アークナイツ.Sidestorys 鵬程万里 (Thousand.Rex)
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プロローグ

12/7 修正しました



――――夢を見る

 

今は聞こえることのない、優しかった声が聞こえる

 

憎たらしい笑顔が浮かんでくる

 

いつの間にか彼のことを信じきっていた

 

共に戦えることに誇りを感じていた

 

だけど、いつも苦しそうな顔をしていた

 

私には、どうすることもできなかった

 

 

 

「…………はぁ」

 

寝苦しさを感じ、暗い自室で目を覚ます

酷い夢を見た

懐かしい日々の記憶、いなくなった人との思い出

 

「……」

 

別に特別親しかったわけではない

少しの間、一緒にいただけ

 

「今更、こんなことを思い出したところで……」

 

誰に聞かせるでもなくぼやく

三年も前の話、本当に今更だ

それも突然消えた男のこと

今の彼女、リスカムにはもう関係のない話だ

 

「顔でも洗えばすっきりするかな」

 

のそりと、ベッドから出る

普段の真面目な彼女からは想像できない緩慢な動きで洗面所に向かう

心なしか重く感じる足取りで洗面器の前に立つ

 

「…………むぅ」

 

鏡に映る自分の顔が目に入る

ヴイーヴル特有の一対の角、灰色がかった銀色の髪、

むっつりとした、機嫌が悪そうに見えなくもない

まだ少し幼い印象を受ける顔

周りの評価はそんなところだろうか

蛇口から水を出し手で受け止める、顔に思いきりたたきつけてタオルで拭く

そこまでやって少し落ち着いた

 

「さて、今日も一日頑張ろう」

 

気合いを入れるために両手で頬を叩く

リスカムの一日が始まる

 

 

 

ふざけた夢を見た

 

自ら離れていった場所で、昔と同じように笑う自分

 

共に過ごした時間は少なかった

 

だけど、唯一背中を任せられた奴だった

 

真面目で融通の利かない奴だった

 

それでも、あいつ以上に信頼できるやつはいなかった

 

夢見てはいけないことだ

 

忘れるべきことだ

 

思い出してはいけない

 

二度と失くさないために離れたのだから

 

 

 

 

 

暗い荒野、大きく広がる荒れ果てた大地

そこに停まる一台の車

 

「……あー…………あっ?」

 

狭い空間で男は目を覚ます

見慣れた空間、男が乗り回している愛車だ

外観はボロボロだが、軍用車のような強固な出で立ちで、悪路を走れるようにかタイヤも通常の車に比べ厚く大きい

茶色を基調とした地味な色合いのボディには所々弾痕が残っている

座席は前の二つ、後ろは荷台になっている

操縦席は所々ヤニで汚れ、ハンドル横の灰皿は吸い殻であふれている

荷台スペースは四隅に柱をたて上に防水シートをかけ屋根のようにし、簡易的なキャンピングカーのようになっている

中には生活用品から仕事道具とあらゆるものが散らばっている

 

「おはよう」

 

「あぁ、おはよう……」

 

そんなごちゃごちゃな空間に不自然にものが区切られたスペースがある

そこには比較的きれいな寝袋とそこにしか入れないからか、

寝袋の上にちょこんと座る白髪の猫のような耳と尾を持つ少女がいた

 

「うるさかった」

 

「……悪かったな」

 

白い少女が不機嫌そうに言う、寝苦しかったのか男は先ほどまでうめき声をあげていたのだ

少女の言葉に男は雑に答えた

 

「だいじょうぶ?」

 

「問題ない」

 

二人の簡素な会話が始まる

 

「おなかすいた」

 

「そこにチョコバーあるだろ」

 

「くった」

 

「……三十本ぐらい、在庫なかったか?」

 

「くった」

 

「マジかよ」

 

男にとって衝撃的なことを軽く答える少女

 

「……他に食えそうなもんないか?」

 

「くさ」

 

「なんて?」

 

「ざっそう」

 

「…………」

 

「くえそうなざっそう」

 

「……そんなもん食うなよ」

 

「おなかすいた」

 

「わかったわかった、少し早いが出発するぞ」

 

淡々と会話が交わされ、男が車を動かすために身を起こす

少女はそんな男の動きを何となしに見つめていると、ふと、窓に男の横顔が移る

年は二十歳前後ぐらいだろうか、彼女は男の年齢を聞いたことがない、漆黒の髪に伸びすぎない程度に適当に整えられたぼさぼさ髪

そこそこ整った顔に、その中で際立つ二つの真っ赤な目

そして次に目に入るのは、

出会ったころから変わらない、苦しそうな顔

どうしてそんな顔をしているのか、彼女は知りたいと思ったことが何度もある

だが聞けなかった、聞く勇気が湧かなかった

聞けば、男が少女を置いて消えてしまう気がして

彼女にとってそれは自分が死んでしまうよりも恐ろしいことだった

 

「車、動かすから隣来い」

 

「わかった」

 

男に言われ座席に移ろうとする

 

「とおれない」

 

「……そっちから直接来れねえって言ってるだろ」

 

「とおれない」

 

「回ってこい」

 

が、座席の間に隙間があるとはいえそれは少女が通るには小さすぎる

男に言われて外から回ろうと少女が荷台から飛び降りる

 

「ちゃんと降りれたか?」

 

「だいじょうぶ」

 

少女が後ろから回って隣の席のドアを開ける

トン、と地面を蹴って座席に飛び乗る

 

「いすがたかい」

 

「お前が小さいんだよ」

 

男が言うように少女の背はかなり小さい

二人がならんで立って男の胸に届くかどうか

車高が高いこともあり少女には乗り降りするにも一苦労なのだ

 

「なにたべる?」

 

少女が男に問いかける

 

「なんか」

 

再び雑な答えが飛んでくる

 

「なに?」

 

「美味そうなもん」

 

「たのしみ」

 

「そうかい」

 

簡素な会話をまた交わし、普段よりまともなものが食えると知って少女の機嫌が少しよくなる

 

「リンクス、地図とってくれ」

 

「ん」

 

「サンキュー」

 

男が彼女、リンクスの名を呼ぶと、また少しリンクスの機嫌がよくなる

彼女は自分の名前を随分気に入っている

 

「ただ飯食いに行くわけじゃねえんだぞ」

 

「わかってる」

 

ならいい、と男が答えエンジンをかける

リンクスが慌ててドアを閉める

二人を乗せた車が動き出す

ちらりとリンクスは男を見る

そこにはいつもと変わらない横顔

車が土煙を巻き起こす

行先は、龍門

この世界の経済を回す都市

一匹の子猫と一羽の鳥

彼らの目的は誰も知らない




アークナイツの世界観をそこまで把握していないので怪しい設定のところがあります
男の車は軍用ジープをイメージしています

これが最初の投稿で小説を書いた経験もございません 誤字脱字も目立つでしょう
つたない文章が続きますが気にいっていただけたなら幸いです

恋愛ものではないですよ


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第一章~BSWの一日~
早起きは何文の得?


12/7 修正しました


 

「おはようございます」

 

「おはようございます!!」

 

朝の支度を終え、朝食をとるために彼女、リスカムはロドスの食堂にやってきた

彼女はブラックスチール・ワールドワイド、通称BSWと呼ばれるクルビアに本社を置く警備会社

そこの個人安全保障員と呼ばれる警備サービスに属している重装オペレーターだ

 

「今日も早いですね、先輩」

 

「別に、普通ですよ」

 

と、そっけなく答えた相手は同じくBSWに所属している後輩、リスカムと同じヴイーヴルの先鋒オペレーターであるバニラ

今ロドスには、リスカムとバニラを含めた数人がBSWから特別駐在オペレーターとして派遣されている

こうなった理由はとあるオペレーターに起きた出来事が原因なのだがそれはまた別の話

 

「いやでも、毎日毎日同じ時間に起きてるじゃないですかー、私には真似できませんよ。たまに寝坊しちゃう時があるし」

 

「これぐらいのこと、BSWの人間ならば出来て当然のこと。特別なことではありませんよ」

 

「……耳が痛いです」

 

バニラはBSWに入って日が浅い、だが何事も真面目な姿勢で取り組み努力を怠らない彼女は、異例の抜擢でリスカムとおなじくロドスに送り込まれた

まだ訓練生だが、先鋒としての責務を日々立派に果たしている

そんな彼女はリスカムに挨拶すると、先ほどまで見ていた手元の携帯端末に視線を戻し、ニヤニヤと口元を綻ばせる

 

「何を見ているのです?」

 

「あっ! 先輩も見ますか! すっっごく可愛いですよ!!」

 

そういい手元の端末の画面をリスカムに向ける

 

「どうです!! 可愛いでしょう!!」

 

「……ああ、はい、そうですね、ええ……」

 

「でしょでしょー!! 可愛いですよね!! 愛らしいですよね!! このぬめぬめとした感じが最っっっ高に!!! キュートですよね!!!」

 

余談だが、バニラは動物好きである

普段はおとなしい彼女だが動物の話になると途端に饒舌になる

それはいいのだが彼女の動物愛の対象は一般的には受け入れられそうにないものも含まれている

今リスカムが見せられたのは、彼女が飼っているナメクジのような見た目をしたオリジムシと呼ばれる生き物だ、彼女には理解できない領域の話である

 

「あらあら~、朝から元気ね~バニラは~」

 

と、いつの間にか二人の後ろに赤い毛色が特徴のヴァルポの少女が立っていた

 

「おはようございます、フランカ」

 

「お早うございます、フランカ先輩!!」

 

「お早う、二人とも」

 

彼女の名前はフランカ

二人と同じくBSWに所属している、前衛オペレーターである

真面目な面子が揃っているBSWの中では珍しく軽めな性格でありグループの中でもよく目立つ

 

「二人して大きい声を出して、何を見ているの?」

 

「私は出していませんよ」

 

「あらそう、ごめんなさい」

 

「これです!! 可愛いでしょう!!」

 

「あら、あらあら、可愛いわねー」

 

「そうでしょうそうでしょう!!」

 

「そうねー、塩をかけたらのたうち回って溶けちゃいそうなところが可愛いわねー」

 

「いやっ、かけちゃダメですよ!! そんなところ可愛がらないで別のところを可愛がってくださいよ!!」

 

「ところでリスカム」

 

「なんです」

 

「えっいやっ、ちょ「ジェシカはどうしたの? まだ起きていないのかしら?」

 

「無視しないでくだs「さあ、まだ見ていませんね。寝坊でしょうか」

 

さもいなかったようにバニラを扱うフランカ

フランカはよく他のメンバーにちょっかいを掛けたりいじったりするところがある

今ではバニラが被害にあうことが多いがその前はリスカムが一番多かった

というのも、リスカムとフランカはBSWにいたころからのコンビでよく一緒にいることが多かった

戦闘面における相性はよく、リスカム自身それは認めている、が、性格は全くかみ合わず作戦行動のたびにあの手この手でイタズラを仕掛けるフランカに難儀している

 

「もっとよく見てください!! 思わずキャ~ていっちゃうぐらいに可愛いところが見つかるはずです!!」

 

「キャ~か~わ~い~い~!!」

 

「でしょ!でしょ! かわいいでしょ!!」

 

「目のところを切り落としたら悶え苦しみそうなところがか~わ~い~い~!!」

 

「違うんです!! そうじゃないんです!!」

 

「おはようございますー……」

 

「おはようございます、ずいぶん眠そうですね」

 

「はい、ちょっと夜更かししちゃいまして、ははは……」

 

フランカにいじられるバニラを見守っていると黒髪の少女がやってくる

 

「あらジェシカ、遅かったじゃない、何してたのよ」

 

「いやちょっt「ジェシカ先輩聞いてくださいよー!! フランカ先輩がこの子をけなすんですよー!!」

 

「けなすなんて心外ね。ちゃんと可愛いと思うとこいってるじゃない」

 

「違うんですよ!! そうじゃないんですよ!! ジェシカ先輩!! ジェシカ先輩ならわかってくれますよね!! ね!!」

 

「え~、あ~、いや~……」

 

バニラにオリジムシの画像を突き付けられ困ったようにこちらに視線を向けるフェリーンの少女

彼女はジェシカ、同じくBSWから派遣されている狙撃オペレーター

かなり小柄でこの四人の中では最も小さい

バニラと並ぶとジェシカが後輩なのではと思われるぐらいの身長差がある

見た目だけならバニラのほうが頼れる気がするが実戦では確かな能力を持っており彼女を手本にする新人も少なくない

バニラもその一人でジェシカのことを慕っている

ジェシカもそれを少なからず感じているようで、ぐいぐいと画像を押し付けているバニラに対してどう答えるか困っているようだ

ふぅ、とリスカムは小さい溜息をつき

 

「今日はドクターから何か話があるそうです。早く朝食を済ませてしまいましょう」

 

「そうなの? ならさっさと食べちゃいましょうか」

 

「は、はいっ、そうですね! 朝ごはん食べちゃいましょう!!」

 

「ちょっと、ジェシカ先輩!! まだ何も言ってもらってないですよ~!!」

 

今日も若きBSWのオペレーター達の一日が始まろうとしている




オリジムシって、塩を塗したら溶けそうですよね
私の中でバニラがギャグ要因になっています
バニラファンの皆さま、どうかお怒りにならないで下せえ

スマホとかってあるんですかね?


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差出人不明

ロドスの説明を入れるかどうか、今でも迷っています

12/7 修正しました


 

コンコン

 

扉をノックする音が執務室に響く

 

「入ってくれ」

 

「失礼します」

 

中で書類とにらっめっこしている男が音の主に入るように促す

 

「BSW特別駐在オペレーター、リスカム、フランカ、以下二名、招集に応じ参上しました」

 

「堅苦しい挨拶ね」

 

「依頼主に対して礼儀を弁えるのは当然のことです」

 

「相変わらずお堅い考えだこと」

 

「何とでも言いなさい」

 

「二人とも落ち着いてください」

 

入るなり小さな口論を始める二人、それを諫めようとする小さな影

茶色の長い髪にウサギのような耳、まだ幼い未熟な、背丈に合わないぶかぶかの上着を着る少女

彼女の名前はアーミヤ、リスカムら四人の雇用主であり、このロドスのリーダーである

 

「朝から呼び出してすまないな」

 

「いえ、問題ありません」

 

そう話しかけてきたのは、ドクターと呼ばれている鉄仮面で顔を隠している怪しげな見た目の男

アーミヤが絶対の信頼を寄せ、彼女を影から支えるロドスのもう一人のリーダー

この世界を蝕む鉱石病を巻き起こす天災研究の第一人者と呼ばれるほどの研究者であったが、今は訳あって記憶を失くしているらしい

ロドスにおける作戦行動の指揮を行う人物でもある

 

「ご用件は何でしょうか」

 

「いや、大したことではないよ。少し頼み事をしたいだけなんだ」

 

顔を隠している理由をリスカムは知らない、そうするだけの理由があるのだろうがそれを言及する必要は彼女にはない

少なくとも、信頼に足る人物ではある

 

「最近、龍門に関することで不可解な情報が入ってね。少し調査をしてほしい」

 

そういい、ファイルを一冊リスカムに渡す

 

「龍門のことなら私たちではなくチェンさんたちの方がいいのでは?」

 

「まあそうなんだが、事情があってね」

 

ファイルを受け取りながら疑問を口に出す

 

「とりあえず目を通してくれないか」

 

言われるままにファイルを開き中の書類に目を走らせる

 

「? なにこれ、何かの図面みたいだけど」

 

フランカが横から怪訝な顔で覗き込む

 

「これは、龍門の見取り図、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

ドクターが頷き、机に手を組みその上に顎を乗せる

 

「これって……襲撃作戦の計画書ですか!?」

 

後ろから覗いていたバニラが驚いたように声を上げる

 

「恐らくはそうだろう、だが少々奇妙な点があってな……」

 

「確かに、ただの計画書にしてはおかしいですね」

 

その紙には龍門の大まかな施設の位置、それに対してどう攻め入るか、どこに兵を動かすか、撤退ルートはどこなのか、

計画と呼ぶには十分な情報が載っている

 

「この文字はドクターが書いたものでは」

 

「いや違う、最初から書き込まれていたものだ」

 

「ふむ……」

 

ただ、普通の計画書と呼ぶにはおかしな点がいくつかあった

 

「実行前の偵察隊の動き、それに対してどう行動を起こすべきか、もし逃がしてしまった時の対処方法」

 

「いざ戦闘行動が起こってしまった時、相手を龍門に入れないための行動阻害ルート、ましてや相手側の拠点の位置まで乗せられているんです」

 

ドクターとアーミヤが次々と疑問点を上げていく

 

「あの、そもそもなんでこんな物があるんですか?」

 

ジェシカが質問をする

 

「クロージャ曰く、先日の搬送された物資に混ざっていたらしい。それも目立つように」

 

ドクターが答える

 

「目立つようにというと?」

 

「ファイルの置いてあった所が真っ赤に塗りたくられていたらしい」

 

「真っ赤?」

 

「ああ、血のように真っ赤なインクで」

 

そこまでしたというにはよほど見つけてほしかったのだろう、とドクターが言いながら軽い溜息を吐く

 

「掃除が大変そうね」

 

「他人事のように言いますね」

 

「ええ、他人事よ」

 

フランカが茶化すように言い、バニラがそれに返す

 

「実際、片付けが難航しているらしい」

 

「そんなに広い範囲に撒いてあったんですか?」

 

リスカムがそう聞くと

 

「いや、そこまで広くないんだが、近づけないほど臭いんだ」

 

「臭い?」

 

「ああ、それもインク特有のものではなく、また別のタイプの臭さだった。クロージャが珍しく怒っていたよ」

 

だった、実際に嗅いだんだろうか

 

「そんなに酷いんですか」

 

「とにかく臭いが辛い、唐辛子の味がそのまま鼻に来るような代物だ」

 

どうやら被害にあったらしい、思い出してしまったのか、アーミヤも苦い顔をしている

 

「うえぇ……嗅ぎたくないなー」

 

話を聞いていたバニラが呻く、想像してしまったのだろう

 

「話を戻しましょう。で、私たちは何をすればいいのかしら?」

 

脱線しかけた話をフランカが戻す

 

「図面の通り、行動を起こす」

 

どうやら書いてある計画を実行するつもりらしい

 

「なぜです? 我々がやる理由はないと思いますが」

 

「まあ、その通りだ」

 

疑問を口に出す、ドクターが説明を始める

 

「だが考えてみてくれ、これはロドスの施設内に何故かあったものなんだ。わざわ

ざ、目立つように」

 

倉庫にいつの間にか置いてあったと言っていたのを思い出す

 

「中身は襲撃計画書、それを阻止するための作戦。もし事前に知ることができれば、私も同じような方法を考えるだろう」

 

大したものだ、ドクターが書き込んだ人物を賛辞する

 

「だがここまでプランを立てているなら、送り主が動けばいい」

 

「ええ、その通りね」

 

フランカが同意し、リスカムが言葉を連ねる

 

「できない理由があると?」

 

「恐らくそうだろう」

 

リスカムの答えにドクターが肯定する

 

「差出人は何かの拍子に計画を知ってしまった、しかし自分では止めれない。代わりにやってくれる誰かが必要だった」

 

その誰かに選ばれたのが、ロドスなのだろう、だがまだ疑問点は尽きない

 

「情報を渡すなら、なぜ直接来なかったんでしょうか。それになぜ、ロドスに渡したのです?」

 

「さあ、それは本人にしかわからない」

 

姿を晒せない理由があるか、敵の誰かが裏切ったのか、ドクターがいくつかの可能性を上げていく

 

「だが、私たちに渡した、ということは、私たちに、ロドスに動いてほしいんだろう」

 

「だからやると」

 

「そうだ」

 

そういい説明を終える

 

納得は出来た、だがまだまだ疑念は消えない、もしこれがただのたちの悪いイタズラならばそれでいいのだが

実は嘘の情報で、ロドスを罠にはめる代物だとすれば、いや、もっと別の目的があるのかもしれない

もしもの事を嫌でも考えてしまう、それを察したのだろう、ドクターが口を開く

 

「出所のわからない代物で動くのが不安なのはわかる」

 

「なら……」

 

「だが本当に恐ろしいのは、これが偽物ではなく、何もしなかったことで罪のない人々が傷つくことだ」

 

言われて考える、敵が来ることを知っていながら何もせずにいる、そうして誰かが犠牲になる

戦うことも、守ることもしようとしなかった、自分のせいで

そんなことになれば、一生後悔することになるかもしれない

 

「そうね、確かにそれは、いただけないわ」

 

「はい!! 私もやるべきだと思います!!」

 

「これは私たちがすべきこと……そうだと、私も思います」

 

他の三人が同意する、もちろん、リスカムも同じ気持ちだ

 

「ええ、そうですね」

 

なにより、彼女は守るべき人々を守るため、銃を握っている、ここで動かない道理はない

 

「ドクター、作戦指揮をお願いします」

 

 

 

「君たちには偵察隊のルートに見えるように待機していてほしい」

 

「待機、ですか?」

 

「ああ、必要があれば反撃なり追跡なりしてもらうが、この偵察隊は捕まえておきたい」

 

「なら、そのまま私たちで捕まえちゃえばいいと思うけれど」

 

「必要のない戦いは出来るだけ避けたい、偵察ルートを囲むように別の部隊を配置する。囲まれているとわかれば無駄な抵抗はしないだろう」

 

「あら、優しいのね」

 

「少し回りくどいがその方が確実だろう」

 

「龍門の守備隊は動けないんですか?」

 

「こんな真偽の解らないものでは動けない、とのことだ」

 

「そうですか」

 

「それに、龍門の中を守る近衛兵が動くよりも別の勢力がいたほうが目立つし、何より相手も警戒するだろう。君達に気づいた偵察チームが道を変えたところに別部隊で包囲して確保する」

 

「わかったわ」

 

「君たち以外に作戦に参加する部隊のリストだ。」

 

「……合計九人ですか、多すぎず少なすぎずといったところですかね」

 

「別れて動いてもらうから実質的には少数行動と変わらない。現場判断は君に任せる」

 

「了解しました」

 

「ところで、相手は誰なの?」

 

「ああ、敵勢力の名は」

 

 

 

「レユニオン・ムーブメントだ」

 

 




後半、アーミヤがいないものとなっていることに気が付いた私がいる

ドクターって人種なんなんですかね?


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可笑しい話のはじまりはじまり

12/8 修正しました


龍門

 

 

ウルサス帝国、今は亡きチェルノボーグ領にある移動都市、頭の切れる執政者の手により他の都市よりも華々しい発展を遂げている

この国が世界に与える影響は大きい たとえば鉱石病により崩壊した経済を独自の通貨を流通させることで立て直し、絶望的だった商業の復興を可能にした

それ以外にもこの世界は龍門から様々な恩恵を受けている、それもこの国を取り仕切るものの努力の賜物なのだろう

 

「此度は協力していただき感謝します」

 

「いえ、お互いに協力関係を結んでいる身です。龍門の市民の方々のために力を尽くすのは当然のことです」

 

龍門市街

 

そこでリスカムとフランカは重武装に身を包んだ男たちと話していた

龍門近衛局、ここ龍門を守護する為、龍門に住む市民たちの安全のため、日々パトロールや鎮圧行動に尽力する武装警察隊である

 

「此度の件、我々近衛局では動きたくとも動けません。こちらの痴態を晒すようではありますがどうかよろしくお願いします」

 

「どれだけ優秀でも、手を割けないことは存在します。我々にお任せください」

 

今でこそお互い友好的に接してはいるが最初の頃は全く信用されていなった

 

というのも龍門は感染者に対して厳しい、すぐ近くのチェルノボーグが感染者の手により崩壊したこと、

そのことに市民が感染者に恐怖を覚えていること、そしてロドスがその感染者の集まりで結成されている組織だということ

こうして協力体制を結ぶことになったのはチェルノボーグ事変が原因なのだが

とにかく龍門側からは警戒される要素しかなかったため最初の関係はそれほど良くなかった

だがロドスの実力と彼らが感染者を救うため、鉱石病をこの世界からなくすために動く様子を目の当たりにし

警戒もほぐれ随分と柔らかく接してくれるようになった

 

「では我々はこれで失礼します。何かあればすぐに連絡を」

 

「ええ、そちらも気を付けて」

 

近衛局の面々が持ち場に戻っていく

 

「私たちも行きましょうか」

 

「そうですね」

 

フランカがそう促す、リスカムの相棒であるフランカも感染者のひとりである

こうしてBSWがロドスと連携している発端は彼女にある

フランカはもともとBSW内で、生体防護処置班員(B.P.R.S)と呼ばれる部隊に所属していた

そこでの作戦中に鉱石病に罹り、BSWがフランカの治療のためロドスに連絡を取った

そのときロドスとBSWの間でいろいろと契約したらしくセキュリティサービスの一環として特別駐在オペレーターのシステムが作られた

もともとフランカ一人で来る予定だったのだが、リスカムとしてはフランカが不自由しないようにと一緒についてきたのだが・・・

 

「ちょっとちょっと! あっちみてあっち! おいしそうじゃない?」

 

「仕事中ですよ」

 

「もう!! 堅苦しいわね~」

 

「言ってなさい」

 

とうのフランカにとっては迷惑な話だったらしくひと悶着あったとかなんとか

 

「各自、持ち場には着きましたか?」

 

確認のため無線機に声を当てる、返事はすぐに帰ってきた

 

『はい、問題ありません』

 

行動予備隊A1の隊長フェンと

 

『こちらも持ち場につきました』

 

同じく予備隊A4のメランサだ

彼女たちはBSWではなく、ロドス独自のオペレーターだ

基本的には鉱石病に関する事件や感染者が起こした暴動などを秘密裏に鎮圧するために訓練された部隊である

 

『みぃてみぃてぇ~フェンちゃ~ん、おいしそ~だよ~』

 

『ちょっとクルース!! 作戦行動中だよ!!』

 

『そうだよ! 今は集中しないと! あっ、でも確かにおいしそうかも……』

 

『ビーグル!! あなたまで!!』

 

フェンの無線から聞こえてくるのは共に行動しているメンバーの声

のんびりとした口調はクルースで、気弱な感じがするのはビーグルだ

 

『メランサちゃん!! あっちからいい匂いがするよ!』

 

『メイリィ、今は我慢してね……』

 

メランサの方からも誘惑に負ける声が聞こえてくる

声の主はカーディ、メランサと同じ部隊のものだ

 

『あ、おいしそうなお菓子…………』

 

『えっ、ジェシカ先輩、どうしてカーディさんと同じ方に行こうとしてるんです?』

 

『ちょっとだけ!! 1個だけだから!!』

 

『メイリィ、待って』

 

『ちょっとだけ…………ちょっとだけ…………』

 

『ジェシカさんも、行っちゃダメ』

 

「何をしてるんです…………」

 

バニラとジェシカはメランサの方に回ってもらっている

 

「あら、駄目じゃないバニラ、仕事中にお菓子なんか食べちゃ」

 

『えっ! いや! わたしは食べてないですよ!』

 

「これは終わったらお仕置きね♪」

 

『そんな!! 私は無実ですよ~』

 

『…………ごめんなさいリスカムさん』

 

「いえ、こちらこそすみません。二人にはあとできつく言っておきます」

 

『私は無実だー!!』

 

あちらは何やら楽しそうである

 

ちなみにバニラとジェシカには私服になってもらっている、相手を囲む前から身バレしては意味がない

緊張感がないのはそのせいだろう

 

『少しぐらいなら構わないさ』

 

「ドクター」

 

遅れてドクターの声も聞こえてくる

 

『そうですね、少しぐらいなら大丈夫ですよ』

 

「アーミヤさん…………」

 

『ほらアーミヤ』

 

『ありがとうございます、ドクター』

 

『あ~、もう買って食べてるー』

 

「ラブラブね~」

 

アーミヤも一緒にいるらしい、それをビーグルとフランカが茶化す

 

『えっいやっそんな、ラブラブだなんて//////』

 

「ドクター、ご無事ですか」

 

『ああ、問題ない』

 

何事もなかったかのようにいうドクター、理性が枯渇しているんだろうか

 

『そちらは本当にお二人だけでよかったんですか? 今から私だけでも』

 

と提案するバニラ、それに対して

 

『いえ、大丈夫ですよ』

 

とかえすアーミヤ

 

『でもアーミヤさんだけじゃ大変でしょうし』

 

『大丈夫です』

 

『何かあったときに『大丈夫です』』

 

『いやでも、もs『大丈夫です』』

 

『で『大丈夫です』』

 

『………………』

 

『………………』

 

『y『大丈夫です』…………はい』

 

有無を言わせぬ圧力を感じた、ドクターは逃げられないだけなのかもしれない

 

「ドクターは調べものとの事でしたが」

 

『ああ、今回の計画書の送り主がいるかもしれないだろ?』

 

「なら私たちに言ってくれれば」

 

『君たちには別のことを頼んでしまっているからな、役割分担だ』

 

動けるものが動く、効率的にはその方がいい

ここはドクターの意を汲むべきだろう

 

「わかりました、何かあればすぐに連絡を」

 

『危険なことになったらすぐに言うよ』

 

すでに隣の人が危険だと思うが何も言わないでおく

確認を終わらせて通信を切る

 

「さて、それじゃ私たちは私たちのすべきことをしましょうか」

 

「そうですね」

 

フランカが言い、リスカムが応える

 

「やりましょうか」

 

こうして差出人不明の手紙から、捕縛作戦が始まった




世界観の説明がかなり雑になってしまいましたがお許しください

アーミヤがおかしい?ナンノハナシカワカラナイナ


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迷子が迷子

12/8 修正しました


龍門市街商店街

 

メランサは悩んでいた

 

彼女は行動予備隊A4の隊長である

内向的な性格のため、自分が隊長を務められるのか常日頃から悩み続けている

そしてその悩みは今も、現在進行形で彼女を困らせている、というのも

 

「あまーい!! すっごくおいしーよコレ!!」

 

「ほんわり甘く、口の中でゆっくりと溶けていく感触、幸せです…………」

 

「あっ、おいしー! 先輩コレおいしーですね!」

 

「えと、その、あの…………」

 

同じ部隊であるカーディをはじめ、頼りになると踏んでいたBSWの二人が屋台の菓子に篭絡されていた

 

「えーと………あのー…………」

 

こういう時、何といえばいいのだろうか

叱るべきか、一緒に食べるべきか、はたまた別の方法か

ドーベルマン教官がいれば溜息をつきながら額に手をあて、メランサに手本を見せてくれるだろう

だが彼女はいない、自分がしっかりしなければ、しかしどうやって?

カーディは彼女の頼りになる親友だ、隊長面してきつく言いたくはない、何より友人のしょんぼりした顔など見たくはない

ジェシカとバニラは普段は真面目なのだが今回に限って何故かゆるい

なぜだろう、思い当たる節としてはドクターが許可を出したことだろうか、なら自分も食べていいのでは?

いやだめだ、それでは隊員に示しがつかない、ならどうすれば?

甘いお菓子に口元をにやけさせる三人を見ながらうんうん頭を悩ませていると

 

「ジ~…………」

 

「…………?」

 

すぐ隣に少女がいることに気が付いた

 

「えっと」

 

「ジ~」

 

猫の耳にしっぽ、自分と同じフェリーンだろうか?

 

「ジ~」

 

「えーと、あーと…………」

 

真っ白な髪が印象的な女の子、背丈は低い、ジェシカと同じくらいだろうか、いやもう少し低い

白いワンピースを着た、どこか儚げな子

 

「ジ~」

 

「えーと、どう、したの?」

 

少女はただひたすらに菓子を頬張る三人を見ている、いや、三人が口に入れているものを凝視している

 

「あのー…………」

 

「おなかすいた」

 

「えっ」

 

どう声をかけたものか思案していると少女がいきなりそう呟いた

 

「えと、おなか、へってるの?」

 

「おなかすいた」

 

腹を減らしているらしい、ふと屋台の菓子が目に入る

 

「…………お菓子、食べる?」

 

「くう」

 

メランサの提案に少女は首を縦に振る

とりあえずすべきことはできたと、ほっと安堵する

 

「あれ? メランサちゃん、その子どうしたの?」

 

トリップ状態から戻ってきたカーディがおそらくメランサの分であろう菓子を両手に持ってやってきた

 

「あのね、いつの間にか隣にいたんだけど、その」

 

「おなかすいた」

 

「って」

 

メランサの言葉に合わせて少女が言う

 

「そーなんだ! あっ、これ食べる?」

 

「くう」

 

「はいどーぞっ!」

 

「ありがと」

 

カーディが片方の菓子を少女に渡すと、彼女は礼を言いながら受け取り

 

「はむ」

 

「わお」

 

少女の拳ほどの大きさの菓子を一口で飲み込んだ

 

「もむもむ」

 

「お~! 大胆に行くねー!!」

 

「もむもむ」

 

「…………大丈夫? のどに詰まったりしない?」

 

「もむもむ」

 

「大丈夫大丈夫! これぐらいの子なら平気だよ!」

 

「もむもむ」

 

「大丈夫? お水飲む?」

 

「もむもむ」ブンブン

 

咀嚼しながら首を横に振り平気と意思表示する少女

 

「でしょ? あっ、そうそう! 君一人でどうしたの? 迷子?」

 

「むもむも」ブンブン

 

カーディの質問にたいして否定の意を示す

 

「なら、このあたりに家があって外に遊びに出たとか?」

 

「むみむみ」ブンブン

 

あれ?と首をかしげるカーディ、ならばなぜここにいるのかと考え始める

 

「その…………」

 

「もむ?」

 

少女がメランサに顔を向ける

 

「名前は…………」

 

「そうだ!! お名前は? なんていうの?」

 

「もみゅもみゅ」

 

こころなしか咀嚼音が早くなった気がする

 

「急がなくても大丈夫だよ」

 

少女の頭を撫でながら、カーディは優しくそう語りかける

カーディは姉妹がたくさんいたからか、子供の扱いに慣れている

本人も子供が好きだと言っていたのでメランサはここはカーディに任せることにした

 

「ごくん」

 

「おいしかった?」

 

「うん」

 

「よかった」

 

優しい声でそういう彼女の顔を見て、本当に子どもが好きなのだと感心する

 

「もっと」

 

そういい、カーディの手に残った菓子を見つめ始める少女

 

「えっと、これは…………」

 

それはメランサの分と思って買っておいたものだ

ちらりと、カーディがメランサを見る

 

「いいよ、メイリィ」

 

メランサは心優しい少女だ、その優しさゆえにA4の隊長を務めることができていると気づくのはずっと先のことである

 

「…………ありがと、ごめんね、メランサちゃん」

 

「大丈夫」

 

はいどーぞ、と菓子を少女に渡す

少女はそれを受け取り先ほどのように頬張り始める

 

「どこの子だろ…………」

 

「近くに家がないんだったら、別の地区かな?」

 

少女が飲み込むまでの間、少女のことについて相談する二人、その近くではいまだ甘味に夢中の二人がいる

頭を悩ませていると

 

「んく、…………リンクス」

 

と食べ終わった少女が名前とおぼしき単語を口に出す

 

「リンクス、それがあなたの名前?」

 

カーディが確認のために聞き返す

 

「うん、リンクス」

 

リンクス、それが少女の名前らしい

ようやく事態が好転する兆しが見えた

 

「そう、リンクスちゃんは、今日は一人?」

 

「ううん」

 

「じゃあ、誰かと一緒?」

 

「うん」

 

どうやら彼女と一緒にいた誰かがいるらしい

 

「お父さんと来たの?」

 

「ううん」

 

「じゃあ、お母さん?」

 

「ううん」

 

おや?、とまたもや首をかしげ始める二人

両親ではないとすると誰だろうか、そこで不穏な言葉が頭によぎる

 

「もしかして、誘拐…………!」

 

「なんだって! それは許しておけないねー!!」

 

「?」

 

もしもの可能性を考えてしまい、慌ててしまうメランサ、それとは逆に正義感に燃えるカーディ、すると

 

「ちがう」

 

「あっ、そうなの? なーんだ」

 

「よかった…………」

 

リンクスがそれを否定する

 

「はぐれた」

 

「一緒にいた人と?」

 

「ううん」

 

「えっ、違うの?」

 

「はぐれた」

 

「…………誰と?」

 

「ちがう」

 

「「???????」」

 

はぐれてしまった、という割にはすぐに否定する

どういうことかと悩ませていると

 

「どうしたんですか、二人とも? あれ、その子は…………」

 

「ごめんなさい、つい夢中になってしまって…………て、どうしたんですか、その子」

 

ようやく向こう側から戻ってきたらしい二人がリンクスに気づく

 

「なんか、一緒にいた人とはぐれちゃったらしいんだけど」

 

「はい」

 

「…………誰とって聞くと」

 

「ちがう」

 

「って」

 

先ほどのやり取りを再現して見せる、するとバニラが

 

「ははーん、わかりました! 私にお任せください!」

 

と名乗り出た

メランサとカーディは下がり、代わりにバニラが少女の前にしゃがみ込む

 

「お名前は?」

 

「リンクス」

 

「リンクスちゃん、今日は誰と一緒に来たの?」

 

「すとれいど」

 

「ストレイドさんと、一緒に来たの?」

 

「うん」

 

「で、ストレイドさんが、はぐれちゃったの?」

 

「うん」

 

少女の不可思議な言動の謎がようやく解けた、バニラの後ろから、お~、と小さい歓声があがる

誰と、ではなく、誰が、自分がはぐれたことに気づかずに親がはぐれたと思い込む、小さな子なら一度はする経験である

 

「じゃあ、一緒に探そうか」

 

「うん」

 

バニラがリンクスの手を繋ぐ、ようやく事態が好転した

 

「ストレイドさんは、どういう人?」

 

バニラが保護者と思われる人を探すためリンクスに相手の外見を訪ねる

 

「………………」

 

リンクスが少し考え込む、質問の仕方が悪かったのかと思い、バニラがもう一度聞き返す

 

「どんな見た目かな?」

 

「へんなかお」

 

「へっ?」

 

「へんなかお」

 

暗転してしまった

 




龍門の全体像が知りたい
メランサを喋らせるのが地味に難しいんですよね

食っているものはご想像にお任せします


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迷子の迷子

12/8 修正しました


   

   龍門市街の噴水広場

 

「はい……はい……了解しました、こちらの方でも探してみます」

 

一方そのころ行動予備隊A1番隊

隊長であるフェンはメランサから迷子の連絡を受けていた

 

「それで、その人の特徴は…………はい……はい……はい?」

 

メランサからの通信を聞いていたフェンが素っ頓狂な声を上げる

 

「いえ、すいません、少し驚いてしまって、ええ、はは…………ですよね」

 

動揺が相手に通じたらしい、謝りながら通信内容を確認し無線を切る

 

「ふう……」

 

通信を終わらせ一息つく、その手には出店で買ったたい焼きが

 

「なんだって~?」

 

頃合いを図り内容を聞くクルース、片手にはリンゴ飴

 

「迷子って言ってたけど、大丈夫なの?」

 

クルースに続き話しかけてきたのはビーグル、片手に綿あめ、もう片方にはチョコバナナが

ちゃっかりしている三人である

というのも、最初に買ったのはクルースで、彼女にのせられ買ったのはビーグル

フェンは最後まで抵抗していたがクルースの

 

「ばれなきゃだいじょうぶだって~」

 

という言葉と美味しそうな香りにつられ、買ってしまった

 

「ああ、保護者の方の特徴は教えてもらったから大丈夫だと思う。ただ…………」

 

平気という割には釈然としない顔、何かあったのかと二人とも訝しむ

 

「なぁに~? どうかしたの~?」

 

クルースが聞いてくる

 

「いや、ちょっとね、まあ子供の言うことだから気にしなくていいと思うけど……」

 

「何か変なことでもいってたの?」

 

「うん、まあ、そんな感じ」

 

ビーグルの言葉に同意するフェン

 

「で、なんて言ってたの?」

 

「おもしろそうな話みたいだったけど~」

 

二人して話せと催促してくる

 

「えっと、まあ、その保護者の方の特徴なんだけど」

 

二人とも興味津々の様子で聞いている

 

「男の人で」

 

「「うん」」

 

「そこそこ高い身長で」

 

「「うん」」

 

「黒いジャケットを着てて」

 

「「うん」」

 

「黒い髪色で」

 

「「うん」」

 

「赤い目の色で」

 

「「うん」」

 

「変な顔」

 

「「うん?」」

 

二人ともなにを言っているんだ?というような顔をしている、無理もない

個人の特徴で変な顔、などと言われることなどそうそうない

 

「変な顔って、どんな顔?」

 

「さあ」

 

ビーグルの言葉に苦笑いしか返せない

 

「ほかにはぁ~?」

 

「っていうと?」

 

「どこ出身、とか~」

 

「わからないって」

 

この世界には多種多様な種族がいる

フェンのような犬の見た目をもつクランタ

メランサのように猫の耳と尾を持つフェリーン

リスカムのような頭部に一対の角と大きな尾を持つヴイーヴル

他にも様々な種族がいるが、一部を除いてどれも特徴的な見た目をしている

 

「わからないって、どういうこと?」

 

「耳もしっぽも生えてないって」

 

「そうなの? 輪っかも羽も?」

 

「そうみたい」

 

身体的特徴のない人種、いなくはないが、かなり珍しい

 

「なら~かえって~さがしやすいんじゃなぁい~?」

 

クルースの言う通りだ、特徴がないことが特徴なのだ、体に何かしらついているこの世界ではかえって目立つ

 

「そうだね、リスカムさんからはまだ相手に動きがないって話だし、探してみようか」

 

「その人の名前は?」

 

「ストレイドさん、だって」

 

「へぇ~、迷子さんがぁ迷子なの~?」

 

「うんまあ、そうだね」

 

「ふぇ?」

 

クルースの言葉に?を浮かべるビーグル

彼女の言う通り、ストレイドとは迷い子という意味だ

迷子の迷子に迷子と言われる迷子

ゲシュタルト崩壊しそうだ

たい焼きの残りを口に放り込む

 

「とりあえず警備がてら周ってみようか」

 

「そうだね~」

 

「ちょっとまって、まだ食べ終わってないよー」

 

「ビーグル、早く食べて」

 

「はーい」

 

いつの間にか平らげていたクルースと一緒にビーグルを待つことにする

すると

 

「なぁ、そこのクランタのお嬢さん」

 

「あっ、はい、なんでしょうか」

 

誰かが話しかけて来た、声の主に視線を向ける

 

「あっ」

 

呆けた声を出してしまった、まあ仕方ない、話しかけてきた男の姿が似ていたのだ

 

「お嬢さん」

 

「あ、はい」

 

そこそこ高い身長、黒いジャケット

 

「大切な話があるんだ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

黒い髪に、嫌に印象に残る赤い瞳

そして、しっぽも耳もない、なんの特徴もない男、聞いた話によく似ている

男が何を言い出すのか、フェンがおとなしく待っていると

 

「今夜」

 

「はい」

 

いつの間にか男はフェンの手を取りかしずいている

 

「俺のために」

 

「はい」

 

深刻な話なのだろうか、随分真面目な様子だ

 

「…………」

 

「えっと」

 

少し間がおかれ、フェンが何か言おうとすると

 

「どうか、バースデースーツを着てくれないか?」

 

「…………はい?」

 

素っ頓狂な声を上げる、今日はこれで二度目だ

いきなり話しかけてきたかと思えば意味の解らないことを言われてしまった

 

「えっと、それはどういう――」

 

意味ですか? と聞き返そうとすると

 

ガチャリ

 

「ロリコン」

 

と、声のトーンがいつもより低いクルースが

 

「変態」

 

クロスボウを男に向け

 

「くたばって♪」

 

撃ちだした

 

「うおぉぉぉぉ! あっぶねぇぇぇ!!」

 

矢が男の顔をかすめる

 

「ちょっ! クルース!!」

 

「えぇっ! なになに! どうしたの!?」

 

「ありゃ~はずれちゃったぁ~」

 

そういいつつ次弾を装填する

 

「まってまって! クルースよくわからないけど落ち着いて!!」

 

「そうだ、落ち着け細目のお嬢ちゃん! 冗談だ! 冗談だから!!」

 

フェンがなだめ、男が反省の意を示し、ビーグルはいつの間にか両手の食べ物を落としていたことに気づき

クルースはほどなく落ち着いた

 

 

 

「ちょっとした冗談なんだ、本気で怒らないでくれ。な、この通り!!」

 

男がクルースの方を向いて、両手を合わせ、頭を必死に下げている

クルースはクロスボウを男に向けている

ビーグルはそれを遠巻きに眺めている

 

「つぎはぁ~ないからねぇ~?」

 

そういい、クロスボウを下げる

 

初対面でクルースから死刑宣告を受けるとは珍しい、と思いつつ男に注意を向ける

先ほど聞かされた通りの外見、おそらく彼が少女の保護者だろう

 

「えーと、何か御用でしょうか」

 

仕切りなおそうとするフェン

 

「ああ、悪い悪い。ちょっと聞きたいことがあったんだ」

 

男がフェンの方を向く、男の身長はフェンより高く見上げる形で相手を見る

どこか違和感のある顔、何がおかしいのかはわからない、真っ赤な目が嫌に目立つのが原因だろうか

迷子の少女はこのことを、‘‘変な顔‘‘と言っていたのだろうか

後ろでクルースが獲物を構える音がする

 

「これ以上ふざけたことは言わん、約束する」

 

「ほんと~?」

 

「ほんとほんと」

 

それに気づいた男がクルースに念を押す

一体何を言ったんだろうか、クルースがあそこまで怒るということはただ事ではないのだが

 

「なぁあんたら、自警団か何かじゃないか?」

 

先ほどの男の発言について考えていると、いきなり男に核心を突いた質問をされる

 

「えっ、どうしてそれを?」

 

なぜそうだとわかったか、反射的に聞き返してしまう

 

「ここ」

 

「?」

 

男が自分の首の襟元を指さす

どういう意味か分からずなんとなくフェンも自分の首を触る

 

そうして気づく、彼女の服には首元に無線用のインカムが付いていた

 

「さっき、通信してなかったか?」

 

「ええ、してました、はい」

 

確かに通信するとき、マイクが音を拾えるように顔を首に近づける、注意深く見れば何をしているかは理解できるだろう

だがここは龍門市街、様々な人が行きかう都市だ、もちろん彼女達の周りにもたくさん人がいる

その中で一人の少女の行動に目を向ける、よほど視野が広いか、そもそもそういうことをする人間か

一般人では気づくことはまずないだろう

 

「あってるか?」

 

「はい、正確には自警団ではなく、警備会社のようなところですが…………」

 

とりあえず所属は伏せておく、ロドスは表向きは製薬会社なのだ、独自の兵力を持っていることをペラペラ話すわけにもいかない

 

「ちょっと今人を探していてね。よければ協力してくれないか?」

 

迷子の少女のことだろう、どうやら彼も探しているらしい

 

「ええ、わかりました、探している方の特徴は?」

 

予想はついているが確認のために聞いておく

 

「白い髪のフェリーン、女の子だ、背は君らよりも少し小さいな」

 

「その方のお名前は?」

 

「リンクス」

 

「はい、白い髪、フェリーン、女の子、名前はリンクス、間違いないですね?」

 

「ああ、間違いない」

 

連絡するので少し待ってください、とフェンは男に言い少し離れる

すると入れ違いにクルースが前に出る

 

「なんだいお嬢ちゃん?」

 

「おにぃ~さんは~ロリコンさんなの~?」

 

「いんや、違うな」

 

先ほどのことをまだ根に持っているのか、クルースがそんなことを男に言い出す

 

「でも~さっき~フェンちゃんにあんなこといったし~、ちいさい女の子もつれてるみたいだし~変態さんなのかな~って~」

 

クルースが男に質問を投げかける

 

「おいおいお嬢ちゃん、俺はそんな不健全なことはしないぜ?」

 

「でも~さっき~すごく不健全なこと言ったし~」

 

どうやらかなりアウトなことを言われていたらしい

気になってしまいフェンは聞き耳を立てる

 

「すご~く、危ない人なんじゃないかな~って」

 

「安心してくれお嬢ちゃん」

 

きりっとした顔で男がクルースに語りかける

 

「俺は!! 綺麗なお姉さんのケツしか追わないと決めている!!」

 

大声で、そう宣言する

 

「わぁ~おばかさんだぁ~」

 

彼は、ひどく残念な人なのかもしれない

そんなことを考えていると無線から声が聞こえてくる

 

『はい、こちらメランサ、どうかされましたか?』

 

「こちらフェン、先ほどの保護者の方、見つかりました」

 

『ホントですか? …………良かった』

 

無線越しにメランサが安堵の息を吐くのがわかる

 

「二人を会わせたいんですがどこで落ち合いましょうか」

 

『はい、こちらの方が人数が多いですし、誰かに彼女を送ってもらって――』

 

メランサとこの後のことを話していると

 

『こちらリスカム、目標と思われる集団を視認。私たちを見てあからさまに向きを変えました』

 

本来の計画が始まった

 

「はい、目標はどっちに行きましたか?」

 

意識を作戦に向ける

 

『出口には向かわず迂回してどこかに向かうようです。位置的には……フェンさん達のいる方向ですね』

 

「わかりました、すぐに動きます、っと迷子の保護者の方はどうしましょうか?」

 

もともと敵の偵察隊を捕まえるのが目的だった、作戦行動が最優先だ、だからと言って二人を放っておくわけにもいかない

すると

 

「トラブルかい?」

 

「えっ、あっ、はい、ちょっとアクシデントが起きまして、でもリンクスさんは保護しているらしいです」

 

男に話しかけられ、とりあえず少女を保護していることを伝える

 

「どこにいる? 場所を教えてくれれば迎えに行く」

 

男がそう提案してきた、彼らが自分で合流するならその方がおそらく早い

 

「……はい、わかりました。少し待ってください」

 

メランサから位置を聞き男に教える

 

「助かる。あとあいつに絶対動くなって言っといてくれ」

 

男が少女に念を押しておくように頼んでくる

 

「わかりました、伝えておきますね」

 

フェンの言葉を聞き、男は教えられた位置に向かう

フェンたちは男が少女がいるであろう方向に向かうのを確認し走り出す

 

「変な人だったね」

 

ビーグルがのんきなことを言う

 

「ただのろくでなしだよ~」

 

クルースが返し

 

「二人とも、今は作戦に集中して!!」

 

フェンが二人を叱責する

これが行動予備隊A1の、幼馴染三人組の日常である

 

 

 

「ねぇ、クルース…………」

 

「なぁにぃ~?」

 

「あれ、どういう意味なの?」

 

「さっきの~?」

 

「そう」

 

「ん~とね~、そうだね~、フェンちゃんは優しいからね~、次同じこと言われたら、うん、って言っちゃいそうだからね~、いいよ~」

 

「? なにを言いたいの」

 

「耳貸して~」

 

「はい」

 

「ん~とね~、ごにょごにょごにょ…………」

 

「………………ふぇぇ!?」

 

素っ頓狂な声、これで三度目である




           Can you wear a birthday suit for me

この一文のためにR18にしようか考えた話です 意味を知りたい人はググって、どうぞ

ちなみに、これと前の話、実は一章のサイドストーリー枠だったんですが本編にぶち込んだ方が話の展開がしやすかったので無理やりぶち込みました

も一つ余談に、最初のヒロインはフェンでした、その名残として他の人が気づかない要素に気づいています


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予感

12/5 修正しました


   

    龍門市街正門付近

 

 

リスカムとフランカはゲートから少し離れた位置に待機していた

 

「………………」

 

リスカムは何も言わずに周囲を見回す、敵らしき人物は何処にも見当たらない

その横では、フランカも同じように周りを見渡している

 

「来ないわね~」

 

退屈なのだろう、フランカがぼやき始める

 

「作戦中ですよ、私語は慎んでください」

 

リスカムが注意する

 

「でもそれらしいのは見当たらないのよ? このまま何もせずに終わるのはさすがにごめんよ」

 

フランカの言う通り、先ほどから警戒しているが怪しい集団はおろか、挙動不審の人物も現れない

そもそもこの作戦事態、真偽のほども分らない情報をもとに展開されている、何も起きない可能性の方が高いだろう

 

「それにほら!!」

 

フランカがリスカムに周りを見るよう促す

 

「あっちに屋台、こっちにも屋台、おいしそうなものが目の前にあるのに食べられないだなんて酷い話だと思わない?」

 

付近には、たい焼きや綿あめ、様々な食べ物を売りに出している出店が多くたっていた

というのも、今日はどうやら小さなお祭りが開催されているらしい

 

「確かに、興味を惹かれるものが多いですね」

 

本来、龍門は移動都市である、今回のように狙われているかもしれない状況ならばさっさと移動してしまえばいい話である

だが、ここには人が住んでいる、それも何十、何百万人の規模で生活している

龍門単体のリソースではとても賄えない、定期的に外から物資を供給する必要がある

今日は物資搬送のために龍門自体が停舶しているのだ

入ってきた物資の中には軍備品や生活用品、様々なものがある、その中には新鮮な食料も

さらに足が止まっているということは、決まった場所に龍門が存在しているということ

龍門自体、ほかの都市に比べてかなり発展しており観光スポットしても有名だ

グルメスポットから美麗な景色、わざわざ外からやってくるだけの価値はある

商人たちもそれにかこつけて今日のような日に屋台を出すものが多い

人通りもかなり多くなる、多少怪しい人物が侵入してもバレはしない

 

何かを企むにはちょうどいいのかもしれない

 

「ねぇ~リスカム~、少しぐらい買ってもいいでしょう~?」

 

「駄目です」

 

フランカがそんなことを言ってくる、リスカムが即座に却下する

 

「ちょっとだけ、一個だけだから、いいでしょ?」

 

「駄目です」

 

食い下がるフランカ、折れぬリスカム

正直、少しぐらいはいいだろうとはリスカムも考えている

だが今回、まともな武装をしているのはリスカムとフランカだけなのだ

というのも、来るであろう偵察隊に感づかれないためには別動隊は市民に扮す必要がある

警察ならともかく、一般市民は武器を持たない、槍だなんだと持ち歩いていては目立ってしまう

そのため、一部を除き本来の獲物ではなく、携帯でき、周囲の人々の目に入らない収縮する警棒を持ち歩いている者が大半だ

いざ戦闘になったとき、使い慣れた武器を持っている自分たちの存在は自ずと大きくなる

気を抜いている余裕はない

 

「だめ~?」

 

「駄目です」

 

「もう!! これだから優等生ってのは・・・」

 

フランカが文句をたれる、自分だって我慢しているのだ

 

「あんまりお堅いと、男が寄ってこないわよ?」

 

「別に、構いません」

 

まったくもう、とフランカがプンプンしているのを見ながら視線を回す、周囲に変化はない

この調子だと本当に何も起きず終わる気がしてきてしまう、こんなことで一日が過ぎていくのさすがにもったいない

リスカムは小さく溜息をつき、抗議するフランカに話しかける

 

「わかりました、ドクターとアーミヤさんからも許可は出ています。買ってもいいですよ」

 

「やった!!」

 

いうがいなやあたりを付けていたのだろうか、一直線に屋台に向かうフランカ

自分の分も頼んでおけばよかっただろうか、そんなことを考えながら事の発端を思い起こす

 

謎の計画書、いつの間にか倉庫にあったと言っていた、真っ赤なインクに塗れ目立っていたとも

 

赤いインク、独特なにおいがしていたらしい、唐辛子を鼻で食わされているような感覚に陥る類のもの

 

「………………」

 

リスカムには覚えのあるものだった、それも嫌というほどに

一連の出来事について考える、すると

 

『こちらメランサ、お伝えしたいことがあるのですが』

 

通信が入ってくる、

 

「こちらリスカム、何か問題でも」

 

『こちらフェン、どうかしましたか?』

 

リスカムと同時に、フェンが即座に反応する、何かあったのだろうか

メランサが話し出す

 

『いえ、その、迷子の連絡といいますか、何と言いますか…………』

 

「迷子、ですか」

 

『はい、保護者とはぐれてしまったらしくて』

 

こんな日だ、迷子の一人や二人、出てしまうだろう

 

『保護者の特徴は何ですか?』

 

フェンが手早く話を続ける

 

『えと、それなんですが」

 

『はい』

 

メランサがゆっくり話し始める

 

『男の人で』

 

「『はい』」

 

『背がそこそこ高く』

 

「『はい』」

 

『黒いジャケットを着ていて』

 

「『はい』」

 

『黒髪で』

 

「『はい』」

 

『赤い瞳で』

 

「『はい』」

 

『変な顔って』

 

『はい?』

 

フェンが素っ頓狂な声をあげた、まあ無理もない

 

「………………」

 

だが、リスカムは何も言わない

 

『えっと、変な顔っていうのは、迷子の子が言っていることで……』

 

『あっ、はいそうですか、そうですよね、ははは…………』

 

「………………」

 

変な顔、なぜだかいやに引っかかる

 

『あの、リスカムさん?』

 

返事をしないリスカムを不思議に思いメランサが声をかける

 

『その、ふざけているわけではなくて』

 

メランサが事情を説明しようとする

 

『子供の言うことなので、本気にはしなくていいと――』

 

「種族は」

 

『へ?』

 

「種族は、何です」

 

リスカムが言い、確認しているのかメランサの無線から小さく話し声が聞こえてくる

 

『えっとその、わからない、と』

 

『わからない? どういうことです?』

 

『えと、ちょっと待ってください』

 

もう一度話し声が聞こえてくる

 

『その、何もついてないと、』

 

『耳もしっぽも、ですか?』

 

『はい』

 

「…………そうですか」

 

特徴のない姿、黒髪に赤目、変な顔

リスカムには心当たりがある

 

『わかりました。あと迷子の子の特徴も教えてくれませんか?』

 

『あ、はい、わかりました』

 

だがここにいるとは思えない、いや、あり得るかもしれない

リスカムは一人、もしもの可能性を考える

無線からは、迷子の話が流れている

それを聞き流しながら、ある男の顔を思い出す

 

常日頃から消えることのなかった、苦しそうな表情

自分には、どうすることもできなかった

 

作戦のことも忘れ、考え込んでしまう、すると突然

 

「リスカム!!」

 

「っ!!」

 

自分の名を呼ぶ声で我に返る、目の前には不安そうな顔をするフランカが

 

「大丈夫? なんだか上の空みたいだったけど…………」

 

「ああ、いえ、大丈夫、問題ありません」

 

フランカをみる、手には何も持っていない

 

「…………何か買いに行ったのでは?」

 

「そうなんだけど、通信中にあなたがいきなり黙りこくったから、なにかあったのかと思って」

 

どうやら心配させてしまったらしい

 

「すいません、少し考え事をしていたんですが、その、熱中してしまって」

 

「へぇ、珍しいわね。あなたが仕事中にそんなことするなんて」

 

そうだ、自分らしくない、今は作戦中なのだ

思考を元に戻す、やるべきことをやらなければ

 

『こちらフェン、先ほどの保護者の方、見つかりました』

 

無線からそんな声が聞こえる

それが誰か気になったが、自分の役割を忘れてはいけない

そんなことを考えながら周囲を見渡す

 

「……む」

 

「あら」

 

すると視線がある一団で止まる、フランカも見つけたらしい

三人組の男たち、先頭を歩く者はニット帽をかぶっている

そのグループは観光客というには、嫌に静かだ

リスカム達は正門近くで待機している、つまり彼らは龍門に入ってきたばかりということだ

その割には集団内で会話をしているように見えない、この人だかりに対する感想の一つや二つ、話していてもおかしくないはず

ニット帽がこちらを見ると、足を止める

 

「リスカム」

 

「ええ」

 

ニット帽が後ろの二人に何か言っている、そして、

BSWの制服をきた二人を避ける様に、あからさまに動きを変える

 

「ビンゴです」

 

標的がきた、リスカムは無線に手を伸ばす




今回は前二話と同時進行の話になります、
前述したとおり無理やりなところがありますがご了承ください



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正しい誤想

サヴラは12F、レブロバはスポットの人種です

12/8 修正しました


    龍門市街噴水広場付近

 

 

そこでは小さな祭りが開かれていた、特別な行事をしているわけではない、今日は龍門が貿易のために足を止め

様々な物資を搬入している、それに合わせ龍門を一目見ようと外から人がやって来ている

それを稼ぎ時だと考えた商人が出店を開き、旅行客や親子連れを狙ってなにか買わせようとしている

そして彼らの予想通りなのだろう、子供が目を輝かせて屋台に飛びついていく

食べものだろうか、いや、ゆるキャラか何かのお面だろうか、もっと別のものかもしれない

買って買ってとせがまれて、しょうがないなと親が買ってあげている、その顔には笑顔があった

 

人ごみにあふれている、パッと見、何処にだれがいるのかなんてわからない

そんな中で、その場には似つかわしくない、神妙な面持ちで歩く三人組、先頭の男はニット帽をかぶっている

彼らは小言で何かを話し合っている

 

「ねえ、あれはどういうことなの?」

 

サヴラの男がニット帽に話しかける

 

「さあな、わかっているのは、BSWの奴らがいたことだけだ」

 

ニット帽がこたえる

 

「でもおかしいじゃねえか。ここは龍門で、近衛兵の奴らが警備しているはずだろ?」

 

予定と違うぜ、少し乱暴な口調でレブロバの男が話しかける

ここは龍門、本来なら龍門警察が警備にあたっているはず、なのに関係のないBSWがいた

それも、進行ルートに、偶然とは思えない

 

「そうだな、予定と違う。だが、だからと言って引くわけにはいかん」

 

そう、龍門のゲートはくぐったのだ、仲間たちが協力して検閲を潜らせてくれた

今、引き返すことはできない、自分たちは予定通り五日間、龍門に潜伏しなければならない

 

「俺たちはこれから、この都市に溶け込み、来るべき日のため、仲間たちに情報を送

らねばならない ここで、まごついている時間はない」

 

「そうだけど、もしばれてたら……」

 

サヴラが言う、彼はこの中では一番気が弱い、イレギュラーな事態が起きて不安なのだろう

 

「この人込みだ、多少怪しまれても堂々としておけば気のせいだと思うだろう」

 

「だがよぉ、もう気づかれてるんじゃねえか? あの女、こっち見てただろ」

 

「かもな」

 

確かに、あの二人組は自分たちに視線を送っていた、感づかれているかもしれない

 

「なら、それを想定した動きをすればいい。何度も話し合った計画だ、やり通す」

 

ニット帽は上着のポケットに触る、そこには硬い感触が

 

「そうかい、わかったよ」

 

「わかった、従う」

 

男たちの決意は固い、

すべては感染者のために

それが彼らの動く理由なのだ

たとえ、外道に手を染めようと

 

「ここで別れよう、明日また、この時間に」

 

三人はそれぞれ別の方を行き、人の波に流れていった

 

 

 

『やつらは何を?』

 

「三つに別れました、それぞれ別の方向に進んでいます」

 

『そうですか』

 

リスカムの連絡を受け、フェン、クルース、ビーグルの三人は男たちを追跡していた

 

「こちらも別れて動きますか」

 

『ええ、お願いします、尾行だけにとどめて、深追いしないように』

 

「了解しました」

 

当初の予定では囲んで一網打尽にするつもりだった、だが相手が散開した以上その手は使えない

リスカムに指示を仰ぎ、代替案が出てくる

 

「クルース、あなたはレブロバの人を。ビーグル、サヴラの人をおねがい」

 

「りょ~か~い」

 

「わ、わかった」

 

二人が返事を返す、自分はニット帽を担当する

 

『フランカ、あなたはクルースさんの方に、私はビーグルさんと合流します。メラン

サさんとカーディさんはフェンさんの応援を』

 

『わかったわ』

 

『了解です……』

 

『はーい、フェンちゃん待っててねー』

 

リスカムがそう指示をする、合流次第、個別に捕まえるつもりらしい

 

『あの、私は…………』

 

『わたしたちを忘れないでください!!』

 

『忘れていません』

 

ジェシカとバニラが声をあげる

 

『他の二人は正門前で待機を、ほかに仲間がいないとは限りません』

 

『合流はしなくていいんですか?』

 

『相手が外に逃げ出さないとは限りませんので、そこで見張ってください』

 

ジェシカ達を正門に待機させ、もしもの事に備えさせる

何かあれば彼女たちから連絡が来るだろう

相手は動き出している、急がなくてはいけない

 

『相手が武器を持っていないとは限りません。十分注意してください』

 

少し前にドクターから聞かされたことを思い出す

奴らの本隊は危険思想の持ち主だと言っていた

 

「了解しました、行動開始します」

 

三人はそれぞれ動き出す、気取られないようにしなくては

 

 

 

 

 

 

「…………むー」

 

少女は歩く

 

「…………んー?」

 

あてなく歩く

 

「ここどこ?」

 

少女は再び迷っていた

 

 

 

 

「あいつ、どこ行った?」

 

男がうめく、件の少女と合流できていないらしい

 

「やれやれ、お転婆娘め」

 

げんなりした顔でそう言い放つ

 

足を止め、周囲を見渡す

 

「まっ、一人の方が動きやすいか」

 

男はそう言い、また誰かを探す様に歩き始めた

 

 




他に比べて短めですが、話の展開上ここで切らざるを得ませんでした
こう短いと書き込むことがありませんね





      ケ   オ   ベ   の   ス   ケ   ベ







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追走と追想

12/8 修正しました


ビーグルは走っていた、サヴラの男を見つけるために

 

なぜ彼女は走っているか、答えは簡単、サヴラを見失ったのだ

最初はしっかり後をつけていた、サヴラにも気づかれていなかった

だが途中で

 

「お嬢ちゃん、これ買わないかい?」

 

「可愛いお嬢ちゃん、これ美味しいよ、買っていきなよ」

 

「あっ、いや、すいません、今急いでいるので、すいません…………」

 

というような感じで声をかけられている間に見失ってしまった

もともとビーグルは自分に自信のある人間ではない

普段もフェンやクルースに助けてもらうことの方が多い、ドーベルマン教官にもよく叱られている

一人でこなせることはあまり多くはない

今回も、本来なら全員で囲んで捕まえるという話だった、しかし何事も予定通りにはいかないもの

相手は別れて動き、それに合わせてビーグル達も三手に別れた

少数行動とは聞かされていた、事情が変わるかもとも

だが、一人で動くことになるとは思ってもいなかった、予定と違いすぎる

一応、リスカムがこっちに来てくれているらしいが、まだ合流できていない

だけど、自分もロドスのオペレーターなのだ、かっこ悪いところは見せられない

それにばれたら、また教官に怒られるかもしれない、二人にも迷惑をかけてしまう、それだけは嫌だ

ビーグルは文字通り、目を回しながら群衆の中を走り抜けていた

 

「も~、どこ行っちゃったの~!!」

 

そのせいだろう

 

「きゃいん!!」

 

「いたっ!!」

 

焦っていたのもあるだろう

 

「ごっごめんなさい!! 急いでいたもので…………」

 

「いや、こちらこそごめん、僕も前を見てなかったんだ」

 

彼女は目の前に立っている男を確認していなかった

 

「本当にすいませ…………あっ!!」

 

「大丈夫、ケガはして――え?」

 

ぶつかったのが誰なのか、確認する

 

「あなたはレユニオンの――――」

 

「なっ!!」

 

それは必死に探していたサヴラの男だった

 

「え、あっ、」

 

自分がつい口にしてしまった単語を思い出す

 

「君、まさか、龍門の……」

 

「あ、いや、えっと」

 

サヴラが聞いてくる、ごまかさなければ、口を開く

そしてとっさに出てきた言葉は

 

「き、聞かなかったことに、してくれませんか?」

 

笑顔でいってみる、我ながらもっとましな言い訳はできなかったのか

 

「………………」

 

「………………」

 

サヴラの男の動きが止まる

 

「………………」

 

「………………」

 

ビーグルも動きがない

 

「………………」

 

「………………」

 

まるで、二人だけ時間が止まってしまった様だった

 

だがそんなわけはなく

 

「く…………」

 

サヴラが動く

 

「くるなぁー!!」

 

大声をあげ、一目散に逃げだした

 

「まっ、まってー!!」

 

急いでサヴラを追いかける

 

『こちらリスカム、大声が聞こえましたが何があったんですか?』

 

すぐ近くにまで来ているのか、声が聞こえたらしい、リスカムから通信が入る、

もう隠すことは出来ないだろうと、腹をくくる

 

「すいません!! ばれちゃいましたー!! ごめんなさーい!!」

 

謝りながら状況を説明する

 

『わかりました、ばれたものは仕方ありません。今何をしていますか?』

 

「追ってます!! 全身全霊で!! 追跡してます!!」

 

せめて自分のミスした分は取り返さなばと思いサヴラの後を追う、

しかしリスカムは逆に

 

『いえ、深追いはせずに一度引いてください、相手の顔は割れています。再捜索の目途は立てれるはずです』

 

「でも!!」

 

『失敗したことに責任を感じているなら尚のこと指示通りにしてください。むやみに相手を刺激する必要はありません』

 

「っ!! う~…………!!」

 

リスカムの言う通りだ、顔がわかっているなら他に動きようはある

だがこのままではあまりにも情けない結果で終わってしまう、周りの足を引っ張っただけだ

 

「いえ!! 追います!!」

 

『ビーグルさん!!』

 

リスカムの静止を振り切りサヴラを追う、逃げているとはいえ相手は目の前にいる

捕まえさえすれば、まだ大丈夫、迷惑は掛からないはず

その一心で走り続ける、だが相手の方が早いのだろう、距離が少しづつ空いていく

もう駄目だ、そう思ったとき、彼は現れた

 

「ちょっと失礼」

 

「おぶうぇ!!!」

 

サヴラの前に見覚えのある男が現れた、少し前にクルースと珍事を起こした男だ

人ごみの中からスッと現れ、男はすれ違いざまにサヴラにラリアットをぶち込んだ

 

「はいっ、ワンツーワンツー」

 

「あぶぇ!! ぐえ!! ぐるじい!! ばなじで!!」

 

「おっ? まだまだ元気じゃないか、ならもっと激しくしてもいいな」

 

「あばばばばばぶぶぶぶぶ…………」

 

サヴラは巻き込まれ後ろ倒しになり、そのまま男にヘッドロックをキメられている

 

「えっ!! いやっ、えぇーっ!!」

 

突然の事態に驚愕の声をあげてしまう

 

『なんです? 何があったんですか?』

 

「よう、お嬢ちゃん」

 

「あなたさっき、子供を迎えに行くって…………」

 

「おー、それなんだが」

 

男の腕の中でサヴラがバタバタもがいている

 

「あのバカ、やっぱりいなくなっててなー」

 

動きが少しづつ緩慢になってきた

 

「もう一度お手伝いをお願いできないかなーって思って来てみたんだが」

 

もはや動いているのか怪しくなってきた

 

『ビーグルさん、どうしたんですか』

 

「あ~、いや~、その~、」

 

「なんか追っかけてたからついでに捕まえてみた」

 

ビクン!! と大きく痙攣する

 

「他の二人はいないのか?」

 

「あっ、はい、今、別行動をしてて」

 

とうとう動かなくなった、死んでいないだろうかと不安になる

 

「そうか、ならいい、自分で探す」

 

サヴラが落ちたのを確認し、男はさっさとどこかへ消えてしまった

 

「あっ!! ちょっとまって!!」

 

「ビーグルさん、状況を」

 

「…………えーと」

 

リスカムの声が後ろから聞こえてくる、男と入れ違いに追いついたらしい

 

「……本当に何があったんです?」

 

怪訝な顔で聞きながら、視線を下に落としている

リスカムの視線の先

 

「えっとですね、その~ですね」

 

そこに残されたのは、気絶したサヴラと、

 

「え~~~~?」

 

いまいち状況が把握できていないビーグルだけだった

 

 

 

 

 

一方フランカは

 

「こちらには気づいてないようね」

 

「そ~みたい~」

 

クルースと合流し、二人でレブロバを追っていた

相手のレブロバはかなりの大男だ、もめ事になれば一筋縄ではいかないかもしれない

慎重にあとを追う、市街で争うのは出来るだけ避けたい

レブロバはこちらには気づかず歩いている、どこに行くつもりなのだろうか

 

「偵察にしては妙な動きね」

 

「そ~だね~」

 

本来、偵察をするなら戦う相手の戦力を把握するため、軍事施設などに向かうはず

だがレブロバはそちらに行くそぶりは見せない、人気のない方に向かっている

 

「誰かと落ち合うとか、そんな感じかしらね」

 

フランカが考えを口に出す、すると

 

「ん~、違うと思うな~」

 

クルースが言う

 

「どうしてそう思うの?」

 

「だって~、ほら~」

 

レブロバを指さす、正確にはレブロバが行こうとしているところ、曲がり角だ

 

「このさきってたしか~、行き止まりじゃなかった~?」

 

「…………よく覚えてるわね」

 

えへへ~、とクルースが笑う、確かにレブロバは行き止まりに向かっている

角を曲がる、それを追って二人も曲がる、そこには

 

「よう、あんたらかい?俺を追ってたのは」

 

レブロバがこちらを向いて待ち構えていた

 

「……あら、随分強気ね、私たちを下して逃げるつもりなのかしら?」

 

相手はこちらに気づいていた、そのうえで逃げずにいる

何か考えがあるのか、警戒し、フランカが武器を構える、だがレブロバは武器も何も取り出さない

それどころか

 

「まさか、俺はやりあうつもりはねえよ」

 

そういい、両手を前に出してきた

 

「なんのつもり?」

 

「降参するの~?」

 

「ああ、そうさ」

 

「あらそう、ならお言葉に甘えて」

 

フランカが警戒したまま男に近づく、男は抵抗も何もしない

 

「本当に自首するつもりなのね」

 

「ど~して~?」

 

レブロバに手錠がかけられる、最後までなにもしようとしなかった

 

「さあな、俺にもわからん」

 

「わからないって、自分の事でしょう、何を言っているの」

 

フランカの質問にレブロバがゆっくり話し始める

 

「さっきな、白いお嬢ちゃんにいきなりこう言われたんだ」

 

白い少女、無線で言っていた子だろうか

レブロバは続ける

 

「『おじさん、くるしそうなかおしてる』って」

 

だいじょうぶ?ってな、乾いた笑みを浮かべて言う

 

「たったそれだけ、言われただけなんだ。なのになぜかやる気をなくしちまった」

 

一言二言、言われただけ、それだけで士気を下げてしまった、少女の言葉が男の琴線に触れたのだろうか

男の答えにフランカが返す

 

「そう、ならその子に感謝するのね、抵抗していたら容赦はしなかったわ」

 

「だろうな」

 

男が続ける

 

「それに、もともとこの計画には乗り気じゃなかった。自爆特攻なんて、馬鹿げてる」

 

レブロバの言葉に驚く、先ほどドクターから聞いた話は本当らしい

 

「あんな男のいうこと、どうして聞いちまったんだか」

 

「あんなおとこ~?」

 

レブロバの言葉に反応する

 

「ああ、この計画の首謀者だ、いつの間にか俺たちの集団に混ざってた。爆弾を持ち

込んだのもあいつだ」

 

どうやら立案者がいるらしい、

 

「それはあのニット帽の男?」

 

「いや、違う」

 

フランカの質問に男が返し、続けていってきた

 

「なあ、頼みがある」

 

「なに? 今になって解放してほしいの?」

 

「違う、あいつを止めてほしい。ニット帽のフェリーンだ、あいつはダチなんだ、犯

罪の片棒を担がせるわけにはいかねえ」

 

レブロバが頼み込んでくる

 

「どうか頼むよ、ほんとは優しいやつなんだ、こんなことやらせちゃいけない」

 

続けて言う

 

「あの男の話を聞くまでは、こんなことをしようとする奴じゃなかった。だがまだ間に合うかもしれねぇ」

 

必死に頭を下げる、彼にとってよほど大事な友人なのだろう

 

「頼む…………」

 

「…………わかった」

 

フランカが了承する、もともと止めるつもりだったのだ、やることは変わらない

 

「クルース」

 

「は~い」

 

「この人を任せていい?」

 

「は~い」

 

「ありがとう、頼んだわね」

 

「いってらっしゃ~い」

 

クルースに男を預ける

 

フランカはフェンのもとに向かい走り出した

 




基本的に戦闘シーンがないのは書きにくいのもありますが場面に出しにくいんです
ここでレブロバと一戦やってもよかったような気がしますが
そうするとオリキャラが目立ってくれません、なかなか難しいですね


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終結

12/8 修正しました


龍門市街、流れる人ごみの中、ニット帽は静かに歩いている

その少し後ろを、フェン、メランサ、カーディが慎重に追っている、無線から音が流れる

 

『こちらフランカ、レブロバは確保したわ、フェンの方に向かってる』

 

『了解、こちらも引き渡し次第合流します」

 

「わかりました、尾行を続けます」

 

リスカムとフランカの通信に返答する

あちらは順当に捕まえたらしい

 

『ではビーグルさん、もう一度最初からお願いします』

 

『あの、だから、その~』

 

なのだが、なぜかビーグルがリスカムから問答を受けている

 

「ビーグル、落ち着いて、何が起きたのかひとつずつ言ってみて」

 

なんでも、サヴラの追跡中にアクシデントが起き、バレてしまったとか

 

『えーとですね、だから、サヴラの人を追ってたら、その~、いきなり~…………』

 

『あの変態紳士が~、あらわれたんでしょ~?』

 

『うん、それで、その人がサヴラの人を捕まえてくれたの』

 

『………………』

 

「………………」

 

わからない、いや言っていることはわかるのだ

だがクルースの口から出てくる単語のせいで話が入ってこない

 

「変態……」

 

「紳士……」

 

後ろで二人が困惑している

 

「クルース、仮にも手伝ってくれたんだから、そんな言い方失礼でしょ」

 

『でも~変態なのは~ほんとでしょ~?』

 

「いや、まあ………………うん」

 

少し前の出来事を思い出し、顔を赤くする

まさかいきなりあんなことを言われるとは思ってもみなかった

 

「――――あ~!! …………う~………………」

 

「…………大丈夫ですか? フェンさん」

 

「何があったの?」

 

男のセリフを思い出し悶えてしまう

こんなことならクルースから意味を聞かなければよかった

 

『……とりあえず、その変態紳士とやらが協力してくれたのはわかりました』

 

「リスカムさん……」

 

まずい、変態紳士で呼び名が定着しようとしている

フォローした方がいいのだろうか、だがそういうことを言われたのは事実だ

どうすればいいのか、頭を悩ませる

 

『それで、その人は何処に行ったんですか、見当たりませんが」

 

『出てきた時と同じようにスゥって人ごみの中に消えちゃいました』

 

ビーグルが男の行方について知っていることを話す

 

『どこかで~べつのひとに~セクハラしてるんじゃな~い~?』

 

「ええ…………」

 

クルースの言葉にカーディが引いている

 

「でも、あの子の事を探していたんですよね?」

 

『うん、またお願いできないかって言ってた』

 

「そうですか…………」

 

あの子とは無線で言っていた迷子の事だろう、メランサたちが待っているようにと言ったらしいが

どうやら、どこかに行ってしまったらしい

 

「まあ、子供だからねー。じっとしてるなんてことは出来ないよー」

 

「だけど、やっぱり心配で……」

 

「大丈夫、きっと会える、なんならあとでまた一緒に探してあげればいいよ」

 

「メイリィ、うん、そうだね」

 

『私たちも手伝うよ、ねっ、フェンちゃん」

 

「うん、その時は一緒に探しましょう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

『皆さん、まだ作戦は終わっていませんよ。今は目先のことを考えてください』

 

各々がこの後のことを話し合う、それをリスカムが一喝した

 

『フェンさん、標的の様子は』

 

「はい、こちらには気づいていない様子です。どこかに向かって歩いています」

 

ニット帽に注意を戻す

 

『今どのあたりにいますか』

 

「えっと、ここは……」

 

言われ、周囲を見回す

 

「正門付近です、戻ってきましたね」

 

『了解しました、バニラ、ジェシカ、応答を』

 

リスカムが待機しているであろう二人に声をかける

 

『………………』

 

『………………』

 

『バニラ、ジェシカ、どうしましたか?』

 

だが二人から返事が返ってこない、もう一度呼びかける

すると

 

『――ふぁい!! ほひらびゃにりゃ!! ほうひまひたか!!』

 

『はい!! ジェシカです!! なんでしょうか!!』

 

『……なにをしているんです』

 

そんな声が聞こえてきた、リスカムが呆れている

どうやら何か食べていたらしい、ジェシカはぎりぎり飲み込んだようだがバニラは隠せていない

 

「あらあら、二人とも何をしているのかしら」

 

真後ろから声がする、振り向くとフランカがいつの間にか合流していた

 

『(ゴクン)いえ!! なにもしていません!! なにか食べてなんていませんよ!!』

 

「あら、なにを食べているか、なんて聞いていないわよ?」

 

『あっ』

 

『すいません、つい…………』

 

自分で墓穴を掘っている、あとでフランカからひどい目にあうだろう

心の中で黙祷しつつ、フランカの方を向く

 

「三人とも、お待たせ」

 

「いえ、来ていただきありがとうございます」

 

『フランカ、無線の内容は』

 

「しっかり聞いてたわよ、あっちの二人と違ってね♪」

 

『『うぐっ!!』』

 

『ならばいいです、標的は正門に向かっています。バニラ達が男の足を止めている間

に周りを囲んでください』

 

『えっ、私たちですか?』

 

『あなたたちの方が近づくのに自然な位置にいます。ふざけないで、真面目にお願い

しますよ』

 

『はい!! わかりました!! 頑張ります!!』

 

バニラが大きく返事をし、行動を始める

相手は一人、無意味な抵抗はしないだろう

ニット帽の後を追う、このまま平穏に終わるといいのだが

 

 

 

 

 

ニット帽が正門に到着する

 

「こちらフェン、正門につきました」

 

『了解です、こちらからも視認できています』

 

バニラが返答する、見てみるとちょうどニット帽の前方に二人がいた

まだ合流できていないリスカムから無線が来る

 

『ではバニラ、適当に話しかけてください』

 

『えっ!! 私ですか!!』

 

『ええ、お願いしますよ』

 

リスカムに名指しされ、慌てるバニラ、その横ではジェシカがほっとした顔をしている

 

『なぜ私がやるんですか!!』

 

『なんとなくです、ほら、早くしなさい』

 

『せ、せめて話題の提供とか…………』

 

『それぐらい自分で考えなさい』

 

『え~………………』

 

渋々とした様子でバニラがニット帽に近づいていく

それに合わせて、ゆっくりまわりを包囲していく

 

「あの~、そこのおにいさん」

 

「ん、なんだ?」

 

バニラが相手の前に立つ、ニット帽がバニラに視線を向ける

 

「えーと、えーと」

 

「どうした、話があるんじゃないのか」

 

とっさにいい話題が思いつかなかったのか、ニット帽の前で言い淀む

ニット帽はバニラが何か言うまで待ってくれている、根はいい人なのかもしれない

 

「あ~と、その~、そうだ!!」

 

「なんだ」

 

何か思いついたらしい、バニラが言葉を絞り出す

 

「今日は!! いい天気ですね!!」

 

そんなことを言い出した

 

「……あのバカ」

 

「え~……」

 

「いや、仕方ないというか、突然でしたし…………」

 

「まあまあ、フランカさん落ち着いて」

 

バニラの発言に四者四様の反応をする

対するニット帽は

 

「……そうだな、いい天気だ」

 

思いのほか食いついた、続けて言う

 

「本当に、いい天気だ…………」

 

上を見上げながら、しみじみとニット帽が言う、その目はどこか悲しそうだ

 

「あっと……」

 

「で、それだけか?」

 

ニット帽がバニラに向き直る

 

「あ、いや、その、まだ」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「いえ、その…………ごめんなさい!!」

 

「急になんだ?」

 

相手の反応にどこか罪悪感を感じたのだろうか、バニラが頭を深く下げる

そして頭をあげニット帽に目を向ける、その目には強い意志を感じた

 

「いきなり何を――――ああ、そういうことか」

 

「本当にすいません、どうか、抵抗しないでください」

 

バニラが警棒を取り出す、それを見たニット帽が何かを察する

 

「まんまとハメられた、ということか」

 

ニット帽の周囲にはすでに包囲網が張られていた

 

「他の二人はもう捕まえたわ、おとなしくしなさい」

 

「誰からこのことを聞いたんだ?」

 

「あなたには関係ないことよ」

 

「そうか」

 

フランカが武器を構える、ジェシカは拳銃を、他の者は警棒を、

6対1だ、戦力差は圧倒的、降参するのが利口だろう

 

「さあ、一緒に来てもらいましょうか」

 

フランカが手錠をもってニット帽に近づく

ニット帽が口を開く

 

「悪いが――」

 

ジェシカに視線を向ける

 

「へ?」

 

「断る!!」

 

ニット帽がジェシカに向かって突撃する

 

「ちょ、止まってください!!」

 

「ジェシカ!! 撃ちなさい!!」

 

「どけっ!!」

 

「きゃあっ!!」

 

とっさのことで反応できなかったのか、反撃できずにニット帽にジェシカが突き飛ば

されてしまう

体格差があったのだろう、ジェシカが大きく吹っ飛ぶ

 

「先輩!!」

 

「ジェシカさん!!大丈夫ですか!!」

 

バニラとメランサがジェシカに駆け寄る

 

「きゅ~…………」

 

打ち所が悪かったのか、目を回してしまっている

 

「待て!!」

 

「逃がさないよー!!」

 

フェンとカーディがニット帽の後を追う

 

「リスカム、ごめんなさい、奴を逃がした」

 

『どこに逃げましたか?』

 

「検閲門の方」

 

『なら、龍門警察がいるはずです。協力してもらいましょう』

 

「でもどうしてあっちに……」

 

『それはわかりません、ですが数の優位はこちらにあります、取り押さえるか動きを

封じてください』

 

「わかったわ」

 

少し遅れてフランカが動く、追走劇が始まった

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ」

 

ニット帽が走る

 

「こらまてー!!」

 

「止まりなさい!!」

 

フェンとカーディが追いかける

場所は検閲門内、龍門に入るために並ぶ人たちとそれを整理する龍門警察が大勢いた

 

「奴が例の標的よ、協力して」

 

「あいつだな、了解した、こちらNO0032142――――」

 

二人の後ろではフランカが警察に協力を仰いでいる、警察もすぐに対応してくれている

 

「なんだ? なんの騒ぎだ?」

 

「映画の撮影?」

 

その様子を見てのんきな反応をする群衆

 

「ったく、しつこいな…………」

 

ニット帽が追いすがる二人を見てひとりごちる

 

「無駄な抵抗はよしなさい!!」

 

フェンがニット帽にむけて叫ぶ

 

「もう逃げられないぞー!!」

 

カーディも負けじと声を出す

 

「っくそ!!」

 

追いつかれまいと速度を上げる

だが

 

「そこまでだ!!」

 

「おとなしくしろ!!」

 

ニット帽の前に警察が立ちはだかる

 

「っ!! ちぃっ!!」

 

ニット帽が逃げる方向を変えるために速度を緩める、しかし

 

「くそったれ、対応がはやいな」

 

すでに警察に囲まれていた、逃げ場がない

 

(このままではまずい、なにか、打開策を――――)

 

男が周囲を見渡す、そして、ある少女が目に入る

 

 

真っ白な髪をしたフェリーンの少女、親とはぐれたのか、一人でウロウロしている

 

「――――ッ!」

 

ニット帽はポケットを触る、そこには硬い感触が

 

「………………」

 

最低な選択肢が頭をよぎる、これはやってはいけないことだ

 

「抵抗はやめておとなしくしなさい!!」

 

警察の声が耳に響く、今、自分が捕まるわけにはいかない

 

「あーっ!! クソッ!!」

 

背に腹は代えられない、ニット帽は決心する

 

少女に向かって走る

 

「おい!! なにをするつもりだ!!」

 

ニット帽の意図に気づいた警察が呼び止める、だがもう遅い

 

「うにゅ?」

 

「悪いが、一緒に来てくれ」

 

「にゃー」

 

少女に手を伸ばし引き寄せる

 

ポケットの中のものを取り出し、天井に向ける

 

パァン!!

 

乾いた音が周囲に響いた

 

 

「近寄るな!! 近づけばこの子を殺す!!」

 

「なっ!!」

 

「しまった!!」

 

追い詰められたニット帽が近くにいた少女を人質にとった

 

「キサマ!! 自分が何をしているかわかっているのか!!」

 

「ああ!! わかってる!! あんたらがむやみに手を出せなくなったこともな!!」

 

「くっ!!」

 

最悪だ、ニット帽の手には銃が握られている、隠し持っていたのだろうか

 

「えっ? なんでリンクスちゃんがここにっ!?」

 

「え?」

 

カーディの声に抜けた反応を返してしまう

 

「にゃー」

 

リンクス、昼間の男が探していた子の名前だ、また迷っていたのだろうか

だが、運悪くニット帽の逃げた先にいたらしい

 

「動くなよ、この子に無事でいてほしいならな!」

 

「その子を離しなさい!!」

 

ニット帽に呼びかける、だが言う通りにはしないだろう

 

「おい!! あいつ、銃を持ってるぞ!!」

 

「えっ!! うそでしょ!!」

 

「誰かっ、助けて!!」

 

先ほどの銃声が聞こえたのだろう、群衆がニット帽の銃に気づき、パニックになる

 

「ちょっと!! 皆さん落ち着いて!!

 

「どうか落ち着いてください!!」

 

「たすけてくれー!!」

 

人の波が一気に動く、フランカと何人かの警察が巻き込まれて流されてしまう

 

「あんたら、そこをどきな」

 

「その前にその子を離しなさい」

 

ニット帽が下がるようにこちらに言ってくる

その傍らには、状況がつかめていないのか、きょとんとした顔の少女がいた

 

「むー?」

 

「悪いな嬢ちゃん、少しの辛抱だ」

 

「むー」

 

ニット帽がそう言い、少女に銃口を向けながら歩いてくる、引き金に指はかけられていない

 

「っ!!」

 

フェンがそれに気づく、説得すればまだ何とかなるかもしれない

 

「こんなことをして、どうにかなると思っているんですか?」

 

「さあ、どうにもならないかもしれない、だが、何もしないよりかはまだマシ

だ…………!!」

 

ニット帽が言う、やけくそになっているらしい

せめて少女だけでも保護できれば

必死に思考をめぐらせる、そのとき、

 

 

「おーおー、リンクス、随分と面白いことになってるじゃないか」

 

男がやってきた

 

 

「えっ?」

 

聞き覚えのある声が横から聞こえ、目を向ける

 

「あなたはっ!?」

 

「よう、クランタのお嬢さん、さっきぶりだな」

 

そこには、少女の保護者であろう人物が立っていた

 

「変態紳士!!」

 

「えぇっ!! この人が!?」

 

驚きのせいでつい、失礼な呼び方をしてしまう

男はそれを聞き、渋い顔をする

 

「おぉっ、中々どうして、手厳しいじゃないか……」

 

「あっ、いや、すいません、その…………」

 

「構わねえよ、大方、細目の嬢ちゃんが言ったんだろうさ」

 

謝らなくていい、そういいながら手をひらひらする男

 

「おい君!! ここは危険だ!! 下がっていなさい!!」

 

近くの警察が男に近寄る、すると男は

 

「おう、お巡りさん、真面目なのは結構だが」

 

そういい、警察に手を伸ばし

 

「今は、下がっててくれ」

 

警察を軽く押し、後ろに下がらせる

 

「ま、待ってください。ここは、私たちに任せて下がって…………」

 

「まあまあ、お嬢さん」

 

男がフェンの肩に手を置く

 

「ここはお兄さんに任せなさい」

 

「いやっ、ちょっと!!」

 

そう言って、フェンを押し退けてニット帽の前に出る

 

「なんだあんた、何者だ?」

 

「だーれだ?」

 

「知るか」

 

「正解は、そいつの保護者♪」

 

「…………助けに来たってことか」

 

「そゆこと」

 

ニット帽が警戒する、男が近づく

 

「近寄るな、この子が心配ならな」

 

「おう、これ以上は近寄らねえさ」

 

男が足を止める、ニット帽との距離は狭くはない、

男の十歩分はあるだろう、直接手を出すのは不可能だ

 

「すとれいどー」

 

「よう、楽しそうだな」

 

少女が男に呼びかける、男がそれに応える、その声色には緊張感が感じられない

 

「おなかへったー」

 

事態が飲み込めていないのか、そんなことを言う

 

「こらこら、周りを見ろ、周りを、いろんな人に迷惑かけてるんだぞ?」

 

「むー」

 

「あとでなんか美味いもんでも食わせてやるから、おとなしくしてろよ」

 

とても知り合いを人質に取られているとは思えない会話を繰り広げている

 

「おい、あんたら、状況が理解できてねーのか?」

 

ニット帽も同じことを思ったんだろう、男に話しかける

 

「安心しろ、ちゃんとわかってるさ、うちのバカ娘が世話になってるらしいじゃないか」

 

「なら、そこをどけ」

 

男は下がらない、だが話すだけでなにもしようとしない

少し不気味だ

突然、少女が喋る

 

「すとれいど」

 

「んー?」

 

「だめ」

 

「んー」

 

「なんだ、何を言っている」

 

二人の主語のない不明瞭な会話を聞き、ニット帽が疑問を抱く

かまわず続ける二人

 

「だめ」

 

「んー」

 

「だめ」

 

「んー…………」

 

何を相談しているのかはわからない、唯一理解できるのは

 

「だめ」

 

少女が男に何かをやめさせようとしていることだけ

 

「ふむ」

 

男がなにかを決めたように頷き

 

「断る」

 

否定の意を示す

 

「妙な動きをするんじゃねえぞ」

 

ニット帽が警告する、銃を握る手に力がこもる

 

「ニット帽の兄ちゃんよー」

 

ニット帽に声をかける

 

「一応言っておくが、今のうちに降参した方が身のためだぞ」

 

「…………今更できると思うのか?」

 

「無理だな」

 

「なら、さっさとそこを――」

 

男の呼びかけに答えるニット帽、だが答え終わる前に

 

「どけ――」

 

男が動き出す

 

「――っ!!」

 

腕をあげる、指先を銃に見立てた形でニット帽にむける

 

瞬間、

 

 

空気が凍った

 

「ひっ!?」

 

ニット帽の顔が歪む

 

「なにっ!? この感じ…………」

 

フェンの体を悪寒が走る、原因はわからない

 

「体が…………動かない…………!」

 

カーディも同じ現象が起きているのだろうか、体が小刻みに震えている、先ほど男を止めようとした警官も

 

「なんだ…………これは………………」

 

ニット帽の体も震えている、寒さからではない

 

「あんた、何をした……?」

 

これは恐怖だ、今この場にいるものは何かに、誰かにおびえている

 

「いんや、何も」

 

力を誇示されたわけではない、もっと別の、本能の奥底からくるものだ

 

「おにいさん」

 

「っ!?、なんだよ…………!」

 

少女がニット帽に声をかける

 

「じゅうをおろして」

 

「ぐっ、嫌だね……!!」

 

少女の要求を断るニット帽、かまわず少女は続ける

 

「おろして」

 

「断る……!!」

 

「おろして」

 

「断る!!」

 

「おろして、じゃないと」

 

少女がニット帽に語り掛ける

 

「ころされる」

 

「? 何を…………!」

 

少女の言葉が終わった瞬間、悪寒がさらに増加する

 

心臓をわしづかみにされている感覚に陥り、脳が警鐘を響きならす

 

足がガクガクと震える、立っているのもやっとだ

 

「五つ」

 

「へっ!?」

 

男がニット帽に話しかける

 

「五つ数える」

 

「…………なんだよ」

 

「それまでに、そいつを離せ」

 

「何を言っているんだ!! テメエは!!」

 

ニット帽は恐怖が振り切ったのか、逆上し叫びだす

 

「5]

 

「やめろ……」

 

ニット帽の顔がさらに歪む

 

「4」

 

「数えるんじゃねえ!!」

 

見る見るうちに顔色が白くなっている

 

「3」

 

「きいてねえのか!!」

 

冷えた脂汗が頬を伝う

 

「2」

 

「やめろ…………!」

 

引き金に指がかけられる

まずい、止めなければ、フェンは動こうとする、しかし体がゆうことを聞いてくれない

 

「1」

 

「やめろおぉぉぉぉ!!」

 

ニット帽は絶叫し男に銃を向ける

 

次の瞬間

 

 

乾いた音が周囲に響いた

 

 

 

 

「…………あっ?」

 

だが撃ったのはニット帽ではない

 

「…………ああぁ」

 

ニット帽が銃を取りこぼす

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

その腕には、無数の穴が開けられていた

 

「あああ!! 俺の腕がああああ!!」

 

傷口から思い出したかのように血が噴き出る、あまりの痛みにのたうち回る、ニット帽の周囲が赤く染まっていく

 

「すとれいど」

 

「おう、無事か?」

 

「うん」

 

少女が男に駆け寄る

 

「ちょっと!! すごい声が聞こえたけど、何があったの?」

 

人ごみからようやく抜け出すことができたらしいフランカが

 

「って、あら、あなたは、確か…………」

 

男の姿を見て、何かを言おうとする

 

「一体…………何が?」

 

フェンが驚愕の声をあげる

何が起きたのかわからなかった

 

「ふう、やれやれ」

 

唯一わかっているのは

 

「ねぇ、ちょっと、そこのあなた―――」

 

「おいキサマ! それはなんだ! なぜ銃をもっている!?」

 

男の手にいつに間にか銃が握られていたことだけだ

 

「動くな! 銃をゆっくり下に置くんだ!」

 

警官が男を止めようとする

 

「おっと、悪いなお巡りさん」

 

「っ!! 妙な動きを取るな!!」

 

男がおもむろに警官に近づく

 

「何をするつもりだ!!」

 

「コレ、借りたよ」

 

「なっ!?」

 

そう言い警官の手を無理やり取り、銃を押しつける

それはその警官のものだったらしい、実際、警官の腰についているホルスターには何も入っていない

 

「いつの間に!?」

 

警官が動揺している、いつ盗られたのかわからなかったのだろう

 

「ついでに君にこれをあげよう」

 

「えっ? あ、はい」

 

フェンにも一つ、何かを握らせる

 

「これは…………」

 

「じゃ、そうゆうことで」

 

どうゆうことだ、男になにか言おうとする

 

ピンッ

 

何かが小気味よく抜ける音がする、フェンの手の中にあるもの、それは

 

「グレネードだああああ!!」

 

フェンが叫ぶ、同時に小さな筒がはじけ、あたりに煙をまき散らす

 

「ぎゃー!!」

 

フェンが情けない悲鳴を上げる

 

「あ!! ちょっと!!」

 

フランカが誰かを呼び止めようとする声が聞こえる、だがまかれた煙で何も見えない

 

「げほっ、げほっ」

 

カーディがせき込む

 

「ごほっ、何が起きているんです!!」

 

ようやく合流できたらしい、リスカムの声が聞こえる

 

「けほ」

 

少女の咳が聞こえる

 

「アディオスアミーゴォ!! ふぅはははははぁ!!」

 

高笑いする男の声が遠くなっていく

煙が晴れ、その場に残されたものが、少しづつ見えてくる

そこにあったのは

 

「あれ?」

 

血を流し横たわるニット帽と

 

「あら?」

 

グレネードの衝撃で気絶したフェンと

 

「おや」

 

白い髪の少女

 

「むー?」

 

こうして、謎の手紙から始まった捕獲作戦は

 

「あれー?」

 

いくつかの謎と

 

「すとれいど、どこー?」

 

一人の少女を残し、終結した

 

 




これにて一章は終了です、ここまで読んでくださりありがとうございます
次の二章は全体的に短くなる予定です
その代わりそこから派生するサイドストーリーが多いのですがそれはまた別のお話
どうぞよしなに


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一章サイドストーリー~CEOの優雅な日常~
彼女の名を知っているか?


12/8 修正しました(悪化してたやんけ……)


    龍門市街 裏路地

 

 

アーミヤとドクターはほかの面子と離れ、かつてレユニオンと壮絶な鬼ごっこを繰り広げた路地に来ていた

なぜ二人がここにいるのか、もちろんアーミヤが無理やり連れ込んだわけではなく、その逆はまずありえない

事の発端は計画書を見つけた時に遡る

 

 

 

 

 

「謎の袋?」

 

夜深く、執務室で揺れる二人と一機の影

 

『はい、倉庫の荷物に混ざっていたとか』

 

アーミヤとドクターが書類仕事をしているとCastle-3が赤く染まったビニールに入った何かを持ってきた

 

「真っ赤、ですね」

 

『ええ、真っ赤です』

 

中身が見えないほどに真っ赤に染まった袋、なにやら変わった異臭がする

 

『スキャンの結果、中には複数の書類が入っているのが確認できました』

 

「何か臭わないか? こう、ツーンと来るというか、何というか」

 

「そもそもなぜこんな色になっているんですか?」

 

『さあ、見つけた時にはもう、殺人事件のようにインクが散らばっていたので』

 

「インク?」

 

『はい、インクです』

 

アーミヤの疑問に簡潔な答えが返される

 

「なんのためにそんな」

 

『はて、少なくともわかっているのは

マスタークロージャが激昂しているという事実だけです』

 

Castle-3が他人事のようにそう言い放つ

 

 

 

Castle-3、クロージャが独自にカスタマイズしたロボットで他と比べ、かなり高知能なAIが組みこまれている

彼と同型でもう一機、医療ロボットがいるのだが、なぜだか彼らは生みの親であるクロージャに対して冷たい

愛を注ぎすぎたのだろうか?AIだけに

 

『ドクター様、お気を付けください。正体不明の理由により室内気温が下がりまし

た。新手の攻撃かもしれません』

 

「気のせいじゃないか?」

 

Castle-3がそんなことを言いアーミヤからドクターを隠すように立ちふさがる

くらべてドクターはさして気にしていない様子だ

渾身のギャグをけなされ少々気分が沈んだが、それを表に出さず話を続ける

 

「中身は何の書類なんです?」

 

『開けてみなければ、わかりません』

 

「やっぱりなんか臭いぞこれ、鼻がまがりそうだ」

 

『私に嗅覚はございません、故に、問題ありません』

 

訂正、誰にでも薄情だった

 

「とにかく、開けてみましょう、このままでは何も始まりません」

 

「そうだな…………さて、ハサミは何処だったか」

 

封を開くためにハサミを取り出しドクターが袋に手を伸ばす、すると

 

「うっ!!」

 

ドクターがうめき声をあげ、一瞬で手を引っ込め、後ずさる

 

「どうしました?」

 

「いや、その、開けようと思ったんだが、近くだと、さっき以上に匂いが…………」

 

「そんなに酷いんですか?」

 

「ああ、かなり酷い」

 

ドクターがしかめっ面でいう、少し興味が出てきたアーミヤも試しに近づくと

 

「うっ!!」

 

ドクターと全く同じモーションで後ずさる

 

「これは…………」

 

アーミヤが戦慄した表情で袋を凝視する

 

「な? 酷いだろ?」

 

ドクターが同意を求める

 

「あまり近づきたくはないですね……」

 

「Castle-3、切ってくれないか?」

 

『私に手はございません、この袋を開けることは私にはできません』

 

Castle-3に助けを求めるも速攻で拒否される

 

『アーミヤ様、あなた様はこのロドス・アイランドのリーダー、いわゆるCEOと呼ばれる立ち位置です。ここでトップに立つ者の気概を見せずして皆に何を語れましょうか。さあ、今こそ立ち上がるときです、アーミヤ様』

 

何の前触れもなく、アーミヤに対してとんでもない無茶ぶりをかましてきた

 

『さあ、アーミヤ様』

 

「えっいやっちょっと」

 

不思議な力でCastle-3が袋を手に取り、アーミヤの方を向く

 

『さあ、アーミヤ様』

 

「ちょっと、ちょっとだけ待ってください」

 

『さあ』

 

Castle-3が近づいてくる

 

「待ってください、心の準備というものが」

 

『さあ』

 

Castle-3がさらに近づく

 

「待って待って――臭い!! 待ってください臭いですお願いです待ってください!!」

 

『さあ』

 

独特な異臭が近づいてくる

 

「あっ!! まってまってまってください!! 臭いです辛いです臭いです辛いです!! ドクターの前で無理やりこんなことをやらせるんですか!?ああでもそう考えるとちょっと興奮してきました……あぁ!! やっぱり無理です!!」

 

「お前はなにを言っているんだ」

 

ドクターがそっとツッコミをいれる

 

『さあ』

 

「無理です無理です!! 誰かたすけてー!!」

 

よほど酷いのだろう、アーミヤにしては珍しく悲痛な叫びをあげる、しかしてその声は

 

バァン!!

 

届くべきとこに届けられてしまったようだ

 

『何者だ!!』

 

乱暴に開け放たれた執務室の扉のそばには一つの影

 

「あなたは!?」

 

「おまえは!?」

 

『貴様は!?』

 

「「『マスクド・ケルシー!!!』」」

 

金色の美しい髪に、どこかで見たような白衣

 

「来てくれたんですね!! マスクド・ケルシー!!」

 

ウサギの輪郭を雑にかたどった段ボール製のマスクをかぶる女性

そして、マスクにはこう書かれている

 

I love Amiya

 

その一文が、彼女のすべてを物語っていた

 

『マスクド・ケルシー!! いいところで邪魔しにきおってぇ!!』

 

Castle-3が悔しそうに歯噛みする、歯、無いのに

 

『だが今回は!! 秘密兵器を用意しているのだ!!』

 

兵器が兵器を用意する、前代未聞の事態である

 

『対マスクド・ケルシー抹殺兵器!! どくたークン!!』

 

「ドーモ、ますくど・けるしー、サン、どくたークン、デス」

 

ドクターのような…………というよりまんまドクターがマスクド・ケルシーの前に立ちはだかった

 

『やれい!! どくたークン!!』

 

「どくたークンびーむ、すたんばい」

 

そういいながら気怠そうな動きで三分で帰るヒーローがやりそうな構えを取り、

 

「びびびびびびびびびび」

 

やる気のない音だけが飛んでいく

 

だが、マスクド・ケルシーには何か見えているのか、大仰な動きで何かを躱す様に動きながら

 

「シマッタ、フトコロニモグリコマレテシマッタ」

 

どくたークンに接近し

 

「ふん!!」

 

「うぼぉああああぁぁぁぁ!!!」

 

渾身のボディブローをかます

地に沈む鉄仮面

 

『なんだと!! 私の叡智の結晶を一撃で!!』

 

叡智という言葉を学びなおしてほしい

 

どくたークンを下したマスクド・ケルシーは流れるようにCastle-3に近づき、

 

「おぉぉらあああぁぁぁ!!!」

 

『ぐわあああああああああああああああ!!!』

 

男らしい掛け声とともにCastle-3を蹴り飛ばした

飛ばされたCastle-3はそのまま壁にぶち当たる

 

『外装部分へのダメージが規定値を超えました。これより強制シャットダウンを始めます。再起動には時間がかかります、ご注意ください。シャットダウンを終了します』

 

そのまま息を引き取るCastle-3

さらに動き続けるマスクド・ケルシー、その手にはいつ握られたかもわからない一つのハサミ

マスクド・ケルシーは諸悪の根源に立ち向かう、そう、赤い袋だ

封を開けようと手を伸ばす、が、マスクド・ケルシーの動きが止まる

彼女の力をもってしてもあの耐え難い悪臭には勝てないのか、誰もがそう思い絶望した

だが、彼女は違った、彼女だけは最後までマスクド・ケルシーを信じていた

 

「負けないで!! マスクド・ケルシー!!」

 

彼女は祈る、祈ることは立派な信仰だ、それは確かに、かの者に力を授けた

 

「っ!? うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

最後の力を振り絞り、袋を手に取るマスクド・ケルシー

 

「だああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

袋の端にハサミを合わせ、力を込める

赤い袋は思いのほか抵抗せずにスパスパ切れていく

 

「ふん!!」

 

ある程度切ると中の書類だけを執務机に吐きだして外装はゴミ袋に放り投げる

 

「やった!! やりましたよ!! マスクド・ケルシー!!」

 

少女は歓喜する、それに応える様にマスクド・ケルシーは再び動く

アーミヤに背を向け、片手を腰に当て、もう片方を天高く上げる、指先は太陽を指している事だろう

これは、マスクド・ケルシーの勝利のポーズ

今、戦いは終わったのだ、偉大なる戦士の名のもとに

 

コンコン、

 

ノックの音にアーミヤ、ドクター、マスクドケルシーが一斉に反応する、そこには

 

「落ち着いた? 三人とも」

 

ロドスのエリートオペレーター、ブレイズの姿があった

 

「仕事が忙しいのはわかるけど、ちゃんと寝なきゃだめだよ」

 

優しくさとすように言い、手元の時計を向けてくる

 

「今、何時か見えるかな?」

 

三人は何も言わない、ただそこには

 

「いつから起きてるの? 仮眠ぐらいはとったよねってあれ?」

 

物言わぬ三つの死体と一機の残骸が、眠っていた

 

後日、K氏が語るに、あの場にいたものは皆、理性がマイナスに振り切っていたという

 

 

 

 

その後、正常な判断ができるようになるまで睡眠をとり、袋に入っていたファイルと対面する

 

Castle-3は修理に出された

 

「はてさて、何が書いてあるのか」

 

「そもそも誰が置いていったんでしょうか?」

 

アーミヤとドクターは入っていたものを改めて確認する

そこには、いくつかの見取り図と一枚の封筒が入っていた

 

「…………誰からだ?」

 

ドクターが疑問を口に出す

 

「まず第一に、誰に宛てたものなんでしょうか?」

 

アーミヤは封筒を手に取りくるくるまわす、表にも裏にも宛名はない

仕方なく中身を取り出す、そこには

 

『相手はレユニオン』

 

ロドスと因縁深い組織の名と

 

『会いたければここに来い』

 

という意図のわからぬ二文、そして恐らくここで待っているのだろうか

龍門市街のとある座標と、日付が書き込まれていた

 

「『会いたければここに来い』…………一体どういうことでしょうか」

 

手紙の内容の不可解さに困惑する

一瞬、罠に誘っているのかと思ったがわざわざ名指ししているということはレユニオンとは関係ないのかもしれない

そうなるとロドスとレユニオンとは関係ない、別の組織の仕業だろうか、思考をめぐらせる

 

「………………」

 

隣を見てみるとドクターが図面とにらめっこしていた

 

「ドクター、何が書いてあったんですか?」

 

「……………………」

 

ドクターに問いかける、しかし返事は返ってこない

 

「ドクター?」

 

再び呼びかける

 

「………………」

 

よほど集中しているのだろうか、図面を見つめて微動だにしない

このままにしておくか、一度止めておくか考える

そこでテキィィィン! と、アーミヤの頭を邪念がよぎる

 

(今なら、ハスハスしてもばれないのでは!?)

 

アーミヤはドクターに絶対の信頼を寄せている、理由は記憶を失くしている今のドクターにはわからない

だが他のロドスの面々に比べると異常なほどに懐いている、執着といってもおかしくはない、信頼度ゲージはとうに振り切っている

ドクターは軽くあしらっているが彼女が彼に行う行動は、周囲の人間が見ていて引くほどのものだ

そして今、アーミヤは彼のにおいを嗅ぎにかかっている、本人曰く、安心するらしい、はたから見ると興奮しているように見えるが

 

余談だが、ウサギは年がら年中発情期である、ドクターの明日はどっちだろうか

 

(いける!! 今ならハスハスできる!!)

 

獲物に狙いを付ける、ドクターはじっと図面を見ている、今なやれる

獣がじりじりと近づいていく、焦ってはいけない、確実に狩れるタイミングで動くのだ

ドクターは動かない、こちらの思惑に気づいてはいない

 

(いま!!!)

 

狙いを定め、アーミヤがドクターにハスハスするため地を蹴り飛びかかる

 

「アーミヤ」

 

「!?」

 

が、突然ドクターがアーミヤに呼びかける、とっさに踏ん張り動きを止める

 

「これを見てくれ、君の意見が聞きたい」

 

ドクターはアーミヤの動きに気づかず、図面を彼女に渡す

 

「…………はい、どれでしょうか」

 

あからさまにテンションが下がっている彼女を見て一瞬首をかしげるドクター

 

「? …………どうかしたか?」

 

「イイエ、ナンデモ」

 

「そうか」

 

彼に悪気はない、彼女にも悪気はない

 

最高に高めたフィールが暴落し、代わりに理性が戻ってくるのを感じながらドクターから図面を受け取る

 

「これは、龍門の図面ですか?」

 

「ああ、そうだろう」

 

アーミヤの解答にドクターが肯定する

 

「しかし、ただの図面にしては妙ですね」

 

ただの龍門の地図ならそれでいい、だがそこにはいくつかの襲撃ルート、相手を妨害するのに適した行動指針、そして実行されるであろう日付が書きこまれている

 

「私たちがやれ、ということですかね」

 

「たぶんな」

 

龍門が狙われているなら龍門に流せばいいのにと考える

しかし龍門警察は厳しい組織だ、出所不明の怪しい書類の情報だけで動くとは思えない

差出人はそれを危惧しロドスに渡したのだろう、だがなぜロドスなのか、それがわからない

可能性としては、ロドスと龍門が結んでいる契約だろうか、だがこれは公表されていない情報のはず

 

「むぅ…………」

 

ドクターが手紙に視線を向ける、そこにはこう書かれている

 

 

『会いたければここに来い』

 

 

「…………ふむ」

 

何かを決心したように、ドクターが一人頷く

 

「……やりますか?」

 

アーミヤが問いかける

 

「そうだな」

 

一言、彼はそう言った

 

 

 

そして現在、二人は指定の場所である裏路地に足を運んでいる

位置には着いた、後は時間になるのを待つだけだ

ドクターが周囲を見回す、それらしき人物はまだ何処にもいない

アーミヤは後ろで無線を聞いている、迷子の連絡がインカムから流れている

人探しと偵察隊はあちらに任せよう、今の二人にとって重要なのは謎の手紙の差出人

 

ほどなくして、指定された時刻になる

 

「やあドクター、アーミヤ、久しぶりだね」

 

後ろから声をかけられる

 

「あなたは……」

 

声の主に目を向ける

 

「君が、手紙の送り主か?」

 

そこにいたのは、全く予期していなかった人物

 

「おめでとう、君たちは彼とまみえる権利を手に入れた」

 

ペンギン急便の謎多きトランスポーター、モスティマだった

 




マスクド・ケルシー

ロドスに所属する謎多きオペレーター
美しい金髪に、どこかで見たような白衣をまとう女性
彼女は一般的な作戦に姿を現すことはない
ロドスのリーダー、アーミヤの身に危機が迫ったときのみ現れる
その戦闘力は大地を砕き、海を割る
何故かドクターへの殺意が高いらしい


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奇妙な友人

12/8 修正しました


 

 

乾いた拍手の音が路地に響く

 

「おめでとう、君たちは彼にまみえる権利を手に入れた」

 

そう言い放ったのは、ペンギン急便に所属する神出鬼没のトランスポーター、モスティマだった

 

「あの手紙は、君が書いたものか?」

 

ドクターが訪ねる

 

「いや、私が書いたものではないね」

 

モスティマが否定する

彼女の所属している組織、ペンギン急便とロドスはつながりがある

主に情報提供や物資輸送を頼むことが多いのだが

 

「ならば、どうしてここにいる?」

 

彼女はチームで動くペンギン急便の他の面子と違い、一人でいることの方が多い

 

「言伝を頼まれた」

 

どこか掴みどころのない彼女を、必要な時に探し出すのは難しい

一か所に留まらず、自由気ままにあちこち旅してまわっているらしい

 

「どなたにですか?」

 

「お友達」

 

アーミヤの問いに笑顔で答える

彼女の交友関係は少々、いやかなり特殊だ

特定の誰かに入れ込まず、一定のラインを保って人と接する

モスティマは自分の意思でしか動かない

そんな彼女を動かす誰か、あるいは何か

 

「ペンギン急便が関係してるのか?」

 

「いや、コーテイ達は関係ないよ。動いているのはわたしだけ」

 

自分だけが関係している、モスティマの答えにドクターがさらに疑問を投げかける

 

「どこかに雇われたのか?」

 

「いいや、誰かに頼まれたんだ」

 

誰か、個人に頼まれたということだろうか

 

「誰かとは?」

 

「どこかの誰かさ」

 

どうやら答える気はないらしい、おそらくは手紙の送り主だろう

質問を変える

 

「何故ここにいる?」

 

少し前の問いをもう一度投げかける

 

「言ったろ? 言伝を頼まれたって」

 

同じ答えが返ってくる

彼女は今の自分たちに必要な情報を持っているようだ

 

「その伝言の内容は?」

 

アーミヤが聞く

 

「別に難しい話じゃない、たったの五文さ」

 

モスティマが握った手を持ち上げ、指を一本開く

 

「一つ、相手は離反したレユニオン」

 

二本目を開く

 

「二つ、偵察隊を生かして捕らえろ」

 

三本目、

 

「三つ、本隊は爆弾を持っている」

 

「!?」

 

三つ目の内容を聞かされ、二人に緊張がはしる

 

「…………相手はテロを起こすつもりなんですか?」

 

「そうだね」

 

アーミヤの言葉に肯定する

 

「それも中々厄介だ、なんたって自爆テロだからね」

 

「…………なんだと?」

 

モスティマの言葉にドクターが驚愕する

レユニオンはかなり過激な攻撃思想を持つ組織だ、実際、チェルノボーグでの戦いで彼らの異常さを目の当たりにした

 

「離反したとはどういうことだ」

 

だが彼らは感染者のために立ち上がった集団だ

相手に打撃を与えるためにそんな、誰を巻き込むかもしれない無差別攻撃を仕掛けるとはさすがに思えない

 

「そのままの意味さ、レユニオンのやり方に納得できずにあそこを出てった、そんな

人たちさ」

 

彼ら以上に苛烈な思想の持主なんだろうね、モスティマがそう続ける

 

「……偵察隊は、第一波なのか?」

 

「いや、偵察隊はほんとにただ、偵察するだけらしいよ」

 

それを聞いて少し安心する、ならばまだ間に合うかもしれない

 

「アーミヤ、他の皆に連絡を」

 

「わかりました」

 

動いている部隊に伝えようと指示をする

 

「まったまった、あと二つ残ってるよ」

 

「ああ、わかっている」

 

モスティマが引き止め、ドクターが続きを話す様に促す

彼女が四本目の指を開く

 

「四つ、襲撃隊が動くまで五日ある」

 

猶予はあまりない、すぐに行動を起こすべきだろう

五本目の指が開かれる

 

「五つ、お前を見ている」

 

「…………?」

 

そして最後の伝言が言い渡される

が、その内容はよくわからない

 

「どういうことだ?」

 

「近くで君たちの動きを見ているってことさ」

 

どうやら差出人は存外近くにいるらしい

現時点では心当たりがない

 

「これで終わり、後はもう何もないよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

「いやいや、礼を言うなら彼に言うといい」

 

わたしはただ頼まれただけ、モスティマが手をおろす

 

「しかしまさか、君たちが来るとはね」

 

「知らされてなかったのか?」

 

「うん、何も、ここに来た人にこう伝えてくれって言われただけ」

 

モスティマが笑って話す、彼女を顎で使うような人物なのかと少し驚く

 

「そうかそうか、君たちか……」

 

ふと、優しい笑顔を浮かべる彼女

 

「それなら、彼について少しヒントをあげよう」

 

楽しそうな顔で、そういってくる

 

「ヒント、ですか、正体は話してくれないのですか?」

 

我ながらがめついとは思いながら聞いてみる

 

「駄目だね、本人からきつく言われてる」

 

「なら、ヒントもダメなんじゃ」

 

「何も言うな、とは言われてないからね」

 

そう言いながら、もう一度手を上げる

 

「ヒントは、五つ」

 

今度は手を開いた状態で言ってくる

アーミヤとドクターは静かに耳を傾ける

モスティマの指が一本、静かに閉じられる

 

「一つ、回りくどい」

 

そう言われ、ここに来た原因である手紙を思い出す

確かに遠回しなやり方をしている

二本目を閉じる

 

「二つ、悪人よりの善人」

 

「? どういう意味だ」

 

「そのままの意味だよ」

 

悪い人じゃない、そういいながら三本目を閉じる

 

「三つ、イタズラ好き」

 

「…………イタズラ、ですか」

 

「もうすでに、何かされたんじゃないかい?」

 

「ええまあ、少し…………」

 

「やっぱりね」

 

そう言われ、先日の悪臭を思い出す、あれはほんとに酷かった

四本目を閉じる

 

「四つ、嘘をつくのが大嫌い」

 

「嫌い、というと?」

 

「これも、そのままの意味さ。手紙の話についても嘘にするつもりはないだろう、近

いうちに会いに来るだろうね」

 

差出人はロドスにコンタクトを取るつもりらしい、方法はわからないが

モスティマが五本目をゆっくり閉じる

 

「五つ目、ある意味、これが一番重要かな」

 

「そうか」

 

モスティマが念を押してから、最後のヒントを口に出す

 

「五つ、彼は、とっても」

 

途中で言葉を区切り、こちらに微笑みかけてくる

 

「…………とっても?」

 

「とっても」

 

「とっても、なんなんです?」

 

二人がモスティマの言葉に集中する

さんざんためてから、彼女が口を開く

 

「とーっても、お下品なんだ」

 

「…………えっと」

 

「つまり?」

 

どういう意味か、聞き返す

彼女はにたりと笑い、話し出す

 

「そうだね、例えば、綺麗な女性がいるとする」

 

黙って話を聞く二人

 

「彼は女性に近づき、声をかける」

 

何も言わず、聞き続ける

 

「女性の手をとり、跪き、こう語りかけるんだ」

 

最後まで静聴する

 

「『俺のために、バースデースーツを着てくれないか』ってね」

 

その言葉に、ドクターは吹き出し、アーミヤは頭に?を浮かべることになる

 

 

 

その後、本命が動き出したらしく、二人は皆と合流するために走り出す

 

「行ってらっしゃい、二人とも」

 

アーミヤとドクターの背中を見送るモスティマ、

 

「はてさて、どう流れていくのかな」

 

彼女は上を見上げ、誰かに聞かせるように、空に向かって呟いた

 

「どうか君に、幸あらんことを」

 

 




はい、モスティマですね
彼女を謎の男の友人枠に持ってきた理由は特にありません
強いて言うなら、別のキャラのピックアップの時に文字通りに二連続できたことでしょうか、自慢ではありません、そのとき私がほしかったのはチェンなんです、一人しか来てくれませんでした、ほかにもいろいろ来たんですがね

おわり!!


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~Another prologue~
First contact


12/5 修正しました


それは、ある晴れた夜の事だった

 

「~~~~~♪」

 

暗い荒野をどこかで聞いたような鼻歌を口ずさみながら車を走らせる

特別夜道を走る理由はない、急いでいる訳ではない

ただなんとなく、走っていた

辺り一面、闇に覆われている、人影はおろか獣の影も視認できない

そんな中で走らせる理由はない、それを理解してもなお、走らせている

 

「~~~~♪ …………ん?」

 

車のライトを頼りに走っているとあるものが目に入った

暗闇の中で何かが一瞬、蠢いた

 

獣にしてはおかしい、警戒するはずだ

唸り声の一つや二つ、聞こえるはず、なのに何もない

だけど気のせいとも思えない、先ほど確かに動いた、なにかが

注意深く目をこらして見てみる、暗闇で何かが動いている

人型の影が一つ、その近くに大きな影が一つ

こちらはライトをつけている、恐らく気がついている

だが盗賊なら、数が少ない、一人の盗賊などそうはいない

なによりこちらを見ても逃げ出さない辺り、敵対してるわけではないのだろう

 

車を近くに止め、降りてみる

危険だとはわかっている、ただなんとなく、気になったのだ

 

ゆっくり近づく、人影はこちらに一瞬振り向き、元の方向に向き直る

声をかけようか、考える、そうして気づく

 

「…………ゴツイね、随分」

 

人影は何かを持っていた

人一人分はあるのではないかと思わせる長さの何か

それは持ち手とストックが付いている

先端には、そこそこ大きな穴が開いている

見たことのある代物だ、これを使ったことはないけども

 

人影は座っている、どこか遠くを見つめている

すると音が聞こえてきた、幾つかのエンジン音と、それと同じだけの回転音

影が動く、握っていた獲物を構える

その数秒後、けたたましい音がした

一瞬、火花が散る、そして熱を帯びた何かが飛んでいく

 

「お見事」

 

「そりゃどうも」

 

それから一拍おき、爆発が遠くで響いた

音の方からは炎が上がっている

続けてもう一発、銃声がする

また爆発、もう一台が炎上する

 

「…………あいつは、逃がすか」

 

「いいのかい?仕事だろう?」

 

「ああ、だがまあ、物資は壊した、あれはただの先導車だ」

 

黒煙を上げる車両の横を残された車が走っていく

声の主が立ち上がる、そして大きな影に近づき、何かのスイッチを入れる

 

「おっと、眩しいね、随分」

 

「お前の車も眩しいだろ、で、誰だ?」

 

人影と、大きな影の正体がわかる

ライトが点灯した奇妙な姿の軍用車と

 

「君、何者だい?」

 

「それ、こっちのセリフだと思うが」

 

黒髪、赤目、黒い上着

 

「珍しいね、何も付いてないなんて」

 

「そう言うお前も、随分珍しいが…………」

 

身体的特徴のない、誰か

その手には大きなライフルが握られていた

 

「それ、スナイパーかい?」

 

「そうだ」

 

「随分ゲテモノだね、対装甲車用じゃないか」

 

「役には立つ、いまさっき見ただろ」

 

「そうだね、素晴らしい腕前だった」

 

そのライフルに、スコープはついていない

ホロやドットも、付いていない

あるのは申し訳程度に付属している簡素な照準器だけ

 

「サイト、付けないのかい?」

 

「邪魔だ、覗く暇があるならこっちで狙った方が速い」

 

銃のセーフティをかける、どうやら仕事は終わりらしい

 

「で、お前さんは誰だ? 協力者なんかいた記憶はないが」

 

「そうだね、一言でいうなら通りすがりかな」

 

「ほう、こんな夜道を女が一人で走るか。ライトもつけて走って、狙われても文句は言えんぞ」

 

「おや、殺し屋にしては優しいね、もしや傭兵かい?」

 

「そうだ、日々日銭を稼ぐことしか能のない流れ者だよ」

 

「ただの流れにしては腕が立つ気がするけど」

 

「ただの傭兵、そういう風にはもう、生き残れないのさ」

 

「なるほど、世の中は誰に対しても世知辛いらしい」

 

男はライフルを肩に担ぎ、こちらをじっと見る

 

「…………ふむ」

 

「なんだい? 怪しいものではないけれど」

 

「怪しいだろ、どう考えても」

 

そうしてしばらく、こちらを見続ける

 

「…………上玉だな、ちと胸が貧相だが」

 

「おや」

 

そのままこちらに近づき、空いてる手でこちらの手を取る

 

「お嬢さん、今夜は随分冷えると思わないか」

 

「そうだね、肌寒いと感じるぐらいには冷える」

 

大仰に、まるで騎士のように跪く

 

「そうだろう、それで、温まる方法を知ってるんだ」

 

「へえ、どんな方法だい?」

 

わざとらしい、何を企んでいるのか

 

「なに、ちょっと着替えるだけだよ、温まれるようにな」

 

「なんだか怪しいね、何を言いたいんだい?」

 

段々狙いが見えてきた、そういうことか

 

「とても素敵な服装を知っている、君が君らしく輝けるための素敵なものだ」

 

「そうかい、私も心当たりがあるね、そういうの」

 

残念な人なのかもしれない、この傭兵は

 

「なら、いかがかな?」

 

「でも残念、バーズデースーツは着こむつもりはないよ」

 

「…………読まれたか、ツレないな、お嬢さん」

 

手を離し立ち上がる、使っていたライフルを車に載せる

 

「で、実のところ、何者だ?」

 

「通りすがりだけど」

 

「その割には落ち着いてる、普通怯えて逃げていくもんだぞ、あんなもの見せられたら」

 

顎で遠くを示す、そこには燃え盛る車両が見える

確かに普通は逃げ出すだろう、自分も殺されるではないかと思うはず

ただ、この男がその手の類ならもう攻撃はしてきてるはず、されていないということは問題はないだろう

 

「うん、そうだね」

 

「お前も殺しに慣れてる類か? 随分若いが……」

 

「そういうわけじゃないよ、必要があればやるけど」

 

「ほう、肝が据わってるな」

 

言いながら煙草を口に咥え、ライターを取り出し火を点ける

 

「まあこんなご時世だ、とやかく聞くつもりはない」

 

「そうだね、色んな人がいるからね」

 

「それじゃ、俺はこれでおさらばするよ」

 

運転席に乗り込む、人と話すのが嫌いなのか、もう行ってしまうらしい

見送ろうかと思って、思い出す

車のドアをノックする、窓を開けて顔を出してくる

 

「なんだ?」

 

「聞くのを忘れたことがあってね、いいかな」

 

「いいぞ、なんだ」

 

「君、名前はなんていうんだい?」

 

聞き忘れていた、聞くタイミングがなかった、という方が正しいか

 

「ああ、レイ…………じゃない、ストレイドだ」

 

「…………レイ?」

 

「気にするな、大したことじゃない」

 

窓を閉めようとする、それを止める

 

「まあまあ、私がまだ名乗ってないよ」

 

「ん? 故も知らん奴の名前を聞けと?」

 

「冷めてるね、まあ私も人のことは言えないか」

 

「…………そうか」

 

「ああ、気にしないで、私はモスティマ、縁があればまた会おう、迷子君」

 

「縁があるならな、堕天使ちゃん」

 

車を発進させる、男はどこかへ去っていく

 

「…………縁か、あるかな、彼とは」

 

正直、名前を名乗る理由も、聞く理由もなかった

どうして聞いたのか、人肌でも恋しいのか

 

「そうとは思えないな」

 

あり得ない可能性を捨て、車に戻る

運転席に乗り込み発進する

行先は彼とは逆

 

「…………変わった人だったな」

 

暗い荒野を、一人走る




今までの文だと読みにくいかと思って少し変えました
これの方がいいなら各話の修正の際にこの直し方をさせていただきたいと思います
というか私の文、読みずらいって知り合いに言われました
参考までにこうした方がいいよ、とか言っていただけると幸いです


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Second contact

「おい!  車から降りやがれ!」

 

「これはこれは、新手の追いはぎかな」

 

あの不思議な傭兵と出会ってしばらく

いつものようにトランスポーターとして各地に赴いていた

 

「いいからさっさと降りろ!」

 

「なにやら焦ってるみたいだね、どうしたんだい?」

 

荒れ果てた大地、どこまでも広がる命を感じぬ荒野

そのどこでもない、名前のなさそうな一点

 

「テメエには関係ねえ!  早く車を渡せ!」

 

「関係なくはないね、現に脅されてるじゃないか」

 

どこからともなく現れた誰か達に道をふさがれていた

 

「この女っ……!」

 

「一体どうしたんだい? 随分、怯えているけど」

 

三人組、各々武器を持っている、恐らくは盗賊か、だが様子がおかしい

このだだっ広い荒野の中で徒歩でいる、足を持っていないのだ

 

「まあまあ、落ち着きなって」

 

「落ち着いていられるか! 早くそこから降りろ!」

 

「聞く耳持たない、ていうのはこういうことかな」

 

脅しに来るときも走ってきた、車もバイクも、三人を乗せて動くための足がない

こんな所、歩いてくるはずがない

なによりこの盗賊もどき達、怯えている

まるでこの場にいない何かに注意を払うように辺りを見回している

 

「女! ニヤニヤしてないで車を渡せ!」

 

「嫌だよ、こんな所歩き回る趣味はない」

 

「くっ……! こっちは喋ってる暇は――――」

 

賊の一人が逆上して叫ぶ、その時

一瞬、視界の隅に何かが映った、黒く、微かにチラつく光

 

発砲音

 

「ひっ…………!」

 

脅しに来ていた男の後ろで何かが倒れる音がする

男は引きつらせた顔を音の鳴った方に向ける

倒れた音でなく、乾いた音がした方へ

 

「あ、ああ……」

 

「……見たことある顔だね」

 

そこには男が立っていた、いつか見た黒い男

拳銃を手に、怯える漢を見据えている

その銃からは硝煙が漂っている、撃ったのはこの男だろう

 

「手間をかけさせるな。面倒が嫌いなんだよ、俺は」

 

「い、嫌だ、死にたくない……」

 

一人残された盗賊が命乞いをする、黒い男はそれを見て考えるそぶりを見せる

 

「死にたくない。なるほど、よくわかる」

 

手の中で拳銃を弄びながら地に伏して縋る男に話しかける

 

「人としては真っ当だ、当たり前の感情だ。そりゃ誰だって死にたかないさ」

 

「なら、どうか見逃してくれ! こんなとこで死にたくない!!」

 

「そうさな、どうしてやろうか」

 

くるくると回していた拳銃が止まる、ゆっくり上着の内側に持っていく

それを見た盗賊が安堵の息を吐く、同時にニヤリと笑う

 

止めた方がいいだろうか、恐らく隙を突くつもりだろう

そんな風に手助けしようか考えていると盗賊が動いた

 

「……くたばれっ!!」

 

持っていた獲物を黒い男に向けようとする、その時

 

「がっ!」

 

乾いた音がする

 

盗賊が後ろに弾かれる

 

「速いね、得意なのかい?」

 

「ああ、ずっと昔からこうなんだ。さっと頭に持っていって撃つ、こうも手軽な方法はない」

 

黒い男は拳銃を構えていた、先ほどのように硝煙が漂っている

 

「仕事かい?」

 

「その通り、こいつで終わりだ」

 

拳銃を内側にしまう、これ以上人を撃つ気はないのだろう

 

車から降りて、なんとなく彼に近づいてみる

 

「やあ、久しぶり、迷子君」

 

「覚えてたのか、久しいな、堕天使ちゃん」

 

この男に見覚えがある、いつか暗がりの中であった傭兵

随分変わった感性の流れ者、よく覚えてる

 

「いやはやすまんな、取りこぼしが迷惑をかけちまったみたいだ」

 

「そうでもないよ、大して時間はとられてない」

 

ストレイド、そんな名前だったか、変わった名だ

迷子などと自分から名乗るのは恥ずかしくないのだろうか

 

「私はいいのかい?」

 

「いい、別段目撃者を殺せとは言われてない」

 

「そうかい、ならいいさ」

 

「ああ、それでいい」

 

上着のポケットから煙草とライターを取り出し火を点ける

煙を吐きつつこちらをじっと見てくる

 

「なんだい?」

 

「別に、ちょっとな」

 

そういう割には何か考えている、しかめっ面でこっちを眺めてくる

 

「何か聞きたいことでも?」

 

「まあ、あるにはある。俺が聞くべきことじゃないがな」

 

質問でもしたいのか、それとも前のように口説きにかかるのか

なんにせよまたおかしなこと言ってくるのだろうかと身構えていると

 

「……なあ、お前、よく笑うな」

 

「私かい?」

 

「他に誰かいるか?」

 

「いたね、さっきまで」

 

言いながら視線を横に向ける、そこには三人の人の死体がある

 

「このまえもそうだったが、よく怯えずにいられるものだ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ、これは異常な事だぞ? 前といい今回といい人死にが起きている、笑うような事じゃない」

 

この肉塊を作ったのは彼だ、この変わった男が生み出した名残り

 

「そうだね、人が死んでる。でもそれだけさ」

 

「……黒いわけだ、その輪っか」

 

「おや、このリングの意味、知ってるのかい?」

 

「ちょっとだけだ、詳しくは知らん、知る理由もない」

 

しかめっ面が更に酷くなっている、何か彼の気分を害すようなことを言ったらしい

そのまま男が踵を返す、どこかに向かって歩き始める

 

「どこいくんだい?」

 

「車、少し離れた所にあるんだ」

 

どうやら近くにあの奇妙な車があるらしい

まあこんな荒地、徒歩で歩くのはあまりよろしくない

移動に足を必要とするのは当たり前だ

 

人だったモノに目を向ける、三人、走ってきた盗賊

 

「ねえ迷子君」

 

「なんだ」

 

「どの辺りにあるんだい? 君の車」

 

「あっち」

 

適当な方向を指さす、その方向には荒野が広がっているだけ

車など、視界には映らない

 

「迷子君、提案があるんだ」

 

「言ってみろ」

 

傭兵が軽くこちらを振り返る、随分、怪しんでいる

隠れて見えないが片手は上着の銃に伸びてるだろう

 

「さっき、私は君に助けられたわけだ」

 

「まあ、そうだな。意図したわけじゃないが、俺のミスだし」

 

「ならお礼をするのが筋、そうだろう?」

 

「……わかったぜ、この前の誘いに「違うよ」……何故だ、完璧だったはず」

 

こちらに体の正面を向けてくる、手は下げられている、警戒は解いたらしい

それなら平気だろう、襲ってくるような人ではない

 

「それで、なんだ」

 

「送ってあげるよ、車まで」

 

「……なに?」

 

…………………………

 

 

 

「…………」

 

「で、こっちでいいのかい?」

 

「ああ、こっちでいい」

 

彼を車に載せて荒野を走る

 

隣に人がいるなど、初めてではないだろうか

 

「見当たらないね、君の車」

 

「少し遠いんだ、なら仕方ない」

 

この男を乗せた理由、大したことではない

気になったのだ、なんとなく

その奇妙な容姿が、どこか漂う死の香りが

自分以上に狂った、その感性が

 

「長くなりそうだね」

 

「そうでもない、話してればすぐに着く」

 

「意外だね、君から話そうとするなんて」

 

「そうか?」

 

「そうだね、人と話すのが嫌いだと思ってた」

 

変わった男だ、人殺しにしては人の心を見ようとする

冷たい人間には見えない、なのに平然と殺した

 

矛盾してる、一体どういう心情で生きているんだろうか

 

「そもそもそれが狙いだろ、話したいことでもあるんじゃないか」

 

「正解、聞きたいことがあってね」

 

「いいだろう、彼女無し独身、経験人数は天文学的数字に至る素敵なダンディだ。一夜限りの関係なら喜んで」

 

「そうじゃないよ、ごめんね」

 

「……どうにも上手くいかん、なんでだ」

 

隣で腕を組んで唸り始める、こうして見るとただのナンパな男だ

直前の行為を気取らせる雰囲気がない、余程慣れている、そう考えるのが自然だろう

なら、あの噂はアタリだろう

 

「さて迷子君」

 

「ん、なんだ」

 

「君、傭兵だったね」

 

「そうだな、通りすがりの傭兵だ」

 

「あちこち、回ってるんだろ?」

 

「ああ、色々な所に行ってる」

 

「なら聞いた事ないかい?」

 

「なにを」

 

随分前、彼にあった辺りだろうか

旅先でこんな話が出回るようになっていた

 

「とある不思議な傭兵団がいるって」

 

「へえ、どんな?」

 

「なんでも、紛争とか、争いのあるところに現れる組織らしいんだ」

 

「当たり前じゃないか、傭兵なんだから」

 

「不思議なのはここからさ」

 

傭兵、その割にはおかしな話が良く出てきた

そう名乗るには、少々、行儀がいい

 

「なんでも、どの勢力の味方でもない、独自の勢力らしい」

 

「ほう」

 

「いつの間にか現れ、いつの間にか消えている、戦争を終局に導く組織。そんな感じの噂なんだ」

 

「変わってるな、変人の集まりなんだろう」

 

「そうだね、変わってる」

 

「きっと正義の味方を気取りたいんだろう」

 

「だろうね、そうでなければ依頼もなしに動かない」

 

「……ふん」

 

聞いた話でこう言っていた

戦争を憎む、変わった組織だと

その割には武力行為に勤しむ、矛盾した組織だと

 

「それでね、そこの構成員にこんな人がいるらしい」

 

「……言ってみろ」

 

「じゃあ遠慮なく、黒髪赤目、耳も何もない、変わった人種の男」

 

丁度隣に該当する人物がいる、組織の特徴にも、一致する

 

「何が言いたい」

 

「特別言うことはない、これ以上話すこともないね」

 

「そうか」

 

話したいことはこれで終わり、後は言う必要はないだろう

これ以上、踏み込む必要は存在しない

 

「…………」

 

「……じっと見るな、なんだよ」

 

「いや、変わった人だと、そう思ってね」

 

「お前もだ」

 

なのに、気になるのは何故だろう

前会った時もこうだった、名乗る必要なんてないのに名乗っていた

聞く必要もないのに、名前を聞いていた

 

「……なあ、俺も聞きたいことがある」

 

「なんだい」

 

窓の外を見ながら話しかけてくる、外は荒地だ

見るべきものなど、あるのだろうか

 

「お前、友人はいるのか」

 

「さあ、知人はいる、随分長いこと会ってないけど」

 

「そうかい」

 

それきり喋らない、流れる景色を見続ける

こちらも運転に集中する

 

ほどなくして、二台、車が見えてくる

 

「……事故でもあったのかい?」

 

「ああ、事故を起こした」

 

そこには奇妙な出で立ちの軍用車と

 

「すごいね、横転してるよ」

 

「手間だった、なんとなく捨てておかなかったバイクが役に立つとはな」

 

「何したんだい?」

 

「無人自爆特攻、俺のお気に入りが一台消し飛んだ」

 

横転し、運転席が黒く焦げている大型トラック

 

「なんの輸送だい? これ」

 

「知らない方がいい、俺は仕上げに入る。さっさと逃げた方が身のためだぞ」

 

そう言いながら車を降りる、軍用車に近づいていく

こちらも降りて後を追ってみる

 

「……付いてくるなよ」

 

「仕上げとやらが何か、見てみたくてね」

 

「いいものじゃない、やめておけ」

 

軍用車の荷台を探り始める、その様子を後ろで見る

 

かなりごつい見た目の車、防弾使用なのか、弾痕が付いている

後ろの荷台は変わったことになっている

四隅に柱を立てて上にビニールシートを引っ掛ける

屋根代わりだろう、荷物が濡れないようにだろうか

 

男が紙袋を取り出す、中には色々詰まってるようだ

 

「なんだいそれ」

 

「悪い物」

 

そう言って今度はトラックに近づく

後ろの貨物庫の扉を開く、中を覗いてみる

 

「見るな、毒だぞ」

 

「みたいだね、これは酷い」

 

中には、毒があった、文字通りの毒が

 

「これ、そういうことかい?」

 

「そうだ、源石の違法輸送。自然生成された物でなく、ある意味人口生成されたモノの輸送」

 

貨物庫の中は死体に満ちていた

子供の死体、何十人もの亡骸

その体からは、石が飛び出している

 

「鉱石病で死んだ子たちか」

 

「それを新たな源石として再利用する。エコではあるがちゃんと取り締まられたものではない」

 

「それの阻止、ついでに廃棄、そんな感じかな」

 

「正解、じゃあさっさと離れろ」

 

貨物庫の中に踏み入っていく、防護スーツも何もつけずに

紙袋の中身を取り出して中に撒いている

さすがに中には付いていけない、外から彼を見守っていると

 

「――――して」

 

なにか、聞こえた

 

「…………」

 

「生きてたのかい?」

 

小さく、か細い声

今にも消えてしまいそうな、存在の薄い声

生きていたのか、まだ意識のある子がいたらしい

喜ぶべきことか、いや、死んでいた方がマシだろう

どのみちもう助からない

 

「おねが――――」

 

小さく聞こえる、誰かの声

 

「――ころ――――」

 

聞き取れた部分を繋ぎ合わせれば、こう言っている

 

「おねがい……ころして」

 

酷だと、人は言うだろう、彼はどうするのか

 

「……いいだろう、救ってやる」

 

そう言って、しゃがみ込む

見ずらいが誰かを抱えているようだ

上着の内側から何かを取り出す

 

一度、乾いた音が響いた

 

……………………

 

 

荒野を走る、外には感想の浮かばない景色が流れている

隣に彼はいない、あそこで別れた

いや、別れてほしそうな顔をしていたから、別れたのだ

 

「……変わってる、本当に」

 

人殺しなのに、冷酷さを感じさせない

感情を、暖かなものを持っている

自分には必要ない、奇妙なもの

 

「彼、何者なのかな」

 

個人を知りたいと思ったのは、いつぶりか

それだけ彼は矛盾してた、人にしてはおかしかった

 

「また、会えるかな」

 

遠くで音がする、小さく、それでも確かに腹に響く音

 

酷く遠い、荒野のどこか

 

黒い煙が立ち上っていた

 




本当は一章が終わる前に出そうと思ってたんですよ
だけどまあ、先に本編終わらせないと終わらなそうだったんで本編からやった次第でございます
順序良くやっておけばいいのに、どうして逸るのか

まあ終わらせとかないといつまでも本編終わらないっていう事態になるのを危惧してやったんですがね、裏目に出てますが

ちなみにサンクタのリングですが諸説あるのであまり気にしないでくださいね


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for Answer

「やあ、久しぶりだね」

 

「……何の用だ、モスティマ」

 

「別に、通りがかっただけだよ」

 

ある日、いつかと同じように彼の車を見た

武骨な見た目の軍用車、荷台に防水シートをかけられた簡易的な宿

見間違えることなどありえなさそうな、奇妙な出で立ちの彼の足

 

「ツレないね、君らしくない」

 

「そうでもない、元からこうだ」

 

彼は停められた車の近くで火を焚いている

キャンプ用品のセットであろう椅子に腰かけている

 

「君は女性には優しい人だと思っていたけど、違うのかい?」

 

「そいつがなんでもない奴ならな、お前は別だ」

 

「おや、嫌われるような事、した覚えはないけど」

 

「よく言えるな」

 

その膝には、少女がいる、いつか会った自我が透明な、だけど不明瞭ではない子

規則正しく寝息を立てている

 

「ああ、そういうことかい」

 

「そうだ、余計な事を言いやがって、当初の予定から大きく外れちまった」

 

「そうかい、それはすまなかったね」

 

優しく少女の頭を撫でている

起こさない辺り、存外甘い

 

「隣、いいかな」

 

「……椅子なら荷台にある、座りたきゃ、勝手に取って来い」

 

「なら、お言葉に甘えようかな」

 

怒っている割には跳ね除けない、ここで追い返すのが普通だろうに

言われた通り荷台を見ている、折り畳みの椅子がある、二つ、残った形で

振り返る、彼はこちらに視線を向けることなく少女を撫で続けている

 

「意外と親バカなのかい?」

 

「うるさいぞ」

 

膝に座らせてほしいとでもせがまれたのか

人との関係に一線引こうとしている彼にしては珍しい

まあ、いつも失敗しているけれども

 

「それじゃ、失礼するよ」

 

「…………フン」

 

椅子を立てて、隣に座る

ムスッとした顔でこちらを見る

 

「これはこれは、君がそんな子供らしい顔するなんて思わなかったよ」

 

「そうかい、手が空いてりゃお前を撃ってるところだ」

 

「怖い事を言うね、随分」

 

それならその子を離して銃をとればいいのに

それをしないのは、何故なんだろうか

 

「確かに、君の心を無視したのはいけなかったね」

 

「まるで人らしい口ぶりだな、はぐれ者。

 そうして全てわかった風なことを言っているのか、普段から」

 

「私は、自分の目で見たことしか言っていないつもりだけど」

 

「……なら、きっと節穴だ、もう少し人に歩み寄るんだな」

 

手厳しい事を言われてしまった、よほど怒らせたらしい

 

「で、なんて言われたんだい?」

 

「予想はついているんだろう、白々しい」

 

「ああ、君が怒ってる理由もわかってる」

 

顔を見る、その口には煙草が咥えられている

 

「火は点けないのかい?」

 

「点けようと思ったがこいつがいるんでな、下手に動けん」

 

少女は依然、眠ったまま

灰が落ちることを危惧してか、それとも無闇に夢から引き戻さないようにしているのか

両手が塞がっている訳でもないのに動かない

 

「……ふうん」

 

「なんだ、人の顔など面白くもないだろう」

 

今の彼を見れば、誰もがこういうだろう

優しい男だと

 

「ねえ、迷子君」

 

「なんだよ、飲み物でも欲しいのか」

 

「違うよ、何かせがもうって訳じゃない」

 

「ならなんだ」

 

「別に、ただちょっとしたサービスを、と思ってね」

 

「ん?……なにしてる」

 

「見ての通りさ、さて、前見た時はこっちに入れてたね」

 

隣の彼の上着のポケットに手を突っ込む

その奥で硬い感触がある、四角い形状の何か、ポケットから取り出す

 

「なんだ、急に」

 

「サービスって言っただろ?、顔をこっちに向けて」

 

「…………」

 

怪訝な顔をしながらこっちを向く

咥えているものに取り出したものを近づける

カチン、と金属の音がする

 

「ほら、これで吸えるだろう?」

 

「……そうだな」

 

そう言ってライターを返す

 

「煙草を咥えてるのに吸えないのは生殺しだろうからね」

 

「まあ、礼は言おう」

 

「構わないさ、これぐらい」

 

煙を口から吐く、若干顔を傾けて少女に灰が落ちないようにしている

 

「しかし、吸いたいならその子を退かせばいいのに」

 

「そんな事をするほど非情じゃない」

 

何かを愛でるように手を動かす

ずっと、彼女を撫でている

 

「何かあったのかい?」

 

「特別何も、せいぜいこいつが戦うような事態になっただけだ」

 

「そうか、それはよかった」

 

「……よくは、ないさ」

 

目を細める、どこか遠くを見るような顔をする

哀愁とはこういうものなのか、きっとそうなんだろう

 

「迷子君、その子との旅は順調なのかい?」

 

「そこそこ、まあ思ったより進行が早くなっちまったがね」

 

「進行、なんのだい?」

 

「お前が知る理由はない」

 

「そうか、なら聞かないでおくよ」

 

「悪いな」

 

彼が彼女と一緒にいる理由は知らない

どうして出会ったかも聞いてない

 

「…………」

 

誰もいない方向に煙を吐く、しかめっ面で吸い続ける

 

「煙草、そんなにおいしいかい?」

 

「不味い、好んで吸う奴の気が知れん」

 

「おや、君もその一人だろうに」

 

「俺は好きで吸ってるわけじゃない、丁度いいから吸ってるんだ」

 

「丁度いいってどういうことだい?」

 

「……いやにアクティブだな、お前、どうした」

 

「そうかな? 普段と変わらないと思うけど」

 

「まあ、いいことなんだろうが……」

 

煙草が短くなっていく、燻る音が小さく聞こえる

 

「随分顔をしかめているね、何か考え事かい?」

 

「そうだが、これもお前には関係ない」

 

「隠し事ばかりだね。そうやって抱え込んで、自滅しないのかい?」

 

「……自滅など、するものかよ」

 

「…………んん……」

 

彼の手がむず痒かったのか、少女が唸る

少し手を離し様子を見る、しばらくして彼の胸に頭を押し付ける

ゴリゴリと、何かを強請るように擦り付ける

 

「もっと撫でてくれってさ」

 

子供らしいその仕草に多少癒されたような気分になり、からかってみる

だがそれとは対照的に

 

「……よくない、これは、俺の算段に入っていない」

 

「……ストレイド?」

 

酷く、苦しそうな顔をしている

頭に手をあて、歯噛みする、煙草の吸い口が折れ曲がる

 

「どうしたんだい、なんだか酷く悩んでいるようだけど」

 

「……どうということはない、ただ、間違えただけだ」

 

「間違えた?」

 

「……いや、気にするな、お前には関係ない」

 

また隠す、なぜだろう

 

「ストレイド、君が隠し事をする理由、どうしてだい?」

 

「何故、そんな事を聞く」

 

「気になったから、それでは駄目かい?」

 

「駄目だな、大した繋がりのない奴に話すような事ではない」

 

「……へえ、繋がりか」

 

この言葉の真意は、なんだろうか

彼が何も言わない理由は何か

 

「ストレイド、言っていいかな」

 

「なんだ、改まって」

 

「ああ、今の私は改まっているように見えるんだね、なら効果的だろう」

 

「……何を言いたい」

 

「別に、一言、言っておきたいだけさ」

 

警戒した目つきを向けてくる

らしくないことを言っている、彼はいまそう思っているんだろう

なら、届くだろう、まだよくわからない、この感情が

 

「ストレイド、私は君の友人だ」

 

「…………なに?」

 

「友人だよ、お友達、君は知り合い程度で止めているんだろうけど、私にとって君は友人だ」

 

「急に、何を言っている」

 

「言った通りだ、ストレイド、私は君が嘘をつくのが嫌いだということを知っている」

 

「…………」

 

「そして隠し事をするのは、嘘になるかもしれない、ということも」

 

「おい、何を言いたい、お前は」

 

「簡単だよ、ストレイド。私はただ、君を心配してるんだ」

 

「……………………」

 

「おや、見たことない顔だ」

 

口をぽかんと開けている、煙草はぎりぎり歯に引っかかってる

見る人によっては間抜けというだろう

そこまで衝撃的だったのか、人の付き合いとはなかなか難しい

 

「モスティマ、お前、何があった」

 

「ん? よくわかるね、まあ特別なことがあったわけでもないけど」

 

「そんなわけがあるか、それは特別と言って大差ない事だ

 けして捨てておくべきことではない」

 

「捨ててはいないよ、ちゃんと持っている。そうでないと、彼が心配するからね」

 

「…………彼、そうか、男が出来たか」

 

「いや、違うよ」

 

「ならなんだ、そこまで豹変する奴が、させる事象が他にあるのか」

 

「あるさ、まあまだ理解はしていないけど」

 

この自覚できない変化は人に必要なものだろう

何故ああも彼が私を心配してくるか、まだわからない

だけどそうすることに意味があることは、理解できた

 

「ストレイド、ちょっとした出会いがあったんだ」

 

「男じゃないか」

 

「違う違う、少し人の好過ぎるお友達が出来たのさ」

 

「…………友達、ねえ」

 

「そ、君みたいに勝手に人を心配する、奇妙な人」

 

いつか、彼は私が部屋に戻るのを待っていた

自分の仕事は終わっているだろうに、もう休んでもいいはずなのに

どうしてか彼は、私が戻ってくるのを待ってくれていた

やってくれなくていいと、そう言ったのに

勝手に待たれてしまった

 

「なんとまあ、大した奴だ」

 

「何がだい?」

 

「いや、なんでもない、なんでもないよ」

 

何故か優しく笑う、この二人、気が合いそうだ

 

「さて、私が君を気にしている、ということはわかったかな?」

 

「仕方ない、それは理解してやる、それで何が言いたい」

 

「君が悩んでいることを教えてほしい」

 

「まあ、そうだよな」

 

煙草を吐き捨てる、まだ半分はあったのに

 

「勿体ないよ?」

 

「いいんだ、いまは必要ない」

 

「ふーん」

 

そう言って上着から何か取り出す

それは封筒だった

 

「なんだい? それ」

 

「とあるテロ計画の計画書」

 

「テロ?」

 

「ああ、レユニオン・ムーヴメント。聞いたことはあるな」

 

「あるね、有名だし」

 

「そこからあぶれた奴らがふざけたことをしでかすつもりらしい」

 

「どんなことだい?」

 

「自爆テロ、ある都市で無差別に行うつもりらしい」

 

「過激だね。で、止めるのかい?」

 

「勿論止める、だが少し考えがある」

 

「考え? 普段の君ならそんな事言い出す前に潰しそうだけど」

 

「それをしない理由がある、困ったことにな」

 

視線を落とす、それを追いかけてみる

そこには、どこか穏やかな表情で眠る少女

 

「……彼女が、関係してるんだね」

 

「そうだ、これ以上、長引かせる必要はない」

 

頭を撫でる、父親が愛娘にするように

 

「何をするつもりだい?」

 

「別に、勝手な事をするだけだ」

 

封筒をしまう、なにやら面白そうな事をするらしい

 

「それが悩みかい?」

 

「そうだ。ま、やるかどうかは決めた、後は過程をどうするか、だ」

 

「過程か、長引くのかい?」

 

「状況による、まあ問題はない」

 

少女を抱き上げて荷台に行く、寝かせるつもりだろう

 

「ふーん」

 

「なんだ、意味ありげな視線を向けてきて」

 

「別に、なんでもないよ」

 

立ち上がり、後を付いていく

 

「ねえ、迷子君」

 

「なんだ、堕天使ちゃん」

 

彼が少女を寝袋に寝かせるのを見ながら言ってみる

 

 

 

「私にも一枚、噛ませてくれるかな?」

 

 

 




基本執筆中、曲聴いてるんですよ
特別曲をモチーフにしてるわけではないんです、今回タイトル怪しいけど
それでですね、この前聞いてる時に知り合いが端末からイヤホン引っこ抜いたんですよ

流れた曲は、エヴァグリでした

三名ほど、洗脳されました、ヤッタゼ

一話すっ飛ばしてるように見える?
はい、その通りです、理由はあるので頭おかしい奴とか思わないで続き読んでください


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第二章~ロドスに迷子が舞い降りた~
闖入者


12/9 修正しました


「あ、ありのまま起こったことを話します」

 

「ああ、話せ」

 

 

ロドス本艦、執務室

 

 

龍門での騒動から数時間後、ニット帽を捕らえ、龍門に引き渡し

事後処理と状況報告のために当時その場にいた警官に来てもらっていた

 

「私は最初、むやみに近づく彼を制止するため近づきました」

 

都市内での発砲事件、それすなわち龍門への侵入を許したということ

龍門警察としては、よくない話である

 

「ですが彼は、逆に私に下がれと言い、手を伸ばし私を下がらせました」

 

龍門警察は厳しいことで有名だ、強固な守り、洗練された警官たち

 

「彼の言葉に反論しようとしました。ですが、私の体はいうことを聞かなかったのです」

 

生半可なことでは切り崩せないほどの鉄壁、ネズミ一匹通しはしない

 

「彼に任せればどうにかなる、などという安心感からではありません」

 

市民はそんな彼らを心から信頼している、警察としてそれほど誇りに思うことはないだろう

 

「もっと別の何か、異質な力で動きを封じられたのです」

 

だが今回、三人の不審者が入り込んだ、あまつさえ市内で騒ぎを起こさせた

 

「そして彼は、フェリーンに近づいていきました。ゆっくりと」

 

それは、市民に不安を煽ると同時に、龍門警察の顔に泥を塗ることになる

 

「男はフェリーンに対して腕を向けました。このとき彼は確かに何も持っていませんでした」

 

都市の人々の安全を守るものとして、あってはいけないことだ

 

「男は少女と何か話した後、フェリーンにむけてこう言いました」

 

また同じことを起こすわけにはいかない、問題点を洗い出すために話をしてもらっている

 

「『五つ数える、それまでにそいつを離せ』と」

 

何より、警官が話している男、何者かはわからない

 

「そして男が宣言通り、数え始めました」

 

話を聞く限り、かなり不可思議な点が目立つ男だ

 

「ゆっくり、五から、一まで」

 

何より異常なのは、男がニット帽のフェリーンにやったこと

 

「数えるたびにフェリーンが平静を失くしていくのが見て取れました」

 

フェリーンが男に向けて発砲しようとした瞬間

 

「そして、フェリーンが逆上し、男にむけて撃とうとした瞬間」

 

 

 

「男はいつの間にか銃を持ち、フェリーンの手を撃ち抜いていたんです」

 

 

 

警官の言う通り、男は銃を手に取りフェリーンの手を撃ったという

しかもその銃は目の前にいる警官のものだったらしい

 

「その後、男はスモークを焚き、いつの間にか消えてしまいました」

 

いつの間にか盗まれたと言っていた、おそらく、警官を下げるために手を伸ばしたときに盗んだのだろう、かなり手癖が悪いらしい

 

「以上が事の顛末です」

 

警官の報告を、ドクター、アーミヤ

そして彼ら龍門警察のトップであるチェンが、黙って聞いていた

 

「な、なにを言っているかわからないと思いますが、私も何を言っているかわかりません」

 

警官がそう言いながら、片手をぷるぷると所在なさげに漂わせる

それを見たドクターがそっと、水を入れたコップを近づける

警官は近づけられたそれを手に取り、一口飲む

 

「…………」

 

チェンが黙ってそれを見ている、すると

 

「飲んでいる場合かぁ! 馬鹿者がぁ!!」

 

「あふん!!」

 

コップごと警官をひっぱたいた

衝撃でコップが下に落ち、中身がこぼれる、プラスチック製でよかった、ガラスや陶器なら今頃割れていただろう

 

「貴様っ! それでも龍門警察か!」

 

「ひいっ! すいません!」

 

警官が怒鳴られている、チェンの怒りに触れたらしい

 

「銃を取られ、気づかなかっただと! 挙句、その男も逃がしただとっ!?」

 

「ひいい!!」

 

「ふざけているのかぁ!!」

 

「ひいいいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

警官が恐怖に震えている、堪忍袋の緒が切れた、なんて話ではない

怒髪天を衝く、それはまさに、この状況を指すのだろう

ドクターがチェンをなだめにかかる

 

「まあまあ、落ち着いてくれ、彼が怯えている」

 

「ドクター! お前もだ!」

 

「へっ?」

 

怒りの矛先がこちらに向く

 

「アーミヤから聞いたぞ、本来なら現場に届く距離にいたと」

 

アーミヤが一瞬でそっぽを向いた

 

「あー、そのー」

 

「なんでも、息切れして動けなくなっていたそうだな?」

 

「……はい、すいません」

 

「謝って済むと思っているのかっ! このたわけどもがぁ!!」

 

「「ひいいぃぃぃぃぃ!!」」

 

ドクターと警官が仲良く震えている、火に油を注いでしまったようだ

ドクターは普段、書類仕事をしている時が多い

作戦指揮こそすれど今回のように現場に出るのは極稀だ

ずっと椅子に座って作業している分、体が追いつかなかったのだろう

 

「府抜けているぞ!!」

 

「「すいませんでしたあぁぁぁ!!」」

 

「まあまあチェンさん、落ち着いて」

 

アーミヤが今度こそなだめにかかる

何度か叫んで落ち着いたのだろう、チェンが静かに言う

 

「もういい、処罰は後で伝える。報告ご苦労だった、下がれ」

 

「はいっ! 失礼しますっ!」

 

警官が部屋を出ていく

残されたのは、ドクターの前に立つチェン、椅子に腰かけるドクター、そばに立つアーミヤ

そして

 

「はぐはぐ」

 

ドクターの膝に座る、白い少女だった

 

「で、その子はどうするんだ?」

 

「とりあえずは、ロドスが預かる」

 

チェンの怒号が響く中、一切顔色を変えずに与えられた菓子を頬張っていた

 

「ほう、ここはいつから託児所になったんだ?」

 

「放ってはおけないだろう」

 

例の騒動の際、人質になっていた張本人だ

何より少女の保護者は例の男、彼につながる唯一の手掛かりでもある

 

「それで、男の捜索は?」

 

「今、フェンたちがやってくれている」

 

「そうか」

 

騒動の後、実際に男と出会った三人に男の行方を探ってもらっている

フェンが何やら嫌がっていたが、渋々承諾してくれた

 

「奴はまだ龍門にいるのか?」

 

「わからん、だから探してもらっている」

 

逃げた後、どこに行ったかは予想できていない、だがそう遠くにいっていないはずだ

 

「検閲の方にはそれらしい奴はいないらしい」

 

「ならまだ、外には出ていないな」

 

龍門警察にも事情を話し、協力してもらっている、もし外に出ようとしたなら、昼間のフェリーンと同じ目にあうだろう

 

「話はもう終わりか?」

 

チェンが少女に一瞬視線を向けて言ってくる

 

「ああ、これ以上話すことはないだろう」

 

「なら、私は戻るぞ」

 

そういい、チェンは執務室から出ようとする

 

「チェン」

 

「なんだ」

 

ドクターが呼び止める

 

「助かる、すまないな」

 

「……なんのことかわからんな」

 

そのまま外に出て行ってしまう

 

「さて」

 

ドクターが立ち上がる、それに合わせて少女が膝から降りる

 

「お嬢さん、名前は?」

 

「リンクス」

 

少女が菓子を頬張りながら自分の名前を言う

 

「そうか、リンクス、私と一緒に来てくれないか?」

 

「ん、どこに?」

 

「ここより居心地のいい部屋だ」

 

「はーい」

 

「どちらに行かれるので?」

 

アーミヤが聞いてくる

 

「応接室だ。一度リンクスを置いて彼女の行動許可証を作ってくる」

 

「ああ、はい、わかりました、」

 

一応ロドスは関係者以外立ち入り禁止なのだ、自由行動には許可証がいる

 

「きょかしょう?」

 

「ああ、そうだ」

 

許可証自体、不審者かどうかを判別するためのものに過ぎない

この少女には必要ないと思うが作っておいて損はないだろう

 

「行こうか、付いてきてくれ」

 

「はーい」

 

ドクターがリンクスに手を伸ばす、それをリンクスが掴む

 

「アーミヤ、しばらく頼む」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

「いってきまーす」

 

アーミヤに見送られながら執務室を出る

 

 

……………………

 

「すまないが、ここで待っていてくれ」

 

「むー」

 

応接室に到達し、部屋のドアを開けようとする

鍵を取り出し、鍵穴に入れ、回す

 

「……?」

 

だが、鍵を開けたとき特有のガチャリとした感触がない

気のせいだろうか、不思議に思いながらドアノブに触れ、扉をあける

すると

 

「あ」

 

「邪魔してるよ」

 

見慣れない男が部屋のソファでくつろいでいた

男を警戒する

 

「……誰だ」

 

「どこかの誰か、さ」

 

そう答えを返してくる

黒髪赤目、高い身長、身体的特徴のない人種、例の男によく似てる

 

「どうやって入った?」

 

「ふっ」

 

不敵な笑みを浮かべ、ポケットからなにか道具を取り出す

 

「……ピッキングか」

 

「ご名答♪」

 

それはピッキングツールだった

かなり、ではない、恐ろしいほどに手癖が悪い

 

「この船にはどうやって入ったんだ?」

 

もうひとつ、疑問をぶつけてみる

男は天井を指さし答える

 

「忍び込んだ」

 

「どうやって」

 

「どうやってだと思う?」

 

質問に質問で返される

ロドスに入るなら検閲門は必ず通らねばならない

だが先ほど、それらしい男は見ていないと言っていた

わからない、神出鬼没に過ぎる

 

「すとれいどー」

 

「おー、元気してたか?」

 

少女が男に近づき、男は少女の頭をなでる

ストレイド、リンクスはそう呼んだ、それは彼女の保護者の名前のはずだ

 

「君が彼女の――」

 

「鉄仮面のお兄さんよー」

 

訪ねようとする、が男に止められる

 

「こいつのパスポート、作るんだろ?ここに抑えといてやるから、行ってくるといい」

 

「ああ、だがまずそのまえに――」

 

「まあまあ、積もる話はあとで出来るさ」

 

先ほどから男が遮ってくる、さっさと作ってこい、ということか

 

「ついでに俺の分もな」

 

「…………わかった」

 

その前に男の名前を直接聞いておきたかったが同じように遮られるだろう

仮の許可証なら名前がわからなくとも作れる、早くいって戻ってこよう

手続きをするため、外に出る

 

「いってらっしゃ~い」

 

今度は男に見送られる、積もる話はあとで出来る

奴には聞きたいことが山ほどある

 

 

 

 

 

 

 

「さてと」

 

「?」

 

ドクターの足音が聞こえなくなった頃合いで男が立つ

 

「どこいくの?」

 

「お前は、ここで待ってなさい」

 

「むー」

 

「あの鉄仮面が迎えに来るさ」

 

「わかった」

 

男はリンクスを座らせ、応接室の扉に向かう

 

「どこいくの?」

 

リンクスがもう一度聞く

 

男は軽く振り返り、不敵な笑みを浮かべて言う

 

「探検さ」

 

応接室の扉が閉じられる

 

 

 




チェンはゲームでは物静かな武人、というイメージなのですが
ここでは少々、怒りっぽい性格になってしまっています
まあ、この程度ならキャラ崩壊にはならないでしょう
自分なりにキャラのイメージが原作から外れないように努力しているつもりです





え?、マスクドケルシー?
知らない子ですね


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禍根

12/9 修正しました


ロドス本艦

 

 

パンッ

 

 

射撃訓練場

 

 

パンッ

 

 

乾いた音が響き渡る

 

 

パンッ

 

 

一定のリズムで鳴り続ける

 

 

パンッ

 

 

音の主は静かに引き金を引き続ける

 

 

パンッ

 

 

その後ろにはフランカの姿があった

 

 

パンッ

 

 

彼女は何か考え込んでいるらしい

普段なら何か仕掛ける相手が目の前にいるのに何もしない

少し不気味だ

 

 

パンッ

 

 

撃っていた弾倉が空になったのだろう、射撃をやめる

そのまま振り向き、防護用のヘッドフォンを外す

 

「何をそんなに考え込んでいるんです?」

 

リスカムがフランカに声をかける

 

「ええ、ちょっと、ね」

 

フランカが適当に返してくる

彼女がこんなにおとなしいのは珍しい、本当に珍しい

いつも誰かを茶化すことに全力を注いでいる彼女が何もしない

それどころか、今なら日頃の恨みを晴らしても気づかれないような気さえしてきた

どう接するべきか、悩んでしまう

 

騒動の後、ドクターから自由行動を言い渡され、なんとなく射撃訓練場に来たのだが

何故かフランカが一緒についてきた

彼女は前衛オペレーター、使っている武器は剣だ

射撃訓練場は使わない、というか使えない

ついでにいうならそもそも武器を持っていない

訓練をするつもりがないならどうしてここにいるのか

 

「どうしてここにいるんです? ここで剣を振る意味はないですよ」

 

とりあえず、適当に煽ってみる

振るものがないから何も振れないわ~、ぐらいは返ってくると期待したのだが

 

「まあ、ちょっとね」

 

先ほどと大して変わらない答えが飛んできた

重症かもしれない、真面目に心配になってきた

 

「悩みがあるなら聞きますよ」

 

合いの手を出してみる

 

「大丈夫、気にしないで」

 

ならそこに居ないでほしい、そんな言葉が口から出そうになったが飲み込む

 

「本当にどうしたんですか? らしくない」

 

普段から口論ばかりしているが一応は相棒なのだ

さすがに放っておくほどリスカムも薄情ではない

相談に乗るという旨を伝える

 

「大丈夫、本当に大したことじゃないのよ」

 

じれったい、普段の彼女はもっとザクザクものを言う

そこまでして頭を悩ませることがあるのだろうか

とりあえず、思い当たる節としては昼間の事だろう

なんでも、謎の男が荒っぽい方法で事態を収拾したとか

リスカムが到着した時には煙でなにがなんやらわからなかったが

 

「例の変態紳士に何かされたんですか?」

 

聞いてみて

 

「そうね、そんな感じ」

 

驚いた、あのフランカが狼藉を許したらしい

 

「胸でも触られましたか?」

 

「いえ、別に」

 

「なら何を」

 

「ちょっと、ね」

 

振出しに戻る、先ほどから埒が明かない

仕方なく、マガジンを込めなおし、射撃を再開する

ヘッドフォンは外したままで始める、これでフランカが何か言っても聞こえる

 

パンッ

 

「何をどうされたんです」

 

「なにもされてないわ」

 

パンッ

 

「なら、一体何を」

 

「なにもされてないってば」

 

パンッ

 

「あれですか、一目惚れでもしましたか?」

 

「ええ、そんな感じでしょうね」

 

パンッ

ビスッ

 

動揺したリスカムが弾を外す

 

「今、なんと」

 

「誤解はしないで、そんな感じってだけよ」

 

「はあ」

 

フランカの言葉を真に受けかけた

だが例の変態紳士の存在が彼女に与える影響は大きいらしい

すると突然

 

「――あ――――」

 

「―――――ハ―」

 

外を誰かが走る音と、よく聞き取れなかったが声が聞こえる

なんだろう、どこかで聞いた声だ、少し、胸の中がざわつく

見るとフランカにも聞こえたらしい、顔を扉の方に向けている

 

「どうしたんでしょう」

 

「さあ」

 

意識があっちにいってしまったが、フランカの注意を他に逸らせた

今なら聞けるだろう

 

「何か悩みがあるなら聞きますよ」

 

少し前のセリフをそのまま言う

 

「えっ、ああ、そうね、なら、お言葉に甘えて……」

 

フランカがそう言い

 

「あ~、いや、う~ん」

 

また黙りこくってしまう

 

「そんなに話しにくいことなんですか?」

 

「いや、話しにくいというか、あなたに言えないというか、でも言うべきなのかな~って」

 

「なんです」

 

どうやら自分にだけ聞かせられない話らしい

 

「う~ん、悩ましいわね」

 

このままではまた振出しに戻りそうだ、妥協案を考える

 

「なら、たとえ話でいいのでそこはかとなく言ってくれませんか?」

 

「あ~、それならまあ……」

 

フランカが渋い顔で了解する

話を切り出すのを待ちながら、射撃に戻る

 

パンッ

 

「ねえ、リスカム」

 

「はい」

 

パンッ

 

「もし、もしよ?」

 

「はい」

 

パンッ

 

「もし、もし~、ね?」

 

「はい」

 

パンッ

 

「レイヴンが、ここに現れたら、どうする?」

 

パンッ

ビスッ

バチィッ!!

