並行世界の先導者 (Feldelt)
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第一話 世界の歪みが現れて
それは唐突に起こったことだった。
唐突に、空が歪んだ。ただ、それだけ。
「一言でいうなら、異変ですね。」
女神、ネプギアはそう言う。
「...別次元...別世界からの干渉が多くなっているから起きたものと考えるのが自然っぽいが...それとは違うのか?」
「考えられないよ。私が何度も何度も見て導き出した結論だもん。」
「だとしたら一体あれはなんだ。」
「わかりません。そして厄介なのは...あの歪みは、シェアエナジーを感知できる存在にしか知覚できないということです。」
「現状、女神であるネプギア、俺と茜...そして夕とイストワールだけということか...」
ねじれているように見える空。シェアエナジーによる歪み...女神かそれに匹敵する何かがこちらに干渉してきている...か...
「待ってください影さん。夕ちゃんも見えるんですか?」
「あぁ。」
「...今はその点よりも...この歪みの原因を突き止めないとだね。干渉してきているというのなら、逆探知はできると思うんだけど...」
「試したさ。だがわからずじまい。この世界の法則で動く俺の義眼じゃわかんないよ。」
「私の把握も同じような結果だなー、向こうからもう一アクションないと絞れないよ...」
「ですがそれは、後手に回るということですよね...」
沈黙。打つ手がない。厄介な事象だ。
「ただいまー。」
「お、ゆーちゃんおかえり。空はどんな感じ?」
「ねじれてねじれて...でもボク以外のみんなは見えてないみたい。それと...だんだん黒い空間ができてきた。」
「...気取られたと悟ったとみるのが自然か。ギア、各州のトップに都市防衛システムの起動を催促しよう。...24時間以内に仕掛けてくると見たほうが...」
いい。そこまで言い切る前に振動が襲った。プラネタワーが揺れるほどの振動...!?
「状況を報告してください!」
「それが、いきなり上空から無数のメカが!新種のモンスターか何かでしょうか!?」
「私が出てさくっと調べてくるからギアちゃんは内政をね!えー君、ゆーちゃんをお願い!」
てきぱき動くギアと茜。...俺はもう10年もこの建物の外には出ていない。
「...まずいな...」
「お父さん?」
「本格的にまずいかもしれない。夕、イストワールを呼んできてくれ。俺の勘が当たるのなら...当たってしまうのなら...これは相当にまずい。」
「...わかった。」
「その必要はございません。私はここにいますよ。」
不意に現れたイストワール。その表情は重い。
「敵襲、別次元からのか。」
「はい。幸い物理法則は共通のため現在茜さんや各地の冒険者たちが迎撃にあたっていますが...特にここ、プラネテューヌに戦力が集中しつつあります。」
「そんな...!」
「ネプギアさん。まずは茜さんの援護に向かってください。女神が戦うべき非常事態です。」
「わかりました。いーすんさん、あとをお願いします!」
ネプギアは外へ駆けだし変身して空へ飛ぶ。歪みが広がった空と黒い星のような敵。
「...元を断ち切らない限りは終わらないか。」
「はい。どうやら少し調べたのですが、向こうの次元の私からの情報によると...」
「待て待て、向こうの次元のイストワールだと!?」
「はい。にわかには信じられない話ですが、彼女の情報は全て真実です。ほかでもない私なのですから。」
「頭が痛くなってきた...まぁいい。それで?」
「この襲撃の原因は、向こうの次元に存在している何者かが行っているということです。」
「...その元凶を叩かない限り...か。」
「はい。そして、向こうの一日は、こちらの一年に等しいとのことです。」
「精神と時の部屋だったのこの次元...」
「わかるぞ夕、俺も思った...だがそうなると...向こうが一週間送るだけで7年も、か...なら向こうに乗り込んで片づけないと...」
「ですが、影さん茜さん、それにネプギアさんはこの次元から出すことはできません。」
「ネプギアは唯一の女神であり、俺と茜はこいつが邪魔というわけか...」
首のチョーカーに触れ、眉間にしわを寄せる。このまま手をこまねくしかないのか。
「ちょっと待って、イストワールさん。その言い方だと、誰か一人はその向こうの次元に送ることができるの?」
「はい。そうです。こちらの一年以内に、一人だけ送ることが可能だということです。」
「...ボクが行くよ。」
「は?」
「それは可能でも、影さんと茜さん、ネプギアさんが認めないでしょう。第一、私も反対です。」
「いくら俺と茜の娘で、ひとしきりの技術や能力は叩き込んでいるとはいえ、それは...!」
『いいんじゃないかな?』
だめだ、と言おうとしたら茜からの通信に遮られた。全部聞いていたのか。
『可愛い子には旅をさせよって言うじゃん。それに...ゆーちゃんは自分の身は自分で守れる強い子だよ。そう、育ててきたじゃない。』
「あくまで護身用だ、大掛かりな戦闘技術はまだ詰めてないしそれに...!」
『ゆーちゃんの意思を尊重しよーよ。私たちは、そうされなかったんだからさ。』
「それを言うか、ここで...はぁ...」
溜息をつき、右手を眉間に当てて考える。ふと夕を見ると、こちらをじっと見ていた。
「茜にゃかなわねぇな...!」
「うわっと!っと!」
諦めたような言葉を口にし、不意打ちのように蹴りを夕に入れてみる。すると驚くことにその小柄な身体を活かして避け、空を薙いだ右足をつかんで押すことでこちらのバランスを崩し、右足が床に着くタイミングと同時に
逆立ちをし、俺を左から蹴ったぐる。その勢いを利用し振り返ると夕の手刀が脇腹をかすめていた。
「ナイフ、持ってたら致命傷だったな...わかったよ夕、合格だ。」
肩をすくめ、娘の頭を撫でる。
