契約者は汗かかないしトイレに行かないし恋だってしない (黒好の三鷹)
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男の星がメスへと堕ちる……
最初だけ日記風です
○月×日
あの人に言われた通り、日記を書き始めようと思う。
自分の名前は斎藤拓実。性別は男、年齢は26歳。どこにでもいるような一般的な成人男性……のはずだった。
しかし目が覚めてみれば廃墟となった東京らしき街中。当然、一般的な成人男性に目が覚めたら廃墟の真ん中にいるような心当たりは存在しない。
めちゃくちゃ不安でそこで呆然としていたら、全身ピンクタイツの女性が現れて保護してくれた。人前に出るにはあまりにエッチな格好をした彼女はアンバーと名乗っていた。
アンバーさんに事情を説明すると、「ここはそういう不思議なことが当たり前に起きる場所」と言って笑うだけでそれ以上のことは聞けそうになく、それで納得するしかなさそうだったが、彼女はやたらと親切にしてくれてこうして東京の片隅で日記を書く場所を与えてくれたのも彼女だ。
……とりあえず、この世界は自分が今まで生きていた世界とは別のものであるようだ。少なくとも東京の一部が立ち入り禁止区域になってたり、南米が滅んでたりする世界ではなかった。
正直色々説明されてもさっぱりだったが、何とか理解できたことは2つ。
1つは『
突如として現れた領域の名前で、東京の一部と南米がこれに当たるらしい。これの発生と共に人類は成層圏より上の
そして『契約者』。
ゲートの出現と共に現れた超能力者のようなもので、『対価』と呼ばれる特定の行動をすることで超常の力を発揮する。
しかし契約者となったものは思考が合理的になり、感情を表に出すようなことがなくなってしまう。一般社会ではそんな状況になればすぐにバレるから契約者はだいたいどっかしらの組織に見つかってその組織の都合の良い道具にされるらしい。怖い。
ちなみにアンバーさんはこの契約者の一般公表、及び自由と権利の為に戦う組織『イブニング・プリムローズ』、通称EPRのリーダーなのだそうだ。自分を助けてくれたのもその目的の一環とのこと。
そう。アンバーさんによると自分も契約者らしく、何もしなくていいが一応メンバー扱いなそうだ。
しかし話に聞いていた合理的思考とやらになっている感じは全くしない。無駄なことをしないらしいが、この日記を書いてる時も練り消し作って遊んだりしたし……。
とにかく、アンバーさんはEPRの一員であることを公言したり、他の組織と揉め事を起こさない限りは守ってくれると言っていた。
難しいことは後で考えるとして、とりあえず今はアンバーさんの言う通り毎日日記を書きながら大人しく暮らしておこう。
○月△日
日記って最初の日はめっちゃガッツリ書くけど2日目以降は加減を覚えるものだと思う。
自分が契約者だってアンバーさんに言われたから、能力とか使えんのかなーと思いちょっと試してみたら本当にできた。3本目の腕が生えてきたみたいに体の中に新しい器官が生まれたような感覚は気持ち悪かったけれど、超能力とか誰もが一度は憧れるものだからめちゃくちゃ興奮した。
でも『対価』とやらは嫌い。
しないといけないものなのかと思っていたがそんなレベルじゃない。能力を使ってしばらくしたらそれ以外のことが考えられなくなる。全身に蛆が湧いたような不快感が駆け抜け、急いで『対価』を払った。
アンバーさんが様子見に来たのでそれを伝えたら「対価を払わないとバターみたいに溶けちゃうんだ」と言ったのが冗談に聞こえないくらいにはヤバい。
それと、契約者というのはなんでも現在空に見える『星』とやらと繋がっているらしく、能力を使うと対応した星が強く光ったり、死んだりすると星が消えるそうだ。
自分にも対応した星があるらしく、その輝きで自分のことがバレたりしないのか心配になって聞くと「人前じゃなければ大丈夫」とは言ってくれたが、これからは能力を使うのは控えよう。
○月□日
いい加減暮らしに慣れてきたのでニートを卒業しよう。いつまでもアンバーさんからの仕送りで生きているのは、助けて貰ったというのにあまりにも恩知らず過ぎる。
基本的にはゲートの周辺が立ち入り禁止になってたり、治安が少し悪い以外は変わらない東京であったのが助かった。
幸いにも体は若いので肉体労働でもなんでもこいだ。まぁ、自分の契約能力が活かせるのは警察官くらいだし、人前で能力を使うとランセルノプト放射光という光が出てめっちゃ目立つらしいから使えないけれどね。現実は超能力者に厳しい。チートと呼べるようなものでも無いけれど、日常生活に役立てたりしてみたかった。
△月○日
就職できません。
身分証やら何やらはアンバーさんが偽装してくれたからどうにかなったけれど、何故か面接で落ちる。
たしかにちょっと人と喋るのは苦手だけど、これでもちゃんと一度は就職できた身なのにコンビニバイトすら受からないのは誠に遺憾である。
アンバーさんが様子見に来てくれたから相談したらめちゃくちゃ困った反応されたし、アンバーさんの仲間らしい少し肥満体の男性は優しい笑みを浮かべながら茹で卵をくれた。その優しさがとても辛い。
△月◇日
バイト先が決まった。
近くにある中華料理店ホウムラン軒。
店主さんが足を挫いたのを助けたら仲良くなり、そのまま色々話してたらなんならうちで雇ってやると言われたのでご好意に甘えさせてもらう事にした。
店主の娘さんにも優しくしてもらえて、ご飯も食べさせてもらえて本当にこの世界治安が悪いのか???
