窟の中に入ってすぐなに生命の気配を察知する。まだ視界には入ってないがこちらに近づいてきていることは確か、落とし格子を雑に開けたせいで侵入に気づかれたか? このダンジョンのモンスターかはたまた先客の冒険者か…………。

 ロクワンは気配のする方をじっと凝視する。二人の目は夜行性の動物以上に光を捕えることが出来るので、光が存在しない漆黒の世界でもない限り快晴の昼間のようにはっきりと見ることが出来る。

 

「モンスターかな?」

 

「さぁね、見ればわかるでしょ」

 

 姿の見えないナニカに恐怖することなくワンは気配の元へと向かう。

 そして洞窟の曲がり角、そいつが物陰から姿を現しこちらを認識しようとした瞬間、ワンがそのナニカが得た視覚情報が脳へと送られる前にコアを抜き取り絶命させる。

 

「なにそいつ」

 

「見た目と色的にゴブリンかな」

 

 ワンの足元に真っ赤な血を流し倒れる人型のナニカは聖騎士のような立派な装備をみにつけた生き物。

 ソシャゲで例えるなら間違いなくSRレベルの装備が体全体を覆っているためそのままでは正体は分からないが、そのナニカは腐ったタマゴのような腐敗臭を漂わせている。

 足でそいつの体をひっくり返し兜を外すと全身が緑色の生物が姿を現す。

 エルフのように先の尖った耳と大きく長い鼻と黄色く濁った目、鋭利な牙が生え揃った半開きの口からは紫色の長い舌がでろんと出ている。

 

「おっ、あってた」

 

「ワン? 今なんて?」

 

 しれーっととんでもない発言をしたワンに驚きロクは反射的に慌てて聞き返す。

 

「いやーまさか本当にゴブリンだったとは、今日の僕冴えてるね」

 

「わかってて倒したわけじゃないのね」

 

「刺した時直感的にあっこれはゴブリンだって思っただけ」

 

「………………」

 

 結果的に本当にゴブリンだったから良いもののただの人間だったらどうするつもりだったのだろうか。基本直感で行動するワンの事だどうせそう言った事態は想定していないのだろう。さっきの状況、別に必ずしも瞬殺しなければならないという訳ではなかったのだからせめてゴブリンだということに確信を持ってから行動に移して欲して欲しかったと思うロク。そしてこの先もちゃんと核心を持ってから討伐して欲しいと願う。

 

「そもそもこんだけガチガチに装備固めてたら見た目で判断出来るわけないじゃん」

 

「ならもう少し慎重になってくれない?」

 

 ワンの言い分に確かに第一印象では判断しかねるとロクも同意するが、それと同時に分かっていてなお強行突破したワンの後先考えない身勝手さに呆れる。

 

「直感が不調和って言ってたから」

 

「直感的なのは別にいいの、問題なのはその勘が外れた時のことを一切考えないで行動してるところ」

 

「さすがの僕でも確信がないのに出会い頭でいなり刺すような真似はしないよ」

 

「ついさっき自分がなにしたか覚えてる?」

 

「うーーーん…………忘れたっ」

 

「私なにがあっても責任取らないからね」

 

「えっやだ」

 

「えっやだじゃなくて」

 

「こういう時は連帯責任でしょ」

 

「いや、こんな理不尽極まりない巻き添えで連帯責任とか絶対嫌なんだけど」

 

「連帯責任じゃなかっらた僕だけ兄さんに怒られるじゃん嫌だよ」

 

「説教を回避するという選択肢はないのだろうか……」

 

「これはもうあれだね、モンスターの中に一般人が混じっていないことを願うしかないね」

 

「自分で判別するという考えはないのだろうか……」

 

 ワンの戦闘に対する偏った考えに振り回されるロク。こうなった時はいつもイオかオニがブレーキをかけていたのでワンと同じアクセル側のロクには荷が重すぎる。

 そもそもワンを止める理由もただ単にイオに説教されたくないからというだけでそれさえなければブレーキがいないこの状況ならロクもアクセル全開で自由に動けただろう。

 

「それにしてもゴブリンかー数多いんだろうなぁー」

 

 今度は複数の不調和を感知する。さっき倒したゴブリンと同じ気配なのでおそらく仲間が異変を察知して向かってきたのだろう。驚くべきはその数、百はいるんじゃないかと思うほどたくさんの不調和がロクワンの元に集まってくる。

 

「グギギギャギャグガガッガギャチッデャグジャガッ」

 

 明らかに人間が使うような言葉ではなくどちらかというと鳴き声に近い荒れたうめき声のような言葉を発しながらその集団はあらわれた。

 主人公やラスボスが使うような多種多様な装備や武器を身に着けた小学生くらいの大きさをした体の露出部は緑色で、先の尖った耳と大きく長い鼻、黄色く濁った目が大半を占めるが奥の方に数匹赤い眼の奴がいる。鋭利な牙が生え揃った口から紫色の長い舌が唾液を纏ってでろんと垂れ下がる。

 確信。ゴブリンの群れ、そしてこのダンジョンはゴブリンの巣。

 

「><?>*+{‘+‘{#$&”$%;@%”+‘¥‘{”++?」

 

 一番先頭にいたゴブリンがこちらの存在に気づき今度はちゃんとした人間の言葉を話す。しかもその言葉は今現在進行形で勉強しているコテモルン語だった。上級魔族とかならまだしもこんな雑魚of雑魚モンスターが人間の言葉を話していることにロクワンは驚く。

 

「凄いね人間の言葉喋ってるよ」

 

「まぁ僕たちまだコテモルン語分からないし実質ゴブリン語だよね」

 

「日本語? なんだお前ら異世界人か?」

 

「「!?」」

 

 日本語で会話する二人に今度はまさかの日本語で質問してくるゴブリン。さすがにこれにはロクワンもあっけにとられる。日本語の発音は完璧で異世界人という言葉まで知っている。これはいい手がかりが見つかるのではないだろうかと思ったロクワンはクエストを一旦中断しゴブリンとの会話を試みる。

 

「日本語が話せるんだ、面白いゴブリンだね」

 

「人間の言葉程度簡単に覚えられる」

 

「……負けた……この私が、ゴブリンごときに……」

 

 自分たちは今まさに覚えるのに苦労している言語をゴブリン共はいとも容易く覚えてしまう。

 ファンタジーにおけるクソ雑魚モンスター四天王のゴブリンの方が頭がいいという現実に内心ガチで落ち込むロク。

 

「姉さん何マジで凹んでるの」

 

「だってー、こんな同人誌でしか優遇されないRPGの序盤にしか出てくるクソ雑魚変態モンスター代表が私より頭いいって納得できるわけないでしょ!」

 

「ボロクソ言うじゃん」

 

「そもそもこいつらが頭よかったら世界のパワーバランスが──、」

 

 ──ズヴアアアァンッッッ!!! ザンッ! スパーンッ!!! 

 

 ロクが愚痴っているところにゴブリンが数匹奇襲をかけて攻撃してくる。

 振り下ろした剣から放たれた複数の斬撃がロクワンの体を洞窟内ごと斬り刻み、さらに反動で入口は崩落してきた瓦礫で塞がってしまう。

 

「ケケケッ、ガギャギジャギギゴ」

 

「ケキャキャジャガガゴ」

 

「ゲシャシャッ、ギョギジャギギョ」

 

 奇襲に成功したゴブリンたちが完全に価値を確信したかの様な歓喜の声を上げる。派手に暴れたせいで視界が遮られるほどの砂埃が大量に舞い上がる中、新しいおもちゃを手に入れた子供の様なテンションで不気味な笑い声をあげる。

 

「知能は高くても戦闘経験は浅いみたいだね」

 

「殺した相手の死体を確認しないとか戦場舐めすぎ」

 

 砂埃の中に人影が浮かび日本語で呆れるように話す声が聞こえる。

 その声を聴いた瞬間、ついさっきまで腐った笑い声が渦巻いていた洞窟内が一瞬にして静寂に包まれる。

 やがて砂埃は収まり視界が晴れると何事も無かったかのように無傷のロクワンが姿を現す。

 ゴブリンたちは混乱していた。さっきの不意打ち、確かにあれは成功していた。あの人間二人の体を斬撃が貫通する瞬間もばっちり目に焼き付いている。なのになんでかすり傷ひとつ追っていないのか…………。

 

「ねぇ、聞きたいことがあるんだけd──、」

 

「グギギャゴガガッ!!!」

 

「ゲヒャハア"ア"ア"ア"ア"ッ"!!!」

 

 ロクの言葉を遮りゴブリンたちが一斉に攻撃してくる。どうやらこちらの話を聞く気は無いらしい。

 剣・槍・斧・鎌・鈍器・弓・ナックルからクロー、投擲武器にいたるまで実に様々な武器を装備したゴブリンがロクワンの周りを囲み渾身の一撃を与える。

 今度こそ仕留めたと思われたが攻撃を当てたゴブリン全員が同じ違和感を覚える。

 

 ──…………手ごたえがない

 

「話くらい聞いてくれてもいいんじゃないですかね」

 

「もういいんじゃん、早く終わらせよう」

 

 先ほどと同じように無傷のロクワンが少しイラついた口調で呟く。

 全ての攻撃を避けた? いや、この人間二人は避けるどころか体を動かす素振りすら見せなかった。

 なら防御魔法で攻撃が無効化された? それもありえないだろう。なぜならこの二人からは魔力が一切感じられない、ゆえに魔法が使えるとは思えない。

 

「いやいや異世界の存在を知ってて日本語も話せるゴブリンだよ? いろいろ聞いておきたいじゃん」

 

「まぁ確かにそうだけどさ」

 

「ゲギャガガゴー!」

 

 せっかくの機会を有効に使うため、早まろうとするワンをなんとか制止するロク。

 するとゴブリン軍団の後方で他と比べて明らかにガタイが良く別格のオーラを放つ一匹が声を上げる。すると他のゴブリンたちはロクワンを囲む現状は変わらないが一斉に身を引き距離をとったことで闘技場のような円形の空間ができる。

 そこに先ほど声を上げたゴブリンが円の中に入ってくる。

 身につけている装備も一番強そうで、さしずめゴブリンリーダー言ったところか。

 

「おっ、このゴブリンリーダー私たちとサシでやるみたい」

 

「じゃあ僕が格の違いってやつを見せてあげないとね」

 

「やめなさい、話聞くって言ってるでしょ」

 

 ロクが目を話した瞬間周りのゴブリンたちが一斉にしゃがんだかと思うと、ゴブリンリーダーがすかさず間合いを詰め持っていた剣でロクの胴を横に薙ぎ払う。その威力は絶大で薙ぎ払った時に生じた斬撃は隣にいたワンの胴体を抜け洞窟を貫通し外に生えている森の木々や岩を薙ぎ払いながらずっと遠く地平線の彼方まで飛んで行く。

 

「もう大丈夫だってちゃんと手加減するから」

 

「ダウト。その手加減の基準私とかイオとやる時のでしょ」

 

 ゴブリンリーダーの攻撃をよそに何事も無かったかのように会話を続けるロクワン。ゴブリンリーダーもようやく部下たちが何故仕留めるのに手間取っていたのか理解する。

 防がれてはいない、避けられてもいない、確かに斬った。刃が胴体を通過するその決定的瞬間もしっかりと目に焼き付いている。

 しかし手ごたえは皆無。あれだけはっきりと斬られておきながら、斬れているはずの胴体から血は一滴も流れておらず服すらも破けていない。

 そんなゴブリンリーダーの困惑には一切興味なしといった感じでロクワンはまだ会話を続ける。

 

「信用なさすぎで僕悲しい」

 

「日頃の行いって言葉してる? どうせ手加減したのになぁとか言うオチ確定だからワンは引っ込んでて」

 

「いやでもですよ手加減手加減言うけどさ、耐えられなかったゴブリン側にも責任はあると思うんですよ僕は」

 

「ギシャガジャア"ア"ア"ア"ア"!!!」

 

 攻撃が効いていない事に加え自分が部視され完全に舐められていることにゴブリンリーダーは激怒し猛連撃をロクワンへ浴びせる。

 しかしその攻撃は全てロクワンの身体を通過するだけでやはりダメージにはなっていない。

 周りのゴブリンたちもリーダーが傷一つ与えられない現実に怯え既に戦意を喪失している。

 

「グギギガゴガガグゴゴ……ッジャジャウガギャー!!!」

 

 絶望的なこの状況にゴブリンリーダーは鋭利な牙が潰れる勢いで悔しそうに歯ぎしりした後何かを訴えてくる。

 

「さっきから五月蠅いな、せめて日本語でしゃべれよ」

 

「まぁまぁ発情期なんだよきっと」

 

 雑音しか発しないゴブリンリーダーにしびれを切らして睨みつけるワンとなだめるふりをしてサラッとディスるロク。

 

「…………ッガウヴァ"ッ!!!」

 

 ゴブリンリーダーが短く叫ぶとロクワンを囲っていたすべてのゴブリンが一斉に洞窟の奥へと逃げていく。

 急いで追いかける様子もなくゆっくりとゴブリンたちが逃げて行った方へと足を進める。

 ゴブリン集団の最後尾を見失わない程度のスピードでついて行くこと数時間、迷路のように入り組んだ洞窟内を抜けた先はまさかの地上、しかもそこは王宮の中庭。目の前には立派にそびえ立つ城が建っており、出てきた洞窟の方を見るとそこに山は無くあるのは城門の入口前に並べられた複数の白黒に浮かぶ歪んだ空間だけ。

 

「空間魔法?」

 

「ゴブリンが魔法使うとか何それ面白そう」

 

 ゴブリンが魔法を使うという今まで経験したことの無いパターンにちょっとだけこの先にいるであろうボスに期待を抱くワン。

 

「分かってると思うけど好きにするのは情報聞きだしてからだからね」

 

「大丈夫だよ、正直僕も知りたいし」

 

 歪む空間から視線を戻すと追っていたゴブリンたちは姿を消していた。

 周りにも気配はなくおそらく城の中に逃げ込んだと考えられる。

 

「姉さん姉さん、正面突破もいいけどさ、どうせ道中相手にしないならショートカットでよくない?」

 

「そうだね、この様子じゃ多分他にボスがいるだろうからそいつに聞いた方が早いね」

 

 そう言うとロクワン二人は地面を蹴って跳躍し三十メートル以上ある灯りの付いた城の最上階にある部屋にガラスを蹴破って突入する。

 ガッシャーーーンッと爽快な粉砕音を立て部屋に入り真っ先に目に入ったのは真っ赤に染まった部屋と無残に殺された無数のゴブリン並びに洞窟で戦ったゴブリンリーダーの死体。

 

「待っていたぞ異世界人」

 

 日本語で呼びかけられ声のする方を向くと玉座にふんぞり返る巨大で丸々太ったゴブリンとその玉座の前に縦に二列で整列する十一匹のゴブリンがいた。

 玉座のゴブリンは王冠とマントしか装備していないが、前のゴブリンたちは全員ゴブリンリーダー並の装備を身に着けていてそれなりのオーラがある。

 

「あんたがボスでいいんだよね」

 

「でかい生ごみのタイプだったかー」

 

「人間少し無礼が過ぎるぞ!」

 

 ロクワンの舐め腐った挑発に十一匹全員が一斉に剣を抜きその中で一番風格のあるゴブリン(ここではゴブリンリーダーB)が一喝する様に警告する。

 しかしロクはその警告が自分たちに当てはまっていないのをいい事に玉座に歩みを進めながらマイペースに話を切り出す。

 

「あんたにちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「勝手にしゃべるな! 止まれ!」

 

「私たちさ、複数人を同時に異世界召喚とか異世界転移できる存在を探してるんだけどなんか知らない?」

 

 質問が終わると同時にロクたちの後方の壁がみじん切りの様に斬り刻まれ崩壊する。

 ロクが話している間に警告してきたゴブリンリーダーBが超スピードで斬り刻んだ斬撃が生んだ結果なのだが、相も変わらす攻撃は全てロクの身体をすり抜け本人には一切のダメージが入っていない。

 

「はぁ……ただ質問するだけなんだからちょっと静かにしててくれない?」

 

 そう言ってロクがゴブリンリーダーBに冷たい視線を送るとゴブリンリーダーBの剣がの元からポッキリと折れる。

 ワン以外のこの場にいる全員がいつ折られたのか全く気づけず、ゴブリンリーダーたちは訳も分からぬまま慌てて臨戦態勢に入る。

 

「強いな異世界人、こんな厄介事を連れてきたコイツらはやはり殺して正解だった」

 

 ここにきてようやく玉座のゴブリンキングが口を開く。

 どうやらこの無数の死体はゴブリンの王がいるこの場所にわざわざ危険を持ち込んだバカの末路らしい。

 

「あんたらの仲間事情はどうでもいいの、質問に答えてよ」

 

 ゴブリンキングはゴブリン語でゴブリンリーダーたちと何やら話をしたあと、十一匹全員に席を外すよう命令する。

 そして玉座の間にはロクワンとゴブリンキングそして死体山だけになりゴブリン側からするとキングが自ら護衛を外し冒険者と直に接触するというとても危険な状況になった。

 しかしゴブリンキングは落ち着いた様子で口を開く。

 

「質問に答えよう、もちろん知っている。ただこの世界にはそう言ったことが出来る者は珍しくない、余が知っているだけでも万はくだらないだろう」

 

「なーんだ、やっぱ誰でもできるのか。じゃあもう一つ……転移魔法とか使わないで元の世界に戻る方法とかってある?」

 

「余は知らぬが…………無いとは言い切れぬ」

 

「可能性はゼロではない……か…………」

 

「さて、今度は余の質問にも答えてもらおう。お主らいったい何者だ」

 

「なにって、ただの異世界人だけど?」

 

「魔力を持っていない人間が斬撃を無効化できるとは思わんがな」

 

「言ってもどうせ、あんた程度の頭じゃ理解できないよ諦めな」

 

「余の頭が足りていないと申すか」

 

「だって頭いいって言っても別に全生命中ナンバーワンってわけじゃないでしょ。どうしても知りたいなら神レベルの頭脳になって出直して来な」

 

「まるで自分たちが神のような言いぐさだな」

 

「まさか、私たちがあの次元と一緒な訳ないでしょ。そもそも──、」

 

「姉さーん、聞くこと聞いたんだから早く終わらせて帰ろうよ暇すぎて眠いんだけど」

 

 ぐだぐだと会話を続けるロクにバックパックを枕に床に寝っ転がるワンがクソだるそうに愚痴る。

 必要な情報は得られなかったが、可能性がゼロではないことが分かっただけでも十分収穫と言えるだろう。

 

「はいはいすぐ終わらせるから一秒くらい待ってて」

 

 そう言い終わるとほぼ同時にロクはゴブリンキングのコアを抜き取るべく光速の不意打ちで一直線に攻撃を仕掛ける。が、ロクの鋭利な手先がゴブリンキングの体に触れると同時にまるで鏡に反射する光の如く弾かれる。

 

「ふむ、自身の体を光と化し、光とほぼ同等の速さで動くことが出来る…………なるほどこれなら我々の攻撃が効かなかっとことも納得がいく。剣を光の速度でかわし元の位置に戻る、その動きを目で追えない生き物にはまるで剣がすり抜けたように見えるという事だ」

 

「ふーん…………あんたこそ面白いね、私の攻撃を跳ね返した」

 

 ──攻撃を開始ししてからはじき返されるまで、明らかに目では追えてなかった…………野生の勘か? 

 

「余は王である、王とは種を守る要であり導きの象徴である。そんな王が同胞を残して死ぬなど言語道断! 王が死す時それは種の絶滅を意味する。だからこそ余は倒れぬ、すべての同胞らがこの世から消えるその時まで」

 

「それが私の攻撃をはじき返した答え? 人間と言いケルベロスと言いゴブリンまで、ほんっとこの世界の種族は…………退屈しないで済みそうだ」

 

「この状況でまだ勝算があると?」

 

「ダメージを与えられないからと言って命を奪うことが出来ないなんて道理はない」

 

「何が言いたい」

 

「そのまんまの意味だけど? 今この場でお前のゴブリンとしての生を終わらせる」

 

「なぜわざわざ敵である余一人になって情報を与えたと思う…………答えは、余の敗北は絶対にないからだ」

 

「奇遇だねー私もあんたに負ける気なんて微塵もしないんだよね」

 

「姉さーん僕暇なんだけどー」

 

「正直攻略法分からないから少し時間かかるかも」

 

「じゃあ僕ベッド探して寝とくから起こしに来てね」

 

「安心しろ、ベッドなど探さなくても今すぐに寝床を用意してやる。かつてここにいた人間たちと同じベッドにな」

 

「なんだ元は人間がいたんだ、てっきりこの城もゴブリン文明の傑作かと思ってた」

 

「ここは我らが支配した国の一つ。我らの装備や武器も元はこの国の兵士が身に着けていたものだ。生き残った人間は地下で毎日朝から晩まで自分たちが食べる食料を作らせている。良いメスはそれとは別におもちゃとして使ってやっているがな」

 

「…………それはなに、こっちの世界のゴブリンの生き方?」

 

「まさか、こんなものただの娯楽にすぎない。自らの子を目の前で調理し食わせてやった時のあの顔。弱いものが手も足も出ず屈辱で絶望し命乞いをするあの顔が我々ゴブリンにとっては最高にたまらないのだ」

 

「ワン予定変更、すぐ終わらせる」

 

 そう言うとロクの紅い目がさらに赤く染まり鮮やかな緋色の輝きを放つ。

 

「いいよ、僕も珍しくやる気出てきたし」

 

 珍しく積極的になっているワンの目もロク同様、緋色の光を放っていた。

 

「あらあら、あのワンが人間のために動くなんて明日は嵐かな?」

 

「そんなんじゃないから…………」

 

「ありがとねワン、姉妹思いのいい妹がいてお姉ちゃん嬉しいよ」

 

「……別に、こういうやつはお姉ちゃんやオネには任せられないだけだし」

 

 少し照れくさそうに顔を逸らすワン。

 

「話は終わったか?」

 

 自分の力によっぽど自身があるのか、相変わらず玉座にふんぞり返り見下す体制から動かないゴブリンリーダー。

 完全に能力に頼り切って油断していることが見て取れる。

 

「これから死ぬのにずいぶん余裕だね」

 

「余が死ぬ? 言ったであろう、同胞が生存している限り余は能力によりダメージを受けることは無い。同胞は全てこの場から逃がしてある、ゆえに余が敗北することは絶対にない」

 

「こっちも言ったはずだよ、ダメージを与えることと命を奪うことはイコールじゃないって」

 

「はいはーいデブゴブリン僕からも一言、同胞は逃がしたって言うけどさ城の外見てみてよ」

 

 ワンが怪しい笑みを浮かべながらゴブリンリーダーが斬り刻みぽっかり穴が空き中庭が丸見えになっている城の壁の方を指さす。ゴブリンキングは自分がダメージを受けないことを利用し堂々と隙丸出しで壁の穴へ近づき中庭を見下ろす。

 ゴブリンの視力ならこの暗さと距離でも十分に()()()の正体は分かった。夜の街灯に照らされているのは中庭の地面が見えなくなるほどの大量のゴブリンたち。彼らはゴブリンキングが逃げるよう指示した城に配属されているゴブリン、全員死んでいるのか動いている個体は確認できない。

 

「安心しな、交渉に使えるよう殺してはいない。みんな優秀な防具だったからいい具合に手加減できたよ」

 

 ゴブリンキングはゴブリンリーダーたちに指示を渡した後、全てのゴブリンを逃がすための時間稼ぎとしてロクと話している間にワンが歪む空間へと向かうゴブリンたちをすべて倒したと予想する。さらにワンの方も光に匹敵する速さで行動できるだろうから一瞬で全員を気絶させることくらい容易いだろうと推測する。

 

「流石の早業……しかし残念、仮にこの場にいる同胞をすべて葬ったとしても我が同胞は世界中に点在している。ゆえに余を倒すことは不可能ということだ」

 

「確かにダメージを与えられないという能力自体は普通に考えて強いと思うよ、けど…………()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべるロクの体が赤と黒の美しく見惚れてしまいそうなほど幻想的な光のオーラのような何かに包まれる。

 その光は外側からビー玉程度の小さい光の玉となって分裂しロクの周囲を浮上しながら不規則に漂う。

 やがてロクの体を覆っていた全ての光が光球となるとそれらは一番近い光球と合わさりクリスタル状に形を変えその場に留まる。

 全ての光球がクリスタルへと形を変えるとクリスタルが一斉に割れ中から赤と黒の半透明でクリスタルのような質感の光の蝶が生まれる。

 生まれた蝶は緋色の鱗粉を撒きながらひらひらと実在する蝶と変わらないスピードでゴブリンキングの方へと飛んで行く。

 

「これが世に勝つ秘策か? なんとも拍子抜けだ──、」

 

 蝶がゴブリンキングに触れる刹那、直感的に命の危機を感じ取り体格に見合わない身軽なステップと身のこなしで接触を回避する。

 さらにはさっきまで仲間の逃亡失敗を見てもなお余裕しゃくしゃくだった顔が今では焦りと恐怖に満ちていた。

 

「はぇー図体の割に素早いね」

 

「お主らいったい何者だ」

 

「さぁ何者でしょうか」

 

 ゴブリンキングの質問に質問で返すロク、ワンと一緒に玉座の間を埋め尽くす勢いでどんどん蝶を追加していく。

 ゴブリンキングは玉座の後ろに刺してあった自分の大剣を振り回し蝶を排除しようとするもロクの時同様、刃は蝶の体をすり抜けるだけで倒すことが出来ない。しかもこの蝶は時間が経っても消えることはなくロクとワンが生み出しつつげる限り無制限に増えていく。

 

「くそっ、一体何なんだ! 何者なんだお前らは!!!」

 

「「………………」」

 

 ゴブリンキングの必死の追求にロクワンは無言を貫く。その目は感情を持たない人形の様に光を灯さず、救いようのないバカを見るかの様に冷たい無慈悲そのもの。

 そしてついに逃げ場を失ったゴブリンキングの体に一羽の蝶が舞い降りる。

 とその瞬間ゴブリンキングの体が赤と黒の鮮やかな光の繭に包まれ中で徐々にその体を消滅させていく。

 

「じゃあね、来世を楽しんで」

 

 ゴブリンキングの肉体がすべて消滅すると光の繭は消え、後には王冠やマントといった身に着けていた装備だけが残った。

 

「調和完了。あとは外の奴らだけだね」

 

「もう僕がやったよ」

 

「流石ワン、仕事が早い」

 

 中庭を見ると地面を覆っていたゴブリンの大群はすべて消滅しており、残ったのはゴブリンキング同様身に着けていた物のみ。

 

「でもやっぱり調和すると(コア)が入手できなくなるね」

 

「人間と違ってモンスターは(コア)が魂そのものだからね、こればかりは仕方ないよ。この星の寿命を少し伸ばしてイアへの負担が軽減されたと思えば私たちとしてはプラスでしょ」

 

「そうだね、討伐の証明は王冠でも持っていけば多分何とかなるだろうし、外に散らばってる装備も売ればそこそこの値段にはなるんじゃない?」

 

 そうと決まれば中庭に降り立ちゴブリンたちが残していった武器や防具、アクセサリーをバックパックの中に入れていく。

 このバックパックには空間魔法が施されており中は五次元構想となっている。購入時は四次元空間が十個用意されており四次元空間一つにつき一種類まで入れられる。

 しかも四次元空間は十個目に何かを入れると新規で新しい四次元空間が生成され十一個目が埋まると十二個目が十二個めが埋まると十三個めがと言う風に無限に空間が増えていく仕組みらしい。

 ゆえにリュック入れることさえできれば無機物だろうと生き物だろうと現象だろうといくらでも収納することが出来る。

 さらにリスト機能も付いているらしく手を突っ込むと今まで入れたモノが投影魔法で空間上にリスト表示され、突っ込んだ状態で手を上下左右斜めに動かせば選択枠が手を動かしたほうにズレる。

 あとは取り出したいアイテムに選択枠を合わせて掴むように引き抜けば取り出すことが出来る。

 中のモノは怪物だろうと取り出そうとする手に危害を加えられないので安全面でも優秀な代物だ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 売れそうな全ての装備を回収し終え朝になる前に宿へ帰るべく白黒に歪んだ空間魔法の前に立つ。

 

「結局この空間魔法って誰が張ったんだろうね?」

 

「ゴブリンは全然魔法使うそぶり見せなかったしやっぱりこの国の人間なんじゃない?」

 

「かもね。さてと…………どれから出てきたっけ?」

 

「えぇっとねー……忘れたww」

 

「よしっ手あたり次第行こう」

 

 空間魔法で洞窟最深部まで戻り、来た時の道のりを覚えていなかったため光速で残党のゴブリンをもう一つの方法で調和しながら洞窟中を駆け巡りだ出するとそのままノンストップで街の近くまで帰って来る。

 外はもう朝日が登り始めており、情報を聞き出すためとはいえ今回のクエストに多くの時間を消費したことを実感する。

 クエストは一応クリアという事だったので報酬金と装備の換金を済ませ宿へと戻る。

 大した成果ではないが、今回得た情報をイオオニにも共有しベッドに入る。それと同時に全身をどっと疲れが襲いロクワンはすぐに眠りへと落ちていく。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『紅の章』第2節ちょっと遅れましたが投稿完了です。

さてさて後書きですが、『紅の章』と『蒼の章』が始まったという事でしばらくはチカ異世の世界観についてアイテムやモンスターの詳細を書いていきたいと思います。

今回は前回、チカ異世『紅の章第1節』で登場したモンスター【ケルベロス】について詳しく書いていきたいと思います。
※さらに詳細を知りたい方はコメントしてくれれば追記します。

【チカ異世モンスター図鑑】

≪名前≫
・ケルベロス

≪分類≫
煉獄界_脊索動物門_哺乳網_モンスター目_魔獣科_魔犬属_ケルベロス種

≪特徴≫
・一般的な大型犬のフォルムに犬の頭が3つ生えている。頭が3つ生えているためか普通の犬型のモンスターに比べ胸部が太い。
・体毛は黒か紺色。
・核(コア)は普通のモンスターと違い3つある頭のどれかに入っている。※個体によって入っている頭は違う。

≪ステータス≫(11段階評価)※0~10
体力・・・2
攻撃・・・3
防御・・・1
魔力・・・2
素早さ・・・2
知性・・・1

≪能力≫
【煉獄の番犬:アンチメテンソ・マトースィス】
ケルベロスの直接的な攻撃によって命を落とした生命の魂は煉獄に幽閉され転生することが出来なくなる。

≪大きさ≫
一般的には全長10メートル前後、高さ3メートル前後。記録に残っている最大の個体は全長15メートル、高さ6メートル。
牙の大きさは平均30センチメートル爪は50センチメートル前後。

≪食性≫
純度の高い魔力を持つ生命を好んで食べる。また地獄の番犬でもあるため魂そのものを食すことも可能。食べられた魂は煉獄へと堕とされ転生することは無い。

≪コアの値段≫
一つ1万ゴールド。過去最高額は一つ10万ゴールド。
※コアが発する魔力の純度によって値段が上がる。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第3節:倒せない最弱モンスター
紅の章第3節:真逆の二人と入団試験
それぞれの後書きでお会いしましょう。

リフで昇天


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蒼の章第3節:倒せない最弱モンスター

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



 深い森の中、周囲を警戒しつつオネはどんどん奥へと進んで歩いていく。

 木々の隙間から射す光がオネの髪をオレンジ色に照らす。

 

 ──たった一種類しかいないモンスター…………いったいどんなのが…………

 

 ムラサメをいつでも抜刀できる体制に構えながら目的のモンスターを探す。

 昼間とはいえ森の中はあまり太陽の光が届か無い影響で薄暗く、雑草がオネと同じくらいの高さに伸びて密集しているところもあったり、砕け散った岩石が転がっていたりと人の手が加えられている様子は一切なかった。

 道に迷わないようまっすぐ進んでいくと一本道に出てくる。

 人の手によって切り開かれたようなその道には短い雑草しか生えておらず岩も端の方に寄せてある。

 入口探せばよかったと思いながら今度は道に沿って森の奥へと進んでいく。

 森の中央にある湖まで来ると湖の周りはある程度開けており、お昼寝したくなるような芝生の生えた地面と青くて丸い球体がたくさん転がっている。

 不思議に思いよくよく観察するとその青い球体はうねうねと動いており、中には時折ころころ転がる者や、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしている。

 生き物だと分かった瞬間オネは反射的に道横の草むらに身を隠し中からそっと様子をうかがう。

 

 ──あれは…………

 

 ゲーム脳のオネには目の前の物体がとあるモンスターにしか見えない。というより頭ファンタジーじゃなくてもあの見た目でモンスターとなれば大体予想できる。

 

 ──スライム!? 

