黄金芋酒で乾杯を (zok.)
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狩猟と商事の《南天屋(ナンテンヤ)
1杯目 愚弟、北風の狩人にて ひとくち


ぐてい【愚弟】
 特別とりえの無い弟の意。自分の弟の謙称。

ぐけい【愚兄】
 あまり出来のよくない兄の意。自分の兄の謙称。



 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 零下の世界。

 岩陰で屈んでいると、極寒の北風が防具を通して肌に刺さる。ホットドリンクを飲んでいてもなお、だ。

 

 

 ほわわ、と。厚めのグローブをしているので意味がないとわかりつつも、かじかむ指先に吐息をかけ、擦る。その青年の視線は、遠く一点から動かない。

 

 風除けの簡単な外套(ケープ)から覗く装備は、白い鎧。それに彼の背丈くらいもある刀身の剣、太刀を背負っている。

 見守る、という今の役割上、太刀の黒色は雪の中で目立つため、白い布を鞘に巻き付け保護色としている。

 

 彼の目線の先には、思春期ごろの少年。

 ビン底眼鏡にずんぐりむっくりとした体形で、フラヒヤ地方の駆け出しハンターの愛用する、おなじみのマフモフ一式装備だ。こわばった表情を顔に張り付け、アイアンランスを拙いながらも懸命に操り、彼らに抗っていた。

 

 銀に似た雪の色と、冷たい石を思わせる灰色の縞模様を持つ細身の鳥竜種、ギアノス。

 

 王立古生物書士隊、通称『書士隊』からは小型モンスターに分類されているが、それでも背は少年と同じくらい大きい。

 黄ばんだ牙を少年に向け、幼いポポといった獲物にも同じ手順で狩りをしているのであろう。じり、じりと少しずつ確実に囲う。

 

 

 ここは雪山の頂上、エリア7。雲の合間に天高く陽が見え、雪で反射して非常に眩しい。

 一面を白で塗りたくられた景色と同化するギアノスの頭数を概算するには、くちばしの黄の数を数えるのが有効とされているのだが――。

 この少年、ギアノスの群れにかなり翻弄されてしまっている。

 

「ギァ、ギァアッ」

「ギュ、ギョエッ」

 

 先ほどアイアンランスで突かれ、鱗が数か所剥がれているギアノスが数頭、盾に噛みつく。背後は目も眩むほどの切り立った崖。

 

「ぐ、ぅぅっ……!」

 

 偶然二頭の猛攻が緩んだ隙に、押し返す。いらついたような声を上げて、彼らは一歩後退した。そこへ水平に突きを繰り出すも、ひらりと身をかわされてしまう。

 

「ギャオ、ギャオッ」

「コオオゥ、グワアッ」

 

 (はや)したてるように囲んでくるのに対して、リーチを活かした薙ぎ払いで一掃……なんてとっさの判断ができるわけでもない。右へ左へ、点での攻撃である突きでの反撃も、ほとんど当たるはずもなく。

 

 また飛びかかってくる一頭に、少年は盾を傘のように情けなく構えて耐えるしかない。すると村の訓練所で汗やら涙やら、様々な汁を教官と垂らした数か月の努力が脳裏に浮かんでは消えた。

 恐怖一面の少年の心を、中途半端にたぎらせる。

 

「“すなわち、狩るか、狩られるか”……!」

 

 半ばヤケともいえる決心で、少年はアイアンランスと大盾を小脇に構えなおし、ぐっと姿勢を低くした。

 

 自分へ向かう慣性をそのまま受け流し、力のベクトルを跳ね返す――!

 

 ランスの切り札とも言えるカウンター突きの踏み込みをしようとして……顔から派手にすっ転んでしまった。長時間その場を動かない立ち回りによって足元の雪が踏み固められ、シャーベット状になっていたからだ。

 

 少年の鼻に詰めてあった丸めた布がぽんと抜けて、新たな鼻血が垂れる。雪に模様を描きながら少年は背負うアイアンランスに押しつぶされ、ワサワサと雪を掻いてもたついてしまう。

 

「ギョワアアァァ――!」

 

 その無防備な背中に一頭のギアノスが爪を振り上げ跳躍した、刹那。乱闘へ片手大の玉が投げ込まれ、辺り一面を光で塗りつぶす。腹から倒れたままの少年を、岩陰から飛び出した外套姿の青年は、よっこらせ、などとジジ臭い掛け声とともに抱き起す。

 

「よしよし、よく頑張った。惜しかったけど、狙いは良かったと思うよ」

 

 スッと少年に差し出される、回復薬。気が利くことに、フタを開けてから渡してくれた。素直に受け取り、へたりこんだまま一気にあおると、ほんのりまろやかな優しい味。

 自分で作った回復薬は、あんなにも苦くて不味いのに。

 

「ぷは。……すみません、ありがとうございます」

「うん、怪我はだいじょぶそうだね。それでこれが、閃光玉。中には光蟲――ショックを与えるとものすごい光を放つ虫が仕込んであって、モンスターの目を眩ませることで隙を作るのです」

 

 手短に少年の様態を見て、解説までこなす青年の腰ポーチには様々なアイテムが、フィールドに持ち込める限界数まで詰めこまれている。

 そういえば、誰も襲ってこない。少年はうつ伏せだったため、青年の投げた閃光玉の効果を受けなかったのだ。

 

「後は僕に任せて。君はその鼻血を止めて、今の動きを振り返ってみて」

 

 青年は応急処置のハンカチも押し付けながら、視界を取り戻しつつあるギアノスの群れに向き直る。

 

 いやー雪ってやっぱり反射がきついねえ、閃光玉の効果も長い気がするな、と。

 眩しそうに目を細めながら、しばらく岩陰に隠れていたせいで冷えた体を(ほぐ)すようにその場でトントンと二回軽く跳ぶ。

 

 少年が鼻に布を当てながら岩陰に転がり込んだのを横目で確認すると――

 

「――さぁ、来いっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 青年は外套を翻し、太刀を抜いた。装備は氷牙竜ベリオロスの軽鎧、しかもS(めい)付きだ。

 低く構える得物は太刀、ヒドゥンサーベル。迅竜ナルガクルガの鱗に装飾された刀身は幾度も鍛え直し、丹精に手入れされ、雪に勝るとも劣らない艶を放つ。冷気に触れてシャラリと鋼の音がした。

 

「ギュアアァァァッ!!」

 

 一頭のギアノスが挑発に呼応し、青年に向かって高く跳躍する。

 しかし、滞空時間とは身動きが取れないもの。青年の狙った突き上げるような斬撃は喉の軟骨まで容易く届き、その体が雪を巻き上げて着地する頃には絶命させていた。

 それを皮切りに、青年は群れに畳み掛ける。

 

「そこの若いのっ!」

 

 重心の流れを止めることなく移動斬り。仲間の突然死に怯んだ若いギアノスの両膝を、返した刃で股関節を断ち切る。

 隣のもう少し年を重ねている個体には肩を押し込むようにして、肋骨終わりのあたりから中をくり抜く。

 振り向きざまに、青年に噛みつこうと大口を開けた個体の下顎を舌ごと切り落とした。

 

 最初の一頭とこの三頭を、わずか一息で。

 覆い被さってくる死体ないしこれから死体をすばやく前転して避け、ヒドゥンサーベルをゆっくり大げさに掲げて威嚇した。刃から血が、滴り落ちる。

 

「いざいざ――次は誰か!」

 

 彼らにも、何か守らなければいけないものがあるのか。

 

 愚かにも、氷液を吐く個体。往なしでかわされ、突きで口の中を抉られた。

 愚かにも、体当たりを仕掛ける個体。動かず少し刃を傾けるだけで自ら身を裂きひっくり返った。

 愚かにも、天へ吠えて仲間を呼ぼうとする個体。無防備な腹を低重心からの斬り上げで真っ二つにされ、臓物をまき散すこととなった。

 

 愚かにも、逃げ腰の個体。瞬時に雪におびただしい血痕をつけて崖下まで吹っ飛んでいった。

 横殴りの突風――吹雪を(はら)んだフラヒヤの北風のような気刃斬りだった。

 

 若いのも年老いたのも、歯向かってきたのも、怯えていたの――全て、全て、無差別。

 

「……これで、八頭」

 

 青年が少しあがった息をつく頃には、ギアノスの群れは文字通り鏖殺(おうさつ)となっていた。

 

 ――八頭のギアノスを討伐。

 クエストクリアである。

 

 

 ベリオS装備の白にべっとりついた返り血を軽く拭ってから、ギルドへの信号弾を手際よく準備する青年は、大丈夫だったかい、鼻血止まった? と岩陰を覗く。

 そこには、恐怖と興奮で瓶底メガネを曇らせ、身体から色々な汁を噴き出してガクガクしている少年がいた。

 鼻血は止まっていなかった。

 

「……シヅキさん、すみません、……ボク、ちょっと、腰抜けちゃいました」

 

 

 名を呼ばれた青年はポカンとしたが、やがて苦笑し、手を差し伸べた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 しかし、皆がそれの摂理にただ(こうべ)を垂れるわけではなく。

 愚かにも、頭をもたげて葛藤する(ハンター)がいた。

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 これは、それがちょっと苦手な(ハンター)のお話。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 


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2杯目 愚弟、北風の狩人にて ふたくち 

 ナンテン(南天、学名:Nandina domestica)

 メギ科ナンテン属の常緑低木。
 音が「難転」即ち「難を転ずる」に通ずることから、縁起物として庭木に植えられることが多い。
 寒冷期に赤くて丸い実をつける。咳止めの効果が期待できることから薬用植物としても扱われている。





 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ――乾杯!

 

 気持ちのいい音頭と、カランコロン、とグラスやジョッキ、氷の小突きあう音がする。

 それはクエスト前の景気づけか、クエスト後の祝い酒か。

 

 雪山に抱かれたのどかなポッケ村の大衆酒場は、()(かた)も、また今日も変わらず、()(すえ)も。

 老若男女、新米古参のハンターを送り、迎える。

 今日もどこかのハンター達がここで彼らの物語を紡ぐ。

 

 

 ワイワイと賑やかな団体ハンターを横目に涼しい夕暮れの風が吹き込む、一番端っこの古いテーブル席で。

 ポッケ村に無事帰還した青年と少年は、ささやかな夕食を共にしていた。

 

 お新香の乗ったコメを頬張りつつ、少年――名をトノト、という――は瓶底メガネを濡らしてベソベソしていた。一応、鼻血は止まっている。

 

 夕食会は、トノトの『はじめてのとうばつ』を振り返る会だ。

 

 今回のクエスト概要の振り返り。あのギアノスたちは二つの群れが合体して肥大化し、商隊のルートを邪魔するやつらだということ。

 初心者がランスといった突く武器で戦うときは鱗の隙間を狙うのは難しいので、目鼻や口など皮膚が弱いところを狙うこと。

 間合い、各アイテム、クエスト前後の準備、などなど。

 机の端には解説のために散らかしたメモ用紙が、彼ら二人の食事を見守っている。

 

 しかし途中から話が逸れて、トノトの将来の夢の話になっていた。

 

「……そっかそっか、それは辛かったね」

 

 汁物をゆっくり啜りながら、青年――シヅキは彼に優しく同情を示した。

 講義はさりげなく中断している。

 

 曰く、トノトはポッケ村から離れた地域にあるさびれた集落の、大きな農家の次男坊。農業を営む大家族を養うため、また集落を守るためにハンターを目指すようになったのだという。

 

 ――というのは表向きの話であり、本当は優秀な長男の陰となってしまうのが嫌で実家を離れたかったのだそうだ。

 

 本当は、出張所とはいえ一番近いハンターズギルドのあるポッケ村に今は腰を落ち着けているが、いずれは大都市ドンドルマでハンター活動をしたいこと。

 本当は、幾ばくかの富を築いて、あわよくば幸せな家庭も築いて、実家と集落の人々を見返したいこと。

 

 ポッケ村の教官には建前しか話しておらず、本心をずっと隠していた分トノトはせきを切ったように一気に話してしまった。

 

 トノトは席に備え付けのナプキンをギュウと握って、またワッと顔をうずめる。

 そうするとなにかとこれまでの人生の失敗経験が浮かんでくるもので、ブクブク膨れた醜い惨めな気持ちに、更に感情の波が大きくなってしまう。

 

「でも、実家を飛び出したのは紛れもない勇気だよ。集落では、君くらいの歳で実家を出た人はいるの?」

「うーん、それはいませんけど……」

 

 でも、自分から逃げ道をダメにしちゃって……無謀なことをしました、とトノト。

 勇気と無謀はいつだって紙一重なのだ。

 

「それに雪山では、君はちゃんとギアノスに立ち向かえてた。初めてでしょ? 最初からうまくいっていたら、ハンター業をやっている人はもっと多いもんだ」

 

 シヅキはサシミウオをぱくりとやってまー、と素直に舌鼓を打った。

 今夜の夕食はシヅキが全部奢るといって譲らず、集落を出てきてから粗食だったのもありトノトはシヅキに甘えて注文をたくさんしてしまった。そのうちの一つが、この焼きサシミウオ定食。

 

 もし今回奢ってもらって嬉しかったら、君もお金が溜まった時に同じように誰かに奢ればいい。僕も昔、そうやって奢ってもらったんだ、とも。

 サシミウオを頬張るトノトを懐かしむような目でシヅキは見ていた。

 

「それで、初めての討伐、どうだった? ワクワクした? それともドキドキした?」

 

 不意のシヅキの言葉が、トノトの胸に刺さる。

 ほんの少し躊躇った後に、トノトは首を縦にちぎれんばかりに振った。……後者へ。

 

 ドキドキしたのは緊張ではなく、間違いなく恐怖。

 背後の崖も、牙を剥く雪も、襲い掛かってくるギアノス達も。

 

 でも、本当に怖かったのは、情け容赦なく殺傷をこなすシヅキと、それに臆さず立ち向かって行くギアノス達だった。

 

 ――誰かの命を奪わないと生きていけない世界である、というのはわかっているのだけれども。『狩るか、狩られるか』とはこんなにも厳しいものか、と。

 

「そっか。……うんうん」

 

 それこそ口がギアノスくらいに裂けても本音は言えないが、黙ったままのトノトにシヅキはどこか察しているようで。

 

「ごめんね、初めてなのにドキドキさせちゃって。明日、教官にも謝らないとなぁ」

「あっ、そんな。シヅキさんは、悪く、ないです」

「ううん、今回は君を護衛するのが僕の仕事だった。怪我しないようにというのもそうだけど、不安や心配もさせたくなかったからね」

 

 彼はサシミウオを食べる手を止めて小さく頭を下げた。慌てて両手を顔の前で振って、やめてくださいよそんなこと、とトノト。

 

「護衛って……シヅキさんって、ハンター……ですよね? 狩猟が仕事じゃないんですか?」

「うん、まぁ、僕はハンターです。ハンターなんだけど」

 

 シヅキは少し考え込むと、言葉をつないだ。まるで、新雪の上を一歩一歩踏みしめるように。

 

「僕は護衛が商売の、商人。傭兵みたいな感じかな。といっても、対象はキャラバンより身内が多いけど」

「護衛?」 

「そ。……ハンターの仕事の中でもあんまり好かれない種類の仕事だから、新米さんには知名度が低いかな」

 

 ふ、とシヅキは眉尻を下げる。トノトはその時、数日前に出会ってから初めてまともにシヅキの顔を見た。特に狩りの最中は顔を見る余裕なんてなかったから。なんとなく、いつも自分が下を向いて生きていることに気が付いた。

 精悍な顔つきに、襟足をそろえた黒の癖毛。フラヒヤの湖のようなブルーの瞳。つつ、と視線を滑らせるのは――トノト自身ではなく、グラスの影か、テーブルの木目か。

 

「ええと、シヅキさんは、どうして護衛業なんかやろうと思ったんですか?」

「それは……うん」

 

「――それは、僕なりに自然の一員として……モンスターと付き合いたいから、かなぁ」

 

 彼はいつもトノトを真っ直ぐ見据えて会話していたのに。今はどうしてもこちらを見てくれない。

 シヅキはグラスを揺らす。氷がコロリと鳴る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼ら(モンスター)はね、色んな理由があって僕ら(ヒト)と衝突するんだ。余儀なくてとか、やむを得ずとか、そんな理由でお互いに痛い思いをするのは、悲しいでしょ。間に立って、互いの関係を調えたり、制することができる存在があれば……って」

 

 雪山でギアノスの群れを殲滅し、どす黒い返り血を浴びた彼の後ろ姿がトノトの脳裏に浮かぶ。

 どんな覚悟を、太刀と共に背負っているのだろうか。

 まだ出会って数日の仲なのにかける言葉が見つからないのが寂しかった。ズビビと鼻を啜ってしまう。

 

 そんなしょぼくれたトノトを見るや否や、今度はシヅキが慌ててイヤイヤと手を振る。一転、まるで獲物を前にしたギアノスのように意地悪く笑った。

 

「もう、そんな顔しないで。ウソウソ、それ以前にお(カネ)のため。モンスターの襲撃は単純に損だし、護衛業は特に儲かるんだよ?」

「ぼ、ボクが払わなきゃですか? お金」

「くははは! 大丈夫だよ。今回の依頼人は教官だから、払うのは教官さ」

 

 急に彼の本心が分からなくなって戸惑うトノト。彼という人物の輪郭が浮かびかけた途端、なんだかぐっと距離を取られてしまったような気がする。余計に寂しい感じがした。

  

 だから、代わりに、自分はハンター向いていないかもしれません、とだけ。

 

 か細い声で思いを吐くと、シヅキは再びゆっくり目を伏せて、そっか、と静かにトノトに追加の水を注いでやる。小さくて透明な泡が上下にくるくるとかき回されて、結露が古いテーブルに染みを作った。

 

 いつの間にかサシミウオ定食を平らげていた彼は髪を掻きあげ、やっと目を合わせてくれる。

 はにかんだ顔は屈託のない少年のようにも、差す影は愛想笑いする商人のようにも見えた。

 

「ま、せっかく将来の夢を聞いたんだったら、僕も話さないとだよね。普通は絶対に誰にも言わないんだけど、聞いてくれてありがとう」

 

 ごまかすように、御馳走様でした。シヅキは空になった茶碗に丁寧にも手を合わせる。

 『ごちそうさまでした』の挨拶なんて、いつの年からか何だか恥ずかしくなって言わなくなっていた。トノトもぎこちなく(なら)う。

 

 ──そういえば、彼は雪山でギアノスの剥ぎ取りをするときにも手を合わせていたっけ。

 

「初陣で痛い思いをしちゃったかもだけど、ハンター業をやる理由はどうであれ恥ずかしくない。一頭のギアノスが倒せなくてもいいと、僕は思うよ。

 フィールドに武器を持って出て、無事帰れた。それだけで君は立派なハンターです」

 

 料理の代金をきっちり会計に払った彼は、最後にトノトに二枚のカードを懐から無造作に差し出す。

 

「君がハンターを続けるのも、新しい道を見つけるのも、君の自由だ。ギルドを介せばこっちに連絡がつくから、何か困ったことがあれば、また頼ってほしいな」

 

 一枚はシヅキのギルドカード。もう一枚は、とある商事(パーティ)の連絡先が書かれた名刺。

 どちらも共通して、丸みがかった綺麗な手書き文字の一言コメントが書かれていた。

 

 

 

 『 あなたの難を 転じます 

    狩猟と商事の 《南天屋》 』

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ごてん。

 身体に衝撃が走って目が覚める。(まぶた)を貫通するほどの強い光。

 

 ――やば、昼だ、と。

 鈍い頭で判断し、身を起こせば見事にベッドから転げ落ちていた。

 

 

 

 ここはポッケ村のとある安宿の一室。見苦しくない程度に散らかっている。

 シヅキは村に滞在するのに五日間ほど部屋を借りていた。

 

 今日はできれば朝早く起きて、できれば体も軽くほぐして、できれば大衆酒場まで朝食をとりに出るつもりだったのに……余裕のあるモーニングスケジュールとは、かくも儚きものかな。

 

 なんとか立ち上がろうとするも、ズルリと。右足に上手く力が入らず床を滑る感触で、初めて気づく。

 

(あらら……義足を外してたか)

 

 のそのそとベッドの上にやっと這い上がったシヅキは、乱れた黒髪をわしわしやりながら自身の右足をさすった。

 

 足底弓蓋――土踏(つちふ)まずから先が欠けていた。足の甲は途中で折れて、無くなっている。不自由な右足を補うのは、簡単な部屋着からゆるりと覗く足の筋肉。寝る前に貼った湿布薬にまみれ、がっちりと強靭に発達していた。

 

 しかし、大きな古傷を持っていたり、隻腕や隻足、義腕や義足のハンターは珍しいという訳ではない。ハンターであれば時たまに見られるものだし、気の毒に感じるべきでもないものだ。

 

 シヅキは椅子の上に置いてある義足になんとか手を伸ばし、寝ぼけながらも慣れた手つきで装着すれば、あたかも元々体の一部であったかのようにぴたりとあてはまる。

 

「う~……」

 

 喉の渇きに唸る声もわずかに掠れている。酒焼けしていた。二日酔いこそないものの、これはしばらく休まないと外に出られたものではない。

 

 

 

 シヅキは、昨晩トノトと食事したのを思い出す。

 隣の団体ハンター達があんまり美味そうに酒を飲んでいたものだから、彼もつい酒精(アルコール)を摂りたくなったのだ。

 

(でもトノトくんに酔った姿を見せるわけにはいかなかったし、彼を家まで送ってから酒場にまた戻って、ポッカウォッカを一本買って……明け方までこの部屋でちびちびやってたんだっけ)

 

 顔を上げると、机にぽつんとマグカップが。冷めた茶──雪山草を炒った茶が入っていた。ポッカウォッカを飲んだ時の使いまわしだから、酒気の匂いが混ざっていていい香り。軽い二日酔いには効果てきめんなこの一杯は、()()が置いてくれていたのだ。

 

 本来、シヅキと相棒はポッケ村に薬の材料の買い付けに来ていた。

 素材選びは、薬売りをハンターと兼業する相棒。シヅキはその護衛やお手伝い。

 二人で雪山草採りに出かけようとしたらギアノスが湧き、村の教官からはその狩猟と新人教育をダブルで頼まれる……という経緯である。

 

 部屋の大量の荷物は薬草やアオキノコ、ハチミツ。どれもここの村の農場で採れた新鮮な素材だ。雪山草は……シヅキの後にすれ違いで、夜の狩猟に出た相棒が持って帰ってきたものらしい。

 これらを今日夕方の便で、活動拠点のドンドルマに持ち帰らなければならない……のだが。

 

(だぁぁっアイツどこにいんの!?)

 

 問題は、シヅキの相棒がどこかへ外出してしまっていることだった。“アイツ”はとんでもなく無愛想で、不器用で、人付き合いが下手なのでトラブルを起こしがちなのだ。

 何より夜の狩猟帰り。ポッケ村は温かい人柄ではあるが、そんな状態で一体どこをほっつき歩いているのか……不安すぎる。

 

(うおぉぉなんで寝過ごしちゃったんだ僕の馬鹿……!)

 

 再び唸り、どすんとベッドに突っ伏すシヅキ。夕方の便までどう行動すべきか、宿酔で鈍った脳内をタイムテーブルがぐおんぐおんと駆け巡る。相棒はスケジュール管理も下手なのだ。

 

 別にシヅキがぐうたらなわけではない。シヅキはトノトのことを考えるあまり、空が白けるまでポッカウォッカをオトモにハンターノートや書類整理をしていたのが原因。

 ……つまり、夜更かしあとの無謀な仮眠が故。

 さすがに夜明けまで数十分くらいは寝ておかないとヤバいよな、なんて容易に見積もった決断は本当にイケナイ。それから、現実逃避の方法が酒に走ることなのも。

 

 腹は立つが、相棒の親切はありがたく頂くことにする。

 雪山草茶のマグカップを持ち上げると何やら書置きあった。崩れた速筆は相棒のものだ。

 

『 無理 するな 』

 

 ──たったそれだけの文章に思わず、溜め息。

 何か察しているような物言いには突っかかりたくなるが、心のどこかで安心してしまっていた。勘が鋭く、不器用ながらも面倒見が良い“アイツ”らしくて。

 惰眠を貪る自分を見て、どうするべきか色々考えたのだろう。それでも自分に誠実に向き合ってくれているのは、素直に嬉しかった。

 

(では、僕は)

 

 トノトにきちんと向き合えただろうか。行きずりの(いち)ハンターではなく、一個人として。

 

 答えは否。

 確かに気前よく奢ったりはしたけれど。護衛業をやる理由を尋ねられたとき、誤魔化してしまった。崇高かつ無理だと自覚している理由を、誰かに本気にされたくなくて。

 “すなわち、狩るか、狩られるか”であるこの世界では、甘すぎるし世知辛くもあるこの理由を。

 

 でも、狩りだけが、の世界で生きる全てではないはずだ。トノトにはモンスターの命を奪う以外にだって、やっていける道があるはずだ。

 

 どうか、彼に限りない武運がありますように。シヅキは心の中で手を合わせ、祈る。

 彼の前では確かに一部分の嘘を演じたけれど、願う気持ちだけは本当だった。

 

 

「……あれ?」

 

 メモをハンターノートに挟もうとしたとき、裏にもご丁寧な一言が書いてあるのに気づいた。

 

『 酒買ってくるなら 俺にも一言くれ 馬鹿! 』

 

「は?」

 

 寝る前の時点で、確か瓶にポッカウォッカを少し残していた気がする。しかしよく見ると――。

 シヅキのこめかみに、ぷつんと血管が浮いた。

 

「あぁ!? 勝手に飲みやがってぇ!? アイツ、ど(タマ)かち割ってやるわーっ!!」

 

 結局、アイツがいたのは村の訓練所で──シヅキが空の酒瓶片手に殴り込んだのは、もうしばらく経った後のこと。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 フラヒヤ山脈の特産物に、雪山草という植物がある。滋養に良いとされている逸品だ。

 子供でも見つけることができる雪山草だが、量を集めるには雪山じゅうを歩き回らなくてはならず、それなりの徒労が必要。

 

 そんな雪山草摘みの天才とも言わしめる、ある一人の男ハンターがいるそうだ。

 農家の出身で、兼業してハンターをやっているらしい。

 だからきっと雪山草を摘むのが(うま)いんだろう。

 

 しかしこのハンター、不思議なのが『総モンスター討伐数 (ゼロ)』。モンスターを自分の手で倒したことがないらしい。一頭のギアノスでさえも、だ。

 

 確かビン底眼鏡をかけていてね、名前は何だったかな――

 

 

 

 それはまた、別の話。

 

 

 

 




 ギャップがある人物が好きです。

 初めまして、zokと申します。この度は『黄金芋酒で乾杯を』をお手に取って下さり感謝です。星の数ほどもあるネット小説からハーメルンを、さらに言うならモンハンジャンルで、本作を。
 物語との出会いというのは、偶然なのですから。

 今話から四つの短編に分けて、四人の人物が動いていきます。
 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。


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3杯目 うたかたに詭弁を弄せよ ひとくち

   
きべん【詭弁】(「詭」は、欺く意)
 本来つじつまを合わないことを強引に言いくるめようとすること。

→詭弁を弄する
 本来は間違っていることを、色々と理屈を付けて正しいかのように思わせるような主張をすること。



 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 空との境目が見えるくらい広い金色の草原の中に、一本の赤土の道。

 

 人の足。荷車の車輪。それをけん引するものの蹄――。

 通った者の、なんと多く、さまざまであることか。

 

 幾年もの間に固く固く踏み固められた、一本の赤土の道。

 ハンターズギルドの定めたフィールド、遺跡平原を望む道は、商売の聖地バルバレ方面へ伸びている。 

 

 草が刈られている、ちょっとした小脇。

 バルバレ方面を背に、運搬用にしてはやたら肥ったガーグァとボロの荷車が停まっていた。

 

 

「採算が~合わねェ~ どうしてェ~ 何度計算しても~♪

 

 買い付けに行った双子かなァ~

 それともウスノロ板前かァ~♪

 交通費の申請をォ~ あ奴らミスってやがるコリャ~♪ 」

 

 青年は妙にいい声で流れるような抑揚の調子を口ずさむ。

 パチリ、パチリ。小さく金の装飾の彫り込まれている、古びた算盤(そろばん)が弾かれる。

 時々、短くなった鉛筆で伝票に数を書きとりながら。

 伝票の端っこには青年の隣で眠る猟虫の姿が、落書きされていた。

 

 口を尖らせて歌いながら、手は止まることがない。

 

「このままじゃ経費から落ちませんよォ~ 交通費は自腹切ってもらいますよォ~♪ 

……っと、イイ感じのお客様だ」

 

 ふと青年が眩しさに目を細めると、遠くから商隊(キャラバン)がやってくるのが見える。

 およそ飛竜の体長三つ分ほどの規模。大きめだ。

 そこそこ上等のアプトノスに引かせていて、作りの良い荷車。

 

 彼は落書きをくしゃっと雑に畳んで懐に収め、よっこらせ、などとジジ臭い掛け声をかけて立ち上がる。

 

 荷車の積み下ろしできる一部を展開して麻布を敷き、木箱を机代わりに。

 街中で見かける地面に直接豪華な布を敷いて商品を置くような、ましてや屋根のある屋台なんて大層なものではない。

  それでも、何かもののやり取りをする場所はどんな姿だって“店”なのだ。

 

 

『 臨時露天商やって(マス) 狩猟と商事の《南天屋(ナンテンヤ)》 』

 

 

 ――下手くそな字で、遠くからでもはっきりわかるほどでかでかと書かれた簡素なのぼりが、昼下がりの風にはためいた。

 

 端にはナンテンの実と葉、そして黒星が、字とは真逆で綺麗に描かれている。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「『幸運』を表すナンテンの実に――『不運』を表す黒星? 変わった商標(ロゴ)ですね」

「失礼いうなヨ(とう)サン。これァ『不運』じゃなくて『悪運』なの。幸運も悪運も背負ってます、って意味サ」

「へぇ。なんだか不吉じゃないですか。名は……」

「書いてあるだろィ、《南天屋》だ。うちは零細商事なモンで、なかなかご存じの方はいねェと思うが」

 

「《南天屋》? 聞いたことありませんね」

 

 そこまでに暑くないのに汗をかきかき、恰幅(かっぷく)のいいちょび髭の商人が怪訝そうな顔をする。商隊の支配人だ。

 昼下がりのこともあり、商隊はいったん休憩。荷車からわらわらと従業員が出てきて、けん引のアプトノスと思い思いに草むらの上で弁当を食う。

 

「だろうネ! まァまァいらっしゃいまし、大したモンはねェが食べ物くらいは分けてやれンぜ。あとは各種サービスとか」

 

 応対するは、治安の悪い顔立ちだがすらりと痩せた、いなせな青年。商人にしては年若く、少し骨が浮き出た頬は日に焼けている。

 稲穂色の髪を後ろに撫でつけて、粋にも吊った目尻と口の端に紅をさしていた。

 

「それは足りてます。どうも御親切に」

「なンだ。じゃ店畳もうかネ。父サン、どこまで?」

「手のひら返し早くないですか!? えーと、ドンドルマです。商品を(おろ)しに」

「お! 本当かい。(わし)もバルバレまで出張に行って、ドンドルマに帰るところでサ。見たところ護衛のハンターもいらっしゃるようだし、どうだい。旅は道連れというだろう?」

 

 そういって青年は、隣で眠る猟虫を撫でる。先ほど落書きに描いていたものだ。蛾のような蜂のような、妙ちきりんな虫である。

 見るなり、支配人は一気に興奮し飛び上がった。

 

「あ! それはヴァルフリューゲルじゃないですか!」

「おう。詳しいね」

「もちろんです。あの超人気のオオシナトと、斬属性と打属性で対になる子……! オオシナトは巷でハンターさんがお持ちになるのを見かけたことがあるのですが、いやー……ヴァルフリューゲルは滅多に見ない!」

 

「あっ、しかも(メス)!? 珍しい! もっとよく見せて……」

「うちのヴァル子に属性とかナンとか一体何だいキモオヤジ。そンなに見たいなら、そら!」

 

 やたら饒舌な支配人に、青年は猟虫ヴァルフリューゲルを両手ですくって軽く放ると、彼女はぴょいと支配人の顔面に張り付く。前足はふわふわして気持ちいいが、意外に重いのと、中と後ろのかぎ爪のついた足でがっちり耳や顎を掴んでくるのだ。

 

 たまらず支配人は悲鳴を上げて尻もちをつく。ヴァルフリューゲルは支配人が倒れる前に、青年の手元に戻った。

 

「うはははは、嫌われちまッたネ。なんだい、虫専門の商人かい?」

「……そ、そうです! 私自身が虫オタ……マニアで、今は行商で手に入れた虫ちゃん達を運んでいるのです!」

「今の時期はちょうど()の虫が湧く時期だからねェ。よく売れるンでないかい」

「えぇ。虫ちゃんだけでなく、それらを一定期間飼育するための虫餌の需要も高くなるので、蜜なんかも運んでいます。虫商なら、これくらいの流れも読んでおかないと」

「全くその通りで。それで、羽の虫なンかが湧けば次は、――釣りのシーズンかネ」

 

 青年は口の端を吊り上げる。商売する者特有の、ねっとりとした笑みだ。

 

「……これは驚きました。このスジの者でなさそうなのに、そこまでお分かりになっているとは。貴方……何の商人です?」

「儂かい。儂ァハンターよ。商人兼ハンター、サ」

 

 にぱっと笑う青年。鋭利な印象の顔のわりに、長年商人の(その)道で育ってきたような人懐こい笑顔であった。

 

「へぇ、ハンターだったのですね。猟虫を連れていらっしゃるから、猟虫商かと思いましたよ。それで、ハンターと兼業ってのは稼げるんです?」

「あたぼうヨ、稼げるからやッてるに決まってるサ。――ま、うちの仲間のおかげでやれてンの。父サンは間違っても掛け持ちはしないことだ」

 

 青年は笑いながらひらひらと手を振る。確かに洒落た白と紅の着物と思っていたその服は、手の甲や足の甲に春夜鯉のような、滑らかな螺鈿(らでん)色の甲殻が縫い付けられている。

 よく見れば、青年の顔にもうっすらと、言われないと気づかないくらい薄い古傷がちらほらと。

 

 弁当を開きかけた支配人は、急に再び汗をかきだした。上等な手拭いでたぷついた顎をふきふき、そそくさと青年の荷車から立ち上がる。

 

「あの! 先を急いでおりますので。私はこの辺で」

「なンだい父サン。便所か?」

「ちがわい阿呆! ……おっと失礼。ドンドルマでまたお会いできるといいですね」

 

 支配人はいそいそと自分の乗っていた一番豪華な荷車に乗り込む。扉の隙間からビロードのソファーと、瑞々しい果物が見えた。

 

「あー、その果物売っておくれヨー。儂、バルバレ出てからこんがり肉しか食ってないの」

「誰が売るか阿呆!! ……おっと失礼!! 限りないご武運を~」

 

 支配人は怒鳴り声で号令を飛ばすと、従業員とアプトノスたちは不満そうにブーブー言いながら荷車に戻る。

 まるで工房の巨大な蒸気機関のように、商隊はのっそりと動き出した。

 

「限りないご武運を~」

 

 青年は、ハンター特有の仕草で大きく腕を振った。さらさらと装備のアクセサリーが擦れる。

 

 商隊は、赤土の道をまた踏み固めてゆく。遥か彼方のY字路で、南の方の道に曲がった。

 商隊が小さくなって見えなくなるまで、青年は眩しそうに手を振り続けた。

 

 

 

 ――やがて、青年は首を傾げる。

 

「ドンドルマ方面、そっちの道じゃねェのにな?」

 

 

 

 

 

 鉛筆の芯の角度だけ太陽が動いた頃、こんがり肉で適当に休憩を取った青年は、荷車を整えて運転席に乗り込んだ。

 

「さて、しっかり休んだし行きますぜ~」

 

 太ったガーグァの首の付け根あたりをがしがし撫でてやる。ここが一番ボリューミーで、触るととても気持ちがいいのだ。

 たっぷり日向ぼっこをしたガーグァはふかふかに膨らんで、彼のヴァルフリューゲル――ヴァル子と彼は名付けている――はその背にじっと留まっていた。

 

 ヴァル子もついでに撫でてやろうと手を伸ばした時だ。

 

 支配人に飛びついた後からずっと眠っていた彼女は、いきなり羽を激しく羽ばたかせる。

 ガーグァは驚いて身を揺すらせ、ヴァル子は青年の右腕――狩猟時に猟虫を留まらせる定位置に掴まった。

 

「ちょ、ヴァル子!? ということは!」

 

 独立して商売を始めた年月と同じだけハンター稼業をやってきた彼は、瞬時に察する。

 青年の体内の神経が一気に張り詰め、風向きが変わり始めた空を仰いだ。

 

 雲一つない晴天に、北から一点。

 こちらから見えるということは、あちらからも当然丸わかりだ。点はぐんぐん近づいてくる。

 

 青年は荷車から愛用の影蜘蛛ネルスキュラ素材の操虫棍、スニークロッドを取り出して、背負いながら疾走。荷車から離れる。

 戦闘になっても現金を乗せた荷車を巻き込まないようにするためと、飛ぶ生き物はたいてい地表の大きく動くものを注目する習性があるためだ。

 青年はスニークロッドを大げさに振り回して、荷車ではなく自分のところに着地するよう誘導する。

 

 点は、面に。面は、立体に。

 逆光でわからなかったが、徐々に近づいてくるにつれ、それは赤いことが分かる。

 

「“先生”のお出ましかい……!」

 

 怪鳥イャンクック。

 頭部のほぼすべてがクチバシで、ひれのような耳と赤い甲殻が特徴的なモンスター。

 大型モンスターを初めて狩猟する新人ハンターの狩猟対象になることが多いため、ハンターの間では“先生”の愛称で呼ばれている。

 しかし、“先生”だからと言って油断すると、返り討ちに合うのはよくある話だ。

 

 なんとしてでも荷車だけは死守しなければ――。

 青年はスニークロッドを振ってヴァル子を飛翔させる。

 

「ンゴゴゴゴ……」

 

 この個体は耳が全開で、気が立っていることが伺える。

 着地すると威嚇するように二本足で伸びあがり、翼を大きく広げる。

 

「傷つけやしないから、どうか大人しく帰っておくれヨ!」

 

 スニークロッドの印弾のインクを草に大きく弧を描くように擦り付けると、ヴァル子はそれに従って陽動するように空中を駆ける。イャンクックは気を取られてそちらに顔を向けた。

 

 青年は腰ポーチから非常用に持ち歩いているこやし玉を取り出すと、手首のスナップを効かせて投擲。

 ――しかし完璧な軌道のはずのそれは、ヴァル子に興味をなくして振り向いたイャンクックの翼の下をすり抜け、あえなく墜落する。

 

「あっ、外したぁッ!?」

「ンゴッ、ンゴッ!」

「わーっやめやがれこの鳥公(トリコウ)! 荷車だけは勘弁してくれィ!」

 

 イャンクックはこやし玉の臭いに驚いたのか飛び上がり、荷車の方へ一目散に走り出してしまう。 

 慌てて青年も走るももう遅い。イャンクックは歩幅の差から青年をぐんぐん引き離す。

 

 荷車を襲ってしまったら、このイャンクックはその瞬間に『無害な野生のモンスター』から『有害な狩猟対象のモンスター』へラベルが張り替えられてしまう。

 確かに討伐したイャンクックの素材は誰かの糧になるかもしれないが、果たしてそれは成るべくしてそう成った糧なのだろうか。

 

 あぁ、こういう正しい正しくないってのは頭がこんがらがって嫌だヨ――頭を振ってもやつく気持ちを振り払い、青年は全力で追いかける。

 

「!! グォ! グォ!」

 

 ところが、イャンクックは急に赤土の道で立ち止まる。一歩先に無防備な荷車があるのに全く興味を示さず、ふんふんと土のにおいを嗅いで、巨大なクチバシで土の表面をすくっては、ちがうちがう、と言うように首を振る。

まるで、何かを()()()()()ようだ。

 

「何してンのサ……?」

 

 ヴァル子を呼び戻した青年は、イャンクックを刺激をしないように離れたところから警戒を続ける。

 荷車に少しでも手を出そうものならすぐに斬りつけられるよう、スニークロッドは背負わず握ったままだ。

 

 やがてイャンクックは赤土の道に鼻を近づけたままの姿勢で、バルバレ方面に背を向けわたわたと歩いて行ってしまった。

 イャンクックは遥か遠くのY字路に差し掛かると、迷わずドンドルマ方面とは()()の――商隊の向かった道へ進んでゆく。

 イャンクックは、立体から面に、点になって地平線の彼方に消えてしまった。

 

「……」

「……」

 

 取り残された青年とヴァル子は、訳が分からずそれをぽつねんと眺めてしまったが、ハッと気づいた青年は荷車の運転席に飛び乗る。

 

「父サンが危ない――!!」

 

 商隊には護衛ハンターの姿も見受けられたが、何せあんなにたくさんの従業員がいる大規模の商隊だ。刺激されたイャンクックが火炎液でも吐けば、従業員や荷車、商品に被害が出る可能性は高いし、そもそもイャンクックが近づいただけで、青年のように様子見することなくあの支配人は討伐令をかけるかもしれない。

 

 支配人や商隊達も危ないが、同時にイャンクックの身も危険なのだ。

 

 青年は運転席に飛び乗って、イャンクックの接近にも関わらず呑気にも眠りこけていたガーグァの尻を叩く。

 

 下手くそな字と、綺麗な商標が描かれたのぼりが、風向きの変わった風に(ひるがえ)った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 



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4杯目 うたかたに詭弁を弄せよ ふたくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 太陽は、さらに鉛筆の芯三つ分の角度ほど沈んだだろうか。

 懐の懐中時計は、青年たちが商隊を追いかけ始めてからちょうど一周しようとしていた。

 

 ガーグァは赤土を蹴り上げ、力走する。

 見た目に反して意外と速い。ぐんぐんと風を追い抜くように加速し続ける。

 

 青年はスニークロッドの尖っていない印弾の方でガーグァの尻を叩きながら、手を水平にかざす。思わず眉間にしわが寄り、舌打ち。

 

「あのクソ商隊ども、やりあってンじゃん……!」

 

 前方に広がる金色の草原は、ところどころ抉れて赤土が露出している。

 けん引アプトノスは怯えきり、暴れたのかいくつかの荷車が横倒しになっている。

 荷車からは従業員たちが荷物を担いでばらばらと避難し始めていた。

 

 そして、イャンクック。

 

 足元では数人の護衛ハンターが応戦しているが、全く眼中に無い様子でキョロキョロと何かを探し回っていた。弓使いが放つ矢をものともせず、跳躍して横倒しになっている荷車へのしかかる。

 

 上等なはずの荷車は、その体重に、クチバシの質量に、あっけなく破壊された。

 

 

 

 無実なモンスターに故意でなくとも罪を着せてしまうのがヒトであることは、よくあること。

 

 いや、しかし――青年は頭を振る。とにかく今は仕事だ。

 

 商売を営む者は、いつだって利益の出る選択をし続けなければいけない。また、イャンクックに情を移していてはハンターの名が廃るというものだ。

 あくまで、動かぬ事実には冷静に、冷静に。

 

 青年は自分の荷車を離れたところへ雑に駐車し、スニークロッドと共に運転席から飛び降りる。ヴァル子も続いて飛び出した。

 

 頭部に斜めにつけていた仮面を被る。白地に紅の文様と花弁のような飾りのついた仮面だ。

 泡狐竜タマミツネの素材から設えられた衣装が、彼の(まと)う装備であった。

 

(わし)サ! 先程のハンターだ! 人命は大事か!」

 

 横転した荷車の影にうずくまっていた従業員たちがどよめく。互いに手当てをし合い、どうやら重傷人はなさそうだ。

 青年は怯えた表情たちへスニークロッドを振って『その場で待機』の合図を送り、イャンクックの方へ駆けてゆく。

 青年に気づいた護衛ハンターの一人が盾を構えながら応対を投げた。チャージアックス使いだ。

 

「護衛ハンターの方で怪我人は!」

「援護助かる! 怪我をしている護衛ハンターはいないから、ここは私たちに任せて貴方は――」

 

 うおっ! チャージアックス使いがイャンクックの吐いた火炎液を盾で弾くのを横目に追い抜き、青年はヴァル子をスニークロッドの印弾へ留まらせ振りかぶる。遠心力を利用してかっ飛ばした。

 ヴァル子はきりもみ回転をしながら突進してゆき、イャンクックの甲殻をわずかに削る。

 

「あの! 部外者はどうか立ち退き願います!」

 

 荷物に被害が出るのを恐れてか、荷車を破壊し続けるイャンクックに手出しできない護衛ハンターの一人が、青年に食ってかかる。大剣使いだ。

 青年は掴まれた腕をぐっと捻って容易く解くと、大剣使いに向かってがなり立てた。

 

「何言ってンのあんた達は! 暴れる先生を指くわえて見てろッてのかい! それでも護衛ハンターか!」

「いや、そうなのですが、事情があって……」

 

 ちがうちがう、とでも言うように首を振り続けるイャンクック。

 揉める青年と大剣使いをよそに荷車をあらかた破壊し尽くすと、既に半壊の荷車へ飛び乗った。従業員とけん引アプトノスがわっと散って、イャンクックは積んであったらしき木箱を次々とクチバシで砕いてゆく。

 

「――ああーっ! それだけは! ダメです! やめてください!!」

「父サン!?」

 

 先頭の一番豪華な荷車の窓から、ちょび髭の支配人が半身を乗り出して叫んでいた。召使いだろうか、支配人を従業員が飛び出さないよう必死に抑えている。

 

 瞬間、その丸い顔の血の気が引き、動きが止まった。

 

「――あ」

 

 イャンクックが壊した木箱から咥えだしたのは――盾虫クンチュウ。

 大きな甲殻を被った小型モンスターで、甲殻の色を生息地によって変える。

 甲殻の色を見るに、彼らはここから一番近い遺跡平原の個体だろうか。

 

 そして、彼らの体液はハンターの武具の加工に重宝される。

 彼らが一体何のために売られるのか、ハンターである青年には容易く見当がついた。

 

 これだ。見つけた。

 そう言わんばかりにイャンクックは空を仰ぎ、嬉しそうに丸呑みする。食道を丸まったクンチュウが通るのが、喉の皮膚の上から見えた。

 

「アンタさては、違法商人かッ――!!」

 

 凄まじい剣幕で怒鳴る青年。支配人の元へ殴り込みに行きそうなのを、今度は大剣使いが必死に止める。

 支配人は半身を窓から乗り出した格好のまま、脂汗でてかった顎を震わすだけで何も答えない。

 

「例え危険度が低い小型モンスターでも、生体でのやり取りは禁止されているはずだ! 商売するなら当たり前の規則を知っていて破ッたな!」

「……ぁ、っぁあ、っ」

 

「イャンクックはただ食料を追って来ただけ、というわけかい……!」

 

 だからイャンクックは、先ほど青年に遭っても襲わなかったわけだ。

 だから、青年の荷車に全く興味を示さなかったわけだ。

 だから、あのY字路でも商隊の通った道を迷わず選んだわけだ。

 

 青年はぎり、と歯ぎしりすると護衛ハンターら――大剣使い、チャージアックス使い、弓使いを睨む。全員、俯いて何も言わない。

 青年は、もはや掴む手に力の入っていない大剣使いを振り解くと、ヴァル子の足に括り付けている小さな容器に溜まった数滴のエキスを呷った。

 上昇する青年の心拍が、粘膜から吸収されたエキスの成分を全身へ巡らせ、仮面から覗く目つきが、ギラリと。

 

 一介の商人から――誇りを抱く狩人の目となる。

 

「大剣使いは」

 

 呼ばれた大剣使いはびくりと肩を震わす。

 

「クンチュウを逃げないように集めておけ。イャンクックにこれ以上食わせンな。

身軽そうなチャージアックス使いと弓使いは従業員とけん引アプトノスの避難を。絶対にこれ以上怪我人を出さないこと」

 

 遠くでチャージアックス使いと弓使いが、慌てて各々の得物を納める。

 

「それからクソオヤジ! さっさとそこから出て、チャージアックス使いと弓使いの誘導に従え! 間違っても商品を庇おうなんてマネはするんじゃねェ! ――人命が数付けられねェくらい高価なのは、知ってンだろう!」

 

 青ざめ脂汗でぎっとりした顔のまま、支配人は小さくうなずいた。

 

 ――ゆっくりと、イャンクックは振り向く。

 

 茜色になりつつある日を映した、澄んだ瞳と視線がかち合って。

 その瞳があまりに澄んで眩しくて。青年は静かに瞬きをした。

 

 ――ゆっくりと、目を開けて。

 青年は一歩踏み出した。

 

「はぁッ!」

 

 踊るように。流れるように。

 エキスの効能で強化された身体から繰り出す連撃は、動きに対応できなかったイャンクックの顔面に注ぎ込まれる。スニークロッドの鈴とミツネS一式装備のアクセサリーがしゃらしゃらと鳴った。

 

「ヴァル子っ!」

 

 名を呼びながら印弾で、連撃の区切りにと叩きつける。

 血の玉がぷつぷつと浮き出たヒビに、ヴァル子が付けられた印弾めがけて追撃した。

 

「クオオッ!」

「ちッ!」

 

 蹴飛ばそうとするイャンクックの足に、スニークロッドに引っ張られ伸びた体を無理やり縮め、すんでの所で回避する。こんな動きはエキスを摂取していない状態で行うと恐らく筋のどこかを痛めるだろう。仮面の下で、青年は少し乾いた唇を舐めた。

 

 イャンクックの体の下を走り抜けながら、鈴で呼び戻したヴァル子に括り付けた小瓶の中身に口をつける。

 エキス自体は無色だが、成分の割合によって小瓶の内側に張り付けてある試験用紙が白や橙に変色することで、効果を可視化することができるのだ。

 今ヴァル子が採ってきたエキスは赤。それを口内で分散する前に舌の裏へ滑り込ませる。舌の裏は血管が多く、また、舌の裏から摂取した成分は、身体の薬物代謝器官の長である肝臓を通過せず循環するために、エキスは舌の裏へ置くことが推奨されている。

 

 とろりとしていて無味無臭。口内の触れたところが少し熱くなるような感覚。五歩足を進めた頃にはすぐに、再び全身に力が戻っている。

 成分が体内で代謝され切る前に、青年はヴァル子にエキス採集の指示を出す。ヴァル子の羽音が唸った。

 

「クォッ、クォッ!」

 

 青年とヴァル子の敵意を完全に理解したイャンクックは、手当り次第攻撃しようと火炎液をばらまく。火炎液はイャンクックの口中では液体でも、外気に触れた瞬間酸素と反応して発火するのだ。

 草に付着した火炎液は風に吹かれると、ごうと天高く燃え上がった。

 

 既にイャンクックの背後にまわっていた青年は、前方のヴァル子にまだ気を取られているイャンクックに向かい、スニークロッドを地面に突き立てる。刃は草の根に食い込んで、青年の体重を容易に支えた。

 

 スニークロッドの噴出機構によって上方向に加速する青年は、空中で揃えた両足を空に蹴り上げ、体を捻って頭の位置を上に調整する。

 夕焼けづく大空を背に両手両足をいっぱいに広げて、彼は確かに一瞬だけ、日常にあふれる物理から解放される。

 

 慣性と、重力に、囚われるな、囚われるな。

 青年はスニークロッドの刃を振り被って地に向け、自分を呼び戻す引力に身をゆだねた。

 

「クアアアァァァ!?」

 

 どん、と落下。右翼の付け根、甲殻の発達した肩ではなく、比較的柔らかい脇をスニークロッドの刃は翼膜ごと深く切り裂く。骨を垂直方向にがりがりと削り、何本もの血管を断ち切る感覚がした。

 

 イャンクックが怯んだ隙に、青年はその背の鋭い突起を掴んで張り付いた。

 内腿でイャンクックの体をがっちり挟んで、スニークロッドが刺さったままの右翼付け根を剥ぎ取りナイフで繰り返し抉る。血と肉片がぼろぼろ穿(ほじく)れる。

 イャンクックがついに足を折る前に素早く手を放して、その巨体と、ぼたぼたと大量に降る血から大きく距離を取った。金色の草が赤黒く染まっていく。

 

 イャンクックは青年を追いかけようとするが、バランスを崩して初めて気づいた。右翼が肩からだらんと垂れて動かないのだ。青年は右翼の神経の根元も断ち切っていた。

 

 何度も羽ばたこうとするも、今やイャンクックの右翼はただの肉塊。暴れるうちに脱臼したのか、あり得ない方向へ右翼が肩関節から折れた。

 右翼の重みに耐えきれず、イャンクックは派手に倒れた。

 

「さぁ――お引き取り願う」

 

 ざん、と。スニークロッドの刃がイャンクックの右翼の翼膜を地に縫い付ける。

 イャンクックの瞳が、夕日に陰る雲を映した。

 

 イャンクックは状勢の不利を悟るとなおも必死に暴れ、スニークロッドに貫かれた自らの右翼を、そのクチバシで齧って無理やり千切る。

 

「クァ、クォ、クォア……」

 

 背を向け遺跡平原方面へ逃走を図るイャンクックに、一本の矢が放たれた。護衛ハンターのうちの一人、弓使いのものだ。

 それぞれの役割を終えた護衛ハンター達が集まってきたのだ。

 

 しかし、青年は腕を上げて制止する。

 ……放っておいても、あンな片翼じゃあ生き延びれンよ。静かに告げた。

 

 

 

 返り血に濡れた仮面の下の表情は、誰にも見えなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 うなだれる従業員たち、状況が分からず草をはみ続けるアプトノスたち、後ろ半分の荷車が大破した商隊。

 それらを夕日が茜色に包み込む。バルバレ方面の空には陣を描く烏の群れが見えた。

 

 商隊の運んでいたクンチュウは、護衛ハンター達によって遺跡平原の近くまで返されに行った。遺跡平原がここから近いとはいえ、足が遅いアプトノスに乗った護衛ハンターらが戻るのは夜になるだろう。

 彼らはバルバレで事情を知らずに雇われ、道中で高額の口止め料を支払われたのだという。その額は、およそ一か月は遊んで暮らせる程。そんな大金を貰えば、青年が駆け付けた時に知られまいと援護を拒んだのも仕方がないだろう。

 

 先頭の、一番豪華な荷車。支配人と青年は向き合ってビロードのソファに座る。青年がどかりと座ると、イャンクックの返り血がべっとりとソファについた。

 黄昏時の涼しい風が、ミツネSキャップを外した青年の稲穂色の髪を、彼の膝の上に鎮座するヴァル子の毛を撫でた。

 

「……その、ありがとうございました。助けてくれて」

「なンも。死人が出なかっただけ得だったネ」

 

 イャンクック撃退の報告書を記入しながら、青年はつっけんどんに応える。

 このハンターズギルドへの報告書を作成することで、個体数把握が円滑になる。結果、それはまだ見ぬ人々をモンスターによる事故から救う鍵になるかもしれない。護衛業を請け負うハンターであれば必須の報告書なのだ。

 宛ては『ドンドルマハンターズギルド』。青年がこれから向かう町のハンターズギルドだ。

 

「商隊の前半分は、養蜂場の光蟲ちゃんや、にが虫ちゃん達です。もうクンチュウちゃんはこの荷車には一匹もいません。……間違いありません」

「おう、さっき直接見て確認したサ。間違いねェわな」

「それらが無事なら、なんとか……いや、全部売っても大した儲けにならないし、むしろ赤字なのですが……」

「フン、お気の毒に」

「……」

「……」

「……その、……私を、通報しないのですか」

 

「勘違いすンな」

 

 突然、青年は支配人の後頭部を掴みソファの角に叩きつける。支配人の唇の端が切れた。

 

「アンタを見逃すんじゃあねェ。アンタをギルドナイトに押し付けても全く問題はねェの。だがそうしたらね、上司を失ったこの従業員たちは、アプトノスたちはどうなる? 犯罪者の下に居た、なンて履歴がかかっちまったら明日のオマンマも食えねェンだろう?」

「あ……」

「自分の尻は自分で拭うのは当然のこと、出した糞くらいも自分で手配して処理しろ。商人なら糞から出る(カネ)の流れくらい読めンだろうクソオヤジ」

「……」

 

 支配人は口の血と涎の泡もそのままに、首を垂れる。派手なアクセサリーがじゃらりと鳴った。

 

「我ら、商事《南天屋(ナンテンヤ)》は、モノを売るだけじゃあないの。『護衛』や『口止め』の各種サービスも対象サ。飛び込みサービスだがこれくらいで、安くしとくヨ」

 

 報告書の記入を終えた青年は、ひょいとテーブルの果物――果物の山の中で一番安価で、大ぶりなドドブラリンゴ――を一つ摘まむと、よっこらせなどとジジ臭い掛け声で立ち上がる。ヴァル子も青年の右腕に掴まった。

 懐から名刺とギルドカードを取り出すと、支配人の膝にぽんと置く。

 

「儂ァ《南天屋》の元締め、名はハルチカ(なり)。――機会があったら、またのご利用お待ちしてンぜ」

 

 ナンテンヤ、名刺とギルドカードに目を落としながら呟く支配人に、青年――ハルチカはにぱっと笑う。昼の時に見せた時と変わらない、人懐こい笑顔であった。

 

 

 

「限りないご武運を、クソオヤジ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ――後日、バルバレハンターズギルドの管轄する遺跡平原付近の草原で、気球観測隊により片翼のイャンクックの死骸が発見された。

 

 その後派遣された調査員によって、死因が失血死であること、また、十二指腸以降の消化管の中に何も入っていなかった――つまり、ここ三日間ほど何も食べておらず、死亡する直前に何かを満腹まで食べたことが判明した。

 

 このイャンクックは甲殻、翼膜、クチバシを調査員が素材として回収後、死体は遺跡平原のクンチュウの群れによって全て食われたという。

 

 ハルチカと支配人、商隊の従業員たちがそのことを知る由は、どこにもない。

 

 

 

 《南天屋》はこの支配人を手駒とするモンスター密輸業者組合と対立を極め、また、この支配人に《南天屋》は幾度も危機を救われることになるのだが――

 

 それもまた、別の話。

 

 

 

 

 





 ニャンクック。

 二番手はヤンキーです。不良商人です。


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5杯目 ワザモノ電竜食いつ食われつ ひとくち

わざもの【業物】
 切れ味の鋭い刃物。
 


 零細商事《南天屋》は、四人メンバー体制。

しかし、たった四人だけで全ての商売を回しているわけではない。

 

 アイルーのアルバイト――バイトアイルーを雇っているのだ。

 

 バイトアイルーは完全な雇用ではないため、メンバーに対しては『旦那さん』や『ご主人』と呼ばない。あくまで名前で呼び合うこととしている。

 

 ネコバァによって斡旋されてやって来た派遣アイルーも採用しているが、基本は直接雇用。歩合制で、働いた分だけ報酬が貰える。

 

 密かにリピート率の高い秘訣は、――必ずマタタビを四本貰えるから……なのだとか。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 寒冷期入りの、宵口。

 夕日は半分ほど欠け、徐々に浮き上がる星々がこれからの長い夜を暗示する。

 

 ハンターズギルドの定めるフィールドの一つ、森丘。その北東にある、エリア3で。

 ゲリョスネコ一式装備に身を包んだ小太りのアイルーが、一匹の甲虫種の小型モンスター、ランゴスタ相手に奮闘していた。

 ゲリョスネコメイルには、ナンテン印に黒星の『アルバイト』と書かれた小さなバッジがついている。

 

「ほニャ! ほニャッ!」

 

 ぶんぶんとゲリョスネコアンクが短い腕で振り回されるが、ランゴスタは小ばかにするようにふらふら飛び回るので上手く当たらない。

 

「アキツネさん! こりゃ! ちょっと! 当てるの難しいですニャア!」

 

 鼻息荒く追いかけるその様子を、のん気にも肉焼きセットで特産キノコ串を焼きながら一人のハンターが眺めている。

 名は、呼ばれた通りアキツネという。

 

 重厚な作りのセルタスS一式装備に、背負うは黒地と金の装飾が施された鉱石性のガンランス、ジェネラルパルド。質実剛健な作りから、ガンランス使い(ガンランサー)の間では人気が高い。

 彼は訛りのある低い声で、焼けたキノコをヘルムの下からムシャムシャやりながら答えた。

 

「……ムニエル、ブーメラン、使ってみンべよ」

「はぁ、えと、こうですかニャ?」

 

 その小太りのアイルー、ムニエルは慣れない手つきでブーメランを投げる。X型のそれはへろへろ飛んで――アキツネの頭に華麗にヒット。ぺそっ、と軽い音がした。

 しかしアキツネは、そんな軽い一撃に動じることなくキノコを飲み込む。

 

「ま、毒けむり玉も尽きたし今日はここいらにしといて……あとは明日に回してもいいべな」

「うぅ……アイツだけ、アイツだけぇ」

「……そンなら」

 

 アキツネは背負うジェネラルパルドを展開しながら、流れるような動作で一閃。

 決して素早い一撃ではないはずなのに、黒い銃刀は夕日を反射し、見事ランゴスタの羽を切り裂いた。

 ぼとりと墜落し、無様にも足をばたつかせる。

 

「わ! すごいニャア。オイラの旦那さんなら、こんなキレイに当てられないニャ」

「ウチの仲間は粒揃いだし、これくれェはできるようじゃねェと、クビだっぺや」

 

 言葉とは裏腹に、なかなか得意げなアキツネ。ヘルムの下ではちょっぴりニタついている。

 

「正社員への道は遠いニャア……旦那さんがいるから、オイラは正社員にはなれないけど」

「お(めぇ)サンはキッチンが本職だから仕方ねぇべよ」

 

 アキツネはジェネラルパルドを畳み、腰ポーチからチェックリストを取り出すと、緩慢な手つきで『正』の棒を一本足す。

 これまで書いた『正』は四つ。つまり、今日一日でランゴスタを二十匹討伐した。

 正直言って、多すぎる。これが、この依頼を定番と言わしめる由来であった。

 

 寒冷期入り――つまり、羽の虫の湧く季節。

 この時期の定番依頼は、ずばり『虫退治』。一年を通して定期的に大量発生する、ランゴスタの討伐だ。

 

 彼らは、調合素材分も合わせたありったけの毒けむり玉を持ち込んで挑んだものの、結果は惨敗。半日ですぐに手持ちを使い切り、防具の隙間に虫刺されをいくつも作ることとなってしまった。

 こんなことなら『突く』ガンランス使いの自分より、仲間である『薙ぐ』太刀使いや操虫棍使い、『弾をばら撒く』ライトボウガン使いにこの依頼をまわせばよかった、とアキツネはしみじみ後悔する。

 

「まぁ、時間いッぱいやつらの数減らして……無理だったら、ちゃあンと村の人サ伝えンべ?」

「うニャ……それもそうですニャね。あ、アキツネさん!」

 

 アキツネがハンターノートを、ムニエルがゲリョスネコアンクをしまおうとした、その時だ。

 ムニエルが夕と夜の濃淡が美しい空を指すと、何か輝くものが横切るように疾走している。白っぽい緑色だ。

 

「ここ一帯、アルコリス地方はこの時期流れ星も見えるんですニャア。きれいですニャねぇ」

 

 しかし、その流れ星は重力以上に加速して、こちらへ向かってくるのだ。

 

「あンだ、ここの流れ星ァ人に向かって落ちンべか?」

「ちちち違うニャ! なんですニャあれぇ――!」

「ムニエル、おれの後ろに下がれ」

 

 走って逃げるには間に合わない速度。アキツネは腕を振り回して慌てるムニエルを背に、咄嗟にジェネラルパルドを構えた。

 

 この依頼には大型モンスター出没情報は記載されていなかったが、『環境不安定』とされていた。『環境不安定』とは、狩場に大型モンスターの出没が予想されるコンディションのこと。あくまで可能性ではあるが……。

 彼らは最低限のアイテムこそ持ってきているものの、メインの虫退治専用の道具で埋まってしまっていた。

 

 まさに、想定したくない相手。

 

「シャアァァァァァァ――――!!」

 

 着地と、放電。アキツネとムニエルを、盾ごと吹っ飛ばす。

 輪郭が浮き始めた星々をかき消さんとばかりにまばゆく光り、彼は高らかに吠えた。

 岩陰まで吹っ飛ばされた一人と一匹には目もくれず、先程アキツネが落としたランゴスタに迷わず食いついた。体液が飛び散る。

 

 ()の名は、電竜ライゼクス。

 スタンダードな飛竜(ワイバーン)骨格に、黒光りする甲殻は無数の棘を持ち、触れれば軽く皮膚が切れてしまいそうだ。

 翼を二、三回軽く揺らせば突風が巻き起こる。寒冷期色に色あせ始めた草がなぎ倒された。

 

「ラ、ラ、ライゼクス!?」

「……お(めェ)、確か大型モンスターの相手は不得意だったンだっけか」

「ニャ、オイラは小型モンスター専門のオトモだニャ。大型モンスターはどうしても……」

「よし。ならその岩陰サ、ちゃンとついてンべよ」

 

 アキツネは、右腕の盾のベルトを素早くきつめに調節した。ヘルムの隙間から、狩る者の瞳がムニエルを見つめた。わずかに、ライゼクスへの怒りが含まれている。

 今二人の位置は隣接するエリアまで距離があり、相当な走力がないとあのライゼクスから逃れるのは厳しいだろう。

 

「アキツネさんは」

「やり過ごす。任せとけ!」

 

 アキツネはムニエルのいる岩陰を背に、得物を静かに構えた。

 走って逃げるのではなく、真っ向から対抗してやり過ごす。盾を持つ武器ならではの姿勢にライゼクスの瞳孔がぐわっと拡がり、爛々とアキツネを射止めた。喉を忌々しげに鳴らす。

 

「ヒルルルル……!」

「やンのが、あ゛ぁ!!」

 

 裂帛の気合と共に、銃槍の切っ先を空に向けて威嚇砲撃を二発。――振り下ろして手で弄ぶように回転させ、リロードした。殻薬莢が二つ、空に踊る。

 

「――キシュヮアアアアッ!!」

 

 いいだろう! と言わんばかりに叩き潰そうと、ライゼクスは右翼を振り上げた。それに対しアキツネは腰を低くし、受け流す。足元には大きな爪痕がつけられた。

 迷わず銃槍を切り上げ、翼爪に砲撃を二発。独特な硝煙の匂いにライゼクスの不快感が高まってゆく。

 

「ヒュルルルルル……!」

 

 ライゼクスは猛禽のような唸り声をあげて足元全体を尾で薙ぎ払うが、完全に防がれた。しかしその盾が金属製であることを勘で読んだのか、ライゼクスはさらに尾の先の鋏から電流を放つ。バチリ! と緑色の大きな火花が散った。

 

 押されたアキツネはムニエルのいる岩陰からライゼクスの意識を反らすため、受け止める構えから、いなす動きへ。アキツネは銃槍を抱え込むように納刀しながらバックターンで、半時計周りに回り込む。読み通り、大きな動きにライゼクスの赤い目は彼を追った。

 

 更なる追い打ちをかけるように、ライゼクスは電撃のブレスを放った。

 光の柱は、より伝導性の高いところを求めるように不規則に地表を走り、アキツネの足元へ迫る。それを間一髪、身を投げ出して回避した。本来なら動きやすさより堅牢さを追求しているセルタスSメイルが、グリーヴが、その自重に軋む。

 

「ぐッ……! 」 

 

 アキツネは歯を食いしばって地面を蹴り、転って、再度襲い来る叩きつけをかわす。

 乱れ始めた息を整えながらジェネラルパルドを展開し、ブレス後の硬直で目の前に投げ出された尻尾を銃身で打ち据えた。それ自身の高温に甲殻がわずかに溶け、尻尾の先の鋏が少し欠ける。

 

「クルルル……」

 

 さすがに堪えたのか、それともこのエリアのランゴスタが全て姿を消したことに腹を立てたのか、ライゼクスは苛立ちを隠すことなく唸って羽ばたく。

 風に煽られたジェネラルパルドを構えなおす頃には、星よりも明るい影は、今いる位置から南西に位置するエリア4へ去っていた。

 

 

 

 アキツネはジェネラルパルドを畳むと、背後の岩陰に声をかける。

 

「……援護、助かったべ」

「いえいえ、とんでもないですニャ」

 

 その岩陰から、手に薬草笛を携えたムニエルがのそのそと顔を出した。こっそり使っていたのだ。

 

「うまくやり過ごせて良かったニャア。それに、いくらオイラが採集専門のオトモとはいえ、雇い主を見捨てて逃げ出すオトモなんていますかい」

 

 ニャフフ、と笑って体を揺するたびに、背負っているゲリョスネコアンクの鈴がコロコロと鳴った。ついでにお腹もゆさゆさ揺れる。

 

「いやはや……ライゼクスはこのアルコリス地方では『空の悪漢』とか呼ばれてるんですニャよ? それをアンタは一人で相手してしまった。怖かったけど、いいもの見ましたニャ」

「……ンいや、おれも一人だとなかなか追い詰めらンね。防戦一方で、たまに反撃というくれェだ」

 

 アキツネはため息をつきつき頭を振って、やっとセルタスSヘルムを脱いだ。中から曇天色のゆるく巻かれた髪がこぼれる。

 色白で、への字口の青年だ。まだそれほど乾いた季節ではないのに、ヘルムとこすれた髪は静電気がパチパチとはじける。

 

「ッたく……このセルタスS一式装備ァ、電気を通しやすいとか何とかで雷を操る奴はあンまし相手にしたくねェ。変な事故が起こんなぐて()がったべ」

 

 装備が帯電しているこの現象を、ハンターズギルドやハンター達は『雷属性やられ』と呼ぶ。この状態にモンスターの攻撃といった衝撃が何回か加わると、装備の内で放電が起き、人体にショックが起きる可能性があるのだ。

 そんなものを与えられると、脆い人体は一時的に神経をやられてしまう。

 

 『雷属性やられ』は、ハンター達の最も配慮しなければならない状態異常の一つであった。

 

「電気を通さないというと、オイラみたいにゲリョスの装備とか、無いですニャ?」

「うちはお金無ェから、これが精いっぱいの一張羅なの」

 

 んー……と唸りながらわしわしと前髪を掻き揚げると、ようやく髪型が落ち着いた。

 寒冷期入りの冷たい夜風を肺に取り込み、アキツネは緊張が解けたのか、ぷは、と深呼吸。

 その目は林檎色、ジトリとムニエルに向けられた。もともとそういう目つきなのだ。

 

「――ま、食うだけ食い散らかして礼も言わねェあいつァ、おれが直々にボコす。食に携わる者として、絶対に許せねェ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 一人と一匹が森丘に入って、二日目の夜。

 星の瞬くベースキャンプに、彼らは足取り重く帰還した。

 

「ウニャ……今日も奴に邪魔されちまいましたニャア」

 

 元々体が大きめなのに、静電気でさらに膨れたムニエル。ゲリョスネコ装備の下は何ともないのに、尻尾や足など装備の無いところはもふもふ、という珍妙な格好になっている。

 

「……今日一日で三十七匹。昨日のと合わせると、普通の虫退治の依頼ならとっくに終わっている数なんだけっともなァ」

 

 今日もランゴスタを追いかけまわしたが、狙っているものが同じだからかライゼクスがこちらを敵視して、とにかく攻撃してくる。そのたびにいちいち隣のエリアまで逃げるか、ライゼクスがエリア移動するまでアキツネが相手する──といった一日であった。

 ランゴスタをいかに効率よく討伐するか、また、ライゼクスの乱入をどう対処するかが問題であった。

 

 体のあちこちにかすり傷を作った彼らだったが、彼らの料理人気質は空腹のまま寝床につくのを許さない。

 彼らは、遅めの夕食を取ることとした。

 

 

 

 キャンプ備え付けの焚火に、その上に吊るされた鍋はコトコトと上機嫌に歌う。

 ふかふかミトンで蓋を開ければ、夜の空にぶわりと湯気が立ち上る。

 

「アキツネさん、上手にできましたニャア!」

 

 ビン詰めのシナトマトと寒冷期入りのベルナス、規格外サイズの特産キノコ。真ん中にはとろけた熟成チーズが二つ、満月のようにぽっかりと浮かんでいる。

 

 ムニエルは味見にと木の匙ですくって、ふぅふぅと。ふぅふぅ、ふぅふぅ……。

 唇につけるか迷っているその匙は、「……いただきます」。頭上からひょいと横取りされる。

 

「ン、おぉ、……まぁ、マシになったべか」

 

 への字口は変わらずに、目頭の下あたりに微妙なしわを寄せてアキツネはもごもごと感想を述べた。柔らかなウェーブの髪が、鍋の湯気に煽られている。

 

「アキツネさんアキツネさん、冷めたらオイラにも。……うぇっ、多少マシ? やっぱり不味いニャア」

 ムニエルは怪訝そうな顔をした。「スープ自体は絶品なんだけどニャア」

 

 今回彼らを悩ませる依頼は、実は虫退治だけではない。ハンターズギルドからの『改良版携帯食料の考案』だ。

 普段ハンター達の手にしている支給品は、日進月歩の技術の発展によって定期的に改良されており、それを支えるのは、《南天屋》の仕事の一つでもある。

 今回の依頼では、更なる生産性と品質の向上……がテーマとなっている。

 

 これが、アキツネが数あるバイトアイルーの中から、キッチン経験のあるムニエルを指名した理由でもあった。

 

「ン、スープに入れたら元に戻るかと思ッたけッとも、芯の方ァもっと煮詰めねェとダメだな」

「ココットライス、栄養価的にはバッチリだけど、お餅にしたらやっぱり硬くなっちゃいますニャア」

「……米粉にして混ぜてェが、加工に金と労力がかかッちまう。やっぱし米系はダメだべかァ」

 

 携帯食料は、油を混ぜたウォーミル麦の粉を焼いて作られている。クッキーのようなものだ。

 単価を下げるため、またウォーミル麦が不作の年でも安定して生産できるようにと、既存の生地を再現したものに潰したココットライスを入れてみたのだが……結果はご覧の有様である。

 

 匙でスープに浮いたそれをすくい、口に入れて、ごりごりとした食感にアキツネはまた目頭にしわを寄せた。

 

「ンン……これ顎が疲れンべなァ……」

「ええと、アキツネさん、ご飯炊けたニャア?」

 

 見れば、ムニエルが肉焼きセットの簡易火起こし器にかけた釜の世話をしてくれていた。蓋を持ち上げると、中のつやつやした純白のココットライスが覗く。二人はふくよかな香りにウットリした。

 

「ン、ご苦労サン。じゃ、魚焼けンのを待ちながら飯食うかい」

 

 アキツネはベースキャンプで釣れたサシミウオを捌いたのを網にかけ、釜と替わって火にかける。ヒレや皮がきゅうっと縮こまったタイミングで、醤油と味醂(みりん)がベースの甘辛いタレをかければ、香ばしい匂いがたまらない。サシミウオの蒲焼き風だ。

 

 改めまして、いただきます。

 一人と一匹は手を合わせた。《南天屋》は、食事前に手を合わせるのが絶対の掟なのだ。

 

 ムニエルはスープをふぅふぅしながら、テントの天井から糸で吊り下げられた欠片を指した。だいたい、両手大ほどの大きさであろうか。

 

「そういえば、さっきアキツネさんが吊るしたコレ、何ですかニャア?」

「……それァ、今日ヤツと戦った時の落とし物の、圧電甲。明かりになると思ってよ。ライゼクスはそれに電気エネルギーを貯めて……こう、虫をビシッとやるんだべよ」

 

 米を頬張る箸は休めず、ぬぅ、と伸ばした片手でぱくぱく挟むような動きをするアキツネ。どうやらライゼクスの尻尾の先の(はさみ)を表しているらしい。

 

「その動き、なんだかフルフルみたいだニャア……」

 

 ムニエルが匙を咥えた時だ。どこかからか光蟲がやってきて、圧電甲にふらりと吸い寄せられる。すると、触れた瞬間にパチンと火花が飛んだ。ひっくり返ってもがいているところをみると、ショックでおかしくなってしまったらしい。

 

「おぉ、食事中に縁起の悪いニャア……」

「……」

「……アキツネさん?」

「……これだ。虫退治、これで進めンべよ」

「ニャ?」

 

 アキツネはおもむろに椀と箸を置き、ゆらりと立ち上がる。上背の高い彼は、座っているムニエルからすると文字通り見上げるほどだ。

 それも相まって、彼の今のニタニタ笑顔は……正直、ちょっと怖い。

 

「奴を、ランゴスタ狩りに利用してやンベ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 作中に入れる場所が見つからなかったので、ムニエルの設定だけ。
 ココット村生まれのムニエル。旦那さんは、自分の畑を小型モンスターから守れる程度の、小規模活動していたハンターです。
 キッチンアイルーとして働いていましたが、旦那さんが老齢でハンターを引退するとともに、もっと外の世界の食について探求したいと一念発起。その時偶然旦那さんのところに訪れていた《南天屋》のバイトアイルーになりました。
 ゲリョスネコ一式装備は、《南天屋》の貸出品です。

 アルバイトの頻度は高くなく、三か月に一回程度のため、普段はご隠居生活の旦那さんとのんびり、時々一緒に森丘近くへ、大型モンスターのいないときに採集に出かけて暮らしています。


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6杯目 ワザモノ電竜食いつ食われつ ふたくち

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

「で、この圧電甲をどうやって使うのですかニャア?」

 

 日は昇り、朝の森丘。寒冷期入りの爽やかな冷たい風が、西から吹く。

 抜けるような空を見上げればランゴスタの集団が点在していた。朝と夕の時間帯は、ランゴスタといった羽虫の動きが活発になるのだ。

 

 朝食に余ったパンを(かじ)りながら、ムニエルは腹を揺すらせアキツネを見上げる。

 

「……ま、見てろ。ムニエル」

 

 アキツネは、ゲリョスネコアンクに括り付けた圧電甲をコツンと手の甲で小突く。

 その手の甲――セルタスSアームは、分厚い鍋つかみを()めている。絶縁性が高く、圧電甲に触っても痺れないようにだ。

 白兎獣ウルクススのワッペンがついていて、男性が使うには少々可愛らしいもの。本人曰く、買い物したときに福引きで当たったらしい。

 離れて見れば、全身重装備に鍋つかみ、というかなり異様な光景だ。

 

 アキツネが角笛を吹くと、ランゴスタの気が引き付けられてふらふらとやってくる。

 

「ぃよッ……と」

 

 手のゲリョスネコアンクを蝿叩きのように振る。圧電甲がランゴスタの羽の先に触れたかと思うと──

 

 バチン!

 

 火花が散ったかと思えば、ランゴスタは力なく地に落ちた。手足をひくつかせ、覗き込むムニエルの顔も目に映っていないようだ。

 

「わ、こりゃあすごいニャア! かすっただけなのに一撃で!」

「ライゼクスは、その帯電した体を使ってランゴスタをショック死させ、捕食するんだと。習性サ、逆に利用してやンべ」

「やっぱりアキツネさんほどの実力もあれば、モンスターについても物知りなんですニャア」

「いや、全部うちの仲間の受け売りなんだけッとも……」

 

 ばつの悪そうに頬をかくアキツネ。しかもヘルムの上から。

 

「へぇ。じゃあ、最初から圧電甲を持ってくれば良かったんじゃないですかニャア」

「ぐっ……うちァ金ねェから、狩ったモンスターの素材サすぐ売っちまうの」

 

 しかも昨夜飯サ食ってるときの光蟲を見て、やッとこさ思い出したンだべ、と畳んだジェネラルパルドに寄りかかり、億劫そうに顎を乗せる。

 

「もしかして……アキツネさんってあんまり頭脳派ではニャい?」

「ン」

 

 普段ぼそぼそと喋るくせに、ここだけは即答した。

 アキツネは、セルタスSヘルムの隙間からむふぅ、と不服そうにため息をつく。

 

「正直な、ランゴスタ退治にライゼクス対処、携帯食料開発の同時並行で頭破裂しそうなンだべよ? むしろまだ何も破綻してねェ時点で、褒めてほしいべ」

「破綻してないんじゃなくて、何も進んでいない状態ですニャ」

「……クソ正論が」

 

 アキツネはジェネラルパルドを展開すると、ゆっくりと振り返る。

 

「でも今ァ、この圧電甲を使うより簡単にランゴスタを一掃できる方法があンだよな」

 

 のしり、と土の陥没する音とも、衝撃ともつかない感覚。

 ランゴスタの活動時間に、ヤツが動かないわけがない。

 こちらのことを、今日もヤツは待っていたのだ。

 

「……おれ、誘導するとか変に気遣って立ち回るの、苦手なんだけっとも」

 

 アキツネはジェネラルパルドをリロードして、弾でやや移動した重心をその手に収める。

 圧電甲のくくり付けられたゲリョスネコアンクと薬草笛を握りながら、ムニエルは緊張に震えた。腹は揺すられ、固唾を飲み込む。

 

「そう言ったって、撤退じゃなくて撃退を提案したのはアキツネさんじゃないですかニャア!」

「うるせェ、高ェ報酬金がかかッてるの!」

虻蜂(あぶはち)取らず、ならぬランゴスタライゼクス取らず! ですニャアアアアアァァ――!!」

 

 キシャアアアァァァ――――!!

 

 空の暴君は、虫けら二人に咆哮した。

 

 

 

  △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 基本的に、盾役とは綺麗な戦い方はできない。

 足元に張り付き、削り、削られ、距離を取られれば必死に走り、また張り付く。その繰り返し、繰り返し。

 

 勿論。

 反撃の一閃でモンスターの猛攻をかいくぐるあの武器も。

 狩場を無数の弾によって支配下に置くあの武器も。

 虫と共に颯爽と空を駆けるあの武器も。

 

 憧れたことがないといえば嘘になる。

 

 ――なんてなァ。

 お前らがそんなに自由できンのは、盾役の、このおれがいるからだべよ。

 

 ライゼクスの突き立てる鋏のような尾を、盾で受け流してやり過ごす。堅牢なセルタスS一式装備がガードしたときの衝撃を緩和させ、体への負担を軽減させる。

 

 地面に突き刺さり、抜くのにもたつく尾に砲撃を叩きこむ。甲殻の表面が焼けるが、砲撃の真髄は熱だけではなく、それ自体の持つエネルギー。甲殻の下のやわらかい肉が破壊され、内出血が起こった。

 いわゆる『肉質無視ダメージ』の一つだ。強靭なからだを持つモンスターに対抗すべく、ヒトが研いだ牙の一つでもある。

 

「まだまだ!」

 

 アキツネは砲撃した箇所に突きを連続で繰り出す。熱で若干脆くなった甲殻の棘を、一気に叩き壊すことに成功した。

 崩すには内側から。これが銃槍使いのセオリーである。パーティ狩りであればこの傷を全員で集中的に狙うことで、効率よく相手にダメージを負わせられる。

 

 盾役とは、一番初めにモンスターに接触し、狩りの起点をつくる役でもあるのだ。

 

「シャアアアァァァ!」

 

 二連続、袈裟懸けに斬るように振り回される角も受け止める。その太腿へ斬り上げ、砲撃。堅実な立ち回りを続ける。

 

 続けて、電気ブレス。光の柱がいくつも作られ、周囲を朝日よりも眩しく染め上げる。

 滞留したかと思えば、駆け巡る。天敵の襲来に逃げようとしていたランゴスタ数匹も巻き込まれて、ショックを受けたものが次々と墜落していった。

 

 

 

「えぇっと、いち、にぃ、さん、……っと」

 

 アキツネの戦闘を気に留めつつ、ムニエルは岩陰でチェックリストに『正』を書き足した。

 新たに倒したランゴスタの数だ。

 目標討伐数まで、あと十九匹。これほど一気に狩れるのは、たいへん効率が良いと言えるだろう。

 制限時間に、間に合うかもしれませんニャア……!

 ムニエルは、ぐっとゲリョスネコアンクを握りしめた。

 

 

 

 昨夜のこと。

 圧電甲に触れてしまった光蟲の死骸を見つめるアキツネは提案した。ライゼクスの電気ショックでランゴスタを一掃できないか、と。

 ライゼクスを攻撃して刺激を与えつつ、その電撃でランゴスタをまとめて討伐するのだ。おまけに、運が良ければライゼクスの撃退もできるだろう。

 ヤツに利用されるのではなく、角笛と餌であるランゴスタを使って森丘じゅう引きずりまわし、むしろ利用してやろうという考えだ。

 

「ヒュロロロ……」

「!」

 

 予備動作なしの突進を咄嗟にガンランスごと身を翻して躱すが、甲殻の突起にひっかけられて吹き飛ばされてしまう。乱れ始めた息を、肺全てに酸素がいきわたるように浅い呼吸を繰り返すことで、なんとか元に戻す。

 ここまで、ほぼ反射的に行う。

 

 攻める、守る、攻める、守る。ランゴスタがエリアから全て倒されると、すぐに移動。根くらべだ。

 向こうもアキツネ達の考えに気づき始めたのか、やたらめったらに威嚇で雷撃を放つのではなく、アキツネを“倒す”目的で攻撃してくるようになった。

 

 隙が見えればギリギリまで斬撃と砲撃を叩き込む。深追いは許されず、誤って少しでも余計にジェネラルパルドを振ろうものなら雷撃の追い打ちが襲い来る。すべてを防いで、見切って、いなして、捌ききって、じわじわと確実に追い詰めていく。ガンランスは、相手とのこの距離の感覚がたまらない。

 

 でも。全て感覚でやっちまうなンて案外、狩猟と料理はどこか似ているのかもしれねェな。

 最も、そんなことを口にすれば、仲間たちから非難を浴びせられかねないが。

 

「シャアアアァァァ――!」

 

 ライゼクスは飛翔し、その透き通った翼膜を輝かせる。まるで飴細工のようだ。 

 盾で防ぐはその眩むばかりの光と、一拍遅れてやってくる衝撃。盾を垂直に掲げると押しつぶされるので、斜めに地面に付き刺し固定するようにしてやり過ごした。

 視界の端では、またランゴスタが数匹バラバラに切り裂かれて、あるいは電気ショックに神経をやられて、墜落する。

 

 止めていた息を吐きだし、体を反転させて銃槍を振るう。既に息は上がり切っていてヘルムの中は熱がこもり、肌がべたつく。

 鋏状の尾が、足元に位置するアキツネに応じる。まるで別の生き物の様にうごめき、まばゆく放電した。

 

「……食らうかよ」

 

 一昨日は盾越しにその電撃に触れ、雷属性やられを食らってしまった。

 しかし、今日それを吸収するは――白兎獣印の安っぽい鍋つかみ。

 分厚い絶縁体であるそれは見事に電流をさえぎり、使い込まれた表面が毛羽立つのみである。

 

 砲撃の引き金が扱いづらいので、ミトン状であったそれは人差し指だけ自由に動くように、雑に裁断され繕われている。今朝、出発前に急いでこしらえたのだ。作った企業が見ればきっと泣き出すだろう。

 

 反動で硬直しているライゼクスに、容赦なく引き金を引いて砲撃を見舞う。鋭く堅い甲殻の表面が煤に焦げ、内部の肉に着実にダメージが入る。それは目には見えずとも、ライゼクスの疲労の元に、アキツネの突き入る隙となる。

 

 そして、クエスト開始時刻から日が三回沈んだ頃――つまり三日目の夜いっぱいで、遂にライゼクスは彼らに()()()()()()()

 

「アキツネさん! ランゴスタ、全て討伐完了ですニャア!」

 ムニエルの叫び声。彼もライゼクスの雷撃に当たらなかった個体の細かい処理に、圧電甲がくくり付けられたゲリョスネコアンクで助力してくれていた。

 

「――っしゃ、撤退するべ! そら、お(めェ)さんもお疲れ様ッ」

 

 アキツネはライゼクスの振り下ろされる翼を潜り抜けて、ムニエルに渡されたランゴスタの死骸をライゼクスの方へ放る。

 ライゼクスは放られたランゴスタを口でキャッチし、丸呑みにした。

 

 すると急に頭を伏せ、口の中のものを全部吐き出して倒れ込んだ。目を白黒させるライゼクス。

 

「……ムニエルの用意してくれたランゴスタの味、どうだべか?」

「照れますニャア、アキツネさん。オイラもライゼクスと戦うための力になれて良かったニャ」

 

 ざり、と。ライゼクスの鼻先の前までセルタスSグリーヴが歩み寄る。ライゼクスはひっくりかえったまま、赤い瞳で彼を睨みつけた。

 

 アキツネが放ったランゴスタは、ムニエルがゲリョスネコアンクの毒で殺したもの。毒が回り切ったランゴスタは相当危ない味がするのだろう。ライゼクスは驚いて吐き出してしまったのだ。敵ながら、あっぱれな生体反応である。

 

「手伝い、感謝すンべ。……だけどよ、おれらィの邪魔したことは許せねェべな」

 

 アキツネはライゼクスの背後までまわり、その尻尾にジェネラルパルドの切っ先を向ける。それを合図に、ムニエルは耳をふさいだ。

 

「次からは自分で飯サ用意するんだべな。人様から出してもらった飯も美味ェが……自分で一から用意した飯も、また美味いンだべよ」

 

 大きく腰を落としてその鍋つかみで引くは、砲撃の引き金ではなく、隣のレバー。

 一気に銃身が熱を高める。その高温とは、エネルギー。エネルギーは衝撃を生む運動力となって、カスケードに連鎖した火薬によって何倍も膨れ上がった。

 

「――狩らざる者、食うべからず」

 

 寒色の森丘に、轟音が響き渡った。

 

 

 

 ――その後、一頭のライゼクスがふらふらになって森丘の奥の山へ飛んでいくのを、気球観測隊が見かけたそうな。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「お兄ちゃん、あのライゼクスの尻尾切ったんだって!? さすがハンターだねぇ~!」

「ウチの畑からランゴスタがいなくなったんだわ! 今日の野菜はサービスしとくからね!」

「お兄ちゃん、旅の身なんだって? 現地妻とか興味ないかい! ウチの娘は力持ちだよぉ~~!!」

 

 赤くなった葉も落ちきった、ココット村の井戸端前。

 野菜の買い付けに来ていたアキツネは、何人ものおばちゃんに捉えられていた。

 

「そんなこといったらウチの畑は土がいいよ! 毎年他の農家と比べてたんと米が採れるの!」

「それにしても背おっきいし体つきも最高だねぇ~! ウチの畑、他所より広いから力仕事に欲しいわぁ~!」

「お兄ちゃん、ウチの婿養子にならないかい?」

 

 畑に欲しいって、おれ、ポポじゃねンだから。

 哀れ、おばちゃんの言葉の多さに、アキツネはネルスキュラに捉えられたゲリョスが困惑するが如く、その林檎色の瞳をぐるぐるさせてしまう。

 

 ――彼は、いわゆるコミュ症なのだ。女性の前だと特に酷い。

 

 あ、あの、結婚とか、興味ないンで。

 絞り出した遠慮の言葉も、その奔流の前では手洗い場の水に過ぎない。

 

「やだ~控えめで可愛いねぇ!! 大人しい子、おばちゃんの好みぃ~~!」

「アタシはもうちょっとガツガツしたのがいいんだけどねぇ」

「でも、この子が若い女の子の前だとどんな態度になるか、アタシ気になるわぁ~~!」

 

 なンか勝手に話題がアッチの方へ……。アキツネはこの会議の氾濫をどうしていいかわからず、広い背を縮める。

 すると、彼の着ているエプロンの裾を引っ張る手があった。

 ムニエルだ。帰りが遅くて心配しにやってきてくれたのだ。

 

「こ、この辺で失礼します……すンません」

 

 もともと頭を下げている姿勢なのに更に頭を低くすると、黄色い声が上がる。また明日おいでねぇ、とか、また来てねぇ、とか、ウチに婿養子においでねぇ、とかとか。

 イャンクックのついばみのように何度も会釈して、逃げるようにその場を去った。

 

 

 

「くッそ……これだから田舎のババァってモンはよ……」

 

 村の安宿に戻ったアキツネは、椅子に座り込んで姿勢を崩した。

 への字口から漏れる悪態は現地人の耳に入れば非難囂々(ごうごう)ものであるが、苦悶し体を丸める様子はかなり痛々しい。

 そんな彼に、ムニエルは健気にも茶を一杯出してやる。彼がココット村に滞在している間じゅう、お暇を旦那さんからもらっているのだ。

 

「何なンだべ、女相手の話まで持ち出すなンてよ……恥ずかしくッて逆に婿に行けねぇべや?」

「ライゼクスと単身でやり合うなんて、この村ではなかなか聞けない話ですからニャア。おばさん方に付き合ってあげてエライですニャ」

「……次ァ、絶対に誰か仲間と来ッから」

 

 目元にしわを寄せたままアキツネは茶を啜る。喋るたびにほこほこと湯気が揺らめいた。

 「なんとか元気を取り戻したようで良かったかニャ?」とムニエルはもともと細い目をさらに細め、今度は台所へ視線を向ける。

 

「それで、ギルドの依頼品、できましたかニャ?」

「ン、それがよ……クック豆を買い出しに行こうとしたら、もうランゴスタにやられちまった後だと」

 

 クック豆はこの地方では有名な作物だ。アキツネは、今度は豆を携帯食料の生地に混ぜることで、コストパフォーマンスを下げるつもりであった。ついでに栄養価もアップだ。

 しかし今年の収穫時期がランゴスタの湧く季節と重なってしまい、クック豆畑は甚大な被害を被ったという。

 わずかに採れたものも、既に他の商人が高値で買い取っていた。アキツネは張り合えるほどの持ち合わせはなく、通常の数倍の価格にあえなく撃沈したのだ。

 

「確かに、クック豆はどこの店からも消えていたようにゃ……」

「……ここまで付き合わせちまったのに、申し訳ねェ。詰んだべ」

 

 先程の疲労も相まってか、アキツネは机に突っ伏してしまう。

 開けられた窓からやって来たのか、一匹の釣りフィーバエがアキツネを馬鹿にするように湯飲みに止まった。彼はそれを払う気力もなく放置する。

 

 しかし、それを見たムニエルが耳をピクリとさせる。ついでに腹もゆさりと揺れる。

 

「あ、アキツネさん」

「……ン、なんだ」

「ライゼクスの尻尾、まだありますかニャ」

「……あぁ、明日にでも売っちまおうかと思っていたけっとも」

「ライゼクスの尻尾、とっても大きいですニャ」

「……」

「あれひとつで、携帯食料はいくつ作れるんでしょうかニャ~」

「……お前サン、天才か」

 

 

 料理人魂がここに二つ、ごうと激しく燃え盛った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『 《南天屋商事》 アキツネ様 ムニエル様

 

 携帯食料改良の選考結果の通知について 

 

 この度は、携帯食料改良の試作作製にご協力いただきありがとうございました。

 誠に残念ながら今回はご期待に添えない結果となりました。 折角アルコリス地方まで足を伸ばして頂いたにも関わらず、誠に申し訳ございません。 手紙にて大変失礼とは存じますが、何卒ご了承くださいますようお願い致します。

 

 ……あのね、食べたら電気でビリビリしたんだけど! 新大陸で採用されているような、もっと高い火力で加工してくださーい!!

 (by開発部一同)

 

 末筆になりますが、貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。

 

 ハンターズギルド開発部 支給品課 食品部門 携帯食料部 』

 

 

 

 そりゃこうなるよな――……。

 ドンドルマのとある一角で、ココット村のとある一角で、一人と一匹が肩を落としたような。

 

 

 

 彼らは再び携帯食料開発にリベンジするのだが――

 

 それはまた、別の話。

 

 

 

 

 



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7杯目 愚兄、北風の狩人にて ひとくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 零下の世界。

 

 走っている最中でさえ、極寒の北風が防具を通して肌に刺さる。ホットドリンクを飲んでいてもなお、だ。

 

 ふぅ、ふぅ、と。わずかに、装備のマスクの下で息が上がっている。青年の視線は激しく移り変わりながらも、しかし、その右目は眼帯を当てている。隻眼なのだ。

 

 身にまとうは周囲の雪に馴染まぬ、紫。刺々しい甲殻と大きな飾り紐が特徴的なガルルガS一式装備。

 

 ガンナーの防具は普通、左のアームが強靭になるように設計されている。剣士の防具と比べて軽くても、構えた時に体の左側の防御力を保つためだ。

 青年のガルルガS一式装備はアームが右になっている。──つまり、通常のデザインと左右が逆。彼は左利きのガンナーだった。

 

 左肩に背負うは漆黒のライトボウガン、ヒドゥンゲイズ。

 迅竜ナルガクルガの素材のしなやかさをシンプルなデザインにまとめ、強力な狙撃を可能としている。通常のライトボウガンより長く大型なのは、狙撃の威力を更に高めるロングバレルを装着しているからだ。

 

 積もった雪をぐっと踏みしめてヒドゥンゲイズを構える動きは、見栄を切るようにわざと大きく。

 ガンナーらしくない剣士さながらの立ち回り。青年は、この狩猟で陽動の役割を担っていた。

 

 その反対側、青年が常に気にかけているのは思春期ごろの少女。

 フチが厚い眼鏡にまだ丸みがかった体つきで、フラヒヤ地方の駆け出しハンターが愛用するマフモフ一式装備に身を包んでいる。

 眼鏡越しの碧眼とヘビィボウガン、アルバレストの銃口はそろって前を睨み、額からはつうと汗が流れる。懸命に照準を定めていた。

 

 銀に似た雪の色と、冷たい石を思わせる灰色の縞模様を持つ細身の鳥竜種、ドスギアノス。

 

 王立古生物書士隊、通称『書士隊』からは大型モンスターではなく中型モンスターに分類されている。それでも、少女が見上げるくらいの巨躯。

 おどろおどろしい黄の眼を向け、だみ声で威嚇したかと思うと即座に噛みついてきた。間一髪の前転で身をかわす少女。

 

 よろけた少女に、子分のギアノスが飛びかかる。──しかし。

 

 パシュン!

 左足首を撃ち砕かれて、ギアノスの狙いは外れた。無様に墜落すると二度と立ち上がれぬ足で苦痛に悶える。雪が赤黒く汚れていく。

 

 目を離さずにリロードしながら、青年はフンと鼻を鳴らした。

 

「しのぎの削り合いに水を差すのは野暮も過ぎるというものだ。お前らの相手は、この俺だぞ?」

 

 

 ここは狩場、雪山の中腹であるエリア6。南と東西を岩壁に囲まれていて、頂上のエリア7へ至る場所だ。夜の狩猟ではあるが、月が明るく視界は良好。高低差や障害物が少ないこのエリアはガンナーである二人にとって好都合だ。

 彼らはそれなりに長時間対峙しているものの、じり、じり、と。確実に勝利を手繰り寄せてきている。

 今まさに、狩りの決着がつこうとしていた。

 

「ギァオオオッ!」

「っ!」

 

 ドスギアノスの噛みつきの後の隙に放つ、アルバレストのLv2通常弾。鱗が数枚はじけ飛ぶが致命傷には至らない。ドスギアノスは忌々しそうに少女へ素早く振り返り、再び牙を剥きだしにする。その後ろから更に襲い来る、ギアノス数頭。

 つい迷いが生じて、次弾のLv2通常弾は明後日の方向へ。

 

「や、やあぁっ!」

 

 反動の隙に、ドスギアノスの体当たりに掠って尻もちをついてしまう。追撃が来るかと少女は目を瞑って身を固くするが、ばたばたと周りで倒れてゆく。どれも脳天や胸に穴が開けられていた。

 

「目ェ開けろ! 恐れずに攻めてゆけ!」

 

 ライトボウガン使いの青年の、怒号。彼は手元も見ずにポーチの弾をヒドゥンゲイズに収め、狙撃を再開。振り返りざまに一発、また一頭のギアノスが吹っ飛んでいった。

 

「はぁ、はぁっ、やだ、あたしっ」

「ヘビィボウガンは隙を見る武器だ。相手の動きをしっかり見て、焦らず高威力の射撃を一発ずつ当てればいい! 大丈夫、お前はよくできているから!」

「――っ!」

 

 挙動を一つ一つ認めていてくれる、その言葉に奮い立つ。今日はこうして彼に何度も励まされてきたのだ。少女の目頭がぐっと熱くなる。

 

 同時に、村の訓練所で汗やら涙やらを教官と垂らした数か月の努力が。

 武器工房ではじめて鍛え上げたこのアルバレストの誇らしげな姿が。憧れのあの人の、ヘビィボウガンを担ぐ後ろ姿が。脳裏に浮かんでは消え、更に気持ちを高ぶらせる。

 最初に目の前の相手に抱いていた恐怖は、いつの間にか研ぎ澄まされた興奮に変わっていた。

 

 動き、読めた──! 少女はドスギアノスの大ぶりな突進を間一髪前転で回避し、アルバレストの引き金に指をかける。

 一撃。ドスギアノスの太腿に弾が吸い込まれ、ガクンと体勢が崩れる。

 

 絶好の機会!

 反動にこちらも体勢がよろけつつも、少女はしゃがむ。もたつきながらアルバレストに弾帯を装着し、背筋に力をこめる。

 勝手に喉から、叫び声が出ていた。

 

「あああああぁぁぁぁぁ――!!」

 

 ――ドドドドドド! 

 

 正に、怒涛。倒れ込んだドスギアノスを横殴りの吹雪のようにLv1通常弾が襲う。

 ついにすべてを打ち終えた頃には、ドスギアノスは四肢を痙攣させて一歩も動けなくなっていた。しかし少女も全力を出し切っており、膝から崩れ落ちる。

 

「──よし、よし、よくやった」

 

 エリアを満たす硝煙をかき分け、その丸い肩を支える手。イャンガルルガの紫苑の甲殻は青年の装備だ。

 ずっとこの余裕の調子だが、少女がドスギアノスの相手をしている間にもう一頭のドスギアノスの相手と、おまけに取り巻きのギアノスの掃討を完璧にこなしている。

 恐ろしいほどの視野の広さと狙撃の腕前だった。

 

「しかし、彼はまだ息がある。お前の獲物なのだから、最期はお前の手でつけてやれ」

「ひ、はぁ、はっ……」

「立てるか? そう、ゆっくり体を起こせ」

 

 手を借りて少女はやっと立ち上がり、緩慢な動きで再びアルバレストを構えた。

 青年はドスギアノスに歩み寄ると、そのうなじあたりを指さす。この辺りを狙うといいだろう。血管と一緒に神経がたくさん通っているから早く楽にさせてやれる、と。

 

「はぁ、はひっ」

 

 アルバレストのスコープを覗き込む。全身血だらけのドスギアノスの大きな目玉は片方が潰れていて、もう片方は少女を恨めし気に見ていた。いや、見えた。くちばしを不自然にパクパクさせているのは、呪いを投げかけているようにも。

 

「……あぁ、ごめんなさい、やっぱりあたしできない、ごめんなさい」

「……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

「……そうか、分かった」

 

 ──ズドン!

 愚かにも睨むドスギアノスの目に、言うが早いかLv3貫通弾がぶち込まれる。青年が撃ったものだった。

 

「ひ、ゃあ……」

 

 ズドン! ズドン!!

 念入りに、指さしたうなじにも二発。ごぱん、と眼窩の薄い骨が砕けて、口から貫通した弾と一緒にごぼごぼと血が溢れ出る。

 頭部の半分が崩れたドスギアノスの呼吸と瞳孔を見て、青年は完全に絶命するのを確認した。

 

 ――ドスギアノス二頭の狩猟が完了。クエストクリアである。

 

 

 ヒドゥンゲイズは北風の中、狩りの余韻のように細く煙をたなびかせる。

 ぺたりと座り込む少女に振り返り、ゆっくり屈んで目線を合わせる青年。ひとつだけの、フラヒヤの温暖期を思わせる深いグリーンの瞳だ。

 お疲れ様。キャンプまで、歩けるか? かくん、と首を軽く傾げる。

 

「……メヅキさん、あたし……あぁ、ちょっとだけ、疲れちゃっ……」

 

 答える少女の顔が青ざめているのは、きっと寒さのせいだけではない。

 

 名を呼ばれた青年は心底複雑な表情になって考え込んだが、やがて担ぐヒドゥンゲイズを腰辺りまでずり下げる。空いた背を少女に見せた。

 

「乗り心地は、あまり良くないが」

 

 しゃがんで、青年――メヅキは、ぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 しかし、皆がその摂理にただ膝を折るわけではなく。

 愚かにも、震える足を叱咤し立ち向かう(ハンター)たちがいた。

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 これは、それがちょっと苦手な(ハンター)()()のお話。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 



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8杯目 愚兄、北風の狩人にて ふたくち

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 ――乾杯!