むしろ人の優しさで泣きそうなレベルなんだが。この世界に来て出会った人みんないい人過ぎて泣きそう。というか泣いた。女の子だもの。
……そう言えば書いていなかったが、この世界に来たら体が女になっていた。身分証では『
始めのうちはかなり驚いたし、下のアレコレとか体の感覚の違いとかに戸惑ったけれど……体の変化って意外と些事じゃない? それ以前に説明されたゲートとか契約者とかの方で頭いっぱいになってて現実から目を逸らしていたかもしれん。
でも人間だっただけマシかもしれない。アンバーさんによれば動物になったまま戻れなくなったり、花になってしまったりする契約者もいるらしい。対価怖い。ホント怖い。
□月○日
ものすごいイケメンが店に来た。
幼さの残る甘いマスクにワイシャツの隙間から覗く臍と鎖骨がセクシーなそのイケメンはものすごい量のご飯を一人で平らげて帰っていった。
働かせてもらってる身分で言うのもなんだが、あまり繁盛している様子はなさそうだったのに自分を雇う余裕があるのはもしかしてこの人のおかげなのかもしれない。
店主さんによると彼は
それにしてもものすごいイケメンだったし、ものすごい大食いっぷりだった。なんというか、雰囲気が女性を虜にすると言うか、モテる男というのは彼のような人のことを言うのだろう。
身体は女だとはいえ、心は男である自分ですらその穏やかな微笑みと柔らかい声になんだかいけない気分になりかけてしまうほど。
まぁ、さすがに惚れたりはしないけれど。これでも26年男としてやってきて、それなりに異性経験もある上で言わせてもらうが自分はノーマルだ。
……しかし、あれだけのご飯の代金を特に躊躇う様子もなく払っていたあたりもしかして李さんはお金持ちの家の人だったりするのだろうか?