 

 つまりこの森に生息している唯一のモンスターとはゲームなどで最弱扱いされることの多いのスライム。

 確かに最初のモンスターとしては適任かもしれないが、こうなってくるとイオの発言が気になってくる。

 あれだけ討伐クエストを禁止していたイオがクエスト解禁条件にスライムの討伐なんて選ぶだろうか? そう思うオネの脳裏に一つの仮説がよぎる。

 

 ──もしかしてスライムが最強の世界? 

 

 最弱モンスターが最強の作品だってあるのだから可能性としては十分あり得る。

 しかしその可能性はオネの記憶によりあっさり崩壊する。

 それもそのはず、酒場でイオはこのクエストを初心者用の掲示板から取った。仮にスライムが最強の世界ならそんなクエストが初心者用になるはずがない。

 これによりスライム最強説は秒で除外された。

 

「他に何か可能性は…………」

 

 クエスト解禁条件がスライムの討伐である必要性を模索する。

 

 ──たまたま対象がスライムだった? 

 

 イオの性格でたまたまということは絶対にないだろう。今回はスライムでなければいけない理由がどこかにあるはず。

 

 ──ではスライムである必要性は? 

 

 最強でもないスライムをなぜ条件に使ったのか。

 本当に勝たせたくないなら今のオネでは絶対に勝てない上級クエストのモンスターを選ぶのが普通だが、その場合こちらが一方的にダメージを受けてしまう。イオに限ってそんな初歩的なミスをするはずがないし、そもそも家族が傷つくことは絶対に避けるしやらせない。

 つまりあのスライムによる攻撃でこちらが身体的ダメージを負うことはないと予想できる。

 オネはこれまでの経験やイオの性格から、このスライム相手ならこちらが一方的に勝てる相手だということを確信する。

 そして勝てる相手ということは……

 

 ──お兄ちゃんは最初からクリアさせる気でいた? 

 

 それだと今日の今日までクエストに行かせてくれなかった理由は? 

 手首が捻じ切れんばかりの見事な手のひら返し。気が変わった? その理由、原因は? 

 

「…………って、なに無駄なこと考えてるんだろう」

 

 ようやく自分が『イオの思考を読み取る』という無謀な行為をしていることに気が付く。

 イオと心理戦をして勝てた存在なんて一人しかいないというのに…………。

 どんなに考えても結果が変わらないのならこれ以上は時間の無駄。

 一旦大きく深呼吸をし、本来の目的に集中する。

 イオは言葉巧みにはぐらかすことはしても、こちらが()()()()()()()()約束は絶対に守ってくれる。

 つまり、たとえこのクエストをクリアすることでこちらが不利になるような策を練っていたとしても約束である好きなクエストへの挑戦権は必ず貰える。

 

 スライムたちもイオレベルの危機管理能力は持ち合わせていないのか、まだこちらには気づいていない。

 

 ──ちょっと数は多いけど、スライムだし問題ないでしょ。問題はこの体が正常(イメージ通り)に動くかどうか……

 

 不意打ちを狙うため気づかれないように息をひそめ抜刀の体制で初撃を放つタイミングを伺う。

 

 ──…………今ッ!!! 

 

 一匹のスライムが目の前真正面に来た瞬間…………ッンっと息を止め、ダンッと地面を強く踏み込みその反動を前進する運動量へと変換する。

 草むらから飛び出すと同時に一瞬で間合いを詰めスッと流れるような動きでムラサメを鞘から抜く──、

 ことが出来なかった。

 

「…………あれ~~~?」

 

 何故か抜けきらないムラサメに視線を落としそのままフリーズする。

 原因は明確、刀身に対して腕の長さが足りていなかったこと。

 それもそのはず、オネの身長の三分の二以上もあるムラサメが居合で抜けるはずがない。意味のない背伸びをしながら腕を限界まで伸ばすが刀身が鞘から抜けきることはなかった。

 見つけたときから分かっていたはずなのに、どうしても居合でかっこよく決めたかったオネはついつい調子に乗って格好つけてしまった。

 

「………………」

 

 抜刀は諦め、今度は完全に刀身を抜いてから鞘を足元に放り投げると霞の構えをとり改めて狙いを定める。

 一方スライムはというと、突然草むらから飛び出してきたオネには一切反応せずそのままぴょんぴょんと跳ねて通り過ぎていく。周りにいる他のスライムも同余にオネには全く反応を示さずのんびりしている。

 

 ──もしかして気づいていない? 

 

 どんなに近づいても逃げることはなく、そのへんに落ちている木の枝で突っついても全くの無反応。進行方向立ちふさがっても足にぶつかったあとは向きを変えて進むだけでこちらに興味は示さない。

 見たところ目や口といった顔のパーツは存在せず鳴き声も発さない、若干透けた青い体は柔らかくぷにぷにしていてまさにスライムそのもの。

 

「これなら余裕かな」

 

 とりあえずいつもゲームで使っているお気に入りのモーションを真似て次に手前を通りかかったスライムに斬り掛かる。

 ビュンッと空を斬る音と共に、スライムの体を上から下へ一刀両断する。切られたスライムの体はボトンッ、ボトンッと地面に転がり落ち、ムラサメの切っ先から露が弧を描きながら飛び散る。

 

「よしっ、まずは一匹!」

 

 仲間が真っ二つに斬られたというのにスライムたちは逃げもしなければ反撃もしてこない。

 こっちの世界のスライムはそういう性格? 生体? なのだろうか? 

 変わらずマイペースにのんびりしているスライムたちに少し疑問を持ちつつも二匹目を横薙ぎで斬り伏せる。

 続けざまに三匹、四匹、五匹…………調子に乗って次から次へと斬り伏せていくオネ。

 

「これでっ、十 体 目 ! ! ! 」 

 

 あっという間にクリア条件である十匹を無双し、投げ捨てた鞘を拾うとピュッと刀に流れる露を払い納刀する…………と同時に異変に気づく。

 一番最初に斬り捨てたスライムの体が二つともうねうねと動いているではないか。

 

「…………うっそ~」

 

 驚きと混乱、そして絶望の混ざった声が自然と口に出る。

 悪い予感のしたオネはすぐさま今まで倒した残り九体のスライムたちも確認する。

 振り返った先には斬り捨てたスライムたちの体がバラバラに転がっていた…………がっ! それらすべてがうにうに、うねうねと動き出しそれぞれが新しい一個体のスライムとして元通り飛び跳ねたり転がったりして動き出す。

 

「…………プラナリ……ア?」

 

 オネの脳裏に最強再生能力を持つ生命の姿が真っ先に思い浮かぶ。

 斬ってもそれぞれが新しい一個体として再生する様はまさにプラナリアそのもの。

 とはいえスライムがそんなチートレベルの能力を持っているなんてありえない…………と思いたいオネだが、ついさっき目の前で起きた光景のせいで認めざる負えない状況になっている。

 

 ──スライムには斬撃は効かない

 

 しかしそれだとオネにスライムを倒す手段はない。

 ↓

 そうなるとこのクエストのクリアは絶対に不可能。

 ↓

 つまりオネがクエスト挑戦権を貰うことも無い。

 

「そんなのヤダッ!」

 

 どうしても認めたくないオネは確認の意も込めて十一匹目に斬りかかる。

 しかし結果は変わらず、どんなに小さく斬り刻んでも小さいスライムが量産されるだけで一向に倒すことはできない。一応打撃の有効を確かめるためグーパンも試してみたが破壊力がスライムボディにすべて吸収されこちらもダメージにはならない。

 

「絶っっっ対ありえないっ!!!!! …………ありえない……」

 

 現実を嫌というほど突き付けられ、ついに心が折れてしまったオネ。

 潔く諦め一本道をダッシュで戻っていく。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「お兄ちゃあああああん!!! お兄ちゃあああああん!!!!!」

 

 森を出て迂回し、イオイアと別れた場所まで戻ってくると二人はバックパックを枕にしてカップルの様に二人並んでお昼寝をしていた。

 スライムについてイオに聞きたいことがあるオネだったが、こうも幸せそうに寝ている姿を見ると起こしにくい。とはいえ自然に起きるまで待っていると日が暮れそうなので、イアを起こさないように慎重にイオだけを揺すって起こす。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、起きて~ねぇお兄ちゃ~ん」

 

 オネが騒がしい声とは裏腹にゆさゆさと小さく揺するとイオは直ぐに起きて体を起こす。

 

「おっ、終わった?」

 

「終わったじゃないよ、なにあのスライム!」

 

 イオはワンと違いイアを起こさないようになるべく小声で話す。

 

「なにって……スライム?」

 

「オネの知ってるスライムと違いすぎるんだけどっ!」

 

「そんなことは無いと思うぞ、ここにいるの普通のスライムだけだし」

 

 なに言ってんだコイツとでも言いたげな顔でバックパクからクエストの紙を取り出し見せてくる。

 たしかにクエストにはスライムとしか書かれておらずアドバイス欄にも『クソ雑魚ナメクジ』としか書かれていない。いったいあれのどこがクソ雑魚なのだろうか? 紙に記載されている情報は全て実際に戦ったオネには理解不能だった。

 そしてクソどうでもいい事だが、こっちの世界にもクソ雑魚ナメクジという概念があることに少しだけ驚いた。

 

「斬っても分裂するスライムなんて聞いたことないんですけど!!!」

 

「まぁそれがスライムの特性だからな」

 

「……特性?」

 

 ──特性:スライムボディ

 あらゆる物理攻撃を無効化する。(ただし魔力を含む攻撃は例外)

 またその物理攻撃が斬撃の場合、無効ではなく分裂し、肉片ひとつひとつが新しいスライムとなって復活する。

 

「…………なにそのチート能力」

 

 イオの説明によりようやく斬っても斬っても倒せない原因が分かった。

 そういう事ならあの理不尽的状況にも一応納得がいく。しかもこうして説明されるとますます初見殺しのチート能力にしか聞こえない。

 

「なに言ってんだ、こんなの常識だろ」

 

 ──…………オッケ~脳内検索、常識とは? 

 

 こんなことも知らないのかとちょっと引いているイオに、なに言ってるんだコイツはという視線を返す。

 ただでさえこの世界のモンスターには無知なのに、詳細すら教えてもらえなかったら物理攻撃無効のスライムが常識なんてぶっ飛んだ答えに普通はたどり着けるはずがない。

 そう不満に思う一方でこんなに凄い特性を持ってるのにクソ雑魚ナメクジといわれてしまうスライムが少し可哀想に思えてきた。

 

 ──…………あれ? 最弱のスライムがこのレベルってことは…………いやっ、考えないでおこう。

 

 今の精神状態でこれ以上深く考えると立ち直れる気がしないと判断したオネはスライムについてもう一つ気になっていたことを尋ねる。

 

「じゃあどうやって倒すの?」

 

「スライムは純粋な物理攻撃以外なら何しても倒せるぞ」

 

 再びイアの横に寝転がると目を閉じて一つアドバイスをするイオ。

 

「物理以外…………魔法……とか?」

 

「魔法とか」

 

「もしかしてお兄ちゃん魔法使えるの!?」

 

「使えない」

 

「じゃあイアお姉ちゃんが使えるの?」

 

「使えない」

 

「だれが使えるの?」

 

「誰も使えない」

 

「じゃあどうやって倒すの?」

 

「倒せない」

 

「クエストどうするの?」

 

「諦める」

 

「お兄ちゃんはなんでこのクエストを選んだの?」

 

「討伐対象がスライムだったから」

 

 表情一つ変えずに即答するイオの意図が全く読めず頭の中が『?』で埋め尽くされるオネ。

 なぜ倒す手段が無いと分かっていてこのクエストを選んだのか。しかも対策や奥の手は一切なし、既に諦めモードに入っている…………というのは一旦置いておいて、オネにはそれよりも気になることがさっきの一連の会話にあったことにかなり遅れて気づく。

 

「…………待って、お兄ちゃんなんでスライムの特性知ってるの?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 オネに質問されたイオはその質問には答えず閉じていた目を開けジッとオネの方を見つめる。そして数秒見つめたあと無言のまま満面の笑みをオネに向ける。

 言葉は無くても返答としては十分、静かにムラサメに手をかてもう一度質問する。

 

「お兄ちゃ~~~んっ♪」

 

「おう、なんだ~オネ?」

 

「お兄ちゃんはスライムの特性知ってたの?」

 

「of course」

 

 こちらを煽っているのか? いやイオが流ちょうな「of course」を使ってくるときは大抵煽っている時。つまりこれは完全に煽っている証拠。

 全く反省の色を見せないイオに今度はオネが満面の笑みでムラサメを抜きイオの喉元に突き付ける。

 対してイオはいつも通りすました顔で両手を上げるだけで抵抗は見せない。そしてそのまま二人ともフリーズする。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ──ぐぅ~~~っ

 

 こんな緊迫感のある状況でもオネの腹時計は正常に機能しているようで十二時を知らせる空腹が襲ってくる。

 

「ふやぁ~~~うにゅ~……ごは……ん」

 

 オネの腹時計が鳴ると同時にイアが猫語のような可愛らしい声を出して目を覚ます。

 

「おっ、起きたか」

 

「おはようイアお姉ちゃん」

 

「う~ん、おはよ~…………」

 

「よく寝れたか?」

 

「んん~、いま……にゃんじ~?」

 

「ちょうどお昼だ」

 

 イアが起きたとたんオネを完全無視してバックパックからレジャーシートとピクニックバスケットを取り出し昼食のセッティングを始めるイオ。

 バスケットの中身はサンドイッチで、パンはサンドイッチ用の耳無しとバゲットの二種類。具材は卵や野菜、肉、フルーツなど定番のものから変わり種までいろんな種類がある。

 

「おいしそう…………じゃなかった。お兄ちゃん! まだスライムの件が終わってないんだけど!!!」

 

「どうしたのオネちゃん? そんな大きなこ…………えっ!? オネちゃん何やってるの!?」

 

 一瞬超おいしそうなサンドイッチに意識が持っていかれかけたがなんとか自力で戻ってくるオネ。

 それと同時にようやくこちらの現状に気づいたイアが慌ててイオオネの間に止めに入る。

 ついさっきまで数ミリ開けるのがやっとだった瞼はぱっちりと開いておりピントの合っていたなかった目には混乱が見て取れる。

 

「聞いてよイアお姉ちゃん、お兄ちゃんがね──、」

 

「オネちゃんその前にそれ下ろして、怒っててもそんなことしちゃダメ」

 

 オネの言葉を遮りイアが超珍しくお姉ちゃんらしい注意をする。

 

「だって、お兄ちゃんスライムに斬撃効かないの知ってて黙ってたんだよ!」

 

「正確には魔力のこもっていない純粋な物理攻撃全てな」

 

「ほらあああああ!!!」

 

「え~~~っと…………イオ? そういう事はちゃんと伝えておかないとダメでしょ」

 

 おそらく……いや、絶対話の九割以上が理解できていないイア、さっきまで焦り散らかしていた顔はアホ顔に変わっており、ぽけぇ~っとしながらフリーズしているので今の会話を全く処理できていないことが一目で分かる。

 しかしイオが意地悪していることだけはなんとなく理解できたのだろう、イアがイオに注意するという珍しい絵図らが完成する。

 

「でもイア、どっちにしろA()R()I()A()を持ってるオネはスライム倒せないんだぞ。教えても教えなくても一緒だろ」

 

「そっか」

 

「イアお姉ちゃん!?」

 

 ムラサメを放り捨て、スライムと戦ってる間に催眠でもかけられたのかイオの言葉に秒で納得するイアの肩を勢いよく揺すって目を覚まさせる。

 

「お姉ちゃん騙されないで! お兄ちゃんはスライムに危険性がないのをいい事に、何も知らないオネの反応を見て楽しむつもりだったんだよきっと。そうでしょお兄ちゃん!」

 

「そうなのイオ?」

 

「いやっ、全然っ」

 

「違うって」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もう! イアお姉ちゃん!! 少しはお兄ちゃんを疑ってよ!!!」

 

 イアにイオを疑うという選択肢は存在しない。いや、存在はしているのかもしれないが最終的には必ず上手い具合に丸め込まれてしまう。

 イオ本人はイア第一主義のだからそれを利用してイアに何か変な事をする……ということはないだろうが、今回の様にイアを半強制的に味方につけてこちらに数的有利をとってくるなんてことはよくある。

 なぜイアを味方につけるのかと言うと、イオとの口論に勝てる可能性があるのはイアだけなのでイアがイオ側に着いた時点でこちらの負けが確定するのだ。だから何としてもイアをこちら側に引き込む必要があるのだ。

 個人的に今回は負けたくないので絶対にイアを味方に付けてやろうと必死になるオネ。

 

「…………イオ、嘘ついてるの?」

 

「俺がイアに嘘ついたことなんてあったか?」

 

「ない」

 

「つまりはそういう事だ」

 

「オネちゃん、イオは嘘ついてないよ」

 

「はあああああぁぁぁぁぁ……もういい……うん、もうそれでいい」

 

 イオへの信頼が異次元すぎるせいで下手な小細工なしでも全く疑うことなく言葉を鵜呑みにしてしまうイア。

 こうなってはもう埒が明かない、なにをしても無意味だと思い知らされたオネは、本日二度目、心が折れる。

 先ほど放り捨てたムラサメを納刀しレジャーシート目掛けて脱力しながら崩れるようにうつ伏せで倒れ込む。

 

「あああ……ダンジョン行きたかったなぁ~…………ダンジョン…………ダンジョン……モンスター……冒険…………ダンジョン…………ダンジョン…………」

 

「さて、食べますか」

 

 搾り取るような声で無念と嘆くワンを放置し、イオイアは手を合わせいただきますの挨拶をする。

 

「イオ、オネちゃんが推しキャラ当てられなかった時の十倍くらい落ち込んでる」

 

「なに? それは重症だな。オネ、食べないのか?」

 

「…………食べる」

 

 飯でも食って忘れようぜとイオがサンドイッチを差し出すとオネは体を起こし落ち込みながらハムスターの様にどんどん食べていく。

 そして今ままでの落ち込みレベルを大幅更新したオネのブルーモードは一週間以上続いた。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第3節お待たせいたしました。

さてさて後書きの世界観についてですが今回は――、

今回は作中でも登場した【バックパック】について詳しく書いていきたいと思います。
※さらに詳細を知りたい方はコメントしてくれれば追記します。

≪チカ異世の世界のバックパック≫

≪特徴≫
・ポーチから巨大リュックサイズと大きさがいろいろある。
・性能が高い物ほど大きくいろんなものを入れられる。
・中は五次元構造になっていて四次元空間一つに付き一種類入れることが出来る。
・バックパックには入り口にさえ通ればどんなに大きくて長い物でも入れることが出来る。

≪素材≫
革製がほとんど。技術が発達した国とかでは合成繊維が使われているとの噂。

≪入手方法≫
クエストの受付やアイテム屋など冒険関係のものが置かれている店には大抵置いてある。

≪値段≫
1000ゴールドから10万ゴールド。基本的にサイズが小さいものが安い。

≪色≫
購入時好きなカラーリングにしてくれる。
単色だけでなく模様や柄を付けることもできる。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第3節:夢魘
紅の章第3節:ギルド『ユグドラシア』
それぞれの後書きでお会いしましょう。

しゃばっでぃーば


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紅の章第3節:真逆の二人と入団試験

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



 時は流れ、異世界に来てからはや一ヶ月が経とうとしていた。

 こっちでの生活にも慣れ、ロクワンも言語はそれなりに話せるようになったがイオのレベルにはまだまだ届きそうにない。

 資金稼ぎのクエストも初めてこの世界に来たあの日から毎日かさず行っている。

 イアオネにバレないよう最大限警戒し最速で攻略する。気づけば半年くらい遊んで暮らせるくらいの額を稼いでいた。

 そしてこの異世界の言語の一つで共通語でもあるコテモルン語を教えてくれた元日本人の転生者ジル・ギ・ラウリューモが明日旅に戻ることになりイアとオネはようやくジルの重圧から逃れることが出来るようになった。

 

 その日の夜、ワンはいつか試そうと考え購入した『刺した生き物を必ず絶命させる短剣』の効果が自分たちのも有効なのか確かめるためオニを実験材料にするも結果は【効かない】。やはり物理的に刺さっている必要があるらしく、自分たちのように体をすり抜けるタイプには効果は発動しないらしい。

 

「兄貴全員揃ったしさっさと始めようぜ」

 

 茶番がひと段落着いたところでオニが本題に入るべく話を切り出す。

 爆睡のイアオネを除いた全員がベッドに腰掛けイオに注目する。

 

「そうだな、じゃあさっそく本題に入るぞ、ロクワン、明日から二人にはやってもらいたいことがある」

 

「唐突だね、まぁいいけど」

 

「今度は何すればいいの?」

 

 イアオネが寝てから話したということは今回もまた内緒の仕事という事。そして自分でやらないということはクエスト同様イアオネの側を離れないといけないという事。

 今やっていること以外でこれらの条件にあてはまるものが思いつかない、いったいイオは何を考えているのか。

 

「情報収集」

 

「情報? なんの?」

 

「地球に戻る方法探すのはもうやってるじゃん、何ならモンスターにまで聞いてまわってるよ私たち」

 

 ロクの言う通り地球に戻る方法はこの世界に来てから探している。それこそゴブリンを筆頭に人の言葉が喋れるモンスターからも積極的に情報を得用途している最中。

 

「いやまぁそうなんだけどさ、そろそろ範囲を拡大しようと思って」

 

「範囲? 人間とモンスター以外にも聞いて回るの?」

 

「…………あぁうんそう言うことね、もう分かった」

 

「えっ何が?」

 

 イオの考えを理解したロクと全く話が読めないワン。

 

「でもイオ、そうなると流石の私たちでもいつ帰ってこれるか分からないよ? みんなで行かなくていいの?」

 

「いつもみたいに制限つけていいなら──、」

 

「じゃあいいですー」

 

 一日で終わるクエストと違い長期間の遠征はさすがにイアが心配するのでは? と思ったロクは六人全員での行動を提案するが、それだと動きが制限される環境に戻ることになるぞとイオに言われ食い気味に案を撤回する。

 

「あぁ旅に出るってことね」

 

 ワンもようやく理解したようでポンっと手を叩く。

 

「行先はこっちで決めていいんでしょ」

 

「ご自由に」

 

「兄さん兄さん、どこまでオッケー?」

 

「そうだなー、こっちとしてはなるべく早く戻りたいし……目的さえ忘れなければ全部許可する」

 

 地球での生活で長年封印せざるおえなかったあれこれを存分に使えることになったことでワンの顔が眩しい笑顔に包まれる。

 

「ただし──、」

 

「お姉ちゃんとオネにはバレないように、でしょ」

 

 それくらい分かってるよと言わんばかりにドヤ顔を決めるワン。

 ただロクワンに関しては頭で分かっていても、興奮したり調子に乗ったりすると暴走してイアオネにバレかけたり怪しまれたりといったことが過去何回もあるので二人だけで行かせるのは少々不安のイオ。

 

「よろしい。……てことだオニ……オニ? あれ? オニどこ行った?」

 

 対策としてオニに話を振ろうとしたイオだったがいつの間にか姿が見えなくなっており、辺りをキョロキョロ見渡して探す。

 

「オニならここで寝てるよ」

 

「叩き起こせ」

 

「了解」

 

 ロクの影に隠れるようにベッドで爆睡しているオニは、ワンの喉潰しをまるで起きているかのように綺麗にかわす。

 

「オニ、起きて」

 

 ワンじゃ起こせないでしょとロクが優しく揺すって起こすとオニは気だるそうに体を起こす。

 

「終わった?」

 

「終わってねーよ今から大事なところだ」

 

「あぁ……そう、終わったら起こして」

 

 こちらの会話に全く参加する気を見せないオニは再びベッドに突っ伏し二度寝を決め込もうとする。

 

「オニ、明日からの旅お前もロクワンについて行け」

 

「「「 ! ? ! ? ! ? 」」」

 

 イオの口から放たれたまさかの衝撃発言にオニの眠気は完全に吹き飛び先ほどとは打って変わってガバッと勢いよく体を起こす。

 三人ともイアオネを起こさないよう声には出さないが今にも大声を出して驚きそうな程ビックリしている。

 

「ごめん兄貴、もっかい言ってもらっていい?」

 

 大きく深呼吸をして一旦落ち着いたオニが確認のためもう一度聞きかえす。

 

「こいつら二人だけじゃ調子に乗って、無茶して、事故るのが目に見えてるからお前が付いて行ってバカする前に止めてくれ」

 

「うん、絶対やだ! なんで俺が!!!」

 

 聞き間違いじゃなかったことにオニは大迷惑といった顔でハッキリと断る。

 

「だってこいつらアクセルしか搭載してないんだぞ、ならブレーキが必要だろ」

 

「だからって俺じゃなくても、兄貴が行ってくれよ」

 

「僕も兄さんがいい、僕も兄さんがいい!」

 

 普段絶対オニだけには同意しないワンまでもが同じようにイオに来て欲しいと求める。

 

「いや、別に俺はそれでもいいんだけどさ、その場合オニがあの二人の面倒見るんだぞ? ちゃんとイアに勉強教えられるか?」

 

「わかった俺が行く」

 

 行きたくないオーラ全開だったオニだったがイオの言葉で手首がねじ切れんばかりの手のひら返えしを見せ即答する。

 しかしこうなるとやはりワンの不満が爆発する。

 

「なんで使いえないゴミなの! 足でまといなんだけど!」

 

「ならワンもこっちに残って、そっちはロクとオニの二人だけにするか」

 

「それだとこのクソガキ殺せないじゃん! バカなの!?」

 

「どっちだよめんどくさい」

 

 オニと一緒に行動するのは嫌だけど離れ離れになるといつもの姉弟喧嘩が出来なくなると文句を垂れるワン。

 イアオネが寝ているこの環境でなければ十倍はうるさかっただろう、それほどオニワンの関係はめんどくさく扱いが複雑。長年仲介に入っているイオでさえいまだに変なところで地雷を踏む時があるほどだ。

 

「誰がクソガキだこのポンコツ、死にてぇのか?」

 

「死ぬのは僕じゃなくてお前だから」

 

「はいはい話し進まないから後でやってね」

 

 話が脱線する前に行先を塞ぎ、二人で行くか三人で行くかを決める。

 

「こっちに残るのは絶対ヤダからね、お姉ちゃんとオネがいたらモンスターも討伐出来ないし百パー退屈する」

 

「じゃあ旅組一択だな」

 

「そうだけどさぁ、旅組がいいんだけど、けどだよ! 不良品で情報収集の効率が下がるのは嫌!」

 

 異世界で自由行動ができるという事もあり今回はなかなか引き下がろうとしないワン。

 効率下がってる原因のほとんどはくだらないことですぐ勃発する姉弟喧嘩じゃないだろうかと言いたかったが地雷だとめんどくさいので喉につっかえたままぐっとこらえる。

 

「っあぁーめんどくせー、じゃあお前はどうしたいんだ?」

 

「僕だけ単独行動」

 

 ソロプレイヤーのワンらしい提案だが最初に言った通りアクセル単体だけで行動させるつもりは無い。

 

「絶対()()なことにならないから却下」

 

「呼んだ?」

 

「呼んでねーよ」

 

 ロクのボケに雑にツッコミを入れ、基本三人行動をさせる方法を考える。

 

「…………じゃあこうしよう。基本三人行動、けどロクとオニふたりの許可が出た場合のみ単独行動可」

 

「なんで僕がこんな──、」

 

「安心しろ、俺はいつでも許可してやる」

 

「私もオニに賛成かな。ワンは一人の方が力発揮するタイプだし」

 

「てことで僕は単独行動するから」

 

 誰一人空気を読んでくれない身勝手自由すぎる三人に頭を抱えるイオ。

 

「あのなお前ら、ここはチートしかいない異世界だぞ。スライムですら能力がないと勝てないのに今後相性最悪のチート持ちにあったらどうすんだ?」

 

「イオは心配しすぎなんだよ」

 

「そうそう、仮に居たとしても対峙する可能性なんてたかが知れてるでしょ」

 

「そう言って回収したフラグの本数言ってみな」

 

「「「「………………」」」」

 

 古傷をえぐり塩を揉みこんでくるイオに一同は沈黙する。

 

「…………分かったよ、一緒に行けばいいんでしょ行けば! もう!」

 

 三十分という長時間の沈黙にとうとう負けを認めたワンがロクオニについて行くこと決め、グチグチと文句を垂れながら自分のベッドにふて寝する。

 

「ワンって結構折れるの早いよね」

 

「うるさいバカ姉」

 

 ロクの余計な追い打ちに子供のように八つ当たりをするワン。

 一見しばらく口を聞いてくれなさそうな様子だが、今はただ興奮して判断能力が低下しているだけで、そのうち落ち着いた頃にそもそもイオ相手に口論で勝てるはずがないという結論に至って無理やり納得するはずなので、起きている三人の中に慰めに行くやつはいない。

 

「……今日はそれだけ?」

 

「うーん……それだけかな、あとのことは全部そっちに任せるよ」

 

「そっ、じゃあおやすみ」

 

「おやすみ、寝坊すんなよ」

 

「はーい」

 

 話が終わるとイオオニは自分たちの部屋に戻り、ロクもベッドに倒れるように寝転ぶ。

 