「えへへ、ボクだって世界で4番目に強いってずっとお母さんに言われてたんだからこれぐらいはできるよ。」
「...茜、ギア、イストワール。向こうに行くのは夕だ。だが...装備が足りない。」
「いいのですか、影さん。」
「いいも悪いも...最善手なだけだ。茜...夕の装備はどうする?」
『ゆーちゃん用の装備?んー、えー君用の装備なら作っておいたんだけどゆーちゃん用は作ってないなぁ...えー君のいろいろを改造するにしたって戦闘スタイルが違うし...ギアちゃん!えー君をプラネタワーから引っ張り出して防衛に回したいんだけど...いい?』
『......何が起こるかわからない別次元に夕ちゃんを送るのだから...それ相応の準備をしたいのはわかります。影さんでは作れないのですか?』
『残念ながら。こーいうのは私の得意分野だからね。把握して、それに合わせて作ること...いわゆる専用装備だからさ。』
『...わかりました。影さん。出撃許可を女神ネプギアの名において出します。ここを防衛してください。』
「...装備は。」
『ギアちゃんの机の左側、一番下の引き出しだよ。』
茜に示された場所の引き出しを開けると、そこにはシェアデュアライザーのような何かがあった。
「使い方は?」
「えー君ならわかるでしょ。名前はハード・アーマライザー。」
戻ってきた茜を見るとそこそこ傷が目立つ。...それだけで、戦場に戻るには十分だった。
「...親切なのか不親切なのか...あれを殲滅してくればいいんだな。」
「そーいうこと。ゆーちゃん。ちょっと手伝ってくれる?」
「うん!」
茜と夕は自室に向かい、俺は10年ぶりに外に出る。空は戦場。一人ネプギアが駆けている。
「もう一度...戦うことになろうとはな...だが...」
ハード・アーマライザーを起動し、装備する。
「戦おう。もう一度。ハードチェンジ、シャドウドライヴ!」
黒の鎧をまとい、空へ駆ける。二丁の銃剣を顕現し、8枚の羽根を開く。
「影さん...!」
「ギア...待たせたか?」
「...いいえ。ぴったりですよ。」
「そうかい。それじゃあ派手に殲滅する。ハードチェンジ、シャドウトゥブラック!」
装甲の一部をパージし、それを埋め合わせるように黒の装甲と新しい剣と銃を装備する。
「茜さんの考えた...影さんの新しい装備...」
まるでノワールのような高速機動とユニのような長物のライフル。感覚的にはパーフェクトストライクと言ったところか。
「迷うな、恐れるな...一度壊して...修復しつつある世界...罪滅ぼしにもならないがせめて...これ以上、この世界を壊させるわけにはいかないんだよ...」
空を駆けて敵を狩る。数多の敵を。
『えー君さすがだね!唯一の問題は敵が減らした分増えていることだけだよ。やっぱり大元を叩くことこそが大事っぽいから...ゆーちゃんを向こうに送り次第、えー君とギアちゃんは超火力をあの歪みに向けて撃ってみて。』
「わかった、茜。」
「ですが...減りませんね...!」
「ハードチェンジ...ブラックトゥシャドウ!」
装備を元に戻し、羽を分離する。
「演算開始...敵性因子多数補足、マルチロック、問題なし。...《ホープレス・スコール》!」
全方位にビームの雨を正確無比に撃つ。...さぁ、まだ来るなら来いよ...
「10年ぶりに見ても...影さんのこれは...避けられる気がしませんね...」
落ちて、消えていく敵だったものに囲まれながら、かつて悪魔だった己を顧みる。
「......力ってもんは本当に...難しいものだ。」
次回、第二話「世界の歪みに飛び込んで」
感想、評価等、お待ちしております。
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第二話 世界の歪みに飛び込んで
「ゆーちゃん。...今私がゆーちゃんのために準備できるのはここまで。私の大剣をベースに作った短剣、『紅月』とえー君の銃剣をもとに作った短剣、『蒼陽』。そしてゆーちゃんの動きを活かせるように服飾タイプにした霊装・霞。...まぁある程度の防御力と機動力支援ができる服みたいなものかな。そして...えー君のシャドウ-Cをもとにゆーちゃんが持ちやすいように素材や大きさなどを調整した銃、『グロウ-C』。一発しか入らないけど威力は据え置きだから...ここぞというときに使うことをおすすめするよ。えー君みたいに特殊な弾丸を何発も撃ったりはしないだろうからね。」
「うん、わかった。」
「...いいんだね、ゆーちゃん。」
ゆーちゃんの目はもう、戦いに向かう...それこそ何度も見た、えー君の目をしている。それが、私を安心と同時に不安にさせる。ゆーちゃんも、えー君のようにならないか、と。
「...さすがに心配しすぎかな...」
「大丈夫だよ、お母さん。ボクが選んだことだから。」
「っ......!」
ゆーちゃんのその言葉を聞いたとき、気づけば私はゆーちゃんを抱きしめていた。...親子だなぁ...まさかほんとにえー君みたいなことを言うとは...とも思ったし、同時に本当にえー君みたいになりそうで...心配で心配でしょうがない。
「お母さん...」
「...大丈夫、だとは思うんだけどね。...どーしても、えー君のように...お父さんのように、傷ついてこないのか、何事もなく帰ってきてくれるのか...心配で、ね。」
「...うん。大丈夫。...ボクは、お父さんほど強くないから。」
「10歳の娘にそんなことを言わせるなんてね...えー君はほんと...どうしようもない人だ。だから私がそばにいてあげないと...」
ゆーちゃんの両肩を掴み、最後に私は一言言う。これだけは言わなきゃ。
「...絶対、帰ってきてね。」
「うん!」
...快活な顔でゆーちゃんは返事をする。...えー君を送り出した時も...こんな顔をしていた。怖いなぁ...やっぱり怖い。だって、今でこそえー君はここにいるけど、あの時は帰ってこなかったんだから...