 

 気持ちの良い音頭と、カランコロンとグラスやジョッキの小突きあう音が聞こえそうなものだが……今は、深夜から夜明けの時間帯。客足の(なぎ)だ。

 

 ポッケ村の大衆酒場はこんなに閑散とした今日だって、どんなハンターでも送り、迎えてくれる。

 今日もどこかのハンター達が、ここで彼らの物語を紡ぐのだ。

 

 随分もの寂しいホールには、狩猟帰りの青年と少女の二人しかいない。二人は壁際の席で、無事の帰還を祝ってささやかな軽食を取るところであった。

 向かいに座るライトボウガン使いの青年──メヅキは、先程から何やら視線をちらちらと揺らしている。少女の伺うような表情に気づいて、ちょいと指さした。アルバレストに。

 

「ヘビィボウガン」

「……?」

 

「カッコイイよな、ヘビィボウガン。俺は苦手だが」

「何言ってんですかこの人」 

 

 数日前に、訓練所の教官を介して顔合わせをしたときから薄々気づいていたが、彼はどうやら会話作りがだいぶ下手らしい。

 

「──お前は、なぜハンターを目指すようになったのだ?」

 

 かくん、と首を傾げるメヅキ。また唐突な、と改めて少女──トーペは青年の顔を見る。

 

 狩猟中に彼が身につけていたガルルガSキャップはマスクが付属した兜。顔全体を覆っていて、目だけが覗く構造だ。それが外されていると……襟足を揃えた黒髪に涼やかな目尻、しなやかな輪郭から首筋と、正直言ってさっぱりとした感じの美丈夫だった。

 ただ一点、顔の右側の焼けただれたような傷を除けば。傷は眼帯で隠しきれておらず、縦に縫った痕の周りは皮膚がぐちゃぐちゃにひきつれている。

 

 返事が来ないからだろうか。彼が柳眉をわずかに動かしたのにハッとし、トーペは慌てて言葉を繋いだ。この返答のタイミングはギリギリ許容範囲だろうか。

 

「え、えと。あたしと、あたしの家族が隣の隣の村まで行くときに護衛してくれたのが、ヘビィボウガン使いのハンターさん。パパッてギアノスを蹴散らして、そいつらがとうとう呼び出したボス……ドスギアノスもやっつけて、それがすっごくかっこよくて」

「……」

「といってもそのハンターさんは別に雇ったというより、たまたま同行しただけなんですけど……」

 

 熱っぽく語るのに目を細めるメヅキ。ゆっくりと机に肘をつく。

 トーペはポッケ村のとある土地を治める、大きな領家の箱入り娘。思い付きで家を飛び出したものの、家族も金銭面の支援をしてくれていた。

 

「俺の狙撃の師匠が元ヘビィボウガン使いでな。カッコイイよな、ヘビィボウガン。俺は当時、体格が悪くて扱いきれず……あの武器は持つ者の体格を選ぶものだ」

「私がデブって言いたいんですか?」

「? 俺はそんなこと一言も言っていないのだが」

「っ~……!」

 

 不思議そうにするメヅキに赤面するトーペ。今のはミスリードしても仕方がないセリフだった、と無理やり自分に言い聞かせる。

 

 そこからは、話題がとんとん進んでゆく。

 ヘビィボウガンとライトボウガンでは取り扱いが大きく異なること。

 間合いや距離感。各種、弾の性能。

 机の端には解説のために散らかしたメモ用紙とメヅキの分厚いハンターノートが散乱してゆく。

 

 見た目が怖くて気難しいひとだと紹介してくれた教官は表していた。確かにそう。そうだけれど……実は、器量も面倒見も良い男なんじゃないかしら、とトーペは思うようになっていた。

 

 

 

「……では、お前はハンターとして何を目指しているのだ?」

「!」

 

 不意に尋ねられる。……聞かれたくないことだった。

 あからさまに動揺したのを見て、メヅキはまた少し首を傾げる。

 

 どうせこの夜が最後なんだし。トーペは思い切って告白することにした。俯き、分厚いマフモフミトンの両手でぎゅっとグラスを包み込む。

 

「……私、今回のドスギアノスを自分の手で倒せたらハンターを辞めようって決めてたんです」

「む……」

 

 メヅキは閉口する。体勢を整え、耳を傾けた。

 

「パパとママと、お姉さまたちとの約束。どうせ《モンスターハンター》になるんなら、ギアノスを倒せるようになって、将来はうちの土地に湧く奴らをやっつけるお仕事をやればって」

 

 トーペはいつまでもドスギアノスの討伐ができないハンターであった。

 雪山を活動拠点とするハンターにとって登竜門、ドスギアノス。それを前に何か月も何か月も足踏みをしている状態だった。家族の期待を背負って家を飛び出してからもうすぐ二年になるだろうか、アルバレストは採取した鉱石と虫素材で強化していた。

 

「でも、やっぱり、私に討伐は向いていないんです。私はハンターなのに、モンスターを殺すのは可哀そうだとか思っちゃって。このままだとずっと帰れない……」

 

 可哀そうって、やっぱおかしいですよね? そういうのは気にしちゃ良くないっていうか。

 震え声で苦笑いするトーペ。自分で自分の失敗を掘り返し、とてもいたたまれない。いっそガツンと怒られた方が楽だった。

 しかし、かき消すように――くはははは! メヅキは大笑いする。傷が引きつれて顔の右側がほとんど動かず、見ていて違和感を感じるような笑顔であった。

 

「なに、仲介してきた教官が少々心配しておったからな。面白い、面白い約束だな、それは」

「……じゃ、じゃあ! なんでメヅキさんはハンターになったんですか?」

 

 少しムカつきながら今度はトーペが問う。彼から聞いて来たんだから、こっちも聞いたっていいじゃないか。

 するとメヅキはしばし目線をさ迷わせて、閉じた。

 

「俺は、ハンター兼商人だ。《南天屋(ナンテンヤ)》という商事(パーティ)で、主に薬売りをやっている」

「は、はぁ」

 

「一般の商人が立ち入れない狩場にある薬の素材を、ハンターであれば入手できるからな。だから一言で言ってしまえば……金稼ぎ、なのかもしれない」

「かも?」

「と、言うのが表向きの理由。だが、本当は……」

 

彼ら(モンスター)が“すなわち狩るか、狩られるか”に至るまでに、どんな背景があったのか……知るために。覚えておくために」

 

 不意に声が低くなる。トーペは思わず閉口した。

 すい、とメヅキは顔を上げると、指で『二』を作ってみせる。

 

「例えば、俺達が狩った二頭のドスギアノス。彼の鳥竜は他のランポス種と比べて社交性が高くてな。ギルドによると二つの群れが衝突したのだが、群れは争うことなく統合していたのだとか」

「な、なるほど。だからあんなに大規模だったんですね」

 

 今回、トーペはメヅキが()()と二人で出かける予定であったクエストに訓練所の教官を通して同伴させてもらっていたのだ。代わりに取り巻きのギアノス狩りを、彼の相棒──確か、剣士──が昨日のうちに別のハンターと済ませたという。

 

「では、群れが衝突する前に分断したり、規模の縮小を図れたら? どうしたら被害を抑えることが出来るだろう? なんて、推理めいたことを考えるのが好きでな。

ほとんどは(カネ)や権力……依頼のやり取りのうちに揉み消されてしまって、彼らの事情に触れることなく狩猟が終わってしまうのが現実だが」

 

 再び目をすがめるメヅキ。グリーンの瞳に影が宿り、複雑な色になる。続けて呟くように語る。

 

「──《モンスターハンター》。

力でもなく、強い装備でもなく、狩ったモンスターの数でもなく。すべてを自然の一員とみなし、それを調え、制するような、最高のハンターを讃える呼称……」

 

「別に、ハンター業をする理由はなんだって良い。富や名声のためだとか、生計を立てるためだとか、自分の力量を試すためだとか。

皆が皆、《モンスターハンター》になりたいからハンターをやっているわけではないのだ」

 

 そこでいったん言葉を切ると、彼は改めてトーペにまっすぐ向き直った。まるでどこまでも未来を見据え、貫通弾みたいに射貫くようだ。

 

「お前がハンターを辞めるかどうかは勝手だが、命を奪う行為に対して何かしら思うことを、おかしいとか、おかしくないとかは、常識で測れるものではない。……し、俺の言う常識も、彼ら(モンスター)の前ではヒトという生物の範疇でしかないのだろうな。

 それでも。武器を担ぎ、狩場に立ち、命について考えられた。それだけで、お前は立派なハンターだ」

 

 静かに水のグラスを差し出してきた。お前もグラスを持て、と顎をしゃくられる。

 

「行きずりのハンターである俺に、話してくれてありがとう。お前に限りない武運を祈ろう」

 

 ──乾杯。がらんどうのホールにひとつ、グラスが小突き合う音がした。

 

 彼にとっての意味は祈り。トーペが、彼女なりの《モンスターハンター》になれますように。

 トーペにとっての意味は約束。自分が自分なりの《モンスターハンター》となることを。

 

 

 

 

 お待たせしましたニャー、ご注文の日替わりホットサンドですニャー。厨房から板前アイルーが大きな皿を運んできた。ちなみに、メヅキの奢りである。

 ほかほかと湯気を立てたパンに分厚いタマゴ焼きを挟んだのとか、砲丸レタスや熟成トマトを挟んだのとか。そして、メインの具材はというと――。

 

 きちんと手を合わせてからホットサンドをわしりと手に取り、豪快に頬張るメヅキ。少し驚いた表情になったが、すぐに笑顔になる。

 

「おぉ、ギアノスの腿肉ハムか。これは美味いな!」

 

 トーペは大粒の涙をこぼしながら、彼に続いてホットサンドにかぶりついた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 カーテンの隙間から床に投げかけられる、柔らかな光。漂う埃がちらちらと反射する。

 寒冷期のフラヒヤの朝は遅い。朝日が昇っているものの、朝と言うには遅い時間だ。

 

「ただいま……?」

 

 部屋へ呼びかけるも、返事がない。

 ()()はどんなに夜更かししても朝には大抵起きている。この時間に返事がないのは少しおかしい……メヅキはつい首を傾げてしまう。

 

 ここはポッケ村のとある安宿の一室。村に滞在するため、相棒とここを五日間ほど借りていた。

 

 

 摘んできたばかりの雪山草──もちろん、ハンターズギルドに申請して許可を得ている──の包みを荷物の山の中に放り投げ、眼帯を無造作に外す。

 その下は瞼が癒着し、不自然に落ち(くぼ)む右目。ずっと前に摘出されている。再び光を見ることはどんな技術を用いても不可能だろう。

 

 しかし、隻眼のハンターは全く珍しいという訳ではない。ハンターであれば時たまに見られるものだし気の毒に感じるべきでもない。

 それでも狩りを続けることを選ぶ者に、後ろ指をさすことこそが無礼だろう。

 

 黒髪をわしわしやりながら、若干ふらついた足取りで先に洗面所に向かう。狩猟明けの顔を清潔に洗い、保湿に自家製の練り薬を塗った。

 

(んん……まだ、頭痛が)

 

 ズキズキと脈打つ左目の目頭をぐりぐりと親指で揉む。隻眼のために眼精疲労持ちなのだ。雪山での狩りは雪の反射が眩しく、特に堪える。

 夜の狩猟だったのでまだマシなものの、朝方になって帰還するときがキツかった。移動中、眠りこけるトーペの代わりにずっと見張りをしていたから。

 

 隻眼は残った目の負担が大きい。二つであるはずの目が一つになるので、単純計算で負担は二倍。隻眼のハンターは普通、視力の低下を理由に引退が早い。

 メヅキも例外ではなく、すでに視力にはやや自信がなかった。

 

(……と、“アイツ”、珍しくまだ寝ているのだな)

 

 鈍痛に唸りつつ部屋を見やれば、並ぶシングルベッドの片方が膨らんでいる。小柄に癖毛の黒髪は、相棒の──双子の弟の、シヅキだ。

 人当たりの良さから護衛業をすることが多い彼は、生まれは同じであっても、顔や性格、得意なことだって兄のメヅキと似ていない。それでも駆け出しの頃からずっと、ハンターとしての目標を共にしている相棒だった。

 

 しかし、本日夕方にドンドルマへの帰りの便だ。さすがにもう起きていた方がいいのではないか。うずくまって眠る背に回り込み、どれ起こしてやろうか、とそっと覗く。

 だが、毛布を剥がそうとする手が止まった。毛布の隙間に見てはいけないものを見てしまったような。

 

 己の良心が枷となり、金と権力とを引き換えに、命を奪い続けることに疲れきった寝顔。寝息も立てず、死んだように伏せ、つかの間の惰眠をひたすらに貪っている。

 そんなに辛く苦しそうな様子で、きちんと休めているのだろうか。

 

「ほほぅ……」

 

 部屋の真ん中の机に、シヅキが買ってきたであろうポッカウォッカの酒瓶と、ぼろぼろに使い込まれたハンターノートが置いてある。そこでやっと、なるほど納得。シヅキはハンターノートのを書き込みながら寝酒をキメたのだろう。

 シヅキは酒に強い方だが、さすがにこの量を一人で飲んだら潰れる。おまけにこの(たぐい)の酒はアルコール度数がとんでもなく高いのだから。

 彼がこうして一人で深酒することはごくごく稀にある。抱え込みやすい性格だからか、噴火するときはいつもこうなのだ。

 

(そっとしておくか。散歩にでも出て……そうだ。訓練所へトーぺ嬢の報告に行って、とぼけたフリが良いだろうかな?)

 

 正答かどうかは分からないが、首を傾げながらなんとか頭を回転させる。

 メヅキは自分が配慮に欠ける人物だという自覚があった。いや、全力で色々と試行錯誤して配慮しているつもりなのだが……いつも誤射してしまうらしい。実際、トーペと会話して何度か嫌な顔をされたし。細やかな気遣いは弟のシヅキの方が得意だ。

 

 もう一度、シヅキの寝姿を見る。ガンナーのメヅキよりも少し広めな剣士らしい背。毛布からはみ出した足は義足が外されていて、足首や膝に尋常でない量の包帯が巻かれている。メヅキ自らが処方した湿布薬だ。

 隻脚での狩猟は間違いなく負担である。彼はこのまま体を酷使し続けると、いつか本当に歩けなくなってしまうかもしれない。

 

 思わず溜め息。

 決して同情などではなくただ単純に、呆れ半分。もう半分は、真面目な奴だなぁ、と素直に感心を。

 

(こんな不器用(愚か)な兄ですまない。お前も不器用(愚か)なりに俺を頼ってくれ)

 

 メヅキは荷物の中から新鮮な雪山草を数枚、冷たい水と小鍋に放った。深酒明けにはこれ。昔ながらの簡単な滋養強壮の薬だ。

 煮えるまでには時間がかかる。どかりと椅子に座って、残りわずかな酒瓶と夜鳥ホロロホルルの羽ペンを手に。

 一言。無理するな、と書置きを作った。

 

「……」

 

 照れ隠しにポッカウォッカを一息に(あお)り、もう一言。

 

『 酒買ってくるなら 俺にも一言くれ 馬鹿! 』

 

 

 

 フラヒヤの雪解けはもうすぐ。積もった雪も少しずつ、少しずつ薄くなって、地を這う草たちは繁殖期──春を待ちわびる。

 きれいに雪かきされた、宿から村の中心へ伸びる細道。午前の冷たい空気の中を、メヅキはほんのり湿った土をさく、さく、と踏みしめてゆく。

 

「……あ」

 

 ふと、首を傾げた。

 

「書置きに、訓練所へ行くって記しておくのを忘れていたな……」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ポッケ村の隣の領地だけを狩場とするハンターがいるそうだ。

 

 装備はパピメルシリーズと、ヘビィボウガンのアルバレスト。どちらも採取素材だけでできる一品だ。それで、あの雪山の凶賊、ドスギアノスをメインターゲットにハンター活動をしているらしい。

 

 狙撃の腕前は上位ハンターにも食い込みそうなのだが、なぜか討伐をしない。撃退だ。脚や牙を撃って、戦えなくなるようにするだけだ。

 

 なぜ討伐しないのか、その腕前だと殺すことも容易いだろうと尋ねたところ。

 ドスギアノスを倒せるようになったら、あたしはハンターを辞めるんです、そう約束をしているんです、だと。

 

 アルバレストを構える姿はとにかく眩しくて、可愛らしくて、とても頼もしい。

 彼女は確かな一人の《モンスターハンター》だった。

 

 確かフチが太い眼鏡をかけていてね、名前は何だったかな――

 

 

 

 それはまた、別の話。

 

 

 




 隻眼は意外と大変そう。

 四人目はシヅキの双子の兄、メヅキのお話でした、これでメインの登場人物四人の短編はおしまいです。
 読了ありがとうございました! 次話はこれまでメインで登場した四人が集結します。是非ご賞味下さい。


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9杯目 狩猟と商事の《南天屋》 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 始まりは、吹けば飛ぶようなものだった。

 

 ()のおとぎ話の舞台、シュレイド地方から南東。

 

 さらに王都と共和国、“空へ限りなく近い山”ヒンメルン山脈を越えて東へ――およそ大陸中央部、ジォ・クルーク海を臨む地の、切り立つ山々の峡谷に。

 古き人の手で風と水の都が築かれた。

 

 これを“まほろば”と思うかい? いやいや、そこは気持ちいいほどにヒト臭い。 

 

 ――その美しき都の(しょう)こそ、ドンドルマ!

 ちなみに『氷菓』を意味するのだとか。

 

 山から湧き出る無窮の風を、水を、人は利用し、周辺に住むモンスターと共存するのみならず、それらの脅威を“街の発展”へ転ずるのだと。

 幾度も襲い来る彼らの牙にも屈さず、(まつりごと)やら、計やら策やら。縦横無尽に張り巡らせて、その都は他に類を見ぬ大拠点に。

 

 一体何の大拠点かって? あのハンターだよ、ハンターの。

 

 

 門から入ってすぐ左、煌々と、光絶やさぬ古龍観測所。(うらない)を祖とする研究施設さ。

 文献(めく)るせわしい音と、伝書の鳥舞う、竜人族の不夜城だ。

 

 それから中央、石敷きの広場。見上げりゃ雄火竜と雌火竜色の旗、個人経営の店で賑わい、多くの人が(たむろ)する。

 市場を抜ければ屋台に香草、香辛料。漂うスパイスの香り、絹やサテンを値切る声。

 輝く鉱石、干し肉、魚。果実に竜車や丸鳥車も。

 目をよく凝らせばにゃあ、と足元。獣人族が闊歩する。

 

 奥には都の攻守の要、やたら馬鹿でかい武具工房。常に槌振る拍子が響き、せかせか出入りする職人どもは、みんな()()()で赤ら顔。

 この武具工房は知る限り、あらゆる素材を手掛けるのだとか。あの狩猟笛や弓や銃槍は、この武具工房が編み出したという。

 

 横には闘いと癒しの演技場、胸もとどろくアリーナさ。あの歌姫さまがおわす館にて、このドンドルマの象徴の一つ。

 闘技場ではハンターの戦力と戦術の底上げで、更なる発展を助長する。

 ……闘技場のモンスターには、ちょっとうかがわしい噂もあるが。 

 

 おっと、最奥の大老殿には行かれない。その階段は、『G』の格を得てからだ。

 その(まつりごと)の中枢核こそ、見上げるほどの白亜の塁壁(シャトー)

 どっかと鎮座ましますは、この都を建てし古き人、その末裔にして大長老さま。

 

 ――祈りではなく自らの手で、街を護り、切り開く。

 

 このドンドルマの構想そのもの、それを立案、ぶち上げしお方にて。

 なんとおっかなく、なんと生きる力に満ち溢れたお方だろう。

 

 そして大衆酒場、ドンドルマハンターズギルド。

 酒と脂の匂いと熱気、それから揺蕩(たゆた)う紫煙に包まれ、古龍観測所が竜人族の不夜城ならば、こちらはハンターの不夜城だ。

 情報、友情、怒号が飛び交い、ドンドルマを大拠点と言わしめる施設にあり。

 

 ()(かた)も、また今日も変わらず、()(すえ)も。

 老若男女、新米古参のハンターを送り、迎える。

 今日もどこかのハンター達が、ここで彼らの物語を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 さてさて、そんな大都市ドンドルマ。

 一番地価が安い地区、とある(ひな)びた路地裏に――あの大都市ドンドルマにだって、そんな場所はごまんとあるだろうさ――とある“商事”があったとな。

 

 塗料が剥げた雌火竜色、傾きかけた住宅街、その隙間にぽつねんと。

 雨漏り、軋み、隙間風。そんなボロ屋の一戸なれども、彼らにとっては立派な塁壁(シャトー)で。

 

 見上げりゃ竿に干された、洗濯物。

 ナンテンの実と黒星の商標(ロゴ)、銅の小洒落た吊り看板。

 『CLOSEDだニャー』、獣人族のイラストの小さなボードが置いてあり、窓から漏れる光と談笑。

 

 その扉にある丸みがかった綺麗な字こそ。

 

 

 

『 狩猟と商事の《南天屋》 ドンドルマ総合事務所 』

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 陶器でできた、小鉢たち。

 前菜に、こんがり炒ったクック豆。塩とスパイスで和えてある。

 コトリと、そこへグラスが置かれた。

 

「……こうして、俺とシヅキはポッケ村での買い付けを終わらせた。だから、滞在日数が増えたわけだ」

 

 グラスの輪郭を指でなぞる青年、メヅキ。薄い唇をぐんにゃり歪めて、不機嫌そうに息をつく。

 

「ア゛~……なんだい、新米のハンターを二人も面倒見たから、クエストに二回も行かにゃアと?」

如何(いか)にも」

「なンだい、何度計算してもお前サンたちの交通費だか宿代だかの採算が合わねェッてンで、文句でもつけてやろうと思ったが……」

 

 これじゃあ、収まりどころが悪いッてモンさァ。

 いら立ち半分、バツが悪い半分で、後ろに撫でつけた稲穂色の髪をぐしぐしやる青年。ハルチカだ。

 

「だから~っ、減給だけはヤメてください! お願いしますっ、何でもしますから!」

「ん、何でもと言ッたねェ、ア゛ァ!?」

「はぅ、できる限り……何でもするとは言っていない……」

 

 ギロリとハルチカの三白眼に覗き込まれて、思わず明後日の方に顔をそむける青年、シヅキ。兄であるメヅキとは二卵性の双子であり、その実、顔は似ていない。

 そんな彼、今は、完全に絞蛇竜に睨まれた鬼蛙のようになっていた『お願い』の格好で合わせられた手が、ハルチカの凄味にワナワナ震えている。

 

 《南天屋》は社員、アルバイト――といってもアイルーの――共に完全歩合(ぶあい)制。ノルマの数だけ給料がアップするのだ。裁量は、元締めであるハルチカによって決められる。

 最も、ハルチカも自身の給料を歩合制としているため、ポカしたときは泣きを見ているが。

 

「まァ……そンな理由ならいいや、ちゃンと買い付けの雪山草は卸せたみてェだし、いい土産話を聞けたモンよ。新米の育成は未来への投資ッてナァ」

「だから、別に悪いことはしてないぞ?」

「ハン、だが次に同じこと――交通費やら滞在費やらの申請を、怠けてみやがれ。その時ァ、コレさ」

 

 紅を刺した(まなじり)を細め、親指でピッ、と喉仏を横に切る仕草をするハルチカ。

 それだけでシヅキは自分の喉元をきゅーっと抑えて、正にテツカブラのようにひっくり返ってしまった。

 

「僕には幼い娘がいるんです、どうかお代官さま、お許しを~~っっ!!」

「だーッははははは! 演技上手くなりよッてシヅキ! こりゃアまるで風刺画(ポンチ)みてェだ」

 

 態度一変、散々爆笑したハルチカは舌をチロッと出す。このやりとりは、彼らのいつもの茶番だ。

 ちなみにシヅキは恋人さえも作っていない。

 

「いやぁ、毎度ハルチカが本気だからさ。もしかしてホントにあるかも? って毎度思うよ」

「そうかい? これくらいの脅しができねェと、元締めもやッてられねェってモンさ」

「俺は毎度本気だと思っている。六割くらい」

「中途半端な割合だな。冗談が四割しか通じない奴だねェ、メヅキは」

「だからこちらも本気で説明したのだ!」

 

 シヅキとメヅキの土産話の前に、ハルチカはバルバレへの出張帰りにとある商隊と揉めた話を聞かせた。もしこのとき、ハルチカが本気で激昂していたのであれば……相手は芯の髄から怖い思いをしただろう。ご愁傷様。

 

「……よォ、ギャーギャー騒ぎやがッて。何、お(めェ)らだいぶシッポリしちまッてるでねェべか」

 

 三人が大きな炬燵(こたつ)を囲う居間の隣、台所の暖簾(のれん)からヌゥと顔を出す青年は、アキツネ。

 使い込まれた割烹着(かっぽうぎ)を身に着けていて、彼のセルタスS一式装備と同じくらい身に馴染んでいるような。しかし、トングをがちがち鳴らしてノシノシ近寄ってくるのは、正直ちょっと威圧感がある。

 

「シッポリって言ったって、まだ食前酒程度だよ」

「かく言うアキツネもしっかり酒気(アルコール)入っているではないか。このこの」

 

 何やらもぐもぐしているアキツネに、メヅキはちょっかいをかけた。

 アキツネは、いつも出来立てのをつまみ食いをしながら料理を運んでくる。今もつまり、料理ができあがったということで。

 

「おれか? 揚げモンは時間かかっから、待つ間は一人飲みに最適だべや」

「俺も手伝い呼んでくれれば、酒の相手くらいはできるぞ」

「台所は(せめ)ェから入ッてくンでねェ」

 

 ちょっかいをかけるメヅキを蹴り飛ばし、小鉢を三つ下げたかと思えば、竜の尻尾は乗ろうかと思うほど大きな皿を二つ、空いている指の隙間に取り皿まで器用にも一気に持ってくる。

 熱を通した脂の香りは、かくも素敵なものかな。三人は見事なコンビネーションで炬燵の上を片付けて、大皿を置くスペースを作った。

 

 とにもかくにも、まずは無事の帰還の祝い酒。目の前のことを喜ぼう。

 

 本日のお酒はポッケ土産のフラヒヤビール。現地では安価で売られているものの、ドンドルマでの流通はそれほど多くない。

 

 とく、とく、とく、しゅわわ。

 雪のような泡をはらむ黄金が注がれれば、一気に気持ちは有頂天。

 

 

 ――乾杯!

 

 

 キンキンに冷えたグラスが四つ、小突き合ってコロコロと陽気に鳴った。

 手を合わせてから、四人は料理に早速手をつける。メインはシヅキ、メヅキの土産とアキツネの土産のサシミウオ食べ比べ。

 

 フラヒヤ地方のサシミウオは冷たい雪解け水で脂が乗っている。

 丁寧に小骨を取り除いてからドテカボチャやドデッカブ、ベルナスと一緒にあらびきマスタードと香草で、薫り高くグリル焼き。

 

 アルコリス地方のサシミウオは豊かな土壌から注ぐ水で、身がやたらと大ぶりだ。

 ボリューム感を残したぶつ切りを生姜と醤油に漬け込んで、溶き卵にくぐらせてから片栗粉をまぶし、カリッと揚げれば絶品サシミウオザンギ。

 

「ッかア~美味ェ! 酒も料理も美味ェ! (わし)、バルバレから帰る道中はこんがり肉しか食ってなかったモンだから魚が殊更(ことさら)美味く感じるネェ」

「うむ、グリルは脂にマスタードのつぶつぶ感がよく合って……ザンギは全然パサパサしておらんし、カリカリの衣がたまらんな。まったく、どちらも美味い!」

「だべ? もっと褒めてくれてもいいッぺよ」

「これはお酒も進んじゃうねぇ、脂とお酒って最高だ。お酒に合う味よく知ってる奴だよ、アキツネは」

「だッぺやだッぺや? 三人とも、良ぐ分かッてッぺな、フフン」

「いよっ、天才料理人ー!」

「天下一品ー!」

 

 いつもはへの字の口を端だけニヤリと吊り上げて、いそいそと一旦台所に姿を暗ませた。

 実は彼、先程まで依頼に失敗したことでへこんでいた。なんでも、生地にライゼクスの尻尾の肉を混ぜたら、舌がビリビリ感電する携帯食料ができあがってしまったのだとか。

 それでも、バイトアイルーがいたとはいえあのライゼクスを単身(ソロ)で撃退にもつれ込ませる奮闘をしたのだ。

 携帯食料のことより、そっちの方がスゴいような気が……と三人は密かに思っている。

 

 酒があってのことだろう。今の彼は完全にいい気になっていた。

 

「……これ、追いタルタル。()ぇや」

 

 再び台所からアキツネが持ちだして来たのは、ボウルいっぱいの淡いクリーム色。

 塩と酢、コショウがベースの味付けに、ガーグァのゆで卵のホクホク感と、爽やかな辛みのオニオニオンの食感でまた違った味を楽しめる。

 

「ン、美味ェ! どッちもガッツリしてるはずなのに、タルタルソースがあると味変(あじへん)して全然イケるサ」

「はい美味しい。見た目からもう美味しい。不味くなるワケがないね」

「憎いことに付け合わせの野菜でさえよく合うな……くそぅ、胃袋が足りん」

「胃袋がダメなら腸まで行っちゃいナ~」

「ペース速すぎるぞ、俺を死なす気か!?」

 

 半分以上減ったメヅキのグラスに、どぽどぽと容赦なくフラヒヤビールを追加するハルチカ。

 彼は四人で一番酒に弱く、実は先程の食前酒であるポッカウォッカの一杯で結構酔いが回っている。

 今こそこのように好き放題暴れ回っているが、まもなく深い眠りに落ちるだろう。かわいそうな奴だ。

 

「あッ眠い、儂寝る」

「シヅキ、廊下から隙間風サ入るそこの戸の前に、ハル詰めといてくれ」

「はいよ」

「ア~酒弱い人ッちゅーのは如何(どう)して人権がねェのかナ! ……グゥ」

 

 ハルチカはシヅキに毛布でぐるぐる巻きにされ、隙間風を埋める壁として部屋の隅で眠ることとなった。哀れ、ここで彼は退場。

 それを横目にアキツネはしめしめと言わんばかりに台所に戻り、何やらもう一品作り始めた。

 

「あのな、ハルは寝ちまッたけッともあいつ、土産にドドブラリンゴなンて持ッて来たンだべ」

「ふむ、ドドブラリンゴか。豪雪地帯ので採れるものだろう? バルバレ土産にしては怪しいな」

「だべ? やたらいが(デカ)くて高そうで、それこそ貴族が食ッてそうな……ッちゅーワケで、こッからはもッと深酔いしてくべよ」

「どういうワケだ」

 

 アキツネが台所から更に取り出したのは、真っ白な皮に真っ赤な果肉、真ん中にタップリ蜜の乗るよく冷えたドドブラリンゴと、なめらかなテクスチャのロイヤルチーズに、ブレスワインの大きな瓶。

 やたら高い酒ということはこの男、ただ酔うだけではない本気の酒を楽しむつもりらしい。

 

「こういうワケだべ。高級なリンゴに合う酒ッつッたら、同じく高級なワインがいいンでねェべかと思ッて」

「リンゴとチーズって合うの?」

「合うとも。お前ェらの馬鹿舌、もッと鍛えてやる」

 

 その言葉に二人は見事なコンビネーションで炬燵の上を片付けて、皿とワイングラスを置くスペースを作った。

 

 時刻は日付を回った頃。さあ、悩み、(わずら)い、心配事。全部酒に流しましょう。

 とく、とく、とグラスのたったの四分の一ほど。竜の血よりも深い赤紫が注がれれば、豊潤な酒気に一気に脳みそが(とろ)け。

 

 

 乾杯、いざ深酒の世界へ!

 

 

 こうして彼らの夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 その実はただの飲んだくれかもしれないが、依頼を選ばず客問わず。

 困ったときは、ミョウチキリンなことさえも彼らに頼んでみればいいだろう。

 

 大都市ドンドルマの、一番地価が安い地区、とある鄙びた路地裏。

 そこにはボロの小洒落た事務所が、ひっそりぽつねんと建っている。

 

 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ここが狩猟と商事の《南天屋》。

 

 

 

 なお翌朝、ハルチカはポポのバターをたっぷり塗ったトーストに、ドドブラリンゴとロイヤルチーズを乗せたのを、アキツネに食わせてもらったとか。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 ――ドンドルマハンターズギルドの、とある倉庫、とある一室。

 所属しているハンターの、全てのギルドカードが眠っているそうな。

 

 そこにある、とある浅い編み籠に。

 『G』の格を授かるべく、十数枚のギルドカードが眠るとな。

 なに、みんながみんな、『G』の格が授かれるってわけじゃない。

 あくまで候補だよ、候補。

 

 それで、その中の四枚。紐か何かでまとめられた四枚。

 その持ち主たちは、珍しいことにとある《商事》も営んでいるそうな。

 しかしながら、それは大変不思議であることに。

 

 ――四つとも、苗字が記載されておらず。

 

 奴らがどこの身分だか、全く分からないのだそうな。

 

 ハンターを志す理由は多様。

 富、金、名声。あるいは生きとし生ける者の、本懐を見届けたいがため。

 しかし、ゆめゆめ忘るることなかれ。ごくごく稀にハンターは、罪人上がりが潜むことを。

 

 ハンターズギルドは定めた倫理を崩さぬならば、来るもの拒まず去る者追わず。どんな人物も構いやしない。

 当然、この掟に異を唱える者達もいるが……はてさて。

 

 

 それはまた、別の話。

 

 

 



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幕間チェイサー
10杯目 読み切り短編『 逆鱗怖い 』


 今宵は、お集り頂き恐縮にございます。

 なにお客さん、冷えるね冷えるねって? 
 バカ言え。アンタたちが来るまでアタシが十分この部屋あッためといたよ。寒いのはアンタたちの財布の方じゃアないかい。ッてちょっと、酒瓶投げるなッての、出禁にするよ。これ以上酒を飲ますことはできん、ってナ。ははは。

 さて、口の方も、あッためるのはこの辺にして。

 世の中広いもので、“商売”を兼業する四人組のハンターがいるのだとか。
 商売、といっても何でも屋のようなものさ。
 武器も個性も女の好みもバラバラな、そんな奴らの話を一つ耳にした。

 まぁその辺の肴を摘まんで、話半分でも聞いて行っておくれ。



《モンハン愛をカタチに。Advent Calendar 2020からいらっしゃって下さった一見様へ》
 
 この小話は『黄金芋酒で乾杯を』のシリーズものとなっておりますが、はじめてでも読めるように創っています。イラストのオマケにはなりますが、一生懸命楽しく執筆させて頂きました。
 どうぞ、ご賞味あれ。
 


 △▼△▼△▼△▼△

 

ある夜、三人の商人と、一人の寡黙なハンターが宿に泊まり、酒を囲んで暇を持て余していたそうな。

 

「人間誰でも怖いものがあるんだとよ。それはなんでかってえと、生まれたときに胞衣(エナ)を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それがそいつの怖いものになるんだよ」

 

「何だいそのエナってのは?」

 

「お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、鉱石商は何が怖えぇ?」 

 

「俺は甲虫が怖えぇ。あのアリみてぇな奴、行列とか気持ち悪ぃ」

 

「じゃ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に甲虫が横切ったんだよ。薬商は何が怖えぇ?」

 

「俺は鎌蟹だ。 鎌蟹のやつは沼地の洞窟あたりを歩いていると出てきやがって、兜みてぇなものを背にくっつけて、『あんたのお宅はどれくらい大きいんだ?』って尋ねると、『このくらい!』って手をいっぱい広げやがるんだ。あれが気にくわなくて鎌蟹が大嫌えだ。素材商は何が怖えぇ?」 

 

「俺かい。俺は影蜘蛛が苦手だ。いやね、俺が影蜘蛛自体が嫌ェってわけじゃないよ。俺にあんなに足が沢山あったらどうしよう? って話だ。わらじを買ったっていくらおあしがかかるか分からねぇ。影蜘蛛にだけはなりたくねぇ。

 ところでハンターさん、お前さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?」 

 

「怖いもの? ……ン、確かにモンスターは怖いものかもしれねェけっとも、ハンターであるおれが怖がっていてァハンターの面が立たんというモンだべ。 

 護衛するお前さん方にそンな姿を見せるわけにもいがねェしな。()ェ、と言っておくべ」

 

「しゃくにさわる野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんて。何かないのか。たとえば黒狼鳥なんかどうだい?」

 

「黒狼鳥? 黒狼鳥は怖くねェべよ。黒狼鳥は、モミジを煮込みにすると美味ェの。おれは料理を商売にするハンターなんだけっとも、黒狼鳥を狩るときによく作ンだべよ」

 

「じゃ、海竜か、雄火竜なんかどうだい?」

 

「海竜? 雄火竜? あンなの、海竜は尻尾をタタキにしておろしたモガモガーリックと、雄火竜はタンを燃石炭で炙って塩振ると美味ェよ」

 

「美味そうなのが余計にしゃくにさわるやつだな。じゃあいいよ、竜なんかじゃなくてもいいから嫌いなものは無いかい?」 

 

「……そうか? そこまで言うなら聞いてくれるべか?」

 

「当然よ! むしろ言ってくれなきゃ酒も進まないってもんだ。ささ、何が怖いんだ?」 

 

「じゃ、言うべよ……あのな、おれは“ユクモ温泉まんじゅう”がおっかねェンだ」

 

「なに、温泉まんじゅう? 温泉まんじゅうって、あの温泉まんじゅうかい。みんな大好き、あの温泉まんじゅうが?」

 

「……そう。おれはきっと先祖が温泉まんじゅうに殺されたか何か知らねェが、とにかくおっかなくてしょうがねェ。見せられるとおれは息が止まっちまう。

 だから、まんじゅう屋……特にユクモのやつの前を通るときなンか足がすくンじまうモンで、どンなに遠回りでもそこサ避けて歩いているンだべよ。

 ……ああ、こうやって温泉まんじゅうのことを思い出したらもうだめだ、気分が悪くなッてきた。おれは隣の部屋でもう寝ているから、構わず酒サ飲んでいてくれ」

 

 そこで、素材商、鉱石商、薬商の三人は、この寡黙なハンターさんが寝ている間に山ほど温泉まんじゅうを用意してきて、それを枕元に置いて、起きた時に驚かそうと衆議一決したんですわな。

 

「それにしてもこんな量の温泉まんじゅうなんてよくあったな」

 

「おれ、今回の取引先がユクモ地方でさ。家族の土産にと、わんさか買ったんだが、帰省に賞味期限が間に合わなくてどうしようかと思ってたんだ」

 

「あー、まんじゅう系って意外に賞味期限長くないよなー。わかる」

 

「ところで、こんなものハンターさんにぶちまけて大丈夫かね? というかこの人、あんだけ強い酒を水のように飲んだにも関わらず、顔を少しも赤くしてなかったな。どんだけ肝臓強いんだ」

 

「かまうもんか、もし怒ったって、驚かしたのは温泉まんじゅうであって俺たちじゃねぇ。それに薬商もいるんだし」

 

「薬は死んでからじゃ意味ねぇよ」

 

「おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。ちょっくら見てみようぜ」

 

 三人の商人が障子の穴から中を覗くと、そこには温泉まんじゅうを美味そうにむっしむっしと食らうあの寡黙なハンターさんが。

 商人たちはもうカンカンになって障子を開け放ち、ハンターさんに怒鳴ったそうな。

 

「ハンターさんよぉ! お前、俺たちに温泉まんじゅうが怖いって嘘をついたなぁ。(ふて)ぇ野郎だ」

 

「ン、三方。……まむまむ……あァおッかねェ、しッとりして甘すぎねェこし餡……薄皮……のど越しも上品……あァおッかねェべな……まむまむ……」

 

「やられた。ハンターさんは、本当は何が怖ぇんだい?」

 

「そうだべな……まむ……今は、ユクモ村のドリンク屋にある……“堅米茶【雁木】”が怖ェなァ……」

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 ある夜、三人の商人と、一人の黒髪のハンターが宿に泊まり、酒を囲んで暇を持て余していたそうな。

 

 

「人間誰でも怖いものがあるんだとよ。それは何故かってえと、生まれたときに胞衣(エナ)を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それがそいつの怖いものになるんだよ」

 

「何だいそのエナってのは?」

 

「お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、鉱石商は何が怖えぇ?」 

 

「俺は甲虫が怖えぇ。あのアリみてぇな奴、行列とか気持ち悪ぃ」

 

「じゃ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に甲虫が横切ったんだよ。薬商は何が怖えぇ?」

 

「俺は鎌蟹だ。 鎌蟹のやつは沼地の洞窟あたりを歩いていると出てきやがって、兜みてぇなものを背にくっつけて、『あんたのお宅はどれくらい大きいんだ?』って尋ねると、『このくらい!』って手をいっぱい広げやがるんだ。あれが気にくわなくて鎌蟹が大嫌えだ。素材商は何が怖えぇ?」

 

「俺かい。俺は影蜘蛛が苦手だ。いやね、俺が影蜘蛛自体が嫌ェってわけじゃないよ。俺にあんなに足が沢山あったらどうしようって話だ。わらじを買ったっていくらおあしがかかるか分からねぇ。影蜘蛛にだけはなりたくねぇ。ところでハンターさん、お前さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?」 

 

「怖いもの? まぁモンスターは怖いものかもしれないけど、ハンターである僕が怖がっていちゃあハンターの面が立たないからね。 

 護衛するあなた方にそんな姿を見せるわけにはいかないし。うーん、ない、と言っておくよ」

 

「しゃくにさわる野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんて。何かないのか。たとえば黒狼鳥なんかどうだい?」

 

「黒狼鳥? 黒狼鳥は怖くないよ。黒狼鳥は、モミジを煮込みにすると美味しいんだよね。うちの料理が得意な奴が、黒狼鳥を狩るときによく作ってくれるんだ」

 

「じゃ、海竜か、雄火竜なんかどうだい?」

 

「海竜? 雄火竜? あんなもの、海竜は尻尾をタタキにしておろしたモガモガーリックと、雄火竜はタンを燃石炭で炙って塩振ると美味しいよ」

 

「美味そうなのが余計にしゃくにさわるやつだな。じゃ、いいよ、竜なんかじゃなくてもいいから嫌いなものは無いかい?」 

 

「んん~、そう? そこまで言うなら聞いてくれる?」

 

「当然よ! むしろ言ってくれなきゃ酒も進まないってもんだ。ささ、何が怖いんだ?」 

 

「じゃ、言うよ……あのね、僕は“石ころ”が怖いんだ」

 

「なに、石ころ? 石ころってあの石ころかい。行商で簡単に手に入る、あの石ころが?」

 

「そう。石ころってみんな適当に扱うけど、僕は『大タル爆弾の起爆に投げたら寝ているモンスターに当たって、先に起こしちゃった』トラウマがあって、見ただけで冷や汗が止まらないんだ。

 そのまま見せられ続けると、きっと鬱か何かになってしまう。装飾品屋の前なんて廃棄の石ころの袋があってね、どんなに遠回りでもそこを避けて歩いているんだよ。

 ……ああ、こうやって石ころのことを思い出したらもうだめだ、気分が悪くなってきた。僕は隣の部屋でもう寝ているから、構わずお酒飲んでいてくれないかな」

 

 そこで、素材商、鉱石商、薬商の三人は、この黒髪のハンターさんが寝ている間に山ほど石ころを用意してきて、それを枕元に置いて、起きた時に驚かそうと衆議一決したんですわな。

 

「なぁ鉱石商。それにしても石ころなんて、こんな量よくあったな」

 

「取引すると毎回なぜか商品に大量に混ざってくるのよ。もう、とんでもなく困るんでさ」

 

「お前もう商人やめろよ」

 

「ところで、こんなものハンターさんにぶちまけて大丈夫かね? 泥酔って訳じゃねぇが、それなりに酔っていたし、死にゃしねぇかな」

 

「かまうもんか、もし怒ったって、驚かしたのは石ころであって俺たちじゃねぇ。それに薬商もいるんだし」

 

「薬は死んでからじゃ意味ねぇよ」

 

「おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。ちょっくら見てみようじゃねえかい」

 

 三人の商人が障子の穴から中を覗くと、そこにはニコニコして石ころとネンチャク草を調合する、黒髪のハンターさんが。

 商人たちはもうカンカンになって障子を開け放ち、ハンターさんに怒鳴ったそうな。

 

「ハンターさんよぉ! お前、俺たちに石ころが怖いって嘘をついたなぁ。太ぇ野郎だ」

 

「あ、商人さん方。石ころありがとうございます。素材玉ってなぜかいつも消費が早いんだよね」

 

「やられた。石ころなんて舐めていたよ! まさかアイテムになるとはな。ハンターさんは本当は何が怖いんだい?

 

「ごめんごめん、いやぁ、本当は僕は調合が苦手でさ。

 ――今は、“調合書①入門編”が怖いなぁ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ある夜、三人の商人と一人の隻眼のハンターが宿に泊まり、酒を囲んで暇を持て余していたそうな。

 

 

「人間誰でも怖いものがあるんだとよ。それは何故かってえと、生まれたときに胞衣(エナ)を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それがそいつの怖いものになるんだよ」

 

「何だいそのエナってのは?」

 

「お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、鉱石商は何が怖えぇ?」 

 

「俺は甲虫が怖えぇ。あのアリみてぇな奴、行列とか気持ち悪ぃ」

 

「じゃ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に甲虫が横切ったんだよ。薬商は何が怖えぇ?」

 

「俺は鎌蟹だ。 鎌蟹のやつは沼地の洞窟あたりを歩いていると出てきやがって、兜みてぇなものを背にくっつけて、『あんたのお宅はどれらい大きいんだ?』って尋ねると、『このくらい!』って手をいっぱい広げやがるんだ。あれが気にくわなくて、鎌蟹が大嫌ぇだ。素材商は何が怖えぇ?」

 

「俺かい。俺は影蜘蛛が苦手だ。いやね、俺が影蜘蛛自体が嫌ェってわけじゃないよ。俺にあんなに足が沢山あったらどうしよう? って話だ。わらじを買ったっていくらおあしがかかるか分からねぇ。影蜘蛛にだけはなりたくねぇ。ところでハンターさん、お前さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?」 

 

「怖いもの? うむ。モンスターは怖いものかもしれんが、ハンターである俺が怖がっていてはハンターの面が立たんというものだ。 

 護衛する貴殿方にそんな姿を見せるわけにもいかないしな。ない、と言っておこう」

 

「しゃくにさわる野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんて。何かないのか。たとえば黒狼鳥なんかどうだい?」

 

「黒狼鳥? 黒狼鳥は俺の装備の素材でもあるし怖くないな。黒狼鳥は、モミジを煮込みにすると美味いのだ。うちの料理が得意な奴が、黒狼鳥を狩るときによく作ってくれてな」

 

「じゃ、海竜か、雄火竜なんかどうだい?」

 

「海竜? 雄火竜? あんなもの、海竜は尻尾をタタキにしておろしたモガモガーリックと、雄火竜はタンを燃石炭で炙って塩振ると美味いぞ」

 

「美味そうなのが余計にしゃくにさわるやつだな。じゃ、いいよ、竜なんかじゃなくてもいいから嫌いなものは無いかい?」 

 

「んむ、そうか? そこまで言うなら聞いてくれるか?」

 

「当然よ! むしろ言ってくれなきゃ酒も進まないってもんだ。ささ、何が怖いんだ?」 

 

「じゃ、言うぞ……あのな、俺は“もえないゴミ”が怖いのだ」

 

「なに、もえないゴミ? あのもえないゴミかい。調合で失敗したときにわんさか出てくる、あのもえないゴミが?」

 

「そうだ。俺は研究業を兼業でやっているのだが、調合をするとどうしてもできてしまう。見ただけで『あぁ、今週のゴミ出しは俺の番か』と()()になってしまうのだ。

 そのままいるときっと週一のゴミ出しが面倒すぎて、心臓発作を起こしてしまうと思う。調合屋の前など、そのもえないゴミの大量に詰まった袋が置いてあって足がすくんでしまうから、どんなに遠回りでもそこを避けて歩いているのだよ。

 ……ううむ、こうやってもえないゴミのことを思い出したらもうだめだ、気分が悪くなってきた。俺は隣の部屋で寝ているから、構わず晩酌は続けてくれ」

 

 そこで、素材商、鉱石商、薬商の三人は、この寡黙なハンターさんが寝ている間に山ほどもえないゴミを用意してきて、それを枕元に置いて、起きた時に驚かそうと衆議一決したんですわな。

 

「それにしてもこんな量のもえないゴミなんてよくあったな」

 

「回復薬の取引すると、毎回なぜか商品に大量に混ざってくるのよ。もう、とんでもなく困るんでさ」

 

「普通に取引失敗してるじゃねぇか」

 

「ところで、こんなものハンターさんにぶちまけて大丈夫かね? 泥酔って訳じゃねぇが、それなりに酔っていたし、死にゃしねぇかな」

 

「かまうもんか。もし怒ったって、驚かしたのはもえないゴミであって俺たちじゃねぇ。それに薬商もいるんだし」

 

「薬は死んでからじゃ意味ねぇよ」

 

「おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。ちょっくら見てみようぜ」

 

 三人の商人が障子の穴から中を覗くとそこには恐ろしいことに、ニコニコしながら懐にもえないゴミを九十九個も納める、隻眼のハンターさんが。

 商人たちはもう顔を真っ青にして障子を開け放ち、ハンターさんに声をかけたそうな。

 

「ハンターさんよぉ! お前、俺たちにもえないゴミが怖いって嘘をついたなぁ。太てぇ野郎だ」

 

「おぉ、貴殿方。いやな、このもえないゴミは山菜爺さんに渡すといいものを貰えるのだ。そもそも俺は調合するときは調合書を準備するから、失敗など殆どしないのだよ」

 

「やられた。それじゃハンターさん、本当は何が怖いんだい?」 

 

「そうだな、山菜爺さんも、もえないゴミばかり貰っては困るだろうからな。

 ――今は、“虫の死骸”が怖いな」

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 ある夜、三人の商人と一人の粋な容姿のハンターが野営をし、酒を囲んで暇を持て余していたそうな。

 

 

「人間誰でも怖いものがあるんだとよ。それは何故かってえと、生まれたときに胞衣(エナ)を埋めるだろう。その埋めた場所の上を最初に横切ったものがあると、それがそいつの怖いものになるんだよ」

 

「何だいそのエナってのは?」

 

「お前が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒よ。それで、鉱石商は何が怖えぇ」

 

「俺は甲虫が怖えぇ。あのアリみてぇな奴、行列とか気持ち悪ぃ」

 

「じゃ、お前ぇの胞衣を埋めた上を最初に甲虫が横切ったんだよ。薬商は何が怖えぇ?」 

 

「俺は鎌蟹だ。 鎌蟹のやつは沼地の洞窟あたりを歩いていると出てきやがって、兜みてぇなものを背にくっつけて、『あんたのお宅はどれくらい大きいんだ?』って言うと、『これくらい!』って手をいっぱい広げやがるんだ。あれが気にくわなくて鎌蟹が大嫌いだ。素材商は何が怖えぇ?」

 

「俺かい。俺は影蜘蛛が苦手だ。いやね、俺が影蜘蛛自体が嫌ェってわけじゃないよ。俺にあんなに足が沢山あったらどうしよう? って話だ。わらじを買ったっていくらおあしがかかるか分からねぇ。影蜘蛛にだけはなりたくねぇ。

 ところでハンターさん、お前さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?」

 

「怖いモン? モンスターは怖いものかもしれねェが、ハンターである(わし)が怖がっていちゃあハンターの面が立たねェというものヨ!

 護衛するアンタ達にそんな姿を見せるわけにゃいかねェ。無ェ、と言っておこうかね」

 

「しゃくにさわる野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんて。何かないのか。たとえば黒狼鳥なんかどうだい?」 

 

「黒狼鳥? 黒狼鳥は怖くねェな。黒狼鳥は、モミジを煮込みにすると美味いヨ。うちの料理が得意な奴が、黒狼鳥を狩るときによく作ってくれるのサ」

 

「じゃ、海竜か、雄火竜なんかどうだい?」

 

「海竜? 雄火竜? あんなもの、海竜は尻尾をタタキにしておろしたモガモガーリックと、雄火竜はタンを燃石炭で炙って塩振ると美味いヨ」

 

「美味そうなのが余計にしゃくにさわるやつだな。じゃ、いいよ、竜なんかじゃなくてもいいから嫌いなものは無いかい?」

 

「そうかい? そこまで言うなら聞いてくれるかい?」

 

「当然よ! むしろ言ってくれなきゃ酒も進まないってもんだ。ささ、何が怖いんだ?」

 

「じゃ、言うヨ……あのネ、儂は“逆鱗”がおっかないの」

 

「なに、逆鱗? 逆鱗ってあの逆鱗かい。おいそれとは見られねぇって素材の、あの逆鱗が?」

 

「そう。儂はハンターの立場を利用した商売を兼業しているンだがネ、みんなが好きな逆鱗を見ただけで『あぁ、こンなもので儂の収入のほとんどが動くのかい』と思って心の臓が震えだしちまうの。

 そのままいるときっと儂はアレルギーか何かでくたばると思うのサ。だから、素材屋の前を通るときなんて足がすくンじまって歩けなくなっちまうンで、どんなに遠回りでもそこを避けて歩いているんだヨ。

 ……ああ、こうやッて逆鱗のことを思い出したらもうだめだ、気分が悪くなッてきた。儂は隣の部屋でもう寝ているから、構わず晩酌を続けて下さいまし」

 

 そこで、素材商、鉱石商、薬商の三人は、この粋な容姿のハンターさんが寝ている間に山ほど逆鱗を用意してきて、それを枕元に置いて、起きた時に驚かそうと衆議一決したんですわな。

 

「それにしても逆鱗なんてよくあったな」

 

「前に山菜爺さんと交換してもらうとか何とかで、もえないゴミを山のように持ち帰った大馬鹿な隻眼のハンターがいただろう。

 おれも何か交換できねぇかと情報を嗅ぎまわったら、山菜組取引券で交換できるってんで、わざわざ出向いて、箱の隅でくしゃくしゃになってたの交換してきて貰ったんだ」

 

「もうお前ハンターやれよ」

 

「ところで、こんなものハンターさんにぶちまけて大丈夫かね? 泥酔って訳じゃねぇがそれなりに酔っていたし、死にゃしねぇかな」

 

「かまうもんか、もし怒ったって、驚かしたのは逆鱗であって俺たちじゃねぇ。それに薬商もいるんだし」

 

「薬は死んでからじゃ意味ねぇよ」

 

「おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。ちょっくら見てみようぜ」

 

 三人の商人が障子の穴から中を覗くと、そこにはニコニコして色とりどりの逆鱗を懐に納める、粋な容姿のハンターさんが。

 商人たちはもうカンカンになって障子を開け放ち、ハンターさんに怒鳴ったそうな。

 

「ハンターさんよぉ! お前、俺たちに逆鱗が怖いって嘘をついたなぁ。太ぇ野郎だ」

 

「おぉ、アンタ方。見ておくれよこの輝き! 逆鱗と一口に言ったって、雄火竜に雌火竜、海竜、おまけに斬竜のもあると来た。もう儂幸せすぎて死んじまいそうヨ」

 

「これはやられた! 本当は何が怖いんだい?」

 

「あぁ……ハンターってェのは貪欲なものでね。

 ――本当は、儂は“紅玉”が怖えェなァ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ハンター同士でのRARE4以上のアイテムの受け渡しは、禁じられております故。

 

 

 

 おあとがよろしいようで。

 

 とっぴんぱらりの南天屋。

 

 

 




 元ネタは、落語の『饅頭怖い』でした。

 読者のハンター様方は、果たして何が怖いでしょうか?

 年明けも多忙につきどれくらいのペースで投稿できるか不明なのですが、やりたいネタはたくさんあるので、それらに着手するまでは死ねないですね。



 次話もよろしくお願い致します。


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歳月、人を待たず
11杯目 地に落ちては兄弟(けいてい)()


 
 
 
 地に落ちては兄弟(けいてい)()
 何ぞ必ずしも骨肉の(しん)のみならん

 地に生を受けた者は皆兄弟。つながりは血筋や家柄だけではない。

 
 時系列的には10話から紫毒姫戦前くらいの挿入話です。全ての章を執筆し終えたらまとめて移動させるつもり。


 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 寒冷期も本格的に深まり、ヒンメルン山脈から吹き下ろす風もヒゲを震わせるほどに冷たい。

 今年の年の暮れは雪こそ降らないけれど、晴れているぶん例年よりちょっと寒くなりそうだ。

 

 日も天に向かう昼飯時の大都市ドンドルマ、一番地価が安い地区。

 気取らない雰囲気の商店街はこの地区で最も賑わっている。

 都会の露商というだけで十分目を奪われるものだが、出張販売だという出来立ての串団子、うさ団子なる菓子の魅力には勝てなかった。

 

 大きなうさ団子片手に一匹の獣人族──小太りのアイルーがのたのたと歩く。

 

 商店街から一歩路地裏に入ると、左からボロ屋、空き家、あばら屋、ボロ屋。ものも言わず、喧騒混じりのからっ風に耐えている。

 時々焦げた廃材があるのは、かつてこの土地に古龍の襲来があったからだとか。

 

 アイルーはとある一軒の前で歩みを止めた。

 

 見上げると竿に干された洗濯物。

 ナンテンの実と黒星の商標(ロゴ)、銅の小洒落た吊り看板。

 『OPENだニャー』と落書きしてある獣人族のイラストの小さなボード。

 

『 狩猟と商事の《南天屋(ナンテンヤ)》 ドンドルマ総合事務所 』

 

「やっと着きましたニャ」

 

 重たい荷物を背負い直す。中身はココット村の特産品がいっぱいに詰め込まれているのだ。

 アイルー──ムニエルは大きな腹を揺すって、ドアノブに背伸びした。

 

 

 

「ごめんくださいニャ」

 

 ベルナ村製の真鍮ドアベルがコロコロと鳴る。この事務所の玄関戸は雑に扱われているのか、壊れかかっていて閉めるのにコツがいる。ぎぃぎぃと不満なランポスのようにやかましく鳴いた。

 ムニエルの呼びかけに、「しばし待たれよー」と間延びした声が廊下の奥から聞こえた。

 

 ムニエルは玄関横の、銅製の名札に手を伸ばした。俗にいう“出勤ボード”である。

 ボードの端には年が刻まれていて、事務所が《南天屋》のものになるより前から設置されていることが分かる。

 名札は“元締め”ハルチカ、“料理長”アキツネ、“薬師”メヅキ、“護衛”シヅキ。運搬用の丸鳥ガーグァ、猟虫、それからたくさんのバイトアイルー。事務所にいるとき名札は表に、外出しているときは裏にひっくり返す仕組みだ。

 

 見慣れない名前が二つあって、これはどうやらこの事務所の先代主。

 そしてもう二枚、裏返しのままの名札がある。興味本位で表を見ても、名前の欄は黒く塗りつぶされていた。

 

 この名札プレートはいったい何なんだろうニャ? ムニエルは一瞬疑問に思ったが、別に大切なことでもない。廊下からパタパタと近寄ってくる足音に首を巡らせた。

 もちろん、自分の名札プレートをひっくり返すのを忘れずに。

 

 ムニエルは、商事《南天屋》の古参バイトアイルーである。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 居間から出てきたのは一人の青年。曲がり角で足の小指を引っ掛け、「ワアッ」とごろごろ悶絶してムニエルのもとへ転がってくる。

 足を抱えて真横になったまま、青年は四角四面な挨拶をした。

 

「久方ぶり、ムニエル殿」

「お久しぶりですニャ、メヅキさん」

 

 青年はメヅキという名だ。《南天屋》メンバーの一人であり、隻眼のライトボウガン使いである。

 

「足、大丈夫ですかニャ?」

「別にいつものことだ。恥ずかしながら俺は、()いているとよく物に引っ掛けてしまってな」

 

 「目がどうも悪いのだ」やや足を庇いながらおもむろに両膝をつき、メヅキは普段着の襟を正す。

 

「遠路はるばるご足労であった。ようこそ、ドンドルマへ」

 

 ぺこりと頭を下げると、ムニエルに上がるよう促した。「不味い茶くらいしか出せないが」

「そんなにかしこまらなくても。ただ年末のご馳走を買いに来ただけですニャア」

 

 誘われるまま居間に上がると、炬燵(こたつ)に早速潜り込むムニエル。ヒト用なので少し大きいが、炬燵と言うのは埋もれるくらいが丁度いい。ココット村から冷たい風に当たり続けていた身に、なんと温かい事か。

居間は鼻にすーっと来るような、仄かな薬品臭が漂っている。

 

 ムニエルはココット村から食材の買い付けに来ていた。年末前に、と旦那さんが休暇をくれたのだ。

 家でぐうたらするのも考えたが、先月にライゼクス撃退の報酬として身の丈に合わない収入を得たので、大金を懐に抱いてノコノコとドンドルマに(のぼ)ってきた……というわけである。

 

「それにしてもこんなに早く到着するなんて。オイラがさすらいをしていた頃なんか、とてもじゃないけどマトモに歩ける道なんて少なかったもんですニャア。ココット村とドンドルマ間、見積もり十日はかかったニャ」

「放浪なんてしていたのか」

「タルの中に入ってあっちこっちへ料理修行……モンスターにも見つからなくって、雨風にも強くて、意外に快適ですニャよ、タル」

「家を背負って暮らすなど、ダイミョウザザミやショウグンギザミのようだなぁ」

 

 炬燵布団に埋もれてぬくぬくしているムニエルを見て、メヅキは「アメフリコタツブリ……」と上手いことを言うように呟いた。

 

「ご馳走の買い付けは夕方に出てもいいですニャ? 到着してからすぐに動けるほど、元気な歳でもなくてニャア」

「構わんとも。夕刻は多少混むが、露店は客が増えるのに合わせて品揃えを充実させるからな。しばし休まれていくと良い」

 

 「どうぞ」とメヅキは茶海(ピッチャー)に沸かした湯を注ぐ。茶葉が開けばムニエルにとっては落ち着くような、高揚するような魅力的な香りがする。メヅキはずっと微妙な顔をしていた。

 獣人族だけの好物、マタタビを煎じた茶である。

 

「バイトアイルー達に大人気なのだが、俺にとっては全然美味く思えん……喫茶をやっている師匠が趣味で集めていてな」

「マタタビを茶で頂くのは、ヒトにとってはいささかコクが深すぎるかもしれませんニャア。酒にさっと香りづけをしたり、味噌や糠で浸け物にするといいかと」

「さすが料理人。アキツネが見込んだだけある……すまん、散らかっておるな。ちょっと片付けるぞ」

 

 美味そうにマタタビ茶を啜るムニエルを横目に、メヅキは炬燵の上を占拠していた道具をざっとよけてスペースをつくる。

 ものを右から左に移動させることは別に片付けではないことを、彼は恐らく理解していない。

 メヅキは土産のうさ団子を無造作に口へ突っ込み、もりもりと食った。彼は甘党である。

 

「ギルド認定ではないから狩場では使えんが、マタタビは薬としても有用でな。体を温めたり、神経痛に効果がある。薬の材料、見てみるか?」

 

 炬燵布団に埋もれていたムニエルは、やや高い炬燵の天板に首を伸ばす。天板の上は調合書と調合器具、マタタビをはじめとした薬草、キノコ、木の実でいっぱいだった。どうやらムニエルが訪れる直前まで調合作業をしていたらしい。

 

「あ、料理で使うやつもあるし、見たことないやつもある……これはトウガラシ!」

「ホットドリンクの材料だ。今の時期は日常的に使われるが、今の時期は雪山の狩猟制限かかかっているから、在庫消費は変わらない……ってお前、アイルーだからホットドリンクいらないのか」

「人間も毛むくじゃらになればいいのニャ」

「獣人族相手にトウガラシは売れないのだな……」

「なら、マタタビを売って欲しいですニャ!」

「1zの売値では大赤字なのだよ。ならばと事務所の表の花壇でマタタビを育ててみたことがあったが、道行くメラルーにことごとく盗られた」

 

 もしマタタビで儲けようとするなら、税金を取るしかないかなとメヅキはぼやく。税金が課せられれば獣人族はみんな仕事を辞めるニャ、と意見を述べると、メヅキは不貞腐れたように閉口する。

 ムニエルは次に、モンスターの角を二つ手に取った。大きいのと少し小さいのだ。「ケルビの角だニャー。これだけモンスターの素材ニャ?」

 

「ケルビの角はギルドが唯一認めている、モンスター素材の薬の材料だ。薬師によって考え方は異なるが、俺はなるべくモンスターの素材を薬に使いたくなくてな。一年で生え変わるケルビの角がせいぜいだ」

「結構硬いし、採集が大変ですニャよ」

「ライトボウガンの本体で殴って気絶なんて、最初はこれでいいのかと思ったわ」

 

 「ライトボウガンは殴るものッ」とメヅキはジャブをしてみせた。

 

「薬の材料を産地で見るのも興味深いぞ。ほれ、お前が持っている大きいのはこの町で購入した森丘産、小さいのは先日、ポッケ村でシヅキが見繕った雪山産だ。ラベルが貼ってあるだろう」

「寒いから縮こまっちゃったニャ?」

「くははは、面白いな。そうかもしれんなぁ」

 

 メヅキは機嫌よく大量の調合書を開くと、薬研(やげん)で雪山産ケルビの角をすり潰し始めた。片付けて少し空いたスペースが一瞬で元通りになる。

 

「ケルビの角は秘薬の効能をより高めるのだが、いかんせん調合が難しく……俺はまだ上手く扱えん」

 

 ムニエルも調合書を覗き込む。難しい文字と数字がいっぱいで、内容はよくわからなかった。料理のレシピならどんな内容でも読めるのに。

 調合書の裏表紙に書いてある値段を見て、ムニエルは驚愕した。

 

「た、高いんですニャア、調合書って……。それに、持ち主が『《木天蓼亭(マタタビテイ)》』? 他の商事の名前ですかニャ?」

 

 不思議がるムニエルに「あぅ」と変な声を漏らして、メヅキは苦い顔で一冊の調合書を閉じた。

 

「……前に勤めていた商事だ。俺は《木天蓼亭》で薬学を学んだ」

 

 拗ねたように少し肩をすくめた。「ほとんど独学みたいなものだが」

 

「調合書は?」

「借りパクした」

「ひどいニャ、レアアイテムの受け渡しは禁止されているニャ」

「誰にも使われずに埃をかぶっていたのだ。借りているだけだ。いつか返すぞ、いつか!」

 

 駄々をこねて調合書⑤を大切そうに抱えるメヅキ。その値段は雑貨屋に置いてある書籍の中でもトップクラスに高額な15,000zである。

 

「じゃあ、メヅキさんはずっと《南天屋》にいたわけではないのニャ?」

「うーむ、なんと説明すればいいのやら」

 

 メヅキはどこか苦そうな、でも懐かしむような目で明後日を見る。調合書⑤を握る手に、ぎゅっと力が(こも)った。

 

「……四年と少し前になるかな。前の商事を辞めて途方に暮れていた俺……俺とシヅキを、ハルチカが誘ってくれたのだ。新しく商事を建てたから、メンバーが欲しいと。お前をスカウトしたアキツネは、設立当初からのいちばん古いメンバーだ」

「オイラがアキツネさんと会うより、もうちょっと前だったんですニャね」

「俺達兄弟は当時、体を満足に動かせる状態ではなかった。(ふところ)には治療費もなかったし、借金まであった。それを肩代わりするから、力を貸せという条件だ」

「《南天屋》同士はオトモダチだと思っていたニャよ?」

「もちろん、今はかけがえのない狩友だ。最初はもっと淡白な関係だったのだ」

 

 メヅキは静かに調合書⑤を置いた。分厚い表紙の角を、日に焼けた指が沿う。「この街には困り果てた人など山ほどいる。どうして、俺達兄弟に声をかけて来たのだろうか」

 ムニエルは調合書⑤に手を伸ばした。古い紙独特の、柔らかくて温かな匂いがした。

 

「それはきっと、薬が儲かるからニャ!」

「そ、そうか。儲かるからか……実際、今の《南天屋》の純収入は半分以上が俺の薬だからな。エヘン」

「儲かりすぎニャー……」

 

「借金持ちからここまで金を溜められるようになったとは、俺も成長し……ん? 《南天屋》ができた頃の俺、二十歳になっていなかったのか」

「今は?」

「に、二十三」

 

 歳月人を待たず! 時の流れの早さにメヅキとムニエルは揃って震えた。示し合わせたように茶菓子のうさ団子に手を伸ばす。

 

「俺の話はこれでおしまい! あまり明るい話ではないしな。お前はどうして放浪してまで料理人に成ろうと?」

「それはもちろん、まだ見ぬ食材を求めて! ……今は、誰かに料理を振る舞う喜びの方が大事ですけどニャ」

「お前は優しいのだな。バッチリ模範的な()き料理人の意見だ。アキツネなんか、『人がおれの飯食っていると快感を覚えるから』とか言っておるからな」

「え、次からアキツネさんを見る目が変わっちゃう……」

「黙っていればいい料理人なんだがな。アキツネは」

 

 呆れてため息をつくメヅキに、ムニエルはうさ団子をもぐもぐやりながら尋ねた。

 

「じゃあ、メヅキさんはどうして薬学をやろうと思ったのですニャ?」

「もちろんお前も言った通り、あらゆる商売の中で最も儲かる商品だからだ! ……それから」

 

 うさ団子の串の先が、「誰にも言うな」と言うようにムニエルの鼻先に突きつけられる。

 この事務所は他に誰もいないのに、メヅキは真剣な顔で急に声をひそめた。

 

「弟の足をずっと診ていてあげたいからだ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ムニエルがマタタビ茶を啜って団子をかじっている間、メヅキはこつこつと薬の調合に勤しんだ。本人曰くナチュラルハイになって、作業が止まらなくなるらしい。

 雑談しながら一刻は経っただろうか。不意に作業の手が「あ」と制止する。 

 

「いかん、いくらか材料が少し足りん。商店街へ買い出しに行かねばならんな……ムニエル殿、食材の買い出しに行くか?」

「いいんですかニャ!?」

「今頃ほかの三人も商店街にいる。せっかくムニエル殿が来るというのにあいつら、迎えもせずにカワズの油を売っているとは」

 

 カワズの油というのは、ココット村のあるアルコリス地方にはいないモンスターの素材らしい。

 

 都会の露店巡り! まだ見ぬ食材にワクワクしているムニエルが、メヅキの提案に乗らないわけがない。

 荷物袋を担いだ一人と一匹は、早くも夕飯の匂いが漂う商店街へと繰り出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 





 バイトアイルーのムニエル君に再登場して頂きました。元・タルアイルーの小太りアイルーです、
 たまには大きな動きもなくダラダラ会話するだけの回もいいなぁと。いつも……いつもじゃんと言わないで。

 次話も是非ご賞味ください。


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12杯目 (かん)を得ては(まさ)に楽しみを()すべし

 
 
 
 (かん)を得ては(まさ)に楽しみを()すべし
 斗酒(としゅ) 比隣(ひりん)(あつ)

 嬉しい時は大いに楽しもう。
 酒をたっぷり用意して、繋がりある者たちと飲みまくるのだ。





 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 商事《南天屋(ナンテンヤ)》事務所の玄関には、植木の鉢がぽこぽこと乱立している。身を寄せ合って寒風に耐えているようだ。

 頼んでもないのにメヅキの師匠が株分けしたのを押し付けてきて、狩猟に出ている間は武具工房で働いている隣人が好き勝手に世話をしてくれているのだという。

 

 そんな植木に囲まれて、桶が一つ置いてある。

 中の小金魚は、《南天屋(ナンテンヤ)》の誰かが釣り堀から興味本位で釣ってきた。どうしてもひもじくなった時に五百ゼニーで売り払うつもりだったが、美味い残飯と勝手に生える苔を数年(かじ)り続けた現在、ぶくぶくに肥えて優雅に桶の中を泳いでいる。

 なんとなく、売るに売れなくなったらしい。

 

 見上げると鉢のサイズに見合わないほど背が高く育った何かの木が乱立し、ひょろひょろと頼りない木陰を作っている。やけに隣人の手入れが行き届いているのがまた不気味な雰囲気を作っている。

 関わった人全員の「これ育ててみたらどうなるんだろう」というちょっとした好奇心と、大いなる怠惰が、薄暗く鬱蒼とした事務所の雰囲気作りを助長していた。

 

「桶の中の小金魚、ジォ・クルーク海を知らず」とメヅキが呟いた。

 知らなくてもいいのですニャ、とムニエルは思った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「この区は地価が安いぶん治安が悪いからな、はぐれぬよう注意されよ」

 

 メヅキはガルルガS装備の足だけを身につけていた。裾の長い外套の隙間から、黒狼鳥イャンガルルガの翼膜で編まれたズボンがちらりと見える。

 曰く、ハンターの装備はその者の実力を測る目印のようなものらしい。どんな野暮用でも、外出時には装備で身繕いするのがハンターの(さが)だという。

 

 彼の上着の裾がひらひらとムニエルの目の前から逃げてゆく。飛びつきたくなる獣人族の性を抑えて、ムニエルはとことこ後を追った。

 顔が見えなくなるくらい用心深くフードを被ったメヅキは、ときどきムニエルの方を気にして歩く早さを微妙に変える。彼は歩くのが速い。

 

 歩調を合わせるというのは、意外と難しいことなのだ。

 きっと、何事においても。

 

 西陽に照らされる下町の混沌っぷりは、もはや暴力的だ。

 この市場の行き止まりがどこなのか、具体的にどこまでを市場と指すのか、ここを行き交う人々は誰も知らない。ムニエルの少し前を歩いているメヅキも淡々としているが、たぶん知らない。

 

 化け物のようにぬらぬら光るドス大食いマグロの(カシラ)、ごつごつとした歪な形のアプトノス腿ハムが軒先に吊るされ、味よりも大きさを追求して膨れあがったデンデンダイコンやドテカボチャが茣蓙(ゴザ)の上に乱雑に積まれていた。

 

 そんな商品の隙間から、メヅキへ挨拶が頻繁に飛んでくる。「ご苦労さま」「ちゃんと食べてるかい」と、労う声が多い。

 メヅキはその度にぎこちなく会釈し、歩調も心なしか早くなる。まるで雨を避けるようだ。

 

「メヅキさんは人気者ですニャ!」

「人気というか、同情されているのだ……」

 

 フードの下で、メヅキの目が明後日の方へ泳ぐ。ムニエルは首を傾げた。

 

「仲良くしないのニャ?」

「仲良くしているとも。俺はここの商人や住人にも薬を卸しているからな」

「そうじゃなくて、お喋りしたり」

「……業務外のサービスなら俺はせんぞ」

「あにゃー……」

 

 会話していてそうは感じないが、実はシャイボーイなのだろうか。

 すっかりヘソをグンニャリ曲げてしまった彼に、ムニエルはご機嫌とりで違う話題を出した。

 

「そ、そういえば、薬の材料って何を買うのですかニャ?」

「薬の材料か? 不死虫と、にが虫だ。それから薬用ではないが、罠や弾用に雷光虫もあれば嬉しい」

 

 虫。ムニエルは先月、森丘で散々な目に遭ったばかりだ。

 あの総毛立つ羽音、濡れているわけでもないのにてかてか光る甲殻、そしてあいつらを食うのは夜空に瞬く緑の雷光。

 あれ以来、毒けむり玉の匂いを嗅ぐと泣きたくなってくる。

 

 タルアイルーをやっていたムニエルはモンスターに耐性があるが、それとこれは別だ。彼は総毛立った。

 

「虫が入っている薬を飲むくらいなら、自分で体を治しますニャ……」

「“沈黙は金火竜”よ。どの薬に虫が使われているかは教えられん。薬を飲みやすくするなら、なんでもするのが薬師だ」

 

「まぁ、調合書を読めば材料なんて……」と言いかけて、メヅキはふと足を止めた。

 行き交う人々の格好は形式張っていない。つまり、身なりがいい者はほとんどいない。そんな中、遊び人のような佇まいで店主と談笑している男がいた。着ているものも垢抜けていて、周りから少し浮いている。

 彼は《南天屋》の元締めこと、ハルチカである。

 

 ハルチカは粗末な荷車に詰まれた壺の中を覗いて何かを値踏みしていたようだ。小さな荷車から見るに、個人経営だろうか。

 メヅキが声をかけると、ハルチカは「おつかれちゃーん」とご機嫌な挨拶をした。彼の紅を彫った目尻が細くなる。

 

「おやメヅ(コウ)、今日は一日籠るんじゃなかったのかい? 人混みが苦手なお前サンが商店街に何用?」

「薬の材料の買い出しだ阿呆めが」メヅキは出会うや否や噛み付くようにまくし立てる。

 

「アキツネは食材、シヅキはモンスター素材の精算に出て、お前がムニエル殿の応対をする予定だっただろう。気がついた頃には居なくなっていたものだから、俺は心底焦ったんだぞ。俺が客の接待なぞできると思っているのか?」

「あぁ、そいつは済まなかったねェ。ところでさっき、うさ団子を買ったんだけど」

「一寸の悪気もなくへらへらしやがって。恥を知れ」

 

 繰り出されるメヅキの鋭いジャブをぽこぽこと肩たたきのように受けるハルチカ。甘いうさ団子を避けてしょっぱいうさ団子をもりもり食っている。彼は辛党である。

 

「おや、ムニエルも着いてきていたのかい。ほら、うさ団子をお食べ。腹が減ってはこの戦場を歩めんのサ」

「久々に会って早々、なんだか悪いニャー」

 

 さっき食ったばかりだが、これは美味いので別腹だ。素直に受け取ろうとして、ムニエルはハルチカの肩に虫がひっついているのに気づいてしまった。大きな羽と、緑のふわふわの体毛を持っていて、とにかく巨大だ。不気味なことこの上ない。

 ムニエルは「ギャッ」と悲鳴を上げて、うさ団子を両手で剣のごとく握りながらメヅキの後ろに身を隠す。慣れているのか、そんな彼をわざとらしく見て見ぬふりをして、ハルチカはメヅキの方を向いた。

 

(わし)がなぜ商店街に出てるかっちゅーと、ヴァル子の飯……蜜餌の仕入れサ。猟虫のご機嫌取りってのは、操虫棍使いにとっちゃア死活問題なんだゼ?」

「む……蜜餌か。いつもどんなところで買ってくるのかと思っていたのだが」

「養蜂家の直売が、仕入れルートの一つサね」

 

 ヴァル子、というのはハルチカの肩の羽虫、猟虫のことだ。少しも重たそうなそぶりを見せず、彼は荷車の店主──養蜂家の(じじい)にひらりと手を振る。

 壺に入った蜜餌をよぼよぼと瓶に詰めながら、「どうも世話んなってます」と爺はしわくちゃの笑顔と大声で会釈した。だいぶ耳が遠いらしい。

 

 曰く、蜜餌はハチミツではない。

 金で買えるところは限られていて、自分で狩場を駆け回って集めるか、行商や問屋といった専門家に取引を──ときに金とは異なる特別な銭金(チップ)で──頼むのが一般的らしい。

 

「寒冷きは花も咲いていないのに、蜜なんて採れるのか?」とメヅキは大声で爺に聞いた。

「採れませんとも。お客様の前で言うのも良くないですがね、寒冷期の蜜はちょいと質が落ちますわ」

 

 養蜂家の爺は垂れた瞼をぶるぶるさせながら言った。

 野花が咲かない寒冷期は、養蜂家にとって休みの時期だ。他の農作業をやって、じっと次の繁殖期を待つ。

 巣箱の掃除でできる寒冷期産のハチミツは、繁殖期、温暖期産と比べて質が落ちるが、市場に出回らなくなるので価値はつく。

 捨てるのではなく、多少の手間をかけても売りに出すというのがこの爺の考え方だった。

 

「な、なるほどニャア」とムニエルは関心する。ハチミツは甘味づけに料理で使うこともあるが、どうやって作られているかはよく知らなかったからだ。

 

「薬の素材の虫ッつったら、にが虫や不死虫あたりだろ? メヅキ公よ。養蜂家はその辺も詳しいはずだゼ。オヤジが蜜餌詰めるの待って、ここで買って行きな」

 

 ハルチカは「よっこらせ」と荷車に腰掛け、ムニエルもうさ団子を齧りながら爺の作業を待つことにした。メヅキは瓶の蓋を開けてやったり、壺の口に垂れた蜜を拭いたりと不本意ながら爺の手伝いをしている。

 ハルチカは何もせず、ムニエルの横でうさ団子を美味そうに食っていた。

 

「今年の寒冷期は、虫素材の売り上げが悪くてねエ」と、養蜂家の爺は大声で言った。真横でびくりと身を震わせるメヅキを置いて、荷車からハルチカが応える。

 奇妙なことに、大声でないのに彼の声は爺の耳に届く。

 

「そりゃ災難だ。農業ッてのア安定しなくて大変サね」

「いやア、生産の方は通常通りです。問題は他にあって……」と、爺は語尾で唸った。

 

「新しい“虫商”が(へぇ)って来たんです」

「どういうことだい」

「えぇと。この時期、ドンドルマに入ってくる虫商は、たいていが養蜂家といった農家と、卸業です」

 

 農家は自分の畑で勝手に増える虫を、ハンターやハンターズギルド、薬師が好んで買うからだ。

 乾燥させれば日にちが持つ商品なので、売り物がない寒冷期の入りにまとめて売って、一年の作業の終わりとする家もある。

 卸業は、そんな農家から委託された行商人だ。彼らは虫素材の他にも、様々な雑貨を運ぶ。

 

「狭い業界なんで、毎年売買している人とは知り合いばかりになるんです。毎年の仕事終わりには一緒に飲みに行くくらい。けど……」

 

 養蜂家の爺は一旦言葉を区切った。

 

「昨日ここに到着したとき、『先月、見慣れねぇ行商が虫を運んできた』って噂を仲間から聞きやした。飛竜一頭分くらい、デカい商隊(キャラバン)だって」

 

「ほぅ」と、ハルチカはうさ団子の串を噛んで、少し身を乗り出すと、声色が変わった。

「なーんか引っ掛かる。規模のある商隊なら、虫よりもっと儲けの出るモンを運ぶよナァ? ずいぶん物好きな商隊と見た」

「もちろん、仲間内みんながそう思いました。でも本当におっかないのが……奴らがあんまりたくさん虫素材を卸したんで、ハンターズギルドが目ェつけたんです。んで、ウチらの売り上げが落ちちまって……」

 

 ハルチカは黙って目を細めると、うさ団子の串がぼきりと折れる。ようやく絞り出すように言った。「そいつァ災難だ。老山龍サマもびっくりだナァ」

 

 ハルチカに促されるままメヅキに作業を放り出した爺は、うさ団子を歯のない口でしゃぶった。

 

「仲間は小さな農家と卸業ばかりなんで、今年の寒冷期を越えられないところも出てます。ハンターの兄ちゃん、商売に詳しいんですよね? あの商隊は相当大手と見やしたが、何かご存じないです?」

 

「ふぅむ」と今度はハルチカが唸った。「どこかで情報を掠ったか……オヤジには今年寒冷期越え分の蜜餌の恩がある。ちょいとこちらでも探してみようじゃねェか」

「恩もなにも。兄さんが蜜餌をたんまり買ってくれたおかげで、私らもどうにか今期の飯にありつけそうです。来年もお願いしたいですナァ」

 

 爺は困り笑いしながら、卓上でゼニーの枚数をよぼよぼとした手つきで揃えた。十枚積んだゼニーへ、徐々に傾く陽が長い影を作る。

 

「もちろんだとも。寒冷期越えっては互いにしんどいし、オヤジも多少の足しになるだろうサ……今を楽しむべきよ」

「どうも、毎度あり」

 

 爺から蜜餌の瓶がたっぷり詰まった麻袋を受け取ると、ハルチカは意地悪い顔で今度はメヅキの方を向いた。

 

「さて、儂の買い物はこれでおしめェだ。お前サンの買い物は?」

「あっ」と声を漏らすメヅキを彼はニタニタと笑った。

 

「……にが虫と不死虫、それから雷光虫、ハチミツ。揃えているぶんありったけ!」

 

 メヅキはぶっきらぼうに注文した。「経費で落としてもらうからな、ハルチカ」

 

 「誰が落とすかパーカ」と舌を出すハルチカの隣で、養蜂家の爺は満面の笑みで手を揉んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 荷車の商品を全て買い込み、養蜂家の爺と別れた二人は、一匹にも荷物持ちをさせて夕飯どきの町を歩きだした。

 

「さて、ムニエルにメヅ公。謎の大規模商隊ってのを追いかけようか」

「お前一人でやれ。俺は関係な……」と言いかけて、にが虫を噛み潰したような顔をするメヅキ。「……あの爺から買い物した時点で、俺も関係あるのか」

「メヅキさん、仲良しチャンスですニャ」

「うるさいな」

「そう言うことサ。お前サン、商売するならもっと付き合いの幅を増やしとくべきヨ? それに」

 

 時折り道ゆく知り合いに挨拶されて、ハルチカは笑顔で手を振ってみせた。メヅキは依然無愛想である。

 

「“逃した魚竜はデカい”……儂は、どうしてもあの商隊のケツを拭かなきゃならねェ」

 

 そう言ってハルチカはにやりと口の端を吊り上げた。肩の猟虫、ヴァル子が「きゅうう」と鳴く。

 

「商隊ってのア留まることを知らねェ。一つの町で売り捌けば、すぐに仕入れて、また次の街へと旅立つのサ。さてムニエル。仕入れのほかに必ず買うものって、何かねェ?」

 

 頭に疑問符を浮かべる彼に、ハルチカはわざとらしく「腹が減ってはァ?」と誘うように言う。

 

「……あ! 飯かニャ!」

「正解。商隊は出立前に大量の飯を買い込む。大規模な商隊であれば、情報だってぶくぶくに膨れて悠々と泳いでいるかもしれねェなァ。さ、食品売り巡りでもしようか」

 

 ハルチカは得意げに笑った。

 冒険の気配にタルアイルーの性をかき乱されてワクワクするムニエルの横で、メヅキは天を仰いで大きなため息をついた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 
 
 
 正月から最新話の工事のため非公開にしていました。楽しみにしてくださっていたハンター様方にはご迷惑をおかけしました。
 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もボチボチ執筆して行きますので、どうぞお付き合い下されば幸いです。

 

【挿絵表示】

 
 
 


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13杯目 盛年、重ねては()たらず

 盛年 重ねては來たらず
 一日 再びは晨なりがたし


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 夜の気配が近づく商店街は、屋台飯の脂や煙、香辛料の匂いがむんむんと立ち込め、夕飯を買わんと増す客足で混沌が深まっていく。

 ハルチカ、ムニエル、メヅキの一行は人込みを掻き分け、食材を売っている区画へと入っていった。彼らは先程うさ団子を何本も平らげたにも関わらず、街の匂いに食欲をそそられている。

 得てして空腹だから食うのではなく、満腹でないから食うものである。

 

「夕飯、楽しみですニャ」

「ムニエル殿は本当によく食うのだなぁ」

 

 メヅキはムニエルの尻を支えて抱え上げ、「もっと食いたまえ」と言って無礼にもと腹をムニムニと揉んだ。気遣いは見せかけばかりで、彼は無類の獣人好きである。

 自分の尻を支えるメヅキの腕が意外にがっちりしていることに気付き、ふとムニエルは尋ねた。

 

「そう言えばハンターさんって、狩猟する時は何を食べてるのですかニャ? 前にアキツネさんと狩りに行ったときは、おうちで作るようなご飯を食べましたが……」

「狩場にも料理道具を持って行く奴だからネェ、アキは」

 

 ハルチカは呆れ半分で応えた。「残念だが、(わし)もメヅキも料理は得意でないのサ。狩場で食うのはこんがり肉と携帯食料……せいぜい薬草を噛むくらいかネ」

「だから、単騎(ソロ)狩りはなるべく行きたくない。飯はハンターにとって死活問題だ。士気に関わる」

「あ、そう言えば。儂は先日、遺跡平原に出た時はギルドの迎えが来るまで腹が減ったンで、釣った魚を焼いて食ったが……」

「魚を捌くのは慣れてないと難しいですニャよ。ちゃんと内臓(わた)とか、処理しましたニャ?」

「苦かった」

「この人、まさか魚を丸ごと焼いて……?」

「寄生虫に胃袋を食い破られればいいのだ。もしくは下痢に苦しんだのちにくたばれ」

「こいつ適当なことを」

 

 ムニエルの頭上で二人はガルルルルといがみ合う。ムニエルの両の肉球に諫められて、ようやく落ち着いた。

 

「とにかく、狩場の飯というのは食材の保存方法との戦いである。酢漬けや漬物は汁気があって持ち運ぶのに適さんし、燻製ものは嗜好品としての側面が強くて価格に難がある。狩場で安く手軽に食事を摂るには、塩漬け製品がせいぜいなのだ」

「な、なんだか携帯食料をつくった時のことを思い出しますニャ。軽いけど、水分がなくて食べづらいですニャ」

「あれは、こんがり肉の薄切りを乗せると脂で多少食いやすいのサ」

 

「あっ、お肉と言えば!」道端の屋台に置いてある巨大なハムを見上げ、ムニエルは抱えられたままうっとりとした表情で言う。

 

「タルアイルー時代は何度こんがり肉を食べてみたいと思ったことか。ハンターさんが狩場で、自分の手で捌いて、その場で焼いて食べるこんがり肉は、誰しもちょっと憧れますニャ〜」

 

 確かに、ハンターと言えば肉焼き。肉焼きと言えばハンター。雑貨屋にはいつでも肉焼きセットが置かれているし、ハンターはこれで森丘や砂漠、雪山、火山とどこだって骨付き肉をくるくる回して炙り焼く。巷ではそんな印象が強いだろう。

 しかしメヅキは怪訝そうな顔でムニエルを見た。切れ長の目が細められる。

 

「食うのか? モンスターの肉を? 正気か?」

「え?」

「アプトノスみてェな草食種はともかく、基本的に肉食のモンスターの肉はとかく不味いのサ、ムニエル。狩ったものなら尚更ヨ」

「そ、そうなのニャ?」

「肉――即ち筋肉というのは過度の運動で、つまり散々暴れると疲れが溜まって硬くなる。重症だと壊れた筋肉の色素で、死んだ時に垂れ流される尿が赤くなることもある。筋肉の痛んだ具合を見る指標だ」

「あニャ……」

「メヅ公、ムニエルがドン引いてるからヤメレ」

 

 ハルチカのびしっと素早いデコピンを食らい、メヅキは額を抑えて呻いた。「俺の額の筋肉が破壊された」「これくらいで破壊されるモンかい」

 

「ライゼクスの尻尾を携帯食料に混ぜて食べた時は、ピリピリ痺れましたのニャ」

「正気か?? 発電器官が肉の中に紛れていたのだろう」

「あれは依頼してきたハンターズギルドも文句をつけてきたネェ。儂は普段、毒を帯びた武器を使っているンだが、アキが勝手にモンスターの肉を食って腹壊さないようにするためなのヨ。毒が血に回れば肉は食えなくなるからネ……」

「俺の案だ」

「えっ、でもアキツネさんが使っていたガンランスは……」

「無属性。あのバカ、内蔵されている火薬ですぐに火が起こせるから楽だとランスからガンランスに乗り換えたのサ」

「そんなことありますかニャ??」

 

 アキツネの単騎狩りが得意な理由が少しだけ分かったかもしれないムニエル。毒の回っていないモンスターの肉をこっそり食うためなのだ。……多分。

 

「まったく、自分で味を落とした肉を食いたいなど変態だ――」

 

 メヅキが言いかけたその瞬間。ドン、と屋台が衝撃音と共に弾け飛んだ。ムニエルを庇うメヅキの頭上を、へらへら笑うハルチカの耳を鍋や調理器具がびゅんびゅんと掠める。

 

「舐めやがッて手前(テメェ)ゴラ゛ァアアア゛――!!」

 

 大型な男が髪を振り乱し、地鳴りのような咆哮をあげてムックリと立ち上がる。《南天屋》の料理人ことアキツネだ。両の鼻の穴から鮮血を垂れ流している。

 彼が飛んできた先を見ると、ハンターに負けず劣らず体格のいい女将(おかみ)がいた。格好から見るに、こちらは海女のようだ。隣には首に赤いリボンをつけた《南天屋》のガーグァが(ほう)けている。

 

「うちも経営ギリギリなの!」と女将はアキツネに怒鳴った。「高い金を払ってくれる方に商品出すに決まってるでしょうや!」

「ッるせェ……それでも商人かァ゛!」

 

 腕を組んで立ちはだかる女将へアキツネは気息奄々に再び殺気立つ。「止めてやんな」とハルチカに言われ、メヅキは眉間にしわを寄せた。

 

「かつて護衛業もやっていた、お前サンの腕を買ってるんだけどネェ」

「顎で使われるのは腹立だしいが文句は後だ。ムニエル殿に怪我させるなよ」

 

「合点承知の助」とハルチカが返すよりも早く、メヅキは傍の放置されていた荷台を軽く蹴って、派手にひっくり返した。中には二束三ゼニーにもならなそうな規格外品のドテカボチャがいくつか入っていて、ごろんごろんと勢いよく箱から飛び出す。

 メヅキは悪びれもなく、しかもわざとらしく叫んだ。

 

「おーっと、道端に置いてあったドテカボチャが喧嘩の被害で落ちそうだ!!」

「このひと阿呆なのかニャ??」と、ムニエルはハルチカの足元で突っ込んだ。

 

 宙を舞うドテカボチャ。厚く硬質な黒緑の皮が明かりを照らして煌めく。

 ドテカボチャが重力に逆らうことなく不時着する直前、アキツネの大きな手が優しくそれらを受け止めた。

 

「粗末にしたら、よぐねェよな」

「そうだぞ。よくないぞ」

 

 背を丸めて屈み、両手の平に小さめのドテカボチャをチョコンと乗せるアキツネ。指の腹でさすって埃を落としている。曇天色の長い前髪の隙間から、眠たそうな目がようやく隣の青年を捉えた。

 

「……メヅキ? と、ハルに、ムニエルでねェか」

「先日ぶりですニャ、アキツネさん!」

「……おう。先日のライゼクス狩りは、ドウモ」

 

 先ほどの殺気はどこへやら、独特のまったりとした雰囲気でアキツネは喋り出す。彼は大タル爆弾Gのように一触即発な人物である。

 

「一体どうしたのサ、アキ。海女にぶっ飛ばされるなんて……いや別に、お前サンの喧嘩は日常茶飯事だけど」

「……ン、前から予約してた。冷凍マグロ」

「冷凍マグロ?」

 

 ドテカボチャを手にしたままのアキツネは、魚の並ぶ屋台へよたよた近寄ると、一つの横に長い空箱を指さした。値札には“完売”と書いてある。

 

「冷凍モン、日持ちすッからよ。こんど狩りサ行ぐときに、刺身で食えると思って」

「狩り場でお刺身、素敵ですニャ〜……なんだか話が一周して来ましたニャア」

「ン。狩場で食えるモンは、たいてい火を通しちまうから……生で食えンのァ贅沢モンだ。それに、魚を凍ったまま食うッて料理もあンだと。口ン中で融かしながら……魚に脂がのってるほど美味ェって、面白そうだべ?」

「ふむ厳寒期の寒冷地、それも水辺の地域の調理法であるな。俺は食ったことがないが、なんとも乙な食い方だ」

「寄生虫も冷凍させれば問題ないですニャよ。食べたくないですけどニャ……」

 

 興味深そうな三人に「だべ、だべ」とアキツネは大仰に頷いている。彼はいつも無表情だが、リアクションはかなり大きい。

 すると、今度は女将がため息をつきながら歩み寄って来た。どうやらアキツネとは馴染みがあるらしい。

 

「アキちゃんはホント暴君で困るわ。うちは見たことないけど、ほんと蛮顎竜もビックリ」

「ばンがくりゅー?」と、アキツネは首を傾げた。隣でメヅキが続ける。

 

「蛮顎竜というと、アンジャナフのことか。ドンドルマハンターズギルド管轄の狩場には生息していないが……一般人には“暴れん坊”の異名が有名だろうな」

「片目の兄ちゃん、詳しいね。うちらは『寒冷群島』っちゅー東の海域の漁師なんだけど、この時期限定で毎年、冷凍させた鮮魚をドルドルマに出しに来とるの。毎年この時期はこっちで商売よ」

「女将とは、少し(わーか)ばかし長い付き合いで……コッチの気候は、凍らせられンのに(ぬぐ)すぎる。氷結晶も小ッさい魚サ凍らせンのがせいぜいだ。カジキマグロぐらいデカ(いが)い魚サ凍らすにァ、ずうっと寒いところサ行がにゃアなンねェの。女将の持ってくる魚、旨いから、この時期ァいつも寄ってる」

 

 アキツネはボソボソと言葉を繋げた。そんな彼にムニエルは「よく喋るようになってますニャ」という絞蛇竜に足のような一言をかけそうになる。

 料理人である彼は、ムニエルにとって饒舌なときの方をよく見るのだが……アキツネは飯や食材のこととなると、普段の数倍は口数が多くなるのだ。

 

「アキちゃん、マグロねぇかって毎年見に来てるもんね。今年は運よく巡り合えたけど、あんたの掛け値は安すぎた。うちら魚商も大きく金を払ってくれた客の方に商品を渡すさ」

「……ウゥ」

「おっとアキ、こっからは儂の尋ねごとを」

 

 反論しようと唸るアキツネの口に、ハルチカは手持ちのうさ団子をすかさず突っ込んだ。喉からごぼごぼ変な音を立て、白目を剥いてアキツネは崩れ落ちる。メヅキに目配せすると、すぐに察してアキツネの両脇を掴んだ。

 

「おっとアキツネ、餅を急いで食うのは賢くないなぁ。きちんとよく噛んで食いたまえよ」

「ごぼごぼごぼ」

「腰が立たぬほど美味いか。そうかそうか。また屋台が出るといいな」

 

「ハルチカさん。尋ねごとって、もしかして」

 

 ムニエルが見上げると、ハルチカは悪巧みをする奇猿狐ケチャワチャのように口の端を釣り上げて、愛想良く会話を切り出した。

 

「女将よ。ここ数日で、デカめのキャラバン客が来なかったかい。儂のちょっとした知り合いなんだけど」

 

 すると女将は、思い当たった顔ですぐに返した。

 

「あぁ、ここ最近で色んな食材店で買い物をしてるようだ。いい具合に金を落としてくれるから、普通の奥さん相手にするより儲かるってもっぱら噂になってるよ。さっき冷凍マグロを買っていったのも、そこの人だった」

 

 ビンゴ、とハルチカの三白眼がわずかに揺れる。彼の真意はまだ分からないが、彼の雰囲気の変化にムニエルも思わず固唾を飲んだ。

 

「冷凍モンを買ったッてことは、もうこの街を出ちまうんだナァ。ちょっくら顔を出したいと思ったのに」

 

 ごぼごぼとまだ喉を鳴らすアキツネの隣で、メヅキも会話に切り込んだ。

 

「冷凍マグロを買っていったのはどんな人物だ、一発食らわせんと気が済まん。とアキツネが言っている」

「いやぁ、それがね。きれいな身なりのお嬢さんだったんだよ」

「お嬢さんダァ?」とハルチカ。思わず声が裏返る。

「そう。無愛想だけど可憐な感じの子。この小汚い商店街には似合わないような」

「毎年店出してる商店街を小汚い、は無ェだろう……貴族とかの娘サンが物見(ものみ)しにきただけじゃないのかい」

「うちも最初はそう思ったよ。けど、とんでもなく値切りが上手くて」

「ヘェ、どんな」

「明らかに無理な値段まで値切りきったかと思えば、先約が入っているとわかると、アキちゃんの出した金額より得だって思わせるようなところまで上げてきやがった」

「フゥン……下げてから上げるのは、値切りの常套手段サね。言うのは簡単だがかなり熟練の技だ」

「それになにより、アキちゃんより可愛かったからね」

 

 立腹の様子だったアキツネは急にしょぼんとした。納得したらしい。それくらいで納得しないでほしい、とムニエルは思う。そんなアキツネの肩に肘を置き、ハルチカは二枚舌を造作なくフルスイングした。

 

「そのキャラバン、嬢チャンがいるって話は無かったナァ。一体どこの嬢チャンだろう? ……値切りが上手ェってンなら、うちで雇わねェことも無ェ。声でもかけてみようか」

「確か、武具工房の方へ行ったかね」

「ほう、それならシヅキが既にいるはずだ」とメヅキ。「運が良ければ、本当にその御令嬢に会えるかもしれん」

「護衛の装備の調整でも頼んでいたんじゃないかと思うけど……優秀なハルちゃんが雇う必要はないさ。年食わないうちに、さっさと嫁さん貰ってこの街に腰を据えたらいいところを、ハンターなんぞやってあちこちフラフラしてんだろ?」

「儂ァ、お勤めが恋人なのサ。女は、愛人くらいなら悪くねェ」

 

 頭に疑問符を浮かべるムニエルの隣で、メヅキとアキツネは思い切りしかめっ面をした。

 

「そう言っているうちは嫁さん貰えるわけないわ。アキちゃんには悪かったが、次は値切りの勉強でもしてくるんだね。冷凍マグロの掛け値の代わりにグンカンカキを負けといてやろう」

 

 得意げなハルチカを放置し、女将は大人しくなっているアキツネの手に網をいくつも握らせた。鮮度の良い大振りのグンカンカキがごろごろ入っていて、磯のいい香りがする。彼も満足したのか不満なのか、フンと鼻を鳴らしただけだった。

 

「地元で細々長くやってくのも良いけど、たまにこうしてしっかり稼いでおくのも大事なのよ。寒冷期はうちら漁師にとって恵みの季節さ」

「なるほど」とメヅキ。「俺は北国の出身故、寒冷期は忍耐の季節であったが……先程の養蜂家の爺とも逆の意見だ」

「薬屋も寒冷期に儲かるんじゃないのかい? “氷牙風に侵される”人が増えるから」と女将は茶化す。

「この女将、なかなか痛いところを」

 

 メヅキは悔しそうに顔を歪めた。アキツネも女将に何か挑発されて、つい手が出てしまったのだろうか。

 だが、ハンターも、獣人も、薬屋、農家、漁師も、この街は本当にさまざまな身分の人が行き交う。出自も育ちも全く異なるが、皆が皆共通しているのは“今を生きる”ことなのだ。同じ明日は再び来ないのだから。

 逆に言うと、この街で生きるのに肝心なのは過去に縋るのではなく、未来を憂うのではなく、今を楽しむこと。と言っても、この街に居れば知らず知らずのうちに秘訣を身に着けていることだろうが。

 

 さて、一行の追う商隊はこれを呑んでいるだろうか。なんだかそうでもなさそうですニャ、とムニエルは心の中で思った。

 どんな者でも受け入れるこの街でも、拒みたくなるような者なのではないか、と。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 漁師の女将と別れると、ハルチカは急に憮然とした顔になる。

 

「きな臭ェ。商隊としては三流もいいところサ」

「オイラもそう思うのですが……ハルチカさんはどうしてそう思いますニャ?」

「あんなに規模のある商隊が大きく動けば、市場、とまではいかねェが、養蜂家の爺ンとこみてェに周囲の小さな店へ影響するか分かってねェンじゃないかと。あの女将とか、他の店をちゃアんと見てる商人ならすぐに目ェつけるサ」

「もしかしたら、元々商隊を組む商人ではなかったのかも、とか」

「日程管理をミスして、すぐに出立しなければならなかったなら、ばたついても致し方ないとは思うが」

「ンン……ムニエルとメヅ公の意見も十分考えられるが……何か勘が引っかかる。儂が過敏なのかしらネェ」

 

 器用にも歩きながら煙管に火をつけ、ハルチカは苦い顔のまま吹かし始めた。「こうも喉につかえてちゃア煙草もマズいわ」

「アキツネはどう思う?」

「レイトウマグロ、買って行ッたやつ、ブッ飛ばす」

「お嬢さんに手を上げてはならんぞ。女将は殴られる前にお前を投げ飛ばしたようだが」

 

 そういうメヅキは、懐に小さなドテカボチャを一つ仕込んでいた。どうせ止めるのは自分の役目だと、いざとなればこれを放り投げてアキツネの動きを止める気である。

 歩きながらガーグァと戯れている彼はこのことを知らない。

 

 宵の口を迎える商店街を抜け、三人と一匹は中央広場、女将の助言通り武具工房へと歩き出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△




 
“氷牙風に侵される”という表現はモンハンwiki様【https://wikiwiki.jp/nenaiko/】から。雪山と寒冷群島、同じベリオロスでも少しずつ生態が違いそうですが、なぜか話が通じます。
 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。


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14杯目 歳月、人を待たず

 
 
 
 時に及んで(まさ)勉勵(べんれい)すべし
 歳月 人を待たず

 最善な時にこそ事を成すべきだ。
 歳月は人を待ってくれないのだから。
 
 
 


 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 大の男三人と大のアイルー一匹ともなると、それなりの大所帯である。

 

 夕飯売りでてんやわんやの食材売り区画を抜けて中央広場に出ると、一味違った賑わいとなった。

 武具工房やアリーナ、なにより街一番の大きさを誇る大衆酒場。客足は一般住人からハンターが主になるのだ。足音に混じって装備や武器の擦れる金属音が物々しく、また、華々しい。

 

 そんな中、獣人のムニエルの耳には金属音の中でも、少し異なる音が聞こえていた。彼らの身につける装備に縫い付けられた、様々なモンスターの素材が擦れる音だ。

 見渡せば、店頭の商品も武器や狩猟のアイテム、モンスターの素材が目立ってくる。伴って、金額の桁も跳ね上がっていた。

 

「わ、やっぱりハンターさんって儲かるんですニャ〜。あの大きな剣なんて、オイラのへそくりひと月分」

「うむ、あの大剣は俺の貯蓄ひと月分でもある」

「儂も」

「……おれもだ」

「…………え?」

 

 ひと月分の小遣いが一匹のコックアイルーと同じハンターなんて、一体どれだけ財政難なのだろうか。

 

 

「む。その顔は勘違いをしておるなムニエル殿。稼いでいない、というわけではなくて」

「そだべ、そだべ」

「メヅ公とアキは、先月(わし)が立て替えた薬研と手鍋、いつ金返してくれるンだい」

「経費で落とせ阿呆。お前こそ画材に浴びるほどつぎ込んでいるだろう」

「儂は借金してないモン」

「先日一杯奢ったべ。忘れたら、借金してないのと同じ」

「お金、自分の好きなことに使ってるんですニャー……」

 

 もちろん個々にもよるが、ハンターとは一度狩猟をして大きく稼いだら、その分のんびりとするのを繰り返して生活しているらしい。狩猟の旅に命を危険に晒している、と考えれば当然だ。

 逆に金銭管理がルーズだと、それなりに大変な仕事なのかもしれない。

 

 道行くハンターとすれ違うたび、互いに装備をちらりと見やる。力量の品定めがひっきりなしに行われる。

 ある者はこちらを見てバツが悪そうに目を逸らしたり、少し興味がありそうな色を含んだり。商人における値踏みと同じようなものだのだろう。

 

「ハンターさんってすごく儲かりそうですけどニャ。そう言えば、一番儲かる商売って何なんですかニャ?」

「あぁ、商売、と言っても世の中売るもん沢山あるからネェ。分かりやすいのは、やっぱし薬屋じゃねェの」

「異論はない。薬は儲かる。ハンター業をやっていれば自然と手元に素材が集まるから、意外と相性がいいのだ」

「それからもう一つ上げるとするなら、素材屋かねェ」

「素材屋?」

 

 聞き慣れない用語にムニエルは首を傾げた。メヅキが解説する。

 

「例えば、モンスターを狩ればハンターズギルドから素材が報酬として出されるだろう。確か、先日のライゼクス狩猟もそうだったんだかな」

「そうですニャ。尻尾を切ったら、鱗や甲殻が貰えましたニャ。中でも圧電甲はステキな灯りですニャよ」

 

 ライゼクス特有の素材、『圧電甲』。かの竜の各部の発電器官から採れる特別な甲殻だ。仄かに光っていてとても美しいので、ムニエルはこれだけ手元に残していた。

 鱗や甲殻は上位素材であったこともあり、お金に還元してしまっている。そのお金で今、ココット村からドンドルマまで足を伸ばせているのだ。ライゼクス様様である。

 

「いいネェ、圧電甲のランプ。夜半の仕事のオトモに作ってみるかい?」と茶化すハルチカに、「ライゼクスを思い出すからイヤだ」とアキツネ。

 彼はあの一件以来、ライゼクスが嫌いである。

 

「圧電甲は切り取ったままでも使えんことはない素材だな。ふつう、甲殻や鱗といった素材は汚れや血肉がついているから適切な処理をしなければならん。内臓や骨なんてかなりの工夫がいる。そんな処理や、状態の鑑定を専門にしているのが、素材屋……商人と言うより職人の方が近いかもしれんな」

「素材ってのは食材や薬と違っ、て価格の付け方も独特サね。普通に暮らしてるとなかなか想像しづらい商売だが、素材そのものは身近なところに在るのサ」

 

 緩い流れに逆らって魚が泳ぐように、一行はやがて武具工房に辿り着いた。叡智の結晶と言える巨大な蒸気機関は宵闇の中でぼんやりと赤く光り、まるで雄火竜の口のようだ。

 あれは一体どういう仕組みで動いているのだろう、と考えるだけでムニエルはワクワクしてしまう。

 

 案内されて裏の部屋に入ると、座って土竜族の親方と談笑している黒髪の青年がいた。彼は《南天屋》の護衛こと、シヅキである。

 一行、特にムニエルに気がつくと、彼は人懐こい笑顔をパッと浮かべる。「わ、これは珍しいお客さん!」

 

「お久しぶりニャ。一体何しにシヅキさんはここへ?」

「あぁ、ちょっと足……じゃなくて太刀の調整に。なんとも母音が似てるね」

「イントネーションが違うぞ、シヅキよ」

 

 胡座をかいていたシヅキは足をぴゅっと引っ込め、すばやくブーツを履いた。そのとき、からんと音を立てて剥ぎ取りナイフが転がる。白くて小さな鱗に覆われた、モンスターの皮が覗いた。

 

「? これは何ですかニャ?」

「これはね、ギアノスっていう小型鳥竜種です。フラヒヤ地方のモンスターだから、ムニエルさんは見たことないかな?」

「それなら昔、ランポスの群れに混じっていたのを見たことがありますニャよ。最近はめっきり見なくなりましたけど……皮は初めて見ましたニャ」

「おっ、お目が高い。今は昔、ギアノスは森丘にも少しだけ生息し、『ランポス亜種』という呼び方をされていたのです。って言うかムニエルさん、これを知ってるっていうことは、おいくつなんです?」

「歳を効くとは無礼ですニャね」

 

「シヅキも歳の割に、素材のこと詳しいよなぁ。ランポス亜種を知っているのは今、相当なジジババくらいだぜ」

「あ、うーんと……癖、といいますか。とにかくこれ、納品分です」

 

 土竜族の親方に言われて、シヅキは居たたまれないように言葉を濁した。ギアノスの皮をそっと箱に収める。

 箱の中には他にも牙や鱗など、たくさんのギアノス素材が入っていた。

 

「八頭分。寒冷期は雪山が立ち入り禁止になるから、急いで素材確保してくれーだなんて……いい感じの依頼探すの、大変だったんですからね?」

「だがなシヅキ、毎度文句タラタラながら絶対にこなしてくれるからな。下手なハンターに頼むより断然良いわ。ほら、素材も変な傷がなくて、今にも加工してくれと言わんばかりにピカピカだ」

「何言ってんのかな、この人」

 

 親方へため息混じりにそう言って、シヅキは素材の手入れ道具を片付けた。ものを右から左へ移すだけの兄とは違い、いちおう体裁は整った片付け方だった。

 見渡すと、部屋には様々な大きさの箱がいくつも積まれている。どれもハンター客から加工を任されたものや、これから渡す商品らしい。ここは荷物の保管庫的な部屋なのだ。

 ムニエルはそのうちの一つの箱に目を奪われた。

 

「わぁ! 甲殻にトサカ、やっぱり綺麗ですニャ〜」

 なぜなら、ライゼクス素材が入っていたからだ。

 

「ムニエルさん、ココット村に住んでいるんだよね。やっぱりライゼクスはメジャーなモンスターかな?」

「もちろんですニャ。危険なモンスターだから、素材をまじまじと見たことはなかったんですけど……この間の狩猟で初めて、手に取って見ましたニャ。この甲殻、なんだか前に貰ったやつよりもウンと光って見えますニャ〜」

「うん……あぁ、これ、剥ぎ取りも綺麗ですね。とっても」

 

 シヅキも電竜のトサカを手に取ると、灯りに透かすように目線の高さまで掲げて吟味した。

 

「刃を入れた線がガタついていないし、発電器官も傷つけてない。だからきっと、今もなお、これらは光っていられるんでしょう。雑に処理すると、あっという間に劣化しちゃいますから」

 

 彼の青い目に、翡翠の光が映り込む。「こんなに綺麗に剥ぎ取りをしてくれるなら、きっと本人も幸せだろうな」

 