 ──やっと楽しくなってきた

 

 ロクは明日からの楽しみに少しワクワクしながらゆっくりと目を閉じる。

 

「悪いなオニ、無理やり押し付ける形になっちまって」

 

「別に、どーせ俺はイア姉の相手出来ねーし。それよりARIAはどこまでオーケーなんだ?」

 

「…………加減はお前に任せるよ」

 

「りょーかい」

 

 会話が終わると同時に部屋の扉を開け、それぞれベッドに入ると静かに目を閉じる。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翌朝、ジルの見送りを済ませたあとロク・ワン・オニの三人はイアオネが起きないうちに早々に旅に出る。

 

「姉さん行くよー」

 

「はいはい、じゃあイオいろいろ頑張ってね」

 

「お前らも目的忘れるなよ」

 

 ロクとワンは遊園地に遊びに行くときの子供のようなテンションでバイバイと手を振り部屋を出ていくと、先に出て行ったオニと合流しとりあえずジルと鉢合わせる可能性の少ない北に向かって歩いて行く。

 昨晩あれだけ機嫌が悪かったワンが何事も無かったかのように元気なのはやはりあの後自己解決したのだろう。

 

「さてと、どこ行く?」

 

 北門を出たところで今更目的地を決めようとするロク。

 

「情報集めるならやっぱり人間が多いところがいいんじゃない?」

 

「だよね、どこにする?」

 

 クエストであちこち飛び回っていたロクワンは、中には入っていないが周辺の主要な国々の位置関係や規模はある程度頭に入っているので記憶を頼りにどの国に行くか話し合う。

 一方どこに行がどうでもいいオニは二人の後ろで目的地が決まるのをあくびをしながら待つ。

 

「うーん、やっぱり一番大きかったあそこがいいかな?」

 

「あぁそうだね…………あれ? でもあの国って……」

 

「うんそうだね、反対側だね」

 

「「………………」」

 

「「……あぁーだるいー」」

 

 気の抜けたけだるい声を漏らしながらとぼとぼと来た道を戻るロクワンと、二人の無計画さに呆れ小さくため息を吐きながら後を付いて行くオニ。

 

 南門からほとんど一直線に一万キロほど進むと高層ビルのような巨大な壁が見えてくる。

 壁には芸術的な模様や装飾が施されており中に入らなくてもこの国ががどれほど巨大な力を持っているのかが分かる。

 計五か所ある入り口の門はうち三か所が商人、残りの二か所が商人以外の入国者という風に分かれており、五か所すべてから門側からでは最後尾が見えないほどの長蛇の列が伸びている。

 まるでイベントのようなその行列の周りには商人たちが路上販売のように店を広げ、並んで暇している冒険者などに商売を持ちかけていた。

 さらに行列の半数は獣人などの人外ということからこの国の心の広さも伺える。列の長さと進み具合から入国には結構時間がかかりそう……というより今日中に入れたらかなり運がいいレベルだ。

 

「おぉ今日もたくさん並んでるねー」

 

「いつもこんな感じなのか?」

 

「前にこの近くのクエストで来た時にチラッと見たけど、そのときはこれの十分の一くらいだったかな」

 

「てことはなんかイベントでもやってんのか?」

 

「どうする姉さん、これ絶対時間かかるよ」

 

「そうなんだよね、でもこれだけ集まってるなら有力な情報得られる可能性も高いんだよね」

 

 情報が集め放題なのはいいけど入国までが暇すぎるという結構精神的に来るデメリット、大人しく他の国に行くのもありだがそれもそれでなんかめんどくさい。

 ロク自身は貴重な情報が手に入るチャンスなので待つ気ではいるが、オニワンの二人がその気でいるかどうか。特にスピーディー派のワンは待つという事があまり好きではないのでこんなあからさまに長時間待つ列に並んでくれるかどうか怪しいところ。あまり期待はせずにオニワンの二人に話を聞いてみる。

 

「僕はどっちでもいいよ」

 

「えっ……あぁそう? ……オニは?」

 

「別に、待つなら待つで寝るだけだし」

 

 オニもワンも適当だが待つ覚悟はできているらしい。

 何よりも驚いたのはワンがはっきりと拒否しなかった事。質のいい情報が得られる可能性があるからなのか、それとも何か変な事でも企んでいるのか、どちらにしろワンの方からオッケーが出るのは珍しい。

 という事で入国することになった三人は列の最後尾に並び自分たちの番を待つ。

 そしてオニは並ぶや否やその場で立ったまま器用に寝始める。しかも寝てるくせに列が動けばちゃんと自分で前に進んでくれる有能さ。

 そんなオニに不定期でちょっかいをかけているのはやはりワン。

 寝込みを襲った時に使った例の短剣で体の様々な部位をランダムに斬りつけるも、寝たままのオニにすべて完璧に避けられるか受け流されるいつもの光景にしかならなかった。

 

 ロクが二人のイチャイチャを周りの迷惑にならないよう監視すること半日、ようやく入国審査の出番が回ってきた。途中周りの商人が売っているアイテムや武器などを色々見たがこれと言って欲しくなるような物は置いていなかった。

 半日も経っているので辺りはすっかり暗くなり、いまだに途絶える気配のない行列の左右から照明として国内から飛んできた魔法のランタンが優しく照らす。

 大して国内は大層盛り上がっているよう壁の向こう側から宴の声が漏れだしている。

 

「@+☆{◇%◎`※%`&+■{+"△」

 

「ふぁぃ?」

 

「ふぇぃ?」

 

 入国審査開始、いきなり聞いたこともない言語で話しかけられロクワンは首を傾けながらどこから出してるのか分からない変な声を出す。

 

「えっとすみません、ちょっと言葉が分からないです」

 

「あっ! 外国の方でしたか、大変申し訳ございません」

 

 コテモルン語で返すと審査官はすぐにこちらの言語で話してくれた。

 

「それではいくつか質問いたしますのでお答えください」

 

 そんなこんなで商人か旅人か、この国に来た目的、滞在期間など四つ五つの質問を受け無事入国。不思議なことに所有している武器など身体検査の類は一切されなかった。

 ただの警備の甘さか危険物を持っていようと問題ないという意思表示なのか、どちらにしろ三人には関係ないしどうでもいいこと気にせず国内へと足を進める。

 

 入国して門をくぐると真っ先に目に飛び込んできたのはどんちゃん騒ぎの祭りの光景。夜の野外とは思えない明るさと陽気な音楽、道行く人たちは皆楽しそうに笑っていた。

 

「やっぱりなんかの祭りかな?」

 

「ちょっと楽しそう」

 

「ワン、先に宿取るからどこそこいかないでね」

 

「んんっ」

 

 早くも一人で自由行動したい欲が出ているワンを制止し適当にその辺を歩いて探し最初に見つけた宿にはいる。

 

 部屋を借りるついでに外の騒ぎについて聞いてみるとオーナー曰く、三日後この国出身で世界最強との呼び声も高いギルド『ユグドラシア』の年に二回しかない入団試験があるらしく英雄の帰還と新しい英雄の誕生に感謝するためこうして祭りを開いているらしい。

 

「最強のギルドか」

 

「これはいい情報が得られそうだな」

 

「…………」

 

 半日も待った甲斐があったと情報の質に期待するロクオニと何か引っかかることでもあったのか急に大人しくなるワン。

 とりあえず四人部屋を一つ借り荷物を置くとそれぞれベッドにダイブする。

 本当は祭りを見て回りたいところだが、半日の列待機の疲労が想像以上に大きく、部屋に入った瞬間ドッと疲れが襲ってきて体を動かす気力もなくなる。

 結局ベッドに入ってからは誰一人声を発することなくそのまま眠りにつく。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翌朝、外の祭り騒ぎに半強制的に起こされた三人はゾンビのような呻き声を上げながら体を起こし大きな伸びをする。

 祭りの参加者たちは不眠不休で騒ぎ続けているのか、まだ太陽が昇り始めたばかりだと言うのに活気は昨夜よりもさらに増していた。

 

「まるでパリピだな」

 

「そう言ってどうせ混ざってくるんでしょ?」

 

「えっじゃあなに? 今日は一日中自由行動?」

 

「そうだよ好きに見て回っていいよ」

 

「ロク姉目的忘れてないか?」

 

「目的? ……なんだっけ?」

 

 物忘れをした時のイアに似た反応ですっとぼけるロクとマジで言ってんのかとジト目で睨むオニ。

 

「 情 報 収 集 」

 

「………………あぁー大丈夫ちゃんと覚えてるよ(棒)」

 

 長い沈黙のあと遠い目になったロクが棒読みで答える

 

「マジでしっかりしてくれよ、イア姉は二人もいらないからな」

 

「オニってそう言うところイオに似てるよね」

 

 まるでイオ本人に怒られているような説教に苦笑するロクとこの能天気さはいったいどこの誰に似たんだかと大きなため息を着くオニ。

 

「ちゃんと聞け、自由行動は別にいいけどちゃんと情報は集めてくれよ」

 

「まぁまぁ時間はまだあるんだからそう焦らなくていいじゃん、ねぇーワン」

 

 同意を求めるためワンの方を振り向くもさっきまでそこにいたはずのワンの姿は無く、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。

 

「あんにゃろー……」

 

「じゃあ私も楽しんで来るねー」

 

「あっおい……」

 

 止めようと思った時には時すでに遅し、ロクはぬるりとした猫のような動きで部屋を出ていくと外の人混みの隙間を縫うようにすり抜けすぐに見えなくなってしまった。

 

「……イア姉の方がましだったかもしれない」

 

 早くも自分の選択に後悔を抱きつつオニは真面目に情報収集へと向かう。

 が、結局その日の成果はゼロ、異世界召喚や転移といったたぐいの魔法はやはり存在するようだが、誰が使えるのかなど進展しそうな情報は得られなかった。ロクワンに関しては九割方ただ祭りを満喫してきただけという結果に終わった。

 

「報告は以上おやすみ」

 

「ロク姉……ちょっといい事思いついたんだけど」

 

 早々に布団にもぐろうとするロクをオニが制止する。

 

「なに? オニも明日から祭り参加するとか?」

 

「違う、そうじゃない」

 

「早く寝かせろ!」

 

「子供は早く寝てろ!」

 

「僕の方が数秒年上なんだけど?」

 

「そうやって幼稚なマウント取ってくるのが子供だって言ってんだよ」

 

「ならこんな子供の戯言にいちいちキレてる方も子供だね」

 

「…………終わったら起こして」

 

 定期的に喧嘩でもしないと死ぬのだろうかと思うほどちょっとしたことですぐ言い合いに発展するオニワン。

 止めるのが面倒なロクは二人を放置し先に就寝する。そして誰も止める者がいなくなった姉弟喧嘩はノンストップで続き、朝ロクが起床してもまだ続いていた。

 

「……行ってきまーす」

 

 永遠に続くとも思われるイチャ付きを無視して部屋を出るロク、お金を持ってまだまだ勢いが増している祭りの昨日回っていないエリアへと向かう。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気が付いたときには青く澄んでいたはずの空は漆黒に染まり星が輝いていた。

 

 ──多分まだ続いてるよね

 

 今までの経験から放置したオニワンの喧嘩が一日やそこらで鎮まるはずないと知っているロクは、お腹が空いているであろう二人のために今日食べた屋台料理の中でオニワンがそれぞれ好きそうなものをテイクアウトしてから部屋に戻る。

 

 部屋の扉を開けるとやはり喧嘩はまだ続いており鎮火の気配は全く感じられない。

 

「ご飯買って来たからとりあえず食べな」

 

 ロクがそう言うとオニワンの喧嘩はピタリと止み何事も無かったかのように食事を始める。

 

「それでオニ、昨日何を思いついたって?」

 

 食事が終わったらまた喧嘩が再開されるので二人が大人しい今のうちに聞きそびれたオニの提案について質問する。

 

「あぁ明日のギルド入団試験参加しようかなって」

 

「唐突だね」

 

 オニの提案にワンの食べる手が止まる。

 

「オニの事だから目的は情報収集だよね」

 

「そっ、なんかここのギルドって世界最強って呼ばれてるらしいじゃん。だからいろんな情報が得られるんじゃないかって思ってな」

 

「あぁなるほどね、確かに世界最強レベルなら有力な情報は得られそう」

 

 そういえばここのオーナーがそんなこと言ってたなぁとロクは部屋を借りた時のことを思い出す。

 

「だろ、だから全員で一緒に入らないか?」

 

「確かに理には適ってるけど…………」

 

 そう言うとロクはさっきからフリーズしたまま動かないワンの方へと視線を向ける。

 

「ぜっっっっったいヤダッ!!!!!」

 

「どう説得するの?」

 

 協力する気ゼロのスーパー拒否モードに入ったワンを指さしながら頑張って説得してねと挑発した表情をするロク。

 これによりせっかく夕食で中断されていた喧嘩が全く別の原因で再発してしまう。

 

「地球に戻るためだ我慢しろ」

 

「だからってわざわざ入る必要はないでしょ」

 

「警戒されずに情報を得るならこれが一番手っ取り早くて安全なんだよ」

 

「得られるかも分からない情報のためにわざわざ弱い奴らの仲間になる気はないね」

 

「それは戦ってみないと分からないだろ、もしかしたら全員強いかもしれないだろ」

 

「ならなおさら嫌だね、ただでさえ信用できないのに僕より強いとか最悪のパターン」

 

「信用でいるかどうかは会ってみないと分からないだろ!」

 

「会わなくても人間の時点で信用できないんだよ」

 

「異世界と地球の人間を同列に考えてんじゃねーよ」

 

「一緒でしょ! いつの時代でもどこの世界でもろくなことしない」

 

 どっちの言い分も一理あるねと二人の意見にうんうんと大きく頷いていたロクが名案を思いつく。

 

「ねーねー、もういっそのこと私たちでギルド作っちゃってその最強ギルドと情報交換すればいいんじゃない? そうすればわざわざ仲間にならなくてもいいでしょ」

 

「…………まぁそれなら……まだいいかな」

 

 情報提供者自体が信用できないという根本的な解決には至っていないがその世界最強とやらのギルドに入るよりかは何万倍もマシかなと思うワン。それにもし信用できないと分かった場合は縁を切るか排除してしまえばいいだけの話。

 

「そっか自分たちで作るって手があったか。じゃあ入団試験は不参加にして相手がどんな奴か見学だけしてくるか」

 

 オニもギルド結成には賛成のようでそっちの方向で話を進める。

 

「何言ってるの? 僕試験でるよ?」

 

「はい?」

 

 明日の予定が決まったと思った瞬間、ギルドメンバーと対戦できるわけでもないのに全く出る必要性のない入団試験に参加すると言い出したワン。

 

「いやだって取引先の相手が信用に値するか確認しないといけないじゃん」

 

「いやいや入団試験は参加者の乱闘トーナメントだから、ギルドメンバーとは戦わないから、情弱かよ」

 

「そんなことくらい知ってるし。優勝して入団しない代わりに手合せをしてもらうだけだし、そんなことも思いつかねーのか」

 

「バカなの? いや馬鹿だろ! そんな要求呑むわけ無いだろ早速怪しまれたいのか」

 

「人間なんてちょっと挑発すればすぐ乗ってくる生き物なんだからできるし!」

 

「そうやって初対面で煽るからいつまでたってもお前は一人なんだよ!!」

 

「この程度で落ちるような信用なら無いも同然でしょ! 半端な信頼で仲間になった気でいるようなやつよりかは断然マシ!!!」

 

「ボッチはいっぺんこの世界で仲間の大切さを思い知りやがれ!!!!」

 

「お人好しはお仲間に裏切られて絶望しろ!!!!!」

 

「あ"ぁ"? 何でもかんでも一人でできると思うなよ、いつか後悔するぞ」

 

「はぁ"? 足手まといと裏切り者しか生まない仲間なんていらないね、信じられるのは自分だけだ」

 

「じゃあオネも信用できないってか?」

 

「オネは例外前提でしょ、他の生命と一緒にしないで!」

 

 生まれてからずっと、この二人の意見が一致して何事も無かったのはオネに対する愛情ただひとつでそれ以外はすべて真逆、お互い自分の意見が正しいと主張している癖に一致したら一致したでお互い相手と同レベルだと思いたくない一心で反発する何ともめんどくさい存在。

 

「二人ともほんとオネの事好きだよねー」

 

「当たり前じゃん」

 

「正直言ってお姉ちゃんなんて足元にも及ばないから」

 

「 言 い 方 、そうやってオブラート貫通したまま本人に言っちゃダメだからね」

 

 イア自身もオニワンが自分よりオネの方が好きなことは知っているし、それについては仲のいい姉弟ということで微笑ましく思ってる。しかしその反面姉としては寂しいらしく、あまりにもオネの方にばっかり構っていると拗ねてしまう事もしばしば。

 

「ワン、出るにしても試験明日でしょ? 受け付け大丈夫なの?」

 

「どうなの?」

 

「教えるかバーーーカ」

 

「………………」

 

「………………」

 

『グギュギギギギィ"ィ"ィ"』『ギチギチギチギチィ"ィ"』

 

 無言のままワンはオニの上に馬乗りになると顔面をアイアンクローで〆にかかる。

 一方オニはそんなワンの首を握りつぶさんとする勢いで爪を立て指先を喉えと食い込ませる。

 

「……別"#"い"い"し"、@"$"す"れ"ばギギ+"*"&"%"」

 

「あ"ぁ"? な"ん"て? ばっぎりじゃべろ"や"」

 

「それでオニ、どうなの?」

 

「ん"あ"っ、なんでロクもそいつの味方すんだよ!」

 

 オニがワンの手を無理やり引っぺがし、眉間にしわが寄った鋭い目つきでロクを睨みつける。

 

「なんでって、私はワン側だよ? 考えが似るのは当たり前じゃん」

 

「ほら早く教えろ」

 

「当日試験開始直前までやってるからそのまま一回戦で死ね!」

 

「その前に飛び火で殺してあげる」

 

 ワンはそう言って綺麗な笑顔で殺害予告をするとごちそうさまをしてベッドに潜り食後の眠気に身を任せる。

 オニとロクも起き着ててもやることがないのでさっさと後片づけを済ませて就寝する。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翌朝、ワンに叩きき起こされる形で目を覚ますロク。

 朝食は取らず身支度だけを手早く済ませ、オーナーに試験の会場を聞いて宿を出る。

 一方オニはというとワンの目覚ましは完璧に避ける癖に全く起きなかったのでロクが手首をつかんで引きずって会場に向かう。

 

 試験会場は国の中心にありシンボルにもなっているコロッセオに似た闘技場。

 祭りを回っている時に何度も目にしたので道に迷うことなく到着できた。

 

「えっと受付はー……」

 

「オーナーは行けば分かるって言ってたけど……」

 

 そう言ってあたりを見渡すと闘技場内にまばらに入っていく人たちとは別に左の隅の方にきちんと列を作って並んでいる武装集団がいた。

 

「あれかな?」

 

「うーん……あぁあれだね、受付最後尾ってちゃんと書いてる」

 

 ロクが目を凝らすと列の一番後ろに大きな矢印と文字が書かれた看板を持った女性が一人。

 大きく書かれている方の文字はこの国の言語なので読めないが、ありがたいことに下の方にコテモルン語を含む五ヶ国語で翻訳がなされていてた。

 

「じゃあ行ってきまーす」

 

「行ってらー」

 

 ワンを見送るとロクはオニを引きずってコロシアム内へと入っていき、中で売っていたポップコーンとホットドッグに似た食べ物、ドリンクを購入しクッションのように柔らかい石の席に座る。

 

 一方列に並んでいたワンは受付で大まかな試合のルールを聞いてから控室へと案内される。

 世界中から挑戦者が集まるからなのか受付の人も係の人もみんな日本語を含むいろんな言語を話すことができて、これにはワンも流石だなと感心する。

 

 案内されたのは闘技場の地下でここ全体が控室になっているらしく種族問わず大勢の参加者が集まっており、そのほとんどが余裕で落ち着いた表情をしている。

 

 ──…………これ、もしかして全員僕より強いんじゃ? 

 

 参加者の第一印象は、「全員ラノベ主人公みたいな自信に満ちた表情しやがって」とぼこぼこにする気満々だったワンだが、品定め程度に控室を見て回り、直感的に今の自分ではこの場にいる誰にも勝てないことを察する。

 予想外の事にワンは早くもオニに任せとけばよかったと後悔する。

 

「参加者の皆様お待たせいたしました。これよりギルド、ユグドラシアの入団試験を実施いたします」

 

 どうやってこの強者たちに勝とうか考えていると、突如執事服を着たおじいさんが入ってきて話を始める。

 その声は決して大きくはないもののよく響き、ワンのように端の方にいてもちゃんと聞き取れる。

 

「まずは改めて今回の試験について説明いたします。このあと皆様は上の方で戦ってもらうわけですが、毎度のことながら人数が多いため今回は十のグーループに分けさせてもらいます。試験が始まりますとまずは第一グループに参加される挑戦者だけが転送魔法により上の闘技場へと移動して試合を行ってもらいます。なお試合の様子は壁に張られています投影魔法でリアルタイムに視聴することが出来ます。そして全十グループの試合が終わったのち勝ち残った十名の挑戦者で最終トーナメントを行い優勝すればギルドへの入団が認められます。しかしご安心ください。万が一初戦で敗退したとしてもギルド側から直接スカウトされた場合は入団することが出来ます。ちなみにこの入団試験は優勝者が決まるまで中断することはありません。もちろんその間のお食事やお風呂就寝場所などはこちらでご用意いたしますし、何か必要なものがあればそちらの方もご用意いたしますのでご安心ください」

 

 試験が不眠不休で続くというのはダンジョン内での長期戦を想定したものだろうか? 一見序盤のグループがモチベーションが上がった状態で試験に臨めるうえに早々にプレッシャーから解放され自信を付けられる分有利そうだが、試合中継が後の挑戦者にも放送されるという点において全体の試合時間が長期戦になればなるほど対策を立てられる危険が増えるというデメリットもある。

 さらに救済処置に見えるスカウト制は受け付けの人曰く、優勝者よりも強いか高い潜在能力を持っていることが条件という優勝することよりも難しい条件となっている。

 

「そしてルールですが、特にございません。客席のほうもギルドの優秀な魔導師が何重にも結界を張っておりますので存分に力を開放してもらって構いません。そして万が一相手を殺してしまった場合でも蘇生魔法による復活が可能ですのでご安心ください」

 

 淡々と説明されたルールに対しほとんどの挑戦者が思う存分暴れられると歓喜する一方で少数ではあるが嫌悪感を抱く者がいた。そして当然その少数派にはワンも含まれている。

 

 ──生き返るから殺しても大丈夫……その考えがどれだけ危険か気づかないのだろうか

 

 どこの世界でも変わらない人間の愚かさに、ワンのギルドに対する信頼がゼロを下回りマイナスへと突入する。

 その一方でルールに対し嫌悪感を抱く少数派にはギルドよりかは信用できるかな? と勝手に脳内で及第点を与える。

 

「ここまでで何かご不明な点はございますか?」

 

 ルールのない乱闘を勝ち抜けばいいというシンプルなルールに質問する奴なんているのかと思った矢先、一人の黒髪ストレートロングの少女が手を挙げる。

 その少女はルールに嫌悪感を抱いていた少数派の一人で、雰囲気や見た目からはこんなイベントに参加するような柄には見えない。

 

「敗者はどうやって決めるの?」

 

「敗者は自動的に医務室に転送されますので転送されたその時点で挑戦者は敗北とみなします。医務室に転送される条件は、【死亡する】【リタイアを宣言する】【戦意を喪失する】の三つです。それ以外はたとえ重症であっても転送されえることはありませんし敗北にもなりません。また逃亡した場合も敗北といたします」

 

 ──リタイアありなんだ……

 

 リタイアが可能ということに少しだけ勝機を見出したワンは今まで考えていた作戦を最終手段にして新しく作戦を練り直す。

 

「他に質問はございませんか? ………………無いようですので早速第一グループの試合を始めたと思います」

 

 そう言って執事がパチンッと指を鳴らすと控室にいた挑戦者の中から百人以上が一瞬にして姿を消す。それと同時に上の方から観客たちの歓喜の声が響き渡る。

 

「前のグループの試合が終わり次第連絡いたしますので、残りの皆様はご自分の番が来るまでごゆっくりお過ごしください」

 

 そう言うと執事は控室を出て行き、残された挑戦者たちはそれぞれ思い思いに寛いだり武器の手入れをしたりする。

 

 第一グループは一時間ほどで試合が終わり、歓声が落ち着いてしばらくすると勝ち残った一人が回復を終え執事と一緒に戻ってくる。

 その勝者は余裕の表情で控えの挑戦者たちの間を堂々とした態度で歩き奥の壁に腰掛け居眠りを始める。

 

「それでは第二グループの転送を行います」

 

 執事の指パッチンで次のグループメンバーが転送され控室の空間にまた少し余裕ができる。

 

 その後の第二グループは挑戦者全員の力が拮抗しており五時間という長期戦になったが逆に第三グループは勝者の範囲攻撃によりたった数秒で決着がついた。

 

 ──なろう主人公みたいな威力だったな……

 

 第四グループは長期戦を得意とする挑戦者で固められていたせいか三十時間以上にも及ぶ超長期戦となり、控室にいたワンを含む半数が寝落ちし、次の日は最後の数人になるまで試合の映像を見る奴はいなかった。

 

 夜中の第五グループはこれまた露骨に夜行性の獣人や夜の戦闘を得意とする挑戦者で固められ闇闇しい戦闘が繰り広げられる。なお投影されている映像は通常はハッキリクリアに見えるのだが、挑戦者の技や能力に画面が真っ暗になることもしばしば。試合自体も画面が暗闇から解放された時には既に決着がついているという視聴者殺しの結果に終わった。

 

 ──流石に画面越しじゃ見えなかったか、しかたないその場で対策しよう

 

 第六グループは闇属性第二ラウンド、第五グループと同じ夜に強い挑戦者たちで溢れる中には刀を持ったあの黒髪ロングの少女もいた。第六グループは序盤中盤までは拮抗状態だったが、丑三つ時を迎えた瞬間少女のパワー・スピードが急激に上昇し無双状態となり全員斬り伏せてしまった。

 蝶のように舞う身のこなしから振るわれる紫電一閃は思わず見入ってしまうほど繊細で鮮やか、これにはあらゆる剣術を見てきたワンも思わず口笛を吹いてしまう。

 

「……強すぎ」

 

 そして第七グループ。こちらは勝者の圧倒的で豪快な一振りにより他挑戦者は全滅、観客を守っていた結界が全て壊れるという事態に発展し第八グループの試合開始時間が少し伸びた。

 

 ──このタイプには絶対負けないはずなのになんか勝てる気しないんだよね……

 

 その第八グループは遠距離武器の対決、弓や銃、さらには魔法まで時代も技術も世界観ごとごっちゃになったカオスな対決が始まった。この中では弓系統が不利そうに見えるが、魔力や能力を上乗せして放つその一撃は弾丸や魔法を貫通し対象者を貫き一撃で仕留める。結果は弓がごり押しする形で勝利し闘技場の地面には無数の穴が開いたことで修復作業が開始された。

 

 ──魔法貫通ってことは……まさかね

 

 朝日も高く昇り始めたころ第九グループの試合が始まる。今回の対戦カードは魔女及び魔導師による魔法対決。魔法が一切使えないワンにとっては少し興味があると同時に一番対策を立てなければならない対戦。

 試合開始の合図と同時に巨大な爆発や竜巻、津波に落雷と挑戦者たちが一斉に放った上級魔法により闘技場はカオスに飲み込まれ結界を数枚割っていく。しかも驚くことにこれだけの間号がぶつかったにもかかわらず脱落者はゼロ、さらにたたみかけるように見たことも無いような魔法を次々とぶつけ合う。

 

「…………ははっカオス」

 

 今のところ手加減したままでは全く優勝できる未来が見えないワンは後で怒られることを覚悟で力の解放を検討する。

 そしてやっと第十グループ、ワンの番が回ってきた。

 残っている挑戦者を見たところみんな防御方面に自信がありそうな装備や肉体をしている。

 執事が毎度の如く指を鳴らすと一瞬時空が歪んだと認識したころには闘技場の舞台へと移動していた。

 挑戦者たちが闘技場に姿を現すとここにいる奴らは皆バケモノかと思うほど全く衰えと疲れを見せない歓声が沸き上がる。

 

「おっやっと来た。オニ、ワンが来たよ」

 

「@・¥%#+"&∇(やっと来やがったか)、待たせやがって」

 

 ワンの出番が遅すぎてロクに膝枕をしてもらって寝ていたオニが大きな欠伸と伸びをして起きる。

 

「その割には最初のグループからずっと寝てたけどね」

 

「いやぁ普通に眠かった、正直今もかなり眠いけどこの対戦は見逃せないからな」

 

「それ、ワンの負ける姿が見れるからって意味でしょ」

 

「of course、そうじゃなかったまだ眠いのにわざわざ起きたりしないっての」

 

 こういうことに関しては人一番興味が強いオニ。もちろん参加していたのがオニだった場合ワンもオニの無様な敗北が見れるとわくわくしていただろう。

 

「それで、オニは負けるって予想でいいの?」

 

「予想って言うか事実だからな、あの中じゃ間違いなく最弱だ」

 

「オニが言い切るほど差は歴然ってことね」

 

「あくまで手加減した()()()()だったらって話だけどな。その気になれば逆に負ける要素は無いだろ」

 

「そうだね、その場合……ワンは代償で()()()()()()()

 

 いつも冗談でしかこういうことを言わないロクが珍しく真剣な顔とトーンで静かに呟く。

 

「いくらあの単細胞でも自滅するほどの出力は出さないだろ、出せばいいのに」

 

「どうかなぁ、オニと一緒で負けず嫌いだから私は無茶すると思うなぁ」

 

「俺はそんな子供じゃねーし!」

 

「どの口が言ってんだか……」

 

「まぁ俺は負け面さえ拝めればいいから敗北者の末路はどうでもいいかな」

 

 ──いろいろ好き放題言いやがって、あとで殺す

 

 外野から聞こえてくる煽りに耳を傾け殺気の矛先を対戦相手共ではなくオニに向けるワン。

 

≪ドォオ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ンッ≫

 

「…………チッ」

 

 それと同時に試合開始のゴングが鳴るとワンは少し悔しそうに舌打ちをする。

 ゴングが鳴ったと同時に挑戦者全員に向け物理攻撃を放ったワンだったが、攻撃を受けたはずの挑戦者たちは全員ぐらつくどころか自分が攻撃されたことにすら気づいていない様子だった。

 光の速さに匹敵する攻撃速度なので人間ごときが反応できないのは分かるが、一切ダメージが入っていないことはワンにとって一番の誤算だった。

 攻撃がヒットした際拳に感じたのは、いつの日か討伐したゴブリンキングに似た手ごたえの無い時の感覚。

 

 ──蚊に刺された程度ってことか……普通にキツイ

 

