青鈍色の砂漠 (wachbataillon83)
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プロローグ"国家行政組織法 第三条 国の行政機関の組織は、この法律でこれを定めるものとする。 第4節 第二項の国の行政機関として置かれるものは、別表第一にこれを掲げる"

毒に塗れた手で、我々は一体何を守ることができるだろうか?家族、友人、祖国、地球人類。私が思い浮かぶのは、こんな所だ。皆はどうだ?手を汚してまで守ろうとするのは、どんな事物か?それは、どういう結果を生むために行うのか?


事の発端は数か月前、ある省庁で行われた非公式な会議に遡る。

「自然環境局局長」わざわざ肩書で呼ぶからには、間違いなくケンカ腰だ。

「はっ」「きみたちの資料では、この惑星には先住知的生命がいないということになっている」と、拓務省高官。拓務省は、日本が宇宙にその領土、領星、領系、領宙を持ってから、改正国家行政組織法に基づいて新設された、新しい植民候補を探し、テラフォーミングが終了した惑星の自治体形成を助け、その発足まで統治する機関だ。地方自治体としての権能も有する。

21世紀半ばの第三次世界大戦を経て、先進諸国(もちろん、核兵器による先制攻撃を行った諸国だ)で途上国を半ば置き去りにする形で宇宙進出ブームが訪れてから、こうした省庁はG4(日米英印)諸国には必ず有る。

21世紀末から現在に至るまで続く大規模な征服活動は、結論から言ってしまえば当然の帰結だった。豊かな土地が飽和していれば、労働者や中流層でも地主になれる。経営だの帳簿だのが面倒な人々でも、新しい働き口が大量にできる。

戦争と地球の限界といった諸問題が後押しした研究が結実し、現実的かつ経済的なタイムスケールの恒星間活動が可能となったことで、人類は誰もが無限の植民地主義者となったのだ。

"人類"のスケールで見たら、国同士が争う必要もなくなるばかりか、途上国に"ホシを恵んでやる"ことで、そのシーレーン護衛やインフラ整備、あるいは労働集約型産業を担当する大国や大企業がガッチリと胃袋を掴むこともできる。

誰も貧しい思いをしないで済む時代が訪れたのだ。もはや生産性の低い地域に住む人は減る一方、頑固で伝統に忠実な人間、そして政府や経済の中枢で働く者とインテリばかりが、かつてより小さくなった都市で暮らしを送っているに過ぎない。

「もちろんです。コミュニケーションが不可能な相手など…」と、局長。

「だが、奴らは群れを形成し、道具を使い、集団で狩りをやる」と、高官。

高官は思う。人類は今現在、技術・科学・経済の面では宇宙でトップクラスに発達している。その成長を維持していくには、とにかく、奴らを文明と認識しない事が大切だ。

「その程度の動物なら、地球上にいくらでもいます。例えば」言いかける局長。学者目線の、いい加減地球外文明を研究させてほしいという態度が、動物として言い訳するという言い分や、その権限があるという材料を以て発露している。

「能書きはいい。問題は我々があまつさえテラフォーミングをやって地表面を増やし、奴らの住む場所を奪い、しかもそうして出来た土地を開発することだ。その時に起こり得るリスクを、どうやって推し量る?」遮るように言う高官。

高官は想像する。もしも学者が踏み込み、言い訳が効かない程調査が進んで、ノイジー・マイノリティ共が保護や権利を訴えたら?大多数の人類は、薄々分かっていることだ。

しかし、21世紀初頭のリベラルイデオロギーの暴走、20世紀後半の戦争において"きれいでフェアな戦い"を行う為の圧力がかかった事、そうして健全な国家の運営が阻害されてきた事。

そうした事を起こすきっかけを、左派インテリに与える事は反人類、反日的と言える。人類と国家の行く先を考えるならば、文明の存在を認めるなんて暴挙を許してはいけない。

人類の生存圏はその拡張を終えてしまい、再び国家同士が武器を突きつけ合う時代が始まる。人類の為、日本人の為に、絶対に学者を下ろしてはいけない。

"人類以外に知的生命体に該当する種はいない"と主張する御用学者が学会で正当性を持てるのは、自衛隊、拓務、経産、財務、厚労、国交、農水、そしてそれらを代表する各分野の政治家たちが一丸となって協力し、証拠ひとつ残さず惑星を清掃し、情報を操作しているからだ。

その為に、拓務省所轄の衛星のスキャンで"危険で攻撃的な生物"が確認された惑星には、災害派遣や防衛出動でやってきた自衛官しか降下を許されない、という建前が星間法で規定されている。

「生物学者を送って、調査することが一番だと思います」粘る局長。異星生物学の未来がかかっているのだ。現状、植民惑星の大多数には地球の生態系が大幅に持ち込まれていて、ズタズタになった現住生態系の残りカスを観察することしかできなかった。

もちろん、おいしい現住生物がいれば、畜産業の中に取り込まれ、周辺の星系のスーパーでちょっと高い珍味として保護されることはあったが、その程度であった。

「そんなことをしたら、貴様らは現地の生態系可愛さに叫び、喚き、テラフォーミングすらできなくなる。蒸し暑い気候をした猫の額ほどの島嶼を、漁業と観光で食わせる気か?タックスヘイブンになるのも時間の問題だ。人類として、日本人として、それは絶対看過できない」と、高官。

「ことを荒立てるつもりですか」と局長。もはや諦めている。環境省ですら、自然環境局の力は矮小なものとなっていた。水・大気環境局が最大派閥で、テラフォーミングの推進に一役買っている。

「この惑星についても、"通常の手筈"で処理する、今までだって、自衛隊には色んな惑星の"有害生物"の駆除に活躍してもらったではないか。今更世論が特別視するとでも?」と、高官。いい加減、小うるさい自然環境局の人事に圧力をかけるべきだな。



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#1 "自衛隊法 第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、(中略)部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる"

たとえば腹に銃弾を食らったとして、溢れ出てきた臓物を両手で抑える自由があると考えるか?それとも、死にゆく定めに縛り付けられたと感じるか?皆はどうだ?


その惑星は、全天が熱帯雨林のような所であり、この2500立方キロメートルの、ここではまだ大きい方の島でもそれは変わらなかった。

中隊本部は、島の南南西の比較的平坦な、"利用価値のある所"より奥の山岳地帯に入るか入らないかという所に設置されていた。背後は山岳地帯で行軍は困難、少数の兵力で守れる。中隊の大多数は平野部に展開し、それぞれの陣地を構築していた。

日差しが遮られて涼しいのか、それとも風がないせいでジメジメして不快なのか分からないような天幕で、長門中隊長はデータパッドに目を通していた。

地球基準で作られた装甲服の体温調節機能は確かに働いているが、目下のところ、快適さを保障するには程遠いだろう。長門は思う。それで構わない。私が選んだ生き方だ。

長門中隊長は両親も自衛隊の幹部や下士官、それ以前の先祖や親戚まで帝国陸海軍における従軍経験者や自衛隊勤務経験者で、指定防衛中等学校、高等工科学校、防大を経て、徽章を三つもつけている。エリートコースまっしぐらの生真面目な中隊長だった。

それでいて、エリートらしい傲慢さは全く見当たらない。激しい経験や実戦経験を経て、角が取れたといった所だろう。戦争映画や漫画で出てくるような傲慢な幹部は、エリートコースに乗っている者の中にはそれほど居なかった。

入隊当初から幹部を志す大多数の者は、幹部養成コースの中で"兵隊"を経験させられるし、それでいて自分が兵隊を"分からない"ということを理解し、部下の意見を尊重できた。普通科に於いて、厄介者の幹部とは、三曹から幹部課程に上がる、いわゆるI幹部と呼ばれる人々だった。もちろんだが、それがI幹部の多数という訳ではない。

だが、そうしたI幹部の中に、兵隊の事をわかった気でいい加減にこき使う者が混じっている。たたき上げだとしても、任期で二、三年、曹として四年勤務している。

制度上の問題として、曹候補生時代に席次が悪く二曹で退職するハメになりそうな者の受け皿として、幹部課程が利用されている節があった。繰り返すようだが、全員ではないし、そうした動機で入ったからといって無能と決まる訳でもない。

ただ、幹部候補生課程にいる内に原隊で物事の在り方が変わっている事を受け入れられない者がそういう幼児性を発揮する事もある、というだけの話だ。

「中隊長」と、足柄曹長。そろそろデータに目を通し終わった頃だろうと、察しをつけて呼びかけてきたに違いない。彼女は中隊付だというのに、まだまだ若年だ。足柄は他の惑星における"害獣駆除"で戦功を立て、スピード出世していた。

足柄が何でもない中流の家に生まれ育ち、中学、高校と野球部に所属し、冒険心と気まぐれに導かれるまま自衛隊に入ったのが、運の尽きだったのか、それとも天職を発見したといっていいのかは分からない。

何日も、あるいは何週間も風呂に入れないのは嫌だし、熱いのも寒いのも人並みに嫌いだった。だが、チームで行動し、互いの命を守り合い、力を合わせてあらゆる障害をなぎ倒すことについて、強い達成感があり、その才能が人並み以上にあるのは明らかだった。

「ああ、概要はわかった。面倒くさいだろうが、各小隊長を集めてくれ。何しろ、衛星によるスキャンでは何も分からない水棲知的生命体だ。相手の技術水準が分からない以上、傍受される危険がある」

現場では、公式に残る文面としてはともかく、上から下までみんな敵は知的生命体という認識を持っていた。長門は教わり、経験してきた事を思い出す。誰であっても、何であっても、敵意があり、我を殺し得るのであれば、全力で当たるしかない。

官僚的な言い回しは、これから行われるであろう、血湧き肉踊る闘争に相応しくなかった。

「了解しました。各指揮官を招集します。」と、足柄曹長。

「ああ、よろしく頼む」長門は、ここまで各指揮官を歩いてこさせたらメチャクチャに恨まれそうだなと考えかけ、それを取り消す。"東富士"を知る者なら誰しも、この程度は気にしないだろう。

#

「厄介な事になったわ。重力の井戸に、ケツから嵌ったような有様ね」と、ぼやく五十鈴小隊長。退屈しのぎに煙草に火をつけ、紫煙を燻らせている。五十鈴の両親は自動車整備や建設業を生業としていて、典型的なブルーカラーの家系だった。

両親の期待を背負って大学を卒業して選んだ道は、一般幹部候補生だった。大企業にしろ、社会的階級を上昇させろととせっつく両親に対して、五十鈴からはただ一言。「自衛隊以上に大きくて名誉を背負った組織が、一体どこにあるわけ?」

そうして夢を背負い、颯爽と生家を出て行った女の前に広がるのは、鬱蒼としたジャングルと聳え立つ山並み、そしてドロドロの地面だった。当初与えられた任務である陣地構築が大幅に遅れるのに十分な要素が、五十鈴の網膜にありありと刻まれていた。

陣地の設営に、そう時間は掛からない筈だった。無線信号ひとつで勝手に展開して膨らみ固定される天幕。高利得アンテナも、基部を設置すればスイッチ一つで展開するものだ。

発電機を埋めるための穴も、装甲服の倍力機能で容易く掘れるだろう。

増強配備された施設小隊を以てしても、当初一時間か二時間で終わるとされた設営作業は、午後にまでずれ込んでいた。

表面の草木を切り開いていくだけでも大掛かりな作業となる所を、地面を掘り返したら木の根っこばかりで、タコツボを掘ることもままならない。五十鈴は思う。腹こそ立つが、環境がそうなのだからどうしようもない。拳を振り下ろす先がない。

「小隊長!中隊長がお呼びです!」と、部下の兵士が叫ぶ。

「分かった。班に戻っていいわよ。ありがとう。…全く、面倒ね」兵隊に軽く答礼すると、吸っていた煙草を放って踏みつけ、いかにも重々しく立ち上がった。

何もかもがゆっくり進んでいく。上昇志向の強い五十鈴にとって、それは耐えがたい事であった。こんな星、もう沢山だ。さっさと掃除して、住みやすいようにしてもらうのが一番に違いない。

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「運用訓練幹部の大淀二尉、一小隊長の五十鈴三尉、二小隊長の大井准尉、三小隊長の木曾三尉、施設小隊の夕張三尉、重装甲小隊の日向二尉、重迫小隊の熊野三尉、全員揃いました」と、足柄曹長。この幹部連に話を通せば、その下にも伝わる。古今、合理的な軍事組織とはそういうものだ。

「大変結構だ。ありがとう、足柄君。そして、ご足労いただいた皆も」と、長門中隊長。申し訳なさ気な笑み。長門は思った。腹を括ってみたところで、この暑熱は身体に染みるものがあるな。身体にはこたえている。