 

「あ゛ぁ゛っ?」

 

「ひっ!?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、リスカムは弾を外し、一対の角には青白い雷光が灯される

ゆっくりと振り返る、しかしてその顔は

 

「落ち着いてリスカム! 冗談だから!」

 

とても優等生と言われているとは思えないほどに憎悪のこもった眼が光っていた

それは、フランカが恐怖を覚えるほどのもの

 

「怖いから! バチバチしながらこっちを見ないで!」

 

「冗談、ですか…………」

 

「うん! そう! だから落ち着いて!」

 

雷光が少しづつ消えていき、次第になくなる

 

「まったく、どうせ言うなら面白いものでお願いします」

 

「ええ、わかったわ……」

 

リスカムがプンスカしながらヘッドフォンを付け、射撃に戻る

対するフランカは冷や汗をかいている

すると、先ほど誰かが走っていった方向から

 

「逃げるな貴様ぁ!!」

 

「ハハハハァッ! すっとろいぜぇっ! 龍の嬢ちゃんよぉ!!」

 

チェンの怒号と、どこか聞き覚えのある声

 

「「待ってー!!」」

 

それを追いかける、バニラとジェシカらしき声

 

嫌な予感がする

まさかと思い、フランカが扉から顔を出し走っていった誰か達を見る

 

「げぇっ!!」

 

見てはいけない後姿を見てしまった

 

「どうしたんです、さっきから」

 

さすがに聞こえたのだろう、ヘッドフォンを外したリスカムがやってきて同じように廊下を見る

 

「あ、ちょまっ――――」

 

「……今のは、バニラとジェシカですか?」

 

角を曲がっていった二人の背中が見えたらしい、そんなことを言う

決定的なものは見えていない、そのことにフランカが安堵すると

 

「あっ」

 

「リスカムさん! フランカさん!」

 

先ほど集団が走ってきた方からメランサとカーディがやってきた

 

「何かあったのですか?」

 

「はい、その……」

 

「不審者が入り込んできたって、チェンさんが」

 

「不審者?」

 

その言葉を聞き、一人フランカは頭を抱えていた

 

 

 




防音と防護、どちらを使うか心底悩みました
音を防ぐという意味では防音なのですが
耳を守る、という解釈で防護を使っています
日本語は難しいですね


私事が二つほど
一つは、この小説のタグにアーマードコアが追加されたこと
もう一つは、ハーメルンの多機能フォームの利便性に驚かされたこと

タグに関してですが、これはオリジナルキャラクターの名前が関係しています
二人の名前の元ネタがアーマードコアに出てくる単語なのですが
タグをつける以上、その作品のネタを期待して読む人も多いと思います
一章時点では名前以外関連性がなく、つけていませんでしたが
二人の名を見てピンと来る人もいると思い一応つける形にいたしました
特別この先入れ込んでいく予定はないのですが期待してきた人に申し訳ないので
ここに書かせていただきます

もう一つ、多機能フォームの方ですが、
最初、私が使ってるパソコンのメモ機能で書いていたんですよ
そしていざ投稿しようというときに本文に張り付けていたら文章が不自然なところで途切れたり、うまい具合に文節が整わなかったりと困っていました
そして執筆中、件の多機能フォームに触ってみたんですよ
そしたらまあ、驚くほど書きやすい、文字の大きさをいじったり
いざ投稿した時の文章の見え方がわかったり
前に比べてやりやすくなりました
そのうち一章の方も手直しするかもしれません

以上、勝手ながら私事を書かせていただきました


世界とは、存外広いものですね


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帳が落ちる

(下手糞要素が)大きすぎる……修正が必要だ……

訳 中盤辺りまで書き直していいでしょうかお願いしますナンデモシマス


リスカム達が騒ぎを聞きつけたところから、少し時間は遡る

 

 

 

ロドス本艦

職員フロア

 

 

 

カッカッ!

 

誰かの足音が聞こえる

 

カッカッ!

 

その間隔は少し速い

 

カッカッ!

 

急いでいるわけではない

 

カッカッ!

 

機嫌を悪くしているわけでもない

 

カッカッ!

 

それが彼女にとっての普通なのだろう

 

廊下を歩く一つの人影、ヴイーヴルのように角と尾を持つ女性

だが彼女はヴイーヴルではない

 

龍と呼ばれる種族だ、彼女と同じ人種はあまり見かけない

 

彼女はつい先ほどドクターの執務室から出てきたところだ

一人、何も言わず歩き続ける、すると

 

prrrrrr!

 

彼女のポケットに入っている携帯端末が音を出す

歩きながら端末を取り出し耳に当てる、誰かからの連絡だろうか

 

「ああ、わかった」

 

短く言い、すぐに端末の電源を切る

 

「…………」

 

急に立ち止まる、廊下の窓をじっと見る

 

そこからはちょうど、船の甲板が見下ろせる

 

「……ふむ」

 

少しの間、何かを見続ける

端末をポケットに押し込む

そして先ほどと同じように足早に歩き始める

 

 

 

 

空の情景に、マジックアワーと呼ばれる時間帯がある

日没と日の出、その直後にのみ確認できる

 

日が落ちている、少しずつ

 

空が金色に染まっていく

 

男は甲板でその様子を眺めていた

 

「おい、貴様」

 

突然声をかけられる

 

「んー?」

男が適当に返事をする、視線は空に向いたままだ

 

「ここで何をしている」

 

高圧的な声が聞こえる

男は構わず見上げ続ける

 

「わからないか?」

 

声の主から返事はない

 

「見ろよ、中々綺麗じゃないか」

 

声の主は何も言わない

 

「ほんのちょっとしか続かないって話だぜ?」

 

男以外誰もしゃべらない

 

「ひどい話だよな」

 

赤と青の比率が変わる

 

「大地はこんなに汚れていくのに」

 

世界が少しずつ黒に染まる

 

「空だけは、綺麗なままなんだ」

 

あたりを暗闇が支配する

 

「不条理な話だよな」

 

「気は済んだか?」

 

高圧的な声が聞こえる

 

「いんや、まだまだ」

 

「私の時間を無駄にするつもりか?」

 

「その通り」

 

そこまで言って、声の主に顔を向ける

 

「やあ、龍のお嬢ちゃん」

 

日が落ちて、月が出てくる

 

「今夜は月が綺麗だな」

 

「……ふざけたことを言うやつだな」

 

「おーおー、釣れないねぇ」

 

男の前には一人の女性が立っていた

 

「ここで何をしている」

 

「わからないのかね?」

 

その女性は腰に一本の蒼い剣を携えている

 

「これは命令だ、おとなしく答えろ」

 

「オーケーオーケー、命令なら仕方ない」

 

そう言い、仰々しいお辞儀をする

 

「あなたを連れ去りに来ました」

 

「…………」

 

女性の眉がピクリと動く

 

「……せめて反応くれないか?」

 

男が顔をあげる

 

「お前は誰だ」

 

「誰だと思う?」

 

「質問しているのはこちらだ」

 

女性の語気が強くなる

 

「まあいい、なら別のことに答えてもらう」

 

「何かな、可愛いお嬢ちゃん」

 

「……人の神経を逆なでするのが好きなのか?」

 

「ああ、三度の飯より大好きだ」

 

男の答えに女性の顔がさらに険しくなる

「……私はいま、人探しをしていてな」

 

「ほお」

 

「ちょうどお前のような見た目の奴なんだ」

 

「へえ」

 

「一緒に来てもらおうか」

 

「嫌だと言ったら?」

 

言い終わった瞬間、女性が瞬時に抜刀し男に切りつける

 

「避けたか」

 

だが手ごたえがない、そのうえ男の姿が見当たらない

トンッ

後ろから着地するような音が聞こえ、振り向く

 

「いきなり危ないじゃないか」

 

「何をやった」

 

「何かさ」

 

男が言い、女性が剣を構える

 

「おいおい、無抵抗の人間に武器を振るうのか?」

 

「なら、おとなしくしてもらおうか」

 

「断る」

 

女性が構えをとる

 

「まあまてよ、龍のお嬢ちゃん」

 

「…………」

 

「ここはひとつ、ゲームをしようじゃないか」

 

「…………」

 

「なに、ルールは簡単だ」

 

「…………」

 

「あんたが鬼で、俺を追いかける」

 

「…………」

 

「俺にタッチできれば、おとなしくついていこう」

 

「…………」

 

「どうだ、平和的だろ?」

 

「…………ふん」

 

女性が言う

 

「私に挑むつもりか?」

 

「いいや」

 

即座に否定する

 

「あんたが俺に挑むのさ」

 

男の言葉に、女性が微笑む

 

「……………………」

 

「……………………」

 

二人の間に沈黙が生まれる

 

そして、同時に地を蹴り走り出す

 

 

奇妙な鬼ごっこが始まった

 

 

………………………………

 

 

ロドス本艦、模擬戦闘用訓練室

 

 

そこには、メランサ、カーディ、バニラ、ジェシカの姿があった

例の騒動の後に自由行動を言い渡された四人

メランサ、カーディ、バニラは自主練を、

ジェシカは最初、近くの射撃訓練場でリスカムの隣で撃っていたが

一緒にいたフランカが特別何もせずに黙りこくっているのが怖くなってこちらに逃げてきた

ちなみに介抱された後、ドーベルマン教官にはこっぴどく叱られた

まあ、心配されていたという証拠でもあるのだが

 

「ふんっ! とおりゃあっ!」

 

「ていっ! はぁっ!」

 

バニラとカーディは模擬戦をしている

メランサはジェシカの隣で休憩中

すると、複数の走る音と

 

「だああああっ! すばしっこいっ!」

 

「こっちだぜお嬢ちゃんっ! フハハハハハァ!」

 

誰かの叫び声

 

「今のは、チェンさんでしょうか……?」

 

「何かあったんですかね?」

 

メランサとジェシカが疑問を口に出す

足音が近づいてくる

 

音がどんどん大きくなる

 

部屋の前までやってくる

 

バァン!!

 

「「にゃあぁっ!!」」

 

「邪魔するぜぇっ!!」

 

勢いよく扉が開け放たれる

入ってきたのは黒髪の男

そこそこ高い背に黒いジャケット

真っ赤な目が特徴の男だ

この場にいる全員、心当たりがある

特に、カーディは

 

「えっ? あっ! 昼間の変態紳士!!」

 

「えっ!? 変態!!」

 

「やめろ! その名で俺を呼ぶな!」

 

また汚名が伝搬していく

男に続けてチェンがやってくる

 

「不法侵入者だ! 捕まえろ!」

 

「えっ、でもこの人ってリンクスちゃんの――」

 

「早くしろ! 斬っても撃っても刺してもいい! 捕まえるんだ!」

 

「「はっ、はいっ!」」

 

「いやそこ、はいって言うなよ!」

 

チェンに言われバニラとジェシカが動く

 

「とりあえず! すいません!」

 

「謝るぐらいなら突くな!」

 

持っていたハルバードで突きを入れる、が、当たらない

 

「えっと、すいません!」

 

「いたぁ!」

 

するとジェシカがすかさず撃つ、男の腰にあたる、模擬弾だからケガこそしないがそれでも痛い

 

「今だっ!!」

 

チェンが一気に突っ込み触ろうとする

 

「おっとっ!」

 

指先が上着に触れる

 

「触った! 触ったぞ!」

 

「残念! 体じゃなきゃノーカウントだ!」

 

「くそっ!」

 

チェンをいなした男が踵を返し出口に向かう

 

「まてっ! 逃げるな!」

 

「さよなら諸君っ! また会おう!」

 

チェンが男を追う、まるで疾風だ

 

「チェンさん! 待って!」

 

「私たちも!」

 

バニラとジェシカが後を追う

 

 

「逃げるな貴様ぁ!!」

 

「ハハハハァッ! すっとろいぜぇっ! 龍の嬢ちゃんよぉ!!」

 

 

「「待ってー!!」

 

「えっと…………?」

 

「と、とりあえず私たちも行こ? メイリィ」

 

遅れて動く二人、その道中でリスカムとフランカが合流することになる

 

 

 

 

「で、件の男が何故かいると」

 

「はい」

 

 

メランサとカーディから軽く状況説明を受ける

それでもまあ、わからないことの方が多いが

 

「チェンさんは触ろうとしてたんですよね?」

 

「ええ、どうしてかはわかりませんが…………」

 

四人が通った後を追いかける、通ったらしき場所を

 

「どうやらロドス中を走り回っているようですね」

 

先ほどの訓練フロアから物資搬送用のエリアまで

ありとあらゆるところで目撃談が聞こえてくる

曰く、

 

『すっごい早かったよ! 私も混ざりたかったなー!』

 

とか

 

『あんまりうるさくて起きちゃったよ~』

 

とか

 

『あの女があんなに遊ばれているのは痛快だったわ!!』

 

とか

 

「何故、誰も捕まえようとしないのです」

 

「いや、まあ、皆さんお優しいですから…………」

 

ロドスにいる面々は一部を除き優しい者が多い

 

「だとしても、不法侵入しているんですから」

 

「でも、ただ追いかけっこしてるだけって言ってたよ?」

 

「いや、それでもですよ?」

 

「まあ、そうね」

 

確かに皆、口をそろえて追いかけっこしているだけだったと言っている

チェンの怒号と男の挑発行為が目立つだけでこれといった被害は何もない

相手の目的がわからない、ただ悪戯をするためだけに来たのだろうか

そんなことを考えていると

 

「あっ! あれってジェシカさんじゃない?」

 

「あら、どうしたのかしら」

 

少し先の通路でジェシカが膝に手をついて休んでいた

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、」

 

何やら呼吸が乱れている、何があったのか

 

「ジェシカ、大丈夫ですか」

 

「ああ、はい、だいじょぶ、です、はぁ」

 

「…………どうしたのですか?」

 

「ええ、はあ、ちょっと、ぜぇ」

 

「一度、落ち着いてください」

 

彼女の呼吸が整うのを待つ

 

「はぁ、はい、すいません、もう大丈夫です」

 

「それで、何があったのです」

 

「いえ、その、バニラちゃんと一緒にチェンさんを追ってたんですが」

 

「はい」

 

「あの、チェンさんと変態紳士さんの足が思った以上に早くて」

 

「…………はい」

 

変態紳士が定着してしまっている

どうやら体力が二人に追いつかなかったらしい

 

「一応、バニラちゃんがまだ一緒にいるはずなんですが」

 

「そもそも、なんで追いかけっこなんかしてるのよ」

 

「なんか、触ることができたら、おとなしく捕まってやるって言ったらしく」

 

「変態紳士が?」

 

「らしいです」

 

完全に遊ばれている

驚くべきはあのチェンをここまで弄んでいることだろうか

 

「二人は何処へ」

 

「あっちの、第一倉庫の方に」

 

「わかりました、行きますよ」

 

「了解!」

 

「わかりました」

 

「あ、はい」

 

「…………ええ、わかったわ」

 

どこか乗り気でないフランカをよそに五人はチェンと男の後を追う

 

 




マジックアワーとは簡単に説明すると昼と夜が溶け合った時間帯の事ですね
太陽の角度が関係しているらしいのですが私には詳しいことはわかりません
なんでも写真用語との事、写真家の知り合いがいれば、一枚ぐらいとっているかもしれませんね


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邂逅

12/9 修正しました


「どうしたどうした! 威勢がいいのは口だけか?」

 

「いい気になるな!」

 

ジェシカが戦線からはぐれて少しあと

三人は倉庫の方に来ていた

 

「ぜぇ、ぜぇ、まって、ください、二人とも」

 

バニラが後ろでバテかけている、どうにか付いて来ている状況だ

 

「いい加減に諦めろ!」

 

「そいつは無理だな、一度も触られてない」

 

対する二人は疲労している様子が一切見られない

それどころか、叫ぶ体力も、相手を挑発する余裕も残っている

 

「体力バカが、すぎますよ、はぁ」

 

というかあの二人、最初からずっとあの調子だ

バニラは一応、ハルバードを持ちながら走っている、体力の消費はあちらより多い

だがそれでもあの二人はおかしい、永久動力でも体に仕込んでいるのではなかろうか

 

「この、さっきからひらひらと……!」

 

「ハッハッハ! 鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 

「本当にふざけた奴だな!」

 

何より恐ろしいのは、チェンのあの男への執着心だろう

ずっとつかず離れずの距離を維持している

 

「おっと、今のは惜しいな」

 

「くそっ! 馬鹿にしてくれる…………!」

 

それをギリギリの距離でかわし続ける男も男だ

 

「というか、なんでそんなに怒っているんですか……」

 

あのひと、あんなに怒りっぽかっただろうか、もう少し冷静な考えをしていたはず

よほど頭にくるようなことを言われたのだろうか

 

「っと、失礼するぜっ!」

 

男がすぐ近くの倉庫の一室の扉を蹴り開ける、チェンがすぐに追いすがる

 

「待ってください!」

 

バニラも続いて入る

中はそこそこ広い、各所に物資の詰まったコンテナが置いてある

 

「自分から追い込まれる趣味でもあるのか?」

 

チェンが言う

倉庫の出入り口は今入ってきたところだけだ

なぜ自分から逃げ道を失くすようなことをするのか

 

「いやなに、そろそろお開きにしようかなって思ってな」

 

「ほう、つまりおとなしく捕まる、ということか」

 

「まさか」

 

そういい、かかってこいと手招きしてくる

何か企んでいるのか、警戒しながら近づいていく

 

「フッ!」

 

チェンが一気に距離を詰める

 

「おっと」

 

男が倉庫の奥に下がる

チェンがさらに肉薄する

 

「いい脚力だ」

 

「うるさいぞ」

 

前に飛ぶように前進する、同時に拳を突き出す

もはやタッチするつもりはないらしい

 

「おお、こわいこわい」

 

そういいながら横にかわし、そのままチェンと立ち位置を入れ替えようとする

 

「はぁっ!」

 

そこにバニラが割って入る

男の動きを遮るように、ハルバードを縦に軽く振り下ろす

 

「むっ」

 

「たぁっ!」

 

男が避けるために後ろに下がる

バニラが続けて突きを放つ

 

「チッ!」

 

避けるために後ろに飛ぶ

そのまま突きの慣性に乗って背を見せる様に回り、水平に薙ぎ払う

 

「フンッ」

 

「なっ!?」

 

男がハルバードを蹴り上げ、軌道を大きく逸らす

相手の予想外の動きにひるみバニラの動きが止まる

 

「ハッ!」

 

そこでチェンの蹴りが男の顔に飛んでくる

それをスウェーでかわし、バック転につなげて更に後ろに下がる

 

「っと」

 

男が壁を背にする

 

「もう逃げ場はないな」

 

男の正面にチェンが立ち、すかさず横にバニラが立ちはだかる

後ろに道はない、疑似的な袋小路が出来上がる

 

「観念するといい」

 

「確かにこれは、少しまずいな」

 

男が言う、ふと、バニラの方に視線を向ける

 

「ん? 金ヴルのお嬢ちゃん、その制服、BSWか?」

 

「へっ? 金ヴル?」

 

「金髪ヴイーヴル、略して金ヴル」

 

「あ、あ~……」

 

「納得している場合か」

 

チェンが呆れたように言う

 

「さて、一緒に来てもらおうか」

 

「嫌だね」

 

「ここからどうするつもりだ?」

 

「どうするかね」

 

「また何か、お得意の挑発でもするつもりか?」

 

「さすがに、ここから口八丁で乗り切るのは難しいな」

 

「ならおとなしく――――」

 

「だから」

 

男の目つきが変わる

 

「手八丁でいかせてもらう」

 

「なに?」

 

 

瞬間、男の手にはいつの間にか銃が握られていた

 

それはバニラの方に向いている

 

「へっ?」

 

「しまっ!?」

 

男が引き金を引く

 

 

 

乾いた音が響いた

 

 

 

「ッ!! こいつっ!」

 

バニラが撃たれた衝撃で後ろに倒れる

顔からは赤い液体が飛び散っている

 

「―――ッ!!」

 

チェンが高速で踏み込む

抜刀、横なぎに払う

だがまた手ごたえが無い、男はいない

奴の背には壁があった後ろには下がれない

剣の軌道からして横にはいけない

何より視界にとらえた、奴は上に跳んだ

頭上を跳び越え後ろに回るつもりだろう

 

(なら、着地を狩る!!)

 

逆手から順手に持ちかえ、振り向きざまに切り払う、が

 

「なにっ!」

 

「じゃあな、嬢ちゃん」

 

男はすでにはるか遠く、扉の方にいた

 

「クッ!」

 

男が外に出る、追おうとして、逆に振り返る、今はバニラが優先だ

失態だ、頭に血が上りすぎた

奴があまりにふざけすぎていたせいで武器を持っている可能性を懸念していなかった

自分のミスだ、奴の銃口は彼女の眉間を指していた、おそらくは即死だろう

横たわるバニラに駆け寄る

 

「クソッ! あいつっ!」

 

奴の動きを見ていなかったわけじゃない、いやしっかり見ていた

そのうえで反応に遅れた、それほどに速すぎた(・・・・)

一縷の望みをもって抱き起す

 

 

 

「ぴゃあああああああああっ!!」

 

「うおぉぉ!?」

 

瞬間、急にバニラが起き上がった、驚いて変な声が出てしまう

 

「ぴゃあぁぁぁっ!!」

 

だがそのことにバニラは気づいていない、それどころか奇声を上げている

 

「なんだ? どうした?」

 

生きていたことよりもその声に注意が向く

 

「あばばばばばぶぶぶぶぶ……」

 

その顔は真っ赤に濡れている

 

「あばばばばぁ…………だじげでぇじぇんざぁん」

 

「ああ、どうした、何を食らった」

 

「がらいんでずうぅぅ…………ずごぐがらいんでずうううううぅぅ!!」

 

「辛い?」

 

そしてようやく、鼻につく異臭に気づく

 

「これは、唐辛子か?」

 

 

 

 

 

 

いつの間にか暗くなった艦内、男が倉庫の部屋を出る、すると

 

「はぁっ!」

 

「とりゃぁ!」

 

両側から二人の少女が飛びかかる、メランサとカーディだ

 

「おっと、今日は随分モテるな」

 

前に飛ぶようにして避ける

続けて銃声

 

「ッ! あぶねっ!」

 

足元を弾が飛んでくる

 

「動かないでください!!」

 

少し離れた位置にジェシカがいる

 

「またBSWかよ、これで二人目だ」

 

「そろそろお縄についてもらうよ!」

 

「抵抗はお勧めしません……!」

 

メランサとカーディが男の後ろを取る

 

「やれやれ、モテる男は疲れるねえ」

 

男がそう言うと

 

「そこの男、手をあげなさい」

 

そんな声が聞こえた

 

「ん?」

 

暗闇の中からBSWの制服を着た女性が浮かんでくる

 

「おーおー、これで三人目だぜ、嫌になって――――ッ!!」

 

男が何か言おうとし、目を驚きで開かせる

 

「聞こえませんでしたか、おとなしく手を――――」

 

女性が途中で言葉を切る

 

「…………レイヴン?」

 

「……………………」

 

男は何も言わず、手を上げている

 

「……………………」

 

女性も男の名前らしき単語を言って、無言になる

 

「…………えっと」

 

「お知合いですか?」

 

「えっ、そーなの?」

 

三人が聞いてくる、だが二人とも何も言わない

 

「あいつっ! どこに行っ…………た…………?」

 

倉庫からチェンが出てくる、が、異変を感じたのか、押し黙る

 

「四人とも」

 

「「「「?」」」」

 

そこそこ離れた位置から誰かが声をかけてくる、そこにはフランカがいた

彼女は女性と男以外の面子に手招きをしている、必死に

どうやらあちらに来てほしいらしい

状況が理解できぬまま行ってみる、すると

 

「チェンさん」

 

「――ッ!! あ、ああ、なんだ?」

 

すれ違う瞬間に女性に呼び止められる

 

「確認したいことがあります」

 

「ああ」

 

「体に触れればおとなしくする、このクソ野郎はそう言ったんですね?」

 

「……ああ、言った、な、うん」

 

普段の彼女の言動からは予想できない言葉が出てきて困惑する

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

そういい、一歩、踏み出した

 

ズンッ!

 

「「「ひっ!」」」

 

音が重い、歩幅はいつも通りなのに

 

バチィッ!

 

「「「ひっ!」」」

 

女性の角に雷光がともる

 

女性は一歩ずつ、男に近づく

 

「……あ~、初めましてお嬢さん」

 

男が口を開く、女性が応える

 

「ええ、お久し振りです、レイヴン」

 

「…………はい」

 

男が静かに返事をする

 

「いつぶりでしょうか」

 

一歩、踏み出す

 

「…………十日ぐらいじゃね」

 

二歩、踏み出す

 

「そうですね、三年ぶりです」

 

三歩、踏み出す

 

「…………そんなに経ってたっけ」

 

四歩、踏み出す

 

「ええ、経ってます」

 

五歩、踏み出す

 

「…………弁解の余地は?」

 

バチィッ!

 

「ありません」

 

「「「ひいいいいいっ!!」」」

 

「よし殺せ」

 

「いいでしょう」

 

女性の拳に雷が灯る

 

「くたばれえぇぇぇっ!!」

 

「うぼあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

その日、リスカムのスキルに新しくリスカムブローが追加された

 




全体の進捗としてはここで折り返し、というところでしょう
まあ、急ぐ理由は大してないのでゆっくりやります





リスカムブロー

ケルシーパンチ並みに強そうじゃありませんか?


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信用ならない男

12/9 修正しました


――――――――悪い夢をみた

 

荒野を少女が歩いている

 

遠くには燃える集落

 

誰がやったかは知らない

 

わかっているのは少女が一人でいるということ

 

少女を気に掛けるものはいない

 

頼れるものもいない

 

少女は歩く

 

――――――――どこに?

 

 

 

 

 

 

「…………むー」

 

とあるオペレーターの一室

ベッドの上で少女は目を覚ます

 

「…………ここは?」

 

見覚えのない部屋だ

なぜ自分がここにいるか

思い出せない

 

「すぴー…………すぴー」

 

「…………にゃー」

 

隣にだれかが寝ている

金髪のヴイーヴル、バニラと言っていた気がする

 

「すぴー……うへ~…………」

 

「……………………」

 

にやけた顔で幸せそうに寝ている

彼ではない

 

「すぴー……どすぐろちゃんかわいいやったー…………」

 

「……………………」

 

よくわからない寝言を言っている

彼はどこだ

 

「…………すとれいど」

 

ベッドからゆっくり降りる

彼を探さなくては

歩かなければ

 

 

 

 

 

件の男が例の騒ぎを起こした翌日

 

 

ロドス本艦、独房エリア

 

 

ロドスは表向きは製薬会社だ

だがその裏では鉱石病や感染者関連の事件を秘密裏に解決している組織でもある

そしてここはその時に捕縛した感染者を閉じ込めるためのエリアだ

そこにドクターとリスカムは足を運んでいた

 

「………………」

 

「………………」

 

二人は無言で歩く

普段なら適当な会話を交わしながら歩いているはずだが何も話さない

別に、話のタネがないわけではない

ただなんとなく、話しにくいのだ

 

「………………」

 

「……あー、その、リスカム」

 

「なんでしょうか」

 

「何をそんなに怒っているんだ?」

 

「別に、怒っていません」

 

「いや、でも……」

 

「怒っていません」

 

「………………そうか」

 

こんな感じに、リスカムが不機嫌なせいで会話が続かない

 

「フランカから、知り合いだと聞いたんだが」

 

「ええ、そうですね」

 

「何かあったのか?」

 

「いいえ、話すようなことは何も」

 

「そうか」

 

何かあったんだろう、だが話すつもりはないらしい

このままでは場が続かない、何か話題はないだろうか

 

「…………昨日はすいませんでした」

 

「ん? いや、大丈夫だ、問題ない」

 

どうしたものかと考えていると、リスカムから謝罪される

実は昨日、一瞬ロドスの電子機能が一部停電した

リスカムがアーツを最大出力で放電したのが原因らしい

特別重要な設備にダメージが入ったわけではない

ロドスの業務にも支障が出たわけでもない

どちらかというと真面目な優等生で知られている彼女がなぜそんなことをしたのか

そっちの方が気になる

 

「どうしてあんなことをしたんだ?」

 

「それは、その、少し冷静さを失くしてしまいまして……」

 

「例の変態紳士が原因か?」

 

「……ええ、まあ、はい」

 

なんだろう、どういう関係か知りたくなってきた

 

「なんだ、元カレか何かか?」

 

「残念ながら、そういう浮ついた話ではありません」

 

違うらしい、なら何だろうか

 

「ドクター、着きました」

 

「ああ、わかった」

 

そんな話をしている間に目的地に着く

独房のとある一室、格子の向こうに男はいた

 

「おはよう、よく眠れたかな」

 

「ああ、おかげさまでばっちりだ」

 

何故か逆さ吊りの状態で

 

「まったく、寝付きが良すぎて視界が真っ赤だ」

 

それは血が上っているだけではないだろうか

 

昨日、リスカムブローとやらを食らったのはこの男だ

気絶したところを捕らえたらしい

 

「なかなかいい眺めですね、滑稽です」

 

「冷たいな、久々の再開だってのに」

 

「こんなに嬉しくないのはあの時以来です」

 

何やら殺伐としてきた

逆さづりはリスカムの要望とのこと、何が彼女をそうさせるのか

 

「下してくれよ、可愛いお嬢さん、このままじゃハングドマンに改名しなきゃいけなくなる」

 

「大丈夫です、あなたにはもう、変態紳士という輝かしい栄光があります」

 

「なるほど、確かに眩しいな、目がつぶれちまいそうだ」

 

してきたどころではない、もうしている

 

「相変わらず、減らず口が多いですね」

 

「そりゃお前、減らずだからな、増える一方さ」

 

「………………」

 

「………………」

 

リスカムの角が明滅し、男が不敵に微笑む

蚊帳の外に置かれてしまっている、どうにかしなくては

 

「ゴホン!」

 

咳払いをする

リスカムがこちらに視線を向け、少し後ろに下がる

 

「えー、まずは、いくつか質問に答えてほしい」

 

「なんだい?」

 

「まず最初に、昨日はなぜあんなことを?」

 

「どんなことだ?」

 

「昨日、ロドス中を走り回っていただろう」

 

「ああ、そこそこ楽しかったぜ」

 

「…………感想を聞いているんじゃないんだが」

 

「なんだ、違うのか?」

 

なんだか頭が痛くなってきた

この男から必要な情報を聞き出せるだろうか

 

「なんの目的で忍び込んだんだ?」

 

「んー、探検、だな」

 

「探検?」

 

「そう、探検、こんなでかい船だ、冒険心がくすぐられるだろう?」

 

「本当か?」

 

「本当だ、騙して悪いが、てのは嫌いなんだ、碌な思い出がない」

 

かなり騒がしい探検になったがね、そう男は言った

 

『嘘をつくのが大嫌い』

 

ある人物の言葉が浮かぶ

やはり、彼女の言う友人はこの男なのだろう

 

「これを」

 

懐から書類を取り出す、先日送られてきた図面だ

 

「見覚えはないか?」

 

「あると思うか?」

 

「真面目に答えなさい」

 

リスカムが男を叱る

 

「わかったわかった、ああ、あるよ」

 

存外正直に答えてきた

 

「ということは、君が送ってきたということでいいんだな?」

 

「ああ、だが送ったってのは違う」

 

「なんだ」

 

「置いてったんだ」

 

「……つまり、昨日のは二度目の侵入ということか」

 

「そうだな、中々刺激的な代物だったろ」

 

「ああ、おかげさまで軽くトラウマだ」

 

「そりゃいい知らせだ、手間をかけた甲斐がある」

 

例の異臭のするインク、男の仕業で間違いないらしい

人知れず侵入する、龍門ほどではないがロドスの警備レベルもそこそこ高い

どうやってやったのか

 

「どうやって侵入した」

 

「そいつは話せない」

 

「話してくれなければ困る」

 

「しつこい男は嫌われるぜ」

 

話す気はないらしい、どうしたものかと思案する

 

「ところで、うちのチビっこは元気かな?」

 

「ああ、君の言いつけ通りに応接室で待っていたよ」

 

「なら結構」

 

男がリンクスについて聞いてきた

 

「で、今はどうしてるんだ?」

 

「あるオペレーターと一緒にいてもらっている」

 

「ほう、どちら様かな」

 

「昨日、あなたが撃った女性ですよ」

 

「ああ、金ヴルのお嬢ちゃんか」

 

「なぜそんなことを聞く」

 

「なに、後で礼でも言おうと思ってな」

 

彼なりに心配しているらしい、すると

 

「彼女、どうしたんですか、なぜあなたと一緒にいるんです」

 

「別に、道端で拾っただけだ」

 

「拾った?」

 

「ああ、拾った」

 

拾った、とはどういうことか

 

「…………そうですか」

 

「お? 根掘り葉掘り聞かないのか?」

 

「聞いてほしいんですか?」

 

「まさか、探られるのは好きじゃない」

 

「でしょうね」

 

どうやら、お互いのことをそれなりに理解しているらしい

 

「君たち、どういう関係なんだ?」

 

「「……………………」」

 

二人そろって押し黙ってしまった、ますます気になる

 

「ドクター、話の続きを」

 

「ん、ああ、そうだな」

 

リスカムが続きを促してきた、また今度聞いてみよう

 

「この図面に書かれた情報、どうやって手に入れた、事前に行動指針を書いたのは何が狙いだ?」

 

「なに、暇つぶしに仕入れたのさ、で、代わりにやってくれそうだったから渡してみた」

 

「なぜロドスに?」

 

「面白そうだったから」

 

「………………」

 

どこまで本気かわからない

男の目的は何なのか、聞いて答えてくれるだろうか

 

「鉄仮面の兄さんよ」

 

「なんだ」

 

「偵察隊は捕まえたんだろ?」

 

「ああ、おかげさまでな」

 

この男、偵察隊の時にひと暴れしている

そのとき撃たれたフェリーンは生きている

腕の傷は一生残るらしいが後遺症はないらしい

 

「ならいいさ、で、これからどうするんだ」

 

「というと?」

 

「決まってるだろ、本隊さ、奴ら、五日後に偵察隊が戻ってこないと龍門に特攻するぜ」

 

そうだ、まだやるべきことは残っている

奴らの本隊をどうするか、あと四日たつまでに決めねばならない

 

「俺から助言だ、鉄仮面」

 

「なんだ」

 

「奴らの組織はいま、カルトじみた状況になってる、リーダーを筆頭に動いてるんだ」

 

「………………」

 

「だから、リーダーを殺せばいい」

 

「…………我々は傭兵ではない」

 

「なんだ、違うのか?」

 

「ああ、違う」

 

「ほう、その割には随分と軍事力を持ってる気がするがね」

 

「レイヴン、そこまでです」

 

「なんだよ、まだまだ話そうぜ」

 

「レイヴン」

 

「はいはい、わかったよ」

 

リスカムが話を終わらせる

 

「ドクター、提案があります」

 

「なんだ」

 

「この男を使いましょう」

 

「…………なに?」

 

意外な提案をしてくる、彼女は男を嫌っている

自由の身にさせるようなことを言うとは思わなかった

 

「どうしてだ」

 

「あまり多くは話せませんが、この男は無意味なことをする奴ではありません」

 

「というと」

 

「何か大事な理由があってロドスに情報を渡しているはずです、

 少なくとも、悪事を考えるような輩ではないです」

 

「信頼しているんだな」

 

「……いえ、別に」

 

リスカムがわざわざ進言する、ということはそれなりに信じていいのだろう

ここは彼女を信じよう

 

「わかった、そうしよう」

 

「だそうです、レイヴン」

 

「おーおー、なんだかんだで優しいじゃないか」

 

「正直、助け舟など出したくはありませんでしたが」

 

「じゃ、優しさついでに下してくれないか」

 

「自分で降りなさい」

 

「へいへい」

 

「? 何を言ってる」

 

そういうと、男を縛っていた縄がいきなり緩む

 

「よっと」

 

男は両手をついて逆立ちの要領で身を起こす

 

「…………いつでも降りれたのか」

 

捕まってるふりをしていたらしい、油断ならない

 

「ああ、そうだそうだ」

 

男が軽く振り返る

 

「自己紹介がまだだったな」

 

その顔には不敵な笑みがあった

 

「俺の名前はストレイド、ただの流れの傭兵さ」

 

 

 




今回は字が多いですね、読んでて楽しいものを目指しているのですが難しいです
そして、なんだかんだで書くことがありません、どうしましょうか









     K   O   K   O    D   A   Y   O




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迷子、再び

12/9 修正しました


レイヴンを独房から出した後、リスカムとレイヴンは住居フロアにやってきていた

 

「随分部屋が多いじゃないか」

 

「それだけの人望があるんですよ、ここは」

 

ドクターは彼のパスポートを発行するための書類を取りに執務室に戻っていった

 

「綺麗なお姉さんはいるのかな?」

 

「少なくとも、あなたの誘いに乗る人はいませんよ」

 

「なんだ、最近の女の子はみんな堅物だな」

 

「あなたが軽いんです」

 

二人がここにきている理由は一つ、リンクスと彼を合わせるためだ

昨日はバニラと一緒にいてもらったが終始落ち着かない様子だったという

 

「あいつはいい子にしてるかね」

 

「誰かさんよりはお利口ですよ」

 

「失礼だな、俺だって利口な方だ」

 

「利口な人は誰彼構わずセクハラしません」

 

この男を釈放する際、ドクターから一つルールを言い渡された

 

『君の言うことを信用していない訳じゃない、だがまた何かしでかさないとは限らない

 彼が艦内を移動する際は君が付いていてくれ』

 

早い話が首輪を着けろということだ

まあ、目を離したすきに何をするかもわからない男を自由にするのだ

妥当な判断だろう

何より自分が言い出したのだ、責任はとらねばならない

 

「それで、例の金ヴルちゃんはどんな子だい?」

 

「なぜそんなことを?」

 

「いやなに、見たことない顔だったんでね」

 

そういい、上着のポッケから煙草を取り出し、口に咥える、火はつけない

 

「ここは医療施設です、間違えても火をつけないように」

 

「ん? ああ、わかったよ、それぐらいは弁えてるさ」

 

「なら結構」

 

そういい、口を動かすこともなく器用に煙草を上下に振っている

本来なら捨てろなりなんなり言うべきなんだろうが何も言わずにおく

この男がこうしている時は機嫌が良い時だけだ

企みが上手くいっているだけだろうがわざわざ注意するのもなにか違う

それに本人が気づいていないうちに咥えている時もある

適当に釘をさしておけば問題ないだろう

 

「しかしまあ、見た目に違わず広いなここは」

 

「そうですね」

 

「色んな人種がいて、色んな奴がいる」

 

「そうですね」

 

「この中で生きていくのは楽しそうだ」

 

「なんです? ロドスに住み着くつもりですか?」

 

「まさか、一つ所にとどまるのは大嫌いだ」

 

「……そうですか」

 

レイヴンの言葉を聞いて、少し、気分が沈む

ちらりと横を見る

 

「? なんだよ」

 

「いえ、別に」

 

その顔は、昔と変わらない

 

「お、あれは昨日のイタズラの犠牲者じゃないか?」

 

「自分で言いますか」

 

並んで歩いていると通路の先に、何故かパジャマ姿のバニラがいた

きょろきょろと辺りを見回している、誰か探しているんだろうか

こちらに気づく

 

「あっ! 先輩、いい所に……て、ゲェッ!」

 

「ゲェとはなんだゲェとは」

 

「自分の胸に聞きなさい」

 

バニラが顔をしかめる、無理もないだろう

あんな劇物を顔にぶちまけられたのだ、軽いトラウマになっているだろう

 

「えと、どうしたんです? 二人仲良く一緒に歩いて」

 

「どうやら昨日のペイント弾で目がおかしくなったようですね

 ケルシー先生のとこに連れていきますか」

 

「いや、もう一発ぶちこめば一周まわって治るかもしれん」

 

「いい案ですね」

 

「いや待ってくださいっ! あれはもう食らいたくありません! ていうか仲いいじゃないですか!」

 

「「誰が」」

 

失礼なことを言われてしまった

こんなやつと仲良くなどしたくはない

 

「それで、こんなところで何をしているんですか、そんな姿で」

 

「確かに、年頃の嬢ちゃんが着るには色気がないな」

 

「そろそろ黙ってください」

 

「へーい」

 

「…………仲良しじゃないですか」

 

「何か言いましたか」

 

「いいえ、何も」

 

いい加減に本題に移りたいのだが

 

「さてお嬢ちゃん、リンクスは元気かな?」

 

「え、あ、その、ええと」

 

「オーケー、わかった、何時からいない?」

 

「へ?」

 

「? …………何を言っているんです?」

 

話を切り出そうと思っていたらレイヴンがいきなり変なことを言い出した

まるでリンクスが行方不明になったかのような言動だ

 

「朝起きたらいなくなってた、て所か。ならまだ、近くにいるな」

 

「いや、その、説明する前からなぜわかるんです?」

 

「その姿を見りゃ一目瞭然だ」

 

「私にも説明してくれませんかね」

 

「いいぜ、話は簡単だ、いま金ヴルちゃんはイマイチそそられないパジャマ姿だ」

 

「余計な部分は省いてください」

 

「普通は起きたら朝の支度をするもんだ、だがいま寝間着でいるってことは支度をすることに頭が回らなくなることが起きたって事」

 

「はい」

 

「だが日常生活でそんなことが起きるのはまれだ。何より大抵のことは部屋の中で片付く事柄の方が多い」

 

先ほどまで逆さになっていたとは思えないほどペラペラしゃべる

 

「にもかかわらず、外に出ているってことは部屋の中にあるべきもの、例えば同居人とかだ。本来ならいるはずの人間がそこにはいない、そしておそらく扉が開いていたんだろう。鍵は内側からしか開けられない、勝手に出ていった、そう考えた」

 

逆に外から開けられるカギとかあったら怖い、

 

「で、嬢ちゃんの同居人は少し前に聞いた通りならリンクスぐらいしかいない。なら探しているのはあいつの事だろう、以上だ、アタリかな?」

 

「他にペットがいます!」

 

「そこまで考えられるか」

 

この男、あの一瞬でここまで考えていたのか

だがおかげで事態が飲み込めた

 

「つまり、リンクスがいなくなったと」

 

「あ、はいそうなんです、起きた時にはもういなくて…………」

 

「わかりました、手分けして探しましょう、バニラ、あなたはあっちを――」

 

「待て、リスカム」

 

リンクスを探そうとした矢先、レイヴンに引き止められる

 

「なんです」

 

「あいつのことをわざわざ探す必要はない」

 

「何を言っているんですあなたは」

 

仮にも保護者だろうに、そんなことを言ってきた

少しムッとなる

 

「子供が迷子になっているのに探さないわけにはいかないでしょう」

 

「立派な心掛けだ、だが間違えてることが一つある」

 

「何を言いたいのです」

 

「あいつは迷子になってない」

 

「は?」

 

「へ?」

 

またおかしなことを言ってきた

 

「リスカム、艦内放送できるところはあるか?」

 

「ええ、ありますが」

 

「なら、そこに連れて行ってくれ、手っ取り早い方法がある」

 

「? …………わかりました」

 

何か考えがあるのだろう、仕方なく言う通りにする

 

「金ヴルちゃん、ついでだ、お前も来い」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

「その前に着替えてきなさい」

 

「はい!」

 

こうして一行は放送室に向かうことになる

 

 

 

 

ピーピーガー

 

 

『えーテステス、今日は何の日、子日だよ』

 

『仏滅です』

 

『マジか』

 

『遊んでないで早くしなさい』

 

『オーケー、えー、迷子の迷子のリンクスちゃん、ストレイド君が応接室でお待ちです至急、応接室まで来てください。昨日、鉄仮面のお兄さんに連れてってもらった場所だ。わかるな、待ってるぞ」

 

「…………すとれいど?」

 

『ついでだ、フランカ、昨日俺の腰に銃弾ぶち込んだフェリーンのお嬢ちゃん。お前たちも来い、来なかったら悪質なイタズラをする、以上』

 

「は?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




ストレイドを出すと彼のセリフで埋まってしまいますね
まあ仕方のないことなのですが
ストレイドの推理ですが怪しいところがございます
気にしないでくださいね


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不思議な二人

ノックの音が響き渡る

 

「入りたまえ」

 

「何様ですか」

 

応接室の扉を開く、そこにはリスカムとバニラ、そしてストレイドがいた

 

「……本当に居るのね」

 

「ああ、お邪魔してるよ」

 

昨日、騒ぎを起こした男が何事もなかったかのようにソファに座っている

その近くにはリスカムが立っている

バニラは対面に座っておどおどしている

 

「なんであなたは立ってるの?」

 

「私の役目はこいつの監視です」

 

「ああ、そう」

 

「お堅いな、少しは柔らかくなったらどうだ」

 

「そう言って逃げ出すつもりでしょう」

 

「警戒しすぎだ」

 

ストレイドがやれやれといった感じで肩をすくめる

 

「…………フランカ先輩、この二人っていつもこんな会話してるんですか」

 

「ええ、いつもこんな感じだったわ」

 

バニラの言葉に肯定する

その顔は、怯えている

仕方のないことだ、リスカムの彼にむける態度は常に喧嘩腰

対するストレイドは適当にいなしながら時折茶化す

そのたびにリスカムの角がちらちら光る

一歩間違えれば昨日の再現だ

 

「その、何かお話があって呼んだんじゃないんですか?」

 

フランカの後ろからびくつきながらジェシカが出てきて用件を聞く

 

昨日、弾を撃ち込んだと言われていた、怒られるかと思っているのだろうか

 

「ああそうだ、でもまだ主役がいない。もう少し待ってくれ」

 

「主役?」

 

「リンクスの事ですよ」

 

そう言われ、部屋の中を見渡す

 

「そういえば一緒に呼んでたわね、来てないの?」

 

「というか、来れるんですか? やっぱり探した方がいいんじゃ…………」

 

「問題ない、あいつは何も考えていなそうでもしっかり見てるからな」

 

バニラの言葉にストレイドが返す

 

「あいつは一度通った道は全部覚えてる、昨日みたいな状況じゃさすがに迷うがな」

 

「いやでも、ここは広いですし…………」

 

「大丈夫だ、ここぐらいなら一日歩き回らせれば全部覚えるさ」

 

「それは本当?」

 

「ああ、ほんとほんと、マジマジ」

 

彼女はまだ幼い、あの年齢でこの船の全貌を覚えられるのか、疑ってしまう

すると、ノブの回る音がする

 

「んしょ、あっ」

 

「お、来たか」

 

「すとれいど」

 

リンクスが少し背伸びしながら扉を開けて入ってきた

他の面子に目も向けずストレイドに一直線に駆け寄っていく

 

「おーよしよし、よく来れたな」

 

「にゃー」

 

そういいながら彼女の髪をわしゃわしゃと撫でまわす

 

「犬じゃないんですから、普通に撫でてあげればいいじゃないですか」

 

リスカムが言う、確かに犬をほめるときにやるような撫で方だ

 

「仕方ないだろ? これがいいって言うんだから」

 

「にゃー」

 

確かにリンクスの顔が今まで見たことないぐらいに綻んでいる

昨日はほとんど無表情だった、知らない人間に囲まれていたのもあるだろうが

やはり彼のそばが落ち着くのだろう

 

「…………わたしと一緒にいるとき、そんな風に笑ってくれませんでしたよ」

 

「そりゃあなあ、唐辛子臭い人と一緒には居たくないだろうさ」

 

「なー」

 

「いやそれはあなたのせいじゃないですか!」

 

「はて、何のことやら」

 

バニラが昨日の彼の所業について抗議する

彼を捕まえた後、バニラが妙なことになっているといわれ様子を見たがあれは酷かった

顔面すべて真っ赤に染まり、鼻を直接異臭が襲う、軽く悪夢だ

 

「落とすの大変だったんですからね!」

 

「おーおー、気に入っていただけたようで何よりだ」

 

「気に入ってません!」

 

バニラが怒っているさまを見て彼が笑う

相変わらず人にイタズラばかり仕掛けているらしい

 

「ところで、そろそろ用件を聞いてもいいかしら?」

 

「ん? ああ、そうだな」

本題に移る

「まず最初に、自己紹介からいこうじゃないか

 俺の名前はストレイド、こいつはリンクスだ」

 

「リンクス」

 

ストレイドとリンクスが改めて自己紹介をする

 

「え? ストレイドさん…………ですか?」

 

ジェシカが不思議そうに言う

その疑問は最もだ、昨日、リスカムが彼を呼んだ時と名前が違う

 

「あれ? ストレイドさんじゃないんですか?」

 

バニラが聞く、無線とリンクスから聞いた話ではストレイドと名乗っていたはず

 

「ああ、そうだ、まあ、細かいことは気にせずストレイドって呼んでくれ」

 

「…………そう」

 

彼に話かける

 

「ストレイド、今のあなたはそう名乗ってるのね?」

 

「ああ」

 

「…………わかったわ、ストレイド」

 

「おう」

 

名前を変えた、理由は知らないがそうする訳があるんだろう

 

「さて、三人とも、ここから大事な話がある、しっかり聞いてほしい」

 

「あ、はい、なんでしょうか?」

 

「スリーサイズはいくつかな?」

 

「殺されたいのかしら」

 

「おっと、冗談だ、忘れてくれ」

 

口を開けばふざけたことしか言い出さない

よくもまあ一緒に居られたものだ

ストレイドが仕切りなおす

 

「まず一つ、件の作戦、俺も参加することになった」

 

「え? あなたが? どうして?」

 

作戦というのは例のレユニオンの部隊の事だろう

だが彼が介入する理由がわからない

 

「簡単な話だ、例の図面は俺が渡したものだからだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「そ、それでしばらくの間俺はここに留まることになる」

 

「あらそう」

 

「どれぐらいの間いるんですか?」

 

「だいたい三日かそれぐらいだろう」

 

本隊は五日ほどで動くとドクターが言っていた

それに合わせているのだろう

 

「二つ、フランカ、リスカムのパートナーはお前らしいな?」

 

「ええ、そうね」

 

リスカムから聞いたんだろう、そんなことを聞いてくる

 

「悪いが滞在している間、こいつが俺の監視につくことになる、お前たちの行動は別になる。不自由するかもしれないが考慮してくれ」

 

「構わないわ、なんだったらそのまま貰ってくれて構わないわよ?」

 

「私は物ではありません」

 

「こんなのいらん」

 

「奇遇ですね、私もあなたとは居たくありません」

 

リスカムが若干不機嫌になる

この二人、フランカの時より口論が多い

 

「三つ、これで最後だ、よく聞いてくれ」

 

「なにかしら」

 

そういいリンクスをフランカ達に向けてくる

 

「こいつを預かっててくれ」

 

「…………リンクスを?」

 

「ああ」

 

「私達に?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

「いや、わかるだろ」

 

「わからないわよ、いきなりそんなこと言われても」

 

「なんだよ、ちゃんと聞けって言っただろ」

 

ストレイドが顔をムッとする

 

「俺はこいつに監視されてるって言っただろ?」

 

「ええ、言ったわね」

 

「で、そうなると勝手に動き回れないように制限されるだろ?」

 

「ええ、そうね」

 

「だけどこいつは制限も何もないだろ?」

 

「ええ」

 

「だから預かってくれ」

 

「いやわからないわよ」

 

「こんなに丁寧に説明してるのにか?」

 

「肝心なところが抜けてるのよ! どうして私たちなの?」

 

「昔のよしみということで」

 

「理由になるか!」

 

ストレイドの暴論にフランカが叫ぶ

まあ言いたいことはわかる

窮屈なことになる者のそばにいるよりもそのほうが彼女にとってもいいことだろう

 

「もういい、わかった、預かるわ」

 

「助かる」

 

承諾する、ストレイドが素直に礼を言ってくる、正直気持ち悪い

 

「すとれいど」

 

「ん? どうした?」

 

話が終わると同時にリンクスが口を開く

 

「どっかいっちゃうの?」

 

「いや、近くにいるが一緒にいられないだけだ」

 

「やだ」

 

「悪いが、仕事の都合だ。我慢してもらうことになる」

 

「やだ」

 

リンクスが抵抗している、彼と離れるのが怖いのだろうか

 

「大丈夫だ、俺の代わりにそこのフランカお姉ちゃんたちが一緒にいてくれる」

 

「…………」

 

「少しの間だけだ、わかってくれ」

 

「…………わかった」

 

しぶしぶ了承する、ちょっと可哀想だ

 

「さて、諸君、これで話は終わりだ。解散していいぞ」

 

「いやちょっと、一方的に話されただけなんですけど」

 

「あの、せめて先輩たちとの関係だけでも聞かせてくれませんか?」

 

「フランカから聞け、リスカム」

 

「なんでしょう」

 

バニラとジェシカの質問を強引に切り、リスカムに話しかける

 

「近くに俺の車がある、回収したいから手伝ってくれ」

 

「…………車、ですか」

 

「ああ、お前がいないと動き回れないだろ? 一緒に来てくれ」

 

「ええ、わかりました」

 

「そうだ、フランカ、これが終わったら一緒にお茶でも――――」

 

バチィッ

 

「失礼、なんでもない」

 

そう言って二人は外に出ていく

フランカ、バニラ、ジェシカ、そしてリンクスが取り残される

 

「先輩、結局あの人は誰なんですか?」

 

「あの、お二人とも仲が良さそうでしたけど」

 

「…………そうね」

 

二人が聞いてくる

 

「わかった、あなた達には聞かせておいた方がいいわね」

 

「はい」

 

「誰なんですか?」

 

真剣な顔で聞いてくる

 

『近くってどれくらいですか?』

 

『そりゃあ、近くだよ』

 

『だからそこがどこか聞いているんです』

 

出ていった二人の声が小さく聞こえる

 

「彼の名はストレイド、その正体は」

 

「「その正体は」」

 

 

「リスカムの、元 相棒よ」

 

 

 




最近書いている最中視点がいつの間にかキャラの視点になっていることに気が付きました、直すべきかいっそのこと思い切ってキャラ視点にするか、それとも随時使い分けるか、悩みますね、まあおいおい自分で決めていきます
リンクスの服装について説明してなかったことに気が付いてしまいました
ということで皆さま、好きな服装を思い浮かべてください
無理なら、ぼろいワンピ-ス程度で考えてください
まあ、ストレイドの服装も適当なんですけどね


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過去

12/9 修正しました


 

「元……」

 

「相棒、ですか」

 

「そう、正確には教官、兼、相棒」

 

二人が出ていった後、彼のことについて軽く話すことにした

ジェシカはバニラの隣に座り、自分はストレイドがいたところに座る

リンクスを膝にのせて話を始める

 

「教官、ですか?」

 

「あの人が?」

 

二人から意外だと言わんばかりの反応が返ってくる

気持ちはわかる

 

「きょうかん?」

 

「そうよ、人に色々なことを教えるのが仕事なの」

 

「じゃあ、すとれいどはわたしのきょうかん?」

 

「それとは、ちょっと違うわね」

 

「でも、いろいろおしえてくれる」

 

どうやら保護者としての責務は果たしているらしい、勉強とかやらせているのだろう、彼が教える色々は碌でもないことが多そうだが

 

「教官……ということはあの人は元々BSWにいたってことですか?」

 

「ええ、そうよ、しかもかなり有名だった。色んな意味で」

 

「いろんな意味で、ですか」

 

「まあ、詳しい話は私も知らないし、知ってることも少ないわ。私よりもリスカムの方が知っているでしょうね」

 

おそらく、誰よりも知っているのではないだろうか、彼の傍にいた人は彼女ぐらいしか知らない

 

「彼はそこそこ長い間BSWにいたらしいのよ」

 

「らしいというと?」

 

「私とリスカム、同じくらいの時期に入ったから」

 

「ああ、なるほど」

 

「それで、リスカムが訓練生の時にね、彼が彼女についたの」

 

今でも覚えている、真面目な人間が多いBSWでは彼の存在は異色だった

 

「それって平気だったんですか? さっきも結構言い争ってましたけど」

 

「大丈夫だったと思う?」

 

「あっ…………いえ、そうですか」

 

「彼のイタズラ癖は酷かったわ。綺麗な女性がいれば流れる様にお尻を触り、むさい男どもには特製ペイント弾をお見舞いする」

 

「ええ…………」

 

「そして上司に何か言われれば、お返しといわんばかりにそいつの恥ずかしい写真を本社のいたる所に張って回ってた」

 

「えええ………………」

 

それでさらに上司を怒らせて呼びだされたりしていた、彼は笑いながら怒鳴られていた、怖いものなどないのだろうか

 

「どうしてそんな人がBSWにいたんですか?」

 

「さあ、詳しいことはしらないけど、上層部の偉い人が無理やり入れたって話よ」

 

「無理やり?」

 

「そう、無理やり」

 

なぜそんなことをしたかはその人しかわからない、そうするだけの理由があったのだろうか

 

「しかも彼、BSW七不思議の一人なのよ」

 

「七不思議?」

 

「そう、彼はいつも神出鬼没だった、普段は見当たらないのにいつの間にか現れて、気が付けば何かされた後、防ぎようのない災害だったわ」

 

「人災では」

 

確かにその通りだ

 

「でも、そんなことをしてたらクビになりませんか?」

 

「ええ、そうね、実際クビの話も出たらしいわ」

 

「ええ…………」

 

「だけどその度、さっきの上層部の人が止めてたらしいのよ」

 

「なんでですか?」

 

「さあね、でも確かだったのは、彼は恐ろしいほど強かったってことかしら」

 

それなりの人望もあっただろう、だがそれだけでクビを免れる訳がない

その証拠に、BSWの面々を納得させるだけの強さを有していた

 

「恐ろしい、ですか?」

 

「そう、凄く、でも、かなり、でもない、恐ろしかったのよ」

 

彼については何度か調べたことがある、そしてその度におかしな話ばかりが掘り出された

 

「彼の戦闘記録を見たことがあるの」

 

上層部に頼み込んで見せてもらった、最初見たときは驚いた

 

「私たちは警備会社、基本的には護衛対象を守るのが仕事よ、それが最優先」

 

その記録は異常なことばかりが書かれていた

 

「少なくとも、誰かを殺すようなことは強制されないし無力化する方が多いわね」

 

「そうですね、せいぜい動けなくさせるぐらいです」

 

護衛や鎮圧が目的なら殺す理由はない

 

「だけどあの人が相手取った人は、ほとんど殺されてるわ」

 

「えっ」

 

「それって、つまり」

 

「彼は殺すことに容赦がない、一応殺すなって言われてる場合は生かしてるって話だけど」

 

「あの、それは…………」

 

「あの人、かなり危ない人なんじゃ」

 

言いたいことはよくわかる

 

「彼の中でも一応ボーダーラインはあるみたいなんだけどね。それでも、あれは一人がやる量じゃなかった、数百人は殺してる」

 

「ひゃく…………」

 

「ボーダーラインですか?」

 

「なんでも、武器を持ち殺意をもって来る奴は殺すって」

 

「殺意、ですか。敵意じゃなくて?」

 

「敵意の場合はセーフって言ってたわね」

 

本人に聞いたことがある、覚悟のないやつは殺さない、と

 

「でも、殺すといっても一人では限界があるんじゃ」

 

「そうね、普通なら単身で暴れるのには限界がある」

 

バニラの方に視線を送る

 

「バニラ、あなたならわかるんじゃないかしら」

 

「へ? わたしですか?」

 

名指しされきょとんとした顔をする、何故指名されたかわからないのだろう

 

「あなた昨日、彼に撃たれたわね?」

 

「はい、撃たれました」

 

「その時、何ができた?」

 

「えっと……」

 

「別に叱ろうってわけじゃないわ、あなたは昨日、彼の強さの片鱗を味わってるのよ。ゆっくり思い出してみて」

 

「…………はい、そうですね、あの時はチェンさんと一緒に捕まえようとして――」

 

顎に手をあて頭をひねる、バニラが昨日のことを思い出そうとする

 

「捕まえようとして?」

 

「捕まえようと、して…………」

 

軽い口調から、少しづつ色が消えていく

 

「…………そうです、ちゃんと見てたんです。チェンさんと二人で囲んで、あの人が何か言って、いきなり、気配が変わって」

 

バニラの顔が青くなっていく

 

「視界に捕らえてたはずなのに、見えなかったんです。いつの間にか銃を握っていて、それを、私の顔にむけて――」

 

今更怖くなってきたんだろう、無理もない、やられた側は何が起きたのかわからないのだ

何か動こうとしても、すでに手遅れになっている

 

「それで、撃たれて、気が付いたら、天井が見えてて、チェンさんに抱き留められてて……」

 

体が震えている、もうやめさせた方がいい

 

「ごめんなさい、それ以上は思い出さなくていいわ」

 

「バニラちゃん、大丈夫、落ち着いて、ね」

 

ジェシカと二人でなだめる、あの時、もしかしたら死んでいたのかもしれない、そう考えてしまったのだろう

これは常人には出来ない彼の技だ、彼にとっての常套手段、理論上だけの最高速の屠り方

 

ただ一度、引き金を引くだけで殺していく、非凡な業

 

狙われたなら、生きることは叶わない

 

「ごめんさい、話を変えるわね。そうね、リスカムと組み始めたころの話をしましょう」

 

話題の方向を変える、これは続ける必要はない

代わりに彼女との馴れ初めでも話そう、この話なら問題ない

 

「あの人、さっきも言った通りレアキャラだったのよ、探しても見つからないってことで。だけどある日、リスカムが入って、彼女の教官についた」

 

「なぜですか?」

 

「さあ、誰が付けたのか、話題になってたわ。同時に、リスカムを探せば彼がいるってことでもみんなの話題になってた」

 

「まるで天然記念物ですね」

 

「そうね、まさにそういう感じだったわ」

 

実際、彼と彼女の周りには人だかりができていた

 

「それでね、あの人、自分で作ったペイント弾があるのよ」

 

バニラが体を震わせる、やはりさっきの話はすべきではなかったのかもしれない

いまはかまわず続ける

 

「彼、それでよくリスカムにイタズラしてたのよ、彼女が油断してる時に、バン、って」

 

あの時のことを思い出す、あれは笑うのは我慢できなかった

 

「すごく面白かったのよ? 彼が撃つたび、リスカムが真っ赤になった顔でひいひい言いながら全力疾走してたんだから」

 

「……あのリスカム先輩が、ですか?」

 

「ええ、しかもあの人、わざわざ水場の遠い所で撃つのよ。そのうえ周りには人が多い、人だかりの中を掻き分けて走ってたわね」

 

「…………やられたくはないですね」

 

「それでもう一つ、彼についての不思議があるのよ」

 

これに関しては詳しいことが何もわからなかった

 

「彼ね、作戦中も神出鬼没なの」

 

「というと?」

 

「そうね、例えば作戦中、部隊を二つ展開しているとする。片方が終わってもう片方は終わってない、援護にいこうってなるわね?」

 

「はい」

 

「でも駆けつけるのに十分ぐらいはかかる距離なのよ」

 

「はい」

 

「なのに彼だけ一分かからずに一緒に混ざって暴れてるの、不思議でしょう?」

 

「え、どうやってですか?」

 

「さあ、わからないわ、しかもあの人、リスカムと組んでからもそんなことをしてたのよ。彼においてかれてえっちらおっちら走ってたわ」

 

まあいつの間にか彼と一緒に現れるようになったが

おそらく彼女はこの事象のタネを知っているだろう

 

「あとは、そうね、よく戦術指揮官の話を聞かずに動いてたわね」

 

「え、それって規定違反じゃ」

 

「そうよ、だからあの人、独断執行のライセンスを持ってたわね」

 

「そもそもどうして違反なんて」

 

「あの人、さっきは恐ろしい人って言ったけど、仲間思いなのよ。誰かが処理できない事態に遭遇したとき、真っ先に向かってたの」

 

「真っ先に、助けにですか?」

 

「そ、それで邪魔だって言って撤退させてたの。自分が殿を務めて、最後の一人になるまで残ってた」

 

ライセンスを取った理由も指示をいちいち待ってたら間に合わないからと言っていた

 

「仲間思い……ですか」

 

「ええ、どれだけ危険な状況でも仲間を助けることを優先してた。けして悪い人じゃない」

 

その言葉を聞いて安心できたのだろう、バニラの顔から陰りが消える

 

「リスカムも最初は毛嫌いしてたわ。だけど彼のそんな姿を見て信頼するようになった。まあ、最後まで彼のやり方には反発してたけど」

 

彼の戦い方は人命を軽視しているように見える

リスカムの理念とはかみ合わなかった、よく口論していた

 

「あの、ならどうしてあの二人あんなに喧嘩ばかりしてるんですか?」

 

ジェシカが聞く

 

「理由はいろいろあるわ。顔に激物撃ち込まれたり、気が付いたらおもちゃか何か付けられてたり、彼のやり方に文句を言ったり、でも一番はやっぱりあれね」

 

「あれ?」

 

「て、なんです?」

 

二人が聞いてくる

いつのまにか寝てしまったリンクスの頭を撫でながら話す

 

「リスカムの訓練生の修了日、あの人ね」

 

あの日の彼女の顔を思い出す、泣きそうな顔で捜していた

 

「いきなり、消えちゃったのよ」

 

「消えた?」

 

「BSWからですか?」

 

「ええ、そうよ、誰にも何も言わず、いなくなってしまった」

 

彼女にも、何も言っていなかったのだろう

あの日、彼女は暗くなるまで彼を捜し回っていた、必死に

翌日、上層部から彼女に連絡が来た

レイヴンはBSWを辞めた、と

何を言えばいいのかわからない、そんな風な顔をしていた

 

「その、リスカム先輩はそれであんな風に?」

 

「おそらく、そうでしょうね」

 

あの二人、曲がりなりにも相棒だったのだ、最後の方はお互いに信頼しあっていた

なのに何も言われなかった、かなり傷ついたはずだ

せめて何か、別れの言葉ぐらい言ってほしかっただろうに

 

「そこに今回彼が現れた。積年の恨みもあるでしょうけど、あの態度は仕方ないわ」

 

自分も同じ立場ならそうするだろう、それに、彼に非がある

 

「まあ、それに関しては二人の問題よ。私たちがとやかく言うべきではないわ」

 

「……はい」

 

「わかりました…………」

 

バニラとジェシカの顔が沈んでいる、あの二人にそんな過去があったとは思わなかったんだろう

ジェシカがふと聞いてくる

 

「あの、どうして、ストレイドさんは名前を変えているんです?」

 

なぜ、レイヴンと名乗らなくなったのか、予想はついている

 

「二人とも、今から話すことは誰にも秘密よ」

 

「え?」

 

「…………はい、わかりました」

 

「心して聞いて」

 

二人が頷く

 

「彼はね、BSWに入る前も傭兵をしてたらしいの。各地を転々と渡っていたらしいわ」

 

昔、調べたことがある、リスカムがあまりに悲しそうな顔をしていたから

 

「それは、ある小さな国同士の戦争で起きたことよ」

 

彼につながる情報があればと思って調べたのだ

 

「すれ違いが原因で起きた戦争だったの」

 

それが、こんなことに繋がるとは思わなかった

 

「武器商人たちの横流しが原因で起きた戦争、二つの国はハメられただけ」

 

彼女には、伝えていない

 

「国民は皆、戦いたくないと言っていたわ、だけどそれを軍が許さなかった。見せしめに殺し始めた、こうなりたくなければ戦えと」

 

これはおそらく、彼の罪だ

 

「相手側も同じことをしていたわ、国のために死ねといいいながら、国民を殺し始めてた、それを、彼は見ていた」

 

一生かけても滅ぼすことのできない罪だ

 

 

 

「ある日、両国の兵士は皆殺しにされた」

 

「それをやったのは、レイヴンだった」

 

「その日から、彼は渡り鳥(レイヴン)ではなくなった」

 

「死を告げる黒い鳥」

 

死告鳥(レイヴン)と呼ばれるようになった」

 

 




フランカ視点になっていたと思います(おそらく、きっと、メイビー)
BSW七不思議、ありそうじゃありませんか?

どっちがバニラでどっちがジェシカかわからない?
心の目で見てください


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距離感

12/10 修正しました


 

荒野を歩く二つの人人影

 

一言も話さず歩き続ける

 

足音だけが周囲に響く

 

「……レイヴン」

 

当てもなく歩く中、片方、リスカムが喋りだす

 

「……………………」

 

だが返事がない、レイヴンと呼ばれた男は見向きもせずまっすぐ歩いている

 

「レイヴン」

 

「……………………」

 

変わらず返事は来ない、そのことに業を煮やしたのだろう

 

「レイヴンッ!!」

 

「おぉっ!?」

 

リスカムの怒号が響き渡った

 

「なんだよ、いきなり大声あげて、びっくりしたじゃねえか」

 

「なんだよではありません! どういうことですかこれは!」

 

「なんのことだ」

 

ストレイドが後ろを見る、リスカムが何やら興奮している

頭の角がチカチカしている、逆鱗に触れるまであと一歩だろう

 

「後ろを見なさい!」

 

「もう見てるが」

 

「――――ッ! あっちを見なさい!」

 

そういい、リスカムが遥か後ろを指さす

 

「何が見えますか!」

 

「んー、ロドスと龍門が見えるな」

 

「ええ、そうですね、見えますね」

 

「でもなんだか小さいな」

 

「ええ、そうでしょうね。なぜだと思います?」

 

「はて?」

 

「遠いからです! 近いと言っていたではないですか!」

 

「ああ、近いぜ?」

 

「どこがっ?」

 

指さす方向にはロドスと龍門が見える

だが普段よりも小さい、理由は簡単、距離が離れているからだ

随分遠い、目の前に手の平を開いて出せば隠れてしまう

ロドスからてくてく歩いてこんなところまで来てしまった

 

「どれぐらい歩いているかわかりますか?」

 

「三十分ぐらい?」

 

「三時間は歩いています」

 

「ほう、随分歩いたな」

 

「他人事ですね…………」

 

リスカムが呆れたような目でストレイドを見ている

 

「近いと言っていましたよね?」

 

「ああ、言ったな、近いだろ?」

 

「どこがですか!」

 

「歩いていける距離なら近いだろ」

 

「コレのどこが歩いていける距離ですか!」

 

逆によくも今まで文句を言わずに歩けたなと感心する

興奮しているリスカムをストレイドがなだめにかかる

 

「まあまあ、落ち着けよ、もうすぐそこだから」

 

「……ホントですか?」

 

「ホントホント」

 

そういって近くの岩場に近づく

そこは周囲の岩に比べて違和感があった

どこか柔らかそうな岩に手を伸ばす

 

「迷彩シートですか」

 

「ああ、そのまま置いておいたら盗られちまうからな」

 

シートをはがす、そこには車体の大きい車があった

ストレイドの車だろう、所々に弾痕が付いている

茶色を基調としたボディ、座席は二つだけで後ろは荷台になっている

 

「ずいぶん大きいですね、軍用車ですか?」

 

「ああ、いい感じに放っとかれてたから頂いた」

 

「頂いたって、盗んだんですか?」

 

「失礼だな、拝借したといってもらおうか」

 

「返すつもりがあるんですか?」

 

「まさか、俺の手に渡った以上俺のもんだ」

 

「……………………」

 

リスカムがまた呆れた目でストレイドを見る

 

「誰も使わなそうで勿体ないから貰っただけだ」

 

「どのみち窃盗です」

 

リスカムが車に近づく

 

「これは防水シートですか?」

 

「ああ、荷台の上にのっけて屋根代わりにしてる」

 

「……ここで寝泊まりしてるんですか?」

 

「ああ」

 

「あの子も?」

 

「そうだな」

 

リスカムが荷台を覗きながら聞いてくる

そこにはリンクスの寝袋と生活用品や何やら危なそうなものが置いてある

小さな子供が寝泊まりするにはいい環境とはいえない

 

「不衛生ですね」

 

「ああ、まったくだ」

 

「いや、あなたの事ですよ」

 

「なにを、俺ほどのきれい好きは中々いないぞ」

 

「リンクスのことも気にかけなさい」

 

ストレイドとしてはこれでもできる限りと考えた方だ

そもそもストレイド一人で使うのを前提に乗っていた

子供を拾うことになるとは思っていなかったのだ

 

「これでは野宿と変わりませんよ」

 

「もう少し改善しなけりゃならんな」

 

「服は?同じものを着まわしさせてるんですか?」

 

「ああ、何とかしようとは思っているんだが、子供の服なんざ買ったことがねえ。何を着せりゃいいんだか」

 

「あの一着だけですか。まあ、それはロドスの方で準備してもらいましょう」

 

「なんだ、協力的だな」

 

「ええ、あなたが彼女を保護した経緯がなんにせよ、まともな理由であるのは間違いないでしょうから」

 

「…………そうか、助かる」

 

「? なんです、嫌に素直ですね、気持ち悪い」

 

「ひどいな、これでも感謝してるんだぞ?色々」

 

ストレイド自身、逆さづりにされたときはどうしようかと考えていた

むやみやたらに荒事を起こすわけにはいかない、まあ、逆さづりはリスカムの要望との事だが

 

「それで、車は動かさないんですか」

 

「おう、ちょっと待て、いま動かす」

 

車のドアを開け、エンジンをかける

独特な機械音が響き渡る、無事に動いたらしい

 

「ほら、隣に来い」

 

「…………あなたが運転するんですか?」

 

「俺の車だからな」

 

「逃げ出さないでくださいよ」

 

本来ストレイドは監視されている身だ、運転はリスカムがすべきだろう

ストレイドが運転席に座る、助手席にリスカムがやってくる

 

「ところで、前に乗ってたバイクはどうしたんですか?」

 

「ん? 二世の事か?」

 

「ええ、そうです」

 

リスカムが聞いてくる

 

「奴なら壊した」

 

「……壊した、ですか? 壊れたではなく?」

 

「ああ、壊した」

 

まるで自分の意思でやったかのように言う

 

「奴の最後は立派だった、前を走る車両を止めるために爆弾を着けたまま特攻かましたんだ。あの犠牲失くして依頼は達成できなかっただろう」

 

「その爆弾のスイッチを押したのはあなたでしょうに」

 

「コラテラルダメージだ」

 

「…………はいはい、そうですね」

 

またまた呆れた目を向けている、彼とて好きで爆発させたわけではない

 

「いまはこの、ラッドローチ四世が相棒だ」

 

「待ってください、三世はどうしたんです」

 

「海の藻屑になった」

 

「なぜ海」

 

「ちょっと海に進出しようかと思って、船に乗ってみたんだ」

 

「それで何故藻屑になるんです」

 

「いやなに、海をなめてただけだ、ものの三日で転覆した。海は恐ろしいな、天気がゴロゴロ変わる、嵐にあって死にかけた」

 

「そのまま一緒に沈めばよかったものを」

 

「残念、俺はしぶといぜ」

 

他愛ない会話を交わし、車を発進させる

エンジン音が鳴り響き、タイヤが土煙を巻き起こす

窓の外で景色が流れていく

 

「レイヴン」

 

リスカムが話しかける

 

「なんだ」

 

「リンクスは、戦争孤児ですね?」

 

「そうだ」

 

リスカムがリンクスは何者かを言い当てる

 

変なところで勘がいい

 

「どうして拾ったんですか?」

 

「別に、通り道にいたから拾ったんだ」

 

「わかりました、言い方を変えます」

 

そういい、もう一度聞いてくる

 

「どうして、リンクスのいるところにいたんですか?」

 

「別に、近くによる用事があったからだ」

 

「そうですか、わかりました」

 

リスカムが口を閉じる

 

相変わらず、変なところばかり勘がいい

 

二人そろって無言になる

車は順当に走り続ける

 

「……………………」

 

「……………………?」

 

ふと、ストレイドが視線に気づく、隣に目をやると、リスカムが見ている

 

「どうした、何か顔についてるか?」

 

「…………いえ、別に」

 

変な奴だな、そう言いながら走らせる

 

「……………………」

 

「……………………」

 

また無言になる

 

「……なあ」

 

「……なんです」

 

ストレイドが静寂を破る

 

「金ヴルちゃんとフェリーンのお嬢ちゃんは中々いい子だな」

 

「なんです急に、また何かよからぬことでも考えているんですか?」

 

「いや、お前にも後輩ができたんだなって思ってな」

 

「……何を言いたいんです?」

 

「お前達の近況でも聞こうかなと」

 

「今更先輩面でもしようというんですか」

 

「そうだ、悪いか?」

 

「…………ええ、悪いですね」

 

そういい、窓に顔を向けてしまう

外は荒れ果ててしまっている、見てて楽しいものでもないだろう

 

「…………」

 

「……いいですよ、聞かせてあげます、少しだけですが」

 

「そうか、それでもいいさ」

 

「………………では、ロドスとBSWが結んだ契約の話から」

 

「ああ」

 

荒野の中、そんな話をしながら帰途につく

 

 

 

「ところでレイヴン」

 

「なんだ?」

 

「ラッドローチって名前、よしません?」

 

「なんでだ、いい名前じゃないか」

 

「どこがです、ヤバいゴキブリって意味ですよ?」

 

「奴ら並みにしぶとくあってほしいという願いを込めてだな」

 

「爆散させた本人がいいますか」

 

他愛のない話が続く

 

 

 

 




ラッドローチ、わかる人はわかります
前にも言いましたがストレイドの車は軍用ジープをイメージしてください
シリアスっぽいのが続いていますがもうちょい続きます


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解けない謎

12/10 修正しました


コンコン

 

 

「どうぞ」

 

「失礼」

 

バニラとジェシカに昔話をした後、二人が出ていき、入れ違いにドクターがやってきた

 

「ストレイドはいないのか?」

 

「ええ、リスカムと車を取りに行ったわ」

 

「車? まあ、ガレージに余裕はあるからいいか」

 

その手には、おそらくストレイドのものであろうパスポートが握られている

渡しに来たんだろう、だが少々遅かった

 

「放送で言っていたから来たんだが……入れ違いになったか」

 

「それはストレイドの分?」

 

「ああ、渡しておくだけ渡そうと思ってな」

 

そういいドクターがコーヒーを淹れ始める

カップを二つ、フランカの分も入れているんだろう

 

「さっき、バニラとジェシカとすれ違ったんだが、暗い顔をしていたな、何かあったのか?」

 

「ええ、ちょっと昔話をね」

 

「それは彼に関することか?」

 

「ええ」

 

「もしよければ聞かせてほしいんだが」

 

「いいわよ、でもまた長話をするのはごめんね」

 

「掻い摘んで話してくれればいい」

 

「そう」

 

フランカの分を渡し、正面に座る

リンクスは、まだ眠っている

 

「簡単に言うと、もともとBSWにいたのよ、彼」

 

「……彼が? 本当に?」

 

ドクターが疑念に満ちた目で言ってくる

誰でもこんな話を聞かされれば信じないだろう

何も知らなければ自分も信じない

 

「それで、リスカムの教官についていた」

 

「まともに務まったのか?」

 

「ええ、存外まともにやってたわよ」

 

自分で言ってておかしい話だとは思う

あんな性格の人間が誰かに教えられるとは思えない

だけど、リスカムは彼の教えを守っていた、彼がいなくなった後も

 

「あの二人が仲がいいのはそれでか」

 

「そうよ、でも二人の前で仲がいい、って言っちゃだめよ」

 

「ああ、わかった、私もリスカムブローは食らいたくはない」

 

苦笑する、傍からみれば仲良く見えるがそれを指摘すると二人とも揃って否定するのだ

それがまた、仲良く見える原因なのだが

 

「それで、どうしてリスカムは彼に噛みつくんだ?」

 

「昔、ちょっとあったのよ」

 

「……そうか」

 

あまりペラペラ喋るわけにもいかない、二人の大まかな状況がわかればいいだろう

ドクターが別の質問をしてくる

 

「…………彼の人種は何か、知っているか?」

 

人種、彼はほかの人と違ってこれといった特徴がない

同じように体に何もついていない人種はいるが彼女たちとは雰囲気が違う

 

「いいえ、私も知らないわ。彼の記録を見たけど非公開になってた」

 

「非公開?」

 

「それも、本人の強い希望によりって」

 

「ふむ、誰か知っていたりとかは?」

 

「たぶん、リスカムなら知っているんじゃないかしら」

 

非公開、しかも本人が隠していた、何か理由があるのだろう

わざわざ詮索する理由もない

 

「もう一つ聞きたいんだが」

 

「なにかしら」

 

「彼、いやに神出鬼没なんだが、どうやっているんだ?」

 

「さあ、昔からそうだったから、すばしっこいってのもあるけどそれだけじゃ説明できない時もあるわね」

 

「これも、リスカムが知っていたりするのか?」

 

「ええ、でもおそらく彼女も喋らないでしょうね」

 

「なぜ?」

 

「ストレイドに口止めされてるって話だから」

 

昔聞いてみたら、そう言われてしまった

もったいぶらずに話してくれればいいものを

 

「BSWに聞いたら答えてくれるかな」

 

「無理でしょうね、上層部は彼に脅されてるから」

 

「脅されてる?」

 

「なんでも、俺の情報を漏らしたらお前らの顔を真っ赤にしてやるって」

 

「……あのペイント弾か、確かにやられたくはない」

 

彼が作ったペイント弾は数多の人々に恐怖を与えている

自分は食らったことはないがあんな醜態、晒したくはない

 

「わかった、ありがとう、私はこれで失礼する」

 

「そう、ああそうだ、リンクスはとりあえず私……BSWの皆で面倒を見るわ」

 

「そうか、わかった、部屋はどうする?」

 

「私たちの誰かの部屋に泊めればいいわ」

 

「わかった、ストレイドが戻ったら渡しておいてくれ」

 

そういって、パスポートを渡してくる

そこには彼の写真が添付されている

 

「相変わらず、軽薄そうな顔をしてるわね」

 

ドクターが出ていき、フランカとリンクスが残される

外は少しづつ暗くなってきている

 

 

 

 

 

「いやー、思ったより時間がかかったな」

 

「ええ、誰かさんのせいですけどね」

 

「いい運動になったろ?」

 

「おかげさまで」

 

車を回収した後、二人は甲板に来ていた

ストレイドは落下防止のレールに寄りかかり

リスカムはその隣に同じように並ぶ

 

「まったく、最初から車で行けばここまでかからなかったでしょうに」

 

「いいじゃないか、たまには」

 

そういって、空を見上げ始める

 

「なんです、また空を見てるんですか?」

 

「ああ、駄目か?」

 

「別に構いませんが、何が面白くて見てるんです?」

 

「なに、どうにも目に付いて仕方ないんだよ」

 

夕日が見える、夜が近い

この男のせいで何もできなかった、一日無駄にした

せめて射撃訓練でもしようかと思っていると

 

「お、見ろよ、カラスが飛んでるぜ」

 

「ああ、ホントですね、渡りの最中でしょうか」

 

「さあな、だとして、あいつは何処に行くんだろうな」

 

空を見上げる、カラスがぐるぐる飛んでいる

 

「そういえば、レイヴン」

 

「なんだ」

 

「あなたの名前の由来って、カラスでしたっけ」

 

「ああ、そうだな、飛んでる姿が羨ましくって名乗り始めた」

 

「……そうですか」

 

カラスがどこかに飛んでいく

 

「……ストレイドと、名乗ってる理由は?」

 

もう一つの名の由来を聞いてみる

 

「そうだな、行く当てもなく、さ迷い歩いているから、だな」

 

「それなら、ワンダラーでも良かったのでは」

 

「ワンダラーの、ダラー、の部分が好きじゃない」

 

「なぜです?」

 

「なんとなく」

 

 

そういって、二人とも黙りこくってしまう

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「リスカム」

 

「なんです」

 

「フランカは、どんな具合だ?」

 

そんなことを聞いてくる、鉱石病に罹ったと話したからだろう

 

「症状の進行は遅いらしいです、源石製品への接触も注意しています。よほどのことがなければ悪化はしないでしょう」

 

「なら、後は夢の治療薬ができるのを待つだけか」

 

彼なりに心配しているのだろう

少し安心したような顔をする

 

「レイヴン」

 

今度はリスカムが話しかける

 

「なんだ」

 

「リンクスは、鉱石病には……」

 

「ああ、罹ってない、大丈夫だ」

 

「……そうですか」

 

汚染地帯には近づけなかったのだろう、保護者としての責任は果たしているらしい

それを聞いて安心する

 

「リスカム」

 

「? なんで―――ッ」

 

声をかけられた瞬間、懐かしい感覚が襲う

昔散々感じたもの

とっさにしゃがむ

 

パンッ!

 

「……ええ、やると思いましたよ」

 

「おお、よく避けたな、上出来だ」

 

レイヴンの手には銃が握られていた

実弾は持っていなかったからそのままにしておいたのだが

 

「やはり没収しておくべきでしたね」

 

「安心しろ、実弾は撃たん」

 

後ろを見ると少し離れたところが赤く染まっている

ペイント弾を撃ったらしい、油断ならない男だ

 

「掃除をしている人が怒りますよ」

 

「関係ないな、それじゃフランカのところに戻るぞ」

 

「まだいますかね、結構時間が経ちましたけど」

 

「いなかったら、探せばいい、なんなら呼び出すさ」

 

「やめてください、ロドスの皆さんが困惑します」

 

「いいな、面白そうだ」

 

「やめなさい」

 

二人は艦内に入っていく、日が暮れる

 

 

 

 




今回、かなり短いですね
まあ書くことがないのはいつもの事ですが









あ、今回はないです


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恐ろしく速い何か

12/10 修正しました


ロドス本艦、射撃訓練室

 

ストレイドとリンクスがロドスへ滞在するのが正式に決まった翌日

 

 

「「………………」」

 

リスカムは訓練場に来ていた

 

「「………………」」

 

無言で弾を撃ち続けている

 

「「………………」」

 

それを静観する、ジェシカとアドナキエル

 

リスカムの両隣で、何もせずにリスカムを見ている

 

正確には、リスカムが撃っている的を

 

「えっと」

 

「これは…………」

 

その的には普段、フランカの写真が貼ってある

日頃のイタズラへの意趣返しだろう、ただのストレス発散かもしれない

だが今日は違う、そこにはフランカの写真ではなく

別の人物、一昨日ロドスを走り回っていた男の写真が貼ってあった

 

リスカムは無言で撃ち続けている

 

「……ええ………………」

 

「あの、ジェシカさん」

 

アドナキエルがジェシカに近づいてきた

 

「これは、何があったんです?」

 

「いや、その、ちょっと色々ありまして」

 

「はあ…………」

 

なぜストレイドの写真が貼ってあるのか、それを聞きたいのだろう

今朝がた、ドクターから各オペレーターに通達があった

少しの間ロドスに客人が滞在すると、ストレイドとリンクスの事だ

簡単に元BSWの人間だ、というような説明こそされているが

リスカムがいきなり的あての対象にしていることに驚いているのだろう

ジェシカは事情を知っているが他の人は知らない

 

「ここに来た瞬間、迷いのない動きで写真を張り替えましたけど」

 

「まあ、その、色々です」

 

「そうですか……」

 

少し前に訓練場に来たのだが、速攻でフランカの写真をはがし、ストレイドの写真と取り換えた

どうやら積もっているものは相当らしい

 

「あの人って、この前走り回っていた人ですよね?」

 

「はい、そうです」

 

「何かリスカムさんを怒らせるようなことでもしたんですか?」

 

したというかした後というか、どう説明すればいいのか悩む

 

「い、色々です……」

 

こういうほかない、あまり人に聞かせるような話でもない

とりあえず適当にごまかしていると

 

「あー、健康診断ってのはいやだねえ、肩がこっちまう」

 

貼り付けられている本人がやってきた

なにやら肩をぐるぐる回している

 

「あ、ストレイドさん」

 

「お、ジェシカちゃん、だったか? 朝から頑張るな」

 

「いえ、まだまだです、先輩方には及びません」

 

こちらに気づき話しかけてくる

 

「あなたは……ドクターが話していた人ですか?」

 

「ん? ああそうだな、ストレイドだ、少しの間だが厄介になる」

 

「初めまして、アドナキエルです。短い間ですがよろしくお願いします」

 

「おっと、礼儀正しいじゃないか、なにか仕掛けようと思ったがやめてやろう」

 

二人が自己紹介を交わす

 

「お前さんはラテラーノか、相変わらず取れそうな羽と輪っかだな……てあれ?」

 

「あ、その、光輪はちょっと、訳がありまして」

 

「……ああ、そういうことか、すまんな、気分を悪くさせちまって」

 

「いえ、よくあることなので」

 

アドナキエルはラテラーノ人という光輪と羽が特徴の種族だ

だが彼の光輪は鉱石病の影響で位置がずれている、それを見て察してしまったんだろう

ストレイドが謝罪をする、彼にしては珍しく素直だ

 

「で、リスカムは何処に……なんだありゃ」

 

「あ、その、あまり気にしない方が」

 

リスカムに用があるのだろうか、ストレイドが辺りを見回す

そして見つけてしまう、自分の写真が的に使われていることを

 

「あいつ、中々悪趣味なことをするな」

 

「いや、普段はフランカ先輩の写真なんですよ。今日はちょっと違うだけで」

 

「変わんなくね?」

 

「……………………」

 

何も言い返せない、やってることは結局変わらない

ストレイドがリスカムに近づき

 

「……ふむ」

 

話しかけようとして、やめる

 

「どうしたんですか?」

 

アドナキエルが不思議に思い話しかける

 

「…………」

 

ストレイドは何も言わず、上着のポケットを漁っている

何か探しているんだろうか、もう一度話しかける

 

「あの、一体何を――――」

 

そういうと、筆を取り出した

リスカムにゆっくり近づいていく

そしてリスカムの後ろにつく

 

筆をリスカムに近づける、正確にはリスカムのしっぽに

 

「ほい」

 

「――――――ッ!?」

 

しっぽをなぞる、気づいていなかったのだろう

リスカムの体がビクンとはねる

その拍子に弾が外れ、跳弾する

 

「うおっ! あぶねっ!」

 

あちこち跳ね返りストレイドの足元に飛んでくる

 

「――ッ! 誰ですか!」

 

「はーい、俺です」

 

「ッ! このっ!」

 

「おっと」

 

リスカムが振り返り、そのまま蹴りを放つ、それを軽く避ける

 

「普通に話しかけられないんですかっ! あなたは!」

 

「いやなに、集中してたから、つい」

 

「つい、でイタズラを仕掛けるんじゃありません!」

 

リスカムが叫びストレイドが茶化す、この二人、ずっとこんな感じだ

 

「あの、この二人、どういう関係ですか?」

 

「えーと、先輩と後輩らしいです」

 

「ああ、なるほど」

 

なるほどといえる要素があるのか

アドナキエルの中では納得できたらしい

彼はつかみどころのない性格をしている、そこは少しストレイドに似ている

どこかで共感したのだろうか

 

「それで、診断は終わったんですか?」

 

「ああ、終わった」

 

「なら結構」

 

どうやら健康診断にいっていたらしい

肩を回していたのはそのせいだろう

ドクターから言われて行ってきたのか

 

「いやはや、あの手の機械にくぐらせられるのは疲れるな」

 

「その分正確な数値が出ますので我慢してください、それで結果は?」

 

「一日二日で出るらしい、意外と早いな」

 

「ここは医療施設ですから」

 

「そういやそうだった」

 

二人がそんな会話を交わす、心なしか昨日よりはリスカムの態度が柔らかい気がする

的にしてる間に落ち着いたようだ

 

「で、まっすぐこっちに来たんでしょうね?」

 

「安心しろ、寄り道は大してしてない」

 

「今なんて言いました」

 

「なにも」

 

「誤魔化さないでください」

 

リスカムは彼の監視につくと言っていた

少しの間離れていたのは健康診断に時間がかかるから空いた時間がもったいなかったのだろう

別れる前に寄り道するなとでもいったのか

 

「ところでお前、いつもあんなことしてるのか?」

 

「あんなこと?」

 

「あれあれ」

 

そういいながら先ほどリスカムが使っていた的を指さす

そこには彼の写真がある、全弾顔にヒットしているため、その部分が変色している

実弾だっだらどうなっているのだろう

 

「ああ、あれですか、何かおかしなことでも」

 

「いやおかしいだろ」

 

「あのほうが集中できるんです、命中率も上がります」

 

「マジか……」

 

あのストレイドが困惑している

物珍しい光景を見ていると

 

「あっ、ホントに居る」

 

「ドクターの話、本当だったんだ」

 

「あれが噂の変態か?」

 

出入り口の方からフェンとビーグル、ラヴァが顔をのぞかせていた

 

「おや、皆さんどうしたんですか?」

 

アドナキエルが気づき、声をかける

他の面子も目を向ける

 

「お、この前のお嬢さん方じゃないか、どうしたんだ?」

 

「あ、いえ、この前お世話になった方がいると聞いて」

 

「お礼を言おうと思って」

 

フェンとビーグルが言う

この前というのは例の捕縛作戦の事だろう

ビーグルが追っていたサヴラと検閲のフェリーンを捕らえたのは実質彼だ

その時の礼を言いに来たようだ

 

「ラヴァさんはどうしてここに?」

 

「面白そうな奴がいるって聞いたから、見に来た」

 

アドナキエルの問いにそう返すラヴァ

クルースから聞かされたのだろう、興味をもって見に来たらしい

 

「で、お礼代わりにこの前の誘いを受けてくれるつもりになったのかい?」

 

「えっ! いやっ! 違いますっ!!」

 

「なんだ、残念」

 

「? 誘いって?」

 

「さあ」

 

「さあ、ってこの前一緒にいたんだろ、知らないのか?」

 

「いや、変なことを言ってたんだけど、誰も教えてくれなくて」

 

彼女に意味を教えないのは正解だろう、純真を汚してはいけない

 

「えっと、ゴホンッ! 前回のお礼を改めてさせていただこうかと思って」

 

まだ少し顔を赤くしながら仕切りなおすフェン

 

「別に、構わんさ、うちのチビっ子が捕まってたから手を出しただけだし、そっちの嬢ちゃんの時も偶然居合わせたから手伝っただけだ、礼はいらん」

 

「いやでも、助けてもらったわけですし」

 

食い下がるフェン、それに対しストレイドは

 

「あんまりしつこいと、ベッドに連れ込むぞ?」

 

「っ! いえ! わかりました! ありがとうございます!」

 

「…………すごいな、堂々と言うのか」

 

セクハラで返す、なかなかない返しだ、ラヴァが戦慄している

 

「いい加減にしなさい」

 

「いてっ」

 

リスカムが蹴る

それを見てビーグルが

 

「あの、お二人は知り合いなんですよね?」

 

「ええ、一応」

 

「ああ、一応」

 

「…………一応?」

 

微妙な返しに困惑する、二人そろって素直にならない

フェンが話かけてくる

 

「あの、それで聞きたいことがあるんですけど」

 

「なんだ」

 

「この前のあれ、どうやったんですか?」

 

「あれっていうと、検閲の時の?」

 

「はい、それです」

 

「? あれとかそれとかなんだよ、わからないぞ」

 

ラヴァが?を浮かべる

 

「例の、フェリーンさんの手を一瞬で撃ちぬいたっていう?」

 

「そう、それ」

 

ビーグルの言葉に肯定する

ストレイドが動く

 

「いいだろう、実演してやろう」

 

そういい的を撃てる位置につく

 

「諸君、よく見ておけ、一瞬だぞ?」

 

「自分で言いますか」

 

そういい、懐から銃を取り出し、マガジンを変え、もう一度仕舞う

 

「「「………………じー」」」

 

フェン、ジェシカ、アドナキエルが食い入るように見つめている

フェン以外の二人は狙撃オペレーターだ、撃ちぬいたと聞いて興味が出たのだろう

穴が開くほど見つめている

 

「「「………………じー」」」

 

「……やりづらいな」

 

「あ、すいません」

 

「いや、大丈夫だ」

 

気を取り直し、もう一度的に向かう

両手を下げ、銃は完全に仕舞われたまま

的を見据えたまま、集中する

 

「――――ッ!」

 

乾いた音が響く

 

瞬間、ストレイドの手には銃が握られていた

発砲は、されている、的には三発、弾痕が残されている

 

「…………え?」

 

「早い、どころじゃないですね」

 

ほとんど見えなかったのだろう

フェンとアドナキエルが呆気に取られている

 

「あのっ、もう一回! もう一回お願いします!」

 

「すいません、オレからもお願いします」

 

二人が催促する、が

 

「残念、一回だけだ」

 

そういって、切り上げようとすると

 

「……じー」

 

熱い視線を感じる、先ほど以上に熱烈なもの

 

「?」

 

「…………じー」

 

だがそれは、ストレイドにではない

その手に持つものにむけられている

 

「…………じー」

 

「あー、ジェシカ、どうした?」

 

視線の主はジェシカだった、ストレイドの銃に熱烈な視線を向けている

 

「それ、私と同じ型の銃ですか?」

 

「え? ああ、そうだな、うん」

 

そういわれ、ジェシカの手元を見る、確かにストレイドの銃に似ている

 

「……見るか?」

 

「はいっ!!」

 

元気いっぱいな返事が返ってきた

 

「ほら」

 

「ありがとうございます!!」

 

ジェシカに手渡す

ほお~、とか、はあ~、とか言い始める

 

「これ、自分でカスタムしてるんですか?」

 

「ああ、撃ちやすいようにいじってる」

 

そういうストレイドの銃はジェシカの銃と比べ細部が異なっている

スライドのところが違ったり、グリップが木製だったり

よく見ると中のバレルも小さな溝が付いてたりする

 

「撃っていいですか!!」

 

また元気よく言ってくる、彼女は生粋のガンマニアなのだ

 

「いいぞ、一発につきワンタッチだ」

 

「わかりました!!」

 

「いや、わかるなわかるな」

 

冗談に即答で返されつっこむストレイド

ジェシカが試射をはじめ、手持無沙汰になる

 

「あの、結局今のはどういうことなんですか?」

フェンが聞いてくる、先ほどの射撃の事だろう

 

「別に、ただの早撃ちさ」

 

「早撃ち? 今のが?」

 

「ただの早撃ちでこんなになるものなんですか?」

 

フェンとアドナキエルが言ってくる

 

「ああ、早撃ちだ、さっきの間に三発撃っただけ、それ以外のことはない」

 

「いやでも、ほとんど見えませんでした」

 

「あの一瞬で、三発、一体どうやって」

 

「ちなみに、マガジン分全部、さっきぐらいの間に撃ち切れるぞ?」

 

「「えっ」」

 

ストレイド曰く、ただの早撃ち

その言葉が信じられないらしい

 

「ホントだぞ? 他にタネも仕掛け、はあるな」

 

「仕掛け、ですか?」

 

「銃の方だ、単純に弾の装填を早くしてるだけだが、説明してもわからんだろ」

 

「ああ、はい、銃は詳しくないので…………」

 

「オレも、許可がでたらいじくってみたいですね」

 

銃の話はわかるものにしかわからない

ビーグルとラヴァはおいてかれている、フェンもいまいちわかっていないが

 

「あの、それともう一つ」

 

「なんだ、まだ何か聞きたいのか?」

 

フェンがまた質問をしてくる

 

「あの時に、体の動きが鈍くなったんです、あれは何を、アーツか何か使ったんですか?」

 

リンクス救出の際、周囲の人物の動きを止めた、そのことを聞いているんだろう

 

「いや、何も」

 

「えっ? でも確かにあの時、何かされたような……」

 

アーツでないなら何なのか

あの悪寒の正体を知りたいのだろう、フェンが詰め寄る

 

「あれは何か特別なことをしたわけじゃない、少なくとも俺にとっては日常的なことだ」

 

「日常?」

 

「ああ、あれ然り、早撃ち然り、いつの間にか身についたもの。お嬢さんたちには関係ないことさ」

 

ストレイドにとって、必要だから身に着けたもの

 

人殺しが生業のものにしか手に入れられないものだ

ロドスの面々にそれは、必要ない

 

「…………そうですか」

 

フェンが引き下がる、これ以上は無駄だと悟ったのだろう

 

「ありがとうございました!!」

 

満足したらしい、ジェシカが銃を返しに来る

 

「おお、どうだった」

 

「はい! 今まで感じたことのない感触でした! どんなカスタマイズなのか今度詳しく教えてください!」

 

「ああ、機会があったらな」

 

ジェシカから銃を受け取り、元のマガジンに戻す

すると

 

「あの、わたしからもいいですか?」

 

ビーグルが手を上げる

 

「なんだ、お嬢ちゃん」

 

「ストレイドさんって、人種は何なんですか?」

 

そんなことを聞いてきた

全員の視線が集中する

ストレイドには、これといった特徴がない、他の者も気になっていたのだろう

銃を仕舞う

 

「ふむ、嬢ちゃん、知りたいか?」

 

「はい、知りたいです」

 

「そんなに、気になるか?」

 

「はい、気になります」

 

ちらりと、ストレイドがリスカムを見る

その顔は、どこか複雑そうだ

 

「そうか、いいだろう、教えてやる」

 

「ホントですか!」

 

「ただし――――」

 

「ただし?」

 

パァンッ!

 

発砲音、再びストレイドの手に銃が握られている

 

「これを避けれるようになったらだ」

 

銃口の先、ビーグルの顔が真っ赤になっていた

 

「……………………」

 

何も喋らない

 

「……えっと」

 

「大丈夫か?」

 

フェンとラヴァが心配そうに見ている

 

「…………び」

 

「「び?」」

 

「びゃああぁぁぁぁぁからいいいぃぃぃ!!」

 

全力疾走でどこかに行ってしまった

 

「「「「……………………」」」」

 

その場にいるもの全員が呆気にとられる

 

「可哀想なことをしますね」

 

リスカム以外

 

「なに、人のトップシークレットに首突っ込むんだ、それ相応の覚悟をしてもらう」

 

「はいはい」

 

そういい、ストレイドはどこかに行こうとする

 

「待ちなさい、どこに行こうとしてるんです」

 

「散歩」

 

「勝手に動かないでください」

 

二人はそのまま訓練場を出ていった

 

 

 

 

 




銃の話は銃好きにしかわかりません
ストレイドの銃はジェシカのものと同じです
名前は書いておりませんがわかる人にはわかるでしょう
うんたらハザードのほにゃららエッジの元ですね


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山猫散歩

12/12 修正しました


ロドス本艦、医療棟

 

 

「わ~」

 

「リンクス、あまりはしゃいじゃ駄目よ」

 

フランカとリンクスはロドスの医療フロアに来ていた

元々健康診断のために来ていたが、終わった後

リンクスが物珍しそうに見回していたのでなんとなく彼女を自由に歩き回らせることにした

 

「ふらんかふらんか、ここひろい」

 

「ええ、そうね」

 

何やら楽しそうにしている

昨日はストレイドと離れることになると知ったとき、かなり落ち込んでいたが

ある程度慣れてきたのか、多少笑顔を見せてくれるぐらいには元気を取り戻した

 

「ふらんか、あっちあっち」

 

「はいはい」

 

リンクスがフランカの手を引っ張る

医療エリアで騒がしくするのはさすがに申し訳ないので軽く釘をさしながら歩いていく

 

「? あれー?」

 

「あら、どうしたの?」

 

「へんなおとがするー」

 

「変な音?」

 

そういわれ耳を澄ませる、何か機械音が聞こえてきた

キャタピラが回るような音、そんな音を出しながら医療エリアを歩き回るのは一機しかいない

 

『あら、フランカ様』

 

「ランセット、どうもこんにちは」

 

通路の角を曲がると目の前に白いボディを基調としたロボットが現れた

Lancet-2、クロージャがカスタムした医療用ロボットだ

医療オペレーターのサポートを主に担当しているが彼女単体でも治療ができる

高性能なのだがたまに毒舌な時がある、AIが優秀なのが原因だろうか

彼女の愛らしい声と合わせて一部の男性には人気だとかなんとか

 

『どうしたんですか? こんなところで』

 

「ああ、その、この子が探検したそうだったから歩きまわせてたのよ」

 

『その子は、ドクター様が言っていた子ですね』

 

「ごめんなさいね、騒がしかったでしょう」

 

『いえ、大丈夫ですよ』

 

Lancet-2がリンクスを見る、朝ドクターから通達があった、二人ほど人が滞在すると

その時にある程度説明もされている、話を聞いているなら心当たりは自然と出てくるだろう

 

『どうしてフランカ様が一緒に?』

 

Lancet-2が聞いてくる、なぜ件の少女と一緒にいるかまでは聞かされていないのだろう

 

「この子の保護者が知り合いでね、任されたのよ」

 

『ああ、そうですか』

 

元BSWの人間だとは聞かされているはず、彼と一緒にいる子とも

 

「ふらんか、これなに?」

 

リンクスが聞いてくる、Lancet-2のことを聞いているのだろう

 

「ああ、彼女はランセット、ここの医療オペレーターよ」

 

正確にはLancet-2だが、細かいことを言ってもわからないだろう

 

『初めまして、リンクス様、Lancet-2と申します。気軽にランセットとお呼びください』

 

「らんせっと?」

 

『はい、よろしくお願いします』

 

自己紹介をする

 

「らんせっとは、ロボットなの?」

 

『はい、医療ロボットという枠組みに入ります』

 

「ねえねえ、らんせっと」

 

『なんでしょうか?』

 

リンクスが何やら興奮しながら聞き始める

 

「らんせっとは、がったいするの?」

 

「……がっ」

 

『たい、ですか』

 

目を輝かせながら聞いている

合体、あれか、超源石合体とか、そんな感じだろうか

子供向けの玩具でそういうのがあるのは知っているが

フランカはその手のものには疎い

ストレイドの趣味か、それともただ聞いたことがあるのか

 

『リンクス様、私にはそのような機能はございません』

 

「そうなの? じゃあへんけいとかは?」

 

『残念ながら、ございません』

 

「むー……じゃあ、りみったーかいじょとか」

 

『申し訳ございませんが、許可なくそのようなことをするのは制限されています』

 

あるのか、仮にやったらどうなるのだろう

 

「どうして?」

 

『そうですね、私を設計した人がそのような機能を設けなかったからですね』

 

「らんせっとをせっけいしたひと?」

 

リンクスの疑問にLancet-2が答える

 

『はいそうですね、可愛いクロージャお姉さまが組み立ててくれました』

 

「? かわいい……?」

 

Lancet-2の言葉に疑問符を浮かべる、彼女のマスターの呼び方が原因だろう

 

「リンクス、ここにはクロージャという人がいるの、その人が彼女のマスターなのよ」

 

「ますたー?」

 

「そうね、親のような人よ」

 

言ってから気づく、親という単語は彼女には禁句ではなかろうか

 

「おや? おかあさんとおとうさん?」

 

「ええ、そうね、そんな感じの人」

 

そんなことを聞いてくる、そこまで気にしていないのか

一応気を付けた方がいいだろう

 

『フランカ様、リンクス様の保護者の方は親族ではないのですか?』

 

こちらの反応をみて気づいたのだろう、聞いてくる

 

「ええ、違うわね、一人ぐらいはどこかで作ってそうだけど」

 

『おや、お盛んな人なのですね』

 

「…………………………」

 

何も言えない、実際のところいるのだろうか

わからない、彼の悪癖を考えればいてもおかしくない

 

「ふらんか」

 

「えっ、ええ、なにかしら」

 

くだらないことに思考をめぐらせているとリンクスが話しかけてきた

 

「すとれいどにも、おやはいるの?」

 

「え、ストレイド? どうして?」

 

何故かストレイドについて聞いてきた

 

「すとれいど、じぶんのことははなしてくれないから」

 

「…………そう」

 

彼のことに関しては断片的なことしか知らない

本人自身、話したくないことは話さない、リンクスも何も聞いていないのだろう

 

「ええ、いたでしょうね、今でも交流があるか知らないけど」

 

「? けんかしちゃったの?」

 

「さあ、わからないわ」

 

彼の親、おそらくはもういないだろう

昔から傭兵だったらしい彼がどうしてそうなったのかはわからない

だがあまりいい話ではないのは確かだ

リンクスには適当にぼかしておく

 

『フランカ様、どうしてストレイド様はリンクス様と一緒にいるのです?』

 

Lancet-2が聞いてくる

 

「さあ、拾った、としか聞かされてないわ」

 

『そうですか……』

 

彼からはそうとしか聞かされてない、どういう経緯で拾ったのか

思い切って聞いてみる

 

「ねえリンクス、彼とは何処であったの?」

 

「すとれいどと?」

 

「そう」

 

そう言われ、リンクスが考え込む

 

「……わかんない」

 

「わからない?」

 

わからない、とはどういうことか

 

『リンクス様、昔、どこに住んでいましたか?』

 

「……わかんない」

 

自分がどこにいたか、覚えていないらしい

 

「なら、覚えてることはある?」

 

せめて何か手掛かりはないか、もう少し聞いてみる

 

「えとね、ひろいところをあるいてた」

 

「どうして?」

 

「わからない、だれかにいわれたの、ふりむかないであるきつづけなさいって」

 

「……誰に?」

 

「わからない、でもやさしいこえだったのはおぼえてる」

 

嫌な予感がする、だがここまで聞いたのだ、聞くべきだろう

 

「周りには、何が見えた?」

 

最悪の可能性を考えて聞いてみる

 

「んとね、とおくにけむりがみえた、もくもくあがってたの」

 

煙、というのは炎の煙だろうか

遠くに見えたということは彼女は離れたところにいたらしい

おそらく、集落か、もしくは村か、そこに住んでいたのだろう

そして何者かに襲撃を受けた、彼女はそこの生き残りだろう

 

「それでね、とおくからくるまがきたの」

 

「……車、それは、ストレイドの?」

 

「うん、ちかくでとまってすとれいどがおりてきたの」

 

その時、彼が近くにいたらしい、理由はわからないが

 

「それで、けむりのほうをね、くるしそうなかおでみてた」

 

「苦しい?」

 

「うん、なんだかわかんないけどくるしそうだった」

 

何か知っているのか、それとも彼が加担していたのか

憶測だけで考えるのはよくない、一度切ろう

リンクスに問いかける

 

「その時に、彼と会ったのね?」

 

「そうだよ、わたしになにかいって、かつぎあげられた」

 

「……………………」

 

実はただの拉致では、いやさすがにしないか

 

「それ以外は覚えてないのね?」

 

「うん、あとはなにも、ばしょも、なまえも、おぼえてない」

 

「まって、今なんて?」

 

「え?」

 

リンクスが聞き捨てならないことを言った

もう一度聞きかえす

 

「えとね、ばしょもなまえもって」

 

「それは、あなたの名前を覚えてないって事?」

 

「うん、わすれちゃった」

 

「…………これは」

 

忘れてしまったで済ましていいことではない

原因はわからない、だが故郷も名前も忘れるようなことがあったのは確かだ

ならばいま名乗っている名前は何なのか

 

「あなたの、リンクスって名前は?」

 

「すとれいどがつけてくれた、ちびってよぶのがふべんだからって」

 

「彼が……」

 

リンクスという名前はストレイドが付けた、つまり彼はこの事を知っている

 

「リンクス、かっこいい、きにいってるの」

 

「そう、よかったわね」

 

無邪気な笑顔でそう言ってくる

彼女と彼が一緒にいる理由、かなり良くない話だ

一度彼に問い詰めるべきか、考える

 

『フランカ様、今の話は』

 

「ああ、ごめんなさい、重い話になったわね。出来るだけ人には話さないでね」

 

『わかりました、ドクター様には一応話しておきますね』

 

ロドスの情報網は広い、手掛かりの一つや二つ、見つかるかもしれない

頼んでおいた方がいいだろう

 

「わかった、ありがとう、引き留めてしまってごめんなさい」

 

『いえ、大丈夫ですよ、では私はこれで』

 

そういって、Lancet-2はキャタピラを回してどこかに行く、患者の世話か何かだろうか

 

「ふらんか、どうしたの?」

 

「……いえ、なんでもないわ、もう少し歩きましょ」

 

「はーい」

 

リンクスの手を繋ぎ、もう一度歩き始める

 

 




超源石合体、体に悪そうです
リンクスはこの話のキーパーソンなのでどうあがいても話が重くなります
まあ、続きはどうなるんだろうな的な軽い気持ちで読んでください


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攻防戦

12/12 修正しました


ロドス本艦、模擬戦闘室

 

 

「はあっ!」

 

「とおりゃあっ!」

 

訓練室の中央、カーディとメランサが張り合っている

 

「「……………………」」

 

それを眺める、ドーベルマン教官とスポット

 

特別何か言うでもなく、二人の戦いを眺めている

やるべきことがないわけではない、単純に二人の動きを見ているのだ

自由に戦わせ、無駄な動きや改善点をあげる、それが今、彼女のやっていること

スポットもこの後、どちらかと戦うことになる、その時に自分ならどうするか

彼なりの戦略を立てている最中だ、サボっているわけではない

ドーベルマン教官もそれをわかっているのだろう、特別何も言わず二人の方に注視している

 

そろそろ交代させようか、そう考え始めた時、入り口から誰かが入ってきた

 

「お、この前突入した部屋じゃないか」

 

「ノックぐらいしなさい」

 

ストレイドとリスカムだ

 

「失礼します、あ、ドーベルマン教官」

 

「こっちに何か用でもあるのか?」

 

続いてフェンとラヴァが入ってくる

戦っていた二人が反応する

 

「あれ? この前の変態紳士さん」

 

「え? あ、どうも、えと、変態紳士さん」

 

「……言われてますよ」

 

「……おかしいな、俺はまだ何もしてないんだが」

 

「身から出た錆です、諦めなさい」

 

入るがいなや、変態呼ばわりされて少し落ち込んでいる

かの汚名はすでにロドスに行き渡っている

ドーベルマン教官が近づいていく

 

「貴様か? ドクターから通達があった客人というのは」

 

「ああ、ストレイドだ、よろしく頼む」

 

「ドーベルマンだ、ロドスで教官をやっている」

 

お互いに挨拶を交わす

 

「……あなたにしてはおとなしいですね」

 

リスカムが怪訝な顔で見る

普段ならここで何か余計なことを言っているはず

だが何もしない、それを訝しんでいるのだろう

 

「いや、綺麗なお姉さんだなー、とは思ったが……汚名があちこちに伝搬してるんでな、ちょっとやめとく」

 

「おや珍しい、あなたが自分の行いを省みるだなんて」

 

「別に大したことはしてないはずだが」

 

「つい先日しでかしているんですがね」

 

「……なるほど、噂通りの男らしい」

 

ドーベルマン教官がそうごちる、どんな噂だろうか

 

「で、二人はどうしたんだ、自主訓練のはずじゃなかったか」

 

スポットが後から来た二人に聞く

 

「あ、いや、なんとなく付いてきただけで――」

 

「面白そうだったから」

 

「………………」

 

ラヴァの答えにフェンが微妙な顔をしている、理由が同じなのだろう

言いづらくて誤魔化そうとしたがラヴァが正直に言ってしまって居心地が悪くなったようだ

 

「で、そこの兄ちゃんはレブロバか?」

 

ストレイドがスポットに話しかける

 

「ああ、そうだ」

 

「そうかそうか、名前は?」

 

「スポットだ」

 

名前を聞き、じっとスポットを見つめている

 

「……なんだ?」

 

その視線を感じ取り、疑問をぶつける

ストレイドが口を開く

 

「スポット」

 

「なんだ」

 

「モフモフしていいか?」

 

「……断る」

 

「ちょっとだけだ」

 

「断る」

 

「指先だけ、先っちょだけだから、いいだろ?」

 

「断る」

 

奇妙なやり取りが交わされる

スポットはまんま犬のような姿をしている

それを見て、触ってみたくなったのだろう

だがスポットが許さない、食い下がるが、諦める

 

「やれやれ、ツレないな」

 

「それで、ここに何の用だ?」

 

ドーベルマン教官がストレイドがここに来た用事を聞く

客人と説明されているとはいえ、監視されている男が来たのだ

先日のこともある、何か企んでいるのではと警戒しているのだろう

 

「いやなに、楽しそうなことはないかなーって」

 

「訓練中ですよ」

 

「ずっとやってたら気が滅入るだろ? 息抜きは必要だ」

 

そういい、ニヤリと笑う

 

「……何をするつもりです?」

 

「決まってる」

 

ストレイドがドーベルマン教官に提案する

 

「どうだ、休憩がてら教え子たちと俺を遊ばせてみないか?」

 

「ほう」

 

ドーベルマン教官の目つきが鋭くなる

遊ぶ、という言葉の真意を図っているのだろう

 

「つまり、戦おうと?」

 

「いや、ちょっと遊ぶだけさ」

 

「遊ぶ、ですか?」

 

フェンが聞いてくる

 

「ああ、ルールは簡単、三分間、俺が部屋を逃げ回る。お前らは俺をタッチすればいい、この間の延長戦さ」

 

「また走り回るつもりですか?」

 

「部屋の中って言ったろ」

 

「…………ふむ」

 

ストレイドの開示した条件を聞いて思案する

 

「いいだろう、一息入れようと思っていたところだ」

 

「いいんですか?」

 

「構わん」

 

ドーベルマン教官が承諾する

なんだかんだでノリがいい

ストレイドが参加者を募る

 

「じゃ、誰がやる?」

 

「あ、じゃあ、私が」

 

「なら、俺が行こう」

 

フェンとスポットが立候補する

他のメンバーは邪魔にならないように端による

 

「二人だけでいいのか?」

 

「問題ないだろう、貴様ごとき、捕まえるだけで六人もいらん」

 

「…………教官、わたしを数に入れないでくれ、やる気は――」

 

「ほう」

 

「いえ、なんでもありません。やる時は頑張らせていただきます、はい」

 

「私も数に入っているんですか……」

 

三人が部屋の中央で位置につく

 

「それでは……」

 

ドーベルマン教官が合図を出す

 

「はじめっ!」

 

開始と同時に二人が動き出す

 

「はっ!」

 

「フッ!」

 

一気に詰め寄り手を伸ばす

 

「おっとっと」

 

それをひらりと避ける

 

「っ! このっ!」

 

「よっと」

 

フェンがさらに接近する

が、また避けられる

 

「こっちにもいるぞ」

 

スポットが死角から接近する

 

「ああ、わかってるさ」

 

「ッ! なにっ!」

 

まるで見えていたかのように避けられる

 

「ちょっ! まってっ!」

 

「くっ! ちょこまかとっ!」

 

「どうした? もう息が上がってきたか?」

 

先ほどから近づけてはいるが触れることが出来ていない

というよりわざと近づけている節がある

触れそうで触れない、そのギリギリを保っている

触れようと足を踏み込んだところで躱される

そのせいでかえって体力を使ってしまっている

二人のスタミナが少しづつ消耗されていく

 

そして…………

 

 

「そこまでっ!」

 

制限時間がきてしまう

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

「ぐっ、くそっ…………」

 

二人がバテている、本当に遊ばれてしまった

 

「いやはや、この程度か? お二人さん」

 

大したことないな、ストレイドが言い放つ

 

「お前達、あとでフロア三十周だ」

 

「「げっ」」

 

ドーベルマン教官から残酷な処罰を言い渡される

二人が肩を落としながら端による

 

「お次は誰だ?」

 

「じゃあわたしが!」

 

「私が行きます」

 

カーディとメランサが前に出る

 

「二人とも気をつけて」

 

「あの男、かなり出来るぞ」

 

「わかりました……!」

 

「二人の敵はわたしたちが討つよ!!」

 

「いや、死んでないぞ…………」

 

スポットのツッコミが虚しく響く

選手交代、再び配置につく

 

「さあ変態紳士さん! 覚悟してもらうよ!」

 

「えっと、よろしくお願いします、変態紳士さん」

 

「そろそろよしてくれ、悲しくなってきた……」

 

すでにメンタル的に勝っていそうだ

 

「では、はじめっ!」

 

ドーベルマン教官の合図が響く

 

「たあっ!」

 

カーディが飛びつく

ストレイドがそれを避ける

スポットの時のように死角からメランサが近づく

 

「遅いな」

 

「なっ!」

 

同じようにそれも避けられる

 

「このっ!」

 

「……素早い」

 

先ほどと同じようにひらりひらりと躱される

このままではまた時間が尽きてしまう

 

「…………ふむ」

 

すると、ストレイドが何やら考えている

それを隙と見たのか、メランサが接近する

ストレイドにむけて手を伸ばす、が

 

「…………フッ」

 

「――っ!」

 

不敵な笑みを浮かべ、メランサを躱し後ろに回り込む

不意に手を動かす、その位置は、嫌に低い

何かがまずい、直感で危機を感じ取る、が間に合わない、

ストレイドの手が何かに到達する、その時

 

「どおりゃああああぁぁぁ!!」

 

カーディが突撃してきた

 

「おっと、やけに気張るじゃないか」

 

それを避け、二人から距離を取る

だがカーディの様子がおかしい

メランサを庇い、ストレイドを睨み付けている

 

「メイリィ? どうしたの?」

 

不審に思いメランサが話しかける、そしてカーディが喋りだす

「変態紳士さん! 私は今っ! 見たっ! 聞いたっ! 感じたよっ!」

 

「…………何を?」

 

「ほう、どうしたお嬢ちゃん。俺がどうかしたか?」

 

ストレイドが白々しく言う

そして、カーディが大きな声で言い放った

 

 

 

「あなたは今っ! メランサちゃんのスカートをめくろうとしたっ!!」

 

 

「へっ!?」

 

「はっ!?」

 

「……なに?」

 

「おいおい」

 

「……まじかよ」

 

「…………はあ」

 

その言葉に各々が驚愕する

メランサはとっさにスカートを押さえ

フェンは言葉を失い

ドーベルマン教官は顔をしかませ

スポットは呆れたように溜息をつき

ラヴァは唖然とし

リスカムは頭を押さえる

 

「嬢ちゃん、中々勘が鋭いじゃないか」

 

「やはり、捲ろうとしていたね……!」

 

「そうとも、そんな捲ってくれと言わんばかりのスカート、俺が見逃すと思ったか?」

 

「えっそのっあのっちょっと」

 

慌てふためくメランサを庇うように立つカーディ

それを見て再び不敵に微笑むストレイド

 

二人の間に火花が散る

 

 

「メランサちゃんのパンツはっ! 私が守るっ!!」

 

「守ってみせなっ! 嬢ちゃんよぉっ!!」

 

 

「……ええ」

 

「なんだあいつは」

 

「変態だぁ……」

 

「こいつは、ミッドナイトより強烈だな」

 

「………………」

 

それぞれが戦慄するなか、リスカムが動く

 

「? リスカムさん、何を……」

 

フェンが聞く、が何も答えない

 

「ほらほら! 素早く動かんと捲られちまうぞ!」

 

「メランサちゃん! 私の後ろに!」

 

「まっ、まってっ、一回二人とも落ち着いて……」

 

ストレイドがメランサに近づこうとし、カーディがそれを妨害する

いつの間にか攻守が交代した三人

そこに、するりとリスカムが近づく

 

「まって、二人とも、止まって――あっ」

 

「メランサちゃんに近づく――あっ」

 

「鈍いぜ嬢ちゃ…………あっ」

 

その拳には青白い雷光が灯っていた

 

 

「そこまでっ!!」

 

「ごはぁっ!!」

 

 

リスカムブローが綺麗に入る、ストレイドが地に沈む

 

 

「……審査員、得点を」

 

「十点」

 

「十点」

 

「十点」

 

「満点か、こいつはめでたい」

 

こうして、メランサのパンツ攻防戦は幕を閉じた

 

 




さて皆さま、一つ補足がございます
本作にはアーマードコアのタグが付いています
よく知らない人もいるでしょう、アークナイツのタグで来た人の方が多いでしょう
今回暴れたオリキャラは、アーマードコアが元ネタです
ですが勘違いしてもらいたくないことがございます

アーマードコアにこんなドスケベは出てきません

以上、戯言でした


アーマードコア自体はハードボイルドな話なので興味のある方はやってみましょう
初心者でナンバリングを気にしないなら、AC3がお勧めです
ドМの方は初代をやりましょう、プレイステーションクラシックに入っています


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続、山猫散歩

12/12 修正


Lancet-2と別れた後、フランカとリンクスは引き続き医療フロアを散策していた

 

「ねーふらんか」

 

「なにかしら」

 

リンクスが話しかけてくる

 

「ここにはらんせっとみたいのがいっぱいいるの?」

 

「ええ、でも彼女みたいに話せるのはあと一人しかいないけど」

 

「そうなの?」

 

先ほど、Lancet-2と話した事を思い返す

リンクスの正体、思った以上に悪い話だ

彼が彼女を連れている理由はわからないが彼女の境遇に関与しているのは間違いない

ドクターには話しておくとは言っていた、彼のことだ、手を回してはくれるだろう

何かしらの情報はつかめる、自分の方でも調べれば解決するのはそう遅くはない

問題は、ストレイドの方、信用できない訳ではないのだが

BSWを離れた後の彼の動向がわからない

もしかしたら本当に彼女の故郷を襲撃したのかもしれない

理由はどうあれ、動くだけの動機があるなら彼は動く

昔の事件のように

 

「ふらんか?」

 

「……ああ、ごめんさい、何かしら」

 

リンクスの方を向く、心配そうに見上げている

 

「どうしたの?」

 

「なんでもないわ」

 

誤魔化そうとする

 

「でも、なんだかこまったかおしてる」

 

「……そうかしら」

 

だが見抜かれてしまう、子供は周りの人の精神状況に聡い

フランカが何を考えてるのかまではわからないだろうが

何か、不穏なことを考えていることに気づいたのだろう

 

「だいじょうぶ?」

 

「ええ、平気よ、問題ないわ」

 

子供に心配されてしまった、年上だというのに情けない

今このことについて考えるのはよしておこう

 

「それで、どう? ロドスの中は楽しいかしら」

 

「うん、みたことないものがあってたのしい」

 

「そう、それはよかった」

 

話を変える、滞在自体は一昨日からしているが

まともに歩き回るのは今日が初めてだろう

そこでふと思い出す

 

「そういえばストレイドが言ってたけど、あなた、一度通った道を覚えてるって本当?」

 

「うん」

 

即答された、どうやら本当の話らしい

 

「凄いわね、ならこの船も覚えられるのはホント?」

 

「そーだよ、あとはんぶんぐらいはみてないからわからないけど」

 

どうやっているのだろうか、興味を持って聞いてみる

 

「どうやって覚えてるの?」

 

「えーとね、みたままおぼえろっていわれた」

 

「言われた? 誰に、って一人しかいないか」

 

「すとれいどにいわれたの」

 

見たまま覚えろ、かなり難しいことを言っている

ストレイドが彼女に教えていることは彼女のことを思ってだろうか

真意は彼にしかわからない、やはり問い詰めるべきか

だが昨日パスポートを渡してから彼を見ていない

健康診断の時もいつの間にか終わらせていなくなっていた

リスカムと一緒にいるらしいから探せばすぐに見つかるだろうが

 

「ふらんかふらんか」

 

「どうしたの?」

 

まあ、そのうちばったり会うだろう、リンクスの話に耳を傾ける

 

「なんだかいいにおいがする」

 

「匂い?」

 

言われて鼻を動かす、確かになにか匂いがする

どこか安心するような、心が安らぐ香りだ

 

「そういえば、この辺りは……」

 

「あっちからするー」

 

「あっちょっと、リンクス、走っちゃだめよ」

 

リンクスが一人で走り出す、それを後から追いかける

リンクスがある部屋の扉を開ける

 

「ふぇっ! だっ、誰ですか?」

 

「あら、どちらさま?」

 

「ごめんなさい二人とも、リンクス、挨拶は?」

 

「こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

「あ、はい、どうもこんにちは……」

 

リンクスが入った部屋には先客がいた

パフューマ―とナイトメアだ

 

「ごめんなさい、ラナさん、グロリア」

 

「大丈夫よ、フランカ、それであなたは……」

 

「ドクターが言ってた人と一緒にいる子よ」

 

「ああ、そう、お名前は?」

 

「リンクス」

 

「そう、リンクス、よろしくね」

 

パフューマ―とリンクスが自己紹介を交わす

その横で、おどおどした様子でナイトメアが聞いてくる

 

「えっと、どうしてここに?」

 

「ああ、その、この子が……」

 

「いいにおいがする」

 

「って」

 

「ああ、香水の匂いね」

 

部屋の机の上にはアロマポッドが置いてある

香りのもとはそれだろう

 

「邪魔しちゃってごめんなさい、二人とも」

 

「いいえ、大丈夫よ」

 

「だ、大丈夫です、はい」

 

ここはナイトメアの病室だ

彼女は鉱石病患者だが少し特殊な立場にある

なんでも二重人格という話だ、彼女自身、術師オペレーターで戦闘でも姿を見ることがあるのだが

少し、というかかなり好戦的な性格が隠れている

日常生活においても危険な思考を持っているらしく

精神の安定を図るため、アロマセラピーによる治療をしているらしい

パフューマ―が一緒にいるのは彼女の担当医だからだろう

 

「それなーに?」

 

「これはね、香水っていうのよ」

 

「こうすい?」

 

「そう、花やハーブの香りを水に溶かしたものよ」

 

パフューマ―がリンクスに簡単に説明している

 

「どうして?」

 

「そうね、いい香りを嗅ぐと落ち着くでしょう?」

 

「うん」

 

「そのために、いつでも嗅げるようにしておくの」

 

「そうなの?」

 

「そう、ほら、あなたもどう?」

 

そういって近くの椅子に座るように促す

 

「ふらんかふらんか」

 

「はいはい」

 

リンクスに促されフランカが座り、リンクスが膝に来る

 

「あら、仲良しね」

 

「この子、私の膝に座るのが気にいったらしくて」

 

「すわりごこちがいい」

 

「っていうのよ」

 

変なところで遠慮がない、子供だからだろうが

なんだかストレイドに似ている気がする

甘えてくれるのは嬉しいのだが

 

「あの、その子とは、どうして一緒にいるんです?」

 

「この子の保護者が知り合いなのよ」

 

「ああ、そうなんですか」

 

ナイトメアが聞いてくる、二人いる内の片方は子供で、もう一人は保護者だと聞かされている

 

「二人って言ってたわね、もう一人は?」

 

「リスカムと一緒にいるわ」

 

「それって、このまえ走り回ってた人ですか?」

 

「……ええ、その人」

 

あの男、医療フロアにも来ていたらしい

患者がいるところぐらい静かにできなかったのか

 

「ごめんなさいね、騒がしかったでしょう」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「大丈夫よ、逆に見ていて面白かったわ」

 

「私から言っておくわ、少しは自重しろって」

 

ロドスにいる人々は優しい、だからといって面白かったで許すのは違うと思うが

遊びまわるのは構わないが、もう少し周りを見てほしい

 

「ねえねえ、おねえちゃん」

 

「あ、わたし、ですか?」

 

「きんぱつのおねえちゃん」

 

リンクスがナイトメアに興味を示した

ナイトメアに名前を聞く

 

「なまえはなんていうの?」

 

「えと、グロリアって言います、はい」

 

聞かれて自己紹介をする、が

 

「もうひとりのおねえちゃんは?」

 

「へ?」

 

リンクスがおかしなことを言い出した

 

「……えっと、私じゃなくて?」

 

リンクスの言葉にパフューマ―が聞く

だがリンクスは首を振り

 

「こうすいのおねえちゃんじゃなくて、こっちのおねえちゃん」

 

そういい、ナイトメアを指さす

 

「えっと、その」

 

ナイトメアが困惑している、正確にはグロリアが

 

「ねえ、フランカ、この子は一体……」

 

「さあ、わからないわ」

 

リンクスが言っているのはおそらく彼女のもうひとりの人格の方だろう

どうやら、存在に気づいているらしい、理由はわからないが

 

「リンクス、そっちのお姉ちゃんはいまお休み中なの、話しかけちゃだめよ」

 

「? そうなの?」

 

「ええ、そうなの」

 

パフューマ―が止める、リンクスが引き下がる

ナイトメアがほっとしている

彼女自身、もう一人の人格は認知しているが、表に出ない限りは目立たない

何も説明してないのに言い当てられて驚いたのだろう

 

「ねえ、リンクス」

 

「なあに?」

 

「どうして、わかったの?」

 

「なにを?」

 

「もう一人、あの人の中に人がいるって」

 

なぜわかったか、聞いてみる

リンクスが答える

 

「えーとね、けはい」

 

「……気配?」

 

その口から出た言葉は、とても子供から出る単語ではない

 

「すとれいどがね、おしえてくれた、これがわかるようになればべんりだって」

 

「あの人、何を教えてるの……」

 

「凄いわね、その人、こんな子にそんなこと教えているの?」

 

やはり碌でもないことばかり教えている

というか教えてわかるものなのか、理解したこの子もこの子な気がする

 

「本当に、碌でもないことしかしないわね、あの人は……」

 

この子をどうするつもりなのか、兵士にでもするつもりなのか

ますますストレイドへの疑念が募っていく

 

「その、凄い人ですね」

 

「ええ、悪い人ではないんだけどね……」

 

ナイトメアの言葉に苦笑するしかない

 

「ねえねえ、こうすいのおねえちゃん」

 

リンクスが今度はパフューマ―に話しかける

 

「なにかしら?」

 

「これって、おはなのにおい?」

 

「ええ、ラベンダーっていうのよ」

 

「らべんだー?」

 

「そう、青っぽいお花なの、いい香りでしょう?」

 

「うん、いいにおい」

 

香水の香りが気に入ったらしい、香水瓶にキラキラした目を向けている

 

「リンクスは、好きな香りとかあるの?」

 

パフューマ―が聞く

 

「あるよ」

 

「どんな香りかしら?」

 

「すとれいど」

 

「……ストレイドって、一緒にいる人?」

 

「うん」

 

リンクスの答えに疑問を浮かべる

 

「あの人、そんな香水とか使ってた記憶がないんだけど……」

 

近くにいてその手の匂いを感じたことはない

どういうことか

 

「あの、その人自身の匂いじゃないですか? ほら、母親の温もりみたいな感じで」

 

「ああ、なるほど」

 

ナイトメアに言われ、納得する

リンクスは彼の事を信頼している、実際、親代わりのようなことはしている

昨日も彼のそばに一目散に駆け寄っていた、安心を与えてくれる人と認識しているのだろう

「どんな感じの匂いがするの?」

興味本位で聞いてみる

 

「えっとね、かやくのにおい」

 

聞かなきゃよかった

 

「火薬……その人、爆発物か何か扱ってるの?」

 

パフューマ―がストレイドについて聞いてくる

 

「ああその、傭兵なのよ、彼」

 

「傭兵、そう、ならその手の物もいじるわね」

 

「その、なんだか危なそうな人ですね

 

「……本当に、悪い人ではないのよ、ええ」

 

ナイトメアの評価が変わっていく

擁護したくても擁護出来ない、する必要もないのだが

 

「ところでフランカ」

 

「なにかしら」

 

パフューマ―が聞いてくる

 

「あなた、その人とは親しいの?」

 

「えっと、どうして?」

 

その人、とはストレイドのことを指しているのだろう

だがなぜそんなことを聞かれるのか、聞き返してしまう

 

「いや、なんだか、仲が良いというか、よく知っているように聞こえたから」

 

「ああ、あの人、昔BSWにいたのよ、それで知っているだけ」

 

正確にはいろいろ調べているのだが、言う必要はないだろう

 

「その割には、なんだか親しいというか、理解しているというか、なんだか知りすぎている気がするんだけど」

 

「そういえばそうですね、なんだか仲が良い感じがします」

 

「……あ~、その、昔、ちょっとね」

 

なにやら詮索されている、そういう関係だと思われているのだろうか

 

「実は何かあったんじゃないの?」

 

パフューマ―が聞いてくる、彼女にしてはがっついている

そういうわけではないのだが、何かありかけたのは確かだ

 

「……そうね、二人には話した方がいいかもね」

 

変な誤解が広まるよりはマシかもしれない

 

「話、ですか?」

 

「なになに、やっぱり何かあったの?」

 

そっと、リンクスの耳を閉じる

 

「? ふらんか?」

 

「二人とも、あなたたちは彼の守備範囲内だから言っておくわ」

 

「何をです?」

 

ゆっくり、話し始める

 

「昔、あの人がBSWにいた時の話よ」

 

「あの人はあまり見かけない人でね、話せるタイミングが滅多になかったの」

 

「ある日、一人で彼がふらふらしてたのよ」

 

「私はそれを見ていろいろ勉強できないかと思って話しかけたわ」

 

「彼は快く応じてくれて、つい話こんじゃったのよ」

 

「気が付いたらもう暗くなってたわ、私はこう言った」

 

「『あら、もうこんな時間』って」

 

「それを聞いた彼はこう言ったわ」

 

「『なら、このまま朝食なんて一緒にどうだい』って」

 

「朝食、ですか? 夕食じゃなくて?」

 

ナイトメアが意味が解らず聞き返す、がそれに対し

 

「……朝食……朝……あっ」

 

パフューマ―は意味を理解したらしい

 

「そうね、意味はわからなくていいわ、でもこれだけは覚えておいて」

 

「「……………………」」

 

「彼の誘いに、はい、と言わないこと」

 

「……わかりました」

 

意味は解らなかったが危ない話だとは理解したのだろう、ナイトメアが返事をする

 

「ねえ、待って、フランカ」

 

「……なにかしら」

 

パフューマ―が聞いてくる

 

「あなたはその時、なんて言ったの?」

 

「……………………」

 

何も言わずそっぽを向く

 

「フランカ、あなた、まさか……」

 

「ええ、あの時は危なかったわ」

 

「ふらんかー、きこえなーい」

 

「えっと、何があったんです?」

 

ロドスの日常は過ぎていく




            
             Let's go plan breakfast

意味を知りたい方は調べましょう
ちなみに普通の意味で誘うなら
How about having breakfast together like this?
という形になります、どちらの意味でも誘うときは間違えないようにしましょう
というか、疑問形すらつかずに言っています
日本語に起こしてもわかりやすいことを考えると前回以上に直接的ですね
以上、スラングのコーナーでした






綺麗な外人さんがいたとしても、生半可な覚悟で言ってはいけませんよ?
この手の誘いに乗る方は容赦がないので


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真意

12/12 修正


騒々しい攻防戦を強制的に終わらせた後

リスカムとレイヴンはどこへ行くともなく歩いていた

 

 

 

「いい加減にしてください」

 

「まあまあ、そろそろ勘弁してくれよ、未遂で終わったんだから」

 

先ほどのふざけた行動に対して口を酸っぱくして文句を言う

さすがにあれはシャレにならない、監視についていてほんとによかった

 

「止めなければほんとにやるつもりだったんですか?」

 

「もちろん」

 

「……………………」

 

どうやら本当に捲るつもりだったらしい

綺麗な女性を見るなりお尻を追いかけるのは昔から変わらない

相変わらずにもほどがある

 

「あなたの女癖の悪さは昔から変わらないんですね」

 

「おうさ、これを変えたら俺は俺じゃなくなる。アイデンティティって奴だ」

 

そんなものが自己を確立する要素であってたまるか

上層部からの通達で教官につけられたのだが、何を考えて人につけたのだか

 

「まったく、どうしてあなたと組まされたのか」

 

「文句ならあのクソジジイに言うんだな」

 

「いい加減、節操というものを覚えてください」

 

「覚えたら、やってもいいのか?」

 

「……ほんとに、ああ言えばこう言いますね」

 

この男、口から先に生まれたのではなかろうか

昔のように減らず口を叩きあいながら歩き続ける

曲がり角までやってくる、すると

 

「――――チッ」

 

レイヴンが急に足をとめる

 

「なんです? どうしたん――むぐっ!?」

 

そして、何も言わずこちらを引き寄せ曲がり角の先に見えないように隠れる

口を覆われる、息が苦しい

 

「? …………」

 

意味が解らず、とりあえず何から隠れたのか、周囲の状況を確認する

耳を澄ませる、すると

進もうとした先から小さく声が聞こえてきた

 

「ふらんかふらんか、つぎはあっち」

 

「ちょっとまって、あんまり走っちゃだめよ」

 

リンクスとフランカの声だ、昨日とは打って変わって元気に歩き回っている

かなり周りの人に馴れたらしい、子供らしく無邪気にはしゃいでいる

遠くに行ったのか、声が遠ざかる

 

「……行ったか」

 

レイヴンが安堵の息をつく

 

「……………………」

 

引き寄せたまま、レイヴンがあちらの様子を見ている

腕を叩き、離せと意思表示をする、口に手をあてがわれたままだ

呼吸は出来るがそれでも苦しい

 

「おっと、悪い」

 

こちらの状態に気づき、解放される

そして何事もなかったかのように二人と離れる様に歩き始める

 

「さて、次は何処に行こうか――」

 

「レイヴン」

 

呼び止める

 

「……どうした、道の真ん中に立って、通行の邪魔だぞ」

 

道をふさぐように、レイヴンの前に立つ

 

「聞きたいことがあります」

 

問いかける

 

「なんだ?」

 

「いま、どうしてあの二人から隠れたんです」

 

先ほどの不可解な行動を

あの二人の視線から逃れようとしたことを

その意味を、問いかける

少しの間、沈黙し

 

「…………何故だと思う?」

 

そう、聞き返してくる

 

「……答えるつもりは、あるんですね」

 

「ああ、ここだと場所が悪い、変えるぞ」

 

 

……………………………………

 

 

「それで、聞きたいことは?」

 

場所を変え、ロドスの甲板にやってきた

昨日と同じように、レールに二人で並ぶ

レイヴンが先ほどの質問の意図を聞いてくる

 

「そうですね、では単刀直入に」

 

先ほどの行動の意味、そうした理由

そして

 

「何故、リンクスから隠れたんですか」

 

なぜリンクスから逃げたのか

 

「会いたくないからだ」

 

「どうしてです」

 

「そうする理由があるからだ」

 

はぐらかされる

 

聞きたい答えが返ってこない、

必要なことを引き出すには、もっと核心に触れなければならない

 

「フランカ達に彼女を預けたのは、別行動するためですね?」

 

「ああ」

 

肯定する、続けて言う

 

「……リンクスからわざと離れているんですね?」

 

「ああ」

 

肯定する

 

「……どうしてです?」

 

「何故だと思う?」

 

聞き返される、まだ足りない

真正面から攻めてばかりでは何も聞きだせない

 

他の事から埋めに行く、

 

「レイヴン、どうして、ロドスに来たんです?」

 

「言わなかったか?」

 

ロドスにいる理由、手紙の送り主だと言っていた

だがそれだけで、わざわざここに来るような男ではない

なにより、彼は偵察隊の時にこちらの動きを把握していた

ビーグルを手伝ったのも、リンクスを助けに来たのも、偶然ではない

 

「先日、こちらを手伝った意図は、なんです」

 

「なんだと思う?」

 

また同じように聞き返される

手伝った理由はロドスに、俺は味方だと意思表示をするためだろう

入り込んだ後、ある程度船の中での行動に勝手がきくように

ならどうして、そうまでしてロドスに接触する必要があったか

現時点で、彼がここに来る理由は何か

 

「……ここにいるのは、リンクスが関係しているんですね?」

 

「……………………」

 

問いかける、何も言わない

言いたくない、言外に、そう言ってくる

だが予想はついている、リンクスに何をするつもりか

なぜ預ける必要があったのか、なぜ離れる必要があったのか

なぜ、だんまりを決め込むのか

 

「あなた、まさか」

 

この男は、またやるつもりだ

自分にやったことと、同じことを

 

「昔と同じことを、リンクスにしようとしているんですか?」

 

「ああ」

 

肯定する、正直聞きたくなかった

この男はまた、何も言わずに消えるつもりだ

誰にも、何も言わずに、残していくつもりだ

 

「……なぜです?」

 

また、蒸発するつもりなのか、しかも小さい子供を相手に

 

「少し考えれば、わかるだろ」

 

「わかりません、そうする理由は――」

 

「ある、そうしなければならん」

 

断固とした決意を感じる、彼の中では納得しているらしい

 

「……またそうやって、何も言わずに消えるつもりなんですか?」

 

「ああ、それがあいつのためだ」

 

「どこがです……」

 

彼がここに来たのは、リンクスをロドスに預けるためだ

恐らく、傭兵をする以上危険な目に合う、彼女の安否を思っての事だろう

それでどこか安全なところに彼女を置いていけないか、そう考えた

そしてここに目を付けた、鉱石病の危機から世界を救おうとしているロドスに

善意で動く彼らなら、おいてかれた少女を捨てることはしないだろうと

 

「置いていく必要は、あるんですか」

 

「ある」

 

「一緒に連れ歩くぐらい、出来ないんですか」

 

「ぐらい、なんて話じゃないな」

 

「ですがあなたなら、それぐらい出来るでしょう」

 

彼の戦い方を、生き方を、知っている

一人でふらふらと渡り歩く、そして、目に付いた人に片っ端から声をかけていく

遊んでいるように見えて、その実、誰かを助けるために動いている

手紙を渡した一番の理由も、放っておいたら傷つく人が出るからだ

彼は罪のない人が犠牲になるのを傍観出来る人ではない

リンクスを拾ったのも、その性格が関係しているのだろう

その戦い方が、どれだけ冷酷にみえても、彼は最後には命を優先していた

 

「無理だ」

 

だが否定される

 

「無理ではありません」

 

「いや、無理だ、そんな、手緩い世界に俺はいない」

 

子供を連れて戦い続ける、戦火の中を、確かに厳しい話だ

だがここに来るまで彼はそれをしていたはず

甘い男と言われても、出来るはずだ

質問を変える

 

「なら、どうして」

 

「……………………」

 

「どうして、彼女を拾ったんです」

 

リンクスと出会った経緯、聞かされてはいない

そこに何か理由があるかもしれない

 

「道端にいたからだ」

 

わかりやすく誤魔化そうとする

昔から変わらない

 

「嘘が下手ですね、あなたは」

 

「ああ、元より吐くつもりはないからな」

 

なら最初から素直に言えばいいのに

 

「……聞かせてもらっていいですか?」

 

「何をだ?」

 

「どうして、彼女と会ったのか」

 

「……………………」

 

何も言わず、煙草を取り出し、口に咥え、火をつける

 

「…………」

 

彼が吸い終わるのをおとなしく待つ

 

「……………………」

 

「……放り投げないでください」

 

吸い殻を船の外に投げ捨てる

なんとなしに注意する、だがいつもの減らず口がない

レールに体を預けて、話し始める

 

「リスカム、あいつはな、俺の無力さの象徴なんだ」

 

意味の解らないことを言ってくる

 

「象徴? 彼女が?」

 

なぜ彼女が象徴になるのか、意味が解らない

 

「一年ぐらい前の話だ」

 

レイヴンが、語り始める

 

 

あいつは元々、小さな集落に住んでいた

 

その日を過ごしていくのに精一杯な小さな所

 

だけど、そこに住む人たちはそんな当たり前で、幸せな日常を過ごしていた

 

だがある日、近くをある武装集団が通りがかった

 

そいつらは偶然通りがかっただけだ、何か理由があっていたわけじゃない

 

だが、不幸なことがそいつらを襲っていた

 

物資が枯渇してたんだ、特に食料が

 

そいつらは流浪の一味だ、どこかから分けてもらうか買うしかない

 

近くには、その集落しかなかった

 

最初は話し合おうとしていたんだろう、だが集落にも他に分け与えるほど貯蓄もない

 

そのうち、一味の方が限界を迎えた、このままでは餓えてしまうと

 

集落は小さい、大した戦力はない、自分たちから身を守る力も

 

奴らはやった、自分たちの為に、略奪を選んだ

 

当然、集落は勝てない、奪われるまま奪われ、殺されるがままに殺された

 

奴らは証拠を残さないように火も放った、足が付かないようにと

 

そうして全て消えた、何もかもが黒く焼け焦げた

 

その時、一人だけ生き残った、それがあいつだ

 

 

「……それがどうして、あなたに繋がるんです」

 

「その時、俺はそいつらを追ってたんだよ、仕事でな」

 

誰かから雇われたのだろう、もしくは懸賞金でもかかっていたか

 

「それで、近くに集落があるって聞いて、嫌な予感がした」

 

奴らの行く先に、彼女の集落があった、それを知らなかったらしい

 

「そしたら、案の定、煙が上がってた」

 

気づいた時には手遅れだった

 

「間に合わなかったんだ、俺は」

 

彼は、後悔しているのか、その顔は、昔のまま、苦しそうにしている

 

「もう少し早くついていれば、あいつの居場所は無くならなかっただろうに」

 

「だけどそれは、あなたのせいでは」

 

それは不確定要素だ、別に集落が襲われたことを仕方ないで済ますつもりはない

それでも、間に合わない時は間に合わない

 

「いいや、俺が悪い、奴らの状況を調べなかったのが原因だ。周囲を襲う可能性があるなら、もっと早くに殺るべきだった」

 

もっと早く動けたはずだ、自責の念に駆られているのだろうか

 

「……それで、向かう途中にあの子がいたんですね」

 

「ああ、ふらふら歩いてたんだ、たった一人で」

 

「……………………」

 

「燃える集落が見えた、すぐにわかった、生き残りだろうと」

 

リンクスは唯一の生き残り、そして助けられなかったのは、己が悪いと

 

「それで、拾ったと」

 

「ああ、放っておいたら、くたばるのは目に見えてるからな」

 

罪滅ぼしのつもりだろうか、彼は悪くないはず、だけどしなくてはいけなかったんだろう

そうしなければ、せめて誰か一人だけはと、そう思ったんだろう

 

「……武装集団は」

 

「俺がただで済ますと思うか?」

 

彼は強い、恐怖を覚えるほどに

全員殺されたか、それ以上にひどい目にあっているか

だとしても奴らのことをかわいそうだとは思わないが

 

「……もう一つ、聞きたいことが」

 

先ほどの話だけでは納得できないことがある

もう一度問いかける

 

「……なんだ」

 

「彼女と、会わない理由は?」

 

ただ拾っただけなら、わざわざ彼女から逃げる理由はない

まだ何か、知らないことがある

 

「あいつは、記憶がないんだ」

 

「記憶、ですか?」

 

それはつまり、何も覚えていないということだろうか

 

「ああ、それで、唯一知っている俺に、依存してる」

 

「それがどうして、会わないことになるんです?」

 

唯一知っている、彼に会う前のことを覚えていないのだろうか

依存しているという話は、理解できる、彼女の行動は少しおかしかった

他に人がいる状況でも、真っ先に彼のもとに向かっていた、周りに目を向けずに

だがそれがなぜ会わないことにつながるのか

 

「簡単だ、ここの奴らに馴れさせる。そうすれば、俺がいなくなってもどうにかなる」

 

「……なりませんよ」

 

ここの奴ら、ロドスの人々に馴れさせる、自分に依存したままではいけないと思ったからか

そうすれば、彼が消えても、依存対象が消えても、知っている顔があるならどうにかなる

そう考えたのだろう、だがそれは、彼女のためにはならない

 

「いいや、ここのリーダー殿は甘ちゃんだからな。あんな子供がおいてかれたら引き取るだろうよ」

 

「……なりません」

 

「なら、そうさせる」

 

「駄目です」

 

彼は、やると決めている

それを曲げることは、難しい

 

「レイヴン、どうしても、彼女と居られないんですか?」

 

もう一度、聞いてみる

 

「ああ、俺じゃあ護れない」

 

彼の口から出た言葉に、納得ができない

 

「嘘です」

 

「嘘じゃない」

 

「いいえ、嘘です、あなたは強く、誰かのためにに自分の都合を捨ててまで動く人です。そんなあなたが、彼女を護れないはずがない」

 

BSWにいた時、彼は誰よりも先に誰かを助けに行っていた

どれだけ不利な状況でも、仲間の命を優先した、護りきった

なによりそれを傍で見ていた、彼が成し遂げられないわけがない

 

「買いかぶりだ、俺はそんな立派な奴じゃない」

 

「……そんなつまらない冗談、やめてください」

 

二人して黙ってしまう

レイヴンがもう一度煙草を取り出し、吸い始める

さっきと同じように、終わるのを待つ

 

「リスカム」

 

「……なんです」

 

「昔話をしてやる、ある小さな国同士で起きたこと、新聞の片隅にも載らなかったことだ」

 

その話を、自分は知っている

 

 

 

二つの国はいがみ合ってた、といっても口喧嘩程度の規模だがな

 

互いが互いに邪魔だった、国土とかそういう政治的な問題で

 

だけど、それでも、互いの利害を認めながら少しづつ歩み寄ってたんだ

 

俺はそれを見てたんだ、そんな歪で、不器用な関係が面白くて

 

どんな結末を迎えるのか、見てみたくなって

 

そのうち、輸送団の護衛とか、そんなことを手伝うようになった、両方の国のを

 

あっちに行ってこっちに行って、中々面倒だったが、少しづつ知り合いも増えていった

 

宿に泊まると不愛想なおっちゃんがサービスしてくれたり、子供たちが俺を見て駆け寄って来たり、初めて友人と呼べるような奴もできた

 

一つ所に留まるのがあんなにも楽しかったのは初めてだった。永住するのも悪くない、不覚にもそう思っちまった」

 

だがそれは、長く続かなかった

 

二つの国は、歪な関係だった、どうして国交が成り立っているのか不思議なくらいに

 

そこに、武器商人が目を付けた、金を稼げると思ったんだろう

 

まず片方に適当な集団を雇って襲撃させた

 

大した被害はいらない、火種を作れれば十分だった

 

やられた国はあっちの国の仕業かと思い始めた、ついに攻撃してきたのかと

 

そこに現れたのが商人たちだ、やつらは戦争を企んでる、そう仄めかして

 

反撃に出なけらばやられる、武器は私たちが売ってやろう、そう言って

 

そして動いた、火が点いちまったんだ、誰にも消せなかった

 

あとはもう想像通り、ドンパチの始まりだ、町は燃え、人々が逃げ惑う、文字通りの地獄絵図

 

中には戦うべきではない、そう言って止めようとする奴もいた

 

だがその願いは聞き届けられなかった、そして反逆者としてそいつらを殺し始めた

 

大人も、子供も、戦わないのなら裏切り者として殺された

 

護りたかったモノが目の前で崩れていった、護ろうとしたモノの手で

 

 

 

「……あなたは、その時どうしたんです」

 

「軍の奴らを殺して回った、戦うものがいなくなれば戦争は終わる」

 

「それで……」

 

「ああ、全部殺した、残ったのは、名残りだけだ」

 

「……………………」

 

殺す必要はあったのか、そうする事でしか終結させられなかったのか

詳しいことはわからない、だだ、わかっていることは

その日、彼は虐殺を行う二つの国を、圧倒的な暴力をもって殺しつくした

死告鳥、それから、そう呼ばれることになったことも

 

「そこに、護りたかったモノはどこにも残らなかった。その日立証されたのは、俺には何も護れない、その事実だけだ」

 

「……それでも、あなたは誰かを助けるために動いてたじゃないですか」

 

BSWにいた時、彼は仲間を助け続けた、誰よりも早く

市民が巻き込まれた時も、体を張って守っていた

自分が死に目にあった時も、彼は来てくれた

あの戦争を強引に終わらせたのも、逃げ惑う人々のため

理不尽に巻き込まれた人たちを助けるためだ

生き残った人はいたはずだ、護ったという結果は残っていたはずだ

 

「そうだな、そうする事で、目を背けてただけだ」

 

それらは、罪滅ぼし等という言葉で済ませることが出来る話ではない

彼に根付いている信念のはずだ、罪悪感だけで続けられるわけがない

誰かを救う、それが彼の行動理念のはずだ

 

「……でも、それは彼女を置いていくことにに繋がりません」

 

「繋がるさ、護り続けることが、俺にはできない、失うことしかできない」

 

「……………………」

 

「だから置いてく、それが最善だ」

 

レイヴンが口を閉じる

彼は決して無力ではない、何も言わずに置いていくことにもつながらない

ここで終わらせてはいけない

 

「だからって、何も言わずに行くんですか」

 

「ああ、一緒に行くって言い出すからな。ただ知ってるだけの奴に付いていって死ぬだなんて笑い話にもならん」

 

知っているだけ、というには彼女はあまりに懐きすぎている

少なくとも、彼の温もりに安心感を覚えるほどに

あれは依存だけで説明できるものではない

 

「だけど彼女は、あなたのことを信頼してます」

 

彼女の彼に向ける目には、確かな信頼が感じ取れた

それに気づかない男ではない

 

「知ってるよ、紛い物とはいえ保護者だからな」

 

「なら、彼女の気持ちもわかってるはず」

 

「ああ、だからこそ、あいつを傍に置くことは出来ない」

 

「何故です」

 

そこまでわかっていて何故一緒に居ようとしないのか

 

「あいつには、生き抜くための術を教えた、この意味が解るな?」

 

教えた、彼が、それが何を意味するか

 

「……戦い方を教えたんですか?」

 

戦い方、つまり人殺しの方法を教えたということ

 

「ああ、万が一俺が死んでも、生き残れるように」

 

「……………………」

 

「そんなことをガキに教える奴が、近くにいる訳にはいかんだろ」

 

だから一緒にいられない、そう言いたいのだろう

 

「安心しろ、人は殺させてない」

 

「……安心できません」

 

「だよな」

 

一線は超えさせていない、そう言ってくる

彼なりの配慮なのだろう、この先彼女が生きていくうえで毒が残らぬよう

小さな子供が不純物にならぬように、自分と同じ人種にしない為の

 

「なら、置いていくなら、どうしてロドスに来たんです。保護させるだけならもう消えてしまえばいいでしょう」

 

もし本当に置いていくつもりなら、とっくにいなくなってもおかしくない

わざわざロドスに滞在する理由もないはずだ、まだ何かある

 

「あいつには一つ、教えてないことがある、それが俺の最後の責務だ」

 

「……それは、なんです」

 

「残念ながら、言えない」

 

「……そうですか」

 

教えていない、彼女にはまだ、用があるらしい

それが終わるまで、彼はいる、ならばまだチャンスはある

 

「話は終わりだ、日も暮れてきた、俺はそろそろ部屋に籠るぞ」

 

レイヴンがあてがわれた部屋に戻ろうとする

 

「待ちなさい」

 

それを呼び止める

まだ、聞かなければいけないことがある

 

「……なんだ?」

 

足を止め、こちらに振り向く

あの日から聞きたかったことを聞く、何も言わず消えた日

聞きたくても聞けなかったことを

 

「どうして、BSWから消えたんです」

 

「……どうしてだと思う?」

 

聞き返される、この男がそうするのには意味がある

 

「わからないから聞いてるんです」

 

「なら、一生わからないままだな」

 

自分の時とは違う、彼女にはまだ、時間がある

 

「……あの子に、私と同じ気持ちをさせるつもりはありません」

 

出来ることはまだある、思い通りにさせるわけにはいかない

 

「レイヴン、ゲームをしましょう。あなたの好きなお遊びです」

 

「……なんだ、リスカム」

 

提案する、彼が反応する

 

「あなたが消えるまでの間に、BSWから消えた理由を突き止めます」

 

「ほう」

 

「当てたら、彼女に置いていく事を言ってもらいます」

 

「……連れてけ、じゃなくてか?」

 

「ええ、彼女のことを考えるなら、保護するのが正しいです。ですが何も言われず置いていかれるのは彼女の心に残ります、一生消えない傷として」

 

彼女を安全なところに置いていくのは譲る、無理強いしてまで連れてかせる必要はない

 

「だからかわりに」

 

そのかわりに別のことをしてもらう

 

「リンクスに、さよならを言ってもらいます」

 

私に向けられる事のなかった言葉を、言ってもらう

 

「……………………」

 

レイヴンが考える、どこか、楽しそうに

 

「いいですね」

 

「ああ、いいだろう、その条件呑んでやる」

 

レイヴンが承諾する、盤面は作れた

 

「言質はとりましたよ、無かったことにはなりません」

 

「安心しろ、俺は嘘はつかん」

 

「下手なだけでしょう」

 

これであとは彼の真意を確かめればいい

リンクスに、あんな気持ちを味合わせるわけにはいかない

ならばこの後どうするか、一度彼の行動を洗うべきだろう

そんなことを考えていると

 

「……ふむ」

 

レイヴンが、ふと手を伸ばしてきた

 

「――ッ! なんです!」

 

自分の頭に、いきなりの事で驚いて後ずさってしまう

 

「いやなに、言うようになったと思ってな」

 

「……はあ」

 

先ほどの事だろうか、正直、ムキになっているだけだが

 

「あのチビが俺に挑戦しに来るか、って」

 

そういって、少しにやけながら船に入っていく

 

「それじゃ、今度こそ俺は籠るぞ、長話は疲れる」

 

そうしてこの場から消えてしまう

 

一人残される、どうやら褒められたらしい

頭に小さな感覚が残っている、そんな気がする

ほんの一瞬、手が触れた、優しく撫でていた

喜べばいいのか、どうすればいいのかわからない

追いかける気も起きない、監視が本来の役目だというのに

なんとなく、昨日彼がペイント弾を撃ったところを見る

そこには、もう名残はない、どんな気分で掃除したのか

 

「……………………」

 

あのペイント弾、よく撃ってきた、顔にむけて

訓練だと言っていた、昔の話だ

 

 

『リスカム、来たな』

 

『なんです、新しいトレーニングを追加するって話ですけど』

 

『なに、難しいことじゃない、これを見ろ』

 

『……それ、例の悪趣味なペイント弾じゃないですか』

 

『そうだ、どんなものかはわかってるな?』

 

『ええ、まあ、それがどうかしましたか?』

 

『簡単だって言ったろ? これを……』

 

『?』

 

『こうするんだ』

 

『ぶっ!?』

 

『で、お前はこれを避けれるようにしろ』

 

『……………………』

 

『そうすれば、不意な襲撃に対応できるようになるだろう、スナイパーとかな』

 

『……………………』

 

『わかったな? なら、行ってよし』

 

『――――ッ!!』

 

『ハッハッハ! いい走りっぷりだな、しばらく飽きなそうだ』

 

 

 

「……………………」

 

殺意が湧いてきた

あの男の行動に無意味なものはない、だからと言って撃たれたくはないが

今回も、まだ何かやることが残っている、それはリンクスのことを思ってのことだろう

だが、本当に思っているならどうするべきか、あの男に教えてやる

 

 

 

……………………

 

 

 

話し終えた後、なんとなく休憩室にやってくる

 

「あら、リスカムどうしたの?」

 

そこにはフランカと、その膝で眠るリンクスが居た

こちらを見て一瞬目が丸くなったような気がするが気のせいだろうか

 

「……いえ、別に」

 

「……ストレイドと何かあったの?」

 

まあ近くにいるべき奴が居ないのだ、答えはすぐに出るだろう

 

「ええ、そうですね、少しばかり宣戦布告を」

 

「宣戦布告?」

 

……………………

 

 

「……そう、この子と別れるつもりだったのね」

 

「ええ、薄情な男です」

 

フランカに先ほどの話をする

リンクスの頭を撫でながら、言ってくる

 

「でも、彼なりに考えた結果なんでしょう?」

 

「そうですが、それでも何も言わずに行くのはおかしいです」

 

「そうね、それは褒められないわ」

 

リンクスのことを思ってのことだと言った

だが彼女の気持ちを考えずにやろうとしている

そんなことを許すわけにはいかない

 

「で、あたりはついてるの?」

 

「ええ、あの男が聞き返すときは判断材料が揃ってる時です。なら、奴のこれまでの動向を考えれば答えは出ます」

 

あとは答えにたどり着くだけ、それだけで彼女を最悪から遠ざけられるかもしれない

 

「……フランカ、私はやります、必ずあの男の真意を掴みます」

 

決意表明をする、必ずやってみせる

 

「ええ、応援するわ、がんば、って、ね、ブフゥ!!」

 

すると突然、フランカが吹き出した

 

「? なんです急に」

 

様子のおかしいフランカに話しかける

 

「ははっ! 駄目っ! もう耐えられないっ!」

 

「……何にです?」

 

だが笑ってばかりで話してくれない

 

「リスカム、あたっ、あたまをっ、あはははははっ! 最高よ、ストレイドっ!」

 

「…………あたま?」

 

フランカが頭を指さしてくる

いわれて触る、そこには

 

「なっ! これはっ!」

 

小さな四角い箱がひっついていた

手のひらサイズのびっくり箱のような設計

スプリングの先に、人を小馬鹿にするような顔のキャラがひっついている

 

「まさか、あの時」

 

頭を触られた、あの一瞬にくっつけたのだろう

いくらなんでも早業すぎる

そう言えば道中ですれ違った人がこちらをちらちら見ていた

これが原因か

人の頭を撫でるふりしてこんなことをしていたのか

少しでも嬉しいと感じたのがバカみたいだ

羞恥と怒りで頭が埋め尽くされていく

 

「……あ、ああ……」

 

 

「あの男ぉっ!!」

 

 

「はっはっはっはっはっ! もうだめっ! おなかいたいっ!」

 

「んー? ふらんかぁ、どうしたの?」

 

しばらくの間、フランカの笑い声が響いたという

 

 




今回、ちょっと長かったですね
投稿する前にちょろちょろと直してたら気が付いたんですが
私、だいたい二千か三千文字ぐらいで見切りをつけているんですよ
で、今回みたいに長くなるのは説明が多いか、謎解きが多いか、どっちかなんですよ
でも一番文字が多いの、あれなんですよね
なにかって?