 勝つ方法が相手全員をリタイアさせるしかないワンは自分にとって唯一安全な攻撃が効かないことに完全に勝機を失い、自分からも相手からも攻撃の効かない実質的な『空気』になってしまった。

 

 ──現状でこの中に僕にダメージを与える手段を持っている奴はいない、このままだと永遠に決着がつかないな

 

 全員の防御力が限界突破しているためこのままでは本当に相手がリタイアするか餓死するまで試合が続いてしまう。

 そうなるとワンが圧倒的に有利だが、残念なことにワンはオニと違い長期戦が大嫌いな性格。こと戦闘においてはいかに早く最短で仕留められるかを重視するスピードクリアタイプ。

 ゆえに戦闘中の無駄な行動や油断を嫌い、意味もなく技名を叫んだり敵から目を逸らして指示を出すなどの行為に異常なまでの嫌悪感を持っている。

 なのでこういう持久戦になった時ワンは無理をしてでも早々に相手を倒そうと禁術に手を伸ばそうとする。

 

 両手の指を親指と人差し指だけ立てその手を胸の前で斜め四十五度の角度で、正面から見た時にちょうど『♮』を反転させたような形に構える。

 その瞬間、雰囲気か感情か正体は分からないが、本能的に得体のしれないナニカを感じ取った観客を含むその場にいた全員の視線がワンへと向けられる。

 

「AIRA THE WORLD ~鍵~」




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『紅の章』第3節お待たせいたしました。

さてさて後書きですが、前回はケルベロスでしたので今回もモンスター繋がり――、

前回、チカ異世『紅の章第2節』で登場したモンスター【ゴブリンキング】について詳しく書いていきたいと思います。
※さらに詳細を知りたい方はコメントしてくれれば追記します。

【チカ異世モンスター図鑑】

≪名前≫
・ゴブリンキング

≪分類≫
魔族界_脊索動物門_哺乳網_モンスター目_魔物科_ゴブリン属_ゴブリン種

≪特徴≫
・通常のゴブリンとは違いブクブクと太った姿をしたタイプもいれば超マッスルなタイプもいる。
・体に毛は生えておらす緑色の皮膚が剥き出しになっている。
・知能がそこそこ高く、一度聞いた言葉はその場ですぐに覚えてしまう。
・核(コア)は心臓部。
・現役のゴブリンキングが死ぬと残ったゴブリンかゴブリンリーダーの中で一番強いゴブリンが次の王として突然変異する。

≪ステータス≫(11段階評価)※0~10
体力・・・2
攻撃・・・3
防御・・・2
魔力・・・1
素早さ・・・3
知性・・・5

≪能力≫
【王は最後まで倒れぬ:キング・オブ・キング】

・メリット
この世界にゴブリンが生きている限り自身への身体的ダメージは0になる。

・デメリット
呪いなどの身体的ダメージ関係なしに殺せる技は防ぐことが出来ない。

≪性格≫
非常に残酷無慈悲。
同族しか信用せず他の種族は騙して使い捨てるか奴隷にする。

≪大きさ≫
一般的なゴブリンが人間の小中学生くらいの大きさに対しゴブリンキングは二メートルを超えるものがほとんど。

≪食性≫
純度の高い魔力を持つ生命を好んで食べる肉食性。
肉は生でも食すが基本的には焼いて食べる。

≪コアの値段≫
一つ1000ゴールド。
※コアが発する魔力の純度によって値段が上がる。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第3節:夢魘
紅の章第3節:ギルド『ユグドラシア』
それぞれの後書きでお会いしましょう。

あとがき


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蒼の章第4節:夢魘

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



オネがスライムに完全敗北した日から数週間が過ぎたある日の朝、いつもは早起き最下位争いをしているイアが珍しく一番早くに起きる。

しかも今回はいつものようなふわふわとした寝起きではなく、初めからしっかり目が覚めていてどこか別人のような眼差しをしている。

部屋の掛け時計はまだ朝の四時を少しすぎたくらい、そろそろ太陽が出始めるだろうというこの時間では空はやはりまだ薄暗い。

 

「LIFE LOVE PEACE」

 

窓から外を眺め、手を胸の前で正面から見て『♮』を斜め四十五度傾けた形になるように構えると故郷のうたい文句を呟く。

するとイアの体が七色の光をの粒子を帯び、その光の粒が集まるとクリスタルのような結晶へと姿を変える、それが砕けると中からクリスタルのように透き通った青白い蝶が一羽飛び立つ。蝶は次々と生まれ部屋中を埋め尽くしていく。

 

「ARIA THE WORLD――、」

 

「イア」

 

「ッ!?」

 

背後から名前を呼ばれ一瞬動揺するも直ぐに一呼吸を置いてゆっくりと振り返る。

起きていたのか起こしてしまったのか、そこには右人差し指をゆるく前に伸ばしイアの創り出して蝶を止まらせているイオが立っていた。

二言目は発さず、ただただいつも通り、何を考えているのか分からない無表情でこちらを見つめてくる。

 

「………なんで止めるの?」

 

「………」

 

「………………」

 

「………………」

 

イアの質問にイオは指先に止まった蝶に視線を落としただけで沈黙を続ける。

しかし伝えたいことは大体わかった。理由までは分からないがどうやら今からイアのする行いを止める気らしい。

なんで止めるのか今のイアには分からなかった。いつもは全肯定してくれるイオだが()()()()()()()は必ず反対してくる。

 

「何故だ?イアも君もこれを望んでいるだのろう?」

 

「そうだな、でも決めるのはお前じゃない、イアだ!」

 

「……また、後悔することになるぞ?」

 

「後悔しないために今ここで止めてるんだろ」

 

こちらの警告に全く耳をかそうとしないイオに痺れを切らし目を瞑ると深いため息を吐いて能力を解除する。

イアを覆っている光は徐々に弱まって消え、クリスタルの蝶は次々と

砕け散り光の粒子となって消えていく。

 

「おはようイア、今日はやたら早起きだな」

 

「う〜ん……まにゃねみゅい……ふにゅあ~~~」

 

丸でさっきまでの事が無かったかのようにイオが改めて挨拶をすると、イアもさっきまでとはまるで別人の様に重い瞼をこすりながら大きな欠伸をして答える。

 

「今なら二度寝が間に合うぞ」

 

「おやすみ~」

 

「おう、おやすみ」

 

「なに言ってるの?イオも一緒に寝るんだよ?」

 

「はいはい、いつもの時間に起こすかr――、」

 

完全スルーでバックパックから暇つぶし用の本を取り出したイオをイアが強制的にベッドへ引きずり込みそのまま抱き枕にする。

 

――そういえばこっちの世界に来てから一緒に寝るのはこれが初めてかも……

 

地球にいたころはしょっちゅうイオのベッドに潜り込んで寝ていたイアだが、ロクに先を越されたり、疲労で体が動かなかったりとなんだかんだでチャンスを逃し続けていた。

イオと一緒に寝るときの安心感と温もりに懐かしさを感じながら一分もしないうちに再び深い眠りへと落ちていく。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

気が付くとイアは水面の上に立っていた。

あたり一面地平線の奥まで広がるエメラルドグリーンの水面は波ひとつなく、澄み渡った蒼い空の世界を綺麗に反射する。

足元の海底には異常極まりない、非ユークリッド幾何学的な外形を持つ多くの建造物で構成された超巨大な都市が沈んでおり、魚などの生命の反応は確認できない。

 

――ここ……どこだっけ?

 

湖?海?……なんとなく見覚えがあるような……無いような……気がしないことも……無いような……そんな感じの風景………?。

そんな風景に疑問を抱いていたも関わらず、イアはここが何所かを思い出そうとはせず、なぜか思考を停止して水面をまっすぐに歩きだす。風が全く吹かず波の起きないこの水面では歩くたびに足元から生まれる波紋が小さな波となって広がりすぐに消える。

 

――――懐カシイ顔ガ来タモノダ……

 

何も考えずただただ本能的に水面を彷徨っていると突如頭の中に声が響き思わず歩みを止める。

生命が発しているとは思えないほど低く不気味な声、しかし不思議と恐怖はない。それどころか懐かしさを感じる。

 

――誰?

 

――――……ソウカ、我ガ名ハ『クトゥルフ』……『旧支配者(グレート・オールド・ワン)』ノ一柱ニシテ『宇宙的恐怖(コズミックホラー)』ヲモタラス者……

 

――くとぅる……クトゥルフ!?

 

自身をクトゥルフと名乗る声、確かにクトゥルフはテレパシーで夢の中などに現れると言われているが……仮にこの声が本物だとすればこの異世界にはクトゥルフが実在するということになる。

 

――――折角ノ再開ダ……トハ言エ……汝ハ覚エテイナイダロウガ……

 

この時点でイアは少し混乱していた。

この自称クトゥルフはまるで、昔どこかで会っているとでも言いたげな意味深な発言をしているが、クトゥルフに会ったことなんてTRPGの中でしかない。

それにここまで個性的な声なら流石に覚えていられる自信がある。

ならやはりこの声の言う通り、ただ自分が忘れてしまっているということなのだろうか?イアはこの自称クトゥルフの言っていることをちょっとだけ信用してみることにした。

 

――どこかでお会いしましたか?

 

――――その昔……我ト汝ハ幾度トナク顔ヲ合ワセテイル……

 

――へぇ~そうなんだぁ~……そうなの!?

 

――――真偽ハ全テ汝ノ思ウガママ……

 

――……本物なの?

 

――――ソレモ汝ノ思イ次第……

 

――イアの思い次第……信仰……みたいなものかな?

 

煮え切らない自称クトゥルフの言葉に余計混乱するイア。

 

――じゃあここは……ルルイエ?

 

――――ココハ汝ガ想像シ……汝ガ望ム理想ノルルイエ……ソレガコノ世界……

 

つまりここは本物のルルイエではなくあくまで想像上の世界という事らしい。

クトゥルフにそんな能力ってあったけと思いつつも()()という言葉に違和感を感じる。

 

――イアが想像したルルイエ……そっか、ここは夢の世界!そうでしょ!

 

――――半分正解……ココハタダノ夢ノ世界デハナイ……『夢想世界(ドリームワールド)』ト『幻夢境(ドリームランド)』ノ境目……コノ世界デ汝ガ想像シタ存在ハ仮ノ実体ヲ与エラレ……汝ノ夢ニ干渉スルコトガ出来ル……ソシテ仮ノ肉体デ得ラレル()()()モ汝ノ想像ニ比例スル

 

――はへ~~~……

 

割と好きなクトゥルフの話だったのでいつもより粘っていたイアだったがとうとう処理の限界が来てしまい思考が停止する。

 

――――マルデ別人ダナ……理解出来ヌナラ実際ニ見セテヤロウ

 

自称クトゥルフの言葉と同時に突如水面が揺れ、波ひとつ無い穏やかなエメラルドグリーンの世界が瞬く間に濁りはてた荒波の世界へと変貌する。

突如発生した雷雨と共に辺り一帯が渦潮と津波に覆われハリケーンレベルの強風まで吹き出す。

しかし夢の世界ということもあり、風で吹き飛ばされたり、波に呑まれたりはしない。そしてもちろん水や風の冷たさも感じないし、肌に触れる感触すらも感じない。

 

目の前で起こる天変地異に唖然としていると、水面が割れ水中から巨大なナニカが姿を現す。

ぬるぬるした鱗かゴム状の瘤に覆われた数百メートルもある山のように大きな緑色の身体。背に生えたドラゴンのようなコウモリに似た細い翼を大きく羽ばたかせ、海上に発生する竜巻『ウォータースパウト』をいくつも作り出している。

タコやイカのような頭足類に似た頭には六つの眼がついており、顎には髭のように生やした無数の触腕がうねうねと吐き気を誘うように気持ち悪く動いている。水かきを備えた手足には山を一撃で引き裂くことが出来そうなほど巨大で鋭い鉤爪を持っており、人間と同じ二足歩行の姿で立っている。

 

――――ナルホド……今ノ汝ニ我ハコウ見エテオルノカ……

 

――……クトゥルフ

 

その見た目はイアがいつも想像しているクトゥルフの姿そのもの、恐怖を絵にかいたような異形の姿だった。

 

――――コレガ汝ノ想像ガ生ミ出シタ我クトゥルフノ仮ノ姿……今ノ汝ガ想像スル我デハコノ程度ノ()()()シカ得ラレヌガ……宇宙的恐怖(コズミックホラー)ヲ与エラレルダケノ()()()ハ得タ……

 

丁寧に説明してくれるクトゥルフだが肝心のイアはまだ思考停止したまま、当然話を聞いているわけもなくただただポカーンとアホ顔をさらしている。

 

――――トハイエ……ソノ身体ニナッテナオ……我ガ(テレパシー)ニ耐エ……コノ姿ニ恐怖スラ抱カヌトハ…………

 

――――腐ッテモ、()()()()()ト言ウコトカ……マタ我ノ邪魔ヲスル前ニ倒シテオクベキカ……

 

自称クトゥルフの『星の管理者』という言葉に反応する様にイアがハッと我に返る。

我に返ったイアが目撃した光景はこちらに向かって伸びてくる巨大な触腕とそれが帯びる押しつぶされそうな殺気、オーボエのようなくぐもった声にも異形の姿にも一切恐怖を抱かなかったイアが思わず数歩後ずさりする。

 

――――ドウシタ……何ヲ怯エテイル……

 

――!?

 

クトゥルフが伸ばしてきた手が目の前に着た瞬間イアは反射的に背を向け一目散に逃げ出す。

夢だと分かっているはずなのに、現実じゃないと認識しているはずなのに、体が勝手に動いて止まろうとしない。あてもなく、どこまでも続く感覚のない荒れ狂う波の上を必死になって走る。

しかし走り始めてすぐに異変に気付く、()()()()()()()。全力で走っているはずなのに全くスピードが出ない……というよりかは、いつも現実で走っている時と同じイメージして動かしているはずなのに体が全くついてこないといったほうが正しい気がする。

 

――!?

 

数歩走ったところで辺り一面に真っ黒な影が落ちる。

まさかと思い走りながらチラッと後ろを振り返るとクトゥルフの山のように巨大な体がすぐ後ろにまで迫っており、伸ばした腕に関してはすぐ真後ろにまで迫っていた。四肢を動かす速さは夢の中にいるイアと同じくらい遅いが、一歩で進む距離の差があまりに大きいので一瞬で距離を詰められる。

 

――イヤだ、追い付かれたくない

 

夢なのになぜそう思っているのかも考えず、思い通りにならない四肢を無我夢中で動かす。

しかし当然速さで敵うはずもなくとうとう追いつかれ、ぬるぬると糸を引いた粘液にまみれた触手が全身に絡まりイアはそのまま上空へ持ち上げられる。

しかしよくよく考えればここは夢の世界、どんなに気持ち悪い触手でも感触を感じるということは――、

 

――ひゃいっ

 

視覚以外のすべての感覚が途切れていたはずのこの世界で()()だけは例外として存在していた。

肌を滑るように絡みついてくる触手は今まで感じたことのない、内側がむず痒くなるような気分にさせてくれる――、ということは一切なく、感じるのは全身を駆け巡るホラー映画などとは比べ物にない、背筋どころか全身、その周りの空気までもが凍り付くほどの寒気と万物を腐らせ混ぜ合わせた特殊兵器X(エックス)を直接鼻の奥に捻じ込まれるという拷問を受けているかのように襲い掛かる異形悪臭と、その悪臭を放ち体にまとわり着くようにねばねばした粘液の鳥肌が立つような冷たくて気持ち悪い感触のみ。

 

荒波や暴風からは変わらず何も感じないのにこのクトゥルフだけは現実同様感覚に刺激を与えてくる。

身体が勝手に逃げ出したのもこれなら十分に納得でき――、

 

――痛いっ!?

 

先ほどまで全身を舐め回すようにうねっていた触手の締まりが一気にきつくなる。しかもただ締め付けるのではなく首四肢を引きちぎろうと捻じりながら強引に引っ張ってくる。

そしてやはりこのクトゥルフ相手には痛覚までもが働くようで首から足のつま先に至るまで全身の痛みが一気に脳へと押し寄せる。

本当ならとっくに失神している状態だが、夢の中だからなのか全く意識が遠のく気配がない。

しかもクトゥルフは全身を引きちぎるだけでは面白くないのか、そのあまりの苦しさから言葉にならない叫び声をあげるように開けているイアの口に容赦なく余った触手を侵入させてくる。それだけではない、耳・鼻・下半身。全身から体内へ送り込んでは内側から突き破ろうとする。

 

――――カツテ()()()()()ト言ワレタ者ガ今デハコノ程度……時ノ流レトハ残酷ナモノダ……

 

――っぅ……助けて……イオ!!!

 

硬く目をつぶり全身の痛みに耐えながら届くはずのない願いを強く抱く。

すると右手にとても暖かいぬくもりを感じる、と同時に体の耐久が限界に到達しイア身体は…………

 

「イオ!!!!!」

 

自分の身体が惨たらしく閲覧注意になる直前でハッと目が覚め勢いよく上体を起こす。

いつもの部屋、いつものベッド、暖かい朝日、どうやらトラウマ直前で現実に戻ってこれたらしい。

 

「おっ、おはようイア」

 

「………………」

 

息切れを起こしているイアのすぐ隣から声が聞こえ、そっちにゆっくり振り向くといつもそばにいてくれてイアが最も安心できる存在がいつもと変わらない優しい笑みを浮かべベッドに腰掛け、イアの左手を右手で恋人繋ぎで握っていた。

 

「一応言っとくが、イアが握ってきたんだからな」

 

「………………」

 

恥じらう様子はなく淡々と喋りながらさらに強く手を握ってくるイオをじっと見つめていると心の奥から言葉にできない何かがものすごい勢いでこみ上げてきて目頭が熱くなってくる。

 

「どうした?」

 

「……ィォ」

 

「なに?」

 

「………イオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」

 

こみ上げてきた何かは抑える暇もなく速攻ノンストップで爆発し、イアは泣きながらイオに抱き着くと勢いそのままにイオを床へと押し倒す。

 

「どうしたイア?」

 

普通ならここで慌てふためいたりラッキースケベになったりするパターンなのだが、イオの場合抱き着かれることは想定内なのか慌てる様子は全くなく逆にそっと頭を撫でてくる。

 

「イオオオオオォォォッ!!!イオイオイオオオオオォォォッ!!!!!」

 

夢の中では無我夢中で走っていたイアだが、現実では無我夢中でイオを抱きしめ泣きじゃくる。

もちろん感情に飲まれているイアが力加減なんてできるはずもなく、無意識にどんどん抱きしめる力を強くしていく。

 

「イア!?流石に苦しイタタタタ絞まってる絞まってる、ピンポイントで絞まってるっ」

 

――十分後

 

「落ち着いたか?」

 

「……う”ん”」

 

ようやく正気に戻ったイアと解放されたイオ、特に意味があるわけではないが二人向き合って床に正座する。

 

「それで、なんか嫌な夢でも見たか?」

 

「うん……」

 

「どんな夢だったんだ?」

 

「えっとね……えとね………待って待ってね、今ここまで出かかってるから」

 

舌先現象を主張するイアは首ではなくおへその下のあたりで手を水平に構える。

 

「それは出かかってるとは言わなんだよな…」

 

「…………イオ~どんな夢だったけ?」

 

「俺が知るわけ無いだろ」

 

「う~~~ん……思い出せない」

 

「逆になに覚えてる?」

 

「えっとね、すごく怖かった」

 

「それと」

 

「……ものすごく怖かった」

 

「他は?」

 

「………………超怖かった」

 

「怖い以外で」

 

「…………………………気持ち悪い」

 

「おけ、分かったもういい」

 

「なんで思い出せないんだろう」

 

起きた瞬間までは絶対に覚えていたはずなのに気が付けば恐怖だけを残し夢の記憶が綺麗サッパリ無くなっていた。必死に記憶を辿ってもたどり着くのはモザイクの世界だけでどんな場所だったか何に怯えていたのかすらも思い出せない。

 

「…………」

 

「……イオどうしたの?」

 

なんとしてでも夢での出来事を思いだすために勉強している時の数十倍頭を悩ませているとイオがこちらを半目でじぃ~っと見つめてくる。

 

「……いやっ何でもない、オネ起こして飯行くか」

 

「うん」

 

「ご飯!!!」

 

イオの『飯』という単語に反応したのか、さっきの騒がしい状況でも爆睡し続けていたオネがものすごい勢いでガバッと上体を起こすと、テキパキと無駄のない動きで瞬く間に寝ぐせ以外の身支度を済ませる。

 

「えっうそ、オネちゃん早い」

 

ほとんど同じタイミングで着替え始めてこっちはまだ寝間着を脱いだ段階なのに……と思いながらイアは少しの間フリーズする。

 

「イアお姉ちゃんおそ~~い」

 

「イア遅~~い」

 

謎に勝ち誇ったドヤ顔で煽ってくるオネにイオが便乗しウザさが倍増する。

「はやく~はやく~」っと急かしながらイオの膝に座っていつもより酷い寝ぐせを整えてもらってるオネを無視し、マイペース(わざと少し遅め)に着替えを済ませる。

それにしてもご飯の事で早く早くと急かしてくるオネを見ていると本物の犬を見ている気分になる。よっぽどこっちの世界の食事が気に入ったんだな~と思うイア。

着替え終わると同時にオネの寝ぐせも整う。

いつものサイドに跳ねたピコピコ癖っ毛が無いので今日はピコピコヘアーじゃないのかなと思っているとぴょこんっとサイドが復活してピコピコ動く。

 

「準備できた?早く行こ~~~!!!」

 

イアが着替え終わったことを確認すると即座に立ち上がりはしゃぎながら部屋を出ていく。

 

「朝から元気だね~」

 

「落ち込んでないなら何よりだ。さて、俺たちも行くか」

 

そう言って立ち上がろうとするイオの膝にサッと無言で腰掛る。

すると流石はイオ、驚いたり困惑したりすることはなく即座に察してブラッシングを始める。

少しくすぐったいがやっぱりイオのブラッシングは気持ちがいい。気持ち良すぎてだんだん眠くなってーー、

 

「はい、終わり」

 

「えっ?」

 

「どうした?」

 

「なんか今日早くない?」

 

あと少しで寝落ちできそうという所でブラッシングが終わる。いつもならもっと時間がかかるはすなのだが、今回はいつもの半分……いや、三分の一もかかっていない。

イオが適当にやるとは思えないし、今日はそんなに寝ぐせ酷くなかったのだろうか?と思い物足りなさそうな顔をする。

 

「今日は珍しくそこまで酷くなかったからな、珍しく」

 

「なんで二回言ったの?」

 

「大事なことだから」

 

「大事?」

 

「大事。ほら、飯行くぞ」

 

「………………」

 

ブラシをテーブルの上に置いてある筒状のケースに投げ入れ、完全にブラッシング終了モードでイアが退いてくれるのを待っているイオにイアは少し不満そうに膨れた顔をする。

 

「……なに」

 

「物足りない」

 

「知らんがな」

 

膝の上から退けようと脇の下に回してきたイオの手を上から必死に抑え全力で抵抗する。

とはいえ単純な力比べでイオに勝てるはずもなく、あっけなく持ち上げられる。

一応足をバタつかせて更なる抵抗を見せるも全く効果は見られない。やはりイオ相手には説得でしか勝ち筋が見いだせないようで、論破されないことを祈りながら勝負を仕掛ける。

 

「あと十分、いや二じゅ……三十分でいいから」

 

「はいはい十分な」

 

「 三 十 分 !!!」

 

「流石に追加三十分は長すぎると思うんだが?」

 

「だって十分じゃ寝れないでしょ」

 

「そうさせないための十分なんだが…」

 

ブラッシングの気持ちよさの中で寝たいと主張するイアにこれから飯食いに行くのに寝たらダメだろと呆れるイオ。

 

「あと、オネちゃんの方が長いのがなんとなく納得できない」

 

「オッケーそっちが本心だな」

 

「あっ……」

 

勢いでつい本音が出てしまい、既に手遅れだと思いつつもそっと両手で口を塞ぐ。

チラッとイオの方に振り向くとイオはいつものような小馬鹿にした苦笑をしたり、呆れたジト目でこちらを見てくることもなく、持ち上げたイアをそっと自分の横に降ろす。

そしてバックパックからスタンドミラーを取り出して設置すると、テーブルに置いてある半透明のケースからヘアゴムとヘアピンをいくつか取り出す。

準備が整うとイアの背後に腰を下ろして髪を結い始め、ものの数分でヘアアレンジを完成させる。

 

「本日のヘアアレンジはクロスポニーテールからの三つ編みワンテールにしてみました」

 

早速スタンドミラーの前で出来栄えを確認する。

 

「おぉ〜〜〜」

 

超ロングな髪は元々のふんわりとした感じを残しつつも可愛くオシャレにまとめ上げられていてとてもいい感じに仕上がっている。

 

「あっそうだ」

 

イオのヘアアレンジに十分満足したところでふとやってみたいコーデを思い付き、先日服やで品定めした時に見つけたワンピースに着替える。

イアがくるっと一回転して体を回すと、イアの着ていた服が一瞬でワンピースへと変化し着替えが完了する。その早さは早着替えとかそういうレベルではなくもはや魔法に近い。

ちなみに着替えの際、体を回転させる意味は本来ないのだが、イア曰く「その方がなんか早着替えっぽくない?」との事。

 

「どう?イオ」

 

「うん、似合ってる」

 

「えへへ~……でもあれだね」

 

「そうだな」

 

「「朝ご飯(朝飯)食べに行く格好じゃないね(な)」」

 

思った通りこういう髪型はワンピースにとっても合うが、おそらくオネの事だから朝食はいつもの酒場のはず。

さすがにこの格好は重装備の冒険者たちが集まる酒場に行くようなファッションではないなと同じことを思うイオイア。

一応酒場以外にもカフェやファミレスなど食事をとるところはいろいろあるのだが、オネはあの酒場がとても気に入っているようで基本他のところには行こうとしない。

別にそのあたりの事は気にしてないし、イオもイアがそれでいいならと反対する様子もないので小腹が空いたとき以外は基本あの酒場で食事するのが当たり前になっていた。

とりあえず元の格好に着替え直しイオと部屋を出る。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「や~~~っと来たっ。いつまで待たせるんですかね」

 

今日は何を食べるか話しながら三十分ほど遅れて宿の外に出ると、目の前には腕を組みながら仁王立ちしたオネの姿が、冷たく鋭い視線を送ってくる。

機嫌を伺うどころか顔を見るまでもなく怒っていると分かる。しかも完全に待たせたこちらが悪いので弁解の余地もない。

 

「朝ごはん食べに行くだけなのに準備に時間かかり過ぎじゃないですかね〜 」

 

「えっと……これは……」

 

()()()()()謝って済みそうな感じではないし、遅れた理由を話しても逆効果になる気しかしない。

ここはイオにうまい具合に丸め込んでもらうしかなさそうなので、クイックイッっとイオの袖を引っ張ってこちらに視線を向けさせアイコンタクトで助けを求める。

アイコンタクトを受け取ったイオはしょうがないなと細く微笑むと、ポンッと右手をイアの頭の上に置いてオネの方に視線を戻す。

 

「悪いオネ、イアのわがままに付き合ってたら遅れた」

 

「イオ!?」

 

「ふ~ん……やっぱり……」

 

これはマズい、オネの不機嫌メーターがどんどん上がっていくのを感じる。

それにしてもイオが助けてくれないのは予想外、さっきの顔とこのポン置きの手は何だったの?あれですか、自分で何とかしろということですか?無理です…無理です!

今のオネの怒りを鎮められる語彙力はイアにはありません詰みです、ゲームオーバーです。

そう内心焦りまくっているとオネが組んだ腕をほどき右手を高々と上げる。

 

――あぁ……終わった……

 

オネの腕が振り下ろされるとイアはギュっと目を瞑り体を縮こませながら覚悟を決める。

 

――???

 

……なにも起きない?オネの食べ物に対する情熱は正直異常なので、てっきり一発貰うことくらいは覚悟していたが、待てど待てど一向に何も起きる気配がない。

恐る恐る目を開けるとオネは振り上げた右手をこちらに向かって指さしていた。

相変わらず顔は怖いが物理的ダメージを与えてくる様子は無さそう。

 

「えっ……と……オネちゃん?……」

 

「イアお姉ちゃんだけヘアアレンジしてもらってズルい!!!」

 

「えっ?」

 

「ズルい!卑怯だ!!贔屓だ!!!」

 

予想の斜め上を行くオネの言い分に思わず困惑するイア。

オネちゃんってそういうことでここまで怒るタイプだったけ?それとも見た目ほど怒ってない?など色々考えながら、イアはとりあえず機嫌が悪いわけ訳を聞いてみる。

 

「…………オネちゃん?待たせたから怒ってたんじゃ?」

 

「もちろんそれも原因だけど……一割くらい。残りはそれ!その髪!」

 

「髪?……ヘアアレンジしただけだけど?」

 

「だからだよ!オネの時はダメって言われたのにイアお姉ちゃんだけズルい!!!」

 

そう言われてみれば確かに、先にブラッシングを受けていたオネの髪形はいつも通りでヘアアレンジは一切行われていない。

自分がしてもらえなかった事を、妹を待たせてまでやって来られたら確かにこうなるのも納得できる気がする。

地団駄を踏んでズルいズルいと連呼しながらイオの肩をバシバシ叩くオネ。

 

「あぁ……えっと……イオ?」

 

「まぁ飯食いに行くだけだしな」

 

元凶である当の本人はいつも通り平然としており、反省はしていない様子だった。

とはいえイオの事なのでおそらくオネの怒りを鎮める方法くらいは既に思いついてあるのだろう。端の方によって終わるのを黙って待つ。

 

「じゃあなんでイアお姉ちゃんはいいんですかね」

 

「まぁほら……イアからのおねだりだから……ねっ」

 

「イアのセコム(シスコン)セコムめ」

 

「誤解を招く言い方はやめなさい、俺はただイア第一主義なだけだ」

 

「それをシスコンだって言ってるの!(くきゅるる〜)オニいないんだからオネにも優しくしてよ、ていうかしろ!約束したじゃん」

 

オニがいないことが影響しているのかこっに来てからオネが凄くイオに甘えるようになっている気がする。

お姉ちゃんとしては可愛い妹の姿が見れて嬉しいが、それと同時に何かもやっとした違和感を感じる。

このもやっとする現象はイオとオネがいつも以上に仲良くしている時に頻発するから恐らく原因は二人にあるのだと思うけど、流石に「仲良くするの禁止」とは言えないので、慣れるかオネが通常運転に戻るまで我慢しようと思うイア。

 

――お腹すいた……

 

「まぁ落ち着けって、そもそもイアのヘアアレンジをする事になったのはオネが原因なんだからな」

 

「はい?なにをどうしたらオネが元凶になるのさ(きゅるる〜)」

 

なんで待たされた側の自分に責任があるのか納得できないオネは再び腕を組み抗議する。その姿はどことなくワンを連想させる。

 

「どうもオネのブラッシングの方が長かったことに嫉妬したらしい」

 

「なにそれ?それとヘアアレンジがどう関係するの?」

 

「今日のイアそんなに寝ぐせ酷くなかったからブラッシング自体はすぐ終わったんだよ。で、オネの方が長かったことに嫉妬して不満そうだったから代わりにヘアアレンジしてあげたってこと。最初はやるつもりなかったんだけどな…」

 

「そんなくだらないことでオネはこんなに待たされたの(くきゅる〜)」

 

イオの懇切丁寧な説明に呆れてジト目になるオネ。

 

「くだらないとはなんだ、可愛いだろ」

 

「たしかに可愛いけど、そのせいでオネは餓死寸前なんだけど」

 

「そうだね~」

 

オネの怒りもまるで興味を示さず面倒臭そうに適当に流して小さい欠伸をするイオ。

イアとそれ以外に対する態度に差があり過ぎるのは今に始まったことではないが、やはりイアにばかり優遇が行くのは納得できないと不満たらたらなオネ。

 

「もう少し妹に優しくしてもいいんじゃないですか?」

 

「ねぇイオ、お腹空いた」

 

さっきから鳴っているオネの空腹音に早くご飯食べさせてあげたいと思ったイアの割り込みがオネの訴えと被る。

イオはどちらも発言もちゃんと聞き取れているが、どちらから先に答えるかとなればもちろん優先されるのはイアの方。オネの要望は一旦保留とし、まずは朝ご飯を食べてからそのあと考えようとイオは酒場へと歩き出す。

その後を追うようにイアが小走りで追いかけ、取り残されたオネも渋々後を付いて行く。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「そういえばオネちゃん、シスコンって何?」

 

少し遅めの朝食を済ませ酒場を出たところで何故かふと脳裏を横切った単語のその意味を聞いてみる。

もともと日本語を覚えるのが苦手なうえに、今までイオがそう言われている所は見たことも聞いたことも無かったので「シスコン」という単語そのものがイアにとっては初耳、もちろん調べたことすらない。

しかしオネが知っているということは日常的に使う言葉なのだろうか?ここが地球ならGoogle先生に聞いて即解決なのだが、残念ながら異世界なのでそういったことはできない。そもそも調べる機材が無い。

ゆえに有識者に聞くのが手っ取り早い。

 

イアがシスコンという単語を口にしたとたんイオとオネの歩みがピタリと止まりそれにつられてイアも首をかしげながら止まる。

イオは相変わらず無表情だが、オネちゃんは「気になるの~?」とでも言いたげなニヤニヤした顔をしている。

 

「そこまで言うなら教えてあげましょう。一言で言うならお兄ちゃんみたいな人の事」

 

――イオみたいな?……優しい人ってことかな?