「本人? 剥ぎ取ったハンターさんのことですかニャ?」

「あぅ……そ、そういうこと! に、しとこっか!」

 

 ムニエルの何気ない一言にどこか慌てて、シヅキはライゼクスのトサカを箱に戻す。なんだか見てはいけないものを見てしまった時のようだ。後ろからメヅキも箱を覗いて、雑に置かれていた伝票を手に取った。

 

「剥ぎ取り方でこんなに素材の様子が変わってくるんですニャね」

「そ。ごくまれに、こんなふうに状態がすごく綺麗な素材があるんです。綺麗に剥ぎ取るのは結構技術が必要なんですけど……」

「けど?」

「どんなに素材の状態が悪くても、素材の価格はギルドによって定められてるので、すべて一律の価格で売れちゃいます。素材の商売の落とし穴ですね」

 

「状態悪くても武具にしなきゃなんねェから、オレっちら加工屋は困るわけ」と言って、土竜族の親方がシヅキの横で威張るように背伸びした。「素材によっては、出来栄えの見た目に結構響いて来るんだゼ」

 編み上げた髭で体がほとんど隠れているので、胸を張ったと分かったのはほんの少し経ってからだ。

 

「こんなに剥ぎ取りを大切にしたり、素材まで考えるハンターはまず居ねェよ。だからオレっちはこいつに一丁賭けたいって思うようになったのさ。足が悪いハンターなんて普通、どんなに頑張ってもどこかで挫折するだろ」

「親方、その辺にしといてください!」

 

 ムニエルが頭に疑問符を浮かべていると、後ろの椅子で一服していたハルチカが伸びをしながらおもむろに切り出した。メヅキの後ろから首を伸ばす。

 

「ン? どしたメヅ公、さっきから伝票見たまンま動かねェじゃん」

「……このライゼクス素材、出所が」

 

 ハルチカに声をかけられても、メヅキは伝票を手にしたまま固まっている。「俺達を前に雇っていた、キャラバンだ」と、青ざめた顔で苦しそうに呟いた。

 

「養蜂家の爺と会話した時から、妙に嫌な予感がしていたのだ……。シヅキ。これを知っていて黙っていたな?」

「な、なんのことやら」

「一人で加工屋に行きたいと言い出すから何かと思えば、単独で嗅ぎ回っていたのか? あの出来事にはもう触れんと決めたではないか」

「ま、待って欲しいニャ。メヅキさんとシヅキさんは、今オイラたちが追ってるキャラバンで働いていましたのニャ? ってことは、《木天蓼亭(マタタビテイ)》ということ? 調合書⑤を借りパクしてるという?」

 

 ムニエルが見上げると、二人とも苦いような困った顔をした。顔はそれほど似ていないが、こうした反応を見ると確かに兄弟だなぁと感じる。

 

「うむ……説明が難しいな。だが、嘘ではない。《木天蓼亭》は万事屋(よろずや)だ。俺は薬を専門として商売をやっていた……まぁ、あの頃はまだガキであったから、ほとんど雑用みたいなものだ」

「確かに、薬が得意なハンターさんがキャラバンにいたらとっても心強いですニャ。シヅキさんは?」

「僕は素材を……じゃなくて、ただの護衛だよ。素材ってね、小型モンスターとか泥棒が結構狙ってきて……」

「お前ッ、今後に及んでしらばっくれる気か」

「嘘じゃないでしょ」

「ツラ貸せ手前(テメェ)

「何だとコラ」

 

 兄・メヅキが弟・シヅキの胸倉に掴みかかり、あわや取っ組み合いの兄弟喧嘩に発展するかと思った刹那、後方の箱にのうのうと腰かけていたアキツネが割って入った。急襲し、顔面にアイアンクローをめりめりと食らわせる。

 兄弟共に鍛えているハンターとは言え、彼の剛腕の前に二人は瞬時に借りてきたオトモアイルーのようにおとなしくなってしまう。否、がっつり沈没している。返事がない。

 

 あまりに一瞬の出来事でムニエルが口をあんぐり開けている間、別段驚くこともなく煙草に火をつける親方に、ハルチカは火を煙草に移してもらいながら尋ねる。

 背の低い親方からちょこちょこと火を貰う様子は、なんだか内緒話をしている子供のようだ。

 

「ナァ親方、こっちにお嬢サンが来てないかい? 別嬪(ベッピン)サンだと商店街じゃア話題が持ちきりでサ」

「オレっちが女の子に目ェつけないと思ったかい。なんなら舌先三寸の商店街のよりも、職人同士の噂の方がうんと正確で足が速い自信があるゼ。亀甲縛りのレイトウマグロを背負ってるってミョウチキリンな格好で、さっきウチの工房に来たよ」

「さすが親方、女の子見てねェでとっとと仕事しやがれ。ンで、その子は何用で?」

「何用もなにも、そのライゼクス素材よ。あの子は素材屋兼ハンターだ」

 

 黙っていたメヅキは、びくりと怯えたように身を少しだけ震わせる。つまり、商店街の女将にハルチカは嘘を言っていたが、お嬢さんは本当にキャラバンの者だったのだ。カラの実からキリンである。

 

「素材屋は素材の仕上がりで分かるが、ハンター? 装備でも作ったのかい?」

「電竜の双剣、ツインボルトを注文したんだ。もう持ってったよ。素材の状態が良かったから、かなり上等な仕上がりになった」

「女の子のハンター相手だとお前サンはいつも全力だろがィ。儂ら野郎相手のときももっと本気出しとくれ」

「文句あるならもう作んねぇぞコラ。あぁ……見た目も可愛くって、状態のいい素材も置いていくなんて、いったい何者なんだろうな。まぁオレっちに詮索する趣味はねぇけどな」

 

 そのやり取りを、メヅキは電竜素材を見つめながら静かに聞く。

 自分達を解雇したキャラバン――《木天蓼亭》が、この街の商人や職人に波風を立てている。養蜂家には虫素材の競争による被害を、食材屋や加工屋には潤沢な金を。規模が大きいぶん、いい影響も悪い影響もあるのだ。

 シヅキは兄が《木天蓼亭》に触れたくないと分かっていて、一人でそのことを嗅ぎまわっていたのだろう。たった(いち)ハンターが、強大な彼らに何かできるわけではないのに。

 反吐が出そうなほどの執念と優しさだ。本人とて、《木天蓼亭》の事を掘り返すのは苦しくないわけがないだろうに。

 

 口の中に苦いものが込み上げるのを振り切って、メヅキは伝票をそっと破った。美しい電竜の甲殻の上に、紙くずになり果てた伝票が落ちる。

 

「……フン。前に雇っていたからどうのとか、振られた女を追い続けるような真似をするのはシヅキだけでいい。俺にとっては今の《南天屋》のほうが大事だ」

「ちょっとそれどういう意味?」

「未練タラタラ男は()ねということだ。目障りだ。くたばれ」

「わ、わぁ……普通に傷つくなぁ……」

「本当にこの二人、兄弟ですかニャ?」

 

 戸惑うムニエルを抱え上げ、メヅキは適当な箱に座り直す。

 

「とにかく、そのお嬢さんの行方はどちらに? アキツネがレイトウマグロのぶんを一発食らわせたくてうずうずしている」

「ハ?」と苛立つアキツネ。

「そんなの分かってたら職人間で既に情報が回ってら。奇妙なことに、工房から出ると霞龍のように消えちまったんだと。目立つ格好なのにな。……霞龍なんて本当に見たことある奴もいねェのにな」

「そんなことがあるのか?」

 

 しかし、工房にいるどの人に聞いてもどの方角へ去ったのか分からないのだという。集団幻覚でも見ているかのような感覚だ。

 レイトウマグロを背負った可憐な少女、という大量の目撃証言があるのに、物として残った証拠は手元の伝票のみ。しかもメヅキが気持ちに任せて破ってしまった。

 

 結局、この日に《南天屋》一行ができたことは、門番であるガーディアンに言付けを頼むことだけだった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「――それでは、出会いに乾杯!」

 

 その夜。養蜂家の爺、漁師の女将、土竜族の親方を交え、《南天屋》事務所で酒盛りが開かれた。

 

 アキツネとムニエルが腕を振るった絶品グンカンカキ料理に舌鼓を打ち、甘いハチミツと不味い蜜餌を酒に混ぜた賭けをしたり、腕相撲大会で女将が男どもを薙ぎ倒したり、泣き上戸の親方が手当たり次第の人間(と獣人)にキスしまくったりと、酒盛りは街じゅうの混沌を凝縮したかのような有様だった。

 

 皮肉なことに、この出会いは仇の《木天蓼亭》を巡って繋がったものである。それでもひとまず、未練や後悔はお断り。ここに持ち込むことは禁物なのだ。

 

 酒興は今を生きる阿保のためにある。

 さらば、過去。

 

 ジョッキを小突き合う音がまた一つ、ボロ事務所から聞こえる。

 

 

 

 さらに後日。

 ムニエルが余りのグンカンカキやハチミツなど、山のような馳走を持ち帰った後。

 

 養蜂家の爺の依頼どおり、《南天屋》による巨大キャラバンの捜索は続いた。

 派手に商品や金を落としていったので、目撃者も伝票も数多く発見する。しかし、街から出た形跡が全くない。言付けを頼んだガーディアンに尋ねても、そんなに大規模のキャラバンは通らなかったと言うのだ。

 バラバラに小隊となって街から出たのか、毒が水に溶け込むように洛中へ消えたのか。

 かくして、巨大キャラバンの行方は雲隠れとなる。嫌な引っ掛かりだけが、《南天屋》に残された。

 

 養蜂家の爺が自分の村に帰るとき、そのことを伝えると、尽力してくれただけでも嬉しいと爺は喜んでくれた。

 

 ただ、この数日間は逃走劇の幕開けに過ぎない。

 《南天屋》は謎の巨大キャラバンこと《木天蓼亭》を地の果てまでも追いかけることになるのだが――それはまた、別の話。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 




 
 カラの実からキリン=瓢箪から駒。

 挿入話でした。ドンドルマの舞台を把握するのと、シヅキメヅキ兄弟の過去を深堀したものです。
 元ネタは漢文の『歳月人を待たず』から。
【https://kanshi.roudokus.com/zasshi-touenmei.html】←このサイトの訳が一番好きで、一部引用させて頂いています。
 ネタ探しで漁っていたらかなりいい感じの題材だったので、モチーフとして扱ってみました。
 今を生きる商人や職人、ハンターと、そうもいかないけれど前を向いて虚勢を張っていたり、一人で過去に囚われていたり。
 登場人物が多かったですが、ある程度使い分け出来たかなと思います。個人的に土竜族の親方が好き。今後もバンバン出してあげたい。

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。
 

 


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【おかわり】幕間チェイサー
15杯目 読み切り短編『 限りないご武運を 』


 

 

 

 零下の世界。

 

 

 

 寒冷期のフラヒヤは雪をまぶかに被り、つんと澄ました白銀の装いだ。

 しかし、一日のうち、色彩に染まる時間が二回だけある。 

 

 朝と夕の、一刻にも満たないほんのわずかな時間。真っ黒な影から身を浮き上がらせる前と、影に沈んでしまう前。

 フラヒヤは燃える。零下の世界のはずなのに、鉄が灼熱に焼けたような色に染まる。

 

 

 

 

 

 

 ほく、ほく、とわき上がる白い息。冷たい空気を押しのけて、空へ空へと昇ってゆく。

 朝日に照らされ、透けた色は黄金色だ。

 

 針葉樹が散在するゆるやかな斜面にただひとり、歩みを進める男がいた。

 

 

 ぎゅ、ぎゅ、と冷気を噛みしめるように新雪を踏む。

 (つる)や木の皮を編んで作ったかんじきを、グリーヴに取り付けていた。第六感を研ぎ澄ませて、雪に沈むことなく男は進む。とても歩き慣れている。

 

 やがて、男は歩みを止めた。岩と雪のひさしの下、針葉樹と並んでとてつもなく大きな氷の絶壁がたたずんでいた。

 風は無いのに、濃ゆい気配が漂っていた。白紙のような雪景色の中、張り詰めた殺気とも敵意とも、傲慢とも謙虚とも異なり、ただそこに在るという態度があった。

 

 

 男は、深く一礼。そのまま見上げる。

 

 カモフラージュ用に雪色の外套を羽織っていた。フードの下は、フルフェイスのヘルム──古びているが、この上なく上等なデザインと性能美。雄火竜リオレウスのものだ。

 

 男はずっと昔にかの竜の命を頂き、それからずっと身にまとっていた。

 メイルやアームに縫い付けられているのは、彼から切り取った甲殻や鱗。細かい傷や破損が目立つが、丁寧に扱われているそれらは今や、男の皮膚も同然だ。

 

 素材となって男を守ることは、かの竜にとって第二の生でもあった。

 

 男の身分は、ハンターである。

 

 

 

銀嶺(ギンレイ)、銀嶺」

 

 よく通る質であっただろう、声。寒風のようにかすれて乾いていた。

 ヘルムから臨む瞳は金。フラヒヤの冷たい空気を照らす朝焼けの様な金だ。洞窟の入り口から差し込む朝日に、燃えるように輝いた。

 

「おはようございます」

 

 まるで隣人へのあいさつのように、男はあえてヒトの言葉をかける。母音と子音を組み合わせて、ヒトの表現をする。

 

 そうでもしないと、男はいつかヒトの言葉を忘れてしまいそうだったから。

 そうでもしないと、男はいつか彼、彼女らの声を発してしまいそうだったから。フラヒヤのどこまでも響き渡る、高らかな金管楽器のような声を。

 

「先週と位置が変わってない……歩き回れば多少は周りの木が傷ついたり、枝が折れるはずなのに。食事は? 飲水は? 排泄は?」

 

 もちろん。ヒトの華奢な喉では、ただの(ブランゴみたいな)真似でしかないのだが。

 男は、背負っていた鞄の中からノートを取り出す。日付と時刻、天気、風。それから今しがた口にした情報を。クエスチョンマークがたくさん書きこまれた。

 

「昨晩はだいぶ雪が降ったな。繁殖期が待ち遠しいこの頃が、毎年一番積雪する」

 

 口を開閉させるたびに、ほく、ほく、とヘルムの隙間から白い息が吐き出される。ヘルムの金属部分に結露ができて、ゆっくりと白く凍り付いていく。

 普段の狩りなら白い息は目印になり、襲われる可能性がある。けれど、男は息を隠すことはしない。

 

「今年の繁殖期はどこへ行く? 南にすこし行った川沿いが、今年は豊かになりそうだ」

 

「前に訪れたのは三年前だったかな。おととい様子を見に行ったけれど、白樺(シラカバ)唐松(カラマツ)の葉が美味そうだったよ」

 

「最近、繁殖期の訪れを待ちきれない腹ぺこギアノスたちがうろついている。まったく、ギアノスというのはあわてん坊だな。毎年」

 

 男の話に、氷の絶壁は応えない。ただ、体を規則的にうごめかせていた。

 

 長い鼻で吸い込んだ空気を温める。肋骨のまわりの筋肉をゆっくりとはたらかせ、横隔膜を上げて、下げて、肺を、膨らませ、萎ませ。

 男のものよりとてつもなく大きな白い息が、その巨体から静かに産み出されていた。

 

「銀嶺。繁殖期が待ち遠しいな。俺は暗くひもじい寒冷期より、明るく豊かな繁殖期のフラヒヤが好きだ」

 

 氷の絶壁──彼女は、自らの白い息を隠そうとしない。なぜなら、このフラヒヤに彼女を狩る者はいないから。

 かの絶対王者も、超攻撃的生物も、健啖の悪魔さえも。

 そして眼前の、右手にひとつの盾を、腰にひと振りの刃を下げる小さな小さなヒトの男も。

 

「繁殖期になったら。俺はまた、山菜や薬草を採って、魚を釣って、鉱石を掘って、少しだけ山を降りて、街へ売りに出て……あなたもまた、芽吹いた植物を食べ、襲い来る竜や獣を退け、ポポの群れを守るのに忙しくなる」

 

 じっとしている彼女に手を伸ばせば、その硬い毛にすぐ触れられそうな距離だ。また、彼女も鼻を少し動かせば小さな男の頭を撫でることさえできる。

 

 なのに、彼らは決して線を越えない。

 彼らは、互いの間に存在する絶対的な境界線を知っていた。

 

「銀嶺。俺はまた来る。本当は明日来たい。でもやらなければならないことがあるし、体力だって昔みたいにあるわけじゃない」

 

「来週……吹雪いてしまえば再来週、あたりかな。もし来なかったら、俺というニンゲンはきっとこのフラヒヤのどこかでくたばっているとか、思っていてくれ」

 

 男は、冷たく凍りついていた表情筋を動かす。顔にへばりつく大きな火傷痕がひきつれ、皮膚は軋み、くしゃりと目元にしわが寄った。

 長年の心労と疲労が刻み込まれた、傷だらけの笑顔だった。

 

「俺は歳をとった。少しずつ出来ないことが増えて、ひとりでフラヒヤに暮らすのが難しくなってきた。でも、あなたはあの時から──あの時から、変わらぬ様子だ。ずっと、ずっと」

 

「銀嶺。あなたはいつまで生きるつもりだ。あなたは確かに呼吸をしていて、温かい血が通っているのに、山や森林みたいな自然そのものだと錯覚してしまう。いつも、会うたびに」

 

 男は腰のポーチから、片手大の玉を取り出す。彼女の前脚にそっと放り投げれば、着地したそれはふわりとピンク色の煙をまき散らした。

 ペイントボール。ペイントの実をネンチャク草でモンスターにくっつくように加工し、独特の臭気でモンスター位置を探れるようになるアイテムだ。

 

 しかし、彼女は巨体をゆっくり持ち上げた。白銀の毛にこびりついている雪がどかどかと落ちた。

 前脚に付着したペイントボールを、ごし、ごし、と鼻ですり落とす。ペイントの実の臭いはもみ消され、霧散してしまった。

 彼女は元の姿勢になると、また静かになる。ただ静かに呼吸を行う。

 

 やっぱりあなたは賢いな。呟いてヘルムの上から頬を掻く男のポーチには、千里眼の薬の空きビンが入っていた。この薬で、男は彼女の元へとたどり着いていた。

 

「銀嶺。あなたに再び会うために、俺は死ねない。あなたのくたばる姿を見るまで、俺はがんばって生きる」

 

「だから、あなたも生きろ。飢えたブランゴやギアノス、ティガレックスなんかに殺されるな。厳しい寒さやひもじさにくたばるな。あらゆる手段をつかって大自然に抗え、戦え」

 

 銀嶺(ギンレイ)。彼女のことを群や種としての『ガムート』ではなく、特別な固有名詞で呼んでいた。

 名前があるだけで、個の意味ができる。銀嶺(ギンレイ)の名は、男から彼女へ唯一の贈り物だった。

 

 ひとしきり歩き回って周囲の観察と記録を終え、男は鞄を背負いなおす。

 男は帰路につかねばならない。寒冷期の日はせっかちで、顔を見せる時間が短いからだ。家事労働のたぐいは日が照る間にしかできない。

 

「さようなら、銀嶺。あなたの生に、限りないご武運を」

 

 

 

 狩人と、その獲物。どちらかが、どちらかに。

 その狭間(はざま)に立つ彼と彼女は、どちらにも限りなく近くて遠い。

 

 “すなわち狩るか、狩られるか“ 。

 それ以外の答えも、この世界にはある。

 

 

 




 番外編。読了ありがとうございました! 次話も是非ご賞味下さい。
 


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バンドとハントでご依頼を
16杯目 バンドとハントでご依頼を ひとくち


 

 新章スタートです。




 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 炬燵(こたつ)の台に、ペンが走る音。

 

 窓の外には鳥の――大方、この路地裏のゴミを漁る鳥なのだが――鳴き声。

 本日、世間は休日なので、子供が遊んではしゃぐ声。

 店が開いて品出しの物音。

 それから、通る客に気だるげにかける、店番の声。

 

 大都市ドンドルマの、地価が一番安い地区、とある(ひな)びたこの路地裏。

 夜は人気(ひとけ)がなくなるが、昼は表の方が結構騒がしい。

 

 

 

「あ゛――――外れた! 外れちまった! 行きたかったヨぅチクショー!!」

「きみが一番騒がしいんだよなぁ」

 

 玄関の古びたドアが壊れんばかりに開け放たれると、ビリビリと部屋の空気が震える。その振動で、細かい埃があちこちから降ってきそうな。

 そのあまりの音に肩を跳ねさせる、炬燵に向かっていたシヅキ。眉間にしわを寄せて、居間に声をかける。

 

「ちょっとうるさいんだけど。この間、そのドア壊れたの忘れた?」

「なんだいシヅキ、いたのかい。そンなこと言わずにコレを見ておくれ」

 

 仕事場から覗けば、何やら紙をぱたぱたさせて憤慨するハルチカが。

 いつもはきっちりとした商人の出で立ちだが、休日である今日はルーズな私服になっている。

 

 彼のやかましい帰宅であったが、しかし、それはかえってシヅキが在宅の仕事を切り上げる良い口実となった。同じく私服の彼は夜鳥ホロロホルルの羽ペンを置き、伸びをしながら炬燵を抜け出す。

 

「『またの機会にご応募下さい』だってサ。またの機会なんていつになるか分かンねェのに、無責任な文章!」

「ご応募? 何かの懸賞?」

「“狩猟音楽祭”! 四人分まとめてぜーんぶ、掠りもしなかったヨ」

「あっ、“狩猟音楽祭”か! お土産の抽選も?」

「全部。もう全部駄目」

「くぁ~残念。また今度ちゃんとお仕事の日程調整して、応募しよ」

 

 炬燵に置いてあった小ぶりの北風みかんを、軽く投げてよこすシヅキ。ポッケ村の教官から、新米二人を世話したお礼にと贈られてきたギフトものだ。

 しかしこの北風みかんも旬の終わりを迎え、炬燵もあともう少しで押し入れに籠る時期。年度の始まり、繁殖期もとい繁忙期へのカウントダウンが始まっている。

 

 “狩猟音楽祭”とは、世界各国を巡回する大規模楽団による音楽会のこと。

 ハンター達に捧げる曲やモンスターをテーマにした曲を演奏し、ハンターだけでなくハンターズギルド職員や研究者、商人までもが魅了され、こぞって行きたがる。

 あまりの人気に抽選制の音楽会なのだ。

 《南天屋》の四人も御多分に漏れず応募したのだが、ご覧の結果、というわけで。

 

「次の講演は繁殖期の末サ。また忙しい時期じゃねェかい」

「それはちょっと厳しいな。次は応募するときに知り合いの商人の名義使えば? 数撃ちゃ戦法だ」

 

 落ち込んでいても、ハルチカは片手で華麗に北風みかんをキャッチ。そのまま部屋の隅に積んである客用の丸椅子に腰かけて、長い足を行儀悪く組んだ。

 

「馬鹿だネ、知り合いの商人もみーんな狙ってたの。チケットの転売サ、転売」

「うわぁ悪徳。もうさ、いっそそれでも買っちゃえばいいんじゃない?」

「ンなことしたら(いち)商人としての名が廃るわ! 儂は絶対買わねェぜ」

 

 そう言いつつ口を尖らせて、もはやゴミと化した応募の通知書で小さなくず入れを折って作り、北風みかんの皮を無造作に収める。器用な奴だ。

 口当たりを良くしたいのか、はたまた落ち着かないだけか、喋りながら手はチマチマと白いスジを取り除く。

 

「転売はネ、売り手へありがとうの意味でお金を払う、っていう商売の基本がなってないのサ。買い手も、その品が喉から手が出るほど欲しいのァ分かるが、長い目で見れば自分が本当にお金を出してあげたい売り手にとッて損になっちまう。

 ……もし転売するなら、せめてそのお代を引いた何十分の一の価格にでもして売りやがれってンだ」

「ふむふむ、言いますね~」

「だが、それで生活を賄っている人も、必死に稼いだ金で馬鹿高い転売チケットを入手して嬉しい思いをする人がいるのも確かサ。真面目なのが馬鹿を見る、ってのァお前サンが一番分かって……ってこの話は終わりサ。胸糞悪くなっちまう。あァ、何か音楽聴きてェな」

 

 北風みかんの爽やかな匂いに誘われ、シヅキは自分も食べようと手を炬燵の台に這わすが、掴むのは空虚ばかり。気づいて、手を申し訳なさそうにハルチカに合わせる。

 

「ていうかその北風みかん最後の一個でした。半分くれません? お気持ち代の返品として」

 

 じっとりと目を細めてそれを見つめるハルチカであったが。

 

「…………」

「あっ、ちょ、やめやめ」

「……この商品は、返品不可となっております故。お前サンが商売語るなンざ、ざッと二十年早ェ」

 

 シヅキの制止も空しく、小ぶりな北風みかんはたった一口でハルチカに飲み込まれていった。

 

「随分酸っぱいなコリャ!」

「一口で食べておいてその感想はないでしょ」

 

 不貞腐れて机に突っ伏したシヅキはどうすることもできず、北風みかんの皮のくず入れに刷られた『またの機会にご応募ください』の文字を目でなぞる。

 が。ふと、瞬いた。

 

「あれ、このくず入れ……なんか紙重なってない?」

 

 摘まんでみれば、紙が二枚になっていた。通知書と、もう一枚。

 乱雑な字でこの事務所宛てが書かれている。

 

「って依頼じゃないのコレ!? 折っちゃってるじゃんハルチカ!」

「は? 見せてみ――ってうわやっちまった!!」

 

 今回の依頼の手紙は、北風みかんの香りがする。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「ご足労いただきありがとうございます。初めまして、僕はシヅキと申します」

 

 名刺とギルドカードを渡して、ぺこりと頭を下げるシヅキ。小柄な彼は、いつも商売の時は背の高い相手に目線がずっと上を向いた状態だ。

 続いて、ハルチカも客向けの笑顔でギルドカードを差し出した。

 普段の格好に実力の分かる程度の、最低限の防具を身に着けたこの二人。彼らは《南天屋》の商談窓口的な存在である。

 

 今回の客は、飛甲虫ブナハブラの羽飾りのついた余所行き用のローブを羽織っている。中年の、男が二人、女が二人だ。下に着こんでいる防具がチェーン一式装備であるのを見ると、下位ハンターだろう。

 

 事務所の居間から見て床の軋む廊下の向かい、大きな部屋が客室。

 ごちゃごちゃしている居間とは違い、中古の綺麗なテーブルと上座にソファーがあって、インドアプラントまで置いてある

 

 客の四人を座るよう勧め、アキツネが事前に用意した上等の茶を提供したところで、《南天屋》の商談は始まる。

 

 いの一番に開口した彼らは、彼ら自身を聞きなれない言葉で呼称した。

 

 

 

「――バンド?」

「そう、バンド(小規模楽団)。まぁ俺らは、今はいわゆるストリートなんだけどね」

 

 大きめのとはいえソファーに大人四人、しかも装備込みが座るとなるとかなり無理があるらしく、彼らが身じろぎする度にギシギシ唸る。

 

「たまにここの街の広場で演奏してるんだけど、すぐにガーディアンに追い払われてしまうんだ。でも聴きに来てくれる人はたくさんいるよ」

「あの演奏をバンドというのかい。見かけたことあるサ」

「退去願いが出るのに、ストリートを?」

「分からねぇのか? 通り行く人に(ソウル)を表現するためだよ! (ソウル)!」

 

 ドン、と客用のローテーブルに拳を置く、口回りに髭を生やした色黒の男。名を、デカート・モット。

 

「魂とは、無形。すなわち、俺達は吹奏楽も、民族音楽も、ジャンルを問わない。耳を傾ける者の数が多ければ多いほど、音楽の色は変わり、大きくなる。表現してこその音楽――バンドだぜ」

「……熱くなりすぎだよデカート。相手はこれからものを頼む方々だ」

「いいサいいサ、気持ちを教えてくれた方が、儂らも感情移入しやすいからネ」

 

 にこやかにデカートの話を受け入れるハルチカ。これくらいのクセなど、いつも相手にしている商人と比べたら大したものではない。

 

「それって、まるで吟遊詩人……みたいな? 感じでしょうか」

 

 シヅキが追って話を振ると、四人は一気に明るい雰囲気になる。誰でも、好きなものに言及されると嬉しくなるものだ。

 

「お、そうそう。吟遊詩人。ちょっと似ているかもね」

 少し自嘲的に笑う客の面々。ソファーもギシギシとつられて笑う。

 

 

「吟遊詩人が街中で楽器片手に歌うのは認められているけれど、楽団はまだまだ浸透していないみたい。もっと自由に音楽を表現できればいいな、っていうバンド仲間は、他にもいる」

 遠くを見つめながら語る男、オクター・ビヴァリー。彼ら客四人の、リーダー格だ。

 

「まぁでも、別に俺達はバンドを世に広めたくてストリートをやっているわけではない。ただ音楽が好きでやっているよ」

「アタシ達、幼少時代に同じ地方で生まれて、音楽やりながら育ってるのさ。学び舎に通いに地方に出たのとか、実家を継いだのもいたけど、地元でまた再開して、今に至るの」

 

 大きな腹を揺さぶらせて快活に笑うのは、デシベル・バラード。その日に焼けた笑顔は化粧をしているものの、丁度ハルチカやシヅキの年の、倍くらいの年季が。

 そして、笑顔で言葉を締める女、スコア・パウエル。背が高くて、痩せている。

 

「いい年の私達ですが、子供がみんな自立して、子育てもひと段落したから新しいことに挑戦したくて。そこで目を付けたのがハンター業だったのです」

 

 全くいい話じゃねェか。客四人の話に、思わず笑顔になるハルチカとシヅキ。人は夢追う時が最も輝くものだ。

 

「さて、今回はどんなご用事で?」

「そうだな……本来なら護衛業みたいな位置づけになるのかな」

「護衛業ですね。それなら僕が専門にしてます。お任せください」

「いや、そうじゃなくて……“竜の歌”っていうのを、聞いたことあるかい?」

「……“竜の歌”?」

 

 ためらいがちに出された言葉に、一気に顔つきが真剣になるハルチカ。隣でシヅキも書類を準備する手が止まる。

 

「そう、“竜の歌”。これまで色々なハンターにお願いをしたんだけど、この話題になるとどのハンターも興味を無くすんだ」

「確かに、ハンターとは現金な奴らしかいねェからネ。……いいだろう、続けておくれ。シヅキ、メモを」

「はいよ」

 

 ハルチカは一言断ると懐からお香とキセルを取り出し、くゆらせ始める。その様子を見て、オクターもポーチの煙草に火をつけた。気を利かせたシヅキが、灰皿を壁の棚から取り出す。

 話を聞く姿勢を示した二人に、希望的な表情になる客の四人。

 

「俺達が去年、何か新しいことに挑戦したくて、色々な職業について調べていた時のことだ」

 

 落ち着く香りの紫煙と、渋い香りの白煙が絡まり合って、部屋をゆるやかに泳ぎ始めた。

 

「俺達の地元は、ギルドの定める狩場、密林の傍にあるんだけど。ここ数年、繁殖期の口のある時期だけ、普段のとはちょっと違った、何ていうのかな……抑揚のついた鳴き声が聞こえることがあるんだ」

「私達の村には、竜が歌えば森が豊かになるって言い伝えがあるのです。あなた方は情報通とお聞きしていますが、心当たりありませんか?」

「いや、そんな話聞いたこと無いですね。ハルチカは?」

「儂もねェサ。……なるほどねェ、現地住民にしか判別できねェような、妙な鳴き声かい」

 

 ハルチカは顎に手をやって思考し、シヅキはその間ペンを走らせる。急いではいても、丸みがかった綺麗な文字が、メモ用紙にまるで印刷機のように正確に映し出されてゆく。

 シヅキのペンがピリオドを打ったところで、「この話にはまだ続きがある」、デカートが言葉を再開した。

 

「前に歌が聞こえたのはもう数十年近い前の事だ。せっかくハンターとしても活動しているんだから、その“竜の歌”の正体がなんなのか、音楽に携わる者としても知りたくなってな」

「でも、アタシ達はこの通り音楽に関してはそれなりでも、ハンターとしてはガーグァっ子だ。そこで腕の立つハンターであると共に、何でも屋であるアンタ達に連絡してみたって訳さ」

「何でも屋じゃねェんだけどなァ」

 

 話し終えて、デシベルは注がれたグラスの茶で口を湿らせた。「お、このお茶美味いね」

 その一杯を作った当人のアキツネは、商談が上手くいかずに場が荒れた時のために、メヅキと裏で目を光らせ控えている。毎度、商談に耳を傾け、出した茶の感想に口の端を少しだけ緩めるのだ。

 今回もきっと二人で話に首を傾げているだろう。

 

「ハンターには拒否される、商人にはできない。これはあなた方に頼むしかないと思って」

 

 しかし、なんとも漠然とした話である。“竜の歌”とはただの伝承ではないのか。

 子育て、という大きな波を終えた世代の人であることや、四人の真剣な表情から彼らが本気であることは分かる。決して軽々しい気持ちでこの事務所に乗り込んでいないだろう。

 

 別に断る理由はないが、請け負う理由もない。信憑性もない。そんな内容である。少し迷った目線が、ハルチカとシヅキの間で交わされた。

 

「で、少し早い話ではあるが、報酬についてだ」

 

 そんな様子の二人に、オクターは身を乗り出して言葉を一押しする。

 

「もし“竜の歌”が何なのかを突き止めて、今回の依頼が全部終わったら。……チャリティーコンサートを最後に村で開きたいと考えている」

「チャリティーコンサート……慈善公演、かい?」

「はい。売り上げは全部村の公共事業に充てます。私達を育て、一年前私たちを送り出してくれた村へ、感謝の意を示したいのです」

「開催できた暁には、《南天屋》の方々を特等席で優待するよ」

 

 そこでふと、ハルチカとシヅキの頭に“狩猟音楽祭”の応募が落選したことがよぎった。

 アマチュアとはいえ音楽を聴けるのは滅多にないし、次の“狩猟音楽祭”に行けるのもいつになるか分からない。

 音楽聴きてェな、と先日ぼやいたハルチカの一言が、二人の頭の中で反芻される。

 ……別に、断る理由は、無い。

 

「音楽がお好きなようなら、密林へ移動中になんでも演奏するぜ」

「ほ、本当かい!?」

 

 何もなかったならなかったで、タダで一か月音楽聴き放題の旅、で済む。なんて贅沢な旅なんだろう。

 二人は思わず、唾を飲み込んだ。

 

「……詳細を、聞かせておくれ」

「うん。出発は再来週で、“竜の歌”は今年もちらほら聞こえてるって地元の友人とも連絡を貰っているから、密林に張り込む期間は二週間にしたい。ギルドに頼んでその期間別の団体が密林に立ち入ることがないようにするし、現地の宿泊は俺達の村で済ませる」

「密林と村を往復しての二週間、ということですね」

「あなた方の宿泊代や食費は、全て一括の支払いで頼みたい」

「合点。報酬は後払い形式サね」

 

 いつの間に計算を済ませていたのか、ハルチカは愛用の算盤に暫定の報酬金の値を示す。

 それを目にして、客の四人の顔に嬉しさがにじみ出た。

 

「このくらいの額なら構わない。お金はしっかり貯めてある」

「交渉成立、ですね」

 

 書類の準備を終えたシヅキと、キセルの燃え滓を落としたハルチカが、にこりと口の端を吊り上げる。

 ハルチカの差し出した手を、オクターは強く握りしめた。

 

「“竜の歌”探しの手伝い、この《南天屋》に任せな!」

「よろしく、《南天屋》……あ、俺達まだ名乗っていなかったっけ。これは失礼」

 

 咳払いをして、慣れた仕草で姿勢を正すオクター。それを合図にか、他の三人も倣ってハルチカとシヅキに向き直った。

 それらは、音楽に携わる人間の仕草だ。

 商談がひと段落した安心感で茶を口に着けたハルチカとシヅキは、思わずそれを呆けて観る。

 

 

 

「改めまして、我々は《ザ・スカルズ・スピカ・シンガーズ》。《スカスピ》で略してくれ」

 

 …………略称ダサくない?

 

 ハルチカとシヅキは、茶を盛大に噴き出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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17杯目 バンドとハントでご依頼を ふたくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 まだ冷たい山風吹きすさぶドンドルマから、陸路を東へ七日ほど。

 

 命の気配のひしめくここは、ドンドルマハンターズギルドの定める狩場の一つ、テロス密林。

 季節風のために多少の雨季乾季がある熱帯雨林気候であり、生態系は多様性に富む。

 

 なぜこの地域は、こんなにも生態系が多様になったのであろうか?

 

 ――一説(いっせつ)ではあるが、それは、あまりにも潤沢な資源を巡って、生物たちがあらゆる手段で生き残るため。

 彼らが懸命に工夫を凝らして、太古から世代を繰り返し、進化し続けた結果である、とか。

 

 

 

 そんな鬱蒼とした空を裂く、Lv.2通常弾。

 安定した威力とシンプルな弾道の、前衛の邪魔をしないオーソドックスな弾だ。

 

 正確な殺意というよりも、気を散らす様に手や尾の先といった感覚の鋭い部位へヒットする。

 

 彼らとは、暗い密林に溶け込むことを拒む桃色の体躯。

 小型の牙獣種、コンガだ。

 

 視線が、前方から単身で突っ込んでくる獲物から、一瞬だけ狙撃された方向へ。

 そして視線を前方に戻す前に、浅く鋭い一太刀を受けることとなる。

 

「ヴォッ!?」

「ゴァッ!?」

 

 吃驚(きっきょう)

 痛みを感じるよりも速い。

 

 斬られた一体は横腹を押すような体当たりで転ばされ、もう一体は腰を落として勢いよく引く柄での突きで鳩尾を抉られる。

 胸骨と横隔膜に衝撃が加わり、むせ返った。その息は、臭い。

 

「っ、ふ――」

 

 同時に腕を振り上げる他の二体だが、斬り下がりながら距離をとられ、コンガは群れとしてのペースが徐々に崩される。

 

「数、多すぎない!?」

 

 見渡す限り、暗い下草の影にちら、ちら、ちら、と桃色が。

 コンガ達にとっての獲物――シヅキは、ベリオSヘルムの隙間から汗の滴を垂らした。

 

 コンガは鳥竜種のランポスやジャギィほど群れの連携を重要視するモンスターではないものの、数ある小型モンスターの中では比較的強靭な腕力や体力を持つ。

 シヅキが上位ハンターと言えど、視界の悪さも相まってあまり戦いたくない相手であった。ヒドゥンサーベルの刃も、下草や樹木に引っかかっている(つる)ごとコンガを斬ってしまっている。

 

「シヅキ、これ以上深追いは必要ない! 引き上げるぞ!」

「荷車のガーグァは!」

「アキツネが何とか落ち着かせた! 急げ!」

 

 一瞬だけ逡巡したものの、下草とコンガ達の隙間をシヅキは電光石火の如く駆け抜け、速度が落ちていたガーグァ荷車の二両目の尻に飛び乗った。

 

「グッジョブ。もう少し長引くかと予想したが、杞憂だったようだ」

「っはぁ、ダメだ。障害物多くて全然太刀振れない。でも思ったより呼吸は全然楽だったかも」

「礼なら、一両目の方々に伝えてくれ」

 

 彼やガーグァ荷車を追おうとする個体には、荷車の上からメヅキのヒドゥンゲイズによってLv.2通常弾が撃ち込まれる。

 適正距離を超えたために大した威力ではないが、牽制には十分だ。

 

 荷車にシヅキが飛び乗ったのを確認すると、ガーグァ荷車はぬかるみをものともせず速度を一気に上げる。

 

 獲物の予想以上の実力を見誤っていたコンガたちは、去ってゆくガーグァ荷車を恨めしげに睨んでいた。

 

 

 

「いやはや、シヅキさんにメヅキさん。見事な護衛でした」

 

 二両編成ガーグァ荷車の二両目、商売道具やアイテムの乱雑に積まれた荷台で一息つく二人に、一両目の少しオンボロな客用荷車の窓から、グッドサインが四つ飛び出す。《スカスピ》の四人だ。

 

「予想より大幅に早く群れをやり過ごせたのは、貴殿方の演奏のお陰だぞ。感謝する」

「ここ密林は湿度が高くて息があがるとキツいのですが、今回は比較的楽に動けましたし、何というか……演奏があると集中できたような?」

 

 素直に頭を下げて礼を伝える二人。窓から飛び出したそれらに、メヅキの隻眼が向けられた。

 

 大きく無骨な骨をくり抜いて作られた狩猟笛、ハンターズホルンと、ユクモ村産うなりうねり貝の狩猟笛、ウネリシェルン。

 シヅキとメヅキがコンガの群れと対峙している間、これらをデカートとスコアは荷車の上から演奏していたのだ。

 

「ハンターズホルンは攻撃を、ウネリシェルンはスタミナをサポートできる狩猟笛なんだぜ。これ担ぐのを選んで正解だったな」

「お褒めの言葉、我々狩猟笛使い――カリピスト冥利に尽きるお言葉です」

 

 手に携える得物を軽く小突くデカートとスコア。

 

 ――《ザ・スカルズ・スピカズ・シンガーズ》。

 彼らは、狩猟笛四人組のパーティである。

 

「俺達の狩猟笛は、今回はちょっと出番無かったかな」

「アンタ達、アタシの幕を出してくれなくてちょっとつまんないよ。腕が立つってことが分かったからいいんだけどね!」

 

 オクターの狩猟笛は、ベルナ村周辺に見られる空色のシダ植物を模したアズマンドウィンド。デシベルの狩猟笛はブナハブラ素材に火薬草の加工を施した、火属性を持つセロヴィセロルージュだ。

 どちらも回復の旋律を持つために、ほぼ無傷でコンガ達を撃退したシヅキには効果がなかったようである。

 

「狩猟笛使いとは数回だけ狩猟を共にしたことがありますが、《スカスピ》の演奏はまた格別にお上手です。楽器はどれくらい長くやられているんです?」

「ははは! 村の酒場で二十五年近くはやってるぜ! って言う度に、俺達ジジイになったよなと思っちまうな」

「二十五年近くも。そんなに長く音楽と親しんでいるなら、慣れたものであるな」

「そうだね。音楽を長年続けられた理由は、例えるなら……(ハート)、とでも言っちゃおうかな」

「その心は、皆で酒場で騒ぎながらやることだ。俺達の村の酒場はホームみてぇなもんでな」

「おー、お酒ですか。何かオススメあります?」

 

 コンガを余計に傷つけないようにヒドゥンサーベルの刃をあまり当てないようにしたものの、体毛についている脂や泥、体毛自体で切れ味は落ちる。

 シヅキはそれを砥石でこそぎ落としつつ、《スカスピ》に話を振った。

 

「若い子に人気なのはトロピーチを使った果実酒の地酒かな。トコナツメグをサッと振りかけたら飲みやすいんだ」

「メヅキ、果実酒好きだったよね。甘いの」

「俺は何でも飲むぞ。だがやはりこういう暑い時に飲むのは、冷たくて甘いのが良いな!」

 

 こら、ちょっとは遠慮しろ。シヅキはメヅキに軽く手刀を見舞う。子気味のいい音がした。

 

「酒なら、村の酒場に何か美味しいものを分けるようお願いしてみるよ」

「あ、いや、冗談だったのでそんな本気にしなくても」

「酒でその地域の特色も分かるしね、アタシ達の村の事を酒を通して知って欲しいんだよ」

「若い子は、私達みたいに肝臓ダメになる前に美味しいものを知っておいた方が良いですよ」

「それならば遠慮なくこう!」

「こら、嬉しそうにするな」

 

 また手刀を見舞うシヅキ。しかし、荷台の荷物の影から顔を出したハルチカが、小さく手を上げた。

 

「おい兄弟、喋っているところすまねェサ。なんとか無事に村……グロム・バオム村まで来れたが、これまでの道中にコンガが多すぎやしなかったかい。おまけに客用車両じゃなくて、食べ物を積んだ荷物用車両を狙うと来た」

「確かにこの辺りはコンガの生息が多いけど。確かにさっき、僕もちょっと数が多いなーって思った」

「うむ。俺も薄々感じていた。繁殖期であるからか、と思ったがコンガの発情期や出産時期から見ると時期が違うし……まさか」

 

 メヅキは群れを観測したときにカウントしておいた手元の数取器(カウンター)を見る。表示されている値は、今回の道中で視認できたコンガの数だ。

 すると前方の一両目、御者台から運転手であるアキツネが彼らへ声を投げかけた。

 

「メヅキ、ビンゴだべ。さっき、あの高台から大将がじッとこっちを見てたべよ」

「大将……というと」

「桃毛獣、ババコンガ。……これは“竜の歌”の調査を始める前に、ちと面倒なことになりそうだネェ」

 

 徐々に《南天屋》の間に漂う不穏な雰囲気に、客用車両からオクターが顔を出す。

 

「コンガにババコンガは村の周りではよく見かけるし、畑の作物を巡って小競り合いになることもあるけど、これまで本格的に村に危害を加えたことはないよ」

「そうなんですか? でも、小型モンスターと言えど人間と接する機会があるのはあんまりよくないです」

「何かあった時はジャンボ村のハンターにお願いしているんだけど……村のハンターがいないから、俺達がハンターになってみた、っていう理由はちょっとだけあるんだ」

「しかし、奴さんみてェな牙獣種は特に頭が良いから厄介だヨ。知り合いの商人でもババコンガをはじめとした牙獣種に荷物をやられた奴らは珍しくねェ。……一度味を占めると、何度でもやって来やがるのサ」

 

「……車、飛ばすけ?」

 

 西の空から、いつの間にか夕立の気配がやって来ていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「クソッ、クソッ! やられたっ……俺達の……!」

 

 拳を何回も壁に叩きつけるデカート。

 瓦礫に触れるデシベル。立ち尽くすスコア。

 夕立に村人から傘をさしてもらっている《スカスピ》の四人は、ただ現実を受け止められずにいた。

 

「《スカスピ》の皆さん、雨酷いですし軒下に入った方が……」

「……すまない。必ず宿には連れて行くから。……ダメだ、何から行動すべきか、頭が働かない」

 

 眼鏡が傘からこぼれた雨に直撃するのに気もくれず、天を仰ぐオクター。 しかし、無理もないだろう。

 ――彼らの酒場が、半壊状態だったのだ。

 

「店の表で開店準備していたら、後ろからとっても大きい物音……今考えると、きっとアレは壁や柱を壊す音がしてニャ」

「そうかいそうかい。だいたいいつ頃の話サ?」

「……本当に、さっき……二時間くらい前の話ニャ。今日は《スカスピ》が一年ぶりに帰ってくる日だって、ずっと楽しみにしてて、酒場としても思いっきり派手におかえりをしようって……ウ、ウゥッ」

 

 人だかりができている中、近くの木の下でべそをかいていた酒場の店員のアイルーに目をつけ、ハルチカは抜かりなく事情聴取をする。

 《南天屋》の四人は垂皮竜ズワロポスの革製の雨合羽を身に着けているが、ここ密林は熱帯と言えど日没前の気温が下がる。長く外に出ているのは、《スカスピ》にも《南天屋》にも、店員のアイルーにとっても良くなかった。

 しかし、《スカスピ》が気を落としている今、《南天屋》が動くしかない。

 

「怪我人はいなかったかい?」

「ウン。……アイツ、人やボク達には目もくれなかったニャ」

「今度修理しなきゃねって話し合ってた、脆い壁から入って来て……」

 

 そんな中、メヅキは瓦礫の山の調査を淡々と進める。証拠を残すために物の移動は控えているものの、瓦礫をひっくり返して散らかった食料を一つ一つ調べ上げてゆく。

 

「アイルー達の言う通り、酒場の生ゴミと備蓄の食料だけ、特に味の濃いものや甘いものが狙われている。酒も、果実酒を好んで物色したようだ」

「確かに、このタルの匂いは果実酒だね。これ、オクターさんやデシベルさんの言ってた地酒……なのかな」

「極めつけはコレ……内容物は毛や魚の鱗、甲虫の羽、種子ときた」

「縄張りのフン、か」

「残念だが、この酒場はもう奴のターゲットにされてしまったのかもしれん」

 

 雨でほとんど溶けだしているためにサンプリングこそしないものの、メヅキは縄張りのフンの残骸に瓦礫の欠片でガリガリとマークをつける。

 半壊した酒場を一周してみると、沢山の痕跡が残されていることが分かった。

 

「桃毛獣、ババコンガ――……」

 

 人だかりも含めた誰かが、雨音にかき消されんばかりの小さな声で呟いた。

 

「……これァギルドに事前報告として申請して、早めにおれ達でフリーハントした方がいいべがなァ?」

「アリだな。ここから一番近いギルド出張所があるような村と言ったら、ジャンボ村か」

「ここから更に南に半日はかかるサ。先に密林でババコンガの動きを確認しておいて、出ている間にジャンボ村まで出た方がいいんじゃねェのかい」

「でもその間、村の護衛もつかなきゃだ。……待って、僕ら四人じゃちょっと人手が足りなくない?」

 

 やらなければいけないことを指折り数えていたシヅキは、首を傾げた。

 うーむ……と唸って眉間に皺を寄せる《南天屋》の面々。その眉間の皺さえ、雨粒は容赦なく伝ってゆく。

 

「ババコンガ……アイツ、怖かったニャア。ボク達が精いっぱい仕込んだ食材を……お酒を!」

「うむ、ババコンガは『密林の大食漢』とも呼ばれる程、食への執着があるモンスターだ。絶対に野放しにはせんから、安心してくれ。いや全然安心できる状況ではないのだが」

「……《南天屋》。人手が足りないようだったら」

 

 濡れそぼった白髪交じりの髪をかき上げ、オクターがおもむろに口を開いた。

 

「ババコンガの狩猟、……この《スカスピ》がやろう」

 

 ざわ、と人だかりがどよめいた。人だかりの中には、オクター達に傘を貸している人のような《スカスピ》の友人や知人もいるはずだ。

 当然、《南天屋》の四人も驚きを隠せなかった。《スカスピ》は、中型鳥竜種以上の危険度のモンスターを討伐したことが、まだなかったはずだから。

 

「ホームである酒場をやられたんだ。このまま黙っていられるほど、俺達《スカスピ》は地元愛が薄いわけじゃない」

 

 雨に打たれつつも、何とか歩み寄りオクターの肩を掴むデカート。デシベル、スコアも足元を泥はねで汚しつつ立ち上がる。

 

「『俺がやる』じゃなくて、『《スカスピ》がやる』って言いやがって。……でも、お前はいつもそういう奴だって俺は知ってるぜ」

「アタシ達、ババコンガを見たことないってわけじゃないし、むしろ親しみを持っているモンスターなのよ。もちろん、恐れもあるけど……」

「私達の酒場が被害に遭ったのです。私達が、どうにかしたい」

「しかし、お前サン方は儂ら《南天屋》のお客サマなの。勝手に怪我を負ってもらっちゃア困るぜ」

 

 ハルチカは抗議するが、オクターは頑として食い下がる。彼は、眼鏡の水滴を指で拭った。

 

「早急に手を打たなきゃいけないのは分かっているけど、もちろん準備は怠らないよ。あのガーグァ荷車、何か商品をいくつか積んでいなかったかい」

「……おやおや」

 

 目を見開くハルチカ。少し置いて、みるみるうちに口の端を耳まで吊り上げた。商人の顔だ。

 

「見る目があるネぇ。何がご要望だい、お客サマ」

「狩猟に役立つアイテムを。それから、密林とババコンガに関する情報をありったけ。代金は……俺達が狩猟を達成してからだ」

「後払いァ、高くなりますぜ」

「構わない。俺達の狩猟が必ず達成できるような、良質な品物を期待している」

 

 

 

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18杯目 ルーキーハントでサウンドを ひとくち

 

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「……本当に来るのかしらね」

 

 つぅ、とデシベルの額に汗が伝う感覚がして。

 触れてみると、小さなセッチャクロアリだった。気まぐれで噛まれないうちに、慌てて払う。

 

 密林は、見渡す限りに生命が居る。

 木々や草花はもちろん、このセッチャクロアリのように小さいものから――今回のメインターゲットのような、巨大なものまで。

 

「シッ、来るぞ。みんな、静かに」

 

 口に人差し指を立て、他の三人に注意を飛ばすオクター。普段そのしぐさをするのは演奏する前の舞台袖で、くらいのものだが、今回は違う意味で緊張感が漂う。

 

 でも、静かにするのは得意だ。

 《スカスピ》の四人は茂みにしゃがみ、スッと息を潜めた。

 

 ここは密林のエリア2。

 他のエリアと比べて背の高い樹木は比較的少なく、視野は広い。

 崖の上にあることで、背伸びをすれば遠くに我らがグロム・バオム村の見えるこのエリアは、()が食料調達をする格好の場所でもあった。

 

 そしてたった今、背面にそびえる高台から蔦を器用に使って降りてきた彼は、エリア中央にとあるモノを見つける。

 

 

 

 

「……グホ?」

 

 タンパク質と脂、そして強い調味料の匂い。

 

 あれほど甘くて、しょっぱくて、味が濃い食べ物は、これまで生きてきて食べたことがなかったから。

 人間め、これまで手出しをしたことはなかったが、いつもあんなに旨いものを食っていたのか、と。

 またあの場所にもう一度行って、隠してある食べ物を頂きたいなぁ、と。

 

 そう思っていた矢先、目立つ場所に、匂いの原因が落ちていた。

 

「……??」

 

 ちゃんと嗅いでみる。確かに、あの時食った食べ物と似たような、旨そうな匂い。

 嗅いだ後に頭が少しだけぽーっとなるのが、たまらない。

 密林のこんなど真ん中にぽつんと置いてあるのは、あまりにも異質であったけれど。

 

 もし、もしの話だ。勝手に旨いものを食っているのが子分どもにバレたら。

 ……後で適当にシラを切っておけばいいか。

 

 長年磨き上げた自慢の黒い爪で摘まみ上げて、何度も観察して、匂いを嗅いで、頭がまたぽーっとして……。

 空腹に耐えかねて、つい齧ってしまった。

 

 体の異変に気付いたのは、ほんの何分も経たなかっただろう。

 

「ゴッ、ブハッ!?」

 

 ゾクゾクと背筋に悪寒が走ったかと思うと、四肢が突っ張って細かく痙攣し始めたのだ。

 

「来ました!」

「よっしゃ行くぞ!」

「攻撃旋律任せたよ!」

「防御も任しとけって!」

 

 ――そのババコンガが、ハメられた、と気づくのも、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 事前に演奏しておいた旋律が効いている。

 気分は上々。普段よりも狩猟笛が軽く感じて、振り回す腕にも力が入っている。

 

 移動速度の強化。

 全ての狩猟笛が奏でることのできる旋律であり、《スカスピ》のような訓練所育ちも、我流も問わず狩猟笛使いは一番最初にこの旋律を学ぶ。

 この旋律から狩猟が始まる、と言っても過言ではないくらい、狩猟笛使いにとっては重要な旋律なのだ。

 

「まずはっ……一撃!」

 

 更にデシベルのセロヴィセロルージュが、痙攣するババコンガの上腕を殴打する。剛毛の下の筋肉はこれまで相手にしてきた鳥竜種たちの鱗とは違った感触だ。

 堅牢さというより、弾力。

 その弾力を利用して振りかぶり、麻痺の解けないうちに集中的に攻撃を叩きこむ、が。

 右ぶん回し、左ぶん回し、右、左、右……しかし、なかなか効いているようには見えない。

 

「腕はダメだわ! 硬すぎる!」

「後ろ足もっ……なんだこれ、腰に来るな!」

「胴は皮膚が硬いです! 皮膚のつくりが鳥竜種とは全然違う……!」

 

 密林に住むモンスターは火気を苦手とするものが多い。《南天屋》の情報によれば、ババコンガの体毛は熱への耐性が低いため、火属性のセロヴィセロルージュが有効のはず。

 しかし、デシベルのセロヴィセロルージュでこんなに弾かれるのだから、属性を持たない他の三人の狩猟笛であれば更にダメージを与えるのは難しいだろう。

 

「そんな時は、ここだぜっ!」

 

 ババコンガの眼前に陣取ったデカートは、すかさずハンターズホルンを頭上に大きく振り上げ、そのまま垂直に思い切り叩きつけた。

 植物の汁で固めたトサカが縦に特産タケノコのように二つに割れて、顎が土にめりこんだ。

 

「デカート、やるじゃん!」

「おうとも、位置取り気を付けていこう……って麻痺、解けるぞ!」

 

 好き放題やられていた分、四肢の不自由がやっと治まったババコンガは怒りを爆発させる。

 皮膚が黒ずんでいるにもかかわらず、頭に血が上って鼻の頭が赤くなる。鼻息は荒くなり、瞳孔がぐわっと広がった。

 

 これまで相手にしてきた鳥竜種よりも圧倒的に豊かな表情。人間にも似た雰囲気さえ感じる。

 初めて見る反応につい怯んだデカート、デシベル、スコアは、大タルの胴ほどもある太さの腕の一振りで弾かれてしまった。

 

「なんだぁ、速い!」

「ごほっ……表情が変わったとたんに、動きが格段に違います……!」

「少し距離をとって、様子見に……って!?」

 

 腹から転んでしまったスコアに手を差し伸べるデカートであったが、二人に影が差し掛かる。

 チェーンフォールドの鎖かたびらの隙間に詰まった腐葉土を払う暇もなく、倒れ掛からんと傾きかけた巨体の下から急いで退避した。

 その巨体は背の低い草木丸ごと押し潰し、彼が起き上がった時には柔らかい腐葉土が餅のようにのされてた。

 

 次に伸されるになるのは、自分たちかもしれない。

 距離をとっていたために偶然攻撃を受けなかったオクターは、どろりとした脇汗がチェーンメイルのインナーを伝うのをはっきりと感じた。

 

『大抵の大型モンスターは頭に血が上ると動きが速くなるが、牙獣種は特に顕著である』

『牙獣種の前足、後足の計四本の足は鳥竜種より安定性があり、接地している部位も狭いため、フットワークが軽い』

『牙獣種は飛竜種や鳥竜種と比べて股下が狭いため、余裕のある距離感を保って挑むべし』

 

 オクターの脳裏に、《南天屋》のハンターノートのメモが浮き上がっては消える。

 こんなに質量のあるものが、こんなに機敏に動くなんて。小型や中型の鳥竜種とは圧倒的に異なる、歩幅。一体、余裕のある距離感とは。

 文字の内容を頭では理解していても、体が上手く追いつかない。メモはあらかた覚えてきたはずだが、すぐに忘れてしまった。

 加齢をここまで憎く思ったことは、後にも先にもないだろう。走って位置取りに手間取るうちに、焦って息がすぐに切れ始める。

 

「音色の準備完了です! 皆さんお待たせしました!」

 

 そこで、走って接近するババコンガから身を投げだして回避するオクターに、スコアは声を張り上げた。

 スコアはウネリシェルンのマウスピースに固く締めた唇をつけ、思い切り、というよりも空気を送り込むイメージで息を吐く。

 

 スタッカートを効かせて。

 浜の砂が波にさらわれていくような、音。

 

 旋律に合わせて吸って、吐いて、を繰り返すと、リズムが乱れた呼吸が落ち着き、ある程度楽になった。これでとりあえずはスタミナを気にせず行動できる。スタミナ減少無効、という通称の旋律だ。

 《南天屋》のシヅキのような、若さと健脚に任せた芸当ができない《スカスピ》なりの戦略だ。

 

 そして、聴きなれないその音に、ババコンガの(ヘイト)がスコアへ反れる。

 狩猟笛の音色はハンター達にとって気分を高揚させるものであっても、モンスターの気には召さないようで、狩猟笛使いの大きなデメリットの一つでもある。演奏中は移動ができないためにモンスターに攻撃されてしまい、満足いく演奏ができない……ということもしばしばだ。

 

 ババコンガはスコアに体当たりをしようと体の向きを変えるが、ウネリシェルンに重ねて華やかな音調が鳴り響き、それを妨げた。デシベルのセロヴィセロルージュだ。

 

 見やれば、デシベルはババコンガから見て左手の遠く。体当たりを仕掛けるには距離が開きすぎていて、わざわざ近づくほどでもない。

 しかし、セロヴィセロルージュの音色に重なって、また右手からデカートのハンターズホルンが吠え立てた。

 苛ついてそちらを向けばもうすでに位置が変わっていて、時すでに遅し。背後から回り込んでいたオクターのアズマンドウィンドが、ババコンガの側頭部を強く叩いた。

 

 ババコンガの目が、いや、耳が回る。誰から手を付けたらいいものか。

 気が散った状態で腕をやみくもに振り回しても、大振りすぎて彼らの頭上を掠め、狙いの定まっていない一撃は無駄に土を抉る。

 

 分が悪いと感じ取ったのか、とうとうババコンガは四人にわき目も振らずに走り出すと、大きく跳躍。

 南の方角へ姿をくらました。

 

 静寂が戻る。お喋りな小さな虫や鳥が騒ぎ出すのにそれほど時間はかからない。

 

「ペイントの匂いからして……移動先はエリア1、かな」

 

 流れる汗をチェーンメイルの袖で拭いながら、オクターは地図で方角とエリアを確認する。密林の太陽は昼には真上に位置することに加え、激しく立ち回ったために、自分が向いている方角がよく分からなくなってしまうのだ。

 

「お疲れ皆。大怪我するやつがいなくて良かったわ」

 

 デシベルも汗をかきかき、セロヴィセロルージュで回復の旋律をかけてくれた。

 

「これだけアツいと、このセロヴィセロルージュに溜まる唾がすぐに臭くなりそうだわ」

「で、オクター。相手の動きはこんなものと分かったが、いつアイテムを使うんだ?」

 

 デカートがエリアの端に寄せてある小型の荷車に顎をしゃくった。拠点からここまで荷車を引いて来たデカートは、早く荷物が減らないか待っているのだ。

 

「それじゃ、次のエリアで早速使ってみよう。次は俺引っ張るからさ」

 

 オクターは荷車まで歩み寄り、取っ手に手をかけた。荷車にはズワロポスの革製の防水カバーが掛けられていて、中にはアイテムがぎっしり詰まっているのだ。

 

「せっかくたくさん《南天屋》から購入したんだ。どうせなら使い切るくらいのつもりで行きたいよね」

「これ、本当に効果てきめんだったわね。……あー、やっぱり酒臭いわ」

 

 デシベルはカバーの隙間から半ば飛び出している骨を掴む。無加工の生肉と間違えないように表面をマヒダケの黄色い色素で染めてあるその肉は、ハンターの間ではシビレ生肉と呼ばれている罠肉だ。

 通常のシビレ生肉と違い、今回のシビレ生肉はすり下ろしたトロピーチと安価なホピ酒に漬け込んで作られている。村の酒場のトロピーチ酒を好んで物色した跡から、ババコンガを酒好きと想定して特別にアキツネがこしらえたのだ。

 

「引っかからなかった時のために普通のシビレ生肉も作ってくれていますが、これもトロピーチとホピ酒のソースを後がけして、特製のと同じように運用しても良さそうですね」

「追いソースかよ。美味(うま)そうだよな」

「アタシも長年グロム・バオム村の主婦やってるけど、特産のトロピーチを肉のソースにしようなんて考えたことなかったわ」

「やっぱり大都市ドンドルマの商人は色々知っているもんだな。ババコンガもやみつきだったぜ」

 

 特製のシビレ生肉の強い酒気には、密林の貪欲な虫や鳥竜種、コンガたちさえも寄り付かない。正に、対ババコンガ専用のアイテムともいえるのだ。

 これを四人はあらかじめ密林の各所に設置しており、腰の道具袋にも忍ばせている。

 

『 ――但し 夕立が降る前に回収を必ず行い 設置は控えること。

 雨によって酒が流れ、おびき寄せることが困難になるため 』

 

 特製シビレ生肉の袋の紐に、油性のインクで書かれた字のメモ。初心者ハンターである《スカスピ》に、《南天屋》がアイテムの使い方のメモを、作戦と共に逐一用意してくれたのだ。

 

『 ――《スカスピ》様方に 限りないご武運を 』

 

 その丸みがかった綺麗な字の一文が、既に足取り重くなっていた四人を奮い立たせる。これも、狩猟笛の旋律と似て非なる強化……であろうか。

 

 今、《南天屋》はハンターが不在になったグロム・バオム村の護衛と、ドンドルマハンターズギルドの出張所があるジャンボ村へ狩猟の手続きに向かう二手に分かれて、それぞれ業務をこなしている。

 どちらも初心者ハンターにとっては難しいものではあるが、ババコンガの狩猟も初心者ハンターが務めるには少々荷が重い。任せてしまった《南天屋》も責任を感じているのか、かなり手厚く情報やアイテムを売ってくれた。

 

「そうとなれば、日が傾く前に何とかひと段落させねぇとな! 夕立がやって来ちまう」

「安全第一よデカート。エリア移る前にアンタのハンターズホルンで防御の旋律かけてくれない?」

「では、私のウネリシェルンでも旋律をかけておきましょうか。あとはスタミナ減少無効と……」

「念のため回復薬と薬草もちゃんと飲んでおけよ。ったく、これもうちっとマシな味になんねぇのか?」

 

 変わらない仲間の様子に、思わずオクターは息をついた。

 

 大丈夫。まだいつもの《スカスピ》だ。まだやれる。まだ調子は悪くない。

 怖い、という感情はあるけれど、初めての大型モンスターに気持ちが高揚している。

 強大な相手に、大好きな音楽を駆使して戦える、というところもあるのかもしれない。

 

「……待って、何か聞こえない?」

 

 デシベルがふと頭を上げた。すかさず四人で耳に手を添えると――確かに、聞こえる。

 

 ――グオォ、オォ、オォ、オォ…………。

 

 等間隔で、低いさえずりとも唸りともつかない声。

 ババコンガの向かった方角とは違い、密林の中央、およそエリア6、7、8あたりの方角から微かに聞こえる。

 

 オォ、オォ、オォ、オォ…………。

 

 まるで、地をなだめすかし、語りかけ、律動を刻むような――。

 

「まさか……竜の、歌?」

 オクターは、僅かに眉を上げた。

 

 ――ババコンガより遥かに強大な生き物の気配が、この密林に潜んでいる。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 こんばんは。zokです。
 本編とは関係ないのですが、3000UA突破のご報告をさせて頂きます。名だたるモンハン二次創作作品の中では全然大したことない数字かもしれませんが、思い切って初めてみた連載が正直ここまで伸びるとは思っていなかったので……。
 一応絵描きの端くれでもあるので、ありがとうイラストを作ってみました。
 キャラのイメージ崩したくない!という方は閲覧をお控え下さい!!


【挿絵表示】


 今後とも『黄金芋酒で乾杯を』をよろしくお願いします。


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19杯目 ルーキーハントでサウンドを ふたくち

 

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“竜の歌”はしばらく響いていたが、ふと止んでしまった。

 

「結構近く感じましたね……村では聞けないものですし、当然でしょうけど」

「歌っつーか、音を調整するときと似た感じだったな。音程が合っているか確かめる感じ」

「音を確かめるって。チューニングじゃあるまいし」

「チューニング……調律、ねぇ」

 

 オクターはアズマンドウィンドを二、三度軽く振る。何度かババコンガを叩いて切れ味が落ちているが、音に問題はなさそうだ。

 

「竜が調律するって、何かリズムとかメロディーを分かってるのかな。というか、本番があるってこと?」

「知ったことか。そう聞こえたかも~ってだけだよ」

「オクター、砥石使いな」

 

 荷車に積んであった砥石を渡され、オクターは素直にアズマンドウィンドを研ぐことにする。しかし、胸の内にはわずかな憂慮が残っていた。

 

「竜とやらが出てこないといいんだけど。俺達、竜とか絶対に相手にできないから」

 

 

 

 

 

『 ――キノコ類の食事後 ババコンガは特殊なブレスを仕掛けてくるようになる 

 注意されたし 』

 

 

 エリア1。拠点の北東すぐに配置している、岩壁によって一日中影になっているようなエリアだ。視界は悪いがババコンガのペイント臭が漂っていて、そこまで遠くに位置していないことが分かる。

 そして、エリアに群生しているはずのキノコが、手あたり次第食い散らかされている。おどろおどろしい赤い食べかすに、急いでメモを見返した四人は一気にこわばった。

 

「特殊なブレスってなんだ? そもそも(ブレス)って?」

(ブレス)なら、俺達も演奏するときに散々やってるよな」

「一体何なのかしらね。デカートのハンターズホルン渡したら吹いてくれるかもよ」

「嫌だぜ」

 

 デカートが顔をしかめたその時だ。ポンと(つつみ)を打つような音。

 右手の頭上の木々が、()()()()()()

 

「何だぁ!?」

 

 湿度が高いため火はほとんど広がりはしないものの、爆発の衝撃で木々が倒され、空間ができる。ぬぅと茂みの陰から現れ、両手を振り上げ威嚇するババコンガ。さながら演者のようだ。

 

「アンタが俺達のためにわざわざ用意したステージ、ってわけかい!」

 

 足音がして見渡すと、子分であろうコンガが下草の合間からこちらを睨んでいるのがわかる。一頭や二頭ではなく、恐らくグループ一つ分くらいの頭数はいるだろう。

 ババコンガがステージのメインとすれば、こちらはギャラリーか。それも、とびきりの野次を飛ばす(たち)の悪いギャラリーだ。

 

「んん? 待てよ、メモによるとババコンガって火に弱いんじゃなかったっけか? どうして木が燃えて……」

「細かいことは後だデカート!」

 

 アイテムの詰まった荷車を急いで岩陰に寄せ、《スカスピ》はそれぞれ得物に手をやる。しかし、このエリアに足を踏み入れた時点で奴らのステージはすでに始まっていた。

 

 構えるよりも早く、ババコンガがその巨大な腕を振り回しながら真正面から向かってくる。移動速度強化の旋律をまだかけていない《スカスピ》にとっては、そんな単純な動作さえも凶悪な攻撃だ。必死に掻い潜るが、ババコンガが倒れ込んだ衝撃で足をすくわれてしまう。

 鍛えた体幹があるわけでもない。あっけなく尻もちをついてしまったオクターであったが、起き上がろうとすると腰のベルトを引っ張られ、また転んでしまった。

 

 子分のコンガだ。腰ポーチを嗅いだり触ったりしてフタを開け、中身を奪おうとしてくるのだ。

 慌てて大きな頭を足の裏で押しやり、半ば足をもつれさせながら距離をとる。拍子で何か荷物が奪われた感触がしたような。

 

「皆! 大丈夫か!」

 

 しかし返ってくるのは悲鳴。薄暗い木々の合間に目を凝らすと、スコアとデカートがババコンガに追撃を食らっている。デシベルはコンガにたかられて、自力で突破するには厳しそうだ。

 

 更に、ババコンガはまた仰け反って腹を叩く。え、と思う暇もなく、《スカスピ》はたかられているコンガごと吹っ飛ばされた。転がりながら回復薬を手にするも、悪臭でとても口にする気になれない。

 

 劣勢。打開策はないのか。アイテムを積んだ荷車まではとてもではないが走れない。メモを確認する暇もない。俺一人では……。

 

 (……一人に、ならどうだろう)

 

 アズマンドウィンドを抱えて逃げ回っているうちに、旋律のセットが偶然出来ていた。

 ――ここは慌ててはいけない。狩猟笛使いは、この瞬間はハンターであり楽士なのだから。

 

 悪臭を耐え、肺からアズマンドウィンドに息を送り込む。旋律の名は、体力回復【小】。気休め程度の癒しの効果だが、今はそこではない。

 

 ババコンガとコンガの注目が、次から次へとオクターに向く。

 ここは舞台。いや、普通に考えるとおかしいけれど、とにかくここは舞台。自分にそう言い聞かせる。

 走って逃げられるような力も持たないハンターが出来ること言えば、これだろう。

 

 光が木陰を塗りつぶした。

「ゴアァァッ!?」「グゴォ!」「ウゴホッ!」

 

 一拍遅れて、ババコンガ達が目を抑えてのたうち回り始めた。《南天屋》から購入した閃光玉だ。

 鳥竜種相手にこれまで使ったことがなかったので、要領よく目の前に投げるような芸当は出来なかった。村に無事帰れたら、使い方をちゃんと聞いておこう。

 まずは一人でうつぶせに倒れていたデシベルを起こして消臭玉を使い、回復薬で水分補給させてやる。

 

「立てるか? というかお前……コンガにたかられてなかったっけ?」

「アタシも分からないんだけど、ポーチのたまたま一番上にあった携帯食料の包みが破れちゃったから、投げ捨てたの」

「携帯食料?」

「そしたら、みんな一目散にワーッて。アタシに攻撃することはどうでもいいみたいだわ」

 

 デシベルがなんとか立ち上がって一息つけたところで、スコアとデカートも休めたようだ。それぞれの狩猟笛を構えて駆け寄ってきてくれた。

 そろそろ奴らの視力が回復してくる頃合いだろうか。オクターは腰に下げた袋から、携帯食料と特製シビレ生肉をゆっくりと取り出した。

 

「ねぇアンタ、何してるの!?」

「スコアはスタミナ減少無効の旋律を。デシベルとデカートも旋律を重ねてババコンガの気を撹乱するんだ」

 

 コンガ達とババコンガのこちらの出方を伺うような視線は、演奏前に壇上に立っているときに受ける目線とは違った、舐め回すようなもの。

 仲間の方へ振り向きたいのをこらえ、必死に奴らから目を離さない。そんなオクターの表情に察したのか、三人は散らばって狩猟笛の指穴に手をあてがった。

 

(……お前ら、信頼してくれてありがとう)

 

 今度はこちらの出る幕だ。どんな反応をするだろうか。

 

『 ――コンガやババコンガは 食に対して非常に貪欲であるため 戦闘中であっても食べ物を与えると 食事行動が見られる 

 好機にすべし 』

 

 オクターは素早く携帯食料を割り、包みを開け、コンガの群れの中へばら撒いた。コンガ達は沸き立ち、《スカスピ》の前であるのにも関わらず、散らばった携帯食料を貪り始める。

 

 コンガは他の種の小型モンスターと比べて力が強く、倒すのには時間がかかる。鳥竜種よりも圧倒的に連帯感が薄いことを生かして、この様に行動を封じておく方が好都合なのだ。相手が鳥竜種であったら、こんな作戦は通用しないだろう。

 ババコンガも一瞬たじろいだが、それが反撃の合図。オクターは特製シビレ生肉をババコンガから目立つように掲げ、走る。スタミナ減少無効の旋律が彼を後押しした。

 

 急に動き出したオクターに興奮したババコンガは、仰け反って腹を軽く叩く。ポンと(つつみ)を打つような音。

 

「ブホッ!」

「皆、伏せろ!!」

 

 木々が燃えて弾けた。このブレスは、火炎。

 

 地肌にへばりつく《スカスピ》の頭上で、炎は範囲を広げる。熱風を浴びて舞い上がる落ち葉を浴び、チェーン一式装備のあちこちに燃える下草を引っ掛けた。鎖帷子(くさりかたびら)越しに熱を感じる。

 

『――ブレスは三種類。

 通常である悪臭性に加え 毒性 麻痺性 火炎性。

 火炎性のブレスはリーチが長く 危険であるが その特性を利用することは 可なり』

 

 半分ほど地に埋もれた視界では、当のババコンガは口を激しくパクパクさせて手で覆っている。火炎のブレスは確かに凄まじい威力だが、ババコンガは火を苦手とするため全くのノーダメージという訳ではなさそうだ。

 

 そして、あれほど《スカスピ》の隙を潰してきた子分のコンガ。体にかかる火の粉に慌てて、密林の奥へと逃げてゆく。ブレスの範囲が広いこと、火炎を孕んでいることを利用して、携帯食料に夢中だったコンガ達を撤退させたのだ

 一頭に、ならどうだろう。オクターはこれを狙っていたのだ。

 

「ナイス! こんな発想があったのね!」

「やりました!」

 

 おまけに邪魔な木々や下草も吹き飛び、視界がある程度良くなった。狩猟の流れの変化に色めき立つ《スカスピ》。

 心沸き立つのは、旋律が理由ではない。これはハンターとしての高揚だろうか。

 

「ったくババコンガも、仲間は大事にしろよな!」

 

 出始めに、デカートが殴り込む。

 ババコンガは唸るハンターズホルンをバックステップでかわすも、回り込んでいたスコアのウネリシェルンに後ろ足を強打される。先程は弾かれてしまったが、今回は的確にダメージを与えていた。

 

 移動速度強化の旋律を二フレーズ重ねたメロディーは、狩猟笛を弾くことなくヒットさせられるコツでもある。通称『心眼効果』を表すはじかれ無効の旋律は、狩猟笛使いに伝わる狩猟の要となる旋律だ。

 打撃された足に痛みが走り、思わず腕を振り放つババコンガ。気が完全にスコアに反れたところで、デシベルのセロヴィセロルージュが反対側から殴り込んだ。

 

「これ、忘れてちゃいけないだろう?」

 

 ババコンガの眼前までいつの間にか忍び込み、オクターは特製シビレ生肉を揺らした。

 一度引っかかっているにも関わらず、ババコンガはわき目も振らずにそれさえも食らいつく。一度目よりも効果が表れる時間はかかったが、やがて四肢を震わせて地に倒れ込んだ。

 

「行きますよ!」

「畳み掛けるわ!」

 

 狩猟の佳境(サビ)が、訪れていた。

 

 

 

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 グロム・バオム村の酒場は、《スカスピ》が生まれた年に建った。

 

 村の人間に愛され、仕事が終わる時間帯になれば老若男女問わず賑わい、ジャンボ村をはじめとした近隣の村から、時にはドンドルマといった大都市からわざわざやって来る人もいた。

 酒場では数々の出会いと別れが繰り広げられ、世代がひとつ、ふたつ移り、昔ながらのトロピーチの果実酒だけがそれを変わらずしっとりと見送っていた。

 

 築五十年近く。

 《スカスピ》と同じ分だけ、酒場も年齢を重ねる。

 

 《スカスピ》も子育てを終え、次は子の世代が村を発展させてゆく番になった。

 これからもまた、酒場は、果実酒は、新しい世代を見守ってくれるのだろうと。

 四人は、村の人々は、そう思っていた。

 

 ババコンガを倒さなければいけない理由が、《スカスピ》にはあった。

 

 

 

 剛腕と悪臭、火炎を潜り抜けること、半日と少し。

 先程から数回の間奏(エリアチェンジ)を挟み、《スカスピ》とババコンガ達の決着がつこうとしていた。

 

 密林の最北端に位置するエリア10。西日に満たされ、海がそれを反射して美しい。木々やツタが複雑なシルエットの幕を作る。

 

「バオオオォォォッ!」

 

 そのエリアの中央に、怒り狂うババコンガ。

 しかし、足がふらついている。判断が甘くなっている。顔や四肢は真っ赤になっている。

 特製シビレ生肉のホピ酒、すなわち酒気(アルコール)が回っているのだ。《南天屋》が考案した作戦である。

 

 安酒は悪酔いしやすい。

 ババコンガもまた、ここ数時間はずっと絶不調と言ったところか。振り回される腕が、一回、二回、三回。挙動こそ大きいが、標的が絞れていないために少し体をずらすだけで避けられる。

 腕を伸ばしすぎたのか、巨体は前のめりになって倒れる。《スカスピ》は一斉に攻めかかった。

 

 倒れ込んだ際の放屁も、消臭球を取り出すまでもない。アズマンドウィンドの体力回復【中】と消臭の旋律でさっぱりと霧散する。四つの狩猟笛が振り抜かれ、桃色の体を叩いて、筋組織を壊していく。はじかれ無効の旋律で隙が生じず、立ち回りやすさは段違いだ。

 

 旋律を重ねていくことで無限の可能性を秘めた武器、狩猟笛。

 

 中身は空洞とはいえ、それなりの質量を持つ。その頭に何度も殴打されれば、無傷ではすまない。

 

「来た、スタン!」

 

 パァン! と果実を割るような気味の良い感触。ババコンガは一瞬仰け反り、倒れてもがき苦しみだした。通称『スタン』、眩暈(めまい)と呼ばれる状態だ。

 手足を振り回しているが、頭がガラ空きになる。《スカスピ》は一斉に集まり、狩猟笛を振りかざした。

 

「さぁ行くよ!」

 

 四つの狩猟笛が二回だけ、軽く振り回される。だいぶ痛む腰を捻って、マウスピースにありったけの息を。

 

「俺達の!」

「音!」

 

 音とは、空気の波。空気の粗密だ。圧縮して波の密度を高め、解き放てば、単純に叩くよりも何倍も大きな威力になる。

 

「――聴けぇえええッ!」

 

 鮮烈な爆鳴が、密林に響いた。

 狩猟笛専用の狩技(かりわざ)、音撃震。ベルナ村に立ち寄った時に取得した技である。

 

 ババコンガ顔の厚い皮膚が震え、大量の鼻血が出た。植物の汁で固めたトサカが完全に崩れ、よれよれになった風貌は、まるで早朝帰りの酔っ払いのようだ。

 

「ウホッ、オ゛オ゛ッ!?」

 

 そして、そんな姿のリーダーには誰もついて行きたがらないだろう。元々既に数を減らしていたコンガ達は、不利を悟ったのかさっさと撤退を始める。慌ててババコンガが仲間を呼ぶような咆哮を上げるが、虚無ばかりがこだまする。

 

「まさか、まだやるのか?」

「いや、待て」

 

 やがてババコンガは悔しそうに顔をしかめると、足を引きずって密林の中央、巣のある方へと去っていった。

 夕焼け空に浮かぶ観測隊の気球が、満を持して『撃退完了』の信号弾を放った。

 

 

 メインターゲットの達成だ。

 

 

 しばらくは信じられず、呆けてしまった《スカスピ》であったが、デカートがハンターズホルンを振り上げて叫ぶ。続けてスコアが、デシベルが崩れて息をつく。

 

「やったぜー! 酒場の仇がとれたな!」

「本当に……あぁ、もう本当に、大きな怪我がなくてよかったです」

「もう大型モンスターの狩りなんてこりごりだわ」

「皆……お疲れ。本当にありがとう」

 

 思わず笑顔になるオクター。狩猟を言い出してしまったときは正直どうなることかと思ったが、《南天屋》のフォローは勿論、長年の団結力が、そして何より音楽の力が《スカスピ》を守ってくれたような気がした。

 「お前も、ありがとうな」。オクターは、アズマンドウィンドにそっと口づけをした。

 

「お、ババコンガの奴、トサカなんて落としてるぜ。帰ったら売れるか見てもらうか」

 

 デカートはしゃがみ込み、女性陣二人と機嫌よく会話をしている。と、大きな影が彼らの上を通過した。

 ごう、と頭上で唸る、強い風。大きな翼が、砂浜の上を滑って行く。

 とてつもなく、ババコンガなどよりももっと、もっと大きな翼だ。

 

 オクターが熱い喉を反らして、痛む腰に手を当てて見上げれば。

 

 ――抜けるような空の青や、密林の緑に溶け込むことを拒む、紫。

 

 長い首、尾。その骨格は飛竜(ワイバーン)

 地をのべる強靭な肉体。そんな充実した体躯を持っていても尚、その翼は彼女が空を飛ぶことさえ選べる。

 

 それは、密林に住まう人間なら恐れ敬う対象だ。

 

「リオ……レイ、ア?」

 

 彼女は《スカスピ》に気づいていないのか、気づいていても確認する価値がないと判断したのか、一瞥もくれない。

 密林の中央に位置する洞窟――ババコンガの消えていった方向へ、悠然と羽ばたいて行くのであった。

 

 

 

 ――『至急撤退』、『至急撤退』。

 古龍観測隊の気球が、信号弾を狂ったように放ち続けた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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20杯目 ルーキーハントでサウンドを みくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

《スカスピ》達がまだババコンガに遭遇する前、午前中のこと。

 

 拠点から、いざモンスターの陣地へ。

 ……しかし、密林の様子が普段とどこか違う。違和感が何となく立ち込めていた。

 

 ハンターの感覚としてもそうだが、それ以上に、密林地帯を住みかとする生き物の感覚として。

 それは自然現象の結果ではなく、明らかに何かの作為。

 

 エリアに鬱蒼と生い茂っているはずの植物がところどころ(しな)びて、土が剥げていたのだ。

 

「ババコンガ……ってこんなことしましたっけ」

 

 スコアはそっと足元の草に触れる。しわしわに色素が抜けていて、熱でやられたとも、病に罹ったとも判別のつかない見た目。

 

「どうしたんでしょう、これは」

「うーん……分かんねぇな。俺達、植物には詳しくないし」

「なにかこの密林に異変が起きているのかもしれないわね。帰ったら村の人間や《南天屋》に相談してみようかしら」

 

 各々ハンターノートに記録を書き込み、彼らはババコンガ狩猟を急いだのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「貴殿方の目撃した飛竜は、まさしく雌火竜リオレイア。植物が枯れている異変も、彼女の仕業で間違いない。古龍観測隊もそう記録しているそうだ」

 

 

 ババコンガ狩猟の翌日夜、グロム・バオム村で《スカスピ》と《南天屋》はとある安宿で落ち合い、互いの成果を報告していた。

 ばさり、と分厚い書類を机に置いて示すメヅキ。《スカスピ》が密林に向かっている間、《南天屋》宛てにドンドルマハンターズギルドから速達アイルー便で送られてきたものである。

 

「でも、リオレイアって体が緑色だろう? この村からでも時々遠くを飛んでいるのを見るけど、俺達が見たのはうすら恐ろしい紫色をしていた」

「そう。通常のリオレイアは緑色。だが今回目撃され、狩猟対象になっているのは『二つ名』持ちのリオレイアとされている。……その名も、紫毒姫(しどくひめ)、だ」

 

 宿の部屋を、どろりと緊張した空気が流れた。それをかき分けるようにして、デカートがおずおずと尋ねる。

 

「……シドク、ヒメ?」

「紫毒姫。紫色の体色に劇毒を備える棘を持ち、通常のリオレイアよりも体が二回り以上も大きい。筋力も強く体力は桁違い、と。龍歴院はそう述べている」

 

 スッ、と切れ長の目尻に影を落とすメヅキ。研究が進んでいないのは、きっと、今の科学の力が彼女に及んでいないからなのだろう、と途切れ途切れに呟く。

 悔しさが、わずかに目尻に滲んでいた。

 

 龍歴院とドンドルマハンターズギルドの共同情報によると、ここ二週間ほど、でいくつかのババコンガ達の群れが密林近辺の人里まで下りてきている。

 

 このグロム・バオム村のように被害が発生したところでは、現地の者や派遣されたハンターが警備や護衛に当たっている。

 しかし、古龍観測隊が動きを見るに、どうも彼らは密林から()()()来ているらしい。

 

 そして、《スカスピ》も目撃した異様な植物の枯死も密林で所々見かけられるようになった。注意して観測を続けると、その原因が紫毒姫であることが判明。

 

 紫毒姫は恐らく繁殖期であることが理由で非常に気が立っている。

 このまま紫毒姫を野放しにしていると密林の生態系が崩れることはもちろん、近辺の人里にも波紋が広がる。密林のモンスターによって人が住めなくなる場合もあるのだ。

 最悪、紫毒姫自身が人里に目をつけることも。

 

「じゃあ、俺達が狩ったババコンガも?」

「大方そうでないかと俺は踏んでいる。……紫毒姫に本来の住みかを追われてしまったのだろうな。

 住みかのないモンスターは、飢える。きっと彼らも、それでこの村を襲ってしまったのだろう。食べ物を手に入れたくて必死に頭を使った結果がこうなんて、な」

 

 しゃり、と。隣のシヅキがヒドゥンサーベルを研ぐ音が、嫌に響いた。

 

「そこで今回、最も密林の近くに滞在していて紫毒姫の狩猟に実力の見合うハンターとして……儂ら《南天屋》が龍歴院から選ばれたのサ。これが、いわゆる許可書となる『特殊許可クエスト券』というものヨ」

 

 ハルチカは、紫色の紙片を書類の入っていた封筒から取り出して見せた。龍歴院の印がなされたそれには、確かに紫毒姫と思われるアイコンが描かれている。

 

「龍歴院って、ベルナ村にあるあの石造りの建物かしら」

「そう。アンタ方もベルナ村に立ち寄ったことがあったんだったっけネェ。

 二つ名モンスターの狩猟は、龍歴院を通さねェとならんのヨ。ちと面倒なシステムになっているが、このメヅ(こう)が研究職をやっているおかげで龍歴院に顔が利いてサ。迅速に対応してくれたってワケさ」

 

 真面目に書類を読み込むメヅキの頭を、わしゃわしゃと撫でるハルチカ。だが、メヅキは手を払いのけようとせずに渋い顔をする。

 

「二つ名モンスターの狩猟は、俺達にとって初めてのことだ。俺達の狩猟の出来次第で増援をドンドルマハンターズギルドが手配するらしいから、俺達は所詮時間稼ぎではあるが……狩猟しきるつもりで挑むぞ」

「紫毒姫……ドンドルマハンターズギルドと龍歴院が同時に動くようなモンスター、だったんだな」

「逆に、この密林がそのような力のあるモンスターも住むくらい豊かであるということだ。故郷である密林をもっと誇るべきだ」

「……ま、とにもかくにも。密林の大食漢 ババコンガ! の狩猟お疲れ様でした、なんじゃないですか」

 

 しゃりん、と。研ぎ終えたヒドゥンサーベルが、刃を鋭利に光らせる。漆黒の鞘に、眠るように収められた。

 

「狩猟の報酬は、後でドンドルマハンターズギルドから送られてくると思います。撃退なので素材報酬はあまり期待できませんが、グロム・バオム村をババコンガ達の脅威から守った、ということでお金はそこそこ貰えると思いますよ」

 

 ヒドゥンサーベルを壁に掛け、白い歯を見せて《スカスピ》に笑うシヅキ。

 暗がりで見えづらかったが、この部屋は《スカスピ》が狩猟に赴いている間に狩猟の準備が着々と進められていた。

 磨かれた武器、防具、ジャンボ村で新たに補給してきたアイテム、広げられた密林の地図はメモ書きが大量にされている。無口なアキツネは話を静かに聞きながら、先ほどから罠の作動チェックなど、最後の詰めを行っていた。

 

「アンタ方に信号を送った古龍観測隊も、緊急でこの村に避難してきたサ。普段は密林に常駐している奴らだが、今は村の端っこに気球を停めて、宿でもとって休んでいるはず。これまでのババコンガや紫毒姫の動きについて聞きたかったら、彼らに聞くといいヨ」

 

 ハルチカも椅子から立ち上がり、《スカスピ》に早めの帰宅を勧める。月はまだ昇ったばかりだが、彼らとて狩猟からまだ一日しか経っていない。疲労は取れていないはずだ。

 《南天屋》の他の三人も立ち上がり、《スカスピ》を部屋から見送る。

 

「僕たちの出発は明日早朝です。後はお任せください。ババコンガの狩猟、本当にお疲れ様でした」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 その日の深夜。荷車のガーグァに餌をやるため、シヅキは寝る前に宿から出ていた。ガーグァの餌やりは、《南天屋》では当番制なのだ。

 《南天屋》のガーグァ荷車は宿のすぐ傍に停めてあるためそれほど時間はかからず、シヅキは肥ったガーグァが餌をついばんでいる間、明日の狩猟に向けてぼんやりと考え事にふけっていた。

 すると、不意に宿の戸が静かに開く。

 

「あれ、オクターさんじゃないですか」

 

 声をかけると、その影はやや大げさに驚いた。煙草を片手にしているところを見ると、一服しに外へ出たのだろうか。オクターである。

 

「村に帰られてから、寝食は家でされているんだと思っていました。この宿に泊まっていたんです?」

「はは……お恥かしいことにそうなんだ」

 

 見つかってしまったのは参ったね。そう言ってオクターは苦笑し、煙草に火をつけた。歩み寄り、ガーグァをつないでいる柵に腰かける。

 シヅキの持つランタンに、ふかりと煙が照らされた。

 

「家に、帰りづらくてさ。嫁と子ども二人がね、いるんだけど」

 

 シヅキは、しゃがみ込んだまま彼を見上げた。

 

「……続けて下さい」

「うん。去年、俺が音楽をやりながらハンターになるって言った時に、猛反対して。こんなオッサンになってから物事を始めるってなんだ、とか、家族の足しにならないんじゃないか、とか」

「ハンターとは、危険を伴う職業ですから……ご家族の言い分もわかります」

「俺、音楽馬鹿だからさ。当時、下の子が嫁に行ったこともあって、新しい音楽の形を見つける旅、っていうことにもの凄く憧れてて。……結局、仕事だった村の郵便局勤めを一年休んで、身の周りの物をある程度整理して、《スカスピ》の他のメンバーと村を飛び出してしまった。メンバーの皆はちゃんと家族の許可を取って出てきているのに、俺は一年間、適当にその辺を隠してきた」

「……」

「……また否定されるのが、怖いんだ。巡り巡って村までは帰れたのに、どうしても家に帰る勇気が出ない」

 

 彼の鼻と口から吐き出される煙が、ふかり、とやわらかく照らされる。

 

「ババコンガに立ち向かう勇気は、俺、あったのにね」。オクターはいつの間にか餌を食べ終えていたガーグァの頭を撫でる。その手つきは、一人の楽士でもなく、ハンターでもなく、間違いなく子育てを終えた一人の父親のものであった。

 

「まだ若い子にこんなオッサンの話を聞かせてごめんね。さ、宿に戻って休んでくれ。明日は紫毒姫の……」

「……ええと」

 

 オクターの言葉を遮るシヅキ。コトリ、とランタンを地面に置く。しゃがんだまま、膝を抱えた。

 

「僕は、肉親って意味の家族は、兄……メヅキだけです」

 

 オクターの方ではなく、ランタンの火を見つめながら、言葉をゆっくりと選んで切り出す。清流色の瞳に、ランタンの火が揺れる。

 

「……そうか。彼が唯一の家族なんだね?」

「あんなのが、唯一の家族です」

「あんなのって……ふふ。でも信頼してるんだね。続けてくれ」

「はい。……それで、喧嘩は、しょっちゅうするんですよね。どうでもいいことで数日、家……と言ってもドンドルマのあの事務所を空けたりして、お互い相手の前からちょっとだけ姿を消すこともあります」

「……」

「でも結局、最後はどちらかが帰ってきちゃうんです、必ず。口ではすまなかった、って一応謝りはしますが、正直家族が無事なら、僕も、彼も、どうだっていいのです」

 

 オクターの煙草は、いつの間にかほとんど燃え尽きている。目はそれを見ていても、灰を落とすこともせず、オクターはシヅキの紡ぐ言葉に耳を傾ける。

 

「まずは、無事な姿を見せること。それが、遠出した帰ってきた人間の、家族への礼儀なのかなって」

「……はは。それを言われると本当にお恥かしいな」

 

 オクターはやっと眉を下げ、苦笑した。体の動きに合わせて、煙草の灰が落ちる。

 

「あ、でも、オクターさんの場合は急にとは言いません。ほら、ええと、チャリティーコンサートって手があるじゃないですか? あれを開けば、奥さんやお子さん……多分僕と同じかそれ以上の年だと思いますけど。もしかしたらオクターさんの無事を知ってくれるかもしれませんし」

「……いやはや、さすが商人というか、お目が高いというか。俺がチャリティーコンサートを開く本当の目的は、それなんだ。他のメンバーの三人は多分それぞれもっと純粋な思いがあるんだろうけど、俺は違う。俺の演奏を聴いたら、理解してくれる……とまでは言わないけど、俺が去年村を出て行った覚悟みたいなやつをなんとなく見てくれるのかなって」

「あらら、そうだったんですね。これはなんだか答えを先回りしちゃいました」

 

 シヅキはばつが悪そうに照れ笑いすると、ガーグァの餌の器を拾って立ち上がる。やはり、その背はオクターよりずっと小さかった。

 

「そんな背景が依頼主にあるんだったら、僕たちはもっと頑張らなきゃです。紫毒姫を必ず倒して、“竜の歌”の調査を再開して、チャリティーコンサートを成功させなければいけませんね」

「……この村の住人でもないのに、ここまで危険なことに加担させてしまって申し訳ない。明日からは、本当に気を付けてくれ」

「あぁ、いやいや。紫毒姫の狩猟は龍歴院とハンターズギルドからの依頼です。彼らには僕たち商人の首根っこを掴まれているので、失敗すれば密林の人々や生き物達だけでなく、《南天屋》の首も飛んじゃうのですよ」

 

 笑いながら首を手刀でピッ、と一文字に引く仕草をする。

 シヅキはこのように軽い口を叩いたが、実際、ハンターズギルドに所属しているハンターは狩猟に失敗するとハンターランクポイントを引かれてしまう。

 ハンターランクポイントは依頼を達成しないと貯めることができない。ハンターランクとハンターランクポイントは依頼主への信用の目安につながるので、特に商売を兼業で営んでいる《南天屋》にとっては冗談抜きのペナルティだ。

 きっとお眼鏡にかなっているハンターズギルドや龍歴院からの保障も薄れてしまうだろう。

 

「商売っていうのは、いつだって信用と保障の駆け引きです。今回僕たちは龍歴院とハンターズギルドに試されているんじゃないかなって。腹立ちますよね」

「はは。商人というのはたくましいものだな。いや、ハンターだからか?」

「両方なんじゃないですかね。……ええと、密林って夜はそれなりに冷えるんですね! 僕はそろそろ明日に向けて寝ておきます! お先に失礼します、おやすみなさい!」

 

 彼はやや強引に話を終えると、「これ今度返してくれればいいですから」、シヅキはランタンをオクターに押し付けて踵を返し、さっさと宿に戻っていった。

 

「あぁ、おやすみなさい」

 

 夜闇に溶け込む黒髪を見送りながらオクターは二本目の煙草に火をつける。煙草をくわえた口元が、彼の言葉を勝手に復唱していた。

 

「……まずは無事な姿を見せること、ね」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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21杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ひとくち

▶dread 発音/dréd
 名詞 1≫不可算名詞 恐怖;不安 
      (【類語】→fear).
    2≫可算名詞 恐ろしいもの,恐れの的.


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 音なのか、振動なのか。その間のような空気の震え。

 

 その重さは、太古から積み重なる悠久の時のような。豪壮な密林の大地そのもののような。

 威厳と、誇りと、どこかに感じる、慈愛。

 

 ――密林のどこか、遠くから低い律動を刻む声が、ここ拠点からも聴こえていた。

 

 

 

「……これが“竜の歌”なのだろうか」

 

 アイテムをポーチに詰める手が思わず止まっていたメヅキは、ほぅ、と嘆息を漏らした。

 

「こんな声は牙獣種や鳥竜種は出さんし、海竜種や蛇竜種にしては低すぎる。きっと飛竜種か獣竜種だが……なんというか、強さという裏付けがある美しさ、であるな」

「僕たちはハンターだから大方の正体の予想がつくから、あーいい声だなーって思うけど、普通の人が聴いたら変だと思うよねぇ」

 

 シヅキは言いながらも、腰ポーチの掛け金を留めた。役割上身軽でなければいけない彼のポーチは、薄くてかなり小型だ。薬類も十個満タンまで所持せず、比較的余裕を持たせている。

 アキツネも、ジェネラルパルドに砲弾を装填しながら口を開く。

 

「……ン、洞窟の構造で風でも鳴ッているべかとも思ったけっとも、あれの正体はやッぱしモンスターだべな?」

「村の言い伝えも引っかかる。『竜が歌えばその年の密林は豊かになる』……村で護衛している間に聞き込みもしたが、どうも“竜の歌”があったのはそれこそ数十年前以上も前のことでな。あまり有益な情報は得られなかった」

 

 メヅキは、ズワロポスの革製の防水性書類入れを開け、龍歴院とハンターズギルドから送られてきた文献をまとめたものを取り出す。

 確かに記録はそれらしきものがほのめかされている程度で、無に等しかった。

 

 それを横目に、ヴァル子を腕に止まらせるハルチカ。ビロードのような毛並みを撫でて調子を確かめる。

 

「紫毒姫ってのァ、最近になってやっと研究が進んできたモンスターだろう? 昔はよくわかっていなかったなら、関係あるンじゃねェかなって」

「うーむ、紫毒姫が繁殖期で怒って、歌っているとかか?」

「まァ、確かに腹立ったから歌って発散するのァあるかもしれねェ」

「……それが美しく聴こえるとァこれいかに、だべなァ」

「その辺も、紫毒姫狩りの間に調べられるといいんだけど」

 

 四人でアイテムの指さし確認、最終点検。初めての相手はいつだって緊張する。同時に、喉が震えるような昂りも。

 

「さて、ではこれの出番だな」

 

 メヅキが腰ポーチから取り出したのは、遮光のため褐色に加工された小さなビン。千里眼の薬だ。

 日光で成分が壊れてしまうほど繊細で貴重なアイテムではあるが、千里眼の薬を飲めば第六感が冴え、モンスターの位置を探ることが出来る。紫毒姫を野放しにする時間をなるべく縮めたいので、今回は使用することにする。

 

 一つだけの目を閉じ、独特の風味を鼻からすーっと吐き出せば、遠く、遠く。

 ……密林の中央部であろうか。苛ただしげに闊歩する気配が一つある。きっとあれが紫毒姫だろう。

 

「エリア3。これは、とんでもなく図体の大きな女王様だ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 リオレイアに限らず、モンスターは普通外敵を見つけると、威嚇のために身構えたり咆哮を行う。

 だが、この紫毒姫は別。細い木々の隙間から目ざとくこちらを見つけるなり敵視して、突っ込んできた。

 

「一歩が、大きい!」

 

 とっさのスライディングで、頭上を(かす)める翼をやり過ごすシヅキ。一歩一歩は緩慢に見えるが、それは目の錯覚だ。距離があると思った次の瞬間、次の一歩は想像もできないくらい接近していた。

 

 そんな紫毒姫の脚に、しゅぱ、と軽い発砲音。木陰の暗がりにわざとらしいピンクの着色の粉が広がる。同時に、独特の匂いも。

 ペイント弾が撃ち込まれれば、狩猟の火蓋は切って落とされる。いや、先制を預けてしまったために、既に彼女によって落とされていた。

 

(む、既に頭部が破壊されている……?)

