聖剣が扱えないと追放されし者、魔界で暗黒騎士となりやがて最強の魔王へ (ゲキガンガー)
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①
それは双子が10歳になった物心がついて間もない頃であった。
「これより継承の儀を行う」
そう、男が言った。精悍な顔つきをした男。剣聖オリバー・デュランダルである。
剣聖の家系であるデュランダル家は10歳の時にある儀式を行う。それは聖剣を自らの主と認めさせ、飼い慣らす事。
聖剣はただの武器ではない。優れた聖剣になればなる程、使い手を選ぶ。それは言わば意思を持った生きた武器なのである。
「ラグナよ! 前に出よ!」
「はっ!」
黒髪の少年が前に出た。双子の兄である。名をラグナと名付けられた。
「この剣は我が家に伝わる聖剣デュランダルである! その剣を手に持ち自分が主であると知らしめよ!」
「はっ!」
ラグナは聖剣デュランダルを手に持った。その剣はずっしりとしていて、子供にはあまりに重いものであった。しかし、ラグナは聖剣デュランダルを構える。
「聖剣デュランダルよ! 我が命に応え我が剣となれ!」
契約の儀。聖剣を自らが主として認めさせる契約の為の儀式。聖剣が主を選ぶ為の儀式である。
聖剣の応えは明白であった。
「ぐああああああああああああああああああああ!」
ラグナは叫ぶ。
「……どうした?」
「手がぁ! 手がぁ!」
ラグナが持った聖剣の柄が灼熱のような高温を持った。とても持ち続ける事ができずにラグナは聖剣を床に落としてしまう。
「ふむ……。聖剣はそなたを主として認めなかったようだ。次にリュートよ」
「はっ!」
構わず継承の儀は続けられる。
金髪の少年、リュートが前に出る。
「聖剣デュランダルを拾い、継承の儀を続けよ」
「はっ!」
弟ーーリュートは聖剣デュランダルを拾う。
「聖剣デュランダルよ。我が命に応じ、我が剣つるぎとなれ!」
その時。ラグナは気づく。弟の失敗を祈っている自分に。自分と同じになれ。無様な姿を晒せと。そう思っている自分が嫌になったが、そう思わずにはいられなかった。だが現実はラグナの望んだ結末とはならなかった。
「おおっ! この光は」
ロバートは感嘆とした言葉を漏らす。
聖剣は輝かしいまでの光を放ったのである。光はいずれは収まる。ラグナの時のように灼熱の炎がその手を焼く事もなかった。
「聖剣はそなたを主として認めたようだな」
そう父ーーロバートは言う。
「ここに継承の儀を終える! 我が息子リュートを剣聖として認め、聖剣デュランダルを授ける!」
「はっ! ありがたき幸せ!」
その日、兄ラグナは弟リュートに対して耐えがたい屈辱感と敗北感を味わう事となった。
剣の鍛錬でも勉学でも二人は全くの五分だった。
だが聖剣に選ばれなかったというだけで二人の人生は対照的なものとなってしまったのである。
その日からである。ラグナが聖剣を扱えずに家督を継げなかったという噂は瞬く間に広がっていく。そしていじめの格好の標的ターゲットにされたのである。
「やーい! 無能!」
「この落ちこぼれ!」
石を投げられる。その石が額に当たり、血が出る。子供達は残酷だった。
ラグナはそれを甘んじて受け入れる。抵抗する気力もなかった。弟が選ばれ自分が選ばれなかったという屈辱で頭が一杯だったのである。
嘘だと思いたかった。現実だと認めたくなかった。しかし身体に受けた痛みは今が現実であるという事を否応なく認識させた。
それからの数年間。家族のうちに自分の居所はなかった。剣聖の後継者としてちやほやされる弟リュートの姿を遠目で羨ましそうに見ているだけだった。それどころか憎ましかった。 お前さえいなければと思った。
そうしている間に15歳の日を生まれる。
『魔界への追放』
「あなた! 本気ですか!」
「……ああ。私は本気だ!」
ロバート・デュランダル、そしてその美しき妻であるロザリアとの会話であった。
「私の息子はリュート一人である。聖剣を扱えぬ息子などいらぬ」
「い、いらぬと申されましても。あの子もまた私達の子供である事に違いはありませぬ!」
「いいな。ロザリア。我が息子は一人だけだ。これは当主としての命令である」
ロバートは言う。
「……そ、そんな」
ロザリアは言葉を失った。
ある日の事だった。ロバートはラグナを連れて出かける。馬車を使い、数日もの間旅路に出る事になる。
「どこにいかれるのですか? お父様」
「貴様に父と呼ばれる筋合いはない!」
答えはなかった。知る必要もないという事だろう。
「着いたぞ」
着いたのは荒れ果てた荒野のような場所だった。そこは既に魔界だった。魔界とは魔族の領土である。
投げ出される。当然のように何も与えられなかった。
「馬車を出せ!」
「はっ!」
馬車が走らされる。静かな時間が流れる。自らが父により捨てられた事を実感する。
ぐうぅぅーーー
という腹の音が鳴った。だが当然のように今まで出てきた食事は出なかった。元々がパンと水程度しか与えられていなかった為、ラグナの身体は栄養失調気味で痩せ細っていた。
これからどうするのか。自分はこのまま死ぬのではないか。