マスクドケルシーです

追記

マスクドケルシー五千文字しかなかった




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『お互い苦労しますね』

12/12 修正


――――――――懐かしい夢を見た

 

『リスカム君、彼が今日から君の教官だ、よく話を聞くように。レイヴン、くれぐれもふざけたことはしないように』

 

『はいはい、わかりましたよクソジジイ、さっさと消えろ』

 

『しっかり務めを果たす様に、失礼する』

 

『どうも、初めまして、リスカムと申します』

 

『おう、お前が噂のチビか? ほんとに小さいな』

 

『……………………』

 

『俺の名前はレイヴンだ。今日からどういうわけかお前の教官になっちまった』

 

『……………………』

 

『ま、運が悪かったと思って、言うことを聞くんだな、ってさっきからどこ見てんだ?』

 

『あ、いえ、別に、なんでもありません』

 

『そのわりには、人の顔をじっと見てた気がするが』

 

『ああ、その、なんだかあなた、―――――――』

 

 

 

 

 

「…………はあ」

 

「どうした? そんな、頭痛が痛い、みたいな顔して」

 

「……いいえ、別に」

 

宣戦布告した翌日、リスカムとストレイドは、再びロドスを散策していた

リスカムはどんよりとした顔で、ストレイドは煙草を口でたゆたせながら

 

「なんだ? 夜更かしでもしたか?」

 

「そんな感じです」

 

ストレイドがリスカムのどこか不機嫌そうな顔を見て適当なことを言う

だが実際、リスカムが不機嫌なのは寝不足だからだ

あの後、ストレイドのこれまでの行動をすべて洗っていた

そして気が付いたら、夜が明けていた、ほとんど寝ていない

軽い仮眠はとったが、妙な夢を見てしまった、内容は覚えていないが、そのせいで頭も回らない

寝不足なのを言い当てられたことでさらに機嫌を悪くさせる

 

「おいおい、俺はまだ何もしてないぞ、角をチカチカさせるな」

 

「…………既に色々しでかしているでしょうに」

 

ストレイドが少し怯えた顔で言う、リスカムブローはすでに二回食らっている

その威力が骨身にしみているのだろう

 

「まったく、ただでさえ仏頂面なのに、さらに不愛想になってるぞ」

 

「そうね、笑ったら可愛いんだから、そんな顔してちゃ勿体ないわ」

 

ストレイドとフランカが揃って茶化す

普段リスカムをいじっているのはフランカだけだが今はストレイドもいる

そのまま二人分のイタズラが飛んでくる可能性がある、中々不愉快だ

 

「で、だ」

 

「あら、どうしたの?」

 

ストレイドが一緒にいるフランカに顔を向ける

 

「どうしてお前がいる?」

 

「あら、いちゃダメかしら?」

 

「駄目じゃないが、リンクスはどうした?」

 

「今日はバニラに預けたわ」

 

「そうか、ならいいが、それでどうしている?」

 

ストレイドがフランカが一緒にいる理由を聞く

 

「昨日、リスカムから宣戦布告の話を聞いたのよ」

 

「ほう」

 

「で、応援するって言ったの」

 

「へえ」

 

「だからいるの」

 

「説明になってなくないか?」

 

「あなたの暴論よりマシよ」

 

「む、確かに」

 

「納得するんですか」

 

昨日、リスカムはストレイドとのやり取りをフランカに説明していた

その時に応援すると言っていた、一緒にストレイドが消えた理由を考えてくれるつもりだろう

なんだかんだで相棒なのだ、困っている相方を放っておくつもりはないらしい

付いて来ているのも、ストレイドにすぐに不明瞭な点を聞けるようにだ

 

「お前ら、トレーニングとか訓練とかしなくていいのか」

 

「大丈夫よ、決めてある分は午前のうちに終わらせたし、残りは寝る前にやればいいし」

 

「私は、監視が現時点の最優先事項なので」

 

「おう、そこまでして俺といたいか、なんだか気持ち悪いな」

 

「あなたほどじゃないわ」

 

「その言葉、そのまま返します」

 

「やめろ、俺の心はガラスで出来てるんだ、割ろうとするな」

 

三人で仲良く?歩く

行先はどこか、二人は知らない

ストレイドの気分の赴くままに歩いている

 

「それであなた」

 

「ん?」

 

「本当にリンクスと会わなかったわね」

 

「ああ、聞いたろ? 会うわけにはいかん」

 

ストレイドの目的、それはロドスにリンクスを押し付けること

直接引き取ってくれと言えばいいのに言わない理由はリンクスにある

リンクスはストレイドに依存している

 

「あの子、寂しそうにしてたわよ?」

 

「そうだな、まあ、それもその内無くなる、時間の問題だ」

 

「それでも可哀そうよ」

 

彼女一人置いてくと言えば彼女はそれを拒む、無理やりにでもついて来ようとするだろう

そこでストレイドは彼女をロドスに無理やり引き取らせ

ここの人々に馴れさせてから黙って置いていくと決めた

 

「やはり、回りくどすぎるやり方です」

 

「ああ、そうだな、だが確実だ」

 

「……そうでもないと思うけど、言えばいいじゃない」

 

フランカが言いたいことは事情を話せばいいのに、ということだろう

本来ならロドスは感染者のための組織だ

そこに感染してない少女を引き取ってくれと言うのは少し無理がある

しかし、ここのリーダーは優しい、そんなことは関係なく引き取ってくれるとは思う

 

「彼女に話して、ついでにあなたもこのままロドスに居つけばいいじゃない。そうすればリンクスもダダこねないわよ?」

 

「悪いが、嫌だ」

 

「どうして?」

 

「どうしても嫌だから」

 

フランカが食い下がる、ストレイドがそれを断り続ける

確かに彼女の言う通り、ストレイドも一緒に居ついてしまえばいい

だが彼には、それを嫌がる理由がある、リスカムはそれを知っている

 

「フランカ、あまりしつこく言っては迷惑です、それぐらいにしてください」

 

「いや、どうしてそこであなたが彼を擁護するのよ、丸め込んじゃえばいいじゃない」

 

「それをできない理由があるんです、理解しろとは言いません。ですが事情があると、それだけは知ってください」

 

リスカムがストレイドを庇う

昨日リンクスの処遇で口喧嘩をしたわりには変なところで協力している

不可解だ、フランカが質問する

 

「その理由って何?」

 

「何かです」

 

「同じような答え方をするのね」

 

「……こう言うしかないんです」

 

「そう、わかったわ、ここまでにしておく」

 

引き下がる、そこまでして言いたくないことなのだろう

ストレイドに話しかける

 

「で、どこ行くの?」

 

「面白そうなところ」

 

「……また何か、厄介事を起こすつもりですか?」

 

リスカムが怪訝な顔をしている

昨日、メランサにセクハラをしようとし、その前は騒々しい鬼ごっこをしていた

まだこれ以上、何かするつもりなのか

 

「昨日、例のお遊びの最中に、気になる言葉があった」

 

「変態紳士ですか?」

 

「違う」

 

少し食い気味に否定される、気にしているのだろうか

 

「スポットが言ってたろ?」

 

「何をです?」

 

「ミッドナイトより強烈って」

 

「……………………」

 

ミッドナイト、その名前は知っている

ロドスに所属するオペレーターの名だ

あったことはある、一緒に戦ったこともある

悪い人ではない、癖がひどいが

 

「……会いに行くつもりですか?」

 

「もちろん、所属してる部隊も、どこに普段いるかも、リサーチ済みだ」

 

「抜かりはない、と、そう言いたいのね」

 

「ああ、その通りだ」

 

「……その時に性格とか、評判は聞かなかったんですか?」

 

その時に聞いておけば、わざわざ行く気は起きないと思うが

 

「それは、会うまでのお楽しみだからな」

 

そう言って、彼のいるであろう部屋にたどり着いてしまっていた

 

「……気づくべきでしたね、ここに来ていることに」

 

「ホントに会うの?」

 

「ああ、もちろん」

 

そういって、部屋のドアを意気揚々と開ける

 

「邪魔するぜ、予備行動隊A6の部屋はここだ――」

 

そして、何故か閉めてしまった

 

「どうしたの? 入らないの?」

 

「会うなら早く会ったらどうです?」

 

二人が不審に思い話しかける

ストレイドが振り向き、動き出す

 

「二人とも、別のとこに行こうか」

 

「「は?」」

 

そういって、二人を強引に部屋から遠ざけようとする

 

「どうやら俺たちはお邪魔虫らしい、さっさと退散しよう」

 

「いや、ちょっと」

 

「なんです、急に」

 

二人を連れてその場から離れようとする、すると

 

『この色ボケ魔王っ!!』

 

何やら鈍い音が響いた

先ほどの部屋から一人の女性が顔を出す

 

「待ったっ!誤解しないでっ!」

 

「あら、オーキッドさん」

 

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

 

予備行動隊A6の隊長、オーキッドだった

 

 

 

 

改めて部屋に訪れる、そこには

 

「ああ、なるほど」

 

「……これは、そういうことですか」

 

ミッドナイトがいい感じに吹っ飛んでいた

 

「またいつもみたいに口説かれてたのかしら?」

 

フランカがオーキッドに聞く

 

「違うわ、いつものくだらないうたい文句よ」

 

ミッドナイトは元ホストだ

夜の街で女性のために、甘い言葉を囁き、ただ女性を楽しめるために、道化を演じる

言い方は悪いがそれがホストの仕事だ

彼はそんな仕事を昔していた、くだらない事とは言わない

誰かのために、誰かの望む誰かを演じる、十分立派なことだ

彼自身、ホストの仕事に誇りを持っていたというが、詳しい話は省く

 

「そうなのか? ただの文句の割には、ロマンス成分が多かった気がするが」

 

ストレイドが椅子や机を巻き込んで吹っ飛んでいるミッドナイトを見ながら言う

 

「ええ、なんでも私の笑顔が見たいとかいいながら、人の顔に手を伸ばした、それだけよ」

 

「……引こうとした理由はそれですか」

 

彼が女性に話しかける際、大仰なしぐさをする時がある

先ほども、そのようなことをしていたんだろう

そこに、ちょうど悪いタイミングでストレイドが入ろうとしたのだろう

それで、勘違いして引こうとした

 

「勘違いしないでね、この男とはなんでもないわ」

 

オーキッドが彼とはなんでもない、その旨を伝える、たいして

 

「そうか、悪い、そのままオフィスラヴにでも発展するのかと」

 

「……なんだか嫌な予感がしてきたわ」

 

そう返す

ストレイドの言葉にオーキッドが顔を引きつらせている

常人は口に出さないセリフが聞こえたのが原因だろう

正直、ミッドナイトと近い位置にはいる、ミッドナイトの方が百倍は誠実だが

二人をかけ合わせたら酷いことになる気がする

 

「それで、ミッドナイトはこの通りね、どうしましょうか」

 

ここにはミッドナイトに会いに来た

だが、目的の人物が倒れている以上、来た意味もない、引き上げようか

そう考えていると

 

「おっと、あんたか? ドクターの言ってたお客人っていうのは」

 

いつの間にかミッドナイトが復活していた

何事もなかったようにぴんぴんしている

特別驚くこともなくストレイドが反応する

 

「ああ、ストレイドだ、よろしく頼む」

 

「よろしく、君とは仲良くなれそうだ」

 

「俺もだ」

 

固い握手を交わしている

初手から意気投合しようとしている、止めた方がいいかもしれない

 

「目的は果たしたでしょう、もう行きますよ」

 

引き上げようとする、が

 

「何を言う、こんな面白そうな奴、もっと話さないと勿体ないだろ」

 

どうやらやる気満々らしい

無理矢理止めるべきだろうか、嫌な予感がして来た

 

「ところでミッドナイト、この素敵なお姉さんを口説こうとして失敗したらしいな」

 

「ああ、オーキッドさんか、この人いつも仏頂面なんだ、笑顔でいた方が断然いいのに」

 

二人が動き出してしまう

 

「いいだろう、どうすれば女性を笑顔にできるか、手本を見せてやる」

 

「へえ、お手並み拝見と行こうか」

 

ストレイドがオーキッドの前に出る

 

「……何よ」

 

身構える、言いようのない不安に駆られているのだろう

 

「さてお姉さん、もしあなたさえよければ、この後」

 

一拍おいて、話し出す

 

「俺のためのバースデースーツを着てくれないか?」

 

「…………はっ?」

 

オーキッドが唖然としている、おそらく意味を知っているのだろう

とても初対面の人にむける言葉ではない

 

「あれおかしいな、普通なら『喜んで!』って返ってくるんだが」

 

自分が言っていることを理解していないのか

ミッドナイトが前に出る

 

「おっとストレイド、そんな直接的な誘い方じゃダメだな、もっと上品に行かなきゃ」

 

「なるほど、勉強させてもらおう」

 

選手交代、今度はミッドナイトが前に出る

 

「さて、オーキッドさん、俺はあなたを失望させないよ?」

 

そういって、一拍おく

 

「なんたって、君は俺のお姫様だからね、甘い一夜を過ごそうじゃないか」

 

「……………………」

 

オーキッドがプルプルしている

喜びではない、あれは呆れと怒りだ

突けば破裂してしまいそうなほど負の感情が膨れ上がっているように見える

 

「おや、お気に召さなかったようだ、もう少し柔らかくなってくれればいいのに」

 

「こらこら、柔らかくなるのを待つんじゃない、柔らかくするのさ、俺たちの言葉で」

 

今度は二人並んで立つ

 

「「さあ、あなたを連れ去りに来たよ、お姫様」」

 

「だあぁぁぁぁぁぁっ!! なんなのよあんたらあぁぁぁぁ!!」

 

「……なにこれ」

 

「やはり、来るべきではありませんでしたね」

 

「ねえスポット、オーキッドが誰かと喧嘩してる」

 

「いいんだ、ポプカル、あれに関しては何も気にしなくていい」

 

この後二人は丁寧に処理された

 




私にとってバースデースーツはジャブです、ストレートではありません
ホントは別の出そうかなと思いましたがあまりしつこいのもあれなのでこれに落ち着きました
ミッドナイトは某真銀斬に立場を食われやすいので出番がありませんが結構いい性格してますよ、まあ人によってはフロストリーフでいいんじゃねって方もいるでしょうが
ホストの人ってよくもまああんな言葉がべらべら出るもんですね
頭の回転が速いのかそれともそういう風に教えられるのか、私にはわかりません
言い方が冷たく見えますがホストが嫌いってわけじゃないですよ?

ちなみに前話で一部セリフを直さずに投稿してしまったことにしばらくしてから気づきました、あんなミスは二度とないようにしたいです


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終、山猫散歩

12/12 修正


 

「リンクスちゃん、今日はどこ行くの?」

 

「ばにら、きょうはね、あっちいくの」

 

リスカムが宣戦布告した翌日、バニラとリンクスは引き続きロドスを探索していた

 

「こっち、まだみてない」

 

リンクスが元気に走っている

当初は借りてきた猫のようにおとなしかったのが嘘のようだ

ほんの少しの間で随分なじんだ様子だ

 

「ばにら、はやくはやく」

 

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

昨日、フランカとリスカムから事情は聞かされた

ストレイドの目的と、リンクスの境遇を

不釣り合いな組み合わせだとは考えていた、訳アリなのかと

だがこんな小さな子供がそんな目にあっていたとは思わなかった

 

「ねえねえばにら、ここはどんなとこ?」

 

「ここは住居フロア、ロドスで暮らしてる人の個室があるの」

 

リンクスが顔をあげて聞いてくる

昨日、彼は彼女と会わなかった、一度も

口には出さなかったが寂しそうにしていた

彼女はストレイドの行動に疑問は持たないのか、そんなことを考えてしまう

ストレイドは親代わりのようなことをしている、

リンクスはそんな彼を信用している、疑念を持つ理由がないのだろうか

 

「? ばにらたちのいるところはちがうの?」

 

「あそことは別のとこ、昔からここにいる人たちの階層だね」

 

正直、ここで彼の企みを話せばストレイドの目論見は崩壊する

リンクスが知りさえすれば、事態は動く

だがフランカに話すなときつく言われてしまった

なんでも

 

『彼女が彼に依存しているならば、話した時点で精神状況に異常が出る可能性があるわ

 くれぐれも、リンクスに喋らないこと、仄めかすのもダメ』

 

とのこと

信頼している相手に置いていかれるかもしれない

それを知って小さい子供が正常でいられるか、そんな訳がない

発狂するようなことはないだろうがまた別の、一生治らない傷が残るかもしれない

そういうことなんだろう、慎重になるのはわかる

だがドクターや他の人にも話すなと言われてしまった

知っている人が増えれば増えるほど、リンクスの耳に入る可能性が増える

それを防ぐため、知っている者を特定できる状況にしておきたいと

 

「はあ…………」

 

「? どうしたの?」

 

「ああ、うん、大丈夫、なんでもないよ」

 

ストレイドにそれをやらせないためと言いながら、結局、彼の思惑通りになっている気がする

妨害するなら何が最善か、それがわかっていて何もできない

歯がゆい、何もできないのがこんなにつらいとは思わなかった

というか、フランカとリスカムも何故リンクスを置いていく事を肯定しているのか

あの二人、なんだかんだでストレイドの味方をしている気がする

彼の計画が結果的にリンクスのためになるのかもしれないとはいっても

彼の側につく理由はないはずだ

あれだろうか、昔のよしみというやつか

ストレイドのことをよく知らないバニラにはわからない

 

「ばにらばにら、なにかんがえてるの?」

 

「ん? ああ、なんでもないから、大丈夫大丈夫」

 

顔に出ていたのだろう、リンクスに悩んでいることを見抜かれてしまった

彼女はかなり聡いと聞いた、あまりこの場で考えない方がいいだろう

適当な言い訳をしてリンクスと歩く

ここは住居フロア、だがバニラたちのいるところとは違う階層だ

ここは主に古くからロドスにいる人たちが住んでいる

ドクターやアーミヤ、ケルシーたちもここにいたはず

通路を歩いていくと

 

「あ、こんにちは皆さん」

 

「む?」

 

「おうバニラか、こんにちは、だな」

 

ノイルホーンとレンジャーが歩いていた

なにやらノイルホーンが誰かを背負っている

 

「? だーれ?」

 

「ん? こいつか?」

 

リンクスがノイルホーンに聞く

 

「ドゥリン、てやつだ、見ての通り寝てる」

 

「すぴ~……」

そういわれて健やかな寝息が聞こえてくることに気づく

ドゥリンと呼ばれた少女はかなりマイペースな性格をしている

特別怠惰なわけではないのだが、どこであろうといつの間にか寝ていることが多い

聞いた話では、一日の大半を寝て過ごしているとか

 

「どうしておんぶしてるの?」

 

何故背負っているのか、リンクスが聞く

 

「別に、食堂で飯食ってたらいつの間にか寝てたんだ、ま、いつもの事さ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの」

 

ノイルホーンが答える

彼は少々、見た目が怖い

背が高く、少し荒い言葉遣い、そして何より特徴的な鉄仮面

ドクター張りに怪しい見た目をしてる、ロドスの制服を着てる分、あちらよりはマシだが

そんな見た目だがかなり面倒見がいい性格をしてる

ドゥリンを背負っているのが何よりの証拠だろう

なんとなく行先を聞いてみる

 

「どこに行こうとしてたんですか?」

 

「訓練場じゃな、教官殿に呼ばれておるんじゃ」

 

レンジャーが答えてくれる

 

「ついでにドクターにも呼ばれたんだ、何か話があるらしい」

 

「ドクターにですか?」

 

ノイルホーンも答えてくれる

このタイミングで呼ばれるということは、レユニオンの部隊の事だろうか

作戦に誰を参加させるか、色々試行錯誤しているのかもしれない

ついていこうか、そう考えていると

 

「ところでお嬢ちゃん、お主は例のお客人かな?」

 

「おきゃくじん? おきゃくさんってこと?」

 

「ああ、そうじゃな」

 

「そうだよ、すとれいどときたの」

 

レンジャーがそんなことを聞く

 

「ストレイド、てのはこの前一緒に走り回ってた黒い奴か?」

 

「ああはい、その人ですね」

 

この前ロドスを駆け回っていた時にいろんな所を通った

その時この辺りも通った気がする、それで彼を見たのだろう

まあチェンとストレイドがわーきゃー叫んでたのが印象的だったのもあるだろうが

 

「あいつ、すばしっこかったな、あの隊長相手に啖呵も切ってた、何者なんだ?」

 

「その、傭兵って言ってました」

 

ストレイドの素性を聞いてくる

ノイルホーンとレンジャーはかなり長いこと戦っている、歴戦の兵士だ

そんな彼らから見てもストレイドの身体能力は高く見えたのだろう

 

「へえ、傭兵か、ウチに雇われてくれないかね」

 

そんなことを言う

 

「なんでです?」

 

「そうなりゃ楽になりそうだ、あんだけ動けるんだったら戦闘力も中々高いだろ」

 

「ああ、強いらしいですよ、はい」

 

「ほう、見てみたいもんだ」

 

ノイルホーンの言葉に少し気分が落ち込む

この前のことを思い出してしまった

何もできずに、ただ撃たれてしまった

よほど反射神経が良くなければあれは避けれない

相手にはしたくない、今は味方だが敵に回ったときのことは考えたくない

 

「……………………」

 

「ん? どうした爺さん、考え事か?」

 

「むう、別に大したことじゃないんじゃが……」

 

なにやらレンジャーが考え込んでいる

 

「どうしたんですか?」

 

聞いてみる

 

「いや、あの男、どこかで見た気がするんじゃが、どこだったかと思って」

 

「あの男って、ストレイドさんの事ですか?」

 

「ああ、昔どこかで見た顔じゃ、だがそれが思い出せん」

 

「なんだ、ついにボケたか?」

 

「そんな訳がなかろう、儂はまだ現役じゃ、ちと年はくっているがな」

 

どうやら昔見たことがあるらしい

レンジャーはロドスに来る前は流れ歩いていたと聞いたことがある

その時に会ったのか

 

「ストレイドさんと会ったことがあるんですか?」

 

もしかしたらリスカムに有益な情報を渡せるかもしれない

レンジャーに話を聞いてみる

 

「似たような見た目の男に会った記憶があるだけじゃ、そもそも名前が違った気がする」

 

「名前、ですか」

 

「ああ、たしか鳥の名前だった気がするんじゃが……まあ、おそらくは他人の空似じゃろう」

 

鳥の名前、彼は昔レイヴンと名乗っていたはず

ストレイドかもしれないということは伏せて聞いてみる

 

「あの、その人ってどんな人でしたか?」

 

「む? なんじゃ、何か気になることでも?」

 

「え、あ、はい、ちょっと気になって」

 

「ふむ、まあいいじゃろう、詳しい話は大して知らんがな」

 

そういって、話してくれる

 

「傭兵の間では有名な男だったんじゃ、なにか、物騒なあだ名がついていての」

 

「物騒? どんな名前だよ」

 

「確か、死告鳥、とか言ってた気がするのう」

 

「死告鳥? なんだそりゃ」

 

「その名の通りじゃ。死を告げる鳥、奴の通った後には死体しか残らなかったとか」

 

「随分と恐ろしい話だな、死神か何かか?」

 

「まあ似たようなものじゃ」

 

「でもそれって、他の人がやったとかそういう話は出なかったんですか?」

 

「ああ、そう言う者もおったな。だが奴がやったとういう確たる証拠があったんじゃ」

 

「確証ねえ、どういうもんだったんだ?」

 

「なんでも、奴に殺された者は、眉間に一発、それだけで仕留められていたとか」

 

死告鳥、眉間に一発、彼の特徴に該当する

レンジャーの言う人物はストレイドの事だろう

 

「なんだ、気味が悪いな、手当たり次第に殺しまわってたクチか?」

 

ノイルホーンが言う、今の話だけではそんなイメージしかつかない

レンジャーが続けて言う

 

「ただ、妙なことをする男でな」

 

「妙な事?なんだよ」

 

「なんでも、火消しのような事をしていたとか」

 

「……火消し、ですか?」

 

「ああ、それで仕事がなくなるって雇われ共が騒いでおったの」

 

火消し、要は騒ぎが起きる前にその元凶たる火種を消すこと

 

「戦争がなければ傭兵は大した仕事はない、輸送団の護衛とか賞金首とか、そんなことしか出来ない地域もあったのう」

 

「そりゃつまり、そいつが戦争を止めてたって事か?」

 

「うむ、戦争が起きる前に火種を潰していたらしい、といっても大きい国同士のものはさすがに無理そうじゃったが」

 

「変わったことをする奴だな。なんだってそんなことをしてたんだ?」

 

「さあ、だから噂になったんじゃ、同時に嫌われてもおった」

 

「なぜです?」

 

「なに、簡単な話じゃ、人を殺しているくせに正義の味方を気取るつもりかと」

 

「なるほどな、そういう奴も出てくるか」

 

おそらく、人殺しのくせして善人のふりをするのか、そう見えていたんだろう

フランカから彼は容赦がないと聞いた、戦場で生きてきた者の癖なのか、それとも殺すのを楽しんでいるのか

 

「……むー、おはなしながい」

 

「ああ、すまんのう、お嬢ちゃんには退屈な話だったか」

 

リンクスがレンジャーに抗議している、

リンクスを拾ったのは彼の意思だと聞いた

そして彼女が彼に見せた表情は、悪人に向けられるものではない

なにか、彼の中で理由があるのだろう

 

「あの、それで、レンジャーさんはどう思ってるんです?」

 

「? 何をじゃ?」

 

「その人について、さっきの話の内容とか……」

 

なんとなく、聞いてみる

 

「まあ、変わっているとは思ったが、奴の行動で救われた命もある。一概に悪人と決めつけるつもりはない、なにより直接話した事がない。評判だけで決めるべきではなかろうて」

 

「あ? 会った、て言ってなかったか?」

 

「ああ、会いはした、だが一瞬言葉を交わしただけじゃ」

 

「何を話したんだ?」

 

「いやなに、一言、『あんたは良いやつだな』と、一方的に言われただけじゃな」

 

「…………どういう状況だったんだ?」

 

ノイルホーンがその時のことを聞く

 

「ある輸送団の護衛をしてたんじゃ、確か医療物資とかの輸送だったか、その時に奴がいた」

 

「それがどうして、さっきの話につながるんだ」

 

「まあ待て、その時に敵襲があったんじゃ、といっても特別戦うことはなく終わったんじゃが」

 

「何があったんだ?」

 

「なに、現れた奴らは仲間が怪我をしているから薬を分けてほしいと、そう言った」

 

「それで?」

 

「だが輸送団も金のために運んでいる、ただでは渡せない、それ相応の額を払えと言った」

 

「まあ、仕事だしな、仕方ない」

 

「だが相手は払えない、後で必ず払うから今はタダでくれと、そう言った」

 

「よほど急いでいたんでしょうか」

 

「輸送団もそんな口約束で渡すわけにもいかない、口論になってピリピリしてきたんじゃ」

 

「で、どうなったんだ?」

 

「なに、見るに見かねてそいつらが欲しがってた分の額を儂が払うといった、無駄な争いは避けたいからのう」

 

「ほう、優しいじゃないか爺さん」

 

「なに、大したことじゃないわい、その時に、奴も半分払ってくれたんじゃよ」

 

「奴って、その死告鳥とかいうのがか?」

 

「ああ、それでその時、さっきのセリフを言われたんじゃ」

 

「なるほど、納得だ」

 

「……そうですか」

 

今の話を聞く限り、とても悪人とは思えない

彼がBSWを抜けた理由に繋がるかもしれない

リスカムに聞かせるべきか、そうなると合流した方がいいだろう

 

「まあこういう話じゃ、たいして面白い話でもないわい」

 

「いえ、参考になりました、ありがとうございます」

 

「なに、得るものがあったならそれでいい」

 

「それでは、わたしたちはこれで失礼します、お話しありがとうございました」

 

「? ばにら、どこいくの?」

 

礼を言いその場を去る、なにか助けになるかもしれない

 

 

 

 

 

 

「参考ね、なんのことだか」

 

「………………」

 

「なんだよ爺さん、まだ何かあんのか?」

 

「……さっきの話、ロドスに来る前の事なんじゃが」

 

「ああ、そうなのか」

 

「ロドスに来た後も、どこかで、身近なとこで見た気がするんじゃが、どこだったかと」

 

「なんだ、やっぱりボケてるんじゃないか?」

 

「まさか、まあその内思い出すじゃろうて」

 

「そうかい、なら早く行こうぜ、ヤトウに怒られちまう」

 

「すや~…………すぴ~…………」

 

 




レンジャーを出して気がついたことがあります

彼のセリフ、文面だけ見るとのじゃロリです

きっと私の頭が狂っているんですね、脳に瞳が生えているのでしょう
上位者をぶちのめして落ち着きました、ゴース戦は楽しいですね


何を言ってるかわからない?
理解しない方がいいでしょう


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ロドス・クッキング

12/12 修正


「本当に、いい加減にしてください」

 

「はい…………」

 

オーキッドへのセクハラ騒ぎの後、三人は再び歩き回っていた

 

「流石に堂々としすぎよ、あなたは」

 

「はい、反省してます……」

 

「猛省してください」

 

だが先ほどとは様子が違う

リスカムとフランカは穂先を取ったモップの柄を肩に担ぐ様に持っている

それにストレイドがぶら下げられている、逆さづりで

狩猟された獣でも運んでいるような構図になっている

 

「あの、二人とも、もちっと高く上げれてくれないか?」

 

「嫌です」

 

「そんな面倒な事、したくないわね」

 

「なら下ろしてくれ、そうすれば楽になる」

 

「駄目です」

 

「頼む、このままじゃハゲちまう」

 

「寂しい頭になった方が素敵だと思うわ」

 

さっきから運んでいる二人の身長がさほど高くないのもあり

吊り下げられたストレイドの頭がガリガリ削れている、中々痛そうだ

 

「許してくれ、こんな年で毛根を死滅させられるのはごめんだ」

 

「いっそのことスキンヘッドにしたらどうです?きっと似あいますよ」

 

「嫌だ! 豆電球等と煽られるのだけは嫌だ!」

 

「いいですね、その時は盛大に笑ってあげます」

 

わざと頭を引きずりながら歩いていく、行先は特に決めていない

流れるままに歩いていく、通りがかる人が白い目で見てくるが今は気にしない

 

「ねえリスカム、さすがに可哀そうになってきたんだけど」

 

「ほう、これでも足りないぐらいなのですが」

 

「俺はそんなに罪深いことはしてないぞ」

 

「してます、大いに」

 

「いい加減、私も周りの目が気になってきたのよね。そろそろいいんじゃない? 無駄に疲れるだけだし」

 

「……まあ、いいでしょう」

 

フランカの言う通り無駄な疲労が溜まるだけだ

それに変な噂が立つかもしれない、いやもう立っている気がするが

しかたなくストレイドを結んでいた縄を解く

 

「これに懲りたら二度とあんなことはしないように」

 

「すでに二度以上やってるが」

 

「……やはりもう少し吊っておきますか」

 

「すまん、妄言だ、忘れてくれ」

 

「一言多いのよ、あなたは」

 

自由になるなり減らず口を叩き始める、相変わらずの男だ

 

「で、ここはどこらへんだ?」

 

「食堂のあたりよ」

 

「ほう、病院食か、興味がないな」

 

「違います、いや違うくはありませんが、普通の料理もあります」

 

今いるところはロドスの食堂付近だ

ここに住む人々の大半がここで食事をしている

ピークは過ぎたがまだ人はいそうだ

 

「そういえばあなた、ここのご飯は食べたことあるの?」

 

フランカがストレイドに聞く

 

「いや、食ってないな、ここに来たのは初めてだ」

 

「……それなら昨日から何を食べていたんです、部屋に誰か運んでくれてるんですか?」

 

そういえばストレイドがロドスにいる間に物を食べているところを見ていない

個別に食事を渡されていたのか

 

「いや、俺の車に積んであったレーションを食ってたが」

 

「……ロドスの人に言って作ってもらえばよかったのに、あなた一応、客人扱いなのよ?」

 

「その客人に逆さ吊りという磔刑を施したのはどこのどいつだ」

 

「それ以外食べてないんですか?」

 

「ああ、病院の飯はまずいイメージがあるから食いたくない」

 

「そんな訳ないでしょ、ちゃんと美味しいわよ」

 

どうやら碌なものを食べていないらしい

 

「なら、食べてみますか? 印象が変わるかもしれませんよ」

 

なんとなく、リスカムから提案してみる

少し嫌そうな顔をする

 

「いや~、あんまり気乗りがしないな、不味くなくても食いでがなさそうだ」

 

「だから食べてみようと言っているんです。試す前から決めつけるのはよくありません」

 

「む~、まあ、そこまで言うなら少しだけ……」

 

説得に成功する、もともと興味はあったのかもしれない

食堂の扉を開ける、中にはまだ何人か人がいる

こちらに気づき顔を向けてくる中に、近づいてくる人影が一つ

 

「あ~、ストレイドさ~ん、こんにちわ~」

 

クルースだ

のんびりとした口調で、三人に話しかける

 

「よう、細目の嬢ちゃんじゃないか、遅めの昼食か?」

 

「そんなところ~」

 

二人は面識があるらしい、確か最初に遭遇したのがフェンとビーグルを含めた三人だったはず

ひと悶着あったと聞いたがどこか友好的だ

なんでも、ストレイドにむけてクロスボウを撃ち込んだ、とか

 

「リスカムさんとフランカさんも~、これからご飯なの~?」

 

「ええ、少し遅いですが」

 

「この人に食べさせてみようって話になって」

 

「そ~なの~? ここのご飯、食べたことないの~? ストレイドさ~ん」

 

「ああ、なんだか気が進まなくてな」

 

「もったいな~い、ここのご飯はおいしいよ~、せっかくだから食べていきなよ~」

 

本当に、友好的だ、不気味なほどに

 

「……………………」

 

「ねえリスカム、クルース、なんだか笑ってない気がするんだけど」

 

フランカが聞いてくる

クルースは今、笑顔でストレイドと話している

だが、どこか不穏な空気を感じさせる笑みだ、何か企んでいる

 

「ねえ、どうしてあんなに怒ってるのよ、彼女」

 

「……そういえば、昨日、やらかしましたね、あの男」

 

昨日、射撃訓練場で起きたことを思い出す

ストレイドはビーグルにむけて、例のペイント弾を撃ち込んだ

ビーグルにむけて

 

「フランカ」

 

「ええ、わかったわ」

 

ストレイドに気づかれないように、ゆっくり部屋を出る

クルースとビーグルは仲が良い、フェンと一緒にロドスにやってきた幼馴染だ

そんな彼女に彼は狼藉を働いた、クルースが放っておくわけがない

おそらく、何かやるつもりだ、巻き添えを食らわないうちに避難する

 

「ほらほら~、こっち、空いてるよ~」

 

「おっと、誘ってくれるとは嬉しいな」

 

ストレイドを席に誘導する、ちらりとクルースがリスカム達を見る

特別なにも言おうとしない、狙いは彼だけらしい

二人が外に出る

 

「ん? あの二人はどうした?」

 

「さっき、別の人に話しかけられてたよ~」

 

「そうか、ならいい」

 

何も疑わずクルースについていく

席に座れと促さられる

 

「で、ここは何がオススメなんだ?」

 

「ここのは全部おいしいよ~、だけど一番は~、彼女の作る料理かな~」

 

そういい、近くの少女にクルースが手招きする

青い髪の少女だ、どこか活発そうなイメージがする

ストレイドの前にやってくる

 

「初めまして! あなたがドクターの言ってたお客さんですね!」

 

「ああ、ストレイドだ、よろしくお嬢ちゃん」

 

「わたしの名前はハイビスカスです! ハイビスって呼んでくださいね!」

 

「ほう、随分フレンドリーだな、全ての女性がこれぐらい友好的ならいいのに」

 

「? なんのことです?」

 

「いや、なんでもない」

 

いつも通りの戯言を口にする

クルースは後ろで笑っている

 

「ハイビスちゃん、ストレイドさんが~ここのご飯、食べたことないって言ってるの~」

 

「え? そうなんですか?」

 

「だから~、ハイビスちゃんのおいしいご飯、作ってあげて?」

クルースがそう言った瞬間、周囲の人々が何も言わずに席を立つ

 

「? 周りの奴らはどうしたんだ?」

 

「さ~、気にしなくていいんじゃな~い?」

 

「ふむ、そうか」

 

どこか違和感を感じながら話を進める

 

「おいしいご飯ですか? わたしが?」

 

「そう~、せっかくだから~おいしいもの、食べてほしいでしょ~?」

 

「そうですね、わかりました! わたしが! 腕によりをかけて! 作りましょう!」

 

そういい、ハイビスカスが厨房に消えていく

 

「なんだ、ハイビスの嬢ちゃんは料理が得意なのか?」

 

「うん、そ~だよ~」

 

ストレイドの疑問にそう答える

 

「そうかい、そいつは楽しみだ」

 

「それじゃ~、わたしはこれでしつれいするね~」

 

「ん? 何か用でもあるのか?」

 

「うん、人に呼ばれてるの~」

 

そういって、クルースも消えてしまう

ストレイドは一人、料理ができるのを待つ

そして、ハイビスカスがやってくる

 

「お待たせしました! こちらをどうぞ!」

 

出来上がったものを渡される

 

「……? これはなんだい? お嬢ちゃん」

 

それは、彼の常識の範疇から外れたものだった

 

「サンドイッチです! それと紅茶と簡単なサラダです!」

 

「……ほう、サンドイッチか、なるほど」

 

そこには、何も挟まれていないサンドイッチと見た目には大して違和感のない紅茶と、嫌に種類の多いサラダが置いてあった

 

「……ちなみに、何サンドなんだ?」

 

聞いてみる

 

「ハムとレタスときゅうりとトマトを抜いたハムサンドです!」

 

「……そうか」

 

それはハムサンドなのか、そもそもサンドイッチなのか、ただの食パンなのでは、耳はないが

いや、もしかしたらマーガリンは塗ってるのかもしれない

いやでも結局食パンだ、サンドイッチじゃない

 

「その、なんだ、独特だな、うん」

 

「ええ、ロドスの皆さんの健康を考えて作った料理ですから! 自信作です!」

 

「……………………」

 

何か言おうと思ったがそんな自信満々な顔をされてしまうと何も言えない

どうすればいいのか

 

「さあ! どうぞ! 召し上がってください!

 

「……ああ、いただきます」

 

ハイビスカスは善意で作ってくれている、無下には出来ない

仕方なく口にする

 

「…………(もぐもぐ)」

 

「どうですか?お口に会いますか?」

 

味がない、などと言っていいのか

それとも、素材本来の旨味を味わえとでもいうのか

ここでそう指摘したらこちらが悪い気がするのは、気のせいなのか

 

「(ゴクン)……ああ、おいしいよ」

 

「お口にあったようで良かったです」

 

その場しのぎでそう返事をする、いやあってはいないのだが

無心に頬張り続ける

だがなんの味もないパンをむさぼり続けるのは無理がある

口が乾燥する、流し込むついでに紅茶を飲む

 

「ッ!?……この紅茶、どういう代物なんだい?」

 

だが、紅茶から味がしない

 

「えっとですね、カテキンとカフェインレスの紅茶です!」

 

「……そう、か」

 

紅茶独特の渋みはカテキンという成分からきている、それを抜いた以上味がするわけがない

しかもカフェインもない、おそらくこれに入っているのはビタミンとかそのあたりの栄養素だけだ

ついでに甘みもない、砂糖も、ましてや蜜の類も入っていないだろう

これでは色のついているただのお湯だ

唯一の救いは、サラダにそこそこ味のするドレッシングが付いてることだろうか

何とかして完食する

 

「……ごちそうさま、美味かったよ、お嬢さん」

 

そういい、その場を離れようとする

 

「あっ、待ってください、まだメインディッシュが残ってます!」

 

「……メイン、つまり、そういうことか」

 

どうやら今のは前菜だったらしい、まだ何かあるのか

ハイビスカスが厨房に戻っていく

 

「……死刑宣告、なるほど」

 

逃げるなら、今しかない

 

「やってくれる、細目の嬢ちゃん」

 

だがそうすれば、彼女の厚意を無駄にする

 

おそらく、悲しむだろう

ストレイドという男は、女性に涙を流させるような男ではない

 

「……………………」

 

その場に留まる、逃げ出すという選択肢は彼にはない

 

「お待たせしました! こちら、コーンポタージュになります!」

 

そういって器を渡される、それは

 

「コーン、ポタージュか……」

 

「はい! 体にいいものを沢山入れたわたし特製のポタージュです!」

 

黒い、得体のしれない何かだった

 

「……………………」

 

熱してもいないのにぐつぐつと煮えたぎっている、黒い煙も吹き出ている

おかしい、ポタージュ要素が見当たらない、ついでにコーンも

これはコーンポタージュなんて優しさにあふれたものではない

もっと別の、この世すべての悪を含んだなにか、暗黒物質だ

 

「……………………」

 

はたして食えるような代物なのか

渡されたスプーンを持ったまま、何もできない

 

「? どうしたんですか? 食べないんですか?」

 

ハイビスカスが不審に思い聞いてくる

 

「……大丈夫だ、問題ない」

 

ここで食べれない、などと戯言を言う気はない

一匙、すくう

勇気をもって、すくったそれを、口に入れる

 

「―――ッ!!」

 

 

 

 

その後、リスカム達と合流した彼はこう言った

 

「宇宙の味がした」

 




補足を一つ
紅茶を味のもとはカテキン、と言っておりますが
実際にはアミノ酸とかその他諸々も入っているので多少の味はするはずです
ですが、まあ、そんな細かいことまで気にする必要はない、そう思いましてそういう感じに書いてあります
ちなみに、カテキンと書いてありますが、人によってはタンニンの方が聞き覚えがあるかもしれませんね、カテキンはタンニンと呼ばれる成分の一種だとか
まあ詳しい話を知りたければ調べてください

ところで、ドクターが飲まされてるカフェインレスコーヒーですが
どうやってカフェインを抜いているんですかね?

追記

タイトルが原作のコーデと被ったんで変えました


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へんなかお

12/12 修正


 

「……少し、恐怖を覚えました」

 

「何をされるのかしらね、彼」

 

食堂の扉をそっと閉める、クルースがこちらを見た時はヒヤッとした

まあ、因果応報なのだろう、ああなるのは仕方ない

ひとまずここを離れて頃合いを見て戻ってこよう

その場から離れる

すると、遠くから

 

「先輩先輩! お話があります!」

 

「? バニラ、どうしたんです、そんなに急いで」

 

バニラがリンクスを連れてやってきた

 

「ばにらー、あるくのはやいー」

 

強引に引っ張られる形で連れてこられたらしい

 

「ストレイドさんの事で、重要なお話があります!」

 

「重要?」

 

近くまでやってくる、走ってきたのか、息が少し乱れている

 

「で、話って?」

 

とりあえず要件を聞いてみる

 

「あの、さっきレンジャーさんから聞いた話なんですけど」

 

そう言って、バニラがレンジャーから聞いた話を話し始める

 

 

……………………………………

 

 

「そう、彼と面識があったと」

 

「はい、それで何か、お力になればと思って……」

 

レンジャーの話、彼と会ったこと、彼が傭兵時代にやっていたこと

情報量としては少ないが、質は十分だ

 

「リスカム、どう? 何かこう、ピンときたりとかした?」

 

火消しのようなことをしていた、正義の味方のように

フランカはその話を知らなかった、リスカムも知らなかったかもしれない

聞いてみる、が

 

「いえ、特には」

 

そう返されてしまう

 

「……なんだか、あまり驚いていないわね」

 

それどころか、驚愕すらしていない

 

「ええ、知ってる話ですし」

 

「えっ、知ってたんですか?」

 

既に調べた後なのか

昨日の話では死告鳥の話も知っていた

存外、フランカ以上に深いとこまで調べたのかもしれない

リスカムが話し出す

 

「はい、本人から聞きました、昔」

 

「「へっ?」」

 

ストレイド本人から聞いたらしい、どういうことか

 

「あの、聞いたって、本人に?」

 

「ええ、そうですね」

 

「ストレイドから? 火消しみたいなことしてたって?」

 

「はい、正確にはレイヴン以外に上層部の方から聞いた話もありますが」

 

「上層部、ですか?」

 

そういえば上層部は彼の詳しい素性を知っている

ストレイドと関わりの深い彼女になら話すかもしれない

 

「ていうかあの人、聞いて話してくれるんですか?」

 

ストレイドの口からきいた、その言葉が信じられないらしい

 

「まあいつもふざけたことしか言いませんが、聞きたいことは大抵答えてくれますよ?」

 

リスカムが言う

ストレイドは昔からそういう人だ、教えてと言えば、答えてはくれる

だが今回のように本人が言いたくないことはてんで話そうとしない

素直なのか頑固なのか、それとも気分屋なのか

彼と言う人を理解できる者はいるのだろうか

 

「じゃあ、わたしのこれは徒労ですか?」

 

「ええ、そうなりますね、残念ながら」

 

「そんな~……」

 

バニラが崩れ落ちる、力になると思ってきたのに役に立たなかった

落ち込むのも無理はない

 

「まあ、レンジャーさんと面識があったことは知りませんでしたし、無駄だった、ということはないので大丈夫ですよ」

 

フォローを入れる、少々遅い気もするが

 

「なによ、それじゃあ上層部から辞めた理由も聞かされているんじゃないの?」

 

何となしに聞いてみる

 

「いえ、それだけは教えてくれませんでした、誰にも言うなと言われたらしく」

 

ストレイドに言われたのだろう

どうやら彼の脅しは天下一品らしい

 

「そう、なら今から奴らに聞くのが早いわね、締め上げてやる」

 

そういい、上層部に連絡を取るため通信機器のあるとこに行こうとするが

 

「おそらく、無駄ですよ」

 

止められてしまう

 

「なんでよ、知ってるなら、事情を話せば教えてくれるかもしれないでしょ」

 

「無理です、知っている人が人なので」

 

「何? 上層部全員が知ってるわけじゃないの?」

 

「ええ、知っているのはあの人だけですね」

 

「あの人って?」

 

「ほら、レイヴンがいつもクソジジイって言ってる人です」

 

「……あ~、あの人、そう、なら無理ね」

 

「? あの人って誰です?」

 

バニラが聞いてくる

 

「あの人よ、あのいつもむっつりした顔してる、厳格そうなおじいさん」

 

「大抵の人が当てはまるんですが……」

 

「まあ、そうね、うん……」

 

「納得しない」

 

上層部の人たちはいつもむっつりした顔をしてる

よほど悩ましいことがあるのか、ただ単にそういう顔なのか

そんなことはどうでもいい

 

「ほら、徒手空拳で何でもかんでも解決しちゃう人、いるでしょ?」

 

「あ~、あの人ですか……」

 

BSWの上層部には昔、前線で活躍してたものもいる

中には荒唐無稽な伝説を残したものも

そのうちの一人に素手で戦場に出たものがいる

己の肉体一つで戦場を戦い抜いた男だ

今は隠居しているが、その戦闘力は健在だ

 

「上層部で唯一、レイヴンが言うことを聞いてた人です、なんでも彼がBSWに入る時のことに関係してたとか」

 

「知ってるのがあの人だけじゃあ、絶対無理ね」

 

「……地味にすごいですね、あの人が逆らわないって」

 

その人物は、ストレイドがBSWに居たことに深くかかわっているらしい

辞めた理由を知っているのも、そのあたりが関係しているのだろう

 

「あの人、上層部の中でも一番頑固なのよ。たぶん、いや絶対に、話してくれないわね」

 

「そこは人情家、というべきだと思いますが、あの人、レイヴンの事気に入ってましたし」

 

「……おかしいですね、脅されてるとかそういう話じゃありませんでした?」

 

確かに上層部はストレイドに脅されている

口を滑らしたら、次の日には顔面が真っ赤に染まっているだろう

だが、その歴戦の老兵だけは別だった

ストレイドは、彼に対しては敬意を示していた、嫌ってたが

なんでも、嫌いじゃないが嫌いなタイプ、とか

 

「あの、ちょっと気になることがあるんですけど……」

 

「なにかしら?」

 

バニラが聞いてくる

 

「その、ストレイドさんがBSWに入った理由って何なんです?」

 

「ああ、そういえば話してなかったですね」

 

真面目な人の多いBSWで、彼は対極の性格をしている

どうして所属することになったか、リスカムが話してくれる

 

「簡単に言うと、ハメられて入ったんですよ、彼」

 

「ハメられた?」

 

「なんでも偽の依頼をふっかけられて、当時のBSWの最高戦力全員で取り押さえられたと」

 

「なぜ?」

 

「ちなみにそれをやろうと言ったのは、先ほどの方です」

 

「……なぜ?」

 

「たしか、そのまま野ざらしにしておくのが勿体なかったからと。それで強制的にBSWに所属させたと」

 

「…………Why?」

 

「さあ、少なくとも、嘘ではないですよ」

そういって、その話を終わらせる

 

「まあ、とりあえず事態が進展してないということはわかったわ、これっぽっちも」

 

「ええ、そうですね、どうしたものでしょう……」

 

振出しに戻ってしまった、いや、賽の目すら触れていない気がする

すると

 

「ねえねえ、みんな」

 

「おや、どうしました、リンクス」

 

リンクスが喋りだす

 

「いったいなにをなやんでるの?」

 

「「「……………………」」」

 

言えない、リンクスのことについて悩んでいるとは

本来なら言うべきだが彼女の状況を考えると話せない

 

「別に大した事ではないですよ」

 

リスカムがはぐらかす

 

「そーなの?」

 

「ええ、そうです」

 

これは、彼女に関係することだが、彼女を巻き込む訳にはいかない

随分ややこしい状況だ

 

「ねえねえ、りすかむ」

 

「はい、なんでしょう?」

 

リンクスがリスカムに話しかける

この二人、何気にまともに話すのは初めてではなかろうか

 

「れいぶんって、だれのこと?」

 

「……ああ、そうですね、あなたは知らないんでした」

 

彼のもう一つの名前を聞く

リンクスは、ストレイドという名前しか知らない

レイヴンという名に聞き覚えがない

 

「レイヴンとは、ストレイドの昔の名前ですよ」

 

「すとれいどの?」

 

「ええ、昔、彼が名乗っていた名前です、いまはストレイドですが」

 

「へー、そーなんだ」

 

笑顔でそういう、本当に、笑うようになった

これも、ストレイドの目論見通りなのだろう

 

「ねえねえ、りすかむ」

 

「ええ、どうしました」

 

続けて聞く

 

「どうして、れいぶんってよんでるの?」

 

「……それは、そうですね……」

 

「……………………」

 

そんなことを、聞いてしまう

フランカとバニラも、気にはなっていた

どうして、レイヴンと呼び続けるか

彼は今、ストレイドと名乗っている

レイヴンとはもう名乗っていない

何か理由があるのだろうと、フランカも遠慮してストレイドと呼んでいた

だがリスカムだけはレイヴンと呼び続けている

聞きたかった、だが聞きずらかった、なんとなく

 

「別に、大したことではないです」

 

リスカムが話しだす

 

「彼は昔、BSWという警備会社にいたんです」

 

「けいびがいしゃ?」

 

「はい、人の命を守る、そんなことをしてるところです」

 

「そーなの? おまわりさんみたいなこと?」

 

「少し違いますがまあ似たようなものです。それで私とコンビを組んでたんですよ、少しの間」

 

「こんび?」

 

「はい、相棒、ですね、大事なお友達といえばわかりやすいでしょうか」

 

「おともだち?」

 

「ええ、お友達です」

 

「りすかむとすとれいどは、おともだち?、なかよしなの?」

 

「……はい、そうですね、ええ、」

 

凄い苦虫を噛み潰したような顔で肯定している、よほど嫌だったのか

 

「それで、昔からレイヴンと呼んでいたんです、そのせいで、今更別の名前で呼ぶのに違和感があったんですよ」

 

「いわかん?」

 

「はい、例えば、バニラがいきなり、ソーダ、と名乗り始めたら、変な感じでしょう?」

 

「……ソーダ」

 

「アイスの味かしら」

 

「外野は静かに」

 

「ばにらが、そーだ」

 

「ね? 変な感じでしょう?」

 

「うん、まずそう」

 

「どうやらソーダ味は嫌いらしいわね、良かったわね、バニラ」

 

「何に喜べばいいんですか……」

 

「まあだいたいそんな感じで、ストレイド、と呼ぶのに抵抗があったんです」

 

「そーなの?」

 

「はい、そうです、納得してもらえましたか?」

 

「うん、わかった」

 

「「……………………」」

 

どこか、嘘くさい

おかしなところは無いが、リンクスを納得させるために作った話に聞こえなくもない

もっと別の理由がありそうだ

バニラも同じ気持ちなのだろう、微妙な顔をしている

 

「・・・おともだち」

 

ふと、リンクスが一人、そう呟く

なにか、引っかかることでもあったのか

 

「ねえねえばにら」

 

「え、と、どうしたの?」

 

リンクスが急にバニラに話しかける

 

「わたしは、ばにらのおともだち?」

 

「……うん、そうだよ」

 

そう言ってくる、どこか、不安そうな顔で

バニラが肯定する

 

「ほんと?」

 

「うん、本当、お友達」

 

「フランカも?」

 

「ええ、そうよ、大事な大事な、お友達」

 

「…………おともだち、えへへっ」

 

フランカも肯定する、それを聞いて、眩しい笑顔を向けてくる

別に、嘘を言ったわけじゃない

だが、これもストレイドの目的なのだとしたら、素直に喜べない

確実に、彼の計画は進んでいる

おそらく狙い通りに彼が消えて受けるショックは致命的なものにはならないだろう

それが良い事、という訳ではないが

 

「……………………」

 

「? どうしたのよ、そんなじっと、リンクスを見つめて」

 

ふと、リスカムがリンクスを見ていることに気が付いてしまう

 

「……リンクス」

 

「なーに?」

 

話しかける

 

「あなたは、レイヴン……ストレイドの事、どう思ってます?」

 

「すとれいど? どうして?」

 

「いえ、なんとなく、聞いてみようかと」

 

「……えっとね、やさしい」

 

少し考え、一言そう言う

 

「……そうですか」

 

「あとね、かっこいいっ!」

 

楽しそうに、嬉しそうに、そう言う

 

「あとねあとねっ! へんなかおっ!」

 

「……変な顔?」

 

彼女の中でのストレイドの評価を聞いていたら何かいきなり方向性が変わった

そんな不思議な表情をしてただろうか

 

「……変な顔、ですか、具体的には?」

 

その言葉の理由を聞く

 

「えっとね、なんだかこう、くるしそうな、どこかかなしそうなかおしてる。なんだかこう……わりきれてないような、そんなかお」

 

「……そうですか」

 

「そう? 私には薄情というか、軽薄そうな顔に見えるけど」

 

「ああ、わたしもそういう風に見えます、はい」

 

フランカとバニラの意見が一致する、が

 

「私は概ね、リンクスと同じ意見なんですが」

 

「あら、そうなの?」

 

リスカムは分かれてしまった

 

「いや、そんな何かを憂うような人ですか? あの人」

 

バニラの言いたいことはわかる

自分のやったことに悪気を感じない、そんな気がする

 

「そうですか? 彼、結構責任とかは感じるタイプですよ?」

 

「すとれいどは、そんなむせきにんなひとじゃないよ?」

 

そう言う、彼の傍に居たものにしかわからないことなのだろうか

二人には、一体なにが見えてるのか

リスカムがリンクスに向き直る

 

「リンクス、彼のことは好きですか?」

 

「へっ!?」

 

「あら、大胆」

 

唐突な事を聞き始める

 

「そういう意味ではありません。彼の人間性を好きかどうか、それを聞いてるんです」

 

「あっ、そうですか……」

 

まあこんな子供にそんなことを聞く理由は、そういう意味しかないだろう

 

「すき? すとれいどのこと?」

 

「ええ、彼と一緒にいるのは、楽しいですか?」

 

「うん、たのしいよ、いろいろとおしえてくれるの、だいじなこととか、おべんきょうとか」

 

「そうですか、それは良かった」

 

リンクスの答えに、そう微笑みかける

 

「ねえ、りすかむ」

 

「なんでしょう」

 

「りすかむは、すとれいどのこと、すき?」

 

「What!?」

 

「あらあら、大胆」

 

「同じ説明をする気はないですよ」

 

今度はリンクスが聞き返す

 

「すき?」

 

「そうですね、嫌いではないです」

 

「……すきじゃないの?」

 

「いえ、どちらかと言えば好きですが、正直にそう言えるような人ではないので」

 

「どうして?」

 

リスカムが渋い顔をする

「……昔、色々ありましてね」

 

「どうしたの? つれこまれたの?」

 

「……Oh」

 

「…………あの人、なんてことを教えてるの」

 

「後で百発ぐらい殴っておきますか」

 

「いいわね、ついでに節操のないムスコも切り落としましょう」

 

「?」

 

まあ流石にこの子に見える範囲で情事には及んでいないだろう

先ほどのも彼の普段の言動で覚えただけかもしれない

 

「まあリンクスには関係のない事です、それを抜きにすればあなたと同じ気持ちでしょう」

 

「そうなの?」

 

「彼は信頼に足る人物です、あなたが彼を信じる様に」

 

「そっか、よかった」

 

「? 良かった、とは?」

 

その言葉の意図は、なんなのか

 

「だってりすかむ、すとれいどのそばにいるとき、ずっとおこってるみたいなかおしてるから」

 

「……まあ、ええ、そうですね」

 

「子供は騙せないわね」

 

本当に、彼女は聡い、実はストレイドの計画も見抜いていそうだ

存外、彼が彼女に仕込んでいるのは、この辺りが関係しているのかもしれない

 

「さて、とりあえず、もう一度情報を見直すしかないですね」

 

話を切り上げリスカムが状況をまとめようとする

 

「ああいたいた、リスカム、フランカ、バニラ、ちょっといいかしら」

 

「おや、ブレイズさん、どうしました?」

 

ブレイズがやってきた

三人に何か用があるらしい

 

「何か用かしら?」

 

「うん、ちょっとしたお話だよ」

 

彼女から話しかけてくるのは珍しい、だいたいいつも、彼女はドクターの手伝いをしてる

 

「ドクターがね、ストレイドさん、だっけ? その人と一緒に来てくれって」

 

「ドクターが?」

 

このタイミングで呼んでくる、となると用件は限られる

どうやら動き出すつもりらしい

 

「わかったわ、今呼んでくる」

 

「まだ食堂にいるでしょう、捜してきます」

 

「で、バニラは教官からお呼び出し」

 

「え、あ、はい、了解です、あ、でも」

 

「わたしはー?」

 

そうなるとリンクスの傍に誰もいなくなってしまう

 

「リンクスは、そうですね、どうしましょうか」

 

リンクスを置いていくわけにもいかない、どうしたものか

 

「あ、じゃあ私が預かるよ」

 

ブレイズが進言する

 

「いいんですか?」

 

「うん大丈夫、そのあたりを一緒に散歩してるんでしょ? 楽しそうじゃない」

 

彼女は優しい人だ、預けても問題はないだろう

 

「わかりました、少しの間、この子をお願いします」

 

「ええ、任せて」

 

「リンクス、このお姉さんと一緒にいてね」

 

「わかったー」

 

リンクスを預けストレイドを探しに、フランカとリスカムは食堂に向かう

 

 

 

「ところでリスカム」

 

「なんでしょう」

 

「レイヴンって呼んでる理由って、何なの?」

 

「……別に、なんでもないですよ」

 

「教えてくれてもいいじゃない、相棒でしょ?」

 

「別に、下らない事です、わざわざ話す理由はありません」

 

「まあいいわ、気が向いたら、話してくれるかしら?」

 

「……ええ、その内」

 




そろそろ本当に二章が終わります
予想以上に長くなりました、まあ場面切り替えで区切っていたのが原因なのですが
もう少しきれいにまとめたいものです
さて、これ以上書くことがありません、困りものですね











ラップランド












ソープランド















         ソ   ー   プ   ラ   ン   ド






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ブリーフィング

12/12 修正


「失礼しま――――」

 

「邪魔するぜ」

 

「ちょっと、ノックぐらいしたらどうです」

 

「いらんだろ」

 

ブレイズに呼ばれストレイド、リスカム、フランカはドクターの執務室にやってきた

中には、すでに何人か人がいた

 

「どうも」

 

「あっ」

 

「げっ」

 

「む、見ない顔だな」

 

「ストレイドさん、どうしてここに?」

 

アーミヤ、メランサ、オーキッド、ヤトウ、フェンがこちらに顔を向け、各々反応を示す

 

「来たか、三人とも」

 

椅子に座ったドクターが声をかける

 

「ほう、随分と美人が多いな」

 

「この面子、やっぱりそういうこと?」

 

フランカがその場の顔ぶれを見て、そう聞く

この場にいるのは、各隊の隊長たちだ

 

「ああ、明日、レユニオンの拠点に強襲を仕掛ける」

 

「ほう、算段がたったのか?」

 

「まあな、おかげさまで」

 

「? どういうことよ」

 

オーキッドが疑問符を浮かべる

レユニオンへの攻勢の算段が整ったことに対して、なぜストレイドに礼を言うのか

まだ事情は聞かされていないらしい

 

「まあまずは彼の紹介から始めよう、何人かは会っていると思うが、彼の名前はストレイド、昔BSWに所属していた人で今は傭兵、そしてこの作戦の発端だ」

 

「発端? こいつが?」

 

「つまり、どういうことだ?ドクター」

 

オーキッドとヤトウがドクターに問いかける

 

「今回、レユニオンの襲撃作戦を察知できたのは事前に話した謎の手紙だと話したな?」

 

「ええ、いつの間にか倉庫に紛れてたって言ってたわね」

 

「その差出人が、彼だ」

 

「彼が? 何故?」

 

「まあそのあたりの説明はいいだろう。重要なのは彼がいなければ後手に回っていたかもしれないという事実だ」

 

「そうだな、感謝してもらおうか」

 

「自分で言うことではありません」

 

今回、敵襲を察知できたのはストレイドが情報を渡したから

その旨をドクターが簡単に説明する

 

「……こいつが?」

 

「……ストレイドさんが、ですか」

 

「おうおう、随分嫌われたな、なんでだ?」

 

「覚えがない、などと言い訳はできませんからね」

 

「残念、さっきの激物で忘れちまった」

 

「もう一度食わせますよ」

 

「やめろ、頼む」

 

オーキッドとメランサが若干顔を引きつらせている

二人はストレイドという災害の被害者だ、素直に信じられないのだろう

それだけのことは、してきている、たった二日だけだというに

 

「それで今回の強襲作戦、彼にも参加して貰うことになった」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ああ、言い出しっぺは俺だからな、任せっきりには出来んだろ」

 

「……戦えるの?あんた」

 

「おう、見惚れるぐらいには強いぜ、俺は」

 

「……そうなんですか?」

 

「おうよ、なんなら俺がレクチャーしてやろうか。手取り足取りナニと「バチィッ!!」失礼、なんでもない」

 

「……なんだこいつは?」

 

無言の圧力をかけられているストレイドをみてヤトウが疑いの目を向けている

開幕早々ふざけたことを言う男を信用してないのだろう

 

「まあまあ、話が進まない、少しの間だけでいい、静聴してくれ」

 

その場にいる全員がドクターの言葉に耳を傾ける

 

「おっと、これはこれは、随分と信頼が厚いみたいじゃないか、鉄仮面」

 

「あなたも静かにしてください」

 

「あんまり話をややこしくしないでね」

 

「へーい」

 

「さて、まずは作戦領域の話をしよう、アーミヤ」

 

「はい、皆さん、こちらを」

 

そういって、アーミヤが何かの書類を渡す

 

「今渡したものはレユニオンが潜伏している拠点の大まかな図面です」

 

「ほう、中々見やすいな」

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

「なに、もっと誇るがいい、俺から賛辞をもらえる機会なんかそうそうないぞ」

 

「やかましいです、黙ってください」

 

「うむ、こいつはいつも通り不機嫌だな」

 

「……いつもこんな感じなんですか?」

 

「ええ、いっつもこんな感じ」

 

二人のやり取りを見てフェンがフランカに聞く

久しぶりの再会だというのにずっと喧嘩してる

事情を分かってるものなら理解できるが説明するわけにもいかない

 

「……話していいか?」

 

「ああ、構わないぜ」

 

「なら結構、見てもらえばわかる通り、相手は今、旧市街の廃ビル群に潜伏している」

 

「レユニオンのチェルノボーグ侵攻の最にも使われてたと思われる場所です。彼らにとっては勝手が聞きます」

 

「そこで、奇襲を仕掛けることにする」

 

「奇襲? どうやって?」

 

フランカが聞く、相手が地形を把握しているところにどうやって奇襲をするのか

 

「それに関してストレイドから話があるらしい」

 

「いつの間にそんな話してたんですか?」

 

「お前が目を離してる隙にだ」

 

「……まあ、その余裕はありましたか」

 

ストレイドに視線が集中する

 

「ほう、BSWに居たころを思い出すな、この感じ」

 

「あらあら、あなたでも過去を懐かしむことがあるのね」

 

「なんだ、まるで俺が人間関係を疎かにしてるようじゃないか」

 

「してるでしょ、実際」

 

「確かに」

 

「早く話しなさい、ここはあなたのくだらないトークを披露する場所ではありません」

 

「わかったわかった」

 

「……なんだか新鮮です」

 

「うん、わかる」

 

基本礼儀正しいリスカムがツンケンしている

フランカ以外にそんな対応をするのは珍しい

 

「さて、ではまず部隊の展開からいこう」

 

「奇襲の方法は?」

 

「それは後だ、各自ビル群の中央を通る道路を見てくれ」

 

「真ん中に一本、走ってるやつ?」

 

「ああ、ちょうどその道路の道沿いに二つ、挟むように待機してもらう」

 

「待機ですか?」

 

「そうだ、で、その二つの部隊のちょうど間に来るようにもう一つ動いてもらう。T字に挟み撃つ」

 

「待ってほしい、それでは挟み撃ちにはならないぞ」

 

ヤトウが割って入る

ビル群は所々崩壊しているが入り組んでいる、三方向から攻めたとしてレユニオンには逃げ道が残っている、それでは狙い通りにはならない

 

「そうだな、このままじゃまともな戦いは出来ない、なんたって相手は五百はいる」

 

「えっ! 五百っ!?」

 

「多いな……」

 

「……どうやって捌くんですか?」

 

いきなり戦力差を聞かされ全員が驚愕する

いくらロドスのメンバーが精鋭とはいえしのぎ切れる量ではない

 

「なんだ、一人二十か三十はやれば問題ないと思うが」

 

「あなたと一緒にしない」

 

「なんだ、思ったよりも貧弱だな」

 

「・・・これは怒った方がいいんでしょうか」

 

「いいえ、彼の感性がおかしいだけです」

 

「話を進めてくれ」

 

「ああ悪い、それでだ、さっき言った通り三部隊に分かれて待機してもらう」

 

「あの、なぜ待機なんですか?」

 

「まあまて、話は終わってないだろ?各隊が位置に付いたら俺が合図を送る」

 

「……合図、ですか?」

 

「ああ、大変わかりやすい代物だ」

 

「まって、それじゃ説明にならないわ、どうやって五百人も相手にするの」

 

「なに、気にしなくていい、その時にはお前たちの正面から敵はやってくる、動揺した状態でな」

 

「動揺? なにかやるんですか?」

 

「そうだ、じゃなきゃそもそもこんな配置はしない。しかも奴らは逃げ道がなくなった状態になってるだろう」

 

「……その、どうやって、ですか?」

 

「秘密」

 

「ええ……」

 

「ちょっと、ちゃんと話してくれなきゃわからないでしょ」

 

「説明責任がある、しっかり話してほしい」

 

ストレイドの説明に皆それぞれ騒ぎ始める

 

「うむ、ますます昔を思い出してきた」

 

「いい加減、自分だけわかってればいいっていう判断、やめない?」

 

「説明しなくてもいい所を話すって面倒じゃないか?」

 

「独断で動くならいいですが、今回は他の人もいます。多少は話してください」

 

「わかった、なら少しだけヒントをやろう」

 

「ヒント、ですか」

 

そういって、不敵に笑う

 

「ああ、罠を仕掛けた」

 

「罠? 煙幕とか、爆弾とか?」

 

「ああ、そんな感じだ」

 

「どれぐらいの規模なんですか?」

 

「それは明日のお楽しみ」

 

「…………いつの間に仕掛けたんですか?」

 

「いつの間にか」

 

「……いつもこんな感じだったの?」

 

「ええ、いっつもこんな感じ」

 

ストレイドの有耶無耶な返答にオーキッドが渋い顔をしている

ヒントとかじゃなく何をやるのか言うべきだろうに

 

「まあとりあえず、彼が明日、戦闘を有利に進めるために何かしてくれるらしい。彼は仕事のできる人だ、ここは信用しよう」

 

見かねたドクターが助け舟をだす

 

「気が利くな、鉄仮面」

 

「本当は全部話してほしいんだがね」

 

「残念ながら、最近の傭兵はエンタメ性がないと売れないんだ、ネタ晴らしは出来ないな」

 

「そんなものここでは要りません」

 

「なら俺が必要にしてやろう」

 

「要りません、せめて仕事ぐらいは真面目にしなさい」

 

「お? コレも仕事の内なのか」

 

「ドンパチするだけが作戦ではないでしょう」

 

「その通りだ、よくわかってるじゃないか」

 

「……かつてここまで話が進まないことがあっただろうか」

 

「はは……」

 

ドクターが珍しく困っている、その隣でアーミヤ苦笑している

どうにも緊張感がない、やろうとしていることは危険なことだというのに

 

「おや、鉄仮面殿がお困りだ、いい加減に終わらせようか」

 

「終わらないのはあなたが理由です」

 

「まあまあ、さて、話をまとめると周りを囲んで待ち伏せする」

 

ストレイドがブリーフィングを終わらせようとする

 

「そんでもって、俺が色々やるから慌てて逃げてきた奴らを一人残らず殺せ、以上だ」

 

だがその最後のセリフに、皆、何も言えなくなってしまった

 

「お? どうした、そんな呆けた顔して」

 

「……わかって言ってますね?」

 

「さあな、なんのことだか」

 

なぜ、こんな微妙な空気になったのか

リスカムに理由を問い詰められても白々しく言う

 

「ストレイド」

 

ドクターが話しかける

 

「君の普段のやり方がどんなものか、この場で言ってもらう必要はない」

 

「へえ、気にならないのか」

 

「ああ、気にする理由はない」

 

「ま、野郎に探られたくはないからオーケーだ」

 

「だが今回、ロドスに助力を求めたのは君の意思だ」

 

「そうだな」

 

「ならば、我々のやり方に従ってもらう」

 

「というと?」

 

「殺しは無しだ、よほどの状況でない限りむやみに殺害をすることは認めない」

 

「ほう、お優しいじゃないか戦術指揮官殿。そういって仲間が殺されても見ないふりをするのか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「別に、なんでも」

 

二人の間に険悪な空気が流れ始める

ストレイドのドクターに対する態度はいやに敵対的だ

 

「……とにかく、無意味な殺戮はなしだ、私達は戦争屋ではない」

 

「そうかい、ならそういうことにしてやろう」

 

「……レイヴン、それ以上、ふざけたことは言わないように」

 

そういわれ、おとなしく口をつぐむ

ロドスは感染者の為に立ち上がった医療組織だ

そして、レユニオンも同じように感染者の為の組織

彼には、同じものに見えているのかもしれない

 

「さて、これで話は終わりだ、他の隊員にはドーベルマン教官から説明がいっている。各自、隊員と連携をとれるように話をしておくように、解散だ」

 

ドクターが会議を終わらせる

各々、執務室から出ていく

残されたのは、ドクター、アーミヤ、リスカム、フランカ、そしてストレイドだけ

 

「どうしたおまえら、話は終わりだぞ」

 

「私は監視が仕事です」

 

「なるほど、フランカは?」

 

「別に、なんとなくよ」

 

「そうか、まあいい」

 

ストレイドがドクターに顔を向ける

 

「で、話してなかったがチーム分けはどうするんだ?」

 

「行動中、随時動いてもらうが、まあ基本は隊ごとに動いてもらうことになる」

 

「俺はどうする?」

 

「君は……リスカム達と一緒でいいだろう」

 

「えー、最初から最後までこいつと一緒かよ、嫌になるな」

 

「最後? どういうことだ?」

 

最後、という言葉に疑問符を浮かべている

 

「なに、これが終わったら俺がここにいる理由はなくなる。用のないとこにいても仕方ないだろう?」

 

「……そのままいてくれる、ということはないのか?」

 

「ないな、なんだ、いて欲しいのか?」

 

「まあ、君のように頭の回る人にはいて欲しいが……」

 

「ほう、そんな熱烈な歓迎、男からは受けたくないな、お断りだ」

 

「……そうか」

 

まだ何か言いたそうだが、口を閉じてしまった

 

「そうだ、鉄仮面、リンクスも一緒に連れてくぞ」

 

「なに?」

 

「え、あの子も、ですか?」

 

リンクスを連れていく

その言葉に驚いている

 

「ああ、あいつは下手な兵士よりも強い、力にはなるさ」

 

「だが、彼女はまだ幼い、戦わせるわけには――――」

 

「もう、戦ったことはある」

 

「……………………」

 

「なにも喋らないのは肯定とみなす、連れてくからな」

 

「……わかった、君の傍でいいな?」

 

「ああ、こっちも状況をみてやらせるさ」

 

渋々承諾する、戦える者が増えるのは悪い事ではない

だが彼女を戦わせるのは、気がかりだ

 

「じゃ、俺もこれで失礼するぞ」

 

「ではドクター、私もこれで」

 

「ああ、急に呼び出してすまなかった」

 

そう言って、二人も消える

ドクターとアーミヤとフランカが残る

 

「ねえ、ドクター」

 

「なんだ」

 

「彼、健康診断受けたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「どんな結果だったの?」

 

聞いてみる、彼にはわからないことが多すぎる

人種や、鉱石病に罹ってるのかも、わからない

まだ日は経ってないが簡単な結果なら出ているはずだ

 

「悪いが、言えない」

 

「どうして?」

 

「誰にも喋るなと言われた」

 

「……ストレイドに?」

 

「ああ」

 

「ここで喋っても、彼にはバレないわよ?」

 

「駄目だ、言わない」

 

「……そう、わかった」

 

ドクターも、その横のアーミヤも、話してくれそうにない

彼について知ったものは、そのことをけして喋ろうとしない

よほどのことがあるのか、それとも彼の性格がそうさせるのか

 

「……私も、彼のことを知ったらそんな顔をするのかしらね」

 

「さあな、私にはわからないよ」

 

「そう」

 

そう言って、フランカもいなくなる

ドクターとアーミヤだけが残される

 

「ドクター」

 

「どうした」

 

「なにも、彼に声をかけなくてよかったんですか?」

 

「……そうだな、言うべきだったんだろう」

 

「……言えなかったと」

 

「ああ、彼の顔を見たら、何も言えなくなってしまった、どうしてだろうな」

 

「私も、同じ気持ちです」

 

 

 




作戦とはどう立てるもなのか、私の腐った脳みそではわかりません
まあどういう展開なのかはわかってもらえる形だと思います
二章は次で終わりです、いやはや、長くなってしまいましたね
もう少し短くなるはずだったんですがね
やはり初心者とはこういうものなのでしょうか

ちなみに、コレを書いてて思ったのは大半がセリフで埋まってしまったという事実です
別に構わないんですが流れは出来ているのか不安になります
まあ出来ていると思っておきましょう


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信念と理想と

12/12 修正


「もっとこう、まともに話はできないんですか?」

 

「俺がやると思うか?」

 

執務室から出た後、二人は甲板にやってきた

日は暮れてきている、この時間はいつもここに来ている気がする

 

「まったく、変わりませんね、あなたは」

 

「変えれるわけがないだろ、これが俺なんだ」

 

「はいはい」

 

昨日と同じようにレールに体を預ける

ちょうど夕焼けが見える、少し眩しい

隣を見ると同じようにレイヴンが眺めている

 

「……そんなに好きなんですか?」

 

「んー? 景色の事か?」

 

「はい、昔も眺めてましたから」

 

初めて会ったころからしょっちゅう空を眺めていた

綺麗なのはわかるがそんなに見つめて楽しいのか

 

「楽しいですか?」

 

聞いてみる

 

「ああ、移り変わるさまが大変いい」

 

「そうですか」

 

もう一つ、聞いてみる

 

「なにが一番好きですか?」

 

「空か?」

 

「ええ、お気に入りの景色とかあるんですか?」

 

「もちろん」

 

そういって、上を指さす

 

「これだ、今の状態」

 

「……夕日ですか?」

 

今は夕焼け時、空は綺麗にオレンジ色に染まっていっている

 

「違う、よく見ておけ」

 

「? 何をです」

 

「空だよ、これはただの夕焼けじゃない」

 

言われて、見上げてみる

確かに少し違う、オレンジ色が少しづつ明度をあげているような、そんな気がする

空には赤と青が同時に移されている、昼と夜の境界なのだろうか

 

「これはなんです?」

 

これ、というにはこの現象がなんなのか、知っているのだろう

 

「マジックアワーって代物だ。ほんの一瞬の間、空が金色になって、昼夜の境界がなくなる」

 

「そうですか」

 

オレンジ、というには輝いている、金色と言われても遜色はない

 

「どうして、これなんです?」

 

聞いてみる

 

「どうしてだと思う?」

 

聞き返される

 

「……変わっていくから、ですか?」

 

「正解だ」

 

赤の割合が減って、だんだんと暗くなっていく

本当にすぐ終わってしまった

 

「綺麗だったろ?」

 

「ええ、あなたが隣に居なければもっと楽しめました」

 

「そうか、なら今度フランカ達と一緒に見るといい」

 

「そうします」

 

そういって、会話が終わってしまう

話すことがないわけじゃない

話す気が起きない、最近はずっと忙しかった、主にこの男のせいだが

そのままなんとなく暗くなっていく空を見上げる

 

「……どうだ、答えは出たか?」

 

「……昨日の件ですか?」

 

「ああ、進捗はどうかなって」

 

すると向こうから聞いてきた、もしかしたら意外と楽しみにしてるのかもしれない

 

「別に、考え中です」

 

「そうか、なら結構」

 

見上げながら、そう言う

 

「……レイヴン、聞いてもいいですか?」

 

「何をだ?」

 

「どうして、何も言わずに消えたんです?」

 

「なんだ、答えが知りたいのか?」

 

「違います。いなくなったことではなく、何も言わなかった理由を聞きたいんです」

 

別にカマをかけようとしている訳ではない

単純な疑問だ、それぐらいは許されるだろう

 

「…………………………」

 

黙って煙草を取り出し、火を点けすい始める

 

「……そんな考えるような事なんですか?」

 

「まあな、話すのは構わんが、あまり気持ちのいい話じゃない」

 

「よくない話なんて、すでに沢山してるでしょうに」

 

「そうだな、なら大したことじゃないか」

 

話してくれるらしい、煙草を離し、喋り始める

 

「単純な話だ、例えば部屋の隣人がいたとする」

 

「ええ」

 

「挨拶するぐらいの関係だ、親しいわけじゃない」

 

「そうですね、礼儀程度の問題です」

 

「ある日、いきなりいなくなった、何も言わずに、そうなった時、おまえはどう思う?」

 

「……そうですね、その程度の関係だった、そう思いますが」

 

「それが、答えだ」

 

「……………………」

 

その言葉に、初めて本当に怒りが沸き上がった気がする

 

「……大したことではないと?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「あなたにとって、私はその程度だったと」

 

「そうだ」

 

「…………そんな、程度ですか」

 

腹の中で何かが煮えたぎる、今まで何を言われてもここまで正気を失いそうになったことはない

 

「……怒ってるな、随分」

 

「ええ、自分でも不思議です」

 

どこか、また、苦しそうな、悲しそうな顔で言ってくる

そんな顔をされたら、なんて言えばいいのかわからなくなってしまう

 

「……何故です」

 

聞いてみる

 

「……………………」

 

何も言ってくれない

 

「……言いなさい」

 

「……………………」

 

また、何も話してくれない

 

「――――っ!」

 

頭が真っ白になってしまうのがわかる

自分で自分が制御できない

彼の胸倉につかみかかってしまう

 

「答えなさいっ!!」

 

「……………………」

 

怒鳴ってしまう

彼は、何も喋らない

答えては、くれない

 

「……お願いです、答えてください」

 

彼を信頼していた、その気持ちが一方通行だと、思いたくはない

お互いに信頼していたはずなのだ、彼は確かに、自分のことを見てくれていた

 

相棒として

 

「……レイヴン、お願いです」

 

「……………………」

 

「私は、あなたを誤解したくないんです」

 

つい、言ってしまう、言うつもりのなかったことを

 

「……そうか」

 

そう、一言いう

 

「……すまないな、確かに言い方が悪かった、少なくともお前には言うべきだったんだろうな」

 

「……話して、くれるんですか?」

 

「ああ、流石にお前だとしても、女の子にそんな泣きそうな顔されちゃ折れるしかない」

 

「…………あ、えっと」

 

そんな顔をしていたのか、自覚がなかった

 

「とりあえず、手を離しなさい、リスカム君」

 

「……はい、すいません」

 

言われて、手を離す

煙草を捨てる、ゆっくり、話し出す

 

「さっき言ったな、大したことじゃないと」

 

「ええ」

 

「それはな、嘘だ、まあ嘘じゃないが」

 

「……どういうことです?」

 

嘘なのに嘘じゃない、曖昧だ

 

「俺はな、リスカム、そう思わせたかったんだ」

 

「何故です」

 

「簡単だ、そうなれば、俺の事なんかすぐに忘れる、記憶の彼方に追いやられる」

 

「……………………」

 

「そうすれば、その後の環境に馴れようと、前を向ける、そんな薄情な奴、忘れてしまえと」

 

「……あなた、そんな事で忘れてもらえると思ったんですか?」

 

リンクスに対してやるのと理由は変わらない

だが彼にしては随分と甘い、もっと確実な計画を立てるのに

 

「ああ、割と本気でそう考えてた」

 

「……たまに馬鹿なことを言いますね、あなた」

 

「まったくだ、どうしてこんなことしか思いつかないのか」

 

大した事のない相手のことは覚えておかない

人間関係ではよくある話だ、人は薄情だから

だが彼は違う、けしてそんな程度で忘れられるような人ではない

 

「……それで、実際にやってみた感想はどうです?」

 

「ああ、己が愚かだったと思い知らされた。お前もフランカも、よくもまあ覚えてたもんだ」

 

「でしょうね、彼女はあなたに連れ込まれかけた経験もありますし」

 

「あれは惜しかった、もっとガンガン押し込めばイケたかもしれんな」

 

「その話は結構です」

 

「しかもあいつ、一番に俺に気が付いたんだぞ、正直驚いた。あいつがいなきゃあそこでおとなしくロドスに入れてたんだがな」

 

「ああ、検閲門での」

 

そういえばその後、レイヴンがもし現れたら、なんて話をしてた気がする

あれはそういう事だったんだろう

 

「なんで逃げたんです? そこで懐かしいとか、そんな話をすればよかったでしょうに」

 

「いやなに、気恥ずかしかったんだ。いきなり消えた奴がそんな事を言うのはシュールだろ?」

 

「そうでもないと思いますが」

 

「俺にはそうなんだ」

 

少し、恥ずかしそうに言う

なんとも幼稚というか、そんな理由でやったのか

これでは怒る気もうせてしまう

 

「あなたは、自分が周りに与えている影響を自覚するべきです」

 

「そんな見本になる奴じゃないんだがね」

 

「……悪い意味で、ですよ」

 

「だろうな」

 

そう言って、珍しく笑う、何か企んでいるでもなく、純粋に

 

「ちなみに、BSWの方でもあなたを忘れてる人、多分いませんよ」

 

「ほう、俺はそんなにも人気者だったか」

 

「残念、不人気者です」

 

「よろしい、それぐらいが丁度いいだろ」

 

「さらに言うなら、あなたのロッカーも残っています」

 

「片づけないのか?」

 

「何が入っているのか怖くて見れないんですよ皆。中は手付かず、当時着てた上着も残ってますよ」

 

「ほう、あのマジックポッケと化した上着がか」

 

「ええ、あのなんでも入ってたBSWマークの上着です」

 

「誰かにやっていいぞ、役に立つ代物だ」

 

「誰ももらいませんよ、何よりあなたの為の上着だったんですから」

 

「なら捨てちまえ、枠が一つ空くぞ」

 

「誰もしませんよ。皆、あなたがいつか戻ってくるかもしれないって考えてるんですから」

 

「マジかよ、やっぱり人気者なんじゃないか? 俺は」

 

「そんな訳ないでしょう、まったく……」

 

レールの上に腕を組んで頭を突っ伏す

なんだか阿保らしくなってきた、この分だと消えた理由も大したことない気がする

 

「……消えた理由も話してくれたりは?」

 

「しない、そもそもこれはお前が吹っ掛けてきたゲームだ、最後までやりきれ」

 

「ですよね」

 

そう言って、もう一本煙草を吸い始める

 

「……どうしたんです、何か考えるようなことでも言いましたか? 私」

 

「んー、いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

煙を吐いて、こちらを見る

 

「なあ、一つ聞いていいか?」

 

「なんです?」

 

「どうして、戻って来いって言わないんだ?」

 

そんなことを言ってくる

 

「……言って、懇願したら、戻ってきてくれるんですか?」

 

逆に聞き返す

 

「まさか、戻るわけないだろ、あんな退屈なところ」

 

「……まあ、そう言うと思いましたよ」

 

「お、残念そうだな」

 

「気のせいです」

 

この答えが返ってくるのは予想出来ていた

それでも、もしかしたらと考えてしまうのは人の性なのだろうか

 

「それで、どうしてそんなことを?」

 

「いやなに、今回の件、突っかかってくる割には何も言わねえなあ、って思って」

 

「……言われたいんですか?」

 

「可愛い子には言われたい」

 

「なるほど、ならフランカあたりにでも頼めばよさそうですね」

 

「む、そいつは困る、そのままお持ち帰りしそうだ」

 

「やめなさい」

 

というか、どこに持ち帰るつもりなのか

 

「で、どうしてわざわざ聞いたんです?」

 

「言ったろ、昔みたいにピーキャー言う割にはそう訪ねないのが不思議だったんだ」

 

「ええ、そうですね」

 

「それがどうにも不気味だった、だから聞いた」

 

「そうですか」

 

レイヴンが煙草を吸い終わるのを待つ

 

「ふんっ!」

 

「投げ捨てるな」

 

また、外に放り投げる

下に人がいたりしないだろうか、まあ確認はしてるだろう

 

「……あの、ゲームの答えなんですが」

 

「お? わかったか?」

 

「いや、確証はないんですが」

 

「言ってみろ」

 

なんとなく、思いついたことを言ってみる

 

「変わらないから、出ていったんですか?」

 

「……ふむ、何がだ?」

 

普通に聞き返される

 

「その、BSWにいても、退屈だから、とか」

 

「ふむ」

 

どこか、神妙な面持ちで考えている

そして

 

「残念、違う」

 

否定される、間違えたらしい

 

「だが、惜しい、中々惜しい」

 

「……何がです?」

 

「目を付けたところは良い、その調子なら、そろそろ答えが出るかもしれんな」

 

「……どのことです?」

 

観点がいいとはどういうことか

 

「なんだ、わからんか?」

 

「ええ、どれのことです」

 

「んー、まあいいか、教えてやる」

 

そう言って、煙草をくわえる、火はつけない

 

「BSWだ」

 

「え、そこですか?」

 

「ああ、関係してるのはBSW、正確には、お前らだ」

 

てっきり、さっきの空と同じ理由かと思っていた

だが違う、しかも自分たち、つまりBSWの面々が関わっているらしい

 

「……なんだかわからなくなってきました」

 

「そうか、ま、頑張れ」

 

それ以上は言わない、態度で示してくる

「もう一つ、いいですか?」

 

「なんだ、もうヒントは無しだぞ」

 

「いえ、違います、さっきの話で聞いたことないなって思ったことがあって」

 

「なんだよ」

 

「あの、あなたはBSWの事、どう思ってるんです?」

 

レイヴンのBSWに対しての心情

そういえば一度も聞いたことがない、聞く理由がなかった

 

「……むう、そうきたか」

 

「話しにくいんですか?」

 

「ああ、すごく恥ずかしい」

 

「……あなたが?」

 

「そう、なんだかラブレターを初めて書いたような気分に陥る」

 

「書いたことなんてないでしょう」

 

「その通り、んなもん書く暇があったら体で示すな」

 

「訴えられても知りませんよ」

 

少し、顔を赤くしてる気がする、暗くてよくわからないが

 

「……そうですか」

 

あのレイヴンが本気で恥ずかしがっている

 

「まあなんだ、話さなくてもいい――――」

 

「ぜひ話していただきましょう」

 

「……マジで?」

 

「マジです、さあ、話しなさい」

 

こんな面白そうな、もとい、大事な話、聞かない理由がない

催促する、なんだか見たことない顔になっている

そんなに言いたくないのか、だが言わせたい

 

「なんなら、フランカを罠にかけるのも手伝います」

 

「お前、そこで相棒を売るのか」

 

「ええ、彼女も男を知れば落ち着くかもしれません」

 

「むう、魅力的な提案だ、どうしたものか」

 

このまま押し込めばいけるだろうか、なんならバニラとジェシカも使ってしまえば

 

「……わかったよ、話す」

 

「む、フランカだけでいいんですか?」

 

そんなことを考えていたら、どうやら決心したらしい

 

「フランカも別にいい、どうせやるなら自分一人の力で捕まえる」

 

「男らしいセリフなのにやろうとしていることは最低なんですが」

 

「お前もお前で最低なこと言ってたぞ」

 

「ええ、自覚してます」

 

まあ本当にやるつもりはなかったが、それで揺れる彼も彼だ

 

「それで、話してくれるんですね?」

 

「ああ、まあ、うん、言いふらすなよ?」

 

「ええ、善処します」

 

「……やっぱやめよかな」

 

「駄目です」

 

「わかったわかった、言うよ、おとなしく」

 

そうして、溜息を吐きながら話し出す

 

「俺にとってBSWの奴らは、嫌いだけど嫌いじゃない奴なんだよ」

 

「……それ、あの人にも言いましたよね」

 

「ああ、クソジジイと同じ理由で嫌いなんだ」

 

「なぜです?」

 

「……どう例えるべきか、わからんな」

 

「珍しいですね、あなたが言葉に詰まるだなんて」

 

「まったくだ、さてどう表現したものか」

 

唸りながら考えている、よほど悩ましいらしい

 

「……そうだな、強いて言うなら、俺には眩しいんだ。お前も、フランカも、金ヴルちゃんも、ジェシカも、ここにはいないあいつらも」

 

「何がですか」

 

「さあな、俺が知りたいぐらいだ」

 

「よくわかっていないんですか?」

 

「いいや、なんとなくわかってる、ただ言葉にするのは難しいし、それを俺の口からいうわけにはいかない」

 

「どういうことです?」

 

「そうだな、聞いてる側からしたら偽善者にしか聞こえないし、人によってはただの狂人だ」

 

「ますますわからなくなってきました」

 

「だろうさ」

 

何を言いたいのか、いまいちわからない

少なくとも、好意的な意味で嫌っているように思える

だが理由が気になる、聞けるだろうか

 

「私はそんな風には捉えません。どうか話してもらっていいですか?」

 

「そうだな、お前にならいいか」

 

存外素直に話してくれる

 

「俺の戦い方を知っているな?」

 

「……ええ、知っていますね」

 

戦場での彼を見たことは何度もある

初めて一緒に戦った時は何も言えなかった

あまりに、無慈悲に過ぎて

 

「それがどう関係してるんです?」

 

「まあご存知の通り、少々過激なやり方だ、仮にも人の命を護る所にいちゃいけない奴だな」

 

「……言いたいことは、わかります」

 

「だけどお前たちは違う、例え敵でも人命を優先してた、本当の意味で護ることを知っていた」

 

「それは……どういうことです?」

 

「なんだ、わからんか?」

 

「いや、何かこう、わかりそうでわからないというか……ピンと来そうで来ないというか」

 

「うむ、まあそれでいい、意識してやることでもない」

 

「はあ……」

 

「納得してないな?」

 

「せめて話が見える様にしてもらえると助かるんですが」

 

「わかった、じゃあこう言おう」

 

そういって、改めて言ってくれる

 

「お前の中で、命とは平等か?」

 

「……というと?」

 

「罪を犯してまわる輩だろうと、何の罪のない人だろうと、銃を向けることになった時、真っ先に殺すという選択をするか?」

 

「……いえ、そんなことはしませんが」

 

「つまり、そういうことだ」

 

「……………………」

 

殺すか殺さないか、それを相手の素性で判別するか

これは、個人の価値観によるものだ

少なくとも、そんな理由で決めたことはない

敵だからといって、選り好んで殺すような事もない

 

「……つまりは、どういうことです?」

 

それでも見えてこない、何が言いたいのか

 

「要はこういうことだ。羨ましかったんだよ、俺は」

 

「何がです?」

 

「お前らが、お前らのそういう所が」

 

「……よくわからないんですが」

 

「わからなくていい、わからない方がいい、そういうことさ」

 

「……むう」

 

理解させるつもりはないらしい

信用されてないわけじゃないと思うが、教えたくないのだろうか

 

「まだ納得してないな?」

 

「どうしろと」

 

「出来ないんじゃあ仕方ない、聞いた分だけで無理やり納得しろ」

 

「まってください、もう少しこう、具体的に話してください」

 

「むう、強情な」

 

「それはこちらのセリフです」

 

もう一度、話しはじめる

 

「つまりだ、お前らは、生かす、ということをよく知っている」

 

その言葉の意味がいまいち理解できない

 

「生かす、とはどういうことです」

 

「そのままさ、命を護る、その行為は護衛対象だけで済む話じゃない。向かってくる相手も殺さない、そうして初めて、護るということに繋がるんだ」

 

「あなただって、殺さない時もあったでしょうに」

 

「そうだな、言われて、殺さなかったんだ」

 

「……どう違うんです」

 

「さあな、わかっているのは俺に出来ないことをお前たちはやり遂げている、それだけの事さ」

 

なんだかこんがらがってきた

 

「これ以上は包みようがないぞ、かなりストレートに言うしかない」

 

「言いたくなさそうですね」

 

「ああ、お前らが知ってはいけないことだ」

 

「それでもいいので、言ってもらっていいですか?」

 

「……後悔するかもしれんぞ?」

 

「構いません、私はさっき言いました」

 

先ほどの言葉をもう一度言う

 

「私はあなたを誤解したくないと」

 

「……わかったよ、まったく、昔から芯が強いな、おまえは」

 

「それはどうも」

 

少し間をおいて、喋りだす

 

「お前たちは命を護ることが出来ている、だが、俺には護れない」

 

「……………………」

 

「出来るのは、殺すことだけだ、善でも悪でも、敵として立ちはだかったものは構わず殺す」

 

「……それは、何故です」

 

「別に、ただの癖だ、そうしなければ生きていけなかったんだ、それで、染みついちまった」

 

「……やめればいいじゃないですか」

 

「駄目だ、それは出来ない」

 

「出来るでしょう、現にあなたはやりました、検閲の時も、殺さなかったでしょう」

 

「そりゃお前、あいつが最後に錯乱したからだ、なにより誰も殺すつもりはなかったみたいだしな。なら俺の中で殺す必要はなくなる」

 

「それと私達とでどう違うんです」

 

「大いに違うさ、お前たちは殺さないことが大前提なんだ、だが俺は殺すことが当たり前。ここまで言えば流石に理解はできるだろ」

 

彼の中ではボーダーラインが敷いてある、殺害の有無の

それは、常人が持つようなものではない

そして彼にとって、敵とは殺すもの

そういう意味でこちらと違うということだろう

 

「……なら、殺さないようにすればいいじゃないですか、そうして意識できているなら、今からでも、前提を変えれば――」

 

「駄目だ、俺には、とても出来ない」

 

「何故です」

 

「単純な話だ、俺はこれまで幾百、幾千の人を殺めてきた、もしかしたら万単位かもしれん。そんな奴がいきなり不殺を心がけるなんて、業が深くてできやしない」

 

「……それでも」

 

「なにより、それは死んでいった者への冒涜だ、今更やめるわけにはいかない」

 

「…………それは、でも、……」

 

何も、言えなくなってしまった

彼にとってはある種の贖罪なのかもしれない

だからけして、やり方を改めるつもりはない、そういうことだろう

 

「ほれ、どうだ? なかなか非道な話だろ?」

 

「……つまり、あなたにとって私たちは理想像だと?」

 

「ああそうだ、あそこにいる間眩しくて眩しくて仕方なかった。目が潰れちまうかと思ったぜ」

 

「フランカ達には、聞かせられませんね」

 

「まったくだ」

 

「まったくね」

 

「「…………ん?」」

 

何か違和感がする、こう、返事が一つ多かったような、もう一人いるような

 

「……フランカさん、何時からそこに?」

 

レイヴンが振り向いて言っている

その先には、フランカが

全く気付かなかった

 

「そうね、マジックアワーとやらからずっといたわね」

 

「……ということは」

 

「最初から? 聞いてたんですか? 全部」

 

「ええ、聞いてたわよ、私を人身御供にしようとしたことも」

 

「……あの、本気でやるつもりはなかったんです」

 

「なんだと、俺は結構信じてたぞ」

 

「結局断ってるから無効ですよ、ええ、ノーカウントです」

 

「あら、誰かさんみたいに逃げるのね」

 

「……すいませんでした」

 

全て聞かれてたらしい、結構恥ずかしいことも言っていた、それも聞かれたのかもしれない

 

「まあそんなに怒ってないわよ、収穫もあったし、なにより面白いものも見れたし♪」

 

やっぱりみられてる

 

「『私はあなたを誤解したくないんです』……あらあら、とっても素敵な言葉ね、リスカム♪」

 

「ああぁぁぁぁっ!! 忘れてくださいっ! 今すぐっ!」

 

「いや、絶対無理だろ」

 

「ストレイド、あなたもよ?」

 

「え? 俺なんか言ったっけ?」

 

レイヴンは特別何も言ってない気がするが、何かやっただろうか

 

「はいこれ」

 

「……あ」

 

端末を見せられる、そこには一枚の写真が

 

「……リスカム」

 

「……すいません」

 

ちょうど、胸倉を掴みかかった時の写真を、わざと顔だけ写るように撮っている

これだけ見たら男女が顔を寄せ合っているだけだ

 

「これを他の人に見せたら、どう思われるかしらね~」

 

「やめてください、お願いします」

 

「たちが悪いぞこれは」

 

二人して抗議する、が

 

「お黙りなさい」

 

怒られる

 

「先に人を売ろうとしたのは誰?」

 

「……私です」

 

「重要なことを今まで話さなかったのは?」

 

「……俺だな」

 

「そうね、わかっているなら結構」

 

「なら消してください」

 

「駄目よ、消してほしければあなたは答えを見つけなさい」

 

「はい……」

 

「なら俺は関係ないじゃないか」

 

「シャラップ」

 

「ええ……」

 

「あなたもあなたよ、今回喧嘩を吹っ掛けたのはリスカムだけど、だからってリンクスと会わないなんてふざけてる、今からでも会ってきなさい」

 

「いやでも、ほら、あいつがどこまで周りに懐いてるかわからんし」

 

「もう十分、馴染んでるわよ、彼女は」

 

「……そうか、ならいい」

 

「ふん」

 

そう言って、そっぽを向く

ご立腹らしい、悪いのはこちらだが弱みを握って強制してるのはあちら

はたしてどちらが悪いのか、いやこちらだろう

 

「わかったよ、少し遊ぶとするか」

 

そう言って、船に入ろうとすると

 

「そうだストレイド」

 

「お? なんだ?」

 

フランカが呼び止める

 

「私、わかっちゃったんだけど」

 

「何を?」

 

「あなたが消えた理由」

 

「ほう? 言ってみろ」

 

フランカに近づき耳を貸す

周りに、こちらに聞こえないように小声で喋る

 

「……どう?」

 

「ふむ……」

 

様子を見る

 

「正解だ」

 

「やったっ!」

 

「なっ!?」

 

こんなに頭を悩ませても出てこない答えを言い当てた

 

「あなた、随分大それたことを考えるのね」

 

「そうでもないさ、てかお前が先に当てるとは思わなかった、どうしてわかったんだ?」

 

「ふっ、女の勘よ」

 

「えっ、その、フランカ、教えてください」

 

「あー、ねえストレイド」

 

「言いたいことはわかる、教えていいのか、だろ?」

 

「そうよ、どう? ルール違反?」

 

「ああ、違反だ、教えちゃ駄目だな」

 

「いやでも、ほら、手伝ってもらってるわけですし」

 

「駄目よ、それに私はもしかしたらで当たったんだから、あなたは正攻法で当てなさい」

 

「そんなぁ……」

 

答えを知っている者がいるのに教えてくれない

なんとも言えない状況だ、どうしてこうなった

 

「でもあなた、随分ベラベラ喋るのね、知らないことばかりだったわ」

 

「なんだ、まるで人が普段から何も言わないような風に言って」

 

「いや、そうでしょ?」

 

「ちゃんと聞かないのが悪い」

 

「聞いてるでしょ、いつも」

 

「なら、聞きたいことをしっかりまとめて言うんだな、じゃなきゃ俺は言わんぞ」

 

「もう、意地悪ね、あなた」

 

「そうでもないさ」

 

「……なんだか疲れました」

 

ただ話していただけなのに、なんだか体が重い

 

「そう、なら休憩室かどこか、座れるところであの子たちも一緒に昔話でもしたらどう?」

 

フランカに提案される、あの子たちとはバニラとジェシカと、リンクスの事だろう

 

「えー、そうやってリンクスの前で計画を暴露させようって腹積もりじゃねえだろうな」

 

「別にそんなつもりはないわ、あなたもOBとしてバニラとジェシカに教えてあげなさい」

 

「んー、でもなあ……」

 

「来ないと、コレ、ばら撒くわよ」

 

「はい喜んで」

 

「……私も被害にあうんですが、それ」

 

「あら、あなた達、相棒でしょ? 一蓮托生が基本じゃない?」

 

「「……………………」」

 

「て、ちょっと、どうしたの?」

 

相棒、この男と、随分久しぶりに言われた

隣を見る、彼も微妙な顔をしている、一体何を考えているのか

 

「……まあいいでしょう。あなたも先輩だと優位を示したいなら色々話してあげたらどうです? あなたの口から」

 

「……ふむ」

 

まだ悩んでいる、だがあと一押しだろう

 

「ほら、一緒にコーヒーでも飲みましょう。昔話に花を咲かせるのもいいんじゃないですか?」

 

なんとなく、そうやって誘ってみる

なんだかんだで物に釣られることが多い、いけるかもしれない

すると

 

「……そうか」

 

何故か、目を丸くしてこちらを見ている

 

「? どうしたんです?」

 

何か変な事でも言っただろうか、ただ誘っただけのはずだが

 

「いや、なんでもない、なんだか楽しそうだと思ってな」

 

そう言って、笑っている

 

「どうしたのよ、そんな笑いをこらえて」

 

「いや別に、こいつも言うようになったと思ってな」

 

「言うように?」

 

「どういうことです?」

 

「いいだろう、俺のような奴にそう言うとどう解釈されるか、教えてやる」

 

そういって、手招きする

近づいて、耳を貸す

 

「―――――という訳だ」

 

「なっ!?」

 

「? ちょっと、どういう意味よ」

 

その内容は、看過できないものだった

 

「ちょっ! 違いますっ! そういう意味で誘ったんじゃありませんっ!!」

 

「ああわかってるわかってる、だから教えたんだよ」

 

「ぐっ!……」

 

「ねえ、私にも教えてよ」

 

「やめとけやめとけ、まともな理由で言えなくなるぞ?」

 

「尚更気になるんだけど……」

 

「さ、行こうぜ、お茶会もたまにはいいだろ」

 

「あ、ちょっと!」

 

「……この恨み、晴らさずにはおきませんよ」

 

そう言って、三人で船内に入っていく

 

きっと楽しい話にはなるだろう、そう願いながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ、ドクター」

 

「ケルシーか、入ってくれ」

 

「これを」

 

「ああ、ありがとう、すまないな、忙しい所に」

 

「別に構わない、私も気になっていたからな」

 

「……やはり、酷いな、これは」

 

「ドクター、医師としての観点から言わせてもらう」

 

「……………………」

 

「彼は、無理やりにでもロドスに縛り付けるべきだ」

 

「……………………」

 

「その方が彼の為になる、わかっているな? ドクター」

 

「ああ、わかっているよ」

 




            一緒にコーヒーでもどうですか?

問題の部分です、どう問題なのかわからない?
ええ、わからないでしょう、ということで解説を始めます
さてまずは何故普段は英文なのに日本文なのか
これは、日本人にはけして通じないものだからです
これと同じ意味を持つ文はこちら

このあと、私と一緒に食事でもいかがですか?

ランチでもいかがですか?仲良く食べましょう

こんなところですね、これも日本文なのには理由があります
これはスラングでありません、ですがスラングです
意味がわからない?ええ、これで理解出来たらあなたは日本人では無いのでしょう
これはある英語圏の地域の風習です、何言ってんだコイツ?的なノリで読んでください
これはその地域でも文面通り一緒に食事をしようという意味です
ですが、もう一つ、隠れた意味を持ちます、それは

君の部屋に連れてってくれるだろ?

と、言う意味です、ここまでくれば大半の人はわかるでしょう
ええ、そうですね、詳しく知りたい方は調べてください、かなり難しいと思いますが
さて、なぜスラングではないのか、次はそちらを
これは、日本人ではあまり親しみのない文化だからです、不倫は文化とか言うつもりはないですよ?
これはその地域ならではのものでして、一夫一妻の日本では馴染のないもの
まああちらも一夫多妻制という訳ではないですが
その手の事に関してオープンな地域なんです、それゆえの弊害なんでしょう
この文、日本人からはタダの食事の誘いです、それ以上のことはありません
ですがあちらにとっては食事の誘いを受ける=ヤってもオーケーということ
困りものです、日本人がおかしいわけでも、あちらがおかしいわけでもないのです
これが異文化交流というものなのかもしれません
要はあちらにとっては気軽な事、ということです
なぜこんな普段より長い解説が来たか、不思議でしょう
理由は一つ、間違えた使い方をしてはいけない、それだけです
正しい意味を知る人にのみ使いましょう、いや正しくはないんですがね

さて、二章はこれで終わりです、次からは第三章
正直不安ですね、戦闘描写が多いです、私にそれが書けるのか
慎重に進めていこうと思います
それでは、どうぞよしなに














ちなみに、某英語圏がどこか、知りたい方もいるでしょう
その人のためにヒントを載せます
その地域はあるゲームで丸々舞台になっている所
では、そのゲームのある登場人物のセリフを載せます、いきますよ?



『寒さで背中がアホんなるわ、誰か鎮痛剤くれへんか?』



別にここ以外でも通じるところは通じます


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二章サイドストーリー
Secret contact


ロドスの廊下を歩く、とある部屋に、足を運ぶ

 

応接室、客人を迎え入れる、礼節の場

本来使用予定のない日は閉まってる、存外心地のいい空間

 

鍵をかけられているはずの扉に手を伸ばす

ノブを回す、押してみる

 

「ん? お前…………」

 

何の抵抗もなく開いてしまう、

 

「何やってんだ、こんな所で」

 

「別に、来てみただけさ」

 

中には一人の傭兵が寛いでいた、ストレイド、そう名乗る男

いつか会った、奇妙な友人

何食わぬ顔でソファに寝っ転がっている

 

「なんだ、お前も忍び込むのが好きなクチか」

 

「いや、楽しそうだけどそうじゃない」

 

「へえ、じゃあなんだ」

 

この船には入れないはずの、不法侵入者

これがロドスにとっての認識になるだろう

見つかったら只事にはならない、だからと言って追い出すようなことはしないが

 

「私は正面から入ってきたのさ、君と違ってね」

 

「ほう、ならここの一員って事か」

 

「いや、違うよ」

 

「あ? なら何者だ」

 

不審な目で見てくる彼の対面に座り、首に下げている物を見せる

 

「ほら、自由入艦許可証、行動許可証ともパスポートとも呼ばれてる」

 

「ふーん……」

 

じっくり見てくる、何か考えているぐらいしかわからない

果たして今、その頭の中でどんな姦計を練っているのか

 

「欲しいかい?」

 

「なんだ、くれてやる権利でも持ってるのか」

 

「ないよ」

 

「ならいい、だがあればこの後が楽になるな。説明も少なくて済む」

 

「そうか、難儀だね」

 

「そうだ、もう少し簡単にならんものか」

 

彼の計画が何か、詳細は聞いてない

あの日聞いたのは、ここに行け、そこで奴らと話して来い

それだけだった、深く話さないのは巻き込まない為だろう

彼にとってこれは自分の勝手な都合

間違いではない、実際そうだ

 

「ならないよ、それで彼女は?」

 

「その内来る、子供一人置くならここが適切だろう」

 

「どうかな、ここは優しい人ばかりだよ。君みたいな、ね」

 

「やめろ、優しくなんかない」

 

「そうだね、そうしておこう」

 

彼の対面のソファに座る、それに合わせて彼も起き上がる

 

話をしに来たことには気がついている、話あってくれる気はないだろうが

だけど、必要な事だ

 

「で、過程はどうなるんだい?」

 

「そうだな、面倒なことになりそうだ」

 

「なんだい? 失敗でもしたのかい?」

 

「いつもの事だ、だがちょっと、予定に入ってない出来事があった」

 

「というと?」

 

「お前には関係ない」

 

「はいはい、わかったよ」

 

いつかと同じように切ってくる、誠実なのはいいけどもっと頼るべきだと思う

ただそれを直接言っても、理解はしてくれないだろうけど

 

「変わらないね、君は」

 

「変わる意義がない、俺には」

 

「そのくせ変われというのかい? 傲慢だね」

 

「そうだな」

 

「まるで人みたいだ」

 

「……そうだな」

 

背にもたれ、仰ぐ様に天井を見る

その先、ここでは見えない空を見る様に目を細める

 

この人は、誰かの為にしか動かないのだろう

何も相談しないのが証拠、こっちが手伝うって言ってもすぐには聞かなかった

ようやく了承させても少しだけしか協力させない

結末が気になっていることぐらい、わかってくれてるだろうに

 

「で、この後はどう動くんだい」

 

「んー、まずは野郎とご対面だ。ここのリーダーの一角、その知将っぷりを試させてもらう」

 

「なるほど、彼か」

 

「心当たりがあるのか」

 

「ああ、お友達だからね。彼とは」

 

「……ほう、ほう、いいね」

 

不敵に笑う、どうやら彼の期待値をあげてしまっているようだ

だけど、ドクターなら答えられるだろう、間違いを選択することはない

 

「お前を変えた本人か、いいね、滾ってきた」

 

彼に関しては大丈夫、放っておいても問題はない

問題は、彼女だ

 

「で、リンクスは?」

 

「チビは、まあ、あそこにいた面子が回収してるだろう。ここにいる」

 

「ふむ、予定通り、と」

 

「いや、完全に崩された」

 

「おや、君がか」

 

「ああ、おかげさまで練り直しだ」

 

ハプニングが起きたらしい、龍門の検閲門で騒ぎがあったと聞いた

それに巻き込まれたのか、いや、巻き込んだ過程で予想外のことでも起きたか

少なくともこの人が眉間のしわを濃くするぐらいには悩んでいるのがわかる

 

「……懐かしい顔だったな」

 

そう言ってこちらを見てくる、じっと、眺めてくる

 

「なんだい」

 

「いや、お前もいつか、あんな風に笑うのか、と思ってね」

 

「あんな風?」

 

「何、龍門で仲良し三人組がいたもんでね。楽しそうに笑ってた」

 

「へえ、私も笑ってるよ?」

 

「そうじゃない、そうじゃあないんだ」

 

多分、彼なりに心配してるのだろう、人との関係が薄いこちらの在り方を

同じような感性を持ってるから気づいたのか、それともお人好しか

 

「君は、ホントに変わってる」

 

「お前ほどじゃない」

 

善人、その言葉が綺麗にあてはまる

絵にかいたような、優しい人、よくも認めずにいられるものだ

 

「これは彼にも難しそうだ」

 

「なんの話だ」

 

「なんでもないよ」

 

ソファから立ち上がる

 

足音が聞こえてくる、近くの通路を誰かが歩いているらしい

この部屋に近づいているようだ

 

「……一人、二人、子供、これはアイツ、でもう一人は大人か」

 

「そうだね」

 

音と気配で索敵している彼をよそに丁度いい位置に動く

 

「何やってんだ?」

 

「隠れてる」

 

「はあ…………」

 

座っていたソファの後ろに隠れる、部屋の入り口から見えないよう死角に身を潜める

その様子を何も言わずに彼が見ている、適当に理由でも付けたのか、また寛ぎ始める

 

扉の開く音がした

 

 

……………………………………

 

 

「どこいくの?」

 

「探検さ」

 

「…………すとれいど」

 

「ばあ」

 

「――――ッ!?」

 

「久しぶり、リンクス」

 

「…………え? もすてま?」

 

「びっくりしたかい?」

 

「…………うん」

 

「そうか、それはすまないね。隣、座るよ」

 

「えと、なんでここに」

 

「いるのか、そうだね、奇妙な巡りあわせさ。ほら、リンクス、お膝に来るかい?」

 

「……いいの?」

 

「いいよ、ほら」

 

「じゃあ……」

 

「うん、いいね、子供は温かい」

 

「そうなの?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「……ねえ、どうしてここにいるの」

 

「そうだね、結末を、願いに来たのさ」

 

「けつまつ……ねがい」

 

「ああ、君の前途を、願いに来た」

 

「わたしの?」

 

「リンクス、君はこれから未知の世界に望むことになる」

 

「……みちのせかい」

 

「きっと、いつかいた世界の名残だろう。彼は優しいね、噂とは違う、真っ当な人だ」

 

「かれ、すとれいど?」

 

「そう、リンクス、君には責任ができた、選ぶ義務が生まれた」

 

「なにを?」

 

「答えを、多分、残酷な過程を経ることになるだろう」

 

「ざんこく……」

 

「よく聞いて、この先は君が選んだ道だ。君の意思で、進んだ道だ。

なら、答えを得る責任がある。それがどれだけ難しい解でも、選ぶんだ」

 

「どうして?」

 

「……そうだね、ここから先は私が語るべき物語ではないよ」

 

「ものがたり?」

 

「ああ、リンクス、この先を語るのは君だ。君の目で、君の口で、その心で語るんだ」

 

「こころで、かたる」

 

「そうだリンクス、だから、祈らせておくれ」

 

「……いいよ」

 

「ありがとう、リンクス」

 

 

 

 

「どうか、君の旅路に幸あることを」

 

 

 

 




モスティマのサイドは終わりです、後はあっちのアフターでちょくちょく出てくるぐらい、ですかね

そして衝撃的な事を知ってしまいました

モスティマ、あなた、身長170㎝あるの?