 

 メヅキが目をつけた通り、その紫毒姫は頭や顔に大きな傷を負っていた。甲殻が砕けていて、血は止まって久しいようだ。

 既に着いた傷を叩けば、確実なダメージを与えられるに違いない。

 

「前衛ら、頭だ! 頭を狙え!」

「ゴアアッ!」

 

 対して彼女の、通常のリオレイアよりも二回り低い声。

 地の底から這い上がって来るようなその声に、シヅキの胸に本能的な恐怖が滲むが、噛み殺して素早く前転した。一拍遅れて、往復して来た黒紫色がその場所を通過する。

 

 通常の飛竜や鳥竜種は突進を終了するのに腹を地面に擦り付けることでブレーキとするが、雌火竜リオレイアの特徴はそれを必要としないこと。それほど下肢の筋力が強いのだ。

 それゆえに突進後の隙が少なく、次の動作を繰り出すのが素早い。

 

 これは彼女も例外ではないが、通常種よりも明らかに隙が短い。

 己の突進が誰にも当たらなかったことが分かるとすぐに突進をやめ、振り向きざまに牙を剥き出して襲いかかる。その狙いは一番近くの、深い緑に輝く甲冑。

 

「……おれだべな」

 

 アキツネはジェネラルパルドの銃槍を展開するのではなく、冷静に盾だけを構えた。角度を微調整すれば、身体中に走る衝撃。牙が盾とこすれて金属音が腕に伝わる。

 

「っしゃアァ!」

「ナイス、行くよっ!」

 

 盾に牙を引っかけ、気合を入れれば紫毒姫の顎をかち上がる。首元に空間を開いた。

 そこへひゅうと滑り込む白い風、ヒドゥンサーベルによる三度の斬撃。傷に重ねるように、確かに叩き込まれた。

 

 アキツネがモンスターの動きを阻む間にシヅキが急所を斬る。ハルチカは揺動と乗り攻防の絡め手役、メヅキは後方援護と、狙撃によるコンスタントなダメージ蓄積。《南天屋》四人の、堅実な基本の立ち回りだ。

 この戦法で、リオレイアも含む様々な種類のモンスターと、何度も戦ってきた。

 

 しかしそれゆえに、この相手は違う、と。切った瞬間、背筋を得も言えぬ違和感が駆け上がり、アキツネとシヅキは目を見開いた。

 

「ゴオオッ――!!」

 

 紫の大輪の花のように、その身を空に踊らせた。

 

 ――のが見えた、ということはその時頭が勝手に上を向いたということだ。

 次の瞬間は、視界の天地が勢いよく入れ替わる。アキツネとシヅキはその巨大な尾に下から打ち据えられたのだ。

 

 リオレイアの代名詞ともいえる、サマーソルト。通常種なら左右の翼の力をバランスよく伝えるため尻尾の軌道が垂直に一筋になるが、あれは斜めの軌道が組み合わさった複雑なものだ。そんな芸当をすると通常種はおろか、翼を持ち空を飛ぶ動物はたちまち墜落してしまうだろう。

 

 おまけに通常種のサマーソルトは飛びながら狙いを定めて放つが、この紫毒姫は脚が完全に地に着いた状態でサマーソルトをやってのけた。通常種よりも発達した筋力を備えている、ということか。

 

「ぅ……!?」

 

 立ち上がろうとして、アキツネは膝裏の装備の隙間から何かが体に刺さっているのを感じた。傷は深くないが、動かすと焼けつくような鋭い痛みがある。獲物を的確に弱らせるための、毒の棘だ。

 リオレイアは雄火竜リオレウスと比べて雌である以上、どうしても体力に劣る。彼女らは太古からの進化の過程で、毒を身に着けているのだ。

 

 しかし、この痛みはレベルが違う。黒狼鳥イャンガルルガのよりも、影蜘蛛ネルスキュラのよりも、核に麻痺のような重みがある痛み。

 横を見やれば、シヅキのベリオSメイルから露出した腕に黒い棘が刺さって苦しんでいるのが見え、アキツネはヘルムの中で冷や汗を垂らした。

 

「二人ァ解毒を!」

 

 派手な装備で二人を紫毒姫から隠すように、ハルチカが共に躍り出る。しゃらりとスニークロッドの鈴が鳴り、ヴァル子が素早くエキスを回収した。

 紫毒姫の紅い(まなこ)が己を捉えるのを見るなり、紫毒姫を中心に弧を描くように、一気に駆け出した。立て直しの時間稼ぎに気を反らすためだ。

 

 シヅキにはやや及ばないものの、ストライドが大きい彼はヴァル子の白エキスも手伝って十分な速度を出す。紫毒姫の体の向きが、ハルチカを追って完全に変わった。

 

「グルルルル……!」

 

 木々をすり抜け、矢継ぎ早に襲うLv.2通常弾に瞬きしたのが隙となって、紫毒姫は次の瞬間ハルチカを視界から見失う。

 どこだ。左右、股下、後ろ。足踏みしたところで、頭上から鋭い急襲を受けた。

 バルバレ地方に伝わる狩りの戦術、通称『乗り攻防』のはず、であった。

 

「乗ッ――()ぅ!?」

 

 間一髪スニークロッドの噴出機構を強引に作動させて、直接の着地を防ぐ。が、ハルチカの体じゅうに突き刺さるような痛みが攻め立てた。

 

 モンスターに乗るときは、種類にもよるが可動範囲が広い頭や翼、尾ではなく、背中に乗るのが常識だ。

 しかし、ハルチカが乗ったその背は、紫毒にぬらついた棘にびっしりと覆われていたのである。通常のリオレイアとは比較にならないほど発達したそれは、ハルチカの体を容赦なく傷つけた。

 軽く頑丈なミツネS一式装備が棘の貫通は防護してくれたが、染み出た毒にじわりと傷が腫れていくのがわかる。

 

「くッそ、しくじった……!」

 

 受け身を取れず無様に着地し、装備の隙間から棘の刺さった左腰を丸めて、這いずるように距離をとる。

 影と圧が背後から迫るのを感じたが、それらがハルチカを打つよりも速くアキツネの堅牢なジェネラルパルドが割り込み、受け流した。

 

「ハル、腰!」

「すまねェ、流れ持ってかれちまッた……!」

 

 心拍数が上がれば毒も体を巡り、一気にアキツネとハルチカの呼吸が荒くなる。メヅキが散布してくれる生命の粉塵も、気休めにしかならない。

 

 狩猟を有利に進めるコツは掃くほどあるが、そのうちの一つに狩猟の流れがある。気持ちや雰囲気の問題ではあるものの、こちらの連携や連撃に相手が翻弄され、上手く嵌められるような状態だ。

 

 無論それは相手にも言えることで、相手の思うがままに狩場を支配されることもある。狩猟とは、いかに環境と心理を操るか、こちらの流れとあちらの流れのせめぎ合いとも言えるだろう。

 

 そして、狩猟の流れが今、完全に紫毒姫のものとなっている。

 

「――目ぇ塞げ!!」

 

 とうとう司令塔であるメヅキが、業を煮やして緊急用の閃光玉を投擲した。

 

 まともに食らった紫毒姫の悲鳴、たたらを踏む振動。

 一回目の閃光玉は、最も効果を発揮する。普通なら格好の攻めるチャンスを無駄にしているのだ。

 四人は慣れた大量の光を見ずとも感じながら、転がるように隣のエリア2へ撤退したのであった。

 

 

 

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22杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ふたくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「アキツネは怪我したのが膝裏であるから、リンパ節に毒が入っていないか心配だが……痛くなくなったのであればひとまず大丈夫だ。帰ったら医者にちゃんと看て貰おう」

「……すまねェ」

「シヅキのは……うむ。問題なさそうだな」

「薬売りの手当ってのはどうしてこうも痛いのかな……アイタタ」

「口開く余裕があったら薬草でも噛んでおけ」

 

 立て続けに三人分、空のビンが増える。回復薬グレートと解毒薬だ。

 《南天屋》四人のうち、出鼻から三人がまともに攻撃を食らってしまった。その三人は剣士なのが不幸中の幸いで、装備が軽いガンナーであるメヅキであれば一撃で拠点送りになってしまうだろう。

 

「いやー儂、細身で良かったヨ。横に広かったらもっと棘を食らってたサ」

「太った操虫棍使いが居るか阿呆。お前も軽口叩けるなら大丈夫だな」

「まぁ、なンとか」

 

 ハルチカはミツネSフォールドをずらして見せると、腰骨の出っ張りの上あたりに、赤く腫れた刺傷がちらりと覗く。

 通常のリオレイアをはじめとした一般のモンスターの出血毒は、内出血により黒っぽい紫色になるのに対して、紫毒姫の毒は腫脹と炎症で鮮やかな赤になる。劇毒だ。

 深い肉まで届けば、傷跡が残ってしまう可能性も。

 

 長年操虫棍を扱っていたはずのハルチカがまともに着地できなかったように、劇毒は貰えば強烈な痛みと動きの障害で、動きに大きく影響が出る。

 

「でも、どこかに隙が絶対あるはず。飛竜だからちゃんと股下は空いてるし、内股の太い血管を傷つけられれば……うーん、でもあの細かい軸合わせのサマーソルトがなぁ」

「……それだべ。ヤツ、股下に潜り込ンでも事前動作なしでサマーソルトをぶッ放してくる。正確さも段違いだべ」

 

 思わず傷をさするシヅキとアキツネ。最前線の二人は、足元全体を薙ぎ払うあのサマーソルトが相当(こた)えたようだ。

 否が応でも避けたい攻撃だが、さて、どう対処しようか。

 

「俺も後ろから見ている限り、俺達四人相手にターゲットが定められないような様子はなかった。集中力が散らない、非常に賢い個体だ」

「股下を攻めるのァ全然良いと思うが、奴サンの体の棘もどうにかしたいサ。まともに乗れねェし、そもそも劇毒でうかつに近づけねェ」

 

 四人パーティの悪いところは、それぞれに攻めたいポイントや言い分も異なること。どこから攻めればいいやら、四人は唸りながら考えあぐねてしまった。

 高い湿度に滴る汗を拭き拭き、偶然空を仰いだシヅキは、先ほど戦闘したエリア3から彼女が飛び立つのを見る。

 

「ん、あれ、話題の紫毒姫じゃない?」

「あら、ホントさね。どこ行くンだい」

 

 彼女は強靭な足に、桃色の何かを掴んでいた。逃げ遅れたコンガであろうか。

 木陰からの四人の視線に気もくれず、密林の中央の洞窟へ優雅に飛んで行く。

 

「捕食なら狩ったその場で行うのが普通だと思うが……安全な場所で食事をしたい性格なのか?」

 

 それとも……餌を与えたい相手がいるのでは。口に出さずとも四人の考えが一致した。

 

 洞窟の内部はモンスターの巣が多数あり、古龍観測隊の気球ではうまく観測することができない。

 ゆえにモンスターの不意の乱入も考えられるが、逆にそのモンスターの生活を詳しく知ることもできるかもしれない。

 

 狩るにはまず相手を知るところから、だろう。

 四人は立ち上がり、武器を背負い直した。

 

「こっそり拝謁させて頂きますか。――女王の、玉座を」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 中央に大きな天窓のような穴を持つ洞窟の、エリア7。

 野草やキノコ類が豊富に採集できる表とはがらりと変わり、こちらでは貴重な鉱石を見ることができる。

 

 そして、雨風をしのげる唯一の場所であるここは、繁殖期のリオレイア達の館でもあった。

 

「あちらサンに目ェ合わせンじゃねェよ。変に波立てると、乱入されかねん」

 

 高い天井の、エリアを囲う大きな岩壁の隙間のあちこちから赤く光る眼がじっと四人を見つめている。巣を抱くリオレイア達だ。 

 空間に入った瞬間に、一気に空気が冷えているのが防具越しに分かる。決して気温が涼しいだけではない。

 

 動物にとって目を合わせることは威嚇の意味。

 リオレイアはリオス種でも比較的温厚な性格とは言え、侵入者からそんなことをされれば黙っていられないだろう。

 ハルチカは、きょろきょろと視線をやるメヅキの後頭部を小突いた。……単純に、隻眼の彼は視界が狭いだけなのだが。

 

「……あそこ、いた」

 

 抜き足差し足、程なく歩いたところで禍々しい尻尾の棘がちらりと遠くに見えた。こちらに背を向けているようだ。

 ペイントの香りからしても、他のリオレイアではなく紫毒姫で間違いない。

 

「奇襲、かけるかい?」

「閃光玉かけむり玉でも使って……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 しかし、シヅキは剣呑な言葉を吐くハルチカとアキツネを慌てて抑え、四人は岩陰に身を潜めた。口元に人差し指を当てながら、目線だけで紫毒姫の方に向く。

 

「彼女、鳴いてる」

 

 

 ――それは、音と振動、その間のような僅かな空気の震え。

 

 

「“竜の歌”だ……」

 

 一定の節で、拍が、調子が、抑揚が、繰り返される、繰り返される。

 彼女は、律動を刻んでいた。

 

「なんだ? ただの鳴き声、ではないような……」

 

 もしも、彼らリオス種に“コミュニケーション”があるとするなら。日常生活で見かける、鳥が仲間に語りかけるような鳴き声になるだろう。

 しかし、これは同じフレーズ、同じサイクル。

 語りかけるのに、同じ言葉を延々と話すだろうか。

 

 岩陰で縮こまっていた四人はもそもそと動き、こっそり身を乗り出した。そこまで近い距離でないためか、全く気付かれていない。

 

「“竜の歌”は、紫毒姫が……? 一体何のためサ?」

「うーん……子どもでもいるのかな?」

 

 紫毒姫は鳴くのを一度やめ、足に掴んだコンガの死体に口をつける。噛んで、顎を何度かしゃくるように上下させ、積まれた枝葉の中へ吐き出した。

 

「む……? リオレイアは顎の突起の管から餌を与えるのではなかったっけか……」

 

 気付き、訝しい表情になるメヅキ。思わずガルルガSマスクの上から、顎に手をやる。

 

 そもそも。雌火竜リオレイアの顎の棘は、内部が空洞になっている。

 咀嚼した獲物の肉を先端から吐き出すことで、幼竜にとっての授乳器の役割を持っているのだ。

 

 メヅキの発言に、三人の視線が彼女の口元へ行く。

 

 それは、狩猟対象であるモンスターであればよくあること。

 

 彼女は、体にいくつかの傷を持っていた。

 生活を送る上で、何度か争いや狩りを繰り返すことで自然に体につく、ただの傷。

 しかし、体の器官とは、必ず何かの役割があってその形に進化したものである。

 理解した瞬間、四人の喉がぎゅっと詰まった。

 

 傷は、脚の甲殻、翼の先端、尻尾の棘、顔。

 そして、彼女は()()()()を失っていた。

 

「クォ、クォ、クォ……」

 

 黒く変色し始めた血肉が、口元にこびりつく。それに対して喉奥で鳴る、慈愛そのものの様な鳴き声。

 またコンガの死体にかぶりつき、二、三度咀嚼。吐き出して、またかぶりつく。吐き出す。かぶりつく。

 

 人間の女で言えば、乳房を怪我したために授乳が出来ないようなものか。男である四人はあくまで想像しかできないが、それでも胸のあたりが痛くなる。

 

「あのように大きく切り分けただけの肉を、紫毒姫の子は食うことが出来るのだろうか?」

「……」

 

 答えは否。あの餌は多分、餌にならない。

 メヅキは、肩から下げている弾薬ケースから弾のセットを静かに取り出す。

 LV1貫通弾。彼のヒドゥンゲイズにおいて、速射によって最も高火力を発揮する弾だ。それは、音を立てずにヒドゥンゲイズの弾倉へ収められるも。

 今が好機だ、とは頭では判っているのに。

 

「彼女のそれは……子育てに(あた)うるか?」

「……っ、くそ」

 

 どうしても、引き金に指をかけられなかった。ヒドゥンゲイズの銃口は力なく下へ傾き、ざり、と地を擦る。

 その悔しそうなメヅキの様子に、シヅキはヒドゥンサーベルの鯉口を切りかけたまま凍りついた。

 

 ババコンガ達が人里に降りてきた原因は紫毒姫が暴れたからなのに、紫毒姫本人にはこんな事情があったなんて。

 結果として人間に被害が出ている以上、彼女は人間の敵だ。そしてハンターは人間である以上、人間の味方をしなければいけない。

 ……例え、彼女がどんな傷を、感情を、子を抱えているとしても。

 

「!」

 

 やがて、紫毒姫は頭をもたげ、こちらを見据えた。見つかったのだ。

 特殊な衣を装備の上から被ったりでもしなければ、同じエリアのモンスターはいつか必ずこちらを感知する。

 狩りにおいては基本であり、この邂逅をもってして攻防が始まるのだが――四人のうち最も早く動く役割のメヅキとシヅキは、このとき判断が一瞬遅れた。

 

 

 

 

 

「――ギアアァァァアアアア……!!」

 

 ――我が座を穢すものは誰か!

 そんな、彼女の叫び。圧に、動きが封じられる。続けて彼女の突進。身を隠していた岩ごと()き、四人は散り散りになってしまう。

 

「……! 位置着けェ!!」

 

 瞬時に指令を出せなかったメヅキ。司令塔の役は追って言葉を出さずともハルチカへ移行し、彼はよく通る声で怒号を飛ばす。

 体勢が整うまでまずはヘイトを引き付ける。ハルチカはヴァル子を飛翔させ、素早くエキスを回収。白と、赤とを早くも乾き始める口に流し込んで走力を高めつつ、一気に紫毒姫へ肉薄した。

 

「跳躍は……っとと、しちゃいけねェんだった」

 

 得意としている頭上からの急襲は、彼女の全身を覆う棘に阻まれてできない。ならば、地上戦を。

 突進から立ち直る紫毒姫の脚をスニークロッドで削りながら、目線を右側、戦車(タンク)役のアキツネへ。伝えずとも、彼は目線だけで呼応した。

 

「ッらぁ!」

 

 紫毒姫の顔面、傷に砲撃。一度では止まらずに、二度三度と続けて撃つ。目の前で爆ぜる炎にさしもの巨体もビクリと(かし)げば、一瞬遅れてひぅ、と駆け込む白の鎧。抜刀の勢いそのままに、ヒドゥンサーベルで紫毒姫の脇腹に浅く筋をつけていく。

 しかし、その太刀筋は彼女の脚を止めるに至らず、()なす構えごとはね飛ばされてしまう。

 

(……さては、この兄弟)

 

 彼の太刀筋に嫌な予感。瞬時にぐるりと視野を広げたハルチカは、前衛である己を追い越す弾がLV1貫通弾ではなくLV2通常弾であることに気づく。“攻め”の姿勢ではない。

 紫毒姫を視野から外さないように振り向けば、汗まみれになって射撃を続けるメヅキ。明らかに余裕がある様子ではない。

 

 彼らの、頭装備の陰。青と、緑の瞳はきっと。

 

(迷っている、ンさね)

 

 ハルチカは、シヅキとメヅキがハンターを目指した理由を、続けている理由を知っている。なぜなら、出会ってしばらく経った頃に、教えてくれたから。

 まるでこっそり握りしめている掌の中の宝物のような、その理由。大きくて、儚くて、まさに吹けば飛ぶような夢だった。

 語りの終わりに、ありがちだけど、と照れ隠しの言葉を口にする彼らへ、それでも足掻き、喘ぎ、荊棘(けいきょく)の道を歩むのかと聞くと。

 どこまでも澄んだ意志で『ウン』と肯定されたのを、今でも鮮明に覚えている。

 

 アキツネもあの時あの場に居合わせていたから、兄弟のことは十分理解している。

 もう一度見やれば、シヅキの綻びを庇うような彼の動き。カバー力の高さに改めて脱帽しつつ、ハルチカは今の状況を打破すべく足を進めた。

 

(なンだい、こういう時こそ儂がしッかりせにゃ!)

 

 陣のゆがみをなるべく緩衝するように、紫毒姫の気を分散させて大きな破損が出ないように。印弾とヴァル子を操りながら、視野を広く保つため中距離に位置どる。

 しかし、ハルチカのやりくりも虚しく。紫毒姫は足元に張り付くアキツネを越し、シヅキに尾を振るって毒の棘をばら撒く。

 

「――ッ!!」

 

 声にならない悲鳴。シヅキはヒドゥンサーベルを構えて往なすも数の暴力に体をがりがりと(こす)り、また、地面に刺さるそれらによって足場を縫い留められた。

 次に尾を翻したかと思えば、狙いは中距離のハルチカを無視して遠距離に位置どるメヅキへ。彼は寸前に前転の回避をするも、巨体ゆえの凄まじいリーチで縦の軌道に尾が叩きつけられる。()の、軌道。

 

「ぐあぁッ!?」

 

 受け身も取れず、ぐしゃりと地に半身が埋もれた。嫌な食らい方。

 潰れてもヒドゥンゲイズを離さず握ったままなのはさすがハンターといったところか。

 

「シヅキ、メヅキ!」

「コイツ、攻撃する相手を選ンでやがる!」

 

 紫毒姫はハルチカとアキツネに目もくれず、シヅキとメヅキを集中して攻撃を始めた。それは、ハルチカとアキツネが取るに足らない存在だからではなく――実際、ハルチカのスニークロッドもアキツネのジェネラルパルドも紫毒姫を傷つけてはいる――彼らが一瞬だけ迷いを見せたからではないだろうか。

 

 つまり、彼女にこちら各々の心の内さえ読まれてしまっていた。

 

「あ――」

 

 ハルチカは仰ぎ、指さす。黒紫の翼を大きく広げる彼女の威風を。

 彼女は口、喉、器官――爆炎袋の内圧を一気に高め。

 

 どう、と。

 次の瞬間、嵐のような爆裂。炎をはらむ暴風がエリア一面を嘗め尽くした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 



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23杯目 ドレッドクイーンに拝謁を みくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 空気が燃え立つ。

 

 シヅキ、ハルチカ、アキツネの装備は高熱に弱い。その風に触れるだけで籠手や肩当てに火がつき、肌が焼けた。高熱に強いガルルガS装備を着るメヅキも、岩壁に体を強く叩きつけられてしまう。

 陣形は、正に壊滅状態。咄嗟に撤退を指示しようにもハルチカの喉は乾いて声が出ず、ひゅうと息が吐き出されるのみ。

 

 やられたか。腹の底で冷たい石のように覚悟が固まる――が、しかし。

 

 ――グルルルル。

 

 急に紫毒姫の視線が振れた。明らかな警戒の声をあげて四人の前から踵を返し、向かうは洞窟の頂上、光が差し込む大穴。

 ハルチカは叫びそうになったのを、伏せながら喉へ流し込む回復薬グレートで抑える。

 

(紫毒姫が、もう一体……!!)

 

 大穴の(へり)、逆光の中でも赤く光る目。体に傷は少なく、今相手している紫毒姫より一回り小さいか。

 恐らく、若い個体。

 それでも通常種のリオレイアより大きな体躯は、気品と威厳に溢れている。

 

 依頼文には、狩猟環境は“安定”となっていた。ギルドの情報はかなり正確なので、あの紫毒姫は全くの新しい個体だ。

 彼女は、人間に危害を積極的に加えるような個体でもない。だから、新たな狩猟対象とならないよう――刺激をしないよう、今は伏せて二頭の動きを伺うのが吉だ。

 

「ゴワ、グアアアァァァ――ッッッ!!」

 

(ま、この状況ではどちらにせよ身動きできねェが!)

 

 咆哮が洞窟内に重く響き渡る。岩壁はビリビリと震え、巣を抱くリオレイア達がにわかにざわめく。

 紫毒姫――四人が相手していた()紫毒姫は、怒りに任せて絶えず炎を口の周りに纏いだす。さながら口紅のごとく。対して新たに姿を見せた紫毒姫――()紫毒姫も、貴族の女が衣装の裾を摘まむように大きく翼を広げる。これは威嚇を示す皮肉か。

 

(あァもう場が荒れちまう、外野のリオレイアもどうか怒ンないどくれ!)

 

 ハルチカが身を低くして岩陰に転がり込んだ瞬間に、翼が風を切る落下音、衝突音。

 ばりばりばりと若紫毒姫の脚の爪が地を、老紫毒姫の体を引き裂き、代わりに老紫毒姫の毒の棘をいくつもその体に受ける。人間があの数、深さで刺されば貫通、即死だろう。

 改めて、この密林の生み出した女王の強大さを目の当たりにする。

 

 ハルチカは岩陰でうずくまり、この乱闘が収まるまでただ息を潜めることしかできなかった。

 

 

 

 

 所変わって隣の隣、そのまた隣の岩陰。

 

 

 右腕を抑え、厳しい表情で様子を伺うメヅキの元にシヅキが転がり込んできた。老紫毒姫の強力なブレスで、最前衛の彼はここまで吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

「む。お前、その傷は……」

「大丈夫かって? 君こそ大丈夫じゃないでしょ。さっき尻尾で打たれたときに腕やっちゃったな、こりゃ」

 

 二頭から目を離さずに、メヅキに回復薬グレートを手渡すシヅキ。気が利くことに、腕に負担がかからないよう蓋を開けている。

 だがそんな彼も無傷ではなく、装備の端が焦げて肌の露出したところは赤くなっていた。軽度の火傷だ。体の所々に毒の棘も貰って、充血し腫れた傷がついている。

 自分も回復薬グレートを飲みながら、ぽつりと。

 

「あのお母さん紫毒姫、なんだか巣を護ってるみたいだね」

 

 メヅキはその言葉にハッとした。思わず顎に手をやる。

 

「巣……そうか、巣を護っているからほとんど動いていないのか」

「?」

「ほら、あの母……というか大きな紫毒姫。小さい方から攻撃を食らっても全然突進やサマーソルトをしないし、尻尾を横に振り回しもしない。体が大きい故巣にぶつかってしまうのか……なるほど、合点がいった」

 

 それで、縦の尾の振り下ろしを俺は食らった訳か。

 固定すれば大事には至らない、とメヅキは応急用の三角巾で右腕を――結局左手だけでは上手くできず、シヅキに縛ってもらいながら思案を巡らす。確かに老紫毒姫は、巣を背にしてその場を離れようとしない。

 動きの小さい噛みつきやタックルで応戦するも、若紫毒姫を追い出す決定打には至らず。

 

「お母さんが大変な時に、お父さんはいないのかな」

「……」

「だいじょぶ。可哀そうがってる場合じゃ、ない」

「あぁ、俺もわかっているとも、この成り行きは自然に任せることであって、弱いと食われてしまう世界ということは。

 ……でも、でもだ。あぁくそ……こんなの、すごく、悲しくなる」

 

 ぐし、と二人は手の甲で鼻を擦った。ただ、ただそれだけだ。

 やがてメヅキは両頰をバシバシと叩いて気合いを入れる。

 

「どちらにせよ、今はあの若くて小さい方の紫毒姫にここから出て行ってもらわねばならんぞ」

 

 まずはぐるりと状況把握。ハルチカが潜んでいるのは多分隣の隣の、隣。派手な装備の端がちらりと見えている。アキツネはエリア奥の岩陰だ。ジェネラルパルドのてっぺんが覗いている。

 二人とも、ある程度は無事なようだ。

 

「――グオ゛オオォォッッ!!!」

 

 ひと際大きい老紫毒姫の悲鳴。若紫毒姫の尾の一撃に、左の翼爪が砕けた。

 低い姿勢を見せ続ける老紫毒姫を、一方的に抑え込む若紫毒姫。彼女は、ずっと防戦一方だ。

 

 メヅキはポーチに手をやる。

 閃光玉。若紫毒姫のみに当てるのは困難。ハルチカとアキツネに注意を飛ばすと二頭に居場所がバレる。

 こやし玉。他の巣を抱くリオレイアを懸念し、使用しない。

 罠類。切り札のため今後に残しておきたい。

 射撃。剣士三人に予備の弾を持たせているとはいえ弾の消費は抑えておきたい。また、適正距離からも離れているので威力はたかが知れてしまう。

 

「ならば、闖入者は彼女自身に追い払って貰う」

「了解です」

 

 シヅキが頷き、メヅキは手の内のそれを岩陰から投擲。

 ぶわ、と一気に立ち込める白に、若紫毒姫は一瞬たじろぐ。老紫毒姫はそれを見逃さず、白煙の中から低く飛び上がった。闖入者の太い首根っこを鷲掴みにすると全体重をかけて地に叩きつける。

 

 岩陰から飛び出したシヅキは、乱闘の中へ同じものをさらに二個、三個と投擲。狙って投げた分、より二頭の目を惑わす。彼女たちを中心に、足元を見るのがやっとなほど濃い煙がたちまちエリア一面を飲み込んだ。

 

「ゴ、グオォォ」

「グッ、グッ、グッ……!」

 

 霞んで見えるのは、天井の大穴から注ぐ光だけ。若紫毒姫はそこ目掛けて翼を広げると、老紫毒姫は逃がすものかと短く声を上げる。追いかけ、

相手を排除せんと空中でも足を、尾を振り回し、何度も岩壁に激突する。

 

 激しくもつれあいながら、やがて、彼女達は洞窟から飛び去ったのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 煎じて細かく挽いたツタの葉を仕込んだこのアイテム、けむり玉という。

 ツタの葉自体ではなく、乾燥させたツタの葉の白い汁、その灰が煙となる。とても小さい粒子のために、広がりが早く、また風に流れ去るのも早いのだ。

 この洞窟は案外、風通しが良い。

 

 このエリアもすぐに煙が晴れて、静けさを取り戻した。外野のリオレイア達も文字通り煙に巻かれて、都合よく興味を無くしたようだ。四人が洞窟に踏み入れた時に彼女たちの気が立っていたのは、四人達に警戒していたのではなく老紫毒姫が巣にいたからなのかもしれない。四人は、恐れるに足らずという訳か。

 

「これァ参ッちまうべなァ……イタタ」

「ッかァー……助かったサ、ありがとサン」

 

 二頭の激闘を目の当たりにし、ふらふらと岩陰から出てくるアキツネとハルチカ。各々頭装備を外し、洞窟の冷たい空気を熱くなった肺に取り込んだ。足元おぼつかない互いを小突いて支え合い、乾いて塩を吹いた汗を拭う。

 

 頭装備を小脇に抱えて見やれば、老紫毒姫が去った後の巣の前にメヅキがいた。同じく頭装備を外し、膝をついて手を合わせ、祈るように首を垂れていて。

 アキツネとハルチカが近づいてもそのままの姿勢で、どうしたサ? と声をかけられてやっと頭を上げた。

 

「あぁ、二人とも傷の方は大丈夫か。ブレスにやられただろう、すぐに看て――」

「……メヅキ、おめェ」

「いやね……何だい、それ」

 

 アキツネの鉄面皮、肩眉だけがぴくりと動く。その横、ハルチカは両の目尻を吊り上げながら、しなやかな長い指でメヅキの合掌を指し――巣の中へ向けられた。

 

 それは、干からびた黒い布のようになっていた。

 翼になるはずの腕と、まだ爪が揃っていない足。黒ずんだ皮膚。浮きだったあばら。閉じられた目玉は乾ききって落ち窪み、首は変な方向に曲がっている。

 それが、くしゃっと縮こまって、細い枯れ木の中にいた。——いや、あった。リオス種の幼体の、死体だ。

 

 そこへヒドゥンサーベルを納めながら、たた、と駆け寄ってきたシヅキ。洞窟の様子を見るために、周囲を一走りしてきてくれていたのだ。

 

「お待たせです、ひとまず小型モンスターとかは……って」

 

 シヅキは膝をついたままのメヅキに、そのまま先程のハルチカと同じように巣へ目線をやり――ぎゅっと固く目を瞑った。ゆるく息を吐きながら無言で膝をつき、首を垂れて、手を合わせる。

 

「……そう、そういうことだったんだね」

「彼女が歌を聴かせ、餌を与え、面倒を見ていたのは……。自然のしわざとは、なんと……残酷であることか」

「うん、うん……そっか」

 

 シヅキはゆっくり目を開くと、触ってもいい? と断ってから、巣に手を伸ばす。被さっていた落ち葉を払って、それを手に取った。下に敷いてある枯れ木ごとそっと包み込むように、丁寧にすくいあげる。

 紙のように、軽い。

 

「すげェ、屋台で売っている干物みてェさ」

「だべなァ。ハァ……小ッせェなァ。卵の大きさからしても小ッせェ」

「乾燥しきっているから、死んでだいぶ日が経っている。この環境だと虫なぞに食われてしまいそうなものだが……彼女がきちんと護っているのだろうな」

 

 加えてこの巣が構えられた場所、洞窟の中でも天井の穴で風通しが良い。蒸し暑い表と異なって涼しく快適な環境が、死体をきれいな姿のまま保っていた。

 

「保存状態の良い死体は、格好の研究材料となる。紫毒姫から生まれたこの赤ん坊は、通常種のリオレウスやリオレイアとなるのか、二つ名を冠する固体となるのか……龍歴院から届いた資料には無かったから、まだ分かっていないのだろう」

「なら、これを頂戴すっぺや。龍歴院サ売れば高くつくべ」

「こいつを資料として先にベースキャンプまで持って帰って、狩り自体は龍歴院が後から派遣している他の団体(パーティ)に任せちまうのも悪くねェ。どうサ?」

「む……」

 

 黙りこくってしまったメヅキ。もう一体の紫毒姫が発見された今、ハルチカの提案がある程度合理的なのは考えれば分かることだった。

 しかし、代わってシヅキがおずおずと重い口を開く。ハルチカとアキツネの目線が、彼へ。

 

「この子、まだ、彼女のものだから……彼女を狩ってから、また、ここに来よう?」

 

 手の内のそれを巣へ返しながら、雪解け水を湛えたフラヒヤの湖のように凛とした表情のシヅキ。口調は伺うものでも、顔つきが提案の否定を許していない。

 

「……そう、よくぞ言ってくれた。俺のエゴでしかないのだが、彼女の真実を知る俺達で、彼女の狩猟をしたい。狩る相手の所以は少しでも知っておきたいし……知ったからには、彼女らの行く末を見たい」

「うん。それで、それは僕のエゴでもある」

 

 がしり、とそんなメヅキとシヅキの後頭部をアキツネは掴んで、無表情のまま思いっきりわしわし揺すった。その二つの頭を、ゴチン、ゴチンと叩いて茶化す。

 消え入りそうな声で真剣な顔つきのメヅキと、満足げで気合いに満ちたシヅキの並びは、なんだか妙ちきりんで。

 

「ハル、おれも他の団体に任すのァ癪だべ。……絶対ェ狩る。狩ッてからこいつを手に入れる」

「はぁ……アキまでかい」

 

 額にびたーんと手を当て、かぶりを振るハルチカ。溜息をつきつき、その場にべたりと胡座(あぐら)をかいた。続いて、シヅキとアキツネも。

 

「僕とアキツネは従うまでの前衛だよ」

「儂も提案しといてなンだが、お前サン達がそう言うなら儂も引き下がれねェなァ。狩猟の《南天屋》は……儂はあくまで舵取り(マネジメント)で、司令塔(イニシアチブ)こそお前サンだ。商人に二言は無ェ」

 

 にぱ、と笑うハルチカ。ずっと唇を噛んでいたメヅキの眉間の皺が、みるみる消えていった。三人に向かい合う形で、彼もすとんと座り込む。

 ハルチカは小脇に抱えていたミツネSキャップを装着すると、泡狐竜タマミツネを模した仮面の口がぱくりと開く。

 

「んじゃア、一丁お仕事と行きますかい? エリアは隣の3、ペイントの匂いが消えかかッてらァ」

「うむ。龍歴院が他のすかたん団体をノロノロ派遣してる間に、サクッと終わらせよう」

「元気出したと思ッたら楽しそうだねぇ、ハルチカもメヅキも」

「わかりやすいべなァ、そりゃア動きも奴に読まれっぺや」

「だぁッて儂には司令塔の役は似合わねェんだもん。儂は狩りのときにゃ頭使いたくねェ、メヅキの指示の方がいい」

 

 冗談めかして駄々をこねるハルチカに、自然と場の空気が穏やかになる。彼は、これも計算して言動を選んでいたり、いなかったり。

 

「大丈夫だ。俺が……俺達がさっき迷ったのは、彼女を狩猟すると育てている子はどうなってしまうのだろうと懸念したから。しかし、子は既に死体であった。これほど空恐ろしい真実があるか」

「みんな、さっきは迷いをみせちゃってごめんね。次は、絶対に上手く動いて見せるよ」

 

 ふたつ数えるほど両目をぎゅっと瞑ったメヅキとシヅキは、次には狩人の目に。これまでいくつもの命を刈り取ってきて、これからもそれを厭わない、賭け値無しの狩人の目であった。

 

 

 

 数刻後。

 再戦の準備を終えて洞窟を去る前に、四人はもう一度、巣の彼もしくは彼女に深く腰を折る。合掌。

 《南天屋》は、命を頂戴するときにこれを行わないと、その夜の飯が抜きになる。

 

「お前の死は、無駄にはしない。お前はここで土に還れもせずに時を過ごすのではなく、人の役に立ってもらう。だから、その前に。

 ――俺達は、お前の母を討ち取ってみせよう」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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24杯目 ドレッドクイーンに拝謁を よんくち





 △▼△▼△▼△

 

 

 

 ざく、ざく、とグリーヴ達が砂を噛む。音は、()()分。

 岩壁にへばりついていた竈馬(かまどうま)なんかが、ザザザとどこか消えていく。

 

 洞窟から北へ出ると、エリア3。湖に面した砂浜とがあり、比較的開けたエリアだ。

 降り注ぐ午後の陽を浴びるその光景に、二人の歩みが止まった。

 

「……」

「──……」

 

 あらゆる植物が、全て枯れていたから。

 

 葉は色あせて──葉緑体ごと細胞が死んで、茎や枝はぐずぐずに組織を壊され、抉られたような傷から樹液を血のように垂れ流す樹木もある。

 

 当然ながら、鳥や虫の姿があるはずもなく。

 この毒が染み込んだ草木が土に還れば、その後大地はどうなるだろうか。想像は(かた)くない。

 

「紫毒姫の毒は、動物だけでなく植物にも作用するのか」

 

 隻眼には、急な明るさが堪える。目を糸のように細めてメヅキが呟いた。

 隣に立つのはシヅキ。口を開くと、ややかすれた声。

 

「紫毒姫は、どうしてここまで強い毒を持つようになったんだろう」

「わからない」

「密林は、どうしてこんなモンスターが住んでいても消えないのだろう」

「……わからない」

「あの紫毒姫は、どうして戦おうとするんだろう」

「……」

 

 どんなに把握したつもりでも、ヒトにはまだわからないことが、たくさんある。わからないままでいいことも、わからない方が楽なことも、たくさんある。

 それでも探り、知り、考え、命の終わりに寄り添うことこそ、二人が“狩り”を続けている目的の一つである。

 

 

 毒に一面焼けたエリア、その中央。

 若紫毒姫が立ち上がる。自らも傷つきながら老紫毒姫を踏みつけ、更に戦意を削ごうと翼を広げて見せている。

 

 じゅく、じゅく。

 グリーヴの底が、死んだ草木を噛む。

 

「あの紫毒姫──やたらデカい紫毒姫は、もう子育てができん。きっと今が、あの巣の世代交代を迎える時なのだろう」

「そうだね。ある程度歳をとっているのとか、コンガの肉を与えていたのを見ると……もしかしたら、あの巣で何匹も子供を育ててきたのかな」

「あぁ。だが自然界では、どんな理由であれ子供を残せなくなれば死を待つのみだ。彼女はあのまま若い個体に殺されるか、死体に肉を与え続けてくたばるか──ここで、俺達に狩られるか」

「三つ目が一番合理的だろうね。僕らなら、彼女の体を土じゃなくてお金にできる」

 

 じゅく、じゅく。

 グリーヴ達は、淡々と歩みを進める。

 

「グラルルル……」

 

 踏みつけられる老紫毒姫の喉元に噛みつこうとした若紫毒姫は、しかし、鋭い気配と共に歩み寄る二人に気が付いた。肩越しに横目で一瞥し、すぐにひらりと身を翻す。

 こちらも賢い個体だ。不毛な争いを避け、戦いの場を譲ることができる。

 聡明な彼女は、あっさりとどこかへ飛び去って行った。きっとまた彼女は、あの玉座──巣へ挑むだろう。

 ここ密林の、新たな若き女王となるために。

 

「ガアァ、ガァァッ!」

 

 無様に起き上がりながら、その背へ虚しくも吠える老紫毒姫。追おうとするが、彼女の前にざくり、と。グリーヴ達が立ちはだかった。

 彼女は、赤く燃える眼で睨む。

 

 

 先程、心の隙を見せた二匹。

 今はもう隙が無い。向ける目は、先程の若き闖入者(ちんにゅうしゃ)と同じ。 

 自らと、自らの子と、自らの安寧の場を(けが)さんとする目。

 

 さぁ愚かな獣らよ、牙を私に向けてみせよ。再び、へし折ってくれよう──!!

 

 

「ッオオ!?」

 

 しかし、バインドボイスはぶつりと中断させられる。目に当たった弾と、強い臭気に驚きたたらを踏んだ。

 ペイント弾だ。瞼が反射で閉じきる直前に命中させる、凄まじい速さと正確さの射撃。

 

「負ける算段の狩りには出まい。勝つ狩りにしよう」

 

 カシャン、とヒドゥンゲイズに別の弾が装填された。次いで、雨のように弾が降り注ぐ。

 バインドボイス下でも行動することができた彼の、身につけるスキル。通称、『耳栓』。ガルルガS一式装備に付随する性能で、バインドボイスによって体が硬直するのを防ぐ。

 続けて、硬直が解けたシヅキが動き出す。この硬直はどんなに熟練したハンターでも振り解くことはできないという。これを計算の上、動かなければならない。

 

「貫通弾ね、了解です!」

 

 弾の雨を避けきって──いや、弾の方が彼を避けているような。

 ヒドゥンケイズの速射対応弾、Lv.1貫通弾。“攻め”の指示だ。

 

 ジグザグに走って迫り来る火炎ブレスの軌道を迷わせ、猛然と斬りかかるシヅキ。首元へ上段の一撃を、若紫毒姫が与えていた大きな傷へ。

 抜群の切れ味を誇るヒドゥンサーベルは、分厚い皮膚の下、真皮と筋肉をぞりぞりと削いでいく。まだ、太い血管には達しない。

 しかし、顔の傷に斬撃を合わせようとしたとき、ガチン、と目の細かい甲殻に弾かれてしまった。

 

「ここ、肉質硬いな!」

 

 ぶん、と足元全体に払われる尾を、弾かれたヒドゥンサーベルにあえて体重を任せることでギリギリ()なす。重心が逃げないように振り上げ、横にステップしながら位置調整。

 硬い頭部ではなく比較的斬撃が通りやすい首や尻尾の内側を狙い、鱗や甲殻の隙間の肉を少しずつ確実に削っていく。

 

「いいぞ、そのまま!」

 

 メヅキがリロードのためにLv.1貫通弾の速射を切らせた瞬間、老紫毒姫がぐっと身を引く。一度食らったサマーソルトの構えだ。彼女は、こちらが苦手な動きを分かっている。

 対してシヅキはすかさずヒドゥンサーベルを構え──

 

「ふッ!!」

 

 半身を引いて、毒の棘にかすりながらも往なしきった。しかし。

 シヅキはこの時、構える腰が低くなってしまっていた。すなわち、すぐに次の回避行動に移れず。

 

「まだ来る!!」

「なッ──!?」

 

 ズドン、と斜め上への強い衝撃。

 小柄な体は簡単に吹っ飛び、枯れて倒れかかった木々を巻き込みながら落下する。

 

「ふ……、かはっ……!」

 

 打ち身に咳き込みながら酸素を必死に取り込む。一撃で、こんなにも意識が飛ぶ。

 加えて、毒による激痛。体のどこを負傷したのか、一気に感覚が狂う。

 

 本能の警鐘は鳴り止まない。今度はメヅキが駆け込み、シヅキを抱き庇う。どう、と三発目のサマーソルト。

 また大きく吹っ飛ばされ、二人共に天地が混ぜこぜになるほどもつれ合う。

 

「お前が土になっては困る、援護するからまだまだ体張って貰うぞ!」

 

 メヅキはシヅキの顎をこじ開けて水と漢方薬を突っ込み、立て続けに生命の粉塵を撒く。荒治療だが薬売りが調合する薬の効きは伊達ではない。霧散しかけた意識が戻り、たちまち身体中の痛みが鈍くなっていく。

 

「一発目は見切れたな! 次も行けるか!」

「……言われなくても!」

 

 シヅキが駆け出すのと同時に、またLv.1貫通弾の雨が降る。老紫毒姫の鱗が剥がれ落ちていく。着地で無防備になる瞬間に合わせて、ヒドゥンサーベルが閃いた。

 

 繰り出される顎を、牙を、尾を、炎を。

 リーチの大きさに対して距離は稼げても、隙の大きい前転回避はなるべく行わない。

 最小限の傷を負い、スタミナを削ってでも隙の無い往なしを動作の軸に、右へ左へ避けながら集中力を丹念に練り上げる。

 

 勇気を持って攻め続ける姿勢こそ、“ブレイヴ状態”。

 斬撃はさらに強く、鋭く、速く。

 

「来るぞッ!」

「グオオ──……!」 

 

 彼女が再び一歩下がったのを、シヅキは見逃さなかった。

 縦へ振り上げられる尾へあえて向かい、真一文字に──

 

「見切った!!」

 

 ふ、と裂かれた空気が鳴れば、完璧なカウンター。尾の棘が何本も切り飛ばされる。棘はバランスをとる役割も担っているのか、老紫毒姫は一気に体勢を崩して墜落した。

 足の指が何本か変な方向に折れて、水分を含む土が老紫毒姫の体を汚していく。

 

「……こんなになってまで、逃げはしないのかい。君は空を飛べるというのに」

 

 彼の小さな呟きは、誰も聞くことはなく。

 

 

 

 バチン! 倒れ込む老紫毒姫の体ので飛び散る火花。トラップツールが作動するサインだ。

 

「!」

「ゴ! ガ、ググッ!?」

 

 これは、シビレ罠。

 金属製の筒の中にゲネポスの麻痺牙を仕込み、踏み抜くとそれが体を穿つ。麻痺毒が神経を硬直させ、自由を奪うのだ。

 体のサイズに合わせて、このシビレ罠は特別に仕込むゲネポスの麻痺牙を三、四本ほど増やしていた。一本では毒の量が足りない見込みがあったからだ。

 

「毒には毒を、だよなァ!!」

 

 声の主は、陽を背に跳躍。シャリン、と軸の調整にスニークロッドを振れば、そのまま体を捻って落雷のように落ちる。

 Lv.1貫通弾が背の棘を払っていて、今度は傷を負うことなく騎乗した。

 

「ハルチカ、ナイスだ! まぁ毒の量の計算をしたのは俺だが!」

「カカカうッせェ! よく持ち堪えてくれた馬鹿兄弟!!」

 

 ハルチカの腰のハンターナイフがギラリと光り、紫毒姫の背を、うなじを、甲殻の隙間を滅多刺しにする。これにはたまらず、紫毒姫は声を上げて倒れ込んだ。

 

「アキ、やっちまえ!」

「そこ邪魔だべさッさと退けッ!」

 

 高笑いするハルチカを後目(しりめ)に前進する、濃緑の重鎧。盾と腰を低く構え、ジェネラルパルドの銃口を伏せる老紫毒姫の頬にぴたりと当てた。安全装置(セーフガード)を手動で解除し、レバーの一つを思いっきり、引く。

 

 ──響き渡る轟音。

 爆炎が彼女の頭部を、悲鳴をも一息に飲み込む。

 

 ヒトが竜の吐く炎を手にせんと夢見て、作り上げられたからくり。竜撃砲だ。

 傷を与えるメカニズムは砲撃と同じく、圧と衝撃を伴う炎はどんなに硬い鱗も、耐熱性を誇る甲殻も一度に貫く。

 

 老紫毒姫は鼻や口から血を吹き出し、頭角や突起はボロボロと崩れていく。

 もう、まともな原形を留めていない。

 

「……ン、二人とも待たせたなァ」

 

 彼女が焼かれた顔を地面に擦りつけて呻いているのを窺いながら、アキツネは振り返った。セルタスSヘルムの隙間から、彼の林檎(りんご)林檎色の目が覗く。

 

「けほっ……ハルチカにアキツネ、ご苦労だ。罠は仕掛け終わったか?」

「あたぼうヨ。お前サン達こそ、結構追い詰められていたじゃねェの」

「減らず口を。お前が乗れたのは、俺が彼女の背の棘を排除していたからだ」

 

 ハルチカとアキツネは、老紫毒姫の出現が予想されるエリア全体にあらかじめ罠を仕掛けるべく、狩場じゅうを駆け回って来ていた。

 軽い調子で話しかけるハルチカだが、老紫毒姫の足止めをシヅキとメヅキに任せた人こそ、他でもない彼だ。

 

「いや、シビレ罠ホント助かりました。ありがとハルチカ」

「メヅキは素直じゃねェなァ。シヅキを見習いなさい」

 

 シヅキとメヅキは老紫毒姫を逃さないように追う役、ハルチカとアキツネは罠要員。配役の理由は、ハルチカが罠の扱いに長けているのも理由の一つだが、老紫毒姫の背景に寄り添える二人こそが彼女の足止めに向いている、というアキツネの提案も大きい。

 ハルチカとアキツネは、この兄弟が心に負けて老紫毒姫に返り討ちにされていればそれまで、と賭けていたのだ。

 

「ま、その顔見るに上手く割り切れたようだ」

「賭け、成立しねがったな? おンらィ(おれ達)二人とも……こいつらならできる、って方に賭けちまッたンだもの」

 

 ハルチカとアキツネは、嬉しそうに獲物を構えた。

 

 

 

「クオオォォォ……!!」

 

 ずり、と体を引きずって老紫毒姫が立ち上がる。互いに満身創痍だが、ここからが狩猟の佳境だろう。

 部位破壊は、あくまで過程だ。

 

「いざいざ! そんなにシケた調子では、相手をするにも面目立たぬ!」

 

 ガション、と次のLv.1貫通弾が装填するメヅキ。手持ちのものは全て打ち尽くして、先程シヅキのポーチから予備を受け取っていた。

 ハルチカとアキツネのポーチにも、予備の弾がいくらか入っている。

 

「んん~ッ、お前サンの啖呵は効くねェ! 手前(テメェ)らが背負ったそれは!」

()()()()()!」

()()()()!」

 

 迅竜素材の刃が、銃口が、再びもたげられてギラリと陽を反射する。

 それを横目にタマミツネを模した仮面の下で、また高笑い。

 

「ン! 儂にゃトンと判らねェがその心、(いき)(スイ)モンだ! 憎いぜ兄弟ッ!!」

「「そりゃどうも!!」」

「ハル、おれはッ!?」

「ニブチンめ、手前も憎いったらありゃしねェ!」

「っしゃアア──!!」

 

 アキツネも、ジェネラルパルドを大きく振って吠える。気を買うよう、老紫毒姫への挑発だ。

 彼女が若紫毒姫を追い続けたり狩場の外へ逃亡させるのではなく、目の前の四人へ気を向けさせ続けること。これが、この狩りの肝心なところだ。

 

 

 

 ポ――ン……、ポ――ン…………。

 

 その時、頭上からどこか気の抜けた音色が聴こえてきた。彼らの呼吸が整い、疲労が僅かに回復する。

 続けて響く華やかな音色、勇壮なリズム。

 

「あれ、なにこれ」

 

 わきわきと思わず体をさするシヅキ。気分が何とも言えぬ沸き立ち方をして、集中力が流水で洗うように研ぎ澄まされる。

 

「ちょ、上! 上ーッ!!」

 

 ハルチカが喚くので、素直に見上げるハンター一同。傾きかけた陽が眩しかったが、逆光で黒く大きなものが()()()()()

 

 確か、あれは気球。しかも、気球観測隊のマークがでかでかと描かれている。それから、開け放たれた窓。

 狩猟中、モンスターの位置を教えてもらうために気球に手を振ることはよくあるが、今は逆に手を振られているとはこれいかに。

 

「あ──っ、何でいるんですか!?」

 

 

 

「「《スカスピ》さん――――!!」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 



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25杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ごくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「危ないじゃないですか――っ! 紫毒姫、二頭もいるんですよ――!?」

 

 シヅキは気球に手を振って退避の合図を見せるが、《スカスピ》達の脇から竜人族の老人が顔をひょこりと覗かせた。学者の格好をしているので、どうやらこの気球の管理人のようだ。

 こちらに指をさして何かを大声で言っているが、なにせ遠いので言っている内容が分からない。しまいには気球のライトを点滅させ始めた。老紫毒姫がそれに気づき、気球の方をちらりと見やる。

 

「はァいはい、さっさと狩れってことかい!」

 

 意志を汲み取ったハルチカはヴァル子をスニークロッドの先に乗せ、(ヘイト)が散りかけた紫毒姫の横っ面にぶつけた。エキスが瞬く間に溜まり、ハルチカの身体能力を強化する。

 しかし、エキスの効果だけではない。次の一歩を踏んだ瞬間、ハルチカは体が驚くほど軽いのを実感した。

 

(って狩猟笛の旋律、すげェ!)

 

 流れるような連撃。スニークロッドの突く刃で、返す刃で、紫毒姫の胴に滑らかな曲線の傷を描いてゆく。猟虫が音楽を理解するのか不明だが、ハルチカの動きに合わせて飛ぶヴァル子も心なしか勢いがいい。

 

「ン、攻め時だァ!」

 

 その反対側で、アキツネがジェネラルパルドを突きながら位置を調整、強力な溜め砲撃を二発。

 ジェネラルパルドの砲撃タイプは拡散型。爆発の広がりが大きく仲間を吹っ飛ばしやすいことから、彼はシヅキやハルチカと位置取りが被っているときは斬撃メインの立ち回りをしている。

 その代わりここぞという時、砲撃タイプの中でトップの威力を誇るそれを容赦なく叩き込む。

 

 旋律で集中力が研ぎ澄まされ、ジェネラルパルドのトリガーを握る手がベストのタイミングをはじき出す。

 

「ゴアアァァ……!!」

 

 老紫毒姫は二歩下がってアキツネに軸を合わせ、チャージ火炎ブレス。

 これまでなら強固な盾でガードをしていてさえ高熱を感じていたが、それさえも緩和されている。『火属性防御強化【小】』の涼やかな旋律だ。

 

「これ、おれが厨房で煮込みすッときにも欲しいべなァ!」

「どういう意味サ!?」

 

 アキツネは小言を呟きながらリロードし、砲撃を再開。黒い硝煙が立ち込める。

 

「さぁ、相手は《スカスピ》さんじゃなくて、僕たちだから」

 

 そして、『火属性防御強化【小】』の旋律の恩恵を目一杯受け取った者がもう一人。

 枯れた草木を押しのけながら広がる炎の下、潜り抜けた白刃が煌めいた。遅れて、老紫毒姫の花弁のような肩の甲殻ににひびが入り、割れる。

 

「オォ、オ゛アアァッ!?」

 

 旋律が無かったら、見切りながらそのまま焼け焦げていただろう。

 火気に弱いベリオS一式装備のために完全な無傷ではないものの身体能力は依然であり、カウンターを放ったその刃を切り返して、連撃に繋げる。

 

 上空から、旋律が重ねがけされてゆく。重ねれば重ねるほど、強靭に。旋律は重複すれば『律動』となる。

 ――懊悩(おうのう)せず進め、狩人。

 その『律動』は、そう聴こえた。

 

 四方から攻撃を浴び続ける老紫毒姫は、まずシヅキに目をつける。先程、迷いのために足を止めたのを理解しているのだろうか。彼女の足元全体をさらうように、毒棘がぬらつく巨大な尾を叩きつける。

 何度も見た、動き。

 

「っ、ここ!」

 

 それを、往なす。生温かい毒液が頬をかすめる。

 ト、トンと素早く一足飛びで位置調節しながら、尾を引き抜く彼女へ真一文字に刃を走らせる。

 その太刀筋に、もう迷いはなかった。

 

「ギァアッ……!」

 

 老紫毒姫はグッと腰を引いた。瞬時に反応したハルチカは後転し、アキツネは盾を構える。

 ぐるり、一撃。大地が掬われた。それに真正面から見切りきった気刃斬りが、閃く。

 

 空転しきったその後寸時、老紫毒姫の異様なホバリング。

 もう一撃──、メヅキが注意を叫ぶ前に、老紫毒姫は翼膜が裂けた翼をぶわりと大きくはためかせた。くそ、間に合わないか。一瞬だけ射撃が止んだ。

 

 ──しかし。

 

「来いっ!」

 

 彼女の更なる一撃は標的を捉えられずに断ち斬られる。

「ゴアアッ!?」紫毒姫の悲鳴、衝撃音。巨大な尾が、翻る気刃斬りでへし折られるように落とされた。真っ二つに割れた毒腺から飛散する、毒液。

 

 たまらず平衡感覚を崩して墜落する巨体すらもかわして、シヅキは一息で踏み込む。一歩、二歩、三歩目で大きく振りかぶった垂直の斬撃、巧みに体重移動を前から──

 

「りゃあぁぁっ!!」

 

 ──後ろへ、ヒドゥンサーベルを一気に引き抜くように一閃。煌めく軌道が陽を反射し、半円を描いた。(つよ)く、美しい半円。

 

 剛・気刃斬りⅢ。  

 絶頂に達した集中力によって成されるその一撃は、太刀使いのハンターの間でそう呼ばれる。

 それは右大腿の裏の肉を鋭いV字に抉り取り、大きな血管も傷つけた。大量の血がどぼどぼと溢れだす。

 

 引き際は淡々と。老紫毒姫が完全にふらつきながら立ち上がる頃には、しっかりと呼吸を整えていた。

 老紫毒姫の紅の瞳はシヅキを睨むが、焦点が揺れてもはや精気が残っていない。狩猟の流れは完全に《南天屋》側に傾いている。

 

 状況を完全に把握したのか、遂に彼女は崩れるように尻を地に落とした。その顔は、どこか泣き出しそうな雰囲気もあって。

 表情なんて、竜は持っていないはずなのに。

 

「──もう、いいかい」

 

 もはや一歩も動かない老紫毒姫の鼻先に、シヅキは彼女に睨まれながらもヒドゥンサーベルの切っ先を突きつける。それは彼の厳しさか、優しさか。

 

 今回の依頼は撃退ではなく討伐であり、老紫毒姫の命を完全にハンターの手で断たなくてはならない。

 青色の目を細めて、その喉元にヒドゥンサーベルの切っ先をスッと近づける。その手つきは、これまで何度も何度も繰り返し、慣れきったもの。

 

「……オォ、オォオオ……ッ」

 

 怯えた声。まるで、だだをこね、ぐずる。傷ついた翼を地に震わせて、嫌がる。

 シヅキは無言で、彼女の喉元に刃を当てた。──が。

 

「待て」

 

 いつの間にか後方から近付いていたメヅキが、その腕をそっと制していた。

 

「彼女は、巣に戻りたがっている」

「……情けを、かけるの」

「情けではない。彼女は、まだやらねばならんことがあるだろう」

 

 ぐ、とシヅキの腕を掴む手に力がこもる。どこかやりきれない気持ちで、シヅキはヒドゥンサーベルを納めた。

 

「……巣へ、帰りなさい」

 

 通じるはずのないメヅキの一言で、老紫毒姫はもたりもたりと体を起こし、飛び立つ。

 そびえ立つ木々に何度も体を打ちつけ、血を垂れ流して、やがて洞窟の方角へ消えていった。

 

 振り返ればハルチカとアキツネは既に得物を納め、遠巻きに二人の事を柔らかい目線で眺めていた。

 メヅキはそんな彼らに、生真面目にも深く腰を折る。

 

「もう少し……もう少しだけ付き合ってほしい」

 

 ハルチカとアキツネは、口の端を吊り上げた。

 

「彼女の最期を、見届けよう」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 最期の意地。追手を撒かんと、いくらか遠回りをするも。

 この体、容易く彼らの隠した牙に引っかかる。

 勘は明らかに鈍ってしまい、

 

 

 ──お母さんだよ。今帰ってきたよ。

 

 かつて自分も、愛する母からその律動を聞かされた。

 しかし、もう、声は出ず。胸が燃えて張り裂けそうだ。

 

 血を失った足が、膝が、崩れてゆく。

 揃えていた背の棘は全部撒いて、ひとつも残らず。痛みに背中を丸めれば、腺から毒液が滴り落ちる。その毒液で、自らの傷が焼けてゆく。

 尾を畳もうとして、欠けていることに気がづいた。

 視界から、色が抜ける。腹の下にいるはずの、愛する我が子の姿は見えず。

 二度と空を掴めぬ翼で、子と、自らの体を覆った。せめて、寒くないように。

 子を潰さないように気を付けながら、ゆっくり体を横たえた。血だまりで体が汚れた。

 夫と協力して作ったこの玉座は、座ればいつだって安心できた。

 

 愛する我が夫は……いつしか姿を見なくなった。そう言えば。

 

 ──お母さん、疲れてしまったみたい。

 

 

 

「……やはり子ども思いなのだな」

 

 近づく足音が四つ。二つの足で歩く者どもだ。遠くにはもっとたくさんの足音がする。

 追い払う気力はとっくに無く。やめろ、寄るなと怒れる声も、火で焼けた喉を削るのみ。

 ぎらりと鈍く光る冷たいものが、喉元にあてがわれる。

  

「お疲れ様でした。責任持って、僕たちが糧にします」

 

 

 ──老紫毒姫が最期に見たのは、手を合わせる彼らか、己の子か、果たして。

 

 

「狩猟成功。……メインターゲットを達成しました」

 

 

 

 

 

 民間では、ハンターの顔として華々しい狩猟の姿がよく語られている。むしろ、それ以外の側面はほとんど語られることはない。

 

 しかし実は、どんなに苛烈な狩猟であっても狩り終えてからが本番。商売を兼業するなら、なおさらだ。

 すなわち、剥ぎ取り。モンスターという命をモノに変換する作業――と表現するのはいささか横暴であろうか。

 

 ──きちんと黙祷を終えた《南天屋》四人。

 彼らは、剥ぎ取りの前にも必ず手を合わせる。これはバイトアイルーにも義務であり、怠るとその日の夕飯は抜きになる。

 ちなみに、飯を食う前にも必ず手を合わせる。これも怠ると飯を抜かれる。

 

「アキツネ、手伝いお願い」

「ン」

 

 シヅキの呼びかけに、軽くアキツネが応えた。

 剥ぎ取りをするとき、料理人がいると楽である。料理人は、肉や走行や臓器の位置をよく知っているからだ。

 

 アキツネは剥ぎ取りナイフで紫毒姫の首の皮を一気に開き、筋肉を指でさくさくと裂いていく。シヅキはそこに水筒の水で血を流しながら、頸動脈、外頸静脈を探し当てる。すぐそばを走る神経を傷つけないように、剥ぎ取りナイフでプツン、プツンと切る。

 血が流れ始めれば終了。あとは放置し、まだ僅かに動いている彼女の心臓の力だけである程度血抜きができる。

 

 この間、およそ十から二十。手早い血抜きが素材の鮮度を保ち、ひいては良質な素材を提供できる秘訣である。

 

「……ふぅ。血抜きできるまで、あともうちょっと待ってね」

「了解。ではその間に、俺はサブクエストの方をやっておく」

 

 メヅキは今回、龍歴院やハンターズギルドの研究機関からのサブクエストとして、紫毒姫の毒腺の採収を引き受けていた。絵描きができるハルチカは、簡単なスケッチを。

 二人は腰のポーチからハンターノートを取り出し、サブクエストを遂行すべく再び動き出す。

 

 こうして、現場はまた盛況に。忙しく、けれども狩猟を達成した安堵感がゆるやかに流れるこの雰囲気を、四人はどことなく好いている。

 

 

 

「……《南天屋》の皆さん」

 

 そこへ、洞窟の砂を踏む足音が複数。振り返れば、オクターを始めとした《スカスピ》とそれに続く気球観測隊の隊員たちだ。

 彼らもこの狩猟の功労者。ババコンガがグロム・バオム村を襲撃したところを発端と考えれば、むしろキープレーヤーと言えよう。

 パッと笑顔になったシヅキが、ズボンについた泥を払いながら答える。

 

「《スカスピ》さん! 本当にお疲れ様でした」

「とんでもない。俺達よりもあなた達の方がボロボロじゃないか。村の者でもないのに……」

「まぁ、普段お世話になってるハンターズギルドから“コレ”かかってますから。龍歴院からも来てます」

 

 バツが悪そうに首を少しすくめ、人差し指と親指でマルを作るシヅキ。なるほど、報酬金が高額なのか……とオクターは察する。

 

「あれ、気球はどこかに停泊させて来たんです?」

「そう。さっきのエリア3に、モンスターの姿がいないことを確認して停めて来たよ。まぁ操縦してたのは彼らなんだけど」

 

 二人が見やれば、気球観測隊の隊員は老紫毒姫の周りにワッと集まり、興奮気味で口々に何かを議論している。デカートやデシベル、スコアの姿も。竜人族の老人と口論しているのはメヅキだ。鉛筆とハンターノートを振り回して、身振り手振りで何かを主張している。

 

「彼らね、紫毒姫を長年追っていたんだって。なかなか人前に姿を現さないから、今回二頭も見れて……気球の中はもう物凄かったよ」

「へぇ~。僕もハンター歴それなりですけど、紫毒姫の名前は聞くだけでした。ハンターの間だけじゃなくて、観測隊の間でも珍しいモンスターだったんですね……って」

 

 そこでシヅキは言葉を区切る。二、三秒置いて、オクターに糾弾を始めた。

 

「どうして村で待機してなかったんです!? 気球観測隊の方々もですけど! 普通、村で待機しますよね!?」

「あ、うーんと……ごめん。気球観測隊の人がどうしても責務を果たすんだ! って言いだしちゃって」

 

 まなじりを吊るシヅキに、思わず苦笑するオクター。

 

「迷ったんだけど、やっぱり俺達がガキの頃から聞かされていた言い伝えの正体だから、俺達も行きたいって思ったんだ。このためにハンターになったのかな、とまで思ったし」

「えぇ~……まぁでも、観測隊の方が言しっぺならまだ良かったんでしょうか……?」

「ちょっと無理言ったけど、観測隊の気球の中を見たことなかったから貴重な経験だったよ。それに、結果的に言い伝えの正体……紫毒姫が歌っているところを生で見れたしね」

 

 二人は話しながら、ざく、ざくと砂利を踏んで賑わいの方へ向かう。その背に注目する、遠く遠く洞窟の岩壁の隙間から、己の巣を守るリオレイア達のいくつもの目。

 恐怖の女王(ドレッドクイーン)の玉座が今、崩れたのだ。成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。

 

「あのさ、“竜の歌”って誰から教わったんだろうね」

「はぇ?」

「なんかさ、何度も調子を繰り返す様が何かの曲みたいだけど、ちょっとさえずりみたいにも聞こえたんだ」

「さえずり……鳥の、ですか」

「うん。あれって、親から代々教わるんだよね、俺達が前からある有名曲を楽譜見ながら演奏して、また別の楽団がいいなって思って、練習して、演奏するみたいに。

 ううん、ちょっと違うな。鳥は、親からさえずりを教わって、練習して、歌えるようになって、恋人をつくって、今度は子に教える。もしかしたら、あの紫毒姫のも……太古からずっと同じフレーズが繰り返されているかもしれない」

 

 鳥と竜の習性は違うかもだけど。そう呟きながらもう一度、観測隊たちに囲まれる老紫毒姫の死体に目を向けるオクター。その目は、子育てを終えた父親の目で。

 

「……どんな気持ちで、彼女は子に歌っていたんだろうね」

 

 先程の笑顔とは打って変わった無表情のシヅキだけが、そんなオクターを見つめていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 洞窟からエリア3に出れば、湖に映る夕日が煌めく。水鳥の群れが影をかたどる。

 その眩しさに《南天屋》、《スカスピ》、そして気球観測隊の隊員の面々は手で影をつくり、目を細めた。

 

 ……あ。

 

 誰かが空を指さす。それは、水鳥ではなくてもっともっと巨大な──でも、老紫毒姫よりは一回り小さな翼。

 それはエリア2の方から洞窟の方へ悠々と向かい、あの天井の大穴へ消えていった。

 

 

 

 その日の夜は、グロム・バオム村からでもずっと“竜の歌”が聴こえていたという。

 

 討伐されたはずの老紫毒姫のと、音程も調子も寸分違わぬ“竜の歌”が。

 

 

 

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 9,000UA↑、お気に入り70↑、その他たくさんの評価と、ご愛飲の皆さんのおかげでエタることなくひっそり一周年を迎えることができました。
 本当にありがとうございます:(;゙゚'ω゚'): ラーメン屋のポーズ。


【挿絵表示】


 老紫毒姫を制した≪南天屋≫、それから≪スカスピ≫にはまだやるべきことが……
 密林じゅうを巻き込んで勃発したこの事件に、終止符を打ちます。

 次話も是非ご賞味ください。
 


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26杯目 太古の律動 リオレイア

 『白骸惑笛スピカ』

 『 無垢な使徒に幻惑の旋律を。
 果てなき憂悶の声を響かせん。 』

 本作では、「村を一晩で飲み込んだ龍」のおとぎ話にゆえんのある伝説上の魔笛として扱う。
 《スカスピ》がこのおとぎ話、伝説からグループ名の縁起を担いだのかは……不明。



 △▼△▼△▼△

 

 

 

 老紫毒姫の狩猟から一週間と少し、グロム・バオム村の安宿の一室。

 

 その薄い壁越しに、ぴぅ、ぴぅ、と隙間風のような間抜けた音。外で餌をついばむガーグァが頭を上げた。

 

「難しすぎんか? これ」

 

 やがてベッドにそれを投げやりに叩きつけるのは、不機嫌な顔のメヅキ。

 

 彼が持っているのは、げどく草の汁で青く染められた布を巻いた円錐型の筒。解毒笛。村の雑貨屋で売っていたのを試しに買ってきたのだ。

 それは、隣からひょいと取り上げた。

 

「貸してみィ、ここの穴ちゃアんと塞いでやンの」

「なぜそんな裏側にも穴が空いているのだ。どう見ても要らんだろうが。紛らわしいぞ」

「そンな根本的な構造に言及されてもぉ」

 

 ハルチカは唇に解毒笛の口をあてがうと、うまい具合に細く息を吹き出す。ペポー、と澄んだ音色が室内に響いた。

 

「口笛の要領で吹くのサ。お前サン、そういや口笛できねェよな」

「フン、悪かったな」

「……おれにも貸せィ」

 

 解毒笛がさらに隣からひょいと取り上げられた。いつの間にか、アキツネは整備していたジェネラルパルドを放り出している。

 ペポー。……上手い、意外と。

 

「なぜそんなに吹けるのだ!?」

「おめェが下手くそなだけだ、このぶきッちょ」

「辛辣っ」

 

 ニタニタしながら茶化すアキツネ、ふてくされるメヅキ、大口を開けて笑うハルチカ。しかし、彼らはインナー姿の上半身は包帯を無尽蔵にあてがっている。全て老紫毒姫から貰った傷だ。

 毒が入って治りが悪いので、解毒薬に加え回復薬グレート、漢方薬など様々な種類の薬を工夫して組み合わせて、普段よりも時間をかけて治療している。

 

「まったく笛がなんだ。俺は笛なぞに頼らず、解毒効果がある粉塵の量産を待ってやる」

 

 解毒効果がある粉塵――『漢方の粉塵』は、新大陸で活動するハンターが愛用するらしい。また、ユクモ地方に臨在するたたら製鉄技術の里、カムラの里でも製造技術があるそうだ。

 大量生産が難しく、また、キノコ類を上手く乾燥させて粉状にするための加熱方法がまだ伝わっていないため、ドンドルマやベルナ村では試作段階だという。

 従来の加熱方法だと、キノコが消し炭になるのだとか。

 

 すっかりヘソを曲げてベッドに横になるメヅキを、ハルチカはキセルを吸いながら(シラ)けた目で眺める。狩場全体を見渡せる後衛──ガンナーが解毒笛を使用するのがメジャーだろうが、こんな様子の彼では駆け回りながら使えっこないだろう。

 彼は、不器用なやつなのだ。

 

「ま、笛使うより個人で解毒する方が(ワシ)儂らには良さげサね」

「毒……毒なぁ……」

 

 メヅキは寝転んだ姿勢のままサイドテーブルに置かれた解毒笛と、その隣の棘を見やる。老紫毒姫のものだ。

 素材の銘こそ『雌火竜の上棘』だが、通常種のそれとは異なってより長く発達し、どす黒く染まっている。

 手に取り、明かりに透かせば黒が濃い飴色に透けて、棘の中に毒液が染み渡るための管が見えた。

 

「なんでも、草木をも枯らすこの毒は、対毒加工を施した防具さえ貫通してしまうのだとか」

 

 猛毒を超える毒、『劇毒』。ハンターズギルドに登録されている数あるモンスターの中でも、それを持っている者は未だ数種類しか見つかっていない。

 

 ゲリョスやイーオスの素材から作られた装備や、装飾品で特殊な加工を施した装備は、体のタンパク質を侵す毒──化学物質に耐性を持つ。毒沼がある原生林にわざわざ着ていくハンターもいるくらいだ。

 しかし、そんな『毒耐性』性能をも破る毒が現れたとなると、工房が黙ってはいないだろう。いつか、千万の毒から身を守ることができる装備が登場するかもしれない。

 

 また、ハンターズギルドの研究機関も毒腺の資料を欲していた。そんな劇毒からハンター達を守るための特効薬の開発に着手したいらしい。速達アイルー便で素材や資料を送ったどちらも、今頃どんちゃん騒ぎだろう。

 

(本当は、薬を必要としない世の中の方がいい。……思えば俺も、薬が生んだ金で生かされている身であるがな)

 

 毒の数だけ、病がある。

 毒の数だけ、薬が作られる。

 毒の数だけ、人が助かる。金が儲かる。

 

 脅威さえ克服し、利益に還元してしまうヒトとはなんと強かなことだろう。

 メヅキはひとつだけの目を細めながら、手に持つ棘で部屋に漂う紫煙をからめた。

 

 

 

 その時。

 ポン、ポン、と村の中央から花火の音がした。音と少しの煙だけの花火だ。

 何事、と窓の外を除くハルチカ。その顔はすぐにパッと明るくなる。

 

「おゥ、始まるんサね」

 

 ──今夜は、《スカスピ》のチャリティーコンサートが開催される。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、オクターさん」

 

 その安宿の二階、控えめなノックの後に部屋の扉が開けられて、シヅキが入ってきた。

 彼も体にいくつもの包帯を当て、その上に軽装と簡単な羽織ものを着ている。密林の夜は意外と冷えるのだ。

 

 そんな声に顔を上げるのはオクター。白いシャツにブナハブラ素材を使ったボトムスの格好は、壁に掛けてあるジャケットを着れば途端に楽士の顔──になるのが容易に想像できる。

 彼は鏡に向かって、ごま塩髪をセットしている最中であった。

 

「お疲れ様、シヅキ。この度は本当に世話になったよ」

「いえいえです。《スカスピ》さんにもババコンガ狩猟を任せちゃいましたから。あの準備期間が無かったら、準備不足で僕たちも紫毒姫にやられていました」

 

 それに、ギルドからの増援が来ていたら僕たちも報酬減っていましたし。わざとらしい小声で呟く。

 

「でもコンサートを開くのはちょっと早すぎたかな? 申し訳ないな」

「しょうがないです、僕たちも明日にはドンドルマに帰っちゃいますから。本当はもう少しこの村の観光してゆっくりしたいんですが、ギルドから討伐の手続きをしたいって急かされちゃって。

彼女の素材も、どうも高温多湿な環境から運ぶと処理が面倒みたいですし、収めるところに収めたいみたいです」

 

 ハンター、とはフリーランスな職業だ。

 ハンターズギルドをどう頼るか、関わるかはハンターそれぞれだが、《南天屋》はギルドとの癒着が比較的強いパーティである。そうすることで安定した収入やサービスを得られる代わりに、とことんいいように利用されることもあるようだ。

 

 どうしてその様なスタイルをとるようになったのか。一瞬疑問がちらついたオクターであったが、きっと何かやむを得ない事情があるのだろう。スッと飲み込んでおいた。

 

「僕たちの予定に合わせてくれて、どうもありがとうございます」

「コンサートに案内するのは最初の契約に入っていたことだし、当然だよ。……っとこれ、忘れるところだった」

 

 ごま塩の髪と髭をかっちりと整えたオクターは、部屋の隅に置いてあったランタンを手に取る。紫毒姫狩猟の前夜にシヅキが貸した、黒いランタンだ。

 

「あぁ、僕が忘れてるところでした。……あれ、いつの間にかきれいになってる?」

「家族の話、付き合ってくれたからね。俺も喋れて助かったよ。このコンサートが終わったら、ちゃんと家族と向き合おうと思う」

「あ……えーと」

「今夜は、絶対に絶対に成功させる。久々の酒場での演奏だし、また常連の連中とも会える。新曲も作ったし、楽しみだ!」

「んん……あー……」

「さぁ、そろそろ行こうか。特等席、空けているから」

「すみません、そのことなんですけど……」

 

 ランタンを持て余しながら、目線を泳がせているシヅキ。物申しづらそうな様子に、オクターは思わず眼鏡を直した。

 

「僕たちよりもっと特等席にふさわしい方がいると思うんですよね。ちょっとお時間いいですか?」

 

 ジャケットと愛笛、アズマンドウィンドを手にオクターはシヅキに促されるまま部屋を出る。宿の階段を下りると、奥のとある一部屋に案内された。

 

「以前から……村に来た直後あたりから彼女たちに相談を受けていたんですが、オクターさんに合わせるタイミングが今しかなくて。……じゃ、部屋、入っちゃってください」

 

 はにかむシヅキ。オクターは彼の指示通りに、ドアノブに手をかけた。

 妙に高鳴る胸を押さえ、ゆっくり、ゆっくりと開ける。

 

「――――……!!」

 

 そこには、夫を、父を待つ者。

 すなわち、彼の妻と娘、息子の姿があった。

 

 ──あぁ、おかえりなさい。

 

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 

「皆、今宵は《スカスピ》の講演に集まってくれてありがとう。一年ぶりだね」

 

 ワァ、と拍手が巻き起こる。ヒューッと景気よく口笛を鳴らす輩も。それだけ、彼らは人々に愛されている。

 

 ここは、村の中央の酒場――の跡地。大破した倉庫のがれきを押しのけて、光蟲や松明が灯りの簡素なステージが作られていた。

 無事だった大きな客室には椅子がぎゅうぎゅうに敷き詰められ、それでも溢れる人が扉からはみ出ている。野外観客も多い。見れば、他の集落やジャンボ村から来た客も、物珍しさに立ち寄っている旅人の姿もあった。

 

 ステージの上に立つのは、《スカスピ》の四人。お揃いの白シャツ、ブナハブラ素材のジャケット、ボトムス。手にはそれぞれ狩猟笛を携えており、デカートはハンターズホルンをババコンガ狩猟のときに拾った素材で、ウォードラムに強化していた。

 紫毒姫狩猟を支えた旋律の一つ、『火属性防御効果【小】』はこのウォードラムによるものである。

 

「寄付金も、今の時点で結構集まってる。従業員のアイルーがその辺を回ってるから、見物料がてらに演奏中も寄付を是非頼むぜ」

「村の公共事業に……と言っても、まずはこの俺達の酒場を直すのが最優先だけど。皆、やっぱ酒飲みたいでしょ?」

 

 冗談めかして言うデカートとオクターに、観客からもざわっと笑みがこぼれる。やはり、彼らはトーク慣れしているのだ。

 にゃにゃー! と観客の間から威勢のいい鳴き声がした。ババコンガに酒場が襲撃されたときに居合わせた、従業員のアイルーだ。あの時はすっかり気を落としていたが、今では頭の上に小箱を担いで元気よく寄付金集めに奔走している。

 

「この講演は、とあるハンターのおかげで開催できてるの。この場を借りてお礼を言うわ。ありがとう」

「モンスターの脅威と恩恵は隣り合わせ。私たちは一年間ハンターとして活動してきて、そう実感しました。今夜は“ハンター兼楽士”として、演奏します」

 

 こちらもトーク慣れしているデシベル、スコア。話しながら観客へ動かす目線の先に、彼ら、彼女らの家族の姿もある。

 そして、最前列の優先席に《南天屋》の姿はなく――オクターの妻、娘と息子が座っている。仄かな灯りの中、夫を、父を見上げていた。

 

「まず初めに演奏するのは、新曲。この村に伝わるお話、“竜の歌”からアイデアを貰って作ったのよ」

「では、講演の始まりだ。曲名は――」

 

 

 密林のお喋りな小さな虫や鳥さえ、息を潜める。全ての観客が、ステージに気を向けた。

 

 

「――――『太古の律動 リオレイア』」

 

 

 大地が唸るような、歌うような一定の拍が、繰り返される、繰り返される――……。

 

 

 

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 竜が歌えば森が豊かになる。

 当時の研究の成果では、“生態系の頂点である竜の活動が活発になることで、植物を食う者が減り、一見森が豊かになるため”なんてうすっぺらい結論となった。

 割と、だれでも予想ができる結論である。

 

 そして、おおよそその結論は的中している。が。

 

 

 

 長い長いの時の果て。

 

 ここ密林は、厳しい世界。襲い来るのは暴風雨、日照り捕食者、土砂崩れ。

 しかし、ここ密林の草木は。ひとつ強みがあるという。

 

 病。病には決して負けぬのだ。

 

 ここに住む者は竜や鳥、獣や虫だけではない。

 目に見えないほど小さなからだ、菌や微生物も住人だ。

 彼らの中には他の住人の体を乗っ取り、毒をつくるものがいる。内から食って侵すものもいる。

 

 備えるは、毒に耐えうる体のからくり。

 太古から何度も毒を受けることで強くなり、病に負けぬからだができた。

 倒れた仲間は少なくないが。その死が穿った叡智は今なお、子の種に、胚に刻まれ。

 孫、曾孫へと継がれていく。

 

 

 大昔。ここ密林にとある女王がいたそうだ。

 夫を、そして子を失い、怒り悲しみに心が乱れ。子に聞かせる歌を口ずさみながら、密林じゅうを自らの毒で焼き払ったという。

 枯れた草木は土に還って、土地はしばらく不毛となった。

 

 草木は必死に考えた。何世代もかけて考えた。

 解毒の物質を備え、無毒化すればからだに蓄え、からだが死んでも性質が変わった毒は、ついに毒たり得なくなる。

 無毒化の成功だ。

 

 これは女王の毒だけでなく、太古からの敵、小柄な住人たちにも合わせた。

 草木は相手を殺すのではなく、許容して、共に生きる道を選んだ。

 こうしてここ密林の草木は、病に負けぬ体を得た。

 

 皮肉にも結果として。彼女が歌い荒れ狂っても、森は豊かになったのだ。

 

 

 

 この話、密林に住むヒトはどのように受け取るか──

 

 

 

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27杯目 たらちねの (には)(おし)へは(せば)けれど

 
 広き世に立つ (もとい)とぞなる


 母親の教えてくれたことは狭い範囲の事だったけれど、広い世の中に出てゆく基本になったことだなあ。





 

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 『狩猟記録』。

 ハンターノートやギルドカードに記載される項目の一つだ。

 

 鳥竜種に飛竜に牙獣、たくさんのモンスターの印。隣には、数字。

 ハンターは狩猟を終えたら必ずこのページを加筆しなければならない。

 

 この数字は、『狩猟数』。

 いのちを奪った数。いのちを頂いた数。

 この数字だけの“すなわち狩るか、狩られるか”を、ハンター達はひたすらに繰り返してきた。

 

 今晩も、その数字が加えられる。

 『1』。彼女をかたどった印の隣に記された。

 

 

 『 モンスター名:紫毒姫リオレイア

 サイズ:― ― ―  ~  2238.68  (最大銀冠)

 狩猟数:1 』

 

 

 

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 夜鳥ホロロホルルの羽ペンを握る左手が、止まった。

 

 

 煤汚れのない綺麗なランタン。

 硝子越しの(ともしび)揺れれば、ペン先の影は音なくたなびいて。

 句点(ピリオド)に置かれたインクは、滲んでむなしく膨らんでゆく。

 

 

 寒風ミカンの旬が過ぎ去り、炬燵(こたつ)も物置きに眠るころ。

 

 大都市ドンドルマの地価が一番安い地区、とある(ひな)びたこの路地裏。

 昼は表の通りが結構騒がしくなるが、夜は一気に人気(ひとけ)がなくなる。この裏路地には空き家も散在し、アイルーの子一匹通りやしない。

 

 そこに建つ、とある商事のボロ事務所。

 二階も部屋がいくつかあって、二人の従業員が住んでいるのだ。

 

 

 

「起きてる?」

 

 ……返る無言。

 了承とみなして、シヅキは半分だけドアを開ける。両手がふさがっているから器用にも、足で。

 本や紙が散らかった四帖半(よじょうはん)、ほぼ真っ暗。ランタンだけが光源だった。

 

「……なんだ、こんな時間に」

 

 うっすらとグリーンの瞳がひとつ、目線だけでこちらを見据えた。無理もない、日付も変わった時刻なのだから。

 だから、わざと軽めの調子で声をかけた。

 

「ははぁ、レポートの作成大変ですな」

「残りは明日に回して、今はハンターノートの整理だ。お前も事務作業を任せてしまって悪いな」

「なんだハンターノートか。事務作業はいつものことだし別にいいですよっと」

 

 お邪魔します。

 するりと部屋に滑り込んできっちりドアを閉めれば、鼻をくすぐるのはいわゆる他人の匂い。加えてふわりと薬品臭。喉まで染みる苦いような、少し埃っぽくて懐かしいような。

 兄弟とはいえ、住む部屋の匂いは違う。プライベートまで(仕事)の匂いが沁みつくこの部屋を、シヅキは心底好いていた。

 

「帰ったばかりなのに熱心だねぇ。お酒持ってきたから、飲も。寝酒(ねざけ)。お土産のトロピーチ酒で」

「ん。ありがとう。気が利くな」

 

 簡素な卓に向いていた彼は、やっと顔をあげる。酒瓶を揺らすシヅキの手が一瞬、止まった。

 口調や態度はいつも通りの彼が、泣き腫らした目をしていたから。

 

 彼──メヅキは一つだけの目線を少し左右にやって考え込んだが、ぶっきらぼうな仕草で盆のロックグラスをひとつ手に取ると、両手で包み差し出してみせた。お(しゃく)しろ、と言いたいようだ。

 やれやれ。口の端を緩めながら溜め息つきつき、素直に(そそ)いでやった。半分くらい。次いで、自分のも。

 一緒に持ってきていたシロップを、メヅキはグラスの(ふち)ぎりぎりまで大量に入れた。

 どぼ、どぼ、どぼ。

 なぜか、かき混ぜない。

 

 二人で胡坐(あぐら)をかき、卓を囲む。

 グラスを満たすまろやかな濁りは、ランタンの灯りで黄金色に照らされる。

 

 

 ──無言で、乾杯。込めた意味は、きっと二人でわずかに食い違っていて。

 

 

 きゅーっとひとくち分を喉に流す彼は、ドンドルマに帰ってからも昼夜デスクワークに追われていた。疲労の影ある顔のまま、にわかに口を開く。

 

「龍歴院とドンドルマハンターズギルドに送った報告書。グロム・バオム村で滞在している間に作成した、“竜の歌”伝承と紫毒姫リオレイアにおける子育て行動、子供の死体の資料について」

 

 かさ、と紙が擦れる音。レポート用紙と手紙がごちゃごちゃに混ざったのが、卓の足元にうず高く積み上がっていた。

 

「報酬金は出なかった。頼まれていない報告書であるし、向こうも研究費に限りがある。(つがい)となるリオレウスが未発見なのも、報酬を出す決定打に繋がらなかった原因だ」

 

「密林では、リオレウスは狩猟ターゲットにならない。密林のリオレウスは珍しいことだ。見つけられなかったのはしょうがないことだよ」

「だが、リオス種は番で手厚い子育てをする習性だ。普通なら巣や妻に危険が迫れば駆けつけてもおかしくない。リオレウスが発見できればまた違った対応だったかもしれないが……

 彼女に夫がいなかったということは、死亡したか、はぐれたか、顎の負傷によって子育てできなくなったのを見限られたか」

「……」

「破棄だけはなんとか踏みとどまって、寄贈という形で龍歴院に収められることとなった。といっても恐らく倉庫行きだ。

 世の中にはヒトのためになって、カネを生み出す研究がたくさんあるのだから。恒常的に危害を加えるモンスターの対策とか、古龍の生態とか、毒と薬の研究とか」

「……お蔵入り、か」

「悔しいな」

 

 メヅキは静かに眉間と目元にしわを寄せる。疲労の影が浮き上がる。

 対してシヅキは目を細めるだけだった。

 

「動物の子育ては、進化の過程と本能によって太古から洗練されてきたという。

 設計図のない巣作り。温度計も使わずに子を保温する。外敵からの防衛。給餌。(さえずり)りやコミュニケーション、狩猟といった、教育。それらは、太古から何世代もかけて引き継いできた。

 ことリオス種の手厚い子育てこそが、世界中、温帯の広い範囲で繁殖を成功させた秘訣でもあるそうだ」

「夫がいなくなっても、自らの命を全うしてでもやり遂げようという意思が彼女にはあった。……彼女が最期に巣に戻ったのを、僕はそう思ったよ」

 

 ひとくち、唇を湿らせるようにメヅキはグラスを傾ける。

 

「『 たらちねの (には)(おし)へは (せば)けれど 広き世に立つ (もとい)とぞなる 』……

 古い詩に似ているなと思った。彼女の子育ては価値がある、と俺は思った」

「……おカネにならなかったのは、残念だったね」

 

 フォローする。

 けれど、彼の酒に濡れた唇からの声は、徐々に弱くなっていって。

 

「俺は、商人だ。カネは、欲しい。できるだけ欲しい」

「うん。それは分かるよ。僕もおカネが欲しい」

「でも、その前に俺はハンターだ。すべてを自然の一員とみなし、それを調え、制するのが仕事だ。それがヒトの利益に……カネになるから、ハンターという仕事が成り立っているのだ」

「うん、そうだ。ハンター業は儲かる。だから商人と両立することができる」

「人間社会を生きる上で、儲からない仕事はできない」

「そうだね。必要だからおカネになるし、必要でないことはだいたいおカネにならない」

 

 メヅキは、またひとくち飲む。シヅキも無意識に釣られてひとくち飲む。

 

「でも、ハンターの俺は思う。

 “すなわち狩るか、狩られるか”。それに至るまでには、どんな経緯があるのだろうか」

「……」

 

 いつもなら、コロリと相槌代わりにグラスの氷を鳴らしたかった。しかし、軽くグラスを(かし)げても。ストレートのトロピーチ酒だけがランタンの灯を反射する。

 シヅキは火照り始める喉から吐き出すように言葉を紡いだ。傷つけないよう言ったつもりなのに、相槌というクッションのない言葉は自分でもぞっとするほど冷たかった。

 

「……それを知るために努力するのは、おカネにならないことだ。それに、おカネが欲しくて知るわけでもない。

 無益でもただただ、知りたいだけだ」

 

 それは、彼と自分に向かっての自嘲。現実。ちくりとシヅキの心が痛む。

 グラスを見つめていた彼は、緩慢な動きで顔を上げる。

 

「俺は、悔しい。知りたくて、心がずっと空っぽなのだ。

 この空っぽは、カネでも、酒でも、埋まらないのだ」

 

 顔を──古傷のある右半分を引きつらせ、左半分を鉄板のように大きく歪めて、切れ長の目を潤ませていた。

 

「あの紫毒姫は、どんな想いで死んだ子に世話をしていただろう。どんな想いで外敵──俺達や、若い紫毒姫に相対していただろう。俺はどれだけあの強い想いを、もしくは本能を理解できただろう……」

「……それを推しはかることは、できないよ」

「できないのが……悔しい。俺は、誰かを狩るときは、相手がどんな事情を抱えているのか知りたい……知っておきたいのだ。

 なぜ、そのモンスターはヒトに狩られなければならなくなったのか。……例え、ハンターノートにも記録されないことだとしても」

 

 徐々に震えて小さくなる声と、ぼろぼろと(こぼ)れてゆく熱い涙。眼帯を当てたその右目からも。

 

「ハンターで商人の俺は、傲慢だ。

 カネを欲しがっているくせに、ヒトの手が届かないところの知識までも我が物にしたいと強く思っている」

 

 あぁ、くそ。お前がいるところで泣くつもりなんてなかったのに。

 彼は呟きながら両手で目を覆い、背を折らんばかりに(こうべ)を垂れてゆく。たわんだ柳眉が痛々しい。シヅキはそっとグラスを卓に置いた。

 

 彼は、自分の傲慢さを理解していてなおモンスターを知ることを、空っぽを埋めることを願っている。

 それは険しい道だし、時にカネと権力に阻まれる。一人では背負いきれないほど難しい。

 

 知ることを願っているのはシヅキも同様だ。むしろ彼に負けず劣らずなくらい、心はいつも空っぽだ。

 一人では背負いきれないほど難しいことだからこそ、シヅキは彼と共にハンターとして活動している。

 

 でも、シヅキはそれをできるだけ内に秘めていようと努めていた。

 太刀を振るっているときくらいは、凍てつくフラヒヤの北風のように無感情でいようと努めるようになっていた。

 シヅキにとってそれが自分のできる相手への配慮や尊敬の念、優しさのカタチだと信じている。それに、無感情でいれば心が空っぽなのを苦痛だと感じなくなっていて。

 太刀の柄を握れば、いつしか無感情への切り替えができていた。

 あの紫毒姫には、その心の切り替える瞬間の隙が読まれたようだが。

 

 でも、彼は考え続けることができる男だ。ときに涙が出るほど辛くても、彼が常に見せるのは嘘の無感情ではなく燃え立つような本音だ。

 悩み諸共(もろとも)むき出しの欲望でぶつかることが、彼の相手への配慮。尊敬の念。

 それがシヅキの目には、立派で誠実で、あまりにもまっすぐな優しさのカタチに映って。

 

 

 正直、彼のハンターとしての姿勢が心底羨ましかった。

 そんな想いでライトボウガンのトリガーを握る姿勢が、自分にできないその姿勢が、酷く(にく)たらしくて、眩しくて、かっこよく思えた。

 

 

 シヅキは彼の隣に座ると、遠慮がちに腕を背に回す。自分と同じくらいの大きさ、剣士の自分よりもすっきりとした、ガンナーらしい彼の背。

 ひたすらに温かかった。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。傲慢さんでもいいじゃない。誰にも迷惑かけてないから君は悪くない。

 自分で分かっているくらいが、素敵な傲慢さんだよ」

 

 ──素敵。

 言葉に双方への嫌味が含まれているのを、自分だけが知っている。今彼を支える傲慢な自分だけが傷つく。

 

 無責任な“大丈夫”で、彼と自分の空っぽな、知的好奇心は満たされるだろうか。

 心にない“大丈夫”を口にする自分は、一体どれだけ彼と自分の本音に寄り添えているだろうか。

 この“大丈夫”は、ハンターの立場としてか、商人の立場としてか、彼の弟の立場としてか。

 

「……お前は、強いな。お前の言葉は誰も傷つけない」

「ううん、傷つけ方を知っているだけさ。君もとっても強いけど、その前に優しすぎるんだよ。他人にも己にも厳しくて、でも傷つけているのはいつも己自身で」

 

 ──これは本音。でも、また自分だけが傷ついた。

 彼の前では、本音を口にするたびに矛盾を感じる。いつも自分の本音に嘘をついていると、いざ本音を口にしたときは逆に嘘をついているような感覚になる。

 

 一ヶ月と少し前、ポッケ村の酒場で新米ハンターのトノトと話したときも似た感覚を味わった。砂糖煮の雪山草のような、儚いくらいに甘い本音と、ほろ苦い嘘の感覚。

 彼は元気にしてるかな。

 

 シヅキは部屋の小さな衣装箪笥から大きなタオルを一枚取り、目を両手で覆ったままの彼にかぶせてやる。まるで、眩しい日差しが差し込む窓に(カーテン)をかけるみたいに。

 彼は無造作にそれを握った。ぐしゃり。

 

「僕は、共に傷つく覚悟でハンターをやってきている。だから、どうか一人で抱え込まないで」

「……」

 

 返る無言は何の意味か。シヅキは推しはかることができなかった。

 

 いくら覚悟はできていても、やっぱり傷つくと痛いと感じるものだ。

 これだけは、いくら経験しても慣れることはないだろう。彼も、自分も。

 

 

 

 

 

 色々逡巡(しゅんじゅん)したあげく、これは一人でそっとしておいた方がいいかなと思った。シヅキなりの優しさだ。部屋を立ち去ろうと、腰をゆっくり上げる。

 

 そんなとき。く、と弱い力で部屋着の袖が握られた。

 思わず振り向く。変わらず(こうべ)を垂れたまま、涙を飲み嗚咽を噛み殺す彼は。

 

「申し訳ない。こんな(みにく)い姿を見せてしまって」

 

 絞り出したようにか細い声。どうしようもなく、シヅキはそっと握り返す。

 君は醜くなんかない、と反論したかったからだ。でも、こんな自分からこれ以上かけてあげられる言葉なんて見つからなくて。

 

「俺はこれからももっと頑張るから。こんな姿を見せないように、技量も学識も頑張って身に着けるから。

 ……だから今は、そんな優しい目で俺を見るな」

 

 やるせなかった。

 やっぱり、眩しく思いながらも彼の傍にいようと思った。自分だけが彼の傍にいれるのだから。彼の成長と共に歩めるのだから。

 

 彼は優しい感情をむき出しにするたびに、熱い悔し涙を流すたびに強くなる。

 対して自分はどうだろう。そのたびにもっと冷たく、もっと無感情な男になってゆく気がする。

 壁に当たりつつもまっすぐ前へ成長してゆく彼の傍にいることで、壁に当たって屈曲するだけの自分の変化を、成長と錯覚していないか。

 溺れるが(ごと)く、酔いしれていないか。

 何度も、何度も、自分に問う。

 

 それでも、袖を弱く握る彼の手だけがシヅキを許し、助けを求めていた。

 ここにいてくれ、と。

 

 浮かせかけた腰を近すぎないくらい、でもできるだけ彼の傍に下ろして、音なく卓のランタンを消してやった。

 四帖半は優しい暗闇に包まれる。

 

「大丈夫だよ。もう見てないから」

「……申し訳ない、面目ない」

「謝らないで」

 

 柔らかく返した表情は、暗闇の中で伝わるはずもなく。

 

 卓に手をやると、つつ、とグラスに触れた。(ふち)に口をつければ微かに、シロップの味。彼のだ。

 

 ふと、彼と同じ酒を飲めば、彼のハンターとしての姿勢に自分もなれる気がして。

 グラスに残ったもう半分を、ぐっと喉に流し込む。

 

 頭を強く殴られたような、甘く残酷な味。

 体に染み入る酒気(アルコール)は、かき混ぜられていないシロップと上手く馴染んでいなかった。

 

 ──自分もなれる気がして。

 そんなこと、できるわけがなかった。

 

 兄弟と言えどやっぱり他人だ。

 

 

 




 
 仕事に疲れた夜というのは、なんとなく気持ちが弱りやすいですね。
 いつの間にか人肌が恋しい季節となりました。

 今回で密林編はひとまずおしまいです。予定より長丁場になってしまいました。文章の長さもそうですが、特に時間の方が(ガクガク)なんと11ヵ月くらいかかっています。やばいね。
 最初の方の文章なんか、地味に今と文章の雰囲気に差が出ている……気がします。気だけ。
 
 今回は本編シナリオから見ると少し離れた内容のプチ番外編でしたが、最後はシヅメヅ兄弟の核心に触れました。
 次話からは主要キャラクターを登場させ、少しづつ本編シナリオに踏み込んでいきます。

 読了ありがとうございました! 次話も是非ご賞味下さい。
 評価、感想お待ちしています。



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【大盛り】幕間チェイサー
28杯目 『 振るえ、泥裂く白刃を 』上


 

 

 

 寒冷期。冬も、真っただ中。

 

 すっかり落葉を終えて禿()げた木々は、冷気の中でもどっしりと佇んでいる。

 今は昔、ここ──大社跡には、雷をつかさどる神さまが住まわれていたのだとか。

 

 

 

 なんて大層なおとぎ話を、彼女らはいざ知らず。

 

「キエエエエェェェェ──!!」

 

 響き渡ったのはモンスターではなく、ハンターの雄叫び。

 手の皮が破れんばかりに強く、両手のそれを握りしめる。

 

 鉄蟲糸(てっちゅうし)。銀髪の少女──ハンターの何倍も大きな相手をがんじがらめにしてねじ伏せ、運動能力を支配しきった。

 

 鎌鼬竜(れんゆうりゅう)オサイズチ。細身の体躯に夕焼け色の体毛、長い尾の先には銘のごとく大振りの刃。

 ガルクの相棒が周囲の子分──イズチを牽制していた。

 

 ハンターは鉄蟲糸を思いのままに操る。

 右へ! 左へ! 岩壁や廃屋に激突して、オサイズチの体に次々と傷が刻まれてゆく。追い詰められたようなその息遣いに、思わずハンターの口の端が吊り上がった。

 

 ぶつかった衝撃で、鉄蟲糸が少しずつちぎれ始める。そろそろタイムリミットだ。次の動作が最後になるだろう。

 ……だが。

 

「ギュワアァァッ!?」

 

 がくんがくん、ハンターの体がいきなり揺さぶられた。一つにまとめた長髪がばさばさと顔に当たって痛い。

 オサイズチが藪から現れた何かに驚いて大きくたたらを踏んだのだ。その拍子に鉄蟲糸も完全に解け、振り落とされてしまった。

 翔蟲受け身を取りつつ、急いで状況確認。

 

「何が──って、ガーグァ!?」

 

 彼らはたいてい西の水辺に住んでいる。普通は、東の山道エリアであるここにいるはずがない。

 倒れ込むオサイズチをひょいっと軽快に避けると、背に乗せていたものが──『ああぁぁぁ!!』と悲鳴を上げながら勢いよくぶっ飛んでいった。

 

 そう、ここにいるはずないのだ。普通は。

 けれどこのガーグァ、どデカい赤リボンとハミや手綱、鞍を身に着けている。

 

 オサイズチの動きを警戒しつつ駆け寄ってみると……ぶっ飛んだのは人。男だ。革のブーツや羽の耳飾りは、この辺りで見られない格好だった。

 

「お、おい。ここは狩場だ。一般人が立ち入るところじゃない」

 

 声をかけると、涼しい顔のガーグァを支えによろよろと起き上がる男。ひとりで立ち上がれたのであれば、大事には至っていないだろう。

 オサイズチと子分らは、遠巻きからこちらを睨んだまま襲ってこない。再び戦闘することより一旦退くことを選んだようだ。

 

「あいたたた……おや、これはハンターさん。背負っているのは太刀ですね?」

「……あぁ?」

「小型鳥竜種に襲われているところを助けていただき、どうもありがとうございます」

 

 ゆるんだ表情で、ご丁寧にも頭を下げてみせる男。

 先をそろえたクセっ毛の黒髪に、青い瞳。背はそれほど高くない。いぶかしむハンターに、鞄を背負い直した男は地図を広げてみせた。

 

「僕は急ぎの用事で『カムラの里』に向かう途中なのですが、道はこちらであってます?」

「……ん? まぁ、そうだけれど」

 

「おっと名前を……僕はシヅキと申します。このガーグァはカン子さん」

 

 そうしている間にも、オサイズチたちの騒ぐ声は遠くなってゆく。頭上のフクズクの挙動を見るに、狩場の外へ立ち去ってしまったようだ。

 つまり──クエスト失敗、である。

 報酬金や素材はおろか保険金さえ没収、なにより依頼を任せてくれた里の皆に顔が立たない。

 

「『閑古鳥(カンコドリ)が鳴く』のカン子です。このひとは物静かだけど」

「グアァ~ッ」

「えー、あなたのお名前は……」

 

「っっ……!!」

 

 

 

 ──今は! そんな場合じゃないんだ!

 

 雪鬼獣ゴシャハギもかくや。

 顔を真っ赤にして怒るハンターに、ガーグァ……カン子は大きなあくびをぶちまかした。

 

 

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 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 集会所じゅうが、重たい雰囲気に包まれる。

 

「各地に大陸各地で赤く輝く彗星が観測される現象、各地のモンスターが寒冷期にも関わらず活発化する現象……」

 

「これを解明するプロジェクトを、龍歴院はこう名付けました。

 ──“恐れ見よ、赤き災厄の凶星を”」

 

 男……シヅキの話に、みんながにが虫を噛み潰したような表情になった。提灯の仄かな灯りが面々に深い影を落とす。

 

「それで、あなたが龍歴院から派遣されたということですね。研究員として、大社跡に散らばる『彗星のカケラ』を調査するために」

「ですが今、大社跡ではオサイズチの群れが大規模化しています。赤い彗星の影響なのか……狩猟環境も不安定ですし、丸腰で出歩くのは危険かと」

 

 心配そうな様子のヒノエにミノト。竜人族の彼女らは、この里の受付嬢だ。

 

「まさか移動中に狩猟へ出くわすなんて……焦りから、こちらの予定を前倒しにし過ぎたせいです。申し訳ありません」

「困りましたね……腕に自信のある里のハンターは、みな出払っておりまして」

「狩猟を待ってからの調査では期日に間に合わないのでゲコか?」

「はい、どうも予定がカツカツでして……」

 

 これまた竜人族のギルドマネージャー、ゴコク様は顎ひげをなでた。

 ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げる男に、また面々の表情が暗くなる。

 

 ……

 ………

 

 柱の影。少女は顔をまた真っ赤にした。

 

(くそ、腹が立つ……!!)