□月#日
おかしい
こんなのおかしい
その日は普段と何も変わらない一日のはずだった。
バイトに向かい、それが終われば真っ直ぐ家に帰る。しかしお給料を貰った自分はついつい娯楽を求めて古本屋へと足を運んでしまった。
そう、別世界とはいえある程度見慣れた東京の街。本を買ってウキウキになっていた自分はあやふやな記憶を頼りに裏道を使おうとし…………ものの見事に厄介そうな人達に絡まれてしまった。
契約者なんだから普通の人に絡まれたぐらいどうにでもなる、なんてことはない。自分の契約能力は正直言ってしまえば人を倒したりするのに全く向かない。それどころか攻撃力は皆無。何があっても悪いことには使えない役立たず過ぎる能力なのだ。
その上今の自分は身長も160に満たない女性。ガタイの良い男3人に囲まれればどうしようもない。叫んだりすれば良かったかもしれないけれど、恐怖と混乱でそこまで頭が回らずちょっと泣きそうになってしまっていた時の事だった。
厄介そうな連中の1人が突然前のめりに倒れて、その背後から現れた男の人が自分の腕を掴んでそのまま走り出した。
その男の人というのにも見覚えがあった。望遠鏡のケースを抱えて困ったように眉を曲げながらも自分の手を決して離さないように強く握っていた彼の顔と、そのセクシーな鎖骨は忘れたくても忘れられない、大喰らいの李くんだった。
それから意外としつこい連中から二人で無我夢中で逃げ回った。夜の街を走り回って、疲れて立ち止まってコンビニで休憩してたらまた追ってきて、それからまた逃げ回って……。
しばらくしてようやく追手を撒いた辺りでお礼にと李くんをご飯に誘った。彼の大食いっぷりは知っていたが、給料も貰ったばかりだし大丈夫かなと思っていたけれど、彼の食費でものの見事に財布の中身は空にされた。
なんで助けてくれたのかを聞くと、偶然見かけて顔見知りが困っているのを見捨てられず勢いのままに持っていた望遠鏡で後ろから殴ってしまったらしい。少しなよっとした感じの笑顔をいつも浮かべているのに、意外と行動力はあるようだ。
草食系な見た目だけど意外と行動的。それでいてやっぱりどこか頼りなさそう。そんなイメージに反してセクシーな鎖骨とワイシャツの隙間から見えてしまうへそ。
逃げ回る時もこちらの手を掴む腕には離さないようにしっかりと力は込められていたけれど決して痛いという程ではなく、走るペースも引っ張るようではあったが決してこちらに無理はさせないように気を使っていてくれた。
……勢いでお酒を呑んでいたのもあったかもしれないけれど、自分はそんなことを思い出してほんの少しだけ、ほんの少しだけ李くんに不純な気持ちを抱いてしまった。
それが恥ずかしくて、誤魔化すように酒の量を増やして……。
そして次の日、
何があったかはしっかりと覚えている。そのあと酔っ払って李くんを連れ回した私はまた面倒事に巻き込まれ、そこで彼にまた助けて貰って、それから……
それからは、ちょっと私の口からは言えない。とにかく一夜きりのラブロマンス。映画のような物語が私と李くんの間にはあった。それこそ、私の今までの人生の価値観を全て塗り替えてもまだ足りない、全ての思いを彼の色に染められてしまうような濃厚で濃密な愛や恋やが。
一応言っておくと決してえっちなイベントは起きていない。そもそも紳士な李くんがそんなことするわけが無い。
とにかく、
そうだ。きっと私がこの世界に来たのも、女性の体になったのも彼と出会い結ばれるためだったに違いない。そうだったならば運命を司る神に感謝してもし足りない。李舜生という殿方に会えたことは、間違いなく輪廻転生を幾度経ようともこの魂が受けられる最上の喜びに違いないのだから。
と言うか李くんがカッコよすぎるのがいけないんだよ。酔っ払ってあんなことをしてしまった私を庇ってあんなことをして、それからあんなことやこんなことがあったというのにいつもと変わらない穏やかな笑顔であんなことを囁かれたらどんな人間だって彼の虜になってしまうに決まっている。事実私はそうだった。一人称だってこれから彼と会う時に男っぽい一人称を使ってしまって幻滅されないように『私』を使うように意識するようにし始めた。既に頭の中はどうすれば彼に好かれるかが九割を占めている。ちなみに残りの一割は李くんとの昨晩の思い出の回想に浸ってるので十割李くんである。
契約者とかゲートとか訳分からない事ばかりのこの世界で、どんな風に生きていこうか迷っていたが、もう何も迷うことは無い。
私の夢は李くんのお嫁さんになること。いや、お嫁さんと言わずとも常に彼を感じられる位置にいられるならペットとか家具とかでも構わない。とにかく李くんの傍にいたい。
そうと決まれば善は急げ。李くんだって男の子なのだから美人な女性の方が好きだろう。使わずに貯めていたアンバーさんからの仕送り等を使い、自分を磨かなければ。