考えが巡ってくる。
考え事をしているうちに、自分が複数の気配により囲まれているという事に気づいた。赤い目が複数光る。
それは犬のようだった。いや、狼か。魔界の狼。ヘルバウンドが食料を求め、集まりだした。その食料とは勿論人間の肉、ラグナの身体であった。
絶体絶命の状況だった。
一頭のヘルバウンドが襲いかかってくる。
「うわっ!」
馬乗りになってくる。爪を立てられる。服が切れ、皮膚から血が滴る。そして牙が見えた。 自分の今までの人生が走馬灯のように流れる。母の顔。父の顔。そして弟の顔。近所の子供の顔。ろくでもない人生だった。何のために生まれてきたのかわからない。
だが、このまま死ぬのはあまりに不憫というものではないか。
ラグナの心の底から生きたいという感情が湧き上がってきた。まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。それは人間の持つ生存本能かもしれない。やり返したいという復讐心かもしれない。だがどちらでも良かった。
要するにラグナはまだ生きたいと思った。死にたくないと思った。それだけで十分だった
「ギャウウウウウウウウウウウ!」
ヘルバウンドは吠えた。
近くにあった枝を目に突き刺した。
「邪魔だ!」
ヘルバウンドを押しのける。
枝でも急所である目に突き立てれば相当に効く様子だった。
立ち上がる。まだ身体は動いた。
魔術を行使する。
『強化の魔術』。物質の強度を上げる初級の魔術だ。こんな木の枝でも強化の魔術を施せばそこら辺の木剣程度の堅さにはなる。
「ガルウウウウウウウウウウウ!」
ヘルバウンドは吠える。
そして襲いかかってくる。
こめかみへのカウンターの一撃。木の枝を振り下ろす。
「ギャアウウウウウウウウウウウウウウウ!」
一頭のヘルバウンドが断末魔をあげて昏倒した。
分が悪いと思ったのか、その他のヘルバウンドは姿を消していった。撤退していったようだった。
「へっ。ざまぁみろ」
だがもはやラグナに体力は残っていなかった。意識を失った。暗闇の世界へと誘われる。
その後の事はラグナは覚えていなかった。
ここは、どこだ?
意識を取り戻した時の居心地は決して悪くはなかった。むしろ今まで感じた事のない暖かさがあった。暖炉の暖かさ、ベッドの暖かさ。ろくな環境で育てられなかったラグナにとって、そういった暖かさは久しく感じた事のないものであった。
「はぁ……はぁ……はぁ」
ラグナは意識を取り戻す。包帯が巻かれていた。
女性がいた。そして男性も。人の形をしていたが、それでも人と違う雰囲気を感じる。
魔族だった。ラグナが捨てられた領域は既に魔族の領域、言わば魔界である。どうやら魔族に助けられたようだった。
「まだ動かないで。あなたは怪我は浅くはないわ」
女の魔族に言われる。年の頃は20代といったところか。
「どうして俺を助けた?」
「怪我をしている人を助けるのは当然じゃないか」
男の魔族は言った。随分と印象が異なった。魔族なんて存在はもっと邪悪なものではないか。今までの人生の経験からすれば、よほど人間の方が邪悪に受け取れる。
「しばらく休んでいきなさい」
「……いいんですか?」
「そんな身体で外に出すわけにもいかないじゃない」
「俺……人間なんですよ」
「困っている人に人間も魔族もあるものか」
そう男の魔族は言った。
それはラグナが今だ感じた事のない温かさだった。ぬくもりだった。
その日、ラグナはしばらくぶりに熟睡する事ができた。
『新しい家族』
朝が来る。その日の朝は穏やかであり、どこか清々しかった。
そのうちに状況を把握してくる。ラグナは自分が魔族の夫婦に拾われたという事に。
夫の名はガルム妻の名はティアナと言った。性はエルフリードと言う。
「それで、何があったんだい? 人間があんなところで倒れているのはあまりない事だ。ここは魔界でも魔境からそれなりに離れたところにあるからね。普通の人間は魔境で引き返す」
朝の事。食卓で会話になった。
ラグナはどうするか考えた。全てを話すか、曖昧な言葉で濁すか。だが二人の慈悲深い行動に対して嘘や誤魔化しを述べるのは不誠実な気がした。思い出したくはない事だが、秘密にしなければならない事など一つとしてない。
ラグナは包み隠さず自分の身の内を話した。剣聖の家系に生まれた事。自分が聖剣を扱えず、冷遇された事。対照的に弟が選ばれた事、そして剣聖である父にここまで運ばれてきたという事。
「ま、まあ。そんな事が」
ティアナは開いた口が塞がらないという様子だった。
「……せっかく授かった子供を捨てるなんて。親として考えがたい行動だよ」
ガルムは言った。
「……それで、これからどうするんだい?」
「どうする?」
考えた事もなかった。帰るべき家はもはやない。聖剣に選ばれなかった自分を必要としてくれる人間はいなかった。
「良かったら、うちの子にならない?」
ティアナは言った。
「え?」
「僕たちは長年子供が授からなくってね。どうやら授からないように身体がなってるらしい。もう子供は諦めていたところなんだよ」
ガルムは言った。
「で、でも。いいんですか。俺は人間なのに」