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第三章~黒い鳥と山猫と~
教え


12/13 修正


 

『とまあ、こんな感じだ。リンクス、覚えたな?』

 

『うん、おぼえた』

 

『よろしい、じゃ、言いつけは守るように』

 

『わかった』

 

『さて、それじゃ今日はこれで終いだ。実戦はその内に手伝わせてやる』

 

『……ねえ、すとれいど』

 

『なんだ?』

 

『さいごのって、どういういみ?』

 

『ああ、あれか」

 

『あの、いざってときにしかねらっちゃだめってとこ』

 

『そうだな、そのままの意味だ』

 

『でも、よくわからない』

 

『別に、わからなくていいことだ』

 

『だけど、わたしにそんなひと、すとれいどしかいない』

 

『そのうち出来るさ、安心しろ』

 

『ねえ、すとれいど』

 

『おう、どうした?』

 

『たいせつなひとって、どんなひと?』

 

『そりゃお前、お友達とか、恩師とか、恋人とか、家族とか、色々さ』

 

『……やっぱりいない』

 

『大丈夫だ、いつかきっと、出会いはある、大切な繋がりが出来るさ』

 

『ほんと?』

 

『ああ、なら俺の後を歩いて来い、出会わせてやる』

 

『ほんと? すとれいどとあるけば、あえるの?』

 

『ああ、会える、何より、そうしなきゃお前にその名を付けた意味がないからな』

 

『なまえ? リンクス?』

 

『ああ』

 

『ねこじゃなかったっけ?』

 

『そうだな、山猫だ。ま、お前は気にするな』

 

『わかった』

 

『よし、ならそろそろ寝るぞ、夜中にバンバンやってたら近所迷惑だ』

 

『ここ、まわりにひといない』

 

『ま、こんな荒れ果てたとこ、誰も住まんか』

 

『……ねえ、すとれいど』

 

『なんだ?』

 

『さいごのあれ、どういうこと?』

 

『……どれのことだ?』

 

『あの、たいせつなひとがあぶないときに、まもりたいとおもったとき、そのときだけねらえっていったとこ』

 

『……………………』

 

『あれは、どういういみ?』

 

『……そうだな、俺の口からは、言えない』

 

『そうなの?』

 

『そうだ、だがこれだけは覚えておけ』

 

『……うん』

 

『それを決めるのはお前自身だ、その時引き金を引くかどうかはお前の意思で決めろ、いいな?』

 

『わかった』

 

『ならいい』

 

『ねえ、すとれいど』

 

『なんだよ、どうした?』

 

『それで、うったとき』

 

『……………………』

 

『うたれたひとは、どうなるの?』

 

『それは、その時に知るべきことだ』

 

 

 

 

翌日

 

 

 

「あの、もうちょっと安全運転できないんですか?」

 

「してるだろ、これで結構慎重だ」

 

「いやでも、さっきからガタガタいってるんですが」

 

「そりゃお前、後ろを見ろ、後ろを」

 

「……………………」

 

「何よ、私達が重いっていうの?」

 

「そうだよ」

 

リスカム達は、ラッドローチ四世に乗ってレユニオンの拠点に向かっていた

その後ろにはロドスの輸送車両が付いて来ている

事の顛末は、ストレイドが拠点の位置を詳しく知っているため先導してもらおう、ということになったから

後続の車両には他の部隊が乗っている

 

「なんだってこれに六人も乗せようとしたんだ? あの鉄仮面」

 

「スペック上は問題ないんでしょう? クロージャさんが言ってましたよ」

 

「それでもだな、もともと荷物が載ってるんだ、その分も加味してくれ」

 

今、この車には六人乗っている

座席にリスカムとストレイド

後ろの荷台に、フランカ、バニラ、ジェシカ、そしてリンクス

かなりの大所帯だ、軍用車といえ手狭なとこに六人はきつい

 

「いいじゃない、あなた達は快適でしょ? 二人席なんだし」

 

何故こんなにぎゅうぎゅうなのか、理由は

 

『君たち、仲が良いな、丁度いい、君の車に乗せてもらっていいか?』

 

というドクターの言葉によりこうなった

存外、適当なのかもしれない

 

「いや、積載量過多って言葉があってだな」

 

「レディを重いって言うなんてデリカシーがないと思わない?」

 

「む、一理ある」

 

「せまーい」

 

「あの、なんか色々、見えちゃいけないものが見えてるんですけど」

 

バニラが何やら怯えている

前の二人は問題ない、問題なのは荷台組だ

荷台にはもともと載せてあった荷物がある、ストレイドの仕事道具だ

ただでさえ面積のないとこに無理やり四人が乗っている

十分な足場がないせいで荷物に足がひっかかる

しかも先ほどから運転が怪しい

それで揺られて荷物の中身が飛び出している

 

「見間違いじゃなきゃ、爆弾とかも見えるんですけど……」

 

「問題ない、信管は外してある」

 

「いやそういうことじゃなくて」

 

「なんだ、引火するようなものはないだろ」

 

「いえ、なんだか見たことない銃もあるんですけど、これ全部ストレイドさんのですか?」

 

「そうだな」

 

「これ全部使うんですか?」

 

「いや、状況に応じて必要なのを選ぶだけだが」

 

「……それでも多いと思うんですけど」

 

「まあ、ほとんどコレクションだな、自由に見ていいぞ」

 

「大丈夫よ、もうジェシカは食い付いてるわ」

 

「おっと、流石だな」

 

わちゃわちゃ喋っている中で一人だけ一向に声をあげないジェシカ

彼女は今、自分の世界に入っている

 

「で、今は何を見てるんだ?」

 

「いやに口径のでかいライフルよ」

 

「ああ、アンチマテリアルか、変わったもんに目を付けたな」

 

「ストレイドさんっ!!」

 

「お、なんだ」

 

ジェシカが興奮した様子で喋り始める

 

「撃っていいですかっ!?」

 

「駄目に決まってんだろ」

 

ジェシカが手にしているのはアンチマテリアルライフルという代物だ

対装甲車用のライフルで、主にエンジンを撃ちぬくのに使われている

ただ、同じ用途のロケットランチャーのような手軽に扱える代物に対し

使い勝手が悪く、開発当初に比べ装甲車の質も上がり弾が貫通しなくなったためあまり使われない

それでも威力は抜群だ、こんな狭い車内で撃つものではない

 

「ならこれはっ!?」

 

「どれだ?」

 

ストレイドはいま運転中だ、よそ見は出来ない

 

「あの、銃身が木製の、綺麗な茶色のライフルです」

 

バニラが代わりに特徴を教えてくれる

 

「おっと、俺のお気に入りだな。でも駄目だ、そもそも試し射ちしようとするな」

 

「これってスナイパー?」

 

「いや、そうだな、どっちかっていうとマークスマンだ」

 

「マークスマン?」

 

「ああ、狙い撃つための銃だ」

 

「それ、スナイパーとは違うの?」

 

「違うと言えば違う、だが同じと言えば同じだな」

 

「どう違うのよ」

 

「役割が違う、スナイパーの役割は偵察兼暗殺だ」

 

「で、マークスマンは?」

 

「そっちはただ狙い撃つための物、やろうと思えばできるが、性能的にスナイパーと同じことをやらせるには適してない」

 

「いやだから、どっちも狙い撃ってるでしょ」

 

「その狙い撃つの細部が違うんだ。スナイパーは一撃必中、マークスマンは味方の援護、こういえばわかるか?」

 

「……ああ、なんとなくわかった」

 

スナイパーの役割は偵察と暗殺、それに対しマークスマンは銃撃戦の際、厄介な位置にいる相手を仕留めるのに使われる

要はチームが動きやすいように相手の射線を威圧するのが目的だ

 

「なんでこう、銃ってのはややこしい代物が多いのかしら」

 

「それだけ多様性が必要なんだよ」

 

「ストレイドさんストレイドさんっ!!」

 

「おお、今度は何だ」

 

「これはっ!?」

 

「金ヴルちゃん、どれだ?」

 

「バニラです、えっと、なんかこう、独特な形のライフルですね」

 

「どんな感じの?」

 

「その、持ち手に変なレバーが付いてます」

 

「ああそれか、それは――――」

 

「それ、わたしのー」

 

「えっ、これ?」

 

「うん、わたしのじゅう、こっくさん、ていうの」

 

リンクスがそう言って銃に手を伸ばす

 

「ちょっと、これかなり旧式じゃない、こんなの使わせてたの?」

 

「仕方ないだろ、それがいいっていうんだから」

 

リンクスがこっくさんといったのはレバーアクションライフルと呼ばれるもの

名前通りレバーアクションと呼ばれる仕組みで弾を装填している

かなり古く、他の銃に比べて癖がある

 

「これ、ちゃんと使えるの?」

 

「癖は強いがわかっちまえば使いやすい部類に入る、弾込めも楽だ」

 

「かちゃかちゃするのがかっこいい」

 

「……かっこいいで選んだの?」

 

「うん」

 

思ったより単純な理由で選んでいる

子供らしいと言えばらしい

 

「こらこら、呆れるのは良いがしっかり使いこなしてるぞ?そいつは」

 

「あらそうなの、それで、どういう銃なの?」

 

「というと」

 

「さっきのスナイパー、とか、マークスマン、とか」

 

「そうだな、マークスマンだ」

 

「じゃあ、彼女はジェシカと同じようにやらせるの?」

 

「ああ、味方の援護兼、相手の足を止めさせろ、わかったな? リンクス」

 

「はーい」

 

「じゃあ後方ですか?」

 

「そうだ、フランカ、金ヴルちゃん、お前たちが前を張れ、それがそいつの安全に繋がるぞ?」

 

「バニラです」

 

「あら、リスカムは?」

 

「こいつは俺と一緒だ。お前らより少し前で暴れてる、流れた奴を仕留めろ」

 

「そう、わかった」

 

「なんだ、何も言わないのか?」

 

「何を?」

 

「お前とリスカム、パートナーだろ?」

 

「ええ、そうね、でも目を離したすきに何をやるかわからないじゃない、あなた」

 

「なるほど、監視役か」

 

そういって、ストレイドは隣を見る、リスカムの方だ

 

「そういえば、さっきから静かね、どうしたの?」

 

フランカが聞く、先ほどから何も喋らない

 

「ああ、こいつか? こいつなら……」

 

ストレイドが片手をリスカムの方に伸ばす

指でほっぺをつつく

 

「はっ! なんですっ!敵襲ですかっ!」

 

「違う」

 

「……何? 寝てたの?」

 

「いや、寝ぼけてる」

 

「変わらないじゃない」

 

「いえ、寝てません」

 

そういうリスカムの声は、なんだか力がない

 

「どうしたの、寝不足?」

 

「いいえ、違います」

 

「目にクマがある、寝不足だな」

 

「違います」

 

「さっきから声がいつもより小さいです、寝不足ですね」

 

「……違います」

 

「ストレイドさんにつつかれたのに何も言いません、寝不足でしょうか」

 

「……いいえ」

 

「なんだかねむそう」

 

「……………………」

 

全員に言い当てられる

実際、リスカムは先ほどから睡魔と戦っている

碌に眠れていないのだ、なぜか

 

「まったく、私情に流されるなんてよくないぞ?」

 

「何? あなた昨日から延々と悩んでるの?」

 

「……別に、違います」

 

ストレイドが消えた理由、フランカがわかったにもかかわらずリスカムはわからないでいる

それが悔しくて朝になるまで考え込んでいたのだ

 

「だらしがねえな、任務の前はしっかり休めって言っただろ」

 

「そうね、そんな状態じゃまともに動けないわよ?」

 

「……………………」

 

二人の言う通りだ、これでは足手まといになるかもしれない

 

「なにをなやんでるの?」

 

「大人の話だよ、リンクスちゃんは考えなくて大丈夫」

 

「おとな? どんなこと?」

 

「え? あーそのー、お、男と女の話とか……」

 

「そうなの? あかちゃんのはなし?」

 

「……バニラ?」

 

「いえ、違いますっ! いやとっさに出てきた言い訳もそうですけどこの返答は違いますっ!」

 

「なら、ストレイドかしら?」

 

「こらこら、それはそいつの自前だ」

 

「……うそでしょ?」

 

「ほんと、まあコウノトリ程度の話だろうよ」

 

そんな話をするなか、リスカムはまた眠気に襲われる

 

「本気で眠そうだな」

 

「……大丈夫です」

 

「大丈夫、じゃないだろ? ほら、目的地に着いたら起こしてやるから寝とけ。その状態で隣に居られても邪魔だ」

 

言われてしまった

確かにこのままでは役に立たないかもしれない

 

「大丈夫だ、ローチの足でもすぐには着かん、後ろの速度も考えなきゃならんからな」

 

「えっ、ローチ?」

 

「車の名前だ。ラッドローチ四世、いい名前だろ」

 

「素晴らしい名前ね、品性が問われるわ」

 

「何を言う、奴らのようにしぶとく走ってくれると願ってだな」

 

「ねえ、前は二世じゃなかった?」

 

「ああ、二世は散った、文字通りに」

 

「……どういうことよ?」

 

緊張感のかけらもない会話が聞こえてくる

本当に、これから戦いに行くとは思えない

少し安心してしまう

 

「……わかりました、お言葉に甘えます」

 

「おう、ゆっくり寝てろ」

 

そういって、瞼を閉じる

 

「ストレイドさんっ! このリボルバー! 撃ってもいいですかっ!?」

 

「駄目だ、サイトを除くだけで我慢しろ」

 

「くるくるまわるー」

 

「あの、四世の前って何だったんです?」

 

「お、気になるか」

 

「そうね、三世と一世は私も知らないわ」

 

「いいぜ、教えてやる、四世はコレ」

 

「車ですね」

 

「三世は、ボート」

 

「ボート? どうして?」

 

「海賊になりたかった、これでいいか?」

 

「……まあいいわ、で二世はバイク」

 

「一世は、なんなんです?」

 

「ふむ、ではお教えしよう、一世は――」

 

「「一世は?」」

 

「――――チャリだ」

 

「「は?」」

 

そんな会話が聞こえる中、ゆっくりとリスカムの意識は沈んでいった

 

 

 

 

『よう、気分はどうだ?』

 

『……いいと思いますか?』

 

『さあな、わからないからこうして聞いてる』

 

『……………………』

 

『その分だと、平気そうだな』

 

『……どこがです?』

 

『なに、自分がやったことを自覚してる、なら平気だ』

 

『平気な訳が、ないでしょう……』

 

『慰めが必要か?』

 

『……いりません』

 

『ならよし、さて一つ、お前にアドバイスをしてやろう』

 

『なんです、急に』

 

『まあ聞け、お前は今日、初めて人を殺した』

 

『……………………』

 

『不可抗力だったんだろう、それでも仕方ないですませない』

 

『……ええ、そうですね、私は誰かと違って人殺しではありません』

 

『怒るな怒るな、茶化しに来たわけじゃない』

 

『なら、なんで来たんです?』

 

『別に、なんとなくだ』

 

『……………………』

 

『話の続きだ、お前は、後悔しているな?』

 

『……はい』

 

『あの時、別の方法があったんじゃないか、考えられずにいられない』

 

『……………………』

 

『それは、正しい価値観だ、おかしい事じゃない』

 

『……………………』

 

『殺しに慣れろ、なんてふざけたことは言わん』

 

『……………………』

 

『だから、リスカム、その気持ちを忘れるな』

 

『……どういうことです?』

 

『そのままさ、その後悔も、贖罪の念も、けして忘れるな』

 

『……………………』

 

『そのうえで、戦い続けろ、お前の信じる理念の為に』

 

『……結局、何を言いたいんです?』

 

『別に、わからなくていいさ、だがわかってほしいのは』

 

『……………………』

 

『それは、お前を正しい道に進ませてくれる、それだけだ』

 

『……わかりません』

 

『なら、そのうち理解しろ』

 

『……レイヴン』

 

『なんだ?』

 

『先程は、助けていただいてありがとうございます』

 

『お? 礼を言うのは初めてじゃないか?』

 

『……あなたがいなければ死んでましたから』

 

『なに、教え子の危機に颯爽と現れるのは教官として当たり前だ』

 

『……………………』

 

『いやしかし、あれは驚いた、いきなり地面に穴があくんだもんな』

 

『……………………』

 

『結構派手にドンパチしてたとはいえ、そこまでになるとは――』

 

『レイヴン』

 

『……なんだ?』

 

『あれは何なのか、聞かせてもらっていいですか』

 

『……ああ、話してやる』

 

 




スナイパーとマークスマン、どう違うのか、FPSをやったことがある人なら気になったことはあると思います、役割はしっかり分かれてますが正直似たり寄ったりな代物だと私は思います、この話の説明は大雑把に書いたものなのでよく知りたい人は調べてください
ちなみに、話の中に出てきた銃は細部の説明はないですが私の好きな銃です
アークナイツの世界の銃ってそんなにあるの?と思う方がいると思いますが
エクシアの銃があるなら大抵の代物はあるはずです、おそらく

あと前回、誤字がありました、同じミスをするとはだらしがないですね
直した後に感想を見たら指摘されておりました、本来ならあちらに書くべきでしょうが
この場でお礼を言わせていただきます、ありがとうございます

それでは今度こそ同じミスをしないよう気を付けたいと思います
では失礼


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『派手にやるのが一番だ』

12/14 修正


 

『各自、持ち場には着いたか?』

 

『はい、位置に付きました』

 

『ええ、大丈夫よ』

 

『問題ない』

 

『いつでもいけます』

 

無線からドクターの声が聞こえる

それに続いてフェン、オーキッド、ヤトウ、メランサが返事をする

 

『リスカム、そちらは』

 

「はい、大丈夫です」

 

返事をする

一行はそこそこ長い道のりを経てレユニオンの潜伏場所にたどり着いていた

後ろを見る、フランカ達が離れたところで待機している

 

『さて皆、もう一度確認しておく』

 

ドクターが話し出す

 

『今回、レユニオンの数は五百を超える、それを少ない人数で捌く、かなり厳しい作戦だ』

 

『それで、ストレイドさんが策を弄してくれたとの事です』

 

アーミヤの声も聞こえてくる

 

『ストレイドさん、準備の方は』

 

「ああ、問題ない、面白いものが見れるぞ」

 

すぐ隣で、声が聞こえる

連絡をとれるようにとレイヴンにも無線が渡されている

 

『……ふん、まともにやれるとは思えんがな』

 

『まあまあ、落ち着いてくれ、チェン』

 

チェンも一緒に参加してくれている、龍門の方はいいのだろうか

 

「……レイヴン」

 

「お? なんだ?」

 

「それ、やっぱり持ってるんですね」

 

「ああ、こいつか」

 

レイヴンの腰のホルスターを指摘する

それには、銃が一丁、納められている

 

「相変わらずのスタイルなんですね」

 

「そうだな、こいつを抜かせたくなければお前が気張れ」

 

彼が普段使っている銃のホルスターは上着の内側

腰のものは二丁目、性能は一丁目とは変わらない

 

「……あまり、ロドスの方々に死体を見せないように」

 

「それが出来るかは状況次第だ。安心しろ、よほどのことが無けりゃあ殺しはしない」

 

「それは、ドクターに言われたからですか?」

 

「そうだ」

 

『あー、お話し中悪いがいいかな?』

 

「いえ、失礼しました」

 

『いや、こちらも割って入ってすまない』

 

説明が再開される

 

『作戦中、部隊は三つに分かれて動いてもらいます。予備隊A4とA6の合同班、A1とA4の合同班、そしてBSWの皆さんでお願いします』

 

『あの、アーミヤさん』

 

『なんでしょう?』

 

フェンが質問する

 

『BSWの皆さんの負担が大きくないですか? 人数も少ないですし』

 

そう指摘する、確かにリスカム達の方は他に比べて人が少ない

 

『そうですね、人数差は大きいです、こちらも人を割こうとしたんですが――』

 

「下手に増えると邪魔だ」

 

『と、言われてしまい』

 

『ええ……』

 

『こちらも心配で言ってるんだがな』

 

「全部がこっちに来る訳じゃなし、敵一人仕留めるのに大した労力はない、どうにでもなるさ」

 

「それはあなただけなんですが」

 

『そうよ、一緒にしないで』

 

『あの、こっちはホントにこの人数なんですか?』

 

『えっと、その、あと何人か来てもらった方が……』

 

後ろの面子からも不満の声が上がる

 

『むー、すとれいど、とおい』

 

「お前はそこで三人と一緒にいろ」

 

リンクスはあちらにいる、彼と離れていることの方が不満らしい

 

『ストレイド、ホントにいいのか?』

 

「ああ、問題ない、話の続きを」

 

『……随分とスムーズに話を進めるな』

 

「敵は目と鼻の先だ、下手にふざけている暇はないだろ」

 

『まあ、真面目にやってくれるのはいいことだ』

 

昨日と打って変わって軽口がない、仕事は真面目にやるつもりなのだろう

 

『さて、それでさっきの続きだが、合同班には各々臨時で指揮官についてもらう』

 

『メランサさんの方は私が担当します』

 

『A1とA4は私が付く』

 

「で、BSWは俺だな」

 

『ああ、よろしく頼む』

 

アーミヤ、チェン、レイヴンが名乗りを上げる

 

「鉄仮面はどこにいるんだ?」

 

『少し離れたところで通信車両に乗っている、ここで君らの動きを見ているよ』

 

「へえ、戦場に出てるのか」

 

『まあな、ロドスの中で胡坐をかいて待っているわけにはいかないだろ』

 

「ふむ、殊勝な心掛けだ」

 

『ありがとう、作戦が始まり次第、偵察ドローンを出す、何かあればこちらで指示を出す』

 

『了解です』

 

『わかった』

 

「じゃ、手を煩わせないようにしますかね」

 

『では、おさらいを』

 

作戦の内容を確認する

 

『各自、指定した地点で待機、ストレイドの罠で出てきた敵を順次撃破、そんな流れだ』

 

『そして出来るなら、敵のリーダーの確保、そうすれば相手も止まるかもしれないとの事』

 

「簡潔だな、わかりやすい」

 

『それとストレイド、もう一度言っておく』

 

「何をだ?」

 

『殺しは極力無しだ、いいな』

 

「わかったよ、ある程度は善処する」

 

『ご理解感謝する、では、作動を』

 

「ああ、各員、戦闘態勢に入っておけ」

 

そういって、何かを取り出そうとすると

 

「すとれいど」

 

「あ?」

 

「おや、リンクス、どうしました?」

 

すぐ近くにリンクスがきていた

 

「こらリンクス、あなたはこっち」

 

フランカがやってくる

 

「どうした、お前はあっちだぞ」

 

「むー、こっちがいい」

 

「ダダをこねるな」

 

「やだー」

 

「ごめんなさいストレイド」

 

『どうした、何があった?』

 

「いえ、リンクスがこちらに来てしまって」

 

『ああそうか、やっぱり近くに居た方がいいんじゃないか?』

 

「近いだろ、視界に入ってる」

 

「彼女にとっては遠いんですよ」

 

「ほら、こっちにきちゃ迷惑よ」

 

「むー」

 

一向にレイヴンの傍から離れようとしない

不安なのだろうか

 

「レイヴン、保護者責任です、可愛そうですが言い聞かせてください」

 

「そうだな、仕方ない」

 

そういって、リンクスの前に屈む

 

「さて、リンクス」

 

「なに?」

 

「俺たちはこれからお仕事なんだ」

 

「うん」

 

「それで、お前もそれを手伝うことになる、わかるな?」

 

「わかる」

 

「で、お前には持ち場がある」

 

「うん」

 

「それは、どこだ?」

 

「……あっち」

 

言いながら、バニラ達の方を指さす

理解はしているらしい

 

「わかってるなら、金ヴルちゃん達の方に戻れ」

 

「……でも、そばにいたい」

 

「なんだ、心配してるのか?」

 

「……………………」

 

何も言わない、だが顔に出ている

 

「なんです? そんな心配されるようなことでもしたんですか?」

 

「いや、した覚えはないな」

 

そういって、リンクスを撫でる、それに安心したのか少し表情が柔らかくなる

 

「いいか、リンクス」

 

「なあに?」

 

「あっちには、誰がいる?」

 

「……ばにらとじぇしか」

 

「そうだな、お前にとってあの二人はなんだ?」

 

「……ともだち」

 

「フランカはどうだ?」

 

「……ふらんかも、ともだち」

 

「そうだな、で、お前がこうしてるせいでそのお友達は迷惑してる。見ろ、見事なしかめっ面だ」

 

「違うわよ、これはあなたの似合わない優しい言動に困惑してるのよ」

 

「フランカ、気持ちはわかりますが今だけは静かに」

 

「友達にそんな顔、させたくないだろ?」

 

「……うん」

 

「なら、どうする?」

 

「……いうこときく」

 

「よし、なら行け」

 

「わかった」

 

返事をし、バニラたちの方に戻っていく

 

「ありがとう、ごめんなさいね」

 

「いや、こっちも躾けてないのが悪かった」

 

フランカも戻っていく、が

 

「フランカ」

 

レイヴンが呼び止める

 

「なによ?」

 

どこか、神妙な顔で

 

「リンクスを頼む」

 

そう言う

 

「? 言われなくても護るわよ」

 

「ああ、ありがとう、バニラとジェシカにも伝えといてくれ」

 

「……気持ち悪いほど素直ね」

 

今度こそ戻っていく

 

「……さて」

 

『終わったか』

 

「ああ、悪いな、龍のお嬢ちゃん」

 

『……別に、構わん』

 

「なら結構」

 

レイヴンが視線を市街地にむける

捨てられた廃ビル群、所々風化し、人が住んでいるようには見えない

 

「……ホントに居るんですか?」

 

人気を感じない、こちらは姿を見せているにもかかわらず何もしない

五百の兵力が本当にいるのか

 

「ああ、いるさ、証明してやる」

 

『ストレイド、そろそろ』

 

「わかったわかった、そう急かすな」

 

ドクターが急かしてくる

それを軽く流す

 

「ところで、どれぐらいの規模か聞かされていないのですが」

 

「いまにわかる」

 

言いながら上着のポケットから何かを取り出す

ハンドルのような形をしたもの、リモート爆弾のスイッチだったような気がする

 

「……それが、スイッチですか?」

 

「ああ、リスカム、カウント頼んだ」

 

「え、私ですか?」

 

「そうだ、ほら、無線をつけろ」

 

渋々言われたとおりにする

 

『それで、カウントは?』

 

「待ってください、えー、五本、ファイブカウントですね、始めます」

 

レイヴンがこちらにむけて手をワキワキさせる、不敵な笑みを浮かべながら

そして広げる、五つ、数えるつもりらしい

 

一本、閉じる

 

「5」

 

二本、閉じる

 

「4」

 

三本、閉じる

 

「3」

 

四本、閉じる

 

「2」

 

五本、閉じる

 

「1」

 

「ボンッ」

 

次の瞬間、市街地は轟音に包まれた

 




銃の数え方、一丁、一挺、どちらか正しいか
どちらも正しいです、ただ、丁、の方は代用で使われるとの事
正確には挺が正しいのでしょう
なぜ丁を採用したのか、文字変換で最初に出てきたからです
いっちょう、と打ち込んで変換するのと、ちょうをわざわざ分けて変換するなら
私の中では前者の方が早かったのでこっちを使ってます
私はキーボードに馴れていないのです
以上、私事でした


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信用ならなすぎる男

12/14 修正


「『『『えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』』』」

 

カウントダウン終了と同時に轟音が鳴り響いた

それは、爆発

ビルの下層部を中心に発破されている

 

「えっ、あの、ストレイドさん?」

 

『何かな? クランタのお嬢さん』

 

だがそれは、罠、などと言えるものなのか

 

「うえ~、耳がキーンとする……」

 

「お~、やることが派手だね~」

 

ビーグルとクルースが隣で感想をいっている

 

「……マジか」

 

「うわーっ! すごいですねっ!」

 

ラヴァとハイビスも驚愕している

 

「すごーい、目覚ましにはいいかもね~」

 

「おいおい、随分大層な仕掛けだな」

 

「なんと、ここまでとはのう……」

 

「……これは、ただの爆破解体では?」

 

ドゥリン、ノイルホーン、レンジャー、ヤトウが口々に言う

 

「これ、凄いことになってるんですけど……」

 

『ああ、そうなるようにしたからな、中々圧巻だろ?』

 

「ええ、まあ、そうですけど……」

 

爆発の衝撃で次々とビルが倒壊している

先ほどから崩壊の音が鳴りやまない

 

『……ストレイド、これはやりすぎでは』

 

ドクターが言う、その疑念は最もだ

 

『そうでもないさ、まあ中にいる奴はペチャンコだろうが』

 

『殺しは無しだと言ったんだがね』

 

『悪いが、こいつはロドスに接触する前に仕掛けたもんだ、後から変更はさすがに出来ん』

 

『だがな……』

 

『それに、これは奴らの爆弾に誘爆させたのもある、自業自得だ』

 

『……やってしまったものは仕方ない、これ以降は留意してくれ』

 

『わかってるわかってる』

 

悪びれた風もなく言う

誰の目から見てもやりすぎだ

生きている人がいるのか心配になってくる

 

「……おい、傭兵」

 

チェンが無線越しにストレイドに話しかける

 

『何だ? 龍のお嬢ちゃん』

 

「これで瓦礫の壁を作ってこちらに誘い込む、という算段か?」

 

『ああ、いきなりの襲撃、次があるかもわからない中、わざわざ瓦礫の山を登って逃げようなんて奴はいない』

 

「通りやすい道路方面に出てくると」

 

『そうだ、道路の方は塞がれないようにしてある、ほれ出てきたぞ、有象無象が』

 

「……なるほど、それなりに頭の回る男らしい」

 

『そうだろう、もっと褒めるがいい』

 

「調子に乗るな」

 

爆破された建物を見る、ビルの残骸が降ってくる中、外に脱出してきているレユニオンが見える

 

「各員、武器を構えろ、戦闘開始だ」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

 

「……えー、皆さん、とりあえず戦闘準備を」

 

「あ、はい、了解です……」

 

アーミヤはビルの倒壊を眺めながらそうメランサ達に指示をする

 

「うわー……すごいなーあの人」

 

カーディが一人ぼやく

 

「カーディ、その人はどんな人なんだい?」

 

「私達はまだ話した事がないんですけど……」

 

スチュワードとアンセルは姿を見たことがあるだけで話してはいない

二人にとっては未知の人物だ、何をしでかすかわからないとしか聞かされていない

そこに、こんなものを見せられたのだ、信用していいのかわからないのだろう

 

「んー、そうだね……」

 

聞かれたカーディも彼のことは詳しく知らない

 

「あまり話してないから知らないけど」

 

だが確かなことは一つ

 

「とんでもなくスケベな人って事だけは確かだね」

 

「「……………………」」

 

「……メイリィ、失礼だよ」

 

「でも、ホントの事だよ? アンセル君も気を付けてね」

 

「いや、私は男ですよ?」

 

「そうですね、アンセルさんは可愛いですから、気を付けて……」

 

「だから、私は」

 

「そうだね、アンセルは可愛いからね、気を付けて」

 

「……私は、男です……」

 

否定の声がどんどん小さくなってくアンセルを尻目にアーミヤが喋りだす

 

「ストレイドさんの予想が当たっていればレユニオンがでてくるはずです。皆さん、手筈通りにお願いします」

 

ここまで派手な爆発なら嫌でも敵襲だと気づく

動かないわけがない

 

「しかし、効率的ですがやりすぎですね……」

 

「ええ、そういう人、との事です」

 

近くでスコープを覗いているアドナキエルの言葉にそう返す

正直、アーミヤとしてもこのやり方は反対だ

だが賽は投げられた、このままやるしかない

 

「ねえ、これって結構減ってない?」

 

「何がだ?」

 

カタパルトの疑問にスポットが聞き返す

 

「いや、敵の数」

 

「まあ、減るだろうな、こんなの」

 

瓦礫はまだ降り積もっている

建物からはぞろぞろとレユニオンが出てきている

 

「「あっ」」

 

一人の兵士に目がとまる

彼は足をもつれさせながら走っている、よほど慌てているのだろう

その上から瓦礫が降ってくる

逃げられずに潰される

 

「……嫌なものみちゃったわ」

 

「あれは助からないな」

 

「まったくだ、レディに見せるには少々過激だな」

 

後ろからミッドナイトが話しかける

 

「なに? あんたでもそう思うの?」

 

「ああ、何やらキナ臭い男だと思っていたが……ここまでとは」

 

「……珍しいな、お前がそんな顔するなんて」

 

「スポット、俺はそんな薄情な男じゃないぜ?」

 

「ああ、そうだな、これで日頃の振る舞いがもっと静かならいいんだが」

 

「残念、俺の使命は世界中の女性に笑顔を届けることだ、おとなしくしてる暇はないな」

 

「あなた達、喋ってる暇もないわよ」

 

お喋りしている三人のもとにオーキッドがやってくる

 

「オーキッドお姉さん、あの中から出てきた人を斬ればいいの?」

 

ポプカルも一緒にやってくる

 

「ええ、ついでに黒い格好の男が来たらそいつも刻みなさい」

 

「え? ミッドナイトお兄さんを?」

 

「まあまてポプカル、俺とは違う黒い人だ」

 

「いいわね、こいつもやっていいわよ」

 

「いいの?」

 

「駄目だポプカル、冗談を真に受けるな」

 

ミッドナイトが珍しく怯えている

ポプカルの武器はチェーンソー

彼女の戦うさまは猟奇的だ、本人は自覚はないが

 

「スポット、黒い人って誰?」

 

「この爆発を起こした奴だ、今は俺たちの味方だから斬る必要はない」

 

「わかった、でもなんだか危なそうな人……」

 

「まあ、これを見せられれば誰でもそう思うさ」

 

「ほら、行くわよあなた達」

 

オーキッドが叱責する

 

「皆さん、相手は混乱状態です、優位はこちらにあります」

 

アーミヤが号令をかける

 

「それでは、作戦開始、健闘を祈ります」

 

 

 

 

 

「いやはや、いい感じに破滅に満ちてるな」

 

「……やりすぎです」

 

『もっとこう、加減できなかったの?』

 

『うわー……』

 

『これは……』

 

『わー、どかどかいってる』

 

BSW方面でも似たような声が上がっていた

崩壊は少しづつ収まっている

 

「で、これで先手を打って、数も減らせると」

 

「ああ、だが予想以上に引っかかってるな、まあ無理ないか」

 

「どういうことです?」

 

その言動の意味は何なのか

 

「離反した集団って言ったろ?」

 

「ええ、言ってましたね」

 

「奴ら、碌に戦い方を知らないんだ」

 

「……どういうことです?」

 

「簡単だ、奴らは兵士であって兵士じゃない、どちらかというなら殺人鬼に近い状態だ」

 

「何を言いたいんです?」

 

「要は、戦い方ではなく、殺し方を教えられた集団だ、意図的に」

 

「……………………」

 

「奴らのリーダーは感染者の心理を利用した、感染したという事実だけで虐げられるこの世界への怒りを」

 

『ちょっと、それってつまり』

 

「そうだな、一般人とさほど変わらない、戦法なんて何もない、数に物を任せて動いてる」

 

「あなた、何をしているかわかってるんですか」

 

「言いたいことはわかる、正当化するつもりもない」

 

「これでは虐殺と変わりません」

 

「ああ、だが見ろ」

 

レイヴンが指をさす、その先には逃げ出してきたレユニオンが

こちらを向くその眼には、言いようのない怨念が込められている

「たとえここまでしていなくても、奴らは真っ当な殺意をもってやってくる」

 

「……そのようですね」

 

「奴らにとっては自分たちの怒りこそが正義なんだ、そこに正論を挟む余地はない

 妄言に誑かされた時点で奴らは害悪だ、容赦はするな、逆に狩られるぞ」

 

レイヴンが腰のホルスターに手を伸ばす

 

「っ!!」

 

抜ききる前に走り出す

 

「はぁっ!!」

 

「がっ!」

 

最も近くに居たレユニオンを盾で殴り飛ばす

殴られた兵はそのまま倒れ、気絶する

 

「このアマっ!」

 

「やりやがったなっ!」

 

その近くの二人が襲い掛かってくる

片方の攻撃を盾で防ぎ、もう片方は武器を振り切る前に腕を撃ちぬく

 

「いっ!? …………ぐっ!」

 

「くそっ!」

 

撃たれた方は腕を押さえてうずくまる

残った兵に盾を蹴られる、それに合わせて後ろに下がる

 

「なっ!?」

 

力の向かう先が狂い、体制を崩す

そこに、発砲する、足に着弾する

 

「がああっ! 足が!」

 

「死にたくなければおとなしくしていなさい」

 

「お見事」

 

レイヴンがやってくる、二丁目は、抜いていない

 

「だが、まだぬるい」

 

そういって、懐から銃を引き抜き、うずくまっていたはずの兵にむけて撃つ

 

「ぶっ!」

 

立ち上がって向かってきていたらしい

その顔に弾が着弾する

 

「……レイヴン、これは?」

 

「見ての通りだ」

 

が、死んではいない、ただその顔は真っ赤に染まっている

 

「……………………」

 

撃たれた男は固まっている、そして

 

「きゅー……」

 

そのまま力なく倒れる

 

「……それで戦うんですか?」

 

「非殺傷だ、これなら間違えて頭に撃っても問題ない」

 

ペイント弾だ、確かにあれは殺人的なくせして殺傷力はない

 

「それ、メットをつけてる人はどうするんです?」

 

そういって、こちらに向かってくる兵に目を向ける

ちょうど防弾メットをつけている、あれでは顔に当てられない

 

「そうだな、こうする」

 

レイヴンが動く、一足で滑るように肉薄する

 

「ふっ!」

 

「ごふっ!」

 

接近、そこから勢いに乗せたまま空いてる手で鳩尾に掌底をいれる

反応できずにもろに食らったメット付きはそのまま地に落ちる

 

「銃、いらないのでは」

 

「いるさ、こっちが俺のメインウエポンだぞ?」

 

「素手でどうにかできません?」

 

『あの、凄い速度で滑ってましたけど』

 

『そういう技なのよ、あれ』

 

『……かっこいいです』

 

『すとれいど、がんばれー』

 

フランカ達から感想が聞こえてくる、まだあちらは接敵していない

 

「で、それでいくんですか?」

 

「ああ、クライアントの意向にはある程度従わんとな」

 

「……まあ、いいです」

 

素手で戦う、たしか彼が相手を試したり遊んだりするときの戦い方だ

それなら、手加減できる、ドクターの意思には従うつもりらしい

ただ気になることが一つ

 

「昔よりキレが鋭くなってませんか?」

 

あんな速度では動かなかった、彼自身が弾丸にでもなったかのような動きだった

 

「なに、お前も知ってるあれを、軽く組み合わせてるのさ」

 

「……あれですか」

 

「ああ、あれだ」

 

「制御できないとか言ってませんでした?」

 

「練習できない環境だったんだ、人目に付けるものじゃない」

 

「なるほど」

 

要は周りに人がいたせいで使う練習ができなかった、ということだろう

確かに好き好んで見せるものではない

BSWを辞めてから彼なりに特訓したのだろう

 

「おかげで多少の速度なら目立たずに出せるようになった、あんまり力むとチラチラ出るがな」

 

「何がです?」

 

「残光、みたいなの」

 

そういって、彼の周りに黒い火の粉のようなものが出る、確かにチラチラしてる

 

「これである程度なら人前で使えるな、体術にも乗せられるし」

 

「……随分応用が利くようになりましたね」

 

「ああ、これがクソジジイのせいだと思うと嫌になるが」

 

「そこは素直に感謝しなさい」

 

「誰がするか」

 

『ストレイド、それ何よ、そのチカチカしてるの』

 

「お、聞きたいか」

 

フランカが聞いてくる

 

『確かに、気になるな、その光』

 

ドクターの声も聞こえる、同時にプロペラの音も聞こえる

偵察ドローンだ、合図と同時に出すと言っていた

 

『それは、君のアーツか?』

 

「ああ、ちょっとばかし加速紛いのことが出来る程度だ」

 

『紛い?』

 

「そうだ、ま、気にするな」

 

『いや、気になるんだが』

 

彼の一番の謎はその神出鬼没の機動力

恐らくはドクターも気になっているんだろう

 

「ほら鉄仮面、こっちを気にかけてないであっちを見ろ、ぞろぞろ出てきてるぞ?」

 

光を消しながら顎で方向を示す、瓦礫はもう振っていない

無数のレユニオンがこちらにむけて進軍している

 

「さて、リスカム」

 

「なんです」

 

「俺が二丁目を抜くかどうかはお前にかかってる」

 

「……………………」

 

「さっきぐらいの勢いでいけ、じゃないと死体の山が出来上がるぞ」

 

「なるほど、わかりました」

 

二人で並んで立つ

 

「その挑戦、受けましょう」

 

「抜いたら、なんかお願いでも聞いてもらうかね」

 

「……やっぱりやめていいですか?」

 

「駄目だ」

 

数は減ったがそれでも相手の方が多い

 

「さあ、楽しいパーティの始まりだ」

 

「楽しいのはあなただけです」

 

油断はできない、厳しい戦いが始まる

 

 




一つ、気になったことがあります
ポプカル、スペクター、ブレイズ
この三人、チェーンソーを使ってます、一人丸鋸ですが
ここで、私に疑問が生まれました

チェーンソーは武器ではありません

にもかかわらず武器として扱うあたり、ロドスはどこかおかしいのでは
まあ使われてても違和感がなくなるぐらいには当たり前の話になってる気がしますが
何が原因なんでしょう、死霊のはらわたですかね


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憂鬱な疑念

12/15 修正


 

「クルースっ! 援護をっ!」

 

「はいは~い」

 

「おい爺さん、弾幕薄いぜ」

 

「あまり年寄りを働かせるでないわ」

 

開戦後、少しあと

チェン率いる合同班は順当に敵を撃破していた

 

「フェン、ノイルホーン、一度下がれ」

 

「あいよ」

 

「了解!」

 

「ビーグル、ヤトウ、前を」

 

「わかった」

 

「わ、わかりましたっ!」

 

特別戦線を崩されることはなく、安定した戦闘が繰り広げられている

というのも

 

「ラヴァ、今向かって来ている集団に攻撃を」

 

「まかせろ」

 

先ほどからチェンがその場に応じて適切な指示を出している

 

「あ、チェンさん後ろ――」

 

「わかってる」

 

「……はやいなー」

 

「迷いなく切り捨ておったな、背中に目でも付いておるのか」

 

しかも自分は誰よりも最前線で戦いながら

 

「ドゥリン、盾持ちだ、撃て、ビーグル、押さえろ」

 

「えっ!? は、はいっ!」

 

「あいさ~」

 

言われてビーグルが敵兵にぶつかり、ドゥリンが後ろからアーツを放つ

 

「……なんていうか、クールビューティってあんな感じなのかな」

 

「まあ、ドーベルマン教官とは違う意味でクールだな」

 

フェンとノイルホーンがチェンを見ながら言う

開始してからずっとあんな感じで戦い続けている

体力があるのはわかっている

だがいつまでも戦い続けられるとは思えない

心配になって下がらないかと言ったが

 

『問題ない』

 

その一言で一蹴されてしまう

心強くはあるが、無理をしてないか不安になってしまう

 

「さあっ! 怪我人はこちらにっ!」

 

「あいよ、ハイビス、頼んだぜ」

 

「いつもありがとう、ハイビス」

 

「いえいえっ! これぐらいはお安い御用ですっ!」

 

戦線から少し下がったところにはハイビスカスが待機している

 

「それじゃ、いきますよーっ!!」

 

ハイビスの杖から光が放たれる

それは、二人の傷を埋めていく

 

「……毎度思うが痒いよな、これ」

 

「ええ、思います」

 

「痒いのは、しっかり傷が治っている証拠ですっ!!」

 

ハイビスは医療オペレーター、戦闘力はないがアーツの力で傷を治すことが出来る

彼女なくして戦線は維持できない

それを見越してチェンは彼女を後ろに下げているのだろう

 

「本当は皆さんと一緒に戦いたいんですがねー」

 

「なに、ハイビスもしっかりやってくれてるさ」

 

「でも、皆さんにばかり戦わせてますし、わたしも何かできればな、って」

 

「大丈夫、私達はあなたがいるから戦えてる、自信をもって」

 

「フェンちゃん……ありがとうっ!」

 

実際、彼女の世話になるオペレーターは多い

医療関係はもちろん、隊員や職員の食事を考えてるのも彼女だ

なんでも栄養学に詳しいらしく、その知識は膨大とか

 

「今度、せめてものお礼に皆さんにクッキーを焼いてきますっ!」

 

「……気持ちだけもらっとく」

 

「はは……」

 

ただ、その料理はいろいろと冒涜的だが

 

「ノイルホーン、ビーグルと交代だ」

 

「お、わかった」

 

チェンに呼ばれノイルホーンが離れていく

先ほどからこんな感じで前衛組は最小限のローテーションが組まれている

ヤトウとフェン、ビーグルとノイルホーンでどちらかが疲弊し次第、切り替えられている

狙撃組と術師組は適時、撃ち込むように命じられている

 

「ふえ~……」

 

「ビーグル、大丈夫?」

 

「うん……」

 

「さあっ! こちらにっ!」

 

ノイルホーンと入れ違いにビーグルがやってくる

先ほど、ガタイの大きい敵とぶつかっていた

すぐに後退させられたのもそのせいだろう

チェンの方を見る

彼女は変わらず、休むことなく前線にいる

 

「……疲れないのかな」

 

「ホント、そうだよね」

 

今、チェンたちが戦っているのは道路の真ん中付近

両端はストレイドとアーミヤの部隊がいっている

遠くを見る、瓦礫にまみれてるせいで見ずらいがストレイドとリスカムが戦っている

その少し後ろにフランカ達がいる

前の二人が取りこぼしたのを処理しているらしい

フランカとバニラが前衛を張り

ジェシカとリンクスが援護射撃をしている

 

「……………………」

 

「……どうしたの?」

 

「ああ、別に、大丈夫」

 

ビーグルに聞かれる、そして同じ方向を見る

 

「ストレイドさんが気になるの?」

 

「うん、ちょっと、ね」

 

先ほどからフェンはBSW組が気になっていた

正確には、ストレイドが

 

「わたし、あの人嫌い」

 

「だろうね、あの後酷い顔になってたし」

 

「聞いちゃいけないこと聞いたのはわかるけど、だからっていきなりあんなもの撃ってくるなんてどうかしてるよ」

 

「まあまあ、あの人にとっては遊びらしいから」

 

「それでもさー、あんな辛くて痛いの、女の子に向けるもんじゃないよ」

 

ビーグルはかなりご立腹だ

彼にとってのタブーを犯した彼女はペイント弾の餌食になった

報復こそクルースの姦計により果たされたがそれでも怒りはおさまらないらしい

 

「どうして見てるの?」

 

「ちょっとね」

 

「さっきも同じこと言ってたよ?」

 

フェンが彼を見ている理由、それが気になるらしい

フェンが答える

 

「無線、聞いてみて」

 

「無線?」

 

言われて、無線のスイッチを入れる、すると

 

『レイヴン、スープレックスを決めないでください』

 

『ボケっとしてるコイツが悪い』

 

『だからって戦闘中にそんなことはしないでください』

 

『いいじゃないか、後ろに流れてる量も少ないんだし』

 

『戦闘中は遊ぶなと言ったのはあなたでしょうに』

 

『暇なんだよ、思ったより数が少なくて』

 

「……………………」

 

「理由、わかったでしょ?」

 

「うん……」

 

とても戦闘中とは思えない会話をしている

余裕綽々、という訳ではないんだろうがなんだか平和そうだ

 

「あっち、そんなに少ないの?」

 

「いや、こっちより多い」

 

「え、嘘、あんなに平和そうな話してるのに?」

 

「ほら、見てごらん」

 

いわれて注意深く見る

リスカムが盾で押さえつつ牽制し、ストレイドが銃撃と体術で減らしている

やってることは単純だが、おかしいのは相手取っている量だ

 

「……ねえ、同時に五、六人は倒してない?」

 

「うん、さっきからあんな感じ」

 

先ほどからあちらにはどんどん敵兵が流れている

それを二人でバシバシ倒している

なんだか流れ作業を見ている気分だ

 

「あの二人、なんだか息が揃ってない?」

 

「そうだね、なんか元々組んでたって話だけど」

 

「そうなの?」

 

「らしいよ、フランカさんから聞いた話じゃ」

 

「そうなのか」

 

「「わっ!」」

 

チェンの声が後ろから聞こえてくる、いつのまにか近づいていたらしい

 

「ど、どうしたんですか?」

 

ビーグルが聞く、何か特別怪我をした様子もない

彼女の性格上、後ろに引く理由が見当たらない

 

「別に、あの二人から一度下がれとしつこく言われたんだ」

 

そういって、前方の二人に視線を向ける、ヤトウとノイルホーンだ

恐らく、ずっと戦ってるチェンを案じて言ったのだろう

 

「チェンさんっ! こちらにっ!」

 

ハイビスが治療の為に呼ぶ、が

 

「大丈夫だ、怪我はない」

 

拒否する、遠慮している訳じゃない

単純に攻撃も何も食らっていないのだろう

 

「それでもこちらにっ!」

 

ハイビスが食い下がる

 

「いや、大丈夫だ、大した疲労もない」

 

もう一度拒否する

 

「疲れを取るのに役立つかもしれませんっ!」

 

まだ食い下がる

 

「君のアーツにそんな力はない、逆に君が休め」

 

さらに拒否する、が

 

「ならばこちらから近づきますっ!」

 

「あ、おい」

 

ハイビスが超特急でチェンに近づく

 

「では、失礼しますっ!」

 

そうして、アーツを発動させる

 

「……まったく、ロドスのオペレーターはお人好しが多いな」

 

「ははは、ありがとうございます」

 

「やれやれだ」

 

いいながら、少し笑う

もともと彼女は真面目な人だ、何をやるにもその毅然とした態度は崩さない

逆に周りの人はそれが無理をしているように見えて不安になるのだが

ロドスと関わってからは少し丸くなったような気がする、ロドスの雰囲気とドクターのおかげだろうか

 

「で、先ほどの話だが」

 

「えっと、ストレイドさんとリスカムさんの?」

 

「ああ、知っている範囲でいい、聞かせてくれ」

 

「わかりました、でも詳しいことはそんなに知りませんよ?」

 

「それでいい」

 

「じゃあ、失礼して」

 

フランカから聞かされた話をする

 

「なんか、リスカムさんの訓練生時代の教官で」

 

「ああ」

 

「それで、一緒に戦ってたらしいです、少しの間」

 

「そうか、少しの間、とは」

 

「いや、それは、それしか聞かされてないので……」

 

「……わかった、他には?」

 

「いや、すいません、それだけです」

 

「そうか、ありがとう」

 

「お役に立てなくてすいません……」

 

「大丈夫だ、私も奴については大して知らない」

 

「あの、チェンさん」

 

「なんだ?」

 

「どうしてストレイドさんの事、聞くんですか?」

 

「……ふむ」

 

フェンの質問に、少し考えるそぶりを見せる

 

「フェン」

 

「あ、はい」

 

「君は、リンクス、彼女がどうして彼といるか知っているか?」

 

「あ、いえ、理由は知りませんけど、拾ったとか言ってました」

 

「……そうか」

 

「あの、もしかしてリンクスの方に理由が?」

 

「いや、リンクスは私が気になっているだけだ」

 

「……そうですか」

 

「それとは別に、ドクターから頼まれているんだ」

 

「へ? ドクターから?」

 

「あの傭兵の事で、わかったことがあれば報告してくれと」

 

「何故です?」

 

「さあな、だがドクターの事だ、なにか考えがあるんだろう」

 

チェンの視線がストレイドの方に向く

なにやら不思議な技を繰り出している

 

『レイヴン、なんですその変な突撃』

 

『うんたらクラッシャーとか言ってた』

 

『そんなドリルみたいに回転する必要はあるんですか』

 

『実際にやってみてわかったが、隙だらけだな、二度とやらん』

 

『ならやらないでください』

 

「……あいつ、真面目にやっているのか遊んでいるのか、どちらだ」

 

「さあ……」

 

謎の多い彼について、知っている人は少ない

BSWのメンバーでもそこまで深いことは知らないらしい

ただ一人、リスカムを除いては

 

「リスカムさんなら何か知っているのでは?」

 

提案してみる、が

 

「駄目だ、話せないと言われた」

 

「あ、そうですか……」

 

フェンが聞いた時も同じことを言われた

なんでも、本人に口止めされているらしい

 

「さて、どうするか……」

 

なにやら算段を立てている

 

「何か、協力できますか?」

 

「あ、わたしも、お手伝いします」

 

協力を申し出る

 

「……そうだな、わかった」

 

意外と素直に受けてくれた

 

「なら、奴を見れるタイミングがあったら見ててくれ、ここからでいい。それで何かわかったら、随時私に」

 

「了解です」

 

「わかりました」

 

簡単な監視を命じられる

見てるだけでわかることは少ないと思うが少しでも情報が欲しいのだろう

 

「終わりましたっ! 万全ですっ!」

ハイビスの治療が終わる

 

「さて、そろそろ頃合いだろう、ヤトウ、ノイルホーン、下がれ。フェン、ビーグル、いくぞ」

 

「「了解!」」

 

「いってらっしゃーい」

 

三人は前線に戻っていく

 




最近スポットの潜在の証を見たんです

スラング大全でした、皮肉の方のですが

これは、エロスラングをスポットに言わせてもいいということですね?


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謀られた軍団

12/15 修正


 

『フランカ、そっちはどんな具合だ』

 

「ええ、おかげさまで大して酷くはないわ」

 

『ならよし』

 

BSW方面、フランカ達はストレイド達の取りこぼしを相手取っていた

 

「わたしのハルバードにっ! 敵はいませんっ!」

 

バニラは隣で張り切っている、気合は十分らしい

 

「撃ちますっ!」

 

「ぐあっ!」

 

近くに居た兵の腕に銃弾が命中する

ジェシカの射撃だ、正確に狙撃している

続けてバニラの近くの敵を撃とうとする

だが

 

「バニラちゃんっ! ふせ――あっ」

 

「えいしゃー」

 

ジェシカの銃より少し重たい銃声が響く

リンクスの銃撃だ

 

「え、ちょ、リンクスちゃ――」

 

「よいしゃー」

 

正確に、冷静に、独特な掛け声で狙撃を決めていく

 

「いてぇっ!」

 

「がっ!」

 

「武器がっ! 飛んでったっ!」

 

「撃たれたんだよっ! 物陰に隠れろっ!」

 

幼い子供が撃っているとは思えないほど、的確に

それらは全て、手足に、武器に命中している

 

「せんぱいっ!」

 

「何よ」

 

ジェシカから泣きそうな声で呼ばれる

 

「私の仕事がっ! リンクスちゃんに盗られますっ!」

 

「ええ、さっきから見てるわよ」

 

「私のいる意味はっ?」

 

「あるわ、大丈夫よ」

 

先ほどからジェシカの狙った相手がリンクスに綺麗に横取りされている

 

「あいしゃー」

 

「ああっ! またっ!」

 

また取られる、これで何度目だろうか

別にジェシカの腕が悪いわけではない

ただリンクスの銃がジェシカのものより長射程なのと

一向に弾を外さないリンクスがおかしいのだ

 

「落ち着きなさいジェシカ、みっともないわよ」

 

「でも、これじゃあ年上としての威厳がっ!」

 

「そこで慌てたら余計になくなるわよ?」

 

「ふぐぅっ!」

 

どうやら同じ狙撃オペレーターとして危機感を抱いているらしい

気持ちはわからなくはない

年下の、しかも自分より銃を握っていた時間が短い少女に腕前で負けているかもしれないのだ

話によればリンクスは一年程度しか銃を使っていない、ジェシカの方が長い

それでも圧倒的にリンクスの方が無力化した数は多い

銃の種類もあるがその歴然とした差に心が折れかけているのだろう

 

「ストレイド」

 

『なんだ?』

 

元凶と思われる男に聞いてみる

 

「あなた、彼女に何を教えたの?」

 

『ていうと、どういうことだ?』

 

視線を向ける、離れた所でリスカムと戦っている

 

「彼女、随分腕がいいけど」

 

なにかコツでも教えたのか

 

『いや、別に何も教えてないぞ』

 

「でも腕が立ちすぎるのよ」

 

『そうだな、俺も不可解だ』

 

『こら、ドロップキックを繰り出さない』

 

『体制は崩せたろ』

 

『だからって重装兵にやらないでください、防がれたらどうするつもりだったんです』

 

『防がれてない、問題ない』

 

『そういうことではありません』

 

重装兵相手に二人でわちゃわちゃしてる

あれで他もほとんど押さえているのだからふざけた話だ

 

「で、不可解ってどういうこと?」

 

『ああ、銃の話か』

 

「そうよ、あなたが教えたことじゃないの?」

 

『そうだ、俺が教えたのはライフルの使い方と効果的な部位、それだけだ』

 

「狙撃のコツとかは?」

 

『教えたことはない、せいぜい当たる時だけ撃てといったぐらいだ』

 

「それだけ?」

 

『それだけ、嘘は言ってない』

 

そう言われてしまう

どうやら彼女の天性のものなのか、少なくともセンスはあったらしい

 

「ふらんか―、なんのはなしー?」

 

リンクスがちょっと離れた所でそう叫んでくる

 

『なに、お前の狙撃が絶妙だって話だ』

 

「ほんとー?」

 

「ええ、ホント」

 

「やったー、ほめられた」

 

笑顔で言っているのがなんとなくわかる

正直褒めていいことかわからないが

 

『おっと、リンクス』

 

「んー?」

 

重装兵の頭を蹴りつけ、ヘルメットを外しながらストレイドが話しかける

 

『あそこ、見えるか?』

 

「どこー?」

 

『あの瓦礫の後ろ』

 

遠くで指をさす

その先には瓦礫、後ろにスナイパーと思しき影が二人

 

『撃て』

 

「はーい」

 

「いやちょっと」

 

ここからでは酷く小さく見える、握りこぶし程度の大きさだ

しかもリンクスの銃にはスコープはない、何もついていない

照準の拡大はおろか、目安になる目盛りもない

 

「当たるわけないでしょ? 何を言ってるの」

 

『まあまて、見てろ』

 

リンクスが射撃体制に入る

申し訳程度に付けられた簡素な照準器を覗く

 

「…………すぅ」

 

息を吸う、そして

 

「――――ッ!」

 

引き金を引く、二発、続けて撃つ

物陰のスナイパーが弾かれたように隠れる

 

「え、ちょっと、どうなったの?」

 

『まてまて、結果を急ぐな』

 

少し経ち、スナイパーが二人、腕を押さえた状態で反対側に走っていった

 

「……当てたの? あれを?」

 

『ああ、見事なもんだ』

 

『……スコープついてないですよね?』

 

「アイアンサイトって、この距離当てれるんですか?」

 

「あわわわ……」

 

ジェシカが錯乱しかけている

こんなもの見せられては本当に自分のいる意味がない

そう思っているんだろう

 

『ははは、随分慌ててるなジェシカ』

 

その様が面白いのか、笑いながら話しかける

 

「わたしはっ! どうすればっ!」

 

『落ち着け、お前の銃はリンクスの銃に出来ないことが出来る。そいつの得意射程はどこだ?』

 

「得意射程? ……この銃の」

 

ジェシカがストレイドに目を向ける

ストレイドの銃はジェシカと同じもの

その彼は今、近距離で撃っている

 

『フランカと金ヴルちゃんはお前達の前を張ってる、リンクスには手が回らない。それで、逆にそいつらを援護するのに適してるのはリンクスだ』

 

「はい」

 

『リンクスの銃は長物だ、中、長距離戦が基本のものだ。近づかれると狙いづらい、なら誰かがカバーしてやる必要がある』

 

接近戦での射撃、連射速度はジェシカの銃の方が早く、拳銃ならではの取り回しの良さがある

 

『ほれ、今そいつを護れるのは誰だ?』

 

「……私です」

 

『よし、ならそいつが安心して撃てる環境を作ってやれ。狙いずらいもんを無理に狙う状況じゃない、役割分担は出来るんだ』

 

「はい」

 

『当てれる的だけを撃て、後は適当に牽制射撃でもしてろ。それが今お前に出来る最良だ、説教してるわけじゃないぞ?』

 

「あ、はい、わかってます」

 

『ならオーケーだ、期待してるぞ、後輩ちゃん』

 

「は、はいっ!」

 

そういって、重装兵の盾を蹴り飛ばし、銃を突きつける

メットは着けてない、そのまま撃つ、その場でうずくまり始める

トドメといわんばかりに頭を蹴りとばす、倒れて動かなくなる

 

『……慈悲はないんですか?』

 

『殺してない、十分慈悲はある』

 

『そうですか』

 

「……優しいのか優しくないのかわからないんですが」

 

「いつもの事よ」

 

先輩らしく後輩に何かアドバイスをしてたかと思えば敵にはきつい一撃を入れている

昔からそうやって戦闘中でも人の周りで喋っていた

そして片付くと忽然と姿を消し、別の味方のとこにいる

今回は敵の量が多いからここに留まっているが落ち着いたら同じようにやるだろう

 

「そうだ、ストレイド」

 

『お?』

 

「あなた、相手のリーダーがどんな奴か知ってるの?」

 

『ああ、知ってる』

 

『あ、知ってるんですか』

 

『何も知らないでやってると思ったのか?』

 

『ええ、リーダーを潰せという割には何も言いませんので』

 

『そんな無計画に動くわけがないだろ』

 

この作戦、別に敵勢力を全員無力化するのが目的ではない

彼らの計画の阻止と主犯の確保が最優先だ

ストレイド曰く、リーダーを押さえれば士気はさがるかもしれないとの事

件の特攻用の爆弾も先の爆発で誘爆させたらしい

わざわざこんな大群相手に戦う必要はない

 

『なんだ、知っていたのか?』

 

『その手の重要な情報は一番に共有するべきだと思うが』

 

『なんだなんだ、寄ってたかって俺を苛めるつもりか?』

 

ドクターとチェンが入ってくる

どうやらずっと無線は開いているらしい

 

『最重要ターゲットがわかっているなら無駄に戦う必要はない。戦闘は最小限に抑えるべきだ、さっさと言え』

 

『龍のお嬢ちゃん、せっかちな奴は嫌われるぞ?』

 

『のんびり屋も嫌われる、覚えておけ』

 

『おお怖い、まだ怒ってるのか』

 

数日前、奇妙な鬼ごっこで散々煽られたのを根に持っているのか

ストレイドに対するチェンの態度はまだきつい

自業自得だが

 

『それでストレイド、リーダーの特徴は』

 

ドクターが聞く

 

『そうだな、普通のとデカブツだ』

 

そう答える

 

『……なに?』

 

「まって、二人いるの?」

 

『ああ、二人だ、正確には集団を先導する奴と、そいつを支えるブレイン、カリスマ役と頭脳役だ』

 

『どういうことです?』

 

『そのままの意味だ、レユニオンから脱退した集団に合流し感染者の為だと騒いで信任を得た奴と、そいつと一緒に流れてそのまま参加した参謀、この集団が軍団になったきっかけだ』

 

「きっかけ、そう……」

 

『なんだ、思い当たる節でもあるのか?』

 

「ええ、まあね」

 

龍門内での捕縛作戦の時、レブロバが言っていたことを思い出す

いつの間にか合流した、奴らの妄言に乗ってしまったと

 

「ねえ、軍団になったってどういうこと?」

 

『ん? これもそのままの意味だが?』

 

「ならもう少し詳しく話して」

 

『お、聞き方がわかってきたな』

 

「早く言って、おしゃべりしてる状況じゃないでしょ」

 

『それもそうか、簡潔に言うぞ』

 

ストレイドの方をもう一度見る

三人ぐらいにほぼ同時にペイント弾を浴びせている

話し込んでいるが一応戦闘中なのだ

話を始める

 

『要は、この集団こそが被害者で、真の加害者はデカブツ、一般人からテロリストへと思想を書き換えられたんだ』

 

「……それは、意図的に?」

 

『いや、無意識に』

 

「……そう」

 

『ご理解いただけたようだな』

 

「おかげさまで」

 

ストレイドの言うことは間違ってはいない

つまるところ、本来はレユニオンのやり方に耐えられなかった感染者たちが抜けた後

また別の温和な組織になっていたところに過激思想の人物がやってきた

そしてその人物が集団の中で抗うべきだとでもいったのだろう

迫害される現実に立ち向かわないのかと

レユニオンのやり方に反発したとしても人々の境遇は似たりよったりだった

それで、感化されてしまった、もう一つの小さなレユニオンになってしまった

事の始まりはそういうことなのだろう

 

『ストレイド、気になることが』

 

『どうぞ、鉄仮面』

 

『何故、デカブツと明言するんだ? 普通のと言っていた人物は加担していないのか?』

 

『ああ、していない、むしろ反対派に近いだろう』

 

『なに?』

 

『どういうことです』

 

『いま説明する』

 

リスカムと二人で敵の集団をいなしながら言う

戦いながらこちらに意識を向ける余裕があるのは強者だからか、それとも性格か

 

『前の潜入作戦、あれは何のためのものかわかるか?』

 

『情報の伝達と軍事施設の警備の調査ではないんですか?』

 

『奴らの中での表向きはそうだ、だが参謀の奴にとっては違う』

 

「違うって?」

 

『あれは、ばれることが前提の作戦だったんだ』

 

『つまり?』

 

『止めてほしかったんだ、そいつは、この馬鹿げた作戦を』

 

わざとばれる様に仕向けていた、気づかれるために

 

『どうしてだ、傭兵』

 

『簡単だろ、狂人の妄言に乗せたまま放っておけなかったんだ、見過ごせなかった。相方と違ってまともな思考の持主なんだ、常識人と言っても差し支えないだろう』

 

「なら止めればよかったんじゃ……」

 

『止められなかった、一度火が付いたものを消すにはそれ相応の消火剤が必要になる』

 

『参謀に、それは用意できなかったと』

 

『正解だ鉄仮面、頭が回るな』

 

止められないなら代わりに止めてくれる何かが必要だった

それで独自に動き出したと

 

『だが、なぜ潜入なんだ?』

 

『これも単純、孤立させたかったんだ』

 

「なんで?」

 

『情報を漏洩させる際、ばれたと言わせないために』

 

「どういうことよ」

 

『鉄仮面、例えばお前が似たような作戦をする際、どうする?』

 

『何をだ』

 

『斥候部隊に定期連絡も何も寄越させずに五日も放るか?』

 

『……いや、しないな』

 

『つまりそういうこと、本隊に勘付かせない為にわざと潜入させた。囮を送って意図的に分断させる、自分たちとの連携を断ちつつその手の組織に対策を立てさせる。あの偵察隊は事実上の捨て駒だ、ま、死なせるつもりがないからこそ行かせたんだろうが』

 

「死なせるつもりがないって? 実際揉め事は起きてフェリーンは怪我したわよ?」

 

やったのはこの男だが

 

『あの時に潜入してたやつら、若い奴しかいなかったろ』

 

「一人老け顔だった気がするけど、大体そうね」

 

『あの作戦を考えた奴は心優しいんだろ、未来ある奴らを死なせたくなかった、それだけだ』

 

「……他の人たちはいいの?」

 

『いやよくない、だからアイツは祈ってたな、いるかもわからん神様に。戦いになった時、一人でも多く生き延びられるようにと、このご時世に殊勝なことだ』

 

「……そこまでわかっててあんな事する?」

 

『多少の痛みがなければ人は服従という選択肢はださない。文字通り、わからせる必要があった、それだけだ』

 

「それでも、その人はこんな結果になるとは思ってなかったと思うけど」

 

先の爆発、何人巻き込まれたのか定かではないが現状の人数で対処できるほどには減っている

半分、いやそれ以上は生き埋めか、圧死か

人の気持ちがわかっていながらこんな判断をするのはらしいといえばらしいが

あまり気持ちのいいものではない

 

『結果には過程が付きまとう、いいじゃないか、一応目論見通りにはなってるんだし、細かいことまでいきわたってないのは祈った相手が悪かったんだろう』

 

「……神様なんて嫌いなくせして、そういう時だけ一方的に責任を擦り付けるのね。信じてないでしょあなた」

 

『失礼だな、ちゃんと信仰してる神はいるぞ』

 

「なによ、自分勝手に動くことを許してくれる神様?」

 

『まさか、そんなヤワなもんじゃない、もっと立派な神様だ』

 

「どんなのよ」

 

『誰も知らない神様、この世界の誰も、俺も知らん奴だ』

 

「……意味が解らないんだけど」

 

『そのままさ、いるかもわからんものに無駄に信仰を重ねるなら、最初から真偽のほどがわからん奴を祈った方がいい』

 

『聖職者の方に怒られますよ』

 

『わからんぞ、逆に褒めたおされるかもしれん、新しい信仰だってな』

 

『そんなわけがないでしょう』

 

なにやら会話が逸れてきてる気がする、リーダーの人物像の話だった気がするが

つまりあの斥候は捕まることが前提の作戦、そして情報を話させる

確かに好戦的な面子ではなかった、フェリーンが反抗したのも追い詰められたからだろう

もしかしたら話しようによっては説得に応じてたのかもしれない

結局、ストレイドが介入して流血沙汰になってしまったが

 

『……密告では駄目だったのか?』

 

情報を渡すならもっと別の方法もある

そのことが気になったのかドクターが聞く

 

『無理だったんだろ、でなきゃこんなわかりにくい手は打たない』

 

『その人物は、こちらに降伏してくれないのか?』

 

『しないだろ、立場があるし、なにより志こそ同じなんだ。そいつが受け入れなかったのは自爆特攻の件と、無謀な侵攻作戦だけ、無駄に人を死なすべきではないと判断するぐらいの良心があるんだろ』

 

『ならばこちらの呼びかけに応じてくれるかも――』

 

『あり得ない、同じだって言ったろ、そいつも感染者なんだ、やられることはやられてる』

 

『……迫害か』

 

『ああ、理由こそ知れば真っ当と思える怒りだ、復讐事態は許容するだろう、それでも止めようとしたのは褒めてやるが』

 

「……なんだかこんがらがってきたわ」

 

『ま、早い話が助けてくれって事さ、どんな手を使ってでも自分たちを止めてくれってな』

 

助けてくれ、止めてくれ

彼らの意思が復讐に傾いている以上、個人の意思で止めることは出来ない

そこで一緒に協力するふりをして情報の漏洩を画策した

そしてそれはストレイドという傭兵を通じて来るべきとこに来た

理解は出来た、だが気になることがある

 

「ねえストレイド」

 

『なんだ?』

 

質問する

 

「あなた、どうしてそんなに詳しいの?」

 

『ああ、それか』

 

先ほどから内部事情に嫌に詳しい

アイツ、とも言っていた、祈っていたとも

面識があるようにしか思えない、どうやって知ったのか

 

『潜入した』

 

「どこに?」

 

『ここに』

 

「……誰が?」

 

『俺が』

 

「……………………」

 

『で、探りまわって情報を手に入れた、ちなみに罠を仕掛けたのもその時だ』

 

「どうやって?」

 

『善良な一般市民のふりして』

 

「……嘘でしょ」

 

『残念、ホントだ』

 

「いや、信じられないわ、あなたが善良なふり出来るわけないもの」

 

『あ、そっち』

 

『確かに、悪事ばかり働きますからね』

 

まあ彼はただの傭兵だ

紛れこもうと思えば紛れ込めるだろう

 

『ストレイド、それがロドスに情報を持ち込んだ理由か?』

 

『ん? なんの話だ?』

 

『いや、助けてもらうためとか、龍門ではなくこちらに持ってきた理由』

 

『ああ、それか、違う』

 

『なに? なら何故』

 

『言わなかったか? 理由』

 

『言ったか?』

 

『言ったろ、面白そうだったからって』

 

『……あれは本気だったのか』

 

『ああ、嘘は嫌いだとも言った』

 

『傭兵、ドクター、話が逸れている、聞きたいのはリーダーの特徴のはずだ』

 

『そうだったな、ストレイド、相手の特徴は?』

 

もう一度聞く

 

『そうだな、じゃあまず普通の方から』

 

『頼む』

 

『そう構えるな、両方一言で済む、普通の方は変わった剣をもってる』

 

『というと、どんなのだ?』

 

『ほら、リスカム、あの時鬼ごっこで遊んだ奴らで黒いフェリーンの子、いたろ』

 

『ああ、メランサさんですか』

 

『あいつの剣に似てるものだ、切れ味がよさそうだったな』

 

「で、大きい方は?」

 

『デカい、説明不要』

 

「え、それだけ?」

 

『それだけ、盾持ちよりガタイが良かった、一回りはデカかったぞ』

 

『武器とか戦法はわからないんですか?』

 

『さすがにわからん、戦うわけにもいかなかったしな』

 

手が回るのか回らないのかわからない

なぜ一番重要な情報を持っていないのか

 

『まあ見た目がわかっただけでもいいか、アーミヤ、聞いての通りだ』

 

『了解です、こちらでも探しておきます』

 

『チェン、そちらでも頼めるか?』

 

『無論だ』

 

ドクターが二人に指示を出す

 

『で、こっちでも探しておけと』

 

『ああ、ストレイド、頼む』

 

『いいだろう、まかせておけ』

 

そういって、ドクターが何も言わなくなる

 

『さて諸君、聞いての通りだ』

 

『わかってますよ』

 

「えっと、とりあえずデカい人を探せばいいんですか?」

 

「あと、剣を持ってる人ですか」

 

「ひとさがし?」

 

『そうだ、よく目を凝らせ、もしかしたらもう倒れてるかもしれん』

 

『そんなわけがないでしょう』

 

「……無駄口は相変わらずね」

 

ストレイドとリスカムがさらに前線をあげていく

さっきからあの二人だけでやっている気がする

二人の後姿が見える

リスカムが盾で押さえ、隙を見せた者をストレイドがペイント弾で撃ちぬく

二人の動きに無駄はない、相手に付け入る隙はない

 

「……なんだか妬けるわね」

 

リスカムの相棒は自分だ、長い事一緒に戦ってきた

それでも、あの二人の方が安定している様に見えるのは気のせいなのか

少し、悔しい

 

「フランカ先輩っ! まえまえっ!」

 

「あぶないよー?」

 

「わかってるわよ」

 

向かってくる兵士を死なない程度に斬りつける

今は感傷に浸っている場合ではない

明確な標的はわかった、数を減らしつつ索敵する

やるべきことは沢山ある

 




盗られる、取られる
この話で使う意味合いとしては変わらないんでしょうがどちらにしてもしっくりきませんでした
そしてようやく出番が来たリンクス、もっと活躍させるべきだったんでしょうかね
こう書きたい、というのがあっても中々思い通りにいかないという状況
多少投稿期間を空けてでも書き込んだ方がいい気がします
そうしたらそうしたで文章量が多くなる気がしますが
まあ軽く読める話を目指してるのでこれぐらいの規模でいいでしょう


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厭わぬもの

12/16 修正


『アーミヤ、聞いての通りだ』

 

「了解です、こちらでも探してみます」

 

こちらはアーミヤ陣営

ちょうどストレイドからリーダーの特徴を聞いていた頃

こちらは少々、変わった戦線維持をしていた

オペレーター各自に自由にやらせる、そして必要があれば指示をする

別に指揮を放棄している訳ではない、ある意味オペレーターの特性を生かしたものではある

ただ、その光景は

 

「喧嘩はっ!! 駄目ぇぇぇっ!!」

 

「「「わあぁぁぁぁっ!?」」」

 

とても生死をかける戦場とは思えないものだった

 

「そうら、俺の剣捌きに見惚れなっ!」

 

「吹っ飛べえぇぇっ!」

 

「……もうやだ」

 

「落ち着けオーキッド、自棄になるな」

 

行動予備隊A6、そこは変わり者が多いことで有名な部隊だった

元ホストで火種にこそならないが周囲に混沌をまき散らすミッドナイト

どこか自由本坊な面が目立つカタパルト

精神的に幼く良くも悪くも直情的なポプカル

他に比べて癖はないが少し卑屈なスポット

そして彼らを率いる唯一の常識人であるオーキッド

 

「助けてくれえぇぇっ!!」

 

「チェーンソーを構えた血まみれの子供が追ってくるっ!」

 

「暴力はっ! だぁぁめぇぇっ!」

 

「……あの子、自分がどんな姿してるかわかってるのかしら」

 

「大丈夫だ、あれはあいつなりの思いやりなんだろう」

 

先ほどからポプカルが暴れている

チェーンソーを持ち、敵兵を追い回している、血まみれで

 

「たりゃあぁぁっ!!」

 

「ぐわあぁぁぁ!!」

 

「ああ、また被害者が増えた、回収してくる」

 

「……ええ、お願い」

 

なぜ血に汚れているのか

答えは一つ、敵の返り血だ

元々猟奇的な戦法に頭からつま先まで真っ赤に濡れている

血まみれでチェーンソーを構えて襲い掛かってくる幼女

ホラー映画の殺人鬼と言われても遜色はない

その証拠に敵がポプカルを相手取らずに逃げ回っている

逃げ回る敵の背中にポプカルが容赦なく斬りつけている

幸いなのは、相手が逃げ腰のせいで傷が深くはない事か

新たな犠牲者を担いで前線とは逆、後方に連れていく

 

「アンセル、頼めるか?」

 

「わかりましたスポットさん、こちらに置いておいてあげてください」

 

「悪いな」

 

「任せてください、しかしまあ……」

 

医療オペレーターのアンセルが医療器具を用意して待機していた

そこには、同じような被害者が並べられている

 

「まさか相手の方の治療をすることになるとは思いませんでした」

 

「そうだな、いつも以上におかしな展開だ」

 

先ほどから被害者が出るたびこうして後ろに控えているアンセルのもとに連れてきている

というのも、ドクターから死者は極力出さないように言われたからだ

別に普段からそう言われているがここまで徹底しているのに訳がある

曰く

 

『今回の相手は限りなく一般人に近い、戦いに出るものではない

そんな彼らを犠牲にするのは心苦しい、死人は基本出さないように留意してくれ』

 

とのこと

戦いである以上、犠牲が出るのは仕方のない話だ

それでも、彼にとっては許せないことなのだろう

救える命は救う、なんとしても

それが彼の信念なのかもしれない

 

「俺も手伝えればいいんだが、素人が下手に手を出すわけにはいかない」

 

「こうして運んで頂けているだけで助かっています」

 

「ありがとう、そう言ってもらえると助かる」

 

結果、こうして実現させようと努力をしている

悪い事ではない、少なくとも、ロドスの人々は彼のそういう所に惹かれている者もいる

そして、この戦線を指揮するアーミヤは、彼の一番の理解者だろう

それはこうして確かな形として表されている

 

「ところでスポットさん」

 

「なんだ」

 

アンセルが包帯を巻きながら聞く

並べられた者たちは血塗れの女の子が殺しに来る、とか、チェーンソーの駆動音がぁ、とか

そんなことを呻いている、よほどトラウマになっているらしい

 

「部隊の方々は放っておいていいんですか?」

 

「大丈夫だ」

 

いいながらミッドナイト達が戦っている方を見る

彼らはここの最前線にいる、一番前で戦っているのだ

 

「どうだ、魔王の剣技を見切れないか?」

 

「そらそらっ! ボケっとしてると粉微塵になるよっ!」

 

「うりゃあーっ!」

 

各々独自の戦法で次々と敵を薙ぎ払っている

 

「こらあなた達っ! もう少し周りを見なさい」

 

その少し後ろでオーキッドが色々と危なっかしい三人の援護をしている

彼女は術師だ、傘を杖に見立ててアーツを飛ばしている

ただ少し特殊で、殺傷力が普通のものより低い代わりに相手の運動神経に多少のマヒを与える

足が一瞬遅くなる程度だがそれが良い具合に噛み合っているのだろう

性格も相性もバラバラなのにこうしてチームとして成り立っているのはオーキッドのおかげかもしれない

特段問題が起きることもなく戦線は維持されている

 

「お前の方はどうなんだ?」

 

「というと、メランサさん達ですか?」

 

「ああ、ずっとここで掛かりっきりだろう、平気なのか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

そう聞くと、アドナキエルが近くまでやってきた

 

「アドナキエル、あっちはいいのか」

 

「大丈夫ですよ、スチュワードとカーディがいますし」

 

メランサ達の方を見る、ミッドナイト達の少し離れた所で戦っている

 

「メイリィ、カバーを」

 

「了解!」

 

メランサが敵と切り結んでいる

それを隙とみて他の敵が近づいてる

そこにカーディが間に入り押さえる

 

「そら、足を止めてると良い的だね」

 

「ごはっ!!」

 

そこにスチュワードがアーツで一撃入れる

食らった相手は勢い良く吹っ飛ぶ

続けてもう一撃、メランサの相手に飛ばす

体制を崩したところに一太刀、そのまま倒れる

 

「スチュワードさん、ありがとうございます」

 

「助かったよスチュワード君っ!!」

 

「いや、この程度あたり前さ」

 

「……なんだか羨ましいな」

 

「……心中お察しします」

 

「ははは、オレはそっちも楽しいと思うけどね」

 

A6と違い、真っ当なチームワークというものを体現している

どこで違ってしまったのか

いや、そもそもの前提が違うんだろう

 

「皆さん、戦線をそのまま維持してください。ただし無理はしないように」

 

アーミヤが部隊全員に声をかける

 

『アーミヤ、どうだ、いたか?』

 

ドクターの声が聞こえる

先ほど言っていたリーダーの事だろう

 

「いえ、今のところは見当たりません」

 

『そうか』

 

普通のとデカいのと言っていた、そのような人物は見ていない

普通の方はともかくデカいのは目立つ

出てくればわかるはずだ

すると

 

「あ、アーミヤさん、あれじゃない?」

 

カーディが指をさす、その先には体の大きい大斧持ちが

 

『どんな見た目だ』

 

ストレイドが反応する

アーミヤ達のちょうど反対側で戦っている

遠くて細かくは見えないがこちらに顔を向けているようだ

 

「大斧持ちの兵士です、条件には合いますが」

 

『大斧か、なら多分違うな、こっちも似たような奴がちらほらいるし』

 

「そうですか、わかりました」

 

アーミヤが視線を斧持ちに向ける

 

「スポットさん、アドナキエルさん、メランサさん達と合流して対処をお願いできますか?」

 

「わかった」

 

「了解しました」

 

いわれ、二人でメランサ達のもとに向かう

 

「おりゃああっ!!」

 

「むうっ!」

 

カーディが斧持ちに盾を思いきりぶつけている

 

「はあっ!」

 

その後ろからメランサが斬りかかり、合流したスポットが続けて殴り掛かる

斧持ちの体に傷が付いていく

さらに畳みかける

アドナキエルが膝に一射、それに合わせてスチュワードが一撃放つ

 

「ッ!オォォォッ!!」

 

命中する、だが構わず動き始める

斧持ちが大きく斧を振り回す

横回転、周りを薙ぎ払うように回転する

 

「ちょ、あぶなっ!」

 

「チィ……!」

 

周りに張り付き、行動を制限しようとしていたカーディとスポットが距離を開く

その隙に前進する斧持ち、無理やりにでも通り抜けるつもりだろう

 

「スポット、手伝いはいるか?」

 

「いらん、そっちに集中してくれ」

 

ミッドナイトが聞いてくる、が断る

なんだかんだであっちもきつい筈だ、無闇に人は動かせない

ここは動けるものだけでやるべきだろう、そのままカーディと追いすがる

すると

 

「スポットさん、カーディさん、離れてください」

 

アーミヤが一言、そう言うと

 

「ッ! がふっ!!」

 

黒い、異質な何かが飛んでくる

ぞっと背筋が立つ、正体の解らない塊

それが斧持ちにあたる、そしてその場に倒れる、ピクリとも動かなくなる

 

「……あー」

 

「いまのは……」

 

「お二人とも、お怪我は?」

 

アーミヤの声が聞こえてくる

その背中には、先ほどの塊と同一のモノが菱形を模りながら浮いている

 

「大丈夫だ、怪我はない」

 

「良かった、ではそのままカーディさんと一緒に前線を抑えてください」

 

「わかった」

 

「うん、了解だよ」

 

指示を受け、メランサ達の方に二人で戻る

 

「……久しぶりに見た」

 

「そうだな」

 

いま飛んできた黒いものはアーミヤのアーツ

それは、普通のものより威力が高い

破壊力ではなく、単純な殺傷力がある

その黒い物質を撃ち込まれたものは、痛みに呻き声をあげることなく死を迎える

謎の多いアーツの中でもさらに不明瞭なものだ

先ほどの斧持ちも、おそらくは

 

「……あまり、やらせたくはないな」

 

「そうだね、もっと頑張らなきゃ」

 

その力は、彼女が望んだものなのか

それを知っているのは彼女と、その保護者であるケルシーと

記憶を失くす前のドクターだけだろう

わかっているのは、彼女自身もそれをよく思っていないこと

ロドスは人殺しの集団ではない

それ故に、あまり使おうとはしない、ドクターも彼女を戦線に出すのは稀だ

こうして臨時の指揮官として戦場に出すことの方が多い

 

「難しいな、戦場は」

 

「……だね」

 

ロドスの面々はアーミヤの信念を知っている、彼女に力を使わせるつもりはない

もっともっと、強くならねば

 

「悪い、手間取った」

 

「いえ、大丈夫です」

 

メランサの元に戻る、そこには

 

「? アドナキエル、何をしてるんだ?」

 

「ああ、いや、少し気になることがあって」

 

アドナキエルがクロスボウのスコープを覗いていた

別におかしい事ではない

だが、ただ覗いていただけなのだ、撃つこともせずに

 

「何を見てた?」

 

聞いてみる

向いていた方向はBSW陣営の方だ

 

「その、ストレイドさんが」

 

「ストレイドさんがどうかしたの?」

 

「何かあったのか?」

 

「いえ、何故かこっちを見てたんですよ、じっと」

 

「どういうことだ?」

 

「さあ、何か気になることでもあったんですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「レイヴン、何をサボっているんです」

 

戦闘中、レイヴンが急に静かになったかと思ったら瓦礫の上に登って遠くを眺めていた

敵の銃のスコープを外して望遠鏡のように使っている

 

「レイヴン、どうしたんです?」

 

「……………………」

 

聞く、だが返事がない

方向的にはアーミヤ達がいる方だ

 

「レイヴン?」

 

呼びかけても反応がない

そして気づく

その横顔が、見覚えのある顔になっていることに

 

「……どうしたんです、そんな怖い顔して」

 

「別に」

 

目を細め、狙いをつけるように睨み付ける

それは、彼が敵に対して向けるもの

つまり、殺す対象と認識したということ

 

「何を見ていたんです」

 

「リスカム」

 

聞いてみる、答える

 

「あのコータスの女、何者だ」

 

コータス、というとウサギの耳と尾が特徴の種族

この場でそれに該当するのはポプカルとクルース、そしてアーミヤだけ

彼の視線の先はアーミヤの陣営、該当するのは二人

 

「二人いますが……」

 

「術を使う方だ、茶色の奴、鉄仮面の隣によくいる方」

 

「アーミヤさんのことですか?」

 

「ああ、あのキラーラビットだ」

 

どうやらアーミヤを見ていたらしい

何者か問われる

 

「ロドスのリーダーですが……」

 

「つまり、お前たちの雇い主か」

 

「ええ、そうですが」

 

空気が冷たくなっている

彼の傍に居る時に散々味わった、死の気配

 

「……何を考えているんです」

 

「別に、何も」

 

そういって、スコープを投げ捨て降りてくる

 

「さて、結構減ったな」

 

「……はい、特別トラブルも起きていません」

 

「よし、上々だ」

 

口調が普段通りに戻る

空気も嘘のように思えるほど、元通りになっている

 

「……………………」

 

「リーダーが出るころには頭数はかなり減ってるかもな」

 

何を考えているのか、何を見たのか

問い詰めるべきだろうか

 

『じぇしか、ばにら、みてみて』

 

『え、なにそれ、片手でくるくる回してるけど……』

 

『スピンコックッ!?』

 

『ジェシカ先輩、それって何です?』

 

後ろでは平和な会話が繰り広げられている

順調に進んでいる証拠だ

緊張感がないのは困るが問題が起きていないなら何か言う必要もないだろう

 

『ねえ、これもうリーダー逃げたんじゃない?』

 

フランカが聞いてくる

一向に出てくる気配がないから不審に思っているのか

 

「いや、逃げてない、逃走経路はここ以外ない、大方瓦礫の山をどかしてるんだろ」

 

『なに? 埋めたの?』

 

「外に出るための道を足止め程度に崩壊させた、死んではいないはずだ」

 

『計算間違えて潰れてたりしない?』

 

「しない」

 

そう言って、指をさす、その方向には

 

「ほら、答え合わせだ」

 

刀身が反り上がった剣をもつ剣士が一人

 

『……ちょっと、あれって』

 

「ええ、ドクター、連絡が」

 

『どうした?』

 

その兵士はロドスではこう呼称されている

 

「アヴェンジャーです、リーダーの片割れと思われます」

 

アヴェンジャー、独特な剣技を持つ兵士

いつかの大規模作戦でドクターの頭を悩ませた兵種だ

 

『了解した、応援を向かわせる』

 

こちらの人数だけでは対処が難しいと判断したのか

ドクターが戦力を動かそうとする

 

「いいや鉄仮面、増援はいらん」

 

レイヴンが拒否する

 

『何か考えでも?』

 

「ああ、リスカム」

 

「なんです」

 

「周り、頼んだ」

 

「あ、ちょっと」

 

そういって、一人前に出る

 

「……………………」

 

「よう」

 

「……貴公、見た事があるな」

 

「ああ、俺もあんたを見た事がある」

 

「いつの間にかいなくなったのには気づいていたが、そういう事か」

 

「そうだ、不甲斐ない神様とやらの代わりに叶えてやったぞ、感謝しろ」

 

「なるほど、あの爆発は貴公か」

 

「お気には召したかな?」

 

「ああ、おかげさまでこちらは大混乱だ」

 

「よろしい、で、どうする?」

 

「……どうするとは?」

 

「戦うか、お縄につくか、俺としては降参するのがオススメだが」

 

「馬鹿を言え、するわけがない」

 

「そうか、それもいいだろう」

 

「ああ、たとえ止めるために騙したとはいえ、仲間を見捨てるつもりはない、抗うぞ、我々は」

 

「そうかい、なら痛い目をみてもらう」

 

「それは貴公だ」

 

「まさか」

 

アヴェンジャーが刀を構える

レイヴンが銃のマガジンを入れ替える

 

「……参るっ!」

 

アヴェンジャーが距離を詰める

横に薙ぐ、レイヴンが後ろに避ける

そこからさらに踏み込みもう一刀あびせる

鋭い一突き、心臓に向けて飛んでいく

それを

 

「ッ!?」

 

平手で弾き、剣の軌道を横へと逸らす

そのまま横に回り込み蹴りをいれる

アヴェンジャーが身をそらして避ける、そのまま後ずさる

 

「……出来るらしいな」

 

「そうでもないさ」

 

アヴェンジャーに銃口を向ける

三度、銃声が響く

ペイント弾ではなく、実弾

金属音が響く、弾は、当たっていない

 

「弾いたか、いい反応だ」

 

「この程度、造作もない」

 

二人が睨み合う

 

「手強いな、これは」

 

アヴェンジャーが構えなおす

 

「中々楽しめそうじゃないか」

 

レイヴンが不敵に笑う

 

「いくぞ、ガンマン」

 

「残念、ガンスリンガーだ」

 

決闘が始まる

 




ポプカルが少々アクティブすぎる気がします
でもキレてる時ってこんな感じだと思うんですよ
そして相変わらずいるのに出番が少ないアーミヤ
なんででしょうね












アドナキエルってクロスボウじゃないですか
あれ、スコープついてるんですよ
スナイパークロスなんです









スナイパーワロスって単語が出てくるのは私がおかしいんですかね


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迷い人

12/16 修正


一刀、上段で振り下ろす

それを躱され、銃口を顔に向けられる

引き金を引かれる前に横に逸れる

銃声、頬を鉛玉が掠めていく

そのまま上半身に向けて薙ぎ払う

男が大きく身を反らして避ける、そのまま後ろに回転して下がる

 

「……まるで曲芸師だな」

 

「なんだ、サーカスは嫌いか」

 

斬って、突いて、払って、その都度軽い身のこなしで躱される

 

「ほら、突っ立ってないで動け」

 

もう一度銃口を向けてくる、見える様に

発砲、四度、リズム良く撃ってくる

それらをすべて弾き、接敵する

やや前傾姿勢をとる、剣は下段に構える

 

「フッ!!」

 

一息で懐に潜る、一閃、男の胴を泣き別れにするつもりで振る

それを

 

「甘い」

 

蹴りで軌道を狂わせられる、剣は胴よりはるか上、男の頭上に飛んでいく

身をひねり、上げた足をそのまま突き出す、蹴るのではなく、拳で打つように

体に達する前に間に片手を滑り込ませてクッションにする

防ぎ、衝撃を逃すために後ろに跳ぶ

 

「ふむ、それなりに修羅場はくぐってるらしいな」

 

「……………………」

 

追撃することもなく男が喋る

先ほどからこの調子だ、相手は攻めれるタイミングで攻めてこない

今も、撃てば命中していたはず

 

「……………………」

 

「お、随分熱い視線を送ってくるな、野郎にモテたくはないんだが」

 

挑発か、それともただの減らず口なのか

様子見ともとれるその行動はなんのためか

何を考えているのかわからない男だ

 

「……………………」

 

「……受け答えぐらいはしてくれないか? かえって不安になる、男と寝る趣味はないんだ」

 

「……貴公、何を考えている」

 

「というと?」

 

いつの間にか集団に合流し、いつの間にか消えていた男

黒い髪、赤い目、そして外見では人種を判別できない謎の多い男

 

「目的は何だ、我々を殺しに来たのではないのか?」

 

男の後ろを見る

BSWの制服を着た兵と白髪のフェリーンの少女が同士と戦っている

敗れたものは地に伏せている

だが不可解なのは皆、動けない程度に痛めつけられているだけということ

死人はいない、この場には

 

「先の行動と比べると辻褄があわない、殺傷目的の罠に対して戦闘は無力化優先

貴公らの行動は矛盾している、何を目論んでいる」

 

だが前の爆発で多くの人が死んでいる

爆発に巻き込まれたもの、その後の崩壊で圧死したもの

やり方が違う、人命を重視しているのか、それとも逆か、もしくは効率的なのか

戦闘指揮を執るものの行動と先ほどの罠は別人が考えた様に見える

そして罠を仕掛けたのはこの男、情報を流したのも男のはず

こうも違いがあるのはなぜか

 

「なんだ、そんなことか」

 

「立案者は貴公ではないのか」

 

「ああ、違うくはないが、違う」

 

「……………………」

 

「今ここに来てる面子はロドスとかいう製薬会社だ、俺以外は」

 

「雇われたのか」

 

「いや、お手伝いだ、ここの情報を流しておいて、はいさよならって訳にもいかんだろ?」

 

「……………………」

 

「ロドスのトップはお優しいらしい、お前たちを殺すつもりはないと、甘い奴らだねえ、そう思わないか?」

 

どこかわざとらしく言う

どうやらこれはロドスの仕業らしい

あの感染者の軍勢をもつ、レユニオンにいた時に幾度か刃をあわせた組織

同じような構成で、目的も、やり方も正反対の集団

確かに彼らなら無為な殺しはしないだろう

そこに流した理由はわからないが矛盾している理由はわかった

 

「……それで、貴公も今はそれに従っていると?」

 

だが罠を仕掛けたのはこの男、しかし他と同じように殺してはいない

積極的に攻めてこないのも決定的な一撃を与える為だろう

死なさない範囲のダメージを与えるための隙を作るために

 

「そうだ、今は、な」

 

「そうか、なら、あれは」

 

「爆発の事か、決まってる、あれは殺すために仕掛けたものだ、俺の独断で」

 

「……………………」

 

「さて、謎解きは終わりだ、ほらこいよ、仇は目の前だぞ?」

 

手を招いてくる、かかってこいと

 

「……なるほど、殺しに来い、ということか」

 

男が不敵に笑う

素直に憎むべきか、感謝をするべきか

俺を恨め、ということだろう

仲間を殺されたことに

怒りを、積もった怨嗟を、吐きださせてやるとでもいうのか

 

「いいだろう、ならば殺す、覚悟しろ」

 

「きな、ヴェンデッタ、せいぜい遊んでやる」

 

地面を蹴る、男に向けて一直線に飛んでいく

突きを放つ、鋭く、素早く、最短で

横に避けられる、銃口を向けてくる

踏みとどまり肘を曲げる、直角に体の動きを変える

銃に向けて肘打ちを飛ばす、剣を振るだけが剣士ではない

男がこちらの狙いに気づき銃を下げて少し下がる

 

「もらったっ!!」

 

「残念」

 

肘打ちの体制から片手で水平に剣を振る

それ読んでいたのか、向かってくる剣を銃床で腕ごと上に弾かれる

軌道が逸れる、剣を持った手は頭より上に上がる

男が拳を握る、打つつもりだろう

だがそれを打たせるつもりはない

 

「取ったぞ、傭兵」

 

残った手で剣を掴み、上段の構えに無理やり移行する

振り下ろす、男も攻撃に移っている、相打ちになるがこちらは斬撃

同じ一撃でもこちらが重い、その後の有利はとれる

読みには勝った、これで仕留められなくとも男の気勢はそげる

 

「残念と言ったはずだが?」

 

「っ!?」

 

男が足を踏み込みほぼ密着し、銃を持つ手をこちらが振り下ろす前にぶつけてくる

打撃の為ではなく抑える為に

振り下ろしが中断される、だが相手も動けない

ここまで近いなら効果的な打撃は打てない、銃も撃てない

少し距離を離せば持ち直せる

体を離そうと一歩下がる

 

「そいつは悪手だ、復讐者」

 

男が動く、こちらの一歩に合わせ前に出る

同時に体全体をひねる、男がぐるりと回る

背の半分を向けてくる、逃げるためではない

これは、攻撃だ

 

「ッ!? ぶっ……かっ!」

 

体当たりをするように背をぶつけてくる

最小限の移動距離で、最大の勢いを乗せて

見たことはない、だが聞いたことがある

どこかの国で動きのタメが極端に小さい武術があると

鉄山靠、これはその武術の基礎といわれる技だ

胸にあたる、肺と心臓が一瞬止まったような感覚に陥る

酸素が吐きだされる、足が止まる、体が上手く動かない、そのくせ意識だけははっきりしている

男が足をあげる、膝を曲げた状態で体の中心に持ってくる

そして突き出す、先ほどのように体全体をひねり回転のエネルギーを乗せて飛ばしてくる

 

「ぎっ…………がっ!!」

 

鳩尾にあたる、骨が軋む音がする、声にならない悲鳴が上がる

後ろに勢いよく飛ばされる、倒れないように踏みとどまる

続けて銃声、一度だけの音、少なくともそう聞こえた

片足に痛みが走る、膝のあたり、関節部位だろう

力が入らずに後ろに倒れる、上半身だけでも身を起こす、撃たれた傷を見る

痛みを感じるところには弾創があった

だがおかしい、銃声は一度、にもかかわらず傷口は複数

膝に四つ、穴が穿たれている、そこから遅れて血が流れだす、四つ同時に

 

「……これは、どういうことだ」

 

巧みな技からの不可思議な現象

自分の身に起きたことだとういうのに理解ができない

 

「なに、タネは簡単」

 

男が喋りだす、銃を回しながら、不敵に笑いながら

 

「ただの早撃ちだ、速いだけの、な」

 

 

 

 

 

「これほどとは……」

 

戦場から少し離れた通信車両の中でドクターは一人、そんな感想をこぼしていた

車両の中にはモニター、そこにはドローンを介して戦場の映像が映っている

モニターには倒れるアヴェンジャーと彼を見下ろすストレイド

 

「ドクター、彼は一体……」

 

隣には通信オペレーター、ドクターの補佐をするためにいる

他にも護衛の為の職員が何人か配備されている

もしもの時の保険だと言われアーミヤに付けられたロドスの無名のオペレーターだ

彼らは戦場で戦うものが安心して戦えるためのサポートを担っている

 

「映像解析、終わりました」

 

「ありがとう、見せてくれ」

 

他に車内で待機していた職員のもとに向かう

そこには先ほどのストレイドとアヴェンジャーの戦いが映っていた

熟達した武術に注意深く聞かなければ勘違いするほどの射撃

それらをスローにしたものとアーツ反応があったかどうかのレーダー

 

「反応、ありません」

 

「そうか」

 

確認したかったのは件の射撃

あれは一瞬の間に四発撃っていた

気づけたのは運がいい、ドローンのマイクの性能が良かったのだろう

あの時、射撃音が重なって聞こえた、早撃ちが得意と言っていたが速過ぎる

もしやアーツを使ったかと思ったが反応はない

反応がないということは自力でやったということ

 

「これ、人間業じゃないですよ」

 

「ああ、だが彼は実践してみせた、恐ろしい話だが」

 

アップになったスローの映像にはストレイドが四度引き金を引いているのがわかる

指は一度も引き金から外れていない、細かく、最小限に、最速で動かしている

銃の方も早撃ちに合わせているのか、規格品より次弾の装填が早い

スライドが忙しなく動いている、排莢はぎりぎり間に合ってるぐらいか

 

「一芸を極めた、とはこういうことか」

 

「芸、ですか」

 

「ああ、殺人的だがな」

 

なにより恐ろしいのは銃口を向けてから撃つまでのタイムラグがないということか

少ないのではなく、存在しない

よほど修練を重ねたのか、それともその領域に至る必要があったのか

常人では避けれない

 

「これ、最初の方はブラフですか?」

 

「そうだろう、でなければ初撃からやっているはずだ」

 

そして、彼は得意を活かす方法も知っている

最初にあえて見えるように撃ち、その速度にわざと慣れさせる

それで慣らさせた相手に本来の速度で繰り出せばまず引っかかる

 

「だが銃だけではない、彼は武術にも精通している」

 

「剣って、あんなにひょいひょい弾けるんですね」

 

「真似をしようとは思うなよ?」

 

「できません、あんな事」

 

後ろから別の前衛オペレーターが覗き、感想を言う

早撃ちにも驚いたが接近戦でアヴェンジャー級を圧倒させたのもふざけた話だ

奴らを一人で相手取るなど、ロドスのエリートオペレーターでもそうはいない

へラグかシルバーアッシュか、前衛のとりわけ優秀なものしかできないだろう

そもそもあの鋭い剣技を素手で弾くなど、原理では出来ても誰もやろうとはしない

 

「これって、映画とか本とかでよく出る武術ですか?」

 

「ああ、実物は私も初めて見た」

 

クンフー、だったかハッキョクケン、だったか

実名は知らないが隙の少ない技だったはず、実戦的な格闘術とも

 

「あの連撃から撃たれたら避けれませんよ」

 

「というか、誘い込むとこからやってるのか」

 

「これであんなにやらしいことばっかり言わなければ素直にかっこいいと思えるんですがね」

 

職員たちがストレイドの戦いの感想を言いあっている、戦闘中なのだが

まあ気持ちはわかる、まるでびっくり人間大賞でも見させられた気分だ

 

「あ、ドクター、ここ少しだけ反応があります」

 

「どこだ?」

 

「この、背中ぶつけたとこです」

 

体当たりのところで微かな反応がある

加速紛いと言っていた、威力を増すために使ったのか

 

「……紛い、か」

 

紛い、加速のようなもの

つまり加速とは違うということ

 

『嘘は嫌いだとも言った』

 

少し前に言ったこと

あの言葉通りなら本当なのだろう

もしかしたらモスティマのように時間認識を狂わせるものかと思ったがそうではないらしい

 

「他に、何かわかったことは?」

 

「いえ、特には」

 

「わかった、引き続き調査を」

 

「了解です」

 

ドローンのモニターに戻る

 

『さて、痛い目みたのはそっちだったな』

 

ストレイドがアヴェンジャーに話しかけている

アヴェンジャーは倒れたまま、上半身を起こしている

 

『レイヴン、終わったならこっちに』

 

リスカムが近くで数人を相手に孤軍奮闘している

 

「……レイヴン、カラスか」

 

レイヴン、彼の昔の名前

意味はカラス、あの空を飛ぶ鳥だ

黒い羽に、不気味な鳴き声

その姿に人はさまざまな言い伝えを残している

 

あるものは神の使いと

 

あるものは凶兆の前触れと

 

そしてあるものは、死を告げるものと

 

レイヴン、死告鳥、数年前の戦場のデータに少ないが情報があった

戦場に突如現れ、そしていつの間にか消えている

残されるのは、死体だけだったと

過去にロドスが交戦したことはないらしい、顔はわからない

だが彼がその人物だということは確かだろう

 

「……何事もなければいいが」

 

この胸騒ぎは、杞憂だろうか

彼は、信頼に値する人物か

一応こちらの言う通り今のところは不殺を決め込んでくれている

あのアヴェンジャーに対しても無力化を優先した

 

『ドクター、こちらはそろそろ終わりそうです』

 

アーミヤの声が聞こえる

 

『こちらもだ、デカいのとやらは見ていない』

 

チェンの方も終わりかけているらしい

 

「わかった、ストレイド、そちらは」

 

『あ? 片割れなら目の前で転がってるぞ』

 

『ならこちらを、おしゃべりはそこまでに』

 

『ストレイド! サボってないで働きなさい!!』

 

『失礼な、ボス戦を終わらせたってのに労いのねの字もないのか』

 

『……おかしいですね、アヴェンジャー相手に息一つあげてないなんて』

 

『は~、凄く速かったです』

 

『はやうちならわたしもできるよー』

 

『え? ちょっ! はやいっ! くるくるがはやいっ!』

 

『……ねえ、ライフルは両手で撃つものじゃなかった?』

 

『はい、そうですね』

 

『両手より片手の方が速いってある?』

 

『今、目の前で実証されています』

 

『リンクス、銃を痛めるからあまりやるなっていったろ』

 

『む~……』

 

「……………………」

 

一番人数が少ないのに一番平和な気がする

 

「ストレイド、ホントにリーダーは二人なのか?」

 

『ああ、もう一人確実に居るはずだ、デカブツがな』

 

「その割には見当たらないが」

 

『そうだな、数も少ない、あの妄信的な奴らもいない、マジで計算間違えたか?』

 

「奴ら?」

 

『まあいい、どうせ話のわからん奴だ、捕まえるならこいつだけだ』

 

「いや、あの、奴らとは?」

 

『気にするな、出てこないに越した事はない、鉄仮面、どこにいる?』

 

「……チェン達の、後方に車両が何台かある、君の車もあるとこだ」

 

『わかった、先にこいつを連れてい――』

 

「どうした?」

 

ストレイドがいきなり黙り込む

 

『いやなに、大した奴だと思ってな』

 

「ドクター、アヴェンジャー、立ち上がりました」

 

モニターを注視する、そこには

 

「……一筋縄ではいかないか」

 

闘志を燃やす剣士がいた

 

 

 




少し投稿が遅かった気がするのでもう一つ
意外とさっくり終わってしまいました、もっとこう、濃い描写にできませんかね
ところでアークナイツの世界って炬燵があるんですよ
炬燵という単語があるなら刀って単語もあるんですかね、侍はともかくとして
そのあたりはキャラのアーカイブを見ればわかるんですかね


追記

刀あるやんけ(カッターのセリフ見ながら)


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救われぬ憤り

12/16 修正


「足、痛むんじゃないか?」

 

剣士に語り掛ける

 

「休んだらどうだ、楽になるぞ」

 

その相手は、何も応えない

 

「こっちは手荒な事はあまりするなって言われてるんだ、これ以上の加減は出来ん」

 

剣を支えに立ち上がるアヴェンジャー、その眼に諦めは感じ取れない

 

「止まれよ、そろそろ、疲れるだけだぞ?」

 

「……断る」

 

碌に力の入らない足で構えをとる、傷口から血がこぼれる

 

「無理するな、その足で勝てると思うか?」

 

「……勝ち負けではないのだ、傭兵」

 

「そうか」

 

「これは死合だ、勝負ではない、殺戮だ」

 

剣士は止まらない、ストレイドに視線を向ける

怒りを、憎悪を、覚悟を乗せて

 

「この世界への、不条理な病への、虐げられることを許した自分への、復讐なのだ」

 

男の眼には炎が揺らいでいる、その熱は悪人が抱くようなものではない

正義と言っても差し支えのないもの、死なすには惜しい、だが

 

「ここで、生き永らえるわけにはいかない、死ぬまでだ、私はまだ、戦える」

 

止めるなら、殺せ、それがこの男の言い分だ

意固地になっているわけではない、自棄になっている訳でもない

これが、この男の抗い方なのだろう

終局を見いだせない鉱石病に、それらを振りまく天災に、止むことのない迫害と差別に

化け物などと呼ばれて、故郷を追われたものや、最愛の人から離された者もいるだろう

この感染者の集団は被害者の集まりだった

彼らを真の意味で先導していたのはこの男だ

彼の言葉には力を感じる、人を惹きつける類の物

この集団の中で誰よりも優しく、誰よりも仲間を想っている

その心は善人だ、そうでなければ後を付いてくるものはいない

だからこそ、今回の件で責任を感じているのか

止められなかったことに、己も賛同せざるをえなかったことに

 

「哀しいな、あんた」

 

「同情など、意味は成さん」

 

「もっと別の、違う形で会いたかったもんだ」

 

「そんな事、今更嘆くことではあるまい」

 

この剣士はわかっている

彼らの怒りの向く先は正しくないと、その矛先を向けるものがこの世に存在しないことを

それでも憎まずにはいられなかった

そうしなければ心が壊れることがわかっていたのだろう

 

「いいだろう、ならわからせてやる」

 

その感情は真っ当なもの、人だから抱けるものだ

そして、それを理解したうえで塞き止てやれるのは壊れた人だけだ

 

「それなりの覚悟はしておけ、ヴェンジェンス」

 

銃をしまう、構えをとる

手を開き、片方を前に、その少し後ろにもう片方を

重心を後ろ脚に、前足は軽く持ち上げる

 

「覚悟など、とうに出来ている」

 

自分の体に意識を向ける、体を蝕む石のかけらに

 

「なら、ついでに死ねるように祈っておけ」

 

光がちらつく、黒い火の粉が燃え上がる

 

「……何に祈れというか」

 

復讐者が剣を後ろに下げ片手に添える

 

「決まってる、誰も救わない神様にだ」

 

 

 

 

 

居合いの構えをとる

鞘はない、代わりに手で刀身を抑える

どうせ片手で振る技だ、大した違いはない

目の前の男に意識を集中する

男の体には光が纏われている、おそらくアーツだろう

足が痛む、片方を潰され、歩くことはままならない

避けることもできない

だが男は銃をしまった、構えをとった

接近戦、先ほどの武術だろう

あくまで殺すつもりはないらしい

気絶か、もしくは腕を折るつもりか

なんにせよ奴は近づいてくる

その一瞬でかたが付く

無論ただで終わるつもりはない

最速の剣技をもって奴を切り伏せる

男の光が手に集まっていく

黒く、何処か禍々しい光

男はアーツユニットを介さずにアーツを使っている

そして、あんなアーツは見たことはない

光を自在に扱う所を見るに、奴も感染者か

どんなものかはわからない、一部の動きも見逃せない

 

「……いざ」

 

「――――フッ!」

 

走る、真正面から近づいてくる

地を滑りながら、最短距離で

間合いに入る、十分に届く間合いだ

抜刀一閃、いかに奴の反応速度が早かろうといなせるものではない

見てからでは間に合わない、動こうと思った時には剣は奴の命を断っている

 

剣を抜く、男の首に向けて

 

刃が伸びていく、男の視線が剣を捕らえる

 

男の手は剣に向かっている、弾くつもりだろう

 

だが間に合わない、人の反射神経では抑えられない

 

剣が首に到達しようとする

 

その時、男が笑う

 

「知ってるか、復讐者」

 

男の手が光る、正確には纏った光が

 

光から粒子が迸る、周囲に拡散させるためではない

 

手の動きとは反対、まるで何かの噴出機構のように噴き出される

 

それは運動エネルギーでも生んでいるのか

 

男の手が不自然に加速する

 

首を切り落とす前に剣に手が到達する

 

「その手の細い剣は横の力に弱いんだ」

 

剣を持つ手に衝撃が走る、同時に何か金属が折れたような音

 

腕が強い力で上に持ち上げられる、体全体が上に持ってかれ、大きな隙ができる

 

半ば万歳でもしているような恰好だ

 

「ボディがガラ空きだ」

 

大地を強く踏みしめる、黒い光が再び男を包む

 

背を中心に集まっていく、男が構える

 

片方の肩をこちらに向け、反対側の手を猫の手のように開く

 

一歩、足を踏み出す、同時に体の向きを入れ替える

 

反対側の手をこちらに突き出す、ひねりながら

 

黒い光が先ほどのように噴出する、加速する

 

掌底、爆発的な速度を乗せて飛んでくる

 

鳩尾に、まっすぐに

 

直撃する、肺が圧迫される、心臓が一瞬止まる

 

骨の砕ける音がする、肋骨がやられたか

 

男の手は胸にめり込んでいる

 

体が曲がる、足が地についていない

 

「チェックメイトだ、しばらく寝てろ」

 

突然男の手の感触がなくなる、男が遠くなっていく

 

離れたのではない、離されたのだ

 

体が後ろに吹っ飛んでいる、風切り音が耳に響く

 

男がこちらに手を振っている、笑いながら

 

「……終わらせては、くれんのか」

 

後頭部に硬いものが当たる

 

アヴェンジャーの意識は、ここで落ちた

 

 

 

 

 

 

『へ? なんです? 今の』

 

バニラの声が聞こえる

 

『……吹き飛んだ、後ろに』

 

ジェシカの呆然とした声が聞こえる

 

『あなた、今、変な動き方したけど……』

 

フランカがレイヴンに話しかける

 

「なに、手の速度を加速させて、剣を弾いて、そのまま十八番を打った、それだけだ」

 

大したことではないと、そんな風に言う

彼の視線の先には、掌底を打ち込まれ吹っ飛んでいったアヴェンジャー

一瞬の間の後、撃ちだされたかのように勢いよく飛んでいった

まったく馬鹿げた武術だ、誰がこんなものを彼に教えたのか

 

「本当に、応用が利くようになりましたね」

 

「まったくだ、おかげで弾薬代が浮く」

 

銃を取り出し、こちらに向ける

 

「がっ!」

 

「いっ!?」

 

「……ありがとうございます」

 

「礼には及ばん」

 

相手取っていた兵の足を撃ちぬく

転んだ兵から離れて周囲を確認する、動く影は見当たらない

 

「フランカ、そちらは」

 

『こっちも誰もいないわ、敵影なし』

 

後ろを見る、フランカ達の方には敵はいない

 

『すとれいど、おしごとおわり?』

 

「いや、後は寝てる奴らを縛って運べ、終わりはそれからだ」

 

『はーい』

 

リンクスが元気良く返事をする

 

「さて、生きてるかなっと」

 

レイヴンが倒れたアヴェンジャーに近づいていく

その近くには、折れた剣が転がっている

 

「……折ったんですか? 素手で剣を」

 

「ああ、といっても細身の剣だから出来た話だ、普段からやってるわけじゃない」

 

構造上、かなり脆い造りなのは知っている

切れ味と、それを活かすためのスピードを生み出すための流れるような刀身

自分の盾でも横から殴ればできるだろう

ただそれは、相応の質量と威力を必要とする

レイヴンは盾のような重く、鈍器になるようなものは持っていない

にもかかわらず折った、しかも素手で

加速させた、とは言っていた、それでも素手で出来ることではない

足りない質量を速度で補ったというところか

アヴェンジャーの最後の剣は酷く速かった、見切ることは難しい

その軌道に合わせたのか、相手の鋭い剣筋も利用したのだろう

速度が大きければ大きいほど衝突時の反動は大きい

 

「レイヴン、手は平気ですか?」

 

「ん? ピリピリする」

 

「無茶をしますね」

 

「仕方ない、殺すなってオーダーだからな」

 

見誤れば死んでいたかもしれない、片手を失くしていたかもしれない

そんな危険を冒してまで動くのはこの男の悪癖なのか

 

「あなたの事だから妥協して撃つかと思いました」

 

「なんだ、死体が見たいか?」

 

「……そういうわけではありません」

 

仕事だから、命令だから

言われて仕方なく殺さない

別に殺しが好きという訳でもないだろうに

なぜこう誤解させるようなことばかり言うのか

 

「いいじゃないか、ここでこいつを殺してたら言うこと聞かなきゃいけないのはお前だぞ?」

 

「そのチャレンジ、取り消せませんか?」

 

「駄目だ、乗ったのはお前だ」

 

『ストレイド、状況を』

 

ドクターが通信を入れてくる

 

「見ての通りだ、片割れは潰した、重要参考人だ」

 

『わかった、他も残党を狩っているような状態だ、余裕があるなら周りの援護を』

 

「まあまて、デカブツが見当たらん、そこらの奴らの介抱もしなきゃならん」

 

『そうだが戦いは終わっていない、負傷兵の治療はあとで出来る、今は戦闘の終了を―――」

 

ドクターとレイヴンの会話の最中、異音がした

 

『うわっ! なんですかっ!』

 

『今のは、爆発ですか?』

 

爆発音、かなり近い

すぐ近くのビルの残骸、かろうじて面影を残すコンクリートの塊

その下層部の外壁に、煙が巻き上がっていた

 

『ちょっと、まだ爆弾残ってたの?』

 

フランカがレイヴンに文句を言う、だが

 

「……………………」

 

彼は何も言わず、煙の先を見る

 

「レイヴン、今のは」

 

「ああ、俺のじゃない、各員、構えろ」

 

『何があった』

 

「このパーティのホストだ、よかったな、本命だぞ」

 

盾を構える、銃口を煙に

レイヴンも隣で銃を構える、その視線は、アヴェンジャーに向けられている

 

「どうしました、アヴェンジャーは動けないはずですが」

 

「いや、ここに置いとくのは邪魔かもしれないと思ってな」

 

「? どういうことで――――」

 

瞬間、何かの噴出音

音源は、煙の先

そこから人の頭ほどの大きさの塊が飛んでくる

 

「なっ!」

 

「ッ! クソッタレッ!」

 

物体を見た瞬間、反射的に体が動く

レイヴンと一緒に気絶したアヴェンジャーに駆け寄る

その近くに塊が着弾する

 

『ちょっ!』

 

『先輩っ!』

 

『リスカム! ストレイド!』

 

『…………もえてる』

 

焦げた空気が辺りに広がった

 




アーマードコアを知らない人の為に軽く解説を
ヴェンデッタ、ヴェンジェンス
この二つは復讐者という意味の言葉です
前者はイタリア語、後者は英語
アークナイツで出てくるアヴェンジャーも同じ意味を持っています
上の二つはACのある作品に出てくる機体名で皆大好きデロリアンを搭載してます
あとその続編でも腕部パーツで同じ名前のものが存在します、中々の素敵性能です
ACのサントラにも同じ名前の楽曲があるので興味がある方は聞いてみてください















『扱いずらいパーツとかって話だが、最新型が負けるわけねえだろ』

『行くぞおおぉぉあ!!』


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捨てた祈り

12/16 修正


「リスカム! ストレイド!」

 

先ほどまで二人がいた所に炎が舞っている

原因は飛んできた物体、爆発物か何かか

 

「二人とも! 返事を!」

 

大声で呼びかける、二人は近くにいたアヴェンジャーを庇いにいっていた

爆発に巻き込まれた可能性がある、もしかしたら直撃したかもしれない

 

『やかましい、無線で叫ぶな』

 

「ストレイド! 無事なの!」

 

『ええ、私も、アヴェンジャーも無事です』

 

二人の声が聞こえたと同時に近くから重たい着地音が聞こえる

 

「ったく、耳に響くだろうが」

 

「あなた、どこから……」

 

「え? 今、上から来ました?」

 

バニラが驚いている、こちらも同じ感想だ

着弾地点ではなく、すぐ近くにいつの間にかいた

しかも走ってきたのではなく、落ちてきた

片方の腕にアヴェンジャーを担ぎ、もう片方はリスカムを抱えている

 

「あの、今のは――」

 

「それは後です、厄介なのが来ました」

 

ジェシカは何か見たのか、ストレイドに聞こうとしてリスカムに遮られる

確かにお喋りしている暇はない、薄くなった煙の先を見る

倒壊しかけたビルの外壁に穴が開いている

その中で大きな影が動いているのが見える、その近くには複数の人影

 

「団体客のお出ましだ、やれやれ、タチが悪いな」

 

『ストレイド、状況を』

 

「例のデカブツだ、周りに取り巻き、一気に数が増えた」

 

『わかった、応援を寄越す』

 

「ああ、間に合うといいがな」

 

今回は拒否はしない、素直に受け入れる

 

「鉄仮面、ドローンで何人いるのか見れないか?」

 

『建物の陰に隠れてるせいで数字は確定できない、だが今までで一番多い』

 

「そうか、まあ丁度いいか」

 

「何を言っているんです、こんな時に」

 

「なんでもねえ、さっさと迎撃態勢をとれ」

 

「じゃあ降ろしてください、これでは向かい打つのもままなりません」

 

「おらよ」

 

「いたっ!」

 

リスカムを文字通り落とす、腰をさすりながら立ち上がる

 

「鉄仮面、お前の近くに敵はいるか?」

 

『いや、いない』

 

「ならそこが一番安全か、こいつをそっちに持ってく」

 

『アヴェンジャーを?』

 

「そうだ、今回の件、一番わかっているのはこいつだ、死なせるわけにはいかん」

 

『だがそこからは遠い、どうやって連れてくる、敵も目の前だぞ』

 

「それは俺に任せろ」

 

アヴェンジャーを肩に担いだままドクターのいる方向を向く

確かに今回の件、一から十まで知っているのはアヴェンジャーだ

先ほどの爆発もある、巻き込まれる危険があるなら避難させるのは間違っていない

重要参考人である彼を安全なとこに移動させるのはわかる

ただ気になることが一つ

 

「どうするの、運ぶにしてもここからは離れてるわよ」

 

ここには輸送車のようなものはない、人力で運ぶにも先の崩壊のせいで道も荒い

敵の攻撃もくるだろう、人をどこかに送るには厳しい状況だ

 

「任せろと言った、リスカム」

 

なんのこともないように言い、リスカムの方を見る

 

「はい、なんでしょう」

 

声をかけられ、リスカムも目を合わせる

ストレイドが爆発物が飛んできた方を見る

そして言い放つ

 

「頼んだ」

 

「頼まれました」

 

「え? ちょっと!!」

 

言われ、リスカムが一人前に走っていく

止める間もなく行ってしまう

 

「あなた! 何を考えてるの!」

 

「あいつなら問題ない、それにこれが確実だ」

 

「何を――」

 

何か言おうとして、また噴出音が聞こえる

穴から飛んでくるそれは、最悪の破壊兵器だった

 

「ロケットッ!?」

 

それは火を噴き、一直線にリスカムに飛んでいく

リスカムが盾を構える、体が淡く光る

 

『アーツ、起動します』

 

盾に仕組まれたユニットを介して、電流が周囲にバリアを張る

弾頭が直撃する、爆発にリスカムが包まれる

煙が晴れる、そこにはバリアを維持したままのリスカムがいる

 

「オーケーだ、そのままデカブツの射線をふさげ、後ろに送るな」

 

『了解』

 

「フランカ、囮役はリスカムがやる、お前たちの方に飛んでくるのも抑えてくれる」

 

これはこの場を凌ぐための作戦なのだろう

彼がリスカムにやらせようとしていることはわかる、だが相応の危険が伴うものだ

 

「だからって彼女一人にする気!?」

 

「問題ない、戻ったら俺も前に出る」

 

「それでも無茶よ!」

 

反論する、だが一蹴される

状況を考えると最善だ、それでも納得できるものではない

一応、後で一緒に前に出るつもりらしいがそれまで持つか

 

「ジェシカ、バニラ、リンクス、手筈は変わらない、リスカムが流した奴らはお前らが叩け」

 

「いや、でも先輩一人じゃ――」

 

「くどい、無駄死にしたくなければ隊列は崩すな、フランカ、お前もだ」

 

「っ! ……わかったわよ!!」

 

「よろしい、すぐに戻る」

 

反論も許さずにアヴェンジャーを担いで走っていく

ストレイドが燐光を纏い地面を蹴る、跳躍する

 

「はっ!?」

 

「なっ、どうなってるの! それ!?」

 

だがそれは、常人の跳躍力ではない

 

「たかーい」

 

「……ストレイドさん、あなたは一体」

 

ビル一つを飛び越せるのではないか、それほどに高い

異常だ、加速なんかで説明がつくものではない、身体強化の類ではないのか

あっという間にこの場を離れていく

 

「あなた、カンガルーか何か?」

 

『まさか、鉄仮面、車が見えた、そっちに連れてく』

 

『……了解した、アーミヤ、チェン、援護に行かせられるものはいるか』

 

『はい、アドナキエルさん、カーディさん、お願いします』

 

『フェン、ビーグル、あちらに回れ』

 

無線からは各々の指示が飛んでいる

 

『敵影確認、あれはバズーカですか』

 

リスカムの言葉で視線をビルに戻す

 

「……なによあれ」

 

「げぇ、ゴッツイなぁ……」

 

「大きいですね、それに守備兵も多い」

 

「ろぼっとみたい、がちがち」

 

そこには、酷く大きい図体の男がいた

重装兵より大きい、のしのし歩いてる

分厚い防弾チョッキにフルフェイスのヘルメット

その手には、カートリッジ式のロケットランチャーが

もう片方には大盾が、ちょっとやそっとじゃ倒れそうにないほどの重装備だ

 

『周囲の敵兵、確認しました、数が多いですね』

 

その周囲には近衛と思われる兵士が並んで歩いて来ている

 

『全て相手取ろうとするな、お前の役目はランチャーの弾着阻止とデカブツの妨害だ』

 

『了解、取り巻きはフランカ達に流します』

 

「どうしてそう納得できるの!」

 

彼の言葉に二つ返事で了承し一人で前に出た

それが出来るのが彼女しかいないとしてもすぐに行動に起こせるようなことではない

ストレイドを信頼しているからとしても割り切れることではない

 

『危険ですが戦法としては正しいです』

 

「少しは自分の身を案じなさい!」

 

『わかってます、無理はしません』

 

普段から人のことをとやかく言うくせしてこういう時は真っ先に自分から死地に飛び込む

これだからあれこれイタズラされるのだとはわからないのか

 

「フランカ先輩、来ます!」

 

「くっ…………わかったわ、でも死なないでね」

 

『大丈夫です、この程度の爆発なら耐えれます』

 

「ふらんか、わたしはりすかむにしゅうちゅうする?」

 

「ええ、お願い、こっちに来たのは私とバニラとジェシカがやる、あなたはリスカムの援護を」

 

「わかった、がんばる」

 

各自の役割を確認する

構える、前からリーダーの近衛兵が来る

 

「オォォォッ!」

 

まっすぐに、反撃を恐れずに向かってくる

斧を振り下ろしてくる、それに剣をあわせる

抑えるのではなく、軌道をずらす、体制を崩したところに一撃入れる

脇腹を斬る、それで下がるだろう、深い傷ではない

ところが

 

「ぐ、があぁぁ!」

 

「なっ! このっ、倒れなさい!」

 

斬られたことを顧みずに追撃してくる

思わず斬りつけてしまう、先ほどよりも深く、強く

近衛兵が倒れる、だが目は意識を失う寸前までずっとこちらを向いていた

そこには、悍ましいほどの怒りと憎しみを感じた

 

「……なんなの、こいつら」

 

兵は動かない、ピクリとも

出血がひどかった、そのショックで死んだのか

 

「こ、のおぉぉ!!」

 

バニラがハルバードを敵兵に深く突き刺している

敵は刺されながら武器を振り上げる、とっさに離れる

倒れる兵を見るその顔には緊張と恐怖が見える

 

「止まってください!」

 

ジェシカが相手の手足を撃っている

だが撃たれたものは負傷部位を引きずりながら向かってくる

 

『到着だ、鉄仮面、ここに置いていく』

 

『わかった、彼は預かる、君は早くあちらに』

 

『言われるまでもない』

 

「ストレイド、こいつらは何?」

 

運び終わったであろうストレイドに質問を投げかける

 

『見ての通りだ』

 

「わかるわよ、だから聞いてるの」

 

先ほどまでの奴らとは違う

彼らは負傷した時点で引くか投降するかを選んでいた

多少しぶとくとも気を失わせる程度で済んだ

だがこの兵士は違う

こちらを恐れていないのか、傷つくことを厭わないのか

ただ向かってくる、こちらを殺しに、執念のままに

己が死ぬことを構わないとでもいうのか

 

『ぐっ! レイヴン、奴らはなんですか』

 

向こうでリスカムがリーダーの取り巻き相手に戦っている

周囲に三人、リンクスの援護を受けながら盾で押し返している

 

『直にわかる』

 

直後、噴出音が聞こえる

リーダーのランチャーから弾頭が飛び出す

それはリスカムの方に飛んでいく

その周りには仲間がいるにもかかわらず

着弾、爆炎が周囲を包む

煙の中からはバリアを張ったリスカムが出てくる

 

『……そういうことですか』

 

『ああ、そういう奴らだ』

 

弾着地点には、燃え上がる何かと、焦げた欠片

そして、持主のわからぬ千切れた手足

 

「っ! この!」

 

向かってくる兵の剣を抑える

そして問いかける

 

「あなた達! 何のつもりなの!」

 

兵士は爛と輝く目を向け答える

 

「なんのことだ」

 

「とぼけないで! 今あなたの親玉は仲間ごと撃ったのよ、何も感じないの!?」

 

「別に何も」

 

なんてこともないように言う、動揺している様子はない

あの惨状を理解したうえで言っている

 

「人の心がないのかしら」

 

「それはこちらのセリフだ、女狐」

 

息が荒くなる、兵の力が強くなる

 

「心がないだと? それはお前たちの行いを知って言うのか?」

 

「何を……!」

 

「お前たちは、我々に手を差し伸べたか? 病にかかった者を救おうとしたか?」

 

被害者の集団と言っていた、行く当てのなくなった感染者の集まりだと

 

「いやしなかった、助けることはせずに放ることを選んだ、ましてや故郷から追い立て、追放した!」

 

彼らを突き動かすのはこの世への恨みと憎しみ

不条理な事象への反抗だ

 

「中には幼子もいた、生まれたばかりの赤ん坊が、親とはぐれた子供たちが!」

 

圧し掛かる重さが強くなる、武器を握る手からは血が滴っている

ここまで力を入れて握りしめていることにこの男は気づいていないのだろう

 

「これは、一種の聖戦だ、淘汰されていった者の為の、この世の感染者を救う為の戦いだ」

 

彼らは救いのないことに絶望してしまったのか、だから身を挺して戦おうというのか

自棄になっている、どうしようもないなら、ならば最後に一矢報いてやろうと

 

『耳を貸すな、フランカ』

 

「そうだ! そうやって見えぬふりをして、化け物と罵って、我らを侮蔑した!」

 

無線からストレイドの声が聞こえる、その声が聞こえてしまったのか、兵が更に興奮する

 

「感染者を救うために戦うのだ、そのための犠牲になろうと構わない」

 

「だからって、味方ごと撃つ奴に付いていくわけ?」

 

「ああ、彼は俺たちの祈りを肯定してくれた、同情ではなく、同士として共に進もうと

ならばいくしかあるまい、俺たちの怒りを世界に示す」

 

「こ、の……!」

 

「化け物などというのなら、本当の化け物になってやろう、我らは死を恐れない

たとえ朽ちようと、手足をもがれようと、最後までお前たちを許しはしない」

 

怨念、というのはこういうものを言うのか、呪い殺してやるとでもいわんばかりに睨んでくる

 

「無意味に願うぐらいなら、呪詛でも吐いている方が幾分マシだ

 

ただのうさ晴らしと言われようとも、安穏と過ごしている奴らに報いを――――」

 

「うるさい!!」

 

「がっ!!」

 

止まらない口に頭突きをかます

そのまま剣の腹で頭を思いっきり殴る

 

「ジェシカ!こいつの両手足を撃ちなさい!」

 

「は、はいっ!」

 

発砲音、体制を崩した兵の手足から血が出る

蹴り倒して剣を突きつける

 

「救うだ救わないだ、そんなことはこの際どうでもいいわ」

 

「ちょっ先輩! 他の敵が――」

 

「やかましいっ!!」

 

振り向きざまに後ろからきていた兵を斬る

両膝に一閃、武器を持つ手に一撃

 

「そんな御大層な理屈を語る前に足掻きなさい!」

 

「足掻いたからこうなっている!」

 

「ならもっと足掻きなさい!」

 

倒れた兵に向き直り怒鳴りつける

 

「諦めた奴らがピーキャー騒がないで! 助けてほしかったんなら大声で泣き続けなさい!」

 

言った勢いのまま相手の頭を蹴る

いい感じに音が響いた、兵は動かない

 

「ストレイド、あなたこの事知ってたのよね」

 

『ああ、知っていた』

 

「ロドスに伝えた理由はコレ?」

 

『違う、偶然だ』

 

「そう、なら結果オーライね、彼らはどっちみちロドスで保護するわ」

 

『保護か、なるほど』

 

「ついでにあなたもよ、覚悟なさい」

 

『どうしてそうなる』

 

「あなたもこいつも、グチグチうるさいのよ、理屈ばかりで動いて、助けが必要な時に周りを頼らない人は嫌いなの」

 

『頼った結果がこれだと思うが』

 

「ならもっと頼ればいいのよ、相手が根負けするぐらいに」

 

『滅多に聞かないご高説だ、理屈で動く男は嫌いか?』

 

「ええ、大嫌い」

 

『マジかよ、フラれたぜ』

 

『ふざけてる場合じゃありません』

 

爆発音、もう一度煙が巻き上がる

リスカムが炎の中で立っている、防いだらしい

 

『レイヴン、そろそろ数的にきつくなってきました、今どこですか』

 

『すぐ近くだ、もう少し耐えろ』

 

『りょうか――』

 

 

『はあぁぁぁっ!』

 

 

『なっ!?』

 

「バニラ!?」

 

リスカムの傍にいつの間にかバニラがいた

 

『バニラ! フランカ達のところに戻りなさい!』

 

『嫌です! 先輩を一人で戦わせるわけにはいきません!』

 

圧倒的に不利な位置で孤立しているリスカムを案じて加勢に行ったのだろう

だがリスカムが一人でいるのにはわけがある

 

「バニラ! 戻ってきなさい!」

 

今、リスカムとフランカ達はわざと離れている

理由は相手のリーダー、正確にはその手に持つ武器

ロケットランチャー、炸薬を詰めた弾頭を発射する重火器

着弾地点は爆風に飲まれる

それは集団に向けて撃つことで劇的な効果を見せる

 

『くっ……バニラ! 後ろに!』

 

それをリスカムは防いでいた

こちらに飛ばないように、自ら射線に飛び込んで

だがその盾はアーツのバリアを張っても彼女自身しか護れない

近くの者までは効果が及ばない

 

『ッ!!』

 

『わっ!?』

 

リーダーがリスカム達にむけて撃つ

防ぎはする、が

バニラが爆風にあおられ大きく飛ぶ、その拍子に倒れる

 

『バニラ! 立ちなさい!』

 

リスカムと距離が離れる、近くに行こうとするが他の兵が抑えに来る

 

『いった……』

 

立ち上がろうとする

 

「バニラちゃん!」

 

「バニラ! なんでもいいから避けなさい!」

 

その近くには斧を振り上げる男

 

『まず……』

 

武器を取りなんとか防ごうとしている

だが動きが鈍い、爆風で吹っ飛ばされた時に体を強く打ったのか

あれでは凌げない

ここから走っても間に合わない、距離が遠い

リスカムも足止めを食らって動けない

ジェシカの銃でも仕留められなければ相手は止まらない

 

『あ、これ死んだかも』

 

どこか抜けたことを言う

斧が振り下ろされる、バニラの頭に到達しようとする

 

 

 

重たい銃声が響いた

 

 




戦闘シーンは苦手です
どうやって書けばいいのかわかりませんね
とりあえずは手探りでやっていきます
あと自分の書いた話をざっと見返したんですが中々適当な部分が多いです
出来るだけ早く投稿しようとして速度重視で書いてた結果なんですが
やっぱり時間はかけるべきなんでしょうかね


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喪失者

12/16 修正


 

事の始まりはなんだったのだろうか

 

 

暗い荒野を歩いていた、一人で、あてもなく

荷物も何もない、手ぶらで歩いている

どこに行きつくかはわからない、行きつけるかも

ただ歩く、止まってはいけない気がして

立ち止まったら、誰かの願いを裏切ってしまう気がして

 

誰もいない荒野を歩き続ける

 

「……………………?」

 

すると一台の車が近づいてくる

武骨な見た目の車、舗装されていない道を走る為だろうか

かなり厚いタイヤをつけている、そのせいで車高が高く運転席が見えない

目の前で止まる、男が降りてくる

 

「よう、こんなところで散歩か? チビ」

 

黒い髪に紅い目、黒いジャケットを羽織った男

真っ黒い人、それが最初の印象だった

 

「良くないな、ここら辺は荒れてるぜ、遊歩道代わりにするには適してない」

 

「……だれ?」

 

この人物を自分は知らない

今まであったことはない筈、その割には馴れ馴れしい

 

「おっと、名前を聞くときは自分からって言われなかったか?」

 

「……だれに?」

 

「親御さんだ」

 

親、おや、言葉を聞いてもパッとでてくる人物がいない

なにより、何故かその言葉に現実味がない

 

「…………おや」

 

「ああ、お前さんを育てた人だ」

 

「……………………」

 

単語の意味は理解できる、だがそれに連なる人物が記憶に見当たらない

 

「どうした?」

 

「……わたしの、おやはどこ?」

 

「さあ、初対面のガキの家族の事なんかわかるわけがないだろ」

 

そういって男は遠くを見やる、振り向いて同じ方を見る

見えたものは、遠くで立ち上がる煙、その下で赤く燃える何か

 

「…………もえてる」

 

「そうだな」

 

「なにがもえてるの?」

 

「燃えてはいけないもの」

 

男の顔を見る、そこには

 

「……ないてるの?」

 

「まさか」

 

酷く、悲しそうな顔が映っていた

 

「……チビ、どうしてここにいる?」

 

「ここ?」

 

「そうだ、どうして荒野に一人ぼっちでいるんだ」

 

「……………………」

 

考える、自分がなぜここにいるか

だが何も出てこない

そも記憶自体がおぼろげだ

ついさっき、男の車が見える直前までの事しか思い出せない

自分はどうしてここにいるのか

 

「わからない」

 

「何がだ」

 

「どうして、ここにいるかが」

 

「そうか」

 

思い出せない、それがどういうことか

忘れてしまったならばまだわかる、それはその程度の事柄だったということ

だがこれは違う、今までの人生全てを思い出せないのは忘却ではない

 

「……おもいだせないの」

 

「何がだ」

 

「じぶんが、だれだったか」

 

「……そうか」

 

思い出したくても思い出せない

記憶の棚を開けようとすると手が止まる

無理矢理にでも動かしても、今度は棚自体が遠ざかる、そんな感じだ

 

これは、思い出していけないと、そういうことか

この事実を受け入れることが自分にはできないということなのか

 

「……………………」

 

「チビ、一つ聞きたい」

 

「なに?」

 

今更記憶の混濁に気づいた自分に驚きながら男の声に耳を傾ける

 

「どっからきた、どうやってここにきた」

 

「どうやって……」

 

どうやって、それならばなんとかわかる、これ以外に移動方法はない

 

「あるいてきた」

 

「シンプルだな、まあそれしかないか」

 

男が自分の足を見る

何も履いていない、裸足だ

土にまみれ、所々擦り切れて血が出ている

 

「どうして歩いてたんだ」

 

歩いていた理由、何故だったか

 

誰かの声が頭に響いた

 

「……あるけって」

 

「……………………」

 

「ふりむかずにあるきなさいって、いわれたの」

 

優しい声、誰だったかは思い出せない

だがここまで歩いてきたのはそれが理由のはずだ

 

「なるほど、それで言われたとおりにしてたと」

 

「……うん、たぶん」

 

男がもう一度煙を見る

 

「チビ、疲れてないか?」

 

「……なにに?」

 

「歩くのに」

 

突然の問いかけに戸惑いながら答える

 

「……つかれてない、だいじょうぶ」

 

「フラフラしてた気がするが」

 

「だいじょうぶ、まだ、あるける」

 

正直辛い、足は棒のようで、傷口はジンジン痛む

それでも歩くべきだ、歩かなくてはいけない

誰かの最後の願いを叶えるために

 

「……わかった」

 

男はそう言い近づいてくる

そして

 

「わっ!?」

 

「疲れてるなら、休むべきだな」

 

問答無用でこちらを担ぎ上げる

 

「お、おろして……」

 

「断る」

 

じたばた暴れる、だがどうにもならない

運ばれるままに運ばれて行く

 

「わたし、とまっちゃだめなの」

 

「ほう、でも休め」

 

「へぶっ!」

 

そのまま車の荷台に放り投げられる、すぐに降りようとする、が

車の車高は高い、降りるには飛ぶ必要がある

この足でそれができるか、いやできない

おそらくは着地時に踏ん張りきれずに転ぶ

転んだところでまた男にここに戻されるだろう

実質閉じ込められたような形になる

 

「ここにいろ、俺は少し用がある」

 

「いや、わたしはあるくの」

 

「歩く前に靴を履け、あと長旅できるように荷物もだ」

 

「でも――」

 

「くどい、そんな死に体で荒野を闊歩できると思うな」

 

「……それでも、あるくの」

 

反論にならない反論

このまま歩けばどうなるか、自分のような子供でも予想はつく

それでも、立ち止まってはいけないと半ば強迫観念に似たなにかに突き動かされる

なんとか降りようと模索していると男が諭すように話しかけてきた

 

「歩きたいなら、歩き方を覚えろ」

 

「……あるきかた?」

 

「ああ、正しい道を歩くための歩き方だ」

 

男の言葉に、妙な力を感じた

 

「お前に道を歩く方法を教えてやる、いつか、お前にそれを願ったやつが報われるように」

 

「…………ねがい」

 

「そうだ、チビ、お前の背に乗ってるものは存外重い、今のお前じゃ背負いきれん」

 

その言葉に、なぜか哀愁を感じた

 

「せめて一人で背負えるようになるまでは俺の傍に居ろ、俺と歩け」

 

最後の言葉に、酷く寂しい善意を感じた

 

「……あるいてくれるの?」

 

「ああ」

 

「いっしょに?」

 

「しばらくは、だ」

 

誰かが傍にいてくれる

そう聞かされ、理解したら力が抜けた

抵抗する気も失せた、荷台の中で座り込む

 

きゅるるるる

 

「あっ」

 

「お?」

 

ついでに腹も鳴ってしまった

 

「なんだ、腹減りか?」

 

「……うん」

 

それなりに切羽詰まっていたのか、空腹にも気が付けなかった

 

「オーケーだ、そこらへんに固形食糧やらお菓子やら色々ある、適当に食ってていいぞ」

 

「……いいの?」

 

「数だけは無駄にある、好きなだけ食え」

 

荷台の中を見渡す、暗くてわからないが荷物がごちゃごちゃ散らかっている

その中に小さなビニールで包装されたものが見える

 

「これ?」

 

「それ」

 

包装を剥がす、中から黒いような茶色いような棒が出てくる

甘いにおいがする、おいしそうだ

かじりつく、サクサクと小気味いい音がする

 

「美味いか?」

 

「あまい」

 

そのまま夢中でかぶりつく

 

「よろしい、じゃ、おとなしくしてろ」

 

男の言葉と、突如湧いた黒い光に反応し目を向ける

 

「………………?」

 

だが、そこにはもう男はいなかった

 

「……あ」

 

そして大事なことに気が付く

 

「あのひとのなまえ、きいてない」

 

 

 

これが、ストレイドとの出会いだった

 

 




そろそろ終わると思っていたらまた長引きそう
トントン拍子に終わらせるつもりだったんですがなんだか味気ない気がしてやめました
一章程度の規模で終わるつもりだったんですがね、まあゆっくりやります


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山猫

12/16 修正


それからは二人で旅をした

 

「リンクス、地図取ってくれ」

 

「ん」

 

「サンキュー」

 

行き先はストレイドが決めてその後をついていく

 

「お、見ろよ、随分長い行列じゃないか

 

「どうしてあんなにならんでるの?」

 

「なんでも、有名なグルメスポットらしい」

 

いろんな都市を二人で回った

 

「……あんまりひとがいない」

 

「そりゃまあ、ゴーストタウンだからな」

 

華やかな所から、廃れた場所まで

楽しいこともあったが、時には寂しい時もあった

 

「悪いが、しばらく一人で待っててくれ」

 

「わかった」

 

行った先ではよく、一人で待たされることがあった

それが何故か、最初はわからなかった

聞いてみたら

 

「仕事だ」

 

そう言われた

なんの仕事をしているのかは聞かなかった

 

「待たせたな、ほれ、遊びに行くぞ」

 

「うん」

 

それでも最後には戻ってきてくれた

彼は一緒にいてくれた、色んなところに、一緒に歩いてくれた

 

 

 

そんな日々を重ねるうちにストレイドのある特徴を覚えた

 

 

 

「……けむたい」

 

「ん? ああ、悪い、煙草の吸い過ぎだな」

 

荒れ果てた大地に車を停め、休憩と称し彼と惰眠を貪っていた時

なんとなく、抗議した

 

「……………………」

 

「そんな目で見るな、これでも吸う回数は少ないぞ」

 

彼は運転席で寝っ転がり煙草をふかしている

その様子を荷台のあてがわれたスペースから眺めていた

車の中には煙草の煙が充満している

窓は一応開いている、だが排出が間に合っていない

煙草の独特なにおいが鼻につく

 

「けむたい」

 

「煙草ってのはそういうもんだ」

 

もう一度抗議する

だがこれは煙草に対してのものではない

体臭と言うべきか、彼の体からは煙の臭いがする

それは、煙草とは違う、異質なもの

火が燻ったような、焼けたような臭い

 

「……………………」

 

「……そんな純真を形にしたような目で見るな」

 

そして、それに隠れる様に微かに香る鉄の臭い

きっと、鉄ではない、彼の体は鉄で出来てはいない

 

「……すとれいど」

 

「わかったわかった、せめてもう少し数は減らす努力はする」

 

「……うん」

 

一人でどこかに行って帰ってくると、その臭いは濃くなっていた

それが何を意味するか、彼に問いていいのだろうか

 

「なんだ、まだ何か言いたいか?」

 

「ううん」

 

「ならじっと見るな、人の顔なんざ面白くはないだろ」

 

聞けば、答えてくれるだろう

彼は嘘はつかない、不必要な嘘は

そして、この問いに虚偽で答えることを彼は好まないだろう

話してはくれるはず

だが聞いたところで何かできるわけでもない

これは、彼の仕事に関することだ

 

「……つぎは、どこいくの?」

 

「チェルノボーグだ、なんでも楽しい騒ぎがあったらしい」

 

「そう、わかった」

 

車の運転席で寛いでいたストレイドが起き上がる

運転をするのかと思ったがどうやら違うらしい

窓から顔を出し辺りを見回す

 

「どうしたの?」

 

不審に思い訪ねる

 

「……いや、エンジン音がしたから何かいんのかと思ったが、お客さんか」

 

耳を澄ませる、確かにタイヤが転がる音とエンジンの駆動音が聞こえる

彼の車のエンジンは動いていない

にもかかわらず機械音がする、その音は少し遠い

近くに誰かいるらしい、彼の口ぶりから察するに近づいてきているようだ

 

「……あの車、あいつか」

 

「だれ?」

 

「奇妙な知り合いだ」

 

白い車、そこそこ大きい、キャンピングカーの類だろうか

こちらに近づいてくる

隣で停まり、窓を開ける

 

「やあ、迷子君」

 

「よう、堕天使ちゃん」

 

青い髪の女の人が顔を出し挨拶をしてくる

 

「奇遇だね、こんな所で」

 

「まったくだ、なんか用か?」

 

頭上に光輪、ラテラーノ人だろうか

角が生えているのが気になるが聞いていい事かはわからない

 

「特にないよ、見覚えのある車が停まってたから来てみただけさ」

 

「別人だったらどうするつもりだったんだ」

 

「その時は、間違えたっていえばいいのさ」

 

「なるほど、参考にさせてもらおう」

 

「なんのだい?」

 

「美人を酔わせて連れ込んだ時のごまかしに」

 

「おや、ゲスな事を考えてるね」

 

何やら話した後、こちらを見る

ニコニコと笑いながら見てくる

 

「へえ、噂は本当だったんだ」

 

「噂? なんのだ」

 

「君が子供を身籠らせたって噂」

 

「悪趣味だな、誰から聞いた」

 

「君の噂の出どころなんて決まってるじゃないか」

 

「……数が多くてわからん、仕方ない、全員ボコすか」

 

「おやおや、可哀想に」

 

女性が窓を閉め、ドアを開けて外に出てくる

 

「どうだい、コーヒーでも飲みながら話でもしないかな」

 

「その先は、期待していいのか?」

 

「残念、今回も見送らせてもらうよ」

 

「なんだ、ツレねえな」

 

彼も外に出る、こちらを見る

 

「ほれ、お前も来い」

 

「……うん」

 

どうやら誘いに応じるらしい

 

…………………………………………

 

「で、彼女は何者だい?」

 

降りた後、女性の車から簡易的なキャンプ用品を取り出し焚火をつけて三人で囲むことになった

 

「見ての通り、ただのツレだ」

 

「なかなかに不釣り合いなコンビだね、見ただけじゃわからないと思うよ」

 

女性の名前はモスティマというらしい

ストレイドと交友があるのは会話でわかる

 

「一般人から見たら大して不思議な事じゃねえよ」

 

「その見た目でかい?」

 

言いながらカップを渡してくる、湯気が立っている

中にはチョコレートに近い色合いの飲み物、甘い香りがする

 

「おうこら、子供にコーヒーを飲ませるな」

 

「大丈夫だよ、チョコラテだから」

 

「……随分オシャレな飲みものだな」

 

「そうでもないよ、簡単に作れるものだから」

 

「そうかあ?」

 

一口飲む、チョコの味がする

 

「どう? おいしいかい?」

 

「うん、あまくてあったかい」

 

「それは良かった」

 

「火傷するなよ」

 

「わかった」

 

同じようにカップを渡されながら気にかけてくる

 

「それで、どういう馴れ初めだい?」

 

「なんだ、随分踏み込んでくるな、お前らしくない」

 

「なに、深い付き合いを好まない君がこんなことしてるんだ、気にならないわけがないだろ?」

 

「……そうだな、らしくないのは俺の方か」

 

「そうだね、まあ話したくないならそれでいいけど」

 

「ならお言葉に甘えよう」

 

ストレイドと出会ってから彼の知人に会うのはこれが初めてだ

モスティマは彼のことをよくわかっている、親しいのか

 

「もすてま」

 

なんとなく、声をかける

 

「おや、なんだい」

 

「すとれいどとは、なかよしなの?」

 

その質問に笑顔で答える

 

「さあ、私には判断できないね」

 

「? どうして?」

 

だが返された答えは、意味の解らない答えだった

 

「なに、君には関係のないことだよ、気にしなくていい」

 

「……わかんない」

 

「だろうね、詳しく言えばわかるかもしれないけど、君に聞かせるには少し早いかな」

 

「むう」

 

「納得してないね、まあ思考を巡らせるのは良い事かな」

 

「あまり困らせるなよ」

 

「そうだね、この話はここまでかな」

 

手元のカップを揺らして渦を作る

それを眺めながらモスティマの言葉の意味を考える

 

「……堕天使ちゃんや」

 

「なんだい、迷子君」

 

「これ、しょっぱいんだが」

 

「塩コーヒーだからね、多めに入れといたよ」

 

「殺す気か?」

 

「まさか、体には悪いけど大丈夫さ」

 

「大丈夫じゃねえだろ、それ」

 

「……………………」

 

二人を見る限り、仲が良いように見える

誰が見ても同じことを言うだろう

ストレイドが顔をしかめている、コーヒーの味ではなく、恐らくは彼女の態度だろう

彼は頭が回る、彼女の言葉がどういう意味か理解しているのだろう

話せば、聞けば答えてくれるだろう

だが聞いて何かできるわけではない

これは彼女の問題なのかもしれない

 

「で、彼女はいい子なのかい?」

 

「というと?」

 

「なんだか随分、君に懐いているようだけど」

 

「本人の前で言うか」

 

「いいじゃないか、彼女もそれを否定するつもりはないだろうし」

 

「うん、すとれいど、すき」

 

「ほら」

 

「……なんだかイケナイことをしてる気分になってきた」

 

「まあ、不審者だね、傍から見たら」

 

塩コーヒーに口をつける、しかめっ面がひどくなる

 

「心配してたよ、彼ら」

 

「なんでだ、こいつが一緒にいるのは知ってるはずだぞ、理由も」

 

「だから心配なんだよ、自分たちに知らせたことがらしくないって」

 

「まるで自分勝手に動いている様に言うな」

 

「実際そうじゃないか、とても迷子とは思えないほどあちこち渡り歩いてる」

 

モスティマの言葉に疑問が浮かび上がる

 

「? すとれいど、まいごなの?」

 

迷子とはどういうことか

この旅で彼が道を間違えたことはない、知っている限りは

今回も順当に進んでいる、間違えた道は行っていないはず

 

「違う、名前の意味だ」

 

「なまえ?」

 

「そうだね、ストレイドって名前の意味さ」

 

名前、意味、そういえば自分の名前も意味があったはず

山猫、だったろうか

 

「なんだってそんな名前にしたんだい?」

 

「別に、意味が似てるから名乗ってるんだ」

 

「意味、か、どういう事でだい?」

 

「あちこちに渡るからだよ、迷った末に行きつくんだ、必ず、どこかに」

 

「……なるほど、こっちの噂は本当らしいね」

 

「なんだ、知らなかったのか?」

 

「知らなかった、かもしれない程度にしかね」

 

「聞きゃあよかったのに」

 

「噂通りなら、君、かなり危険な人だからね。正面切って問いかけるつもりはないよ」

 

「今、正面切ったよな」

 

「大丈夫、この子の前ならふざけたことはしないだろう?」

 

そう言ってこちらに手招きする

誘われるままに行ってみる

膝に座らさられる

 

「……なんだ、気に入ったか?」

 

「いやなに、こうすればいざという時盾に出来る」

 

「信用無いな、まあそれでいいさ」

 

モスティマに体を預ける、暖かい、人の温もりとはこういうものか

膝に座ったことなどこれが初めてだ、中々いい、凄くいい

なんだか安心する、顔がにやけてしまう

 

「おや、こっちも気に入ったみたいだね」

 

「それは結構、おっと、失礼」

 

すると何かの音が聞こえてきた

何度か聞いたことがある、誰かが歌っている曲

女性の声、元気を分けてくれるような感じがする

 

「へえ、君、その子の曲聴いてるのかい?」

 

「なんだ、知ってるのか、どっかの郵送会社のアイドルなんだが中々いい

特に見た目が良い、汚れを知らない無邪気な顔がいい」

 

「うん、やっぱりやめとこうかな」

 

「何をだ」

 

「なんでもないよ、ほら、早く出てあげたらどうだい?」

 

「ああ、悪いな、少し外す」

 

ストレイドが席を立ち、上着のポケットから音源である携帯端末を取り出して離れていく

モスティマと二人、残される

 

「さて、名前を聞いてなかったね、なんていうんだい?」

 

「リンクス」

 

「へえ、リンクスか、彼にしては随分希望に満ちた名前にしたね」

 

「? やまねこが?」

 

山猫のどこに希望があるのか

彼は似てるからというだけでこの名前を付けたといっていた

 

「なんだ、そっちの意味かい?」

 

「ちがうの?」

 

聞き返すとじっとこちらを見てくる

 

「……ふむ」

 

頭に手を置く

 

「にゃー」

 

そしてぐしゃぐしゃに髪をかきまわす

 

「なるほど、猫だね」

 

「ちがうの?」

 

「違うくはないだろうね、でももう一つ意味がある」

 

「どんな?」

 

聞くと彼女は笑って

 

「君には、まだ早いよ」

 

はぐらかす

 

「……わかった」

 

仕方なく諦める

その反応が意外だったのか、彼女の顔から笑みが消えている

 

「君、聞き分けが良すぎないかい?」

 

聞き返してくると思っていたのか

予想外の言動に驚いたらしい

何を考えて聞くのをやめたか、遠回しに聞かれ、答える

 

「……だって、おしえてもらういみがないから」

 

「おや、ひねくれてるね、彼の後姿しか見てないせいかな」

 

そう言いながら抱きしめてくる、両腕を前に、優しく

 

「どうしたの?」

 

「なに、子供はこうすれば落ち着くと聞いたからね、試しにやってみたんだ」

 

「どうして?」

 

「なんだか悩んでるみたいだから、丁度いいから聞いてあげよう」

 

「……なやみ」

 

「ほら、話してごらん」

 

確かに悩んでいることはある

だがさっき知り合ったばかりの人に話していいのか、そっちに悩む

 

「大丈夫だよ、彼のことはだいたい知ってる、その界隈じゃ有名すぎる人だからね」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ、きっと驚くだろうね、彼が何者か知ったら」

 

「……そうなんだ」

 

「おや、心当たりがあるのかい?」

 

こちらの反応で気づいたのか、聞いてくる

彼については彼女の方が自分より知っている

なによりこの場に彼はいない

多少後ろめたいが絶好の機会であるのは確かだ

 

「……あのね、もすてま」

 

「なんだい」

 

「わたしは、すとれいどがすき」

 

「そうだね、さっきも言ってた」

 

「だから、こまらせたくないの」

 

「困らせたくない、か、何故だい?」

 

「あのひとは、わたしにはおもいものがあるっていったの」

 

「重いもの?」

 

「うん、せおいきれないほどにおもいって」

 

何を意味して言ったか、今でもわからない

だけど耐えられないと、彼は言った

 

「それでね、いっしょにせおうっていってくれた」

 

「そうなんだ、なるほど、彼らしい」

 

「だけど、せおってもらってばかりで、わたしはなにもできない」

 

「……それは、どういうことだい?」

 

彼には負担をかけている、それが嫌というほどにわかる

出会って以来、彼は自分と一緒にいた

その弊害が、先ほど形になって表れていた

 

「わたしは、あのひとのしごとがなにか、なんとなくわかる」

 

「その年で気づけるのは、少し驚いた」

 

「だけどあのひとはかくそうとしてる」

 

正体を知られることを恐れているわけではないだろう

彼はただ、心配をかけたくないだけだ

ストレイドは自分の身に起きたことを知っている

空白の部分を埋めることが出来る

だがそれは、きっと酷な現実なのだろう

勘付かせない為か、意図しないタイミングで記憶がぶり返すことを危ぶんでいるのか

どっちにしろ彼が隠すことは、自分の記憶を呼び覚ますのに必要な事柄だろう

 

「だから、たすけたいの、せめて、かくさなくていいって、それだけでもつたえたい」

 

「ふむ、まあ言うだけはタダだと思うけど」

 

「でも、いえない」

 

「なんでだい? 彼は人の話は聞く人だよ?」

 

「だから、いえない」

 

「……そうか」

 

彼は優しい、故に人を気遣ってしまう

可能性を徹底して潰そうとしているのも、こちらを想ってのことだ

だからこそ問題が起きている

先ほど、彼らと言っていた、仕事上の付き合いか、ただの友人か、そこまでは判断できない

だが自分にかまけていなければその人たちに心配させるような事にはならなかった

 

「うごいても、うごかなくてもめいわくになる、わたしはどうすれいいかな」

 

いっそのこと彼の傍を離れられればいいのだが恐らくは連れ戻される

放っとけば死ぬと、そう言いながら自分から面倒事を背負いに行くだろう

 

「……これはまた、恐ろしい子供を拾ったね、彼は」

 

「どういうこと?」

 

「ああ、気を悪くしないで、悪い意味で言ったんじゃない、いい意味で言ったんだ」

 

「いいいみ?」

 

「それは置いといて、リンクス、君にアドバイスをしてあげよう」

 

「……うん」

 

モスティマの言葉に集中する

 

「君は、自分が動くことで返って彼の負担になる、そう思ってるんだね?」

 

「うん」

 

「なら、余計に動くべきだ」

 

「どうして? めいわくかけちゃう」

 

「だからさ、動いてない状態じゃ今のまま、負担になってることは変わらない」

 

「……うん」

 

「変わらないから、なら変わる方に賭けてしまえばいい」

 

「いまよりひどくなるかも」

 

「そうだね、その時はその時さ、でも悪くなるとは限らない」

 

「……………………」

 

「リンクス、人は流れるままに流れるものだよ、流れるためには、まず動き出さなきゃいけない」

 

この人の言葉の意味はわかる、立ち止まっていては結果が出ないとそう言いたいのだ

街から街へ行くとしても止まっていては辿りつけない、歩かなくては姿を見ることすら許されない

結果はおろか、過程すら踏む事が出来ない

ならばそもそも変わる権利すらないという事だ

彼女の言う通り、変えようというなら動かなくては、だけど、不安がある

 

「……むう」

 

彼は、喜ばない

きっと、苦しそうな顔をさせてしまう

彼は今、優しい道を歩かせようとしている

残酷さの欠片もない、ただ暖かな道、子供が歩くに相応しい、わだかまりのない正道

間違いではない、正解ではあるのだ

彼が自分を拾ったのは、歪な子供にしない為

けして重荷に潰されぬよう、まともな心を持たせるための優しい道

 

だけど、自分には相応しくない、そう思ってしまう

理由はわからない、ただの子供の癇癪かもしれない

でも、思ってしまったのだ、間違えていると

確かにその道は正道だ、誰かの願いを背負うことが出来るだろう

だけど、それではハリポテだ、酷く軽い、見かけだけの物

本当の意味で背負えているとは思えない、借り物の器に注いだだけの物

彼も理解しているのだろう、それが最適解でないと

それでも行かせようとするのは彼の優しさだろう

その心を、無視していいのか

 

この答えのない葛藤に気づいたのか、モスティマが微笑みかけてくる

 

「嫌そうだね、いや、不安なのかい?」

 

「うん」

 

「そうか、でも現状を変えたいなら動くべきだ」

 

「……………………」

 

「自分の意思で、正しいと思った事をするべきだ」

 

「……ただしい」

 

正しいとは、どういう意味か

正しさが複数あるのはわかる

ただ、それが彼にとって正しいのか、不安なのだ

 

「そうだよ、ほら、君にはチャンスがある、君には理解者がいる、黒い噂の絶えない人だけどね」

 

チャンス、理解者

 

それは彼と、彼と一緒にいる時間の事を言っているのか

 

彼と、向き合えと言っているのか

 

彼の答えを、否定しろと、そう言うのか

 

間違いではないのだろう、肯定も否定も許される事項だ

彼も、話を聞いてくれるだろう、そうして真摯に答えてくれるだろう

そして、道を示すことをしてくれるだろう

 

「……………………」

 

いつか、彼は言った

願った者が報われるように、歩き方を教えてくれると

 

「……わかった、やってみる」

 

「その意気だ、君は強くなれるよ、リンクス」

 

「……つよく?」

 

「ああ、もしかしたら彼よりも強い人になれるかもしれないね」

 

「ほんと?」

 

「本当、おっと、戻ってきちゃったね」

 

モスティマが会話を打ち切る

ストレイドが戻ってきた、少し不機嫌そうな顔をしている

 

「なんて言われたんだい?」

 

「別に、根も葉もない噂の答え合わせをさせられただけだ」

 

「どんなのがあったんだい」

 

「さっきの隠し子とか、理想の女に仕立てあげるとか、下らんことばかりだ」

 

「おやおや、酷い話だ」

 

「まったくだ」

 

「それじゃ、私はこれで失礼するよ」

 

「なんだ、終わりか、まあいいが」

 

「そうだ、餞別にこのセット、君にあげるよ」

 

「……セットって、このキャンプの?」

 

「そう、『どこでもワクワクキャンプ隊』って商品だったかな」

 

「安っぽい名前だな」

 

「実用性はあるよ」

 

そう言ってモスティマが車に戻ろうとする

 

「おい、モスティマ、聞きたいことがある」

 

それをストレイドが呼び止める

 

「なんだい」

 

「ロドス・アイランド、レユニオン・ムーヴメント、この二つに聞き覚えは」

 

「……製薬会社と、感染者による軍団、これぐらいしか知らないね」

 

「そうか、まあ概ね同じだな、引き留めて悪かったな」

 

「いやいや、私も楽しかったよ」

 

そういって今度こそ去る

キャンピングカーが遠ざかっていくのを見送る

 

「さて、温くなっちまったな」

 

すっかり冷めたコーヒーカップを手に取る

 

「ていうかカップも置いてったのか、あいつ」

 

冷めた上にしょっぱいコーヒー、どんな代物か

一口すすって口をつけようとしない辺りから想像がつく

 

「……荷台に載るか? これ」

 

「…………すとれいど」

 

「ん、なんだ」

声をかけられ、ストレイドがこちらを向く

その紅い目をまっすぐ見る

 

「……どうした、改まって」

 

「あのね、すとれいど」

 

彼女は正しいと思ったことをしろと言った

 

自分の意思で決定しろと

 

「わたしにね、その……」

 

彼はきっと驚くだろう、もしかしたら怒るかもしれない

でも、いつまでもおんぶにだっこでいるわけにはいかない

 

勇気をもって口に出す

 

 

 

「わたしに、たたかいかたをおしえて」

 




モスティマが言いそうなセリフ、なかなか難しいですね
ちなみに書いてないサイドストーリーがあると言いましたがその中にモスティマとの話があります
どのタイミングで書こうか悩んでいますがまあその内に出します
では失礼


ところで新オペのスズランさん、CEOに弱みでも握られてるんですか?