私の外見はそれなりに美人ではあると思うが、李くんのような圧倒的セクシーなイケメンと釣り合う為にはまだまだ足りない。この世界に自分よりも上の女はいないと断言出来るくらいに自分を磨かなければ到底彼と釣り合うことなんて不可能だろう。
私はおかしくなってしまった。もう彼なしでは生きていけない。彼のいない世界なんて考えられない。李くん────
☆月♡日
久しぶりにアンバーさんが様子見に来たので、この際だからと今の私の状況について全部説明した。
最初は面をくらったような様子だったアンバーさんも、わたしの李くんへの思いを聞くうちに納得したようだった。
「本当に好きだと思った人の為なら、なんだって出来るって思っちゃうよね」
少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに口にしたアンバーさんは今までのどこか浮世離れした仙人のような雰囲気が剥がれ、まるで初恋に浮かれる少女のような顔だった。
とにかく恋という気持ちは無敵だ。今の私は李くんの為なら本当になんだって出来る。何をしてでも彼に相応しい女性になりたいと思える。
そんなことを言ってみたところ、アンバーさんは良い場所があると教えてくれた。
なんでもそこでは時間が通常の進み方とは違う進み方をして、某有名漫画の『精神と時の部屋』的な効果がある場所らしい。
そんなものが存在するのかと疑問に思ったが、ゲートやら契約者やらの超常現象が実際する世界でそんな質問はするだけ無駄だろう。
それに、そんな部屋があるならこちらとしても好都合。大食いの李くんの胃袋を掴むために料理も上手になりたいし、メイクやファッションのことはからっきしだから勉強して詳しくなりたいし、もしも彼が危険になった時には守ってあげられるように強くもなりたい。それらを会得するためには時間はいくらあっても足りないだろう。
待っていてね李くん。必ず私は貴方に相応しい女性になってみせるから!
琥珀ちゃんはちょろい上に思い込みが激しい危険人物の変態なので即堕ちしただけで、実際はどんなにイケメンに会ったってメス堕ちするのに一週間はかかるでしょ。
本作はDARKER THAN BLACKの知名度向上の目的もありますので気になったらこの作品じゃなくてDTBの方を広めたりしてください。
・門(ゲート)
10年前に突然現れた異常領域。南米の方は天国門(ヘブンズゲート)、東京の方は地獄門(ヘルズゲート)と呼ばれている。その近辺ではとにかく不思議なことが起こりなんでもあり。
門の出現以来この世界の空は消失し契約者の星が輝く偽りの空に覆われている。
・契約者
超能力者。火を出したり、瞬間移動したり色々出来るがその代わりに合理的な思考に囚われて感情を失ったり、対価と呼ばれる特定の行動を取らなければいけなくなったりする(石を並べる、異物を咀嚼する等意味不明なものばかり)
・アンバー
ピザが好きそうな見た目をした緑髪と琥珀色の瞳が特徴的なエッチなピンクタイツお姉さん。
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新星は何者でも縛れない……
「ゲート内物質の取引、か」
「そうだ。お前は取引される品を奪って来ればいい。もちろん、どんな手を使ってもな。契約者らしく皆殺しにでもしちまえばいいさ」
恰幅の良い男は、李舜生に対して明らかに煽るような口振りで要件を告げる。
受け答えする李には普段のような曖昧な表情も、柔らかそうな物腰もなく、小動物なら射殺してしまいかねないほどの眼光がその目には宿っているのみ。普段の李舜生という男を知る者ならば、本当に同一人物か疑うほどにその表情には違いがあった。
「
「
苛立ちを隠そうともしない黄が会話をしている相手はどこにでも居そうな黒猫。しかしてそのネコは成人男性の声を発しており、契約者の1人である。
「とにかく、お前は目的のブツさえ手に入れればいい。それ以外余計なことは考えんなよ。いいな、
「……ああ、わかった」
李舜生────
中国からの留学生などという
□□□
この世界には夜空に輝く星の数だけの契約者が存在する。
カムセもまた、そんな数多の契約者のうちの一人だった。契約者となった彼はすぐにとある犯罪組織にその身柄を拘束され、契約者に対する公的機関の対処や自分の現状を知り、合理的な判断の元その組織の一員として活動していた。
彼にとって最優先事項は『己の命』であり、組織に忠誠を誓ったのもあくまでそのため。命が脅かされるようならば一切の後悔なく裏切る。昨日友に酒を酌み交わした相手が追っ手でも躊躇なく殺す。感情を喪い、全てを合理的に解決していく。それが契約者という生き物。
その日もカムセは上からの命令でゲート内物質の取引とやらの護衛へと駆り出されていた。
もうすぐ約束の時間。取引相手がブツを取りに来るはずなのだが、その気配は一向にない。周囲を見張らせている非契約者の部下達からも誰かが近づいてきているという知らせはない。
嵌められた?
