Kenshi ~その世界で生き抜くため~ (心愛さん)
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第一章
第1話 2人の召使い


 俺の仕事は、鉱山で石を掘ることだ。5歳のガキの頃から、ずっとこの仕事をしている。最初は辛いだけだったが、10年目ともなるともう慣れたものだ。俺がまだ新入りだった頃は、見張りの歩哨たちからよく怒鳴られたものだったが、今では気さくに軽口を叩き合う仲である。つまり一言で言うなら、割と居心地の良い労働環境。

 とはいえ、そう感じている者は少数派だろう。多くの仕事仲間達は、早くこの鉱山から逃げ出したいと考えているようだ。それもそのはずで、ここは強制労働施設だからだ。リバース鉱山と呼ばれるこの鉱山で、俺を含めた召使いが朝から晩まで鉱石を掘り続けている。ちなみに召使いというのは、いわゆる奴隷のことだと思ってくれていい。一切の人権を剥奪され主人の所有物となるという点で、奴隷と何も変わらない。それでも違いを挙げるとするなら、俺たち召使いにとっての主人はオクラン神‥‥‥神様だという点か。神に使える召使いだから、奴隷とは呼ばない。そう言う理屈だ。

 俺はなんとなく、周りで働く仕事仲間をざっと見渡す。シェクと呼ばれる亜人種が大半で、残りがヒト種の女性。俺のようなヒト種の男性は、ゼロ。一方、見張り役を務める歩哨は全員がヒト種の男性。これはこの鉱山を所有する国、聖国ホーリーネイションの教義によるものだ。その教義によるなら、亜人種は闇の化身であり、女性は男性を誘惑する魔女である。純血のヒト種の男性だけが、オクラン神に愛される資格をもつのだ。とはいえ、亜人種や女性に対して慈悲がない訳ではない。召使いとして神に仕えることで、来世ではヒト種の男性として生まれ変わることができると言う。その転生を支援するための施設がここ、リバース鉱山だ。リバースとはもちろん、転生を意味している。

「この狭い鉱山で一生、働き続けろか。神様の為とはいえ、なんとも理不尽というか‥‥‥」

「そう思うんだったら!この前の話、ちょっとは考えてくれる気になった!?」

「うおっ!」

 まさか返事があるとは思ってなかったので、思わず体を仰け反らせてしまった。落としそうになったつるはしを、なんとか握り直す。危ない。うっかりつるはしを手放したりしようものなら、今日は食事抜きとかになりかねないのだ。

「えーっと、この前の話って言うと、その」

「もちろん、ここを脱走するって話よ」

「‥‥‥」

 俺はさりげなく周囲に視線を巡らせた。近くに歩哨の姿はない。

「‥‥‥その話はもう、断っただろ。他を当たってくれ」

 そう言って、俺はまたつるはしを振る作業に戻った。

「意気地なし。それじゃ、あんた一生ここで暮らす気なんだ?」

 俺の隣で同じようにつるはしを振りながら、挑発するように言う女。もちろん、俺と同じ召使いだ。

「お生憎さま。俺は見ての通り純血の男なんでね。転生する必要なんてないのさ。君らと違って、真面目に労働して闇を払えば、じきにここから出られるんだ。こそこそ脱走なんてしなくてもね」

「‥‥‥じきにって、いつよ?」

「さあ、ね。だがもう10年になる。そろそろ出れる頃だと信じているよ」

「どーだか!10年も閉じ込められてるなら、もう諦めた方がいいんじゃない?いつか出られるなんて、嘘かもしれないって考えないの?」

 つるはしを振る手が、止まった。

 考えなかった訳じゃない。どころか、何度も何度も考えた。いつかここから出られる。それは、脱走の意思を挫くための嘘なのではないかと。実際10年も同じ鉱山で働いていれば、鉱山の地理どころか警備体制までしっかり記憶してしまっている。そんな人物を四六時中見張り続けるよりは、甘い嘘で脱走の意思そのものを削いでしまう方が効率がいい。俺は、そんな嘘に乗せられているだけなんじゃないか。そんな不安から、つい、手を止めてしまった。

「こらあ!そこっ、誰がサボっていいと言ったあ!!」

 歩哨の怒鳴り声が響く。リズミカルに石を掘るつるはしの音が乱れれば、数十メートル向こうからでも歩哨が目ざとく見つけて飛んでくる。

「すっ、すいません!サボってないです!ほんとにサボってなんかないです!」

 慌ててつるはしを握り直し、えっさほいさと石を掘る。それを見て歩哨は、怪訝に首を傾げた。

「お前は、みこと?珍しいじゃないか。模範的な召使いのお前が仕事をサボるなど。いや、お前はそんなヤツじゃないな。お前は仕事をサボるような人間ではない。そうだろう?」

 確認するように、そう尋ねてくる歩哨。‥‥‥嫌な予感がした。とはいえ、今この場でこの質問に対してNoと言えるはずもない。ええまあ、と肯く以外にどうしろと言うのか。

「と、いうことはだ。みことを誘惑するような、汚れた女が側にいるということになるな。んん?」

 歩哨のゴツい手が、どすん、と肩に置かれた。俺の隣でつるはしを振っていた、痩せこけた女の肩に。チッ、と舌打ちしながら、女が顔をそらした。

「ああっ!?なんだその態度は!やはりお前か。お前がみことを誘惑したんだなっ!来いっ、その性根を叩き直してやるっ!」

 歩哨に引きずられるようにして、連行される女。彼女がこれからどんな目に合わされるのか、それをなるべく考えないようにしながら、俺は夜まで石を掘り続けた。

 

 

 

 丸一日働き続けたら、今日の仕事は終わりだ。帰って食事をもらい、明日の朝を待つ。帰ると言っても、俺たち召使いに部屋とベッドが用意されている訳ではない。檻の中に入れられて、そこで朝を待つのだ。鍵のかけられた檻に入って、今日の食事である干し魚を咀嚼していると。

「‥‥‥この、薄情者ぉ」

 そんな恨みがましい声と視線が、隣の檻からかけられた。

「そんな目で睨まないでくれ。せっかくの食事がマズくなるだろう?」

 なるべくそちらを見ないようにしながら、残りの干し魚を頬張る。と言うのも、檻に入るときにチラッと見てしまったのだが、昼間に連行された女が隣の檻の中でボロきれのような有様で倒れていたからだ。すでに辺りは真っ暗ではっきりとは見えないが、それでもかなりの乱暴を受けた形跡が見て取れた。服だけはちゃんと着ていたので、そこだけは良かったと素直に思う。

「マズいんだったら私に頂戴よ。私なんて食事抜きよ?」

「悪いな、もう食っちまった。尻尾だけなら残ってるが、食うか?」

 俺は食べ終わった干し魚の尻尾をひらひら振って見せながら、憎まれ口を叩いて見せた。愛想を尽かして俺のことを嫌いになってくれたら、それでいい。それでこの女も、これ以上乱暴を受けることはなくなるだろう。そう思ってのことだったが。

「っうん!食べる!ありがとう!」

 目をキラッキラさせて掌を差し出してきやがってくれました。そうか、そんなにお腹減ってたのか。掌に魚の尻尾を乗せてやると、ポリポリと音を立てて食べ始めた。それはもう、実に美味しそうに。

「ふはー、御馳走様っ」

 ものの10秒ほどで魚の尻尾を食べ終えると、女は満足そうに口元を拭った。さすがに可哀想になってきた。干し魚、半分残しておいてやればよかったかな‥‥‥

「それでさ。脱走の件なんだけど」

「まだ言ってるのか、それ」

「当たり前でしょう?! 毎日こんな目に合わされて、それでもまだここに留まりたいなんて思う方がどうかしてるわっ」

「そりゃそうかも知れんが‥‥‥って、ちょっと待て。毎日だと?」

 俺は耳を疑って、思わず聞き返した。

「そ。もう毎日。幼い頃は大人しくしてれば辛い目に合うこともほとんどなかったけど、身体が成長するにしたがってだんだん回数が増えて、最近じゃもう毎日。ほんとうんざりよ」

「‥‥‥」

 彼女をまじまじと見つめる。辛い目と言うのが具体的にどんなことを指しているのかは、聞いてはいけない気がした。と言うより、聞きたくなかった。

「?何よ?」

 何を今更驚いているのかとばかりに首を傾げてくる彼女。

「い、いやだってさ。俺はそんなこと、一度もないぜ?そりゃ仕事はしんどいし、サボってりゃ怒鳴られるし、たまに殴られることだってあるけどさ」

「あー、それはあなたが男だからでしょ。基本的に男に対しては親切だからね、歩哨の奴ら。‥‥‥もしかして知らなかった?」

「全然知らなかった。いや歩哨が男に対して親切なのは知ってるし、君らが俺と比べて酷い扱いされてるのも気付いてたけど、まさかそこまでなんて」

 彼女は深々とため息をついて、大袈裟に肩を竦めて見せた。

「はあー。いいわねぇ、男に生まれた人は。こんな施設に送り込まれるような犯罪者でも、ちゃんと人間として扱ってもらえるんだもんねえ」

 彼女の言う犯罪者とは、俺のことを言ってるのだろう。ここリバース鉱山に送り込まれるのは、亜人種か、女か、あるいは犯罪者だ。ヒト種で男の俺がリバースで働かされているのだから、すなわち俺は犯罪者ということになる。

「おいおいちょっと待てよ、人を凶悪犯か何かみたいに。言っとくが俺は、後ろ暗いことなんて何もしてないぜ?」

「へー。それじゃなんでこんな所にいるのよ。こんな檻の中に」

「いや、それは‥‥‥それはだな。その、笑うなよ?」

「うんうん。笑わないから話してみ?ちゃんと聞いてあげるからさ」

 そう言って話を促す彼女の瞳は、暗闇の中で、とても優しげに輝いて見えた。

 そして、俺は語る。10年前の出来事を。俺がこの鉱山に入れらることとなった、5歳の頃の出来事を。




 と言うわけで、kenshi小説です。読んでくださった方、ありがとうございます。初めて小説なんて書いてみましたが、いかがでしたか。少しでも面白かったら、笑ってください。つまらなかったら、笑ってやってください。まだこんな序盤で判断できねーよって方は、どうぞ続きを応援してくださると幸いです。


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第2話 決意

 僕の仕事は、銅鉱脈で銅を掘ることだ。子供の僕でも頑張って一生懸命に掘れば、パンが1個買えるくらいの収入になる。そしてお父さんの仕事は、町の近くに出没するオオカミを退治することだ。オオカミを退治して、その毛皮と肉を持って帰ってくる。僕が買ったパンとお父さんが持ち帰ってきたオオカミの肉。それらを使ってミートラップという料理を作ってくれるのがお母さんだ。 肉をパンで巻いて食べる料理で、お母さんが作るミートラップはとても美味しい。でも、お父さんも毎日オオカミを退治できる訳じゃなくて、何も取れないまま帰ってくる日もある。群れから離れて単独行動しているオオカミが見つからなかった日などがそれだ。そういう日は、毛皮を売って貯金していたお金を使って、野菜料理を買ってきたりする。質素だけど素材の味が活きていて、これはこれで美味しかった。そんな、ホーリーネイションではよく見られるごく普通の家庭で、ごく普通に生きていた。きっと周りの家庭も同じように、ごく普通に生活しているのだと思っていた。疑うことすらなく、そう思い込んでいたんだ。

 だから、その日それを見たとき、僕は目を疑った。信じられなかったんだ。だって。

「このクズが!!どうやったらこんなマズい飯が作れるんだ、ああん!?」

 バシンッ!男の平手打ちが、女の子を吹っ飛ばした。見覚えのある女の子だった。その女の子は同じ町に住む、僕と同じくらいの年頃の、黒くて長い髪の毛が魅力的で名前はシェリーと言ってそして。そして、僕の友達で。

「ごめんなさいっ!ごめんなさいパパ!もう一度、もう一度作り直すから」

「ああ!?もう一度だと?お前は俺に、もう一度オオカミと戦ってこいって言ってるのか?肉はあれが最後なんだぞ!」

 怒鳴っているのは、大人の男の人で。パパと呼ばれているから、それは女の子のお父さんで。でも。でもそんなはずない。だって自分の娘を、あんなに思い切り叩けるはずがない。体が吹っ飛ぶほどの勢いで、自分の子を叩く親なんているわけがないんだ。だってお父さんっていうのは、優しくて、頼りになって、かっこ良くて、それでいてちょっとドジなところもあって‥‥‥とにかく、あんな大人がお父さんのはずがない。お父さんが、そんな酷いことするはずがないんだ。

「ごめんなさいっ、お肉はわたしが取ってくるから、それでもう一度‥‥‥」

 地面に倒れたまま、それでも必死に言い募るシェリー。だがそれは、火に油を注ぐだけの結果にしかならなかった。

「できもせんことを言うなっ!女ってのはいつもそうだ。口を開けば嘘ばかり。恥を知れ、恥を!」

 倒れているシェリーに対し、今度は足を振り上げる大人。蹴り飛ばすつもり、なのだろう。黙って見ているなんて、できなかった。

「やめろ!!」

「‥‥‥え、みことくん?」

 僕はその大人に、思いっきりタックルした。驚いた表情の彼女と目があって、それで。僕は大人の男の人と一緒に、地面に転がった。シェリーを蹴ろうとしていた為に片足立ちだったせいで踏ん張りが効かなかったのか。それとも火事場の馬鹿力というやつなのか。あるいは、両方か。とにかくその男は、僕のタックルを受けて無様に転がった。実にいい気味だった。子供だって、やればできるんだ。だって正義は勝つんだから。

「へっへーん。ざまみろオッサン!今すぐこの子に謝れよ!叩いてしまってゴメンナサイってな!」

 オッサンより先に立ち上がった僕は、つま先でオッサンの脇腹をコツコツと蹴りながら言い放つ。気分は正義のヒーローだ。でも。

「だっ、ダメだよみことくん!その人にそんなこと言っちゃ!」

「え、なんでだよ。だって横で見てたら、こいつ勝手なことばかり言って」

「とにかくダメなんだよ!もうやめて!」

 シェリーは縋り付くようにして、僕をそのオッサンから引き離そうとする。その間も僕はと言えば、オッサンの脇腹をコツコツと蹴り続けていた。謝れって言ってるのに全然謝ろうとしないんだもん。それどころか、僕のことを睨み付けていた。でもビビる必要なんてないんだ。だって、正義は勝つんだから。

「おいおい、ヤベーよあのガキ‥‥‥よりによって、あの方に」

 遠巻きに様子を見ていた別の大人たちが、何か言っていた。大人のくせに殴られてる女の子を助けようともしないなんて、酷い大人たちだ。情けない大人たちだ。

「よりによってあの方に、上級審問官、セタ様に!!」

「‥‥‥え?」

 起き上がったオッサンが、わずかに僕の方へと近づいた‥‥‥そう思った次の瞬間、鈍痛が走った。何をされたのかも分からない。ただ痛かった。その痛みで僕は気を失って。そして目が覚めると、そこはリバースの檻の中だった。

 

 

 

「と、まあそんな訳さ」

 このリバースに送り込まれた経緯を全て話し終えた俺は、隣の檻で話を聞いていた女の様子を見る。つまらない自分語りになってなかっただろうか、と心配したが、それは喜憂だったようだ。

「ぷっ、あっははは!上級審問官セタにタックルかまして、挙句に足蹴にしただって?5歳のガキが?あっははは、そりゃ大した極悪人だ全く!リバース送りで済んだのが奇跡じゃない」

 ちなみに上級審問官セタというのは、俺の住んでいた町、スタックの統治者である。町だけでなく、ホーリーネイションという国全体の最高幹部の1人でもある。火刑に処されなかったのは、きっとシェリーが庇ってくれたからだろう。

「う、うるさいうるさい!笑うなって言っただろう!?だいたい、俺は知らなかったんだ。仕方ないだろう!」

「いやー、それはどうかな。君なら知ってても同じことしてそうだけど。だって、正義は勝つんだもんねー?」

「だから5歳の頃の話だって言ってるじゃねーか!あー畜生、やっぱ話すんじゃなかった」

 ぷい、と顔を背けて頬を膨らませる。

「あはは、ごめんごめん。でさ、話したついでに、その頃の勇気を思い出して脱走に協力してー」

「またそれか。大体、なんでそんなに俺に拘るんだよ?その辺のシェクの方が、きっと俺より頼りになるぜ?」

「えー、シェクはダメだよ。脳筋と一緒に脱走なんて、成功するはずないじゃない」

 さらりと酷いことを言っている気がする。脳筋とは脳味噌まで筋肉でできているの略で、シェクという亜人種を示すのにぴったりだとされる言葉でもある。

「というかね、シェクに限らず、みことじゃないとダメなんだよ。一緒に脱走するなら」

「だから、なんで俺?」

 脱走したがってる女ならいっぱいいるんだから、そちらを当たればいいのにと、以前から感じていた疑問を口にする。

「だって、だってさ。もし脱走に失敗したら、その子はどうなると思うの?」

「どうって、そりゃあその、酷い目に‥‥‥て、あれ?もしかして、俺なら失敗して酷い目に遭っても構わないって意味で言ってる?」

「みことなら大丈夫だよ。歩哨と仲いいし、女に誘惑されたってことにすればいい。ううん、みことが何も言わなくても、きっとそういうことになる」

 俺は昼間の一件を思い出した。なるほど、確かにそうかも知れない。

「でも、それじゃあお前は?」

「私は覚悟ができてる。私が言い出したことなんだから、どんな結果になっても受け入れるわ。でも私の覚悟に、他の子たちを巻き込むわけには行かないのよ」

 だからお願い、協力してと、再度頼み込まれた。俺はひとつ、ため息をつく。

「そういや聞いてなかったが、あんた名前は?」

「私?私は名前なんてないわ。ここで生まれて育ったから、名前なんて与えられてない。ただの召使いよ」

「そうか。‥‥‥なあ。もしここから脱走できたら、俺があんたの名前、考えてやるよ」

「え?‥‥‥え、それって」

 俺は彼女の目を正面から見据えて、はっきりと頷いた。

「ああ。一緒にここを出よう。必ず成功させるぞ。必ずだ」




第一話に引き続き、第二話まで読んでくださった方、ありがとうございます。
さて次回の第三話は、これまでと違って女召使い視点で話が進みます。どうぞ2人の今後の活躍をお楽しみください。


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第3話 その者、斯く暗躍せり

 私は今日も石を掘る。昨日と変わらず石を掘る。

 

『一緒にここを出よう。必ず成功させるぞ。必ずだ』

 

 寝る前にみことは、確かにそう言った。そしてその上で、続けてこう言ったんだ。

『ただし、それは今じゃない。とにかく今は寝て、その身体の怪我を少しでも癒しておくんだ。そして起きたら、明日は普段と同じように仕事をする。大丈夫、まっかせて』

 何か考えがありそうなその口調からは、自信のようなものが感じられた。だから私は今日も、彼の言う通りに仕事をしているという訳だ。カン、カンとつるはしの音が響く。

「おーい、召使いが倒れたぞー。この前送り込まれた新入りのやつだ」

 遠くで歩哨がやりとりしている声が聞こえる。別に珍しいことじゃない。新入りは体力が続かず、すぐに倒れることも多いのだ。しばらくすると、倒れた召使いを肩に担いだ歩哨が走っていくのが見えた。まあ、私には関係ない話だ。カン、カンとつるはしを振り続ける。

「何、また誰か倒れたって?まあ最近暑いからな。熱中症だろう。水を飲ませてやれ」

 歩哨が走って行く。さっきとは違う召使いがその肩に担がれた。私も熱中症には気をつけないとな。カン、カンと仕事に精を出す。

「おいおい3人目だぞ。今日はやけに倒れる奴が多くないか?どうなってんだか」

 歩哨がまた通り過ぎる。その肩には、また別の召使いが担がれていた。その後も倒れた召使いを担いだ歩哨が、最終的に10人くらい通り過ぎて行った。私の周囲だけでこれだから、離れた場所で運ばれた人を含めるともっと多いかもしれない。さすがに偶然とは考えにくかった。みことが何かしているのだろうけど、一体何をしているのやら。

 やがて日が落ちて、辺りは暗くなり、今日の仕事が終了となる。今日は私に難癖をつけてくる歩哨もいなかった。まあ、忙しそうだったからな。‥‥‥まさかみことの考えって、歩哨を忙殺させて私を守ろうってこと?だとしたら確かにありがたいけど、それって脱走に関係ないような。うーん。まあ歩哨が寝入った後で直接聞いてみればいいか。早く帰ってご飯を貰おう。駆け足で檻に戻っ「待って待って。もうちょっとゆっくり帰ろうよ」て、え?

 後ろから声をかけてきたのは、みこと。今までどこで何をしてたんだ。彼はことさらにゆっくりと、わざと時間をかけるように歩いていた。

「ゆっくりしてる場合じゃないでしょ、みこと。はやく戻らないとご飯、貰い損ねちゃうわ。ただでさえ私、昨日は魚の尻尾しか食べてないのよ?」

「それも考えてあるさ。とにかく歩哨が兵舎に戻るまで、時間を潰したいんだ。歩哨の姿が無くなったら、ちゃんと話すからさ」

 だから今は信用して任せて欲しいと、彼はそう言った。なので私も、彼に合わせてゆっくり歩く。それを追い抜くように、歩哨が傍らを通り抜けて行く。仕事の時間はもう終わっているし、檻に向かって歩いている以上、彼らも何も言ってこない。ただゆっくり帰路についている、それだけなのだから。

 やがて檻の前に戻ってくる頃には、すっかりひと気が無くなっていた。あれだけ走り回っていた歩哨は、全員兵舎で眠りについている。起きているのは門番だけだ。とは言え門番が起きている限り、私たちは外には出られない。

「で、これからどうするつもりなの?そろそろ教えなさいよね」

「ああ、そうだな。まずはこの邪魔な足枷を外そう」

 そういうとみことは、自分の足に嵌められた足枷を外して見せた。カシャンと、それは最初から鍵なんてついてなかったかのように、あっさりと外れた。

「え?え、それ今どうやって」

「ああ。俺は前もって鍵だけ外しておいたんだ。歩哨の目をごまかすために、鍵の外れた足枷をあえて嵌めてただけだし」

「簡単に言うけど!そもそも鍵を外すって、どうやって」

「コツがあるのさ。コツさえ掴めば、割と誰でもできるぜ。ホーリーネイションはテクノロジーを忌避してるからな。アナログで、単純な構造の鍵しか使ってない。だからピッキングで開けることができる」

 ほら、ここがこうなってそれがこうで、と鍵の外れた足枷を見せながらその仕組みを教えてくれる。なるほど、時間さえかければ、私でもできそうではある。

「俺はちょっと他にやることがあってな。悪いけどその足枷は自分で外しておいてくれ。ご飯もちゃんともらってきてやるから、安心しなよ」

 そう言うと彼は、歩哨たちの休む建物の1つに近づいて行く。足音で彼らを起こしてしまわないように、そろりそろりと慎重に、一歩ずつ。何を企んでいるのやら。まあ私は、私の役目をこなそう。自分の足に嵌められた足枷のピッキングに挑む。

 カチャ、カチャ。やはり簡単にはいかない。

 カチャカチャ。なんとなくコツ?が分かってきた気がする。

 カチャカチャカチャ!おかしい、今絶対に開いたと思ったのに!

 カチャカチャカチャカチャ!ああ!後ちょっと!ほんとに後ちょっとのはずなの!

 ガチャガチャガチャガチャガチャ!よし開いた!

「おー、お疲れさん。やっと外せたか。んで喜んでるとこ悪いけど、もう夜明けだぞ」

「え」

 気づくと、空がだんだん明るくなってきていた。そろそろ歩哨が起き出すはず。そしてそれは、私たちの仕事の時間を意味していた。

「じゃあ、脱走は?」

「今日はもう無理だな。諦めて、明日の夜を待とう」

「そんなあ!やっと、やっとここから出れるって思ったのにい!」

「まあまあ。これ食って落ち着けって。焦って失敗したら、元も子もないだろ?」

 そう言ってみことが差し出してきた食べ物は‥‥‥なんだこれ?ほんとに食べ物、なのか?

「ブロック型栄養食。俗称でカロリーメイトって呼ばれたりもする。まだ食べたことなかったか?」

 みことはそのカロリーメイト?とやらを一口分、私の口元まで持ってくる。まあ死ぬほどお腹減ってるから、食糧でさえあるならどんな物だって美味しいはずだ。ぱくっとそれに噛り付く。

「んんっ!んぅ〜!!」

「いや食いながら喋ろうとしなくていいから。美味かったか?」

 こくこく、と首を縦に降って肯定を示す。

「そりゃ良かった。盗ってきた甲斐があったな。食べたならそろそろ檻に戻ろう。歩哨が起きてきたら、本格的にヤバい」

 こくこく。頷いて素直に檻に戻る。あれ、でも今盗ってきたって‥‥‥盗品?‥‥‥ま、いっか。

 

 

 

 そして今日も1日が始まる。カンカンというつるはしの音と歩哨の怒号が飛び交う、いつも通りの日常。

「サボるんじゃないぞ、もっと急ぐんだ!」

 何かと難癖をつけてくる歩哨から、そっと目を逸らす召使い。これもいつも通りだ。ただ、ちょっとだけ違うとするなら。

(なあおい。あの歩哨、なんで裸なんだ?)

(し、知るわけないでしょ。暑かったんじゃないの、きっと)

 目を逸らした召使いが、ヒソヒソとそんな会話をしている事。そして歩哨の中に、パンツ一丁で仕事をしている者がいる事か。まあ歩哨は板金鎧が標準装備だから、この季節は確かに暑そうではある。思わず鎧を脱いで仕事をしたとしても不思議ではない。

 ‥‥‥いや不思議だろ。無理やり自分を納得させようとしてみたけど、どう考えたっておかしい。なんでパンツ一丁なんだ。あ、もしかしてみことの仕業?昨日の夜、やる事があるって言ってたのはこれのこと?だとしても、これは本当に脱走に関係しているのかしら。ただ遊んでいるだけのような気が、しないわけでもない。

「なあ、さっきから気になってたんだがお前、鎧はどうしたんだ?」

 あ、別の歩哨が裸の歩哨に話しかけてる。私もずっと気になってたから、盗み聞きさせてもらおう。

「ああ、これはな。オクラン様の試練だ。朝起きたら鎧一式がなくなっていたんだが、きっとこれは強靭な精神を鍛えるための、オクラン様の試練に違いない!」

「なっ、なるほど!いいなぁー、羨ましい。俺もオクラン様に試練を授かりたいぜ!」

(((んな訳あるかああぁ!!!)))

 私と同じように盗み聞きしていた召使いの心の声が、一斉にツッコミを入れたような気がした。

「オ、オクラン様の試練‥‥‥!そういうことだったのか!!」

 そしてその会話に加わるように現れた、2人目の裸の歩哨!信じられる?2人もいたのよ、裸の歩哨。

「実は俺も、朝から鎧がなくてな。訳がわからず、ずっと建物の中に籠ってたんだが、そうか。これは精神を鍛えるための試練なのだな。俺、やるよ!この格好で仕事、やり遂げて見せるよ!」

「ああ、お互いがんばろうぜ!」

「くそう、羨ましいなあ畜生!」

 

 おいオクラン。お前の信者だぞなんとかしろ。




 視点変更の第三話、読んでいただいた方ありがとうございます。今後も時々視点を変えて、みこと以外の視点で物語が語られることがあるかもしれません。kenshiの世界は登場人物すべてが主人公、視点の数だけ物語が存在するのです。とはいえそう言いつつも次回の第四話では、またみこと視点での物語に戻るのです。
 次回第四話、いよいよこれから脱走劇が始まるわけですが‥‥‥おのれ月曜日、許せん。


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第4話 門の向こうの世界

「いやー、見たか今日の歩哨!ほんと傑作だったなあ」

 仕事が終わった帰り道。昨日と同じようにゆっくり歩いて檻へと戻る途中で彼女を見つけて、声をかける。

「何が傑作だったよ。こっちは女の子なのよ?目のやり場に困ったわ」

「あれ、そうなのか?てっきり見慣れてるもんかと‥‥‥いやすまんすまん!睨むな怖いから!」

 責めるような視線を浴びせられたので、逃れるように首をすくめる。

「‥‥‥何もそこまで怖がらなくてもいいと思うけど。それより、あれは何だったの?どうせあなたの仕業なんでしょ?」

「ああ。あいつらの装備なんだが、見つかりにくい場所に隠してある。それを着て歩哨に変装して、ここから脱出するんだ。いい考えだろ?」

 俺がそう口にすると、彼女は足を止めた。

「‥‥‥そっか。脱出。ついに今日、ここから出るのね。本当に」

「ああ。もしかして怖くなったか?怖いなら、このまま檻に入っても」

「まさか。必ず成功させてくれるんでしょ、みこと」

 強気にそう言う彼女。けれどそれは、ただの強がりに過ぎない。小刻みに震える彼女の腕が、それを証明している。不安なのだ、震えるくらいに。

「ああ。必ずさ。まーっかせなさいって!」

 だから、そんな彼女の不安を打ち消すように、努めて明るく断言して見せた。本音を言うなら、うまくいく確率は30%といったところか。そもそも確実に脱走できるというなら、最初から彼女の誘いに乗っていた。いやそれ以前に、10年もここで働いたりしていない。さっさと1人で脱走していたことだろう。

「信じてるわよ、みこと」

 ギュッと、彼女は俺の手を握ってきた。

「ああ信じてくれ。ちゃんと作戦も考えて、その為の準備もした。絶対に大丈夫さ」

 俺も、彼女の手を握り返す。真実に、どんな力があるというのだろう。もしここで正直に、俺も不安なんだと打ち明けたとして、それが何になるというのか。分の悪い賭けであることは、彼女だって最初から理解している。おそらく俺の嘘にも気づいている。けれど、だからこそ言うのだ。絶対に大丈夫なのだと。自分たちにそう言い聞かせるように。

「作戦の前にさ、ちょっと腹ごしらえして行こうぜ。何が食いたい?好きなもん盗ってきてやるよ」

「くすっ。手癖の悪いこと。でもそうね。それじゃ、ミートラップが食べたいわ。以前あなたが話してくれた、お母さんの得意料理」

「へっ、どーせ俺は手癖の悪い悪ガキですよーだ。なんてったって、上級審問官さまを足蹴にするような悪ガキだからな。あー、思い出したら俺も食いたくなってきた。ミートラップあるかなーっと」

 そう言ってみことは、手近な建物に近づいて行く。昨日と同じように、そろりそろり。2軒、3軒と建物を巡り戻ってきたみことの手には、2つの食べ物が握られていた。話に聞いた通り、肉をパンで包んでいる。

「これがミートラップなのね。美味しそう。ねえ、これはどこから食べたらいいの?」

「そのまま手で掴んで、豪快に噛り付くのさ。こうやって」

 パクッとミートラップに噛りついてみせる。彼女も真似して見せた。

「んんっ!んぅー!!」

「だから食いながら話そうとするなって。めっちゃ美味いだろ。俺のお気に入りさ」

 彼女は一瞬、このまますぐに飲み込むのは勿体無いと言うような顔をして。それからもぐもぐと十分に咀嚼して味わって、ようやく口の中のものを飲み下してから口を開いた。

「何これ!なーにこれ!!すごいわ、肉汁の旨味がパンに染み渡って、パサパサだったパンがこんなにしっとり‥‥‥!こんなに美味しい物、私食べたことないわ。絶品って言葉は、まさにこのミートラップを表すための言葉だったのね‥‥‥!」

「はは。外に出たら、毎日これが食えるんだぜ。なんたって俺は、ミートラップの作り方を母さんから教わってるからな」

「本当!だったら早く出ましょう、みこと!絶対に、絶対に成功させるんだから!」

「ああ。だから最初から言ってるじゃねーか。任せとけって」

 俺は彼女の手を取り、歩き出す。もう、彼女の腕は震えていない。足取りも軽かった。やはり真実にはなんの力もないが、嘘には力がある。俺が本当はミートラップの作り方なんて知らないって言ったら、どんな顔をされるかな。だって最後に食べたの、5歳の時だし。‥‥‥罪悪感でいっぱいだが、今は何も言うまい。

「隠した歩哨の鎧一式はこの先だ。北門へと続くこの斜路の先に、鎧一式を隠してある。歩哨を起こさないようにゆっくりと、けど夜が明ける前に進むぞ」

「ええ」

 そこから先は、会話も少なめにして斜路を進んだ。斜路の中腹には歩哨の兵舎があるのだ。兵舎の中では数十人の歩哨が眠りについている。万一、1人でも起こしてしまえばそこで終わりなのだ。足取りはゆっくり慎重に。けれど足を止めることなく、最短距離で真っ直ぐに。やがて、一際大きな塔が見えてくる。あれが歩哨の兵舎だ。兵舎の前に見張りがいないことに安堵しつつ、息さえ潜めて通り過ぎる。心臓が、早鐘のように鼓動を繰り返す。

 

「ふああー。あー、眠ぃなあ」

 

「「っ!!」」

 突然聞こえた声に全身が緊張した。歩哨だ!思わず走って逃げ出したくなる衝動を、理性の力で無理やりねじ伏せる。歩哨の声には緊張感は全くなかった。つまり、まだバレた訳じゃない。声を出すな、と口元に人差し指を添えるジェスチャーで示し、声のした方を恐る恐る覗き込む。門番だった。数は5人。全員が門の外側を向いて、外側に対して警戒の視線を巡らせている。‥‥‥もし、彼らが門の内側を警戒していたら。冷や汗が滝のように流れた。兵舎から北門まで、直線距離にするとわずか十数メートルしか離れていないのだ。彼女とつないでいる掌は、汗でベッタリになった。

 行こう。視線だけで頷き合い、斜路を進む。汗でベタついた手でも、離すことなんてできなかった。お互い、怖くて不安でたまらなかった。もし5人の門番の、誰か1人でも振り返ったら。俺たちの足音が、聞かれてしまったら。北門まで直線距離では十数メートルだが、その道のりは斜路だと5倍くらいの距離になる。兵舎と北門との間には切り立った崖がそびえ立ち、それを回り込むように斜路が引かれているせいだ。そしてその斜路の途中に、変装用の鎧が隠してある。一歩一歩、進んでいく。やがて、暗闇でもその装備がはっきり目視できるほどの距離まで近づいた。まだだ、まだ、焦るな。飛びついてさっさと変装を済ませてしまいたい衝動を押さえ、そーっとその装備を手に取る。歩哨の装備は、板金鎧だ。迂闊な扱い方をすれば、ガチャガチャという金属音が鳴り響く。隣の彼女の顔も、明らかに強張っていた。だけど、ここが正念場だ。頷き合って、奴隷服を脱ぎ捨てる。恥ずかしがっている場合ではないと、彼女も理解しているのだろう。ためらう事なく彼女も奴隷服を脱ぎ捨て、その白い肌を晒した。むしろ、変装用の鎧を着る方に、何倍も、何十倍もの時間をかけた。まず着方が分からない。鎧なんて着た事がない。そして音を立ててはいけない。20kgはありそうな重すぎる鎧に振り回され、転びそうになった。彼女に支えられ、彼女が転びそうになったら俺が支えて、どうにかやっと着る事ができても、それで本当に正しい着方なのか不安が残る。おかしなところはないか、ちゃんと歩哨に見えるか、お互いに何度も確認して。

「い、いくぞ」

「え、ええ」

 まずは俺からと、背筋を伸ばして北門へと向かう。鎧が重すぎるせいでつい腰を曲げそうになってしまうが、俺の知る限り腰を曲げている歩哨なんていない。あいつら、いつもこんなの着て走り回っていたのか。正規兵と一般人との格の違いを思い知りながらも、ガチャンガチャンと鳴り響く金属音に汗が止まらない。門番の1人がこちらに気付いて振り返る。

「ん?こんな夜中にどうした、散歩か?」

「ああ。そんなところだ」

 声が震えてしまわないよう、細心の注意を払った。鎧の鉄仮面が声をくぐもったものに変質させてくれるおかげで、声でバレる心配だけはしなくて済みそうだ。

「どこ行く気か知らんが気を付けるんだぞ。朝までには戻ってこいよ」

「ああ分かってる。サンキューな」

 気さくを装いながら門番の横を通り抜けると、クロスボウが待ち構えていた。クロスボウは外向きに設置され、外敵に備えている。その横を通り抜けると、まるで後頭部をクロスボウの照準に狙われているような錯覚に襲われた。走って逃げ出したい。けれど鎧が重すぎて走ることなんてできない。鎧を脱ぎ捨てるなんて、もっとできない。

「ん、お前も外に出るのか。珍しいな2人して、こんな夜中に。一体どこに」

「おいよせって。夜中に人目を避けて2人ですることなんて、アレしかないだろ?察してやれ、深く聞いてやるんじゃねえよ」

「アレ?ああ、アレか。その、すまんな。おう行って来い」

 背後から歩哨達の会話が聞こえる。彼女も無事に切り抜けたようだ。安心してヘタりこむ‥‥‥わけにはいかない。平静を装いながら、歩いて、歩いて、歩き続けて。

「みこと!」

 後ろからかけられた声で、足を止めた。

「もう大丈夫。大丈夫だよ」

 気がつくと、リバースの門はもうすっかり見えなくなっていた。鉄仮面を外した彼女が、しがみつくようにして俺に抱きついてくる。

「出られた。本当に出られたんだよ、私たち。信じて、良かった」

「‥‥‥ああ」

 まだ暗い夜空では、明星がさんさんと輝いていた。まるで俺たちを祝福するように。

「私、星がこんなに綺麗だなんて、知らなかったわ」

「ああ、俺もだ。‥‥‥知っていたけど、忘れてた。星ってこんなに綺麗だったんだな」

 彼女の背中を抱き寄せるようにして、しばし2人で夜空に見入る。

「俺、ちゃんと考えたんだぜ。あんたの名前」

「名前?‥‥‥あ!」

「なんだよ忘れてたのか?リバースから出たら名前を考えてやるって約束しただろ。考えた名前、無駄にならなくてよかった」

「ええ。早く教えて。ねえ、どんな名前?」

「すみれ。春の訪れを知らせる花の名前さ。花言葉は、『小さな幸せ』」

「‥‥‥小さな幸せ」

 彼女は‥‥‥いや、すみれはその意味を噛み締めるように呟いて、夜空を見上げる。吸い込まれるようなその夜空の美しさに、目を細めて。

「うん。素敵な名前。あなたにもらった名前、大事にするわ」

 それから俺たちは、無言で空を見続けた。夜が明けて明るくなるまで、ずっと星空を見続けたんだ。




 第四話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。次回は第五話‥‥‥ではなく、幕間の物語となる予定です。意外なお方が主人公となりますので、そちらもぜひお楽しみくださいませ。


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幕間 その者、上級審問官である故に

 私の仕事は町の統治、そして罪人を捌くことだ。皆からは上級審問官と呼ばれる役職についている。

「セタ様。リバース鉱山から緊急報告が届きました」

 部屋に入ってきた配下の審問官が、駆け寄りざまに開口一番、そう言った。

「聞こう。何があった?」

「召使いが2名、脱走しました」

 脱走。バカな奴がいる者だ。だが配下が続けて口にした言葉には、さすがに驚いた。

「そしてその脱走した召使いなのですが。そのうちの1人は、セタ様が10年前に捕らえた、みことという男だそうです」

 ‥‥‥みこと。そうか。あいつが脱走したのか。

「そうか。捜索の状況はどうなっている?」

 動揺を顔に出さないよう、事務的に尋ねた。

「はっ。既にヴァルテナ様が、パラディン80名を動員して捜索中です。見つかるのは時間の問題かと」

「そうか。ならば捜索は彼に任せて問題あるまい」

 余計な私情を挟まない、事実に基づいたスムーズなやりとり。

「して、門番の処罰はどうしたのだ?」

「それが‥‥‥南門、東門、そして北門の全ての門番が、口を揃えてこう言っております。怪しい者など見ていないと」

「ふん。それは嘘だな。門を通らずして、どうやって召使いが脱走するというのだ」

「はっ。おっしゃる通りでございます」

「保身のために嘘をつくなど、誇り高きオクランの使者として恥ずべき行為だ。偽りはオクラン様がもっとも嫌う行為の1つである」

「はっ。まことおっしゃる通りでございます」

「脱走当日、門の警備に当たっていた者全てを拷問にかけよ。火で炙ってやれば、真実を話す者が現れるはずだ」

「ははっ。仰せの通りに」

 一礼し、配下の審問官が去っていく。それを見届けてから、深々とため息をついた。

「みことよ。何故、逃げたのだ。何故、逃げる必要があったのだ‥‥‥」

 私は引き出しを開けると、そこから1枚の紙切れを取り出す。そこにはみことの名前と似顔絵、そして、彼を一週間後に釈放することを命じる指令が書かれていた。今となっては、もう何の意味もない指令書だ。

 

 

 

 あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。娘のシェリーが家出した前日のことだ。忘れるわけがない。

『このクズが!!どうやったらこんなマズい飯が作れるんだ、ああん!?』

 料理の1つも出来ないようでは、嫁の貰い手がない。仮に嫁にもらってくれる男が現れても、毎日その男からいびられ続ける生活を強いられることだろう。ここホーリーネイションは、そういう国だ。我が娘がそんな生活を送るなど、耐えられるわけがない。だから、心を鬼にして厳しく躾けたつもりだった。

 だがきっと、厳しすぎたのだろう。不器用な父親だったと反省しても、もう遅い。気付いた時には遅すぎた。あろう事か、娘は自分でオオカミの肉を取りに行くなどと言い出した。行かせられるわけがなかった。愛する娘が、オオカミの鋭い爪に、牙に引き裂かれる姿など、誰が見たいものか。娘は、本気だ。本気でオオカミに挑むと、その目が言っていた。

『できもせんことを言うなっ!女ってのはいつもそうだ。口を開けば嘘ばかり。恥を知れ、恥を!』

 だから、嘘だと決めつけた。たとえ娘が本気だとしても、それは嘘じゃないとダメなんだ。そうでないと、娘は。私は娘が何かを言う前に足を振り上げる。言い出したら聞かない子だということは、この私が一番よく知っていた。だが。

『やめろ!!』

 突然割り込んできた声と共に、私は押し倒された。子供だった。こんな子供が何故?町の大人でさえ、この私に意見する者などいないと言うのに。この子供は一体何故こんなことを。そんな私の疑問は、他でもないその少年の言葉で拭われた。

『へっへーん。ざまみろオッサン!今すぐこの子に謝れよ!叩いてしまってゴメンナサイってな!』

 この子に謝れ。その言葉を聞いた時、私は嬉しくて仕方なかった。ちゃんといるじゃないか、嫁の貰い手が。シェリーを守るため、この私にさえ歯向かって見せる、たくましい少年が。まだ5歳の子供にそれを期待するのは、いささか気が早すぎるだろうか。もちろん実際に娘を守るには、まだまだ力不足だ。いくら守ろうとする気持ちがあっても、この少年にその力はない。だが、そんなことは問題にすらならなかった。力がないなら与えてやればいい。稽古をつけてやればいい。教えられるだけの武技を、私が備えているのだから。

 私は少年の顔をじっと見つめる。ここで焦ってはいけない。かける言葉はよく考えなければ。なにせ私は、不器用な父親だから。下手な物言いをしてこの少年にまで誤解されたら、それこそ娘の将来は。私はゆっくり立ち上がると、その少年にかける言葉をじっくり選んで「貴様ああぁぁ!!それがセタ様に対する態度かああぁぁ!!」‥‥‥選び終わる前に、配下の審問官が駆けつけ、少年を殴り飛ばした。おい何してんだこのバカ。

「はっはっは。ガキの分際でセタ様に狼藉を働こうなど、身の程知らずな。さあセタ様、お手をどうぞ」

「あ、ああ」

 気絶した少年の方を気にしながらも、配下の手を取る。冷静になれ、彼は自分の仕事をまっとうしただけだ、悪気なんてないんだ‥‥‥

「それにしてもあのガキ、どうしてやりましょう。セタ様に狼藉を働いた以上、やっぱ火刑ですかね。燃やしてしまって構わんでしょ」

「や、やめて!みことくんは悪くないの!悪いのはこの私なの!」

 いいぞよく言った娘よ!これで少年を庇うための大義名分もたつ。

「私の娘もこう言っている。幸いにして怪我もないのだから、今回は不問にしても」

「いーやダメです!罪はちゃんと裁かないと示しがつきません!オクラン様も言っておられるではないですか、闇の者は我らの良心を利用して近づいてくるのだと」

 お前はなんでそこまで真面目なんだクソがっ!!

「火刑がダメならリバースに送りましょう。あそこは闇をはらう為に作られた強制労働施設。この少年の闇も、きっとそこで払われることでしょう」

 配下の審問官の言葉に、娘は顔面を蒼白にさせてすがりつく。

「そんなっ!お願いパパ、やめさせて!リバースになら私が行くから!!」

 だから行かせられるわけがないだろう!私だってやめさせたいわ畜生!お前はリバースの女がどんな扱いをされてるか知らないからそんな事が言えるんだ!

 言いたいことは山ほどあった。けれどどれも、言うことが許されない。私は上級審問官。罪人の罪を裁くのが、私の仕事だからだ。この時ほど、私は自分の肩書きを呪ったことはない。結局、少年はリバースに送るしかなかった。

 そして少年をリバースに送った翌日、娘は家出した。

 首都ブリスターヒルまでおもむいて、娘を探しに行きたい、仕事を休ませてくれと皇帝フェニックスに直談判した。返された返事は、お前は町の統治者だろう、統治者が町を留守にしてどうするんだ、シェクが攻めてきたら誰が町を守るんだと正論の嵐であった。すごすごとスタックに戻る。頭に浮かぶのは娘のことばかりだ。

 薄汚い野盗に拐われていないだろうか。ご飯はちゃんと食べているのだろうか。こんな時に誰かが娘の側にいてやれば。そうだみことくん。彼はどうしているだろう。ああいや、彼は私がリバースに送ったんだったな。なんてことだ‥‥‥

 私はリバースに向けて指令書を書いた。みことを、10年の労働の後に開放するという指令だ。彼がやらかした罪の大きさからして、10年が限界だった。できることなら今すぐに解放して、娘を探させたいのに。

 

 

 

 そしてようやく、10年が経った。指令書に書かれた日付まで、あと一週間。一週間すれば彼に娘を探すよう頼んでみよう。ひょっとしたら娘はもう生きていないかもしれない。けれどそれでも、どうなったかを知らずにこのままの生活を続けるなんて出来なかった。そしてもし娘が生きていたなら。その時は娘を、彼にたくそう。彼ならきっと大丈夫だ。娘を幸せにしてくれるはずだ。そう考えていた矢先の、脱走報告だった。門番は何をしていた、何故ちゃんと見張っておかなかった!!

「何故こうなる‥‥‥!!何故!!どこに脱走する必要があったあ!!!」

 怒声と共に壁を殴りつける。その言葉に答えられる者など、どこにもいやしなかった。




 というわけで幕間の物語です。読んでいただいた方、ありがとうございます。次回の第五話ではいつもの2人の物語に戻りますので、楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。


没ネタ
セタ「彼が脱走しただと。バカなっ!どこだ、どこに間違いがあった‥‥‥!!」
没理由:セタがアークスのおもちゃになる


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第5話 夢を見、現実を知る

「朝ね」

「ああ、朝だな」

 一晩中星空を眺めて過ごした俺たちは、見ればわかることを、意味もなく呟きあった。意味のない会話が、何故か不思議と心地よい。そんな静かな時間に、たっぷりと身を任せた後。

「ねえみこと。これからどこに行く?」

 先にそう聞いてきたのはすみれだった。

「さあね。アテなんかないが、どこにだって行けるさ。なにせ、俺たちはもう自由なんだから」

 遠くの空を見ながら、そう答える。

「そうね。自由なのね、私たち。ねえ、それじゃあみことは、何がしたい?」

 どこに行きたいかの次は、何がしたいか。特に深く考えることなく、思いついたままを言ってみた。

「そうだな‥‥‥まずは、腹いっぱい飯を食いたい。都市連合の貴族が食ってるような、極上の贅沢な飯をな」

「ああ、それはいいわね!お酒も飲みたいわ。私、まだ飲んだことないもの」

「そうか、実は俺もなんだ。でも、歩哨がすっごく美味しそうに飲んでた酒なら知ってる。ビールって言うんだ」

「ビール‥‥‥それって甘いの?」

「いや、どうやら苦いらしいぜ。でも、その苦いのが美味しいらしいんだ」

「くすっ、変なの。でも面白いわね。私も飲んでみたい」

「ああ、飲めるさ。他に何かやりたい事あるか?」

 まだ飲んだことのないビールの味を夢想しながら、広い世界に思いを馳せる。

「そうね。賞金稼ぎになりたいわ。かっこよく言うなら、バウンティハンター」

「ぷはっ、それはまた大きく出たな。すみれ、武器なんて使えるのか?」

「これから使えるようになるのよ。そして大陸最強の剣士になって、悪い奴らをどんどん捕まえるの」

「そりゃすげえ。だったら俺は鍛治職人になりてえな。大陸最強の剣士であるすみれが、大陸最高の鍛治職人になった俺の刀を振り回すんだ。もちろん、刀には俺の銘が入ってる」

「ふふ。調子の良いこと。みことだって、武器なんて作れないでしょう?」

「これから作れるようになるのさ」

 

 2人でそんな話をして、笑い合った。もちろん2人とも本気じゃない。鎧を着るだけで走ることすら出来なくなるような、痩せこけた逃亡奴隷が、大陸最強の剣士だなんて。最強どころか、鉱山の歩哨にさえ敵わない。彼ら正規兵との格の違いは、鎧を着て歩くだけで思い知らされた。

 でも、それでも。2人でそんな夢想じみた話をしていると、本当になれそうな気になってくる。夢くらい見たっていいじゃないか。

「さて、そろそろ出発しましょう。いっぱい話したら、またお腹が空いてきちゃったわ」

「そうだな。と言っても食料を買う金もないし、買えそうな町も見当たらない。どうしたものかな」

 愚痴をこぼしつつも、歩き出す。いつまでもここでじっとしている訳にもいかない。ガチャリガチャリと、歩くたびに板金鎧が音を立てる。20kgくらいありそうな鎧の重さが、肩にのしかかる。

「ねえみこと、これ‥‥‥重いわ」

「そうだな。めっちゃ重いな」

「脱いで良いかしら?」

「ホントは俺も脱ぎたいが‥‥‥この鎧、売れば金になるぞ。今日の食事代くらいにはなるはずだ」

「そう。脱ぎ捨てる訳にはいかないのね」

 走ることもできず、てくてくと歩き続ける。歩いているうちに陽が昇り、太陽がじりじりと板金鎧を照らし出す。まるで、鉄板で蒸し焼きにされている気分だ。

「ねえみこと、これ‥‥‥暑いわ」

「そうだな。めっちゃ暑いな」

「脱いで良いかしら?」

「ホントは俺も脱ぎたいが‥‥‥俺たち、文無しなんだ。食料もない」

「そう。生きるのって、大変なのね」

 そしてまた、てくてくと歩き続ける。

「ねえみこと、これ‥‥‥」

「なんだ、今度はどうした?」

「これ、持ってよ」

「なんだってぐわあああ!!」

 20kgの鎧を押し付けられた!重いなんてレベルじゃねーぞ殺す気か!!

「あー、やっと解放されたわ。死ぬかと思った」

 鎧を脱いで下着姿となったすみれが、さらに俺の肩にのし掛かる!まて、死ぬ!ホントに死んでしまう!!

「待て待て待てって!せめて自分で歩け!」

「え?若い女の子が半裸でもたれかかったら、普通の男の子だったら喜ぶんじゃないかしら?おかしいわね‥‥‥」

「状況によるだろ!大体板金鎧のせいで、肌の感触なんて分かんねーよ!」

「そう?でもまあ筋トレになるって思えば悪くないでしょう。いつまでも弱いままじゃいられないもの、私たち」

「お、降りる気はないってか‥‥‥?」

「あ、ほら!あそこに小屋が見えるわ。あの小屋に着くまで頑張りましょう?」

 すみれが指差す方向には、確かに小屋らしき建物が見えた。大した距離ではないはずだが、今の俺には10マイル以上離れた距離のようにも感じられた‥‥‥

 

 

 

「さてさて、お邪魔しまーす」

 ようやく小屋に辿り着いた俺を、少しばかり離れた場所で休ませながらすみれは小屋の扉を開けた。もちろんすみれは下着姿のままだ。彼女曰く、もし危険な場所だったら、鎧を着ていては逃げられないから、らしい。確かにこういった人里離れた小屋はゴロツキのアジトだったりする可能性もあるが、すみれは一体どこに羞恥心を置き忘れてきたのだろう。人が住んでいた場合、突然訪ねてきた下着姿の女をどう思うだろうか。しばらく外で様子を見ていると、すみれが戻ってきた。

「大丈夫、ちょうど留守にしてるみたいだったわ。中には誰もいないわよ」

「そ、そうか。誰もいなかったか。そいつは良かった、本当に良かった」

 あらゆる意味でホッと安心して、俺もその小屋に入る。小屋の中にはいくつかの調度品と、食料があった。食料はまだ新鮮だ。普通に食べることができる。民家だろう。家の主は買い物にでも行ってるのだろうか。

「ほら、見てこれ、ミートラップよ!こっちにはグロッグ?って言うお酒もあるわ!すごい、早速やりたい事が1つ叶ったわ!」

 嬉しそうにミートラップとグロッグを持ってくるすみれ。‥‥‥んん?

「なあすみれ。お前‥‥‥」

「それにほら!じゃーん!重たくない普通の服も置いてあったわ!これで鎧に潰されそうにならなくて済むわね。もらって行きましょう!」

「なあお前‥‥‥ドロボウになる為にリバースを出たのか?」

「!!」

 すっかりはしゃいでいたすみれは、俺の一言でピシリと凍りついた。どうやら効果的だったらしい。

「‥‥‥」

 何も言えなくなって沈黙してしまったすみれに、静かに語りかける。

「すみれ。お前は、世界最強のバウンティハンターになるんだろう?悪い奴らを捕まえるんじゃなかったのか?」

 俺がそういうと、すみれは小刻みに肩を震わせて。

「う、うう‥‥‥だって、だって!!歩いてるだけでお腹は減るし、お金だってないのよ!鎧は重くて、暑くて、苦しくて!さっき小屋の扉を開ける時だって、ホントはすっごく恥ずかしくて!でも鎧着てたら、いざという時走り出すこともできなくて!だから、だからあ!!」

 だから、無人だとわかって、ついはしゃいでしまった。そんなことを言っているようだったが、後半からは完全に泣き声になって、きちんとした文章の体をなしていなかった。

「‥‥‥すまん。言いすぎた」

 泣き出したすみれの頭を撫でてやりながら、思い出す。そう言えば俺が昔住んでいたスタックの町も、町からちょっと離れたら飢えた野盗が出没していた。野盗のくせにまともな武器も鎧も持たず、ボロボロの布切れを着て、ボロボロの棒切れを振り回しているおかしな集団だ。そして俺が銅を掘っているのを見ると、食料を寄越せと叫んで走り寄ってくるのだ。でも俺が走って逃げると、子供の足にすら追いつけずに、やがて諦めてしまう。

 当時、俺はあの連中のことが理解できなかった。心底、おかしな奴らだとバカにしていた。でも。

「‥‥‥」

 今、俺の胸に顔を埋めて泣いているすみれを見て、思う。あいつらもきっと、野盗になんかなりたくなかったのかもしれない。野盗になる前は、彼らにも夢があったのかもしれない。ボロボロの布切れを着ている連中の中には、確か女もいたはずだ。彼女はどんな気持ちで、それを着ていたのだろう。そんなものしか着るものがなく、それでも生きる為に町の周りを走り回って。

「‥‥‥なあ、すみれ。お前は、野盗になんかならなくて良い。なっちゃいけない」

「ひっく、だって、だってえ」

「俺がすぐに町を探してきてやるよ。だからすみれ。お前はしばらく、ここにいろ。町が見つかるまで、ここで休んでてくれ」

 さて。ひとっ走りするとしますか。パンツ一丁で。




 第五話まで読んでくれた方、ありがとうございます。作中に登場するビールですが、バニラ環境では登場しません。Missile氏のmod、Expansion of Food Cultureによって追加されるお酒です。他にも美味しそうな料理がたくさん追加されるオススメのmodですので、気になった方は一度お試しくださいませ。


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第6話 浮浪忍者の里

 鎧一式は小屋に残して、身軽になって外に出る。すみれは泣き疲れて、今はベッドで眠っていた。

「さて、行くとすっか」

 アテもないまま、とりあえず北へと歩き出す。水の匂いがしたからだ。水があるなら、そこに町ができたっておかしくない、と思ったのだが。

「‥‥‥雨?」

 水の匂いはこの雨か。まだほとんど進んでもいないうちから降り出した雨が肌を打ち、眉をしかめて空を見上げると。

「‥‥‥なんだ、あれ?」

 何かが、空を飛んでいた。鳥ではない。謎の物体、としか言いようのない物が空を飛んでいる。それも1つや2つではない。もっとたくさん。

「な、なんだよ、あれは。聞いたことねーぞ、あんなの」

 しばらく様子を伺う。じっくり観察して、その謎の物体の軌道をメモして。そうしてようやく『襲ってくる様子はない』ということだけが分かった。

「生き物ではなさそうだし、何かの道具か?うーむ、分からん」

 不規則に動き回るそれをみてると、なんだか無性に不安になってくる。そんな事より、今は町だ。東には切り立った崖の間を流れる大きな川が、西には錆び付いた何かの残骸が、そして北には森が見えてきた。

「‥‥‥このまま北、かな」

 直感だけを頼りに走り抜ける。ヤギを引き連れた遊牧民が「ヤギはいらんかねー」などと言いながら歩いていた。無一文だよ見ればわかるだろ!パンツ一丁の相手と商売しようとすんな!

 だが、人がいた。商売が行われているということは、やっぱり町は近くにあるはずだ!

 森の中を駆ける。草木を分け、木の枝が引っかかって肌に浅い傷をつけることも厭わず、駆けて、駆けて、駆けて。

 

「止まれ!そこを1歩も動くな!」

 

 女の声に呼びかけられて、足を止める。ついに俺は、1つの集落に辿り着いていた。町というほど大きくはないが、それでも人が住める場所。おそらく、食料を手に入れられる場所。

「よーしよし、素直に応じたことは褒めてやる。質問に答えろ変態。ここで何をしてる?」

 俺を呼び止めた女は、明らかに殺気だった気配を漂わせながら聞いてきた。全身黒ずくめの服を着ていて、腰には刃物を吊るしている。‥‥‥マジかよ。せっかく見つけた集落だってのに。

「い、いやー、怪しいもんじゃないですよ?変態だなんて、とんでもなーい」

 なんとか友好的な雰囲気に持っていけないだろうかと、おどけた仕草でそう主張してみるが。

「黙れ!どこからどう見ても怪しいから聞いているんだろうが!さっさと質問に答えろ、何をしていた!」

 で、ですよねー。まあ裸の男が、俺は怪しいもんじゃないですって言っても信じてもらえるハズがない。

「た、旅を。そう、俺‥‥‥いやワタクシ、放浪の旅を続けているもんでしてね」

「パンツ一丁でか?食料も持たずに、放浪の旅を?」

「あ、ははは」

「最後通告だ、正直に言え。貴様は何者だ?」

「‥‥‥」

 正直に言っていいのだろうか。リバースから脱走したのだと。だが言えば、捕らえられてリバースに送り返されるのではないか。しかしこれ以上ごまかし続ければ、確実に斬られる。そんな確信があった。‥‥‥どうする、逃げるか?幸いにして荷物は身軽だし、走れば逃げられるだろう。だがそれでは食料は。

「言わぬつもりか。ならば死‥‥‥」

「うわあ、待って!」「待ってください!」

 俺とほぼ同時に制止の言葉を口にしたのは、森の奥から走ってきたすみれだった。下着姿で、全身に擦り傷を負って、肩で息をしている。どうやら追いかけてきて、たった今追いついたらしい。

「す、すみれ」

 パンツ一丁の男だとただの変態扱いだが、下着姿の女だと何か事情があるんだなーって同情を引くの、ズルイと思うんだ。これこそ男女差別だ。今言うことじゃないけれど。

「私は、私たちは、リバースからの逃亡者です。どうか。どうか、助けてもらえませんか?」

「‥‥‥ふん。何故さっさとそれを言わんのだ、馬鹿者」

 黒ずくめの女もそれを聞いて、刃物の柄から手を離してくれた。

「休息が必要なら休んでいけ。食料が必要なら買っていけ。生憎だが、恵んでやれるほどの蓄えはないのでな」

「ありがとう、でいいのかな」

 俺の言葉を華麗にスルーして、黒ずくめはすみれに近寄るとポンポンとその肩を叩く。

「ホーリーネイションの縄張りにおいて、私たちは常にお前たちの味方だ。遠慮なく頼ってくれて構わない」

「あ、ありがとうございます!」

 あ、あれ?俺無視された?パンツだから?ねえ、パンツだから無視するの?

 

 

 

「ふう、話の通じる相手でよかったわね、みこと」

「ああ。ギリギリだったけどな」

 どうにか集落に入れてもらえた俺たちは、食料を売ってる店を探す。

「あ!ねえほら、あのお店じゃないかしら?」

 すみれが指さした先には、ご飯のイラストを書いた看板があった。間違いない。

「ああ、行ってみよう」

 店に入る。けっこう人気のお店らしく、店内は多くの客で賑わっていた。10人くらいいるだろうか。その客たちが一斉に、新しく入店した俺たちの方を振り向いて。

「っ!!」

 すみれは、恥ずかしそうに自分の体を抱きしめた。

「こ、こんなに人がいるなんて、聞いてない‥‥‥」

 胸元と股間を隠すように手で押さえる仕草をするすみれ。うん、かわいい。

「えーっと、商品のラインナップは。ドライミートに干し魚、それに野菜料理か。すみれ、持ってきた鎧出してくれ。それを換金して」

「え。も、持ってきてないよ‥‥‥?」

 ‥‥‥うん。ドジっ娘かわいい。許す。

「だ、だって重いし!早く追いつかなきゃって思って、それで!」

 すみれが慌てていると、店員のおっちゃんがその様子を見て。

「だっはっは、なんだテメーら、文無しか?」

 おっちゃんに豪快に笑われた。

「あ、いや。冷やかしとかじゃないんです。ただ手持ちがちょっと」

 言いつつも、今から小屋に戻るのは遠いなーと考えてしまう。ちょっと距離があるし、安全に往復できる保証もない。第一、流石にそろそろ何か食べないと倒れそうだ。

「あー、分かってる分かってる。その格好だと、どうせ避難民だろ?元召使いってんなら、ちょっと鉄掘ってきてくれや」

「え、鉄ですか?銅じゃなくて?」

「ああ、鉄だ。この集落を守る戦士の武器を作るのに必要なんだよ。集落の隅っこに鉄鉱脈があるから掘ってきてくれ。つるはしの扱いは得意なハズだろ?」

「ええ、もちろん!すみれ、聞いた通りだ」

「うん!行きましょう、すぐに!可及的速やかに!」

 すみれは胸と股間を押さえた仕草のまま、パタパタと逃げるように店をでる。客の視線に耐えられなかったのだろう。やっぱりかわいい。

「はっはっは。可愛い娘さんじゃないか。しかしあんたら、避難小屋には寄ってこなかったのか?」

「避難小屋?」

「ああそうだ。リバースからここに来るまでの途中にあっただろ。服も食料も、モールさんが用意してたハズだ。‥‥‥ひょっとして、誰かに根こそぎ持ち去られた後だったか?」

 だとするとモールさんに報告しとかねえと。ぶつぶつと小声で呟く店員のおっちゃん。ちょっと怖い。

「いや、避難小屋なんて見かけなかったな。確かに途中で小屋は見かけましたけど、あれは避難小屋って言うには少しばかり立派すぎるし。壁も石造りで屋根もしっかりしてて、内装まで整ってて。椅子とテーブルに、座布団、ベッドまで完備してあった。テーブルの上には新鮮な料理とお酒が並んでて、屋上には外の風景を楽しめるようなベンチまであったな。あれは絶対に人が住んでる小屋でしたね」

 俺たちが立ち寄った小屋の様子を報告すると、店員は深々とため息をついた。

「‥‥‥ああ、間違いない。その小屋が避難小屋だ」

「いやいやご冗談を。まさかそんなハズ」

「‥‥‥」

「え。もしかしてマジ?」

「ああ。うちのモールさんは完璧主義でな。何事も手を抜くってことができない。おかげでせっかく用意した避難小屋も、誰にも使ってもらえん。どう見たって人が住んでる民家だからな、あれは。そして道徳心のない盗賊だけが、用意された食料と酒を根こそぎ持っていくんだ」

「‥‥‥そのモールさんって人、もしかしてバカ?」

「‥‥‥優しい人だぞ、とっても」

 バカについては否定しなかった。つまりそういう人らしい。

「もしモールさんに会いたいなら、あっちの大きな建物に行きな。それとも先に、避難小屋まで戻ってあの子の服を取ってくるか?」

「いえ、今日はすみれと一緒に鉄を掘りますよ。今日はもう日も傾いてきたし、今から小屋まではちょっと。それに、女の子1人に肉体労働させてはおけません」

 それに、恥ずかしがってるすみれをもうちょっとだけ見ていたい。と言うかそれが本音。うん、服を取りに行くのは明日でいいな。

「ふっ、そうかそうか。ホーリーネイションの男にしちゃ、ずいぶんマトモな考え方してんじゃねーか。気に入ったぜ、あんた」

 なんか知らないけど気に入られた。



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第7話 kenshi

 次の日も、陽が高く昇るまで鉄を掘り続けた。暗いうちはすみれも平気な顔をしてつるはしを振っていたが、明け方から周囲の視線を気にするようになり、完全に陽が昇った後は露骨に恥ずかしそうにしていた。右腕でつるはしを振りつつ左手で胸元を隠し、内股をきゅっとさせてる。非常にかわいい。骨と皮だけだった痩せこけた体も、栄養が足りてきたのかふっくらとした健康的な丸みを帯びてきて、思わず目が釘付けに。

「ねえみこと。そろそろ服が欲しいわ」

「あ、ああ。そうだな」

 そのままでも十分かわいいよ、と言ったら怒られるかな。

「あの小屋、避難小屋だったんでしょう?服、くれるって言ってもらえたんでしょう?」

 今朝モールさんと実際に話して、それは確認してある。確かにあれは避難小屋で、中の物資は俺たちのような脱走者のために用意したものだと。

「だがちょっと待って欲しい。ひょっとしたら俺たちに続いて、第二、第三の脱走者が現れるかもしれん。あの小屋の物資はそんな彼らのために残しておくのも良いんじゃなかろうか。幸いにして俺たちはこうして収入源にありつけたのだから、お金をためてお店で服を買っても」

 そこまで言ったところで、すみれがギュッと縋り付いてきた。泣きそうな目をしながら、フルフルと首を横に振っている。

「お願い。服‥‥‥着たい」

「おいそこの変態。それ以上女の子をイジめるんじゃねえ」

 バシン、と後頭部を叩かれた。見ると黒ずくめの門番の女が、両手に衣類を抱えていた。

「ほらよ。なかなか取りにいかねえから、あたしが代わりに取ってきてやったよ」

 そう言うと黒ずくめの門番は、抱えていた衣類をすみれに渡した。ぱああっと表情を輝かせたすみれは、早速その服に身を包む。決して高価とはいえない生地で、デザインも黒一色の地味なものだが、それでもすみれは大喜びだった。確かによく似合っている。

「あ、あのー。お姉さん、俺の服は?」

「ああん!?テメーは金貯めて店で買うんだろうが。さっき自分でそう言ってただろ」

 まるでゴミを見るような目で睨まれた。あ、あれえ。門番さんに怒られるようなこと、何かしたかなあ。

「さあすみれさん。君が好きだと言っていたミートラップだ。後、呑みたいと言っていたグロッグも。グロッグは自分で呑むのも良いが、酒場で換金すればもっと良い服や武器を買うこともできるぞ」

 そしてすみれに対しては、俺とは対照的な、とても慈悲深い笑顔を向けるのだった。

「あ、ミートラップは俺も好きで」

「ああっ!?ギッスルフラップでも食ってろ変態!」

 ええー。なんでこんなに対応が違うの。そこに食堂のおっちゃんもやってきた。

「はっは、この村で男がうまくやっていくのは相当苦労するぞ、みことくん。かくいう俺も、最初は苦労したもんさ」

「はんっ、あんたの苦労なんざ、ホーリーネイションであたしら女が受けてた苦労と比べりゃ、苦労のうちにも入らないだろ?」

「わっはっは、そりゃ違いねえ」

 つんつんと、肩をつついてそっと話しかけてくるすみれ。

「この集落の人、ほとんどがホーリーネイションで酷い目にあったことのある女の人ばかりみたい。きっとさっきの私とみことのやりとりで、何か嫌なことでも思い出したんだと思う」

 なるほど、そういうことか。俺とすみれのやりとりは、ジョークとかじゃれ合いのようなものだ。すみれも分かっていたからこそ、本気で怒ったりしなかったわけだし、そもそもこれまでは恥ずかしがる余裕さえなかったのだ。見た目を気にする余裕ができた、それが嬉しくてついはしゃいでいた。けれど、ここの女性たちはきっと、ジョークでは済まないような経験をしているのかもしれない。

「‥‥‥すまん。辛いことを思い出させたかな。無神経だったよ」

「ああ。分かればいいんだよ、分かれば。あたしもちょっと大人げなかったかねえ。‥‥‥ほら、あんたの服だ。これ以上パンツ一丁でうろつかれたら、こっちが迷惑だよ」

 彼女は、押し付けるようにしてバックパックから取り出した服を渡してきた。なんだ、ちゃんと準備しておいてくれたのか。その服はやはり安っぽい生地だったが、真っ白で清潔感のある服だった。イメージとしては、武術家が着る道着が近いかもしれない。

 その感想を伝えると、よく知ってるじゃないか、まさに道着なんだよと返される。最近では武術家を志す者など滅多にいないため、その道着が捨て値で売られているのだと。

「武術家。そうか、武術家かあ」

 

『いつまでも弱いままではいられないもの、私たち』

 

 昨日のすみれの言葉が思い返される。けれど武器を買おうと思ったら、物凄い額のお金がいる。今朝この集落の武器屋を覗いて、その値段の高さに腰を抜かしそうになったばかりだ。だが武術なら。

「どうした?まさかお前、武術家を目指そうってのか?やめとけやめとけ。上達する前に死んじまうぜ」

 曰く、真の武術家の拳は聖剣にも匹敵する凶器だが、素人の拳はなんの役にも立たないガラクタだと。そして武術の修行とは、そんななんの役にも立たないガラクタで戦い続けて生き残った先にしか成されることはないのだと言われた。だから武術の道を志す者の大半は、道半ばで命尽きるのだそうだ。

「そっかあ。大変なんだな。武術家って」

 そう言いながら、もらった道着の裾を摘んでみる。それを見てすみれが、からかうように言った。

「みこと。大変って言ってるくせに、諦める気ないでしょ?」

「あ、あれ?なんで分かっちゃうかな?」

「くすっ。なんとなくよ。諦める必要なんてないわ。みことが強くなるまで、私が剣であなたを守る。みことが強くなったら、2人で助け合う。それで良いじゃない?」

 だから何も問題ない。諦める必要なんてないとすみれは言った。

「‥‥‥そうかい。あたしは忠告はしたが、実際にどうするかはあんたの自由だ。ま、好きにやってみな。新たなるkenshiさんよ」

「kenshi?なんだそれは。拳士ってこと?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、門番の女は説明を続けてくれた。

「kenshiはkenshiさ。それ以外の何でもない。この理不尽な暴力が横行する世界で、己の美学と信念を貫いて生きる者。それを総称して『kenshi』って呼ぶのさ。拳の世界に生きる者もいれば、刀を極める者もいる。交易商として生きる者もいればパティシエを目指す者もいるし、海賊だっているんだ。大切なのは、自分でその道を選ぶこと。そしてそれを選んだ自分の心に、決して嘘をつかないことさ」

「自分の心に、嘘をつかないこと‥‥‥」

「なんだかカッコいいわね。私たちもなれるのかしら。そのkenshiに」

「なんだよ自覚もねーのか?2人とも既に立派なkenshiだろうが。リバースをその足で飛び出した、その瞬間からな」

 すみれと2人、見つめ合う。あの時、あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。肌を焦がす緊張感。美しい夜空。そして2人で語り合った夢物語。

「っと、いけねえ、つい長話しちまった。そろそろ門番の仕事に戻らねえと」

「おおそうだ。俺も店番ほっぽったままだったぜ」

 門番の女と食堂のおっちゃんが、それぞれ自分の仕事に戻っていく。雰囲気を察して、気を利かせてくれたのだろうか。

「ねえみこと。私、思うんだけど」

「ああ。俺もちょうど、考えてたことがあるんだ」

 お互いに見つめあって、どちらともなく、くすりと笑う。目を見るだけで、相手も同じことを考えているのが分かった。

「それじゃ、せーので言いましょうか」

「ああ。せーのっ」

 

「私、大陸最強のバウンティハンターになるわ!」「俺、大陸最高の鍛治職人になるぜ!」

 

 なりたい、ではなく、なる。それを目指して歩きだすことを決めた瞬間だった。




第七話まで読んでくれた方、ありがとうございます。今回の話は動画投稿者さんのリスペクト回となっております。素敵な動画でkenshiというゲームの面白さを教えてくれた先輩に感謝を込めて。ありがとうございます。


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第8話 新たな日常

「とおりゃあー!」

 渾身の力で振りかぶった俺の拳が、リバーラプターと呼ばれる獣の鼻先を殴打する。ペチン、と軽い音をたてて、ラプターがちょっぴり痛そうにした。

「はああ!」

 続いてすみれの振るう大苦無がラプターの右足を切りつける。怒ったラプターが突進を繰り出してきた。回避しようとするも、間に合わない。

「ぐはっ」「きゃああ」

 すみれも防御しようと刀を構えたようだが、防御を突き破るように繰り出された突進になす術もなく、2人揃って吹っ飛ばされる。

「くそっ、このラプター強え!」

 倒れて無防備になったところに、さらに追撃を加えようと迫るラプター。だが、そのラプターの前に門番さんが立ち塞がった。

「ラプターが強いんじゃない。あんたらが弱すぎんのさ」

 ‥‥‥一閃。門番が刀を振るうと、たった一撃でラプターは動かなくなった。

 

 あれから数日。俺とすみれは、集落で修行を繰り返していた。集落には畑があり、畑の作物を狙うリバーラプターがよく襲撃に来る。それを門番さんと一緒に退治する修行だ。

「それにしてもすごいな、姐さん。あんた、ほんとに強いんだな」

「はは、ありがとさん。強くないと、門番なんてやってられないんでね」

 はにかんだ笑顔を見せながら持ち場に戻る彼女。すみれも強さの秘密が気になるらしく、その装備に注目していた。

「姐さんの使ってる刀って、私と同じ大苦無よね?一体、どんな修行をして強くなったんですか?」

「別に特別なことなんてしちゃいないさ。あんたらと同じだよ。作物を狙うラプターを退治し続けるうちに、上達したのさ。‥‥‥ところでその姐さんっていうの、どうにかならないかい?もっと他に、『お嬢さん』とか、『お姉ちゃん』とか、いろいろあるだろ?」

「‥‥‥」

 俺とすみれは顔を見合わせる。この門番さんのことを、お嬢さんとかお姉ちゃんと呼ぶ姿を想像してみた。‥‥‥うまく想像できない。

「姐さんだな」「姐さんよね」

「だから何でだよ!」

 何でだと言われても、姐さんだからとしか言いようがない。むしろ、この人をお姉ちゃんと呼ぶ方が何でだよって感じだ。

「はあー、まったく失礼な。とにかく襲ってきた群れはそいつで最後だ。しばらくは襲撃は無いはずだよ」

「そうか。それじゃまた鉄でも掘って」

 日銭でも稼ごう、としたところで呼び止められた。

「おっと、ちょいと待っとくれ。もし良かったら、仕事を頼まれちゃくれないかい?」

「仕事?ええまあ、俺たちにできることなら」

「ああ大丈夫だ。誰にだってできる。商店の客引きをやってもらいたいのさ」

 なんでも最近テックハンターの店が集落にオープンしたのだが、客入りが悪くて困っているらしい。なので集落の住民に声をかけて、宣伝を手伝って欲しいとのことだ。

「それくらいで良ければ喜んで。けど姐さんって、仕事の斡旋もしてるのか?門番の仕事の範疇を超えてるような気もするけど」

「ああ、前はこんなことしてなかったんだけどね。最近になって大陸の三大国家を始めとする比較的大きな勢力が、旅人に仕事を斡旋する事業を始めたのさ。理由は経済の活性化とか、他勢力との友好関係の締結とかいろいろあるみたいだが‥‥‥そこであたしらも、その流れに乗ってみようってことになってね。仕事が終わったらあたしのとこに戻っておいで。報酬を渡すからさ」

 かくして、俺たちは客引きの仕事を引き受けることになった。

 

「い、いらっしゃーい。新装開店、テックハンターのお店だよー」

「‥‥‥」

「や、安いよー。よってらっしゃい見てらっしゃいー」

「‥‥‥」

 ダメだ。ぜんぜん関心を示してくれない。

「みこと。あなた、ヘタクソ」

「んなっ!?」

 すみれから、なんか傷つくこと言われた!

「私がやってみるわね」

 そう言ってすみれは近くの女性に走り寄って。

「ねっ。このブローチ、可愛いと思わない?」

「ん?確かに似合ってるじゃないか。どうしたんだ、これ?」

「ふふっ、そこのお店で買っちゃった。他にもイヤリングとか色々売ってたから、掘り出し物が見つかるかも!」

「そ、そうか。私に似合うようなのもあるかな‥‥‥」

「うんっ、きっとあるよ!」

「よし!ちょっと行ってくる!」

 ‥‥‥すげえ。ちょっと見直した。

「どう?ここの集落の住民はほとんどが女の子。だったら女心を刺激してあげればいい。簡単な話よ」

 ドヤ顔で得意げにそう語るすみれ。今まで石掘りしかしてないハズなのに、一体どこで覚えたんだ。才能?才能なのか?

「別に難しく考えなくていいわ。みことも同じようにやってみればいい。むしろ男のみことの方が、私よりうまく女心をくすぐれるはずよ」

 そういうもんだろうか。よし、ちょっとやってみるか!

「そっ、そこのお嬢さんっ!」

「え?」

「こ、このイヤリング可愛いでしょ!君に似合うと思って、そこの店で売ってて、今安くって‥‥‥!」

「‥‥‥はあ?」

 あ、行っちゃった。何が悪かったのだろう。

「みこと、もういいわ。あなたは鉄でも掘っていて。‥‥‥このドヘタクソ」

「!?」

 こ、これは‥‥‥しばらく立ち直れなさそうだぜ‥‥‥!

 その後すみれは無事に仕事を終えて、報酬として応急処置キット(上級)を貰っていた。店ではなかなか売っていない貴重品である。

 

 

 

「それじゃ、カンパーイ!」

 仕事を終えて汗を流したら、食堂で食事にしようという流れになった。俺はサケと干し魚、すみれはグロッグと野菜料理を頼んで席につく。

「ぷはーっ、疲れたあとの一杯はやっぱ最高だなっ。うめえー!」

「ふふっ、ほんと美味しい。お酒がこんなに美味しいなんて、知らなかったわ」

 席には俺とすみれ、そしてさらに相席している集落の住民。

「ねえねえ、すみれちゃん。みことくんとはどこまで進んでるのー?」

「え!ど、どこまでって‥‥‥別に私とみことはそんな関係じゃ」

「またまたあ。まさか手を握ったこともありません、なんて言う気じゃないでしょーね?」

「手は、まあ。握ったけど」

「きゃーっ」

 集落にたった一件しかないこの食堂は、どうしても混み合う。そして混み合うと相席となる。元々、行き場のない者が集まってできたようなこの集落の住民達は、俺やすみれに対しても親しく接してくれた。最初の頃こそ警戒されたが、それはこの集落がホーリーネイションから逃れた者たちの隠れ里であるという性質によるところが大きいという事も分かった。

「じゃー今度はみことくんに質問ー。みことくんはー、すみれちゃんのどんな所が好きなんですかー?」

「んなっ!す、好‥‥!?」

 動揺する俺。すみれは両手で顔を覆って沈黙の構え。恥ずかしいけど質問を遮る気はないって事だな、これ。

「だってー、みことくんは別にリバースから脱走する必要なんてなかったじゃん?男なんだし、好きじゃないなら、すみれちゃんの事なんて放っておく事もできたでしょ?」

「な、何いってんだこのバカっ。んな事できる訳ねーだろっ。放っておけねーから一緒に脱走したに決まってんじゃねーかっ」

 あれ。今俺変な事言ったか?酒のせいか頭がうまく回らん。隣ではすみれがますます真っ赤になっていた。

「きゃー!私も言われてみたいわあ。良かったねぇすみれちゃん。この幸せもの〜」

「うん。幸せ、かも」

 すみれ、お前も酔ってる?店のおっちゃんがそっと寄ってきてグラスに酒を注ぎ足して行った。いい人だなおい!

「そうね。とっても幸せ。だってリバースにいた頃は、こんな風に過ごす時間なんてなかったもの。こういうの、大切にしていきたい」

「そっかそっかー。良かったねえ、本当良かった!」

 相席の女性も豪快に酒を煽る。ブラッドラムっていうお酒だ。高価なお酒で、まだ俺もすみれも呑んだことがない。

「すみれっていう名前ね、みことが考えてくれたの。小さな幸せって意味が込められてるんだって。きっと、こういう事なのね」

 完全に酔っているらしいすみれは、熱に浮かされたようなポーっとした顔でそんなことを言ってくれる。

「きゃああー、何それロマンチックすぎないっ!?やるねぇこの色男!」

 ヒューヒューと、別の席の客にまで口笛を吹かれた。店員のおっちゃんがグラスから溢れそうなくらい、なみなみと酒を注いでくれる。何だこの公開処刑。そこに門番の姐さんまで店にやってきた!

「どうしたんだい、ずいぶん賑やかだねえ。門の方にまで騒ぎが聞こえてきたよ?」

「あー!ちょうど良かった!今この2人に話を聞いてたんだけど、かくかくしかじかで」

「ほおー、そんな事がねえ!最初はとんでもない変態がやってきたと思ったが、お前さんなかなかいい男じゃないか!」

 穴があったら入りたい!結局この日は夜まで宴会騒ぎが続き、修行は全く捗らなかった。




第八話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。今回の話で商店の客引きの仕事をしていますが、これはStilldoll氏のmod、Factions Questにて追加される要素です。Koufuと比べて仕事をしている実感が得られたり、今回はどんな報酬(アイテム)がもらえるのかなーとドキドキしたりできて、非常に完成度の高いmodだと思います。いつもありがたく使わせてもらっております。


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第9話 イヨという者

 翌朝。先に目を覚ましたのは私の方だった。というか、みことがいつまでたっても起きてこない。どうしたのだろうと様子を見にいくと、どうやら二日酔いらしい。

「あ、頭痛え。飲み過ぎた‥‥‥」

 ベッドで苦しそうにしているみことに、コップに注いだ水を差し出す。

「大丈夫?みこと、お酒弱いのねえ」

「ありがとな。っていうかすみれは平気なのか?俺以上に飲んでたと思ったんだが」

「そうね。別に辛くはないわよ。お酒に強い体質なのかしら」

 不思議そうにするみことにそう返す。彼は羨ましいな、と呟いていた。

「まだ辛いなら、みことは今日は休んでてもいいのよ?」

「そりゃありがたいが、すみれはどうするんだ?一人で修行続けるのか?」

 聞いてくるみことに、首を軽く横に振って答える。

「ううん。それでもいいんだけど、今日はワールドエンドって街まで出かけてみようと思うの」

 そう言って、地図を広げてみせる。

「昨日買った地図に載ってたんだけど、ほら。日帰りで帰って来れそうじゃない?距離的には、ここから避難小屋まで走るよりも近そうよ」

「ほー、確かに近いな。そのワールドエンドには何があるんだ?」

「ふふ、何があるのかしらね。せっかく狭い鉱山を出たんだもの。いろんな街を巡ってみても良いでしょう?」

 この集落にはないものが、その街にはあるかもしれない。

「分かった。気をつけてな。もし危険な街だったら、すぐに引き返すんだぞ。食料と医療キットも忘れずに持って、あとそれから‥‥‥」

「もうっ、分かってるわ。ただ隣町に行くだけで、心配しすぎよ」

「そ、そうか」

 納得しつつも、なおも心配そうにしているみこと。ちょっと過保護にすぎる気もするけど、大切にされてるんだなあって感じる。

「くすっ。暗くなる前に帰ってくるから安心して。それじゃ、行ってきます」

「ああ。行ってらっしゃい」

 

 それから門番の姐さんに挨拶して門を抜け、地図を確認する。ワールドエンドはこの集落から東にまっすぐ行った所だ。大して距離もないので、のんびり行くとしよう。

「思えば、こんな風にゆっくり旅するなんて初めてかも。今までは追われてたり急かされたり、板金鎧に潰されそうになったり蒸し焼きにされそうになったり。景色を楽しむ余裕なんてなかったものね」

 森から山へと、景色が移り変わっていく。ワールドエンドは山の上にあるらしい。細長い登山道を登っていく。高山特有の空気が、肌に心地よかった。そうして登山道を登り切った先で、私はそれを目にすることになった。

「え。オクラン像?」

 オクラン神を象った像。それが街の門の両側に建てられていた。まさかこの街はホーリーネイションの管理下にある街なのだろうか。確か地図には、テックハンターの街だと書かれていたハズだけど。とりあえず物陰に隠れて、そっと街の様子を伺っていると、後ろからやってきた人に声をかけられた。

「おや。そこの方、どうなされました?」

「はっ!?いえいえどうぞお構いなく‥‥‥って、うわわわっ」

 機械だ!機械でできた人間がしゃべってる!

「はて。そこまで脅かすつもりはなかったのですが。大丈夫でしょうか?」

 その機械人間は表情こそ変わらないものの、やや申し訳なさそうな仕草と声のトーンで話してくる。

「あ、すいません大丈夫です。機械でできた人間なんて初めて見たので、つい驚いてしまって。都会にはいろんな人がいるのねえ」

「おや。スケルトンを見るのは初めてでしたか。確かに私たちの仲間の大半は、ブラックデザートシティに籠ってますから。無理もない」

 スケルトン 。その名前なら鉱山の歩哨から聞いたことがある。その存在は闇そのもので、存在すること自体が許されない悪魔ナルコの化身。サーチアンドデストロイ、発見次第、即時破壊が推奨される‥‥‥ホーリーネイションの教義では、そういう事になっている。

「これが、噂に聞くスケルトン 。すごい、かっこいい。あの、もっとよく見せてもらっても良いですか。わあ、ホントに機械だあ」

 全身を覆うメタリックな塗装。それでいて滑らかに、まるで人間と同じように動く四肢。表情はないくせに、豊かな感情を表すその声。そして何より、闇の化身とかいう設定がかっこいい。ダークフレイムマスターとか名乗ったら似合いそうだ。決め台詞はもちろん『闇の炎に抱かれて消えろ!』。

「設定、ですか。確かに宗教というのは、ヒトの考えた壮大な設定とも言えます。なるほど、実に興味深い」

 そう言いながら、ガッチャガッチャと関節を動かして見せる人当たりの良いスケルトン 。

「うわあ、やっぱりかっこいい。あれ、でも良いんですか?スケルトンがホーリーネイションの街に近づいて。見つかったら大変な事になりそうですけど」

「はて。ホーリーネイションの街とは一体。ここはテックハンターの拠点ですが」

 不思議そうにするスケルトン。私は門の前にあるオクラン像を指差して、だったらあれは何?と問いかけた。

「なるほど。確かにあれはオクラン像ですが、ホーリーネイションとは何の関係もありません。あれを建てるだけで、ホーリーネイションのパラディンたちは納得して帰っていくのですから、実に扱いやすい。私たちのようなスケルトンがこの街で暮らしている事にさえ気づかない」

 彼の話によると、この街では数人のスケルトンが暮らしていて、ホーリーネイションでは禁忌とされるテクノロジーの研究をしているそうだ。もしそれをホーリーネイションのパラディンに知られると、街ごと滅ぼされかねない。そこで考えられたのが、門の前に像を建てる事で敬虔なオクラン教徒をよそおい、パラディンの目を誤魔化すという方法。実際にパラディンたちは、像を見るだけで納得して深く捜査することもなく帰っていくのだとか。

「そっか、良かった。もしホーリーネイションの街だったら、見つかったらリバースに戻されちゃうところだったわ」

「ふむ。先ほどから街に入ろうとされなかったのは、そういった事情でしたか。ご安心ください、エスコートしますよ。お嬢さん」

 親切なスケルトンにエスコートされ、門を通り抜ける。大きな街だ。酒場が4軒もある。酒好きにはたまらない街だろうな。

「酒場も良いですが、この街に来たなら何といっても、まずはサイエンス本部を見学される事をお勧めします。そこでは多くの研究者が、古代のテクノロジーや歴史の研究をしております。かくいう私も、そこで働く研究者の助手をしているのです。おっと、申し遅れました。私、名前をイヨと申します」

 これはご丁寧にどうも、と私も名前を名乗る。イヨさんはとても親切で、この世界の歴史について色々と語ってくれた。古代の文明がなぜ滅びたのか。それはどんな文明だったのか。一人の研究者として、推論も交えて彼の考えを聞かせてくれる。‥‥‥ひょっとしたら、単に語りたかったのかもなあ。研究者って、そういうの好きそうなイメージだ。

「そういえばイヨさん。現存している刀とかの武器も、ほとんどが過去の遺物らしいですね。‥‥‥今はもう、武器を作ることってできないんですか?」

「いいえ、作れない訳ではありません。確かに過去の鋳造技術は失われ、今残っている技術では大した武具は作れないでしょう。しかし、どうにかして古代の技術を蘇らせることが出来たなら。Edge Typeや、あるいはメイトウと呼ばれる真の業物さえ作り出すことは不可能ではない、と考えております」

「ほ、本当!?」

「ええ。本当です。少し前までは、例え古代の技術を呼び戻したとしても、現代の武具では過去の最高品質の武具には一歩及ばない、というのが我々研究者の通説でした。しかし今では、熟練した職人が正しい知識を元に鋳造した武具は、過去の遺物を完全に再現できる、というのが我々の見解です。‥‥‥もっとも熟練した職人など、もう残ってはおりませんので、証明のしようもない机上の空論なのですが」

 机上の空論、とイヨは謙虚にいうが、それは理論上可能だということだ。

「それでも構わないわ。話を聞かせてくれてありがとう!後でみことに教えてあげなきゃ。あ、そうだもう1つ。古代の技術を蘇らせるのって、どうすればできるの?」

「それを考えるのが、我々研究者なのです。古代の遺跡から見つかった書物や、AIコアと呼ばれる謎の遺品。それらを研究して、どのような技術体系が組まれていたかを考え、それを再現する。それこそが研究者の役目だと自負しております」

「な、なるほど。何だかよくわからないけど、とても大変そうってことは分かったわ。まず古代の遺跡を見つけるだけでも大変そうね」

「はい。もちろん大変です。そしてもし見つけたとしても、気軽に遺跡に踏み入ってはいけません。遺跡には多数の殺人マシンが配備されている場合もありますから、例え歴戦の傭兵であっても無策で挑めば、たちまち屍の山と成り果てるでしょう」

 殺人マシンだって。そんなのがいるのか。機械は悪魔の化身とかいうホーリーネイションの教義は、ひょっとしたらそういう機械兵のことを言っているのかもしれない。

「けれど、方法がないわけではありません。策を弄して彼らを無力化するもよし、見つからないように切り抜けるもよし。何なら単純に腕を磨いて、多数の殺人マシンを一度に相手にできるくらいに強くなってしまうことでも遺跡の探索は可能です。そしてそれを成すのがテックハンター。この街の住人というわけです。遺跡に興味が湧いたなら、今度は酒場のマスターに話を聞いてみると良いでしょう」




第九話まで読んで頂き、ありがとうございます。なお実際のプレイ記録では、修行中に大怪我をしたみことを1人放っておいてすみれが観光を楽しんでいるという流れなのですが‥‥‥いやあ、さすがにそのままでは物語にできなかった(苦笑
なお作中で語られたメイトウ作成についてですが、これは自作modによりエッジ3式まで作成できるようにしてあり、さらに大成功でメイトウが作れるようになっています。やはり鍛治職人RPならメイトウ作りたいですから。では次回第十話、引き続きすみれ視点の一人旅をお楽しみに。


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第10話 ワールドエンド

 イヨさんか。いい人だったな。また今度、お茶でも飲みながらゆっくり話せるといいな。あ、スケルトンってお茶飲むのかしら?