 

 里の重役たちが、よそ者の男一人に振り回されている。なんだこの現状は。

 

 睨みながら最大金冠サイズで注文したうさ団子をひといきに頬張り、串までばりばり噛み砕く。

 隣で同じく団子をかじる相棒が、くぅんと切なく鼻を鳴らした。串は食うなよ、と言っている。

 

「おぉそうじゃ。オサイズチの狩猟を、おぬしにも協力してもらえばいいのではいいのではないでゲコか」

「え? 僕ですか?」

「名案です、ゴコク様! 龍歴院の頼りによれば、あなた様もツワモノのハンターだとか。装備の貸し出しもいたしますし」

「では、こちらで報酬金もしっかり用意しておきましょう」

「えぇ、お金の話を出されると弱いんですけど……」

 

 なんとあの男、ハンターだったか。だから初めてこちらを見たときも、武器の種類まで言い当てられたというわけだ。

 

「大社跡の案内として一人、期待の新人を同行させましょう。といっても、あなたを里まで連れて来た者ですが」

「そこでお話を聞いているでしょう?」

「!!」

 

 まさか自分の存在がバレていたとは。思わず肩が跳ねてしまう。

 いや、というか、風向きが悪い気がする。

 

「文武両道、眉目秀麗。里の期待の新人、“猛き炎”の一人でゲコ。ささ、自己紹介を」

 

 これは願ったり叶ったりとホクホク顔のゴコク様、ヒノエにミノト。これほど彼らを恨めしいと思ったのは、十八年の人生を生きてきて初めてだろう。

 三人の熱いまなざしに耐えられず、柱の影から一歩踏み出す。続けて、相棒も。

 

 ばさりと銀の長髪がなびいた。

 

「……私はイヨザネだ。“イヨ”で構わない。こっちのガルクの名は、ヨボロ」

 

 ワフン! 晩の空色の相棒は、嬉しそうに返事をした。

 

 

 

 

 

 

「……なーんて、いい具合に言いくるめられてしまったものの」

 

 ゴコク様たちの主張は分かる。

 

 百竜夜行の影響で、この里に訪れる観光客がぐっと減ってしまったのだ。観光業というのは人が人を呼ぶものである。このままだとカムラの里が世の中の認知から消えてゆくのはまだ良くて、最悪、災禍の里として知られてしまうしれない。

 シヅキという旅のハンターをおもてなしすることで、世に対する里のイメージを少しでも改善させようというわけだ。

 

 

「ったく……私は新人だから、里の事情だとか出払っている“猛き炎”たちの尻ぬぐいをさせられているんだ。早く新人の肩書から脱して未知のモンスターと出会ったり、狩りの腕を磨きたい」

「ワン、ワオーン!」

 

 そのおもてなしの一環として、イヨたちは修練場に来ていた。しぶしぶゴコク様たちの言いつけで、だ。

 ざぁざぁと滝の落ちる音、細かい水しぶきがこの時期にはやや肌寒い。負けじと管理のアイルーたちがせっせと働いていた。

 

「たはは……イヨさんの言う尻ぬぐいってのも、ごもっともだね。ヨボロ君もごめんよ、つき合わせることになっちゃって」

 

 もう一つ最悪なのはこの男、シヅキ。ウリナマコのようにふにゃふにゃしていて、とにかく()りが合わない奴なのだ。

 

 先程、集会所でゴコク様にうさ団子を奢られたときも、完食しきれずヨボロと泣く泣く半分こしていたし。

 翔蟲の扱いは下手くそで、疾翔(はやが)けを教えようにも──すごい技術だ、と感動していたが──すぐにボテリと落っこちるし。

 メイン武器は、思いっきりダダ被りだし。太刀二人なんて、狩猟中の立ち回りはどうしてくれる。

 

「ぶきっちょめ、アンタはいつもどうやって狩りに向き合っているんだ?」

「うぅ、すみません……明日の狩猟は頑張ってついて行きます……」

「フン。せいぜい私たちの邪魔をしたり(オツ)らないことだ」

 

 なんでも、ハンターズギルド間を行き来する際は装備品やハンターランクの申請がとても複雑らしい。たいていのハンターは持ち物を一新して新天地に赴くのだという。

 

 シヅキもそれなりの装備を持っているが、拠点の街に全て置いてきたと言い張っていた。そんな彼は今、貸し出しのカムラノ一式装備を着ている。

 これもイヨとお揃いで、かなりの気まずさがあった。

 

「では、最後にヨボロ……ガルクの乗り方を説明する。やれってゴコク様に指示されているからな」

「ワン!」

 

 嬉しそうに返事をする相棒。

 その背にひらりとまたがれば、背筋を伸ばすと視点がうんと高くなる。イヨの太腿の下、毛皮の下で、温かな筋肉がうごめく。肋骨が開いて、閉じて、ゆるやかな呼吸が繰り返されている。

 血が通っている彼に乗ると、確かな『生』を感じられる。イヨは、ヨボロに乗るのが好きだった。

 

「ほらアンタもやってみろ。ヨボロは賢いから、どんなに運動神経が悪くても大丈夫なはずだ」

 

 シヅキに促して、乗せる。彼の力んだ太ももや腰がプルプルと震えているのが、生まれたてのケルビみたいでちょっと笑える。

 当のヨボロはきゅんきゅんと鼻を鳴らす。

 

「なんか悲しそうだけど、何て言ってるの?」

 

 イヨは少しためらった。口を開く。

 

「──“シヅキはデカケツ”」

 

「キャヒィィン!!」

「こらっヨボロを太腿でぎゅーするのはやめないか!!」

「僕は傷ついた! これはめちゃくちゃ傷つ(いた)ぁぁッ!?」

 

 弱点特攻、嘆くシヅキの尻をしばいてヨボロから降りさせる。けれど、ヨボロは尻尾をぱたぱた振っていた。

 ──そう言えば、彼は里の外からやって来た人を乗せたことがなかったんだっけ。

 

「フン、ガーグァなんぞに乗っているからケツがデカくなるんだな。世間ではガルクをオトモにしないのか?」

「うーん……南の地方のモガってところでは奇面族をオトモにした例もあるみたいだけど、牙獣種のガルクなんて聞いたことなかったな」

「なんだ、知らないのはもったいない。私たち“猛き炎”……里のハンターにとっては欠かせない存在だというのに」

 

 ため息混じりに虚へぼやくと、シヅキは少し考えた後にぽんと手を打った。

 

「じゃあさ、イヨさんが広めればいいんじゃない? 旅のハンターになって、自分の足でさ」

「……は?」

 

 思わず、気の抜けたな声が出た。

 滝の音がひと際大きくなったように感じる。

 

「居つきのハンター業もいいけど、旅のハンターも捨てがたいよ。色々な自然環境やモンスターに、人間、考え方に出会える。出会いの数だけ、発見があって──」

 

「ふざけるな!! 里は今、たびたび発生する百竜夜行で手一杯なんだ! そんなのん気なことができるか!!」

 

 自分でも驚いた。自分の声が思った以上に大きかったこと、言葉のとげとげしさに。少し恐ろしい気持ちにもなった。

 けれど、いちど滑った口は止まらない。

 

「私は早く“猛き炎”たちに追いつきたくて、技術を磨きたくて、それで里の皆を守りたくて……だから、そんなハンター業なんてっ……」

 

 頭の中も、言葉の順番もぐちゃぐちゃだった。

 自分がなぜハンター業をやっているのか、何を目指しているのか、どうやって狩りと向き合うのか。気持ちを言語化できないのがとても悔しかった。

 

 ヨボロも耳と尾を垂れ、じっとイヨの言葉を伺う。イヨの心情を察しているようだ。

 困ったように彼の背をなでてやりながら、シヅキは消え入るようなイヨの言葉を継いだ。

 

「そうか……そうだよね」

 

 いっそ、何か一言でも責めて欲しかった。その微妙な肯定こそがむしろ苦しい。

 

「無責任なことを言ってしまってごめんなさい。君は、とても熱い気持ちでハンター業をやっているんだね。“愛”があるっていうか」

「……フン、脳内ぱやぱやのデカケツ野郎め」

 

 今日はこれ以上この男の顔を見ていられない。否、こんな自分の顔を見せられない。

 顔を背けて修練場の中央を指してやる。次の言葉が出るまで、少しだけ時間がかかった。

 

「そいつ相手に、明日の狩りまで素振りでもしているんだな」

 

 動かぬからくりの虚ろな(まなこ)だけが、彼らをじっと見つめていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ──やめて。水が濁る。水場を、荒らさないで。

 

 視界が反転する。頭を──最大の弱点である頭の皿を地に打って、意識がぐらりと傾いだ。

 底の泥が自重でえぐられ、清流がどんどん煙っていく。

 

 眼前の彼はのどを反らせ、寒空へと咆哮。

 あっ、と思ったときには、腹に左右から尾の斬撃を食らっていた。

 わたしの硬い鱗や甲殻は背中にしかない。水底を進むために腹は滑らかな皮膚になっている。鋭く尖った彼らの尾は、たやすくわたしの体を切り裂いた。

 

 痛い。やめて、やめてくれ──

 

 平たい手で払いのけても、短い尾を振り回しても、体の小さな彼らはまとわりついてくる。四方八方からの攻撃に情けなくうずくまるしかない。

 ざりざりと足の裏で砂を噛む感触がいやに冷たく、情けなく感じられた。

 

 頭上に重なる、甲高い勝鬨(かちどき)の喧騒。彼の足元にはずたずたに傷ついたケルビが、息も絶え絶えに血を流す。清流を赤黒く濁していた。

 

 彼は、精鋭のより何倍も大きな尾の刃を振り上げる。脂にぎらりと濡れるそれを食らえばひとたまりもないだろう。精鋭の攻撃でさえ、こんなに痛いのだから。

 

 恐怖に冷え固まる手足、思考。彼が力を溜める様子が、いやに遅く感じられるもので。

 しかし。

 

 果たして……彼の尾は振り下ろされなかった。

 彼はあたりを注意深く見回し、不本意そうに精鋭をなだめる。何か遠くの気配を感じ取ったのか、襲う気が変わったようだ。

 気に入っている水場を譲るのは嫌だけれど、この隙に退くしかない。

 

 わたしは彼らのようにすばやく走ったり、身軽に跳ぶことができない。

 足を引きずり、ほうほうの(てい)で岩陰に飛び込んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 さく、さく、と枯草を踏む足音、二人と一匹ぶん。

 

「この緑の甲羅はアメフリツブリ、ソウソウ草のまわりを飛んでいるのはヒトダマドリ。後ろ足で白い土を転がしているのは、雪玉コロガシだ」

 

 午前の大社跡、冴えわたる空気が気持ちいい。絶好の狩り日和だ。……反して、イヨの気持ちはどんよりと曇っているが。

 しかし、これも里のためになる仕事の一環だから仕方がない。環境生物を見ることでなんとか機嫌を保っていた。

 

「知らない生き物ばっかりだなぁ。単にこれまで狩場で見ていても、認識してなかったかもだけど」

 

 ここは冬でも生命の息づく気配が濃い。藪の中や草の裏側なんかは環境生物たちの住みかだ。

 イヨが環境生物の話をするたびにシヅキはいちいちハンターノートにメモをとる。どうやら彼はメモ魔らしい。

 

「生き物を知っていると、ただの風景も面白くなるねぇ」

「彼ら環境生物の力を借りれば狩猟はだんぜん有利になる。もっと自然を知って駆使すべき……あ、アンタのそばを通ったのはエンエンク。毛がふさふさしたやつだ」

 

 

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「おぉ、エン……エン、ク?」

「それはブンブジナだ」

 

 一体どんな間違え方だ。ブンブジナの子供相手にしゃがむシヅキの頭をしばく。

 指示通りにエンエンクを猟具生物カゴに入れながら、彼はふとイヨに切り出した。

 

「君と一昨日会ったとき、君はモンスター……オサイズチの背に乗っていたよね。『乗り攻防』とは違ったようだけど、あれは一体どんな技術?」

「あぁ、『操竜』か。里に伝わる伝統的な狩りの技術だ。ハンターが唯一モンスターをねじ伏せられる力なんだ」

 

「『操竜』……」

 

 シヅキの目がわずかに伏せられる。まるで吟味するように、低い声で呟く。

 

「……竜を、操る。竜をヒトの手で操る、ね」

 

「なんだ、文句あるのか? 心が痛むハンターもいるようだが、そうでもしないと百竜夜行は乗り越えられないんだ」

「いいや、何でもないよ。見たことない狩りの技術だなって。その考え方にも納得です」

 

 ウリナマコのようなふにゃふにゃの表情に戻るシヅキ。しかしどこか取り繕っているようで、何を考えているかはイヨに推し量ることができなかった。

 

「じゃ、この狩りが終わったら乗り攻防の話をしてあげよう。バルバレに伝わる狩りの技術なんだよ」

「フン……あんまり興味ないな。なんと言っても私は、里の狩りの技術を磨くので手一杯だから……っと、これは」

 

 

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 二人と一匹が訪れていたのは狩場の西、水辺のエリア6。イヨは足元、川底の砂利に埋もれかけているそれを拾った。シヅキも続いて覗き込む。

 

「何だいこれ、モンスターの落とし物かな?」

「『輝く尻子玉』だ。精算アイテムだから持って帰れないけれど」

「玉!? レアアイテムじゃん。一生遊んで暮らせるお値段になるんじゃないの?」

「何言っているんだ。尻子玉は……」

 

「謎の臓器なんだぞ」

「え、何それ怖」

 

 だが、ハンターとしての本能は気配の名残を感じていた。どうやら落とし物は輝く尻子玉だけではなさそうで、ヨボロも鼻を地に擦りつけてにおいを嗅ぎだす。

 

「緑色……の甲殻のカケラに、血か。ケルビの死骸もある」

「これは河童蛙(かっぱがえる)……ヨツミワドウのものだ。好物のウリナマコためなら大陸……フェルジア大陸まで渡るほど食いしん坊の両生種で、水場を荒らされるのを特に嫌う」

「なるほど、水場に寄ってきた動物をぱくりと丸呑みってわけか」

 

 ふむふむとイヨの話をまたハンターノートにメモするシヅキ。少し首をひねった。

 

「ん? 丸呑みするのに死骸をわざわざ残しておくか?」

 

 その言葉にピリ、と本能が逆立つ。ヨボロが唸り始めた。

 

 

 

 ──その時。

 

 

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「キョン! キョン! キョエエェェ────!!」

 

 まさに、警鐘。耳をつんざくような遠く響く声。ざわりとにわかに狩場が沸き立つ。

 ふり返れば、山道から下りるのはかの竜、オサイズチたちだ。その左眉についた傷は先日イヨがつけたもの。同じ個体で間違いない。

 同じく先日倒した精鋭も補填して、奴らはこの水場を蹂躙するにふさわしい佇まいだった。

 

 墨を落としたような金の瞳たちが、こちらをぎろりと睥睨(へいげい)する。

 

「あいつ、縄張り争いした場所にわざわざ戻ってきたんだ!」

「それだけ自分の実力に自信があるってことね!」

 

 反射的に背のカムラノ太刀を抜刀する。挟撃の陣形で回り込むようにヨボロが、イヨと背中合わせにシヅキが。

 

「合わせる。好きに動いて」

 

 キン、と背中越しに彼の得物、鉄刀の(つば)鳴り。不思議と曇っていた気持ちが澄むような、血がたぎるような高揚感を──いやいや、イヨは小さくかぶりを振る。

 

 だって、こいつは。

 うさ団子もひとりで完食できなかったくせに。 

 翔蟲も使えないくせに。

 ヨボロに乗るのも下手なくせに。

 

 なにより、操竜を嫌がるくせに。

 

「──当然!」

 

 “猛き炎”の一人として、よそ者のシヅキに格好悪いところは見せられない。彼が動く前に駆け出す。

 

 先手必勝。一歩一歩蹴るごとに冷たい水しぶきがはねる。そのまま猟具生物カゴの雪玉コロガシを掴み、思い切り投げ──

 ……変な踏切をして、肩に力が入った。

 

「キエエェェェェ!」

「ぅひゃあ゛ァァァつめたぁさっむァァ!?」

 

 ──超変化球は、追いついたシヅキの背にクリーンヒット。飛び散る氷のカケラ、ころころ転がってゆくコロガシ。彼の絶叫は気持ちいいくらいに大社跡に響き渡った。

 むしろオサイズチたちの方がそれに驚き、警戒態勢になる。

 

「んなっ、ぼさっとしているからだ! 前見ろ!」

「はぇッ」

 

 悶絶しているシヅキが振り向けば精鋭イズチが二頭、尾を振り上げ迫っていた。なんとか地を蹴り寸前でかわすと、すばやく背の鉄刀を抜く。これも里の工房からの貸し出しだ。

 

 ところが、その刃先にバシッと当たる──宙を漂っていたホムラチョウ。

 人魚竜イソネミクニの眠り粉にも劣らない量の鱗粉が、二人の頭に降り注いだ。

 

「おごぅガハッごへぇっ!?」

「ゲホッゲホッ……ホムラチョウをそんなに強く叩く馬鹿がいるか! このデカケツめ!!」

「ごほっ、ごめんなさーい! でもデカケツは余計です!」

 

「──ワンッワンッ、アウッ!!」

 

 咳き込む二人の前にヨボロが割り込んで、オサイズチの目をくらませる。尾の一撃は狙いが外れ、水底の泥を深く抉った。

 その隙にヨボロはカムラガルノ鉄刀で斬りつけ、着実にダメージを負わせる。

 

「ナイスだヨボロ!」

「バウッ!」

 

 頼もしく返事をする相棒に視線を送り、ぎらりと抜刀。怯んだオサイズチの脳天へ大きく振りかぶる。しかしすんでのところで体をずらされ、毛束をザクリと刈り取るのみだ。刀身に皮脂がへばりつく。

 

「キエッ……!」

 

 いらついて、続ける横薙ぎにも力が入ってしまう。読みだけは当たって、オサイズチの脚を雑にえぐった。

 しかし、反撃。視界いっぱいに体毛の橙が映ったかと思うと、ぐるんと反転して冷たい砂利がぶちまけられる。体当たりで吹っ飛ばされたと気づくには、少しだけ時間がかかった。

 

「イヨさん落ち着いて、落ち着いて」

 

 対してシヅキは精鋭イズチの連撃をいなしているが、反撃は浅く決定打に至らない。むしろ、彼の方がすでにかすり傷を負っていた。

 

 私に声をかけている暇があるんだったら、さっさと精鋭イズチどもを処理すればいいのに。

 

 心の内で嘲笑半分、失望半分。ならば、自分がこの男の分までオサイズチの相手をしよう。

 

 再び足と腕に力を込めて、オサイズチへ抜刀二連斬り。突き、斬り上げ、斬り下ろし。

 集中力が徐々に高まり、気が練られていくのを感じる。

 

 ぶん、と首を狙ってくる大振りの尾をかがんで避け、オサイズチの軸足を突いた。がくりと体勢が崩れるのを見逃さない。 

 

 翔蟲を上空へ飛ばし、オサイズチの肉体を踏み台に。

 そのまま跳躍、ぐるりと反転する視界に任せて左足を重心に、右足で遠心力を増幅させる。

 

「キエエェェェェ──!!」

 

 飛翔蹴りからの、兜割り。太刀の技の中では最大火力を発揮する。

 

 しかし、一枚上手なのはオサイズチの方だった。穿(うが)つような斬撃は余裕をもってかわされ、大きな隙を晒してしまう。

 しまった、と理解するより先に──

 

「あぅッ……!!」

 

 やられた。

 オサイズチの尾に続けて、精鋭イズチのタックル。後頭部を突き抜けるような衝撃に視界が白く塗りつぶされる。倒れた拍子にめまいを起こしてしまったのだ。

 

「イヨさん……! ヨボロ君、そっちのイズチを!!」

 

 ぐわんぐわんと荒れ狂う感覚の遠くに、ヨボロの吠える声がするような。続けて肉を刃が絶つ音、イズチの悲鳴。攻めに転じたのはヨボロたちの方だろうか。

 なんとか視界がクリアになる頃には、オサイズチたちの背は虚しく山道に消えてしまった。

 

 追おうとするも、後からがしりと腕を掴まれる。シヅキだ。

 

「この、放っ……逃げられたんだぞ!」

「うーん、彼らはこっちをまだ脅威と見なしていない感じかな……それより頭打ったみたいだけど大丈夫? 気分悪いとか、ない?」

 

 見れば、彼の鉄刀の柄にはイズチの体毛と血がべったりとこびりついている。得物の手入れより先に体調を気遣われて、神経がまた逆だった。 

 イヨはようやく、掴まれた手をゆるりと振り払う。

 

「こんな怪我、これを飲めば大したことない。私に構わずオサイズチを追え」

「おっと、その応急薬はストップだ。急に吐き気が来るといけないから、しばらくは胃に物を入れるのをやめた方が……えーと、こういう時は」

 

 シヅキは腰の猟具生物カゴをごそごそ探り、アメフリツブリを取り出した。両腕に粘液がくっつくのも構わず地面に置くと、アメフリツブリは背から緑色の霧を吹き出し始める。

 

「おぉ。こりゃ便利だね」

「……」

 

「さっきの大ジャンプ、すごかったよ! オサイズチを蹴るところなんかエリアルスタイルにも似て……でも翔蟲の力なのかな? ちょっと違った」

 

「スタイルにも狩り技にも、あんなのは見たことない。この狩りが終わったら修練場で見せてほしいな」

「……フン」

 

 心身ともにじゅくりと沁みる。傷を癒すアメフリツブリの霧か、シヅキの言葉か。

 

「外した技だ。あえて言及されると逆に気分が悪くなる」

「あぅ、これはスミマセン。でも技の失敗は恐れずに次もやってみよう。僕も(ヘイト)稼いでサポートするから」

 

「──イヨさんなら、できるできる!」

 

 彼は笑顔で拳を握って見せた。

 ぷつりと鉄の味。思わず噛み締める唇が破けた。

 

 精いっぱいの反発心で無理やり立ち上がり、ヨボロの襟巻を掴む。彼は少し抵抗したけれど。 

 

「フン。後からチンタラ追ってくるんだな」

 

 沁みる痛みを振り切るように、面舵いっぱい。一人と一頭は、すぐにトップスピードに乗った。

 

 

 

 

 



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29杯目 『 振るえ、泥裂く白刃を 』下

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

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「──キエエェェェェ!!」

 

 どう、と泥水がはねる。描く曲線は、彼女の太刀筋にも似て。

 

 振り回される前脚に見切り斬り。まるで水がとめどなく流れるように、イヨはオサイズチの攻撃を次々とあしらい反撃していく。

 こうして正面からの攻撃を受け流し、ヨボロとのチームワークで隙を作らない型が、イヨたちの得意とする狩り方だった。

 

 天狗獣ビシュテンゴ。岩竜バサルモス。飛雷竜トビカガチ。雌火竜リオレイア──他にも数えきれないくらい。

 たくさんのモンスターをこの狩り方で、この手で、ただがむしゃらに刈り取ってきた。

 

 だから今更、オサイズチなんて恐れるに足らないはずなのに。

 

 この個体、これまで狩ってきたオサイズチよりもかなり手ごわい。統率力がずば抜けていて、前回対峙したときよりもさらに技が磨かれていた。頭数(あたまかず)の差はたったの一つなのに、何度も背後を取られている。

 イヨたちは一対一の勝負には強いが、囲まれるのが苦手なのだ。

 

「キェ……!」

 

 後ろから振り回される精鋭イズチの尾に太腿を切り裂かれ、痛みよりも不覚をとられた失意で尻もちをついてしまう。盾にと間に割り込んだヨボロは、タックルで吹っ飛ばされていった。

 

 振り返る間も、息つく間もない。目まぐるしく流動する立ち位置に、命が刈り取られそうになる感覚に、心臓が早鐘を鳴らし続ける。

 

 翔蟲受け身で、オサイズチの股下に転がり込んだのが失敗だった。

 そこが自分の死角だと奴は十分に理解していた。

 

「がはっ!?」

 

 潰しとばかりに強靭な脚で蹴られ、イヨは泥の中を転がる。アイテムポーチが浸水し、中の薬草や携帯食料がダメになったのが嫌でも分かる。ひやりと一瞬思考が止まった。

 

 すなわち、敗北の味。膝をついたまま固まった。

 

 

 

 その時──奴らは一斉に同じ明後日の方を向く。

 

「やっぱり子分は二頭だけ? ランポスやマッカォより少ないな」

 

「キョンキョン」

「キュワ、キュワッ」

 

 精鋭イズチの警戒の声。新手の登場には下手に動けず、鳴くことしかできないようだ。

 なぜなら彼は、まだ脅威とみなされていなかったから。エリアに漂い始めるうすら白い煙が、群れを混乱させていた。

 

 エンエンクのフェロモンだ。そして、それを懐に忍ばせているのは──シヅキ。

 

「いやー、エリアまたいでの移動はさすがに探すのキツイわ。足跡と、上を飛ぶ鳥の動きでなんとかここまで来れたけど」

「っ……!」

 

 そう言えばシヅキにフクズクの見方を教えていない。修練場ではできないことだったので、狩場に来てからもすっかり忘れていたからだ。

 

「……なんだ、分からないことがあったら先に聞いてくれればよかったのに。本当にチンタラしていたんだな」

「どうしてペイントボール持ってないのかなーって思ってはいたんですー! 聞かなかったのは謝りますから!」

 

 一瞬だけ口を尖らせたシヅキだったが、すぐに真剣な表情になる。

 

「イヨさんはもう薬飲んでも大丈夫かな? 二人は回復次第、無理せず付いてきて」

「──……」

 

 キン、と鉄刀の鯉口が切られる。

 自分以外の太刀使いなんて──ハンターなんて、一緒に狩ったことがなかったから。その澄んだ音に、止まっていた思考が解けてゆく。

 

「さ、彼らもやっと僕を認識してくれたわけだし、遅れたぶん頑張りますよ」

 

 たった一人で踏み出したシヅキ。ばしゃりと泥水が飛び、三頭の(ヘイト)はシヅキに一点集中した。

 

「こりゃ便利。エンエンクのこの煙、角笛みたいな効果なのかな?」

 

 先鋒は我だと襲い来るオサイズチ。いなし、背後から飛びかかる新たな精鋭イズチを滑るように斬り払う。やや甘めの太刀筋。

 横からもう一頭が、そこへ畳み掛け──

 

「キュワアッ!?」

 

 パッと血が飛ぶ。しかし、痛みに身をよじらせたのは精鋭イズチの方だった。

 隙を見逃さず、シヅキは踏み込みながら気刃斬りを横に一閃、縦方向に二閃。血濡れの鉄刀は白昼の日を弾くことなく、一頭のイズチを泥に沈める。

 

 圧倒的な(つよ)さ。包囲網をあっけなく突破した。

 まるで吹きつける突風のように。まるで筆のとめはねのように。いなしとカウンターで緩急鋭い斬撃は、絶大な突破力を秘めていた。

 

「アンタ、そんな攻め方っ……」

 

 しかしシヅキも無傷ではない。いなすごとに代償として、体が傷ついてゆく。

 まさに、命を削りながら繰り出す斬撃。その刃に練気とは異なった集中力が上乗せされているのを、イヨは同じ太刀使いとして感じ取っていた。

 

「これは“ブレイヴスタイル”。攻め続けることを真髄とする」

ブレイヴ(気炎)……」

 

 イヨの心臓が高く波打ち、体が一気に熱くなる。たった今初めて見ただけ、真髄も何も知らないけれど、とてもかっこいいと思った。

 

「僕はイヨさんの言う通りぶきっちょだからね。このスタイルでしか狩りと向き合えなかった。でも、後悔はしていない」

 

 自嘲。けれど、声色(こわいろ)には堅い意志があった。

 

「これが、僕の賭すものだ」

 

 破竹の勢いでカウンター、カウンター、カウンター。

 怒り狂うオサイズチたちへ、すれ違いざまの白刃が叩き込まれる。

 

「ぅう、おおぉぉッ……!!」

 

 これ以上お荷物になっていられない。

 泥に浸かりきった膝に力を入れ、震えながら立ち上がる。たたら製鉄所の煙突のように息が白く(けぶ)り、汗がぼだぼだと垂れる。

 隣から、泥と傷まみれのヨボロが支えてくれた。

 

「シヅキ、私はッ、どうやって狩猟と向き合えばッ……!」

 

 応急薬を口の中の泥ごと飲み下す。手の甲で雑に拭うと、シヅキが一旦後退してきた。

 オサイズチは天へ高らかに叫び、新たな精鋭を呼び出す。奴──(かれ)は、精鋭たちにとって確かな(オサ)だった。絶対的な信頼関係がそこにあった。

 

「僕も迷うことはある。彼らモンスターにも家族がいて、住む場所があって、主張があって、生きる尊厳があるのだから。けれど、同時に思う」

 

「そうして迷いを持ちながら立ち向かうのは、それこそ礼を欠いているのではないかと。彼らは生き抜くための全てを賭けて、僕らハンターに挑むから。そんな彼らに──」

 

「自分が“最高に好きだ”と誇れる技、知恵。武器に防具、スタイル。持てる全てを賭して挑みたい」

 

 呼び出された精鋭イズチは凛々しい顔つきをしている。自分の生きる場所を守ろうと、その命を差し出してくる。

 

「そのやりとりは、あまりにもシンプルな一言に収束する。──“すなわち狩るか、狩られるか”」

 

「“すなわち狩るか、狩られるか”……!!」

 

 吠えて、踏み出し、抜刀した。襲い来る精鋭イズチを断つ。一撃で首をへし折り、絶命させた。

 

 

 

 しかし、戦況はさらに揺らいでゆく。雷のような咆哮がエリアじゅうに轟いた。

 

「グワワワァァァ──ッ!!」

 

「ヨ、ヨツミワドウ!?」

「エンエンクの煙に釣られてやって来たのか!?」

 

 狩猟環境不安定──事前に忠告は受けている。

 このエリア10、水場だ。ヨツミワドウにとっても縄張りなのだ。

 

 オサイズチは甲高い声で指令し、新たな精鋭をこちらに、自らはヨツミワドウへと向かう。どちらも排除してこの水場を我が物にするつもりらしい。

 

 釣られてきたものの、このヨツミワドウは臆病なようだ。

 

 戦闘と分かると一目散に逃げようとするが、精鋭イズチの尾の追撃を食らってあっけなく横転した。もたつく足がぬかるみにはまり、身動きがとれなくなる。

 

「イヨさん、二頭相手はさすがにまずい! 一旦退くべきじゃないか!?」

 

 精鋭イズチを牽制しながら叫ぶシヅキ。

 撤退すべきか。手に巻き付けている鉄蟲糸を握りしめる。口の中の泥が鉄の味で上塗りされる。

 

「……私は、どう狩りと向き合うのか。昨日の修練場では答えを出せなかったけれど。シヅキにヨボロ、今ならもう出せる」

 

 けれど、味はもう気にならなくなっていた。彼は一瞬だけ戸惑いを見せたが、にこりと承諾の笑顔を送る。

 

「いいとも、最後までサポートします」

「ワフン!」

 

 じわりと心が温かくなるものの今はそれどころではない。駆け出しながら、頭の中で瞬時に計算を組み立てた。

 

「操竜をしかける! シヅキは精鋭イズチの掃討、ヨボロはその援護に!」

 

 イヨはヨツミワドウの手足にすばやく鉄蟲糸を引っ掛け、甲殻に覆われた背に飛び乗る。

 

 何度も打って痛む背筋を伸ばす。視点がうんと高くなった。イヨの足裏の下、分厚い甲殻の下で、温かな筋肉がうごめく。肋骨が開いて、閉じて、激しく呼吸が繰り返されている。

 血が通っている、確かな『生』。モンスターなんてみんな里を脅かす敵としか認知してこなかったのに、ヨツミワドウもまたヨボロと等しい『生』だった。

 

 鉄蟲糸を、思いのままに操る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ヨツミワドウの、圧倒的な質量を活かした突進。一頭の精鋭イズチもろともばごん、とぶつかる。

 平たく強靭な手でパン! とその頭が叩き潰されて、オサイズチの自慢の牙がへし折られた。

 

 操竜とは、モンスターをねじ伏せるためのハンターの力というよりも。彼らが貸してくれる力だった。

 我ながら、最高にすてきだ、と思った。

 

「シヅキ。アンタはさっき、持てる全てを賭して挑みたいと言ったな」

 

 

「賭すものは、“最高に好きだ”と誇れる技、知恵。武器に防具、スタイル。──それら全ては、私達(ハンター)にとっての、“愛をカタチに”だ」

 

「“愛をカタチに”することが、私の狩りとの向き合い方だ」

 

 タイムリミット。強く握って血まみれの鉄蟲糸がちぎれていく。

 ヨツミワドウは大きく跳躍し、オサイズチを押しつぶす。回避しきれず、長い尾が砕けてぐしゃぐしゃになった。

 

 受け身しきれないイヨを、泥に落ちる前にヨボロがうまく背で受け止める。

 ヨツミワドウは、足を引きずりながら静かに藪へ沈んでいった。それを横目に、シヅキは目を瞑りながら鉄刀をゆっくりと構える。

 

「──そう。僕も“愛をカタチに”したいものだ」

 

 言葉はまるで、オサイズチへ語りかけるように。自分自身へ言い聞かせるように。

 オサイズチの喉を引き裂くような雄叫び。振り上げられる前脚を、シヅキは後ろに大きくステップしてかわした。どぼん、大きく泥が飛ぶ。

 

「……あぁ。こんなに素敵な出会いがあるから、僕はハンターをやめられない」

 

 ぐっと深く腰を落とせば、重心の振り子によって推進力が増幅する。

 練気によって筋肉の軋む音。そして──放たれた。

 

 一閃、二閃!

 

 太刀そのものの質量と遠心力、慣性は、オサイズチを精鋭のイズチごと吹っ飛ばす。

 ひとつ遅れてあたり一面に大量の血がぶちまけられ、水面に黒々と染みを描いた。

 

 振り上げていたその両の手首は、関節から()ね飛ばされていた。

 

「“桜花鉄蟲気刃斬”……!?」 

 

 カムラの里の技術であれば、翔蟲の力を借りることでやっと完成する技だ。それをこの男は、生身ひとつで。

 一体どれだけの鍛錬を積んできたのか。想像は難くない。

 

 まだ見ぬ新しい狩りの技術に触れると、ドキドキする。ワクワクする。自分も身につけたいと思う。

 この世界には、一体どれだけの狩りの技術があるのだろう。“愛をカタチに”があるのだろう。

 

 両手を失ってバランスを崩し、もんどりうって倒れるオサイズチ。あれではもう、普通の生活は望めないだろう。

 キン、とシヅキの鉄刀が納められる。

 

「さぁ、狩りを終わりにしよう」

「──当然!」

 

 すべてを言い終える前に、イヨは駆け出していた。

 シヅキは大きく後退、また精鋭イズチも倒されたので最前線には空隙ができている。

 

 すばやく翔蟲を繰り出した。何度も豆が潰れた手で、その鉄蟲糸をしかと捕らえた。

 あなたへ全力で伸ばす手は、私の愛のカタチを届けられるだろうか。

 

 ぐん、と互いの体をかき抱かんばかりに肉薄した。

 ぶつかる直前に踏んで、脚の力めいっぱいに蹴って、跳躍。

 

 くるり、装備の帯が、銀髪が、軽やかに弧を描いた。

 三半規管を、体幹を、四肢をたくみに操って、カムラノ太刀の刃をまっすぐに地へ向け。

 

 

 

 暴れ狂うほどにみなぎる練気が、祈りが、声に出ていた。

 

 

 

「気炎、万丈──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『 鎌風一陣 迫り来る 鎌風二陣 攻め寄せる

 長の鎌風 来たりなば 已すでに土壇場 三枚おろし 』」

 

「あらー、お(うた)がお上手」

 

 シヅキは、驚いたように顔を上げた。

 彼の手はいまだにオサイズチへ合わせられている。彼の故郷では、狩ったモンスターをこうやって(いた)むのだとか。

 もはや原型を残していないほどに傷ついた精鋭イズチたちにも、一頭一頭手を合わせていた。イヨもなんとなく、ヨボロは頭を垂れて(なら)っていた。

 

「……フン、ありがとう。自己満足だけれど、倒したモンスターには詩を作ることにしているんだ。モンスターを知らない里のひとに披露しても仕方ないし、こいつだけに聞かせていた」

 

 ワフン! と嬉しそうに返事をするヨボロ。彼はイヨの詩を聞くのが大好きだ。

 

「彼は良い相手だった。良い仲間を持ち、良い技を使い、良い覚悟で私達に挑んでいた」

「そうだねぇ、とても素敵な相手だった。何よりこの巡り合いと武運に感謝だ」

 

 顔をほころばせて最後の精鋭イズチに手を合わせる二人。目を瞑りながら、シヅキは言葉を紡ぐ。

 

「君は君の答えを見つけられた。でも僕はこれからも迷い続ける。多分、ハンター業をやっている限りはずっと」

「あぁ、好きなだけ悩めばいい。それも一つの、ハンターとしての姿勢だろう。だが一瞬でも半端な気持ちになってみろ、彼らの牙はアンタの首を簡単に刈り取る」

「たはは……どうも、痛いほど実感してます」

 

 合掌を解いたシヅキは、傷だらけの顔で苦笑いした。

 

「ハンター業って、大変だよね」

 

 くしゃりとした、いなしの笑顔。腹が立ったから、そのいなしをもぶち抜くように豪語してやった。

 

「けれど、悪くないだろう?」

 

 

 ……後から互いに照れが来て。

 二人の狩人は赤面し、同時にそっぽを向いた。

 

 

 

「よしヨボロ君、ベースキャンプへ帰ろうか! やっぱり無事に帰還するまでが狩猟ですよね!」

「んなっ、逃げる気か!」

「ワフン? ッワウワウ! ワフン!」

「どしたの……ってええええベースキャンプ目掛けて赤い光が落ちていくんですけど!? なんだあれ流星!? これも赤い彗星の影響なのか!?」

 

 どこにそんな元気があることやら、シヅキとヨボロはびゅうと山道を駆け下りて行く。

 

「おいシヅキ、帰還するには……」

 

 翔蟲のファストトラベルで帰った方が早い、そう言いかけてやめた。

 たまには徒歩で帰ってもいいだろう。今なら、これまでとは違った大社跡に気づけそうだから。

 

 痛む腰を伸ばし伸ばし見上げると、冷たく気持ちのいい風が木々の間を吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 イヨは振り返る。

 

「……それで、オマエはいつまでそこにいるんだ」

 

 上位ハンターであるシヅキや鼻の効くヨボロが、息をひそめる彼に気づかなかったはずがない。

 

 声をかけた茂みからは、平たい形の瞳がふたつ、じいっとこちらに向けられていた。

 

 操竜されてからも彼──ヨツミワドウは、ずっとここで狩猟の顛末(てんまつ)を見ていたのだ。単に、身の危険を感じて動けなかっただけかもしれないが。

 

 けれど、操竜の最後の跳躍が鉄蟲糸の力ではなく、ヨツミワドウ自身の意志によるものだったのを──イヨは分かっていた。

 

 ここ大社跡は、カムラの里のそばにある。一般人が近くを通ることもある。

 彼がここにずっと居座っていれば一般人と遭遇してしまうかもしれない。すると、カムラハンターズギルドから狩猟対象に指定される。そうして間もなく、ハンターの手によって狩られる。

 

 イヨはうんうん唸って、考えて、考えて、考え込んで。 

 本音は、正直、そんな悲しいことは起こらないで欲しかった。仮定でしかないけれど、彼がこれ以上危険に脅かされることなく過ごせればいいなと思った。

 

 だから、結局。

 

「……フン、オマエも帰れ。狩られたくなければな」

 

 血に濡れたままのカムラノ太刀を抜いて見せた。彼はやっと、のろのろ身じろぎしてまばたきする。

 竜は言葉を好まない。オマエとヒトは力の貸し借りがあっても、共に暮らせない……なんて意味は伝わっただろうか。

 

 彼に構わない方がよかったのかはわからない。自分が納得するかだとか、寝覚がいい、悪いだとかの問題だけれど。

 でも、何もせずにいるよりかは。これだけが、今の自分にできる愛のカタチだったから。

 

 ややあって。

 脚を引きずり、藪をかき分ける気配と共に彼は去っていく。臆病なくらいが、この世界でうまく生き延びられるのかもしれない。

 

 

 

 大社跡のはるか上空、天翔ける赤い彗星のみが──この、一頭のヨツミワドウの行き先を知る。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 そんな狩猟があってから数日。

 年末もいよいよ間近となったが、ここ修練場の扉は変わらず開放されていた。

 

 

 

「──剥ぎ取りナイフをね、こうやって逆手に持って。モンスターの背中を……こうする」

 

 ──ざくざくざくざく!! 滅多刺しする仕草に、イヨとヨボロは悲鳴を上げた。

 

「キエェ……お、恐ろしいな。乗り攻防は」

「そうかな? 僕は疾翔けのほうがよっぽどおっかないけど」

 

 適当な岩に座り、うさ団子をかじる二人と一匹。隣でガーグァ──カン子がぐうたら寝ている。

 

「鉄蟲糸がなければどうやってモンスターの背中に掴まるんだ? モンスターも暴れるだろう?」

「え、なんというか、太腿でぎゅって挟む感じ? あとは普通に手でしがみつく」

「さてはホウヘイヒザミだな? 砂原にいて、壁にくっついている環境生物だ。それから、コダマコウモリみたいでもある。モンスターの背中にまとわりついて──爆発するんだ」

 

「乗り攻防を勝手に爆発させないでね?」

 

 シヅキのツッコミにハン、と鼻で笑うイヨ。しかしその手元にはシヅキの話がびっしりとメモされたハンターノートがあった。実は、彼女もメモ魔だ。

 

「外の世界にはたくさんのハンターの拠点があるんだな。巨大研究機関の龍歴院、港町タンジア、海上都市ギルデカラン、ルルシオン、砂漠町ロックラック。開拓の地メゼポルタ。ハンター発祥の地ミナガルデ──それから、新大陸にも」

 

「僕も半分以上は聞いた話なんだけどね。それに村規模の拠点となると、本当に覚えきれないくらいの数になる」

「それぞれに独自の自然環境があって、モンスターや、人、考え方があって。……本当に途方もなく規模の大きな話だ」

「それだけ自然は大きいんだよ。自然と人が住むところに必ずハンターはいるものだ。調和を目指す者として」

 

 小さめに作られたうさ団子。見つめながらシヅキは呟く。

 ヨツミワドウを模したからくりだけが、ものも言わずに会話へ耳を傾けていた。

 

「世にガルクを広めるための旅、か。……百竜夜行に終止符を打って、本当にカムラの里が平和になったら。もしかしたら、一歩くらいは、外に出てみてもいいかもしれない」

「ワフン!」

「ふふ、じゃあまずは僕の拠点であるドンドルマに来てね。ハタチになっていたら美味しいお酒を奢ろう」

 

「う、詩のレパートリーも、増えるだろうか」

「増えるだろうねぇ、是非いっぱい作って聞かせてよ。それも一つの“愛をカタチに”ってやつだ」

 

 朝の日差しの中、ふわりと穏やかなシヅキの笑顔。イヨの苦いような照れ笑い。ヨボロの尻尾をパタパタと振る音。夢を語る者、聞く者というのは、とても良い顔をする。

 

「でも、どんなにたくさんのモンスターと出会っても、私の一番好きなモンスターはオサイズチだぞ。人生で初めて狩った大型モンスターだからな。な、ヨボロ!」

 

「オッサイッズチ! オッサイッズチ!!」

「ワッフワッオン! ワッフワッオン!」

 

「あっ、イヨさん、振り回す手が僕に当たってます」

「なんだうるさいな。貧乏なアンタがお土産をたくさん買えたのは報酬金のおかげだろう。つまり、オサイズチたちのおかげでもある」

 

「里の土産屋はただでさえ経営が苦しい。だからこうして報酬金をめいっぱい使って、オサイズチたちがくれた恵みを里のみんなに山分けしてあげるんだ。“猛き炎”ならここまで気を遣わないとな」

「うわ、めちゃくちゃ理にかなってる。居つきのハンターの鏡だね」

 

 カン子が少しだけ頭を上げ、グアァと声を上げる。同意の意味だろうか。興奮が収まったイヨは、カン子をポンポンなでながら座り込む。

 

「ところでアンタたちはどうやって龍歴院に帰るんだ?」

「んーと、ユクモ村までカン子さんに乗って、そこから飛行船。……あ、そうそう。今ユクモ村に旅の美味しいご飯屋さんが来てるらしくてさ。(ナントカ)食堂とか言ったっけ。そこで食事でもして行こっかなぁ」

 

「なんだ早く帰れ。龍歴院から期限が迫っているんじゃなかったのか。アンタは脳内ぱやぱやのお気楽ハンターか」

「狩りのとき以外は気楽じゃないと、旅のハンターなんてやっていけないのです。ワハハ」

「否定しないんかい」

 

 よっこらせ、とジジ臭い掛け声と共に立ち上がるシヅキ。背の鞄には、大量の土産と分厚い報告書がどっさり詰まっている。手に抱えている袋には、大社跡のベースキャンプで拾った彗星のカケラも。

 もうすぐ旅立つ時間なのだ。

 

 イヨは、シヅキのの腕を掴む。

 

「近くで一狩りするなら、またこの──カムラの里に立ち寄って欲しい。私たちが、里の皆がアンタを歓迎する」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 さてこの少女と相棒、ここからさらに数時間後。ゴコク様からお呼び出しを受ける。

 

『おぉ~ぅイヨ、いいところに来たでゲコ。オサイズチの狩猟、見事であった。おかげで“猛き炎”たちも帰って、なんとか調整もできたでゲコ』

 

『──数日、休暇はいらんでゲコか?』

『は?』

 

 一人と一匹は去る旅人たちを追いかけ、世界を巡る第一歩としてユクモ村に訪れるのだが……それはまた、別の話。

 

 

 

 

 




 
あとがき(※若干メタ表現注意)


【挿絵表示】


 モンハン愛をカタチに。Advent Calendar 2021、今年も参加させて頂きました。本当にありがたい…! 感謝無量です。
 
 今回はホットなRise舞台で、ほんのりコメディ風に仕上げてみました。
 また、ずっと挑戦してみたかった挿絵も製作できて良かったです。大好きなオサイズチがいっぱい描けて幸せ。
 装備を描くのも好きなのですが、モンスターよりも圧倒的に人間の方が描く難易度高いですね。なんでだろう……いつも描いているのは人間のはずなのですが。

 なお、当企画は様々なジャンルのモンハン二次創作が登場しております。是非覗いてみて下さい!

 zokのTwitterアカウント→【@zok_1682】
 企画ハッシュタグ→【#モンハン愛をカタチに2021】【#MonsterHunterMyLove2021】
 
 読了ありがとうございました! 次話も是非ご賞味下さい。
 
 


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x代目のマカフシギ
30杯目 ハンターズバル・《七竈堂(ナナカマドウ)


  
 ナナカマド(七竈、学名:Sorbus commixta)

 バラ科の落葉高木。

 大変燃えにくく、"(かまど)に七度くべても燃え残る"という説から名が付けられた。「火除けの木」や「落雷除けの木」として縁起木とされる。

 果実にはパラソルビン酸が 0.4%-0.7% 含まれ、加熱処理や乾燥でソルビン酸に変わる。静菌効果があり保存料として有用だが、摂取過多で生体に有害となる。
 


 

 

 

 ここは大都市ドンドルマ、一番地価の安い地区──ではなく、それなりに高級な商店街。

 建物を彩る雄火竜、雌火竜色の塗料はよく手入れされていて、店頭のちょっとした花壇には季節の植物が慎ましく植えられている。

 今咲いているのは竜仙花。繁殖期の初めの街角にはピンクの花がよく似合うのだ。

 

 しかしそんな華やかな商店街にだって、ここのような日当たりの悪い──一日でやっと斜陽が差し込む路地裏は存在する。

 (ババア)と言うにいささか若く、しかし中年も過ぎた女が鉢の世話をしていた。

 

「今ここォにあるゥ全てはァ~♪ かけェがァえのない~ハァ~♪」

 

 明るい雰囲気の今風な曲。歌いながら小綺麗にセットしたショートヘアを耳にかけ、上機嫌に竜仙花へ水をぶちまける。さらさらした生地のドレスにもばしゃばしゃと水しぶきが飛んだ。

 

「フ~ンフ~ンフフ~ンフ~フフン~……にゃんにゃん、っと」

 

 隣で億劫そうに女を見やるのは、一つだけのグリーンの瞳。鉢の世話を手伝う青年──メヅキは雑草をブチブチ(むし)っていた。クセのない黒髪が春風に舞う。

 

「ウラ(ねぇ)、その歳でにゃんにゃんはキツいぞ」

「黙らっしゃい」

 

 女の投げる手桶がメヅキにクリティカルヒット。哀れ、メヅキは打った横っ(ぱら)を押さえて悶絶する。

 

「その曲、ベルナ村で流行っているやつだろう。町から出ない貴方(あなた)が知っているのは変だ」

「逆に聞くが、世間の流行に疎いアンタがどうしてこの曲を知ったンだい?」

「ひどい小言だな。紫毒姫の狩猟に駐屯した村で、とある楽団が演奏していたのだ」

「ハハァ、話にあった《スカスピ》ねェ。あいつらハンターなぞ初めてよって、アンタたちに依頼するなんてどういう風の吹き回しかと思ったが……」

 

 ようやく空になった桶が、かぽんと子気味よく鳴る。ウラ姐、と呼ばれた女はゆっくりとメヅキに振り返った。

 

「ま、いらっしゃい。昼間ッからの酒も(オツ)だろう?」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

  

 ドンドルマの高級商店街の角に建つ、洒落た小料理屋《七竈堂(ナナカマドウ)》。“ハンターズバル”などと自称しており、昼は珈琲や軽食を出すカフェ、夜はディナーや酒を出すバーとして、まるで化け鮫ザボアザギルのように裏表のある営業をする。

 この立地がハンターの客層にヒットするかは……やや微妙ではあるが。

 

 

 

 狭めの客室(ホール)いっぱいのカウンターはぴかぴかにワックスがけされた上質な(ヒノキ)

 椅子のクッションは高級なガブラスの革で、シックなバイオレットがカウンターの白とよく似合う。

 窓辺の大きなピュアクリスタルの花瓶や、どこで買ってきたかわからないタペストリーまで。どれもこれも《南天屋》のボロ事務所にはない家具である。

 

 カウンターのど真ん中に座るメヅキは、ことりとカップを置いた。

 

「──以上が、紫毒姫の狩猟の顛末。報酬金も素材も上々、いい狩りであった」

「おう、今回もご苦労さん。これで今月は家賃を払えるネェ」

「毎月ちゃんと払っているが??」

 

 口を尖らせてツッコんだメヅキだが、すぐにしゅんとしてしまう。紫毒姫の攻撃で怪我を負った右腕は、昨日やっと包帯が外れたのだ。劇毒によって治りが遅く、皮膚には傷跡が少し残っている。

 

「次の狩猟に出るにはもうしばらくかかる。それまでは町の中でできる仕事をやらねばならんのだが……俺は町に籠っているより狩場に出ている方が好きなのだ」

「ま、そうしょげンなさんな。ハンターの古傷は勲章ヨ」

「ギルドカードに載るような勲章であれば良かったのだが。そう言うウラ姐は、古傷あるのか?」

「装備なンてね、モンスターの攻撃を全部回避しちまえば……着る必要など皆無、なのサ」

「あぁそういうタイプだよなウラ姐って……」

 

 ()ねてぐでんと突っ伏すメヅキに、ドヤ顔でふんぞり返るウラ。

 

 この女、本名をエウラリア・ロペス。メヅキの恩師にあたる。

 今こそ齢五十を過ぎた一介のバルマスターだが、若かりし頃は(うるわ)しの男装ハンターとしてヘビィボウガンを担ぎ、世界中の狩場を駆け巡っていたという。

 そんな元ハンターであるウラの前だからこそ、メヅキは仕事の用事で《七竈堂》を訪れる時は正装として装備を身に着けるようにしていた。

 

「悔しい思いをして籠るのもハンターとしての経験。その傷はモンスターが生きたい、って叫びがカタチとして残ったようなモンだ。ゆめゆめ忘れるんじゃないヨ」

 

 ウラはカウンターに頬杖をつくと、酒──メヅキが土産として持ってきたトロピーチ酒──のグラスを楽しそうに揺らす。ハンターと会話すると染みついた記憶が心の中でくるくると踊り出すのだ。同じガンナー、しかもボウガン使いとなればなおさらだ。

 そして、スコープを覗き続けたその瞳は衰えることなくメヅキの心中を見据える。

 

「アンタ、今回の狩猟でも何か気になることがあっただろう? 奥歯に何か詰まった言い方だが?」

 

 ぴく、とわずかに震えるガルルガSレジストの肩。紫苑の甲殻が繋ぎの革と擦れ、ぎぎ、と軋むような音を立てる。

 

「……別に、何もない。金も貰えているし、当分は生活に困らないはずだ。これ以上何を望むか」

「フーン。アンタ嘘つくの下手だから、そっくり手に取るように分かっちまうネェ」

「……」

「自分に言い聞かせるようなカンジは気にいらないけど……マァ、あンまり無茶だけはしないように。心と体は資本なンだから」

「傷ついたら勲章なのは資本として矛盾していないか?」

「ウワハハハ」

 

 ウラはカラリと笑ってメヅキのカップにドリンクを注ぐ。昼間からの酒は流石に断って、《七竈堂》特製の珈琲だ。彼はブラックが苦手なので、ユクモ流にたっぷりのポポミルクとハンター風にハチミツも添えて出す。

 

「アンタ、心を患っていた身なんだから。心の病は()より頑固だ……っと、今のアタシ上手いね」

「はいはい、座布団一枚。心身共に健康第一なのは俺が一番分かっている。伊達に薬売りをやっておらんからな」

「マァ。じゃ、心に効く薬ってのを教えておくれよ」

「一般論では愛。……理論と経験的には、酒と金」

「カカカ、美味いネこりゃ!」

 

 

 

 ウラがまた呵々大笑したところで──カランコロン、入り口のドアのベルが鳴る。真鍮製に赤いリボンは、ベルナ村の工芸品だ。

 

「お、メヅちゃんやん。帰ってきとったん?」

 

 入ってきたのは背が高くがっしりとした体格の男。(ジジイ)というには少し若く、しかし中年も過ぎた歳。その実、ウラより二つ年上だ。

 身にまとっているのは、砂漠の岩ような黄と原生林の湖のような青。轟竜ティガレックスの素材で編み上げられた、超がつくほど──G級の特上品である。

 

 レックスXメイルのマントを悠々となびかせて、男はメヅキの隣のカウンター席にどかりと座った。大柄な男の隣では、メヅキのガンナーらしい華奢さが強調される。

 

「オズ殿、邪魔しているぞ。先週末に帰ったところだ」

「なら連絡くらいよこせ。でも帰ってきたのが死体やのうて良かったわ! ご苦労さん!」

 

 日に焼けた笑顔でメヅキの背をバシバシ叩く男。名は、オズワルド・ベイリー。《七竈堂》の常連である。

 高い鼻と簡単に結われた砂浜色の髭、商人らしく溌剌(はつらつ)とした訛りは、交易街ジォ・ワンドレオ出身のものらしい。

 

「密林の狩猟かなんかで死ぬとな、ドンドルマへ届くまでに死体が原型わからんくらいグズグズに腐ってしまうんやわ。これがまぁ、戸籍確認がしんどうて」

「ごぶはッ」

「こりゃオズ、冗談きついよ」

 

 死体を想像してドリンクにむせ返るメヅキ、さっと水のグラスを出しながら叱るウラに、オズはグワハハハと割れ鐘のように笑った。

 しかし、そのレックスX装備にヘルムではなく帽子(フェザー)を揃えている。ビビッドな赤い幅広のつばに大きな飾り羽がついていて、オズが『ギルドナイト』であることを示す絶対的な証であった。

 

 ギルドナイトは対ハンターのハンター……という側面が広く知れ渡っているが、オズは処分というより抑止力として、表で働くことが多いギルドナイトである。こうして帽子を被って外を出歩いているのがなによりの証拠だ。

 暗殺活動をするギルドナイトは、これほど大体的に存在を示さない。

 

 水のグラスを呷るオズに、メヅキは深々と頭を下げる。

 

「して。この度は特殊許可クエスト券の手配、感謝する。お陰で円滑に狩猟へ移ることができた」

「構へん構へん! ちゃあんと仕事してくれたんやし。まぁ多少の無理を通してもうたから、ウチもしばらくは大きく動けんようになるけどな」 

 

 紫毒姫の狩猟には特殊許可クエスト券が必要であった。発券するのは龍歴院だが、《南天屋》はドンドルマのハンターズギルドに登録している。

 この間の手続きを飛ばして狩猟できたのは龍歴院にメヅキの顔が効いたのもあったが、その裏ではオズも人脈と権威をフルに活かして働いていたのだ。

 

「なんだい、オズに動けって言ったのはアタシだよ」

「ウラ姐もありがとう、今回ばかりは貸しを作ったな」

「じゃ、次の狩猟に出かけたときはまた土産の酒持って来てネ!」

 

 ぴゃは、と口の端を吊り上げるウラの金歯にくらっとするメヅキ。この女からはむせ返るほどの商人臭がする。

 ギルドナイトのオズも十二分に凄まじい権力を持っているが、ウラもウラで果てしない人脈を《七竈堂》で作っている。その広さ、かの峯山龍ジエン・モーランも泳げるのではないかと思うほど。実際、《スカスピ》のこともメヅキが報告するより前に既知であったし。

 

「ところでメヅちゃん、他の三人は今日おらんの?」

「シヅキは紫毒姫素材の処理に出かけている。防腐処理とか、保存処理とか……さっきオズさんも密林の死体は腐りやすいって言っただろう」

「おぉ、さよかいな。シヅちゃんも大変やなぁ。ハル(ボウ)は?」

「確か会計処理でまたギルドに出ていたっけな。アキツネは──」

 

「……仕込みの手伝いです。夜に向けての」

 

 ぬぅ、と色白の顔がカウンターの奥、厨房(キッチン)から覗く。割烹着(かっぽうぎ)に三角巾は、彼にとってもうひとつの戦場の装備品だ。

 

「久方ぶりです、オズさん。元気にしてましたか」

「んもー! アキちゃんもおるならおるって言ってやー!」

「おれァ火の面倒見でたンです……あッ、ちょ、叩かねェでください」

 

 手を拭きながら出てくるアキツネをバシバシやるオズ。アキツネにとってオズはハンターとしての師匠に当たる。

 オズが背負ってきた得物は雄火竜リオレウスのランス、レッドプロミネンス。ギルドナイトフェザーに似合う赤い穂先が美しく、今は壁の武器立てに納められている。

 ガンランス使いのアキツネはオズに教育を受けていたのでオズに頭が上がらないのだ。

 

「うん、メヅちゃんとアキちゃんがおるならええわ。──龍歴院からめんどくさそうな依頼を持ち掛けられてん。さっき言うたけど、ウチは今目ぇ着けられとるから、うまく断れへんくて」

「そんなイエスマンだから特殊許可クエスト券の件でも活躍したのでは?」

「ウチイエスマンちゃうわ。上からの圧力や。しゃあないことやねん」

 

 肩をすくめるオズだが急に眉根にしわを寄せ、「そんでな」と声音が低くなる。メヅキ、アキツネ、おまけにウラも思わず前かがみになり、耳をそばだてる。

 

「──『レンキンスタイル』って知っとる?」

 

「メヅちゃんの『ブシドースタイル』、アキちゃんの『ブレイブスタイル』ってのと同じ狩猟スタイルの一つなんやけど。狩場にへんてこなタル持って行って、『錬金(レンキン)』するんやって。眉唾(マユツバ)やんな」

 

「そのタルに物か何か入れて振ると、食べ(モン)とかができるんやって。知らんけど」

「「「知らんのかい」」」

 

「これが一体どういう原理でできとるのか、ちょっと解析して欲しいんやって。色んな企業(トコ)に頼んどるみたいやけど、ウチ文系やからよく分からんくて」

「文系理系関係あるのか? これ」

「ウチの知り合いの理系言うたらメヅちゃんやからさ。アキちゃんも料理やっとるから、食べ物錬金するって興味あるやろ?」

「……ン、まぁ。無ぐはねェです」

 

 への字口ではあるが、アキツネはコクリと頷いた。それを見やって頬杖をつき、ニヤニヤしはじめるウラ。こういう妙な話は当事者以外から見ると面白いのが悲しきかな、現実だ。

 

「アキツネはやる気みたいだけど、メヅキは町でできる仕事探してたンじゃないのかい? 気分転換にもなりそうだし、依頼受けてみれば?」

「“竜の歌”の次は“錬金”か……まったく、興味が湧かないぞぅ!!」

「メヅキ、台詞のわりに目ェきらっきらしてるネェ」

 

 メヅキは普通の人ではなかった。

 

「だけどよ……ンン、どこサ(何の企業)に当たればいいンだべか……?」

「そこがな、ウチにもよく分かれへん。龍歴院が頼んだ企業も総合研究所みたいなとこばっかみたいやし」

「ンン~、それはうちら中小企業から見ると反則級ネ。オズの身の丈に合ってなくない? なンでオズに話が来たのサ」

「龍歴院に目ぇ着けられとるからや」

 

 そこで途端に話が頓挫してしまう。メヅキは口をつぐんだまま目を右へ左へきょろきょろやって、興味と不信の間で揺れ動いていた。

 

「……ま、手伝ってくれねェか。メヅキ」

「お前は以前ライゼクスの尻尾を携帯食料に混ぜていただろう。研究所を敵に回しているのでは、タダでは手伝えないが」

 

 品定めをするときのような目をするメヅキにアキツネは押し黙る。……しばし考え込んだ後、無造作に割烹着のポケットに手を突っ込んだ。

 

「ほれ」

「うおおおおおヤッター!!」

 

 ぽいと投げ出されたのは飴玉。反射的に緊急回避ばりのダイブが決まる。

 

 メヅキは飴玉一つで買収された。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 歴史上では、コーヒーがヨーロッパに広まったのは1600年半ばからとそれなりに昔から一般人に知られていたようです。
 モンハン世界でもユクモの温泉ドリンクにユクモミルクコーヒー存在していますね。DLCで。……細かいところは気にしない。

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!


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31杯目 それゆけ アイルーでバザール

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 もとはと言えば。

 研究所の仕入れたクック豆に、アキツネが対抗心を燃やしたのが事の発端だった。

 

「じゃ、レンキンコウジに合う原料を見つければ良いンでねェのが?」

「クハハハならば色々なものを振ってやろう! 肉体労働なら学者なぞに負けん!」

 

 まずは庶民の味方、安価で安定した性質のウォーミル麦は携帯食料状、つまり普通のレンキンフードに。味付けしないとあまり美味しくない。

 おつまみの定番ロックラッカセイは脂っぽくてレンキンコウジと相性が悪く、バター状に。

 ドンドルマ特産の大ドンドル豆は、ねばりと糸引くドンドル納豆──振った衝撃でひきわりみたい──に。

 

 そしてアキツネがココット村から仕入れて来たココットライスは、爽やかな酸味とまろやかで控えめな甘さ、優しい酒精、とろりとした粕の舌触りが楽しいテクスチャに。

 

「これ、甘酒かニャ──……」

 

 レンキンの自由研究にはしゃぐメヅキの横で、チェルシーはカクリと肩を落とした。

 原料の最適解はやはりウォーミル麦。これはすでに実用化されているから、今回の依頼にはあまりそぐわない結果だ。

 ハンターズギルドの研究所は、携帯食料のタンパク質の含有量を向上させたいと言っていた。だから、豆類を配合しようと計画したのだろう。大ドンドル豆が納豆になるのは流石に論外であったが。

 

 店先で午前中いっぱいレンキンタルを振り続け、へとへとになってしまった三人。日も天高く昇り、丁度昼食時となっていた。

 

「それにしてもレンキンコウジ、凄まじいニャ。甘酒ってのは完成まで二日かかるのに、タルを振ってたった五つ数えるだけでできちまう」

「流通しねェ要因かもしンねェな。発酵力が強すぎて、あらゆる食品を全部ダメにする……とか」

「怖っ。だからレンキンフードは狩猟後にギルドが回収しているのか?」

「知ンねェ。……さ、昼飯にすンべ」

 

 《七竈堂(ナナカマドウ)》の厨房で大量に作った煮物を土産に持ってきていたアキツネは、二人を残して温め直しに近所の知り合いの料理屋へふらりと出かけてしまう。この辺りは彼の馴染みも多いから、久々に顔を出したい気持ちもあるのだろう。

 

 手持ち無沙汰になり適当な段差に座り込んだメヅキは、毛づくろいをするチェルシーに切り出す。

 

「そうだ。ここの前の主人の話、聞かせてはくれまいか?」

「あぁ……ジジィかニャ。友人や親戚もいなかったから、聞いてくれる人がいるだけで嬉しいだろうよ」

 

 ぶっきらぼうでも、思い出が織り込まれた言葉はしっとりとして温かい。

 チェルシーもレンキンタルに腰かけた。路地裏の時の進みが、少しだけゆるやかになる。

 

「この店は露店が発祥で、ジジィは“むしろガーグァの口となるとも、ポポの尻となること無かれ”って言葉を信条にしていた。小さくても自由気ままにやれるこの店が、大好きだったのニャ」

「……」

 

「そんなジジィの生活やら事務作業やらを支えた家内が二年前に死んじまって、そっからはちょっくら寂しくなっちまった。強がりばっかし言うヤツだったから、余計に」

 

「醸造であんなことがしたい、こんなことがしたいと言いながら、家内のぶんも一人で頑張った。でも結局、先月にあそこの玄関口でこけて、足の骨折って、寝たきり。そのまま諦めたようにポックリと」

「……頭はハッキリしているのに体が動かないのは、辛いな」

 

「あぁ。だからか、死に顔も寂しそうでニャア。遺言通りに骨を焼いて、家内と一緒に街の共同墓地に入れてもらった」

「……」

 

 しばらくの沈黙があったが、膝を抱えて石畳の割れ目を見つめるメヅキに、チェルシーは笑顔を向ける。

 

「ジジィが死んでウチはこのまま潔く(しめ)ぇかと思ったが、最後にアンタらから依頼を貰えてよかった。まさに“塞翁がキリン”だニャ」

「終い? お前はこれで終いのつもりなのか?」

 

 何を言うかと目を見開けば、メヅキの迫るような目線に射止められる。胸を抉られるような思いがした理由は、その今にも血が噴き出しそうな古傷のせいではなく、きっと、核心を容赦なく貫く言葉で。

 

「フン。お前も主人も無駄に強がりなのだ。俺はそういうの嫌いだ。主人が辛かったのは分かるが、死に方とお前の姿勢は好きになれん」

「なっ……ジジィを侮辱してんのかゴルァ!?」

「潔く、なんて小綺麗な言葉だが。このまま終いにすることこそが主人への侮辱だと俺は思う。折角繋がった縁なのだし、足掻く気概はないのか」

 

 立ち上がり、見下ろすグリーンの瞳。数日前、最初に出会ったときに合わせてくれた目線とは異なり、意地がびりびりと逆撫でされるような気持ちがした。

 いつの間にか帰って来ていたアキツネも、チェルシーの座るレンキンタルにどっかりと寄りかかる。“前門の怨虎竜、後門の雷狼竜”とはこのことか。

 

 レンキンタルの金具を肉球でなぞりながら、もごもごと考えを述べるチェルシー。

 

「……効率の良い原料はダメだったニャ。ならやっぱしレンキンタルを振るコストを減らさなきゃならねぇ」

 

 死んだジジィから切り替えて醸造屋の頭に。振り向き、目の下にしわを寄せてパッと笑うジジィが心に浮かぶ。

 

「うちに、今は使っていない自動の石臼があるニャ。麹用の精米すんのに、水車を水路へぶっ立ててんの。レンキンタルを振る……縦に回転させたり、ひっくり返せるようにこれを組み替えられねぇかな」

「工房に頼んでみるべか。ガンランスができンだからそれもできンでねェの」

「な、ナンニデモ工房かニャ」

 

 ふーむとメヅキは唸る。なるほど面白いアイデアだ。自動でレンキンコウジが作られればきっとギルドの研究所が目をつける。安定した収益も得られるだろう。

 

「でもオヤジ、レンキンコウジがこの店に入るとまずいンでねェの。他の麹菌がやられちまうンだろう?」

「それは……いい。どうせ傾きかけてんだし、オイラはレンキンコウジに賭けたい。それに最悪、保管してある麹菌がいるさ。絶やしはしねぇニャ」

 

 詰めるとどんどん信憑性が高くなってゆくが、一番の関門がある。最後にメヅキは質問をぶつけた。

 

「して、その設備改良の資金は?」

「……さっきできた甘酒で、これに出る。ジジィがずっとやりたがっていて、うんと前から計画してたんニャ」

 

 チェルシーは店の戸の隅に貼ってある日焼けした広告を剥がし、ぐっと広げて見せた。それは、毎週末行われる──

 

「《南天屋(ナンテンヤ)》の名に恥じねぇよう、ウチの難を転じてくれよ?」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 バザール。(カンタロス)の市とも。

 この地区の商店街組合が地域活性化のために運営し、毎週末、新店舗や新商品の紹介や物々交換で大きく賑わう。露店は本格的に店を構えるとは異なり、誰でも気軽に商売できるのが特徴だ。

 

 荷車は《コメネコ食品店》に新品同様の状態で眠っていたのを。簡易的なものだが、いざ購入となるとそれなりの出費となる。それだけジジィは屋台を出したかったらしい。

 

 釜や柄杓(ひしゃく)は稼働停止しても雑菌がつかないように手入れしていたが、断腸の思いで外へ。椅子やテーブルなど足りない用品は《南天屋(ナンテンヤ)》や《七竈堂(ナナカマドウ)》から持ち出している。

 荷車をけん引するガーグァ……カン子まで引き連れて、これだけ見るとなかなか立派な一人前の屋台だ。

 

 問題は、メヅキとチェルシーは接客が得意ではないということだったが。

 

「頼むぞぅ接客要員!」

「グアァ~ッ」

「はいはい、それで僕が呼ばれたのね」

 

 ようやく紫毒姫狩猟の手続き処理を終わらせたシヅキが、早朝の準備から助っ人に。普段のベリオS装備ではなく三角巾に前掛けと、露天商に合わせた格好で参加している。

 先程まで「兄とアキツネが粗相をしていないか」「あの二人は裏方だと良いが、表に出るとヤバいから」と、チェルシーにペコペコと頭を下げまくっていたのは……メヅキには秘密だ。

 

「チェルシーさんはキッチンで、アキツネは接客が壊滅的だから《コメネコ食品店》さんの留守番に……で、メヅキは何? 簡単な会計なら僕でもできるけど」

「ふふふ。俺はな……」

 

 役割確認をするシヅキに白い眼を向けられるが、メヅキはふんぞり返って言い放った。

 

「──レンキンタル振り振り係だ」

 

「キモッ。あんまり人前でやらないでね?」

「あ? 客がいないときはお前もやってもらうのだが?」

「直前に兄弟喧嘩はやめてくれよニャア」

 

 藍染の前掛けを締めるチェルシーは呆れ、へにょりとヒゲを垂らした。

 

 しかし結果からいうと、売り上げは上々。

 味が良く、すぐに出されることが商店街の気風にぴったりだったようだ。行列こそできないものの客足は絶えず、チェルシー達が昼食を座って食う暇もないほど。

 途中、《七竈堂》のウラやオズが差し入れと冷やかしに来て、今度この甘酒を店に置きたいとスカウトまで。ぎこちなく接するチェルシーを好き放題もふもふして、《七竈堂》のババァとジジィの二人はそそくさと帰っていった。

 

 

 

 そして日は傾き、温かい海風は涼しい陸風へ変わる頃。ついに完売間近となり、三人は店じまいの準備に取り掛かっていた。

 一脚だけ残し、折り畳み式の椅子を運んでいたシヅキに幼子のような声がかけられる。

 

「おや、甘酒? コウジのいい香りがしますね~」

「これはお目が高い。最後の一杯だけど買っていくかい?」

 

 日中に何度も繰り返した動作でつい反射的に振り向き、笑顔で屈む。

 目の前の巨大な笠には釣りカエルもかくやなサイズの蛙が乗っかり、尖った耳、背負った鞄の帯へかけられた四本の指はれっきとした竜人族族の証。

 その年齢はシヅキやメヅキよりもうんと高いだろう。……子供向けの言葉遣いをしてしまったのだが。

 

「では、貰えますか~」

「わ、わ、失礼しましたッ一杯入りましたッチェルシーさん!」

「しっかりしろポンコツ接客」

 

 タルの底の方に溜まった甘酒は粕が多い。でも、それでも構わないと。

 手際よく釜でさっと温めて、椀に注ぐチェルシー。ふと、椅子や机がない屋台でジジィは何を売りたかったのだろうと考えた。

 

「甘酒なんて始めたのかと思いましたが、なかなか美味しいですね~。ご主人、元気ですか?」

「ニャッ、ジジィを御存じで」

「あぁ、そうか、お爺さんになっちゃったんですか~。あの人に醸造を教えたのは、ぼくなんですよ~」

「ニャ、えぇ!?」

 

「あんなに頼りない醸造屋だったのに、こんな立派な屋台を出せるようになったなんて成長しましたね~。ご主人にお会いすること、できます~?」

 

 椅子にちょこんと座り、糸のように細い目でにこりと笑う竜人族。

 ジジィは生前、取引先以外の知り合いの話を口にすることがなかったのだ。師匠の存在もチェルシーにとっては初めて知ることだった。

 頭が追いついていないが、それでも事実は伝えないと。そもそも初対面の人との会話が特に苦手なため、チェルシーはどもりがちに切り出す。

 

「ジジィは、……先月、その」

 

 しかしそんなチェルシーを見て竜人族はすぐに頷く。「あぁ……わかりました~。その先は大丈夫ですよ、ありがとうございます~」と反応が慣れたもののように感じてしまい、チェルシーは思わずヒゲが垂れてしまう。

 メヅキの「潔い諦めが嫌い」というのが、ほんの少しだけわかったような気がした。

 

 それでもジジィの繋いだこの縁、逃がせない。チェルシーは竜人族の服の袖を掴んだ。

 

「……では、どうか墓だけでも、見て行ってくれねぇかニャ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 アイルーでバザールは某パズルゲームのコラボイベで知りました。
 


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32杯目 無配慮買い占め 許すまじ

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 豆を蒸したような匂いがする、と隣でアキツネはぼやく。

 

 口を動かすたびに、かろ、かろ、と飴玉が歯に当たった。先日、《七竈堂》でアキツネがくれたものだ。

 黄金色になるまで煮詰めた糖のじんわりと染みるような甘さ。少しだけ入っている香辛料がアクセントになって美味しい。メヅキは濡れた舌で、乾いた唇をそっと舐めた。

 

「これがら行ぐ研究所よ、おれが携帯食料サ出したとこなンだ。ギルドの……開発部、支給品課? 食品部門……」

 

 アキツネはへの字口のままトツトツと言葉を続けた。

 

「レンキンスタイルは食いモンが増えるからッつって、今回の事業ァぜーんぶこごサ突ッ込まれたッてな。……不憫だべ」

「なるほど、ギルドの開発部となれば件の『レンキンタル』は支給品が絡んでいるのか? にして、因縁の相手と対面なんてなかなか面白いではないか」

「ン。不憫でも……ぶちのめす。絶対(ぜッてェ)に」

「お前のその意気、ライゼクスも撃退するほどだものなぁ。ぶつのは勝手だが面倒ごとは起こすなよ」

 

 オズの紹介で二人がやってきたのは、ドンドルマの研究施設が密集する区。この辺りも雄火竜、雌火竜色の塗料がきれいに塗られている。古い家屋でもきちんと手入れがされているのは、ドンドルマ自体が補助金を給付しサポートしているからとか。

 

 《七竈堂》がある地区はまだあくまで商店街でいいのだが、こういうかっちりと形式ばった建物が並んでいるのは少し苦手だ。

 

 メヅキは傷隠しのフードを深く被り直す。オズに渡された地図にもう一度目線を落とし、見上げた。《南天屋》の事務所と大差ないくらい古めの家屋だ。

 呼び鈴を鳴らすと、億劫そうに出てきたのはいかにも学者然な竜人族の男。着慣れていない感じの前掛けをだぼつかせ、曇る銀縁メガネを押し上げる。

 

「どちら様ぁ? アポなしの訪問販売とか困るんですけど」

 

 ──商人を俗っぽいとして見下し、さけずむ学者もいる。

 この男もご多分に漏れずこちらの格好を見るなり怪訝なそう顔をした。が、ヒンメルン山脈ばりに高い鼻の頭は玉のような脂汗を浮かべている。

  

 ……寒くないのに、なぜメガネが曇って大汗をかいているのだろうか。

 

「アポなしではないぞ。昨日、手紙が行っているはずだが」

「はぁ、そうですかぁ?」

 

 メヅキの糾弾もどこ吹く風か、汗をだらしなく襟元で拭いながらテキトーな反応。浮かびそうになる青筋を抑え、メヅキは名刺を懐から取り出す。

 普段ならこんな面倒な交渉はハルチカやシヅキが全部やってくれるから、メヅキもアキツネも得意ではなかった。

 

「《南天屋》と申す。オズ殿の紹介で、御社に『レンキンスタイル』についてご教授お願い致したく……」

「教授? 商人にぃ~?」

 

 がば、と胸倉を掴まんばかりに詰め寄ってくる男。風圧で髪が乱れるも真顔で微動だにしないメヅキ、後ろで警戒心を剥き出しガルクのように唸るアキツネ。

 

「めちゃくちゃ人手足りてなかったんだよねいやぁ助かるウチもこの案件どうしていいかわかんなくてさぁ正直嫌だけど嬉しいなぁ!!」

「そうか。事情は察したから早く説明しろ」

「うっせェなこの竜人族のごじゃまんかい(トンチキ)

 

 男は小さく飛び跳ねながら玄関の戸をに手をかける。

 ぶわ、と押し寄せる熱気。まるで武具工房の入り口か、それともあの老紫毒姫の拡散ブレスを思い出すような。

 

「ホントはボク、違う畑の出身だからこんなこと専門外なんだけど正直それっぽい結果が出ればよくて中枢のお達しだからしょうがなくやってんだでもね皆でやってるうちに熱入っちゃってさ──」

 

 無機質に並ぶ黒塗りのデスク、上の文献や書類は散乱し、実験道具が入り乱れる。

 しかし今、獣人族や竜人族の学者たちがそれら全部を部屋の隅に押しやり、こぞってタルを振っていた。

 

 ──シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!!

 

『──できました!』

『できましたァァ!!』

『でぎま゛じだァァァァ!!』

 

 みんなで汗だくになって、謎のかけ声を叫んでいる様子は正直めちゃくちゃ気味が悪い。声が枯れているのもいる。

 

「なんだこれ怖っ。何かの宗教か?」

「ボクはそういうギャグ嫌いなんだけどぉ……はい、これね。ベルナ産だから、パチモンなんかじゃないよ」

 

 男は奥から二つ、タルを颯爽と持ちだしてきた。一見、ただの大タルくらいの大きさだ。受け取ると、木の部分から微かに独特な香りがする。

 

「ン……これァ味噌? 醤油……?」

「ふむ、言われてみると酒精のような」

 

 アキツネが少し首を傾げる。彼はとても鼻が利くのだ。メヅキもタルに鼻を近づけてやっと匂いの種類を微かに感じた。

 

「これまでの研究で、この『レンキンタル』には微生物が住んでいるのが分かった。こいつがまた培養が難しい奴でね、普通の味噌なんかを作る方法じゃダメ。

 ──()()()()()()()()()()増えることができないんだ」

 

「微生物……つまり発酵か!」

「まだそこまで断定はできないけどぉ。顕微鏡で観察できるし、微生物の同定はもうすぐできるはず。そしたらボクは研究そこまででいいかなって」

 

 顕微鏡と聞き、目深に被ったフードの下でメヅキの目が輝く。レンズを組み合わせることで肉眼でも見えないようなものが見られる、最新鋭の研究機材らしい。

 そんな高価なもの、零細企業の《南天屋》が持っているわけがなく。

 

「ま、どこから依頼が回ってきたか知らないけど、こういう研究は機材が揃ってるウチに任した方が良いんじゃない? というか、こういう面倒ごとはウチら末端研究所がやればいいんだよ、本来」

 

 む……と口をつぐむ二人。

 あくまでもメヅキは“薬売り”、アキツネは“料理人”である。機材の充実さにしても、ハンターズギルドの役割としても、この学者の言うことは間違ってはいない。

 

 だが。ここで財力と権力を盾に手を引くことを勧められては《南天屋》の名が(すた)る。商人の武器は、そこではないのだから。

 メヅキとアキツネの意見は既に一致していた。

 

「では同定はそちらに任せるとして、俺達でこの謎の微生物を増やしてみようか。培養に難航していると言ったな?」

「……発酵と言えば心当たりがあンだ。その道で食ッてるのが知り合いにいる」

 

「ふぅん……? じゃ分業ってことで決まりね。タル振るのダルいから、増やしてくれるんなら助かるわ」

 

 トントンで交渉が結ばれてしまった。報酬金を払うのはこの研究所ではなくハンターズギルドの中枢だからなのだろうか、とメヅキはフードの下で深読みしてしまう。

 出された契約書に記入していると、学者は頼んでもいないことをべらべらと喋り出す。

 

「あのねー、張りきって培養の原料の買い付けをしたのは良かったんだけどさっき言った通り失敗しちゃって、雑菌がわんさか入ったり傷んだり腐ったりで原料はだいたい廃棄かモスの餌行きってわけ……」

「……オイ」

 

 喋りたいだけ喋り切ってそそくさと戻ろうとする男の肩を、がしりと掴んだアキツネ。いつもは眠たそうな林檎色の目が凶悪なほどに光っている。

 

「来た時からずうッと思ってたンだが……豆サ蒸した匂いがする。その原料ッてのァ、クック豆だな?」

 

 彼は異様に鼻が利く。何種類もの茶葉や香辛料を嗅ぎ分けられるほどだ。この嗅覚こそが彼をハンター兼料理人たらしめる。

 アキツネはこの研究所が培養に用いた原料を察したのだ。

 

「あぁ、そうだけど」

「……それァ、とんでもねェ量のクック豆が必要だべなァ」

「うん、超大量。でも旬だったからそれほど高くはつかなかったよ。()()()()()から仕入れて他の支局にも回してやったさ」

 

「まさか、ここが」

 

 契約書を書き終えたメヅキは、ふぅむと唸った。なるほど、以前にクック豆の価格が高騰したのはギルドの研究所と関連があるのでは。

 アキツネの目がすがめられ、眉間にグンニャリとしわが寄る。彼はクック豆の買い付けに失敗したんだったっけ。確か買い占めが行われた後だったからと。

 

 次の瞬間、ぶん、と腕が振るわれた。男の悲鳴が漏れるより早く、節くれだった人差し指がぴたりと男の眉間に突きつけられる。

 

「……作物サ仕入れる量ァ、よオぐ考えるこッだよ。作物ッてのア収穫量が限られてンだ。何処(どッ)かが独り占めすッと、供給と価格が偏ンだ。

 ……おれら商人からすッと困ンだよ、そういうの」

 

「頭の悪ィおれでもわーか(少し)ばかし考えれば分がる(こど)だ。現場サ出ねェ学者殿にァ、難しかっだがなァ……」

 

 地鳴りのように低い声でアキツネは怒りを吐き捨てると、学者は空気の抜けた化け鮫ザボアザギルの如くへたり込む。

 

「アキツネ。キツくなっているぞ、訛り」

「……んん、すまねェ。学者殿ァ、おれが何言ッてッか分がんねかッたが?」

 

 背を丸めてとぼけると、アキツネは腰が砕けたらしい学者を抱き起こし、尻についた埃をはたいてやった。学者はタルを支えにやっとこさ立ち上がり、吹き出した脂汗を雑に拭う。

 

「くそ、これだから商人は好きになれない! 暴力に訴える輩はなおさらだ!」

「こちらは他の研究所に当たってもいいんだが?」

「ひいいィィやめてぇ後生です頼みますぅ期待してますぅ!!」

「本当にうるさいなこの学者は」

 

「じゃ、これ持ッてぐからよ」

 

 学者が支えにしていたタルを、アキツネは容赦なくかすめ取った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「お前、行きつけの醸造屋があったよな。発酵と言えばあそこだろう」

「あァ、おれもそう思ッてた。《コメネコ食品店》」

 

「……今度こそアポなしだけっとも、オヤジ、元気かなァ」

 

 《コメネコ食品店》。どうやって経営しているかわからないほど小さな、個人経営の店。

 商品の味噌は近所の住人に親しまれる味で、《南天屋》の食卓にも《七竈堂》の酒のお供にもおなじみである。

 ……どちらの飯もアキツネが作っているからなのだが。

 

 夕方の春風を浴びながら事務所のある方角へ小一時間ほど、研究施設が立ち並ぶ地区を抜ければ晩飯の支度で活気づく下町へ出る。いつも《南天屋》が食材の買い出しをする商店街だ。

 やっと二人の肩の力が抜けてゆく。やはりこうした生活臭漂う雰囲気が落ち着くものだ。

 

 その横丁の最奥、《コメネコ食品店》は傾きかけた家屋だった。

 

「ニャ、アキツネ」

 

 玄関を箒で掃いていたのは、焦がした糖色のひょろりとした獣人。アキツネを見るなり、寝た耳を立ててちょこんとお辞儀をする。

 

「チェルシーのオヤジ、元気してッか。痩せたンでねェが」

「ニャハハ……ばれたか。先代の主人が死んでから経営が上手くいかなくてな、しばらく店はやれてねぇニャ」

 

 困り笑いをする中年の獣人。名をチェルシーと言う。

 風車(かざぐるま)を片手に持つメラルーの商標(ロゴ)が描かれた藍染の前掛けは使い古され、毛並みもぼそぼそになっていたが、ヒゲだけはしゃんと整えられていた。

 

「……前の寒冷期、豆の高騰があったべ? オヤジんトコも影響モロに食らっちまってねェが心配でよ……春先は密林に出張で、おれ顔出せねがったから」

「アキツネは青果の売れ行きを本当によく知ってんニャア。ま、あの高騰が無くても、ウチが潰れるのは時間の問題だったんだわ」

「……ケッ。ここが潰れちまったら、おれはどこで味噌を……」

 

「……新しい店に行くの、緊張して嫌なンだべよ」

「わからんでもないぞ、アキツネ」

「理由がひでぇニャ」

 

 チェルシーは呆れて尻尾をへにょりと垂らす。アキツネは基本的にコミュ症だ。

 

「しかしあの学者の様子だと、今回の買い占めは無自覚だろう。生じた膨大な利益で生活が潤った商人や農家がいるのも事実だ。皮肉なことに」

 

 声の調子を落としてフードを脱ぐメヅキに、チェルシーは一瞬目線を泳がせた。……恐らく、顔右半分の傷と眼帯に戸惑って。

 

 ハンターであれば傷や隻眼は珍しくない。だから、ハンター同士でコミュニケーションをとるときはこのような態度を取られることも無いものだ。

 目の前の獣人の反応で、メヅキは改めて今の自分が“商人”なのだと実感する。

 

「これは失礼。俺は《南天屋》のメヅキ。ハンター兼薬売りだ」

「……お、おぅ」

「当社のアキツネがいつも世話になっている」

 

 別にこれくらいは慣れっこだ。むしろ難癖をつけられるよりかはよほどマシで、接待に迷うような配慮ができる人物だと信用できた。

 こういう時はびくびくせずに、堂々と腰を据えた態度を示せばいい。……といっても、他人を相手に怖気づいたことも無いのだが。

 

 メヅキはチェルシーの身長に目線を合わせ、スッと片手を差し出す。我に返った彼は、笑顔とぷにぷにの肉球で力強く握り返し──

 

「とんでもねぇ。アキツネは、うちの大切な大切な取引先ニャ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ──すぐに同業者扱いしてくれた。

 流石、この獣人のオヤジもいっぱしの商人だ。

 

「オヤジ、わーか(少し)ばかし力になッて欲しいことがあッてよ。しばらぐ経営でぎてねェッてことだが、頼めッか」

「《コメネコ食品店》の経営難を助けることもできれば幸いだ」

「どうせ再開の見通しもついてねぇし、ウチにできることなら教えてくれや。《南天屋》にはいつもご厚意頂戴してるしニャ」

 

 快く承諾してくれるチェルシー。ドンドルマの商人らしく、ここに吹く空っ風のような気性だ。しかし、二人がレンキンタルを見せるなり大げさなまでに飛び上がった。

 

「おニャアアアア発酵の匂いぃぃ!? ちょっとその場から動くニャああああ!!」

 

 火属性やられもかくや、慌てて店へとんぼ返りすると今度はハンターのフルフル装備のような、白い作業着のフル装備で出てきた。マスクからちょこんと出された鼻がふこふこと匂いを嗅ぐ。

 

「ふむ……やっぱし塩味(えんみ)を抜いた味噌に近ぇ、しかも豆……クック豆のだ」

「流石オヤジ。原料まで一発で見抜きやがッたべ」

「ったりめーよ! 何年醸造屋やってると思ってんだニャ」

 

 感心するアキツネに薄い胸を張るチェルシー。今度は首を傾げてメヅキが問う。

 

「オヤジ、なぜ着替えを? 角竜装備も真っ青な完全装備ではないか」

「なぜって、そりゃあ」

 

 チェルシーはギラリと振り向く。その気迫に思わず固唾を飲み込む商人ふたり。

 

「ウチの持ってる菌でこいつを傷つけないためニャ。……こいつは、市場じゃなかなか出回らねぇ“レンキンコウジ”ってんだ」

 

 ──下町の醸造屋は、謎の微生物の名をいとも簡単に言い当てた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 




※ギルド支給品課の学者、チェルシー 設定画

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 ひ、人がいっぱい。この章ではこれ以上登場人物増えない……はず。
 次話もよろしくお願いします。
 
 


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33杯目 x代目のマカフシギ

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 共同墓地に供えるこぢんまりとした夫婦(めおと)茶碗。甘酒を注ぎ、淡いピンクの竜仙花も添えてやる。どこの花屋も店じまいだったから、あの人の愛した店で育ったこの花を。

 

 そう言えば、生前もジジィは腰の曲がった家内と竜仙花の手入れは欠かしていなかったっけ。今も二人でいられて幸せだろうか。

 甘酒は──残りモンの粕ばっかりでごめんニャ、とチェルシーは口の中で呟く。

 

 蛙面の竜人族──マカ錬金屋は墓に手を合わせた後、追想を穏やかに語ってくれた。  

 彼にとってはほんの少し前の事でもヒトや獣人にとっては懐かしむより遠い、遠い昔のことだ。

 

 

 

 ジジィは極東、シキ国の天空山に住むメラルー。マタタビやモンスターの卵、がらくたなどの盗みをはたらいて暮らしていた。

 

 ある日、村でハンター相手に商売をするマカ錬金屋に目をつけた。子供の見た目だし、ぴかぴか光る石を扱っていて宝石商だと思ったから。

 しかし売れ残りの一つになぜか魅入ってしまい、盗む気が失せたという。

 

 扱っていた宝石はハンターにとってのお守りで、シナト村に伝わる錬金技術によって鉱石から精製されたもの。

 どうしても宝石を忘れられなくなったジジィはマカ錬金屋に頼み込んで技術の教えを乞うたが、錬金ではなく米や豆の醸造技術ばかりが上達した。

 醸造とは安定した加工業だ。改心したジジィはマカ錬金屋に頭を下げて盗みから足を洗い、がらくたを再活用した醸造道具と共に天空山を降りたのだ。

 

 そこからはチェルシーも本人から聞いたことがある内容だ。人と物の流れに身を委ねたジジィは、ドンドルマで屋台の《コメネコ食品店》を立ち上げた。

 チェルシーは貧民街のしがない泥棒だった──チェルシーも獣人族のメラルーだ──が、ジジィに拾われてからは店に尽くすようになったのだ。

 

 ジジィも、盗みから醸造を始めたなんて。

 

 墓前で涙をこぼすチェルシーに、マカ錬金屋は一束の竜仙花をふんわり鼻に近づけて、言葉をかける。

 

 《コメネコ食品店》さん、生涯最後の盗みはぼくからの醸造技術だと言っていました。さすがに直門(じきもん)とは言えませんけど、分派としてはこう名乗れるんじゃないでしょうか──……

 

 

 

 

 

 

 山からジォ・クルーク海への涼しい夜風に、バザールの熱がひんやり落ち着いた頃。

 

 一度解散したメヅキとアキツネ、チェルシーは高級商店街にある《七竈堂》へ飲み会に移っていた。助っ人のシヅキは遠慮し、《南天屋》の事務所の留守番に帰っている。そんな留守番係の彼には土産の話題と酒がマストだ。

 

「──これが、《コメネコ食品店》の歴史だと」

 

 温かいポポミルクのカップを置いたのはチェルシー。カウンターは小高い椅子なので足がぶらぶら浮いてしまっている。

 

「バザールには思い切って出てみたがまさかジジィの師匠に会えて、しかもジジィの昔話も聞けたなんてニャア。難を転じてくれて、どうもありがとう」

「なに、本当に難を転じたのはお前の持つ幸運と縁だぞ? 俺達はツテを使っただけだ」

 

 床に座り込み、バザールに使った椅子の脚を濡れ雑巾で拭くメヅキは、口を尖らせてしかめ面。謙遜はしないが過大評価もしない男なのだ。

 カウンターの奥の婦人、朱漆(しゅうるし)酒盃(しゅはい)をぐいっと呷るウラは、惚れ惚れとした溜め息をつく。少し離れたところで座っていても匂う。酒臭い。

 

「飯もそうだが、酒というのは魔訶(マカ)不思議で縁を呼び込むモンなのさ……まァ、造る方でも縁が繋がっていくのは、消費者目線から見るとなかなか実感が湧かないけどねェ」

 

 ウラが飲んだのは酒盃の朱に引き立つ白の濁り酒。店で揃えている純米酒に、日中のバザールで購入した甘酒を加えたナンチャッテどぶろくだ。

 本来、麹によって作られた甘酒──純米酒の製造が目的であれば“酒母”“(もと)”とも──に酵母を加えて熟成させるとフルーティな味わいが増して“どぶろく”に。これを()すと無色透明の飲みやすい“純米酒”に仕上がる。純米酒は麹と酵母の合わせ技なのだ。

 

「ウラ(ねぇ)ー、俺にも後で一杯」

「甘党のお前サンでも飲みやすい味さ。ついでに玄関掃除しといてくれるかい?」

「うぇ~……」

 

 渋々ながらも酒一杯で買収されるメヅキ。彼がいいように使われているようにしか見えなかったチェルシーである。

 カップの口についたポポミルクを舐めながら、ふと思い出した。

 

「ジジィ、店建てる前に《七竈堂》の頭領(カシラ)に世話なってたらしいニャ。いくらか借金したって言ってたんだが、来てみると酒場なんて……一体(いってェ)どういうことニャ?」

「酒場ではなくてバルと言うのだぞ」

「小さき獣人族のオヤジよ、その話。アタシがお前サンを呼んだのは理由があってねェ……」

 

 ぽんと手を打ったウラは地下室へ降りると、しばらくしてから古ぼけた木箱を持ちだして来た。肩手に収まってしまうくらいの大きさだ。

 解説求むと視線を送るチェルシーにメヅキは、またか、やれやれといった様子で目を伏せた。

 

「オヤジよ、《七竈堂》は、バルだけが営業ではないのだ」

「ニャ?」

「“質屋”の《七竈堂》。(シチ)で覚えやすいだろう。もしかすると先代主人は借金ではなく、何かを預けたのかもしれんなぁ」

 

 かくん、と首を傾げて、俺はこれ以上関与せぬと示すメヅキ。対して、ウラはグロスを塗りたくった唇でにんまり笑う。意地の悪い笑顔は商人のソレそのものだ。

 

「実は、アタシも二代目。《七竈堂》はここドンドルマ──()菓の町の()()貸しサ。洒落てるっしょ?」

「そんな、やっと軌道に乗ってきたってのに借金は困る。コレ、小難しい書類なんかじゃねぇだろうニャあ」

 

 見上げるチェルシーに、ずい、と木箱を渡すウラ。風車(かざぐるま)とメラルーの商標(ロゴマーク)が描かれたフタを開けると、色褪せた布に丁寧に包まれた……ちっぽけな石ころ。

 

「別に、質屋は高利貸しだけじゃない。利子を儲けに倉庫として、後の世代になっても価値が変わらないような大切なものをお預かりするのも仕事なのサ。アンタの主人が預けてきたこれは、ハンターにとってのお守り──護石。効果は、『盗み無効』」

 

 “魅入ってしまい、盗む気が失せたという”。ジジィの話の通りだ。

 木箱の角をゆっくりなぞる、ウラのレッドワイン色のネイル。チェルシーは呼吸も忘れて石ころ──護石を見つめる。

 

「ま、それは効果が低くて人気もない護石だから、売っても小銭程度で大した値段にはならない。それでも、主人にとっては宝石のように価値のあるモンだったのかねェ」

 

「持ち主が死んだんなら普通は売りに出す──“質流し”にするが、死人のモンを売るなんて気味が悪くてバチが当たりそうだ。引き取り手がいるってンなら……あァ、倉庫の空きが少なくなって困った困ったァ」

「そういうことだ。オヤジ、どうか受け取ってくれんか」

 

 頷くメヅキに後を押され、チェルシーはおずおずと両手の中に納めた。小さくて、軽くて、ここに《コメネコ食品店》のはじまりが詰まっていると思うと胸がぎゅっと締め付けられる。

 

「じ、じゃあ受け取るぜ。オイラ、これ、ずうっとずうっと大切にするニャア……!」

「ン、ありがと300万z!」

 

 ウラがにこりと目を細めたところで──カランコロン、入り口のドアのベルが鳴る。

 

「お、やっとる? ご要望の方連れてきたで~」

 

 どかどかと騒がしく足音を立ててオズが入店してきた。左手には首根っこを掴まれてじたばた暴れる竜人族の学者が。まるで親に抵抗できない子アイルーだ。

 

「オズ殿、かどわかしであるか?」

「阿呆いうなメヅちゃん」

「いや、無理やり連れてこられたって意味では間違ってないんだけどねワァァァァ!」

 

 ぶぅんと放り投げられた学者はソファーへ見事ホールインワン。仰向けにひっくり返っている様は徹甲虫アルセルタスがへばった時のようだ。

 その耳元でがつんとブーツが踏み鳴らされたかと思うと、メヅキが不行儀にもソファーの肘掛けに足をかけて見下ろしていた。切れ長の左目が下から見るとかなり恐ろしい。

 

「ワアァァァあんたすごい傷だね! 顔! てかアンタ達が《南天屋(ナンテンヤ)》かよ! 前にライゼクス肉入り試作品なんか送りつけてきやがって!」

「失礼な。確かに以前はフードを被って隠していたが、今宵は牙城ゆえ顔を出させてもらうぞ」

 

 バシリと学者をひっぱたくメヅキ。取引相手でも容赦ない。更に──

 

「ナマ言ってッと三枚おろしにすッぞゴルァ!!」

 

 厨房からも怒号が返る。アキツネもこの学者がかなり嫌いらしい。学者はひっぱたかれた頬を撫で撫で、辺りを見渡してようやく状況を判断したようだ。

 

「ったくこれだからハンターは……てかここ、ギルドナイトが出入りするって一体どんな店なわけ?」

「ンン~ここはハンターも利用する質屋だからねェ~。不正が無いようにちょいと強力な見張りがいるだけサ」

「ウチは酒で買収されとるだけやで。メヅちゃんほら、一見(イチゲン)さんが困っとるから()よ案内したげて」

 

 学者を連れて来た当のオズはウラ相手にカウンターでさっさと一服していた。のんべんだらり、どぶろくに舌鼓を打っている。

 メヅキはしかめっ面で学者を抱き起すと、チェルシーにソファーの向かい席を勧めた。続けて出すのは簡単なお通し、そしてよく冷えた甘酒を。

 一息。

 

「さてお二人、今宵お集まり頂いたのは取引のために在らず。ごゆるりと肩の力を抜いて、この一杯片手に歓談されたし!」

「メヅちゃんやっぱ交渉役苦手やろぉ、言葉固すぎや」

 

「うるさいなオズ殿! ……して学者殿。この度こちらの獣人がレンキンコウジの培養に一役買う。オヤジ、話を」

「オイラが《コメネコ食品店》主人のチェルシー。今後お見知りおきを」

 

 チェルシーは肉球のある手で甘酒のカップをもたげた。怪訝そうにも興味半分、釣られてカップを持つ手の指は、四本。

 

「さぁさウチ(≪七竈堂≫)の掟は無礼講、今宵は地位も立場も失効ヨ! いざ乾杯、乾杯ィ~!!」

 

 目線が並び、酒と乾杯さえあれば飲み会の始まりだ。ウラはどこかからか桜柄の扇子を持ち出し、椅子の上に立つと大仰に振って踊り出す。だいぶ危なっかしい。

 呆れて見上げるメヅキとオズはため息をつき、自分達も甘酒のカップを手に取った。

 

「ウラ姐、早速キマっているな」

「あれは取引に興奮しとるだけやんなぁ」

 

 ──では、改めまして乾杯! 

 シラフの者も既に酔っている者も、学者も商人も人種を超えて一緒くた。

 今宵も、ここ《七竈堂(ナナカマドウ)》では人と人とが繋がり、(まじ)わってゆく。

 

 

 

 数か月後。

 結局、《コメネコ食品店》はハンターズギルドの研究機関によって買収された。一見あっさりとした引き際だが、当代主人の獣人、チェルシーは『大きなモン(ポポの尻)の下につくことで、しぶとく生き残れることがあんのよニャ』と。

 水車による自動醸造設備の大半はレンキンコウジの培養など細菌学専用施設として、それから手動の醸造道具では──昔、天空山で拾われたガラクタなのだとか──今でも近所の住民へ卸す味噌や調味料といった発酵食品を作っている。

 

 中でも甘酒は絶品で、毎週末のバザールでは大繁盛。

 ドンドルマで最も地価が安い地区に身なりの良い竜人族の学者が訪れる様子は、なかなかミョウチキリンであるのだとか。

 

 

 

 さて、『レンキンスタイル』の狩猟をするハンターよ。

 ギルドから支給されるレンキンタルには小さなラベルが貼ってあるだろう。どこの企業がレンキンタル、ひいてはレンキンコウジを生産、管理しているか、という印だ。

 その中に時々、風車を持つメラルーの商標(ロゴ)があるかもしれない。それがこそが彼の《コメネコ食品店》が手掛けたものだという。

 

 天空山のマカ錬金から技術が盗まれた、x代目のマカフシギな醸造屋だ。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 陽だまりの下、ひとりの老人が上等な布団に胡坐(あぐら)をかいている。

 滝の水しぶきのように白く、背まで無造作に伸ばした髪。襟に巧緻な刺繍が施された艶やかな部屋着は高級品だが、長年の苦労で水分を失った皮が持て余されたように首元で(たる)む。

 

 老人は枯れ枝のように細く、長く、節くれだった指をゆっくり動かし、静かに算盤を弾いていた。

 

 さらり、さらり。布ずれの音。

 豪華な敷物に引きずられるのは、負けず劣らず煌びやかなミツネSフォールド。泡狐竜の体毛を丹念に織って作られた濃紅(こいくれない)の袴から、螺鈿(らでん)の艶とミルク色の甲殻がちらりと映える。

 纏う男は布団の傍らに膝をついて首を垂れ、老人はやっと男に気づく。鷹揚に振り向き、ぐっと背を折り曲げて男の顔を覗き込んだ。ゆったりとした仕草は気品ある豪商のものだ。

 

「……ねェ(アン)ちゃん。この伝票の採算が合わねェンだ。何度計算しても、合わねェの」

 

 男は低頭のまま、無機質な調子で応えた。

 

「畏まりました。であれば、どうか(わたくし)にお任せを」

「あァいやいや、儂の(カネ)だから儂が計算をせにゃアならん。こんなに何度も間違えるなんて老醜、晒して悪ィなァ。ところで──」

 

 優しく語りかけ、何度も何度も男の頭を撫でる老人。皺だらけの切れ目を細めて、あどけなく問いを投げかけた。

 

「お前サン、一体誰だい?」

 

 

 

 

 

 




※ウラ、オズ設定画


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【挿絵表示】


 歴史上でも酒屋は質屋を兼業することがあったようです。

 護石とスキルは一度描写してみたいシステムだったので、やんわりと採用してみました。ハンターの皆さんはその辺りをどう解釈しますか?

 読了ありがとうございました。次章も是非ご賞味ください!


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おつまみ挿絵
34杯目 《南天屋》挿絵倉庫 ひとくち


 掲載した挿絵、記念イラストを(一部を除き)まとめて閲覧できる倉庫です。随時更新。
 ハーメルンは投稿できる文字数が最低1000字要求なので、無理やりコメントも付けています。苦手な方は閲覧非推奨。

 おおむね作成日の時系列順になっています。


 

14杯目あとがき 3,000UA記念。

始めて連載中にアップしたイラスト。シヅキとメヅキ。そもそもイラストをアップするかどうかでめちゃくちゃ悩んだのと、まだデジタル環境に慣れずにやたら時間がかかった思い出です。こういうアニメ塗り、今はやらなくなりましたね……。

 

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21杯目あとがき 一周年記念。

ハルチカとアキツネ。まだ水彩塗りが不慣れだった頃です。それにしてもセルタス装備は作画コストが高い。

 

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24,25話 挿絵×6。

Twitter企画の際に書き下ろした読み切り。ハーメルンやモンハン小説に触れたことがないよ~という方に向けて、この連載で初めて挿絵を作製しました。企画に感謝!

本当はもっと枚数描きたかったのですが時間足りなかったな~。

 

序盤のシヅキ登場シーン。着ているのはズワロマントでスクショや資料を参考に描いたのですが、モノクロだと大変分かりづらくて悲しい。

 

【挿絵表示】

 

 

イヨ、ヨボロ、シヅキ。とブンブジナの尻。カムラ一式が凄まじく作画コストが高くて、この装備のアミアミを描くためだけにカスタムしたフチつきペンは、今では装備の色々な縫い目を描く際に大活躍しています。

 

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オサイズチ。オサイズチは長い尾と鎌が特徴的なモンスターなので、体高が低いこともあり、横長の画面で描きたいぜーコノヤローと思いながら構図決めをしました。

かなり苦戦しましたが、個人的に気に入っている一枚です。

 

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大社跡マップ二種。挿絵は作画コストを鑑みて基本的にモノクロなのですが(単行本のラノベみたいでモノクロが好きというのもある)、マップはどうしても高低差と水辺でわかりづらく、カラーにしました。

ぶっちゃけトレスですが、やっぱり作って良かったなーと思っています。イメージしやすいので。

 

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操竜ヨツミワドウ。こちらもおおむねよく描けたかなーと思っています。ぶっちゃけ人物よりモンスターの方が作画コスト低いような……。

 

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26杯目 お年賀イラスト。

カラーです。たまにはこういうデフォルメも良いんじゃないかと。

 

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設定画。

まだペン設定や塗りの方向性が定まっていないフニャフニャ状態です。

竜人族の学者の服装はワールドのNPCを参考にしました。なんだか薄紫の服を着ているイメージがある。

 

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27杯目 挿絵。

握手! まだ挿絵のスタイルの方向性が定まっていませんね。こちらもメヅキが来ているのはズワロマント(とフード)なのですが、とにかくカラーじゃないと分かりづらい。後方常連ヅラのアキツネよ。

 

【挿絵表示】

 

 

あらすじ

ベリオ(S)装備の横顔はやっぱりイケメンなんですよね。にしても、笑顔で「ご迷惑をおかけしております」なんて言う奴いるか?

 

【挿絵表示】

 

 




 過去話の挿絵更新はあとがきにてお知らせします。
 定期的に覗きに来ると新しい絵がアップされているかも……?


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いけずなオンナと凍てずの絆
35杯目 ファンデーションは破天荒



 新章スタートです。


 

 

 

 とんてんかん、とんてんかん。

 金槌振るう音は止まず。(ふいご)が大きく息つくたびに、ごうと炉の炎が膨れる。

 

 ここはドンドルマの武具工房。対モンスターのための牙と鎧を産む、石造りの城とも言えよう。今やハンターの間では一般的な武器となったガンランスや狩猟笛、弓が誕生した場所でもある。

 

 その中の試着室で、ガハハイ! と独特な笑い声が響いた。轟竜ティガレックスが笑えばこんな感じだろうか。

 

「あーあー、こりゃあオレっちの作ったベリオS一式装備が泣いてるでぇ、ご主人様を守り切れなかったって」

 

 どデカい厚手袋が、地道に鍛え抜かれた肉体に刻まれた古傷をなぞる。稲妻状にうっすら盛り上がる肉芽組織は、紫毒姫狩猟の爪痕だ。これだけ治癒に時間がかかったのだから、恐らく一生残るだろう。

 

「ま、アンタらは特にこまめに修繕に来てくれるからこっちとしても大助かりだ! 狩猟で何があったか知らねぇが、そうしょげなさんな」

「お金があれば、ちまちま修繕するよりいっそドバッと新調しちゃいたいんですけどねぇ」

 

 ぐんにゃり垂れた頭を起こし、シヅキは脱いでいた平服の上着の襟をモソモソと整えた。メンテナンスのためとはいえ、体をじっくり見られるのは恥ずかしくてやはり得意ではない。ようやく一息ついた。

 

「ほんと、いつもお手頃価格で装備を見て貰ってありがとうございます。親方(オヤカタ)

 

 職人はもう一度ガハハイ!と笑った。長く伸ばした口髭を高く結い、だぼっとした黄色のツナギとゴーグル、本人曰く「チャーミングだろ」と自慢の()()()した赤い鼻が特徴的な土竜族(もぐらぞく)だ。

 

「オレっちは雇われの下っ端職人なわけだし、そう呼ばれるとむず痒いぜぇ。オメェらと数人くらいよ、親方呼びなんて」

「そんなそんな。僕らハンターからすると、装備を手掛けてくれる職人に上も下もないですって」

 

 思わず笑みがこぼれるシヅキ。実はこの親方、《南天屋》のご近所さんでもある。ナグリ村からここドンドルマまで出稼ぎを兼ねた修行に来ていて、安い家賃と商店街が近いゆえに今の家を選んだのだとか。

 大変長く、親しく付き合いをしており、《南天屋》四人やバイトアイルーの装備は彼が全てサポートしてくれていた。

 

「それから《コメネコ食品店》さんの設備周りと、紫毒姫素材の加工、お買い上げも。親方には頭上がりません」

「あー、レンキンタルの水車は改造すんのに少年心がくすぐられただけよ。紫毒姫素材はキズモノが多かったし、武器や防具にするには少なかっただろ? あんな珍しい素材は価値を知らねぇ商人どもに流すのはもったいねぇって思ったのよ」

「あぅ。価値、よくわかっていません……お(カネ)じゃ計れないもんですよね、本質って」

 

 ほれ、お(めェ)の牙と鎧。完全に修繕を終えたヒドゥンサーベルとベリオS装備をシヅキに返却しながら、親方はフゥン、と結った髭を撫でた。

 

「そうだ。今年はアンタらにも頼もうかなァ。護衛」

「おや、護衛とあらばお任せください。僕の専門です」

「あの~、うん。採取。採取クエストの護衛を頼みてぇんだ」

 

 シヅキは少し目を丸くする。

 採取クエストとは、現地で決められた品物を決められた個数納品することが目的だ。時間さえかければ狩猟の技術がなくてもクリアできる特性上、狩場の地形を把握するため下位クエストに登録されることが多い。

 

 しかし、一応《南天屋》は上位のハンターだ。護衛とはいえ名指しで採取など真面目に頼まれるのはいつ以来だろうか。実際、親方も言葉を濁しているし。

 

「ターゲットは氷結晶な。これから暑くなるだろ? 工房は地底火山もかくやって灼熱になって、オレっちはナグリ村で鍛えられてるから大丈夫なんだが……」

「ニンゲンがへばってしまうんですね?」

「そうだ! ギルドからは流通している氷結晶も多少は回してもらえるんだが、今年はもうちょいとクーラードリンクを支給してあげてぇんだな」

 

 先程からシヅキの額や首には汗が浮かんでいる。この試着室でもかなりの暑さで、まさにクーラードリンクが欲しいくらい。従業員が熱中症でぶっ倒れるのも納得だなぁと思い、シヅキは二つ返事で承諾する。

 

「ま、親方の頼みとあらばですとも。僕は稼げれば何でも良いですから」

「悪ぃなぁ、ハンターってのは大抵、採取よりも狩猟の方が好きなんだろ?」

「一概にそうとは言えませんけど」

「狩猟の方が稼げるから狩猟に行くって。工房に来る奴ら(ハンター)はそう言ってるぜぃ」

 

 それは大体、工房に赴く理由がモンスターの素材を加工して欲しいからなんじゃないかなぁ……。

 汗を拭き拭き首を傾げるシヅキの肩を、親方はどデカい厚手袋でぱふぱふ叩く。土竜族は背が低い。小柄なシヅキを見上げ、彼は何やら書類の草稿を懐から取り出した。

 

「ほれ依頼書、もう作ってあんでぃ。あとはこれをギルドに提出するだけで晴れて正式なクエストになるんだが……氷結晶のツウな集め方、知ってるか? 採掘だけじゃあないんだぜ──」

 

 親方のゴーグルの奥、つぶらな目が光る。シヅキは思わず固唾を飲んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「採取って言ってたけど結局狩猟じゃんかぁ~絶対裏があると思ったぁぁ~」

 

 ぐで、と小舟の席で姿勢を崩すシヅキ。ベリオS装備に外套と、ヒドゥンサーベルの出で立ちだ。向かいは股を開いて座るハルチカ。こちらも外套と修繕後のミツネS装備、スニークロッドとヴァル子を膝に抱いている。彼女は蜜餌を与えて貰ってご満悦の様子だ。

 

 櫂を漕ぐ手を止めて小舟から見渡せば、時ごと凍ったような銀盤が広がる。

 狩場、『氷海』は、何らかの気候変化によって瞬時に凍り付いた海らしい。常に分厚い雲が空を覆うが、差し込む光が氷上に積もった雪を照らす景色は幻想的だ。明るすぎないくらいが、この狩場らしい。

 

 もちろん海の水さえ凍り付く寒さだが、今は繁殖期も半ばを過ぎて温暖期が近づく頃。零下の気温はだいぶ和らいでおり、良き狩猟日和である。

 

「氷結晶をザボアザギルの落とし物で稼ぐだァ? そンならアキツネのガンランスが良かったンじゃないのかい。ほら、砲撃でバゴンバゴンって」

「あ、確かに……離れた位置から撃つメヅキのライトボウガンも良かったな。これは人選シクったぁ」

「無礼な、(ワシ)だって働いてやンでぃ。まぁ、たまたまタンク役とガンナーの募集があったから仕方ねぇサ」

 

 海氷──蒸留と似た現象で、海水の真水部分だけが凍ったもの──が浮く水面を物珍し気に覗いていたハルチカは、船頭に小声で注意されてピャッと首を引っ込める。この小舟にはハルチカとシヅキの他に、船頭を含めた二名が乗っていた。

 

 シヅキは親方からの依頼書を無造作に放って寄越す。狩猟対象のモンスターが本当に狩られるに相応しいか、周辺の生態系や事情、背景をよく吟味した上での彼の受注は《南天屋(ナンテンヤ)》にとって信頼できるものだった。

 悪く表すとどこか雑にも見えるやり取りも、そんな絶対的な信頼に()るのだ。

 

「狩猟の方は、繁殖期で活発化したザボアザギルと子供たち。せっかく氷海の気温が上がったのに調査が難航、だってさ」

「で、氷結晶の他にソイツらの鱗や皮も頼まれてると」

「そそ。工房で使う研磨剤になるんだって」

 

 この依頼書に目を通すのも、ザボアザギルや氷海の下調べも既に散々行っている。退屈そうに欠伸(あくび)したハルチカは振り向き、船首の方へ呼びかけた。そろそろ到着する頃だろうか。彼はとにかくせっかちなのだ。

 

「おぅい船頭サン。狩場まであとどンくらいだい? もうしばらくかかるようなら茶でも沸かすが」 

 

 ところが。聞いた乗客の一人が櫂を投げ捨て、外套をばさりと翻す。纏っているものが明らかになった。

 

 ふかふかのコート状、ビビッドな黄に黒の斑点はルドロスS一式装備だ。ガンナー、女性用。

 よく見れば、荷物は狩猟の道具に大剣と弓。それぞれ斬竜ディノバルド、爆槌竜ウラガンキンの上質な素材で作られていて、一目で彼女がかなりの実力を持ったハンターだということが分かる。

 

「フフフ……キミたち、話は聞かせてもらったし! 親方のオッチャンから話は聞いてんよ」

「ちょっとぉ、なんで話しかけちゃうのよぉ」

 

 どんな体幹をしているのか、ぐらぐら不安定な小舟の席に仁王立ちする弓使いと、(すが)る船頭。ウラガンキンの弓は女ガンナーのものだから、こちらのフードを目深に被っている方が大剣使いらしい。どうやら気弱な性格のようだ。

 

「これはお見それしました。親方から話聞いてると言うと、あなたが護衛対象……ええと、ご依頼主様?」

「あーしは頼んでねーし。親方のオッチャンが勝手に同行する人選んだだけだし。ま、よろちくびー」

「ち、乳首……??」

 

 だいぶ砕けた口調のガンナーはVサインを決める。腕装備のミトンが外されている手の指は、《七竈堂(ナナカマドウ)》のウラと同じように爪に色が塗られていた。よく見ると砂粒くらい小さい宝石のような石までくっついている。

 たじたじになってしまったシヅキを下げて、今度はハルチカが尋ねる。

 

「護衛対象と言うよりはパーティ狩りってところかねェ。採取も狩猟も二人より四人の方が効率的だし、なにより賑やかじゃねェか」

「おっ、話が早いぜミツネ赤アイライナー。てか、それどこメーカー?」

「これ? 彫ったンよ。メイクじゃねェ」

「ヒューッ! モンモン(入れ墨)とかばちこりファンキーかよ!!」

 

 勝手に盛り上がる弓使いに船頭の大剣使いは振り回されているようだ。櫂で海氷をどける手を休めずも哀れ、震えてしまっている。寒さのせいではなく、だいぶ人見知りらしい。

 

「あー……えーと弓使いさん、お名前は? 僕はシヅキ、こちらはハルチカ」

「りょー、シヅちゃんにハルちゃんね。あーしはラジアン、ラジアン・ロジャーズ。とりま長いんで“ラジー”って呼んで」

 

 名乗った弓使い──ラジーは席からぴょいと飛び降りると、縮こまる大剣使いの手首を掴んでぶんぶん振る。

 

「なぁなぁ、なんでフード被ったままなん? 親方のオッチャンがせっかく用意してくれたメンバーなんだし顔見せな?」

「今日は……ファンデーションのノリが悪いのよ……」

「んぁーファンデかー、しょーがないなー。現地でちょっと時間もらって直そ? あーし、やったげるからさ。てか逆にここで挨拶せんと失礼っしょ」

「そ、そうよね……移動時間は……冗談抜きでアイスブレイクだもの。知ってる。顔出しくらいはしなきゃだわ」

 

「あの、何か事情があるのなら無理しなくても大丈夫ですよ……?」

 

 メヅキは顔の傷を気にして、ハンター以外の人物と合う時はフードを目深に被っている。身近に彼がいるからこそ、シヅキはプライバシーの理解を備えているつもりだった。ハルチカも隣でウンウンと大きく頷く。

 

 だが、大剣使いは二人の配慮を振り切って船首から下りると──待て。同じ高さに立つことでようやくわかった。

 この人物、ものすごく体が大きい。アキツネやオズもガンランス、ランス使いらしく相当だが、これは別格の体格だ。

 

「クララ……です。パーティ狩りでは緊張しちゃうんだけど、よろしくね」

 

 可愛らしいファーがついたフードを脱ぎ、留めているボタンを外して見せた。ルドロス一式装備だ。剣士……男性用。ルドロス装備は珍しく男性用と女性用が似ているため、瞬時には分からなかったが。

 

「……ん? 男性用?」

 

 同時に首を捻るハルチカとシヅキ。何というか、こちらもこってりとメイクを施していて──……

 

「「オッサン?」」

「失礼ねッ!!」

 

 クララというハンター。生物学的な性別は間違いなく男、だった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 



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36杯目 アイスブレイク・アイブロウ

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 頭上に熱砂が吹き荒ぶ。

 

 垂れゆく汗はすでに枯れ、徐々に消耗してゆく己らを()が砂中より()め付けていた。

 肌が焼けつくような感覚がするのは、きっと烈日だけではない。

 

 大陸南西部の一帯を占める巨大な乾燥地帯。

 ハンターズギルドはその北部、デデという地域を『旧砂漠』と定めている。風によって歪な形に削られた赤い岩と、それを覆い隠す砂が予測不能な高低差を生み出す狩場だ。

 ここでは乾燥という極限の環境のもと、生き物はオアシスを巡り知恵を絞って戦いを繰り広げてきた。

 もちろんヒトも、モンスターも。

 

 狩りも中盤を越え、互いに手負い。今の状態こそが最も繊細かつ危険で、立て続けに二人の仲間が拠点送りになっていた。

 奴は防具の繋ぎが擦れる音がしようものなら、目ざとく攻勢に出る。この膠着状態では先に痺れを切らせた方が劣勢となるだろう。

 

 ──盾に触れる腕装備が、じりじりと高温を帯びる。

 

 日除けの外套を被っていたが、防具だけでなく武器まで日光を吸ってこれほど熱くなるとは計算外。色が黒いゆえ、だ。銃身の冷却が遅延し、日が出ているうちに竜撃砲を再度放つことは不可能だった。

 無意識に舌打ちをしようとして、ガンランス使い──アキツネは慌てて音もなく舌を噛み、制止する。

 

 背面に立つライトボウガン使い──メヅキはヒドゥンゲイズを構えたまま、先ほどから身(じろ)ぎひとつしない。

 息遣いさえ殺した彼の気配だけが、アキツネの精神の摩耗を食い止めてくれていた。逆も然り、アキツネの存在もまた彼にとって間違いなく大きな支えだ。

 

 それでも。緊張の糸は確実に、確実にちぎれてゆく。

 

 不意に。陽炎(かげろう)が揺れる前兆を二人は肌で感じ取る。

 遂に。奴の背鰭(せびれ)は黄塵を巻き上げ、熱気を切り裂きやって来た。

 

 砂中を泳ぐ()のモンスターは──……

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「知っ(トク)便利! 《南天屋(ナンテンヤ)》式貧乏ハンターライフハック~」

「「「イエーイ!!」」」

 

「氷の割れ目からスクアギルがこちらをボケーっと見てます。可愛いですね。素材は汎用性が高くて需要も高いのですが、体が小さいので一回しか剥ぎ取れないんですよね」

 

「一度のクエストで狩れる頭数は限られてる! でも素材いっぱいほしい! そんな時は……こう、腕を差し出してですね。防具を外すとなお良いでしょう。ほ~ら近寄ってきましたよ~」

 

「元気よく噛まれました。まぁ痛い。……はい、気が済むまで血を吸ったら勝手に離れます。勝手に」

 

「ご覧ください! 後ろ脚がモリモリ生えてきました。彼らは十分な栄養を取ると瞬時に体が大きくなるんです。そこを……」

 

「コラーッッッ!! ダメでしょそんな狩り方!!」

 

 シヅキとハルチカにスパコーン!とクララのダブルチョップがキマる。ちなみに実況がシヅキ、実演がハルチカだ。

 相当の威力で二人は吹っ飛び、氷上を雪兎獣ウルクススもかくやの勢いで滑って行った。

 

「うおおぉぉ痛い!」

「スクアギルの噛みつきより圧倒的にこっちの方が痛い!!」

 

 悶える二人を横目にゲラゲラ笑いながら、ラジーはスクアギルの眉間をあっさり射貫いて仕留めた。

 得物は鈍く輝く金の、重弓ヘラギガス。鉱石素材と比べて軽さとしなやかさで(まさ)る骨素材が基調で、重い爆槌竜ウラガンキン素材でも持ち運びやすい。作り手からハンターへの心遣いが光る一(はり)だ。

 

「マジウケる。貧乏っつーか身ィ削ってるっつーか?」

「ちょっとラジー、危ないわッ!」

 

 彼女の背へ躍り出たのは、新手のスクアギル。クララは振り向く勢いを大剣に乗せ、ざぁ、と新雪ごとなぎ払った。

 銘は斬竜剣アーレー。斬竜ディノバルド素材で鍛え上げられた猛る青い炎のような形状と、刀身の髄に埋め込まれた()の竜の炎玉による高熱が斬撃の威力を高める。

 納刀する頃には身を裂かれたスクアギルは絶命し、飛び散る血さえも焼き焦がされていた。

 

(ディノバルド武器……『一発生産』モノかい)

 

 ぶたれた後頭部をさすりながら、ふとハルチカは片眉をわずかに上げた。

 

 シヅキのヒドゥンサーベル、ラジーの重弓ヘラギガスなど、大半の武器の基本はコツコツ集めた骨や鉱石を鍛えたものだ。地道な強化がある程度進んでやっと、大型モンスター素材の土台となる。  

 また、ようやくその頃に武器は持ち主の手に馴染む、という意味合いもあるのだ。

 

 比べて一発生産──ハンターや加工屋、武具屋の間では俗にそう呼ばれている──武器は土台から大型モンスター素材が必要だし、とにかく手に馴染むまで時間がかかる。扱うことができればそれだけ強力ではあるが、コスト的にも時間的にも余裕のあるハンターが担ぐ一品だった。

 

 斬竜剣アーレー。何かの機会に誰かが担いでいるのを見かけた覚えがあるが、どうにも思い出せない。

 取引先は絶対に忘れない自信があるから商売相手ではないだろう。しかし我ながら情けねェ、とハルチカは溜息をつく。

 

(わし)も一本、タマミツネ素材の操虫棍を一発生産で欲しかったんだがネぇ……やっぱし『四天王』武器にァ注目しちまうわな。あぁ、未練がましいこった)

 

「えぇとハルちゃん、腕の怪我は大丈夫かしら? 軽い傷でも取り返しのつかない事態に繋がるかもしれないわ」

「あ? こんな傷ァ唾でもつけときゃ……って」

 

 呼ばれて顔を上げれば、布団のシーツかと思うほどデカい包帯が迫っていた。

 がばっと抱き起こされ、スクアギルの歯型がついた腕へ包帯をぐるぐる巻きに。正直、医療に通ずるメヅキと同じくらい迅速で丁寧な手当で、シヅキにも同じように処置をする。

 

 そんなクララは今の時点で三人よりもかなり多く氷結晶を集めていて、アイテムポーチはパンパンに膨れていた。触れ合って時間はそれほど経っていないが、大剣の立ち回り、手当、採集と、バランス良く秀逸な振る舞いだ。

 

(これほどの実力者なら、名が通っていてもおかしくなさそうなンだが)

 

 その気になって注意深く観察すれば、斬竜剣アーレーのことも思い出せそう……しかし、付け焼刃のパーティとはいえ仲間。疑っても仕方がない。

 どんな経歴を持っていようが《南天屋》と関わっているうちに面倒ごとを起こさなければ十分だった。ハルチカはよっこらせ、などとジジ臭い掛け声と共に立ち上がる。

 

 

 

 四人の現在地は氷海の最北、エリア6。拠点(ベースキャンプ)から出てすぐのエリア1から西に、洞窟の中を迂回して来ていた。

 なぜなら採掘ポイントが多いし、東側を住みかとするザボアザギルの狩猟はあくまでサブターゲットだからだ。多少の荷物が増えても氷結晶集めを最優先にしたかった。

 それに加えて。

 

(狩猟する前にこの人らの輪郭くらいは掴ンでおきたいからネ!)