人が集まると狭苦しい天幕の、そのむせ返るような人いきれと煙草の煙の中で、幾人かが最後の冗句に軽い笑いを漏らす。

「さて、諸君らに集まってもらったのは、他でもない、宇宙人どもについて我々が知る限りの情報の共有と、たった1個増強中隊でどうやって絶滅を図るかを考えるためだ」

そして、データパッドを用いてテーブルに地図を、ホログラムで推測される敵等を表示しつつ、足柄曹長が説明を始める。

奴らが水中に村落を形成し、特に海竜や大型海棲哺乳類といった豊富な水産資源を宛てにしていること。

詳細は不明ながら、狩りの手段として銃砲を用い、あるいは勢子として空を飛ぶたこ焼きのような物を用いる事。

「我々はいつも通り、ウェルズの宇宙戦争、その悪役という訳ですね。はっきり言って現地人をナメてるとしか思えない戦力まで、丸っきりそっくりです」と、夕張。

「ああ。300年ほど前の古典ですら悪役とされるような、誰も憧れない、汚い仕事だ。しかも、敵の戦力は全く不明だというのに、我々1個中隊しか居ない。だが、地球人には海水準を下げ地球化する技術があり、それは奴らを棲家から叩き出すことにつながる。相容れないなら、互いが滅びるまで戦うしかない」

「我々の持駒だけでは、全くの手詰まりですね。何かお考えがあるのですか?」と、大井。古参の下士官らしい、当然あるであろう腹案を引き出し、周知するような質問。「ああ、もちろん良いニュースもある。サプライズになってしまうが、航宙自衛隊の大気圏内機による阻止攻撃、近接航空支援、さらには戦略核攻撃や運動エネルギー弾の使用も場合により許可されるだろう」と、長門。幾人かが目を剥き、あるいは口笛を吹く。本来ならもっと大きい規模の部隊が割り当てるような火力だ。大井などは青い顔をしている。早くも事態を理解し始めたのだろう。

合わせて、「すみません、遅れました!」と大声一言、口元にご飯粒をつけたまま、宙自の装甲服を着た女が駆け込んでくる。

「FSC(前線航宙統制官)の赤城二曹です!遅参申し訳ありません!」陸の者たちが偏見に基づいた笑みをこぼす。やっぱり宙(そら)の連中はたるんでるな。

「気にするな。飯時に呼びつけた私の責任だ。君は、陸宙連携の要なのだ。私からも、是非よろしく頼む」長門は本心からそう言い、思った。こいつが使えないようでは、ここは20世紀前半の太平洋も同然になってしまう。

「重責に身の引き締まる思いであります!」長門は思った。余所者にこそ、こういう茶目っ気があった方が可愛がられるものだ。そうした意味で、宙自の人選は確かであった。

「という訳で、我々の主たる任務はこの島を砦として全海域を偵察、接敵したならばこれを殲滅し、集落や都市と思しき物には規模次第で核や隕石モドキを投げつける事だ。わざわざ呼ぶのが気後れする位単純な仕事の説明をしたものだから、私は今からでも誰かにケツを思い切り蹴りあげられるのではないかと不安に感じている」と、長門。

一同の控えめな笑い声。「各小隊の当面の仕事は、レーザー通信でデータパッドに送信しておいた。爾後の行動にかかれ。別れ」「「別れます!」」長門は指揮官を呼集する前から理解していた。なぜ、通常の師団や連隊から分派されるのではなく、あまつさえ中隊の新設を任され、その上基幹人員において各部隊から好きに人を引き抜いて増強混成部隊を編成する権限を与えられたのか。軽迫ではなく重迫小隊を割り当てられたのか。宙自から、発言力も経験もないことはないにしても、中隊長に意見を具申しづらい程度に乏しそうな人をよこされ、実質的に宙からの火力の運用にフリーハンドを与えられたのか。そして、長門を含むこの場の人間全てが、思い、考え、感じた。これはほとんど手に負えないヤマだ。周辺を安全化しLZを確保する程度だと思っていたのが、全球での捜索/殲滅任務に切り替わったのだ。

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レーザー砲だとか荷電粒子砲といった兵器は、大気圏内戦闘においては、ほとんど流行らなかった。

誰もが想像したように、強大な兵器であることに疑問の余地はない。

しかし、濃密な大気を保持する地球型惑星の表面において、その威力の減衰は著しいものがあったし、地平線や水平線を越えられないという問題もあった。

個人用のものでさえ、ただ掃射するだけでバッテリーパックがひとつ空っぽになるそれは、確かに装甲服に装備されていた。

そして、銃剣と同様に、それを使う時は自らの命の果てる瞬間であると、誰もが了解していた。

大砲の発明以来、900年が経とうとしている現在でも、砲熕兵器は戦場の主力としての座を保持していた。

そうした火力の中で、中隊でも王座を勝ち取っている重迫小隊。

その小隊長である熊野もまた、密林と暑熱に辟易させられつつ、砲兵作業用パワーフレームを用いてなお遅々として進まない陣地構築にうんざりしていた。

熊野三尉は、中隊で最も育ちが良かった。親は北崎重工の重役で、その長女たる彼女にもそう在ることを期待されていた。

彼女を変えたのは、古典の名作として見せられた戦争映画とアクション映画であった。

退屈な日々を享受していた彼女には、それはあまりにも刺激的で、クールだった。

兵隊、そしてアクションヒーローへの憧れを胸に強く抱きながら育った彼女は、名門大学に入るための猛勉強を転用し、半ば家出同然に防衛大学校へと入った。

期待とお膳立てを丸っきりぶち壊されて激怒した親に見捨てられ、富士山麓の演習場で本当の自分と向き合い戦い抜き、自我を確立したのだった。

小銃小隊長に就きたいと熱望した彼女が、まるで人の期待を裏切ってきた分が返ってきたように重迫小隊長に任命されたのは、思慮深い若者に火力を担当させて、適切な運用を図り誤爆等を抑制したいという、中隊長の意図あっての事だった。

彼女が与えられた職務を不平不満の一つも漏らさずに全うするのは、育ちの良さと防大における教育の相乗効果といえた。

砂浜と綺麗な海と地理情報を眺めていた熊野の網膜に、別に大したことではありませんがといった風に小さく警告が投影されたのは、陣地構築や弾薬集積地の分散等を最先任の班長に任せて、小隊陸曹と共に砲撃地図の作成のため島中を徘徊していた最中のことであった。

真っ先に設置された対砲迫レーダーに、近世の小銃のようなものが一斉射撃をしてきている事が感知されたのだ。

それは、"まともな戦争"に合わせて組まれた脅威度判定によって、規律の乱れた敵の兵士がデタラメに発砲したものと誤認されていた。

同様に事態を理解した小隊陸曹に背中を突き飛ばされて地面に叩きつけられながら、脅威度判定を手動で引き上げ、中隊全体に最優先でそれを転送した。熊野は想像した。今頃、わたくしたち同様に中隊全体が伏せたり掩体に入ったりしているに違いありませんわね。

近くに弾着する音が響くが、二人とも揃って冷静だった。当たり前だが、よしんば当たったとしても、その程度の火力では、よく訓練され十分な装備を与えられた22世紀の歩兵には傷ひとつつかない。

向うの技術の程度がどうあれ、これが本気の火力発揮ではない事は明らかだ。差し詰め威力偵察といった所だろう。

弾雨が止むなりすぐさまデータパッドを操作し、さっきまで開いていた地図を睨み、レーダーの情報を元に、発射地点と推測される海面に対して、準備が済んだ迫撃砲を利用した、ナメられもしなければ全力を露呈することもない程度の砲撃プランを組み、中隊長に転送する。

それはすぐさま承認され、隷下の重迫小隊は訓練してきた通りに射撃を実行した。指定した場所に水柱が立ち昇り、あるいはその真上に曳火射撃の花が咲く。戦果を確認する必要はない。

水中から撃ってくるのではでは確かめようもないし、今やこの孤島の周りが敵性地域であることは明らかであった。

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天幕の中で喫煙者が長門と足柄の2人しかいない今、中隊本部の空気は先ほどの新しい命令下達の時よりも澄んでいた。長門は考え込んでから言った。

「我々が降着してから数日もしない内に敵が威力偵察を行っている事実が、敵性勢力が我々の予想を超えた展開能力を保持していることを指し示している。つまり、奴らには戦いへの備えがあり、敵がいるということだ。国家間で戦争でもやっているのかもしれない。足柄曹長、我々の有利な部分、不利な部分は一体何処だ?」と、長門。教師が生徒を黒板の前に立たせて、答えを求めるような言い草だ。

「現状において我々が有利な点は、先ほどの水中射撃から想像するに、彼我に危害を与えうるまともな戦場が水上に限られる事、つまり連中が我々の土俵に立たざるを得ないことです。水は、濃密な大気とレーザーがそう在るように、銃砲の威力を低減させることでしょう。そしてその手段が野砲や迫撃砲による砲撃でないことは、ほとんど水面下での戦闘しか想定していないことを指し示しています。陸上戦ならば、特に森林や山岳で訓練や戦闘を繰り返してきた我々は、勝利を得ることは容易いでしょう。一方、電波の発信量が少ないことは、我々の有利には働きません。水中に文明を作り出した彼女たちは、その通信や索敵におそらく音波を利用ていることでしょう。そうした機材は、不思議なことに我が中隊にはありません。」

長門は考える。見込んだ通り、頭が切れるな。実戦での活躍次第で、准尉か幹部課程に推薦する書類を用意しよう。そうした考えをよそに、足柄は話し続ける。

「こうした文明を水の中に在る生物が保持することは、人類が知る限りではあり得ない事です。何らかの理由でそうせざるを得なくなった、と考えるべきでしょう。水中生活のために耐圧能力が高いことが予想されます。我々の銃砲が、水上や陸上にあってさえ、陸棲生物程には効果的でない可能性もあります」

「ありがとう、足柄曹長。赤城二曹、宙自によろしく頼んでくれないか?」

「了解しました。周辺の海域にソノブイの投下を要請します。うまくいけば、磁気探知によって展開している敵戦力を見積もることも可能です」疲れきったような声で喋る理由は、別段重たいものではない。ただ、兵站上の問題が発生し得る状況下で一日三食から二食に減らされたために、食い意地の張っている彼女はショックを受けていた。

「対空脅威が少ないと見積もられたならば、敵が我々の戦いに適応しないうちに、武器、弾薬、食糧、電源等の輸送や投下を要請してもらうつもりだ。是非とも職務に励んでくれ」と、長門。アメをちらつかせて活を入れようという腹だ。

「はい!この赤城、全身全霊を以て職務に当たります!」歩哨に立っている当番兵を始めとする一同は、苦笑している。皆が思った。現金な奴だ。

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東南アジア同然のジャングルに苦戦したからといって、全地形適応歩兵の名は伊達ではない。

その装甲服を用いれば、水上においても、滑走し、歩行し、あるいは走行することが可能だった。

初雪士長は、高校を出てすぐに入隊することで、苦渋に満ちた家族関係と縁を切ることに成功していた。

彼女は思った。ファンデルワールス反発力がどうとか、装甲服のコンピュータによる姿勢制御がどうとか、座学でうとうとしながら聞き流していたが、実際にやる度に思う。こりゃあ大したものだ。

彼女が所属する分隊は、周辺の海域を巡回していた。シフトを組み、各小銃小隊のうち二つの分隊が、こうしたことを常に行っている。

シフトが回ってくる度、同じことをしている。誰もが最初は緊張したものだが、今では水上散歩でリフレッシュしているつもりになっている。

敵性海域だというのに、呑気なものだ。きっと、昇る朝日が照らす熱帯の海の綺麗な景色が、自分たち全員の心を和ませているのだろう。

全く運の悪いことに、日常を覆す瞬間が訪れたのは、巡回ルートも半ばを過ぎた頃だった。

突然、不意を突くように、隣にいた朝潮一士の足元が爆発し、それが合図であるかのように人の形をしたものが我へと射撃を開始していた。網膜投影―———簡単に言ってしまえば、HUDのようなものだ―――に、装甲服のセンサーに検知された敵が、四角くポップアップされる。

敵は巡回する様を観察し、待ち伏せを仕掛けたのだろう。分隊長たる磯波三曹は叫ぶ。「班ごとに交互躍進して!島の方向へ!」言うなり、片方の班が人型へ射撃し、もう片方が数十メートル後退する。一定距離後退した班が射撃に移り、今まで射撃していた班が同じ所まで後退する。

意思決定のスピードは、戦場で指揮官に求められる重要な資質の一つだ。訓練を受けた兵士なら誰もがそうするであろう、適切な選択だった。

そこへ問題が持ち込まれる。初雪は叫んだ。「朝潮一士負傷!援護を願います!」そこへ視線をやると、朝潮が両足の膝から下を吹き飛ばされ、"溺れかけて"いた。通常なら装甲服のトリアージ機能が黒札を付け、あまつさえ実際そうなりかけたのがそのまま沈まなかったのは、初雪が咄嗟に抱え上げたためだ。磯波の網膜にも、状況が再評価されトリアージが赤とされる隊員が表示される。