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課せられた引き金

12/16 修正


結果を言うと

 

「……………………」

 

「えと、その、ごめんなさい……」

 

思いっきり頭を叩かれた

その後はずっと煙草をふかしてた

月が見えるまで、ずっと

 

「あの、すとれいど、おこらせたかったわけじゃなくて……」

 

「わかってる、ちょっと黙ってろ」

 

声をかけてもこんな感じで取り合ってくれない

おろおろしながら彼が動き出すのを待つしかなかった

 

 

………………………………

 

 

「……リンクス」

 

「は、はい……」

 

煙草のストックもなくなり、灰皿が名残りを受け止めきれなくなったころ

ようやく口を開いた

 

「それは、誰かさんの入れ知恵か?」

 

「ううん、ちがうよ」

 

「なら、お前が自分で決めたのか?」

 

「うん、わたしのいしで、ただしいとおもったことをいったの」

 

「……正しいか、まあ間違えてはいないんだろうな」

 

いつか見た、悲しそうな顔をしている

苦しそうな、割り切れていないような

無理やり自分を納得させている、そんな顔

 

「リンクス」

 

「はい」

 

「その道は、確かな正道だ」

 

「はい」

 

「だが、ひとたび踏み入れば後戻りはできない、きっと、一生拭うことのできない後悔の念に晒されることになる」

 

「……はい」

 

「その先に天国はない、あるのは祈りと、それを嘲笑う邪悪だ」

 

「……………………」

 

「それでも、歩くか?」

 

「はい」

 

断固とした決意を見せる

 

「……わかった、お前の意を汲もう」

 

「じゃあ……」

 

「ああ、鍛えてやるよ、せいぜい理性のある獣に仕立てあげてやる、覚悟しろ、山猫」

 

「やった!」

 

合意を得た、彼を助けることが出来ると、それがわかった

彼の視線を気にすることもなくはしゃいだのを覚えている

 

「……まったく、どうしてこう、進ませたい方向に行かせられないのかね、俺は」

 

「すとれいど」

 

「なんだ」

 

「わたし、がんばるね」

 

「……ああ、期待してるよ」

 

その言葉には、彼の決意を感じた

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

斧を持った男が倒れる

 

『いいか、撃つときは手足を撃て、武器でもいい』

 

その近くにはバニラが倒れている

 

『そうすれば大抵は止まる』

 

驚いた顔で男を見ている

 

『それでも動き続けるような奴がいたなら俺に言え、お前には荷が重い』

 

音で察したのか、リスカムがこちらを見ている

 

『だけど、もし俺がいなくて、自分の身か、もしくは大切な誰かが危険な状況に陥っていたら』

 

その表情は、どこか驚きよりも、何かを悔いているように見える

 

『お前しか助けられない状況なら、ここを撃て』

 

倒れていく男を見る

 

『ここを撃てば、そいつは止まる』

 

その姿からは、感情を感じない

 

『うたれたひとはどうなるの?』

 

ただ、わかることは眉間に穴が開いているという事

 

『それは、その時に知るべきことだ』

 

そして、開けたのは自分だということ

 

彼があの日、自分に言った言葉はどんな意味を持っていたか

 

一生拭えないとはどういうことか、その時に知るべきことは何か

 

頭ではわかっていた

 

そして、これを彼が遠ざけていた理由も

 

男が力なく倒れる

 

その姿に、見覚えがある

 

生を感じない、暖かな感覚を与えてくれたあの人もそうだった

 

あの男の人も、同じように倒れていった

 

同じことが起きている、あの時と同じ

 

優しい笑顔を向けてくれた人、誰だっただろうか

 

『振り向かずに歩き続けなさい』

 

女の人の声が頭に響く、あの人の隣にいつもいた

 

その間に、わたしがいた

 

『あなただけでも、生きて』

 

最後に見た時、お腹を抑えていた、手の隙間からは赤い液体が流れていた

 

燃える家屋の中でわたしを一人、外に出してくれた

 

その後、あの女の人はどうなったのか

 

思い出せない、いや、思い出したくない

 

だが思い出さなければならない、これは、現実だ

 

あの日、知らない大人達がやったことと同じことが起きている

 

それと同じことをわたしはした

 

認めなければならない

 

あの人たちは、あの日、殺された

 

そしてわたしも、人を殺した

 

 

 

 

 

「え? 何が起きたの?」

 

目の前で兵士が弾かれたように倒れる

 

『あ、生きてる、わたし』

 

バニラがそんなことを言う

 

「今の、ジェシカ?」

 

バニラがよろよろ立ち上がるのを見ながらジェシカに聞く

 

『いえ、違います、そんな余裕はなかったです』

 

否定する、その視線は近くの少女に向いている

 

『それなら……リンクスちゃん?』

 

「……………………」

 

件の少女は何も喋らない

それどころか銃を下して、バニラの方をじっと見ている

 

「……リンクス?」

 

リンクスの異常に気付き話しかける

彼女の銃からは硝煙が漂っている

撃ったのはどうやら彼女らしい

 

『フランカ、リンクスを避難させてください』

 

「え?」

 

『早く、理由を説明してる暇はありません』

 

リスカムから急かされる

リンクスに異常が起きているのはわかる、彼女のもとに向かう

 

「リンクス、どうしたの」

 

「……ふらんか」

 

彼女はどこか遠くを見ている

肩を揺する、グラグラと力なく揺れる

 

「わたし、うったの、いま」

 

「ええ、あの状況でよく当てたわね」

 

「ばにらがあぶなかったから、しんじゃいそうだったから」

 

「……リンクス?」

 

「だから、いわれたとおりにしたの」

 

俯く、何かをこらえる様に、手を握りしめながら

 

「たすけるためにうてって、すとれいどにいわれたとおり」

 

「それは……」

 

「それで、うったの」

 

泣きそうな声で、叫びそうな声で、訴えてくる

思い出す、ストレイドは言っていた

人殺しはさせていないと

 

「ねえ、ふらんか」

 

「……何かしら」

 

「あのひとは、しんだの?」

 

「……………………」

 

「わたしがうったから、しんだの?」

 

確認しようとしているのは、認めたくないからか

それとも、自分の罪を自覚しようとしているのか

少し前にストレイドが言った言葉が頭を横切る

 

『リンクスを頼む』

 

その言葉の真意は、なんだったのか

あの時は理解できなかった

 

「……頼むって、そういうこと」

 

どこか絶望したような目で見上げてくる

 

「ふらんか……」

 

今の彼女は戦えない、発狂してないだけましかもしれない

小さい体を抱き上げる、通信をいれる

 

「リスカム、私たちは一時撤退する」

 

『了解です、バニラ、あなたも後ろに下がりなさい、邪魔になります』

 

『いやでも……』

 

『ならフランカの撤退の援護をしなさい、これでいいですか』

 

『……了解です』

 

リスカム達の会話が聞こえる

 

『レイヴン、早く来てください、出し惜しみしてる暇はありません』

 

『……わかってる』

 

後ろを見る、リーダーがランチャーを構えて撃とうとしている

狙いはこっち、間にリスカムが入る

引き金を引こうとする、そのとき

 

『そこまでだ、デカブツ』

 

黒い奔流がリーダーに向けて飛んでいく

その渦の中心にはストレイド

近衛に囲まれたリーダーに向けて、飛んできた勢いのまま蹴りを放つ

リーダーが吹っ飛んでいく、光を散らしながら近衛達の中心に着地する

 

『レイヴン、そこは危険です、退避を』

 

何処からともなくやってきた彼に動揺しつつ周囲の兵が武器を構える

 

『なあ、お前ら』

 

ストレイドが声を出す

 

『世の中、思い通りにならないことばかりだよな』

 

ストレイドの視線は近衛に向いていない

 

『確かなものを目指していたはずなのに、理想とは違う結果が襲ってくる』

 

その目は、こちらを向いている

 

『こんなはずじゃなかった、後悔するしかない選択ばかりが責めてくる』

 

じっと、悲しそうな目でリンクスを見ている

 

『不条理な話だ』

 

周囲の兵が襲い掛かる

 

『まったくもって、不条理だ』

 

『レイヴン!』

 

彼は静かに、手を動かす

 

『悪いな、リスカム』

 

その手が腰に伸びる

 

『チャレンジ失敗だ』

 

 

 

瞬間、幾重にも重なった射撃音が聞こえた

 

ストレイドの周りの兵が音と同時に後ろに倒れる

 

弾かれたように、力なく

 

ストレイドがその中心で拳銃を握っている

 

一丁ではなく、二丁

 

両手に携えている、銃口からは硝煙、足元には空の薬莢

 

周囲の兵がさらに襲い掛かる、十人か、もっといる

 

動く、精密に、冷徹に 最速で、

 

再び射撃音、重なりすぎて不協和音に聞こえる

 

襲い掛かった近衛全てが倒れる

 

その顔には、確かな傷跡

 

眉間に一撃、穴が開いていた

 

 

 

「レイヴン!!」

 

彼の周囲の兵士が倒れる

倒れたものは動かない、頭から血を流している

さらに発砲、こちらに向かいながら敵を撃つ

 

「レイヴン! 殺害はなしだと――」

 

「そんな甘いことが言える状況か?」

 

合流、リロードする

通った道には何人もの死体、三十程はある

 

「リスカム、バニラは下がったな」

 

「……はい」

 

後ろを見る、バニラはフランカと合流、ジェシカと二人で敵を抑えている

 

「最近のルーキーは人の話を聞かんらしい」

 

銃を構える、発砲

バニラたちの周囲の兵が倒れていく

 

『え? ちょ、なんです、これ?』

 

『ストレイドさんです』

 

『あ……』

 

「ようバニラ、隊列は崩すなと言ったはずだが?」

 

バニラに話しかける、その語気は、少し強い

 

『……でも、リスカム先輩を一人にするのは――』

 

「仲間を案じて行ったのはわかる、だが助けに動いていいのは状況が把握できている奴だけだ」

 

『……はい』

 

「その仲間思いに免じて今回は見逃す、だが次やったらその可愛い角と尻尾をむしり取る」

 

怒っている、先ほどのバニラの行動は事実上の命令違反だ

彼がまだBSWの人間なら容赦のない処分を下していたかもしれない

許したのはバニラが彼の指示に賛同してなかったことに気づいていたのもあるだろうが

 

「以後、留意しろ」

 

『……了解です』

 

「フランカ、リンクスはどうだ」

 

『……どうだと思う?』

 

「わかった、ジェシカ、バニラ、フランカと一緒にリンクスを連れて撤退ラインまで下がれ」

 

『でもそうすると――』

 

「同じことを言わせるな、下がれ」

 

『……はい』

 

バニラが渋々承諾する

作戦行動においてチームワークは要だ

誰か一人が勝手なことをすればどうなるか

彼女は先ほど身をもって知った

そして起きてしまった、リンクスの異常が

 

「レイヴン、あなた」

 

だが勝手な事と言えばこの男もそう

正当な理由こそ付けていたがあそこでアヴェンジャーをドクターの傍に運ぶ理由はなかった

 

「無理やり戦線離脱したのは、まさか」

 

「それは後だ、フランカ、頼んだ」

 

『……………………』

 

返事がない、後ろでフランカはリンクスを抱きかかえてこちらを見ている

 

「なんだ、ボケっとしてる暇はないぞ」

 

『ええ、わかっているわ、ストレイド』

 

「なら、さっさとしろ」

 

『すぐに退く、でもこれだけは言わせて』

 

「なんだ」

 

彼女の眼はまっすぐにレイヴンを見つめている

 

『あなたを殴る、この子の痛みの分だけ、覚悟しておきなさい』

 

「わかった」

 

『……だから嫌いなのよ、理屈で動く奴は』

 

フランカ達が撤退を開始する、ジェシカが聞いてくる

 

『お二人だけで大丈夫ですか?』

 

「ああ、一人で平気だ」

 

問いにそう答える

 

「一人とはどういう――」

 

「リスカム、お前もフランカの援護に回れ」

 

言い終わるまに遮られる

フランカ達と一緒に下がれと言いたいらしい

だがそうするとこの場に残るのは

 

「なっ、一人でやるつもりですか! あの数を!?」

 

「ああ、所詮は有象無象だ、問題はない」

 

残るのは、彼一人

視線を向かってくる集団に向ける

リーダーが立ち上がり、その周囲を護るように兵が付いている

数は多い、今までの比ではない

ほとんどの戦力がリーダーの周りにいるだろう

 

「手っ取り早く殺る、どうせ放っておいても害のある連中だ、鉄仮面、文句はないな」

 

『文句しかない、増援を待て』

 

「断る、決定権は俺にある」

 

二丁の拳銃を握る、紅い目を細める

寒気がする、地面の感覚が遠い

気を抜いてしまえば膝を着いてしまいそうなほどに

 

「……全て殺す気ですか」

 

「そうだ、殴り飛ばして気絶させるなんてやり方じゃ処理しきれん」

 

意思を感じる、それを今まで覆せたことはない

 

「ここで無駄な血を流す理由は――」

 

「ある」

 

たった一人の男から発せられるそれは、レユニオンの兵士を恐れさせるのに足りるものだった

兵が一人、二人、次々と後ろに下がる

 

「ほう、実力差を理解する程度はあるらしい」

 

レイヴンの視線がリーダーに向く

リーダーが喋る

 

「お前の顔、見たことがある」

 

「だろうさ、少しの間だが世話になったな」

 

レイヴンの言葉の意味は、潜伏していた時の事だろう

 

「……違う、そうではない」

 

「ほう?」

 

だがリーダーは否定する

 

「昔、戦場で見た」

 

メットで隠れて判別しずらいが、怯えているような気がする

 

「……なんだ、死に損ないか」

 

「たった一人で、何人も、何十も、何百人も屠った男」

 

リーダーが、静かに、だがはっきりと口に出す

 

 

 

「死告鳥、なにもかもを殺し尽くす、死を告げる黒い鳥」

 

 

 

「正解だ、デカブツ」

 

リーダーが口に出した単語はレイヴンという傭兵を示唆するもの

 

誰が言い出したかはわからない、正体を知るものはほとんどいない

 

「知っているならちょうどいい」

 

いつの間にか、雇われ達の間で流れた噂

 

「お前たちがこれからどうなるか、俺が何をするか、わかるだろう」

 

争いのあるところに現れ、圧倒的な暴力をもって殺し尽くす存在

 

「ロドス・アイランド、よく見ておけ」

 

いつしか噂でなく、恐怖の対象として語られることになった死に塗れた男

 

「これは、お前達への警告だ」

 

レイヴンが構えをとる

 

「お前達が正道を行くならば手だしはしない」

 

両手を体の前に、片方の銃を上に向け、もう片方は下に向ける

 

「だが、一度でも違えたなら、違えたまま、戻らないのであれば」

 

祈るように、目を閉じる

 

「その時は、こいつらと同じ末路を辿ってもらう」

 

その顔は、悲しみと決意に満ちている

 

「目に焼き付けろ」

 

目を開く、紅い、血に染まったような目

 

「恐怖を刻め、そして祈れ、自らの選択が間違いでないことを」

 

ここにいるのは迷い子などではない

 

「誤れば、俺がいく」

 

昔と変わらぬ狂気を纏った男、殺すことしか出来なくなった善人

 

「世界を殺す邪悪が、お前達を殺しにいくぞ」

 

一羽の鴉が、そこにはいた

 




終わりたいのに終われない
重い話よりも日常会話の方が好きなんですよね
でもまあ物語の完結に必要ということで書いていきます

早く平和な話が書きたい


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廃れた記憶

12/16 修正


初めて引き金を引いたのはいつか、覚えていない

わかっているのは、物心ついた時には銃を持っていたこと

その弾倉は、中が減っていたこと

 

「戦え、それがお前たちの役割だ」

 

「死にたくなければ撃鉄を起こせ、引き金をひけ」

 

「消耗品になりたくなければ敵をすべて殺して来い」

 

そんな事ばかりを言われていた

周りには少年兵、同じぐらいの年のガキがいた

俺もその中の一人だった

 

「9番、次は貴様の番だ」

 

「……………………」

 

「ふん、喚きもしないか、気味が悪い」

 

攫ったか、戦地で拾ったかは知らない

ある傭兵グループのもとで戦っていた

番号で管理され、使い潰される

毎日戦場に駆り出され、一人一人数が減っていく

意味のない引き金を引き続ける、それが当たり前だった

明日は我が身だ、それを自覚しつつも泣きわめくことも打ちひしがれることも許されない

そんな世界に、俺はいた

 

 

ある日、転機が舞い降りた

所属させられてたグループが襲撃にあった、もちろんガキどもも

燃え上がる炎や煙に紛れ何人かと逃げ出した

特別仲が良かったわけではない、偶然一緒になっただけ

それでも子供ながらにわかっていた、一人では生きていけないと

俺たちは団結した、生きるために、己の意思で戦うことを決めた

前とは変わらぬ戦う日々、少し違ったのは、仲間がいるということ

偶然一緒になったのではなく、何かしらの運命で一緒になったと、奴らは言ってた

それで、変な団結力が生まれた、形だけの、それでも確かな繋がりを護る為

引き金を引く意味が生まれた、当時はそう思っていた

最初は思い思いに意見を出し合い行動指針を決めてた俺たちはいつしかリーダーを決めた

なぜか俺が選ばれた、理由は誰も教えてくれなかった

決まっちまったもんは仕方ない、流れのままに生き続けた

各地を渡り、石に覆われる世界を見ながら旅をしていた

そんな時、小さな事件が起きた

俺がおかしい、誰かが言い始めた

なんでも、色が変色してるとかなんとか

鏡なんかなかったから気にしても無駄だと言ったら怒られた

思えば、鉱石病にかかったのはその時だろう

怒られた理由もわからず、でも心配してくれているのがわかって少し気恥ずかしかった

あともう少し一緒にいれば、きっと温もりというものが俺には理解できたのかもしれない

 

 

 

大きなミスをした、戦場で孤立した

使い捨てのガキに救援なんて来ない

一人一人殺されて、俺一人になった

必死に逃げて、気が付いたら黒くくすんだ欠片をかぶって倒れていた

それが自分の体の一部と気づくのに時間はかからなかった

目を覚まし、一人になっていることに気づいて、悲しかった

だけど涙は出なかった、そういうものだと、決めつけていた

護る為の引き金は、仮初だったと

人のふりは、己にはできないと

あの大人たちの教育は俺の心に強く残っていたらしい

たった一人で、歩くことになった

 

 

 

「よう坊主、仕事が欲しいのか?」

 

「ああ、寄越せ」

 

それからしばらくの間、殺人マシンとして生きることにした

戦争があれば自ら飛び込み、なければ賞金首を討つ

 

「まったく、小さいくせして怖い目をしてるな、お前」

 

「知ったことか、さっさと寄越せ」

 

「はいはい」

 

金がなければ生きていけない、生きるという行動を繰り返すために戦った

 

「他の奴らが言ってたぞ? 人の心がないって」

 

「あってほしいか? たかが消耗品に」

 

「……なんとまあ、捻くれちまって」

 

「可哀想だと思うなら仕事を寄越せ」

 

「わかったよ」

 

間違えた倫理観だとは知っていた

だがそれしか知らなかった

俺に導き手はいなかった

 

 

 

ある日、いつも通り仕事をしていたら変な集団を見つけた

武装した集団、統一された制服を着こみ、敵勢力を鎮圧していく

おかしくはない、戦いの中で戦っているのだ

だがその戦い方がおかしい

 

「……生かしてるのか?」

 

殺していない、生きている

この時は反乱分子の殲滅とかそんな感じの内容だった

別に殺す必要性はない、無力化でも問題ない

ただ、その時の俺に殺す以外の選択はなかった

だから、興味が出た

なんとなしに近づいて様子を見る

そいつらは自分と同じ雇われた側のはず、敵対はしていない

目立たないところで隠れていた

すると、一人の男と目があった

壮年一歩手前の男、集団の中で唯一武器を持たず、妙な格闘術で立ちまわっていた奴

近づいてくる、一人で

 

「……………………」

 

「少年、ここは危険だぞ」

 

子供が紛れ込んだと思ったのか、そんなことを言ってくる

 

「そうだな、奴さん方はまだ暴れてる、数は少ないがな」

 

「ほう、戦地だとは知っているらしい」

 

試しているのか、それとも何か別の目的があるのか

 

「ああ、俺も傭兵だからな」

 

「なら何故ここにいる、サボりか?」

 

「別に、休憩ついでに周りの様子を見てたんだ、手伝いはいるかと思ってね」

 

「なるほど、では持ち場は終わらせたという事かな」

 

「終わった、金の分はやった、後は適当にやればいいだろう?」

 

「ふむ、理に適っている」

 

「なら放っておけ」

 

どこか探るように聞いてくる

初対面のはずだが何か目に付くようなことはしただろうか

 

「少年、君だな? 噂の少年兵と言うのは」

 

「……噂?」

 

どうやら何か言われているらしい

聞き返してみる

 

「なんでも、臆することなく戦場に飛び込み、殺しの限りを尽くしている子供がいると聞いた」

 

「ほう、そんな風に言われてたのか、子供におびえるとは下らん大人だ。年だけ無駄に食っているんだろうよ」

 

「手厳しいな、耳が痛い」

 

表情一つ変えず話を続ける

 

「で、確認した理由は何だ、仲間でも殺されたか?」

 

「いや、君に殺られたという被害は今のところない」

 

「なら何故聞く」

 

無意味な会話に思える、得るものはない筈だ

後ろでやりあってる味方の助けでもすればいいものを

 

「なに、面白い人物だと思ってな」

 

「……馬鹿にしてるのか?」

 

「違うよ、気に入ったのさ」

 

そう言って、聞いてくる

 

「少年、名前は?」

 

「……名前?」

 

「ああ、君の名だ」

 

名前、聞かれて気づく

 

「……いらんだろ、そんなもん」

 

俺には、名がない

 

「なんと、それは不便な」

 

「そうでもない、少なくとも困ったことはない」

 

今まで聞かれたこともない、気にする理由がなかった

 

「ふむ、ならばその目も納得できる」

 

「目? 何の話だ」

 

「少年」

 

じっと見てくる、今まで向けられたことのない感情を向けてくる

 

「君は、人の温もりを知らないな」

 

いや、ある、昔、少しの間だけ身近にあった

 

「それがどうした」

 

今はいない、かつて共にいた子供たち

 

「少年、一つ助言だ」

 

どこか暖かい、少し気恥ずかしい感情

 

「そのまま戦い続けるのであれば、いつか」

 

もう、感じることのない筈の物

 

「君は、命を落とすぞ」

 

理解できなかったもの

 

「構わん、死んで悲しむ者などいない」

 

きっと、それは俺を救ってくれたんだろう

 

 

 

それからまたしばらくしてある地域にやってきた

どうやら不気味な子供の噂は流れに流れ、仕事の仲介人にも届いたらしい

気味悪がられて門前払いをされ、仕方なく俺を知らない地域にやってきた

そこには二つの国があった

お互いにいがみ合って、にもかかわらず共存してる国

最初は戦争が起きそうだと思って、食い扶持になると思って目を付けた

火が付くまで、適当に時間を潰していた

小遣い程度に害獣退治や物資輸送をして金を稼いでいた

 

そんなある日、片方の国の子供たちが群がってきた

 

「ねえ傭兵のお兄さん、これあげる」

 

「あ? ……これは、花?」

 

桔梗の一種だったか、青色が良く目立つ

 

「最近、あっちとこっちを行き来してるでしょ?」

 

「ああ、そうだな、両方ともやれることが多いし」

 

「だから、これあげる」

 

「……………………」

 

理由にならない、いや、子供にとっては十分な理由なのか

未だ暗い少年期を渡る俺にはよくわからなかった

 

「ありがとう、お兄さん」

 

「……どういたしまして」

 

感謝されるいわれもない、説明が欲しい

近くにいた子供の親らしき人物に目を向ける

視線に気づき、来てくれる

 

「どうも、小さな傭兵さん」

 

「どうも、麗しいお姉さん」

 

「あら、口が上手いのね」

 

「そりゃどうも、で、これは何だ?」

 

花を贈られた理由を聞く

 

「わからない?」

 

「わからん、だから聞いてる」

 

どうやら俺はなにかしたらしい

 

「ほら、あなた少し前からこことあっち、二つの国を行き来してるでしょ?」

 

「そうだな」

 

「それで、いろんなことをしてくれてるでしょ?」

 

「ああ、してる」

 

「物資の配送とか、道中の安全確保とか」

 

「してるな、それがどうした」

 

「あら自覚がないの?」

 

「?」

 

意味が解らない、金になるからやってるだけでそれ以外のことは知らない

 

「あなたのおかげであっちとの流通が楽になってるのよ」

 

「そうか」

 

「おかげで夫からの手紙が良く来るの、返事が届くのも早いらしいのよ」

 

向こうに出稼ぎでもしてるのか、夫の話を出してくる

 

「なんでも、手紙を出したその日に返事がきたって言ってたわ」

 

「へえ」

 

「配達員に聞いたら、あなたに頼んだ時だって言ってたの」

 

「……ああ、あの包みか」

 

そういえば何度か受けたことがある

速達の便とか、単純に人が足りないとかで紹介されて

 

「しかも他にもいろいろやってるって話じゃない、輸送の護衛とか、商団の先導とか」

 

「その二つ、変わらないと思うが」

 

「変わるわよ、人を護るのも、人を導くのもできるなんて凄いわ」

 

やたらめったら褒めてくる、ここまで言われることなのか

 

「しかもまだ小さいのに」

 

「……………………」

 

いや、貶されてるのか?

 

「お兄さんお兄さん、一緒に遊ぼ?」

 

「え? いや、ちょっと待て」

 

話の横から子供たちが入り込んでくる

 

「あら、いいわね、お願いできるかしら?」

 

「待て、この後は仕事がある」

 

「そうなの?」

 

嘘ではない、この後は幾つか荷を受けてあっちに渡るつもりだ

 

「あっちに行くんだ、荷渡しのついでにやることがないか探しに」

 

「なら、丁度いいわね」

 

「なんだ」

 

何かを取り出し渡してくる

 

「これ、ついでに渡してもらえるかしら?」

 

「手紙?」

 

「ええ、あの人に渡すの、これからポストに入れようと思ってたんだけど、それより早いでしょう?」

 

「……トランスポーターじゃないんだが」

 

「ああそうだったわね、なら報酬が必要かしら?」

 

「……いやいい、ついでだ、任されてやる」

 

本来なら請求してもいいはず

だが何故か言う気が失せた

 

「ありがとう、傭兵さん」

 

「別に、構わない」

 

手紙を受け取る、それと一緒に夫とやらの住所も教えられる

 

「じゃあ、これで失礼する」

 

「ああそうだ、傭兵さん、一ついいかしら?」

 

「なんだ」

 

さっさと済ませてしまおうと考えていたら呼び止められる

まだ何か頼みたいのか

 

「ねえ、あなた、なんて言うの?」

 

「……何を?」

 

「名前、傭兵さんじゃ呼びづらいでしょ? 教えてくれるかしら」

 

「…………名前」

 

あの男の声が木霊する

 

『少年、君は人の温もりを知らないな』

 

「……………………」

 

「どうしたの?」

 

同じように答えればいい

 

そんなものはいらないと

 

不必要だと

 

だが、言えなかった

 

この場にそぐわない答えだと、理解した

 

「……あー、なんだ」

 

「なにかしら」

 

「あとでいいか? 自己紹介だなんだ、その辺りは、また会った時でいいだろう」

 

「それもそうね、ごめんなさい、引き留めてしまって」

 

「いや、いい」

 

そそくさとその場を離れる

また何か言われる前に逃げなければ

 

「いってらっしゃい、傭兵さん」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「……………………」

 

正体のわからぬ感情を向けられる

酷く不気味で、でも嫌いになれないのが嫌で急ぎ足で離れた

 

何処かでカラスが鳴いた

 

「……なんだよ」

 

空を見上げ、飛んでいるカラスに向けてなんとなしに呟いた

 

 

……………………

 

 

「……ここか」

 

向こうの国に渡り、教えられた住所にたどり着く

情報通りならここのはず、あの女の夫がいるだろう

 

「花屋、か」

 

質素な見た目の店、店頭には色とりどりの花が並べられている

店の入り口に立ち、手をかける

 

「……失礼、邪魔をする」

 

「ああ、いらっしゃい、ちょっと待ってくれ」

 

ドアを開けると鈴の音が鳴る、見上げると上の方に付けられていた

来客時に気づけるようにだろう、音に気づいた店主がやってくる

 

「やあどうも、っと君は確か……」

 

「……………………」

 

眼鏡をかけたのんびりした顔、花に囲まれてるせいで一瞬妖精に見えた

男の妖精など、あまり需要はなさそうだ

 

「噂の傭兵くんじゃないか、どうしたんだい? 誰かに贈り物かな?」

 

「ああ、そうだ、あんた宛に一つ、預かっている」

 

「おや、何かな」

 

渡された手紙を突きつける

 

「おっと、彼女からの手紙か、ありがとう」

 

「別に」

 

「でもどうして君が? 配達員じゃないだろう?」

 

まあ俺は傭兵だ、わざわざ手紙単品で運ぶ理由は本来ない

 

「頼まれたんだよ、あんたの番いに」

 

「そうか……すまないね、忙しいのに」

 

「構わん、ついでだ」

 

少し申し訳なさそうな顔をする

 

「なんだ、後ろめたい事でもあるのか」

 

「ん? いや、違うよ、彼女が君に頼んだのは僕が原因かと思ってね」

 

「……ああ、言ってたな、手紙が早く届いたとかなんとか」

 

「そうだね、あまりない事だから驚いてしまってね、つい書いてしまったんだ」

 

頭を掻きながら恥ずかしそうに言う

平和そうな男、それがこの男への大抵の評価だろう

 

「……そんなに珍しいのか? 手紙が早く届くのが」

 

正直、手紙の時差など知らない、届けばそれでいいと思うが

 

「ああ、こことあっちは仲が悪いからね、近いくせしてたった一通の手紙が渡るのに一週間かかるとかザラなんだ」

 

「へえ、流通に問題が出るのか、なんでだ」

 

理由はなんとなくわかるが

 

「ほら、ここもあっちも、小さいだろう?」

 

小さいとは国としての規模だろう

ちっぽけな土地を不釣り合いな石壁で囲んだだけ

 

「お互い領地が小さい、単純に大きくしたいのさ」

 

そもそも国などとは呼べるものではない

まあ国の定義など、誰かがここはなんとかだ、とかいう主張をすればある意味できてしまう

獣が縄張りを主張し、そこに群れを作る

それと原理は変わらない

 

「それで、すぐ近くの土地を狙ってるんだ」

 

「まあ遠征するより早いか」

 

「そうだね、でも攻め入るには物資がない、人材はどうにかなるとして武器がない」

 

「槍とか剣じゃだめなのか、戦場にはそれで当たり前のように戦果を挙げる者もいるぞ」

 

「そんな使い手、ここにはいないよ」

 

「そうなのか」

 

「なにより、戦争なんてしたことないからね、お互いに」

 

「……なるほど、そもやり方を知らんわけか」

 

早い話がビクついているわけだ、ありもしない脅威におびえながら外交をしている

国としての経験と年齢が浅いのだ

 

「よくもまあ、国などと言えたもんだ、集落規模だろう、こんなの」

 

「それでも五百人以上は住んでるんだ、お互いに生活してる、色んなものを分け合って」

 

「合計千人か、いっそのこと奪うとかじゃなくてくっついた方が早いだろうに」

 

「まったくその通りだ、きっとその方が平和だね」

 

「ま、そうしたらそうしたで今度はどっちが首都だとか言うに違いないが」

 

「ありえるね、それでまたお互い、にらめっこするんだ」

 

「なかなか笑える話だ、酒の肴に出来るに違いない」

 

「こらこら、未成年が飲んじゃだめだよ?」

 

「ふん、誰かにとやかく言われる筋合いはない」

 

「まあ止めはしないけど、あんまり飲み過ぎちゃだめだよ」

 

店主が苦笑する、こちらの口も緩む

そうして気づく

なんとまあ、人らしい会話をしているものか

 

「さて、手紙を届けてくれた礼をしなければね」

 

「別にいいさ、いらん」

 

店主の言葉に否定の意を示す

 

「でも、仕事で来たんだろ? 報酬がいるんじゃないのかい?」

 

この男、存外物分かりがいいらしい、先ほどの話といい頭は回る方だろう

 

「構わん、ついでに頼まれてやっただけだ」

 

「だけど、傭兵だろう? その辺りはしっかりしなきゃ」

 

「まあそうだが、ここで受け取ったらあんたの番いへの面目が立たん」

 

「なんだ、断ったのかい?」

 

「ああ、初回サービスだと思っておけ」

 

随分とらしくないことを言う

自分で信じられない、おとなしく受け取っておけばよかったものを

 

「そうか、なら余計なにもしないわけにはいかないね、どうしようか」

 

そういうと店主が考え込む

しばらくして何か思いついたらしい店主がポンと手をたたく

 

「そうだ、君、今日はこっちに泊まるのかい?」

 

「そうなるな、わざわざあっちに戻る理由もない」

 

「ならちょうどいい、こっちの宿の主人にこれを渡してくれ、僕からだと」

 

「なに?」

 

ハナミズキの小さな束を渡される

 

「君の宿泊代は僕が持つよ、今日の分だけだけど」

 

「……ありがたいが、手紙一つにそこまでするか?」

 

一日だけとはいえ宿泊費が浮くのは意外と助かる

特別大きい稼ぎがないから結構きつかったのだ

だがそこまでされるいわれはない

 

「なに、賛辞には賛辞を、礼儀には礼儀を、善意には善意で返す、それが人の営みだろう?」

 

「……ご立派だな」

 

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいね」

 

受け取る、ここで突き返しても無理やり渡されそうだ

 

「……まあ、手紙も渡した、俺はこれで失礼する」

 

「ああ、楽しかったよ、えーと……」

 

「なんだ」

 

店から出ようとした俺に何か言おうとして、口籠る

 

「そういえば名前を聞いてなかったね、なんていうんだい?」

 

「……またこれか」

 

先ほどと同じ質問、名前など俺にはない

いつかのように返してもいいが何か違う気がする

いっそのこと唯一付けられてた呼び名でもいってやろうか

いや、この男のことだ、察してしまうかもしれない

小さい子供が番号で呼ばれていた、それだけで判断材料としては足りるだろう

9番、なんて中途半端な数字、そもそも名前にもしたくない、せめて一足して十番にでもすべきだ

 

「おや、どうしたんだい?」

 

「……別に、なんでもない」

 

夫婦そろって不都合なことを聞いてくる

さてどうしたものか、そんなことを考えていると

 

「……あ?」

 

「ん? 今のは、鳥の鳴き声かな?」

 

聞き覚えのある鳴き声が聞こえた

なんとなく外に出る、そこには

 

「……何見てんだ、鳥」

 

カラスがいた、店の屋根にとまってこちらを見ている

 

「やれやれ、被害はないからいいけど、イタズラだけはしてほしくないな」

 

店主が花を心配そうに見回している

カラスは頭がいい、その気になれば人の言語を理解できるとか

好機が勝れば平気で動く、人の気も知らずに派手にやらかすだろう

 

「どうするかな……と、おや? この自転車、なんだろうか」

 

すると店主が店の前に置いてあった自転車に目をつける

 

「随分錆びてるな……不法投棄かな?」

 

「……一応、法はあるのか」

 

「もちろん、曲がりなりにも国だからね」

 

錆びに塗れ、酷く汚れた自転車

傍から見たらゴミに見える

 

「困ったな、ここに置かれても捨てに行けないんだ……と、うん?」

 

どう処理しようか困っている店主があることに気づく

 

「この花、確か」

 

「……………………」

 

自転車のかごには荷物が入っている

 

小さなカバンに、それに寄り添うように青色の花が置かれている

 

「これ、もしや」

 

「……悪かったな、ゴミに乗ってて」

 

それは少し前、子供からもらったもの

つまりこのチャリは俺の所有物だ

 

「君のかい?」

 

「そうだ、悪いか」

 

別に使い潰したわけじゃない、それこそ不法投棄場に捨てられていたものを拾ったのだ

人目に付かない移動手段として最適だったから

まあ荒野をチャリで走るのは中々くるものがあるが

 

「ああ、なるほど、すまないね、間違えてしまった」

 

「構わん、事情を知らなきゃ誰でもそう思う」

 

「申し訳ついでにすまないが、笑っていいかい?」

 

「……笑え、そんな顔をひくつかせるぐらいならな」

 

手でそっと口元を抑え、小さく笑う

ツボにはまったのか、必死に笑いを押し殺している

 

「……何がそんなに面白かったんだ」

 

「いやなに、聞いた話に比べて結構ユーモラスだと思ってね」

 

「そいつはどうも」

 

俺の噂はまた、広まってきているようだ

 

「なんだ、噂通りに気味が悪くて、それが面白いのか?」

 

「いや、違うよ、噂と違って人らしくて面白かったのさ」

 

「……人らしい? 俺が?」

 

この男は何を言っているんだ

 

「なに、聞いた話だと素早く動く獣を一瞬で仕留めたとか

襲ってきた盗賊に怯むことなく突っ込んで、瞬く間に倒したとか

判断力と戦闘力が身の丈に合わないって話だったから、きっと冷徹なのかと思ってね」

 

「……年を食えば大きくなる」

 

「そうだね、ごめんよ」

 

なにやら噂が違う、また新しい噂が生まれている気がする、方向性は変わらないが

 

「しかし、そんな人が自転車に乗ってえっちらおっちらしてると思うと笑えないかい?」

 

「……それが俺でなきゃ、笑ってやるよ」

 

「うん、そうだね、言い過ぎた」

 

軽く涙目になりながら謝ってくる

まったく調子が狂う、今日は厄日か

 

「そうだ、その花、気に入ってくれたかい?」

 

「……というと?」

 

「その桔梗、綺麗だろう? 丹精込めて育てたんだ」

 

「……これ、あんたが育てたのか」

 

「ああ、花屋だからね、オリジナルのブランドも出さなきゃ」

 

「花弁が細いのは品種改良か?」

 

「違うよ、もともとそういう種類なのさ」

 

「ならオリジナルじゃないと思うが」

 

「それもそうだ、ならブランドは取り消しで」

 

適当な奴だ、まあこれぐらいの方がとっつきやすいのかもしれない

この花なんていかがですか? などとしつこく聞くよりは売れるだろう

 

「君にぴったりだと思ってね、選んでみたんだ」

 

「……どういうことだ?」

 

ぴったりとはどういうことか

色合いで選んだとしても俺の色は黒だと思う

青など出てこないはず

 

「花言葉さ」

 

「……桔梗の?」

 

永遠の愛、とか、誠実、とか、かけ離れたものだった気がするが

 

「気品のかけらもないと思うが」

 

「それは普通の桔梗さ、これは違う」

 

そういえば種類が違うと言っていた

 

「ならなんだ、捻くれ者か?」

 

「おや、自覚があるのかい?」

 

「……話す気がないならもう行くが」

 

「ああごめん、話すよ」

へらへらしながら言う、よく笑う奴だ

 

「これはね、こんな意味を持ってる」

 

「なんだ」

 

 

 

「希望、さ」

 

 

 

「……何を言ってる?」

 

希望? 俺が?

意味が解らない、ただの流れ者の俺のどこに希望なんぞあるのか

 

「おや、わからないかい?」

 

「わかるか、誰かの為に動いた覚えはないぞ」

 

「動いてるじゃないか」

 

「は?」

 

「ほら、傭兵の仕事、身辺警護とか、物資輸送とか、やってくれてるだろう?」

 

「……そうだな」

 

「立派に人を助けてるじゃないか」

 

「それがどうして、希望になる」

 

確かに別の観点から見れば人助けだ

だがそんなこと、考えたことはない

 

「なに、君はこの二つの国の現状が見えてるね?」

 

「……ああ、よく見える」

 

二つの国、何も始まらないのがおかしなほど険悪な関係

助け合わねば生きていけないから手を取り合う、歪な状態

ほんの少しのずれで崩れてしまいそうな、酷く脆いもの

 

「正直、君が来なければとっくに殺し合いが始まってたろう、しびれを切らした子供同士が殴り合うような感じで」

 

「……そうなのか?」

 

「ああ、そこに、第三者の君がやってきた」

 

「……………………」

 

「どちらにも属さぬ、敵とも味方ともいえぬ勢力」

 

「……子供だぞ? 俺は」

 

「そうだね、最初は危険視していなかった、ただ日を進むにつれてある話が出た」

 

「……それは、さっきの」

 

「そう、飛び切り腕の立つ傭兵がやってきたっていう話がね」

 

「……怯えてるのか? こんな子供に?」

 

「ああ、怯えてるんだよ、碌に戦争を知らないから」

 

なんとまあ臆病というか、慎重というか

つまり、戦争が始まった場合、どちらかに必ず俺が付く

特別強い兵士がいない両国、数も同じ、質は変わらない

そこに盤面を傾ける駒がある、そしてそれは、どちらか片方しか持ちえない

どっちにつくかもわからぬ者がいるならリスクは冒せない、そういうことか

 

「馬鹿なのか? ここの王達は」

 

「そうだね、愚か者さ」

 

「それに加えて日和見か、よくも国など作ったものだ」

 

「むうう…………耳が痛い」

 

ついつい罵詈雑言を並べてしまう

これでは目論見がパーだ、金など稼げない

 

「まったく、こんなことなら合併でもなんでもした方が幾分マシだろうに」

 

「そうだね、それが出来れば、きっとこんな苦労はしないだろう」

 

「あんな見かけだけな壁などさっさと崩せ、いっそ、こっちから投降しろ」

 

「もうしてるんだけどね、あっちが気味悪がって了承しないのさ」

 

「ならもう滅べ!! それで吸収しろ!! どっちでもいいから!!」

 

「はっはっは、中々手酷い」

 

よくわからない苛立ちが募り、つい叫ぶ

 

「なんなんだいったい、王はどこだ、小一時間説教してやる」

 

「……されたくないなあ、ははは」

 

一度顔を見てみたい、そして殴ってやる

それからついてるもの、耳だろうが角だろうがなんでもいい、むしり取ってやる

 

「いやはや、まさかここまで怒られるとは」

 

「あんたも笑うな、奥さんと子供がいるだろうに、何故さっさと簡単な道を選ばない」

 

「選んでるさ、簡単で、確実で、優しい方法を」

 

店主は悲しそうに笑う

 

「きっといつか、笑い話にするために」

 

たかが花屋がなぜこうも国を想うか

もっと深く考えていればこの時に気づいたろう

 

「……もういい、で、なんで希望なんだ」

 

「そうだね、君は今、両方の国に牽制している形になっている、間接的にだけど」

 

「そうだな、それでお互い派手に動けない」

 

「願わくば、そのままでいて欲しい」

 

「というと?」

 

「どちらの味方にもならず、見守っていてほしい」

 

「……俺にここに留まれと?」

 

「願わくば、だよ、無理なら無理で構わない」

 

この男が言うには、牽制を続けろ

抑止力になれ、そういうことだ

 

「回りくどいオーダーだ、まあ別の方法もないんだろうが」

 

「おや、乗り気みたいだね」

 

「違う、すっきりしないのが嫌いなんだ、ここまできたら最後まで聞いてやる」

 

「……ありがとう」

 

「そりゃどうも」

 

もういい、とことん聞いてやる

半ばやけくそになって話を聞く

 

「あちらも別に争いを好んでいる訳じゃない、なら時間をかければいつか解決する」

 

「そうだろうさ、逆にそれで無理ならもうどうしようもない」

 

「だから、時間を稼いでほしい、僕たちが足並みを揃える時が来るまで、護っていてほしい」

 

「……………………」

 

「どうかな? たいしたお礼は出来ないかもしれないけど、君さえ良ければ……」

 

「……確約は出来んな」

 

「そうか……」

 

「だが」

 

「?」

 

この時、きっと理解しかけたのだ

 

「たまに宿代を肩代わりしてくれるなら、考えてやらんでもない」

 

温もりを

 

「本当かい!?」

 

「確約は出来んと言った」

 

人の感情を

 

「ありがとう!! 傭兵くん!!」

 

「……いい大人が抱き着くな」

 

いつか、死んでしまった子供たちにむけられたものを

 

「僕は! 僕たちはやってみせる!!」

 

「そうかい、期待してる」

 

彼らが成功していれば

 

「ありがとう! 本当にありがとう!!」

 

「……あんたは花屋だろ、頑張るのは執政者と、王様と、あっちのお偉いさんだ」

 

俺は、同じ感情を誰かに向けることが出来たのだろう

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「ああ、取り乱してすまない」

 

「まったく、年上が年下に縋るなんざ、子供に見せられねえぞ」

 

「そうだね、それは言わないでおくれ」

 

「わかったよ、国想いな父親の痴態は心にしまっておくとしよう」

 

「ありがとう、傭兵君」

 

「礼ばっかだな、あんた」

 

「そうだ、結局聞いていないね」

 

「なにを?」

 

「君の名前」

 

「……それは」

 

 

 

何処かで、カラスが鳴いた

 

 

 

「……レイヴンだ、店主」

 

「レイヴン?」

 

「ああ、何処からともへとあてなく渡る黒い鳥」

 

 

 

 

「渡り鳥のレイヴンだ」

 




※この小説は未成年に飲酒を勧めるものではありません※



一応、書いときます


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焼けた記憶

12/16 修正


 

それからしばらく、不可思議な日々が続いた

 

 

「……坊主、朝餉は食ったか」

 

「いや、これから買いに行くんだが……」

 

朝、宿で起きて飯でも買おうと思ったら宿の主人が目の前に立つ

 

「なんだ、おっさん、素敵な頭がテカってるぞ」

 

「……………………」

 

大柄な体、迫力がある

子供の身長では壁と変わらない

 

「なんだよ、外に出れん」

 

「……………………」

 

しかも動く、横から行こうとすると合わせてくる

タチが悪い、用があるなら喋れ

 

「どけ、腹減ってんだ」

 

「……むうん」

 

顎で何かを示す

その方向を見る、そこには

 

「……食えってか?」

 

「…………(コク)」

 

「……なんか話せよ」

 

簡素な朝食、パンとスープと、適当な野菜をあわせたサラダ

作ってくれたのか、それらがテーブルに用意されていた

 

「……じゃあ、ありがたく」

 

「……………………」

 

無言で去っていく、だから喋れよ

とりあえず席に着きパンを手に取りかじる

そしてスープをすする

 

「……なんだ、人が食うさまが面白いか」

 

「…………(コク)」

 

「……そうかい」

 

物陰から隠れてみている主人を警戒しながら飯を食う

その味は、今まで食った中でも比べられないほど美味かった

 

 

 

「ねえねえ、レイヴンお兄ちゃん」

 

「なんだ、ガキ共」

 

仕事の合間に休憩していると近くの子供が群がってくる

 

「いま休憩中?」

 

「そうだな、惰眠でも貪ろうと思っていたが」

 

「なら遊ぼ!」

 

「えー……」

 

こっちは休憩してるのだ

何故そこで疲れさせようとするのか

 

「ガキはガキ同士で遊んで来い」

 

「お兄ちゃんだって子供だよ」

 

「……………………」

 

論破された、なんてことだ

 

「子供は子供同士で遊ぶんでしょ? 遊ぼうよ!」

 

「わかったよ……」

 

根負けして仕方なくのる

 

「……何するんだ?」

 

「えっとね、かくれんぼ!」

 

そういって三人、木の葉が散るように消えていく

 

「……俺が鬼か、畜生め」

 

「仕方ないわ、前にやった時あなただけ見つからなかったから、それが悔しかったんでしょ」

 

花屋の店主の妻が来る

 

「そこで何故今度は見つけてやると意気込まない」

 

「隠れた方が勝機があると思ったんでしょ」

 

「なんだ、王様よりも賢いな」

 

「……あまり言わないで上げて、あの人もいろいろ手を尽くしてるから」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

どうやら知っているらしい

俺はまだどっちの王様にも会っていない

どっちでもいい、何処のどいつか確定したなら殴り飛ばす

そして髪の毛を全部むしり取る、そこまですれば気も済むだろう

 

「知り合いよ、あっちの王様とはね」

 

「……あっち? こっちじゃなくて?」

 

「ええ、私達はもともとあっちだから」

 

「あんたらが離れてたのか?」

 

「そうよ、わけあってね」

 

仲違いか、いや、それなら手紙のやり取りはしない

なら別の理由、残念ながら心当たりはない

 

「「「もーいーよー!!」」」

 

「……まあいい、俺には関係ない」

 

「そうね、ごめんなさいね、気苦労かけて」

 

「別に、構わん」

 

「……ありがとう」

 

「ふん」

 

話を切り上げ、意識を集中する

 

「一人! そこの店の看板の裏! 二人! そこの家族の後ろ!」

 

「「へっ!?」」

 

「そして三人!!」

 

少し離れた木に近づく

 

「ガキが危ねえ所に上るな! 怪我するぞ!」

 

「ひゃー!」

 

木を蹴る、落ちない程度に揺らす

 

「あら、よくわかったわね」

 

「ふっ、諜報、索敵、隠密、ありとあらゆる行動において俺に勝てると思うな、ガキ共」

 

「ずるーい、アーツだ、アーツ使ったんだ!」

 

「はっ、お前達に使うほど安いアーツじゃあない」

 

観念して降りてきた子供に文句を言われ、一蹴する

 

「……よく笑うようになったわね、あなた」

 

嬉しそうな女性の声が小さく聞こえた

 

 

 

「で、なにが、どうして、こうなる……!」

またある日、二つの国を繋ぐ道で輸送団の馬車の車輪が途中で外れ、修理に同行することになった

 

「すまんねえ、接触が悪かったのかいきなり取れて……」

 

「ばあさん、メンテナンスは無理やりにでもしろと言ったろ……」

 

「でも、整備士の兄ちゃんたち、忙しそうだったから」

 

「それでも頼め、整備士の仕事は道具の状態を万全に近づけること

ここで無理して被害が出るようじゃかえって野郎どもが気に病むわ!」

 

「レイヴン、もっと力を入れてくれ」

 

「入れとるわ! 精一杯だ! この野郎!」

 

「……重い、重いぞ」

 

「ひー、ひー」

 

大人二人、子供一人で持ち上げる

 

「いいぞ、少し耐えてくれ」

 

「早くしろ……!こんちくしょう……!!」

 

「ふぁー……ぶるすこ、ふぁー……ぶるすこ」

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

各々悲鳴をあげつつ馬車に車輪がはめ込まれるのを待つ

 

「よし、終わった、降ろしていいぞ」

 

「だー!! 手が痛ぇ!」

 

「……二度と持ちたくない」

 

「…………なでなでちてぇ」

 

ようやく解放される、力仕事は好きじゃない

 

「はあ、ったく、ばあさん、いいか」

 

「なんだい、レイヴンちゃん」

 

「仕事とは、やる理由が存在するんだ、後でやろう、今は手が離せなさそうだからよしておこう

そんな程度で引き下がるな、見ろ、現にやらなかったせいで手間が増えた」

 

「そうだねえ、ごめんねえ、気を付けるよ」

 

「ならいい、ほら、馬をつなげ」

 

ばあさんが馬を先導し馬車につなぐ

 

「すまないな、レイヴン」

 

「なんだ、謝られるようなことはないと思うが」

 

整備士の一人が声をかけてくる

 

「俺たちが気を回せればこんなことにはならなかった」

 

「何を言ってる、あんたらはよくやってるだろ」

 

「だが、俺たちが動いていれば」

 

「くどいぞ、第一、常に頭を回して動けるものなどいない、気づけなくて当然だ。逆に他に気を回すなら目の前の作業に集中しろ」

 

「……すまないな」

 

「だから、謝るな」

 

きっと、感謝の意を含んだ言葉だったのだろう

 

 

 

「やあ、カラスの坊っちゃん、いま帰りかい?」

 

「ああ、なんだ、受付を待ってたのか?」

 

「ああそうさ、私達の守り神を外で寝かすわけにはいかないだろう?」

 

「……言い過ぎだ、おばさん」

 

幾つか依頼を終わらせ、宿につく

剥げたおっさんではなく、ふくよかな体系のおばさんの宿

夜は深い、本来なら閉まってるはず

酒飲み共も酔いつぶれて寝てる時間、なんとまあ、優しいことだ

 

「いいのか? 明日に響くぞ」

 

「いいのさ、それに、これがあたしの仕事だからね」

 

「……そうかい」

 

なにやら違和感、仕事を強調された気がする

 

「仕事ってのは、やる意味があるんだろ?」

 

「誰から聞いた?」

 

笑顔で指をさす、そこには

 

「……あいつらか、暇人め」

 

「いいじゃないか、それだけ感謝されてるって事さ」

 

錆びだらけの自転車が、輝きを取り戻していた

 

「まったく、乗り換えようと思ってたのに出来ねえじゃねえか」

 

「はっはっは、憎まれ口が得意だねえ、あんた」

 

「気のせいだろ」

 

「ほら、早く入りな、夜は冷えるよ」

 

「……わかったよ」

 

随分と、人の真似を長くした

 

 

 

………………………………

 

 

「やあレイヴン、こんにちは」

 

「よう店主、調子はどうだ」

 

「ボチボチかな、可もなく不可もなく」

 

今までの記憶にない、不可思議な日々

解決できない違和感を抱えたまま過ごしていた

 

「それで、今はどんな花が咲いてる?」

 

「そうだねえ、サザンカかな」

 

「ほう、なら可愛い子に渡してそっと連れ込むか」

 

「こらこら、そういうことは人前でいう事じゃないよ」

 

この男と例の契約を交わしてから五年がたった

身長も伸びた、もう小さいとは言わせん

 

「あの薬屋の子、可愛くないか?」

 

「ああ、確かに可愛い、あと十年若ければなあ……」

 

「事案だな、奥さんに報告するか」

 

「やめて、手紙が来なくなっちゃう」

 

「ならふざけたことを言うな」

 

未だ俺は王を知らない

正確には、こっちの王を

 

「それで、こっちの王様はどうなんだ? 随分声をかけてるみたいじゃないか」

 

「そうだね、振り向いてはもらえてないみたいだ」

 

二つの国は少しづつ距離を縮めていた

ただあと一歩、詰めることが出来ていない

 

「まったく、民の言葉に耳を傾ければいいものを……」

 

「だからこそ意地になってるんだろう、後は自分が折れるだけなんだから」

 

「折れろよ、意地張ってないで」

 

「負けた気がして嫌なんだろう、あちらの王は」

 

あちらの王にあったことがある、呼ばれて

理由は一つ、戦争になった時、あちら側についてほしい、それだけ

 

「いっそ、他の傭兵を雇えばいいのに」

 

「そんな金、どちらにもないよ」

 

もちろん断った、稼ぎ的にも美味くなく、徒労で終わる戦いはしない

 

「そもそも戦争以外の結末に目を向けれないのか? あの軟弱者は」

 

「彼なりの考えがあるのさ」

 

「馬鹿を言え、あんな地獄を繰り広げる理由はない、それは奴もわかってる」

 

あちらの王は典型的な臆病者

その癖プライドだけ高い

 

「こっちはもうやりあう気はないんだろ? しかも支配下につくと言っている。ここまで有利な状況でなぜ動かん」

 

「レイヴン、人間関係は簡単にはいかない、君もわかってるだろ」

 

「わかってるから言ってる。殺したがりという訳でもないのに戦争にしか目を向けないのはおかしい」

 

「そうだね」

 

「あいつ、ただの負けず嫌いだぞ、自分の勝ちを証明したいだけだ」

 

負けず嫌い、一言で表すならこうだ

現状、あちらの王はあらゆる方面でお膳立てされている

というのも

 

「なんのための人質だ、まったく」

 

「あまり、口に出すことではないよ」

 

「そうかい」

 

こちらの王は、あちらへの降伏の意思表示としてあることをしてる

それは、家族をあちらの領地に差し出すという事

別段牢屋に囚われているわけではない

あちらに住ませているのだ、わざと

 

「……まったく、よくもそんな事を考えたものだ」

 

「そうだね、きっと、非道な人なんだろう」

 

平和のための足掛かり、そういえば聞こえはいい

だが実際はただの人身御供、生贄だ

殺されることこそないだろう、それでも酷だ

王の家族は引き裂かれ、会うことを許されていない

許されているのは、手紙のやり取りだけ

 

「……いつか殴り飛ばしてやるよ、こっちの王様」

 

「……そうか」

 

なんでも、妻から言い出したとの事

二つの国が睨み合わずに済むなら、喜んで協力する

子供も同意したらしい

 

「…………ふん」

 

「……フフ」

 

なんとまあ、美しい家族愛だ

酷く眩しい愛国心だ

しかも自分の国だけでなく、あちらの国まで範囲ときた

どこかの誰かさんは幸せ者だな、理解者に囲まれて

それがかえってあちらの王の癇に障ったのか

同じぐらいの忠義人がいないことに、羨望しているのか

投降を了承しないのはそれが原因だろう

 

「そうだ、レイヴン、娘が言ってたんだが」

 

「なんだ」

 

「君、恋人はつくらないのかい?」

 

「……つくらねえよ、相手がいねえ」

 

「つまらない嘘を吐くね、君、両方の女の子に人気なんだろ?」

 

「ほう、初耳だ」

 

「言ってたぞー? 競争率が高いって」

 

「きっと他人の空似さ」

 

「はは、君みたいな人、他にいるのかい?」

 

「いるさ、世界には三人、同じ顔の奴がいるらしい」

 

店主が言うのは俺の外見の事だろう

俺には身体的特徴がない

角も、耳も、尻尾もない

こんな奴、三人といるかどうか

 

「どうだい? うちの娘とか、うちの娘とか」

 

「選択肢、一つしかないが」

 

「ならもう、うちの娘にするしかないね」

 

「しねえ、誰とも付き合わん」

 

「でも関係は持つのかい?」

 

「一夜限りの関係ならな、喜んで」

 

まあ持つ気はあまりないが

この体になったのは鉱石病が原因

そんな奴が人とまぐわったら悪影響が出かねん

逆によくも死なずにいるものだ

 

「でだ、書き終わったか?」

 

「ああ、終わったよ、それじゃあいつも通り」

 

「任された」

 

店主から手紙を受け取る

これは契約を結んだ日から始まった小さな出来事

この夫婦の手紙の配達

毎日、毎日、続けてる

 

「じゃ、返事が早く来ることを祈っとけ」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

「邪魔するぜ」

 

問答無用でドアを開ける、そこには

 

「あら、レイヴン、こんにちは」

 

「よう奥さん、今日も綺麗で何よりだ」

 

「あらあら、相変わらず上手な口ね」

 

店主の妻のとこにやってくる

「え? レイヴン?」

 

「お、マジか、兄ちゃん、こんにちは」

 

「よう、ガキ共、調子はどうだ」

 

「良好さ!」

 

遅れて反応する年代の近い少年と少女

少年は元気の塊とでも言えるような笑顔を見せてくる

少女はどこか気恥ずかしいそうに俺を見る

二人とも身長は俺より少し低いぐらい

夫婦の子供、随分と成長したものだ

まあ五年もたつ、こうなるか

 

「えっと、こんにちは、レイヴン」

 

「よう、相変わらず胸が貧相だな」

 

「……ヘンタイ」

 

少年の挨拶に続き少女が声をかけてくる

それにセクハラで返すと顔を赤くして恥ずかしがる

中々いい反応だ、これでもう少し成長すれば美人になるだろう

 

「それで、なにかしら?」

 

「決まってるだろう、これだ」

 

そういって手紙を差し出す

 

「あら、いつもありがとう」

 

「構わんさ、ただの成り行きだ」

 

受け取って嬉しそうに微笑む

 

「その、わたしには、ないの?」

 

「というと?」

 

「その、お土産とか、なにかこう、それらしいものとか」

 

「ないだろ、いつも、二つの返事をまとめてあるんだから」

 

「……うぅ」

 

「……ひでえなあ、兄ちゃん、女心を知らんのか?」

 

「知ってどうする、無駄に頭を痛めるだけだ」

 

どこか現実味のない平和な会話

相変わらず理解できないわだかまりを感じながら日常を過ごしていた

そこに

 

「ん?」

 

「あら、どなたかしら」

 

ドアがノックされる、俺の後ろに奥さんが回り込む

扉を開ける、そこには

 

「失礼、ご婦人」

 

「えっと、どちら様かしら?」

 

「なに、ただの老兵です」

 

壮年の男が立っていた

 

「人を探しているのですが、よろしいかな?」

 

「ええ、わかる範囲でよければ」

 

「ある男を探している」

 

「というと?」

 

「黒髪赤目」

 

「……え?」

 

「そして、なんの人種かわからぬ見た目の男」

 

「それは……」

 

三人がこっちを見る

 

「……ほう、何の用だ?」

 

「なに、古い知り合いを尋ねに来た、それだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何の用だ、ご老人」

 

「なに、言った通りさ」

 

場所を変えていつかかくれんぼをやらされたとこに来る

 

「知り合いになぞ、なった記憶はない」

 

「私にはあるよ、少年」

 

「……小さくないと思うが」

 

「ほう、気にしていたのか」

 

いつか出会った奇妙な格闘術を繰り出す男

恨みを持たれる理由はない筈、となればなんだ?

 

「それで、用件は」

 

「そう急かすな、急ぎの用事ではない」

 

「……そうかい、じゃあ世間話でもするか?」

 

「君から振るか、随分話し上手になったものだ」

 

「まるで人が口下手だったように言うな」

 

「そうではないか、あの時口を開こうとしなかったのは君だろう」

 

「まあ、そうだったな」

 

友好的な態度を示してくる

祖父と孫が話しているような状況だ

 

「そういや、あんた一人か?」

 

「ほう、一人とは?」

 

「いや、あの時他の奴もわらわらいたから、一緒に行動してるのかと」

 

「ああ、違うよ、少年」

 

そういえばあの時と服が違う

統一された制服でなく、私服を着てる

年代を感じる落ち着いた色合いのコート

無駄に年を食った人物ではないらしい

 

「彼らは隊員、私の部下だ」

 

「……部下?」

 

「そう、優秀な私の仲間だ」

 

仲間、部下、俺の知らん単語だ

 

「なんだ、軍人か? あんた」

 

「いや、少し違う」

 

「ならなんだ、傭兵団にしては毛色が違う」

 

「ふむ、その鑑識眼はいまだ健在か」

 

「何を言いたい」

 

目的が見えない、こいつが俺を雇う理由もない

世間話が目的とは思えない

ここは地図の端っこに近い位置にある

有名な都市は離れている、知人がいるからなどという理由で来るところではない

 

「少年、一つ、頼みたいことがある」

 

「頼み?」

 

「そう、ちょっとした仕事だ」

 

仕事、なにかの依頼か

だが口ぶりから戦場に赴くものではないだろう

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「なに、暇つぶしだよ、少年」

 

老人が詳細を口に出す

曰く、老人は警備会社に所属しているとの事

戦地への派遣や、重要人物の警護

暴動の鎮圧や天災跡地のパトロールなど

戦えぬ者の為に代わりに戦力を提供する、一言でいえばそんなもの

 

「で、それがどうした」

 

「暇つぶしと言っただろう」

 

「それがわからん」

 

そんな奴が何の用か

 

「少年、手合わせするつもりはないか?」

 

「だれと?」

 

「私達と」

 

「……あんたらと?」

 

老人が言ってきたのは師範代になれとのこと

なんでも普段は老人がやっているがいつも同じ相手だと刺激がない

そこで適当に腕の立つ人物を探していたらしい

 

「それでどうして俺になる」

 

「なに、人を選別していたら知ってしまったものでね」

 

どこか懐かしい笑顔を向けてくる

 

「噂の子供が、辺境に旅立っていったと」

 

気恥ずかしい感情

 

「そこで小さな二つの国を護るように暮らしていると」

 

未だ理解できない、だがあと少しでわかりそうなもの

 

「……で、どうして俺だ?」

 

「君は随分腕が立つ」

 

老人の目が鋭く光る

 

「この老骨を奮い立たせるほどにな」

 

「あんた、戦闘狂の類か?」

 

「なに、武道を嗜めば、自ずと強者を求めるようになるものだ。それが恐ろしければ恐ろしいほどに」

 

「要はあんたがやりたいだけか」

 

「ふっ、年甲斐もないとはこういう事か」

 

「違いない」

 

方向性こそ危ういが、存外、茶目っ気のある爺さんらしい

 

「で、どうかな、もちろん報酬も出すが」

 

「……………………」

 

老人の言葉に何も答えない

代わりにポケットからあるものを取り出す

 

「ふむ、君、まだ駄目ではないか?」

 

「いいだろ、年なんざ数えたことはねえ、今幾つか、俺には関係ない」

 

煙草を取り出し、口に咥えて火をつける

それを何も言わず、老人は眺める

煙草を咥えたのには意味がある

なにか決断する時、俺は延々と考え続けてしまうという悪癖を見つけた

だから、ルールを作った

コイツを一本、吸いおわるまでに指針を決めたら動く

無理なら、やめる

 

「……………………」

 

「……終わったな」

 

「ああ、さて爺さん、その話だが――」

 

指針は決まった

 

「受けてやる、ただ話しておく人物がいる」

 

俺は、この選択を後悔することになる

 

 

 

 

 

「依頼が来た?」

 

「ああ、この爺さんからだ」

 

「失礼する、ご主人」

 

「いえいえ、こちらこそこんな格好で済まないね」

 

花屋に老人を連れていく

 

「私はある警備会社に勤めるものでしてね、今回、彼の力添えが必要になり、許可を頂きたくて参りました」

 

「これはこれは、ご丁寧にどうも」

 

名刺を渡され、店主が頭を下げつつ受け取る

 

「僕も渡せるものがあればいいんだけど…………」

 

「安心しろ、あんたの土に塗れた手が何よりの名刺だ」

 

「ああ、なんてことだ、お客さんの手を汚してしまった」

 

「いえ、お気になさらず、これはあなたの誠実さを表す証拠です」

 

「ありがとうございます、ああ、どうしようレイヴン、凄い常識人だよ」

 

「いつも通りでいいさ」

 

滅多に見えない種類の人物に店主が慌てる

あいも変わらぬ平和そうな男

 

「それで、依頼とは?」

 

「この少年の実力はご存知かと思われます」

 

「ええ、いつも助けられています」

 

「そこで少々、私の部下達に手ほどきをしていただく……」

 

老人が説明をする、それを尻目に花を見る

どれもこれも、この優しい男が丹精込めて育てたもの

花の良さなど知らんが、これらを贈るのには必ず意味が生まれるのだろう

 

「む……」

 

見回していると、ある花が目に入る

赤い花、店主が言っていた、今が見ごろだと

花言葉はなんだったか

 

「……………………」

 

「レイヴン、終わったよ」

 

「ああ、早いな随分」

 

振り向くと老人と店主が優しく笑っていた

 

「で、結果は?」

 

「許可するよ、レイヴン、行っておいで」

 

「いいのか? 一週間ぐらいはいないんだぞ?」

 

許可がでる、つまりは老人の会社に顔を出すという事

行き帰りを含めるとそこそこ時間がかかる

 

「構わないよ、それに丁度いい」

 

「なにがだ」

 

その間、俺はいない

抑止力が存在しない

 

「緩衝材が無い状態でどうなるか、一度試すのも悪くない」

 

「なるほど、壁越しの睨めっこがようやく対面するわけか」

 

「ああ、そうだね」

 

まあ行っていいというなら行くが

店主としても機会があるのは良い事なのだろう

 

「じゃあ遠慮なく」

 

「では少年、可能ならば今すぐにでも出立したいんだが」

 

「ほう、待ちきれんわけか」

 

 

「そうとも、常々考えていた、君と私、どちらが強いか」

 

「いいぜ、ささっと済ませよう」

 

「ははは、楽しそうだね」

 

少し気分を高揚させながら店を出ようとし

 

「そうだ、店主、頼みがある」

 

「なんだい」

 

「花を贈りたい」

 

「なに?」

 

目を丸くした男の顔は大変面白かった

 

 

 

 

 

「さて、荷物はこのくらいだ」

 

「少ないな」

 

「あっちとこっちを行き来するのに大きな荷物は邪魔だ、ラッドローチに載せれる範囲でいい」

 

「ほう、蟑螂とな」

 

「俺のチャリだ、いい名前だろ」

 

「逸脱したネーミングだ、恐れ入った」

 

老人の車に荷物を載せ、準備を整える

すると

 

「レイヴン!!」

 

「ん? まあ来るか」

 

少女が駆け寄ってくる

 

「レイヴン、遠くに行っちゃうってホント?」

 

「少しの間だ、ずっとじゃない」

 

「でも……」

 

「なんだ、寂しいか?」

 

「……うん」

 

落ち込んだ様子を隠さない、急に聞かされたのもあるだろうが

少し前に奥さんに話しておいた、それを聞いて見送りに来たのか

 

「たった一週間だ、たいしたことじゃない」

 

「だけど、それでもあなたがいないのは、その……」

 

いや、引き留めに来たのかもしれない

今生の別れではないのだ、悲しむことでもないだろうに

 

「えっと、その、ね、あのー」

 

何か言おうとして、言葉が出てこない

その様が面白くて、なんだか気恥ずかしくて

 

「なんだ、手紙が届かなくなるのがそんなに嫌か」

 

「違うよ、そうじゃなくて……」

 

つい、意地悪を言ってしまう

 

「何を心配してるんだ、いなくなるわけじゃない」

 

「だって、あなたが傍から消えるなんて初めてだから」

 

「何言ってる、最初からいたわけじゃないだろ」

 

「それでも、ほら、家族、みたいなものだし……」

 

「……家族、ね」

 

俺にはそんなものはいない、それこそ最初からいなかった

きっと、このわだかまりは知らないからこそ生まれたものだ

 

「その、レイヴン、ちゃんと帰ってくるんだよね?」

 

「そりゃ、お前の親父との契約があるし」

 

「……契約がなくなったら、消えちゃうの?」

 

「さあな、それはその時決めるさ」

 

「……そう」

 

見るからに落ち込んでいる、あれこれ表情を変える様が見てて楽しい

 

「少年、あまり苛めるものではないよ」

 

「わかってるさ、ただ面白くてな」

 

「……意地悪な人」

 

少女が拗ねる、まあそうなるか

 

「まあまあ、機嫌を直してくれよ、ほら」

 

「……なに? これ」

 

「見てわからんか?」

 

どうせこうなるだろうと、用意しておいてよかった

店主に頼んだものを少女に渡す

 

「ほれ、可愛いお嬢さんに贈り物だ」

 

「……赤い、サザンカ」

 

「ふむ、その通りだ」

 

はてさて、こいつの学はどれだけかな

少し間を置き、少女が花を受け取る

そして見る間に顔を赤くしていく

 

「え? その、これは」

 

「勘違いするな、お前のようなガキなど抱く気はない」

 

あわあわしてる、これはこれで面白い、癖になりそうだ

 

「ただ、お前が俺好みに育ったら、本当の意味で渡してやるよ」

 

「あううぅ……」

 

イイ、凄くイイ

中々いい反応だ、用意した甲斐があった

 

「じゃ、爺さん、行こうぜ」

 

「いいのか? 誤解したままだぞ」

 

「いいのさ、それで」

 

「ふむ、末恐ろしい男だ」

 

老人の車に乗り込む

すると後ろから

 

「あ、その、レイヴン」

 

「お?」

 

酷く優しい笑顔で

 

「いってらっしゃい」

 

見送ってくる

 

「ああ、いってくる」

 

 

 

どうして、この時行ってしまったのか

 

どうして、この国から離れてしまったのか

 

この選択が、その笑顔が

 

俺の罪を確固たるものにするのだと、予期できなかった

 




※この小説は未成年の喫煙を勧めるものではありません※


一応、書いときます


蟑螂   中国語でGOKIBURI


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死告鳥

12/16 修正


 

「やれやれ、結局引き分けか」

 

「ふむ、いい鍛錬だった」

 

国を離れて一週間、例の警備会社の奴らを叩きのめしてきた帰り道

 

「功夫ってなんだ、新手の呼吸法か?」

 

「それ即ち、自然と一体になることなり」

 

「人など元より自然の一部だろうに、差がわからん」

 

「君が望むなら、いつか達することが出来る」

 

「なんだ、弟子入りしろってか」

 

暗い夜道を老人の車に乗って走っていた

 

「まったく、素手でどうして壁を壊せる、零距離から吹き飛ばせる」

 

「それこそ功夫を練らねばならん」

 

「それがわからねえんだ、それが」

 

感想としては素直に楽しかったといえる内容だった

殺し合いでなく競い合い

後先を気にすることなく実力を振るうのが気持ちいいとは思わなかった

 

「君こそ素晴らしい早撃ちだった」

 

「そりゃどうも」

 

「照準と射撃を同時にするとは、これは単騎で無双できるのも頷ける」

 

「あんたも無双してたろ、普段からあんななのか」

 

「いや、もう少し控えめなのだが…………なに、随分熱くなってしまったよ」

 

「そうかい、それはよかったよ」

 

正直恐ろしい爺さんだ

模擬弾とはいえ当てられたら痛い筈

なのに怯むことなく突っ込んでくる

二丁持ちじゃなきゃ捌ききれん

 

「ま、いい経験だったということで済ますかね」

 

「いい経験、か」

 

「なんだ、口元緩まして、気持ち悪い」

 

助手席でのんびりしていると老人が笑ってみてくる

 

「前を見ろ、安全運転を知らんのか」

 

「そうだな、すまない」

 

前を見る、だが依然として笑ったまま

 

「……何か面白い事でもあったか?」

 

「ああ、大いにある」

 

「ある?」

 

現在形なのは何故だ

 

「なんだよ、顔になんかついてるか」

 

「いや、もう少しかと思ってね」

 

「なにがだ」

 

「君が人を知るまで」

 

「……………………」

 

この男に言われたことを思い出す

人の温もりを知らないと、そう言われた

 

「……それがどうした」

 

「ふむ、憎まれ口に力がないな、自覚しているという事か」

 

「別に、せいぜい違和感を覚えてるだけだ」

 

「立派な変化だよ、少年」

 

「……けっ」

 

なんとまあ優しい目を向けてこれるものだ

今の俺には、とても出来ない

 

「少年、君は長期契約をしているといったな」

 

「ああ、あの花屋とな」

 

「それが終わったらどうするのだ」

 

「終わったら、か」

 

契約が終わったら、つまりあの二つの国の問題が何かの形で解決したなら

その時、俺はどうするか

 

「少年、もしよければ」

 

「あん?」

 

「私たちのもとに来ないか? 警備会社で、同じように護るのだ」

 

「……護る」

 

「ああ、あの国を護るように、世界の人々の為にその腕を振るわんか?」

 

「……………………」

 

これは、あれか

スカウトか

 

「あんた、今回の件、それが目的か」

 

「そうだ、君ほどの実力者がどこにも属さずにいるなどもったいない」

 

「ふうん」

 

「君さえよければ、だが」

 

「……………………」

 

「いかがかな?」

 

熱烈なアピールだ

そうまでして誘われるような人材じゃないと思うが

 

「そうさな、面白そうだ」

 

「……ふむ」

 

「だが断るよ、爺さん」

 

「そうか、それは残念だ」

 

面白そうな話だが正直面倒だ

組織に属する、つまりは面倒な人間関係があるという事

あの国の状況を見てきた身としてはただの鎖にしか見えん

自分で自分を束縛するなど馬鹿のやることだ

それに

 

「あの花屋、きっと何とかして俺を引き留めようとするからな。また別の契約でもさせるに違いない」

 

「そうか、そうだな」

 

「せいぜい渡るさ、あそこを拠点に、色んなところを旅してまわればいい

それで戻って、奴らに聞かせてやる、それぐらいがいいだろう」

 

「ふむ、羨ましいな、そうすることの出来る君の心が」

 

「あんたもすりゃあいい」

 

「残念ながら私には責務がある、老いぼれとしてのな」

 

「はっ、やっぱり窮屈なんだな」

 

老人は楽しそうに笑う

きっとそれに釣られたのだろう、俺の口元も緩んでしまう

なんとまあ、平和なものか

こんなものがあったのか

 

「……きっと、理解できるんだろうな、そのうち」

 

「ああ、君なら出来るとも」

 

これは花屋が目指すものの一部だろう

睨み合いなどない、恨み言もない

幼稚な喧嘩だったなと

いつか、笑い話にするための

 

「そうだ、少年」

 

「あ?」

 

なんとなく、いつか来るであろう未来を想像していたら声をかけられる

 

「そろそろ教えてくれてもいいのではないか?」

 

「なにをだ」

 

教えろとは何か

 

「なに、君の名だ」

 

「……なんでまた、店主が言ってたろ、あんたの前で」

 

「ああ、聞いていた、もちろん覚えている」

 

「ならそれで――」

 

「だが、聞きたいのだ、君の口から、君の名を」

 

「……変わってるな、あんた」

 

「そうでもないよ」

 

知っているならそれでいいだろうに

まあここで断る理由はないのだろう

 

「わかったよ、教えてやる」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

「俺の名前は――」

 

言おうとして

 

「―――っ!?」

 

「む、あれは……」

 

気づく、気づいてしまう

「煙か、遠いが、赤く光っている」

 

「……おい、この方角は」

 

「ああ、あの二つの国がある方だ」

 

胸がざわつく

あの煙の上がり方を知ってる

 

「……まさか、嘘だろ」

 

「少年、車を飛ばす、掴まっていろ」

 

「いや、車じゃ遅い」

 

「何を言って……おい! 少年!!」

 

あれは火だ、炎の上がり方だ

あっちには、国は二つしかない

あの二つしか、存在しない

車のドアを開ける

それに気づいた老人が停車する

 

「少年! なにを――」

 

車じゃ遅い、確実に間に合わない

 

「する―――っ!?」

 

体から黒い光が立ち上る

地面を蹴る、土が抉れるほど強く

 

「――少年!!」

 

老人の声が遠くなっていく

 

「くそ! 間に合え! 間に合ってくれ!!」

 

そんなことはどうでもいい

今は急がねばならない

あの光は人工的なもの

 

戦火だ

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、これは」

 

火災地にたどり着く、そこは

 

「なにが起きてる」

 

軟弱者の王の国

足を踏み入れるまでもなく何が起きたかわかった

この感覚を俺は知っている

鼻につく火薬の臭い

せき込むほどに濃い煙

そして

 

「おい! 何があった!」

 

隠しようのないほどの、鉄の臭い

それに比例して並ぶ、いくつもの死体

叫ぶ、大きな声で

 

「誰か! いないか!」

 

倒れる者たちからは生気を感じない

ピクリとも動かない

 

「くそ!!」

 

どうしてこんな地獄が広がっている

なぜ、戦争が起きている

 

「っ!? 銃声だと!?」

 

なんで、ありもしない兵器の音がする

 

「なんでだ! クソッタレッ!!」

 

音の方に走る、そこには

 

 

「武器をとれ! 戦え!」

 

「隣国と戦うのだ!!」

 

 

「……何をしている、お前ら」

 

銃を構える兵士と

 

「何故、銃を持っている」

 

それを向けられる国民

 

「何故、民に向けている」

 

その横には

 

「何故、引き金を引いている!!」

 

血を流して倒れる人々

 

「貴様は!」

 

「レイヴンか! 丁度いい! 貴様も我らと共に……」

 

「やかましい!!」

 

近くにいた奴を殴り飛ばす

そのまま胸倉を掴んで首を絞めつける

 

「何をしている、お前ら……!」

 

「あがぁ……ま、て、レイヴン、はなしを……」

 

状況が理解できない

いや、起きていることはわかる

わからないのは、どうしてこうなっているかだ

 

「なんでこんなことになっている!! どうして戦争が起きているんだ!!」

 

「やめ、ろ……はなしを……」

 

「聞いてるだろうが! どうして兵が民を撃っている!」

 

どうしてか錯乱している自分を律することが出来ず、答えることができない兵士に詰問をする

そこに、タイミングを見計らったかのように

 

「やめたまえ、レイヴン」

 

悪意が隠せていない男の声がする

 

「テメエか、これを始めたのは」

 

声の主に顔を向ける

 

「ついにやりやがったのか、クソ野郎」

 

「違うな、私ではない」

 

そこには、臆病者がいた

 

「嘘をつけ、お前以外に誰がやる」

 

「いるだろう、もう一人」

 

自分の勝ちにばかり固執した王

花屋の祈りを踏みにじり続けた愚か者

 

「何を言ってる、奴がやるわけがないだろう」

 

「そうだな、私も意外だった」

 

奴の言葉に耳を貸すな

 

「あの日和見しかしない奴が手を出すはずがない」

 

「だが、実際手を出した」

 

「……なに?」

 

恐らく嘘だ、攻勢を優位にするために俺を味方につけるつもりだ

 

「ああ、本当に驚いたよ、人質がいるにもかかわらず、攻撃を仕掛けてきたんだから」

 

「……どういうことだ」

 

信じるな、何かある、裏があるはずだ

 

「君が消えてすぐ、我らの防壁に襲撃が起きた、爆弾による急襲」

 

「爆弾?」

 

「そう、何処から調達したかは知らぬが、あちらから攻撃してきたのだ」

 

おかしい、そんな近代兵器、奴は持ち得ていないはず

 

「なんとも驚いた、まさかあっちから始めるとはね、きっと狂ってしまったのだろう」

 

「……奴が狂うわけがないだろう」

 

「だが実際、こうなっている、事は起きたのだよ、レイヴン」

 

平和を望み、安寧を願った奴が狂うわけがない

いや、今やるべきことは奴への疑念を募らせることじゃない

 

「我らはただ、反撃しているのだ、正当性のある戦いだ」

 

「おい、臆病者」

 

「……なんと、いや、君はあちらの王に毒されていた、信じられないのも無理はない」

 

「黙れ、必要なことのみ答えろ」

 

「いいだろう、なにかな?」

 

勝ち誇った顔で言う、今すぐ殺してやりたい

 

「その銃は何だ」

 

「これかな?」

 

「ああ、お前も、あいつもそんなものは持っていなかったはずだ」

 

「そうだな、持っていなかった」

 

「なぜある」

 

「なに、ちょっとした偶然だよ」

 

奴の大仰な仕草に苛立ちが募る

 

「襲撃を受けた後、ある商団がきてくれたんだ」

 

「商団?」

 

「ああ、彼らは我らに武器をくれた」

 

「……なに?」

 

「武器だよ、銃だ、簡単に武力を手に入れることが出来る兵器だ」

 

「武器商人だと?」

 

「そうだ、非常時だということで格安で売ってくれた、我らの備蓄で賄える範囲で」

 

「……おい」

 

「なんとまあ優しい方々だったか、兵力で劣る我らの為に、不意打ちで窮地に立たされたものに分けてくれた」

 

「おい」

 

「戦意はないなどと言っておきながら牙をむいた奴への反撃に出るのを助けてくれ――」

 

「おい!!」

 

「……何かな」

 

「何かなじゃねえ、わからないのか」

 

「…………何を?」

 

こいつ、どうして王などになれたんだ

どうしてこんな簡単な策略を見抜けない

 

「襲撃と、商人の現れるタイミングに、なぜ違和感を抱かない」

 

「……違和感?」

 

「そうだ、上手すぎると、タイミングが良すぎると思わなかったのか」

 

これは、商人たちによる策略だ

ずる賢いクズ共の謀略だ

 

「その襲撃は商人達が画策したものだ」

 

「へ?」

 

「お前に武器を買わせるための、下手な三文芝居だ」

 

「……何を言って」

 

「それはこちらのセリフだ、ボンクラ」

 

まったく大した商魂だ

そうまでして稼ぎが欲しいか

 

「いいか、お前は嵌められたんだ、あっちからの攻撃に見せかけられて、それで唆された」

 

こんな奴に、あいつは手間取ってたのか

 

「この戦争を引き起こしたのはあいつじゃない」

 

「いや、でも、実際あっちも銃を――」

 

「それこそ正当防衛だ! このカスが!!」

 

幼稚に過ぎる、王の器など欠片も見受けられない

指導者ではない、先導者にもなれない

 

「いいか、よく聞け」

 

こんなのに、あいつの願いは潰されたのか

 

「この地獄を広げたのは、お前だ」

 

「まさか、そんな訳が……」

 

今更気づくか、なんとまあ愚鈍な事だ

今すぐ殺すか、それでなくても殴り飛ばすかしようと思ったが優先すべきはそれではない

やるべきことは生存者を集めることと、その避難

それから武器を持つ者の無力化

なんとかして頭を冷やそうとしているところに

 

「それじゃあ、奴は、奴の、家族は……」

 

その言葉が、鮮明に聞こえてしまった

 

「おい、なんて言った」

 

「は?」

 

「あいつの家族が、なんだって」

 

「いや、その」

 

嫌な予感がした

 

「答えろ、何をした」

 

「えっと、あの」

 

「答えろ」

 

「あ、あいつが、やったと思って」

 

最悪の答えが頭をよぎる

 

「あっちから始めたから、だから、みせしめに――」

 

その言葉は、最後まで聞かなかった

 

「…………へ?」

 

体が勝手に動いた

 

奴の言葉を聞きたくなくて

 

あの暖かなものを、穢されたと思いたくなくて

 

偽りの王が弾かれたように倒れる

 

「なっ!」

 

「レイヴン! なにを――」

 

民に銃を向けていた兵も同じように倒れる

 

「……レイヴン、君は」

 

「うるさいぞ、あんたは生存者を集めろ、火の勢いが少ない方に」

 

近くで脅されていた民が俺を見る

 

「……そうか、君はそれが本業だったな」

 

「ああ、そうだ」

 

俺の手には、二丁の銃が握られていた

 

 

 

 

 

「……………………」

 

あれから国を走って回った

 

「……そうか」

 

生存者を捜しつつ、民に戦えと強いる兵を殺しつつ

 

「こうも、脆いものだったか」

 

焼けた家屋を、見る影のなくなった街並みを尻目に走った

 

「……なるほど、笑える話だ」

 

俺が来るのを待ってくれたおばさんも

 

「狂おしいほどに、笑える話だ」

 

いつか、勝手に人のものをいじくった整備士も

 

「これが、結末か」

 

不器用な、あの主人も

 

「これが、終わりか」

 

暖かく迎えてくれた、あの家族も

 

 

「なんとまあ、哀しいことだ」

 

 

なにもかも、黒く焼け焦げていた

 

 

「……どれが、誰だよ」

 

一週間前、そこにはあったはずの家

勝手にドアを開けて、だけど誰も叱らない

かわりに優しい笑顔を向けてくれた、花屋の家族

そこには何もない

あるのは、全焼した家と

見せしめだろう、黒く焼け焦げた人型のものが三つ、置かれていた

 

「……真ん中は、奥さんか」

 

大人程のサイズが一つ

 

「で、こっちがあいつら」

 

その両端に、少し小さいのが二つ

 

「……嫌がらせか、クソ野郎」

 

片方には、赤い花が添えられている

枯れかけたそれに、見覚えがある

児戯のつもりで送ったもの、照れる姿が見てみたくて渡したもの

 

「……………………」

 

悲しかった

 

「……クソ」

 

なのに、涙は出なかった

 

 

 

 

 

 

もう片方の国に渡った

あの花屋がある方

まさしく、その場所に

 

「……………………」

 

「やあ、レイヴン、間に合ってしまったか」

 

今まさに燃え尽きようとしている店

かつて色とりどりの花で飾られていた小さな城は、面影を残していなかった

 

「……結果は出たな」

 

「……そうだね」

 

どこか疲れたような笑みを見せる店主

その手には、一丁の銃

随分古い、装填の為の機構を動かすレバーの付いた銃

 

「反撃には、出たんだな」

 

「そうだね、皆が、せめて国らしく抗おうと言って」

 

「……そうか」

 

二つの国を繋ぐ道

両国の兵が、国民が、そこで殺し合っている

 

「……すまない」

 

「君が謝ることはないよ、レイヴン」

 

たった一週間、空けただけだ

 

「いや、俺のせいだ」

 

「違うよ、悪いのは僕たちさ」

 

五年、それだけかけて積みあげてきたものは

 

「俺が、あんな軽はずみなことをしなければ……」

 

「君は、悪くないんだ」

 

たったの七日間で崩された

 

「……事の仔細は、理解してるんだな?」

 

「ああ、あまりにもタイミングが良かったからね」

 

武器商人の存在も、あちらが謀られたことも、こいつは知ってる

 

「……言わなかったのか」

 

「言ったさ、でも、手遅れだった」

 

手遅れ、とは家族の事か

 

「あんたは、怒らないのか」

 

「怒ったよ、でも、きっと、意味はない」

 

殺されたのは、知っているのか

そのうえでまだ、優しくあろうとしてたのか

 

「……わからん、何故そうも受け入れられる」

 

「そうだね、きっと、君への罪悪感からさ」

 

「……何の事だ」

 

少し考えれば可能性は見えたはずだ

いつかの俺と同じように、狙うものはいたはずだ

食い扶持だと、稼ぎ時だと

 

「僕たちは、君に謝らなければいけない」

 

「……………………」

 

謝られる理由は、ない

 

「僕たちは、君の善意に応えることが出来なかった」

 

この優しい王は、罪を犯していない

 

「これじゃあ、宿にも泊めてあげることが出来ないね」

 

「……謝るな」

 

「すまないね」

 

「謝るなよ、頼むから」

 

この国の誰も、しまいにはあの臆病者も

 

「僕たちは、君に甘えていたらしい」

 

誰も、罪は犯していない

 

「君の優しさに、君の強さに」

 

罪人は、一人だ

 

「君がいたから実現できていた、あの小さな平和に、麻痺していたんだ」

 

滅びを運び入れたのは、たった一人の罪人だ

 

「償う方法があればいいのだけど」

 

「……ない、そんなものは」

 

どうして、まだ、そんな顔を向けられる

 

「僕は、王の器ではなかったようだ」

 

どうして、笑みを向けることが出来る

この王の願いを消し去ったのは俺だ

彼が許しを請う必要はない

それをするのは、俺のはずだ

 

「……俺を、憎めよ」

 

「できないよ、それは」

 

「憎んでくれ、頼む」

 

「駄目だよ、レイヴン」

 

「そのまま、俺を殺せ」

 

「君は悪くない、自責の念に駆られる必要はない」

 

「頼む、どうか、せめて」

 

「レイヴン」

 

「恨み言の一つも、言ってくれ」

 

「駄目だ」

 

どうして、この男は許せる

こんな不条理を、なぜ受け入れられる

俺が間違えなければ、正しい方向に進んでいれば

こうはならなかったのに

愛そうと思った者たちが、殺し合うなんてことにはなるはずがなかったのに

 

「……………………」

 

「レイヴン、一つ、聞いてくれるかな」

 

「……なんだ、店主」

 

店主が銃を向けてくる

 

「この哀れな王の、最後の願いだ」

 

銃口でなく、持ち手を

 

「心優しい友人に、叶えてもらいたい」

 

それが意味することを理解した

 

 

 

どうか、この二つの国を

 

君が護ってきた、小さな国を

 

君の善意を踏みにじった愚かな国を

 

護り手たる君の手で、終わらせてほしい

 

 

 

「……ありがとう」

 

何も言わずに受け取る

 

銃のレバーを引く

 

中身の詰まった薬莢が飛び出る

 

元の位置に戻す

 

次の弾が装填される

 

銃口を差し向ける

 

「いつか、君に改めて言いたかった」

 

狙いは、眉間

 

「僕が、ここの王だと」

 

俺の、いつものやり方

 

「いつか、殴ってほしかった」

 

何故、こういう時も、狙いがブレない

 

「それで、笑いあいたかった」

 

どうして、引き金に指をかけれる

 

「いつか、ここが」

 

どうして、涙が出ない

 

 

「君の居場所になれば良かったのに」

 

 

「……………………」

 

どうして、笑って逝ける

 

「……なんで、こうなる」

 

昔から、なにも変わらない

傍にいたものが消えていく

 

「……これが、望む結末か」

 

あの日の子供たちも

 

「これが、最後の願いか」

 

あの家族も

 

「肯定できん」

 

この王も

 

「否定させろ、頼む」

 

理解しかけた先から消えていく

 

「……クソ」

 

悲しいのに

 

「……………………」

 

どうして、泣けない

 

 

 

それから俺は、店主の願いを叶えに行った

 

無意味に殺し合う両国を止めるため

 

圧倒的な暴力を振るいにいった

 

どいつもこいつも見たことある顔

 

俺を見て、俺に気づいて、笑いやがった

 

安堵の顔を見せやがった

 

片っ端から殺して回る俺を見て、怯えることをしなかった

 

抵抗せずに、殺されていった

 

どうして、逃げない

 

どうして、救われたような顔をする

 

どうして、俺を責めない

 

どうして、許して逝ける

 

死んでいるのに、殺されているのに

 

どうして、笑顔を向けられる

 

 

この日、俺は初めて真の意味で人を殺したのだろう

 

罪のない人々を、護ろうとしたモノを

 

護りたかったモノに、護りたかったモノを壊させないために

 

誰にも、罪を犯させないために

 

発端は不条理な出来事だ

 

悪意を持つ奴らの姦計に巻き込まれたからこうなった

 

愚かな守り人が目を離したからこうなった

 

役割を忘れたから、己に出来ることを理解しなかったから

 

殺すことしか出来ないのに、護ろうなどと考えたから

 

身の丈に合わぬ夢を見たのが原因だ

 

偽善を善と勘違いしたのが間違いだ

 

この日、罪を犯したのはただ一人

 

下らぬ幸せを望んだ者

 

人のふりに、暖かさを感じた者

 

 

 

 

その日、地図から二つの国が消えた

 

それをやったのは、たった一人の傭兵だったという

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「……少年、何があった」

 

「何も、ただ不条理なことが起きただけだ」

 

「この屍の山は何だ」

 

「俺が殺った」

 

「……なんと」

 

「俺が、全て殺した」

 

「……少年」

 

「残ったのは、名残りだけだ」

 

「生き残りは」

 

「捜せよ、爺さん、そのために来たんだろ」

 

「わかった」

 

「そうだ、爺さん、聞きたがってたろ」

 

「……何をだ」

 

「俺の名前、聞かせてやるよ」

 

 

 

「この世の全てを殺し尽すもの」

 

「ありとあらゆる善を屠るもの」

 

「ありとあらゆる悪を食む者」

 

「流れる様に、命を攫うもの」

 

「救いも、願いも、なにもかもを否定する」

 

「死を告げる、黒い鳥」

 

 

 

「死告鳥、レイヴンだ」

 




重苦しい話にすべきか、少し軽くするか
考えるだけならタダですがなんとも難しい
ちゃんとした人なら細部まで書き込むのでしょうが
まあ、私はただの小説家のパチモンなのでこれぐらいでいいでしょう


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圧倒的な暴力

12/16 修正


 

「……なんだ、あいつは」

 

男は戦場にいた

ある作戦を実行するため

いつか自分を陥れたものに報いを受けさせるため

同じ怒りを持つ仲間と、理解してくれた先導者と共に

 

「おかしい、こんな奴がいるなど聞いていない」

 

だが潜伏していたら謎の爆発で混乱が起きた

建物の崩壊を優先した、計算されたもの

最初は用意していた爆薬が誤爆したと思っていた

だが違う、その証拠に外で待ち伏せている奴らがいた

ロドス・アイランド、いつか見た、製薬会社

この滅びゆく世界で、足掻くことをやめない感染者の集まり

 

「話が違う、奴らは殺しを好まない」

 

秘密裏に鉱石病に関する事件を解決する武力組織

彼らは殺害を好まない、下手な抵抗をしなければ命だけは助かっていた

 

「なんなんだ、あの男」

 

なのに、どうしてこんなことになっている

 

「どうして、こうも軽く人を殺せる」

 

なぜ、仲間が倒れている

 

「殺しを、楽しんでいるのか」

 

どうして、命が消えている

 

「狂っている、あの男」

 

これは違う、戦場ではない

戦うことを許されない、出来ることは一つだけ

 

「……脆いな、どれも」

 

「はあ、はあ、……ぐっ!」

 

少し前、急に奴らは兵を下げた

数の有利はとったはずだった

なのに

 

「この…………! あっ」

 

どうして、かえって劣勢に立たされているのか

 

「邪魔だ、リスカム」

 

「……そんなこと、わかっています……!」

 

戦っているのは、二人

たったの二人、いや

正確には、一人

黒い、二丁持ちの男と、青い、盾持ちの女

なぜか、どこか息の合わぬ二人

おそらくは盾持ちが原因か、先ほどから息を切らしてがむしゃらに走っている

何故か、必死な顔で

自分の体力を気にも留めず

 

「レイ、ヴン……!」

 

「……………………」

 

「銃を、しまいなさい……!」

 

「断る」

 

男の前に立つように、男の射線をふさぐように

なぜか、走り回っている

 

「無意味な事をするな」

 

「嫌です、私は、傍にいます……!」

 

どうして、男の邪魔をしている

何故、それでも負けている

 

「徒労だ、それは」

 

「……それでも、います」

 

男の手は先ほどから動き続けている

ほんの少しの迷いもなく

的確に、冷静に

 

乾いた音がする

 

仲間が一人、倒れる

 

「……駄目です、レイヴン」

 

「断る」

 

また、響く

 

「これ以上、殺めてはいけません……」

 

「断る」

 

泣きそうな顔で、女が懇願する

 

三度、音が響く

 

仲間が、死んでいく

 

「こんなことが、あっていいのか……」

 

無情に、殺されていく

たった一人の男の手で

 

「……レイヴン」

 

男が引き金を引くたびに

 

「もう、やめてください……」

 

誰かが、命を攫われていく

抵抗することもできない

ただ、殺されていく、流れる様に、殺していく

男の手は止まらない

その目からは、人が持ち得るものを感じられない

優しさも、怒りも

 

「……お願いです」

 

悲しみも、邪気も

 

「……もう、止まってください」

 

「断る」

 

喜怒哀楽の欠片を感じない

あるのは

 

「……殺さないで」

 

「断る」

 

たった一つの狂気

敵を殺す、ただそれだけの決意

 

「…………っ!!」

 

崩れかけた女が、再び動く

理由はわからない、ただ、男に対抗しようという意思は見てとれる

男が動くよりも先に、こちらを無力化しようと

こちらの死者を、減らそうと

 

「…………何故だ」

 

「ひっ!」

 

その姿を尻目に見ていた黒い男が、ふと視線をこちらに送る

血のように紅く、光が灯っていない、暗い目

近くにいた仲間が反応する

 

「……うあ」

 

「……逃げろ、動けるなら」

 

「あっ、ああ……」

 

彼はまだ、動けるらしい

逃げる様に催促する

それを聞いて、走り出す

だが

 

「背を向けるなよ、臆病者が」

 

黒い何かが視界に入る

高速で、滑るように何かが動く、それは

 

「……ああ、なるほど」

 

黒い男、離れた位置にいたのに、いつの間にか近くにいた

いや、いつの間にかではない

得体のしれない黒い光を使って、ブースターでもふかすように高速で移動したのだ

逃げようとした仲間の前に立つ、銃を構える

 

「これは、そういうことか」

 

発砲、仲間が目の前で倒れる

 

「どうやら、助かる見込みはないようだ」

 

「ああ、よくわかってるな」

 

男の目がこちらを向く

 

「随分と、恐ろしい目をしてる」

 

「散々言われた、いまさら気にはしない」

 

銃口がこちらを向く

体が動かない

別に何かされたわけじゃない、ただ

 

「……ああ、本当に恐ろしい」

 

「そうかい」

 

助からないと、逃げられないとわかってしまったのだ

体が、脳が、人に僅かに残された、野生が

 

「なら、逝け」

 

この男からは逃れられないと

 

 

乾いた音が響いた

 

 

「―――っ!!」

 

全力で走る

 

「レイヴン!!」

 

引き金を引く彼の前に

 

「やめなさい!!」

 

止めるために

 

「これ以上はただの虐殺です!!」

 

殺させないために

 

「撃たないで―――」

 

「断る」

 

なのに、撃たれてしまう

 

「くっ!」

 

少し前、彼が動いた

 

最悪のタイミングで

 

最悪の言動をし

 

最悪の行動を

 

『ストレイド、止まれ』

 

「断る」

 

『さもなくば、我々は君をイレギュラーとみなす必要が出てくる』

 

「なら、そうしろ、今すぐに」

 

『ストレイド!!』

 

ドクターの声も届いていない

いや、届いている、聞いているのだ

そのうえで止まろうとしない

 

「レイヴン!」

 

彼は暴走しているわけでも、錯乱しているわけでもない

知っていたはずだ、彼はもとよりこうだと

敵は殺すと、生かす理由などないと

言われたではないか、昔に、なんども

 

「これは、もう戦場ではありません!」

 

「見りゃわかる、何故こうなっているかも」

 

話しながらも手は止めない

精密に作られた機械のように動き続ける

銃口を眉間に、確実に仕留めるために

 

「う、うわああああ!!」

 

相手も抵抗していないわけではない

ただ、相手が悪すぎるのだ

 

「遅い」

 

「がっ!」

 

前衛では、近づけない

近づく前に撃ちぬかれる、仮に近づいても

 

「振りが遅いな」

 

「くそっ!」

 

妙な格闘術で武器を抑え、そのまま頭を撃つ

 

「この!!」

 

「重たそうな飾りだな、外してやるよ」

 

「へ?」

 

盾を持っているなら、黒い光を舞い上げて瞬く間に接近し

 

「おらよ」

 

「ぶぅえ!!」

 

盾ごと相手を蹴り飛ばす

 

「顔が丸見えだ」

 

そして、がら空きになった急所に撃ち込む

本来、彼ら近接を援護する術師や狙撃手はもう、存在しない

とうの昔に殺された

 

「……なんで、そんなに殺したがるんです」

 

慈悲のかけらもない男

昔と何一つ変わらない、殺すための戦い方

 

さっきまでは、殺そうとしなかったのに

 

隣で、一緒に立っていたのに

 

「そら、動かないと的のままだぞ」

 

なんで、またいつの間にか離れてる

 

どうして、殺戮の限りを尽くそうとしている

 

『リスカム、命令だ』

 

「……はい」

 

『一度退け、彼の目的がわからない』

 

ドクターの指示が来る

おそらく、先ほどの言動が原因だろう

彼は、はっきりと口にした

警告だと、同じ末路を辿らせると

これは、明らかな敵対意識を持っているという宣言だ

ロドスを敵とみなしていると

いつか、殺しにいくと

真意はともかく、彼が危険人物だということがはっきりしてしまっている

ドクターは事が起きる前にどうにかしたいのだろう

 

『正直やらせたくはないが、このまま彼に声をかけても結果は変わらない』

 

「……………………」

 

『ここは彼にやらせる、その後でもう一度聞く』

 

「……そうですか」

 

ドクターは完全に彼を警戒している

味方でなく、不穏分子として

 

『ああ、だから君はなにか起きる前に――』

 

「すいませんドクター」

 

こちらの身を案じ撤退させようとする

正しい選択だ、敵か味方わからぬものがいるのだ

被害が出ないうちに下がらせるのは間違えていない

ただ

 

『なんだ』

 

「断ります」

 

『リスカム!』

 

今ここで、彼一人にやらせれば必ずロドスは彼を否定する

それは駄目だ

彼は否定されていい人物ではない

けして、悪人の類ではないはずだ

 

『リスカム! 今すぐ撤退しろ!』

 

「申し訳ありませんが、承諾しかねます」

 

いま、彼を一人にしてはいけない

 

ロドスに彼を否定させてはいけない

 

誰かが肯定しなければいけない

 

彼が、ただの殺戮者ではないと

 

 







        炬  燵  を  出  し  ま  し  た









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偽りの救い

12/16 修正


「……………………」

 

「ドクター、どうしますか」

 

「……そうだな」

 

ロドスの通信車両内部

ドローンを仲介し流れる映像には、ある男が映っていた

 

「なんなんだ、この人」

 

「次々殺すな、どんな精神力の持主だ」

 

他のオペレーターが口々に言う、無理もない

映像には、ある男の虐殺が映っていた

 

「死告鳥、その本領がこれだというか」

 

たった一人で戦場を支配する男

名は、レイヴン

いつからか戦地で囁かれた恐怖を振りまく男

圧倒的な暴力で、全てを殺す傭兵

 

「これが、敵に回るのか」

 

対処のしようはあるだろう

人一人、止められないなどということはあり得ない

あり得ない、はずなのだ

 

「……恐ろしいな」

 

なのに、勝ち目が見えないのはなぜか

ただ一人の傭兵を討ちとるビジョンが見えないのはどうしてか

 

「ドクター、アヴェンジャーの応急処置、終わりました」

 

「わかった、ありがとう」

 

彼は少し前、アヴェンジャーをここに運んできた

殺さずに、生かして

理由はおそらく、もう一人のリーダーの攻撃に巻き込まない為だろう

参考人を生かしておくため、死なせないため

 

「とても、同一人物とは思えんな」

 

そこには確かに、善意が見て取れた

なにより彼は庇った、ランチャーの流れ弾から体を張って

そんな男が今、人目を憚らずに殺戮にいそしんでいる

警告と言っていた、ロドスに対する見せしめと

 

「……正道、か」

 

正しい道をゆけと、そう言っていた

 

「わからない、彼は何者だ」

 

最初あった時から不可思議な面が目立つ男だとは思っていた

あの手紙の時から、龍門での捕縛作戦から

ロドスで騒ぎを起こして回る、あの姿から

 

「……彼女なら、知っているのか」

 

映像に目を向ける、そこには

 

「リスカムさん、どうしたんでしょうか」

 

「ドクターの指示を聞かず、戦闘を続行しています」

 

「……戦闘、には見えないな」

 

「そうですね……」

 

ストレイドの傍で戦うリスカムの姿

 

「何か、あるのか」

 

今の彼女は、正直、らしくない

いつもの安定した戦闘リズムはどこに行ったのか

なり振りかまわず走り回り、兵を無力化してまわっている

まるで、彼に対抗するように

 

「……意味が、あるはずだ」

 

彼女には言った、退けと

その男は危険だと

なのにどうして、彼の傍に居ようとするのか

 

「私の知らないことを、彼女は知っている」

 

自分は知らない、彼のことを

ストレイドという男を、理解していない

だが、彼女は違う

短い付き合いだったとは聞いていた

仲もたいして良くなかったと

それでも、彼女は彼を信頼していたらしい

彼を理解出来るだけの時間はあったのだろう

 

「なるほど、不可思議なわけだ」

 

わからなければ理解などしようがない

こうも動きに差が出るのもわかる

ならば、やるべきことは一つだ

 

「各員、彼の監視を続けてくれ」

 

「「「了解」」」

 

「フェン、応答を」

 

『はい、なんでしょう』

 

きっと、ここで彼を敵と認識すれば後悔する

 

「出来るだけ急いでくれ、彼の援護に間に合ってくれ」

 

『了解です』

 

ここですべきは敵対ではない

対話だ

 

 

 

 

 

 

 

「バニラ、ジェシカ、周囲の警戒を」

 

「了解です」

 

「……わかりました」

 

少し前

ストレイドの指示通りに撤退行動をとり安全圏までやってきた

念のために二人に警戒をしてもらう

バニラが落ち込んでいたが、理由はおそらく

 

「……リンクス、大丈夫よ」

 

「ふらんか……」

 

「ここは誰もいないから、落ち着いて」

 

リンクスの事だろう

彼女は先ほどから様子がおかしい

戦意を喪失している、その原因は

 

「リンクス、まずは落ち着いて、私の顔を見て」

 

「……うん」

 

先ほどの銃撃、バニラを助けるために撃ちだした銃弾

 

それは、人の命を奪った

 

「大丈夫だから、誰もあなたを責める人はいない」

 

戦場では命の略奪など日常茶飯事だ

それこそストレイドが言うように、当たり前に起きる

 

「……そうだね、ここには、わたしをおこるひとはいない」

 

「ええ、リンクス、だから落ち着いて」

 

だがそれをこの少女に当てはめてはいけない

ストレイドは言っていた、殺させていないと

その言葉に嘘はなかった、ついさっきまで、彼女は殺人を犯したことはなかったはずだ

 

「……酷に過ぎるわ、こんなこと」

 

「おこらないで、ふらんか」

 

そう、だった

 

「怒るわよ、あの男、よくもこんなことを考えたものだわ」

 

今は違う、彼女は人を殺してしまった

人の命を、罪を背負うことになってしまった

事の原因はバニラを助けるため

不利な状況の彼女を救い出すために撃った

仲間を、友人を助けるための行為、そこにはリンクスの善意があった

 

「誰だかわからなくなるまでぶん殴ってやる……!」

 

「だめだよ、ふらんか」

 

それが自然に起きたことならこうはならない

せめて彼女に慰めの言葉をかけるか、彼女が向き合えるように支えればいい

あの非情な男に苛立つことはなかった

だが違う、これは仕組まれたものだ

 

「あいつを庇う必要はないわ、リンクス」

 

これは、ストレイドがこうなるように仕向けたのだ

最初から、ロドスに訪れた時からずっと

 

「何がよしみよ、あいつに情なんてないこと、わかってたじゃない」

 

「だめ、ふらんか」

 

リンクスと一緒にロドスに来たのも

 

自分たちとリンクスを一緒にさせたのも

 

彼女にロドスを散策させたのも

 

彼女に人との関係を作らせたのも、この時の為

 

「人の善意を踏みにじって、何が面白いのよ、あいつ」

 

見抜けなかったことよりも、彼の悪行に腹が立つ

いったいどうして、こんな幼子に人殺しをさせようなどと考えたのか

 

「ふらんか、ちがう、ちがうの」

 

「何がよ、何も違うくないわ」

 

「それでも、ちがうの」

 

謀られたことは気づいたのか、リンクスが彼を擁護しようとする

拾われた恩か、それとも信用している相手を庇う為か

せめてそれが洗脳の類ではないと思いたい

 

「ふらんか、きいて」

 

「……何よ」

 

「すとれいどは、わるくないの」

 

「そんなわけないでしょう、これが悪事でなければ、なにが悪なの?」

 

「そうだけど、そうじゃないの、ふらんか」

 

なぜこうも彼を庇う

彼女は聡い、これがどれだけの悪か、わかりきってるはずだ

 

「リンクス、よく聞きなさい」

 

「ふらんか……」

 

「あの男は、確かな邪悪よ」

 

何もかも信じていなさそうな顔をして

裏切りも、謀略も、殺人すらも容易く行う男が善なわけがない

擁護されていい人物ではない

 

「あの男はただの虐殺者、人が死ぬ様、殺される様が見ていて面白いのよ」

 

どうしてあんな奴を信用するのか

 

「こんなの、人のやることじゃないわ」

 

リスカムは何故、彼を信じることが出来る

 

「……ちがう」

 

「違わない、彼はただの獣――――」

 

なんで

 

「ちがうっ!!」

 

「……リンクス?」

 

どうして、あなたも信用できる

 

 

 

 

 

 

「これで、百人目」

 

「はあ、はあ」

 

銃声が響きわたる

薬莢の零れる音がする

同時に、人が倒れる音がする

 

「さて、デカブツ、お楽しみといこうじゃないか」

 

「……化け物め」

 

「化け物結構、人よりかは断然マシさ」

 

何人いたかはわからない

それでも大勢いた

リーダーを信じて付いてきた、何人もの感染者

各々が信じるもののために集まった、被害者たち

 

「……結局、こうなるんですか」

 

沢山いた、それがどうして

 

「あなたは、何をしているんです、レイヴン」

 

「見てわからんか」

 

全て、倒れている

 

「虐殺だ、一方的な殺戮だ」

 

結果は何も変わらない

昔と、何も

 

「お前のような奴がいるから……!」

 

「ほう、睨むだけの気力があるか、伊達に人を率いていなかったらしいな」

 

レイヴンが軽口をたたく

とても人を殺した直後とは思えない

 

「どうしてだ、死告鳥」

 

リーダーが声をあげる

仲間を殺された怒りからか、息が荒い

 

「どうして、お前がここにいる」

 

「決まってるだろ、そんなの」

 

それは当然の感情、親しい者たちや、彼を信じて付いてきた者たち

一つの集団として生きてきた者たちが

 

「殺しにきた、名の通り、役割を果たしに来た」

 

「……役割だと?」

 

この男によって殺された

レイヴンを恨むに足る理由がある

 

「噂通りか、死告鳥」

 

「そうだな」

 

「こうやって、殺して回るか」

 

「ああ」

 

「なんの罪悪感もないのか」

 

「もちろん」

 

「……狂人め、殺してやる」

 

「いいね、自分たちのことは棚に上げて、一方的に捲し立てる。実に俺好みのクソ野郎だ」

 

どうしてそんな風に言う

まるで責めろというように

 

「お前は、何も感じないのか」

 

「なんだよ、哀しい事でもあったのか?」

 

「あった、いまお前が起こしただろう」

 

「はてさて、知らんな」

 

まるで恨めというように

 

「……人の心がないのか」

 

「いらんな、そんなゴミクズ」

 

まるで怒れというように

 

「お前は、我らに死ねというか」

 

「ああ」

 

どうして

 

「お前は、我らに救いを求めるなというのか」

 

「その通りだ」

 

許すなといってしまうのか

 

「せめてもの慈悲を、望んではいかんのか」

 

「そうだな、駄目だ」

 

「神にでもなったつもりか」

 

「まさか、直々にスカウトがきてもなりたくはない」

 

「……人殺しめ、我らが一体何をした」

 

「何も、強いて言うなら救いを求めたことかね」

 

彼の目が鋭くなる

たった一人残されたリーダーをまっすぐみやる

 

「それのどこが悪いのだ、我らはただ、せめて人らしくあろうと、奴らに当然の報いを受けさせようとしただけなのに」

 

「答え、言ってると思うが」

 

「この感情を、怒りを、憎しみを、間違いだというか」

 

「そこまでは言わんさ、ただ」

 

殺すつもりだろう、最後の一人も、他と同じように

 

「道を外れた者を生かす理由を持たないだけだ」

 

「お前も、その一人だろうに」

 

「違いない」

 

銃を構える

それに合わせてリーダーがランチャーを向け、引き金を引く

噴出音、炸薬の詰まった弾頭が飛んでくる、それを

 

「遅い」

 

発砲音、音源はレイヴンの銃

それと同時に爆音が響く

 

「ぐっ! ……規格外にもほどがある!」

 

爆発したのはランチャーの弾頭

着弾する前に空中で爆発した

 

「そら、よそ見してる暇はないだろ」

 

煙に向けてレイヴンが駆けていく

撃ちぬいたのだ、彼が、弾頭を

 

「このっ!」

 

リーダーがもう一度撃とうとする

 

「っ!? はやっ――」

 

その瞬間、彼が加速する

その姿がぶれるほどに、急速に

差が縮まる、その距離は五メートルもない

 

「チェックだ、デカブツ」

 

「クソッ!!」

 

あの距離ではランチャーは撃てない、リーダー自身も巻き込まれる

対してレイヴンは拳銃、近距離でも自由に扱える

たとえ重装であろうと、彼はあらゆる手を使い仕留めるだろう

 

「この化け物がっ!!」

 

このままでは殺される

 

「せめて楽に死なせてやるよ」

 

同じように、殺される

 

「ひっ!?」

 

それは、駄目だ

 

「じゃあ――」

 

なにかしなくては

 

「――な、と」

 

止めなくては

 

 

「だあぁぁぁっ!!」

 

 

突進する

 

「ぐあっ!!」

 

レイヴンにではなく、リーダーに

 

「ほう」

 

盾をぶつける

 

「なるほど、考えたな」

 

そのままアーツを起動、回路が起動し電流が走る

 

「っ!!」

 

歯を食いしばる、体中に力を入れる

 

 

「サンダーストームッ!!」

 

 

青白い雷光が戦場を包んだ

 

 

 

 

 

「ストレイドさん! 応援にきまし……た?」

 

「あれ? 変態紳士さんは?」

 

「うわっ!! 何があったの?これ」

 

「……まさしく屍の山、ですね」

 

『フェン、状況を』

 

「いえ、その……」

 

 

 

 

「ストレイドさんとリスカムさんが、現場から消えました」

 




筆?が進んだので連続で投稿しました
ストレイドがどんな人物か、表現したくともなかなか難しいです
ちなみに彼の回想を入れたのは偶然です
リンクスやったらストレイドもやらなきゃ駄目じゃね?ということで書きました
本来はサイドかおまけで書くつもりだったんですが
というか書く予定自体なかったんですが
まあ楽しんでいただけたなら幸いです


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小さな決意

12/16 修正


 

「交戦時間は?」

 

「十分、経っていません」

 

「……単騎無双、か」

 

ドローンから聞こえていた戦闘音が消えた

聞こえてくる音は、四人の声と

 

『……どうか、安らかに』

 

何かを引きずるような音

 

『……ねえ、わたし、あの人怖いよ』

 

『そうだね、多分、戦ったら勝てないね』

 

ビーグルの怯えた声が聞こえる

原因は、ストレイドが残したもの

 

『……これをやったのが、あの人かぁ』

 

『優しい人なんですけどね、話した限りは』

 

カーディとアドナキエルが感想を溢す

その視線の先にはきっと、幾つもの死体があるのだろう

 

「ドローンの不調は直らないのか」

 

「無理ですね、音声がギリギリ拾えるだけであとは落ちてます」

 

「……そうか、予備を出してくれ」

 

「はい」

 

つい先ほど、映像を仲介していたドローンが壊れた

おそらくはリスカムのアーツだろう

電撃の類である以上、機械とは相性が悪い

そういえばこの前もロドスの機器が停電した

耐電の強化を考えるべきか

 

「フェン、二人は見当たらないのか」

 

『はい、何処にもいませんね、見える範囲には』

 

ドローンが壊れたこと自体は問題ない

問題は二人と連絡が付かないこと

 

「一体どこに消えた……」

 

『なんだか検閲門のときみたいですね』

 

「ああ、まったくだ」

 

あの時も彼は消えたらしい、いきなり

スモークで視界を隠して、何かの手段で撤退した

今回も状況は同じだ、リスカムのアーツの光に紛れ移動する

一応、何をしたかは予想は出来るが

 

「誰か、ストレイドが跳躍するのを見た者は?」

 

『いえ、私は見てませんね』

 

『わたしもです、すいません……』

 

『高く跳べるんだっけ? あの人』

 

三人から同じ回答が飛んでくる

そう、彼は嫌に高く跳べる

さらに加速する、原理は不明

いったいどういうアーツなのか、これもまた不可思議な話だ

そもそもリスカムの雷光は一瞬しか光らない、紛れるには跳躍では速度が足りない

なにより彼は彼女を連れているはず

リスカムはアーツの発動後、反動で動けなくなる

組んでいたことがあるなら知っているはず

そして彼なら、必ず助ける

安全な場所に連れていくだろう

そして彼女のアーツの発動直後、彼女自身が電気を纏っている

少し触れるだけで痛むぐらいには

 

「遠くには行っていないはず、周囲の散策を頼む」

 

『わかりました』

 

移動方法はわからないが彼とて人

長く耐えることは出来ない、彼女をいつまでも抱えてはいないはず

 

『リスカムさん、大丈夫かな……』

 

『大丈夫だよ、あの二人、仲良しだし』

 

『……そう?』

 

ストレイド自身気づいているかは知らないが彼はかなりお節介の人種になる

誰に言われるまでもなく困ってる人に目をつけて騒ぎを起こし

いつの間にか助けて嵐のように消えていく

ビーグルが龍門で偵察隊を逃したときや、リンクスを助けにいった時

捜せば他にもやっているかもしれない、方法こそ褒められたものではないが

彼なりに理由はあったかもしれないがあの警告を考えると手伝う理由はない

彼はおそらく、善人だ、酷くねじ曲がってしまっているが

 

『うわあ……見てよフェンちゃん、この人泡吹いてる』

 

『多分、リーダーの人だね、生きてるし、デカいし』

 

『あれ? てことはこれやったのリスカムさん?』

 

カーディとフェンが言っているのはリーダーか

最後の映像を見る限り、リスカムが倒したらしい、かなり強引だったが

 

「無茶をするな、彼女も」

 

きっと、そうまでしたのは理由がある

彼女は何かを示そうとした

ストレイドという傭兵の為に

 

「……正道を進め、間違えるな」

 

この言葉の意味は、どういうことか

彼の真意がここに隠れている、そんな気がする

 

「まったく、悩み事が多すぎる」

 

気が休まらない、記憶も戻っていないというに

とりあえずはこの後どうするか

申し訳ないが死者の回収は後回しとして捜索と他の部隊の援護、どちらをさせるか

 

『ねえ、アドナキエル君』

 

『ああ、はい、なんですか?』

 

そんなことを考えていたらカーディがそんなことを言い出した

 

『どうしたの? なんだか考え事してるけど』

 

『ちょっと気になることがありまして』

 

『気になること?』

 

そういえば一人だけ口数が少ない

なにかあったのか

 

「どうした、何か見つけたか」

 

『いえ、その、さっき変なものを見まして』

 

「なんだ、言ってみてくれ」

 

聞いてみる、何を見たのか

 

『いやその』

 

「なんだ」

 

『黒い光が上に向かって飛んでいくのが見えて、一瞬でしたけど』

 

「黒い光?」

 

 

 

 

 

 

「あぐっ!」

放り投げられる、文字通り床に捨てられる

 

「……ぐうおぉぉ」

 

すぐ横でレイヴンが両手を震わせてしゃがみ込む

 

「しびれる、非常にしびれる……」

 

「……どうも、すいませんね」

 

床に転がったまま彼に謝る

どうやら感電したらしい

まあ発動直後に触ったのだ、こうなるだろう

 

「まったく、これはどうにかならんのか」

 

蓄電と、恐らくこちらの体調のことを言っているのだろう

うつ伏せに腰を少し上げた状態で倒れている

なんとも情けない、フランカがいないのはせめてもの救いか

 

「現状、絶縁体の手袋を付ければどうにかなりますが」

 

「抱えた時に効果がねえよ、それ」

 

感電してるのは自分に触ったから

常日頃からよくあることだが中々痛いらしい

前にドクターと握手したときひっくり返ってた

 

「この野郎、運ぶ奴の徒労を考えろ」

 

「……私は、アマです」

 

「オーケー、このアマ、阻止したいのはわかるがもちっと手段を考えろ」

 

「……すいません」

 

「こっちの射線に延々と被りやがって、やりづらかったぜ」

 

いつもと変わらぬ調子で話す、あの戦いが嘘のようだ

 

「フランカは苦労してそうだな、これは」

 

「……苦労してるのはこちらです」

 

「ふむ、ならよし」

 

「……………………」

 

どうしてこう、人のことばかり気にするのか

自分のことなど、気にも留めないのに

 

「レイヴン、その……」

 

「お、どうした、そんな困った顔して」

 

どうしてこう、人の考えてることを見抜ける

 

「さっきは、すいませんでした……」

 

「なんだ、無茶苦茶な事をしたのは理解してるみたいだな」

 

「……はい」

 

無茶苦茶、とはさっきの戦闘の事だろう

二人しかいない状況で、連携も取れていない

相手がそれを利用していれば危険だった

 

「まったく、どうしてそう人の価値観に口出すかね」

 

「……………………」

 

何も起きなかったのは、この男のおかげだろう

彼が迅速に、冷静に、殺して回ったから無事だったのだ

だからといって素直には喜べない

そもそもあんなことをしたのは

 

「昔言ったろ、リスカム」

 

「……はい」

 

「俺にとって、敵は殺すものだと」

 

この男の虐殺行為を止めるため

結局、助かったものは一握りだが

 

「助けるつもりなど毛頭ない、序盤の奴らは運が良かっただけさ」

 

何という事のなかったように言う、その姿からは罪悪感を感じない

あの行為は、彼にとっての当たり前なのだ

 

「……わかりません」

 

「なんだ、急に」

 

彼は殺しに馴れている、人の死を見ることに

 

「どうして殺すんです」

 

「それが俺のやり方だからだ」

 

その心は冷酷以外のなんでもないはず

 

「命より大切なものなど、この世界にはないんです」

 

「そうだな、その通りだ」

 

なのにどうして

 

「わかっているくせに、どうして」

 

そんな顔をする

 

「どうして殺したがるんですか、あなたは」

 

「それ以外に知らないからだ」

 

「知っているでしょう、嘘を言わないでください」

 

彼は昨日、話してくれた

生かすことと、護ること

ただ戦うだけでは成し遂げられないこと

 

「あなたは善人のはずです、レイヴン」

 

「何を根拠に」

 

「根拠ならあります、いくらでも」

 

それらは正義を誇ったことのあるものしかわからない

 

「龍門でビーグルさんを手伝ったこと」

 

正しい事柄を理解していなければわからないものだ

 

「検閲での騒ぎに首を突っ込んだこと」

 

そうでなければ、そんな顔はしない

 

「あなたが、残されたリンクスを助けたこと」

 

そんな、苦しそうな、何かを無理やり割り切るような

 

「いつか、あなたが二つの国を護り続けたこと」

 

哀しい顔はしない、悲しむようなことはしない

 

「まだありますよ、BSWで他の方々を助けることを優先してたのも」

 

「……………………」

 

「戦争を阻止するため、火種を潰してまわっていたことも」

 

「……随分、話されたみたいだな、あのクソジジイに」

 

「ええ、教えてくれました、なにもかも」

 

彼が消えてから必死に探した

いなくなったことに納得できなくて

別れの言葉もかけられなかったことが悔しくて

この男の事を理解できなかったのが悲しくて

 

「レイヴン、私は言いました」

 

そんな顔をする理由が聞きたくて

 

「あなたを誤解したくないと」

 

「そうかい」

 

多分、今を逃せば次の機会はない

彼には会えなくなる、そんな気がする

 

「レイヴン、教えてください」

 

作戦は終わりに近づいている、これが済めば彼は消える

理解するには今を除いて他にない

 

「何があなたをそこまで駆り立てているんです」

 

「駆り立てられてなどいない」

 

「ならどうして、苦しんでいるんです」

 

「……さあな」

 

レイヴンが煙草を咥え火をつける

吸いおわるのをおとなしく待つ

 

「……理解、か」

 

煙を吐きだしながら話し出す

 

「リスカム、お前はいつもそうだ」

 

「……レイヴン?」

 

火が消える前に話しだす

 

「そうやって、まっすぐに人を見る、疑うことはしない」

 

その顔からは、感情を感じない

 

「頑固者め、どうして自分から面倒事に首をつっこむ」

 

「何を、言いたいんです」

 

まるで死人のような顔だ

 

「リスカム、理解したいといったな」

 

「ええ、いいました」

 

「誤解したくないと、間違えたくないと」

 

「はい」

 

思考をすることが許されなくなった肉塊

先ほど、彼が大量に生み出したものに、雰囲気が似ている

 

「いいだろう、教えてやる」

 

そのくせ目からは確かな感情を感じる

 

「そうして理解しろ」

 

輝く光ではなく、淀んだ光

 

「理解しようなどということ自体が間違いだと」

 

きっとそれは、怒りだ

 

「知るといい、お前が信頼する先輩は、ただの人殺しだ」

 

レユニオンのような、向ける先が存在しない、矛先のない怒りだ

 

「お前の前に立つものは、ただの罪人だ」

 

「……レイヴン」

 

煙草を握りつぶす、目つきが鋭くなる

 

「リスカム、俺を軽蔑しろ、侮蔑しろ」

 

そう吐き捨てる、苛立っている訳ではない

その表情からうかがえるのは、人として当たり前のもの

 

「けして、俺を肯定するな」

 

後悔だった

 

 

 

 

 

 

「……リンクス」

 

「ちがうの、ふらんか」

 

リンクスが叫んだ

 

「すとれいどは、なにもわるくない」

 

「……けれど、あなたにこれをやらせるように画策したのは、彼なのよ?」

 

「ちがうの、そうじゃないの」

 

いつもおとなしかった少女が

 

「……何が違うの、奴は悪人よ、そうでなければこんなことは起きなかった」

 

「それでも、ちがう、すとれいどはわるくない」

 

周囲でどれだけ騒ぎが起きても落ち着いていた少女が

 

「リンクス、どうしてそう言えるの」

 

人を殺しても正気を保ってみせた少女が、叫んだ

 

あの薄情な男の為に

 

「わからないわ、彼があなたにやらせたことの意味はわかるんでしょう?」

 

「うん、わかる、なにをしたのか、どんないみがあったのか」

 

「なら――――」

 

「だからこそ、すとれいどはわるくない」

 

「……どうしてよ」

 

何故ここまで彼を庇える、信頼など、出来る要素は見当たらないのに

 

「きいて、ふらんか」

 

少女がこちらに目を向ける

強い意志を持った、眩しい瞳

 

「これは、わたしがやったの」

 

その幼い心のどこに、ここまで精神力があるのか

 

「わたしが、わたしのいしで、せんたくしたの」

 

「……何をよ」

 

少女は、認めるというのか

 

「あのとき、わたしはうった」

 

その小さな背中で背負うというか

 

「だれのためでもなく、わたしのために」

 

重い、重荷に過ぎる

 

「わたしのいしで、ひとをうった」

 

「……リンクス」

 

「ここに、すとれいどのいしはない、あるのは、わたしのいし」

 

なのに、どうして背負えてしまう

潰されてもおかしくない、放り投げてしまえば楽になる

 

「にげだすわけにはいかないの、わたしは、みとめる」

 

 

「わたしは、ひとをころした」

 

 

「……それが、どういうことか、認めるのね」

 

「うん、じゃないと、あのひとがこまっちゃう」

 

「……どうして?」

 

なぜ彼女が受け止めなければ困るのか

 

「そうだね、ふらんかはしらないほうがいいかも」

 

「そう……」

 

誰かのように、誤魔化してくる

 

「きっと、またおこる」

 

「なら教えてよ、怒らないから」

 

「だめ、すとれいどのこと、もっときらいになっちゃう」

 

わからない、なにが彼女をこうさせる

どうして強くあらせようとする

こんな幼い子に、こんな酷な現実を押し付ける

 

「なっとく、できないよね」

 

「……出来るわけないでしょ、こんなの」

 

「でも、はなせない」

 

これも、彼の想定内なのか

彼女を死に馴れさせようというのか

あの男がわからなくなってきた

何を考えている、どうしてこんなことをした

 

「……ねえ、リンクス」

 

「どうしたの、ふらんか」

 

この少女に聞けば、教えてくれるか

 

「ストレイドは、なんの為にこんなことを?」

 

「……そうだね、それは、いわなきゃね」

 

優しく微笑んでくる、それをするのは自分のはずなのに

 

「ふらんか、あれはね」

 

安心させなければいけないのは自分なのに

 

「すとれいどにかせられた、さいごのしれん」

 

自分よりも、この少女の方が強く見える

 

「きおくをとりもどすための、ひきがねなの」

 

「……記憶?」

 

「そう、きおく、わたしの、すとれいどにあうまえの」

 

「思い出したの?」

 

「うん、おもいだしたよ、まだすこし、ぐるぐるしてるけど」

 

この状況でそれを喜んでいいのか

いや、喜ばしい事だ、それがどんな内容であろうと彼女にはいい傾向だ

ただ気になるのは

 

「どうしてこのタイミングで思い出したの?」

 

何故、いまなのか

 

「それはね、ふらんか」

 

少し悲しい顔で言う

 

「さっき、ひとをころしたから」

 

「……え?」

 

「あのひとのたおれるすがたが、おとうさんににてたから」

 

「それは……」

 

「あのひ、しらないひとたちにうたれたおとうさんに、そっくりだったの」

 

撃たれた、倒れた、それはつまり

 

「……やっぱり、そういうことなのね」

 

「うん、わたしのこきょうは、しらないひとたちのてで、もやされた」

 

予想は出来ていた、襲われたことは

ただ予想外だったのは

 

「リンクス、あなたは」

 

「そうだよ、ふらんか、わたしはみたの」

 

「リンクス……」

 

「このめで、みたの、おとうさんとおかあさんが、ころされるのを」

 

こちらに心配をかけまいとしているのか、ぎこちない笑顔を浮かべながら

だがその内容は、ひどく残酷だった

 

「おとうさんはうたれて、おかあさんはやけるいえのなかでわたしをみおくった、さいごに、こういって」

 

悲痛な笑みだ、そして、子供には耐えられない現実だ

 

「あるきつづけなさいって、そうねがわれて」

 

どうしてこう、優しい現実が存在しないのか

 

「おもいね、ふらんか」

 

いったい誰がこの子を追い詰めようとするのか

 

「あのひとは、こんなものをいっしょにせおってくれてたんだね」

 

「……リンクス!」

 

何も言えず、抱きしめる

 

「ふらんか、ないてるの?」

 

「……泣いてないわよ」

 

これ以外にこの子に出来ることがない

 

「だめだよ、ないちゃ、ばにらとじぇしかがこまってる」

 

「泣いてないわよ……!」

 

何も、出来ない

 

「なかないで、わたしはへいきだから」

 

「……平気じゃないでしょ、こんなの」

 

無力だ、無力に過ぎる

 

「だいじょうぶ、わたしは、だいじょうぶ」

 

「強がらないで、泣いていいの、泣いていいのよ、あなたは……」

 

「だいじょうぶ」

 

この少女に何もしてあげられないのが、ひどく悔しい

 

「ふらんか、だいじょうぶ、わたしはなかないよ」

 

「リンクス……」

 

「だって、そうしたらすとれいどがこまっちゃう」

 

「困らないわよ、あいつは」

 

「ううん、こまるよ、あのひとがなけなくなっちゃうから」

 

「……泣くわけないわ」

 

「そうだね、きっと、わたしたちにはみせないね、それでも、なかない」

 

「……泣いてよ、リンクス、お願いだから」

 

「ありがとう、ふらんか」

 

「お礼なんていいから、泣いてよ……!」

 

 

 

 

だいじょうぶ、なかない

 

なかないよ、わたしは

 

どんなことがあっても、わたしはなかない

 

じゃないと、あのひとにかおむけできないから

 

あのひとが、おわかれできなくなっちゃうから

 

なきたくても、なけなくなっちゃうから

 

だから、なかないよ

 

 




アークナイツとアズレンのイベントが終わってないことに気づいた私
とりあえず小説の方は終わりそう
ゴールが見えてくると楽しいですね


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願い

12/16 修正


「リスカム、人である定義は何だと思う」

 

「……急に、なんです」

 

直前、彼は不可解なことを言った

 

「定義だよ、何をもって人と言えるか、それを聞いている」

 

「だから、それがどういうことかと聞いているんです」

 

肯定するなと、否定しろと

 

「簡単だ、お前は何か起きた時、人としての感情が働くか?」

 

「……それは、喜びや、悲しみ、そういうことですか」

 

「ああ、その類の感情を持ち合わせているか」

 

つまり、喜怒哀楽の表現が出来るか、ということか

 

「……ええ、出来ていると、思いますが」

 

「なら、お前は人だな」

 

「何を言いたいんです、あなたは」

 

それがどういう意味を持つのか、わからない

 

「リスカム、人とは笑うものだ」

 

「……………………」

 

「不愉快なことがあれば怒り、嬉しいことがあれば喜ぶ」

 

「……ええ」

 

「そうして、哀しい時は、涙を流す」

 

「……そうですね、それが、なんだというんです」

 

「これは当たり前の代物だ、人としての、重要なパーツだ、動力源と言ってもいい」

 

動力源、人が人として生きるための要素というか

 

「レイヴン、話が見えません、それがあなたにどう関係あるんです」

 

ただ、それが彼の言う話に繋がる理由がわからない

 

「ならそれがない奴は何なのか、考えたことはあるか」

 

「……いえ、ありません」

 

「だろうな」

 

人である以上、感情は必ず付くものだ

それがない、などということはありえない

 

「そんな人、いるとは思えませんが……」

 

「いるよ、リスカム、その手の奴らは幾らでもいる」

 

「……何故そんな事を言うんです」

 

「決まってる、俺も、その一人だからだ」

 

「……あなたが、ですか?」

 

「ああ、碌な情を持たぬ、人の形をした何か、それが俺だ」

 

それは、どういうことか

 

「……言っている意味がわかりません」

 

「そうだろうよ、これは、ある種の啓蒙だ」

 

「……なんです、それは」

 

「狂人だよ、思考が狂ってるんだ、枷もなく、止まる術を失くした咎人だ」

 

「……咎、ですか」

 

「心当たりはあるな」

 

咎、罪、この状況で、わざわざ言った、それはつまり

 

「……昔の事件ですか」

 

「ああ、あの虐殺だよ、俺の噂が本格的に出回った、罪人の門出だ」

 

ずっと昔、新聞にも載らなかった事件

小さな二つの国が一人の傭兵によって滅ぼされた、恐ろしい話

 

「あの日、理解したんだ、俺は人ではないと」

 

「そんなわけがありません、あなたは人です」

 

「いや、違う、俺は人足り得ない、そう値するものを、持ち合わせてはいない」

 

「何を言っているんです、あなたは感情があるでしょう」

 

「リスカム」

 

紅い目をこちらに向ける

濁った光に塗れた目、見ているだけで得体のしれない何かに呑まれているような、そんな感覚に陥る

 

「俺があの日殺したのは、救いを願っていた人たちだ」

 

「……救い?」

 

「当たり前の平和を、平穏を、当たり前にしてくれと願っていた、善人だ」

 

それは恐怖以外の何物でもない

 

「わかるか、救われていい者を、殺したんだよ」

 

こんなものを発する男が善人であるはずがない

 

「そこには確かに哀しみがあるべきだったんだ」

 

悪人だ、その心は冷酷なはず

 

「たとえ幾千を平気で殺す狂人でも、涙の一つも流すべきだったんだ」

 

なのに、どうして

 

「にもかかわらず、俺は流すことをしなかった」

 

そんな悲しい顔をする

 

「一滴も、ただの一筋も、流れることはしなかった」

 

「……レイヴン」

 

「こんなものが人であっていいのか、欠落していることに気づかなかったものが」

 

「違います、あなたはちゃんとした――」

 

「リスカム」

 

肯定したかった、あなたは人だと、言おうとした

それを、止められる

 

「俺は言ったぞ、肯定するなと」

 

「……否定のしようがないんです」

 

「否定しろ、無理にでも」

 

「出来ません……」

 

「お前達は、善人は、けして許してはいけないんだ」

 

「何をです」

 

「悪をだ、お前達には否定しか許されてない」

 

「……無理です」

 

「ならば納得しろ」

 

「出来ません」

 

この男は自分を悪だと定義している

許されてはいけないと、優しさを向けられてはいけないと

 

「レイヴン、あなたは思い違いをしています」

 

なら、それが正しいなら彼はここにはいない

 

「あなたは悪などではありません、善人です」

 

「悪だよ、俺は」

 

「違います」

 

「違わない、俺はとうの昔に罪人だ」

 

「それは、あの国を滅ぼしたからですか」

 

「そうだ」

 

その日、確かに彼は多くの人を殺した

だがそれは、戦争を止めるための行為だったはず

 

「あなたはあの日、止めるために戦ったんでしょう、罪のない人を助けるために」

 

「……………………」

 

「ならば、それは罪では――」

 

「罪だよ、あれは」

 

何故そう言い切る、助かった人たちはいたはずだ

そこには彼の善意があったはずなのだ

 

「救われた人はいたんでしょう? 命を失わずにいた人がいたはずです」

 

「そうだな、少ないが、確かにいた」

 

「それなら、あなたは善です」

 

「……リスカム、それでも、死んだ方が多かったんだ」

 

「ですが、あなたの責任では」

 

「いや、俺だよ、リスカム」

 

「……レイヴン?」

 

こちらを見る目に、力がなくなる

どこか、遠くを見るように、焦点が合わなくなる

 

「あの日、願われたんだよ、俺は」

 

「何を、ですか」

 

ずっと昔の、いつかの日を、見ているのか

 

「あいつに、あいつらに、願われたんだ」

 

その声は、後悔の念に満ちている

 

「殺してくれと、終わらせろと」

 

「……それは」

 

「そうして、己の罪を自覚しろと」

 

「……違います、レイヴン」

 

「違わない、あいつらは俺を恨んだんだ」

 

「違うんです、そんな事を言いたかったわけじゃないんです」

 

「偽りを、偽善を善とはき違えた俺を、憎んだ」

 

「レイヴン……」

 

「お前は間違えたと、願いを叶える器ではなかったのだと」

 

「……違うんですよ、そうじゃ、ないんです」

 

「愚か者に、仕打ちを与えた」

 

「……そうでは、ないんです」

 

「救おうなどと考えたのが、誤りだと、ならば最後まで、誤っていけと」

 

「……………………」

 

「そして、あの暖かなものを、殺した、願われた通り、救ってやった」

 

「……救いではありません、そんなの」

 

「そうだな、だがあいつらはそう願ったんだ」

 

目を閉じる、そして開く

そこには、また淀んだ光が戻っていた

その目には、血に塗れた道が映っているのだろう

 

「リスカム、俺にはもう、生かすことが許されない、罪を背負い続けなければならない」

 

引き返すことは出来るはずなのに

 

「殺し続けることしか、許されない」

 

振り向くことすら許さないというのか

 

「いいか、これが俺だ」

 

 

「ただ殺す、そうすることしか出来なくなったもの」

 

「世界を殺すことでしか、安寧を得られなくなった男」

 

「そうすることでしか、救いを見いだせなくなった罪人」

 

「かつて正道を行こうとした、吐き気を催す外道だ」

 

 

「……違います、レイヴン」

 

「違わん、現に俺は殺しているぞ」

 

「違うんです、あの人たちは」

 

「違うなら、俺を殺しに救いが来るはずだ」

 

「あなたに、許されたくて」

 

「違う、違うよ、リスカム、俺が許しを請うべきなんだ」

 

「あなたは、悪くないのに」

 

「いいや、俺だ、なにもかもを壊したのは俺なんだ」

 

「……レイヴン」

 

「リスカム、否定しろ」

 

どうして、そんな顔をする

 

「否定してくれ、頼む」

 

悲しむぐらいなら

 

「そんな目で、俺を見るな」

 

苦しむぐらいなら

 

「咎を受けなきゃいけないんだ、俺は」

 

最初から、やらなければいいのに

 

「……わかりました」

 

あまり力が入らない体で立ち上がる

 

「そうだ、それでいい」

 

ゆっくり、彼に近寄っていく

 

「俺を憎め、俺を恨め」

 

拳を握りしめる、やるべき事をするために

 

「お前達善人にはその権利と、そうしなければならない義務がある」

 

この男の、愚かな願いを叶えるために

 

「けして、俺を許すな」

 

「ッ!」

 

拳を振りぬく、彼の顔にもろに入る

呻きもせずに受け入れる

逆にこちらが体勢を崩し、倒れてしまう

 

「……上出来だ、リスカム」

 

それを優しく受け止められる

 

「……とんだマゾヒストですね、あなたは」

 

「……ああ」

 

他人を気遣えるくせして

 

「人殺し」

 

「ああ」

 

優しいくせして

 

「快楽殺人者」

 

「ああ」

 

暖かいくせして

 

「……卑怯者」

 

「……そうだな」

 

どうして、悪になろうとする

 

「……これで、満足ですか」

 

「まさか、小娘一人の罵倒と拳じゃあ足しにもならん」

 

「……わかりません、レイヴン」

 

これが彼の贖罪なのか

いつか、誰かが彼を殺しに来るのを待つというのか

 

「そうまでして、なぜ殺すんです」

 

「役割だよ、リスカム」

 

「……役割?」

 

「そうだ、世界には役割が必要だ」

 

「……なんの、ことです、いったい」

 

「あんな事を二度と起こさせないための、役割が必要なんだ」

 

「何を、言っているんです」

 

「言った通りだ、リスカム」

 

「駄目です、それは、許されません」

 

「だからだ、だから、俺がやる」

 

「神にでもなるつもりですか、あなたは」

 

「まさか、そんなものになったらそれこそ救いようがない」

 

「だけど、あなたの言うことは、やろうとしていることは……」

 

「リスカム、賽はとうに投げられている、ずっと昔の、あの時から」

 

「駄目です、レイヴン、そんなものになってはいけません」

 

「もう、なってる」

 

 

俺は死告鳥、そう決めた、なると決めたんだ、あの日から

 

この世界を殺すため、下らぬ崩壊を起こさせないため

 

間違いを、起こさせない為

 

誰も、呪いにかけさせない為に

 

世界の敵になる

 

この世全ての敵になる

 

抑止力だ、人種も、病気も関係ない

 

俺が、俺の為に、誰かの為に器になる

 

願いでなく、祈りでなく

 

この世の悪意の、受け皿になってやる

 

 

「そんなもの、誰も望んではいません」

 

「前例がないからだ、生まれれば、頼る意外になくなる」

 

「馬鹿げています、人一人に出来ることではありません」

 

「それでもやる、殺すことで救えと言われた、ならばやる」

 

「違います、そんなこと、誰も願っては……!」

 

「いや、願ったんだよ」

 

「……誰が、ですか」

 

「他でもない、俺だ、俺が、自分で呪ったんだ」

 

「……ふざけています」

 

「ああ、狂ってる」

 

哀しそうに笑う

こんな男が、背負えるわけがない

大罪だ、それこそ神罰が下るほど重い罪だ

 

「……わかりませんよ、レイヴン」

 

「わからなくていい、理解されるいわれはない」

 

ゆっくりと、体を下げられる

壁を背にかけられ、子供を寝かしつける様に寝かされる

 

「……そうまで悪に徹するなら、どうしてリンクスを拾ったんです」

 

「言っただろ、無力の象徴だと」

 

この男が真に世界の敵になるというなら、行動が矛盾してる

あの子を拾うようなことはしない

 

「悪なら、悪人なら拾うようなことはしない、助けることなどしません」

 

「ああ、そうだな」

 

「捨てているはずです、なのにどうして拾ったんです」

 

この悪人のふりをする男は、気が付いているはずだ

自分が本当は何者か

 

「……勘がいいな、あいかわらず」

 

「レイヴン、教えてください、何故です」

 

「仕方ないな、ついでだ」

 

観念したように言って話し出す

 

「あいつは、残された、それはわかっているな」

 

「ええ、生き残りだと」

 

「そうだ、あいつは一人だった、たったの一人だった」

 

また悲しそうな顔をする、悪人がしていい表情ではない

 

「傍に誰もいなかった、一人で歩かなければいけなかった」

 

「……そうですね」

 

「導き手も、仲間もいない、その姿が、重なったんだ」

 

「……誰に、ですか」

 

「俺だよ、リスカム、俺だ」

 

「あなたに、ですか?」

 

「ああ、たった一人で歩くことになったあいつが、いつかの俺に重なった。一人置いていかれた姿が、残された姿が」

 

「……やはり、善人ではないですか」

 

「違うよ、そんなものには俺はならない」

 

「どうして否定するんです、少なくとも彼女にとっては善人です」

 

あの子の彼を見る目は親愛に溢れていた

その光が、彼女の笑顔が、彼が何者かを示していた

そのうえで否定するのか

 

「リスカム、確かにアイツにとっては善人だ、だがそれも、今日で終わる」

 

「……それは、別れるからですか」

 

またそんな理由で絆を断てると思っているのか

 

「いや、違う、もっと残酷な方法だ」

 

「……残酷」

 

その言葉に、思い当たる節がある

 

「まさか、あれはその為ですか?」

 

「ああ、気づいているな、俺が何故、あの場を離れたか」

 

リンクスが先ほどやったこと、その意味

 

「いったい何を考えているんです、あの子を兵士にするつもりですか」

 

殺しに馴れさせようとでも言うのか、あんな子に

 

「リスカム、勘違いはするな」

 

「ならばなんだと言うんです、あれは――」

 

「リスカム」

 

何か言おうとして遮られる

 

「これは、アイツが選んだ道だ」

 

「……彼女が?」

 

「そうだ、アイツが、自分の意思で決めたんだ」

 

「……戦うと、決めたんですか?」

 

静かにうなずく、その目には決意を感じる

 

「こと戦いという行為において、俺は否定が許されない」

 

「……だからって」

 

「だからだ、リスカム、だからアイツに選ばせる」

 

 

 

「これは、正しい道を歩かせるための愚者の願いだ」

 

 




後書きに何を書けばいいのかわからない
毎回投稿するたび一番迷ってるのって後書きなんですよね
基本、適当な事を書いているんですがまともなものが一つもありません
性格ゆえか、それともコミュ障か、ただの馬鹿か
はてさてどれでしょうか


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責務

12/16 修正


 

「ふらんか、おちついた?」

 

「……ええ、ごめんさい、取り乱してしまって」

 

「だいじょうぶ、ありがとう、ふらんか」

 

お礼なんて言わないでほしい、また泣いてしまう

 

「先輩、大丈夫ですかね」

 

「大丈夫だよ、フランカ先輩なら」

 

何か聞こえる、バニラとジェシカの声だ

近くにいたのだ、先ほどの痴態は見ているだろう

どうやって口止めするかは後で考えよう、いまはリンクスと話さなければ

 

「ねえ、リンクス」

 

「なあに?」

 

声をかける、彼女はいつもと変わらない

 

「あなたはどうして戦い始めたの?」

 

「えっとね、てつだいたかったの」

 

「ストレイドを?」

 

「うん、あのひとを」

 

いつもと変わらぬ笑みを見せてくれる

子供らしい、無邪気な笑み

 

「どうして? あの人は傭兵よ、手伝うなんて危険だわ」

 

「そうだね、いったときはおこられた」

 

「怒られたって、彼に?」

 

「うん、あたまをおもいっきりなぐられた」

 

「……まあ、そうなるわよね」

 

何故か想像できる、そういえば面倒見のいい人ではあった

わからないのは許可した理由だ

 

「それで、殴られた以外に何か言われた?」

 

「ううん、そのあとはかんがえてた」

 

「考えてた、てことはそれなりに悩んだのね」

 

「うん、まるいちにち、ずっとなやんでた」

 

彼としても反対だったのか

こんな小さい子に銃を持たせるのは気が引けたらしい

それでも許可した、なぜか

 

「彼が折れた理由は? 何かしたの?」

 

「なにもしてないよ、ただ……」

 

「ただ?」

 

「おれにはひていがゆるされないって、そういってた」

 

「否定?」

 

「あとは、そう、こうもいってた」

 

「なに?」

 

「えっとね、せいどうをいけ、けしてぶれるなって」

 

「正道? どういうことよ」

 

「ただしいみちだって、ひとしての、あやまりのないみち」

 

「……一番外れてる奴がよく言うわね」

 

あれで人のことをよく見てる、たぶん、善悪の区別がついているとかそういうことか

ただ気になるのは、それが彼にとってどういう意味を持つのか

 

「……本人に聞けばわかるかしら」

 

「そうだね、そういえばふたりともどうしたの?」

 

リンクスが無線機をつつきながら不思議そうな顔をしてる

二人とは、リスカムとストレイドのことか

そういえば声がしない、あの状況から察するに戦闘中か

 

「リスカム、ストレイド、状況は?」

 

「……へんじ、ないね」

 

「リスカム? ストレイド?」

 

呼びかける、だが返事がない

もしやなにかあったのか、不穏な考えが頭をよぎった瞬間

 

『フランカ、応答を』

 

「ドクター?」

 

ドクターが返事をした

 

なにやら慌ててる気がする

 

「どうしたの? なにかあった?」

 

『まあ、あったといえばあったが、とりあえず付近にストレイドはいないか?』

 

「いえ、いないけど」

 

『そうか……ならいい、すまないな、取り込み中に』

 

「……まって、それはどういうこと?」

 

ストレイドを捜しているのも気になるがもっと気になることがある

 

「取り込み中って、聞いてたの?」

 

『いや、聞いてはいない、直接は』

 

「……直接、ていう事は」

 

視線を二人に向ける、バニラとジェシカに

向いた瞬間、バニラがそっぽを向いた、ジェシカはバツが悪そうな顔をしてる

 

「……あの二人」

 

『まあそう怒らないでやってくれ、タイミングが悪かったんだ、タイミングが』

 

おそらくはドクターが撤退したこちらの状況を聞くために連絡したのだろう

それがちょうど、あの時だった

聞いたのがドクターだけなのがまだ救いか

 

「……それで、どうしてストレイドを?」

 

頭を切り替える、いまはストレイドの事に集中しよう

 

『ああその、つい先ほどまで戦闘していたんだ、二人が』

 

「ええ、何か色々言ってたけど」

 

『それでだな、戦闘が終了した』

 

「……早くない?」

 

『ああ、早い、十分経ってない』

 

「まさか、やったの? 彼」

 

『やったよ、盛大に』

 

「……なんてこと」

 

嫌な予感はしてた、彼が二丁目を抜いた時点で

もとより手加減してる姿に違和感を持っていたぐらいだ

これが本来のあるべき結果だったのだろう

 

「……やってしまったものは仕方ないわ、それで、どうしたの?」

 

『……まあ、なんだ、アクシデントが起きていてね』

 

「というと?」

 

『その、二人がね、いなくなってしまって』

 

「……つまり?」

 

『音信不通だ、おそらくは彼がリスカムごとどこかに撤退した』

 

「え、まって、どういう状況だったの?」

 

『話すと長い、詳しくは終わった後に』

 

「……そう、で、私に連絡した理由は?」

 

『君、彼がどこかに消えた時、どのあたりに居るか心当たりはないか?』

 

「その場にいなかったのにわかるわけないでしょ」

 

『その通りだが、昔の彼を知っているなら何か知ってるかと思って』

 

まあ確かに自分に聞いた方が可能性はある

知人という要素は思いのほか大きいアドバンテージになることがある

 

『それで、何かあては?』

 

「そうね……」

 

だが正直、いつの間にか消えていつの間にか現れていたからわからない

何かあてはないのか、こちらが知りたいぐらいだ、そう考え込んでいると

 

「どくたー、わたし、たぶんわかるよ」

 

『なに?』

 

「え、知ってるの?」

 

「たぶん、だけど」

 

その割には自信ありげだ

彼女は彼と一緒にいた、彼のアーツを知っている

もしかしたら一緒に移動したことがあるのかもしれない

 

『どこにいる?』

 

「えっとね、たかいとこ」

 

「高いとこ?」

 

「うん、とびきりたかいとこ」

 

高い所、というと廃ビルの屋上あたりか

確かに彼の跳躍力ならいける

 

『……高い所、黒い光、跳ぶ…………とぶ……………………』

 

なにやらドクターが考え込み始めた

 

『……いや、まさかな』

 

「何かわかったの?」

 

『特別何も、まあ見つけることは出来るだろう』

 

「あら、強気ね」

 

『そうでもない、それで君たちは平気か?』

 

平気、とはリンクスのことだろう

ドローンで状況は見ていたのだ、何があったのかは知っている

 

『動けるようなら他の部隊の援護に行ってほしいんだが』

 

「……そうね、リンクス、大丈夫?」

 

「うん、わたしはたたかえる、だいじょうぶ」

 

「だそうよ、いけるわ」

 

『……わかった』

 

少し間をおいてから指示が来る

 

『とりあえずは待機でいい、切羽詰まった状況じゃない、相手も降参するものが出てきてる』

 

「そうなの?」

 

『ああ、リーダーが二人とも倒されたんだ、その情報が広まれば士気は下がるさ』

 

「……図らずも彼の思惑通りと」

 

『そうだな、まあ文句は終わったあとでいい、何かあったら連絡する』

 

「わかったわ」

 

ドクターの声がなくなる、他の部隊と連絡を取っているのか

 

「気を遣われちゃったわね」

 

「うん」

 

二人して笑い合う、彼女については今のところ大丈夫そうだ

なら後は戦闘が終わるのを待てばいい、なんだかサボりのような気がするが

 

「……ねえ、リンクス」

 

「なあに、ふらんか」

 

だが好都合だ、時間があるなら確かめておきたいことがある

 

「ストレイドは、何のために、その、あんなことをやらせたの?」

 

少し前も聞いた、理由は聞かされた

ただ、他にも理由がある気がする

話したくないとも言っていた、まだ何か、狙いがある

 

「むー……あんまりきかせたくないな」

 

「怒るかも、っていってたわね」

 

「うん、あのひともやらせたくなかったとおもうから」

 

「それは、まあそうね」

 

理由の一つは記憶を取り戻すためと言っていた

つまりはショック療法だ、やらせたことは酷だが

結果としては狙い通りになったが褒められることではない

 

「聞かせてくれるかしら、彼が何を思ってあんなことをしたのか」

 

「……おこらない?」

 

「大丈夫よ、リンクス」

 

どうせ殴り飛ばすことに変わりはない

 

「……わかった、おしえる」

 

「ありがとう、それでどうして、あんなことを?」

 

「その、ね」

 

 

 

「レイヴン、それは、彼女にはまだ早いです」

 

「そうだな、子供に選ばせるものではないな」

 

「なら、なぜこんなことを課したんです」

 

「リスカム、俺は言ったな、戦い方を教えたと」

 

「ええ、言いました」

 

 

 

「戦い方を教わった、それで、何があるの」

 

「あのひとはこういったの、ちからには、せきにんがうまれるって」

 

「……責任」

 

「うん、えらばなければいけないことだって」

 

 

 

「アイツには、選ばせなければいけない、それが俺の、最後の責務だ」

 

「……それは、酷く重い、彼女のこれからを左右することになります」

 

「そうだ、だからこそアイツの意思で選ばせる」

 

 

 

「……リンクス、彼の言う事がどういうことか、わかっているの?」

 

「わかってる、あのひとはおしえてくれた」

 

「だけど、もし、もしあなたが間違えたら……」

 

「うん、そのときは、あのひとがこたえをくれる」

 

 

 

「レイヴン、彼女が間違えたら、どうするんですか」

 

「決まってる、その為に、俺がいる」

 

 

 

「わたしが、まちがえたなら」

 

 

 

「アイツが、誤ったなら」

 

 

 

 

 

 

 

「あのひとは、わたしをころす」

 

「俺が、アイツを殺す」

 




リンクスが賢者に見えてきた
書いてて思いますが子供の精神力ではありませんね
ですがまあ、アークナイツの覚悟ガンギマリの方々と比べるとまだ弱い気はする


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きっといつか、泣くために

12/16 修正


 

「……………………」

 

「~~~~~♪」

 

適当に残っていた壊れかけのベンチに座り、膝にリンクスを乗せている

 

 

「なんの歌だろ……」

 

「どこかで聞いたような……どこだったかなぁ」

 

離れた所で二人が周りを警戒してくれている

 

「~~~~~♪」

 

リンクスはどこかで聞いたことのあるリズムの曲を鼻歌で口ずさんでいる

 

「……上手ね、リンクス」

 

「ん? そう?」

 

「ええ、とっても上手」

 

「ありがとう、ふらんか」

 

少女は無邪気に笑う、その姿は年相応のものだ

 

「……………………」

 

「……ふらんか、ふあんなの?」

 

だが、彼女はこれからある男の試練に立ち向かわなければいけない

ストレイドという傭兵が課した、最後の試練

彼が言っていた、彼の最後の責務

 

「そうね、正直怖いわ」

 

「……むう」

 

彼女は言った、間違えれば、殺されると

彼がこの少女を殺すと

 

「……ええ、本当に恐ろしい」

 

「……だよね」

 

彼女は怖くないのか、そもそもどうして納得できる

 

「リンクス、あなたはこれでいいの?」

 

「うん、これでいいの」

 

即答される、その目に曇りはない

 

「……わからないわ、死ぬかもしれないのよ?」

 

「そうだね、それは、こわいことだね」

 

「なら」

 

「でもね、ふらんか」

 

膝に座ったまま、リンクスが言う

 

「しぬことよりもおそろしいことが、わたしにはあるの」

 

「……それは、何?」

 

「それはね、せおうことをやめること」

 

「ご両親の、願いを?」

 

「うん、それと、あのひとからの、ねがいを」

 

「ストレイドの?」

 

「そう、それをおろしてしまうことのほうが、わたしにはおそろしい」

 

「……………………」

 

「そうして、あゆみをとめてしまうことが、いちばんおそろしいの」

 

そう言って、重心をこちらに寄せてくる

 

「……どうしたの?」

 

「うんとね、ふらんかはやさしいなって」

 

「……それは、ありがとう」

 

「やわらかいね、ふらんかは、あたたかい」

 

「……そんなに気に入ったの、私の膝」

 

「うん、あたたかくて、あたまのうしろがやわらかいのがいい」

 

「えーと……まあ、いいわ」

 

なんだか彼の悪影響が酷い気がする

 

「ねえ、ふらんか」

 

「なにかしら」

 

「ふらんかはやさしいから、わたしがまちがえたら、すとれいどをとめるんだよね」

 

「……ええ、あなたは殺させない、けして」

 

「だよね」

 

たとえ二人がお互いに認めたうえでそうなろうと

この子を死なせるような事にはさせない

 

「でもね、ふらんか」

 

だけど、きっと

 

「それはね、しないでほしいの」

 

この子は喜ばないのだろう

 

「これはね、わたしと、あのひとのもんだいなの」

 

「……でしょうね、言うと思ったわ」

 

「ごめんね」

 

申し訳なさそうに、笑いかけてくる

 

「ふらんか、わたしはね、かんしゃしてるの」

 

「……誰によ」

 

「みんな」

 

「……ストレイド、じゃなくて?」

 

「うん、すとれいどに、ふらんかに、りすかむに、じぇしかに、ばにらに、ろどすでであった、いろんなひとたちに」

 

「……多いわね」

 

「うん、みんなにおれいがいいたいの」

 

「どうして? 私達はそんなこと、何もしてないわ」

 

「ううん、してくれた、とてもおおきなことをしてくれた」

 

大したことはしてないはず

だが彼女にとっては大事なことをしていたらしい

 

「大きい事って、なによ」

 

「うんとね、あのひとのねがいをかなえてくれたこと」

 

「……ストレイドの?」

 

「うん」

 

「余計にわからないわね……」

 

「そうだね、でもたいせつなこと」

 

「どういうこと?」

 

「ええとね」

 

少し、考え込む

 

「ふらんか、わたしはね」

 

ゆっくり、話す

 

「あのひ、いちねんまえに、しんでいたはずなの」

 

一年前、彼が彼女を拾った時だろうか

 

「そうして、おかあさんのねがいをせおうことなく、くちていた」

 

「……そうね、聞いた状況じゃ、そうなっていたわね」

 

「そこに、すとれいどがきて、たすけてくれた」

 

軽く聞いた分には、罪滅ぼしだと言っていた

 

「わたしをひろって、あるきかたをしらないわたしに、あるきかたをおしえてくれた」

 

「……歩き方」

 

「そう、そして、あのひとはいま、みちをしめしてくれた。わたしにとっての、せいどうを」

 

「それが、あの人の望みなのね」

 

「うん、だけどこれは、あのひとだけじゃできなかった」

 

「……別に、他にやりようはあったと思うけど」

 

「ううん、なかったの、わたしがわがままいっちゃったから」

 

「わがまま?」

 

「そう、てつだいたいって、いっちゃったから、せんたくしがなくなっちゃったんだね」

 

「……それでも、あったはずよ」

 

「そうだね、でも、これがせいかいだったんだとおもう」

 

「どこがよ……」

 

正直、まだ納得は出来ていない

こんな少女に人の命を背負えなど、言えることではない

 

「おこらないで、ふらんか」

 

「……怒るわよ」

 

「そうだよね、でも、わたしはだいじょうぶだから」

 

気丈な子だ、人を殺したことを認め、己に課せられたものに覚悟を示す

大人でも、そうそう出来ることではない

 

「それでね、すとれいどはこのほうほうをとった」

 

「ロドスを巻き込んで、あなたをついでに置いていく、褒められたことではないわよ……」

 

「でも、こうするしかなかったんだよ」

 

「……真正面から来ればよかったのよ、あいつは」

 

「ううん、それじゃあ、あのひとのもうひとつのもくてきがはたせない」

 

「もう一つ……て、あの人、まだ何か企んでるの?」

 

「うん、でも、そっちはだいじょうぶだよ」

 

「……なら、いいけど」

 

まだ何かやるつもりなのか、あのドスケベカラス

 

「ねえ、ふらんか」

 

どこか神妙な顔で話しかけてくる

 

「どうしたの? 改まって」

 

「あのね、ふらんか」

 

「ええ」

 

「わたしのなまえ、よんでみて」

 

「……リンクス」

 

言われてよんでみる、少し気恥ずかしい

 

「ありがとう、かっこいいなまえでしょ?」

 

「ええ、山猫、だったかしら」

 

「うん、そうだね」

 

これは、彼女の本当の名前ではない

 

「すとれいどがつけてくれたの」

 

「彼にしてはまともね、よかったわ」

 

ストレイドが、不便だと言ってつけたもの

 

「リンクス、かっこいい」

 

「ええ、素敵な名前ね、理由が理由だけど」

 

「そうだね」

 

山猫みたいだったからそうつけた、随分適当だ

 

「それがどうかしたの」

 

「うん、これはね、もうひとつ、いみがあるの」

 

「意味? 山猫以外の?」

 

「そう、そしてこれは、あのひとのねがいなの」

 

「……え、山猫以外? 何かあったかしら……」

 

「たぶん、わからないかな」

 

なんだろう、他に意味などあったか

 

「それでね、そのねがいはすとれいどにははたせなかった」

 

「まあ願うぐらいだから、誰かに託す必要があったんでしょうけど……」

 

「それを、みんながはたしてくれた」

 

「……もっとわからなくなってきたわね」

 

「うん、わからなくていいの、もう、はたされているから」

 

「……そう」

 

満足そうな顔で、足をぱたぱたしながら笑う

最初に比べて、よく笑ってくれるようになった、本当に

 

「……ねえ、ふらんか」

 

「なあに、リンクス」

 

こちらを見上げてくる

 

「ふらんかは、すとれいどのむかしのことをしってるんだよね?」

 

「ええ、知ってるわね、少しだけど」

 

「そっか、いいなー……」

羨ましそうに言ってくる

 

「彼に聞いたことはないの?」

 

「うん、きけなかった」

 

「どうして、聞きたいなら聞けばよかったのに」

 

「そうだね、でも、きけなかったの」

 

寂しそうに、笑う

 

「あのひとはいつも、くるしそうなかおをしているの」

 

「……そうかしら」

 

「そうだよ、かなしそうな、なにかをむりやりわりきっている、そんなかお」

 

「そう……かしらね」

 

そんな顔をしていたか、どちらかと言うと薄情な気がするが

 

「あのひとがあんなかおをするのは、あのひとのおもいでがげんいんなのかなって、そうおもうの」

 

「……まあ、そうね」

 

彼は随分、過酷な事を経験しているらしい

あの無慈悲な戦い方はそれが原因だろう

 

「きっと、わたしよりもおおくのものをせおってる」

 

あの洗練され過ぎた動きは、それだけ多くを殺してきた証拠

その数だけ、彼は血に塗れていく

 

「……おもいんだろうな、わたしより」

 

「彼がそれだけ人の死を慎むことが出来るなら、だけどね」

 

「してるよ、あのひとは、だからくるしんでる」

 

「……まあ、そうよね」

 

殺した数は千を超えている、たった一人で背負える量ではない

 

「どうにか、してあげたいな……」

 

悲しそうに、笑っている

 

「ねえ、ふらんか」

 

「なにかしら、リンクス」

 

ふと、いつもの明るい笑顔に戻る

 

「すとれいどのはなし、きかせて?」

 

「……あまり知ってることは多くないわよ?」

 

「いいの、それでも、ふらんかのしってることだけでもいい、きかせて」

 

「どうして? あなたに聞かせるには酷な話も多いわよ?」

 

「うん、わかってる、だけどね、ききたいの」

 

酷く優しい、無垢な笑顔

 

「これがおわったら、あのひとはわたしのこたえをきいてくる」

 

「……そうね」

 

「そしてこたえたら、あのひとはそばからきえてしまう」

 

「ええ、行ってしまうでしょうね」

 

「そうしたら、なにもかえせない」

 

誰かを想う、暖かな顔

 

「だから、すこしでもいいからつたえたい」

 

この顔をさせているのは、彼への信頼か

 

「わたしは、おかあさんのねがいをせおえるって」

 

それとも、彼が示した道なのか

 

「あなたのねがいも、せおってあるけるって、つたえたい」

 

「……そう、わかった」

 

だがこの温もりを作り出したのは、紛れもなく彼女の心と、彼の善意だろう

 

「ありがとう、ふらんか」

 

「お礼はいいわ」

 

ならば、今はこの少女を信じよう

 

「それじゃ、どこから話そうかしら……リクエストは?」

 

「それじゃあね、ふらんかがつれこまれたってところ」

 

「まって、誰から聞いたの?」

 

「りすかむ」

 

「……どうしてやろうかしら」

 