「種族の違いは親子になる上で大きな障害になるとは僕は思わない」
その時。ラグナの瞳から自然と涙が溢れてきた。それはラグナが長年感じた事のない温かさであった。
「ちょっと、何を泣いているのよ」
そうティアナは笑みを浮かべる。
本質的な意味でラグナは初めて家族の温かさを感じる事となった。種族の違いなど関係ない。夫婦の子供となる事に何の躊躇いもなかった。
『三つの勢力』
「魔王サタン様」
「なんだ?」
魔王城。その最奥部。そこは魔王の私室である。そこに魔王サタンの姿があった。年齢は20代そこそこといった若い風貌ではあるが本当の年齢は数百歳といったところである。色黒の美男子ではあるがその風格は見た目以上のものがあり、年齢相応のものがあった。
眼下にいる女性はサタンの配下である魔族レヴィアタンである。
「紅あかの軍に動きがあったようです」
「……そうか。十分に注意を払っておけ。そしてベルフェゴールを作戦指揮に当たらせろ」
魔界は今三つの勢力による覇権争いをしている。現在のところ魔王の称号は唯一の王にあらず。
紅の魔王軍。魔王ベリアルが率いし魔王の軍勢であり、北方の領土を統べる。
蒼の魔王軍。魔王ベルゼブブが率いし魔王の軍勢であり、西方の領土を統べる。
黒の魔王軍。魔王サタンが率いし魔王の軍勢であり、東方の領土を統べる。
大まかに言えばこの三つの勢力で三つ巴の戦争を数百年に渡って繰り広げているのである。「了解しました。それでもうひとつリリス様がお越しになっています」
「なに、リリスがすぐに通せ」
「はっ!」
サタンの顔色が変わった。レヴィアタンと入れ替わりで入ってきたのは一人の少女だった。人間で言えば10代そこらの風貌。金髪の流れるような髪。誰がどう見ても文句のない美しい少女だった。彼女の名はリリス。サタンの娘である。リリスが幼い頃に母エウリュアレは亡くなっている。その為、サタンは一人娘であるリリスを溺愛していた。
「パパー!」
リリスは父、サタンの胸に飛び込んだ。
「おおっ! 会いたかったぞ! 娘よ!」
「私も会いたかったわ! パパ!」
「学校の方はどうだ? もうすぐ高等学院だろう?」
魔族もまた人間界と同じように、ある程度の年齢になると進学するというシステムになっている。通常は学校に通う、そこら辺は大きく変わりはない。
「うん。そつなくこなしているわ! 成績はいつも私がトップよ! 高等学院になってもそれは変わらないわよ!」
「そうか、そうか。ところでリリス」
リリスの頭を撫でるサタン。子煩悩なその様子は威厳など欠片もなく、印象が180度変わっていた。
「お前、まさか男を作ってはいないだろうな?」
「男って?」
「ボーイフレンド、彼氏、恋人だとか言う。お前は可愛いからな、変な虫が寄らないか心配しているんだぞ?」
「やだー! パパが素敵すぎてそこら辺の男なんてもうウジ虫にしか見えないわよー! いるわけないじゃない!」
「そうか! そうか! パパは安心したぞ!」
「私が付き合うとしたらパパより素敵な人って決まってるんだからー! まあそんな男いないんだけどー!」
「ははっ! 可愛いリリス、そんなんじゃいつまでも結婚できないぞ!」
「えー。もうだったらパパと結婚するー」
「ははっ! それは無理だ! パパより素敵な男に出会える奇跡を願うんだなっ!」
その時、魔王室の通信機が鳴った。インターホンのようなものである。突如、サタンの表情が元の険しい表情に戻る。
「なんだ?」
「魔王様、お客様です」
メイドの声がする。
「わかった。しばらく経ってから通せ」
「はい。わかりました」
通信機が切られた。
「リリス、すまないな。パパは仕事だ。元気にやるんだぞ」
「はーい! じゃね、パパ」
笑顔でリリスは魔王室を出て行った。
リリス・アルカディア15歳。魔王学院の中等部に所属。今より一ヶ月後に高等部に進学する事となる。
「魔王高等学院への入学」
「学校に通う?」
ラグナはそう聞いた。
「そうなのよ。魔族もまた学校に通うの」
そう母(改めて説明するまでもなく義理ではある)ディアナは言った。魔族にも教育機関があるという事だった。そこら辺は人間の社会と大して変わりがないらしい。
「けどいいんですか。俺は種族としては紛れもない人間です」
そう、ラグナは言う。
「魔王学院の入学規則を読んでも人間の入学を禁ずる、という決まりはないぞ」
そう、父(義父)ガルムは学院から取り寄せたパンフレット及び冊子を熟読する素振りを見せる。
それはあまりに例外的イレギュラーな事で想定をしていないだけ、という感じもするが。「仮にそうだとしても、いくつかの障害ハードルがある気がします。まずはお金の問題です」
「子供がお金の心配をしなくていいの」
「そうだ、そうだ」
「それに税金である程度の補助を受けられるから実際そんなにお金はかからないのよ」
お金の問題がクリアされたとしてもだ。
「学校というのは普通何らかの試験を課されるのが普通です」
「そうだな。けどお前ならクリアできる、俺達はそう信じている」
「……そうよ。信じて努力すればできない事などないわ」