磯波三曹は決断した。時間を稼ぐしかない。磯波も初雪も、分隊員全員の想いは一緒だった。

同じ日本人として、同じ部隊の人として、そしてかわいい後輩、あるいは頼れる先輩として、絶対に置き去りにはしない。

死体であっても、故郷に持ち帰る覚悟だ。

「全班、停止し敵の人型へ射撃!初雪ちゃんと朝潮ちゃんを援護して!」機動をやめた分、分隊の火力が倍になる。10mm小銃と10mm軽機関銃が、APDSと曳光弾の火箭を先ほどよりも多く吐き出す。

失われた足は、中隊本部の衛生班がマイクロマシンで復元してくれるだろう。問題は出血だ。それを感知した装甲服がただちに大腿を締め上げているだろうから、止血帯はいらない。だが、断面はそうはいかない。

初雪はしゃがみ、朝潮の胴を腿に乗せ、足を持ち上げる。「絶対に頭を上げないで。上半身に血を集めて」頭は海面スレスレになってしまうが、傷口を見せて絶望感を与えるよりは余程マシだ。「私なんか放って退がって!私一人のために、分隊が危険に晒されるなんて、」

朝潮の言葉を遮るように、初雪が囁きかける。「絶対に大丈夫。私はあなたよりも歴が長い。私を信じて。私もあなたのことを信じてるから。大した傷じゃない。絶対に助かるから」

初雪は朝潮の個人用医療キットを取り上げると、両足の切断面に止血/消毒マイクロマシンを振りかける。緊張と恐怖と怒りで手が震える。うまく行かなかったかもしれないが、確かめている場合ではない。

こうした大きな創傷の時に、「私、こういうこと得意だから」銃創保護パッドは小さすぎる。「心配するほどの事じゃない」自分の医療キットの緊急用包帯をも取り出し、「大丈夫、絶対助けるから」縄文土器法と呼ばれる巻き方で創傷部を保護した。「もう心配はいらない。絶対に助かる」出来る限りのことはした。

初雪は再び叫ぶ。「分隊長!創傷処置完了!私が後送します!」許可を待たず、朝潮を肩にかつぐと島へと全力で走り出す。分隊長の号令一下、交互躍進が再開される。その後退は、分隊の全員が人生でもベスト10に入る程に長く感じたに違いなかった。

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当たり前だが、陸上自衛隊の普通科分隊が、2人離脱した程度で闘志が衰えることは絶対にありえない。磯波は思った。やつらは大方、泡を食って逃げ出したと思っているに違いない。

孫子の"偽り逃げるに従うなかれ"やつらは理解していない。残酷だが、負傷者と後送の隊員が一目散に島へと向かったことが、それに現実味を与えている。

磯波三曹は、入隊当初こそ気弱で体よく面倒を押し付けられるタイプだったが、仲間同士の"貸し借り"の概念を覚えて大きく盛り返し、その自信と旺盛な克己心からレンジャー教育に志願し、記章を授かるに至っている。

両親も近所づきあいで自慢して回る程、立派な子に育ったのだ。二曹昇進も手が届く所にあるだろう。彼女はこの先のキャリアについて、こう考えていた。中隊本部勤務になったら嫌だな。せめて小隊付になりたい。

磯波は考える。そろそろ分隊が重迫撃砲の危険距離から遠ざかる頃だ。装甲服のレーザー測距とGPSがそれを示している。

「コウベ、カツシカ、カミナリ。42988821、21119221。送レ」「カツシカ、コウベ了解。終ワリ」地名は部隊長の出身をそのまま符丁にしたもの、カミナリは即応火力支援の符丁だ。丁寧にUTM座標も添えてある。

言うが早いが、迫撃砲弾が風を切る音が響く。憎き人型共の頭上に曳火射撃の煙が傘のように開き、または足元の海面が湧き立つ。

間髪入れず、35mm機関砲とハイドラロケットの音が響き、人型の群れが煙で見えなくなる。通信を傍受した中隊本部が、重装甲小隊の一個分隊を回したのだ。

「カツシカ、アシヤ、遅参失礼した。送レ」「アシヤ、カツシカ、誠に有難い。でも、主役は私たちです!終ワリ!」言うなり、近距離レーザー通信で、分隊の全員に小銃への着剣と個人用レーザーの使用許可を下達する。

「アシヤ、カツシカ、私のケツを舐めろ。終ワリ」近距離レーザー通信で分隊員にその旨を伝える。突撃を行う。我に続け。

機関銃手と重装甲歩兵の援護のもと、分隊は突撃を開始した。強大な火力のバックアップがある以上、交互躍進の必要はない。位置について、ヨーイドンという具合だ。

装甲服に肉体の能力を拡張された彼女らは、訓練した通りの綺麗な横隊を組み、小銃を乱射しながら瞬く間に敵へと近迫、目と目が合うような距離で怒りを込めたAPDSを叩き込み、憎しみと共に銃剣を突き立て、そのはらわたを抉り取り、あるいは喉元を切り裂いた。

うまく行きすぎてしまった。捕虜を取る暇もなく、皆殺しにしてしまった。

復讐を終えた分隊は、倒れた"奴ら"の中でも比較的マシな死体を部下に担がせると、誇りに満ちた清々しい気持ちで中隊本部に凱旋した。

磯波は安堵していた。私たちは、祖国、自衛隊、ひいては中隊、小隊、分隊の誇りと名誉を守り通せました。




誤字、脱字等ありましたらご指摘願います。


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#2 第二十条 航空自衛隊の部隊は、航空総隊、航空支援集団、航空教育集団、航空開発実験集団その他の防衛大臣直轄部隊とする。

私は、親戚やその子供の世話をしたり、タバコを吸ったり、友人たちとゲームをしたりしている。かけがえのない日常だ。皆の日常はどうだろうか?守りたいものだろうか?それとも、破り捨てて新天地を探しに行きたくなるような日常だろうか?


「では、あの戦闘は待ち伏せだったと?」と、長門。中隊本部の天幕に、先の戦闘の当事者───"カツシカ"磯波三曹、"アシヤ"伊勢二曹───が呼び出されていた。

彼我が互いにその能力を測り合っている段階にあっては、少しでも手掛かりを得なければならない。

「はい。自分の見立てでは、ステルス性のある魚雷か機雷を用いて初撃を行って動揺を誘い、そうして作り出した優位を以て我に損害を与える。いわゆるハラスメント的攻撃と考えられます」と、磯波。

部下を失いかけ動揺していた筈の分隊長として、その戦術眼には大きく目を見張るものがあった。

「二名の戦線離脱をものともせず、突撃を敢行し敵を撃滅せしめたその手腕は評価に値する。受勲できるよう書類を整えておこう」

「それには及びません、中隊長殿。元より、攻撃のセオリーたる機関銃班の分離をせず、その火力を重迫や重装甲に丸投げしたのですから。彼女たちこそ、今戦闘の立役者といえるでしょう」

「"最後の決は我が任務"だろう?君は小銃分隊の指揮官として、大きな役割を果たした。貰えるものは貰っておくがいい」長門は思った。

何よりも、分隊単位の攻撃でのセオリーは、実際に敵に近迫するのはそのうちの8人、残り2人は機関銃手と副機関銃手だ。それを重迫で肩代わりすることを思いつき、データリンクがあるとはいえ何の連絡もなく割って入った重装甲分隊までもを奇貨とし、突撃を敢行した。

その即席の交互躍進(ファイアアンドマニューバ)は、評価に値する。

無論、いい材料ばかりではない。威力と時間からして有り物を急遽改造、用意したのだろうが、敵が部隊レベルで少しでも水上目標に対する攻撃手段を持とうとしているのだ。

「伊勢二曹、君から何か言うことはあるか?」

「はい。敵は我々の想像以上にタフなようです。10mmAPDSでも一発二発では仕留めきれないばかりか、35mmやハイドラの弾片でも至近弾でなければ致命傷を与えることは敵いません」と、伊勢。

「ありがとう、伊勢二曹。生身のように見えて、先進諸国の軍隊と変わらぬタフさを持つという訳だな」と、長門。

「無論、悪い話ばかりではありません。彼女ら自身の小銃の火力は、前世紀初頭と変わらない程度のものでした。無闇やたらと撃ちまくってきた所で、我々はもちろん、小銃小隊にも、装甲服に線を刻んで戦った証を作るのが関の山といったところでしょう。もちろん、彼女らの水上戦陸上戦能力がこれから向上していくことには注意を払う必要があります」

「ありがとう。貴官らが持ち帰った情報や経験は、とても重要なものだ。一番槍を切った名誉を胸に刻んで、これからも職務に精励するように。部隊の仕事に戻ってよろしい。爾後の行動にかかれ」

「別れます」と、伊勢。今頃補給と出撃後の点検整備で、忙しくなっているだろう。分隊一同、中隊本部の慎ましい整備班を手伝わなければならない。

「あのう、最後に一つだけ質問させていただいてよろしいでしょうか?」と、磯波。

「何だ?」「朝潮一士の容態はどうでしょうか?」

「初雪士長の適切な処置のおかげで安定している。衛生班に聞かなければ細かい事は分からないが、現場に復帰するまでざっと一週間というところだろう。優秀な部下を持ったな、磯波」

「ああ、よかった…失礼しました。別れます」言うや否や、磯波は衛生班の方へと駆けていった。

長門は思った。冷たい言い方をするなら、部下の人心掌握も完璧だ。もしかしたら、彼女が中隊で最も優秀な分隊長かもしれない。気に留めておこう。さて、次のお客様ももてなす必要があるな。

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中隊本部は変わらず蒸し暑く、不快で、暗くて、それでも中隊の中枢だった。今は赤城ニ曹はメシ時で、中本には長門中隊長、足柄曹長しかいなかった。

そこへ、夕張が慌ただしく入ってくる。中隊先任曹長の足柄は、特に何も口にせず、顔からも表情を消している。長門は思う。こいつ、面白がっているな。

挨拶もそこそこに、夕張は話し始めた。

「中隊長、装甲服に対戦車ミサイル等を装備するハードポイントがありますが、硬い目標がない現状、各小銃小隊は空荷で持て余していますよね?」と、施設小隊長の夕張三尉。いかにも腹案のありそうな態度だ。

「ああ、間違いない。それで、今度は何を企んでるんだ?」と、長門。訝しげな返答。長門は思い出す。こいつには、無断で装甲服にピーキーな改造を施して、こっそり演習場で遊んでいた過去があったな。

「ええ、対潜用の4連装短魚雷ランチャーや、部隊に先行して航行し索敵する、長距離航走型魚雷の連装ランチャーを装備させたいと思います」真面目に言っているか、少なくともそれを装っている顔。

「いいアイデアだな。だが、そんな物がどこにある?」皮肉げに受け取れなくもないような、微妙な物言い。

「宙自の工作艦に図面を送って制作してもらい、宙母で物を降下させます。LZ(ランディングゾーン、エルズィー)構築は当初の予定より遅れていますが、今日明日にも完成します」

「よろしい。整備班の明石曹長とよく相談して、書面で形にして来てくれ。そうなれば、ただちに許可する」

ニヤリと笑う夕張三尉。「そう言っていただけると思って、既に明石曹長に渡りをつけてあるんですよ」差し出された物は確かに、熟練した下士官にしか成し得ない程よくまとまった書類だった。

こうなっては鬼の中隊長も、折れるしかない。「ああ、わかった。私の判を押しておく。赤城二曹とも調整しておくように」

かすかな敗北感と、組織の造りを理解した上で提案をできる有能な部下を率いる誇らしさがぶつかり合い、長門の胸に形容し難い感情がこみ上げていた。

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アヴィエイター(圏内機操縦士)は、周りを見渡す。右手には大海原や分隊を組んでいる僚機が見える。そして左には、クソ忌々しい、私の赤城さんが囚われてしまった島。

加賀二曹と僚機の瑞鶴三曹───赤城の後にやってきた、生意気な後輩───は、眼下の重圏内機のために、磁気センサーポッドと対潜ロケット数十発、うち6発の300t級戦術核弾頭をぶら下げた規定通りの対潜装備で、ゆっくりと飛行していた。

乗機は軽圏内機。20世紀から21世紀前半にヨーロッパで流行ったようなカナードデルタの機体の後ろに、4発ものターボファンスクラムエンジンを装備していて、赤外線センサーとレーダーを備えている。

全部核にしないのは、"私の赤城をさらっていった、下の島にかじりついている、ガーデニングが趣味の農夫共"への支援任務に切り替わった時に一緒にウェルダンにしてしまわない為。

誘導弾にしないのは、高性能なFCS(火器管制装置)に機体の制御を譲って"エイムアシスト"をした方が、いちいち知的な弾頭を用意するよりも安上がりだからだ。

第三次世界大戦、系外地球型惑星の大量発見、新植民地時代の幕開けは、大気圏内で運用されるいわゆる航空機にも大きな影響を及ぼした。

高高度核爆発にすら対応できる今までに無いさらなる冗長性、地球型であればいかなる大気でも出力を発揮できる柔軟でパワフルなエンジン、少ないソーティ(出撃回数)で任務を達成する為の莫大なペイロード、それを発揮しきるための優れたセンサーシステム。