 それはともかく、勧められた通り酒場に向かう‥‥‥と思ったけど、その前にちょっと寄り道。

 サイエンス本部を出てすぐ左手に、弓矢を象った看板のお店があった。レンジャー店というそうだ。弓が売ってるのかな。買うお金はないけど、ちょっと見ていこう。

「ようこそいらっしゃい。うちは冷やかしでも大歓迎だよー。買ってくれるなら超・大歓迎だよー」

「ふふ。面白い店員さんね。ここでは弓を売っているの?」

 そう尋ねると、店員さんはチッチと指を振る仕草をして見せた。

「お嬢さん。今時弓なんて時代遅れもいいとこさ。最近の流行はクロスボウってんだ。こいつさえあれば、棒切れ振り回してる野盗なんざあっという間に蜂の巣さ!」

「クロスボウ?それは弓とどう違うの?見たところ同じように見えるけど」

「もっとちゃんと見ておくれよ。ほらここ、弓にはないトリガーがついてるだろ。力を入れて弓を引かなくても、誰でも簡単に指一本で矢が放てるって寸法さ。初めて使うなら、この『つまようじ』なんてどうだい。単純な構造だから初心者でも連射が効く。値段も安くて入門にぴったりさ」

 最近は武器もいろいろ工夫されてるのね、と陳列されているクロスボウを眺める。構造が単純なものは威力や射程が短いが、その分すぐに次の矢を発射できる。複雑な構造のものは威力が高く射程も長いが、扱い慣れてないと次の矢を準備するのに手間取る事になる。例外もいくつかあるけれど、基本はそういう傾向のようだ。総合的に見て、良い武器だと思う。

「もう少しお金が貯まったら、1つくらい買っておくのもいいかもしれないわね。また来るわ」

「おう!次は何か買ってくれよ」

 レンジャー店を出て。次はどこに寄っていこう。やはり武器繋がりで、武具店を覗いていこうか。

「ようこそいらっしゃい、旅人さん。旅を続けるなら、うちの武器がオススメだよ!」

 このお店でも、いろんな武器を売っていた。大きくて重い武器から、小さくて軽い武器までよりどりみどりだ。

「お客さん、さっき向こうのレンジャー店に寄ってたでしょう?ダメダメ、クロスボウなんてやめときな。あんなの、近寄られたらガードする事すらできないし、矢が尽きたら戦う事もできなくなる欠陥品さ。かと言って大量の矢を持ち運べば、それだけでカバンがいっぱいになっちまう。男なら黙って近接武器だぜ。こいつに限る!」

「あら残念ね。私、女なのよ」

「おっとこいつは一本取られたな。けどお前さん、その腰にさしてるのは刀じゃないのかい?」

 武器屋は私の腰の大苦無を見てそう言った。軽くて使いやすいけれど、決定打にはなりづらい武器だ。

「そうね。安かったからとりあえず買った武器なんだけど、畑を荒らすラプターにさえ勝てなくて困ってたのよ。もっといい武器はないかしら?」

「うーむ。そいつは難しい注文だな。もちろんもっといい武器ならいくらでもあるぜ。だがお前さんが勝てないのは武器のせいってわけじゃなさそうだな。武器ってのは奥が深い。きちんと使いこなせなきゃ、どんな業物だって宝の持ち腐れだ」

「そう。‥‥‥レンジャー店の店員さんは、クロスボウなら誰でも簡単に使いこなせるって言ってたわね。やっぱり私にはクロスボウが良いのかしら」

 そう言って外に目を向ける仕草をすると、武器屋は慌てた様子で言葉を続けた。

「わー、待った待った、最後まで話を聞いてけって。きちんと使いこなすためには訓練あるのみなんだが、その訓練に適した武器ってのもあってな。お前さんの持つ大苦無なんかがまさにそれなんだ。せっかくそんないい武器持ってるんだから、諦めるのは勿体ねえよ」

「へえ。そんなにいい武器なの、これ?錆びてるけど」

 腰に刺した、安物の錆びた大苦無をみる。お世辞にも良い武器には見えない。

「錆びてるかどうかは訓練に関係ねえよ。強くなりたいなら、とにかく何度も繰り返し刀を振るしかない。軽くて小型のその刀はそういった反復練習にちょうど良いのさ。隙が少ないから、ガードした直後に反撃に移ったり、攻撃の後すぐにガードしたりって事もやりやすい。騙されたと思って、もう少しそいつで練習してみたらどうだ、お前さん」

「そこまで言うなら、もう少し頑張ろうかしら。でも変わった店員さんね?新しい武器を勧めるんじゃなく、今の武器で練習しろだなんて。商売にならないんじゃない?」

「そんな事はないさ。お前さんの腕がもっと上達したら、俺も胸を張ってもっと高価で強い、実戦向きの刀を勧められるからな。それに俺はクロスボウってのが嫌いなんだよ。最初に言っただろ、男は黙って近接武器だってな!」

 

 たっぷりウィンドウショッピングを楽しんでいると、時刻はもう正午を過ぎていた。このまま寄り道ばかりしていたら、さすがにみことを心配させてしまいそう。そろそろ酒場のマスターに話を聞きに行くとしよう。

「お邪魔しまーす」

 4軒ある酒場のうち、一番大きなお店に入る。話を聞く前に、とりあえずお酒を注文して。‥‥‥て、安いっ!

「え、すごく安くないっ!?今って何かセールでもしているの?」

「あん?まあ他の街で買うよりはちょっと安いかもな。っても、そんなに驚くような差じゃないはずだが」

 ちょっと安い、なんてものじゃない。例えばグロッグなら集落で買うと693catだが、この酒場で売られているのは481cat。値段に1.4倍以上の差があるのだ。それを伝えると。

「へえ。そりゃすごい。きっとその集落の物価が高いんだろうな。どこの集落か知らないが、交易で一儲けできるんじゃねーか?」

「ええ、そうするわ!ここのお酒、このお金で買えるだけ頂戴!」

「あいよ、毎度あり!」

 財布を空にして、グロッグ7つを購入。そう言えばあの集落では物資が不足してるって話を聞いたような。それで値段が上がってたのかな。

「あとそれと、イヨさんから話を聞いたんだけど、バーテンダーさんは古代の遺跡に詳しいのかしら?」

「おお!イヨさんの紹介だったか。まあ詳しいってほどじゃないさ。フラットランドにいくつか遺跡が点在してるのを知ってるくらいだな」

 フラットランド。確か地図によると、集落の西側に広がる地域がそう呼ばれていたはず。錆び付いた何かの残骸が転がっているのを見かけた。

「その遺跡って、私でも探索できるのかしら?」

「よせよせ、できるわけねーよ。そんな錆び付いた武器に、防御性能なんか期待できないペラッペラの服。遺跡にたどり着けるかさえ怪しいな」

「そう。やっぱりそうよね。変な事言ってごめんなさい。‥‥‥イヨさんから、鍛治をするなら遺跡から見つかる古代の遺物の研究が必要って言われたんだけど、簡単にはいかないわね」

 肩を落としてそう呟く。

「何だ、鍛治がしたいのか?別に刀を打つだけなら、この街に売ってる本で十分だぜ?」

「え!!」

「イヨさんが言ってたのは、高性能な武具を作ろうとした場合の話だろ。性能に妥協するなら、店に売ってる本で十分だ。街の中に家を買って、そこを自分の鍛冶場にしちまえばいい。むしろ刀の材料の鉄板の入手の方が大変だろうな」

「鉄板。そう言えば集落で掘っている鉄は武器になるって言ってたわね。あの鉄鉱石で鉄板が作れるかしら」

「はっは。そりゃ時間と手間をかければ出来ないわけじゃねえけど、賢いやり方とは言えないな。鉄を掘るにも時間がかかるし、その鉄を鉄板に加工するのも大変だ。鍛治の修練には、それこそ何百って数の鉄板が必要になるんだぜ?」

 う。それは確かに大変そう。いくらみことの夢のためとはいえ、何百もの鉄を掘り続けるなんてしたくない。それじゃ召使いの頃と何も変わらないじゃない。

「鉄板を大量に仕入れるなら、都市連合に行くのが一番だな。この街で護衛の傭兵を雇えば道中の危険もないし、あそこなら安くて大量の鉄板が仕入れられる。作った刀を卸す店もたくさんあるし、鍛治を志すなら一度行ってみるのをお勧めするね。‥‥‥ところでここに、ちょうどその都市連合の地図が売ってるわけだが」

「あら商売上手。お酒の交易で稼いだら、傭兵さんを雇って行ってみようかしらね」

「おう!その時はうちで地図も忘れずに買っていきなよ!」

 

 ワールドエンド。大収穫の街だったな。お酒を安く買えたこともそうだけど、何よりも情報が1番の収穫だろう。いろんな話が聞けて、本当によかった。早く集落に戻って、みことに話してあげよう。




第十話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。お酒の値段に関しては、グランエシル氏のmod、Trade Price Overhaulによってバニラから変更されております。旅の目的が増える良modですが、金策がかなり楽になってしまうので万人受けするとは言い切れないかもしれません。ご利用は計画的に。


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第11話 旅支度

 すみれが集落に戻ってきたのは、空が夕焼けに染まり始めた頃だった。そしてそれから、夜遅くまで土産話をたっぷり聞かされた。スケルトンの研究者、イヨの話。そして商売熱心な店員たちの話。どれも面白かった。中でも興味を引いたのが、バーテンダーから聞いたという都市連合の話。鍛治職人になりたいとは言ったものの、何をどうすればいいのか分からなかったのでとても参考になった。

「都市連合か。そこまで行くにはやっぱり、傭兵の力を借りないと厳しそうだな」

「そうね。距離もあるみたいだし、お金で安全が買えるならそれに越したことはないわ」

 それについては俺も賛成だ。身を守る力がない以上は、誰かに守ってもらう他ない。そのためにはお金を惜しむべきではないだろう。あとはそのお金をどう稼ぐかだが、やはりワールドエンドとの交易が良さそうだ。今日すみれが取引した利ざやだけで、交易用バックパックが買えてお釣りまで返ってきた。明日からはこの交易用バックパックを使って朝と夕方の2回、ワールドエンドにお酒を仕入れに行けばいいだろう。元手が増えれば、その分利益もどんどん増えるはずだ。

「それにしても、まさか俺たちが交易で稼ぐことになるなんてなあ。何だか、一端の商人みたいじゃないか」

「そうね。昨日までは鉄を掘ってわずかな日銭を稼ぐだけだったのに。ねえ、交易には私とみこと、どっちが行く?」

「んー。どっちでも構わないけど、交代で行けばいいんじゃないか?朝はすみれで、夕方は俺とか」

「それじゃ、集落に残ってる方はいつもの修行ってことね。ふふ、明日から楽しみ」

 

 翌日。すみれを見送った後すぐに、ラプターの襲撃があった。村の人たちと協力して退治する。パンチ!そしてキック!最初の頃よりは動けるようになってきたと思う。それを門番の姐さんに伝えると、

「え、どこが?まだまだ足手まといでしかないよ?」

 と、真顔で返された。なかなかキビしい。倒したラプターを重りにして、筋トレに励む。

 夕方になると俺がバックパックを背負ってワールドエンドに向かう。すみれの相棒で鍛治職人を目指していると告げると、皆気さくに接してくれた。客引きの仕事の時にも思ったが、すみれには人を寄せつける魅力とか才能とか、そういうのがあるみたいだ。

 

 そんなこんなで、5日が過ぎた。

「ひぃふぅみぃ‥‥‥だいぶ、貯まったわね」

 稼いだ資金を数えて、すみれが満足顔で頷く。俺もそれに頷き返して。

「ああ。これだけあれば大丈夫だろ。明日、明るくなってから出発にしよう」

 およそ4万catと少し。それがこの5日間で稼いだ資金だ。これだけあれば、新天地でもやっていけるだろう。地図を開いて、都市連合の町を確認する。

「長旅になるわね。一番近いのは、ショーバタイって街かしら」

「そうだな。ルートとしては、まずワールドエンドに寄って、そこで傭兵を雇う。そしてそのまま東に進んでショーバタイに向かう事になるかな」

「そうね。ワールドエンドに寄ったついでに、サケも買えるだけ買っていきましょう。都市連合では、サケが高く売れるらしいわ。あと真珠製品や高級品も」

 いろいろな街の事情に詳しいテックハンターから聞いたのだと、得意げにすみれが話してくれる。

「それは構わないが、その話は信用して大丈夫なのか?騙されてる可能性もあるんだし、多少は現金で残しとかないか?」

「んー、もし騙されてたとしても集落に戻ってくれば、買値以上の値がつくんだし、そこまで心配いらないと思うけど。どうしても心配なら4000catほど残しておきましょうか」

 ちなみに4000catというのは傭兵を雇い入れることのできる最低金額だ。つまり4000catあれば旅を続けることも、この集落に戻ってくることも自由にできるという事。

「よし賛成!それじゃ今日は、世話になった集落の皆に挨拶して、それが終わったら明日に備えて早めに休むとしようか」

 

 俺たちはまず、酒場に向かった。

「へえ。都市連合に行っちまうのか。そりゃ寂しくなるな」

 おっちゃんがグラスに酒を注ぎながらそう言う。

「ホントだよー。毎日畑を耕してラプターを退治するだけの毎日が、2人のおかげですごく賑やかになったんだからっ」

 相席することの多かった住民の女の子がそれに続いた。

「別にこのまま、2人ともこの集落に住んでも構わないんじゃないか。食うに困らない生活どころか、今の交易業で稼ぎ続ければすぐに最高品質の刀だって買えるようになるだろ。わざわざ鍛治職人なんて目指すより、そっちの方がずっと楽だぜ?」

 まあ、そうだ。おっちゃんの言葉に、俺も頷く。

「そうだな。売ってるものを買ったほうが楽だし、手っ取り早い。でも、それでも俺は自分で武器を作ってみたい。誰かに用意されたモノを消費するだけじゃない、モノを作る側ってのに興味があるんだ」

「そうね。私も他人が作った武器よりも、みことが私のために作ってくれた武器の方がいいわ」

 俺たちの言葉におっちゃんは、呆れたようにため息をついた。

「はあー。わっかんねえな。そんな理由で、わざわざ都市連合まで旅に出ようなんて」

「俺たちにとっては、十分すぎる理由さ。なぜなら‥‥‥それこそがkenshiだから」

 胸を張ってそう答えると、おっちゃんは仕方ないなと諦めた表情で。

「そうかい。kenshiならしょうがねえな。またいつか戻ってこいよ。途中で野垂れ死ぬんじゃねえぞ」

 続いてよく相席してた女の子も。

「戻ってきた時は、土産話を聞かせてね。楽しみにしてるからっ」

 そう言って手を出して握手を求めてきた。もちろん俺もすみれも、彼らの手を取って。

「ああ。世話になった恩は忘れないよ。必ず戻ってくる」

 そうして俺たちは、しっかりと握手を交わした。

 

 続いて門番の姐さん。

「今までお世話になりました、姐さん!」

「私も姐さんの手ほどきのお陰で、少しは戦いのコツが分かってきたみたい。本当にありがとう、姐さん!」

 今までの感謝を伝えるつもりで丁寧に挨拶してみたが、何故か姐さんは微妙に眉をしかめていた。

「‥‥‥そうかい、どういたしまして。ところで前にも言った気がするが、その『姐さん』はどうにかならないかい?あたしとしちゃ、もっとこう、『お姉ちゃん』とかの方がテンション上がるんだが」

 うーむ。絶望的に似合わない気がするが、最後なんだしちょっとくらいいいか。

「ええと‥‥‥ありがとう。お姉ちゃん」

「っっっ!!!」

 急に姐さん‥‥‥いや今はお姉ちゃんか。お姉ちゃんは顔を押さえてうずくまってしまった。

「?どうしたんだ、お姉ちゃん?」

「お、おおおぅ‥‥‥思ったより破壊力がすごい、これがショタっ子、はぁはぁ」

「え、ちょっと。お姉ちゃん?」

 心配して声をかける、その俺の肩にすみれの手が乗せられた。

「みこと、ダメよ。もうそれ以上、その人をお姉ちゃんと呼んではいけないわ」

「ん?まあ確かに全然似合わないけど。最後だしそれくらいいいかなーって」

 ぐっと、肩に置かれた手に力が込められる。んでもってすごい真剣な目で見つめられてる!

「いいえ。ダメよ、絶対に」

「お、おお?まあ俺も姐さんの方が呼びやすいし構わんが‥‥‥姐さん?」

 姐さんもその呼び方で構わないかなと確認するように尋ねる。

「あ、ああ。そっちで頼む。思わず濡れ‥‥‥いやなんでもない。旅の無事を祈ってるよ」

 ‥‥‥。姐さんの知らなかった一面というか、知りたくなかった一面を知ってしまったような気がする。さらっと話題を変えてしまおう。

「さて、最後はモールさんにも挨拶しておくか。モールさんはいつもの本部にいるのかな?」

「いや、今日は朝早くから避難小屋に出かけてたな。掃除用具と新しい衣類持って、『今度こそ誰かに使ってもらえるように、ピカピカにお掃除しちゃうぞー』って張り切ってたなあ」

 ‥‥‥あの人らしいな。俺たちが初めて避難小屋を訪れた時もホコリひとつ、蜘蛛の巣ひとつなかった。だからこそ民家と間違えたわけだが。‥‥‥いい人なんだけどなあ。

「わかった、ありがとう。ちょっと行ってくるよ」

 俺たちは門を抜け、そのまま避難小屋まで向かう事にした。



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第12話 モール

 森を抜けて川を渡り、避難小屋へ。数日前に立ち寄った小屋が、ずいぶん懐かしいものに思えた。ノックをして中に入る。

「入りますよー。モールさん、います?」

「わっ、いらっしゃ‥‥‥ってなんだ。君たちか」

 小屋の中では、集落のリーダーであるモールさんが楽しそうに掃除をしていた。

「出来立てのお料理に、おろしたてのお洋服。それにピカピカのベッド!今回こそきっと使ってもらえるよね!ここを見つけた避難民、きっと喜んでくれるだろうなあ」

 にっこにこ顔のモールさん。今日もいい仕事をしたぜ、とでも言いたそうな、充実感溢れる笑顔である。

「あ、あのー。モールさん?実に言いにくいんだが、それ逆効果だと思うぞ?」

「ええっ!?ど、どうして?こんなに素敵な場所なのに!」

「素敵すぎるというか。どうみても人が住んでる民家なんだよ。躊躇いもせずに中の物を持っていくやつなんて、野盗かゴロツキくらいだぜ?」

 ちなみに、すみれはバツが悪そうにして窓の外を見てた。

「そんなハズないよー。だってほら、ちゃんと注意書きもしてあるし」

「注意書き?そんなのあったっけ?」

「あるってば。ほらここ。『これを読んでいるのは、リバース鉱山から命からがら逃げられた運のいい方でしょう。ここはそういった方々が休み、回復するための避難所です。食料、枷を外す工具、ベッドと簡単な衣服があるはずです。ご幸運を。』って書いてあるでしょ?」

 部屋の隅っこにある樽の底から、そんなメモを引っ張り出してきたモールさん。え、なんで樽から。普通はもっとこう、テーブルとか目立つ場所にさ?モールさんが自信満々すぎて俺の感性の方がズレてるのではと不安になってくるが、俺間違ってないよね?普通、そういう注意書きは樽の底に入れたりしないよね?

「‥‥‥」

「ふっふっふ。私の正しさの前に、ぐぅの音も出ないようね?つまり私は間違ってない!私は正しかった!」

 勝ち誇るモールさんのことはおいといて。メモの場所以外にも気になる事があったので、俺はすみれに聞いてみる。

「なあすみれ。この注意書き、読めたか?」

「え?文字なんて読めるわけないでしょ。こっちは朝から晩まで石ばっか掘ってる召使いだったのよ?」

「だよなあ。ちなみに俺も読めん」

「‥‥‥ダメじゃん」

 モールさんは相変わらず上機嫌に、テーブルにお酒なんか並べてる。間違いなくいい人ではあるんだよなあ。そんな残念すぎるモールさんが、ふと思いついたように顔を上げて振り向いた。

「ねえみことくん、それにすみれちゃん。君たち浮浪忍者の一員になる気はない?」

「え、俺たちが、ですか?」

「そうそう。君たちだってホーリーネイションの事、嫌いでしょ?っていうか嫌いだよね!嫌ってなきゃおかしい!」

「あ、はは」

 俺はそこまで酷い扱いされてたわけじゃないし、実を言うとそこまで「ええ、大っ嫌いだわ」‥‥‥そうか。すみれはそうだよな。目がマジだった。

「だよね!私たちは今でこそ集落に隠れて力を蓄える事しかできない、小さな組織。でもいつかはホーリーネイションを追い出して、故郷を取り戻したいと願っているの。なにも今すぐとは言わないわ。あなた達の夢が叶ってからで構わない。大陸最高の鍛治職人と最強の剣士が手を貸してくれるなら、こんなに頼もしい事はないもの」

 まあ、集落の皆には世話になったし、俺たちにできる事があるならしてあげたい。すみれも同じ気持ちのようで、モールさんの言葉に即答していた。

「ええ、私たちで役に立てるならなんでも言ってください」

「と言っても、夢が叶うのがいつになるのか、そもそも本当に叶えられるのかも分からない。はっきりと約束できないのが辛いとこだな」

 頭をかきながら、自重気味に呟く俺。水をさされて気を悪くしたかなと思ったが、モールさんは全然気にした素振りも見せずに頷いてくれた。

「うん、それで構わないよ。そもそもこの世界に、はっきり約束された未来なんて存在しない。だから、今はその気持ちだけで十分だよ。‥‥‥それで、今日は別れの挨拶に来てくれたのかな?」

 あ、そうだ。その為にここまで来たんだっけ。危うく忘れるところだった。

「そう、そうだった。明日集落を出て、都市連合に向かう事にしたんだ。そこでなら安くて大量の鉄板を仕入れる事ができるから、鍛治の修行が捗るって聞いてね」

「安くて大量の鉄板?‥‥‥ああ、なるほど」

 呟くモールさん。その表情に、一瞬だけ影のようなものを感じた。気のせいだろうか。

「モールさん?」

「あ、ううん。なんでもないよ。鍛治の修行に必要なんだもんね。うん、行ってらっしゃい」

 なんでもない、という割には、少し無理して作ったような笑顔だった。その表情の意味を俺たちが知るのは、もうしばらく後の事である。

 

 

 

 翌朝。洗濯したての服に身を包んだすみれは、長い髪を櫛でとかしていた。

「それにしても伸びたなあ。ずいぶん早くないか?」

 腰まで届きそうなその髪を見てそう呟く。嘘みたいだろ、一週間前までハゲだったんだぜ、これ。すみれの名誉のために今まで一切触れてこなかったけど。

「ワールドエンドのイヨさんからもらった育毛剤の効果かもね。テックハンターが遺跡で拾ってきたらしいんだけど、スケルトンだと使えないから被験体になってくれって頼まれて」

 育毛剤の被検体ねえ。ロストテクノロジーによって作られた謎の育毛剤ってちょっと怖いな。副作用とかないだろうか。そんな心配が顔に出てたのかもしれない。安心して、とすみれは言った。

「この育毛剤、形成外科医の間ではけっこう流通してる物らしいわ。いろんな街で実際に使われてるらしいけど、副作用の報告は今のところ何もないってさ」

「そ、そうか。最近の形成外科医って、育毛もするんだな‥‥‥知らなかったぜ」

「種族と性別以外なら、割となんでも好きに変えれるみたい。名前だって変えられるみたいよ?」

「すげえな形成外科医!」

 それはもう形成外科医じゃないだろう。いや本人が形成外科医って名乗ってる以上は形成外科医なのか?世界は広いな。

「さて、私はもう準備できたけど、みことは?もう行ける?」

「ああ。それじゃ行こうか。いざ都市連合に!」

 寝泊りしていた食堂の二階。そこから階段を降りて門まで歩く。

 門の前には、皆が見送りに来てくれていた。門番の姐さん。食堂のおっちゃん。モールさん。そして食堂でよく相席していた女の子。

 寂しそうにしていたり、心配そうな顔をされたり、豪快に背中を叩いて心配すんなと快活に笑い飛ばしてくれたり。皆それぞれ異なる表情で、けれど口を揃えて。

「行ってらっしゃい」

 そう、言ってくれた。だから俺とすみれも、揃って答える。

 

「「ああ、行ってきます!」」

 

 

 

 2人が去った方角を、しばらくモールは見つめていた。そんなモールにささやく女の子。

「行っちゃいましたね、2人とも」

 女の子の名前は、ピア。食堂でよくあの2人と相席していた子だ。

「そうだね。‥‥‥ひょっとして、ついて行きたかったんじゃない?あの2人とずいぶん仲良くしてたもんね」

「うん。‥‥‥でも、無理だよ。私はバウンティハンターになんて。賞金稼ぎになんてなれないから」

 どうして?と首を傾げて問うモールを睨みつけるようにして、ピアは言葉を続けた。

「そんなのっ!そんなの言わなくても分かるでしょう!モールさんが!あなたが高額賞金首だからに決まってるじゃないっ!」

「あー。そういえばそうだったかな。てへっ」

「てへっじゃ無いですっ!モールさんの首を狙って、今まで何人の賞金稼ぎが襲ってきたと思ってるんですかっ!?」

 まるで自分のことのように怒りだすピアと、どうしたものかと困惑顔のモール。

「私は、賞金稼ぎって奴らが嫌いですっ。自分の利益のために、平気で刃を血で染めるあいつらが憎いですっ!」

「ピア。気持ちは嬉しいけど、それは仕方ないよ。自分の幸せを追い求めるのが、人間だから。他人を気遣えるほど強い人間なんて、そんなに多くない」

 諭すような響きのモールの声。

「そ、そうかも知れませんけど。でもモールさんは違うじゃないですかっ!いつも他人のことばっかり気にして、自分のことは後回しにして。そんなモールさんが命を狙われなきゃいけないなんて、やっぱり納得できませんっ」

「違わないって。私だって、昔は弱かったもの。弱くて、自分のことだけで精一杯だった。精一杯自分のために頑張って生きて、そうしてようやく、周囲に手を差し伸べられるようになったの。きっとあの子たちも‥‥‥ううん。皆、誰だってそうなんだと思う」

 あの子たち、とはすみれとみことの事を言っているのだろう。ピアも去り際の2人の顔を思い出しながら言う。

「あの2人は、まだ何も知らない。何も分かってない。悪い奴が賞金首になるんじゃない、都合の悪い人物が賞金をかけられるの。‥‥‥ねえ。もしあの2人とまた会う日が来るとしたら。それは友人としてかな。それとも、賞金稼ぎとしてかな」

 泣きそうな顔をするピアを安心させるように、モールはその髪をそっと撫でた。

「大丈夫。あの子たちは強くなるよ、きっと。そんじょそこらのケチな賞金稼ぎじゃない、大陸最強の剣士として戻ってきてくれる。だから、大丈夫」

「‥‥‥うん」




十二話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。実は原作のモールさんはもっと凛々しい姉御肌なキャラとして描かれているのですが、この小説では天然お姉さんとしてキャラ付けされています。理由としては、姉御キャラが門番さんとかぶること、それと筆者から見たモールさんの第一印象があの避難小屋のせいでおバカキャラで固定されてしまったせいですかね。「こんなの私の好きなモールさんじゃないやいっ!」とお怒りの方もいらっしゃるとは思いますが、舌打ちをグッと堪えてこういう世界線もあるんだなーと納得してください。
 あと次回の話は再び幕間の物語となります。いつもの2人はお休みです。


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幕間 もう1つの冒険

「パパの馬鹿」

 悪態をつきながら1人、歩き続ける。私のパパはとても厳しい。ちょっと失敗しただけで、すぐ暴力を振るう。ホーリーネイションでは、別に珍しい話でもない。でも、だからと言ってはいそうですかと殴られ続けていられるほど、私はお利口さんじゃない。

 特に我慢できなかったのは昨日の出来事だ。私だけでなく、私の友達にまで酷い事を。私を庇おうとした男の子が、リバースに送られた。昨日の出来事はすぐに噂となって町中に広がるだろう。そうしたら、もうこの町で私の味方になってくれる人はいなくなる。だって、パパに逆らったらリバース送りなんだから。それくらい、パパは町で権力を持つ人だった。

 だから、家を出た。もうパパにもこの町にも、未練なんてない。行き先は、都市連合がいいかな。そこはお金さえあれば、誰もが幸せに暮らせる国だと聞く。ホーリーネイションとは大違いだ。幸い、私の家にはお金があった。裕福な家庭だったのだ。家出する時にお金になりそうなものをたっぷりバッグに詰めてきたから、これで私も幸せに暮らせるはず。都市連合、どんな国なんだろう。素敵な想像が膨らむ。

 噂通りなら、男も女も、ヒトも亜人も皆が平等で、等しく幸せになる権利がある国。そこではハイブと呼ばれる亜人が将軍職につき、シェクが貴族として民を治めているそうだ。だったら、私も家から持ってきたこのお金で貴族の仲間に。ふふふ。

 いろんな妄想をしながら歩いていると、立派な要塞が見えてきた。ホーリーネイションが所有する最大の砦、『オクランの盾』。この砦を越えると、その先はもう都市連合の領土だ。思ったより早く着いたな、と思っていると。

「止まれ。バッグの中身を見せてもらおう」

 要塞を守ってる守衛に呼び止められた。

「‥‥‥なぜ?」

「密輸チェックさ。怪しいやつはチェックしないと通さないことになってるんでね」

 しまった。バッグの中には家から持ってきたブラッドラムが。確か禁制品だったような。なんとか誤魔化さないとマズい。

「怪しいやつって、まさか私のこと?失礼ね、私のようないたいけな子供のどこが怪しいのよ?」

「子供がたった1人で歩いてるんだ、どう考えたって怪しいさ。さあ荷物を見せろ。何も問題なければ通してやる」

 う。なかなか鋭い。ええい、この手は使いたくなかったけど仕方ないっ、伝家の宝刀、親の七光!

「ふんっ、いーわよ、見たけりゃ見ればいいでしょ!その代わりパパに言いつけてやるんだから。私のパパは偉いのよ?スタックで領主やってる、上級審問官なんだからっ!」

 私のバッグに手をかけようとした守衛の、その手が止まった。よしっ!

「ほらどうしたの?早くチェックしなさいよ。この私を不審者扱いした挙句、荷物まで漁られたってパパに言ってやるんだからっ!」

 守衛たちは完全に腰が引けていた。そーっとバッグから手を離すと、恐る恐ると言った様子で聞いてくる。

「あ、あのー。お嬢さん、お名前は?」

「シェリーよ」

 名前を名乗ると、守衛たちは互いに顔を見合わせ、頷きあって。

「こっ、これは失礼しました!どうぞお通りください。後、お父様にはどうか‥‥‥」

「ええ。もちろん分かってるわ。それじゃね」

 ふっ、チョロい。守衛たちの間を抜けて悠々と歩き去る。これで後は都市連合までまっすぐに‥‥‥と思いきや。

「大したお嬢さんじゃねーか。肝が座ってやがる」

 私の行く手を阻むように、1人の男が立ち塞がっていた。他の守衛とは明らかに気配が違う。審問官だろうか。けど例え審問官だって、パパの名前を出せば。

「な、何よ。邪魔する気?言っとくけど私のパパはね」

「上級審問官セタ、だろ?知ってるよ、シェリーお嬢さん。ああ、ちなみに俺はヴァルテナってんだ。よろしくな」

 ヴァルテナ。その名前を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になったような錯覚に襲われた。

 ここホーリーネイションにおいて、パパの七光が通用しない人物が2人だけいる。1人は皇帝フェニックス、そしてもう1人が目の前のこの人だ。上級審問官ヴァルテナ。ホーリーネイションの最高幹部の1人で、パパと同格の扱いを受ける人。

「だ、だったら何?あんたも私の荷物が見たいの?」

 バッグを抱き寄せるようにギュッと握りしめる私。

「アホか。子供の荷物になんか興味ねーっつーの。そんなことより、この先は1人じゃ危ないぜ?家出だかなんだか知らないが、進む気ならそこのバーで傭兵雇っていきな」

「え、え?傭兵?」

 そこのバー、と言って示されたのは、要塞内に建てられたバーだった。ちょうど今、そこに傭兵が寄っているという。

「え。それって、行かせてくれるってこと?家出だって分かってるのに?」

「他人の家庭の事情に口出しするほど野暮じゃねーよ。たださすがに見殺しには出来ねえ。この先はスキムサンドって言ってな。恐ろしいバケモンがウヨウヨいるんだ。まあ恐ろしいって言っても、俺様の敵じゃねーけどな!そんなわけで、あんたみたいなお嬢さんを護衛もなしに通すわけにはいかねえってこった。分かったらさっさと傭兵、雇ってこい」

 さすがにそう言われると、1人で進むのは怖くなってくる。素直にバーに向かうことにした。

「すいませーん。ここに傭兵さんっていますか?」

 バーに入り開口一番にそう尋ねると、体格のいい男たちが「おうっ、仕事の依頼かい?」と陽気に手を振ってきた。

「スキムサンドを超えて都市連合まで行きたいの。護衛をお願いできる?」

「おうっ、なんの問題もねえよ。任せときな!」

 そうして私は、5人の護衛を連れてオクランの盾を抜けたのだった。

 

 

 

 スキムサンドはヴァルテナから聞いた通り、まさにバケモノの巣だった。スキマーと呼ばれるモンスターが群れをなして襲ってくるのだ。

「きゃあっ。ま、また来てる!傭兵さん、こっちこっち!」

「チッ。次から次へと!」

 全身ボロボロになりながら、それでも雇った傭兵たちはスキマーに向かって剣を振る。けれど、全身怪我だらけで今にも倒れそうだ。別に傭兵が弱いわけではない。その証拠に、周囲には既に10匹を越えるスキマーの死体が散乱していた。敵の数が多すぎるのだ。歴戦の傭兵といえど、休む暇もなく戦い続ければいつかは限界が来る。

「おい、やべえぞ!アレックスが倒れた!」

 声がする方に視線を向ければ、傭兵が1人、地面に伏していた。傭兵、残り4人。アレックスと呼ばれた者と戦っていたスキマーが、別の傭兵に襲いかかる。

「マジかよ。2匹同時に相手しろってか。ぐあっ」

 また1人、傭兵が倒れた。残り3人。彼らが倒れたら、私は誰に守ってもらえば。

「そ、そんな。頑張って!頑張ってよ!お金なら倍払ってもいいから!」

 そんな私の声に応える声は、思わぬ方向から聞こえた。

「おい今の聞いたか?あの嬢ちゃん、金持ってるらしいぜ?」

「護衛は‥‥‥ははっ、スキマーに襲われてやがる!こりゃ大チャンスじゃねーか?」

 声がする方を振り返れば、クワなどで武装した痩せこけた農民。もしかして、助けにきてくれた?うん。きっとそうだ。私がお金を持ってるって分かったから、助けて謝礼を要求するつもりなんだろう。もちろん願ったり叶ったりだ。謝礼は弾むから早く助け「‥‥‥させるかよっ!」て。‥‥‥え?

 ガキンっ!という金属音と共に、傭兵の剣と農民のクワが打ち合う。

「邪魔すんじゃねえ、この死に損ないがっ!」

「生憎こっちにもプライドがあるんでね。反乱農民ごときにやられるわけにいくかっての!」

 え。なんで。なんでこの人たち、戦ってるの?というかこの農民さん、クワで私を殴ろうとしてた?なぜ。

 わからない。だって目の前で人が倒れてるのに。モンスターが人を襲ってるのに。なのに、逃げるわけでも、モンスターに立ち向かうわけでもなく、どうして人同士で争い始めるのだろう。都市連合は、お金さえあれば誰もが幸せに暮らせる国ではなかったのか。いつの間にか立ってる傭兵さんは、残り1人になっていた。

「逃げろ!悪いがこれ以上もちそうに無いっ!お嬢ちゃんだけでも走って逃げるんだ!」

「そ、そんなのダメ!私だけ逃げるなんて、そんなの出来るわけないじゃないっ」

 もちろん護衛なしでこの先逃げ切れるか不安というのもある。けれど、命がけで私を守ってくれた人を、こんな危険な場所に置いていくなんてできるわけがない。私はその傭兵さんに走り寄ろうとして。

「逃げろってんだよ!お前が来たところで、死体が1個増えるだけだろうが!せめて最期くらい、『いい仕事したぜ』って笑っていたいんだ、俺は!」

「う、あ‥‥‥」

 傭兵さんが叫んで静止する。目の前が赤く染まる。農民が血を噴いて倒れ、傭兵は血だらけになりつつも剣を振るう。無傷の者なんて、もうこの場には1人もいなかった。ただ、私を除いては。

「う、うわあああああっ!」

 逃げた。逃げたくないのに、逃げるしかなかった。そこから先は、あまりはっきり覚えていない。

 

 ようやく都市連合の町に辿り着いた頃には、心身ともにヘトヘトだった。そこはこの大陸の端の街、バーク。これ以上先に進むと、そこは海だ。綺麗な洋服も、砂と汗と涙でボロボロになっていた。そのせいで逃亡奴隷と間違えられて襲われたり、奴隷狩りから逃げ切った先では再びスキマーに襲われたりと散々な日々が続いた。最初は新たに傭兵を雇って守ってもらっていたが、そんな生活が数ヶ月も続くと、たっぷりあったお金もやがて底をついた。

 この都市連合で生き抜くためには、か弱いお嬢様のままじゃダメなんだ。もっと強くならないと、生きていけない。そう考えた私は、弱い自分に別れを告げるため、形成外科医を尋ねた。長かった髪はバッサリ切ってショートにして、ついでに髪色も赤く染めてもらった。ああそうだ、せっかくだし名前も変えよう。髪の色にちなんで『レッド』なんていいな。それから私は、他人にナメられないように、自分のことを『私』ではなく『オレ』と呼ぶようにした。完全にお金が尽きた後は、スリや死体漁りを続けてなんとか生き抜いてきた。そんな生活を何年も続けた先の、ある朝。

 見慣れない旅行者が、このバークに来ていた。腰まで伸びる長い髪の女が、1人であちこちの店を回って楽しそうにしている。カモだ、と思った。

「‥‥‥おっとゴメンよ」

 その女にぶつかって、お金をすりとった。

 

 

 この出会いをきっかけに、私の人生が大きく動き出す事になるなどとは、まだ知る由もなかった。




 幕間の物語、読んでいただいた方ありがとうございます。レッドさんは治療時の固有セリフが好きで、毎回雇ってしまいます。ちなみにオクランの盾はmitoya_fx氏のmod、Extended City - Okran's Shieldによって大きくパワーアップしております。砦の中に酒場があるのもその影響ですね。


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第13話 都市連合への道

「はい、4000cat。それじゃ2日間の護衛、よろしくお願いしますね」

「おうっ、バッチリ守ってやっから安心しな!」

 俺とすみれは、まずワールドエンドで傭兵を雇った。顔に深い傷のある、いかにも傭兵っぽいお兄さんだ。そのお兄さんをはじめとして、合計4人が護衛になってくれた。これで最低限の備えはできたかな。

「それじゃ、余ったお金で交易用のサケを買い込んでくるわね」

「ああ、頼む。さて都市連合へ向かうルートだけど‥‥‥傭兵さんから見て、オススメのルートってある?」

 旅慣れてそうな傭兵さんにそう尋ねてみる。

「そうだなあ。ルートは2つある。一つはバスト地方を通ってドリンって町を中継地点にして、そのまま東に抜ける南ルート。んでもう1つはシンクン地方からバスティオン砦を中継していく北ルートだ。おすすめは南だな」

 傭兵さんが地図を指でなぞりながらそう教えてくれる。

「北だと、何か問題が?」

「ああ。北はカニバルっていう人食いどもが彷徨いてるのさ。こいつらはとにかく数が多くてな。群れで獲物を襲ってくる。それに対するこっちはたったの4人だ。どう頑張ったって、依頼人であるあんたらにも矛先が向かっちまう。俺たちが助けに向かうまで持ち堪えてくれりゃそれでいいんだが、万一持ち堪えられなきゃ、その時はカニバルの腹の中さ。リスクが高すぎる」

 なるほど。北側から海を眺めてピクニック、とはいかないわけだ。ちょっと残念。

「まあ南は南で、紛争地帯を抜けることになるからな。安全とも言い切れないが、俺たちがいればどうにかなるさ」

「そりゃ頼もしいな。頼りにしてるよ、傭兵さん」

 そこにバックパックに大量のサケを詰め込んだすみれも戻ってきた。

「ただいま。話はまとまった?」

「ああ、南側から行こうって話に‥‥‥って、これまたずいぶん買い込んだな。2人で半分ずつ持っても結構な重さなんじゃないか?」

 ワールドエンドには酒場が4軒ある。どうやらその全てを回ってサケを買い込んできたようだ。これを抱えて走るのは、結構しんどいかもしれない。

「まあ護衛も雇ってるわけだし、大丈夫でしょ。ちゃんと町に着いたら、傭兵さんにも1本あげるわね。チップ代わりに」

「はは。気持ちは嬉しいが遠慮しとくよ。護衛の報酬は、ギルドによってきっちり管理されてるのさ。1日2000cat、これ以上でも以下でもダメ。ギルド内で仕事の奪い合いを起こさないための配慮ってやつだな」

「あら。つまんないわね」

 ちょっとイジけたような顔をしてみせるすみれ。傭兵っていえばルールに縛られない荒くれ者ってイメージが強かったんだが、案外そうでもないようだ。むしろ律儀とも言える。やはり信用が大事な商売だと、ルールを尊重しないとやっていけないのかもしれない。

「んじゃ、準備も整ったし、出発するか」

 

 ワールドエンドを出て、東へ。途中で雑談なども交えながら、のんびり進む。俺たちがリバースの脱走劇を語って聞かせれば、傭兵たちは過去の武勇伝を語ってくれた。

「この顔のキズはな、昔スキムサンドで暴れた時のもんさ。まだ傭兵として駆け出しだった俺達は護衛依頼の途中、スキマーの大群に襲われたのさ。そこに反乱農民の奴らも乱入してきて三つ巴の大乱闘ってわけよ。仲間が次々と倒れる中で、どうにか依頼人だけは無傷でそこから逃すことができた。あれはアツかったなー」

 しみじみと語る傭兵さん。そんな彼に、別の傭兵からツッコミが入る。

「なーにが『あれはアツかった』だ。お前は一番最初に気絶してただろうが、アレックス。反乱農民と戦ったのも依頼人を逃したのも隊長だろうが」

「わー、何バラしてるんですか先輩!いいじゃないですか、ちょっとくらい見栄はったって」

「良いわけないだろ。隊長の手柄をまるで自分のことのように話すその態度が気にくわん。俺はあの時手足をやられて動けなかったが、意識だけはあったんだ。隊長は最期までかっこいい、男の中の男だったぜ‥‥‥」

 ん。その口ぶりだと、その時活躍した隊長って。でも聞いていいのかな。表情だけで尋ねてみる。

「ああ、その戦いで最後まで立ってたのは隊長だった。その後隊長はボロボロの体を引きずりながら、俺たち4人の怪我の治療をしていったのさ。自分の方がボロボロのくせに、自分の治療は後回しにしてな。そして4人目の治療を終えた後、まるで力つきたように倒れ込んだんだ。『我が生涯に一片の悔い無し!』って言わんばかりの、壮絶な最期だったぜ。お前らにも見せてやりたかったなあ」

「‥‥‥いや、見たくねーよ、そんな壮絶な死に様」

 そんな会話をしながら歩いて、バスト地方に入る。だんだんと植物の数が減ってきて、痩せた木々がまばらに生えているだけの景色に変わっていた。瓦礫の山‥‥‥昔はそれなりの村だった面影を残すその残骸の側を通り過ぎる。それを見てすみれが言った。

「なんだか、寂しい場所ね。ここ」

 同感だった。この地方に入ってから俺たちが目にしたのは、痩せた木と瓦礫くらいだ。傭兵さんがその瓦礫について語ってくれた。

「この地域は、昔は広大な穀物地帯だったんだ。都市連合で暮らす人々の食べる食糧を、この地で作っていた。そこをホーリーネイションの奴らが襲撃して、この辺り一帯の村々を焼き払ってこのザマさ。おかげで都市連合の人々は満足に食糧を手に入れることができなくなった。奴隷でも使わない限りはな」

 そうして夕方まで歩き続けて、唐突に傭兵さんが言った。

「ほら、到着だ。ここがドリンの町だ」

「へ?」

 思わず間の抜けた声を出す俺。ここ、と言われても、眼前に広がるのはボロボロになった城壁の残骸。かつては城壁に守られた立派な都市だったのかもしれないが、今は廃墟じゃないか?そう言って傭兵さんを振り返ると。

「廃墟なもんか。今だってちゃんと門番の侍が守ってる、立派な町さ」

 ほら、と示された方角を見ると、確かに侍が門だった物の残骸を守ってた。‥‥‥壊れた壁の隙間からいくらでも出入りできるんだけど、あの人たちは何を守っているのだろう。見ているとなんだかやるせない気持ちになってくるので、俺たちは何となくその門だったはずの場所から町に入る。町の中の建物はほとんど壊されていたけれど、無事な建物も3軒だけあった。侍の兵舎が2つと、酒場が1つだ。兵舎に用はないので、当然酒場に向かう。せっかくだしワールドエンドで仕入れたサケを売り捌いておこう。

「こんなボロボロの町でも、酒場はあるのね。というか、酒場くらいしかないけど。こんにちはー、お酒買ってくださいなー」

 すみれがさりげなく町をディスりながら酒場の門をくぐる。俺と傭兵たちもそれに続いた。

「あいよ、どうもね‥‥‥って、すごい量のサケだねこれは。いくらなんでも、これ全部は買い取れないよ。店の金庫の金が空になっちまう。まあ夜になったら侍さんが酒盛り始めてくれるから、明日の昼ごろにまた買い取らせてもらえるかい?」

 恰幅の良いおばちゃんの店員がそういうのでとりあえず買い取ってもらえる分だけ売った。1本で960catである。仕入れ値のほぼ2倍だ。噂に聞いた通り、こっちではサケはかなり高額で取引されているようだ。売り切れなかった残りはどうしようかな。傭兵さんの雇用期限の問題もあるし、できれば朝には出発したいのだけど。

「おや、それなら仕方ないねえ。じゃあ残りは、この先の大きな街で売るといいよ。そんで嬢ちゃん、今日は酒を売りに来ただけかい?なんか食べていきなよ」

 そんなわけで傭兵さん達と一緒に食事。せっかく稼げたのだから贅沢に‥‥‥とも思ったのだけど、店の在庫はパンとドライミートしか売ってなかった。あ、いやもう1つあった。噛み棒というよく分からないが、サボテンから作ったとされる食料も並んでいる。一見しただけでは食料と分からなかったが、どうやらこれも食べれるようだ。

「パンとドライミートと噛み棒。どれもあまりパッとしないというか‥‥‥」

「私はドライミートね!やっぱりお肉よ。それほどお腹は膨れないけど、やっぱりお肉は満足感があるもの」

 すみれはそう言ってドライミートを購入していた。傭兵たちもそれぞれパンやドライミートを購入していて、噛み棒は誰も注文しなかった。‥‥‥こうなってくると逆に気になってくるな、噛み棒。

「あー、じゃあ俺はこの噛み棒ってやつ、頂戴」

 店員のおばちゃんが、「え、ホントにこれでいいのかい?」みたいな顔で見てきたのがすごく気になる。そんなにヒドい味なのだろうか。いや大丈夫だ、こっちは長年の召使い生活で、不味い飯に対する耐性は他の人よりあるんだ。都市連合の金持ちからしたらヒドい味なのかもしれないが、俺なら大抵の物は食べれる自信がある。パクッとそれに齧り付いた。

「ど、どう?みこと、美味しい?」

 味が気になるのか、すみれが身を乗り出して聞いてくる。

「美味しくはない、かな。硬いサボテンを水でふやかせる事で、無理やりどうにか食えるようにしたって感じだ。ああでも、『干し魚の尻尾』よりは美味しいかも」

「ああ、なんだ。それだったら全然食べれるわね。心配して損しちゃった」

「だな。ドライミートに飽きたらこれもアリだと思うぜ」

 そんな会話をしながら食事を楽しむ俺たちを、傭兵さんたちが遠くからなんとも言えない表情で見守るのだった。

 

 食事を終えて、そのまま酒場の2Fで朝まで休むことに。集落でもそうだったが、酒場の2Fが宿屋を兼ねているのはわりと一般的なスタイルのようだ。初めての長旅で疲れが溜まっていたらしく、ベッドで横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。

「おやすみなさい、みこと」

「ああ、おやすみ」

 

 だが、その眠りはすぐに破られることになる。予期せぬ襲撃者によって。




13話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。次回はようやくにして本格的な戦闘回となります。実は戦闘描写って慣れてなくて苦手なんですが、精一杯がんばって書かせてもらいますのでどうか温かい目で見守ってやってください。


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第14話 ドリン攻防戦

 真夜中。剣劇の音に目を覚まし外に出る。状況を確認するため、近くで戦っていた侍に声をかけた。

「おいっ、なんの騒ぎだこれは!?」

「見りゃ分かるだろ、襲撃だよ!ホーリーネイションの奴らが夜襲をかけてきやがった!」

 戦いながら怒鳴るように返す侍。そこにすみれも起きてきた。背後には傭兵も従えている。

「みこと、大変!酒場にもホーリーネイションの兵士が入ってきてる!」

 言われて酒場に目を向けると、中から店員のおばちゃんの悲鳴や警備員の怒声が聞こえてきた。‥‥‥さすがにほっとけないか。

「よし、俺たちも参戦しよう。侍に助太刀するぞ。傭兵さんもお願いします」

「ああ、任せときな。依頼を受けてから、まだ一度も武器を振ってないからな。さすがに退屈してたとこさ!」

 実に頼もしい。まずは酒場の中に入ってきた奴をどうにかしよう。中には店員さんや、一般人もいるんだ。気配を殺して音をなるべく音を立てないように、そっと酒場の中に戻る。とはいえさすがに戦闘中では完全に不意をつくことなんて出来なかった。中で戦ってる兵たちの視線が「とりゃっ」視線が集まりきる前に、扉の近くにいたホーリーネイション兵の首筋に手刀を浴びせる。ズシン、と彼は床に倒れこんだ。

「何ごとだ!」「新手だと!」

 さすがに完全に気付かれた。数はたった今床に沈めたのを含めて5人。警備兵と戦ってるのが1人、おばちゃんに斬りかかっているのが1人。一般客に斬りかかっているのが1人、そして俺の方に向かってくるのが1人だ。

「傭兵さんは外の奴らを頼む!こっちはすみれと2人でなんとか出来そうだ!」

 そう言って俺は襲ってくるホーリーネイション兵の棍棒をバックステップで避けて‥‥‥え?棍棒?仮にも国家に所属する正規兵の武器が、棍棒だって?疑問に思いつつも、空振りして隙だらけになったホーリーネイション兵の胴に掌底を打ち込む。

「ぐあっ!」

 苦悶の声を上げてよろめくホーリーネイション兵。あれ、弱いぞ?そこにすみれも合流する。

「はあっ!」

 よろめいたホーリーネイション兵を、すみれの二段切りが切り裂いた。すみれの後ろからやってきた傭兵さんも追撃を加える。やってきた傭兵は1人だけだから、他の3人の傭兵さんはまだ外の敵と戦っているんだろう。

「とどめだ!」

 傭兵の振りかざすサーベルを受けて、彼は完全に床に倒れ込んだ。あ、あれ?俺たちってこんな強かったっけ?1人目の相手を無傷で倒してしまった。それとも敵が弱いのか?いやそんな事より、まだ店内にホーリーネイション兵は3人も残っているんだ。残っているのは3人ともまともな武器と鎧を身につけている。さっきのようにはいかない。早く救援に行かないと。俺は店員のおばちゃんと戦っている歩哨に、すみれは一般客と戦っているパラディンにそれぞれ襲い掛かる。傭兵さんは俺と同じく歩哨に斬りかかることに決めたようだ。

「助かったよあんたたち!」

 店員のおばちゃんが礼を述べてくる。既にかなり酷い怪我をしていた。命に別状はなさそうだけど、もう片腕が上がらなくなっているようだ。俺が歩哨に掌底を打ち込めば、そいつは怯んだように後ずさり、そこに傭兵さんの重い一撃が入る。

「意外とやるじゃねーか、坊主!」

 うまく連携が決まったことで、傭兵さんが褒めてくれる。

「足手まといにならないよう、必死なだけですよ。っと」

 歩哨の反撃をステップで回避。戦ってみて分かったのだが、机や椅子がある室内戦だと素手の身軽さは圧倒的なアドバンテージとなる。避ける時は店内の内装が障害物として役立ち、攻撃する時は障害物の合間を縫うようにして攻めることができる。大きな武器を振り回していては、こうはいかないだろう。と、そこで警備員がタイマンで戦っていたホーリーネイション兵を気絶させ、同時にすみれと共闘していた一般客も気を失った。警備員はすみれの援護に向かうようで、状況は俺と傭兵とおばちゃんの3人vs歩哨、すみれと警備員のタッグvsパラディンという形になった。特に強いのが警備員と傭兵さんで、この2人はタイマンでもホーリーネイション兵を圧倒できそうである。ただし警備員さんは全身にそこそこ傷を負っていて、このまま戦い続けるのは危ないかもしれない。

「坊主、危なくなったら無理せず下がれよ?俺たちは依頼人を守るのが仕事なんだからよ」

 傭兵さんの言葉でふと気づく。腕と足を大きく怪我していた。出血も酷い。戦いに夢中で気がつかなかったけど、結構くらってたんだな。殴ってもほとんどダメージが通らなくなってきたのは怪我が原因か。

「ごめん、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 これ以上ねばっても足手まといになるだけ。そう判断して歩哨が倒れたタイミングでベッドのある2Fに待避して‥‥‥いや、その前に敵兵の装備を鹵獲しておこう。歩哨から武器と包帯を鹵獲することができた。ついでに棍棒で戦っていたやけに弱い兵士の持ち物も確認してみる。やはり武器はただの棍棒だった。包帯やバックパックも持っていないので、衛生兵でも補給班でもないようだ。鎧もなく、着ているのは安物の服のみ。どう考えても最前線で戦う兵士の装備じゃない。と言うか、こいつの着てる服、よく見たらリバースで俺たち召使いが着せられていた服と同じものじゃないか。足枷こそしていないものの、こいつも召使いなのか。どうりで弱いわけだ。囮役、揺動、時間稼ぎ‥‥‥そういった用途の捨て駒として使われているのだろう。

 まあ、何も持っていないならこれ以上彼に用はない。2Fに待避して、傷口に包帯を巻いていく。傭兵さんはそのまますみれの援護に向かったから、任せておいて大丈夫だろう。それにしても包帯巻くのって結構難しいな。ラプターとの修行でだいぶ慣れたつもりだったけど、それでも結構時間がかかる。戦いが終わった後に落ち着いてゆっくり治療するならそれでも問題ないが、今回のように戦いを誰かに任せたまま応急処置を施す場合、もっと早く治療できたほうがいい。今後は医療技術の修行も視野に入れていこうか。そうしてようやく包帯を巻き終わったところに、すみれも階段を登ってきた。

「いたたた。私もひどくやられちゃった。こっちの手当てもお願い」

 ずりずりと足を引きずるようにやってきたすみれは、俺以上に酷い怪我だった。俺は腕と足以外は軽症だが、すみれは頭から胸、腹、腕、足と全身くまなく無事なところがない。全身ボロボロのその姿は、リバースで歩哨に虐待されていた頃の彼女を思い出す。そしてそんな惨状でもぎこちない笑顔を見せてくれるのは、痛みに慣れているせいだろうか。俺はすみれをベッドに寝かせると、なるべく急いで、かつ丁寧に包帯で止血していく。消毒薬が滲みるのか、時折びくんっと体を震わせるのが痛々しい。自分の怪我を治療する時は意識しなかったけど、人の怪我を診るのって結構緊張するんだな。すみれの全身の治療が終わった時には、俺は全身汗だくになっていた。

「ありがと。‥‥‥ねえみこと。初めての戦い、どうだった?」

「どうって、何が?集落ではラプターと戦ってたし、別に初めてって訳でも」

「ああ、そうね。でも‥‥‥私は、初めて人を斬った」

「あ‥‥‥」

 そういえば、そうだ。戦いに夢中で意識してなかったけれど、今回の相手は獣ではなく、人間だ。

「意外と震えないものね。腕も、足も‥‥‥心も。まったく何も感じなかった。私、自分がこんなに冷徹な人間だなんて思わなかったわ」

「それは‥‥‥」

 それは、俺も同じだ。そう言いたかったけれど、とっさに言葉が出てこなかった。もしかしたら無意識のうちに、自分は清廉潔白な人間だと思いこみたいという気持ちがあったのかもしれない。

「私ね。リバースにいた頃、なんでホーリーネイションの兵士はあんなに残虐になれるんだろうって不思議だった。同じ人間に対して、どうしてこんなことができるんだろうって。けど結局‥‥‥私だって同じなのかもね。自由を手に入れ、武器を手に入れて傭兵を雇った途端に、私もあいつらと同じことしてる。私とあいつらの違いなんて、ただ力があるかないか、それだけだったんじゃないかって」

「そ、そんなこと、ないだろ‥‥‥俺たちは酒場のおばちゃんを守るためにだな」

「そう。1人の人間を守るために、5人を斬ったわ。ホーリーネイションが皇帝フェニックスを守るためにやっている事と、何も変わらないわね」

「ち、ちが‥‥‥」

 違う、と言い切ることができない。仮に否定の言葉を口にしたとして、すみれが納得するとも思えなかった。代わりに、別の言葉を紡ぐ。

「すみれは、後悔してるのか?その、戦ったことを」

 人を殺したことを。そんな直接的な言葉を避けて、マイルドに表現する。俺は自分で思ってたより、けっこう卑怯なヤツらしい。

「‥‥‥ううん。後悔はしてないよ。おばちゃんを助けることができて良かったって思ってる。傭兵を雇っておいて良かったと思うし、今後も同じことがあれば、私は同じように戦うわ。私は私が守りたいと思った1人を守るためなら、5人だろうと10人だろうと殺してみせる。きっとそれが、この世界で生き抜くために必要なことなのよ」

「この世界で生き抜くために必要、か」

 確かにそうなのかもしれない。

「‥‥‥軽蔑した?私のこと、嫌いになったかしら?」

「まさか。むしろ尊敬したよ。すげー覚悟決めてるんだな」

「‥‥‥」

「すみれ?」

 急に無言になったすみれを訝しく思って、その顔を覗き込む。眠ったわけではないようだ。

「ねえみこと。手、握ってくれる?」

「あ、ああ。どうした?まだ傷が痛むとか?」

 言いながらすみれの手を取る。とても冷たい手だった。まるで血が通ってないかのよう。

「覚悟なんて‥‥‥私は、ただ怖がりなだけよ。たった1人の大事な人さえ守ることができずに、また1人ぼっちになったら。そう考えると、怖くてたまらないだけ」

「‥‥‥そんなの。誰だってそうさ」

 すみれの手をギュッと握り、彼女の髪にそっと触れる。その頬に涙の跡が残っていることに気がついた。涙の理由は訊かずに、彼女を強く抱きしめて言葉を続ける。

「大丈夫だよ、大丈夫」

 根拠なんてない、薄っぺらい言葉。けれどこんな言葉でも、ほんの少しでもすみれを安心させる役に立つのなら。すみれが眠りにつくまで、俺はずっと彼女を抱きしめた。




第14話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。このゲーム、敵兵の装備を鹵獲する時もコマンドが「盗む」と表記されます。まあ元が英国のゲームなので、和訳する時に接収、鹵獲、窃盗と言った日本語の細かいニュアンスの違いをうまく訳せなかったのだろうと解釈してますが、そのせいで略奪の横行する世紀末な世界観が出来上がっちゃってます。まあこれはこれで面白いんですけどね。小説にする時もゲーム表記に準ずるべきか悩みましたが、みことの性格的にこっちの表現を使うだろうなーってことで、こうなりました。


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第15話 新たな都市、新たな仲間

 一夜明けると、町は血の海だった。

 そこかしこに散らばるホーリーネイション兵の遺体と、掃討戦を続ける侍たち。侍側の勝利によってこの戦いは幕を下ろしたと言える。辺り一面に散らばるホーリーネイション兵の遺体から鹵獲した武具は、酒場のおばちゃんが買い取ってくれると言うので全てお金に変えた。さらにワールドエンドで仕入れたサケの残りも全て売り切ることで、所持金はあとちょっとで10万catに届くかというところまで増えた。昨日の夜には金庫のお金がないって言ってたはずだけど、侍たちが祝勝会でもしたのかな。

 おばちゃんに礼を言い、すみれの眠る2Fに戻る。まだしばらく起きる気配はない。俺も普通に動ける程度には回復しているが、まだちょっと手足が痺れているので、すみれが目を覚ますまで、もう一眠りすることにしよう。

 

 

「よお、もう怪我は大丈夫なのかい?」

 旅支度を整えた俺とすみれに、傭兵さんが訊いてくる。

「はい、おかげさまで」

 酒場のベッドで数時間ほど休んでいる間に怪我はすっかり良くなった。応急処置キット、一体どんな成分が含まれているのだろう。普段気軽に使っているが、これも古代のオーバーテクノロジーとか使われているんだろうか。

「2人とも思ったより早く回復して良かった。今から出発すれば、陽が落ちる前にはショーバタイに着けると思うぜ」

「そういう傭兵さんこそ怪我は大丈夫?俺たちが撤退した後もしばらく戦い続けてたのに」

 そう訊ねると、当たり前だと笑い飛ばされた。

「こっちはプロだぜ?それに侍も一緒に戦ってくれてんだ、多少の怪我はあっても、お前らほどの大怪我はしてねえよ」

「そりゃ良かった。それじゃもう出発しようか」

 ドリンを出て東に進むと、すぐに景色が変わってきた。足元が砂になり、砂塵が止むことなく吹き続ける砂漠となる。こんな場所に本当に大きな街ができたりするものだろうか、方角を間違ってないだろうかと不安になってくる。

「傭兵さん、本当にこっちで合ってますよね?道、間違ってないですよね?」

「ああ、もうすぐ着くぜ。ってか地図持ってんだろう?」

 地図を見ればわかるだろうと言う傭兵さん。いやそうなんだけど、どうしても不安と言うか。

「ほら、もう着いたぜ。そこがショーバタイの街だ」

「え。うわいつの間に」

 砂塵が一瞬だけ途切れた瞬間、その向こうに巨大な城壁が見えた。思ったよりもすぐ近くにそびえる城壁に思わず足を止めそうになる。もちろん実際にはぶつかるほど近くってわけではないのだけど、城壁の巨大さと突然現れたことによる錯覚でぶつかりそうに感じてしまうのだ。

「びっくりしたわ。砂漠ってほんの少し先でも見通しが利かないのね。急に野盗なんかに襲われたら大変そう」

 すみれも同じように感じているらしく、そびえる城壁を茫然と見上げていた。

「さて、とりあえず街についたわけだし、都市連合までの護衛依頼はこれで終了ってことでいいかい?まあ2日の契約期間は後ちょっとだけ残ってるから、何かあれば呼んでくれれば駆けつけるが、この街の中にいる限りは安全だろ。さすがにホーリーネイションもここまではやってこねえしな」

「そうね、ありがとう。あとは大丈夫だから、傭兵さんも街でゆっくりしてて頂戴」

 

 傭兵さんと別れて、街に入る。確か家を買ってそこを鍛冶場にしろって話だったな‥‥‥いや、まずは資材屋を覗いていこうか。ここでは安くて大量の鉄板が買えるって話だったはず。わざわざこんな砂漠の真ん中まで来て、ガセネタでしたとか笑えないからな。家を買う前にそこはちゃんと確認しておいた方がいいだろう。

「えーっと、資材屋、資材屋は‥‥‥あった!あの店かな」

 ずいぶん広い街なのでちょっと迷いそうになったが、門のすぐ近くの建物が資材屋だったようだ。無駄に街の中をうろうろしてしまった。

「こんばんは。ここで鉄板って売ってますか?」

「おやいらっしゃい。こんな遅くに買い物かい?もう閉店準備にかかってたとこなんだが」

「はは、悪いねオヤジさん。俺たちついさっき街に着いたばっかりでさ‥‥‥あれ?」

 陳列されてる商品を見て、首を傾げる。

「どうしたの、みこと。ちゃんと鉄板売ってた?‥‥‥あら、これって」

 すみれも商品を覗き込んで、俺と同じように首を傾げる。確かに鉄板は売っていた。売ってはいたが‥‥‥全然安くない!数も少ない!これならワールドエンドで買った方が良かったんじゃないか?まさかほんとにガセネタだったのか。

「ん?どーしたよお客さん。うちの商品がどうかしたか?」

「いや、この鉄板なんだけど。都市連合だと鉄板が安くて大量に買えるって噂を聞いてここまで旅してきたのに、なんか話が違うなーって」

「安くて大量の鉄板?ああ、そりゃストーンキャンプのことだな。門を出て南にほんのちょこっと行った先にある採石場さ。そこの直売店で買えば、大量の鉄板を安く仕入れることができるぜ。と言ってもこの時間じゃもう店じまいしてるだろうし、見に行くなら明日にしな」

 あ、良かった。ガセネタってわけじゃなくて、店が違ったのか。

「それにしてもお客さん、大量の鉄板なんて何に使うんだい?普通は数枚の鉄板がありゃ十分だし、うちの店で買ってくれてもいいだろうに」

 店員のオヤジさんが興味深そうに尋ねてくる。

「ああ、ちょっと鍛治の修行をしたくって。練習用にたくさん鉄板がいるんだよ」

「ほお、鍛治師のタマゴってわけかい。鍛冶場はもうあるのかい?」

「いや、まだだ。さっきも言ったとおり、さっきこの街に着いたばかりさ」

 肩を竦めてそう答える。

「おお!だったら丁度いいや。この『本』、買っていってくれや。鍛冶場の組み立て方なんかも載ってる貴重な本だぜ?」

 そう言ってオヤジさんは数冊の本を勧めてくる。そういえばワールドエンドのバーテンダーさんも言ってたっけ。店で売ってる本が必要とかなんとか。お金ならあるし、とりあえず1冊だけ買ってみるか。値段もそう高いものじゃない。

「あいよ、毎度あり!あんたの気に入りそうな本、入荷しとくからよ。またいつでも寄ってくんな!」

 本を買って、店をでる。とりあえずその本を眺めてみた。この本で鍛冶場が作れるようになるのか。持ち上げてみたり、逆さにしてみたりする。

「?みこと、何をしてるの?」

「ああいや、買ってから気付いたんだが、俺、文字読めないんだよな‥‥‥」

「あら奇遇ね。私も読めないわ」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 気まずい沈黙が流れる。え、どうしろと。

「ばっ、バカじゃないの!?なんで文字も読めないのに本なんて買ってるのよ!」

「し、仕方ねーだろ!オヤジさんがこの本で鍛冶場が作れるって言ってたんだから!買うしかないじゃんか!」

「だとしても順序があるでしょう!?本を買うなら、まず読めるように勉強するとこから始めなさいよ!」

「い、今更どーやって勉強すりゃいいんだよっ!先生なんていねーぞ!?」

 おそらく世界一レベルの低い言い争いを始める俺とすみれ。通りすぎていく人々が哀れみとか蔑みとか、そんな感情のこもった視線をぶつけてくる。中には「あっははははっ!」と指差して大笑いしてくるヤツまでいた。‥‥‥あれは、女の子?

「あっははは。面白いね君たち!文字も読めないクセに本を買っちゃう人間がいるなんて傑作だ!ねえ、その本読めないならもう要らないでしょ。ボクに頂戴?」

「な、なんだよ失礼な子供だな。この本は俺が買ったんだ、簡単に人に譲れるか」

 急に現れた子に面くらいつつも、これは渡さないぞとその子の手の届かない位置まで本を高く掲げる。

「おいおい、ボクを子供扱いしないでおくれよ。そっちの方が失礼じゃないか。言っておくけどボクならその本を読んであげられる。悪い取引じゃないだろう?」

 取引?読んであげる?何を言っているのだろう、この子は。

「はあー。まったく、物分かりの悪い兄さんだ。文字の読めない君たちの代わりに、ボクがその本を読んで、いや『研究』してあげようって言ってるのさ」

「研究?ただ本を読むだけで研究なんて、大袈裟な」

 俺がそう言うと、その子はムッとしたように唇を尖らせて。

「大袈裟なもんか。本は知識の宝庫だよ。その知識を読み解き、記された技術を現世に顕現させる。これこそ研究だろう!」

「現世に顕現‥‥‥!なんかかっこいい!よくわからないけどかっこいいわ!」

 なぜかすみれが食いついた!すみれって、そういうの好きだよな。

「おお、分かってくれるかい同志よ!」

「わかる!すっごく分かるわ!」

 おーい。俺を置いてけぼりにして、なんか2人が意気投合し始めたぞ。

「ええと、つまりお前にこの本を渡せば、俺の代わりに読んでくれるって、そう言ってるのか?そりゃ有難いが、お前にメリットがないんじゃないか?」

 放っておくとどんどん脱線しそうだったので話をまとめにいく。

「なにもタダで読んでやるとは言ってないさ。もちろん礼金はもらう。2500catだ。もしそれが高いと思うなら、せいぜい自分で読めるように頑張って勉強しておくれ」

「う。そう言われると高いとは言えないが‥‥‥けどその本の値段、せいぜい300catだぞ?さすがに1冊読むだけで本の10倍近くの金額はないんじゃないか?」

 チッチッチ、とその子は指を振る仕草をして見せた。

「たった1冊だけなんてケチな事は言わないさ。ボクとしてもたくさんの本を読ませてもらえる方が嬉しいからね。君たちが望むなら10冊だろうと100冊だろうと読んであげるとも。それなら文句ないだろ?おっと自己紹介が遅れたかな。ボクはイズミ。研究者を目指してスポンサーを募集しているところさ」

「スポンサーねえ。難しい事言ってるけど、要するに本が読みたいから買ってくれって事かしら?」

 すみれがどストレートに一行で纏めてくれた。イズミも苦笑いしながら、それに頷く。

「‥‥‥身も蓋もない言い方すると、そういうコト。でも君たちだって本が読めなくて困ってたんだろ?ならwin-winじゃないか」

「まあ、確かに。俺たちとしても助かるな」

「よし、契約成立!これからよろしく頼むよ、お二人さん!」




第15話まで読んでくれた方、ありがとうございます。3人目の仲間、イズミ加入回です。レッドさんを楽しみにしてた方、もうちょっとだけお待ちください。


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第16話 ストーンキャンプ

 ショーバタイの街にロングハウスと呼ばれる種類の家を買った。そこそこの広さはあるものの、家具はまだ何もない。ただ広いだけの空間だ。でも、それでも自分の家ってのはいいものだな。安心して落ち着ける場所ってのは、それだけで価値がある。

「おいおい、それだけで満足してもらっちゃ困るよ。君はここを鍛冶場にするつもりなんだろう?」

 イズミがそう言って建物の中を見回す。

「それで結論から言うけど、君が買ってきたこの本1冊だけじゃ、鍛冶場は作れない。この本は『上巻』だ。もう1冊『下巻』がないと意味をなさないね」

「なん‥だと‥‥‥?」

 衝撃の事実に驚きを隠せない。そんな俺に追い討ちをかけるようにイズミは続けた。

「上下巻の2冊で済むならまだマシな方さ。難しい研究に必要な本は、場合によっては10巻ぐらいの本が必要になってくるんだよ。だからこそ、ボクもスポンサーを探すのに苦労してたってわけ」

 そんなイズミに、すみれが問いかける。

「ねえイズミちゃん。本がなくても作れるような家具ってないの?もともと研究者を目指してたなら、新しく本を買ってこなくても知ってるような研究があったりしない?」

「あるさ。まず研究台。本を読むための机だね。後は松明と焚き火も作れる。焚き火があればドライミートくらいなら作れるよ。研究なしで作れるのはざっとこんなものかな」

 つまり、最低限の明かりと食事だけならすぐに作れると言うことか。

「と言っても研究台を作るためには資材が必要だし、資材屋が開店するのは明日の朝だ。今からできる事はレイアウトを考えておくくらいじゃないかな」

「そっか。まあ仕方ないか。それじゃ今日はその辺の床に雑魚寝って事で」

 そう言って俺はゴロンと床に寝転ぶ。その隣でイズミも同じようにゴロンと寝転ぶ。

「ああ。ボクも休ませてもらうよ。おやすみー」

 その様子を見てすみれが不思議そうに首を傾げた。

「あら?イズミちゃんもここで寝るの?自分の家とか、お父さんやお母さんは?」

「おいおい、あまり気軽にそんな事聞くものじゃないよ、すみれさん。ここ都市連合じゃ、家がない奴、親がいない奴なんていくらでもいる。かく言うボクもその一人でね。昔はバストに住んでたって言えば理解してもらえるかい?」

「あ!!ご、ごめんなさい!!」

 聞いちゃマズかったか、とすみれは慌てて頭を下げる。

「すみれさんが謝る必要はないさ。悪いのはホーリーネイションさ。ところで、その『ちゃん』付けはやめて欲しいかな。子供扱いされてるみたいに感じるから、できれば呼び捨てで呼んで欲しい」

「そう?別に私はそんなつもりじゃなかったのだけど。じゃあイズミ、私のことも呼び捨てで読んで頂戴」

「俺も呼び捨てで構わないぜ」

「すみれと、みことだね。それじゃ明日からよろしくー」

 それだけ言うと、イズミはすやすやと寝息を立て始めた。

「すみれはまだ寝ないのか?長旅で疲れただろ?」

「あ、うん。そうね。そうなんだけど」

 すみれは俺とイズミを交互に見ながら、何やら思案顔でブツブツ言っている。

「‥‥‥強引に間に割り込もうかしら?いえ、でもそれはさすがに‥‥‥」

 よく聞こえなかったので俺も先に寝てしまうことにする。

 

 翌朝。良い香りで目を覚ます。すみれが焚火でドライミートを作っているところだった。

「おはよう、みこと。もうすぐ朝ごはん、できるわよ」

「ああ、おはよう。ずいぶん早起きなんだな。寝るの俺より遅かったはずだろ?」

 俺がそう言うと、すみれはまだ眠そうにしているイズミの方を何故か気にしながら。

「え、ええまあ。ちょっと寝付けなかったって言うか」

「あー。おはようお二人さん。昨日はみことが寝た後、ボクとみことの間にすみれが割り込んできてね。ボクは他人の恋路を邪魔するような趣味はないって、説得するのに一晩かかっちゃって」

「わー、わー!!イズミ、それ内緒って約束したやつ!黙っててって言った奴!」

「あー、そうだったかも。ごめんごめん」

 まるでどうでもいいや、とでも言いたそうな態度でテキトーな返事をするイズミ。俺が寝てる間に何があったのか知らないが、ずいぶんと打ち解けてるような。

「まあそんな事はどうでもいいとして。朝ご飯食べたら、ボクは研究台の設置に取り掛かるよ。二人は何か予定ある?」

「私としてはどうでも良くないんだけど。でもまあ、ストーンキャンプで資材の買い出しかしらね」

「俺もだな。買い出しだけなら1人で十分なのかもしれないが、年中バーゲンセールやってるような店がどんな場所なのか見ておきたい」

 好奇心から俺もすみれについていく事にする。利益を度外視したお人好しの店員さんがやってるような店なのかな。

「ふーん。あんな場所、見ても面白くないと思うけど。まあいいや。買い出しに行くなら鉄板は多めに買っておいて。武器の材料だけじゃなく、鍛冶場の建設自体に結構な鉄板が必要になりそうだからさ」

「分かったわ。はい、お肉焼けたわよ」

 すみれが焼きたての肉を俺とイズミにそれぞれ配る。ドライミートって言うか、焼き肉かな?所々焦げてたりして、いかにも手作りって感じだ。

「し、仕方ないでしょ。焚き火で無理やり作ったんだから、お店で売ってるようなのは無理よ。これでも頑張ったのよ?」

「ああいや、悪い意味で言ったわけじゃなくてさ。お店じゃ食べられない、手作りならではの美味しさがあるって言うか。そういう事が言いたかったんだけど」

 イズミがやれやれと、呆れたように肩を竦める。

「みこと。女の子から料理を作ってもらった時に言うべき言葉はたった1つだ。『ありがとう、すごく美味しいよ』。これは都市連合だろうとホーリーネイションだろうとシェク王国だろうと変わらない、万国共通の真理だよ。以後、覚えておくように」

「お、おお。肝に銘じておくよ。サンキューな」

 男の俺にはよく分からないが、それが女心ってやつらしい。

 

 食事を終えて、町の南にあるストーンキャンプに向かう。本当にすぐに着いた。この距離なら護衛を雇う必要はなさそうだな。仮にスキマーに遭遇しても、走って街に駆け込めば守衛さんがどうにかしてくれるはずだ。

「ここがストーンキャンプなのね。‥‥‥ねえみこと。私、このお店の雰囲気とよく似た場所を知っているのだけど」

「そうだな。俺も懐かしい場所を思い出してたとこさ」

 そこでは監督官が怒鳴り声を上げて、ボロボロの服を着た従業員が働かされていた。従業員というより、奴隷かな。足枷までつけられてるし。雰囲気としてはリバース鉱山にそっくりだ。ただしリバース鉱山と違い、ここではつるはしではなく、巨大な採掘機を使って鉄を掘っていた。労働そのものが目的のリバースと、効率よく資材を得る事が目的のストーンキャンプで差がでるのだろう。

「そうね、懐かしいわ。ついに私たちも、働く側ではなく、働かせる側にランクアップしたってことかしら」

 言いながらすみれは、施設の中をぐるぐる回って見学する。奴隷たちはそんなすみれを気にした様子もなく、ただ黙々と採掘機の操作に専念している。

「それにしても、すごく大きなドリルねえ。ねえ、ここはどういう仕組みになってるの?」

「‥‥‥」

 すみれが機械を操作する奴隷の一人に話しかけているが、返事はない。奴隷は死んだような目で作業に没頭している。

「もしもーし?お兄さーん?」

「‥‥‥」

 相変わらず返事がない。

「‥‥‥もぐもぐもぐ」

「‥‥‥」

 おい。すみれのやつ、奴隷の目の前でドライミート食いやがった。

「ああ、美味しいわねー。手作りならではのこの味わい。んーっ、デリシャス!」

「‥‥‥さっきから何なんスかアンタは!買い物に来たんなら、さっさと買って出ていってくださいよ!サボると怒られるんスから、邪魔しないでください!」

 あ、奴隷がキレた。さすがに無視できなかったようだ。元召使いだけあって、奴隷が嫌がることを熟知してるなあ。

「そっちが無視するからでしょー。ねえ、この機械どうなってるの?私こんな大きな機械初めて見るから、ちょっと興味あるのよ」

「どうって聞かれても、機械の仕組みなんて知らねっス。興味があるんなら、あんたも奴隷になったらどうっスか?毎日この機械に触り放題っスよ」

「んー。毎日ってのはさすがに。あ、でも仕組みを知らなくても動かせるってことね?だったら!」

 すみれは誰も操作していない近くの採掘機に飛びついて、適当にパネルを操作していく。

「おいすみれ!さすがに勝手に触ったらマズいって!」

「大丈夫大丈夫。あっ!ほら見て!動いた!ドリルが動いたわ!」

「お、おお。ホントだ、すげえ」

 巨大なドリルが唸りを上げて回転する様は、なかなかに迫力がある。そしてこのドリルを指一本で自在に操っている全能感はクセになりそうだ。すみれと一緒になって俺もそのパネルを操作する。そこに、他の奴隷とはちょっと違う、身なりのいい従業員がやってきて話しかけてきた。

「あのー、お客さん?お客さんだよね?あっし、ここの直売店で店員やってる者なんだけど」

 はっ!つい夢中になってしまった!

「あ、はい客です。いやー、都市連合の技術力ってスゴイですねー。あ、勝手に触っちゃマズかったですか?」

「いや、全然構わないけどね。ボランティアで働いてくれるってんならむしろ助かるし」

「みこと!今の聞いた?勝手に触っても構わないって!私もうちょっとコレで遊んでるから、商談は任せるわね」

 そして嬉々として奴隷たちと一緒に機械を操作するすみれ。そういえばスケルトンのイヨさんの話をしてた時も、やたらテンション高かったなあ。機械とか好きなのかな。

「えっと。まあそういうことなんで。鉄板をなるべくたくさん買いたいんだけど、あるかな」

 すみれの事は一旦放っておくとして、店員さんとの商談に入る。

「もちろんあるさ。軽く100枚は在庫として常に常備されてるけど、いくつ欲しい?」

「おお、そりゃすごい。値段も安いな!ほんとにいつでもこの値段なのか?」

 尋ねると、店員さんは自慢げに頷いて。

「そうさ。産地直売店だからこそ、魅力的な価格で資材を提供できる。こんな砂漠の中で都市連合が国としての体裁を保てているのは、俺たちのおかげなんだぜ。‥‥‥だが、世の中には現実を知ろうとしないバカどもが多くてね。特に反奴隷主義の奴らには手を焼いているんだ。こっちがいくら説得しても耳を貸さないばかりか、時として暴力さえ平気でふるってくる。ほとほと困ってるんだよ。‥‥‥おっと、こんな愚痴をお客さんの前でこぼすべきじゃなかったかな」

「いや、全然構わないさ。この国のことがちょっと分かった気がするよ。それで鉄板だけど、このバッグに入るだけ詰め込んでくれ」

 店員さんにバックパックを預けると、店員さんは目を輝かせた。

「おっと、こいつは上客だ!結構重くなるけど、ほんとに良いのかい?」

「すみれと2人で運べば、たぶんなんとかなるさ。遠慮せず入るだけ詰め込んでくれ」

「よしきた!また来ておくれよ、たっぷり在庫用意して待ってるからな!」




第16話まで読んでくれた方、ありがとうございます。次回の17話では、時間軸を少し遡って、2人がストーンキャンプに出かけた直後からのイズミ視点で物語が進みます。お楽しみに。


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第17話 研究者

 ストーンキャンプに買い出しにいった2人を見送った後、ボクは資材屋にて建築資材を3つ購入した。本当は建築資材もストーンキャンプで購入した方が安く買えるのだが伝え忘れてしまったし、そこまで数も必要ないので街の資材屋からの購入で十分だろう。後、本も買っておこう。基本的な家具の設計図に、雑多な家具の設計図。そして照明や保管庫についての本。その他にも必要そうな物をまとめて買っておく。出かける前に2人から「研究に役立ちそうな物があればこれで買っておいて」と1万catをポンと手渡されたことには驚いた。あの2人、意外とお金持ちなんだな。とてもそうは見えなかったけど。

「さてレイアウトだけど。まあテキトーでいいか。最優先の鍛冶場は結構なスペースが必要になるから最奥に配置するとして。研究台は手前の方に設置しておけばいいかな」

 鍛冶場用のスペースを開けて入り口近くに研究台を建設。その研究台に買ってきた本を仕舞い込み、鍛治について書かれた本を読んでいく。

「ふうん。意外と構造は単純なんだな。建設に必要なのは鉄板6枚か。みことが買ってくるはずだから、彼に自分で組み立ててもらおうか。えーっと後は照明に、保管庫にと。どの本から読むか迷っちゃうなー」

 そんなことを呟きながら読書に勤しんでいると、2人が大量の鉄板をバッグに詰めて帰ってきた。

「あ、おかえりー。ストーンキャンプはどうだった?つまんない場所だったでしょ?」

「ううんっ、すっごく楽しかった!」

「‥‥‥え?」

 すみれが目をキラキラさせながら意外な返答をする。いや感じ方は人それぞれだし、すみれの感性にケチをつける気はないけども。ストーンキャンプのどこが楽しかったのだろう。

「そ、そうかい?まあ楽しめたならそれはそれでいいや。鍛冶場のスペースは、奥の階段の下がいいと思う。作り方をまとめておいたから、これ見て自分で建設しておくれ」

 みこととすみれに、自作のメモを渡す。本に書いてあった内容を、イラストで分かりやすくまとめた物だ。難しい専門書の内容を、子供でも理解できるレベルに落とし込んで『とりあえずこの通りに組み立てれば誰でも建設できる』という感じのメモにしてある。

「おおっ、こいつは分かり易いな。さっそく作ってみるぜ」

「私も手伝うわ、みこと。えーっと、ここがこうだから‥‥‥ねえみこと、そっち持って支えてくれる?」

「こうか?‥‥‥よしっ、後はこいつを‥‥‥」

 2人が作業しながら楽しそうに話す声を聞きながら、研究の続きをする。研究が実際に形となる瞬間は、やはりなんとも言えない達成感があるな。知識はそれだけでは意味がない。知識を目に見える形にして、初めて意味がある物になるのだ。ふと2人が持って帰ってきた鉄板がそのまま置かれていることに気がついた。これは、研究台の引き出しにでもしまっておけばいいか。本来は本をしまうためのスペースなのだけど、スペースが余っているのだから有効活用しない手はないだろう。さて、ボクも次の研究に取り掛かるとしようか。

 

「できたーっ、完成!」

 ぱんっ、とすみれとみことがハイタッチを交わす音が聞こえた。

「ご苦労さん。さっそく鍛治の修行に取り掛かるかい?」

「ああ!と言ってもまだ作れるのは棒切れくらいか。設計図がないとまともな武器は作れそうにないな」

 苦笑いしながらも、ちょっと嬉しそうに『杖』の鋳造に取り掛かるみこと。ふふっ、なかなか可愛いじゃないか。

「私は何しよっかなー。イズミ、何か手伝うことある?」

 手持ち無沙汰になったすみれが聞いてくるが、あいにく文字も読めない人に手伝ってもらえることなんてない。仮に本が読めたとしても、研究を人に譲る気はないよ。これはボクの領分だ。とはいえ、ただヒマなまま過ごすのも面白くないか。

「手が空いてるなら、研究資金を稼いでもらえると助かるね。お店の客引きを手伝ってもいいし、街の近くで銅を掘ってもいい。隣町まで足を運んで、交易に使えそうな情報を仕入れてくれてもいい。その辺はすみれに任せるよ」

「資金繰りね。分かったわ。設計図って買おうと思ったら高いものね。やっぱり一番実入りが大きいのは交易かしら」

 地図を見ながら町の場所を確認するすみれ。

「確かに交易は実入りが大きいけれど、道中で襲われる危険も大きい。もし隣町まで行くとしても、安全第一で頼むよ。急ぐ必要なんて全然ないんだからね」

「そ、そうね。けどわざわざ隣町に行くだけで傭兵雇うのも勿体ない気がするし‥‥‥長旅で足腰も鍛えられてるハズだから、逃げに徹すれば危険も少ないかしら」

 地図を見ながらうーんうーんと唸るすみれ。確かに都市連合って隣町まで微妙に遠いんだよね。傭兵を雇うにはちょっと勿体ない、けど1人で旅するにはちょっと危険。

「だったらすみれ。下駄を作ってみないかい?この本に載ってたんだけどさ、これがあれば他の人より少しだけ早く走れるみたいだ」

「え、下駄?そんなの作ったことないけど、素人でも作れるものなの?」

「作業台さえあれば誰でも作れるさ。現に素人のみことが、ああやって武器を作ってるだろう?」

 素人で悪かったな、とみことのツッコミが入る。こっちの会話もちゃんと聞いていたみたいだ。

「ちょっと待ってて。作業台の作り方をメモするから。必要なのは鉄板だけだから問題ないとして、組み立てはこんな感じでっと。よし描けた」

 鍛冶場の時と同じ要領で、イラストで作り方をメモにまとめてすみれに渡す。ブーツ店があればわざわざ作らなくても安く買えるのだけど、このショーバタイにはブーツ店がないから仕方ない。

「ほほーう。よし、とりあえず作ってみるわね。ありがとうイズミ!」

「どういたしましてさ。ああ、資材屋が閉店する前に布地を買っておくといいよ。下駄を作る時に必要になるはずだから」

「うん!」

 そうして、陽が落ちるまでボクは研究、ミコトは鍛治、すみれは作業台の建設と下駄の製造に取り組んだ。

 

「んーっ、疲れたあ。今日はこんなものかな」

 すっかり陽が落ちて暗くなって顔を上げると、みこともすみれもまだ作業に集中していた。ボクも人のことは言えないけど、食事も取らずによく頑張るものだ。きっと楽しいのだろう。研究中のボクも似たようなものだから、よく分かる。そういえば今日読んだ本の中にランタンの作り方が載っていたな。ボクもちょっと、自分の手で組み立ててみるか。

 余っていた資材でランタンを組み立て、すみれのそばの壁に吊るす。そこでやっと気がついたようにすみれが顔をあげた。

「わっ、明るい!これどうしたの?」

「作ったのさ。これもボクの研究の成果だよ。ところで下駄はまだ完成しないのかい?」

「うん、後ちょっとなんだけどね。ただでさえ素人の上に暗い中で無理に作業しようとしたから、どうしても時間かかっちゃって。でも明かりがあるなら、なんとか完成するかも!」

「そりゃ良かった。みことも、いつまで頑張ってるんだい?そろそろ休みなよ」

「ああ、そうだな。いやー、どう頑張っても『錆びた屑鉄』ランクの武器しか作れなくって。結構難しいもんだな」

 みことはそう言うが、たった半日ハンマーを握っただけの素人がマトモな武器を作れたら、そっちの方がびっくりだ。それに鋳造技術を記した本の研究も済んでいない。ただ鍛冶場を作って自己流でハンマーを叩いてるだけなのだから、見た目だけでも形になってるのはすごいことだと思う。ひょっとして才能あるんじゃないかな、みこと。

「それじゃ3人揃ったことだし、遅くなったけど夕飯にしよう。ドライミートでいいかい?」

 焚き火を焚いて、生肉を3つ放り込む。ここショーバタイでは、わざわざ買ってこなくても門の前に衛兵が倒したスキマーが散らばってることが多いので、基本的に肉に困ることはない。

「明日の予定だけど、ボクは研究台をもっと大きなものに作り変えたいと思ってる。研究するものが増えてくると、今の研究台じゃちょっと手狭でね」

「俺は鍛治の修行の続きかな。一応、錆びた屑鉄でも店に買い取って貰えば、黒字にはなるみたいだ。ストーンキャンプのおかげだな」

「私は、そうねえ。下駄も完成したし、海沿いにあるバークの街まで足を運んでみたいわ。交易に使えるものがあるかもしれないし、海にも興味あるの。泳いだりできるかしら」

 この砂漠には、都市連合の大きな街がショーバタイの他に4つある。ストート、ヘング、ヘフト、そしてバークだ。その中でバークを選んだのは、やっぱり海が見える街だからかな。




第17話まで読んで頂いた方、ありがとうございます。次回はすみれ視点でバーク観光です。お楽しみに。


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第18話 邂逅

「ラム泥棒エリス、観念してお縄につきなさい!」

「え、エリスは泥棒じゃないやいっ!隠れてラムを飲んでただけじゃないか!」

 陽が登ったらすぐにバークに向かう予定だったけれど、その前に手配書で見た賞金首が町中をうろついていたので喧嘩を売ってみた。ちなみにみこととイズミには手を出すなと言ってある。やっぱこういうのって、タイマンでやる方がかっこいいじゃない?

「そういう言い訳は、檻の中で憲兵相手にすることね。私は言い訳が聞きたいんじゃないの、あなたの首にかかった賞金が欲しいのよ。バウンティハンターすみれ、いざ参る!」

「くっそお、やってやる!」

 武器も持たずに素手で殴りかかってくるラム泥棒エリス。その拳を刀で払い除けるようにしていなす。ふっ、ザコめ!