「...考えすぎかな...いや、考えすぎじゃないかもしれない...でも...」
『茜!』
沈み行く私の思考はえー君からの通信が来たことで遮られる。
「どーしたの、えー君。」
『今頃...夕と俺を重ねて暮れていた頃だと思ってな。』
「...まさか私が読まれる側になるなんてね。」
『...夕は、俺ほど強くない。だから大丈夫だ。もしもの時は...いや、耐えられなければ壊れてくれる。そしてまた立ち直れる。』
「そういう問題なの...?てかえー君、戦闘は大丈夫なの?」
『義眼の演算の時間が限界を迎えたところだ...フル稼働をもう一度できるまで3600秒。』
「大丈夫なのそれ...?でも待って、それじゃあえー君、けっこうまずいんじゃないの?」
『あー...減ったとはいえ結構まずい。』
「じゃあ私も行くからもう少し頑張ってね!」
『その必要はないよ!アクティブ!』
「うっそゆーちゃん!?確かに装備に慣らすことは大事だと言ったけど...!あーもう、えー君に似ちゃいけないとこ似てない!?」
どんでん返しな状況に私は頭が痛くなるも、今ゆーちゃんがまだ別次元に旅立たないのなら...私は向こうに行くまでの準備と把握をしないと。
「...はがゆいなぁ...」
「夕!?」
空中を駆けるお父さんとネプギアさんの戦場に、ボクも羽ばたく。
「空中戦はさすがに初めてだから...でも!」
お母さんのくれた武器、紅月と蒼陽はアクティブと宣言すると権能として紅い氷と蒼い炎を顕現しながら戦える。空を飛ぶ感覚は凄い楽しいんだけど...同時に感じるのは緊張感。
「そこっ!」
まずは一体...けどこれ多すぎるよ...
「って、やばっ!」
直後、ボクの背後に二本のビームが走る。どうやらボクの背中を狙って敵が攻撃してきたみたい。あっぶなかった...
「突出しすぎだ、夕。調整が終わったら早めに引っ込んでくれ。向こうに行く前に怪我されては困る。」
「う、うん。わかったよお父さん!」
「影さん...!そこまで言わなくても!」
ここはお父さんの戦場だ...ボクはまだ戦闘経験も浅い。だから、場数を踏んだお父さんには従わなきゃなんだけど...でも!
「せぇい!からの、《フレイミィアーチ》!」
お父さんの背後に迫っていた敵を蒼陽の炎で焼き切る。
「...やるな...いや、こっちが鈍ったか...いずれにせよ、夕!時間がない...わけではないがもう十分だろう。あとは自分で慣らすといい。...ギア、少し持たせてくれるか?」
「いけます。だって私は...」
「あんまり気負うな...とは言えないな......頼むぞ。」
「はい。」
お父さんはネプギアさんに戦場を任せてボクと一緒にプラネタワーの中に戻って...そこにはイストワールさんが転移門みたいな魔方陣を起動させていました。
「おかえり、えー君、ゆーちゃん。...帰ってきて早々にあれだけど...ゆーちゃん。もう出る...?」
「...うん。さっき戦ってわかったんだ。この敵...数だけで強くはない。でも量が多すぎて...お父さんでも対処しきれなかった。あのお父さんが。」
「...そっか。だから根っこから倒すと。」
「うん。使い方はわかったし...ボクのやるべきことというか...やんなきゃだから。世界で、4番目に強いからこそ。」
いつかお母さんが言っていた、ボクは世界で4番目に強いって。
「ほんと、ゆーちゃんはえー君にそっくりだ。...約束して、ゆーちゃん。例え何があっても必ず帰ってくるって。ちなみにえー君は約束したのに帰ってくるのがすっごく遅かったからね!ほんっと注意してよ!お願いだからね!」
「う、うん!わかった!わかったから離してお母さん!」
って思ったらお母さんにすっごく心配されるという。お父さんが「あー...」みたいな顔してるし...何したんだろう...
「...あはは。...よし。いってらっしゃい。」
お母さんは離れると、ボクを転移門に送り出す。
「夕。...気を付けて。」
ボクの背中にお父さんの声がかかる。ただそれだけだったけど...
「うん。行ってきます!」
「では、転移門起動します。夕さん...お願いしますね。」
足元が光る。次の瞬間ボクはプラネタワーからどこかの森林の真上に...って、真上!?
「重力に引かれるよぉぉぉぉぉ!!!!」
間一髪、霞を起動させて地に降り立つ。風が吹く。
「ふぅ...さて...どこだろうね、ここは。きっとあの歪みの向こう側に着いたはずなんだけど...」
周囲を見回す。人もモンスターも気配はない。土地勘も全くないからまぁゆっくり街に向かって歩けばいいかなとは思うんだけど...