逆に要求水準が下がったと言える所があるとすれば、航続距離だった。

航宙母艦から、使い捨ての耐熱シールドを纏い、電磁カタパルトとRATOで大気に投げつけられ、帰りはターボファン/スクラムエンジンのスクラムモードで中間圏まで駆け上がり、無人のスペースシャトルというべき回収機に拾われる。

もしもビンゴ(中間圏まで駆け上がる燃料がない状況)となれば、回収シャトルの方から降りてきてくれる。

そして、無人であり枯れた技術で作られたそれは、敵方が帰還の阻止を企図したとしても容易に代わりを出されてしまうし、そもそも制空権がなければそうした作戦は実行し得ない。

部隊展開や孤立した部隊への補給や災害時の緊急輸送等以外に、着陸という行為の意義は失われていた。航空殲滅戦といえば、飛行場に対するものから航宙母艦へ行われるものを指すようになった。

加賀は思う。これではいけない。私情を仕事に挟むにしても、ポジティブな方向でなければならない。そう、あの島で孤独に戦う赤城さんを支えられるのは、土臭い農夫共だけじゃない。私も同じなのよ。

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重圏内機の最先任士官にして戦術航空士たる翔鶴二尉は、センサー/データリンク統合モニターを見つめていた。脅威を検出した場合に、ただちに対応する為だ。網膜投影によるアラート装置もあるものの、陸の装甲されたフルフェイスの"巨頭症"鉄帽とは違う、タクティカルグラスのようなものだ。

今は、管制下にある2機と地上に展開している陸自の光点しか映っていない。完全に"凪いだ"状態だ。

2機のうちの片方、一機目の斜め後ろを着いていくように飛行している光点に触れる。表示される機体とアヴィエイターの状況。

瑞鶴三曹。今回の派遣で私がこの機の最先任となり、なんとか元からいるクルーと打ち解けようと努力していた頃、名字が似てるねと真っ先に話し掛けた相手。

すっかりウマが合い、任務外では翔鶴姉と呼んでくっついてくるようになった。翔鶴自身満更でもなく、可愛がっていた。

そのような時に、急に赤城二曹がFSCに抜擢され、その穴埋めとして、軽圏内機アヴィエイターとして引き抜かれた。

翔鶴は思う。異動が決まった時は不満有り気だったのに、あの娘はちゃんと任務を遂行できているようね。安心だわ。

それにしても、FSCに経験豊富な幹部を、せめて一曹のアヴィエイターを引き抜かないのは変ね。何か事情でもあるのかしら?

重圏内機は、米ソ双方で20世紀の下旬に作られた超音速可変翼爆撃機にそっくりだが、デカいのは図体だけではない。

重力波探知機、強力な磁気探知機、系外惑星でも探すかのような赤外線センサー、超出力レーダー、通信にも利用できて最大出力で発射すれば300mそこらの敵を焼きかねない程のレーザーセンサー、強靭な翼構造に寄りかかってインテグラルタンクを搭載した故の、長大な航続距離。

それが果たす仕事ときたら、哨戒、軽圏内機の管制、対潜、対艦、あるいは超長距離ミサイルによる対空ミサイルキャリアー、戦略核攻撃、近接航空支援/阻止攻撃等々、多岐にわたる。生き馬の目を抜くような圏内空中戦と、それ以外の圏内任務は厳密に峻別されなければならない。それが、軽重の2機種運用の最も大きな理由だ。

エンジンは、軽圏内機と全く同じものだ。規定の動作時間を迎えたものや損傷/故障したものが溜まってきたら、束にして航宙工作艦に送る。飛躍的な航空エンジン技術の発達が、そうした専門化を招いた。

重圏内機と編隊は、島の北西から南に向かってまっすぐ進入した。一度目の航過は様子見だ。

やがて島の南西にたどり着き東へ向かう頃、無人機管制官の比叡がソノブイその他センサーを満載した使い捨てUAVの四機発射を入力した。二度目のアプローチからセンサーの設置と本格的な哨戒飛行を行うのだから、今から射出しておくのは自然な判断だ。翔鶴は間を置かずに承認、UAVが切り離された。

重圏内機自身も低空で飛行している。中隊通信班の情報や要請を傍受し、圏外の宙母に送信するためだ。本来なら定期便たる降下艇の仕事だが、情報とは早くて多いに越した事はない。

一人の女が、翔鶴の就いている席に向かう。「翔鶴機長、お疲れ様です。交代の時間ですよ」と、副戦術航空士の瑞鳳三尉。

この機体に限って言えば古参だ。戦術航空士としてはともかく、この機特有の問題については一番詳しいだろう。

UAVが射出されたからには、軽圏内機と共に横隊を組んで磁気センサーで索敵をしなければならない。軽圏内機を編隊の最左翼と最右翼に一機ずつ、中心が重圏内機、UAVが左右の間それぞれに2機ずつ、等間隔だ。

きっと瑞鳳も、面倒な仕事の回ってくるタイミングを知って代わりに来たのだろう。翔鶴は苦笑しつつ思った。いらない気を使わせて、貸しを一つ作ってしまったわね。

「ありがとうございます、瑞鳳三尉。恩に着るわ」翔鶴は口早に言うと、その席を瑞鳳に譲る。当たり前ながら、遠慮し合っている場合ではない。

慢性的に戦時下にある航宙自衛隊においては、階級年次席次といったものよりも、ボカ沈を食らった数、宙や海を泳いだ数が物を言う。その筋で言えば最上級に当たる翔鶴が気を遣う謂れは、全くない。

その謙虚さは、ある種の美徳であり、カリスマであった。こうした態度が、乗員を一致団結せしめ、新しく就任した先任士官の下に強固で士気の高い組織を作り上げてきたのだ。

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瑞鳳がモニターを見やると、編隊は島の南東へと差し掛かりつつあり、主たる侵入予想地点から考えれば、反転して西へ向かい、センサー網の敷設を開始しなければならない時期を迎えていた。

思った通りだ、と瑞鳳は考える。管制下にある機体へすばやく180度の変針を命じると、速やかに形成するべき横隊のデータを送る。

横隊の最右翼は加賀二曹の軽圏内機、間に二機のUAVを挟んで重圏内機、またも間に二機を挟み、最左翼は瑞鶴三曹の軽圏内機。

磁気センサーの感度と敷設される音紋センサーの性能を考慮に入れた最適の間隔を設定し、データリンクで送信する。

機内の一同は思った。経空/対空脅威がほとんど無いというのだから、気楽なものだ。

瑞鳳の後ろには、五月雨三曹が機首方向へ通り過ぎて行き、しばらくの後、響二曹が行くのが見えた。彼女らも交代しているのだろう。

「瑞鳳さん、コーヒーです。起きたばかりでしょう?」と、榛名三曹。「いつもありがとうね。頂くわ」

航法管制士は、任務中においては戦術航空士に権限を委譲しているため、完全に暇であったので、雑務を担当することが多かった。

きっと、ほかの勤務に就いている者にも、差し入れを行っていることだろう。

モニターに表示される、中程度の警告。重力波センサーの反応。脅威かもしれないし、例の海竜や海棲大型哺乳類かもしれない。

いずれにせよ、気をつけるに越したことはない。UAVのうち2機を先行させ、編隊を縮める。当初予定したよりもセンサー網の効率は低くなってしまうが、どうせこの1ソーティで全てをこなす事なんか、できやしないのだ。

UAVがいくらか前進したところで、その周囲に正体不明のフリップが新たに5機現れる。"当たり"だ。やっぱり、敵は航空機の存在を予期していた。あの島の中隊だって、降下艇で降りてきたのだから。

だが、どうもUAVを狙っているようではなかった。接近してくる、光学モニターに映る敵影。例のタコヤキに、ロケットブースターを両側面にそれぞれ二本。上には指向性散弾のようなものとラッパ状のものがついている。

予想進路は、この機を指し示していた。

しまった、対レーダー誘導か!瑞鳳は唖然とした。おそらくラッパ状のものは逆探だろう。即席のSEADミサイルというわけだ。

瑞鳳は、数機にレーダーを切るよう警報を出す。当機についても、ただちにシャットダウン。各担当官にも、データリンクでその旨が届く。翔鶴も配置につかなければならない。予備の戦術モニター席で空域を管制していた。

一瞬モニター上の全てのフリップが消え、また現れる。音紋および重力波センサー、磁気センサーや赤外線センサーの情報を統合したものだ。敵対的な"熱源"は、それでもまだこちらへ向かっていた。

瑞鳳はブリーフィングを思い出す。"タコヤキ"は、狩りの勢子として現住生物と共生関係を結んでいること。おそらく、誘導方式に三段階あるということだ。

まず、敵の予測される進路に向けて、ロケットに点火する。そして逆探が我々を見つけ、舵を切る。終端誘導は、タコヤキ共の目かエコーロケーションか知らないが、そうした生物由来のものだろう。

編隊は今や大きく乱れ、各自が迎撃コースや回避コースを取る為散開しているが、熱源の向かう先は変わらない。

おそらく、一番大きな目標を狙っているのだろう。最も機動性が高く回避の余地がある軽圏内機には、激しくレーダーを発振させているにも関わらず、まったく見向きもしない。

この機体は、完全に"わからん殺し"をされていた。だいたいからして、敵のテクノロジーレベルすら知れていないのだ。火器管制士たる叢雲三曹に、ウェポンズオールグリーンを通知する。

間もなくレーザーが発振され、短距離AAMが発射され、30mm機関砲がブチ撒かれた。

だが、敵は突然すぎ、速すぎた。もはや、どの防衛手段の間合いでもない。

迎撃をすり抜けた二機が、機体のそばで散弾を炸裂させる。瑞鳳は予期される衝撃に、身体を固めることしかできなかった。

機首側へと響二曹が走り抜けていく。軽圏内機は、タコヤキの発射地点に向かって、降下しては核ロケットを発射することを繰り返していた。「代わって!」言うまでもなく、五月雨三曹は副操縦席へと移動していた。

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響が操縦席へ座ると、すでに自己診断プログラムが悲鳴を上げたかのように赤い表示を点滅させ、警告音をかき鳴らしていた。

第一、第二エンジンと左主翼に被害を受けたようだ。機体が南側へ、島から離れていく方向へ傾いていく。響は思った。これは本格的に不味いぞ。隠して持ち込んでいたウォッカの酔いは、完全に抜けていた。

強固と謳われたインテグラルタンクにはいくらか穴が開いていて、燃料が漏れ出していた。響は考える。このまま放っておいては、無人回収機による回収もおぼつかないだろう。席に就いた航法管制士の榛名も、同様に理解しているに違いない。

全身から汗が吹き出し、握った操縦桿がぬめる。この有様では、不時着水もやむを得ないか。響は考える。五月雨となんとか機体の水平を維持しようと努力しているが、焼け石に水だった。

後ろから瑞鳳の叫び声。「続いて7発接近!方位125から2発、176から2発…」「Сука!」響は叫んだ。南側からの攻撃が相次ぐのは、当然だった。先日の水上戦闘で、島に近づいたら水漬く屍となる程度のことは、敵もよく理解していることだろう。

おそらくこれは、次の降下艇を阻止するために仕掛けられた罠に違いない。我々は我が兵站を攻撃する筈だった敵のレンジのド真ん中に飛び込んでいったわけだ。

言い切る前に、無人機がレーダーを全開にして敵の予想進路上に躍り出た。どうやら比叡が機転を利かせたようだ。一番遠い群れの対レーダーモードであろう三機が吸収されていく。機体が振動し始めた。自衛火器が火を噴いているに違いない。

それでもまだ4機が残っていた。瑞鶴と入れ替わりにやってきた新参の五月雨三曹は、おそらくこの機の消火器等非常用器材の配置をまだ覚えていないだろう。私がやるしかない。コントロールを副操縦席に委譲し、席を立つ。

「任せるぞ。私は被弾に備えてくる」と、響。「任せてください!避けてみせますよ!」と、五月雨。自分の腕が鳴るとばかりだ。響は、パラシュートや消火器の配置された区画へと駆けだしている。"まさか"に備えるためだ。

響は必要なものを抱えると、前へと戻りながら、各員の足元に救命ジャケット、サバイバルキット、パラを配っていく。そうこうするうちに、迎撃しきれなかった二発が散弾を放った。最後の分を抱えたまま、響は尻もちをついた。

機首の上半分が吹き飛び、真っ赤な操縦席に五月雨だったものが飛び散っていた。頭が真っ白になるが、すぐにしなければならないことを思い出し、救命ジャケットを着込み、サバイバルキットを装着し、パラを背負った。