「そんな拳で私が倒せるものですか。覚悟!」

 私の大苦無による連撃が面白いようにヒットする。防戦一方となったラム泥棒エリスはそのまま膝をついて、地面に伏した。

「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった。ねえみこと、今の見てた!?私も結構強くなったと思わない!?」

「おー。おめでとさん。と言ってもそいつ、賞金首の中じゃ最も安い賞金しかかけられてないみたいだけどな?」

 確かに、ラム泥棒エリスに掛けられた賞金はたったの1000catだ。高額賞金首になると1万cat超えが当たり前になり、最高額となると10万catもの賞金が掛けられたりする中で、エリスの賞金はまあ、安い。

「いいのよ。バウンティハンターとしての初仕事なんだから、これくらいで丁度いいわ。それにほら、私、無傷で完封勝利よ!」

 私がそう言うと、みことはまあ確かに、と頷いて包帯を取り出し、ラム泥棒エリスの治療をはじめた。

「何してるのよ、みこと?傷の手当てなんて、憲兵さんに任せておけば良いんじゃない?すぐ近くなんだから、死なせる心配なんてないわよ?」

 ちなみに賞金首は死なせてしまうと報奨金が半額にされる。だから警察署まで遠い場合は治療してから連行するのが常道なんだけど、今の状況においてはわざわざ治療する必要を感じない。それを指摘すると。

「いや、練習だよ。傷の手当ての練習。何度も練習してれば、今よりもっとスムーズに傷の手当てもできるようになるかなーって思ってさ」

「な、なるほど。理由は分かったけど、自分から喧嘩売った相手を自分で治療するって、なんだか絵面としてマヌケね‥‥‥私としてはもっと、クールにカッコよく締めたかったのだけど」

 言いながら、私も治療を手伝う。絵面がマヌケなのはともかくとして、治療技術の向上が有用であるのは間違いないのだから。そこにイズミもやってくる。

「あーダメダメ。まず順番からしてダメだね。包帯は心臓から遠い方から巻くんだ。それくらい常識だろう?」

 え、順番なんてあったの。とりあえず言われた通りにやってみる。

「そして巻き方もそれじゃダメ。まず巻き始めは斜めに一回巻いて、その後に同じ場所を何度かぐるぐるって巻くんだ。こうすることで解けにくくなる」

 言いながらイズミは手本を見せてくれる。私もそれにならった。

「お、おおー‥‥‥」

 確かに、巻きやすい。イズミって本当に賢かったのね。口だけじゃなかったんだ。

「後は、そうだね。包帯を引っ張るんじゃなくて、ロールを転がすように巻いてご覧。キツくなりすぎず、ちょうどいい感じに巻けるからさ」

「こ、こう?」

 ころころ。

「少し弱すぎる。強すぎると血流を阻害して良くないんだけど、弱すぎてもダメだ。ちゃんとボクの手本を見て、その通りにやってくれるかな」

「こ、こうね。イズミってこんなことにも詳しいのね。すごいじゃない」

「むしろこんなことすら知らずに、今までよく生きてこれたね。この国じゃ傷の手当てなんて、必須技能の1つだよ?」

「う。そこはまあ、なんとなく自己流で手当てしてたから」

 その後もイズミの指導のもと、ラム泥棒エリスの治療を続けていく。怪我した場所をぐるぐる巻きにするだけだった今までの治療と違い、とても綺麗に巻くことができ、使用する包帯もだいぶ少量で済んだ。正しい巻き方を知っているだけで、ここまで変わってくるものなのね。

「ところですみれ、なんかいろいろ喋りながら戦ってたよな。あれがクールにカッコいいってやつなのか?」

 包帯を巻き終わった後で、みことが聞いてくる。

「やつなのかって、なんで疑問形なのよ?まず名乗りをあげて正面から挑み、勝負がつけば刀を納めて余裕のある態度を示す。これがバウンティハンターの浪漫でしょう。なんで分からないかなー?」

「いや、丸腰のコソ泥を一方的に滅多刺しにする姿は、どう見てもクールでもカッコよくもなかったが‥‥‥」

「それはエリスが弱すぎたせいだもん!私だってエリスがこんなに弱いと思ってなかったから、ちょっと困っちゃったし‥‥‥こんなハズじゃなかったの!本当はもっと、こう、拮抗した戦いをギリギリで制するような、そんな展開が理想であって」

 私が浪漫について語っていると、目を覚ましたエリスが言った。

「弱すぎて悪かったな。一方的にボコられてさらに文句まで言われるとは思わなかった」

「あ、起きちゃった。それじゃ憲兵まで連行するわね。もし抵抗するなら‥‥‥」

 私が大苦無の刃を見せながら脅しをかけると、エリスはお手上げのポーズをしてみせた。

「はいはい、抵抗なんてしないよ。というか、憲兵に突き出したところですぐに釈放されるからね。大した罪状なんてついてないんだし」

「あら、それは良かったわね。私は報奨金さえ受け取れればその後は興味ないのだけど、釈放されたらもう手配されるようなマネはしないことね」

「‥‥‥ああ。そうするよ」

 素直に連行されるエリスを憲兵に突き出すと、賞金1000catを手渡された。バウンティハンターとしての初仕事、見事成功だ。

 

「さて、一仕事終わったことだし、当初の予定通りバークに向かうとしましょうか。海辺ならではの特産品とかあれば交易に使えそうだけど、どうかしらねー」

「気をつけて行ってくるんだぞ。危ないと思ったらすぐに引き返して、傭兵が必要だったら金に糸目はつけずに雇って」

「はいはい。みことは心配性ねえ。ちゃんと戻ってくるから、安心して鍛治の修行に励んでて頂戴」

 手をひらひらと振って答える。そうは言いつつ、心配してもらえるのってちょっと嬉しいかも。

「それじゃボクは研究台の大型化に取り組むとしよう。すみれが戻ってくるまでには完成させるから、楽しみにしておいて」

「うん。そっちも頑張ってね。それじゃ、行ってきます」

 そうして2人と別れて、地図を見ながら北東へと進む。道中、スキマーや反乱農民がうろうろしていた。もし警戒を怠っていたら襲われていたかもしれないけれど、長旅で索敵の重要性は理解しているつもりなので特に問題なくバークに到着した。移動だけで約半日か。今から町を見て回ってすぐに帰ったとしても、ショーバタイに戻れるのは真夜中になるわね。ならいっそ、この町で一泊して明日、夜が明けてから帰路につく方が安全かも。みことも安全第一って念を押してたし、うん。そうしよう。

 私はまずぐるっと街の中を一通り回ってみる。酒場に鎧店、衣料品店と、様々な店舗が充実しているが、それよりも何よりも。

「海、よね。これが‥‥‥」

 町の北側に広がる、一面の水。水。水。私が幼い頃、『海って何?』と尋ねたら、『大きな池さ』と教えてもらったことがある。きっとあの人も、実物の海を見たことがなかったのだろう。今私の目の前に広がる海は、大きな池なんてものじゃなかった。果てすら見えない、途方もない量の水。水平線という言葉の意味を、初めて知った。

「泳げるかしら、これ」

 広さという意味では、全く問題ない。けど広すぎて、無闇に遠くまでいくと戻って来れないかもしれない。それはちょっと困る。

「まあ、お楽しみは最後にとっておきましょう。まずはお店巡りっと」

 結論から言うなら、交易に使えそうな品は見つからなかった。強いて言うなら水が安かったが、かさばる上に重い。荷馬車でもない限り、これで交易は無理だ。一通りの店を回り終えて、さていよいよ海に、と思ったところで。とんっ、と誰かがぶつかってきた。

「おっと、ごめんよ」

 ぶつかってきた赤髪の女は目も合わせずにテキトーに謝って、そのまま去っていく。ぶつかるほど狭い路地でもないし、絶対わざとでしょう今の。

「ちょっと!なんのつもり!?」

 私は赤髪の女を追いかけて、その肩に手をかけた。

「んんー?なんのつもりって、何が?オレがスッたって証拠でもあるのかよ?」

 赤髪の女がおかしなことを言い出した。スッたって?

「え、スリ?私はただ、ワザとぶつかってきたでしょうって言いたかったのだけど」

 ポケットに手を入れて確認してみる。あ、ポケットに入れておいた小銭がない。赤髪の女は困ったように視線を泳がせた。

「‥‥‥え。あ、あれれー、もしかしてオレ墓穴掘った?」

「‥‥‥ずいぶんマヌケなスリがいたものね。盗ったお金、返して頂戴」

「ふ、ふんっ!いいじゃねえかちょっとぐらい!オレはもうここ数日何も食べてないんだ!腹が減って死にそうなんだよお!」

 いきなり逆切れされても困る。それに数日何も食べてないなんて、おかしなことを。

「何、変なこと言ってるのよ?食べるものなら、わざわざ盗らなくてもそこにいくらでもあるじゃない」

 ほらそこに、と言って門の近くに倒れてるスキマーを指差す。まだ解体できる肉が残ってるはずだ。なのに赤髪の女は表情を引きつらせて、プルプルと首を振って拒絶する。

「ひっ、あ、あんなのムシじゃねーか、巨大なムシ!食える訳ねーだろ!わた‥‥‥じゃなくてオレ、苦手なんだよ‥‥‥!特にスキマーはぜってームリ!」

「ええ?ムシが苦手とか、何をそんなお嬢様みたいな事を」

 私が呆れてそう言うと、赤髪は慌てたように否定した。

「お、お嬢様じゃねーし!どこからどう見てもお嬢様なんかじゃねーだろ、なあ!?」

「え、うん。そうだね‥‥‥」

 確かにボロボロの服や乱暴な口調はお嬢様から程遠いのだが、こいつは何を慌ててるんだろう。そこまで強く否定するような事だろうか。

「‥‥‥ヘンなやつ」

 つい、思った事をそのまま言ってしまった。

「へ、ヘン?そんなにヘンなのか‥‥‥自分じゃ割とうまく演じてるつもりなんだが‥‥‥」

 赤髪が小声でボソボソ言ってるが、声が小さすぎてうまく聞き取れない。と言うか、こいつと喋ってるとなんだか怒る気も失せてくる。盗られた小銭もそれほど大した額でもないし。

「はあ、全く。そんなにムシが苦手なら、私が代わりに解体してあげるわ。その肉を焼いて食べれば、お腹も膨れるでしょ」

「え、いいのか?そ、それなら何とかイケるかも。うん、頑張る‥‥‥!」

 別に頑張るようなことでもないんだけどなあー。私はスキマーのお腹の柔らかい部分をナイフでザクザクと切り裂いて、一口サイズに切り分ける。自分の分と赤髪の分、合わせて二切れ。

「はい、こっちが君の分ね。どうぞ」

 赤髪はその手で一切れの肉を受け取って。困ったような、照れたような表情で一瞬の逡巡の後。

「えっと、その。ありがと」

 そう、言った。素直にしてれば、けっこう可愛いのに。




第18話まで読んでくれた方、ありがとうござます。前回の感想をちょっぴり取り入れつつ、レッド合流回となります。次回も引き続きすみれ視点でお送りします。


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第19話 帰還

「へえ。それじゃレッドは、もうずっとこの町で暮らしているの?」

 もぐもぐ。焚き火で焼いたスキマーの肉を頬張りながら尋ねる。

「ああ、もう10年くらいになるかな。我ながら、よく生き延びたもんだと思うぜ」

 レッドも焼けた肉を頬張りながら答える。見た目がムシの原型を残してないなら平気なようだ。

「ふうん。ずっと一人で?お父さんやお母さんのことは‥‥‥聞かない方がいいのかしらね?」

 以前イズミに注意された事を思い出しながら、慎重に尋ねてみた。

「いや、そんな事ねーよ。2人ともピンピンしてらあ。特にオヤジの方は、殺したって死にはしねーよ。オレの方が勝手に、あのクソオヤジに愛想尽かして家を出てきただけだ。そっちこそどうなんだよ。ずっと1人で旅してんのか?」

「ううん、今は1人じゃないわよ。みことがショーバタイで帰りを待っててくれてる。あと、イズミも」

 私がそう言うと、レッドは少し驚いたような顔をした。旅の連れがいるのって、そんなに驚くほど珍しい事かしら。

「あ、いや。この辺じゃ珍しい名前だなと思ってな。すみれの故郷には、そういう名前も多いのか?」

「うーん。どうなのかしら。私の故郷ってリバース鉱山だし。ちゃんと名前で呼ばれる方が珍しいって言うか」

 私がそう言うと、レッドは大袈裟にゲホゲホとむせていた。あー、さらっと言う事じゃなかったか。いきなり聞かされたら、そりゃびっくりするよね。

「そ、それじゃあんたら、リバースからここまで3人で旅してきたのか!?」

「ええ、そうね。正確には3人じゃなくて2人で、イズミとはショーバタイに着いてから知り合ったのだけど」

「そっか。なあすみれ。すみれは明日になったらもうショーバタイに戻っちまうのか?」

「うん、そのつもりよ。あまりみことを心配させたくないもの。みことってば本当に心配性で、バークに向かう時だって‥‥‥」

 くすくすと笑いをこぼしながら、ショーバタイを出発するときの彼の様子を伝える。

「だったら、なあ。オレも一緒に連れてってくれねえか?!」

「え?ええまあ。それは構わないけど」

「よっしゃ!約束だぜ!一人で先に帰ったりすんじゃねーぞ!」

 私の話のどこがレッドの興味を引いたのか分からないけれど、何だか彼女はもう一緒に来る気満々のようだった。まあ帰り道も安全とは限らないのだし、1人よりは2人の方が安心なので断る理由もないのだけど。

 

 食事のあとは食後の運動として、2人で海を泳いでみた。レッドはすぐに飽きたらしく、先に1人で宿に戻ってしまったので、そのあとは私だけで夜の海をたゆたう。仰向けになってぷかぷか浮かびながら夜空を眺めていると、まるで夜空に吸い込まれそうな錯覚が楽しい。ひとしきり海を満喫して宿に戻ると、レッドはもうすうすうと寝息を立てていた。

「‥‥‥寝相いいなあ」

 眠っているレッドを見て、そんな感想を抱く。私やみことはよくベッドから転がり落ちそうになっているのだけど、レッドはそんな様子もなく気持ちよさげに眠っている。これで服装さえ整えれば、本当に育ちの良いお嬢様で通用するんじゃないだろか。

「まさかね」

 そんなわけないか、と考え直して私もベッドに横になる。

 

 翌朝。陽が昇ってすぐに町を出発した私たちは、特に何事もなく昼前にショーバタイに到着した。明るい時間にしっかり警戒しながら進めば、砂漠の都市間も割と自由に行き来できそうだ。

「丸1日ぶりかしらね。みこと、イズミ。ただいま」

 自宅のドアを開けると、なんだろう。変な匂いがする。パンと肉が焼けるような、いや、焦げるような匂い?

「お、おかしーじゃねえかイズミ。俺はレシピ通りに作ったはずだぞ!?」

「なんだよ、ボクのせいだって言うのかい!?焦げないようにちゃんとみてなかったのはキミじゃないか。‥‥‥て、ああすみれか。おかえりー」

 家の中には、昨日まであった小さな研究台が撤去され、代わりに新たな設備が増えていた。コンロだろうか。あれで料理をしていたらしい。それで、失敗の原因をみこととイズミの2人で押し付け合っていたと。うん、理解した。

「‥‥‥ずいぶん楽しそうな事になってるわね。何を作ろうとしてたの?」

「ミートラップだよ。資材屋に料理本が入荷したからレシピを調べてみたんだけど、そしたらみことが張り切っちゃってね。俺が作るんだーって」

「‥‥‥っふふ、まさかリバースを出るときの約束、気にしてたの?」

 確かリバースを出るときにみことはそんな事を言っていた。私の気分を軽くするためについた嘘なんだって、さすがにもう気づいていたけど。そっか、守ろうとしてくれてたんだ。あの約束。

「まあ、な。結局うまく作れなかったけど。ところで、後ろにいる赤髪の人は誰?」

 みことが私の後ろにいたレッドを指して聞いてくる。

「ああ、紹介するわね。この人はレッド。バークで会った、ええと。ええと‥‥‥ドロボウさん」

「はあ!?ちょ、おま‥‥‥もうちょっとマシな紹介の仕方ねえのかよ!!」

 声を荒げるレッド。そう言われても、他にどう言えばいいのやら。

「もうちょっとマシな、ねえ。そうねえ‥‥‥家出娘?」

「ああ、まあその通りなんだが‥‥‥もういいよ。自分で自己紹介するから。オレはレッド。特技は盗みを少々。あと料理もできるぜ。小さい頃に親父から厳しく教えられたからな。あ、誤解すんなよ!盗みって言っても、生きるために必要な分をほんのチョロっとだからな!」

 言い訳するようにそう付け足すレッド。うんうん、生きるために必要なら仕方ないわね。私が民家から服や食料を盗もうとしたのだって生きるためだし、仕方ないわね!結局民家じゃなくて避難小屋だった訳だし、どう考えてもセーフよね!

「‥‥‥うん、すみれと気が合う理由が分かった気がする。初めまして、レッドさん。‥‥‥ええと、初めましてだよな?いや、なーんかレッドさんの声に聞き覚えがあるような、無いような‥‥‥気のせいかな?」

 え、知り合いなの?確か私もみことも、先日初めて都市連合に来たばかりのハズなんだけど。

「‥‥‥知り合い?」

 レッドに聞いてみてるが、彼女は軽く首を横に振り。

「‥‥‥気のせいさ、多分ね。はじめまして、みこと」

「うん、まあ気のせいだよな。まだこっちに来たばかりだし、そんなに目立つ髪なら忘れないだろうしな。‥‥‥そうだ、料理できるってんだったら、ミートラップとかも作れるかな?さっき自分で作ろうと思ったんだけど、なかなか上手くいかなくてな」

「ああ、それなら得意料理だよ。コンロ借りていいかい?ちゃちゃっと作ってやるさ」

 そう言って手慣れた様子で肉を焼いていくレッド。ホームレスだったくせに電気式のコンロを易々と使いこなせてたり、この都市連合では高価なパンを使った料理を『得意料理』と言ってたり‥‥‥ひょっとして家出前は本当にお嬢様だったりするのだろうか。そんな事を考えている間にも、美味しそうな香りがどんどん広がってくる。肉はしっかり火を通して、パンは肉汁をこぼさないよう外側だけパリっと火を通して。けれど中はふわふわになるよう火加減を調節して。素人の私が見ててもわかる。レッド、料理上手だ。

「はい、お待ちどうさん。冷めないうちに食っちまいなよ」

「うん!」「おう!」「もらった!」

 私、みこと、イズミがそれぞれ出来立てのミートラップに手を伸ばす。真っ先にミートラップを勝ち取ったのは小柄なイズミだった。イズミは遠慮なくミートラップに齧り付く。

「熱っ、あ、でも美味しい!出来立てだからかな、お店で売ってるヤツより美味しいよ!」

 お世辞というわけではなく、本当に美味しそうに食べるイズミ。まあお世辞を言うような性格の子でも無いから、ますますミートラップに対する期待が高まる。

「そんな奪い合わなくたって、すぐに2つ目ができるよ。ほらすみれ、これで昨日のドライミートと宿代の礼って事で」

 もう一度取り合いになる事を危惧してか、名指しでミートラップを渡される。乱暴に振る舞ってるくせに妙に気配りができるところに感心しつつ、ミートラップにかじりつく。

「‥‥‥美味しい!それにこのお肉の柔らかさは何!私が焚火で焼いた肉と全然違うじゃないっ!」

 素材は同じはずなのに、理不尽に感じるほどの出来栄え。

「ああ、隠し味にラム酒を少々な。さっき警察署に寄ったら、押収品のラム酒が捨値で売ってたのさ。きっとマヌケな酒泥棒が捕まったんだろうが、そのラム酒をちょっとだけ混ぜて肉を柔らかくして‥‥‥と、言ってる間にできたぜ、みこと」

「サンキュー!うん、ありがとう!すごく美味しいよ!」

 受け取ったミートラップにかぶりつきながら、素直に称賛の声をあげるみこと。ああ、それは私が言って欲しかった言葉なのに‥‥‥

「ばっ、バカなのかいキミは!?ああバカだったね畜生!」

 イズミがみことに詰め寄って罵倒している。

「な、なんだよ。イズミが教えてくれたんじゃないか。何も間違えてないだろう?」

 ‥‥‥まあ、確かに。イズミは私に気を使ってくれているんだろうけど、レッドの料理は確かに美味しい。私なんかの作る焦げた焼き肉もどきと比べたら、反応も違って当然だ。そう、どうせ私なんか、私の作る料理なんか‥‥‥

「ほ、ほらあ!すみれが落ち込んじゃったじゃないか、この唐変木!」

「え、なんでだよ。俺は料理を褒めただけで、すみれが落ち込むような事なんて一言も」

「なんで分からないかなあ!?これだから女心を解さない男は!」

 イズミとみことが言い争いを続ける隣で、レッドは自分の分を焼き上げて食べていた。

「ああ、うめえ。コソコソ隠れずに堂々と食える飯ってのは、いいもんだな‥‥‥」




第19話まで読んでいただき、ありがとうございます。次回はまた幕間の物語となる予定です。主役を務めることになるのが誰になるのか、予想しながらお待ちくださいませ。


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幕間 上級審問官ヴァルテナ

「ご報告申し上げます、ヴァルテナ様!」

 部屋に入るなり敬礼してそう告げる審問官に辟易しながら、俺は応える。

「あー。いい、いい。俺がそういう堅苦しいのは苦手なの知ってるだろ?んで、何の知らせだ?」

 俺がそう言うと審問官は敬礼していた手を下ろすのだが、それでも敬語は止めようとしない。彼だけでなく、国中のほぼ全員が似たような態度で俺と接してくる。上級審問官ってのは、友達も作っちゃいけないのかねえ。

「は、はい。以前より捜索命令の出ていた脱走した召使いの2人についてです。それらしき人物をドリンで見かけたと報告がありました」

「おお!そいつぁよくやったな!セタの野郎も喜ぶと思うぜ!で、そいつらはもう連れてきてるのか?」

 セタ。俺とタメ口で語り合うことのできる、今となっては唯一と言っていい友人だ。年はセタの方が一回り上だが、よく一緒に酒も飲む仲である。まあセタのやつはあれで泣き上戸で、酔いが回るといっつも娘の事を語りながら泣いてるのだが‥‥‥おっと話が逸れたな。今は脱走奴隷の話だっけ。

「いえ、それが‥‥‥取り逃しまして、現在はおそらく都市連合内部に逃げたものと思われます。申し訳ありません」

「はあ!?取り逃したってお前、たかが脱走奴隷だぞ!?どこに逃げられる要素があるってんだ?」

「申し訳ありません。報告によると、ドリンに侵入して目標を確保しようとしたところ、町を守る侍と戦闘になり部隊は壊滅したとあります。あと脱走奴隷ではなく、脱走した召使いです。一応」

 侍と戦闘になった、か。脱走奴隷を捕まえるだけなら、そんな必要はないはずだ。目標が街を出るまで待てばいい。それをしなかったという事は。

「ああ、なるほど。脱走奴隷を確保するついでに町も落とそうとして失敗した訳か。二兎追うものは一兎も得ずってやつだな」

「はい、おそらくは。あと、脱走した召使いです。一応」

「りょーかい。分かった分かった。捜索隊は引き上げさせろ。都市連合に逃げられちまったら、さすがに手が出せねえ」

 皇帝とセタにも、作戦失敗の報告を届けないといけないな。後で伝令を走らせるとするか。

「かしこまりました。それで、その‥‥‥」

「あん?まだ何かあんのか?」

 伝令に持たせる文章をどうするか考えていると、審問官が言いにくそうにしながら告げてくる。

「いえ、作戦に失敗した部隊長の処罰についてです。いかがいたしましょう」

「はあ?そんなもんいらねーよ。人間なんだから失敗くらいあんだろ。いちいち処罰してたらキリがねーっての」

「し、しかし。功を焦っての失敗であるなら、何らかの処罰をせねば示しがつきません。前例を作ってしまえば、今後、部下を無駄に死地に向かわせる部隊長が出てこないとも限らないのですから」

 彼の言葉にも、一理ある。ああもう、メンドくせーな。

「‥‥‥だったら便所掃除だ。失敗した部隊長には帰投後、一週間の便所掃除を命じる。それで処罰って事で」

「か、畏まりました」

 

 一礼して部屋を出る審問官。‥‥‥やれやれ。

 『上級審問官』か。偉くなれば、何だって思い通りになると思っていた。地位と権力と武力があれば、この世界で好きに生きられるのだと、そう思っていた。だから必死になって武技を磨いたし、国が定める『オクランの教え』とやらも律儀に守って今の地位を手に入れた。‥‥‥その為に、司祭が邪悪だと判断した者は、躊躇う事なく火に放り込んだ。たとえそれが何の罪もない少女であっても。その成果もあって今の俺には、地位も権力も武力もある。‥‥‥それなのに。

「なーんか。思ってたのと違うなあ」

 高い給料をもらって、国中から尊敬され、たった一言命令すれば百を超える部下が俺のために命をかけて戦う。そう聞くと羨ましいと思う者も多いだろう。かくいう俺も、自分がこの立場になる前は羨ましいと思っていた。だが、実際になってみるとどうだ。時折訪れる旅人の方が、俺よりよっぽど自由で生き生きとしているように見える。10年前、セタの娘さんがここを通った時もそうだ。胸いっぱいに希望を詰め込んだような、キラキラした瞳をしていた。その旅路に水をさしたくなくてつい行かせちまったが、あれは失敗だったかなあ。長くても1週間くらいで帰ってくると思ってたのに、ちっとも帰ってこないんだもん。セタのおっさんが泣き上戸になったの、あれからだっけ。‥‥‥都市連合で、うまくやってんのかなあ、あのお嬢ちゃん。わりかしうまくやってそうな気もするし、そううまくいかないような気もする。

 書きかけだった手紙に視線を戻す。セタへの伝令に持たせる文章は‥‥‥こんな感じでいいか。

 

『悪りぃ、失敗した。また今度飲みに行こうぜ、奢ってやるからさ』




 幕間の物語ヴァルテナ編、読んでくださりありがとうございます。次回の投稿は諸事情により遅くなりそうで、1ヶ月ちょっと間が開いてしまいそうです。一応レッド視点での話を予定しているので、気長にお待ちいただければ幸いです。


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第20話 幼なじみ

 カンッ、カンッと、鍛冶場にてみことが鉄を叩く音が響いている。オレはそれを隣で眺めていた。

「毎日ご苦労さんだね。調子はどうだい、みこと?」

 まずまずかな、と言ってみことは完成した杖を見せてくる。その武器のランクは修理品等級。名前だけ見ると弱そうだが、実のところその辺の野盗が持つ武器よりもちょっと上くらいの品質だ。武器としても十分に実用可能なレベル。

「そろそろ杖ばかりじゃなくて、もっとまともな武器も作ってみたいと思ってるんだけどさ。レッドは何か、使ってみたい武器とかある?」

 みこと達と数日一緒に過ごしているうちに、呼び方も『レッドさん』から『レッド』へと変わっていた。イズミも含めて皆呼び捨てで呼び合ってるし、なんか自然とそうなった感じだ。

「うーん。そう言われてもなあ。別に武人じゃないんだし、極端に重すぎたり弱すぎたりしない限り、違いなんて分からねーし。‥‥‥ああでも、強いて言うなら迫力のある武器がいいな!威圧感があって、見るだけで相手が逃げ出すようなやつ!」

 そう素直にリクエストしてみる。うん、ナメられないってのは重要だよな。特にこの都市連合では。

「そっか。つまり見た目重視ってことだな。ストートの街に武器屋があるらしいんだが、みんなで買い物に行かないか?気に入った武器の設計図があったら、作ってやるよ」

「お、おう‥‥‥なんだか悪ぃな、世話になっちまって」

 気にすんなって。そう言って笑うみこと。昔と比べて、ずいぶんたくましい男の子になったな、と思う。昔はもっとこう、その‥‥‥オブラートに包んで柔らかい表現で言うなら可愛らしいと言うか、もっとストレートに言うのなら平和ボケしたアホっぽい子供と言うか。そんな感じが抜けて、代わりに慎重さと筋肉が身についているように感じた。体格も一回り大きくなっていて、それでいて損得勘定なしに他人のために動ける優しさは昔と変わってなくて。‥‥‥彼は、本当に気付いてないのだろうか。私が昔助けたシェリーだということに。彼は私を庇ったせいでリバースに送られ、そこで何年も過ごしてきた。やっぱり、恨まれているだろうか。もしも私がセタの娘だと名乗ったとして、その後も今のように笑顔を向けてくれるだろうか。

「‥‥‥?どうしたんだよ、レッド。急に黙っちまって」

 怪訝そうに首を傾げて聞いてくるみこと。もしかして表情に出てただろうか。思考をかき消すように軽く首を振る。

「いや、なんでもないさ。なあ、みことはなんでリバースを脱走したんだ?」

 そんなリスクを犯さなければ、今頃はスタックの家族の元に帰ることだってできただろうに。声には出さず、内心で呟く。

「んー、そうだな。俺が脱走したかったというよりは、すみれを逃したかったからかな。あのままだと一人で無茶しそうでさ、ほっとけなかったんだよ」

 なるほど。それはちょっと分かるかも。すみれはちょっと、他のヤツとは違う気がする。初めて会った時から、そんな感じがしていた。なんとなく気になると言うか、放って置けないというか。‥‥‥けど。

「けどさ。それって家族の元に帰ることより大事だったのか?いやもちろんみことはスゲーと思うぜ。他人のためにそこまで必死になれる奴なんてそういねーよ。そのおかげでオレ達もこうして会うことができた。けど、脱走犯になったら二度と家族の元に戻れないって、分かってただろ?みことの帰りを待ってる奴だって、居たんだろ‥‥‥?」

 オレがそう尋ねると、みこともそうだな、と頷いて。

「けど。それでもすみれを放っておけなかった。助けてやりたいって、俺が思ったから。俺は自分の気持ちに嘘をつけるほど、器用じゃなくてね。‥‥‥それに俺の父さんは正義感の強い男でね。もし助けを求めてる女の子を見捨てて帰ってきたなんて言ったら、すぐ追い出されちまっただろうさ。そんな腰抜けは俺の息子じゃないーってね」

 そんな風に、笑って言ってみせた。一丁前に男の顔しちゃってまあ。リバースでの労働が彼を成長させたのか。それとも、すみれが彼を変えたのか。

「俺はさ。背中丸めて生きていくなんて嫌なんだよ。胸を張って生きろ。胸を張れる生き方をしろ。それが、父さんが俺にたった1つ求めたことだった。だから俺は、何があってもその父さんの教えだけは守っていくって決めてるんだ」

「そっか。いいお父さんなんだね」

「ああ。自慢の父さんだ。紹介できないのが残念だぜ」

 そう、素直に父を称賛するみことを‥‥‥ちょっと、羨ましく思う。父のことをそんな風に思えたら、どんなに素晴らしいだろう。そんな風に思えるような父親だったら、どれほど良かったことだろう。

「そうね‥‥‥残念だわ」

「へっ?」

 あ!やば、口調が昔に戻ってた!!みことがめっちゃ『え、急にどうしちゃったの?』みたいな顔で見てきてる!なんとか誤魔化さないと‥‥‥でも誤魔化せるのか?いや、やるしかない!

「な、なーんてな!男の子ってこういうのが好きだったりするんだろ!?あ、でもオレじゃ似合わねーか!あははははっ!」

「‥‥‥」

「あ、あはははは」

「‥‥‥」

 あの。真顔でじっと見つめるのやめて欲しいんですが。せめて何か言って。

「‥‥‥もしかして、シェリー?」

 あ。バレた。

 

 

 

 その後。オレ達はいろいろな話をした。どんな話かって、いろいろだ。最後に会ったあの日から10年間。その間にあった、いろいろな事を語り合った。みことは、リバースに送られたのはレッドのせいじゃないから気にするな、と言ってくれた。そう言ってもらえて、ほっとしている自分がいる。けどまさかリバース鉱山で彼女を作ってるとは思わなかったな。そう言ってやると、みことは。

「へっ?い、いやすみれとは、彼女とかそんな関係じゃないが」

 などと言い返してきた。え、付き合ってないの?絶対に付き合ってるものだと思ってたんだけど。そこにイズミも加わってくる。

「何照れてんのさー。隠さなくてもいいじゃん、今更さー」

 ‥‥‥それはそうとタイミングいいな、イズミ。おそらくずっと会話を聞いてて、口を挟むタイミングを伺っていたと見た。

「いや、だから本当に俺たちは付き合ってなんか」

 なおも否定を続けるみこと。オレとイズミは顔を見合わせる。もし本当にみことの言うとおり、2人は付き合ってないのだとしたら‥‥‥ひょっとしてオレにもまだチャンスある?そんな風に考えていると。噂をすればなんとやら。鉄板の買い出しに出ていたすみれが帰宅した。

「ただいま〜。鉄板重いー、疲れたあ」

 鉄板を目一杯まで詰め込んだバックパックを床に投げ出して、そのまま座っているみことの膝の上にダイブするすみれ。これはあれか、膝枕って奴か。

「おー、サンキューなすみれ。肩凝っただろ?」

 そんなすみれに驚くこともなく、当然のようにみことがそのまますみれの肩や背中をほぐすようにマッサージ。‥‥‥うん、無理!チャンスなんてねーわ!むしろこれで付き合ってないとか絶対ウソだろ!

(なあイズミ。どう思うよこれ)(どうって言われてもさ。付き合ってるでしょ。隠せてるとでもおもってるんじゃない?)

 ひそひそとイズミと囁き合う。やっぱりそうだよなあ。

「な、なんだよ?」「ん?どうしたの?」

 視線に気づいたみこととすみれが、顔を上げて聞いてくる。いやお前らこそ何してんだよと聞いてやりたい。

「あー、うん。もういいや。最初の話に戻るけど、ストートへの買い物にはいつ行く?設計図、買いに行くんだろ?」

「わ!ついに本格的な武器製作に取り掛かるのね!私はやっぱり刀がいい!研ぎ澄まされてて、スパスパッて斬れるやつ!」

 すみれが目を輝かせて言う。

「あー、ボクはいいよ。ちょっと前にクロスボウ買っちゃったんだ。だからこれで」

 イズミは『つまようじ』と呼ばれるクロスボウを取り出してそう言う。名前から想像できるように弱っちい武器だが、実は扱いやすさはピカイチで意外にも人気のある品だ。使いやすいクロスボウといえば、これかレンジャーの2択だろう。

「ってことは、レッドの武器とすみれの刀の2本分で良いのか。お金も‥‥‥うん。十分足りるな。今から行くか」

 そう言ってみことは腰を上げ、出かける準備をする。みことの膝に頭を乗せていたすみれはゴロンと床に転がった。

「ボクは欲しいものもないし留守番しながら研究の続きを‥‥‥いや。でも『つまようじ』の試し撃ちもしてみたいな。道中の野盗やスキマー相手なら遠慮なくぶっ放せるし‥‥‥うん、やっぱりボクも一緒に行くよ」

 そんなわけで。皆で揃って買い物となった。4人で揃ってどこかに行くってのは初めてかもしれない。

 

 ストートの街は、ストーンキャンプを超えてそのまま南西に行った場所にある。距離的にはバークよりも近い。

「で、ここが武器屋か。やっぱ侍の町なだけあって、刀系の武器が充実してるな。すみれ、気に入ったのはあるか?」

「そうねえ。大太刀とか野太刀もかっこいいけど、もうちょっとシャープなのもいいかも‥‥‥あら、これ?」

 そうしてすみれが手に取ったのは、狐太刀。狐太刀と書いてコダチと読むらしい。基本性能は野太刀と同等でありながらスケルトンに対しても比較的刃が通りやすく、さらに軽くて丈夫な鍔により防御もしやすいといった、いわゆる野太刀の上位互換的な性能。そして性能だけでなく造形も細部に拘っていて、うん。オシャレだ。

「これいいかも!うん、私これがいい!」

「よし、じゃあ決まりな。レッドはもう決めたのか?」

 そう聞いてくるみことに、オレは1本の武器を手に取って。

「おう!みろよコレ!かっこよくね?」

 そうしてオレが手に取ったのは、鎌だ。人の身長をゆうに超える、巨大な大鎌。農具を改良して戦闘に使えるようにしたものらしいが、これがまた大した迫力を醸し出している。ちなみにこの十年ですっかり今の口調に慣れてしまった為、今更『昔の話し方でいいよ』と言われても戻せなくなっていた。とはいえ昔のことを思い出しながら話していると無意識に昔の口調になってたりするのだけど。

「お、おお。構わないけどその大鎌、使いにくくないか?」

「何言ってんだよ。そんなの使い慣れちまえばどうとでもなるだろ?それに使いにくいって事は、敵から見れば受けにくいってことさ。何よりほら、かっこいいし!迫力あるし!」

 迫力大事。ちょー大事。

「そっか。結構重そうだけどまあ、レッドが良ければいいか。案外すぐに決まったな」

「そうだな。それじゃまたショーバタイに戻って、設計図をみながら武器を作れば‥‥‥ん?おっと悪い」

 店のカウンターの前で話し込んでいたら、いつの間にか背後に別の客が並んでいたのに気づいて慌てて場所を開ける。ずいぶんと背の高い、体格のいいお姉さんだ。

「ああ、別に気にしないで頂戴。あたしはただのウィンドウショッピングだからね。‥‥‥買うお金もないし」

 そうしてお姉さんはカウンターでひとしきり武器を眺めたあと、「うん、買うお金がない‥‥‥」と呟いてUターンして店を出ていく。‥‥‥なんだろう、他人事なのに妙にやるせないと言うか、背中が寂しいと言うか。

「ま、まあ買い物は終わったし、ショーバタイに戻りましょうか」

 とりなすようにすみれがそう言い、オレたちはそのまま帰路についた。




第20話まで読んでいただき、ありがとうございます。そしてお待たせしました。今回登場している武具はChaoticFox氏のmodから使用させてもらっています。見た目もよく、かつバランスを崩さない程度の性能の武器が豊富で重宝させてもらっています。次回はもうちょっと早く投稿できる予定‥‥‥できるといいなぁ(願望


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第21話 強くなるために

「ふっ、我ながら会心の出来栄えだぜ」

 ついに完成した狐太刀と大鎌。そのランクは両方ともカタンNo1等級だ。実は今使っている鍛治場では本来、修理品等級までの武器しか作れないのだが、まれになんかこう、鉄の温度とか純度とかそういうのがビシッ!とハマって本来よりも性能のいい物が仕上がることがある。それがこのカタンNo1等級。だいたい10本作って1本くらい、こういった大成功がある。この等級を2種類も完成させるのは、なかなか骨が折れたぜ。

「こっちも出来たわよ、みこと!じゃーん!『放浪者のジャケット』の高品質等級!」

 俺がこの2振りの武器を完成させる間に、すみれは革防具の製造を頑張っていた。と言うのも、完成した修理品等級の武器を売れば結構な高値で売れてしまうのだ。なので資金繰りに出かける必要もなくなり、本格的に手持ち無沙汰になったすみれが暇つぶしに防具製造を始めたわけだが‥‥‥これがなかなか上達が早く、既に俺たち4人の装備は高品質等級の装備で揃えられていた。これ、店で買おうと思ったらかなりの金額が必要になる奴だぞ‥‥‥。ちなみに放浪者のジャケットは別名きりたんジャケットなどとも呼ばれていて、とある有名なkenshiが愛用した装備なのだとか。

 なおレッドは防具の材料となるなめし革を作ったり、イズミが使うクロスボウの矢を作ったり、料理したりと器用に立ち回っていた。うまく気を利かせて、足りない部分を埋めるように動いてくれるのですごく助かっている。レッドいわく「一つのことに集中するのはどうにも性分に合わない」とのこと。いろいろ動いている方が楽しいんだそうだ。イズミに至ってはもはや言うまでもないだろう。あの子はずっと本を読んでいた。

「つまりこれで、とりあえず俺たちの武器と防具が揃ったわけだな。それも、そこらの盗賊なんかよりよっぽど上等なものが」

「そうね。なら後は‥‥‥実戦経験あるのみ!!」

 シャキーン!と刀を構えて戦意を示すすみれ。まあ剣士を目指すすみれとしては当然そうなるだろうが、イズミやレッドはどうなんだろう。危険が伴うことだから、あまり無理強いはしたくない。

「うん、ボクも賛成だよ。普通のお店で入荷してる本はあらかた研究し尽くしたし、そろそろ古代技術の研究にも着手したいところだったからね。とはいえ無力なまま古代の遺跡に踏み込むほど、ボクは愚かじゃない」

 イズミは乗り気のようだった。そうか、古代遺跡の探索か。遺跡を探索できるようになれば、もっと性能の研ぎ澄まされた武器を作ることもできるんだっけ。うん、俄然やる気が湧いてきた。レッドはどうだろう。

「お、オレは‥‥‥正直に言うと、怖えよ。昔雇った傭兵が、血塗れになって死んでいった姿が、今でも目に焼きついてる。戦わずに生きていけるなら、そうしたいってのが本音だ」

「‥‥‥そっか。なら」

「でも!」

 なら留守番を、と言おうとした俺の言葉を遮るように、レッドは語気を強めた。

「でも、戦わずに生きていけるほど、生優しい世界じゃねーだろ!オレは弱い自分に嫌気がさして、『シェリー』の名を捨てたんだ。けど結局、強くなんてなれなかった。強がることしかできずに、戦いを避けて生きてきた。そんなオレだけど‥‥‥お前らとなら、戦える気がするんだ。すみれや、みこと、イズミと一緒なら。共に戦って、強くなれる気がする。‥‥‥頼む。オレも一緒に戦わせてくれ」

 ヒュウ、と口笛を吹いて見せたのはイズミだ。かっこいいじゃん。

「ええ、もちろん!一緒に頑張りましょう、大陸最強の剣士を目指して!」

「え、大陸最強?オレ、別にそこまでは目指してなんか」

「いーからいーから!目標は高い方が面白いって!」

 ‥‥‥。まあ、そんなわけで。俺たち4人の実戦による修行が決定した。

 

 

 

 反乱農民。それは重税に苦しむ農民が貴族に対し反旗を翻して組織化した者たち。平等な社会だの、富の再分配だのと言った御託を並べてはいるが、その実態はただの野盗だ。国が食糧難にある状況を知りながら畑を耕すことすらしない、役に立たない農民。口ばかり達者でまともに働くことすら知らない穀潰し。彼らにできることなんて善良な旅人に襲いかかって追い剥ぎをすることくらい。総じて社会のゴミ。

「‥‥‥というのがボクから見た反乱農民に対する見解なんだけど、どうかな?異議のある人はいるかい?彼らをめった斬りにすることに良心の呵責を覚える人はいるかなー?」

 反乱農民についてずいぶんと過激な紹介をしつつ俺たち3人の顔を窺うイズミ。

「異議なし!全面的に同意だ!」

 即答でそう返すレッド。なにか恨みでもありそうだな。

「ふっふっふ。私はバウンティハンターよ?賞金首の仲間なら、それだけで斬る理由としては十分すぎるわ」

 酒泥棒をたった1人捕まえただけのすみれが堂々とバウンティハンターを名乗っている事に違和感を覚えるのは俺だけだろうか。ちなみにエリスくんはとっくに釈放されて、ショーバタイで元気に暮らしている。女性陣3名の視線は必然的に俺の方に集まって。

「あー、えーっと。訓練に付き合ってもらった後は、ちゃんと治療はしてやろうな?」

 俺は少し離れたところに見える反乱農民の一団を見つつ、頭をかきながらそう答えるのだった。

 

「総員、突撃ィー!!」

 

 イズミの号令を合図にして、俺とすみれ、レッドが同時に敵陣に走り込む。先手必勝だ。いや勝つ必要はないんだけど。訓練が目的なので、経験が積めるならそれでいい。反乱農民の奴らが「なんだお前らは!」とか叫んでいる。それに対して。

「なんだかんだと聞かれたら」(すみれ)

「答えてあげるが世の情け」(俺)

「制度の破壊を防ぐため」(すみれ)

「都市の秩序を守るため」(俺)

「愛と真実の悪を貫く」(すみれ)

「ラブリーチャーミーな賞金稼ぎ」(俺)

「すみれ!」

「みこと!‥‥‥ごめん無理だわ恥ずかしいって」

 事前に打ち合わせしてあった通りの台本を読み上げていた俺だが、さすがに限界だった。

「ええー!後ちょっとなのにどうしてやめちゃうの!ちゃんと最後までやりましょうよ!」

 というか何故すみれはノリノリでこういう事ができるのだろう。ちなみにこれは俺とすみれの2人でこっそりと打ち合わせした事なので、当然イズミとレッドには知らせてなかった。急に始まった俺たちの小芝居に、2人は腹を抱えて笑っている。

「最後までって言われてもなあ。俺たち勢力名とかもないし、未所属じゃ格好もつかないぞ?」

「あー、それもそうね。それじゃ帰ったら名前を決めましょう!私たちの勢力名!」

「ええー。いや名前を決める事自体は別にいいんだけどさ。この流れで決めるの?マジで?」

「うん。もちろん大マジよ」

 そんな会話をする俺たちに向かって、反乱農民のクワが襲いかかる。カキン、とすみれが上手に受け止めてくれた。

「チッ、ふざけやがって!ナメてんじゃねーぞ!」

 彼は弾かれたクワを振り上げ、二撃目を放とうとしてくるがそうはさせない。全身を使った体当たりでそいつを怯ませる。

「ごめんごめん。それじゃこっからは真剣にいくよ。うらあっ!」

 そうして、乱戦が形成される。反乱農民の人数は全部で8人。最初はクロスボウで遠くから攻撃を加えていたイズミも、今は乱戦に飲み込まれ、大苦無を取り出して防御に専念している。ちなみにすみれのお下がりだ。相手の農民は人数こそ多いものの、装備の質はこちらが上。やがて反乱農民が1人倒れ、2人倒れ、そして3人目が倒れた時。

「よし撤退!みんな下駄に履き替えて全力で走って!」

 イズミの号令。離れて全体を見渡し、撤退の指示を出すのがイズミの役割だった。誰か1人でも足を怪我したら即撤退。怪我がなくてもイズミの判断で状況が悪いと思ったら撤退すると決めていた。俺たちは持ってきた下駄に履き替えて一気に戦線を離脱する。

「よし、このまま近くの町まで走ってベッドで休もう。回復したら同じ要領で、これを夜まで繰り返す」

「うん。結構いい修行になるわね、これ」

 戦って、危なくなる前に逃げる。戦って、逃げる。戦って、逃げる。その繰り返しだ。一度に多人数を相手にする練習になるので怪我もするが、引き際さえ間違えなければいい訓練になる。




 第21話、読んでいただいてありがとうございます。勝てない相手に挑んで負けて逃げ出し、また懲りずに同じ相手に挑んでまた負ける。筆者はこの修行法を「R団式修行法」と命名しております。続けていればいつか映画でも大活躍できます。‥‥‥今回は悪ノリが過ぎましたね、この辺で失礼します。


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第22話 恋する乙女の手作りチョコ 前編

「チョコレート?なにそれ美味しいの?」

 聴き慣れない単語に、私は首をかしげる。

「ああ、美味しいとも。カカオ豆から作られるお菓子の一種さ」

 そう説明しながら、イズミは鍋をかき混ぜる。あ、なんか良い香り‥‥‥。

「もうすぐバレンタインデーだろう?せっかくだから手作りのチョコに挑戦してみようと思ってね」

 バレンタインデー?また知らない単語が出てきた。イズミと話しているとよく知らない言葉が出てくるのでちょっと大変だ。まあ聞けば丁寧に教えてくれるし、説明もわかりやすいんだけどね。

「そうか、すみれは知らなかったかな。元々は、大切な人に日頃の感謝を伝える日だったそうだよ。家族や親友に贈り物をして、感謝を伝えるんだ。それが長い歴史の中でだんだんと文化が変化していって、女性から男性に想いを伝える日になったり、贈り物はチョコが主流になったり、その十数年後にはまた感謝を伝える日に戻ったりと、様々な変遷を重ねてる。最近では治安の悪化と食糧難から、その文化そのものが忘れられて久しいね」

「ふうん。そんな忘れられて久しい文化を、どうしてまたイズミはやってみる気になったのよ?感謝を伝えるくらい、別に特別な日じゃなくてもできそうなものだけど。いつもありがとうイズミ!‥‥‥ほらできた」

 私がそう言うと、イズミは苦笑しながら少し困った顔をして。

「それはまあ、そうなんだけどね。こういうのはイベント性というか、イベントそのものを楽しむというか‥‥‥うーん。どう言えば分かりやすいかな。‥‥‥いや、言葉で説明するより、体験してみるのが手っ取り早いかな。すみれはみことに、今まで何かプレゼントした事はあるかい?」

 そう言われて、思い返してみる。防具を作ったりはしたけど、あれはプレゼントとはちょっと違う気がするし。

「‥‥‥ないわね」

「そう。だったら丁度いいね。このチョコはすみれが作ってみてよ。作り方はボクが教えるからさ」

「え、ええっ!私が作るの!?そう言われてもお菓子なんて作った事ないしっ」

「大丈夫大丈夫、カンタンだって」

 そう言ってイズミは鍋と木ベラを半ば無理やりに押し付けてくる。チョコを鍋で溶かして、長方形の型に流し込み、冷やして固める。字面にするとそれだけなのに、やってみると大変だ。鍋は結構重たいし、型に流し込んだチョコは溢れそうになるし、ちゃんと固まったか指で触って確かめようとしたらイズミに全力で止められるし。そうしてようやく完成したそれは。

「‥‥‥地味?」

 めちゃくちゃ地味だった。なんの変哲もない、縦10cm、横20cmくらいの板チョコ。見た目だけで言えば、ただの茶色い板。なんだこれは。もらって嬉しいものなのか。

「おっと、まだ完成じゃないよ。むしろ本番はここからさ」

 そう言ってイズミはある物を取り出し、私に渡してくる。それは‥‥‥

 

 

 

 

 夕刻。完成した修理品等級の武器を売った俺は、そのお金で鉄板を買い足して家に戻る。出発したのは昼前なのに、やたら時間がかかってしまった。奴隷商の店員さんと世間話が弾んだり、帰りに筋トレしてたせいだ。

「ただいまー。やっぱ、鉄板はトレーニング器具としても優秀だな。いい汗かいたぜ」

「おかえりなさいっ、みこと!」

 ドアをくぐると、すみれが出迎えてくれてちょっと驚く。普段はわざわざそんな事しないのに、今日はどうしたんだろう。なんだかすみれの様子がいつもと違うというか、浮き足立ってるというか。

「お、おう。ただいま」

 何か話したいことでもあるのかと思ってそのまましばらく待っていると、やがてすみれは何か箱のような物を取り出し。

「えっと、その。ハッピーバレンタインっ!」

 え、バレンタイン?なにそれ美味しいの?そう言うとすみれの後ろからイズミもやってきて補足するように説明してくれる。

「ああ、美味しいとも。すみれと、そしてボクからさ。日頃の感謝の印だと思ってくれればいいよ」

 どうやら美味しいらしい。とりあえず箱を開けてみると、そこには。

「わっ、なにこれ可愛いっ!」

 思わずこちらを笑顔にしてくれる物が、そこにあった。縦10cm、横20cmほどの板チョコ。そこに、ホワイトチョコでちょっとした絵が描かれていた。

 俺とすみれと、イズミとレッド。SDキャラにデフォルメした俺たち4人の似顔絵だ。ちゃんと特徴を捉えていて、どれが誰だか一目で分かる。

「ど、どう?頑張って描いたつもりなんだけど」

 すみれがそんな風に聞いてくる。どうもこうも、最高じゃないか。食べるのが勿体無いな。思わずじっくりとそのチョコに見入っていると、レッドがそれを覗き込むように見ながら。

「へえ。2人で長い間コンロを使ってたと思ったら、こんなの作ってたのか。なあ、オレの分は?オレの分もあるんだろ?」

「ああ、もちろんだとも。はいレッド。こっちはボクがかいたんだ」

 そう言ってイズミは、すみれが俺に渡した物と同じような箱をレッドに渡す。形状は全く同じだ。縦10cm、横20cmほどの板チョコ。そしてそこにかかれていたのは。

「‥‥‥なんて書いてあるんだ?」

 文字だった。読めない。

「え?えーっと‥‥‥ははっ、な、内緒だ内緒!」

 えー、教えてくれてもいいじゃないの、というすみれの文句を無視して、レッドはイズミに詰め寄る。

「ちょっとイズミ。冗談にしたってこれは‥‥‥!」

「あれ、迷惑だった?いらないなら突き返してくれてもいいんだけど」

「‥‥‥」

 しばらく無言で睨み合う2人。ほんとに何が書いてあったんだ。気になる。

「‥‥‥い、一応貰っとくけどよ。一応だぞ、一応な!」

「‥‥‥そっか。へへっ、良かった」

 そう言って嬉しそうに柔和な微笑みを浮かべるイズミ。

 そのチョコにはホワイトチョコでこう書かれていた。

 

『好きです』




 第22話読んで頂き、ありがとうございます。2月という事でバレンタインにちなんだ物語を書きたくなりました。ちょっとした番外編のつもりが、結構長くなりそうなので前後編に。後編の主役はイズミです。


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第23話 恋する乙女の手作りチョコ 後編

 いつから好きだったのか。そう尋ねられても、はっきりとした答えは返せない。きっかけは何だろう。美味しいご飯を作ってもらった時だろうか。あるいは研究に集中している時に、温かい飲み物を差し入れてくれた時だろうか。

 凛々しい顔立ち。いつも悪ぶっているクセに、おそらくボク達の中で1番周囲に気を配ることのできる優しい人。気がつけば、いつもレッドを目で追っていた。

 彼女の事を目で追っていると、それまで気づかなかった事も見えてくる。例えばレッドの髪型。やや無造作に見えるワイルドなその髪型は、実は毎朝、あえて無造作に見えるように丁寧にセットしているのだと気づく。例えば毎日の料理。みことやすみれの分は肉類を多めに、ボクの分は糖分を多めに作ってくれている。頭脳労働していると糖分が欲しくなる事をよく分かっている。そして何より、恩着せがましい言動を一切しない。すみれが防具を作ってみたいと言い出せば革をなめし、ボクがクロスボウを使いたいと言えば矢を作り、そしてお腹が減ればみんなのご飯を作ってくれる。そんなレッドは、決して見返りを要求したりしない。純粋に、人の役に立てるのが嬉しいタイプなのだろう。嫌味なく、ごく自然にそういった行動がとれる人はそんなに多くない。特にこの都市連合ではまず見かけないと言っていい。ボクがレッドに惹かれるのに、それほど時間はかからなかった。

 これが恋心という物なのか。あるいは別の何かなのか。自問するも答えは出ない。そもそも恋という物をよく知らない。すみれがみことに対して抱いてる想いは恋なんだろうなーと想像できるけど、自分の事となると急に自信が持てなくなる。客観性が保てなくなる。ただ、それでもはっきりと言えるのは。ボクがレッドに好感を持っているということ。レッドの事を、好きだという事。

 最初は、この気持ちをレッドに伝える気なんてなかった。伝えられても困るだろう。だって女同士だ。どう考えてもおかしい。だから最初は単純に、感謝を伝えるつもりだった。いつもありがとう、その言葉をチョコと一緒に添えるつもりだった。気が変わったのは多分、すみれのせいだろう。

『いつもありがとうイズミ!』

 すみれから言われた言葉は確かに嬉しかったけど、これじゃない。ボクがレッドに伝えたい気持ちはそうじゃない。だからボクはホワイトチョコでこう書いた。『好きです』と。偽りのないボクの本音だ。それで受け取ってもらえなくても、それはそれで構わない。はっきり断られる事で、整理できる気持ちもあるだろう。そういう思いで渡したチョコは。

「‥‥‥受け取ってもらえた」

 意外なことに受け取ってもらえた。呟く自分の頬が思わず緩んでしまうのが分かる。思えば父と母を喪って以来、こんな風に自然に笑える日なんてなかった。どれだけ研究に没頭しても、どれだけ美味しい料理を食べても。いつも心のどこかに、埋められない寂しさと虚しさを感じていた。それを、こんなにあっさり埋めてしまうなんて。

「‥‥‥ふふっ」

「どうした嬢ちゃん。今日はずいぶん上機嫌だな?」

 奴隷商の店員さんが、バックパックに鉄板を詰めながら尋ねてくる。鉄板の買い出しは4人でローテーションを組むことになっていて、昨日はみこと、そして今日はボクの番だった。

「まあ、ちょっとね」

 店員さんにお金を渡して、鉄板のぎっしり入ったバックパックを受け取る。今まで石や鉄を買うことなんてなかったから、奴隷商という職業に対してあまり良い感情を持っていなかったのだが、こうして客として利用してみると奴隷商の店員さんも割と気のいい人だと分かる。まあ客商売なんだから愛想が悪いはずがないのだけど。先入観に囚われて、そんな少し考えれば分かることにも気づかなかった自分を恥じる。

「ねえ。恋ってなんだろうね?」

「コイ?魚でも飼うのかい嬢ちゃん」

「恋愛の恋だよ!年頃の少女が恋って言ったら恋に決まってるだろう!」

 こっちが真面目に相談してるのに、フザけてるのかまったく。

「えっ‥‥‥。いやすまん。まさか嬢ちゃんの口から恋愛なんて単語が出てくるとは思わなくてなあ。疎いというか、興味ないんだとばかり思ってたもんでな」

 そう答える店員さんの気持ちも、分からなくはない。実際少し前までは全く興味なんてなかったし。こんな相談をしている事に、自分が一番驚いている。

「まあ、疎いのは認めるよ。だからこそ相談に乗って欲しいんだけど‥‥‥その、ちょっと、普通じゃなくてね?引かずに聞いて欲しいんだけど」

「ふむ。はっはーん。さては嬢ちゃん、この俺に惚れたな?」

「んなわけないだろオッサン!」

 バンッ!とショップカウンターに手のひらを叩きつけて怒鳴る。冗談にしても笑えないよ。

「オッサンて‥‥‥これでも20代なんだぞ‥‥‥」

 落ち込んだ様子で項垂れるオッサン。いや20代で10歳相手にその発言は十分アウトだと思うぞ。

「それでね。その相手なんだけど‥‥‥その、フザけないでちゃんと聞いて欲しいんだけど」

「おう。なんだ、俺の知ってるヤツか?」

 察しがいい。こくんと頷いて肯定を示す。

「‥‥‥うん。レッド」

「ほうほう。‥‥‥うん?レッド?それってあの赤髪の」

 再びこくんと頷いて肯定する。

「そう。その人」

「ほー。つまりレッドさんは実は男の娘だったと。確かに男っぽい喋り方だとは思ってたんだよなー」

「違うよ!いや確かめた事はないけど女の人だよ!多分!」

「ようし分かった!それを俺に確かめてくれって相談だな!任しとk」

「ぶっ殺すぞオッサン」

 クロスボウを構えてオッサンの眉間に照準を合わせる。どうやって確かめる気だエロオヤジめ。オッサンは両手を上げて降参のポーズをしてみせた。

「どうどう。落ち着いて落ち着いて」

 はあ。相談する相手を間違えたかな。まあボクも本気で撃つつもりは無かったのですぐにクロスボウを下ろす。

「それでさ。レッドに気持ちを伝える事はできたんだけど、本当にこれで良かったのかなーって。別に後悔してるわけじゃないんだ。ただ、もしそのせいで今後距離を置かれたりしたら。その時ボクはどうしたらいいんだろうって」

「なるほどなあ。でもちゃんと気持ちは伝えられたんだろう?んで、拒絶もされなかったと」

「‥‥‥うん。まあ一応」

「なら大丈夫だろ。心配いらねーよ」

「‥‥‥本当?本当にそう思う?」

「ああ。俺は職業柄いろんな人間をみてきたが、断言してもいい。レッドさんは自分のことをそれだけ想ってくれてる相手の気持ちを、無下にするような人じゃない。どういう答えを出すにしろ、ちゃんと嬢ちゃんの気持ちに正面から向き合って答えてくれるさ」

 自信満々にそう言い切る奴隷商の店員さん。‥‥‥なんだよ、めっちゃいい人じゃんか。奴隷商のくせにさ。

「うん。そうだよね。話聞いてくれてありがと。だいぶ気持ちが軽くなったよ」

「そりゃ良かった。また何かあったら相談にのるぜ」

 店員さんに会釈してショーバタイへと戻る。買ってきた鉄板を収納容器にしまって。買い出しお疲れさん、との言葉と共に差し出された水を飲んで一息ついて。

「‥‥‥」

 水を差し出してきたのはレッドだった。思わず顔が熱くなる。

「あ、水よりマッサージの方が良かったか?膝枕してやろっか?」

 けらけらと笑うレッド。からかわれてるのだろうか。昨日は驚いていたレッドだが、一晩たってある程度余裕が出てきたらしい。‥‥‥からかわれるのはちょっとシャクだけど、それはそれとして膝枕はしてもらおう。コロンと横になる。

「うむ。素直でよろしい」

 レッドはそう言うと膝の上にボクの頭を乗せて、本当にマッサージをしてくれる。‥‥‥レッドって料理は器用に作るのに、マッサージは不器用なんだな。力加減があべこべだ。そもそも筋肉の位置や種類を知らないまま自己流でやっているのだろう。でも、そんな下手なマッサージでも不快なんて事はなくて。むしろ、慣れてないのにボクのために頑張ってくれてるんだと思うと嬉しくなる。

「チョコ、美味かったぜ。ありがとな」

「‥‥‥どういたしまして」

 ボソリと呟くようにそう返す。普段はスラスラと出てくる言葉が、今日は何故だかうまく出てこない。頭がうまく働かない。

「それで、チョコの返事なんだけど」

「‥‥‥うん」

 全身の筋肉が緊張する。断られる覚悟はしていたはずなのに。それなのにチョコを受け取ってもらえた事で、期待してしまって。不安と期待が混ざり合って、よくわからない焦燥感となる。膝枕のせいでレッドの顔が見えないから、表情を読み取ることもできない。レッドは今、どんな表情をしているのだろう。不意に、マッサージするレッドの手から力が抜けて。そして。

 

 ぎゅっ。

 

 全身を優しく抱きしめられた。レッドが覆いかぶさるようにして、ボクを両手で包み込む。

「まあその。これが返事って事で」

「‥‥‥」

 頭が真っ白になるって、こういう事を言うのかもしれない。

「いや、オレも正直、ちゃんと言葉で返せるほど自分の気持ちが整理しきれてなくてな。イズミの事は友達とか、せいぜい妹みたいなもんだと思ってたし。だからその、曖昧な返事になって悪いんだが、イズミの気持ちは嬉しいし、えーっと‥‥‥」

 無理に言葉にしようとして困惑してるレッドが可愛い。レッドの腕にスッと自分の手を添えてみる。

「‥‥‥ありがと、レッド。ボクも別にはっきりと返事が欲しいわけじゃないんだ。ただボクの気持ちは伝えておきたかった。それだけなんだ。困らせちゃって悪いね」

「‥‥‥ああ」

 一言そう呟いて黙ってしまうレッド。ボクももうそれ以上言葉を続けることなく。ただレッドのふとももの柔らかさを感じながら眠りに落ちることにした。

 

 

 

 

 そんなことがあって、じゃあ何が変わったかというと、日常はそれほど変化を見せず。

「それじゃ、今日も剣術修行続けるわよ!」

 元気いっぱいにそう宣言するすみれ。

「よっしゃ!かかってこい野盗ども!」

 勇ましい言葉で自分を鼓舞するレッド。‥‥‥ホントは怖いくせに。可愛い。

「えーっと、食料に応急処置キットに、あと添木キットだろ。食料は奪われる可能性も考慮して」

 入念に準備を整えるみこと。慎重すぎるようにも見える言動は、守りたい人がいるからなのだと、今ならわかる。

「それじゃ行こうか。出発!」

 変化した事といえば、そう。ボクは皆でするこの修行が、だんだん楽しくなっていた。




 第23話、読んで頂いてありがとうございます。2月という事で突発的に描き始めたバレンタイン編、これにておしまいです。殺伐とした世界観の話をかいてると、どうしてもこういう甘ったるい話を間に挟みたくなりますね。シリアス1本でやってるプロ作家さんなんて、どうやって心の均衡を保っているのやら。


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第24話 その名はOUTSIDER

 都市連合領は、訓練相手には困らない土地だ。反乱農民、スキマー、ガル、人狩り、砂忍者。探せばいくらでも訓練相手が見つかるし、探さなくても向こうから襲ってきてくれる。そして障害物のない走りやすい地形と、こちらの姿を隠してくれる砂嵐。逃げるのも楽だ。ある程度距離を離してから息を潜めて気配を殺していれば、すぐに見失ってくれる。ただ、何事にも例外はあるわけで。

「くそっ、しつけー野郎だなっ!」

 今、俺たちは人狩りに追われていた。何故追われてるのかって、喧嘩を売ったからだ。10人くらいの小隊に挑んで、そのうち6人をノックアウトする事ができた。少しずつ実力がついてきてるのを実感できる。だがこちらも怪我がひどく、すみれに至っては足に深手を負って立つことすら難しい状況だ。ちなみにそのすみれは、今は俺が肩に担いでいる。

「まったく。いつも自分たちがやってる事をやり返されたくらいで、そんなに怒らなくてもいいだろうに。勝手な連中だな」

 そう言いながら街に逃げ込む。これで後は侍たちが人狩りを倒して‥‥‥くれなかった。え、この街の門番、人狩りをスルーしたぞ。ちなみに人狩りとは、人攫いを生業にする者たちのことだ。力のない者をさらって奴隷商に売りつける商売をしている者たち。

「ははははっ!アテが外れて残念だったなあ!?仲間の仇、取らせてもらうっ!」

「そんなに仲間が大切だったらちゃんと治療してやれよ!まだ死んでねーよ!」

 言いながら街を駆け回るが、どの住民もそっと視線を逸らすだけで関わろうとしない。‥‥‥まあ、当然か。

 追ってきてるのは1人だけだからこのまま俺たちだけで戦ってもなんとかなりそうな気もするが、実はそう簡単な話でもない。戦うとしてもレッドは片腕を怪我してすでに武器が振れないし、俺も怪我のせいでまともに武術が使えない。大きすぎるレッドの武器は片手では持ち上げられないし、武術も怪我をしてるかどうかでその威力が大幅に変わってくるのだ。イズミのクロスボウは街中で使うと誤射が怖いし、すみれは戦える状態じゃない。それに対して追手の人狩りはほぼ万全に近い状態。いくら装備で勝っていると言っても、ここで戦うのは危ない橋を渡ることになるだろう。

「どうする!?どうにか振り切るか、それとも戦うか?」

 俺は一緒に逃げるイズミに判断を任せた。イズミは俺たちの中で最年少だが、こういう時の判断力は一番信頼できる。常に冷静で、無理なく現実的な作戦を的確に示してくれるのだ。

「そうだね。仕方ない、金の力に頼ろう。酒場に傭兵はいたかい?」

「ダメだ、こっちの酒場にはいねえ!いたのは戦力になりそうもない漂流者だけだ!」

 一足先に酒場に走っていたレッドがそう返す。

「そう。ならあの人たちに頼ろう。ちょっと値は張るけど‥‥‥どうせ、そのうち世話になるつもりだったしね」

 あの人たち、と言ってイズミが指さして示したのは、町の中で一際背の高い建物だった。確か、シノビシーフギルドの建物だ。入会金さえ払えば誰でもギルドの仲間に入れてくれるという組織。

「と、言うわけでさっそく入会させておくれ。はい入会金、10,000catどうぞっ」

「ようこそシノビシーフへ!」

 イズミがギルドの人にお金を渡し、さくっと入会を済ませる。めっちゃスムーズだった。試験とか身分証明とか、何もなかった。本当にお金だけで入会できるのか。

「みこと!話は取り付けたから早く中へ!」

「おう!」

 俺たちは言われるままにその建物に逃げ込むと、中にはシノビシーフの人たちが、ええと‥‥大勢。数えるのが面倒になるくらいのシノビシーフのメンバーがその建物に詰めていた。続いて俺たちを追っていた人狩りも建物の中へ。そして。

「ほう。うちの新入りにちょっかい出すとは、いい度胸じゃねえか」

「ここが何処だか分かってんのか。覚悟はできてるんだろうな、ああん?」

 そして、シノビシーフのメンバーに囲まれて表情を真っ青に変える人狩り。自分がどんな状況に置かれているのか、今更気づいたらしい。その後の彼の顛末については詳しく語る必要もないだろう。彼はひどい目にあった。その一言で十分だ。

 

 

「シノビシーフギルド。中に入るのは初めてね。どんな設備があるのかしら」

 脚に添え木をして歩けるようになったすみれが、興味深そうに建物の中を見て回る。俺も興味があったのですみれと一緒に探索してみた。俺がシノビシーフについて知っているのは、入会にお金がいるということと、入会すれば何かと便利なギルドだということだけだ。だが、便利らしいとは聞いているが具体的に何がどう便利なのかよく分からなかったのと、別に入会しなくてもそれほど困ることもなかったせいで、今まで入会を保留していた。

「あ、見て。ベッドがあるわ!」

「おお!怪我もしてたとこだし、ちょうどいいな。えーっと、宿代はいくら払えばいいんだっけ?」

 町の酒場だと1人あたり200catだが、ここはどうだろう。同じくらいの金額ならいいのだけど。そんなことを考えていると、シノビシーフのボスらしき人がやってきて説明してくれた。

「ああ、金ならもう貰ってるから、好きに使ってくれて構わんぞ。入会金にベッドの使用権も含まれてるからな」

「へえ、そりゃ有難いな!」

 実は実戦訓練において、地味に痛いのがベッドの使用料だ。一泊200catと聞けば大した金額ではないと思うかもしれない。しかしこれが大きな罠で、4人で休むと800cat。つまり戦って休んでを10回繰り返すだけで8,000catだ。一回あたりの使用料が安いせいで気軽に使っていると、いつの間にかお金が減っている、なんてことになりやすい。そう考えると、入会金の10,000catってめちゃくちゃお得なのでは?

「後は訓練用のダミー人形と専門ショップがあるが‥‥‥ダミー人形に関しては今のあんたらには必要なさそうだな。あんなオモチャで練習する段階はとっくに超えてるって面構えだ。まあ、ショップとベッドだけでも気軽に使っていってくれ」

 それだけ伝えるとボスは背を向けて去っていこうとし‥‥‥その途中で、ふと思いついたように足を止めた。

「‥‥‥そういや、最近になって頭角を表し始めた4人組のバウンティハンターがいるって噂になってたな。もしかして、あんたらか?」

「え?えーっと、どうだろ?まだ噂になるほどの腕じゃないと思うけど」

 けど4人組のバウンティハンターってところは当たってるんだよな。活動始めたのも最近だし。

「ああ、噂になってるのは腕っぷしじゃないんだ。引き際の見定めと速やかな撤退が噂になっててな。本気で逃げに徹したあいつらは誰にも止められないって噂だ」

 あー、うん。俺たちだ。‥‥‥ええと、褒め言葉として言ってくれてるんだよね?そう尋ねると、ボスは何を当然のことを、といった様子で続ける。

「あったり前じゃないか。それは俺たちのようなシーフにとって、最も重要とされるスキルだぞ?胸を張って誇っていい!」

「シーフじゃなくて、バウンティハンターなんだけども」

「似たようなものだろう。金品を狙うか犯罪者を狙うかが違うだけで、引き際が肝心なことには変わるまい?」

 まあ、それもそうか。元々はただの逃亡奴隷に過ぎなかった俺たちが、いつの間にやら他の組織からも一目おかれる存在になっていたことを嬉しく思う。まあ欲を言うなら、本当は剣の腕とか鍛治の技術で一目置かれたかったってのはあるけども。

「しっかし。なるほどなあ。まさか噂のバウンティハンターが、俺たちのギルドに入会してくれるとはな。あんたら、勢力名はなんて言うんだ?あるいはチーム名とか」

「ああ。そういえばまだ考えてなかったな。街に戻ったら考えようって話してたとこだったし、今決めちまうか。皆はなんか、いい案ある?」

 俺はすみれ、レッド、イズミを順番に見回していくが、特に意見はなさそうだった。いや正確にはすみれが「魔剣の使い手」とか「闇を司る者」とか色々言っているが、イズミとレッドの2人がものすごく嫌そうな顔をするので流石に採用できない。仕方ない、ここは俺が気の利いた名前を考えてみよう。

「‥‥‥それじゃ、こんなのはどうだ。『アウトサイダー』。はみ出し者とか、組織や常識に囚われない者って意味さ。俺たち4人にぴったりだと思うんだが」

 俺がそう提案すると、3人は互いに顔を見合わせた。あれ、不評だった?悪くないと思ったんだけどな。

「いや、確かにぴったりかもしれねーけどさ。自分からはみ出し者を名乗るのかよ。‥‥‥ふふっ、でもまあ、俺たちらしいって言えばそうかもな」

 レッドがそう言う。続いてイズミも。

「それじゃあ何か?ショーバタイに戻ったら家の表札に『アウトサイダー』って掲げるのかい?ここははみ出し者の家ですって?‥‥‥あっははは、うん、悪くないね!最高にクレイジーだ!」

「そうね。私も賛成!今日から私たちは、アウトサイダーを名乗ることにするわ!」

 

 

 そんなわけで、俺たちの勢力名がアウトサイダーに決まった。はみ出し者の、バカな名前だ。




 第24話、読んで頂いてありがとうございます。勢力名は中二病でも恋がしたいの曲「OUTSIDER」から頂いています。すごくいい曲で、もし筆者が作家ではなく動画製作者として活動していたなら間違いなくこの曲をテーマソングに使っていただろうなって曲です。


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第25話 勝利の方程式

 シノビシーフギルドで休息を挟んだ後、再び訓練に戻る。ちなみにシノビシーフの商人が良さそうな防具の設計図とバックパックを売っていたので買っておいた。ショーバタイに戻ったらすみれに新しい防具を作ってもらおう。んでもって、次の獲物はスキマーだ。

「ひぃっ、やっぱり気持ち悪いっ!!」

 レッドが半泣きになりながらブンブンと鎌を振ると、みるみるうちにスキマーの体に傷がついていく。そっか、動物はそれほど賢くないから、避けたりガードしたりはしないのか。とりあえず武器を振りまわしていれば、攻撃は当たるのだ。この特性はうまく使えば戦いが有利になるかもしれない。反乱農民が時々連れているボーンドッグにはいつも苦戦させられているが、ひょっとしたら工夫次第で楽に倒せるかも。

「みこと、ボーッとしてないでお前も殴れって!早く早く!」

「ああ、悪い。とうっ!」

 レッドに急かされて、スキマーに走り寄って飛び蹴りを浴びせる。それはスキマーの顔面にクリーンヒットして、スキマーは動かなくなった。それを見たすみれが、不満げにもらす。

「ねえ、思うんだけど」

「うん?どうしたすみれ?」

「刀使ってる私より、丸腰のみことの方が強いのって、やっぱり納得いかない!!」

「え」

 そうかなあ。そんなことは無いと思うけど。確かに開幕の一撃は重たいのが決まることが多いが、初撃の後は囲まれて防戦一方になってることが殆どだ。そしてようやく包囲を脱出する頃には、手足に深傷を負っているせいでいくら殴ってもまともなダメージが入らない。反乱農民との戦いは、大体そんなパターンだ。逆にすみれは、ガードの合間にスキの小さい攻撃をしっかり重ねて、最初から最後まで堅実に戦ってくれることが多い。どちらが強いかといえば、多分すみれの方が強いと思う。そう伝えてみたのだが。

「でも、今みたいに1匹のスキマーを囲んで殴る場合、明らかにみことの攻撃の方が有効打になってるじゃない。私が何回も何回も切りつけても倒れなかったスキマーが、たったの1撃でさ」

「いや、俺が1発殴る間にすみれなら3回は斬りつけてるだろ。ガードにスキも無いし、絶対すみれの方が強いって」

「そうかしら。ねえ、イズミはどう思う?」

 離れた場所でボウガンを構えるイズミに話が振られる。イズミは戦いの中でも常に冷静に状況を分析している節があり、このチームの軍師的な立場を確立しつつある。

「どっちが強いという話じゃなくて、相性というか、得意な状況が異なるだけだと思うけどね。‥‥‥なるほど。今までは単純に突撃を繰り返していたけど、うまく作戦を立てればもしかしたら。よしっ、次の相手はあいつらにしよう」

 あいつら、と言ってイズミが指差した先には、反乱農民の一団。人数は農民が8人とボーンドッグが2匹。8人のうち、そこそこの使い手が1人混じってるな。賞金もかけられてる。

「訓練だけど、今回は勝つつもりでやってみよう。ボクの作戦通りに動いてみて」

「お、おお。なんか知らんが、任せた」

 ‥‥‥そして。

 

 

 

 ザクッ。反乱農民の肩に、『つまようじ』の矢が突き刺さる。

「痛っ、なんだクソッ」

「あっちだ!ガキがボウガンで狙ってやがる!」

 農民の1人が叫び、連中の視線がイズミに集中する。

「たった1人でオレ達に喧嘩売るとは、いい度胸だな?後悔させてやるぜ!」

 そう言って連中はイズミに向かって走ってくる。そう、反乱農民が今言ったようにイズミは1人だった。俺とすみれとレッドは、少し離れて砂嵐に紛れて息を潜めていた。反乱農民は俺たち3人にはまだ気付いていない。

 イズミは走ってくる反乱農民を矢で迎え撃っていたが、やがて接近を許してしまい大苦無に持ち替え、防御姿勢を取る。

(‥‥‥イズミの言った通りだ)

 一見するとイズミは囲まれて防戦一方でマズい状況に見える。が、よく観察してみると反乱農民の動きが非常に鈍いのが分かる。それもそのハズで、農民がクワを振り回そうとすればすぐ隣に仲間の農民がいるのだ。そして農民がボウガンを構えても、イズミの周囲にはやはり仲間の農民がいる。結果、同士討ちを恐れて地味な攻撃しかできないでいた。周囲の仲間を気にしながら農民が恐る恐る振りかぶったクワ。それをイズミは的確にガード。そして、そんな反乱農民の背後をつくように俺たちは一気に襲い掛かった。まずは俺から!狙うはボーンドッグだ!

「うおりゃあ!」

 渾身の力を込めた飛び回し蹴り。ボーンドッグとその周りの数人をまとめて吹っ飛ばす。

「なんだクソッ、仲間がいたのか!?」

 そんな俺の攻撃後のスキを狙うように、反乱農民が俺を取り囲んでくる。普段ならここで防戦一方になるところだが‥‥‥頼んだぜレッド!俺は着地と同時に頭を下げ、姿勢を低くする。その直後、ブォン、という風切り音と共に頭上を大鎌が切り裂き、俺を囲もうとした反乱農民がまとめてなぎ払われた。そのスキをついて俺は後退、包囲から素早く脱出した。

「なっ、こいつらタダモンじゃねえぞ!野郎ども、気合入れろ!!」

 笠をかぶった男が叫ぶ。只者じゃない、か。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。あの笠の男はそこそこ強そうだ。賞金もかかっている。

「あなたの相手は私よ。その首にかかった賞金、バウンティハンターすみれが頂戴するわ!」

 笠の男に正面に躍り出て、真っ直ぐに斬りかかるすみれ。もちろん数では反乱農民の方が多いので一騎討ちになることはなく、数人の農民が笠の男を援護するべくすみれに斬りかかるのだが‥‥‥

「ふふっ、弱い。ザコじゃ相手にならないわね」

 分かりやすい挑発を混ぜながら、笠の男との勝負の片手間にすみれは農民のクワを的確にガードしていく。挑発に乗せられた農民がすみれに狙いを定めるが、すみれはそのほとんどの攻撃を弾いていた。そう、既に大半の農民が体のどこかに深傷を負っていて、全力で武器をふるえる者は残っていないのだ。怪我した腕でどうにか振り回したクワがすみれに届くことはない。すみれによって攻撃を弾かれた農民がレッドの大鎌の餌食になる。また、足を怪我してヨタヨタと歩く農民はイズミが『つまようじ』で蜂の巣にする。イズミに近寄ろうとする奴らは俺が各個撃破して。そうして。

「この勝負、もらった!!」

 すみれの狐太刀がキラリと輝き、笠の男がガクリと膝をついて倒れた。俺たちの、勝利だ。

「勝った‥‥!本当に勝てたわ、2倍以上の数の相手に!ボーンドッグだって2匹もいたのに!!」

「ふふ、ボクの計算どうりさ。すみれ、傷をみせて。すぐに治療するからさ」

「うんっ。あ、この賞金首は私が担いでいいかしら?憲兵に届けなくっちゃ」

「もちろんだとも。みこととレッドはどう?怪我はしてない?」

 イズミがこちらに視線を向けてくるが、全然どうってことない。かすり傷だ。農民たちは死なれても後味が悪いので、賞金首もそうでない者も全員治療しておく。ボーンドッグはどうしようかな。お肉、美味しそうだな‥‥‥スキマーの肉にも飽きてきたし。そういえばシノビシーフで防具の設計図買ったんだったな。毛皮、防具の素材に使えるよな‥‥‥

「‥‥‥いただきます」

 解体する前に、一応両手を合わせて拝んでおく。この身の糧となるその命に、感謝を。その場で焚き火を起こし軽く炙って、勝利の味がするドライミートを食べる。いつも食べてるような、転がっているスキマーの死体から剥ぎ取った肉から作ったドライミートよりも、ずっと美味しく感じられた。




第25話、読んで頂きありがとうございます。このゲーム、倒した敵がそのまま残って消えてしまわないところが個人的にかなり気に入っています。放っておくと当然死んでしまうし、治療したところで大体は奴隷商に連れ去られて奴隷にされます。動物は飢えた放浪者によって解体されます。戦うということが誰かを傷つける行為だとはっきり自覚させられるし、それでも戦わないと自分の身さえ守れない。救いようのないこの世界観が、私は大好きなんでしょう。多分。


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第26話 リドリィ

 反乱農民に勝利した俺たちは、近くにあるストートの街に来ていた。憲兵に賞金首を引き渡し、休憩と食事を兼ねて酒場に寄ってみる。

 

「なあ、知ってるか?『アウトサイダー』の噂」

「んー、なんだそりゃ。新しいアウトランダーか?」

「いや俺も直接知ってる訳じゃないんだ。だがストーンキャンプの奴隷商人から聞いた話だと、毎日のようにやってきて、奴隷たちにまざって鉱石を掘っているらしい」

「そりゃまた、ずいぶん変わってるな。そんな変人の集団なのか?」

 そこにまた別の客がやってきて話に加わる。

「あー、それなら俺も聞いたことあるぜ。たしか『都市の秩序を守るため』とか『制度の破壊を防ぐため』とか言って、反乱農民に殴りかかったって噂を聞いたな」

「なんだ、貴族の犬か」

 

 そんな噂話が聞こえてきた。

「き、貴族の犬‥‥‥!?私たちって、そういう風に認識されてるの!?」

 驚いた様子ですみれが言う。単に利害が一致しているだけで、貴族にゴマをするつもりはないんだけどなあ。でも、やっぱ第三者からみたらそう見えるのか。賞金首を届けたら、侍たちからも感謝されたし。フォローするようにイズミが言った。

「まあ、貴族の敵と言われるよりはよっぽどマシさ。犬にすらなれない負け犬の遠吠えなんて、気にする必要ないよ」

「‥‥‥大きな声で言うなよ?」

 揉め事を起こさないように、一応イズミに釘をさしておく。特に聞かれた様子はないな。セーフ。とりあえず席につき、各々好きな料理を注文する。

「さて、それじゃ食事を取りながら、今後の方針を決めていこう。ボクたちもそれなりに実力もついてきたし、そろそろ遺跡調査に挑戦してみようと思う」

 イズミが3人の顔を見回しながら言う。全員、迷いなく頷く。大丈夫だ。今の俺たちならいける。もし仮にダメでも、逃げるだけならどうとでもなる。そんな自信がついていた。そして、そんな俺たちの会話に割り込むように現れた、もう1人の女の人。

「へえ。君達も冒険家なのかい?いいねえ、遺跡調査!」

 ‥‥‥えっと、どちら様?俺が疑問に思っていると、レッドがポンと手を打った。

「あーっ!思い出した!武器屋ですれ違った、金欠の人だ!」

 ああ、あの時の。レッド、よくそんなの覚えてたな。すみれとイズミも、『ああ、あの時の』といった様子で顔を見合わせる。

「‥‥‥金欠の人って呼び方は勘弁してよ。リドリィって名前があるんだからさ」

 不満げに呟きつつ、その女の人‥‥‥リドリィは俺たちと一緒のテーブルにつき、ラム酒を注文した。

「悪いとは思ったんだけど、会話が聞こえてきたもんでね。君達、今の話からすると遺跡調査は初めてなんだろう?いいとも、いいとも。冒険家の先輩として、お姉さんが力になってあげようじゃないか」

 先輩ってことは、リドリィは冒険家なのか。たった1人で世界を冒険なんて、ずいぶん逞しいんだな。そう言うとリドリィは首を横に振って。

「そんな事はないさ。ただ運が良かっただけだよ。実際、剣の腕も逃げ足の速さも、君達には遠く及ばないさ。そうだろう、噂の『アウトサイダー』さん?」

「え。そ、そうかな‥‥‥」

 人からそんな風に言われるなんて想像もしなかった事なので、ちょっと動揺してしまう。他人から見下されるだけだった召使い時代には考えられなかった事だ。すみれなんてパアァっと表情を輝かせている。うん。人から認められるのって、嬉しいもんだな。

「それで、剣の腕も逃げ足も劣るリドリィさんがボクたちにどんな力になってくれるっていうんだい?」

 トゲのある言い方をするのはイズミ。彼女が初対面の相手にこういう失礼な態度を取るのは、ある種の心理的な駆け引きの1つなのだと最近になって分かってきた。もし今後行動を共にする場合、些細な事でキレるような人間では面倒くさい。そこで敢えてこうした態度を取る事により、相手の人柄をある程度把握しようとしているのだろう。つまりイズミは、リドリィと今後一緒に行動することを想定しているという事。言葉とは裏腹に、リドリィのことを高く評価しているとみた。

「随分と手厳しいねえ、お嬢ちゃん。けど、こんなあたしでも案内役くらいはしてあげられるよ?遺跡がどこにあるのか、どんな危険があるのか。途中に補給地点はあるのか、戦利品はどこで売り捌くと得なのか。冒険に一番必要なのは強さじゃない、知識だ。そしてそうした知識は、自分の足で世界を歩いてみないと身につかないものさ」

 イズミの顔に、ニンマリとした笑顔が浮かぶ。合格、という事だろう。器が広く、論理的で社交的。遺跡調査の際にはぜひ協力してもらいたい助っ人だと判断したらしい。

「なるほど。君の言う事にも一理あるね。だけどそんな貴重な知識をタダでボクたちに教えてくれるなんて、君は随分とお人好しなんだね?」

 だからと言ってすぐに『ぜひ協力してくれ!』とか言い出さないのがイズミだった。駆け引きというものをよく知っている。イズミのような子供が都市連合で生きていくには、そうした術も身に付けないといけなかったのだろう。

「あはは、まー実は下心があってさ。1人で冒険家なんてしてると、その、お金がね?遺跡のお宝にありつければ一攫千金も夢じゃないんだけど、1人だとリスクも大きいわけでさ。そんな時に噂の『アウトサイダー』が遺跡調査を計画してるなんて聞いちゃったらさ、あたしも1枚かませてくれってなるじゃん?分け前とか欲しいじゃん?」

 なるほど。遺跡調査の案内をしてくれる代わりに、戦利品の分け前が欲しいと。非常に納得のいく話だった。

「そういう事か。分かった。その申し出、有り難く受けさせてもらうよ。ただその前に、ちょっと作りたい防具があってね。遺跡調査はその後で‥‥‥」

「待ってイズミ」

 話を進めていたイズミを遮るように、すみれが待ったをかける。

「予定変更よ。シノビシーフで買った設計図の防具を作るのは、遺跡調査の後にしましょう。あまり待たせちゃ悪いもの。‥‥‥それに私も、今の実力が他の冒険家と比べてどれくらいなのか、早く試してみたいわ」

 そんなすみれの言葉を受けてイズミは苦笑し、逆にリドリィは表情を明るくした。

「と、まあ聞いての通りさ、リドリィ。君の準備さえ良ければすぐに出発できるけど、どうする?」

「もちろん!すぐに出発しよう!」

「‥‥‥となると寝袋を買ってこないとな。あと食料も最小限しか持ってきてなかったから買い足さないと。テントを作るための布地もあった方がいいな。えーっと、あと必要な物は‥‥‥」

 急遽決定した遺跡調査に備えて、俺は必要なものを考えていく。急に決まったとはいえ、準備はできる限り整えないとな。

「あはは、そっちの男の子はずいぶん慎重なんだね。うん、冒険家としては悪くない傾向さ。それじゃ、道中でそういった買い物ができるルートで行ってみようか」

 そう言ってリドリィが示したルートは次のような物だった。まず目的地はリバース鉱山のすぐ近くを流れる河の上。そこに古い町の遺跡があるのだそうだ。そこへ向かうルートとして、まずドリンに向かう。そこで食料を買い足して朝を待つ。次にワールドエンドに向かい、寝袋と布地を購入。必要なら医療キットもそこで買える。そこからウェンドの河を泳いで南下、河の途中に掛けられた階段を登ってすぐの場所に目的の遺跡があるそうだ。俺たちが都市連合へと来た道順をそのまま逆にたどる形になる。

「リバースのこんな近くにも遺跡があったのね。全然気づかなかったわ」

「河の途中には面白い店もあるから、退屈しないと思うよ。ドリンでラム酒を買っていけばワールドエンドで高く売れるから、交易にもなる。仮にその遺跡が『ハズレ』でも、決して損はしないって寸法さ」

 リドリィの説明に俺たちは頷く。交易で確実に利益が約束されてるってのはいいな。どう転んでも損がないなら、しっかり準備を整えることができる。そうしてリドリィを加えた俺たち5人は、最初の中継地であるドリンを目指して歩き出した。




 第26話、読んでいただきありがとうございます。長かった下積み時代を終え、いよいよ冒険らしくなってきました。この物語も虐げられるだけの弱者の物語から、力をつけ始めた新米剣士の物語へとシフトしていきます。どうぞ引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。なお作中で言及されているウェンドの河の階段は、undernier氏のmod、Taming the Wend - Giant Stairwayによって追加されたものです。


※行程表
【挿絵表示】
挿絵でマップを表示するアイデアは他の方のkenshi小説からパク‥‥違う、参考にさせて頂きました!