「ここまで森だとわからないか...まぁ気配を感じ取ることに集中して、それで...」
瞬間、ボクの左から草が揺れる音がする。
「...!誰!?」
グロウ-Cを構え、草むらに向ける。もちろん周囲の警戒は怠らないけど...そこから出てきたのは、一人の女の子。
「わぁ~、撃たないでぇ~」
「女の子...?」
って言ったらまぁボクもそうなんだけど...ぬいぐるみを抱えてこんな森の中にいるのはなかなか異様としか思えない。見た感じボクよりちょっと大きいのかな...?
「えへへ~、あなたが、向こうから来た女の子~?」
「どうして、それを...」
「それはね~、わたしが~、プラネテューヌの女神だからだよ~」
...これが、ボクとプルの出会い。これから一緒に旅をする、心強い仲間との出会いのお話。
次回、第三話「別の世界のプラネテューヌ」
感想、評価等、お待ちしております。
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第三話 別の世界のプラネテューヌ
「プラネテューヌの、女神……?」
ボクはそう宣言する少女を訝し気に見る。どう見てもぬいぐるみが好きな女の子……っていうかこんな森の中をスリッパで歩こうだなんて無茶苦茶な……
「うん、そうだよ~。わたしはプルルート。あなたは~?」
「ボクは夕、凍月夕。それで……プルルートさんはどうしてここに?」
「えっとねぇ~、ちょっと前になんか変な感じがしてね~、いすとわ~るに調べてもらったんだ~。そしたらね~、なんでも別の次元へ何かが動いた~って話で~……」
「ボクがここに来た時も同じ感覚がしたから見に来た……ってことですか。」
「そうそう~、ゆ~ちゃん賢い~」
女神がわかる……ということはやっぱりあの歪みがシェアエナジー由来で、大規模だということ……でもイリゼお姉さんが来るときはイストワールさんから告知があるけれどそんな気配は感じないし……いや、あの人がアポもなしに来るなんてことはないか。
「それなら話が早いです。こっちのイストワールさんに会わせてくれますか?プルルートさん。」
「あぁ、うん。いいよ~でも~、さん付けされるのはくすぐったいな~」
「えぇ……!?じゃあ……プル!ボクはプルって呼ぶよ。」
「えへへ~、強化人間っぽいあだ名だね~」
「12人もいないでしょ!?」
なーんて思ってたらまるでお母さんのようなボケをねじ込んできたとは。プル、油断ならない。
「ってあれ……この結晶……」
ひとつ、妙に視線を引き付けた結晶がある。純粋にきれいだったから鞄に入れておいたけど……恐らくは特殊なもの。そう思えるのは、ボクがこれを見つけたことにはなにかの宿命なんじゃないかと思うほどに唐突で、でも納得できているから。
「ど~したの~、ゆ~ちゃん~」
「あぁ、なんでもないよ、プル。」
そんな返事をして……ボクはプルに連れられて、プラネテューヌの教会へ向かうことになった。
「ただいま~、って、誰もいない~……」
「あはは……って、ここがプルの家……でいいのかな?広いなぁ……」
「そうでもないよ~、ここに~、ノワールちゃんといすとわ~るもいるからね~。今二人はおでかけしてるっぽいけど~……」
「そっか。」
確かにどこからどう見てもプルのメルヘンな雰囲気とは合わないものがちらほらある。シェアハウスか何かなのかな。
「ただいまー。って、プルルート!その子誰よ!」
「おかえり~、ノワールちゃん~」
扉の開く音がして、振り返る。そこにはプルよりも背が高くていかにも「お姉さん」に見える黒髪のツインテールの人がいた。
「えーっと、お邪魔してます。ボクは夕、凍月夕です。」
「あぁ、うん。私はノワール。よろしくね。……じゃなくて!なんでここに連れ込んできてるのよ!七賢人の手先だったりしたら面倒じゃない!っていうかそもそも親御さんが心配するでしょうが!女神として間違ったことをしてるんじゃないわよ!」
「あ~、それは考えてなかったな~、ゆ~ちゃん、いい子だし~」
「そういう問題じゃないわよ!えーっと、夕ちゃん?家、どこだかわかる?一緒に帰りましょ?」
そしたら今度は話の流れで連れ出されそうに。うーん、どうしよう。
「あ、えーっと、そのことなんですけど……ボク、別次元から来たというか……かくかくしかじかあって今ここに……」
「……はいーっ!?」
詰まったボクは事こまやかに成り行きを説明して……まぁ予想通りの反応が返ってきたのであった。
「あららー、ここより女神が少ない次元があるからちょーっと試そうと思ってた可愛い試作品ちゃんたちがほぼゼンメツ!しっかも向こうからこっちに辿られてきちゃったじゃない!とんだ失態だわー!」
「あぁ!?オカマテメェ報告もなしにそんなことやってたのかよ!んでもって失態だぁ!?どう落とし前つけるんだ?あぁ!?」
「わざわざ罵倒されるために失態をさらけ出してるわけじゃないわよ。これ、見てちょうだい。」
「これ……空から幼女が落ちてきて着地した!?ってなんで幼女が空から!?」
「ふん、前後の文脈から判断しろ、それが件の向こうから来た存在か。」
「えぇそうよ。けどこの子、不可思議なのよね……なにか、存在レベルで引っかかるなにかを持っている……」
「何よそれ!とりあえず、この幼女の情報は他にはないの!?」
「街中でプラネテューヌの女神と一緒にいるとこを見たわよ。まぁ、ハッキングしたカメラ越しにだけど。」
「女神と一緒!?面倒なことになる前に女神から引き剥がさなきゃだわ!それじゃあ行くから!」