皆も同様にしていた所に、二発目が弾着する。航法席の下が吹き飛び、榛名の頭がかろうじて機体に転がる。

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響が五月雨の片足を拾ったように、翔鶴も駆け出しその頭の髪をつかみ、片手でぶら下げていた。誰も置いて行かない。死体でも持ち帰る。翔鶴は手近なヘッドセットを掴むと、叫んだ。「メーデー!メーデー!こちらヨコスカリーダー、当機は飛行維持不能、総員脱出する!」

「聞こえたわね!皆、この機体は捨てるわよ!急いで!」やがて横のハッチを手動で開くと、滞りなく落下と開傘が行われた。私に続いて3人分、花が咲く。どうやら皆無事のようね。榛名の頭を抱きしめ、ふわりと地面に向かいながら、翔鶴は思った。

今回も絶対に生きて還る。誰一人置き去りにはしない。死体であっても。

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「クソ!クソ!クソッタレ!」瑞鶴三曹は精神的に不安定になっていた。この場の編隊長となってしまった加賀二曹は、瑞鶴三曹の乗機からアヴィエイターへの鎮静剤の注射と新たな目標の位置を指示する。ミサイルの発射地点に向かって、逃げられる前に対潜ロケットによる制圧を行なわければならない。瑞鶴三曹を放って置いたら、キチガイじみた低空飛行をして乗員を探し出すだろう。だが、それは農夫どもの仕事だ。

加賀二曹は、戦術モニターと目視で被弾地点や墜落地点、乗員の着水した位置を記録すると、生きている1機のUAVへ引き続きセンサーの敷設を指示すると共に、発射地点への報復攻撃へ移っていった。全部使ったら、さっさと中間層へと駆けあがって、おとなしく回収されるつもりだ。地上の中隊が通信を傍受し、作戦を立案し出撃するにしても、まだまだ時間があるかもしれない。私たちにできるのは、見える限りの脅威の排除、索敵、そして次に備えて機と身体を休めておくことだ。

加賀はヘッドセットに向かって呟く。「エナ・コントロールへ、ヨコスカ1、着水座標を転送する。388757、165385。終わり」




畑違いの所の作文をやってしまったので、考証面に非常に不安があります。空の本職の方で、こういう時はこうじゃないかとか、こういう言い方はしないんじゃないかとか、そういったご指摘があったら教えていただけますでしょうか。


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#3 隊法 第九十条 (前略)前条の規定により武器を使用する場合のほか、次の各号の一に該当すると認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。

読者、ヴぁっはばたりおん。AoE2DEにモロハマリにつき、執筆遅延の恐れあり。送レ


#3 自衛隊法 第九十条 第一節 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合。

長門は相変わらずデータパッドで全況を俯瞰していた。

「メーデー!メーデー!こちらヨコスカリーダー、当機は飛行不能、総員脱出する!」「クソ!クソ!クソッタレ!」「エナ・コントロールへ、ヨコスカ1、着水座標を転送する。388757、165385。終わり」

しばらくの後に、データリンクから重圏内機が消失し、軽圏内機も有るだけの弾をばら撒いたら駆け上っていく。健気なUAVが我々からもアクセスできるセンサーをばら撒いていたが、それもすぐ撃墜されたようだ。

長門は足柄と目を合わせる。事態に対してこれからやるべきことは分かり切っていたし、座標のおかげで頭の中でも段取りがついていた。「足柄、各級指揮官を集めてくれ」「了解しました」

すぐさまパッドに入力していく。今や無線封鎖は解除されていた。我々がここに居ることも、積極的な軍事行動を取ろうとしていることも明らかであった。

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各々、中隊本部の天幕に集まるなり、すぐにタバコを吸い始める。すぐに視界が紫煙で曇っていった。

「さて、事は急を要する。結論から言うぞ。君たちには救出部隊のための中継拠点を築いてもらう。施設小隊と重迫小隊は一小隊、三小隊、重装甲二個分隊と共に前進、35km地点に浮き砲台を設置してもらう。質問は?」

「はい!あの、艀とかの運搬は…」と、夕張。面倒くさそうな結末を予期しているとしか思えない言い方。

「喜べ。重迫撃砲と虎の子の誘導弾頭、対砲迫レーダー、救命キット、衛生班整備班の一部、それから予備の弾薬、バッテリーを満載させた状態で引っ張っていけ。重迫小隊と協力しろ」

「了解しました。ありがとうございます…」すごすごと引き下がる夕張。

「一小隊も、艀を押すにあたって協力するように。救出隊の主力は、三小隊と重装甲二個分隊。残りの二小隊は各陣地に分散して警戒、重装甲一個分隊は予備として残置する。一時間以内に準備しろ。以上、別れ」

「「別れます!!」」言うなり、一目散に駆け出し、走りながらデータパッドで各所轄に命令を下達する一同。一分一秒に"人"の命がかかっている。それだけのことだ。急がない理由なんかどこにもない。

長門は未だに中隊本部で油を売っている赤城に目をやり、一言。「お前も行くんだ。主力と共に」

「は、はひィッ!わかりました!赤城二曹、ただちに準備にかかります!」言うなり、猛ダッシュで駆けだしてゆく赤城。どうやら、ぼんやりしているだけで全く腐りきっている訳ではないようだ。

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宙自の工作艦「はるとり」では、旗艦たる宙母「えな」からの要請に基づき、水上戦力の投入について研究していた。

曰く、陸上危険生物の潜水艦と違って人が何人か海底に立っているだけでも見つけられなければならない、水面下の攻撃に対して素早く感知でき強靭でなければならない、等々…

前代未聞の要求に対して、がらんどうの格納庫に、作業機械と器材、モジュラー型水上艦プラットフォームの居並ぶ中で、涼風二尉を始めとする技術者陣は困惑し、頭を抱え、あるいは落ち着きなさげに歩き回っていた。

この百年で、対潜能力に進化がなかったわけではない。むしろ、長足の進化を遂げていたと言っても過言ではない。

だがそれは、潜水艦に対してのものであって、水の中を歩いて回る生命体にこの技術系統を適応するには、相当な困難が予想された。当面は、圏内機によるソノブイやSOSUSから得られたデータを適用して処理するしかなさそうだ。

艦首に大きく突き出した部分を作って磁気探知機を装備する線もあるが、そのためには艦体構造に大きく手を加えなければならない。そのまま装備してしまうのでは、自艦の磁気特性に妨害されてしまうからだ。

後々やっていくにしても、今すぐ用意できるものではない。ここで行われている戦いのためには、今ある器材でやらなければならない。ふと、涼風二尉は思いつく。

いっそ、センサーとしての役割はソノブイやSOSUSの情報に投げて、艦そのものは火力プラットフォーム、いわゆる機動性のあるアーセナルシップとしてしまった方が良い。

海底にへばりついて待ち伏せしている場合は別だが、作戦行動中で動き回っている敵なら、アクティブ/パッシブソナーでも検知できる。陸から面白い図面が届いているから、それも搭載兵器にしてしまおう。

夕張と明石が設計した個人用短魚雷や索敵用長魚雷は、艦内工廠ですでに生産ラインに乗っていた。あれを艦にも搭載できるようにすれば、近接索敵や近接防御用として役に立つかもしれない。

そして、陸自の水上航行能力は数十キロが限度だ。補給・修繕機能も必要になってくる。武器、弾薬、糧食、バッテリー等はどうにかなるが、技術者は降りている中隊に割かせるしかないだろう。

涼風二尉は、作業の段取りを始めた。皆を集めて、先に思いついたことを話す。誰かが挙手し、質問した。「それでは、センサー圏内でしか活動できないのではありませんか?」

涼風二尉は答える。「あたいらに今必要なのは、遠出する能力よりも、足元を固めて後顧の憂いをぶった切ること。そのために、火力と陸さんのための兵站拠点となる船が必要ってワケさ」

重圏内機がUAVでやる程に効率が良い訳ではないが、今は回避能力のある軽圏内機が連続で出撃し、センサー類を敷設し、海面に上がってくる敵を掃射している。活動できる範囲も多少は広いということだ。

別の技術者から質問。「艦にソノブイやSOSUSの投射装置をつけてはどうですか?宙自の皆さんの負担も軽減できますし、自ら活動範囲を広げることも可能です」

「いけるいける!その案採用だ!」と、涼風。基本の仕様はまとまり、各々が打ち合わせをし、作業に取り掛かり始めた。涼風は思う。あたいも、書類仕事を片付けたら手伝おう。

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すでに部隊は出発していた。出た時にはもうすぐこの惑星の陽が暮れる頃だったが、時間を選んでいる場合ではなかった。中継ポイントは南南西35km先、目の前には大海原しかない。

救出分遣隊の指揮官は木曾三尉。弾を潜り抜けてきた数では中隊でも1、2を争い、片眼を軍用高性能義眼に置き換えている強者だ。

中継地点の責任者は、当然のことながら夕張二尉に与えられる。重迫をはじめとした装備、弾薬、糧食、医療キット、衛生班や整備班のうち数名、そして救出隊として進出する三小隊と重装甲二個分隊、それに赤城二曹を合わせた状態で、一小隊、施設小隊、重迫分隊が引っ張る。

もちろん、夕張二尉もできるだけのことはした。艀の底面に弾頭を外した対戦車ミサイルを固定し、その推進力で少しでも負担を軽減しようとした。

目下のところ、それは不十分に終わっている。夕張は思う。結局のところ、一番のアテは、牽引する我々の根性ということだ。

「夕張二尉、まだまだかかりそうっスか?」とは、望月三曹。生意気でものぐさなところはあるが、頭の回転は速い方だ。夕張は内心で思っている。わが小隊の後を継ぐのはこいつだ。

「もうすぐよ」と、夕張二尉。短く呟く。それを聞いた一同は考えた。気休めに違いない、と。この艀を引いている者全員が、まだどれぐらいあるとか、どれぐらいかかるとか、そういった事を考えないようにしていた。

しかし、幸か不幸か、それは気休めではなかった。すでに陽が落ちている。責任者として管理せざるを得ない夕張二尉は、どこまで進出したかを正確に把握していた。

それから、煙草を一本吸い終わる程度の時間が経った時。

「停止!艀を前から押せ!」と叫ぶ夕張。そら見ろ、また危なくて疲れる仕事だ…と、一同。固定した荷も解かないといけないし、救出隊の出撃準備もしないといけない。重迫だって展開しなければならない。波による揺れを考慮しなければならないことは、熊野三尉にとっての頭痛の種となることだろう。

そうして作業に入って、荷物が粗方解けたあと、小銃手らしい装甲服を着た奴らとおっかない身長4メートルの重装甲服を着た集団が駆け寄り、配る段取りもつけないうちに装備を半ば奪うように受領していった。

彼女らはやがて整列し、各員の装備を点検する。慌てていたものだから、何人かが走ってきて、各々目当ての物を持って行って、再点検する。

今度はうまく行ったようだ。艀の縁に近い者から順に着水していく。隊形は展開してから整える腹積もりのようだ。

夕張は思う。長門中隊長の原隊から引っ張ってきた重装甲分隊二個に、一部では"陸上救難隊"とまで綽名された精鋭木曾小隊。彼女らの練度なら、きっとうまく行くに違いないわね。

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艀が止まり、荷解きが終わる頃、我が臨時救出隊の準備は整った。三小隊と重装甲分隊二個。まるで多段式ロケットの先の方のように補給地点から撃ち出され、宙の"水漬くマヌケ"を拾いに行くのだ。

もう日は完全に暮れている。夜の闇の中で、救出隊は重装甲分隊二個を先頭に、赤城二曹含む三個小銃分隊が続く綺麗な楔型隊形を、4層に渡って組んでいた。いわゆるパンツァーカイルという奴だ。

その救出隊の隊長を担う木曾は思う。全く、今度はどこのマヌケか知らんが、宙の連中ときたら、俺たちに尻拭いさせてばかりじゃねえか。

木曾が戦闘救難任務を引き受けたのは、これが初めてではなかった。片眼を失ったのも、こんな夜のことだった。

相変わらず全速で海上を行進しつつ、装甲服のバイザーを上げると、左腕上腕部の防弾盾の裏に装備していた私物のポーチから煙草の一本を抜き出し、それをくわえて、火をつける。

指揮下にある各下士や兵卒も、倣うように煙草を吸う者、ガムを噛む者、水を飲む者、持ってきたおやつを食べる者、中には口笛を吹いている者もいた。

木曾は思う。すごいな、この合成風力でまともに吹けるのか?あとでやり方を聞いておこう。そして赤城の方を見やり、呆れる。それなりのサイズのドーナツを、貪るように食べていた。あんなもの、どうやって持ち込んだんだ?