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第27話 ドリン再び

 あっという間にドリンについた。あれ、この街ってこんなに近かったっけ。

「君たちが歩くのが早いんだよ。さすが、噂どうりの健脚だね。お姉さん、ついて行くので精いっぱいだよ」

 ぜーぜーと息を切らしてやってくるリドリィ。あれ、そんなに急いだつもりはないんだけどな。イズミが思いついたように言う。

「そっか。ここのところ毎日のように走り回って訓練してたから、知らないうちに脚力がついていたのかもしれないね。明日からはリドリィさんを先頭にして、ペースを合わせて歩こうか」

「ああ。そうしてくれると助かるよ。いやー疲れた。早速酒場で一休みさせてもらおうか」

 そう言ってリドリィは酒場へと入っていく。‥‥‥この酒場で初めて実戦を経験したんだよな、俺とすみれは。ホーリーネイションの軍勢と。今にして思えば、ろくに作戦も立てず、武器も防具もない中でよくやったもんだと思う。作戦の重要性も知らず、武器や防具の価値すら分かってないからこそ、あんな無茶なことができたのだろう。大怪我だけで済んだのは、かなり運のいい方だったに違いない。そんな事を思い返しながら、リドリィに続いて酒場の門を潜ると。

「いらっしゃい。‥‥‥おや、あんたたち!元気そうで何よりだよ!」

「どうも。お久しぶりです」

 覚えていてもらえたことにちょっとした嬉しさを感じつつ、店員のおばちゃんに挨拶する。

「そりゃ覚えてるさ。何せ、こんな寂れた町だろ?客自体がかなり少ないんだ。お客さんの顔は全員覚えてるよ。そっちの子は、もしかしてイズミちゃんかい?大きくなったねえ」

 おばちゃんの視線につられるように、俺たちもイズミの方を見る。そういえばイズミの故郷はバストだって言ってたっけ。そして、既に故郷も両親も喪ったとも。

「おいおい、その言い方はやめて欲しいな。おばちゃんは、ボクが子供扱いされるのが嫌いなこと知ってるはずだろう?」

「はいはい、そうだったねえ。ごめんねえ、年とると物忘れがひどくてねえ」

「‥‥‥なんか、口調がまるで親戚の子供をあやす時のそれなんだけど」

 憮然とした様子で言うイズミだが、おばちゃんは特に意に介した様子もなく続ける。

「イズミちゃんはあたしにとって親戚みたいなもんじゃないか。‥‥‥ごめんねえ、この店の儲けがもっとあれば、あたしがイズミちゃんの面倒を見る事だってできたんだけどねえ。ほんと、力になってあげられなくて悪いねえ」

「その話は何度も聞いたし、謝らなきゃいけないのはおばちゃんじゃなくてホーリーネイションさ。それに、今は強力なスポンサーも見つかった。何も心配いらないよ」

 スポンサー、と言ってイズミが俺とすみれを紹介するように手で示したので、あ、どうもと俺たちは頭を下げる。どうやら俺が想像してたより、おばちゃんとイズミは深い仲らしいな。ご近所さんだったとかかな?ちなみにレッドとリドリィは話に全くついてこれないようで、向こうのテーブルで2人で呑み始めていた。

「そうかい、そうかい。まさかあんた達がイズミちゃんとねえ。あたしも店を畳まず、細々とでも続けてて良かったよ。あの時にサケを買い取ったお金が、そんな風に役に立ってたなんてねえ」

「俺たちだって驚いてますよ。おばちゃんとイズミが知り合いだったなんて初耳です」

「みこと、私たちは向こうで呑んでましょ。イズミとおばちゃんにも、つもる話があると思うし」

 すみれが俺の袖を引いてそう言う。そうだな、と俺も頷いてレッドとリドリィに合流した。イズミはカウンター席でしばらくおばちゃんと話しているようだ。

 そういえば、俺ってイズミのこと、殆ど知らないよな。研究が大好きな、頭が良くてちょっと生意気な女の子。俺がイズミについて知っているのはそれくらいだ。どんな人生を送っていたのかも、なぜ研究が好きなのかも聞いたことがない。まあ研究が好きな理由は案外、すみれが剣士に憧れるのと同じでかっこいいから、とかそんな理由かもしれないけど。

 

 一夜明けて。今回は別にホーリーネイションが夜襲をかけてくることもなく、平穏無事に朝を迎えた。

「おはよう。それじゃ朝食を食べたら、早速出発しようか」

 リドリィがそう声をかけてくるので、俺は荷物を最終チェックする。食料はちゃんと買い込んだし、交易用のラム酒も買えるだけ買った。バックパックの重さも、うん。大丈夫だ。問題ない重さである。

「うん、大丈夫だ。今日はワールドエンドまで行くんだったかな?」

「いや、ワールドエンドで補給品を買ったら、そのまま遺跡まで進もうと思う。実はウェンドの河は大陸屈指の安全地帯で知られていてね。河の途中にある店でおかしなマネでもしない限り、そうそう危ない目に遭うことはないんだよ。だから、遺跡の直前でテントを張って、明るくなってからすぐに遺跡を調査する。こうすることで、遺跡に危険な敵がいてもすぐに気付けるって寸法さ」

 リドリィが言うには、川下りは慣れてないと相当な時間がかかるようで、朝にワールドエンドを出発しても遺跡に着く頃には夜だった、なんてこともあるらしいのだ。当然、何が潜むか分からない遺跡で夜を迎えるのは良くない。それで遺跡の直前で一旦キャンプ地を設けるのが安全を確保するコツなんだとか。なるほど、寝袋はこういう時に便利なんだな。

「となると、ワールドエンドに着いてもあまりのんびりしてられないのか。ちょっと残念だな」

 懐かしい知り合いと話せると思ったんだけど。

「それなら帰りにもう一度ワールドエンドに寄るから、その時にするといいんじゃない?遺跡で見つけたお宝は、テックハンターの街で売ると高値がつくことが多いからね。遺跡での武勇伝を土産話に聞かせてやれば、あの町の住人なら喜ぶと思うよ」

 そう言って、リドリィは朝食のドライミートを頬張った。俺たちもそれに倣って、それぞれ食事を摂るのだが‥‥‥あれ。イズミとレッドの姿が見当たらない。けどベッドにもいなかったから、少なくとも俺より先に起きてるはずなんだけどな。リドリィやすみれに聞いてみても、今朝は見かけてないらしい。散歩に出かけてるだけなら良いのだけど。もう少し待ってみて、戻ってこないようなら探してみるか。俺はおばちゃんに追加のドリンクを注文して時間をつぶす。

「‥‥‥なんか、ずいぶん落ち着いてるね?普通、仲間が姿を消したらもっと慌てるんじゃないの?この辺には人攫いとか、あとカニバルとかもいるんだよ?」

 リドリィが不思議そうな顔をしながらそんな事を聞いてくる。ひょっとしてリドリィが危険を承知でソロでの冒険を続ける理由って、仲間がいると守れなかった時に後悔するとか、そんな理由だったりするのだろうか。

「まあ可能性はあるけど、そんなに心配しなくていいと思うぞ。この街は侍が守ってるし、物音ひとつ立てずにあの2人を誘拐できるヤツがいるとは思えないし」

「そうね。2人とも、自分の身に危険が迫ってる時に大人しくしてるような性格じゃないものね。私もきっと散歩か何かだと思うわ」

 そう言ってすみれも同意する。そうしてしばらく時間を潰していると、バーの扉が開いてイズミたちが戻ってきた。

「おっと、もう皆起きてたんだね。おはよう。もしかして待たせちゃったかい?」

「いや、ほんの少しさ。ところでイズミ、朝からどこに行ってたんだ?」

 俺が尋ねると、イズミは街の外に視線を向けて答える。

「‥‥‥お墓参りさ。ボクの両親のね。さあ、みんな揃った事だし、そろそろ出発しようか」

 次の目的地、ワールドエンドに。そしてその先の遺跡へ。遠くを見つめながら、イズミはそう言った。




第27話、読んで頂いてありがとうございます。次回はイズミちゃんが主人公です。お楽しみに!


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第28話 追憶

 バスト地方にある、ドリンからやや西に進んだこの場所が、ボクの故郷だ。‥‥‥故郷だった。今はもう、みる影もないけれど。

 緩やかな傾斜を描くこの丘には、かつては風車が並んでいた。真っ白な風車がゆっくりと回るその風景は、どこか牧歌的な雰囲気を生み出して、村の名物となっていた。丘の麓には広大な畑が広がり、何人もの農夫がそこで毎日畑の世話をしていた。ボクの父も、そんな農夫の1人だった。地味な仕事だと、貴族は笑う。けれど父は、自分の仕事に誇りを持っていた。「砂漠では野菜が育たないから、この村の畑でいっぱい野菜を作って、砂漠の街に届けてやらないとな」‥‥‥そう言ってクワを手に語っていたのを、今でも覚えている。美味しい野菜をいっぱい作れば、その味に魅せられて自分も畑を耕したいと考える若者が増えるかもしれない。もしそうなれば、もっと広い土地を耕すことができる。そうして畑を拡大していけば、いつかきっと、誰もが腹一杯に美味しいご飯を食べて、笑顔で暮らせるような、そんな世界だって実現するかもしれないんだ。そう語る父は誇らしげで、どんなに金持ちの貴族よりも、どんなに強い侍よりも、ボクの父はかっこよかった。

「‥‥‥パパ、ママ。久しぶり」

 丘の土を踏みしめながら、つぶやく。焼けた土。今ではもう、ここで野菜は育たない。ホーリーネイションの兵士たちが、畑を土壌ごと焼き払ってしまったから。思い出したくもない、辛い記憶。けれど忘れることのできない、あの日の記憶。

 

 

「起きなさい、イズミ。起きなさい」

 その日、父に体を揺さぶられてボクは目を覚ました。まだ日の登りきらない暗い時間。

「パパ?どうしたの、こんな早くに」

「いいから、すぐに着替えるんだ。着替えたらすぐに村を出るぞ」

 押し付けるようにしてボクに服を渡してくる父をみて、さすがにボクも異変に気づく。真剣な表情の父。そして窓の外から微かに聞こえてくる、誰かの怒号。ボクは外の様子を探ろうとして窓に近づき「見てはいけないっ!」怒鳴るように叫ぶ父に引っ張られて、ベッドの上に戻される。何が起こっているのか分からないけど、非常事態が起こっている事は分かった。ボクは急いで渡された服に着替える。

「よし、着替えたな。‥‥‥ちょっとだけそこで待ってろ」

 そう言って父は玄関のドアから顔だけ出して、周囲をキョロキョロと見回す。

「うん、大丈夫だ。イズミ、こっちに来なさい」

 手招きしてボクを呼ぶ父。ボクは父の元に小走りで駆け寄りながら尋ねた。

「ねえ、ママは?ママはどこ?」

 父は、すぐに村を出ると言った。だとしたら母がいないのはおかしい。母だけ村に残していくとか?そんなバカな。両親は仲が良かったはずだ。

「‥‥‥母さんは、もう‥‥‥いや話は後だ。早く行こう!」

 何かを耐えるような声と共に父が玄関のドアを大きく開く。そうして聞こえてきたのは‥‥‥おぞましい、悲鳴。さっきまで外から微かに聞こえていた怒号は、ドアを開けることではっきりと聞こえるようになっていた。助けて、やめて、殺さないで。そんなセリフに混ざって聞こえてくる、耳を覆いたくなるような断末魔の悲鳴。

「イズミ、耳を塞ぎなさい!目も閉じるんだ!大丈夫、父さんについてくれば大丈夫だから。さあ!」

 差し出される、父の腕。ボクは右手でその手を取り、左手で自分の耳を覆って走りだす。目も閉じた。けれど聞こえてくる、誰かの悲鳴。片耳を覆っただけじゃ、気休めにすらならなかった。今聞こえた悲鳴は、友達のアヤちゃんの声じゃなかったか。待ってイズミ、見捨てないで。そんな声が聞こえた気がした。足を止めそうになるボクを、父が力尽くで引っ張っていく。こっちだ。大丈夫だ。大丈夫だから。何度もそう繰り返す父の声を信じてついていく。何度も転びそうになったけど、1度も転ぶ事はなかった。ボクがバランスを崩すたびに、父が僕の体を支えてくれた。そうして走って、走って、走り続けた足が、唐突に止まった。

「父さん?」

 どうしたのだろう。もう安全な場所まで逃げきれたのだろうか。けど、悲鳴は今も聞こえてくる。

「おお、おお!よく来てくれたお前たち!ワシを助けにきてくれたのだな!」

 父ではない、誰かの声。ボクはおそるおそる目を開ける。そこにいたのは、この村を治める貴族だった。

「さあ、早く戦え!このワシを守ってくれ!褒美はたっぷりと用意するぞ!」

 戦え、と言って貴族が指さした先にいたのは、数十人の侍と、見慣れない板金鎧に身を包んだ異国の兵士。異国の兵士と侍が、互いに武器をぶつけ合って戦っていた。

「い、いえ領主様‥‥‥俺はただの農夫でして‥‥‥闘いの方はからっきしで‥‥‥」

「そんなことは見れば分かる!農夫だろうと盾にはなるだろう!何も1人で戦えと言ってるわけじゃない、ワシの雇った侍と共に、ワシが逃げるまで時間を稼いでくれればそれでいいんだ!」

 あたかもそうするのが当然、といった態度で命令を下す貴族。父さん、と小声で呟いて、ボクは父の手を握った。

「なんだ、嫌なのか?ワシの命令が聞けんのか?ええい使えないグズめ。お前たち、まずはこの愚鈍な農夫を殺し」

「た、たた戦います!戦いますから、せめてこの子だけは村の外に逃してやってもらえませんか!」

 父が慌ててそう言うと、貴族は満足したように頷いて。

「おおそうか!ワシを守ってくれるか!よくぞ言ってくれた勇者よ!なにせ戦力は1人でも多い方が良いからな!」

 そんな風に言って笑ってみせた。

「そこの娘よ、お主も早く逃げるが良い。ワシも逃げるでの。ではさらばじゃ!」

 そう言い残し、ものすごい速さで走り去る貴族。約束をちゃんと守るあたり、根はそこまで悪い人じゃないのかもしれない。ただ他人の命よりも、自分の命の方がずっと大事なだけで。あんたも災難だな、と侍の1人が声をかけ、父に武器を手渡した。近くに転がっている死体から剥ぎ取ったらしい、血のこびりついた武器だった。

「‥‥‥イズミ。先に行って、ドリンで待っててくれ。父さん、ちょっとやる事ができちゃってな。大丈夫、後でちゃんと追いかけるからさ」

 ボクは父さんに頷き、1人でドリンまで走った。ドリンの酒場のおばちゃんは、父の育てた野菜をいつも買ってくれる常連だったようだ。その日の夜、酒場の屋上から村の方角を眺めると、広大な畑が赤く燃えているのが見えた。丘に並ぶ風車は倒れ、瓦礫となっていた。

 1日待った。父は来ない。

 2日待った。父はまだ来ない。

 3日待った。傷だらけの侍が来て、「お前の父は死んだ」とだけ告げて去っていった。ボクは泣いた。

 

 

 

「‥‥‥パパ、ママ。久しぶり。なかなか墓参りにも来れなくて悪いね」

 墓参りといっても、墓なんてないんだけど。多分この辺に埋まっているのだろう、という場所で手を合わせているだけだ。

「パパはいつも言ってたね。誰もがお腹いっぱいご飯を食べて、笑顔で暮らせる世界が実現するかもって。‥‥‥でも残念だけど、その夢は実現しそうにない。そう思ってた」

 あの日以来、都市連合の貧困は加速した。誰もが飢えに苦しみ、奪い合い、他人を見たら泥棒と思うような、そんな世界に変わっていった。ホーリーネイションに焼かれたこの地ではもう、野菜も育たない。父の願いはもう、実現する事はない。‥‥‥そう思っていた。ついこの前までは。

「ねえパパ。水耕栽培って知ってるかい?いや別に知らなくてもいいや。ボク、あれからいっぱい勉強したんだ。どうにかして、パパの夢を叶えられないかと思ってさ。そして、ついに見つけた。この地にもう1度、畑を作る方法を。誰もがお腹いっぱいご飯を食べれる、夢の技術を」

 といっても、ボクが手に入れた技術はその断片だけ。水耕栽培を実現するには、まだまだ資料が足りなかった。けど、手は届く。決して手の届かない夢の技術ではないのだ。

「パパ。ボクは遺跡に行くよ。そして古代の技術を手に入れる。だから‥‥‥あとちょっとだけ、待っててくれるかい?」

 目を閉じて、祈る。父は喜んでくれるだろうか。それとも、危ないマネはよせと止めるだろうか。けどどちらにせよ、ボクの心はもう決まっていた。この世界で、己の美学と信念を貫いて生きる者のことをkenshiと呼ぶ。ならば、ボクだってkenshiだ。貫いてみせる。この意思を。

「お参りは終わったのか、イズミ?」

「!?」

 急に話しかけられてびっくりした。振り返ってみれば、そこにいたのはレッドだ。

「あ、すまん。そんなに脅かす気はなかったんだけど」

「レッド!?い、一体いつからそこに!?」

「いつからも何も、イズミが酒場から出た時からずっとついて来てたんだけど」

 全然気づかなかった。

「お参りが済んだならそろそろ戻ろうぜ。あんまり遅くなると心配かけちまうからな」

 そう言うレッドに頷いて、ドリンの酒場に戻る。戻る途中でレッドがボソリと呟くように言ってくれた。泣きたくなったら、胸くらい貸してやるぞって。やっぱりレッドは優しい。けど残念。ボクの涙はとっくに枯れ果てたよ。ドリンに着いて酒場のドアを潜ると、みことが尋ねてきた。

「ところでイズミ、朝からどこに行ってたんだ?」

 やっぱり心配させちゃったのかな。

「‥‥‥お墓参りさ。ボクの両親のね。さあ、みんな揃った事だし、そろそろ出発しようか。次の目的地、ワールドエンドに。そしてその先の遺跡へ」

 まだ見ぬ街と、その先にある遺跡。古代の技術が眠る場所にボクは想いを馳せる。




第28話まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はイズミの過去回です。構想だけはあったものの語るタイミングがなくてずっとモヤモヤしていた話がやっと書けました。次回からまた冒険の続きです。どうぞお楽しみに。


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第29話 アーマーキング

 テックハンターの街、ワールドエンド。高い山の頂上付近にその街はある。

「ずいぶん久しぶりな気がするわね、この街も」

「ああ。懐かしいな」

 すみれと笑い合って、ラム酒を換金する為に近くの酒場へ。そこにイズミが聞いてくる。

「ねえねえ、サイエンス本部ってのはどっちだい?イヨさんって人にボクも会ってみたいんだけど」

 えーっと、この街の奥の‥‥‥そう言ってサイエンス本部の場所を指で指そうとしたところ、リドリィが割って入る。

「今日は急いで遺跡まで進むって話したじゃないか。観光は帰りに‥‥‥って、ああそうか。朝はイズミはいなかったっけ。ええと、今日の予定をもう一度確認すると‥‥‥」

 今朝俺とすみれに話した予定を、イズミとレッドにもう1度説明するリドリィ。彼女が説明してくれている間に、俺たちはラム酒を換金することにする。

「よう!あんたらかい。久しぶりだな。都市連合ではうまくやってんのかい?」

「ああ。見ての通りさ」

 そう言って俺は横目でチラッとイズミたちに視線を流す。なるほど、うまくやってるみてえだなと酒場のマスターは納得したように頷いた。

「今日はこのあとすぐにウェンドの河を下って遺跡に向かう予定なんだ。土産話、期待しててくれ」

「ははっ、そうかそうか。ずいぶん頼もしくなったじゃねえか。ただ、くれぐれも無理だけはするんじゃねえぞ。ま、分かってるとは思うがな」

 酒場のマスターに礼を言い、寝袋と応急キットを買い足してイズミたちに合流する。着いたばかりのワールドエンドの街に別れを告げて、南へ。森を抜け、しとしとと雨が降り続く地域に出る。このまま南へ進めばモールさんの避難小屋、小屋の手前から東に見えてくる河がウェンドだ。‥‥‥モールさん、きっと相変わらずなんだろうな。俺たちはウェンドの河へ入り、泳いで河を下る。船なんてものはない。最初は泳ぎ方が分からず、ちっとも前に進めなかったが、割とすぐにコツを掴んでそれなりに泳げるようになった。一番飲み込みが早かったのがイズミだ。

「なるほど、力任せに泳ぐんじゃなく、水圧の差を利用するんだね。水をかき分けることによって生まれる水圧の変化、そこに生まれる水流にうまく体を乗せてやれば‥‥‥」

 イズミの言ってる意味はよく分からなかったが、その泳ぎ方をマネすれば早く泳げるのは分かったのでマネして泳ぐ。そうして泳ぐうちに、河に沈んだ数件の建物が見えてきた。

「おっ、見えてきたね。あれがアーマーキングのお店だよ」

 河に沈んだ建物を見ながらリドリィがそう言うのだが‥‥‥いやいや、流石に冗談だよな?だってどう見ても廃墟だぞ?それにここ、河の中だよ?こんな場所で商売なんか成り立つわけがないじゃないか。そう思ってリドリィの顔を振り返ってみるも、彼女は至って真面目だった。笑えばいいのか呆れればいいのか‥‥‥とにかく俺たちはどうリアクションすればいいのか分からないまま、その建物に辿り着く。近づいてよく見てみると、その建物は完全に水没しているわけではなく、入口だけはかろうじて水面の上に顔を出していた。ちなみに建物全体は30°ほど傾いているので、入り口が顔を出していると言っても大半が水に沈んでいるのは変わらない。うん、やっぱりどう考えてもおかしい。いやもう、考えるまでもなくおかしい。そんな建物にリドリィは平然と入っていき。

「よう。元気してたかい、アーマーキング?」

「おや、久しぶりじゃないか。この通りピンピンしてるよ、リドリィ」

 ‥‥‥店員らしき人物と普通に会話していた。あまりに普通に会話してるので俺の感性の方がズレてるんじゃないかと不安になってくるが、俺間違ってないよね?普通、河に沈んだ建物で商売なんてしないよね?あれ、なんか以前にも似たような感想を抱いた気がするぞ。あれは確か‥‥‥そうだ、避難小屋で樽の底からメモが出てきた時だ。詳しくは第12話参照。

「何ぼーっとしてるの?早く中に入ったら?」

「あ、ああ」

 リドリィに促されて店(?)の中に踏み込む。店内は想像してたよりは綺麗だった。別にあちこちに物が散乱している、という訳ではなく、一応整理されてまとめられていたし、河の水が内部にまで浸水していることもなかった。そして店員を務める、アーマーキングと名乗る人物は。

「あっ、スケルトンだ!!」

 すみれが指を指して声をあげる。イヨさんと同じ種族。

「いかにもスケルトンだが、できれば名前で読んで欲しいものだね。私にはアーマーキングという名があるのだから。そうだろう、人間?」

 憮然とした様子で指を指されたアーマーキングが言う。いや表情が変わらないので憮然としてるかどうかは分かりづらいんだけど。でも、やっぱり機械でもちゃんと感情はあるんだな。少なくとも呼び名を気にする程度には。

「あ‥‥‥そうね、失礼だったわね。私はすみれ。このお店では何を売っているの?」

「そりゃもちろんアーマーさ。アーマーキングのお店だからね」

 アーマー、つまり防具。興味をそそられて、俺もショーケースを覗き見る。防具店と店主は言うけど、防具だけでなく武器も色々置いてある。装備品全般を取り扱っているらしい。並んでいる防具は高品質等級と熟練等級が大半を占め、あとは少数の傑作等級がいくつか。革防具ならすみれでも作れるが、ここでは鉄製の鎧や鎖帷子も並んでおり、どれも頑丈そうだ。‥‥‥ただまあ、鉄製の鎧はちょっと重いというか、正直リバースを脱出した直後の頃を思い出すのであまり着たくないというか‥‥‥いや、いい防具だよ?正規兵の鎧がほぼ鉄製であることからも分かるように、防具として優秀なのは分かるんだ。ただ、どうしても空腹で倒れそうになりながら歩き回ったあの頃の記憶がね、うん。すみれも同じ気持ちなのか、若干苦笑いを浮かべながらショーケースを覗いていた。

「おや、お気に召さなかったかい?これほどの防具を扱う店は、大陸中探したって他にないと思うけどね?」

 アーマーキングの言葉を受けて、レッドが答える。

「品自体はいいと思うんだが、流石に高すぎるって。これじゃ手が出せねーよ」

 レッドが言うように、鉄製鎧を除いて革鎧に絞って考えても、値段がやはりネックだった。高品質までならすみれでも作れるので、買うとするなら熟練等級か傑作等級が候補に上がるのだが、そのどちらもやたら高いのだ。武器鍛治で稼いでいる俺たちでさえ高いと感じるのだから、普通の冒険家ならまず手が出せないはずだ。この店で売っている防具を手に入れようと思えば、それこそ本格的に商売をしている商人か、あるいは。‥‥‥ふと俺の脳裏にシノビシーフギルドのメンバー達の顔がよぎる。盗みを生業にしているシノビシーフたち。店内に意識を戻せば、やたら強そうな警備スケルトン。‥‥‥なるほど。もしかしてこの店が河の中にあるのって、「盗っ人は決して生かして返さんけえの!ぐわははは!」的な意味合いだったりするのだろうか。

「そうか、それは残念だ。‥‥‥けど手が出ないからといって、盗みに走ったりはしないでおくれよ。ここの警備兵は普段は無害だが、盗人に対しては‥‥‥ふふふふふ」

 俺の想像が半分以上当たってて逆に驚く。むしろそこは外れていて欲しかったぜ。表情が変化しないはずのスケルトンなのに、なぜだか俺にはアーマーキングさんが不敵に笑っているように見えた。盗めるもんなら盗んでみろと挑発されているようでもある。

「ね?面白いお店でしょ」

「あ、ああ。そうだな」

 リドリィの言葉に、俺は曖昧に頷くことしかできない。ホーリーネイションでスケルトンが悪魔として迫害されてるの、理不尽だと思ってたんだけど‥‥‥もしもアーマーキングさんみたいな人が街中で商売してたら、そりゃ追い出したくもなるだろうな。差別の始まりなんて、案外そんなものなのかもしれない。ウィンドウショッピングを楽しんでから俺たちは再び遺跡へと進む。アーマーキングのお店のすぐそばにある浅瀬から崖の上まで階段がかけられており、その階段を登れば目的地の遺跡が目の前に広がる事になる。今日はもうすっかり暗くなっていたので、階段の下の浅瀬にテントを張って一休みすることにした。

 明日はようやく遺跡探索だ。




 第29話まで読んで頂き、ありがとうございます。kenshiのゲームをやっていると、自分の信じていた常識を根本から覆されることがよくあります。アーマーキングさんのお店もその1つ。これは個人的な考察なのですが、これから訪れる遺跡って地理的にはホーリーネイション領なんですよね。にも関わらず、そこに古代の科学書が残されている。そしてアーマーキングさんは元々そこで商売していた。‥‥‥ひょっとして昔のホーリーネイションには差別なんてなくて、科学を忌避してもいなかったのでは。そんなことをひっそり考察するのも楽しいんですよね。ああ妄想が止まらない。


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第30話 ブラッドスパイダー

 翌朝。朝食を終えた俺たちはテントと寝袋をたたみ、予定通りに遺跡へと続く階段を登る。休息はばっちり、視界も良好。さてさて、目的の遺跡はどんな場所なのかな、と期待をこめて階段を登りきると、そこに広がっていたのは瓦礫の山。

「‥‥‥なんか、想像してたのと違う‥‥‥」

 いや、もっとさ。見たこともないピカピカ光るメカとか、謎の巨大ロボとか、そういうのを想像してたんだよ、俺は。けど今俺たちの目の前に広がっているのは、瓦礫と化した建物の残骸。バストの廃村跡とそう変わらない。まあ建物の建築様式が今のものとは大分違うけど、珍しいものといえばそれくらいだ。しかもその建築様式だって、ぶっちゃけアーマーキングさんのお店とほぼ変わらないものだしなあ。

「なあリドリィ。遺跡ってだいたいこんな感じなのか?」

 冒険家のリドリィにそう尋ねてみるけど、リドリィはキョトンとした顔で。

「え、うん。だいたいこんな感じだけど?まあ建築様式はいろいろあるけど」

 それがどうかしたの?と首を傾げるリドリィ。うーん。想像とちょっと違ったけど、まあいいか。瓦礫と一緒に散乱している物資の中に、価値の高いお宝が混ざっているのかもしれない。おや、あっちの方で何かが‥‥‥

「みこと危ないっ!」

「え?」

 すみれの声に振り向く暇さえなく、背中を斬りつけるような鋭い衝撃。両足から力が抜け、ドサリと地面に倒れ込んだ見つつ振り返ると、そこに居たのは血のように真っ赤な体をもつ、巨大な赤グモ。這っている状態でさえ人の腰ぐらいまで届く巨大なクモで、もし立ち上がったりしたなら人の背丈を越えるんじゃないだろうか。赤グモが再びその鋭い爪を振り上げる。逃げなきゃ‥‥‥そう思うものの、体が思うように動いてくれない。もろに食らう。そして俺は‥‥‥そのまま気を失った。

 

「くっ」

 意識を失っていたのは、数秒か、それとも数十秒か。なんにせよ、それほど時間は経ってないはずだ。なぜなら食らった傷が治療もされずにそのままだから。ゆっくり起き上がりながら周囲の様子を確認する。

「あっ、みこと!気が付いたならこっちに!急いで!」

 すみれの声がする方を見ると、まず目に入ったのが頑丈そうな建物。瓦礫ばかりだと思ってたけど、崩れてない建物も残っていたらしい。そしてその建物の扉の前でレッドがしゃがみ込み、何やらゴソゴソしている。もしかして、扉を開けようとしているのかな。そんなレッドの周囲を守るようにしてすみれ、イズミ、リドリィの3人が武器を構えている。対峙しているのは赤いクモだ。その数、目算でおよそ20〜30匹。ものすごい数だ。俺を襲ったクモもあの中のどれかだろう。よし、俺も戦線に復帰して一緒に‥‥‥!

「あ、みこと。分かってると思うけど、その怪我で戦おうなんてしないでおくれよ。君はレッドと一緒に扉の解錠をしておくれ。一刻も早くね」

 落ち着いた口調のイズミにそう釘を刺される。

「も、もちろん分かってるさ、ハハッ!」

 や、やだなもう、どこの世界に自分の傷の治療もせずに戦線復帰するバカがいるって言うんだい?いくら俺だってそんな無茶はするわけないじゃないか。ハハッ!

 ‥‥‥うん、すいません。冷静さを失ってました。け、けどしょうがないじゃん!だって、高品質の防具をたった数発で貫通するような爪を持つ化物が相手なんだよ?反乱農民相手の訓練でやたらタコ殴りにされてるおかげで、打たれ強さには妙に自信がついてきてるこの俺でさえそうなんだよ?そんな相手とすみれやイズミが対峙してるんだから、そりゃ心配になるじゃん!

「バカな君のために改めて説明するけどね。戦いでは退路の確保が最優先だよ。ボクたちにとっての勝利は敵を倒す事じゃない。生きて帰ることさ。負傷した君が援護したところでこの大量のクモを倒しきることは不可能。だからこそ、さっさとその扉を開けて逃げ込める場所を‥‥‥ぐっ」

 ざくり、と赤グモの爪がイズミの腕を切り裂く。今のでイズミは両腕を負傷したらしく、武器を構えることもできずにだらりと両腕を下げてしまう。

「くっ、ボクとしたことが‥‥‥。でも、まだまだぁ!」

 イズミは両腕を下げたまま、無事な足で走り出す。そのイズミを追う赤グモ。その数5匹。逃げ回って時間を稼ぐつもりなのだろう。そこまでして作ってくれた時間を無駄にするようじゃ、男がすたる!俺はレッドと一緒に扉の前にしゃがみ込み、リバースで足枷を外した経験を思い出して‥‥‥いや、違うな。構造がリバースの足枷とは根本的に異なる。一旦リバースの足枷のことは忘れ、先入観を捨てる。そして改めて、フラットな思考で考える。自分が扉の鍵を作るならどうするか。頑丈なのはもちろんだが、それ以上に開けやすいことが重要なはずだ。だって自分たちが出入りする扉なのだから。頑丈であればそれでいい奴隷の足枷とは設計思想からしてそもそも違うはず。それを考慮するなら‥‥‥

「お願い急いで!リドリィが倒れたわ!傷が深い、早く治療しないとリドリィが死んじゃうっ!」

「分かってる!すぐに開けるから心配すんな!」

 切羽詰まった様子のすみれにそう答え、鍵穴に針金を差し込む。手応えありだ。‥‥‥カチャリ。

「開いたぞ!早く中に!」

 言いながら俺も建物に飛び込み周囲を索敵。敵影ナシ。俺に続いてレッドが飛び込み、続いてリドリィを肩に担いだすみれ。それを追って赤グモが2匹と、それに続いてイズミも走り込んできた。‥‥‥なんか余計なのが混じってるが、これで全員が避難完了だ。急いで扉を閉めて、俺とレッドの2人で中まで追ってきた赤グモを倒す。レッドがほぼ無傷だったこともあり、難なく処理できた。

「リドリィ!良かった生きてる!まだ間に合うわ!」

 すみれが急いでリドリィを寝袋に寝かせて治療を施す。レッドがイズミの治療をして、俺は自分の怪我の治療をする。

「‥‥‥ごめん。注意不足だった。あんなのがいるなんて気がつかなくて」

「みことのせいじゃないさ。みことが襲われるまで、誰も気がつかなかったんだからさ。むしろ君が囮になってくれたおかげで、スムーズに建物の正面に陣取ることができた。‥‥‥とにかく皆無事だったんだ。今は傷を癒すことに専念しよう。流石にあの赤グモも、この扉は壊せないみたいだしね」

 そうだな、とイズミの言葉に頷いて、俺は全員分の寝袋を用意する。‥‥‥それにしても、不思議な敵だったな。爪の殺傷力はやたら高いくせに、その身を守る装甲は無いも同然だった。あれでは同族同士で縄張り争いになった時、両方とも即死するんじゃないだろうか。そうだ、縄張りといえば、あの赤グモはどこから来たのだろう。クモの巣は見当たらないから他の場所に縄張りがあると考えるのが自然だけど‥‥‥あれ、クモの巣?そもそもクモって、こんな風に獲物を襲う生き物だったっけ?もっとこう、クモの巣で獲物を捉えて、動けなくなった所を襲う狡猾な生き物じゃなかったっけ?うーん、考えれば考えるほど不思議だ。

「それじゃ皆が休んでる間に、戦利品がないか探しとくか。怪我してないのオレだけみたいだし」

 レッドがそう言い、建物の中に残された遺物を搜索する。トレジャーハンターっていえばカッコいいけど、やってる事は割と泥臭いな。建物内にある箱を1つづつ確認し、鍵がかかった箱は地道に開錠して、値が張りそうな遺物がないか探していく。そうして見つかる物といえば、一攫千金のお宝‥‥‥ではなく、何やら難しそうな本とか古い地図とかだ。難しそうな本を見てイズミがすごく嬉しそうにしていたので一応持って帰るけど‥‥‥はっきり言って俺にはその価値は分からなかった。

「それじゃ、お待ちかねの山分けタイムと行こうか。イズミちゃんはその本が気に入ったようだし、こっちの地図はあたしに譲ってくれると嬉しいな」

 リドリィが古い地図を手にそう言う。失われた武器庫の地図って書かれているけど、いいものなのかな。

「うんまあ、あたしのような貧乏冒険家にとっては良いものさ。貴重な武器や防具が手に入るからね。けど鍛治職人にとっちゃ、ただの腕試しの場でしかないよ。イズミちゃんが喜びそうな地図って言えばこっちじゃないかな?」

 そう言ってリドリィが示したのは古代の工廠跡の地図と、もう1つ「ナルコの誘惑」と書かれた地図。古代の工廠跡からは科学書の類が見つかることが多く、そしてもう1つのナルコの誘惑は‥‥‥こっちは、リドリィにもよく分からないらしい。ホーリーネイションの前哨基地だと地図には記されている。

「ナルコって、オクラン教の悪魔の名前じゃなかったっけ。ホーリーネイションが自分たちの軍事基地に、悪魔の名前つけてるのか?」

 俺がそんな疑問を呟くと、すみれも首をかしげる。

「‥‥‥言われてみれば、変ね。どうしてかしら」

 そんな俺たちを見てリドリィが言う。

「気になることがあるなら自分の目で直接確かめる!って普段なら言うとこだけど、流石にあたしもあの国の軍事基地に乗り込む気にはなれなくてね。その地図はあげるから、好きにするといいよ。‥‥‥さて、山分けも済んだし、これからどうしようかね。あたしはせっかくだからこのままブリスターヒルにでも行ってみるつもりだけど、君たちは?やっぱりショーバタイに戻るのかい?」

「え、うん。もちろん帰るつもりだったけど‥‥‥リドリィは帰らないのか?」

「ははっ、あたしは根っからの冒険家でね。一箇所でじっとしてるのが性に合わないのさ。帰る家があるわけでもないし、このまま旅を続けるよ。もし良かったらあんたらもどうだい?気ままにぶらぶらと世界を旅するのも、楽しいもんだよ?」

 リドリィに言われて、俺たちは顔を見合わせる。気ままにぶらぶらか。そういう生き方もあるんだな。けど、俺は。

「俺は、まだ鍛治の修行も途中だし。ストーンキャンプの近くはやっぱり便利だし、ね」

「ボクも、研究が。ようやく科学書が手に入ったんだ。ぶらぶらしてるヒマなんてないよ」

「オレだってホーリーネイションには戻らねえよ。他のどこを旅するのもいいけど、ホーリーネイションにだけは絶対に戻らねえっ!」

 俺、イズミ、レッドがそれぞれそう主張すると、すみれは苦笑いしながら言った。

「‥‥‥と、まあ聞いての通りよ。リドリィ。短い間だったけど、あなたと一緒に旅ができて楽しかったわ」

 そう言うすみれの表情は、ちょっとだけ名残惜しそうに見えた。

「そうかい。それじゃここでお別れってことになるね。‥‥‥達者でね、アウトサイダーさん」

 そう言って別れを告げるリドリィを、俺たちも笑顔で見送る。

「ああ、リドリィもな。縁があったら、また会おうぜ」

 もちろん。そう言いながらリドリィは肩越しに振り向いて、カッコつけたウインクを送ってくれる。そして建物を出て歩いて行ったリドリィが‥‥‥10秒もしないうちに猛ダッシュで戻ってきた。

「あ、おかえり。どったの?」

「クモ!赤グモがまだ残ってるっ!!」

 涙目で外を指さすリドリィ。あー、そういえば逃げただけでまだ倒してなかったな。なんか、締まらないなあ。その後俺たちは赤グモを1匹づつ処理して、改めて別れを告げたのだった。リドリィはちょっと恥ずかしそうにしていた。




第30話、読んでいただきありがとうございます。次回もどうぞお楽しみに。


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第31話 手合わせ

 遺跡を後にした私達4人は、チャプチャプと水をかき分けながら川を北上していく。リドリィは陸路で南に向かったようだ。無事だといいな。やがて川を登り切ろうというところで、魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。魚の良い香りに釣られてみれば、そこには川に向かって釣り竿を垂らす女性の姿。っていうかモールさんじゃないの、あれ。

「あれ、モールさん?何してるの?」

「あら久しぶり、すみれちゃん。ふふん、何だと思う?」

 そう言いながら釣り竿をクイクイと引っ張ってみせるモールさん。

「‥‥‥魚釣り?」

 川から陸に上がり、濡れた服を絞りながらモールさんに歩み寄る。バケツの中で、新鮮な魚が泳いでいた。

「そう!私は考えたの。なぜ避難小屋が誰にも使ってもらえないのか。そしてついに1つの答えに辿り着いたわ。それはズバリ、鮮度よ!」

「鮮度ですか」

 ああ、この人絶対に何か間違えてるなーと感じながらも、とりあえず話は聞いてみる。

「ええ。集落からこの小屋までお酒や食料を運んでいては、どうしても運んでいる途中で鮮度は落ちるわ。リバース鉱山を脱出した召使いさんが外の世界に溢れんばかりの期待を抱いて、ついに見つけた避難小屋。けどそこに用意されていた食事が、鮮度の落ちたイマイチな料理ばかりだとしたらどう?きっとその召使いさんはがっかりして、こんなボロ小屋には用はないとばかりに行ってしまうに違いないわ!」

 そんなことは無いと思う。私はめっちゃ喜んだし。けど突っ込んでも無駄なんだろうなあ。モールさんの話はさらに続く。

「だからこそ私は、ここで釣れた魚を小屋に並べることにしたのよ。集落から運ぶんじゃなく、ここで釣ってその場で焼く!見てみて、このまま刺身にしても食べられそうな新鮮なお魚を!そして辺りに広がるこの香ばしい香り!お腹を空かせた召使いさんが、この香りを無視できるはずがないわ。これなら、今度こそ必ず使ってもらえるはず!」

「‥‥‥わー、すごいなー」

 モールさんは一体何と戦ってるんだろう。そんな風に私が呆れていると、レッドが隣に寄ってきて尋ねてくる。

「‥‥‥なあ、今モールさんって呼んでたけど、この人がモールさん?浮浪忍者の?」

「うん。っていうかレッド、モールさんのこと知ってるの?」

「そりゃ知ってるよ。親父から何度か聞かされたもん。けどなんつーか、聞いてた話とだいぶ違うっつーか」

「レッドの親父って言うと、セタだよな。一体どんな風に聞かされてたんだ?」

 みことがそう聞き返すと、「ん、セタ?」とモールさんが首を傾げる。そういえば浮浪忍者はホーリーネイションから迫害された人の集まりだって言うし、上級審問官セタはいわば宿敵みたいなものになるのね。名前を出したのは失敗だったかな。

「ええと、確かいくつもの犯罪を重ねる極悪人で、多額の懸賞金もかかってるとかなんとか。まあ子供の頃に聞いた話だし、そこまで詳しいわけじゃねーけどよ」

「えっ、そうなの!?懸賞金って、いくらくらい?」

 そう聞き返すと、モールさんは手をパーに広げて「これくらい」と言ってみせた。5万cat、ということか。この前倒した反乱農民の男が大体2,500catだったから、それのおよそ20倍ってことになる。すごい。

「ああ、そっか。すみれちゃん、今はバウンティハンターになったんだもんね。よしっ、どれくらい腕をあげたか、お姉さんが見てあげよう!」

 モールさんはそういうと、小刀を取り出して構えてみせる。

「って、いいの?私の武器、一応真剣だし、寸止めとかもまだ出来ないんだけど‥‥‥」

 そう言いながらも、私もまた、狐太刀を抜いて構える。モールさんと戦える。そのことに、自分でも不思議なくらいワクワクしていた。ある程度自信がついてくると、どうしても試したくなる。今の自分がどれくらいなのか。自分の全力がどれくらい通用するのか。

「うん、へーきへーき。当たるわけないから、全力で打ち込んでいいよー」

 ‥‥‥‥‥。ちょっとムカついた。よし全力でいってやる!モールさんに悪気はないんだろうけど、ナメられるのって結構ムカつくのね。

「なら、遠慮なくっ!とうあっ!」

 上段に刀を振りかぶり、駆け寄りざまに振り下ろす。加速の勢いと体重を加味した全力の振り下ろし。モールさんはそれに対して小刀で受けの姿勢をとるけど、構わない。そんな小刀ごと叩き切るつもりで力一杯振り下ろした。

 ガキンッ、と金属音が響き、鍔迫り合いの体勢になる。叩き切ることはできなかったか。けど、まだここからだ。グッと刀を押し込む。

「ふうん。すみれちゃん、集落にいた時と比べて、ちょっと荒れた?」

「‥‥‥そうかな。あまり自覚はないけど、そうなのかも」

「うん。人を斬って、変わったんだね」

「!」

 動揺。それが刀を通して伝わり、バレる。来るっ!私は刀を押し込むのをやめ、全力で後方に飛び下がる。目の前をモールさんの小刀が掠め、前髪を数本もっていかれた。距離をとって構え直す。

「とはいえ、悪い変化ってわけでもないわね。むしろ剣士として成長できてるとも言えるわ」

「ちょ、卑怯よモールさん!そうやって言葉で動揺を誘うのはっ!」

 私はそう抗議するものの、モールさんは何言ってんだこいつ、みたいな顔で。

「戦いに卑怯も何もないわよ。口八丁手八丁、勝つために使えるものは何でも使う。すみれちゃんは戦場で相手に対して、今のは卑怯だーとか言う気なのかしら?」

「くっ」

 確かにモールさんの言う通りだ。相手がいつでも正々堂々と戦ってくれるとは限らない。私は正々堂々と誇れる勝ち方をしたいけれど、相手も同じ考えとは限らないのだから。

「ふ、ふんっ。けど同じ手にはもう乗らないわよ。もう一度っ!」

 再び上段に構えて、先程と同じように駆ける。今度はモールさんは受けの姿勢を取ることなく、こちらに駆けてきた。すれ違いざまのカウンターを狙うつもりだろうか。けど刀のリーチはこっちの方が長い。相手の間合いに入る前に振り下ろせば!

「とうっ!」

 全力で狐太刀を振り下ろす。が、届かない!?モールさん、狐太刀の間合いに入るほんの1cm手前で、地面に足を食い込ませるように急ブレーキをかけた!私の狐太刀は空振りして、その勢いに引っ張られてつんのめるように姿勢を崩す。

「さっきも思ったんだけど、力で斬ろうとしすぎ。刀は力で斬るんじゃなく、技で斬る武器よ」

 言いながら、モールさんが私の後頭部を小刀の柄でコツンと叩く。たいして強い力ではなかったものの、すでにバランスを崩していた私はそれだけで見事にすっ転んだ。

「うーん。まだまだかな。30点」

 割と辛辣な評価を下しながら、モールさんは小刀を鞘に収めたのだった。

 

 

「うーん。反乱農民の部隊にも勝って、遺跡も攻略して、結構自信はついてたんだけどね」

 起き上がって、服についた砂を払いながら呟く。結構強くなったと思ってたけど、30点かあ。大陸最強への道は遠いなあ。

「そうね。実際、強くなってるよ。思ってたよりも成長が早くて、ちょっと驚いたもん」

 モールさんはそう言ってくれるが、思ったよりも成長が早くて、それで30点かあ。集落にいた頃は何点だったんだろう。3点くらいかな。

「あ、そうだ。話は変わるんだけどさ。すみれちゃん、今日は集落に泊まって行かない?久しぶりに皆会いたがってると思うから」

「え、いいの?あまり集落の場所は知られたくないんじゃ‥‥‥」

 レッドとイズミの方に視線を向けながら答える。

「うん。すみれちゃんとみことくんの友達なら、まあ信用していいかなーって。それに凶悪犯のイメージも払拭しておきたいしね」

 モールさんから視線を向けられたレッドは、少し気まずそうに視線を逸らして。

「あ、あはは‥‥‥なんか悪ぃな、オレの親父がおかしなことばっか言いふらしてるせいで」

 そんな言い訳めいたことを呟いていた。




 第31話まで読んでいただき、ありがとうございます。

※行程表
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第32話 それぞれの想い

「久しぶりだねー、すみれちゃん。みこと君とはどこまで進んだの?」

「開口一番にそれ?もっと他に話すことあるでしょうに」

 浮浪忍者の里。その食堂で、私は食事を取っていた。みことは武器屋の方に寄ってから来ると言っていたので、今はいない。ちなみにさっきから絡んでいる相席の子はピア。今日も美味しそうにブラッドラムを飲んでいる。都市連合では禁制品とされているこのお酒も、ここでは普通に売っている。

「いや、そうは言うけどさあ。やっぱ気になるじゃん。何もないってことはないでしょう?」

 ‥‥‥‥‥。何もないのよね、これが。びっくりするくらいに。

「え、何その反応。もしかして本当に何も進展なし?」

 こくん、と頷いてみせる。みことと一緒に行動するようになって約2ヶ月。これといって具体的な進展はまだない。

「何やってんのよー。さっさと告白すればいいのに」

「そんなに簡単に言われてもね‥‥‥」

 告白なんかしても、気まずくなるだけだろう。私なんかに告白されたって、きっと困るはずだ。レッドのように料理が上手なわけでも、他人に気配りができるわけでもなく、イズミのように頭がいいわけでもない。それに加えてモールさんとの手合わせの最中にも指摘された事。人を斬って荒れた。あまり自覚はしてこなかったが、そう指摘されると否定はできない。剣士としては成長できてるとモールさんは言っていたけど、女としてはどうだろう。少なくとも女としての魅力が増しているとは思えなかった。

 さらに極め付けは、私の身体。決して綺麗な身体ではない。リバース鉱山の召使いの大半がそうであるように、私も。‥‥‥歩哨たちに玩具にされた記憶は、今もまだ褪せる事なく残っている。そういうのって、やっぱり男の人からすれば嫌なんじゃないだろうか。そして、もし仮に私がみことと、その、男女の関係になったとして、その時私は幸せを感じることができるのだろうか。分からなかった。分からないから、怖い。だったら今のままで十分だ。すぐ隣に、相棒として並び立ってくれている。それだけで十分幸せだった。だから。

「‥‥‥出来るわけないじゃない。告白なんて」

「‥‥‥そう」

 つまらなそうな顔で、ピアはぐびぐびっとブラッドラムを一気に傾ける。高い酒なのに、ずいぶんもったいない飲み方をするものだなと思った。

 

 

 

 

 武器屋に並んでいる設計図を眺めながら、俺は門番の姐さんと話していた。姐さんもちょうど武器の新調を考えていた所だったそうだ。

「で、そっちは順調なのかい?」

「ああ!話に聞いてた通り、都市連合は鍛治の修行にはもってこいだな。今ならカタンNo1等級の武器も安定して作れるようになったし、遺跡で手に入れた科学書があればもっと上の武器だって作れるってイズミも言ってたし‥‥‥って痛っ!なんで叩くんだよ姐さん!」

 ペチンと頭を叩いてきた姐さんに抗議する。

「アホ。そっちじゃなくて、すみれとは順調なのかって聞いてんのさ。あんたの鉄いじりなんてどうでもいいっての」

「え、すみれと?うんまあ、仲良くやってるけど」

 そう答えると、これ見よがしに大きなため息をつかれた。

「仲良くやってるけど、じゃないよ。あんた、あの子の気持ちには気付いてるんだろう?ちゃんと応えてあげたのかい?」

「そ、それは‥‥‥」

 思わず口籠もる。それだけで姐さんは察したようだった。

「‥‥‥まだなんだね。何か応えられない理由でもあるのかい?あんたも、あの子が嫌いなわけじゃないだろう?」

 それはもちろんそうだ。嫌いなわけがない。すみれが想いを寄せてくれていることにも気付いている。もしすみれから「付き合って欲しい」と言われたら、即答でOKすると思う。そんな事を伝えると、また叩かれた。

「もし告白されたら、じゃないだろう!そこまで想ってんだったら、あんたから告白すりゃいいじゃないか。こういうのは女からは言い出しにくいもんなんだからさ」

「お、男も女もないだろうっ、言い出しにくいのは男だって同じだっつーの!」

「このヘタレ」

「うぐっ!」

 姐さんのド直球な言葉に返す言葉もない。けどまあ、その通りなんだろうなと思う。俺はきっと‥‥‥恥を承知で言うなら、そう。自信がないのだ。すみれほど強くもなく、度胸もなく。「君を守るよ」なんて決して言えない。むしろ守ってもらってばっかりだ。先日の遺跡でも、俺の不注意のせいで危ない目に遭わせてしまった。こんな俺がすみれに与えられるものなんて、何があるのだろう。さらに俺の頭を悩ませるのが、すみれの生い立ちだ。すみれがリバース鉱山で割とひどい目に遭っていたのは、大体想像がつく。だとしたら、すみれは俺とそういう関係になることを望んでいないのではないか。かえってすみれの傷口を抉るだけになるんじゃないのか。そんな想像がどうしても頭をよぎる。それは、絶対に嫌だ。あとまあ‥‥‥これを言うともっと恥ずかしいというか、情けないと思うのだけど、その‥‥‥俺は、そういう男女のアレコレの経験や知識がない。今まで付き合った女の子なんていないし、父さんや鉱山の歩哨だって、流石にそういうアレコレについては教えてくれなかったしなあ。当たり前だが。そうすると仮にすみれが俺とそういう関係を望んでいたとしても、俺はその気持ちに応えることができるのか。分からない。そもそも何から始めてどういう展開に持っていけばいいのかも分からないし、あと行為に当たって暗黙の了解というかマナー的なものがあるのではないか。全く想像がつかない。何も分からないから、怖い。おそらく経験豊富なすみれと俺では知識に絶対的な隔たりがあるわけで、となるとやはり恥を晒したくないというか自信がないというか‥‥‥そんな事を伝えてみると、「バカかお前は?」と姐さんに呆れられた。バカとは失礼な、割と真剣に悩んでるってのに。

「やかましいこのヘタレ童貞!つーかさ、あたしも女だってこと忘れてないだろうね?そういう話は食堂のオヤジあたりと、男同士でするもんじゃないのかい?」

「ごめん忘れてた、って痛い痛い!」

 ベシベシと俺の頭を叩く姐さん。割と本気で痛い。

「まったく、ガキかあんたは。いくらうじうじ悩んだって、そのうち勝手に自信がつくはずもないだろう。一生孤独に生きるつもりでないなら、いつか誰かと関係をもつ事になるんだ。あとは、誰をパートナーとするか。それだけだろう?」

 だからさっさと覚悟を決めろと。姐さんはそう言いたいらしい。‥‥‥それができたら、どれほど簡単だったか。

「‥‥‥俺は、どうせガキですよーだ」

「‥‥‥はあ。そーかい」

 呆れた顔で、姐さんは盛大にため息をついたのだった。

 

 

 

 

「いい村だよね、ここ。緑に囲まれて、空気もおいしくてさ」

 集落を囲む高い防壁。ボクはその縁に腰掛けながら呟く。目の前に広がる森林では、木々の間を小鳥が飛び交い、どこかから獣が駆ける音が聞こえてくる。都市連合の砂漠では決して見ることの出来ない光景だ。

「そうだな。人もみんな暖かい。不便も多そうだけど、皆で助け合って生活してるのが分かるよ」

 隣で同じように座るレッドがそう答える。

「‥‥‥故郷を思い出すよ。ボクの故郷も、緑がいっぱいでね。皆で協力しながら畑の世話をしてた」

「そっか」

「うん」

 短く頷きあって、また森を眺める。故郷の記憶なんてなくしてしまえば、楽になれるんじゃないだろうか。そう考えたこともあった。けれど、忘れることなんて出来なかった。例えどれ程辛い記憶だとしても、かけがえのない大切な思い出でもあるのだから。

「‥‥‥いつか。この村にもホーリーネイションが攻めてくるのかな」

 今はまだ大丈夫かもしれない。けどホーリーネイションと敵対している以上、その日はいつか、確実にやってくる。何の前触れもなく、ある日突然に。そうして村は焼かれ、森は燃えて小鳥や獣は姿を消し、荒れ地だけが残る。かつてのボクの村と同じように。‥‥‥そんな未来を想像すると、胸が痛くなる。

「そこまで悲観しなくてもいいんじゃねーかな。ほら、モールさんめっちゃ強かったじゃん。ホーリーネイションが攻めて来たって、きっと返り討ちにしちまうんじゃねーかな!」

「そうかもね。けどその場合、レッドのパパは殺される。この村の人達によって」

 どちらかが勝てば、どちらかが負ける。戦いとはそういうものだ。長く続いている戦いも、永遠には続かない。いつかは決着がつく。

「か、関係ねーし!あんなクソ親父、今さらどうなったって知らねーよ」

「ふふっ。ウソだね。だって、レッドは優しいもん。パパが殺されたら、きっと泣いちゃうんじゃない?」

「な、泣くわけねーし」

 そっぽを向いて強がるレッド。まったく、素直じゃないなあ。家族を殺される辛さは、ボクの方がよく知っている。

「‥‥‥平和って難しいよね。誰もが望んでいるはずなのに、どうしてこんなに難しいのかな」

「さあな。イズミでも難しいなら、オレなんかにゃお手上げだぜ」

 浮浪忍者とホーリーネイション。この2つの勢力の争いは、どのような形で決着を迎えるのか。その時、誰が生き残り、誰が殺されるのか。ボクの故郷のような悲劇は繰り返してほしくない。その一方で、レッドに悲しい思いもさせたくない。ボクはただ、みんなに笑顔でいて欲しいだけなのに‥‥‥それだけなのに、どうしてこんなにも難しいのかな。




 第32話まで読んでいただき、ありがとうございます。きっとピアも姐さんも内心こう思っていることでしょう。「くそっ…じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」と。さて次回は久しぶりに幕間の物語となります。どうぞお楽しみに。


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幕間 リドリィの冒険:ブリスターヒル編

「とうちゃーく!首都ブリスターヒル!」

 ホーリーネイションの首都、ブリスターヒル。その大きな門を見上げながら、あたしはリュックを背負い直す。実際に訪れるのは初めてだが、大きな街だ。さすが大陸最大の国家の首都だけある。

「待て。荷物チェックに協力してほしい」

「ん?あいよ」

 門番に呼び止められたあたしは、素直にリュックを渡す。

「む?ふむ。不審なものは見当たらないが‥‥‥旅人よ、ホーリーネイションは初めてか?」

「ん、そーだよ。よく分かったね?」

「ふっ、やはりな。悪いことは言わん。この国に滞在するなら、聖火の教典は所持しておいた方がいい」

 門番はリュックを返しつつ、そんな事を言う。聖火の教典。それはオクラン神について書かれた宗教書だ。都市連合では神よりも紙幣の方が大切にされるせいで殆ど見かけないが、やはり宗教国家という事か。まあ本を1冊買うだけで余計なトラブルが避けれるなら安いものだ。

「忠告ありがと、門番さん。その教典ってどこで売ってるの?あたしが以前いた国じゃどこにも売ってなかったんだけどさ」

「そうなのか?まあこの国ならどこにだって売ってるさ。酒場だろうと資材屋だろうと、この国の店なら教典くらいは扱ってるよ」

 ‥‥‥さすが宗教国家。酒場で教典が買えるのか。それはなんとも酒がマズくなりそうな‥‥‥いやいや、そんな事考えちゃいかんな。この国の人たちにとって、それだけ神様が身近だって事だろう。

「ありがと、助かったよ」

「どういたしまして。良い旅を、姉妹」

 礼儀正しく一礼してくる門番さんと別れて、酒場を探す。男尊女卑の国って聞いてたけれど、想像してたほど酷い国じゃなさそうだ。やはり自分の足で旅してみないと分からないものである。お、あった。あれが酒場か。

「いらっしゃいませー‥‥‥うん?お客さん、あんた1人か?」

 酒場に入ると、マスターがあたしの方を見てやや眉を顰める。

「ああ、一人旅の途中でね。聖火の教典と、お勧めの1杯をもらえるかい?」

「あ、ああ。しかし一人旅か、そっかー。ちょっとマズいな」

 マスターの様子がおかしい。1人だと何か不都合でもあるのだろうか。そう尋ねてみると。

「いや、この国じゃ女が1人で外を出歩くことは許されてないんだよ。もちろん旅人にまでそんな国のしきたりを守れなんて言う気はないが、今日はちょっとばかり都合が悪い。なにせ、上級審問官様が2人も揃って飲みにきてるんだよ」

「上級審問官様?」

 ほら、あの席だよ。マスターがそう言って示した席では、体格のいい男が2人、酒を煽っていた。ちょっとその席の会話に耳を傾けてみる。

 

「そもそもなんだ、あの手紙は。『悪ぃ、失敗した』ってお前‥‥‥ヴァルテナ、お前はもっと風格とか威厳とか、そういうもんを大事にしろとあれほど‥‥‥」

「はいはい。その風格とか威厳とかに拘り続けた結果、嫁にも娘にも逃げられたのはどこのどいつだっけなー」

「そっ、それは言わん約束じゃろおおぉぉっ!!」

 

 おいおいと泣き出すおっさんと、それをテキトーにあしらうおっさん。なんだあれ。

「え。まさかあれが上級審問官様?冗談でしょ?」

「いやマジなんだって、マジ。だから今日は目をつけられないようにした方が」

「むっ!?おい、そこの娘!お主一人か?連れはおらんのか!?」

 ‥‥‥ちょっと遅かったか。さっきまで泣いてたおっさんがこちらを見て叫んでる。マスターが「あちゃー」とか言いながら頭を抱えていた。

「おいおいセタのおっさん。酒の席だぜ?あんま固いこと言うなよなー。そんなだから嫁にも娘にも逃げられんだよ」

「それは言わん約束じゃろおおぉぉっ!!」

 再び泣き出すおっさん。なにこれ。

「え、えーっと。あ、そうだ。1人がダメなら、おっさ‥‥‥げふんげふん。お兄さん達、一緒に飲もうよ。なにせ一人旅の途中で、一緒に飲む相手もいなくてさー」

 冒険者の心得その1。偉い人とはとりあえず仲良くするべし。

「おー、いいねいいね。ノリのいい女は好みだぜ。ほら座りな」

 比較的若い方のおっさんが席を用意してくれる。ヴァルテナとか呼ばれてたっけ。こっちの人は割と話が分かりそうな人だ。

「で、あんたは何を飲むんだい?俺が奢ってやるよ」

「マジで!やった、それじゃこの店で一番高いお酒ちょーだい」

 気前のいいヴァルテナさんの言葉に上機嫌になってそう告げると、彼は可笑しそうに笑った。

「あっはは、面白いねーちゃんだな。けど、そんな高い酒は置いてないぜ?まー、お国柄ってやつだ」

 ヴァルテナさんにそう言われてメニューに目を通してみれば‥‥‥なるほど、確かに高級なものは置いてない。

「んー、じゃあビールでいいや。奢ってくれてありがとね」

「なーに気にするな。なにせこっちは上級審問官だぜ?給料が違うんだよ、給料が。まあ、給料くらいしか違わねーんだけどな!」

 マスターが持ってきたビールを、ヴァルテナさんが注いでくれる。

「それじゃ、かんぱーい」

「かんぱーい!」

「‥‥‥‥‥」

 あれ、セタさんだけ乾杯してくれない。どうも不機嫌そうだ。

「セタさん?かんぱーい!」

「‥‥‥乾杯。のうヴァルテナ。お主のそういった態度のせいで、同じ上級審問官の私まで軽く見られるんだが。さらにそれは下につく審問官、ひいてはパラディンや歩哨の立場まで軽く見られることに繋がるのだと、何度言ったら分かるんだ」

「はいはい、説教なら後で聞いてやるって。酒の席でする話じゃねーだろ。悪ぃなねーちゃん。こいつのカタブツは昔からだから気にすんな!‥‥‥えーっと、ねーちゃんの名前は」

 セタさんはヴァルテナさんほどノリが軽くないようだ。同じ上級審問官でも、結構性格に差があるみたい。

「おっとごめんよ、まだ名乗ってなかったね。リドリィさ」

「そっかリドリィか。一人旅って言ってたが、今までどんな旅してきたんだ?ちょっと聞かせてくれよ。なにせこちとら、今の役職についてから砦に篭って事務仕事ばっかりでさ。自由にあちこち飛び回れるあんたが羨ましいぜ」

 本当に羨ましそうな表情でそんな事をいうヴァルテナさん。偉い人には、偉い人なりの悩みとかあるのかも知れないなあ。

「自由に飛び回るといえば楽しそうかもしれないけど、実際には財布の中身を気にしながら逃げ回ってる毎日さ。けどそうだね。最近の冒険だと‥‥‥」

 あたしは最近の冒険譚を語って聞かせる。都市連合で最近話題になってる、4人組のバウンティハンターの話。そのバウンティハンターと行動を共にした話。

「しかも4人のうち、1人はまだ子供でさ。最初はなんで子供がって思ってたけど、この子がまたすごいんだ。いわゆる軍師っていうのかな。常に冷静で、急なピンチでも最適な作戦を即座に組み立ててくれる。無事に遺跡を攻略できたのはあの子のおかげだって言っても過言じゃないね」

 あたしがそんな話をすると、そりゃーすごい、とヴァルテナさんも相槌をうつ。酒が入ってるせいもあって楽しそうだ。と、セタさんが。

「のう。リドリィ。都市連合に最近、脱走奴隷が逃げてきたって話は聞かんか?例えばリバース鉱山から逃げてきた召使いとか」

「ああ。よく聞く話だよ。砂漠を歩いてると3日に1度は脱走奴隷に出くわすかな。さっき話したバウンティハンターも、そのうち2人は元奴隷だったって言ってたし。すごいよねえ、元奴隷から、身ひとつで成り上がっちゃうなんてさ」

「そ、そうか。まあ都市連合は奴隷産業が盛んだというからな。脱走する奴隷もそれに比例して多くて当然か。‥‥‥はあ」

「もう諦めろって、セタのおっさん。どのみち都市連合に逃げられた以上手は出せねえんだ。みことの事は諦めろ」

 ‥‥‥‥‥。え。なんか知ってる名前が飛び出た気がするぞ?とりあえずビールをぐいっと傾ける。

「で、では都市連合で私の娘を見かけんかったか?背はこれくらいで服装は」

「落ち着けおっさん。10年前の服装の情報がなんの役に立つんだよ。背丈だってそれは10年前の事だろうが。‥‥‥ったく。相当酔ってるなこれは。悪いなリドリィ、セタのやつ、酔いが回るといっつもこうなんだ。気にしないでくれ」

 また涙目になりつつあるセタさんを宥めるヴァルテナさん。

「ああ、うん。それは良いけど‥‥‥さっき言ってたみことくんって?何かやらかしたの?」

「や、そんなんじゃねーよ。ただセタの娘さんを探そうと思ったら、直接その娘を知ってるヤツじゃないと探せないからな。なにせ10年前の情報しかないんだ。んで、俺やセタのおっさんを除けば、適任がみことくらいしかいないってワケ」

 もちろん脱走者を捕まえるっていう名分もあるが、それはまあ割とどうでもいいらしい。そっかー、大変だねえと相槌を打ちつつ、空になったビールをテーブルに置く。すぐにマスターが2本目を持ってきてくれた。しばらく会話を楽しみつつ2本目も空になったあたりで酔いが回ってきたので、宿を借りて休むことにする。酒場の2Fが宿だと便利だ、すぐに休める。

「それじゃまたね、ヴァルテナさん。あとセタさんも」

「おう、縁があればまた会おうぜ!」

 ヴァルテナさんがにこやかに手を振ってくれる。セタさんは酔い潰れて爆睡中だ。あたしも手をふって2人と分かれる。

 

 

 

 

 そして、1人残されたヴァルテナは。

「みこと『くん』ねえ。リバースの脱走者って言えば最初に連想するのは女だろうに」

 ミコト。美琴。尊。命。決して男限定の名前というわけではない。そこにリバースの脱走者という前提がつけば、普通は女性を連想しそうなものだが。リドリィが休む2Fへ続く階段を見やりつつ、ヴァルテナは呟く。

「‥‥‥ま、いいか。酒の席だし、お固いのはナシだ。それに、今日のところはおっさんをスタックまで運ばないといけねーし」

 完全に酔い潰れてるセタを担いで店を出る。マスターの「ありがとうございましたー」という声を背中に受けながら。

「縁があればまた会おうぜ、リドリィ」

 その呟きは誰にも聞かれる事なく、夜風に溶け込んだ。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。さて、次回は甘ったるいラブストーリーとなる予定です。お気楽にお待ちください。

※リドリィの旅路
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第33話 マジでキスする5秒前

 浮浪忍者の村で一晩過ごして、翌朝。身支度を整えたすみれが皆を見回す。

「みんな、準備はできた?できたならもう出発するけど」

「ああ、こっちは大丈夫だ」

 俺がそう答え、レッドとイズミも頷く。

「それじゃこの後の予定だけど。まずワールドエンドで遺跡の戦利品を売り払うんだったわね。イズミはイヨさんの話が聞きたいんだっけ」

 となると、イズミがサイエンス本部に行ってる間は手持ち無沙汰になるな。まあ急ぎの旅でもないのだから、街の酒場でのんびりしても構わないのだけど‥‥‥。

「‥‥‥なあ、すみれ。戦利品についてはレッドとイズミに任せてさ。ちょっと2人で出かけないか。その、海の方にでも」

 昨日姐さんに言われた事を思い出しながら、そんな事を提案してみる。まあ、いつまでも曖昧にしておくってのも男らしくないよな。

「え。うん、それはいいけど‥‥‥急にどうしたの?」

「どうしたって、その。デー‥‥‥いやもう、何でもいいだろっ。散歩だよ散歩!」

 すみれは戦いの中でのセンスや直感はなかなかに鋭いのだが、日常的に妙に鈍いところがあるので困る。デート、と言おうとした所でピアや姐さんや食堂のおっちゃんがニヤニヤとした素敵な笑顔を向けてきたので急に照れが混じった。見送りにきてくれるのは嬉しいけど、今は邪魔だ。

「おう、任せとけ。そんじゃ行こーぜ、イズミ」

「うん。それじゃ明日の昼にドリンで落ち合おう」

 何も聞き返す事なく素直にワールドエンドに向かうレッドとイズミ。あの2人は察しが良すぎるというか‥‥‥なんか最近妙に仲良いんだよな、あの2人。まあいいか。

「ねえみこと、海に行って何するの?まさかみことも魚釣りがしたくなった?」

「ああ、モールさんが釣った魚美味しかったよな‥‥‥ってそうじゃなくて!ああもう、早く行くぞ」

 少なくともここじゃちゃんと話せない。見送り組が邪魔だ。まあさっさと離れてしまえば邪魔は入らなくなるだろうと、そう思ってすみれの手を引いて歩き出すのだが。

「おーい、すみれちゃん。がんばれよー。初デート、成功させてこいよー!」

 離れていても大声で叫んでくるのがピアだった。応援ありがとよ、嬉しくて涙がでそうだぜ。

「デートって‥‥‥え、そうなの?」

「うんまあ、そうなのです」

 なぜか敬語になる俺。デート=海っていう、いかにも安直というか、彼女いない歴=年齢の男が必死に考えました的なデートコースになってしまったが、これでよかったのだろうか。いやまあ、他に思いつかなかったのだから仕方ないのだけど。

「ええっと‥‥‥誘ってくれたのは嬉しいんだけどさ。この辺りの海岸ってカニバルが出るって聞いてたけど‥‥‥あ、ほら。誰か来たよ」

 なにっ、カニバルかっ!?と振り向くと、そこにいたのは飢えた野盗たちだった。ボロボロの服を着て棍棒を振り回す、ホーリーネイションでもお馴染みの連中だ。そいつらが俺たちの前に走ってくるなり、言った。

「た、頼む‥‥‥食料を分けてくれ‥‥‥」

 あ、強奪するんじゃないんだ。お願いしてくるとは思わなかった。

「どうするみこと?今の私の剣なら余裕で黙らせることも出来るけど。‥‥‥返り血を浴びながらデートの続き、する?」

「それはちょっと、嫌だな」

 そんなバイオレンスなデートは望んでない。

「‥‥‥何も分けてくれないのか?なら仕方ない‥‥!どうせこのままだと、飢えて死ぬだけなんだ‥‥‥ゲホッ、ゴホッ!」

 棍棒に手をかけようとした途端、気合が入りすぎたのか何なのか、急に咳き込む野盗のリーダー。ロクなものを食べてないと見える。

「ああもう、待て待て。これやるからもう帰れ。邪魔すんな」

 ポケットから1,500catほど取り出し野盗のリーダーに手渡す。これで2〜3日くらいは食事にありつける事だろう。

「い、いいのか。こんなに沢山‥‥‥!ありがとう、本当にありがとう!」

「礼はいいからさっさと帰れよお前ら。デートの邪魔だから」

「いえ、そういう訳にはいかないッス!これだけしてもらった以上、ただで帰っては盗賊の名折れ。しばらく兄貴の護衛にあたらせてもらうッス!」

 そうして俺たちの周囲を守るように布陣する盗賊たち。って、おい。

「おーっしお前ら!命に代えても兄貴をお守りするぜー!」「ウィーっス!」「あ、兄貴はあっしらの事なんて気にせず、どうぞデートの続きを楽しんでください。決して邪魔はしませんので」

 そう言ってピッタリくっついてくる盗賊たち。マジかよこいつら。

「やかましいっ!いいから帰れよ!存在自体が邪魔なんだっつーの!」

「ヒィっ、し、失礼しやしたー!」

 はあはあ。やっと帰ったか。

「‥‥‥最初から、さっさと斬っておくべきだったかしらね」

 隣ですみれが物騒なこと呟いてるし。まあ気持ちはちょっと分かる、かな。その後もオオカミと追いかけっこをしたり、カニバルと隠れんぼをしたり‥‥‥そんな事をしてるうちにだんだんと日も暮れてきて‥‥‥あれ、おかしいな。海のデートってこんなんだっけ?どこだ、どこに間違いがあった?

 本当はもっとこう、海できゃっきゃうふふな展開を設定していてだな。こんなはずじゃなかったんだよ。そんな風に俺が落ち込んでいると。

「ふふっ、そんながっかりした顔しなくてもいいわ。私は結構楽しかったわよ?」

「え、そうなのか?」

「うんっ」

 そう言うすみれの顔は、確かに嘘を言っているようには見えなかったが‥‥‥どこが楽しかったのだろう。女の子が喜ぶようなデートをエスコートできたとは思えないのだけど。

「だって、みことと2人きりで過ごすのって、すごく久しぶりだったもの。鉱山を脱出した時以来かしら。集落に着いてからはいつも周りに人がいたし、都市連合までの道中は傭兵さん。ショーバタイに着いたらレッドとイズミ。‥‥‥もちろん賑やかなのは楽しいし、支えてくる人がいるのは嬉しいけれど‥‥‥でも、2人きりで過ごす時間だって必要だと思うの」

 そう言って微笑むすみれは、見惚れるくらいに綺麗で‥‥‥そして、懐かしい笑顔だった。リバース鉱山を脱出したあの日、星空を見上げながら語り合ったあの頃のままの笑顔で‥‥‥その笑顔を最近見ていなかったことに、今更気づいた。ああ、俺は‥‥‥本当にバカな男だな。なんで、そんな簡単なことに気づいてやれなかったのだろう。

「‥‥‥そっか。そうだよな。気づいてやれなくて、ごめん」

 謝らなくていい。そう言ってすみれは、真っ直ぐ俺を見つめてくる。その澄んだ瞳に、思わずドキリとした。

「みこと。私、あなたの事が好き」

 そう言ってすみれは、澄んだ瞳のまま俺を見つめる。‥‥‥彼女の声がかすかに震えていたのは、気のせいではないだろう。きっと俺とすみれは、似た者同士なんだと思う。もちろん顔立ちも性格も、目指す場所さえも違う俺たちだけど‥‥‥けれどその本質は、意外と結構似ている。そんな気がした。そしてすみれは、そっとその瞳を閉じて。

「‥‥‥‥‥。」

 そのまま、グッと身体を密着させてくる。こ、これは。アレだよな。キスしようって事だよな。うん、分かる。分かるぞ。経験がないとはいえ、流石にそこまで無知じゃない。けど、どうすればいいんだ?お昼に肉を食べたから、匂いが残ってるかも‥‥‥まずは歯磨き?いやでもせっかくのムードがぶち壊しにならないかそれ?女の子はムードを大切にするって確か奴隷商のおっちゃんから聞いた気がする!けど世間一般では匂いとかそういうの気にするのがマナーとか暗黙の了解とかだったりするんじゃないのか?あーくそっ、分からん!ええい、悩んでもしょうがない!姐さんも言ってたじゃないか、いつまでも悩んでたって、いつの間にか自然と自信がつくなんてことはないんだ。

 俺は覚悟を決めた。すみれの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。その瞬間、ピクッとすみれの肩が跳ね上がって。

「あ、ごめん苦しかった?」

 抱きしめた腕をすぐに離す。

「‥‥‥いいから早くしなさい」

 半目ですみれに睨まれる。あれなんで今怒られたの。気を遣っただけなのに。気を取り直して、もう一度すみれの背中を抱きしめる。

 そして俺は、その唇に‥‥‥

「兄貴ーっ!大変ですぜ、カニバルの集団がこっちに向かってますぜ!すぐに逃げてくだせえ、兄貴!」

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 その唇に触れる寸前。数センチの距離ですみれと見つめ合ったまま固まる。

「あの野盗ども、やっぱり斬っておくべきだったかしら」

「そう言ってやるなって。悪気はなさそうだし」

 俺とすみれはため息をついて‥‥‥どちらともなく、くすりと笑い合う。‥‥‥うん、笑い合うのはいいんだけどさ。すみれの右手がしっかりと狐太刀の柄を掴んでいるわけで。

 ああ、ヤル気全開モードだ、これ。




 第33話、読んでいただきありがとうございます。次回はレッド編、まだまだ続くよ恋物語。


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第34話 キミは私に恋してる

 干し魚。酒場に行けば大抵どこでも売っているものの、あまりお腹は膨れないし値段もやや高めなので不人気な商品の1つだ。けれど、海辺の街バークで長く暮らしたオレは知っている。この干し魚が、ちょっとした工夫でかなりイケる料理へと変貌することを。

「ふふん」

 用意するものは、まずレモン汁。小さくカットされたレモンを絞り、それをぽたぽたと干し魚に垂らす。欲張ってはいけない。あくまで適量、アクセント程度にレモンを垂らす。そしてもう1つ。醤油。こちらも適量を。レモンの酸味と醤油の塩気が、干し魚と実に合うのだ。ほとんど手間をかけてないのに、そのまま食べるより何倍も美味しくなる。そして‥‥‥忘れちゃいけないメインディッシュ。そう、サケだ!

「はい、レッド。どうぞ」

 隣に座るイズミがオレのグラスに、トクトクトクっと小気味良い音を立てながらサケを注いでくれる。都市連合ではやたら高いこのサケ、ここワールドエンドでは半額以下の値段で手に入る。それはそうと、4人がけのテーブルなんだから向かいに座ればいいのに、とオレは思うものの、イズミはオレの隣がいいらしい。うん、まあいいんだけどさ。

「おー。サンキューな」

 レモンと醤油で味を整えた干し魚。これだけでももちろん美味しい。だが、これにサケを合わせた時、それはさらにもう1ランク上の料理に昇華すると言っても過言ではない!ああ、なぜこうも魚とサケって合うんだろうな。すみれなんかはアルコールに合わせるのは肉だと言って譲らないが、オレはやっぱり魚‥‥‥というか、魚介類が合うと思う。この店では売ってないが、牡蠣なんかと合わせるともうね、うん。あれはもう酒のつまみになるために生まれたような生き物だよな。ちなみにみことは、肉でも魚でもどちらでもイケるそうだ。なんでも美味しく食べてくれるというのは、作る方としては楽である反面、ちょっぴり物足りなくもある。

「ねえレッド。ボクのも‥‥‥」

 ふと気づくと、イズミが干し魚の乗った皿をそっと差し出していた。

「おっと。悪い」

 イズミの差し出す干し魚にも、同じようにレモン汁と醤油をかけてやる。にっこり笑ってご満悦の様子。けれど、その脇のグラスに注がれているのはアップルジュースだ。

「イズミは飲まないのか、お酒?」

 このご時世に未成年の飲酒がどうこうとか言う奴なんていないだろうに、イズミはまったくと言っていいほどアルコール類を飲まない。少なくともオレはイズミがアルコールを飲んでるのを見たことが無かった。

「飲まないんじゃなくて、飲めないのさ。下戸なんだよ、ボクは」

「そりゃ勿体無え。‥‥‥あれ、でも飲めないって知ってるって事は、飲もうとしたことはあるんだ?」

 オレがそう尋ねると、イズミはどこか遠い目をして。

「うん、まあその‥‥‥嫌なこととか全部忘れられるかと思って、頭から思いっきりアルコールを浴びた事ならあるよ。はは、あれはやるもんじゃないね。急性アルコール中毒になって倒れただけで、ちっとも酔えないわ記憶もなくならないわで‥‥‥うん。あれは失敗だった」

「‥‥‥そ、そうか」

 何やってんだよイズミ。良い子のみんなは決してマネするんじゃないぞ。下手すりゃマジで死ぬから。

「その後も何度か少量ずつ飲んで試したんだけど、気分が悪くなるばかりでね。きっとそういう体質なのさ。だからボクはジュースでいいよ」

「そっか。なら仕方ねえな。大人になれば体質が変わることもあるが‥‥‥ま、無理することは無いさ。乾杯」

 乾杯、とイズミもグラスを掲げ、チンッと軽い音をたててグラスを合わせる。そしてパクリと干し魚を口に含めば、まず広がるレモンの香り。その酸味にオレは口をすぼめるものの、すぐに醤油がじんわりと広がり、塩味を感じさせてくれた。レモンと醤油のハーモニーを堪能しつつ、干し魚を咀嚼すれば、その調和はもう見事という他ない。干されているためかさっぱりとした、生臭さとは無縁の白身魚。自己主張の控えめなサラリとした味わいでありながら、いや、そうであるからこそ、するりと喉の奥に滑り落ちていく。最高だ。オレは満足感を抱えたまま、サケの注がれたグラスに手を伸ばす。グラスを傾け、ゴキュッゴキュッと喉を潤せばもう、最高を超えて超・最高だ!やはり海鮮物にはサケがよく合う。

「わあっ!これ、美味しい!」

 イズミも、もぐもぐと干し魚を頬張りながら感嘆の声をあげる。

「そうだろそうだろ。そもそもオレがマズいもんを勧めるわけないじゃねーか」

 オレは得意げにそう返す。唯一の欠点はあまりお腹が膨れない事だが、まあお腹が空いたらまた食べればいいだけだ。‥‥‥ほんと、いい生活ができるようになったなと思う。すみれと出会う前は、その日の食事にさえ困っていたのが嘘のよう。オレとイズミは2人、そのまま食後の満足感に身を任せてぼけーっと過ごす。こんな時間も、すみれ達と出会って初めて得られたものだよなあ。それまではどうにか食い繋ぐので精一杯で、ぼけーっと過ごす余裕なんて無かった。まあ余裕ができた反面、生傷も絶えなくなったわけだが‥‥‥スパルタではあるものの、身を守るだけの力がどんどん身に付いているのが実感できるので、不満はない。

「ふああー。お腹が膨れたら、なんだか眠くなるね。レッド、ちょっと膝貸してよお」

 コテン、と倒れるようにしてイズミがオレの膝に頭を乗せてくる。‥‥‥最近イズミは、よくこういった感じで甘えてくる。ただ、みことやすみれが居ないタイミングを見計らって甘えてくるあたり、子供として甘えているのではなく。うん。そういう事なのだろう。イズミは本当にオレの事が好きなんだなあ。どこがそんなに気に入ったのやら。

「はいはい。どーぞ」

 寝そべるイズミの頭を軽く撫でてやれば、たまらない、とばかりに身を震わせて幸せそうな表情を浮かべてくる。オレもイズミの事を好きになれたら良いのにと、そんな事を考えた。いや、好きなことは好きなのだ。好きか嫌いかの2択なら、イズミの事は好きだ。けどオレの好きはライクであって、ラヴじゃない。今まで同性相手をそういう風に意識したことなんてないし。

「‥‥‥なあ。イズミはオレの、どこがそんなに好きなんだ?」

 オレがそう尋ねると、イズミは一瞬きょとんとしてから。

「優しいところ。それにカッコイイし、時々可愛いし。料理も上手だし気配り上手だし、声も綺麗で膝枕は柔らかくて」

「お、おう。分かった、分かったもういい」

 アレもコレもとスラスラと好きな部分をあげていくイズミを慌てて止める。流石に照れるっつーの。

「え、もういいの?まだ半分しか言えてないけど」

 まだ倍もあるのか。早めに止めて正解だった。

 ‥‥‥イズミの気持ちに応えてやりたいとは思う。けれど、同情で付き合ったりしてもお互い幸せになんかなれないだろう。だったらオレは‥‥‥どうすればいい?イズミに対して、オレはどんな答えを返せるのだろう。

「ほんと、レッドは優しいなあ。それに真面目だ」

 不意に、イズミがそんな事を口にした。‥‥‥考えてること、顔に出てたかな。

「大丈夫。レッドはボクが必ず惚れさせて見せるよ。だからレッドは‥‥‥そのままの君でいてくれれば、それでいいさ」

 オレの膝の上で寝そべりながら、にこりと微笑みつつ、そんな男前なセリフを言ってのけるイズミ。流石にちょっと照れる。

「‥‥‥言ってろ」

 目を逸らしつつそう言うものの、若干鼓動が早くなってる自分を自覚する。案外そう遠くない未来、オレはイズミの言う通りに、彼女に惚れさせられるのかもしれない。‥‥‥それはなかなか、楽しみな未来だなと。そう思えた。




 第34話、読んでいただきありがとうございます。kenshi世界の食事がどんな味なのか、本編内では明記されていないのですが、筆者はおそらく干し魚=ししゃもor煮干し、サケ=日本酒だと想像しております。次回はすみれ視点。デートの続きをお楽しみに。


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第35話 2人の絆

「ど、どうよっ、ざっとこんなものね」

 ゼーゼーと息を切らせながら、斬り伏せた数十匹のカニバルを見下ろす。‥‥‥カニバルの数え方って『匹』でいいのよね?少なくともこいつらを『人』で数える気にはなれない。見た目はヒトでも、人喰いの化け物共だし。

「ふっ、口ほどにもない、奴らだったぜ」

 同じく肩で息をしながら、殴り倒したカニバルを見下ろすみこと。私の八つ当たりに付き合わせてしまったので、ちょっぴり申し訳ない。

「さすがっス、兄貴!あれだけの数を相手に、たった2人で勝っちまうなんて驚きやした!」

 そして私たちを称賛する、飢えた野盗の皆さん。デートの邪魔ばかりして目障りなんだけど‥‥‥でもまあ、こいつらも実は結構役に立ってたのよね、囮として。私はともかく、みことは囲まれると途端に弱くなる傾向があるのだけど、今回はこの野盗達が囮としてカニバルを引きつけてくれたお陰でかなり有利に立ち回ることができた。

「あなた達も、お疲れ様。助かったわ。‥‥‥怪我、見せてよ。治療しておくから」

「や、そんな‥‥‥俺たちはいいっスよ!お気遣いなく!」

「うるさいわね。練習台になれって言ってるの。黙って傷を見せなさい」

 ごちゃごちゃ言ってる野盗を黙らせて、その傷口に包帯を巻いていく。うん、ここまで全身ぼろぼろにやられてくれると、練習のしがいがあるわね。途中で包帯が足りなくなったので、カニバルが持ってた包帯を奪い取ってまた巻いていく。心臓から遠い方から順番に。キツすぎず、緩すぎず。転がすようにコロコロと。

「あ、あの‥‥‥お上手っスね、包帯。お医者さまか何かで?」

 私の包帯の巻き方を見て、野盗が褒めてくれる。イズミから教わった通りにやってるだけなんだけど、褒められるのは気分がいい。

「医者なんかじゃないわ。ただの賞金稼ぎよ。‥‥‥野盗のクセにどこからも賞金かけられてないなんて、あなた達も運がいいわね。賞金さえ掛かってたら、迷うことなく斬ってたのに」

 冗談のつもりでそう言うと、野盗は引き攣った笑顔で曖昧に笑ってた。私の冗談は、だいたいスベる。多分、冗談になっていないからかもしれない。

「し、賞金稼ぎっスか。さ、さすがだなあー。てことは、もう何人も悪人どもをバッサバッサと斬ってきたんで?」

「ええまあ。なるべく命までは奪わないように心掛けてはいるけどね」

 心掛けてはいる。けど、徹底はできていない。真剣を使って斬り合っているのだから、そりゃあ事故だってある。‥‥‥うん。そりゃあ、あるのだ。ふと、私の愛刀『狐太刀』に目を向ける。ついさっきカニバルを斬り伏せたその刃は、月の光を受けて妖しく輝いていた。美しい刀だと思う。武器屋で見かけて一目惚れし、みことが打ってくれたことで愛刀となった、それ。美しいだけでなく、しっかりと人を殺せる刃を備えた、その刀。みことはどんな思いでこの刀を打っていたのだろうと、そんな事がふと気になった。刀には鍛冶師の魂が宿る。そんな話をどこかで聞いた気がする。もしそうなら、みことはこの『狐太刀』にどんな想いを込めたのか。狐太刀の柄を握り、そんな事を考える。

「ちょ、ちょ、ちょっと!そんな憑かれたような瞳でギラギラ光る刀握らないで欲しいっス!マジでシャレになってねえっス!!」

「あ、ごめん。‥‥‥うん、ほんとゴメン」

 真っ青な表情で怯える野盗に謝る。確かに今の状況とさっきの冗談を合わせれば、怯えてしまうのも無理ないかもしれない。そんなつもりじゃなかったのだけど。

「‥‥‥ねえ、みこと。なるべく命までは奪わないようにって、みことの方針だったわよね?」

「ん、ああ。甘い考えだとは自分でも思うんだけどな。けど俺は‥‥‥やっぱり、そういうのは嫌なんだよ」

「そうね。みことはそういう人だって知ってるわ。けど、だからこそ不思議なの。そんなみことが、どうしてこれほどの刀を打てたのか。みことが、『狐太刀』にどんな想いを込めたのか」

 分からないことは、直接聞いてみるのが手っ取り早い。みことは、少し考えるようにしてから。

「んー、そう言われてもなあ。『狐太刀』を打ってる時は、すみれの事しか考えてないぞ」

「え、わ、私のこと?」

 それはどういう意味だろう。私がバッサバッサと人を斬りまくってるところを想像しながら刀を打ってるってことだろうか。‥‥‥それはちょっと、というかかなりフクザツだ。

「え、いや驚かなくても。刀を打つときに使い手のこと考えるのは普通だと思うぞ?これ受け取ったら喜んでくれるかなーとかさ。いつだったか、すみれだって俺のためにチョコレート作ってくれたじゃん。本質的にはその気持ちと同じだと思うぞ?」

 チョコレートと刀が同じかあ。そんなわけないだろ、という気持ちが半分と、ああ、みことらしいなという気持ちが半分。そっか。私のことだけを考えて打った刀だから。だからこんなにも手に馴染むんだ。‥‥‥ずっとみことの気持ちを信じることができずに怯えていた自分が、バカみたいだ。言葉にされなくても、彼の気持ちは『ここ』にずっとあったのに。

「それと、大鎌を打ってる時はレッドの事しか考えてないぜ」

 ‥‥‥うん、まあそうなんだろうけど。そうなんだろうけど!それは今は言わなくていいじゃない。ホント、女心の分からないヤツ。まあ私だって男心が分かってるのかと聞かれたらあまり自信はないので、お互い様なのかもしれない。

 ‥‥‥男心、ねえ。こっちも直接みことに聞いてみるか。それが手っ取り早い。

「みことは私のこと、好き?」

「あ、ああ。そりゃあ‥‥‥」

 コホン、と一度咳払いして。キリッ!と頑張ってカッコいい表情を作りながら。

「‥‥‥好きだぜ、すみれ!」

 精一杯男らしくそう言ってくれるのだけど、そのみことの顔が真っ赤にほてっているせいでつい笑ってしまいそうになる。いやいや、笑うところじゃないな、ここは。私は笑いを堪える代わりに、ニコリと柔和に微笑んでおいた。

「うん。ありがとう」

 みことが真っ赤にほてったまま『ふっ、決まったな』みたいな表情で満足そうにしているので、私からはあえて何も言うまい。可愛いやつめ。なお盗賊達は背を向けて、こちらを見ないように頑張っていた。きっとみこと視点では、私たちに気を使って目を逸らしてくれている、という風に見えているのだろう。うんそれでいいや。盗賊達の肩が小刻みに震えているけど、辺りはすっかり暗くなっているので意識しないと分からないと思う。

「それで、その‥‥‥みことは私の、どんな所が好き?」

「どんなって、そりゃあ、その‥‥‥顔とか可愛いし」

「うん」

「‥‥‥そう、可愛いし」

「‥‥‥うん?」

 え、顔だけ?私、顔だけなの?他に惚れる要素ないの?いや自分でもそんな気はしてたけど、そうはっきりと現実を突きつけられると流石にショックというか。

「い、いや違うぞ!そうじゃないんだ!ただ急に聞かれても咄嗟に言葉にならないってだけで‥‥‥とにかく、すみれが思ってるような、そんなんじゃないんだって!」

 慌てて言い繕うみことだが、正直言い訳にしか聞こえない。

「そんなわけあるかっ!私だったらみことの良いところ、スラスラと10個は言えるもんっ!やっぱり私なんて魅力ないんだああぁあ!!」

「い、いやそんな事ないっ!お、おい盗賊っ、お前らもなんか言えっ!こら、急にそそくさと立ち去ろうとするんじゃねえっ!」

「いーもん、分かってたもん‥‥‥私みたいな刀振り回してる荒れた人斬りなんて、女としての魅力ゼロだもん‥‥‥」

「だからっ、あーもう。こーなったら!」

「な」

 何を、という言葉が出かかるも、言葉として発する前に私の口は塞がれた。みことは力強く私を抱き寄せ、キスをした。‥‥‥キス、された。驚いて上半身をのけ反るように逃げようとするも、逃げられない。みことの左腕が私の後頭部をガッチリと抱きしめて。ああ、みことってこんなに力強かったんだな、なんて場違いな感想が浮かんだ。

 

「‥‥‥‥‥」

 どれくらい、そうしていただろう。10秒くらいだったような気もするし、10分くらいだったような気もする。時間の感覚がひどく曖昧だ。分かるのは、心臓が早鐘のようにドキドキしてること。そして、唇に残るみことの感触。

「‥‥‥魅力がなきゃ、こんなことするわけねーだろ」

 そういうみことが今どんな表情をしているのか、私には分からない。まともに彼の顔を見ることができなかった。

「俺、バカだからさ。咄嗟に気の利いたこととか言えなくて。それで不安にさせて、悪いと思ってる。ごめん」

「‥‥‥‥‥」

 私の方こそ、ごめん。信じてあげられなくて。心の中でそう呟く。できれば声に出して伝えたかったけど、今口を開けば「うにゃあああ!」とか「わひゃあああ!」みたいな奇声しか飛び出しそうになかった。

「でも、俺は。すみれが好きだ。だからもう『私なんて』とか『私みたいな』なんて、言わないで欲しい。すみれは俺の、自慢の彼女なんだから」

 ぎゅっと。みことの腕が私を抱きしめた。もう1度キスするのかな、って一瞬思ったけど、そんなことはなく。ただ抱きしめられただけだった。

 だから。

「みこと」

 今度は私から、彼の唇にキスをした。




 第35話、読んでいただきありがとうございます。すみれとみことの恋愛パート、これにてひと段落です。次回はレッド視点。どうぞお楽しみに。


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第36話 急転

 翌朝。窓から差し込む日差しを感じて目を覚ました。昨日は確か、イズミと食事して、ワールドエンドの各店を回ったんだっけ。イズミは終始楽しそうで、「まるでデートだね」なんて言っていた。夜、同じベッドに潜り込んできた時は流石に驚いたが‥‥‥よく考えたらイズミはろくに家族に甘えることもできずに生きてきたのだと思うと、まあ、いいかって気になった。幼い頃に親と別れたのはオレも同じだが、自分から進んで親元を離れたオレでさえ寂しさを感じることは多かったのだ。イズミが感じてきたそれは、オレの比ではないだろう。‥‥‥で、朝だ。

「あ、おはようレッド。よく眠れた?」

 すぐ近くで、そんなイズミの声が聞こえた。声の方に振り向けば‥‥‥ちょ、めちゃくちゃ近いな!?同じベッドで添い寝しながらオレを見つめるイズミと目があった。

「おはよう。まさか、ずっとオレの寝顔見てたのか?」

 ベッドから上半身を起こしながら、言う。

「別に、ずっとって訳じゃないさ。ちょっと早く目が覚めただけだよ。あ、レッド。そのままにして。髪、整えてあげるから」

 同じく上半身を起こしてオレの背中側に回り込んだイズミは、そう言って櫛でオレの髪をとかすのだが‥‥‥その、なんだ。櫛を用意する時間がほぼゼロだったぞ。まさか櫛をスタンバイした状態でオレが目を覚ますのをずっと待ってたのか?そこまでされると、流石に断りにくい。そして何故そこまでしてオレの髪を整えたいのか謎だった。まさか、そこまで見るに堪えない程のヒドイ寝癖がついていたとか‥‥‥そういう訳ではない、と思いたい。そんな事を考えている間にも、イズミは丁寧に髪に櫛を通してくれる。人に髪を整えて貰うのって、結構気持ちいいんだな。チクチクとした櫛の刺激が、いわゆる頭皮マッサージ的な心地よさをもたらしてくれる。それに何より、楽だ。‥‥‥もしイズミが今後もオレの髪を整えたいって言うのなら、甘えてみるのもアリだろうか。なんだか好意を利用しているようでほんの少し気が咎めるが、イズミも楽しそうだし遠慮はいらないだろう、多分。

「はい、できたよ。いつものレッドの、無造作ワイルドヘアー」

「おう。サンキューな。そうだ、イズミの髪はオレがやってやろうか?ギブアンドテイクってことで」

 遠慮はいらないと思いつつも、やっぱりお返し的なものがあったほうがいい気がしてそんな提案をする。なんか、してもらうばっかりって対等な関係じゃない気がしてさ。

「うん、それじゃお願いしようかな。ありがと、レッド」

 そう言って背中を向けてくるイズミの髪に手を伸ばし‥‥‥えっと。イズミっていつもどんな髪型だったっけ。確かショートポニーみたいな、後頭部で髪を纏めるような髪型だったと思うけど‥‥‥あまり自信はない。思いつきでテキトーな提案するんじゃなかったかな。

「なあ、イズミって普段どんな髪型だったっけ」

「んー‥‥‥レッドの好きな髪型でいいよ。レッドはどんな髪型が好き?」

 サラリと難問をぶつけてくるイズミ。同性の好きな髪型かあ。そんなの考えたこともない。‥‥‥もしここでフザけて、「スキンヘッドが好きだぜ。カッコいいよな!」なんて答えると、イズミは坊主にしたりするのかな。‥‥‥有り得ないとも言い切れないからちょっと怖い。フザけるのはやめておこう。

「あれ、レッドちょっと楽しそう?ねえねえ、どんな髪型想像したの?」

 興味津々とばかりに聞いてくるイズミ。「‥‥‥いやいや」とオレは曖昧に言葉を濁すしかない。まあいつもの髪型に強いこだわりがある訳じゃないと分かったので、なんとなく記憶している通りに整えていく。多少の違いはあっても、大幅には違わないはずだ。

「よし、こんなもんか。これで良かったか?イズミ」

「うん、ばっちり」

 ご満悦のようで何より。うん、この程度であれば、いくらでもしてやれるんだよな。友達として仲良くするのはオレとしても何も問題ない。問題となるのは、イズミからそれ以上を求められた時で‥‥‥例えばキスしてなんて言われると、流石に抵抗がある。

 そう言えば以前、みことがすみれに膝枕しながら背中をマッサージしつつ、「別に付き合ってるわけじゃない」などと抜かしていたのを思い出した。あの時は、何言ってんだろこのバカは、と思ったものだが、今なら少しだけその気持ちが分かる気がする。付き合うということは、相手を特別な存在だと明言することで。そこまでの覚悟は、まだオレにはない。

 ふと、イズミがこちらにもたれかかるように体重をかけてきた。別に重くはないが、どうしたのだろう。

「どうしたイズミ?まさか二度寝か?せっかく髪整えたんだから、ちゃんと起きろよなー」

「いや、大丈夫。眠い訳じゃないよ。ただこうやってもたれると、背中にレッドの胸の感触が。‥‥‥至福」

 ‥‥‥セクハラオヤジか、こいつは。ペチンと指でイズミのこめかみを弾いてやると、イズミは「いたた」と笑っていた。

「バカな事やってねーで、そろそろ朝飯いくぞ。今日はドリンまで行かなきゃならねーんだから。みことやすみれも待ってるだろうしな」

 なおももたれようとしてくるイズミをぽいっと退けて、先に1Fの食堂へと降りる。出会ったばかりの頃は、イズミは年齢の割りに斜に構えた言動の多い、スレた子供だと思っていた。けれど最近のイズミはさっきのように、割と茶目っ気のある冗談もたまに言うようになった。みことやすみれの前でもそうなのか、それともオレの前でだけそうなのかは分からないけど。きっと、普段は無理して背伸びしているだけで、こっちのイズミが本来の姿なんだろうなと、そんな気がした。

 

 朝食は2人ともパンを購入し、歩きながら食べる事に。ドリンへの道中は明るい時間帯なら、きちんと周囲を把握しながら進めばまず危険はない。殺風景な景色が続くバスト地方を2人でのんびりと歩く。確かこの辺りで、イズミが墓参りしてたっけ。イズミの故郷のことも聞いてみたい気はするが‥‥‥いや、やめておこう。イズミが自分から話したくなった時に聞いてやれば、それでいいしな。

 そんなこんなでドリンに到着。みこととすみれは、まだ来てないみたいだ。俺たちの方が先に着いたようだ。‥‥‥なんで山の頂上にある街で店を回ってきた俺たちより、なんの用事もないはずのみこととすみれが遅いのだろう。まあいいか。きっと時間を忘れるくらい楽しいデートなんだろう。オレ達はワールドエンドで仕入れてきたサケを売って、適当な席で時間を潰すことにした。この、遺跡の戦利品をワールドエンドで売る→得た資金でサケを仕入れる→ドリンでサケを売る、って交易ルートは結構便利かもしれない。地図と科学書の他には目ぼしい戦利品があまり無かった今回の旅でも、意外と結構稼ぐことができた。往路でラム酒を売買した分も合わせるとなかなか侮れない。冒険に必要なのは強さじゃなく、知識。リドリィの言葉の意味を実感する。このルートもリドリィの提案だもんな。感謝しないと。

 酒場でしばらく待っていると、やがてみこととすみれもやって来た。2人は仲良さそうに手なんて繋いで‥‥‥うん。なんか、2人の距離感がめっちゃ近いな。仲がいいのは前からだけど、あまり手を繋いでる所は見たこと無かったと思う。

「あ、もう来てたんだ。待った?」

 オレ達を見つけてそう尋ねるすみれに、答える。

「ああ。結構待たされたぜ。デートは楽しかったか?」

 するとすみれはちょっと驚いたような顔をして。

「え、あ‥‥‥気づいてたんだ‥‥‥」

 とか言ってた。いや普通気づくから。ピアさんとか門番さんも気付いてたから。気づいてなかったのすみれだけだから。

「そ、それじゃあ、気づかれてたついでに‥‥‥っていう訳でもないんだけど。えっと、報告というか‥‥‥」

 そう言ってすみれは躊躇いがちに視線を泳がせた後。意を決したように、言った。

「その。私たち、付き合うことになりました!」

 隣に立つみことの手を握ったままそんな報告をするすみれ。‥‥‥え?うん。知ってるよ。

 ぽかんとしたまま、イズミと顔を見合わせる。イズミも「え、今更何言ってるの?」って顔だ。

「お、驚かせちゃったかしら」

 ‥‥‥うん、まあ驚いた。驚かないけど驚いたとういか。えっと。

「付き合うことになりましたって。オレはてっきり、とっくに付き合ってるもんだと思ってたけど」

「そ、そうだよ。付き合ってるけど内緒にしてるもんだとばっかり。全然隠せて無かったけど」

 ようやく思考が追いついたのか、イズミも追随してそう言ってくる。

「いやそういう訳じゃ無かったんだが。まあその、昨日お互いに気持ちを確認したというか」

 照れたようにそう言うみこと。てっきり奥手な2人だから、デートとかいいつつ、オオカミと追いかけっこしたりカニバルと隠れんぼしたり、最悪カニバル相手に大立ち回りを演じてたりするんだろうなと予想してたのだけど、意外にちゃんとデートしてたようだ。

「そ、そういうわけなんで、一応2人にはちゃんと言っておこうかと思って」

「あー、うん。えっと、おめでとう?」

 つい疑問系になってしまった。

「う、うん。ありがとう?」

 そしてすみれも疑問系で返してくる。なんだこれ。思わずクスッと笑いが漏れる。

 

 その後4人で、和気藹々とショーバタイへと向かった。すみれとみことが出会った頃の話なんかを聞かせてもらいながら、照れる2人をからかっていると、あっという間に都市連合に到着した。とても楽しい帰り道だった。途中、みことが「ストーンキャンプに寄って鉄板を仕入れたい」と言い出すまでは。

 

 ショーバタイのすぐ南にあるストーンキャンプ。いや、あったはずのストーンキャンプ。そこは、崩れた建物だけが残る廃墟と化していた。

 

 

 

 ‥‥‥‥え?