「はいはい、行ってらっしゃ〜い。……しかしこの子……下手に接触するのは危なそうね。」
「えーっとつまり、この次元から兵器みたいな何かが送り込まれたからその大元を断ち切るためにこっちの次元に一人で来たってこと?」
「そういうことです。ボクの両親は色々あってボクの次元から離れることはできないし、ネプギアさん、ボクの次元の女神様は一人だけなんで……ボクがここに来ることになったんです。」
「わ〜、ゆ〜ちゃんすご〜い。ヒーローみたいだね〜。でも〜、女の子だからヒロインか〜。」
「そこじゃないでしょ!?……事情はわかったわ。嘘にしては妙にリアリティもあるし……何より、あなたはまだ子供なのだからご両親の元に帰るべきだと私は思うわ。」
事情をプルとノワールさんに説明した後にボクに投げかけられたのは、ノワールさんからの優しさだった。そう。ボクはまだ10歳だ。いくらボクの次元で4番目に強かろうと、ここではそうでない可能性の方が高い。危険を案じるには十分すぎる。
「優しいですね、ノワールさんは。」
「え、あ、うん、ありがとう……って!どうしてそんな言葉が出てくるのよ!?あなた本当に10歳!?」
「あはは、友達からもよく言われます……だいたいお父さんのせいかな……」
「どんな教育受けているのよ……でも、その肝の据わりようは本物ね。」
「お父さんが言ってました。動じれば隙が増えるって。」
「動かざること山の如しと行ったところかしら。けどそうね。あなた、相当手練れであることはわかるわ。」
「ボクも同じことを思っていました。」
「あぁ〜、だからゆ〜ちゃんもノワールちゃんもなにかピリピリしてたんだ〜、ケンカになったら嫌だな〜って思ってたんだけど、心配しすぎだったかも〜」
「さすがに心配しすぎだよプル。ボクの癖みたいなものなんだ。お父さんやお母さんみたいにとっても強い人の前だと……そして初対面だからどうしても身構えちゃうんだよ。ごめんね。」
「そうなんだ〜、ゆ〜ちゃんは心配性だね〜」
「そうみたい。」
実際、ボクはなにがあってもいいように身構えていた。普通の人が見たら特になんの違和感もないレベルで。でもプルとノワールさんはとっくに見抜いていた。……この人たちは、間違いなく強い。お父さん程の圧倒的な圧も無ければ、お母さんみたいに全てを読まれているような感覚もない。けど、何か恐ろしいものを感じる。特に、プルから。
「ゆ〜ちゃ〜ん、お〜い。」
「あぁ、どうしたのプル。」
「ぼ〜っとわたしの顔見てたから〜、わたしの顔になにかついてるのかな〜って。」
「あはは、大丈夫。何もついてないよ。それより……ボク、これからの衣食住どうしようか相談に乗ってくれませんか?」
「それなら〜、ここに住んでいいよ〜。」
「え?いいの?」
「うん、いいよ〜」
「待ちなさいプルルート。トントン拍子で話を進めないでよ。」
「そうよダメよ!」
ボクの相談とプルの提案。それに待ったをかけるノワールさんとタイミングよく発せられた初めて聞く声。反射的によりわかりやすく身構える。
「ガラッ!話は聞かせてもらったわ!ズバリ!そこの幼女を引き渡しなさい!」
「……誰?」
ボクの勘が告げている。扉を開ける擬音を手動でつけたこの人、果てしなく面倒な人だと。
次回、第四話「七賢人アブネス」
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第四話 七賢人アブネス
「私は幼年幼女の味方アブネス!不埒な女神にそそのかされた純粋な幼女を救い出すために華麗に参上したわ!さぁ!そこの幼女をこちらに引き渡しなさい!」
……一方的にそこそこ意味不明な要求をする第四の存在。アブネスと名乗るその人はそんな意味不明さと突発さ、勢いよくかつ真っ直ぐにボクに向けて伸ばされた人差し指でボクたちを気圧する。……それでも模擬戦中のお父さんほどではない。それに。
「ボクは幼女と言われるほど幼くないですよ。10年は生きているしそれに……学校じゃボクはもう大人扱いだから。」
「お~ゆ~ちゃんすご~い」
「感心してる場合じゃないでしょ、どうすんのよプルルート、噂をしたこっちもこっちだけどよりにもよって一番面倒なのが来た気がするわ。」
「聞こえてるわよ!……まぁいいわ。引き渡してさえくれればこちらも今日は事を荒立てるつもりはないもの。」
……厄介なことに巻き込まれたなぁ、と思う。お父さんが仕事の書類を見ながら眉間にしわを寄せていた時はたぶんこんな気持ちだったんだろう。
「……七賢人という組織……7人いて、女神をよく思っていない……思想は自由だしそれは問題ないけれど……意見の押し付けはよくないよね……」
「驚いたわ、夕。私たちまだ七賢人について何もしゃべってないのによくわかったわね。」
「周りを見て状況を把握することはお母さんから、そこからどんなことを導き出すかはお父さんがすっごく得意で……見よう見まねでボクも少しはできるようになったんです。」
「とんでもない話だわ……まぁさっきもとんでもない話をしていたからいちいち驚いてられないんだけど……」
ノワールさんは驚き、プルはぽけ~?っとしている。さっきのボクの説明がまだ入っていないのだろうか。
「なるほど……恐ろしいまでの洞察力と推理力!賢い幼女は大好きよ!さぁ、その頭脳があるのなら私のところにきてくれるわよね?」