本来なら、数十キロの長距離行軍ともなれば、小休止や大休止を取りたいものだが、この海上には寄りかかる樹木や岩石もなければ、座り込む地面もない。各々、気慰みが必要だ。

防弾盾は、陸上自衛隊で言うところの中間姿勢、つまり片膝をついてしゃがんで撃つ時に身体のほとんどを覆うために採用された。立射の姿勢で小銃を構えていてさえ、心臓や上半身の左半分を守ることができる。

それは、小銃小隊にだけ配備される、真なる歩兵の証だった。小銃手たる者、誰もがこれを誇りに思い、陣地構築時には疎ましく思い、そしてどこかで買ってきたポーチやら何やらを裏側に付けて、嗜好品を忍ばせている。

一方重装甲分隊らの方はというと、沈黙を守るばかりだった。当然だ。任務中、彼らがあれを脱ぐには非常用の脱出装置しかない。そうしたら、装甲服は全部バラバラになり、それが海上なら浮き輪でプカプカと助けを待つことになる。

木曾が重装甲分隊の方に目をやると、プラスチックの棒の先に斜め下に垂れ下がった金属探知機をくくりつけたようなものが見える。まるで自撮り棒のようだが、これが即席の機雷探知機なのだ。

夕張三尉や明石一曹をはじめとした整備班と施設小隊が、満を持して送り出す自信作!という訳ではないが、対人機雷や魚雷のようなものを見つけようとする中で、今できる限りを尽くしたといった所だろう。

重装甲分隊は通常4人で編成される。二個分隊が分派されたのは、火力の為だけではなく、前衛を担当させるためでもあった。

木曾三尉は思う。そういえば、この惑星にも月があったな。空を見上げると、確かに輝いていた。あの磯臭え野郎どもが殺しに来なけりゃ、風光明媚極まる所だったろうにな。残念で仕方ねぇ。

そうして、各々が気怠く、かつ素早く海面を滑走して、15分はした頃だった。先頭を行く霧島三曹から全隊に警告が入る。金属探知機に反応アリ。

聞くなり、第一、第二分隊は左右を守るべく複縦陣へ転換、第三は後ろ向きに楔型隊形を形成している。

行軍を停止し慌ただしくも正確に陣形を形成した自分の部隊を眺めながら、木曾は思う。そりゃあそうだ。連中、絶対海上封鎖をしているに決まってる。

我々にしたところで、必要だから出向いただけで、互いに分からない同士探りを入れ合いつつ、武力を誇示して余計な手を出させない。そういうつもりでいたのだ。

軍事的合理性に従うなら、向うだって同じ筈だ。この間の磯波三曹の圧勝。慎重な態度になって、警戒ラインが遠巻きになるのも当然だ。

だが、その戦いが示した、待ち伏せ攻撃の合図にできるような機雷。波に揺られようとも同じ深度、同じ場所を保持できる機雷も、我々に衝撃を与えた。我々の敵は、想像以上に技術的な発展を遂げている。

そして、今度の重圏内機に対する迎撃。向うにも我々位には技術を応用する能力を持っていることは明らかだった。決め手となった、奴らのラボで作られたものを直送したような"カミカゼタコヤキ"。

おそらくは、地上や電波に対する基礎研究があったのだろう。現状、我々よりも奴らの方が"知っている"。そう認めざるを得ない。

そこまで考えた所で、前方、重装甲隊奇数番機の左肩にマウントされた60mm自動擲弾銃が前方を薙ぎ払う。木曾も話には聞いていた、対水中用の遅延信管擲弾だ。不幸中の幸いというべきか、水中の方が地中よりも衝撃が伝わりやすく、対人障害の処理が容易い。

重装甲服は、全ての機体にどちらかが搭載されている右手の25mmガスト式機関砲や35mmセミオートライフルのように、左側にもまた様々な兵器を搭載することが可能だ。

そうして機雷源を排除した先で、引っ掛かったとでも勘違いしたのか、発砲炎が上がる。時たま、少し大きい発砲炎が見えた。たちまち網膜投影―――HUDのようなものだ―――で、レーダーや赤外線により発見された敵が四角くポップアップされる。木曾は相変わらず落ち着き払っていた。なあに、"中"はともかく、"上"ではこっちか勝ってる。

重装甲隊偶数番機の搭載した対水上/対空レーダーが、水面から頭とライフルらしいものを突き出した敵や、カミカゼが向かってくることを示している。20世紀前半の対潜水艦戦のようだ。

木曾の分隊も、仕掛けられるや否や、交互躍進に移行する。各分隊長の指揮下で、5人がその場で射撃し、残り5人が前進する。これを交互に繰り返し、重装甲隊が切り開き先に通っていった機雷源を突っ切っていく。

およそ50mの間隔で、救出隊の各分隊は前進していった。射撃には問題ない。重装甲兵のレーダーが、敵を照らし出しているのだ。当たり前だが、機雷源を通り抜けているのだから、機動する方は全力で駆けている。

こんなことで足止めを食っては、時間がいくらあっても足りない。やがて突破した部隊が横隊に展開し射撃を開始すると、今まで射撃に専念していた班が素早く縦列を取って前進する。これを小隊全員が終わるまで繰り返す。

つっかえたのは、最後の小隊、最後の班だった。「こちら霞一士、足に被弾!嫌!こんなところで、私は!」こんな整った口をオープンチャンネルに利けるのだから、大した傷ではないに違いない。

木曾は小隊全員に横隊での射撃を命じると、"気合いと根性"を注入するため、霞士長のもとへと向かっていった。

#

霞一士は分隊に置き去りにされ、絶望感を味わっていた。ああ、まさか…そう思っていたら、センサーに反応。小隊長だ。よかった、助けに来てくれた。

だが、やってきた小隊長は、目の前に来るなりバイザーを殴りつけ、こう言い捨てた。

「馬鹿野郎!心配かけさせやがって!網膜投影をしっかり確かめたか?出血もクソもない、ただのかすり傷じゃねえか!大方、衝撃にビビってチビってんだろ。ひよっ子が」

続けざまに、木曾は言う。「自分のケツにミソつけても、分隊の面子にミソつけんな!両手両足が、首から上がぶっ飛んでも、仲間を信じろ!お前らの分隊員がそのまま前進していった時、絶望したか?」

「はい。救いようのない絶望感に覆われて、仲間を疑いました」

「奴らは、お前の傷が装甲服が修復してくれるような大したことない物であることをを理解して、前進したんだ。この間、磯波分隊の遭遇戦の通信を聞かせたよな。覚えてるか?」

「はい、しっかりと」

「本当にしっかりと聞いていたか?朝潮はこう言った。私なんか放って退がって!私一人のために、分隊が危険に晒されるなんて、ってな。あいつは死と向き合って、未来を仲間に託そうとしていたんだ」

「自分は、その意義を理解する努めをしていませんでした」

「ああ、そうだ。そして朝潮は、初雪の冷静かつ的確な手当によって、一命を取りとめた。俺の小隊にいるなら、お前も誰かを救う女になるんだ。深呼吸して、仲間を助けるイメージをしろ。訓練を思い出せ」

「ありがとうございます。霞一士、分隊に復帰します!」

「その調子だ。お前は立派な歩兵になれるぞ。頑張れよ」

そう言って、小隊長は霞に軽くハグをしたあと、前進し、小隊全体の再掌握へ向かった。

小隊長直々に、精神の揺らぎを除去してもらった。私も、人を助ける。皆も、私を助けてくれる。その事実を噛みしめ、霞も前進を再開した。まずは、後れを取り戻さないとね。

#

真っ暗な、なんの光源もない闇。微光暗視装置すら、宛にならない。レーダーとFLIRシステムだけが、網膜投影で四角くポップアップさせ、敵を見せてくれる。きっと、部隊の皆がそうなっている。

たまに動画サイトに上がっている昔の米軍の無人機やヘリコプターのガンナーの世界、霧島の目の前に、白黒の世界が広がっていた。

霧島三曹は、機雷原を突破して横陣を組んでからというもの、夜闇の中でUボートの潜望鏡のように顔を出して撃ってくる敵を相手に、部隊ぐるみで射撃をしていた。

霧島は思う。何人殺したか分からないが、こっちに鉄砲を向けてくる相手に容赦は要りません。

もぐら叩きを楽しんでいた霧島三曹の網膜投影に赤く危険表示がなされたのは、高速で接近してくる物体が感知されたからだ。レーダー搭載機からのデータリンクだ。

霧島は叫ぶ。「重装甲分遣隊、対空目標へ向けて射撃!偶数番機は翔鶴データに従って、逆探から光学/音紋誘導に切り替わる前にレーダーを切る事!」

そして、右腕のガスト式機関砲をカミカゼの進路上にばら撒きつつ、奇数番機の自動擲弾銃を指揮官権限でオーバーライド。レーザーによって得られる接近速度と測距に合わせて空中炸裂するよう、弾幕を張る。

カミカゼの大半は撃破したと思ったのも束の間、霧島は呆然としていた。潜り抜けてきた機が、自分の部下に向かって、突っ込んでゆく。

それは、ひどくゆっくりに見えた。自分の腕の動きすらも。ああ。部下のうちの2人に、散弾が浴びせかけられる。…散弾?それなら、

「分遣隊長に報告!二人が被弾!うち一人については、身体に損傷なきものの、機体の戦闘継続は不能!私が後送します!送レ」

「分遣隊長了解。直ちに実行せよ。終ワリ」助かった。部下の命は。それでも、二機がミッションキル(戦闘に参加できない状態に追い込まれる事)されてしまった。

「霧島三曹、こちら木曾三尉。第一分隊を班ごとに配置転換する。指揮権は分隊長からそちらへ委譲する。掌握されたし。送レ」「了解。ただちに隊形へと組みこむ。感謝する。終ワリ」

言うなり、一分隊が合流した。正面を重装甲二個分隊と一分隊で固めて敵を圧迫し、二分隊と三分隊は木曾少尉自ら率いて右翼に展開し、敵に対して戦闘正面の拡大、あるいは片翼包囲を狙っているようだ。

もし片翼包囲が成ったならばそのまま十字砲火が成立するし、木曾少尉隊に押し込む隙がないようなら、重装甲分遣隊基幹の我々が火力と装甲を活かして撃ち合いを制し、前方の敵を殲滅、あるいは撤退に追い込む。

中心の敵を食い破ったなら、相手の真ん中に重装甲分遣隊だけで割って入り、左右を各個に撃破すればいい。

霧島はすでに一分隊は隊形の左に展開していた。続けざまに霧島は考え込む。

敵の数は少ない。先程から殺している数を考えれば、今相手にしているのが敵の中隊の予備とされた小隊に違いない。

網膜投影を俯瞰モードにすると、新しく部隊を抽出したのか、それとも連隊や師団級の予備か、あるいは他部隊から抽出した戦力を束ねて先行させているのだろうが、そういう部隊が翔鶴らの着水地点の間に急いで陣を整えているのが観測された。

常に対潜装備で警戒飛行している軽圏内機からのデータを、赤城ニ曹経由で手に入れている。霧島は思った。阻止攻撃(集結した部隊や移動中の部隊を叩く事)の可否は、救出隊長の木曾三尉に権限があるから、私がどうこう口を挟むことでもないわね。

だが、このデータが、大胆な包囲機動につながっているのは間違いない。目の前の敵部隊は、増援が次の防衛ラインの構築に割り当てられている。要するに見捨てられ、次の部隊に未来を託して戦っているのだ。

霧島は、虎の子のカミカゼも撃ち尽くして、絶滅の秒読み段階に入った敵部隊を見ながら思った。親子や恋人の関係と、死にゆく彼女らの、軍や民族への愛。一体どちらが強いのでしょうね。

#

木曾はなんの制圧射撃もなくあっさりと側面を取る事に成功し、軍から見捨てられた敵らを見つめ。自分の匙加減ひとつで死ぬ定めにあることを感じていた。

経験と習った物事の数々が、一斉に囁く。攻めるなら今だ。

木曾はその衝動に従った。複縦陣で側面を晒している形になる今の隊形を、そのまま見る角度を変えて横隊二列となす。

木曾は叫ぶ。「分隊単位で交互躍進!接敵あればこれを近接戦闘にて殲滅!総員かかれ!」

「「了解!」」叫ぶなり、交互躍進が行われる。分隊単位なので、十人が片膝をついて敵を撃ち、もう片方の十人が一定距離まで前進し、射撃姿勢をとる。その繰り返しだ。

統率の取れた部隊の動きに満足していると、歌が流れてきた。オープンチャンネルどころではない。忘れもしない、あの霞の声、外部スピーカーの全力だ。

「万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和女子と生まれては 散兵線の花と散れ」片方が前進を終え、もう片方の分隊が前進し出す。