 

イアにとって()()()()()()と言われて真っ先に思いつくのは「優しい」「頭いい」「スポーツ万能」「料理上手」など自分より優れている何かしらの長所だけであり、シスコン本来の意味には辿り着かない。

 

「オネ、イアに変なこと教えるな」

 

「えっ?シスコンって変な事なの?」

 

「違うよ、年頃の人にとっては常識だよ」

 

「イアは知らなくていい言葉だ」

 

強くは止めないが超めんどくさそうな顔をしているイオと、準備で待たされた仕返しなのかイオをさらに困らせてやろうとあえて意味深な発言を繰り返すオネ。

 

「どっち……?」

 

イオとオネ、互いが全く逆の事を言うせいで余計に混乱してしまうイア。しかしイオもオネも()()()()嘘はついてはいない……ならどちらも正しいということなのだろうか?

意味はものすご~~~く気になるが、イオの反応を見る限りなんか踏み入ってはいけない領域な気がするイア。

好奇心か本能化、どちらを選択するか中々決められないイアはこういう迷ったり悩んだ時にいつもやっている決め方で手っ取り早く決めることにする。

 

「……よく分からないからじゃんけんで」

 

「よし来たオネ、じゃ~んけ~ん」

 

「えぇなんで~」

 

この展開を予期していたかのようにノリノリで掛け声を発するイオと、イアが好奇心を選ばなかったことにより急に焦り始めるオネ。

イアの判断で一気に流れが変わったことで形勢が逆転し、じゃんけんの結果はイオがチョキ、オネがパーでイオの勝ちとなった。

 

「じゃあ今回はイオの方で」

 

イア自身がどちらも正しいと判断した時に限り選択を他者に任せる『他人任せ(じゃんけん)』。

一見ただ面倒臭がっているようにしか見えないが、イアがコレを大事な場面で使ったことは一度もない、あくまで日常の中でどちらにするかちょっと迷った時に使うだけ。

どちらにするか自分では決定付けられない時にあえて自分以外に選ばせる感覚に似ている。

今回もイオの勝ちということで、言う通り「シスコン」についてこれ以上は踏み込まない事にしたイア、再び宿へと歩みを再開させる。

もう昼も近い時刻なのになんとなくだが、今日は長い一日になる気がする三人だった。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第4節お待たせいたしました。

さてさて今回の後書きですが、本来は紹介したいアイテムがあったのですが、『紅の章』を見ていないと言う方向けにこちらでも宣伝しておきます。

唐突ですが今日から小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載がスタートしました。

まぁ本音としては、チカ異世がなろうの方で投稿できないので代わりにオリキャラルートの物語を書いちゃおうという何とも安易な考えです。

といっても主人公が変わっただけで世界観は全く同じなので相変わらず内容はカオスですが、多分こっちの方がなろう小説よりなので次話投稿までの暇つぶしとしてみていただけると嬉しいです。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第5節:おにごっこ
紅の章第5節:ギルド結成
それぞれの後書きでお会いしましょう。

新曲


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紅の章第4節:ギルド『ユグドラシア』

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



「ARIA THE WORLD ~鍵~」

 

 構えたワンが力の解放条件を口にする。

 

「あぁーあ……」

 

「チッ馬鹿が……」

 

 止めようと思えた止めれたはずのこの事態を見逃したロクオニの二人はワンの選択に失望する。

 

 力の解放を口にしたその瞬間ポーズを組んだワンの前に一本の『鍵』が出現する。

 薄いピンク色の光を放つその『鍵』の形は歪で鍵と言われてもそうなのか疑わしいほど形状が安定していない。

 

 ──Open! 

 

『鍵』を掴み目の前の空間に差し込むように伸ばして捻るとどこからともなく「ガチャリッ」と鍵を開ける音が響く。

 

 目の前で起きた不思議な現象に挑戦者全員がなにが起こるのか警戒する中、ワンの目が真紅に光り、最初の攻撃よりも少し早い速さでまず一番近くにいた挑戦者へと距離を詰めると心臓めがけ──、

 

「はーいそこまでだよ」

 

「呑まれ過ぎだ」

 

 ワンの手刀が挑戦者の体に触れる直前にロクオニが観客席から結界を突き破りワンの体をステージの岩盤が割れるほどの威力でたたきつけ拘束する。

 オニは喉を踵で押しつぶすように全体重をかけ、ロクは腹部にあぐらをかいて座る。

 

「さてと、『鍵』を放してもらおうか」

 

「♪" *"・──"#"♪ #"#♬゙♮♪ "*♭*゙♪ ――♭"♬♪"・*"♬*゙#゙・ー♪"」

 

 まるで不協和音のようなその言語はイアやオネ、ARIA家の出身地で使われている言語。人間はもちろんモンスターや神ですらソレを解読することは出来ない。

 

「離すわけねーだろ、リタイアか死かとっとと選べ」

 

 生殺与奪を突きつけながら虫けらを見下ろすように静かに見つめるオニの目はロクワン同様真紅に染っており宝石のような輝きを放っている。

 

「一秒だけ待ってやる、その間に『鍵』を手放せ」

 

 淡々としていながらも恐怖を纏った言葉でオニが命令するとワンは苦しそうに歯ぎしりをしながら鋭い眼光でオニを睨みつける。

 

「イチッ」

 

 そんなワンに表情ひとつ変えずオニが一秒を数え終わると同時にワンの喉を押し付けていた踵を時計回りに九十度拗じる。

 

「ッ! ──、」

 

 直前何かを叫ぼうとしていたワンが息が喉元で止まったように言葉につっかえると、左手に握られた『鍵』が光の粒子となって消滅し、それと同時にワンは気を失ってしまう。

 するとワンは戦意喪失とみなされ体が医務室へと転移する。

 

「乱入して悪かったな、気にせず続けてくれ」

 

 突然起こった制裁展開にドン引きしている挑戦者たちに今度は優しい口調で話しかける。

 

「オニ、コテモルン語じゃ通じなんじゃ?」

 

 冷静すぎるロクのツッコミに「あっ、そっか」とこの国は言語が違うことを思い出し何語で話せばいいかを考える。

 

「あぁ……さっき子、大丈夫なのか?」

 

 ──あっ大丈夫そう

 

 相手がコテモルン語で答えてくれたことにより何とか会話は出来そうでひとまず安心する。

 

「大丈夫かどうかで言ったら大丈夫なんじゃね?」

 

 ワンの生死なんてどうでもいいと言わんばかりに適当に答えるオニに対し挑戦者たちが険しい顔になる。

 会場の空気もまるでオニが悪人のような感じになっているが、当の本人は全く関心を示そうとはせずその場を立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待ってくれますか?」

 

 医務室に向かおうとするオニの前に挑戦者数人が立ちふさがる。

 立ちふさがった挑戦者は男女問わずなろう主人公のような風格。主人公特有の正義感でも働いたのかこちらの問題に勝手に足を踏み入れてくる。

 

「なに、まだなんかあんの?」

 

「ちょっとばかし無関心過ぎないか? あの様子じゃ他人ってわけじゃないだろ?」

 

「そうだ、それにあそこまでする必要はあったのか?」

 

「だって興味ねーし。確かにアレは一応家族だけど、どうなろうと俺の知ったこっちゃねーし。むしろ早く死ねって感じ」

 

 正直に答え過ぎてこの場にいる全員に無神経すぎる印象を与えてしまうオニ。

 とはいえ人間と反りが合わないのは今更だし、理解して欲しいとも思わないので周りの視線は一切気にせず堂々とした態度で感情の籠っていない目を道を塞ぐ挑戦者たちに向ける。

 

「こいつ感情ってものを持ってないのか……」

 

「まるで機械だな」

 

 会場中からオニを嫌悪する声が湧き上がる。

 これも今さら、いつもの事、むしろ必然。幾たびも経験してきた自分たちの理解できないことを嫌う集団で生きる生命たちが持つ本能、習性。イアとオネが嫌う不調和の素。

 そんな敵意の感情も幾千幾万と受け続ければ慣れてしまうもの。今となっては何も感じない、そう言う生き物という事で全て片付けられてしまう。会場の声は何一つとしてオニの心に響くことは無かった。

 

「仮にそう思っていたとしても仲間なんだろ、ならあれはやり過ぎだぜ」

 

「なんかめんどくさそうだから私はワンのとこ行ってくるね」

 

「おう」

 

 会場の雰囲気から逃げだすように光速立ちふさがる挑戦者の間をすり抜けワンの元へ向かうロク。

 動きを追えなかった者たちはロクがその場で消えたように錯覚しどよめく。

 

「さて、一個づつ答えてやる。まず俺とあの出来損ないだが結論から言うと仲間なんかじゃない、ただの姉弟だ。俺はこう見えて仲間思いなんでね、仲間にはあんなことは絶対にしない」

 

「姉弟? ならなおさら納得できないな。血の繋がった家族を足蹴にするとか何考えてんだ」

 

「姉弟喧嘩で掴み合って殴って蹴り合うなんて普通、なにも珍しくないだろ」

 

「だとしても限度ってものがあるだろ」

 

「人間の物差しで勝手に決められ手は困るな、そもそも殺す気でかかってるのはお互い承知の上。当事者同士が決めたルールに外野が首突っ込む権利は無いだろ」

 

「万が一死んだらどうするつもりだったんだ」

 

「別にどうもしないさ。殺したら死んだ、それ以上もそれ以下もねーよ」

 

「狂ってやがる」

 

 仮に暴走していたのが他の姉弟ならオニもあんな真似はしなかっただろうし、会場を敵に回すような発言もしなかっただろう。しかし今回の相手がワンである以上オニが彼女を庇うことも大事に思うことも絶対に無い。話したことはすべて事実で本心。むしろ無知で無能な奴らに俺たちはこういう関係だという事を認知して欲しいとまで思っている。

 しかしそんなオニの目論見とは裏腹に会場中の敵意はどんどん増大していく。

 やはりこの世界でも理解してもらえないのだろうか。

 

「はぁ……めんどくせーからやっぱ結論だけ言うわ。一つ、これは俺たちの問題だ、半端な正義感で首ツッコんだり気安く踏み入っていい領域じゃねー。二つ目、もし俺たちがあそこで止めてなかったら、観客係員含めたこの会場にいる全員…………死んでたぞ」

 

 これも事実。『鍵』は発動していた、つまりワンが攻撃に転じた瞬間一秒と経たずにこの場にいた全員が人生終了していた。

 

「そもそも前提が違うんだよ、お前らは俺が身内に暴行を加えたと思っているんだろうが、実際はここにいる全員を俺たちが守ってやったんだ」

 

 と言ってもどうせ信じてはもらえないだろうし、ただの言い訳としか思われないだろう。それならもうここで説得するのは時間の無駄、後ろから集中攻撃されないうちに退場するのが正解だろう。

 

「もういいだろ、あとはそっちで勝手にやってくれ」

 

 ロクが退場した時に挑戦者たちがだれ一人その動きを追えていないことは確認済み。ロク同様、光速で間をすり抜け闘技場から姿を消す。

 

 試合の様子を見ることが出来ていないであろう警備の人に医務室の場所を聞き、言われたところにあった突き当りのドアをくぐる。

 ドアの向こうには別次元の空間内にあり、白い空間の中に無数に置かれたベッドの上に死人や重傷者が横たわっていた。

 その敗北者たちと同じくらいの人数の魔導師が回復魔法や蘇生魔法で治療をしている。

 敗北者の中には関係者が面談にきているところもありいろんな感情が充満していた。

 あたりを見渡すように進んでいると先に来ていたロクがワンのベッド横からこちらに手を振っているのが見える。

 

「状態は?」

 

「気を失ってるだけでちゃんと生きてるよ」

 

「チッ」

 

 生きていたかと小さく舌打ちをして自分の腕が鈍りまくっていることにため息をつく。

 

「それでそっちは? うまく説得できたの?」

 

「いーや、やっぱ人間にはまだまだ理解できない領域らしい」

 

「ふーん、どうせ説明するのめんどくさがって端折ったんでしょ」

 

 オニの返答にジト目で確信をついてくるロク。

 こういう時はイオ並みに鋭いなと思い目を逸らすオニに「やっぱりね」とロクは呆れたポーズをとる。

 

「もしも止めに入らなかった時の結末は言ったぞ」

 

「なんで詳細をめんどくさがるかねー」

 

「どうせ理解できないだろうし説明するだけ無駄だって」

 

 自分の説明不足を会場にいた奴らの理解力の無さということにして逃げるオニ。

 間違ってはいないが理解してもらおうとする努力を怠ったことは事実、例えワン絡みだとしてももっとやり方があったでしょうにとオニの未熟さを嘲笑うロク。

 

「ほんとそう言うところだよオニ。あっすみません、この子こちらで預かりますね」

 

「うるせぇ」と小さく呟くオニと、近くを通りかかった医療班の魔導師にワンをこのまま連れて帰ることを伝えるロク。

 

「でしたら今すぐ治療しますね」

 

「結構です」

 

「えっ?」

 

「私たちは魔法や化学じゃ治らないのでそのまま帰してもらえれば大丈夫です」

 

 ロクの言葉に少し戸惑う魔導師だったが、自分たちでどうにかできるという事だろうと解釈しすぐに「分かりました、お気を付けて」と言う通りにしてくれる。

 ロクはワンをおぶると早々に空間から出て行き、オニも心配そうに見送る魔導師に一言謝ってから空間を出て行く。

 

「結局ロク姉もめんどくさがってるじゃん」

 

「だってどうせ人間には理解できないじゃん、それに向こうはちゃんと分かってくれたよ」

 

「いや、めっちゃ心配そうにしてたからな、全然安心できてなかったからな」

 

 お互い自分の方がもっとうまく説得できたと言い合いながら宿に戻り休息をとる。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 入団試験から一週間後、ワンは予選敗退だったがまだスカウトの可能性が残っているので結果が届くまで街に滞在していた三人。そんな三人の元にワン宛に合否通知が届く。

 しかし肝心のワンはあの日からまだ目覚めておらずずっと眠り続けている。

 

「ワン起きないし勝手に読んじゃお」

 

 そう言うとロクは封を開け内容を確認する。

 そこには合格の文字と入団式の日程がコテモルン語で書かれていた。

 

「わーお合格だって」

 

「マジかよ、あれ見て入隊させるとか絶対ここの団長バカだろ」

 

 結局ロクワンは決勝までは見ないで帰ったのでギルド団長の姿は見れなかったが、予選から試合を見ていたということはあの惨状も目の当たりにしていたはず。

 それでいてなお入団を許可したというのだからあのギルドのトップは相当な物好きか馬鹿かアホだろう。

 

「せっかく合格したんだし早く起こさないとね」

 

「はっ? なんで? どうせ入団しないんだから捨てていいだろ」

 

「オニはホントそう言うところクズだよね」

 

「クズにクズって言われた」

 

 ワンを起こそうとするロクをオニが制止する。

 ワンが眠りに入ってからせっかく優雅な異世界ライフを過ごせるようになったオニ、今起きられてせっかくの楽しい時間を壊されるわけにはいかない。

 それにもともとワンは入団する気で意見に参加したわけではなので確かに合否はどちらでもいいはずだ。

 しかし肝心の団長本人を見ていないのでどんな人物化はまだ知らない。ギルド本部の場所を知らない今、不合格ならまたの機会でいいやとなりそうだが今回は残念ながら合格、つまり合格を理由にギルド本部へ殴り込み直接団長が信用できるかを確かめに行くことができる。やる可能性は大、いや絶対にやる。

「それじゃあなおさら起こさないとね」と再びワンを起こそうとするロクにオニは無言のまま汚物を見るような目を向け反対する。

 

「なにそれ?」

 

「あっ、おはようワン」

 

「……チッ、最悪だ」

 

 ワンが自分にとっては絶妙、そしてオニにとっては最悪のタイミングで目を覚ます。

 しかしワンは寝起きでまだ半目でうとうとと体を揺らしている。

 

「この前の入団試験の結果だよ。良かったねワン、合格だって」

 

「おいロク姉」

 

「いいじゃんいいじゃん、こっちの方が楽しそうだし」

 

「楽しさを追求するなら一緒にリスクも考えて欲しいんだが」

 

 何でもかんでも思うがまま後先考えず自由に行動するのはいつもの事だが、揉め事を起こした時のしりぬぐいをする側の気持ちもいい加減考えて欲しい。

 

「本当にヤバかったら問答無用で止めればいいじゃーん」

 

 オニの生ぬるい抑制に煽りまくるロク、普段のぶれきー係であるイオにはこういった態度はとらないのでこれは完全にオニを舐めている証拠でもある。

 

「……全く誰に似たんだか」

 

「それで、僕はどこに行けばいいの?」

 

「今すぐ死ぬか俺に殺されr──、」

 

「オニはちょっと黙ってて」

 

 安定の返しをするオニを遮りロクがワンに合格通知を渡す。

 それを見たオニは全てを諦めクソだるそうな唸り声をあげベッドに突っ伏す。

 

「明日の昼にギルド本部で入団式があるみたい。集合場所はコロッセオだって」

 

「ふーん…………そういえば誰が優勝したの?」

 

「えーっと……誰だったけオニ」

 

「いや知らねー、てか俺ら途中で帰ったじゃん」

 

 うつ伏せから仰向けに転がってオニはそう答えると再びうつ伏せにゴロンと転がる。

 

「あぁーそう言えばそうだったね。私的には第七グループの人が優勝候補だと思うな顔覚えてないけど。オニーどんな顔だったっけ?」

 

「さぁー寝てたから知らねー」

 

「第七……あれか、なろう主人公みたいなやつ」

 

「あぁー思い出した。てかなろう主人公って……まぁわかるけど」

 

 確かに見た目はよくある異世界転生ラノベの主人公みたいな高身長イケボイケメンで百戦錬磨の貫録だった。

 ロクワンの第一印象は「絶対ハーレム作ってる」と二人とも同じことを思っていたらしい。

 

「それにしても明日か、暇だなー明日起きればよかった」

 

「暇だねー、オニーなんか暇つぶしない?」

 

「Zzz……」

 

 オニから返事が無い、どうやら寝てしまったようだ。

 会話が途切れたことにより部屋は静寂に包まれ、窓の外から活気あふれる国民の声が聞こえてくる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………暇」

 

「暇だねー」

 

「姉さん久しぶりに遊ぼう」

 

 とにかく何でもいいから体を動かしたいのか珍しく甘えてくるワン。オニには絶対に見せない妹らしい可愛い一面なのでロクはかなり得した気分になる。

 

「病み上がりでしょ、大丈夫?」

 

「一年分くらい寝たから大丈夫。それに結構鈍ってたからガチで体動かさないとやばいかも」

 

 冗談っぽいホントの事を言いながら二人で遊ぶ(組み手)ためオニを部屋に残して人目に付かない近くの森の奥まで光速で飛んで行く。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翌日昼、朝から暇を持て余していたワンは昨日と同じ場所で、ロクに組み手をしてもらいながら時間を潰した後シャワーで汗を流して、特に何か持ってくるようには言われていないので手ぶらで集合時間十分前に着くように合わせて部屋を出る。

 

「おい」

 

 部屋のドアを開けると背後から目を瞑って寝たままのオニに呼び止められる。

 

「次使ったら殺す」

 

「…………」

 

 足を止めただけで返事も無ければふり返ろうとしないワンにオニがガチトーンで警告する。

 ワンも『鍵』を使ってしまったこと自体は十分反省しているしロクにも組手中こっぴどく叱られたのでのでいつものようには強く言い返さず黙ったまま部屋を出て行く。

 

「…………」

 

「なに、心配してるの?」

 

 ワンが部屋を出たあとベッドから起きて窓の外からワンの背中を見送るオニにロクがニヤ付きながら弄ってくる。

 

「余計な揉め事起こさないかってことにな」

 

「とか言って、本当はワンの身が心配なんでしょー?」

 

「死ねッ」

 

 凍てつく視線をロクに飛ばしながら短く本音を吐き捨て、ベッドに横たわるとオニはすぐに眠りえと落ちていく。

 ロクもやれやれと呆れた溜め息をついて散歩に出かける。

 

 場面は変わってコロッセオへ向かうワン。

 現地に到着すると係の人が出迎えてくれてそのまま闘技場内へと案内される。

 闘技場内にはワンを含め十名が既に集まっており、思ってたよりもスカウト人数が多いことにほんの少し驚くワン。

 しかもそのメンツは入団試験のグループ戦において各グループで勝利した挑戦者ばかりが集まっていた。

 当時映像を見てても思ったがやはり『鍵』とかを使わないで戦って勝てる気は起きない。

 

「あっもしかして私が最後かな?」

 

 ワンが改めて品定めをしていると後方から懐かしい女性の声が聞こえる。

 声のした方に振り返ると、第六グループの勝者でワンもちょっとだけ気になっている黒髪ストレートロングの少女がこちらに向かって駆け足で向かってくるのが見えた。

 各グループの勝者の中でこの少女だけいなかったのでほんの少しだけがっかりしていたワンだったがどうやら早とちりだったらしい。

 

「あっ」

 

 少女と目が合うとワンの事を覚えているのかピタッと足を止め指をさしてくる。

 

「試合の映像見て気になってたんだよね」

 

 少女のクールな表情が少し砕け興味津々といった顔で話しかけてくる。

 

「奇遇だね、僕もキミの事少し興味あるんだよね──、」

 

「えー、皆様お集まりいただきありがとうございます」

 

 ワンと少女が言葉を交わすと、それに割って入るように試験日にルール説明などをしてくれた執事が挨拶をする。

 さっきまではいなかったはずだが転移魔法で飛んできたのだろうか? いずれにしろ少女と話すタイミングを失ってしまった。

 

「みなさんお集まりいただけたようですので、早速ギルド本部へと移動したいと思います」

 

 そう言ってパチンッと指を鳴らすと闘技場の床全体冷え緒がるほど巨大な青い魔法陣が現れその中にいた者は全員ギルド本部へと飛ばされる。

 

 飛ばされたのは超立派なお城の玉座の間。

 目の前にはレッドカーペットが敷かれた階段が高々と続いておりその最上段にある玉座に座る人物が一人。

 灰色の髪と髭がまるでたてがみの様に繋がり、二メートルはありそうなその巨体はごつい装備の上からでも分かるくらいガタイがよくまさに筋肉の塊と言うにふさわしい。おそらく彼が団長だろう。

 

 とそんな感想を抱いていると、その場にいた新団員十名が同時に片膝をついてその人物に頭を下げる。

 ギルドに入団したのなら団長に敬意を示すのはしごく当然の事。しかも相手は憧れの世界最強との呼び声も高い人物、失礼な態度なんてとるわけがない。

 

 ……ただ一人を除いて。

 

「あんたが団長?」

 

 あまりにも無礼なワンの態度にぎょっとした視線が一斉にワンの方へと集まる。

 何の前置きもなくいきなり爆弾発言を投下する度胸、しかもよりによって団長に対する第一声でこれ。新団員の十名は唖然とし、側近や護衛はすぐさま臨戦態勢に入る。

 

「はははっ今回は面白い新人がいるな。いかにも、私がギルド『ユグドラシア』の団長リヒト・ルーロだ」

 

「団長、なに普通に答えてるんですか!」

 

「まぁまぁ敵意は無いから安心しろ」

 

「敵意が無ければ無礼が許されるわけじゃないんですよ!」

 

 心が広いのかワンの無礼極まる行為を笑って見逃す団長をその側近、おそらく副団長である人物がキレ気味に注意する。

 

「あなたもあなたです! このギルドに入るなら団長への敬意くらい示したらどうですか」

 

「なんで僕が人間ごときにそんなことしないといけないのさ」

 

 平常運転のワンがそんな経緯を示すはずもなく、変わらず喧嘩腰で舐め腐った態度をとる。玉座の間にざわつきが生まれ徐々に騒がしくなっていく。

 

「なっ、あなた本当に入団する気あるんですか!?」

 

「まぁまぁ落ち着いて」

 

「団長は黙ってて下さい! そうやってゆるゆるしてるから敵からも舐めた態度をとられるんですよ!」

 

 火に油ではなく火に炎を追加するかのように見下し続けるワンと見た目からは想像できないほどゆるくのんびりとした性格の団長に副団長の怒りメーターは爆発寸前になっていた。

 

「ねえ、なんか僕が入団すること前提で話が進んでるけど入る気は無いから」

 

 予想外の展開に外野のざわつきが途切れ、その代わり一斉に「はっ?」「えっ?」「んっ?」などの二拍疑問が飛び出す。

 

「ならなぜ試験を受けたのですか?」

 

「このギルドが信用に値するか確かめようと思って」

 

 副団長のもっともらしい質問にワンも目的を正直に答える。

 

「私たちのギルドが信用出来ないと?」

 

「別にこのギルドがってわけじゃない、みんな……特に人間は全員信用出来ないってだけ」

 

「そうまでして信頼を得て何がしたいんだ?」

 

「答えてもいいけど、その場合、僕と団長の二人だけで話がしたい」

 

 本当はここにいる全員の信用を確かめたいが自分自身の事をあまり周りに話したくないワンは、最低限の信頼としてギルドの頂点である団長だけと話がしたいと提案する。

 

「そんなこと出来るわけが──、」

 

「いいよー」

 

「団長!」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「何かあったらどうするんですか!」

 

「なにか起きると思うのか?」

 

「いや……それは……」

 

 あっさりとワンの要求を呑んだ団長に当然副団長は反対するも、団長の自信満々の一言に言葉を詰まらせる。

 似ている、イオやロクと何度も交わした相手の強さを知っているからこその信頼関係。一朝一夕で気づけるものではない、つまりこの断固符にはそれほどの力があるという事。

 結局団長に全部任せることにし、玉座の間をワンと団長の二人だけにしてあとは全員退室する。

 

「さっ、お望み通り二人だけにしたぞ。色々教えてもらおうか」

 

 部屋の中には誰かが隠れている気配もないし盗聴されている感じもしない。

 それを確認するとまずは本題に入る前にこの団長が信頼出来る人間か確かめる。

 

「その前にあんたが信頼できるか確かめさせてもらうよ」

 

「どうぞご自由に」

 

「ちなみに僕の能力は、あんたの魂がちょう……善人なら何も起こらない。けど、もし悪人寄りなら問答無用で死ぬから」

 

「ほぉー面白い能力だな。まぁ大丈夫大丈夫、問題ない」

 

 団長が許可するとワンの体が赤と黒の厨二病溢れる幻想的な光のオーラのような何かに包まれる。

 その光は外側から徐々にビー玉程度の小さい光の玉となって分裂しワンの周囲を浮上しながら不規則に漂う。

 やがてワンの体を覆っていた全ての光が光球となりさらにその光球同士が合わさることでクリスタル状に形を変化させる。

 全ての光球がクリスタルへと形を変えるとクリスタルが一斉に割れ中から赤と黒の半透明でクリスタルのように透き通った体を持つ光の蝶が生まれる。

 生まれた蝶は緋色の鱗粉を撒きながらひらひらと宙を舞い玉座の間を埋め尽くしていく。

 

 ──さて、こいつらが止まるかどうか

 

 蝶が宙を舞うこと十分、一向に団長に止まろうとしない蝶を見てワンは少し戸惑う。

そして団長が不調和寄りでないことが証明されてしまった以上これ以上続ける必要はないので能力を解除し蝶は光の粒子となって消滅する。

 

「うん、今は()()信用できるみたいだね」

 

「それは良かった。じゃあ話を聞かせてもらおうか」

 

 ワンの意志を呼んだのか能力の蝶に敵意どころか一切の疑いを見せなかった団長。

普通ならこんな怪しい能力を百パーセント信じるなんて人間にはできないはず、だがこの人間はそれをやって見せた。信じられないがそれが事実。

今この瞬間は信頼できると分かったのでワンは本題に入る。

 

「僕たち、異世界転移についての情報を探してるんだけど何か知らない?」

 

「異世界転移……転生じゃなくてか?」

 

「転移の方。その異世界転移を使える存在を探してるんだけど、世界最強って呼ばれるくらいのギルドなら答えに近づけるんじゃないかって思ったんだよね」

 

「転移魔法か……」

 

「なんか知ってる?」

 

「残念ながら普通の転移魔法ならまだしも異世界へのゲートを開けるレベルの魔法を使える人間は見た事がないな。神なら転生神というのに会ったことがあるが」

 

世界最強のギルドでも神以外では見たことがないとなるとやはり探し出すのは容易ではなさそうだ。

一気に形勢が逆転し、また手掛かりゼロの振出しに戻される。

 

 ──今日で尻尾掴めると思ったんだけどな……

 