「……その前に、ボクはあなたの、いや、あなたたちを知りません。そもそも……なぜ、ボクがここにいるとわかって、ボクを連れ込もうとしているんですか?」
「それはっ……」
「おおかた、何かしらの方法、監視カメラだったり次元移動のときに生まれたエネルギーのゆらぎを観測したとか……たぶん前者かな?ハッキング?七賢人にはハッカーもいるんだ……それで……」
「ま、待って待ちなさい!なんで!?私は何もしゃべってないはずよ!?」
「あ、裏が取れた。じゃあやっぱりそういうことなんだ。」
ボクがじっとアブネスさんを見て、一つ一つの言葉に対する反応を見る。思ったより表情に出やすい人で助かった。結構勘だったからね。
「……ッ!!今のは、勘だったって言うの!?」
「ご想像におまかせします。……目的は同じだけど思想はバラバラっぽいな、七賢人……だから多分、ボクを目的としている理由はわからない……」
情報がもうない。でも、こうじゃないかってものはある。
「ボクが別次元から来たとわかっている……というか、あんまり考えたくもないけど……ボクの世界を襲ったのは、貴方たちである可能性がある。」
「勘のいい幼女も大好きよ。」
「そうですか。お引き取りください、事を荒立てるつもりはないのでしょう?」
「むぐ、むぐぐぐぐ……」
「帰りなさい、これ以上いたらまだ夕に情報を透かされるわよ。」
「ええい!いいわよ!退散してあげるわ!次会ったら覚えておきなさい!」
「おめおめ情報を抜かれた挙句コテンパンにやられちゃったってわけ~?アブネスちゃんらしくないわね。」
「かんっぜんにやられたわ……相当切れ者の幼女よ。名前は……夕。凍月夕って名乗ってたわ。覚えたわよ……凍月夕……!」
「凍月……?ふむ、妙に引っかかるな。不思議と知らん気がしない。」
「オバハンの気のせいじゃないっちゅか?」
「黙れネズミ。」
「いや、儂にも心当たりがある。あのルウィーの小僧が確かそんな名前だったはずだ。」
「でもその子はもう無害なレベルにはどかしちゃったわよね。」
「うむ、教会の敷地内に入ることが出来なくなっておる。小娘め、牢にぶち込めとあれほど言ったのに聞かんとは。」
「いずれにせよ、今度は私が出向こう。妙に引っかかるものがあるのだ。ネズミ、お前も着いてこい。」
「ぢゅ、なんでっちゅか。」
「つべこべ言うな。お前とて七賢人、人かどうかはさておくとしてもこの妙な違和感は感じているはずだ。」
「そうっちゅね。仕方ないからオバハンについて行ってやるっちゅよ。」
「へぇ……みんなこの違和感は感じているわけね。じゃあこれがなんなのか、調べてみちゃおうかしら。」
次回、第五話「日暮れの世界で」
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第五話 日暮れの世界で
凍月夕が七賢人アブネスをある意味で撃退したころ、夕の本来いる次元ではまだ戦闘は続いていた。
「これで、1569……!」
「数えてたの!?いやまぁ私も1328体目だけど!」
「二人合わせて2897体ですか……!私はこれで!2005体目!」
「そろそろ5000じゃないか……と思ったがどうやら敵はかっきり5000のようだ……」
「教会に寄せられた撃破報告が98体ですからね。もう敵影はありません。」
「状況終了か。」
「数だけだったねー。とはいえ、疲労や被害はそこそこっぽいし……ここから内政が大変だろうなぁ……」
「そうだな……女神が出て戦闘をするという事そのものが緊急事態だから……」
倒すだけ倒したのち、プラネテューヌ市街の様子を見る。どうにかこうにか被害は最小限といったところだ。しかし……鈍ったな。10年も外に出てなかったらこうもなるだろうが。
「悪魔が女神と肩を並べる、か。この世界で、俺を知らぬものなどもういなくなってしまったというのに。」
「そんなに悲しい顔をしないでよ。それとも……色あせて見える?」
「色あせる、か……容赦のない物言いだな、茜。」
「あははー、でも……そうでしょう?」
俺は茜の問いに答えなかった。この後の仕事のことを考えることで精いっぱいなふりをしている。それが茜に無意味なことも、知っていながら。
あの戦闘のあと、俺はいつもよりも多めの書類の山を捌いていた。
だろうな、と思う反面世界が動いた、動いてしまったということに一抹の不安が拭えない。やれやれ……
「23:00……頑張りすぎたか……」
書類の全てを片付け、伸びをする。ほかの教会職員もだいたい終わったようだ。……まさか俺に女神しか触れない書類以外のほぼ全てを回されるとは……しかも書類整理のチームリーダーにするなんてどういう風の吹き回しだ全く……俺はもうそんな柄じゃねぇってのに……
「疲れたな……全員もう寝ろ……余った分は明日か俺に回せ。」
一人になりたい一心で発した言葉はうまくヒットしたらしく、一人、また一人と一言二言俺に言ってから去っていく。そうだ、それでいい。
「もうひと頑張りしておきたい気もするが……」
書類に手を伸ばすも手が震えていることに気づく。血糖不足か。
「限界か、さすがに寝よう……」
立ち上がる。もうずっと座りっぱなしで立ち眩みがひどい。あぁそうだ、最近は座りっぱなしじゃなくても酷いってのに。
「大丈夫ですか、影さん。」
「……ギアか。それは、夜食か?」
「はい。ちょっとだけですけど……」
「助かる。」
ネプギアの持っていた盆の上に置いてあったおにぎりをほおばり、血糖を補給する。
「ごちそうさま……ギアの仕事は終わったのか?」