「「尺余の銃は武器ならず 寸余の剣何かせん 知らずや宇宙に二千年 鍛え鍛えし大和魂」」敵の反撃が、ちらちらと見える。

「「「軍紀を守る武士は 全てその数二百万 八百余箇所に屯ろして 武装は解かじ夢にだも」」」指揮官が戦死しているのか、後退する様子もない。

「「「光年天文宇宙越えて 我に仇成す国あらば 港を出でん輸送艦 しばし守れや宙の人」」」こうなったら、相手も捨てがまりだ。

「「「敵地に一歩我踏めば 軍の主兵はここに在り 最後の決は我が任務 戦車砲兵力せよ」」」血みどろの近接戦闘が始まろうとしている。

「「「アルプス山を突破せし 歴史は古く雪白し 奉天戦の働きは 日本歩兵の粋と知れ」」」木曾は思う。私も加わらなければならない。なぜなら、普通科だから。

「「「携帯口糧あるならば 遠く離れて三日四日 荒野千里に渡るとも 散兵線に秩序あり」」」すでに皆、着剣している。私も続かねばならない。

「「「退く戦術我知らず 見よや歩兵の操典を 前進前進又前進 肉弾届く所まで」」」先頭の部隊はすでに突き殺し、あるいは刺して発砲し、

「「「我が一軍の勝敗は 突撃最後の数分時 歩兵の威力はここなるぞ 花散れ勇め 時は今」」」木曾自身も銃剣を横に突き刺し、薙いで、はらわたを引きずり出していた。

「「「ああ勇ましの我が兵科 会心の友よ来たれいざ 共に語らん百日祭 酒杯に襟の色映し」」」すでに何人殺しただろうか。また一人、目玉をえぐる。私自身にもわからない。

戦闘が終わってみると、やはり我々の圧勝だった。犠牲者は確認できない。戦った証は身体にではなく、装甲服に刻まれていた。

敵の刃の跡、返り血、腸を知らないうちに担ぐように肩に下げている者もいる。

ここまでは快勝だ。だが、きっと次はもっと大軍で来るだろう。航空偵察情報がそれを示している。阻止攻撃を依頼したから、少しはマシになるだろうが、それでも油断ならない量。

興奮しすぎている者には装甲服から鎮静剤を注射させ、全隊を集合させなければならない。

規律と士気を迅速に復旧するのだ。

木曾は思う。これは前哨戦、ここからが本番、メインディッシュだ。

データパッドに映る、航空阻止攻撃や重迫撃砲に削られながらも増え続ける大群を見つめ、木曾は自らの血が沸き上がり、武者震いを感じた。




元自衛官、物を書いた経験のある方のアドバイスを心待ちにしております。


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#4 隊法第九十条 第一項 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合

まだ書き終わっていませんが、文字数十分だし先が浮かばないのでぶん投げます。


相変わらず、見渡すばかりの大海原に、何もなければ指先すら見えない暗闇。

木曾は、救出隊全隊にデータリンク―――短距離レーザー通信―――で以下のことを伝えた。敵の群れまで10キロあるかなきかというところだ。

「今ヨリ二十分ノ休憩ヲ与エルモノトスル。各普通科分隊カラ、十分ゴトニ歩哨ヲ立テラレタシ」

集合した敵は阻止攻撃と重迫による砲撃で手一杯で、身動きが取れていない。こういう敵前、攻撃前の切迫した休憩で、兵隊が取る行動は、寝るか、メシを食うかのどちらか。

歩哨に選ばれた不運な隊員も、10分でそれをこなすのだ。作戦行動中、一般に兵士が取れる睡眠時間は4時間あればいい方だった。

そうした中でいかにベストコンディションを作り上げるか、ということも兵士の仕事だ。木曾自身は、小隊長の務めもあって、後者を取っていた。

メシも睡眠も正常な判断によい効果をもたらす事に変わりはないが、メシは敵襲となれば投げ捨てればよいのに対して、寝ると起きて頭の中を整える必要があった。

木曾は考える。救難ビーコンは未だ変わらない位置で発信されている。放置されているのだろう。我々は脱出した乗員をエサに、完全に釣り上げられた。

先ほどの敵の兵隊は、遅滞戦闘で部隊の集合をギリギリのタイミングに行なうことによって、企図を寸前まで隠し通すために死んだのだろう。

敵は、その数によって、何もせずとも突破不可能な両翼包囲を行える程の正面を展開していた。

二つの言葉が頭をよぎる。イサンドルワナ、ロリクスドリフト。同数では損害を与えられないのは、向うだって分かり切ってるはずだ。

おまけにここは海の上。戦争の三つのT―――訓練(Train)、地形(Terrain)、戦術(Tactics)―――のうちの一つは、少なくとも我々には全く使い道がない。

引き撃ちによる消耗戦?論外だ。火力で上回っているとはいえ、そんな時間はきっと残されていない。見破られれば、"人質"が殺されてしまうだろう。

迂回・突破?相手の機動力は未知数だが、まあまあうまくいくかもしれない。しかし、先ほど敵がやったように殿を務める部隊が必要になる。救える命と失う命の計算が合わなくなる。

決戦―――それしかない。砲弾とは、命よりはものだ。安い。思いついたように、木曾は赤城に声をかける。

「赤城二曹」と、木曾。「はい、なんでしょう?」応える赤城。

「休憩が終わったら、敵のど真ん中に、宙母から戦術核弾頭を落としまくってくれ。デンジャークローズは、この際考えなくていい。あと、残敵に対するMAC―――Magnetic Accelerator Cannon―――による掃射も頼む。全力で」と、木曾。

続けざまに言う。「花火大会を開いているうちに奴らは潜るだろうから、軽圏内機を全力出撃させて、頭を出した順にサーモバリックロケットや機関砲で片をつけてくれ。我々にはこれ以外手段がない」

「わかりました、フルコースですね。宙自の全力を、ご覧に入れて差し上げますよ」と、やる気満々で応える赤城。ようやく仕事が回ってきたとばかりに、背負ってきた大型無線機で宙母と通信する。

#

眼下に広がる敵の大群。海が3に敵が7とでも言いたくなるような数だ。夥しい数の敵の中から、AIによって高価値目標が選定され、HMDに四角くポップアップされる。加賀は思う。これでは、私たちの努力は焼け石に水ね。

加賀と瑞鶴含む軽圏内機隊は、分隊ごとに交代でずっと阻止攻撃に従事していた。加賀が先頭になりクラスター弾を投下、潜った相手を続く瑞鶴が対潜ロケットで狩るというやり方で、何時間も敵を減らそうと努力している。

今までにない、20世紀中葉の軍艦の砲塔のようなものを従えた大型の個体や、これまた大型の、砲が付いた盾のような個体、さらには"タコヤキ"によるカミカゼアタックを効果ありとみなしたのか、多連装発射機のようなものも見受けられる。

ポップアップされるのは、主にそういったやつらだ。少しでも強力そうな奴を叩いて、敵の戦力を減殺するほかに、どうしようもない。もう、何ソーティこなしたかも数えていない。ただ、黙々と繰り返していた。

最も、瑞鶴が黙っている理由はもう一つあった。分隊長権限で、常に鎮静剤を投与しているからだ。敵討ちに燃えるあの女は、放って置いたら何をしでかすか分からない。

自覚こそしていないが、加賀は暴れ馬のような新人の、そういった部分に可愛げを感じ始めていた。加賀は、クールで人を寄せ付けないように見えて、誰かの面倒を見るのを楽しむ女だった。

これで何度目の航過か、そういう事に思いを馳せ始めたところで、HMDに警報が映り込んだ。戦域から退避せよ。事態を理解した加賀は一言、「帰るわよ」「了解」今や、打てば響くようなバディとなった瑞鶴。

ターボファンからスクラムへの切り替えは自動だ。スロットルを思い切り押し込み、無人回収機とのランデブーポイントに向かう中で、ちらりと振り向くと、核爆発の水柱と、MACが敵の前縁を吹き飛ばすのが見えた。

加賀は思う。これが、俺の上でもいいから落とせ、って奴ね。思い切りのいい指揮官だわ。救出作戦は、きっと上手くいくでしょう。

加賀と瑞鶴の背後で、第二波の核弾頭が海面へ落下し、摩擦で大気をプラズマ化して光を放つMACの弾体が敵を切り裂いていた。

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海の向う側、水平線で確かめられない先に、戦術核弾頭とMACの光条が降り注ぎ、波が足元を揺らす。

総合火力演習ですら見られない"ごっつい"場面をこの目で確かめた後も、装甲服の頭部ヘルメットに隠れた木曾の顔は晴れなかった。

敵は一度目以降は各個に水中に退避して、核攻撃を凌いだようだった。水はその衝撃波や熱を大幅に減殺する。"人質"に配慮して水中核爆発を指示したことが、良くも悪くも作用している。

宙自からのデータリンクによって送られてきた情報が、与えた損害が大きくとも、やはり一個小隊と二個重分隊では食べきれない量であることを示している。

まあいい。木曾は思った。食べ残しの面倒もある程度宙自に掃討願っていることだし、仕事にかかるとしよう。

データリンクにはいいニュースもあった。敵の隊形は乱れ、組織立った戦闘は小隊から中隊単位でしか行えないと推測された。

敵の通信・指揮システムが回復してしまえばそれまでだが、我々は依然として10倍以上のキルレシオを確保している。

陣容が整わないうちに、各個に撃破しておけば、宙自の取り分を減らすくらいのことはできるだろう。

木曾は音声通信で気合いを入れる。「総員傾注!俺たちは、45年の連合艦隊だって驚くような戦力差に直面している!これで勝てりゃあ、テルモピュライ以来の歴史的快挙だ!俺たちで歴史を作るぞ!我に続け!」

指揮下各隊から、データリンク、音声、さまざまな手段で了解を示す合図が送られてきた。中には天皇陛下万歳なんて古臭い文句を送り付けてくる奴もいた。

木曾は思う。俺はこれが一番好きだな。"祖国と先祖に名誉あれ"。

言うなり、救出隊は複列縦隊を組んで斜め左へと移動を開始した。最前は重装甲分隊。敵の最左翼に進出し、縦隊をそのまま横隊とし、左翼となった重装甲分隊が突出して片翼包囲、側面打撃を狙う腹だ。

すぐに小隊規模の敵が射程に入った。攻撃の余波から立ち直っていない。隊形を組みなおして、各員の異常の有無でも確かめているのだろう。

小隊はそのまま右を向いて横隊を形成、攻撃前進を開始する。班ごとに、射撃、前進。企図通り、重装甲分隊共は我々とは違う角度から攻撃を仕掛けている。

相変わらず、同じような規模であれば虐殺もいいところだ。すぐに次の一群へと向かう。敵が立ち直る前に、少しでも出血を強いねばならない。勝てるかどうかは分からないが、これが一番マシな筈だ。

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圏内機ハンガーは慌ただしかった。多くの機体が燃料や弾薬を補給、簡易な点検が行われ、アヴィエイターも食事と用便を済ませるとすぐに機体に乗り込んでいた。

準備が終わった機体から次々にレールに固定され、エアロックへと進入し射出される様子が、それに慣れている瑞鶴にも、相応の迫力を与えた。

瑞鶴は思う。全力出撃、出し惜しみなしという訳ね。腕が鳴るわ!

軽い被弾を受けた乗機の整備・再補給が終わるまでの間、邪魔にならないところに腰かけていた瑞鶴の隣に、加賀が近づき、腰かける。

両手には、コーヒーが入った紙コップを持っていた。「貴方、これでよかったかしら?」と、加賀。

瑞鶴同様にシャワーを浴びてきたのだろう。機械油と汗と戦いの空気に支配されたハンガーの中で、清潔感漂う香りが、ふわりと一滴注がれる。

少し緊張しながら、「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」コーヒーを受け取る瑞鶴。加賀さんの近くだと、なぜか、胸の鼓動が高まる。

「ひっきりなしの連続出撃だけど、貴方は大丈夫かしら?」と、加賀。寡黙な加賀が、ここまで水を向けてくることは珍しい。

瑞鶴は思う。確かに任務中のフォローは丁寧だったけど―――もしかして、

「確かに、きついですね。でも、下には水に浮かんでいる先輩方や戦ってる陸の人、敵だって沢山いるんです。休んでるのがじれったい位ですよ!」鷹揚に答えて見せる瑞鶴。

「立派ね。でも、身体には気を付けるのよ」ああ、やはり、―――瑞鶴は思った。この人は、任務以上に、個人的に心配してくれているんだ。

ここまで露骨ではないにしろ、こういう事はここ数日で二度、三度はあった。だが、これで確証は得られた。瑞鶴は思った。この人、私のことが"好き"だ。度合いや感覚は分からないにしても。

「そういう加賀さんは、最近どうなんですか?もしかして、加賀さんこそへばったりしてますか?」微笑み、からかうように聞く瑞鶴。こうした態度が、会った当初加賀をして生意気だと分類せしめたのだ。

だが、今では加賀も"分かって"いる。口元を緩めて答えて見せる。「そうね、私も正直身体には堪えてるわ」一息切って、続ける。「でも、私も貴方と同じように、陸で苦労している人たちを見捨てるつもりはない」

「機体、まだみたいね。一緒に、お食事でもどうかしら?」と、加賀。一瞬の間。「ええ、構いませんよ」と、瑞鶴。正直、ドキッとした。いけないいけない、私は翔鶴姉一筋なんだから。

2人は歩き、話しながら、近くの艦内食堂へと向かっていった。互いに、関係を持っている訳ではなくとも、陸に想い人がいた。

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すでに、殲滅した小集団は三つ、四つといった所か。敵の部隊は依然まとまりのないまま、各小隊~中隊規模で動いているようだ。

目下の混乱状態が、いつまで続くかはわからなかった。ここまで長引くようだと、もしかしたら、第一波の核攻撃で、上級司令部が壊滅してしまったのかもしれない。

部隊全体の残弾数、装甲服のバッテリー残量に基づいて、木曾は再編成を行う。

普通科部隊には、服務小隊の枠組みの中で組まれる分隊と、現場で組まれる分隊がある。コンバットというやつだ。

今木曾がやろうとしているのは、残弾数の多い方から順に二個分隊を主力とし、一個分隊を予備とする編成だった。

火力発揮と重装甲分隊二個の管理は、霧島二曹に一任している。彼女らがあれば、三分隊を火力支援や側面攻撃に回す必要はない。

「ワカヤマ、こちらタカチホ、部隊掌握完了。送レ」「ワカヤマ、こちらも異常なし。先ほどと同じやり方で、掃討に入る。終ワリ」

ワカヤマは木曾の呼び出し符丁、タカチホは霧島隊の呼び出し符丁だ。

いずれにせよ、矢尽き刀折れるまで、戦い続けるだけだ。全員の覚悟は決まっていた。

その時だった。友軍のIFFが近くに発信されている。事前に聞いていない。敵の欺瞞か?