そう言われる。基本的にこの人達はポジティブ思考なのだろう。魔族に抱いていた印象としては大きく異なっているものだ。
「それに学校に通えば大きく世界が広がる事になるわ。自分の将来だって広がる事になる」
ディアナはそう言った。
反駁の余地はない。このまま家にいたところで何も変わりはしない。第一退屈だ。せっかく好意で言ってくれているのだ。ましてや本当の息子ではない拾われた義理の息子に。その好意を無駄にするわけにもいかない。
「わかったよ。行くよ。学校に」
ラグナは言った。
「そう。その方があなたの為よ」
「ああ」
元々この人達のおかげで拾われた命である。その願いを叶えてやる事くらいお安いご用と言えた。しかし魔族の学院といってもどういったものか想像もつかなかった。
どういう過程プロセスを踏む事になるかは些か不安ではあるが、流れに身を任せる以外にないラグナであった。
「兄さんはどこにいったんですか!?」
リュートは聞いた。それは15歳の日の事だった。父であるロバートは兄ラグナを連れて馬車で出かけた。しかし、数日経った後に帰ってきたのはロバートだけであったのである。兄ラグナの姿はなかった。
「リュート、お前に兄などいない。私の息子はお前だけだ!」
「そ、そんな。兄さんが聖剣を扱えないというだけでこんな扱いをするなんて。兄さんは無能なんかじゃなかった。剣の腕も勉強も僕と大差はなかった。違いはただ聖剣を扱えないというだけで」
リュートは反論した。
「それが問題なんだ。リュート。我らデュランダル家は剣聖の家系。その使命は聖剣を従え、人類を守る事になる。聖剣を扱えない者に家督は継げない」
「でも、殺してしまうなんてあんまりじゃないですか」
「……死んではいない。もしかしたらまだ生きているかもしれない。だが、もう奴はお前の兄ではない。その事はわかってくれ」
「そんな事言われても」
「それが我が家の掟なのだ。辛かろうがわかってくれ。我が唯一の息子リュートよ」
ロバートはそう言った。
兄ラグナは生きている。だが、兄はもはや兄ではない。もしまた会う事があったらリュートはどういう顔をすればいいのか。
考えも及ばなかった。
「それよりお前も16歳になる。勇者学院に通う必要がある」
「……はい」
勇者学院。勇者、といえば聞こえがいいが実質は士官学校である。人間界は魔族との戦争の危機に常に晒されてきている。場合によっては人間の国同士での戦争もあり得る。
その戦力を確保する為、若いうちから教育する機関。それが勇者学院である。
「我が家系に恥をかかせないように優秀な成績を取るように」
「……はい」
もはやこの父に何を言っても無駄だ。家督、名誉、掟、そういったものに囚われすぎている。だが彼が先代の剣聖であり、偉大な父である事に変わりはない。
ただその全てが正しいとは少なくともリュートには思えなかった。
学院に入れば恐らくは寮生活になる事だろう。そうなれば父との距離をおける。その事はリュートにとって好ましい事ではあった。
時が過ぎる。そして同時期にラグナもまた魔王学院に入学する事になったのである。
「……気をつけて行けよ!」
「うん。たまには帰ってきて元気な顔見せてね!」
そう、義父と義母に見送られるラグナだった。よほど悲しいのか、義母はハンカチで涙を拭っている。
でかいリュックを背負って、ラグナは旅路に出た。魔王学院は基本的に寮生活らしい。元々から通える距離に学院がない為親元を離れるのは必然だっただろう。
長い時間をかけて歩く。山道を越え、平野を越え、途中馬車に乗り、数日ほどの長い旅路だった。
「……着いた」
それは黒の魔王軍サタンの領域にある一大都市『テスラ』である。おおよそ100キロにも及ぶ円形状の都市であり、その領域の限りおいては最先端の科学技術及び魔法技術で都市が作られている。
都市内に入るとまずはそこには車の姿があった。四つの輪で動く乗り物である。さらには広場には噴水もあり、様々な商いが盛んに行われた。例えばアイスクリームの移動販売、似顔絵描きなど。さらに奥に進めば映画館なる娯楽施設がある事も後々にではあるがラグナは知る事になる。
ともかく、このまま広場で感嘆としていても仕方なかった。文明レベルの差に些か以上の驚きはあったが。
まずは向かうべくは魔王学院である。魔王サタンが経営せし学院。
そこにラグナは向かう事になる。
見た目が同じような為、人間が魔族の中に混じっていても差ほど気にならない様子だった。ある程度の魔力の使い手であるならば、魔力の本流というものが人間と魔族では異なる為、見分けがつく。だがその程度はソムリエならワインの味がわかる、という程度の難易度だ。一般市民であれば高級ワインもそうでないワインも差ほど見分けがつかない。要するに黙っていればいいのだ。いらない偏見や差別を生むような言動は避けた方がいい。その方が自分の為である。
タクシーなる制度、要するに車で好きな場所まで移動する事が出来るサービスの事である。 だが、当然のようにそれには金がかかる。それほど手持ちがあるわけではない。省ける支出は省いた方がいい。貨幣制度については後述する。
やっとの事で学院まで辿り着く。
「はぁ……やっと着いたか」