結果はわからない、リンクスは間違えてしまうかもしれない

だけど、信じてみよう

 

「だめ?」

 

「ええ、それは駄目、かわりにリスカムと彼が組んだ初日の話でもしてあげるわ」

 

「わかった」

 

この少女の眩しい笑顔を、彼女の決意を

 




地味に時間がかかった話
理由は一つ、リンクスのセリフがムズイ
ひらがなのせいで打ち間違いにすぐ気づけない
なぜ私は彼女をひらがなにしてしまったのか・・・


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きっといつか、許すため

12/16 修正


 

「……………………」

 

壁に背をもたれて座る

なんだか疲れてしまった

 

「私には、無理なんでしょうか」

 

誰に聞かせるわけでもなく、溢してしまう

今この場にレイヴンはいない、昔のようにどこかに行ってしまった

自分を置いて、行ってしまった

 

「理解するな、否定しろ」

 

あの時とは状況は違う、アーツの影響で体の反応が鈍くなっているからここで休めと言われたのだ

それでも思い出してしまう

あの日、彼が突然消えたこと

自分の彼に向ける信頼は、偽りだったのか

彼は、自分をどうとも思っていなかったのか

 

「……どう否定しろというんです」

 

彼は理解してもらうことを嫌がっている

それは自分には許されないと、温もりは与えられてはいけないと

 

「人の心を知ってるくせして、どうして無理やり突き放すんです」

 

彼にとってはそれが正しいのか、いや、違う

彼は自分がどんな道を行こうとしているか、わかってる

わかっていて、進んでいる

 

「外道を進む、ですか……」

 

あの後、言われてしまった、決定的な言葉を

 

『俺は、外道を進む』

 

『誰かに理解されるつもりはない、理解者など必要ない』

 

『お前が気に病むことはない、辿る道が違うだけなんだ』

 

「……強すぎるんですよ、あなたは」

 

あの男は、どうして強くあろうとする

弱音の一つも、吐いていいのに、誰かに頼ってしまえばいいはずなのに

 

「肩を並べるには、遠すぎたんですかね……」

 

昔、彼の善意に触れた

彼が秘匿していた自身のアーツ

それがばれることも厭わずに危機に瀕した自分を助けた

その時の顔は、善人のそれだったのだ

 

「……志こそ、同じだったと、そう思ったのに」

 

彼が殺す理由は、願われたから

殺すことで、救われるものがいると、気づいてしまったから

 

「願いは呪い」

 

願われた時点で、願われたものは選択を迫られる

叶えるか、叶えないか、それとも投げ出すか

ならばそれは呪いと変わらないと、彼は言った

 

「……よくも割り切れるものです」

 

彼があんな顔をしているのは、わかっているからだ

許されるべきでない悪行だと

それでも進もうとするのは、覚悟するだけのことがあったから

 

「何が、悪人ですか」

 

そんなまっすぐなもの、誰でも持てるものではない

優しい心を持つものにしか許されない

 

「……否定など、できません」

 

結局、自分はなにもできない

彼を理解することも、彼の真意を紐解くことも

どうやら自分は、夢を見過ぎていたらしい

 

「……………………?」

 

一人、呆けていると、何かの音が聞こえてきた

 

『リスカム、ここにいたか』

 

「……ドクター、ですか」

 

偵察ドローン、ドクターが戦場の状況を見るために飛ばしている機械

聴音機と、簡単な指示を出来る様にスピーカーが付いている

 

『どうした、怪我でもしたのか?』

 

座っている自分を見て聞いてくる

 

「いえ、アーツの影響で体力が減ってるので休ませてもらっているんです」

 

『そうか、そうするとストレイドは……』

 

「……ドクター?」

 

いいながら、少しづつボリュームが下がっていく

 

「どうしました?」

 

『いや、彼がどこにいるか聞こうと思ったんだが、見つけてしまったよ』

 

「そうですか、それでどこに?」

 

『チェンのところだ、聞き取りづらいが、彼女と口喧嘩しているよ』

 

「でしょうね」

 

相も変わらず助けて周っているらしい、昔通りだ

 

『それで、どうしてこんなところに?』

 

「と、いうと」

 

『ここ、廃ビルの屋上なんだが』

 

いま、自分がいるのはビルの屋上

正確には、吹き抜けになった最上階

壁は崩れ、風が吹き込んでいる、屋根もない、雨が降ってきたらびしょ濡れだ

 

『どうやってここに?』

 

「……予想はついているのでは」

 

『そうなんだが、仕組みがわからなくてね』

 

「一応、秘密ですから」

 

『その割には使いまくってる気がする』

 

「真の意味では使ってないんですよ、まあ二回ほどやりましたが」

 

『そうか、何故映像が取れていない……』

 

なんだか残念がっている、彼も学者だったか、気になることはとことん気になるのだろう

 

「気になるなら聞いてみては」

 

『答えてくれるのか?』

 

「ええ、美人とデートさせてやると言えば、恐らく言います」

 

『む、それはなかなか……いや、駄目だ、良くない、うん』

 

結構前向きに考えてた気がする

 

『まあそれは置いておこう、リスカム、体調は?』

 

「大分回復しました、戦線には復帰できます」

 

『よかった、だが気になるんだが……』

 

「なんでしょう」

 

『君、彼無しでどうやって降りるんだ?』

 

「ああ、それなら」

 

横に置いてあったものを見せる

 

「これを使えと、渡されました」

 

『グラップルか』

 

「ええ、射出型のフックショットです」

 

降りたくなったら使えと言われた

ここは相当高い、肉体強度が高くなければ大怪我だ

いや、普通に考えて死ぬ、十階ぐらいには到達してる

 

『彼、そんなもの持ってたか?』

 

「あの上着、色々入っているんですよ」

 

『そんなものが入ると思わないが』

 

「きっと、異次元に続いているんでしょう」

 

『四次元ポケットか? 彼の上着は』

 

作戦中とは思えない会話をしてる、普段の自分からは信じられない

 

『やれやれ、不可思議だらけだな、彼は』

 

「……そうですね」

 

ここで少し、疑問が浮かぶ

 

「ドクター、聞いていいですか」

 

『なんだ、どうかしたか』

 

なんだかドクターの雰囲気が嫌に柔らかい

おかしい、彼は見たはず

 

「レイヴンを放っておいていいんですか?」

 

『ああ、それか』

 

警告を、殺戮を

 

『構わないよ、問題ない』

 

「何故です? 彼は危険人物ですよ」

 

『まあそうだが』

 

なんのことのないように

 

『彼はこちらに危害を与えるつもりはないのだろう、いまのところは』

 

「……どうしてです、普通、あんなものを見せられれば警戒するはず」

 

『そうだな、本来ならそうするが……』

 

あたり前のように言う

 

『彼は善人だ、果てしなく』

 

「……………………」

 

『ならば問題ない、敵対はしない』

 

「……そうですか」

 

そう言い切ることが出来るのが羨ましい

今の自分には、出来ない

 

『どうした、彼となにかあったか?』

 

「まあ、少し」

 

『よければ相談に乗るよ、言ってみてくれ』

 

ドクターは優しい

オペレーター達が彼を信頼するのは手腕だけでなく、こういう所も関係あるのだろう

 

「なら、お言葉に甘えます」

 

『ああ、甘えてくれ』

 

自分も、その一人だろう

 

「……ドクターは、間違えたことって、ありますか」

 

『というと、どういう意味でだ』

 

「そうですね、何か大事な局面に至った時、選択を誤ったこと、ありますか」

 

『……ふむ、それに答えるのは、私には難しいな』

 

「それはどうして……ああ、すいません、忘れていました」

 

『構わないよ、よくあることだ』

 

さして違和感がないせいで忘れていた、彼は昔の記憶を失っているんだった

思い出せないなら答えることなどできない、迂闊なことを言ってしまった

 

『しかし、なぜそんなことを?』

 

「いえ、彼、レイヴンの事なんですが」

 

『ふむ、昔、何かしたのか?』

 

「……その、ドクター、死告鳥、という名に聞き覚えは」

 

『ある、というより、調べたよ、彼がきてから』

 

「そうですか……それで、どう思いました」

 

『どう、というと、あの事件か、国を二つ滅ぼした、という』

 

「はい、他にもありますが、それが一番有名でしょう」

 

『まあこんなことを一人でやったなどという話、出回らない方がおかしいな。真偽のほどはわからないが、本当なのか?』

 

「……本当です、やりました、彼は」

 

『……まあ、出来るな、彼なら』

 

ドクターの言葉が詰まる、先ほどの事を思い出しているのか

善人といいきったが彼が味方と確定してないのはわかっているんだろう

 

『それで、彼はその時、どうかしたのか』

 

「彼は、その日のことを後悔してるんです、間違えたと」

 

『逆に、何も感じなければ人ではないよ』

 

人ではない、レイヴン自身、そう明言していた

自分は機械と、人などと呼ばれていい存在ではないと

 

『何が理由かは知らないが、あの日、死者は千人を超えていた、一人でやるには多すぎる。生き残りも殆どいなかったらしい』

 

「……………………」

 

『死告鳥などと言い出したのが誰かは知らないが、彼のことだ、そうする理由があったのだろう』

 

「理由、ですか」

 

『ああ、彼は愚か者ではない、悦楽の為に殺す類ではないよ、でなければ私達はとうに攻撃されている』

 

「随分、信頼してますね……」

 

『信頼には値する、後は彼の言動の謎さえわかれば安心できるんだが……』

 

言動、それはあの警告か

 

『リスカム、心当たりは』

 

「……あります」

 

その意味は、酷く理解に苦しむものだ

 

「さっき、聞きました、本人から」

 

『彼は君にはよく話すな、少し羨ましい』

 

「……大方、昔のよしみ程度ですよ」

 

『そうか? それならフランカにも話してると思うが』

 

「彼女、レイヴンのこと苦手なので踏み込もうとはしないんです」

 

『その割には仲良さげだが、まあいい、それで彼はなんと?』

 

話すべきか、だが聞けば、その信頼を崩すかもしれない

 

「……………………」

 

『リスカム、話しにくい事なのか』

 

こちらの苦悶を察したのか、聞いてくる

 

「……はい、これは、一種の裏切りです」

 

『裏切りか……それは、彼に対してのか?』

 

「……彼と、彼を信頼する人たちへの、裏切りになります」

 

彼を信じようとしているドクター、なんだかんだ言っていう事を聞いているフランカ

レイヴンを信じ切っているリンクス、そして

 

『それは、君自身も含めてか』

 

「……はい」

 

彼と共に戦った自分への、裏切りだ

 

『そうか』

 

これを話すということは、この事実を認めることになる

彼が世界の敵になることを、肯定することになる

 

「……ドクター、私にはわかりません」

 

『……………………』

 

「何が答えなのか、どうすればいいのか」

 

『……リスカム』

 

「どれが誤りなのか、わからないんです」

 

彼は否定しろと言った、善人として扱うなと

彼のことを想うならここで話して、悪人だと決めつけてしまえばいい

だがそれは違う、自分はそんなことがしたかったわけではない

理解したかったはずだ、肯定したかったはずなのだ

いつか、彼の苦しむ顔を、少しだけでも和らげさせてあげたかった

それだけ、それだけのことだったのに

 

「私は、最初から間違えていたんでしょうか」

 

彼に会った、あの日から

 

彼を信じた、あの時から

 

それだけを願っていたはずなのに

 

「これも、彼に言わせれば偽りなのでしょうね……」

 

『……リスカム、そんなことはないよ』

 

「ですが、彼は…………あの人は」

 

『リスカム』

 

ドクターが呼びかけてくる、その声は暖かさに満ちている

 

『君が彼から聞かされたことについてはこれ以上追及しない。話したくないなら話さなくていい』

 

あの人がこれを否定するのは、律するためだろう

悪人であることをやめない為に、止まらない為に

自ら遠ざける、願いを、呪いと定義するために

 

『リスカム、私は彼を信用している、そう言ったな』

 

「ええ、言いました」

 

『ならば何故、信用したか、気にはならないか』

 

「……そう、ですね、ええ」

 

これは、聞いてくれ、ということだろう

伝えたいことがあるのか

 

「なら、聞かせてもらっていいですか」

 

『ああ、ありがとう』

 

そこでお礼を言っては駄目な気がする、この人らしいと言えばらしいが

 

『リスカム、私はね、最初は彼を敵とみなすつもりだった』

 

「……そうでしょうね」

 

『あからさまな敵対宣言、それにあわせて行った虐殺、誰が見ても危険思想の人物だと思うだろう』

 

「賢明な判断だと思います」

 

『それで、一度皆を撤退させるつもりだった、何かあった時にすぐ対処できるよう』

 

「……………………」

 

『なのに、一番危険な位置にいたオペレーターがね、聞いてくれなかったんだ』

 

「それは……」

 

『撤退しろといったのに、断りますと、承諾できないといって聞かなかった』

 

「……えっと」

 

『彼女は戦っていたよ、彼の傍で、彼の行いを否定するために』

 

「その……すいません」

 

『謝らなくていい、君は正しい事をした』

 

「……すいませんでした」

 

どうやら叱るつもりはないらしい、ならなぜそのことを言う

 

『リスカム、君はあの時、私達に何かを示そうとしたね』

 

「……………………」

 

『彼と言う人物を誤解させない為、彼が何者か、私達に考えさせる為』

 

「……違いますドクター、私はただ、肯定したかったんです」

 

『肯定、それは、彼をか』

 

「はい、あの人が悪人ではないと、証明したかったんです」

 

『……そうか』

 

「あの人はただの人殺しでないと、けして、否定されていい人でないと、そう、言いたかっただけなんです」

 

我ながら言葉に力がない

きっと、揺らいでいるからだ、あの人への信用が

 

「結局、何も出来ませんでしたが」

 

『そんなことはないよ、君は示した、私に、私達に』

 

「……ですが、人は死にました、沢山、あの人が昔やったように、いつも通りに」

 

『そうだな……褒められることでも、誇れることでもない』

 

「なら、何も出来ていないのと同じなんです」

 

あの人は殺しすぎる、たとえそれがあの人にとって普遍的な事でも

人はあの人を狂人というだろう、人殺しと

その見方は正しい、間違えていない

なのに、自分にはそう見えなかった

自分には、優しく見えるのだ

脆く、儚い、酷く優しい人に見えるのだ

 

『リスカム、嘆くことはないよ』

 

「なら、どうすればいいんです、私には成せることがないんです、なにも」

 

『そんなことはない、君にはできることがある』

 

「……慰めはいりません」

 

『違うよ、あるんだ、君にしかできないことが』

 

「……私にしか、できないこと?」

 

そんなものがあるのか、何も思い浮かばない

いまさらやれることなど、あるとは思えない

 

『そうだ、私も、フランカも、きっとリンクスも成し得ない、重要な事だ』

 

「……わかりません、なんですかそれは」

 

なのに、そう言い切れるのは何故だろうか

 

『リスカム、君はそれを知っている』

 

「どうしろと……」

 

『変わらないよ、今までと』

 

その言葉は、善人だから言えるのか

 

『信じるんだ、リスカム』

 

彼も、まだ信じきっていないだろうに

 

『あの独房で私に言った時のように』

 

信用ならない男だと、知れ渡っているというのに

 

『ロドスの中で、君が彼に付き従っていたように』

 

もう、取り返しがつくとは思えないのに

 

『君が、彼を否定させないと、傍にいたように』

 

どうして、信じろと言えるのか

 

「……できると、思いますか」

 

『出来るさ、何より君はしてきたんだ、今までずっと』

 

「……ですが、きっと、彼は拒みます」

 

『それでもやるんだ、嫌々いうなら断る気が失せるほどに押し通せばいい』

 

「随分、強引ですね……」

 

『ああ、だがこれぐらいしなければわからないのが人だからね』

 

「……人、ですか」

 

『そうだ、君も、彼も、頑固者だから時間はかかるだろう。でもいつか、きっとわかってくれる』

 

「……立派なお言葉ですね」

 

『そうだな、口に出すのは少々恥ずかしい、だがそれが人だよ、人の営みだ』

 

「あの人が聞いたら笑いそうです、戯言だと」

 

『言うだろうな、笑いながら、だから言ってあげればいい』

 

「なんて、いうんですか」

 

『別に、そうですねっていいながら、笑うんだ、一緒に、そうして笑い合うんだ、くだらないといいながら』

 

「……できるでしょうか」

 

『やれるよ、君はその方法を知っている』

 

「……………………」

 

酷く難しい、今の自分に出来るだろうか

 

『リスカム、不安みたいだな』

 

「……ええ」

 

『なら、思い出すんだ』

 

「何をですか」

 

思い出せ、とはなにか

 

『簡単だよ、リスカム』

 

簡単なこと、いったいなにか

 

『君にとって、彼は何者だ?』

 

「……あの人、ですか」

 

自分にとって、彼は何者だったか

 

「……そうですね、イタズラ好きで」

 

ドスケベで、周りのことなど気にせず口説きにかかって

 

「そのくせ、嫌に人の悩みを言い当てて」

 

困ってる人のとこに何の事もなかったように現れて、騒ぎを起こして去っていく

 

「優しい、不器用な人」

 

『……思い出せたかな』

 

「……ええ、そうですね、なんでこんなことを忘れていたんでしょう」

 

『なら、聞かせてくれ、彼はどんな人だ』

 

「ええ、私にとって、彼は」

 

 

「酷く優しい、背を預け合った戦友です」

 

「悪人などではありません、世界の敵などではありません」

 

「人の死を悲しみ、誰かの幸福を祈ることが出来る」

 

「誰もが持っているあたり前な温もりをもつ」

 

「私の、信頼できる相棒です」

 

 

『よろしい、ならやるべきことはわかっているな」

 

「ええ、ありがとうございます、ドクター」

 

『構わないよ、仲間が困っている時に助けるのは当たり前のことだ」

 

「この御恩はいつか返します」

 

『ああ、期待している』

 

立ち上がる、拳を握る

自分にはやるべきことがある、へこたれてなどいられない

 

「ドクター、レイヴンはどこに」

 

『すまんが、少し前からチェンと騒いでる、注意を逸らす必要があるな』

 

「わかりました、なら適当にフランカあたりを餌にしますか」

 

『……酷いな』

 

知ったことではない、いまは彼と話す時間を作るのが優先だ

仮に釣り針から餌だけ持ってかれようがストックは二つある

ならばどう動くか、そう考えていると

 

「――――ッ!? 今のは……」

 

『爆発音、音源は』

 

「この下です」

 

どうやら、まだ終わりは遠いらしい

 




リスカムこんなメンタル弱くねえやろ!!というリスカムファンの方
物語の展開上こうせざるを得なかったんです
お許しを


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そうしていつか、笑いあうため

12/16 修正


 

「……状況が、掴めない」

 

「何してるんだろ、あの人」

 

場所はストレイドが暴れた所

彼が残した死体と負傷者の回収を四人でしていた

 

「おー、重い……」

 

「カーディ、一人じゃ運べませんよ」

 

「でも二人でも運べないよ?」

 

「まあ、そうですね」

 

あらかたの回収は終わった、あらかたは

ただ一人、問題がある

 

「……四人でも、無理じゃないかな」

 

「ビーグル、試す前に決めつけるのはよくないよ」

 

ストレイドがリーダーと言っていた人物

重装備に身を包んだ大柄の男

 

「せーのっ」

 

「「「ぬがあああああ!!」」」

 

「……無理ですね、これは」

 

「アドナキエル君! 力入れてたの!」

 

「入れましたよ、しっかり」

 

四人がかりでも運べない、ノイルホーンかミッドナイトか

男手を増やすべきだろう、アドナキエルだけでは心もとない

 

「誰か来れない?」

 

「ここ以外は戦闘中だから」

 

だが増援を呼ぼうにも他の場所はまだ戦闘中

ここがおかしいのだ、十分足らずで終わらせた彼がおかしいのだ

 

「いやー、強いねー、あの人」

 

「ええ、味方でいてくれるのは心強いですね」

 

「そうだね、エリートの人たちと同等か、それぐらいには強い」

 

「……なんで三人とも信用してるの」

 

最悪、ストレイドを呼べば来てくれるかもしれない

ただ問題は

 

「それで、誰か来れないの?」

 

「……ちょっとまってね」

 

音量を下げてから無線のスイッチを入れる、すると

 

『貴様! 真面目に戦わんか!』

 

速攻で切る

 

「……駄目そう」

 

「だね……」

 

素晴らしい怒号が聞こえてきた、少し前のロドスで聞いたような怒鳴り声

原因はなにか、決まっている、彼女を平気で怒らせるのは彼ぐらいだ

 

「なんでまた喧嘩してるの、ストレイドさん」

 

「さあね、多分、楽しかったんじゃないかな」

 

「そんな理由であの人怒らせたくないよ……」

 

ストレイドは今、チェンの所に合流している

理由は持ち場が終わったから

 

「アーミヤさんの方はまだ終わらないって」

 

「一度、あっちに戻った方がいいかもしれませんね」

 

本来なら他の敵が来ないか警戒するものだがストレイド曰く

 

『ひっきりなしに銃声が鳴り響いていたところが急に静かになった、それだけで近づかないという判断材料にはなる』

 

とのこと

一応、四人で警戒しつつ死傷者の回収をしていたが向かってくるものはいなかった

数が減っているのもあるがわざわざ危険地帯に赴く理由もないのだろう

この戦いはもう終わりに向かっている、現状、戦闘というよりは投降してきた相手を形だけ拘束して捕らえている状況になっている

 

「人任せにしないで最後までしてほしいんだけどなー……」

 

「まあまあ、ストレイドさんも他の事してるんだから」

 

ビーグルの言い分はもっともだ

ただ何度かコンタクトをとれた時にこう言っていた

 

『もとより殺すつもりだった相手だ、顔なんか見てみろ、鉛玉をぶち込むぞ』

 

彼がどんな人物かはまだわからない

だが無力化された相手に追い打ちをかけるほど冷酷ではないらしい

 

「こう、ひっぱれば……!」

 

「無理ですよ、おとなしく誰かが来てくれるのを待ちましょう」

 

「……あんまり触ってたら起きちゃうよ?」

 

ビーグルの危惧はもっともだ

ここで刺激して起こしてしまえば暴れる危険がある

そうなるとこの場の面子でもう一度無力化しなければいけない

 

「誰かに指示を仰げればいいんだけど……」

 

「チェンさんは、さっきの通り」

 

「ドクターは誰かと話しているようで、連絡がしづらいですね」

 

「アーミヤさんはまだ忙しそう」

 

「……困った」

 

フランカあたりにも話そうと思ったが彼女はリンクスと話しているらしい

バニラとジェシカは警戒の為その近くで待機してる

自由に動ける人はリスカムとストレイド、だが二人とも直接連絡が取れない

なんでも、無線が不慮の事故で壊れたとか

一応ストレイドは位置がわかっているが、連絡を取るには

 

「……………………」

 

ピッ

 

『遊んでいるのか! なんだそのふざけた動きは!』

 

ピッ

 

「……駄目かあ」

 

彼女を諫めねばならない

犬猿の中とはこういうことか、いや、片方は龍だが

さらにはもう片方、人種不明だが

あの二人、異常に相性が悪い

ストレイドが煽ってチェンがそれに怒号で応酬する

見てる分にはいいが巻き込まれたくはない

 

「どうしようか……」

 

「とりあえず、武器だけでも奪っておきたいですが……」

 

アドナキエルがリーダーが持っているランチャーに手を付ける

そうして外そうと力を入れるが

 

「駄目ですね、がっちり掴んでます」

 

「なんで?」

 

「最後の抵抗じゃない? ほら、あの人への」

 

「なんだか不穏な会話はしてたけどさー……実は起きてるとか?」

 

「いや、なら動くよ、囲まれてるし」

 

「わたしだったら誰もいなくなるまで寝たふりするなー」

 

「流石に不用心ですよ、カーディ」

 

大盾こそ手放したがランチャーを離してくれない

これは、最後まで抵抗する意思があったからか

それとも、また別の理由か

 

「……せめてドクターと連絡が取れれば」

 

「でも大切な話してるみたいだし、横から入るのはちょっと……」

 

「だよね、誰と話してるんだろ」

 

一度、リーダーを置いてリスカムあたりを探した方がいいのか

だが見てない間に復帰して動き始めても困る

どうしたものか、四人で頭を悩ませる

すると

 

「……グウ、オォォ」

 

「? 誰か、何か言った?」

 

「いや、言ってないけど」

 

ビーグルとカーディが声に反応して周りを見渡す

だが近くに動いている者はいない

 

「おかしいな、確かに聞こえたんだけど」

 

「気のせいじゃない?」

 

「オオォォ、ガアァァ……」

 

「……気のせいじゃないね」

 

「そうみたい……」

 

どこか苦しげな呻き声

 

「「……………………」」

 

こんな声を出す人物など、ここには一人しかいない

 

「オオアァァァァァ!!」

 

「「わあぁぁ!? 起きたあぁぁぁ!!」」

 

「あ、起きちゃいましたか」

 

「アドナキエルさん、そんな冷静に言わないで……」

 

気絶していたリーダーが目を覚ます

だがその様子は少しおかしい

 

「ふざけるな! ふざけるな!」

 

大声で叫ぶ

 

「なにが死告鳥か! なにが役割か!」

 

怒りを隠さず、内に秘められたありったけをぶちまける

 

「そんなもので否定されていい怒りではない! これは積んできた犠牲に報うための戦いだ!」

 

「ちょちょちょ! バズーカ! バズーカ構えてる!」

 

「各員! 散開!」

 

雄たけびをあげながらランチャーを構える、引き金を引く

弾頭が飛んでいく

 

「容赦なく撃ちますね」

 

「うわー、怒ってるよ、あの人」

 

「ビーグル、あれ、押さえれる?」

 

「無理!!」

 

弾着、誰も巻き込まれない地点に爆風が巻き起こる

 

「これは成就されていい怒りのはずだ! それをあの男は愚弄するか!」

 

「……あの人、何言ったんだろ」

 

「カーディ、今は戦闘に集中を」

 

再び発射音、誰にも向かってこない、あらぬ方向に飛んでいく

錯乱してるのか、それともリスカムからのダメージが残っているのか

 

「まともじゃないのは確かか……」

 

「フェンさん、どうします?」

 

ランチャー自体距離をとれば問題ない、狙いがぶれてるのもあって避けやすい

問題は攻撃手段、ここにはアドナキエルを覗いて近接しかいない

攻撃するには近づく必要がある、流石に近くなればあっちも命中率が上がる

アドナキエルに援護射撃を任せても相手は重装甲、クロスボウではダメージは低い

それに何より

 

「アドナキエルさん、関節は狙えますか?」

 

「もう撃ちました、それであの動きです」

 

「効き目はなし、どうする……!」

 

相手は痛みを感じていないのか、ものともしていない

火力がない、仕留められない、ならすべきことは一つ

 

「あんな外道に! あんな狂人に! 終わらせられてたまるものか!」

 

「ぎゃああああ! バカスカ撃ってくる!」

 

「カーディさん!」

 

「了解! ビーグルちゃん、わたし達で挟み込もう!」

 

「え? 嘘でしょ!」

 

「嘘じゃない、やらないとやられちゃうよ!」

 

こちらの意図を汲んでくれたカーディが前に出る、それに続いて反対側にビーグルが回り込む

二方向から接敵する、リーダーも迂闊には手を出せない

片方に構えばもう片方が近づいてくる、武器の連射力を考えると両方の迎撃は間に合わない

 

「邪魔だ!」

 

それを理解した上なのか、リーダーがカーディーにむけて撃つ

 

「ぐっ! ビーグルちゃん!」

 

「もうやるしか!」

 

カーディがそれを防ぎ、爆風で吹き飛ばされる

その隙にビーグルが近づく

 

「この! 止まって!」

 

「オオォォォ!」

 

「わあ! ちょっと! ランチャー振り回さないで!」

 

ビーグルの接近を嫌がったのか武器を振り回して抵抗する

そのせいで無闇に攻撃できない、近づけてもこれでは意味はない

だが動きは実質止まった、なら後は牽制を続けて応援を呼べばいい

 

「チェンさん! リーダーが動きました!」

 

『ああ、爆発音が聞こえた、ランチャーを持っているんだったな』

 

「はい、いまいる面子では決定打に欠けます、誰か応援を」

 

『わかった、今私が――――ておい傭兵! どこにい……く…………?』

 

「チェンさん?」

 

呼びかける、だが返事がない、何かあったのか

 

「あぶ! ない! って! うわっ!」

 

「ビーグル!」

 

ビーグルが盾越しに振り回しにあたったらしい

距離が空く、ランチャーを構える

 

「まずっ!」

 

「ビーグル! なんとか防いで!」

 

「爆発なんて防げるの?!」

 

「ビーグルちゃん! 踏ん張って!」

 

「ええ!?」

 

無茶なことを言っている自覚はあるがカーディは防いだ、一撃は耐えれる

なら次発装填の間に体制を立て直したカーディが押さえればいい

 

「あわわわわ!」

 

リーダーが引き金を引こうとする、その時

 

「っ!? なんだ!!」

 

リーダーの肩に何かが引っかかる

黒いワイヤー、先端はフックになっている

 

「はああぁぁぁ!!」

 

「リスカムさん?!」

 

そのワイヤーの先にはリスカムが、盾を構えて真っすぐにリーダーに向かって飛んでくる

勢いよくぶつかる、リーダーは体制を崩しリスカムは転がりながら着地する

 

「皆さん、無事ですか?」

 

「え、どこから来たんです? いま」

 

「上です、丁度廃ビルの上にいたんです」

 

「飛び降りたんですか?!」

 

「ええ、中々恐ろしい眺めでした」

 

手に持っていた何かを捨てる、フックショットを使ったらしい

 

「怪我人は」

 

「えっと、今のところは平気です」

 

「了解です、ビーグルさん、このまま私と奴を抑えてください」

 

「え! いや、その」

 

「行きます、カーディさん、反対から攻撃を」

 

「了解!!」

 

「……あれ、私、何もできない」

 

「大丈夫ですよフェンさん、オレも大して役に立ちません、それに――」

 

「?」

 

狙撃体制のまま待機しているアドナキエルがリーダーとは別の方を見る

 

「死神が来てます」

 

「へ?」

 

 

 

 

「この! 小娘共が!!」

 

「いい加減に抵抗をやめなさい」

 

リーダーがランチャーを振り回す、それを盾でいなす

 

「そら! 三人には勝てないでしょ! 投降しちゃってよ!」

 

「と、止まってください!」

 

どれだけ重装備でも流石に多勢に無勢

思うように動けないリーダーに攻撃を続ける

このまま疲弊させれば意識を落とさせることが出来るかもしれない

 

「私の道を阻むな!!」

 

「意気込みは結構ですが、進ませるわけにはいきませんね」

 

距離が近ければランチャーは撃てない、自ら爆発に巻き込まれるような真似はしない

 

「はっ!」

 

「ぐう!!」

 

盾で殴る、銃撃するにしても狙いをつけることを考えるとこっちの方が早い

それに防弾チョッキのせいで効果はない、仮に狙うとしたら

 

「……バイザーを割れば、弾は届きますか」

 

フルフェイスのヘルメット、のぞき穴はなく、かわりに黒いバイザーに覆われている

防弾性だろうが割ることが出来れば効果的な牽制は出来る、抵抗の意は弱まるはずだ

 

「しかし、どうするか」

 

ただ割るにしてもこのままでは狙いようがない

殴りかかっても盾では届かない、だからと言って素手でどうにかなるものではない

銃床で殴っても一撃では無理だ、それに警戒される、なにか方法はないか

 

「どけえっ!!」

 

「くっ!」

 

リーダーがランチャーと腕を大きく振り回す

思ったより力が強く、少し離される

 

「なっ! この距離で!」

 

ランチャーを構える、距離は大して離れていない

巻き込まれていいというのか

 

「まずい……!」

 

「げっ!」

 

「え? 撃つの!?」

 

ここで撃たれれば振出しに戻る、何より全員が巻き込まれる

追撃は阻止できない、止めなければ、だがどうやって

 

「なにか、打開策は……!」

 

防ぐ以外の方法、射線を逸らす、そもそも撃たせない

いや、無理だ、そのまえに撃たれる

なら誰かがやったように弾頭だけを撃ちぬくか

そんな神業、自分には出来ない

手立てはないか、なにか、ないのか

 

「え? なにあれ」

 

「……まるで弾丸ですね」

 

声が聞こえた、フェンとアドナキエルだ

同時に音が聞こえてきた、空気を割くような、そんな音

 

「まあ、来ますよね……」

 

自分がここに来れたのは爆発音がしたから

その音は、各地に聞こえていたはず、ならば

あの男も聞いている

 

「よう、邪魔するぜ、デカブツ」

 

黒い奔流が飛んでくる、火の粉をまき散らしながら

 

「せっかく拾った命を自ら捨てるか」

 

渦の中心にはレイヴン、飛んできた勢いのままランチャーに横から蹴りを放つ

 

「こいつの善意を踏みにじるか」

 

射線が逸れ、弾頭が彼方に発射される

 

「なら、見逃す理由もあり得ないな」

 

レイヴンが空中で体の向きを変える

 

「逝くべきとこに、逝ってもらう」

 

足をリーダーの両肩にぶつけ、そのまま乗る

 

「この、偽善者が……!」

 

「お前もだ、偽善者」

 

 

乾いた音が響いた

 

 

「……うわぁ、エグイ」

 

「……うええ」

 

リーダーのバイザーが割れる、同時に血が噴き出る

 

「よし、これですっきりした」

 

そのまま蹴り倒し着地する

 

「……レイヴン」

 

「おう、流石に今のはやりすぎたかね、全部撃っちまった」

 

銃のマガジンを入れ替える、両方のを

 

「ええ、やりすぎです」

 

「仕方ないだろ、どれだけ撃てば割れるかわかんなかったんだから」

 

「……そうですか」

 

二丁のマガジン分、全て撃ち込んだらしい

リーダーの顔は文字通りハチの巣になっているかもしれない

 

「ちょっと、爆発音がしたけど」

 

「すとれいど、りすかむ、だいじょうぶ?」

 

同じように爆発音を聞いて駆け付けたのだろう、フランカ達が合流する

 

「え、これさっきの……」

 

「倒したんですか? 皆さん」

 

「ああ、これで後は掃除だけ―――」

 

何かが崩れる音がする

 

「……ん?」

 

「これは、何の音です?」

 

「……何かが割れてるような、そんな感じね」

 

「びきびきいってる」

 

今日、どこかで聞いたような音

 

「……嫌な予感がします」

 

「奇遇ですね先輩、わたしもです」

 

この作戦の最初に、響いたような

 

「ああああああの、あの、あの!」

 

「あー、さっきの流れ弾かな?」

 

「ですね、方向的に」

 

「た、退避! 退避―!!」

 

ビルが崩れる、そんな音

 

「ほう、いい感じに倒れてきてるな」

 

「感心してないで走りなさい!!」

 

廃ビルがこちらに向けて傾いていた

 

「「「逃げろ―!!」」」

 

「いやはや、楽しいことになりましたね」

 

「リンクス、掴まって!」

 

「うん」

 

「ちょちょちょ! どうして倒れてるんですか!」

 

「そりゃあ金ヴルちゃん、ロケランの流れ弾だよ」

 

「ロケラン? 流れ弾? 何があったんです!」

 

「あ、見てないのか、じゃあわからんな」

 

「無駄口を叩いてないで走りなさい!!」

 

「へーい」

 

ビルの残骸に潰されればひとたまりもない、必死に走る

速度的には問題ない、このままなら巻き込まれない

最後尾をレイヴンと走る、おいてかれている人はいない

ビルが倒れる、コンクリートが砕ける音がする

誰も潰されてはいない、そう安堵した、その時

 

「お?」

 

「なっ!?」

 

突如、浮遊感が襲ってくる

地に足が付いていない、そんな感覚

 

「リスカム!」

 

「すとれいど!」

 

フランカとリンクスがこちらを見る、だがすぐに見えなくなる

かわりに目に入ったのは、広い空洞、暗い空間

 

「おーおー、落ちてるな、こりゃ」

 

ここはどこか、なぜ落ちてるのか

 

「これは……!」

 

「アスファルトが崩れたか、逆によくも耐えてたものだ」

 

道路の下に空洞が出来ていたらしい、地上が崩れてそれに巻き込まれたのだ

 

「やれやれ、前もこんなことがあったな」

 

下は見えない、よほど大きいのか、落ちたらただでは済まない

 

「まったく、運が悪いな、最近」

 

なのにどうして落ち着いていられるのか、彼も、自分も

 

「レイヴン……」

 

「ま、人命優先だ、仕方ない」

 

不敵な笑みを浮かべながらレイヴンが手を伸ばす、いつか、やってくれたように

黒い光が彼から立ち上がる

 

「ほら、掴め、リスカム」

 

「……はいっ!」

 

光が彼の背に集まっていく、そうして何かを形作っていく

おぼろげな、どこか不安定なもの、だけど確かな力を持った形

 

 

「飛ぶぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リスカム! ストレイド!」

 

「ふらんか! いっちゃだめ!」

 

「先輩! 止まってください!」

 

「危険です! 巻き込まれてしまいます!」

 

「だけど! 二人が!」

 

ビルの崩壊に連鎖してもう一つの崩壊が起きた

地形崩壊、地下に空洞が空いていたらしい

それに二人が巻き込まれて落ちた、下に

高さはわからない、だが底が見えないのはここからでもわかる

 

「ドクター、緊急事態です」

 

『何があった』

 

「道路が崩壊、大穴が開きました、深度は不明、ストレイドさんとリスカムさんが巻き込まれました」

 

『わかった、救助チームを送る、君たちは二人の安否の確認を』

 

「了解」

 

「え、これ、大丈夫だよね? 二人とも」

 

「無責任にそうですね、とは言えない状況です」

 

「なにか出来ること……駄目だ、ロープとかはないし、無闇に近づくわけにもいかないし……」

 

崩壊はまだ続いている、瓦礫が底にあたる音がする

 

「どうすれば、何か、手は――――」

どうにかして二人を助けられないか、必死に頭を巡らせる

 

その時

 

「――――へ?」

 

何かが見えた

 

「あ」

 

黒く光る、火の粉を羽根のようにまき散らす何か

 

「え、あれ、どうなって……」

 

「……飛んでいる」

 

それが、天に向かって飛んでいった

 

「………………は?」

 

「えっと、ドクター、その」

 

『ああ、見えてる』

 

空を見上げる、そこには

 

「わー、凄いなあ、あの人」

 

「おや、少し羨ましいですね」

 

ストレイドの腕に抱かれているリスカムと

 

「……あなた、何者よ」

 

『なるほど、これは――』

 

背に黒い羽をはやした男

 

『合点がいく』

 

一羽の鴉が、大空を仰いでいた

 




この次の話で三章は終了です
そして残りは後三話、過程はすべて終了し、後は結果に収束するだけ
所々読んでて詰まらない話とか、作者頭悪いやろ、ていう話とか
あとは誤字とか脱字とか、色々ありましたが本編は終わります
本編終わった後はサイドとかアフターとか、後はストレイドとリンクスのキャラ性能とか、書いてみますかね
終わってないものがまだありますが、一段落はできるでしょう

では、どうぞよしなに


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鵬程万里

12/16 修正


「あーあ、やっちまった……」

 

「ええ、やってしまいましたね」

 

上空から見下ろす、そこには唖然とした表情の仲間たちがいる

 

「どう言い訳するかね」

 

「正直に言えばいいじゃないですか、飛べるって」

 

そんな顔をしているのは、こちらの状況が原因だろう

 

「そうなるとどうして飛べるんだって追及されるだろ」

 

「まあ、そうですね、そしてそのまま解剖です」

 

「え、怖っ、そんなことするのか、あの連中」

 

「冗談です」

 

遥か上空、崩れた廃ビルよりも高く、顔をあげれば空しか見えないぐらいの高度には到達してる

 

「……どうするか」

 

なぜこんなことになっているか、それは、彼のアーツだ

 

「……少し、失礼します」

 

「ん?」

 

手を動かし彼の上着のポケットに突っ込む

そうして煙草とライターを出し、彼に咥えさせる

 

「ほら、これでいいでしょう」

 

「ああ、悪いな」

 

火をつける、これでゆっくり考えられるだろう

 

「しかし、一本じゃ足りんかもしれんな、目撃者が史上最多だ」

 

「ここで止まらず離れた所に着地すればよかったのでは?」

 

「いや、上がってる最中にフランカと目があっちまって、逃げられねえなと」

 

「ああ、そうですか」

 

彼の背中に視線を送る

どこか崩れて消えてしまいそうな、幾何学的な羽

黒く輝くそれは、とある種族のものに形が良く似てる

 

「でも、隠すほどのことでもないと思うんですよ」

 

「お前、飛べるという行為がどれだけのアドバンテージか、わからないわけじゃないだろ」

 

「それでもそんな必死に隠す必要はないかと」

 

「あのな、生身だぞ? 何もいらないんだぞ? 身軽なんだぞ?」

 

「ええ、そうですね」

 

「物を持つ余裕があるんだ、宅急便とかやらされたらどうするんだ」

 

「便利ですね、仕事が早く終わりそうです」

 

「その分量が増えるわ」

 

鳥の羽でなく、天使のような羽

背中に六枚、対になるように展開されている

 

「あーあ、面倒なことになった」

 

「……ええ、そうですね」

 

視線を彼の頭上に移す

 

「お前な、前も言ったろ」

 

「何をです」

 

「人の羽見るたびに頭を見るなと、一瞬剥げてるのか心配になる」

 

「大丈夫です、ふさふさですよ」

 

そこには、何もない

でも、いつかの彼にも、その象徴たるものがあったのだろう

 

「まったく、心臓に悪い」

 

「なんでそんなに気にするんです?」

 

「知ってるだろ、俺の背中がどうなってるか」

 

「……ええ、知ってます」

 

「それと同じ原理なら、俺の頭はつるつるになってるはずなんだ」

 

「ゴツゴツでは?」

 

「どのみち剥げてる、河童みたいになってるはずだ、ああ恐ろしい」

 

心底怯えた顔をする、そんなに髪が心配か

 

「クソ、これなら下に着地すべきだったか」

 

「ああ、そうですね、それで助けが来るのを待てばよかったのでは」

 

「……いや、どのみちなんで無傷だったかとか聞かれるな、でもその方が楽だったか?」

 

「やってしまったことは変わりません、この後どうするかを考えては?」

 

「それもそうだな、とりあえず降りるか」

 

黒い羽から光が湧き出る

火の粉のようにチラつくそれは、彼の体を押すように噴出する

ゆっくりと下降を始める

 

「……もっと早くしては?」

 

「いや、こう、あいつらが訳アリだと判断して聞いてこないという都合のいい奇跡が起きないか祈ってるんだ」

 

「なるほど、ありえませんね」

 

「むう……」

 

困り顔をしている

そのくせ説明責任があるのは自覚してるのか、普段からこうならいいのに

 

「……レイヴン」

 

「なんだ」

 

体を彼に少し寄せる、彼の腕に体を沈める

 

「……どうした、急にしおらしくなって、お前を抱く気はないぞ」

 

「こっちから願い下げです」

 

いま自分は俗に言うお姫様だっこのような状況だ

もっと別の抱え方はなかったのか、この方が運びやすいという事なんだろうが

勘違いされることは、まあ、多分、ないだろう

 

「で、どうした」

 

「いえ、相変わらず綺麗な羽だと思いましてね」

 

「そうかい、黒に綺麗も何もあるとは思わんが」

 

「ありますよ、少なくともこれは綺麗な黒です」

 

彼の背に生えている翼、当然、普通の代物ではない

昔、いつの間にか生えたと、そう言っていた

無くなったものを埋める様に、不可思議な力と共に出てきたと

 

「これは、あなたの力なんですね……」

 

「ああ、そうだ」

 

力、ならばきっと、意味はあるんだろう

 

「レイヴン、わかりました」

 

「何がだ、リスカム」

 

これを手に入れた責任が、あるのだろう

 

「あなたが、BSWから消えた理由」

 

「……そうか」

 

彼の事だ、どうせそう定義してる

 

「狭かったんですね、あなたには」

 

「そうだ、居心地はよかったが、ちょいと羽を伸ばすには手狭だった」

 

飛べる意味を、責任を、彼は見つけたのだろう

 

「でも、別にやめる理由はなかったのでは」

 

「ある、そうするだけの事を俺はしている」

 

この羽を、託された願いを

 

「……世界の敵、ですか」

 

「そうだ、素晴らしいほどに大罪人だ、この紛いものにはお似合いだろう」

 

「……よく言いますね、回りくどいだけなのに」

 

「ふん、言うだけ言え、小娘一人が騒ごうと世論は変わらん」

 

世界の敵になる、それはつまり、この世界の全てと敵対する事

 

「リスカム、俺は殺す、この世界の全てを殺す」

 

「ええ」

 

「それ即ち、世界から許されてはいけないと、認識されるんだ」

 

「はい」

 

「なら、そいつは悪人だ、それがお前たちみたいな善人の傍に居るわけにはいかない」

 

結局、巻き込みたくないと、そう言っているだけだということに気づいているのかこの男

 

「よくもあのご老人が許したものです」

 

「なに、理屈は通ってる、なら奴も折れるさ」

 

「……屁理屈です」

 

「こんな物騒な屁理屈、あってたまるか」

 

気づいているんだろう、知っていて、この人はやる

昔からそうだったではないか、そうして、人の心を見抜いていたではないか

 

「わかりました、レイヴン」

 

「ほう、何をだ」

 

いまなら、言えるだろう

 

「私はあなたを否定します」

 

「いいな、いい思いきりだ」

 

その存在を信じると

 

「ええ、死告鳥であるあなたを、否定します」

 

「ああ、それでい……ん?」

 

あなたを信じると

 

「……なんか、違くね?」

 

「いいえ、あっていますよ、あっていますとも」

 

「いや、それじゃあ結局、肯定してると思うんだが」

 

「何を言っているんです、否定してるじゃないですか」

 

「だから、それじゃ否定にはならんと……」

 

「なってます、否定しているならば、れっきとした否定です」

 

「……この野郎」

 

「私はアマです」

 

「…………このアマ」

 

きっと、受け入れてはくれないだろうが、こうすることに意味はあるはず

 

「まったく、頑固者だな、お前は」

 

「あなたほどではありません」

 

呆れたように笑う

 

「もういいさ、それで、一人ぐらいはいても構わんだろ」

 

「ありがとうございます、レイヴン」

 

「……レイヴンね」

 

空を見上げる

 

「なあ、どうしてお前はそっちで呼ぶんだ」

 

「そっち、とは?」

 

「名前、フランカはストレイドって呼んでるのに、お前はレイヴンのままだろ」

 

「ええ、それが何か」

 

「いや、なんでだろうなって」

 

どうやら彼にはわからないらしい、簡単な理由なのに

 

「聞きたいですか?」

 

「なんだ、もうゲームをする時間はないぞ」

 

「わかってます、ただ、あなたにもわからないことがあるんだなと」

 

「なんだ、そんな勿体ぶるなよ」

 

変なところで疎い、まあ彼らしい

 

「そうですね、なら教えます」

 

「嬉しそうだな」

 

「ええ、このことを面と向かって言えるのが、嬉しいんです」

 

「ふうん」

 

笑われるだろうか、いや、笑うだろう

それでも、ずっとそう思っていたのだ

初めて会った、あの日から

誰かの為にその羽を広げた、あの時から

 

「レイヴン、私にとってあなたは、レイヴンなんです」

 

「ああ、そうだな、そういう名前だし」

 

「違います、いえ、違うくはないですが」

 

「あ? どういう意味だ」

 

「そのままです」

 

 

「渡り鳥」

 

「ただの名でなく、死告鳥でなく」

 

「誰かの為に世界を渡る、そうして、誰かを助けるために」

 

「善を運ぶ、黒い鳥」

 

「いつかきっとを目指す、心優しい渡り鳥です」

 

 

「……渡り鳥、か」

 

「昔も今も、あっちこっちを渡っているんでしょう? なら、渡り鳥です」

 

「コウノトリじゃないんだぞ?」

 

「ええ、人殺しを褒めるつもりはありません」

 

「なら、善じゃない」

 

「嘘つきなさい、戦火に晒される人の為に武力介入してる人が何を言っているんです」

 

「……あのクソジジイ、余計な事ばかり言う」

 

いつからか流れた噂、黒い鳥が火種を消して回っているという

聞く人によっては不快なもの

偽善者だと、正義の味方を気取るのかと

本人もそう言われていることには気づいている

それでも、彼にとっては必要な事なのだろう

成すべきことを成すために

 

「レイヴン、聞かせてもらえませんか?」

 

「なにを」

 

「あなたの企み、BSWを離れてまで始めた、大事な事」

 

「わかったんだろ? なら言う必要はない」

 

「そうですね、それでも聞きたいんです、あなたの口から、あなたの願いを」

 

「……どっかの爺さんみたいなことを言う」

 

「あのご老人もあなたが心配だったんですよ」

 

「なら放っておけ、野たれ死ぬようなことはねえんだから」

 

煙草を吐き捨てる、指針は決まったらしい

 

「リスカム、世界は存外脆いものだ」

 

「……ええ」

 

「それでいて、存外甘い、故も知らぬものに信用を向けてしまうほどに」

 

それは、いつかの国のことを言っているのか

彼を信じ、願いを託した彼の故郷

 

「たとえどれだけの罪を犯していようが、その信頼は無下にしてはいけない」

 

「それは、人として、ですか?」

 

「違う、俺が人足り得ないという事だけは確かな事だ、そこは間違えるな」

 

「なら、何者として、信頼に返すんです」

 

「決まってる、俺としてだ」

 

あの国は彼に大きな影響を与えた

残酷な結果だけでなく、彼が知らずのうちに秘めていた、大切な願い

それに、気づかせることが出来た

 

「俺は死告鳥、そうあり続ける、誰の為でなく、俺の為に」

 

「そうして、各地で暴れ回るんですね、その名を広めるために」

 

「そうだ、そうして刻み付ける、戦争なんか起こしたら殺して止めてやると」

 

「やられる側はたまったものではありません」

 

「起こす方が悪い、こんな世界で喧嘩する方が悪いんだ。俺はそれを、ちょっと過激な方法で終わりに導くだけ」

 

「過激すぎです」

 

「だが効果的だ、それに奴らも気づくだろう」

 

「世界の敵が存在すると?」

 

「ああ、共通の敵がいるなら、一時的にも手を組む組織や国が出てくる。ロドスと龍門みたいにな」

 

「知ってるんですね、その話」

 

「俺の情報網をなめるな」

 

これは一つの自己犠牲なのだろうか

彼がこの手段をとったのは、殺した者たちへの償いだ

 

「まあそうやって一度でも手を組めば小さいとはいえ繋がりができる。それを放り捨てられるほど人は無情じゃない」

 

「仮に敵対してもすぐに戦争は起きない、随分適当ですね、トップの方が戦いたがりだったらどうするんです」

 

「その時こそ俺の出番だろ、たとえ一国であろうと、容赦なく潰す、それが俺の役割だ」

 

「思いきりましたね、文字通りあちこち飛び回ることになりますよ?」

 

「ああ、それでいいんだ、それがこいつの役目なんだよ」

 

翼から大きく火の粉が飛び散る

黒く、まるで鴉を思わせる、大きな羽

 

「この翼を手に入れた責任が、俺にはある。そうしていつか、託したものに報いるための、責任が」

 

「……ええ、あなたらしい考え方です」

 

「そうでもしなけりゃ、あいつらに顔向けできん、あいつらに許しを請うことが出来ないんだ」

 

あの国は彼を許した、だが彼は納得できていない

だから、納得するために、彼らの善意に報いるために、彼は戦うと決めたのだろう

そうすることで、きっと自分を許すことが出来ると

だけど、彼の進む道は幻想に近いものだ

歩いてたどり着くことなど、到底できない

だからこそ、選んだのかもしれない

歩いて渡れぬなら、飛んで渡ると、そう決めたのだろう

 

「……レイヴン、それは、酷く遠く、過酷な道のりですよ」

 

「ああ、わかっている、到達できない可能性も、よくわかってる」

 

「終わりがあるかも、わからない道のりです」

 

「わかってる、だとしても、俺は行く、例え鵬程(幻想)と笑われようと、辿り着くことが出来ない万里(獣道)だろうとも」

 

「それでも、やるんですね」

 

「ああ、俺はやるぞ、リスカム」

 

 

「俺は殺す、この世の殺意を体現する」

 

「争いのあるところに現れ、悉くを殺し尽す」

 

「たった一つの例外として在り続ける」

 

「そうして、わからせてやるんだ、この哀しい世界に」

 

「こんな終わりのない病気の蔓延する世界で、争ってる暇はないと」

 

「人同士で殺し合ってる暇はないと、手を取り合えと」

 

「死告鳥という化け物がのさばる世界で、殺りあってる時間はないってな」

 

 

「……どうしてそこで、素直に言えないんですかね」

 

「それが許されないからだ」

 

随分と、回りくどい

正直に助けて周ると、言えばいいのに

 

「それに、口だけの奴より、行動で示した方が本気だってわかるだろ?」

 

「ええ、そうですね、それが殺戮でなければ素直に許せるんですが」

 

「そいつは無理だな」

 

この人は結局、善人なのだ

あの日、崩壊した国と同じ末路を見たくないからと

救われていい人が死んではいけないと、なら自分が止めると

 

「確かに、外道ですね」

 

「こんなものが正道であってたまるか、人の屍を踏み越えて進もうというんだ。誤りだよ、これは」

 

「それがわかっているなら……いえ、どうせ言っても聞きませんか」

 

「ああ、聞く理由はない」

 

優しく笑いかけてくる、本当に、回りくどい男だ

だけど、それは優しいからこそ、遠回しにいうのだろう

彼が目指すもの、そして消えた理由はわかった

ただ一つ、不明瞭な事がある

 

「レイヴン、一つ、わからないことがあるんですが」

 

「なんだ、いまなら無償で答えてやるぞ」

 

「おや、優しいですね」

 

「それで、なんだ」

 

「いえ、あなたがそう志したのは、あの日、ですよね」

 

「そうだ、あの崩壊に、その理由に、無性に腹が立ったから、それを否定したくて決めた」

 

「それで、BSWに入って、しばらくいたんですよね」

 

「四年ぐらいか、あのクソジジイに嵌められて仕方なく在籍してた」

 

「でも、やめようと思えばやめれたんですよね」

 

「そうだな、あの爺さんを納得させれば、すぐにでも出ていけた」

 

「ならよりによって、どうしてあのタイミングだったんです?」

 

「というと?」

 

「なんで、私の研修生の終了日だったんですか?」

 

「なんだ、怒ってるのか」

 

「ええ、怒っています、せめて一言、挨拶ぐらいは欲しかったんですよ」

 

「仕方ないだろ、キリが良かったんだから」

 

「それは私の面倒が終わったからですか?」

 

「そ、ちょうどいいだろ、ひよっこが一人前になって、隣につく必要がなくなった

 なら思い残しはない、抜けるにはベストのタイミングだった」

 

「……あなたになくても、私にはあったんですが」

 

「ん? 何か不都合でもあったか?」

 

「大ありです、あの日、あなたに最初に伝えようと思ったんですからね」

 

「無事終了したって? そんなこと言われなくてもわかってる、教えてたのは俺だぞ」

 

「それでもこう、教官としては聞くべきだったのでは?」

 

「形だけの教官だ、大して何もしてない」

 

「その割には、結構口うるさかった気がします」

 

「そうでもない、あれがまともな教官ならもっとうるさい、そう、あの爺並みに」

 

「あなたにあの武術を教えたのはあの人でしたか……」

 

「他に誰がいる」

 

まあそんなことだろうと思っていた

あの日の彼は、本当にあっという間に消えてしまった

勝手に納得して行ってしまうあたりが彼らしい

それでもこちらは納得できていない

 

「それで、どうしてあの日だったんです」

 

「別に、深い理由はない、強いて言うなら、あれかね」

 

「あれ?」

 

こちらを見る、感慨深いものを見る様に

 

「いや、ある日、新人にこう言われたんだよ」

 

「新人? 私以外にも見たことがあるんですか?」

 

「まあまて、話を聞け」

 

「はあ……」

 

「それでだ、初めて顔を合わせた時、こう言われたんだ」

 

「その人に? なんて言われたんです?」

 

「何、一言、失礼な事を言われた」

 

 

「変な顔をしてますね、ってな」

 

 

「……変な顔、ですか」

 

「ああ、初対面でいきなり言ってきた、随分失礼な奴だとカチンと来たな」

 

「……………………」

 

なんだろう、身に覚えがあるような

 

「覚えてるか? リスカム」

 

「……なんか、思い出せそうで、思い出せないと言いましょうか」

 

「そうか、なら――」

 

「へ?」

 

突如、体を浮遊感が襲う

 

「無理やり思い出させてやるよ」

 

「ぎゃああああああああああ!!」

 

いきなり手を離された、体が落ちていく

地面が近づいてくる、ぶつかる、そう思った瞬間

 

「まだ終わらんぞ、もう少し楽しんでいけ」

 

「ひっ! ま、まってくだ――――」

 

「断る」

 

もう一度彼に捕まり、上昇する

そうしてまた、空から落とされる

 

「ほうら、紐なしバンジーだ、滅多に出来んぞ」

 

「すいません! 思い出しました! だからやめてください!!」

 

「ハハハ! 照れるな照れるな、たまには馴れあおうじゃないか」

 

「……何をやっているの、あの人」

 

「楽しそうだなー、頼めばわたしにもやってくれるかな?」

 

何度かそうして弄ばれる、どうやら彼の怒りを買っていたらしい

 

 

 

 

「……すいませんでした」

 

「わかればよし、いきなりとんでもないこと言いやがって、驚いたぜ、あの時は」

 

そういえば言った気がする、初めて会った時

随分と、不思議な雰囲気の人だったから、酷く悲しい顔をしてたから

 

「……それで、あれがどうして関係してるんです」

 

「なに、あれでお前の本性がわかったんでな」

 

「本性?」

 

そんな一言で何がわかったのか

 

「リスカム、俺はその時確信した」

 

「何をです」

 

「別に、この世界も捨てたものではないんだと」

 

「……そうですか」

 

「お前のような、まっすぐに人を見る奴がいるなら、きっと変わってくれるだろうと、確信できた」

 

「……それが、どう関係してるんです?」

 

「言った通りだよ、お前は人を護ることが出来る人材だ。他の連中と同じように、あそこに居る奴らのように」

 

下に目を向ける、そこにはロドスの人々がいる

 

「人を護れるなら、世界も護れる、なら、動きだせると、そう確信した」

 

「……そうですか」

 

「ああ、少なくともお前は、俺の願いを叶えてくれている。昔と変わらず、人を護っている、救うことが出来ている」

 

「……私は、そんなに立派な人ではありません」

 

「立派だよ、お前は、理念を貫いている、俺にはできないことを、成し遂げている」

 

彼に出来ない事、護ること、それは彼にとって覆すことの出来ないことなのだろう

 

「喜べリスカム、お前はこの大罪人の信頼に応えた数少ない奴だ」

 

「……なるほど、私はとうに願われていたんですか」

 

「ああ、立派な呪いをかけてやった、光栄に思え」

 

「ええ、誇りに思います」

 

どうやら後押ししてしまったのは自分らしい

複雑な気分だ、喜べばいいのか、嘆けばいいのか

 

「さて、そろそろ降りるか、随分人が集まっちまった」

 

「質問攻めですね、これは」

 

下にはいつの間にか他の人も集まっている、作戦は終了したらしい

 

「……アイツは、答えを出してくれたかね」

 

「ええ、きっと、見出してくれましたよ」

 

こちらを見上げる中に、リンクスがいる

その目に絶望は感じられない、確かな光が灯っている

 

「レイヴン、わかっていますね」

 

「ああ、負けちまったからな、お別れのセリフを考えておくかね」

 

この後、彼は彼女から答えを聞く

彼女が、リンクスが、何者になったかを、見定めるために

 

「……リスカム」

 

「なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼んだ」

 

「頼まれました」

 

 

 




鵬程万里


遥かな道のりを表す言葉
鵬(おおとり)が飛んでいくような、酷く遠い、たどり着くことすら不明瞭な道のり
鵬とは伝説上の大きな鳥、その翼は三千里、羽ばたけば、九万里に到達するという
この言葉はこの鳥が飛んでいく道の長さを示すもの、その伝説を、伝説足らしめるもの
この偉業を真似ることは、只人では難しい、何も成せずに朽ちてしまうだろう
それでも、旅立つ者はいる、酷く遠い願いをもって、飛ぶものはいる
だからこそ、この言葉は生まれたのだろう
その旅路に、救いがあるようにと、きっと、至ることが出来るようにと
残されたものは願い、飛び立つものは休むことなく飛び続ける
いつかきっと、成し遂げるため


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エピローグ
繋ぐ者


12/16 修正


ロドス・アイランドによるレユニオン強襲作戦は終了し、撤収作業を開始していた

負傷者は回収し、死者は後程、それぞれの故郷へと埋葬される

それが、せめてもの手向けだろう

 

 

「……ふう」

 

各々が慌ただしく動く中、一人、通信車両の近くで一服している男がいた

通信車両付近には人はいない、車内にも、誰もいない

誰も彼に近づこうとはしない、声をかけることも、しようとしない

それもそうだろう、彼はロドスアイランドに宣戦布告をした男

けして味方ではないと、そう宣言した傭兵

この作戦の発端であり、散々戦場をかき乱した化け物だ

 

「よく働くねえ、どいつもこいつも」

 

一人、何もせずに周囲を見回している

彼が何もしないのは、やる気がないからではない

単純に、手を貸す余裕がないのだ、彼が、ではなく、彼らが

戦場で起きたことはある程度オペレーターに通達された

ある男の起こした惨状も、伝えられた

そのせいで一部のオペレータは彼に恐怖を覚えている

数百人、一人で殺した男、それだけで十分脅威の対象だ

さらに味方ではないと証言している、警戒するのも無理はない

何人かは彼の方に視線を向けるが、誰も声をかけない

まだ何者か確定していないものに声をかけるものはそうはいない

 

「……やあ、調子はどうかな」

 

「ん? 良好だよ、鉄仮面」

 

余程の理由がなければ、声はかけない

 

「こんなところでサボりかな?」

 

「ああ、暇を潰させてもらってる、悪いね」

 

彼に声をかけたのはドクター、その後ろには、アーミヤとチェン

ドクターの後ろで、ストレイドに警戒の目を向けている

 

「ほう、両手に華か、羨ましいな」

 

「君もリスカムとフランカを隣に置いていたろう、大して変わらない」

 

「フランカはいいが、リスカムはちょっと色気がない、劣情を催すには色々足りん」

 

「そういうことを聞いてるわけじゃないんだが……」

 

「それで、世間話をしに来たわけじゃないんだろ?」

 

「ああ、幾つか聞きたいことがある」

 

「いいだろう、答え合わせといこうじゃないか」

 

煙草を捨て、足で踏み消す、そしてドクターと向かい合う

 

「まず最初に……そうだな、あの羽から」

 

「まあ、そうだよな、いいぜ」

 

「ならお言葉に甘えて……あれは、何かな」

 

ドクターの視線が少しずれる、ストレイドの顔から、その背中に

少し前、この男は空を飛んだ、生身で、なんの機材も使わずに

しかも自由に動き回れるらしい、それこそ、鳥が空を飛ぶように

 

「見ての通りだ、羽だよ、空を飛ぶための、翼だ」

 

「それはわかる、ただ常軌を逸していてね、とても説明がつくものではないんだよ」

 

「だろうな、似たような状況に陥ってる奴なんかそういないだろ」

 

「あれは何だ、アーツの一種なのはわかるが、原理がわからない」

 

「簡単だ、鉄仮面」

 

ストレイドが説明を始める

 

「あれはな、推進力を生んでいるんだ」

 

「推進力?」

 

「そう、飛行機が飛ぶように、ロケットが飛ばされるように、ヘリがプロペラから生み出すように、空を飛ぶための、推進力が生み出せる」

 

「……つまり、人間ロケットか?」

 

「違う、例えるなら人間ジェネレーターだ」

 

「ジェネレーター?」

 

「そ、動力を生み出す、推進力という名の、動力だ」

 

「ブースターとは違うのか?」

 

「若干違う、推進力自体おまけなんだよ、本命は、こっちだ」

 

その体から光が湧き出る、火の粉のような、チラつく光

 

「これが、この黒い粒子が、俺のアーツだ、ただ純粋に、俺の体を飛ばすエンジン」

 

「これ自体に、秘密があるわけか」

 

「ああ、ま、俺もそこまでわかっちゃいない、もしかしたらもっといい使い方があるかもしれん」

 

光が彼の背に集まっていく、それは、ある形を作る

黒く、崩れてしまいそうな、幾何学的な羽

三対、六枚の羽、そして舞い散る火の粉

まるで熾天使を思わせる、そんな様相

 

「……触っても?」

 

「触れるならな」

 

ドクターが手を伸ばす、だが、透けてしまう

 

「実体はないのか」

 

「ああ、そのくせ不気味な代物だ」

 

「どうしてだ」

 

「なに、実験してたら奇妙なことがわかっちまってね」

 

「と、言うと、どんな実験だ」

 

空に向けて指をさす

 

「飛んだろ、俺」

 

「ああ、飛んだな」

 

「どれくらい、飛べると思う?」

 

「……それは、距離か? それとも速度か」

 

「そのどちらもだ、随分おかしな結果がでちまった」

 

「どうなった」

 

「興味津々だな、ホントに解剖されちまう気がしてきた」

 

「そんなことはしないよ、私は」

 

「……する奴がいるのか、恐ろしいな」

 

羽から粒子が出る、体が少し浮かぶ

 

「どう思う?」

 

「というと」

 

「お前は今、ブースターをふかしている、ちょうど噴出孔にいるはずだ」

 

「……そうだな」

 

「風なりなんなり、普通、感じないか」

 

「そうだな、だが、何もない」

 

「そ、これはそういうものだ、何の影響もなく、影響を出す、不可思議なもの」

 

「干渉はしないと」

 

「ああ、それ相応に反応が返って来れば、まだやりようはあるんだが」

 

「何故そんなことを言う」

 

「これ、ホントに何も干渉しないんだ、俺自身に負担を与えない、何も」

 

「……負担」

 

「速度、どれくらい出ると思う」

 

「……どこまで出た」

 

「さあ、音速までは試した、で、それ以上はやってない」

 

「生身でか?」

 

「生身で、しかも周囲の物も影響なし、この粒子、とんでもない代物だな」

 

「……音速、以降は」

 

「試してないって言ったろ、音速で無傷なのに光速も無傷だ、なんてことになったら笑うしかない」

 

「確かに、笑うぐらいしかできないな」

 

羽が消える、ストレイドが地に足を付ける

 

「しかも丸一日飛んでも消えない無限ジェネレーターだ、限界はないのかね」

 

「よくも使えるな、こんな不明瞭なもの」

 

「使えるものは使う、それが傭兵のやり方だ」

 

この傭兵のアーツは性質がわかっていない

わかっているのは、推進力を生みだし、何らかの空気抵抗の軽減をしていること

本来あるべき事象も何故か起こらない

音速に到達するならそれ相応の衝撃が体を襲う

けして生身で耐えられるものではない

そして、限界はまだわかっていない

 

「加速紛いと言っていたのは、それが理由か」

 

「ああ、実際、推進力以外の何かで飛んでる可能性もある、確証がないんだよ」

 

「……羽の形になるのは、元からか?」

 

「そうだな、わからん」

 

「なに?」

 

「それこそ不明だ、どうして羽なのかね」

 

不敵に笑う、ある程度予想はついているんだろ? そう言うように

 

「……わかった、アーツの話はここまでにしよう」

 

「そりゃ結構、説明できないものの説明ほど疲れるものはない、で、お次は?」

 

「……少し、不快な話になるかもしれない」

 

「だろうさ」

 

ドクターが傭兵の頭上を見る

そこには、なにもない

 

「……君は、サンクタ、なんだな?」

 

「ご名答、まあ奴らのファイルに俺はいないがな、ラテラーノ人としてはカウントされてない」

 

「そうなのか」

 

「こんな奴、あの不自然なほど綺麗な国にはいらんのさ」

 

彼がサンクタなら、あるべきものがそこにあるはずだ

だが何もない、彼ら特有の、光輪が存在しない

 

「……光輪は、どうしたんだ」

 

「割れた」

 

「……割れた?」

 

「正確には崩れた、黒く変色して、ボロボロになっちまった」

 

「それは、鉱石病が原因か」

 

「それ以外に心当たりがあるのか?」

 

「……いや、ないな」

 

光輪はおろか、その背にあるべきものも、実質存在していない

ラテラーノ国に多く属する天使のような見た目の種族、サンクタ

その頭上には光輪、背には羽、サンクタをサンクタ足らしめる、文字通りの象徴

それが彼には存在しない

 

「なんだ、随分深刻な顔してるな、そんなに酷かったか」

 

「ああ、なぜ生きているのか、不思議なほどには」

 

「治療も抑制もしてないからな、よくも死なずにいるものだ」

 

鉱石病の影響で体に変化が訪れた例は幾つかある

角や爪の肥大化、記憶の忘却、光輪の位置の変化

彼のような症状も、あり得なくはない

 

「……医療に携わるものとして、君に伝える義務がある、いいだろうか」

 

「構わんよ、で、どんな具合だった」

 

「そうだな、ではまず、背中の浸食について」

 

鉱石病に罹ったものは幾つか症状の深度が分けられる

最初は血液から体に混ざり、臓器に浸食、源石が分布し陰影が映るようになる

 

「君の背中、羽の付け根というべきか、広い範囲に、源石が表れている」

 

「知ってる、肩胛骨のあたりか、意外と違和感のないもんだな」

 

その次の深度に至ると、体表に源石が浸食、そして最後は、感染者自身が源石になる

それが鉱石病に感染したものの末路、逃れようのない終焉

 

「これが、一つ目だ」

 

「ん? まだあるのか?」

 

「ああ、それについて見せたいものがある」

 

「なんだ」

 

ドクターがファイルを渡してくる

 

「……ほう、面白いことになってるな」

 

「笑い事ではないよ」

 

中にはレントゲン、写っているのは、背骨、正確には、脊髄

 

「これが、君の脊髄の状況だ」

 

「浸食率は」

 

「八割、といったところだ」

 

「二割ある、十分だ」

 

「どこがだ、君は末期だぞ、すぐにでも対処しなければ――」

 

「死ぬか、だろうさ」

 

「……軽く言うな」

 

「別に、どうせいつか死ぬんだ、それが今だろうと大したことはない」

 

写っている写真には、まともなものは写っていない

あるのは、黒い影に覆われた脊髄

 

「君、体の感覚はあるのか」

 

「ある、困ったことにな」

 

写真をドクターに返す

常人ならもっと衝撃を受ける事項だ

それをさらりと受け入れるのは、その精神力故か

 

「それで、そんな事を伝えてどうするんだ」

 

「わかっているだろう、君のことだ、予想している」

 

「その通り、入院しろって言うんだろ?」

 

「そうだストレイド、ロドスに来てくれ、君は重病人だ。放っておくわけにはいかない」

 

「えー、面倒くせえ」

 

「これは命にかかわることだ、見過ごせない」

 

「はあ、甘ちゃんだな、あんた、こんな奴を抱え込もうというのか」

 

「それが私たちの役目だ、感染者を助け、治療するのが――――」

 

ストレイドの目が鋭くなる

同時に銃を引き抜く、照準は、ドクター

 

「ほう、いい反応だ、もっと早く動ければ止めれるぞ」

 

「傭兵、銃を下ろせ」

 

「断る」

 

「ストレイドさん、お願いします、武器を下げてください」

 

ストレイドが動くと同時にチェンとアーミヤが武器を構える

片方は剣を、もう片方は背に菱形のなにかを発現させて

 

「……ストレイド、これはどういうことだ」

 

「なに、こっちも聞きたいことがあるのさ」

 

「下せと言った、傭兵」

 

「まあまあ、あんまり騒ぐと撃つぞ」

 

「それはさせません、引き金を引く前に、止めてみせます」

 

「出来るといいな、キラーラビット」

 

笑う、ただその目は笑っていない

先ほど、無慈悲に殺したときのように、ドクターをまっすぐ見据えている

 

「これは、警告の続きか?」

 

「違う、天秤に計ってるんだ」

 

「何を」

 

「お前の命を」

 

チェンとアーミヤの顔が険しくなる

 

「私の命か、最初からこれが目的か?」

 

「そうだな、そのことについて謝ることがある」

 

銃を構えたまま、話し出す

 

「前、二度目の侵入と言ったな」

 

「ああ、言った」

 

「あれは、嘘だ、悪いな」

 

「……どういうことだ」

 

「鉄仮面、これは、三度目だ」

 

「なに?」

 

「過去に一度、侵入してる、その時は患者に化けてたがな。探してみろ、カツラ被った俺の写真があるぞ」

 

侵入、つまり、目的があって忍び込んだ

なら、その目的は何だったのか

 

「何のために入った」

 

「予想はついてるんじゃないか?」

 

「……暗殺か」

 

「そ、俺はお前を殺しにいったんだ、その時」

 

ドクターは微動だにせず、ストレイドを見つめ続ける

 

「何故だ、君に敵対していたのか、ロドスは」

 

「いや、違う、当時、とある噂を聞いちまったもんでね」

 

「なんだ」

 

「何、ロドスとか言う組織が感染者を集めて、よからぬことを企んでるとか」

 

「……………………」

 

「随分と冷酷な、鬼畜な指揮官殿がいるとか、そんな事を聞いちまってね」

 

「……それがどうして、こうなる」

 

「なに、私情だよ、俺個人の事情だ、お前には関係ない」

 

「関係あると思うが」

 

「まあまて、話を聞けよ」

 

依然、場の空気は緊張したまま

少しでもほつれが起きれば、ストレイドはロドスの敵に回るだろう

 

「それでだ、当時お前を殺しに行った、不穏分子として、認識した」

 

「殺しに来た、というならなぜ今、私は生きている」

 

「ちょっと理由があってな、中断した」

 

「何故だ、君ほどの者なら、容易くやれたろう」

 

「そうだな、殺せた、だがやめた」

 

「……………………」

 

「鉄仮面、仲間に感謝しろ、お前を信じるお仲間を」

 

「……感謝ならいつもしているよ」

 

「ならさらにしろ、俺がやめたのはロドスの雰囲気が原因だ」

 

「雰囲気?」

 

「ああ、噂と違って、人らしい奴しかいなかった、人体兵器とか、感情を持たぬ兵士とか

アーツ技術を使った化け物とか、そんな話を聞いてたんだが、意外と暖かだった」

 

「……物騒だな」

 

「まあ感染者を集めて実験する奴はどこにもいるからな、似たようなことすりゃ言われるさ」

 

「君が来たのはそれが理由か」

 

「製薬会社のガワを被った別物だと思ってた、だがあれは、あの温もりは偽りではない」

 

「……何を言いたい」

 

「早い話、お前が重いものを背負った奴だと、それがわかった、お前なりの正道を歩いていると」

 

「正道、さっきも言っていたな、それはなんだ」

 

「気にするな、俺の中の勝手な定義だ」

 

「気になる」

 

「お前、命を狙われてる自覚はないのか」

 

軽口をたたきながらも照準はぶれない

 

「ま、その時は引き下がったわけだ」

 

「そうみたいだな」

 

「で、しばらくしたらお前の話を聞かなくなった」

 

「……そうだな」

 

「で、またしばらくしたら変な噂が流れてきた」

 

「……………………」

 

「なんでも、別人のように優しくなったとか」

 

「……そうか」

 

「記憶を失くして、戦場を指揮しているとか」

 

「よくも聞きつけられるものだ」

 

「なに、これで結構人気者でね、協力者がいるのさ、そこそこ」

 

引き金に指がかけられる

 

「別に指揮してること自体はどうでもいい、問題は、お前だ」

 

「……私か」

 

「ああ、記憶を失くす前、お前には確かな理念があったはず、それを、今も引き継いでいるか、聞きたかった」

 

「……………………」

 

「お前が何者か、見定めに来た」

 

「……証明しろと、そういうことか」

 

「そうだ、簡単だろ、言えばいい、答えればいい」

 

「納得のできる答えをか」

 

これが、彼の本当の目的だ

いつか聞いた、とある男が違えていないか、確かめるため

その道が、外道になっていないか、見定めるため

 

「鉄仮面、示して見せろお前の正道を、自分が生きるに足るものだと、証明しろ」

 

じっと、まっすぐにドクターを見る、その目に曇りはない

間違えれば、躊躇いなく殺すだろう

 

「……わかった、証明しよう、私達の有用性を、君に示す」

 

ドクターが静かに話し出す、その声色は確かな感情が色づいている

 

 

「私は、戦うものだよ、ストレイド」

 

「この終わりのない病に打ち勝つ為」

 

「苦しむしかない人々を救う為」

 

「いつか、積まれた犠牲に報いる為」

 

「私を、アーミヤを、ロドスを信じるものに報いる為」

 

「私たちは、戦う、それが私の意思だ」

 

 

「……それが、答えだな」

 

「ああ」

 

「その戦いの先に、望む回答はないかもしれんぞ、それでも行くか」

 

「そうだ、未来を切り開く道は、それしかない」

 

「……へえ、存外、まともな男だったか」

 

不敵に笑い、銃を下げる

それに安堵したのか、チェンとアーミヤも警戒を解く、瞬間

 

パンッ!

 

「「「……………………」」」

 

乾いた音が響く

一発に聞こえたそれは、三人の顔を撃ちぬいていた

その顔は、赤く染まっている

血ではなく、異臭のする液体

 

「鉄仮面、合格だ、認めてやる、お前は世界を救うに相応しい」

 

ストレイドは一人、楽しそうに笑う、そうして上着から何かを取り出す

 

「ほれ、これをくれてやろう、きっと役に立つ、ゴミじゃないぞ」

 

そうしてドクターに何かを握らせる、小さな巾着袋、中身はわからない

 

「レイヴン、ここにいたんですか、って、何をしてるんです」

 

「楽しい事だ」

 

「怒られますよ?」

 

「ならトンズラだ、行こうぜ」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

ストレイドがやってきたリスカムと一緒にどこかへ消えていく

残された三人は微動だにしない

しばらくして、異変が起きた

 

「「がああああああああっ!!」」

 

「ほあぁ……」

 

アーミヤはその場にへたり込み、チェンとドクターは痛みに悶絶する

その叫び声は、皆に届いたという

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい事をしますね」

 

「なに、正気に戻る前に逃げればいい」

 

事件現場から逃げ出し、ストレイドの車へと二人は向かっていた

 

「ああ、皆さんあっちに集まってますね」

 

「いやあ、いい悲鳴だ、ぶち込んだ甲斐はあるな」

 

「巻き込まないでくださいね」

 

誰かの悲鳴が響き、他の人たちが集まっている

撃たれた三人は痴態を見られることになるだろう

 

「さて、これで後は消えるだけだな」

 

「その前に、すべきことがありますよ」

 

「ああ、わかってる」

 

指をさす、その先には彼の車

そこから少し離れた所に、バニラとジェシカ

フランカと、リンクスがいる

 

「睨んでるな、フランカの奴」

 

「でしょうね、私もあなたを許している訳ではありません」

 

「それが普通だ、いいのさ、それで」

 

バニラとジェシカはどこか不安そうに

リンクスは何も言わずレイヴンを見つめ、フランカは睨み付けている

 

「よう、フランカ、怒り心頭って感じだな」

 

「……………………」

 

声をかけられる、だが何も言わない

無言で彼に近づく、そして

 

「……ッ!!」

 

大きく振りかぶり、殴りつける

それを何も言わずに受け入れる

 

「……どうした、一発だけか?」

 

「ええ、これで勘弁してあげるわ、本当はグチャグチャになるまで殴ってやりたいけど」

 

「ぬるいな、随分」

 

「そうね、だけど覚えておきなさい、私はあなたを許していないわ」

 

「ああ、それでいい」

 

「……勝手に満足しないでよ、あなたも、この子も」

 

歯噛みしながら、レイヴンの前から退く

かわりにリンクスが前に立つ

 

「よう、気分はどうだ、チビ」

 

「……そうだね、あまりよくないかな」

 

「だろうさ、ま、その分なら平気だな」

 

「うん、だいじょうぶ」

 

リンクスが頷く、見ている分には狂っている様子はない

レイヴンが銃を取り出し、マガジンを入れ替える

 

「え、その……」

 

「ストレイドさん、それは」

 

「実弾だ、ペイント弾じゃ殺せないだろ」

 

リンクスを見る、その目には確かな決意が見える

 

「チビ、お話だ、こっちに来い」

 

「うん」

 

呼ばれ、レイヴンに近づく

お互いに向かい合う

 

「歩き方は、覚えたな」

 

「はい」

 

「背負うものが何か、理解はしたな」

 

「はい」

 

「お前が負うべき責任を、見つけたな」

 

「はい」

 

「ならば答えてもらおうか、お前は、何者だ」

 

銃を構え、リンクスに突きつける

 

「戦うことから逃げ出す臆病者か」

 

これは、彼女が何者になったか、見定めるための問答

 

「意味のない引き金を引くものか」

 

正道を、誤りのない道を、彼女が選んだか

 

「それとも、殺すことだけを覚えた獣か、答えろ」

 

彼が彼女に課した最後の試練

 

リンクスは彼をじっと見つめ返す

 

「ちがう、そのどれでもない」

 

その目は、輝く光に満ちている

 

「ならば何者だ、お前は、どの道を見出した」

 

ゆっくりと、はっきりと、彼女は示す

 

 

「すとれいど、わたしはたたかう」

 

「まもるために、たたかうよ」

 

「わたしのこきょうと、おなじことがおきないように」

 

「わたしがうばった、あのいのちにむくいるために」

 

「いつか、だれかに、ほこれるように」

 

「わたしは、まもる」

 

「まもるために、たたかいつづける」

 

 

「その道は、綺麗言だけでは進めない、わかっているな」

 

「うん、そこにてんごくはない、あるのはいのりと、それらをあざわらうじゃあくだけ」

 

「そうして流血に満ちていく、許しを請うことも、出来なくなるかもしれない」

 

「わかってる、だから、たたかうの」

 

「己に罪が課せられることを、理解してか」

 

「うん」

 

「その先の答えが、酷く不明瞭なものだとしてもか」

 

「うん」

 

「いつか、辿り着く為に、戦うか」

 

「うん、たたかう」

 

二人の視線がしばらく交差する

何も言わず、時間だけが過ぎていく

ただじっと、お互いに内側を見抜くよう、何かを伝えるように向き合い続ける

 

 

 

「……………………」

 

そして、そっとストレイドが銃を下す

 

「……いいだろう、認めてやろう、お前は正道を見出したと」

 

「……うん」

 

「なら行け、それはお前に正しさを教えてくれる、お前の理想に導いてくれるだろう」

 

「うん」

 

「進め、チビ、そうしていつか、己の魂に誇るといい」

 

優しく、笑いかける

 

「お前は立派な人だ、けして違えるなよ」

 

「……はいっ!」

 

そのまま銃を仕舞う、緊張していた空気が緩む

どうやら難は逃れたらしい

 

「レイヴン、これで満足ですか」

 

「ああ、これなら外道に迷うこともないだろう」

 

「外道? なによそれ」

 

「気にするな、お前達には関係ない事だ」

 

周りを見ると同じように緊張していたのか、ジェシカとバニラも安堵の息を吐いている

一応、わかってはいた、撃たないとは

それでも不安だった、この男は本気だったから

彼女が間違えれば、躊躇うことなく引き金を引いただろう

 

「いやはや、これで心置きなく終われるな、後はさっさと逃げるだけ」

 

「逃げるって……何かしたの?」

 

「ああ、入院しろってうるさいから鉄仮面達にぶち込んできた」

 

「何を」

 

「例のペイント弾です」

 

「え、あれを?」

 

「そ、いやあ楽しい悲鳴だったな、滅多に聞かん類だ」

 

「……さっき、聞こえた悲鳴って、ドクターとチェンさんでしたよね」

 

「そうですね、あとアーミヤさんも撃たれてましたね」

 

「……あなた、怖いものないの?」

 

「ない、恐れることなど俺には必要ない」

 

「せめて悪びれるぐらいしたらどうです」

 

まあそんな悪戯をしたということはそれなりに気に入ったんだろうが

それでもやりすぎだ、あの三人は耐えれたのだろうか

いや、叫んでいる時点でダメージは大きかっただろう

 

「……ねえ、ストレイド」

 

「ん? なんだ」

 

フランカが怪訝な顔をする

 

「その、あなた、もう行っちゃうのよね」

 

「ああ、そうだな」

 

「リンクスと、その、一緒には……」

 

「行かない、連れては行けない」

 

「……そう、よね」

 

レイヴンが視線をリンクスに向ける

もう一つ、話さなければいけないことがある

約束を、果たしてもらう

 

「さてチビ、大事な話だ」

 

「うん」

 

「お前は背負うことと、歩くこと、そのどちらも覚えた」

 

「うん」

 

「ならどうなるか、予想はついてるな」

 

「……うん」

 

「俺とお前は、ここでお別れだ」

 

「……………………」

 

「別の道を進むことになる、本来、そうあるべきだった道に戻るんだ」

 

「…………うん」

 

「泣くなよ? 湿っぽいのは嫌いだ」

 

俯く、まるで何かをこらえる様に

こうなるのは彼女もわかっていたのだろう

それでも、わかっていても、悲しいものは悲しいのだ

彼女はきっと、泣かないと決めているだろう

見送る側が泣いてはいけないと、誰かのように定義しているだろう

 

「……ねえ、すとれいど」

 

「なんだ、最後に頭でも撫でてほしいか」

 

リンクスが話しかける

 

「……リンクスって、よんでくれないね」

 

「ああ、お前の名前はそれじゃない、なら呼ぶ理由はない」

 

「そうだよね、うん、わかってた」

 

静かに頷く

 

「……ストレイド、呼んであげなさいよ」

 

「無理だな、人の名前を間違えちゃいけないって言われなかったか?」

 

「ふざけていないで、呼んであげなさい」

 

「断る」

 

「ストレイド……」

 

「フランカ、これ以上は余計です」

 

「でも、あの子が可哀そうよ……」

 

フランカを止める、正直、リンクスの味方に付きたい

ただ、これは二人の問題だ

リンクスが一人で歩けるように、けして、折れぬ心を持たせるために

いつか、自分のことなど忘れられるようにと

レイヴンの、何の淀みのない確かな願いだ

 

「チビ、リンクスと名付けられた少女は役割を果たしてくれた」

 

「……………………」

 

「この愚か者の願いを果たしてくれた、なら未練を残す理由はない、残される理由もだ」

 

「……だよね」

 

「悪いな」

 

俯いたまま、顔をあげない

きっと、我慢してる

泣いてもいいのに、それは駄目だと決めつける

誰かと似ている

本当に、よく似ている

 

「さて、チビ、お前の今後についてリスカムお姉ちゃんから話があるぞ」

 

「え?」

 

「リスカム先輩が話すんですか?」

 

「ああ、任せた」

 

「任されました」

 

レイヴンが少し下がる、代わりに前に出る

 

「リンクス、まずは賛辞を、あなたが彼に答えを示せたこと、正道を見つけられたこと、とても嬉しく思います」

 

「……ありがとう」

 

「……強いですね、あなたは、ええ、本当に強い」

 

こちらを見上げる

白髪の、フェリーンの少女

初めて見た時はか弱い子供だと思っていた

それがこうも気丈な子だとは思わなかった

 

「リンクス、今から伝えることは、彼からのお願いです」

 

「……すとれいどの?」

 

「ええ、彼から、願われてしまいました、困りものですね」

 

これは、正しい道に行かせたいという彼の願いだ

なら、応える義務が、自分にはある

 

「リンクス、あなたの身元はBSWで預かります」

 

「は?」

 

「なっ」

 

「ちょっと、リスカム、どういうこと」

 

「……びーえす、だぶりゅー、それって」

 

「ええ、彼が昔在籍していた警備会社です」

 

フランカ達が驚いている、まあさっき言われたことだ

本社も聞いていない、無理もない

 

「ロドスで保護するんじゃないの?」

 

「ええ、まだ伝えている訳ではではありませんが、彼が話を通してくれるという事です」

 

「そうだ、脅迫状……もとい、推薦状を書いておく。俺の名前を見れば奴らもおとなしく聞き入れるだろう」

 

「……聞くわね、確かに」

 

「事の仔細もその時に言えばいい、出向かなきゃいけないのが面倒だがね」

 

「あら、来るの?」

 

「俺を知ってる奴らがどんな顔するか、いまから楽しみだ」

 

「……どんな顔するんでしょう」

 

「さあ……」

 

一応、理由はある

ロドスは本来、感染者の為の組織

治療の為、その命を諦めぬ為

けして誰も、見捨てぬ為に結成された医療組織

そこに感染していない少女を押し付けるのは道理に合わない

ドクターならきっと受け入れるというだろうが、きっと彼女の為にならない

リンクスが戦うというなら、護るというなら、これが最適解だと彼は言った

 

「ま、鉄仮面には適当に言っておけ、チビが回り回ってお前のとこに行くと」

 

「……喜べばいいのか、わからないわね」

 

「ここは喜べよ、可愛い可愛い新人が来るんだぞ? 先輩としては腕が鳴るものだ。そうだろ? ジェシカ、金ヴルちゃん」

 

「こっちに振ります?」

 

「後輩だぞ? 可愛いぞ? そのうえ強いぞ? 仕事が楽になるに違いない」

 

「……私より強いんですけど」

 

「なら負けないように気張るんだな、それじゃ、話すことは話したな」

 

そう言って車に向かおうとする

 

「……………………」

 

それをじっと見つめるリンクス

口を開いて、すぐ閉じる、また開いて、やはり閉じてしまう

別れの言葉を言いたいのだろう、さようなら、ただ一言、言いたいだけだろう

だけど、言えないのだ、泣いてしまいそうで、ほつれてしまいそうで

 

「……レイヴン」

 

「……話すことないんだがな、ああそうだ」

 

振り返る、そうして聞く

 

「チビ、お前の名前を教えてくれよ」

 

「……なまえ」

 

「ああ、山猫でなく、お前自身の名前だ」

 

彼女の名前、彼が付けた名でなく、本来の名前

彼の目論見通り記憶を取り戻したなら名前を思い出したはず

なら、聞きたくなるのはおかしくない

 

「……ききたい?」

 

「聞いてみたい、名前には総じて意味があるからな、お前の親がなんて付けたか聞いてみたい」

 

「そう、なら」

 

「なら?」

 

「おしえない」

 

「おっと、マジか、ご立腹か? チビ」

 

だが教える気はないらしい、レイヴンが仰々しく驚いたような仕草をする

それとは逆に、真剣な顔でリンクスが彼を見る

 

 

「おしえてほしいなら、わたしをよんで」

 

「ちびじゃなくって、べつのなまえでわたしをよんで」

 

「あなたがくれたなまえで、わたしをよんで」

 

「リンクスって、そうよんで」

 

 

「……リンクス」

 

「……それは、無理な願いだ、業が深くて出来はしない」

 

「どうしてそう、人がやってほしい事をしてあげないの、あなたは」

 

「許されないからだよ、フランカ」

 

きっと、これが最後だ

彼と話せるのは、これが終わりだ

だからこそ、反抗したのだろう

せめて最後に、彼に報いるために

少女は語り続ける

 

「リンクスとよんで、あなたにわたしはそうよばれたい」

 

小さな声で、語り続ける

 

「ふらんかがあなたを、すとれいどとよぶように」

 

あと一度

 

「りすかむがあなたを、れいぶんとよぶように」

 

たった一度でいい

 

「あなたにとってわたしは、リンクスでありたいの」

 

その名を呼んでもらう為

 

「つなぐものでありたいの」

 

その役割を果たす為

 

「あなたがそう、ねがってくれたように」

 

誰かの願いを果たす為

 

「あなたと、つながりたい」

 

きっと、誰かの心を救う為

 

「だいじなきずなを、つなげていたいの」

 

せめて、記憶に残す為、少女は願う

 

「……参った、俺は子供に論破される運命らしい」

 

「自業自得ですよ、諦めなさい」

 

「やれやれ、頭が痛いな」

 

困ったように頭を掻く、これは折れかけている

だけど、きっと、呼ぶ気はないのだろう

 

「いいか、チビ」

 

「……………………」

 

「俺にその名を呼ぶ理由はない、それを許される道理もない」

 

「……いやだ、よんで」

 

「俺は人の願いを叶える器ではない、けして、善人ではない」

 

「いいから、よんで」

 

「チビ、俺とお前は本来会うべきでなかったんだ」

 

「それでもいいから、よんでよ……」

 

「チビ」

 

しゃがみ込む、そうしてリンクスの頭に手を乗せる

 

「お前は優しい心の持ち主だ、きっと、俺を許すだろう」

 

「……………………」

 

「だからこそ、俺は呼ばない、その暖かさに、甘えるわけにはいかない」

 

「……でも、よんで」

 

「強情だな、誰に似たんだ」

 

「あなたですよ、きっと」

 

「マジかよ、こんな頑なじゃないぞ?」

 

「頑固です、この場の誰よりも」

 

「まったく、手間をかけてくれる」

 

上着を探る、そうして何かを取り出し、リンクスに渡す

それは、髪飾りだった

 

「……はな?」

 

「ああ、造花だが、髪飾りだ、いつかお前に渡そうと思ってた」

 

紫色の、何かの花を模った髪飾り

 

「わたしに?」

 

「そうだ、いつか来る日の為、仕入れておいた」

 

「……いつか、くるひ」

 

それは、今、この瞬間の事だろう

この別れのことを言っているのだろう

 

「これが俺の答えだ、この花が、俺の名残だ」

 

「……わかんない」

 

「なら後で教えてもらえ、それじゃ俺は消えるぞ」

 

「あ……」

 

立ち上がる、そのまま車に向かってしまう

 

「レイヴン、一度だけでも呼んであげれば……」

 

「言ったろ、理由がない」

 

本当に呼ばずに行くらしい

厳しすぎる、この男は

そうまでしなければ律することが出来ないのか

だけどこれが彼の選んだ道だ

それを認めている以上、何も言うことが出来ない

去ろうとする彼を止めることは、許されない

 

「チビ」

 

ふとレイヴンが立ち止まる

そしてリンクスに話しかける

 

「……すとれいど」

 

「それは俺が勝手に付けた名だ、けして正しいものではない」

 

「だけど」

 

「お前が正道を進むなら、呼ばれる理由はない」

 

「……………………」

 

「ただ、また呼んでほしいなら」

 

「……ほしいなら?」

 

「いつか、俺に誇ってみせろ、その道を、進み続けてみせろ」

 

「……うん」

 

「そうしていつか、また、願ってみせろ」

 

軽く振り返り、笑いかける

 

「じゃ、達者でな、リンクス」

 

「っ! ……うんっ!」

 

そのまま車に向かって行ってしまう

 

「すとれいど、さようなら」

 

その背を見ながら、手を大きく振る

 

「さようなら、さようなら!」

 

声を大きくして、言い続ける

 

「さようなら! すとれいど!」

 

きっと、許す為、彼が自分を、許せるように

 

 

 

「さようならっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さようなら」

 

「……リンクス」

 

「さよう、なら……」

 

「リンクスちゃん……」

 

「……………………」

 

「……ねえ、ふらんか」

 

「……何かしら、リンクス」

 

「わたしは、みおくれたかな」

 

「ええ、立派だった」

 

「ちゃんと、かえせたかな」

 

「きっと、届いたわ」

 

「……ありがとう、ふらんか」

 

「お礼を言われるような事、してはいないわ」

 

「うん、でも、きっとひとりじゃいえなかったから」

 

「……リンクス」

 

「でも、だめだね、これじゃ」

 

「きっと、わらわれちゃうね」

 

「がまんできるとおもったのに、とまらないの」

 

「とまって、くれないの」

 

「どうしても、とめられないの」

 

「リンクス、立派だった、あなたは立派だったわ」

 

「……うん、ありがとう」

 

「大丈夫、あなたなら、成し遂げられる」

 

「ありがとう、ありが、とう」

 

「……ありが、あっ…………うぅ」

 

「泣いていいの、あなたは」

 

「あぐぅ……ひっぐ………………」

 

「あなたは強いわ、だから、泣いていいの」

 

「ひぐ……あぁ……うあぁぁぁぁ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、もうちょっと気が利くことは言えんのかね」

 

「そうですね、大人げないです」

 

二人で車に近づく、その荷台には小さな寝袋がある

 

「これどうすっかな……俺は使えねえし、ジェシカなら使えるか?」

 

「体よく押し付けるつもりですね、自分でどうにかしなさい」

 

「だが取っといてもなあ……」

 

少し考え、後回しにしたのか運転席に近づいていく

 

「おや、もう行くんですか」

 

「ああ、龍のお嬢ちゃんが殺しに来るからな、さっさと逃げるのさ」

 

「なら撃たなければいいのに」

 

ドアを開ける、もう去ってしまうらしい

やるべきことは終わらせたようだ

 

「そうだ、レイヴン、後で荷台をよく確認してください」

 

「ん? なんかあるのか?」

 

「ええ、僭越ながら、私からの贈り物があります」

 

「ほう、贈り物か、なんだろうな」

 

乗り込もうとして、動きを止める

そして上着を探り始める

 

「どうしたんです?」

 

「いや、贈り物で思い出した、そういや余ってるなと」

 

「何がです」

 

「これ」

 

そういって取り出したのは、花を模った髪飾り

リンクスに贈ったものと同じもの

 

「二つ買ったんですか?」

 

「違う、二つセットだったんだ、どうするか……」

 

「持ってればいいじゃないですか、リンクスとペアルックですよ」

 

「……いやあ、これ、俺が持つ理由がないんだよなあ、意味的に」

 

「意味?」

 

花言葉だろうか、それとも髪飾りを付けることがない、ということか

しばらく考え、こちらに視線を向ける

そして不敵に笑う

 

「ほら」

 

「あっちょっ!」

 

「やるよ、お前がペアルックになるといい」

 

投げ渡される

 

「くれるんですか?」

 

「ああ、くれてやる、なんなら別の奴に渡してもいい、俺には不要だ」

 

「……ありがとうございます」

 

「お、素直だな、どうした」

 

「いえ、少し申し訳ないなと思いまして」

 

「なんのことだ」

 

「なんでもないです」

 

笑ってごまかす、今は関係ない事だ

 

「さて、色々手間をかけてくれたな」

 

「それはこちらのセリフです、もっと上手くやればよかったのに」

 

「これで中々考えた方だ、少なくともお前らが危惧したことにはならん」

 

「彼女以外の件についても、文句がありますが……まあ、いいでしょう」

 

「なんだ、随分丸くなったな、昔みたいに噛みついて来いよ」

 

「無用な論争をするほど愚かではありませんので」

 

「ほう、言うじゃないか、成長したな」

 

「あなたは何も変わりませんね」

 

減らず口を叩きあう

 

そうして、笑いあう

 

「さよならだ、リスカム」

 

「さようなら、レイヴン」

 

一言、別れの言葉を交わす

そうして車に乗り込み、行ってしまう

振り向くこともせず、止まることもせず、行ってしまう

タイヤの回転する音が遠ざかっていく

車がだんだん見えなくなる

そして、影も形も、見えなくなる

 

「……ええ、さようなら」

 

一人、別れの言葉を溢す

鴉は行ってしまった

いつも通り、渡っていった

 

「いつか、また会えますかね」

 

それが彼の生き方なのだろう、そうすることが彼の在り方なのだろう

随分とあっという間だった、もっと話しておくべきだったろうか

だけどこれが正しいのだ、引き留めることをしてはいけない

渡り鳥には自由に飛んでもらわねば

誰の為でなく、彼の為

それが、彼の行く道だから

 

「……さて、後片付けに戻りますか」

 

振り向き、フランカ達の元に戻る

遠くから誰かの怒号が聞こえる

ロドスの人々が慌てているのが良く分かる

一度、後ろを振り向く、そこには何もない

なんとなしに、願ってみる

 

 

「どうか、あなたの旅路に幸あることを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、これか」

 

日が暮れ、月が暗闇を支配したころ

ストレイドは一人、荒野で荷台を探っていた

 

「なんだこりゃ」

 

その手には何かが乗っている

四角い、手のひらサイズの箱

中に何か入っていそうな、そんなもの

 

「なんか、どっかで見たような……」

 

そっと開けてみる、すると

 

「ぶっ!!」

 

勢いよく開け放たれる、中から何か飛び出てくる

スプリングが伸び、その先には赤い物体

それがストレイドの顔に当たり、割れる

 

「……辛い」

 

周囲に特徴的な臭いが漂う

どこか鼻につく、辛いような、痛いような

唐辛子を混ぜ込んだような、そんな臭い

 

「やってくれるな、あのアマ」

 

一人、荒野で悶絶する

自業自得だと人は言うだろう

だけど彼の顔には、どこか楽し気な笑みが浮かんでいた

 




リンクスの印

シランの花を模った髪飾り
俯いたように咲くそれは、強さと同時にひたむきさを表している
花言葉は、互いに忘れない
これは少女と傭兵、その二人の確かな繋がり


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渡り鳥

12/16 修正


――――――懐かしい夢を見た

 

『……変な顔』

 

『あ、いえ、あの、悪口とかそういう事ではなくてですね』

 

『……まあ、そういう顔をしてるよな』

 

『その、何だか痛みにでも耐えてるような、苦しそうな感じがして』

 

『いい、大して気にしてない』

 

『……すいません、いきなり』

 

『何、よくあることだ、ああ、よくあるんだ』

 

『…………失礼しました』

 

『気にするな、それで、リスカムとか言ったな』

 

『あ、はい、今日から教官に付いていただけるとのことでしたが』

 

『そうだな、面倒を見てやる、ひよっこ』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

『しかしまあ、戦えるのか?お前』

 

『……一応、試験は合格してます』

 

『正直、兵士としては色々足りん、体格とか、活力とか、威厳とか』

 

『遠回しに小さいって言ってません?』

 

『言ってる、よくも戦う気になったもんだ、苦労するぞ、人並み以上に』

 

『ええ、言われました、色んな人に』

 

『理解した上で進むのか、へえ……』

 

『なんです、じっと見てきて』

 

『……リスカム、聞きたいことがある』

 

『なんでしょう』

 

『お前は、なんのために戦う、何を見ている』

 

『……どういうことです?』

 

『何、ここに入った理由を聞きたい、それだけだ』

 

『これは、何かのテストですか?』

 

『違う、俺個人が気になってる』

 

『そうですか……』

 

『ほら、聞かせろ、どんな理由でも笑わんから』

 

『……別に、そんな可笑しい理由ではないですよ』

 

『なら聞かせろ、聞いてみたい』

 

『……特別、大したことがあった訳ではありません』

 

『……………………』

 

『人を護りたいと、そう思ったんです、ただ、漠然と』

 

『そりゃなんでだ、事件に巻き込まれでもしたのか』

 

『違います、ただただ、そう思ったんです、護りたいと、命を、失わせたくないと』

 

『ふーん』

 

『こんなご時世ですから、どこで何が起きてもおかしくない、いきなり天災に見舞われたり

 何か、不幸なことが起きたり、誰にも予期できないことが起こると思うんです』

 

『そうだな、世界なんざそういうもんだ』

 

『それで、その時に自分に何ができるか、思ったんです』

 

『で、何ができる』

 

『いやあの、これからの話ですよ? 出来るかどうかは』

 

『ああそうか、すまん、続けてくれ』

 

『……せっかちですね、コホン、まあそれで、考えたんです

 そんなことが起きた時、誰か助けが来るか』

 

『……………………』

 

『助けが来なければ、どうなるか』

 

『死ぬな』

 

『率直ですね…………でまあ、そういう事があると思うんです、だから、決めたんです』

 

『何を』

 

『自分が助けになろうと、誰かを護れるようになろうと』

 

『……漠然としてるな、確かに』

 

『ええ、自覚はしてます、でも、それが本意です』

 

『まあ、間違えた思想ではないな』

 

『ありがとうございます、それで私は思うんです、先輩』

 

『……………………』

 

『命より大切なものはこの世界にないと、そう思うんです』

 

『……正しいな、確かに』

 

『それに気づいて、護りたいと思ったんです、今を生きている人々を自分の手で護りたいと、そう考えたんです』

 

『まっすぐだな、随分と』

 

『そうでしょうか、単純と言われたことがありますが』

 

『いや、まっすぐだ、恐ろしいほどに、正直だ』

 

『……先輩?』

 

『ああ、すまんな、気にするな、お前には関係ない』

 

『はあ、そうですか』

 

『……これを、俺に見ろというか、あの爺さん』

 

『どうしたんです、奇妙なものを見る目で見て』

 

『悪い、ちょっと不可思議な話だったんでね』

 

『……そうですか?』

 

『そうだ、さてリスカム、楽しい楽しい訓練を始める前に、大事な話がある』

 

『大事な話?』

 

『ああ、お前、俺を呼ぶときに先輩って呼ぶな』

 

『……何故?』

 

『気持ち悪いから、鳥肌が立った』

 

『呼ばれたことないんですか?』

 

『ああ、どいつもこいつも俺のことを変態とかドスケベとか呼ぶからな

 そういう敬称は慣れてない』

 

『変態?』

 

『安心しろ、いつかわかる』

 

『いや、教えてくださいよ、あなた普段何をしてるんですか』

 

『なに、少しばかりセクハラをかましてるだけだ、それはいいだろう』

 

『よくないです』

 

『とりあえず、そうだな……気軽にレイヴンと呼んでくれ』

 

『……レイヴンさん、こうですか?』

 

『違うな、さん、はいらん』

 

『いいんですか?』

 

『別に上下関係をはっきりさせる理由が俺にはない、呼び捨てでいい』

 

『……なら、そうします』

 

『オーケーだ、じゃ、とりあえず方針でも決めるか』

 

『あの、一ついいですか?』

 

『ん? なんだ』

 

『あなたの名前、どういう意味です?』

 

『なんだ、わからんか』

 

『あまり聞いたことないので、人の名前にしては雰囲気が違いますし』

 

『そうだな、人に付ける名前じゃないし』

 

『……あなたの名前ですよ?』

 

『ああ、だから名乗ってる』

 

『名乗ってる?』

 

『おっと、気にするな、関係ない事だ』

 

『はあ、それで、どういう意味なんです』

 

『なに、カラスだよ、空を飛んでるカラスだ』

 

『カラス? あの黒い鳥の?』

 

『そうだ、昔、飛んでいる姿が嫌に目立ってたからそう決めた』

 

『……飛びたいんですか?』

 

『まあ、そうだな、ある意味あってる』

 

『飛んでどうするんです? 旅でもしたいんですか?』

 

『……勘がいいな、お前』

 

『始めて言われました』

 

『まあいい、それで飛んでいきたいんだ、俺は』

 

『何故です、意味があるとは思いませんが』

 

『俺にはある、この名はそういうものだった』

 

『……どんな意味があったんですか?』

 

『簡単な事象だ、奴らのように渡るんだ』

 

『渡る?』

 

『そう、渡るんだ、人が奴らをそう呼ぶように、俺もそう呼ばれてみたかった』

 

『……………………』

 

『渡り鳥、そう呼ばれている様に、俺も、いつか……』

 

『……その』

 

『ああ、悪い、忘れろ、大したことじゃない』

 

『……わかりました』

 

『さて、お喋りはここまでだ、お前を立派な兵士にしてやろう、まずは体作りだな。そのペチャパイをどうにかしてやろう』

 

『事案ですね』

 

『冗談だ、ま、それなりに厳しくするから覚悟しろ、リスカム』

 

『……ええ、了解です、レイヴン』

 

――――――酷く、懐かしい夢だった

 

 

「……………………」

 

暗い自室で、一人、身を起こす

 

「……今これを見ますか、まったく」

 

随分懐かしい夢だった

レイヴンと初めて会った時の、意味があるかわからなかった会話

彼があの時、何を思っていたか、自分には理解できなかった

 

「……元気にしてますかね、あの人」

 

彼は昔からああだった、何処かを遠くを見て、憂いていた

許しを請うような、失くしたことを後悔しているような

割り切れない、そんな顔

 

「暴れてるんですかね、今も、この先も」

 

彼は彼の道を行っているだろう、いつかの願いに、報いるために

 

「止まってる暇は、ないですね」

 

立ち上がる、洗面所に向かい、顔を洗う

寝起きの頭を切り替える、呆けてはいられない

彼にいつか誇る為に、歩き続けなければ

 

「さて、今日も一日、頑張ろう」

 

 

 

 

 

「リスカム! 早く早く!」

 

「待ってくださいリンクス、急ぐ必要はないですよ」

 

ロドスの廊下をリンクスと二人で歩く

今日は大事な話がある、彼女に関する大事な事

 

「ドクターも書類の整理をしなければいけません、早く行っても迷惑です」

 

「あ、そっか」

 

横をリンクスが元気よく歩いている

その姿に、いつかのような不安定さは見当たらない

記憶の混濁はなくなり、自我もはっきりとしている

精神鑑定の際も、異常はないといわれた

いま隣を歩くこの少女が、本来の彼女の姿なんだろう

 

「ほら、ゆっくり行きましょう」

 

「はーい」

 

手を伸ばす、それに握り返してくる

 

「しかし、それでいいんですか?」

 

「? なんのこと?」

 

「上着です、新品を頼むことも出来たんですよ」

 

「うん、大丈夫」

 

彼女は今、とある上着を着てる

背中にBSWのロゴが印刷された、どこか着古されたもの

彼女の体には合わない、ぶかぶかの上着

 

「これがいいの、これでいいの」

 

「まあ、それならいいですが」

 

いつか、誰かが来ていた上着、懐かしい代物

誰かにあげていいと言っていた、なら特別怒られることもないだろう

 

「リスカムリスカム、これ凄いんだよ! 沢山ポケットがあるの!」

 

「ええ、軽く異次元ですから、それ」

 

「お菓子がたくさん詰めれるよ!」

 

「持ち歩くのはいいですが、仕事中に食べないでくださいね」

 

視線をリンクスの頭に移す

そこには、花を模った髪飾りが付いている

彼が贈った、彼の名残

彼と彼女の確かな繋がり、きっと、忘れない為の

 

「さて、着きましたか」

 

「えーと、入る前はノックだよね」

 

ドクターの執務室にたどり着く

ドアを開ける前に、一度話しておく

 

「リンクス、一応確認しますが、あなたはBSWの研修生として扱われます」

 

「うん」

 

「今日はその配属の正式な通達をされる日です、知った顔だからと言って失礼のないように」

 

「はーい」

 

「よろしい」

 

ノックをする、小気味いい音が響く、ドクターの声が聞こえる

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

「失礼しまーす」

 

「伸ばさない」

 

「はーい」

 

「仲良くやっているようだな」

 

ドアを開けて中に入る、中にはドクターがいる

いつものように書類と睨めっこしている

 

「BSW特別駐在オペレーター、リスカム、召喚に応じ参上しました」

 

「ああ、よく来てくれた」

 

「わたしもいるよ、ドクター」

 

「わかっているよ、リンクス」

 

書類の束を置き、こちらに顔を向ける

 

「さて、堅苦しいことは早く済ませてしまおうか、ではリンクス、よろしく頼む」

 

「うん、えーと」

 

少し考え、深呼吸をして話し出す

 

「BSW特別駐在オペレーター、現場研修生、リンクス

 本日よりロドス・アイランドとの契約に則り、ドクターの指揮下に配属されます」

 

「双方の同意のもとに君にはロドスの作戦行動において狙撃オペレーターとして我々の作戦行動に参加してもらう」

 

「はい、うけたわま……うけた……うけ…………?」

 

「うけたまわります」

 

「あっと、承ります、これからよろしくお願いします!」

 

「ああ、期待している、精進してくれ」

 

「頑張ります!」

 

これが、大事な話

今日、正式にロドスに彼女が配属された

BSWの本社に脅迫状が届けられ、上層部がてんやわんやしながらいつの間にかやってきた彼から説明を受けたらしい

とある少女をBSWに入れると、聞かなきゃ真っ赤にすると

一応、詳しいことは話したらしいが一部の良識ある人は反対したらしい

まあ文字通り一蹴されたらしいが

それでも承諾されたのは、彼がBSWから確かな信頼を得ていたからか、脅迫のほうが大きかった気もするが

 

「リスカム、基本的にはバニラと同じ扱いだな?」

 

「ええ、研修生として扱ってあげてください」

 

「わかった」

 

そう言っていくつかの書類と、簡単な署名をする

 

「これでいい?」

 

「ああ、あとはこちらでやるだけだ、ありがとう」

 

「それで、最初の仕事はいつ?」

 

「それはまだ決まってない、とりあえず今日は……まあ、ゆっくりしていてくれ」

 

「はーい」

 

この先、彼女の出番はあるだろう

あの狙撃能力は戦闘において確かな強みになる

ドクターもそれはわかってる、出番はある

 

「リスカム、わたしは頑張るよ!」

 

「ええ、その時はお願いします」

 

その時、彼女を護るのは自分の役目だ

バニラやジェシカ、フランカ達と共に戦うことになる

きっといいチームになるだろう

 

「さて、後はこれか」

 

「ドクター、何を見てるんです」

 

これから先の事に決意を固め、この後どうするか考えていると

ドクターが何やら書類との睨めっこを再開した

 

「その、ストレイドに渡されたもので困ったことがわかってね」

 

「ああ、何か渡されたと言っていましたね」

 

「あれの検査結果が出た」

 

彼がドクターに託したもの、巾着袋

その中身は一見、ゴミにしか見えないものだったという

 

「なんでしたっけ、鳥の羽根と……」

 

「黒い、何かの欠片だ」

 

入っていたのは、黒い羽根と、正体のわからない欠片

渡されたときにゴミではないと言われ調べたらしいが、一体何だったのか

 

「なんだったんですか、彼が手渡したぐらいですから大事なものだと思うんですけど」

 

「……大事と言えば大事だが、まだ確証が持てない」

 

「それは欠片ですか?」

 

「ああ、どうにも不穏な気配がするんだが……どう役立てたものかね」

 

欠片の方はその内判明するようだ、ただそうなると

 

「羽根は何だったんです」

 

「わからん、作り物ということはわかる」

 

まるで鴉の羽根のようなもの

片側が薄く赤くなった、奇妙な羽根

 

「お守りか何かだろうか……」

 

うんうん唸っている、捨てる気はないらしい

なら問題はないだろう、用途は不明だが

 

「それでは、私達はこれで失礼します」

 

「ああ、そうだ、ついでにいいだろうか」

 

「はい、なんでしょう」

 

邪魔をするのもどうかと思い退散しようとしたら呼び止められた、何か用だろうか

 

「明日、BSWの人が来るんだ、上層部のあのご年配」

 

「ああ、あの人ですか」

 

「お爺ちゃん? 明日くるの?」

 

「そうだ、君の配属に関する確認と、ストレイドのことを聞かせてくれと頼まれてね」

 

「心配なんでしょうね、あの人も」

 

「そうなんだろうな、それだけ影響の大きい男だったよ」

 

どうやらご老人が来るらしい、となると何を言われるか、予想はつく

 

「ついででいい、応接室に不備がないか確認してもらっていいか?」

 

「ええ、了解しました」

 

「頼んだ」

 

「頼まれましたー」

 

承諾する、二人で執務室を後にする

 

「……しかし、大変なものを託されたな」

 

ドクターのそんな声が聞こえた

 

 

………………………………

 

 

「ねえリスカム」

 

「なんでしょうか」

 

「リスカムは髪飾り付けないの?」

 

応接室までの廊下を歩く

 

「ええ、普段から付けて歩くには向かないので」

 

「なんだっけ、体質が原因なんだっけ」

 

「はい、アーツの使用時に壊れてしまいそうなので」

 

他愛のない話をしながら歩いていく

 

「むう……せっかくお揃いなのに」

 

「そうですね、確かに勿体ないです」

 

髪飾り、リンクスと同じ、とある花を模ったもの

彼からついでに渡された、彼の名残

 

「そうだ、リスカム」

 

「はい」

 

「今度一緒にお出かけしようよ!」

 

「お出かけ……ですか」

 

「うん、お買い物でもお散歩でも、なんでもいいから一緒にいこ? 髪飾りをつけて、一緒に」

 

「いいですね、なら今度の休日に行きますか」

 

これを贈った意味はなんだったのか

贈られた意味は、どうしてだったのか

 

「やった! 約束だよ!」

 

「ええ、約束です」

 

きっと、彼の優しさだったのだろう

覚えていていいと、忘れてくれなくても構わないと

遠回しの思いやりだったのだ

最後、彼は笑ってくれた、笑顔を向けてくれた

そこには苦しみも、悲しみも存在しなかった

本当の意味で、笑ってくれていた

 

「リスカム、ストレイドの事、思い出してるでしょ」

 

「ええ、そうです、散々迷惑をかけてくれましたから、次会えたらどうしようかと考えてました」

 

自分には、出来たのかもしれない

あの苦しみを、あの顔を、少しでも和らげることが

 

「そうだね、色々やっちゃったからね」

 

「ええ、やってくれましたよ、あの男は」

 

きっと、出来たのだろう

 

「……また、会えるかな」

 

「いつかきっと、会えますよ」

 

二人で向かい合う

そうして、笑いあう

 

「とうちゃーく」

 

「さて、手早く済ませましょう」

 

そんな話をしていたら応接室に着く

扉に手を伸ばし、鍵を開ける

 

「……………………?」

 

「? どうしたの?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

回して気づく、何かおかしい

鍵を開けた時特有の、ガチャリとした感覚がしない

気のせいか、そう思いながら開ける

 

 

 

「邪魔してるよ」

 

 

 

「……は?」

 

「……え?」

 

そこには、男がいた

黒髪、赤目、黒い上着

 

「……え、その、あの」

 

「なんだ、ここに用があるんじゃないのか」

 

「いえ、ありますけど……」

 

身体的特徴のない、種族のわからぬ男

その男が、応接室のソファで寛いでいた

 

「……ストレイド?」

 

「なんだ、ボケっとして、俺に構わず続けるといい」

 

「いや、なんであなたがここにいるんです」

 

ここにはいないはずの、旅立っていった傭兵

 

「いちゃ駄目か」

 

「……駄目では……ないですが」

 

「へ? …………え?」

 

レイヴンが、何故かいた

 

「なんだよ、幽霊でも見るような目をして」

 

「……何故、ここに?」

 

「んなもん決まってるだろ」

 

不敵に笑いながら天井を指さす

 

「忍び込んだ」

 

「いや、そうではなく、いえ、聞き流せることではないですが」

 

「いいだろ、行動許可証あるんだし」

 

「ええ、持っていましたね、でもそういう事ではなく」

 

「なんだ、はっきり言え」

 

「わかりました、はっきり言います」

 

「……ふぇ?」

 

 

「なんでここにいるんですか!?」

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

「やかましい、叫ぶな」

 

「叫びます、驚きます、何故ここにいるんです」

 

「なんだよ、いいじゃねえか、ソファに寝っ転がるぐらい」

 

「……本物?」

 

「ああ、本物だ」

 

まるで当然のように言う

いや、確かに状況的にはおかしくない

彼は飛べる、タイミングを計って甲板にでも降りたってしまえば正規の入り口を通る必要はない

なら特別彼の存在を知られることはない、いや、違う、重要なのはそこではない

 

「あの、本当になぜここに?」

 

「別に、大した理由じゃない」

 

言いながらソファを叩く

 

「このソファ、気に入った」

 

「……はい?」

 

「羽休めに丁度いい、いい感じの触感だ」

 

「……そんな理由で?」

 

「こんな理由だが、何か変か?」

 

なんだろう、二度と会えないと思っていた男が何故か目の前にいる

しかも、常人では考え付かない理由で

はたして自分はどうすればいいのか、怒ればいいのか、呆れればいいのか

 

「え、その、ストレイド……」

 

「なんだ、お前もリスカムも呆けやがって、そんなに不思議か」

 

「だって、お別れだって……」

 

「ああ、お別れしたな」

 

「なら、もう会えないんじゃないかって……」

 

「何を言ってる、別に会わないとは言ってないだろ」

 

「へ?」

 

「俺はただ、お前を置いてっただけだ、それっきりとはいってない」

 

「……いや、そうですけど、そうですけどね」

 

「なんだ、勘違いしたのか」

 

そういえば会わない、とは言っていない

本当に置いていくとしか、言っていない

 

「……えと、じゃあ」

 

「たまにお邪魔させてもらうよ、ここが空いてる時に、勝手に寝っ転がってる」

 

「……いったいこれは、どうすればいいんでしょうか」

 

頭を抑える、果たしてどうすればいいのか、わからない

 

「ああ、そうだ、リスカム」

 

「……はい、なんで――――」

 

頭痛に襲われていると呼ばれた、そのまま彼に顔を向けて

 

パンッ!

 

乾いた音がした

 

「……………………」

 

「この前の借りだ、ふざけたことしやがって」

 

「……リスカム、大丈夫?」

 

顔が濡れる、何か異臭がする

 

「俺にやり返したらどうなるか、知らないわけじゃなかったろうに」

 

随分懐かしい、二度と味わいたくなかった感覚

 

「ほら、痴態を晒して走るといい、目撃者が少ないといいな」

 

唐辛子を鼻で齧らせられたような、そんな臭い

 

「――――――!!」

 

 

 

 

 

「……リスカム、行っちゃった」

 

「ふん、自業自得だ、あのアマ」

 

「……ストレイド、ロドスに来るの?」

 

「ん? 違う、勝手に来てやってるだけだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、ま、奴らがどうしてもというなら色々手伝ってやるがな」

 

「……えっと、ストレイド」

 

「なんだ、リンクス」

 

「わたし、こういう時なんて言えばいいの?」

 

「別に、笑えばいいじゃないか、また会えたなって」

 

「……いいの?」

 

「いいんだよ、人は喜ぶものだ、嬉しいなら、しっかり笑え」

 

「……そうだね、うん」

 

「よし、その調子だ、いい顔だぞ」

 

「うん、うん」

 

「それで泣いてなきゃあ、マシなんだがなあ……」

 

「うん、大丈夫、泣いてない、泣かない、わたしは」

 

「そうかい、じゃ、見なかったことにしてやる」

 

「うん、ありがとう」

 

「礼を言うなよ、そこで」

 

「ありがとう、ストレイド」

 

「やれやれ、そうだ、リンクス」

 

「ん? なあに?」

 

「聞きたいことがあったんだ、お前に」

 

「わたしに?」

 

「ああ、聞くの忘れたからな、改めて聞きたい」

 

「何を?」

 

「お前の名前、リンクスでなく、お前の親が付けた、本当の名前」

 

「わたしの、名前……」

 

「約束は果たしてるだろ、リンクスって呼んでやってる」

 

「うん」

 

「なら、聞く権利があるな」

 

「うん」

 

「よし、なら聞かせてくれ、お前の名を、お前の口から」

 

「うん! ストレイド、わたしはね」

 

「ああ」

 

「わたしの、本当の名前はね――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――暖かい夢を見た

 

『……すとれいど』

 

『なんだ、寝袋はあっちだぞ』

 

『さむい』

 

『そうか?』

 

『さむいの、なんだか』

 

『……風邪ではない、と』

 

『すとれいど、いっしょにねていい?』

 

『まあいいが、チビ、こっちにこい』

 

『……あったかい』

 

『そうかい』

 

『……すとれいど、いつもひとりなの?』

 

『ん? 何の事だ?』

 

『いつもひとりで、ねているの?』

 

『ああ、俺以外にこの車に人はいないぞ』

 

『さびしい』

 

『まあ、そうだな』

 

『……わたしも、ひとり?』

 

『……そうだな』

 

『……さびしい』

 

『そうか』

 

『……………………』

 

『……チビ、一ついいか』

 

『…………なあに?』

 

『お前をチビチビ呼ぶのが正直不便なんだ』

 

『うん』

 

『だから、名前を付けようと思う』

 

『……わたしに?』

 

『ああ、名前、いいだろ、仮の名だが』

 

『……どんなの?』

 

『ほう、受け入れるか、器量が広いな』

 

『どんななまえ?』

 

『なに、かっこいい名前だ』

 

『なんていうの?』

 

『いいだろう、名付けてやろう』

 

『うん』

 

『リンクス』

 

『……りんくす』

 

『そう、リンクスだ』

 

『…………リン、くす』

 

『惜しい、もうちょっとはっきり言ってみろ』

 

『………………りんクス』

 

『ほら、もう一回』

 

『リンクス』

 

『よし、言えたな』

 

『……リンクス、かっこいい』

 

『そうだろう、ビビッと来た、きっと天啓だ』

 

『……どういういみ?』

 

『意味? 知りたいか?』

 

『うん、しりたい』

 

『……そうだな、まあ、少し早いか』

 

『?』

 

『リンクス、これは山猫だ』

 

『ねこ?』

 

『そう、山猫、いまはこれだけ覚えておけ』

 

『……?』

 

『本当の意味を知るには、まだ早い』

 

『ほんとう、のいみ』

 

『リンクス、いつかお前はこの名の意味を知る時が来る』

 

『そうなの?』

 

『ああ、ま、今知る必要はない』

 

『……わかった』

 

『リンクス、お前がいつか、この名を果たしてくれることを、願っている』

 

『どういうこと?』

 

『気にするな、言ってみただけだ』

 

『……うん』

 

『ほら、もう寝ろ、明日は早いぞ』

 

『うん……』

 

『いつか、果たしてくれ、リンクス』

 

『………………すぅ』

 

『……ああ、いつかきっと、繋いでくれよ、大事な絆を』

 

 

 

 




ストレイドの印

黒く変色した何かの欠片
それは、いつか誰かの頭上で輝いていたもの、その名残



漆黒の羽根

鴉の羽根を模した作り物、集めればとある傭兵団に通貨として利用できる
彼らは神出鬼没の組織として雇われの間で囁かれている
戦地に現れいつの間にか消えている目的が不明瞭な組織
渡り鳥の巣、彼らはそう呼ばれている



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おまけ
リンクス プロフィール


ネタバレを含みます、本編読んでない人は先に読んでからだと楽しめるかもしれません

細かい数字や効果は考えてません、こんな感じなんだなーってだけ伝われば幸いです

気が向いたらセリフを追加します


キャラ設定

 

リンクス

 

☆☆☆☆☆

 

狙撃オペレーター

 

近距離

火力 爆発力

 

攻撃範囲

 

初期

  □ □ 

  ☐ □ □ 

  ■ □ □ □

  ☐ □ □ 

  □ □ 

 

昇進後

  ☐ □ □

  ☐ □ □ □

  ■ □ □ □ □

  ☐ □ □ □

  □ □ □

 

 

 

特性

 

HPの少ない敵を優先的に狙う

 

 

第一素質

セカンドウィンド

 

スキル終了時、一定確率でスキルが再び発動する

 

 

第一スキル

 

くるくるドーン! 自動発動

 

スキルゲージを消費し150%の攻撃力で5回連続攻撃をする

 

第二スキル

 

スッパーン!! 手動発動

 

スキル発動中攻撃力200%UP、攻撃範囲が前方一列十マスに変化する、攻撃範囲内全ての敵にダメージを与える

攻撃速度が下がる

 

 

基地スキル

 

座らせて?

応接室配置時、効率アップ、ストレイド、モスティマを同時に配置している場合効果が上昇する

 

三時のおやつ

休憩所配置時、他のオペレーターの回復速度を上げる

 

 

 

プロフィール

 

 

【コードネーム】リンクス

【性別】女

【戦闘経験】一年

【出身】不明

【誕生日】12/31 2/22

【種族】フェリーン

【身長】135㎝

 

【鉱石感染状況】

 

体内に陰影なし、非感染者と認定

 

 

 

能力測定

 

【物理強度】標準

【戦場機動】優秀

【生理的耐性】卓越

【戦術立案】優秀

【戦闘技術】標準

【アーツ適正】標準

 

 

 

個人履歴

 

BSW所属の狙撃オペレーター、ロドスにて特例という形で現場研修生として派遣されている 

戦闘時における狙撃能力は高く、行動優先事項も独自の視点ではっきりさせている

 

 

健康診断

 

造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない、循環器系源石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候は認められない以上の結果から現時点では鉱石病未感染と判定

 

 

【源石融合率】 0%

鉱石病の兆候は見られない

 

 

【血液中源石密度】 0.09u/L

源石との接触は極めて少ない

 

本当に、少ない

 

あの人、なんだかんだで過保護よね

―――BSW前衛オペレーター フランカ

 

 

 

第一資料

 

BSW所属の狙撃オペレーター、本名セレン、月と言う意味を持つこの名は何のために付けられたか、本人も知らない

彼女はとある経緯を辿りBSWに籍を置くことになった、当初は反対するものが多かったとのことだがその狙撃技術とどこかの誰かに仕込まれた自衛技術と索敵能力で作戦行動に貢献してくれている

彼女の銃はレバーアクションライフルと呼ばれる旧式の長銃である、性能的には十分だが他のオペレーターのものと比べると若干不安が募る

それでも彼女はこれを手放さない、理由は「かっこいいから」、戦場においては確実性が求められる、このような理由で選ばせるべきではない

だが彼女はこれを選んだ、周りが不満を持っていることはわかっている、だからこそ彼女はこれを選ぶ、それはある種の意思表明かもしれない、自分は戦えると、けして弱くはないと、誰かの為に引き金を引けると

実際彼女はこれを使いこなしている、今更他の銃器に切り替えさせるとかえって狙いが付けられなくなるかもしれない

 

 

えっとね、ストレイドにこの中から選べって言われた時、一つだけ目立ってたの、コックさんだけ綺麗だったの

きちんと手入れをしてあって、なのに奥底に隠すように置いてあって、なんだか、可哀想だったの

これを選んだ時、あの人は悲しい顔をしてた、なんでだろうね・・・

 

 

 

第二資料

 

彼女は元々辺境の小さな集落に住んでいた、小さいけれど当たり前の日常をあたり前の幸福として過ごす、平和な集落

ある日そこにならず者達が現れた、最初はただの口論だった、だがならず者達には余裕がなかった

結果、集落の人々は殺され、焼き払われ、彼女の故郷は文字通り消えてしまった、その時に生き残ったのが彼女だ

たった一人荒野に放り出され、行く当てもなくさまよっている所に傭兵に拾われた

傭兵は彼女に生きる術を教えた、戦う為の知識を与えた、そして、進むべき道を示した

彼女が今ここにいるのは紛れもなくこの傭兵のおかげだろう

その行動には彼の確かな善意があった

 

 

 

第三資料

 

もう一つの名前が彼女にはある、リンクス、ある傭兵が彼女の為に名付けた名前

そこには彼の願いが込められているという、詳細は教えてくれなかった

だが確かなのは彼女は亡くなった両親と傭兵の願いを背負って歩いているという事、歩く道を違えていないという事

彼女は進み続ける、選んだ道を進むため、いつか果てに辿り付く為

なお彼女には誕生日が二つある、片方はセレンとして、もう片方はリンクスとして、誰かと共に祝えるようにお揃いにしたらしい

彼女にはある願いがある、きっといつか成し遂げたいと言っていた

ある傭兵の本当の名前を取り戻させてあげたいと、願っている

いつか彼がそうしてくれたように

 

 

 

第四資料

 

お母さん お父さん、ストレイド

 

大丈夫、けしてわたしは止まらない

 

 



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ストレイド プロフィール

ネタバレを含みます、本編読んでない人は先に読んでからだと楽しめるかもしれません

細かい数字や効果は考えてません、こんな感じなんだなーってだけ伝われば幸いです

気が向いたらセリフを追加します


キャラ設定

 

ストレイド

 

☆☆☆☆☆☆

 

特殊オペレーター

  

近距離

高速再配置 支援 牽制

 

攻撃範囲

 

初期

    □

  □ ■ □

    □

昇進後

    □

  □ □ □

□ □ ■ □ □

  □ □ □

    □

 

 

特性

再配置までの時間が極めて短い

 

 

第一素質

臨機応変

第一スキル装着時、遠距離マスに配置できる、攻撃速度15%UP

第二スキル装着時、回避30%UP

第三スキル装着時、一度だけリキャストをなくしコストの増加の影響を受けず再配置ができる

 

第二素質

死告鳥

攻撃の際、一定確率で防御無視の判定が出る、この効果が発動した際そのユニットと周囲のユニットに対し減速と防御ダウンの効果を与える、この減速は第一スキルと重複しない

 

 

第一スキル

 

特製ペイント弾 自動発動

 

配置後攻撃力+60%、攻撃したユニットに対し減速と命中率ダウンのデバフを与える弾を撃つ

 

 

第二スキル

 

絶招 自動発動

 

配置後攻撃力+60%、回避50%防御70%UP、効果時間中ブロックした敵を普通の力で殴り飛ばす、この効果は二十秒のリキャストを必要とする

 

第三スキル

 

告死の羽根 自動発動

 

配置後攻撃範囲のユニット全てを五秒間スタンさせる、スキル発動中二回攻撃になり攻撃速度+30

 

 

 

基地スキル

 

羽休め

応接室に配置時、作業効率アップ モスティマと同時に配置した場合、さらに上昇する

 

元教官

特殊オペレーターの特化訓練時、効率アップ

 

 

プロフィール

 

【コードネーム】ストレイド

【性別】男

【戦闘経験】不明

【出身】不明

【誕生日】12/31

【種族】非公開

【身長】183㎝

 

【鉱石感染状況】

 

本人の強い希望により非公開

 

 

 

能力測定

 

【物理強度】標準

【戦場機動】不明

【生理的耐性】優秀

【戦術立案】不明

【戦闘技術】卓越

【アーツ適正】不明

 

 

 

個人履歴

 

いつの間にかロドスに入り浸るようになった傭兵

高い戦闘力、戦場における素早い状況判断

そして常軌を逸するアーツによる戦場機動で時折ロドスの作戦行動の援助をしてくれる

 

 

 

健康診断

 

本人の強い希望により非公開

 

 

むやみやたらと触れ回ってみろ、次に真っ赤になるのはお前だ

―――傭兵 S氏

 

 

 

第一資料

 

【アーツ概要】

 

彼のアーツは他に類を見ないほど特殊なもの、本人曰く推進力とのこと

力場を生成しブースターのように噴かすことで機動力を増加、打撃など物理攻撃の際、後押しする形で噴かすことが多いとのこと

これだけではただの加速紛いの代物、だが真価を発揮すると説明のつかぬものになる

アーツ発動の際、段階によって彼の外見に変化が出る、一段階、特に変化なし、二段階、体から火の粉が舞い散る、三段階、背中に三対六枚の羽が生える

二段階までは前述の通り、だが三段階に入ると一変する、彼の羽は飾りではない、その見た目通り飛行が可能である、けして浮遊の類でなく、跳躍でもない、彼は自由に空を飛ぶ、さらに飛行の際、何かしらの防御機構が働くらしく、空気抵抗、高高度での気温変化、酸素濃度の低下による人体への影響、飛行行動における問題をすべて度外視する、物理的な衝突に関しては影響を受けるらしく、何かにぶつかれば相応のダメージが返ってくるとのこと、なお、何かもしくは誰かを運んで飛ぶ場合、この防御機構は共有されるらしい

 

 

ストレイドさんにこの前雲の上に連れてってもらったんだよ、凄い景色だったなー

―――ロドス所属重装オペレーター カーディ

 

少し羨ましいと思ってしまいました、オレの羽との違いは何でしょうか

―――ロドス所属狙撃オペレーター アドナキエル

 

お前ら、俺はアトラクションじゃないぞ

―――傭兵 S氏

 

 

第二資料

 

彼がロドスを訪問する理由ははっきりしていない、質問したところ

[面白そうだから]

その一言で終わってしまった、だが彼がその程度で動くとは誰も思っていない、これはいつかの警告の続きだろう、彼がロドスに来ること自体は問題ない、問題は彼が治療を拒否する事

詳細は省くが彼は重度の鉱石病患者である、けして楽観視できる状況ではないにも関わらず、抑制剤を打とうとするとスモークなりなんなりとあらゆる手段を駆使し消えてしまう

そしていつの間にか応接室のソファに寝そべっている、羽休めと本人は主張しているが何かしらの影響は出ているのかもしれない、彼の脊髄はほとんどが鉱石化している、にもかかわらず動けているのはなぜか

ケルシー医師は鉱石化した部位が何かの理由で脊髄の役割を担っているのかもしれないとのこと、彼に治療をさせようという働きは日々激化している

そしてもう一つ、問題がある、それは前述した応接室のこと、彼は基本あそこのソファに横になっている、使用予定のある日はいないが誰も使ってない時に覗くとたまにいる

そうしていつの間にか彼の私物が増えていく、困ったことに勝手に部屋を改造して隠し棚など物を隠せる場所を増やし人目に付かないように置いていく、その手の改造は得意とのこと

実質彼が愛用している上着も似たようなことになっている、ほぼ異次元になっているとのこと、何が彼をそうさせるのか

現時点でわかっているのは未だ我々は彼に試されているという事、そして応接室が占領されているという事

 

お酒はいいけど、さすがにHなグラビア雑誌を隠していくのはよくないんじゃないかな

―――ペンギン急便トランスポーター モスティマ

 

 

 

第三資料

 

日常における彼と戦場に立つ彼は、正直別物と言っていい、基本彼は敵を逃さない、仕留め損なわない、ではなく生かしておかない

その戦いぶりは機械のよう、淡々と、冷徹に、迅速に殺害していく、その心に慈悲はない

この異常とも見れる徹底ぶりに目をつむれば優秀な兵力ではある、逐時味方の状況を確認し、トラブルが起きれば誰よりも先に助けに回る

その場における判断力も素晴らしいものがある、が、作戦中、必要なこと以外は情報を伝達するつもりがないらしく勝手に動き回ってあれは殺した、あいつも殺った

事前に報告はせず、彼にとっての最適解で解決していく節がある、一応、細かな条件を付け、不殺を決めさせれば無力化を優先してくれる

その際彼は特殊な武術を使う、功夫と呼ばれる特殊な体術、昔とある御人に仕込まれたとのこと、得意技は猛虎硬爬山、突きや肘打ちなどで体勢を崩し掌底による追い打ちを決めるコンビネーション技である

素手で無力化が可能にも関わらず殺害に拘るのはわかっていない、なお、度々指示を無視するため戦術立案の項目に関しては計測不能ということで不明になっている

 

死告鳥、それが彼の通り名、けして虚偽ではなく、真の意味の恐怖を振りまくもの

我々は恐ろしい男に目をつけられたのかもしれない

 

 

 

第四資料

 

幾つかの狂気から目を背ければ彼は優しい人物だ、人の営みを愛し見捨てることはしない、本人は否定するがその最たる証拠は幾つも存在している

とある少女を救ったこと、間接的にテロを防いだこと、そしていまも彼は飛び立ち続ける

きっといつか成し遂げるため

彼を理解することは難しい、出来るものなど存在しないかもしれない

だがその心は善人だ、そうでなければ後に付き従うものなど出てきはしない、彼と親交のあったものは皆、彼の傍にいようとするらしい

それは繋がりだ、人が持つ、人としての当たり前の温もりだ、彼はそれを嫌っているが理解はしてくれるだろう

そうしていつか、笑いあってくれるだろう

なお余談だが彼が来てからとある被害報告が多々あがっている、というのも彼はかなり手癖が悪い

物を盗む、ではなく異性への身体的な接触、つまりはセクハラ

以下は被害にあった女性オペレーターの届け出である

 

この前、背中をツツッとなぞられました・・・

―――匿名希望、将来は教官のような女性になりたいF氏

 

・・・スカートを、めくられました

―――匿名希望、剣聖M氏

 

こっ!この前!ベッドに押し倒されましたっ!!

―――匿名希望、おどおどしてたり急に口調が怖くなる女子高生女子大生G氏

 

驚いたわ、ホントに精力的ね、彼、いきなりベッドに誘われたわ

―――匿名希望、お花大好きみんなのお姉さんR氏

 

ちょっと!あの人いきなり貧乳って笑ってきたんだけど!!

―――匿名希望、情熱のギタリストV氏

 

・・・私は、男のはずです・・・

―――匿名希望、初見で女性と間違えられた男の娘A氏

 

通り過ぎる度にお尻を触られます・・・

―――BSW先鋒オペレーター バニラ

 

あの人のコレクションを触れるなら胸の一つや二つ問題ありません!!

―――BSW狙撃オペレーター ジェシカ

 

あの人、いつも私の胸を揉みしだこうとするのよね

―――BSW前衛オペレーター フランカ

 

ストレイド!めっ!!

―――BSW狙撃オペレーター リンクス

 

被害報告の数だけ殴り飛ばしてきます

―――BSW重装オペレーター リスカム

 

 

 

第二昇進

 

ボイスレコーダー起動

再生開始

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・・・あーあー、テステス、よし動いてるな

さてこれを聞いてるお前、いきなり男の声が聞こえて驚いているだろう

だがさらに驚くことになる、それが嫌ならすぐにスイッチを切って他の誰かにコイツを渡せ

きっと、後悔することになる

 

 

 

 

 

 

さて、もういいだろう、まず最初に言っておく

これを聞くものには責任が生まれる、この話を聞くことで選ばなければいけなくなる

何をだって?そう焦りなさんな、まずは前フリからだよ

じゃ、自己紹介といこうじゃないか、俺の名前は死告鳥

そう、死告鳥だよ、あの悪名高いな

これを聞いて、怖くなったならすぐに誰かに渡せ、けして責めはしない

だが聞く勇気があるなら、このまま聞くといい

これを聞いている、ということは俺はもうこの世にはいない

どこかでくたばってるか、それとも石っコロになってるか

まあ、碌な死に方はしてないな

まるで遺言だって?その通り、これは遺言そのものだ

これは、愚かな男の最後の願いだ

もし、聞いてくれるというなら聞いてくれ

それが出来なければ、捨てずに、そうだな、傭兵辺りに渡してくれ

三度も同じことを言っている?そうだな、それだけ重い事なんだよ、これは

 

 

 

 

 

 

・・・これを聞いてくれている者に、願いを託したい

俺一人では成し遂げられなかった事象を叶えてほしい

いつかきっと、叶えるために、成すために、継いでほしいんだ

この世の敵になってほしい、この世全ての敵になってほしい

けして下らぬ崩壊を起こさせない為、救われるべき人を死なさない為

どうか、人柱になって欲しい

・・・わからないよな、普通は、わからなかったなら狂人の世迷言で済ませてくれて構わない

ただもし、理解したならば、お前の中に燻る何かがあるのなら

けして許せぬ過去が、未来があるのなら

継いでほしい、この役割を、この災厄を、許されることを許されないこの業を

 

死告鳥を、継いでほしい

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

再生終了

ボイスレコーダー停止

 

 



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Raven's Nest
Let's talk about old times


「やあドクター、元気かい?」

 

「ああ、人並みには調子いい」

 

とある日のロドス、ドクターの執務室

 

「それは良かった、ところでアーミヤはどうしたんだい?」

 

「彼女はいま、ケルシーに呼ばれていてね」

 

「そうか、理由は聞いていないのかい?」

 

「そうだな、いつも通り、健康診断としか聞かされていない」

 

一人、書類と格闘するドクターの元にモスティマがやってきていた

 

「相変わらず秘密ばかり見せつけられているのか、難儀だね」

 

「……仕方ないさ、記憶のないものに聞かせる話ではないのだろう」

 

「まったく、これじゃあ彼が目をつけるのもわかる気がするよ」

 

特別意味のない会話、収穫などあり得ない、なんでもない話

 

「……彼、か」

 

「ああ、彼だ、相変わらず応接室を占拠されてるようだね」

 

「そうだな……いい加減、部屋でも用意すべきか」

 

「無理じゃないかな、彼はあそこのソファが気に入ってるから来てるわけだし」

 

「……なら、ソファを明け渡せば」

 

「あれが入る個室、用意できるのかい?」

 

「……ケルシーに、相談すれば、もしかしたら」

 

「不可能だと判断していてもなお言い切る努力、嫌いじゃないよ」

 

いざ相談したらなんと言われるか、想像したのだろう

ドクターが頭を抱えだす、それほど怖い目にあったのか

 

「……はあ、使用予定のある日に来ないのが救いだ、ロドスの運営に問題は起きていない」

 

「まあ、ほら、彼はなんだかんだで組織の運営に関しては思う所があるだろうし」

 

「……どういうことだ?」

 

モスティマの言葉の意味をどう捉えるか、人によっては変わるだろう

いまこの場合ドクターはどう考えたか、決まっている、こう考えた

 

「彼は、何かの組織に属しているのか?」

 

「うん、そうだね」

 

「……彼を抱えるだと?」

 

「うん、いや、ちょっと違うかな」

 

秘書の雑務用のソファにモスティマが座る

背をもたれ、寛ぎながら話し出す

 

「君、前に妙なものを手渡されたと言ってたね」

 

「……これか?」

 

ドクターがデスクの引き出しからとあるものを取り出す

 

「おや、身近なとこに置いてるのかい?」

 

「ああ、お守りの類かと思ってね、なら近くにある方がご利益はありそうだ」

 

それは、黒い羽根、片側が赤く染められた、作り物

 

「やっぱり説明はされていないと、彼らしい」

 

「これが何か、知ってるのか」

 

「うん、知ってるよ、それと同じものを私も渡された」

 

そう言って黒い羽根を取り出す、ただ見た目が少し違う

モスティマのものは全体が黒い、ドクターの持つもののように赤くはない

 

「……色に意味はあるのか」

 

「ある、ドクター、君は運がいい」

 

「なに?」

 

「君のそれはね、無限チケットなんだ」

 

「は?」

 

「フリーパスだよ、使用期限の決まってない、使用回数も決まってない、文字通りの無限チケットだ」

 

「どういうことだ」

 

モスティマが楽しそうに笑う、そうして話し出す

 

「ドクター、昔話をしてあげよう」

 

「昔話?」

 

「ああ、でも言うほど昔じゃない、一、二か月ぐらい前の話だ」

 

「なんの」

 

「とある男の話」

 

「……それは、彼か」

 

「そうだね、戦場に現れ数多を屠る、圧倒的な暴力、恐怖の権化」

 

「……………………」

 

「ずっと昔、そう名乗り始めた、不器用な傭兵」

 

 

 

「黒い鳥、そう呼ばれる男のちょっとした日常さ」

 

 

 




Let's talk about old times

意味は何でしょう、知りたい人は調べてください
なお今回短くなったのは理由がありまして、あんまり多く書くとネタバレになるんですよ、今回の話のオチの

本編はちゃんと書き込むのでお許しください、まあ相も変らぬ低クオリティですが

では、どうぞよしなに


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The Encounter

龍門市街、とある裏路地

人気のない、どこか不気味な通り

その一角にひっそりと構える小さなバー

 

一人の女性が足を踏み入れていた

 

背には羽、頭上に光輪、

紅い髪 紅い目 髪は後ろにまとめて流されている

黒い上着を羽織った、高校生程だろうか、それより少し小さい身長の女性

その腰には銃身の長いリボルバー

腰の後ろには図体の大きい、ぎりぎり片手で持てそうな三連装の銃

 

どこか緊張した様子のまま、物騒な獲物を構えたまま店内に足を踏み入れる

内装はそこそこ広い、席こそ足りないが詰めてしまえば百は入る

空席は、一部を除いて存在しない、どこもかしこも男たちと空の瓶で埋められている

ピアノの置かれる演奏席も、酔っ払いに浸食されている

ピアニストは苦笑しながらリクエストに答え、少ないウェイターたちがせわしく動く

その中をかいくぐり、何故か誰もいないカウンター席に向かう

 

「……お?」

 

「なんだあ? ガキンチョじゃねえか」

 

ガラの悪そうな男たちに目を向けられる

品定めするように、顔から足の先までじろじろ見られる

 

「……ガキ……」

 

彼らの発言が気に障ったのか、女性は少し睨み付けそのまま奥のカウンター席に足を運ぶ

 

「いらっしゃいませ、ご注文ハ?」

 

「……ウォッカ」

 

「承りました、お客様」

 

店のマスターだろう、壮年の男が注文を聞いてくる

それに答え、席に腰かける、すると

 

「ようよう姉ちゃん、ここは子供のくるとこじゃないぜ」

 

「……………………」

 

先ほど、こちらを舐めまわすように見てきた男たちの一人がやってくる

 

「……………………」

 

「ここには怖ーいお兄さんばかりいるからな、危ない目に合わないうちに帰った方がいいぜ」

 

「そう」

 

「なんなら、俺が送ってやろう」

 

「いい、間に合ってる」

 

「そんなツレナイ事いうなよ、子供はさっさとおうちに――――」

 

「……っ!!」

 

直後、鈍い音がする

男の顔面に拳が入った

 

「ぐぼぁっ!!」

 

「おいおい、派手にやられたぞあいつ」

 

「ざまあねえな」

 

誰が殴ったか、その当人はいま肩を震わせ血の付いた拳を握っている

 

「このガキッ! なにしやガバアッ!!」

 

また殴る、容赦のない拳が男を襲う、女性の顔は怒りに震えている

男の胸倉を掴み引き寄せて射殺さんとばかりに睨み付ける

その形相は幼いが般若を思わせる、女性が静かに口を開く

 

「……三度も言った」

 

「アァ? なんだよ?」

 

「ガキって、三度も言った……」

 

「あ? ガキだろおまべぇ!!」

 

「うるさい!」

 

今度は蹴る、勢い余って男が近くの席に飛んでいく

女性は声を大きくして叫ぶ

 

「私はとっくに成人してるわよ!! 背が小さいからってガキガキ言うな!!」

 

蹴り飛ばされた男はそのまま潰れる、仲間と思しきものが介抱に回る

それを確認し女性は改めて席に着く

 

「すまないネ、普段はこうじゃないんだが」

 

「構わないわ、ええ、構わない」

 

「ふむ、わかり易いって言われないかい?」

 

「言われない」

 

マスターの声に適当に返す、その口調は若干苛立っているように聞こえる

どうやら身長が小さいことを気にしてるらしい

 

「まあまあ、これはお詫びだヨ」

 

「……枝豆?」

 

「お酒のつまみにどうかナ?」

 

「いや、ウォッカなんだけど?」

 

枝豆の乗った皿を差し出される、頼んだ酒には合わない代物

突き返すのが当然だがそのまま受け取る、一応、謝罪の意を込めたものだと判断したからだろう

 

「マスター、あまりセンスがないわね」

 

「笑いのかい? それとも食かい?」

 

「両方、勉強した方がいいんじゃない?」

 

「ふむ、これでも笑ってくれる人はいるんだけどネ」

 

「そ、まあ私は笑わないけど」

 

「残念」

 

そういいながら液体の入ったグラスを差し出す

女性はそれを受け取り、一口飲んでから周囲を見回す

 

「……ねえ、いつもこんな感じなの?」

 

「いや、いつもはもっと寂しいネ」

 

寂しい、とは店内の状況だろう

いま、この店の席は満席になっている、テーブル席にはむさい男どもが飲み合いをし

演奏席にはあれを弾け、これを弾けと喚きたてる酔っ払いたち

繁盛している、そういえば聞こえはいいがマナーが悪い

 

「寂しい、ねぇ……」

 

「こんなに人はいないネ、こんな夜更けにこんな数、普通は集まらない」

 

「ふーん」

 

この喧噪、女性にとっては都合がいいもの

それはなぜか、彼女がここに来た理由が関係している

 

「ねえ、マスター」

 

「何かナ」

 

「今日、何かあるの」

 

「ここでかい?」

 

「そう、例えば、イベントとか」

 

「と、いうと?」

 

「そうね、ある組織の集会、とか」

 

「ふむ……そうだね」

 

女性の質問に顎に手をやり考え込むマスター

酒を飲みながら待つ女性、すると

 

「隣、失礼するよ」

 

「ん?ああ、どうぞ」

 

一人、男がやってくる

 

「いやはや、どこもかしこも酒呑みばかりだ、繁盛してるなマスター」

 

「そうだネ、たまにはこういう日もいい」

 

「そうかい」

 

「……あなた、変わってるわね」

 

「そう言うお前も、ここにはそぐわんな、どうしたんだお嬢さん? こんなところで」

 

「……お嬢さん」

 

黒髪、赤目、黒いジャケット

 

「気を付けなヨ、さっき一人派手に飛んだからね」

 

「知ってるさ、いい薬だろうよ、酔っ払いには」

 

身体的特徴のない、変わった男

 

「だがいい拳だった、喧嘩慣れしてるなお嬢さん」

 

「……誘ってるのかしら」

 

「いいや、褒めてるだけさ」

 

「コラコラ、あまり煽るものじゃないヨ」

 

「煽ってねえよ、名前を知らないんじゃこう呼ぶしかない」

 

飄々とした態度でまるで面識があるようにマスターと話す

 

「……友人なの?」

 

「ん? そういうわけじゃない、知り合いさ、ただのな」

 

それを聞いたマスターが溜息を吐く、思う所があるのだろうか

 

「で、お嬢さんはどうしてここに?」

 

「聞いて答えると?」

 

「なんだ、人には言えんか」

 

「違うわ、人をガキっていう人に答えたくないだけよ」

 

「名前を知らない、ならこれしかない」

 

「それなら聞けばいいじゃない」

 

「聞く理由がない、この先繋がりがあるわけじゃないんだ、なら余計な情報だ、聞く意義もない」

 

「……見た目だけじゃなくって中身も変わってるわ、あなた」

 

「そうか」

 

必要がないから聞かない、価値観としては変わってる

情の薄い人、女性にはそう見えるだろう

 

「寂しそうね、あなたの周りは」

 

「好きで温める理由もない、一人がいいのさ、ああ、都合がいい」

 

「……そう」

 

しばらく男を眺め、一口、二口、グラスを傾ける

なにか、男の素性を図るように視線を送る

そして一言、女性が喋る

 

「セラフィム」

 

「ん?」

 

「セラフィムよ、あなたの名前は?」

 

「……驚いた、作法の割に礼儀がなってるぞ、ちゃんと自分から名乗りやがった」

 

「ああ、これは驚いた、もっと野蛮な子かと……」

 

「殴るわよ?」

 

セラフィム、それが彼女の名前

紅い髪のサンクタ、少し幼い顔立ちの流れ者、それが彼女だ

 

「で、自己紹介してもらっていいかしら」

 

「まあいいか、礼儀には礼儀を返さないとな、俺の名前はストレイド、ただの流れ者だ」

 

「種族は?」

 

「秘密」

 

「あっそ、ならいいわ」

 

またグラスを傾ける、その様子をストレイドが眺める

 

「で、ここにいる理由は?」

 

「また聞くの?そんなに気になる?」

 

「気になる、何か目的がありそうなんでな」

 

「……まあ、あるけど」

 

「聞いていいかな? お嬢さん」

 

「セラフィムよ、やっぱり煽ってるでしょ」

 

「悪い悪い、それでセラフィム、なんでいる」

 

セラフィムがじっとストレイドを見つめる

目的を話すべきか、迷っているのだろう

だが彼女の目的を果たすには誰かに聞く必要がある、とあることを

 

「少し前、ある人に聞いたのよ」

 

「何を」

 

「今日、ここである集会が開かれると」

 

「ほう、誰から聞いた」

 

「名前は知らない、ラテラーノの人だと思うけど、変わった人だった、ずっと笑顔で、そこにいるのにいないような人」

 

「……へぇ」

 

ストレイドがまるで心当たりがあるように不敵に笑う

 

「ある組織が、ここに来るって、なんでもトップの人がやってくるって」

 

「トップ、ねぇ…………セラフィム、ここにはなんで来た」

 

「いや、今言ったでしょ」

 

「違う、言い方を変えよう、その組織に何の用だ」

 

「……それは、その、うん」

 

口ごもり、所在なさげにグラスを揺らす

そうして上着のポケットからあるものを取り出す

 

「これ」

 

「……写真、ぼろいな、誰だこれ」

 

「それはいいでしょ、この子を見て」

 

「ちっこいな、何歳だ」

 

「この時は一歳にもなってない」

 

「隣は?」

 

「それはいいの、で、この子……いや、この人を探してるの」

 

「人?」

 

「そう、人、この時からかなり経ってる、大きくなってるはずなの」

 

「へえ、随分、難しいことをしてるな」

 

「そうね、でも必要なのよ」

 

取り出したものを仕舞う

彼女の目的は人探しだ

 

「なんで探してるんだ、知り合いなのか」

 

「そう、そうね、きっと、あなたみたいな人にはわからないわ」

 

「そうか、ならいいいさ」

 

「そうね、それで今日、ここに来る組織に用があるの」

 

「なんで」

 

「決まってる、聞きに来たの」

 

そしてここにいる理由は、ある組織と接触するため

 

「この人を知ってるか、尋ねに来た」

 

「それ、探偵とか、そういう奴らには聞かなかったのか」

 

「聞いた、駄目だった」

 

「そうか」

 

「いろんなところに聞いた、それで、あの女の人に教えてもらったの」

 

「何を?」

 

「この世界に散らばる傭兵団がいると」

 

「ふむ」

 

「彼らが今日、一つ所に集まると」

 

世界に散らばっているならそれだけ多くの情報がある

なら、知っているかもしれない、それが彼女の企みだ

 

「なるほど、手段に行き詰った訳か」

 

「そうよ、これで駄目ならもう……」

 

「会えないと」

 

「……いえ、多分、死んでる」

 

「うん? なんかあったのか」

 

「いいえ、気にしないで」

 

誤魔化すようにグラスを一気に傾ける

 

「酔うなよ、話に来たんなら」

 

「酔わない、酔えないわよ、この程度じゃ」

 

「ザルか、いいな、奴らに混ざってきたらどうだ」

 

「そんな暇はない、ねえあなた、聞いていいかしら」

 

空になったグラスを置き、ストレイドに視線を送る

 

「いいぜ、言ってみろ」

 

「聞いた話じゃ、組織のリーダーはこんな格好らしいのよ」

 

「どんな?」

 

「……黒髪、赤目」

 

扉が開く音がする

 

「黒いジャケットに、特徴のない姿」

 

数人の男たちがぞろぞろ入ってくる

 

「いつも不敵に笑う、素性のわからぬ男」

 

「名前は?」

 

「名前は――――」

 

「ストレイド」

 

男の声がする

 

「お? なんだ、知らん顔だな」

 

「別に、知ってほしいとは思っていない」

 

その声はストレイドの声ではなく、先ほど入ってきた連中の一人

 

「安いスーツだ、何者だ?」

 

「知らなくていいといった」

 

スーツに身を包んだ複数の男たち、その先頭

どこかくたびれた印象を受ける、細身の男

 

「ふむ、俺が誰か、知ってるみたいだな」

 

「ああ、だから来た」

 

その手には拳銃が握られている、照準は、ストレイドに向けられている

 

「何用だ」

 

「見てわかるだろう、お前を殺しに来たんだ、傭兵」

 

「ふん、勇ましいな」

 

「傭兵、ストレイド」

 

 

 

 

「死告鳥、レイヴン」

 

 

 

 

「……いいな、良い目だ、少年」

 

「……随分余裕だな」

 

「へ? いや、ちょっと」

 

スーツの男たちが次々銃を抜いていく、それらは全てストレイドに向けられる

 

「目的は何かな」

 

「言った、お前の首だと」

 

「なるほど、懸賞金か」

 

「まって、まって、一回まって」

 

幾つもの銃口がストレイドを狙う

そんな状況で一人、慌てることなく彼は男たちを見据える

 

「ああ、あんたの首は億を超える、人一人殺して手に入るんだ、狙わない手はない」

 

「相手が何者か、理解してか」

 

「……ああ、理解してだ、流石にあんたも、この状況で動けないだろう」

 

「お願い、一回まって、聞いてほしい」

 

多勢に無勢、その言葉が見事に当てはまる、そんな状況

 

「わからんぞ、気がついたら天に昇ってるのはお前かもしれん」

 

「まさか、あんたの荒唐無稽な伝説を信じろと?」

 

「伝説だからな、信じられないのは無理もない、だがうたわれるだけの事情がある、そこまで回らんか」

 

「回るさ、だからこうして囲んでる」

 

「及第点、もう少しひねるべきだな」

 

「戯言を……」

 

絶体絶命、常人では怯えるはずのこの状況、殺意を持つ同士の凶悪な睨み合い

 

「……どういう状況よ、これ?」

 

「見ての通り、俺は狙われてるな、困った困った」

 

「ならもう少し困ってくれ、そう飄々とされると調子が狂う」

 

言いながらも手元は狂わない、その目はまっすぐストレイドを見る

 

「……慌てないんだな」

 

「慌てるような若輩じゃない、いまさらひよるような年じゃない」

 

ストレイドが体の向きを変える、カウンターに背をもたれ、足を組む

 

「いやいやいやいや、何を落ちついてるのよ、抵抗は? 傭兵なんでしょ?」

 

「なんだ、天下の死告鳥も諦めたのか」

 

「何、そういうわけじゃない」

 

不敵に笑う、そうしてふんぞり返る

 

「少年、いいことを教えてやろう」

 

「なんだ」

 

「殺すなら、声をかける前に撃て、存在を認知される前に殺せ」

 

「……何を言いたい」

 

「別に、教訓だよ、見習いへの」

 

「……そうか」

 

「お頭、周りを」

 

取り巻きの男がそう告げる

 

「もう、揃ってたのか」

 

「ああ、俺が最後だったんだ、集会のメンバーの」

 

「なんだ? こいつら」

 

「お、お頭! こいつら、銃を!」

 

ついぞ先ほどまで騒いでいた男たちが、いつのまにか静かになっていた

 

「……もう、なんなのよ」

 

彼らは皆、立ち上がっている

その手にはグラスも酒瓶も、握られてはいない

 

「これが、噂の傭兵団か」

 

「そうだ、まあ好きで率いてるわけじゃないがな、困った話だ」

 

代わりに武器が握られている、人を殺す、獲物が握られている

 

スーツの男たちを囲むように、切っ先を、銃口を向けている

 

何十人だろう、いや、何百かもしれない、この店の傭兵すべてがスーツの男たちに敵対している

 

「……渡り鳥、これほどまでの規模だったとは」

 

「これ、全部、そうなのね」

 

「ああ、人はこいつらを、渡り鳥(Raven)、そう呼ぶらしい」

 

ある傭兵を筆頭に動く、謎の多い傭兵団

 

あらゆる戦場に現れ終局に導く、鴉の集団

 

「ようこそ、ネストへ」

 

死告鳥に続く、彼の私兵

 

「諸君、派手にいこう」

 

渡り鳥の巣(Raven's Nest)、彼らはそう呼ばれている

 

 




The Encounter
意味はなんでしょう、エロい意味ではないです、残念ながら


状況説明が少ない

これが、ボキャブラリーというものですか、国語をやり直すべきでしょうね

え?オリキャラ増えた?武装したまま街歩いてることになってる?