 完全に当てがハズれたワンは大きなため息をついてあからさまにがっかりする。

 

「さて、次はこちらの番だな」

 

「ん?」

 

モチベーションが底辺まで転落したワンに今度は団長が質問をする。

 

「キミたちの目的は分かった。たしかに『ユグドラシア』程巨大なギルドならいろんな情報が集まるだろうし今後キミたちの望む異世界転移についても何か掴めるかもしれない。情報収集源としてこれほど頼もしい物はないだろう。しかし結論から言うと私たちはまだそれに協力することはできない」

 

「理由は?」

 

「相手を疑うということは自分も疑われるという事。キミは私たちを信用できないと言ったが、それはこちらも同じ。初対面で人間が信用できないなんて言われてはこちらも信用するに出来ないだろ」

 

全くもってド正論、もはや反論の余地もない。

だがワンは「信用できない」という言葉は人間にだけは言われたくないと思う、なんせ人間ほど他の生命を裏切っている存在はいない。裏切りを本質として生きている生命だって存在していた世界もある中で、ワンの経験上人間の裏切った回数や規模、裏切ったことで起こった結末を超える種族は存在しない。

言うならば全種族の中で最も信用できないのは他でもない人間なのだ。

 

「僕を人間なんかと同じにしないでもらえるかな」

 

「同じさ、何故キミが人間を信用できないかは知らないが、私も()()()()()キミをそうやすやすと信用するわけにはいかないからな」

 

「………………」

 

団長からの予想外の一言にワンは言葉に詰まる。いったい何を根拠に行っているのかは分からないが、団長は今確かにワンの事を「人間ではない」と言った。

 

「よって私もキミと同じで、キミが私の信用に値するか確かめる権利はあると思うがね」

 

「…なんで僕が人間じゃないって思うの?」

 

平常心を保ちつつ団長に質問する。

このチート溢れる世界でなぜ能力ではなく種族が違うという結論に至ったのか、ワンはそれが知りたくてたまらなかった。

 

「光の体と神の言語にも当てはまらない未知の言葉、さらには人間を見下す態度。自分が人間ではないと言っているも同然だと思うが?」

 

「体が光になるのはそう言う能力だから、言語も僕が異世界出身だから、人間を見下すのは人間が嫌いだから。僕が人間じゃないって決めつけるには証拠不足だと思うけど?」

 

団長の根拠をそれっぽい感じにすべて否定していく。

どれもこの世界では普通にあり得ること、この程度の根拠では人間でないと決めつけるには情報不足過ぎる。

 

「たしかに自分の体を光に変える能力を持った人間は存在するし、私も元は異世界から転生してきた身、未知の異世界語があるのも納得できる。人間が嫌いな人間なんてそれこそ世界中に存在している。たしかにキミの言う通り証拠は不十分だ」

 

「でしょ」

 

ワンの作り話にすべて納得し自分で証拠不十分と結論付ける団長。

この質問にワンがどう答えるのか試していたのだろうか?そう思えるほどあっさりと自分の意見をいとも簡単に斬り捨ててしまう。

 

「ならなぜ、キミは()()()()()()()()?」

 

 とりあえず何とか誤魔化せそうと安堵していると団長が意味深な発言と同時にワンの足元を指さす。

 まさかと思い視線を下に向けると突如足元の赤いカーペットの上に赤色に光る魔法陣が姿を現す。

 反射的に後ろに飛びのくと魔法陣の光は徐々に弱まりやがて消滅する。

 

 ──いつ? どのタイミングで? 警戒はしてた、ここに来た時はこんなの書かれていなかったはず……なのに気づかなかった

 

 背後から不意打ちされようが、窓の外から狙撃されようが反応できるようにワンは常に周囲を警戒していた。なのに気づかなかった。視野外だったから? 魔力が感じられないから? いずれにせよ完全なる不意打ち、団長がその気なら攻撃されてたであろう致命的ミス。

 だが、団長は魔法を発動させたようなそぶりは見せていない。つまりこの人間は予備動作なし、さらには詠唱完全省略の域に達しているという事。

 

 ──コイツこそほんとに人間か?神の次元じゃん

 

世界最強だからという一言で片づけようと思えば片づけられるが、呪文を唱えるときのルーティーンともいえる動作も無し、詠唱も省略ではなく完全省略、二つ同時にやってる奴なんて人間では初めて見る。

一切魔法の使えないワンでもそれがどれほど高度な技術でどれほど体に大きな負担をもたらすかはよく知っている。

 

「安心しろ、さっきのは攻撃魔法ではない」

 

 先ほどまで余裕に満ち溢れていたワンが驚愕し恐怖しているのを見て団長が先ほどの魔法について詳しく説明してくれる。

 

「あれは相手を拘束、鎮圧するためのトラップ魔法。種族を指定して設置し、魔法陣内に対象の種族が踏み入った時に発動。その対象を地面へと押さえつける効果を持つトラップ魔法の中では下級の魔法だ」

 

「………………」

 

「今回私が指定した種族は人間。つまりもしキミが人間だった場合、今頃キミは地面にはいつくばっているはず。もちろん魔力に対しての抵抗があれば効果を打ち消すことは出来るが、キミには魔力が無い。私が強制発動させるまで魔法陣に気づかなかったのがその証拠。キミほどの実力者なら触れただけ…いや、触れる前に感知出来ていたはずだ。よって抵抗による相殺は不可能」

 

 ワンの知らない魔法だ。拘束系の魔法は今までたくさん見てきたが種族を指定するなんて条件が付いたものは聞いたこともない。

 異世界だからという一言では片づけられない未知の領域、これは覚悟を改める必要がありそうだ。

 

「…………わかった、僕の負け。あんたの言う通り僕は人間じゃない」

 

ようやくワンは自分が人間でないことを認める。

その顔に驚きや恐怖はもう無くいつもの自信に溢れた相手を見下す目に変わっていた。

 

「やはりそうか、ということはキミを止めたあの二人も同じく人間ではないという事だな」

 

「そうだね、それで? 人間じゃない僕はどうすれば信用してもらえるのかな?」

 

「簡単なテストをしよう。今ここで私と戦って欲しい」

 

「……はい?」

 

団長からの予想外の提案にワンの思考が一瞬停止しかける。

今確かに団長は自分と戦えと言った、見た目からそうではないかと思っていたがやはり予想通り、団長は頭まで筋肉のタイプだったらしい。

 

「長年戦闘ばかりしているとな、拳を交えるだけで相手の事がいろいろ分かるようになってくるんだよ」

 

「根拠が微塵も存在しない件について」

 

確かに本気で拳を交えることで相手を理解したり、真に友情を深め合ったりできるといった話はよくあることだが、ワンにはこの団長がただ戦いたいだけの戦闘狂にしか見えない。だって目がそう言っているのだから。

 

「相手を信じる基準はそれぞれ、私の場合はコレで十分。さぁ本気でかかってきなさい」

 

「本気出したら殺しちゃうよ?」

 

「安心しなさい、キミの攻撃では私の体にかすり傷ひとつ付けられない。なんなら予選の時のアレを使ってもいいぞ」

 

 そう言うと団長はワンが『鍵』を使った時と同じポーズをして煽る。

一瞬挑発に乗りかけるワンだが、その瞬間頭にオニの言葉がよぎる。

 

『次使ったら殺す』

 

嫌でも感じてしまう自分の未熟さ。しかもよりによって一番言われたくないやつから言われてしまったこの屈辱。そのストレスがワンの自我をかろうじで繋ぎとめ、絶対に使わないという硬い意志へと変化する。

 

「……怒られるから遠慮しときます」

 

丁寧に断るその声は少しだけトーンが低く、笑顔であるはずの顔には怒りと苛立ちがにじみ出る。

 

「まぁどっちにしろ私には勝てないからキミの好きにするといい。あとハンデとして防御魔法は使わないでおいてあげよう」

 

「舐められたものだねー……」

 

 ここまでなめられては全力を出さないわけにはいかない。団長の煽りに煽る挑発に乗ったワンは久しぶりに姉弟以外に本気を出す。

 カッと見開いた真紅の瞳が緋々と発光し、身にまとっていた服が光に戻り全てワンの体へと吸収されて行く。そして最終的にワンは布一枚身に着けていない裸となりガチの戦闘態勢となる。

 人間の女性の大事なところは一応謎の光を操り隠すことが出来るが、ワンにとって裸は見られたところでどうということは無いし、ただのエネルギーの無駄遣いなので堂々とさらけ出す。

 

「ほう……それが新の戦闘態勢か?」

 

団長も変態なのか目を逸らそうとはせずガン見。仮に第三者がこの現場を目撃した場合即通報されるだろう。

 

「こと戦闘において衣類は空気抵抗を生む枷に過ぎない、と言うのは建前で、単に服にエネルギーを使わなくていい分ステータスが上がるってだけ」

 

「なるほど、私と同じタイプか」

 

「同じ?」

 

「ふんっ!!!!!」

 

意味深な発言をしたあと団長はボディビルのモストマスキュラーポーズをとり一気に力を籠める。

すると身に着けていた装備が内側から膨張する筋肉に押され、ついには四方八方に粉砕して飛び散る。

鎧の中から現れたのは、こんがりと焼けた茶色い肉体はまるで人間とは思えない程鍛え上げられており宝石の様に美しく光沢が光っている。

 そして有ろう事か倍以上に膨れ上がった筋肉により、ブーメランパンツを含む装備の中に来ていたすべての衣服がビリビリに破れ散り団長も裸体になっていまう。

しかしこちらは謎の光が操作できないため男の象徴を隠すものは何もない。

 

「私もちょっと本気を出しただけで装備が意味をなさなくてな」

 

団長もワンと同じく見られることに対して何も思わないのか隠すどころかむしろさらけ出してくる。

そしてそのワン自身も人間の裸体は全く興味のなしなのでノーリアクション。逆にリアクションがあったのは筋肉の膨張だけで装備を破壊したパフォーマンスに対してだけ。

このおかしな状況を止める者はこの部屋には存在しない。

 

「防御魔法を使わないって言ったけど、生身の人間が光の速度で飛んでくる物質に触れたらどうなるか知らないわけじゃないでしょ」

 

「それを踏まえたうえで私には効かないと言っているんだ。余計な心配をするな、ただ全力で倒すことだけを考えなさい」

 

「あっそ」

 

 ワンの目が光を放ったままハイライトだけが消えると同時に煽るような笑顔が真顔へと変化する。

 瞬間、光速で団長の背後へと回り込み人間の背中の急所七ヶ所にほとんど同時に衝撃を与え豪快な破裂音が一発なる。

 

 ──手ごたえあり

 

 完璧に入った、ゴブリンキングや予選の時の連中みたいに無効化はされた様子はなく衝撃が完全に体の芯まで響いていることが触れた手に伝わってくる。

 攻撃の友好を確認できると続けざまに残りの人体の急所にもすべて衝撃を当て、光の線は最後に団長の金的を突き上げて元の一へと戻る。

 ワンが動き出してから元の一に戻るまでにかかった時間一秒未満。人間には反応どころか認識すらできない速さでの正確な急所への衝撃、いかに筋肉の鎧に包まれていようとそんな衝撃を喰らってしまえば人間なんてひとたまりも──、

 

「えっ?」

 

 完璧にすべての急所を打ち抜いた、何なら金的もお見舞いしたというのに団長は苦しむどころか表情ひとつ変えずに平然としている。まるで何事も無かったかの様に構えもせずただただ静かにそこに立っている。

 衝撃が無効、吸収された感じは無かった、肌の感触、筋肉の弾力、骨の硬さ、確かに手ごたえはあった、ダメージは与たはず……。普通なら悶絶どころか細胞一つ残らなず消滅していているはず。

仮にそうならなかったとしても風穴か骨折をもおかしくないはずだ、なのに攻撃の成果を一切感じさせない。

アレを生身で受けて死なない人間は過去にごまんといたが、ダメージを一切受けなかったのはこの人間が初めてだ。

 

「なるほど、その体ただの光というわけではなさそうだな。本来光に存在するはずのない質量が粒子ひとつひとつに感じられた」

 

「あんたこそ普通じゃないね、人体の急所全部殴ったのにダメージが無いなんて初めてだよ」

 

「その辺の人間なら見るも無残な姿になっていただろうな。あとこの世界に普通なんてものは存在しないぞ」

 

「……やめやめっ、やっぱ僕じゃ勝てないや」

 

団長のやる気に満ちた顔を見たワンは突如集中を切らしけだるそうな声を上げる。

目の発光は消えておりいつの間にか服も元通り身に纏っている。

 

「んっどうした? 降参か?」

 

「うん、降参。今の僕じゃ勝てないや」

 

「まだ勝機はあると思うが?」

 

あっさりと負けを認めたワンに消化不良の団長はまだまだやる気満々、全然物足りないといったご様子。

 

「いや無いね。僕はあんたにダメージすら与えられない。倒せない以上僕に勝利は存在しない」

 

「本当にそうか?」

 

「………………」

 

「キミがやっていることはただ自身の体を光に変え()()()()()()だけ、もっといえば移動するキミの体の行き先に私の急所があっただけの事。とても攻撃とは呼べたものではない」

 

――やっぱ見えてるか

 

うすうす勘付いてはいたがやはりこの人間は光を目で追うことが出来る。

身体能力を強化した結果なのかもともとそう言う動体視力を持ち合わせているのかは不明だが、いずれにしろワンが攻撃ではなく移動をしていただけという事がバレてしまった。

 

「まさか見えていたとは……世界最強は伊達じゃないってことね。そっ僕はただ移動してるだけ」

 

「やはりな。だがそれではキミを認めることが出来ない、だから次はちゃんと攻撃してくれよ」

 

「うーん……それはちょっとできないかな」

 

「なぜだ」

 

「だって今の僕には()()()()出来ないから」

 

「い、言ってる意味が少し分からないな…光速の速さでパンチやキックを繰り出すだけでいいんだぞ? 簡単な事だろ?」

 

仕切り直して今度こそ攻撃をしてくれることを期待していた団長だが、ワンのはなった衝撃の一言により慌て始める。

その表情には焦りと落胆、そして期待が入り混じった感情が現れている。しかし今のワンではその期待には答えることが出来ない。

 

「それが出来ないから無理って言ってるの。あんたが不調和ならたぶんできただろうけど、()()あんたは調和寄りだから」

 

「不調?調和?すまない人間の頭でもわかるように言ってくれ」

 

「だから、今のこの身体ではそう言う契約になってるって──、」

 

「ワン、喋り過ぎだよ」

 

めんどくさそうに詳細を説明しようとするワンを扉の方から発せられた声が遮る。

 

「キミは……」

 

「姉さん!?」

 

 声のした方を向くと扉の前にロクがパーカーのポケットに手を突っ込んで立っていた。

扉が開く音が聞こえなかったため、おそらくワン同様体を光に変え隙間から入ってきたのだろうと団長は推測する。

その顔からは感情が全く読めず、団長にまるで機械や人形のような印象を与える。

 

「ワンがこんなにお喋りになるなんてあなた面白い人間だね」

 

「キミは確か予選の時その子を止めに入った」

 

「ワンの姉、ロクだよ」

 

軽く自己紹介しながら二人の元へとゆっくり歩み寄るロク。

団長の裸にツッコまないのはロクもソレには全く興味が無いからだろう。

 

「喋り過ぎとはどういうことか教えてもらえるかな?」

 

「そのまんまの意味だけど、あなたたちがこれ以上私たちの事っを知る必要はないってこと」

 

ワンと団長の間に入り、団長を見上げながらも見下す態度をとるロク。

ワンとは比べ物にもならないほど巨大な威圧、この部屋だけ重力が数倍にもなったかのように体が重く感じるワン。

一方団長は変わらず平然としており現時点での格の違いを思い知らされる。

 

「相手との信頼関係を築くのに必要な事だ」

 

「嘘だね、もう十分信用できてるはずだよ」

 

ワンは全てを見透かしているかのように薄い笑みを浮かべる。

 

「なぜそう思う」

 

「…………勘、かな?」

 

「勘か、確かに直感は時に真実以上のものを見出す。しかし勘というものは膨大な経験によって生み出される奇跡のようなもの、キミら子供にそれだけの経験があるとは思えないが」

 

「……だいたい百三十八億年」

 

「何の話だ?」

 

ロクの発した桁外れの数字に団長は大きく首をかしげる。対してワンはすぐに何の数字か分かったがわずかに眉を顰める。

 

「私たちが生まれてから今現在までに過ごした時間だよ」

 

「……はははっ、自分が神とでも言いたげだな?」

 

「そうだよ、だって私たち神様だし」

 

立て続けに発せられるロクのぶっ飛んだ発言にワンと団長は思わず二人同時に「えっ?」と声が出る。

同じ反応とはいえ意味は全く違うようで団長は頭のおかしい人を見るような若干引き気味の「えっ?」。

一方ワンは何言ってるの?と目を見開いて驚いている「えっ?」。

そんな二人に挟まれながらもなお余裕と自信に満ちた態度を示すロク。

 

「そんなことを信じるわけがないだろう、それならそっちの妹が話した『攻撃が出来ない』ことの方がまだ信用できる」

 

「でしょうね、人間はいつだってそう。自分たちの理解が及ばない領域は絶対に信じないし信じよともしない」

 

「当たり前だ、私たち人間は全知全能ではない。自分の目で確かめたもの、それだけが真実でありそれだけが現実、他はすべて幻存在しないも同然」

 

なにがなんでもロクたちを神と信じたくないのか頑なにロクの言葉に耳を貸そうとしない団長。

当たり前と言えば当たり前。たとえ人間でないと分かっていてもいきなり自分の事を神様だと言ってくる奴を信じろという方が無理な話。

なのにこの姉と来たらなぜ信じてもらえないのか不思議だとでも言いたげに真顔で首をかしげている。

 

「じゃあ結論だけ聞かせてもらえる、あんたは私たちに協力してくれるの?」

 

「キミには協力しない……いや、協力できない」

 

「……そっ、残念」

 

「だが、そっちの妹になら協力しよう」

 

「えっ僕?」

 

どちらか片方が信用できなかったらもう片方も自動で信用しないパターンだと思っていたワンは思わず自分を指さしてしまう。

 

「キミがいれば私の探し物も見つかるかもしれない、今後ともよろしく頼むよ」

 

「良かったねワン、とりあえず情報収集ははかどりそうだよ」

 

「ソウダネー」

 

目的は達成したのだが、なんか納得のいかないワン。

自分の事を神と言うロクとまだ自分の事を何一つ知ってもらえてないワン、どちらも十分に怪しいはずなのになぜかワンだけがクリアしてしまった。普通ならどっちも信用しないと思うのだがボーダーラインが全く分からない。

 

「これからよろしく頼む」

 

 差し出された手をまだ少し混乱しながらも無言で握り返し友好を誓う。

欲しい情報を直接は入手できなかったが、何はともあれこれで少しは進展しやすくなったはず。

 

「さて、話も終わったし入隊式を再開しようか」

 

 執事の人と同様パチンッと指を鳴らすと部屋を出て行った新団員と副団長、護衛がもといた位置に転送される。

 

「やっと終わりましたか、いったい何を話して──、」

 

 戻ってきた者たちの目に最初に移ったのは団長の鍛え上げられた美しい肉体……もとい裸体姿。

戻ってきて半強制的に団長の裸を見せられることとなった新団員たちは羞恥や驚き怒りなど各自それぞれの感情がこもった奇声を上げる。

 

「団長、なにがあったか詳しく聴かせてもらえますか?」

 

 そしてこの状況に一番ご乱心なのはもちろん副団長。修羅のような顔で説教モードへと突入する。

 

「いや違うんだ、私はただ彼女らが信用できるか試していただけで」

 

「つまりいつものように手合せをしたと?」

 

「そう、そうだ。彼女ら結構強くて私も少し本気を出さざる負えなかったんだ」

 

「仮にあなたが本気でやらないといけない状況だったとしても女の子の前で全裸になるのはどうかと思いますけどね!」

 

全く持ってド正論。人間の裸体に全く興味のないロクワンだったからこそなにも怒らなかったが、これが普通の女の子なら即通報からの即裁判、言い訳の余地もなかっただろう。

 

「いやー彼女らそう言うの気にしないらしくてさ、そもそも最初に脱いだのは……あっ……」

 

 最初に服を脱いだのは誰か説明しようとワンの方に視線を向ける団長だったが、ワンがすでに服を纏っていることを思い出し固まる。

つまり現状服を着ていないのは団長ただ一人でどこからどう見ても露出狂の変態にしか見えない。

 

「先ほどは大変失礼いたしました。どうやら無礼者はこっちの変態だったみたいです」

 

「ちょっと!? ねえ待って一度話を聞いてくれ、キミたちからも説明をっ」

 

副団長が拘束魔法で団長の手首に手錠を二重に賭け始めると流石の団長も焦りだしロクワンたちに冤罪であることの証拠を話すよう求めてくる。

 

「なんか、私も本気を出そうとか言って急に裸になりました」

 

「私が駆けつけた時には手遅れでした」

 

しかしロクワンがこんな面白い展開をすぐに収束させるはずがなく、言っていることは間違っていないが確実に誤解が生まれる言い方で何があったのかを簡潔に一言でまとめる。

 

「なるほど、ってあれ? キミはいったいいつから?」

 

「妹の助けを求める声が聞こえたので駆けつけました」

 

「ふむ、団長ちょっとお話いいですか」

 

連行しようとする副団長に必死の抵抗を見せ大樹の如くその場から動かない団長。どうやらまだ冤罪を訴え続けるつもりらしい。

 

「待てー! 誤解だー! そもそも最初に裸になったのはキミの方だろう」

 

「そうなんですか?」

 

「まぁ……僕はそのつもりはなかったんだけど、本気出せって言われたから半強制的に? 脱ぐ羽目になった。僕は能力の関係上服を着て無い方が強いから」

 

またしても誤解の生まれる言い方でこの状況を楽しむワン。

確かに間違った子とは言っていない、間違ってはいないのだが、まるで仲間の信頼関係なんてこの程度とでもいうように伝え方ひとつでどんどん団長が追い詰められていく。

 

「団長、地下で話しましょうか」

 

「あああくそっ事実だからなんも言えねー」

 

「事実? つまりあなた様は可憐な少女の服を脱がし剰え自分も脱いで見せたと?」

 

「あっいや、その……えっと……」

 

自ら見え見えの地雷を踏んでしまい身動きが完全に取れなくなってしまう団長、こうなってしまってはもう言い逃れはできない、潔く腹をくくった方がいいだろう。

 

「可憐だって」

 

「オネが超絶美少女なんだから当たり前だよね」

 

一方ロクワンは団長の事などどうでもいい、眼中にないと言いたげなクソ茶番を開催していた。

 

「じゃあ僕たちの用はもう済んだからさっさと帰らせてもらうね」

 

「結局入団はしてくれないのですね」

 

団長の巨体を護衛と協力し少しづつ引っ張りながら地下へと向かっていた副団長が何故か残念そうに答える。

 

「だってあんたは僕のこと信用してないでしょ」

 

「先ほどまではそうでした。しかし団長が認めた以上少なくともあなたは悪人ではない。信用はまだできませんが仲間としては認めますよ」

 

「遠慮しとくよ。そもそも僕は根っからのソロプレイヤーだからね」

 

最初から入る気のなかったギルド、もちろんワンの答えは入団しないで即決。

 

「そうでしたか、もし入る気になられたらご連絡くださいいつでもお待ちしております」

 

「そんなこと絶対あり得ませんから期待しない方がいいですよ」

 

そして結局最後の最後まで失礼な態度を改めることは無かった。

 

「そうですか。セバスチャン送って差し上げなさい」

 

「かしこまりました」

 

どこからともなく表れた例の執事ことセバスチャンがロクワンの目の前に転移してくる。

 セバスチャンは自分の魔法でロクワンをコロッセオへと送り届けると一言挨拶をしてすぐにギルド本部へと戻っていく。

それを見送ったロクワンは、ようやくめんどくさい人間たちから解放された解放感に少しの沈黙の後「はぁっ」と同時に短く息を吐く。

 

「百三十八億年生きてるとか自分が神様とか、姉さんは嘘ばっかり」

 

「だって私嘘つきだもーん。あと私の服で手拭かないで」

 

 ワンが団長と握った右手をまるで汚物を触った後の様にロクの服で入念に拭き取る。

 

「それはそれとして、ワンは何?あの人間のこと信用してるの?」

 

「はぃー?なんてどうなるの?バカなの?」

 

「いやだってさー。珍しくワンがお喋りになってるから、もしかして信用できる人間なのかなーって。」

 

「信用してたのはARIAを使ったあの一瞬だけで、今はもう一切信じてないよ」

 

「へぇー…」

 

「……なに?」

 

「べーつにー」

 

「…………」

 

意味深にニヤニヤしてくるロクを睨みつけながら宿へ戻ると早々に荷物をまとめ、一向に起きないオニの足をロクが引っ張って引きずりながらその日のうちに出国する。

けっこうこの国には期待していたが、一番情報が集まりそうなギルドが期待外れだったのでもうここでは有益な情報は得られないとして次の情報提供場所へと向かう。

とはいえ、特に次の目的地が決まっているわけでもないしどこに行くか決めるのも面倒な二人は、とりあえず隣の国に行ってみることにする。

オニを引きずっている以上光速での移動はできないので、今回はゆったりのんびり歩いて行く。




はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『紅の章』第4節お待たせいたしました。

さてさて今回の後書きですが、特に書くことが思いつかなかったので宣伝でもします。

唐突ですが今日から小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載がスタートしました。

まぁ本音としては、チカ異世がなろうの方で投稿できないので代わりにオリキャラルートの物語を書いちゃおうという何とも安易な考えです。

といっても主人公が変わっただけで世界観は全く同じなので相変わらず内容はカオスですが、多分こっちの方がなろう小説よりなので次話投稿までの暇つぶしとしてみていただけると嬉しいです。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第5節:おにごっこ
紅の章第5節:ギルド結成
それぞれの後書きでお会いしましょう。

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蒼の章第5節:おにごっこ

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 乱れたい気を整え路地裏に身を隠すオネ。

 その目には焦りが見られ、必要以上に辺りを見渡し警戒する。

 ひょこっと路地裏の影から顔だけを出し追ってきてないことを確認するとたまたま目の前を通り掛かった三十人程の複数の集団に紛れて大通りを横断し隣の路地裏に移動する。

 

「もっと、もっと遠くに逃げないと……」

 

 

 ──時は1時間ほど前に遡る。

 

 

「さて、二人とも勉強の時間だぞ」

 

「は~い」

 

「…………」

 

 イオの言葉に元気よく返事するイアと、眉を極限まで寄せて舌を出しながら最大級の嫌な顔をするオネ。

 

「どうしたオネ」

 

「なんでもない」

 

「その顔で何も無いわけないだろ」

 

「だって素直に言っても聞いてくれないじゃん」

 

「まぁとりあえず言ってみな」

 

「今日は勉強しないで遊びに行こう!」

 

「昨日と一昨日の二日、朝から晩まで遊んだだろ」

 

「足りない」

 

「はい?」

 

「たった二日で満足出来るわけないじゃん」

 

「じゃあ何日休みが欲しいんだ?」

 

「毎日!」

 

「今日も小テストから始めやるぞ~」

 

「待って嘘、冗談、嘘だから、調子に乗ってすみません」

 

「それで、週何日休みがあったらやる気出るんだ?」

 

「週六!」

 

「じゃあ勉強のある日は二十四時間休み無しでみっちりやろうか」

 

「週三でお願いします」

 

「いつもの水土日でいいか?」

 

「うん」

 

 小テストが終了しイオの講義が始まる。

 

「イオ、ここもう一回教えて」

 

「いいぞ」

 

 またまたいいが質問したことによりイオの意識がオネから外れる。

 

「あれ? イア、オネ知らないか?」

 

「えっ知らな~い」

 

 イアの分からなかったところを説明し終え授業の続きを再会しようとしたイオだったがなんと部屋からオネの姿が消えていた。

 

「……逃げたな」

 

「逃げちゃったね」

 

「じゃあちょっと捕まえてくるからイアは自習しててくれ」

 

「うん、行ってらっしゃい……寝よう」

 

 部屋を出てイアの視界から外れるとイオは自身の体を光に変え光速で一階へ降りてそのまま入口のドアの隙間を通り抜け、南門から伸びる大通りと中央の広場の接点にあるこの街の建造物で一番高い時計台のてっぺんに立ち街全体を見渡す。

 

「さて、あいつが逃げそうな場所は……」

 

 ──そして現在

 

 オネは今までの経験からイオなら探す時に高所から見下ろす可能性が高いと考え、極力表には出ず高所から死角になっている建物同士の間や路地裏を伝って隠れるように移動する。

 しかしイオの探索能力は尋常ではない、地上に居続ければ

 見つかってしまうのも時間の問題。

 

「とりあえず外に出ないと……」

 

 街の外に出れば逃げ道の可能性がぐんと広がる、四方角どこでもいいのでまずは街の外に出ることを目標にする。

 しかしイオは頭がいい。オネが街の外に出ようとしていることはもう勘づいているはす。

 オネの思考や癖からどの方角から外に出るかイオなら推測するのも容易のはず。

 

 ──なら裏をかいて地下に逃げるか? 

 

 地下ならイオもマップは頭に入っていないはず、それに地上と違って高所から特定される心配もない。

 しかし地下で迷子になる条件はオネも同じ。どうせイオは地下内でもくまなく探して回るだろうから留まるのは自殺行為。かと言って迂闊に動いて鉢合わせでもしたらそれこそ詰み。

 純粋な追いかけっこでイオから走って逃げ切れるのはワンくらいなので万が一鉢合わせてしまった場合確実に捕まってしまう。

 イオが地下に入った時に地上に出てもんに向かうのが理想だが、イオの居所さえ分からないこの状況ではタイミングを合わせるのはほぼ不可能。

 

 ──それならさらに裏をかいてあえて街に居続けるか? 

 

 イオなら地下への逃亡くらい普通に見透かしてくる可能性は大。今地上で見つからないのもオネの隠れ方が上手いんじゃなくてもう既に地下へと先回りしているからなのかもしれない。

 それならさっさと門へ行ってしまうのが正解だが陽動という線も有り得る。

 

「ダメだ、お兄ちゃんの裏をかける気がしない」

 

 そもそも正解の門にたどり着く確率は四分の一、外れる可能性の方が高い。それならアレコレ考えて裏をかこうとするより、何も考えず適当に枝でも倒して倒れた方の門に向かう方がいいのではないだろうか? 