「はい。少し前に。皆さんは影さんが返したんですね。」
「一人になりたくてな……」
「皆さんに一個ずつ作ったのに、もったいないですね。」
「……ラップをかけて保存しておけば問題あるまい。仕事はそれで捗るだろうしな……」
「そう、ですか。ところで影さん、眠らなくていいんですか?いつもこの時間じゃぐっすりなのに……」
「緊急事態の直後でぐっすり眠れる人間じゃねぇよ……最中のほうが眠れるまであるが……」
「どういうことですか……」
実際、緊急事態の真っ最中なら何が起こるか予想しやすいために眠れるというものがあるが……解決した直後は何が起こってもおかしくない。平和が崩れた直後なのだからなおさら。眠れるわけがない。
「……なぁ、ギア。後悔してないか。」
「後悔、ですか。……そうですね、してないと言ったら嘘になります。影さんを引っ張り出さなくても、数だけだったから、もう少し被弾したり被害は出たりするけど、よかったんじゃないか、そう、思います。でも、それは間違ってるんです。私は女神ですから……この国が、この国に住む皆さんが安心で、安全じゃなければいけないから、後悔してても、これが最善です。」
「……驚いた。いつかの俺と同じ覚悟ができている。」
「同じ……いいえ、似て非なるものです。」
「そうかい。」
ネプギアは女神として、自らは選びたくない最善手を選んだ。世界のために。
「眩しいよ、ギアも。」
「眩しい、ですか。」
「あぁ。影ってもんは、光がなければ存在すらできないからな。」
「……私は、影さんにとっての光になれているのでしょうか。国民の皆さんの、光になれているでしょうか。」
「十年、一人で切り盛りしてきたんだ。それは誇っていいことだ。……どの口が言うかって話だけどな。」
こんな世界にしたのは俺だからどの口が言う、なんて言葉になったが……本心だ。俺はどこまでも罪人なのだから。
「影さん一人で……世界をこんなにした、だなんて……それは思い上がりです。」
「……強くなったな、ギア。」
あぁそうだ、こんな世界にしてしまった旅は、いつも隣にギアがいたじゃないか。茜を助けるために。
「強くなんてないですよ。強すぎる人に置いていかれないように必死で……強すぎる人を、一人にしないようにするのに必死です。」
「そうか。……頼りにしてるし、縋りもする。ギア……俺は……」
「……やめてください。私はあなたを恨んで、憎んで……あなたを……!」
「いいさ、それでいい。恨み続けてくれて構わない。そうじゃなきゃ、俺は許されてしまう。そんなこと、俺が許せない。」
「……私たち、おかしいですね。」
「今に始まったことじゃないだろう。歪み歪んで、ありのまま。茜とは違う方向に、俺達も一種の共依存、かもな。」
「共依存……ですか。」
「あぁ……」
夕は……今頃どうしてるかな。頑張ってほしいとは思うけれども俺のような無茶だけはしてほしくない……そして、目的を達成できなかったとしても……ちゃんと、帰ってきてほしい。俺のようになんて、させてたまるか。
「そうかもしれませんね。」
「え……?」
ネプギアは、俺に背を向け仕事部屋を去ろうとする。その足取りは何か隠してそうで、でも何と言えばいいかはわからない。結果、思ったことをそのまま言うことにした。
「……似た者同士、なのかもな。俺と、ギアは。」
「似て非なる者、です。ほんと、影さんには似てる人が多いですね。私含めて。」
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない……どこかで誰かが言っていたような言葉だ。俺は、優しくなんてないのに。」
「逆ですよ。……あなたは優しすぎるんです。」
ネプギアはそう言って、部屋から出る。
残された俺はただぽつんと、ギアの言葉を反芻していた。
「優しすぎる、か。我が妹ながら……いや、だからかな。」
ひとつ、大きなため息をつく。
罪というか、責任というか。凍月影はまだまだ逃げることは許されないらしい。
「逃げるつもりも、ないけどね。」
次回、第六話「クエストハンター凍月夕」
感想、評価等、お待ちしております。
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第六話 クエストハンター凍月夕
「これで、終わり。」
クエストを受けてはクリアして報告をすることを繰り返すこと二日間。
装備は快調、お母さんはすごいなぁなんて思いながら報酬を貰っては帰る。なんか、もうすでにクエストハンターなんて二つ名がついちゃったって話をちょくちょく聞くんだよなぁ、ボクはやるべきことをしているだけなのに。なーんて思いながら教会に帰る。
「ゆ~ちゃんおかえり~、噂は聞いてるよ~。」
「クエストハンターっていう話?ボクは普通にやるべきことをやってるだけなのに……」
「その量がえげつないのよ。」
「えげつないって……これでもいつもやってる量より少なめなんだけどなぁ。」
お父さんが外に出れないって制約がある以上クエストはボクかお母さん、あるいはネプギアさんしかやらないし……お母さんも仕事で忙しかったりするからやる人はボクくらい……
「それで少なめ……?てことはあなたのいる次元は相当にクエスト発行量多いのね……」
「何せ女神が一人しかいないから……」
でも、こっちは女神は二人……でもクエストの量は向こうより少ない……
「それにみたところ荒廃は進んでいない……逆か、発展途上の世界線と見たほうがいいのかも……」