大丈夫、ラテラーノ人だからで片付く、きっと


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Silent line

「オラァ!!」

 

「やっちまえ!」

 

とある寂れたバー

 

「クソ!」

 

「気迫で負けるな! ここで崩れていられる暇はないんだ!」

 

夜も更けた、酒呑み達の時間

 

「団長君、何が飲みたイ?」

 

「マスターに任せる」

 

「オーケー、じゃあカクテルにしよう」

 

「……あの、ストレイド」

 

乱闘騒ぎが起きていた

 

「なんだ」

 

「これ、どういう状況?」

 

「見た通り、大乱闘だ」

 

「いや、そうじゃなくって」

 

何故乱闘が起きているか、どうして殴り合いなのか

 

「はい、カクテルだヨ」

 

「速いな、何を混ぜたんだ」

 

「ウォッカとウォッカ」

 

「それ、只のウォッカだ」

 

本来、ここで行われるのは凄惨な殺戮だった

名も知れぬ勢力からの殺害宣言

リーダーを護る為、武器を構えた傭兵達

ここに撒かれるのは汗に塗れた血ではなく、冷たくなった肉と血の池だった

 

「……おかしな状況ね」

 

「ああ、そうだな」

 

殺し合いが始まっていない理由、それはセラフィムの隣でグラスを傾けている男が原因だ

 

レイヴンズネスト、この不可思議な組織を率いる傭兵

かつて国を滅ぼした、死告鳥を名乗るもの

レイヴンと呼ばれる恐怖の象徴

 

「あなた、何者?」

 

「只者」

 

この男が一言、一触即発の彼らにこう言ったのだ

 

けして、殺すな

 

「……死告鳥、これ、ホント?」

 

「ホント、正真正銘、モノホンだ」

 

「あなたが、ねえ…………」

 

たった一言、それだけで彼らは従った

レイヴンズネストの傭兵たちは不殺を決めた

 

「悪名高い、死告鳥」

 

「嘘、て言いたいけれど……」

 

いま、バーは壮絶な殴り合いの場となっている

ウェイターとピアニストは早々に逃がされた、ここにいるのは血気盛んな奴らだけ

 

「レイヴンズネスト、トップはレイヴン、知ってはいた、知ってはいたのよ」

 

「ほう」

 

「だけど、信じられない」

 

「なんでだ」

 

「だって、無情な人殺しって」

 

「そうだ、間違えてない」

 

スーツの面々とネストの傭兵は殴り合いを続けてる

銃は、とうに手放している、役に立たないのだ

 

「抉らせてもらうで」

 

「ぐぶ!」

 

数の差と、死を恐れぬ勢いで突っ込んできた彼らの前に、効果は発揮しなかった

 

「よくも!」

 

「ふげぇ!」

 

引き金を引く前に叩き落とされ、瞬く間に彼らは囲まれた

 

「AMSから、光が逆流するっ!? ぎゃああああああああ!」

 

「おい、またフラジールが発狂してるぞ」

 

「いつもの事だろ、ほら暴れろ暴れろ!」

 

とても先ほどまで睨み合いをしてたとは思えない絵面だ

 

「……嘘」

 

「嘘じゃない、本当」

 

「なら、彼らを殺してるはず」

 

「そうだな」

 

そう言いながらグラスに口をつける、命を狙われていたとは思わせない

それだけ余裕があるのは経験か、それとも彼らを信頼していたのか

少なくとも、異常な人物ではある

 

噂とは、違う

 

死告鳥は人殺しのスペシャリスト

噛み砕いて言えばそう伝わっている、生きたまま逃すことはまずありえないと

 

それを不思議に思ったのだろう、セラフィムが聞く

 

「ねえ、どうしてこんなことに?」

 

「殴り合いさせてる理由か」

 

「そう、どうして?」

 

「そうさな……」

 

視線を集団に向ける

そこには頭と呼ばれていたスーツの男がいる

 

「……雲行きがな、怪しいんだよ」

 

「へ?」

 

その近くには、スキンヘッドの男がスーツの男たちを盾にして殴り合いから逃げている

 

「……まあいい、後で考えよう」

 

「何を?」

 

「気にするな、さてセラフィム、言いたいことと聞きたいことがある」

 

先程の人探しの件だろう、カウンターに寄りかかったまま話し始める

 

「答えは見えているだろうが、まず一つ、ここにいる奴全員に聞いても知ってる奴はいないだろう」

 

「……でしょうね」

 

「ああ、非情などとは言うなよ、元よりこれは無理難題だ」

 

赤子の成長した姿を捜す、何の見当もなしに

たとえどれだけ腕利きの捜査官であろうと見つけることは難しい

 

「手掛かりはさっきの写真だけなんだろ? 名前も知らなそうじゃないか」

 

「……一応、知ってるわ」

 

「そうか、でも無駄だろうな」

 

「わかってる」

 

何故、無駄と言い切ったか

それは時間がたっていることが関係している

本来、人を探すには容姿と名前が一番の手掛かりになる

たとえどれだけ成長していようが基本、名前は変わらない

身長が伸びようと、顔に傷がついて何者か判別できなくなろうとも

名前だけは不変のものとして存在する、のだが

 

「セラフィム、お前、生き別れたな?」

 

「……ええ、その通り」

 

「難儀な奴め」

 

彼女の場合事情が違う、そもそも手掛かりから少ないのだ

名前に関しては違う名前の可能性がある、昔の名では捜せない

姿形もわからない、たった一つの写真を頼りに動く、それも、随分古い記憶のものだけ

 

「背景も大体読めた、物心つかないうちに別れてそのまま……両親は死んだか、家族全員バラバラか、そんなところだろう」

 

「あなた、デリカシーがないって言われない?」

 

「言われる、だがこれは仕事の話だ、しかもクライアントが話してくれそうにないからこっちから言うしかない」

 

「む……」

 

「図星か、人に頼るくせして頼り切らないのはどうなんだ」

 

彼女自身、頼れるなら満足いくまで人に頼りたいとは思っている

ただそれは、頼り続けられるだけの関係と資金があればの話

実際探偵を雇ったことはある、だがこんな事、この少ない情報で捌ける名探偵は存在しない、少なくとも彼女は当たることが出来なかった

そのまま探偵に頼るにしても金を払い続けなければいけない、何の収穫も見込めないものに払い続ける金はない

彼女は流れ者、一定の収入はあり得ない

 

「友人はいないか、そうだろ?」

 

「……いませんよ、ええ」

 

「ふ、わかりやすい奴め」

 

そして、彼女は友好関係と呼べるものがない

一応仕事の斡旋人や仲介人など彼女を知る者はいる、ただそれが友人かと言えばそうではない

仕事上の関係、よほど深く長く付き合わねばお節介をかけるものはいない

 

「……言いたいことはそれだけかしら」

 

「ああ、言いたいことはこれだけだ」

 

「そう、なら私はこれで失礼する」

 

これ以上、収穫はない

 

そう思ったのだろう、セラフィムが席を立ち

 

「まあ待て」

 

ストレイドが呼び止める

 

「何よ」

 

「なに、ここで見過ごすのも気分が悪い、すっきりしない」

 

「……何が言いたいの?」

 

「言ったろ、聞きたいことがあるって」

 

どうやら、ストレイドはまだ話があるらしい

少し考え、席に戻る

 

「で、聞きたいことって?」

 

「なに、簡単だ、この依頼、受けてやる」

 

「……受ける?」

 

受ける、とはどういう意味か

 

「言ってる通りだ、捜してやる」

 

「……は?」

 

「なんて顔してやがる、仮にも女だろ」

 

彼がいう事、つまり、件の人物を捜してくれるという事

元々彼女は知っているかどうか聞きに来ただけ、それ以上は望んでいなかった

捜してくれるというなら願ってもない話だ、ただ、問題がある

 

「どうした、嬉しくないか?」

 

「いや、嬉しいけど、でも、それって……」

 

「ああ、仕事だからな、払うもんは払ってもらう」

 

「でしょうね……」

 

彼女には人探しを頼むだけの資金がない

だから今回、これで諦めようと思っていたのだ、これ以上、無駄に時間を重ねるなら未練を断ち切ろうと決めていた

 

「なら無理よ、生憎払えるほどお金はない」

 

「だろうさ、だがまあ聞けよ、俺もすっからかんの財布から搾り取るつもりはない」

 

「すっからかんではないわ」

 

「そうか、だがまあ払えない」

 

「そうね、払えない」

 

「だから、代わりに条件を呑んでもらう」

 

「……条件?」

 

ストレイドが不敵に笑う、いつかどこかの船で見せた怪しい笑み

 

「お嬢ちゃん、ゲームをしようじゃないか」

 

「ゲーム?」

 

「そ、とあるゲーム、お前さんが勝てば、格安で受けてやる」

 

「無料じゃないの?」

 

「流石に無理だ、傭兵としての面子がある。ここでタダでやって舐められるわけにはいかない。ただ、もし納得のいく情報が集まらなければ金は払わなくていい」

 

「何それ、プライド?」

 

「違う、結果を出せないようじゃ金を払ってもらう権利がない。実力主義なんだよ、傭兵ってのは」

 

つまり、彼女がゲームに勝てば通常より安く、失敗したときの金は払わなくていい、前金も必要ない

 

「ついでに、いざ捜すときはウチの面子フル動員で捜させよう、といっても各自の流れた先でそれっぽい奴を捜せというだけだがな」

 

「……いや、十分助かる」

 

そうなれば今まで彼女一人で捜していたのが、一気に百人規模で捜すことになる

捜索隊の規模だ、しかも世界各地に散らばる傭兵団、成果は十分期待できる

これほどおいしい状況はない、ただ気になるのは

 

「ねえ、ゲームの内容って?」

 

「ん? 受けるか?」

 

「いや、その前にゲームの内容教えてよ」

 

どんなゲームかわからないという事

これでこの男に打ち勝てとでも言うような内容ならまず勝てない

彼女も雇われの端くれ、噂ぐらいは聞いたことがある

かつて国を滅ぼした規格外、死告鳥とうたわれる化け物

そんな人物がこんな好条件をひけらかすのだ、何があってもおかしくない

 

「ゲームの内容、知りたいか」

 

「聞いてからじゃないと判断は難しいわ」

 

「そうだな、だが秘密だ」

 

「は?」

 

「お前さんが受けるかどうか、受けるなら、開示する」

 

「……逃げ場はくれない、そういうことね?」

 

「ああ、安心しろ、難しくはない」

 

「……………………」

 

試すように言ってくる

実際試されている、ここでどう判断するか、見られているのだ

こんな怪しい提案、本来なら避けるのが正しい、何を要求されるかわかったものではない

ただ、彼女には揺れる理由がある

それだけ長く、捜してきたのだ

ここで切ったとしても、諦めたとしても、彼女はまた、捜し始めるだろう

それだけ、彼女にとっては重要な人なのだ

 

「どうする?」

 

「……………………」

 

これは千載一遇のチャンスと言って差し支えはない

一つの傭兵団に力を借りることが出来る、彼女一人ではできなかった人海戦術が出来るのだ

今までとは違う、明らかな結果を得る可能性がある、捨てきれる機会ではない

 

「……そうね」

 

果たして彼女は

 

「わかった、受けるわ、そのゲーム」

 

盤面に乗ることを決めた

 

「よし、良い度胸だ」

 

「で、ルールは?」

 

「まあ待て、その前にやっとくことがある」

 

ストレイドの視線が未だ取っ組み合いを続ける集団に向けれられる

 

「ひぃ!」

 

「おら! 邪魔だ新入り!」

 

「ひっこんどけ!」

 

その中で一人、随分若い少年がいる

黄色い上着を着たペッローの少年

 

「へぶっ!」

 

「おい、新人が巻き込まれた」

 

「邪魔だって言ったろ!」

 

「みっ! 味方ですっ!」

 

「わかっとるわ」

 

男たちの取っ組み合いに巻き込まれ一撃食らって吹き飛ばされる

 

「おい、アップルボーイ」

 

それを見ていたストレイドが誰かを呼ぶ

 

「え? あ、はいっ!」

 

アップルボーイと呼ばれた黄色い上着の少年がやってくる

 

「お、お久し振りです! 団長!」

 

「うむ、元気一杯だな、よろしい」

 

呼ばれた瞬間飛んでくる、ストレイドの前に立ち恐縮した様子で起立する

 

「ご、ご用件は!」

 

「なに、軽い些事だ、そう畏まるな」

 

「ひゃっ、ひゃい!」

 

「……緊張してるわね」

 

「無理ないさ、彼にとっての憧れだからネ、彼は」

 

「憧れねぇ…………」

 

マスターの言葉にセラフィムが軽く唸る

彼に憧れた、ということがどういう意味か計りかねているのだろう

人殺しに憧れる、正直、そんな人物には少年が見えないのだ

 

「アップルボーイ、マギーとファットマンに連絡してくれるか?」

 

「へ? お二人ですか? ここにいないので?」

 

「ああ、確か夜の街をぶらつくとか行って二人ともいない」

 

「あ、そうなんですか」

 

「自由な奴らだ、いいことだがな」

 

その尊敬の念を知ってか知らずか、何も気にせず話を進める

 

「それで、連絡とは何を……」

 

「後ろ」

 

そういって集団の方を指さす

そこには痣だらけになった男達と

 

「…………あ」

 

「わかったな? じゃ、アレの動向を探ってくれるように言っておいてくれ」

 

「了解です」

 

ネストの連中にタコ殴りにされているスキンヘッドの男

 

「……あのハゲ、嫌に重点的に殴られてるわね」

 

「そうだな」

 

ストレイドが立ち上がる、セラフィムに手招きしながら歩き出す

彼女もついていく、恐らくゲームとやらを始めるつもりだろう

 

「セラフィム、まず最初に言っておく」

 

「何をよ」

 

「これは静かなる戦線だ、けしてカタギを巻き込むな」

 

「わかってるわよ……て、私は?」

 

「あ? 銃持った奴がカタギなわけねえだろ」

 

「いや、そうだけど」

 

集団の横を通り出口に向かう

 

「逃げるな! レイヴン!」

 

「逃げねえよ、安心しろ」

 

頭が反応し、集団から無理やり出てくる、その顔は酷いことになっている

 

「さてセラフィム、ゲームの説明だ」

 

「アイツを黙らせろって? 簡単よ」

 

リボルバーを抜き取り、腰の三連装に軽く手を伸ばす

 

「そうだな、だが条件がある」

 

「というと?」

 

ルールの説明を始める

 

「今、俺の中であの少年を殺すかどうか、決めた」

 

「へえ」

 

「で、お前はそれを当ててみろ」

 

「へ?」

 

ただそれは、不可解で、非常識なものだった

 

「当てるってどうやって?」

 

「決まってる」

 

ストレイドが頭の方を向く、不敵な笑みは崩さずに、酷く意地悪な顔をして

 

「少年、お前にチャンスをやろう」

 

「……チャンス?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ちょっと、何を――」

 

セラフィムの静止も聞かぬまま、頭の困惑を放ったまま、言い放つ

 

「こいつと俺は今から裏路地を逃げ回る、それを捕まえろ」

 

「は?」

 

「なに?」

 

「捕まえたら、おとなしく殺されてやる」

 

「はっ!?」

 

「待て、お前、何を言ってるのか――」

 

「セラフィム、お前があいつに引いていい引き金は一度だけ」

 

「え? 待って、話が唐突過ぎる」

 

「で、その時殺すかどうか、実際に当ててみろ」

 

「いやいや、生殺与奪を私に決めさせないでよ」

 

「なんだ、人殺しは初めてか?」

 

「そうに決まってるでしょ? 私のこれは護身用よ?」

 

「護身用の割には殺意に満ちてる」

 

夜も更けた、真夜中の裏路地

 

「ちなみに、俺の気まぐれでネストの奴らを召喚する」

 

「え? どうやって」

 

「呼べば来る、そういう奴らさ」

 

「ええ…………」

 

黒い鳥と紅い天使

 

「じゃ、始め」

 

「あ、ちょっと!」

 

「……チッ、乗るしかないか」

 

「お頭、行きましょう」

 

奇妙な追走劇が幕を開ける

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃいましたね」

 

「そうだネ、相変わらず勝手な男だ」

 

「だけど、団長らしいです」

 

「ああ、らしい」

 

「セラフィムさん、でしたっけ?」

 

「そう言ってたよ、熾天使とは恐れ入ったネ」

 

「俺、あの人と仲良くなれそうな気がします」

 

「なれるよ、さて二人に連絡しないとだね、奥の部屋の無線を使うといい」

 

「ありがとうございます、それじゃ失礼します」

 

「畏まらなくていいよ、しかし……」

 

「? どうしたんです?」

 

「いや、変わったこともあるもんだなって思ってね」

 

「何がです?」

 

「彼、誰彼構わず口説くだろう?」

 

「ええ、そうですね」

 

「なのに、彼女には口説く素振りも見せなかったんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、変わったこともあるものだネ」

 

 

 

 

 

 

 

 




この話、レイヴンズネストの話ですが今回で予想はついたでしょうがAC寄りの話になります、わからない人はわからないです
あっちのキャラは名前だけとはいえバンバン出てきますし、もっと理解不能の代物も出てきます、一応解説はしますが気休めです
こんなのいるんだなー程度で読んでください



AC用語解説

アップルボーイ AC3に出てくる新米レイヴン、機体名はエスペランザ
        レイヴン試験で味方で登場 その後ストーリー進行に比例して
        強化されていく、制作陣のお気に入り
        わざと攻撃すると誤射するといい声で鳴く

        『みっ! 味方ですっ!』

フラジール   ACfAに出てくるACの機体名、パイロットはCUBE
        所々で現れ腹筋に深手を負わせるリンクス、弱くはない
        どこぞの弓兵みたいな声の男に機体名で呼ばれる人
        別名、逆流王子

        『AMSから、光が逆流する! ぎゃああああああ!!』
    
        光って何だよ

ド・ス     ACfAに出てくるリンクス、機体名はスツルカ
        射突型ブレードを華麗に使いこなす広島弁のやべ―奴
        所属してる組織がロシアなのか、偶にハラショーっていう

        『抉らせてもらうで』

マギー     本名、マグノリア・カーチス、ACVDのオペレーター
        元傭兵の女性、とあることを境に傭兵を辞めオペレーターに転属
        した、かつてはブルーマグノリアと呼ばれていた
        
ファットマン  ACVDに出てくる主人公をいつも送り迎えしてくれるおっちゃん
        マギーさんよりヒロインしてる
        普段はヘリに乗ってるが中の人の方が主人公より強そう
        ちなみにキャラソンがある、聞いてて楽しい

        『流派!! 東方不敗は!! 王者の風よ!!!』




ようやくACタグを回収できる

追記 アップルボーイ名前逆でした、サーセン








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Scorcher

龍門市街、裏路地

 

「ああああああああっ!」

 

「なんだなんだ?」

 

「やかましい! 今何時だと思ってんだ!」

 

人通りの少ない路地が更に人気のなくなっている、狭くも細やかな通り道

 

「セラフィム、もっと静かに走ってくれ」

 

「出来るかぁ!」

 

「あっちだ! あっちに行ったぞ!」

 

「追え! 押さえ込んじまえば勝ちなんだ! 追いすがれ!」

 

「ぎゃあああああ! バレたあああ!」

 

「ああ、お前が叫んでるからだ」

 

スーツを着た男たちとセラフィム達の鬼ごっこが始まってしまっていた

 

「まったく大げさだな、たかが両の手で数えきれない人数に追われてるからといって何故怯える」

 

「答え! 答え言ってる!」

 

一人余裕のないセラフィムと、その隣でのんびり駆け回っているストレイド

その後ろには十はゆうに超える男たち

傍から見ればどうなっているのか、見当のつかない騒ぎになっていた

 

「止まりやがれ!」

 

「誰が止まるか、負ける予定はないんだよ」

 

ストレイドの始めたこのゲーム、誰に利があるかわからないものなのだ

勝者には一応、各々の目的に沿った景品がある

セラフィムにはローリスクで依頼を発注する権利

スーツの男たちは億を超える賞金首

ただ、正直ここまですることではない

実際これはお遊びだ、その証拠にネストの面々は逃がした、全員

あのバーで殴り合っていた面子は皆解放されこの追走劇に参加している

その数は尋常じゃない、これを二人で捌く、趣旨はそういうもの

 

「ねえ! どうしてこうなったの!」

 

「そりゃあ、お前がゲームに乗ったから」

 

「違う! どうしてこんなことに巻き込むの!」

 

「だから、ゲームに乗ったから」

 

「そうじゃなくて!」

 

形すら整えられない口論が交わされる

 

「追いついたぞ!」

 

「お、速いじゃないか、少年」

 

「げっ!」

 

その後ろにスーツの男たちのリーダーがやってくる

 

「いいね、体力は十分か」

 

「俺を何だと思ってる!」

 

「クランタ」

 

「不利じゃない! この勝負!」

 

馬の容姿を持つクランタ族、その特徴は脚力にある

俊足、長距離を駆け抜けることが出来る体力

まさしく駿馬と見まごうほどの身体能力、並みの種族では逃げ切れない

 

「レイヴン! この勝負貰ったぞ!」

 

そしてこのリーダーはクランタ族、脚力に物いわせて真後ろに追いついて来てる

輪っかと羽しか特徴のない彼女には勝ち目のない相手

 

「ちょっと! ちょっと待って!」

 

「何がだ!」

 

「一旦タンマ! 明らかにこっちが勝てないでしょコレ!」

 

「断る!」

 

「断らないで!」

 

「無理だろ」

 

セラフィムの悲しい要求は蹴られリーダーがストレイドに手を伸ばす

捕まえる気だろう、動きを一瞬封じれば後続が追いつく、それで彼は押さえつけられる

 

「待って! 話し合う余地があると思うの!」

 

「そんな余裕、俺達にはない!」

 

そうなれば彼女の負け、ようやく光明が見えた捜し人がまた遠のいていく

 

「――――クッ!」

 

彼女にとって、それは大きな痛手

此処で易々とやらせるわけにはいかない

 

腰に手を伸ばす、三連装に手が触れる

 

「ストレイド! あいつに向けた引き金がカウントされるのよね!」

 

「ああ、なんだ、もう撃つか」

 

勝敗の決定の一つ、このリーダーの生死の有無

それを決めるのはセラフィム、そして引き金は一度だけ

これがストレイドが定めたルール

ここで彼を撃ち、どちらかを決めればゲームは終わる、ただ

 

「まさか! まだ撃たないわよ!」

 

その殺害の定義を決めるのは彼女の価値観ではなく、隣の男

自分が死ぬかもしれないルールを平然と提案した黒い男の価値観に則る必要がある

そんなルールではすぐに決めれない、人の考えなどそうすぐに見切れるものではない

彼女はいまは撃たない、リーダーに向けては

 

「なら! 地面はいいのね!」

 

「ん? まあ、いいだろう」

 

セラフィムが動く、三連装を抜く

中折れ式の装填、銃が持ち手の付け根で折れる

 

「あ、お前それ――」

 

「人には撃たない!」

 

筒状の赤く塗られた変わった弾丸を三つ装填する

そして向ける、標的は、リーダーの少し先の地面

 

「吹っ飛べえ!」

 

引き金を引く、直後、三度の発砲音が響く、同時に

 

「ぐあっ!」

 

「よし! 狙い通り!」

 

「……おかしいな、それ、バーストで撃つ弾じゃねえよ」

 

小さな破裂音、着弾地点が一瞬眩しく光る

それと一緒に焦げた臭いが周囲に漂う、彼女が撃ちだしたもの、それは

 

「フラグ弾か、人に撃つもんじゃあない、確かに」

 

「それも三点バースト! 魅力的でしょ!」

 

「ああ、殺人的なほどにな」

 

「クソッ! 目が!」

 

先程の爆発の衝撃と、一瞬の閃光を直に見たのか、リーダーが足を止めて蹲る

 

「お頭!」

 

「――ッ! 俺はいい! あいつを捕まえろ!」

 

「ぐっ――――イエス、ボス!」

 

後続がリーダーを抜き去り二人を追う

 

「で、どうする?」

 

「逃げる!」

 

「ふむ、いい判断だ」

 

一番厄介なリーダーを一時的に止める、彼女の狙い通りにはなった

ただ問題だったのは

 

「しつこい!」

 

「そうする理由があるんだろうさ」

 

苦しむリーダーを置いて近づいてくる男達

必死な形相で二人を追っていく

それに捕まらぬよう二人も逃げる

 

「ねえ!」

 

「どうした」

 

「なんでこんな不可解なルールなの!」

 

「丁度いいから」

 

「何が!」

 

「俺が」

 

セラフィムの質問の意図、何故こんな判断に困るルールにしたか、だろう

 

実際おかしい、これは人殺しを強要しているようなもの

生かす答えもあるがそれが誤りでない保証がない、意味の解らぬルール

これは人道に反する勝負だ、片方は人を殺すために盤面に乗り、もう片方は生殺与奪を選ばなければいけない

この場にリスカム達がいればストレイドは真っ先に殴り飛ばされているであろう

だが困ったことにいない、今日はロドスも停泊していない

借りに動くとしたら、鼠の王か、龍門警察だけ

恐らく余程の事がなければ動かない、なら誰も彼を止められない

 

「そもどうして殺すか選ばなきゃいけないの!」

 

「ああ、別にそういう嗜好が好きなだけだ」

 

「何? あなた快楽殺人鬼?」

 

「まあ、あってはいるな」

 

ここは既に彼の独壇場、この場にいるものは彼の思惑に乗せられることになる

 

「くっ――――無情な人殺しは間違いじゃないって事!」

 

「そ、まあゆっくり考えろ、決定権はお前にある」

 

「押し付けただけでしょ!」

 

「追え! 奴らを逃がすな!」

 

二人に迫る追手達、リーダーよりは遅い分撒きやすい

ただカタギを、一般人を巻き込むなと言われた、行動範囲は人目につかない裏路地に制限されている

加えて数はあちらが上、撒いても挟み撃ちになったら捕まってしまう

 

「――数を減らす、だけど……!」

 

確実に逃げるには追手を減らすのが最善だ

だが彼女は流れ者ではあるが兵士ではない、戦士などと言われる人種ではない

ラテラーノで育った、銃の心得のある程度のムーンライターなのだ

人殺しはおろか、直接人を撃ったことも数えるほどしかない

そんな人物が大勢を相手取れるわけがない、一応保険こそいるが

 

「俺は自分の身しか守らんぞ」

 

「この、傭兵ってのはどいつもこうなの!」

 

「いや、大体お節介焼きが多い」

 

「じゃああんたがおかしいのね!」

 

「正解、ちなみにお前一人が捕まってもアウトだ」

 

「更に難易度あげないでよ!」

 

この通り、彼女を護るつもりはない

後ろには追手、味方は実質無し

この状況、打破する選択肢が彼女にない

その時

 

「ま、数減らすぐらいは貢献してやるよ」

 

「へ?」

 

ストレイドが立ち止まり

 

「ちょっと!」

 

上を向き、静かに呼ぶ

 

「オッツダルヴァ、フラジール」

 

瞬間、二つの人影が地面に移った

 

「なっ上から?!」

 

「増援か!」

 

追手の前に二人の男が立ちふさがる

 

「ふん、人使いの荒い男だ」

 

黒いビジネススーツを着込んだ男と

 

「了解、プランD、始動します」

 

白いスーツのリーベリの細身の男

 

「え? 誰?」

 

「ネストの奴だ」

 

「へ? ホントに呼ばれてくるの?」

 

「そういう奴らさ」

 

「まったく、少しは自重したらどうだ」

 

「嫌だね、こうじゃなきゃ俺らしくない」

 

「やれやれ、相も変わらず勝手な男だ」

 

ストレイドに呼ばれ姿を現した二人の傭兵

オッツダルヴァ、フラジール、鴉の私兵の二人

 

「ねえ、片方見覚えあるんだけど」

 

「だろうさ」

 

一声呼ばれただけで来た、それは彼がどれだけ信頼されているか、集団の長としてどう存在しているか、その証明になる

レイヴンズネスト、ならず者達を率いるだけの器が彼にはある

 

「あっちの白い方、殴り飛ばされてなかった?」

 

「正解、あのやかましかった奴だ」

 

「フラジール、言われているぞ」

 

「ノーコメント、黙秘権を行使します」

 

「フ、返しの言葉の一つ、言えばいいものを」

 

セラフィム達を護るように前に立つ

 

「え、強いの?」

 

「見てりゃわかる、じゃ、頼んだ」

 

「いいだろう、見せてやろう、営業一位の実力を」

 

「……営業?」

 

追手の方に二人で近づいていく

その様子をセラフィム達が眺めている

 

「行けるな? フラジール」

 

「はい、そのつもりです」

 

自信満々な様子で追手に立ち向かう

 

「くっ!」

 

「臆すな! ここで引けば負けだ!」

 

二人の気迫に圧倒されながらも果敢に挑む追手達

 

一人がオッツダルヴァに接近し拳を振るう

 

「遅いな、停滞しているぞ」

 

「速い!」

 

それを掻い潜り蹴りを入れ打ち倒す

 

「どうした、無駄な時間を取らせるな」

 

「――やれ! 数で攻めろ!」

 

仲間がやられた様を見ても尚、追手達は引かない

どうやら勝ちにこだわる理由があるらしい、それも、尋常ではない何かが

 

「まったく、強者気取りの烏合の衆が」

 

それを見据え、臨戦態勢をとるオッツダルヴァ

 

「ならば教えてやる、私が誰かを」

 

静かに言い放つ

 

「ここにいるのはランク1、オッツダルヴァアアッ!」

 

そして殴られる

 

「……は?」

 

「あー、まあ、そうだよな」

 

「は?」

 

その様をマジマジと見てしまったセラフィムがぽかんとしている

 

無理もない、明らかな強者感を出していたにもかかわらずそっと殴り飛ばされたのだ

唖然とするのはしょうがない

 

「ごふっ!」

 

彼はそのまま転がっていき、あるところで動きが止まる、そこは

 

「足がイカレタだと!」

 

龍門の、生活用水が流れる排水路、何故か綺麗に蓋があいていた

中はそこそこの水流が流れている、そこにハマったらしい彼がどこか冷静に言う

 

「駄目だ、飛べん……! よりによって水上で……」

 

「うん、確かに水上だ」

 

「いや、待って」

 

ちょっと頑張れば抜け出せそうな穴、だが何かの力場が働いてるのか、彼はどんどん沈んでいく

 

「……水没だと? 馬鹿な、これが私の最期と言うか!」

 

小さな穴に吸い込まれる様に水没していく

 

「認めん、認められるか、こんなこと――――」

 

そして、完全に沈む

 

「………………は?」

 

「うむ、素晴らしい沈みっぷりだ」

 

「待って、何しに来たの?」

 

なんとも味気ない退場に追手もセラフィムも驚愕している

 

「何? あの人なんなの?」

 

「んー、普段はライフルで戦ってるからな、殴り合いは苦手なのさ」

 

「じゃあなんで来たの」

 

「呼んだから」

 

「……ええ」

 

「まあまあ、存外、深く潜れる男かもしれんぞ」

 

文字通り沈み切った空気の中、一人の男が声をあげる

 

「これでワタシ一人ですね」

 

フラジールが、前に出る、追手達が緊張を取り戻し警戒態勢をとる

 

「テストの汎用性は高くなりました、良い傾向です」

 

「テスト?」

 

「身体能力のテスト、あいつライン生命のメンバーなんだ」

 

「え、あの最先端医療組織の?」

 

「そ、古くからいたらしくてな、例の実験に参加してたらしい」

 

「例の実験、それって」

 

「ああ、源石との共存、いまは打ち切られた人の愚行だ」

 

源石との共存、かつてのライン生命で行われていた悪徳の技術

けして成し得ない病気との共生、それは失敗に終わっている

その計画の一人はロドスにも存在している、彼女の体は誰よりも浸食されていることだろう

 

「待って、気になることが一つ」

 

「なんだ」

 

ただ、この場においてその計画の有無は意味をなさない、問題は

 

「あの人、傭兵じゃないの?」

 

「ああ、ライン生命の元実験体の職員だ」

 

「……傭兵団、なんでしょ?」

 

「そうだな、ただ傭兵ばかりじゃ成し遂げられないことがある、その為に必要なパイプだよ」

 

「……癒着?」

 

「失礼な、誰がそんな事するか、させるか」

 

傭兵団に傭兵以外が属していること

間違いではない、広い観点で見れば一つの企業なのだ

人材派遣の一種なのだ、なら派遣先はある程度調整が出来る

そして、取り入れる人材も調整できる

 

「……どういう組織なのよ」

 

「そういう組織」

 

また別の意味で困惑してるセラフィムを余所に追手達が動き出す

 

「邪魔だ!」

 

フラジールに襲い掛かる

だが彼は軽い身のこなしで動く

 

「クソ! ひらひら舞いやがって!」

 

まるで花弁が舞い散るように相手の周囲を動き回る

そのまま背後を取り

 

「しまっ――」

 

一撃入れる

 

「――――?」

 

が、効いてない 相手は首をかしげフラジールを見据える、そして

 

「ふむ、プランD、所謂ピンチですね」

 

そう、言い放つ

 

「…………ストレイド」

 

「なんだ?」

 

「レイヴンズネストって、楽団の類ではないのよね」

 

「ああ、ちゃんとした傭兵団だ」

 

「なら、あれは何?」

 

「いつもの事」

 

入っている、拳は入っているのだ

ただ力が弱すぎた、痛くないのだ

 

「ねえ、また銃で普段戦ってるとか、そんなオチ?」

 

「正解」

 

筋力不足、適当な拳でダメージなど入りはしない

このおかしな状況に踏ん切りがついたのか、相手が反撃に出る

 

「ム――――」

 

それを避けようとして

 

「ぶっ!」

 

軽い悲鳴を上げて直撃する

 

そのまま吹っ飛び近くの建物にぶち当たり

 

「AMSから、光が逆流する……! ぎゃあああああああああ!!」

 

酷い断末魔をあげる、そのまま気絶する

 

「…………なにこれ、ふざけてるの?」

 

「いや、奴らは至って真面目さ、真面目に俺の遊びに付き合っている」

 

「……やめていい?」

 

「駄目だ、安心しろ、勝てばちゃんと人捜ししてやるから」

 

セラフィムの中でのストレイドへの信頼度がダダ下がりしている

 

そんな気の抜けた会話をしていると

 

「レイヴン、観念するんだな」

 

「あ、やばっ…………!」

 

いつの間にか復活したリーダーと取り巻きたちが囲んでいた

 

「捕まえたぞ、死告鳥」

 

「ちょっと、待って、ほら、喧嘩よくない」

 

「人に向けて銃撃った奴が言う事か?」

 

リーダーに真っ当な事を言われてしまった

この状況、逃げ出しようがない

 

「まずい…………」

 

ここで終わりか、そう諦めかけたその時

 

「――ワイルドキャット」

 

重たい着地音が響いた

 

「な、なんだ!」

 

「……デカい!」

 

突如降り立った大柄の男

 

「久しいな、元気だったか?」

 

「……コクリ」

 

「結構、じゃ、状況はわかるな」

 

「コクコク」

 

フルフェイスのヘルメットを被ったあからさまに怪しい誰か

ストレイドの言葉に言葉を発さず、首を縦に振って答える

 

「今度は誰よ?」

 

「ワイルドキャット、安心しろ、こいつは冷静で気が利く奴だ」

 

ワイルドキャットと呼ばれた男がリーダー達の方を向く

 

「……なんだ、一体――」

 

少し、体を前に傾ける

 

「――何を……!」

 

そして、姿が消える

 

「……はやっ!」

 

否、消えたのではない、動いたのだ

 

「……馬鹿な」

 

取り巻きたちに向けて、高速の突進を放ったのだ

 

「いいタックルだ、だがやりすぎるな、殺しは無しだ」

 

「…………コクリ」

 

もろに食らった取り巻きたちは宙に浮き、ぼとぼとと落ちてくる

ピクリとも動かない、気を失っているらしい

 

「ほら、行くぞ」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

彼が突撃を放ったところに道が出来る、包囲が崩される

 

「――逃がすな!」

 

追手が逃がすまいと動く、が

 

「……………………」

 

「くっ!!」

 

ワイルドキャットが立ちふさがる

先程の攻撃を見せつけられた彼らは迂闊に動けない、睨み合いが始まる

 

「……さっきの二人が霞むほど強いんだけど」

 

「別にあの二人も弱くない、ただ得手不得手の問題だ」

 

「…………ホント?」

 

「ホント」

 

走りながらストレイドが振り向く

 

「キャット、適当に時間を稼げ。で、数をある程度減らしたら撤退しろ」

 

「……………………」

 

彼は何も言わず、代わりに任せろというように手を上げる

 

「……ねえ、喋れないの? あの人」

 

先ほどから一言も発さない彼を不審に思ったのかストレイドに問いかける

 

「いや、話せはする」

 

「……どういうこと?」

 

「何、喉をやられたのさ、戦争で」

 

「…………そう」

 

「気にするな、話そうと思えば話せるし、コミュニケーション手段は幾らでもある」

 

「随分、あっさりしてるのね」

 

「キャットが気にするなって言ったんだ、ここで気に掛けたらあいつが気に病む」

 

「……………………」

 

「そんなに気にするな、ほら、さっさと行くぞ」

 

「……わかった」

 

一先ずの難は逃れた、この後どう転ぶかは、ネストと彼女次第だろう

 




 
アークナイツは三つのナイツに分かれている

一つ、硬派ナイツ

二つ、軟派ナイツ

三つ、エッチナイツ

この三つだ

例え二次創作だろうと、この概念は歪められない




あれ、私のどれ?



AC用語解説

ワイルドキャット

初代AC、ACNX、この二つに出てくるレイヴン
とあるミッションに出てくる強化人間施術を受けた人物
初代の時点だと爽やかな青年、機体名、人物像、エンブレム
はえ~、となるぐらいにはかっこいい要素を持つ、が
ACNXにて、旧作のミッションリメイクという形で二度目の登場
彼に名残は残されていなかった、変わり果てた姿で登場することなる、軽くトラウマ

『貴様は、あの列車の……好都合だ、決着をつけてやる!』

『私は……何かされたようだ…………人間でなくなってしまった……』

MOONLIGHTをブンブンしないでください!

 フラジール

逆流王子、二度目の登場、まさかまた出す羽目になるとは思わなかった
とあるレギュレーションで手が付けられなくなるほど早くなるやばい奴
通称、穴、機体がそう見えるから付いた愛称?です、調べてみてね


 オッツダルヴァ

ACfAに出てくるリンクス、機体名ステイシス
自信家の毒舌屋、結構強い、でも機体コンセプトに武器があってない
どっかの赤い弓兵みたいな声をしている
通称、水没王子、乙

『政治家共……リベルタリア気取りも今日までだな』

『貴様らには水底が似合いだ』

『いけるな? フラジール』

『ふぁい☆ そのつもりです』

『ふん、それはよかった』

『じゃ、いこうか』



『ホワイトグリント、大袈裟な伝説も今日で終わりだ』


その後、乙は水没、穴は逆流することになる


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Dark Raven

追いかけっこが始まって数十分

 

「はあ、はあ、はあ、はあ…………」

 

「ふむ、ワイルドキャットは良い仕事をしてくれる」

 

二人は集団から抜け出すことに成功していた

 

「はあ、よし、あいつらはこっちを見失った、今の内に遠くに――」

 

そう言ってセラフィムが更に距離を離そうと動き

 

「駄目だ、ここから歩き」

 

「はっ!? なんでよ!?」

 

ストレイドに拒否される

 

「なんでって、ゲームだからだよ」

 

「説明になってない!」

 

セラフィムとしてはさっさと逃げたい、これが本心だ

元々荒事には馴れていない、あんな大勢に追いかけられるなど初めての事なのだ

ここでのんびりしている暇はない、優位に立てるように動かねば捕まってしまう

 

「説明、いるか?」

 

「ええ、お願い、じゃないと殴る」

 

「血気盛んだねえ、殴り合いにした方が楽しかったかもしれん」

 

だがこの男は悠長に構えているつもりらしい

意味がわからない、自分が死ぬかもしれないというのに何故そんな余裕でいられるのか

 

「さっき言ったろ、これはゲームだ」

 

「……闇のゲームか何か?」

 

「いや、そこまでのものじゃない」

 

「命賭けてるのに?」

 

セラフィムもゲームのルールは理解している

とても常識から離れたルール、非情で無情、そんなもの

彼がそんな形式にした理由が彼女にはわからない

 

「なんで殺す選択肢になるのよ?」

 

「なんでって、丁度いいからだよ」

 

「何が」

 

「邪魔者の排除に」

 

「……何? 私にやらせようってわけ?」

 

「そうだな、そういうことだ」

 

その言葉を額面通りに受け取るなら、代わりに始末させようという事

 

「………………!」

 

彼女の心に苛立ちが募る、これは求めていた展開ではない

彼女はただ大切な人の生死を知りたかっただけ、それだけの話だった

それが何故こんな事になっているのか

 

「まあ怒るなよ、必ずしも殺せって訳じゃないんだから」

 

「……それが不正解なら、負けなんでしょ」

 

「ああ、さっきの話はお流れだ」

 

自分の為に人を殺せ

 

ストレイドの提示したルールはそういう事

知りたい情報の為、故も知らぬ人を殺せという事

 

そんなもの、受け入れられるほど彼女の心は壊れていない

 

「狂ってる、あなたは」

 

「狂ってる、俺はな」

 

世界で起こる紛争に現れ、終結に導く組織

無駄死にを出さぬ為、自ら火中に飛び込む火消しの風

それが、レイヴンズネスト、彼女はそう聞いていた

被害が増えぬよう最善と最適を組み合わせた策で襲い掛かる正義の味方

救われるべき誰かを想う、そんな集団だと

 

「よくも付いていけるわね、あの人達」

 

「そうだな、勝手に付いてくる、暇な奴らだ」

 

まるで義賊のような、夢物語がそのまま出てきたような組織

 

「…………クソ」

 

「こら、下品な事を言うな」

 

だから来たのだ、素性のわからぬ組織でも信念があるのだと

 

なら、きっと人の願いに応えてくれると

 

「……クソッ!」

 

「ご立腹だな、勝手に希望でも抱いてたのか」

 

この男の言う通り、勝手な希望

なんの根拠もない独りよがりなもの、ここで彼を責める資格はない

だが彼女は人、何の歪みもなく、淀みのない普通の人

ここで納得できるほど出来てはいない

 

「……あなた達に頼ったのは間違いだったわ」

 

「ああ、お前の中でそうなら、間違いだ」

 

怒りが滲み出る、飲み込んでいられるほど小さい怒りでは無いのだ

彼女は確かに夢を見た、そうするだけの道を歩んできた

その道程を、微かな希望を否定された

そんな何とも言えない感情が彼女を包んでいく

 

「…………この勝負、私は降りる」

 

「ほう、そうか」

 

勝負の辞退、彼女はそれを選んだ

ここで人殺しに加担するようなら引いた方がいい

それは彼女の善性の現れだろう、自身の勝手な事情で人を殺すなど出来ないと

 

「私は狂人じゃない、あなた達ネストのような、殺人鬼とは違う」

 

「そうか」

 

ストレイドから離れ、この場から消えようとする

 

正しい決断だ、本来ならここで引くことは許される

 

「……何よ」

 

「いやなに、大事な事を忘れてるようなんでな」

 

「何を――」

 

この男の前でなければ

 

「――――っ!」

 

ストレイドが前に立つ、彼女が逃げれぬよう、前に

 

「俺は言ったぞ、受けるなら、開示する」

 

その手には銃が握られていた

 

「……口封じかしら」

 

「いや、ルール違反は許さない性質なんだ」

 

照準はセラフィムに向いている

 

「セラフィム、お前は理解していたな、逃げ場はないと」

 

「傲慢ね、自分の為なら何をしても許すタイプかしら」

 

「ああ、そんな感じだ」

 

逃げ出すことは許さない、これが彼の意思だ

 

「そうまでして殺しがしたいなら自分でやったらどう?」

 

「お前が受けなきゃ、自分で殺ってた」

 

「なら――」

 

「だがお前は受けた」

 

「……………………」

 

「お前の意思で、乗ることを決めた」

 

「……何が言いたいの」

 

セラフィムの反応に、銃を下す

 

「何、責任を取れ、それだけだ」

 

「なんのよ」

 

「この騒動の」

 

「あなたが始めたことでしょ」

 

「そうだな、だが俺はちゃんと拒否権は用意しておいたぞ」

 

「……………………」

 

「受けるかどうか、確認はした。なんなら念も押した」

 

「……なんの」

 

「危険性の」

 

「いつ」

 

「秘密と言ったろ」

 

「それのどこが念よ、忠告にもならない」

 

「なるさ」

 

銃を仕舞う、まっすぐにセラフィムを見据える

 

「セラフィム、秘密とはいつも危険を纏うものだ」

 

「……危険?」

 

「そう、隠さなくてはいけない真実、人目に見せていけない悪心」

 

「……何? あなたの価値観じゃないの、そんなものを聞かされる訳?」

 

「まさか、俺は客観的な意見を述べているだけ」

 

「どこがよ、全ての秘密が危ういものな訳がないわ」

 

「ほう、例えば」

 

「……そうね、財宝のような、甘い物」

 

「他は」

 

「…………誰かの夢になってくれる、優しい物」

 

「ふむ、随分人らしい、まともな意見だ」

 

「笑うの? 下らないと否定する?」

 

「いや、笑わない」

 

「……なら、その憎たらしい笑みを消して」

 

怒りに震えるセラフィム、その視線の先ではストレイドが笑っている

どこか不敵な、何を考えているのかわからぬ笑み

邪悪に塗れた黒い男、唆すように、言葉を続ける

 

「セラフィム、お前は噂で来た、そう言ったな」

 

「ええ、不思議な組織がいる、そう聞いて」

 

「なら、それが間違いだ」

 

「……でしょうね」

 

彼女がネストを頼ったのは噂で聞いたから

世界に散らばる渡り鳥、目的のわからぬ傭兵団

わかっているのは、戦争を終わらせようとする、変わった思考

その頂点には、死を告げる鳥がいるという

 

そもそも存在の仕方からおかしいのだ

戦争を否定する割には導くのが殺しの権化、彼らが争いを止めるならその長に目が向けられる

真っ先に淘汰されるべきはこの男、その筈なのだ

 

「不明瞭な部分が多いと、思わなかったか」

 

「ええ、随分秘密が多い、そう思ってはいた」

 

なのに、彼に刃は向けられない、代変わりしたという話すら出てこない

いつの間にか囁かれるようになった時から、何も変わらない

 

「それが、その秘密の存在自体が、忠告なんだよ」

 

「関われば、只では済まない、そういう類の秘密だった訳?」

 

「そ、忠告などとうにしている、この世界全てに向けている」

 

存在だけしか認知されていない不明瞭な組織、それがレイヴンズネスト

 

その真意は、闇より暗いベールに包まれている

 

「……私は、随分愚かな真似をしたようね」

 

「ああ、随分デカい賭けに出た、大したもんだ」

 

彼を睨み付ける、ストレイドは、動じない

 

「さて、否定されてばかりじゃやる気も失せるだろう、細かなルール説明をしてやる」

 

「……いまさらしても遅いわ」

 

「まあまあ、聞けよ、損はしない」

 

ストレイドが指をさす、セラフィムの遥か後ろ

そこにはスーツの男達が近づいて来ている

 

「まず一つ、奴らの勝利条件は俺とお前のどちらかが捕まるか」

 

「捕まったら、あなたが殺される」

 

「ああ、お前が死ぬかは奴らの機嫌次第だ。殺されることはまずないだろう」

 

それが彼女の敗北条件、勝負に降りるといった以上ここで投降しすればストレイドだけが犠牲になる

ある意味では合理的、このある種の裏切りに対する報復にもなる

ただ、それが意味することは、結局変わらない

殺す者が違うだけ、殺し方が違うだけ

結局選ぶのは、彼女なのだ

 

「……意地悪ね、あなた」

 

「よく言われる、さて次はお前の勝利条件だ」

 

セラフィムに指をさす

 

「お前の勝利条件は奴らのリーダーに向けて引き金を引く、解答権は一度だけ」

 

「殺すかどうか、それで決めろと」

 

「そうだ、決定権は、お前にある」

 

「正しい回答はあなたの胸の内、ハードにも程がある」

 

「そうでもない」

 

手を下す、説明は終了したようだ

 

「……どっちに転んでも最悪よ」

 

「ああ、回答次第じゃそうなる」

 

この勝負、どのみち救われない、どう選んでも碌なことにならない

負ければ言わずもがな、彼は死に、彼女の捜し人は非現実的なことになる

勝てば、撃てば、人が死ぬ、撃たなくても、その後の展開では撃ちあいが始まるかもしれない

そうなれば負けるよりも人が死ぬ

これは重い選択だ、常人が選べるものではない

 

彼女には、荷が重い

 

それを察したのか、ストレイドが話し出す

 

「萎えてるな」

 

「……萎えもするわ」

 

「なら、ちょっとだけやる気にさせてやろう」

 

「…………何を」

 

顎で後ろの集団を指し示す

 

「奴らが俺を殺しに来たのは、大金の為」

 

「……………………」

 

「金の為に、殺そうとしてる。そこにはどんな理念があるだろうな」

 

「……あなたのような、碌でもないものよ」

 

「そうだな、だがお前はどうだ」

 

「…………私?」

 

「ああ、お前は何の為に来た、何を成しに来た」

 

彼女がここに来た理由、それは

 

「想い人を捜しに来た、違うか」

 

大切な人を、捜しに来た

 

「……恋人ではないわ」

 

「そうか、でも、想ってるんだろう?」

 

「ええ、それだけ、大事な繋がりなの」

 

「それを、そんな奴らに踏みにじられたいか」

 

「……………………」

 

「金の亡者に、断たれたいか」

 

「……まさか」

 

セラフィムが一度後ろを振り向く、そこには追手がいる

 

「どうする、まだ走るか」

 

「……そうするしか、今は出来ないわ」

 

前に向き直る、正面を見据える

 

「なら、行こうじゃないか」

 

「そうね、まずは考える時間を作りたい」

 

折れる気はない、降りる気はない

 

彼女は、戦うつもりらしい

 

「いいだろう、楽しくなってきた」

 

「あなただけよ」

 

そうして動き出そうとして

 

「ああ、セラフィム、一つだけ訂正だ」

 

「何をよ」

 

ストレイドが少し、強い口調で言う

 

「確かに俺は殺人鬼だ」

 

「……そう」

 

「だが、奴らは違う」

 

「奴ら?」

 

「ああ、渡り鳥、そう呼ばれる奴らはけして無情な人殺しじゃない」

 

「……………………」

 

「ネストに罪人は、一人だけだ」

 

「それは、誰」

 

「決まってる、渡り鳥の群れを先導する者」

 

「……レイヴン」

 

「そうだ、渡り鳥の導き手が必ずしも、渡り鳥とは限らない」

 

「なら、なんだって言うの」

 

「ただの鳥だよ、死を告げる、凶兆」

 

「……………………」

 

「何もかもを殺し尽す、死の代弁者」

 

 

 

 

「黒い鳥、渡り鳥の、紛い物だ」

 




ちなみにRaven'Nest自体は短いです(予定)
ただこれが終わるとあっちのギャグ時空がレパートリーが増えます
選択肢が増えます、私が楽になる


アークナイツとACのクロスオーバー、増えませんかね……

艦COREみたいな感じで、ACナイツとか

…………無理か


前回の! ACじゃない用語解説ー!

 ムーンライター

噛み砕いて言うとフリーター
正確には二重就業者、本業の後深夜から早朝までの間に副業をこなす人
わかり易い例を挙げると、深夜バイトする学生


 三連装の銃

筆者の趣味、残念ながらACの代物ではない
ほにゃららハザードに出てくる三連射ショットガン、フラグ弾が撃てるかは不明
別に筆者がバイオ好きという訳ではない、銃のデザインがドストライクだっただけ


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Fall

「……これで今日は終わり、と」

 

同時刻

 

バイソンはとある理由で裏路地を訪れていた

 

大した理由ではない、ちょっとした仕事の都合でここを通っていたのだ

 

「しかし、随分持たされたな……」

 

フェンツ運輸を介してロドス・アイランドに所属する重装オペレーター、フェンツ運輸とペンギン急便の橋渡し役を担う若者だ

博識で真面目な子、常に冷静な苦労人

いつも誰かさん達の尻拭いをさせられている印象しかない彼だが実力は確かなものがある

年の割には落ち着いた少年、評判はそんなところだろう

 

そんな彼が何故ここにいるか、それは

 

「遅くなっちゃったな……」

 

ホントにちょっとした届け物、手紙をペンギン急便のとある人物に届けていたのだ

フェンツ運輸の役員としての顔を持つ彼、二つの会社の関係を良好に保つため時折こういった雑務をこなすことがある

今日もそんな日々の中にいた、思ったより時間が掛かって近道をしようとここを通っていたのだ

 

「……これ、食べきれるかな」

 

そんな彼の腕にはいくつかの袋がある

小さなビニール袋にパンパンに入った菓子類

 

「どうしたらこんな物思いつくんだろ」

 

それらに比べて飛び切り目立つ彼の上半身ほどの大きな何か

大きな包装ビニールに包まれたデカい菓子、表面にはこう書かれている

 

『OIGAMI』

 

有澤製菓が誇るう○い棒である

 

これは彼が好きで買ったわけではない、というか余程の強者でなければ買わない

何故こんなものを持っているかは先のペン急と雑務に関係がある

彼はその立場上ペン急の職員たちと関わりがある、となればあの変人たちとも関わりがある

アップルパイとか叫ぶトリガーハッピー、肉と書かれたシャツを着こむ貧乏人

歌って踊れるナマ○テアイドル、無口で怖いなんだかんだ常識人のワンちゃん

変人の集いである、一人まともだが

 

そして彼がこんな極太な菓子をもっているのはとある狼が原因だ

曰く

 

『買ったはいいが、思ってたよりもデカかった』

 

とのこと、要は押し付けられたのだ

確かに女性が平らげるにはデカい、胃袋よりもデカい

到底腹に収められるとは思えない大きさの菓子、それがOIGAMI

 

キャッチフレーズは『正面からいかせてもらおう、それしか能がない』

 

一本、なんと2000円! 値段に見合う味と量だとか

 

「食べられないなら買わなきゃよかったのに」

 

若干厄介なものを押し付けられた当人は大事そうに抱えながら裏路地を歩く

多分、日頃の労いだろう

フェンツとペン急を行き来する彼を彼女はよく見ていたのだろう

普段から何も考えていないと自分で言っている狼だが優しい時は優しい

でなければ普通の菓子もついては来ない

それを理解してるからか、特別文句も言わず受け取った、あと意外と楽しみにしてる

何だかんだで高価な代物だ、食べてみたいという気持ちはあったのだろう

 

そんな少年らしい感情を溢れさせながら路地を歩く、すると

 

「ん?」

 

複数人が走る音、誰かが叫んでいる声

 

「……んん?」

 

それが、こっちに近づいてきていることに気が付いた

 

「なんだろ、何かあったのかな」

 

他人事のように考え曲がり角に近づいていく

 

「「邪魔するわ(ぜ)!」」

 

「わあっ!」

 

その角から二人の人物が飛び出てきた、セラフィムとストレイドだ

勢いよく飛び出た二人はバイソンの両隣をすり抜けて走っていく

 

「えっ、ちょっと?」

 

そんな突然の事態に驚き硬直する、その様子に気が付いたのか

 

「フォルテの少年、横に逸れておけ、巻き添え食うぞ」

 

「へ?」

 

ストレイドが忠告する、いきなり言われて言葉の意味がわからなかったのか生返事をする

 

そして、気が付く、まだ足音が迫ってきていることに

 

「「「待ちやがれ!!」」」

 

「えぇぇぇぇぇぇ!!」

 

彼女たちを追っていたスーツの面々が角から出てくる

それに直面し思わず走り出す

 

「ちょちょちょちょ! なんですこれは!」

 

「おう、こっちくんなよ」

 

何故か先に行った二人の傍に

 

「なんですか! 何があったんです!」

 

「お前さんには関係ないよ」

 

二人に並ぶ、そのまま横一直線で走り続ける

 

「ちょっと、自分から巻き込まれに来るとか正気!」

 

「いや、正常な判断が出来るような状況じゃなかったので!」

 

「おーおー楽しい少年だねー、普段から面倒ごとに巻き込まれてそうだ」

 

「ええ、よく巻き込まれて――あれ?」

 

そしてようやく気づく

 

「あなた、偶にロドスに来てる……」

 

「ん? そういやお前、見たことあるな」

 

「え、何? 知り合い?」

 

バイソンがストレイドの存在に気づき、ストレイドもどこかで見た顔だと首をかしげる

 

「あの、ストレイドさんでしたよね? 確か」

 

「ああ、奴らの作戦中に時折見かける坊やじゃないか」

 

「暢気ね、随分……」

 

セラフィムが後ろを見る、スーツの追手達が変わらず迫ってきている

こんなのんびり話している暇はない、にもかかわらず二人が話し続ける

 

「作戦行動中に各隊の所に前触れもなく現れる傭兵の」

 

「そうだ、しかしよく覚えてるな」

 

「ええ、だって衝撃的でしたし、さっきまで誰もいなかったのにいきなり後ろに居たりするんですから」

 

「ふむ、エンタメ性も高すぎると逆に毒だな」

 

「一体どうやってるんです? 目撃しない限りは教えられないってドクターに言われるんですけど」

 

「そういう秘密って事さ、あまり気にするな」

 

「少しは必死になってくれないかしら」

 

その場にそぐわぬ会話を繰り広げる

緊張感は相変わらず彼にはない、バイソンは先の一件と普段のペン急のハチャメチャに慣れたせいで余裕がある

実戦経験の差だろう、セラフィムもそこまで慌ててるわけではないが

 

「それでどうしてこんなことに?」

 

「何、ちょっとした遊びだよ」

 

「またですか?」

 

「そ、また」

 

「……普段からこうなの? この男」

 

「え? ああ、はい、そうですね、それであなたは……」

 

「セラフィム、よろしくしたいなら好きにどうぞ」

 

「はい、バイソンです、よろしくお願いします」

 

「礼儀はいいよな、お前さん」

 

「褒めても何も出ないわ」

 

自己紹介を交わす二人、その後ろから声がする

 

「何暢気にくっちゃべってやがる!」

 

「こっちが一所懸命走ってるてのに!」

 

「なんでそんな疲れてないんだよ!」

 

「……あれ? 疲れてない? あいつら」

 

スーツの男たちから悲痛な声が上がっている

見ると各々速度こそ維持しているがフラフラしている者も出てきている

スタミナ自体は少ないらしい

 

「みたいだな、どうやら運動は慣れていないのか」

 

「そもそも誰に追われてるんです?」

 

「「さあ」」

 

「……ええ」

 

この追いかけっこ、ルールこそ設けられたが実は相手が誰かはっきりしていない

 

「殺し屋じゃないの?」

 

大胆な殺害予告、銃、事前にストレイドの正体を知っていたこと、ネストの存在を知っていたこと

今日、あの店で集会があるという事

それらを知っている点ではその手の類だとセラフィムは判断している

 

「いや、違う」

 

「は? じゃあ誰よ」

 

「さあ」

 

だがストレイドから見ると違うらしい

なら彼らは何者なのか

 

「恐らく、カタギだ」

 

「はっ?! 銃持ってるのに?」

 

「そうだな、銃持ってるのにだ、変わってるな」

 

「え、銃持ってるんですか?」

 

「大丈夫だ、どうせ奴らは使いこなせん」

 

「なんでそう言いきれるの」

 

「理由は二つ」

 

指を二本立てて言う

 

「一つ、まず情報の割にやり方が杜撰」

 

「杜撰、ですか?」

 

「ああ、俺たちはあるバーで奴らと遭遇した」

 

「バー、てことはお酒飲んでたんですか?」

 

「そうだ、これが終わったら飲み直すかね、お前もどうだ、坊や」

 

「僕、未成年です」

 

「なんだ、残念」

 

「話がずれてる、脱線しないで」

 

「へいへい、まあ奴らはネストが来る事を知っていた、俺の事も知っていた、ということは裏に繋がってる可能性がある」

 

「でしょうね」

 

「ネスト?」

 

「気にするな、それでどうだ、奴らは囲んで銃を突きつけただけ、万が一包囲を突破されたことも考えず全戦力をバーにいれていた」

 

「え、そうなの?」

 

「そうだよ、じゃないと店を出た時点で逃げ切れるわけがない、俺なら外に配備する、さらには撒かれた際の捜索班も用意する」

 

「だけど奴らは配置してなかった……」

 

「つまり、どういうことです?」

 

バイソンの発言に不敵に笑い、手を伸ばす

 

「こういうこと」

 

「あ」

 

その手は彼の手からあるものを奪い取る

 

それはOIGAMI、60㎝はあるう○い棒

それを手にし足を止め、追手の方に振り返る

 

「ストレイド! あなた、何をする気!」

 

「何、ちょっとしたお手伝いさ、お前が答えを出すためのな」

 

片手でOIGAMIをやり投げのように構える

 

「あ、ちょっと――」

 

バイソンの静止も聞かず、それを投げ打つ

 

「ああっ! 一本2000円が!」

 

「高!」

 

無情にも飛ばされた2000円が追手の集団に直撃する

 

「ぐわあ!」

 

「でけえ菓子が飛んできた!」

 

先頭に当たり、被害者が倒れる

それに足を取られ後続が転んでいく

着弾したOIGAMIもそのまま転がりさらに被害を増やしていく

 

放たれたものは浪漫なのだ、掠り傷では終わらない

 

追手の足が一時停止する

 

「ビンゴ、良いものを作ったな、奴も」

 

「僕の老神が……」

 

「酷い事するわね」

 

「気にするな、俺の車に数本同じものがある、今度やるよ」

 

「なんであるの?」

 

「ちょっとした関係さ」

 

追手が突然の攻撃に困惑しているのを確認し3人が更に距離を開く

 

「で、今のどこが理由なの」

 

「みてわからんか、立て直しが遅いだろ」

 

「ああ、確かにそうですね、陣形の再編成が遅い」

 

「お、わかるのか坊や」

 

「これでそこそこ、指揮の経験はあるんです」

 

「人材に恵まれてるな、あの船は」

 

OIGAMIのある意味での超火力によって翻弄された追手達はお互いに足を引っ張りながらなお追って来ようとしている

執念こそ見張るものがあるが逸るせいで上手く動けていない

 

「あれがまともな軍人とか業者ならあそこまでもつれない」

 

「そうですね、隊長クラスの人もいないんでしょうか」

 

「いや、いる」

 

「あれ? ならあの場を納めるんじゃ……」

 

「そういえばあのクランタいないわね」

 

ようやく体勢を立て直そうとしている追手の中にあのクランタがいない

彼はリーダー格と思しき存在、なら連携を取ろうとするはず

 

「ふむ、どうやら馬鹿ではないらしい」

 

「なんのことよ」

 

「気にするな、それで二つ目」

 

「ええ、で、何?」

 

「これは簡単、あいつら銃持ってたろ」

 

「そうね、持ってた、それであなたに突きつけてた」

 

「それがおかしかったんだ」

 

「どこが?」

 

「決まってる、暗殺なら姿をさらしてまで撃つ理由がない」

 

「……暗殺者なら、って事?」

 

「そ、だが奴らは姿を見せた、俺に確認を取ってから銃を抜いた」

 

「なんかこう、愚策、と言っていいんでしょうか」

 

「その通りだ坊や、将来仕事が出来る男になりそうだ」

 

「あ、いや、ありがとうございます……」

 

褒められたことに赤面しながら礼を言うバイソン

 

「……随分、扱いに差があるわ」

 

それを見て何か違和感を感じるセラフィム

この違和感は当然だろう、彼女に対するストレイドの態度は少し高圧的

少なくともバイソンのように優しくはされていない

その差に対する嫉妬の類ではない、どこかおかしいのだ

少し前、彼は無情な殺人鬼だと言っていた、彼女もそう苦言を呈した

なのに、随分柔らかい

 

「どうした、人の顔を見て」

 

「……いえ、なんでも」

 

彼女に対しても上から目線と言うだけで実際手酷いことを言われたわけではない

軽い誘導詐欺にこそ引っかかったがなんだかんだで彼自身がルールにのっとっている

追手が勝ち目があるようにけして撒ききらず、彼女にも勝ち目があるようにサポートは切らさない

ゲームと呼ばれる盤面を崩さない

 

「……………………」

 

それが意味することは何か、彼女には理解できない

 

「ねえ――――」

 

彼に追求しようと話しかけるが

 

「追い込んだぞ!」

 

「お、来たか」

 

「あ、ちょ、増援ですか?」

 

「…………クソッタレ、空気を読みなさい」

 

前方から例のクランタが迫ってきていた

どうやら回り込んできていたらしい

 

「ストレイドさん、どうするんです?」

 

後ろを振り向く、追手も流石に立て直して迫ってきている

挟み撃ち、逃げ場はない

 

「さて、どうするかね」

 

いつの間にかこの状況に馴染んだバイソンとストレイドが冷静に相談し始める

 

フォルテの少年、まだ幼い顔立ちの彼を知る人

作戦行動と言っていた、なら共に戦ったことがある

つまり、この男が傭兵だと知っている

 

「……判断するには、まだ早い」

 

なら彼が殺人鬼だと知ってる可能性もある

その割には温厚に接している、怯えるような様子は見られない

 

「……………………!」

 

そこで一旦思考を止める

周囲を見渡す、すぐ横に高い建物がある

 

「おい、セラフィム、どうした」

 

三連装を取り出す、弾を込める

 

「え、セラフィムさん、何を――」

 

建物のドアに向けて、発射する

 

重たい銃声と金属の砕ける音がした

 

「…………ええ」

 

「まあ、うん、マスターキーだしな、使い方はあってる」

 

「上に上がる、付いてきなさい」

 

「はいはい」

 

中に入り階段を駆け上がる

セラフィムの後ろをストレイドとバイソンがついていく

 

「で、どうするんだ」

 

「黙って付いて来て」

 

このまま上がっても追手が追いついてくる、これは良い判断ではない

だが彼女には何か考えがあるらしい、屋上まで上がっていく

 

「ここからどうするんです?」

 

「そうね」

 

バイソンの問いに適当に返しながら周りを見る

そこそこ高い建物、路地を一つ挟んだ向こう側に同じぐらいの建物が見える

 

追手の足音が近づいてくる

 

「さて、どうする」

 

言いながらストレイドが一瞬光を散らす

 

「こうする」

 

「――何?」

 

瞬間、赤い光が迸る

 

「へ?」

 

「捕まって、二人とも」

 

「あ、おい」

 

セラフィムの体から火の粉のように光が舞い散る

 

二人の手を強引に掴み走り出す

 

建物の端、先ほど狙いを付けた建物に向けて

 

「まってください! まさか飛ぶつもりじゃ!」

 

「そのまさかか」

 

「そうよ、手を離したら死ぬわよ!」

 

足を踏ん張る、速度を維持したままコンクリートを蹴りつける

 

「行け!」

 

「ひっ!」

 

「…………ふうん」

 

跳躍、赤い天使が空を舞う、バイソンとストレイドを引き連れて

 

どこかで見たような粒子を漂わせながら

 

そのまま向こうの建物に近づいていく、そして

 

「ぶへりゃ!」

 

「ぼむぅ!」

 

「よっと」

 

着地、墜落、横転、三者三様の対応を示す

 

「…………いったぁ…………!」

 

「は、鼻が…………」

 

「…………今のは」

 

セラフィムとバイソンは着地に失敗し蹲る、痛かったらしい

その様子を一人眺める男

 

「……まさか、まさかな」

 

先程の現象、この男には、馴染みのあるものだ

酷く、馴れしたんだものに近かった

 

「クソ……これだからアーツは嫌いなのよ!」

 

「いまの、セラフィムさんの、ですか?」

 

「そうよ、まだあと一回制御しなきゃってのに」

 

「あと一回?」

 

「ええ、立ちなさい坊や」

 

「あ、ちょっと!」

 

もう一度バイソンとストレイドの手を掴む

 

「今度は何するんだ?」

 

「飛び降りる」

 

「ここから?!」

 

「そう」

 

再び光を散らす、そして勢いよく屋上から飛び降りる

 

「わあああああああ!」

 

「今度こそ着地できますようにー!」

 

「……ふん」

 

その後、二人分の悲鳴が上がることになる

 




ドクター「エクシア、トランザムだけは使うなよ!」

エクシア「了解、トランザム!!」

アンブリエル「狙い撃つぜえ!」

セラフィム「目標を破砕する!」

代役、迷子「乱れ撃つぜえ!」

アンブリエル「ちょっと、それワタシのセリフー」

代役、迷子「悪いがガンスリンガ―なんだ、飛翔はしない」

ドクター「○リオス枠は来るだろうか」

来ないね、ここでもハブられるのだろうか

とりあえず結果が見えてるアンケートは終了、朝か昼ぐらいに出るよう投稿予約で出すようにします
もしかしたら夜遅くに出すかもしれない、はたまた今まで通りかもしれない
正直時間を固定する理由はないんですよね、投稿タイミング任意で決定できるし

ところで別の小説サイトに同じ小説を投稿するのって何か利点があるんですか?
私、ネットの事はよくわからなくてあまり理由がわからないんです
物知りな方、教えてください

後、ACナイツというタグを追加しました、ないなら私が先駆けになればいい

AC用語解説

有澤重工

ACfAに登場する我らが変態企業、この小説ではわけあって菓子会社になってしまった
申し訳ない、特徴としては実弾防御の高い重装甲のパーツを売っている企業
実弾武器ではトップの火力を誇るグレーネードランチャーも制作している
そしてガチタン

ガチタン


       ガ    チ    タ    ン


( ´神`)の御意思はここにある


OIGAMI

有澤重工が誇る最高傑作、ACfAに出てくるグレーネードランチャー
万を超えるダメージ、変態じみた排莢動作、そして報酬金全てを掻っ攫う弾単価
無駄に長い射撃準備と連射速度の低さが目立つがそれらのリスクが霞むほどの浪漫がここにある、さあ皆も撃ってみよう!

太くて硬くて暴れる主砲、これでどいつもお陀仏だあ!

最高だぜ、有澤重工


ACじゃない用語解説

マスターキー

基本的にはあらゆる扉を開くカギを指す
だがこの場合、ショットガンの総称を指す、と言うのも軍や警察の作戦行動中、鍵のかかった扉に出くわすことがある、それをいちいちピッキングで開けていても時間が掛かるだけ、その開錠の時間を短縮するためしばしばドアのカギをショットガンで破壊することがある、これが時折ショットガンがマスターキーと呼ばれる所以

ちなみにソードバレルオフと呼ばれる銃身の短いタイプのショットガンが本来呼ばれる代物、携帯性の高さ、所持者の機動性を損なわぬ重量、ホルスターに差し込んで置ける取り回しの良さ、あらゆる扉を(物理で)開錠する様は確かにマスターキー
最近はショットガン自体がマスターキーと呼ばれている気がする


ソラのダンスがナマステにしか見えない


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Stay & Go

「へー、あなた、フェンツ運輸の御曹司なの」

 

「はい、そこまで父に甘えている訳ではないですが……」

 

建物から飛び降りをかました数分後

 

「立派じゃない、誇れる息子を持ったものね」

 

「いえ、未だ父には及びません」

 

セラフィムとバイソンは世間話に興じていた

 

屋上からの飛び降り後、不時着したセラフィム達はそのまま逃走しようと企てていた

建物を一つ挟んだ路地に避難し追手もすぐには追いつけない状況、そこから更に行方をくらませればそれでこの騒動は終わり、命の危機からは抜け出せる

だがそれをある男が止めたのだ、つまらない終わり方だと

 

「それで、将来はお父さんの後を継ぐ、ていう設計かしら」

 

「それはまだ決めることじゃないですし、僕に父の代わりが出来るかは自信がないので……」

 

「あらそう、頭は回る方だと思うけど」

 

それで仕方なく彼らが追いつくのを待つことにしたのだ

追われる側が追う側を待つなど前代未聞の話だがそれが最良だと説き伏せられた

彼女自身、納得は未だに出来ていないが事態収拾の最適解であることは間違いではないのだろう

 

「誠実な子ね、年の割には冷静だったし」

 

「そんな褒められるようなことじゃないですよ」

 

「いいえ、胸を張れる事柄よ、ほらしゃんとしなさい」

 

「は、はい」

 

 

何も出来ずにいる鬱憤を晴らそうにもあの男に出来ることは恐らく存在しない、抵抗は許されず反撃も制限されるこの状況に苛立ちを募らせながら感情の抑制もかねてバイソンと時間を潰すことにしたのだ

 

彼がもっていた菓子を頬張りながら二人でなんでもない会話を繰り広げる、その近くには

 

「まったく、どこかの誰かさんにも見習ってほしいものね」

 

「ははは……」

 

一人、煙草をふかして黙りこくってる男がいる

 

「ストレイドさん、どうしたんですかね」

 

「さあ、高い所が苦手だったんじゃない?」

 

先ほどから彼はこの様子なのだ、奴らが来るまで待機と言ってからずっと煙草を吸っている

別に怪我をしている訳ではない、着地時に一人だけ無傷でいた男だ

六、七階はあったであろう高さから飛び降りて怖じ気つく男でもない、今までの行動を見てもそれはわかる、なら何故だんまりを決めこむのか、それが彼女たちにはわからない

 

「ねえ、あいつっていつもああなの?」

 

ああ、とはストレイドの予測のつかぬ自由気ままな所を言っている

この場において唯一彼を知っているバイソンに聞いてみる、二人の対応を見た限りは顔見知りらしい、問われたバイソンは少し考え

 

「大体あんな感じ…ですね」

 

「そう」

 

こう答える、バイソン自体彼と親しい訳ではない

ロドスの行動支援中に時折姿を見かけるときがあったぐらい、話した事も数度しかない

何やら不穏な話が付きまとう変人、という認識だ

 

「僕も話した事自体は少ないのでよくわからないんです」

 

「ふーん、なら何処で知り合ったか聞いていい?」

 

「え? ストレイドさんとですか?」

 

「ええ、嫌ならいいわ」

 

「いや、僕は構いませんが……」

 

バイソンは口ごもりながら少し離れた所にいるストレイドに視線を向ける

勝手に話していいか、という事だろう

人のうわさ話を広めるのとは違うが一方的に見聞きした話をすることになる、中には解釈の違う話題もあるだろう、そんな事を話していいのか気になったのだろう

話題の可否を求められたストレイドはひらひらと手を振っている、内容は聞いていたらしい、あれは構わないと、そういう事だ

 

「お願いできるかしら?」

 

「じゃあ、まあ、失礼して……」

 

バイソンはセラフィムに彼の知る限りのストレイドの人物像を話すことにした

 

 

……………………

 

 

「隊長、こちらが最後の目撃報告のあった所です」

 

「ああ、わかった」

 

彼女達が込み入った話を始めた頃、龍門近衛局の面々が裏路地に到達していた

 

「各員、近隣の住民から有益な情報を聞きだしてくれ」

 

「「「了解」」」

 

チェン率いる龍門警察、何故彼女たちがここにいるのか

少し前、市民から通報があったのだ、よくわからない集団が騒ぎを起こしていると

夜遅くにやかましいからどうにかしてくれと、そんな感じの通報があった

 

「相手は最後に建物の屋上から飛び降りた、とのこと」

 

「そうか、まあ奴ならできる」

 

「……そうですか」

 

ここにいるのは何人かの警察と、彼ら中でもエリートであるホシグマと

 

「しかし隊長、あなたが出てくる必要はなかったのでは」

 

「気にするな、丁度手が空いてただけだ」

 

龍門警察のトップであるチェンがやってきていた

 

「ですがこの程度の案件であれば小官だけでも対処は可能で――」

 

「気にするな」

 

「しかし、隊長の手を煩わせるのも――」

 

「気にするな」

 

「だからと言って――――」

 

「気にするな」

 

「……はあ」

 

通報の内容自体はチンピラが暴れて周っているようなモノだった

何かの破裂音が聞こえたとか、銃声が聞こえたとか

多少の危険性はあると思い何人かを連れて出動することになったのだが

 

「フフ、今度こそブタ箱にぶち込んでくれる……!」

 

「……………………」

 

だがそれぐらいであれば一般局員でも手に負える、なのに何故チェンがいるのか

それは通報にこんな情報が混じっていたからだ

 

赤いサンクタと人種不明の黒い男が何やら追われていた、と

 

「隊長、まだストレイド殿と決まったわけではありませんよ」

 

「そうだな、だが確実だ、私の勘がそう囁いている」

 

依然あった事件についてはホシグマも聞かされている

とあるテロリストの排除、それに合わせて起きた龍門内での発砲事件

それらにかかわっていた男と、その顛末

そして、彼が最後に何をしたか

 

「覚悟していろ、傭兵……!」

 

「……あまり私情は挟まぬよう、お願いします」

 

最初聞いた時は驚いた、内容も、報告の仕方も

なんせいきなり警察のトップが

 

『顔にドロドロした粘液をぶっかけられました』

 

なんていう報告がきたら驚くしかない、しかも報告主はロドスアイランド

信憑性が高かったせいで随分困惑した、その後被害者たちからの情報でタダのペイント弾と判明した、臭いこそ強烈だったが

 

そのせいだろう、ホシグマの隣では怒りをあらわにしているチェンがいる

彼女がここまで感情を表に出すのは珍しい、いつもは近衛局の顔として、エリートとして毅然とした態度を崩さぬ人なのだが

 

「隊長、せめて判断だけは冷静に願います」

 

「わかっている、そこまで溺れてはいない」

 

出動時、見たことない顔で出ていった彼女が不安でお目付を兼ねてホシグマは一緒にやって来た

警察としての立場こそ忘れていないだろうが何が原因で荒事になるかわからない

何より彼女は赤霄を持ってきている、その肩にぶら下げられた一本の剣は瞬く間に物質を両断するだろう、正直、ストレイド相手に抜かないか気が気でならない、それが本音だ

 

とりあえず最後の目撃地点でいくつかの情報を洗う

まず、これは取引か何かのイザコザで起きた出来事かもしれないという事

追われているのは赤と黒の二人組だという事

追手は銃を所持、二人組の殺害、もしくは危害を加えることが目的

そして――

 

「チェン隊長、ご報告が」

 

「なんだ」

 

「何やら詳細不明の第三勢力が存在しているようです」

 

その二人組に手を貸す何者か

 

「勢力…ということは組織なのか?」

 

「どうやらそのようで、二人組を支援している、と」

 

近隣と警官が集めた情報では二人組の味方と思われる勢力が存在する

彼女達が追いこまれた時に現れ、一方的に追手側を蹂躙したらしい

 

「その組織の目的は?」

 

「いえ、わかりません」

 

「そうか、引き続き捜査を」

 

「了解!」

 

報告を終え周囲の捜査員の所に戻る警察を見送りながら状況をまとめる

その組織は追手側に比べれば実力は上らしい、単騎で暴れ回り追手の半数を減らしたとか

だが彼女たちの味方というなら不自然だ、減らしただけで全滅はさせていない、とか

 

「隊長、どうみます」

 

「…………ふむ」

 

半分を簡単に潰せたならもう半分も問題なくやれるはず、にも関わらず組織は撤退したとか

 

「まるで遊んでいるようだな」

 

「と、言いますと?」

 

「何か、試しているようだ」

 

試しているとは、追手側をか

 

「こう、奴らを追う理由と、覚悟と、その真意、それらを見定めてるように思える」

 

「何のために、でしょうか」

 

「さあな、ただ……」

 

「ただ?」

 

腕を組み、いつかの出来事を見返すように目を細めながらチェンが言う

 

「あの男に、よく似てる」

 

「似てる、ですか」

 

「ああ、どこか目的が不明瞭で、なのに存在を開示し、状況を振り回すことに専念する。あの傭兵と似ている」

 

「ストレイド殿と関係があると?」

 

そう返すとチェンはしばらく黙り込み、思考に移ってしまう

一度置いておこうか、そう考え周囲の警官と同じく聞き込みに戻ろうとする

 

「ホシグマ殿」

 

「ん? オブライエン巡査部長か、どうしました」

 

すると一人の警官が近づいてきた

 

「一つ、小耳にいれておきたいことが」

 

「なんでしょう」

 

「例の組織、どうやらまだ出張るつもりのようです」

 

それはつまり、この先も引っ掻き回すつもりということだろう

 

「なぜわかるんです?」

 

「いえ、近隣住民が怪しい集団を見たという報告がありまして」

 

「それがその組織だと」

 

「はい、二人組の周囲で隠れるように付きまとっているとか」

 

これはあまり喜ばしいことではない、彼らが追手をどうにかするのは問題ない

だがこちらの動きを制限してくる可能性がある、彼らにとっての障害が追手だけとは限らない、余計な存在だと認識されればこちらにも危害を加えてくるだろう

かなり厄介な存在だ、敵でも味方でもない勢力が目標を守護している、どう転ぶかわからない

 

「他に情報は?」

 

「特には、ああ、後一つ」

 

組織への対応をどうするか考えながら報告を聞く

 

「その組織と思われる人物をある地点で見かけたと」

 

「それは確かですか」

 

「はい、なんでもフルフェイスの大柄な男、と」

 

「……そう、ですか」

 

その内容は無視できないものだった

大柄なフルフェイス、といえば例の暴れ回った男だ、戦闘で終始優位に立ちいきなり走り去っていった、と住民から聞いている

 

「以上です、では私は捜索に戻ります」

 

「ええ、何かあれば随時報告を」

 

「了解、それでは」

 

警官を見送りながら頭を悩ませる

どう考えても囮にしか思えない、あれだけ派手に動いた人物が訳もなく姿を現すとは思えない、だからといって無視は出来ないどう動くべきか

報告ついでに相談すべきか、そう考えてチェンを見る

 

「……………………」

 

話は聞こえていたのか、こちらに来いと仕草で示しながら周囲の警官を数えている

そんな彼女のもとに近づく

 

「何か、動きますか」

 

「ああ、二つに分かれる」

 

何人かの警官を分けつつ言葉を続ける

どうやら一度二手に分かれるつもりらしい、片方は二人組を、もう片方はフルフェイスを

効率を重視した計画でいくようだ

 

「隊長、追手はどうするんですか」

 

「それは問題ない、二人組を追えば勝手に奴らには鉢会うことになる」

 

「ですが、そうなると戦力的な問題が……」

 

「ああ、だから二人組の担当は私が先導する」

 

「はあ……」

 

確かに実力的にも問題はない、有象無象程度なら彼女一人でやれるだろう

だがどうにもストレイドを斬りに行く、というようにしか聞こえないのは気のせいか

頭をよぎった不安を払いつつ自身の役割を確認する

 

「小官はフルフェイスを追います」

 

「頼んだ、相手は手練れだ、気を付けろ」

 

「わかりました、では小官はこれで」

 

ホシグマ達は一度、各々の目標を追うことになった

 

…………………………

 

 

「……へー」

 

「僕が知ってるのは、これ位ですね」

 

場所は戻ってセラフィム方面、そこには丁度話をし終えた様子の二人がいた

話された内容は彼とバイソンが何故知り合ったか、普段の彼の人物像はどんなものか

そして、いつかの強襲作戦の内容、その一部始終を聞かされていた

 

「なるほど、噂通りの男ね」

 

「といっても僕は当時の作戦にいたわけじゃなくって、その時の作戦記録を見せられただけなんですけどね……」

 

その内容は常人にとっては想像の出来ない出来事だろう、たった一人の傭兵が十分足らずで百を屠ってみせたのだ、そんな光景思い浮かべられるものではない

だが彼女には想像できるらしい、そこに在るのは畏敬か軽蔑か、少なくとも死を知っている者にしか描くことの出来ない情景だ

 

「あの、怖くはないんですか?」

 

その落ち着いた様子に疑問を抱いたバイソンは一度問いてみることにした、彼とてストレイドの作り上げた光景には恐怖を覚えている、話だけでも異常な男だと理解できた

なら彼女もその筈、戦闘経験が一度でもあるなら人を殺すという行為がどれだけの事かわかるはず

なのに彼はやってのけるのだ、まるで呼吸をするように、まるで命に価値を見出していないように

バイソンの問いに彼女は答える

 

「別に、見た通りの薄情な男、それだけよ」

 

どうやら彼女の目にはその様に映るらしい

確かに薄情といえばそう見える、だがその血に塗れた手は奪うばかりをしている訳ではない

実際ロドスの作戦行動中に彼は何度か人命を優先している、必ずしも殺すわけではない、彼女にもその事は話している、ならば何が彼女の中でのストレイドへの評価を決めたのか

 

「セラフィムさん、聞いてもいいですか?」

 

「ん、何を」

 

それは恐らく、彼女自身の生涯に関係している

 

「セラフィムさんって、普段は何をしていらっしゃるんです?」

 

「……普段、ねえ」

 

聞かれて顔を歪ませる、話しにくいことなのだろうか

特別デリカシーのないことを言ったつもりはないが不都合でもあるらしい

 

「何か不味いことでも?」

 

「いや、不味いって訳じゃないのだけど、その……」

 

はて、何か失礼なことはしただろうか

仕方なく彼女がどうするか決めるまで待つ、その近くでは

 

「……わかった、ポール、そのままいつも通り仕事をしてろ」

 

「?」

 

いつの間にか煙草をやめ誰かと通話しているストレイドがいた

少し気になる、彼がああして個人の付き合いを見せている様は珍しい、聞き耳を立てるわけではないが会話が気になってしまう

 

そんなこちらの意図に気が付いたのか、一度視線を向け、一言通話の相手に言って電源を切ってしまう、そしてこちらに近づいてくる

 

「よう坊や、盗み聞きとは感心しないな」

 

「あ、すいません…悪気はなかったんですが」

 

「まあわかるよ、秘密とは総じて関心を誘う物だ。それが甘ければ甘いほどにな」

 

「……すいません」

 

「気にするな、叱っちゃいない」

 

どうやら彼を出し抜くのは難しいらしい、謝罪をしつつ下らぬ思惑を放り捨てる

ストレイドはそのまま会話に加わろうと未だ顔をしかめるセラフィムに対し

 

「で、普段は何をやってるんだ? フリーターさん」

 

「……………………」

 

「あ、そうなんですか?」

 

見事に的中させる

 

「……違うわ、ムーンライターよ」

 

「言い方を変えただけ、結局本質は変わらないだろ」

 

「失礼ね、昼間しか働かないニート予備軍と昼夜問わず働く勤労者を一緒にしないで」

 

「失礼なのはお前じゃないか?」

 

どうやら何かしらのプライドがあるらしい、別に情けないことだとは思わないが

 

彼女曰く、ムーンライターとのこと

普段はあちこちの都市や集落を渡って日銭を稼いでいるのだとか

 

「いいじゃないか、気楽で」

 

「……そうね、ややこしい人間関係がない分楽よ」

 

「……人間関係」

 

「お、思う所があるみたいだな」

 

「いや、なんでもないです、ハイ」

 

なんでも一つ所に落ち着くのが好きになれないと、そのせいで定職についてもすぐに辞めてしまうのだとか

 

「けして働けないわけではないわ、ええ、勘違いしないで」

 

「なら焦るなよ、無い胸を張ったらどうだ」

 

「そこまで貧しくないわ、蚊に刺された程度よりはあるもの」

 

「ハハハ……」

 

時折話が逸れながらも聞きたいことを聞いていく、そしていきつく

 

「そうだセラフィムさん」

 

「何?」

 

「さっきの赤い光、あれってなんなんですか?」

 

飛び降り時、彼女の体から火の粉のように溢れた光

それは恐らく、アーツの類だろう

 

「別に、つまらないものよ」

 

「と、いうとどういうことだ」

 

彼女の言葉にストレイドが反応する

 

「言った通りよ、大して役に立たない、そのくせ扱いづらい代物」

 

「ほう、興味があるな」

 

いやに食い付くストレイドに訝しみながら説明を始める

 

「簡単よ、例えばこうやって手を合わせる」

 

そう言って手のひらをあわせる、その後先ほどの赤い光が彼女の体から湧き出てくる

 

「で、少し力む」

 

「力む?」

 

「ただの感覚よ、そんな感じにやってるってだけ」

 

「はあ……」

 

セラフィムが目を閉じ集中する、そして

 

「フンッ!」

 

「……ん?」

 

「…………あ?」

 

気合の一声の後、光が散る

 

「……あの」

 

「何よ」

 

「いい感じのそよ風が流れてきたんだが」

 

「ええ、そうね」

 

「……え、これ?」

 

「これ」

 

「……しょうもないな」

 

光が散ったと同時にセラフィムの前方に小さな風が吹く

それは真剣に話を聞いていた二人を拍子抜けにさせていた

 

「あの、これでどうやってあんな跳躍を?」

 

「着地も説明がつかんな」

 

「まあまって、話は終わってない」

 

どうやら続きがあるらしい、おとなしく静聴する

 

「この光はね、とある力場を生んでるの」

 

「力場、ですか」

 

「そ、それでその力場は破裂する」

 

「破裂?」

 

「破裂、爆弾みたいにポンってなるの」

 

「……ああ、読めたぜ、そういう感じか」

 

「あら、頭が回るのね」

 

「まあな」

 

彼女のアーツは空気を操っているような感じだという事

普段は微弱な風を生む程度だがある手法を使えばかなり効果が上がる特性だと

 

「こんな風に空き缶を手で持つとする」

 

そこらにあったゴミ箱から適当なサイズの缶をとる、そしてもう一度光を纏う

 

「で、さっきの具合で力む」

 

誰もいない方向に腕を向ける、再び光が散る

同時に独特な音が鳴り響く

 

「わっ!」

 

「……ほう」

 

先ほどとは打って変わり勢いよく風が吹き荒れる、その衝撃で持っていた缶が吹き飛んでいく

まるで弾丸を撃ちだしたかのように彼方へと飛んでいく

 

「ドヒャァ!だな」

 

「ええ、ドヒャァ!ね」

 

「ドヒャァ?」

 

「「効果音」」

 

何処か気の抜けた音を立てながら飛んでいった缶は付近の建物の壁に当たりひしゃげている

気のせいか、壁にめり込んでいるように見えなくもない

 

「あの、どうやったらこんな差が出るんですか?」

 

「別に、使い方の問題よ」

 

曰く、力場を発生させた際一か所に凝縮して放つとこのように威力が変わるらしい

今の空き缶の場合、手と缶の間に力場を生成、破裂と同時に缶を手放し発射した

 

「で、それをジャンプに合わせて使ったわけか」

 

「そうよ、タイミングがシビアで使いづらいし、曲がりなりにも爆発だから痛いのよ」

 

「なるほど、歯を食いしばってたわけだ」

 

その応用で彼女は建物へ飛び移る際に足の裏に発生させ跳躍距離のかさましに使ったと

着地の時も当たる寸前に使ったらしい、それで落下速度と衝撃を緩和させたと

 

「なんだ、便利じゃないか」

 

「どこがよ、使うたびに体を痛めるなんて不便じゃない」

 

「それぐらい我慢しろよ、代わりに得られる機動性は魅力的だろ」

 

「まあ、そうだけど……」

 

なんでも一瞬の加速であれば移動の後押しに使える攻撃には向かない補助に長けたアーツとのこと、ただしその場合体にもろに食らうらしくそこそこ痛いらしい

 

「だけどね、正直微妙なアーツなのよ、我ながら」

 

「そうか?」

 

「そうでしょ、普通アーツって言うのは炎が出たり大気の水分を操ったりバチバチ電気だしたり」

 

「まあ派手なのが多いな」

 

「でしょ? なのに私はこれ」

 

そう言うと三度彼女の体から赤い光が溢れ出る

 

「これが精々目につく程度、よっぽど集中しなきゃ役に立たないし効果音がうるさいし、体は痛いし割には合わないし……」

 

「不服なのか」

 

「そうよ、強いて利点をあげるならアーツユニットを介さなくていいってところかしら」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、なんでも私の血筋の特有のアーツとか」

 

「血筋? ご家族も似たようなアーツをお持ちなんですか?」

 

血筋の物という事を聞いてバイソンが家族の事を聞く、だが

 

「……ええ、そうらしいわ」

 

「らしい?」

 

「そうね、らしいの」

 

まるで見たことがないように言う、それを不思議に思い

 

「あの、ご家族の方は――」

 

つい、聞いてしまう

 

「――――その、失礼な事を聞きました……」

 

「構わない、失言はこっちが先だった、気にしなくていいわ」

 

彼女の家族の話を聞いた途端、彼女が顔を曇らせたのがわかった

多分、そういうことなのだろう

 

「気にしないで坊や、あなたは悪くない」

 

気にするなと彼女は言う、何があったのかは言わないが彼女の家族はどうやら既に故人らしい

 

「ほら、あんまり落ち込まないで」

 

「いえ、無礼を働いたのは僕なので……」

 

きっと何かの不条理が襲い掛かったのか、少なくとも彼女はその現実を受け入れているらしい

 

「大丈夫、ずっと昔の出来事よ、今更嘆くことじゃない。ええ、嘆いてみせることではない」

 

依然として落ち込んでいるバイソンをなだめようとするセラフィム、だがこのままではいつまでも彼は俯いたままだろう

それが面倒だったのか、それとも埒が明かないと思ったのか

 

「ほら、そんな可愛い顔をしないで、あなたで充電したくなっちゃうでしょ」

 

「へ?」

 

「……ふむ」

 

そんな事を言い出した

 

「充電?」

 

何故こんな状況でそんな単語を使ったのか、バイソンにはわからない

ただストレイドは理解しているらしく

 

「セラフィム、この坊やにそれは早い」

 

「ああ、そうよね、その手の事には疎そう」

 

「……えっと……?」

 

一人置いてけぼりを食らうバイソンを見据えながら話を切り上げる

 

「それで、奴らはまだ来ないのかしら」

 

周囲を見回しながらセラフィムが言う

 

一度撒いてから数十分は経っている、いい加減追いついてきそうなものだ

だが一向に姿を現さぬ追手に多少の不安が出てくる

 

「これ、諦めてたりしないわよね」

 

先程の立ち回りを見て機動性はこちらが上と判断し追跡を辞めた可能性を指摘する、それに対し

 

「いや、まだ追ってきてるらしい」

 

そう答えが返ってくる

 

「何? さっきの電話はお仲間さん?」

 

どうやら彼が通話をしていたことには気が付いていたらしい、先ほどの電話に対して言及する

 

「いや、知り合いだ」

 

「でもネストの人でしょ? 多分だけど」

 

「そうだな、ちょいと有力な情報をくれた忠犬だ」

 

「なら仲間じゃない」

 

「いいや、あいつらと俺は仲間じゃないよ」

 

「? どういうことよ」

 

その妙な言い分に疑問を浮かべつつ話を戻す

 

「まあいいわ、で有力って事は他に何か言ってたの?」

 

「ああ、少し面倒なことになった」

 

「面倒っていうと、予想外の事態が起きたとかそんな感じ?」

 

「そうだ、龍門警察が動き出した」

 

「「は?」」

 

随分重要な事を軽く言う

 

「まって、警察がいるの?」

 

「ああ、どうやら俺たちを追ってるらしい」

 

「なんで? 私達被害者よね?」

 

「だからこそだろ、被害者の身元の確保という大義名分を担ぎこの騒ぎの元凶をとっ捕まえる。そういう腹積もりだろう」

 

「だからどうしてそうなるの?」

 

「そうさな…理由は思いつくが、随分恨みを買ったもんだ」

 

どうやら彼は警察に恨まれる心当たりがあるようだ、それを彼女が知ることはないが

 

「気にするな、いいじゃないか、強制終了という新たな選択肢が取れるようになったんだから」

 

「……まって、それで警察に捕まって終わったら、その場合も……」

 

「ああ、ゲームオーバー、捜し人の件は無しだ」

 

「……理不尽よ、まったく」

 

敗北条件が追加されたことに顔をしかめさせる、彼女にとって今日は厄日なのだろう

 

その後どうしようか、追手が来たらどう対処するか悩みつつ周囲を見張る、すると

 

「……ん、ストレイド、あれ、知り合い?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

路地の向こうからこちらに手を振ってくる三人組が現れた

 

ストレイドは軽く手を振り返し、あちらが合流するのを待つ

 

「久しぶりねーストレイド」

 

「ああ、久しいな、ロザリィ」

 

「リーダー、お久し振りです」

 

「団長、あの、ここでのんびりしてていいんですか?」

 

「平気だRD、レオン、奴らはもうちょいかかるんだろ?」

 

「はい、こちらに接敵するにはもうしばらくかかります」

 

合流するやいなや一斉に話し始める二男一女の三人組

女性の名はロザリィ、その隣で落ち着いた態度でいるのはレオン

他の二人に比べ嫌にビクついているのはRD、ネストのメンバーとのこと、情報収集のエキスパートらしい

 

「とりあえずは数は減った、片づけた連中もネストの面子が回収してるわ」

 

「連中は未だ諦めていない模様、まったく、しつこい連中です」

 

「まあ億越えの賞金首だ、狙わない手はないさ」

 

「「……………………」」

 

現状整理の為に来たのだろう、今裏路地に起きている件についての情報をストレイド、ロザリィ、レオンが三人でまとめ始める

その中には聞いたことのない話や追手の細かな状況、中には龍門警察の動向すら含まれていた

その情報過多な状況についていけずセラフィムとバイソンはおとなしく見守っていることにする

 

「で、猫君には囮になるって言われたから自由にさせたけど、それでいいわよね?」

 

「構わない、あれで結構お祭りごとが好きだからな、一度の介入じゃ満足できないんだろう」

 

「お祭りですか、相変わらずですね、あなたは」

 

「……こうやって見ると、確かに組織の王なのね」

 

「みたい、ですね」

 

一応バイソンは事の経緯は伝えられている

レイヴンズネストと呼ばれる組織が存在すること

セラフィムがネストを尋ねに龍門のある店に訪れたこと

ストレイドがその組織の長だったこと

その取引の最中、突如として襲われたこと

 

「本当に後手なんですか?」

 

「ええ、その筈」

 

急襲を受けた以上対応は受けに回る、なのだが最初から今に至るまでストレイドの優勢は崩れていない、彼が真に窮地に陥ったことは現時点で一度もない、それは彼の鋭い観察眼とよく回る頭もあるだろう

だがネストの存在も大きいのかもしれない、現に彼の手の届かぬ事象は彼らが行っているらしい

 

「じゃ、キャットには適当に対処しろと言っておけ」

 

「はーい、任せといて」

 

「お任せください、それであなたは?」

 

「さっきまでと変わらない、あいつらが来たら走り回る、それだけさ」

 

「了解です」

 

「……終わった?」

 

三人の会話に区切りがついたと思われるタイミングで話しかける

 

「ああ、これで後は奴さんを待つだけだが……と」

 

「だ、団長…!」

 

すると、遠くから見馴れてきてしまった集団が現れた

 

「ようやく来たか、さてボチボチ動くかね」

 

「……いっそのこと全員片づけてくれない?」

 

「すぐに終わったらつまらないだろ」

 

RDが怯える様を見ながらのんびり動き出す

走り出そうとし、何か思いついたように一度振り向く

 

「そうだ、お前もちょっと遊んできたらどうだ」

 

「へ?」

 

その視線はRDに向けられている

 

「何、この人戦えるの?」

 

「いやいや! 無理です!」

 

「なんだ、仮にもフォグシャドウから鍛錬を受けてる身だろうに、自信がないのか」

 

その突然の無茶ぶりに慌てふためくRD、どうやら戦える身ではあるらしい

だが乗り気でないのか、首をブンブンと振って拒否する、それを

 

「いいじゃないかRD、たまにはリーダーに成長のほどを見せるといい」

 

「レオンさん、あんたまで……!」

 

レオンが後押しし

 

「ほら、リーダーが死んで来いってさ!」

 

「イタイッ!」

 

ロザリィが文字通り蹴り飛ばす

 

「ひ、一人じゃやられちゃいますよ!」

 

「「「ダイジョブダイジョブ」」」

 

「適当ねぇ……」

 

「……なんだか既視感がありますね」

 

上司からの無理難題を言い渡されるRD、彼は辞退しようと抗うものの三人がそれを許さない

 

これがパワハラである

 

「ほら、もう近くまで来てるわよ」

 

「く……! わかりました、やってやりますよ!」

 

とうとう腹をくくったRD、単身スーツの男達の群れに向かって行く

 

「じゃ、俺は行く、お前達は引き続きかく乱と数減らしに務めろ」

 

「はいはーい、頑張って―♪」

 

「ではご武運を」

 

「姐さん! レオンさん! その激励を俺にもくださいよ!」

 

後方で意外と善戦しているRDを尻目にストレイドが動き出す

 

「ちょっと待ってよ」

 

「あ、僕も行きます」

 

その後ろに二人がついていく

 

「坊や、お前さんは来なくていいんじゃないか?」

 

「いや、乗り掛かった舟なので…」

 

「律儀ね、あんまり自分から面倒事を背負い込むものではないわよ」

 

走り出す三人をロザリィとレオンが巻き込まれないように道の端によりながら見送る

 

そうしてセラフィム達の姿が見えなくなる

 

「まったく、自由気ままね」

 

「いつものことさ、あの人らしい」

 

「それもそうね、しかし……」

 

「ああ、あの女性、似ているな」

 

「ええ、感性とか、性格とか、よく似てる」

 

「何者なんだ?」

 

「さあ? マギーとファットマンがついでに調べてるらしいわ」

 

「談笑してないで手伝って―!」

 

RDの悲痛な叫びが響き渡る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでセラフィム」

 

「何よ」

 

「お前、経験人数は?」

 

「……そうね、あえてこう答えるわ、Null(ナル)、と」

 

「そうか、確かにこの質問には意義がないな、あらゆる意味で」

 

「ええ、そうよ」

 

「あの、何の話ですか?」

 

「「気にしない気にしない」」

 

「はあ……」

 




あけおめ!(元日より十八日経過)

言い訳はしません、ですがこれだけは言わせてください

私は鉄血司令官です、鉄血イベに関しては手抜きはしない(キリッ)

まあ元々不定期更新でやっているので続きを待ってる方は気長にお待ちください
では戯言はこれまで、アークナイツに関する私の報告を


Wもウィーディーも来ました、さらにはエリジウムが潜在マックスになりました
ガチャ回数は106回、無課金です
逆によくもここまで引けましたね、我ながら
そして個人的に本命であるマドロックさんまで石の貯蓄が始まることになる…

ちなみに今回、エロスラングが二つあります、気になる人は捜して調べてください
解説は次回に回します、そうしないと後書きが長くなる


AC用語解説

ポール・オブライエン

ACVに登場、機体名は明確には不明だが警備部隊一番機と呼称されている
その機体名が示す通り『シティ』と呼ばれる地域の治安維持を目的と警備部隊の隊長
かなり真面目な性格なのだが扱いが色々不遇、正直職務を全うしてただけの人

『貴様も!! 企業の連中も!! 私の邪魔をする者は、皆死ねばいい!!』

そらキレますわ


ロザリィ

ACVに登場、主人公が所属するレジスタンスを支援するミグラント
ストーリ中ACの補修や弾薬補給をしてくれる、結構守銭奴

『なーに? 呼んだかなー?』


レオン

ACVに登場、ストーリーの最初期におけるレジスタンスリーダーの腹心
故あってリーダーが死亡、その娘を新たに頭に置いたレジスタンスにおいて彼女の後見人のような立場に立つことになる

『悪いな、美人の涙が最優先さ。あばよ…酔っぱらい』

あまりセリフが記憶に残っていない筆者がここにいる


RD

ACVに登場、ロザリィの部下
かなり気弱な面が目立つミグラント、危機察知能力がかなり高い
どこか極東で聞いたことある声してる

       『聞いてくださいよ姐さん。オレ、気づいたんすよ』


           『ゲームに勝つ方法ってやつです』


          『馬鹿なんで、時間かかったっすけど』


          『勝つためには誰かが負ければいい』


              『オレ以外の誰かが』


ACVのストーリーにおいて色々と絶妙な立ち位置に立つ『特別』
果たして『例外』と『特別』の差は何だったのか……


ドヒャァ!!

AC4 ACfAにおけるネクストACのある挙動に関係する音
通称クイックブーストと呼ばれる高速移動なのだがその音がこう聞こえることから偶にドヒャァ!!と表記される、聞こえ方は人それぞれなのであまり気にしなくていい




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Come On Nexus

今回書き方が変わっておりますが元の形か今まで通りにするかを悩んでるだけなので気にしないでください、試験的にしっくりくるかどうかを確かめてるだけです


龍門市街、とあるバー

 

「おい、誰か水持ってきてくれ」

「おうよ」

 

事の始まりたる老人の店

 

「そこのテーブル退かして、スペースがない」

「別の部屋に入れればいいじゃないか」

「駄目よ、あそこは別途で使う予定があるの」

 

そこには、ちょっとした地獄絵図が展開されていた

 

「まったく、キャットもやってくれる」

「ムーム、現状ではこれが限界だ」

「わかってる、ガル、一応入りきってるんだよね?」

「ああ、ギリギリだがな」

 

つい先ほどまでは酒飲みが溢れていた店内はまるで野戦病院のように怪我人に塗れていた

並べられていた客席は全て片付けられ代わりにマットやシーツが敷かれている、その上にはスーツの男達が寝かされている

彼らは全て、ワイルドキャットに蹂躙された追手達だ

 

「これでまだ増えるかもって言うんだ、嫌になるね」

「仕方ない、そういう命令だ」

 

騒動の中、負傷を理由に仕方なくおいてかれた面々は人知れずネストの手によって回収されていた

骨折や打撲、命に別状はないが追走劇には参加できない程度に痛めつけられた彼ら

それを甲斐甲斐しく世話するネストのメンバー

 

随分珍妙な光景である

 

加害者が被害者を治療する、現在進行形で争ってるのにも関わらず

こんな光景、よほどの緊急事態でなければ拝めない、終戦間近の戦地か、無意味な争いを繰り広げているか

何の利益も収穫もない状況でなければこうはならない

 

「まったく、面白い人達だね」

 

そんな風変わりな様を眺める一人の女性

 

「ああ、おかげで今日は店じまいだヨ」

「マスターには不都合な話だったかな」

 

唯一残されたカウンター席でマスターと談笑している青髪のサンクタ

傍には白と黒の錫杖が立てかけられている

 

「稼げるからと思ってOKしたのに、これじゃご破算だヨ」

「まあまあ、彼だって意図してない事態なんだから」

「その割には楽しんでるけどネ」

「イレギュラーが好きなんだよ」

 

すっかり内装が変わってしまった店内を見渡し溜息をつくマスター

そこにあったのは彼が長年愛した風景だったのだ、少しの間だけとはいえ変わってしまった事に感じるものがあるのだろう、あと、荒稼ぎできなかった事

老人が悲観する様を肴に酒を煽るサンクタ、呻き声をあげる負傷者とネストの面々、外の騒ぎとは真逆の平和な店内、そこに

 

「失礼する」

 

一人の女性が入ってくる

 

「ああ、すまないね。今日はもう閉店なんだ」

 

突然の来客、外には『CLOSED』の看板を掛けていたことを疑問に思いつつもマスターが冷静に対応する

それを聞きながら店内の様子を見渡す女性、この状況に困惑せずにカウンター席に近づいていく

ふと、視線がサンクタに向き、止まる

 

「やあ、どうも」

「…………」

 

しばらく探るように彼女を見つめ、マスターに視線を向ける

 

「私は龍門近衛局の者だ、聞きたいことが幾つかあるのだが、いいだろうか」

「あー…お巡りさんカ」

「ああ、私はチェン、龍門警察の上級警司だ。此度はとある通報を受けてこちらに尋ねに来ている」

 

警察手帳を掲示しながらここに来た経緯を説明する

少し前、ある集団が暴動のような事を起こしたと、その発端が、この店だと

 

「近隣住民からの情報で確証があるわけではない。可能なら確認がとりたいのだが、いいだろうか」

「ああ、構わないヨ」

「ご協力感謝する、ではまず最初に――」

 

そう言ってもう一度店内を見回す

 

「――これは、その騒動の関係者だな?」

「そうだネ」

 

その視線の先には彼女を警戒しつつも治療を続けるネストのメンバー

店の床に寝かされているスーツの男達

ここに来たという事は何が起きているかはあらかたわかっているという事だ

そしてこの状況、言い逃れなど出来はしない

 

「ここに彼らを匿っている理由は」

 

チェンの問答に困り顔で答えるマスター

 

「さあ?」

「……わからないのか?」

「ああ、わからないヨ、なんたって私は只のバーのマスターだからネ」

「ほう」

「彼らが言い出したのさ。面倒を見たい、だから場所を貸してくれ、それに快く応じただけの老骨だよ。そこにどんな意図があるか、はたまた誰がやれと言ったのか、私が知る由もない」

「あくまで自身は無関係、そう言いたいんだな?」

 

何も言わず、答えることなくグラスを磨くマスター

その様子に何か思ったのか、質問を変える

 

「今回、ある人物たちが集団に追われていると聞いた」

「そうだネ」

「その人物の一人、黒い男に心当たりは」

「あるヨ」

「友人か?」

「いや、私はそうだと思ってるんだが……彼はなんでもない顔をしてこう言うだろうネ。『知人』だと」

「……親しいわけではないのか?」

「ふむ……かれこれ三年ぐらいの付き合いのはずなんだがネ、彼にとっての私からの認識は只の客であってほしいらしい」

「歪んでいるな」

「そうでもないよ、我儘だけどネ」

 

苦笑する老人、三度目の質問がかわされる

 

「これは、あの男が企てたのか?」

 

その言葉に、一瞬動きが止まる

 

「……驚いた、彼を知ってるのかい?」

「ああ、黒い男の事は知っている。にやけ顔で碌でもないことをしでかす奴だとな」

「嫌われてるねぇ……」

「私と奴の関係はいい、重要なのはこれが傭兵の企みかどうかという事だ」

「それを聞いて、どうするのかナ?」

「ご老人、それはあなたには関係ないことだ」

 

グラスを置き、少し間が置かれる

彼女の質問の意図を図っているのだろう、老人とて騒ぎの最中にいるのだ

ここで間違えた返答をすれば自分も一緒に送られるべきとこに送られてしまう、この年でそれは骨身に染みる

さて、どうしたものかと考えていると

 

「ねえ、お巡りさん」

 

サンクタが沈黙を破り、話しかける

 

「……なんだ」

「君、彼と話した事は?」

「無い」

「へえ、そう言うのか」

「そもそも奴と面と向かって話し合う気はない。奴も、そんなつもりはないんだろう?」

「わかってるじゃないか」

「あの事件を振り返れば嫌でもわかる」

 

いつかの出来事に思う所があったのか、憎々しげに言い放つ

実際彼女はあの作戦の後、ストレイドに関する資料を漁って回った

ロドスに滞在していた間の事から古い戦場にまつわる事まで

その行動の真意は侮蔑でも敵対でもなく用心だ、あの男の在り方がいつか龍門の人々を襲うかもしれないと感じて

この都市を誤りだと認識しないかと焦燥に駆られたのだ、正確にはこの国の執政者を

流石に彼とて無罪の市民を殺して回るほどの鬼畜ではない、だがやるだけの動機があれば彼は動く、あの日彼女はそう理解した

 

「なるほど、彼が面白がるわけだ」

「……なんの話だ」

「なんでもないよ」

 

彼女の苦悩を知った上か、サンクタは微笑みながら指を立てる

 

「ヒントだ、お巡りさん」

「ヒント?」

「ああ、君は今回の騒動を解決させなきゃいけない立場。そして君は正しく動くことの出来る人材だ」

「……」

「だから、正しいままにするためのヒントをあげる」

 

その指は、二本立てられている

 

「一つ、彼は被害者だ。残念ながら君は彼を保護する側だ」

「……被害者? 奴がか?」

「ああ、そして彼は彼なりに穏便に片付けようとしいるよ。そこにはこの街への配慮がある、騒がしいけど」

「配慮だと?」

「そう、でなければとうに死肉の山が出来ている。それは君も予想がつくだろう」

「…そうか」

「彼だって殺す場所は選ぶ。無垢な人々に無残な死体は見せないよ」

 

指が一つ、閉じられる

 

「君は、随分親しいようだな」

「彼とはお友達だからね」

「まったく、羨ましいネ……」

「それでもう一つは何だ」

 

チェンが催促する、それに応じるように、ゆっくり、指が閉じられる

 

「二つ、役者は揃ってる」

「役者?」

「ああ、ただ演劇の舞台が出来上がっていない。たとえどれだけやり手の役者を揃えようと環境がなければ映画は作れない」

「……露払いをしろと?」

「いや、彼が動きやすいようにすればいい」

「変わらない、結局は邪魔者を排除しろという事だろう」

「いいや、違う」

 

閉じられていた指が止まり、チェンの方に向けられる

 

「君も、役者の一人だ」

「……」

「この舞台は既に終わりに向かってる。決まってないのは喜劇か悲劇か、それだけ」

「それが私にどう関係している」

「簡単さ、お巡りさん。君は只、職務を全うすればいい」

「……回りくどい、それならそうとはっきり言ってくれ」

 

少しの間チェンがサンクタを睨み、踵を返す

 

「わかった、私はらしく動くとしよう。奴はここの市民ではないから管轄外なのだがな」

「ああ、ありがとう。これで彼も楽になるね」

「フン……」

 

そのまま出口に向かっていく

 

「そうだ、後一つ質問がある」

「なんだい」

 

途中で振り返りサンクタに質問を投げかける

 

「君は、例の組織の一員か?」

 

その質問にいつもと変わらぬ笑みを浮かべて答える

 

「いいや、違うよ」

 

………………

 

「隊長、どうでしたか」

 

「ああ、有力な情報はなかった」

 

「そうですか」

 

「エヴァンジェ、通信でホシグマに繋げ」

 

「了解、それでなんと?」

 

「別に、改めて目標を確認するだけだ。我々は事態の収拾に全力を注ぐと」

 

「はい」

 

「例の暴徒を抑えると、狙われてる男と女性の身を第一にする。わかったな」

 

「ハッ!」

 

………………

 

一方ホシグマ部隊

 

「巡査部長、こちらでいいのですか?」

「はい、このまま通りを進めばいるとのことです」

「ふむ……」

 

オブライエン巡査部長の先導の元、フルフェイスの男のもとに向かっていた

 

「しかし、目的のわからぬ組織ですね……」

「はい、一体どういった思惑なのか」

 

何人かの職員を連れながら例の組織について話す

 

「情報では、他に言ってたことはありませんか?」

「いえ、特には」

「そうですか、となると動きにくいですね」

 

現状ホシグマ達は組織の企みにあえて乗っている状況になっている

騒ぎの中悪目立ちした男が何の脈絡もなく一人で現れる、これを囮以外の何だというか

 

「まったく、なんとも面妖な……」

 

相手はこちらが無視できない状況だと気づいたうえで仕掛けているのだろう

だとすると、一つ気がかりなことがある

 

「どうかしましたか」

「いえ、特には」

 

龍門警察が動き出したのは少し前、騒動の開始からは一刻は経っている、この騒ぎに最初からいたわけではない、途中から参戦したのだ

にも関わらず組織はこちらの動きを察知している、単純に斥候がいるとでも考えれば辻褄はあう、ただ……

 

「……対応が早すぎる」

「…そうですか」

 

あまりにも手が早すぎる、こちらは駆けつけてそう経っていない

なのに相手はこちらを察知し策を講じた、この手際の良さにはどうも違和感がある

考えられるとすれば、内通者

 

「いや、まさか」

 

この龍門警察に、内通者

ありえない話ではない、ただそうなると色々とおかしな点が出てくる

仮に内通者がいるとして、その人物はまず目的があって入り込んでいるはず、そうなると不自然な転勤や入職があるはず、だが最近そんな出来事があった覚えはない、大抵の事は明確に説明できる事柄ばかりだった

そんな適当な、まるで雲をつかむようなフワフワした人事異動はなかったはずだ

そうなると他の可能性も出てくる、例えば

 

「元々警官だった、あるいは、二足のわらじ」

「……むう」

 

仮に組織の一員だとして、同時に警官だとする

そうなれば一応の説明はつく、公務員である以上は副業など許されないが相手が相手、存在自体が秘匿に近い組織らしい

となると今まで気づけなかったのも納得は出来る、ただ気になるのは、いつその組織に該当する人物が接触したか

 

「……わからない、考えれば考えるほど霧がかかるようだ」

「あの、ホシグマ殿。今は捜索に集中しませんか?」

 

オブライエンの言葉を聞き流しつつ一連の流れについて考える、すると

 

「……ん?」

「あれは……」

 

前方から声が聞こえてくる、それに釣られ前を見る、そこには

 

「走れえええええ!」

「「「待てええええええ!!」」」

 

集団に追われる三人組

 

「……こうして見ると、シュールな光景ですね」

 

追われているのはストレイドとバイソンと、名は知らぬ赤髪のサンクタ

悲鳴ともとれそうな声をあげながら迫りくる追手から逃げている

 

「まったく、静かに走れんのか」

「無理だと思います」

 

どこか他人事の様に話す二人、あれが本当に被害者か、否、もはや傍観者の領域である

 

「…………」

「ホシグマ殿、いかがしますか」

 

そんな三人を対面から眺めている、この状況、はたして何が正解か

逃げている以上、何かしらの危機に見舞われているのははっきりしている、警官としては保護するのが当たり前だ

 

「……巡査部長、後続を」

「わかりました」

 

彼女は助けることを選んだ

指示を聞き他の警官たちが三人の後ろに走り抜けていく

 

「お、サツだサツだ」

「あっと……」

「げっ…………」

 

再び三者三様の反応を示す三人組、追っ手に向かって行く警官たちを流しながら足を止める

その前に立ちふさがり行く手を阻むホシグマとオブライエン

 

「我々は龍門警察です。先ほど通報がありまして、お暇があるなら聞きたいことがあるのですが」

「いいぜ、暇ならできた」

「そうですか、ではお言葉に甘えて……」

 

彼女の目は何かを訝しんでおり、それは彼に向けられている

 

「……ストレイド殿、貴官はまた、何をしでかしているんです」

「俺、悪くなーい」

「そうであるなら小官たちが出張るようなことにはならない筈ですが」

「この人、知り合いなの?」

「はい、ホシグマさんという方で……」

「……なんだ、この、何とも言えない暢気さは」

 

追手の前に立ち牽制している警官の努力などいざ知らず、のんびりとした空気が流れ始めてしまう

これには警備隊長もドン引きである

 

「ストレイド殿、小官は特別あなたの行いにあれこれ言うつもりはございません」

「ほう」

「ですが、せめて節度をもっていただきたい」

「真面目だねえ、お巡りさんらしいお巡りさんだ」

「それはどうも、褒めても見逃しはしませんよ」

 

本来ならフルフェイスの男のもとに向かうはずだった、だが目の前に元凶と思われる男がいる

流石にここで見過ごせるほど彼女も寛容ではない、一応の捕縛にかかる

このままチェンのもとに連れて行き、ついでに事態の収拾に持ち込めないか、それがホシグマの下した判断である

 

「申し訳ございませんがこれが小官の仕事です。おとなしくご同行願いましょうか」

「まあまあ落ち着けよ、ハンドスピナーの嬢ちゃ「お前かあ!!」うおっ! あぶねっ!」

「えっ! 何!?」

「ちょっ、ホシグマさん!?」

「…………はあ」

 

そんな臨機応変な彼女にも聞き逃せないことはあったらしい

ストレイドがなだめにかかった瞬間、突如般若を高速回転させて襲い掛かる

 

「まてまてっ! 暴力反対!」

「どの口が言いますか!」

「この口だ」

「クッ……! 無駄に誇らしげなのが余計に苛立ちますね……」

 

彼女にしては珍しく怒った様子を隠さずにいる、それもそのはず、この男、先日こんなことをやらかしたのだ

 

「貴官ですね! 小官の盾に落書きしたのは!」

「ご名答♪」

 

そう、あろうことか彼女の盾、般若にこう落書きしたのだ

 

ハンドスピナー

 

その文字は、極太の油性インクで書き込まれていたという

 

 

「貴官という人は! ただでさえ問題ばかり起こしているというのに!」

「おいおい、ちゃんと落ちたんだろ? 一生残るわけじゃないんだから」

「そんな軽い話ではないのです! しばらくの間恥ずかしかったんですよ! 作戦中に毎回敵が凝視して、隊長もどこか気まずそうに眼を逸らして!」

「なんだ、龍の嬢ちゃんも笑ってたんじゃないか。隊長様の貴重な笑顔だぞ?」

「喜べません! その後のトライ○オも貴官がやりましたね!」

「ん? トライ○オは知らんぞ?」

「へ? じゃああれは誰が……?」

 

そのまま二人は鬼ごっこを開始する、それを眺める残された二人

 

「あいつ、誰に対してもあんな感じなのね」

「はい、あんな感じです」

「ちなみに、坊やは何かやられた事は?」

「……聞かないでください」

「何されたの……?」

 

余談だがある日ロドスにて正体不明のフォルテの美少女が現れたという、どこか誰かに似た声だったという事だが真相を知る者はそんなにいない、なお容疑者にはS氏とE氏が挙げられているとの事

 

閑話休題

 

「お二人方、少しよろしいでしょうか」

「え? あ、ええ、いいわ」

 

新たな追いかけっこを始めた二人を頭の片隅においやり声の主へと意識を向ける

 

「私はポール・オヴライエン、龍門近衛局の一職員です。此度の騒乱に関してセラフィム殿とストレイド殿に聞きたいことがございます」

「ええ、まあ、そうよね」

「ご同行、願いたいのですが……」

 

そう言って、何故か黙り込む

 

「……えっと?」

「……ここから私にどうしろというのだ

「え?」

「いえ、その、少しお待ちいただいてもらっていいでしょうか」

「え、ええ、時間なら、稼いでくれてるし……」

 

後ろを振り向く、そこには追手と向かい合い牽制している警官たちがいる

本来ならこのまま保護されるのが正しいのだが、彼女はストレイドとのゲームの最中、この状況、良くはない

どうにかして警察から逃げ切るにしても公務執行妨害でかえって悪い状況になりかねない

 

「トライ○オ、誰だろうなぁ……」

「まじまじと考えないでください!」

 

頼みの綱はもれなく戦力外、何故だかネストの面々も出てくる気配がない

八方ふさがりだ、せめてもの救いはなぜか相手がごまついていることだが、それも時間の問題だろう

ここでおしまいか、何か策はないかと思考を巡らせていると

 

「む……失礼」

 

オブライエンが首元を押さえて少し離れる

 

「……ああ、ああ、わかった。その旨を伝える」

 

一言二言言葉を交わし、走り回っている二人へと近づいていく

 

「ホシグマ殿!」

「あ、はい、なんでしょうか」

「隊長から無線です」

「わかりました。ストレイド殿! 逃げずにそこにいてください!」

 

オブライエンに呼ばれ追うのを辞めたホシグマは誰かと無線越しに会話を始める

 

「……はい、はい……いいんですか? 丁度ストレイド殿が目の前にいるのですが……わかりました、ではそのように」

 

しばらくして通信を終え、ストレイドと何やら話し始める

 

「……なんでしょうか」

「さあ、悪い事ではないことだけを願うわ」

 

話を終えてストレイドだけが二人のもとに戻ってくる

 

「じゃ、行くぞ」

「は?」

「あの、何を話してたんです?」

「何、親切なお巡りさんが少し先で助けてくれるらしい」

「つまり?」

「この場はお流れ、ほら、付いて来い」

「いや、説明してよ」

 

そう言って走り出す、仕方なく二人もついていく、その後ろでは

 

「各員! 彼らを通せ!」

「はあ!?」

 

何故か追手を開放したホシグマ、追手も多少訝しみながらもこちらの追跡に意識を戻す

 

「ちょっと! どういう事よ?」

「ま、来ればわかるさ」

 

先程のように走り去る三人、その後を追う追手達

 

その様子を眺めるホシグマとオブライエン

 

「まったく、どうなっている……」

「ホシグマ殿、素が出てますよ」

 

頭を掻きながら彼らを見送る、ただ納得は出来ていないらしく

 

「……オブライエン、追ってください」

「…了解」

 

一応の追跡は付けるらしい

指示を受けたオブライエンはそのまま三人を追って行く

 

「我々はフルフェイスの男です。行きますよ」

 

彼女達は本来の道筋に戻っていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで舞台は出来たかな」

 

「だろうネ。しかしよく承諾してくれたね、あのお巡りさん」

 

「彼女は正しくあろうとするタイプの人種だからね。方向性は違えど共感できる部分はあるのさ」

 

「ふむ、君はどうなんだい?」

 

「私は、面白くなる方に賭けるよ」

 

「なるほど、つまらない結果よりはまだいいカ」

 

「ああ、じゃ、私もこれで」

 

「行くのかい?」

 

「行くよ。こんな劇場、滅多に見られないだろ?」

 

「そうカ、行ってらっしゃい」

 

「うん、行ってきます」




作「あ、バグパイプがピックアップされてる、前回のピックアップ引いてすらないからなあ」

作「Wガチャの副産物の十連チケットがある……」

作「せや、引いたろ」

ボカーン

「こんにちは! おめーさんがドクターだべ?」

「そろそろズィマー達の仕事に加わらせてちょうだい」

なんでさ?(手付かずの星六が十人以上いる馬鹿者)



AC用語解説


ムーム

ACLRに登場、機体名はMETITH 読みはメティス(おそらく)意味は解りませんでした
とある独立武装勢力を率いるレイヴン、謀情報屋からは運だけで生き残ったと酷評されている
ケオベ君と一緒に襲ってくる

『ちくしょう! やられた! こうなったらアイツの賞金で穴埋めよ!』

パイルバンカー持ってる変態でもある(なめてかかってどつかれた)


ケルベロス・ガルム

ACLRに登場、機体名はニフルヘイム
ムームと一緒に襲ってくる、同名の方がアークナイツにいるけど気にしない
昔は狂犬だったらしいがムームと知り合ってからは牙が抜かれたとか、尻にでも敷かれてたのか

『ムーム、了解だ』

ギリシャか北欧かはっきりしておくれ


前回の! スラング解説ー!

            Let me (sexually) charge you

あなたで充電させて

これはわかりやすいですね、ナニで充電するのかは言いませんが
ちなみにはっきりという場合は sexually charge 遠回しに言う場合は charge
時と場合で使い分けましょう、どんな時とかは聞かないように


         It ’s about the size of an insect bite

ムシに刺された程度の大きさよ

話の中では蚊と表記していましたが大して意味は変わらないのでそう書いてあるだけです。意味としては、貧乳です、と遠回しに正直に言ってるだけ
虫刺されのぷっくりした様子を小さい胸に例えたモノです。スラングを思いつく人は誰も彼も想像力が豊かですね、私にも分けてほしい

なお今回のスラングも使う時はしっかり場をわきまえましょう、わからない人に言っても不思議な顔をされるだけです
使う時は流れを作ったうえで言いましょう、そこまでして使うものでもないですがね



血質血晶スタマイor耐マイ形状変化マラソン、それが最近の私の日課


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Pause Mind

虫が嫌いな人は少し覚悟してください


『ねえ、二人共』

 

『ああ、なんだいセラヴィ―』

 

『聞きたいことがあるの、二人に、直接』

 

『改まって、一体どうしたの?』

 

『どうもしてない、ただ、確認したいだけ』

 

『……なんだい? とても、大事な事なのかい』

 

『……そうね、大事な事よ。だから、これを先に言わせて』

 

『どうしたの? その、らしくないわ』

 

『いいの、そんな事は私がよくわかってる』

 

『それで、どうしたんだい』

 

『……私は、二人に、貴方達に、感謝してる』

 

『セラヴィ―?』

 

『一人残された私を、置いてかれた私を、ただ血が流れているというだけで、薄く、遠い血の繋がりだけで引き取ってくれた事。こうしてまともに育ててくれた事。いくら感謝してもしきれない、ありがとう』

 

『……急にどうしたの、本当に……』

 

『そうね、いきなりだとは思う。だけどいつか、聞かなければいけない事があるの』

 

『そうか……』

 

『それはきっと、私のこの先を決める事柄よ』

 

『……それをどう決めるか、僕達の答えが関係してるんだね』

 

『そうね、二人がどう答えようと結果は変わらない。これはただ、私の行く道を決めるだけ、その道筋を確かめるだけなのよ』

 

『……震えているわ、セラヴィ―。怖いの?』

 

『ええ、怖い。私はこれから自身に呪いをかけようとしているの。けして解けない、血の呪縛』

 

『それでも、聞くというんだね』

 

『聞くわ、そうしなければ私は人間でなくなるの。人としての輝き方を、きっと忘れてしまう』

 

『……堕天するかもしれないよ、構わないんだね?』

 

『構わない。元よりここに、私の居場所は無いわ』

 

『そんな事を言わないで、悲しいわ……』

 

『泣かないで、悲しまないで、見ようによっては門出でもあるの。

だから、どうか笑って見送って』

 

『……わかった、ならば答えよう。君の覚悟に、その在り方に応える義務が僕らにはあるね』

 

『ありがとう、おじさん、おばさん』

 

『それで、聞きたいことは』

 

『簡単よ、ただ一つ、言ってくれるだけでいいの』

 

『あの日、あの時』

 

『残っていた死体は、二つだけだったのね?』

 

………………………………

 

「…………」

 

酷く暗い夜道を三人で歩く、ストレイドを先頭に、隣にバイソンを置いて

足並みは揃わず、それでも不思議と距離を保ったまま歩き続ける

 

「……あの、ストレイドさん」

「ん? なんだ、坊や」

「これ、何処向かってるんですか?」

「お巡りさんとこ」

 

少し離れた後方ではクランタ率いるスーツの集団も同じように歩いている

走って追いかけることはなく、駆けて逃げることもない

恐らく彼らもこの騒動に限界が来ていることに気が付いたのだろう

無為な抵抗だと、続ける意味はないとわかったのだ、彼らが何を意図してストレイドを狙ったかはわからない、だがそれは結局叶わぬことだと理解したらしい

 

「なんでですか?」

「何、お巡りさんの仕事はわかるだろ?」

「ああ、はい」

「なら明白だ、事態の収拾、これ以外にない」

 

ただそれは彼女にとっても同じこと、彼女もまた同じように叶わぬ事だったのだと理解している

 

ストレイドに開示されたルールはクランタの生死を己の行動を持って決めること、それ以外の解決法では負けと同義、ネストの協力は得られない

それが意味することは特別絶望的な事ではない、今までと変わらず、一人で捜し続けるだけの事

彼女がこれまでそうしてきたように

 

「まあ、そう気負うなよ。お前さんには罪はいかんし、あの嬢ちゃんも話は聞く」

「嬢ちゃん?」

「ああ、知ってる顔だ」

 

二人が話す様子を黙って眺めるセラフィム、その顔はどこか疲れている

 

「なんだ、走りっぱなしでくたびれたか?」

「……まさか」

 

一応の気概は見せる、ただ力は弱い

この目的の見えないゲームに付き合わされて数時間、走って、跳んで、また走って

よくも今まで付き合えたものだ、彼女は決して兵士ではない、戦士でもない、アスリート選手というわけでもない

銃の心得のある程度の、ただの一般人なのだ、そんな人物にこんな夜は刺激が過ぎる

それには気づいてるのだろう、ストレイドも不必要に煽らずに彼女の様子を見ている

 

潮時か……

 

その視線からは、そんな言葉が感じ取れる

 

「…………」

「えっと、セラフィムさん?」

 

その憐みに似た感情に多少の怒りを覚える、だが、覚えただけ

彼の判断は間違えてない、元よりこうするつもりだったのだろう

希望をチラつかせて足掻かせて、疲弊したところに最も平和的な解決策を持ち込む

最適解でなく、最善策でもなく、有耶無耶にして後腐れを極力残さぬように、酒の肴にでもなるような下らない笑い話にするために

それはある意味、ストレイドの理想に近い答えだった、誰かが悲しむでもなく、誰かが得をするでもない

代わりに遊ばれたというある個人への恨みだけが募るようにと

 

「あの、大丈夫ですか?」

「……ええ、平気よ」

 

実際彼女は彼にどうしようもない怒りを向けている

一方的に振り回されて、結局望みをかなえてくれないという現実を差し向けられる

そこには勿論彼女の力不足もある、追手達の予想外の胆力もある、ただ理不尽に苛立っている訳ではない

それでも彼にそんな感情を向けるのは、彼が正しくそうなるように仕向けたからだ

セラフィムは、それに気が付いている、だからこそ何も言えず、睨むことしか出来ないでいる

 

後ろを振り向く、そこにはクランタが苦い顔でストレイドを見ている

彼は何を思っているのか、聞けば答えるだろうか

いや、答えない、彼は随分と生真面目だ、そしてまっすぐだった

出された問題に解答を示せと言われ、馬鹿正直に答えだけを求めに行く

搦手を使うでもなく、真っ当な手段だけで示そうとする

正直人殺しをするような精神の持ち主ではない、誰かを犠牲に何かを得て、その結果を手放しに喜ぶような人物ではないだろう

そうでなければ、彼の周りに人はいない、慕うものなどいないのだ

 

「……彼も、疲れてるのね」

「そうだな」

 

いつから術中にはまっていたのか、それはこの際どうでもいい

今はただ、この前にいる男にどうするべきか、それが彼女にとっての命題になっていた

 

怒りのままに引き金を引くか、このままなし崩しに終わらせられるか

 

「……違う」

 

それはどちらも、彼女の望んだことではない

 

「……違うわ。こうじゃない、こうなるべきじゃない」

「……セラフィムさん?」

 

一人、何かを否定する、その様子に心配するバイソン

 

「あの、違うって何が……」

 

一言、質問をする

 

「この結果がよ、これは私の求めた解じゃない。よくないのよ」

「よくない、ですか……」

 

バイソンも経緯は聞かされている、彼女が何故彼に接触したか

どうしてこんな難しいことになっていたか

彼もまた人を率いることの出来る人種だ、であれば、この結末の意図はわかっている

だが彼は心優しい少年だ、誰かのように壊れてはいない

 

「あの、セラフィムさん」

「……なにかしら」

 

その善性からだろう

 

「もしよければ、僕の方で捜しましょうか?」

「……捜すって」

「はい、人を捜しているんでしたよね」

「ええ、そうだけど……」

「ならフェンツ急便でも似たようなことは出来ます。

取引先で、配達先で、向かった先で捜します」

 

手を差し伸べる、同情でなく、憐みでなく、確かな善意だけで

そこには悪意は存在しない、少年らしい優しさだけで構築された信じるに値するものだ

 

「……だけど、あなた一人で決めれることでもないでしょう」

「そうですね、でも僕一人でも協力することは出来ますよ。父も、きっと許してくれます」

「……そう」

 

その暖かさに多少は和らいだのだろう、少し微笑み返す

それから少し考え、話し出す

 

「坊や、あのね、私は昔、トランスポーターになりたかったの」

「え? そうなんですか?」

「ええ、ムーンライターなんて無駄にかっこつけたものじゃなく、そんな自分の為だけに動くものではない。きっと誰かを助けられるような、人を想えるような人になりたかったの」

 

彼女にとっては誰かに話すような事ではなかった

ただ、吐きたくなったのだ

 

「誰かの為に自分を捨てて、確かに命を救えるような、そんな人」

「そうですか……」

 

バイソンはある意味、彼女の理想に近い人種

トランスポーターという職種としても、その中にある温もりも

彼女が夢見た、命を運ぶことの出来る精神も

 

「いいわね、きっと、正しい道を歩けていたんでしょうね……」

 

彼女はとうに諦めている、そんな道は歩けないと

 

「あの、どうして、諦めてしまったんですか」

「……そうね」

 

そこには、彼女にとってより重要な問題があったから

 

「大したことではないの、それよりももっと、大切な、成さねばいけない事があったのよ」

「やらなきゃいけない事、ですか」

「そう、そうしなければ、私は人でなくなってしまうから」

 

どこか粗雑で、なのに礼儀正しい彼女にしては珍しく弱弱しい

その目はどこか遠くを見ている

 

「……セラフィムさん」

「……ごめんなさいね。坊やに聞かせるような話ではなかったわ」

 

目を閉じて頭をブンブンと回す、そうして何かを振り切るように

 

「駄目ね、自分よりも年下の子に弱音を吐いてるようじゃ」

「いえ、そんな事は」

「いいのよ、なんなら笑って、その方がすっきりするかもしれない」

 

優しく笑いながらなんとか空元気を振り絞る

そして、目の前の男に目を向ける

 

「なんだ、聞きたいことでもあるのか?」

 

それまでずっと沈黙していた男が視線に気づき言葉で返す

 

「ええ、一つ、聞きたいことがあるの」

「言ってみろ」

 

それは、彼には一生答えることの出来ない問いだった

 

「あなたには、居場所はあるの?」

 

「…………」

 

普段は適当に返す男が無言になる、それが何を意味するか

 

「……あの、それはどういう意味ですか?」

「そうね、坊やは知らなくていい」

 

意図がわからず困惑するバイソンを置きストレイドに意識を集中する

一挙一動を見逃さぬように

 

「……戦場だ、そう答えれば納得するか」

「しない、それが答えならこんな回りくどいことはしない」

「なるほど、お前、人死を知ってるな」

「ええ、知ってるわ。死という概念が何をもたらすか、よく知ってる」

「人殺しは知らないんじゃなかったか」

「ええ、私は殺したことはない、だけど……」

 

「殺されたことなら、一度ある」

 

彼女の言葉が何を意味するか

 

「……そうか、そうして生き別れたか」

「そう、そうして私はここにいる。だから、あの人を捜してる」

 

ストレイドは振り向かず、セラフィムは彼を睨み続ける

対立ではなく、対話の為に

 

「随分つまらぬ思想に支配されているようだな」

「そうよ、あなたにとってはそんなもの。だけど私にとっては大事な事」

「そうまでして抱えるモノか? わからんな……」

「わからないわ、あなたの様に持たぬ者には。これは放ってはいけない事なの、捨ててしまってはいけないの」

「そんな事だから拠り所に依存する。やはり人はわからんな」

「ええ、だけど、だからこそ人は人足り得るのよ」

 

傍から見れば口論に聞こえるそれは、だが確かに初めてこの二人が交わす真っ当な会話でもある

 

「え、その、あの……」

 

それに気づいて、止めたくても止めれないバイソン、彼に止めることは出来はしない

 

「貴様、それがどれだけ不明瞭で脆い代物か、わかっているのか」

「わかっている、だからこそ歩いているの。そうして成し得て、ようやく私は人を名乗れる」

「結果が欲しいか、そして過程も欲しがるか。ハッ! どうやら見くびっていたらしいな」

「笑うのね、やはりあなた、持ったことすらないようね」

「そんなモノ、俺には不要だ。貴様には理解できないさ、しようもないだろう」

「したくないわ、私が最も忌み嫌う概念だもの」

「ちょ、ちょっと待ってください! 喧嘩は良くない――――」

「「していない」」

「……ええ」

 

エスカレートしていく口論をただ見守ることしか出来ない状況、唯一幸運だったのは

 

「……夜更けだという事を忘れていないか?」

 

向かった先が彼女のもとだったという事

 

「へ? あ、チェンさん!」

「どうして君がここにいるんだ?」

「うん? あっと、悪い、気づかなかった」

「え? 目的地ってここ?」

 

口論を中断し声の主へと各々視線を向ける、そこにはチェンの姿があった

その隣には一人の警官がいる

 

「傭兵、ここは酒場でもなければライブハウスでもない。裏通りとはいえ街中だ、大声を出すな」

「悪いな、ちょいとお話し中だったんだ」

「……素直に謝るな、気持ち悪い」

 

ストレイドの謝罪を流しつつ彼らの後方に目を向ける

そこにはクランタ率いるスーツの男達がいる

 

「傭兵、彼らが例の襲撃者なのか?」

「ああ」

「……本当か?」

 

何処か疑問を浮かべつつこれまでの過程を確認していく

発端と、経緯と、予期されていた終了条件を

 

…………………………

 

「なるほど、つまり元凶は貴様か」

「失礼だな、俺は只双方にメリットのある提案をしただけだ」

「物は言いようか、まるで詐欺師だ」

 

説明を終え事態の大まかな確認を取る、どこか辟易とした顔で淡々と進めていく

 

「わかった、発端は酒場での襲撃、それに対する自己防衛、例の騒ぎはその逃避行。これが収束点だな?」

「その辺は警察の仕事だろう、俺に聞くな」

「被害者、加害者からの話をもとに作るものだ、報告書というものは」

 

チェンとストレイドが話し合う様子を再び離れた所で眺める二人

 

「……あいつ、随分知り合いが多いわね」

「そうですね、まあ共通の知人がいるからって事もありますけど」

「ああ、例の製薬会社ね。ロドスアイランドとかいう」

 

二人、適当に話しつつ時間を潰す、その後ろでは

 

「……すまない、お前達」

「い、いえ! お頭が謝るようなことでは!」

「しかし、唆され、実行に移したのは俺だ」

 

終わりを予見し、敗北者のような雰囲気を漂わせる追手

 

この騒動は終わりに向かうだろう、龍門警察が介入し暴徒を鎮圧させた

表向きはそのような話になるだろう、流石に真偽不明の傭兵団の名を使うわけにはいかない

警察とはそういうものだ、良くも悪くも民衆の為に動くもの、そこにあるべきは護る相手への誠実さなのだから

 

「……結局、今まで通りか」

 

これで終局、この後どうしようか、またどこから捜し始めようか

そんな事を考えていると

 

「おい」

「ん?」

 

ストレイドが何故か手招きしている

 

「あの、呼ばれてますけど……」

「……何かしら?」

 

それに応じて近づいていく、そこにはむっつり顔の婦警がいた

 

「彼女か? 例の人物は」

「ああ、こいつだ」

「? ……何の事?」

 

何やら意味のわからぬこと言っている、すると

 

「じゃ、頑張れ」

「え? へ?」

 

ストレイドはバイソンの方へと歩いていってしまう

 

「いや、ちょっと?」

「まあ気持ちはわかる、一度落ち着いてくれ」

 

いきなり二人きりにされ慌ててしまう、チェンはある程度事情を知っているのかなだめにかかる

 

「あの、私に何の御用で?」

「何、今回の件の事実確認をしたいだけだ。ああ、その前に……」

 

チェンが一度セラフィムの後方、遥か後ろに居るクランタの方を向く、そして一言

 

「オブライエン! いるのはわかっている! こっちに来い!」

 

そう叫ぶ、するとスーツの男たちを掻き分け一人の警官が出てくる

呼ばれたままこちらに合流する

 

「よくわかりましたね」

「ならばもっとわかりにくいようにするんだな。大方ホシグマに言われてきたんだろう、丁度いい、アイツに事の経緯を説明してくれ」

「了解」

 

そのまま少し離れた所にいたもう一人の警官の傍に行く

 

「ポール、尾行は苦手か?」

「言うなエヴァンジェ、もとより警官のすることではない」

「ふむ、だが時には必要な技術だろう」

「……説教は好かん」

 

親しいのか、話しながら無線の準備をする

その様子を見流しながらチェンに意識を向ける

 

「まず最初に自己紹介からいこう。私はチェン、龍門近衛局の者だ」

「ああ、私はセラフィム、その、えっと……」

「なんだ?」

「……いえ、フリーターです」

「そうか」

 

流石に警官相手には言えなかったのか、顔を赤くしながら自己紹介を交わす

 

「君は今回被害者という形になっている、その際誰がどうして襲われたという細かな情報が必要になる。その人物がどこの誰だったか、等だ」

「ええ、そうね」

「特に君に関しては……まあ、言わずともわかるだろう」

 

そう言ってセラフィムの背中と頭上に視線を向ける

 

「ラテラーノの国民証を提示してほしい、いいだろうか」

「ええ、どうぞ」

 

そう言って特に渋ることなく国民証を手渡す

それを受け取り、黙って確認するチェン

 

「…………」

 

ただその目は、どこか懐疑的なものになっている

 

「……確認したい」

「? ええ、何かしら」

 

国民証を返しながら、質問する

 

「君の名前は、セラフィム、なんだな?」

 

それを聞かれ、特段迷うこともなく

 

「そう、私の名前はセラフィムよ」

「……わかった、そうしよう」

 

そう答える、その態度に何かを感じたのか、特別何も言わず話を進める

 

「さて、とりあえずはどうしてこんなことになったかは聞かせてもらった」

「まあ、そうよね、大体アイツのせいよ」

「ああ、いつもいつも碌な事をしない。どうして誰も咎めないのか……」

「あら、親しいの?」

「共通の知人がいるだけだ、それはいい。それで確かめたいことがある」

 

一瞬、彼女の視線がストレイドにいく

 

「君は、奴との契約にどう思っている」

「……それって」

「例のゲームとやらだ。馬鹿馬鹿しい、自分の命を天秤に計るとは……あれの考えはわからんな」

「えっと……」

 

どうしてここでその話が出るのか、チェンは何も言わず、話を進める

 

「人を捜しているらしいな」

「え、ええ、そうよ」

「それであの男に協力を願ったと、そして条件をクリアすればあれの抱える組織ごと協力を得られると」

「…………」

「ああ、勘違いするな。私はこの龍門で殺人が起きればどこにいようと裁きに行くぞ。君がそれを望むなら覚悟するといい」

「いや、そうじゃなくて」

「言いたいことはわかる、何故そんな事を言うのか、だろう」

 

溜息を一つ吐き、嫌そうな顔をしながらチェンは言う

 

「別に、奴が言ったんだ。『間違えはしないだろう』と」

「……つまり?」

「さあな、それが何を意味するか、私には関係ない。ただ……」

「ただ?」

 

ストレイドに視線を向け、睨みながら

 

「あれは、まだやる気らしい」

「…………」

 

やる気とは、このゲームをだろうか

 

「その決定を、君に託すそうだ」

「いや、なんで?」

「私はそう言われただけだ。奴の考えなどわからん」

「なら余計に止めるでしょ、なによりあなた警官じゃない」

「そうだな、だが同時に人でもある。何もかもを冷酷に裁く機械にはなれはしない」

 

言葉の真意が読み取れない、いや意味はわかるのだ、だがそれはつまり

 

「……汚職にならない? それ」

「……勘違いするな、見逃すわけじゃない」

 

この場は流し、あと少し、この騒動を続けるという事

 

「え? いいの? 警察がそんなことして」

「よくはない。だが今回、奴は善意に似た何かで動いている」

「……あいつが?」

「ああ、そのようだ」

 

理由はわからない、本来冷酷なはずの男が機会をやれと言っている

チェンのいう事は即ち、そういう事

 

「…………」

「……無駄口を開けてないで、返答が欲しいんだが」

「あ、ああ、ごめんなさい」

 

そして目の前にいる警官は、聞き入れてくれるらしい

 

「どうする、選択肢は君がもっている」

「でも……」

「勿論、犯すべきことを犯せば法は動く」

「……なら、選択肢なんて一つでしょ?」

「そうだな、だが逆に考えろ。犯さなければ、法は動かない」

「……え、待って?」

「わかったな? なら早く決めてくれ」

「いや、待って、殺すなって事?」

「ああ、私としてはそれが望ましい。だが……」

「…………」

「答えをどうするかは、君の決めることだ」

「……そう」

 

そう言ってチェンは黙ってしまう、言外に早くしろと急かしながら

 

「…………」

 

どうすればいいのか、かえってわからなくなる

続けていいのだろうか、いや、それが出来るならそうしたい

だが必ずしも正しい結末に行くとは限らない

 

少し離れた所にいるストレイドを見る

何かを話しながらバイソンの頭を撫でている、大方茶化しているのだろうか

 

――――間違えはしないだろう

 

チェンの言う事が正しければ、それが確かな事項ならば

あの男は、彼女に期待をしているということになる

その期待が何に対する物かはわからない、もしかしたら彼の都合のいいように使われるという意味かもしれない

 

「悩んでいるな」

「そりゃあ、悩むわよ、こんなの」

 

そもそも何故彼女は彼に協力するのか

知り合いという事は知っているはずだ、彼が何者かを

 

「何故私を見る?」

「いや、だって……」

 

あれは傭兵だと、人殺しだと

彼女が最も忌み嫌う人種のはずなのだ、人を想う事のない残忍な感性を持つ化け物だと

 

「ねえ、あなたは、彼を知っているの?」

「? ああ、知っているが」

「なら、どうして賛同できるの」

「……賛同など、してはいないんだが」

 

彼女の質問の意図に気づいたのか、嘆息しながら言う

 

「セラフィム、あの男の在り方が恐ろしいのはわかる」

「……なら、ならよ? 味方には付かないでしょ」

「そうだな、味方には付かない。私は今、奴の敵としてここにいる」

「敵?」

「ああ、敵だ。共に歩くでもなく、一時の味方という訳でもない。私は奴を否定するためにここにいる」

 

チェンの言葉の意味は今の彼女にはわからない

ただ一つ、わかることは

 

「セラフィム、アイツは間違いであることを望む男だ。正しい事柄に否定されることを好む男だ」

「それって、どういうことよ」

「そうだな、理解するには難しい。ただ言えることは一つだけだ」

 

「君はきっと、正しく在れる」

 

「……何をもって正しいというのよ」

「さあな、それは人それぞれだ。正しさというものは数がある、その中から選べと言われても困惑するのが普通だ」

「…………」

「君について詳しくは知らない。だが確かなのは、君は既に選んできているという事だ」

「……そんな風に言われることはしていない」

「している、でなければ奴はこうは動かない」

 

憎々しげに誰かを見ている、その視線が誰を見ているかは確認するまでもないだろう

 

「奴の代弁をするようで癪だが、君はこの場で誰よりも聡明だ、同時に自由でもある。特定の誰かに縛られず、自身の答えを選ぶことが出来る」

「それはあなたもそうでしょう?」

「いいや、私は近衛局の一警官だ。警官としての職務を全うしなければいけない

あの男もそうだ、奴がどうして狙われているのかなぞ興味はないが、この場においては奴も行動が制限されている」

「……これで?」

「ああ、これでだ。酷い時はもっと酷い」

「普段から交流があるの?」

「いや、そういう訳ではない。いい加減に無駄話はやめよう、そろそろ答えてくれ」

 

半ば強引に話を切られる、確かに聞きすぎた

もう一度ストレイドを見る、彼は何も言わず、こちらを見ている

 

「どうする?」

 

チャンスはまだある、少なくとも今は

 

ふと、上着のポケットに手を触れる

そこには、彼女のこれまでを決めたある種の呪物がある

 

「……わかった、続けるわ」

「……ああ、承知した」

 

一言、決定を告げる

それを聞いたチェンはそれ以上は追及せずにストレイドのもとに向かう

 

「だそうだ」

「そうかい、じゃああっちの少年にも伝えるかね」

「そうするといい、だが起源は半刻程度しか伸ばさん。それを過ぎれば今度こそ止めるぞ」

「いいさ、しかし承知するとは思わなかったな」

「何、私は只、職務を全うしているだけだ」

 

どこか刺々しい空気を纏いながら話す二人、それを遠巻きに眺める

 

「……仲は悪いのね」

 

そんなことを考えながら状況を整理する、そして、あることに気づく

 

「……あれ?」

 

彼女が警察とまともに話したのは、今のが初めてだ

先程のチェンとの自己紹介が、初めてだ

 

「…………」

「……おい、ポール」

「どうした」

「見られているぞ」

 

はて、あそこにいる警官は何故自分の名前を知っていたのか

 

「……まさか」

 

とある可能性が頭をよぎり詰め寄ろうとしたとき、事態は起きた

 

「傭兵、とりあえずはこれが限界だ。事態を収拾するというなら期限は守れ」

「ああ、悪いな」

「構わん、貸しを作ったと思えば幾分楽だ。では今回の件についてはしばらくは触れん」

「わかったよ」

「そう、今回の件は、な」

「ん?」

 

どこか不穏な気配を漂わせながら、赤霄に手を伸ばす

 

「なあ、龍の嬢ちゃん。なんで剣に手を伸ばしてるんだ?」

「何、少し前わかった事があってな」

「ほう」

「嫌なに、常日頃から確認を怠っていなかったのが功を制したらしい」

「……ふむ?」

 

赤霄に仄かに光が流れる

 

「つい先ほど、検閲に聞いたんだ」

「何をだ」

「ここ一ヶ月の入国者に関して」

「へえ、真面目だな」

「そうだろう、そしてとある人物の入国履歴を調べた」

「ふーん」

「そいつは黒髪の人種不明の男なんだが、車を持っているんだ」

「ふむふむ」

「随分とゴツイ軍用車なんだが、その男がここに来るときはそれに乗ってくる」

「へー」

「その車は、ここ最近龍門には来ていない、それはつまり男はここにいない筈なんだ」

「……あっ」

「龍門は入国管理は規制を厳しくしているものでな、もし違法な手段で来ているのであれば罰せられるのが法律だ」

「…………」

「さて、傭兵。一つ聞こう」

 

「貴様、不法入国したな」

 

その言葉に何も言わず不敵に笑うストレイド

それに同じように笑って返すチェン

 

何やら物騒な光が瞬いた

 

「うおおぉぉぉ!? 危ねーな!?」

「チッ……避けたか」

 

つい先ほどまでストレイドがいた所が煙に覆われている

正確には、あるアーツユニットの衝撃に呑まれている

 

「まてまて! 無抵抗の善良な一般人――うおっ!」

 

ストレイドの弁明も聞き入れられず二度目の光が解放される

その光は彼女の握る剣から放たれている

 

「おい、光波はずるい! 光波はずるいぞ!」

「どうとでも言うがいい。私はただ不法入国ををかました犯罪者を取り締まっているだけの警官だ。どうだ、職務を全うしてるだろう?」

「まあまて、話せばわかる。話せばあああああ!?」

「ええい! すばしっこい!」

 

続けて三射目が放たれる、命中地点はごっそり抉られている

 

「おいおい、街中でこんなものをぶっ放すなよ!」

「ならば避けるな!」

「殺す気か!?」

「まさか、少し痛い目を見てもらうだけだ!」

「痛い目で済むか!」

 

そのまま今日一番で物騒な鬼ごっこが開始される

まるでハリケーンのように、過ぎ去ったところが破壊に呑まれるような危険なもの

 

「……ええ」

「なんか、前もこんなことあったような……」

「何をしている、奴らは」

「まったく、仲のいいことだ」

「エヴァンジェ、冗談では済まないぞ……」

 

突如として始まった破壊劇を遠巻きに眺める面々、今この場の彼らは皆、こう考えている

 

――なにやってんだあいつら――

 

嵐を見物しているような、ある種の天災を見ているような状況

これで事が済めばどれだけ幸せだったか、だが世の中甘くはない

事態とは常に最悪へと進んでいくものである

 

「待て! おとなしく斬られろ!」

「誰が!」

 

他の面子を置いて鬼ごっこにかまける二人

その片方、赤い剣を振るう方に異変が起きる

 

「相変わらず逃げ足だけ――へぶっ!?」

「あ?」

 

彼女の頭上に、何かが落下する

 

「ちょ、なんだ? 何が付いてる?」

「急にどうし――げぇ!?」

 

彼にしては珍しい、あからさまに引いてる反応

それはチェンの頭に張り付いているモノが関係している

 

「な、なんだ、ムシか?」

 

それはこんな見た目をしている

ダニのような体に、青い体色

体の前方、口の付近に触手のように生えた足

そして、妖しく煌めく六つの目

 

「キチキチ」

「あー、うん、なんだ」

「おい傭兵! 少し手を貸せ!」

「キチキチ」

「嬢ちゃん、一つだけいいか」

 

ストレイドは空を見上げ、一言言い放つ

 

「これは、俺は、悪くない」

 

「だああぁぁぁんちょおぉぉぉぉぉちゃぁぁぁぁぁん!!」

 

突如として響き渡る声、同時に地面に移る一つの人影

 

「……誰?」

 

金髪のツインテールをなびかせ空から降ってくる

 

「子供、ですか?」

 

その人物は白衣を着こみ、まるで科学者のような印象を受ける

 

「……あれも、ネストの傭兵なのか?」

 

しゅたっ! という効果音が似合いそうな綺麗なヒーロー着地を決める耳長のサルカズの少女

 

「何という事だ……奴が来るのか」

 

彼女はブラッドブルードと呼ばれる種族の一人である

 

「ふむ、相変わらず元気な少女だ」

 

その種族が何を意味するか、彼女が何者か、予期できるものは大勢いるだろう

 

「どうもみなさーん! はじめましてー!」

 

かくして彼女は己の名を叫ぶ

 

 

「キサラギちゃーんだよ♡」

 

 

「「「…………」」」

 

「あれー? 返事がないなー?」

「そりゃあ……そうだろうよ」

「キチキチ」

「ぐぬぬぬぬぬ…………!」

 

事態は飲み込んでいるのか、一人冷静に突っ込むストレイド

それとは逆に自分に起きた異変に精一杯なチェン

そして場を混沌で支配した金髪幼女

 

「も~わたしは悲しいよ~。こういう時は暖かく出迎えるのが普通でしょ~?」

「いいや、これが正常だ」

「ほらみんなー! キサラギちゃんかわいいやったー! はい、復唱」

「させるなさせるな」

「ぬがぁぁぁぁぁぁぁ!」

「キチキチ」

 

全員この場の流れについていけていない、チェンの悲痛な悲鳴と少女の場違いなテンションだけが辺りを支配する

 

「しょーがないなー。じゃあ今回は初回サービスという事で許してあげるよ!」

「何様だ」

「わたし様!」

「造語か?」

「ううん? 形動詞だね。意味合いとしてはうちうちとして、つまりは表立てない、という意味だよ!」

「……そうか」

「ちなみに~本来の読みは『私様』と書いて『わたくしざま』、さあ博識なキサラギちゃんをほめて~」

「…………」

 

心なしかストレイドの目が死んでいる

 

「……え、ホントに誰?」

「あの、お知合いですか?」

 

事態を飲み込むためだろう、何者かを聞いてくる

そして返ってきた答えは

 

「……そうだな、ただの変態だ」

「「?????」」

 

余計少女の認識を崩壊させた

 

「この……! なんだコイツは!」

「キチキチ」

 

そんな中、一人頭部に引っ付いた何かと格闘するチェン

力づくで引きはがそうと踏ん張っている、その様子に気づいた少女が

 

「あ、だめだよーおまわりさーん。彼女たちはとってもデリケートなの! そう、まるでシエスタの火山のように!」

「その例え、地質学者じゃないとわからんぞ」

「シャッラ―――プッ!!」

「…………」

 

意気消沈しているストレイドがいる、どうやら苦手な類らしい

そんな彼を置いておいて少女がチェンに近づき語り掛ける

 

「ほら、そんなに乱暴にしちゃダメ♡ 優しく、やさーしく、両手で包んであげるの……」

「包めるか! というかコイツは何だ!」

「え? AMIDAちゃんだよ?」

「さも知っていて当然のような返答をするな!」

 

その対応に苛立ったのか、頭部のナニカに対してより力が籠められる

だがそれは、悪手だった

 

「あ、ダメだってば―、そんな風にAMIDAちゃんをあつかうとー…………」

「ぐ……ぬぅ…………!」

「キチキチ……キチィ……」

 

ナニカの目が点滅し、鳴き声がまるで苦痛に耐えるように歪む、そして

 

「ホラ☆」

「あ? なん――ぶぁ!?」

 

爆散する

 

ブチャア!! という音と共に肉片が飛び散り、体液であろう緑の液体が周囲に散る

どこか鼻につく、なんともいえない臭いが辺りを支配する

 

「うえ……汚い……」

「……えっと、チェンさん?」

 

爆心地にいたチェンは、その顔は

 

「…………」

「ご愁傷様だ、お嬢ちゃん」

 

ナニカであった肉片と、その体液と、地獄のような悪臭に包まれていた

 

「…………」

「どーどー? これがAMIDAちゃん達の自己防衛手段、自爆だよ☆ イタイッ!!」

「生き物のとっていい手段じゃねえよ」

「なんでよー、効果的だよー?」

「どこがだ、グロテスクな光景を辺りに広めるだけじゃねえか」

「…………」

 

何が起きたかよりも、自身に起きた悲劇よりも

これがなんなのか、その一点にのみ彼女の思考は働いていた

 

「……おい、傭兵」

「なんだ」

「この液体、どんな効果がある」

「……そうさなぁ」

 

問われた男は周囲を見渡す、そこには

 

ボトリ

 

「へ?」

 

ボトボト

 

「ん? ひっ!」

 

ボトボトボト!