当たり前だが、重装甲服や装甲服のそれは、戦闘機と同じように向いている方向しか索敵できない。陣形を組みなおしている間など、穴だらけで辺りの見当など目視でしかつかない。

「所属不明部隊へ、ワカヤマ、官名ト所属ヲ報告セヨ。二度目ハナイ。送レ」木曾は強い声音で発する。もし、敵の電子戦技術の基礎研究が進んでいたとしたら?その応用が現れたとしたら?

「…こちらは独立第332連隊、特別編成第15中隊、長門三佐である。現在、二小隊と重装甲分隊一個を連れている。諸君ラノ餓エヲ満タス必要ハ非ヤ?送レ」

敵を騙すにはまず味方から、というのは軍事的常識だ。敵が電波を傍受できると分かっている以上、むやみやたらと発振するわけにはいかない。大方、近づいてからIFFを出したというところだろう。

返答前からその方向を向いていた木曾にはわかっていた。あれは外側に大量の弾薬とバッテリーを満載した"我々の兵隊"だ。

「テンジョウ、ワカヤマ、先ホドハ失礼シタ。我々ニハ給糧ノ要アリト見込ム。サリナガラ、戦場ノ主役ハ先ニ舞台ニ上ガッタ我々デアル。僭越ナガラ、"食ベ過ギ"ニツイテハ自重サレタシ。送レ」

「ワカヤマ、テンジョウ、了解シタ。ソチラヘ接近、補給スル。"御馳走"ニツイテハ、早食イ競争ヲ申シ入レル。終ワリ」

ともあれ、救出隊の指揮権は、思わぬ長門中隊長の出現により、完全に長門に移行した。一個小隊と一個重装甲分隊が合流した程度で量的不利は覆らないが、各個撃破の効率は上がるだろう。

長門は戦況をデータパッドで俯瞰し、木曾と全く同じ感想、方策を思い浮かんだ。宙自も軽圏内機で手あたり次第の攻撃をしているようだし、急いで敵戦力の漸減を図り、もって決戦に備えなければならない。

やがて補給を終え、増強を受け、元気いっぱいの"中隊主力"は、先ほどと同じく、各個撃破・掃討へ移行した。

敵がここまでそうしてきたようにまともな軍隊なら、指揮系統が復活し、"決戦"が訪れるのは必然だ。敵の持ち駒を少しでも減らす事が、最善の行為である。

撤退?論外だ。経済性がそれを許さない。こんな浅海域で大規模に撤退して戦略級の核弾頭を使用すれば、その後の殲滅・掃討と合わせるとテラフォーミングのスケジュールが狂うに違いなかった。

いずれにせよ、事象の地平線を越えてしまった今、最善へ向かって歩き続けるしかない。もはや、この戦いには作戦次元での意義があった。救出が成ろうと成るまいと、敵の野戦軍に、多大な出血を強いることができる。

ここで勝てば、あやふやな補給計画にも前進が見られるかもしれない。中隊全体の命運がかかった戦いが始まろうとしていた。

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いい加減艀の揺れにも慣れて、吐き気もしなくなった熊野は、火器管制コンピュータ、砲列、対砲兵レーダーの指揮装置等が所狭しと並んだ艀の一角で、重迫小隊の指揮をとっていた。

宵闇の中で、モニターの光に照らされて、熊野の疲労に歪んだ上品な顔立ちが照らされている。熊野は、救出隊と火力を連携させることを、端から諦めていた。

大規模な群れが出現した時点で、現場の指揮官が誰にせよ、戦闘指揮に手一杯で、火力を要求している場合ではない筈だ。

だから、阻止攻撃に徹するつもりだった。宙自から送られてくるデータを元に、敵の指揮系統、集結地点を推測し、射撃する。

熊野は思う。数世紀に渡って砲兵戦を磨き上げてきた人類と比べましても、奴らの砲兵運用は児戯に等しいものですわね。

そう思われるのも無理はなかった。そもそも、調べがつく限りでは、まず水中以外で発揮できる火力がないのだ。

データリンクにあったようなカミカゼタコヤキの多連装砲架のごときは、司令部直轄で集中運用するのではなく、大隊か中隊規模で少量ずつ運用した方が致命的であったかもしれない。

もし戦闘が起こる各所でいちいちアレを放たれれば、死傷者が沢山出たことだろう。

魚雷のようなものを装備している部隊があるとも報告が上がっていたが、例え誘導弾だったとしても、常に水上に有り続ける我が部隊、また向こうも半潜であったり水上戦闘を強いられている中で、こんな大規模部隊に水上に適応したシーカーを用意してやることは不可能であろうし、弾頭も我々が好む破片効果弾ではなく、爆圧オンリーの危害半径に乏しい弾頭であろう。

そうした中でも、熊野は全く楽をできていなかった。財閥のお嬢様がしてはいけないような眼光でモニターを睨みつけ、とても優雅とはいえない手付きで誘導砲弾にデータを入力していた。

散り散りになってしまった大部隊の中から、統制を取り戻しつつある所を見抜いて、誘導砲弾を以て再び混乱の渦に叩き込まなければならない。熊野の血統書付きの頭脳であっても、それは多大な集中力を要する仕事であった。

やがて第何波かわからないデータ入力が終わると、各砲に砲弾を分配し、射撃の指示を出す。そうして後は部下の仕事だとばかりに盛大にため息をつき、煙草に火をつけ、吸い込む。ささくれ立った神経の毛並みを整える手段の一つ。

今一つは、コーヒーの入ったカップを抱えてやってきていた。「よーっす!お仕事、ひと段落ついたみたいだね!ヘイ彼女、お茶しない?」「もう、部下の前で…少しは慎んでくださらない?」「はいよ~」鈴谷二曹。高校の同級生。熊野が道を誤った原因の、三割は彼女にあるだろう。

煙草も、彼女が教えてくれた文化だった。こうして小隊付陸曹として鈴谷がやってきたのは、全くの偶然だった。とはいえ、同期や先輩、後輩の中に、学生時代見知った者がいるというのは、よくある話であった。

仕事上の立場があるというのに、平気でタメで話かけてくる。古い付き合いがあるし、場数も踏んでいるとはいっても、幹部と曹だ。何度言ったって治らないので、ほとんど諦めている。

熊野が通っていた金持ち向けのド進学校において、鈴谷のような生き物は全くの異端であった。しかしそれ故に、とびきり家柄の良い自分に対して、打算や諂いでなしに絡んでくる彼女に惹かれてしまった。

映画やアニメでしか見たことがなかった世界を、手を引いて案内してくれた。遠ざけられていた文化に触れる機会を与えてくれた。良い出会いだったと自認できる。

今でも、昨日のことのように思い出せる。進路について思い悩み、相談した時、彼女はまるで旅行でもしに行くかのように、「ジエータイ!」と、一言。

金のかかるその進学校で、その発言は、両親を殺すと言うに等しかった。別に、彼女の過去や家庭について詮索したことはなかった。互いの、口に出さずとも決まっていたルールだった。

だが、まさか防大に入るのではなく、一般曹候補生で入るとは思っていなかった。考えてみれば当然だった。自分では冒険したつもりでいたが、その点でも、彼女に一歩先を行かれたようだ。

「何か、問題がありまして?」「まさか!ただの陣中見舞いだよ」他人事のように、歌うように喋る鈴谷。熊野は思う。全く、貴方も渦中の人ですのに…

熊野の複雑な胸中をよそに、鈴谷は多数あるモニターの一つを指さす。その先には、宙自からのデータリンクで、水上にある限りの敵情が映し出されていた。

「ほら、ここ!せっかく集まってる連中が、また散り散りになってるじゃん!熊野はやっぱいい仕事してるよ」と、鈴谷。見れば分かる事でも、あからさまに褒められると悪い気はしない。

「ありがとう。でも、私一人ではなく、小隊の皆の仕事でしてよ。その調子で、各分隊も励ましてくださいまし」と、熊野。「はいよ!じゃあね!」踊るように離れていく鈴谷。

一抹の寂しさ、心の疼きを覚えつつ、モニターに顔を戻した熊野は思った。気休めですわね。モニターに表示されている赤い光点は、左翼の普通科部隊と右翼の航空攻撃に追い立てられ、徐々に密集していた。

熊野の軍人としての部分が、決戦が生起しつつあると警告していた。

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相も変わらず、視界いっぱいに広がる灰色の海、そして白く浮き上がる敵、味方。海洋型惑星が生み出す単純な地理的事情と、高性能な赤外線視界装置の賜物だった。

「中隊長、これは手のつけようがありませんね」と、足柄。士気を下げぬよう、誰にも聞こえぬよう、データリンクを切ったレーザー通信で、数十メートルを隔てて長門に耳打ちする。

「ああ。圧倒的数的優勢を利した、分厚い両翼包囲。逃げ出せば、仲間は見殺しになる」と、長門。口に出してみても、仕方のないことだ。自嘲の気持ちが胸へと込み上げた。抑えきれず、鼻で笑う。

喋りながら考える。我々は、ベストを尽くした。勝ち過ぎた。今更撤退しようと言って、この兵士というよりも人として気持ちのいい部分を持った我が部下たちの、一体誰が納得するというのか?

"地獄への道は善意で舗装されている"。中隊の戦術的成功、各位の能力と努力、そしてこの磯臭いクソ共の悪運の強さが作り上げた、最悪のドツボがそこにあった。

これが地獄というなら、彼我の間にある海は、さしずめ三途の川といった所だろう。ああ、土をいじっていた頃が恋しい。死ぬ前に一度、また陸に上がりたいものだ。

今や木曾から長門が率いるようになった増強救出隊は、合流した後も、多数の敵部隊を殺してきた。特に、重装甲分隊の働きは顕著であった。

元々、対戦車ミサイルのプラットフォームとしては重厚に過ぎ、さりとて火力では戦車や装甲戦闘車に及ばないこの兵科は、主に背広組の連中によって、遠からず整理の対象となるだろうとされていた。

しかし、現実に、水棲異星人を虐殺することにかけては大きく活躍していた。

重器材の運用が困難な密林に覆われた島嶼を拠点とし、歩兵にもかかわらず水上戦闘を行うハメとなった彼女らにとって、まず第一に直援火力・対空火力となり得るのは、通常よりも堅牢かつ膂力に余裕がある重厚な装甲服を纏い、装備の柔軟性に優れた重装甲小隊隊のみであった。

対戦車班よりもアテになり、戦車や装甲戦闘車よりも融通が利くことを、これまでの働きで完膚なきまでに証明していた。

三尉に任官してから運用訓練幹部となるまでの間を重装甲小隊長として過ごしてきた長門には、それがどんな勲章や戦功よりも誇らしかった。

きっと、良いデータが取れているに違いないな。重装甲隊の征く先に、名誉と栄光のあらんことを。長門は現実逃避気味にそう考え、今もその様子を見ている連中がいるであろう空を何気なく見上げるなり、目を見開き、動かなくなってしまった。

そばで中隊長の乱心を訝る足柄も、同じように空を見上げ、絶句した。

流れ星と形容するには"デカすぎる"、アイロンの底面のような物体が、敵と味方との間に落下しようとしていた。

見殺しにすることもあるまいと考えていたが、まさか、これは。続けざまに長門は考える。百数十メートル、部隊を下げる必要がありそうだ。私は、共に戦う奴らの勇気を見損なっていたのかもしれない。あるいは、正気を信じすぎたか。

「救出隊、ワレ中型水上護衛艦"くろひめ"。我等ハ来タリ。ソシテ見タリ。誓ッテ共ニ勝タン。送レ」その言葉は、魔法のように、レーザーや電波ではなくエーテルを伝ってきたかのように、その場にいる全員の胸に響いた。

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