これから学院の理事室にまで辿り着かなければならないと思うとまだ落ち着くには早かった。
そんな時の事だった。一人の色黒の魔族にすれ違う。筋肉質で無骨そうな男。制服を着ている事からこの魔王学院の生徒だという事が知れる。魔王学院は小等部から高等部まであるようだ。もしかしたら間の中等部の学生かもしれないが、その事までは現段階では認識できなかった。
「……待て。貴様!」
どうやら彼はある程度魔力の本流がわかるようだった。言わばソムリエ程度の技術や知識があるという事だ。
「貴様、人間だな」
「だとしてなんだ?」
「……魔族の都に何の用だ?」
「言わなければならないのか?」
しばらく考える。教える事で抗争を防げるのであれば、それに越した事はない。
「俺は人間だ。だが魔族を両親に持つ。無論義理ではあるが。両親の勧めでこの学院に入学しにきた」
「……そうか。だが、貴様が人間である事に変わりはない。我ら魔族と人間は敵対する存在だ。貴様が人間に味方し、我々魔族に害を成す事もあるかもしれない」
「その心配はない」
「なぜそう言い切れる?」
「俺はもう人間を辞めたと思っている。それにもうひとつある」
ラグナは自身が受けてきた忌まわしき15年の反省を振り返る。忌まわしき記憶以外にない。彼にとって、そして憎き存在でしかない。
「俺はお前達よりも人間が嫌いだからだ」
その眼差しには妙な威圧感があり、魔族の少年は押し黙ってしまった。
ーーと。
「アモン、なにやってるの?」
金髪の少女が姿を現す。魔族の少女だ。この場に人間はラグナしかいない為に当然の事だった。
「リリスか。……これはだな。別に何でもない。珍しく人間がいたから気になって呼び止めただけだ」
「人間!? なんで人間がいるの!?」
「さあ、俺にそれを聞かれてもしらん」
「誰だ。そこの女は?」
ラグナは聞いた。生粋の人間であるラグナには魔界の知識はない。一般常識的な事すら知らない程だ。
「むっ!? あたしを知らない?」
知ってて当たり前である事を知らない様子のラグナに対して多少立腹した様子だった。
だが相手が人間であるという事で多少怒気を治めた様子だった。
「まあ、人間だから仕方ないわね。特別に自己紹介してあげるわ。あたしの名はリリス・アルカディア。この領域を治める魔王サタンの娘よ」
魔王サタンの娘。彼女はこの領域(国)において王女と呼んでも差し支えのない人物だった。「知らなかったとはいえ申し訳ない。包んで謝罪を申し上げる」
ラグナは平服した。無駄な戦闘、無駄な争いは回避したい。謝って済むなら安いものであった。そこで非を認めない程の無駄なプライドを彼は持っていない。
「知らなかったのならいいわよ。だって人間ですもの。仕方ないわ」
「人間。貴様の言葉一旦信じるが、もし我ら魔族に仇成すような事をしてきた場合、容赦はしないからな」
それっきりラグナは彼らと分かれた。
「それで、あの人間なんであんなところにいたの?」
「どうやら我々の学院に入学するつもりらしい」
「うそー。人間がー! へー!」
別れ際にそのような会話が聞こえてきた。まあ、なんと言われようと気にするまでもない。人間界に未練はない。むしろここの方がそっちよりも居易いくらいだ。
ラグナは理事長室へ向かった。
理事長室にいたのは女性だった。眼鏡をかけた小柄な女性。見た目からすれば年齢は10代に見えそうではある。ただ眼鏡をかけている為多少理知的であり、落ち着いても見えた。
「私が理事長のクレアと申します」
「入学希望者のラグナ・エルフリードです」
ラグナはかつての人間性であるデュランダルを名乗らず、魔族の両親から頂いた性を名乗る。
「はい。入学願書は受け付けております」
「それで、構わないんですか?」
「何がです?」
淡々と言われる。
「俺が種族として人間である事に対して」
「はあ……まあ規則には人間の入学を規制するような文言はありません。ですが入学した場合の差別や偏見がないように保証はできません。学校というのは言わば閉鎖的なコミニティです。あってはならない事ですが、いじめといいますか、嫌がらせが集団で行われたりという事は現実問題としてあります。それを覚悟の上でしたら、よろしいかと存じます」
理事長クレアはそう言った。
「入学する場合、何か試験を受ける必要はありますか?」
「適正試験が四月度にまず行われます。それは適正を見る為のものであり、入学辞退を制限するものではありません。魔族は長命ではありますが、繁殖能力では人間に劣ります。子沢山の過程はそう多くありません」
魔族の世界は少子化のようだった。
「問題なければ入学金の支払いをお願いします。その後証明写真を撮って生徒手帳を作ります」
「わかりました。お支払いします」
願書は既に提出している。細かい書類は既に提出済みだ。両親から渡された紙幣を支払う。 魔王サタンが印刷された紙幣。サタンマネー。略してSM。断じて性的な意味はない。
元々は金本位制が取られていたが今では信用紙幣が使われているようだ。
入学金は100000Mマネー程。年間の授業料が50000M。三年間で150000Mが必要となる。それ以外にも寮生活の場合寮費、食費、さらにはテキスト代、修学旅行では旅行費、その他雑費、友達付き合いがあれば交遊費なども必要になってくる。