 第36話、読んで頂きありがとうございます。


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第二章
第37話 喪失


 ストーンキャンプが壊滅した。こういう事は、たまにあるらしい。奴隷商とは、とにかく恨みを買いやすい職業だ。奴隷商のキャンプがいつ誰に襲われたって不思議じゃないと、イズミが話してくれた。

 例えば反乱農民。彼らは自分より裕福な者を妬み、嫉み、恨んでいる。チャンスさえあれば、奴隷商の施設に襲いかかるくらいは平気でやってのけるだろう。

 例えば風魔忍者。彼らは弱者の味方を自称している新興勢力だ。10人の奴隷を解放する為なら、20人の奴隷商を平気で殺してみせるだろう。

 例えば反奴隷主義者。彼らの考えは実にシンプルだ。ただ奴隷制度が気に入らない。だから殺す。そういう単純明快な思考をする連中だ。

 ‥‥‥そういった連中が暴力を振りかざし、奴隷商の施設を襲撃するのは珍しい事じゃない。頭では分かってるんだ。理解している。でも。それでも。納得する事なんて、出来なかった。

 

 鉄板を買いに来ると、いつも愛想良く出迎えてくれた。買い出しの道中でスキマーに襲われたりすると、仲間の奴隷商を集めて総出で守りに来てくれた。そんな奴隷商の店員さん。名前すら知らない彼の遺体は、ズタズタに引き裂かれて砂の上に転がっていた。誰にも埋葬される事なく。

「一体、何があったんだろうな‥‥‥どうしてこんな事に」

 どうして、と口にしながらも、その答えはなんとなく想像がついた。別に難しい話じゃない。彼らが嫌われ者だったからだ。彼らが奴隷商だから。奴隷商は嫌いだから。きっとそんな単純で分かりやすい理由で襲われたのだろう。

「‥‥‥俺が初めてあの店員さんに会った時、あの人、こう言ってたんだ。こんな砂漠の中で都市連合が国としての体裁を保てているのは、俺たちのおかげなんだぜって。あの時はただの軽口だと思ってたけど、案外本気で国の未来を考えてたのかもな。大量の鉄板の使い道を聞かれた時、俺が鍛冶師を目指してるって伝えたらさ。あの人、すごく応援してくれたんだよ」

 そして、購入した鉄板で鍛え上げた刀を見せると、大したもんだと感心して、まるで自分のことのように嬉しそうにしていた。

「‥‥‥埋葬してあげよっか。ボクもこの人には、世話になってたんだ。色々相談に乗ってもらったりして。だから、せめて弔ってあげたい」

「そうだな」

 イズミの言葉に頷き、スコップで穴を掘る。すみれとレッドも、何も言わずに手伝ってくれた。

「せめて、どうか安らかに」

 砂を盛っただけの簡単な墓の前で、俺たちは手を合わせた。

 さて。これからどうしようかな。元々俺たちがショーバタイに住むようになったのは、このストーンキャンプが近くにあったからだ。それがなくなった今、ショーバタイに住み続けるメリットはない。鉄板の仕入れ先がなくなった以上、鍛冶の修行を続けることはできないわけで、そうなると作った武器を売って得ていた収入もなくなる。そのことを皆に相談すると。

「収入なら、賞金首を捕まえればいいじゃない。だって私たち、バウンティハンターなんだから」

 狐太刀の柄を握り、すみれが言った。

「このストーンキャンプを襲ったのが誰なのか、私には分からないわ。反乱農民なのか、風魔忍者なのか、それとも反奴隷主義者なのか。けれど、誰だって同じよ。みんな賞金首には変わりないわ。だったら斬ればいい。バウンティハンターとして」

 すみれが狐太刀を鞘から抜く、と同時に斬った。居合という技らしい。何もない空間への素振り。何も斬ってないはずなのに、何かを斬ったと思わせるような迫力のある一閃だった。

「‥‥‥私の刀は、斬れるかしらね。反乱農民を。風魔忍者を。そして、反奴隷主義者を」

 狐太刀を鞘に戻しながら、呟くように尋ねるすみれ。‥‥‥正直、どうだろう。反乱農民なら、どうにか相手になると思う。けど残りの2つは厳しいんじゃないだろうか。噂でしか知らないが、相当の手練れが揃っていると聞く。そう伝えると。

「そう。だったらもっと強くならないとね、仇を打つためにも。‥‥‥よく知る人を失うのって、こんなにも辛いことなのね」

 仇打ち。その気持ちは俺にも分かるが‥‥‥誰が仇か分からないのに、それっぽいのを全員斬るというのは、ちょっと違うんじゃないだろうか。どう声をかけたものか俺が迷っていると、イズミが言う。

「‥‥‥まあ仇打ちについては置いといて。収入の為に賞金首を狩るのは賛成だよ。この都市連合は、稼げない者は生きていけない。その過程で自然と強さも身に付くんじゃないかな」

「そうだなっ、とりあえず帰って飯にしようぜ!今日もオレが美味い飯作ってやるからさっ!」

 レッドもそう言い、今日はとりあえずショーバタイに帰ることになった。

 

「‥‥‥する事がないな」

 ショーバタイの自宅に戻って。いつもなら食事の後は日課となった鍛冶の修行に精をだすところだが、あいにく鉄板がない。ショーバタイの資材屋にも売っているものの、値段も高いし数も少ない。値段についてはまだいい、だが数の少なさはどうにもならなかった。

「‥‥‥散歩でもするか」

 何もせずじっとしていると、ついストーンキャンプの事を考えそうになる。なんでもいいから、何か行動したかった。

「あ、みこと。ちょっと待って」

 そんな俺に声をかけたのはレッドだった。

「なあ、みこと。すみれの様子なんだけどさ。ちょっと気になったんだけど」

「ああ、うん。ストーンキャンプでの事な」

 それは俺もちょっと気になっていた。

「やっぱり、みことも気づいてたんだな。あいつが前からバウンティハンターに憧れてたのは知ってるよ。その為に賞金首を狩るってのも分かる。けど、さっきのすみれは、なんか‥‥‥なんだろう。あーくそっ、うまく言えねえ!」

 頭を掻きむしりながら喚くレッド。でも、言いたいことはなんとなく分かる気がする。今までのすみれは、もっと無邪気に、ただ純粋に強さに憧れていた。たとえ刀を振って誰かの命を奪ったとしても、決して憎しみなどの負の感情に任せて刀を振るうことはなかったと思う。そんな純粋さ、ひたむきさに惹かれて、俺はすみれを好きになったんだ。‥‥‥あ、もしかして『どこが好き?』って聞かれた時、これを言えば良かったのかな。今更気づいても遅いけど。まあそれはさておき。さっきのストーンキャンプのすみれの姿や、居合の剣筋からは、そんな純粋さが失われているような気がしたのだ。賞金首を倒す。強くなるために修行する。やることは今までと何も変わらない。けど、なんだかとても大事なところが変わってしまっている。そんな感覚がついてまわるのだ。

「‥‥‥なあ、みこと。オレは今まで都市連合で、いろんなヤツを見てきた。最初はオレと一緒に銅を掘っていた放浪者が、生きるために死体漁りを覚え、いつの間にか人を斬ることを覚えて、そのうち顔色ひとつ変えずに追い剥ぎを行うようになっていく‥‥‥そんな姿を、いくつも見てきたんだ。オレは、すみれにはそんな風になって欲しくねえ」

「ああ、俺もだ」

 リバースを脱出したばかりの頃、最初に見かけた小屋で躊躇うことなく盗みに手を染めようとしたすみれを思い出す。人の心なんて、案外弱いものだ。

「もし、すみれが道を踏み外しそうになったら。その時はみこと、お前がすみれを支えてやってくれ。多分、それが出来るのはみことだけだから」

「ああ。任せとけ」

 俺は握り拳を作ってみせる。そして、同じように拳を握るレッドと、互いにコツンと拳をぶつけ合った。

「サンキューな。すみれなら、さっき外に出てったぜ。少し体を動かしたいんだとさ」

「分かった、探してみるよ」

 そしてレッドと別れ、街の外に出る。ただの散歩のつもりが、なかなかの難題を背負わされた気がするな。ま、いいさ。




第37話、読んでいただきありがとうございます。今回から第二章となります。今回名前の出ている風魔忍者は、ancforest氏のmod、Fuma Ninjasにて追加される勢力です。日本語対応で完成度の高いmodなのでオススメです。そして次回は幕間の物語。お楽しみに。


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幕間 ストーンキャンプが遺したもの

 どうしてこんな事になったのか。

 きっかけは、本当に些細なことだった。ストーンキャンプに、ハイブ商人のキャラバンが立ち寄った。彼らは奴隷商の店員と取引をして、そのまま門を出る。門を出たところで、砂忍者の小隊がキャラバンに襲い掛かったのだ。砂忍者とは、いわゆる盗賊団の1つだ。キャラバン隊の護衛は奮戦し、多少の犠牲を出しつつも砂忍者を全滅させた。ここまでは良かった。だが、問題が起こるのはこの後だ。門の前で倒れた砂忍者に、奴隷商が足枷をはめていく。ストーンキャンプの目の前で倒れたら、ほぼ間違いなく奴隷にされる。だがここで、奴隷商は間違って倒れたハイブキャラバンにも足枷を嵌めようとしたのだ。そこからキャラバン隊と奴隷商の戦争が起こり、目を覚ました砂忍者もそこに参戦して、戦いの気配に興奮したのかスキマーの群れがそこに突っ込んで‥‥‥気づけばストーンキャンプから、人の気配は消えていた。生き残ったのは、私のように檻の中で震えていた奴隷だけだ。その生き残りも、「やった自由だ!」と叫んで足枷を外し、外に向かって走っていった。未だに檻の中でじっとしているのは、私くらいのものだ。

 真実なんて、案外退屈なものだ。ある日突然奴隷商の施設が壊滅した。事実を知らない者はそこから、謎の組織の暗躍なりなんなり、色々妄想したりするのだろう。けど実際は暗躍も陰謀もどこにもなく。ただ不幸な事故があっただけだったりする。

 ‥‥‥自由、か。確かに自由になれるのかもしれない。その気になれば私だって足枷を外し、外の世界に旅立てるのかもしれない。けど、どこへ行けばいいのだろう。ここは砂漠の真ん中。西に行っても東に行っても、あるのは砂ばかりだ。運良く街を見つけることができたとしても、そこは十中八九、都市連合の街。脱走奴隷が都市連合の街に入れるわけがない。どこにも行けない。行くあてもない。何もできないまま檻の中で膝を抱えている。それが今の私だった。私は懐からブロック型栄養食を取り出し、一口齧る。ハイブキャラバンの荷物に入っていたものだ。結構たくさんの食料を積んでいたので、しばらく飢える心配はない。‥‥‥けど、しばらくって、いつまでだろう。難しい計算はできないけれど、この食料もいつかはなくなるって事は分かる。いつか食料がなくなって、その時私はどうなるのだろう。その時こそ、私は死ぬのだろうか。膝を抱えたまま、何もせず‥‥‥しようともせず、ただ飢えて死んでいく。それは、なんとも私らしい最期だと思えた。私にお似合いの、マヌケな最期だ。

 ふと、外に人の気配を感じた。今更、こんな場所に誰だろう。檻の隙間からそっと様子を伺うと、若い4人の男女がそこにいた。名前は知らないけど、顔はよく知っている。ちょっと前まで毎日のように大量の鉄板を買い込んでいたお客さんだ。あれほど大量の鉄板を何に使うのか知らないが、彼らが笑顔で鉄板を買う度に、私が毎日汗を流している事にもちゃんと意味があるんだと思えた。ここしばらく顔を見ていなかったけど、元気そうで何よりだ。彼らはスコップで穴を掘り、奴隷商の遺体を埋めた。そして砂を盛っただけの簡単な墓の前で手を合わせ、祈っていた。‥‥‥もし、私がこのまま檻の中で死んだら。彼らは私の為に祈ってくれるだろうか。多分、無理そうな気がした。私が奴隷だからではない。私が生きようとしていないからだ。臆病で何もできない、何もしようとしないこんな私のためにわざわざ墓を掘るような物好きは、そうはいないだろう。

 と、不意に。黒髪の女性が、何かを斬った。あまりに突然のそれは、殺気すら発する事なく、気づいた時には斬り終えていた。何を斬ったのか。それは迷いか。それとも恐れか。

「‥‥‥私の刀は、斬れるかしらね。反乱農民を。風魔忍者を。そして、反奴隷主義者を」

「‥‥‥」

 違うよ。彼らじゃない。その奴隷商を殺した犯人は、もうこの世にいないよ。‥‥‥そう伝えれば、彼らに笑顔が戻るのだろうか。まさかね。彼らの話を聞いていると、どうやら仇打ちを考えているようだった。存在しない仇を追う事に意味があるのか、私には分からない。けど檻の中でただ膝を抱えているよりは、いくらか意味がありそうな気がする。

「そうだなっ、とりあえず帰って飯にしようぜ!今日もオレが美味い飯作ってやるからさっ!」

 赤髪の女性がまとめるようにそう言い、彼らは去っていく。結局、誰も私の事には気付かなかった。街に帰るのだろう。だったら、追いかけるのも無理だ。脱走奴隷は、都市連合の街には入れない。私はまた、檻の中で膝を抱えた。

「‥‥‥かっこいい人だったな」

 先ほど居合を放った女性を思い出す。自分の意思で何かをしようとしている。それだけで私からすればかっこいい。それに、あの居合の鋭さ。武芸者の風格を漂わせるその一閃は、確実に何かを断ち切っていた。それは形ある何かではない。不安とか後悔とか、そんな形のない何かだ。私もこのまま檻の中で、膝を抱えたままでいたくない。そんな気持ちが、少しずつではあるが、芽生えつつあった。私もあんな風に、自分の意思で生きてみたい。勘違いする事だってあるだろう。間違える事だってあるだろう。それでも自分の意思で、自分がしたいと思った生き方で、この世界を生き抜いてみたい。そう思えた。私は足枷を外し、檻を抜け出して‥‥‥そして早速、途方に暮れた。

 彼らが去った方角はショーバタイの方角だけど、どうしよう。私はショーバタイの街に入れない。どうしよう。暗闇に目を凝らせば、巨大なスキマーが何匹も蠢いている。怖い。檻に戻ろうか。あそこなら一応、安全だ。なけなしの勇気が、ものすごい勢いで萎んでいく。やっぱり、私には何もできない。そんな風に考えて踵を返そうとした時。

「‥‥‥え?」

 その時、ようやく私はその人影に気づいた。蠢くスキマーの、その進行方向に直立不動で立つ、人影。黒い衣装に身を包み、長い黒髪を靡かせるその女性。闇に溶け込むその姿は、さっきストーンキャンプで見事な居合を披露した剣士だった。

「あ、あぶな‥‥‥」

 スキマーに気づいていないのか。そう思って声をかけようとするも、うまく声が出ない。何年も人と会話らしい会話もせずに生きていると、声の出し方も忘れてしまうようだ。私の声は、ほとんど声になっていなかった。私が慌てている間にも、既にスキマーは黒髪の女性に迫っていた。もう、間に合わない。そう思ったのだが‥‥‥一閃。彼女は近寄ってくるスキマーに対し、躊躇なく居合を放つ。夜空に血風が舞う。反撃してくるスキマーの攻撃を受け止め、かわし、受け流して。一撃、また一撃と彼女はスキマーの体に傷をつけていく。戦いに集中しているのか、彼女が私に気づくような様子はなかった。やがて、スキマーが倒れる。黒衣の剣士は全身に細かな傷を負いながらも、それを気にしたそぶりも見せずに刀を一振りして血を払い、鞘に収めた。まさか、たった1人でスキマーを倒してしまうなんて。これがあの人の修行なのだろうか。怖くはないのだろうか。私が彼女の姿に見惚れていると。そんな彼女に近づく新たな一団が目に入った。

「へっへ、やっと見つけたぜえ。今日は1人か?」

 やってきたのは反乱農民。口ぶりからすると顔見知りだろうか。黒衣の剣士が、反乱農民に尋ねる。

「ねえ、あなた達。ストーンキャンプを襲った犯人に心当たりはない?」

「ああ?んなもん知るかよ‥‥‥!?」

 一閃。刀を抜くと同時に斬っていた。見事な居合。

「知らないなら用はないわ。さよなら」

 振り抜いた刀を返し、そのまま斬り下ろしに繋げる。‥‥‥目の前で、人が死んでいく。

「て、てめえ、いきなり何しやがる!?」

「見て分からないの?あなた達だって、私を殺しに来たのでしょう?」

 刀を構え、反乱農民を睨みつけるように‥‥‥いや、次の獲物を探すような目で見ながら言う黒髪。

「お、おい、やべえんじゃねえかこれ」「だ、誰だよ、命までは取られないって言ったのは」「あ、慌てるんじゃねえ、手負いの女1人だろうが。この人数なら負けねえよ」

 口々に言う反乱農民。そこに、剣士が斬り込んだ。この人数なら負けない、そう言っていた男の腕が飛んだ。片腕を切り飛ばされ、悶絶するように砂の上を転がる男。そんな男に目もくれず、新たな目標に斬りかかり‥‥‥そこで受け止められた。剣士の連撃が止まる。

「調子に乗りやがって!」

 連撃が止まった瞬間を狙ったかのように、クワの一撃が剣士の頭部を殴打する。だが、耐えた。よろめきつつも刀を引き絞り、『タメ』を作る。そしてそのタメた力を開放‥‥‥する前に、クロスボウの矢が突き刺さった。胸部と腹部に、2連撃。

「かはっ‥‥」

 苦しそうな声が彼女の口から漏れた。耐えきれず膝をつく。流石に多勢に無勢だったようだ。‥‥‥けど、不思議だった。こんなにも窮地なのに、彼女の瞳は強い輝きを放っている。諦めるつもりなんてこれっぽっちもなく。『どうしよう』ではなく、『どうにかしてやろう』という気持ちがその瞳から溢れていた。おそらく、私と彼女の1番の違いはそこなのだろう。剣の腕前だとか、装備がどうとかは些細な違いでしかないのだと思う。どうしようと途方に暮れるか、どうにかしてやろうと強く刀を握りしめるか。それこそが、私と彼女の違いを生んでいるのだろう。

「ちっ、生意気な目ぇしやがって。これでトドメだ!」

 反乱農民がクワを振り上げ‥‥‥そこに、反乱農民でも、黒衣の剣士でもない声が割り込んだ。

「そういう訳にもいかないさ。あー間に合って良かった」

 滑り込むような勢いで駆け込んできた、短髪の男性。彼はひょいっと黒衣の剣士を担ぎあげると、そのまま速度を落とさず走り去っていく。女性とはいえ人を1人抱えながら、その走力は少しも鈍っていない。それだけで、かなり鍛えているのだと知れた。

「みこと!来るのが遅いわ」

「そりゃ悪かった。で、気は済んだのか?」

「んー、あんまり。不完全燃焼だわ」

 そんな会話をしながら走り去っていく2人。反乱農民も後を追うものの、どう見ても脚力が違った。彼らが逃げ切るのは時間の問題だろう。その見事な逃げっぷりを見て、生前に奴隷商が話していた噂を思い出す。最近噂の賞金稼ぎ、アウトサイダー。本気で逃げに徹した彼らに、追いつける者はいない。



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第38話 交差する刃

「あん?シミオンに挑むだって?」

 聞き返してくるレッドに頷いて答える。ボス・シミオン。反乱農民をまとめるリーダーだ。ちなみに怪我をしたすみれはベッドで休ませている。

「おいおい、話が違うんじゃねーのか。すみれをとめるどころか、逆にアクセル踏み込んでんじゃねーか」

「いや、すみれの場合それくらいの方がいいって。束縛されるのが嫌いなタイプだし、我慢させるより、むしろ思いっきり暴れた方がいいと思うんだよ。さっきすみれが反乱農民と剣を交えてるのを見て、そう思った」

 いつも一緒に戦っていたから分かる。反乱農民の男の腕を切り飛ばした一閃は、いつものすみれの剣とは違っていた。あんな風に無闇やたらに連撃を続けるような戦い方を、すみれは好まない。防御に重点を置き、隙の少ない1撃を丁寧に重ねていくのがすみれの得意とする戦法のはずだ。あの時のすみれは、明らかに冷静さを欠いていた。けれどその後、追い詰められた時にすみれは、冷静さを取り戻していたように見えたのだ。窮地に陥った時、人がとる行動は2つのパターンに分かれる。パニックに陥るか、それとも冷静に打開策を練るか。すみれは後者なのだろう。瞳から苛立ちや憎しみが薄れ、戦い方もいつもの戦い方に近い剣筋に戻っていた。

「ボスって呼ばれてるくらいなんだから、シミオンだって優秀な剣士なんだろう? そういう相手と剣を交えることで、得られるものや取り戻せる想いがあるんじゃないかって思うんだ」

「‥‥‥何だよ、得られるものって」

 よく分からん、といった顔で聞き返すレッド。まあ俺もはっきりとした確信があるわけじゃないんだけど。

「剣でしか分からない何か、かな。真剣に己の剣と向き合っている者同士が刃を交えれば、きっと何かが伝わると思う。命を賭けた剣の一振りは、言葉よりも沢山のものを伝えあうんじゃないかなって」

「ふうん。それはすみれの彼氏としてそう思うのか? それとも鍛治師としての勘か?」

「んー。鍛治師としてかな」

 俺は正直に答えた。剣を何本も打っていると、当然その剣の使い手について思いを巡らせることも多くなる。ボス・シミオンについても考えた。まだ会ったこともない、顔も知らない相手。けど、ほとんどゴロツキのような反乱農民を上手にまとめ上げている人物だ。ただのゴロツキなはずがない。血の気の多い反乱農民を、彼はどのようにしてまとめあげたのか。その際、どのような苦労があったのか。そして‥‥‥ストーンキャンプ襲撃の疑惑をかけられた時、彼は何を語るのか。言葉で語るか、それとも剣で語るか。どちらにしてもそれは、きっとすみれの心にも届くだろう。俺なんかがアレコレと言葉を並べるより、きっと多くを得られるはずだ。‥‥‥俺は、鍛冶師であって剣士ではない。だから、すみれの剣を受け止めてやることはできない。俺にできることは、すみれの剣を鍛え、そして見守ることだけだ。

「ふうん。オレには分からない世界の話だが‥‥‥ま、腕の立つ剣士と刃を交えることで、すみれも冷静さを取り戻せるかもってことだな。で、シミオンにはいつ挑むんだ?」

「そうだな‥‥‥善は急げっていうし、すみれの怪我が治り次第挑みたいところだけど。イズミはどう思う?」

 俺が尋ねると、研究台で熱心に科学書を読んでいたイズミが振り返る。全く会話に加わってこなかったが、ちゃんと聞いてはいたようだ。

「あー、うん。それでいいと思うよ」

 そして、それだけ言ってまた科学書に没頭してしまう。イズミは研究に集中すると、本当に周りがどうでも良くなるな。本ってそんなに面白いものなのかな。字が読めない俺に、イズミの気持ちは分からない。けど、尊重はしたいと思う。俺には分からなくても、きっとイズミにとっては大切なことなのだろう。

 

 翌朝。すみれの体調はすっかり回復していた。シミオンを倒しに行こうと話すと、とても乗り気で賛成してくれた。ボス・シミオンの居場所はバストから北に向かった場所にある、シンクンと呼ばれる地方だ。シミオン砦、などという分かりやすい名前の拠点を築いている。ちなみにすぐ近くに風魔忍者の拠点もあったりするのだが‥‥‥まあ、今はいいか。

「それで、作戦はどうするの?」

 すみれが尋ね、イズミが答える。

「最優先事項は退路の確保。これはどんな戦いでも変わらないよ。だからまずは門番を倒す。門番を倒したら、みこととすみれの2人で本部の建物に突入してほしい」

「私たち2人で? レッドとイズミはどうするの?」

「レッドの大鎌やボクのクロスボウは、狭い室内じゃ活かせないさ。ボクたちは建物の外の奴らを相手しておくよ。だからもし勝てないと感じたら、すぐに逃げてきて欲しい。外の安全は確保しておくからさ」

「うん、分かったわ。まあ、勝つのは私だけどね!」

 自信満々に言うすみれが頼もしい。

「それじゃ、突撃だ!」

 まずは正門を守る門番に駆け寄る。すぐ隣にすみれも続いた。

「おい待て!なんだ貴様らは!?」

 門番の男が怒声をあげるが、律儀に受け答えする義理もない。というか、見りゃ分かるだろう。

「ふふん。巷で話題のアウトサイダーが、シミオンの首を頂きにきたわ!」

 ‥‥‥すみれってたまに律儀だよな。攻撃の手も止めてシャキーンとポーズ取ってたりするし。

「ちっ、やらせる訳ねーだろ! 敵襲だ! 警報を鳴らせ!」

 砦に設置された警報が鳴り響き、わらわらと反乱農民が飛び出してきた。面白くなってきたじゃないか。

「すみれ、みこと!5メートル下がって! 前に出過ぎてる!」

 イズミの警告。言われた通りに下がるとそれを追いかけるように数人の反乱農民が寄ってくるのだが、それを左右から挟み込むようにレッドとイズミが合流した。まずは包囲完了。

「くそっ、誘い出されたのか!?」

 状況に気付いて取り乱す反乱農民。もちろん、彼らが落ち着きを取り戻すのを待ってやるつもりなんてない。肩からぶつかるようなタックルでそいつらを怯ませる、と同時にそのまま駆け抜けた。

「よっしゃ! ナイスだみこと!」

 レッドの大鎌が隙を見せた反乱農民をまとめて切り裂く。まだ意識はあるみたいだが、後はレッドとイズミに任せよう。俺とすみれはそいつらを放置して、本部の建物に駆け込む。

「行かせるかよっ、ボス‥‥‥ぐあっ!」

 俺たちを追おうとした者も1人いたようだが、そいつはイズミの矢を受けて倒れた。本部の中。敵は‥‥‥ざっと10人弱ってところか。思ってたより数が多い。警報で誘い出せたと思ったのだが、流石にボスの周囲を手薄にするほどバカじゃなかったか。敵の中から、1人の男が前に出る。

「ふん‥‥‥ただのネズミじゃねぇみたいだな。目的は、俺の首か?」

 こいつが、ボス・シミオン。モールさんとの手合わせを除けば、初めての高額賞金首との戦闘だ。

「ええ、そうよ。それと聞きたいことが1つ。ストーンキャンプを襲ったのは貴方?」

「ふん。答えるわけねえだろうが。知りたきゃ俺を倒してからにするんだなっ!」

 リーチの長いクワを振り回すシミオン。巻き込まれないように距離を取りつつ、周囲の雑魚の相手をする。すみれはクワの一撃を正面から受け止めてみせた。雑魚、といっても結構強い奴らが揃っているな。砂漠を彷徨いてる反乱農民の奴らとは動きが違う。ボスの警護を任されるだけのことはあるってことか。

「ただのクワ如きで、私の相手が務まるかしら!」

 クワを弾き返したすみれが、シミオンに迫る。一閃。シミオン、下がってかわす。

「へっ、だったら見せてやらあ。ただのクワの実力をなあ!」

 頭上から振り下ろすような一撃。すみれは下がってかわす、が。

「なっ!?」

 シミオンの一撃は、そこからさらに伸びた。振りおろした一撃は胸の高さで静止し、そのまま突きに変化する。間一髪、すみれは刀を振ってクワを上方に弾くことで難を逃れ‥‥‥違う! 弾かれたんじゃない、シミオンはクワを振り上げたんだ! 完全に刀を振り切った状態のまま姿勢を崩したすみれは、次にくる攻撃に対応できない!

「こいつはただのクワじゃねえ。伝説の鍛治師クロスの手によるメイトウさ。クワに擬態した、聖剣なのさっ!」

「くっ、させねえよ!」

 シミオンがクワを振り下ろすまで、コンマ数秒。離れた場所で戦っていた俺は、目の前の反乱農民の男の襟首を掴み、後方へ自分から倒れ込む。俺の意外な行動に一瞬、反乱農民の男が戸惑いを見せる、その隙をついて投げた。後方へ倒れ込む勢いをそのまま利用した、巴投げと呼ばれる技。投げられた男は真っ直ぐにすみれの元へ吹っ飛び‥‥‥がしっとすみれが男を捕まえて盾にすることで、シミオンの攻撃は不発に終わる。体勢を崩した隙に周囲の雑魚から数発もらっていたようだが、致命傷ではない。

「甘いわね。こいつを見捨てていれば、勝ってたのは貴方よ? ボスなら自分が生き残ることを優先するべきじゃないかしら」

 目を回している男をぽいっと投げ捨て、シミオンに向かって構えるすみれ。武器は取り上げてあるので、目を覚ましたとしても敵にはならないだろう。

「そうかもな。だが、それはできねえ。こいつらを守ることこそ、俺の使命だ」

「ふうん。追い剥ぎしか脳のないゴロツキの分際で、男気だけはあるのね」

 すみれの分かりやすい挑発。だがシミオンの構えが乱れる様子はない。挑発が通用しないと悟り、すみれは短く息を吐く。

「‥‥‥まあ、そんな風に言う奴も多いさ。否定はしねえよ。けど、誰になんと言われようとも、譲れねえもんが俺にはあるのさ」

 シミオンが上段に構え、覇気を放つ。次で決着をつけるつもりだと、それで知れた。すみれも腰だめに刀を構え、真っ直ぐにシミオンの覇気を受け止める。

 

 2人が同時に、駆けた。

 

 シミオンが突っ込みながらクワを振り下ろす。そこにまたすみれも斬りかか‥‥‥ると見せかけ、直前で急ブレーキをかけた! 以前モールさんが見せた技、そのままに。

「なにっ!」

 クワが深々と床にめり込む。それを踏みつけるようにして、すみれが斬る。一閃。シミオンの胸から、勢いよく血が吹き出す。

「ふ。またつまらぬ者を斬ってしまった」

 刀を鞘に収めるすみれ。胸から血を流したシミオンがそこに倒れ込み‥‥‥ひょいと、すみれがそれを担ぎ上げた。

「勝負ありね。ほら、貴方たちも武器を棄てなさい。シミオンに死なれたら、私だって困るんだから」

 担ぎ上げたシミオンを見せながら、すみれがいう。シミオンの怪我は誰が見ても致命傷だった。すぐに傷を塞がなければ、じきに死に至るだろう。悔しそうに歯噛みしながらも、ボスを見捨てることはできないのか、全ての反乱農民が武器を捨てる。俺はすぐにシミオンに包帯を巻いて応急手当てを施した。

 

「すみれ、みこと! 大変だ!」

 そこに、外で戦っていたはずのレッドとイズミが駆け込んでくる。反乱農民も数人駆け込んできたが、攻撃の意思はなさそうだった。

「ん、どうしたんだ? こっちは大丈夫だぜ、もう片付いた」

「ああそれはおめでとう! けどそれどころじゃない、とにかく静かにしてて!」

 イズミが叫ぶようにそう言ってドアを閉める。イズミが取り乱すなんてよっぽどだな。少なくとも俺はイズミが慌てる姿なんて初めて見た気がする。と、突然外に沸く多数の気配。10、20、いやもっとか?そっと外の様子を伺うと。

「肉!」「肉!!」

 ‥‥‥カニバルだった。気絶した反乱農民たちを担ぎあげて、嬉しそうに去っていく。

「肉!」「肉!!」

 息を殺して様子を見守る。どうやら目の前に転がる餌にしか意識がいってないらしく、本部の中までは探そうとしてこない。俺たちは生き残った反乱農民と共に本部の中で息を潜める。今戦えば、確実に負けるだろう。俺たちも、反乱農民たちも、お互い怪我がひどい。声を出すなよ、と視線で反乱農民に告げる。彼らも同じ思いのようで、息を潜めてやり過ごす。いつの間にか目を覚ましたシミオンが、担がれたまま目を見開いてその様子を眺めていた。




 第38話、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。


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第39話 戦いの末に

「俺のことはどうなってもいい! 頼む、あいつらを助けに行かせてくれ!!」

 カニバルが立ち去った後。シミオンがそんな事をいう。

「せっかく捕らえた賞金首を手放すわけないでしょう? そもそも貴方1人じゃどうにもならないわ。諦めなさいな」

「あ、諦めきれるかよ! あいつらは、まだ生きてるんだぞ!!」

 声を震わせながら懇願するシミオンだが、すみれはそれを冷たい瞳であしらっていた。

「な、なんでだよ‥‥‥お前ら、あれだろう?最近噂になってる、4人組のバウンティハンターだろう? 命までは奪わないのが、お前らの流儀じゃなかったのか‥‥‥? 賞金が欲しいならくれてやるよ。あいつらを助けた後でなら、俺を憲兵に突き出して構わない! だから‥‥‥!!」

「ストーンキャンプを襲ったのは、シミオン。貴方なの?」

 シミオンの言葉を遮るように、すみれが質問する。

「し、知らねえ。本当だ! 本当に俺たちじゃないんだ! 信じてくれ! そうだ。あんたら賞金稼ぎなんだろう?カニバルの中にも確か賞金のかかった奴がいたはずだ! 1万catの高額賞金首が、複数だ! 大して強くもないぞ、怪我を治したあんたらなら余裕で倒せるはずだ!」

 叫ぶシミオン。嘘を言っているようには見えなかった。

「‥‥‥はあ。ハズレか」

がっかりしたように肩を落とすすみれ。それを見てシミオンが尋ねる。

「なあ、ストーンキャンプになんでそんな拘るんだよ? 奴隷商なんてみんなクズばっかりじゃねーか」

「反乱農民ほどじゃねーよ」

 つい口が滑った。シミオンが睨むようにこちらを見てきたが、言い合いをする気もないのですっと視線を逸らしておく。

「とりあえずシミオン。貴方は牢屋で大人しくしてなさいな。カニバルと戦うにしたって、その怪我じゃ足手まといだわ」

「! も、もしかして、助けに行ってくれるのか? あ、ありがとう! 本当にありがとう!」

「勘違いしないで。私は賞金首を捕らえに行くだけよ。貴方の仲間なんて知らないわ。‥‥‥ただまあ、さっきここを襲ったカニバルの後をつければ、ここから一番近いカニバルの拠点まで案内させられるかしらね」

 外に出てカニバルの去った方角を眺める。だいぶ遠くまで離れてしまっているが、まだ見える範囲だ。これだけ距離があれば、見つかる心配もない。

「ボクが追いかけるよ。3人は街までシミオンを届けて、ベッドで休んできて。見失わないように、ボクが見張っておくからさ」

「頼んだイズミ。近寄りすぎるんじゃないぞ」

 頷いて走り出すイズミを見送り、俺たちも街へ。ここから近い街といえば、ショーバタイだろうか。ドリンだと警察署がないからシミオンを突き出せないし。‥‥‥結構歩くなあ。気心の知れた4人ならそう気にならない距離だが、シミオンを担いだままだと妙に長く感じる。すみれも同じなのか、ちらちらとシミオンの様子を気にして。ふと、シミオンの懐から汚れた人形を抜き取った。

「ねえシミオン。いい歳したおっさんがお人形遊びは、ちょっとどうかと思うわ。こういうの好きなの?」

「なっ! か、返せ!!」

 担がれたままのシミオンが、慌てて器用に人形を奪い返す。ええ、そんなに好きなのか、その人形。

「ええ‥‥‥いや人の趣味に口出しするべきじゃないとは思うんだけど‥‥‥」

 すみれと一緒にドン引きしていると、シミオンが慌てて言い訳をする。

「あ、違うぞ! これはその、思い出の品というか、そういうアレでだな!」

「はいはい。思い出のつまった大切なお人形さんなのねー。わかったわかった」

「いや分かってねえだろお前ら! 絶対分かってねえだろ!!」

 大声で叫ぶシミオン。正直分かりたくない。おっさんがお人形大好きとか、ちょっとキツい。そしてレッドはシミオンの持っていた手記にざっと目を通してから、その手記をシミオンに返して、ポンポンと慰めるようにその肩を叩いていた。

「あ、お前は字が読めるんだな! なあ、お前からもなんとか言ってやってくれよ! 誤解があるんだって!」

「なあレッド。何が書いてあったんだ?」

「んー。別に。あのお人形さんに対する愛の言葉がびっしり書かれてただけだよ」

「「うわあ‥‥‥」」

 再びドン引きする俺とすみれ。

「ち、違うっての! なんでそういう事言うんだよ!」

 その後もシミオンはなんか色々言い訳を繰り返していたが、聞きたくなかったのでさっさと憲兵に引き渡した。そしてベッドで傷を治して、イズミと合流する。

 

 捕らえられた反乱農民は、まだ生きていた。カニバルの中には賞金首が2匹。合計2万catか。

「遅いよ3人とも。まあ間に合ったから良かったけど」

 イズミが言う。

「結構多いわね。何匹いるの?」

「3人が来る前に数えておいたよ。26匹。1人で7匹ずづ倒せば勝てる計算だね」

 7匹か。それなら勝てそうだ。海岸ではもっと多くのカニバルを相手にしたんだから。

「ただ、囲まれないようにだけ気をつけて。それじゃ、行くよ!」

 大きく散開して、囲まれないようにしながらカニバルに襲いかかる。

「あ、あんたら! まさか助けに来てくれたのか!」

 捕われていた反乱農民が俺たちの姿を見て叫ぶ。

「そんなハズないじゃない。私はただ‥‥‥賞金首を狩りにきただけよ!」

 すみれが叫び、白刃が舞い、夜空に血風が混ざる。もし負けたら、今度は自分たちが喰われる番だ。もちろん負けるつもりはない。今更この程度の相手に、遅れを取るわけないじゃないか。

 

 

 

 

 憲兵に突き出された俺は、一睡もする事なく夜を明かした。あの4人組は、俺の部下を助けてくれるだろうか。逃げ出したりしないだろうか。いや、あるいは返り討ちにあって喰われてやいないだろうか。あいつらの実力は十分に分かっているつもりだが、何が起こるか分からないのがこの世界だ。新手のカニバルが援軍に現れたりすることだってある。数の差で押し切られれば、たった4人ではいずれ限界は来る。夜が明け、日が登って。そろそろ正午くらいだろうか。あいつらはまだ来ない。‥‥‥まあ、そうか。そもそもあいつらの立場からすれば、助ける必要もないのだ。危なくなれば逃げればいい。あいつらの逃げ足についての噂は俺もよく聞く。やはり、逃‥‥‥

「ハロー! 暗い顔してどうしちゃったの?」

「な‥‥‥」

 目の前に、剣士の女が立っていた。俺を倒した女だ。そして隣の檻に放り込まれるカニバルの酋長。と、いうことは。

「や、やった、のか?」

 俺の問いに、剣士の女はVサインで応える。

「ふふん。余裕だったわ。シミオンの方がよっぽど強かったくらいよ」

 誇らしげに胸を張って、剣士の女はそういった。そしてその隣に立つ、武術家の男。

「で、すみれ。気は済んだのか?」

「‥‥うん!」

 晴れやかな顔で笑う剣士。なんだよ、そんな風に笑えるんじゃないか。最初に斬りかかってきた時は、鬼みてーな顔してたくせによ。




第39話、読んでいただきありがとうございます。次回は幕間の物語です。某有名modからあのキャラが参戦です。どうぞお楽しみに。


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幕間 リドリィの冒険:ハブ編

 ホーリーネイション領を南西に進んだところに、ハブと呼ばれる町がある。ホーリーネイションは案外と過ごしやすい国ではあったのだけど、イマイチ刺激に欠けるというかね‥‥‥私はもっとこう、冒険がしたいわけですよ。未知の遺跡を巡ったり、危険と隣り合わせのスリルを味わったり。もちろん、本当に危険な場所には近づかないけどさ。例えば以前見つけた失われた武器庫の地図。ぜひ調査に向かいたいところだけど、生憎と酸性雨の降る地域らしいのだ。私が着ているロングコートなら多少の酸性雨は弾いてくれる優れものなのだけど、1人で行くのは無謀すぎる。もう1人か2人くらい、同行してくれる仲間が欲しい。できれば酸性雨をものともしないスケルトンやハイブが理想なのだが、流石にホーリーネイションの都市で、スケルトンやハイブを探すわけにもいかない。

 そういうわけで、ハブにやってきた。元々は割と大きな町だった形跡が残っているのだが、今はその建物の大半が崩壊している。まるでドリンのようだ。いや、ドリンの方が街を守る侍がいるだけマシかも知れない。ここにいるのは、ホームレスのような者たちだけだ。

「とはいえ、こういう場所でこそ貴重な情報にありつけたりもするんだよねー。大きな都市では得られない裏情報ってやつとか?」

 とりあえず酒場が一軒あった。ちゃんと営業しているようなので、入ってみる。狭い店内で、意外と多くの人が酔っ払いながら盛り上がって話していた。

「わしはな、ゴリロと取っ組み合いの喧嘩をしたことがあるんじゃ。いつか伝説の怪物を見つけてやるぞい」

「俺ぁバグマスターに挑んだことがあるんだぜ。もうちょっとで勝てるとこだったんだが、いやー惜しかったなあー」

 酔っ払いたちが冒険譚を口々に語っている。まあ酔っ払いの武勇伝なんてほとんどがテキトーなデマなのだが、そこに一風変わった人物が紛れていた。

「私は、ヨルハ部隊で機械生命体と戦ったことがある」

 ちょこんと行儀良く席に着き、酒の1滴も飲まずにそんなことを語る銀髪の少女。眼帯のようなもので目元を隠しているのも変わっているが、何より変わっているのはその服装だ。

 ‥‥‥この子、スカートを履き忘れてる!!

 そのせいでまるでレオタードのような際どい下着が丸出しで、酒場の男たちの視線がその臀部に釘付けだ。いや、男たちだけじゃないな。私だってつい見ちゃうもの。

「む? 信じていないな? 嘘じゃない。いくつもの戦いを経て、何人もの仲間を失った。そして私はある日、全てに嫌気がさして任務を放棄した。そしてそんな私には、新たな目標ができた。そうだ、漁師になろう、と」

 ‥‥‥え。この子は何を言ってるの?

「漁師になろう。そう決めたあの瞬間から、私の第二の人生が始まった。追っ手から逃れ海を渡り、やがてこの大陸に辿り着いた」

 淡々とした口調で話を続ける彼女だが、話の展開が急すぎてついていけない。そしてなぜスカートを履いていないの。ホームレスだってボロ切れくらいは巻いているというのに。

「ね、ねえ。貴方‥‥‥とても言いにくいんだけどさ。スカートはどうしたの?」

 我慢できずにそう尋ねる。

「ん、ああ。スカートか。自爆したら吹っ飛んだ。修復できなくて困ってる」

 ごめん、何を言ってるのか分からない。自爆ってなに。

「自爆は自爆だ。戦闘用アンドロイドにはそういった機能も備わっている。‥‥‥いや、備わっていた。なぜかこの大陸に着いてからは使えなくなった」

「アンドロイドって何だっけ。あー、新種のスケルトンってこと?」

「あのような機械生命体と一緒にされるのは不本意だけど、まあ大体合ってる。そうだ、君。機械生命体がどこにいるか知らない? もし知っているなら、ヤツらの居場所を教えて欲しい」

 急にそんな事を言われてもね。機械生命体‥‥‥まあ要するに壊れたスケルトンの事だろうけど、その居場所なんて。‥‥‥あ! あるじゃないか、ちょうどいいのが。私は失われた武器庫の地図を少女に見せた。

「えーっと。多分この場所にいると思うよ。その機械生命体。私も行ってみたいと思ってたんだけど、流石に1人じゃ怖くてさー。実は一緒に行ってくれる人を探してたんだよね」

「なるほど、デッドランドか。ここから東にいった場所になるな。距離もそこまで遠くない。分かった、一緒に行こう。私は2B」

「2Bさんか。変わった名前だね。私はリドリィだよ。よろしく」

「よろしく、リドリィ。あと、2Bでいい。私の名前に、敬称は必要ない」

 そんな事を言ってくれる2B。ずいぶん変わった子だけど、この子なりに仲良くしようとしてくれてるのかな。かなり分かりづらいけど。

「うん、分かった。よろしく2B」




 幕間の物語、読んで頂きありがとうございます。感想で既に正解が出ていましたが、2Bさんです。こちらdrm9900氏のmod、『Nier_autoMata TYPE 2B (尼尔机械人形 TYPE 2B)』とゆう/Yuu氏のmod、『2B 微調整 & 日本語化』によるキャラクターです。作中にある通りスカートを履いていないのですが、これはTennosuke氏のmod、『2B clothes for human』でスカートを作成することができます。とても完成度が高く、2Bが意外とkenshiの世界に馴染んでいるのでおすすめのmodの1つです。さて、次回はちょっと間が開くかもしれません。なるべく1ヶ月以内には書き上げるつもりです。

※行程表
【挿絵表示】


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第40話 新たな1歩

「みんなに、話しておきたいことがある」

 みこと、すみれ、レッドの3人を集めて、ボクはそう切り出した。話しておきたい事っていうのは、故郷の事だ。ボクの父が農夫だったこと。父が壮大な夢を抱いていたこと。そして、ボクの研究が後少しで水耕栽培に手が届きそうな事。

 もちろん、理論だけ完成してもボク1人では何もできない。父の夢を継ぐためには、どうしても人手が必要だった。

「だから‥‥‥ショーバタイを出て、バスト地方に住処を移して、そこに拠点を築きたい。そこで、最初は小さな畑でいい。農業をしたいんだ」

「んー、農業がしたいのは分かったんだけどさ。そのスイコーサイバイだっけ? その理論はまだ完成してないんでしょう? 今のバスト地方に小さな畑を作ったところで、お父さんの夢は叶わないと思うわよ?」

 すみれが言う。あまり乗り気ではなさそうな口調だった。

「それは確かにそうなんだけどね。今の時点では、収穫はそれほど重要じゃないんだ。いずれ水耕栽培が実現した時のために、農業のイロハを身につけてもらいたい。そのための畑だよ」

 ボクがそう提案してみるも、すみれとみことの反応はあまり良くない。農業というものがイマイチ、ピンとこないって表情だ。しばらく悩んだ後、みことが言う。

「んー、まあイズミには世話になってるし、協力したいとは思ってるよ。けど俺は今は、どうにかして鉄板を手に入れる方法を探したいかな。ストーンキャンプがなくなって、鍛冶の修行が全然捗らなくなったからな」

 申し訳なさそうにそう言うみこと。彼の気持ちも分かるけど、それはきっと大丈夫だ。ボクはしっかりと彼の目を見て、頷いて見せた。

「鉄板を手に入れる方法だね。それなら多分大丈夫。掘った鉄鉱石から鉄板を作る方法も研究済みさ」

「えー‥‥‥自分で鉄掘るってこと?召使いだった頃を思い出すから、あまりやりたくないわね‥‥‥」

 すみれが嫌そうにそう言う。まあ実はこの反応も予想通りだ。

「そう言うと思ったよ。そこで、ちょっと紹介したい人がいるんだ。‥‥‥いいよ、入ってきて!」

 玄関に向かってそう声をかける。すみれ、みこと、レッドの3人の視線が玄関に集まり、そのタイミングで扉が開いた。

「よ、よろしくお願いします」

 1人の女性が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 話は1時間ほど前に巻き戻る。

 ここはストーンキャンプ跡地。私は飽きもせずに檻の中で膝を抱えていた。食料はあと何日保つだろうかと、そんな事を考えながら。すると少女が1人、奴隷商の墓の前にやってきた。例の4人組の1人だ。彼女は奴隷商の墓の前に1輪の花を供え、手を合わせた。なんの花だろう。サボテンの花っぽいけど、正確なところは分からない。彼女は墓の前で手を合わせ、祈る。

「久しぶり。とりあえずレッドとは上手くいってるよ。ありがとう。‥‥‥まったく。こんな事になるなら、おっさんとも生前にもっと話しておけばよかったかな。名前も分からないから、墓標すら刻めないじゃないか」

 愚痴るようにそんな事を言う少女。なかなかマメというか律儀というか。名前が分かれば墓標も刻むつもりだったのかな。なんだか良い人っぽい気がする。そして、私よりも年下だ。私は勇気を出して、その子に話しかける事にした。

「こ‥‥‥こんにちは!」

 少女はビクッと肩を震えさせて、キョロキョロと周囲を見回す。こっちに気付いてないみたいだ。

「こ、こっちです。檻の中」

 私がそう告げると、ようやく少女と目が合った。

「え。え、何してるの、キミ?」

 檻の中にいる私を見て、理解できない、といった様子で尋ねてくる。難問である。私は何をしているのだろう。強いて言うなら、何もしていない。答えることができずに黙っている私に、少女がとことこ近寄ってきて。

「鍵は開いてるみたいだし、出られないってわけでもなさそうだ。足も怪我してるわけじゃない。‥‥‥ふむ。キミは狭い場所が好きなのかな?」

 檻の中が好きだと感じたことはないけれど。でも、広々とした場所に放り出されるよりは落ち着く。ってことは、好きってことだろうか。なるほど適切な気がする。

「うん」

 一言答えて、少女の言葉を肯定する。

「ふうん。まあ感じ方なんてそれぞれだし、好きならそれでいいけどね。それで、ボクに用かい?」

 用があるってわけじゃないんだけど。でも、現状を打開してくれる可能性を感じて声をかけたのは確かだ。黒髪ロングの剣士はうっかり機嫌を損ねたら斬られそうで怖いし、赤髪の大鎌使いの人はガラが悪そうで怖い。短髪の男の人は、怖くはないけど‥‥‥でも、自分から男の人に話しかけるなんてハードルが高すぎる。そんなわけで、話しかけることができるのがこの少女しかいなかった。

「用。用というか、いつも鉄板買ってくれてたから。‥‥‥あ! そ、そうだ。鉄板、要りませんか?」

 この時に至って、ようやくこの人たちが毎日のように大量の鉄板を買い込んでいたことに思い至る。用途は未だ不明だが、あれだけの鉄板の仕入れ先がなくなったのだ。さぞ不便しているんじゃなかろうか。

「鉄板? キミが鉄板を売ってくれるのかい?」

「あ、いえ。鉄板はないんだけど。でも鉄を掘る奴隷でよければ、雇ってくれると嬉しいです!」

 少女はまじまじと私を見て、言った。

「‥‥‥なるほど。これは‥‥‥いいね。使えそうだ」

 そうして私は少女に担がれて、ショーバタイの町に入ったのだった。

 

「ちょっと紹介したい人がいるんだ。‥‥‥いいよ、入ってきて!」

 ショーバタイのロングハウスの前で待たされること、約30分。ようやくお許しが出たので扉を開ける。最初から入れてくれたらいいのに、との不満はなるべく顔に出さないよう努めた。あの子にはあの子の考えがあるのだろうし。黒髪ロングの剣士、赤髪の大鎌使い、短髪の男性の視線が私に集中する。‥‥‥なんだか、すごく緊張してきた。やっぱり私なんかが、この人たちの役に立つことなんてできないのでは。なんか、オーラが違う。檻の中で膝を抱えてるだけの引きこもりとは格が違う。気配だけでそれが分かった。

「実は今朝、お墓に花を供えようと思ってストーンキャンプに行ってきたんだけどね。そこで、この人に声をかけられたんだ。ストーンキャンプの奴隷だった人だよ」

 少女が私の事を紹介する。

「よ、よろしくお願いします。鉄掘るのだったら得意です。お役に立てると思ったり、思わなかったり‥‥‥」

 なんとかそう自己紹介してみた。後半になるにつれてだんだん自信がなくなっていくのが、なんとも私らしい。やっぱり、迷惑だろうか。私なんかでもできるような仕事なんて、この人たちなら自分でやれるんじゃないだろうか。やっぱり、私なんて‥‥‥

「え! それってつまり、私たちの専属奴隷になってくれるって事!? すごいわみこと! なんだか貴族の仲間入りしたみたいな気分ね!」

 ‥‥‥杞憂だったようだ。迷惑どころか、すごく嬉しそうにはしゃぐ黒髪の剣士。こういう反応は珍しい。人が奴隷に向ける感情なんて、大体は憐れみ、蔑み、侮蔑のどれかだ。そのどれでもなく、ただ必要としてくれる。それが、なんだかすごく新鮮だった。

「え、あ‥‥‥はい! どうぞお望みのままに使ってください、ご主人様」

 せっかくの機嫌を損ねないよう、従順な奴隷キャラを意識して演じてみる。うむ、うむと尊大に‥‥‥いや、尊大な貴族のモノマネをするように大袈裟に頷く剣士。あれ? なんか‥‥‥以前反乱農民の腕を切り飛ばしていた時と、ちょっと印象が違う。こんな愉快な人だったっけ。まあいいか。

「と、いうわけで。今後は彼女がいれば鉄鉱石の仕入れは心配なさそうだ。けど、鉄鉱石を鉄板に精錬する設備を作るには専用の土地が必要になる。拠点を作るのはみことの鍛冶にも有用な選択肢だってこと、分かってくれたかい?」

「ああ! これでようやく修行を再開できそうだな!」

「そうね! 奴隷を雇って自分の拠点を構えるなんて、なんだか一国一城の主になったみたいで面白そう! レッドも、それでいいわよね?」

「もちろん構わねえぜ。よろしくな。‥‥‥えっと、あんた名前とかはあるのか?」

 名前。そうか、外の世界で生きるためには名前が必要なのか。考えたこともなかった。名前、名前‥‥‥なんでもいいけど、何か考えないと。視線を巡らせて何かないかと探していると、黒髪の剣士が腰にさしている刀に目が止まる。正確には、その刀の鞘。鋭い刃を錆びつかせないため。そしてその刃で人を傷つけないための拠り所となるもの。‥‥‥サヤ。

「サヤ、です。サヤと呼んで下さい、ご主人様」

 私は初めて、自分の名前を名乗った。




 第40話、呼んでいただきありがとうございます。‥‥‥40話ですって。いつの間にこんな長編になったのやら。作者自身が1番驚いております。さて、次回から新たな仲間を迎えての拠点建築回です。拠点建築、いいですよね。kenshiの醍醐味の1つですので避けては通れません。建築をメインにした話なんて書くのは初めてですが、きっとなんとかなるでしょう。なんとかしてみせます。なんとかなるといいなあ‥‥‥ど、どうぞ次回も応援よろしくお願いします。


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第41話 初めての拠点

「ねえイズミ、話が違うんだけど」

 つるはしを振りながら、イズミに問いかける。

「違うって、何が?」

 建物か何かの土台を作りながら、しれっと言うイズミ。

「採掘作業はサヤに担当してもらうって話よね!? なんで私まで駆り出されてるのよ!」

「そう言うなよ、すみれ。まだ鍛冶の材料どころか、住む家の資材さえ集まってないんだから」

 みことに嗜められるけど、やっぱり納得いかない。

 ちなみに労働の担当は、サヤがひたすら鉄鉱石を掘り、レッドがそれを鉄板に加工。私が石材を掘って、みことが私の掘った石材を建築資材に加工していく、というもの。イズミはできた資材を使って建物の建築を行っているものの、やはりというか大きな建物を1人で建てるのは大変そうで、作業は遅々として進まない。

「ねえイズミ、ドリルはないの? ほら、ストーンキャンプにあったじゃない。一気に採掘できる大きなドリル。あれ作りましょうよ」

 そういうのがあれば私も建築に加勢できるし。せめて寝る場所くらいは早く完成させてしまいたい。今のままじゃ拠点というより、ただ資材を作るだけの作業場所だ。

「うん、ボクもいずれは作りたいと思ってるよ。けど今はまだ無理だ。技術的にも無理だし、そもそも風力発電だと限界がある。バスト地方は砂漠と違って、いつでも風が吹いてるわけじゃないからね」

「むう‥‥‥」

 無いものねだりしても現状は変わらない。そう分かっていても、納得いかないものである。

「まあいいじゃんか。リバースと違って、無価値な像を建てさせられてるわけじゃない。自分たちの家を作ってるんだからさ」

「みことは、割と平気そうよね。嫌なこととか思い出さないの?」

 隣で平気な顔で作業を進めるみことに聞いてみた。

「あー、まあ。それほど嫌なこともなかったし‥‥‥まじめに働いてれば褒めてもらえたしな。飯はマズかったけど、まあそれくらいか?」

「‥‥‥ひどい差別だわ」

「‥‥‥俺に言うなよ」

 文句を言いつつもつるはしを振っていれば、それなりに資材は溜まってくる。リバースでの経験は確実にスキルとして身についていた。そこに、イズミがまた話しかけてくる。

「ねえすみれ。石掘りと農作業なら、どっちが良い?」

「え? えーっと、その2択なら農作業? でも、やったことないから自信ないわよ?」

「ああ、自信なんて必要ないさ。前にも言ったけど、収穫はそれほど重要じゃない。農業のイロハを身につけるための畑だからね。そろそろ麦畑が収穫できるから、ちょっと一緒にやってみようか」

 イズミにそう言われて、ものは試しと挑戦してみる。作物を傷つけないように収穫して、収穫が終わればクワで耕し次の種を植える。一連の流れの説明を受けてイズミと一緒に収穫するのだけど‥‥‥

「‥‥‥イズミ?」

 イズミ、意外と不器用だった。いや私も人の事なんて言えないんだけど、ド素人の私と同じくらい作物をダメにしまくってる。

「し、仕方ないじゃないかっ! 農夫だったのはボクの父であって、ボク自身は知識として知ってるだけなんだからさ。実際に畑を耕すのは初めてさ」

 あまりに自信満々に話すものだからてっきり得意なのかと思っていたけど、そうでもないようだ。そんな感じで明るいうちに作業を終えて、暗くなってきたらスキマーやボーンドッグ、反乱農民の残党を探して修行をし、ドリンの酒場でベッドを借りて休む。ちなみに酒場のベッドは、おばちゃんの好意により無料で使わせてもらえた。それを3日くらい繰り返したある日のこと。私たちの拠点に、ちょっと変わったお客さんがやってきた。

「資材はいらないかいノーハイブ! 建築資材に鉄板、電子部品まで色々取り揃えているよ!」

 ハイブ商人による行商だ。

「全部買うわっ! ぜひまた来て頂戴!」

 建築資材、鉄板、そしてついでに電子部品まで即決で買えるだけ買った。やった、これで労働から解放される。

「いいともいいとも。他にもどうだい、このランタンとか便利だよ」

「携帯式のランタンね。確かにあれば便利そう。買うわ!」

「よしきた! あとこれはどうだい? 耳かきに砂時計、幸運を呼ぶ壺に黄金の招き猫」

「色々あるのね。よし全部買った!」

 ハイブの商人さんが見せてくる珍しい品々にテンションを上げていると。

「待てい」

 と何故かレッドに襟首を掴まれた。そのままズルズルと引っ張られて商人さんから離されてしまう。

「え、えー? なんなのよレッド。面白そうな物がたくさんあったわよ?」

「バカかお前は! あっさり乗せられてんじゃねーよ!」

 バカとは失礼な。そして私が引き離された後で、イズミが壺と招き猫を丁重にキャンセルしていた。‥‥‥うん。冷静に考えてみると、なんであれを買おうと思ったんだろう。勢いって怖いね。

 

「‥‥‥で、結局耳かきと砂時計は買ったのね」

 つい先日完成したばかりの我が家で私がそう聞くと、イズミが頷いて答えた。我が家と言ってもショーバタイで暮らしていたロングハウスよりやや狭い、L字型ハウスと呼ばれるタイプの建物だ。いずれ鍛冶場や防具の作業台を設置していき、本格的な作業場にする予定なのだとか。住居としては作業場とは別にもう1軒建てる予定なのだとイズミは意気込みを語っていた。

「まあ高い物でもなかったし、あれば何かの役に立つこともあるだろうしね」

 最初に買うと言ったのは私なのだけど、どう使えばいいのやら。他の3人は特に悩んでる様子はないので、使い方が分からないのは私だけのようだ。あ、いや。私だけじゃないな。興味深そうに商品を覗き込む様子を見る限りではサヤも知らなそうだ。ちょっと親近感を感じた。

「ねえみこと。これ、どうすればいいの?」

 取り敢えず商人から買った商品の片方、耳かきを持ってみことに尋ねてみる。

「ん、ああそうか。ずっと奴隷だったから知らないのか。‥‥‥よし、俺がやってやろうか。こっちに来て、頭乗せて」

「こ、こう?」

 みことに言われるまま、座るみことの膝の上に頭を乗せる。いわゆる膝枕の体勢。

「実は俺も人にするのは初めてなんだけど。痛かったらすぐ言って」

 え、痛い可能性があるの? 急にちょっと緊張してきた。そんな私の思いを知ってか知らずか、私の耳たぶを押さえ、その穴の中を覗き込むみこと。‥‥‥へ、ヘンな形してたりしないよね? なにせ自分では見たことがないのだ。実はとんでもない事になっている可能性も否定できない。

「‥‥‥‥」

 自分では見たことのない穴の奥を、男性であるみことに覗き込まれている。そう考えると、急に羞恥心が湧いてきた。緊張と羞恥心に耐えきれず、自然と口が言葉を紡ぐ。

「は、早く、してよ」

「ああ、うん。それじゃ、いくよ」

 するするっと、竹製の耳かきが差し込まれる異物感。まだ耳の内壁に触れたわけでもないのに、それがはっきりと感じられる。ゾクゾクッと震えるほどの緊張が全身を巡る。

「い、痛くしないでね?」

 思わずそう呟く私を安心させるように、みことは頷いて答える。

「ああ、任せておけ」

 ‥‥‥そして、ついに。

 コスッ。

 耳かきのさじの先端が、内壁に触れた。

「ひゃううっ!?」

 その予想外の刺激に、思わず全身が仰け反りそうになる。

「すみれ、動くと危ないよ。力を抜いて」

 動くと危ない、そんな事は分かっている。けどなんだろう、このじっとしていられない衝動は。決して痛いわけではない。むしろ、くすぐったさにも似た快感に襲われる。その刺激が予想と違いすぎて、どうしていいか分からなくなる。

 コスッ、コスッ、コスッ。

 2度、3度と繰り返すうち、最初の驚きと戸惑いは徐々に薄れ、そして心地よさだけが残る。すーっと耳かきが抜き取られ、しばしの空白。恐らく、さじについた汚れを拭き取っているのだろう。そしてまた、穴の奥に差し込まれる、それ。やや慣れてきたとはいえ、差し込まれるその瞬間はやはり緊張する。そしてまた、コスッ、コスッ、コスッと内壁を擦り上げるさじの感触。お互いに慣れてきたためか、さっきよりもリズムが早い。それがまた良かった。一定のリズムではなく変化をつけることで、次々と新しい快感に翻弄される。その快感に慣れてきたところで、またすーっと耳かきが抜き取られた。しばしの空白。早く。早く入れて欲しい。思わず口にしそうになる言葉を、何度飲み込んだことか。ようやくさじを拭き終えたみことが、私の穴の奥を覗き込んで。

「それじゃ、次は奥の方するよ。大丈夫だと思うけど、痛かったらすぐに言って」

「え? 奥って‥‥‥わ、ひゃわわっ‥‥‥ふ、深いっ‥‥‥!」

「うん、大丈夫。奥の方に大きいのが見えて‥‥‥よし、後ちょっと」

 みことはみことで集中しているのか、真剣に穴の奥を覗き込んでいて、呼吸が荒くなる私の様子には気付かない。それは正直助かった。もし顔を見られたら、きっとすごい顔になっていることだろう。‥‥‥あ。

「‥‥‥」

 サヤが見ていた。やや顔を赤らめながら、興味津々と言った様子でこちらの様子を伺っている。

「〜〜〜〜!!」

 思わず全身から火が出そうな羞恥心が襲ってきた。いや見られて恥ずかしいことなんてこれっぽっちもないはずなんだけど、なんだろうこの感覚は。

「よしっ、取れたっ」

 コスッ。

 奥の奥。穴の最奥を刺激するその感触に全身が震える。どうにか声を抑えたことを褒めて欲しいくらいだ。

「よし、綺麗になったよ」

 ぐったりと脱力する私の耳を、揉むようにマッサージしながらそう告げるみこと。ああ、やっと終わっー

「それじゃ、次は反対側しようか」

 終わってなかった。

「‥‥‥うん」

 私は抑えきれない期待と共に、体勢を変えて反対側の耳を彼に晒すのだった。




 第41話、読んでいただきありがとうございます。ゲームではただ資材を貯めるだけの単純作業も楽しいものですよね。貯まっていく資材を眺めながらアレを作ろう、コレも作ろうと思いを馳せる。このゲームで1番好きな瞬間かもしれません。次回はサヤ視点でお送りする予定です。お楽しみに。


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第42話 新たな居場所

 人の幸せというのは、個人の能力とは関係なく、環境によってほぼ決まるものなのだなと、最近つくづく思う。私に出来る事なんて、ただ鉄を掘ることだけだ。それはストーンキャンプの奴隷時代から変わらない。そして、今も毎日鉄を掘っている。でも、私自身がしている仕事は何も変わらないのに、幸福度はあの頃とは比べ物にならない。

「サヤ。そろそろご飯にしましょう。レッドが呼んでるわよ」

「あ、はい! 今行きます、ご主人様!」

 今の主人であるところのすみれさんに呼ばれたので、作業を中断して駆け寄る。足枷がないので、とても足が軽い。

「ご主人様ねえ‥‥‥やっぱり、なかなか慣れないわね。その呼び方」

「そうですか? 私はずっと雇い主様をそう呼んでいたので違和感はないんですけど。‥‥‥ではすみれ様、はどうですか?」

「‥‥‥うーん。どうもこそばゆい」

「なら、お姉様」

「やめて」

 あれもダメ、これもダメと我儘なご主人である。一体どう呼べばいいというのだ。

「うーん。やっぱ呼び捨てが1番しっくりくるかなあ。呼ばれ慣れてるし」

 結局、そういうことになる。みことさんやレッドさんも同じことを言っていた。奴隷が主人を呼び捨てにするっていうのも変な話だが、主人がそう呼んでくれというなら従うほかない。

「分かりました。それではすみれ、食事に参りましょう」

「うん。‥‥‥うん?」

 すみれの手を引いて食卓に向かう。途中、すみれが手をひかれながら「あれ、ちょっと今のおかしくない? 立場が逆じゃなかった?」とか呟いている。失礼な、私はこんなにも主人の意向を尊重しているというのに。

「サヤ、あまりすみれをからかってやるなよ」

 食卓につくなり、みことに注意された。見られていたらしい。

「あら、申し訳ございません。すみれの反応が面白くて、つい」

「や、やっぱり面白がってたんだ! 全く、なんて奴隷なのよ。主人をからかうなんて」

 私の手を振り払って悪態をつくすみれ。だが。

「‥‥‥耳かき」

 私が一言そう呟くだけで、すみれは真っ赤になって言葉を失った。とても分かりやすくて、可愛らしい。

「あの時のすみれは、とても可愛らしかったですね。もし良ければ、今度は私が耳かきしてさしあげますよ?」

「い、いらないわよ! もう綺麗だもの! ってか、アレは忘れろって言ったでしょう!?」

「はい、忘れました。けどすぐ思い出してしまうのです。なんせ、とっても印象的でしたから。ねえ、みこと?」

「まあ、確かにな‥‥‥」

 私の言葉に同意して、目を閉じるみこと。きっとあの時のすみれを思い返しているのだろう。私も彼と同じように目を閉じ、あの時みた光景を思い返す。

「や、やめてよもう、2人ともっ!」

 ‥‥‥ちょっとからかい過ぎただろうか。すみれの目尻にかすかに涙が滲んでいた。仕方ない、ここまでにしておこう。続きはまた今度イジればいいか。

「なんだかんだで、サヤもすっかり馴染んだみたいだな。ほら、今日の飯だ。代わり映えしなくて悪いが、ミートラップだ」

 出来立ての料理を運んできたレッドからミートラップを受け取る。美味しいご飯を毎日お腹いっぱい食べれるって、やっぱり素晴らしい。今までの主人は奴隷に脱走されないように、最低限の食事しか与えてくれなかったからなあ。

「馴染んでないわよ! 私こいつ嫌い!」

 すみれが私を指差して罵倒してくる。そこまで嫌わなくてもいいのに。

「まあ、とても悲しいです。私はすみれのこと、大好きですのに」

 大袈裟にショックを受けたフリをしつつよろめき、よよよ、と泣き真似をしてみせる。嘘ではない。すみれのことは、この美味しいミートラップと同じくらいには大好きだ。

「いやー、ストーンキャンプで会った時は、こんな人だとは思ってなくてね。むしろ今のサヤが本来の彼女なのかもね」

 イズミがそんなことを言ってくる。こんな人、という表現がちょっと気になったが、きっと「こんなに素敵な人」の略だろう。そう思うことにした。

 まあそれはともかく。本来の自分というのがあるのかどうかは知らないが、環境が人を作るってのはあると思う。以前の私は、もっと自信がなく臆病だった。今にして思えばそれは、ストーンキャンプで檻に閉じ込められ毎日のように罵声を浴びていたからだろう。そんな環境に長く置かれたら、誰だって自信を失うし臆病にもなるってものだ。たまーに、どんな環境でも自分を貫けるような例外的な人もいたりするけれど。すみれとか。そういう強さは私にはないものなので、彼女のことはすごいと思うし、好感も抱いている。それなのに、なぜかすみれには伝わっていないようだ。

 ミートラップを頬張りつつ、私はふと浮かんだ疑問を口にしてみた。

「そういえば、ここでの食事はダストウィッチではないのですね。麦とサボテンの畑を耕しだした時は、もうダストウィッチが主食になるものと覚悟してましたが」

 麦畑の隣にサボテンの畑を耕したのが昨日のことだ。ちなみにダストウィッチとはペースト状にしたサボテンをパンで挟んだ食べ物で、その味は‥‥‥まあ、一言で言うなら、とてもマズい。サボテンの青臭さとパンの食感が絶妙にミスマッチしていて、けど栄養価だけは高いからサボテンくらいしかまともに育たない砂漠では主食として食べられている。結果、砂漠の自殺人口の増加の一因とまで言われている代物だ。

「んなわけねーだろ。あんなもん毎日食ってられるかよ。いや、調理方法の工夫次第ではひょっとしたら美味しくなるのかもしれねーが‥‥‥少なくともオレは、サボテン料理についてはそこまで詳しくなくてな。というか、そんな工夫なんてしなくても、スキマーやボーンドッグ狩ってミートラップ作った方が絶対に美味しいだろ」

 ごもっともである。レッドの言葉に、私もうんうんと頷く。まあ私はスキマーもボーンドッグも狩れないわけだけど。他の皆さんが倒した獣の肉を譲ってもらうのみだ。それじゃあどうしてサボテンを育ててるのかといえば、それは電力のため。収穫したサボテンは全てバイオ燃料に変えて、それで火力発電を動かしている。ちなみにサボテンから燃料を製造するのも私の仕事だ。

 全員が食事を食べ終わると、心地よい満腹感を抱きながら今日はこれから何をしよう、といった話をする。その日によって食材探しだったり、カニバル退治だったり。一応、戦闘訓練も兼ねているらしいが、今は訓練の効率は度外視して、気分によってやりたいことをする方針らしい。ちなみにほんの少し前までは今ほどの余裕はなく、ちょっとでも強くなるために訓練に訓練を重ねる毎日だったというから信じられない。余裕がでてきたのは、確実に野生動物やカニバルの群れを倒せるようになってようやく、とのことだ。この人たちも、最初から強かったわけじゃない。当たり前だけど忘れがちなことだ。

「それじゃ、オレはみことが作った武器を売りに行ってこようかな。保管庫、そろそろ満タンだっただろ」

「あ、それならボクも一緒に行くよ、レッド。1人じゃ何かトラブルがあったら大変でしょ」

「レッドが武器を売りに行ってくれるなら、また保管庫に余裕が出来るな。俺は鍛冶の訓練でもするか」

「私も防具作りかしら。最近だと安定して熟練等級が作れるのよ。みんなの防具も新しいものに変えるから、期待しててね」

 こんな感じで、大体すぐにその日の予定が決まる。そして私は。

「それじゃ、私はいつも通りに鉄を掘ると致しましょう。なんだか悪いですね。私だけ、誰でも出来るような簡単な仕事で」

 それでいて、他の皆と同じ食事をご馳走してもらっている。奴隷ってなんだろうね。

「誰でも出来るかもしれないけど、誰かがやってくれなきゃ困る仕事さ。本当に助かってるよ」

 みことがそうフォローを入れてくれる。本心からそう思ってくれているのが分かるので、こちらも働いていて楽しい。

 つくづく、人の幸不幸というのは個人の能力や力量ではなく、環境次第なのだなと。ここで働くようになって、そう思うのだった。




 第42話、読んでいただきありがとうございます。いやはや、今回は苦労しました。というのも前回イキオイ任せにおかしな話を書いたものですから、軌道修正に苦心しまして。全て無かったことにして普通に接するのは不自然だし、かと言って突っ込めばどんどん物語自体がおかしな方向に脱線していくしで‥‥‥うん。後先考えずに変な話を書くものじゃないですね。反省。
 次回は幕間の物語です。リドリィ視点にするか2B視点にするかはまだ決めてませんが、とにかくあの2人の物語です。


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幕間 命も無いのに、殺し合う。

 全ての存在は、滅びるようにデザインされている。

 生と死を繰り返す螺旋に、私達は囚われ続けている。

 これは、呪いか。それとも、罰か。

 不可解なパズルを渡した神に、いつか、私達は弓を引くのだろうか?

 

「急にどしたの、2B。スケ‥‥‥じゃなかった、アンドロイドも人生に悩んだりするのかい?」

 一緒に旅を続けていたリドリィがそう問いかけてくる。どうやら口に出していたらしい。けど、どうしてそんな風に不思議そうな顔をするのだろう。私からすれば、そんなリドリィのリアクションこそ不思議だ。

「もちろん、悩むことくらいある。人間は違うの?」

「え? いや、まあ‥‥‥そりゃあるけど。でもほら、アンドロイドって人間とは違うじゃん? だから悩んだりとかしないのかなーって」

「? なぜ?」

「なぜって、その‥‥‥なんでだろう。表情とかに出ないから、かなあ」

 バツが悪そうにそう答えるリドリィ。ひどい誤解だ。確かに表情は乏しいかもしれないけれど、感情がないわけじゃない。

「確かに、ヨルハ部隊にいた頃は感情を持つことは禁止されていた。だから分かりづらいかもしれないけど、私達もちゃんと感情で動いている。そして、悩むことだってある。それは当然のこと」

「そっか。まあそうだよね。ごめんよ、悪気はなかったんだ」

 そんな話をしながら、私達は酸性雨の降る中で旅を続ける。ここはデッドランドと呼ばれる地域。絶えることなく酸性雨が降り続く場所。人はもちろん、動物だって寄り付かない。そんな地域だ。

「ねえリドリィ。その地図、本当に合ってる? こんな場所に遺跡なんて‥‥‥古代の人達は、こんな酸性雨の中で生活していたの?」

「古代の人達が、ヒトだったとは限らないでしょう? 現に2Bだって、酸性雨を浴びても平気じゃない」

「‥‥‥つまりこれから向かう場所は、機械生命体の遺跡だと?」

「だろうね。ほら、見えてきたよ。あの建物がそうじゃない?」

 そう言ってリドリィが指さした先には、ポツンと研究所のような建物が見えていた。この大陸の機械生命体‥‥‥スケルトンが誰によって作られたのか、はっきりとした情報はない。けど、ヒトによって作られたわけではないだろうとは思う。ヒトと共に生きていたなら、こんな場所に遺跡があるはずがないのだから。

「‥‥‥私が先に見てくる。リドリィは離れてて」

「う、うん。気をつけてよ、2B」

「ああ。問題ない」

 そうして、リドリィを少し離れた場所で待機させてから遺跡の扉を開ける。中にいた蜘蛛型の機械生命体‥‥‥複数の警備スパイダーがすぐに襲いかかってきた。対話も警告もなしにだ。やっぱり、機械生命体は敵だ。

「2B、気をつけて! 来るよ!!」

「見ればわかるよ」

 私も応えるように刀を抜いて、迫り来る機械生命体に相対する。そして。

 

 

 ドカッ! バキッ! ゴスッ!

「‥‥‥きゅう。」

 

 やられた。行動機能が停止。

「‥‥‥おーい? 2Bさん?」

 倒れた私の様子を覗き込んで、離れた場所まで担いでくれるリドリィ。遺跡から少し離れてしまえば、機械生命体はそれ以上深追いしてこないようだ。

「不覚。まさか、あれほど警備が厳重だなんて」

「うん、まあ‥‥‥とりあえず致命傷がないみたいで良かったよ。私だったらあの数の警備スパイダーに殴られたら即死してると思うし。やっぱり戦闘用っていうだけあって頼りになるね」

 言いながら、リドリィは修理キットを取り出して機体の修復をしてくれる。

「それくらいは当然。ヨルハ部隊にいた現役時代なら、あれくらい1人で倒すこともできたのに」

 前線から逃げて長いこと漁師をしてたら、思いのほか腕が鈍っていたけれど。

「いやー、流石に1人では無理でしょ。ほら、修理終わったし、ここは一旦引いて」

「む? 信じていないな? よしもう1回行ってくる!」

「え、ちょっと2B!?」

 止めようとするリドリィを振り切って、もう1度機械生命体に挑みかかる。今度こそは。

 

 ドカッ! バキッ! ゴスッ!

「‥‥‥きゅう。」

 

 やられた。行動機能が停止。

「‥‥‥おーい? 2Bさん?」

 倒れた私を、また離れた場所まで担いでくれるリドリィ。損傷箇所を修理してくれる。

「あまり無理しないでおくれよ、2B」

「無理なものか。現にさっきより5秒ほど長く持ち堪えたし、修理キットもまだ残ってる」

 そして修理キットが残っているなら、負けることはない。

「‥‥‥あ、そう。ちなみに聞くけど、あと何回繰り返すの、これ?」

「無論、勝つまで」

 何を当然のことを聞いてくるのだろう。相手の機械生命体に回復手段はなく、こちらには回復手段があり致命傷にならないだけの装甲もある。ならば繰り返せばいずれ勝てる。当然だ。

「‥‥‥スゴく強引な戦い方なんだね、2Bは」

「ふふ。昔、一緒にいた仲間にも同じことを言われた。懐かしいね」

 彼は今、どうしているだろうか。ちょっぴり理屈っぽい少年の顔を思い出してしまう。彼は優秀だから、きっと今でもヨルハ部隊で戦果をあげていることだろう。それはきっと彼にとって幸せなことだと思う。けどその一方で、どこかで私を追いかけているんじゃないか、とも思う。私なんかを追って来たところで幸せな結末など訪れないだろうし、それは彼も分かっているハズだ。ヨルハ部隊にとって私は、脱走兵なのだから。けど、それでも。どこかでそれを、願ってしまっている自分がいる。

「2Bの昔の仲間がどんな人かは知らないけどさ。苦労してたんだろうね、そいつ」

「うん。いっぱい苦労をかけた。もしかしたら今も苦労してるかも」

「そうかい。ま、深くは聞かないさ」

 そうして話している間に、修理が終わる。

「よし、それじゃもう1回行ってくる!」

 3度、機械生命体に挑みかかる。今度はリドリィも止めなかった。ようやく、少しは私のことがわかってきたらしい。3度目の正直‥‥‥ということもなく、またやられた。




 ありのまま今起こったことを話すぜ。kenshiの小説を読みにきたらニーアオートマタの二次創作を読まされていた。何を言っているのか分からねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。URLの貼り間違いとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

 そんなポルナレフ状態に陥っている読者の皆様、今回も読んでいただきありがとうございます。次回は本編に戻って、拠点の襲撃イベントなんかを書けたらいいなと思っています。拠点を建てたら必ずついてまわる襲撃イベント、もっと戦闘描写の腕を磨かなくては。


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第43話 予感

「ねえみこと、この服着てみてよ」

 すみれからそう言って渡された服を受け取る。ついさっき、すみれが作成したものだ。装甲付きダスターコート、その熟練等級。動きやすさと装甲を両立した設計の武術家用コートだ。新しい服に初めて袖を通す瞬間って、やっぱりワクワクするよな。なんだか新しい物語が始まる予感みたいな。

「ど、どうだ? 似合ってるか?」

 コートに袖を通し、すみれの前でカッコいいポーズを決めて見せるのだが。

「‥‥‥うん。まあ似合ってるんだけど‥‥‥そんな変なポーズ取らなくていいわよ? みことは体格いいんだから、真っ直ぐ立ってる方がカッコいいわ」

「なっ、そうなのか!?」

 すみれの隣ではサヤも、うんうんと同意するように頷いている。カッコつけるのって難しいな。いつかスマートにカッコよく決めれるようになるのだろうか。

「ねえみこと。私の服も見てよ。似合ってるでしょ?」

 そう言ってくるりと回ってみせるすみれが着ているのは、ブラックレザーアーマーとブラックレザースカート、同じく熟練等級。体のラインが強調された女の子らしい服装で、可愛らしく、スカートの先から覗く太ももがセクシーでもある。

「ああ、最高だな! 惚れ直したぜすみれ!」

「や、やめてよ恥ずかしいって」

 照れて赤くなるすみれ。可愛い。隣でサヤが「はいはい、バカップルバカップル」と冷めた目でツッコミを入れていた。ははーん、さては羨ましいんだな?