 そもそもイオはオネの思考や癖から行動を予測したり裏をかいたりしているのだから完全ランダムで決めてしまえば予測も裏もない。

 

 しかしここで問題が。

 その辺に倒すための枝が落ちていない。一応落ちてないこともないがそれがあるのは大通りの真ん中に並べて植えてある木の下、つまり枝を拾うには大通りの真ん中まで姿を表さないといけない。イオがまだ高所から探していた場合普通に詰む

 地球でも日本語とかの勉強で何回も逃げ出したことがあるが、開けたところに出るとかなりの高確率で見つかっている。

 さっきは大人数の中に紛れることが出来たからか、たまたま見つからなかったがイオの索敵範囲に入っていないことを確信できるまではあまり出て行きたくない。

 そこでオネは枝の代用になるものがないか路地裏を探索する。

 なんでもない時はすぐ見つかるのにいざ本気で探そうとすると全然見つからないのが捜し物。

 

 木の枝は無かったのでゴミ捨て場に落ちていた骨で代用する。

 マンガ肉のような太く大きな骨を地面に真っ直ぐに立て手を離す……が、偶然にも綺麗に真っ直ぐ立ててしまったらしく骨は倒れることなく直立する。

 

「わぉ……じゃなくて、倒れろ」

 

 その場でジャンプして振動で倒そうとする。

 骨はすぐにバランスを崩しカコンッと軽やかな音を立てて地面に倒れる。

 

「この角度だと……東かな?」

 

 頭の中で現在地を上空から見下ろし方角を確認する。

 正確には東南東に倒れたのだが四捨五入すれば東なので早速裏通りから東門へと向かう。

 

 ──オネが東門に向かう少し前

 

 イオは時計台から北の大通りを見つめ考えていた。

 恐らくオネはまともに鬼ごっこしても勝てないと踏んでどこかに隠れているはず。

 地上にいようが地下にいようが光速で街中飛び回れば一秒も掛からずに見つけ出せるが、この世界は光を目で追える人間や異種族が当たり前のように存在している。

 もしそいつらが不調和側だった場合、今後の事を考えると能力のことをあまり知られる訳にも対策される訳にもいかない。

 使うのはあくまでオネが本気で逃げた時の最終手段としてだけそれ以外は予測と誘導で追い詰める。

 

 ──さて、オネならこの状況どうするかな

 

 オネはまずイオなら高所から街を見渡すと踏んで高所から死角になっているところに隠れているはず。

 候補としては路地裏か地下か建物内か、いずれにしろここからでは見つけることは出来ないのでとりあえず地上へと降りる。

 

 ──建物内はないな、万が一見つかった時に逃げ場がない。次は地下、俺が地下の地図が頭にないことは知ってるだろうから、隠れながら逃げるなら全体を見渡して探すことが出来ない地下を通るのが最適。けど地下で迷うという条件は向こうも同じ、運が悪ければ鉢合わせる可能性だって十分にある。絶対に安全とは言えない。逆に路地裏などの地上は視界を遮る場所さえ踊れば地下ほどではないがある程度隠れてやり過ごせるし、地下に比べて断然逃げ先の選択肢が多いので行き先を特定されずらい。しかし地上である以上常に周囲を警戒し相手の視界から外れ続けなければならないというところが難点か

 

 以上のことからイオはオネが地上に隠れていると予想。

 地下にいないと思った理由は脱走常習犯のオネが見つかった時のリスクを考えてないとは思えないし、何より隠れて逃げるのに地下のような音がよく響く場所を選ぶようなバカじゃない。

 

「どっちに行くかね」

 

 地上での逃げ先はどうせ街の外、つまり東西南北それぞれにある門のうちのどれか。

 イオはオネならどの方角に向かうか本人の思考で考えようとしたがすぐに考えを取り消す。

 というのもオネが単純に方角を決めるわけが無い。どうせオネは向かう門をイオが予測して先回りしていると考えているから自分の考えで邦楽を決める可能性は低い。

 となると決め方はシンプルにランダム。オネは迷った時に自分以外からの意見を求めるタイプだが、周りには迷ったらランダムで決めるタイプが多いので結局その方法で決めることが多かった。だから今回も恐らく向かう門の方角はランダムで決めている可能性が高い。

 それならオネの思考を読んで先回りするのは不可能。

 

 ──ランダムか……めんどくせぇな……いやそうでも無いか

 

 街の中心にある女神の像まで歩いてきていたイオはいい作戦を思いつきたまたま体が向いていた南門に向かって走り出す。

 

 この街の外は北・西が比較的開けているエリアで東が商人たちの運搬ルート。なので真っ先に隣町に続く南側を警戒していればほかの方角は最悪街の外に逃げられても見つけられる可能性が高い。

 オネがランダムで行き先を決めたのならどこに向かったのか考えるだけ時間の無駄、こちらもそうそうに行動に移すのが得策。

 幸い向こうは周囲を警戒しながら移動しないといけないので自然と遠回りになり門への到着は遅くなる。

 その間にさっさと先手を打っておく。

 

 南門に着くとイオは能力を使いイアの生み出していた蝶よりもずっと透明な蝶を一羽生み出す。

 蝶は門の周りをヒラヒラと飛び回り続けそれを確認したイオは東門へと向かう。

 

 ──同刻オネ

 

 入り組んだ路地裏を慎重に進み東門へと急ぐ。

 曲がり角がある所ではイオと鉢合わせないように一旦停止して少し待ってから一度チラッと覗き見てから進む徹底っぷり。

 何とか東門付近まで来ると建物の影から門の様子を覗く。

 

「……っな、嘘でしょ」

 

 小声でそう呟くオネの視線の先には門の前に立つイオの姿があった。真っ直ぐ前に伸ばした左人差し指の先には透明な蝶が一羽とまっており、その蝶を解き放つと北門へと走っていく。

 

「これはやばい……」

 

 先手を打たれてしまった。

 あの蝶は調和力が高い生命に集まる習性を持っていて今門を出てもあの蝶がついてきて東門から逃げたことがバレてしまう。

 オネは東門からの逃走を諦め他の門に向かうことを決める。

 ここからなら北か南のどちらかだが、北は草原で見つかりやすい上にイオが先回りしているので必然的に南へと向かうしかない。

 イオが北へ向かったと見せかけている可能性もあるので引き続き隠れながら南門へと向かう。

 

 ──ダメだったか……

 

 目の前には東門と同じ蝶が飛んでおり、こちらも既に対策されていたことが判明する。

 この調子だと西ももう手遅れだろう。つまりオネはこの街から出ることが出来ない籠の中の鳥となってしまった。

 こうなってしまっては残る方法は二つ。

 ひとつはこの街内で捕まるまで鬼ごっこを続ける。この街中で続ければ時間とともに逃げ道がなくなっていくのは明確、捕まるのも時間の問題だろう。

 もうひとつは門の前にいる蝶を全て回収しどこから逃げたか分からなくする方法。しかしこの方法はあまり乗り気になれない。というのもこの方法は最初の一羽を回収してから次の蝶を回収するまで時間をかけることが出来ない。イオは回収された左右の方角どちらも確認しないといけないが、オネもイオが作戦に気づいていた時のためにまた隠れて移動しなければならない。この場合……と言うよりあの移動速度ならこちらも最短距離で全力疾走しない限りイオの方が圧倒的有利。

 見つかるリスクを上げてまで蝶を回収すべきか、無駄な抵抗を続け捕まるまでの時間を稼ぐか、どちらにしろオネの負けはほぼ確定したようなもの。

 しかしどうしても諦めたくないオネは捕まる確率は高くなるが最短距離で蝶の回収をすることにする。

 まずは目の前の南門の蝶を回収して次は東門、反時計回りに回収していく。

 

 ──同刻西イオ

 

「さて、獲物はかかったかな?」

 

 西門に蝶を解き放ったイオは再び南門に帰ってくる。

 イオが到着した時には蝶は居なくなっておりオネがここを通ったことが分かる。

 

 これで二択。

 素直に隣街へ逃げたか、逃げたと見せかけてほかの方角から逃げたか。

 どちらか確認するにはほかのもんの町を見るのが早い。そこでイオは東門へと向かいオネがどっちを選択したか確認しに行く。

 

 ──こっちを選んだか

 

 東門の蝶も居なくなっておりオネがイオを撹乱しようとしていることがほぼ確定する。それが分かるとイオは西門へと向かう。蝶を回収してると見せかけて東か北門から逃げている可能性があるが草原の北は西門を確認してからでも十分間に合うし、東門は商人から情報を聞き出せればアド、一本道から逸れて森に入ったなら光速が使えるのでほぼイオの勝ち確。と言うより南以外の方角は光速による探索ができるのでオネは実質南門しか逃げ道は無いのだ。

 

 ──あいつがここまで頭回ってるかどうか……まぁ、ここを回収している時点でお察しだけどな

 

 自分の勝利を確信させたイオは歩行者を避けながら大通りを東から西へと横断する。

 街の中央広場を抜ける際時計を確認すると時刻は十五時をちょっと過ぎたくらい、まだまだ授業の時間は残っている。

 

 ──西門

 

 三羽の透明な蝶を周囲に引き連れオネが西門へと走ってくる。

 

「はぁ……はぁ……スゥ~~~……」

 

 乱れた息を整えるため大きく息を吸い込みながらオネは門の前で優雅に飛んでいる蝶に近づく。

 蝶の方もオネに気づいたのかヒラヒラと近づいて行くと他の蝶同様にオネの周りを飛び回る。

 と、次の瞬間飛んでいた蝶の体がガラスが砕けるように弾けると光の粒子となって消えていく。

 

「!?」

 

「立ち止まったってことは鬼ごっこは終わりか?」

 

 大通りの方から今一番会いたくない奴の声が聞こえ、その方へゆっくりと振り返る。

 やはりそこに居たのはイオ。息も上がり正直慢心創始なオネとは打って変わって、こちらは息一つ乱れておらずまだまだ余裕と言いたげに薄く笑っている。

 

「まだまだ……ここから逃げ切って見せるから」

 

「無理すんな、疲れと焦りでまともに頭回ってないだろ」

 

 ゆっくりこちらに近づいてくるイオに数歩後退ったあと、イオの両足が平行に揃ったタイミングで南門に全力疾走する。

 後ろを確認したている暇はない、前を歩いている人たちを最小限の動きで躱し障害物をパルクールで駆け抜ける。

 追い風を受け滑り込むように門をくぐった瞬間右足に()()が引っかかり勢いそのままに体が中を舞う。突然のことに受け身を忘れ顔から地面に転倒するかと思ったとき、誰かが身体を支えてくれたおかげでなんとか怪我をせずに済んだ。

 助けてくれた人物がイオじゃなかったら良かったのだがそんなご都合展開が起こるはずもなくオネはイオに抱きかかえられたまま視線をそらす。

 

「逃げる方向に重心が寄る癖は相変わらずだな」

 

「…………」

 

 イオの指摘にオネは無言で目をそらし続ける。

 倒れかかっていた身体をイオに起こしてもらいありがとうと小さくお礼はするもまた直ぐ視線をそらしお互い無言が続く。

 数秒の沈黙の後唐突にチラッとイオの後方を除きそむような仕草をするオネ、イオも釣られて後ろを振り向くが背後には何もなく視線を戻すと目の前からオネが消えていた。

 なんてイオが思うはずも無く、直ぐにオネの逃走速度でこの場から完全に姿が見えなくなるまで遠くに逃げることはできないと結論付けもう一度後ろを振り返る。

 すると大通りから路地裏へと逃げ込むオネの姿を捉える。

 見つけてしまえばイオの勝ち確、あっという間に追いつき手を掴んで確保する。

 

「捕まえたぞこの問題児め」

 

「やああああ離せええぇぇ」

 

「離したら逃げるだろ」

 

「逃げない、逃げないから」

 

 無駄な抵抗を繰り返しているくせに必死に逃げないと主張するオネ。本来なら絶対に信じないのだが、この状況なら仮に逃げてもすぐ捕まえられるので最後の慈悲として手を離すと学習しないのかオネはなんの躊躇もなく即逃げ出す。

 が、当然イオの反射神経にかなうはずもなくオネは一歩逃げ出すと同時に捕まってしまう。

 今度は抵抗して逃げないように手首を掴み壁に抑え込んでしっかりと拘束する。

 

「授業じゃなくてお仕置がいいか?」

 

「……お仕置でお願いします」

 

 イオのセリフとシチュエーションに便乗するように何故か赤面して恥ずかしそうに呟くオネ。

 姉弟でもこれは事案になりかねない状況だが、イアちゃんガチ勢のイオがそれに反応するはずもなく無視して話を続ける。

 

「お前どんだけ勉強したくねーんだよ」

 

「明日、明日頑張るから」

 

「明日頑張るのか?」

 

「頑張る、超頑張る」

 

「じゃあ今日やらなかった分合わせて二日分やってもらおうかな」

 

「あっ……やっぱりさっきのなし」

 

「おい!」

 

 言質をとったイオが明日は一日中勉強できるといった瞬間発言の撤回を求めるオネ。

 しかしイオがそんな緩いルールをオネに適用するはずも無くあっさり却下される。

 

「そんなことしたら明日も逃げるから!」

 

 ──それを俺に伝えた時点で詰んでることに気づかないのだろうか……

 

 バカ丸出しで自ら作戦を口にするオネ朝イチで逃げ出さないように寝たら縄で縛っとくかと考えるイオ。

 

「なしにしてるんですか?」

 

 突然大通りの方から声がしイオオネ二人して同時に振り返る。

 そこには青年が一人怪しい人でも見るかのような不審な顔でこちらを見ていた。

 そんな顔される覚えなんて……あるな、現在進行形だ。

 

「えっとな、これは──」

 

「助けてください!!!」

 

 男が女を壁に追いやり身動きを取れないようにしている状況、事情を知らない側から見れば完全に黒! 通報案件だ。だから事がややこしくならないうちにイオがこの状況をイチから懇切丁寧に説明しようとした瞬間、裏切るようにオネが青年に助けを求める。

 

「おまっ、何言ってくれてんだ!」

 

「この人無理やり私を連れて行こうとするんです」

 

「おいやめろ、一回黙れ」

 

 完全に後先考えずにイオを売りに来ているオネの演技に反射的にツッコミを入れる。

 しかしもうオネが発言してしまったこの状況、手を離せはオネは確実逃げるだろうし、それを追いかけようとすればコイツラに足止めされるだろう。

 とは言えこのまま捕まえていても全く説得力が無い上に誤解が深まるだけなので仕方なく掴んでいる手を放すとオネはダッシュで逃げ出しなぜか青年の背後に隠れる。

 

「オネ、どういうつもりだ?」

 

「帰ったらお仕置きされる」

 

「いやそれは……いや、わかった一旦戻って来い、そうしてると誤解が深まるから」

 

「いや!」

 

「おいやめろよ、嫌がってるだろ」

 

 オネの演技力も相まって完全にイオがオネを連れ去ろうとしている悪役だと思い込んでいる青年が間に割って入ってくる。

 

「誤解ですよ、そいつうちの妹です。勉強しないで逃げ出したから捕まえてたところなんですよ」

 

 これ以上怪しまれても損するだけなのでイオは世因縁の勘違いを正すため丁寧に状況を説明する。

 

「それ本当?」

 

 イオの言い分に自分が勘違いしてただけかもと思った青年はオネに事実確認をする。

 が、オネがこの状況で真実を話す訳もなく食い気味に勢いよく首を横に振る。

 

「いいえ違います。この人私が嫌がることを無理やりやらせようとするんです。私は絶対に戻りたくありません。逃げても逃げてもどこまでも追いかけてきて、逃げ出した罰としてお仕置きをするって抑え込まれました」

 

 ──あんにゃろぉ……

 

「やめろ、お前わざと誤解を招く言い方してるだろ」

 

「本当なんです。お願いです信じてください」

 

 オネの微妙に合っている必至な訴えにより、話がややこしくなったうえにイオへの疑いが倍増することとなり結果青年は本気の警戒モードに入ってしまう。

 被害者面してるオネの反応だけを信じこちらの意見を完全否定する青年に「ほんの一部始終をたまたま目撃しただけで何も理解してないくせに都合のいいように解釈して勘違いしてんじゃねーよ、なろう主人公が」と言いたいところだが、それを言ってしまうと疑いを晴らすどころか完全に悪役確定コースなので我慢する。

 

「あの、俺の言うことも少しは信じてもらっていいですか?」

 

「仮にあなたが善人だったとしても彼女が怯えている事実は変わらないでしょう」

 

 ──それが演技だって見抜けないお前が三流なんだよ

 

 どこまでもご都合的な青年にどんな世界にもこういうバカはいるんだなと思うことで苛立ちを鎮めるイオ。

 

「話聞いてました? 俺は勉強しないで逃げ出した妹を連れ戻しに来ただけなんですけど」

 

 イオの説得にまたしても首を横に振るオネ。こっちもこっちで自分勝手すぎるだろと、帰ったら本気のお仕置きをしないとなと思う。

 そして青年は当たり前のようにオネに味方する。

 

「彼女は違うって言ってるが?」

 

「そいつが嘘をついてるって可能性をお前は考えないのか? それとも女の子の言葉なら何でも真に受けるバカなのか?」

 

「キミが真実を言っていたとしても彼女はそれを嫌がってるんだろ、なら無理やりっていうのは間違ってるだろ」

 

 ──マジでコイツの頭どうなってんだ? 無理やりも何も悪いのは全部お前が今かばっれいるそいつなんだよ、助けた後オネがお前のハーレムに入るとでも思ってるのか? 今そいつの顔見てみろ、勝ち誇ったかのようなドヤ顔で俺見てるから、ほら見てみろよ、ご都合主義で演技してる時しか顔見ないってか? マジふざけんな

 

 主人公のご都合主義ってやられてる側はこんなにもムカつくのかと思いながらイオはオネに最後のチャンスを与える。

 

「オネ、今戻ってこないならこの先は冗談じゃすまされねーぞ」

 

「…………」

 

 イオの最後の警告に一瞬観念しようとしたオネだったが、今捕まってもどのみちお仕置きされることに気づいたのか前に出ようとした体が止まる。しかし今出て行った方がお仕置きもほんの少しではあるがマシになるかも。

 葛藤して小刻みに体が前後するオネをかばうようにまた勘違い青年が割って入ってくる。手をポケットに入れたまま余裕ぶった顔で薄く微笑んでいる。

 

「なんのつもりだ?」

 

「なにって見れば分かるだろ、この子を助けてるんだよ」

 

「はぁ?」

 

「そうして脅して連れ帰ろうとするなら俺も黙っちゃいられないんでね」

 

「こうなったのはあなたが原因なんですけどね」

 

「ん? キミがこの子を無理やり連れて行こうとしてたのが原因だろ? 勝手に俺のせいにしないでもらえるかな」

 

「……はぁ、もういいです」

 

 コイツとは分かり合えないと確信したイオは説得を諦めオネに歩み寄る。

 

「ここは俺が食い止めるキミは逃げるんだ」

 

 そう言うと青年は右手をポケットから出し手で銃の形を作るとその照準をイオに向ける。

 

「オネ目瞑って耳塞いでろ、絶対に開けるなよ」

 

 イオはそう警告するとパーカーのポケットに手を突っ込んだままたんたんと青年との距離を詰めていく。

 オネもイオの言う通りに従い目をぎゅっと瞑り両手で耳を塞ぐ。

 と同時にイオから攻撃を仕掛ける。気絶させるために放った頭部への打撃は青年の視覚からの電気信号が脳に届くとほぼ同時に衝撃を与える。

 しかし光速の打撃を無防備で受けたにもかかわらず青年はふらつくどころかすぐさまイオの腕を掴む。

 青年はイオが逃げられないように腕を握りつぶす勢いで鷲掴みにすると転移魔法を発動させ二人は街から離れた山の麓まで飛ぶ。

 

「首が飛ばないのは想定内だけど、アレでフラ付きすらしないうえに光を掴むか……バケモノだな」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ。ここならどんなに暴れても被害が出ない、さぁかかってきな」

 

 そう言うと青年は指鉄砲をイオに向けバンッと撃ち抜く動作をする。

 イオはこの挑発的な動作すらも警戒し避けるが避けたことで背後で何かが起こるわけではなかった。

 

 ──あれでビクともしないなら少しは本気出してもいいかな……

 

 多少本気を出しても良さそうと思ったイオは今度は頭ではなく鳩尾に一撃を入れるため同じように高速で距離を詰めようとしたが、先ほどの青年の指鉄砲が万が一イオとの間にトラップを仕掛けるタイプだった時のために最短距離で前進しようとする体の進行を斜めに変更し一度青年の真横に回り込んでからターゲットを脇腹に変更し蹴りを入れる……と同時にイオと青年の間の空間に魔法陣が出現し、蹴りを喰らわせようと突っ込んできたイオの体が鏡に反射されたかのように後方へと吹き飛ぶ。

 攻撃が反射されたことに気づいたイオはすぐさま体を人型に戻し数メートル後ろへ滑りながら着地する。

 

 ──おかしいな……トラップ魔法が仕掛けられている可能性があるのは正面のはず……

 

「やっぱり君の能力、自分の体を自在に光に変えることが出来るのか。それならほとんどの物理攻撃は効かないし攻撃を見てから反応するのは難しいだろう。けどそういう能力はこの世界では全然珍しくないんでね、事前に対処さえしてしまえばなんにも怖くない」

 

 青年が得意げに説明すると青年を三百六十度覆うように青い魔法陣が視覚化される。見えてはいないがおそらく地面の下までしっかりガードされているだろう。

 恐らくこれがイオの攻撃を反射した正体だろうがこのタイプの魔法陣が使える人間は初めて見る。

 

「この魔法は別に光を反射するわけじゃない、自分に向けられたありとあらゆる攻撃を反射することが出来る。つまりアンチ魔法でもない限りキミに勝機は無いってことだ」

 

「……ずっと透明化させてればいいものを、しかも技の説明にとどまらず弱点まで教えるとか……よほど負けたいらしいな」

 

「それはどうかな。言っとくが俺はまだ全然本気じゃない。そしてこの魔法は俺が覚えている中で最弱の魔法だ」

 

「あっそ、対戦相手が俺でよかったな。仮にもし俺の妹が相手だったら……お前もう死んでるぞ」

 

「妹? もしかしてあの子のこと言ってるのか?」

 

「いいや、()()()()()()()。俺が言ってるのは戦闘中に無防備でバカみたいにお喋りして実力を出し惜しみするお前みたいなバカが大っ嫌いな方だよ」

 

 イオが青年の勘違いを指摘するも、ARIA家のワンを知らない青年にとっては当然イオが何を言っているのかさっぱり分からず首をかしげる。

 

「悪い、いらない情報だったな」

 

 青年の反射魔法の欠点を見つけたイオはここにきてようやくポケットから手を出し少しやる気になる。そして今までイアと同じ蒼色だった眼が中心から広がるようにロクと同じ真紅に染まる。

 

「ARIA紅狂曲第3番24節……死神のギター(レゾナンス・リープ・ロック)

 

 イオが不意にひと振りだけエアギターをかき鳴らすような豪快なダウンピッキングをすると共にイオのいる位置から鳴るはずのないエレキギターの音が鳴り響く。

 青年がギター音を認識しびっくりした時には既に手遅れで体の自由が利かなくなり膝から崩れ落ちるようにその場に倒れる。

 

「殺すつもりは無いから一小節しか引いてないしあえて半音外してある。しばらくすれば動けるようになるだろ」

 

「なにを……した……」

 

「能力を使っただけさ、お前は俺の能力が自分の体を光にすることが出来る能力と言ったが、これは能力とかじゃなくてどちらかと言えば体質みたいなものだ」

 

 そう言うとイオは自分の左手だけを光に変え発光させる。

 

「……お前……人間じゃ……ないのか」

 

「あぁ、人間じゃない」

 

「何者……だ」

 

「ノーコメントで」

 

「他の種族か?」

 

「ノーコメント」

 

「悪魔か?」

 

「ノーコメント」

 

「神か?」

 

「ノーコメント」

 

 イオの光化を能力ではなく体質だという事を知った青年はイオの正体を聞き出そうとするがイオは一切の質問に答えなかった。

 

「俺の正体は言えないが代わりにお前が負けた理由を教えてやるよ。あの魔法、会話できたってことは()は遮断できないってことだろ。仮に俺がお前みたいにお喋りで能力を使う前にのうのうと音が遮断できていないことを言っていたらすぐさま対策できたかもしれないな。あと、出し惜しみは負けフラグだから気を付けろよ。これで少しは戦場での戦い方が分かっただろ。生きてまた会ったら今度はちゃんとあいつが妹だって証明してやるよ」

 

 強引に話を切り替えるとイオは一方的にダメ出しをしてその場を去る。

 これだけ時間がかかっていればオネもすでに町の外に出て遠くまで逃げているだろう。普通に探すにはめんどくさいこの状況でイオは一端宿に戻る。

 部屋に入るとちゃんと言った通りに復讐を済ませたイアがテーブルに突っ伏して爆睡していた。

 イオは気持ちよさそうに寝るイアを揺すって起こす。

 

「んにゃ……? ごはん?」

 

「ご飯はまだです。それよりイア、オネ探すの手伝ってくれないか?」

 

 そう言うとイオはバックパックから地図を取り出しイアの机の上に広げる。

 

「イオがまだ見つけられてないなんて珍しいね」

 

「見つけたけど邪魔が入って逃げられたんだよ」

 

「オネが今どこにいるか分かるか?」

 

「分かるけど……イオ、イアに頼るのは反則だと思う」

 

「オネが帰って来るまで飯は食えないからな」

 

「今ここの地下にいるよ」

 

 オネが帰ってこない限り晩御飯が食べられないと言われたイアは一瞬のためらいもなく南にある隣街の右下を指さす。

 イアからオネの現在地を聞き出したイオは部屋を飛びだしすぐさまそのポイント周辺を探し回りオネを見つける。

 

「げっ、なんでわかったの?」

 

「お姉ちゃん補正だ」

 

「なにお姉ちゃん補正って……あっ、イアお姉ちゃんか~!!!」

 

「Yeah,Yeah」

 

 真実に辿り着き頭を抱えるオネにまるで自力で見つけ出したかのように勝ち誇ったドヤ顔で腕を組むイオ。

 しかしイアの支援で居場所を特定したイオにオネが納得するはずもなくすぐさま地下中に響く口論へと発展する。

 

「それはズルでしょ! チートだよ!」

 

「いやいやこれこそ立派な策略でしょ。使えるものは使わないと」

 

「昔お兄ちゃんが勝ち確になるからって言って手助けはしないってオネと約束したんだよ。どうせイアお姉ちゃん脅したんでしょ」

 

「俺がそんなことする訳ないだろ。ただ単にオネが帰ってこないと晩飯食えないって言っただけだ」

 

「脅してるじゃん!」

 

「イアもオネに早く帰ってきて欲しいって思ってる証拠だろ」

 

「ただお腹が空いてるだけだよ!」

 

「いやでもほら、勝ちは勝ちだから」

 

「なんで捕まってもいないのにオネの負けが確定してるんですかね」

 

「この状況じゃ逃げきれないだろ、つまり俺の勝ちってことだ」

 

「いやでも今まで「イアの協力なんてなくても余裕で見つけられるし」とか言って全然イアお姉ちゃんに頼ってなかったじゃん。それはつまり今回は負けを認めたってことでしょ」

 

「そんなこと言った覚えないんだが?」

 

「ある! 絶対言った! オネが覚えてるんだから絶対言った!」

 

 自分の記憶力の無さを棚に上げてまでイオに負けを認めさせようとするオネ。

 そこにはもう勉強したくないから逃走するという本来の目的は無くただ単に兄に勝ったというARIA家では上位に来る称号を得たいとう目的に変わっていた。

 

「分かった分かった、今回は俺の負けでいいから帰るぞ、イアが腹すかせてる」

 

 とりあえずイアの空腹を早く満たしてあげたいイオはオネを連れて帰ろうとする。

 オネもイオが負けを認めたことと自分も空腹だという事もあり素直に二人して宿へ帰宅する。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「おかえりご飯!」

 

 よっぽどお腹が空いていたのかイオオネがドアを開け部屋に入ると同時にイアが立ち上がり金貨袋を押し付けながら早く行こうと二人を部屋から押し出す。

 

「お前が逃げなければイアがここまでお腹空かせることにはならなかったんだがな」

 

「……うるさい」

 

 イアに押されるがままに宿を出ていつもの酒場で夕食をとる。

 その後満腹になるまで存分に飲み食いし宿に戻ると歯磨きしてお風呂に入って各自寝る準備をする。

 最初に寝たのはイアでパジャマに着替えた瞬間寝落ちする。オネも今日はイオとの鬼ごっこでかなり消耗しておりイアが寝てからほどなくしてベッドに横になろうとしたがイオに身体を支えられ阻止される。

 

「何お兄ちゃん……オネ今スーパーお眠タイムなんだけど」

 

「いやいや寝かさねーよ? 授業しない代わりにお仕置きだって言っただろ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「聞いてるか?」

 

「……すやぁ~」

 

「おい、狸寝入りしてんじゃねーよ」

 

 支えた体を上下に揺らしわざとらしく寝息を立てているオネを強制的に起こす。

 

「お兄ちゃん、今日のオネ超疲れてるから寝かせて」

 

「無駄に疲れてるのは自業自得だろ。いいから起きとけよ」

 

 支えていたオネをベッドに放り投げお仕置きの準備に入る。

 

「ダメだよお兄ちゃん、私たち兄妹なんだよ?」

 

「お前……それっぽく言うのやめろ」

 

 赤面の演技をして逃れようとするオネに「その程度の演技で騙せると思ってるのか」と軽くデコピンをしてやめさせるイオ。

 

「じゃあ選んでいいよ、明日の課題を倍にするか今ここでお仕置きされるか」

 

「……お仕置きでお願いします」

 

「ったく、イアが起きるから大声は出すなよ」

 

「……あの……えっと……痛くない方でお願いします」

 

 イアも寝て周りを気にしなくてよくなった真夜中、異世界に来て以降一番長いオネの夜が始まる。

 




皆様あけましておめでとうございます。

はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第5節お待たせいたしました。

正月ダラダラしていたらなんか一か月以上たってました…すみません。

今回の後書き…の前に宣伝です。
小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n1906gq/

こっちもこっちで色々ぶっ飛んでいるので合わせて読んでみてください。

という事で今回のアイテム図鑑はオネちゃんが購入した武器【ムラサメ】です。

正式名:幻白露ムラサメ

読み:ゲンビャクロ ムラサメ

属性:水・氷

レア度:★

入手方法:武器屋

値段:100ゴールド

≪特徴≫
その刀身は決して血で汚れることなく、鞘から抜くと刀身に露を帯び、周囲の大気を徐々に低下させていく。
使い手次第では振り下ろした時に流れ飛ぶ水気すらも刃と化すことが出来る。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第6節:旅立ち
紅の章第6節:共闘クエスト
それぞれの後書きでお会いしましょう。

暇つぶし


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紅の章第5節:ギルド結成

ARIA家家系図

(姉)↙三つ子↘(弟)
     (妹)
      ↓
イア → ロク → イオ
長女   次女   長男

↓↑歳の離れた双子同士↓↑

オネ → ワン → オニ
三女   四女   次男
     ↑
    (妹)
(姉)↖三つ子↗(弟)