しかしゲート内物質は依然として自分の手の中にあり、こちらの組織にとって自分はそこまで重要なコマではない。つまりはわざわざ嘘の情報でここに留めたり、そんな犯人がバレバレな罠にかけて殺せば組織間の対立が決定的なものになる。そんな迂闊な真似をして向こうに利があるかといえば、ほぼ損だとしか言うことが出来ない。
「…………時間だな」
「ええ、約束の時間ですね」
午前1時、約束の時間になっても取引相手に指定された男は現れなかった。
代わりにカムセの耳元に女の囁く声が届いた。咄嗟に距離を取りながらその姿を視認する。
顔を仮面で隠していて分からないが、体格からして女、それもかなり若い。声と姿に見覚えはなく、こんな奴をここに呼んだ覚えはない。
────邪魔者だ。ならば殺す。
合理的に考えて、それが最善の行動だ。
懐から拳銃を取りだし、構える。
監視の目を潜り抜けて廃工場の奥深くである取引現場にまでたどり着いたことから相手は恐らく契約者。契約者の中には触れた瞬間に勝負を決定できるような能力者がいくらでもいる。
ならば能力を発動される前に殺す。それだけだ。
カムセの契約能力は『透明化』。
対価として『自らの指をライターで炙る』という意味のわからない行為を強制されるが、代わりに触れた物質を24時間不可視の状態にすることが出来る。
深夜の廃工場。暗闇の中で透明化した銃による銃撃。この不意打ちを避けられた契約者は未だに一人もいない。どれだけ早く動ける契約者も、結局は脳が判断してから体に命令する0.1秒の間に殺してしまえばいいだけなのだから、この能力は不意打ちにおいては最強の能力だと自負していた。
「へぇ、その銃で私を撃ち殺そうってわけ」
「!?」
しかし女はカムセが銃を取り出す直前にそう呟き、素早く周囲の廃材に身を隠して銃弾を避けた。
何故攻撃がバレた?
確かに懐に手を入れたが、それだけで銃だと判断することは出来ない。もしも爆弾だったならば廃材程度では防げず木っ端微塵になっていたかもしれない。
なのに、仮面の女はまるで銃で攻撃してくることを『知っていた』かのように、当然の事のように呟いたのだ。
考えられる可能性は1つ。
女が呟く瞬間、その体が暗闇の中で淡く輝くのが目に入った。
アレはランセルノプト放射光。契約者が能力を発動した時に体から発する光。つまりは契約能力によって女は攻撃を察知したのだ。
未来予知? はたまた嗅覚や聴覚の超感覚?
しかしいずれにせよ対処方法はいくらでもある。
未来予知はどう足掻いても死ぬ攻撃を予知前に叩き込めば良いし、超感覚ならばその鋭敏な感覚器官を突かせてもらう。
まずは自分自身を透明化。それから周囲に透明にして隠しておいた武器を幾つか拾い集める。
ガス弾、閃光弾、音響弾。適当に放り投げ、それらが炸裂する。超感覚ならばこのどれかで戦闘不能になるほどのダメージを負うだろう。
期待もせず、かと言って投げやりにもならず。淡々吐息を殺して獲物が仕掛けに引っかかるのをカムセは待った。
「────ッ、アァッ!?」
かかった!
音響弾が炸裂した瞬間、物陰から耳を押さえながら獲物が現れた瞬間をカムセは見逃さない。速やかに銃を構え、撃ち、殺す。それだけだ。
「はーい、残念でした」
銃を放つ瞬間、女はそう呟いた。
まさか演技だったのか? だとしても問題は無い。身体能力を強化するわけでも、強力な攻撃を可能にする訳でもない契約者は銃で撃たれれば死ぬし、放たれた銃弾を避けることは出来ない。
……出来ない、はずだった。
女は最低限の動きでまるで
そのまま顎を撫でられたので慌てて距離を取ろうとした、まさにその時だった。
「ガァァァァァァァァ!!??」
カムセの視界が突如太陽を至近距離で覗いたかのような閃光に包まれ、灼熱と激痛の中で完全に利かなくなる。
続いて爆音が鳴り響き聴覚が麻痺し、鼻にはとてつもない異臭、全身には針で串刺しにされたかのような激痛が走り、あまりの衝撃にカムセはそのまま意識を手放した。
□□□
「……これは、なんだ?」
黒が現場に乗り込んだ時には全てが終わっていた。
その場にいる人間は全員昏倒していて、黒が取ってくるように命じられたゲート内物質はあろうことか幾つかの懐中電灯で照らされ、『
何かの罠かと考え、念の為に水をかけて内部を
組織の助力ならばわざわざ黒が取りに来るまでゲート内物質を置いておく理由はない。ならば今回の犯人は黒個人を手助けするためにこれを行ったのか?