大体年間で300000Mほど必要になってくる。これでも税金で補助されている分控えめな金額になっているが(補助がなければおおよそ3倍程度かかる事だろう)それなりの金額にはなっていた。ちなみにではあるが一般家庭で男一人が労働をしている場合の所得は月収で200000M程である。
「はい。確かに受領しました。領収書を発行します」
領収書を渡される。
「次に証明写真です。カメラで撮ります」
カメラで撮られる。
「はい。チーズ」
「なんですか、チーズって」
「魔界風のかけ声です。はい、チーズ」
理事長クレアは写真を撮った。ぎこちない笑顔を浮かべた写真が出来た。それが生徒手帳に張られる事になる。
「寮への案内図です。男子寮と女子寮があります。こちらの201号室にお住まいください」
理事長クレアにそう言われる。
夕方頃からの諸々の手続きが終わった頃には既に夕暮れ時になっていた。学園の東側にある二棟の建造物。それが魔王学院の男子寮と女子寮である。
「……ここか」
手書きの案内図に従い、ラグナは移動する。大きなリュックを背負い。寮内に入っていく。 201号室。そのプレートが描かれた部屋の前に立つ。渡された鍵。鍵といっても金属性の鍵ではない。カードキーだ。カードキーで部屋を空ける。
「ふん♪ ふふん♪ ふーん♪」
鼻声が聞こえてきた。説明を聞いていた時、そういえば寮は二人部屋だという事は言っていた気がする。
そして部屋には個室のシャワールームが備え付けられている。この時点でラグナは自身に訪れる不幸な(いやある意味幸運かもしれないが)結末を予見できた。
間もなく、シャワールームから一人の人物が現れてくる。
それはお約束的な展開だった。
バスタオルを巻いた、金髪碧眼の魔族の少女。ラグナはその顔に覚えがあった。昼間に出会った魔族の少女。確か名をリリスと言ったか。身の上話としては魔王サタンの娘らしい。 この状況は非常にまずい。理事長の過失であるはずだが、そんな事はリリスには知り得ない事である。
「え?」
突如、入浴後の女子の前に男が現れたら普通はどう判断するか。痴漢と判断するに決まっている。
次に取り得る行動は決まっている。呼吸をする。肺に空気を送り込む。
「きーー!」
「ま、待て!」
今悲鳴をあげられると余計にまずい事になる。話せばわかるかもしれない。そう、これは不幸な事故なんだ。
リリスの口元を押さえる。だが、咄嗟にとったその行動は余計に事態をまずい方向へと進展させていく。
押し倒すような格好。
「ま、待て! これには事情が」
弾みでバスローブが外れる。たゆんと揺れて姿を表す二つの膨らみ。
痴漢を越えてこれでは強姦魔とその被害者である。
あまりのショックに思考が止まったのか、リリスは絶句していた。しばらくその状態で見つめ合う事になる。
次第にリリスの瞳から涙が零れ、それと同時に熱い怒気のようなものを放たれるのを感じた。
「男に裸なんてパパ(魔王サタン)にしか見せた事ないのに。おっぱい大きくなってからはパパにも見せてなかったのに」
「ま、待て。これは不幸な事故で、だな。そう、不幸な事故だ。うん。お互いになかった事にしよう」
「出来るか! この痴漢! 変態! 強姦魔!」
発言した魔術は闇属性の魔術だ。呪いの魔弾ガントである。すれすれのところで外れた魔弾は天井にめり込み穴をあけた。幸い2階建てのこの建造物、雨漏りは不安ではあるが人的な被害はなかったであろう。
「絶対許さない! 殺す!」
リリスは魔弾を持って襲いかかってきた。
「はぁ……そんな事があったのですか」
翌日。当然のようにあの展開のまま女子寮に居させて貰えるはずもなく、命からがらリリスの猛攻を凌ぎ、何とか野宿で一夜を明かした。ろくに眠れるはずもなかった。疲労が取れていない。
「申し訳ありません。女子寮の鍵と男子寮の鍵を間違えて渡していたようです」
クレア理事長はそう言った。
「こちらが男子寮のカードキーです」
クレアはそう言ってカードキーを渡してくる。
「…………」
「なにか?」
「い、いえ。別に」
それだけか、と正直言いたかったが立場上強くは言えまい。一介の学生と学園のトップである理事長である。
「今回は私のミスであります。ですので女子寮に忍び込んだ事は不問とします」
「……それは助かりますが」
与えた悪印象の払拭するのはいかんともしがたかった。無用なトラブルは避けたかったがもはやどうしようもない。
改めてカードキーを受領したラグナは今度こそ間違いなく男子寮に入っていった。そして201号室に入る。ちなみにではあるが、リリスは特権的に一人部屋として生活をしているようだった。だからルームメイトという存在はいなかった。
「……ここか」
今度こそ間違いはないだろう。満を持して部屋に入る。一瞬だけ入った女子寮と構造的には同じ作りだった。シャワールーム及びキッチンがあり、違いとしてあったのは二段ベッドがあった位だった。
二段ベッドの上には人影があった。その人物はヘッドフォンで音楽を聞いている様子だ。