「大丈夫だぜ、サヤ。いつかきっとサヤにも素敵な相手が見つかるさ」

「そうよ。諦めるのはまだ早いわ」

「‥‥‥こいつら殴りたいです」

 奴隷とは思えないような暴言を吐いてくるサヤ。日を追うごとに遠慮がなくなってきたな。まあ心を開いてくれているみたいで、俺としては嬉しいけれど。

「見た目もいいけど、防具としての性能も上がってるんだよな? また遺跡巡りにでも出かけてみるか? 前よりは安定して戦えそうだし」

「遺跡巡りもいいけど、私は風魔忍者が気になるわね。近くにある風魔の拠点にカチコミかけてもいいかも。それで、もしストーンキャンプを襲ったのが風魔なら、この刀でアヘアヘ言わせてやるんだからっ!」

 すみれが刀を鞘から少しだけ抜いて、その刃を光らせる。狐太刀のMk1等級。こちらも以前よりずっと質の良いものに仕上がっている。

「‥‥‥敵討ちですか。まあ、止めはしませんが‥‥‥」

 そんなすみれを見て、複雑そうな表情で呟くサヤ。

「何よ? まさか『復讐なんて虚しいだけ』だのなんだの言うつもりじゃないでしょうね?」

「あ、いえ。そういう訳では。ただ奴隷商の方達は、私達にとっては決して良い人ではありませんでしたから。だからあまり気乗りしないなーって。ええ、それだけですよ」

 ‥‥‥なるほど。つまり俺たちに例えるなら、リバース鉱山の歩哨の敵討ちに必死になってる人間を眺めるようなものか。それなら確かに、複雑な表情になるのも無理ないのかもしれない。

「一応聞くけど、サヤはストーンキャンプが誰に襲われたのか、本当に何も見てないんだよな? ヒントになりそうなものとか、手がかりとかも無いか?」

「ええ、何も。なにせ私はずっと檻の中で震えていましたから。‥‥‥お役に立てず、申し訳ありません」

 スッと視線を外して、申し訳なさそうに俯くサヤ。

「いや、いいんだ。気にしないでくれ。‥‥‥でも遺跡巡りにしてもカチコミにしても、サヤも一緒に連れて行くのは流石に危ないよなあ。かといって1人でここに留守番させるのも、もっと危なそうだし」

「そうね。遠征の間はサヤにはショーバタイのロングハウスで休んでてもらうってのはどう? あそこならシノビシーフもいるし、かなり安全だと思うわよ」

「なるほど。暇だったら皮をなめしたり銅を掘ったり、やれることも多いもんな」

 俺とすみれがそんな風に相談していると、サヤが割って入る。

「あ、あのー。さっきから聞いていると、奴隷を1人残して出かける相談をしてるみたいですが。私が逃げ出すかもとか考えないのですか?」

 そんな事を言ってくるサヤに、俺たちは首を傾げる。

「へ? 逃げたかったのか? 不自由ない暮らしが提供できてると思ってたんだが‥‥‥」

「と言うかサヤ、行くアテなんてあるの? まあアテがあるなら別に止めないけど」

「‥‥‥すみません何でも無いです」

 それっきり黙ってしまうサヤ。ストーンキャンプでの暮らしがどんなものだったのか、なんとなく察せてしまうな。客に対しては愛想のいいおっちゃんでも、それだけって訳でも無いんだろう。シミオンが言っていた、『奴隷商なんてみんなクズばっかり』という言葉の意味が、今になって少し分かった気がした。と、そこで街まで武器を売りに行っていたレッドとイズミが戻ってくる。

「ただいまー。お、新しい服似合ってるじゃん。丁度よかった」

「おう! 着心地もなかなかだぜ。けど、丁度よかったってのは何だ?」

 俺が尋ねると、イズミが答えてくれる。

「さっき街で聞いたんだけどね。ポート・ノースから武装した奴隷商の一団が出発したそうだよ。彼らは真っ直ぐここ、ボクらの拠点に向かっているそうだ」

「‥‥‥なんだって? 奴隷商が、一体何をしに?」

「そりゃあもちろん、仕事だろうね。奴隷商としての」

「‥‥‥‥」

 奴隷商としての仕事。奴隷が掘った鉄や石を行商する‥‥‥というわけでは無いだろう。産地直売で安価な品を供給できるメリットを自分から捨てる意味がない。だとすると、新たな奴隷の獲得といったところか。けど、なぜ? 奴隷商の人達とは、割と良好な関係だったハズだけど。

「みこと。ボクらが良好な関係だったのは奴隷商じゃない。ストーンキャンプの商人と良好だっただけさ。そしてそのストーンキャンプは今は無く、奴隷商の人達はその穴埋めのために、新たな奴隷を獲得する必要がある。ここまでは理解できたかい?」

「いや、まあ‥‥‥そうかもしれないけど。でもそんな理不尽な。俺たちは奴隷商の敵討ちのためにシミオンと戦って、さっきもすみれと風魔忍者の拠点に攻め入ろうかって話してたばかりなんだぞ?」

「きっと向こうはそんな事は知らないし、知ろうともしないだろうね。ポート・ノースの奴隷商とボクらは、面識さえ無いんだから」

「‥‥‥」

 イズミの言葉に、俺は何も言えなくなる。確かに敵討ちは俺たちが勝手にやってるだけで、別に頼まれたわけではない。けど、だからっていきなり攻めてくるか普通!? まず先に対話とかあるだろ!? 混乱する俺に向かって、サヤが追い討ちをかける。

「みことが奴隷商に対してどのようなイメージを持っているかは知りませんが‥‥‥奴隷商とは、そういうものです。上客に対しては愛想良くにこやかに接していても、その裏では力ずくで攫ってきた人間を働かせて利益を得ている。それが、奴隷商の仕事ですから」

「くっ‥‥‥」

 もちろん、頭では理解していた。奴隷商が決して綺麗な仕事ではないと。けれど同時に仕方ないとも思っていた。奴隷にされた人には可哀想だが、それが都市を維持するためには必要なのだと。だけど。

 

「‥‥‥ふふっ、上等じゃないの」

 

 黙って話を聞いていたすみれが、口を開く。その右手は、既に狐太刀の柄を握りしめていた。未だに気持ちの整理が追いつかない俺と違って、すみれはもうやる気のようだ。彼女の瞳に、静かな怒りが宿る。

 

「来たければ来るといいわ、奴隷商。待っててあげる。ただし‥‥‥生きて帰れると思わないことね」




 第43話、読んでいただきありがとうございます。何が正しくて何が間違っているのか。そんなものは見る角度や立場によってコロコロと変わってゆくものです。きっと世に絶対の正義などないのでしょう。だからこそ、せめて自分の気持ちにだけは嘘をつかずに、真っ直ぐに生きる。それが自由というものなのかも知れませんね。次回もどうぞお楽しみに。


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第44話 バスト拠点防衛戦

 夕刻。私たちの拠点に武装した奴隷商の一団が訪れた。その数、ざっと30人。

「ここか。話に聞いた通りだな。リストにも載ってない」

「ええ。早速やっちまいましょう。情報では相手は武装こそしてるものの軽装で、人数も少ないそうですぜ」

 奴隷商たちが小声で何かを話し合っている。目の前にここの住人がいるのに無視するなんて失礼な。挨拶もできないのかしら。

「何をこそこそ話してるのよ? 用事があるなら私が聞くけど?」

「そうそう。せっかく来たんだ、まずは茶でも飲んでいかないか? 歓迎するぜ?」

 私の隣でレッドがそう言う。わざとらしい演技だとは思うけど、みことがどうしても「いきなり斬りかかるのはダメだ、一応は形だけでも対話してみよう」と言って譲らなかったので仕方ない。レッドの言葉に、奴隷商のリーダーらしき男は苦笑いを浮かべる。

「いやいや、別に茶はいらんよ。それに、わざわざ話すようなこともない。‥‥‥おい、始めるぞ。武器を取れ」

「へい!」

 彼の部下らしき男が腰に帯びた武器に手をかけようとするが、それはあまりにも遅すぎた。私は1歩踏み込むと同時に、抜き打ちでそいつの腕を切り飛ばす。

「な‥‥‥ぎゃああっ!」

 肘から先を失った部下が今更気づいたように悲鳴をあげる。居合の練度が着実に上がっているのを実感できた。まずは1人。

「すみれの躊躇のなさと思い切りの良さは、つくづく頼もしい限りだよなー。味方で良かったぜ」

 ようやく武器を構えたレッドがそう言ってくるけど、正直レッドは判断が遅すぎると思う。殺気を感じた瞬間に、相手を斬るか逃げるか判断して行動に移さないとダメじゃない。

「怯むんじゃねえ、お前ら! 相手は女がたった2人だろうが! 数で押せばどうとでも‥‥‥」

「たった2人? その不正確な情報は誰から仕入れたんだい?」

 叫んだリーダーの胸に、風穴が開く。ストームハウスの屋上に設置したクロスボウ砲台からの、イズミの狙撃だ。仕留めたか、と思ったけれど、よくみるとまだ息があった。微妙に心臓からずれていたようだ。運のいいやつ。まあ、後でゆっくりトドメをさせばいいか。これで2人目。

「あ、あのあの、私は一体どうすれば‥‥‥」

「サヤもここから撃ちまくってくれればいいよ。ボクの『つまようじ』を使うといい」

 そう言ってイズミが愛用の『つまようじ』をサヤに渡すのだが。

「わ、私クロスボウなんて触ったことすらないですっ! 当たるわけないですようっ!」

「当てる必要なんかないからとにかく撃ちまくるんだよ。ただひたすら、引き金を引き続けるだけの簡単な作業さ。あれだけ敵がいるんだから、何発かは当たるだろうし」

「わ、分かりました!」

 頷いて手当たり次第に乱射を始めるサヤ。これに慌てたのは奴隷商だ。なにせ、どこに飛んでくるか分からない『つまようじ』の乱射に紛れるようにして、確実に頭や心臓を狙ってイズミのクロスボウ砲台の狙撃が飛んでくる。イズミの狙撃で、さらに2人仕留めた。これで4人。

「お、おい! 誰かあのクロスボウを黙らせろ! あのストームハウスに突入しろ!」

 奴隷商の中の誰かが叫ぶ。その声に応えるように別の誰かが扉を蹴破り、中に突入して。

「ぐはあああっ!」

 冗談のような勢いで吹っ飛ばされて扉から出てきた。みことは、室内戦では本当に頼りになる。5人目。

「な、中にもう1人いたぞ! 男が1人だ!」

「くそっ、たった1人増えたくらいで‥‥‥」

 口々に喚く奴隷商だが、みことは動揺すら見せずに真っ直ぐに立って彼らを見つめる。

「この場を守るくらい、たった1人で十分なのさ。試してみるか?」

 余裕すら感じさせる堂々とした佇まいに、多くの奴隷商が動きを止めた。うん、ちゃんとカッコいい。やればできるじゃないの、みこと。‥‥‥私がみことに新しい服を渡した時、彼がとったポーズは今思い出しても『それはない』としか言いようがないものだった。なにせ、両手を上げて片足を膝蹴りのように掲げる、いわゆる『荒ぶる鷹のポーズ』でドヤ顔決めてたのよ、あいつ。どういうセンスしてるんだろうか。まあ、みことの残念なポージングセンスは今は置いといて。事前にイズミが決めてくれた陣形はとても有効だった。屋外の敵はイズミのクロスボウで仕留め、屋内に入ってきた敵はみことが相手をする。私とレッドの役割は、一度に大量の敵をストームハウスに突入させないための足止めだ。

「よそ見してる余裕なんて、ないんじゃねーのか!?」

 レッドの大鎌による1撃。突入しようとストームハウスの入り口に集まってた奴らを、まとめて薙ぎ払う。3人が倒れ、2人が大怪我を負った。仕留め損ねた2人は私の刀で切り飛ばして、これで10人。‥‥‥あ、ストームハウスの中からまた2人吹っ飛ばされてきた。みことにやられたのか。12人。この調子で残りも‥‥‥

 

 ガッ!!

 

 後頭部に、鈍い衝撃が走る。油断した。

「けっ、手こずらせやがって‥‥‥いつまでも調子に乗ってんじゃねえ!」

 首だけで振り向くと、片腕の無い奴隷商が棍棒を振り上げていた。私が最初に斬ったやつか。まさか復帰していたなんて。ガツン、と再びの衝撃。世界が回る。ドサリと何かが倒れる音をどこか他人事のように聞いていると、口の中に血の味が広がった。‥‥‥これは、やばいかもしれない。

「よっしゃあ! このまま仕留めろ!」

 倒れた私を容赦なく踏みつけ、棍棒を叩きつける奴隷商。そうか。奴隷にするため、トドメは刺さないつもりか。こうも多人数でこられると、起き上がることすら難しい。

「すみれっ!! くそっ、邪魔だどけえ!!」

 みことの声が聞こえる。気持ちはすごく嬉しいけれど、有利だった室内を飛び出してこの人数相手にどこまでやれるだろうか。対多人数戦は、みことの苦手分野だ。気づけばイズミの援護射撃もやんでいる。みことの守りを失って攻め込まれたか。‥‥‥そんな風に冷静に戦況を分析している自分に今更気づいて、少々驚く。戦いに身を置きすぎたせいで、傷つくことにも傷つけることにも慣れすぎたのだろうか。だが。

「へっ、女のくせに刀なんか振り回しやがって。おっ、これ意外と上等なモンだぜ? どっから盗んできたんだ?」

 奴隷商が、私の狐太刀を奪い取る。流石にそれには、冷静でいられない。必死に腕を伸ばす。届かない。

「か、返、せ‥‥‥」

 それは、私のものだ。みことが私のために作ってくれた、私だけの‥‥‥

 

 カシャン。

 

 薄れゆく意識の中、私が最後に聞いたのは。奴隷商が私の足に足枷を取り付ける、金属質な音だった。

 

 

 

 

「戦況はどうかな?」

「はっ。奴隷商どもが優勢です。わりと善戦しましたが、ここまででしょう。エースの剣士が倒れました」

 部下が淡々とした口調で報告する。

「噂ほど大したこともなかったか‥‥‥いや、むしろ少人数で大部隊を半壊させたことを褒めるべきかな」

 バスト地方に新興勢力が拠点を築いたらしい。その噂は瞬く間に広がっていた。というか、ハイブの行商人があちこちで言いふらしていた。まったく、おしゃべりが好きな連中だ。そしてこの辺りではそれとは別に、もう1つの噂もある。最近になって頭角を表しつつある賞金稼ぎ、アウトサイダー。特筆すべきはその逃げ足の速さと撤退の判断の正確さ。だがそれだけではない。決して侮ることの出来ない実力者であり、ついこの前シミオン砦をたった4人で壊滅させたとの情報が入っている。

 バスト地方の新興勢力と、最近頭角を現し始めた賞金稼ぎ。この2つを結びつけるのは容易かった。そしてこのタイミングでポート・ノースから進発した奴隷商の一団。近くに拠点を構える我々風魔としても、到底無視できる話ではなかった。しばらく離れた場所から部下に様子を探らせていたのだが、そろそろ限界か。これ以上は持ちそうにないな。

「よし、私たちも行くぞ。彼らを救援する」

「はい。‥‥‥けれど、本当によろしいので? あいつらは賞金稼ぎです。シミオン砦のように、このミズノト村もいずれ奴らに襲われるやも知れませんよ?」

「心配は無用。『かも知れない』で敵を増やし続けるリスクに比べれば、大したことのないリスクだ。それにあいつらがもし恩を仇で返すような連中なら、その時は容赦なく斬り捨てるまでさ」

「はい、そうですね。サミダレ様」

 名前を呼ばれて振り返る。私を信頼しきった瞳で見つめる部下。彼の期待に応えるためにも、無様なマネはできないな。

「では参ろうか。風魔忍者所属ミズノト村代表、サミダレ。出陣するっ!」




※周辺地図
【挿絵表示】


第44話、読んでいただきありがとうございます。次回はなるべく年内にもう1話書き上げることを目標にしております。ただもし年内に書けなければ、年始は少々多忙ゆえ投稿が遅れるやも知れませぬ‥‥‥あまりお待たせしないよう頑張りますので、応援お願いいたします。


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第45話 サミダレ

「しかしまあ、ずいぶんと殺風景な土地ですよね。バストってのは」

 救援へと向かう道すがら、部下が雑談を振ってくる。大柄な体格のシェク族の男だが、シェク族にしては礼儀が正しい方だと思う。‥‥‥偏見だろうか。

「まあ、そうだな。今はこんなになってしまったが、数年前までは美しい場所だったんだぞ?」

 かつてのバストの風景を思い出しながら、そう答える。

「へえ。そういえばサミダレ様もバスト地方の出身でしたっけ。どんな場所だったんです?」

「お、聞きたいか? では少々、昔話でも聞かせてやるか。私がまだ風魔に入る前の話だ」

「わ、それすっごく聞きたいです! サミダレ様、昔はどんなことしてたんですか!? やっぱり都市連合のヤツら相手にブイブイ言わせてたとか‥‥‥」

 興奮する部下を宥めるように、私は軽く首を横に振って答える。

「ハズレ。むしろ逆さ。貴族に雇われ、侍として屋敷で暮らしていたよ」

「え?」

「くすっ、意外かな。ではその辺りの話から始めようか。私の故郷の村は、丘の上に立ち並ぶ風車がシンボルでね。丘の麓に広がる広大な畑と合わせて、とても牧歌的な印象を人々に与えてくれる農村だったよ」

 そして私は語る。私の故郷の思い出話。今はもう無い、小さな村での物語を。

 

 

 

 

「おおサミダレ! 訓練は終わったのか? 終わったなら一杯酒に付き合わんか?」

 気安い口調でそう声をかけてきたのは、この村の領主。私の雇い主だ。丸いサングラスが妙に似合っている。ノリのいいストリートミュージシャンだと自己紹介されたら信じてしまいそうな風貌だ。

「よしてください。私が下戸なの知ってるでしょう?」

 そっけない口調を演じてそう返すと、彼はわかりやすくションボリとした表情を見せてきた。そういったところが妙に可愛くてつい意地悪を言ってみたが、実の所は訓練で疲れていた。ちょうど一息入れようと思っていたところだ。

「なのでお酒は無理ですが、紅茶でよければご一緒しますよ」

 くすりと微笑みながら私がそう続けると、彼はぱあっと表情を明るくした。

「おおそうか! そうだったな、失念していたわい!」

 そう言って領主自ら紅茶の用意を整えにいく。ヒマなのか、それとも紅茶をいれるのが好きなのか。多分前者かな。私の毎日は、大体こんな感じだ。午前から午後まで訓練を続け、午後は軽くティータイム。その後は夕飯のメニューなどを考えながら丘の麓の農家を訪れる。ここの農家で育ててる野菜がまた美味しいのだ。体が喜ぶような感覚というか、食べればそれだけで元気が湧いてくるというか。とにかくただ美味しいという言葉だけでは表しきれない。きっと愛情をたっぷり受けて育った野菜だからだろうな。私がこの田舎の村を離れる気になれない理由の1つだ。

 休日になると、領主と共にこの辺りまで村をぶらぶらと散策したりもする。一応、私は護衛という名目になっているものの、村の中に危険があるとは思えなかった。形ばかりの護衛、というヤツだ。

「やあやあ諸君! 毎日土にまみれてご苦労なことだな! いやー感心感心!」

「‥‥‥どうしてそう、人を挑発するような言い方しかできないんですか。貴方は」

 農民たちに声をかけるにしても、他に言い方はないのか。領主の発言を小声で嗜める私。

「よいではないか。別に誰からも文句を言われたことはないぞ? なあ、お前もそう思うだろう? そこの農夫よ」

 文句を言わないのではなく、言えないのだと思うけれど。護衛を連れた貴族に面と向かって意見できる農夫がどれだけいると思っているんだか。だが、私の予想とは裏腹に、近くにいた農夫は快活な笑顔でこう答えた。

「はいっ! 俺、土いじりとか好きなんで! 領主様もたまには、童心に返って砂遊びなんてしてみませんか?」

「む‥‥‥いやワシは‥‥‥」

「ほら、採り立ての野菜です。めっちゃ美味いっすよ」

 農夫は笑顔のまま、手に取った野菜を領主に手渡す。瑞々しい、という言葉がぴったりの、美味しそうなトマトだった。領主はそのトマトにかぶりついて。

「む! これは凄いの。こんなに甘いトマトは初めてじゃ」

「でしょー。俺の自信作です!」

 どこか誇らしげに胸を張って、農夫の青年はそう答えた。

「それじゃ、収穫の続きがあるんで俺はこれで!」

「うむ! 頑張るが良いぞ!」

 そして畑の方に走って、再び収穫作業に専念する農夫。この辺りの畑の野菜が美味しい理由が、少しだけ分かった気がした。彼の背中を眺めながら、私と領主は言葉を交わす。

「なかなか見どころのある青年じゃな。そう思わんか、サミダレ」

「そうですね。私もそう思います、テング様」

 こんな平和な毎日がずっと続けばいい。訓練で汗を流して、ティータイムを楽しんで、美味しい野菜を食べて、村の人たちと交流する。そんな毎日が、ずっと。そんなささやかな私の願いは、ある日突然壊された。隣国、ホーリーネイションとの戦争によって。

 

 

 

 

 その日、村は戦火に包まれた。攻めてきたホーリーネイションの軍勢は強かった。否、私たちが弱すぎたと言った方が正確だろうか。ヴァルテナの率いる敵の精鋭部隊に対して、私たちはあまりに無力だった。村は蹂躙され、畑は焼かれ、風車は瓦礫へと姿を変えた。村を守るために雇われたはずの私たちは、村を守るどころか、領主1人を守ることさえままならなかった。どうにか、テング様だけでも逃さなければ。そんな思いに反して、私たちはどんどん追い詰められていた。そんな時だった。彼らが現れたのは。

「おお、おお! よく来てくれたお前たち! ワシを助けにきてくれたのだな!」

 ふと耳に届く、聴き慣れたテング様の声。いつか見た農夫の青年が、娘の手を引いて駆けていた。娘がいたのかと、この時初めて知った。だが、続くテング様の言葉に私は耳を疑う。

「さあ、早く戦え! このワシを守ってくれ! 褒美はたっぷりと用意するぞ!」

「ちょ、ちょっとテング様!? 何をおっしゃっているのですか! 民を守ることこそ我らの務めでは」

 小声で意見する私。

「ならサミダレ、お主ならこの状況を打開できるのか? ホーリーネイションの兵どもを倒せるのか?」

「そ、それは‥‥‥しかし‥‥‥」

 言葉に詰まる。足元に転がるのは、同僚だったモノの死体。そう遠くないうちに、私も同じ運命を辿るのだろう。それが何となく予感できた。別に、死ぬのが怖いわけじゃない。ただ守るべき者すら守れず、無駄死にするのが怖かった。

「ワシはな‥‥‥ワシは、まだ死ぬわけにはいかんのだ。この国を変えるその時まで、まだな」

 はあ、と私はため息をつく。

「また言ってるんですか、それ。こんな片田舎の領主が、国を変えるだのなんだの。本気で言ってます?」

「もちろん。ワシはいつだって本気だとも。いつか『皇帝テング様』と皆から慕われ、腐敗しきったこの国を変えるリーダーになってみせるわいっ」

「はいはい。それじゃまずは、ここを生き延びないとですねー」

 付き合ってられない、とばかりに会話を切り上げて、刀を抜いて敵兵に斬りかかる。時間稼ぎくらいはできるだろうか。しばらくして、農夫の青年も参戦してきた。手には死んだ同僚が愛用していた刀。

「おいお前っ、あまり前に出るな! 時間さえ稼げばいいんだ、死に急ぐな!」

 私は慌ててその農夫に声をかけ、後ろに下がらせようとした。だが。

「‥‥‥正直、俺も後ろの方で隠れていたいですよ。けど。‥‥‥俺が女性を盾にして生き残ったなんて言ったら、娘に軽蔑されちゃうじゃないですか」

 彼はそう言って、最前線から1歩も引かなかった。女性とは、まさか私のことを言っているのか。軍人に男も女もないだろうに。

「だからさ、絶対に生きて帰りましょうっ、俺たちみんなで!」

「‥‥‥呆れたやつだな、お前は」

 気合いとか根性だけで、軍の正規兵と民間人の差が埋まるハズもないだろうに。バカ者め。だが不思議と、嫌いになれない男だった。私も気合いを入れ直し、刀を握りしめる。

 

 

 

 

 

「‥‥‥そ、それから、どうなったんです?」

 恐る恐る、と言った様子で尋ねてくる部下に視線を戻す。

「どうもこうもない。負けたよ。農夫の青年は命を落とし、私も瀕死の重傷を負った。テング様を逃がすことができたのが唯一の戦果かな」

 そして首都ヘフトへと落ち延びたテング様は、貴族たちによって保護された。安全な屋敷を与えてもらう代わりに、貴族たちの傀儡となることによって。テング様と親交のあった私は解雇を言い渡され、代わりにアイゴアとかいうよく分からない者がテング様の周りをうろつくようになった。どんな者なのかと尋ねたところ、テング様はただ一言、『あいつは、恐ろしいやつだ』とだけ語ってくれたっけ。

「皇帝テング様、か。皮肉なものだ。せっかく夢が叶ったというのに、その実態がただの操り人形とはな。そう思わんか?」

「そ、それについては何とも。ですがサミダレ様こそよくご無事で」

「運が良かっただけさ。戦いが終わった後に奴隷商が通りがかってな。攫われている途中でコタロウ達に救われた、らしい。私の意識が戻ったのはそれから3日後だから、その辺は後から聞いた話だよ。意識を取り戻した私はその足でドリンを訪ねた。農夫の青年の遺言を果たすために」

 ‥‥‥そしてそこで耳にしたのは、今もまだ耳に残り続ける、少女の哀哭。もしも悪魔が『絶望』という名の曲を奏でたとしたら、あれがそうなのだろう。私はそれを聞いていられず、逃げるようにして立ち去った。「お前の父は死んだ」とだけ言い残して。

「‥‥‥さあ、おしゃべりは終わりだ。風魔忍者所属サミダレ、救援に馳せ参じた!」

 背中に担いだ武器を構え、名乗りをあげる。随分と長く話しこんでしまったが、ようやく到着だ。奴隷商に襲われている、新興勢力の拠点。目の前には傷ついた少女が2人。そのうちの1人には、見覚えがあった。

「‥‥‥まったく。来るのが遅いんだよ。あの時も、今回もさ」

 既に立っていることも難しそうな赤髪の女性を抱きしめながら、皮肉げにそう言う10歳くらいの少女。見間違うはずもない。あの農夫の娘だった。その子は緊張の糸が切れたのか、がくりと膝を折るようにして倒れ込む。

「すまない、返す言葉もないな」

 苦笑しつつ、敵を見据える。残っている奴隷商の数は、わずかに3人。あの大部隊の9割を独力でねじ伏せたのか、この者たちは。

「この程度、サミダレ様の手を煩わせるまでもありませんな。ここは私めが」

「いや、そうもいかない。死んだ男との約束だからな」

 部下の言葉に、首を振って答える。さあ、今こそ果たすとしようか。彼の遺言を。死んだ男との約束を。

 

『娘を‥‥‥イズミを、頼む‥‥‥』

 

 もちろんだ、任せておけ。私のその返事を聞いて、彼は安心したように息を引き取ったんだ。




 第45話、読んでいただきありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願いしますね。


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第46話 BlueMoon

 夢を見ていた。綺麗な川の畔に、死んだはずの父さんが佇んでいた。

「やあイズミ。随分大きくなったなあ!」

 生前と全く変わらない姿、変わらない声でそう言う父に。

「やあ父さん。そっちはまったく変わらないね。まだ成仏してなかったのかい?」

 昔と比べて、少々ひねくれた口調でボクはそう答える。

「ははっ、まあな。遺したお前のことが心配でなあ」

「まったく、心配性だね。ボクのことなら、もう心配いらないよ」

 大切な人もできたしね、と隣に立つレッドを見て。

「うん。そのようだな。そちらの方は、イズミの友達かい?」

 そちらの方、と言って父がレッドの方を見る。友達かあ。間違ってはいないけれど、ただの友達で終わりたくもない。‥‥‥まあ、いいか。どうせボクの夢なんだから、ボクの都合のいいように紹介しておこう。

「友達、とはちょっと違うかな。レッドは、ボクの恋人だよ」

「ほう?」

 少しだけ驚いた顔をする父さん。即、家族会議という展開にはならなかったので安心する。なったらなったで、目を覚ました後の話のネタにはなりそうだけど。

「だ・れ・が・恋人だよっ」

 べちん、とレッドからこめかみをデコピンされた。痛い。夢の中でくらい、ボクの都合に合わせてくれたっていいじゃないか。デコピンの後で、レッドは小さく「‥‥‥あ」と呟きながら父さんの方を気にしていた。

「ははっ、そうか‥‥‥そうか‥‥‥」

 眩しいものを見つめるように、目を細める父さん。

「だからね。せっかく来てもらったところ悪いけど、お迎えはまだいいよ。そっちにはまだ行けそうにないからさ」

「ああ、そうだな。‥‥‥逞しくなったな、イズミ」

 その言葉を最後に、父さんの姿は薄れていく。だんだんと姿を消していく父を見送る。寂しさを感じなかったわけではないけど、それでも笑顔で見送ることができた。やがて、その姿が完全に見えなくなってから。

「さて。帰るか、イズミ。オレ達の居場所にさ」

「うん、そうだね。帰ろう、レッド」

 

 

 

 

「あ、目が覚めたんだね。まだ起きあがらない方がいいよ」

 目を覚ますと、サミダレさんからそう声をかけられた。だんだんと記憶が戻ってくる。ボク達は奴隷商と戦っていて、そこにサミダレと名乗る風魔忍者が現れて‥‥‥そこで、ボクは気を失ったんだった。ふと自分の格好を見れば、傷口にはしっかりと包帯が巻かれていた。全身怪我だらけなので、まるでハロウィンの包帯男だ。いや女だから包帯女か。‥‥‥包帯女って、そんなのいるのか。あまり聞いたことないけど。

「服は今、私の部下に洗濯させてるよ。血塗れだったからね」

「‥‥‥そう」

 起き上がらない方がいい、とサミダレさんに言われたので引き続きベッドに横になると、隣のベッドでモゾモゾと人が身じろぎする気配があった。レッドだ。レッドもボクと同じように包帯で巻かれていた。包帯女。‥‥‥なんか、セクシーだな。自分の時はあまり思わなかったけど。

「‥‥‥ねえレッド。そっちのベッドで寝ていい?」

 なるべく不安そうな声を演じてそう言ってみる。

「いいぜ」

 よしっ! 言質とった! 言ってみるもんだなあ。自分のベッドから抜け出しレッドの布団の中に飛び込む。その途中、レッドが包帯しか身につけてないボクの格好に驚き、次いで自分自身も包帯しか身につけてないと気づいて更に驚いていたけど、気にせずその胸の中に飛び込んでゆく。怪我もたまにはいいものだなあ。

「ちょ、ちょっと待てイズミ! 服はどうした、オレ達の服は!」

「服ならサミダレさんの部下が洗濯してくれてるらしいから、安心して」

「安心できねえよ!」

 ボクたちがそんなやりとりをしていると、サミダレさんが。

「‥‥‥騒がしい怪我人共だな。もうしばらく寝ていろ」

 と呟いてため息をついていた。

「そういえば、他のみんなは? ボク達の他にあと3人いたと思うんだけど。みこととすみれと、サヤはどこに?」

 サミダレさんにそう尋ねると、彼女は首を横に振って答えた。

「分からない。私たちが到着した時には、お前達2人しかここには居なかった。多分、連れて行かれた後だろう。‥‥‥間に合わなくて、すまなかった」

 連れて行かれた。それは、奴隷商に捕まったということか。ならば行き先も予想がつく。おそらく、ポート・ノースだ。3人とも生きていて、場所も分かってる。なら大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃない。

「謝らないでよ、サミダレさん。むしろ礼を言わせて欲しい。助けてくれて、ありがとう」

「いいって事さ。具合も悪くなさそうだし、我々はもう行かせてもらう。仲間が心配なのは分かるが、無理はするな」

 そう言ってサミダレさんは立ち上がると、ベッドのそばに1輪挿しの花瓶を飾っていった。青みがかった、藤色のバラの花だ。

「‥‥‥それは?」

「ブルームーン。見舞いの品だ。花言葉は、『不可能を成し遂げる』だ」

 それだけ言い残し、サミダレさんは立ち去っていく。入れ替わるようにして入ってきたシェクの男性が、綺麗になった服を置いて、すぐにサミダレさんの後を追っていった。

「ブルームーン、か」

 いつだったか、本で読んだことがある。元々青いバラというのは、遺伝的に決して作ることができないと言われていた。その為、青バラの花言葉は『不可能』『夢は叶わない』というものだった。けれど長年の研究の末、その不可能を覆した天才がいた。それをきっかけに青バラの花言葉も別の意味を持つようになり、先ほどサミダレさんが言った意味で使われるようになった、と。

「いいね。ブルームーン」

「いいって、何が?」

 聞き返してくるレッド。

「この拠点の名前だよ。まだ決めてなかったでしょ。ブルームーンって名前にしようよ」

「ああ、確かにオシャレな名前だよな。俺も賛成だぜ」

 よし、これで賛成2票。あとは捕まった3人のうち1人でも賛成してくれたら、多数決でこの名前に決定できるな。そんな風に考えていると、レッドが不安そうに呟いた。

「あいつら‥‥‥大丈夫かな」

 みこと達のことだろうか。ある意味で奴隷施設は砂漠で最も安全な場所でもあるから、それほど心配しなくていいはずだけど。せっかく捕まえた奴隷に危害を加えるようなことはしないはずだ。ボクがそう言うと、レッドは首を横に振って。

「いや、そうじゃなくてさ。すみれが大人しくしてるかなーって」

「‥‥‥あー、そっちか」

 確かに、ちょっと不安だ。大人しく奴隷商に従って目立たないようにしていてくれた方が助けやすいんだけど、どうかな。みことが一緒なら無茶はしないと思いたいけれど。そこまで考えて、みことが奴隷商に捕まった時のことを思い返す。すみれが倒れた後、みことはわざわざ有利な室内から飛び出して、集団戦が苦手にも関わらず奴隷商に向かって飛び込み、大声を上げて奴隷商の注意を引いていた。今思うとあれはみことらしくない。確かにみことはバカなところもあるけれど、考えなしに動くような人間ではないのだ。むしろ慎重に考えて、考えた結果ズレまくった結論に着地するようなタイプのバカである。あんな、自分からわざわざ捕まりにいくようなマネをするなんて‥‥‥いや、自分から捕まりに行ったのか? 確かにそう考えると納得できる。すみれが1人で捕まったらどんな行動に出るか予測がつかないけれど、隣にみことがいればある程度はコントロールができるのだ。すみれは、みことの言うことなら割と素直に受け入れる。

「イズミ? どうしたんだよ?」

「あ、あー。うん。多分大丈夫。ボクの予想通りなら、きっとすみれも大人しくしてるよ」

 我ながら、バカバカしい予想だとは思う。けれどそのバカバカしい事を大真面目にやってのけるのが、あのバカだ。




 新年明けましておめでとうございます。第46話、読んでいただきありがとうございます。次回はみこと視点でポート・ノースからお送り致します。


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第47話 ポートノース

 ‥‥‥読めないなあ、あいつの行動だけは。奴隷商に捕まったすみれが、次にどんな行動にでるか。いくつかのパターンをシミュレーションしていた俺だが、そのどのパターンとも違う光景が目の前で繰り広げられていた。

「あっははは! 圧倒的じゃない、このパワー! ほら、鉱石がこんなにどっさり!」

 巨大なドリルを操作しながら高笑いするすみれがそこに居た。ああ、そういえば機械とか好きだったよね。すっかり忘れてたわ。

「あ、ああ。すごいな。拠点でちまちまとつるはし振ってたのとは大違いだ」

「でしょでしょー。このドリルさえあれば、指一本であっという間よ。ほら、みこと。せっかく掘ったんだから、鉄板に加工してきてよ」

「おう、任せとけ」

 ‥‥‥って、あれ? なんで真面目に働いてるんだろう、俺たち。ってかこれ、拠点でやってた作業と何も変わらないんじゃ‥‥‥

「ま、まあいいか。って、おお! この加工機もすごいぞ! 操作しなくても、勝手に鉱石が鉄板に延ばされてくぞ!」

「え、全自動ってすごくない!? いつか私たちの拠点にも欲しいわねっ!」

 すごい。これが産業革命ってやつか。産業革命の意味よく分かってないけど。他にも、掘り出した石材をその場で直接建築資材に加工するドリルとか、ハイテクな機械がいっぱいあった。多分ストーンキャンプにも同じようなものはあったんだろうけど、普段は買い物するだけでじっくり見て回ったりしなかったからなあ。あちこちに点在する機械を触りながら、その機能についてすみれと談笑しあっていると、監督役の奴隷商が俺たちのことを噂していた。

「な、なあ。この前捕まえたあの奴隷、ちょっと変じゃね?」

「いや、真面目に働いてくれてるんだからほっとけよ。というか関わるな。知ってるか? あの奴隷を攫ってきた部隊、最初は30人の大部隊だったんだが、生きて戻ってきたのはたったの3人だって話だぜ。残りの27人は生死不明で未だ戻らず、だとよ」

「え、何それ怖い」

 ‥‥‥人を化け物みたいに噂しないで欲しい。けど、3人っていうのはなんだろう。すみれを担いできた奴と、俺を担いできた奴と。あと1人は‥‥‥

「おう、やっと目を覚ましたか。ほらさっさと働け、一緒に捕まえた2人はもうとっくに働きだしてるぞ」

「あの2人と一緒にしないでくださいようっ! あれだけ殴られたら、普通なら3日くらいは寝込みますっ!」

 いた。サヤも捕まってたのか。ふらふらした足取りで檻から出てきた。まだ怪我が治ってないらしい。いずれここから脱出するとしても、もう少し後の方がいいな、これは。

「あっ! みこと! それにすみれも! お二人ともご無事で何よりですっ」

 そうして走り寄ってきたサヤが、俺たちの方を見て。

「‥‥‥お揃いですねっ」

 綺麗に坊主に剃られた頭を指差してそう言ってきた。こいつ、人がせっかく触れずにいた事をっ!

「わ、わざわざ口に出して言うことないでしょうっ! 人が頑張って気にしないようにしてたのに!」

「そ、そうだぞ! 俺だって、リバースにいた頃は歩哨たちからこっそり『クリリン』なんてあだ名つけられて、小さい頃は結構ショックだったんだぞ! 実はそれなりに傷つくんだからなっ!」

 俺たちがそう抗議すると、サヤは申し訳なさそうに顔を伏せて。

「あら、申し訳ございません。けどご存じですか? 噂によると、どんな強敵でもワンパンで倒してしまう最強のヒーローもハゲなのだとか。そう考えると、なんだか格好良いと思いません?」

 ハゲって言った! こいつ今、躊躇うことなくハゲって直球で言った! 顔伏せてるから分かりにくいけど、絶対笑ってるだろサヤ!

「カッコよくないわよ! 私が目指してる最強はそういうのじゃないの! もっとこう、クールでワイルドで、ちょっと危険な感じの、そう、そういうロマンなのっ!」

 そしてすみれのロマンは俺にも分からん。いつか理解できる日は来るだろうか。そうこうしていると、街の外からイズミとレッドがやってきた。

「‥‥‥思ったよりも楽しそうだね、3人とも。急いで駆けつける必要もなかったかな?」

 ちゃんと髪のある2人がちょっと羨ましい。

「おう! この通りピンピンしてるぜ。サヤだけまだ怪我が酷そうだけど、怪我が治ったら夜を待って抜け出すから‥‥‥」

「いや、別に危険を冒して抜け出す必要なんてないよ」

 苦笑しつつイズミは首を横に振って、奴隷商人を呼びつけて。

「ねえおっちゃん。ここにいる3人の奴隷、売って頂戴。はい、これお金ね」

「はいよ。毎度ありー」

 ‥‥‥え?

 カチャリ、と。俺たちに繋がれていた足枷は、拍子抜けするほどあっさりと外された。あれ、こんなあっさり? 普通さ、ここからドキドキハラハラの脱出劇とか、そういう展開になるんじゃないの? 俺がこっそり考えてた脱出プランとかどうなるの? ねえ?

「都市連合では、お金さえあれば大抵の問題が解決できる。みことだってそれが分かってたから大人しくしてたんじゃないの?」

「え、いやまあ、それは。あ、あはは‥‥‥」

 分かってなかった、と言える雰囲気でもなかったので、愛想笑いで誤魔化しておく。かくして俺たちの奴隷生活は、半日で終了した。

 

 

 

 

「ただいまー。久しぶりの我が家‥‥‥って言うほど久しぶりでもないか」

 拠点に戻ってきた俺たちは、ポート・ノースで製作した鉄板を収納容器にまとめる。ついそのまま持ってきちゃったけど、別に咎められなかったし、いいよね? こっちは刀も奪われてお金まで支払ってるんだから、鉄板くらいは譲ってくれてもいいだろう。俺たちが作業して作った鉄板だし。

「あら? 何かしらこれ‥‥‥ バラの香り?」

 さっそく刀を作り直そう、と思っていると、すみれが何かを見つけていた。ベッド脇に飾られた1輪の花。バラのようだけど、ちょっと変わった色をしている。バラといえば俺は赤色のイメージが強いんだけどな。

「綺麗な花でしょ。風魔の人が救援に来たついでに看病までしてくれてね。見舞いの品だってさ」

 イズミがそう説明してくれる。

「風魔!? なんで風魔が、私たちを助けるのよ‥‥‥?」

「なんでも何も、奴隷商と争ってたらそりゃ僕らの味方についてくれるんじゃないかな。敵の敵は味方ってことじゃない?」

 なんてことないように言ってくれるイズミだけど、すみれの表情は複雑だった。実は俺もだ。味方だと思ってた奴隷商に襲われ、敵だと思ってた風魔に助けられた。おまけに綺麗な花まで飾ってくれるなんて。

「ブルームーンって名前のバラさ。青みがかったすみれ色の花といい、この強い香りといい、なんだかすみれにピッタリの花じゃないか。うん、とてもよく似合ってる」

 イズミがわざとらしいくらいに「とてもよく似合う花だ」と誉めてくる。まあこんな綺麗な花を似合うと言ってくれるなら、決して悪い気はしないよな。最初は複雑な顔をしていたすみれも、だんだんと嬉しそうに表情を緩ませてくる。やっぱり女の子だなあ。

「そうだ! せっかくだしこの拠点の名前もこの花にあやかって、ブルームーンって名前にしないかい? すみれがこのチームの顔みたいなものだし、ピッタリなんじゃないかな!」

「そ、そうね‥‥‥! ちょっと恥ずかしいけど、そこまで言われちゃ仕方ないわねっ‥‥‥!」

「よしっ、これで賛成3人目!」

 イズミがガッツポーズしていた。よく分からないけど、どうしてもこの名前をつけたかったらしい。うん、全然いいんだけどね。すみれも嬉しそうだし。




 第47話、読んで頂きありがとうございます。最近新しいkenshi動画が増えて嬉しい反面、全部見てると時間がないのが辛いところですね。


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第48話 似た者同士

 サミダレって人と、私も話してみたいと思った。シンクン地方にあるミズノト村へと、足を進める。途中、反乱農民の一団を見かけた。無意識に手が腰に伸びる。

「‥‥‥あ」

 腰へと伸びた手が空を切り、今は丸腰だったことを思い出す。狐太刀は奴隷商に奪われて、新しい刀はみことが作ってくれている途中だ。他のみんなも、それぞれ拠点に残って作業中。見つからないように気をつけないと。木陰に隠れて反乱農民をやり過ごす。

「‥‥‥行ってくれたみたいね」

 無事にやり過ごせたことに安堵し、また歩みを進める。刀がないと、どうにも落ち着かない。‥‥‥そう感じるようになったのは、いつからだろう。少なくともリバース鉱山を出たばかりの頃は、武器なんてなくても不安なんかなかった。地図を広げながら、まだ行ったことのない場所、見たことのない景色に思いを馳せていたっけ。剣術を覚えて、私は強くなれたのか。それとも、弱くなったのか。

「何を怯えているのよ。私らしくないわね」

 気持ちを切り替えて、前に進む。新しい刀の完成を待たずに出発したのは、まあ、礼儀みたいなものだ。丸腰で訪ねることで、とりあえず敵対する気はないと態度で示そうと思った。思ったんだけど。

「想像以上に心細いわね、丸腰って。以前はそもそも武器なんて持ってなかったっていうのに、いつの間にこんなになっちゃったのかしら」

 ため息をひとつ。やっぱり、弱くなったのかもしれない。やがてミズノト村が見えてくる。門番が話しかけてきた。

「よお。客なんて珍しいな。歓迎したいとこだが、生憎大したものなんて置いてないぜ、この村にはよ」

「別にいいわよ、歓迎なんて。それより、サミダレさんって人に会いたいの。助けてもらった礼を言いたくてね」

「助けた? サミダレさんが、お前を?」

 怪訝そうに眉を顰める門番。

「ええ。正確には私じゃなくて、私の仲間を、だけどね」

「ふーん。‥‥‥まあいいか、丸腰みたいだし、武術家って感じにも見えないしな。サミダレさんに会いたきゃ好きにしな。そこの階段登った先の建物だ」

「うん、そうする。ありがとね」

 礼を言って別れる。歓迎はされてないにしても、そこまで警戒もされてない、といったところかな。案内された建物に向かう途中で以前にストーンキャンプで働かされていた奴隷を何人か見かけた。やっぱり、ストーンキャンプを襲ったのは風魔? もしそうだとしたら。‥‥‥そうだとしたら、私はどうしたいのだろう。仇討ちにかける熱量とかそういうのが、この数日でだいぶ失われていた。もちろんストーンキャンプの店員さんには良くしてもらったし、彼が死んでしまったのは今でも悔しい。けどだからと言って、疑わしいやつを片っ端から斬ろう、なんて気はなくなっていた。‥‥‥今は、とりあえずサミダレさんと話がしたい。全てはそれからだ。

 

 

 

「よく来てくれたね。すみれさん」

 サミダレさんは、突然の来訪にもかかわらず友好的な笑顔で私をテーブルに案内してくれた。

「貴女と、少し話がしたくなってね。‥‥‥助けに来てくれたんでしょう。ありがとう」

「どういたしまして。ところで君は、紅茶は飲むかい?」

 言いながら、サミダレさんが飲み物を用意してくれる。

「紅茶? 飲んだことないわ」

「おや、そうだったか。なら1度飲んでみるといい」

 目の前に置かれたティーカップを覗き込む。落ち着く香りだった。‥‥‥ところで、この浮いてるレモンはどうすればいいのだろう。とりあえず齧りついてみる。

「〜〜〜!!」

 めっちゃ酸っぱかった。涙が出そう。対面でサミダレさんが笑いを堪えていた。

「ふっ‥‥‥いや失敬、最初に説明するべきだったね。レモンは捨ててもらって構わない‥‥くくっ」

「‥‥‥先に言ってよね」

 気を取り直して。こくりと紅茶を口に含む。鼻から抜けるような紅茶の香りが心地いい。

「‥‥‥外で、ストーンキャンプの元奴隷を見かけたわ。ストーンキャンプを襲ったのは貴女なの?」

「いいや、違うよ。と言えば信じてもらえるのかな?」

 こくりと紅茶をもう1口。ちょっと前までの私なら信じなかっただろう。けど今は。

「そうね。信じてみるわ」

「へえ、意外だな。すみれさんは、言葉よりも剣で人を見るタイプだと思ったんだが」

 ‥‥‥そう、だろうか。自分ではよく分からないけど。

「どうして、そう思ったの?」

「私もそうだったからさ。すみれさんは、昔の私と少しだけ似ている。あの頃の私は、刀1つで生きてきた。刀1つあれば、なんだってできると思っていたのさ」

「今は違うの?」

「ああ、もちろんだ」

 即答だった。剣を合わせなくても気配で分かる。サミダレさんは、強い。きっと私よりもずっと。そんな彼女であっても、力不足を感じているというのか。

「だからこそこうして城を持ち、兵も集めた。けれど何故かな。ふとした瞬間に、刀1つで生きてたあの頃に戻りたいって、そう思うこともある」

「‥‥‥何よ、それ。刀1つじゃダメなんじゃないの?」

 ついさっき、自分でそう言ったじゃないの。

「ああ、まったくだ。ままならないものだね」

 くすくすと愉快そうに笑うサミダレさんを見て思う。ひょっとしてサミダレさんも、私が今日刀を持たずに出歩いて感じたような不安を、感じていたりするのだろうか。

「ねえ、サミダレさん。貴女は城を持って、兵を集めることで、強くなれた? それとも、弱くなったかしら?」

 直球で聞いてみる。どうしても聞いておきたかった。きっとその答えは、私にも当てはまることだから。

「‥‥‥ふふっ。やっぱり君は私と似ているよ。すみれさん」

 明言を避けて苦笑するサミダレさん。その表情は、少しだけ寂しそうに見えた。

 こくりと紅茶をもう1口。ちょっと冷めちゃったかな。

「私からも1つ質問していいかな、すみれさん。君は何のために刀を握るんだい?」

 サミダレさんが聞いてくる。そんなの決まっている。

「強くなるために」

「ぷっ、えらく単純だね」

 笑われた。そんなに可笑しいだろうか。

「い、いいじゃないの単純で。その方が分かりやすいわ」

 複雑すぎると理解できないし。

「悪いなんて言ってないさ。‥‥‥確かにそれくらい単純な方が、迷わなくて良いのかもしれないね」

 と、その時。建物の外から、ドタドタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「姉貴ーっ! サミダレの姉貴、畑の収穫終わりやしたっ!」

 やってきたそいつは、元気よくそう報告するのだけど、あれ。こいつ、どっかで見覚えがあるような‥‥‥

「ん? ああーっ! すみれの姉貴じゃねえっすか! ご無沙汰してやす! え、どうしてここに!?」

「なんだ、お前たち。知り合いだったのか?」

 不思議そうに首を傾げるサミダレさんに、そいつが答える。

「はい! 以前飢えて倒れそうだった時に、すみれの姉貴とその彼氏にお恵みを頂いたんで!」

 ああ。思い出した。デートの邪魔してきた野盗のリーダーだ。盗賊からは足を洗ったのか。

「ほう? 彼氏がいるのか、すみれさん」

 そしてグイッと身を乗り出すようにして興味を示すサミダレさん。え、そこに食いつくのか。

「なあなあ、どんな男なんだいすみれさん。君が惚れるような男だ、さぞいい男なんだろう?」

「え、ええっ!? そ、そんなことは無いような、あるような‥‥‥やっぱり無いような」

「あーもう! 隠さなくても良いじゃないか。この村じゃコイバナなんて全く聞かないから、たまにはそういう話もしたいんだよ」

「いやまあ隠すわけじゃ無いけど。ってかサミダレさん急にキャラ変わりすぎじゃない?」

 

 

 その後。30過ぎても恋人がいないお姉さんにアレコレたっぷり聞かれて、ブルームーンの拠点に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。

 皆にすっごく心配された。




 第48話、読んでいただきありがとうございます。最初はまた今年もバレンタインに因んだ恋物語を書こうと思っていたのですが上手く書けず没にしております。没話の名残が最後の方でちょこっとだけ垣間見えるのはご愛嬌。


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第49話 告白

「よし、新しい刀の完成だ。待たせたなすみれ」

 俺がそう言うと、待ってましたとばかりにすみれが飛んできて刀を手に取る。まあ性能としては前に使ってたものと同じなんだけど、ちょっとだけ変わったところもある。銘だ。実はレッドから簡単な平仮名を教えてもらって、刀に俺の銘を入れてみた。

「うわあ、ヘッタな字だね。もうちょっと上手に書けなかったのかい?」

 横から覗き込んできたイズミが遠慮なく酷評してくる。

「う、うるさいな。覚えたばかりなんだから仕方ないだろ!? 金属の刀身に文字を刻むの、メチャクチャ難しいんだぞ!」

「そうでもないけど?」

 そう言ってイズミが手の平サイズの鉄板に『イズミ』と彫ったネームプレートを見せてくる。文字を教えてもらう際に、面白がってイズミが彫ったものだ。いや、確かに上手だけど! 『イズミ』と『みこと』じゃ難易度が全然違うだろ! 『み』とかもう無理だろ! 誰だよこんな複雑な文字考えたの!

「だからカタカナにしておけって言ったのに」

「いや、なんかそれは負けた気がするから嫌だ」

 そんな風に俺がイズミと言い争っている間、すみれは新しい狐太刀をじっと見つめて。

「‥‥‥ねえみこと。もしかして私の刀が盗品だって言い掛かり付けられたの、気にしてた?」

「ん、まーな。あの時すみれ、随分と悔しそうな顔してたし。それに元々、いつか銘は入れようと思ってたんだ。練習するなら早いうちがいいだろ。あと、実はもう1本刀を作っててな。大太刀って言うんだけど」

 そう言って新しく作った大太刀をすみれに見せる。レッドの大鎌に匹敵するほどのリーチと引き換えに、防御を捨てた作りの巨大な刀だ。正直、すみれの長所である防御を捨てるのはどうかとも思ったものの、普段は今まで通り狐太刀を使い、この前の襲撃のような場合のみ大太刀で切り込む、などと使い分ければ戦略の幅が広がりそうだと思ったのだ。幅さえ広がれば、あとはイズミあたりがその中から最適な戦略を考えてくれるはず。

「うわ、重そう‥‥‥私に振れるかしら?」

「まあレッドもなんだかんだデカい大鎌使いこなしてるし、いけるんじゃないか? 使いにくけりゃ売ってお金にしてもいいし、試してみるだけならタダだろ?」

「まあ、それもそうね」

 頷いてすみれは手にした大太刀をカバンにしまおうとするのだが‥‥‥ここで問題が発生した。

「ねえ、みこと。これ‥‥‥カバンに入らないわ。大きすぎて」

「‥‥‥入らないな、うん」

「ダメじゃない」

 ‥‥‥まさかこんな罠があったとは。大きなカバンに買い換えようか。いや、でも大きなカバンを担いだまま戦うのってすごく戦い辛そうだよな。戦力アップのための新しい刀なのに、そのせいで戦い辛くなってたら本末転倒だ。うーん、どうしよ。俺たちが悩んでいると、意外な人物が声を上げた。

「あ、あのっ! その大きな刀ですけど、私がお持ちしましょうか!?」

 サヤだ。ちなみにポート・ノースから出てきた際に、俺たちと一緒に髪を直してもらっている。もうハゲてない。黒髪のショートボブで、着ている服も熟練等級。どうみても奴隷には見えないし、俺たち自身もサヤの奴隷設定を忘れつつある。

「私は戦いになってもどうせ役に立てませんし、だったらせめて荷物持ちくらいはさせて欲しいな、なんて」

「それはもちろん構わないけど、いいの? 危険な遺跡とかにも行くことになると思うけど」

 すみれが念を押して聞いている。確かに普段のスキマー狩りとかで大太刀を持ち出すことなんてないだろう。それが必要になるのは大人数との戦闘が予想される場合だ。敵が大人数ということは、たとえ荷物持ちであっても必然的に戦闘には巻き込まれるわけで。ただでさえ戦闘経験がないのにそんな大きなカバンを抱えていては一方的にボコられるだけだろう。

「はい、もちろん。安全な場所で1人で留守番ってちょっと退屈だと思ってましたし。せっかく檻の外に出られたんですから、もう少し広い世界を知ってみたいなーなんて。最近はそんな風に思えるようになってきたんです。そう思えるようになったのは、すみれさん達のおかげなんですよ。だから、これくらいの恩返しはさせて下さい」

 恩返しも何も、鉄を掘るための労働力として雇っただけなんだから気にしなくてもいいのに。特別感謝されるようなことをした覚えはないのだけど。でもまあ、せっかくだしその好意には甘えておこう。

「よし、ならこれからは、荷物持ちはサヤにお願いするか。で、次の目標はどうする?」

 これまでは、奴隷商の仇打ちを目標に据えて、そのための訓練を行なってきた。けど、今となっては少々事情が変わってきている。

「そうね‥‥‥とりあえず、仇打ちは今はいいかしらね。まずはイズミがやりたがってる、えーっと、水耕栽培ってのに必要な研究資料を探しましょうか」

 すみれがそう言うと、サヤが少々驚いた顔で言った。

「おや、意外ですね。すみれさんならきっと、『風魔の拠点にカチコミじゃー』とか言うと思ってたのですが」

「‥‥‥あんたは私をどういう目で見てるのよ。それに、風魔は仇じゃないわよ。サミダレさんがはっきり否定してたし」

「え。そりゃあ聞かれて素直に『私がやりました』なんて答えるわけないと思いますが。それで納得したんですか、すみれさん?」

「納得したわよ。文句でもあるっての?」

 ‥‥‥どうもこの2人、ウマが合わないみたいなんだよなあ。年齢の近い女の子同士なんだから、できれば仲良くして欲しいところなんだけど。そんな事を考えていると、不意にサヤの口から衝撃発言が飛び出した。

「文句というか、ええっと‥‥‥。うん。今ならもう言っちゃっても良いかも知れませんね。実は私、ストーンキャンプが誰に襲われたのか、全部見てるんですよ。あの場所で何が起こって、彼らが誰に殺されたのか、全部知ってます」

「「「えっ!?」」」

 俺とすみれとレッドが驚きの声をあげる。イズミだけは「まあ、そんな気はしてた」と頷いていた。

「な、なんで今まで黙ってたのよ。前に聞いた時は知らないって‥‥‥というか誰なの、ストーンキャンプを襲った犯人は!?」

 矢継ぎ早に質問するすみれ。

「そうですね。順番に答えていきますと、なんとなく黙ってたほうがいいような気がしてたんです。でも今のすみれさんの様子を見ると、今なら事実を話しても受け止められるんじゃないかと思いまして。そして最後にストーンキャンプを襲った犯人ですが‥‥‥もうこの世にはいません」

 そして、サヤは語ってくれた。あの日ストーンキャンプで起きた事を。キャラバンと砂忍者のいざこざから始まり、ちょっとした手違いから奴隷商が巻き込まれて大乱闘に発展して、そして誰もいなくなった。なんというか‥‥‥誰を恨めばいいのか分からないような話だった。仇打ちに熱くなってた頃にこんな話をされても、きっとどこに怒りをぶつければいいのか分からず困惑するだけだったかもしれない。今なら頭も冷えて、冷静に聞くことができたけど。

「‥‥‥と、こんなところです。今まで黙っていたこと、本当に申し訳ありません」

 最後にそう言って話を締めくくるサヤ。

「‥‥‥まあ、いいわよ。そういう理由だったら。私たちの気持ちを優先してくれたって事でしょ。ありがと」

 すみれがそう答えると、またしてもサヤは意外そうに。

「おや、驚きました。すみれさん、ちゃんとお礼なんて言えたのですね」

「だからあんたは私をどういう目で見てるのよ!?」

 大声でサヤを怒鳴りつけるすみれ。‥‥‥やっぱりこの2人、相性悪いよなあ。

「ま、まあそういう事なら、今後は研究資料がありそうな遺跡を探して、水耕栽培を目指すって事でいいか」

 取りなすように2人の間に割って入る俺。といっても研究資料がありそうな遺跡なんてどこにあるのやら。手がかりがほとんど無いんだよなあ。

「手がかりになりそうなのは、前に遺跡探索で見つけた地図に載ってるこの『ナルコの誘惑』だけね。ホーリーネイションの軍事基地らしいけど‥‥‥」

 地図を広げながらすみれがそう言う。ホーリーネイションの軍事基地。まともにぶつかり合えば苦戦は必至だろう。‥‥‥あれ、でもちょっと待てよ。俺たち、リバース鉱山から逃れてきたわけだけど、あそこも実質ホーリーネイションの軍事基地みたいなものだよな? つまり、まともにぶつかりさえしなければやりようはあるって事で‥‥‥ひょっとして、あの時の方法がそのまま使えたりするんじゃないだろうか。

「なあ、すみれ。その『ナルコの誘惑』について、今ちょっと思いついたことがあるんだが」

「あら奇遇ね。私もちょうど『ナルコの誘惑』について考えてたのよ。上手くいけば、きっと」

「ああ、上手くいけば、ここは」

「私たち「俺たち2人で探索できそうだな」よね!」

 

「「「え?」」」

 

 イズミ、レッド、サヤの3人が「何またアホなこと言ってんだこいつら」みたいな顔で声をハモらせた。随分失礼だな君たち。




 第49話、読んで頂きありがとうございます。長らくお待たせしました。最初は単に労働力として雇ったつもりの仲間が、気がつくといつの間にかかけがえの無い仲間の1人となっている。kenshiプレイヤーなら心当たりがあるかと思います。次回はもう少し早く投稿できると思いますので、引き続き応援よろしくお願いします。


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第50話 遠征

「それじゃ、今回の予定ルートをおさらいをしよう」

 テーブルに地図を広げて、予定ルートを指でなぞる。

「まずドリンに寄ってラム酒を仕入れて、ワールドエンドで売る。ここまでは以前の遺跡探索と同じだな。で、このワールドエンドで傭兵を雇う。雇用代金はラム酒の売却益で十分足りるはず」

「ブルームーンの防衛戦力としての傭兵だね。何事もなければそれでいいし、何かがあってからじゃ遅すぎる。用心に越したことはないからね」

 イズミが俺の言葉を補足するように説明を足してくれる。今回、チームを2つに分けて行動することにした。『ナルコの誘惑』に向けて出発する俺・すみれ・サヤの3人と、ブルームーンに残るイズミ・レッドの2人。今回雇う傭兵には、ブルームーンを守ってもらうことにする。

「ああ。そしてワールドエンドからモールさんの避難小屋へ行き、そこでホーリーネイションの歩哨の鎧を回収する。リバース脱出の際に使った鎧がまだ残ってるはずだ。この小屋にはベッドもあるし、泊まって行ってもいいな。そこからウェンドの川沿いを南下した先が目的の『ナルコの誘惑』だ。以前探索した遺跡の、もっと南側だな」

 ちなみに今回は川を泳ぐのではなく、陸路で歩いて行く予定だ。

「歩哨の鎧で変装して侵入する、ねえ。本当にそんなに上手くいくのか?」

「大丈夫よ、リバースでは上手くいったもの」

 不安そうに尋ねるレッドに、自信満々に答えるすみれ。

「あ、あのー。その鎧って2つしか無いんですよね? 私の分は? 私、基地に近づいたら襲われたりしません?」

 戸惑った様子で聞いてくるのはサヤ。

「大丈夫。サヤの役割は荷物持ちと、もし想定外の事態になった時の救助要因だからさ。サヤには離れた場所でバックアップに控えていてもらうから、安心してくれていい」

「あ、それなら安心ですねっ」

 ホッとした様子で笑みを浮かべるサヤ。

「しっかし、ホーリーネイションの軍事基地なんかに、本当に研究資料があったりするのか? ホーリーネイションの教義だと、科学技術は忌むべき悪魔の技術ってことになってるはずだが」

 レッドが首を捻って疑問を投げかけると、イズミがそれに答える。

「断言はできないけど、高確率であると思うよ。ナルコの誘惑‥‥‥ナルコってのは忌むべき悪魔の名前さ。わざわざ基地にそんな名前をつけるんだ。教義に反したものがそこにあったって不思議じゃない」

 イズミの言葉に俺も頷く。

「ところで、イズミは本当に留守番でよかったのか? 研究資料を1番楽しみにしてたのはイズミだろ?」

「ああ、いいんだ。ボクは他にやっておきたいこともあるし、気長にここで待たせてもらうことにするよ」

 ちなみにイズミのやっておきたいことというのは、この拠点の拡張らしい。水耕栽培用に新しく建物を建てて、そのついでに拠点を囲む壁も改築するのだと話していた。

「資料が届いた後は研究にかかりっきりになるだろうからね。先にできることはやっておきたいのさ」

「とかなんとか言いつつ、オレと2人きりになりたいだけだったりしてー」

 からかうようにレッドが言うと、イズミが真っ赤になって慌てていた。

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 困惑する俺、すみれ、サヤ。レッドとイズミが最近仲がいいのはなんとなく気づいてはいた。友達以上恋人未満のような、そんな雰囲気を時々感じるんだけど、実際のところどうなのだろう。今朝もレッドの髪をイズミが整えてたし。

「べっ、べべべべ別にそんな事、そんな事っ!」

 そんな事、超ありますと言ってるようにしか見えない。イズミがパニクってるのって相当レアだな。自分が死にかけてる時でもここまでパニックにはなってなかったと思うけど。レッドがなんだか申し訳なさそうな顔で「すまん、イズミならもうちょっと上手に誤魔化すと思ってた」なんて言いながら頭を掻いていた。思いつきで人を窮地に追い込むの、やめてあげて?

「‥‥‥ふむ」

 そんなイズミの様子をまじまじと見つめて、サヤが呟く。

「‥‥‥まあ私は恋愛の経験などありませんし、そんな私からのアドバイスなどありがた迷惑かも知れませんが。けれど1つだけ。もしお二人が世間体とか一般論とか、そのようなものを気にされてるのでしたら、それは全くナンセンスだと断言致します」

 いつになく真剣な表情で、そう言葉を紡ぐサヤ。

「元奴隷の私だからこそ、そう思います。世間体という鎖は、奴隷の足枷よりも重いものでしょうか。私はそうは思いません。ありもしない鎖に縛られた気になって、自分の人生を棒に振る‥‥‥そんなの、すごく勿体無いですよ。あなたたちには、せっかく自由がありますのに」

 そこまで言ってから、ふにゃっと表情を緩める。いつもの、ふざけ半分の笑顔で。

「なーんて、偉そうなこと言っちゃいましたね、私。ありもしない鎖に縛られていたのは私も同じですのに。‥‥‥あのオリから担ぎ出してくれたこと、これでも感謝してるんですよ、イズミさん。だから今度は私が、イズミさんを縛る鎖を断ち切りたいなーなんて。そんな事を考えちゃったりしたわけです」

 あははー、と笑ってカバンを担ぐサヤ。

「さあ。そろそろ出発しましょう! まずはドリンですねっ!」

「あ、ああそうだな。そろそろ行こうか」

 ‥‥‥サヤ、もしかして照れてるのか? いつも掴みどころがなくて何を考えてるのか分かりづらいところのあるサヤだけど、今の言葉はきっと本心なのだろう。

「サヤ」

 出発の準備を済ませて出かけようとする背中に、イズミが声をかける。

「ありがとう」

 短いながらも、誠意のこもった声だった。サヤはニコッと笑顔を返して。

「何をおっしゃいますやら。それは私のセリフですよ」

 

 

 

 そして、俺たち3人は冒険に出かける。ホーリーネイションの軍事基地『ナルコの誘惑』を目指して。

 同じ頃、デッドランドでは。1人の冒険家と1体のアンドロイドが旅を続けていた。

 

 

 

「これで、トドメッ!」

 2Bの振る刀で両断される警備スパイダー。今のが最後の1体だ。

「どう、リドリィ。私1人で全部倒したよ」

「ああ、うん。すごいね2B。何週間もかかったけど、嘘は言ってないよね」

 疲れた顔で答えるリドリィ。

「たったの数週間。一千年以上の寿命を持つ私たちにとっては、大した時間じゃない」

「そーですか」

 やはり疲れた声のリドリィ。

「‥‥‥なぜ戦ってないリドリィが、私よりも疲れているの?」

「‥‥‥さあ。人間だから、じゃないですかねえ」

「? 分からない。やはり人間を理解するのは難しい」

 アンドロイドに疲労の概念を伝えることの難しさに、リドリィは頭を抱える。

「それはそうと、次はどこに向かうか決めてあるのかい、2B? あたしはいい加減、この酸性雨から出たいんだけどさ」

「‥‥‥だったら、北の方に行くのはどう? 大陸の北には漁師の街があるって聞いた。私もそこで漁をしてみたい」

 

 

地図

【挿絵表示】

 




 第50話、読んでいただきありがとうございます。地図情報を文字で伝えるのって本当に難しいですね。結局また挿絵に頼ることになりました。なんだかんだでとうとうこの物語も50話です。ここまで続いているのは応援してくださっている読者のお陰に他なりません。いつもありがとうございます。


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第51話 ナルコの誘惑 侵入編

 ブルームーンを出発した翌日の夜。俺たちは『ナルコの誘惑』直前にたどり着いていた。

「お疲れ様、サヤ。鎧重かっただろ?」

 後ろからついてきているサヤにそう声をかける。

「い、いえいえこれしきのこと」

 とサヤは強がってるが、その膝がガクガクしているのでやっぱりキツかったらしい。2人分の鎧を1人で運んでくれたもんなあ。

「それじゃ、サヤはしばらく休憩しててくれ。俺とすみれで忍び込んでみるよ」

「はいー、どうぞお気をつけて」

 そう言ってサヤはカバンを置くと、焚き火を起こしてテントを設営し始めた。俺とすみれはカバンから鎧を取り出して着替えるのだが。

「‥‥‥あれ。この鎧って、こんなに軽かったっけ。なんか、記憶にあるより重くないような」

「そうね。重いことは重いんだけど、この程度だったかしら‥‥‥?」

「いやいやメチャクチャ重いですって! 歩くだけで精一杯ですってば!」

 サヤがツッコミを入れてくる。うん、以前に着た時は俺たちも歩くだけで精一杯だったはずなんだけど、今なら別に走れるし、なんならこれを着たまま戦っても平気な気がする。いつの間にか、体力ついたなあ。

「まあいいか。それじゃまず俺から行くか」

 背筋を伸ばし、基地に入る。基地は通路を挟んで左右に分かれており、向かって右側に兵士達が休むための宿舎がある。そして左側にあるのが‥‥‥えっと。なんだろうあの建物。何に使ってる建物なのかは分からないが、とにかく大きな建物が1軒だけある。そして建築様式が現代の物じゃない。建物の周りは城壁で囲われており、その門はしっかり施錠されてる。‥‥‥なるほど。怪しいのはこっちだな。まずは閉じた門を開けるため、ピッキングに挑戦する。と、すぐに周囲の兵士から注目された。うーん。いくら変装してるとはいえ、やっぱ怪しまれるよなあ。堂々としてれば案外大丈夫かもしれないと思ったが、甘かったか。

「おい、何してるんだお前?」

「ああ、実はセタ様からの密命でね。『任務の内容はたとえ仲間であっても口外するな』って命じられてるんだ。だから悪いんだけど、そういった質問は直接セタ様から聞いてくれない?」

 事前に打ち合せておいた通りの言い訳を並べる俺。何か聞かれたらこう答えておけ、とレッドから教えてもらった言い訳だ。ちなみにセタが住んでいるスタックの町まで、片道で半日はかかる。

「密命? そ、そうか。密命なら仕方ないな‥‥‥」

 あ、納得してくれた。ちょっとチョロすぎるんじゃないかな。それだけセタの名前の影響力が大きいって事だろうか。そうこうしているうちに解錠に成功する。手招きですみれを呼んで、2人で中へ。

「ずいぶんとあっさり侵入できるのね。ちょっと拍子抜けしちゃったかも」

「そうだな」

 門から少し歩いて建物内部へ。と、何かが動く物音がした。こっちにも兵士がいたのだろうか。

「あ、お疲れさん。実はセタ様の密命で‥‥‥」

「みこと危ないっ!」

 すみれに突き飛ばされるようにして、床を転がる。直後。

 

 ドガシャァァン!!

 

 強烈な破砕音が、ついさっきまで俺が立っていた場所から響いた。兵士ではない。ロボットだ。蜘蛛のような姿をした、警備スパイダー。後に知ることになるのだが、2Bがずっと戦っていたものと同じロボットだ。

「って、なんだよこれは! なんでホーリーネイションの軍事基地にロボットがいるんだ。教義的に、ロボットはタブーのはずだろっ!」

 言いながらも、なんとか起きあがろうと‥‥‥いや間に合わない! 起きるのは後だ、まず避けないと! ごろごろと床を転がるようにして警備スパイダーの追撃を回避。鋼鉄でできた蜘蛛の脚が、それまで俺がいた床を深々と抉り取る。なんつー馬鹿力だよ。こんなのとまともにやり合えるやつなんて、同じロボットぐらいなんじゃないのか?

「すみれ、まずいぞこれは! 一旦退くか!?」

「嫌よ!」

 あれ、即答で否定されたぞ? 見るとすみれは既に刀を抜き、警備スパイダーに正面から切り掛かっていた。

「ふふっ、久々の強敵じゃない。最近は反乱農民とか奴隷商とか、数ばかり多い雑魚の相手ばかりで飽きてたのよね。いい修行になりそうじゃない」

 ‥‥‥いやあの、すみれさん? 俺たちその数ばかり多い雑魚に、1度負けてるんですが。警備スパイダーは目標をすみれに切り替え、鋼鉄でできた脚を振り上げる。

「見切った!」

 その巨大な脚が振り下ろされる直前に、すみれは1歩分だけ右側へサイドステップ。ギリギリで避けてみせる。

「どんなに強烈な攻撃でも、当たらなきゃどうってことないわね!」

 袈裟斬り。右に寄せた重心を戻しつつの、右上から斜めに斬り下ろすような1撃。見事にカウンターが決まる。が、効いてるのかこれは。警備スパイダーは血も出ないし痛がるそぶりさえ見せないので、どれだけ効いてるのかよく分からない。少なくともカウンターの1撃で倒せるほど弱くはないってことは分かった。ええい、こうなったら俺もやるしかないか! すみれが時間を稼いでいる間に重くて動きにくい鎧を脱ぎ捨て、いつもの装備に着替えた俺は、一気に駆け寄って間合いを詰める。警備スパイダーが再びこちらに向き直り、脚を振り上げるが。

「勝負の最中によそ見だなんて、ナメたマネしてくれるじゃない?」

 すみれの中段突き。背後から機体の中心部を貫くような一撃に、流石の警備スパイダーも一瞬、動きが鈍る。脚を振り上げた体勢のまま、ガクっと崩れるように重心を落とした。

「ナイスフォロー、すみれ!」

 俺は速度を落とすことなく駆け寄り、警備スパイダーの腹から突き出るように伸びたすみれの狐太刀に左足を乗せ。そのまま階段をかけ登るような動作で、警備スパイダーの頭部に右の膝蹴りを叩き込む! そう、この技は!

「シャイニング・ウィザードォォ!」

 警備スパイダーの首がおかしな方向に曲がり、隙間から電子部品の基盤を覗かせた。

「や、やったか!?」

 その電子部品を強引に引きちぎることで、その警備スパイダーは完全に沈黙した。‥‥‥だが。

「いいえ、まだよ」

 油断なく刀を握るすみれ。彼女の視線は、既に沈黙した警備スパイダーなど見てはいなかった。彼女の視線の先にあったのは。

「2体目、だと‥‥‥」

 たった今倒したのと同じタイプの警備スパイダーがもう1体、襲いかかってきた。




 第51話、読んで頂きありがとうございます。次回『ナルコの誘惑 発覚編』(仮題)お楽しみに。


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第52話 ナルコの誘惑 再会編

「日が落ちてきたね、2B。デッドランドってのは日中でも薄暗いってのに、夜になったらほんと真っ暗になるから困るよ」

「そうだね。そろそろ野営の準備でもして‥‥‥ん?」

 あたしの言葉に頷いた2Bが、何かを見つけたように顔を上げる。釣られてそちらを見ると、焚き火の灯りが見えた。テントを設営して、焚き火のそばに腰を下ろしている女性が1人。黒髪のショートボブで、かなり上質な防具を身に纏っている。熟練の冒険者だろうか。

「おや珍しいね。こんなところで焚き火だなんて。旅人さんかな。丁度いい、ご一緒させてもらおうよ」

「賛成。たった1人で旅をしている者なら、きっと腕利き。頼りになるはず」

 2Bもそう言ってくれたので、その女性に近づいて声をかけてみる。

「すいませーん。私たちも旅の途中なんだけど、夜が明けるまでご一緒させてもらえませんか?」

「えっ‥‥‥ええまあ、私は別に構わないんですけど、その‥‥‥」

 その女性は何か言葉を探すようにしながらチラチラと2Bを見ながら‥‥‥いや違うな。正確には2Bのパンツを見ながら。

「変態さんですか?」

 ‥‥‥うん。気持ちは分かるよ。スカート履いてないもんね。けど、もうちょっと言葉探そうよ。途中まで頑張って言葉探してたじゃん。なんですぐ諦めちゃうの。もうちょっと頑張ろうよ。

「あーいや、2Bのコレは別に趣味って訳じゃなくて‥‥‥気にしないでっていうのも難しいとは思うんだけどさ。変態じゃないからそんなドン引きしないでくれない?」

「なるほど。では気にしないことにしますね。どうぞこちらへ」

 あっさり納得して焚き火の側へと手招きしてくれる女性。素直っていうか、物分かりがいいっていうか。きっと1人より3人でいる方が安全、という打算が働いたのかもしれない。実際冒険していると、そういう打算は結構あるものだ。1番大事なのは協力できるかどうか。それが最優先で、相手がどんな格好してるかとかは割と些細なことだったりする。‥‥‥まあそれにしたって、2Bのこの格好を些細なこととして片付けるのはどうかとは思うけどさ。

「ありがと。あたしリドリィっていうの。よろしく。んでこっちはアンドロイドの2B。スケルトンって呼ぶと機嫌悪くなるから注意してあげて」

「あら、わざわざご丁寧に。私はサヤと申します。よろしくお願いしますね」

 お互いに挨拶を済ませたところで、お腹も空いてきたし肉でも焼こうか、とカバンの中を漁ってみるのだが。あれ、生肉がない。食料は多めに用意してるはずなんだけど‥‥‥と、そこまで考えて、気づく。ここ数週間、ずっと2Bに付き合ってたから食料の補充ができてない。普段なら絶対に食料が尽きないように準備しているのだが、まさかこんな強引な戦いをするなんて思ってなかったからなあ。

「あー、えーっと、サヤさん? 初対面でこんな事頼むのも悪いんだけど、その‥‥‥」

「あら、もしかして食料が尽きちゃったんですか? しょうがないですねー。はい、どうぞ」

 にこりと笑ってサヤが差し出してくれたのは、ブロック型栄養食。通称カロリーメイトだ。

「ありがとうっ、ほんと助かるよ。あ、お金は‥‥‥」

「ふふっ、別にいいですよお金なんて。私も1人で食べるより、2人で食べた方が美味しいなって思ってましたから」

 そう言ってサヤも自分の分のカロリーメイトを取り出す。余裕のある言動は、やはり腕利きの冒険者を思わせる。

「カロリーメイトは、メイプル味が1番好きですね、私は。温もりがあるっていうか、ホッとする味というか。牛乳とすごくよく合うんですよね」

 そんな事を言いながら牛乳パックを開けるサヤ。メイプル味が好きとか変わってるなあ。ちなみにあたしはフルーツ味派だ。

「ところでさ。サヤはどうしてこんな所で野営してるの? 少し歩けば、向こうに街も見えるのにさ」

「街? ああいえ、あれは街ではなく軍事基地のようで。‥‥‥あ」

 顔を上げたサヤに釣られてそちらをみると、板金鎧を着た兵士がこちらにやってきていた。あの鎧、確かホーリーネイションの‥‥‥?

「おい。あんたら人ん家の庭先で何してんだ? 悪いが不審な者は近づかせるなと‥‥‥あん?」

 兵士の視線が2Bを見つめる。あ、マズいかも。

「貴様! スケルトンだな! 痴女の格好したスケルトンとはいい度胸だ。我々の教義への宣戦布告と受け取るぞ!」

「お、おい待て! 私はスケルトンではないし断じて痴女でもない! ただスカートを履いてないだけだ!」

「それが痴女でなくて何なのだ!」

 聞く耳も持たず武器を取り攻撃してくる兵士。‥‥‥うん、ごめん2B。あたしもちょっとフォローできない。

「わわっ、私は無関係ですっ! この変態さんとはさっき会ったばかりの通りすがりで‥‥‥!」

 サヤさん見捨てないでっ! 他人のふりしないでっ!!

「黙れ! そんな言い訳が通用するか! 侵入者だ! 皆の者、侵入者を捕らえよ!」

 兵士が叫ぶ。宿舎から次々と兵士が飛び出してきた。‥‥これは、マズいかもしれない。兵士が大きな剣を振り上げ、サヤめがけてその剣を振り下ろす。

 

 ガキィン!

 

 大きな金属音が響き、兵士の剣が止まる。剣を受け止めて見せたのは、突如サヤの前に躍り出た黒髪の剣士。長い髪をなびかせた、女剣士だ。私はその剣士の背中に見覚えがあった。見覚えがある、はずだ。けれど以前見た時とは違う。あの時とは比較にならない程の、肌をひりつかせるほどの闘気。まるで別人のような、それ。

「すみれさん!! 助けに来てくれたんですね!」

 サヤの声を聞いて、ようやくそれが本当にすみれなのだと確信できた。私と別れた後、一体何があったのか。この短期間で、何が彼女をそこまで成長させたのか。

「当然でしょ。荷物持ちに倒れられたら、せっかくの戦利品を持ち帰れないじゃない」

 憎まれ口を叩きながら、何倍もの人数の正規兵相手に1歩も引かず、刀を構えるすみれ。その頼もしい姿に、あたしは状況も忘れてしばらく見とれていた。




 第52話、読んで頂きありがとうございます。GWということで思ったよりも筆が進みました。次回『ナルコの誘惑 激闘編』(仮題)お楽しみに。


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第53話 ナルコの誘惑 激闘編

「2体目、だと‥‥‥」

 みことが見つめる視線の先には、新たに現れた警備スパイダー。そいつは真っ直ぐ私に向かってせまってきていた。1歩ずつ距離を詰めてくるその姿を見ながら、私は過去を思い返す。最初に頭をよぎったのは、初めて反乱農民の賞金首を倒した時のこと。まだ大して強くもなかった私たちは、4人で協力して、ギリギリの真剣勝負の末に勝利を手にした。初めて手にした勝利の感動は、今でも忘れられない。次に脳裏に浮かぶのは、奴隷商に叩きのめされた時のこと。途中まで優勢に戦っていたにも関わらず、一瞬の油断から不覚をとってしまった。地面に押し倒され土を舐める、敗北の苦渋。

 そして、今。目の前にせまる警備スパイダーを見ながら、思う。今度の相手は勝利か敗北か。どちらを与えてくれるだろうかと。狐太刀を構えながら、ニィッと口角を上げて笑みを作ってみせる。

 

 楽しい。

 

 それが嘘偽りのない本音だった。ギリギリの真剣勝負というものは、どうしてこうも人を熱くさせるのだろう。そしてこの敵を倒した時、またあの時のような感動が味わえるのだろうか。思わず舌なめずりしたくなるのを、ぐっと堪える。シミオンとの戦いもなかなかだったが、今回の相手はそれ以上だ。期待と焦燥を胸に、迫りくる警備スパイダーを待ち受ける。狐太刀の間合いまで、あと3歩。‥‥‥2歩。1歩。

 間合いに入った、と同時に刀を振り抜く。剣先で僅かに引っ掛けるような一閃を胸の正面で静止させ、即座に大きく踏み込む。斬撃からノータイムで突きへの変化。シミオンが使った技の応用だ。

 

 ギイィイン!!

 

 金属を切り裂く嫌な音が響く。が、この程度で勝てるほど弱い相手でもないはずだ。先ほど対峙した1体目の手応えからそう判断し、油断なく気配を探る。巨大な警備スパイダーの脚が、頭上に迫っているところだった。

「はあっ!!」

 突き刺した狐太刀を引き抜きつつ、その動作で迫り来る警備スパイダーの脚を側面から斬りつける。脚の軌道が僅かに逸れ、床を大きく抉った。同時に攻撃がからぶった瞬間を狙っただろうみことのドロップキックが直撃し、警備スパイダーの体勢が大きく崩れた。

「よしっ、あともう一息!」

「おうっ! 一気に決めるぞ!」

 私の呼びかけに応えるようにそう返すと、みことは蹴り飛ばした警備スパイダーを足場にさらに高く跳躍し、空中で身をよじる様にして半回転。天井に足をつけて拳を握り締めるのが見えた。まさか、重力を味方につけて殴りつけるつもりか。ならばと私は地を這うような低い姿勢で警備スパイダーの足元を斬り払い、注意を引きつける。バランスを崩した警備スパイダーは最後の悪あがきとばかりに、その鋼鉄の巨体で私を押し潰そうとするかのように倒れかかってくる。そんな警備スパイダーの背後に見えるのは‥‥‥天井を全力で蹴り、重力を味方につけて矢のような速度で接近するみこと。私が咄嗟に防御の姿勢を取るのとほぼ同時に、部屋全体を揺るがすような衝撃と爆音を伴いながら、みことの正拳突きが警備スパイダーの頭部を粉々に粉砕した。

「へっへーん。ざっとこんなもんだぜ!」

「うん! やったわね、これで‥‥‥」

 これで安心、と思った矢先に。

「侵入者だ! 皆の者、侵入者を捕らえよ!」

 外から聞こえてくる兵士の声。バレた!?

「え、なんで!? なんでバレたの!?」

「わ、分かるわけねーだろそんなの! と、とにかく一旦外に出るぞ!」

 窓から外を確認すると、宿舎から多くの兵士が飛び出してくるのが見えた。もしあの兵士たちが一気にこの建物に殺到したら‥‥‥逃げ道を防がれる。戦いの基本は退路の確保。イズミがいつも言っていたことだ。私たちは急いで外に引き返して、迫ってくるはずの歩哨を返り討ちに‥‥‥あれ?

「なあすみれ。変じゃないか? 歩哨の奴ら、全然こっちに来ないぞ?」

「‥‥‥そうね。一体何が‥‥‥?」

 疑問に思いつつも門の外に出る。兵士は少し離れた場所の野営地に向かっていた。襲われているのは、サヤとリドリィと痴女!? ‥‥‥いや待って。痴女ってなんだ痴女って。

「と、とにかく助けるぞ!」

 みことが若干目を逸らし、痴女を見なかったことにして話を続ける。いや、流石にアレを見なかったことにするのは無理があると思うんだけど。そんな場合じゃないってのは分かるんだけどね。私はサヤ達の元に駆けつけ、今まさにサヤに斬りかかろうとしている兵士の剣を受け止める。

「すみれさん!! 助けに来てくれたんですね!」

「当然でしょ。荷物持ちに倒れられたら、せっかくの戦利品を持ち帰れないじゃない」

 別に、サヤのことを心配したわけじゃないし。‥‥‥誰に対してか分からない言い訳を、口の中で呟く。

「‥‥‥誰だ、貴様? 我々をホーリーネイションのパラディンと知っていて剣を向けるつもりか?」

 国を敵に回すことになるぞ、と言外に言われた気がした。けど、そんなの今更だ。リバースから逃げ出したあの日から、とっくに国に追われる覚悟はできている。それにそんなことより、せっかくだからアレをやってみたいわね。

「なんだかんだと聞かれたら!」(私)

 そう、反乱農民を相手にした時にやったアレ! あの時は結局みことが恥ずかしがって最後までできなかったのよね。というわけでリベンジだ。

「こ、答えてあげるが世の情け!」(みこと)

 打ち合わせもしてないのに、ちゃんと合わせてくれるみこと。さすが分かってる。

「世界の飢餓を防ぐため」(私)

「バストの平和を守るため」(みこと)

「愛と真実の悪を貫く」(私)

「ラブリーチャーミーなトレジャーハンター」(みこと)

「すみれ!」

「みこと!」

「銀河を駆けるアウトサイダーの2人には」(私)

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」(みこと)

「‥‥‥にゃ、にゃーんてにゃ」(サヤ)

 ふっ、決まったわね。最後にサヤが合わせてくるとは思わなかったけど、結果オーライだ。

「‥‥‥なんだ、それは? というか恥ずかしくないのか?」

 あれ、おかしいな。兵士に真顔で問い返されたわよ?

「ふふん。このセンスが分からないなんて可哀想。本当はお宝だけ頂いてこっそり帰るつもりだったけど、こうなったら仕方ないわね。ちょっと痛い目に遭ってもらうわよ」

 狐太刀を構えてそう宣言する私の隣で、みことが「すまん俺も分からん。というかぶっちゃけ恥ずかしい」とか呟いている。帰ったらじっくり話し合う必要がありそうね。

「ほざけ! 痛い目を見るのがどちらか、教えてやる!」

 斬りかかってくる兵士、その数10、20、いやもっとか。囲まれるのも時間の問題だろう。1人ずつ相手をしていては、奴隷商の時の二の舞だ。出来ればまとめて斬り捨ててやりたいところだが‥‥‥

「すみれさん、これを使ってくださいっ!」

 サヤが取り出したのは、大太刀。その冗談みたいに大きな刀を、ぶっつけ本番でこの相手に使えって?‥‥‥いいわね。結構好きよ、そういうの。私は狐太刀を地面に突き刺し、そのまま狐太刀を放置して大太刀に持ち換える。実際に構えてみると、その重さは異常だ。20キロはあるだろうか。背負って歩くだけならどうにかなるが、これを刀として振り回すなんて出来るわけが。

「‥‥‥いや」

 いや。出来る。この刀を打ったのはみことなんだ。彼が私のために打った刀。なら、振れないハズがない。地に足を食い込ませるように噛ませ、重心を落とす。

「はああっ!!」

 腕力ではなく、体で横に薙ぐ。迫りきた兵士を3人ほど斬り捨てた。が、ブレーキが効かない。重い刃を無理に止めようとせず、その勢いに任せて体を180度反転。私の背後に回り込もうとしていた別の兵士と目が合う。やっぱり。人数差を最大限に活かして取り囲む、それがホーリーネイションが最も得意とする戦法だ。

「ひっ」

 眼前に大太刀の切っ先を突きつけられた兵士が、情けない声を上げて動きを止めた。隙あり。やれるか? ‥‥‥いや、背後から迫ってくる別の敵の気配。背中を向けたのは悪手だっただろうか?