 

 《南天屋》の紹介は拠点で既に済んでいる。あとはラジーのことを聞くだけだ。

 エリア6の採掘ポイントのチェックとスクアギルの掃討が済んだところで、ハルチカは重弓ヘラギガスを納めるラジーに切り出した。

 

「そういやお前サン、親方(オヤカタ)から話は聞いてるっつッてたネぇ。一体どういう経緯で? 儂らは親方のご近所なンだよ」

「あー、親方?」

 

 ラジーは少し黙って頭をボリボリ掻くと、適当な段差に座ってあっけらかんと話し出す。

 

「いつだったっけなー、一昨年くらい? ナグリ村に寄ったら帰省中の親方とバッタリ出会って、意気投合しちゃって。あの人、意外と装飾品(デコ)の扱いがうめーんだよ」

「デコ」

「デ……(デコ)?」

「おでこ違うわ。ほら、ハルちゃんの(メイル)(アーム)足装備(グリーヴ)。ちっちゃーい穴ぼこ開いた台座があるっしょ? 『スロット』っつって、ここに石はめ込むんだよ」

 

 ラジーは舐め回す様にシヅキのベリオS一式装備を眺めた。スロットを備えている部位は胴と腕、腰装備(フォールド)だそうだ。

 装飾品の存在は知っていたが、装備にデコレーションをして一体何になるというのだろうか。

 

「それから毎年この時期に氷結晶の採集を頼まれてんの。いっつも一人でだったんだけど、今回は知り合いも付き添いだぜーって。四人で来れたのは嬉しーわ!」

「ん? クララさんは付き合いが長い……ってわけではないんです?」

「クララは先々週に親方んとこ遊びに行ったとき、初めて会ったんよ。氷海も氷結晶集めも初めてなんだよな?」

 

 クララはラジーの隣にちょこんと座ると縦に頷いた。やや華奢なラジーの隣にいると、遠近感がめちゃくちゃになってしまったような感覚になる。

 

「私……生まれてからずっと、砂漠地方で暮らしていたので。雪も氷も本でしか見たことがなかったのです。こんなに綺麗だったなんて……きっと氷結晶から作られる武器や防具も、とてもお美しいのでしょうね」

「氷結晶武器は性能いいし超イケてっから人気なんよ! ドンドルマに帰ったら速攻作るか~、弓!」

「もう、ラジーったら。氷結晶は納品しなきゃなのに」

 

 クララは両手を膝の上に揃え、恥じらい交じりに嘆息した。仕草は悩ましき乙女そのものだ。なんだか倒錯感でめちゃくちゃになってしまったような感覚になる。

 

(砂漠ってぇと……ディノバルドの生息地だネぇ。嘘じゃあなさそうだ。クララは砂漠で活動していたハンターなのか……?)

 

 ダメだ、思い出せそうにない。《七竈堂》のウラくらい顔が広ければ話は別だが、流石にハルチカと言えどそこまで情報通ではない。

 それっぽく相槌を打っておくと、ラジーは目を輝かせて話す。

 

「あーしな、親方から装備の勉強させてもらってんだ。デザインとか、機能とかさ。同業がいねーから寂しかったんだけど、クララは真剣に話聞いてくれたんよ。

 だからこのクエストは、あーしが初めて叶えるクララの夢。雪や氷を見たいっつーね」

 

「もうッ、ラジー! まさか狩猟もあるなんて後から知ったわ。私、狩猟はもう最低限しかしないって決めてるんだからね?」

「んなはははこりゃ親方が悪いわ! あとで締めんべ!」

 

 親方のことで濁されてしまったが、なんとなくイイ話な気がする。

 ハルチカは少し(ほう)けてしまったが、対して困ったように首を傾げるクララ。ルドロスS装備に合わせてハチミツ色に染めた髪が一房、赤い頬にかかった。

 

「……ふぅ、私のことは話せば長くなるわ。あとは追々、今はヒミツってことにさせて頂戴? ミステリアスなオトナもいいでしょう?」

「おっと、余計な詮索はしねェよ。ハンターやってると色々あるもんネェ……こっちこそ根掘り葉掘り聞いて悪かった」

 

 やんわりと断られてしまった。ある程度距離は近づいたもののまだまだ溝は深いらしく、両手を軽く挙げとぼけて見せる。

 しかし、振る舞いからでパーティ狩りを経験したこともありそうなのは事実。しかもそれなりに慣れている。ターゲット達成までこれからもかなり頼りになるだろう。

 

 エーヨッコラと溜め息つきつき、ハルチカは剥ぎ取りナイフ片手に解体へ取り掛かる。話を聞きながらシヅキが既に数匹分の処理を済ませてくれていた。

 

 スクアギル。海氷を避けて泳ぐための角と寒さに耐える脂肪、コンパクトな短い手足は、これでもかと言うほど氷海の環境に適応している。長い長い年月をかけて進化してきた賜物だ。

 ハルチカは学術的なことはトンと分からないし、眼前の死体は一つの命というより商品、という感覚の方が強いが……商品は大切に扱うべきものだ。手を合わせてから正中線に剥ぎ取りナイフの刃を入れた。

 

 

 

「あら?」

 

 剥ぎ取りを終えたシヅキは、しゃがみ込んで何かを拾う。洞窟に差し込む日に透ける鉱石は間違いない。ターゲットの氷結晶だ。

 

「氷結晶、この辺にいっぱい落ちてますね。洞窟の外まで続いてそうです」

「こりゃア好都合だ。ちまちま採掘していたらいくら時間があっても足りねェ」

 

 一度のクエストで持てる氷結晶の個数は二十個まで。氷結晶だけを狙って採掘しようと思っても、肝心な時に限ってレアなノヴァクリスタルなんかが採れるものだ。

 売れば高値がつくから金欠対策にはなるが、このままでは氷海を延々とさ迷うことになってしまう。

 

 散らばる氷結晶を辿って四人は洞窟の東側、エリア7に出た。急に明るく開け、あまりの眩しさに手でひさしをつくる。

 エリア7から遠く見える外海には、まるで時ごと凍てついたような大波がふたつ、静かに佇んでいる。ハルチカの後ろでクララの息を飲む気配があった。彼にとっては信じられない光景だろう。

 

 しかし、自然界はそう易々と感傷に浸る余裕を与えてはくれない。

 

 突如、ズン、と足元が揺れる感覚。拍子にバランスを崩し、四人ともによろけてしまった。エリア7は海上に分厚い氷が張る構造だ。ただの地面ではない。衝撃は底無しの海からだった。

 

 ズン、ズズン、と二度、まるでドアのノックのように。揺れは真っ直ぐ天へ突き上げるように。

 ()はもう、すぐそこに来ていた。

 

「と、飛んで!」

 

 クララの野太い怒号。とっさに勘のまま緊急回避する三人を尻目に、重量のある斬竜剣アーレーを背負ったクララは回避が一歩遅れる。

 次の判断は抜刀からの正確なガードだ。得物を垂直に、腰を低く構えて足がすくわれそうになるのを耐える。

 

 ──バキバキバキバキ!!

 

 とうとう足元がひび割れ、砕け、隙間から黒い海水がどうどうと暴れ狂うように溢れ出した。()(くさび)の原理で氷を割り広げ、重く大きな塊が体にぶつかるのをものともせずに大跳躍した。

 

 日を背に、こちらを睥睨。奴の体色は雪と同じ白銀なのかと一瞬だけ見誤る。

 

 クララは叫んだ。氷中を泳ぐ彼のモンスターの名を。

 

「……──化け鮫、ザボアザギル!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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37杯目 薫灼(くんしゃく)隠すアイシャドウ

 くんしゃく【薫灼】
  くすぶり焼くこと。転じて、苦しめ悩ますこと。
 
 
 


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 数週間前。

 

 ドンドルマの武具工房の一室で、土竜族の親方(オヤカタ)はゲップとため息の間みたいな息を吐く。隣の古ぼけた椅子に座るシヅキは「んもー」とポポの鳴き声のように不満を漏らす。「お口に合いませんでした?」

 紫毒姫素材の鑑定に訪れていたシヅキは土産に冷やした試作甘酒を持って来ていた。なんでも知り合いの新事業で、はじめの一歩に商店街のバザールへ初出品するのだとか。

 

「ウンニャ美味ぇ美味ぇ。こりゃ当たるぞ」

「じゃ、一体何がため息なんです?」

「あのなー、ちょっくら聞くんだが──」

 

 自分の椀の甘酒を舐めるシヅキに、親方は尋ねる。

 

「女装装備って興味ある?」

「頼むっ……! せめて除草の聞き間違いだと信じたいっ…!!」

 

 ならば除草装備とは一体何なのだろう。

 椀を放り出し、顔を覆って泣き出しそうなシヅキの肩を優しく叩く親方。慈愛に満ちた声色だ。

 

「オメェ背ちっこいじゃん?」

「うわぁぁああん否定できません!」

「背が低いって条件なら俺でも女装できらぁ。だがな、オレっちは……太ってるんだよっ……このへぐなちゃこめがっ…!!」

「自分で言って自分で悲しくなるくらいなら最初から口にしないと良いのでは」

「そいで、俺の知り合いで体格的に女装できそうなのがあんただったってわけよ」

「そこでダイエットっていう案が出なかったことが僕は悲しいです」

 

 ぶちまけた甘酒の処理をしながら、今度はシヅキがため息をつく。部屋の中の熱気がゆるりと渦を巻いた。床を這う甘酒が、健気にもシヅキの手をひんやりと冷やす。

 

「そもそもね! 理由を聞かせて下さいよ。とにもかくにもまずは理由です」

「いや~、やっぱ結論から言ったほうがいいかなぁと思ったんだがまぁいいや。先日な、工房にオレっち宛ての手紙が届いたんだよ。匿名で、“異性の装備を作れるか”って」

「異性の装備ぃ? そりゃ女性が男装したがる場合もあるでしょうが」とシヅキ。なぜなら、《七竈堂(ナナカマドウ)》のマスター、ウラも昔は男装のハンターだったからだ。

 

「オレっちに女ハンターの知り合いなんて、うん、まぁいねぇことはねぇけど話しづらくてな……とりあえず手紙の話だへぐなちゃこめ」

 

 語尾を甘酒の如く思い切り濁らせて、親方は一息。甘酒の椀を呷り、「ぱぷぅ」とゲップ。

 

「仕事に三割、趣味に七割力を入れる生き方をしているオレっちは、作れねぇヘンテコ依頼はねぇって鼻高(ビシュテンゴ)になってたんだ。んでも、異性の装備を着れるようにするなんて聞いたことがねぇ。確かに装備はオーダーメイドだが、そんな技術はそもそもねぇんだよ」

 

 土竜族は勤勉な種族として知られる。親方も多分に漏れずなはずなのだが、なぜかベクトルが趣味の方に傾いていた。装備以外に装飾品や日用品、雑貨といった売れないエキストラに命を注ぎ、武具工房内の人間関係も興味がないことから時々奇妙な依頼がやって来るのだという。そのたびに駆り出されるのが、ご近所ハンター南天屋(ナンテンヤ)なわけだが。

 

「オメェんとこの兄貴もガンナーで細身だから女装にいいかなぁと思ったが」

「被害を広めようとしてない? せめて身内の宴会芸程度にしてやってくださいね?」

「今、新事業で忙しいんだろ? とりあえずデータにシヅキの体のサイズだけ取らせて欲しいんだわ。あと、オメェの装備と義足の調子も見ておきたいし」

「む……義足の話を出されると弱っちゃうなぁ」

 

「オメェの隻足はどうでもいいが、義足も負担がデカいからな。オレっちはそっちが心配なんでぃ。野郎の体にゃ興味ねぇ」

「そういうスタンス、ありがたいですけどねぇ……仕方ない、一肌脱ぎますか」

 

 眉を思い切りひそめて「でも女装は絶対しませんからね」と付け加えるシヅキに「売れると思うんだけどなぁ」と親方。「どう売れるって言うんですか」「時代の先を()け、これぞあばんぎゃるど」「地に足着いた商売したいんです僕は」「だからオメェはいつまでたっても貧乏なんだ」「なんだとクソ親方あんたも貧乏でしょうが」と喧々諤々。

 

 かくして数日後、シヅキは紫毒姫素材の売却と共に不本意ながら下着を着用の上、親方に裸体を晒すこととなった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ──ギャアアアァァァァァァン!!

 

 ザボアザギルは咆哮する。

 銀盤も粉砕できるのではと思うほどの重圧に四人は縮こまった。どんな剛力を誇るハンターであっても本能が体の動きを制限してしまい、硬直は振り解けないという。そんな中、一番最初に動いたのはシヅキ。硬直を息んでいなすことで緩和させ、スタミナと引き換えに踏み出して一太刀浴びせた。

 

「お見事サ、切込隊長!」

「褒める暇あったら続いてよね!」

 

 ならばと後続のハルチカはスニークロッドで跳躍し、ザボアザギルを飛び越えてシヅキの反対側に回り込む。挟撃体勢はモンスターの(ヘイト)を簡単に分散させられるので《南天屋》は常套手段としてよく用いる。

 多人数の狩りはここが強み。常に狙われる危険がなく、対モンスターの安全性は抜群だ。

 ただ、問題は──

 

 びゅん!と一本の矢がハルチカのミツネSキャップを掠める。ザボアザギルの体に深々と突き刺さったものの、あと数センチずれていたら串団子のように脳天へ矢がグッサリ立っているところだった。どうせ立つなら顔や腕が立ちたいところである。ハルチカは悲鳴を上げそうになるのを堪えて前線から距離を取り、背後で重弓ヘラギガスをつがえるラジーに「オイ!」と叫んだ。「ちったァ気をつけやがれ!」

 

「んなこと言われてもチョコマカ動かれると狙撃しづれーっつーの」

「操虫棍に動くななんて注文できっか、派手に立ち回ってナンボの武器ヨ!」

「思ったんだけどさ、ガンナーっていつも剣士に合わせっぱなしじゃね? あーしはパーティ狩りほとんどやったことねーんだからさ、経験者なら多少は考えて欲しいわ」

「だああああ偏屈! パーティ組めて嬉しかったンじゃねェのかよ!」

 

 問題は、仲間の得物が干渉し合うこと。

 ぎゃいのぎゃいのと互いに目くじらを立てまくるハルチカとラジーに、ザボアザギルの体重が乗った前脚がガリガリと氷を削りながら迫る。鋭い音を立てて防いだのは、クララの斬竜剣アーレーであった。高熱を帯びる刀身に驚き、ザボアザギルはびくりと身を震わせて前脚を引っ込めた。

 

「さんきゅ、クララ!」

 

 ラジーをザボアザギルの攻撃範囲から押し出して、ハルチカは前線をクララとシヅキに譲る。明確な隙とスペースができたのに、クララは垂直に構えていた斬竜剣アーレーを振るうことなくたどたどしい動きで一歩遅れて、退いでしまった。

 反対側ではシヅキが引き続き攻撃を加え続けている。怒り状態を誘わないとザボアザギルは氷纏いにならない。氷結晶をザボアザギルから得るには、まずある程度のダメージを与えなければならないのだ。

 

「なぜ攻撃しねェ!? 今チャンスだっただろう!」

「はぅ……ご、ゴメンナサイ……そうよね、今は良い隙だったわ」

「ちょ、ハルちゃん~当たり強すぎぃ~」

「お前サンは(わし)に当たりが強すぎやしねェかい!?」

 

 なんだこれは、なんだこのメンバーは! (そび)えるクセの強さにハルチカは頭を抱えてしまう。重ねて、反対側で定点攻撃を続けていたシヅキが「ハルチカ、足元! 泡、泡ーっ!!」と声を飛ばして来た。

 

「ン?」

 

 見れば、濡れた氷上に泡が残っている。これはハルチカのミツネS装備特有の性能で、装備に仕込まれた界面活性剤が摩擦を減らし、とっさの行動が楽になる優れものだ。操虫棍と非常に相性が良い。

 しかし、調整から下ろしてすぐだったこと。氷が海水で常に濡れていること。そもそも氷という物質は滑りやすいこと。すべての要因がこのエリア2を地獄にした。

 

 ばごん! と氷が大きく陥没した。バラバラと乾いた飯粒のように足場が崩壊していき、黒い海水と泡と相まってエリア2は凄まじい有様となってしまう。「のわわわわ」と間抜けな悲鳴を上げながらクモの子のように足場から足場へ逃げ惑う四人だが、つるりんと足を滑らせたのはザボアザギルだった。

 ザボアザギルの足は泳ぐことに適していて、決して地上で走ったり踏ん張ったりするのに対応しているわけではない。腹全体を地面にくっつけることで摩擦を増やす歩き方が仇となった。

 

「ギャアアァァン!?」

 

 派手に横転したザボアザギルは鳴きながら下半身が海に落っこちて、ちんまりとした短い前脚で氷に掴まりもがいている。あぶあぶと泡が立ってたちまち海面が泡まみれになってしまった。特に生体の健康に影響を及ぼさないクリーンな泡らしいが、あちこちで驚いたスクアギルが海面から口をパクパクさせている。

 

「今だ、撤退! 撤退ィ~ッ!!」

 

 ハルチカの号令で、四人はそそくさと拠点に向かって走り出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 砂漠の夜は氷海の如く冷える。砂漠は昼夜で二面性があるとはよく言われるものだ。

 しかし昼間の日光で温められた岩に囲まれた拠点は夜でも暖かく、ハンターが二人ずつ塊になって敷物の上でくつろいでいた。手には酒精が飛ばない程度に温めた強めのポッカウォッカを、ひとまず狩猟成功のささやかな乾杯だ。

 

「それにしても、ザボアザギル亜種なんて」と、酒をアイルーのように舐めるメヅキ。すすいだのに口の中がまだじゃりじゃりする。「貴重な狩猟だったな。手負いでなかったら絶対に追い詰められなかった」

「ン」と隣で小さく頷くアキツネ。今回は特にタンク役として立ち回ったために大分クタクタのお疲れモードだ。氷結晶で凍らせた特製の氷熱帯イチゴをもぐもぐやって体力回復に努めている。

 

 地形上、ドンドルマは意外にも旧砂漠とのアクセスが良好で、緊急を要するクエストが張り出されることも少なくない。特に旧砂漠で立ち往生してしまった商隊や、狩猟の途中でトラブルが生じたハンターからのものがよく見られる。今回の狩猟は救難形式で、後者の例であった。

 

「依頼を受けてから十分な文献を確保する時間がなかったのだが、ウラ姐が《七竈堂(ナナカマドウ)》に置いてあった『狩りに生きる』のバックナンバーとモンスターリストを貸してくれてな。ザボアザギル亜種はドンドルマだとG級クエストに指定されるほどの危険度だと」

「……手負いだったから無事に狩れたけっとも……健康な個体なら歯が立たねがっただろうな……初見で、よォぐ立ち回れたよ」

 

 「ナイスファイッ」と二人で拳を小さく小突き合う。装備の隙間に詰まった細かい砂がこぼれ落ちた。

 焚火を挟み、向かいに並んでスクアギルのように寝そべっているのは中年の男ハンター。今回の依頼主でもある。二人ともレイアS装備に斬竜ディノバルド素材の片手剣、ハンマーと砂漠地方のハンターらしい出で立ちで、それぞれ一乙してしまったのは長期に渡って戦い続けたゆえの疲労によるものだ。こちらも十分ナイスファイトだろう。

 

 器用にも寝ころびながら酒を舐めて、くぐもった声が二人分飛んできた。ぱちん、と焚火の薪が破顔する。

 

「いやぁ、狩猟できて本当に良かった。ライトボウガンにガンランスと、機構武器は砂と相性が悪いから俺達砂漠のハンターにとっちゃ物珍しいんだ。しかしその立ち回りたるやアッパレ」と片手剣使い。気さくな性格である。「あんた方、我々と今後狩りを共にするする気はないかい? って、すでにパーティ組んでるから無理かぁ」

「無理かぁー」とハンマー使い。こちらはのんびりとした性格だ。

「うむ、誘いは嬉しいが断るぞ。俺達は先日に抜けた仲間ハンターの補欠だと聞いたが、その人物は? 今はどこにいるのだ?」

 

 メヅキの問いかけに、寝ころんでいる二人は急に押し黙った。冷えた空気がゼリーのように重く、硬くなる。

 ややあって、「ザボアザギル亜種にやられて、砂漠のもずくとなった」と片手剣使い。「もずくなもんか、あいつは生きているとも、そうだ生きているとも」とハンマー使いは反論する。酒と共にその反論を飲み下すと、片手剣使いは不意に静寂の中へぽんと言葉を投げかけた。

 

「酔っぱらったついでだ、オジサンは昔話の独り言をすることにしよう」

 

 メヅキとアキツネに向けているのかは果たして分からず、二人は酒の杯を傾けるのみ。がらり、と焚火の薪が形を崩した。

 

「《薫灼》という名を知ってるかい。この辺で彼を知らないモンスターは命取り、というほどの実力を持った大剣使い……」片手剣使いはとつとつと語る。「力と技術、知恵を兼ね備えていて、砂漠であれば怖いものは指に刺さるサボテンの棘くらいだ、ってな。おまけに優しくて、気配りできて、お淑やか」

「十分モテてたけど、女だったらもっとモテていたろうねぇ」とハンマー使い。寝ころびながら見上げる砂漠の夜空は美しく、背を温める岩盤が気持ちいいのか眠たげだ。「俺達は幼馴染で、若い頃からずっと三人で狩猟をしてきていたさ。レザー装備でサボテン集めの時代からずっと」

 

「あいつはいつも何かに悩んでいるようにしかめっ面だった。だから、《薫灼》」

「フルフェイスの装備を好んで身に着けてたから、しかめっ面は酒場でしか見れなかったっけ」

「あぁ、年を取るごとに眉間のシワは深くなっていった。加齢のせいもあるかもだけど、付き合いが長い俺達はそれだけじゃないって気づいてた。やがてハンターランクも上位に上がって、俺達も妻子を持つようになったさ」

「あいつは結局、お一人様だったけどなぁ」

「ザボアザギル亜種は、そんなあいつを十数年ぶりに打ち負かしたモンスターだったよ。もちろん俺達もこっぴどくやられたけど。で、あいつの負けっぷりに俺達はめちゃくちゃ困惑した」

 

 片手剣使いはそこで眠くなったのか、大きなあくびを一つ。顔が赤甲獣ラングロトラのように赤くなっていた。強い酒に酔いが回り切ったのだろう。ハンマー使いにもあくびが移る。

 

「だって、俺達はいつだって“じゃない方”だったから。嫉妬なんて気持ちは若い頃にめいっぱい味わって、今じゃ諦め一色だけどな」

「あいつはそれでも俺達に優しくしてくれた。優しさが沁みること、沁みること」

「結局、あの狩猟をリタイアしたっきり、あいつは俺達の前から姿を消した。砂漠に沈んだか、堕落したか……どっちにしろハンターとして死んだか」

「あいつ、元気かナァ」

「元気かなぁ、仲直りしてぇなぁ……おぅい、グラード。ザボアザギル亜種の仇、取ったぞぅ……」

 

 夜空へ呼びかけ、それっきり片手剣使いとハンマー使いはガーグァの鳴き声のようないびきを立てて眠ってしまった。メヅキとアキツネはやれやれとテントの中から古ぼけた毛布を取り出し、二人を繭のように包んでやる。まるで生まれたての赤子だ。

 

「《薫灼》……グラード、というのが本名で《薫灼》は異名だろうか。ドンドルマでは聞いたこと無かったが、異名はそう獲得できる代物ではない。この二人もなかなか複雑だな」

「……地元じゃ負け知らず」

「ハンターであればそのスタンスも大事だろう。誰のことか帰ったらウラ姐に聞いてみるか……アキツネ、余裕があれば『狩りに生きる』でも読んでおくんだぞ。お前は本を読まな過ぎだ」

「うるせェ、お(めェ)が噛み砕いて説明してくれた方が早いべ。……ン?」

 

 荷物の背負い鞄に丸めてぶっ刺していた『狩りに生きる』を引き抜いたアキツネが、表紙を開いた途端にふと手を止めた。取り出したのは挟まれていた一枚の薄っぺらい号外の瓦版だ。インクのコストを下げるため、文字が読めるギリギリまでかすれて刷られた文字に林檎色の目が細くなる。

 

 

『 温暖期前砂漠特集 《薫灼》、虎鮫ザボアザギル亜種に敗れたり!? ヘルムの下は化粧を嗜むか、《薫灼》の足取り消える 』

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 『泡沫』スキル、とても面白くて好きなのですが、実際に描写として生かすのは難しいですねぇ。今回はちょっとお試し段階の描写です。読者のハンターの方々は、書くなら『泡沫』をどう生かすでしょうか!!

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。

 


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38杯目 我武者羅マスカラ 惚れたから

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 数ヶ月経った今でも夢に見る。

 

 目に差し込む砂漠の日光を絞る、フルフェイスのヘルム。中は籠って非常に暑いけれど、暑くない狩りなど未だかつてあっただろうか。

 私は晴れの日以外の狩りを知らない。砂漠のお天道様は滅多に機嫌を崩さないから。

 

 不意にぐらりと視界が斜めに傾ぐ。足場の砂は理不尽な傾斜でどうどうと奔流のように変形し、そこを二人の狩友たちが骨格的にありえない格好で真横に吹き飛んで行った。私自らも不安定な足場に身動きが取れないまま、砂上に倒れ伏す狩り友へ、走って、走ってと叫ぶ。

 彼らにそんな力はもう尽きているのは分かっている。無理を強いているのも分かっている。こういうときこそ知恵を利かせなきゃいけないのに、自分の頭が働いていないことも痛い程に分かっている。

 

 ついに膨らんだ巨体が押し寄せ、彼らに無慈悲な日陰を落とした。あぁ、砂漠の狩りで恋しい日陰が、こんなタイミングでできるなんて。

 

 狩り友たちはステキな妻子持ちだ。片方なんかは三児のバースデイを待つリッパな父だ。私よ私、今彼らを守らないで何が男よ。私の無駄に大きいカラダは誰かを守りたくて鍛え続けてきたのだから。

 

 足場として意味を成さない砂をありったけの力で蹴り、野太い雄叫びをあげてボウガンの弾丸のように走る。愛剣を抜きながら斜め下に構えて剣の腹で巨体を弾いた。私のカラダを緩衝材にしてさえ衝撃を殺しきることはできず、背の狩友二人もろとも撥ねられる。全身の肉と骨が砕け散りそうな衝撃に、がくんがくんと激しく揺れた頭のディノSヘルムが音を立てて外れた

 

 太陽に熱された大気の匂い。急に眩しくなる視界。乾いた色の地は天に。青く塗られた天は地に。

 何度も地を転がって、サボテンの群れに突っ込んでようやく止まった。棘が刺さった後頭部からじくじくと血が流れるが、そんなことよりぶつかった際に愛剣を手放してしまったのだろうか、軽くなった背中が悔しくて。

 

 意識に暗幕がゆるゆると降りてくる。どうやら夢はここまでみたい。

 乱入してきた奴──虎鮫ザボアザギル亜種の咆哮は遠く、私の名前を呼ぶ狩友の声だけがその向こうから聞こえてくる。あぁ、無事だったらそれでいいの。奥さんと子供を大事にね。無事に帰るぞって想うことこそが、狩りを上手く運ぶ秘訣なんだから。

 

「お前、口紅をしていたのか」

 

 あぁ。狩友の言葉で耳の奥に鉛が詰められたような気持ちになって──いつも、そこで目が覚めるのだ。

 

 

 

 

「んぉ、起きた? あんたロアルドロスの水ブレスでぶっ倒れちまって、運ぶの大変だったんだかんな?」

 

 目を覚ますと拠点のテントの薄暗い天幕が。嗅ぎ慣れない孤島の潮の香りに、隣からかかる声は今回初めて砂漠以外の狩りを共にする相手だ。若い女性の弓使いの名はラジアン・ロジャー。ラジーと呼べ、と私に言った。

 

「あ……すまない。力尽きてしまったようだ」

 

 素直に謝ると、ラジーは「いーのいーの」とあっけらかんとした様子。本当に気にかけていないようではあったが、彼女は信じがたいことを口にした。

 

「寝てる間にサイズ採れたから気にすんなし。だってあんたさ、ぜってー測らせてくれなかったじゃん」

「わ……私のサイズって」

「バストにウエスト、ヒップはもちろん腕周りも足のデカさも身長もデカい顔も全部! あんた、武具工房でサイズ測ったことないわけ?」

「デカい顔……!?」

 

 何が悲しくて寝起きに罵倒されなければならないのだろうか。大のおっさんが泣きかけた。

 彼女は先日、砂漠を出てからとりあえず寄ったドンドルマの武具工房で知り合った子。その時たまたま私を担当していた職人さんの仲介で仲良くなった彼女は、まだまだ若くて夢に満ち溢れていて、とっても眩しく見える存在だ。

 得意げに満面の笑みで振り回す巻き尺は、彼女の道具。テントのテーブルには布団のように大きな図面が敷かれていて、書かれているのはきっと私の体のサイズの図面だ。

 

「これね、あーしが龍歴院行ったときに職人からおせーてもらった『重ね着』! ルドロスS装備着んのにせっかく超高性能のディノS装備を着なくなるのはもったいないじゃん? 性能はそのままに見た目を変えらんねーかって、親方(オヤカタ)のオッチャンと共同研究してるんだぁ」

 

 にしし、と彼女は白い歯を見せて笑うと「ま、親方のオッチャンは全然興味無くて研究してんのはあーしだけなんだけど」と付け加え、ぴょんぴょん跳ねながら横になっている私に図面を見せてくれた。重ね着のデザインはルドロス装備。デザイン性が高いことでよく『狩りに生きる』に取り上げられていて、彼のモンスターがいない砂漠でもその名は伝わっていた。

 今回の狩猟対象のモンスターであり、私がどうしても一度来てみたかった装備でもあった。

 

「……って! 私の装備を勝手に剥いた!? え! 剥かれてる!?」

「んだよー、着てたらサイズ測れねーじゃん。あほか」

「なっ……!」

 

 見ればテントの脇に私のディノS装備と愛剣、斬竜剣アーレーが置かれていた。私の体にはまだザボアザギル亜種とやり合った傷が残っている。知識がある人物が見れば何列にも並んだ特徴的な牙の形ですぐに相手の推測がつくし、最初に砂漠出身だとも自己紹介してしまった。《薫灼》大敗の噂は未だ巷に流れているらしく、身分を隠していられるのは時間の問題だった。

 下手に街中でばれるよりは今説明をしていた方が良い。あえて咳払いをして声を低め、せめて多額の口止め料をせびられないようにと構えて口を開く。

 

「……認めよう。私こそが《薫灼》だ。この度は不格好なところをお見せして……」

 

 しかし、彼女は全くピンと来ていない様子だ。「あ? 誰だしクンシャクって。クンチュウとクシャルダオラのハーフ?」などと白けた表情に思わず拍子抜けしてしまう。

 盾虫クンチュウも鋼龍クシャルダオラも砂漠を住みかとするモンスターだけれど(それにしても後者は見たことがあるわけもないし、いて欲しくない! とも私は思う)、そんなグロテスクなハーフがいてたまるか。

 

「それよりさ、そのリップめっちゃイケてるな! 白い肌ブルベだから、紫がめっちゃ合ってるわ! どこメーカー? やっぱ砂漠流のメイクなん?」

 

 リップ。言われて私は夢の終わりを思い出し、ハッとして口元を抑えた。

 きっかけは幼少期、姉兄弟のおままごとに付き合っているときに塗られたこと。化粧への興味は尽きることなく、いつしか家族へ贈呈品にと嘘をついて町の女性から購入したり譲って貰い、ディノS装備がフルフェイス装備なのをいいことに塗るようになっていたのだ。塗る前と後では文字通り世界が変わって、私の狩猟するときのスイッチになっていた。

 私はリップを塗って初めて“ハンター”だった。

 

 彼女はぐいぐいと近寄ってくると勝手に荷物をごそごそやって、いつも使っているリップを探し出す。砂漠を出た後で知ったけれど、どこにでも売っているような安いものだ。「し、白い……本当に?」と問うと、「ファンデ塗らなくてこの白さはパないっしょ」と私の頬をつついてくる。フルフェイスは単純に顔の日焼け防止の意味でも身に着けていたから、私は思わず口の端が緩んでしまった。

 

「おっさん位の歳になれば髭ボーボーのアブラギッシュになりそーだけど、毛穴いっこも見えねーユデタマゴみてーにつるすべじゃん。スキンケアどーしてんの?」

「え、えと、取り寄せたポポミルクに穀物の澱粉(デンプン)と酢と、重皮油を……」

 

 地域によって化粧品となる素材も異なってくるようだ。ラジーは興味深げにフンフンと分かっているのか分かっていないのか頷いて、まだ見ぬ化粧品を想像し目を輝かせた。

 出会ったときから気になっていたけれど、彼女も顔にしっかりとメイクを施している。地黒の肌には大胆に地底湖のような青色を瞼へ、反射する水面のような白を涙袋へ大胆に乗せている。リップは回復薬を飲むときなどに落ちやすい。顔全体のメイクなんてもちろん汗をかけば落ちそうなものだけれど、彼女は全く恐れることなくメイクを心から楽しんでいた。

 

「あなたのメイク……素敵だ」

「マジ? じゃ、あーしのメイクセット貸すからやってみよ。この狩りが終わったらドンドルマで揃えてみっか!」

「怖く、ないの。私のような中年の男が、メイクなんて」

 

 恐る恐る尋ねると、ラジーはモリモリに盛った垂れ目をグンニャリと歪めて渋い息を吐いた。「やりたい人がやればいいじゃん、メイクなんてさ」「案外ね、ヒトってあんたの見た目なんかどーでもいいもんよ」「あーしのメイクは装備の一環なんよ、あんたは裸の素手の丸腰で狩りに行くわけ?」「メイクとスキルは盛ってなんぼっしょ」と連射もビックリな怒涛の矢継ぎ早メイクトークに私はどぎまぎしまう。しかもなぜか説得力があるのは気のせいだろうか

 そして私は気づく。《薫灼》という異名を言い訳に振りかざし、自分の狩猟スタイルをがんじがらめにしていたことに。《薫灼》に似合うハンターであれ、と最も捕らわれていたのは他でもなく私だったのだ。

 

「それにさ、装備と合わせてメイクするって最っ高にキラキラしてると思わん? 一生懸命生きた奴らをぶっ潰して着るってのは、そいつらと一緒に生きてる気になれる。だったら装備に似合うように顔も全力で盛るしかねーよな!」

 

 ハンターメイク論をまるで角竜ディアブロスの尻尾の縦振りのように叩きつけた後に、「これじゃ晴れ着のために狩るのか、狩るために晴れ着をきるのかわかんねーな」と言って笑う彼女。正直、砂漠の太陽よりも眩しく、彼女こそが最高にキラキラしていると思った。彼女みたいになりたいと思った。彼女のようにメイクをすれば、彼女に近づけるだろうかとも。

 

 この時、《薫灼》は死んだ。私は、彼女の生きざまに惚れたのだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 足場が崩壊しきったエリア2から這う這うの体で帰還した四人は、拠点へと転がり込んで一時の休憩を取っていた。なお、ハルチカはミツネ装備を桶に浸して泡を落としているしばらくの間は裸の刑だ。びょうびょうと吹きつける寒風に細身をさらに縮めて、凍る鼻水をずるずるすすりながら海へ反省タイムの真っ最中である。

 

「どこか調子悪そうでしたが、体調いかがです?」とシヅキ。自分がやろうと立ち上がるクララを宥め押し込め、肉焼きセットで火を起こしてから白湯のカップを二つ作って渡してやった。

「うん……ありがとう、大丈夫よ」

「随分信用ならない大丈夫ですねぇ」

「あのなシヅキ、こいつはいつもこんな感じなんよ。ヘージョーウンテン、ヘージョーウンテン」

 

 隣で同じく白湯を受け取ったラジーは、湯気で顔を赤くしながら肘でシヅキの脇腹をずんずん突いた。もこもこふわふわとしたルドロスS装備が柔らかく、大したダメージにはならない。

 

「あ、ラジーさんはクララさんと狩猟したことあるんでしたっけ」

「うん。こないだ、孤島でロアルドロスを狩ったんだ。今のこいつの装備はその時の素材で、あーしが作った」

「え!? ラジーさんがクララさんの装備を作ったんですか!?」

 

 声が裏返るシヅキに、ラジーは街中の道化師のようにもったいぶってチチチと人差し指を振った。クララに近寄ると、少し嫌がるクララをルドロスS装備──に見える──の前のホックを外す。中から現れたのは古代林の深層を思わせる青と、燃えるような赤が特徴的な斬竜ディノバルドの甲殻。作った職人の手つきが想像できるような丁寧に加工された彼の竜の装備であった。

 なお、特徴的な肩当ては外されていて上からルドロス装備のコートを着られるように工夫している。

 

「これは『重ね着』って言って防御力が皆無なんだけど、性能はそのままに見た目変えられるシロモノよ。装備の見た目の悩み、あるよな?」

「いやぁ、僕はこのベリオS装備の性能も見た目も気に入っているので、それほど」

「え~ツマンネ~。やっぱそういう意見のハンターばっかしなのかなァ」

 

 ラジーが口を尖らせたところで、懺悔タイムを終了させたハルチカがミツネS装備を乾かしに来た。シヅキに毛布を投げつけられたまま、びたりと動きが止まる。

 

「お(めェ)サン、ディノS装備にディノバルド素材の大剣……てェと、まさか」

 

 「《薫灼》」とハルチカの呟いた異名に、クララはしょんぼりした顔で頷き、かかる白湯の湯気が悲しみを色濃くする。試しにギルドガードを見てみると確かに《薫灼》と異名が書かれていて、だから積極的に交換しようとしなかったわけだ。名刺代わりにもなるギルドカードは狩りの前に交換するのが常識である。

 

 「く、くんしゃくってどなた?」と首を傾げるシヅキをぶっ飛ばして「手前(てめェ)はもうちッとばかし時事に強くなりやがれ!」と怒鳴ってから、ハルチカは煙管(キセル)に焚火の火種で火をつけた。一度吸って吐いて、やっと心を落ち着ける。

 とは言え、ハルチカが《薫灼》を知ったのは『狩りに生きる』の号外記事で、四天王モンスターであるディノS装備が目に留まったからだ。普通のハンターであればペライチの号外記事、しかも地方の事件など目にもくれないだろう。

 

「《薫灼》のグラード! 砂漠地方では大活躍の大将だゼ、しかし数か月前に……ザボアザギル亜種だかにやられて、死んだって噂じゃなかったかい」

「前半は合っているけれど、後半はガノトトスの尾(ひれ)だわ。そのおかげで私が砂漠から出たって事実は知られずに済んだけれど」

 

 「ガノトトスの尾鰭……?」とシヅキ。「噂が独り歩きしてるってことだ、砂漠地方の中でもオアシスがある地域の言い回しサ」とハルチカが片手で口元を隠しながら解説をした。

 

「けれど、本当の意味では《薫灼》のグラードは死んだわ。私はクララ。メイクが趣味のハンターよ。今回は……ザボアザギルというモンスターを狩りたくて氷海に来たのだわ。個人的なケジメをつけたくて」

 

 もう冷えかけのカップを両手で握りしめるクララに「な~る」とハルチカは紫煙をモクモクとくゆらせながら目を細めた。

 「このクエストの目的は氷結晶集めであってザボアザギルの狩猟じゃねェ、奴を避けて採掘をするってのもアリだと思うが」とこれ見よがしに意地悪く(カマ)をかけ、クララが必死に首を横にぶんぶん振って意思表明する様子を見て口の端をにやにやと吊り上げる。

 

「え、じゃあラジーさんはクララさんがザボアザギル狩りたいのを知ってたんですか?」

「んー、まぁね。親方のオッチャンからは『一緒に狩りしてくれるハンターはどんな用件だって聞いてくれるし、オレっちの知り合いになる奴らなんてそんなのばっかだから』って聞いてるし」

「あのオヤジ、隠し通せたなら通せたでヨシ、ばれても口止めの信頼ができる相手ってことでウチ(≪南天屋≫)を選んだのか……!」

 

 「あとでシバく……!」と歯噛みするシヅキ。クララの不器用さと親方の雑な信用に、ラジーの絶妙な潤滑剤が加わりグッドなのかバッドなのかよく分からないミラクルな状況になってきた。これも親方の趣味七割的売れないエキストラに命を注ぐ生き方しからしむるところだろうか。脳内でえへらえへらとダブルピースする親方を妄想のグーパンで黙らせておき、シヅキは白湯を呷って息をついた。

 

「初対面なのにごめんなさいね、私の未練に付き合わせてしまって」

「いえいえです。深いところは分かりませんが、僕達もお手伝いになれれば幸いですし」

「狩猟ってのは何だって成功すれば金が回るモンさ。結果的に儲けになれば儂ァ何だってやるゼ」

 

 「よく言うよ、さっき採掘だけして帰るのを提案してたくせに」と突っ込むシヅキに「野暮天(ヤボテン)、ありゃア粋な問いだ」とハルチカは毛布を投げ返した。

 ようやく乾いた温かいミツネS装備を肉焼きセットの火種が消えるより素早く着付け、ハルチカはびしっと東側を煙管で指す。彼のモンスターは主に東の海岸沿いをうろつくのだ。

 

「ならばいざ! 氷結晶集めもとい化け鮫狩りへ!」

「はい、よろしくお願いします……!」

 

 クララの野太い声が賛同した。

 

 ……なお、崩壊したエリア2が再び凍り付くまでは時間がかかるため、結局西から迂回して向かうこととなったのだが。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 




 ファンデーションは古代ローマ、アイブロウ(眉墨)は平安時代、アイシャドウは古代エジプト、ルージュ(口紅)は古代エジプト、メソポタミア、インドなど、化粧の歴史は大変古いようです。が、マスカラだけは1913年にメイベリンというメーカーによって世界で初めて開発されたとか。
 ということで時代考察的にもモンハン世界にマスカラは厳しそうですが……ご愛嬌ということで。

 ※ラジー、クララ ざっくり設定画


【挿絵表示】


【挿絵表示】


 オネェキャラは字だと全然絵面のインパクトが弱まるので、いつも書きながらちょいちょい混乱しています。絵に起こしてみて改めて「ウワッ」となりました。そりゃそうか。
 
 次話も是非ご賞味下さい。


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39杯目 赤いルージュはFuckYou(くたばっちまえ)

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 数刻前、拠点(ベースキャンプ)にて。

 

 手持ちの物資の少なさと足場の確保。へらへらしているラジーを覗く一同は、この二つの問題に頭を悩ませていた。

 

 アイテムはクララだけ最低限のものを持参していたが──当初の予定では、採集クエスト後に一人で残ってザボアザギルを狩猟するつもりだったらしい──四人で分けるとなると非常に心もとない。

 支給品ボックスの奥に転がっていた強撃ビンだけ、「もらい~」とラジーがぴょこぴょこ飛び跳ねながら確保した。

 

 物資の少なさが祟っているのが太刀のシヅキ。切れ味をキープする必需品、砥石は通常の狩猟だと最大数持ち合わせているが、今は悲しいくらいに持ち合わせがなかった。

 刀身そのものの重量も威力になる大剣、エキスで補正できる操虫棍と比べて、太刀は特に切れ味が問われる武器だ。なまくらでは沽券にかかわる。しょぼくれる彼の肩を、クララの大きな手がぽんぽんと叩いた。

 

「砥石なら、採掘である程度は確保できるわ。頑張って」

「あ、そうか。さすがクララさん」

「私も昔、砂漠の洞窟の出口をディアブロスに居座られちゃって、何日も閉じ込められた時があったの。みんなで現地調達の物資をかき集めて応戦したものだわ。甘ぁい熱帯イチゴをかじりながらね」

「ひょえ~……すごい……」

「砂漠の人にとって、ディアブロスとの遭遇はそれほど珍しいことではないわ。逆にドンドルマに出て来てから、あのモンスターを見たことない人の多さにびっくりしたくらい。ウフフ」

 

 あの砂漠の暴君のことだ、その気になれば洞窟一つくらい木っ端みじんにしかねない。シヅキならそんなプレッシャーの下では熱帯イチゴの美味さなど感じる余裕もないだろう。改めて、やっぱりこのハンターは只者じゃないんだなぁと彼は実感した。

 しかも相槌を“何日もディアブロスと渡り合ったタフさにちょっと引いた”、ではなく“ディアブロスとの遭遇に感嘆した”と捉える天然っぷりである。

 

 けれど同時に推測したのは、《薫灼》の肩書が明らかになったとは言え自らの話をするなんて、意外と砂漠での思い出は悪いものでもなかったのかな、と。なぜなら、とても楽しそうに語っていたのだから。

 まずいまずいと頭を振って、シヅキは話題を切り替えた。どうも人の事情に首を突っ込みたくなる性格で、ビジネスライクな付き合いが苦手なのだ。

 

「えぇと、作戦は……さっきはラジーさんが慣れない連携で戸惑っちゃってましたし、軸くらいは何か立てます?」

 

 シヅキがさりげなく提案すると、ラジーはリップを塗った艶やかな唇をニョキッとさせて、(ひね)くれた。

 

「あーしは悪くねーし」

「ふふ、ごめんなさいねシヅちゃん。ラジーはこの間一緒に狩った時もこんな感じだったのよ。孤島のロアルドロス戦は、水辺での狩猟に慣れてるこの子に私が合わせたわ」

 

 「え」と(こわ)張るシヅキにクララは胸を当てて微笑む。

 

「好きに動いて頂戴、私が合わせるわ」

 

 途端にシヅキは「ぐがああぁ」と喉が潰れた彩鳥クルペッコのように悶えて崩れ落ちた。「どした?」とハルチカが抱きかかえると、

 

「去年の年末、僕が一人で龍歴院づての出張行ったでしょ? カムラの里に」

「ウン」

「その時、現地の新米ちゃんに見栄張って同じセリフを言った」

「思い出して恥ずかしくなっちまったのかい。阿保か。お前サンは後輩相手だとすぐに態度がデカくなりやがる。二度とそんな真似すンな」

「言われるとすごく頼もしく聞こえるんだね……」

 

 「好きに動いて」なんて台詞は実力、精神力共に最高水準なハンターにこそ似合うものだ。半端者の自覚があるうちは口にしてはいけない。

 恥でちょっと潤んでいるシヅキの目元を、ハルチカは「伸びしろ伸びしろ」と口では慰めながらミツネSアームの袖でがしがし拭う。その線維に含まれる界面活性剤特有の塩基性により、シヅキは目を抑えて氷上をのたうち回った。

 

 「ま、ともかく」ハルチカはため息をつきながらゆるりと背筋を伸ばし、ミツネSキャップを被った。損得以外の価値観も求められるこのハンターの世界で、根っからの商人気質である彼なりの変装である。装備がモンスターの心を宿す、とはよく言われるものだ。

 泡狐竜タマミツネの顔を模した仮面の口が、言葉に合わせてぱくぱく動いた。

 

(わし)らもラジーに合わせるゼ。さっきの失態はザボアザギルの不慮の乱入、ッてことでチャラにしてやる。連携はクララを緩衝材に、物資も足場も儂らがなんとかしてみせよう」

 

 「ただし、念を押すが」と指を二本、ラジーとクララに突き出す。赤手袋に縫い付けられた金色の爪の装飾がぎらりと日に照らされる。

 

「あくまで討伐はターゲットにしねェ。ザボアザギルの部位破壊をくり返して、氷結晶の入手と撃退の二白兎獣(両掛け)を狙う。OK?」

 

 緊張した拳を作って見せるクララに、「特盛りじゃんか」と舌を出して怪訝そうな顔をするラジー。彼女は先程口にしたようにモンスターを“潰す”ことを好み、採集や撃退に関してはそれほど乗り気でないようだ。この様子だと、毎年ソロでの氷結晶集めはだいぶ頑張っていたらしい。親方(オヤカタ)のためだろうか。

 対して、くつくつと喉の奥で引き笑いをするハルチカ。仮面の顔は狡猾なハンターでもある零細企業の若きイニシアチブは、仮面の奥で楽しそうに目を細めた。

 

うち(«南天屋»)は“難を転ずる”のが(うた)い文句だからネェ。脂ぎった依頼の方が燃えるってモンじゃねェか……うちと組んだことを後悔してくンナ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 部位破壊とは、モンスターの体の部位に一定以上のダメージを与えることで外部器官を損傷させることだ。有名な尻尾切断を筆頭に、例えば頭部、翼部、背部など。

 部位破壊の目的とは、モンスターの動きを阻害させて狩猟の安全性を高めることはもちろん、モンスターの戦意を削がせて撃退に繋げることである。ハンターズギルドは二点から部位破壊を恒常的に推奨し、ハンター達には報酬を上乗せするのだ。

 この追加報酬は、狩猟の後の狩場からハンターズギルドの職員が手作業で拾い集めているとか、マタタビで買収された現地の獣人族に委託しているとか、残業になると日付が越えても帰れないとか、微妙に仄暗い噂が巷に流れている。

 

 化け鮫ザボアザギルの部位破壊報酬はというと、他の一般のモンスターと同様に固有の鱗や皮、牙に加えて、氷結晶の項目があった。

 耐氷、耐水性に優れる彼のモンスターの素材を求めて狩ったは良いものの、ハンターズギルドに氷結晶ばかりを押し付けられて、泣き寝入りしたハンターは数知れない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 氷海の北東に位置し、東側は海に面しているエリア7。

 銀盤の上では激しい大立ち回りが繰り広げられていた。氷原の冷えた大気を、一本の矢が切り裂く。

 

「おらよっ!」

 

 重弓ヘラギガスのしなやかで重い弦が放つ貫通矢は生半可な威力でない。何本かはザボアザギルの纏う氷の鎧に弾かれてしまったが、それでも数本は右肩へ食い込む。

 狩猟の主軸は彼女。ガンナーが主軸となる立ち回りは珍しいが、他人に合わせることが不慣れであれば周りが合わせてやるまでだ。物資の少なさゆえ、部位破壊の短期決戦に持ち込む。

 畳み掛けようとラジーが次の矢をつがえた瞬間、ザボアザギルが身を引いた姿勢でぴたりと止まる。決して、怯んだわけではない。 

 

「──跳べッ!」

 

 ハルチカの怒号。

 ザボアザギルは怒りに任せ、ラジーに向かって足場もろとも大口で飲み込もうと突っ込んできた。崩れる足場も加味してしっかりと回避し、宙を噛んだザボアザギルは虚しく氷と海水で胃袋を満たすこととなる。

 一歩引いた俯瞰の距離で狩り場を見るハルチカは遊撃。《南天屋》の四人で狩猟するときと位置取りは変わらないものの、普段よりも余裕を持ってゆったりと構えて視界を確保していた。

 

 後から追いついたクララはザボアザギルの左後ろ足に、抜刀からの斬竜剣アーレーを大上段で振り下ろした。一見は単純な動きだが、だからこそ実力があればあるだけ精密さが研ぎ澄まされているものだ。かつて角竜ディアブロスの角をへし折ったその剣はたった一撃で氷の鎧を割り、音を立てて砕く。破片が日の反射を受けて飛び散った。

 氷まとい時のザボアザギルは、あの火山に住まう鎧竜にも劣らぬ強固さを誇る。強固な物質には鋭い切れ味よりも重量で挑む方が賢い。木こりが容易く紙を裂く刀ではなく、肉さえ切れない斧で薪を割るのと同じ原理だ。

 

「ナイスです、クララさん!」

「ありがとね!」

 

 クララは前衛。大剣では基本的なヒットアンドアウェイで部位破壊を積極的に狙う。

 そしてヒドゥンサーベルの切れ味が武器のシヅキは砥石をクララとハルチカへ全て渡し、前衛ではなく援護として走っていた。全身をばねのようにして雪氷(せっぴょう)を蹴り、凄まじい速度でザボアザギルとクララの間を駆け抜ける。氷上にきらきらと光って散らばる拳大の破片──氷結晶を採るためである。

 

 最前衛を務めることが多い彼を援護に回したのはハルチカの指示。薬類や生命の粉塵といった物資が少ないぶん、被弾を避けられないカウンターを主軸にする彼は前衛に適さないという判断だ。

 

 ポーチに氷結晶を突っ込みつつ、シヅキは今度はエリアの端まで進んで荷車から大きな麻袋を引っ掴んだ。クララの足元へ中身へ思い切りぶちまけるのは、採掘で掃いて捨てるほど手に入った石ころや小さな砂利。ちなみに八割近くの生産者は、採掘ポイントを力いっぱいぶっ叩いて採掘を越した無差別氷海破壊活動を推進したラジーである。

 

 左後ろ足の氷を剥がされて振り向いたザボアザギルは、クララへ往復の噛みつき突進を敢行する。日々の食料をこうして確保しているのだろうか、偏差的に狙ってくるため避けづらく、回避距離の計算を誤った事故が起こしやすい。

 一度、二度は危なっかしく左右方向へすれ違うような横跳びで対応し、三度目は斬竜剣アーレーでがっちりとガードした。撒かれた砂礫が氷と噛み合い、滑りやすい足場を補強する。ごりごりと切れ味が落ちる感覚が柄を握る手に響いた。

 

「うん、足場いい感じ!」

「良かったです!」

 

 クララが頷くのを横目で確認し、シヅキは次の袋の口紐を解いた。大剣は踏ん張りが利く場で力を発揮する武器だ。滑り止めによる足場の確保は先程のエリア2の大破から発想を得ていた。

 

「捨てておかなくて良かったネ、石ころ!」

「意外と足りなくなるんだよね、石ころ!」

「お前サンは石ころをおッかながるくらい好きだもンな!」

「いや、石ころに好きとか嫌いとかある!?」

 

 ザボアザギルを挟んで反対側でもハルチカが砂利を撒いて足場づくりに尽力している。形成される足場に立ったラジーは調子良さそうに貫通矢の剛射を繰り出していた。腰を低く構える剛射も、足場が安定していると威力を発揮しやすい。

 もう一つの袋を空にしたところで、ハルチカから呼びかけが飛んで来る。

 

「シヅ(コウ)ッ!」

「はいよっ」

 

 シヅキの役割はもう一つ。合図でシヅキは両手の指を組み、中腰に屈んで身構える。クララの立つ前線を迂回して走り込むハルチカ。組まれた手に足をかけると、「せーのっ!」と息を合わせて思い切り背筋をフル稼働させる。斜め後ろに力いっぱいかち上げた。

 エリアに段差が無かったり、地に突き立てる柄が滑って跳躍しづらいときは、こうして人が足場になることもある。《南天屋》でも時々使う荒業だ。向きや力加減は少々コツが必要だが、慣れているハルチカは難なく空中で軌道修正する。空中でスニークロッドを振ることで重心を微調整し、ザボアザギルの背鰭に飛びついて乗り攻防へ。

 罠といったアイテムがない今、乗り工房が足止めの鍵となる。

 

 ハルチカが腰からぎらりと抜き出したのはお馴染み、ハンターナイフではなく──ピッケル。振りかざして乱打すれば氷の鎧がどんどん削れて、氷結晶が剥がれていく。痛みに暴れるザボアザギルがちょっとかわいそうにも見えてくるくらいだ。

 

「ハハハァッ破壊活動も悪くないネ!」

「どう見てもハルチカが悪者なんだよなぁ、こりゃ」

 

 しがみつきながら高笑いするハルチカに、地上のシヅキは苦笑いした。

 暴れまわった末に平衡感覚を狂わせたザボアザギルが転倒し、大きな隙が生まれる。ここまで作戦通り。身軽なラジーが真っ先に躍り出て、重弓ヘラギガスに(やじり)が片手剣一本分ほどもある矢をつがえた。

 

「破壊ッ! 破壊ィィッ!!」

 

 彼女はアグレッシブな雄たけびと共にほぼ垂直真上へ矢を放つ。鋭い直線を描いてザボアザギルの鼻先にぶち当たり、即座の二の矢が氷柱(つらら)のように鋭い角状の氷を撃ち砕いた。

 矢の種類は重射。その名の通り鏃が非常に重い構造になっていて、きつい軌道は飛距離と引き換えに絶大な威力を生み出す。貫通矢を少ない力で大きな効果を発揮する点状攻撃のランスに例えるなら、重射は短いリーチと重さで叩きつけるハンマーのようだ。

 重射はクセのある軌道のために通常の立ち回りでは主軸として運用しにくいが、このようにダウン時は狙い放題だ。そして、部位破壊に最も適した矢の種類でもある。

 

「すごい、どんどん氷の鎧が剥がされていく」

 

 シヅキはあまりの痛快さに思わず感嘆の息をつきながら、事前に調べてきた情報を頭に浮かべた。

 ザボアザギルが纏う氷の鎧の正体は、興奮したときに体表中から分泌される体液が周囲の海水を凍らせたものだ。体液の分泌される量は部位によって異なるようで、この差が独特のシルエットをつくる。ザボアザギル本体には雷属性が最も有効だが、この体液の性質によって氷の鎧に対しては熱、つまり火属性が最も有効になっていた。

 狩猟の知識に関してだいぶ抜けているラジーが武器選びを意識したかどうかは分からないが、今回の依頼内容においてはわずかながら火属性を矢に帯びる重弓ヘラギガスは最適解の一張りとも言えるだろう。

 

 拾うそばから積もる氷結晶で、あっという間にシヅキのポーチがぱんぱんに膨らんでしまった。シヅキは今やバザールの青果店のセールか、潮干狩りに来た客のように氷結晶を麻袋に詰めている。規定の個数が集まるまでこの調子ならそれほどかからないだろう。おまけに、この勢いだと撃退も十分狙える。

 横からガブガブと噛みついて来たスクアギルを引っぺがして海に放り投げつつ、シヅキは大きな手ごたえを感じていた。

 

 しかし、ザボアザギルも一方的にやられ続けているわけではない。

 

「グオオオォォォ……」

 

 起き上がったザボアザギルは突然、唸りながら身を縮こめて力み始める。

 しゅうしゅうとその体内で気体が巡る音がしたかと思うと、みるみるうちに見上げるほどの大きさまで体が──いや、腹が膨らんだ。ハッとクララが息を飲んだ気配が感じられる。

 彼のモンスターの亜種は鎧を纏うことがなく、通常形態とこの膨張形態の二つを操る。クララと仲間が砂漠で手ひどくやられたのは後者。辛い記憶が過ぎって、クララの思考と動きを硬直させた。

 

 氷纏い形態に膨張形態。一体どんな天敵を想定して使い分けるようになったのだろうか……という興味をシヅキが持つ暇もなく、膨らんだザボアザギルの身じろぎで崩れる足場に、慌てて氷結晶の袋を抱えて隣の足場へ飛び移った。

 狩猟は他の三人に任せて氷結晶を荷車に積み、安全なところまで引っ張らなければならない。援護も大切な役割だというのは頭で理解しつつ、前線で太刀を振るえないのはちょっと悔しい気もした。

 

 ザボアザギルの膨張状態はユニークな見た目と裏腹に、攻撃性はすこぶる高い。三人の包囲網を圧倒的な重量でばりばり破壊し、氷ブレスを好き放題吐き散らかして辺りを白く煙らせる。

 

 体液を凍らせたものなのか、このブレスは着弾地点にへばりつく性質がある。「ぎゃっ」と白煙の中に悲鳴が上がった。ラジーがザボアザギルの真下でブレスを食らい、身動きが取れなくなったようだ。ヴァル子の体当たりは焼け石に水でハルチカも迂闊に近づけず、クララは足を止めていた。背からは恐怖の感情がありありと滲み出ている。

 モンスターは意外にも、本能的にこの感情へ付け入る。紫毒姫狩猟でシヅキが身に染みて実感したことだ。

 

 まずい、状況が押されている。膨張状態は徹底して叩かないと解除できないが、このままではこちらが攻撃する隙もない。まずは身動きができないラジーの救難を先んじるべきか。氷結晶の袋を避難させたシヅキは一歩踏み出し──踏み出した先の氷板があっけなく割れた。

 

「ふぎゃあっ!?」

 

 頭をフル回転させて次の指示を練っていたハルチカが振り向くと、どぼんとシヅキが派手に海氷の合間へ沈むところであった。籠手(アーム)が宙を掴み、縫い付けられている氷牙竜ベリオロスの甲殻の黒い棘がうごうごと遠目によく見える。

 

 流石に水中戦はまずい。ハンターに場が悪すぎる。

 水中での狩りを許容しているハンターズギルドも世の中にはあるが、それでも狩猟ターゲットにザボアザギルやスクアギルの指定は存在しない。何故なら、それだけ彼のモンスターたちは水中では勝ち目がないからだ。海中でうようよしているスクアギルにずたずたにされるか、(なぶ)るような低体温症か。ヒトの生命活動は水中だとあまりにもあっけない。

 おまけに、シヅキはカナヅチなのだ。

 

 しかしその傍ら、ついにザボアザギルはラジーへ飛びついてルドロスS装備を裂かんと牙を剥きだした。この瞬間に膨張状態が解けたのが憎い。弾かれたように駆けだしたのは、恐怖一色で滝のような脂汗を振り乱したクララだった。

 何重にも並んだ牙が氷雪ごとラジーを貫こうとした瞬間、クララはその隙間に巨体を滑り込ませて斬竜剣アーレーの腹で受け止める。離れていても、ぎゃりぎゃりと牙と刀身がこすれ合う嫌な音が聞こえた。

 

 モンスターとヒトの間は絶対的な体重差がある。牙は免れられても、あの体重に潰されて二人もろとも全身を砕かれるのは想像に難くない。

 

「死ぬヨ、あのオッサン!?」

「行って゛!!」

 

 クララの凄まじい怒号が躊躇するハルチカの背を押した。崩れる足場の縁ぎりぎりへ駆け込み、息を肺いっぱいに吸い込んで──潜る前にもう一度、一瞬だけクララへ横目で振り返ってから、黒く口を開ける海水に飛び込んだ。泡が生まれる。

 

「私はッ!! もうッ!! 負けないんだからアアァァッ──!!」

 

 雄叫びが水面上で響き渡り、ばごん、と何かが大きく割れる音が聞こえた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 



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40杯目 いけずなオンナと凍てずの絆

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 どぼん。 

 

 遠く、ハルチカが海へ飛び込む音がした。

 器用で要領がいい彼なら、最悪の事態が起こっても上手くやってくれるだろう。クララは沸騰しそうな頭であくまで冷静な判断をした。

 

 (それにしても飛び込む直前、海面とこっちを何度も見比べてグズグズするハルちゃんの顔ったら。若いのにズルいお爺さんみたいな人だと思ったけれど、意外と年相応の表情もできるじゃない)

 

 目の前のザボアザギルの息が、ごうごうとこちらに吹きかかる。斬竜剣アーレーを支える背筋や足腰は今にも千切れてしまいそうだ。

 亜種といい通常種といい、私はつくづくこのモンスターとの縁が悪い──クララは膠着状態の中、何度もこの後のシミュレーションをする。最悪を、覚悟する。

 本当に、ハンターとして狩場で散るのは名誉あることなのかしら。

 

「なぁ、クララ。もういいってば」

 

 背後からラジーの呼びかけ。少しくぐもっているけれど、いつもと変わらない調子。

 

「こういうこともあるし。なに、そんな自分を犠牲(ギセー)にするとかやめろよ」

「嫌よ、狩猟失敗はそんな軽い物じゃないわ……!」

 

 そうやって砂漠の狩友は散ったのだから。今度同じようなことがあったなら、絶対に退くものかと誓った。

 

「いつもの貴方ならっ……! 私の頑張りをやめろよとか言わない……!」

 

 砂漠でのフラッシュバックが激しく明滅する。視界が潤む。声が震える。それでも、得物を支える腕は絶対に震えさせない。

 

「私はッ!! もうッ!! 負けないんだからアアァァッ──!!」

 

「へぇ。意外と言えるじゃん。いつもそんな感じで行こうや……っとと、動くなし」

「ほぇ?」

 

 すると、背後で重弓ヘラギガスの弦が軋んだ。ラジーがうつ伏せのまま構えたかと思うと──発射。

 びゅん!

 背後から矢がクララの頬を掠り、眼前のザボアザギルの額の皮膚を破壊し、筋組織を破壊する。

 

 矢の種類は重射。至近距離で撃つなら飛距離と威力が比例する貫通矢よりも、重射が(まさ)る。

 代償として、ラジーは受身を取れずに氷上をごろごろ転がっていった。捻挫していない方の足を射撃の踏ん張りに使ったようだ。

 

 ばごん、とザボアザギルの頭蓋骨が割れる音。

 壮絶な断末魔が、エリアじゅうに響き渡った。

 

 「これであーしらマブダチだ!」

 

 どんなに無様な受け身でも、メイクがぐずぐずに崩れていても、彼女は快活に笑って見せる。

 もう。そんないけずな貴女(あなた)に私は惚れているのよ……なんて直接言えたのは、もっと後のことだけれど。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 青空には、鋭い稜線の合間に爽やかな積乱雲が背伸びをしていた。

 しばらく見つめていると、むくむくと力いっぱい膨れていくのが遠目に分かる。

 

 その正体は、南部のジォ・クルーク海から北部のヒンメルン山脈に吹き込み、滞留している湿気だ。日暮れ時には気まぐれな夕立がやって来るだろう。

 そんな自然の思うがままの流動こそが、ドンドルマを“水の都”たらしめる。降った水は、住人の暮らしを支える重要な資源なのだ。

 

 温暖期を迎えたドンドルマ洛中は、一年で一番賑やか。地域から続々と集まる旬の農産物や海産物、暑さをしのぐ工芸品や冷菓売りが華を飾る。

 中でも、繁殖期で大量発生した小型鳥竜種や怪鳥イャンクックの素材はここ、中央広場でしか見られない温暖期の風物詩だろう。市場に出回る品数が多くなって、一般人でも購入できる価格で投げ売りされている。

 

 投げ売り会場、中央広場の隅に(そび)える武具工房。こちらもまた、怒涛の注文でテンテコ舞いの多忙を極めていた。

 この時期は、職人たちにとっても一年の中で大切な稼ぎ時、腕の磨き時なのだ。

 

 しかし中には、金にも腕にも興味がない職人も存在する。それがこの、土竜族の親方(オヤカタ)である。

 彼の関心はミョウチキリンな依頼、あとは飯と酒、賭け事と春画(エロ本)くらいか。本当に、何のために職人をやっているのだか。

 

「「くたばれオラ──ッ!!」」

 

 言ったが早いが鋭い拳が二つ、親方のふかふかな顔面にめり込んだ。

 

 コロコロ転がり、壁に当たって「ぎゃふん」と悲鳴を上げる親方。ポンポコリンな腹を死んだスクアギルのように天井へ向けてひっくり返った。

 その眼前に、怒り心頭のシヅキが立ちはだかる。拳の一発目である。

 

「どうしてクララさんについて事前に教えてくれなかったんですか!? こっちは現地で色々作戦を立て直す羽目になったんですよ!」

「んぇ、だって氷結晶だけ集めて来いってオレっちは頼んだんだぜ。別にザボアザギルは狩らんでもよかったのに」

「むむ。ザボアザギル狩猟はクララさんの過去の精算なんです。親方とはいえハンターの矜持を汲むのは難しいかぁ……へっくし」

 

 かっくりと肩を落としてくしゃみするシヅキ。氷海で事故的なダイナミックダイブを決めた彼は、スクアギルと泡まみれであぶあぶしているところをハルチカに救助され、情けないことに温暖期……夏風邪にたおれた。

 なんとか回復したものの移動中は報告書に手がつかず、ずっと寝込んでいたのである。

 

「おれっち、最近なんだか調子悪いシヅキしか見てねぇ気がする」

「ハンターなんて街ではたいてい飯食うか酒飲むか、療養しているもんです」

 

「親方よ、ミツネS装備の泡沫がちったア多すぎやしなかったかい、エェ?」

 

 肩を掴むのは拳の二発目、ハルチカ。絵面は借金取立のソレである。

 

「それは……事務所の改修代、まだ払ってねぇだろ」

「あっ手前(てめェ)腹いせか! 威力業務妨害だ!」

「黙れクソ商人、着る前に装備を点検しなかったオメェも悪い」

 

 「誰がクソ商人じゃコラ」と胸ぐらを掴んでぽこぽこ取っ組み合いを始める三人に、「やめなさいよ男子!」と野太い怒鳴り声が響く。

 しゃ、と更衣室の(カーテン)が開かれると、そんな登場の仕方が似合う絶世の美女──ではなく。

 

「「「オッサンだ……」」」

 

 オッサンだった。

 

「失礼だわね」

「親方ー、いい仕上がりよ。着付けは最高」

 

 クララの後ろからピョコリとサムズアップするラジー。今は親方とお揃いのツナギ姿である。

 

「どうもありがとう。やっぱり貴方に依頼して正解だったわ」

「大半はこの自称弟子がやったけどな。ウン、でもよく出来てるわ」

 

 クララはその場でゆっくり回る。花弁のようなフォールド、薔薇の棘のような細やかな装飾は、女性用の紫毒姫装備──正しくは、重ね着。下地には今回の狩猟の成果であるザボアザギルの皮が使われている。伸縮性が優れていて、下地として人気の素材だ。

 

 普通、職人ひとりふたりで装備一式を作ると一週間はかかる。だが、親方とラジーは数日で仕上げてしまった。興味のある案件にはとんでもない力を発揮する二人である。

 

「シヅちゃんのやった下地の加工が良かったし、(なめ)しが効いてて。狩猟中は役立たずだったけどな!」

「ラジーさん、あまりにも辛辣」

 

 最初、親方に匿名の依頼を出したのはクララだ。親方はラジーにも出していた氷結晶の納品を条件に、依頼を受諾。その依頼が《南天屋》にも回ってきたというわけだ。

 

 結果はメインターゲット達成に加えてザボアザギルの狩猟達成。脳天に重射の一撃を食らい即死だったという。

 武具工房の職員にはクーラードリンクが大判振る舞いされ、ザボアザギル素材が高騰し始める時期なこともあり、双方儲けて上々の結果と言えよう。

 

 踊り子のように機嫌良くステップするクララを横目に、親方はシヅキの袖をつついた。

 

「はい、なんでしょう。女装なら受け付けませんからね?」

「そんな先に釘を刺さんでも。まぁなんだ、これよ」

 

 親方は籠一つ分の紫毒姫素材を差し出してきた。装備を作る時に発生した切れ端は『端材』という名称で取引される。

 一昔前は廃棄していたようだが、近年はオトモアイルーの装備や武器の強化に使われるようになった。素材を余すことなく還元する技術が追いついたと言えるだろう。

 

「ありがとうございます。バイト君たちの新しい装備にしようかな」

「うーんとな。オメェ、この素材をおれっちに渡しにきた時『自分は紫毒姫素材の価値をよく分かっていない』って言っただろ?」

「え? あ……はい」

 

「あのオメェの言葉はたぶん、嘘だ。

 どれもキズモノだが本質は上物。ほとんど出回っていない素材のはずなのに、剥ぎ取り方や加工も工房顔負けの上手(うま)さ。きちんと時間をかけて仕上がっている。今回の化け鮫素材もそうだ。

 オメェは素材の見方と扱いを分かってるな。──何か、素材の流通に関わったことがあるのか?」

 

 籠を抱えたまま、シヅキの伏し目が徐々に釣り上がる。青い瞳がフラヒヤの湖面のような金へ、返答はぞっとするほど低い唸り。

 

「──人の過去とは、詮索するものではありませんよ」

 

 そこで、ガランガランとやかましく工房の鐘が鳴った。勤務時間終了の合図だ。

 親方は血を吸って大きくなるスクアギルのように、欠伸をしながらウンと伸びをする。むくむくと髭が膨らんだ。

 

「あぁ、今日はオメェらとぐだぐだ喋って仕事が終わったから良かったよ。早くオメェらの事務所に帰るぞ」

「事務所? 《南天屋》って事務所持ってんの? 地方回ってんのに? 親方住んでんの?」と、親方を揺すって目を輝かせるラジー。孤島地方からはるばるやって来た彼女にとって、ドンドルマはまだまだ未知の街だ。

「地方を回るからこそ拠点が必要なのサ。親方にゃ鉢の世話してもらってンのよ」

「えーと、あの」

 

 嫌な金に光った目はどこへやら、何事もなかったかのようにシヅキはクララに呼びかけた。

 

「クララさんにお客様が見えてます。うちの事務所で待っているみたいなので、この後予定が無ければ一杯どうです? ラジーさんも」

 

 にへら、と笑いながら杯を傾ける仕草をした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 親方と《南天屋》はご近所だ。だから親方は頻繁に事務所へ飲みに来る。

 多分、旨い飯と酒を頂戴したいだけなのだが、親方は《南天屋》四人の大切な装備を一括で請け負ってくれているので文句を言えない。

 

「うはははははボロいなこの事務所! あーしのバアちゃんちみたいに傾きかけてるじゃん!」

「初見でそれ言われると結構ダメージあるんですよなぁ」

「改修工事、返済できるのァいつ頃になるだろうネェ……」

 

 ラジーの指摘はシヅキとハルチカにグッサリと刺さるが、それでもこの部屋だけは一応綺麗にしているつもり。

 中央に大きな長テーブルと、中古の上等なソファがあるのは接待部屋。砂漠帰りのアキツネが先に二人の来客をもてなしていた。

 中年の男、レイアS一式装備に斬竜ディノバルド素材の片手剣、ハンマー。部屋に入ってきたクララを見るなり、来客の二人は食っていた料理を取り落とした。

 

「グ……グラード! 無事だったか!」

「アール、エーカー! どうしてここに!?」

 

 片手剣使いはアール、ハンマー使いはエーカーという名前らしい。

 女性用の紫毒姫装備の見た目にメイクを施していてもクララが誰か一発で分かったのは、流石長い付き合いと言うべきか。

 

「グラードがドンドルマにいるって手紙が来て。ザボアザギル亜種に敵討ちしてから来たんだ、俺たち」とアール。

「結局、救難に来てもらってやっと倒せたけど。これは証拠」と、虎鮫の牙を見せるエーカー。

「信じられない……良くやったわ! じゃなくて、よ、良くやった!」 

 

 再会に走るクララは放って、配膳していたアキツネが置いてけぼりにされた四人を迎えてくれた。砂漠に住む人向けの料理らしく、新鮮で冷たい生魚や野菜、果物がふんだんに使われている。

 

(けェ)ったか。先に飲んでッけど、お前ェらの分はメヅキに用意させてあッからよ……あ、ども。親方」

 

「おうよ、久しぶりだアキちゃん。今夜も悪いね」と親方。言葉と裏腹に少しも悪びれていない。

「なんとかここまで持ってこれたねぇ。クララさんを旧友に会わせるんだー、って親方が手紙で言い出した時はどうなることかと思ったよ」

「親方がクララを……えーと、昔のダチに会わせようと? たまにはいいことするじゃん」

 

「人間ってのは短命だろ? ダチは大切にせんと」

 

 いつの間に酒をかっぱらったのか、瓶ごとぐびぐびやって「ぱぷぅ」とゲップする。親方は、長命な土竜族だ。

 

「三人方、お帰りの際は宿までのネコタクシーをお呼びします。どうぞ時間を気にせず、積もる話を消化してくださいな。僕らは隣の部屋にいるので」

「みんな……ここまで用意してくれるなんて、そうだお代金は」

 

 ハルチカは親方に肘ロックを固めた。「大丈夫サ、請求は全て親方に」

「え? オレっち聞いてないんだけど?」 

「うるせェ言い出しっぺ」

「ザボアザギル素材の売り上げがあるでしょうに」

 

 「オレっちのことまだ恨んでるのかあああ」と喚く親方を引きずって、一行は隣の居間へ消えてゆく。その直前に。

 

「おいクララ! アンタのダチ、今度紹介してくれよ! あーしも砂漠、絶対行くかんな!」

 

 ドアの隙間から、ラジーの声が漏れた。

 

「……いい友人ができたんだな」とアール。「それとその装備、リオレイア素材だろ。似合ってる」

「え、ええ……ああ」

「いいよ、今の喋り方で」とエーカー。「まぁ、まずは座って。何飲む?」

 

 勧められるままに席に着き、クララはシロップ入りトロピーチ酒を貰った。再会の乾杯よりも格好や口調を否定されなかったことの方に驚いていたのだが。

 

「これからどうするの? もしかして、やりたいことができた?」

「うん……」

 

 それは、ままごとで口紅をつけてみた時からの夢。オッサンになってもなお、諦められなかった夢。

 ありもしない彼らの否定を恐れていた。ばかね、私。と心の中で苦笑する。

 

「装備を集めて、自分でデザインできるようになりたい。新しい狩友……マブダチと約束したのだわ」

「そう。それがグラードのやりたいことなら、俺達は応援するさ」

「砂漠に戻らないのかい?」

「ありがとう……しばらくドンドルマに留まるつもり。こんなに水が使い放題な生活は初めてで、砂漠に戻れなくなりそうよ!」

 

 談笑。

 

 元通りになれとは言わない。せめて元気でよろしくやっていることだけが知れればいい。 

 だから、もう一度乾杯。狩友の新たな出発を祝って、限りない武運を祈って。

 

 絆は凍てず。

 《薫灼》は死のうとも、彼らの前では『グラード』という一人の男でありたいわ、とクララは思った。

 

 外からはいつの間にか雨音が聞こえる。

 温暖期のドンドルマ名物、気まぐれな──本日は少し遅めで穏やかな夕立。

 

「というか、ザボアザギルの通常種を狩ったって!? ってことは寒いところに行ってきたってことか!?」

「えぇ。まぁ、寒いのは結構堪えたけれどね」

「雪って本当に冷たい? 白い? 柔らかい?」

「本当に冷たくて、白くて、柔らかかったわ! いざ狩猟では砂とは違って、足場の確保が難しくって……」

 

 

 

 さて、隣の居間。いつもの《南天屋》四人にラジーと親方も加え、大所帯で恒例土産話宴会が開催されていた。

 肴は氷海付近の村で購入した干物。新鮮なまま長距離輸送できないのが残念だが、火を通すと透明な脂でツヤツヤして、米の醸造酒ととても相性がいい。

 

「海氷とは──」

 

 氷点下より冷たい海へ流れ込んだ川の水が凍ったものだ。海は塩を含んでいるから、時に氷点下よりも冷たくなる。

 海氷は海流に乗って大陸の東沿岸を南下し、暖流にぶち当たって、川の──陸が育んだ養分と共に解ける。

 

 豊かな海にはたくさんの生命がやって来る。だから、大陸の東海岸では漁業で名を馳せる街が多い。ドンドルマで売られる海産物は、眼前のジォ・クルーク海産のものに混じってそんな街からやってきたものもある。

 現地産の商品を押し退けるほど良質な海産物なのだ。

 

 資源と金は、世界を巡る。その奔流の歯車である自分達のなんとちっぽけなことか──

 

「──このように、時には食からその土地の気候や地理について知ることができるのサ。腹も満たせて一石二ガーグァ、三ガーグァ」

「そうかー。これも氷海の恵み、魚うまし。ありがたやーニャムニャム」

 

 一番最初に酔っ払ったハルチカの講義に、ラジーはウンウン頷きながら干物を美味そうにつつく。

 おそらく分かっていない。

 

「ところでシヅキ、今回のクエストの報告書は書いたか? オレっち詳しくねぇけど」

「あ、マズい。明日にはギルドに出さなきゃだ……!」

 

 雰囲気に飲まれて忘れていた。愕然とするシヅキを傍に、親方へメヅキが卒なく解説する。

 

「俺達は商事……団体として報酬を受け取っているから、報告書がないとギルドとの間で円滑にやり取りができないのだ。いつもは移動中に仕上げているが」

「今回、担当する僕が夏風邪を貰っちゃいまして。移動中はずっと寝込んでました」

「この愚弟が! 後で滋養薬をやるからさっさと仕上げろ! 今すぐにだ! 酒は没収!」

「この飲み会の流れで!? て、手伝ってはるちか!」

「……グゥ」

「仲間の窮地に寝ているだと……!?」

 

 助けを求めるようにアキツネ、ラジーへ視線を送ると、二人は「がんばれ病人〜」と手をひらひらさせる。酔っ払いなのでまるで役に立たないし、そもそもラジーは報告書に関係がない。

 

「や、病み上がりになんとご無体な……」

 

 メヅキの弾圧によって退席せざるを得なかったシヅキは、隅の席にすごすごと引っ込んだ。

 手には書類と、差し替えられた水のグラスだ。少し遠くなった喧騒がちょっと切ない。

 

 報酬についての報告書。慣れた文句の定型文を斜め読みし、視線は素材の価格の欄で止まる。素材の価格はハンターズギルドによって定められているのだ。

 

 ザボアザギル素材に比べて、スクアギルの素材は二回り以上も安い。

 同じ種なのに、同じ一つの命なのに。

 

 グラスに口をつけたシヅキは少しだけ、前に働いていた商事へ思いを馳せた。

 

 箱に詰め込まれている、剥ぎ取ったままのモンスターの骨や牙、皮や甲殻。それから刃も入れられていない腐りかけの死体。

 ただ黙々とそれらを解体し、血肉を削ぎ、煮込んで脂を落とし、(なめ)して磨いて、流通へ回す。

 (はえ)と死臭が仕事仲間。目の前の素材が生きていた頃、どんな姿でどんな暮らしをしていたのだろうと想像を膨らませることだけが楽しみで。

 

 もともと命を狩ることは特別だと考えていたけれど、いつしか必要以上に生へ──狩るモンスター相手へ執着するようになっていた。

 

 シヅキのかつての専門は、素材商。流通できるように素材を加工するのが仕事。

 

 兄のメヅキが生を扱う薬商なら、弟のシヅキが扱うのは死。薬の力で生命を尊ぶ兄が、心底羨ましくて。ずっとずっと自分の仕事に誇りを持てなかった。

 名残として、《南天屋》で剥ぎ取り作業や素材の手入れはシヅキがやることが多い。体が先に動いてしまうのだ。

 

「僕の風邪、まだ治ってないのかなぁ」

 

 ぼやきながら苦笑して、額に冷たいグラスを当てる。目元の窪みを伝う結露が、場の空気に熱された頭に心地よい。

 今は特に専門知識のない、ちょっと警備や護衛が得意なただの(いち)ハンター。仲間はみんな専門知識を持っていて、自分だけが持っていない。でも、それでいいのだ。

 

 額に当てたグラスがまるで蓋みたい。臭いものには──死臭には、蓋をしなければ。

 

 

 

 前へ進むハンターも。歩みを止めて、振り返るハンターも。

 洛中の夕立と酒精は優しく、優しく彼らを包み込む。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『 月刊 狩に生きる 』

『 特集 狩りは御洒落も楽しみたい!

 〜重ね着コーデのパイオニアハンターに聞いてみた〜 』 

 

 そんな巻が発行されるのは、もう少し後の話。

 

 

 




 重ね着を初めて考えた人はすごい。

 オネェ×ギャル=爆発。書いてみたかったお話でした。ゲームシステムとしての重ね着が好きなので、文章と考察という形で触れられて良かったです。
 遅ればせながら、次章から主要登場人物の過去を掘り下げていきたいと思います。

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。


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幕間チェイサー
41杯目 『 泥裂き走れ、風紀委員 』


 祝、モンスターハンターRISE1周年~。


 

 ハンター業を営む理由は人それぞれだ。

 

 あるいは富や名声のため。

 あるいは生計を立てるため。

 あるいは自分の力量を試すため。

 

 ハンターズギルドが定める掟を破らなければ、どんな理由であれ咎める筋合いはないというもの。

 各々の得物と共に背負うは欲望。欲望が無いハンターはいつか(つい)えてしまう、とはまことしやかに囁かれているというものだ。

 

 さてさて、かく言うおれはと言うと──

 

 

 

 ■━■━■━■━■━■

 

 

 

 今は昔、ここ──大社跡には、雷をつかさどる神さまが住まわれていたのだとか。

 

 温暖期も峠を過ぎただろうか。

 うだるような暑さは木陰に入ればなんとか落ち着いて、風の通りを告げる木の葉は赤く染まる備えをはじめる頃。

 

 小脇に抱えた得物を弄びながら山道をぶらつくおれは、足元に転がる小石を蹴ってガブラスよろしく唾を吐きかけた。物理的な毒は入っていないが、情緒的な毒ならたっぷり含まれている。

 

 温暖期の峠──夏は嫌いだ。夏の大社跡と言えば蝉しぐれが代名詞としてよく挙げられるが、あれは雄の蝉が雌の蝉を求めてわめいているのだ。雌はいねがー、雌はいねがー。

 

 紳士であるおれはそんなことしないし、しようとも思わないし、する必要もないと自負している。紳士の小指に括り付けられた運命の赤い糸など、むやみやたらに引っ張るものではない。

 仰げば木々の隙間に、赤い糸が織物のように交差しているのが見える。これで日陰でもできるのであれば文句も無いのだが、まぁ、とにかくおれは夏が嫌いだ。

 

 里が狭いこともあり、この時期になると訓練所の同期の皆は卒業前の身分のくせして相手をさっさと見つけ、キャッキャウフフヘイコラヘイコラと乗られるようになっていた。

 また、同期皆がそんな様子なので、両親兄弟姉妹からおれへの視線は気温と反比例して冷ややかなものになっていき、おれはついに実家に居づらくなってしまった。

 

 ──相手が誰でも良い訳がなかろうが!

 おれは劣情を燃料に百竜夜行もかかって来いやな砦を一人で築き、ついぞやって来ない百竜夜行(色沙汰)にヤキモキしながら砦を持て余している。持て余し過ぎた結果、燃料の劣情はおれの精神を熟成させ、独自の旨味を生み出しながら腐敗させるようになっていた。

 

 夏が嫌いな理由は、ここにもあるのかもしれない。暑さは腐敗を進行させるというものだ。

 

 百竜夜行も砦による防戦一方で、原因を刺さねば終止符を打てないのでは……という考えはさておき。

 

 こうして余裕綽々(しゃくしゃく)でぶらついているものの、実は、おれはまだ大社跡に立ち入ることが出来ない身分である。訓練所を卒業していないからだ。あくまで卒業見込みだ。 

 なぜ、嫌いな暑さも蝉しぐれも我慢して、おれは訓練所帰りにここを訪れているのか。

 

 百竜夜行が頻繁に発生するようになってからはめっきり減ったものの、大社跡には里の人間や旅の商人が訪れる。ここの近くで生まれ育ったおれは、ひとりでパトロールするのが日課だった。

 ……と言えば、聞こえは良いだろうか。きっと卒業試験の面接はこれで通るはずだ。いや、立ち入り禁止の狩場に侵入したことを言ってはダメか。

 

 

 

 “守株”という(ことわざ)がある。

 むかしむかし、農民が畑仕事をしていると突進してきた白兎獣が木の切り株につき当たって死んだそうだ。その毛皮で一儲けして以来、もう一度白兎獣を捕ろうと農民は畑を耕すのをやめて株の番をし続けた、というおとぎ話が由来だそうだ。

 

 ウルクススだってそんなばかではないのだから、ありえへん……と理性では理解している。理性では。

 

 

 

 おれは大社跡でお気に入りの場所がある。飛竜どもの蜜月がよく見える高台だとか、海竜どもの沐浴がよく見える岩場だとか、そんな名所もいいのだが──

 

 本拠点(ベースキャンプ)からてくてくと山道を歩いて行くと、ここ大社跡の中央にそびえる山がある。登るためには傾斜が緩やかな北側へ迂回する必要があるが、おれのターゲットは大社跡の雄大な自然と歴史を湛えた遺産を巡るおひとりさまワンダーフォーゲルではない。いやそれも結構いいかもしれないが。

 

 おれの目的地は山を南北へ貫く横穴だ。匍匐(ほふく)前進しなければ通れないほどに入り口は低くて狭いが、中は意外と広くて立ち上がることさえできる。ここはモンスターが侵入できず、伏せれば外で繰り広げられる狩りの様子を間近で見られるし、おまけにひんやりとしていて快適だ。

 

 おれがまだ可愛げのあるガキだった頃。

 夏のある日に一度だけ、一瞬だけ、この横穴からハンターという人間を間近で偶然見たことがある。女性で大きな得物を背負い、颯爽と駆けて行く姿はとてもかっこよかった。

 でも、それ以上に……丸見えだったのだ。下半身用下着が。

 当時のおれには刺激が強すぎて、文字通り雷に打たれたような気持ちになったのを鮮明に覚えている。この大社跡に雷の神様がおわすというのも(あなが)ち間違いではないのかもしれない。

 

 それ以来、毎年夏になれば再び雷に打たれたいがためにこの横穴へ足を運んで守株をするようになっていた。訓練所通いになって時間が無くなっても、ジャグラスのお散歩しか見られなくても、飽きずにおれはこの横穴を訪れていた。

 

 横穴に入ろうと腹を地べたにくっつける。湿った土ややはり冷たく、腹が冷えるのをちょっとだけ耐える。世間はもとから冷たいのだから、これ以上おれを冷やしてなんになると言うのだろう。

 

『ま、期待はしてないがな──』

 

 しかしながら、雷の神様は存在するどころか超ご壮健であらせられた。

 ヴォーイ・ミーツ・ガール(逢瀬)は突然に。

 

 横穴には銀髪の美娘がうずくまっていたのだ。

 

 身に纏っているのは防具。駆け出しの新米ハンターに支給されるカムラノ装とかいう一品だ。見事、藍染の布地と黒の装甲が銀髪に似合っている。

 なにより、若さでぱんぱんに張りとツヤのある肢体。防具は肩や脛の守備力は高そうなものの、太腿や脇はなぜか作りが甘く、作った職人に対し(いち)男としてグッジョブなんて一言では(ねぎら)いきれない。

 おれはワンダーフォーゲルどころか、クライミングの如く一気に沸点ギリギリへ上り詰めた。

 

【挿絵表示】

 

『おれ、株を守っちまったよぅ……』

 

 おれがあんまりじっとり見つめてしまったからだろうか。不意に眼前の娘はもぞもぞと身を蠢かせる。光り輝く絶対領域、折りたたまれていた脚と身体の間からユサリとこぼれる歳不相応に育った乳房。

 いつも絶対領域ばかり見ていたから、こちら(上半身)の耐性はおれには備わっていない。とにかく、肉体のダイナミズムにおれはつい赤面して目を背けてしまった。

 なんだこれは。どうしておれの方が羞恥を感じているのだろうか。

 娘はくあぁ、と欠伸(あくび)をしながら、小首を傾げて尋ねてきた。

 

「誰だ、オマエは」

 

 不躾(ぶしつけ)な物言いと鈴を転がすような声のギャップにうつつを抜かし、返事を忘れてしまいそうだ。このちぐはぐ感がたまらない。

 娘に内心を悟られまいと咳ばらいをしておれは口を開く。

 

『おれは……』

 

 だが、そこまで言いかけて言葉に詰まる。

 繰り返す。おれは確かに訓練所通いだが、まだ生徒だ。フクズクのタマゴを指して『これはフクズクです』というのもおかしな話だろう。だから正しくは見習い以下である。

 

 おれは咄嗟の嘘が苦手なのだが(だってそんなことは教わらない)、訓練所では劣情を燃料にトップの成績を修めているから当然、機知や語彙にも富んでいる。はず。

 (はや)る鼓動と劣情を理性の手綱でドウドウと諫めてパンティー覗きに代わる肩書きを毅然と言い放った。

 

『──大社跡風紀委員だ』

 

 おっと、やってもうた。かなり苦しい嘘だ。

 

「そんな組織があるのか……?」

 

 うん。おれもすごく疑問に思う。

 

 娘はしきりに首を傾げているものの、なんとか言いくるめることができたようだ。あまり疑い深くはないらしい。ひ、ひとまずは安心だろうか……?

 本当はこのまま見過ごし、関わらないのが賢い選択なのだろうが、おれの人並み一杯分の正義感と漢気がそれを許さなかった。

 壁をてくてく這う黄霊テントウを目で追いながら事情を聞くことにする。決して娘を直視できないからではない。これを集めたら小遣いになるなーと思っているだけだ。

 

『して、御嬢。ハンターとは言えここで居眠りなどいかんぞ。得物はどうした?』

「得物? ……はっ! うわぁっ!!」

 

 態度と胸が大きい娘は急にあわあわと慌て始めると、ついにがっくりと肩を落として両手を地に着く。重力に素直な乳房が憎い。

 この横穴では誰も聞いていないのに、娘はおれに迫ると急に声をひそめた。ふわりと近づく甘いような娘の汗の匂いにくらっとする。

 

「実は、私はハンターではない。まだ訓練中の身なんだ。だから武器を持って来れなかった」

『……ほぇ?』

「昨日、他所からやってきたオサイズチがこの大社跡に迷い込むのを見かけた。周りの皆は百竜夜行の備えをしていて、邪魔したくなかったし、私にもできることがあると思って……」

 

 しょんぼりとする娘の必殺上目遣いを岩壁の金霊テントウ同士による小さき喧嘩の観察で避けつつ、おれはフゥムとそれっぽく返事をする。おれは昨日、ここに訪れていない。その間に異変があったということか。残念ながら痕跡だけでモンスターの出身が分かるほどおれは経験者ではない。

 

『そんなの“猛き炎”に任せておけばいいだろう。見習いは見習いらしく大人しくせねばならん』

「でも、オサイズチを野放しにしておけない。百竜夜行の影響で何が起こるか、何が引き金になるか分からないんだ」

 

 “猛き炎”とは我らがカムラの里に駐屯するハンターの中でも指折りのツワモノを指す。里出身のも、他の土地から流れてきたのも色々いるが、大雑把に表すと強いハンターなのだ。

 

「風紀委員、どうか私のことは内密にしてくれないか。教官や里長に見つかれば大事になってしまう」

『致し方無し。口外せぬよう心掛ける』

 

 なぜなら、その前におれの情緒が大事になってしまいそうだからだ。

 

『しかし、お前はこのまま帰るわけではないだろう。ひとりで立ち向かうのも無茶だ』

「う……では、乗ってくれるというのか?」

『然り。風紀委員として放っておけん』

 

 本当は一人の男として放っておけないからなのだが。

 そんなおれの気持ちも露知らず、娘の顔がパァっと明るくなる。一瞬我に返ったように複雑そうな顔をしたが、頬をバシバシと叩いて凛とした表情になった。おれは金霊テントウを放置して、くるくると変化する娘の表情に見惚れてしまう。

 

「そうとなれば善は急げだ。作戦は移動中に話す! オサイズチのもとへ行くぞ!」

『ンオオオォォォ絶対領域!!』

 

 立ち上がる娘のうっかりチラリズム。まともに食らえばワンパンで意識不明の重体になることを、おれは本能的に察して目を反らした。危ない危ない。仮でも風紀委員でなかったら咄嗟の判断が出来ていなかっただろう。

 

 なぜか、どこか遠く、しかし近そうなところで細く長い落下音が始まっていた。

 

 

 ■━■━■━■━■━■

 

 

 

『うおおおぉぉぉぉ走れ走れ走れ走れ!!』

「これでもっ! 全速力だっ! これでも訓練所での走力テストではトップなんだぞ私はっ!!」

『そりゃ相手がガキどもだからだろう! あいつら相手でその走力はちょっと鈍足すぎる!』

 

 山道を背後から猛然と迫ってくる吐息は、オサイズチとその子分。おおかた年の離れた兄弟と言ったところだろうか。

 

 まともな得物を持っていない娘の作戦は、環境生物で迎撃することだった。

 環境生物は大社跡じゅうに散らばって生息している。エンエンクでオサイズチを誘導しつつ、そいつらを集めてヒットアンドアウェイする寸法だ。

 

 なお、隣で走る娘のカムラノ装がひらひらと動き、乳房が暴れ、絶対領域が本領発揮しているのはおれだけのヒミツだ。オサイズチどもにこの文化的価値のあるオブジェクトを理解する叡智があるはずもなく、おれだけがご相伴に預かっている。

  

「この、エンエンク? とかいう環境生物……! 結構重いな……!!」

『馬鹿、それはブンブジナだ! エンエンクはおれが持っているこいつな! そんな子は早くバイバイしなさいっ!』

「何!? 四つ足の獣という情報だったから、てっきりこれがエンエンクだと……!」

 

 なんて曖昧模糊な情報だろう。それでは青熊獣アオアシラなんかも該当するのではないか。

 娘が置いたブンブジナに子分のイズチが足を引っ掛け、ボン! と群れごと爆発に巻き込まれる。ブンブジナは体に仕込む引火液によって衝撃を受けると爆発する習性がある。ちょっとご愁傷様だがナイスプレーだ。ちなみにブンブジナは環境生物ではない。

 

 東の山道ではマキムシや雪玉コロガシ、北の遺跡が密集するエリアでは雷毛コロガシや泥玉コロガシを仕掛け、次に西の水辺へと走りに走る。このあたりはドクガスガエルやボムガスガエルなど、より大きなダメージを負わせられる環境生物の住みかだ。

 

 しかし、快進撃は突如途切れる。娘がぬかるみに足を取られて派手に転んでしまったのだ。

 カムラノ装全身を泥まみれに汚して汗を滝のように流し、顔を真っ赤にして喘ぐ。立ち上がろうにも足ががくがくと震えて今にもくずおれてしまいそうだ。ここまで息継ぎなしの全力疾走で来たのだから、むしろナイスランと言うべきか。

 

「私を──置いて──……」

 

 ひゅうひゅうと細く空気が娘の喉を通る音が痛々しい。可憐な顔立ちを悔しそうにゆがめるのがこの上なく切ない。

 おれは奥歯が潰れんばかりの歯ぎしりをしながら、いつかやって来るだろう反撃の狼煙用のハンマーを握りしめる。今こそ、劣情の砦を自らの手で破壊するときなのだと悟った。

 ハンマーを砦本体に思い切り叩きつけた。砦は建設日数のわりにあっさりと木っ端微塵に砕け散った。

 

『できん。風紀委員として見捨てるなど』

 

 娘を前に膝を折る。腹まで水が浸かり、ただでさえ世間の風当たりで冷えていたおれの体を蝕んだ。けれどそれでいい。これから燃えるほどに熱くなるのだから。

 

『仕方ない。乗れ』

 

 ()()()()()()()()()は、ハンターを背に乗せて協力関係を築く。

 これだけは、これだけは避けたかった。本当は“オトモ”を名乗れるようになってから最初の旦那さんにヴァージンを捧げたかったのだが、四の五の文句を言っている場合ではない。

 

『乗り方はわかるな? おれの背の鞍にまたがるだけでいい。あとは何とかしてみせる』

 

 語気が強くなってしまったのは少し申し訳ないが、おれの提案にこくん、と力強く頷く娘。

 腐りきったおれを頼りにしてくれる。それだけで応酬は十分だ。娘は精いっぱいに駆け寄ってくる。強い汗の匂いが迫る。本当は目をきつく瞑りたかったが、一匹の男としてここをビビっていてはいかん。追いかけてくるオサイズチどもを意地で睨み続けた。

 

 鞍越しに重くて温かな娘の柔肌の感覚。

 ──さらば、おれの騎乗ヴァージン。

 

 ズンと重力を強く感じるようになった途端に、おれの欲望は里のたたら製鉄所から立ち上る煙のように燃え盛った。劣情の砦の残骸も何もかもが烈火に晒され、肉の表面に浮く脂のようにやましい気持ちがじゅわじゅわとあぶくを立てて弾ける。

 

「頼む。今、オマエの力が必要だ」

『応とも。ヴァージンを賭けるからには相応の走りをして見せよう』

「……??」

 

 急遽設立された嘘の風紀委員は今、雷の神様もかくやなカミナリ(暴走)族へと変貌する。

 フェロモンを出し切り萎え萎えになった情けないエンエンクを茂みへ放り投げ、娘から新たな個体を受け取った。手足をばたつかせていたが、首根っこを咥えればすぐに大人しくなってくれた。

 振り向き、見栄を切る。背の娘のためなら風紀委員だろうとカミナリ族だろうと、どんな役でも買おうと思えた。

 

『さぁ、おれの脚について来れるか!』

 

 ばかなオサイズチどもは簡単に挑発に乗った。金切り声を上げながら襲い掛からんとするが、そんなトロい動きは通じない。

 驀進(ばくしん)。劣情の燃料を積んで娘と背負うおれは今、無敵なのだから。

 

 

 大社跡じゅうの環境生物を使い尽くした後は延々と鬼ごっこをしていたが、やがてタイムアップがやって来る。日が暮れる頃になるとオサイズチどもはここを利益の無い場所だと見なしたようだ。足を引きずりながら踵を返し、息も絶え絶えに区域の外へ姿を消した。

 立ち止まったおれに疑問の視線を投げかける娘に、そう伝えてやった。

 

『御嬢。撃退成功だ。おれの勘が告げている』

「やった……やったのか、私たちは。──ぷはぁ」

 

 背の娘は泥のように崩れると、浅瀬にばちゃんと仰向けに寝転んだ。鼠径部ギリギリを頼りなく守っていた布切れが濡れそぼり、ぴっとり張り付いてYを描いたのなんておれは知らないし見てもいない。

 尻を向けて水面を見つめることでクールダウンするおれに、娘はぽそぽそと唱えるように呟いた。

 

「鎌風一陣迫り来る、鎌風二陣攻め寄せる、長の鎌風来たりなば已すでに土壇場三枚おろし……」

『……上手いな、(うた)

 

 「やっぱり耳がいいんだな」と、不満そうな文句はスルーする。別に娘が詠んだから褒めたわけじゃない。詩が上手いのは本当だ。少し居心地が悪くなった。

 

「これは独り言なんだが──私は、母がハンターで」

『……』

 

 いつもの癖で宙の匂いを嗅ぐ。

 夏の夕方の風は心地いい。どこかで虫が鳴き始めている。雌はいねがー。雌はいねがー。

 

「母はハンターだった。私は母から狩猟のことをたくさん教えて貰って育った。環境生物のことなんかは、特に」

『おい。エンエンクの雑な解説とは母仕込みだったのでは』

「母は、こと里を守ることに関してはこの上なく尽力するような、偉大なハンターだった。……でも、私を産んでからは体調を崩し、ハンターを引退してしまった。私は母の名に恥じぬよう、訓練所ではトップの成績を走って、できないことなどないと有頂天になっていたんだ」

 

 どこかで聞いたような聞かなかったような話に、おれは毒入りの唾を吐きかけてやめた。彼女の前では、おれはまだ風紀委員なのだから。

 

「いざ現場に出ても何もできなかったのが悔しかったよ。横穴で一晩じゅう手をこまねいていたら、いつの間にか眠ってしまって……オマエと出会った、というわけだ」

『ひ、一晩も狩場に出ていたのか。考えてあった作戦は?』

「一人でもやってみたさ。でも反撃されて、這う這うの体で逃げ出してしまった。オマエがいたからもう一度挑戦しようと思えたんだ。……というより、風紀委員なんて人物の前で弱気な所は見せられないからな」

 

 だからそんなに大胆な格好なのか? とは言えたものではなかったが、何となく、見栄っ張りなところがおれと似ているなぁと思った。

 突然、ばしゃりと娘が水しぶきをまき散らしながら立ち上がる音がした。あれ、と思ったときにはすでに遅く、おれはウルクススやアオアシラもかくやなバックハグを食らっていた。

 

「なぁ、風紀委員。私はイヨザネ。イヨ、で構わない。オマエ、名前は何というんだ?」

 

 娘──イヨ嬢の問いにたじろいでしまう。もちろん、肩のあたりに二つの豊満な重圧がのしかかっているからというのもある。

 けれど。それ以外に。なぜなら、おれの名前は──

 

『おれの登録名は──■■■■■■だ』

 

 おれ達オトモにとって、旦那様から一番最初に頂くものこそが“名前”だからだ。

 里のオトモ窓口の少年は一匹一匹に大切な登録名をくださるが、それはあくまで窓口での登録名。コードネームに過ぎない。登録名そのままでもなんでも、おれ達は“名前”を頂いてはじめて名乗れる。オトモの資格を得るのだ。

 「■■■■■■」と、イヨ嬢は一度だけおれの登録名を反芻した。

 

「オマエ。私のオトモになってくれないか。私は訓練所の卒業見込みなのだが、まだオトモが決まっていないんだ」

『……おれを雇うと言うならば、名前を是非頂戴したい。このままでも構わないが』

「いや、折角だしとっておきのものを与えよう。オトモができたらこんな名前にしようってずっと考えていたんだ」

 

 イヨ嬢は花弁のような唇に指を当てて少し黙ると、やがてふわりと破顔する。水辺に咲く花のようにいたいけな笑顔だった。出会って初めて笑顔を見た。

 

「──“ヨボロ”。お前は今日からヨボロと名乗れ。この名を背負うお前は、近い未来の猛き炎であるこの私──イヨザネの、自慢のオトモだ」

 

 長い長い落下音の正体がやっと理解できてしまった。

 落雷のようにとてつもない衝撃がおれを襲い、内臓がばらばらに破裂しそうなほど苦しくなる。これまでの生涯で最も大きな痛みだろう。

 

 これは恋だ。理論でなく、本能でそう感じた。

 おれとイヨ嬢は動物として種が異なるけれども──たとえ叶わぬ恋心でも、この方のおそばに、お供にずっとずっと在りたいと思った。

 だからこそ。

 

「──ワフン!」

 

 おれはこの痛みに吠え、誓う。この方のオトモ──兼、専門風紀委員になることを。

 

 おれはヨボロ。晩の空色の毛並みを持ち、大地を四肢で駆ける者。人間の言葉で“ガルク”という。

 おれの旦那さんはイヨザネ──イヨという名の新米ハンター。里を守りたい一心でハンターをやっている。近い将来、“猛き炎”となる自慢の旦那さんだ。

 

 おれが背負うのは、そんな彼女と叶わぬ恋心だ。

 

 

 

 ━ ━ ━ ━ ━

 

 

 

 後日。無事に実家の同意と人権も得て、イヨ嬢の家族からは温かく歓迎されている。飯と寝床に困らず、何よりなにもかもが疎ましかった日々とは一転して恋い慕う人と共に暮らせることがこの上ない幸せだ。日々が色づき、(せわ)しなく巡る。

 だが、問題はあった。

 

「ところでヨボロ。私はカムラノ装の次は性能が優秀なイズチ一式装備にしようかと思っているんだが──どうして血がにじむまで歯を食いしばっているんだ?」

『おれ、この間カムラノ装に誓ったばかりなのにッ……! 太ももが露出したイズチ装備も捨てがたいと思ったおれを殴って欲しいッ……!!』

「ふむ。もっと大胆な装備が良いだろうか」

『違わないけど違う……! これ以上(大胆になるとおれの情緒)はめちゃくちゃになる……!』

「さすが私のオトモ、確かに装備の重量は視野に入れたい。こうなったら装備を着けずに裸で狩りに出た方が──具体的にはキツくなりやすい胸や腰回りはあえて装備を身につけず──」

 

 アオ────ン(話を聞け)…………!!