ラグナが入ってきた為、ヘッドフォンを外して、飛び降りてくる。
「君が噂の転入生か。人間らしいね」
降りてきたのは銀髪の美青年だった。美しい顔立ちをしている。
「僕の名はライネス・エスタロッサだ」
「……そうか。よろしくな。俺の名は」
ラグナもまた自己紹介をする。
「そうか。君は何も知らないんだね。まあ、人間だから無理もない」
「ん? 何かあったのか?」
「僕は貴族の出身なんだよ。魔王が率いる七匹の悪魔。七つの大罪は魔界では貴族として扱われている。だから身分の高い出身の魔族を目の前にすると普通はかしこまるものなんだ」
「そうか。悪い、知らなかった」
「まあ、いいよ。別に。その方が気兼ねなくて良い。それよりーー」
ライネスは微笑を浮かべる。
「転入早々、魔王サタンの娘リリスに手を出したっていうのは本当かい?」
「くっ。ど、どこでそれを?」
「くっはっはっはっはっは。どうやら本当のようだね。そんな一大事を起こしておいて噂にならないとでも思っているのかい?」
「あ、あれは事故で。そう不幸な事故だったんだ」
「事故だったとしてもリリス姫の心証は最悪だね。『あの人間殺す』って喚いていたらしいよ」
「くっ……」
責任転換してもいいのだろうか。あの理事長、余計な面倒事を行いやがって。
「ともかく今日のところは休んだ方がいい。明日から実技試験だからね」
実技試験。理事長から話は聞かされた。対戦形式の試験であり、各々の実力を試す為の試験、らしい。
ともかく魔王学院高等部での学生生活は波乱の幕開けとなりそうだった。
三月末日。四月からの入学及び授業を始めるより前の事だった。
実技試験が行われる事となる。
円形の闘技場。俗にそれはコロセウムと呼ばれる施設だった。学園の北方には森林が広がっており、その中央に存在しているのがこの円形闘技場コロセウムだった。
主に実技試験であったり、実際の戦闘行為が行われる場合に行われる施設である。
実技試験はトーナメント方式で行われる。基本的には勝ち進めば評価が上がるのは言うまでもない。
そしてトーナメント表が掲示された。当然のようにまずは自分の名前を探す事になる。
ラグナの名前の隣にあったのは見覚えのある男の名だった。確か『アモン』と言ったか。その男の名は。
「……へっ。一回戦の相手はてめーか、人間」
「そうか。お前が相手か」
「話は聞いているぜ。てめぇ、リリスを襲ったらしいな」
どうするべきか。言い訳するか。いやだが概ね間違ってはいない。
「リリスは俺にとっても幼馴染みだ。この実技試験は殺しもOKだからよ。お前の事を八つ裂きにして生首をリリスのところに持って行ってやる」
アモンはそう言った。話を聞くとこの男もまた貴族の出自らしい。まあ、どうでもいいが。ラグナにとっては大した問題ではなかった。
ちなみに闘技場のルールでは殺しはOK。さらには武器、魔法何でもありという実に野蛮なルールだった。
学生のうちからそんな自前の武器など持っている者は殆どいない。一部貴族くらいだ。使い込まれた武器の方が通常扱い慣れていて威力を発揮する為、持っている場合は自前の武器を保有する。
特別持っていない場合は学院側が用意する武器を使用する事が多い。
選手控え室に行くより前に学園の武器庫から武具を選ぶという流れになった。
ぞろぞろと移動する学生達に続いて、ラグナ達は移動をする。コロセウムの横には武器庫があり、そこに入る。先ほど説明したように貴族などは自前の武器があり、あるいは必要としていない為か武器庫には入ってこなかった。リリスやアモン、それからライネスがそうである。
武器庫には数多の武器が保管されていた。誇りを被っている者も多いが、どれもがなまくらではなく、稀代の名品である。
ーーと。ラグナが武器庫に入った時の事である。
『我を手にとれ!』
脳内に言葉が響いた。それは鼓膜を通じて伝わる音ではない。思考の中に直接言葉を叩きつけてくるかのような感覚だった。
「今、誰か何か言ったか?」
隣の男子生徒にそう聞く。
「いや、別に誰も何も言ってないけど」
「空耳か」
『我が名は魔剣カラドボルグ。幾千年の時を経てあるべき所有者を待っていた』
空耳とは思えない。脳内に直接響くようなこの音は自分以外に聞こえていない様子だった。『我は魔王の剣なり。我を引き抜きし者、魔王になるべく宿命を背負う』
「なんなんだ。さっきから俺の頭の中に」
ラグナの脳内に直接言葉が響く。頭が痛くなるような声が聞こえてくる。
「なぁ、大丈夫か、お前、病院行った方がいいんじゃないか?」
隣の男子生徒が心配してくる。
「……放っておけ」
ラグナは突っぱねる。
「なんだよ人が心配しているのに」
探す。なんだ? 魔剣っていうのは。武器庫の最奥部に剣があった。大仰そうな石台に突き刺さった剣。闇よりも深い漆黒の色に染まった邪悪な剣。
「なんだ? この剣は?」
ラグナは聞いた。近くの男子生徒に。
「ん? ああ。この剣は聞いた事あるな。まあ、やめとけ。歴代の魔族達でも引き抜けなかったっていう逸話があるんだ。あまりに使い物にならないから学院の武器庫に保管されている。何でもかつての魔王が使った魔剣らしいけど。保管されてはいるけど実際に使い道はないから美術品アンティークみたいなもんだ」