「背中は任せろっ!」

 凛とした声を響かせ、アンドロイドが駆ける。私の横をすり抜け、背後から迫る敵に向かっていく。うん。大丈夫。私には、頼もしい味方がいるじゃないか。ぐっと大地を蹴り、全身を使った突きを放つ。それは板金鎧に触れるも止まらず、貫通。そのまま背骨まで一気に貫いた。屍となったそいつを蹴り飛ばし、次の敵に備えて周囲に視線を飛ばす。と。

「っ!!」

 目が合った。サヤと。怯えたように目を見開いて、こちらを見ていた。‥‥‥私は、サヤのあの目が嫌いだ。私は、強い人間はそれだけで尊敬されたり憧れられたりするのだと思っていた。なのに。なのにサヤは、どうしてそんな目で私を見るんだ。そんな、恐怖に染まったような目で。それが仲間に向ける視線か。

「ちっ」

 舌打ちをしつつ、大太刀を小脇に構えたまま駆ける。次の敵の間合いに入ったところで、足を地面に食い込ませるように急ブレーキ。慣性の法則に従うように大太刀が弧を描き、そいつの腹を両断する。‥‥‥サヤの目を見ていると、やはり思い出す。リバースにいた頃を。一緒に捕まっていた召使いの目を。常に何かに怯え、歩哨の機嫌ばかり伺っていたあいつらの目を。サヤの目は、あいつらが歩哨を見るときの目と同じなのだ。それが、本当に腹立たしい。私を、あんな奴らと一緒にするんじゃない。

「すみれ! もういい、一旦退却だ!」

 みことが叫んでいる。確かに私も5、6箇所ほど斬られているものの、傷は浅い。咄嗟のガードが効かないので、この程度の傷は受け入れるしかないだろう。

「まだ、やれるっ!」

「そうじゃないっ、サヤがやられてるっての!」

 みことの言葉に、背後を振り返る。足を怪我したのか、地面に這いつくばるサヤ。そして、それを目がけて剣を振りかぶるパラディン。

「まったく、世話の焼けるっ!」

 体ごと振り返り、背負い投げの要領で大太刀を振りかぶる。頭上に大きな弧を描いた大太刀は、そのままパラディンの肩を両断、握っていた剣を腕ごと斬り飛ばす。

「サヤ、しっかりしなさいっ」

 大太刀を納刀し、サヤを担ぎ上げる。包囲は既に崩壊しているので、あとは安全な場所まで走るだけだ。なのに。

「は、はい‥‥‥」

 なのになんで、そんな目で私を見るの。サヤ。




 第53話、読んで頂きありがとうございます。大太刀を使った初戦闘、お楽しみ頂けたなら幸いです。GWも終わってしまいましたので、次回以降はいつものスローペースな投稿に戻るかと思います。


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第54話 サヤの後悔

「むにゃ‥‥‥もう食べられないって‥‥‥すやぁ」

 みことさんが、お決まりの寝言を呟きながら眠っている。そんな彼を抱き枕のようにして眠るすみれさん。

「むにゃ‥‥‥もう食べられ‥‥‥ううん、まだいけるわ」

 寝言で変化球を投げてくるすみれさん。幸せそうで何よりだ。

 ナルコの誘惑から撤退した私たちは、デッドランドにてテントを張っていた。降り注ぐ酸性雨はテントが防いでくれるし、ホーリーネイションの兵士もここまでは追ってこない。

「寝顔は可愛いのに」

 眠るすみれさんのほっぺたを指でツンツンと突いてやる。と、すみれさんが顔を動かして、その指をパクッとくわえてモグモグしだした。‥‥‥夢の中でウインナーでも齧ってるんだろうか、この人は。先程の戦いっぷりとのギャップがひどい。

「まるで普段は可愛くないみたいな言い草だね? サヤさん」

「え、いえいえそんな、めっそうもないっ!」

 リドリィさんに指摘されて、慌てて否定する。‥‥‥寝てるよね、すみれさん? 今の聞かれてないよね? 彼女のほっぺたを摘んでびよーんと伸ばしてみる。反応なし。よかった、ちゃんと寝てる。

「別に普段が可愛くないとか、そんな事は思ってないですよ? ただ、時々ちょっと怖くなるというか、不安になるというか」

 ‥‥‥これはまだ誰にも話していない事だが、私の以前のご主人様は、いわゆるノーブルハンターと呼ばれる人だった。いつも高価なクロスボウを自慢していて、砂漠を横断する旅人を見かけては試し打ちと称して『的当てゲーム』を楽しむ、そんな人。ご主人様が旅人の頭を吹き飛ばす度に、「さすがですっ」「お見事ですっ」と歓声を送るのが当時の私の仕事だった。そんなご主人様は、ある日突然いなくなった。理由は分からない。誘拐されてガットに捨てられたとか、酸の海に沈められたとか、カニバルの檻に放り込まれたとか、そんな噂が流れたけれど、真相は謎のままだ。別段、興味もない。残された私はストーンキャンプに送られたけれど、それまでの仕事に未練もなかった。‥‥‥ただ、そのご主人様と、今の主人であるところのすみれさんの姿が、たまに重なって見える時がある。躊躇わずに人を殺すところとか、楽しそうに武器を振るうところとか。

 すみれさんには、あんな風になって欲しくはない。今はまだ大丈夫だ。彼女は剣士として誇りを持って生きている。けど、いつか道を踏み外しそうな、そんな危うさも彼女から感じてしまうのだ。‥‥‥以前のご主人様だって、最初からノーブルハンターと呼ばれてた訳じゃない。最初はちょっとクロスボウが得意なだけの、ごく普通の賞金稼ぎだったのだ。得意なクロスボウの腕を活かして賞金を稼いで、稼いだお金で奴隷を雇って、侍を雇って、クロスボウを高価な物に買い替えて‥‥‥気が付けばいつの間にか、ご主人様はおかしくなっていた。賞金がかかってなくとも、恨みのある相手を。恨みがなくとも、気に食わないやつを。やがて自分を敬わない生意気なやつを。弱そうなやつを。貧しいやつを。見境なく標的としていった。その結果、誰からも悼まれる事なく呆気ない最期を迎えた。なぜそうなったのか。もし私がもっとご主人様の事をよく見ていたら、こんな事にならなかったのかもしれない。もっとご主人様の近くに寄り添っていれば、あるいは幸せなストーリーがあったのかもしれない。そんな後悔だけが残った。

「私は、二度と同じ失敗はしたくないんです。今度こそご主人様を守りたい。彼女の心を錆びつかせないための『鞘』として」

 気付けば私は、そんな私の過去と想いをリドリィさんに語っていた。殆ど面識のないリドリィさんだからこそ、話せたのかもしれない。みことさんやすみれさんが起きてたら、こんな話はできなかっただろう。

「その話さ、直接本人にも話してやりなよ。きっと喜ぶよ、すみれのやつ」

「‥‥‥まさか。すみれさんは、私のこと嫌いみたいですし。こんなこと話したってウザがられるだけですよ」

「そうかい? 嫌いなやつを荷物持ちに連れてきたりしないと思うけどねえ」

「まさか」

 すみれさんが本心で私のことをどう思っているのか、それは分からない。けれど。

「たとえすみれさんが私のことを嫌いでも。私は貴女のこと、けっこう好きなんですよ」

 眠る彼女の髪を撫でる。‥‥‥ある日突然すみれさんがいなくなり、酸の海に沈められたなどと噂が流れたりしたら。そんな未来は、絶対に嫌だ。

 この世界では、己の美学と信念を貫いて生きる者のことを『kenshi』と呼ぶ。いまだに身を守る術さえ知らない、無力な私だけど。そんな無力な私でも、この信念だけは貫きたい。『kenshi』として、この世界を生き抜いてみたい。そう思うのだ。

 

 

 

 

 サヤの手が、私の髪をかき分けるようにして撫でていく。え、いつから起きてたのかって? ほっぺたをびよーんと伸ばされた時からだ。いくらなんでも流石に目が覚めるってば。しばらく寝たふりしてから、急に起き上がって脅かしてやろう、と思ってたらこっちが驚くような話を聞かされた。ついでに起きるタイミングを完全に失ってしまった。いつまで寝たフリ続けたらいいのこれ。こうなったのも全部サヤのせいだ。サヤが悪い。やっぱりサヤは嫌いだ。‥‥‥ふんっ。




 第54話、読んで頂きありがとうございます。次回は場面を移してレッドとイズミの話を書きたいと思っています。


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第55話 美味しい紅茶

「お疲れさん。ひとまず休憩にしようか」

 イズミにそう促されて、作業を一時中断する。オレ達の拠点には、今まで使っていたL字型ハウスの他に、新たに2つの建物が完成していた。1つはロングハウス。ショーバタイで購入した家と同じ設計の建物だ。そしてもう1つがスネイルハウス。これがまあデカい。ドリンの酒場と同じ設計なのだが、実に広々としていて快適だ。酒場として利用した時はそこまで感動するような広さだとは思わなかったのに、いざこれが自分のものだと言われれば、思いのほか心が浮き立つものだ。内装はどうしようか。今まではL字型ハウスにベッドや作業台を所狭しとギュウギュウに詰め込んでいたけれど、そんな窮屈な生活とはこれでサヨナラだ。これだけ広いんだから、間取りも自由。観葉植物なんかも並べたりして、ゆったりとしたオシャレな空間を演出してもいいかもしれない。

「ああ、お疲れさん。みこと達が帰ってきたら驚くだろうな!」

「そうだね。皆の喜ぶ顔が早く見たいよ」

 そう言って、イズミはテーブルにカップを用意して紅茶を注ぐ。以前、すみれがサミダレさんと会った時に、お土産としてもらってきた物だ。どんな話をしてきたのかは知らないが、お土産を渡されるくらいだ。友好的な話ができたんだろう。

「ちなみに先に言っておくけど、ボクは紅茶を淹れるのは初めてでね。お湯の温度も蒸らす時間も全てカン頼りだから、たとえ不味くても怒らないでおくれよ?」

 冗談めかした口調でイズミが言う。イズミ本人は意識していないのだろうけど、最近のイズミはいい具合に肩の力が抜けている。少し前のイズミなら、きっとどうにかしてお湯の温度や蒸らす時間まで完璧に調べて、美味しい紅茶を淹れたのだろう。失敗をしないというのももちろん良い事なのだけど、それだけが全てじゃない。時には肩の力を抜いて、失敗したらその失敗を楽しむくらいの余裕が最近のイズミからは感じられた。

「当たり前だろそんなの。イズミがわざわざオレのためにお茶を淹れてくれてんのに、怒るわけないだろ」

 オレの親父なんて、ちょっと失敗しただけで娘がわざわざ作ってやった料理に文句つけてブチギレて‥‥‥ああなったらもう人間として終わりだよなー。ただ、まあ。オレに料理を教えてくれたのも、親父ではあるんだよな。正直オレは、何をやっても人並み以下で、ついでに飽き性。イズミのように賢くもなく、みことのように優れた武器を作れるわけでもなく、すみれのように強くもなく、サヤのように1日中つるはしを振り続ける根気があるわけでもない。自分は1人でも生きていけると、そう信じて家出してはみたけれど、何をやっても上手くいかなかった。どうにか生きていくのが精一杯だった。そんなオレが居場所を見つけることができたのは、やっぱり親父のお陰ではあるんだよな、ムカつくけど。皆がオレの料理を美味しそうに食べてくれるのは、やっぱり嬉しい。‥‥‥家出してから、もう10年が経つのか。そろそろ仲直りしてやってもいい頃だろうか。‥‥‥っていや待て待て、なんでオレが仲直りしたいみたいになってんだ!? そもそも悪いのはあのクソ親父なんだから、あいつの方から頭下げるのがスジじゃねーか! ああでも、親父は知らねーのか、俺が今何処にいるか。かと言って俺の方からスタックに戻ったりしたら、絶対調子に乗るよなあのクソ親父。あーくそっ、イライラする。大体、家出した娘ほったらかして何やってんだあのクソ親父は。

「‥‥‥え、えーっと。そんなにマズかった?」

 気づけば紅茶を淹れたイズミが、申し訳なさそうな顔でこっちを見ていた。今オレはどんな顔をしてたんだろう。

「ああいや、そうじゃねえよ。ただちょっと、親父のことを思い出しててな」

「ふうん。お父さん、か‥‥‥ボクにはもういないけど」

 あ、ヤベ。地雷だったか?

「や、でもオレの親父なんて、きっとイズミの父さんとは全然違うぜ? ほんとクソ親父で、別に会いたいとも思わねえし」

「ふふっ、素直じゃないなあ」

「うっ‥‥‥」

 イズミからこんな風に、まるで微笑ましいものでも見るような目で見られると、どっちが年上だか分からなくなるな。オレの方が年上のはずなんだけどなあ。どことなく居心地の悪さを感じつつ、2人で紅茶を楽しんでいると。傭兵の1人がやってきた。

「おー、いたいた。ここに居たっスか」

 と言ってやってきたのは、ワールドエンドでみこと達が雇った傭兵。実はちょっと前に砂忍者が食料を狙って襲撃に来ていて、その撃退を手伝ってもらっている。

「で、用件はその砂忍者についてなんスけどね。さっき襲ってきた奴らが目を覚ましたんスけど、どうしやす? 逃がしちまっていいんスか?」

 そんな事を傭兵から聞かれた。まあ別に砂忍者に用はないので、逃がしたって全然構わないのだけど。あっ、そうだ。

「んー、そうだな。別に逃がしたっていいんだけど、その前にそいつら、ちょっとここに連れてきてくれない?」

「おっ、キッチリ落とし前つけさせるっスか? 奴隷施設に売り飛ばすっスか!?」

「そこまで悪趣味じゃねーよ。ただそいつら、腹すかして襲ってきたんだろ。飯くらいは食わせてやろうかなって思っただけさ」

 そう答えて、キッチンに向かう。

「え、襲ってきた相手にわざわざ飯っスか? あ、分かった! ダストウィッチをご馳走してやるっスね!」

「ちげーよ! ちゃんと美味いミートラップ食わせてやるっての!」

 肉も麦も余っているのだ。腐る前に処分したいと思うのは、そんなに変だろうか。それに襲撃してきた連中の中には、懸賞金が掛けられた者もいた。4000catの賞金首が5名で、合計2万cat。こいつらを憲兵に突き出せば、十分お釣りがくる。

「やっぱり優しいよね、レッド。敵に塩を送るなんてさ」

 そう言って微笑みかけてくるイズミ。

「優しくはねーだろ、賞金首はちゃっかり確保してるんだからさ。ただまあ、オレも飯が食えずにスリして生きてた時期が長かったからな。他人事とは思えねえってだけだよ」

 それに憲兵に突き出された賞金首も、刑期を終えれば釈放される。けど釈放された時に仲間が減っていたら‥‥‥やっぱり辛いだろうと思う。せめて今回の負傷が完全に癒えるまでは食べ物の心配をしなくてもいいように、当面の食料くらいは持たせてやっていいだろう。オレ達が怪我させた訳だし、やっぱり、ね? そのせいで死なれたりしたら、寝覚めが悪いじゃん?

「へいへい。ま、雇い主のやり方に口は挟まないっスよ。んじゃ、すぐ呼んでくるっス」

 そう言って傭兵が立ち去ってからしばらくの後、砂忍者がずらっと並んでやってきた。その数、15名。全員にミートラップを渡して解放してやると、皆一様にポカンとした表情で、戸惑いながら帰っていった。

「‥‥‥なあイズミ。やっぱ変かな、オレの考え方」

「ふふっ、そうだね。一般的ではないという意味なら、変かもね。けどボクは、そんなレッドだから好きになったんだよ」

「‥‥‥そりゃどーも」

 好き。はっきりそう口に出して言われると、どうにもむず痒い。家族にさえ言われたことなかったのに。だから、初めてイズミから好きだと言われた時は、そりゃもう戸惑った。嬉しさよりも戸惑いの方が大きくて、どう答えていいか分からなくなった。最近ようやく、好きと言われることにもちょっとずつ慣れてきた。困惑はなくなり、照れ臭さだけが残って。

 ‥‥‥うん。

 やっぱり、そろそろちゃんと答えてやらないとな。

 初めて告白されたあの日から、オレはずっと曖昧な態度を取り続けて。けどイズミは、そんなオレに呆れることもなくずっと側にいて、好きだと言ってくれる。そんなイズミのことが、オレは。

 オレも。

「オレも、す‥‥だよ‥‥」

「え、なんて?」

 あ、あれ。なんでだ。なんで大事な所で噛んじゃうかな。

「いや、だから。オレもイズミのこと、す、す‥‥‥」

 好き。たった2文字なのに、なんでこんなに言いづらいんだ。喉が詰まって、言葉が出てこない。

「‥‥‥」

 これこれイズミさんや。そんなキラキラした瞳で身を乗り出すんじゃない。余計言いづらくなるからさ。そのままイズミの顔がぐんぐん近づいてきて‥‥‥って、ちょ。近っ!

「!」

 近寄ってきたイズミと、触れる。唇と唇で、重なり合う。

「‥‥‥‥‥‥」

 視界がぼやけて、何も考えられなくなって。ただ早鐘のように鳴り響く鼓動と、唇の感触に翻弄される。

 

 初めてのキスは、紅茶の味がした。




 第55話、読んでいただきありがとうございます。拠点建築回を書こうとしたらなぜか必ず激甘ラブストーリーになってしまう作者です。次回もよろしくお願いします。


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幕間 激戦の後に

 AM5:00、オクランの盾。

 俺は部下の大声で叩き起こされた。

「報告します、ヴァルテナ様! 『ナルコの誘惑』が落とされました!」

 ドンドン、と扉をノックする音が響く。眠気を吹き飛ばすには十分な報告だった。

「入れ。詳しい状況の説明を頼む」

 ベッドから出て扉の鍵を開けると、板金鎧を着込んだ部下が入ってきた。彼には、左腕がなかった。腕だけではなく、全身に無数の傷を負っていた。『ナルコの誘惑』の生き残りだろうな、と察する。

「お疲れ。激戦だったらしいな。まずは楽にしてくれ。鎧も脱いでいいぞ」

「はい、ありがとうございます」

 俺の言葉にそう答えると、彼は鎧を脱いで椅子に腰掛けた。

「順番に聞いていこうか。襲撃があったのはいつだ?」

「昨夜です。日付が変わる少し前に衛兵が不審人物を見つけ、問い詰めたところ交戦となりました。1度は撃退に成功しましたが、兵員を補充する間もなく2度目の襲撃が行われ‥‥‥防衛部隊は全滅しました。力及ばず、申し訳ありません」

「謝る必要なんかねーさ。必死に戦ってくれたのは見りゃ分かるんだからさ。んで、どんなスゲーやつにやられたんだ?」

 俺の問いに、少しだけ迷いながら、彼は答える。

「5人組で、ええと、その‥‥‥」

 どうにも歯切れが悪い。何か言いづらいことでもあるのだろうか。‥‥‥まあ防衛任務を失敗したんだ、言いづらいことの1つや2つはあるか。

「なんだ、言ってみろ。怒ったりしねーからさ」

「え、ええと。その‥‥‥そのうち1人は、痴女の格好をしたスケルトンでした」

「‥‥‥え、なんて?」

 ふざけてるのか? いや、部下の顔は大真面目だ。

「せ、正確にはパンツを丸出しにした女の姿の、スケルトンでした」

「そ、そうか」

 そうか、としか言えない。他に何を言えっていうのだ。想像以上にヤベーやつに襲われてんじゃねーか。

「そして残りの4人のうち2人は、名前を名乗っておりました。すみれと、みことと」

「へえ、尋問でもしたのか?」

「いえ、聞いてもいないのに勝手に名乗りだしました。それはもう楽しそうにノリノリで」

「‥‥‥」

「お気持ちは分かりますが、事実です。ヴァルテナ様」

「そ、そうか。もしかしてそいつら、バカなのか?」

「さて。一見バカっぽく見えましたが、どうでしょう。引き際を見極める判断の正確さは敵ながら見事でした。おそらくバカを演じて油断を誘う作戦だったのでしょう」

 部下の報告を受けて。確かに油断を誘うためにあえて弱そうに振る舞ったり、バカそうな口調を使ったりといった作戦は存在する。けれど油断を誘うためにパンツ丸出しでうろついたり、聞かれてもないのにノリノリで名前を名乗ったりっていう作戦は初耳だ。いや誰も使ったことのない作戦だからこそ読まれづらいというのはあるかもしれないけどさ。それにしたって、ねえ?

 俺のみたところ、こいつは作戦とかじゃなく、本当にバカだ。そして頭のいい仲間が別にいるとみた。

「きっと他にも仲間がいるはずだ。そいつらの居場所を探るとするか」

「ああ、それでしたら目星はついております。おそらくバストかと」

「へえ。やるじゃねーか。仕事が早いな」

「いえ、それも本人が自分から喋っていたので。バストを守るとかなんとか」

 ‥‥‥。本当になんなんだ、こいつらは。ただの賊ではなさそうだが。つーかみことって、セタのおっさんが探してたやつじゃねーか。

「りょーかい。報告は受け取った。お前は回復するまで休養に専念しろ」

「はい、ありがとうございます」

 立ち上がり、宿舎へ戻ろうとする兵士。片腕を失ったまま、彼は今後どうやって戦うのだろう。‥‥‥まあ、いいか。それを決めるのはあいつ自身だ。俺が口を出す事じゃないな。それよりも、だ。

 俺は机に向かい、手紙にペンを走らせる。セタにこのことを知らせてやらねーとな。文面はどうしようか。‥‥‥ま、テキトーでいいか。

 

 

『よお、セタのおっさん。みことの居場所が分かったぜ。多分バストだ。ただし、たかが逃亡奴隷だと思って舐めてかかると、痛い目に遭うかもよ?』




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。ナルコの誘惑への襲撃によって、ついに開戦の狼煙が上がりました。メタ的に言うなら、友好度が赤くなりました。次回もよろしくお願いします。


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第三章
第56話 開戦


「良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたいですか、イズミさん?」

 拠点に戻ってきて早々、サヤからそんなことを聞かれた。

「ええと。‥‥‥じゃあ、まず良い知らせから」

「はい。じゃじゃーん。イズミさんが欲しかった研究資材、たっぷりと手に入りましたよ。AIコアもほらっ。これで水耕栽培にも手が届きますね」

 サヤがカバンを開けると、予想よりも遥かに多くの科学書やAIコアが出てきた。大戦果だ。これは確かに良い知らせだろう。

「それじゃ、悪い知らせは?」

 聞きながら、戻ってきたメンバーの顔ぶれを確認する。みこと、すみれ、サヤ。うん、全員無事に帰ってきてる。誰かが命を落としたとか、そういう最悪の報告ではなさそうだ。他にリドリィとアンドロイドの女性もいるけれど、増える分にはそこまで問題はないかな。

「はい。私たち全員、ホーリーネイションから指名手配されちゃいましたっ! しかもここにいらっしゃるスケルトンの仲間だと思われてるようで、ホーリーネイションの巡回部隊から目が合うなり悪・即・斬! の勢いで攻撃を受けていますっ! いやー、帰ってくるの結構大変でしたよ? まあ私は戦闘中、ずっと隠れてたのでそれほどでもないんですけど」

 なんでそんな楽しそうなんだよ。サヤだけ元気そうな割に他のみんながボロボロなのはそういう訳か。‥‥‥というか。

「ねえ、なんでそんなことになってんの!? こっそり侵入する作戦だったよね!?」

「いやー、俺も最初はその作戦だったんだけどな? 途中でサヤが見つかって、なんだかんだで勢いで基地を制圧してたというか」

「勢いで制圧って何!?」

 みことの言葉に思わずツッコミを入れる。一旦逃げてもう1度忍び込めばいいだけだろうに。少なくともボクならそうする。

「そうは言ってもほら、やられたら倍にして返したいじゃないの。おかげで良い経験も積めたし。ねえ?」

 悪びれることもなくあっけらかんと言うすみれ。追随するようにサヤも、

「私が斬られて、本気で怒ってくれるすみれさん。結構カッコよかったですよ?」

 なんて言ってる。妙に嬉しそうなのはそのせいか。

「まったく。遠征のたびに何かしらトラブルが生まれるのはどういう事なのさ。これじゃあのんびり農業ばかりしていられないじゃないか。まあ、解決策はいくつかあるけど」

「解決策?」

 そんなものがあるのかと、先を促してくるみこと。

「うん。まあお金があれば解決はできるよ。ここからだと結構遠いけど、スワンプ地方にいる調停者にお金を積むことで関係を修繕‥‥‥」

「却下よ」

 言い終わる前にすみれに却下された。まあ、そうなるだろうなって気はしてたけど。

「‥‥‥じゃあ、解決策2つ目。ホーリーネイションと全面戦争をして勝利する。浮浪忍者の人たちと協力したり、お金で傭兵を集めたりすれば、どうにか戦っていけるとは思う。けど‥‥‥」

 ちらっ。横目でレッドを見る。レッドは何も言わずに成り行きを見守っていた。

「あら、それいいわね! もう随分と前の事になるけど、浮浪忍者のモールさんからも頼まれてたのよ。いつか故郷を取り戻すために協力して欲しいって。ようやく助けてもらった恩返しができるのね!」

「すみれっ、ちょっとはレッドの気持ちだって考えたらどうなんだいっ! ホーリーネイションの幹部には、レッドのお父さんが‥‥‥!」

 能天気にはしゃぐすみれの姿に、つい声を荒げてしまう。

「むぅ、そういうイズミこそ、少しは私の気持ちだって考えてくれたっていいじゃない。私、生まれてからずっとあの国の兵士から酷い扱いを受けていたのよ? イズミの故郷だって、ホーリーネイションのせいで。復讐したいとか思わないの?」

「そ、それは‥‥‥だけど、それでもっ!」

 ぽん、と肩に手が置かれる。レッドだった。

「‥‥‥いいさ。どうせ向こうから襲ってくるなら、降りかかる火の粉は払うしかないんだ。これに関しては、もう誰が悪いってわけじゃない。強いて言うなら、敵を作りすぎたホーリーネイションが悪いとしか言えない」

「ほらレッドもこう言ってるじゃない。ありがとうレッド、分かってくれると信じてたわっ!」

 嬉しそうにはしゃいでギュッとレッドを抱きしめるすみれ。ああっ、ボクだってまだした事ないのに!‥‥‥じゃなくて。ええと。冷静になれボク。抱きしめたことはないけどキスならしてるから。余裕でボクの勝ちだから。あれ、違うな。そんな話じゃなかったような‥‥‥何の話してたっけ?

 そこに、雇っていた傭兵の1人がやってきた。

「取り込み中に失礼しやす。噂をすればなんとやらですかね。ホーリーネイションの軍がこちらに向かってやすぜ」

 クイっと顎で見張り台を示す傭兵。きっとその見張り台に登れば、迫ってくるホーリーネイションの軍が見えるのだろう。板金鎧を着た兵士の集団。あの日のことが、嫌でも脳裏に蘇る。降りかかる火の粉は払うしかない。それはその通りだ。立ち向かわなければ、殺されるだけ。

「‥‥‥平和って難しいね、ほんと。難しすぎて嫌になるよ」

「全くだな」

 ボクの肩を抱きながら、レッドが小さく同意してくれた。




 第56話、読んで頂きありがとうございます。今回から第三章となります。予定ではこの章が最終章となりますが、最後までどうぞお付き合いくださいませ。


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第57話 レッドの決意

 それは、オレがまだ『私』だった頃。レッドではなく、シェリーと呼ばれていた頃のこと。

 

「ねえパパ、私お魚嫌い」

 魚を火で炙りながら苦情を告げる。ちなみに魚を炙るための焚き火は私が自分で起こした。すごいでしょ、えっへん。

「せっかく釣ってきてやったのに文句しか言えんのか、お前は。文句を言うなとは言わん。が、まずはありがとうだろう。言いたいことがあるならその後で言え」

 せっかくパパの分まで焼いてあげてるってのに文句しか言ってこないパパが、なんか言ってる。

「はいはい、ありがとね。これでいいでしょ。それじゃ言わせてもらうけど、魚って内臓が苦いのよ。骨も邪魔だし皮はぶよぶよして‥‥‥」

「ああこらっ、火から目を離すなこのバカ娘がっ! 危ないから目を離すなとあれほど言っただろう! まったく、なんでただ見てるだけができんのだこのポンコツがっ!」

「う、うるさいパパのバカっ! ちょっとくらい平気でしょっ!」

「そのちょっとの油断で毎年何人もの人が命を落としているのだぞっ!? 魚1匹まともに焼けんのかお前はっ!」

「‥‥‥むぅ」

 1匹じゃなくて、2匹だもん。心の中でそう言い返しながら、火が通ったか確認してみる。魚の身に箸を刺してみて、すんなり箸が通ればOKだ。

「‥‥‥はい、焼けたわよ。感謝して食べなさいよね」

「ふん、感謝など。家族のために協力するのは当然のことだろう」

 そう言ってパパは私の手から串に刺さった魚を受け取って、頭から丸ごと齧り付く。文句ばっかり言ってるくせに、食べてる時だけはすっごく美味しそうに食べるのよね、パパ。美味しいなら美味しいって素直に言えばいいのに、変なの。そんなパパを見ながら、私も焼けたもう1匹の魚を口に運ぶ。魚の背中の部分から、パクリ。うっ、ちょっと苦い。内臓の部位が混ざっちゃったか。

「うー、なんでパパはそんな美味しそうに食べれるのよお。内臓は苦いし皮はベトベトするし‥‥‥明日はお肉がいいよお、それかサラダとか」

「ふん。自分の料理が下手なのを食材のせいにする気か? そもそもお前は美味しくなるよう工夫したのか? 糧となる命に感謝しておれば、そのようなセリフは言えないと思うのだがな」

「工夫って言われても、どうすればいいのよ。魚なんて焼くだけじゃない」

 私がそういうと、パパは深いため息を1つついて。

「よーく見ておれ、バカ娘」

 そう言って、新しい魚を1尾取り出した。まだ火の通っていない、新鮮な魚。それにパパは包丁を入れて、あっという間に頭と中骨を取り外してしまう。

「骨が邪魔だと思うなら最初に取っておけ。内臓も洗っておけばいい。そうして中骨に沿って身を切り離す。これが三枚おろしだ」

 魔法のような鮮やかな手際で、魚から身だけを切り離すパパ。そしてその切り離した身に小麦粉をまぶしていく。

「小麦粉をまぶした切り身を、フライパンを使いバターで焼く。これがムニエルだ。シェリー、お前は魚の皮のぶよっとした食感が嫌いなのだったな。だったら皮を下にして弱火でじっくり焼くといい。ぶよっとした食感の正体は皮と身の間に詰まった油だ。弱火でじっくり時間をかけて焼くことで、この油が溶けだしてパリッとした食感が生まれる。皮をしっかり焼いたら裏返して強火にし、さっと焦げ目をつけて完成だ。ほら、食ってみろ」

 説明を交えつつ、時折手を止めたり、私が見やすい位置にフライパンを持ち替えたりしながら手本を見せてくるパパ。最終的にお皿に盛られたそれを、私は恐る恐る箸で摘んで口に運ぶ。‥‥‥サクッ。衣に包まれたサックリとした食感。そしてそれを噛み締めれば、じゅわあーっと広がるバターの甘み。一言で言うなら、とても美味しい。これがお魚か。私が今まで食べてた魚はなんだったのか。

「ちなみに取り外した魚の頭はまだ捨ててはいかんぞ。頭からは良い出汁が取れる。それで味噌汁を作るといい」

 パパはなおも解説を続けていたが、そんな言葉は半分も届いていなかった。

「パパっ、こんなに料理が上手なら、どうしていつも私に料理させてたのよっ! パパが作ってくれたらいいじゃないの!」

「ふん、俺は仕事で忙しい。その忙しい仕事の合間を縫って魚を釣ってきてやったんだぞ。それだけでは不満か?」

 そんな風に言われては反論なんてできず、私はパパをただ睨みつけることしかできない。

「なんでも人に頼ろうとするな。レシピは教えてやる。明日からはお前がこれを作ってみろ」

 

 乱暴でぶっきらぼうで、いつも偉そうで。理想の父親とは正反対のパパ。でもそこには確かに愛情があった。けれど『私』はそのことに気づくことができずに。

 10年の時を経た今、オレは親父と戦う道を進んでいた。

 

 

 

 

「レッド、そっちに1人行ったぞ!」

 みことの声で現実に引き戻される。目の前には板金鎧を着た兵士の集団。

「おう、任せとけ!」

 力強く答えて‥‥‥否、力強さを演じて答えつつ、大鎌を振るう。けれど、うまく力が入らない。大鎌は兵士の鎧に弾かれた。

「その程度か、ナルコの魔女めっ!」

「うわっ!」

 兵士が剣を振り上げる。思わずオレは1歩後ろに下がり、大鎌の柄でガード。鍔迫り合いの体勢となったところで、オレは大鎌の刃を立てて柄を兵士の剣に沿わせたまま滑らせた。ざくりと肉を断つ感触と同時に、兵士が武器を落とした。

「‥‥‥」

 気付けば最初は20人以上いたホーリーネイションの兵士が、今では10人以下に減っている。勝ち戦だった。‥‥‥けれどそれは、あくまでこの戦いに関してのこと。この後の戦いのことを考えると、気は重くなる。

 この部隊は、おそらく斥候だ。こいつらを追い返せば、次はもっと大軍をけしかけてくるのだろう。それも追い返したら、その次はもっともっと多くの軍勢を。そうしてホーリーネイションの軍勢を退けていれば、最終的に出張ってくるのは。

 ‥‥‥上級審問官、セタ。オレの親父。

 せっかく手に入れたオレの居場所。オレたちがゼロから作り上げた、オレたちの拠点。ここを失いたくはない。失うわけにはいかない。だから降りかかる火の粉は払うしかない。‥‥‥でも。そうしてこの場所を守り続け、戦い抜いた先に待っている運命は‥‥‥そんなもの、言うまでもなく分かりきっている。

 

「これで、おしまいっ!」

 最後の1人となった兵士の首を、すみれが大太刀で容赦無くはねた。きっとすみれは、オレの親父が相手だろうと手加減なんてしないのだろう。手加減して勝てるような生易しい相手ではないのだから、当然だ。手を抜けば、こちらがやられる。『ありがとうレッド、分かってくれると信じてたわっ!』‥‥‥そう言ってすみれが抱きついてきた時に、オレはすみれの本気を確信した。すみれと親父が戦えば、どちらかが死ぬ。だったら、オレがするべき事は。

「レッド? せっかく勝てたのにどうしたの? 怪我でもした?」

 すみれがオレの顔を覗き込んで聞いてくる。‥‥‥やっぱり、これしかないよな。オレに出来ることは、まだ残っている。たった1つだけ、無謀にも近い方法だけど。何もせずに諦めたくはない。やれる事をした上で、その結果に納得したかった。

「‥‥‥すみれ。頼みがある。オレは強くなりたい。今よりも、もっと」

 身長よりも大きな大太刀を、まるで魔法のように使いこなしてみせるすみれ。いっつも武器に振り回されているようなオレとは、全然違う。‥‥‥もしオレもすみれのように戦うことができたなら。あるいは、もしかすると。

「だから、オレを鍛えてくれ。セタは、オレが倒すから」

 セタを。親父を超える。オレ自身の手で。この場所を守りつつ親父と和解するためには、それしかない。

 

 この世界では、己の美学と信念を貫いて生きる者のことを『kenshi』と呼ぶ。信念なんて大それたもの、オレにはないと思っていたけどさ。一生に1度くらいは、オレだって命をかけてみてもいいかも知れないな。Kenshiとして。




 第57話、読んでいただきありがとうございます。次回は幕間の物語を予定しております。


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幕間 聖フェニックスの願い

 オクランプライド。それは肥沃な大地に覆われたホーリーネイションの領土。中央には穏やかな河川が流れ、川の近くではいくつもの農家が仕事に精を出している。この風景を眺めるたびに思う。ホーリーネイションは平和な国だと。私の願いはただ1つ。この風景を守りたい。ただそれだけだ。

 私の名は聖フェニックス62世。この国の皇帝を務めている。

 

「フェニックス様。スタックのセタ様から文が届きました。どうぞ」

 兵士から渡された書状に目を通す。内容は、バストに放った斥候が消息を絶ったというもの。不本意ながら、オクランプライドの平和を荒らそうとする者は多い。東の都市連合に、南のシェク王国。西のフォグマン。北のカニバル。さらにはこの国を追い出された者たちが組織化し、浮浪忍者なる集団を作り上げている。そしてつい最近、また新たな脅威が現れた。

 そいつらはアウトサイダーと名乗り、バストに拠点を構えていると聞く。まったく、どいつもこいつも。我々はただ平和に暮らしているだけだというのに、何が気に入らないのか。なぜ平和を乱そうとするのか。

「返事はどうされますか、フェニックス様?」

「ああ、すまない。3分ほど待ってくれるか。すぐにしたためよう」

 何が気に入らないのかは知らないが、我々の平和を脅かすなら容赦はできない。文を取り出し、ペンを走らせる。季節の挨拶と犠牲となった兵士を悼む言葉、それに続いて必要であれば首都からも援軍を用意できることを書状にまとめ、封を閉じる。時計を確認すると、きっちり3分だった。

「待たせた。伝令にこれを届けさせてくれ」

「かしこまりました」

 恭しく頭を下げて退出する兵士。

「‥‥‥先代達も、きっと苦労してこの平和を守ってきたのだろうな」

 小さく呟いて、この国の歴史に想いをはせる。

 

 この国の皇帝は襲名制だ。その代の皇帝が死んだ後、最初に生まれた男子がフェニックスの名を継ぐことになる。先代の生まれ変わりとして。もちろん私に前世の記憶などないし、本当に生まれ変わりなのかどうかは知らないが、少なくとも民はその言い伝えを信じている。ならば私は、その信頼に応えるまでだ。

 初代皇帝フェニックスは、それはそれは偉大な王だったという。当時の人類は、スケルトンの帝国に飼われる奴隷だった。そんな人類をまとめ上げ、スケルトンの帝国に対して反乱を起こし、ついには帝国を打倒し人類の手に自由を取り戻した英雄。それが初代皇帝フェニックスだ。だが自由を取り戻しても、すぐに平和は訪れなかった。自由を取り戻した人類は、ヒト同士で争うようになった。裕福な者は貧しい者から搾取し、貧しい者は力のない者から奪い取った。そして富も力もない者は、闇に紛れて盗みを行ったり、女であれば男を誘惑して貢がせた。歴代の皇帝たちは、そんな惨状を改善するために宗教を利用した。清貧を美徳とするオクラン教を国教として掲げ、富を溜め込む貴族を砂漠に追放した。さらに何事も暴力で解決したがるシェク族も追放した。盗みを行なう者や男を誘惑する女はリバース鉱山に閉じ込めた。そうすることで、ようやくこの国に平和が訪れたのだ。歴代皇帝の長年の悲願を、ついに叶えることができた。ようやく手に入れた平和を、決して失うわけにはいかない。

 

 だから。この平和を脅かすものは、殺さないといけない。誰であろうと、例外なく。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。


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第58話 修練

 人気のない夜の広場に1人で立ち、武器を構える。元々は麦や麻を育てる畑があった場所なのだけど、水耕栽培の設備が完成して畑を取り壊した結果、運動にちょうどいい広場がそのまま残ったのだ。ちなみに水耕栽培について簡単に説明すると、空調・気温・湿度などをコンピュータで完全制御することで、土を使わずに水と液体肥料のみで野菜を育てる農作技術だ。これによってオレ達の食事に米と野菜のレパートリーが加わった。なおイズミは設備が完成した後も、「おかしい‥‥‥もっと美味しくなるはずなのに」と言って空調や肥料の濃度を細かく調整している。イズミの父さんの野菜、早く再現できるといいな。そしてオレはそんな広場で何をしているかといえば、素振りだ。すみれは時間が空くと、よくこの場所で素振りをしている。なのでオレもそれを真似てみようと思ったのだ。

 目の前に、架空の敵を空想する。オレの親父、セタ。大鎌を薙ぎ払うようにして斬りつける。避けられる。さらに追撃。受け止められる。‥‥‥どう攻めても、攻撃が届くビジョンがまるで見えてこない。幼い頃の記憶にある親父は、それほどまでに圧倒的だった。

「相変わらず頑張ってるわね、レッド」

 背後からの声。すみれだ。『オレを鍛えてくれ』。すみれにそう頼んだ日から、2日に1度、夜のこの時間に稽古をつけてもらっている。今日で3回目。オレとしてはもっとこう、マンツーマンで朝から夜までみっちり修行‥‥‥みたいな少年漫画的な展開を期待していたのだけど、「えー。私はみこととデートとかしたいし」とかいう少女漫画みたいな理由で断られた。‥‥‥まあ、それはともかく。

「それじゃあ。はじめ」

 何の気負いもないそんな宣言と同時に、すみれが刀を抜く。見方によっては雑にも見える構えなのに、まったく隙がない。一見隙があるように見えても、そこを狙いにいくと『待ってました』とばかりにカウンターが飛んでくる。‥‥‥2日前の手合わせでは、それでやられた。

「先手必勝はもうやめたの? こないならこっちから行くけど?」

 挑発するような響きを含んだすみれの言葉。それを聞いて、やはりカウンター狙いだなと確信する。数回の手合わせで、戦いにおけるすみれのクセのようなものは分かってきた。すみれは先手を狙う場合、武器を抜く前に居合で勝負を決めに行く。逆にお互いが既に武器を抜いているなら、あえて先手を譲ってカウンターを狙う。武器のリーチで負けてる以上、無理に先手を狙うのは不利との判断だろうか。そして注意深く見ていると、ただ相手の出方を待つのでなく、口車で挑発したりあえて隙を見せてそこを狙わせるように誘導している事にも気づく。なるほど。すみれからすれば、自分にとって都合のいいタイミングで誘導した通りの場所に攻撃がくるのだから、簡単に対処ができるわけだ。何も考えずに武器を振り回したって、勝てるわけがなかったのだ。オレとすみれで、運動神経や反射速度に大きな差があるとも思えないのになぜ勝てないのか、そのヒントを得た気がした。

「‥‥‥ふうん」

 受け身の姿勢を崩さないオレを見て、面白くなさそうに呟くすみれ。すみれはすぐ顔に出るから分かり易いな。と、すみれが駆けた。リーチの差で不利と分かった上で、それでも攻めかかることにしたようだ。‥‥‥焦るな、オレ。まだだ、もっと引きつけて。なんとかしてリーチの差を活かそうとして、大鎌の切っ先で引っ掛けるように薙ぎ払った場合、急ブレーキによるフェイントがくる。初日はそれで負けた。武器の差に頼っていてはダメなんだ。オレはまだ、勝敗を武器のせいにできるようなレベルに達してない。だから。十分に彼我の距離が縮まるまで引きつけて、それから思い切り大鎌をぶん回した。このパターンは初めてのはずだ。さあどう返してくる!?

「‥‥‥!」

 一瞬、防御しようと構えたすみれだが、大鎌の勢いをみてそれを中断。地面すれすれまで姿勢を低くし、地を這うような体勢で大鎌を凌いだ。その瞬間、すみれの瞳がまるで月の明かりを反射するようにきらりと輝いて見えた。楽しくて仕方ない、そんな好戦的な戦士の瞳。思わず背筋がぞくりとする。その後に残されたのは、空振りした大鎌の勢いを止めることができずにバランスを崩すオレと、限界まで下げた姿勢から全身をバネのように使って飛び掛かってくるすみれ。突き出された刀の切っ先が、オレの首筋に触れた瞬間にピタリと止まる。‥‥‥勝負ありだ。また負けた。

「やったあー、今日も私の勝ちぃ!」

 嬉しそうにガッツポーズするすみれ。

「いや毎回勝ってるくせに相変わらず嬉しそうだなおい! つーかなんかズルくないか、なんでそんな強いんだよ!」

 初めて会った時は実力に差なんてなかったはずだ。同じように時間を過ごしてきたはずなのに、どうしてここまで差がつくんだ。

「ズルくなんてないわよ。というか運動神経とか筋力や反射神経は、レッドも私もほとんど同じだと思うわよ?」

 まあ、すみれの言ってることも分かる。別にすみれは避けようのない一撃必殺のすごい奥義を会得してるとか、そんな愉快な強さがある訳ではない。こちらが攻撃すれば避けるか受けるかして対応するし、全力を込めた1撃を受けてしまえばすみれだって体勢を崩す。身体能力としてのスペックは、オレとほとんど変わらないはずなのだ。‥‥‥変わらないはず、なのに。どうしてすみれと同じことが、オレにはできないんだろうな。

「というかね、私だってそもそも強くなんてないわよ。みことが作ってくれた刀があるからどうにか戦えてるだけで。刀を取られちゃったら、何にもできないもの、私」

「すみれから武器を奪えるような奴なんてどこに‥‥‥あ、いや。以前奴隷商に奪われてたっけ‥‥‥」

 そうそう、とすみれが頷く。

「あの時、実は内心けっこう心細くてね。剣術を覚えて強くなった気でいたけど、実は強い武器を手に入れて浮かれてるだけなんじゃないか。私自身は別に強くなんかなってないんじゃないかって、そんな事考えてた。‥‥‥今でも時々考えちゃうわ」

 そんなことを打ち明けるすみれを、意外な気持ちで眺める。心細いなんて、オレにはそんなそぶり見せなかったくせに。オレと初めて会った時もそうだ。バークからショーバタイまで、護衛も連れずにたった2人で旅をした。オレはいつ誰かに襲われやしないかとビクビクしてたってのに、すみれは終始楽しそうでさ。そんな思い出話をしてやると。

「ふふ、そんなこともあったわね。‥‥‥うん、あの頃は本当に、不安なんてなかった。だからこそ自分でも驚いたのよ。いつの間に私はこんなに臆病になったんだろうって。刀がないだけで、どうしてこんなに不安になるんだろうってね」

 そう言ってすみれは、愛おしそうに刀に手を添える。狐太刀と名付けられた、すみれの愛刀。

「刀、ねえ」

 釣られるように、オレも愛用している大鎌に視線を向ける。迫力があるから。ナメられないから。そんな理由で決めたオレの武器。今にして思えば、その理由はどちらも戦いから逃げるための理由だ。戦う前から相手がビビってくれるなら、戦わなくて済む。オレの口調だってそう。戦うのが怖いから、精一杯に強がって。気づけばそれがクセになっていた。

「なあすみれ。刀がなくて不安ってことはさ。戦えないから不安ってことだよな」

「え? うんまあ、そうね?」

 質問の意図がつかめず、とぼけた調子で返事するすみれ。戦えないことが怖いというすみれ。戦うことを怖がってるオレ。気付いてみれば、とても簡単なことだった。身体能力に差がないのに実力に差がつくのだとしたら、それはきっと気持ちの問題なのだろう。いざ戦いとなれば誰よりも勇ましく戦うくせに、普段は強がるどころか、どちらかといえば無邪気とも言えるすみれ。それはきっと、戦うことを恐れていないからだろう。来るなら来い、いつでも相手になってやる。そんな覚悟が、オレには足りない。

「いつもありがとな、すみれ。おかげでなんか、掴めた気がする」

「え? ええまあ。どういたしまして?」

 よく分からないといった様子で首を傾げるすみれに、ちょっと笑ってしまいそうになる。オレは親父と戦うって決めたんだ。だったら、いつまでも怯えた子犬のようにキャンキャン吠えてる場合じゃないだろう。‥‥‥覚悟を決めろ、オレ。

「ようし、明後日だ! 次の手合わせこそ、オレが勝ってみせるぜ!」

「あら、いつになく気合い入ってるわね? でも、私だって負けてあげる気はないわよ?」

 そう応えるすみれは、今から手合わせが楽しみで仕方がないとでもいうような、そんなキラキラした瞳でオレを見つめてくるのだった。




 第58話、読んでいただきありがとうございます。仲間同士でスパーリングができるEskarnさんのmod『Sparring Partners (Training)』。トレーニングというより、「この2人が戦ったらどっちの方が強いのかな?」といった検証で使うことが多いですね。ステータスも武器・防具の性能もデータが多すぎて、どっちが強いのか分かりにくいので「じゃあ戦ってみよう」みたいな。


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第59話 決戦前夜

 都市連合ウィークリー。砂漠の都市で人気の雑誌の2大ニュースが酒場を騒がせた。その1つが、『カニバルの首都壊滅! 死神の鎌を操る謎の女剣士の正体は!?』。正体は、などと見出しで煽っておきながら、赤髪の女性であることと大鎌を武器に使っていたこと以外は何も書かれていない。他はカニバルに捕まっていた者へのインタビューで記事が埋められていた。とはいえ、赤髪の女性で大鎌を武器に使っていたというだけで、誰のことかは身内にはバレバレである。

 

「これ、レッドよね? 昨日は姿を見かけなかったと思ったら、随分と暴れてきたじゃない?」

 前回の手合わせから2日後。すみれが雑誌の記事を見せながら楽しそうに指摘してくる。すみれは文字が読めなかったはずだけど、イズミに読んでもらったのかな。

「たまには賞金稼ぎらしい仕事もしとかないとな。すみれこそ、カニバル平原から帰る途中、こんな記事を見つけたぜ」

 2大ニュースのもう片方。『リバース鉱山壊滅! 襲撃者の女剣士に直撃インタビュー!』。こちらはすみれがカメラ目線でピースサインしている顔写真が載ってあり、すみれ本人によるインタビューの内容まで記事になっていた。すみれが元々リバース鉱山で働かされていた奴隷だったことまで語られていて、首を洗って待ってなさい、というすみれの言葉で記事が締めくくられていた。

「ちょっと里帰りしてきただけよ。盛大に歓迎されて、照れちゃったわ」

 不敵に笑って見せるすみれ。今日はすみれと4度目の手合わせだ。そろそろ勝ちたい。‥‥‥だけど、その前に気になることがいくつか。まず俺たちを囲むように傭兵や浮浪忍者の人たちが集まっていること。そして傭兵たちが賭け事をしていることだ。

「はーい、賭け金はこちら! 今のオッズは8対2ですみれの姉さんが優勢だ! 誰かレッドさんに賭けるやつはいないかー? 一攫千金のチャンスだぜえ?」

「ちょっと待てお前らあ! 何勝手に賭けてんだよ! あとなんでオレが2なんだよ!」

 オレが文句を言うと、みことが申し訳なさそうに弁明してきた。

「あー、ごめんな? いつ襲撃が来てもいいように、ずっと傭兵に拠点に常駐してもらってるわけだけどさ。もう1週間近く何の襲撃もないじゃん? 流石に傭兵たちも退屈みたいで、何か娯楽になるようなものはないのかって聞かれてさ。ついすみれとレッドの手合わせのこと教えたら、ちょうどそのタイミングでその記事じゃん? あれよあれよと噂が広まって、賭けまで始まってさ」

「‥‥‥」

 まあ、悪気がないのは分かったけどさ。なんかこう、納得いかないっていうか。向こうでサヤと一緒にお酒飲んでるのは、確か浮浪忍者のピアさんだったか。

「すみれちゃんがんばれー! あんたに賭けたんだからねー!」

 ピア、お前もか。誰かオレの応援してくれるやつはいないのか。

「レッドがんばれー! レッドに賭けたんだからっ!」

 イズミの声援。イズミ、お前も賭けてんのかよ。

「どうだい、みことの兄ちゃん。あんたも賭けてかないか?」

「ん。それじゃすみれに100cat。がんばれよー、すみれ!」

 傭兵に勧められて賭けに参加するみこと。

「楽しんでるよなあお前ら!」

 まるでお祭り騒ぎの様子についツッコミを入れてしまう。オレにとっては割と真剣な試合なのに、こんなノリでいいのか。

「何言ってるのよ。せっかくなら楽しまないと損よ?‥‥‥あら、レッド。その大鎌の柄に貼ってある白いシールって、何かのおまじない?」

「えっ! いやこれは、その‥‥‥な、なんでもねえよ!」

 すみれに指摘されて慌てて誤魔化してしまう。が、オレのその態度は余計にすみれの興味を惹いてしまったようだ。

「? ちょっと見せてよ」

「よ、よせ! 本当になんでもねえって!」

「あら、これって。きゃあ、イズミからの手紙ね! ねえねえ、何て書いてあるの? ちょっと読んでみてよ!」

「よ、読めるかこんな大勢の前で! ただの応援メッセージだってば!」

 ‥‥‥本当は『きっと勝てるよ。愛してる』というこっちが恥ずかしくなるようなメッセージなのだが、正直に話せるわけがない。

「も、もういいだろっ! ‥‥‥あれ。すみれこそその鞘についてるヒラヒラは、一体なんなんだ?」

「え、なんのこと‥‥‥ああっ、みことのやつぅ!!」

 よく見てみると、そのヒラヒラにはすみれの似顔絵が描かれていた。そうか、みことが描いたのか。怒ったような口ぶりを演じているけど、急にすみれの頬が赤くなったのは怒りというより、照れだろうな。

「‥‥‥あのー。私たち、一体何を見せつけられてるんです?」

「さあ。すっごく尊いものか、あるいはすっごくくだらないものかのどちらかね」

 サヤとピアの話し声で我に返る。周囲には大勢の傭兵たちと浮浪忍者たち。‥‥‥コホン、と咳払いを1つ。

「そ、そろそろ始めようぜ、すみれ」

「そ、そうね。修行の成果、見せてもらうわよ」

 そして。2人同時に武器を抜いて構える。盛大な寄り道をしつつも、オレたちの4度目の手合わせが始まった。

 

 先に動いたのは、すみれ。真っ直ぐに腕を伸ばして突きを放ってくる。突きは受け止めるのが難しい。避けるか、いやきっと避けられた後の展開まですみれは考えているだろうから‥‥‥距離を取るのが正解か。いや、しかし。‥‥‥。

 ‥‥‥やめた。

 あれこれ考えるのは、やめた。正しい答えだけを探したって、ちっとも楽しくない。大丈夫、今のオレなら。すみれとも互角に渡り合えるはず。今のオレに必要なのは作戦じゃなく、自分を信じる心だ。

 大鎌の柄頭で、コツンと狐太刀の腹を叩いて軌道を逸らす。と、同時に叩いた勢いをそのまま利用して、大鎌を後方に振り抜くように切り払う。切り払いを避けられたと同時に大鎌の前後を持ち替え、大鎌の柄頭を槍のように使った突きを放つ。

 体が軽い。自分でも驚くくらい滑らかに、技と技が繋がる。まるで空間に隙間があって、その隙間を刃が滑り抜けていくようだ。「力は必要ないわ。体が勝手に動くのよ」‥‥‥以前、すみれに戦いのコツを聞いたらそんな答えが返ってきた。その時はコイツ教えるの下手だなーとしか思わなかったけど、今になってようやく、その意味が実感として少し分かる気がした。

 すみれの目から、余裕ぶった笑みが消えた。そして、獰猛な戦士の素顔が現れる。‥‥‥ここからだ。ここからが、本当の勝負だ。

「はあっ!!」

 突きを横に飛んでかわしたすみれが、無理な姿勢ながらも足元を狙って切り払ってくる。足払いに見せかけているが、おそらく今の切り払いが、すみれがこの体勢から繰り出せる限界の技だろう。避けられた柄頭をそのまま地面に叩きつけ、棒高跳びの要領で宙に舞う。飛び上がりながら下を見れば、真剣な表情でこちらを見つめるすみれと目が合った。ぎゅっと大鎌を握り直し、勝負を決めに行く。大鎌の重量、24kg。オレ自身の体重、54kg。合計で78kg。それを空中から重力に乗せて、下方に叩きつける! 迎え打つように狐太刀をぶつけてくるすみれ。が、鍔迫り合いにすらならない。弾き飛ばされた狐太刀がすみれの手を離れて宙に舞う。

 

 ダンッッッッ!!

 

 着地と同時に、衝撃波が空気を震わせた。すみれの体から3cmほど離れた地面を、大鎌の切っ先が深々と抉る。

「‥‥‥‥‥‥」

 シン、と辺りが鎮まり返る。大勢集まっている観客も、1言も発せないまま、時が止まる。やがて。カランカラン、と狐太刀が転がる金属音が響いて。

「しょ、勝者、レッドー!」

 賭けの司会役を務めていた傭兵がそう宣言することで、ようやく時が動き始めた。

「ま、マジかよー。大番狂せじゃねぇか」

「ひゃっほーい! オレ赤髪のねーちゃんに1000cat賭けてたんだぜ! 大儲けだぜ!」

「おめでとうレッド!」

「惜しかったよすみれちゃんー!」

 観客たちが口々に歓声を上げる。ちなみに最後の2人はイズミとピアね。

「‥‥‥おめでとう。私の完敗ね」

 仰向けに倒れたまま、悔しそうな口調ながらも、どこか満足そうな表情でそう言うすみれ。

「今のレッドなら、きっとお父さんにも勝てるわ。頑張って」

「‥‥‥ああ!」

 そんなすみれの言葉に、オレは胸を張って頷いたのだった。

 

 

 

 その夜。傭兵や浮浪忍者を交えて、ささやかな宴を開いた。これならいつホーリーネイションが襲ってきても返り討ちにできると語り合って。一夜明けての翌朝。

 ホーリーネイションが再び攻めてきた。見たこともないような大軍を率いるその指揮官は、セタ。10年ぶりにみる親父は随分と老けこんでいて。それでも見間違えようのない、オレの親父だった。




 第59話、読んでいただきありがとうございます。
次回はいよいよセタさんとの決戦です。お楽しみに。


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第60話 (ナルコ)の魔女

 どうしてこうなった。リバース鉱山の歩哨、ロキは何度目か分からない問いを自問する。リバース鉱山。それは兵士としては極めて安全な勤務地であるはずだった。周囲に敵はなく、逃げようとする馬鹿な丸腰の召使いに一方的に剣を振り下ろすだけで給料がもらえる。出世することはないが戦死することもない。安泰を絵に描いたような職場だ。そしてそれは、ロキにとっては実に理想的な職場だった。

 そもそもロキは、出世したいなんて思っていない。適当に女と遊べる程度の金があればそれでいいと思っていた。だから、任地がリバース鉱山だと聞かされた時は喜んだ。なにせ、ここなら遊ぶ女には不自由しないのだから。見た目のいい女に適当な言いがかりをつけて、好き放題に遊んで捨てる。それだけの毎日で、その辺の農民なんかよりずっと豊かな生活が送れるのだ。オクラン様ありがとう。セタ様ありがとう。ヴァルテナ様ありがとう。俺様はあなた方に忠誠を尽くし、ここリバース鉱山に骨を埋める覚悟で任務に励みます。‥‥‥そう誓ったのが、だいたい5年ほど前。なのに、それなのに。再度、ロキは同じ問いを繰り返す。

 ‥‥‥どうして俺は今、血の海で倒れているんだ?

 

 

 

 最初にケチがつき始めたのはいつだったか。思い返してみれば、やはりアレしかない。今から半年と少し前、2人の召使いが脱走した。脱走当時に南門の警備をしていた俺は、怪しい奴を見ていないかと尋ねられて、正直に何も見ていないと答えた。神に誓って嘘は言っていない。あの日は本当に何事もなかったのだ。それなのに、審問官は俺の言葉を信じなかった。ヤツは門番全員を火炙りにしたのだ。‥‥‥やがて、事件当時北門を見張っていた兵が嘘を吐いたことを白状した。南門と東門の門番を炙っていた火はすぐに消火され、俺たちは丁寧な治療を受けたものの‥‥‥その時の火傷は今も残っている。俺は何も悪くないのに!

 俺は苛立ちと鬱憤を晴らすように、召使いに当たり散らした。無抵抗な召使いを力いっぱい殴りつけると、少しだけ苛立ちも紛れる気がした。そんな毎日を続け、やがて脱走事件のことも忘れかけた頃。リバースに魔女がやってきた。

 

「くっ、来るなあ! 来るなよっ、あっち行けえ!!」

 這いつくばりながら、腕の力だけで少しでも魔女から離れようともがく。足は、もう無い。

「来るなって言ってんだろ! 俺が何したってんだよチクショウ!!」

 足が無くなっても、命がまだあるだけマシなのだろうか。他の仲間たちも皆地面に倒れ伏して、生きてるのか死んでるのかさえ分からない。血の海の中を、魔女が悠々とした足取りで近寄ってくる。

「あら、そんな寂しいこと言われると傷ついちゃうわ。昔はあんなに、私のこと追いかけてくれたのに」

 血で濡れた刀を無造作に構えながら、魔女は言う。俺には、そいつの言っていることがさっぱり分からなかった。まるで昔からの知り合いのような言い草だが、俺はこんなヤツは知らない。きっと誰かと間違えているんだ。そうに違いない。ああ、人違いで殺されるだなんて。俺はなんて運がないんだ。

 己の非運を嘆いてみても、魔女の足取りは止まらない。やがて魔女は俺の背中を踏みつけると、手にした刀を高々と振り上げた。

「よ、よせ! 話せば分かる! やめろ! やめてくれえええ!!」

 

 

 

   ☆☆☆☆☆

 

 

 

「落ち着け! 気を確かに持つのだ! ここは安全だ!」

 錯乱する兵士の肩を支え、言葉をかけてやる。だが返ってくるのは支離滅裂な呻き声だけ。やめろ、くるな、俺は悪く無い、何もしていない。うわ言のようにそんな言葉を呟いたかと思うと、突然思い出したように悲鳴をあげたりする。

「セタ様。どの兵もひどく錯乱しております。よほど恐ろしいものを見たのでしょう」

 配下の言葉に、私はそうか、と頷くことしかできなかった。

 リバース鉱山壊滅。その報を受けた我々は、生存者を保護するべく急きょ進路を変えた。我々がリバース鉱山に到着した時、既に兵士の7割が息絶え、残りの3割は精神に異常をきたしていた。私が肩を支えるこの兵士も、その1人だ。この兵士は両足と右腕を失っていた。おそらく手足を失ったショックに耐えられなかったのだろう。今も支離滅裂な呻き声をあげ続けている。もっとも正気を保っていたとしても、左腕1本ではまともに生きることなど出来ないだろうけれど。狂うことができたのは、オクラン神からのせめてもの慈悲か。

「恐ろしいものとは‥‥‥(ナルコ)の魔女か」

 取り寄せた都市連合ウィークリーの記事を眺め、舌打ちをする。襲撃犯と思しき黒髪の女が、カメラ目線でピースサインをしている記事だ。

「‥‥‥バケモノめ」

 こやつは、自分が何をしたか分かっているのだろうか。なぜこのような酷い行いができるのか。なぜ、悪びれもせず笑顔でピースサインができるのか。

「‥‥‥急ぐぞ。これ以上の被害を生まぬためにも。ホーリーネイションの未来は、諸君らの双肩にかかっていると思え」

「「「はいっ!」」」

 配下たちの頼もしい返事が心強い。『たかが逃亡奴隷だと思って舐めてかかると、痛い目に遭うかもよ?』‥‥‥我が友ヴァルテナから送られた言葉を思い出す。冗談めかした言い方だが、ヴァルテナは私の実力を正確に把握して、その上で油断するなと忠告してくれたのだ。‥‥‥おそらく次の戦いは、厳しいものになる。もはや相手を侮るつもりなど、微塵もない。

「‥‥‥仇は、必ずとってやる」

 いまだうめき続ける兵士に向けて、私は小さく呟いた。

 

 

 

 見つけた。リバースを出発し、以前向かわせた斥候の情報を頼りに魔女どものアジトを探し続けて、ようやく見つけた。おそらくここが、やつらのアジト。固く閉ざした門の前に立つのは、記事に写っていたあの魔女だ。詰問する手間が省けた。他にも魔女の仲間と思われる者が数名。そして金で雇ったと思われる傭兵と、浮浪忍者の姿もある。

「ようやくのご到着ね。待ちくたびれちゃったわ」

 黒髪の魔女が、刀の柄に手をかけながら言う。

「歓迎の準備はできてるわよ?」

 戦士としての本能が囁く。ヤツはかなりの手練れだと。リバースの同胞たちも、ヤツのあの刀で斬られたのだろう。そして魔女の隣に立つその仲間も、同様に手練れだ。ヤツらに比べれば、金で雇われただけの傭兵や浮浪忍者の雑兵など敵ではない。

「ほざけ小娘! 己の愚行、あの世で悔やむが良い!」

 すると、魔女の隣に立つ赤髪の女が口を開いた。

「おいおい。久しぶりに再会した娘を前にして、最初のひと言がそれか、クソ親父?」

「娘だと? 何を‥‥‥言って‥‥‥」

 何を、言っている。目の前の赤髪の女の容姿は、記憶にある娘とは似ても似つかない。けれど、その声は。記憶にあるよりやや低く大人びた声ではあるものの‥‥‥愛する娘の声に、確かに似ている。生きていれば、ちょうどこれくらいの年齢だろうか。そして何より‥‥‥この女はなぜ、私に娘がいると知っている?

「まさか、シェ‥‥‥」

「シェリー、なんて呼ばねえでくれよ、クソ親父。その名はとっくに捨ててんだ。今のオレはこう名乗ってる。レッドと」

「おっ、お前っ‥‥‥!!」

 動揺に目を見開く、と同時に黒髪の魔女が駆けた。予備動作すらない踏み込みで一瞬にして彼我の距離をゼロにしつつの、居合い。

「セタ様‥‥!」

 死んだ。私を庇うように飛び出した兵が、呆気なく。魔女はそのまま兵士たちに包囲されるが‥‥‥正直、囲んだだけでどうにかなる相手とは思えない。それならリバースは壊滅していないはずだ。

「姉さんに続けえ! 遅れをとるなよテメェら!!」

 傭兵たちが突っ込んでくる。金で雇われただけの傭兵など敵ではないと思っていたが、認識を改めねばならないかもしれない。どういうわけか、傭兵どもの士気が異様に高いのだ。もしや、何らかの魔術で精神を操られている‥‥‥?

「シェリー? シェリー! なぜそこにおるのだ! 早くそこから離れろ!」

「やなこった。大切な仲間を置いて、どこに行けってんだよ」

 娘が、まるで死神のような大鎌を構えて向かってくる。それを弾き返しつつ、叫ぶ。

「仲間だと? 笑わせるな! ヤツは魔女だぞ! 血も涙もないバケモノだ! お前は洗脳されておるのだ!!」

 そうだ、娘は洗脳されているのだ。でなければ、あんな魔女の手下になるはずがない。

「はいはい、ナルコさんですよーっと」

 黒髪の魔女の声が届く。人を心底馬鹿にしたような響きを含んだその声と同時に、また1人、兵が死んだ。頭上を飛び交う、ハープーン砲台から射出された銛の雨。戦場を縦横無人に駆け回る浮浪忍者ども。無表情に刀を振るう機械人形。同胞が、次々と倒れてゆく。血も涙もない魔女どもの手によって。

 どうしてこうなった。フェニックス様から頂いた援兵は皆精鋭だ。簡単に倒れるはずがない。数でも上回っている。なのに、なぜ。どうしてヤツらの士気がこんなにも高い。どうしてフェニックス様の援兵が押されている。どこで間違えたのだ。どうして。何故。何故、何故、何故、何故、何故、何故‥‥‥

「どうしてこうなったのか分からない、ってツラだな。クソ親父」

 憐れみさえ含んだ娘の声。死神を連想させる大鎌が迫ってくるが、まるで現実感がない。これは夢だ。きっと悪い夢に違いない。そうに決まって‥‥‥

「そんなことも分からねえから、こうするしかねえんだよ。クソ親父」

 大鎌の切っ先が、腹を抉る。痛みは無い。やっぱり夢なのだ。夢から覚めれば、またいつもの日常が戻ってくる。そう信じて‥‥‥私はそのまま、意識を手放した。




 第60話、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。


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幕間 シェク王国の客人

 ホーリーネイションの領土を南下したその先に、シェク王国の領土はある。シェク王国の文化を一言で表すなら、『強い者が偉い』という、とてもシンプルなルールで成り立つ国である。‥‥‥国としては成り立ってないだろそれ、というツッコミが外部から入ることもあるが、少なくとも国民は納得して生活しているので、これで十分成り立っているのだ。そんなシェク王国の首都、アドマグの王城にて。初老の男性の声が響き渡る。

「姫さま、姫さま! どちらにいらっしゃるのです、姫さま!」

 男性の名は、バヤン。王国の参謀役であり、同時に姫さまの教育係でもある。あるのだが、その姫さまが、どこにも見当たらない。今日は政治の授業をすると伝えておいたはずなのに、一体どちらへ行かれたのか‥‥‥と、首を傾げて、違和感に気付く。これだけ大声で姫さまを探し回っているのに、王城内がやけに静かなのだ。通常であれば女王様が『なんだって!? 私の娘が行方不明だって!?』と血相を変えていてもおかしくない頃合いだというのに。

「‥‥‥エサタ様。また、ですか。‥‥‥はあ」

 姫さまの居場所をほぼ確信しつつ、バヤンは王室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「えいっ、やあ!」

 訓練用の木人を叩きながら、娘が愛らしい声を張り上げる。我が娘ながら、本当に可愛い娘だ。きっと私に似たのだな。ふふっ。

「どうですか、母さま!」

「うん、いいぞ。足はもう少しだけ開いてみようか。重心を下げて、首はまっすぐに」

 言いながら、娘の肩に手を添えて姿勢を直してやる。娘は小さく頷くと、再び木人に向き直って。

「てやあっ!」

 相変わらずの可愛らしい声と、それに似合わないドスンッ! という重たい音が響く。

「いいぞ、飲み込みが早いな。さすが私の娘だ」

「えへへ、母さまの教え方が上手なんですよ」

 はにかんだ笑顔で照れたように笑って見せる娘。ああもう、なんだこの可愛い子は。よく出来たご褒美にケーキでも買ってこようかな。お茶も用意して、少し休憩を挟んでもいいかもしれない。そんなことを考えていると、コンコンッと部屋の扉がノックされた。

「姫さま。やはりこちらでしたか」

 返事も待たずに入ってきたのはバヤン。先ほどから大声で王城を右往左往していたが、とうとう見つかってしまったか。

「あーあ、見つかったか。もうしばらく大丈夫だと思ってたのに」

「ううー、母さま。私、お勉強きらい」

 眉をハの時に曲げて私の後ろに隠れる我が娘、セト。王女としてもう少し堂々とした態度を身につけて欲しいと思う反面、これはこれで可愛らしいのでいいかな、とも思う。可愛いは正義だ。

「ワガママを言わないでください、姫さま。エサタ様も、あまり姫さまを甘やかさないように」

「おいおい何を言うかと思えば。私は断じてこの子を甘やかしたりはしていないぞ。今だって厳しい修行をしていたところだ」

「うんっ、母さまとの修行、楽しいですっ!」

「ははっ、そうかそうか。お前は勤勉で偉い子だな。立派だぞ」

「えへへー、褒められちゃったー」

 ゆるっとした笑顔で無邪気に喜ぶ娘。天使か。しかしバヤンは大きく息を吐きながら天を仰いで額を押さえていた。こんなに可愛い天使が目の前にいるというのに、一体あの男は何がそんなに不満なのだろう。理解できん。

「あの、エサタ様。修行もいいのですが、今日は政治の授業をする予定でして」

「なあんだ、そんな事を心配していたのかバヤン。よしっ、それなら私が政治について教えてやろう。私の授業は厳しいぞー。覚悟はいいか、セト?」

 私がそう言うと、娘とバヤンが同時に、

「えっ! 母さまが!」「ええっ、エサタ様が?」

 と声をハモらせた。娘の声は純粋な喜びの声だが、バヤンの声には『え、政治なんて分かるの?』みたいな響きが含まれていたような‥‥‥気のせいかな。気のせいだろうな。私はこれでも国の女王だぞ。政治なんて簡単だ。

「ふっ、まあ見ておけ。早速だが問題だ。国王にとって最も大切なものは何か分かるか、セト?」

「はいっ! 武力です!」

 ピンっと手を上げて自信満々に答えるセト。

「正解だ! 武力さえあれば大体なんとかなる! 逆に武力がなければ、この国では誰もお前の言うことなんて聞いてくれないぞー。難しい問題だったのに、よく答えられたな。偉いぞ」

「えへへー。これくらい簡単です、母さま!」

 やはり私の自慢の娘だ。将来はきっと素晴らしい王になるに違いない。だが、なぜかバヤンは疲れたような顔をして。

「あの、えっと。政治というのはそうではなくてですね。例えば我が国が抱える問題をどうやって解決していくかとか、今後どのように国を発展させるかとか、そういった授業をですね」

 などとぶつぶつ言っていた。まったく心配性なやつだ。最初だから基本的な問題から出題しただけで、もちろんバヤンの言うような事だってちゃんと教えるともさ。

「よーし、それじゃ第2問だ。我が国は慢性的な食糧不足が問題となっている。これを解決するには何が必要か答えよ」

「はいっ! 武力です!」

 またもピンっと手を上げて自信満々に答えるセト。

「正解だ! 武力を揃えて、隣のホーリーネイションから奪ってくれば食料問題は解決する! よく分かってるな、偉いぞ」

「えへへー、これくらい簡単です、母さま!」

 娘の頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細める。

「続けていくぞ、第3問! 今後、シェク王国がさらに発展していくためには何が必要だと思う?」

「はいっ! 武力です!」

「正解だ! 人々が安心して暮らせるだけの自衛力があれば人口が増え、人口が増えればおのずと国は発展する! すごいな、全問正解じゃないか」

「えへへー、これくらい簡単です、母さま!」

「次はちょっと難しいぞー。第4問!‥‥‥」

 その後、第5問、第6問と続けて出題してみたが、自慢の娘はその全ての問題に正解して見せた。やはり自慢の娘だ。きっと娘にとって政治の授業なんて、簡単すぎてつまらないのだろう。この後はまた木人を使った修行を再開しようと伝えると、娘は嬉しそうに頷いて見せるのだった。バヤンの姿はいつの間にか部屋から消えていた。

 

 

 

 

「もうやだこの国」

 王室を抜け出して廊下に出たバヤンは、周囲に誰もいないのを確認してこっそり呟く。誰もいない、はずだった。なのに返事が返ってきた。

「心中お察しします、バヤン殿」

 聞き覚えのない、苦笑いをかみころしたような女の声。動揺を隠して、誰だ、と短く問う。

「これは失礼しました。お初にお目にかかります、モールと申します」

 女の声がそう言うと同時に、背後に気配が現れる。振り向くと、王室の扉とバヤンの間に立つ、黒ずくめの衣装を着た女がそこにいた。シェクではない。フラットスキン‥‥‥いや、そのような蔑称で呼ぶには相応しくない戦士の気配を漂わせている。確かホーリーネイションに敵対する忍者のボスがモールという名だったが‥‥‥こいつがそうだろうか。

「‥‥‥どのような用件だ、モールとやら」

「至急、バヤン殿にお伝えしたいことがあり参上しました。単刀直入に言いましょう。スタックの街から上級審問官セタが消えました」

 スタックの、上級審問官セタ。何人ものシェクの戦士の命を奪った憎き男である。

「ふん。それで? わざわざ親切にそれを教えるために王城に忍び込んだのか、モール?」

「ええ。とっても親切でしょう? スタックに攻め込むなら今がチャンスですよ?」

 くすりと笑ってそんな事をいうモール。食えないやつだ、と思った。

「‥‥‥何が狙いだ? 我々にスタックを攻めさせて、お前に何の得がある?」

「そんな大層なことは考えていませんよ。私たちはただ、あなた方と仲良くなりたいだけなのです」

「仲良くだと? 要するに恩を売りたいということだろう。姑息な。やはり貴様もフラットスキンか」

「ええ。見ての通り、姑息で卑怯なフラットスキンですとも」

 こちらの侮蔑にも気分を害した様子もなく、平然と受け流して見せるモール。

「私たち浮浪忍者の目的はただ1つ。ホーリーネイションを打倒し、故郷ブリスターヒルを取り戻すこと。私たちは最近とある協力者を味方に加え、その悲願を叶える準備を進めています」

 モールの言葉に、最近噂を聞くようになったある組織を連想する。遠く離れた地域の噂なので気にしていなかったが、かなり謎が多く油断できない組織であることは間違いない。

「ただ、もし我々がこのまま順調にブリスターヒルを取り戻したとしても、大きな問題が残ります。それがあなた方、シェク王国の存在。せっかく故郷を取り戻したなら、その後はできれば平和に過ごしたいものですから」

「ふん。だから恩を売る代わりに攻めないでくれ、とでもいうつもりか」

「正解! さすがバヤン殿、話が早くて助かります」

 正解! と言うモールの口調から、なんだかエサタ様と姫さまの授業を思い出してしまった。もう少し忘れていたかったのに。

「返事は後日でいいですよ。今日のところはとりあえず恩を売りにきただけですから。スタックの件、確かに伝えました。それではまた」

 それだけ言うと、モールの姿は煙に包まれ、現れた時と同じように忽然と姿を消した。まるで幻と話していたのではないかと錯覚しそうになったが、ふと気づけばさっきまで閉まっていた窓が開いている。おそらく窓から出ていったのだろう。

「‥‥‥次はちゃんと玄関から入ってこい、分かったな」

 窓に向かってそう言い、窓を閉め直した。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。


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第61話 父と娘

「むにゃ‥‥‥もう朝‥‥‥?」

 まだ眠気の残る体を無理やり持ち上げ、ベッドから降りる。体のあちこちが痛い。と、そこで昨日の事を思い出す。大体70人くらいいたホーリーネイションの軍隊に突撃をかけたんだっけ。傭兵さんや浮浪忍者のみんなも戦ってくれたけど、それでもやっぱり怪我がひどい。‥‥‥そういえば、レッドはどうなったのだろう。わざわざレッドとセタを一騎討ちさせるために大勢の兵士を引きつけたんだから、ちゃんと勝ってて欲しいのだけど。そんなことをぼんやり考えていると、やがて焼いた魚の香りが漂ってくる。いい匂い。香りに釣られるようにふらふらと食堂に向かうと、もう私以外の全員が食卓についていた。

「よっ、おはようすみれ。怪我は大丈夫か?」

 朝ご飯を丸テーブルに並べながら聞いてくるレッド。その左手側の席に座るイズミ、その隣がサヤ。そして1つ席が空いて、みこと。みことの左手側の席にセタが座っていて、レッドに戻る。

「いやなんで?」

 何でセタが一緒に食卓囲んでるの、と視線で訴える。

「すみれ、まずは柄から手を離せって」

 みことにそう言われて、無意識に右手が狐太刀の柄に伸びていた事に気づいた。柄から手を離して席に着く。サヤとみことの間の席が私の席だ。特に決めたわけではないが、何となくいつもこの席順になる。

「すみれさん、か。君が寝ている間にある程度の話は聞かせてもらった。君の生い立ちも、な」

 席に座ったセタがまず、口を開いた。もう『(ナルコ)の魔女』とか呼んだりはしないらしい。あれはあれでカッコよくて気に入ってたんだけど。

「ふうん。聞いたなら分かると思うけど、私ホーリーネイションの人間と仲良くする気なんてないわよ。その鎧姿を見るだけでご飯がマズくなるわ」

 遠慮なく本音をぶつける。レッドには悪いが、こればかりはどうにもならない。

「はは。まあそうだろうな。正直で結構。それでシェリー‥‥‥いや、今はレッドだったか。さっきも聞いたが、もう1度聞くぞ。お前はこれからも、ここで生きてゆくのか?」

「ああ。オレはこいつと、このバストで生きていく」

 こいつ、と言ってイズミの肩を抱くレッド。ちょっと妬けるわね。

「そうか。俺は、ここで暮らすことはできない。この地の者から恨まれておるからな。フェニックス様は今後もここに兵を送り続けるだろうが、守ってやることもできない。それでも‥‥‥それでも本当に、ここに残るか。父と共にホーリーネイションに戻る気はないか」

「ああ。ないな。‥‥‥この場所が、今のオレの居場所だ」

 迷うことなく断言するレッド。セタは長い沈黙の後、ゆっくり息を吐いて。

「ならば、そうするといい。だがこれだけは覚えておいてくれ。たとえ名を変えたとしても。国を捨てたとしても。俺は、お前の父親だ。それだけは決して変わらん。たとえ天地がひっくり返ったとしてもな。‥‥‥今でもお前は、大切なたった1人の娘だ」

 真っ直ぐにレッドを見据えてそう言うセタ。その目はとても優しい目をしていて、戦場で会った時とは別人のようだ。

「そんなこと分かってるっつーの。‥‥‥こほん。今でも愛してるわよ、パパ」

 同じように真っ直ぐセタを見つめ返して応えるレッド。咳払いの後のまるで別人のような口調が、昔のレッドの‥‥‥シェリーの口調なのだろう。セタは懐かしそうに目を細めて頷いていた。

「‥‥‥お父さん、かあ。なんかいいわね、そういう風に思えるのって。私には分からない感覚だから、ちょっとだけ憧れるわ」

 2人のやり取りを眺めて、思わずそう呟く。周りを見渡しても、みこともイズミも暖かい目で2人を見守っているので、理解できない私が特殊なのだろう。サヤは‥‥‥どうなんだろう。滅多に本心を表に出さないのよね、この子。今はもう、以前ほど嫌いではなくなったけどさ。

「おや? すみれさんは親子の情って分かりません?」

 不思議そうに首を傾げるサヤ。やっぱ私だけが特殊なのかな。

「そうね‥‥‥リバースで殺した兵士のどれかが、きっと私の父親なんだけど。うん、やっぱり分からないわ」

 リバースで切り捨てた兵士を思い出しながら応える。血がつながっているからといって、特に込み上げてくるようなものはない。

「‥‥‥配慮が足りず申し訳ありませんでした」

 素直に頭を下げるサヤ。まあ私が特殊すぎるんだろうな。

「よしっ、そろそろ朝飯食べようぜ。今日の魚は、2Bが海で釣ってきてくれたんだぜ」

 そう言ってレッドは焼き魚にレモンをかける。みことは醤油派。私は‥‥‥今日はどっちにしようかな。少し悩んで、レモンをかけることにした。

「ん。いただきます」

 ぱくり。もぐもぐ。やっぱりレッドの作るご飯は美味しい。焼き加減が絶妙だ。皮がほんのり焦げつつも、中身はふっくらと焼きあがっている。この焦げがまたいいアクセントになっていて、味の変化が面白い。‥‥‥ちょっぴりレモンが足りなかったかな。もう少し足してみよう。ポタポタと追加でレモンを垂らす。もぐもぐ。‥‥‥うん、美味しい。最近、なんだか無性に酸っぱいものが食べたくなるのよね。さらに追加でポタポタポタ。

「なあすみれ、流石にちょっとかけ過ぎなんじゃ‥‥‥?」

 心配そうに尋ねてくるみこと。それに続くように、レッドも不安そうな顔をして。

「‥‥‥なあ、すみれ。もしかしたらなんだけど、ひょっとすると、その、あれだ。あくまで可能性なんだが」

「? どうしたのよ、レッド?」

 妙に歯切れの悪いレッドに聞き返す。

「だから、その。あー。もしかしてすみれ、妊娠してね?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 時が止まった。ざ・わーるど。心当たりは、ある。‥‥‥うん、ある。胸に宿るのは不安と、それ以上の喜び。にまーっと、つい頬が緩んでしまうのが自分でわかる。みことと付き合うようになって3ヶ月と少しが経っていた。

「みっ、みこと! どうしようどうしようどうしようっ!」

「お、おおおお落ち着け、まずは落ち着こう。すーっ、はーっ。おめでとうすみれ!」

「うん、ありがとうっ! お母さんかあ。私、いいお母さんになれるかしら。っていうかいいお母さんってどんなのかしら。私、お母さんって見たことないんだけど」

 多分リバースの奴隷のどれかがお母さんだ。当然、参考にはならない。

「お、俺だってはっきりとは覚えてねーよ‥‥‥どうしよう、どうすりゃいいんだ、イズミ教えてくれ!」

「待って10歳の子供に聞くことじゃないよね!? どこまでバカなのキミたち!?」

 その後、セタが「いいから安静にしておれ」と言うまで、わいわいきゃあきゃあと騒ぎ続けた。いくら騒いでも、どうすればいいかなんてちっとも分からなかった。




第61話、読んでいただきありがとうございます。すれ違った人間関係は元に戻すことは難しいです。けれどたとえ元通りの関係には戻れなくとも、誤解が解ければ新たな関係を築くことはできるはず。そんなお話でした。


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第62話 帰ってきたアイツ

「す、み、れ‥‥‥と。ねえねえイズミ、これでいいのかしら?」

 羊皮紙に書いた文字をイズミに見せる。

「うん。字が汚いことに目を瞑れば、それで合ってるよ。それにしても、君たちが文字を覚えたいなんてねえ」

 今まで読もうともしなかったくせに、とイズミが笑う。

「ふふっ。だって私、もうすぐお母さんになるんだもの。子供が産まれたら、お話とか読んで聞かせてあげたいじゃない」

 お母さん。いい響きね。この私がお母さん。今まで考えたこともなかったけど、まさかそんな日が来るなんて。隣で一緒に文字を教わっているみことも、声に喜びを滲ませて。

「そっか。俺もお父さんかあ。どんな子だろうな。すみれに似た可愛い子かな」

「ううん。きっとみことに似た優しい子よ」

 つい頬が緩んで、どちらともなくにへへーと笑い合う。そんな私たちを見ていたサヤが。

「‥‥‥人って、変われば変わるものですねえ。すみれさんに似て凶暴で、みことさんに似たおばかな子じゃなきゃいいですけど」

 などという感想を漏らしていた。これはケンカを売られているのだろうか。

「さーやー? あんたはちょっと正座してなさい?」

「失礼しました」

 ちょこん、とその場で素直に正座するサヤ。何がしたいんだあの子は。

「あ、レッド。後ででいいんだけど、私に料理教えてくれないかしら? 子供って何食べるのかしらね。お肉食べると思う?」

 たまたま近くを通りかかったレッドにそう聞いてみると、呆れた顔をされた。

「肉なんか食べる訳ねーだろ。まずは人肌に温めたミルク、その後は離乳食だ」

「り、りにゅーしょく‥‥‥?」

 リニューアルにちょっと似てる。何か関係あるのだろうか。

「あー、まあ後でゆっくり教えてやるから心配すんな。つっても、オレも子育ての経験がある訳じゃねーからな。あくまで一般常識の範囲でしか教えられねーけど」

「そ、そうよね。でも知り合いに子育ての経験がありそうな人なんて‥‥‥」

 浮浪忍者の人はそもそも男嫌いの人がほとんどだし、サミダレさんも恋愛とは縁がないって言ってた。傭兵たちは、うん。聞くまでもなさそう。やっぱり誰にも頼れそうにな‥‥‥あっ!!

「む?」

 部屋の隅っこで大人しくしていたセタと目が合う。いるじゃないか、子育ての経験のある人が、こんなに近くに。

「ねえセタ。貴方なら子育てに何が必要か知ってるわよね。出来れば頼りたくないしイヤイヤだけど、背に腹は変えられないわ。知ってることを話しなさい?」

「おい待て小娘、それが人に物を尋ねる態度か!?」

「これは質問じゃないわ、尋問よ。自分が捕虜だってこと忘れてないわよね?」

 狐太刀に手を添え、1cmほど刃を見せて脅してみる。

「まさかそんな種類の尋問されるとは思っとらんかったわ!」

 私とセタが言い争っていると、みこともこちらに寄って来て味方してくれる。

「おいセタ、あまり大声を出すんじゃない。お腹の子がびっくりしたらどうするんだ」

「え、俺が悪いの? 俺が怒られるパターンなの!?」

 もちろん素直に答えないセタが悪い。どうでもいいけど、セタって一人称が『俺』だったり『私』だったり安定しないわね。部下の前だと『私』になるみたいだけど、素だと『俺』なのかな。

「お、おいシェ‥‥‥じゃなくてレッド! お前からもなんとか言ってくれんか!」

 セタがそういうと、レッドは少し悩むような仕草をして。

「んー。そういやオレも離乳食なんて作ったことなかったわ。作り方教えてくんね、親父?」

「レッドお前もかああ!」

「だから大声出すなって言ってるだろうがっ」

 ごつん、とみことがセタの頭にゲンコツを振り下ろす。みことが非武装の相手に手をあげるのって、なかなかにレアだ。というか初めて見たと思う。子供のことになるとブレーキが効かないタイプなのかもしれない。

「す、すまぬ‥‥‥というか殴るならせめて手加減してくれんか? 自分が武術家ってこと忘れておらんよな? おらんよな? 今、首がもげるかと思ったぞ?」

 涙目で声を震わせるセタ。

「というかだな、俺もそれほど詳しくはないのだ。娘が生まれたばかりの頃は妻に子育てを任せておったのでな。そのせいで妻には愛想を尽かされ、最後には娘にも逃げられたダメ親父だ。参考にはならんだろうさ」

「むう、役に立たないわねー。そうなると他に誰かいないかしら‥‥‥うーん」

 私が頭を悩ませていると、レッドが何かを思いついたように。

「あ、それならアイツはどうだ? 素直に答えてくれるか分からねーけど、少なくとも子育ての経験はあるはずだぜ」

 あいつ? と私は首を傾げる。

「ほら、アイツだよアイツ。えーっと、反乱農民のボス・シミオン!」

 

 

 

「というわけで私ことすみれは、もうすぐお母さんになります!」

「いやどうでもいいわ! わざわざそんな事伝えに来たのかよ!」

 ショーバタイ。憲兵の檻の中で、シミオンは今も大人しくしていた。

「どうでもいいって事はないでしょう。そこはお世辞でもなんでも、一言『おめでとうございます』っていうべきところじゃない?」

「いやマジでどうでもいいから。つーかお前は俺にとっての敵だろうが! お前のせいで俺は牢屋に入ってるんだぞ?」

「いいじゃないの、そんな昔のこと」

「昔じゃねえよ! 今現在、檻に入れられてんだよ! お前のせいで!」

 細かいことを気にするやつである。

「たかが敵ってだけでしょう? 我が子を大切に思う気持ちに、敵も味方も関係ないわ」

「そりゃあ、まあ‥‥‥って、だからって何で俺がお前の子供のことなんか気にしなきゃいけねーんだ!」 

「それはほら、親としての先輩として、アドバイスとかあったらなーって」

 私がそういうと、ようやく得心がいったとばかりにシミオンが目を細める。‥‥‥そう言えば、「子育てについて教えて」って言ってなかったわね。本当にただ自慢しに来ただけと思われていたようだ。

「‥‥‥ふーん。まあ、教えてやれることがないわけじゃねえが。離乳食の作り方とかおむつの変え方、夜泣きした子供のあやし方。その程度のことなら俺でも」

「ほ、本当!?」

 こんなところに救世主が。思わずシミオンの手を握りしめる。だがシミオンは意地悪くニヤリと笑って。

「だが、タダってわけにはいかねえ。俺をここから出せ。そうすりゃ教えてやらんでも」

「ええ、お安い御用よ。憲兵さんっ、シミオンの保釈金を払いたいの。言い値ではらうわっ!」

「‥‥‥‥お、おう」

 

 

 シミオンは刑務所から釈放された。

 望み通りに釈放されたシミオンは、何故か納得いかない顔をしていたけど。何が不満なんだろう。




 第62話、読んでいただきありがとうございます。シミオン氏再登場です。この話もそうですが、3章は全体的に創作色が強めで『modを使ってもKenshi本編では再現できない』展開が多くなります。次回もお楽しみに。


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第63話 BlueMoonへようこそ

「おおっ、俺のメイトウ、ちゃんと残ってたんだな!」

 戦闘用のクワ。見た目こそただのクワだが、伝説の鍛治師が鍛えたという紛れもないメイトウである。まさか、また俺の手元に戻ってくるとは思わなかったな。

「まあ、売り払うのもちょっと勿体無かったし、ソレを使いたいって奴もいなかったからな。すみれは俺が作った刀しか興味ないし、レッドは見た目に威圧感がないと嫌なんだとさ」

 そう言ってくるみこと。すみれの彼氏らしいが‥‥‥こう言っちゃなんだが、苦労しそうだな‥‥‥尻に敷かれそうというか、なんというか。あの頭のネジの外れた女の相手なんて、よくできるものだと感心してしまう。どこを好きになったのだろう。

 それはそれとして、俺のクワに威圧感がないとは見る目がないな。

「レッドってーと、あの赤髪か。女どもは分かってねーなあ。武器ってのは性能が第一だろうが。ついでに見た目と性能の差が大きければ大きいほど、油断した相手をサクッとやっちまえる。やっぱ俺の相棒はコイツじゃねえとな」

 俺が武器について持論を語ると、みことがムッとして反論してくる。

「おいおい、それはちょっと聞き捨てならないな。確かに性能も大事だが、それ以上に刀ってのは芸術品なんだぞ。見てみろこの刃紋。この刃紋を浮かせるために何ヶ月かかったと思って‥‥‥おい聞いてるのかシミオン? なんで目を逸らす?」

 やべえ。面倒くさい話が始まった。すみれの影に隠れて目立たないだけで、この鍛治の兄ちゃんも大概、頭のネジがぶっ飛んでやがる。

「そ、それはそうと。俺が教えた人形はもうできたのか?」

 話が長くなる前に話題を変える。子供用のオモチャは何がいいのか聞かれたので、とりあえず人形でも作っておけと答えたのだが。

「おう、見てくれよ。なかなかいい出来だろ?」

 そう言ってみことが持ってきたそれは、人形というか、フィギュアというか。クオリティがもう子供のオモチャってレベルじゃない。モデルはすみれだろうか。刀を構えた女性剣士が、それはもう見事な彫刻によって再現されていた。刀の光沢とかまるで本物‥‥‥いや本物の鍛治師が作ったのか。何この才能の無駄遣い。

「‥‥‥誰がここまでやれと言った」

「え?」

「いやいや、こっちの話だ。ただこれは‥‥‥すげー頑張って作ったのは分かるんだが、ちっとばかし小さすぎるな。子供ってのはなんでも口に入れて飲み込みたがるもんなんだ。だからもう少し大きく作ってやらないと。こんなの渡したら喉詰めて最悪窒息するぞ」

「そ、そういうもんなのか。人形ってのも奥が深いな。よしもう一回作り直してくる!」

 そう言って鍛冶場に戻っていくみこと。やがてカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。まさかの鉄製かよ‥‥‥いや鉄じゃないな、軽くて柔らかいあの金属は‥‥‥真鍮だろうか。俺が作る人形ってのは、余った布切れとかで作るんだが、鍛治師ってのはああいうものなのか? 人形1つ作るのにもいちいち全力というか、一切の妥協がないというか。なんとなくぼーっと鍛冶の音を聞いていると、イズミがやってきた。その手にはカゴいっぱいのトマト。

「あ、いたいた。シミオン、ちょっとこれ食べてみてよ。さっき収穫が終わったんだ」

「お、くれるのか? そりゃサンキューな」

 カゴからトマトを1つ手に取り、かぶりつく。スイコーサイバイ? とかいうよく分からない技術で作ったものらしいけれど、別に変な味とかはしない。ごく普通のトマトだ。

「‥‥‥で、どうかな。ボクのトマト、美味しいかい?」

「あん? そりゃ不味くはないが‥‥‥まあ、普通だな。知ってるか嬢ちゃん。このバストにはな、かつてすっげー美味い野菜を作ってる農家がいたんだぜ。そいつと比べりゃ、全然だな」

「‥‥‥そっか。‥‥‥そう、だよね」

 イズミは俯いてそう呟いて‥‥‥て、あれ? いやいや俺、別に泣かすようなこと言ってねえよな!? そんな酷いこと言ったつもりはないぞ!?