 

「なんだ、こいつら……!」

 

ボトボトボトボト!!

 

「……エヴァンジェ、逃げていいか」

「慌てるな、我々を襲うとは限らんだろう」

「襲うだろう、あの目は」

 

夥しいほどの数の落下音、それに比例して増えていく怪しい光

 

ブウゥゥゥン!!

 

「……マジか、新種も来るか」

「ふっふーん、わたしに不可能はない!」

「不可能は不可能のままにしてくれ」

 

突如と聞こえる羽音、中には地を這うような音も聞こえてくる

 

「傭兵、頼む、これは何だ」

「ああ、それは――」

「説明しよう!!」

 

どこか悲痛な声をあげるチェンに応える様に変態(キサラギ)が小さい胸を張って答える

 

「彼女たちの体液はなんと! 仲間たちを呼び寄せる効果があるのだ!」

「……つまり?」

 

「今から皆お巡りさんに集るよ♡」

 

その説明を聞き終わる前に、彼女はナニカに包まれていた

 

「「「キチキチキチキチキチキチ」」」

 

「えぐ……」

「うわぁ……」

「…………」

 

つい先ほどまでチェンがいた所は、奇怪な虫団子が生成されていた

彼女の体は埋もれ、姿は見えない

かろうじて見えているのは抜け出そうと必死にもがく片腕だけ

ビクビクと震えながら、それでも懸命に空を泳いでいる

 

「これ、平気なんだろうな……」

「平気だよー? それどころかきっと幸せを感じているよ!」

「んなわけあるか」

「ホントだよー、彼女は今、AMIDAちゃん達の温もりに触れているの! それは優しく、暗く、蕩けさせてくれるようなモノ。即ち、愛」

「……ちなみに、物理で蕩けている訳じゃないんだよな?」

「大丈夫だよー」

「この前、実験で鋼鉄を溶かしているのを見たんだが」

「……ダイジョブダヨー」

「お前……」

 

いつの間にかもがくこともなくなり、ゆるゆると肉に呑まれて行く腕を見ながら言う

説得力がない、彼女は今どうなっているのか

 

「……仕方ない、美人にトラウマを植え付けるわけにもいかんか」

「いや、手遅れでしょ」

 

ストレイドが助けようと近づいた時

 

「ッ!? まずい!」

 

虫団子が突如はじけ飛ぶ

同時に再び肉片が周囲に飛び散る、だがその範囲は先ほどの比ではない

 

「あぶなっ!」

「ぶうぇ!?」

 

数十か、数百か、数えきれないほどのナニカの肉は広く振りまかれ

 

「うわっ!」

「頭! 平気ですか!」

 

その液は、被弾者の服に、肌に浸透していく

 

「……恐ろしい、ああ本当に恐ろしい」

「ふむ」

 

そして、それが何を意味するか

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「平気か?」

「……平気にみえるか?」

「いや、見えない」

 

団子から解放され肩で息をしているチェン、その体は緑一色である

 

「うぇぇぇぇ……汚い……」

「坊や、平気? まともに顔に当たったけど」

「頭、怪我は?」

「怪我はない、が……これは、そういうことか」

 

各々が被害を確認する中、最悪の事態は訪れる

 

ボトリ、ボトリ

 

「……嫌な音ね」

「はい……」

 

もぞもぞ、キチキチ

 

「これは、退くべきだな」

「頭、逃げましょう」

 

ブゥゥゥン!

 

「キサラギ、覚えておけ……」

「はーい!」

「…………」

 

裏路地は、AMIDAで埋め尽くされた

 

「バイソン! 走りなさい!」

「は、はい!」

「頭! こっちです!」

「くそ! こいつらバッタか!?」

「馬鹿! チェン、こっちにくるな!」

「貴様が私の前にいるだけだ! さっさと退け!」

「あっち行きゃあいいだろ!」

「うるさい! 私は振り向きたくないんだ!」

「わったしっもいっくぞー!」

 

阿鼻叫喚の地獄絵図、とはこの事である

得も言われぬ脅威にさらされ、それぞれが散り散りに逃げ惑う

果たして誰と誰が一緒になったか、どうしてこんなことになったのか

 

「……行ったか」

「そうだな」

 

混沌を極めた地点に残っていたのは二人だけ

 

「私は、あれが味方とは思えんよ」

「慌てるな、彼女もわざととは限らんだろう」

「いや、わざとだ」

 

二人、静かに事の経緯を見守るのであった




Q、キサラギを金髪ツインテロリにする必要ありました?

A、なかったです

Q、ならなんでしたんですか?

A、楽しそうだったから

ちなみに途中で切ろうかなって思いましたが話数が増えるのもあれなんで切らずに二つくっ付いたのが今回の話になります、長いのはそのせい

AC用語解説

エヴァンジェ

ACNX ACLRに登場、機体名はオラクル、Mr.ドミナント
NXではパッケージ機体を担当、OPでの高速戦闘はかっこいい
普段からあれだけ動ければ、もっと楽に戦えたのに
尚戦闘中によく無意味にEOを無駄に出し入れする、ちょっとうるさい
無駄に洗練された無駄のない無駄な動きとはあれを言うのだろうか

『慌てるな、次も敵とは限らんだろう』

背中のリニアガン外せやオラ

KISARAGI

AC3~ACLRに登場する企業
販売パーツは主にジェネレーターやラジエーター、FCSなどの内装を担当する
だいたいコイツが悪い、ちなみにAC3の時の仲介人は中田譲二、特に意味はない


AMIDA

ACNX ACLRに登場する生物兵器、某変態企業が生み出した叡智の結晶
そのシルエットは万物を魅了しあらゆるレイヴンを熱くしたとか(物理で)
オスとメスが存在し、オスは飛べる、繁殖期に入るとオスはメスの胃袋に収まる習性を持つ

『キチキチ』

自爆も酸も痛いからやめてくれ



フルシリアスにしようとしたけどキリが悪くて繋げてしまった、強引に切ってよかったかもしれない、ちなみにチェンがどうして抜け出せたかはストーリを進めていれば恐らくわかる、はず


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Speaker

セラフィム達がAMIDAご乱心に巻き込まれていた時間から少し後

 

「……情報通りであれば、この付近に……」

 

ホシグマと数名の警官たちは例のフルフェイスと遭遇すべく歩みを進めていた

 

「しかし、やはり道理が通らない」

 

彼女は先ほどからずっと振り払うことが出来ない問答に頭を悩ませている

 

「何故、わざわざ一人で出てきたか……」

 

どうして囮になってまでこちらの注意を引きつけるのか

そもそも乗るかどうかもわからぬ相手のはずだ

法の番人とは確かにこうして危険因子を狩るために存在している

だが必ずしも動くわけではない、必要があれば動くのが法なのだ

確かにフルフェイスの男は脅威ではある、単騎で多数を潰せるような輩だと聞いた

しかしそれは、こうして狙いをつけてまでとりにいくべき首なのか、否、断じてそうではない

 

こう指揮したのはチェンだ、その男を追えと言ったのは彼女だ

意味はあるのだろう、彼女は聡明な人だ、間違えるようなことはしない

 

「恐らくは、正体を探れという事だろうか」

 

例の組織の目的と、ストレイドという傭兵との繋がりを確かめる

これが上司から密かに課せられた任務だろう

ある意味で相手から接触を望んでいる状況だ、絶好の機会ではある

相手も不必要に荒事を起こすような者でもないらしい、あくまでサポートに徹している

ならば話し合う余地もあるだろう

 

幾人かの警官を連れ目的地へと歩を進めていく

 

そうして、見えてくる

 

「………なるほど、これは一筋縄ではいかないな」

 

人気のない通りの中心に陣取る、大柄な男

その顔はフルフェイスのヘルメットで隠れていて仔細はわからない

だが彼が例の人物で間違いないだろう

その証拠に、一振りの剣を携えて堂々と立っている

まるで待ち構えるように、こちらを試すように

 

「あなたが、件の人物で相違はないですね?」

 

じっと彼女たちを見つめる男、表情はわからない

誰に視線を向けているかも確認は出来ない

 

男は何も話さず、静かに頷く

 

「ここに我々を誘導した意図は」

 

ホシグマが質問を投げかける

だが何も喋らない、答えることはしない

ただ黙って彼女たちに顔を向けている

 

「答えるつもりはないようですね」

 

沈黙している男の態度にしびれを切らし、捕縛しようとホシグマが武器を構える

その時

 

「……ん?」

 

フルフェイスの男が何やら動き出す、待てと言うようにゆっくり手を突きだしてくる

何かしようとしているのか、それとも時間稼ぎか

警戒を維持し一定距離を保って様子を見る

すると男は懐から何かを取り出した、それは――

 

「……手帳?」

 

手持ちの、小さなメモ帳だった

ポケットに入る程度の小さな物、続けてペンを取り出し何かを書き込み始める

そして見えるように突きつけてくる

 

彼我の間には距離がある、何を書いてあるかを読むには近づかなければいけない

もしかしたら間合いに敵を入れるための芝居(フェイク)かもしれない、ホシグマは訝しんだ

 

だが訝しんでいるだけでは事は進まない

仕方なく接近する、相手の一挙一動に目を配りつつゆっくり近づく

そして手帳を読み上げられるだけの距離に来る、はたして手帳にはこう書かれていた

 

――初めまして

 

「……あ、はい、初めまして」

 

見た目によらず流麗な線で書かれたそれは、挨拶だった

ホシグマの返答を聞き次のページをめくる

 

――私はワイルドキャットと言う、ただのしがない傭兵だ

 

「え、ええ、どうも、小官はホシグマです。龍門近衛局の一職員であります」

 

もう一度ページがめくられる

 

――此度はこのような騒ぎに巻き込んでしまい申し訳ない

 

「いえ、こちらもこうして治めるのが仕事ですので……」

 

――ここまで大事にするつもりはなかったのだが、物事は円滑に進まぬ物、どうか非礼を詫びさせてほしい

 

「……はぁ、そうですか」

 

前情報とは打って変わって紳士的な対応をしてくる男

一戦交えるかもしれないと緊張していた彼女には少々予想外な出来事だった

面食らってしまい歯切れの悪い返事を返す、それを謝罪に対する否定と取ったのか

 

「ん? 何を――――ッ!?」

 

男は突如膝を曲げた

続けて上半身を前に倒し、両手を地面に置く

そしてそのまま、ゆっくりとお辞儀する

 

人はこれを、土下座と呼ぶ

 

「待ってください! いきなり何をしているんです!」

 

男のいきなりの行動にさらに驚くホシグマ、その後ろでは

 

「おいおい、土下座させてるぞホシグマさん」

「あちゃー……怒らせると怖いもんなぁ」

「あのメット頭、何やらかしたんだ」

 

遠巻きに見ていた警官たちがさもホシグマがそうさせたとでもいうような話をしている

 

「ちょっ! 違います! 小官がさせている訳ではありません!」

 

必死に否定する、だがこの状況は傍から見たら彼女がさせているように見えなくもない

 

「あなたも黙ってないで弁明をしてください!」

 

肝心の男は何も言葉を発さず黙々と体制を維持している

 

「うわー、カンカンじゃん」

「夜中とはいえこんな通りの真ん中で土下座させられるとか……」

「ホシグマさん、やっぱ鬼だなー」

 

どれだけ言い繕っても噂は独り歩きを始めてしまう

 

「待って! 違うんです! 話を聞いてください!」

 

しかし彼女の声は届かない

結局、彼女の口から許しの言葉が出るまで男の土下座は解かれることはなかった

 

…………………………………

 

 

「いいですか、土下座とは確かに謝罪の意を表す行為ではあります」

 

その後、フルフェイスの男、もといワイルドキャットはホシグマから説教を食らっていた

 

「ですがそう軽々しくしていい事ではないのです」

 

内容としては先ほどの土下座に関する正しい知識の説法である

つい先ほどまで危険視されていた男は正座してホシグマの言葉を静聴している

 

「それは本来最敬礼に属するもの、さっきの話はそこまでするような話ではありません。あなたが己の行いに許しを請いたかったという気持ちはわかります」

 

ワイルドキャットは時折頷きながら、依然として喋りはしない

後ろで待機していた警官たちは全員沈黙している、その頭には大きなたんこぶが出来ている

 

「聞いていますか? ワイルドキャット殿」

 

ホシグマの問いかけにまた頷く、しっかりと聞いてはいるらしい

だがそれ以外にリアクションがない、喋ってくれればまだやりやすいのだが

 

「はぁ、わかりました、言いたいことは言いましたので、これ以上は言うだけ無意味でしょう」

 

嘆息しながら説教を切り上げる

ワイルドキャットも頃合いを見て立ち上がる、そんな男の姿をもう一度注視する

 

大柄な体に引っ付いた怪しいヘルメット、バイザーは酷く暗く、中身は見えない

種族もわからない、輪っかがない辺りからサンクタではないだろう

だからと言って尾があるわけでもない、いったい何者なのか

 

それに、もう一つ気になるものもある

 

「それで、何故帯刀しているのですか? 聞いた話では先ほどは持っていなかったはずですが」

 

その質問に応える様に手帳を取り出しまた何かを書き始める

そして再び突きつけてくる

 

――ストレイドから言われたんだ

 

「…………」

 

――近衛局は容赦がない、平気で一般人に刃を向けてくる野蛮な連中だと

 

「……どこが一般人ですか、どこが」

 

彼の中での一般の定義が気になってきた

ワイルドキャットがもう一度ペンを走らせる

 

――それで、用心の為に持っていた

 

「その用心は必要ありません。我々は無意味に傷つける行為は致しません」

 

返答を聞き、少し考えた後また書きなぐる

 

――後、戦いたくもあった

 

「……はぁ」

 

――相当できる剣士と盾使いがいると聞かされている。あわよくば双方と一戦交えたい

 

そう書き込むと、持っていた剣がカチャリとなる

見てみると片手がすでに触れられていた

刀のようなフォルムの灰色の鞘に収まった剣、その鍔には指がかけられている

うっすらと抜かれた隙間からは蒼く光る刀身がちらちらしている

 

「……申し訳ございませんが、決闘はオフの日に」

 

――オフならいいのか?

 

「休暇が重なれば、ですが」

 

心なしか彼の周囲がパーッ! っとなった気がする、喜んでいるらしい

 

「そんないつ来るかもわからない話はおいてください」

 

ワイルドキャットが剣から手を離す、どうやら戦闘狂の類らしい

多少の分別があるのは救いだろうか

 

「それで、どうしてここに? 何故囮になるような行動を?」

 

ここでようやく本来の話が出来る、一度した質問をもう一度聞いてみる

ワイルドキャットは何も言わずに手帳に書き込み始める

 

その様子に、彼女もいい加減気になっていたのだろう

 

「あの、喋れないのですか?」

 

何か訳ありなのかもしれないがこのようなコミュニケーション手段は手間がかかる

ストレスが溜まるという訳でもないが少々もどかしい、どうにかできないかと思って聞いてみる

彼は少し考え、返答を示してくる

 

――喋れはする

 

「では何故……」

 

――ただ、怖いと言われた

 

「怖い、ですか」

 

――昔、喉を潰された

 

「……それは、無礼な事を聞きました」

 

――気にしていない、なるべくしてこうなったんだ

 

突然の解答に少し罪悪感を感じてしまう、本人は気にしていないようだが不便だろう

だが怖いとはどういうことか、聞き返そうとすると

 

「…………アァ…アァァ…………」

「ッ!?」

 

突如、おどろおどろしい音が聞こえてくる

 

「ワタシ……ハァ……コンナフウニシカ…ハナセナイィ……」

 

壊れた機械から発せられたような、なのにどこか生物味を感じさせる重低音

それが目の前の男から発せられていると気づくのには時間はかからなかった

 

「し、失礼、筆談でいきましょう」

 

耳に入れるには確かに聞き苦しい、目の前の傭兵を侮蔑するわけではないがこれは話さない方がいいだろう

彼もそれを知って筆談で通しているようだ、ここは彼の気づかいに甘えることにする

 

そしてまた、手帳を突きつけてくる

 

――先ほどの質問だが、これは確かに私が意図してやったことだ

 

何故陽動を行ったか、の返答だろう

続けてページがめくられる

 

――大した理由ではない、さっきも伝えた通り一戦交えてみたかったのと

 

「……話を、したかった?」

 

ホシグマが読み上げた文章に、ワイルドキャットは静かに頷く

 

「話とは、なんでしょう」

 

――なんの面白みのない話だ、だが伝えておいた方がいいと、マギーに言われた

 

「マギー?」

 

――私の知り合いで、超一流の情報屋だ

 

「超、ですか」

 

―― 一度戦場から離れたにもかかわらず未だ戦場で生きる強い女性だ。あなたも話してみればわかるだろう

 

「まるで話してみないかと誘っているようですね」

 

――それはいい、これが終わったらどうだろうか。とあるバーで飲んでいる最中だったのだ

 

「……あの、喉が潰れてるのにお酒を嗜んでいいんですか?」

 

――問題ない、呼吸器系と食道の管は分けられている

 

「いや、そういうことではなくて」

 

――メンテナンスの手間はあるが、依然と変わらず飲み食いできるのはいい

 

結構マイペースなのかもしれない、それとも人と話すのが好きなのか

咳払いをする、一度話を戻しにかかる

ワイルドキャットもお喋りが過ぎたのかと反省したのか、しばらくの間黙って手帳に書き込み始める

 

「…………」

 

五分ぐらいか、そこそこ経った頃合いに三度手帳を掲示してくる

 

――あなたは、我々の名を知っているか?

 

「我々、ですか」

 

――そうだ、レイヴンズネストと言う傭兵団に聞き覚えは

 

「……カラスの巣、ですか?」

 

その返答に否定が飛んでくる

 

――渡り鳥だ、カラスではない

 

「……カラスも、同じ渡り鳥では」

 

――そうだが、違う。カラスの名は彼だけのものだ

 

「……彼、とは」

 

――ストレイド、知っているのだろう?

 

その質問に首肯する

どうやら彼との関係性を隠すつもりはないらしい

 

「あなた方は、彼の部下のようなものなのですか?」

 

ページが捲られる

 

――違う、同業者だよ。基本は

 

同業者とは、傭兵と言う意味でだろう、では何故彼を助けるのか、問おうとして、まためくられる

 

――そして同時に、賛同者でもある

 

「……賛同者?」

 

手帳は静かに、淡々とめくられていく

 

――理解は出来ないだろう、だが聞いて損はない

 

――いずれ、嫌でも耳に入る

 

――そうなるのが、我らの望みなのだから

 

「望み?」

 

ワイルドキャットは何も話さない

だがその真意は、確かに手元に表されている

 

――知っておくといい、レイヴンズネストとは何者か

 

――知っておくといい、どうして彼がカラスなのか

 

――知っておくといい、渡り鳥と鴉の差異を

 

手帳は流れるようにめくられていく

 

 




この話よりも先にその後の話ばかりが構想に出てくる、そのせいでなかなか進まない話でした
後よりも続きを書くのが最優先だろうに、本編の頃からこの辺りは直らない
まあ終わり方決めてから書いてるのでそうなるのは必然なのでしょうが……

後、最近知り合いに言われた事があるんです、この小説について

知人「お前、これ、あらすじ詐欺だよ」

そうでもないよ、うん、詐欺ではない

以上、私事でした



ホシノがほしいの


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Minstrel

虫が出てくるので苦手な人は気を付けて


「「うおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

ストレイドとチェンは走っていた

 

「「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

夜の龍門市街を、街並みを

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

とても普段の二人からは想像できない奇声をあげて

 

何故そんなことになっているのか、彼らの後方から迫りくるモノが雄弁に物語っている

 

『キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ』

 

そこには何とも言えないフォルムの虫のようなナニカが大量に迫っていた

橙と青の二色の虫、片方は羽根をはやして空を飛び、もう片方はピョンピョン跳ねながら猛追してくる、虫嫌いの人が見たら卒倒間違いなしである

 

「ええい! これだからあの阿保は好きじゃないんだ!」

 

必死に逃げ惑いながらストレイドがこの場にいない誰かの悪態をつく

 

「傭兵! どうにかしろ! アレは貴様関連の生き物だろう!」

 

その隣では全身真緑のままのチェンがいる

二人共どうして逃げているのか

そこにはこんな理由がある

 

まずチェンの場合、先ほど肉団子に埋もれた際の記憶が原因だ

密閉された空間で、なのに怪しく光る数多の眼、そこかしこから聞こえてくる虫特有の間接音

そして何よりの問題は、彼女についている液体

これは一種のフェロモンであり、同族を引き寄せる効果がある、だがその効果は引き寄せるだけで終わりではない

そもそもフェロモンとは特有の行動を促す物、食欲然り睡眠欲しかり、中には攻撃態勢を取らせる為の物もある

この液体もその例に漏れずある行動を誘発させる、ではそれは何か

 

ここで最初に彼女に引っ付いて炸裂したナニカについて解説する

 

彼らはAMIDAと呼ばれるキサラギちゃんがその類稀なる天才的な頭脳によって爆誕させた愛玩昆虫である、なんでもオリジムシと爆弾蜘蛛のDNAを掛け合わせてプロトタイプを作成し、長い長い年月と愛情を注いで生み出したとのこと

そこには確かに情熱が存在している、科学者としては理想的な姿勢なのだ

だが生まれたモノは酷く臆病な、防衛行動で何故か死を選ぶ生き物だった、どうしてこうなった

 

そして当然のごとくこれらには雌雄が存在する

つまり、繁殖するのだ、ちなみに橙が雄、青が雌

彼らは子孫を残し繁栄する、生き物である以上それは当然の事

なのに自爆などと言う謎の防衛行動を編み出した、何故か

 

そう、自爆は防衛行動なのだ

防衛行動とは、生存本能の表れでもある

そしてこの時に飛散する液体こそ、この自爆の真髄である

この液体は周囲の同族をかき集め、発情させるという特徴がある

 

発情させるのである

 

つまり、何が言いたいかと言うと

 

「クソ……とんでもない光景を見せられた……」

 

彼女は肉団子の中で生命の神秘を見せつけられたという事

しかも彼らは行為の後、雌は雄を捕食する

そこにあったのはAMIDAという生き物の一生である

一から十まで脳裏に焼き付いていることだろう

 

なおストレイドが逃げている理由は単純に見た目と生態が理解できないから

不可解な事象を嫌う彼らしくはある、まあ性能実験とかこつけて協力させられて同じ目にあっているのだが

 

辟易としながら出来る限りの速力で走る二人、その真後ろには肉壁が迫ってきている

足を少しでも止めれば先ほどの悪夢が繰り返されるだろう、二人の足は止まらない

 

だがいつまでも逃げている訳にもいかないのだ、現時点で二人にこの集団を振り切る術がない

 

「おいチェン! さっきの光波で消し飛ばせないのか!」

 

つい先ほどのこの状況に比べて平和だった鬼ごっこを思い出したのか、ストレイドはチェンが見せたアーツに頼る、が

 

「ふざけるな! 誰があんなモノを斬るか!」

 

一蹴される、そもそも赤霄事態が世に数本しかない貴重な剣だ、汚物に塗れさせるようなことはしたくないのだろう

続けてチェンが代替案を言うようにストレイドに聞く

 

「そうだ! 貴様早撃ちが得意だろう! 全て撃て!」

 

しかし

 

「今日は一挺しか持ってないんだよ! たかが十五発のマガジンで捌けると思うな!」

「三十あっても足りないだろ!」

 

残念ながら今日の彼はオフである、奇襲されたのは彼の側だという事を忘れてはいけない

そもそもいかに人知を超えた早撃ちとてリロードは必要なのだ、後ろから来ている数百の塊には拳銃では太刀打ちできない

 

結局打開案は浮かばぬまま逃げ続ける、だがこのままでは消耗するだけ、いつかは追いつかれるだろう

 

「チッ……仕方ないな」

 

ストレイドは一度チェンを見る

 

「なんだ! いい案でも浮かんだのか」

「ああ、とてもいい案がある」

「よし聞かせろ! 事態は一刻を争う!」

 

案とやらに一瞬目を輝かせたチェン、だがそれはすぐに曇ることになる

 

「おい、傭兵……どうした?」

 

何も言わず、ただ申し訳なさそうな顔をしているストレイドに違和感を感じたのか、チェンが不安交じりに問いかける

しかしてその返答は

 

「すまん!!」

「なっ……!? 貴様ぁ!!」

 

騙して悪いがだった

 

突如として彼の体から黒い火の粉が燃え上がる、この光は一体何か、彼女は良く知っている

少しづつ、だが確かに彼が加速していく、火の粉の量が増すにつれ距離が離されて行く

 

「さらばだー!!」

 

そして彼がひと際強く地を蹴り駆けだそうとした時

 

「逃がすかぁ!!」

「おぶぅぅ!?」

 

チェンが勢いよくタックルをかます

それはストレイドの腰付近に命中し、そのまま彼に抱き着き拘束する

 

「やめろ馬鹿っ! 今は争ってる状況じゃねえだろ!」

「黙れ! この場から一人だけ逃げようとした奴が何を言う!」

 

彼はそのまま前のめりに倒れて転倒する、チェンは手を解かずに捉え続ける

 

「離せ! あんな虫共に二度も包まれてたまるか!」

「フハハハ! もう逃げられんな……! 貴様だけでも道連れにしてやる!」

「じ、冗談じゃ!?」

 

ただの足の引っ張り合いである

そして今、二人の足は止まっている

 

「あ、おい! 早く離せ! 来てる来てる! めっちゃ来てる!」

「ならさっさと立て! そのまま私も連れて行け!」

「じゃあ離せ! 立てねえんだよ!」

 

そんな二人に迫りくるのは、無数の羽音と

 

「「やばいやばいやばいやばい!!」」

 

幾つもの飛び跳ねる音

 

「「イヤァァァァァァァァ!!」」

 

チェンにしては珍しい女の子のような悲鳴と、ちょっと裏返ったストレイドの悲鳴が辺りに響く

哀れ、そのまま二人共肉に呑まれていくだろう

その時、奇跡が起きた

 

「「……へ?」」

 

群れが二人に接触する前に爆散する

一匹ずつ、だが連鎖的に、それでも無作為に

 

「なんだ、何が起きて……」

 

倒れ込んだまま次々に爆発していくナニカを眺めるチェン

そして爆発と同時に別の音が鳴っていることに気づく

 

まるで空気が抜けているような、パスパスとした音

小刻みに、高速で鳴り続けている

 

「……お、おぉ、助かった……」

 

ストレイドが安堵の息を吐く、ナニカの群れはどんどん勢力を失くしていく

そして、一匹残らず駆逐される

 

「……これは、銃撃か?」

 

周囲に散らばる肉片に紛れて落ちている欠片に視線を落とす

ひしゃげてはいるが、それは確かに銃弾だった

 

「団長ー! ご無事ですか!」

 

続けて誰かの声が聞こえてくる、位置的には群れの反対、進行方向からだ

声の主へと目を向ける、そこには

 

「……誰だ」

 

三人の人影があった、ペッローの少年と

 

「すまない、遅くなった」

 

リーベリの男と

 

「……まったく、彼女もよくこんな生き物を作ったものだ」

 

ウルサスの男

 

各々は手に長銃を持っている、その先端には小さな筒が付いている

その穴からは硝煙が、群れを駆逐したのはこの三人だろう

 

「…………」

 

突然現れた三人に注意の目を向けるチェン、その傍に三人がやってくる

二人も立ち上がって態勢を整える

 

「団長、だいじょうぶですか?」

「おぉ、おぉ、よくやった。よくやったぞアップルボーイ!」

「え? うわっ、ちょ、団長、そんな激しく撫でないで……!」

 

アップルボーイと呼ばれたペッローは何故か感激しているストレイドに無茶苦茶に撫でまわされている、どうやら相当怖かったらしい

 

「君は変わらないな、そんなにアレが嫌いか」

「ああ、嫌いだよジノーヴィ、あんなモノに愛着がわくのはキサラギとお前ぐらいだ」

「いや、私も好きではないが」

「なんだ、小さい生き物が好きじゃなかったか」

「あれは、管轄外だ」

 

ジノーヴィと呼ばれたウルサスはストレイドと談笑を始めてしまう

一人事態を把握できないチェンのもとにリーベリがやってくる

 

「やあ、怪我はないか?」

「……まあ、怪我はない」

「それは良かった、では次はこれを」

 

そう言って手渡してきたのは

 

「……ケープ?」

 

ケープコートだった、ちょうど彼女一人を包めるほどの大きさのコート

 

「それを羽織ってくれ、簡単な匂い消しがかけられている、これで次波は防げるだろう」

 

次波と聞いてすぐに羽織る、あの波にまた追われるのは御免被りたい

 

「……感謝する」

 

そこまでして彼らが何者か気づく、この男達は恐らく

 

「問題ない、大体悪いのはあの男だからな」

「そうか、苦労しているようだな」

「ああ、だがそういうものだよ、割り切ってしまった」

 

例の組織の一員だろう、でなければこうも手際は良くない

 

「名乗りが遅くなったな、私はフォグシャドウ、ストレイドと同じ雇われだよ」

「そうか、私はチェン、立場に関しては……」

「近衛局、特別督察隊のトップ、だろう?」

「……そうだ、奴から聞いたのか?」

 

その証拠に話していない事柄を知っている

 

「ああ、特に君に関してはよく聞いている。見込みがあると」

「……嫌に上から目線だな、奴は私を例の組織に引き入れるつもりなのか?」

「そんなつもりはないさ、ただの奴の君への評価だよ」

 

特段敵意は見せてこない、それどころか温厚に接してくる

懐柔するつもりではないのだろう、単純に、普通に接してくる

 

「…………」

「なんだ、どうかしたか?」

「……いや、こうもまともな傭兵など久しぶりに見たと思ってな」

 

情報が筒抜けになっていたことを除けば随分穏やかに接してくる

何か皮肉を言うでもなく、ちょっかいを出してくることもない

 

「随分、おとなしいな」

「何の事だ?」

「……あの男なら、既に五回は私を怒らせているぞ」

 

五回とは、この少しの間の問答でどれだけ彼女の琴線に触れたかどうか、という事

ストレイドなら、まず開幕煽り、次に軟派な事を言い、断れば皮肉で返事が飛んでくる

そこに多少の苛立ちを見せればそこを的確に突いてきて、終いには何かしらの事案を起こして逃げていく、それがチェンとストレイドの日常会話である

 

「傭兵とは、無礼なのが売りだと思っていた」

「まさか、誰も彼も奴のように皮肉屋ではない。常識人だって存在してるよ」

「……そう、みたいだな」

 

少なくとも、今目の前にいる傭兵は常識人だ

礼を欠かさぬ、けして人を嘲笑ぬ模範的な好青年だ、こうもまともな人を見たのは久方ぶりだ

 

「どうだフォグシャドウ、龍門警察に来ないか」

「すまない、私に法の番人は似合わないよ」

 

あまりの衝撃についスカウトしてしまう、断られたが

 

「よーしよし、よくやったぞアップルボーイ」

「……えへへへ」

「和んでいる場合か? やるべきことはあるだろうに」

 

仕方なく勧誘は諦めストレイドの方へと視線を伸ばす

そこにはペッローの少年と戯れる男がいる

 

「……君たちは、アイツを助けに来たんだな?」

「ああ、といっても元々あの虫の駆除に来た部分が大きいが」

「なんだ、専属の世話係か?」

「いや、ただの連帯責任だ。あんなモノ、人目に晒すわけにはいかないからな」

 

話せば話すほど常識人である、どこかの一人で逃げようとした男とは違う

だがここで警戒を解くわけにはいかない、例の組織はあくまで注意すべき存在なのだ

 

「……ふむ」

 

それに、都合はいいのかもしれない

 

「フォグシャドウ、聞きたいことがある」

「ん? ああ、私で答えられる範囲なら」

「ありがとう、では教えくれ」

 

元々ホシグマに託していた任務だったが、彼女が必ず成果を持って帰ってくるとは限らない

聞けるなら聞いておいた方がいいだろう、ずっと彼女の中で渦巻いていた疑問をぶつけてみる

 

「レイヴンズネストとは、何者だ」

 

その問いは、例の組織の正体に迫るものだった

 

「……難しい質問だな」

 

質問を聞き、一人静かに悩み始めるフォグシャドウ

 

「ほーらジノーヴィ、ここにチビのコスプレプロマイドがあるぞー」

「何? 見せてくれ」

「駄目だな、見せてほしけりゃちょいと頼みを聞いてくれ」

「……面倒事ではないだろうな」

「残念、面倒事だ」

「……なら、悪いが――――」

「あ、ちなみにメイド服とかお雛様とか、結構色んな服を着てるらしいぞ」

「――いいだろう、今この瞬間は、小さき存在こそがすべてだ!」

 

その長と考えられる人物はあちらで何か話し込んでいる

視線もこちらには向いていない、気づいてはいないようだ

 

「レイヴンズネストが世間にどう知れ渡っているかは知っている。まるで義賊のような、戦争を嫌う組織だと」

「そうだな、世間一般ではそのようなものだ」

 

正直ストレイドに聞いてもいい事柄ではある

ただ、違和感があったのだ

 

「君達は正義の味方のような認識だ。とても傭兵がするようなことではない」

「その通りだ、傭兵が自分から食い扶持を潰していくなど、馬鹿な行為だよ」

 

傭兵とは本来戦場があってこそ輝くものだ、なのに戦争を嫌うなど、ましてや止めにかかるなど、おかしな話である

 

「どうしてそんな行動方針なんだ」

「……さて、どう答えるべきかな」

 

フォグシャドウは困った様子でチェンを見る、彼は随分真摯な人間だ

恐らく、答えるには難しい問いだったのかもしれない

 

ならば少し質問の角度を変えよう、そう聞き返そうとした時だった

 

「フォグシャドウ様、その質問には私が答えます」

 

一人の女性の声が響いた

 

「む、いいのか? これはかなり難しい話だぞ?」

「ええ、構いません。それに傭兵が話すよりも私のような身分の者が話せば信憑性も増すでしょう」

 

路地の木陰から出てきた人影を見る、そこにはフェリーンの少女がいた

 

「しかしだな、ウォルコット嬢」

「大丈夫です、近衛局だけでどうこうできる話でもありません。事実を知ったとしてもしばらくは動きだせないでしょう」

「……不穏だな、何かマズイ企みでもしているのか」

 

美人、という単語が似合う少女だろう

精巧な顔立ちに穏やかな声、どこか上品な気質を感じさせる所作

上からローブを羽織って仔細は見えないが、レースがあしらわれた高そうなドレスがちらちらと見えている

正直、龍門のこの裏路地には似合わぬ少女だ

 

「ええ、していますよ。それが私達がいる意味ですから」

「意味? 何を言っている」

 

気品ばかりを感じさせる出で立ちのフェリーン、なのに人形じみた感覚がするのは気のせいか

それに、異様なのは見た目だけではない

 

「そもそも君のような人がなぜここにいる。それに、ウォルコットは確か……」

「はい、ヴィクトリア王国にて貴族として振る舞わせていただいております。ウォルコット子爵の一人娘のウォルコット、と申します」

「……名前は言わないのか」

「はい、この場での私はネストのウォルコットでありますので」

 

高貴な風を漂わせながらお淑やかに笑う少女、その正体は、ヴィクトリアの貴族

 

「わからないな、本来貴族の外出には護衛が付くはずだが」

「そうですね、ですが私には不要です。己の身は己で守れます」

 

スカートを軽くたくし上げ、細身の足を見せてくる、そこには

 

「……ナイフ、それも暗器の類か」

「はい、銃のようなものは目立ちますので、こうして隠せるものがこれしかないのですよ」

 

太ももあたりに付けられたホルスター、そこに差し込まれた数本のナイフ

そしてもう一つ目についたのは、履いている靴

 

「不格好なブーツを履いているな、背伸びしなくていいのか」

「そんなもの、夜の街に必要でして?」

「……いや、いらないな。その何か飛び出しそうな履物の方が有用だろう」

 

――着飾っているくせに寄ってきた獲物は全て狩るのか

そんな心の声を押し殺し話を再開させる

 

「それで、代わりに答えてくれるという話だが」

「ええ、元々近いうちに伝えるつもりでしたので、特にあなたのような人には」

「……どういう事だ」

 

少女は再びお淑やかに笑う

 

「では、お教えしましょう。我々ネストの在り方と、存在意義と――」

 

その目はチェンには向けられていない、代わりに

 

「――あの方への忠誠と、求めるものを」

 

一人の鴉を、蕩けるように眺めていた

 

 

……………………

 

 

場所は変わりまた別の路地、そこでは

 

「クソッ! なんなんだあの化け物共は!」

 

ストレイドを襲ったクランタと

 

「お頭っ! これじゃいつまでたっても逃げきれませんぜ!」

 

その取り巻きのスーツの男たちと

 

「待てー! 逃がさないぞー♪」

 

変態(キサラギ)がチェイスを行っていた

 

「あの子供何者だ! というかどうしてこっちに来るんだ!」

「早い! 早いぞ! あんなふざけた動き方なのに!」

 

クランタ達は今、体力の続く限りの全速力で走っている

誰も彼も大人で背もそこそこある、その分歩幅もあるのだ、そんな連中に変態(キサラギ)のような少女は本来ついていけない

だが実際は彼らが怯えるほどの勢いで追ってきている、大人の速度に子供が追い縋っているのだ

しかしそれだけなら彼らも納得はしただろう、少女とてネストのメンバー、身体能力はあるのだと、だが現実は彼らの常識の上を行ってしまった

なぜなら、彼女は

 

「ゴーゴーAMIDAちゃーん! エビのから揚げ―!」

『キチキチキチキチキチキチキチ』

「イエーイ!!」

 

例の悍ましいナニカを利用して飛んできている

少女は両手を広げまるで飛行機のような体制になっている、そしてその小さな体に群がり運んでいるのは例の虫

命令もせず彼女が手を広げた時点で虫たちは行動を開始していた、さもそれが当然であるように

 

「あいつ、あの虫の女王か何かか!」

「違うよー生みの親だよー」

「もっと性質が悪い!」

「だけどこの子たちの子供を産むのも悪くないねー……。今度の実験でヒトの卵子にDNAを混ぜてみようかな」

 

小声で言ったそれは、クランタ達をドン引かせるのには十分な発言である

 

「へ、変態だ! 本物の変態だ!」

「失礼な! キサラギちゃんはAMIDAちゃんを人並み以上に愛しているだけのただのプリティーな女の子だよ!」

「どこがだ! 奇妙な虫を従えて迫ってくる時点で可愛くはない!」

「うわっ! ひっどーい! もうおこったぞー、ゴー! AMIDAちゃんズ!!」

「わあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

変態(キサラギ)が一声虫に呼びかける、それに応える様に一部の虫が速度を上げて突撃する

 

着弾、直撃はせずに彼らの近くの壁に激突、そのまま破裂する

 

「自爆特攻か……愛してるとか言ってる割に使い捨てなんだな!」

「そうだねーそれが本題なんだよー。フェロモンを周囲に散らすのはいいけど手段が良くなくてねー。素体が悪かったなー……」

 

壁には先ほどまで虫だったモノが飛び散っている、緑の体液に染まった肉が怪しく蠢いている

 

「……何をどうすればこうなる」

「うーん……まずはオリジムシと爆弾蜘蛛を無理やり交尾させるでしょ?」

「聞きたくない聞きたくない!」

 

奇妙な虫から逃げ回るクランタ達、その後ろを楽しそうに追う変態(キサラギ)

一件終わりがなさそうな追走劇、だがここで変態(キサラギ)が動く

 

「君達、やみくもに走り回っているけどちゃんと周りは見えているのかい?」

「何?」

 

突如としてそんな事を言い出す、それに反応して周りを見渡すクランタ達

周囲は一見どこにでもありそうな、薄暗い裏通り、人気はなく、猫も鼠もいはしない

そんな先ほどと何も変わらない光景にある予感がよぎる

 

「…………ッ! まさか、誘い出されたか!」

「その通り、これがキサラギちゃんの逃走経路だ!」

 

その言葉と同時に変態(キサラギ)が指を鳴らす

瞬間、地面が急に暗くなる

 

「しまっ!?」

「ふははははははっ! 君たちはキサラギちゃんとの知恵比べに負けたのだ!」

 

反射的に上を向く、そこには

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

例の虫が暴雨のように降り注いできていた

その光景にいち早く正気を取り戻し回避行動に移るクランタ、地面を力の限り蹴り飛ばし虫の降下地点から離れる

だが彼の仲間達は、ついてこれなかった

 

「げぇ!」

「うわぁ!? なんか吐いてくる!」

 

一緒んで大量に虫に囲まれたスーツの男達、その体は一分と経たずに緑に塗れていた

その頭部にはあの虫はがっちりくっ付いている

 

「クソッ……!」

「あーあ、つかまっちゃったね~? お友達はつかまっちゃったね~」

「その気味の悪い笑みをやめろ……!」

 

子供のような姿なのに、その笑顔は随分と薄気味悪い、そんな変態(キサラギ)に悪態を吐く

だがこの状況、動くに動けない、仲間は今相手の手中に収まってしまった

置いてはいけない、彼にとっては失ってはいけないものなのだ

 

「そいつらを離せっ!」

「ヤダー♡」

 

解放するように言及するが断られる、しかしそれで済ますわけにもいかない

どうにか助けられないか策を講じていると、スーツの男の一人が喋りだす

 

「お頭っ! 行ってください!」

「……しかし…………!」

「大丈夫です! この虫たちは多少気味が悪いだけで危害は与えてきません! ここは我らを置いて死告鳥を!」

 

置いていけ、確かにそれも一つの手だろう、だがそれを実行できるのは冷酷な心の持ち主だけ

 

「……無理だ、置いていけない……!」

 

そんな精神力、この青年には持ちあわされてはいない

残していく事をためらうクランタ、そこに

 

「いいね~いいね~、キサラギちゃん好きだよーそういうの」

 

いつの間にか虫を体から離したキサラギがやってくる

クランタとスーツの男たちの間に入るように

 

「離してくれ、そいつらは何も悪くない」

「ふむ、悪くない。なるほど、罪はない、と」

「ああ、ネストがどうして動いているのはわかってる、お前達のリーダーを俺達が狙ったからだろう」

「そうだねー、確かにその通りだ。ならこの人達は悪いんじゃない?」

「いいや、悪くない。そもそも奴を狙うと言ったのは――」

「君、だね?」

「……ああ、そうだ」

 

クランタの弁明を聞いていたキサラギの目が少し鋭くなる

 

「そうだねー、確かに彼らは君についてきただけなんだろう。唆されたとはいえ君は彼らの為に事を成そうと団長ちゃんに襲い掛かった」

「あ、ああ、そうだ」

「そして彼らは君を心配してついてきた、なるほどなるほど、人情家だ」

「……ああ、誇りに思ってる」

 

どこか不穏な空気を漂わせながら話し続けるキサラギ

 

「聞いた通りだ、君達は本当に一般人なんだね」

「……そうだ、武器こそあれど俺達はお前達側の人間じゃない」

「そしてその武器も、唆した男が流したもの、そうだね?」

「そうだ、確かに俺達はそうしてあの男を襲った。だが悪いのは俺だけだ」

「じゃあこう言う訳だね? 許してくれと」

 

そのキサラギの言葉を聞き、クランタが膝を着く

 

「そうだ、お前達のリーダーを狙ったことを全て許してくれとは言わない。だがどうか、そいつらだけは離してほしい……!」

 

そのまま両手を置き、頭を地面にこすりつける

 

「おや、もう謝るのかい? はやいね~」

「どうか、頼む、もう狙うようなことはしない。俺達は、諦める……」

 

懇願するように、頭を下げ続ける

もう自分たちはやらないと、愚かなことはしないと

 

「……ふ~ん」

 

キサラギは黙って様子を見る、値踏みをするように、じっとりと

 

やがて、一言

 

「ダーメ♡」

 

言い放つ

 

「……駄目なのか」

「ダメだねー、ダメだよー。まあ許そうかなって思ったけどねー」

「じゃあ…………!」

 

まだ希望はあると思ったのか、クランタが何か言おうとする

だがそれをキサラギが止める、何も言わず、ただ指を口元に置き、黙るようにと言外に言って

 

そのまま、一度、指を鳴らす

 

「キチキチ」

 

すると、一匹の虫がどこからともなく現れる

 

「君達、この子たちに危害はない、そう言ったね?」

「ああ、言った、が……」

 

その虫は誰もいない方向へと歩いていく

 

「そうだねー、確かに彼女たちは可愛いよー。つぶらに光る六つの目とか、口元で蠢く細い脚とか」

 

そしてある地点で動きを止める

 

「だけどね? 間違えてはいけないよ?」

 

キサラギがもう一度、指を鳴らす

 

爆発音、突如として周囲を熱が襲う

 

「なっ……!」

 

その音は先ほどの虫からだった、けして肉の炸裂でもなく、液体を飛び散らせたわけでもない

純粋な熱量を持つ爆発が、残り火を置いて巻き上がったのだ

 

「見た目で判断するのは良くないね、間違えちゃダメだよ。彼女たちはね、()()()()、なんだよ」

 

その中心点は、大きく抉られている

 

「……嘘だろ」

 

その光景が何を意味するのか、クランタが取り巻きへと視線を戻す

そこには同じように恐怖に固まった男達がいた

 

「さて、キサラギちゃんが言いたいことは、わかってくれたかな?」

「…………」

「オーケー、沈黙は、肯定と同義。じゃあ話を進めよう」

 

この場で一人だけ意気揚々としている少女、その目は誰よりも冷たく物を映している

 

「さて、お友達を解放してほしかったら言う通りにしてね」

「……何をすればいい」

「簡単だよ、団長ちゃんのゲームの、解答用紙になればいい」

「…………」

「簡単でしょ? 君は只、自分が殺されるかどうか、楽しみに待ってあげればいい」

 

先ほどまで薄気味悪いだけだった少女の笑みは、酷く醜悪なものになっている

 

「だいじょうぶ、運が良ければ生きてるよ。あの……うん、あの天使さんが間違わなければね」

 

クランタは何も言わず、キサラギを睨み続けている

 

「おや、怒ってるのかい? おかしいね、さっきまで許してくれって都合のいいことを言っていたのに」

「……そうだな」

「おかしいねおかしいね、君は文句を言える立場じゃないよ?」

 

キサラギはクランタが激昂していることに気づいているのだろう、わざと近づいていく

 

「悔しいかい? 手玉に取られたことが」

「……ああ」

「みじめかい? 自身の浅はかさで大事な仲間を人質に取られたのが」

「…………」

「可愛いかい? こんな状況で、自分だけでも助からないかと思ってしまった、君自身が」

「…………ッ!!」

 

キサラギの言葉に我慢が出来なかったのか、クランタが拳を振り上げる

だが、まるでそれを見越していたかのように

 

「おっと、そこまでだ」

「がっ!!」

 

クランタを後ろから誰かが押し倒す

 

「ぐっ……! 誰だっ!」

「貴様に名乗る道理はない」

「ぐあっ!」

 

クランタの質問に碌な返答を返さずに拘束するヴァルポの男

押し倒した態勢で腕を締め上げる、痛むのか、苦悶の声をクランタがあげる

 

「あ、スティンガーちゃん、どうしたのー?」

 

スティンガーと呼ばれた男は何度かクランタとスーツの男達に視線を往復する

その後、キサラギへと顔を向ける

 

「何、マグノリアに言われたのだ。どうせ碌な事をしていないから様子を見て来いと」

 

溜息をつきつつ返す

 

「えー、キサラギちゃんは団長ちゃんの為に動いてるんだよー? 碌な事だよー、大事だよー」

「どこがだ、まったく……こんな面倒なことに時間を割かせて……」

 

悪態を吐くヴァルポの男、それを見てニヤニヤ笑うキサラギ

 

「その割にはちゃーんと言われたことはこなすよねー。面倒は嫌いじゃなかった?」

「ああ、いいか、俺は面倒が嫌いなんだ」

「へー、ふーん、でもこの前、団長ちゃんの誕生日にきっちりお祝いメール送ってなかった?」

「ふん、例え面倒でも、仕事柄付き合いのある者には相応の些事をすべきなのだよ」

「礼儀の問題?」

「そうだ、面倒だがな」

「はい、四面倒、頂きました☆」

「……面倒な奴め」

「五回目―」

「…………」

 

話せば話すほどボロが出ると思ったのか、ヴァルポがすっと押し黙る

 

「さてさて、それじゃスティンガーちゃん、このクランタ君を団長ちゃんのもとに連れてってあげてねー」

「……面倒な、自分でやればいいだろう」

「ろっか~い」

「…………」

「ぐぅ……!!」

 

半ば八つ当たり気味に腕を締め上げられながら立たされるクランタ

そのまま連行されていく

 

「っ! くそっ! 離せ!」

「黙れ、抵抗するだけ無駄だ。面倒を増やすな」

 

もがきはすれど拘束は解けない、乱暴に運ばれて行く

 

「このっ! お前達は一体何なんだ!」

 

突然の豹変ぶりと、まるで普段の噂からは想像の出来ない醜悪さ

そして、この群れを率いる男への疑問、様々な要因があったのだろう

出鼻をくじかれ、意味の解らないゲームに参加させられ、終いには仲間も人質に取られてしまった

そんな何とも言えない心情と、せめてもの抵抗にそんな事を言う

 

「……何者、ねぇ」

 

その言葉に、少女が酷くおどろおどろしい笑みをこぼす

 

「そうだね、教えてあげるよ。君は随分踏み込んだからね、冥土の土産に聞くのも悪くないだろう」

 

周り全てに振りまくような、邪悪な笑み

 

「いいよ、いいね、教えてあげる」

 

ヴァルポは一人嘆息する、これは面倒なことになった、と

 

「そうして知っておくといいね、君達がどれだけ幸運だったか」

 

その少女の笑顔にクランタの顔が強張る

 

「私達は、最初から君たちを殺すつもりだったよ。あの店に、ああして入ってきた時点で」

 

少女は一人、物語り続ける

 

「団長ちゃんが殺すなって言わなければ殺していたよ。よかったね、殺そうとした人に君達は助けられたわけだ」

 

まるで悪魔を思わせる、異様な笑み

 

「だけどね、よくないよ。君達の行為は私の機嫌をすこぶる悪くしたんだから」

 

なのに、目だけは嫌に恍惚としている

 

「ほうら、聞いていきなよ。知りたいんだろう? なら聞かせてあげよう、知識とは、正しく共有するものだからね」

 

酷く楽しそうに、無邪気に笑う

 

「鴉の話を、愚かな夢を、聞いていきなよ」

 

悍ましい空気だけが漂い始めた




最近他の人の小説読んでて気づいたんですけど、コラボしてる人っているんですね
お互いがお互いのキャラをどう活かすか、自分のキャラやストーリーにどう関連付けていくのか、読んでて楽しかったです
まあ私はしませんが、というか向かない(オリキャラの設定的に)


前回は無かった! AC用語解説ー!

ジノーヴィ

ACNXに登場、登場機体はデュアルフェイス、裏のパッケージ機体
よくピンチベックと間違われる、なおNXのランカー一位、そして強化人間
だが機体性能はもれなく悪い、火力はあれど旋回がない、AIも悪い
後ロリコンではございません、こうなったのもあのMADが悪い


『だがこの瞬間は、力こそがすべてだ!』

『小さき存在だな……私も……君も……』

これをどうしたらああなるのか、それがわからない


フォグシャドウ

ACSLにご登場、皆大好き霧影先生、機体名はシルエット、エンブレムがどっかの白いのと同じホルスの目だけど関連性はございません
真人間なのにアリーナのトップスリーに入るヤバイ人、戦うとわかるその強さ
彼と同じ動きが出来れば今日からあなたもドミナント!

『すまない、遅くなった』

礼儀もしっかりしてる超良い人、でもミッションの時のロジックが残念

ウォルコット

AC4 ACfAに出てくる名門貴族、この家からは優秀なリンクスが少なくとも三人でている
だけどあんたら、血統は4の時点で滅びてなかった? とかいうのは無しです、隠し子かもしれない


スティンガー

ACPP ACNXに登場、機体名はヴィクセン、機体だけならACAAにもでてる
面倒が嫌いな人、作中で何度も言う、終いにはメールでも言う
どっかのラビット○ウスで聞いたことある声してる

『いいか、俺は面倒が嫌いなんだ!』

女狐(ヴィクセン)から海老(ファンタズマ)に乗り換えた人、なんでやヴィクセンカッコイイだろ!
そんな奴はヴァルポにしてやる


この小説に出てくるウォルコットさんは三人の内の誰でもございません、あしからず



ホシノ、でないの…………


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Those who burn themselves

「ちょっとっ! いつまで追ってくるのよアレッ!」

 

同時刻、他のメンバーが例のナニカに追われている頃

 

「ヒィィィィッ!?」

 

セラフィムとバイソン、この二人も周りと同じように例のナニカに追われていた

 

薄暗く街灯すらない裏路地、そこで響くのは二人の忙しない足音と不気味な羽音

それに重なるように耳を突いてくるのは固い肉が地面にぶつかるような跳躍音

 

「クッソッ……! 埒が明かない!」

 

セラフィムが振り向いた先には追われ始めた時に比べ大きく肥大した虫の群れ

それらは皆、他に目をくれずに二人の事を追っている

正確には、一人、彼らの液体に触れてしまった少年を追っている

 

「あぁぁぁぁぁ! こっち見てるぅ!」

 

一見二人を見ているような無数の複眼は、不幸にも顔が緑の液体に濡れてしまったバイソンだけを見つめている

どうしてそうなっているか、おそらくは先の金髪幼女の説明の通りなのだろう

詳しいことまではちゃんと聞いていなかったから成分の詳細まではわからない、だが虫たちを誘因することになっている要因はバイソンだ

 

「……くっ!」

 

なら、単純に自らの保身のみを考えるのであればここで彼を切り捨ててしまえばいい

そんな考えがセラフィムの脳裏をよぎる

 

だが彼には随分世話になっている、単に愚痴を聞いてもらった程度の話だが彼女にとっては大きなことだった

流石に見捨てるような真似はしたくない、二人で並んで虫たちからの逃走を続ける

 

その時だった

 

二人が走る通りの端、道を区切るように伸ばされた用水路

その落下防止の蓋の一つ、それが突如として爆発したのだ

 

「え? ちょ、何よ!?」

 

いきなりの出来事に注意がそちらに向いてしまう

大きな水しぶきをあげながら弾け飛ぶ用水路、その中心には確かに人影があった

 

「……っ! あなたは!?」

「そ、その人は?!」

 

困惑を隠せずにとっさに立ち止まり人影に二人の視線が集中する

 

「フン……。やり過ぎだな、彼女も」

 

そこにいたのはスーツの男だった

逆巻く飛沫の中から現れた男は余裕綽々といった態度で二人に近づいてくる

それは例の追手でなく、逆に彼らに立ち向かった鴉の仲間

無様にも用水路に飲み込まれていったさして役に立たなかったキザな男

 

「乙ダルヴァ!!」

「違ぁう!」

 

水没王子、ここに再臨す

 

「違うって……どうみてもさっき沈んだ自信家でしょ? え、何? まだ沈んでたの?」

「違うと言っている!」

 

セラフィムの中々な辛辣な言葉に若干声を荒げて返す男

そして一度咳ばらいをし、落ち着いて話し始める

 

「Miss セラフィム、私はオッツダルヴァなどと言う男ではない」

「は? 何言ってるのよ。どうみてもさっきの男でしょ?」

 

どうやら沈んでいたことは否定しないらしい

代わりに先ほど聞いた男の名を間違いだと言ってくる

多少の苛立ちを見せつつ男に言及するセラフィム、男はそれに動揺せずにはっきりと答えた

 

「オッツダルヴァは死んだ、ここにいるのはマクシミリアン・テルミドールだ」

 

そうして名乗りを上げる姿には虚偽を伝えているようなそぶりは見えない

それどころか初対面の時よりイキイキしている気さえしてきた、どうやら仮面を被っていたらしい

 

「って、マズッ!」

 

随分不審な登場をかました男への疑問を募らせていたがここで重要な事を思い出す

そもそも二人が走っていたのは例の虫から逃げおおせるためだ、そして今、二人は足を止めている

 

ということは、つまり

 

『キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ!!』

 

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

逃げてきた方向を振り返る二人、そこには数えるのも億劫なほどの群れが迫ってきていた

思わず叫び声をあげてしまう、だがそんな事をしている余裕は二人にはない

急いで走り出す、その直後

 

「やれやれ、あの男の頼みでなければ手は出したくなかったのだがな」

 

男が懐から何かを取り出した、それは二つの小銃だった

先端に消音用のアタッチメントが付いた機関短銃、男はそれを構え群れに向かって一斉掃射する

空気の抜けるような音が連続して響く

散りばめられた弾は全て虫たちに飛んでいく、着弾した虫は次々と爆散する

少し前の醜態が嘘に思えるような華麗な銃裁きで群れを圧倒していく男

 

「そんな事できるなら最初からやりなさいよ!」

「何のことかわからんな、君と私は初対面だ」

 

どうやら前回の事はなかったことになっているらしい、いや、別人という扱いにしてほしいのか

男の不審な態度にセラフィムは少し警戒する、何を考えているのか見当がつかないのだ

ネストは一応彼女の味方をしてくれてはいる

だがそれは無償の信頼に値するかと言うとそうではない、そもそもネストの頂点にあの傭兵がいる以上警戒はしておいて間違いではない

目の前にいるのは紛れもなく、”死告鳥”の仲間なのだ

 

そんなセラフィムの態度を余所に群れを打ち倒していくテルミドール

 

「えっと、セラフィムさん、今の内に逃げるのはどうでしょうか?」

「……そうね」

 

肉片がばら撒かれる様を横目に見ながらバイソンが提案する

セラフィムは少し考え

 

「……ここは、任せていいのね?」

 

テルミドールにそう問う

 

「無論だ」

 

一言答える、その手は時折リロードを挟みながらも虫の侵攻を押さえている

 

「……わかった、行くわよ」

「あ、はい」

 

そのまま二人はその場を離れようとする、直後

 

「……っ! 今のは!?」

 

轟音が周囲に響く

 

音は近い、音源は近いらしい

辺りを見回すと建物の隙間から薄っすらと煙が上がっている

 

「……爆発、ですか?」

「チッ……、これだから手間だと言ったのだ」

 

同じ音が聞こえていたのだろう、バイソンは音の正体に気づきテルミドールは舌打ちをする

 

そして目の前の群れの様子が急変する

 

「変態め、愛玩動物は愛でれる程度に抑えておけ!」

 

今まで馬鹿正直に突っ込んでいただけの虫たちの動きが変わる

ある虫が高高度まで飛び上がり急降下によるダイブを試みる

それに反応し大きく下がるテルミドール、虫はそのまま彼が先ほどまでいた位置に墜落する

虫の体は瞬時に霞み、代わりに二度目の轟音と生物を焼き殺せる熱が舞い上がる

 

「……は?」

「なっ……!」

 

予想だにしていなかった光景に呆気にとられるセラフィム、それとは対照的に状況をいち早く理解するバイソン

無理もない、珍妙な生態の虫だと侮っていた生き物が突如として危険物だと警告してきたのだ

 

「セラフィムさん、ここから退きましょう!」

 

だが呆けたままではいられない、バイソンがセラフィムに声をかけ退却を促す

 

「貴様ら、ここは私に任せて逃げるんだな」

 

それに応じるようにテルミドールが殿に名乗り出る

 

「え、ええ、わかった……」

 

まだ状況を理解していないのか、それともあまりに常軌を逸した虫の行動に精神を持っていかれたのか、若干臆した態度のセラフィム

それでもこれは命の危機だと理解できたのか、バイソンと共にその場から逃走する

 

「……行ったか。まあ、逃げ足は奴ほどではないな」

 

遠ざかる二人を見送るテルミドール、その前には明らかな攻撃態勢に入った虫の群れ

 

一度マガジンを抜き満タンまで入った弾筒に入れ替える

そうはさせまいと虫の一匹が突撃する

 

「…………終止」

 

しかし、その虫は誰にも当たることはなかった

虫が勢いよく体をはねさせ跳躍した瞬間、蒼い光が虫の胴体を泣き別れにする

 

「真改か、どこにいた」

 

テルミドールが蒼い光を発した存在に声をかける

そこには一人のサルカズがいた、その手には一振りの刀が携えられている

 

「………………」

 

サルカズは何も言わずにテルミドールの隣に立つ

 

「相変わらず無口だな。まあいい」

 

一言、呟く

銃口を静かに群れに向ける

 

「さて、いこうか」

 

再び空気の抜ける音がした

 

 

 

……………………

 

 

「……え、あれって生き物よね?」

「はい、そうです」

 

あの場をテルミドールに任せ撤退した二人、その後ろからは誰も追っては来ていない

どうやら彼は食い止めてくれているらしい

 

「いや、爆弾蜘蛛とかいるけど……あんな躊躇なく爆発する?」

 

セラフィムは未だに例の爆発の衝撃から抜け切れずにいた

 

「……狂ってるわね、よくもあんな生き物が生まれたものね」

「そうですね、そもそもどうしてあんな生態なのか……」

 

新手が来ていないかを確認しつつ速度を緩める、流石にいつまでも走りっぱなしでは疲れてしまう

一度休憩をいれたい、ならいまが丁度いい時だろう

動きは止めずにゆっくり歩きながら一息入れる

 

「熱量のある自爆って……、何に使うのよあんなモノ」

「……わかんないです」

 

そして先ほどの虫への疑問を口にする

彼女があの虫にここまで固執するのはよほど衝撃だったからだ

 

「……だけど、普通は自爆なんか、何の目的もなしに編み出したりはしないわよね」

 

少し前の例の虫とその関係者と思われる少女の登場を思い出す

 

『キサラギちゃーんだよ♡』

 

「…………あの状況であの自己紹介、大物ね」

 

出てきたのはヒーロー着地を決めた後にあざといポーズをとった金髪幼女

ちょっと可愛かったと思ったのはセラフィムの心の中だけの話である

 

一度その感想は頭から叩きだす、今考えたいのは彼女への評価でなく何故あんな虫が存在するかだ

 

「……思い出すには、禍々しい顔だったわね」

「……そうですね」

 

ノミのような体に、小さい脚が申し訳程度についた虫

大きさは人の頭ほど、大量に現れた所を見るに繁殖しているらしい

しかしあんなモノ、自然に生まれてくるような生き物か

 

一応、似たような生き物に爆弾蜘蛛が存在する

だがあちらは見た目は蜘蛛、生態も蜘蛛、あくまで蜘蛛からの進化形なのだ

名前の通りに爆発するからと言ってもあの虫とはどうも違う

そもそも蜘蛛の方は死ぬ間際に自爆するのであり自分から自爆はしない、あちらはあくまで最後っ屁なのだ

あの虫とは違う、攻撃手段ではない

 

同じようなものに爆弾蜂こそいるが

 

「あっちもあっちで、縄張りに入った奴への過剰防衛だしなぁ……」

 

蜂もあくまで巣から敵を遠ざけるための行動、彼らだって好き好んで爆発しない

自爆を戦闘における常套手段としていた虫とは違う

 

「……何かひっかかる、なんだ……」

 

違和感がある、他の二匹に比べても異様な行動に何かの疑問が出てくる

すると、うんうん唸るセラフィムの横で同じように考えていたバイソンが

 

「あれですかね? あの女の子が飼ってて、そう言う風に仕込まれてる、とか」

 

そう言った

 

「……仕込まれてる?」

 

その一言に、ある答えがよぎった

 

「いや、仕込まれている割には、予備動作がなかった」

 

本来、自爆する類の獣を使役する際、調教師が存在する

その調教師は獣に主を教え、戦い方を教える、使役獣とはそういうものだ

そして先頭に駆り出される蜂や蜘蛛は調教師から自爆のタイミングの有無を叩き込まれる

 

それは蜘蛛のように死ぬ間際だったり、蜂のように標的を指し示された時だったり

行動に出る前に必ず条件が出てくるのだ

なら、それが先ほどの虫にあったか

 

「……防衛本能? 説明はつくわね。だけど、自然に生まれた生き物がそんな進化するかしら」

「えっと……?」

 

更に思考を深めていくセラフィム

その考察は、とある答えへと辿り着く

 

「……まさか、まさかぁ……。だとしたら狂人よ」

「あの、何かわかったんですか?」

 

セラフィムが独りごちるさまが気になったのか、バイソンが聞いてくる

 

「いえ、ね。ある可能性が出てきて、ね……」

「可能性?」

 

気になっているのだろう、少し興味がありそうに聞いてくる

それに根負けしたわけではないが、自身の考えを否定してほしかったのもあっただろう

先ほど辿り着いた答えを言ってみる

 

「その、あの虫って人為的に生まれたんじゃないかって……」

 

直後、嫌な音が響いた

 

「……げっ」

「この音は……」

 

何か硬い物が跳ねるような音、それと一緒に聞こえてくる羽音

ついさっきまで後ろから迫ってきた音が、再び近づいてくる

 

「あの独善者、もうやられたの……」

 

後ろを振り返る、そこには例の虫がいた

大規模な群れをつくり二人に迫ってきている

 

「ヤバッ……! セラフィムさん! 逃げましょう!」

 

バイソンがすぐさま逃げようと提案する、だが

 

「……もういい加減、苛立ってきたわね」

 

セラフィムは、動かない

 

「ちょっ、セラフィムさん?!」

 

彼女のその行動に慌てふためくバイソン、その目の前には群れが来ている

 

「に、逃げましょう!」

 

急いで逃げ出そうとバイソンがセラフィムの腕に手を伸ばす

 

その時だった

 

「……あ」

 

突如、赤い光が舞った

 

まるで火の粉のように、彼女自身の体を燃やし尽くすように煌めく光

 

一度追っ手を撒くために使われた、加速紛いと言っていた粒子

 

それは彼女の体だけでなく、彼女の光輪と

 

その背にある物、六枚の羽へと伝搬していく

 

「……そうね、これが手っ取り早い」

 

「セラフィム、さん?」

 

彼女はゆっくりと、腰に下げた散弾銃を手に取る

 

中折れ式の三連装、持ち手と銃身の繋ぎ目が折れ、筒の中があきらかになる

 

そこ三つ、弾薬を込める

 

「バイソン、下がっていなさい」

 

銃身を振り上げ接合部は元通りに繋がる

 

同時に、赤い光が銃へと伝って行く

 

銃口を構える、その先には、群れがいる

 

「吹っ飛ばすわ」

 

紅い光が、けたたましく木霊した

 

 

………………………

 

 

「……よし、成功した」

「………………」

 

後に残ったのは、大きく抉れた路地と

 

「あーでも、やりすぎたわね……」

 

先ほどまで群れていた肉片、あちこちに散らばる粒子の欠片

 

「……なんて火力だ」

 

そして自らを燃やす、一人の天使

 

 

熾天使が立っていた

 

 




最近どうして投稿が遅いのか?

……本編の執筆速度がおかしかったんだよ



AC用語解説

マクシミリアン・テルミドール

ACfAに登場するリンクス、機体名はアンサング
ORCA旅団の旅団長、ACfAのストーリーにおける重要人物
企業連の作り出した偽物の平穏を脅かした張本人、fAの物語は彼の一声から大きく動き出す
あとどっかの赤い弓兵みたいな声してる

『最悪の反動勢力…、ORCA旅団のお披露目だ』

『諸君、派手に行こう』

一体どこの何ダルヴァなんだ……



真改

AC4 ACfAに登場、機体名はスプリットムーン
とあるルートに置いて上の方と一緒に出てくるリンクス、そして真のボス
機体構成はマシンガンにブレードを持った高機動型
追加ブースターのせいで超早え、あと怖い
この人、月光を恐ろしい速度でブンブンしてくるんだよ……

『……終止』

終止以外に何喋ったっけ?


ちなみに、投稿が遅れてるもう一つの理由ですが
この話、おまけの話なのに進め方が本編以上にデリケートなんです
下らないギャグに走れる分まだ余裕はありますがその内またフルシリアスになります
助けてくれ……作者の頭がスポンジボブになっちまう


時折ps4のダクソ3でフリーデ前に逃亡騎士のサインがあったなら
それは恐らく、私です(耐久値ゼロ、カット率まさかの一割、自殺行為をしております)




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The poet of outrage

『ねえ、エク姉』

 

それはラテラーノに古くから伝わる物語

 

『ラテラーノの人達って、皆天使の名前なの?』

 

その中に出てくる”天使”と呼ばれる人物達の、ある総称

 

『いや、中には普通の名前の人もいるよ。みんながみんな天使の名前じゃ似たり寄ったりになっちゃうし』

 

神への愛と人への情、その双方を一心に祈り続ける者

 

『私と同じ名前の人がいたら紛らわしいし』

 

『いるの?』

 

『いるよ、エクシアって名前は人気だしねー』

 

その背には三対六枚の羽、彼らの体は常に情熱によって燃えていた

 

『能天使、始まりの天使の名で高みに至ったって言われてるからね。かっこいいでしょー』

 

『……能天使、ていうよりは……能天気』

 

『……君は私に厳しいね』

 

六つの羽は自在に動き、彼らは内の二つで顔を隠し、内の二つで足を隠した

 

『だけど、正直似合わないなって……』

 

『バイソン、君はもう少し年上に対する配慮というものをね?』

 

そして残った羽で、高く、高く、飛翔したという

 

『他のエクシアさんに申し訳ないなーって』

 

『……もういいよ、その事は後で言及するから。それで、どうして天使の名前が多いかだっけ』

 

『あ、うん、やっぱり、こうあってほしいとか、そういう事なの?』

 

『そうだね、私の能天使みたいに神様への信仰心を大切にしてほしいとか、守護天使みたいに人を護れる人に成長してほしいとか』

 

『名付けた人の想いが込められているってこと?』

 

その羽は、身を焦がす炎のように、紅く染まっていた

 

『そうだね、想い、というよりは……願い、かな』

 

『願い?』

 

『うん、どうか彼らの生きる道が祝福されている様にと、どうか、有意義な生を送れるようにと、名付けた人の真摯な願いが込められているんだよ』

 

第九位、力ある天使の中でもいっそう特別な数字を持つ彼ら

 

『だけど、同時に呪縛にもなる』

 

『どうして? ロマンチックな話だと思うけど』

 

総じて人の似姿を持たぬ寵愛者

 

『だからだよ、人によっては余計にこだわる人がいるんだ。願われたように、願われたまま生きようとする人が、偶にいる』

 

『……それは、無理してって事?』

 

『うん、当人が望もうが望むまいが、そうして生きる人がいるんだよ』

 

情熱をその身に纏う熾える者

 

『きっと、苦しい生き方だろうね』

 

熾天使と、それは呼ばれていた

 

 

………………………

 

「…………」

「…………ふぅ」

 

一仕事終えたように息を吐くセラフィム

その後ろではバイソンが呆然としている

先ほどまで暗かった裏路地は紅い光で照らされている

 

「……あー、疲れるわね、コレ」

 

路面を形成していたコンクリートは大きく抉れ、代わりに幾つもの小さな欠片が散らばっている

飛散した欠片は周囲の建物の壁に突き刺さりひびを入れている

 

「しかし、派手にやっちゃったわね……、周りの人達、起きないかしら」

 

路面の欠片と共に飛び散っているのは虫の肉片

紅い光が付着したそれらは燃えているように見える

 

「……あの」

「うん? ああ、ごめんなさい、驚かせたわね」

 

セラフィムはゆっくりバイソンへと振り返る

その体は、天輪は、羽は、燃え盛っている

 

「その、今のは?」

 

突然の彼女の行動とあまりの景色の変貌ぶりに、何を問えばいいのか混乱している

何とか絞り出した言葉はこの現象に対する疑問

彼女はそれに対して少し唸る

 

「うーん……アーツの応用、としか言えないわ」

 

アーツ、とは彼女が少し前に見せたあの紅い粒子の事だろう

加速紛いと言っていた、だがそれだけではこんなことは出来ない

 

二人の目の前は今、まるで爆撃に晒されたかのような破壊的な光景になっている

彼らを追っていた群れは消え去り、火事でも起きている様に光っている

 

「説明してわかる物じゃない、理不尽な事が起きたと思いなさい」

「…………」

 

そう言いながら彼女は散弾銃を仕舞う、同時に燻っていた光も散っていく

 

「それ、アーツユニットじゃないですよね?」

「ええ、これは只の銃。こいつに仕掛けはないわ」

 

見る限り、中折れ式の散弾銃、通常の物との違いは何かと言えば三連装という事だけか

それ以外におかしな点はない、アーツ駆動のエンジンも、源石が埋め込まれていたりもしない

ならばどうしてこんな高火力の技が出来たのか

 

「まあ、それはいいでしょう。大きな音出しちゃったし寝てた人に怒られそう、さっさと逃げるわよ」

「え、あ、はい」

 

聞いておきたいが彼女はどうやら答えたくないらしい

セラフィムはそそくさとその場を離れようと歩き出す、すると

 

「へぇ、凄いことになってるね」

 

女性の声が聞こえてきた、セラフィムの声ではない、別の誰か

 

「ん? 誰?」

「……この声、まさか?!」

 

声のした方に顔を向ける、そこには一人のサンクタがいた

 

「やぁ、バイソン。久しぶりだね」

「モスティマさん!!」

 

どこか存在が浮いた青髪の女性、その顔には笑みが張りつけられている

彼女の存在に気づいたバイソンが駆け寄っていく

 

「お久し振りです! いや、そんな事より、どうしてここに?」

「うん? そうだねー……」

 

それとは対照的にセラフィムは

 

「……あなた、あの時の……」

 

訝しげに彼女を見つめている

 

「やぁ、お姉さんも久しぶりだね」

「……ええ、あの時はどうも」

「あれ、会ったことがあるんですか?」

「ちょっとね、旅先であったのさ」

「…………」

 

ムスッとした顔でモスティマを見つめ続けるセラフィム、こころなしか不機嫌そうである

 

「どうしたんだい、随分、怒っているみたいだけど」

「……そうね、どうしてあんな丁寧に教えてくれたのか、その謎が解けちゃったものだから」

「ああ、別に邪な考えがあって言ったわけじゃないよ。

なんだか知っている人に雰囲気が似てたから、なんとなく親切にしただけさ」

「……親切ねぇ」

 

どうやら彼女に思う所があるらしい、モスティマの笑顔をじっと見る

 

「それ、要は手の平で踊らされたって事かしら」

「いいや、本当に偶然だ。私は何の他意なく君の問いに答えただけだよ」

「……なら、どうしてここにいるの?」

「言ったろ? 友人がここにいるって」

「友人?」

「うん、君が出会ったあの男さ」

 

その答えにさらに顔をしかめていく

 

「なるほど、あなたもネストの人なのね」

「え? そうなんですか?」

 

モスティマの答えたことが本当ならば彼女はストレイドと友人という事になる

そしてそこから連想できる事柄は、何故ここにいるかの答えはこれに尽きるだろう

彼女もまた、渡り鳥だったという事、だが彼女は

 

「いや、私はネストのメンバーじゃない」

 

否定する、その顔に貼り付けられたものは崩れていない

 

「違うの?」

「ああ、渡り鳥の巣に私の居場所はない。入れてくれって言えば皆温かく迎えてくれるだろうけど、そうする理由もないしね」

「なんだ、知り合いなの」

「仕事の都合で色んな所に行くんだ、そこで彼らによく会うんだよ」

「……結構いたけど、顔を覚えてるの?」

「まさか、出会った人を全て覚えておくほど酔狂な人間じゃない。彼らが私を覚えてるんだよ、困ったことにね」

「なんで?」

「さあ? 多分、似てるからじゃないかな、迷子君に」

「似てる? あなたが?」

 

セラフィムが彼女の容姿を注意深く見始める

足先から頭のてっぺんまで、穴を開けんとばかりに凝視する

一分程か経った頃

 

「……どこが?」

「見た目じゃないよ、中身の話さ」

 

迷子君とはおそらくストレイドの事だとは察したのだろう

それで二人の共通点を見つけようとして見つけられなかったらしい

 

「まあまあ、君には関係ない話だよ」

「……そうね」

 

モスティマが切り上げる、詳しく話す気はないようだ

 

一度、周囲を見渡す

 

「それで、これをやったのは君かい?」

 

彼女の視線の先にあったのは、先ほどの紅い光が生み出した光景

住居や器物の破損こそないが傷跡は大きく目立っている

 

セラフィムは何も言わず、代わりに片目を閉じて答える

その反応に笑顔で返す

 

「聞いた話じゃフリーターって事だったけど」

「ムーンライター」

「ああ、言ってたね。自称ムーンライターって」

「自称じゃない、事実よ」

「へぇ」

 

謎のプライドを見せるセラフィム、適当に流される

 

「だけどフr「ムーンライター」にしてはアーツの扱いになれてる。実は昔は傭兵だったとかはないのかい?」

「ない、傭兵なんてものにはならない」

「おや、傭兵は嫌いかな」

「嫌いか好きかで言われたら嫌いに傾くわ」

 

どうやら先の彼女のアーツに疑問を抱いているらしい

確かに彼女のアーツは強力だった、前方に見えるもの全てを破壊する紅い一撃

見ようによっては炎に見えるそれは未だに残滓を残して路地を彩っている

 

「じゃあ独学かな、もしくは師匠がいるとか」

「残念、前者よ」

 

ニコニコしながら頷くモスティマ、そこには珍しく感情が見て取れた

理由はわからないが楽しいことでもあったのか

 

ただ、その前にいる女性はもれなく彼女を睨み付けている

 

「で、どうしてこんな詮索されているのかしら」

「ん? 特に意味はないよ。私が気になっただけだから」

「そう、ならこれ以上はよしてもらえる?」

「おっと、不快にさせたね、ごめんよ」

 

根掘り葉掘り聞かれるのが嫌なのか、モスティマの態度が気に障ったのか少し威圧的な態度になる

片手は腰に手を当てているがもう片方はリボルバーへと伸びている

 

「待った待った、暴力は良くないよ」

「そうね、良くない。だけどあなたみたいなタイプはね、警戒を解いちゃいけないって決めてるの」

「うん、いい心掛けだね」

 

年の割に幼い顔立ちは酷く険しくなり、紅い双眸は己に害をなす者を見つけた獣のように鋭くなっている

 

「……まったく、気難しいね」

 

それをどこか懐かしい物を見る様に、モスティマは優しく微笑んでいる

セラフィムはその様子に違和感を覚えつつも意識は緩めない

 

「それで、今度は私の番でいいかしら」

「いいとも、聞きたいことが何かはだいたいわかるけどね」

「そいつは結構、なら遠慮なく聞くわ」

 

そう言ってセラフィムが地面から何かを拾う

 

「これは、生物兵器ね?」

 

それは虫の肉片だった、小さな欠片だがあの虫特有の体液が零れている

 

「らしいよ、あの子が喜々として語ってたね」

「目的は? ただの遊びで作るものではないわ」

「そうだね、これはれっきとした殺すための道具だ。彼も、それは理解してる」

「……これを、ですか? あの人が?」

 

今まで場を静観していたバイソンが聞く

彼は多少とはいえストレイドとの関わりはある、あちらからすれば取るに足らない些事であろうが彼が作戦中にどう動くのか実際に見て知っていた

戦場で一人だけ、味方でありながら味方でなかった彼はしょっちゅう命令を無視している、ドクターの意見に耳を傾けることこそあれそれが彼にとって非効率であれば勝手に動く

その行動がただの命令違反であればここまで彼の事を覚えていることはなかっただろう、だけど、幾度か見てしまったのだ

負傷者の撤退を優先し、けして誰も見捨てないと語る、あの背中を

 

「あの、これは使用用途を考えたうえで作られたんですか?」

 

だが同時に別の物も見た、己の敵と断じれば容赦なく引き金を引く男の姿も、彼の脳裏には残っている

 

ストレイドという傭兵は優しい男だ、なのに信用しきれぬところがある

 

バイソンとしても信じたくはあるのだ、この生き物がなぜ生まれたか、その用途が何なのか

つい想像してしまい、最悪の予想をしてしまった

だからせめて、これは彼にも想像だにしていなかった出来事だと、誰かに言ってほしいのだ

だが目の前の天使は

 

「ああ、これは施設襲撃用に調整された、爆弾だよ」

 

そんな真実を、躊躇いもなく言ってくる

 

「……傭兵団がもつには、もて余すわね」

「そうだね、ただの傭兵団がもつには、危険な代物だ」

 

ただの、と言ったのには理由がある

 

「……ねえ、あなた」

「なんだい、お姉さん」

 

何か、知りたくはない真理を得てしまったのだろう、依然険しい顔のまま、だけど少し苦い顔をしながらモスティマに問う

モスティマは笑顔を保ったまま、静かに答える

 

「渡り鳥と鴉の差異は、そういう事ね」

 

 

 

 

 

「……鴉とは、そういうことですか」

 

――ああ、鴉とは即ち、死を運ぶ黒い鳥。けして誰も逃さぬ圧倒的な暴力だ

 

「確かに彼は冷酷です。殺していく様に恐ろしさこそありますがそこまで言われるものですか?」

 

――言われるものではない、言うべきものなんだ

 

「……つまり、彼がそれを願っていると?」

 

――正確には、そうなっている。貴公らがどれだけ彼と関わりを深めることが出来ているかは知らないが、彼は貴公らにも同じように見てもらおうと思っているよ

 

「死告鳥、それが彼の通り名とは知っています。しかし……名の通りに生きるなどと、遊びにしては悪趣味です」

 

――そうだな、悪趣味だ。ならばこれが児戯ではないと、かえって理解できるのではないか

 

荒野を駆ける猫は黙々とページをめくる

 

 

 

 

 

「なるほど、怯えろと、奴は言っているのか」

 

「ええ、彼がどうしてそう名乗るようになったのか、聞かされてはいないのでしょう?」

 

「あの男が昔語りなど、すると思うか?」

 

「思いませんね、私も、聞いたことはありませんから」

 

「その割には、理解しているんだな」

 

「はい、そうでなくてはここにいません。そうでなければ、私はあの方の傍に居ようなどとはしませんよ」

 

とある令嬢は気品にあふれた笑顔を向ける

 

 

 

 

 

「君には想像が出来るかい? 仮に全てを殺した先に何かあるとしたら、そこに存在するものは何なのか」

 

「そんなもの、想像など出来るか!」

 

「そうだねぇ、出来ないのが普通さ。思い浮かべられないなら想像のしようがない、なら、思いつくこともない」

 

「……なんだ、その目は」

 

「何、幸せな子だと思ってね。でも不憫だ、新しい可能性を知らないのは、個人的にみじめだと思っているんだよ」

 

「みじめだと?」

 

「ああ、だから教えてあげる、その足りない脳ミソでも理解できるよう、懇切丁寧に、ね」

 

白衣を纏う少女は下卑た笑みを浮かべて言った

 

 

 

 

 

 

「君の想像通り、渡り鳥とは名の通りに渡る者。彼らの思うままに空を飛び陸へと渡っていく旅人だ」

 

「だけど鴉は明確に渡るのね。戦場へと向かう為、死骸を増やすために」

 

「そうだ、そして残滓は彼が現れたという証拠になる。来るべき者が来たのだと、戦地へと伝っていく」

 

「……死告鳥、黒い鳥、凶兆、色々と不穏な噂があるのが鴉だものね。なるほど、あいつの所業にはピッタリよ」

 

「本人も、そういう理由で決めた名だからね、今でこそ迷子と名乗っているけどその本懐は何も変わらない」

 

「どうせ、彷徨って辿り着いた先でも殺していく、とかそういうことでしょ?」

 

「ああ、そう言っていたね。相応しい名前だとは思うよ、実際答えが欲しくて迷っているわけだし」

 

「答えが欲しいなら誰かに聞けばいいのよ」

 

「それが出来たなら、こうはならなかったさ。求める答えを開示するものがいれば彼は人に戻れているだろうからね」

 

「……人でしょ、奴は」

 

「……ああ、人だよ、きっと」

 

「……泣くのね、あなた」

 

「ん? 何の事だい?」

 

「……いえ、なんでもない。それで渡り鳥が鴉についていくのは、己の意思なのね?」

 

「鴉が行う殺戮を覚えておく為だと、言っていたよ」

 

「そう、写真でも撮って額縁に飾るのかしら」

 

「それより手間が込められている、更に性質の悪いことに彼らは彼に嫌われてるからね」

 

「嫌ってる? 仲間でしょ?」

 

「違うよ、彼にとっての仲間はいない。彼がそう言える人達はとうにいなくなってしまったからね」

 

「…………あっそ」

 

「だから、これは渡り鳥が勝手にしていることなのさ。こうして今日、彼の傍に現れるのも」

 

「こうして下らない遊びに付き合うのも?」

 

「彼が何度付きまとうなと言ったかな。数えるのも億劫になるぐらいは言っていたよ」

 

「……渡り鳥(レイヴン)は、随分奴にご執心ね」

 

「そうだね」

 

「あいつは、黒い鳥(レイヴン)は、何者なの」

 

 

 

 

 

 

――彼は現実主義の夢想家だよ

 

「そうして選んだ道の先に何があるかを理解しながら、それでもと安寧を求める優しい方です」

 

「皮肉なものだねぇ。その心はきっと人を救うに足るものだというのに、

世界は彼を殺戮者へと変えたのさ」

 

「笑い話にもならないね。どうしてあんな風になってしまったんだろう」

 

――だからこそ、その叫びは誰よりも悲痛に響くんだ。

けして、誰かに届けるつもりもないというのに

 

「だから、代わりに叫ぶのです」

 

「だから、代わりに笑うんだよ。そんな愚かな思想の持ち主が行きつく先を」

 

「その怒りを、確かに人の間へ運ぶためにね」

 

――悲しみを、嘆きを、悟らせぬために

 

「そうして謡うのです。あの方の心を蝕むものを」

 

「そうして伝えるんだよ。下らない妄執を」

 

「復讐を、おおらかに、空高くまで届くように」

 

――我々はただ、広げていく群衆だ

 

「あの方の声を響かせるのです」

 

「そして見届けるんだよ。いったいどんな結末に向かうのか楽しみだね」

 

「意地悪な人達だね。彼の在り方を知っているからこそそうするんだろうけど」

 

――いつか、彼は辿りつくだろう。その時に彼がどうするか、我々をどうするか。

それを決めるのは、その時の彼だ

 

「あの方が我々に死に向かえと言うのなら、喜んで歩みましょう」

 

「え、私? 私は死なないよ。私は只、無茶苦茶な暴論が現実になる様を見たいだけだからね」

 

「そうだね、でも、大抵の人がそうして死に場所を求めるだろうね。

いつか彼がしたように、渡り鳥を殺すだろう」

 

――革命は殺戮なくしては成し得ないと、ある男は言った

 

「戦場だけが己の居場所だと、ある方は言いました」

 

「ある子はね、人を殺すことだけを覚えてしまったんだよ。

快楽でもなく、義務でもない。そんな在り方しか見いだせなかったみたいだね」

 

「それを、彼は殺した。死告鳥という存在として、在り方を確かに示すために」

 

――きっと、成し遂げられるだろう、彼は犠牲をいとわない

 

「そんな純粋な方の為に動かないなど、私にはあり得ない話なのです」

 

「アハハハハ! みんなみんな、妖しい光だとは疑わないのかなー」

 

「酷く、恐ろしい話だよ。だけど、彼らはそういう集団なのさ」

 

――かの者の復讐の代弁者

 

「かの者の怒りを謡う者」

 

「そうして終わりを静観する者」

 

The poet of outrage(怒りの詩人)、それが彼らの使命だよ」

 

渡り鳥の巣(Raven's Nest)

 

「そう呼ばれる者達が己に定めた、正しい在り方さ」

 

 




後書き、書くこと、無い


というか、毎回毎回書く必要もないのでは? とようやく気づいた私がいる

なおラテラーノにおいて神話の類がどう伝わっているかは筆者は詳しく知りません

さらに言うならバイソンがモスティマを何て呼ぶかもわかりません
イベントの時みたいにモスティマさんなのか、それともモス姉とかティマ姉とかそんな感じなのでしょうかね

では失礼



ギャグを詰め込む隙間が消えていくネストの話、私の心はボドボドダァ!!

本編より難しい……でも書かないとギャグ時空の話が書けない


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Fake Facer

「……非合理な話ね」

 

チラチラと光る赤光に照らされる夜の路地

見ようには幻想的な景色の中でセラフィムが静かに呟いた

 

「詩人だって? 物語を語るのはいいけれどマシな話はなかったのかしら」

 

嘲る様に、荒唐無稽な話だと言うように

だけど、けしてその話全てを否定しないように、哀しい顔で

 

「どうせ謡うなら、恋物語とか英雄譚とか庶民受けするものにしなさいよ」

「私も、そう思うよ」

 

 

モスティマの口から伝えられた渡り鳥の群れの存在意義

それは、到底常人が理解できるものではなかった

 

バイソンは何も言えずに押し黙っている、年若く未来に夢見る彼には、彼女が()()()()()()()のか理解できなかったのだ

レイヴンズネストと呼ばれる傭兵団が、それらを先導する鴉が見ている世界は、けして万人に見えていい世界ではない

 

「だけどこれが彼らだよ、世間で義賊だなんだと言われている渡り鳥の本性だ。彼らが戦争根絶に動いていたのは自分たちが起こす戦争を唯一のものにするため」

「下手なテロリストよりも、戦争(商い)好きの政治家よりもたちが悪い。世界を都合のいいように作り変えるのが目的だったわけ?」

「それは、捉え方と言い方次第。それこそ個人の思想に委ねられるね」

 

これは善と悪の在り方に一度でも疑問を抱いた者にしかわからない

生と死に深い理解をしてしまった者にしか、わかってはいけない話

 

「狂った話ね、あなた、よくも奴の友人になんてなったものよ」

「悪い人ではないからね、天秤にかければ善良に傾くよ」

 

モスティマは普段と変わらぬ態度で話している

他人に比べて特殊な人間関係を築く彼女にはそういった問題はどうでもいいのだろう

 

「傾いたところでわずかでしょう? それじゃかけた所で意味はない」

「わからないよ、もしかしたらガクッといくかもしれない」

 

セラフィムは、先ほどまでと何も変わらない

溜息をつき頭を抱える、これからどう行動するか考えているようだ

 

「驚かないのかい?」

「何に」

 

モスティマの問いに疑問符を返す

 

「驚くことのほどじゃないでしょ。そもそもが謎に包まれてた組織よ、何を考えていたっておかしくないわ」

 

彼女は冷静に自身の考えを口にする、その様相に震えも驚愕もみられない

近くでは未だに何を言えばいいのかわからないままのバイソンがいる

 

「お姉さん、君は随分落ち着いてるね」

「?、だから何がよ」

 

もう一度繰り返された問いに同じ答えを返す、モスティマもそれ以上は何も言わない

 

そんな彼女の様子を訝しみながらセラフィムは壊れていない方の道を見る

 

「おや、行くのかい?」

「そりゃぁ行くわよ、ネストとやらが何者にせよ私には関係ない。今の私に重要なのは私が欲しい情報を手に入れられるかどうかよ」

「よほど大事な人らしいね、前に会った時に私にも聞いてきた」

「そうね、色んな人に聞いてる、しらみつぶしにね」

 

この紅いサンクタはどうやら合流するつもりらしい、虫の群れは消え追手もいない

あのタイミングで例の金髪幼女が割って入ってきたのはある意味正解だったのかもしれない

視界的にむごたらしい惨状こそ起きたが今まで休憩なしに続いていた追いかけっこは中断されている

一息つけるのにも態勢を整えるのにも、ストレイドと合流するにしてもこの場を置いて機会はない

 

チェンが告げた残り時間がどれだけ残っているかはわからない、動くなら早い方がいい

セラフィムはストレイドを捜しに走り出す

 

「一つ、いいかな」

 

ただその足はモスティマの一言で止めることになる

 

「……何かしら」

「用と言うほどの事じゃないよ、気になったんだ」

 

ニヤニヤと笑う少女に未だ不信を募らせながら聞き返す

モスティマは何の事もなく聞いていく

 

「君、どうしてそこまでして捜すんだい?」

 

セラフィムが何故ここにいるのか、それは件の捜し人が関係している

彼女にとって何者かはこの場の誰も聞かされてはいない、彼女にとってその人物がどれだけ重要かも、彼女は一言も話していない

 

「言う必要、あるかしら」

「ないね、でも捜してるって言う割には必要最低限の手伝いしか要請しないだろ?」

「……そうね、その通りよ」

 

必要最低限とはどういうことか、それは人捜しにおける必要な行動の事を言う

まず人を捜すうえで重要なのは名前と容姿、それから対象の足取り、そして最後に見た地域

これが最も重要で最初の足掛かりになる、この要素がクリアされていなければ始めることすらできない

彼女の人捜しはどの要素もクリアできていない、手元にある情報は古い写真一枚だけ

 

これでは捜すにしても手立てがない、それこそ彼女がやっているようにしらみつぶしに行くしかない

彼女もそれを理解してストレイドの条件を呑んだのだ、もとより頼るべきは数と足だけだと

 

だがその割には彼女は積極的に協力を求めない、あくまで知っているかを聞くだけ

一応探偵を雇ったことはあるがそれでも期間がある、いつまでも手伝ってくれるわけではない

結果としてこの人捜しは彼女一人でやっていることになる、非効率的だ

なのに必要以上に聞くことはない、友好関係の有無もあるだろうがそれでも消極的に過ぎる

 

「正直、私達みたいな仕事の人でも難しいよ。バイソンもそう思うだろ?」

「え? あ、いえ、あの僕はまだ詳しい話は聞いてないんですけど……」

「ああそうなのか、ならついでに聞いてみたらどうだい? 馬鹿にはしないけど、絶望的だ」

 

言われてセラフィムを見つめるバイソン、その視線に気づいたのか、単に言われた通りに見せようと思ったのかセラフィムが上着のポケットから一枚に写真を取り出す

何も言わずにバイソンにそれを見せる、その顔は随分と複雑そうだ

見せられたバイソンは珍しく顔をしかめさせる

 

「あの、これっていつぐらいの写真ですか?」

「二十年以上前」

 

そこに追い打ちを食らい唖然としている、それもそうだ

彼女が言った年月どおりなら年が経ちすぎている、彼女の捜し人は写真に写っている様な見た目ではない

 

「いつから捜してる?」

「……確か、周りは高校に通い始めた頃だから……十年ぐらいは捜してるわね」

「十年!?」

 

彼女は長い事この無謀な人捜しに挑戦していたらしい

 

「うん、お姉さん、正直ね、時間の無駄だと私は思うよ」

「無駄ではないわ」

「いいや、無駄だよ」

 

セラフィムの否定に更に否定を重ねる

そもそも人捜し自体かなり難しい話になる、原因は何であれ足跡が消えた人を捜すのだ

多少のヒントがなければ形も見えない迷宮だ、とうに諦めておくべき事象なのだ

なのに彼女は捜し続けていたらしい、十年と言う時間を捨てて、そしてこれからも彼女は時間を捨てていくのだろう

生きているかもわからない、仮に生きていたとしても、もう他人に近い人の為に

 

「どうしてそこまでするんだい、君だって叶わないだろうとは思っているんじゃないのかい?」

「…………」

 

セラフィムは何も言わず写真をしまう、問われたことに答えぬままその場を去ろうとする

 

「あ、セラフィムさん、待ってください!」

 

バイソンが呼び止めるが振り返らない、どうやら話はこれで終わりと言いたいらしい

モスティマは静かにそれを見守り笑っている

バイソンはついていこうと慌てて走り出す、その時だった

 

ゴトリ、と何かがずれる音がした

 

続けて聞こえてきたのは、羽音

 

三人とも音の方へと振り返る、そこにいたのは

 

「……キチキチ」

 

例の虫、橙色の体色の羽を開いて飛ぶ種類

崩れた瓦礫に埋められていたのか、這い出てくるように蠢いている

羽は引っかかっているのか、微かな土ぼこりを巻き上げながらよちよちと歩いている

 

「……生き残り、か」

 

セラフィムはその様子に言葉を溢し、何か別の景色を見る様に目を細めている

そしてもう一度振り返り元の道を行こうとする

 

「ちょちょ、セラフィムさん! 後ろ後ろ!?」

「へ?」

 

そのまま行こうとしたらどこか慌てた様子のバイソンに声をかけられる

何に慌てているのか、確認しようと振り返った時には手遅れだった

 

振り返った彼女が覚えていた光景は

 

「はえ?」

 

何故か彼女の顔に向かって飛んできている虫と

 

「いたぁっ!!」

 

無駄に綺麗な夜空と

 

「へぶぅっ!?」

 

チカチカと明滅する視界と、どこか鈍い音と

 

「キチキチ」

 

六つの光る点と、奇妙な鳴き声

 

そして、後頭部に当たる硬い感触だった

 

 

…………………………

 

 

「……随分と、過激な思想を持っていたようですね」

 

――まったくだ、初めて聞いた時は驚いた

 

一方ホシグマとワイルドキャット、とその他諸々の警官たち

彼女らは先ほどまで静かにワイルドキャットがつづった文字を眺めていた

 

そこに記されていたのは、とある傭兵団の在り方と、いつかきっと来てしまう終わりの在り様

けして平和的ではない、酷く退廃とした彼らの所業

 

黒い鳥、そう呼ばれるモノの怒りを伝える渡り鳥

 

それこそ謡うように広めるのだと、少しでも眩しく、誰かの目に、耳に、その魂に刻まれるようにと

 

たった一人の為に集まった大多数の傭兵達の未だ小さい(願い)

 

「何故、話したのですか?」

 

――既に選ばれているからだ

 

「誰がです」

 

――あなた達と、その頭領だ

 

「……隊長が、ですか? いったい何に……」

 

突然の告白とその理由について問い詰めようとするホシグマ

だがそれは

 

「ホシグマ」

「……隊長」

 

チェンの来訪により中断される

 

「隊長、そちらはどうでし…………?」

「ホシグマ、無線で全員に連絡しろ。今回の件に出張ってるメンバー全員だ」

「……は、はい、了解しました」

 

颯爽と合流した上官にそちらの状況はどうだったかと聞こうとする

しかし、その言葉は彼女の傍に居る見慣れぬ男と

 

「やあ、初めまして。フォグシャドウと呼ばれている、ただの傭兵だ」

「あ、はい、小官はホシグマと申します」

「ホシグマか、ふむ、聞いた通りの風格だな」

「自己紹介なら後にしろ、まずは撤収準備が先だ」

「撤収、ですか」

 

変わり果てた姿になったチェンを見て止まってしまった

 

「…………」

「早くしろ、これ以上時間をかけるだけ無駄だ」

 

彼女がストレイドと話した事柄よりも、何故撤収する手はずになったかという事よりも

どうして角先からかかとまで真緑になっているのか、それが気になって仕方ないのである

 

「あの、その姿はぁ……いったい?」

「……気にするな」

 

ケープを上から羽織っているためそこまで目立たないが近づくとよくわかる

緑色だ、びっくりするほど緑色である。ここまで模範的な緑はない、そう断言できるほどに

 

「無線を突然切った事に関係があるんですか?」

「まあ、あるにはある。だが聞くなら後にしてくれ、今日は無駄に疲れた」

「隊長が疲れた……ですと!?」

 

完璧超人と言われているあのチェンが疲労しているという事実もまたホシグマから疑問を放棄させる手伝いをしている

 

「さて、私の出番はここで終わりだな。これ以上のエスコートはいらないだろう」

「ああ、世話になったな、フォグシャドウ」

「気にしないでくれ、大したことじゃない」

 

ツンツン

 

「ん、どうしたキャット。ああ、いや、お前もここまででいいそうだ、後は相応しい面々が終わらせてくれる予定だと」

 

――終わらせてくれる予定か、終わらさせる算段の間違いだろう

 

「ああ、その通りだ。困った団長殿だな」

 

見るとワイルドキャットとフォグシャドウも引くつもりらしい

事の仔細はわからないがこの騒ぎは終結に向かっているようだ。悪いことではない

ただ、気になるのは

 

「あの、隊長。何があったんですか?」

「些事だ、気にするな」

 

碌に説明もせずに撤収しろと言うチェンと、その顔色

物理的にでなく心象的に悪く見える横顔に心配になった

 

チェンは答えずなんでもなかったように振る舞う、それでも隠せないほどには何かに動揺している、ここにはいない何かに

それは恐怖からきているのか、また別の感情か

幾度聞いたところで彼女は答えないだろう

 

「……了解です、各員に撤収命令を下します」

 

ホシグマには、ただ従うことしか出来なかった

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「傭兵、一体貴様には何が見えている」

 

「地獄だよ、必要で、必然な、邪悪の業だ」

 

「それでは結局、貴様が否定するものと何も変わらないぞ。いいのかそれで」

 

「いいんだよ、これでいい。言葉で語るなどという理想郷に囚われる暇はない」

 

「……貴様はどうして、そう矛盾したがる」

 

「答えなら、示した。あの日に見せてやったろう? あの方舟の連中と共に見たはずだ」

 

「ならば余計に考えろ、ここで私を敵に回す理由もない筈だぞ」

 

「いいじゃないか、俺は破界者でお前達が再世者。その時が来たら揃ってくるといい、逃げも隠れもしはしない、受けて立つ」

 

「違う、言いたいことはそんな事ではない。ロドスの人々の信頼を裏切るのかと聞いている」

 

「裏切る? 信頼しろと言った覚えはないな」

 

「いままでのは虚勢だった、ということか?」

 

「選別してたのさ、俺の求める答えを示してくれる可能性を。それともなんだ、今更情が移ったなどというつもりか? 碌に知らぬ他人に、思考の読めぬ男に、まさか友情なんぞ覚えたわけでもないだろう」

 

「覚えるわけがない、だがな、ロドスは信じているぞ。貴様ほどの男が気づかない筈がない」

 

「どこかのひよっこみたいなことを言う、ならば同じ言葉を返してやろうか? その信頼に意味はないと告げてやろう」

 

「……貴様」

 

「いいね、イイ目だ。あの時の甲板と同じ、己が善における裁断者であると理解した者だけが出来る正しい目だ。そういう意味では龍のお嬢ちゃん、お前は最初から合格ラインだ」

 

「…………」

 

「まあ安心しろよ、動き出すにはまだ足りない、この世界はまだ捨てられるようなモノじゃない」

 

「まるで、神を気取っているようだ。傲慢な男だな、黒い鳥(レイヴン)

 

「……龍の嬢ちゃん、俺は()()()にはこう名乗ったぞ。そちらでなく迷うモノとして名乗ったはずだ」

 

彷徨い屠るモノ(ストレイド)と、そう名乗ったはずだ」

 

「安心しろ、安心しろよ、俺がそうして貴様らの前に現れる限りは問題はない。方舟の連中と共に安穏と過ごしているといい」

 

「黒い羽根が方舟に落ちてくる時まで、せいぜい生き長らえる方法を考えろ」

 

「鉄仮面も、にゃんこ先生も、キラーラビットも、それを見越しているぞ」

 

「お前が奴らの同胞として近い道を行くというのなら」

 

「いつか、俺を殺してみせろ。己が復讐に駆られるだけの器でないと証明しろ」

 

「……貴様、どこまで知っている」

 

「どこまでもさ、可愛いお嬢さんの事は知りたくなる性質なもんでね」

 

「気味が悪いな」

 

「そうだな、まあせいぜい励むといい。あの腹黒に一泡吹かせられるようにな」

 

「……関係のない話題だ」

 

「あるさ、大いにな。奴の思惑がどうあれ龍門はとっくに対象内だ、行くべきだった道は逸れている。このままなら、俺が行くぞ」

 

「それを許すと思うのか」

 

「許したくないなら、足掻くんだな。可能性があるというなら見せてみろ。怒りに呑まれず、憎しみに焼かれずにいられるならな」

 

「貴様に言えることか、弔うことも知らずに呑まれ続ける男に」

 

「おっと、これは耳が痛い。だがまあその通りだ、そうする資格もないことだしな」

 

「…………」

 

「別にいいさ、俺はとうに捨てている。反面教師にでもするといい、こうなりたくないならな」

 

「私は、そんな風にはならない」

 

「ああ、こんな風には、けしてなるな」

 

「…………」

 

「さて、こっちはこっちで合流し始めるかね。始めちまったもんは終わらせないとな」

 

「…………」

 

「ああ、大丈夫だ。もういい加減に終いにする、せいぜい平和的に終わることを祈っとけ」

 

「…………」

 

「お前は…… とりあえずその酷い有様をどうにかしろ。本部にでも戻ればシャワーは浴びれるだろ。早くしないとまた来るぞー」

 

「…………」

 

「一応、一人誰かつけとくとして……ってさっきからなんだ、どいつもこいつも人の顔見て黙りこくりやがって。言いたいことがあるなら聞くが」

 

「……傭兵」

 

「なんだよ」

 

 

 

 

「貴様は、一体何者だ」

 

 

 

 

 




結構前に書き上がってたんですよ
タイトルが、思い浮かばなかった

そして着々と終わりに向かっているネストの話、予定通りなら後五、六話ぐらいで終わらせる予定です(終わらなかった前例アリ)

ストレイドとリンクスのセリフ集も考えつつやっているのでのんびりやってます

ちなみに、熾天使の読みは”しょく”でも”し”でもいいらしいのですが私の小説だと後者になります。ちょっとした理由があるものでして、それはまあいいでしょう

では失礼



ナリタブライアンでうまぴょいしたい


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Remember

ホシグマとチェンが合流していた同時刻

 

「わかった、とりあえずはそこまででいい。必要以上に詮索する理由もない」

「ああ、ストレイド様、本日も麗しゅうございます」

 

所々に肉片が散らばったままの路地にて

ストレイドは携帯端末片手にとある人物と連絡を取っていた

 

フェリーンの少女の顔にアイアンクローを極めながら

 

「必要な事は調べたんだ、なら終わりだ」

「やはり貴方様の腕の中は安心しますね」

 

端麗な顔と指先の接合部からミシミシと音を立てながらウォルコットと名乗った少女はストレイドに貴族の間で交わすような挨拶をしている。美麗字句と言う言葉が似あう言動とは逆の現象がその身に降りかかっているにも関わらず彼女は顔色一つ変えずにいる、その様子を少し離れて見つめるペッローの少年、バーでアップルボーイと呼ばれていた未だ幼さを残す少年

 

「……腕じゃなくて、手の中ですよね」

「そうだな」

 

隣にはジノーヴィと呼ばれたウルサスの傭兵がいる、その手には小さな封筒が

ジノーヴィは謎の我慢大会に目もくれず一心不乱に封筒の中身に目を向けていた

 

「それで、ジノーヴィさんは何を見ているんですか」

 

少年に催促されるまま持っている物を見せる傭兵、そこには写真があった

 

「良く撮れている。撮影者は撮り方を知っているな」

「なんの撮り方ですかね」

「可憐な少女の撮り方だ」

 

ただ、そこに写っていたのはとある白髪のフェリーンの少女だが、少女の写真は幾枚もあり様々な服を着ている

メイド服からゴスロリドレス、チャイナ服、ウェイトレス姿や浴衣の姿

一体誰の趣味なのか、撮影者を指し示すものは特にない、手掛かりは封筒に書いてある’S’の文字だけである

 

「ストレイド様、もし貴方様さえ良ければこの後一緒にお茶でもいかがでしょうか。いい茶葉が手に入ったんです、ええ、きっと楽しいですわ」

「……マギー、探りたがりはいいがそこまでだ。深入りして抜け出せなくなっても知らんぞ……」

「アップルボーイ、これを見てくれ。ウエディング衣装だ、とても似合ってるじゃないか」

「そうですねー」

 

一人は少女にアイアンクローをかけ続ける男

一人はそれをものともせず果敢に男の注意を引こうとする少女

また一人は幼子の写真を眺め続ける傭兵

またまた一人は諦めて一緒に写真を眺める少年

 

傍から見たら何の集まりかわからぬ面子である、それも夜中と言うこともあって異様さはさらに増している。裏通りで事を起こしていて正解だったのかもしれない、人目につかないから

 

だがいつまでもおふざけを続けているほど彼らも暇ではない、ストレイドが何度目かの相槌を交わし端末を切る

そして視線を手に握っている少女の顔へと移す

 

「さて、ウォルコット、しばらく待たせたな」

「いえ! 私は貴方様の命ならいつまでもお待ちできます、たとえ貴方様が私を忘れようとも、ずっと、ずっと、私のもとに戻ってくるのを心待ちに出来ますわ」

「犬かよ、猫だろお前」

 

つまり彼女はそれだけ慕っていると言いたいだけだが彼にとってはどうでもいいらしい、彼女のある意味積極的なアプローチを躱して本題に入る

 

「で、俺がこうしてフィンガー極めてる理由はわかるな?」

「ええ、勿論です。これは俗に言う熱い抱擁ですね!」

「ご理解いただき結構だ(メキメキ)」

「ああっ! 痛い! 流石にこれは耐えられません! いえこれはきっと試練なのです、これに打ち勝てば貴方様の心を私の物に……!」

「悪い意味でしてるよ、今な」

 

いくらなんでも無理だったのか、ストレイドがさらに力を入れると途端に膝を地に着き崩れ落ちるウォルコット、体罰としては機能していたらしい

ストレイドは立っていられなくなったウォルコットに一つの質問を投げかける

 

「お前、どうして龍のお嬢ちゃんにネストの存在を漏らした、あんな事をしろとは言った覚えはないぞ」

 

先程のチェンとの会話、レイヴンズネストと言う傭兵の集まりの存在意義とその終わりにある事象

これらは本来、誰にも明かすべきものではなかったのだ。彼らの行動を確固たるものにするためにも、同時に保身の為にも

当然ストレイドもネストの事を明かすつもりは全くなかった、彼はあくまで彼自身に関することだけを明かせればそれでよかったのだ。その心情にあるのは単純に巻き込みたくないといういつかの出来事から続く葛藤である

 

彼にとってもあれは予想外の事態だった、そしてその予想外は彼女が引き起こしたものだ。なら元凶は彼女にある、現状彼が彼女を問い詰めているのはそれが理由だ

しかし彼女は体罰に耐えながら口ごもる

 

「おい、弁明位はしたらどうだ」

「…………っ!」

 

彼にしては珍しく怒りをあらわにしながら更に指に力を込めていく、顔と指の接触部からミリミリと音が鳴り少女の苦悶の色が濃くなっていく

それでも彼女は何も言わない、その様子にストレイドはとある可能性に気づく

 

「ウォルコット、お前、誰を庇ってる」

「……そ、それは…… あぐぅ……!」

 

言い当てられて動揺する、それを確認し更に圧を高めて尋問を続ける

ウォルコットはそれでも苦痛に耐えながら口を閉じている、尋問という点で見ればこの体罰自体は酷く軽い物だ

だがこの少女はまだ青い、華奢という言葉が当てはまるような少女なのだ、そんな人物がおままごとレベルとはいえ痛みをこらえて庇う相手

 

「あの、団長!」

「……なんだ、アップルボーイ」

 

しばらく傍観していたペッローが動き出す、団長のいつもと違う態度に焦ったのか、それとも顔を掴まれた状態で徐々に持ち上げられ始めた仲間が心配になったのか、二人のもとに駆け寄ってくる

ただそれは失策だった

 

「流石にそろそろ可哀想ですし、降ろしてあげた方が……」

「……ほう、お前が、こいつを庇うか」

「へ? ……痛ぅ……!」

 

彼の行動は早かった、アップルボーイの小さな失言から一瞬、彼も関わっていると判断できたのだろう、近くまで来ていた少年の顔に手を伸ばす、少年は反応できなかった

少女と同じように鷲掴みにされる、そのままストレイドの頭より高い位置へと持ち上げられる

 

「グルか、お前達、腐ったままではいられんらしいな」

 

背の低い彼らには十分な高度だ、顔面に走る杭のような痛みと、支えをうしなった体が重力のままに落ちようとするせいで首がもがれるような感覚に襲われる

 

「言う気は、ないな?」

「……すいません…が……! 言いません!」

「…………っ…!」

 

それでも、二人は何も言わない、今日のこの行いは二人にとって大事な事だったのだ

正確には、この組織にとって

 

「いいだろう、そうして噛みついてこれるなら意義のある反感なんだろうな」

 

二人の反応に対して一瞬楽しそうに笑う

 

「だが、そこには相応の代償がある。わかっているな」

 

しかし、その笑みはすぐに霞のように消え代わりに酷く暗い瞳をした怒りの様相が張りつけられる

 

「甘い男などと思うなよ、貴様等」

 

その言葉の後により一層深く握り込まれる、悲鳴こそ上げてないが二人から歯を食いしばる音が聞こえてくる

未だ離れた位置で傍観するウルサス、彼は動かない

横目でそれを見ながらストレイドは得られた情報をまとめている

だが流石にストレイドもこれだけでは特定は出来ない、せいぜい確認できたのは誰かが独断で計画したという事、別にネストには彼の言葉は絶対などと言う規定はない、それよりも恐ろしい制限こそあれど基本は放任主義なのだ

彼もこればかりは放ってはおけない、今はまだその道程の障害は起こすべきではない時だった

 

しかし事は起きてしまった、何を失念していただろうか、団員の勝手に対しての己の責任を探り始めるストレイド。最も表情には出さずあくまで冷静なふりをしたまま、その手に身内の顔を掴んだまま彼は思考にふけっている

 

その時だった

 

「私です、ストレイド」

 

彼の背後から声が響く、それは彼にとっては新鮮で、だけど強く心に注意している存在の声だった

 

「……アンジー、お前か」

 

ストレイドが二人から手を離し振り返る、そこには一人のサンクタの少女がいた

低い身長の幼い印象を受ける少女、だがその表情は酷く無機質で感情を感じられない

アンジーと呼ばれた彼女はゆっくりとストレイドへと近づいていく

ストレイドはそそくさと離れる二人を余所にアンジーの方へと体を向ける

 

「アンジー、まずは言い分を聞こうか、何が理由で行動した」

「明白では」

 

簡潔に答えるアンジー、その様子に苦い顔をしてもう一度聞き返す

 

「目的は」

「団員の不安の解消、及びあなたが我々の知るままの人物かの確認です」

 

二度目の質問で明確な答えが返される、ストレイドは彼女の返答に更に顔をしかめる

 

「なんだ、そんな下らない理由で動いたか」

「下らなくはありません、重要な事項です。我々ゾディアックとレイヴンズネストの契約に関する話です」

「契約ねぇ……」

 

睨むようにアンジーを見つめるストレイド、その目には怒りよりも不快感のようなものが感じ取れる。アンジーはそれを知ってか知らずか、依然として機械的に話し続ける

 

「我々ゾディアックはレイヴンが戦場への武力介入を続ける以上、全面的に戦闘行動、及び補助への参加を約束する。覚えておいででしょうか」

 

アンジーが長く読み上げた文章はかつてネストとゾディアックが協定関係になった時に交わされた契約書に記された一文

表面上の組織としての付き合いに関するものではなく、この二つが関わり合う事になったたった一つの要因

 

「最近のあなたの行動は契約に反しています」

 

黒い鳥、そう呼ばれる傭兵が不満を溢しながら幾度も読み上げさせられた最重要事項

()()として戦い続けること

 

「いるだろ、いつも、俺は戦場にいることしか出来んろくでなしだぞ」

「はい、戦場への参画はこなしております。ですがそれはロドス・アイランドに雇われた傭兵と言う形です。これは我々の望んだ形式ではありません」

「別にいいだろ、戦場にいることに変わりはない」

 

彼女の不満は明確だった、ロドス・アイランドの味方として戦う事、アンジーにとってそれだけが不満点なのだ

そしてそれは、ストレイドを現在進行形で悩ませる問題の答えでもあった

 

「……ああ、なるほど、そう来たか……」

「何故笑っているのですか、今はそのような状況ではないと思われますが」

 

ストレイドは固い微笑みを浮かべる、アンジーはその表情の意味がわからずに問いただす、そんなことをしても彼が答えることはないのだが

 

鉄の天使は黙って彼を見つめる、これは彼女なりに責めているのだ。じっと視線を向け続けることで自身の不満とその問題に対する改善を要求する

ネストのメンバーで彼女ともう一人しか知らない対ストレイド専用最終奥義である、尚発案したのはとあるフリーの中年の運び屋なのは二人しか知らない秘密

 

それからしばらく、一分、二分、三分

 

五分ほど経過した頃合だろうか、ストレイドが大きくため息を吐く

 

「わかったよ、何をしてほしい」

 

その言葉を待っていたのだろう、アンジーは特に悩む様子もなくある条件を話し出した

 

「ストレイド、近日中にこちらから戦闘への協力要請を出します」

 

――妥協案です、そう続けて具体的な日にちや予想される戦況を口頭で簡潔に伝えていく

 

この要請は先の契約の確認なのだ、彼がまだ彼女たちが知る人物かどうか

彼がまだ、疲れてしまった男になっていないかの

 

「――以上です、悪い話ではないと思います。我々はあなたがイレギュラーのままか確認が出来、あなたは我々という戦力を手元に残せる。ネストにとっても良い結果につながるでしょう」

 

長い長い話を経てアンジーが説明を切り上げる、ストレイドは二度目のため息をついて大仰に肩をすくめる

長話は元々彼の好みではないのだ、仮に普段から彼の話自体が長いと言われようともあれこれ言われるのは好きじゃない、自由気ままな彼らしくはある

 

「わかった、要請には応えよう。派手に暴れてやるさ」

 

彼の返事を聞き承諾を得れたことに満足したのか、一度頷くとアンジーは再び黙りこくってしまった

ストレイドはそんな彼女の頭に手を乗せる

 

「なんでしょうか」

 

アンジーの問いに返事をせずにストレイドは撫でるように手を動かす

彼女はされるがまま、じっとストレイドの顔を見ながら立っている

 

「なんでしょうか」

 

もう一度彼女が質問をする、今度は返答が返される

 

「いいや、ゾディアックの奴らは苦労してそうだと思ってな」

「発言の意味が不明です」

「そうかい」

 

そのまま二度三度、また撫でるように動かす

その後、ゆっくり手を頭から離す

彼女の髪が少し乱れる、そんな名残の上にはリングが光っている

 

なんの汚れもない真っ白な光輪、潔白さを象徴するような、綺麗な光

その光に眩んだようにストレイドが目を細める、その視線に気づいたアンジーが別の意味でもう一度問いかける

 

「行動の意味が不明です」

 

再び何も答えないでいるストレイド

それに対しアンジーは一瞬何かを考える、無表情のまま、それでもどこか人間臭く

少し後、アンジーが口を開きストレイドに言葉を投げかける

 

「ストレイド、我々の目的はイレギュラーの捜索及び排除、それが存在意義です」

「なるほど」

「そしてあなたは、あなたにとっての例外を捜す傭兵。そして我々にとってのイレギュラーです」

 

確かめるように、彼女の視線がストレイドに向けられる

 

「イレギュラーを超えるイレギュラー、それが存在するならば我々は我々の存在意義を示し続けることが出来ます。あなたは自身の目的の一部を達成できます」

「そうだな」

「双方、この点においては思惑が一致している、そう結論が出ています」

 

そこまで言ってアンジーは言葉を止めた、そしてもう一度ストレイドを見やると振り返り、暗闇に包まれた路地へと消えていく

ストレイドはそれを見送り、二度目の息を吐く

 

「まったく…… 心配性だな」

「気持ちはわかるさ」

 

彼女が去ったのを確認し入れかわるように彼へと言葉を投げかけるジノーヴィ

その顔と口調からはどこか安心したような空気を感じる

 

「お前もか、ジノーヴィ、となると他の奴らも同じように思ってたって事か」

「ああ、その通りだ。自覚も、あってくれたようだな」

 

ストレイドが遠くで怯えながら様子をうかがっている二人に目を向ける。彼女たちもアンジーと呼ばれた少女と同じ疑念を抱いていたのかもしれない

だがそれはアンジーの策略により解消されているだろう

 

「まったく、お前達の指揮官はマギーとファットマンだろ」

「だからと言ってお前を無下にはできんさ、大多数がお前に焦がれ付いて来ている、それが我々だ」

「お前もそのクチか?」

「まさか、私はただ、今日を生きるだけの傭兵だ。お前と、お前達と何も変わらない」

「その言葉、アンジーに言ったらどう返ってくるかね」

「意味がわからない、そう返してくれるさ」

 

ジノーヴィの答えにストレイドは軽く肩をすくめる、容易に想像できた光景だろう

お互いに苦笑しあう、そして再びジノーヴィが話し始める

 

「ストレイド、アンジー程ではないが私も最近のお前には違和感を感じている」

「違和感、か…… 何を知った風に言うものだな、お前も」

「知っているさ、私は二期勢だ。マギーやキャット程ではないがお前の性格はよくわかっている。お前が引き金を引く理由も、その意思も」

「…………」

「だから、ストレイド、お前もお前の後に続く者を気に掛けてくれ、お前の言う答えはあの方舟だけと限らないだろう」

 

真剣に、そして少し懇願する様に、ジノーヴィが説得する。つい最近のストレイドの行動はネストにとっては不安を煽るものが多かった

とある医療機関への積極的な接触、傭兵として雇われている、そう言ってしまえばおかしい点は見当たらない。しかし彼は雇われている訳でなく、ましてや相手に了承を得た訪問でもない

これは全て彼の一存で起きている事象である、やられる側としてはたまったものではないがそれを許しているのはロドスも彼の思惑に思う所があるという事だ

 

ただそれは彼とロドス・アイランドだけの密約、はっきりと言葉で交わされたわけではない、それでも確かなある種の呪い

その酷く複雑な関係を理解しているからか、ジノーヴィも、ウォルコットも、レイヴンズネストの誰もが忠告することがなかったのだ

 

ストレイドも、彼らの気遣いを感じていた、だからこそ余計にこじれているのだ

彼の行く旅路に必要なモノ、それは残念ながらネストには存在しない

――――レイヴンズネストの真の存在意義も、彼にとっては不要なモノであるのだ

 

ストレイドは、何も言わない。只々ジノーヴィに向けて沈黙を続けるだけ

 

埒があかない、そう感じたのかジノーヴィが諦めたように首を振る

一瞬破局したかのような小さな会談は意外な形で盛り返す

 

「……鼻歌、アイツの、覚えてるか」

 

突如、ストレイドがとある人物のことを話しだした

 

「あいむしんかー、とぅーとぅーとぅー…… 下手糞だったな、なのに妙に耳に残る音だった」

「……ああ」

 

それはかつてネストに在籍していたとある傭兵が好んでいた歌、内容は酷く退廃的で、だけど魅力的な

ネストの人々が皆心に残している誰かの残滓

 

「選んで殺す、それを上等と思ったことは一度もないさ。俺は神様程偉くはないんだ」

 

その人物は、彼、ストレイドにとってはもしかしたら真に友人になれたかもしれない存在だった

ハリボテでも一方的な友情でもなく、お互いにお互いを理解した、彼が否定し続ける壊れ物

彼とその人物がそうなれなかったのは、結局、在り方の相違が原因だった

 

「アイツの言う通りだ、己の勝手な定義で人を殺して、下等だよ、とても」

「それでも彼らは選んでいるんだ、お前のもとでなら自由で在れると信じて。ならもう少し、団員達の気持ちを汲んでやれ」

 

果たして言葉は彼の内へと届いたのか、ストレイドは何も返さずに、かわりにゆっくりと空を見上げる

 

ここは龍門、たとえ闇が支配する時間であろうともその膨大な財と権力で作り上げられた建物が都市中を照らしている

たとえ汚れた場所であろうとも、星は見えない、ちらちらと埃のように見えるだけだ

 

しばらく見上げ続け、見上げた時と同じように視線を下げる、その目は確かにジノーヴィを見ていた

 

「わかったよ、だがまあ期待はするな、俺は気が利くタイプじゃないぞ」

 

その言葉に安堵の息を漏らす、このウルサスにとっては酷く緊張する時間だったようだ

 

「ああ、頼むぞ。皆お前の言葉を待っている、それがなんであれお前が彼らの前にいてくれると言うなら……」

「期待は、す・る・なっ!」

 

指を突きつけ念を押すように言う

だがそれでも良かったのだろう、ジノーヴィは安心した顔をする

 

「よし、ならば私はこちらに戻ろう」

 

そしてそっと手に持っていた写真へと顔を落とした

 

「……この、ロリコンが」

「いいや違うぞストレイド、これは父性だ」

「昔はこうじゃなかったのに、誰がコイツをこうしたんだ……」

「それはリンクス様ですわ、貴方様と私の愛の結晶です!」

「お前と交わった記憶はない」

「ハハハ…………」

 

頃合を図っていたのだろう、離れて様子を見守っていた二人が傍へとやってくる

その顔には多少跡が残っている、目立つほどではないが痛々しくはある

それでも二人が彼の元に来て笑顔を向けているのは、彼に信頼を置いているから

いや、もしかしたら心酔なのかもしれない、それを知って彼が突き放そうとするのも、きっと理解している

 

「アグラーヤに言いつけてやろうか……」

「駄目だ、殺される」

「あ、そういえばさっき近くにジノーヴィさんがいるかって連絡が来てましたね」

「……なんと、答えたんだ?」

「龍門スラム街第○区画、××番地でリンクスちゃんの写真をニヤニヤしながら眺めてました。そう伝えましたね」

「はうあ……!?」

「あら、随分詳細に伝えましたね」

「情報共有はしっかりと、団長やマギーさん、フォグシャドウさんからいつも言われてますからね!」

 

幾分かの癖のある団員と、彼らよりも一層癖の強い団長

いつか来る時の為、たった一人の旅路を支えるために集った流れ者達のたまり場

 

それがレイヴンズネスト、このテラに知られている限りの情報はたったそれだけ

 

渡り鳥達は静かに、悠々と己の思い描く空を飛んでいる

 

そして黒い鳥も、行くべき道を行くのだろう

 

渡り鳥達は知っている、彼の道の行く末を

 

だから彼らは願っているのだ、せめてそれが彼の納得のいく答えであることを

 

見る人によっては歪な関係なのだ、群れとその先導者が必ずしも同じ考えとは限らない

 

だけど、そんな形だからこそ託されていくのかもしれない

 

願わくばその意志が、そして遺志が、正しく在れるようにと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……限られてるんだ」

 

「限られてるんだよ、答えは」

 

「見つけなきゃならない、見つけなければいけない」

 

「そうしなければいけない理由がある」

 

「権利と義務が、俺にはある」

 

 




本来キャラの外見はある程度イメージできるように書いておくのが小説のルールです
それを知ってACキャラ達の外見を適当に書いているのは単純にフロムゲーのキャラは個人で見た目の想像が違う事が多いのでそのイメージを崩さぬように配慮しているつもりなだけです、あくまでつもりです

本当はもっとはっきり書かなきゃなんだよ!(イメージが湧かないだけ)

そんな鬱憤は置いといて、種族をある程度決めているのはせめて影だけでも想像できるようにです、ちなみにジノーヴィがウルサスなのは彼の名前がロシア系の男性名であることから恐らくロシアあたりが元ネタであろうウルサスを当てはめただけです

別にリーベリでも良かった気もする、でもそうなると大体皆リーベリになっちゃう


AC用語解説

アンジー

本名アンジェリカ アンジーは愛称
ACVにおいてストーリーミッションのその後に当たるオーダーミッションでたびたび出てくるゾディアックと呼ばれるミグラント集団のコマンダー、ゾディアックは後述

機械的な感情を感じさせぬ喋り方をする女性、主人公側が質問しても答えずすぐ切っちゃう人
昔はもっと人らしい性格だったが、彼女の記憶はもう機械化されている

『発言の意味が不明です』

アンジェリカとはフランス語で天使を意味する、語源はangel
ハーブの方も強壮効果をもっておりそれは天使の祝福だ―、なんて言われてる辺りわかっていてこういう立場なのかもしれない

ゾディアック

先述の通りACVにおいてオーダーミッションで戦うことになる傭兵集団
実態は謎に包まれており目的も不明、わかっているの誰も彼も腕利きという事
実際強い、苦戦したくなければ相手の土俵で戦わないことを意識するぐらいだろうか
尚全部で十二人おり、各機はラテン語の黄道十二星座から名前を取られている
アンジーを入れれば十三人、彼女の駆るヘリは彼らを導く星として『POLARIS』と名付けられている

『戦争だ、我々にはそれが必要なんだ!!』

『やってみるさ、お前の望むままに……』

『貴様等の争いに興味はない。私はただ、使命を果たす』

『アンジー、もういないのだったな。我等の知っていたお前は』

珍しく設定資料集で細かく解明されている集団、その全貌は結局大破壊関連の話
まあV系列事態が大破壊をなぞっていくような話だし、考察を捗らせるにはこれほど重要なピースもないだろう。初代から随分時系列離れてるけど



関係ありませんが、ウ○娘の某不退転がレースで勝った時に手を振っていますが
その時の彼女の胸元を注視してください





揺れてます、縦に、揺れております(どうでもいい)


尚、某古王の鼻歌を使用しておりますが楽曲うんぬんの奴がメンテ中だったせいで確認が取れておりません
原曲とは違うので平気だとは思いますが楽曲うんたらコードとやらが必要かもしれないなら誰か教えていただけると嬉しいです。ちなみに曲名だけの使用は特別許可や著作権なんたらは問題ない筈なのでタイトルとかは平気です

まあ、二次創作だから今更そんなって話ですがね、ガイドライン違反はしないよう注意はします


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RE:member

――パチパチと、焼ける音がしていた

 

視界には、何も映らない。塞がれている、上から覆いかぶさっている何かによって

それは酷く重くて、ぴちゃぴちゃと液体を垂らして

それでいて、まるで私を護るように、隠すように乗っかっていた

 

――異臭が鼻につく、一瞬頭がぐらつくほどに重く、鈍い香りだった

 

ぬるい、それが最も正しい感想だったろう

私の上に乗る二つのそれが肉塊になって中途半端な時間が過ぎていた、完全に冷たくなるには条件が足りなかった

それもそうだ、こんなに熱く炙られているならば冷めるわけがない、炭になっていないだけマシだった

 

――あかい、赤い、酷く紅い景色だった

 

碌に周りの見えぬ状況でそれだけはわかった

本来黒に支配されるべき領域はほんの小さな隙間から流れ込んでくる熱気と揺らめく光に浸食されている

ゆらゆら、ゆらゆら…… アクセントと呼ぶには不気味で、同時に救いもない

 

――知らない誰かの声が聞こえた

 

足音よりも、それが先に耳に入った

何故だろう、今でもわからない。わかっているのはそのせいでこんな記憶を持っていることだ

そのまま寝ていれば、永劫幸せに居れただろうに

 

――知っている、誰かの鳴き声が聞こえた

 

幼子のように喚くでもなく、悲鳴を上げている訳でもない

何かを、誰かを心配するようにうなっていた

 

――その誰かの声が止まってしまった

 

違う、正確には遠くなったのだ、聞こえなくなるほどに

 

――どうして?

 

鼓動が早くなるのを感じたのを、覚えている

 

――どうして

 

小さな隙間から一所懸命に見ようとしたのを、覚えている

 

――つれていかないで

 

言葉の発し方など知らないのに叫ぼうとしたのを、覚えている

 

――いやだ、ひとりになりたくない

 

己の勝手な願望を始めて心に刻んだことを、覚えている

 

――ひとりぼっちは、こわいよ

 

力無く喚いたことを、覚えている

 

――こわい、こわいよ

 

そして、最後に

 

――あなたも、ひとりになるの

 

酷く身勝手な願いを

 

――わたしも、ひとりになるの

 

今も私を縛る呪いを

 

――いやだ、いやだ

 

深く、熱く

 

――こわいのは、いやだ

 

一生残るほど

 

――だから、みつける

 

ずっと、えずき続けるほど

 

――ぜったいに、みつけてみせる

 

焼き付けたことを、覚えている

 

 

…………………………

 

 

「――――ッ!!」

 

何かに突き動かされて目を覚ます

 

「セラフィムさん、大丈夫ですか?」

「……バイソン?」

 

目の前には、心配そうにこちらを見つめるフォルテの少年と

 

「おはよう、調子はどうかな?」

「……良好よ」

 

同じように座り込みこちらに声をかける青髪のサンクタ

 

「その割には、うなされていたけど」

「……気のせいよ」

 

依然出会った時のように、笑みを絶やさず話しかけてくる

 

視界情報を確認する、見える範囲は先ほどと変わらない

薄暗い路地裏で、どこか適当なとこに運び込んだのだろう

生臭い臭いが鼻を襲ってくる、横になってるせいで星空が良く見える

 

「悪いね、こんな所ぐらいしか隠れられなかったよ」

 

言われて周りを見渡す為に身を起こす

 

「キィ」

「…………」

 

起こして気づく、胸元に例の虫がくっ付いている

 

「……なんでこいつがいるの」

「なんだか心配そうに鳴いてたんだよ。ぶつかったことに罪悪感でもあったのさ」

「虫が?」

 

オレンジ色の、羽で飛んできたよくわからないナニカ

そいつは人の胸に引っ付いてじっと見つめてくる

 

「キィキィ」

「……離れてくれないかしら」

「キィ」

 

退けと言うと、何故か肩の方に移動してきた

何を考えているのかわからない

 

「懐かれてるね」

「どこが」

 

キチキチ言いながら勝手に落ち着いている、どうしてこうなった

 

「こうしてみると可愛いじゃないか。人に馴れてるみたいだよ?」

「馴れてるなら、あんな騒ぎにならない」

 

頭に多少の痛みを覚えながら何があったのか思い出す

確かこのサンクタのアーツで虫の動きを止めて、その中の一匹が拘束が解けて

 

「キィキィ」

「……図太いわね」

 

それで、顔に当たったのだ

で、衝撃で倒れて、後頭部を強く打って

 

「情けない、どれぐらい気絶してたの」

「十分ぐらい、かな」

「あの、気持ち悪いとか、痛みが酷いとかありませんか?」

「無い、平気よ」

 

そのまま立ち上がろうとして

 

「まあまあ」

「……何よ」

 

サンクタに止められる

 

「平気なら、そんな顔はしてないよ」

「……顔?」

「ああ、なんならこんな事も、ここまで冷たくなることもない」

 

そう言って彼女は片方の手を上げてみせてくる

その手には誰かの手が握られている

彼女の手を強く握りしめているそれは、微かに震えている

その手の持ち主を追うとそれが自身の物だと理解した

 

「悪い夢でも見たのかい」

「そうね、夢ならきっと、幸せだった」

 

空いている手で頭を押さえる、同時に目元から液体が零れるのも確認する

 

「具合は平気ですか?」

「大丈夫よ、平気」

「でも…………」

「大丈夫だって、ゴミが入ったのよ」

 

適当に言い訳をして目元を擦る、大した量ではない

少し流れた程度、泣きわめいてはいない

 

心配してくるバイソンを振り払い、握っていた手を離して立ち上がる

 

「それで、あの虫たちは」

「見失ったみたいだよ」

「……結構、鼻は悪いのかしら」

「いや、良すぎて区別がつかなかったのかもしれない」

 

運び込まれたところの確認をする

わかったのはどこかの建物の間という事と

 

「汚い捨て方ね、業者が泣くわよ」

 

臭いのもとはこれだろう、乱雑に扱われた共用のゴミ箱が置いてあった

生ごみの日だったのか、破けた袋からは果物の皮や芯、何かの骨、しまいには誰かの吐しゃ物も混ざっている

夜更けだというのに残っているのは怠慢か、それとももう使われていないのか

だがおかげで逃げおおせるのには貢献してくれたらしい

 

「それで、アイツは?」

「アイツ、というと、彼の事かい?」

「ええ、今どうしているか、わかるかしら」

「流石にわからないね、事態すべてを把握してるわけじゃないよ、私は」

「そう、それならそれでいいわ」

 

少々予想外の事態ではあったがおそらくゲームは続いているだろう

彼は続けるといえば終わらせないと言った、なら、待っているかもしれない

 

「行くのかい?」

「行くわ、結果はどうあれ、終わらせなきゃいけないでしょ」

「意外だね、嫌がってる風だったのに」

「そうね、終わらせ方は納得いかない」

 

あの男の言う限り、これはあのクランタの生死を決めることで終わる

そして解答は、あの男の価値観で定められている

 

「答えは見つけたかい」

「……まだね」

 

その答えは見つかったか、正直、決めようはない

決めたくとも決めれない、随分難しい問題を出されたものだ

 

「…………」

 

腕を組み、顎に手をあて考える

そもそもこれは無理難題に近い、これは自分の為に人を殺せるかと問いているのだ

己の欲望の為に、人の願いを切れと言っているのだ

意地悪な話だ、選びようがないとわからないのか

 

「……アイツ、自分でも答えられるかわかってるのかしら」

 

いつまでたっても出てこない結論に嫌気がさし愚痴をこぼしてしまう

その嘆息を聞きつけたのだろう

 

「彼は、殺すね」

 

サンクタが、答えてくる

 

「……でしょうね、勝手な男よ」

「確かに勝手だ、だけど彼の中でも殺す殺さないの一線はしいてある」

「へえ、人殺しのはずじゃなかった?」

「そうだよ、それが彼の願いだからね」

「願い、ねぇ……」

 

ネストとは、代弁者

ある傭兵の、この世界への復讐を高々に謡う者

それは殺戮によってのみ成就されるという

であれば、殺すのは当然だろう

 

「……歪んだ人間ね、親の顔が見てみたい」

「聞いてみたらどうだい、会わせてくれって」

「嫌よ、どうせ子に似たろくでなしだわ」

 

あんなモノがどうやったら誕生するのか

そもそもどんな生い立ちなのか、想像はしたくない

人殺しに生きるなどと、碌な人生ではないのだろう

 

「それで、どうするんだい」

「……どうしようかしら」

 

これで時間があるならゆっくり考えられるのだが

だがこのゲームは明確な時間制限が付いてしまった、残された時間はもうない

チェンの言っていた半刻が一時間か三十分かはわからないがどちらにせよ猶予はない

その少ない時間に答えが出せるか、難しい

 

「これに意味があるのかしら」

 

そもそもゲームの意義すら理解はしてないのだ、ここまでして自分に答えさせようという理由もわからない

彼の思考がわからない、わかりたくもない

 

「……フフ」

「……何よ、そんなに人が悩んでいるのが面白い?」

 

答えのない問答に苛立ってしまい、つい、先ほどから笑っているサンクタに当たってしまう

 

「何、気を悪くしたなら許しておくれ、わざとじゃないのさ」

「…………」

 

彼女といい、ネストの面々といい

どうして彼と関わろうというのだろうか、彼は噂に違わぬ人物だ

殺戮の現場こそ見てはいない、だが言動から、人に銃口を向けた時のあの目から

けして温かな人物とは言えないというのに

 

「そもそもどうしてあんな奴に試されなきゃいけないのよ……」

 

いや、事の発端は自分だからとは言われたのだ

こうして騒ぎを始めたのは己が彼に要望を伝えたから

だがそれでも納得できない、人探しとはこうも重い案件だったか

 

「……苛つくわね、スッキリしない」

「……おや」

 

確かに条件こそ難しい内容だ、手掛かりも少ない

それでもこうして難題に試されるようなことではない

 

「……殴り飛ばしてやろうかしら」

「おやおや」

 

どうにも何かにつけて遊んでいる様にしか思えない

そうだとすれば、こんな茶番に付き合う道理はない

では抜け出せるか、無理だろう

そんな事をすれば先ほどのように脅してくる

 

「…………」

「おやおやおや」

 

八方塞がりもいい所だ、これではアクションを取りたくとも取れはしない

知恵熱が回っていくような錯覚に陥りつつなんとかできないかと思考を巡らせる

 

「……これが、もっと自由な選択肢ならよかったのに」

 

いっそ癇癪でも起こせればいいのだが、そんな希望を口にする

そして気づく

 

「……待って、そう、そうよ」

 

一種の天啓がやってくる

 

「これは別に、縛られている話ではない筈……」

「あの、セラフィムさん?」

「バイソン、お口にチャック」

「むぐぅ……」

 

独り言を呟きつつ降って湧いた一つの答えを固めにかかる

バイソンが変人を見るような目で見ているが気にしない、この独り言は思考整理には有用な手段なのだ、傍から見たら怪しい人だが

 

「……ええ、そう、何も試されているだけを強制されている訳じゃない」

「……フフフ」

「…………むー」

 

そうしてしばらく考え、ある答えを導き出す

 

それと同時に

 

「そこの、いいだろうか」

「え? あ、はい、何かしら」

 

誰かが声をかけてくる、声の主に目を向けると

 

「まったく、見当たらないと思ったらこんな所にいたのか」

「……どちら様、かしら?」

 

ウルサス人だろう、クマのような耳の女性が立っていた

すらっとした体系の、綺麗な女性

 

「…………」

「ストレイドが呼んでいる、一緒に来い」

「…………」

「……おい、聞いているのか」

「…………」

「……人の胸元を見て、楽しいか?」

「…………よしっ!」

「……何故、ガッツポーズを?」

「気にしないでいいよ、ジナイーダ」

「キィ」

 

勝っている、何処とは言わないが自分の方が微かにデカい

 

「まあ何に喜んだのかは知らないが、付いて来てもらっていいか」

「ああ、ごめんなさい。こんな優越感に包まれたのは久しくて」

「……なんの話だ?」

「気にしなくていいわ、それであなたは?」

 

少し遅れて何者かを確認する、いや、ストレイドの名を出している時点で予想はついているが

 

「只の傭兵だ、それ以外の何者でもない」

「まあ、そうよね。という事はネストの人?」

「……そうだな、返答に困る所だ」

「違うの?」

 

だが予想とは違う有耶無耶な答えが返ってきた、困るとはどういう事だろうか

 

「別に、完全にネストに与している訳ではないという事さ」

「そう、何か複雑な理由でもあるの?」

 

聞く必要はないがなんとなく聞いてしまう

目の前の女性は特別悩んだ風もなく

 

「決まっている、私は誰の味方でもないからだ」

「……味方?」

「ああ、ネストの奴らのような、碌でもない妄信に囚われる理由が私にない」

「妄信って、仲間じゃないの?」

「違う、同業者だ。それ以上の何かではない」

 

そんな事を言う、随分価値観の変わった人だ

 

「ならどうして彼の為に動いているの?」

 

だが彼女の言う通りならこうして自分を迎えに来る理由はあるのか

 

「何、奴には貸しがある」

「どんな?」

「大したことじゃない、お前には関係ない」

「そう……」

「ほら、無駄口はいいから早く来い」

「ああ、ごめんなさい。それじゃあ、えっと……」

 

話を切られる、あまり話したがらない人らしい

そのまま案内されるがままに行こうとして

 

「キィ」

「……こいつ、どうしよう」

「キィ?」

 

まるで長い事住み着いていたかのような体で人の肩で寛ぐ虫を見る

一瞬首をかしげているように見えたが気のせいだろう

 

「なんだ、気に入ったのか。変わった嗜好だな……」

「誤解しないで、こんなモノに愛嬌を感じるような変人ではないわよ」

「そうか、ならいいが」

 

話しながら女性がある物を取り出す

緑色のペイントボール、それを

 

「ほら、あっちに行け」

「キィ」

 

適当な壁に投げつける、弾けて中身が飛び出してくる

緑色のそれは、おそらくそういうことだろう、虫が肩から離れて着弾個所に飛んでいく

 

「手慣れてるのね」

「まあ、よくあることだからな。これでこいつらの暴走は何度目か……」

「そんなしょっちゅうあるの?」

「聞くな、思い出したくもない」

 

どうやらこの虫たちはネストの人達も手を焼いているらしい

なんてことのない感想を抱きながら後の二人の方を振り向く

 

「……あれ? あの二人は?」

 

だがそこには、誰もいなかった

最初から誰もいなかったように跡形もなく二人は消えていた

 

「あの二人ならさっさと消えたぞ」

 

ジナイーダは気づいていたらしい、気づいていて何も言わないのはそう言う性格のなのだろうか、冷たい印象を受けてしまう

そして、その一言を皮切りに会話が途切れてしまう。お互いに何も言わずに歩いていく

目的地はわからない、だが彼女は彼の元へと連れて行ってくれるはずだ

 

………………………………………

 

それから再び暗い夜道を歩き始める、ジナイーダと呼ばれた傭兵の後につきながら

先ほど走って回った道を辿りながら、時折表通りに出ながら、それでもすぐに裏に戻る

随分慌ただしい道のりだ、もしかして目的地への最短距離を進んでいるのだろうか

 

「ねえ」

「…………」

 

彼女に声を掛けてみる、返事はない

傭兵とはどいつもこうだ、極端に無口か極端にお調子者か。よくも世間を渡り歩けるものだ

やはり力だろうか、彼女にせよあの水没してた男にせよ傭兵の世界とは実力さえあれば生きていけるのだろうか

 

「……馬鹿らしい」

 

私自身の生き方と比べてしまった

毎日毎日日銭を稼ぐためにあちこちで仕事を探す自身と

毎日毎日その日を超えるために戦い続ける傭兵

同じようで、随分違う。あちらの方が気楽そうだ、あてのない人捜しを続ける愚か者よりもその手の繋がりを切ってしまった浅はかな者の方がまだ生きやすいに決まってる

 

生きて、いきやすい筈だ

 

先導されながら下らぬことに思考を巡らせる、無言の時間はいい、特別他を気にせずに物思いにふけっていられる。彼女もそうなのだろうか、相変わらずに何も話さず歩いている

 

あちこちに漂わせていた視線をジナイーダの後姿に向ける、だが彼女はこちらの予想と違いこちらに目を向けていた。まさか見られているとは思わなかった、何か用件でもあるのだろうか

 

「どうかした?」

「別に」

 

そっけない返事が返ってくる、反応があったという事は意識がこちらに向けられている証拠だが

ジナイーダは冷たい返しの後にまた前を向く、それから少しするとまたこちらを向く

 

もう一度前を向く、三度こちらを見る

 

わかり易い、どうやらこちらに随分関心を持っているらしい、理由は知らないが

だが聞いても答えてはくれないだろう、ここは相手が動くのを待つだけが出来ることだろう

 

何度も送られてくる視線を耐えながら辛抱強く待ってみる、そして

 

「……なあ」

 

ついにあちらから声が掛けられる

 

「何かしら」

 

一瞬同じような事をやり返そうと思ったが私はそこまで器量の狭い女ではない

さっきの対応は寛大な心で水に流し話を聞いてみよう

 

「お前は…… 人を捜しているんだったな」

 

確認するように聞いてくる、それに首肯で返す

ストレイドから聞いたのか、もしくはネストの愉快な仲間達か

別に知っていることはどうでもいい、ただどうしてそれを聞いてきたのか、それが気になる

返答はした、次は何が来る

 

「何故捜してるんだ」

 

――難しい条件なんだろう? 目でそう訴えてきながら、何度も自問自答した質問をしてくる

答えるべき、だろうか。有耶無耶にしてもかまわないのだ、これは人に聞かせる話ではない

 

「そうね、何故かしら」

 

だけど、少し臆してしまった。彼女がなんとも心配そうに見てきたせいで、態度こそはそっけないが根は優しいのかもしれない。そうなるとここで嘘を吐くのも申し訳ない気分になった、少しは話しても、それで良心が痛まなくて済むならいいだろう

 

「大したことでは、本当に大したことじゃないのよ」

 

それに、少し親近感を覚える。なんでだろう

もしかして彼女にも、私と同じように…… いいや、わざわざ憶測を立てる意味もないか

とりあえずは彼女のわかりづらい誠実さに答えよう

 

「簡単な話よ、捜さなければいけないだけ」

 

「ただ、捜さなければいけないだけ」

 

「見つけなきゃいけない、見つけなければいけない」

 

「そうしなければならない理由がある」

 

「権利と義務が、私にはある」

 

 




もう、ギャグれる隙間がないゼ☆

AC用語解説

ジナイーダ

ACLRに登場するレイヴン、機体名はファシネイター
マルチエンディングのLRにおいて最も重要なキャラクターの一人
関わらないルートだととことん関わりはないが6つある内の2つに大きく関係する
そしてその内の一つで最後の鴉を決める死闘を繰り広げることになる
尚、彼女の名前には『ゼウスの末裔』という意味がある
そして前作、NXに出てきたランク1、ジノーヴィの名前は『ゼウス』を意味する

これ以上、言葉を重ねることに意味はないだろう


『お前か… やはりな… そんな気がしていた』

『私達の存在、それが何を意味するのか』

『これでわかる気がする』

『お前を倒し、最後の一人となった…』

『その時に!!』

絶望的な程のまな板であることでも知られている


レイヴンズ・ネスト

初代ACにおけるレイヴン達を統括し、管理し、依頼を斡旋する組織
基本的にはパーツの販売を仲介してくれたり情報提供をしてくれる
逆を言えばそれしかしない、レイヴン同士でいざこざが起きても対処はせずに自由にさせている
いつ設立されたか、誰が支配しているか、それすらも定かではない
それを知っているのは、9の数字を持つ悪魔とそれを操るレイヴンだけだろう

『これで満足か』

『秩序を、世界を破壊する。それがお前の望みなのか』

『我々は必要だった』

『だからこそ我々は生まれた』

『秩序無くして人は生きていけん、たとえそれが偽りであってもだ』

『生き抜くがよい、レイヴン』

『我等とお前、果たしてどちらが正しかったのか』

『お前には、それを知る権利と義務がある』




ウ○ぴょいと真ゲッターのOPを何度も交互に聞いてみよう




なんだか啓蒙を得れる気がする


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