< < 実 質 六 つ 子 > >



 世界最強のギルドの母国を後にしたロク、ワン、オニの三人は新しい情報を求めて山ひとつ跨いだ隣の国に来ていた。

 お祭りの最中だったとはいえ前の国は通行が困難になるほど人や異種族で溢れて毎日どんちゃん騒ぎだったがこっちはのどかで落ち着いた雰囲気の国だ。

 まずは今夜泊まる宿を借りてから全然起きないオニをベッドに雑に放り投げ、ロクとワンだけで情報と冒険者が集まる(偏見)酒場へと向かう。

 

 この国で最初に入った酒場は酒盛りでワチャワチャしていた今までの国とは違い、雰囲気は暗く重く静か、まるで闇社会の連中が秘密の取引をするようなそんな感じのバーに近い場所だった。

 

 映画のセットみたいと楽観的な感想を抱きながらロクワンの二人は正面のカウンターへと足を運ぶ。

 店内のお客さんはみんな他人と距離をとるようにまばらに着席しており、ロクワンを警戒しているのか睨みつけるような視線を向けてくる。

 そんな威嚇を無視しカウンターの椅子に腰かけると注文はせずマスターに異世界転移の魔法について他のお客さんにも聞こえるような音量で堂々と聞く。

 

「ここはあんたらみたいなガキが来ていいとこじゃねーぜ、帰りな」

 

 見た目でロクワンが子供だと判断したマスターが渋い声で注意し二人を帰らそうとする。

 それに対して「あぁ?」っとメンチを切ってカウンターから身を乗り出そうとするワンをロクが片腕で遮って制止する。

 毎度毎度こんな低レベルの挑発に乗って……本来ならいい加減学習しろと言う所だが、本人は安い挑発を理解したうえで完全にノリでやっているので、ワンが挑発に乗って他がそれを止めに入るというのがテンプレと言うかお約束の流れになっている。

 

「私たちこう見えて今ここにいる人たちの中で一番年上だから、なんの問題もないよ」

 

 マスターの目をじっと見つめ淡々と自分たちが最年長であることを明かす。その声は静かだがよく響きとても威圧的な感覚に襲われる。

 

「私にそれを信じろと?」

 

「別に、情報くれるなら信じなくていいよ」

 

 欲しいのは信頼ではなく情報。情報さえ手に入るなら別に年上だと信じてもらえなくてもいいし、この酒場に長居いる意味も無い。情報を持っているかいないのか今はそれさえ分かればいい。

 

「情報が欲しいなら何か頼んでいきな」

 

 そう言うとマスターがメニューを手渡す。

 

「ちゃんと情報を持ってるなら頼んであげる」

 

 欲しい情報は最初に口にしている、その情報の有無が確定していない以上ここで何か注文しても結局情報はありませんでしたと言うオチもあり得る。そうなった場合ただドリンク代と時間を無駄に浪費するだけでこちらにメリットは無い、まずはちゃんと情報を握っているのかどうかその確認が最優先。

 

「……しっかり者の嬢ちゃんだな」

 

「そりゃどうも」

 

「オーケー、悪いがお前たちの望む情報は与えられない。そもそも異世界転生や召喚が使えるのは神だけだ、だからどうしても知りたいなら神様に直接聞くことだな」

 

 何も頼まなくて正解、厄介事を払うように少しめんどくさそうにマスターが答えると周りで飲んでいる連中うち数名が子供の夢物語をバカにするようにせせら笑う、逆にそんな連中に対して冷たい視線を向ける人もいた。

 

「……あっそ」

 

 情報がない事が分かったのでさっさと次の店に向かう。

 しかし次の酒場では「異世界なんてものは所詮おとぎ話」と渡いものにされ全く相手にされず、その次の酒場では「神様が死んだ人間を異世界に飛ばしてくれるから来世でいい人生を送りたいないなら……」と途中から宗教勧誘される始末。なかには正式なギルドにしか情報を提供しない店やソース不明なデマばかりを言ってくる店あった。

 

「……なんか、あれだね」

 

「そうだね」

 

 入国してから休憩なしで一日中情報収集を行い気づいたことが一つあった。

 

「「異世界を信じる派と信じない派で見事に分かれてたね」」

 

 地球で言うところのパラレルワールドの存在を信じるor信じないというように、この国では異世界の存在を信じている派閥と信じていない派閥に見事に分かれていた。

 信じている派は有力とは言えないがちゃんとロクワンの話を信じてたくさんの情報を提供してくれたのに対して、信じていない派は所詮は子供の戯言と誰一人として話を聞いてくれなかった。

 

 異世界存在派の共通点として、みんな口を揃えて異世界を行き来するためには神の力が必要と言っており、人間はもちろん神以外の他の種族では異世界に干渉することはできないと述べていた。

 一方、異世界幻想派はさらに二つのグループに分かれており、異世界そのものが存在しないと主張するグループと異世界自体は存在しても個々の世界はあくまで独立した存在であり、とある世界の住人が他の世界に干渉することは世界のバランスを崩しかねない、そんなことを神がするとは思えないという、異世界は実質存在しない理論のグループに分かれていた。

 それでも異世界を信じている派と信じていない派でも共通点はあった。それはどちらも神の存在は信じているという事、いや、むしろ実際に見たことがあるような言い方をしている人までいた。

 

「確かに異世界のゲートを開ける存在は私たちも神しか知らないけど、この世界なら神以外にもそういう力を持ってる存在がいてもおかしくないと思うんだよね」

 

「そうだね、まだ神しか可能性が無いとは言えないよね」

 

 聞き込みをあらかた済ませて宿へと戻ってくる。

 部屋に入るな否やまだまだ起きる気配のないオニ顔面目掛けて踵落としを決めるワンだったが、キレイに寝返りを打たれ躱されてしまう。

 光速で振り下ろされた足は容赦なくターゲットのいないベッドに直撃するもベッドは無傷、シーツも焦げひとつついていなかった。

 防御魔法でも張ってあるのか、ベッドが壊れなかったことに少し驚いた様子のワンだったが、壊れないなら好都合と続けざまに手加減する気ゼロのガチ連撃でオニに追い打ちを仕掛ける。

 それに対しオニもまるで起きているかのように寝返りで躱し、体勢的に避けられない攻撃は手で払い除けて衝撃を相殺する。

 それにしてもこの部屋は防御魔法に加え防音効果まで着いているのか本来なら他の部屋に迷惑になるほど騒がしくなるのドタバタ騒ぎの音だけが限りなく小さくなった状態で耳に届く。

 試しに「あーあーあー」と声を発してみるも普通に喋る分には全然小さくならないので、多分一定の大きさ以上の音が出た時に防音魔法らしきものが発動して音を抑えてくれているのだろう。

 防音魔法なんて聞いたことは無いが、もしこの魔法が使えればオニワンがいつどこで暴れても周囲への騒音被害を抑えることが出来る。

 このメンバーにとっては必須級で欲しい、もしも魔法が使えたら真っ先に習得しておきたい魔法だ。

 

「姉さん、この後どうする?」

 

 オニにちょっかいを出しながらワンが今後の予定を聞いてくる。

 

「どうするもこうするも、やることやったしもうこの国に用はないかな」

 

 これだけ聞いて回って得られた情報は異世界のゲートは神にしか開けることができないという事。

 しかしこの情報もこの世界では信憑性に欠けるもの、実質収穫はゼロと言っても過言ではない。次の国に情報収集に行くのが正解だろう。

 

「だよね、すぐ出発する?」

 

「えぇー疲れたし寝よーよ」

 

 大きなあくび混じりの声でそう提案するとロクは返事も待たずにベットに寝転がり布団を抱き枕替わりにして抱き着く。

 

「まぁ僕はどっちでもいいけど」

 

 オニにちょっかいを出し続けながらワンが了解するとロクは目を閉じて眠りに入る。

 これだけ暴れていても何も壊れず部屋が静かなことに違和感を感じるが、静かすぎると逆に寝れないなんてことは無くロクはすぐに夢の中へと落ちていく。

 

 翌日、太陽が空高く昇りそろそろ最高到達点に達しようかなという頃にロクの目が覚める。

 ゴロゴロと何回か寝返りを打った後ベッドから降りて真っ先に大きく体を伸ばすと、昨晩から続いている姉弟のイチャイチャを無視して出国の準備をする。

 

「ワン、行くよー」

 

 準備が整い声をかけるとワンは「はーい」と返事をしてすぐにちょっかいを出すのをやめる。

 床に転がったまま寝続けるオニは起こしても起きないのでいつも通りロクがオニの右足首を左手で掴みそのまま引きずって部屋を出る。

 二階から一階へ降りチェックアウトを済ませて国も出る。

 

 門を出て地図を見ながら次の国へと向かう。

 次の国は割と近い距離にあり普通に歩いて行けば夜には着くだろう。

 

「それにしてもオニは全然起きないね」

 

「起きないってことは今のところ僕たちに落ち度はないってことでしょ」

 

 ずるずると砂煙を立てながら引っ張られているというのに、オニはまるでそよ風の吹く草原でお昼寝をしているかのような穏やかな表情で眠り続けている。

 隙間に砂とか入って気持ち悪くないのだろうか? 

 

「引きずるのがめんどくさくなる前に起きてくれるといいんだけど」

 

「その時は置いて行けばいいじゃん、起きない方が悪いんだし」

 

「まぁそうなんだけどさ、別に無意味に寝てるわけじゃないじゃん」

 

「意味があろうが無かろうが寝てる方が悪いんだし僕は置いて行っていいと思う、今すぐ置いて行こう、なんなら埋めて行こう」

 

「ワンは相変わらず厳しいね、うーんそうだね、運ぶの飽きてきたら考えようかなー」

 

 そんな姉妹間でしか理解できない会話をしながらひたすらまっすぐに目的地へと足を進める。

 しかしその後の道中、ダンジョン発見や盗賊襲撃などファンタジーあるあるのイベントは一切なく、なんの面白みもなく目的地へと到着する。予定通り到着するころには太陽は沈んでおり早速入国審査を行う。

 言語は相変わらずコテモルン語しか分からないが、この国もそれで通じるのでそれに甘えコテモルン語でコミュニケーションをとる。

 

「それではまず最初に所属ギルドを教えてくれますか?」

 

「ギルドには入ってないですね」

 

 一応ワンがギルド『ユグドラシア』にスカウトされたことがあるが、結局入団は断っているので今はどこにも属していない。

 

「あぁ……すみませんこの国はギルド関係者以外立ち入り禁止なので、正式なギルドに加入していない方の入国は認められないんですよ」

 

 三人がギルド未所属だと判明すると審査員は申し訳なさそうに入国を拒否する。

 

「ありゃ……」

 

「ギルドじゃないと入れない理由でもあるわけ?」

 

「えぇ、ここは極秘事項が集まる国ですから。個人での入国はできません」

 

 極秘事項が集まる国だということを入国できない個人に話してもいいのだろうか? と機密性のボーダーラインがガバガバなことに少し困惑するロク。

 

「だってよワン、どうする?」

 

『うーん……強行突破かな』

 

 審査員に勘付かれないようロクの質問にあえて日本語で答えるワン。

 そんなワンにちゃっかりしてるなぁと思いつつロクも日本語で会話する。

 

『できるの?』

 

『正直言って無理』

 

 強行突破しようと言い出した本人があっさりと諦める。

 確かに遠目から見た時に既に今の自分たちでは太刀打ちできない相手だということは分かっていたが、それならなんで提案したとツッコミを入れようとしたその時、不意にこの状況で久しぶりにワンを煽りたくなったロク。出かかったツッコミを寸止めし目を細めて不敵な笑みを浮かべる。

 

『はぇー、天下無双のワン様が勝負から逃げるなんてさすがは異世界』

 

『姉さんバカにしてるでしょ』

 

『してないしてない、百戦錬磨のワン様が国の入国審査員ごときにビビってるなんてクソださいなんて全くこれっぽっちも思ってないから』

 

『いくら煽っても僕はやらないからね、どうせ止めに入られるのが目に見えてるし』

 

 クソ低レベルな煽りには速攻で食い付く癖に今回は何故か全く食い付いてこないワン。

 煽りに乗っているのもノリでやっていると言っているので本来の煽り耐性はものすごく高いのかもしれない、そのへんの事は長年一緒にいる姉妹とは言えロクでも全然把握できていない彼女の知られざる部分でもある。

 

『ちぇっ、面白くない』

 

『そんなに強行突破したかったら自分ですればいいじゃん』

 

『オニに怒られるから嫌です』

 

『僕もあんなストレスしかたまらない説教嫌なんだけど』

 

 和ちゃわちゃと言い争っているロクワンの前で、自分たちの知らない言語で言い争う二人に完全に置いてけぼりにされなにがなんだかわからずに戸惑うしかない審査員たち。

 その様子にようやく周りを置き去りにしていることに気づき、再びコテモルン語で話を戻す。

 

「あっすみません。えっと、ギルド以外で入国する方法ってないんですか?」

 

「ないですね」

 

「ないのか―」

 

 他の入国方法があるならワンちゃんそれでと思ったが審査員に即答され、やはりギルドに入るしか方法はないかと諦める。

 極秘事項が集まる国、貴重な情報の中には異世界転移に関する情報もあるかもしれない。その期待値は最強のギルド『ユグドラシア』に聞き込みに行ったときと同じかそれ以上。

 あの時は結局何も得られなかったが、あそこの情報収集能力ならまだ可能性はまだ残っているので今後にもまだまだ期待できる。そして今回の国は極秘情報だけが集まるところなのでワンチャン『ユグドラシア』よりも先に情報が得られる可能性が高いかもしれない。

 しかしここはギルド限定の国、入国する条件はたった一つしかない。

 

「やっぱりギルド入るしかないのかー、でもうちには問題児がいるからなー」

 

 大きな独り言をつぶやきながらワンの方を見る。

 

「 絶 対 嫌 ! 」

 

 左中指を立てながら最上級の拒絶をするワン。

 やはりソロプレイヤーのワンが他のギルドに入るはずもなく入団の可能性は早くも潰れる。

 別に全員で入国する必要はないのではないかと思われるが、面倒事を事前に防ぐには三人一緒に入国しなければならないのだ。

 例えば、ギルドに入る気のないワンは居残りが確定するのだが、ワンをブレーキ無しの環境に置くと考え無しに能力を乱用して後処理が面倒になるのが目に見えている。

 かといってブレーキ係のオニと一緒にしても姉弟喧嘩でドンパチ始める上にロクの方がフリーになって好き勝手出来てしまう。ロクは一応自重できるタイプだが、なんだかんだ言って本質はワン側なので一人にしても大丈夫とは言い切れない。それに暴走した時の面倒臭さはワン以上なので普通にリスクが高すぎる。

 つまり基本的に三人一緒にいないと何かと面倒事が発生してしまうのだ。たんにロクワンが自重すればいいだけなのだが、二人の性格的にそれは不可能。

 

「そんなに他のギルドが嫌なら俺達で作っちゃえばいいだろ」

 

 ロクがギルド入団問題をどうするか悩んでいると足元から声がする。視線を下に落とすとオニが大きな欠伸をして体を起こしていた。

 

「やっと起きた」

 

「ロク姉の頭が固すぎるから仕方なく起きてあげたんだよ」

 

「それで? ギルドを作るって言ってたけど具体的にどういう事?」

 

 珍しく生意気な口を利くオニを無視してオニの提案について聞く。

 仮にここで言い返してもしつこく論破されるのが目に見えているので早々に流れ切る必要があるのだ。

 

「そのまんまの意味だけど? 他のところに入るのが嫌なら俺たちで作っちまえばいい」

 

「いや、まぁそれは私も思ったけどさ……オニはそれでいいの?」

 

「いいも何もそれしか方法ないだろ」

 

「いやまぁ私は別にいいんだけどさ、それだとワンもギルドメンバーになるんだよ? オニはその辺大丈夫なのかなって」

 

 オニ自らワンをギルドに誘うなんて異常事態そのもの。

 仲間と協力して戦うことを推奨するオニはギルド結成に賛成しても納得できるが、他人どころか姉弟ですらまともに信用しないソロプレイヤーのワンが仲間の象徴でもあるギルドに入るはずがない。

 そもそもオニだって普段からワンと同じチームになることを避けてるはずなのになぜここにきて同じ組織に入ることを自ら推奨したのだろうか? 

 それでも考え方も価値観もすべてが全くかみ合わない正反対の二人が同じギルドに所属するなんて絶対にあり得ないし考えられない。

 オニの事だからその辺分かってて言っているのだろうが念のため確認しておく。

 

「別に、そこの自己中が仲間の大切さを分かってくれるいい機会だし俺は一向にかまわないぞ」

 

 ──なるほどそっちが本命か

 

 オニの真意にすぐさま納得するロク。

 オニワンの仲間意識は確かに真逆だが、双方自分の方が正しいとまではいかないが、自分の方がましな考えだという事を相手に分からせようとしている節がある。

 つまりオニはワンに仲間の大切さを、ワンはオニに仲間の醜さを分かってもらいたいのだ。だから日々自分の方が正しいと主張し合って対立している、毎日行われている姉弟喧嘩もその派生に過ぎない。

 

「えっ普通に嫌なんだけど」

 

 しかしワンは安定の即答。まぁそうだよねと結末が予想できていたロクは鼻で笑う。

 

「ギルドってどうやったら作れるんです?」

 

「おい無視すんなっ」

 

 ワンの拒絶を無視し審査員にギルド新設の方法を聞くオニ。

 

「ギルド結成の条件をクリアしてギルド統括連合協会に申請すればその日の内にギルドとして登録されますよ」

 

「おいお前らも無視してんじゃ──、」

 

 蚊でも払うかのように放たれたオニのなんてことない一振りに審査員たちを睨みつけていたワンの体がセリフを言い終わる前に遥か彼方森の方へと飛んで行く。

 

「文句は後で聞いてやるからちょっと黙ってろ」

 

「すみませんね面倒な奴で、それでその条件って結構厳しかったりしますか?」

 

「いえ、条件と言ってもそんなに難しい事ではありません。極論、二人以上のメンバーがいてそのメンバー全員が他のギルドに所属していなければ新しいギルドは作れます」

 

 なろう系ならここで唖然としていてもおかしくない状況だがこの世界でそんな光景が見られるはずもなく、目の前で起きた出来事に全く動揺せずオニの質問に丁寧に答えてくれる審査員。

 

「なるほど。じゃあ早速行ってみるか、その統括連合協会ってどこにありますか?」

 

「場所はここから東に直線距離で一万キロ行ったところの国の中心にあります。協会の建物はとても大きいので国に入る前からどんな建物かは図ると思います」

 

「一万キロかぁ……」

 

「移動手段があれでしたら転移魔法で送りますよ」

 

「いえ、多分普通に行った方が早いんで大丈夫です」

 

「そうですか」

 

 オニの意味深な発言にも審査員たちは戸惑う様子は見せずあっさり納得する。

 国門を離れ審査員の視界に入らない場所まで移動すると方角をちゃんと合わせて目的地まで一直線に移動し国の門前で急停止する。

 審査員が言っていた通り一つだけ国の壁よりはるかに高く建造されている西洋のお城のような建物があり、それがすぐにギルド統括連合協会であることが分かった。

 まさかここまで大きいとは……と思いながら二人して足を進めようとした瞬間オニが突如その場にしゃがみ込み、それと同時にしゃがんだオニの頭上を一線の光が通過し少し前の地面に突き刺さる。

 

「僕を置いて行くなんていい度胸してるじゃん」

 

 もくもくと立ち込めた砂煙の中から飛んできた光の正体が姿を現す。

 その正体はやはりワン。突然彼方まで飛ばされた上に自分を置いて先に行ってしまったことに少し怒っている。

 ワンの速さなら先に行ってようが場所さえ分かっていればすぐに追いつけるので問題は無いはずだが、どうやら置いて行ったこと自体に怒っているようだ。

 

「はぁ? のろまが勝手に遅れただけだろ、俺たちのせいにすんじゃねーよ」

 

「カタツムリにのろまとか言われたくないんだけど」

 

「そのカタツムリにのろまって言われるレベルだってことを理解しろよ、頭の回転もおせーな」

 

「僕にのろまって言いたかったら一度でも早さで勝ってから言いな」

 

「私先行ってるからね」

 

 毎度毎度飽きないねぇと思いつつ止めるの面倒な気分のロクはオニワンを放置して先に国門へと向かう。

 いつもならこの辺で止めに入っていたロクがこちらを無視して先に行ってしまったことにオニワンは少し驚き慌てて後を追う。

 

「おいロク姉、なんで先に行くんだよ」

 

「そうだよ、姉さんが止めてくれないと周りに迷惑掛かるよ?」

 

「分かってるならそのエンドレス悪口やめてよ、止める方も頃合い見ないといけないからめんどくさいんだよ」

 

 そう、この二人は自分たちのイチャイチャが周りに迷惑をかけている事をりかいできているのだ、なのに事あるごとにドンパチ騒いで本当にいい迷惑だ。

 

「いや、頃合いも何も勃発する前に止めればいいじゃん」

 

「姉さんバカなの?」

 

「よし、あんたら二人一発殴らせろ」

 

「はっはーやだねー」

 

「姉さんじゃ僕には当てられないから全然怖くないもんねー」

 

「ARIA THE WORLD」

 

「「あ"あ"あ"あ"あ"」」

 

 ロクの説教に全く反省の色を見せないどころか逆にとことん煽りまくるオニワン。さすがのロクもこれにはしびれを切らしワンが『ユグドラシア』入団試験の時に使った例のポーズを構え詠唱を始める。さすがのオニワンでもこれには焦りを覚えたのかロクの手を二人がかりで無理やり解きにかかる。

 しかし二人がかりでもロクの結んだ印はびくともせず結局二人が反省していることをロクが確認して自分から解いたことで大事には至らなかった。

 

「煽る相手は選ぼうね」

 

「「はーい……」」

 

 すっかり反省して大人しくなった二人を連れようやく入国する。

 国内は魔法都市のような造りで魔法や魔術が国や人々の生活と一体化しているような、今まで見てきたどの国よりも高度な文明と技術を持ち栄えていた。

 いつぞやのコロシアムのある国の祭とまではいかないがそれに匹敵するほどの賑わいを見せる街中は人間だけでなく様々な異種族の姿も見られた。

 そしてギルドの総本部があるという事もあり、国にいる人間や異種族はそのほとんどが冒険者らしき装備を身に着けている。

 

「……ファンタジーの世界だー」

 

「異世界ファンタジーなんだからそりゃファンタジーしてるだろうよ」

 

「最近ファンタジー要素少なかったから感覚鈍ってるんでしょ」

 

 ロクの感想に何当たり前のこと言ってるんだかとあしらうオニワン。

 

「だって旅に出てからはクエストも行かなくなったし、道中ダンジョンがあるわけでも野生のモンスターに襲われるわけでもなかったし、そりゃ感覚くらい鈍るでしょ」

 

 確かにロクの言う通りここ最近は異世界ファンタジーらしいことが全然できていない。いや、やろうと思えばできるのだが、やはり元の世界に戻ることが優先なのでクエストよりも情報収集を優先したいというのが本音。

 そんなこんな雑談をしてどこか懐かしい街並みに目移りしながらもなんとかギルド統括連合協会総本部の受付まで辿り着く。

 

「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「新しくギルドを作りたいんですけど」

 

「かしこまりました、ギルド新設の窓口はあちらの一番奥にございますのでそこで必要書類の提出をお願いします」

 

 案内された左奥のカウンターに移動する。

 

「すみません、新しいギルドを作りたいんですけど」

 

「ギルドの新設ですね、かしこまりました。それではこちらの書類に記入をお願いします」

 

 そう言われ渡された紙にはギルド名とメンバーの名前を記入する欄しかなく、手続き自体はかなり簡単なものとなっていた。

 ゲームでもボタン一つでギルドは作れるのでリアルでも新設自体はそこまで難しいものではないのだろうか? 

 

「団長は私で確定かな、オニかワンだと絶対もめるし。二人は一緒に副団長ね」

 

kk(オッケーオッケー)

 

「待って、なんで僕も入ることになってるの?」

 

「えっだめ?」

 

「ダメに決まってんじゃん! なんで僕がこんな愚者と同じギルドに入らないといけないの」

 

 やっぱりこうなるよねと予想で来ていた事態にうんうんと頷くロク。

 ロクもワンがそう簡単に入ってくれないことは承知、しかしあの国に入るためなので何が何でもワンを説得する必要があ角だ。

 

「まぁまぁどうせ私たちしか入ってないんだし良いじゃん」

 

「いやいやいやこんな足手まといと同じギルドってだけで嫌なんだけど」

 

「おっ?」

 

「オニはちょっと黙ってて」

 

「はい……」

 

 今回はオニが言っていたように言い争いになる前に止めて事が長引かないようにする。

 

「ギルド入らないとあの国には入れないんだよ?」

 

「いいよ、僕外で待ってるし」

 

「いいわけねーだろ、兄貴から監視頼まれてんだよこっちは」

 

 本人の言う通り、自由人のロクワンをバカしないように監視するためにやむを得ず付いて来たオニ。

 寝ていてもしっかりセンサーは働いているのでオニを宿に寝かせて置いてこようが軽率な行動をとることは出来ない。

 なので別に国の外で待機させてようが逃げたりバカすればすぐに気づくことが出来る。しかしそうしないのは近くで監視していた方が事を事前に防げたり出来て楽だからということなのだろう。……というのはほとんど建前で、前の国の入国審査中にも言っていた通りオニはワンに仲間の大切さを教えようとしている、なのでギルドに入れる理由もワンに仲間意識を持たせることが大半を占めているのだろう。

 

「僕には関係ないし」

 

「好き勝手言いやがって」

 

「オニ」

 

「はい、黙ります」

 

 またしても長い痴話げんかになりそうな予感がしたので早めに止めに入る。

 

「ワン、形だけでもいいから入ってよ」

 

「形だけでも嫌だから拒否ってるんだけど」

 

「じゃあじゃあ入ってくれたらオニ殺すの手伝ってあげるから」

 

「しょうがないな―、入って上げようじゃないか」

 

「おいこらちょっと待てや」

 

 ロクがオニの命を勝手に代償にしてお願いすると何が何でも入らないと拒否しまくっていたワンがあっさりと了解する。

 もちろん勝手に自分の命が代償に支払われることにオニは文句ありありのご様子。

 そんなオニを無視してロクはワンの気が変わらないうちに話を続ける。

 

「あとはギルド名だね」

 

「適当に『あ』とかでいいんだよそんなの」

 

「おい、聞けや小娘」

 

「じゃあそれで」

 

 ゲームでもこういうギルド名や仲間の名前を決める作業をめんどくさがるロクワンは適当に済ませるためありきたりな適当ネームに決定しオニを無視してギルド名の欄に本当に『あ』と日本語で書いて提出する。

 

「適当にもほどがあるだろ」

 

「ギルド名なんて強さとは何の関係もないただの飾りじゃん」

 

「そうそう考えるだけ時間の無駄」

 

「お前らはギルドネームをなんだと思ってんだ」

 

 確かにギルド名を適当にしたことによって何かステータス定な面で変化があるというわけではないし、どんなに変なギルドネームでも実力さえ伴っていればメンバーは増える。しかしここまで適当だとせっかく入ってくれたメンバーに「こんな適当なギルドネームでごめんね」となんだか申し訳ない気持ちになる。

 まぁそんなことロクワンが考えているはずがないだろうが。

 

「それではこちらの方で登録させていただきます。年に一度更新義務がございますので、もし新しいメンバーが加わった時はその時に申請してください」

 

「これ以上メンバー増えないしその必要はないけどね」

 

「いやいや、これからもっと増えてくから、いつから少数精鋭のギルドだと思ってたんだ?」

 

「いやいやいやいや、これ以上足手まといが増えるとかありえないから、何考えてんの」

 

「気にしなくていいんでさっさと手続き進めましょう」

 

 追加メンバーを許可するかしないかでもめる二人を背後に追いやりロクはスタッフと一対一で手続きを進める。

 

「それでは最後にエンブレムを決めてもらいます。こちらのデフォルトの中から選ぶこともできますし、オリジナルで作ることもできますがどうなさいますか?」

 

 スタッフがとんっとカウンターに指を打つと備え付けられた投影魔法が発動しデフォルトで使用できるエンブレムが一覧で表示される。

 

「うーん、オリジナルでいいよね?」

 

 後ろを振り向き一応オニワンにも確認をとる。

 

「そうだね、いつものでいいんじゃない?」

 

「異議なし」

 

「じゃあオリジナルでお願いします」

 

「かしこまりました。エンブレムのデザイン案は既に描いてありますか?」

 

「いえ全く」

 

 どうやら事前にデザインを描いておいてそれをそのままエンブレムにすることもできるらしい。そんなこと初耳なので事前に用意はしていないが、デザイン自体はもうどんなものにするか決まっているので問題は無い。

 

「それでしたらこちらの紙にデザインを描いてくださいますようお願いします」

 

 そう言って渡された紙には長方形やひし形などいろんなパターンのギルド旗が描かれており、ロクはその中の正方形のギルド旗を一度真っ黒に塗りつぶしたあと『斜め♮』の形に塗った箇所を消して提出する。

 

「はい、ありがとうございます。それでは少々お待ちください」

 

 そう言うとスタッフは最初に描いた神とエンブレムの描かれた紙を重ねて詠唱をしながら紙の上に人差し指で◯を書いてその中心をとんっと弾く。

 

「はい、以上でギルド新設の手続きは完了です。こちらギルド旗となります」

 

 詠唱中魔法陣が展開された様子はなかったが、どうやらこれで登録は済んだらしい。

 詠唱終了後にカウンターに召喚された丸まった旗を受け取りギルド『あああああ』が結成される。

 

「じゃあ戻ろうか」

 

 本当はもっとゆっくり国を見て回ってファンタジニュウム(ファンタジー成分)をめいいっぱい補充しておきたかったのだが情報収集が優先なのでそれはまたの機会にし、うーわーうーわー言い争っているオニワンを連れ早々に出国すると目的の国まで戻り入国審査をパスしていざ、入国する。




皆様あけましておめでとうございます。

はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第5節お待たせいたしました。

正月ダラダラしていたらなんか一か月以上たってました…すみません。

今回の後書き…の前に宣伝です。
小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n1906gq/

こっちもこっちで色々ぶっ飛んでいるので合わせて読んでみてください。

はい、という事で今回はモンスター図鑑…ではなく、この世界のギルドについて書いて行こうと思います。

ギルド:ギルド統括連合協会により認められたモンスターの討伐やダンジョンの攻略を主な活動とする冒険者集団。

≪冒険者パーティーとの違い≫

・保険:ギルドに所属していれば万が一クエストに失敗しても報酬がもらえないだけで契約金を必要とするクエストなどではその分のお金を返してもらえる。

・ボーナス:クエストクリア時の報酬に加え階級に応じたボーナスが加算される。

・活動範囲:ギルドのみが入れる地域、ダンジョンに入ることが出来る。

・優先度:緊急クエストや新しいダンジョンの情報などはギルドから優先して依頼、情報提供が行われる。



この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。

それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第6節:旅立ち
紅の章第6節:共闘クエスト
それぞれの後書きでお会いしましょう。

睡眠剤


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