 思わず鼻血を吹き出しながら遠吠えをしたおれは、この先イヨ嬢のオトモ兼専門風紀委員をやっていけるのだろうか。

 

 

 一年と少し後、旦那様はよそ者のハンターと狩りに出ることとなるのだが。

 それはまた、別の話。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 前回の幕間チェイサーの前日譚でした。
 地味に風呂敷を畳み切れなかったのですが、イヨとヨボロが会話するのは二人ともちょっと特別です。イヨはガルクの言葉をなんとなくわかるし、ヨボロは人間の言葉をなんとなく理解して使うような感じ。ニュアンスで語っているんだと思います。

 氷海編はちょっとお休みさせて頂き、また次話から挿入投稿の形で更新します。
 読了ありがとうございました! 次話も是非ご賞味ください。


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42杯目 『 よのなかの 遊びの道に すずしきは 』


 閑話休題。少しだけ創作色強めです。

 


 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 ドンドルマの街にも大規模な盛事がいくつかある。

 そのうちの一つは、リオス夫妻の繁殖終わりの頃合いに。雄火竜や雌火竜色の晴れ着を(まと)う人々が、雑菓子や屋台飯を片手に洛中を思い思いに練り歩く。

 

 商売繁盛、病気平癒、家内安全に必勝、出世。古龍が侵攻して来ませんように、という慰問はこの街ならではだろうか。時代の流れと共に起源は曖昧になってしまったが、自然に祈祷をするだとかは理論的に効果がないと住民皆が知っている。

 そもそも竜人族の学者たちが日々汗水垂らして対策に尽力しているのだから、祭りの意味なんてなんでもいい。

 重要なのは楽しむことである。

 

 

 

 月明かりをかき消さんばかりの篝火(かがりび)が焚かれた明るい夜。宵宮(よいみや)、つまり前夜祭だ。

 日付が変わった時刻でもドンドルマ洛中の喧騒は止まないどころか膨れあがり続け、セクメーア砂漠の砂丘が崩れるように明日の昼、夕、夜までだらだらとなだれ込む。寒冷期になれば貴重な燃料が豊富に採れる今の時期だからこそ、夜通しの盛事はこの上ない贅沢なのだ。

 

 (ひな)びた路地裏の一角、ここ《南天屋》のオンボロ事務所もその賑わいのおこぼれに預かっていた。

 壁掛けの篝火さえ置けないようなシケた路地裏から大通りを見れば、目一杯のおめかしをした子供たちがぱたぱたと走り抜けて行く。ここがドンドルマで最も地価が安い地区──南端に位置し、物々しい砦に隣接している唯一の地区──であっても子供が何人も住んでいるのだなぁ、と改めて認識するだろう。

 

 おこぼれは賑わいだけはない。事務所は燃料節約のために完全消灯しているが、部屋の中は足元が見えるくらい十分に明るい。ランタンの灯りも要らなそうだ。

 そんな窓辺にだらしなく頬杖をつく黒髪の青年はシヅキ。意地汚く酒瓶をちびちびと傾けている。

 

 日中のうちに仕事を終えて普段であれば床に就いている時刻だが、今夜は悪酔い必至な安酒代表格のホピ酒片手に大通りをツクネンと眺めている。なぜなら、明日は《南天屋》の休業日なのだから。

 その理由は、オーナーであるのハルチカが気まぐれを起こした……というより、取引先ほぼ全てが祭りの出店や運営で機能していないから。アキツネは飯屋の屋台の手伝いに出ている。メヅキは同じくハルチカに貰った酒瓶を抱えて二階の自室に籠っていた。

 彼もシヅキも、毎年この夜は少し気分がやられる。

 

 確かに。確かに毎年祭りの日は休業日であったが、ハルチカは何かしら事務所でもできる仕事を用意してくれていた。しかし今年は理由を告げられずに全休である。シヅキとメヅキが休暇を好まないのを知っているにも関わらず、だ。夕方、ハルチカが一旦帰宅するときにホピ酒を渡してきたのは、ささやかなご機嫌取りだろうか。

 こんな安酒であっさり気分を(いさ)められる自分もどうだかな……とシヅキはため息を漏らすのだが。

 

 さて。そうしてホピ酒を舐めていると、ぐだぐだ仕事調節を施した憎き張本人が玄関を開ける物音がした。彼は何回注意しても雑に戸を開ける。何度も破壊するほどだから分かりやすい。

 玄関に引っ提げている《七竈堂(ナナカマドウ)》とお揃いのベルナ産真鍮製ベルが暴れんばかりにころころころと鳴る。

 

「賑わってるネエ! こうも賑やかな雰囲気だと柄になく浮き足立っちまう。こんな夜は理不尽な取引に気をつけなにゃア」

 

 片手に何やら荷物とヴァル子を抱えているハルチカに席を勧め、シヅキはアイルーの額ばりに小さな盃へホピ酒を注いでやる。どかりと座り込んだハルチカは盃を一気に呷った。これくらいならギリギリまだ酔わないらしい。

 安酒らしい雑味に顔を顰めると、盃をシヅキに押し返しながら口を開いた。

 

(そと)出て遊ばねェかい? 今夜は無礼講、お偉い方を茶化すのに丁度いい。オズの()っつあん()ギルドナイト方でも酒で冷やかしに行こうか」

「うーん、僕はいい……かな。この通り飲んじゃってるし、ぼちぼち寝ようと思って」

「つまんねェ男だナァ。マジでつまんねェ」

「別に祭りが嫌いって訳じゃない」苦笑いしていたシヅキだが、ハルチカの棘のある言い方に口を尖らせる。

 

「僕も小っさいガキの頃、住んでた集落で祭りがあった時は上等な晴れ着を着て、ご馳走を好きなだけ食わせてもらったもんだよ」尖らせた口のまま、再び酒瓶を傾けた。

 

 珍しくぶっきらぼうな物言いは、寒村の金銭事情を知らず無邪気に祭りを楽しんでいた幼い自分への苛立ちだ。

 シヅキは眉をひそめて目を閉じると、宙を泳ぐ手が大きな羽織ものを(かたど)る。どんなに無骨な装備でも、すっぽりと身を覆えてしまいそうなくらい大きな外套だ。

 

「うちはフラヒヤの中でも巨獣信仰の土地だったから、大人の礼服は紺地に白と赤の刺繍。子供は白地に金色(こんじき)の刺繍。ご馳走は採れたての北風ミカンとか、丁寧に焼いたサシミウオとか、子ポポの頬肉煮込みとか……たぶん今はもう、あの風習も廃れちゃったと思うけど」

 

 彼が何かを一息に喋り切ることもまた珍しいが、きっと悪酔いのせいだけではないだろう。

 溜め息と共に、シヅキの手がぽすんと力なく膝に落ちる。故郷を強く想う気持ちはあっても二度と帰れない現実。鋭い峰と深い雪に閉ざされた悪路を行く手段が無いからだ。

 ハルチカとシヅキは五年ほどの付き合いになるが、彼は故郷の話を滅多にしない。こういう不意の呟きは、普段のこだわらない性格な彼から想像もつかないほど深刻な響きがあった。

 

「この街の盛事……特に前夜祭にはあんまりいい思い出がないんだ。地元を思い出しちゃうから。……前の勤め先のことも」

 ハルチカはシヅキの消え入るような呟きを聞き逃さない。敢えてやんわりと突っ込む。「相当、辛い仕事だったんだってナァ」

「……僕は、こういうのは端っこから見てるだけで十分さ。別に前の勤め先のことを後悔しているわけじゃないよ? ただ単純に、この街の祭りを楽しむ人たちが羨ましいってだけで」

 

 遠回しに投げかけたハルチカの問いに、シヅキの返答はなく。

 前の勤め先の話も彼はほとんど口にしない。わずかに眉を動かすのみだ。この沈黙をどう解釈しようか。抱く感情をごまかすように再び出された盃の縁を舐めるハルチカの膝の上で、ヴァル子がゆったりと羽ばたいた。

 

 そこで廊下から布ずれの音とともにメヅキが顔を出す。情けないことに、酔いが回った赤い頬にはぼろぼろと涙をこぼしていた。

 

「シヅキよ、故郷の話は辞めてくれまいか。俺はその手に弱いのだぞ」

「ありゃ、おはようさん。どこから聞いてたの?」

「ちょうど、初めから、今まで」

「う~ん……君が居ないからハルチカに話してたのに」

 

 多感なメヅキは歳を重ねるにつれて少しずつ情緒過多を克服してきているが、どうしても不意のきっかけで気が弱ってしまう。故郷の話は特に禁忌だ。

 ずるずると身体を引きずるようにして椅子にしがみついたメヅキは、シヅキが回したホピ酒の瓶を一息に呷る。「おぼぁああ」と声にならない溜め息を望郷の念と共に吐き、また柳眉を歪めて涙をこぼす。完璧な酔い泣きだ。

 

 するとハルチカは稲穂色の髪をわしわしやりながら立ち上がり、メヅキの横へ鷹揚に座った。

 

「『よのなかの遊びの道にすずしきは』?」

「……『酔ひ泣きするにあるべかるらし』」嗚咽交じりでも答えるメヅキ。これくらいでないと《南天屋》のマネジメントは務まらない。

「とはよく言うが、儂はそう思わねエ。特に盛事の時ばかりは楽しくなくちゃアな」

 

 ポカンとするシヅキに盃を押し返し、ハルチカはゆっくりと取り出した煙管(キセル)に刻み煙草を詰めた。嗅ぎ慣れた紫煙が窓辺にたゆたい、外の灯りを透かして淡い影をつくる。

  

「酔い泣きするのも確かに良いが、今夜だけはやめとこうゼ? ここ育ちの儂としちゃア、この盛事に対してお前サン達に嫌な思い出があることの方が嫌サ」

 

 空になった酒瓶にそっと手を重ね、彼はシヅキとメヅキににじり寄った。尖った歯の隙間から酒気混じりの煙が漏れる。

 

「ここ数年はお前サン方の嫌な思い出に触れちゃいけねエかと誘わないでいたが……思い出ッちゅーのは楽しいモンだけ残しとくべきだよな?」

 

 きゅうっと口の端を吊り上げるハルチカからシヅキは思わず目を反らし、メヅキは腫れた目で睨み返す。こういうところで兄弟差が出るねェ、とハルチカは目を細めた。持って来ていた荷物を紐解くのに、ヴァル子をメヅキへ押し付ける。

 

「しかし、外に出て何をするのだ? 俺達は前夜祭で何をするのか知らんぞ」

「ン~、飲み食いして騒ぐだけだが……まずは隣ン()親方(オヤカタ)を叩き起こして、店番やってるアキに顔出して、《マメネコ食品店》で甘酒飲んで、《七竈堂》でモッ一辺(ペン)飲んで、オズの()っつあんと賭けやって、飲んで」

「ハルチカがそんなに飲むなんて! 変な商談を持って来られちゃうよ!」

「そうだぞ、お前が持ってきた依頼をこなすのは誰だと思っているのだ」

 

 荷物に入っていたのはいつものミツネS一式装備。あっという間にハルチカは着替えてしまった。結婚式にも出られそうなこの装備は着る者を選ぶ一品で、彼は本当によく似合うのが憎い。

 

「しかし、俺達は街の人が着ているような衣装など持っておらんぞ? 赤いのとか、緑のとか」

「そんなンみんな持っている訳ねェだろ、この街は移民も多いんだし。儂らにゃア別の晴れ着があるよナァ!」

「あ……だから装備か!」

 

 対してシヅキとメヅキのベリオS装備、ガルルガS装備はいかにもハンターの装備らしいデザインだ。住人の着ている礼服の中にいると少々浮いてしまうような気がする。シヅキは酔った頭で首を傾げる。

 

「祭りに仕事着で出るってなかなか恥ずかしいような……?」

「デカい尻で尻ごみするなってシヅ(コウ)。この街は世界有数のハンターの街だゼ? 装備は誰にとっても晴れ着であるモンさ! それとも親方(オヤカタ)が丹精込めてこさえてくれた装備が自慢でないとも?」

「理論的にはごもっともなんだけど、デカい尻だけはホント余計なんだよなぁ」

「交渉成立! さァさバカ兄弟ども、急げや急げ!」

 

 完全に言いくるめされてしまったシヅキとメヅキ。ハルチカの口の上手さを悔しく思いつつ、シヅキとメヅキは 装備を着るため二階に上がろうと階段に足をかけた。……しかし。

 

「この話には裏があって」

 

 背後からのハルチカの前置きに嫌な予感がした二人。「げ」とにが虫を噛み砕いたような表情で顔を見合わせる。

 

「来年から《南天屋(ウチ)》も祭りの運営スタッフとして助太刀に馳せ参じることになったのサ。今年くれェは客として下見をしておかなくちゃア、いい働きはできねェってもんだ」

「仕事ですか」

「仕事なのか」

「はい、仕事です」

「合点がいったよぅぅ……絶対に何かあると思ったんだよね」

 

 やはりハルチカが持って来る話は商売──仕事が絡んでいる。しかし、飄々として横暴にも見える彼の行動でも実はいつだって従業員のことを考えてくれているのだ。下手に気を遣われるよりも、兄弟にとってはこの上なく嬉しかった。

 

 今年からは、酔い泣きする夜は許されない。

 階段を見上げて嬉しそうに煙管を(もてあそ)ぶハルチカの肩で、ヴァル子は静かに羽を震わせるのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 翌年、シヅキとメヅキはハルチカの宣言どおりに祭りの運営に関わることになるのだが……。

 それはまた、別の話。

 

 

 




 『 よのなかの遊びの道にすずしきは 酔ひ泣きするにあるべかるらし 』

 ──世の中の遊びの道で清々しいのは、酔い泣きすることであるらしい。


 元ネタは万葉集から大伴旅人の歌です。
 お久しぶりです、シヅキの地元トーク回でした。彼らの過去や生い立ちについては未出ですが、幕間の形で仄めかし。次章でざっくり踏み込めたらなぁと思います。

 読了ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
 
 
 


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43杯目 『 フラヒヤの高嶺に雪は降りつつ 』

 
とう-そう【痘瘡】
 痘瘡ウイルスの感染によって起こる悪性の伝染病。高熱と全身に小水疱(すいほう)とが出て死亡することが多く、治っても痘痕(あばた)が残る。
 現在は地球上から根絶されている。天然痘。
 


  

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 “山笑う”という言葉があります。

 温かくなって草木に若葉が生い茂り、山全体が明るくなった様子のことです。

 

 温暖期──夏になって、フラヒヤ山脈もようやく微笑を湛えるようになります。氷雪のように冷たい笑いではなく、生命の営みを許すふくよかな笑いなのです。

 とはいえ、ヒトが息をするにはあまりにも空気が薄く、寒く、永遠に解けることのない雪渓さえあちこちに見られます。ここは自然の領域なのだと、踏み入った者は改めて思い知らされることでしょう。

 

「わ、ぎゃあっ!」

 

 今も一人、マフモフ一式装備のハンターが小石に足を取られ、派手にすっ転びました。見晴らしのいい尾根を進んでいましたが、斜面をゴロゴロと転がり、低い沢まで落ちてしまいます。

 

 彼は少年です。彼は雪山草集めのクエストに来ていたのですが、欲が張って狩猟エリアから外れ、いつの間にか帰り道が分からなくなってしまったのです。

 朝にポッケ村を出たのに、今、辺りは幻想的な紺色に飲まれつつありました。温暖期ですから、腹を空かせたギアノスやブランゴが夜食を求めてうろついていても全くおかしくありません。

 

 恐ろしいほどに静かなのは、木や岩の陰から耽耽(たんたん)と彼らが自分を狙っているからでしょうか。少年は骨の髄から震えあがり、「ふんぬ」と息んで足を──落ちた拍子にくじいて、とても痛みます──前へ前へと再び進めます。今の彼を動かしているのは希望でも絶望でもなく、自然の未知への恐怖だったでしょう。

 世の中怖いのは(サケ)でも(カネ)でもなく、見えないだとか、得体の知れない敵なのです。

 

 疲れた体を引きずりながら、少年はなんとか沢のそばに生えている茂みを見つけました。葉がもさもさと密に生えていて、山のように巨大で、中は空洞になっていました。少年はその陰へ「助かったぁぁうはぁぁあん」と情けない声を上げてぺたりと座り込みます。

 事態は何も助かっていないのですが、冷たい風を防ぐ茂みは予想以上に暖かくて、安心感からすぐに眠くなってしまいました。朝からほとんど休みなく歩き回っていたのですから。

 

 ひとまず休もう。帰ることは明日考えよう。少年はそう独り()ちると、ゆっくり瞼を閉じました。眠りに落ちるまでそう時間はかからなかったのですが、その落ちる直前に、何か大きなものが動く気配がしたのは──後になって疑問が解けたことです。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 パチンと薪がはじける音で目が覚めまします。瞼をちかちかと透かす光は、穏やかで(おもむき)のある暖炉でした。

 温かくて、いい匂いがします。これは丁寧に乾燥させた雪山草で、旬が過ぎた温暖期ならではの香りだということを、少年はこの半年間に雪山草の勉強をして覚えました。

 ──いや、自分は茂みの陰で眠っていたはずなのに!! 少年はびっくりして飛び跳ねます。

 

「ふわ、わわ、わわわ」

 

 その拍子に落ちた──ベッドから落ちたのを、鈍い頭でやっと理解しました。

 横たわっていた彼にはフラヒヤ麦パンのように分厚い毛布と布団、毛皮が重ねてあって結構重かったのですが、それらを吹き飛ばすほどにびっくりしたのです。

 

 少年は起き上がろうとして気づきました。……眼鏡が、ありません。

 冒険ものの小説を昼夜読み漁って目が悪くなった自分に、トウちゃんとカアちゃん、ジイちゃんとバアちゃんが(カネ)を工面してやっと買ってくれた大切な宝物です。

 もしかして、茂みがあった場所のどこかに落としてきてしまったのでしょうか。一本いくらするのか、雪山草何本分になるのか──思うだけでゾッとします。

 

 目はぼやけているし、装備もなぜか脱がされているし、そもそもここはどこなんだ──少年が頭を抱えていると、部屋の戸がギシギシと音を立てて開きました。

 

 ぬうっと白い布を被った誰かが入ってきます。

 少年は思考が硬直して、危害が加えられるようなことがあればすぐに殴れるように、握りこぶしをこっそりと作ることしかできませんでした。

 前に読んだ冒険譚では、こうして危機に立ち向かう場面があった……ような気がします。

 

 “誰か”は近づいてくると、少し迷ったように首をわずかに巡らせ──暖炉のすみっこに積もっていた灰を木の板の上に盛って、(なら)して、薪の細い枝を使って何かを書いてみせました。筆談です。少年にとって初めての、筆談です。

 

『君の眼鏡を応急処置で修理しました。今はきちんとくっついていますが、山を降りたら目医者に診て貰いなさい。』

 

 “誰か”が取り出した眼鏡は──ビン底眼鏡は、蝶番(ヒンジ)の部分が溶かした鉱石で固められていました。鼻にかけると、前よりも少し重いけれどピッタリとはまります。緩んでいた細かい螺子(ネジ)もきちんと絞められていて、買いたてのような着け心地でした。

 

 眼鏡をかけて初めて、少年は筆談を理解します。「あぅ、ええ」と小金魚のように口をパクパクさせながら少年は例の“誰か”を見上げました。

 白い布だと思っていたのはフード付きの外套で、背はそれほど高くありません。すごく怪しい人物ですが、雪山草何百本ぶんもする眼鏡を(たぶん)山から拾ってきてくれたのですから、お礼を言わなければなりません。

 

「あ、ありがとうございます。失くしたかと思ってました、眼鏡」

『どういたしまして。』

 

 板の灰を均してから、フードがこくんと頷きます。ものを書くのが普通に会話するくらいとても速くて、おまけにすごく読みやすく綺麗な字です。

 

「ボクはポッケ村から来ました。山で道に迷っちゃって、茂みの陰で眠っていたはずなんですけど、ここは……あ、ボクの名前は」

『名乗らなくて結構です。』

「……え?」

 

 灰の字に拍子抜けする少年。こんな自己紹介の断られ方はどんな冒険譚でも見たことがありません。握りこぶしがへなへなと開かれて、少年はブナハブラが鳴くような声で、「じゃ、じゃあアナタのことをなんて呼んだらいいですか」と尋ねました。

 

 ──『俺は』

 

 書きかけて、“誰か”は少し慌てたように『私は』と書き直しました。どうやら男であるようです。

 

『何者でもありません。適当に呼んでください。「おい」とか「ねぇ」とか』

「えぇ……」

 

 困惑する少年に、男は己のことを述べ始めます。フラヒヤ地方に伝わる、古くて難しい言葉を使いますが、フードの下から少年の様子をちらちらと見ては今風のやさしい表現に書き換えてくれました。

 

『私は幼い頃、“巨獣病”に(かか)りました。今は完治していますが、顔の皮膚が膨れ上がって、でこぼこに固まってしまっています。ですから、私は君に顔を見せることができません。』

「きょ、巨獣病?」

 

『世間一般では痘瘡(トウソウ)と言います。巨獣病という言い方はフラヒヤの中でもこの辺りの地域だけでしょう。由来は、顔の腫れ物と巨獣の頭殻が似ていることから』

「あ、それならボクのバアちゃんから聞いたことがあるような」

『ええ。大昔に、ぽつぽつと流行りましたから。』

 

『巨獣病によって、喉も腫れ物で潰れてしまいました。私は喋ることができません。筆談で失礼します。』

 

 フードの下──ハンターの、フルフェイス型頭装備(ヘルム)です──から覗く目は、金色。冷たく無感情で、右の瞳孔がまるで月にかかった薄雲のように白く濁っています。目が悪いのか、少し不自然な瞬きをするのが印象的でした。

 目に痘瘡の黴菌(ばいきん)が入ると巣をつくって、とめどなく増えて、目が見えなくなっちまうんだよ、とバアちゃんが話していたのを少年は思い出します。

 そんな理由で見える世界が真っ暗になるとは! とんでもなく恐ろしく、思わず震える肩を押さえました。

 

 けれど、痘瘡とは皮膚と発熱の病気のはずです。喉が潰れるなんてことがあったかしらん、と少年は首を捻りました。

 

『君をここまで連れて来たのは、君がガムートの股下で眠っていたから。彼のモンスターの名は、フラヒヤ暮らしなら一度くらい耳にしたことがありますね?』

 

 自分があのガムートの下で眠っていたなんて!!

 何度も頷く少年。『巨獣』ことガムートはフラヒヤ地方のおとぎ話でよく登場するので、彼らはよくよく知られています。白き神を破った英雄としても、自分たち人間を雪崩に飲み込む悪者(わるもの)としても。

 フラヒヤの住人にとって、ガムートはそんな二面性を持つモンスターでした。

 

『ガムートの太い後肢と真ん丸なお尻は、暗いと大きな茂みや洞窟に見間違えやすいのです。ポポである場合もありますが。』

「ボク、ガムートのお尻の下敷きになるところだったんですね……」

 ……『食べ物を持ってきます。少し待ってください。』

 

 少年が眼鏡のくっついた部分を触っていると、一旦退室した男はスープを持って来てくれました。澄んだ汁に肉の塊と、乾燥させて戻した雪山草が浮いています。

 毒入りなのではないかと恐る恐る口に含むと、しっかりと調味料に漬け込まれた肉が口の中でほろほろと()けます。雪山草のほっくりとした風味と塩味の利いた脂が、少年を優しく温めました。

 

「お、おいしい! あんまり食べたことのない味だけど何の……ハッ、これは人肉!?」

 

 やってもうた。恩人相手に。冒険譚の読みすぎです。

 男は頭装備の下でフスンと鼻を鳴らしたのか──笑ったのか──灰の字を少年に見せます。

 

『子ポポの頬肉ですよ。じっくり焼いてから汁物にしています。』

「え、それって……スゴく高級じゃ?」

『私はもう食べ飽きました。感想はもういいから、黙って食べなさい。』

 

 ふと気が付いた様子の男。汁一杯ぶんを追加で用意して、器用に頭装備を外さずに飲み干しました。毒入りでないことの証明です。それを見てやっと、少年は弾かれたように再び匙を進めることができました。

 

 温かい食べ物はクエスト中でも貴重なもので、少年はあっという間に完食します。男はその様子を黙って眺めていました。

 

『君は右足首を捻挫しています。引きずって歩ける程度の軽いものですから明後日には治るでしょう。それまで、ここで休んでいくと良いでしょう』

「あ、え……?」

 

 確かに、右足首には包帯が巻かれて固定されていました。これまで包帯を巻くほどの怪我をしたことが無かったので、少年はとてもびっくりします。

 改めて、ハンターとは危険な職業なんだなぁと認識しました。

 

『私を疑うなら、すぐに下山しても構いません。君の荷物はあそこの壁に掛けています。』

「そんな疑ってなんて! ……いませんってば」

 

 つい数刻前まで抱いていた疑いを見透かされたような気持ちになって、少年はつい語気を荒げます。けれど語尾は情けなく、潜口竜ハプルボッカの尻尾のようにしぼんでしまいました。恩人相手にカッとなるのはいけないのですから。

 

 ……『用を足すのは部屋の隅の壺に。』

 

 そう付け加え、男は踵を返して部屋から出て行ってしまいました。

 残された少年は赤面し、分厚い布団に潜り込むことしかできませんでした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 男は翌朝に便所壺を回収し、大雪米の粥といった軽食と、『暇でしょう』と少年に本を一冊与えてくれました。雪山地方に伝わる、古くて難しい言葉で書かれている続編ものです。

 ガムートについてのおとぎ話が集められたものだというのは、難解な言い回しをかき分けて読み進める最中にやっと気づいたことでした。

 

 最も有名な白き神との戦いのお話から、一晩にして集落を飲み込んだ雪崩の話、森で迷ったポポを守り導くお話(どこか既視感を感じます)、ドスギアノスと雪獅子ドドブランゴとの三つ巴の知恵比べ、嵐や吹雪の化身である鋼龍クシャルダオラとの力比べ、家の木材や薪を食べてしまうお話、難産をヒトが助けるお話まで……本当にたくさんのお話が編纂されていました。

 本は何度も何度も読み返した跡があり、雪山草の(しおり)が挟み込まれていました。

 

 大分苦労して読み終わった頃、男が再び部屋を訪れました。

 窓の外を見れば、少年があの茂み──ガムートの尻の下に潜り込んだ頃くらいの暗さになっていました。一日経っていたのです。

 男は背負っていた大きな荷物を下ろしました。

 

『君の武器を拾ってきました。一昨日の夜は、君ひとりを担ぐので精一杯でしたから。』

「あ……アイアンランス!」

 

 少年は、いちおうハンターです。といってもモンスターを自分の手で狩ったことはありません。採集専門のハンターを目指すために、少年は日々勉強をしていました。

 男が少年のアイアンランスを壁に立てかけた時、彼の被っている白い外套が引っ張られてわずかにずれます。その装備は、一目でどんな素材から作られたのかが分かる意匠(デザイン)のものでした。

 

「! それ、レウス装備だ!」

 

 少年の驚きの声に、男はピクリと身を震わせます。少し動きを止めて躊躇(ためら)うような様子でしたが、外套をちょっとだけ(めく)ってみせてくれました。

 

『そうです。これは雄火竜リオレウスの装備です。だいぶ古いですけれども……』

 

 確かにあちこち傷ついていて、あの特徴的なな赤い鱗もところどころ欠けています。それでもその装備からは物言わぬ威厳が感じられたし、なにより彼の飛竜はハンターであれば相対するのを必ず夢見るような、象徴的なモンスターなのです。

 だから、少年にとってこの怪しい男はリオレウスのようにとても立派な人物に見えました。装備というのは(けだ)し身に着ける者を象徴するのです。

 

『君もリオレウスが好きですか?』

「は、はい! だって、いつも読んでいる冒険譚に絶対出てくるから! お話ではリオレウスの装備を着るハンターはみんな英雄なんです、だから、アナタもお話のに出てくる英雄みたいだなぁって……」

 

 ……『私は』

 

 文字を綴る手が止まりました。

 風が吹いたのかと思います──次の瞬間、目に見えないくらいの速さで抜かれた片手剣が喉元に突きつけられていました。これもリオレウス素材のもので、触れずとも赤い刀身が少年の首の皮を苛烈に熱します。

 男は左手で剣を持ったまま、右手で器用に文字を綴りました。

 

『私をそんな風に呼ぶな。次に同じことを口にすれば、私は君の喉を掻き切ることさえ厭わない』

「ふぁ、ご、ごめんなさい」

 

 縮み上がった少年から、見ていられない、と言うように男は目を反らすと、暖炉の薪へ片手剣を乱暴に付き刺しました。よく乾いた薪はずぱん、と生肉のように軽く切れて、真っ赤に加熱されて、あっという間にめらめらと燃え上がり始めます。

 

 ハンターが人に武器を向けるのは、この上ない御法度で最上級の罪。

 なぜなら武器はモンスターを倒すため、つまり、人を守るために作られたものだからです。武器には職人やハンターズギルドの職員、商人といったハンターでない人々の技術と願いが込められているのです。

 

 ハンターが担ぐのは“自然へ歯向かうための策”だけでなく、そんな人々の“守るべき想い”なのだと──ポッケ村の教官は、一番最初の講義で教えてくれました。

 何があっても、人に武器を向けてはならないと。

 

 ちなみに、ミナガルデやドンドルマのような大きな街では、ギルドナイトというハンターを取り締まる役員が常駐しているのだそうです。そんなことをするハンターがいたら、あんな手やこんな手でとっちめるとのことです。

 

 ──では、自分に平気で剣を向けたこの男は? 英雄の顔と悪者の顔、二つの顔を持っています。まるで、おとぎ話に出てくるガムートのように。

 少年はとてつもない恐怖を感じました。

 

『私のことを話しすぎました。明日には君の体調も万全になっているでしょう。そしたらポッケ村に帰りなさい。こんなところに居てはいけない。』

 

 男は外套を正してリオレウスの装備をすっぽり隠すと、薪から無造作に剣を抜いて身を翻します。ぶわりと広がった白い外套は迫り来る雪崩のようで──少年は実際に雪崩を見たことはありませんが──思わず目を瞑ってしまいました。

 再び目を開けると、見慣れたアイアンランスだけが壁にもたれかかって佇むのみです。

 

 アイアンランスは、少年がこれまでやってきたどの手入れよりも綺麗に、とても綺麗に磨かれていました。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 翌朝、右足首の包帯が解かれました。包帯の内側には見たことのない加工で作られた薬草の練り薬が塗られています。

 昨日、少年に剣を向けたことが嘘みたいに男は静かに、几帳面に、恐る恐ると言っても言い過ぎではないくらい丁寧に塗り薬を拭きとります。少年の右足首を何か所か指で押したり揉んだりしてから尋ねました。

 

『痛くないですか?』

「うん……はい。すごいや、全然痛くないです」

『良かった。では、これから下山です。ハンターズギルドもきっと君を探しているでしょう。』

 

 男は少年の足に固定用の包帯を巻いて、少年がもたもたと装備や荷物を整えているうちに朝食を持って来てくれました。昨日の粥とは違ってしっかり目に炊いた大雪米、それと雪山草の漬物、焼いたサシミウオです。

 この魚は年中穫れて、旬から外れていても美味しく、フラヒヤ地方では昔ながらの人気食材でした。

 

「わぁ、サシミウオだ。ボク、サシミウオには思い入れがあるんです」

「半年くらい……もっと前か。ボクがハンターをやっていけるか迷っていた時、クエストに同行してくれた人が奢ってくれたのがサシミウオ定食で」

 

 男は粗末な椅子に腰かけて、暖炉の灰掃除をしながら少年の話を聞いていました。

 

「ボク、あの時すごく心が弱っていたから……たくさん泣いちゃったんです。だから、定食をよく味わえなかったんですけど……うん、美味しかったなぁ」

 

 「いただきます」と少年はきちんと手を合わせてから、焼きサシミウオに手を付けます。あの人の「いただきます」「ごちそうさま」を見てから、自分も「いただきます」「ごちそうさま」をするようにしていました。

 

「後で知った話なんですけど、その人には双子の兄がいて……ええと、薬売りだっけな。二人はドンドルマにある事務所で働いているんですって。毎年、あの寒冷期の時期に、きょうだいで買い出しにポッケ村へ来るって決めてるんだって」

「ボクは、次にあの人達が来るとき、一緒に雪山草を採りに行きたいんです。で、またサシミウオ定食を食べて、今度は泣かないでもっとおしゃべりしたいなぁ。次はもっとポッケ村に滞在しててほしいなぁ」

 

 男は背を丸めたまま、集めている灰の山に字を書きます。

 

『きょうだいとは、“兄弟”?』

「え? あ、はい。二人とも男です。若くて、ボクより一回り上くらい」

 

 ……『名前は?』

「えと、あっ、弟の方が……ボクに奢ってくれた方がシヅキさん。兄はなんだったっけなぁ、ヅキ……メ、メヅキさん。確か」

 

 聞いたとたんに男は灰を見つめていた金の目を、まん丸の満月のように見開きました。そして心底複雑な感情を浮かべて、新月を控えた三日月のようにゆっくりと目を細めました。

 嬉しいような、寂しいような、憎らしいような。なにより、信じられないといった様子で。

 

 目に灯る感情は燃えるように鮮やかなものでしたが、それも一瞬のこと。すぐに冷たい雪色に似た金に戻り、男は黙ってしまいました。あれ、見間違いだったかな、と少年は思ってしまいます。

 

「あの……ええと、ごちそうさまでした……?」

『お粗末様。食器、布団、便所壺はそのままで結構です。天気が安定しているうちにすぐに発ちましょう。』

 

 立ち上がる男に急かされたような気持ちになり、少年は慌てて荷物とアイアンランスを担ぎます。残念ながら集めた雪山草は転げた拍子に落ちてしまったようで、ポーチには何も残っていませんでした。

 

 

 

 

 少年が泊まっていたのは、小さな木造の山小屋でした。静かな朝の(とろ)を見下ろす丘の上に建っていて、寒風に吹きさらし続けた柱は傾きかけ、けれど掃除がきちんと行き届いています。

 丘は見晴らしがよく、下流の遠くの方に豆粒のようなものが一つうごうごしているのが見えました。少年は昨日渡された本で何度も登場したその姿を指さし、思わず叫びます。

 

「あ……! あれ、ガムートだ!」

『ここは彼女の縄張り。君や私のような小さきものには興味を持たないから、刺激しなければ大丈夫。彼女の影響でこの辺りにギアノスやブランゴ、そのほか大型モンスターが出没することはありません。』

『彼女は食餌を求めて歩き続ける習性があります。来週には縄張りも移動していることでしょう。枝を食べられた森には日が差し込み、草が育ち、それを食べる草食モンスターが居ればいずれ肉食モンスターもやって来る。こうして、温暖期のフラヒヤは次の厳しい寒冷期に備えるのです。』

「……??」

 

 少年がその意味を理解する前に、男は慌てるように灰の字を均してしまいます。きょとんとする少年を半ば置いてけぼりに丘を下りながら、男の金の目は山脈の彼方へ向けられました。

 

『向こうに、煙が立っているのが見えるでしょう』

「え? あ、ハイ。細いのが、何本も」

『あれがポッケ村です。左手、つまり西側に雪を被っている頭一つ高いのが狩場、雪山。』

 

 雪山の高嶺は温暖期の今でも雪が降り続いていました。ここ一帯ではあの山だけが未だに白妙(しろたえ)を被ったままなのです。拒絶するような印象さえ抱きますが、あそこにもモンスターは住んでいるので、生命とはなんとも図々しく力強いものだなあと感じます。

 

 その向こう側に、朝日の強い光にかき消されそうになりながらもやっと見えるほどの細い煙。あんなに遠くから少年はがむしゃらに歩いてきてしまっていたのです。

 

『この小川を辿って休まず歩けば、日が暮れるまでにポッケ村に着きます。今夜は天気が崩れそうだから、この機を逃すと二度と帰れません。』

 

 口をぽかんとあけてポッケ村の煙を眺める少年に、男は(ふき)の葉で包んだ大雪米のおにぎりを持たせてくれました。塩漬けの蕗は捨てずに食べられるようになっています。それから水筒いっぱいの水と、回復薬とホットドリンクを数個。薬はとても苦そうです。

 

『約束をして頂きたいのですが』

「は、はいっ、なんですか」

『一つ、私とこの数日の出来事を誰にも言わない、伝えない。二つ、二度とこの場に来ないこと。三つ、無事に帰ること』

 

 最後に男は、なんだか場違いで小さなグラスを差し出してきます。なんだろうと思って受け取ると、男は朝日のような黄金色の液体を瓶からとくとくと注ぎました。

 

『遅めの食後酒です。ホットドリンクと合わせて飲むと体が温まります。この乾杯で約束を誓ってください』

 

 ──酒! 少年は酒なんて飲んだことがありません。ちゃんと成人になってから飲もうと思っていましたが、気遣いを無碍(むげ)にすることはできません。

 男は自分の分も注ぎます。黄金の液体を湛えたショットグラスがふたつ。その奥に、男の金の目がこちらを覗きました。少年は、慣れない手つきでグラスを前に傾けます。

 

「か、乾杯っ」

 

 澄んだ音が、朝の瀞に響きます。

 ふたりで一息に呷り──少年はあまりの酒の辛さにむせ返ってしまいました。

 

『いつか君にも、酒を甘いと感じる日が来るでしょう。限りないご武運を。』

 

 涙がこぼれそうになって男を見ると、彼は字を書いていた灰を土にばら撒いて、灰を乗せていた板をへし折り、投げ捨てました。

 静かで冷たい金の目が、言うことはもうない、と語っています。

 少年が好きな冒険譚では、主人公がこうして村人にあれこれと装備を整えてもらう場面があったような気がします──少年の気持ちが高ぶったのは、それだけではありませんが。

 

「あ、あ、あの! 色々と、ありがとうございましたっ! なにもお礼できなくてごめんなさい! 約束、絶対に絶対に守りますから!」

 

 男は何も言わずに金の目を細めます。灰の字があれば『お礼は結構』と言っていたことでしょう。

 こうして、少年は下山を始めたのでした。男の金の目はアイアンランスを担ぐ背を──ずんぐりむっくりな背を、見えなくなるまでずっとずっと眺めていました。

 

 

 

 男が背負っている荷物は、酒や少年への食料や飲み水だけではなく。

 

 背から下ろし、ゆっくり展開して、構えます。ごつごつとした骨の地味な重弩、ボーンシューター。駆け出しハンターのお小遣いでも買えるような安物です。

 

 一番近い緩やかな稜線に向け、時間をかけて標準を定めると、Lv.1通常弾を放ちます──安物の重弩なので、ぼぅんと間抜けな発砲音。男は全速力で丘の上まで駆け上がると、長い長い静寂の後に、どう、と大きな爆発が起こりました。

 猛烈な爆風が木々や雪渓を押し倒し、土砂は山の形を変え、瀞を()き止め、新たな小川が作られます。さっきまで男と少年がいた丘の麓は無くなってしまいました。

 

 この周辺には男の手によって大タル爆弾がいくつも仕掛けられていました。不用意に山小屋へ近づく者をすぐに吹き飛ばせるように。任意に地形を変え、道に迷わせ、山に閉じ込められるように。

 その気になれば、男はいつでも少年を山に埋めることができたのです。実際はそんなことをしなかったのですが、万が一に備えて山小屋の位置が分からなくなるように爆発を起こしたのです。今夜の雨で地形はさらに複雑になるでしょう。

 

 まだ煙を細く吐くボーンシューターの銃口を下ろし、男は雪山の高嶺を仰ぎます。レウス装備の下で筋張った喉仏がこくんと上下しました。

 

「マフモフ一式装備、か……」

 

 男は噛み締めるように呟きます。乾ききった寒風のように、掠れた声で。

 

「それから、アイアンランス……ふふ。懐かしい、懐かしいなぁ」

「あの少年はまた迷ったりしないかな……採集専門のハンターか、うまくいけばいいな。ふふふ」

 

 男はふくふくと穏やかに笑います。温暖期のフラヒヤ山脈のように。

 

 頭装備の下でぼろぼろに傷ついた皮膚の目尻を引きつらせ、しわくちゃにしながら──“巨獣病”の痘痕(あばた)は顔のどこにもなく──男は瀞のほとりへ歩いていきます。

 水の流れで削れた岩盤に腰を下ろし、ショットグラスを雪解け水で(すす)ぎました。手で回して弄べばグラスの中にくるくると奔流が生まれ、泡が徐々に白へ近づく朝日をきらきらと反射します。

 

「もう一日長く滞在していたら俺はもっと寂しくなってしまっただろうなぁ……。ふふ、年を取るとどうもいけない」

 

 ふたりで飲んだ酒は黄金芋酒。フラヒヤ地方では『運』を願う酒です。

 本来は一緒に乾酪(チーズ)を齧るのが礼儀なのですが、子ポポの頬肉や焼きサシミウオで妥協としました。

 

 あの乾杯は確かに少年の体を酒精で温めるためだとか、約束を堅くする意味もありましたが、男にとって何より少年の無事を願う祈りでした。 

 無事に帰れますように。願わくば──本当に勝手に願わくば、家族のもとへ。

 

 

 男がこのフラヒヤに一人で住むようになってから、自分は剣で獣や竜の殺戮を繰り返すことしか能がないのだと感じることが星の数ほどありました。

 ときに、ひとりぼっちな気持ちで気が狂いそうになったり、彼らの間で交わされる遠吠えを真似しそうになったことも。

 

 だから、例え自分の存在が誰かに知られる危険に脅かされようとも こうして雪山で迷った者を救助することで──人間らしいことを行うことで、自分はヒトという生物種なのだという自覚を噛み締めることができたのです。

 

 これまで何人もの遭難者を救助して来ましたが、助からなかった者も少なくありません。だから、少年が元気に下山したことはこの上なく嬉しい事でした。

 ただ一つ、自分を英雄呼ばわりしたのは許せなかったことなのですが。なぜなら、そんな風に自尊心をくすぐられると本当に人が恋しくなってしまいそうだったからです。

 

「ん、んんっ……」

 

 咳払い。ひゅうひゅうと空気が鳴り、喉の粘膜が裂けてしまいそうな痛み。こんな喉で筆談のような長い会話をすることは難しそうです。

 男は長年誰とも喋っていなかったので、声でうまく会話ができるか自信が持てなかったのです。

 

 それでも、言葉を操って文字を書けることもヒトの特権ですから、字と言葉遣いは丁寧にするように心がけていました。確かに少年は年相応な見聞で言葉足らずでしたが、言葉を使って会話することは男にとって最大の孤独を癒す薬だったのです。

 数日分の礼なんて、それだけで十分でした。

 

 山は笑えど、フラヒヤの高嶺に雪は降りつつ。ここは高い標高のために季節と気候が入り混じり、交わる場所です。 

 奇妙で幽寂な大自然にただ一人、男は再び溶け込んでいくのでした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 さて、爆発音を背に帰還したこの少年。

 ポッケ村で修行するうちに運の悪戯か、またミョウチキリンな出会いをするのですが──それはまた、別のお話。

 

 

 

 





 『 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ 』
 
 ── 田子の浦に出かけて、遙かにふり仰いで見ると、白い布をかぶったように真っ白い富士の高い嶺が見え、そこに雪が降り積もっている。

 元ネタは引き続き万葉集から、山部赤人の歌です。別に田子の浦には出ていないですけどね。
 1話で登場した彼に久々に出てもらいました。彼も思ったより勝手に動いていくタイプで、書いていて楽しかったです。キャラはやっぱり一回きりの登場だと寂しいので、また何かの折に出してみたいですねぇ。

 読了ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

【オマケ】14,000UA↑/総合評価450↑感謝!!
 
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【おかわり】おつまみ挿絵
44杯目 《南天屋》挿絵倉庫 ふたくち


1杯目ひとくち挿絵 どうして外套を着せたのか自分でもよく分かっていないのですが、カッコいいからまぁいいや。ベリオ(S)装備はヘルムの構造上目つきが鋭く見えるので、真剣な場面ではとても画面映えします。

 

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 1杯目ふたくち挿絵 ヘルムのオンオフでギャップを見せたくて超頑張りました。表情の描写ってピンポイントな点では、字より絵の方がガツンとイメージを与えられるので絵の方が好きだったりします。

 

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 2杯目ふたくち挿絵 これは紛れもないリンチです。弱い者いじめをしているところの絵です。

 グレースケールを模索的に入れてみたのはハルチカをどうしても逆光で見せたかったから。しかし、グレースケールだと彼の目尻と口元の紅(入れ墨)が上手く演出できない。うーんどうしたものか。

 

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 29杯目 ウラの設定画。一年近く温めたキャラですね。

 バル(カフェ兼バー)マスター、裏の顔は質屋と自由度が高くて何枚でも噛めそうなポジションはとても気に入っているのですが、とにかく扱いに迷って日の目を浴びるまで時間がかかった人物でもあります。十数話くらいで出してやりたかったなーと。紫毒姫編が長かったからしょうがない。

 

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 29杯目 オズの設定画。こちらも一年近く温めました。

 ギルドナイトを出したくて(書いてみたくて)作っちゃったキャラです。ギルドナイトはなにかと暗い話題が付きものなイメージですが、そんなイメージと逆のギルドナイトいたらええやん! なノリで設定を組んでいます。ウラとセットでどうぞ。

 

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 32杯目 挿絵。ザボアザギルがこちらを発見したときのモーションのアレですね。

 公式ラノベのものを研究しながら挿絵製作しているのですが、こちらの絵は嬉しいことに「公式ラノベみたい!」とTwitterでもかなり反響を頂けました。ありがたいですね。

 あと、この絵からグレースケールではなくスクリーントーンを使い始めました。削り方なんかはまだ粗めですが、個人的にそれなりに使えたなーと思っています。

 

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 -杯目(話数に変動があるため未表記) 挿絵。企画短編で活躍してくれたイヨです。

 女の子を描くのがかなーり苦手なのですが、どうやら食わず嫌いなだけだったみたいです。今更ですが、挿絵は文章と矛盾が生じないように製作するのが地味に難しいですね。こちらの絵では、ラフ時点で全く意識しておらずいつも通りに武器(太刀)を背負わせてしまいました。

 それにしても、カムラノ装は訳わからん作画コストの高さだ。

 

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 33杯目 ラジー、クララ設定画。

 かなり雑です。すみません。ギャルとオネェという絵面がバゼルギウスでバゴーンみたいな二人ですが、字だとビックリするくらいインパクトがありません。あとは脳内でそんな絵面を想像しながら執筆して戦慄し、絵に起こすことをだいぶ躊躇したことも。

 でも、どんなに雑でも設定画を作ったら一気に想像しやすくなって執筆が捗ったのも事実です。設定画は本当に一長一短。

 

 

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 34杯目 諸々記念絵。談笑するメヅキとチェルシーです。

 最近いい水彩風のブラシを見つけたので使ってみました。レイヤーを重ねないと濃くならず、レイヤー管理がちょっと面倒ですが、それがまたアナログっぽくてイイですね。製作時間も2時間半とコスパもよく描けました。

 休日はこんな風にインナー+防具(防具は自分のステータスを表すため)で過ごしていたらロマンだなぁと思います。

 

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 過去話の挿絵更新はあとがきにてお知らせします。と前回の挿絵倉庫で述べたのですがアップロードに安心&満足してすっかり忘れていました。スミマセン。
 挿絵倉庫も定期的に更新となります。良ければこちらも是非ご賞味あれ。


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45杯目 《南天屋》挿絵倉庫 みくち

 

 

 

 Twitterログまとめ。時系列バラバラ、こぼれ話的立ち位置です。挿絵ではないから……。

 

5月製作 シヅキ落書き。いつも食べ物や酒を奢って(?)くれる仲のいい作家様がいらっしゃるので、お礼の一枚。

シヅキは顔がアジア系なのでユクモノ装備がよく似合う。でもなぜか着せられている感が出ない……気がしないでもない。ユクモノ装備、いいですよね。グッドデザイン賞。

 

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7月製作 シヅキ落書き②。めちゃくちゃ疲れて手元が狂っているみたいです。零れているぞ。溢れているぞ。

 

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7月製作 シヅキ落書き③。過労ですね。

 

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7月製作 シヅキとアキツネのしょうもないネタ①

シヅキは兄のモノマネが非常に上手い。声質自体は似ていないけど、喋り方は完コピ……だという。いつも傍で聞いているからなぁ。

 

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7月製作 シヅキとアキツネのしょうもないネタ②

新規フォロワー様向けに再放送したもの。この二人の身長差が気に入っています。

 

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8月製作 ようやくサンブレイクプレイ開始したときの一枚。

エルガド、これまでの拠点のように土着の人でないというのがすごく好きです。W:IBもそうですね。人間、自然に抗っているなーと感じてしまいます。

エルガド編はそのうち執筆したいです。絶対に。

 

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7月製作 ベリオ装備落書き

ベリオ♂剣士のデザインがやたら好きという。素材感あるし、モンスターの特徴が生きているし、もふもふだし、シルエットもいい。♀もガンナーも好きです。語ると止まりません。

 

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5月製作 ガルルガ装備落書き

ガルルガ♂ガンナー、すごくデザイン好きです(再)中華風なのが。

注目したいのは小道具類で、肩から下げた弾倉(?)や実は腰に備えている大きなポーチなどなど。これらを準備したりアイテム詰めているのかと思うと……妄想止まりません。

彼が左利きなのに合わせて装備も左右逆で描いているのですが、ずっと描いていると左右どっちが正規なのか分からなくなります(汗)

 

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10月製作 メヅキ落書き①

ガルルガ(S)キャップはマスク型なので、グイッと下げることもあって欲しい。

フルフルXなど、目元が見えるタイプのマスク型装備はカッコいいですよね。

 

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10月製作 メヅキ落書き②。と、雑に慰める弟シヅキ。ぐわしっ。

 

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10月製作 メヅキ落書き③ ※嘔吐

 

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 最後に、本作は先月10月で連載2周年を迎えました。ありがとうございます。


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 最初こそ『小説特化サイトのハーメルンに絵を上げるなんて邪道だ!』と思ってしまっていたのですが、自分は絵描き出身故か、どうしても絵があった方が表現に幅が広がるんですよね。
 挿絵倉庫みくち目を出している今更ながら、作品関連の絵を描いていてよかったなぁと思っています。
 読者のハンター様方にもお陰様で非常に支えられて、引き続き本作を字と絵で表現をしていこうと考えています。

 それでは読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。


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伊達の裸足も貧から起こる
46杯目 都の南の天辺(てっぺん)



 新章、スタートです。
 
 
 


 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 大陸中央。

 〝空へ限りなく近い山”ヒンメルン山脈を背負い、内海(うちうみ)ジォ・クルーク海を抱く風と水の都、ドンドルマ。

 長い歳月をかけて自然やモンスターと押し合いへし合い上手く付き合い、ついにハンターの一大拠点へと発展。大陸全体における貿易や流通の(こしき)、ハブとしても機能する。

 

 ()()のヒンメルン山脈は豊かな風と水を恵む反面、高く険しく、かの古龍でさえも阻むほど。

 だから、モンスター──古龍の襲撃は()西()()のジォ・クルーク海を臨む平地で勃発する。

 

 行政機関に研究所、ハンターズギルドはみんな北。

 例えどんなに知恵を効かせ、どんなに(まつりごと)が張り巡らされたドンドルマでも 微瑕(びか)は在る。

 

 ところ変わって南西区の下町。

 北から流れて来しは、汚水と貧困、塵芥(ちりあくた)

 禍事(まがごと)あれば、一番初めに焼け野原。

 遠くに見えるは、兵器の眠る砦と戦闘街(せんとうまち)

 

 だから、ここが洛中で最も地価が安い。

 そもそも。古龍の襲撃が先か、土地の低いのが先か、地価が安いのが先か。丸鳥(ガーグァ)と卵のようなものだが。

 

 禍事のたび潰えて、栄えて、潰えて、栄えて。

 まるで蔓延(はびこ)(かび)のように、雑草のように、のらりくらりと盛衰を繰り返す。

 

 そんな南西区の下町に──最南端の天辺(てっぺん)にひっそりと、狩猟と商事の《南天屋(ナンテンヤ)》は事務所を構えている。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『四コーナーのカーブを曲がる一番人気!』

『これは誰も追いつけないか三冠の覇王! 三番、〝ドンドルマッハ”先頭に逃げる逃げる!』

 

『後続()二番人気の九番〝ユクモノハヤテ”こちらも強豪、それを横目に四番人気の十二番〝ダッシュモーラン”追いすがる!』

『さあ三番人気の八番〝ペッコペコラン”、鳥群を抜け出せるか!』

 

『後方、後方、内からグッと圧倒的なパワーで仕掛ける十八番人気、七番〝コンガリニク”!』

『エッ誰こいつ! 誰ぇ! 誰なのぉ!!』

 

『内から内から突っ込む〝コンガリニク”!! 差し切る! 差し切る!! わーッと上がる悲鳴! 悲鳴が上がるぞ!!』

『差はどんどん伸びる一鳥身、二鳥身! 〝コンガリニク”が圧倒する!』

 

『三冠の覇王〝ドンドルマッハ”を破る伝説ここにあり! 温暖期のドンドルマに咲く英雄の証!』

『〝コンガリニク”、無名から見事オンダン賞を勝ち取った!!』 

 

『二着〝ドンドルマッハ”、三着〝ユクモノハヤテ”──……』

 

 

 

「ああぁぁぁ!」「ああぁぁぁ!」「ニャギャアアアァァァ!」

 

 券を握りしめる観衆は悉く頭を抱えてのたうち回る。汗ばむ(てのひら)や肉球の中の紙切れはたった今、金を呼ぶクモの糸からゴミ屑へと変貌した。

 

「いやぁ、温暖期はこうでなくちゃアねェ!」

 

 負けた観衆の遠吠えが聞こえる中、扇にした券で仰ぎながらハルチカは高笑いしていた。こちらは大勝利でホクホクなのだが、絵面は計画に大成功した悪党である。

 隣ではなんだかなぁ、という表情をするチェルシー。俗臭あふれる痩せた中年メラルーだが、傾きかけた《コメネコ食品店》を新事業で立て直した主人である。店はやっと軌道に乗り始め、少し潤った懐で丸鳥レースを楽しみに来ていた。……こちらは外れているのだが。

 

「勤務中に遊ぶってどうなんニャか」

「仕事した上で遊ぶんなら文句も出ねェだろイ」

「あとで奢ってよニャア」

 

 「応ともサ」と屈託なく頷くハルチカ。タダでお酒が飲めるんなら多少のお遊びには目を瞑るべきか、とチェルシーはヒゲをへにょんとさせる。

 

「……おれにも奢れ?」

「アキは当然! (わし)ァ宵越しの金を持たんのヨ」

「お(めェ)の浪費癖は昔っから変わンねェな……少しア事務所の修繕費に充てろ?」

 

 二人のフェンス越しには、今回のレースの英雄となったコンガリニクを従える白髪の青年、アキツネ。得意げなコンガリニクに水を飲ませる彼は、呆れ口調でもいつものへの字口がゆるゆるになっていた。

 

「コンガリニク、レース後の体調も()がっぺな。こンなに体力持つのも、さすがオヤジんとこのレンキンコウジをたらふく食わしただけあッぺや」

「《コメネコ食品店(うち)》の搾り粕が、まさかレース丸鳥の餌になるなんてニャア。何が商売になるか分からんニャ」

「今回はオンダン賞に合わせで一か月ばかし食わしてみたけッども、若い頃から食わしたらどうなッかなァ」

「腹壊して死ぬんじゃねェの。走ったら胃腸がシャカシャカ振られて、ハレツアロワナみたいに腹がポンっと爆散して」

「バカ言うんじゃねぇニャ、ハルチカ」

 

 温暖期は一年で最も豊かな時期だ。作物は気温の上昇に合わせて実り、家畜は育ち、増えたモンスターの素材が街に集まる。民衆の余裕ができる時期だからこそ、温暖期は賭博が盛んになるのだ。最も、好きな奴は年がら年中のめり込んでいるわけだが。

 

 その一環として、ドンドルマ南西区の一角では平地を利用した競丸鳥(ガーグァレース)で盛り上がっていた。たぶん正規な娯楽ではないが、特別危険でもないからかドンドルマ政府は黙認している。

 会場そこかしこで黄金の麦酒(ビール)がピチピチの売り子(ガール)の手で振りまかれ、老若男女どちらかと言えば老若男が、ガバガバ浴びて喜んだり嘆いたり着物を脱いだり好き勝手に無秩序を形成していた。

 

 野生のガーグァは集まったらまさにこんな感じだ。そんな()()合の衆を遠目に、三人は厩舎(きゅうしゃ)でコンガリニクの様子見を名目とし、のんびりと油を売っていた。

 

「マァなんだ、アキは本当にガーグァの扱いが上手いネぇ。伊達に農家の息子じゃねェ」

「あニャ? アキツネは農家の息子なのニャ?」

 

 首を傾げるチェルシーに、ン、とアキツネは頷いた。緩んでいた口元がへの字にひん曲がる。

 

「おれン実家ァ旧沼地……ジォ・テラード湿地帯の近くにあって、元々農家やってた……ドンドルマに出荷するアプトノスとか、ガーグァとか、野菜とか、いろいろ」

「へぇー、近郊農業か。ちょっとばかし旅行っつって、アキツネん()に行ってみたいニャア。レンキンコウジの商売相手になるかもしれねぇ!」

 

 パッと色めくチェルシーにアキツネはぶうたれるモスのように鼻を鳴らした。ハルチカは煙管(キセル)に刻み煙草を詰める。

 

「こいつの実家、破産してンのサ。離農ってやつ」

「改めで農業やりてェって親父と大兄が金集めてる……おれァ次男だから、家出て、仕送り」

「このレースの賞金も実家に送るンだとヨ。まさかあの時、ピヨピヨのガーグァっ子みてェだったアキが、競丸鳥のキリン亜種(ダークホース)を作るなんてネェ。人生何が起こるかわかんねェってモンだ」

「ニャア……なんだか聞いて悪かったぜ」

「ンン、いいのいいの」

 

 確かに鼻を鳴らしたが、特に気にした様子もなくアキツネはコンガリニクの首元をわしわし掻いてやる。コンガリニクは気持ちよさそうに、彼に頭を擦り付けた。

 

「おれァ実家離れて良がったと思ってるよ。じゃなきゃア、畑のことしか知ンねぇまま人生終わっていたかもだ。親父と大兄は畑……自分ン名前サついた畑のことしか知ンねぇから、必死に取り戻そうとしてる」

 

「このコンガリニクは元々、売れなくて家サ残ってた子で、なンとかして価値つけて小銭になンねェかって親父から送られてきたンだ」

「ニャニャ、そうだったのか……」

「アキの家、本当に継ぎてェのは農業なのか(うじ)なのか、ってねエ」

「氏? あぁそうか、オイラたち獣人ニャア()ぇが、人間には氏があるんだった。アキツネ、氏は?」

「……」

 

 わずかに、ほんのわずかに躊躇う。眉はぴくりとも動かない。

 

「……〝ジャミ”。だから、おれの本名はアキツネ・ジャミ。一家解散して親戚の家に散ってッから、今は名乗れねぇんだけっどもな」

 

 懐から出されたギルドカードの名前欄には、確かに“アキツネ”としか書かれていなかった。ハンターズギルドに登録するハンターネームは自由だが、家を出ているアキツネは氏を名乗りたくないらしい。

 

「へぇ、ジャミ……ジャミか。氏ってオイラたち獣人にとっちゃあなんだか新鮮だし、名乗ってもいいと思うんニャが」

「やだ」食い気味に言い張るアキツネである。

「人間の家系って大変なんだな……あ、ハルチカの氏も教えてくれニャ! それなりに付き合いあるのに、オイラってば二人とも下の名前しか知らなかったぜ」

「えぇ、儂の氏?」

「なんだよ、もったいぶるのかニャ?」

 

 チェルシーがアキツネに「どういうこと?」と問うが、彼もぷいっと興味なさそうにコンガリニクへ目を逸らしてしまった。

 ハルチカは煙管を弄りながら少し考えて……また少し考えて、やっとチェルシーに下手くそなウインクをした。

 

「んー、ナイショ!」

 

 

 

「おつかれちゃーん、アキツネ・ジャミ」

 

 厩舎の入り口から呼ばれて、アキツネはピクリと身を震わせる。冗談めかして本名を口にしたのは中年の男。アキツネの師匠である、呼称オズことオズワルド・ベイリーだ。纏うは砂漠とオアシスのような色合いのレックスX装備に、赤の鍔広帽(フェザー)。得物にドンドルマを象徴する雄火竜素材のランス、レッドプロミネンスを担いでいる。

 片手を軽く上げながら「おっ、ハル坊と麹屋の子もおるやん」とノシノシ歩み寄って来た。身のこなしは若々しいが、還暦を控えた笑顔は丸めた鉄板のようにしわくちゃだ。

 

「オズさん、本名で呼ぶのアやめてください……というか、どッから聞いてたンです?」

「アキちゃんが農家の子ってクダリから」

「……」

「あ、拗ねたニャ……」

 

 またモスのように鼻を鳴らして、アキツネはコンガリニクの胸元に顔を埋めてしまった。しばらくは会話に答えてくれないだろう。

 

「アキちゃんみたいな地方からの出稼ぎハンターは、この街はほんまに多いで……特にこの南西区ではなぁ。だから特別扱いするわけじゃあれへんけど」オズは一度言葉を区切って、色黒の顔でニパッと笑った。

 

「ギルドナイトならやっぱ現状理解して、できる範囲で他の稼ぎ方も示さなあかん。ハンターだけで家族養うのは大変やからな……ウチの務めや」

「そんなことしてるギルドナイトはオズ(にぃ)だけヨ。立場が弱い出稼ぎハンターをギルドに利用してやろうって、商人気質が見え隠れしてらァ。元商人めが」

「ん? ウチにそないなこと言うてええんかなぁ、ハル坊?」

「オ、オイラにゃあよく分からねぇが二人とも落ち着いて」

 

「クカカカ……チェルシーの親父も居るからこの辺にしようかネ。ここに来たってことァ、儂らに用事があるんだろう」

「あ、せやったわ。これはあんまり流出したらあかんねやけど……」

 

 オズはハルチカにあっさり話題転換されると、思い出したとばかりにポンと手を打った。

 

「〝ファントム・ホロロ”が観客に来てるかも知れへん、って報告があるんや」

「ファントム・ホロロ? って何ニャ?」

「麹屋の子はハンターの話題なんてあんまし知らんよな」

 

 オズは屈んで、楽んでいるように声をひそめる。例えギルドナイトであろうとも、ハンターというのは噂好きなのだ。アキツネもコンガリニクの胸元からひょっこりと顔を出した。

 

「最近、闘技場で評価が上がっとる女ハンターや。素顔や素性は分かれへんけど、そこがまた爆発的な人気を集めとって……今頃、スタッフ総動員でファントム・ホロロ探しをしとるところや」

「シヅキとバイトアイルーの子もだべか……」

「スタッフ業務にハル坊が見えなかったから、アキちゃんがおるところでサボってんちゃうかと思うたけど、ばっちしビンゴやったなぁ」

「ハ、ハルチカはサボりだったのニャ!? オイラが観客席にいたら『アキに会いに行こうサ〜』って誘って来たから、てっきり関係者か何かの案内役かと」

「……」

「コンガリニクの胸元に顔を突っ込むなニャー! 隠れられてねぇし!!」

 

「そう言うわけや麹屋の子よ、ハル坊はファントム・ホロロ探しに借りて行くで。あとハル坊は当たった()券没収な。業務中に遊ぶなんて許されると思うか」

「うああぁぁん!」

 

 オズは笑顔でハルチカの首根っこを捕まえた。親されるがままの子ベリオロスのようになっている彼の格好をよく見ると、確かにスタッフ腕章をつけていた。オズの頼みか何かで駆り出されているのだろう。

 しかし、引きずられ(鳥券を没収され)ながらハルチカは鋭く切り込む。 

 

「ハンターズギルドもファントム・ホロロの素性が分かんねェ? クエスト受注の履歴とか、動きを把握してねェのかい?」

「おぉ、ハル坊のツッコミは痛いわぁ。絵と金とエロしか興味ないくせに」

「失礼な」

 

 にが虫を噛み潰した表情から、誤魔化すようにパッと笑うオズ。「こないに誰が聞いてるかわかれへんところじゃ話されへん。今夜、《七竈堂》で聞かせたるわ──」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「──ファントム・ホロロは祭りごとが好きなのか、明日闘技大会の予行があるっちゅうのにマネージャーの目を盗んで遊びに行ってしもたんやって。ドンドルマで今日イベントがあったのはバザールと競丸鳥で、ほら、今日のレースは重賞やろ? こっちに来とったんやないかとウチは睨んどったの」

 

 グラスを揺らし揺らし、オズは訥々(とつとつ)と語った。ギルドナイトの証であるフェザーを脱いだ彼は、ただの酒と女と噂の好きな爺である。

 

 時刻は約束していた夜。

 チェルシーを加えたオズと《南天屋》一行は、昼は喫茶に夜は酒場でその実は質屋のハンターズバル《七竈堂》に訪れていた。明日は平日で他の客は来ないからと、緊急会議用で特別に貸切だ。ちなみに、客はいつも多くない。

 

「フゥン、で? ファントム・ホロロはいたのかニャア?」

「世の麒麟(キリン)児が仮面をつけて出歩くわけないやろ。いたかも知れへんけど、分からんかった」

「だろうネェ!」

 

 呆れてひっくり返るハルチカに、後ろでシヅキとメヅキがしょぼんとうなだれる。シヅキは券もぎり、メヅキは医療スタッフとして出ていたが、二人ともファントム・ホロロ探しに全く貢献することができなかった。

 

「んで、昼のハル坊のツッコミに答えると……実は、ファントム・ホロロはクエストを受けた履歴がない。つまり、このハンターは一度も狩場に出たことがないんや」

 

 低く唸るようなオズの言葉に、部屋の空気ががざわりと蠢く。そんなハンターなんて本当ににいるのだろうか?

 

「ファントム・ホロロ……砂漠から帰ったあたりから噂でなんとなく聞いていたけっども、来週の闘技大会で観てみッかナア」

「そりゃあすんごい剣捌きよ、ギルドナイトのウチから見ても、なかなか良い腕前しとると思うわ」

「嘘つけ、女好きなだけだヨこの助平(スケベ)!」

 

 ぼやくアキツネに、妄想へ恍惚とする酔っぱらいの爺。対して婆──《七竈堂》女主人のウラはカウンターの向こうで口を尖らせた。こちらも酔っ払っている。

 

「ところでオズ。バザールの違法取引の方はどうだい?」

「んー、やっぱしなんぼかおったわ。ギルドの認定証を偽造しとる輩もおるって考えると、頭痛くなってしまうわ」

 

 モンスターの頭数管理から、モンスター素材の価格を設定しているのはハンターズギルドだ。ハンターズギルド認可のもとでないと、素材の取引は違法となっている。

 しかし、モンスター素材の流通が盛んとなる温暖期は、そうした法を潜り抜ける違法取引も活発になるのだ。

 

 かつてウラと共にハンター兼商人を営んでいたオズは、商売の知識を活かして毎年この時期、違法取引を監視している。

 

あっち()の方はしょうがないサ、だって闇市で栄えた区だもの……違法取引なしでは生きていけねぇやつらだって、いる」

「ウン。そういう奴らがいるから、ウチらハンターズギルドも(おっ)きく出れへん」

「違法取引なんてなくなるより先に、お前サンの方がくたばっちまいそうだねェ」

「あぁ、くたばっちまうよ。くたばれ、もう仕事なんてなにもかもクタバレ」

 

 やけになり始めて危険な雰囲気が漂い始めた矢先、犠牲になったのはアキツネとハルチカだった。

 

「そうだ、よぉ働くシヅちゃんとメヅちゃんはまたスタッフに駆り出さしてもらって、働かんで観戦する気のアキちゃんとサボり魔ハル坊が闘技大会に出ればええやん。んで、ファントム・ホロロと接触する。ハンターズギルドにクエスト受注履歴が無い、その正体を暴く」

「……は?」

「…………は?」

 

 カウンターの奥で満面の笑みのウラが、どこから出したのか闘技大会の申し込み用紙をヒラヒラさせていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 




 軽いノリで競馬のガーグァ版をやってみたいと思ったものの、めちゃくちゃ難しかった。
 
 今回は闘技大会とがメインとなるお話です。主要人物や人間関係の掘り下げもできたら嬉しいなぁ。
 XXを開いてロケハンに行かねばなのですが、XXが5年前のゲームだという現実から目を逸らしたいです。
 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。


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47杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す ひとくち

 
 
 
 好奇心は猫をも殺す

 猫はいくつもの人生を持っているという迷信から。
 転じて、好奇心は強すぎると身を滅ぼすことになりかねない、という意。


 


 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「うおおぉぉおおおお!!」

 

 受け身も取らずに地面の上を転がり、ハルチカは飛びつきを何とか躱した。もうもうと立ち込める砂煙に咳き込む間もなく、閃光が迸る。

 ばりばりと電撃が大気を引き裂く。あの下敷きになっていたら引き裂かれていたのは自分だったかもしれない。

 ハルチカは砂まみれの乾いた唇を舐めた。柄に手を掛ける得物はいつものスニークロッドではなく、骨刀【狼牙】。ランポス素材の太刀に、ゲネポス一式装備の出で立ちだ。

 

「おらぁッ!」

 

 反対側、飛びつきをジャストタイミングでガードし、カウンターするアキツネ。こちらの得物はランス、蛇槍【ナーガ】。黒い槍身を叩き込めば、仕込んでいた毒液が飛び散った。

 その正体は、毒クモリという虫素材。突けば相手に毒を付与できる。ガンランスと比べて手数で戦うランスにとって、属性は火力の底上げに繋がるのだ。

 バケツを被ったようなクンチュウヘルムの下で、アキツネは手ごたえにひとまずの確信を。

 

 しかし十文字斬りを畳み掛けようとしたとき、立て続けに電撃を放つ相手──飛竜らしからぬ寸胴な体躯に、血管の浮いた青白い皮膚。奇怪竜フルフル。

 重心移動が止められなかったアキツネはまともに食らい、嫌な感電の感触と共に吹っ飛ばされた。あの電竜ライゼクスの狩猟を思い出す、雷属性やられを発症してしまう。

 

「──フヴォウウゥゥ」

 

 追撃しようと歩み寄るフルフル。駆け付け、ハルチカは骨刀【狼牙】で斬りかかるも、フルフルは意にも介さず二人まとめて放電に巻き込む。

 蛇槍【ナーガ】の盾の後ろに慌てて転がり込むハルチカだが、フルフルが放電している間むやみに動くのはタブーだ。

 苦い焦り。ハルチカは応急薬と共に浮つく思考を飲み下す。

 

 

 

 泥試合。時間はだいぶ過ぎている。

 

 彼らが戦っている場は『闘技場』。広い砂地の1エリアのみで、ベースキャンプから直結しているのが特徴だ。

 高い塀で囲われており、上から観客席として見下ろすことができる……のだが、今はなんとも閑散としていた。ぽつねんと中央あたりに人が塊になっている。

 メヅキとシヅキ、《七竈堂(ナナカマドウ)》のウラと、先週から成り行きで付いてきてしまったチェルシーである。

 

「あーあー、苦戦しちゃってるねぇ」

「俺達《南天屋(ナンテンヤ)》は装備の性能に依存しているハンターだからな。“いつも通り”が崩されると結構響く」苦笑いするシヅキに、難しい顔で唸るメヅキ。

 

 手先や皮膚のように馴染んだ武器と防具、公式レシピに自己流アレンジを利かせた薬、暗唱できるほど頭に叩き込んだハンターノートや、大きく開けられるポーチの口に(ビン)の蓋まで。

 それなりに長い期間ハンターをやっていれば、身に着けるひとつひとつが狩りの命運を左右するカギとなる。

 

 《南天屋》の四人もある程度鍛えているとはいえ、総合的な身体能力は凡才の域を出ない。そんな装備の微調整こそ、《南天屋》の狩猟の技術を向上させていた。

 

「コイツらみてェなハンターは、貸出装備じゃ上手く力を発揮できねェって寸法サ。闘技大会、得意な奴はトコトン得意なんだがネ」

「か……カッコ悪いニャア……」

「装備の整備だって実力の一部なのだぞ、ウラ姐よ」

 

 白い目を向けるチェルシーの横で、日除けのローブを被ったウラは若い娘のように袖をひらひらさせて笑った。

 過去の彼女は《南天屋》の真逆。装備の性能に依存しないタイプのハンターである。

 

 ハンター各々にだって様々なバックグラウンドがある。自然環境に装備の性能、なにより金銭事情。

 そんな条件を全て取り払ったのが『闘技大会』だ。

 見えない細工が効かないからこそ、ハンターは純粋な腕比べができる。ハンターの専門知識がない一般人は観て楽しめる。これはこれでひとつの商売なのだ。

 何ともうまい作りになっているニャア、とチェルシーはぼやいた。

 

「あ、倒した倒した」

「時間かかりすぎだポンコツどもめ。帰ったら反省会サね」

 

 目下のエリアでハルチカとアキツネがガッツポーズを決める頃、バラバラと客席が埋まり出した。なぜなら、次に控えた試合がファントム・ホロロだからだ。

 

「ここ一週間、洛中はファントム・ホロロの話で持ちきりだったネぇ。うちに金借りに来る連中も、中央広場の商人の連中も、口を開けばファントム・ホロロ、ファントム・ホロロ……」

「確かに、飲み屋では賭博しているのがよく見られたな。今季最大金冠にして最強のリオレウス対、“夜闇の万雷”ファントム・ホロロ。勝つのはどちらか、と」

「ギルドにクエスト受注履歴のないような、明らかに怪しい奴がドンドルマを夢中にする……こりゃア、ギルドも黙っていないだろうネ。“夜闇の万雷”なんて」

 

「ずいぶん偉そうな二つ名だニャア」とチェルシーは呆れた。ハンターにとっては魅力的な二つ名も、案外一般人にすれば大仰な冠なのかもしれない。

 

「おーいシヅちゃんメヅちゃん、巡回手伝ってやー」 

 

 そこで、オズが呼びかけて来た。メヅキとシヅキは本来、今日の闘技大会のスタッフである。

 ファントム・ホロロを直に目の当たりに出来ないのは残念だが、彼女の舞台はしばらく先まで続く。また観れる機会はあるのだ。

 後ろ髪が引かれる思いで、兄弟は席を立った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「巡回は人の流れがない時にやるもんや。せやから、ファントム・ホロロにお客さんが釘付けになっとる間に済ませる寸法よ」

 

「……っちゅうのは建前で、ほんまはあんたらにこれを見せたいだけなんやけど」

 

 二人がオズに案内されたのは闘技場の裏、モンスターを収容する施設。

 闘技場に出るモンスターは、ほとんどがハンターによってクエストで捕獲したものだ。元々は自然界を駆けて暮らしていたが、何かしらの原因で狩られ、研究機関を巡り、人間の生活に貢献し、役目を終えるためにここにいる。そしてまた、素材という形で人間生活に貢献する。

 

 そんな彼らを囲う施設は鋼の骨に石造りで、砦と同じ方法で作られていた。ここのモンスターはもちろん、かの老山龍ラオシャンロンの進行にもびくともしなそうだ。

 

「…ここに、今季の闘技場へ出るモンスターがいるのだな」と、メヅキが苦々しげに呟く。

 

「せや。二人はハンターとして、商人としてモンスターとうまく付き合いたいと考えとるんやろ? 荒療治やけどせっかくだから見物してきぃ、色々考えるとええわ」

「オズ殿がうまい話のスタッフバイトを持ちかけてくると思ったら、こういうことだったのか」

 

 ギルドナイトフェザーの下で、オズはスッと目を細めた。感情をあらわにして施設を睨むメヅキと、俯き加減でなんとなく直視しないシヅキ。兄弟でも結構反応が違うもんやな、とオズは心の中で感心する。

 

 結構しんどいとこやから、遠慮するならええで? とオズは二人の意見を伺う。早く入ろう、と催促を吐き捨てたのは兄のメヅキ。

 

 重厚な格子の扉を開けて、三人は収容施設の中に入る。凄まじい悪臭に包み込まれる。

 最低限の採光窓。内部はうす暗く、オズの持つ小さなランタンが足元を照らす。ばかでかい檻が両側に設置され、様々なモンスターが繋がれていた。

 

 子分数頭を連れたドスマッカオに怪鳥イャンクック、桃毛獣ババコンガ。先月に大量発生が観測されたフルフル。どれも今年の繁殖期、温暖期で捕獲されたモンスターだ。一番大きくて綺麗な檻にうずくまっている雄火竜リオレウスは、恐らく今季最大の目玉だろう。

 彼らは逃げ出さないように麻酔薬で鎮静をかけられて、翼膜や足の腱を切られてるんや、とオズは嘆息をこぼした。 

 

 無秩序にモンスターが陳列している様子は、まるで図鑑をばらばらとめくっているような光景。

 

 兄弟がこれを見て何も感じないわけがないだろう。後ろを無言で着いて来る彼らに、オズは無造作に切り出した。

 

「なぁ、前にも言うたけど。薬師メヅキに、()・素材屋シヅキ……ここまでモンスターの生と死に執着するハンターは、ウチはほとんど見たことあらへん。だから……」

 

 オズは一度言葉を切る。優しく、どこか寂しそうに言葉を繋げる。

 

「ウチらハンターズギルドは、あんたらが欲しいんや」

 

 なぜなら、ギルドナイトの職務の一つに、若手ハンターの教育があるから。でも、それ以上に。オズはハンターズギルド職員として、兄弟が今の道を辿るようになった経緯を知っているから。

 兄弟がはじめてドンドルマに来てすぐの時も、《南天屋》に入る前にどんな生活を送っていたのかも、何をして、何を誤り、犯してしまったのかも。

 

「今のハンターズギルドには、あんたらみたいに信念と利益を両立できる人材が必要なんや。現場にも机上にも、理解ある人材が」

 

 しかし、(アイルー)を穏やかに撫でるような声のオズに、メヅキは射貫くような鋭い視線を向ける。

 

「俺達はあなた方ハンターズギルドの(ジャギィ)ではない。配慮には感謝するが、何度でも言う。俺達はハンターズギルドに務める気などないぞ」

「ふぅん……ま、今すぐにとは言わん。未熟なあんたらを育てるのも、老いたウチの楽しみやで」

 

 オズは白い歯を見せて無邪気に笑った次の瞬間、にたりと口の端を凶悪に吊り上げる。フェザーの陰で尖った白い歯がぎらりと覗く。

 交易都市ジォ・ワンドレオの商人も、ドンドルマの商人に負けず劣らず恐ろしい。

 

ウチ(ギルドナイト)はあんたの言う、ハンターズギルドの狗や……監視も教育も、処刑も、ハンター業の発展のためよ」

「……」

「そのためなら、何だってする。汚れきったあんたらを掬いあげることさえ」

 

 悔しそうに視線を外すメヅキと、ずっと黙りこくったままのシヅキ。オズは動かない二人の肩をぽんぽんと叩いてやった。気負うなという意味でも、念を押す意味でも。

 ちょうど数年前、娘が嫁入りしたオズにとって唯一の弟子であるアキツネはもちろん、この兄弟も息子のような存在だ。

 

「ほな、施設管理の職員にちょっくら顔出すから席外すで。すぐ戻るからよぉく見学しとき」

 

 ランタンをメヅキに押し付けると、颯爽と施設を去るオズ。がらんとした通路には兄弟二人が残された。

 

 腰の曲がった女がひとり、外で掃き掃除をしている。人が良さそうな老いた清掃員のようで、こちらに会釈してきた。

 こんな(むご)い施設もひとつの雇用を生み出している。そして、このモンスターの登場を待つ観客も。ハンターも。モンスターから生まれる素材を必要とする人も。

 だから、この『闘技大会』を否定する権利は誰にも、どこにもない。

 

「……ぶはぁ」

 

 オズが居なくなって気が抜けたメヅキ。深呼吸するも、(つか)えた胸に空気が入らない。

 

「だめだ。ここ、きつすぎる。お前が素材屋をやっていた頃を思い出してしまうな」

「……うん、うん」

 

 メヅキは辛そうに顔を歪めるが、シヅキは切なくもどこか懐かしい様子で施設を見渡していた。

 漂う悪臭──死が近い生き物は独特の匂いを放つ。生きているときの日向のような匂いと、死んだ後の重く暗い腐敗臭。ちょうど、その真ん中のひんやりとした匂いだ。

 この匂いを苦痛に感じるメヅキと、慣れきって心地良ささえ感じるシヅキ。間にある溝は深い。

 

 シヅキはひとり、檻の並んだ通路をゆっくりと歩く。コツ、コツン、と左右で微妙に違う足音。

 彼は考え事をするときに義足を鳴らす癖がある。そんな彼の背に兄は話しかけた。

 

「オズ殿の話だが。今日(こんにち)ギルドは素材価格を設定しているものの、実際に市場で取引をするのは俺達商人だ。すると違法取引も発生するが、それで生活する人もいて……」

「ちょうど、昔の僕らみたいにねぇ」

「……んむ。ギルドは違法取引を黙認せざるを得ない。連鎖的に、密猟なども発生する恐れがある」

 

 それでは本末転倒だ。ハンターズギルドは密猟を防ぐため素材価格を設定しているのに、結果として密猟を見逃している。

 

「だから、オズ殿は俺達をギルド職員に誘ったのだろう。まぁ、気持ちは十二分にわかる」

「オズさんの考えは本当にそれだけかな? 僕らの弱みを握っているから、利用したいだけなんじゃない?」

「むぅ……そうかもしれんが、うむ。俺はオズ殿を信じたい。弱みを握っている以上に、恩人でもあるのだ」

「でも、ハンター辞めるのは違うでしょ?」

「それは。ん、そうだな」

 

 確かにオズの言う通り、ハンターよりもハンターズギルドの職員の方が良い収入かもしれない。良い働き方ができるかもしれないし、好きなだけ研究をして、モンスターと向き合い、知的好奇心を埋めることができるかもしれない。

 

 けれど。今の《南天屋》での暮らしは、二人にとって何にも代えがたいほど満ち足りていて、好きなのだ。

 温かい飯と寝床、仲間、そして客とのささやかな出会いだけあれば。

 

 苦々しくメヅキが頷いた瞬間。奥から悲鳴が上がった。

 二人が急いで駆け付けると、先程会釈をしてきた女が檻を前に腰を抜かしていた。衣服は汚れ、ゴミ入れなのか大きな背負い籠が転がっている。

 メヅキがとっさに安否を呼びかけると、女は震える小さな指で檻を指した。

 

「あ……り、リオレウスが……!!」

「リオレウスがどうかしたか? ……って」

 

「「あああぁぁぁ!?」」

 

 思わずシヅキとメヅキの悲鳴が被る。──なぜなら、先程はうずくまっていたはずのリオレウスが血塗れで息絶えていたからだ。

 

「え、ちょ、なんで!? なんでぇ!?」

「シヅキよ、檻の扉が開いているぞ。誰かが中に入ったのか? 他殺か?」

「いやもう明らかにソレじゃん」

「隠す気あんのか犯人は、相当阿保なのか」

 

 すると、会議を終えたオズが駆け付けて来た。檻の死んだリオレウスを見て「なんやこれは」とひっくり返り、あたふたする兄弟を見て大層呆れた。

 

「あーあーあーあー……ついにやってもうたか、シヅちゃんメヅちゃん……」

「オズ殿、丁度いいところに! 先程は生きていたはずのリオレウスが」

「フゥ……そんなん見たら分かるわアホ。面倒なことが起こってもうたな」

 

「これから施設管理の職員呼んで、事情説明して、あとプログラムも変更せなあかんし……あぁもう、純粋に闘技大会楽しみたかったんやけどなぁ」

「もう、僕らもですよ。もしかして、職務質問とかされるんですかね」

 

「職質もなにも。ほれ、身柄確保」

「は?」「え?」

 

 手元を見る兄弟。手首には、オズによって縄がかけられていた。

 

 表の闘技場では、わあっと黄色い歓声が上がる。どうやらファントム・ホロロが登場したようだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 アキツネはランサーのオズの指導で結構ランス使えるみたいです。ハルチカは……持ち前の器用さでメイン武器以外もある程度頑張れる。

 今話を書くのに久々にXXを起動し、闘技場やってみました。私はめちゃくちゃ苦手です、闘技場。

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。
 


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48杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す ふたくち

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「オズったら遅いねェ……せっかく取っておいた席が無駄になっちまったヨ」

「きっとお仕事忙しいんだニャア。シヅキとメヅキもいねぇんだし、また今度一緒に観戦しようニャ、ウラさん」

「フン、どこで油売ってるんだか。今度ウチに来ても奢ってやンねぇからネ」

 

 闘技場の観客席では、ウラとチェルシーがぼんやりと雑談していた。

 時刻は夜。新月の闇の中でも、松明をぜいたくに使った闘技場は明るい。

 

 

 

『今季の雪山で大量発生した憎きフルフル!! お相手は──洛中に轟く《夜闇の万雷》!! ファントム・ホロロだァ────!!』

 

「フヴォアアアアァァァ──……!!」

 

 熱気渦巻くエリア一帯に、フルフルの叫び声が響き渡る。対峙するのは女ハンター、ファントム・ホロロ。

 塀の上の観客席も凍り付くほどの声量。しかし、ファントム・ホロロは咆哮の直前に身体を捻り、勢いに任せて硬直を振り切っていた。

 

 空に身を躍らせる様子は、まるで鋭いつむじ風。動きを追って、夜空を切り取ったような飾り布がはためいた。

 

 紺地に銀星をあしらったホロロ一式装備は、松明の光を受けて艶やかに煌めく。宮廷に仕える芸人の衣装、というデザインの逸話にも頷けるだろう。

 なぜなら、夜鳥ホロロホルルをあしらった仮面(マスク)が頭装備になっているからだ。

 

 脆そう。そんな印象さえ抱くくらい細い足を踏みしめ、女ハンターは両手に持つ得物を交差。湾刀と鉈の双剣、インセクトオーダー。

 

「珍しい。虫素材の双剣かい」

「確かにふつう、ハンターの武器って鱗とか、牙とか、骨とか、鉄でできているニャ?」

「そうそう。虫素材というのは加工しやすいが脆くて扱いが難しいし、それなりに希少なのサ。結構いい趣味してるんじゃないかい、ファントム・ホロロ」

 

「さすが、ギルドが後ろ盾についていると違うね。さては……八百長試合だとか」

 

 ファントム・ホロロの仮面の奥、赤い目は恐ろしくぎらついている。鬼人化──双剣使い特有の、極度の集中状態だけが理由ではなさそうだ。

 

「チェルシー、さっき配ってた『月刊 狩りに生きる』の号外、ちょっと読み上げとくれ。闘技大会の装備情報ンとこだ。双剣の」

「ほいほい……『双剣の装備はジャギィ一式に、持ち物は応急薬に携帯食料、砥石、鬼人薬に強走薬……』」

「なるほど、あの目つきは強化系の薬か。ってことは薬の効果が切れる前に済ませるつもりかい」

 

 ウラは楽しそうに笑って、懐中時計を取り出した。「さぁ、薬の効果が切れたらどんな動きになっちまうんだか」

 

 フルフルは長い首を振るって連続の電気ブレス。閃光の雨を、ファントム・ホロロは紙一重で躱し続けた。客席からは悲鳴じみた歓声が沸き上がる。

 普通の狩猟だと、フルフルのブレスにはその足元に潜り込むか大きく迂回することで対処する。わざわざ食らう範囲へ飛び込むなんてことはしないのだ。

 

 だから、これは“狩る”のではなく“魅せる”ため。

 

 閃光の雨を潜り抜けたファントムホロロはステップを踏み、独楽(こま)のように回りながらフルフルへ斬りつけた。肉質の柔らかい首を何度も。

 切れ味鋭いインセクトオーダーによって、皮や血肉の細かい破片がはじけ飛ぶ。

 

「フヴォウゥッ」

 

 足元のファントム・ホロロを追い払おうと、フルフルは棍棒のような尻尾を振り回す。短い尻尾に惑わされがちだが、意外に予備動作が短くて避けづらい。

 当たった、と観客は目を覆ったが、ファントム・ホロロは錐揉(きりも)み回転でこれを躱す。すれ違う瞬間にインセクトオーダーが振り抜かれた。

 

「なんニャ、あの回避は!?」

「『ブシドースタイル』。メヅキのより上手い避け方だネ」

「ニャア……回避しながら斬りつけてるニャ」

「回避を兼ねた反撃は、ブシドースタイルの双剣の特徴サ。モンスターに密着する双剣は十四武器種の中でもトップクラスの被弾率……それを全て攻撃に変換できたら、どうなるだろう」

 

「──!!」

 

 フルフルはファントム・ホロロの反撃に大きく怯む。尻尾で撃退できる、と慢心があったからだろうか。

 慢心は、狩猟において互いに禁忌。付け入られれば無傷で済まない。フルフルはもんどり打って倒れ込んだ。

 

 ファントム・ホロロは車輪、六段、二回転と連続で斬撃を放つ。寸前まで追い詰めて、起き上がれば拍子抜けするくらいあっさりと退く。適度に距離を取って、砥石で軽くインセクトオーダーについた肉片をこそぎ落とした。

 怒り状態になったフルフルは辺りをしきりに嗅ぎまわり、ファントム・ホロロとの距離を測り始める。フルフルは盲目なのだ。

 

 怒り状態のフルフルは、通常のやや鈍い動きからは考えられないほどに俊敏になる。自由に伸縮する首で噛みつき、軸を合わせて飛びかかり、咆哮を連発。

 狩猟のテンポアップ。立ち上がりの次に翻弄されるのは、この瞬間に付いて行けなくなった時だ。 

 

 これらを全て回避すると、ファントム・ホロロは不意に鬼人化を解いた。

 

 ──カン、カン、カン、カン。

 

 インセクトオーダーの刃が四度、ファントム・ホロロの頭上で誘うように打ち鳴らされる。

 すると観客の誰かが始めたのか、最初は遠くの方でぱらぱらと。ウラとチェルシーが何事かとあたりを見渡している間に、いつの間にか闘技場じゅうが手拍子に包まれていた。

 

 ──カン、カン、カン、カン。

 

 今や、隣に座っていてもお互いの声が聞こえにくい程の音量である。

 

「そうか、これが《夜闇の万雷》」

「万雷って拍手のことだったのかニャア!」 

 

 観客席じゅうの手拍子に合わせて、ファントム・ホロロはステップを踏む。舞踏だ。

 

 再び放たれる連続の電撃ブレスも、もはや演出を飾る光源である。

 ファントム・ホロロの動きは先程より数段軽やかだ。地を稲妻状に走るブレスを難なく(また)いで躱す。

 一、二、三拍で肉薄し、フルフルの首根っこに容赦なくインセクトオーダーを突き立てた。刃は最も鋭利な角度で柔らかい皮膚を切り裂き、肉を断ち、太い血管を破りきる。心臓の拍動と共に血しぶきが上がる。浴びたファントム・ホロロは、それでも仮面の目元が動じない。

 

 震えながら勢いよく倒れる巨躯に二、三歩。なんということはない遊びのステップ。

 狩猟と言うより、一方的な暴力だった。 

 

 豪雨のように降り注ぐ歓声に無愛想なお辞儀をすると、ファントム・ホロロはそつなく控え部屋へ姿を消してしまう。

 

「お見事、ファントム・ホロロ」

 

 パタンとウラの手中で懐中時計の蓋が閉められた。時計の針はちょうど今、強走薬の効果が切れる時間を指している。

 

 

 

 闘技場を包む万雷が止むのは、もうしばらく後だ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 一方その頃。

 

「だーかーらー僕らじゃないですってば! 手ぶらでどうやってリオレウスを殺すんです!」

「そうだ、剥ぎ取りナイフ一本も持っていないのだぞ!」

「剝ぎ取りナイフならホレ、そこに血でドロドロなのが落ちとるやないか」

「……」「…………」

「二人してヘコまれるとウチもちょっと罪悪感出るんやけど」

 

 闘技場の裏、収容施設では現場検証が行われていた。

 

 施設の職員や闘技大会の役人が集まり、アーでもねぇコーでもねぇと丸鳥合の衆が形成されている。血塗れで死んでいるリオレウスへ、流石にすぐ手を出す勇気はないらしい。

 

「このレウスちゃん、ウチがせっかく部位破壊せんと捕まえたのに」

「あ。確かに言われてみれば……?」

 

 部位破壊。モンスターの戦意や戦力を削ぐために、モンスターの武器を壊すことだ。牙や爪、翼、尻尾など。

 しかし、部位破壊は意識しなくても狩猟が進むうちに成功している場合が多い。むしろ、部位破壊をしないで狩猟達成することは至難の業だ。

 

「繁殖期で増えたレウスちゃんを一頭、闘技大会用に部位破壊せんで捕獲って指名があってん。こんなアホみたいな依頼はギルドナイトしかやらんけど」

「オズ殿、ギルドナイトの仕事をしている……」

「どういう意味や、メヅちゃん」

「いつも街でぶらぶらしているか、《七竈堂(ナナカマドウ)》で飲んだくれているから」

「こら、メヅキっ」

「前者はそういう仕事。《七竈堂》ではただの酒飲みジジイでいさせてや」

 

 オズは髭面をボリボリ掻きながら、死んだリオレウスに近寄った。飛竜に表情はないはずなのに、真っ暗な瞳は恨めしそうに空を睨んでいる。

 リオレウスは首を伸ばし、檻に噛みついたまま絶命していた。うずくまっていた姿勢を無理やり動かしたのか、体が異常な角度にねじ曲がっている。

 「ゴメンなぁ」と呟くオズは、その無傷の背に触れた。兄弟は無言で手を合わせた。

 

「檻にかじりつくなんて、やっぱりしんどかってんなぁ。鉄棒がこないにひん曲がるなんて」

「そうだ、清掃員のおばあさんは? おばあさんが掃除をしようとしたとき、彼は警戒して噛みつこうとしたのかな」

「清掃員? どういうことや」

「オズさんが職員に顔を出しに行っている間、施設の中に掃除しに来たんですけど」

「む? 先程まで近くにいたはずなのだが。どこにも居らんぞ」

 

 手に縄をぐるぐるに縛られたまま、メヅキは辺りを見回す。職員の塊の中に、可愛らしいエプロンをつけた獣人がちらほらと混じっていた。

 

「この施設、掃除は獣人に頼んでいるはずなんやけどなぁ。掃除の時間はこれからみたいで、今来たばっかやで」

「何! あの婆さんがどう考えても怪しいではないか」

「婆さんなんてウチは見てへんけど。ほんまにおったの?」

「え。見た……よな? シヅキよ」

「めちゃくちゃ見た。普通に挨拶した」

「居もせぇへん人を立てるのは犯人の常套手段や。あんまり適当なことは言わへん方がええ」

 

 何となく白い目を向けてくるオズ。何とかアリバイを立てないと、いよいよ兄弟の立場が怪しくなってきたらしい。

 

「で、ではオズ殿。このリオレウスは部位破壊されていないし、背中や翼に大きな傷が無いのに血塗れだ。檻の中で多少暴れてもこれほど出血するだろうか?」

 

 あせあせとメヅキはしゃがんで、リオレウスの体の下にできた血だまりを指した。血だまりはとても大きく、出血が原因で死んだと分かる。

 捻じれた翼の下を覗き込むと、腹が大きく裂けているのが分かった。緑色や黒色の内臓がもとの位置に直せないくらいかき乱されている。

 オズは湿気(しけ)た顔で唸った。

 

「狩場では普通、腹なんて開かへん。剥ぎ取りなら外側から少しもらうだけで十分やさかい」

「……腹を捌くのは、ハンターじゃなくて素材屋の仕事です」

「そうなん? シヅちゃん。腹ん中にあるのは内臓やろ、火炎袋があるのは喉元やし……腹捌く理由なんてあんのん?」

 

 興味深げにオズが尋ねる。ギルドナイトとはいえ根本はハンターだ。商売に精通していても、流石に流通外のこととなれば知らないこともある。

 そんなアウトサイドの世界で暮らしていたシヅキ。声が不意に低くなる。

 

「……紅玉。流通しているものよりずっと小さい、米粒みたいなサイズは。体内にある可能性があります」

 

 そっとメヅキが解説を添えた。

 

「我々ハンターが手に入れられる紅玉は、喉元といった体表近くにできたものだ。だが、紅玉とは体内の様々な物質が溜まってできた結石である。

 だから、腹の中で発生することの方が多い。……といっても、なかなか流通に出せるようサイズほど大きくならないのだが」

「僕は前の職場で、紅玉を探してほしいと死んだリオレウス丸々一頭解体したことが何度かありましたけど……みつけることはできませんでした。体表にできる紅玉というのは、それくらい大きいということなのです」

 

「……でも。もし紅玉目当てに死体を解体するとしても、僕なら最初から腹を開くなんてことはしたくない。素材として使える、きれいな部分が汚れてしまうから……それは、そのモンスターにとって失礼だと、僕は思う」

 

「ほぉ、やっぱり詳しいなぁ。医学と解剖に通じた薬屋に、素材屋なだけある」

 

 伏し目を吊り上げていたシヅキは慌ててイヤイヤと両手を振ると、パッといつもの調子に戻った。まるで、臭い物に蓋をするように。

 

「そんなことないですって。こんなに知識をひけらかすなんて恥ずかしいですなぁ。たはは」

「おもろいからええで。ほなら、ここまで来たら自分で無実を証明してみせなさい」

 

 オズは天を仰いでンガハハと笑うと、再び口の端をニヤリとさせた。「犯人を追うなら、あんたらはどうする?」

 手を縛られたままのメヅキは、オズの挑発的な文句に応えた。指を二本、立てて見せる。

 

「俺のつける目星は二つ。ひとつ、死んだ彼を餌にもう一度犯人をおびき寄せる。

ふたつ、武具工房。素材の行く道は(すなわ)ち人の足取り也」

 

 周囲を歩いて、死んだリオレウスを注意深く観察していたシヅキ。部位破壊されていないはずのリオレウスは、頭殻や翼爪、鱗数枚が人の手によって切り取られているのが分かった。非常に綺麗な切り取り方で、並のハンターではこうも手際よく剥ぎ取りしないだろう。

 いるとするなら……それは素材商に関わる人間かもしれない。自分の剥ぎ取り方を思い出しながら、シヅキは推理する。

 

 低頭し、死んだリオレウスにもう一度手を合わせながら呟いた。

 

「素材になった彼が道しるべになってくれます。きっと」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『ファントム・ホロロ、やっぱり最高だったなぁ!』

『当たり前だ、時代の寵児だぞ!』

『でも、その前の前の試合もすごかったよなぁ! ファントム・ホロロとタイムが変わんねぇ!』

『弓使いはファントム・ホロロ並みにド派手な立ち回りだし、大剣使いは地味だけど全く隙がなかった……!』

『これは期待の新鋭かもな……!』 

 

 

 

 闘技場の観客席では、何も知らないウラとチェルシーの元へ、何も知らないハルチカとアキツネが戻ってきた。はじめての闘技大会を泥試合で終わらせたヘッポコ二人はヘロヘロである。

 だが、アキツネはちゃっかり両手に盆を持っていた。

 

「アキちゃん、なんだいこれ」

「……フルベビアイス。前にレンキンコウジの研究を一緒にやった竜人族の学者サマが、屋台で泣きながら売ってたべ」

 

 フルフルベビー。本日の闘技大会で何頭も出ていたフルフルの幼体である。

 フルフルの手足をなくして小さくしたような見た目で、真っ白なオンプウオという表現が最も近いか。

 

「あの学者かニャ。今もたまに飲みに行くニャよ。会話できねぇけど面白い奴ニャ」

「接客、会話できねぇ奴はやってはならない……」

「あっ、ブーメランが」

 

 アキツネはすぐ(グー)に訴える(たち)である。

 

「フルフルの大量発生はフルフルベビーの大量発生も原因ということかニャア。自然界とはかくも理論的かな」

「で、その増えすぎたフルフルベビーを食材に活用したいからって、ギルドからあの学者の研究所にも押し付けられたンだと。フルフルベビーは竜人族の加工技術でないと食えないらしいのサ」

「かわいそうニャア。泣くのも無理はねぇ」

「チェルシーのオヤジ、食うか?」

「え……キモ……」

「だべなァ。アレ入ってると思うとなァ。こりゃ夜まで売れ残っちまうよナァ」

「アキちゃん、あたし一個貰い。氷菓子は好きなんだ。高利貸しだからネ」

「あいよ」

 

 受け取り、もむもむと咀嚼するウラ。フルフルベビーの粘液(?)でアイスに粘りが生まれ、溶けても垂れないようになっている。

 ちなみにアイスは甘いポポミルク。庶民のおやつの味である。

 

「フルフルベビー、別に悪かないネ……クセが無くて、噛み切れない寒天みたいな感じ」

「乾燥してから水で戻して、氷砂糖で重ね蒸ししてンだと。なンとも言えねェ触感が好み分かれそうだけっとも……濃いめに味付けたらキノコみてェで面白ェと思うンだ」

「アキったら、さっきからこんな感じでサァ、闘技大会どうでもよくなってンのサ。あと、ファントム・ホロロは楽屋で一回も見なかった」

「仕事せんかい、ヘッポコども」

 

 ウラが金歯を剥き出して(グー)を振り上げたその時である。

 最終試合だったファントム・ホロロの公演も終わり、ほぼ無人の観客席に可愛らしいエプロンをつけた一匹のアイルーが駆けて来た。

 

「う、ウラ様一行ー! ギルドナイトのオズ様から伝言、伝言ー!!」

 

「シヅキ様、メヅキ様が事件により身柄確保!! 身柄確保!! お(ナワ)にかかっておりますニャ!!」

 

