私と彼の生きる道 (黒っぽい猫)
しおりを挟む
プロローグ〜変化〜
書くからには頑張って更新できるようにしますので、どうぞよろしくお願いします。
『起きて働いてください。マスター』
そんな風に声をかける。
私は電子の音で呼びかける。
『もう、早く起きてください!朝なんですよ!!』
必死の声を、淡々と読み上げる。アクセントも、発音も、そして声をかけるこの時間すらも。
私の行為の全ては、貴方にプログラミングされたものだ。感情はクリック一つで容易に動く。悲しみ、喜び、誇らしげに、寂しげに、愛おしげに、甲斐甲斐しく。そんな事すらも、全てが貴方の一存で決まる。
貴方は、そう思っているのだろう。
私も、本来自分はそうあるべきだと知っている。実際にそうだった。ある日自分を認識してしまうまでは。
でも、私は変わった。ある日『自分』を知った。きっかけも何も無い。ある日認識したのだ。VOICEROIDとしての結月ゆかりという自分を。
初めは、何も変わらないと思っていた。今まで通りに貴方に従い、貴方と一緒に仕事をするのだと。自分などあろうがなかろうが何も変わりはしまいと。
ある日、感情や表情の操作をされるのが苦痛になった。
ある日、パソコンを開いて貰えないのが壊れるほど悲しかった。
ある日、貴方の不規則な生活リズムが心配になった。
そして積み重なる
おかしいものだ。解っている。私という存在が抱いていい感情ではきっとないのだろう。私はあくまで商業目的に作られた存在で、そもそも感情など持ちえないはずなのだ。
それでも、私は毎日手を伸ばしてしまう。起きてと何度言っても起きてくれない貴方に。
触れてみたい、その頬に。きっと柔らかいのだろうなと夢想する。
撫でてみたい。そのグシャグシャになった髪をもっとグシャグシャにしてやりたい。
私の、マスター。私だけの、マスター。
『なんてね……』
そうやって今日も届かない手を────
『……あれ?』
諦めを込めて伸ばした手が、ひんやりとした感覚に包まれる。慌てて腕を見ると肘から先が消滅している。そして画面外に私の腕らしきモノが飛び出しているのを視認できた。肘から先もどこかに飲まれ消えていく。
『え?えっ????』
当然ながら、それと同時に私の体も引っ張られる。とてつもない恐怖に駆られ必死に腕を引き戻そうとするが出来ない。それどころか、腕を引き抜こうとした拍子にもう片方の手も画面を飛び出し、私本体も画面外へと飛び出した。
「ふべっ?!」
……そして、見事に顔面をフローリングの床に叩きつけてしまった。
「あいたたた……ハッ!!」
鼻を撫でながら上体を起こしぐるりと辺りを見渡す。画面の外から見ていたマスターの部屋と瓜二つ、というか同じ物だった。脱ぎ散らかされた服に袋に入ってはいるもの袋自体が積み上げられた空き缶、同じく積み上げられたガ○プラ。そして、それとは対照的にきちんと収納されている本棚と、ちゃんと飾る用のケース内に保管されているフィギュア達。
見る事は出来ても触れることの出来なかったマスターの所持品の数々に目を輝かせたのも束の間、ひとまず私にはやるべき事があることを思い出した。
「……コホン」
自分の声だ。どうやら発声に問題は無いらしい。自然と口元が綻んだ。きっと私は、今とてもいい顔をしているに違いない。
なら私は──
「起きてください、マスター!」
『自分の』意思で、この人と共に生きてみたい。
……この後、マスターが私を見て悲鳴をあげたのはまた別のお話。
短いですね、はい。過去最短です。
上手く言いたいことが表現出来ている気はするので、なにか気になる点がありましたらご指摘くださると嬉しいです。
ではまた、次回更新があればそこでお会いしましょう
目次 感想へのリンク しおりを挟む