八人の武装した人間と契約者。しかも契約者の能力なのか辺りには不可視になっている武器や何も分からずに進めば全身を切り裂かれる鋼糸鉄線が張り巡らされた此処を制圧してまで?
相手の思惑は分からないが、黒はとにかく手紙を読んでみることにした。
『こんにちは黒さん。私は貴方のことが大好きな人間で、色々あって貴方の仕事のことも知りました。なので、お手伝いをしたいと思います。私はあなたの鎖骨の虜であり……(以下、しばらく黒の魅力について語られた怪文書が続く)……というわけで、とにかく私は貴方を陰ながら支えるものであり敵意はありません。これからも頑張ってください』
黒は理解した。
相手は狂人だ。契約者の中には元の思考と契約者特有の合理的思考が混ざり謎の執着を見せる者が時たまに現れる。相手は間違いなく何かのきっかけで自分にその執着を向けるようになった狂人だ。しかも『黒の死神』と恐れられた自分が鳥肌が立ってしまうような怪文書を易々と書きあげる相手だ。間違いなくとんでもない変態だと黒は判断する。
そんな怪文書を一応全部しっかり目を通して、黒は最後にその宛名を目にする。
「──────なッ!」
そこにはただ三文字、『コハク』という文字列が並んでいただけだった。
だが、それは黒にとって特別な意味を持つ言葉だったのだ。
数年前、南米での『天国戦争』の折に南米の天国門を事実上破壊し、黒の妹と共に行方を眩ませた『組織』の裏切り者にして、黒が現在行方をおっている契約者────メシエコード:UB001。
わざわざ黒に対して『コハク』という名前を残していったということは、彼女に違いない。
黒は合理的にではなく感情的にそう判断し、手紙を思わずぐしゃぐしゃに握りしめる。その姿は傍からは契約者ではなく、激情を必死に抑え込む人間のようにしか見えなかった。
□□□
李くん────黒くん喜んでくれたかな?
アンバーさんが用意してくれた修行部屋から出てすぐ、早速その力を試すべく李くんを
気持ちがありあまりついつい置き手紙を残していっちゃったけど、多分大丈夫だよね? 李くんは私の下の名前は知らないはずだし。
それにしても……李舜生が偽名でこんな危ない活動をしているとは思わなかった。李くんなら私が倒せる程度には負けないにしても、万が一ということがあったら大変だ。これからは彼の行く先々を事前に知ってそこにある危険を排除しなければならないかもしれない。
……そういえば、李舜生は偽名だったけれど
とりあえず、私は李くんと呼んでおこう。
私が恋をした時の彼の名前はそれだったし、どうせいつか結ばれる時には本名を教えてくれるだろう。
早く李くんと籍を入れたい子供は三人くらい欲しいな。
……そういえば、李くんが所属する『組織』とやら。李くんにこんな危ない仕事をさせているなんて、よっぽど性根の腐った人間の集まりなのだろうか。
もしも李くんをステゴマのように扱う素振りが少しでもあったら……その時は絶対にぶっ潰してやろう。
・
李舜生の組織でのコードネーム。『黒の死神』と呼ばれ最強の契約者と噂されていたが、現在は『組織』の末端で行方不明の妹とその原因と思わしきアンバーを探しながら下っ端的な仕事をこなしている。「黒の死神と恐れられたこの俺が……」と愚痴ることがあるので、多分『黒の死神』という呼び名は気に入ってる。
・
黒の仕事仲間である割腹の良いおじさん。契約者のことが嫌いらしい。
・
黒の仕事仲間である猫。動物に乗り移れる契約者だが、訳あって元の体を失い猫になった。
・黒の仕事仲間
あともう一人
・ゲート内物質
・メシエコード
契約者を識別する星に割り振られた番号。黒のメシエコードは『BK201』である。
・カムセ
噛ませ犬。
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