「お、おいおい、何もそこまで落ち込むこたあねーだろ!? つーかスイコウサイバイって何なんだよ。俺も農民の端くれだからな。見せてくれりゃあ少しくらいアドバイスできるかも知れねえぜ?」

「あ、ううん。別に落ち込んでるわけじゃないんだけど‥‥‥そうだね、一度見てもらっていいかい? 水耕栽培っていうのは、土を使わずに水と液体肥料で作物を育てる技術のことさ。室温や光量をコンピュータで制御することで、室内でも野菜が育つんだ」

 コンピュータってのが何なのかよく分からないが、大体の仕組みは理解できた。イズミに案内された水耕栽培施設では、確かに液体肥料によって育てられている野菜があり、そこに繋がれた機械に細かい数字が映し出されていた。

「へえ、これが水耕栽培か。この機械に出てる数字は‥‥‥肥料の量か?」

「うん、そうだよ。十分な量の肥料と光と酸素。必要なものは全部揃えたんだ。なのに‥‥‥なんで、追いつけないのかなって」

 飄々とした態度で語るイズミだが、その表情に一瞬だけ、悔しさが滲んだように思えた。詳しい事情は俺には分からねえが、1つ分かることもある。

「なあこれ、俺の勘だが、ちっとばかり肥料が多すぎるぞ」

「多すぎる?」

「ああ。水や肥料ってのは何も多ければ多いほどいいってわけじゃないんだ。美味い作物を作ろうとするなら、なおさらな。作物ってのは生き物なんだよ。少なめの肥料で育てられた作物は、貴重な栄養を無駄にしないように、その身の内側に栄養をギューッと閉じ込めようとする。そうやって育てることで、甘味のある、中身の詰まった美味しいトマトが出来上がるんだ。人も植物も、ちぃとばかし厳しめの環境で育ってきたやつの方が味があるんだぜ」

「そ、そうなのか! 確かにそういった作物の反応は想定外だった! ありがとうシミオン、これでようやく追いつけそうだ!」

 イズミはそう言って機械に飛び付き、水と肥料の量を計算しだした。俺の知っている農業だと、細かい数値は計算ではなく経験で導き出すもんなんだが‥‥‥まあ、ここから先はあの嬢ちゃんの仕事だろう。追いつきたい誰かがいるのかねえ。

「あらあら。早速大人気ですね、シミオンさん」

「ん? ああ‥‥‥」

 振り向いた先にいたのは、ボブカットの‥‥‥ええと、誰だったか。

「サヤです。主に鉱石掘りをしております」

 そうそう、サヤだ。以前襲ってきた時には見かけなかったから印象が薄いんだよな。

「おお、そうだったな。‥‥‥何というか、ここの連中はどいつもクセが強いな」

「ふふ、そうですね。けどそう言うシミオンさんも手配書とは随分と印象が違いますね。意外と面倒見が良いと言いますか」

「はん。組織のリーダーなんて、面倒見が良くなけりゃ務まらねえよ。特に反乱農民なんてのは、行き場のない弱者の集まりなんだ。1人じゃ何にもできねえ奴らが集まって、それでもなんとか必死に生きようとしてる。俺が面倒見てやるしかねーだろうが」

 サヤに対してそう言うものの‥‥‥実は少し迷いもある。俺は少し、あいつらを甘やかしすぎていたんじゃないだろうかと。世話を焼くあまり、あいつらの自立を妨げていたのではないかと。ここの連中を見てると、誰かが誰かに頼り切っているというような関係でないのが分かる。集う理由も目指す場所もバラバラで、それでもお互いに信頼し合い、絆で結ばれている。不思議な連中だ。

 ‥‥‥きっと俺は、こんな組織を作りたかったんだ。1人では生きていけない連中がお互いに助け合い、厳しい世界で生き抜いていけるだけの力を持たせてやりたかった。けど実際に出来上がったのは‥‥‥俺が作り上げた組織は、無闇に人を襲って物資を強奪するだけのゴロツキ集団だった。一体どこで何を間違ったのやら。上手くいかないもんだ。

「‥‥‥何か悩みがあるなら、話くらいは聞きますよ?」

 隣のサヤがそんな事を言ってくる。顔に出てたかな。

「どんなことでも、最初から上手くいくはずがないんです。時には道を踏み外しそうになったり、喧嘩もしたり。それでもより良い理想を目指し続けたからこそ、『今』があるんですよ。私たちのチームだって、もしすみれさんが1人で何でも決めていたら、反乱農民と大差なかったはずです」

「それはまあ、そうかもな」

 サヤの言葉に、思わず苦笑してしまう。腕っぷしは認めるが、組織のリーダーとしては未熟そのものだ。まだ若い女剣士の事を考えていると、噂をすればなんとやら、そのすみれの声が響いてくる。

「はーなーしーてー! ちょっとお肉とってくるだけだから!」

「だからそーいうのはオレたちに任せとけって言ってんだ! 妊婦は大人しくしてろ!」

「体が鈍って仕方ないんだもんっ! 軽めの運動は必要だってイズミも言ってたし!」

「スキマーと真剣で斬り合うのは軽めの運動じゃねえよ! あ、おいサヤ! お前も手伝え、こいつを止めろ!」

 ‥‥‥レッドがすみれを羽交締めにしていた。なんだアレ。

「‥‥‥それじゃ私、ちょっと行ってきますね」

「ああ、行ってやれ」

 トテトテと駆けていくサヤ。

「ちょっとサヤ、私はあなたの主人でしょう!? 主人に逆らうなんて‥‥‥にゃああ、はなしてー!」

 ‥‥‥つくづく、おかしな連中だ。




 メリークリスマスですね。第63話、読んでいただきありがとうございます。農業のくだり、リアルな農家ではこういった試行錯誤を1年サイクルで繰り返して、より良い品種を目指していたりします。独自のオリジナルブランドを作っている農家は筆者が尊敬する職業の1つですね。
 諸事情により年始は執筆の時間が取れないため、次回は1月下旬から2月上旬の投稿予定となります。気長にお待ちくださいませ。


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第64話 母の記憶

「っ!!」

 悪夢にうなされ、目を覚ました。時刻は深夜。

 背中は、イヤな汗で濡れていた。‥‥‥最近は、ほとんど見なくなっていたのになあ。悪夢。

 ‥‥‥昔はよく見ていた。幼い私が、必死になって母親の背中を追いかける夢。‥‥‥親に棄てられた時の記憶。

 

 散歩に出かけようと、そう誘われて。久しぶりのお出かけに心を弾ませて、母と出かけた。

 3時間ほど歩いて、さすがに疲れたので少し休もうと伝えたけれど、母はそのまま歩き続けた。

 5時間ほど歩いて、母の歩幅に追いつけなくなった。だんだん距離が開いていく背中を、それでも必死で追い続けた。

 7時間ほど歩いて、ついに足が動かなくなった。どれだけ頑張っても、足が1歩も前に進まない。お願い待って、と叫んだ。置いていかないでと。いくら泣いても叫んでも、母が振り返る事はなかった。返事もせずに立ち去る母の後ろ姿を、ただ泣きながら見送った。日が暮れて、朝になって、それでも母は戻ってこなくて。棄てられたのだと、ようやく気づいた。

 

 ‥‥‥親子の情、か。

 急にこんな夢を見た理由は、大体想像がつく。レッドさんが父親と仲直りしたり、すみれさんがお母さんになったり。そんなことが続いたので、私にとっての家族を思い出してしまったのだろう。

「‥‥‥眠れそうにないなあ」

 仕方ないのでそっと布団を抜け出して外に出る。外に出る途中で研究台に明かりが付いていることに気がついたのでそっと様子を見てみると、イズミさんが研究に没頭していた。邪魔しちゃ悪いので音を立てないように通り過ぎる。

 外に出ると、星が綺麗に瞬いていた。‥‥‥そういえばあの日も、こんな綺麗な星空だったっけ。頭のいい人は、星を見るだけで方角が分かるという。もちろん、私には分からない。

「サヤ? こんな時間に珍しいわね?」

「あ。すみれさん」

 声をかけられて、少し驚く。どうやら庭で素振りをしていたらしい。

「ええまあ、少し寝付けなくって。すみれさんもですか?」

「うん。刀振ってないと落ち着かなくて」

 ‥‥‥どんな理由だ。頭おかしいんじゃないのか。そんな心境は表に出さずに、愛想笑いを顔に貼り付ける。ついでに話題も変えてみた。

「綺麗な星空ですねえ」

「そうね。あの日を思い出すわ」

「‥‥‥あの日?」

 まるで自分の心情を言い当てられたように感じて、ドキリとする。

「うん。リバース鉱山をみことと2人で脱走した日。あの日も、星の綺麗な夜だったのよ。‥‥‥あの日から全てが始まって。随分と遠くに来たような、ようやくここまで来れたような。不思議な気持ちね」

 ああ、そっちか。すみれさんは、懐かしそうに夜空を見つめる。月明かりに照らされるその横顔は、見惚れるくらいに綺麗だった。

「そうだ、サヤ。あんたも一杯のむ? 月見酒」

 すみれさんがそう言い、グラスを差し出してくる。傍には、まだ栓を抜いてないお酒。これから呑むところだったらしい。

「あの、すみれさん? 妊婦のかたの飲酒はあんまり‥‥‥」

「うん。だからみことには内緒よ? バレたら怒られちゃうから」

 そう言うとすみれさんは口元で指を立て、しーっとジェスチャーをしてみせる。

「‥‥‥もう。仕方ないですねえ」

 みことさんに怒られてションボリしているすみれさんを想像して、思わずクスッと笑ってしまう。1個しかグラスがないので、すみれさんと交互にグラスを交わす。

 すみれさんは、刀がよく似合う人だ。その印象が強くて、カッコいいけどちょっと怖い、そんな印象を持っていた。けれど最近のすみれさんは、ほとんど刀を振っていない。こっそり隠れて素振りする程度だ。そうなると受ける印象もまた変わってきて、すみれさんも私とそれほど変わらない、普通の女の子なんだって思えてくる。

「ねえ、サヤ。サヤのお母さんって、どんな人だった?」

「へっ!? な、なんですかいきなりっ!?」

 さっき見た夢を思い出して動揺してしまう。悪夢にうなされてたのを見透かされた? おかしいな、平静を装うのは得意なはずなのに。

「いや、そこまで驚かなくても。ただ、いいお母さんってどんなのかなーって。参考になればと思って聞いただけなんだけど」

 ‥‥‥。なんだ、見透かされたわけではなかったか。まあ、そりゃそうだ。

「私のお母さんは、ええと。‥‥‥いいお母さんでしたよ、たぶん」

「‥‥‥たぶん?」

 すみれさんが首を傾げて聞いてくる。でも私自身、どう受け止めるのが正解なのか分かってないので多分としか言いようがない。

「ええ。母子家庭で貧しかったにも関わらず、毎日美味しいご飯を作ってくれましたし。お洋服だって綺麗な着物を着せてもらってました。お母さん自身はほとんど何も食べず、ボロボロの服ばかり着てたのに。『お母さんは少食だから。服も思い入れがあるからこれがいいんだー』なんて言って。‥‥‥疑いもせずそんな言葉を信じていた私が、きっとバカなんです。‥‥‥バカだったから、棄てられたんですよ。私は」

「‥‥‥」

「あ、勘違いしないでくださいねっ? 別にお母さんのことを恨んでるとか、そんな気持ちは全然ないんですっ。別れの記憶は確かに辛いんですけど、それ以外は本当に愛情を注いでもらった記憶しかなくって。だから、その。どんなお母さんだったって聞かれると、いいお母さんだったんじゃないかなーって」

「そ、そう」

 あ、気まずそうに目を逸らされた。こういう空気が苦手だから、あまり自分のことは話したくないんだ。けど、恨むような気持ちがないのは本当。私だってもう、この都市連合じゃお金がないと生きていけないってことくらい分かる。そして私の家にはお金がなかった。あの日、私がいくら泣いて叫んでも、母が振り向くことさえしなかったのは。返事を返さなかったのは。きっと。

 ‥‥‥きっと、母も泣いていたからだ。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 それきり会話は途絶えて、お互い無言でグラスを口に運ぶ。安っぽい同情を口にしないのは、なんというかすみれさんらしかった。虫の声さえ聞こえない、静かな夜。静かな時間。‥‥‥そこに、遠くから軍靴の音が混じり始める。

 侍の巡回だろうか、と最初は思ったものの、そうではなさそうだ。巡回にしては数が多く、しかもだんだんこちらに近づいてくる。

「これは」

「襲撃ね。懲りないヤツら」

 私の言葉を、すみれさんが引き継ぐ。

「‥‥‥すみれさんはダメですよ? 大人しくしててくださいね?」

「はいはい、分かってるわよー。それじゃ、みんなを起こしてくるわね」

 不満げに唇を尖らせながらも、すみれさんが家に戻っていく。やがて起きてきたみことさんやレッドさん、リドリィさん、2Bさんが戦闘準備を整えて、イズミさんが固定砲台を構える。傭兵さんには門の外を守ってもらって。

「‥‥‥」

 なんか、『お前は何もしないのかよ?』というツッコミが聞こえてきそうである。でも何もできないのだから仕方ない。戦えない私は、気配を消してそっと闇に隠れるしかない。

 やがて拠点に到着したホーリーネイションの軍勢と、戦闘がおこる。みんな頑張ってるなー、と感心しながら様子を見守り、敵の兵士が倒れたらコソコソとその武器を回収していく。‥‥‥あ、2Bさんが倒れた。ホーリーネイションの武器はスケルトン‥‥‥じゃなかった、アンドロイドである2Bさんにとっては非常に厄介であるらしい。仕方ないのでやはりコソコソと闇に隠れて2Bさんの機体を回収、修理ベッドまで運ぶ。あ、今度はみことさんが倒れた。浮浪忍者の人が手伝ってくれないと、軍の襲撃はちょっと被害が大きいかもしれない。コソコソとみことさんをベッドに運ぶ。あ、2Bさんがもう戦線に復帰してる。さすがアンドロイド、回復が早い。‥‥‥。

 

 そんなことをしているうちに、諦めたのかホーリーネイションの兵士たちが撤退を始めた。

「すごいじゃないか、サヤ。大活躍だったじゃないか!」

 戦いが終わると、イズミさんからそんな事を言われた。活躍って‥‥‥私は1人も倒してないのだけど。というか、武器を握ってすらいない。言われた意味が分からず、首を傾げる。

「ああ。すごく助かった。感謝している」

 と2Bさん。助けられているのはこっちだし、大半の敵を2Bさんが倒してくれたのだけど。

「そういう戦い方もあるのね‥‥‥」

 とすみれさん。そういうも何も、他に何ができるというのだろう、この私に。

「???」

 やはり意味が分からない。一応これでも役に立てている、ってことでいいのだろうか?




 第64話、読んで頂きありがとうございます。サヤちゃんは大好きなキャラクターなんですけど、非戦闘&本音を見せないということで非常に扱いづらいキャラでもあります。まあ、そこが好きなんですけどね。
 次回は幕間の物語、ヴァルテナ編です。少々多忙ながら、2月中の投稿を目指しています。


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幕間 オクランの盾の長い夜

 月を見上げながら、盃を傾ける。‥‥‥今日は随分と、星がきれいだ。

「ヴァルテナ様。まだ起きていらっしゃったのですか?」

 見回りの兵が、気配に気付いて声をかけてきた。

「ああ、まあな。威力偵察に出した部隊は、もう戻ってきたか?」

「いえ、まだです。おそらくまだ戦闘中かと」

「そうか。ありがとう」

 聞く前から分かっていた事だ。敵陣までの距離を考えれば、こんなに早く帰ってくるわけがない。頭では分っていても、どうにも寝付けない。

「‥‥‥お前、今ヒマか? ちょっとチェスでも付き合えよ」

「ヒマなわけないでしょう、ヴァルテナ様。見回りの最中ですよ」

「固いこと言うなよお、ちょっとくらいサボっちゃえってばー」

「酔ってんですかヴァルテナ様!? 貴方はサボりを咎める立場でしょう!?」

 頭の固いヤツである。その俺がいいって言ってんのに。

「というか、ヴァルテナ様はチェスだってすごく強いじゃないですか。俺なんかじゃ相手になりませんよ」

「ああん? そりゃシラフの時の話だろうが。テメーは酔っ払いに負けるほどのザコなのか?」

「‥‥‥む。言いましたね、ヴァルテナ様。そこまで言うなら相手になります。本気でいきますよ」

 よしっ、かかった。俺の部下は単純なヤツが多くて扱いやすい。

「おうっ、本気でかかってこいやっ!」

 

 

 ‥‥‥4時間後。

「よっしゃあ俺の勝ちっ! 10連勝だぜっ!」

「もう1回! あともう1回やりましょうヴァルテナ様! だんだん貴方のクセが読めてきたんですっ、次こそ!」

「はっはっは、何回やっても同じさ。見込みはあるが、詰めが甘すぎるぜ」

「‥‥‥いつまでやってんですか2人とも。もう朝ですよー」

「「!?」」

 突然割り込んできた3人目の声に、揃って振り返る。配下の審問官が呆れた顔をしていた。

「見回りの兵が1人、突然消えたって聞いて心配して探してみたら。ヴァルテナ様まで一緒になって何やってんですか」

「ちっ、違うんです先輩! これはその‥‥‥命令! ヴァルテナ様直々の命令なんです! 俺はヴァルテナ様の命令に従っただけで決して遊んでいたわけでは!」

「ああっ、てめぇズルいだろそれは! お前だって途中からノリノリだったじゃねえか!」

「最初に誘ってきたのはヴァルテナ様ですぅー」

 なんだろう、配下の審問官の視線が痛い。「子供かこいつらは」みたいな視線で見られてる気がする。口に出して言われることはないけども。

「‥‥‥つまんない言い争いで時間を無駄にしないでください。そんな事で文句を言いに来たわけじゃないんですから。‥‥‥威力偵察部隊、戻ってきましたよ。帰還できた者は少数ですが」

 それだけ言うと、審問官は踵を返して戻っていった。

「そ、そうか。すまん、すぐ行く」

 帰還できた者は少数か。なら帰還できなかった者は、どうなったんだろうな。

 

 セタが攻撃部隊を編制し、万全を期して出兵してから2週間。セタは戻ってこなかった。

 生き残った兵の報告によると、セタは巨大な鎌に貫かれて倒れたらしい。どうみても致命傷だった、とのことだ。だが、生きている可能性がゼロではない。なにせセタは上級審問官だ。捕虜にすれば交渉に使うこともできる。もっとも奴隷上がりの蛮族が、交渉などという手段を講じてくるかは怪しいところだが。そして2週間経っても交渉役が訪ねてくることはなく、スタックの町はシェクの侵攻によって奪われた。やはりセタは、もう‥‥‥いやまだだ。死体が発見されるまで、断定はできない。

 なんにしても威力偵察部隊の報告を聞いてみよう。判断するのはそれからだ。

 

「まず報告ですが、第一優先事項の、セタ様の安否の確認。これは失敗しました。セタ様の姿を見つけることはできませんでした」

「そうか」

「次に敵の重要戦力と思われる人物について。ナルコの誘惑を襲った黒髪の剣士は、セタ様の侵攻を境にして一切姿をみせなくなりました。おそらく先の戦闘で死亡したと思われます」

「それは良かった。だが、死体は確認したのか?」

「いいえ、それはまだ。しかし状況から判断すれば、そう考えるのが妥当かと」

「ふむ。続けてくれ」

「次にセタ様を貫いたという大鎌の使い手。こちらは健在です。そしてナルコの誘惑を襲った女性型スケルトン。こちらも健在です。ただナルコの誘惑の襲撃時とは異なり、スカートを履いておりました」

「‥‥‥」

 なんとなくツッコんだら負けだ、という気になって、無言で報告の続きを待つ。

「敵の主力はこの2人と考えてよいでしょう。他にもハープーンの砲手や、その砲手を守る武術家、雇われた傭兵や浮浪忍者の援軍などがおりますが、この2人ほどの脅威は感じませんでした」

「なるほどな。報告は以上か?」

「はい。敵の主な戦力は、これで全てかと」

 これが戦力のすべて。‥‥‥そんなわけがない。2人足りない。

「ナルコの誘惑の襲撃に加担していたリドリィはどうした? あと、荷物持ちの女がいただろう。そいつは?」

「リドリィ‥‥‥ああ、あの体格のいい女ですか。あいつぁ雑魚ですよ。ただ体格がいいだけで、気にするほどの相手でもありません。荷物持ちについては論外ですね。戦おうとすらしていません」

「そうか。よく分かった」

 それはつまり、兵士の注意のまったく外側で動いている者が最低でも1人はいるということだ。兵士は荷物持ちのことを論外だと断じたが、果たして。

 たった5人で大国の軍事拠点であるナルコの誘惑を襲撃し、壊滅させた実行犯の1人。それがただの足手まといだと。‥‥‥あり得るだろうか、そんなことが。

 個人の戦力がどれだけ高くとも、指揮をとる人間が無能では戦いには勝てない。少なくともセタが率いる部隊には勝てないはずだ。だから敵の中にかならず『頭脳』となる要の人物がいるはずだ。

 誰だろう、と考える。おそらく死亡したと思しき黒髪の剣士、そしてナルコの誘惑の報告から考えて武術家は除外。前線を支えている女性型スケルトンも外していいだろう。同じ理由で大鎌の使い手も外してよし。あと残ってるのは、ハープーンの砲手とリドリィと荷物持ちの3人だ。リドリィは別行動でブリスターヒルに観光に来てたりするし、これも外していいかもな。とすればもっとも有力な候補は、やはり。

「よしっ、次の作戦が決まった。次の戦いでは俺も出る。そして俺が大鎌の使い手とスケルトンを相手にするから‥‥‥お前らはその隙をついて、荷物持ちの女を仕留めろ。いいか、確実に殺せ」

 兵の意識の外側をついて動く謎の人物。ナルコの誘惑を襲撃したメンバー。そして、なによりナルコの誘惑の襲撃の際、報告ではこうあった。『荷物持ちの女が攻撃をうけた途端、一度は敵が一斉に退却した』と。

 こいつが、敵の『頭脳』だ。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。物語はクライマックスが近づいております。Kenshi2の発売前に完結できそうで内心安堵しております。
 次回の予定は未定です。もしかしたらもう1度幕間が続くかもしれませんし、メインのストーリーが進むかもしれません。
 次回もよろしくお願いします。


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第65話 束の間の日常

「いつも有難うノーハイブ! また沢山買っておくれよ!」

 笑顔で手を振る行商のハイブの商人さんと別れる。笑顔? うん、多分笑顔なんだろう。少なくとも機嫌は良さそうだ。ハイブ商人の表情って分かりづらいのよね。‥‥‥表情が分かりづらいといえば、2Bもそうか。

「ん? なにか?」

 視線に気づいて首を傾げる2B。

「ねえ。2Bってさ。笑うことってできるの?」

「‥‥‥すまない、質問の意図が分からない」

「いやほら、いつも無表情だし。笑顔になることってあるのかなーって。ほら、笑顔笑顔」

 にこーっと笑顔を作ってみせて、2Bもやってみてと催促する。ほら早く早く。

「い、いや。確かにできない訳ではないけれど。機能としては備わってはいるけど、特別必要とされる機会もなかったと言うか」

 言い訳しながらしばらく躊躇っていた2Bだが、やがて観念したようにため息をついて。

「こ、これでいいかな?」

 ニコッと、ぎこちなく笑ってみせてくれた。‥‥‥ふむ。もうちょっと柔らかさが欲しいところ。2Bのほっぺたを摘んでくにくにと揉んでやる。素材自体は柔らかいのになあ。

「も、もういい? 流石に恥ずかしいのだけど」

「‥‥‥アンドロイドの感性って変わってるわね。パンツ丸出しが平気なのに笑顔が恥ずかしいって」

 2Bの履いているスカートを見ながら呟く。見ているこっちが恥ずかしいのでスカートを作ってあげたら、気に入ってくれたみたいだ。

「私に言わせれば、すみれの感性もたいがい変わっていると思うけど」

 そうかな? 初めて指摘されたし、自分では普通だと思うけど。まあいいや。それはともかく。

「サヤー! ハイブの人が鉄板たくさん売ってくれたから、しばらく鉄は掘らなくていいわよー!」

 離れた場所でいつものように鉄を掘っているサヤに、そう声をかける。放っておくと何時間でも働き続ける根性だけは大したものだと思う。本人は誰にでもできることしかしていないと思っているようだけど、決して誰にでもできることじゃない。

「ありがとうございます。それじゃあ他に何か、仕事ありますか?」

「ないわよ。しばらくゆっくり休んだらどう?」

「休む‥‥‥うーん。それはそれでサボってるみたいで落ち着かないといいますか。あっ、そうだ! それじゃちょっと、やってみたかった事があるんです! トレーニングダミーを使った訓練なんですけど」

 ダミーで訓練? 私もシノビ盗賊の施設でちょっと触った事があるけど、あれで訓練したところで実戦で戦えるようになるとは思えないのだけど。ダミーで訓練しただけの素人より、傭兵を雇った方がずっと強い。訓練してる暇があるなら金策してる方がマシだと思う。そう伝えてみると。

「あ、いえ。戦いの訓練じゃなくて、不意打ちの訓練なんです。なんでも不意打ち用のトレーニングダミーってのもあるらしくって。こう、相手の背後から首をズシンッ! って」

 あー。なんか昔みことがやってた気がする。結局1人ずつしか相手にできないし、戦う時は複数人でグループを組んでるから途中から全然使わなくなったのよね。けど、ちゃんと戦える実力がある上でプラスαとして不意打ちの手段もあるというのは強いかもしれない。モールさんだって普通に戦うだけですっごく強いのに、その上で口八丁手八丁、使える手段はなんでも使うって戦い方だし。自分の力に慢心しない、って事なのかも。

「なるほどね。そのトレーニングダミーを作りたいと」

「はいっ。一緒に作ってみませんか、すみれさん」

「いいわよ。こっちも暇だったし。場所は‥‥‥水耕栽培に使ってる建物の2階が空いてたかしらね」

 そうしてサヤと2人で2階まで資材を運んで、トレーニングダミーを組み立てる。ついでに隣にシャワースペースも作っておいて。

「それじゃ、無理しない程度にがんばって」

「はい。‥‥‥あの、わざわざありがとうございます。シャワースペースまで」

「ん。まあ私が使ってみたかったってのもあるしね。井戸から水を汲まなくても水が流れてくるなんて凄いわね。考えた人、どういう頭してるのかしら」

 こういった設備の設計はイズミがしてくれているのだけど、イズミがゼロから考えているわけではないそうだ。大昔の人の残した知識を読み解いているだけだと本人は言っていた。大昔の人は、一体どれほどの知識と技術を有していたのだろう。

 

 そんなことがありつつも、割と平和な日常が数日間続いた頃。またしてもホーリーネイションの軍勢が攻めてきた。懲りない連中だが、今回はいつもと少し様子が違った。

 軍を率いるのはホーリーネイションの大幹部、上級審問官ヴァルテナだ。セタを除けば、実質ホーリーネイションのNo.2。浮浪忍者の人たちからもすぐに応援に向かうと伝令がきたが、まだ到着していない。‥‥‥厳しい戦いになりそうだった。




 第65話、読んでいただきありがとうございます。シャワーはkoz様のmod、『CMKillingTime』です。わずか数時間の突貫工事で水道が引ける超技術、仕組みは私にも分かりませんが、導入するだけで拠点が賑やかになるお勧めですのmodです。ゲームバランスを変えないところも良いですね。
 次回はヴァルテナさんとの決戦です。どうぞお楽しみに。


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第66話 BlueMoonの死闘:前編

「いよう、なかなかいい町じゃねーか。ここはアンタらの拠点か?」

 軍勢を引き連れた男が門の前で足を止めると、気さくな調子で問いかけてきた。年の頃は30代後半といったところか。がっしりした体格で、それに似合った巨大な大剣を担いでいる。すみれがたまに使う大太刀を、さらに鈍く重厚にしたような武器だ。

「ああ、そうだが。何か用か?」

 返事を返しつつ、そっと背中に背負った大鎌に手を添える。対話で解決してくれるなら是非そうして欲しいのだが、果たして。

「いやなに、大した用でもないんだがな。とりあえず死んでくれ」

 言うと同時に、男は剣を振り下ろす。腰の回転を利用して振られたそれは、まるで重量を感じさせない動きで迫ってくる。速い。‥‥‥だが、あくまで重量級の武器としては速いだけだ。すみれの居合と比べれば、流石に遅すぎる。迫り来る大剣に背中を向け、いまだ背負ったままの大鎌をぶつけるようにしてその1撃を凌ぐ。直撃は防げた。さらに剣の衝撃にはあえて身を任せ、吹っ飛ばされるままに距離を取る、同時に抜刀。数メートルの距離を稼いだ時点で足を地面に食い込ませてブレーキをかけ、体勢を反転。男と向き合う形で構える。男は少し驚いたように目を見開いていた。

「ほお! よく防げたじゃねーか。さてはオメー、結構やるな?」

 結構やるな、と言いながらも、その顔はどこか嬉しそうでもあった。まるでこれから始まる戦いが楽しみで仕方ないとでもいうような、そんな顔。どこかでみた事ある表情だなと思ったら、なんのことはない。強敵を相手にしたすみれの顔と同じだった。

「多少心得がある程度さ。あんた程じゃない」

 謙遜、という訳ではない。今防げたのだって、すみれが『武器を構えてない相手にはとりあえず先制で居合を放つ』という戦法を常用しているから心構えができていただけだ。すみれと手合わせの日々がなかったら、多分反応できなかった。

 男と睨み合ったまま、時が流れる。男の構えに隙が全くなくて、迂闊に動けない。動けないのに、じんわりと背中が汗で濡れる。大丈夫、大丈夫だと、そう自分に言い聞かす。動けないのは相手も同じなのだ。むしろ数で圧倒的に上回る相手を牽制できているのだから、上々だ。これでいい。ふぅっ、と息をはいて大鎌を握り直す。だんだん呼吸が落ち着いてきて、緊張感はそのままに肩が楽になる。心の中から余計な不安や心配が取り除かれたような、そんな感覚。戦いに集中できている状態ってのは、こういう状態を言うのだろうか。すみれと最後に戦った手合わせの時を思い出す。

 落ち着いた心境で、期が満ちるのをただ、待つ。‥‥‥先に動いたのは男だった。決して大きな動きではない。大剣から静かに片手を離して、呟いただけ。

「‥‥‥作戦に変更はない。行け」

 男がそう呟くと、周囲で待機していた兵士が弾かれたように駆け出す。来るか、と身構えるものの、そいつらは全然別の場所に駆け出した。相手の狙いが分からない。が、悠長に兵士の行き先を眺めてる余裕なんてこの男は与えてくれないだろう。一瞬でも視線を外せばやられる。そんな確信があった。

「ヴァルテナだ」

「‥‥‥何?」

「名前さ。一応名乗っておこうと思ってな。騎士道精神ってやつさ」

「そうかい。オレはレッド」

 合わせてオレも名乗るが、さっきから相手の狙いが分からない。最初はいきなり斬りかかってきたくせに、ここにきて名乗りだなんて。時間稼ぎ‥‥‥だとしても、わざわざここで時間を稼ぐ意味が分からない。まあ宗教に染まった連中の考えなんて理解できなくて当然ではあるが‥‥‥と、その時。離れた場所から悲鳴が聞こえた。サヤの声だ。

「ひゃわあああっ! たっ、助けてくださいーっ!!」

「な」

 なんでサヤが。そう口に出す暇なんて当然なく。迫り来る大剣と大鎌が激しくぶつかり合い、ギィンッ! と金属音を響かせる。受け止めるだけで呼吸が止まるほどの重い一撃。それが間髪入れずに、また来る。ガンッ、ガンッ、ガンッと連続で叩きつけられる大剣。その全てが驚くほどに重い。反応できないような速度ではないが、受け止めればそれだけで呼吸が止まる重い攻撃。それをこうも連続で繰り出されては。

「くっ‥‥‥!!」

 息が、できない。酸欠で体が悲鳴をあげる。まずい、強引にでもカウンターを狙うべきか? だが失敗したら? それよりサヤは大丈夫なのか?

 様々な思考が頭を巡る。うまく脳が働いていない。酸素が足りなていない証拠だ。

「隙ありっ!」

 ヴァルテナの、脚を狙ったローキック。通常であれば難なく避けられたはずのそれをまともに食らい、オレは体勢を崩す。ヤバい‥‥‥。

「加勢するっ! レッド!」

 死を覚悟した時、響いてきたのは2Bの声。気付くと彼女はヴァルテナの背後から斬りかかっていた。生憎それはヴァルテナの剣により受け止められたものの、これで2対1だ。周囲に他の兵士はいない。これなら勝てる。

「助かったぜ2B! 詰めが甘かったんじゃねーか、ヴァルテナさんよ?」

 勝利を確信してそう言ってやるものの‥‥‥ヴァルテナの口元に浮かぶのは、微かな笑み。

「いや、そうでもないさ。作戦どうりだ」

 ‥‥‥何を、企んでいる? 遠くから、サヤの悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

「ひゃわあああっ! たっ、助けてくださいーっ!!」

 できるだけみっともない姿を演じて、全力で逃げ惑う。こんなザコに人手を割く必要はない、とそう判断して貰えれば御の字だ。プライドなんてものは最初から投げ捨てている。が。振り返ればまだ30人くらいの兵士が私を追いかけてきている。なんで。

「わああっ、リドリィさん助けてくださいーっ!」

「ちょ、こっち来るなって! あたしだってそんな人数どうしようもないってば!」

 2人で並んで逃げる。なんかあっちの方ではアツい戦いが繰り広げられてるっぽいが、なんでこっちなんだ。

「ええい、くそっ! やりゃいいんだろ、やれば!」

 意を決したようにリドリィさんが武器を構えて兵士に反撃する。よかった、これで少しでも追ってくる人数が減ってくれれば。

「‥‥‥」

 うん、まあ。少しは減ったよ。2人ほど。残り28人はこっちにきてるけど。

「いやいやいや! 無理ですって、流石に無理です!」

 軽く絶望しつつも、全力で逃げる。その進路を塞ぐように、さらに10人ほどの兵士が現れた。

「よしっ、挟み込んだぞ! ここで仕留めろ!」

 なんで増えるの。

「え、ええとええとその、ええと。降参! 降参します助けてくださいリバースでもどこでも行きますからっ!」

 捨てるような武器もないので両手を上げて無抵抗を示す。なのに。

「だめだ。死ね」

 ざくっ、と剣に腹を貫かれる。

「‥‥‥え?」

 全身から力が抜ける。意識が、こぼれ落ちそうになる。なんで、こんな。

「よし、火をつけろ。見せしめに燃やしてやれ」

 冷酷な兵士の声が頭上から聞こえる。なんで、こんなことに。ビシャビシャとふりかけられる液体はオイルだろうか。それもすぐに、私の体から流れ落ちた血と混ざり区別がつかなくなる。死ぬのだろうか、私は。ここで。

 パチパチと松明の火の粉が爆ぜる音を、何処か遠くのように聞きながら。

「死ね」

 

 せめて、楽に死にたかったな。全てを諦めて目を閉じる。そんな私の耳に届いた声、それは。

 

「死ぬのはアンタよ、クソ野郎」

 

 すみれさんの声が聞こえた。‥‥‥安静にしてなきゃいけないはずなのに。言うこと聞いてくれない人だなぁ、まったく。

「助けに来てくれたんですね、すみれさん」

 なんか、以前も似たようなことがあった気がする。すみれさんは大太刀で兵士を斬り伏せた後、あの時と同じように振り返りもせず言う。

「当たり前でしょう。大切な仲間なんだから」




 第66話、読んでくださりありがとうございます。後編に続きます。


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第67話 BlueMoonの死闘:後編

「当たり前でしょう。大切な仲間なんだから」

 大太刀を構え、ホーリーネイションの兵士と向かい合う。

(ナルコ)の魔女‥‥‥! 生きていたのか‥‥‥!」

 驚いた表情で兵士が言う。何を驚いているのか知らないけれど、勝手に殺さないでほしい。

「サヤ、傷を塞いだらとにかく逃げなさい。後は私が‥‥‥サヤ?」

 返事がない。コツンと軽く足で蹴ってみるも、反応がない。チラリと振り返って確認してみると、ちょっと尋常ではない量の血が地面に広がっていた。全部がサヤの血ではなく、さっき撒かれた油も混ざっているだろうけれど‥‥‥それを差し引いても、明らかに致命傷だった。‥‥‥急いでこの兵士どもを片付ければ、助けられるだろうか? 間に合うかどうか、際どいところだ。

「まさか生きていたとはな、(ナルコ)の魔女。だが、後ろの女はもう長くはもたんぞ? そいつを助けたくば大人しく投降‥‥‥」

 

 ー斬った。

 

 一気に駆け寄り、そのまま前列の兵士の横を駆け抜けざまに一閃。腕で剣を振るのではなく、自身を剣の一部とするイメージで駆け抜ける。最後列の油断した兵士が驚きの表情を顔に浮かべる頃には、私はそいつの胴を両断しつつ、剣の勢いを活かして反転、再び兵士たちと対峙していた。無茶な突撃をかましたせいで私もいくらか斬られたが、お腹は無事だ。こっちも、ちゃんと守らないとね。

「こいつ! まさか仲間を見捨てるつもりか!? やはり魔女か!」

「うるさいわね。戦場で何かを語りたいなら、刀で語りなさい」

 生死をかけて刀を合わせれば、言葉なんてなくても大体わかるものだ。例えば目の前のコイツらが、サヤを見逃す気なんてないって事とか。

 コイツらから私に向けられる感情は、憎悪や恐怖。まるで怪物でも見るかのようなその目には覚えがある。リバースの囚人が歩哨を見る時の目にも似ているし、サヤが時々私に向けてきた視線にも似ている。

「行くわよ」

「くっ!」

 再び敵に向けて駆け出すと、最前列の兵士がそれに対して防御姿勢をとる。腰を落として、右手に持つ剣の腹に左手を添える、鍔迫り合いを挑む構えだ。そしてさらに何人かの兵士が大きく迂回して私の背後を狙いにきてる。鍔迫り合いにノッてきたところを背後から斬りつけるつもりだろう。だったらこっちは!

「はっ!」

 真上から真下への全力の切り下ろしでそいつの剣を叩き、その誘いにノッてやる‥‥‥と見せかけて、その叩きつけた反動を使って体を浮かせ、ドロップキックでそいつの顔面を蹴り飛ばす! そのまま上空に飛び上がって下を確認すれば、迂回していた兵士と目が合う。そいつは私に向けて剣を突き上げてくるのだが、構わず大太刀で迎え打つ。ドオオォンッ! と地響きを鳴らせながら着地。大太刀の重量と私の体重、それを合わせて空中から落下と共に叩き込めば、いくら鍛えられた兵士だって受け止めることなんてできはしない。レッドが手合わせで教えてくれた技だ。着地の衝撃と共に舞い上がった砂煙に身を隠し、気配を頼りに斬る。どうせこの辺りは自分以外は全員敵なのだ。砂煙が姿を隠してくれている間がチャンスとみて、手当たり次第に斬りまくった。

「ぐああっ」「くそっ、どこから‥‥‥」「おいよせ、俺は味方だ!」「いたぞこっちだ、魔女がこっちにいたぞ!」

 そんな兵士の声から、相手の混乱具合が伝わってくる。あれでも最後のやつの声、何だかみことの声に似てたような? そもそも私がいる場所と全然違う場所から「こっちにいたぞ!」って聞こえたし。

「‥‥‥」

 砂煙に隠れて、みことの姿は見えない。けれど、姿は見えなくても存在はしっかり感じられた。いいフォローするじゃない、みことのやつ。思わずクスッと笑みが溢れる。気づけば周囲から兵士の姿は消え、私とサヤだけが残されていた。サヤに駆け寄って呼吸を確認してみる。良かった、まだちゃんと生きてる。

 私は包帯を取り出し、サヤの傷を治療していった。

 

 

 

「そろそろ降参したらどうだ、ヴァルテナさんよ! さっきから防戦一方じゃねーか!」 

「やなこった。可愛い部下が命張って戦ってんだ、俺が折れる訳にはいかねーだろ」

 オレと2Bの2人を相手にしながらも、ヴァルテナは奮戦していた。だが。

「その大事な部下だが、あっちで侍相手に喧嘩してるみたいだぜ?」

「なっ!?」

 オレが指を指してやると、そこでは都市連合の侍部隊とみことが協力してホーリーネイションの兵士と戦っていた。

「なんで侍が‥‥‥お前達、まさか都市連合とも繋がっていたのか!?」

「いやいや、まさかそんな。けど、ここはバストだぜ? いつだって都市連合の侍が巡回しているさ」

「バッ、バカな!? そんなに都合良く侍が巡回しているものかっ! そもそも侍の巡回ルートは事前に調べてある、この場所を巡回するのは数日も先のはず‥‥‥!」

 信じられないものを見るような目で叫ぶヴァルテナ。やはり事前の下調べも入念にされていたか。さすがはヴァルテナ、強敵だ。個人の戦闘能力だけでなく、部隊の動かし方から作戦の立て方、事前の下調べまで隙がない。間違いなく強敵だったよ、お前は。だけど。

「だけどね」

 そんなヴァルテナに歩み寄る、小柄な人影。イズミだ。

「だけど侍だって、時には予定とは異なるルートを巡回する事もある。そう、例えば‥‥‥どっかの新興勢力が、税金を払い忘れた時とかね」

「!!」

 ニヤリ、と意地悪く笑ってみせるイズミに、侍たちが歩み寄ってくる。

「お疲れ様、侍さん。そっちは終わった?」

「何がお疲れ様だ、このガキ!! こっちは税金の取り立てに来ただけだってのに、余計な仕事押し付けやがって! で、今回こそはちゃんと払ってもらえるんだろうな?」

「うん。前回のと合わせて6000cat、これでいいかな?」

「次からは遅れるんじゃねーぞ、もうこんなトラブルは御免だからな」

 そう言うと侍たちは、文句を言いながらも帰っていった。

「いい作戦だったと思うよ、ヴァルテナ。キミは間違いなく強いし賢い。けど、残念。頭脳戦ではボクの方が上だったみたいだね」

「‥‥‥そうか、お前が。まさか組織の頭脳が、こんな子供だったとはな‥‥‥誤算だったぜ」

 ガクリと膝をつき、武器を捨てるヴァルテナ。

「降参だ。だが、どこからだ? どこからお前達の作戦だった? こっちの作戦はどこまで読まれていた?」

 不思議そうに尋ねてくるヴァルテナ。そんな彼に、イズミは冷めた目で答える。

「別に作戦なんて大層なものじゃないさ。あらゆるパターンを想定して、その全てに対応できるように準備しただけさ。あの時の二の舞だけはゴメンだったからね」

「‥‥‥あの時?」

「キミは覚えてないだろうけどね、ボクがキミと会うのはこれで2回目なんだよ。あの時キミは、ボクから家族も友人も故郷も、全てを奪っていった。ちょうどこの場所でね」

 イズミの言葉に、ヴァルテナは目を見開く。

「まさか、お前は‥‥‥!」

「バストの生き残りさ」

 言いながらイズミは、クロスボウを構える。イーグルクロス、傑作等級。リドリィと2Bがデッドランドまで行って買ってきてくれた、大陸最強のクロスボウだ。

 

 そいつをヴァルテナの眉間に合わせて構えるとイズミは‥‥‥躊躇なく、その引き金を引いた。




 第67話、読んでいただきありがとうございます。大人数の戦闘シーンって難しいですね、やたら執筆に時間かかりました。お待たせして申し訳ない、そして、ありがとうございます。


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第68話 死闘を終えて

 ああ、これは死んだな。そう思った。まあ悪くない死に方だと思う。戦場で死ねるなら本望だ。戦士として生きている以上は、いつかこんな日が来ると覚悟もしていた。

「バストの生き残りさ」

 少女の指に力がこもる。‥‥‥達者でな、名も知らぬ名軍師さん。

 

 ヒュンッ!!

 

 放たれた矢は、俺の顔からわずかに逸れて後方へと消えていった。クロスボウを握る少女の腕は、目に見えて分かるくらいにガタガタと震えていた。

「どうしたよ。そんなに震えてちゃ当たらないぜ?」

「う、うるさい! お前なんかっ、お前なんか!」

 次の矢を装填し、再び構える。少女の腕は、やっぱり震えていた。「ヴァルテナ様!」「隊長!」と叫んで駆けつけようとする部下を、片手を上げて制止する。

「なあ。1つだけ頼みがあるんだが、いいか? こいつらは‥‥‥俺の部下のことは、見逃してやってほしいんだ。こいつらはバストの作戦にも参加していない」

「そんなの‥‥‥そんな都合のいい事ばっかり、クソッ‥‥‥」

 震える手で俺の眉間に狙いを付けようとする少女。けれどその目にはうっすらと涙が滲んでいる。それじゃ、ちゃんと狙えないだろうに。

 ‥‥‥正直、剣を拾って切りつければ、この少女の首をはねることはできるだろう。けど、その次の瞬間にはレッドと2Bに殺される未来しか見えない。どうせ死ぬなら、潔くカッコよく死にたいものだ。‥‥‥さて、どうしたもんかな。

「‥‥‥ずっとアンタが憎かった。いつか復習したいって、そう思ってた。このクロスボウだって、その為に買って、準備して。なのに‥‥‥なのに! なんでこんな気持ちになるんだよっ!!」

 

 ヒュンッ!

 

 放たれた矢は、再び外れる。

「‥‥‥イズミ、大丈夫? なんだったら私が代わりに斬ってもいいわよ?」

 イズミと呼ばれた少女に歩み寄ってそう訊ねる黒髪の剣士。確かすみれって名前だったか。イズミはやや逡巡した後、小さく首を横にふってクロスボウを下ろした。

「すみれはさ。どうして人を斬れるようになったの? ‥‥‥どうして、ボクには出来ないのかな」

 悔しそうに俯くイズミを、レッドが慰めるように優しく抱きしめる。

「さあ、どうしてかしらね。私にも分からないわ。私は、最初からこうだった。初めて人を斬った時から、何も感じなかったわ。腕も、足も、心も‥‥‥何も震えなかった。きっとリバースで虐げられるうちに、人として大事な何かを失っていたのかもね。自分でも気づかないうちに。だから、その。私が言えた事じゃないとは思うんだけどね‥‥‥イズミには、私のようになって欲しくないかな。そのままのイズミでいて欲しい」

「‥‥‥うん。‥‥‥ホントは分かってたんだ。復習なんて意味がないって。頭では分かってても、感情が納得できなくて。なのに、いざとなったらガタガタ震えて。ほんとバカみたいだよね」

 そう言って自嘲するイズミ。どうやら命だけは助かった、らしい。

「話はまとまったのかい?」

「ええ、そうね。ヴァルテナ、貴方はモールさんに引き渡すわ。それまでは檻の中で大人しくしておいて。兵士はまあ。落武者狩りやカニバルに出くわさなければ、無事に帰れるんじゃない? 流石にそこまで面倒みきれないけど」

「‥‥‥ああ、十分だ。恩に着る」

 

 

 

 

 翌日。

「いやおかしいだろ! モールに引き渡すんじゃなかったのかよ!」

 檻から出された俺には、錆びきった鉄の棍棒が握らされていた。対峙するのはすみれ。錆びた忍者刀を構えている。

「えー。だってヴァルテナ、強いんでしょう? だったら1度は手合わせしてみたくなるじゃない。kenshiってそういうものでしょ?」

 さも当然のように言われても困る。いやまあ、俺だって強敵との戦いに胸が躍るのは否定しないが。

「というわけで。いざ、勝負!」

 これ以上話すことはない、とばかりに斬りかかってくるすみれ。仕方ない、相手してやるか。

 すみれの斬撃を避け、棍棒で殴打。弾かれる。がら空きになった俺の胴に、再び斬撃。バックステップで回避。攻撃、防御。回避、攻撃。躍るように金属音を響かせる。不思議なのが、こうして武器をぶつけ合っている最中すら、すみれからは敵意や憎しみなどの負の感情が伝わってこないことだ。

 挑発するような彼女の瞳が言う。それで全力じゃないでしょう。本気できなさい、と。バレたか、とこちらも速度を上げていく。この若い剣士は、どこまで俺についてこられるだろうか。

 ‥‥‥久しぶりだった。こんなに心から楽しいと思える時間は。任務でもなく、命令でもなく。しがらみも、憎しみもなく。ただ、戦うのが好き。だから戦う。それがこんなに楽しいだなんて、すっかり忘れていた。負けられない理由を背負いすぎて、しがらみに縛られていた。

「ふっ、やるじゃないか」

「貴方もね」

 楽しそうに笑うすみれ。剣を交えるごとに剣速はぐんぐんと上がっていき、既にほぼ目では捉えきれない。それを気配で、あるいは相手の視線の動きで読み、受けて、かわす。互いに汗だくで、息も上がって。それでも俺たちは、はしゃぐ子供のように剣をぶつけ合った。それがすごく楽しかった。剣士って、そういうもんだろ?




 第68話、読んでいただきありがとうございます。ヴァルテナ死亡ルートと生存ルート、どちらでいくか最後まで悩みましたが、原作リスペクトで。強い相手を捕らえたら修行の時間。kenshiってそういうものです。


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幕間 戦争と平和

「戻ってこれたか‥‥‥ブリスターヒルに」

 バストからここまでの旅路について、それほど語ることは多くない。ただ辛かった、その一言で全て語り尽くせる。無事にここまで辿り着けた兵士は、私を含めてたったの2人。相方が顔を綻ばせて言う。

「やったなグリフィン! 故郷だ! 無事に戻ってこれたんだよ俺たち!」

 ただ任務で一緒になっただけの、それだけの間柄。けれど私たちの間には、戦友としての絆のようなものが芽生えていた。

「ああ。だが‥‥‥すまない。街には君1人で戻ってくれないか」

 だからだろう。そう答えた私の言葉に、彼はひどく驚いていた。

「は? おい何言ってんだよ。ようやく戻ってこれたんだぞ? ここまで来て何言い出してんだ」

「すまないな。私は‥‥‥私には、戦う理由が分からなくなってしまった。私は平和のために、国を守るために、これまで命をかけて戦ってきた。愛する母国を守るためなら、死ぬことすら怖くはなかった。けれど何故だろう‥‥‥今ではこの剣を抜くのが、ひどく恐ろしいのだ」

 脳裏に焼き付いているのは、クロスボウを構えた少女の姿。ヴァルテナ様にその照準を定めて、声を震わせながら叫んだ少女。

 

『‥‥‥ずっとアンタが憎かった。いつか復習したいって、そう思ってた。このクロスボウだって、その為に買って、準備して。なのに‥‥‥なのに! なんでこんな気持ちになるんだよっ!!』

 

 ‥‥‥あれが、我々が戦っていた敵なのか。あれが、平和を脅かす闇の尖兵なのか。我々の勝利の先に、本当に平和はあるのか‥‥‥? 全てが分からなくなった。そもそも平和とは、一体‥‥‥。

「いや、でもよ。軍を抜けるにしたって、取り敢えず街には戻ろうぜ? もう食糧だってないんだ、このままだと野垂れ死ぬぞ」

「心配痛みいる。だが私は、そこまで器用には生きられない性分でな。ろくに戦果も上げず敗走し、軍を抜けて、食い物だけは貰っていく‥‥‥流石にそれでは筋が通らない。なに、私のことなら心配いらない。昨夜、オクラン様のお告げの夢を見たのだ。裕福な旅人が私を導いてくださると」

「グリフィン、お前‥‥‥」

 なおも言い募ろうとした相方の目を、まっすぐ見つめ返す。それだけで、私の決意は彼にも伝わったようだ。

「‥‥‥決意は固いってわけかい。だったらせめて、最後に一曲歌わせてくれ。我が戦友グリフィンの旅路に、幸あれ」

 彼はそう言うと楽器‥‥‥リュートだろうか。私はあまり詳しくないが、弦楽器を取り出して曲を歌う。ポロン、ポロンと優しいリズムに乗せて、旅の行方を祈ってくれる。まだ見ぬ美しい景色、まだ見ぬ頼れる仲間、そして仲間と共に危機を乗り越えた先で食べる、美味しい食事。そんな光景が目に浮かぶような、美しい曲だった。聴いているだけで希望が溢れてくるような、素晴らしい曲。

「‥‥‥達者でな、グリフィン」

 曲が終わると、彼は優しい声でそう言ってくれた。

「ああ。ありがとう。君の名前も、良ければ教えてくれないか?」

 私がそう訊ねると、彼はチッチッチと指を振って。

「詩人に名前は必要ないさ。俺のことはただ『吟遊詩人』と覚えておいてくれれば、それでいい」

 なかなかキザな男である。思わずこちらの頬も緩んでしまう。

「分かった、覚えておこう。いずれまた会いたいものだ、吟遊詩人」

 

 その会話を最後に、私は彼に背を向けて歩き出す。彼はバストでの戦いの顛末をフェニックス様に報告するのだろう。ヴァルテナ様は捕らわれ、セタ様も消息不明。スタックの街にはシェク王国が攻めてきて街を奪われ、国境の砦『オクランの盾』は都市連合に奪われていた。‥‥‥おそらく、フェニックス様はこの国の平和を守るために死力を尽くすだろう。そしてバストで戦った彼らもまた、全力で戦うはずだ。目に涙を溜めながらクロスボウを構える少女の姿が、やはり頭から離れない。誰もが平和を願っている。なのに‥‥‥平和が訪れる未来が、私にはどうしても想像できなかった。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。


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第69話 この世界で生き抜くため

 ‥‥‥どうしよう。

 かつてない事態に、私は少し困惑していた。

「あのー、こういう事って今までにもあったんですか、レッドさん?」

 とりあえず、私よりもあの2人と付き合いの長いレッドさんに聞いてみる。けれど返ってくる答えは。

「いやー、オレの知る限り初めてだな。2人ともすごく仲良いし、すみれもみことの言う事なら大抵、素直に聞いてくれるんだが」

 との事。そう、問題の2人とは、すみれさんとみことさん。あの2人がケンカしていた。‥‥‥どうしよう。

「ダメって言ったらダメだ! 今のすみれはお前1人の身体じゃないんだぞ! ホーリーネイションの首都に乗り込むなんて絶対ダメだ!」

「嫌よ! ダメって言われたって行ってやるわ! それとも何? ここでじっと待ってたら敵の親玉が向こうから乗り込んできてくれるとでも言うの?」

 ‥‥‥まあ、2人の言い分はこうである。正直どちらの言い分も分かるのだけど。

「ボクはその可能性は極めて低いと思っているよ。ここで待っていても、これまでと同じように軍隊を送り込まれるだけだろうね」

「イズミは余計なこと言わなくていい! なあサヤ、お前からも何とか言ってやってくれないか?」

「へっ!? わ、私ですか!?」

 急に振ってこないでほしい。というか。

「何とかって言われましても。一応すみれさんは私の命の恩人なわけですし。心情的にはすみれさんに味方したいところですが」

「くっ! じゃあレッド、お前はどう思ってるんだ!? レッドも今のすみれが戦うことに賛成なのか!?」

「えー、そう聞かれたら賛成とは言いづらいけどよお。でも悔しいが、ヴァルテナとの戦いだってすみれがいなきゃやられてたぜ? オレも最前線でずっと戦ってたから分かる。この戦いを終わらせるにはすみれの力が必要だよ。もちろん、すみれが嫌だって言うなら無理強いする気はねーけど」

 気まずそうにみことさんから目を逸らしながら、レッドさん。

「私なら戦えるわよ! この前の戦いだって大丈夫だったじゃない!」

「この前大丈夫だったからって、それが何だ!? すみれが今まで斬ってきた兵士だって全員、口を揃えて同じことを言うだろうぜ。『この前まで大丈夫だった』ってな!」

「ううー、みことの分からずや!」

「それはこっちのセリフだ!」

「2人とも、ちょっと落ち着いた方がいい。感情的になりすぎてるよ」

 2人の言い争いの間に入ったのはイズミさん。‥‥‥ちょっと意外だ。他人の痴話喧嘩なんて興味なさそうと思っていたのだけど。

「みことはすみれを危険な戦いに連れて行きたくない。‥‥‥まあその気持ちはボクにも分かるよ。けどそもそもの前提として、この場所自体が既に安全ではない事には気づいているかい? とっくにホーリーネイションに場所を知られ、いつまた軍隊を送り込まれてもおかしくない。それがこのBlueMoonだ」

「そ、それは」

「それとすみれも。首都に攻め込むなら、流石に前回のようなサムライを利用した方法は使えない。前回は本当に、誰かが命を落としてもおかしくなかったんだ。首都に攻め込むなら、それ以上の危険を覚悟する必要がある」

「わ、分かってるわよ‥‥‥」

 ちらりと私の顔を伺うすみれさん。うん、それはそう。前回はマジで死んだかと思ったもの。

「けど! だからこそこれ以上防戦一方ってわけにはいかないでしょう!?」

「それは勿論なんだけどね。戦う以外にも、逃げるという選択肢もボク達には残されているんだよ。このBlueMoonを捨てて、昔暮らしたショーバタイに戻ってもいい。浮浪忍者の里にまたお世話になったっていい。どちらにしても、ホーリーネイションの追手は振り切れるさ」

 そんなイズミの言葉に、その場にいた全員が驚いた。この場所に‥‥‥バストという場所に誰よりもこだわっていたのは、他でもないイズミさんだ。バストで野菜を育てたい。ただその為だけに私という奴隷を拾って、2人を説得してこの場所に拠点を築いたのがイズミさんだ。BlueMoonは元々、青い薔薇の名前。その花言葉は『不可能を成し遂げる』だと教えてもらったことがある。それはきっと、イズミさんがこの拠点に込めた願いそのものなのだろう。そしてようやく水耕栽培も完成し、シミオンからお父さんの味を再現するためのヒントも得て。本当にあと一歩というところで。

「なっ、そんなの!! ダメに決まってるじゃない!!」

 すみれさんが叫ぶ。

「何で逃げなきゃいけないのよ! 逃げなきゃいけないような事なんて、何もしてないじゃない! ここは私たちがゼロから作り上げた拠点じゃないの!!」

 そう。イズミさんだけじゃない。誰もが、この場所を大切に思っていた。数えきれないほどの思い出を、この場所で積み上げてきた。私たちにとってもこの場所はもう、簡単に捨てる事なんてできない場所になっていた。

「‥‥‥そうだね。けど、逃げるのが1番合理的なんだよ。ボクだってここを離れたくなんてないけど、理不尽なものさ。この世界ってのはね」

 

 ブチッ。と、何かがキレた気がした。気のせいだと思いたい。

 

「‥‥‥分かった気になってんじゃないわよ、このガキがああ!!」

 

 気のせいじゃなかった。すみれさんがキレた。すみれさんがイズミさんの胸倉を掴み上げて頭突きをかます。ちょっと怖いんですけどレッドさん止めてください恋人がピンチですよ? なおレッドさんは静観の模様。

 

「この世界が理不尽なもの? んなことリバースで生まれて育った私が1番よく分かってるわよ! 逃げるのが合理的? ええそうね私も逃げたわよリバースから! けどね! 合理的なだけじゃダメなのよ! それで生きることはできても、そんなのちっとも『自由』じゃないじゃない! 私が欲しかったのは、命懸けで掴もうとした自由は、こんなんじゃない! 理不尽なこの世界で生き抜くためには、それを跳ね返すだけの強さが必要だっつってんのよ!!」

 

 この世界で生き抜くためには。そう語るすみれさんの言葉には、なぜか納得できる響きがあった。全然論理的じゃない。合理的でもない。けれど、それでも。聞いてる者を納得させるような強さが、その言葉にはあった。

「そ、そんなの。そう簡単にできるわけないじゃないか。理不尽を跳ね返すだけの強さなんて」

「できるわよ! できたわよ! 人は諦めなければ、どこまでだって強くなれるの!」

 私を見てみろ。そう言いたげに胸を張って。迷う事なくすみれさんは断言する。‥‥‥まったく、この人ったら。どこまでもカッコいいんだから、もう。イズミさんが小さく「降参」と呟いて両手を上げる。

「みこと、お願い。ホーリーネイションの首都を攻めに行かせて。私たちの未来のために。‥‥‥私たちの子供が、安心して暮らせる世界のために」

 すみれさんからそう言われ、みことさんはしばらく何かを言いたそうに言葉を選んでいた。そしてしばらくの後、彼の口から発せられたのは、大きなため息だった。

「はあ。まったく。‥‥‥行くんだったら、3日ほど待ってろ、最終決戦に相応しいとびっきりの刀、打ってやるからよ」

「っみこと! 分かってくれたのね!」

「言っとくが本音は今でも反対だからな。あと分かってると思うが、行くなら俺たち全員でだ」

「ありがとうみこと! 愛してる!」

 はいはい。バカップルバカップル。お似合いだよ。ところでここで言う全員って、私も入っているのだろうか。‥‥‥入ってそうだなあ。奴隷からテロリストへ。これはランクアップしたのかランクダウンしたのか。退屈しない人生でホント楽しいね、ははは。




第69話、読んで頂きありがとうございます。タイトルコール回収です。
次回もよろしくお願いします。


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第70話 刀

 鍛冶場に火を入れる。超高温の炎が上がり、全身から汗が流れる。この暑さにも、もう慣れた。‥‥‥最初の頃は、あまりの暑さでただ集中力を維持するだけでも大変だったな。

 

 カンッ! カンッ!

 

 力強く鉄を叩き、不純物を取り除く。そして冷却。この時、冷却速度に差をつけることで刀に反りが生まれる。反りがあることで、ほぼ無意識で『引いて斬る』斬撃を放てるようになり、切れ味が増す。分かりやすく例えるなら、大根を包丁で上から押さえるように切ろうとすればとても力がいるけれど、引いて斬れば簡単に切れるのと同じ理屈だ。反りの大きさや角度はもちろん、すみれの斬り癖に合わせる。あとはどう研ぐか。今までに数えきれないほどの刀を打ってきた経験から言うなら、ただ綺麗に研げばいいというものでもない。目に見えないレベルで僅かに荒れた刃の方が切れ味が増すことが多い。『多い』というのは必ずしもそうとは限らないということで、この微妙な調整が今でも難しい。刀は研ぎ方ひとつで、良くも悪くもなるものだ。それこそ見違えるくらいに。

「‥‥‥失敗だな、これは」

 完成したedge3等級の狐太刀を木箱にしまう。決して悪い刀ではない。いや、良い刀だ。使い手のことを考えた、使いやすくて切れ味の優れた、良い刀だ。都市連合をくまなく探しても、これほどの刀は売っていないだろうと自負している。ただ、メイトウとまでは言えない。

 メイトウ。それは伝説の鍛冶師、クロスが鍛え上げた、この世界で最高峰の武器の総称だ。数多のメイトウを創り上げた伝説の鍛冶師クロス。その名前以外は全ての資料が失われており、男か女かさえ分からない歴史上の人物だ。だが、その鍛冶師が間違いなく実在したことは現存するメイトウの数々が証明している。シミオンが使っていた武器も、そんなメイトウの1つだ。

 俺は、その伝説の鍛冶師に追いつきたい。メイトウを創り上げたい。歴史に名を残すためじゃない。ただ惚れた剣士のために、最高の刀を打ってやりたかった。どこの誰かも分からない伝説の鍛冶師なんかより、俺の方があいつの望む刀を創れるんだと証明したかった。

 

 コンコン、と控えめにノックの音。このノックの仕方はサヤだな。

「みことさん、追加の鋼鉄地金持ってきました。置いておきますね」

「ああ、ありがとう」

 サヤが、精錬した鋼鉄を鍛冶場の傍に積み上げる。イズミが研究した機械を使って、サヤが丸1日かけて精錬してくれた鋼鉄。それを俺が刀に仕上げて、その刀ですみれが戦う。皆がいて初めて戦えるのだ。俺も、すみれも。1人じゃ何もできやしない。

「‥‥‥」

 鋼鉄の束を集めて、新たな刀の製作にかかる。クロスにも、仲間がいたのだろうか。クロス。お前は何のために武器を作ったんだ? 歴史に名を残すためか? いや、そんなはずはないな。もしそうなら、名前以外の情報が何も残っていないはずがない。クロスは、誰かに使って欲しかったのだ。自分が作り上げた武器を。誰に? きっと仲間に。あるいは、尊敬する英雄に。

「クロス。お前が何者なのか、俺は知らない。けどもう少しで、俺もお前に追いつけそうだよ」

 熱せられた鉄を打つ。不純物を取り除くために。『最終決戦に相応しい、とびっきりの刀を打ってやる』そう言った俺の言葉を信じて、サヤが精錬してくれた鉄だ。次こそ、メイトウと呼ぶに相応しいものを完成させてみせる。すみれの為のメイトウを。

 すみれの為、とは言ってみたものの、すみれはこの刀で何を斬りたいのだろう。まずそこから考えてみる。

 敵を。人を。‥‥‥いや、違うな。果敢に敵陣に飛び込み、敵を次々と切り伏せる剣士としてのすみれだけを見ていると、一見好戦的な印象を抱く。それはすみれの持つ本性の1面ではあるのだろう。だが、あくまで1面だ。俺はすみれのもっと別の顔だって知っている。リバースを抜け出して初めてみる夜空の美しさに、目を輝かせたすみれ。流れ着いた浮浪忍者の里で、楽しくお酒を呑んだすみれ。初めて立ち寄った都市連合の町ドリンで、バーのおばちゃんを助けるために剣を握ったすみれ。都市連合の港町で、ただのスリ師だったレッドと意気投合して戻ってきたすみれ。デート中に絡んできた野盗が怪我をすると、憎まれ口を叩きながらも手際よく治療したすみれ。名も知らぬ奴隷商の仇を討つためにシミオン砦に乗り込んだすみれ。仲間を助けてもらったお礼を言うために、あえて丸腰で風魔忍者の拠点を訪ねたすみれ。子供ができたと知って、嬉しそうに文字を教わったすみれ。‥‥‥それら全てひっくるめて、すみれなんだ。

 俺の彼女が、斬りたいものは。彼女が本当に望んでいるのは。きっと。

 

 ヒュゥ、と一陣の風が通り過ぎた。僅かに、鍛冶場の炎が揺らぐ。ここだ、と何の根拠もなく直感が告げる。その直感を信じて、俺は金槌を振り上げた。

 

 カァンッ!!

 

 鉄を打つ音が、鍛冶場に響いた。

 

 

  ■■■■■

 

 

 それは、俺たちが出会ったばかりの頃。星空を見上げながら語り合った、2人の夢物語。

 これから何がしたい? そう訪ねた俺に、すみれはこう答えた。

 

「そうね。賞金稼ぎになりたいわ。かっこよく言うなら、バウンティハンター」

「ぷはっ、それはまた大きく出たな。すみれ、武器なんて使えるのか?」

「これから使えるようになるのよ。そして大陸最強の剣士になって、悪い奴らをどんどん捕まえるの」

「そりゃすげえ。だったら俺は鍛冶職人になりてえな。大陸最強の剣士であるすみれが、大陸最高の鍛治職人になった俺の刀を振り回すんだ。もちろん、刀には俺の銘が入ってる」

「ふふ。調子の良いこと。みことだって、武器なんて作れないでしょう?」

「これから作れるようになるのさ」

 

 痩せこけた逃亡奴隷が2人。大きすぎる夢を語り、笑い合った。




 第70話、読んでくださりありがとうございます。ここまで読んでくださった皆様、あと少しだけお付き合いをよろしくお願いします。


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第71話 最終作戦:首都攻略戦

 こんにちは。サヤです。今、私はホーリーネイションの首都のすぐ近くに来ています。

「ほ、ほんとにきちゃいましたね‥‥‥大丈夫でしょうか」

 私と一緒に同行するのは、リドリィさんと2Bさん。

 

『どうせやるんだったら、打てる手はすべて打とう。確実に勝ちに行くよ』

 3日前、イズミさんはそう言ってメンバーを3つのチームに分けた。これは最近気づいた事なのだけど、イズミさんは『絶対に』とか『確実に』という単語を使って話すことはまずない。そんなイズミさんが、確実に勝ちに行くと言い切った。首都襲撃作戦は1週間後。つまり、作戦実行まで残り4日だ。

 チーム分けは次の通り。まず、みことさんとすみれさんで1チーム。この2人には武器と防具を作ってもらう。ダメ元で構わないので作戦ギリギリまで、今より良い装備を目指して作り続けてもらう。

 次にレッドさんとイズミさんで1チーム。この2人で都市連合各地の都市やウェイステーションを回って傭兵を可能な限り集めてくる。予算は決めず、地図に載ってる全ての都市で雇える傭兵を全て雇う計画だ。

 最後に私とリドリィさんと2Bさんで1チーム。私たちの役割は、作戦前に首都の近くまで行き、砦を建てること。‥‥‥責任重大すぎやしませんかね?

「というか砦って、何を作ったらいいんでしょう?」

 私の問いに、リドリィさんが答えてくれる。

「監視塔ってのがいいんじゃない? ほら、シノビシーフが好んで使ってるタワー型の建物。そんで中にベッドを沢山詰め込んだら、一応砦の機能は果たすんじゃないかな」

「ああ、なるほど。傭兵さんが何人雇えるか分かりませんが、ベッドは沢山あった方がいいですよね。‥‥‥あれ、でもそれって砦というより野戦病棟では‥‥‥?」

 いや病室も大事だし作るけれど、砦っていう言葉のイメージとは遠いような。でも他に何が必要かって聞かれると思いつかない。戦った経験が無さすぎて必要なものが想像できない。私たちのチームで1番戦い慣れしてるのは2Bさんだけど、と2Bさんの顔を伺う。ちらり。

「む? 私は修理ベッドさえあればいつまででも戦い続けられるぞ。他のものは必要ない」

 ダメだ、2Bさんの戦い方は強引すぎて参考にならない。

「そ、それじゃあとにかくベッド作ろう、ベッド! 足りないものがあったらレッドやイズミが来てから一緒に作ったらいいし!」

「そ、そうですね! 野戦病棟も大事ですもんね! ベッド大事です!」

 そして、持ってきた建築資材を使って3人で監視塔を建てる。砦、あるいは野戦病棟。それは戦争のための準備。‥‥‥4日後、この場所は戦場になる。

「首都って、街なんですねえ」

 すごく当たり前の感想が、思わず口からこぼれた。

「あん? どういうこと?」

 怪訝そうに聞き返してくるリドリィさん。

「あ、いえ。あの街には戦いに関係ない人も大勢暮らしてて。雑貨屋さんがあって、パン屋さんがあって、バーがあって。殆どの人が私たちとは何の関わりもない中で平和に暮らしてて。‥‥‥そんな平和な暮らしを、終わらせようとしてるんですよね。私たちって」

 あの国の兵士に殺されそうになったせいで、どこかホーリーネイションという国に対して、恐ろしい人たちの集団のようなイメージがあった。けれど、別に国民の全員が兵士なんてことは当然なくて。普通にお店で働いて、お店で買い物して、たまにバーで酔っ払ってる‥‥‥そんな普通の人たちの街なんだ。ここから首都を眺めていると、そんな街の様子が伝わってくる。

「‥‥‥そりゃ、そうだけどね。先に手を出してきたのは向こうじゃないか。あたしも2Bもサヤも、とっくにホーリーネイションから目をつけられてる。あの国がある限り、あたしたちは平和に暮らすことなんてできないんだよ?」

 リドリィさんの言うことも分かる。実際、殺されかけてるし、私。‥‥‥平和って難しいなあ。そんな会話をしながら、やがて空が暗くなってきた頃合いで監視塔が出来上がった。縦長の大きな建物なので、首都からもこの塔がよく見えるはずだ。けれど、すぐに街から兵士が飛び出して襲ってくるようなことはなかった。まずは様子見ということだろうか。

「‥‥‥あの街の人たちは、突然首都の目の前に造られた塔を見て、何を感じるのでしょうね。どのような思いで、今日の夜を過ごすのでしょうか」

 私は戦いが嫌いだ。私が弱いからじゃない。弱い者が理不尽に虐げられるから、嫌いだ。これはきっと、すみれさんには理解できない感覚なのだろう。

 

 その後、塔の中にベッドを作り続けていると、2日後にレッドさんとイズミさんが合流。2人はちょっとドン引きするほどの人数の傭兵を引き連れていた。ざっと50人くらい? イズミさん曰く、『ホーリーネイションの最大の武器はその豊富な人員。ならばまずはそのアドバンテージを奪ってやろう』とのこと。さらに翌日にはみことさんとすみれさんも合流し、戦いの準備が完了する。みことさん達の表情をみると、納得できる仕上がりの武器が完成したようだ。

「ついに、始まるんですね。戦いが」

 私の呟きに、すみれさんが応えた。

「なーにバカな事言ってるのよ、サヤ。終わらせるのよ、戦いを」

 塔の最上階から、イズミさんが号令をかける。その手にはイーグルクロスの傑作等級。復讐に使われることはなかった、大陸最強のクロスボウ。威力はもちろんのこと、その射程距離も大陸最強の名に恥じない。

「それじゃ、作戦開始だ。みんな、構えて」

 

 ヒュンッ‥‥‥!!

 

 晴れ渡った空のもと。開戦の狼煙(のろし)となる1本の矢が放たれた。




 第71話、読んでいただきありがとうございます。いよいよ物語も大詰め、最後までお付き合いいただけると幸いです。


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第72話 魔女と神

 首都ブリスターヒルから東へ約2時間。ホーリーネイションの元軍事基地、オクランの盾。都市連合とホーリーネイションを隔てるこの要塞はヴァルテナがいなくなった今、都市連合の侍によって占拠されていた。

「まずは礼を言わせてもらおう。キミの情報のおかげで、たやすくこの要塞を落とすことができた。ありがとうモールよ」

 派手な服装にサングラスをかけたその男は、どこかストリートミュージシャンのような雰囲気がある。これで皇帝だというのだから、世の中分からないものだなとモールは内心で呟いた。

「いえいえ、礼には及びませんとも。それよりもテング様、ブリスターヒルの件ですが」

「おお、そうだったな! 情報を提供する代わりに、浮浪忍者がブリスターヒルを手に入れた暁にはその自治権を認めてくれ、という約束だったな。もちろん覚えておるぞ。なんの問題もないわい」

「快諾、ありがとうございます。テング様は話が早くて助かりますね」

 シェク王国のバヤン殿とは大違いだ。みんなこうだとやりやすいのだけど。

「はっはっは。わしとしてもシェク王国と国境を接するよりは、間に防波堤となる小勢力があった方が都合が良いのだ。浮浪忍者であれば勢力拡大を目論むほどの人員もおらぬし、まさに最適。ぜひ今後も仲良く付き合っていきたいものだ」

「あはは‥‥‥本人の目の前で言いますか、それ」

「本人のおらぬ所で言っても、わしが性格の悪いやつと思われるだけではないか。本心から仲良くしていきたいと分かって欲しいからこそだぞ?」

 そう言って右手を差し出すテング様。‥‥‥お調子者を演じているけれど、決して見た目ほどの愚者ではないなと感じた。少なくともシェク王国の母娘よりはずっと賢い。私も右手を差し出し、握手を交わす。

「ありがとうございます。では用事も済みましたので、私はこれで」

「なに? もう帰るのか? せめて茶でも飲んでいかんか? 先日、古い友人から紅茶が送られてきてな。これがまた実に良い茶で」

「お気持ちは嬉しいのですが、もうすぐ首都での戦いが始まってしまいます。私も参戦しなければなりませんので」

 もうすぐ、と言ったが、予定通りならもう始まっているはずだ。今頃はクロスボウの攻撃に気づいた兵士が街の外に駆け出している頃だろうか。

「ふむ。それなら仕方ないのう。では無事に戻ったらその時にご馳走しよう。武運を祈っておるぞ」

「ええ、ありがとうございます」

 応えながら、戦場へ急ぐ。武運を祈ってくれるのは嬉しいけれど、と戦地に向かう途中で考える。テング様って、紅茶を淹れるのが好きなのだろうか。それともヒマなのだろうか。どっちだろう。‥‥‥たぶん後者かな。

 

 

   ☆☆☆☆☆☆

 

 

 首都ブリスターヒル。この鎧で変装するのは、これで3度目だ。隣にはいつも、みことがいた。今回も例に漏れず。

「すみれ、覚悟はいいか?」

「ええ。いつでもいけるわよ」

 手に握るのは、メイトウ狐太刀。みことが鍛え上げてくれた刀だ。戦いを終わらせるための刀だと、みことは言っていた。ホーリーネイションの鎧に身を包んだみことが、皇帝の住居とされる居城へと駆け込む。

「聖フェニックス様! どうかお逃げください! 我々が警護を務めますゆえ街の外に‥‥‥!」

 ‥‥‥なんだかみことの演技がどんどん上達してる気がするなあ。こうやって街から逃げ出したフェニックスを、1人になったところで仕留める。それが今回のイズミが立てた作戦だった。正面に建てた塔も、50人の傭兵も。すべてただのオトリだ。もちろん正面から戦っても勝算のある戦力を用意してあるが、それはあくまで保険。孤立したフェニックスを私とみことの2人で倒す。それがイズミの考える、確実に勝ちに行く作戦だった。だが。

「逃げる? バカを言うな、まだ民の避難が終わっていないだろう。私が街を出るのは、全ての民が避難を終えてからだ」

「そっ、それでは間に合いません! ヤツら、本当にすぐそこまで‥‥‥」

 あ、みことのやつちょっと動揺してるな。結果的に焦った演技にリアリティが出てる。隣で見てると面白い。

「ふ、そうか。ならば我が親衛隊も動かそう。私の護衛など、こいつが1人いればよい。そうだろう、『炎の守護者』よ?」

 『炎の守護者』と呼ばれた寡黙な男が、こくりと頷く。それを合図に、皇帝の周囲を守っていた親衛隊の兵士たちが駆け出していく。ただ1人、『炎の守護者』と呼ばれた男を除いて。‥‥‥何者?

「お前たちも行け。民の避難誘導を急げ。敵は待ってはくれんのだぞ?」

「い、いやしかし」

「みこと。もういいわ。ここで仕掛けましょう」

 なおも演技を続けようとするみことを制して、私は被っていた鉄仮面を外す。ついでに動きにくい鎧も脱ぎ捨てた。下にはいつもの、動きやすい革製の鎧、ブラックレザーアーマー。

「予定がちょっと変わったけれど、2対2だもの。これで十分だわ」

「‥‥‥ちっ、しゃーねえな」

 私に倣って、みことも鉄仮面と鎧も脱ぎ捨てた。

「‥‥‥ほう」

 私たちの様子を見て、フェニックスが剣を抜く。隣に立つ『炎の守護者』も同様に。

「直接会うのは初めてね。なかなかバストまで来てくれないから、こっちから来ちゃったわ、カミサマ?」

「ふん。わざわざご足労痛み入る、(ナルコ)の魔女よ。‥‥‥殺す前に1つだけ聞いておこうか。セタとヴァルテナは、まだ生きているのか?」

「殺す前に教えてあげる。ちゃんと生きているわ、場所は教えないけど」

「そう、かッ!!」

 

 言い終わると同時に駆け出すフェニックス。もう用はないとばかりに振り下ろされたその剣と、タイミングを合わせるように横合いから襲い掛かる『炎の守護者』。何者かは知らないが、まあ無視して大丈夫だろうとフェニックスの剣にのみ意識を集中してギリギリで避け、フェニックスの懐に潜り込む。なぜなら。

「おーっと、だめだめ。ここは通行止めだよおにーさん」

『炎の守護者』の行手を阻むようにみことが立ち塞がる。‥‥‥任せたからね、みこと。

 狐太刀を握る手に力を込める。完全に相手の懐に潜り込んだこの状態からの一閃は、確実にフェニックスの胴体を両だ‥‥‥いやマズいっ!! フェニックス、その丸太のように太い脚から蹴りを放つ。狙いは腹か!!

 言うまでもないが、鎧というものは鉄の塊だ。それを身につけた状態で殴ったり蹴ったりすれば、殴られた者は当然命に関わる。剣を握っている以上は剣で攻撃したくなるが、鉄の塊で殴りつけるだけで人は死ぬのだ。まして、私のお腹には新しい命が。

「くっ!」

 斬撃を繰り出そうとしていた剣を強引に引き寄せ、柄でどうにか防御。衝撃で後方に吹っ飛ばされるが、内臓へのダメージは少ない。

「すみれっ!?」

「こっちは大丈夫! みことはそいつに集中して!」

『炎の守護者』。何者なのかはいまだ分からないが、只者ではないのは確かだ。今はみことがヤツを抑えてくれている。だがもしみことが倒れてしまえば、勝算はゼロになる。この2人を同時に相手にできるほど、私は強くない。

「よく防いだものだ。勝利を確信した瞬間ほど、人は油断が生じるものだが‥‥‥その若さで良い動きをしているな」

「それはどうも。あんたも玉座で踏ん反り返ってるだけにしちゃ、冷静なカウンター決めてくるじゃないの」

 構えて、対峙する。外から聞こえてくる傭兵たちの喧騒が、さっきよりも少し近づいてきていた。外の戦いが終わったら、彼らはこの建物に押し寄せてくるだろう。来るのは傭兵たちの援軍か、それとも私たちのトドメとなるパラディンか。

「お互い、あまり時間はかけておれんな」

「そのようね。‥‥‥いくわよ」

 駆ける。肩から斜めに袈裟斬り、と見せかけて顔の高さで刀を静止、突き技に変化。フェニックス、首の動きだけでギリギリで回避。まだだ、その首を狙って水平に刀を滑らせる。‥‥‥斬った。確かな手応え。仕留めた、と油断が生じた。だが斬ったのはフェニックスの左腕だった。フェニックス、とっさに首と狐太刀の間に腕を滑り込ませて致命傷を回避。反撃がくる。右腕一本で振り回す、遠心力を利用した水平斬り。油断がなければ対応できたはずのそれを、モロにくらった。脇の下を深く斬られる。自慢の革鎧が、ほとんど役に立っていない。‥‥‥いや、並の鎧だったら即死だっただろうから、これでも役に立ってるのか。距離を取るようにして後ずさると、斬られた場所から血飛沫が吹き上がり、同時にフェニックスの左腕がごとりと落ちた。

「すみれっ!」

「聖フェニックス様!」

「「構うなっ、集中しろっ!」」

 私とフェニックスの声が、意図せずハモる。それがなんだか可笑しくて、そんな場合じゃないと思いつつも笑みが浮かぶ。ひょっとして案外、私と似てるんじゃないの、カミサマ?

「まだ立ち続けるか、魔女よ」

「倒れることができない理由があるのよ。あなたもそうなんでしょ、カミサマ?」

「‥‥‥ああ、そうだな。‥‥‥お前とはできれば、もっと別の場所、別の立場で会ってみたかった」

 そうね。私もよ。けれどそれは無理。リバースの奴隷とそれを管理するカミサマが会ってしまったんだ。殺し合う以外、ないじゃないの。

 無言で狐太刀を構える。それだけで、全てが伝わった。どれだけの言葉を尽くすよりもはっきりと、互いの覚悟を感じ合う。

 次の一撃が最後だ。終わらせる。それ以上は‥‥‥体がもたない。血が足りないのだ。さっき斬られた傷口からは、今も血が噴き上がっている。

「来い、(ナルコ)の魔女!」

 カミサマは重心を落として受けの構え。分かっているのだろう、次を凌ぎさえすれば私には後がないと。‥‥‥ならば受けてみなさい。小細工は抜きだ。みことの刀は、このメイトウ狐太刀は片腕で受けきれるようなナマクラじゃないと、教えてやる。

「言われなくとも!」

 後のことは考えない。全力を尽くして駆ける。文字通りに命を賭けて。血が噴き出す。構わない。狐太刀の柄に力を込める。意識が飛びそうになる。構わない。あとコンマ2秒だけもってくれれば、それでいい。ダンッ! と大地を踏み締める。受けてみろ、カミサマ。これが私の全力だ。みことの最高傑作の刀と、私の持てる技の全てだ。もし片手で受け切れたなら‥‥‥その時は敗北を認めて、祝福してあげてもいいかしらね。



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最終話 この残酷で美しい世界

 それは一瞬の出来事だった。

 

「来い、(ナルコ)の魔女!」

「言われなくとも!」

 

 交わる刃。そして‥‥‥倒れるすみれ。すみれが血溜まりの上に倒れ込む。

「すみれ!? おい、すみれ!!」

「聖フェニックス様!? ご無事ですか、聖フェニックス様!!」

 俺自身も戦っている最中であることすら忘れて駆け出す。そして『炎の守護者』もまた同様に。すみれが死んでしまったら‥‥‥すみれがいない世界で戦い続ける意味なんて、俺にはない。生きてくれ、すみれ。

「みこ、と‥‥‥?」

「すみれ! 大丈夫だ、すみれ。すぐに手当てしてやるからな!」

 医療キットを取り出す。一般市場には出回っていない、最高級品の医療キットだ。昔は包帯を巻くだけでも緊張していたものだが、今は違う。絶対に助けてみせる。と、不意に。

「聖フェニックス様!? そんな、フェニックス様! フェニックスさまあああ!!!」

『炎の守護者』の、絶叫。フェニックスの身体が、ずれる。腰から肩に向けて逆袈裟に両断された身体から、内臓がこぼれ落ちる。その隣で半狂乱になる『炎の守護者』。

「見事、だ‥‥‥(ナルコ)の魔女よ」

「みこと。私‥‥‥やった、よ」

 

 それきり、喋らなくなった。すみれも、フェニックスも。『炎の守護者』の慟哭だけが、延々と響き続けた。

 戦いは終わったんだ。戦いは終わって平和になった。そのはずなんだ。なのにどうして、こんなにも胸が苦しいんだろうな。

 

 

 

 

 戦いの後、首都ブリスターヒルは浮浪忍者のものとなった。居城の外では、駆けつけたモールさんが獅子奮迅の働きを見せていたらしい。それでも相当な数の負傷者が出て、事前に建てた野戦病棟も満席、町中の建物に寝袋を敷きつめて怪我人を寝かせるという状況だった。

「みことくん、お疲れ様! 大活躍だったらしいじゃない!」

 俺がすみれの寝顔を眺めていると、モールさんが話しかけてきた。戦いの中心にいたはずなのに、ほとんど怪我をしていない。つくづく、底の知れない人だと思う。

「いや、俺は別に。活躍したのはすみれの方で」

「またまた。謙遜しちゃって。すみれちゃんはそう思ってないと思うよ。剣士ってね、自分の刀を信用してなきゃ全力が出せないの。みことくんの刀に対する絶対の信頼が、最後に勝負を分けたんじゃないのかな」

「そう、ですかね。はは、ありがとうございます」

 すみれは、今は穏やかな寝息を立てて眠っている。だが、本当に目を覚してくれるのか。すみれの傷口は、俺が想像していたよりもずっと深いものだった。傷をみたモールさんには、「短時間とはいえ、どうして動けたのか分からない」とも言われた。もしこのまま目を覚さないなんてことになったら。俺は。

「‥‥‥みことくんも、少し休んだらどう? 私が代わりに診とくからさ」

「いえ。モールさんこそ、戦いの後から全然休んでないじゃないですか。ずっとみんなの寝袋の準備して」

「まー私は鍛え方が違うからねっ! これくらいヘーキヘーキ!」

 そう言っておどけてみせるモールさんは、確かに無理をしているようには見えない。本当に平気そうだ。

「お、俺だって平気です。惚れた女の看病くらい、自分で‥‥‥」

「おーおー、言うようになったねえ。それならお姉さんは他の子のとこに行くとしますか。交代が必要ならいつでも呼んでね」

 他の子、という言葉に、そういえば他のみんなはどうなったんだろうと、今更ながらに気になった。

「あの、モールさん。他のみんなは? みんな、無事ですか?」

「うん。レッドちゃんがひどくやられてるけど、少なくともすみれちゃんよりは軽傷だよ。今はイズミちゃんが診てくれてる。リドリィとサヤはほぼ無傷だね。上手く傭兵と協力してたみたい。2Bっていうアンドロイドは‥‥‥アンドロイドって怪我の概念あるのかな。何度も倒されてたけど、その度に修理ベッドで全快してゾンビアタックしてたけど。痛覚どうなってるのかしらね?」

「さ、さあ‥‥‥」

 2Bは、やっぱり2Bだった。もうホーリーネイションから追われることもないだろうけど、2Bはこれからどうするんだろう。後リドリィも。冒険が好きな人だから、やっぱり2Bと一緒に冒険に出るのかな。ちょっぴり寂しい気もするけど。

「‥‥‥村を出てからさ、友達増えたよね、みことくん」

「へ? そ、そうかな‥‥‥?」

「うん。リバース鉱山から逃げてきた人ってね、大体そのまま浮浪忍者の里で暮らす人が多いんだよ。だから狭い世界しか知らないままなんだ。それはそれで悪いわけではないんだけど‥‥‥出来れば私は、もっと広い世界を知ってほしいと思ってるんだ。この世界は残酷で、けれどすごく美しいから」

「美しい、ですか?」

「うん」

 

 モールさんは、それ以上は語らなかった。自分で探せ、ということなのだろう。この世界の美しさを。それもいいかもしれないな。

「あ、そうそう。最後に1つ聞いときたいことがあったんだけど、いいかな?」

「ん。なんですか?」

「セタとヴァルテナ、どこに行ったの?」

 う、と言葉に詰まる。正直に教えたら尋問とかしそうな気がして。モールさんという人を、俺はまだ読みきれてない。

「えーと、それは、その‥‥‥」

「隠す気?」

 モールさんの視線の圧が強くなった、気がした。冷や汗が背中を伝う。別にモールさんは武器を抜いたわけでも、ドスの効いた声を出したわけでもない。ただ見つめられただけで、手が震えるなんて。それなりに死線を潜ってきた、この俺がだぞ?

「いや隠すっていうか、まあ。今頃は美味しい紅茶でも飲んでるんじゃないですかねー」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 誤魔化しはしたけど、嘘は言っていないぞ。

「ふうん。ま、いいわ。フェニックスを倒した手柄に免じて見逃してあげよう。それじゃ、またね」

「ええ、また」

 

 手を振って、モールさんを見送る。ほっと息をつくと、再び俺とすみれだけが残された。

 すみれの髪を撫でる。本当に、ただ眠っているだけにしか見えない。だから。

 だから早く目を覚ましてくれよ、すみれ。いつもみたいに「おはよう」って、そう言ってくれ。

 一緒に、広くて美しい世界を見に行こうよ。

 

 夜が明けて、朝が来た。せめて何か食べろと、レッドがご飯を持ってきた。いつもあんなに美味しかったレッドの料理が、なぜかちっとも味がしない。

 昼が過ぎて、また夜が来て。少しは休めと、サヤが俺の分の布団を用意してくれた。すみれの手を握ったまま、また夜が明ける。サヤも一緒だった。

 

「‥‥‥おはよう」

 

 聞き慣れた声。聞きたくてたまらなかった声が、届いた。幻聴かと一瞬疑ったけれど。

「‥‥‥ひどい顔ね、2人とも。そんなに心配だった?」

 うっすらと目を開けたすみれが、そこにいた。‥‥‥当たり前だバカヤロー。心配させやがって。

 

 

 

 この残酷で美しい世界で、己の美学と信念を貫いて生きる者のことを『Kenshi』と呼ぶ。そんな世界で、幾人ものKenshiが出会い、そして別れる。

 それぞれの想いを胸に、信念を貫き、信念に死す。時に争い、時に手を取り合いながら。

 異なる美学を掲げた者達が、この世界を創ってゆく。Kenshiとして、その世界で生き抜くために。




 Kenshi ~その世界で生き抜くために~
 これにて完結です。長らくご愛読ありがとうございました。
 ‥‥‥完結といいつつ、後日談とかエピローグとか日常編みたいなおまけを思いつけば書き足したりするかもしれませんが、まあひとまず完結ということで。

 動画サイトで人気となった名作Kenshi、その異色の二次小説。少しでも皆様の心に残ったならば、これに勝る喜びはありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。
 いつかまた、この世界のどこかで巡り会えますように。


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エピローグ
登場人物たち


作中に登場するKenshiたちです。
感想に『このキャラのこんなところが好き!』とか『◯◯たんハァハァ』とか書いてくれたら、そのキャラの後日談を優先的に執筆しようと思ってます。
特にコメントすることないよって方は、『草』と1文字書いてくれるだけでこの作者はめっちゃ喜びます。


【アウトサイダー】

みこと

倫理観がまともな方の主人公。すみれLOVE。

 

すみれ

倫理観がバグってる方の主人公。みことLOVE。

 

イズミ

チームの頭脳担当。レッドLOVE。

 

レッド

料理が得意な元お嬢様。イズミLOVE。

 

サヤ

最後まで戦うことのない非戦闘員。元奴隷という意味ではすみれと同じだが、性格は真逆。

 

リドリィ

冒険家。ホーリーネイションに目をつけられて主人公と共に行動する。

 

2B

アンドロイド。リドリィと共に仲間になる。

 

 

【浮浪忍者】

モール

浮浪忍者の長。ちょっぴり天然なおねーさん。剣の実力は人類最強。

 

ピア

浮浪忍者の酒場でいつも飲んでる、すみれの友人。高級な酒をちびちび飲むのが好き。

 

門番の姐さん

男嫌いでみこととはそりが合わない。けれど世話好きな一面も。

 

 

【ホーリーネイション】

聖フェニックス

国の平和を願う皇帝。最後にはすみれと認め合いつつも、敗れて果てる。

 

セタ

レッドのお父さん。不器用すぎて娘から誤解される。

 

ヴァルテナ

気のいい兄貴分。部下からの信頼が厚く頭もきれて腕もいい。総合力なら作中トップクラス。

 

グリフィン

ヴァルテナと共に戦い敗北。故郷に戻り、兵士として戦う理由に疑問を持ち軍を抜ける。

 

吟遊詩人

ヴァルテナと共に戦い敗北。グリフィンと共に故郷に戻るも、軍に残る道を選ぶ。

 

ロキ

リバースの歩哨。自分さえ良ければいいという信念に生き、それに相応しい最後を迎える。

 

【シェク王国】

女王エサタ

筋肉バカ。あと親バカ。娘LOVE。

 

皇女セト

筋肉バカ。『えへへー。これくらい簡単です、母さま!』

 

バヤン宰相

苦労人。『もうやだこの国』

 

 

【その他の人々】

サミダレ

浮浪忍者所属、ミズノト村代表。紅茶が好き。お酒は飲めない。

 

テング皇帝

都市連合のお飾りのトップ。サミダレとは昔からの付き合い。

 

ボス・シミオン

反乱農民の長。すみれにより投獄され、すみれにより釈放される。

 

ハイブの商人

詐欺まがいの商品を売りつけてくるキャラバン隊の商人。耳かきを買ったすみれがあんなことになるなんて。

 

イズミの父

農夫。サミダレと共に戦い散る。後にイズミの目標となる。

 

サヤの母

サヤのことを愛していたが、貧困に勝てずに娘を捨てる。

 

サヤの元主人

ノーブルハンター。元々はごく普通の賞金稼ぎだったが、徐々に狂っていき最期は誰からも悲しまれることなくこの世を去る。

 

飢えた野盗のリーダー

すみれとみことのデートを邪魔する。後にサミダレに拾われ、足を洗う。

 

ストーンキャンプの商人

イズミの恋愛相談に乗ったりみことの世間話に付き合ったりしてくれる、愛想のいい商人。不幸な事故で死亡。



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