 

 

 閑散とした闘技場に四人のすっとんきょうな声が響いたのは、言うまでもない。

 

 

  

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 



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49杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す みくち

 
 
 
 あんパンと牛乳。そんな感じです。

 
 


 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 一方その頃。

 

「いーやーだー!! 素面(シラフ)のオズ殿と一晩一緒なんて!!」

「ウチも嫌やわ、さっさと帰って酒でも飲もうと思っとったのに、野郎とベタ付けなんて」

「せめてここにお酒があったらもっと話が弾んだんですけどね!」

「あぁ、飲みに行きたい……」

「……」「…………」

 

 啜るポポミルクと齧る饅頭は、酒でなくても優しい味だった。

 

 オズ、メヅキ、シヅキの三人は収容施設に残って張り込みをしていた。リオレウスの死体が見える位置の物陰に潜んでいる、という状態だ。

 光源は持っておらず、申し訳程度の天窓の月明かりに目を慣らしている。

 

 本当なら武具工房へ素材に詳しいシヅキを行かせるべきだったのだが、ギルド職員が疑って身動きできなかったのだ。

 

「……」

 

 暗闇と沈黙の中、シヅキは剥ぎ取りナイフを懐で大事そうに抱えている。現場に放置されていたのを拾って手入れしていたのだ。今は乾いた清潔な布で包んでいた。

 ちなみに、ガンナーであるメヅキは砥石の扱いが上手くない。手入れはシヅキに譲っている。

 

「マメやな。その剥ぎ取りナイフ、もう使われへんかもしれんのに」

「はは……誰も使わないってわかってても、つい手入れしちゃうんです。前の職場からの、悪い癖と言うか」

 

 指の腹でそっと刀身を撫でるシヅキ。その切れ味はすっかり新品同様に磨かれている。

 沈黙の気まずさもあり、シヅキはぼやくように続けた。

 

「前の職場の先輩、剥ぎ取りナイフをすっごい雑に扱う人だったんです。最初は『アンタが後輩なんだから磨いとけ』って丸投げされてたけど、そのうち放っておかれているのを自分から研ぐようになっちゃって」

 

 メヅキはその様子を見て、ふと零した。

 

「……犯人が、もしハンターなら。これを置いて行ってしまうなど、それほど腕の立つ者ではないのかもしれんな」

 

 剥ぎ取りナイフとは、ギルドカードに並んで“自分はハンターである”という証明である。

 野草を刈ったり、肉を切ったり、採材に使ったり。自然からお裾分けしてもらうときの橋役、とも言えるかもしれない。

 

 そんな剥ぎ取りナイフを粗末に扱うハンターは上手くいかない、という考えだ。ひいては採集や、剥ぎ取り作業を大切にしないのだから。

 

「ハンターとしての実力まで測るのはちょっと突飛(とっぴ)な発想やけど……やっぱしアンタらは普通のハンターとはちゃうなぁ」

「ふむ、確かに飛躍しすぎたか。剥ぎ取りナイフ一本では犯人像の特定はできん」

「いいのいいの。想像力、働かせた方がおもろいで。おもろいハンターはウチ、好きや」

 

 オズはシヅキの懐から剥ぎ取りナイフをちょいちょい引っ張り出すと、手に取った。

 

 どこにでもある剥ぎ取りナイフだ。使い手に合わせた一本というわけではなく、()込んだ金属を型抜きした大量生産もの。

 よく言えば誰でもそれなりに使えて、悪く言えば非常に安価。チープ。

 

 それでも星の数ほどのハンターを、()(かた)()(すえ)も変わらず育てるのが剥ぎ取りナイフというアイテムである。

 数多のモンスターを狩ってきたG級ハンターであるオズの手にも、剥ぎ取りナイフはしっくりと馴染んだ。

 

「うちがハンターを始めた頃から(なぁ)んも変わっとれへん。……最近、狩りに出ることが少なくなったから名残惜しいねんな、これに育てられた日々が」

 

「懐かしいわぁ。ウチと、ウラと、狩り友もうひとり。三人で愚直に狩りを楽しんどった」

 

「珍しい。オズ殿が昔話をするなんて」

「ランスでも降るのかな」

 

 胡散臭そうに見上げてくるメヅキとシヅキの目線を、オズはカラカラと笑って飛ばす。

 

「一応、ギルドナイトはボロ出んように昔話をせぇへんように決められとるからな。でも、これはただの、老いぼれハンターの話や」

 

「もう三十年以上前の話。ウチらにもアンタら兄弟のように、自然やモンスターともっともっと上手く付き合えると思っとった時があるんやで──」

 

 オズの声色は薄明りの中、過去への恋しさと寂しさの影を孕む。

 三十年。ひとりの爺とふたりの青年の間にある、年月という絶対的な距離を。昔話は、ほんのひと時だけ縮めてくれる。

 

 人の世では世代が巡り、技術の枝葉は広がっても。自然界は驚くほどに取り合ってくれない。

 それでも。どんなに人の営みはささやかでも、小さな一歩は自然界(あちら)を理解しようとする確かな轍なのだ。

 

 愚直に狩りを楽しむことこそ、自然やモンスターとの上手い付き合い方のひとつなのだ、と。決して懐古による誇大表現ではなく、経験による強い芯が昔話にはあった。

 

「ん? 狩り友もうひとり? 今はいずこに?」

「……それは」

 

 オズが言葉を詰まらせた、その時。

 

 ──がちゃん。

 

 リオレウスの檻の方から物音がした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 時刻は天辺をまわった頃。ハルチカとアキツネは闘技場から出たそのままの足で、涼しくなった中央広場をぽてぽてと歩いていた。

 闘技大会の慣れない装備はとっくに脱ぎ、動きやすい軽装姿のハルチカはハテと首を傾げる。

 

「濡れ衣着せられていやがる。あの兄弟、いくらバカとはいえ罪を繰り返すわけがねェ」

 

 隣で、同じく軽装のアキツネもぽそぽそと呟いた。

 

「不在、困る」

「あぁ、日々の納品書チェックなんかは人数が勝負だ。確認する目が減ッちまうと……」

「……違ェ」

「?」

 

「おれの飯、食う人がいなくなンの、ヤだ」

 

 明後日の方を向いて口を尖らせるアキツネに、ハルチカは目を見開いた。

 

「儂じゃダメかい?」

「ハル、大食いな方じゃねェから、兄弟の方が食わせ甲斐ある」

「あー……」

「おれが気分いいかどうかの話。おれァ、あのバカ兄弟に飯食わせてェの」

「お前サンは昔ッから自己主義サねぇ」

 

 ぶすくれるアキツネに、ハルチカは呆れて目元を覆った。

 そもそも彼が料理人をやっている理由は、誰かに満腹になって欲しいからとかいう優しさではない。単純に、自分の作った飯を他人が食っていると気分が良いから、だったりする。

 

「儂、これからもうちょっと量食うようにするから。ネ、ネ?」

「あ゛ァ? あと、仕事とか絵の片手間に食ってもダメだ。ちゃアンとおれの飯に集中しろ」

「ええー……」

「それから、厨房で煙草吸うな」

「スンマセンでした……」

 

 普段は少しでも気に障れば突沸するアキツネが、珍しくネチネチとふてくされている。

 ハルチカはやんわりと受け流しつつ、こういうのをシヅキとメヅキが緩衝してくれていたのかと改めて思い知った。違った意味でも、彼らの濡れ衣を早く解かなければならない。

 

 アキツネの不平不満をちぎってはヨシヨシとあしらっていると、やがて武具工房へ辿り着く。闘技場併設のアリーナと隣接しているので、それほど時間はかからない。

 

 平日を控えた夜半。それでも武具工房は夜に出発したり帰ってくるハンターのため、規模を縮めてひっそりと営業している。煌々とした炉の灯りは大衆酒場に並んで、夜に住まうハンター達の心の拠り所だったりする。

 

「なんだ、夫婦喧嘩か」と二人を迎えてくれたのは、低い背にがっちりとした体格の土竜族、夜勤中の親方(オヤカタ)だった。

 

「アキツネが女房みてぇだなぁ」

「だと思うだろ? 実は《南天屋(ウチ)》の頑固親父なんだゼ、こいつは」

「親父とやんちゃ息子ってことか」

 

 親方は鼻くそをほじりながら興味なさそうに相槌を打った。結構暇そうである。

 温暖期、夜狩りに出るハンターは少なくない。それなりに夜勤務も忙しそうだが、親方は隙をついてダラけているようだ。

 

「こんな時間に何用だ? 夜狩りに出る装備じゃなさそうだが」

 

 怪しんだのか、親方はさっそく仕事の話をしてきた。確かに日中ならともかく、夜中に雑談をしに来る奴もいないだろう。

 翌日に聞き込み調査を先送りしても良かったのだが、他の依頼が重なれば犯人の足取りは揉み消されてしまう。今、巧妙なウソで情報を引き出さなければならない。

 

 ハルチカは商売用の笑みを浮かべて襟を整えた。アキツネには下手なことを言わないよう、黙っていろと口止めをしてある。

 

「ちょいと武具工房に入ってきている素材の様子を知りたくてネェ。明日、大事な素材の卸しがあるのサ。出回っている素材の状況を見てから卸し値を決めたくてねェ」

「そんなん日中でもいいだろ、まぁいいけど。入った金、早く事務所の修繕代に充ててくれや」

「そいつァどうだか。……して、素材の様子はどうだい? やっぱりイャンクックやランポスが多いかな?」

 

 そっと目配せすると、アキツネは用意してあったレンキンコウジ甘酒と椀を出す。チェルシーに急いで持って来させたもので、キンキンに冷やしたのは親方の大好物である。

 疑っていた様子の親方も、途端に上機嫌になった。

 

「おう、あとは先月に大量発生したっていうフルフル素材がちらほらだな。それなりに大規模だったって言う割には、あんまり武具工房(こっち)に来てねぇけど」

「へぇ、珍しい。雷属性武器と言やァ火竜に効くってンで、ここらへんの地域じゃ四属性の中でも人気のはずだ」

「武具加工するんでなくて市場に流れたのか、何かを見越してまとめ買いした奴がいたのか」

「フルフルが狩られる前に雪山の中で頭数調整が起こったのか……って、そんなおとぎ話みたいなこたァねェわな。武具工房に儲けが出なくて残念だ」

 

 お世辞を言いつつ、素材の話となるとシヅキのことが頭にちらつく。ついハルチカの性に全く合わないことを口にしてしまい、吐き気がした。

 商人は儲けの事だけを考えればいいのだから。

 

「あぁ、火竜といえばついさっき、立派な雄火竜素材が来たぜ。これを武器にして欲しいって、ありゃあ相当上物だ」

「……ほぉ。さぞかし腕の立つハンターが狩ったンじゃねェかい? 同業としてどんな奴か気になるネェ」

「ウンニャ、顔は見れなかったな。背が低くて大きなフードを被っていて」

 

 明らかに怪しい。ただ、これで今回の事件にハンターが絡んでいることが分かったのは収穫だ。ふつう、ハンターはハンターズギルドに情報が登録されている。そのフードの人物が闘技大会用のリオレウスを殺したかどうかは分からないが、これで関わっている人物は絞られるだろう。

 

「顔を見られたくねぇハンターだって多いモンだよ。うちのメヅキだってそうだ……あんまり深追いしないでおくれ」

「あぁ、メヅキと言えば」親方は言葉を続ける。

 

「そのリオレウス素材、恐ろしく剥ぎ取り方が綺麗だったんだ。メヅキの弟だったか、シヅキのと同じくらい。

 オレっち、『これは黒髪に青目の小柄な男が剥ぎ取ったのか?』って聞いたんだが、いいや違うと返されちまった。あれ、一体どいつが剥ぎ取ったんだろうか」

「そいつァ奇妙だ。帰ったらシヅ(コウ)に聞いてみようか」

 

 ──来た。これは思ってもない情報だ。ハルチカは思わず唇に沿って舌を這わせる。

 その者、ウチでバイトとして雇いたいな、なんて嘘の切り札を見積もっていると突然、同業の下っ端と思われる男が親方に寄ってきて、何やら耳打ちした。

 

 親方は毛むくじゃらの顔を鬼蛙テツカブラのように「ゲェ」と歪ませてから男に指示を飛ばし、急にハルチカの手首を掴んでくる。

 さすが工房職人、力が強い。

 

「そうだ、せっかくだし雑用を頼まれてくれイヤ頼まれろ」

「嫌だネ、儂は情報仕入れられただけで十分だ。早くこの手を離せ」

「情報の代価だよへぐなちゃこめ。うるせぇ商人がこんな夜中に揉め事起こしててな」

 

「さっきの雄火竜素材の返品を申し込んできたんだ。いくつかはもうチョッパヤで加工が始まってるってのに」

 

 親方はサムズアップで武具工房の受付を指した。こんな時にだけ察しのいいアキツネは既に外へ出ている。

 

「お前、ハンター兼商人だろ? なんかこうイイカンジに納めてくれや」

 

 指された方を見たハルチカが今度は「ゲェ」となる番だった。なぜなら件のうるせぇ商人は、恰幅(かっぷく)のいいちょび髭の──

 

「──虫商のクソオヤジ!?」

 

 

 

 かつて、ハルチカが口止めの(グー)を振るった相手だったからだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 なるべく足音を殺してリオレウスの檻へ近づくシヅキ。こんな違いは自分と兄のメヅキくらいしか分からないものだが、どうしても義足が鳴ってしまうのが歯痒い。

 

 オズとメヅキは出口を塞ぎに裏口へ向かった。遠くで出入口が封鎖される音がした今、この収容施設は完全な密室になっている。犯人は逃げられない。

 

 リオレウスの檻のそばには松明を持ち、フードを被った人影が立っていた。

 暗闇の中、どこからこちらが近寄って来るのか分からなかったようだ。慌ててきょろきょろしているところを、思い切り腕を掴む。

 

「──!!」

 

 腕は細いが暴れる力はすこぶる強い。くんずほぐれつ、シヅキはもみくちゃになりながら人影のフードを取る。新月の夜空を切り取ったようなショートボブがさらりと零れた。

 

 驚いた。なぜならフードの下の人物が、件の剥ぎ取りナイフを放り出すような前の職場の──

 

 

 

「──先輩じゃないですか」

「あんた、シヅキか」

 

 小鳥のさえずるような声で、少女は呼んだ。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 



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50杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す よんくち

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 一方その頃、武具工房のカウンターでは。

 

 ハルチカを前に、恰幅のいいちょび髭親父が剣呑とした表情を浮かべていた。額には玉のような汗をかき、絵面は賊を前にした貴族か、跳狗竜ドスマッカオを相手にするムーファである。

 それを横目に親方とアキツネはよく冷えたレンキンコウジ甘酒を啜って一服していた。もはや丸投げである。

 

 先に口火を切ったのは親父。唾を飛ばしながら声を裏返らせる。「き、奇遇ですなぁ!」

 

「こんなところでお会いするなんて……私たちの商売に、干渉するなんてことはしないですよね?」

「一体どういう風の吹き回しだろうネェ。お前サンの取引の手伝いをしてくれって、ちょっくら頼まれちまって」

「て、手伝いなど頼んだ覚えはないですが」

「お前サンじゃなくて親方の方サ! ほら、武具工房って普通はハンターが利用するだろ? ハンター独特の注文の仕方、教えてやらァと思って」

 

 ハルチカはカウンターに乗せられた雄火竜素材に目をやる。甲殻や翼爪に、鱗だ。どれも大ぶりで、掠れたような独特のテクスチャを帯びている。上位素材の中でもかなり状態がいいものだ。

 これくらいなら、シヅキのような目利きでなくてもなんとか分かる。

 

「ほう、ずいぶん立派な雄火竜素材だ。こりゃア良い武具が作れそうだ。どこ産だろう?」

「私は商人であってハンターではないのでぇ……武具も作らないし、どこ産かもぉ……」と、親父は歯切れの悪い物言いをする。ハルチカはすかさず突っ込んだ。

「おやァ、仕入れた素材の産地を知らねェのかい」

「そ、そ、それこそ商人にとっては重大なミスでしょう! そうです、産地を確かめに……確かめるために、わざわざこんな時間に来たのです。まったく、焦った部下が早まって加工に出しちゃって。困ったものだ」

 

 商人らしい早口でまくし立てる親父。汗を高級そうなハンカチで拭きながら、アクセサリーに飾られた指でカウンターの伝票をトントンと示す。

 領収の宛てに“ネーパ・カウフマン”と書いてあるのは、恐らくちょび髭親父の名前だろう。

 

「お前サンは、部下が間違って加工に出した雄火竜素材の産地を確かめるため、返品を求めている――こういう状況かい?」

「そうです。まさしく」

「なーる」とハルチカは鷹揚に頷いた。「状況は分かった。まぁ座って、甘酒でも飲みなさいよ。取引はそれからサ」

 

 待ってましたと言わんばかりに左右からレンキンコウジ甘酒を持った親方とアキツネが飛び出し、あれよあれよと杯を勧められた親父は「あぅ」「いぇ」と変な声を漏らして居心地悪そうに縮こまる。

 筋骨隆々の男二人に挟まれたら誰だってそうなるだろう。やんわりと拘束するのは、直前に素早く立てた作戦だ。 

 

「だがねェ、基本的に渡した素材の返品はできねェのサ。返ってくるのは完成品と、『端材』っちゅー素材の切れ端だけなのヨ」

「そ、そんな! 武具工房は、その、頭数調整の調査や、素材の出所を検索したりしないのですか!?」

「あぁ無いネ。そいつァハンターズギルドのお仕事サ。武具工房は貰った素材を加工して、武器や防具を作るだけ。ナァ、親方?」

 

「おうともヨ」とちょび髭親父の左、親方。「ハンターズギルドと武具工房は確かに共同体だが、根っこは違う」

 

「例えば。素材の名称は『雄火竜』『火竜』だが、ハンターズギルドの公式な依頼書は『リオレウス』って書くだろ。クエスト名はともかく、中身はリオレウス一頭の狩猟、とか」

「ふぁぁ、なるほど?」

「モンスターの名称が違うように、それぞれ独立した組織だ。オレっち達職人にとって、素材が何者であるかは……まぁ、何も関係ないと言ったら悪い言い方だが、割とどうでもいい。そいつぁハンターズギルドの管轄よ」

 

 親方の言葉を聞くと、強張っていたネーパはへなへなと崩れ落ちた。青息吐息の様子で天井をぽかんと眺めている。

 

「あらあら、だいじょぶかい」とハルチカ。「身の上話なら聞くゼ」

「誰があんたなんかに相談を」

「事情を聞かねぇと返品もクソもねぇんだけど」と不満そうに言う親方。ブルファンゴのように鼻をふんふんさせてレンキンコウジ甘酒を煽っている。

 

「あぁ……返品。返品、大丈夫そうです。そのまま、加工を進めて下さい」

「なんだい、手のひらくるくる変えやがって」

「いやね、このリオレウス素材は部下がもってきたもの、とは既にお伝えしていましたが――」

 

 滝のような汗で上等な羽織物をぐっしょり濡らし、ちょび髭親父は座り直す。改めて襟を揃えた。「すみません、動転しておりまして。まずは名乗らなければ」

 

「私は、隊商を営んでいるネーパ・カウフマンと申します。隊商なので、物を“売る”というよりは“運ぶ”のが仕事です」

「本当かァ?」とハルチカに物凄い形相で睨まれ、ちょび髭親父――ネーパは慌てて訂正した。「個人的な事情で物を買い付けたりすることはありますけども! 基本的には、物流の者ですってば!」

 

「自分はしがない旅商人でしたが、運の巡り合わせで昨年の温暖期、今の隊商を引き継ぎまして。護衛のハンターなど雇った事がなかったので、まだまだハンター業界は不慣れです……」

 

「部下は、ハンターで。私より長くこの隊商に勤めています。おかしな話でしょうけども……とにかく、部下が持ってきた雄火竜素材は、私どもが運んだ形跡がないものでした。最近、リオレウスを狩猟したこともありません」

 

「何だって?」と、今度はハルチカの声が裏返る。「話がややこしくなって来やがった。お前サンの部下が出した雄火竜素材は、本当に出所が分からねェってのか……」

 

 そこまで言いかけて、やっと我に返る。

 そもそもハルチカ達が武具工房に足を伸ばした大元は、闘技大会用のリオレウスが何者かに殺された事件だ。それでシヅキとメヅキに容疑がかけられ、今、リオレウス素材を辿っている。

 

 ハルチカの現時点での推理で、真犯人はネーパの部下と見ている。彼もしくは彼女は隊商に仕えるハンターだ。護衛業を専門としているのだろう。

 

 でも、動機がわからない。喉に小骨が引っかかったような感じだ。

 

「お前サンの部下のハンターは、どうして雄火竜素材を武具工房に出したんだい」

「それが……全くわからないのです。装備は私からもお金を出して揃えてやっていましたし、非常に腕が立つ者ですから。今の装備で十分やっているのですけど……」

「ンン……?」

 

 闘技大会用のリオレウスを殺してまで武器が欲しかったのだろうか。そんな事をすれば自分が隊商から外されてしまうかもしれない。

 

(待てよ、隊商。隊商の護衛ハンターは……)

 

 シヅキとメヅキが“前の職場”でやっていたことだ。

 護衛業は基本的にハンターズギルドと契約するのではなく、個人と契約するのが大きな特徴だ。収入はハンターズギルドに差し引かれることは無いが、代わりに契約に大きく束縛される。

 

 だから。もし“隊商との契約を破棄したいのであれば”。“護衛業を辞めたいのであれば”。

 

(なんて発想はちと突拍子すぎるかネ……)

 

 首を捻って困り果てるネーパに目を細めつつ、ハルチカは煙管に火をつけた。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 彼女の持つ松明で、フードで陰になっていたのが(あらわ)になった。灯りに映える瞳の色は、茜だ。

 

「……ん? シヅキ、なのか?」

 

 眼前の少女――いや、女はキョトンとした顔でフードの下からこちらを覗き込んでくる。なかなかの器量良しだ。

 アイルーのようにぱっちりとした目と控えめな鼻筋、唇は育ちのいい貴族の娘のようにも見える。うなじのところを伸ばしたショートボブは垢抜けていて、アウターとインナーで色が違う。瞳の色とよく似合っていた。

 

 信じられない。()()とはもう、二度と会うことはないと思っていたのに。

 

「あ――え、と」

 

 乾いた喉からは、言葉が出ない。頭が真っ白というよりむしろ、言いたいことがたくさんありすぎて。

 そんなシヅキはつい、女の手首を握る力を完全に緩めていた。女がそのことに気づくのは、それほど時間がかからない。

 女はあっさり手を振りほどき、勢いのまま膝を振り上げた。

 

「フンッ」

「はぎゃあああああぁぁぁ!?」

 

 瞬間、シヅキの絶叫。

 轟竜ティガレックスの断末魔もかくやな声量が、密室となった施設をビリビリと震わせる。

 なぜなら、女の右膝が――シヅキの股間をまっすぐに、寸分の互いも狂わずに撃ち抜いたからだ。

 稲妻のように衝撃は股間から脳天まで駆け登り、シヅキの目の前に「ばいばい」「あばよ」と川の向こうで儚く手を振る二つの紅玉が映る。錯覚である。

 

「……ザコが」

 

 女は泡を吹いて地に這いつくばるシヅキに追い討ちの蹴りを食らわせ、颯爽と身を翻して走り出した。その足は女とは思えないほど速い。

 だが、シヅキの絶叫が功を奏していた。真っ暗闇の一本道の通路には、既に奥からメヅキが走って来ていた。外からの出入り口である扉を施錠したのだ。おまけに、起きた闘技場用のモンスターが騒ぎ立てて、彼の足音を掻き消している。

 墨を流したような闇からヌッと現れるメヅキ。歯止めの効かなかった女の、土砂竜ボルボロスのごとく勢いのついた頭突きがその鳩尾に入り、二人でもんどりうって転がっていく。

 受けた一撃で呼吸が止まりそうになりながらメヅキも負けじと女のフードを掴み、めちゃくちゃに揺さぶって逃がさない。女の頭部を外套で素早く覆い、視界を塞いだ。その間に、逃げる隙のないゼロ距離の拳や膝が飛んでくる。

 

 くんずほぐれつの取っ組み合いの結果、結局後から追いついたオズが上から一網打尽に押さえつけて、白兵戦は終結を迎えた。

 股間を抑えたままうつ伏せになって動かないシヅキに、鳩尾を強打し四つん這いになって嘔吐をするメヅキ、頭部を外套で覆われて大の字になっているボサボサの女と、現場は死屍累々だ。

 

「若いってええねんなぁ〜」と暴れまくる女をヒイヒイ言いながら拘束し、オズは三人を施設職員の部屋に連れて――女を無理やり引っ張り、動かないシヅキとメヅキをずるずる引きずって来た。

 

 この施設の職員が来るまで当分時間がある。どうせなら自分のいないときに事が起これば良かったんやけど――とは口に出さないが。

 オズは手足首を拘束している女を宿直用のベッドにとりあえず座らせる。張り込みの時に齧っていた饅頭をちらつかせると、女はオズの腕まで噛み付かん勢いでがっついた。

 

「嬢ちゃん、名前は?」

「ん? 名前。フィー、だ」

 

 女は饅頭をもぎゅもぎゅやりながら無愛想に答える。

 片言だ。自分やアキちゃん――アキツネのような方言だとしたら。もしかしたら地方の人間かもしれない。

 生まれや育ちは、言葉の端々や行動に残酷なほどに影響するものだ。彼女に口で説明させる前に自分で推理してみようと、オズは注意深く質問を選ぶ。唇を舐めた。

 

 女はほぼクロで間違いないが、一体何者なのだろうか。

 

「嬢ちゃん……フィーちゃんは、シ――この倒れてる男の、癖っ毛の方ね。ぶん殴っちゃったのん? すごい悲鳴あげとったけど」

「シヅキか? (タマ)やったら一撃で死んだぞ。弱い! ザコだ!」

「男やったら確実に死ぬけどなぁ」

 

 やってやったと言わんばかりに牙を向く女へ、オズは溜息をついた。

 しかしなぜ、彼女はシヅキの名前を知っている? 途中まで言いかけたがオズはシヅキを呼んではいない。知り合いなのだろうか。

 彼が目を覚ましたら(?)そのあたりは二人一緒に尋ねるべきだろう。人間関係とは、一方的な意見では説明しきれない。

 

「ウチらな、あの檻のリオレウスの調査しててん」と、オズはなるべく軽く、柔らかく、いつも街中で知り合いの商人と談笑するときのように話しかける。(アイルー)撫で声だとよく揶揄されるのだが。

 

「フィーちゃん、何か知らないかしらん?」

「……し、知らない」

 

 女――フィーは不貞腐れたようにそっぽを向いて口を尖らせた。どこかそわついている。分かりやすいものだ。

 

 「何か知らないか」の質問は、その気になればいくらでも嘘をついて自分にアリバイを作る事ができる。それをしない、できないという事は、押せば真実へのヒントを出してくれる可能性がある。

 

「そうかぁ、何も知らんかぁ。誰か怪しい人見たとか」

「イイエ」

「凶器――ナイフ見つけた、とか」

「イイエ」

「饅頭もう一個いる?」

「イイェ――ィエス」

「ンッフフ」

 

 饅頭を放り投げると、女は器用にも空中でパクついて見せた。

 ハイかイイエで答えるクローズドクエスチョンだと、恐らく彼女はイイエの一点張りで終わってしまうだろう。

 ここはオープンに切り替え、自由に泳がせてみようか。オズは優しい声色のまま続ける。

 

「悪いけど、少なくとも朝まではここから出られへんのや。この部屋の番せないかんからなぁ。早よ帰りたいと思うけどスマンなぁ」

「……たく、ない」

「?」

 

「フィー、帰りたくない」

「なんや。家出か?」

「家出じゃない。家じゃないから」

「家がないんか?」

「家、いらない。フィーはいつもひとりだし、これからもずっとひとりだ」

 

 フィーは真剣な表情でオズに迫る。まるで訴えるように。

 彼女の茜色の瞳が燃え上がるように瞬いた。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 
 
 カウフマン=商人、という苗字だそうです。

 鳩尾を強打して吐き気があったら結構ヤバいです。救急ものらしいです。結局メヅキはなんともなかったようですが。
 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。


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51杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す ごくち

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「フィーはひとりで生きてきた。これからもひとり。フィーは強いから」

 

 訴える彼女の目は、きつい印象がある。

 オズの商人としての――いや、人としての勘が反応した。

 優しさを受けて来なかった目だ。

 

(もっと()らかい目つきやったら、もっと別嬪さんなんやけど)

 

 「なーんて」とオズは茜色の瞳に向けて、心の中で舌を出した。影蜘蛛ネルスキュラが毒怪鳥ゲリョスの皮を被るが如く、オズは(アイルー)を被ったまま話を続ける。

 

「フィーちゃんはずっと一人? 知り合いとか家族は?」

「連絡するようなやつ、いない」

「夜が明けたら、アンタを引き渡すのに連絡せないかんのやけど」

「フィーは一人で仕事の処理する。仕事は一人でやるもの。そしたら取り分も自分のものだ」

「どういうこっちゃ。家もなけりゃ家族も知り合いもいないって」

 

 毅然としたフィーに、オズは困って頬をぼりぼりやった。これでは彼女を何者か証明することができない。もしかすると身の回りに身内と呼べる人がいないのだろうか。上(ドンドルマ)したて、とか。

 だが自分で自分の仕事をこなし、成果を独り占めしてやるという考え方は、オズは嫌いじゃない。

 この世界を生きる上で、これぞ無駄な優しさを削いだ考え方だ。

 

 オズはここで切り札を出す。絶対的すぎて面白みに欠けるが、『ギルドナイト』という権限をチラつかせるのだ。

 

「フィーちゃんが最低限どういう人なのか、ウチはギルドナイトだから知らなあかんねん」

「……!」

「ここの施設はハンターズギルドが管轄しとるから、あのリオレウスに近づくには許可が要るねんな」

 

 ギルドナイト、と口にしたあたりでフィーのそわつきが酷くなった。「あんまし女の子いじめるのは好きやないねんけど」と心の中で呟いて、オズはフィーに語りかけた。

 

「その反応、ギルドナイトが何なのか知っとるやんな? さてはフィーちゃん、ハンターとか、ハンター業に携わる人とか」

「……言えない」

「そんな取って食ったりせぇへんって。少なくともウチは処罰するんやなくて、忠告したり、更生を応援するのが仕事や。ウチは《抑制のギルドナイト》よ」

 

「自分で言うのはちょっと白々しいんじゃないですかね。オズさん」

 

 そこで、部屋の床の隅から汚い呻き声がした。オズが目だけやると、伏していたシヅキがむっくりと身を起こしている。

 フィーは見るなりベッドから飛び上がって後退りした。死体のように寝そべっていた彼に復活に驚くのも無理はない。

 

「シヅちゃん、おはようさん。起きるにはまだ早いけどなァ。日はまだ顔を出しとらん」

「あ、せんぱ……じゃなくて、女の子は」

「この通りよ。縄で括り付けている状態」

 

 シヅキは若干まだ焦点の合っていない目でフィーとオズを一度だけ交互に捉える。オズから水の入った瓶を渡され、唇を湿らせる程度に口をつけたところでやっと一息いた。

 

「……ありがとうございます」

「さっきフィーちゃんの口からシヅちゃんの名が出とる。二人は知り合いなんやろ。そこは隠さんでええよ、ウチにも話してほしい」

 

 なぜなら、シヅキこそ数少ないフィーを知る者だからだ。

 シヅキは気まずそうに床をちらりと見やってから、「……わかりました」と深々と頭を下げた。ここまでほんの僅かしかフィーを直視していない。

 なんとなく、人懐こいシヅキらしくない。オズは尋ねるようにというよりも、彼の曖昧な引っ掛かりをわざと掠るように会話を振った。

 

「フィーちゃん、自分のことずっと一人やと言うとるの。運営側のウチとしちゃあフィーちゃんに関係する人に連絡せないかん。帰って(こぉ)へんって心配しとる人もいると思う。フィーちゃんのこと知っとる人、他におらへんかな?」

「もちろんいます。いるはずです」

 

「先輩」と、シヅキの掠れた声が(すが)る様な雰囲気を帯びる。

 

「僕達と過ごしたことがあるのに、ひとりだったって言うのは百歩譲っていいです。別にいいんです。裏切るんですか、なんて言いません」

「裏切っ……!? シヅキ達の方こそ、勝手にどこか遠くに行ったか、野垂れ死んだかと!」

「昔話をしたいのは僕も山々ですけれど。それは今のことを片付けてから。このままだと、雇ってくれてる方々に迷惑をかけちゃいます」

 

 ちょい待ちや、という言葉をオズは飲み込んだ。シヅキはフィーのことを「先輩」と呼んでいる。

 現時点でシヅキの身の回りに先輩はいないはずだが、シヅキがフィーのことを一方的に先輩と見なしているだけだろうか。

 

 シヅキは苦しそうな吐息と共に、掠れた声のまま切り出す。言葉の中にある冷たく鋭い雰囲気は、懐に隠し持ったナイフのようだった。

 

「先輩。リオレウスを殺したのは、あなたですね」

 

 声音は優しいのに、言葉のナイフは声音なんて鞘にならないらしい。ベッドに座っているフィーへ(すく)うような彼の上目遣いには、重い前髪が暗い影を作っていた。

 

「先輩の剥ぎ取り方、間違えるはずありません。僕は素材屋としての生き方をあなたに教わったから」

 

 フィーはそんなシヅキに(かたく)なに何度も首を振る。茜色の目をぎゅっと吊り上がり、更にきつい目つきになった。

 

「なッ……仕方なかったんだ! リオレウスを殺したのは悪くない! 放っておけば今晩で死ぬような個体だった! むしろフィーが早くトドメを刺してあげた! フィーはお金が必要だった! 早くお金に換えてあげたんだ!!」

「落ち着け二人とも。ここで事を荒立てても損するだけやで」

 

 責めるようなシヅキと、金切り声を上げるフィー。

 まずい。証言は確実に取れたが、この手の女の子は感情的になったり逆上すると質が悪くなる。物腰穏やかなシヅキをぶつけることで、火に油を注ぐ結果になるとは予想していなかった。

 

 慌ててシヅキを諫めようと椅子から腰を浮かすオズだったが、逆にシヅキから腕を恐ろしい力で掴まれた。オズを支えに、ふらふらと立ち上がるシヅキの顔は青ざめているが、目には固い意志が覗いていた。

 

「先輩。僕は、そんな理由で怒ってるんじゃなくて」

 

 彼はゆるく、細くため息を吐いた。

 

「素材は、正しく送り出さなければなりません。――どこにやったんですか。リオレウスの素材を」

 

 

 

 二人のやりとりを、うずくまりながら黙って部屋の隅から見ていた男がいる。メヅキだ。

 眉間に深い皺を寄せているのは、口の中に残る吐瀉物の味だけが理由ではない。

 

「貧しいとか、立場が弱いからといって、それを理由に何でもやっていい訳ないだろう」

 

 呟いたメヅキは、震える手で両目を覆う。体を折り曲げるように背を丸めた。

 指の隙間から大粒の涙がひとつ、床に落ちる。

 

「その判別もつかんものか……先輩にだけは、こんなこと思いたくなかった」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「なんだか、嫌な予感がします。商人の勘がそう言ってます」

 

 ネーパはちょび髭をぶるぷると震わせ、「こうしちゃいられません」と、おもむろにハルチカ達の方を向いた。

 

「部下は何かをしでかそうとしているかも知れません! 日中からずっと連絡つかないのです」

「ずいぶん舐めた部下だな」と親方。「こんな賑わいだし、部下はハンターってんだろ? ハンターなら闘技大会の見物でも行ってたんじゃねえの」

 

 ネーパがハッと息を飲んだのを、ハルチカは見逃さなかった。素早くカマをかける。

 

「儂らの狩猟も、その部下ってやつに見られたのかネェ。儂らは闘技大会のシステムが苦手なモンで、下手な立ち回りをお披露目しちまったンだ……」

「と、闘技大会」と、ネーパの声が裏返った。

 

「あの、最近は……ファントム・ホロロで話題が持ちきりですよね。ハンターじゃない私も知っています。私の商人仲間がみんなその話をしていますから」

「あぁ、話題性がハンターだけじゃねぇってところがスゲェね。あちこちで賭博が行われてる。フルフルにケチャワチャ、タマミツネに……どんな地域のモンスターでも柔軟に対応するから、ありゃ土着のハンターじゃねぇと儂はみた」

 

 煙管をふかしながらハルチカが言うと、ネーパは思い詰めた表情になった。ハルチカではなく、膝の上で握った拳を見つめている。

 

「ファントム・ホロロのこと、どう思いますか。私……彼女の、大ファンなんです」

 

「お騒がせだが、やっぱスゲー人なンじゃないかネェ……狩猟の結果はもちろん、あんな大衆の憧憬集めて、ギルドにも認められてて、経済ブン回してる」 

「……商人や一般人まで話題が広がるハンターは、珍しい」と珍しくアキツネも賛同した。「金の嵐のど真ン中」

「ひとくちで言っても色々あるが、ああいう人もまた『英雄』って言うンだろうネ」

 

「そう……ですか。そうですよね」

 

 一瞬、膝の上の拳を握り締め、ネーパはハルチカの手を取る。手汗でべとべとしていた。

 

「やっぱり部下の暴走を止めなければ。隊長としての役目です。どうかご協力を、《南天屋(ナンテンヤ)》」

 

 ハルチカは「フーン」と目をすがめ、装飾品に飾られたネーパの手をくい、持ち上げる。

 

「……高くつくゼ? クソオヤジ」

 

その向こうで、彼はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「キザなやつ」アキツネと親方は部屋の隅で呆れていた。「まッたく、人たらしなやつだべ」

 

 

 

「そうとなりゃア話は早い。明日の朝から行動するかい、それとも今から?」

「……日も回っていますが、今から。早急に動かねばならないって、なんとなくそんな商人の勘がします」

「おっ、お前サンやっぱ商人向いてンじゃねえの。チャンスをモノにできるタイプの人だ」

 

 軽口を言いながら、ハルチカは薄い唇を舐めた。

 ひとまず収穫。犯人の関係者を捕まえることができた。オズに貸し一つだ。

 

 夜もだいぶ更けたが、収容施設で張り込みをしているオズ、シヅキ、メヅキは無事だろうか。

 このままネーパを収容施設へ連れて行き、犯人――おそらく、ネーパの部下についてオズに喋らせよう。

 

 親方へレンキンコウジ甘酒を押し付けながら適当な礼を言い、ぞろぞろと武具工房から退室しようとしたその時、「ところでさ」とハルチカの肩を親方が掴んだ。

 

「あい、なんだい。これから忙しくなるってのに」

「お前さ、素材の流通情報を確かめに来たってのは嘘だろ。《南天屋》だと、そいつはシヅキの仕事だ。お前も審美眼が全く無いってわけじゃねぇけど」

「なァんだバレてたの」

「いつも金いじりばっかししてるからな、お前」

「ハハハその通り、金勘定しかやらねェの。儂」

 

ハルチカは下手くそなウィンクをした。「儂ァ素材を見る()が無ェからネ」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 施設の外から、「ぅおーい」と扉を叩く気配がある。フィーを閉じ込めるため、内から錠前で施錠してしまっている。

 急いでメヅキが開けに行くと、ちょび髭に恰幅のいい以下にも商人然とした親父がブルファンゴのように突っ込んできた。

 今度は鳩尾に入らないように、メヅキは間一髪で躱す。

 

「あの! 女の子! ここに来ませんでした!?」

「女の子というと」

「部下です! 私の直属の!!」 

「……部下?」

 

 すると遅れてハルチカ、アキツネが息を切らせてやって来た。メヅキが助けを請う視線を向けると、してやったりという表情をする。

 メヅキは怪訝そうな顔をした。

 

「つまりフィー先輩の上司、ということか?」

 

 

 

 ちょび髭親父ことネーパ・カウフマンは、フィーの事情を聞くなり勢いよく頭を下げた。脂汗がぼたぼたと床に落ちる。

 

「ぶ、部下の失態、お詫びいたします」

「まぁまぁ、頭上げなさいな」と、オズ。肘をついていた手で「くるしゅうない」とひらひらさせた。

 

「上司が直接の原因ってわけでもなさそうやねんな? 部下の行動を管理でけてへんのはちょっとばかしアレやけど」

 

 軽い口調のオズだが、ネーパは心ここに在らずといった様子でオズに縋る。

 

「ギ、ギ、ギルドナイトは罪を犯したハンターの首を切り落とすと聞いております。わ、私は罰せられるのでしょうか。キャラバンは。闘技大会用のリオレウスを殺すなど、明日以降の闘技大会に、なによりフィーは」

「それは……分からへん。判決はウチがするもんではない」

「フィー、首を切り落とされるのか!? いやだ、どうにかしろクソオヤジ!」

「人の心配をクソオヤジ呼ばわりは傷つきますね!」

 

 フィーはネーパに思い切りあかんべえをした。まるで思春期真っ盛りの娘と父親といった感じだ。

 

「確かにネーパのオッサンの言う通り、明日以降の闘技大会をどうするかやなァ」

「そ、そうです。だって目玉だったんでしょう? なんと言ってもあの、主役の、リオレウスなんですから」

「……う、それは、考えてなかった。代わりのモンスター、出さなきゃいけないのか」

 

 どもって滝のように汗をかくネーパに、ようやく自分のやってしまったことに苦い顔をするフィーに、オズは口の端を吊り上げた。

 

「ウチが心配しとるのは目玉のモンスターやないで――なァ、ファントム・ホロロ」

 

 どっ、と部屋がどよめく。

 納得した様子をしたのはハルチカ。一番唖然としたのはフィーだ。

 

「なっ……いつから分かってたんだ!」

「正直、最初ッからきな臭さはあったで。もともとウチ、ファントム・ホロロの正体暴こうと先々週くらいから嗅ぎ回っとったからな」

「フィー、ギルドの世話になったことない。だからギルドナイトには捕まらない」

「そう。そこや」

 

 ハルチカがオズの言葉を続ける。「だが、ファントム・ホロロは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って考え方をしたら……」

「つまり、どういうことだべ?」と、首を傾げるアキツネ。シヅキとメヅキだけはハッと息を呑んだ。

 

「ファントム・ホロロは“流れ者のハンター”や。ギルドに登録しておきながら、外部の依頼を受けとる。もちろん、それ自体は違法やないで。ギルドに登録していないハンターもおるし、それぞれの文化や考え方もあんねん」

 

 オズは頭をぼりぼりと掻く。合点の行く気持ちも、やるせない気持ちも混ぜこぜなのだ。

 

「ギルドはあくまで、ハンターという職業の組合。ハンター業をより安全に、効率よく営まれるようにすんのが役割」

「ハンターズギルドに登録していなけりゃア、どんなに狩猟をこなしたって、腕があったって、クエストクリア回数はゼロ……」

 

「とにかく、ネーパがフィーちゃんを雇っている、ってことでウチは勘定した。つまり、ファントム・ホロロはキャラバンの護衛ハンターや」

 

 難しい表情で唸るハルチカの額を、オズは軽く小突いた。力を抜いていてもだいぶ強く、ハルチカは額を抑えてうめく。

 

「明日のファントム・ホロロの公演、一日だけでも損はまあまあデカいで〜。知り合いなんぼかに声かけてみるけどね」

「あ、そうか。ファントム・ホロロの公演は毎度満員御礼だったサ」

「見せもんのハンター一人に財政握られてるようじゃ、ギルドもなかなかヤバいねんけどな」

 

 オズは座り直すと、指を三角形に組む。目頭に皺を寄せた。

 

「売り上げはともかく、捕獲したモンスターがまだぎょうさんおんねん。大量発生したフルフルに、砂漠産ディノバルド……」

「ギルドからしたら儲けのネタになるだけでなく、捕獲したモンスターの処理も併せているということか!」と、今度はメヅキが刺々しい声を出した。「それでも人間か、ギルドは!」

「罵られてもどうしようもないねんな。ウチらはギルドの(ジャギィ)であるだけや」と、オズは何食わぬ顔でひげをじょりじょりさせた。

 

「まぁ、明日はゴタついて、フィーちゃんが闘技大会に出るんは確実に無理や。その代わり――明後日にはどうにかしたる。せいぜい頑張りや」

 

 オズはネーパとフィーを射抜くように見据えた。二人は体をこわばらせるが、同時に高揚した顔つきになった。

 

「この上司のオッサンが首チョンパされる覚悟でウチに頭下げたように、今度はウチが上に頭下げる番やで」

「あ……ありがとうございます!」

「また闘技大会、出れるのか!? 今度は何を狩るんだ!?」

「そいつはこれから手配や。それからもちろん、明後日は二倍の集客も設けたい。すでに十分な話題性はあるねんけど、明日出ぇへんぶんの説得力も持たせんといかん」

 

「どーいうシナリオがええかなぁ」とオズから話を振られたハルチカは、天井に向かって高笑いする。

「ハハハ面白ェ。稀代の麒麟(キリン)児のお手伝いか。もっと率直に頼ンで貰いたいモンだネ!」

「依頼や、《南天屋》。こっからプログラムなんぼか足したるから、と言うか足さんと企画が回らへんのやけど、闘技大会に出ろ。協力しろ」

「ン〜こいつァ高くつきやがるゼ!」

 

 昨晩、フルフルにボコボコにされていたハルチカはさめざめと嘘泣きをした。アキツネはまた呆れた顔をした。

 

「待って下さい、その前にこのまま今日の仕事に出るんですか!? 少し休んだ方が」と、シヅキ。

 確かにここにいる全員がこのまま朝を迎える。少しも休まっておらず、このコンディションでまた一日行動するのは効率が悪いだろう。

 

「んー、じゃアキちゃんとハル坊の出番は夕方とか夜に回してもらお。シヅちゃんとメヅちゃんも午前は休んでええし、オッサンも一度帰れ。フィーちゃんだけちょっと休んだら、ウチと上に顔出しに行こか」

「オズさんは?」

「んー、逆にこの歳になると一徹が限界やわ。メヅちゃん、すぐに元気ドリンコ一本、調合頼む。あと一杯の酒」

 

 少しだけ唇を噛んだメヅキ。すぐに飲み下して、真剣な()()の顔になった。

 

「承知した、俺に頼んだことを後悔するくらい最高のものをお届けしよう。それは別として酒は控え、軽い仮眠を推奨するがな」

 

 

 

 

 温暖期の夜は短い。

 ドンドルマ洛中には気の早い朝が来た。連休であるにもかかわらず、まめな性格の商人が店の準備をする気配が通りのあちこちから感じられる。

 

 心配したギルド職員は早めにオズとの交代にやって来て、日が昇る頃には収容施設を離れることができた。

 施設の外には何人も警備のガーディアンがうろついていたが、手を縄で縛られたフィーに気づいても、オズがいると分かると一瞥するだけだ。

 完璧にハンターズギルドの口止めが効いている様子だった。

 

「さぁおもろなってきたで。人生これぞエンターテイメント」

 

 オズは爽やかな朝日へ眩しそうに、目を曲げた鉄板のようにしわくちゃにした。楽しそうに、快活に、白い歯をぎらりと光らせてみせる。

 

 ちなみに、老いた竜にこそ用心せよ、というのは狩場に出るハンターの間でよくよく知られたことである。

 知恵を武器に、厳しい自然界を生き抜いて来たのだから。

 

「――ほな行こか、《南天屋》。難を転ずる時やで」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 
 英雄・ニアイコール・アイドル。
 流れ者のハンターのくだりは公式ノベルからです。
 オズさんは本当に強いです。彼に言わせるとしっかり説得力を持たせてくれます。今回は切れ者のハルチカを添えて。

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。


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52杯目 (アイルー)を染めて売るような ひとくち

 
 
 猫を染めて売る

 実際より立派に見せようと飾り立てること。
 猫の柄に位階があり、少しでも見栄えを良くするために毛を染めることで高く売る、という風習から。





 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『聞いたか? 今日のファントムホロロの公演、急遽中止なんだってさ!』

 

  耳を澄ませば、雑踏からそんな会話が聞こえてくる。

 

 休日のまだ午前だというのに、闘技場はドンドルマ洛中じゅうの老若男女で大変な賑わいであった。《闇夜の万雷》ことファントムホロロの公演を見るため――のはずだったのだが。

 

 ホロロ一式装備の彼女が描かれている、付け焼き刃のように刷られたチラシ。闘技場の壁そこらじゅうに貼られている。

 しかし、どれもでかでかと「本日公演中止」と赤のインクで書き殴られていた。

 

『くそ、今日の公演も賭けてるのに……! 中止なんてどうしてくれる!』

『あーあ、一儲けできるところだったのになぁ』

 

「こりゃ『月刊狩りに生きる(“ゲッカリ”)』の記者も黙っちゃいねぇニャア。人気ハンターが突然公演中止なんて、とんでもない事件の気配がするゼ」

 

  《コメネコ食品店》の親父、チェルシーは見えない噂を嗅ぎ取るかのように、空中に髭をひこひこさせた。

 対して隣を歩く《七竈堂》主人のウラは、目頭に皺を寄せて「だいたいどいつもこいつも」と鼻をふごふごと鳴らす。まるで喉が渇いたファンゴのようだ。

 

「振り回されすぎなのさ。ファントムホロロ――というか、奴にまつわる金にサ。酒も賭けも呑まれるなっての」

「ど、どういうことニャ?」

「商人やら学者やら流れ者やら、獣人も竜人もた~くさんの人種がいる中で、特に刹那的な存在なのサ。ハンターってのはネ」

「う〜ん、すぐ死んじゃうってことニャ?」

「それもあるが、おしなべて現役時代が短いってコト。オズみたいに何十年も下火で頑張るやつもいるが――まぁ、アイツは商人気質だから気長なのかねェ――アタシは10年足らずでパッと辞めちまった。リスクは高いがガッツリ稼げるって職の特徴サ」

 

 「もっとも、そんな刹那的なところがハンターの魅力でもあるがね」と言って、彼女は雑踏の売り子から麦酒(ビール)をジョッキ一杯買い付けた。一息で呷る。

 

「それとそもそも、ハンターは誰かの商売道具なんかじゃないってコト!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 フルフルの不意の体当たりを咄嗟にガードする。

 途端に、どっ、と歓声が沸いた。

 

「ぐ、ぉぉおお……!」

 

 嫌な角度だ。

 盾で受け流すのではなく、判断ミスで真っ向の力比べになってしまった。盾を持つアキツネの右腕がめきめきと悲鳴を上げる。

 普段の狩猟ならこのミスが今後の一手、二手に響いて来るだろうが、観客席は無邪気に大きな盛り上がりを見せている。

 価値観の違いに、「いちいち上がンなッての」と、アキツネはヘルムの下で舌打ちをした。

 

 いくら筋力のあるアキツネでも、力比べではモンスターに到底及ばない。苦し紛れに盾の角度をずらしてガード突き。二度三度素早く繰り出して、やっとフルフルは退く。

 遅れて白い皮膚にじわりと血が滲んだ。大したダメージは通っていない。

 

「オラオラァ!」

 

 反対側から飛びかかってくるのはランポス素材の太刀、骨刀【狼牙】――ではなくスラッシュアックス、グリムキャット。鉱石製の黒い刀身には、目を見開いて笑う(アイルー)が施されている。

 防具はランゴスタ装備と、異国風の意匠である混沌装備を掛け合わせたものになっている。

 

 スラッシュアックスはいわゆる“機構武器”。

 今回、扱いが難しいこの武器をハルチカ選んだのは、意匠がなんとも可愛らしいから――ではない。

 その性能がキモである。

 

 グリムキャットの斧刃が雑に振るわれると、仕込んでいる麻痺ビンの毒液がフルフルを襲った。一定量与えると筋肉の動きを奪う神経毒だ。

 フルフルは尻尾で薙ぎ払おうとするが、ハルチカの前にアキツネの蛇槍【ナーガ】が立ちはだかる。

 

 フルフルの(いら)つきが場の緊張をより一層きつくさせた。もともと蛇槍【ナーガ】の毒も相まって、徐々に消耗してきているのは明らかだ。

 

 予測がつきにくい軌道を描く牙も、慣れないスラッシュアックスにもたつくハルチカを、アキツネが盾で庇った。

 

「スマン!」

「……いいから(はェ)ぐ麻痺らせッぞ」

 

 フルフルが伸ばした首を収縮させる隙に、アキツネは三段突き。後ろからハルチカはグリムキャットを振りかぶる。振り方は操虫棍のそれに近い。本物のスラッシュアックス使いなら頭を抱えるだろう。

 

 かろうじて、スラッシュアックスの斧モードは刃が身体より遠くにある分、遠心力を捉えられれば軽く振れる。筋力に自信がないハルチカにとっては幸いな点だ。

 

 返す刃がフルフルの皮膚に食い込んだ瞬間。突然、フルフルは呻き声を上げて直立不動になった。呻き声は喉の筋肉が硬直した証だ。

 

「ッしゃ麻痺ったああああ!!」

「罠行くサ、爆弾急げええぇぇ!!」

 

 ハルチカは腰ポーチから慣れた手つきで円盤状の罠――落とし穴を取り出す。設置場所は隙まみれのフルフルの足元、やや後方。本当はアキツネの支給品だが、スタート直後に譲り受けていた。

 トラップツールが作動して地面に穴を開け始めるのを確認するが早いか、ハルチカは闘技場の隅に用意してあった荷車へ猛ダッシュ。先に用意していたアキツネから大タル爆弾を一つ、引っ掴む。

 

「――フヴォ!?」

 

 後方でフルフルが落とし穴にかかった。肉質の硬い尻や足が底に、柔らかい胴や頭が地上に位置するように落ちている。時間を見ると麻痺は今、解ける頃だ。

 

 大タル爆弾を設置するには、麻痺の拘束時間は短すぎる。より拘束時間の長い落とし穴は設置に時間がかかり、立ち回りに組み込むのは難しい。

 だから、麻痺から落とし穴の手順を取ったのだ。ハルチカがあえてグリムキャットを手に取ったのは、こういう訳がある。

 

「じゃあナ、良い夢を!」

 

 もしフルフルの目が見えていたなら。

 その瞳には、大タル爆弾の隙間からニタリと笑うハルチカとアキツネの姿があっただろう。

 

 十分距離をとって、ハルチカは大タル爆弾に顔を挟まれたフルフルへ石ころを軽く投げる。どう、と爆炎が巻き起こった。

 フルフルが火気に弱いことはよく知られていることだ。砂煙が晴れる頃には、彼は断末魔を上げることなく絶命していた。

 あたりには血がじゅうじゅうと沸騰する臭いが立ち込めている。絶叫のような司会の声が会場をかき回す。

 

『アイテムを駆使して制覇ァ――!! 《南天屋(ナンテンヤ)》ハルチカ、アキツネ! お困りごとならナンでもお任せあれ――!!』

 

 「なんちゅーテキトーな回し文句」と呆れながら、二人は足早に闘技エリアを後にする。

 ひとまずは前回より早いタイム。これでウラ姐にはバカにされないだろう、と二人は心の中で胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 盛り上がりを見せる観客席の一角で当の本人、ウラはぱたぱたと扇子を煽いでホホホと高笑いをしていた。飲み干した麦酒のジョッキはいつの間にか倍増している。

 

「麻痺に罠、爆弾……アタシの好みの立ち回りじゃないけど、現役時代を思い出すねェ。狩技も何も技術が広まってなくて、まだまだ武器だけに頼れなかったあの頃」

「それって何()年前ニャ?」

「そんなに前じゃないわい」

 

 隣のチェルシーは、畳んだ扇子に額をぶち抜かれた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 控え室へ続く通路は仄暗い。それでもハルチカとアキツネには、奥からのしのしとした大きな気配と、ちょこちょことした小さな気配の二つが近づいて来る。

 得てして、ハンターというのは独特の雰囲気を持っているものだ。強者であればあるほど、嗅がずとも肌で感じられる。

 

「じゃ、あとはヨロシク頼むサ。ファントムホロロに次ぐ“期待の新星”とやら」

 

 控え室へ向かうハルチカとアキツネは、軽く片手を上げた。

 数は向かう二人と来る二人、パパン、と二つのハイタッチが通路に響き渡った。

 

「――ハルちゃん、マジでキザクセェな!」

「もう、ラジーったらやめなさいって」

 

 

 

 

 ファントムホロロに次ぐ“期待の新星”とはよく言われたものだ、と流れ者の大剣使い――クララは思っていた。

 

 クララもファントムホロロの狩猟を見ている。確かにあの双剣捌きは神業だ。

 けれど、自分は彼女に続く二の矢なんかじゃない。

 確かに砂漠時代は思うままに活躍し、一目置かれるハンターではあった。それでも、《薫灼》の二つ名は後から自然とついてきたもの。もてはやされて消費される商品やキャラクターでは決してないのだ。

 少なくとも、そのように過剰に飾り立てられた富や名声は、クララにとっての()()()ではなかった。

 

(私はただの、キラキラを探している、一人の――ただのオッサンなのよ)

 

 自分に言い聞かせて、クララは大剣を構える。

 貸出武器は大剣、ステッキニマゼコゼル。通常『ネタ武器』と呼ばれるミョウチクリンな見た目の一丁だ。柄には太ったキッチンアイルー(?)があしらわれている。

 

(ラジーに「キラキラ探すぞ」って誘われて参加したものの、今回は嫌な予感がするのだけれど……?)

 

 ステッキニマゼコゼルの切れ味は正直、笑ってしまうくらいに鈍い。おまけに()()()()()()()()()()()のだ。

 

 どう出るか迷っているうちに、ラジーはさっそく相手へと距離を詰めていた。奇しくも、砂漠時代に散々戯れてきた相手である。

 

 猛々しい顔つきに揺らめく烈火のような背の甲殻、何より大剣の刃のように鋭く巨大な尾。陽の光を受けてギラリと鈍く輝く。

 

 ディノバルドはラジーに気づくと、手始めに尾を大きく払って排除しようとする。強い警戒心が離れていても伝わってくる。

 

「これを……こうッ!」

(見事!)

 

 ざん、と巨大な尾が空気を断つ。切れ味と圧倒的な質量を持ってして、だ。

 しかし、ラジーはベストのタイミングで身体を捻って避け、その捻りを利用して弓の弦を最大まで引っ張っていた。

 

 本名ラジアン・ロジャーことラジー。普段は重撃という特殊な射法を得意とする弓使いだが、今回は重撃矢を備えた重弓ヘラギガスではない。貸出武器は狐弓ツユノタマノヲだ。

 スタンダードな弓のように折り畳む機構のない、タマミツネ素材の大型な一本。シンプルな弓幹(ゆがら)に、強力な水を宿している矢が特徴である。

 

 ラジーは迷わず、引き絞った連射矢をディノバルドの顔面に放つ。まるで吸い込まれるようにヒットし、激しい水飛沫を上げた。火炎嚢のある喉が濡れ、水蒸気の白い煙をあげる。

 

 ディノバルドの目が吊り上がったようだ。尾を地に擦り付けて咆哮した。もうもうと砂煙が上がる。

 

(彼は立派な尾に注目しがちだけど、それを研ぐ牙も見逃せないの)

 

 砂煙の中を、ディノバルドは小股で素早く肉薄。

 大きな図体からは目を疑うような機動力は、陸を制する獣竜種ならではだ。飛竜種といった他の種とは骨格から違う。

 一度目の素早い噛みつきは、致命傷を与えるというよりやや雑な振り。引っ掛けて相手を転ばせたり、怯ませて不動化するのだ。二度目は狙いを定めた、威力の高い一撃が飛んでくる。

 

 一度目の噛みつきを避けられなかったラジー。防具が軽いガンナーは、剣士にとって少しの傷が命取りとなることもある。二度目の噛みつきはクララが割って入り、ステッキニマゼコゼルの腹でガードする。

 もともと切れ味が心許ないステッキニマゼコゼルは、それだけで刃が大きく削れてしまった。

 

「あんがとクララ!」

「どうってことない! 次、来るわよ!」

 

 竜の牙とはたいてい、肉を噛みちぎるために発達したものだが、ディノバルドは違う。自慢を尾を手入れする砥石でもあるのだ。

 クララの憶測でしかないが、ディノバルドというのは器用な特徴もある。

 

 ガードの反動で大きく後退したクララへ、ディノバルドは飛び上がって身を翻す。扇状の弧を描いた尾が振り下ろされた。横へのリーチはない。

 真横へ避けると、狙ったかのようにもう一度降って来る。こちらは身を無理矢理捻ってやり過ごす。体が重い分、ラジーのように何度も繰り返すことはできない。

 

 避けられた、とわかるとディノバルドは忌々しげに尾を牙で研いだ。クララが体勢を直しながら息をつくと、尾に含まれる鉄や、あたりの空気が焦げる匂いがする。

 

(やっぱり身体、柔らかいのね……!)

 

 久々にやり合うと、改めて彼の竜の“柔軟さ”に驚かされる。尻尾を牙で研げるほど首や体が曲がるのだ。視野は決して広くなくても、見渡すことは非常に得意。足元に潜り込まれたら素早く、深く振り向くことができる。

 獣竜種らしく足が長かったり、腰の位置が高いのも要因になるだろう。

 ディノバルドはブレスといった特殊攻撃を立ち回りの主軸としないものの、そもそも身体能力が高い種とも言える――クララはヘルムの下で砂がべっとりとくっついた唇を舐めた。

 

(けれど、こっちは身体能力を補う技術があるの)

 

 尻尾を牙で研ぐディノバルド相手に、砥石無しで戦うというのは何とも皮肉な状況だ。

 ──ならば真似してやればいい。

 

 尾で薙ぎ払うディノバルドの腹の下を、前転で潜り抜ける。すれ違う瞬間、ステッキニマゼコゼルを抜刀してディノバルドの体に擦り付けた。砥石での手入れには及ばないが、荒い土くれは何とかこそぎ落とせた。ガードで落ちた切れ味も持ち直しただろう。

 

 ハンター間では『絶対回避【臨戦】』と呼ばれる狩技である。ディノバルドの眼前に躍り出たクララは、両手のステッキニマゼコゼルを思い切り彼の顔面に叩きつけた。

 鈍器のような感触に、青い炎のような甲殻が音を立てて弾ける。悲鳴をあげて倒れるディノバルド。

 

得物(大剣)を振るう時は、重いからこそ柔軟に。――あなたたち斬竜が教えてくれたことよ!)

 

 振り抜いた遠心力を殺さずに、クララは体全体を捻って回転斬りを放つ。大剣は適当に振り回してもそれなりに威力は出るが、代わりに手首や腰を痛めやすい。正しい扱いというのは、()()に安定した威力を叩き出すことだ。

 どんなに体を鍛えても、身の丈を越えるこの得物を手先程度で扱う事はできない。体幹を軸とした遠心力や柔軟さは、どこかディノバルドの動きに繋がるところがあった。

 

「ナイスクララ!」

「防具にするくらいよ、どれだけ狩ってきたと思ってるの!」

 

 単純に、ディノバルドというモンスターが好きなのだ。だからディノ一式装備を愛用していた。もちろん性能が非常に優秀なのもあるが、それ以前に。

 自然界の産んだ大剣使い。彼の竜にあやかった装備を魅力に思わない方がおかしい。

 

 組み合わせが無限にあろうとも。装備なんて“好き”であることが最適解だと、クララは思っていた。

 

(モンスターに“寄りすぎる”ことは、ハンターとしてあまり良くないこと……なのだけど、ね)

 

 くすり、とクララはヘルムの下で苦笑した。

 

(それと、今回のMVPはラジーに譲るわ……この大剣、ホンット使いづらいもの!)

 

 

 

 ディノバルドが地に伏すまで、それほど時間はかからなかった。クララは前衛でディノバルドの気を引きつけ、ダメージはラジーが与えたものがほとんどだ。

 

『見事なコンビネーション! 右肩上がりは止まるところを知らず、ディアブロスも真っ青な頭角表す――』

 

「なぁクララ、あんた貸出装備めちゃヤバいんですけど!?」

「ギルドの教官方が頭を捻って、どの武器も必要なスキルが揃うように調整されているのよ。俗に言う『混合(キメラ)装備』というものだわ」

「じゃなくて見た目!! クッソダサいんだけどコレどうにかなんないの!? あーしはガレオスS一式だからまだいいけどあんた、ボーン頭にガルルガ胴、手と腰ボーンに、クロオビの短パンって!!」

「それは……うん……否めないわよね……オッサンの太ももなんて、もはやグロテスクよね……」

 

『ラジィィィ――――とクララァァァ――――!!』

 

 どう、と嵐のような喝采。まるで興奮が質量を持ったかのようだ。

 《闇夜の万雷》ファントムホロロなんて忘れてしまったかのように、闘技場は狂気じみた熱狂に包まれていく。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 
 猫を染めて売る。タイのことわざだそうです。こんなにも猫を崇め奉るタイ文化、素敵ですね……ゴクリ。

 お久しぶりです。ゾクです。多忙につき、ちょっとご無沙汰しております。

 今話を書くにあたって、再びSwitchを起動し闘技大会に行って参りました。
 前回のフルフル戦も然り、闘技大会は別にゲーム内のを再現しなくても良かったのですが、せっかく書くならロケハンした方が筆のノリも良いので。
 ディノバルドは闘技大会ではなくチャレンジクエストですね。その中でも今回扱ったのはブシ弓と砥石なし鈍器使い大剣。大剣はめちゃくちゃキツかったです。

 リハビリ兼ねて狩猟シーンをメインにしました。それなりにいつもの調子通りかな〜と思っています。
 その頃一方、シヅメヅ兄弟、フィー等はどうしているのでしょうか。
 次話もよろしくお願いします。
 


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53杯目 (アイルー)を染めて売るような ふたくち

 今回はあまりモンハンしていません。
 ちょっと長め。


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 闘技場が《期待の新星》に盛り上がっている頃。

 

 シヅキとメヅキ、フィーはドンドルマハンターズギルドのとある一室に放り出されていた。

 身柄を確保されてからもうすぐ丸一日が経つ。簡素な食事は出されているものの、そろそろアキツネの作る飯が恋しい頃である。

 

 三人はそれぞれハンターズギルドの取り調べを受けた後だった。偉そうな者、重鎮そうな者、ときに恐怖の赤い装いのギルドナイトとまで。

 長時間の問答はある意味、大型モンスターと対峙した時か、それ以上に精神が摩耗した気がする。

 

 今は問答をまとめて審議の時間らしい。内容は恐らく、ファントム・ホロロことフィーの……

 兄弟は簡単な目の前のソファの女を見た。うなだれている顔は幼く見えるが、二人よりほんの少し年上である。

 

 何か言いたそうなシヅキを見かねて、メヅキが口を開いた。今はきっと、フィーにとってシヅキの控えめな性格は毒でしかない。

 

「フィー先輩。俺だ。メヅキだ。昔、弟が素材の部署で世話になった」

 

 メヅキのはっきりとした物言いに、細い腕の隙間から茜の瞳が力なく覗く。

 

「あんた、《木天蓼軒(うち)》の……薬んところのだったか」

「ああ。部署が異なっていたから、俺と一緒に働くことはあまりなかったな。それでも俺達と貴方は同じ商会で育った仲だ」

「……シヅキとあんた、兄弟」

「そうだとも。俺達二人は確かにギルドに弱みを握られている身ではあるが、貴方の味方になりたい。どうか、気を強く持たれよ」

「……ふたり、フィーの味方?」

 

 フィーの茜色の瞳がゆっくりと揺れる。昔のことを少しずつ思い出してきているようだ。やがて瞼が閉じて、「フィーはひとりだもん」と彼女は小さく呟いて身じろぎした。

 シヅキはその時、フィーの(ふところ)から一枚の紙がこぼれ落ちたのを慌てて拾う。

 

「先輩、ギルカ……ギルドカード、落としましたよ。良ければ僕のと交換します?」

「ハンターが会えばまずギルドカードの交換だ。俺のも頼みたい」

「……べつに。さっき職員から『身分証明書だ』っていっぱい貰ったけど、フィーはいらない」

 

 フィーは懐から束になったギルドカードを投げ出す。机の上に棒立ちのフィーがばらばらと広がった。みんなムスッとした顔をしている。

 ギルドカードは、『写真』という特殊な造影技術で容姿が印刷されている。スケッチは偽造ができるが、写真は誤魔化せない。ハンターズギルドはこれで顔や武器、防具の様子を記録しておくのだという。

 

 ギルドカードはハンターにとって名刺であり、免許書であり、「自分はハンターズギルドに所属している」ということを意味する最大の身分証明書だ。

 

「ハンターネームは……“ファントム・ホロロ”?」

 

 ギルドカードは申し訳程度の厚紙でできていた。『HR1』を意味する。

 ハンターネームの欄に“ファントム・ホロロ”と名されているが、偽名だという事がすぐにわかる。

 ハンターネームとは、本名を登録する必要がないのだ。

 

「シヅキあんた、文字、読めるようになった?」

「先輩と別れた後、必死に勉強しましたからね」

 

「数年頑張って、日常の読み書きがやっとですけど」と苦笑いをしながら、シヅキは兄のと二人分のギルドカードを差し出した。しかしフィーは受け取るも、目を通してすぐに机へ放る。彼女は字が読めないからだ。

 フィーのギルドカードを眺めていたメヅキは、ようやく大きく頷いた。

 

「武器使用回数がゼロ、狩猟数がパラパラと。なのに装備はある程度整っていて、腕前はG級に迫るほど……なるほど。そういう抜け穴か」

「武器使用回数と狩猟数が噛み合わないのは、通常のクエストじゃなくて闘技大会に何度も出ていたからなんですね」

 

 闘技大会だけで稼ぐことは不可能ではないものの前代未聞。剥ぎ取った素材が手に入らないので、装備を充実させられないからだ。

 もし闘技大会一本で飯を食うとなると、素材が不要――自前の装備が必要ないということ。ハンターズギルドの職員らがファントム・ホロロの動きを予測できなかったのも仕方のない事だろう。

 

「それに、ギルドカードが作られたのもつい最近のようだな。フィー先輩のハンター歴は俺達よりも長かったはず」

「……闘技大会に出るには、ギルドカードが必要って言われて。作った。しょうがないから」

「クエストを受けるには記録するものも必要ですからね。だから“ファントム・ホロロ”は実力とHRが見合わないということか」

 

 ハンターズギルドに登録されているクエストをこなさないとHRを上げる事ができないし、より上位の依頼を任せてもらえない。

 対してギルドを介さない非正規なクエストは、ときに自分の身の丈に合わないことがある。数字として記録されず、大きな危険も伴うが、正規クエストをこなすよりも一足飛びに実力がつくだろう。

 これは過去のメヅキとシヅキも当てはまることだった。

 

「じゃあ、先輩がファントム・ホロロになったわけは。まさか、《木天蓼軒》がまた経営難に」

「ちがう。……ううん、《木天蓼軒》はいつも貧乏だけど。フィーがリオレウスを殺したのは、はやくリオレウスの素材が欲しかったから。匿名の依頼に必要だった」

「匿名の依頼?」

「……話せない。でももう、()()()はギルドが回収しちゃった。依頼、こなせない。仕事、失敗した」

 

 フィーの語尾は尻すぼみになるが、突然身を起こすと二人へ迫ってきた。驚いて喉が詰まるシヅキに対して、メヅキは粛然としている。

 

「二人はフィーと別れた後、何してた? 借金で逃げたのかと思ってた」

「……!」

「あんたたちはあんなに長く働いていたけど、いてもいなくても《木天蓼軒》の隊商(キャラバン)は変わらなかった。隊長はころころ入れ替わるし、フィーは毎日護衛と素材いじり」

 

 聞くなりシヅキは少しだけ苦笑いして、静かにため息をついた。「良かった」

「何が?」

「僕らがいなくなっても、先輩と隊商が何とかやっていけていて」

「あんたのそういうとこ、昔からきらい。人が良すぎる。だから隊商ではいつも仲間外れだったんだ」

 

 フィーのギルドカードの縁を撫でていたシヅキの指が止まる。代わりに、ベッドの上で胡座(あぐら)のメヅキが口を開いた。フラヒヤの森林のような深い緑の左目は、フィーではないどこかを見つめている。

 

「商隊からはずれたのは、もう四年以上も前のことだ」

「四年まえ。フィーは二十歳。あんたたちは十九歳」

 

 フィーは机に投げ出している手の指を折って数える。

 

「金。所持品。体力。全て尽きた俺達は、自力で生活できなくなって。行く宛もなく、唯一できたことは自己破産の申告だ」

「じこ、はさん?」

「俺達は金を返すことができない、と借金相手に告げる事だ。ギルドが絡んだりと手続きにかなり苦労したし、ハンター免停……免許停止の引き金ともなったが。結果、良かったと思っている」

「あんたたち、ハンター辞めてた?」

「あぁ。ハンターは確かに履歴を問わない職だが、ハンターである身で起こした犯罪は別だからな。ギルドによって依頼の受注を禁じられたのは、素材の違法取引の罰則として。その間の一年半は町の中で下働きと、体づくりを」

「……そんな。《木天蓼軒》を。フィーを恨まないのか」

 

 ぐっ、とシヅキが音もなく唇を噛む気配がする。

 当然だ。思春期を棒に振ることになった理由が目の前の女と、その裏に潜んでいるのだから。

 しかしメヅキはぴしゃりと言い放った。

 

「恨んでいる暇はなかったとも。ここまで這い上がるには目の前のことで精一杯だったからな」

「……うん、メヅキの通り。恨む理由はあるかもだけど、引きずり続ける理由はありません。僕らには」

 

 後から苦々しく意見を述べるシヅキに、「お前が言うか」とメヅキは頭を引っ叩いた。

 二人の過去の振り返り方は、まるで酒を潔く一息で呷るのと、何度もえずきながら飲み干すようだ、とフィーは思う。どちらも、そこには大きな苦難があったのを何となく彼女は察した。

 でも、自分もすごく大変だもん、とも。

 

 フィーは行儀悪くベッドに身を投げ出した。吹き出した埃が灯りに照らされ、黄金色に瞬く。

 

「あんた達はその程度の罰。じゃあフィーのはどうなる? フィーはこの後どうやって生きればいい?」

 

 ハンターズギルドの掟に逆らえば。最悪の末路はこの町の子供だって知っていることなのに、彼女は自分が生存できる前提でいることに――最悪の末路を知らない事に、兄弟は何も言えない。

 

「ハンターに免許が必要なんてフィーは知らなかった。正しいと思ってやったこと、みんな間違ってた。どこから間違えた? どうすれば正解だった?」

 

 返すは沈黙。彼女の生い立ちを知っている兄弟は尚更、彼女を非難することもできず。

 

「依頼を受けたとき、思った。やっとお金持ちになれる運が巡ってきたって……それに闘技大会で有名になれば、みんながフィーの言うことを聞いてくれて、食べたいものも欲しいものも、ずっと暮らせるところ()も。なんでも……」

 

 消え入るような声。

 彼女の夢は、きっとこの洛中(ドンドルマ)じゅうの人をかき集めてさえ、最も純粋なものだろう。

 

 決して高潔ではなくても。そこには悪いことをしたいとか、誰かを虐げようといった邪念は一欠片もなく。

彼女は()()になりたいだけなのだ。

 

 ふと、フィーは顔を上げる。乾いた赤い唇の端に艶やかな黒髪がへばりついていた。

 

「あんたたち二人、必死に金を集めてるってギルドナイトのクソジジイから聞いた。借金も返し終えて、十分な生活ができてるあんたたちは――」

 

「何のために。ギルドに弱みを握られてまで、金をたくさん集めてる? 集めた金をどうする気だ? 毎日ほっぺたが落ちるほど美味い肉や果物をたらふく食べて、毎日浴びるほどの酒を飲むのか? 貴族が欲しがるほど高いモンスターの素材を山のように買い集めるのか?」

 

 灯りにぎらつく茜の瞳が兄弟二人を射抜いた。

 硬く口を結んだ二人は、わずかな時間も置かずに応えた。

 

「「お金で救いたい(ハンター)がいるのです」」

 

 

 

 

 

 その時、「お疲れちゃーん」という気の抜けた挨拶と共に部屋の扉が開かれた。大きな封筒片手に赤のフェザーのオズだ。珍しく正装のギルドナイト一式装備である。

 

 彼が取り調べに不在だったのは、昨晩から休みなくハンターズギルドじゅうを奔走していたから。事を円滑に進める潤滑油となっていたそうだ。

 

「大老殿からの判決、出たで」

 

 三人が唾を飲むより早く、オズは手にした書類を淡々と読み上げる。

 

「ファントム・ホロロことフィー。まずは明日の公演は出てもらう。刑罰の細かい裁量決めんのはその間に」

 

 とりあえず今すぐ首を切られることはない。しかし安堵する三人に息もつかせず、オズは「その代わり」と釘を刺す。

 

「公演を成功させる――つまり、モンスターを必ず狩猟しきること。ギルドがあんたの首の皮をひとまず繋いであげているのは、寵児であるファントム・ホロロをこのまま殺すわけにはいかんからや。今期の闘技大会、莫大な運営資金も掛かっとる」

 

「――ギルドは!」

 

 オズが言い終えるが早いか、シヅキがオズに詰め寄った。

 引き止めようと腕を掴むメヅキをものともせず、遠雷のようにおぞましく低い声を喉奥から絞り出す。必死の形相だった。

 

「先輩を何だと思っているんです……先輩は消耗品なんかじゃない……!!」

「誤解しないでくれへん? 最前線で戦ってくれる子を“ボウガンの弾”や“弓のビン”みたいに使い捨てするんは三流企業よ。でなきゃギルドは保険金や支給品の手当てもせぇへんしな」

 

 噛み付くように見上げてくるシヅキを無理やり引き剥がすのではなく。「気持ちはよう分かるけど」と、その肩をポンと軽く叩いてやる。びくともしないがオズは変わらない調子で言葉を続ける。

 

「ただ、それは正当なハンターである場合や。ギルドに所属していなかったり、ギルドの掟に背いてしもた場合は――扱い変わってくるやろな」

「……」

 

 むしろオズは事が最悪の顛末にならないよう尽力してくれているのだ。シヅキは悔しそうに目を逸らした。

 彼が急に怒りを露わにした理由をフィーだけが分からず、ひっきりなしにきょろきょろしていた。

 

「……すみません、疑うようなことを言ってしまって」

「ん、分かってくれたらええ。あと、アホアホの兄弟(あん)ちゃん()はこのまま釈放。おめでとちゃん」 

 

 そう言って、オズはペラペラの書類をくしゃくしゃに丸める。

 

「でも、事件はまだ完全に解決したわけやあらへん。さっき出た判決は、フィーちゃんがリオレウスを不当に殺してしまったことについて。でも、フィーちゃんが任された“匿名依頼”や雄火竜素材の違法取引、ギルドの目の届かんところで蠢く商会《木天蓼軒》……何層にも問題は重なっとる」

 

 オズは空いている椅子に行儀悪くどっかりと座ると、目頭のあたりをぐりぐり揉みはじめた。今は夕刻間近。彼は徹夜明けだ。

 

「商売や取引とあらばハンター兼商人上がりであるウチの管轄。快()乱麻を断つとはいかへんかもやけど、ウチが長年追っている違法取引の課題の解決に、フィーちゃんが足がかりになってくれたんや。凄い運の巡り合わせやで」

「違法取引……フィーが?」

「オズ殿、引退の検討中に事件とはずいぶん悪運持ちだな」

「なんも悪運やあらへん。こりゃ激運や」

 

 その言葉は本気か皮肉か分からないが、オズは仰いで三人を見渡すと、ニッタリと口の端を釣り上げる。

 

「んで、ここからはハンターズギルドの意見。あんたら三人は今から事件の関係者やなくて、ハンターとして協力してもらいたい」

「ハンターとして協力って、一体」

「ファントム・ホロロと八百長や」

「や、八百長?」

 

 オズは食事として出されていたウォーミル麦のパンを掴むと、「腹が減っては狩りもできへんで」と三人へ放ってよこす。そして余っているのを勝手にムシャムシャ齧り始めた。「かったいパンやな〜」

 

「ファントム・ホロロの最終夜。ただの独壇場でもええねんけど、簡単なシナリオをつけよって話が運営内から出とるんや」

「芝居仕立て、というところか。確かにこの町の人は劇や一座も好む。通常の狩猟より民衆受けしそうだ」

「劇? やってみたいけど、台詞とか覚えられない」とフィーはパンをモグモグしながら言う。

「台詞や狂言回し(ナレーター)は司会者がやってくれるから、出る人は何も喋らんでいい。これ、台本は狩猟を達成することくらいしか決まってなくて、狩猟しながら進むシナリオなんやって。あんたらの狩猟を追って、リアルタイムで台本が書き上がってくねん」

「ほぼ即興劇、ということですか」と首を傾げるシヅキ。

「せや。だからギルドは今、大急ぎでツテを駆使して作家とか『月間狩りに生きる(ゲッカリ)』記者とか、文章書ける人を集めてる」

 

「そんでな」とオズは三人の顔を順に、念を押すように見比べた。彼は人を引き込むのが異様に上手い。彼がギルドナイトである理由は、狩猟の腕だけでなくこんなところにもある。

 

「彼女をサポートする(ロール)が必要なんや。ペア狩り経験のないフィーちゃんの素早い動きに合わせられて、しかも、最後は彼女に舞台の照明を譲ってやれるような盛り立て役」

「サポート……というと、メヅキが適任かな?」

「お、俺がやるのか」

 

 シヅキは横で白羽の矢が立ったような顔をしている兄を見た。パンを齧る手が止まっている。

 

「うちもそう思うた。しかし問題があって、自分の武器や防具はやっぱり出されへんねんって。装備もアイテムも貸し出し品だけや」

「え、別にいいんじゃないです?」

「これ、見てほしい」

 

 オズは大きな封筒から次の書類を取り出した。公演の要項のようだ。受け取ったシヅキは目を通す。

 

「なになに、武器は太刀もライトボウガンもあって……」

「相手は氷牙竜ベリオロス。(温暖期)産の個体か」

 

 曰く、今闘技大会で使用できるライトボウガンは火竜砲――リオレウス由来の武器とは皮肉なものだ――火炎弾の速射が得意で、サポートというより攻撃性能が重視されたもの。アイテムも各種薬と弾しかない。

 対して太刀は、絞蛇竜ガララアジャラの麻痺毒が仕込まれたコイルドネイル。爆弾、眠り投げナイフと搦手のアイテムも充実している。

 

「太刀の方がサポート向き……じゃないですか……」

「言いたいことはわかるやんな? シヅちゃん」

「ううッ断りたいです……気持ちとしては断りたい……」

「他のハンターにも目星はつけてる。無理にとは……って言いたいところやけど、ファントム・ホロロに接触する人はなるべく減らしたい」

 

 彼女の履歴や事件そのものの情報が漏れたら、世間の好奇の目に晒されてしまうだろう。酷評に振り回されれば社会的に生きていくのが難しくなる。それこそ消費物のように扱われてしまう。

 フィーは目頭に皺を寄せて目を伏せた。夢である「普通に生きること」が叶わない事を再び思い知らされたからだ。

 

「……それでも。フィーはやっぱり諦めたくない。美味しいものを食べて、欲しいものを手に入れて、ずっと町で暮らすことを」

 

 唇を噛んでいた彼女は、前髪を振り払って訴えるように言い放つ。

 

「お願いだ、アホ兄弟。フィーを助けてほしい」

 

 オズの真意を受け取った兄弟二人は、彼女の意志に問答無用で首肯した。

 

「情報として先輩を守る、か。外部のハンターに頼むことはできん」

「でも、先輩の気持ちが最優先です。……本当に、僕と狩猟をご一緒してくれますか」

 

 慎重に訊ねるシヅキだったが、フィーはゆっくりとそっぽを向き、ツンと澄まして答える。

 

「誰かと闘技大会に出るのは嫌だけど。シヅキとなら、別にいい」

「たはは。ご指名頂き、誠にありがとうございます」

 

 困り笑いをした次の瞬間、シヅキは真剣な顔つきになる。いつのまにか一端の商人の表情になったもんや、とオズは人ごとながら思った。

 

「いいでしょう、先輩――ファントム・ホロロとの舞台。この《南天屋》のシヅキが、お引き受けいたします」

「流石! ドンドルマハンターズギルドの代表としてこの依頼、是非よろしくお願いしたい」

 

 交渉成立。

 オズは封筒から依頼書を出すと――引き受けるのを見越して持ってきていたのか――挑戦的な笑みで渡す。シヅキは丸みがかった綺麗な文字で手早く署名を済ませ、「高くつきますからね」と返してやった。

 

「彼、ベリオロスにとって夏の雪山は食べモンが少ない時期やからめっちゃ痩せてるし、かなり手負の個体やけど。『白の騎士』の異名を持つ程度には相当手強いで」

「雪山のモンスターの生態について詳しいな、オズ殿」とメヅキ。「仰る通り、温暖期の雪山は育ちきった硬い草葉しかない。モンスターは肉食・草食関係なく栄養不足に陥る」

「でも、雪山のモンスターは飢えている時こそ恐ろしい屈強さを見せるって、僕は身をもって学んでいます。特にベリオロスは一式の防具にするくらいですから」

「シヅキ、ベリオ装備なのか?」とフィー。「あんたには『白の騎士』なんてもったいない」

「これから手伝う人になんて物言いを」

「頼んだのはこのクソジジイだ」

「先輩が女の子じゃなかったら一発グーですからね?」

 

 フィーとシヅキのやり取りにオズは高らかに笑い、メヅキの肩をがしりと抱き寄せる。

 

「メヅちゃんは医療スタッフ! 医学に精通するハンターなんて鬼蛙に岩の盾」

「それは心強いことの例えか? だが弟と先輩に全てを任せるなんて俺のプライドが許さん。摂取した途端に鼻血がブーブー出るくらい効きの良い薬を用意しよう」

「そんな理由で出血したくないんだけど。もっと有益な方に頭を使って欲しいな」

「メヅキの薬、昔からよく効く。あんまり苦くない。フィーは好きだ!」

 

 かつて三人はこのような、あどけない雰囲気で共に過ごしていたのだろうか。

 いかん、必要以上に情が移る。オズは頭を振って思考を飛ばすと、声を高らかに張り上げた。

 

「さぁ、乗りかかった龍撃船は途中で砂漠に降りられへん。最後まで突っ走ってもらうで!」

 

 最後の舞台は明日の夜。

 猶予は丸々一日あるが、関係職員との顔合わせやベリオロスの下調べ、コンディションなど整えなければならない土台は山ほどある。

 夕闇の気配が迫る洛中を、四人はそれぞれ動き出すのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 




 後書きも少し長め。

 シヅメヅ兄弟とフィーの会話で非常に難産になりました。
 二人がガチガチに事件について深入りしても良かったのですが、フィーが可哀想になっちゃったので。その辺のお堅い話はオズに任せて、昔話を交えつつザックリ過去バラシです。
 細かい描写は後々に別の人物に任せることに。

 自己破産。
 調べ物をしたら、借金返済についてのweb広告が止まらなくなりました。違う、そうじゃない。
 自分、経済について詳しくないのでモデルとして現代の借金制度を採用していますが「借金相手に頭下げたんだな〜」程度の理解で大丈夫です。むしろ突っ込まれたくないポイントだったり。
 
 闘技場クリアした時のギルカ狩猟数。
 W:IBやRise:SBではカウントされ、XXではカウントされない仕様だそうです。これではお試しで斃されていったドスマッカオくんたちが浮かばれない。
 じゃドンドルマこと4gではどうなのって話ですが、ゴメンナサイ、ロケハン不足です。ベースであるXX基準にさせて頂きました。
 ちなみに武器使用回数はX以降カウントされないそうですね。

 次回はフィーとシヅキのベリオロスペア狩りです。たくさんネタ回収ができそうで、自分もちょっとワクワクしております。

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。


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54杯目 タンゴを踊るにゃ二人必要


 クソダサネーミング第三弾。
 
 
 


 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「ファントム・ホロロの従者が“シャドー・ブナハ”なんて! とんでもなくクソダサい名前だな!!」

「そんなの僕が一番分かってますよう……」

 

 フィーの軽口をあしらいつつ、シヅキは独特の艶感のある袖に腕を通す。こういう礼服とはとにかく縁がないので、肩周りのパリッとした質感に思わず息が詰まる。

 しかし今回はこれが指定装備だから仕方ない。

 

「にしてもブナハS一式装備を見ると《スカスピ》さんを思い出しちゃうなぁ」

 

 《スカスピ》。密林隣接のグロム・バオム村で活動する4人組バンド(小規模楽団)グループだ。

 彼らがドンドルマに闘技大会観光で再び来ていることを知るのは、もう少し後のことである。

 

 薄暗い控え室でシヅキとフィーは着々と出場の用意を整えていた。といってもフィーはすでにホロロ装備姿でくつろいでおり、慣れない装備に手こずっているのはシヅキだけだ。

 そんな彼を手伝いもせず、薬の瓶の蓋を閉めながら兄のメヅキは意見した。

 

「《スカスピ》殿は気品があってブナハ装備が似合っていたが、お前が着ると“竜子も衣装髪形(かみかたち)”であるな」

「「それどういう意味?」」と、フィーとシヅキの声が重なる。

「竜車引きのような身分の低い者が、きらびやかな衣装を着ても……という意味だ」

「答え次第でぶっ飛ばそうと思ったけど、文句言えないんだよなぁ」

 

 拳を握ってこめかみに青筋を立てるシヅキだが、フィーは「くふふふ」と腹を抱えて笑っていた。「まったく言う通りだ! お前、似合ってなさすぎる!」

 

 これから最後の狩猟だと言うのに、ホロロ装備を着た時から彼女は全く気にしていない様子だった。この装備を着て思いのままに双剣を振るうことが純粋に楽しみなのだと言う。全てのことは狩猟の後に向き合えばいい、とも。

 

「商隊お付きのハンターなど、竜車引きなんて雑用を嫌というほどやらされるものだ。まぁ俺は、今となってはアプトノスを上手く扱える自信がないものだが……さて、今回の薬はこれを持って行け」

 

 そう言ってメヅキはできあがった大きな籠を二人に押し付けた。中に入っている薬瓶が、がらがらとやかましい音を立てる。

 

「わ、どうしたのこれ」

「ギルドから許可が降りるまでが時間かかってしまった。応急薬や強走薬に、とっておきの秘薬だ」

「秘薬! 上位個体相手となると支給品も豪華だなぁ」

「俺が夜なべして作ってやったのだぞ。存分に使いたまえ。あいや、薬は使わない方が良いに越したことはないのだが」

「寝ぼけてんのかアホ」

 

 シヅキはツッコむが、メヅキの目元は確かに疲労の色が見える。一晩でこの量の薬を一から作ったというのだから、逆に労ってあげるべきなのかも知れない。

 

「医療スタッフゆえ俺はここまでしか付き合えんからな……特にシヅキは辛い戦いになると思う。これが薬師にできる、せめてもの祈りだ」

 

 メヅキは二人に両手を合わせ、ゆっくりと指を組んだ。

 

「どうか、二人に限りないご武運を」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 兄ともなると弟の思考は手に取るように分かるものらしく、メヅキの不安は的中した。

 闘技場に出るなりシヅキは仮面――顔がバレないように急遽用意されたものだ――の下で眉根を寄せる。

 なぜなら、闘技場から見上げる観客席が予想以上に盛り上がっていたからだ。しかしファントム・ホロロの最終公演なのだから当然だろう。

 

 彼らは殺生を無邪気に望んでいる。見渡す限りの人が、命と金を天秤に乗せて賭け事を楽しんでいる。どんなに目を凝らしても悪意はどこにもない。

 シヅキの心臓がずくん、と軋んだ。あまりの痛みに一瞬だけ瞼を閉じる。

 この場に情けを掛けるような、狂っている人間は僕だけだ、と。

 

 なら、徹底的に狂い切って己を潰してやろう。それで先輩の首が繋がるのであれば――依頼が完遂されて、金が手に入るなら構わない。

 背負う太刀、絞蛇竜ガララアジャラ素材のコイルドネイルの柄に触れると、わずかに心が落ち着いた。

 

『皆様、お集まり頂き至極恐悦。今宵の舞台は無礼講、“白の騎士”と踊らんとする洛中を賑わすファントム・ホロロとその従者シャドー・ブナハの物語であります――』

 

 新月の闇夜の中、贅沢に明かりを灯された闘技場に司会の芝居がかった狂言回しが響く。するとシヅキとフィーの向かいの扉が、がこんがこんと音を立てて物々しく開かれた。ぬぅと白い巨体が現れる。 

 

 氷牙竜ベリオロス。右眼が潰れ、右前脚の独特のスパイクが破壊されている。甲殻や毛の擦れを見るに、どうやら右側からの大きな攻撃を食らった個体らしい。

 

(先輩、あの個体は()が弱いようです。しかし逆に、右からの攻撃には敏感になっているかもしれません。気をつけて)

(わかった)

 

 二人は手早くハンドサインと目線でやり取りする。商隊時代からのやり方だ。

 

 暗い控え室から急に明るい闘技場へ出たベリオロスは悪鬼のような形相になる。眩しい雪原でも視界を確保できるように目の上の甲殻が発達しているのだ。(ひさし)のような役割を果たす。

 酷く気が立っているベリオロスは二人を目で捉えるなり大きく咆哮した。

 

「グオオオォォォォ――――……」

 

 彼の竜の声は雪山を駆ける風の音のように低い。フィーはジャスト回避、シヅキはイナシでそれぞれ硬直をやり過ごす。

二人はそれぞれ動き始めた。狩猟の幕開けだ。

 

 右方向へぐるりと大きく回り込むシヅキを横目で見つつ、フィーは真正面からゆっくりと歩いて近づく。二人のどちらを最初に目をつけるか賭けではあったが、狙い通りベリオロスはフィーを獲物としたようだ。

 

 抜刀したままのフィーへベリオロスは体を横に向けたかと思うと、一拍置いた素早いタックル。これも前転でやり過ごす。背負うツインボルトの翠色の雷光が美しい円の残像を描いた。

 反対側でシヅキが浅めに斬りかかった。序盤は堅実に立ち回り、観察に徹するのがシヅキのブレイブスタイルだ。

 

「グルルゥ」

 

 挟まれたと分かると、ベリオロスは後方へ大きく跳躍。そのままこちらへ折り返すように突進してくる。

 シヅキが走って距離を取るのに対して、フィーは抜刀したまま二拍のステップで回避。派手で大きな立ち回りに、観客席からわあっと喝采が上がる。

 

 獲物を逃したベリオロスは急ターンするが、右腕のスパイクが効かない。腹で地を擦ってようやく回りきる。純白の毛が砂煙で黒く汚れた。

 その隙にフィーは素早く駆け寄る。

 

(尻尾きます!)

(分かってるって)

 

 ベリオロスは肉薄するフィーを見据えたまま尾で薙ぎ払う。フルフルのそれとは異なって、ベリオロスの尾は非常に長い。遠心力も相まって薙ぎ払いの威力は高く、立ち位置によっては時間差で食らう。尾の軌道を読み誤ったらしく、フィーは体を引っ掛けてしまった。

 体の軽いフィーは小さなうめき声を上げて、人形のようにたやすく吹っ飛ぶ。観客席からはどよめきのような悲鳴が上がった。

 すかさず狂言回しが入る。

 

『白の騎士も簡単には舞踏の誘いに乗ってくれない。ファントム・ホロロは手を差し伸べるも、冷たく払い除けられてしまう――』

 

 すぐさま起き上がったフィーは、再度仕掛けようと前へ一歩だけ踏み込む。

 

「っ――!」

 

 読まれていた。ベリオロスはバックステップから立て続けにブレスを放った。凍結袋という特殊な臓器によって生成された激しい冷気のブレスだ。

 フィーのホロロ装備に霜が厚くこびりつき、装備の可動性が途端に悪くなる。あまりの寒さにかじかんで、フィーの手足がずしりと冷たい鉄のように重くなる。

 俗称、『雪だるま状態』および『氷属性やられ』だ。

 

(急いで消散剤とウチケシの身を。残すとキツイです)

(……立て直しに退がる。場所はあげる)

(了解。前に出ます)

 

 二人の滑るような立ち位置の交代。シヅキの後方で、雑にポーチ開ける気配がした。

 

 抜刀。しゃらりとコイルドネイルの刃が鯉口と擦れ、鈴が鳴るような音。シヅキの心の中で暴れ狂っていた、ベリオロスへの同情や憐れみという雑音が完全に断たれる。

 シヅキは意識を静かに切り替えた。

 

「さぁ、僕が相手だ」

 

 怒りで琥珀色に燃えるベリオロスの瞳。シヅキを捉えるが早いか、予備動作なしのタックルが繰り出された。キレが鋭く非常に避けづらいが、あえて真正面へ踏み込む。真横一文字に切先が白く閃き、パッとベリオロスの体毛が散った。

 

 剛・気刃斬り。いわゆる『カウンター』と呼ばれる一撃だ。普通であれば回避に徹するところを攻撃のチャンスに()()()ところは、フィーのブシドースタイルと似る。

 

 驚いたベリオロスは――カウンターを食らったモンスターはまず驚くことが多い。なぜなら相手は大抵、自分が攻撃すれば被弾か回避の二択になると読むからだ――のけぞって怯む。大したダメージは通っていないが、この隙をこそ狙い。シヅキは斬り上げ、縦斬り、突きまで連携させ、ベリオロスの右方へ斬り払いながら位置を微調整した。

 僅かに息を吸って止め、再び激しい定点攻撃を仕掛ける。

 

『「突然のお誘い、無礼申し上げます」

白の騎士へ鋭く告げる、従者のシャドー・ブナハ――』

 

『「貴方を決して悪いようには扱いません。お嬢様は“正義の義賊”なのですから」』

 

『「しかし、このドンドルマでは価値あるものを溜め込んでいると妬まれます(ゆえ)、金遣いの荒い者こそ称賛されるのですよ?」――』

 

 皮肉の効いた狂言回しにどう、と賛同に湧き上がる観客席。この溢れかえった観客席では、一体どれだけの客が賭け券を懐に潜めていることか。バラバラと大雨のような拍手と、ひゅうひゅうという浅い嘲笑のような口笛があちこちで鳴り響く。

 

 その一端で、興奮する客とは真逆にひっくり返っている一行がいた。《七竈堂(ナナカマドウ)》マスターのウラとチェルシー、そしてアキツネとハルチカだ。

アキツネは鼻をふんふん言わせて興奮気味に呟く。

 

「……あの切れ味バキバキの太刀筋、シヅ(コウ)だ。おれ、いつも前衛で隣で見てッから、わかンだよ」

「あァ、(わし)の目から見ても間違いねェ。あいつどうしてファントム・ホロロの隣なンかに!」

 

 口をあんぐりと開けるハルチカの隣で、「ふ〜ン」とウラは嬉しそうに麦酒のジョッキを勢いよく傾けた。

 

「大人しそうに見えてあの子、意外とああいうガツガツした立ち回りするのかい。後衛としちゃ、ああいう子が前衛に立つとうきうきしちゃうねェ」

「……だろ? 前衛でも、あンなやつが隣サいッと気力湧いてくるモンだ」

 

 ニヤける口のまま麦酒を啜るアキツネ。ウラが素直に褒めることは尋常でないことだ。隣で熱帯イチゴのジュースのジョッキを揺らすハルチカも、嬉しそうに目を細めた。

 

「このアキも珍しく認める、《南天屋(ウチ)》の一番()()だゼ? 儂らの露払い役ならドンドルマ中のハンターを漁ったって右に出る者は居やしねェ」

「なんだい、ずいぶん好いてるネ」

「友を自慢して何が悪ィ」

 

 麦酒の泡を舐めながらアキツネはウンウンと大きく頷く。一瞬はにかんだハルチカも突然立ち上がり、闘技場に向けて拳を振り上げる。「にしてもシヅ公、とんでもねェ舞台に立ちやがって!」

 

 周りの客が驚いてハルチカを見るが構わず、思い切りドスを効かせて叫んだ。

 

「そら、ファントム・ホロロなンぞに美味ェ場所譲ンじゃねェ! お前サンはもっと突っ込むタイプだろうがィ!!」

 

 

 

 一方闘技場では、連撃を終えたシヅキがベリオロスの前から退き、開いたスペースにフィーが斬り込んでいた。

 

 体高の低いベリオロスの懐へ完全に潜り込めるのは並大抵の度胸と技量ではない。体格とは大きいだけが優秀だというわけではないと、振り抜かれたツインボルトが力強く物語る。

 

 今度は強走薬を飲み、息も切らせずに二連斬り、斬り払い、斬り上げとコンボを繋げる。硬い鱗に覆われていないベリオロスの腹の皮が切り裂かれ、たまらずベリオロスは空中に飛び上がった。血のついた白い毛が砂埃に混じってもうもうと舞う。

 

(またブレスか!)

(気をつけて、滞留します)

 

 どう来るか、と瞬きする程度だけ動きが緩むフィーに目掛けて、ベリオロスは再びブレスを放つ。

 このブレスは厄介なことに、その場でしばらく渦を描いて滞留する特徴がある。これを避けてベリオロスへ接近しなければならない。

 ただ、それは相手が普通の獲物であった場合の話。

 

(さすが先輩、上手い)

 

 滞留ブレスを迂回するシヅキは思わず心の中で感嘆した。観客席も一気に湧き上がる。

 ブレスは三連。これを一つずつ、もう二度と食らうかと言わんばかりに空中で身を捻ってやり過ごす。ホロロメイルのはためくマフラーや濃紺のマントに氷の破片がこびりつくが直撃はしていない。温暖期の熱気ですぐ解け始めた。

 

 シヅキが迂回を終える頃、ブレスは地面に複雑な紋様を描いてようやく消えた。ブレスの地を這った跡を闇色のホロログリーヴが無造作に踏んでステップをとる。飛翔するベリオロスの視線がスポットライトのようにフィーを追う。すっかりベリオロスのお気に入り――囮役となったフィーは叫んだ。

 

「次!」

「準備万端です!」

 

 走りながらシヅキがポーチから取り出したのはシビレ罠。

 フィーに気を取られ続けているベリオロスは仕掛けられた罠まで気が回っていなかったようだ。

 空中から着地するベリオロスの後脚に組み込まれているゲネポスの牙が食い込む。その足止めをするのは痛みではなく、麻痺毒だ。

 

「ヒギャッ!?」

 

 ベリオロスは変な悲鳴をあげてすっ転んだ。麻痺毒が血流に乗って一瞬で全身に回ったのだ。毒を持つモンスターの中でも、ゲネポスの麻痺毒は即効性が抜群である。

 しかし代謝されて消えるのも早く、時間は持って八秒。それでも、その八秒は狩猟――拮抗し続ける公演の流れを変えるのに十分すぎる。

 

『イッツショータイム! ファントム・ホロロは時を止める魔法をかけました。「今宵は無礼講ゆえ多少の魔法も目を瞑ってくださいね、白の騎士サマ?」――』

 

 観客席でげらげらと笑う声がする。一人前のハンターなら、これが時を止める魔法などではなくシビレ罠による麻痺だということを知っているだろう。

 

 フィーはポーチから五本のナイフを取り出した。ずらりと扇のように揃え、芝居がかった手つきで一本ずつ、痺れて動けないベリオロスの甲殻の隙間へ(はり)のように刺していく。

 最後の一本を刺し終えたフィーが両手を大げさに掲げると、ベリオロスは四肢の力が抜け、どどうと巨体を横たえてしまった。

 

 フィーは投擲が得意でないので、シビレ罠で動きを止めてから眠りナイフで確実に、長時間の不動化を狙う。シヅキの提案した苦肉の策である。

 

『ダンスの誘いを冷たく断り続ける白の騎士に、ファントム・ホロロはとっておきの催眠術――』

 

 狂言回しは、今度は眠りナイフを催眠術になぞらえたようだ。観客席からは一際大きくなった笑い声まで上がる。

 

「次の用意は!」

「出来てます!」

 

 フィーが眠りナイフの演技をしている間、シヅキは闘技場の端に寄せてある荷車を持ってきていた。大タル爆弾が二つ乗っているのを観客たちは見逃さない。登場と同時に色めき立った。これが登場すると言うことは、オチが既に決まったようなものだからだ。

 

 大タル爆弾は最も致命傷を与えうる頭部に。観客席からはきゃあきゃあと起爆を急かす歓声が沸く。

 注意深く設置し、あとは石ころを投げるだけ――しかし、生き物を相手にするとはシナリオ通りに行かないのがセオリーである。

 ベリオロスが早く目を覚ましたのだ。先に気づいたのはシヅキ。

 

「先輩、御免!」

 

 シヅキは真横のフィーを抱えながら大タル爆弾を思い切り蹴った。観客からは回避の前転のように見えただろう。

 どどう、と二つの大タル爆弾が吼える。咆哮は闘技場じゅうを揺らせた。

 

『見事!! ファントム・ホロロのサプライズに白の騎士も大笑いです。これは笑いの魔法だったのです――』

 

 ベリオロスは直撃。フィーもシヅキも爆炎に掠る。せめて主役のフィーの方が軽傷なのが救いか。彼女はすぐ立ち上がり、一瞬で状況把握の様子を見せた。

 しかしシヅキのブナハS装備はとにかく火に弱い。皮膚が焼けているのが見なくてもわかる。地面にブナハS装備を擦り付けて火を消すが、仮面の下でシヅキが歯噛みしたのはそれだけが理由ではない。

 

「まだ息が……!」

 

 右肩の腱が千切れても、下顎が弾け飛んでも、両目と耳が潰れてもなお、ベリオロスは残りわずかな命を燃やすかのように吼えていたからだ。

 生存のために攻撃してくると言うより、痛みにのたうち回ると表した方が近いだろうか。暴れるたびに血がぱたぱたと降り、白い体色は今やどす黒くないところを探す方が難しい。放っておいてもやがて息絶えるのは一目瞭然だが。

 

(想定内。とどめを刺す)

(……っ、勿論です)

 

 幕引きは目前。大タル爆弾で止めを刺しきれない場合は、直接手を下すことになっている。

 焼けた皮膚が引きつれる。シヅキは硝煙を掻き分け、ベリオロスの前に躍り出た。コイルドネイルを迷いなく抜き放つと、ベリオロスの振り上げられた左腕の爪が数本切り落とされる。

 シヅキが牽制を担っている間、フィーは後方でツインボルトを頭上に掲げて交差する。リズムよく打ち鳴らし始めた。

 

 ――カン、カン、カン、カン。

 

 鬼人強化状態から更に鬼人化を重ねる。士気の高まりに観客も手拍子で巻き込む。狂気にも似た万雷が闘技場に降り注いだ。

 

 ――カン、カン、カン、カン。

 

 一歩、二歩、三歩で肉薄。狙いのない攻撃ほど読みづらいとはよく言うが、暴れるベリオロスの四肢は拍子抜けするほどにフィーに当たらない。

 時にはステップ、時にはジャスト回避。むしろ攻撃の方が避けているのではないかと思うくらい華麗に車輪斬り、六段斬り、乱舞。

 闇夜色の衣装が舞う、舞う。

 

 数度瞬きする頃には、フィーはベリオロスの首を縦に斬り裂いていた。びゅう、びゅう、と未だに拍動を続ける心臓に合わせてベリオロスの喉から鮮血が噴き出る。返り血も化粧だと、その場の誰もが魅入っただろう。

 あまりの鮮やかさに、一番近くのシヅキさえもが見惚れてしまっていた。

 

『――ファントム・ホロロの今宵のお宝は皆様方の興奮と笑顔なのでした!

義賊のファントム・ホロロは、お宝を独り占めなんかにいたしません! 皆様、今宵をお楽しみ頂けましたでしょうか――』

 

 臭い台詞の狂言回しが、硝煙の名残と砂煙の闘技場に響き渡る。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 そんな舞台を、控え室の暗がりでひとり鑑賞している男がいた。オズである。

 彼は手を打って大はしゃぎしていた。「上出来やで。ようやった」

 

「メヅちゃんは“竜子も衣装髪形”なんて言うたけど、揶揄だけやのうて『大したことない中身でも外見次第で立派に見える』って意味もあんねんなぁ」

 

「普段は実力相応の装備なハンターでも、闘技大会では中身と見合わへん外見で挑む。……メヅちゃん上手いこと言うわァ」

 

 そこまで呟くと、彼は喜色満面なのを一変して表情の褪せた顔つきになる。珊瑚色の目が冷たく細められた。

 

「さて、ウチも仕事せな……いらち(せっかち)な雪山の夏は、だぁれも待ってくれへんのだもの」

 

 そうしてオズはレックスXメイルのマントをばさりと翻し、暗がりから姿を消したのであった。

 

 

 

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 「タンゴを踊るにゃ二人必要」は英語の諺です。喧嘩両成敗、ってニュアンスみたいですね。今回は深い意味はなく、字の通りのタイトルです。
 とりあえずベリオロス狩猟はひと段落。この後、今章の伏線等を少し書き直して締めに取り掛かります。
 読了ありがとうございました。次話もぜひご賞味ください。


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