「へぇ……」
ラグナは呟く。間違いない。この剣つるぎだ。この剣つるぎがラグナを呼んだのだ。
ラグナは石台に飛び乗る。
「……ま、待て! 何飛び乗ってるんだ! まさかその魔剣を引き抜くをつもりか?」
「だったらどうだっていうんだ?」
「馬鹿を言うな! その魔剣は何人の魔族が挑んでも引き抜けなかった魔剣だぞ! 人間なんかが引き抜けるわけが!」
「やってみない事にはわからないだろうが」
躊躇いもなくラグナは剣を手に取る。ラグナは思い出していたのは10歳の頃の事だった。継承の儀での事。聖剣デュランダルはラグナを所有者として拒んだ。手を焼いたのである。優れた剣つるぎは魔力を持ち、そして自らの意思を持つ。それは聖剣でも魔剣でも変わりない。手に取った感触は自然なものだった。
『幾千年の時を待ったぞ! 我が主あるじよ! ここに魔剣カラドボルグと汝の間に契約は成立した! 存分に暴れるが良い』
手の甲に出現した模様それは魔術式である。それは魔剣の所有者となった事を指し示していた。
あっさりとラグナは魔剣カラドボルグを引き抜く。
「う、嘘だろ! あの人間、魔剣を引き抜きやがった!」
「あ、ありえねぇ!」
周囲の生徒達がざわめき始めた。あれほど聖剣に選ばれなかった自分がまさか魔剣に選ばれる事になるとは思ってもいなかった。
いや全ては導きなのかもしれない。自分は魔剣に選ばれる為に聖剣に選ばれなかった。
そうとしか思えなかった。
これは聖剣に選ばれずに魔剣に選ばれた男の物語である。
一方その頃の事である。ここに一人聖剣に選ばれた男がいた。剣聖ロバート・デュランダルの息子、リュート・デュランダルである。公式には剣聖の家系には息子は一人しかいない事である。しかし実際のところは彼には兄がいた。その兄は今どこで何をしているのか。追放されたというのは聞いている。だから死んでいるとは限らない。もしかしたらどこかで生きている。
(兄さん、何をしているんだろうか、どこにいるんだろうか)
父ほど非情になれぬリュートは生き別れた兄の心配をしていた。
「どうしたの? リュート」
勇者学院での事だった。名門貴族の娘であり、僧侶プリーストの役職についている少女、アリス・モードレッド。ショートカットの金髪の少女である。
彼女は販売機から飲み物を買ってきた。田舎から進学してきたリュートにとっては驚きだったが、王都ペンドラゴンは科学技術が発展している為、そういった便利なものも販売されているらしい。
「……いや。何でもない。ありがとう」
アリスから飲み物を受け取るリュート。
「学院に入ってどう? 慣れた?」
「まあ、慣れたよ。何分初めてのばかりで最初は戸惑った」
二人はたまたま席が近くなったという事で多少親密な関係になっていた。まだ、付き合うとかそういう段階ではない。ずっと田舎に引きこもっていたリュートにとって剣ならともかく色恋沙汰となると経験値があまりに足りなさすぎたのだ。
気の利いた会話ひとつできずに、頭を悩ませていた。
ーーと。そんな時の事だった。
幾人かの男子生徒達に囲まれている事に気づく。
「へっ……剣聖の息子さんじゃないですか」
「転入早々、女を連れ歩くなんて手が早いこって」
「……なんだ? お前達は?」
早い話が男子生徒達はリュートをやっかんでいるのだ。嫉妬からちょっかいを出したくてしょうがなくなってくる。
「あんたモテるんだろ。剣聖の息子だもんな。どうせこの女も遊びなんだろ。だったら俺達に回してくれたって、罰はあたんねぇだろ。なっ!」
「い、いやっ! やめてくださいっ! やっ!」
「へっ。可愛いね嬢ちゃん、もっと良く顔見せてくれよ」
「い、いやっ!」
強引に顔を持ち上げられ、視線を合わされる。恐ろしい顔つきだ。それは獲物を前にしたような肉食獣のようだった。
「アリス、少し我慢していてくれ」
リュートは立ち上がる。
「ん? なんだやるのか? ああ?」
各々が剣を取り出す。中には大剣のもの、槍の者もいたが。
「お前達の相手程度、この聖剣デュランダルを抜くまでもない!」
リュートの腰には聖剣デュランダルを納めた鞘が備え付けられている。
「な、なに! 消えた! ぐあっ!」
突如消えたと思ったら、その次には鞘による打突で男は顎を貫かれていた。
「次!」
「ちっ! ぐほっ!」
鳩尾に一撃。胃液を垂らしながら悶絶する。
「……す、すまない。降参だ。あんた、強えんだな」
残りの男達が武器を捨てる。
「気を失っている仲間を連れて失せろ。僕の気が変わらないうちに」
「ああ。そうさせてもらうぜ」
男達は逃げていった。元々徒党を組まなければ何もできない連中だ。圧倒的に不利な相手を前に戦闘を続ける度胸などない。格付けが済んだ以上これ以上危害は加えてこないだろう。「あ、ありがとう。リュート君」
「別に、当然のことをしたまでだよ」
リュートは言った。あの程度の相手、聖剣を抜くまでもなかった。
しかし、遅かれ早かれこの剣を抜く時が来る。そんな予感があった。
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