「……それは夕の見てきた範囲でだけの話よ。プラネテューヌができる前……いいえ。今もなお、ルウィーやプラテューヌの女神を信仰せず、国の外で女神の加護を受けずに苦しい生活環境に身を置いている人たちがいるわ。」
「そう、なんですか。ボクの次元で、かつて国があったところに少しだけ似ています。」
「そうなのね。なんか真逆ね。あなたがいた次元は、どことなく寂しくて……こっちの次元は、まだまだこれから……」
「ノワールさんは、女神になりたいんですか?」
「そうね、なりたいわ。だから毎日メモリー・コアのあるところへ行っているのよ。あぁ、メモリー・コアっていうのは女神メモリーを生み出すものね。で……あれ、女神メモリーの話ってしたかしら?」
「まだ、ですね。その文脈から判断すると、女神になるためのアイテムですか。」
「ええそうよ。夕のおかげで前より早い時間に行けるから……って、長話もしてられないわね。それじゃあ私は行くから、プルルートをお願いね。」
「わかりました。」
と、返事したはいいものの……プルはぐっすりお昼寝中。やれやれ。
「そういえば……ボクをこっちに連れてくるときに開いた転移門を開いた……こっちのイストワールさんはまだ見てない……」
周囲を見回す。寝ているプル、いっぱいあるぬいぐるみ、ノワールさんが片づけた書類の山、ボクの荷物とプルが作ったボクの服……これまだ作りかけかな。あとは……ドアから聞こえるノック音。
「プルルートさんプルルートさん、開けてくださいー(*'▽')」
「あ、えーっと、プルは今寝てて……って、イストワールさん……?」
開けていいものかと思ったけどこの声は聞き覚えがある。
「あ、これはどうもありがとうございます<(_ _)>えーっと、あなたは確か、夕さんですね?」
「はい。凍月夕です。」
「凍月……まさか彼と同じ苗字の人が来るのは予想外でしたが……(゚Д゚;)」
「彼……?」
「あぁいえ、夕さんをこちらに呼ぶに際して転移門を開いたのですが、その転移門の基礎理論やデータをくれた協力者がいるんです(*'ω'*)」
「なるほど……」
少なくともこの次元にはボク以外の凍月って苗字の人がいるってことがわかったけど……お父さんかな…・・・いや、厳密には影さんか。この次元にもボクはいるのだろうか。
「むにゃぁ……わぁ、おかえり~いすとわ~る~」
なーんて考えているとプルが起きる。
「おかえり~じゃないですよ!なんでいっつもお昼寝してるんですか!(゚Д゚)」
「だって~、ゆ~ちゃんとノワールちゃんがお仕事すぱ~って、片づけちゃうから~」
「任せっきりなのもどうかと思います!(´-ω-`)」
「それより~、いすとわ~るはどうしたの~?」
「あぁ、お買い物に行っていたのですが単三電池をまとめ買いしたらそれはもう重くて重くて……帰るのにみっかもかかってしまいました(*_*;」
「も~、体ちっちゃいんだから無理しちゃだめだよ~」
とはいえ……これでやっとお父さんとお母さんに連絡ができる……
「それじゃあ、早速なんですけどイストワールさん。ボクの次元と連絡、とれますか?」
「はい可能です。ですが……現在彼への情報伝達ができない以上、みっかはかかりますよ?」
「三日……わかりました、お願いします。」
「三日経った……こっちに来てからだいたい一週間、向こうはもう、七年経ってるのかな……」
「時間の流れが違うの?」
「はい。事前情報ではこっちの一日が向こうの一年に等しいと……」
「本来ならあなたももっと大きくなっていた頃ね……」
「夕さん夕さん、来てくださいー、向こうの次元とつながりましたー(´▽`*)」
「本当ですか!?」
イストワールさんの声を聞いて急いで部屋に向かうと、そこにはお母さんとイストワールさんがノイズ交じりのディスプレイに映っていました。
「お母さん!」
「おー、ゆーちゃんだー。ほんとにゆーちゃんだー。久しぶりだねー。」
「うん、久しぶり……ボクとしては、一週間ぶりなんだけど……」
「こっちは一年ぶりだねー、まあ予想通り把握通りかな?」
「あれ、七年じゃないの……?」
「んー、えー君の見立てによると、そっちとこっちが独立している場合、そっちの時間速度はこっちの約365倍。でも歪みによって繋がったことで時間流エネルギーはこっちに流れてきた。さて、365×7÷7は?」
「365。」
「そ。だからこっちが一年しか経ってないってわけ。現在はだいたい52倍。そっちの5日後にこっちは52日経つ。それで10倍速。……つまりそっちで半月経てば……」
「時間の流れが、揃う。」
「そーいうこと。だからゆーちゃん、あんまり心配しないでだいじょーぶ。」
「そっか、よかった……」
「そこにいるのは、そっちの女神?って、ノワール!?いや、別人か……取り乱しちゃってごめんね?それで、えっと……ゆーちゃんを、お願いね?」
それだけ言ってお母さんとの通信が切れました。
「よかった……」
「あの人が~、ゆ~ちゃんのおかあさん~?」
「私のことを知ってたのは驚きだけど……」
「時系列の弊害を早急に解消できた……はいいけど、そっから先の進展はないかぁ……」
「まぁ、心配事がなくなったのはいいことなんじゃない?さて、それじゃあ私はいつも通りメモリー・コアに向かうわ。」
「あー、じゃあノワールさん、ボクもいっしょに行っていいですか?クエストの目的地がそこらへんで、でも場所がわからなくて……」
「それじゃああたしも行く~」
「まぁ私も夕も行ったらそうなるわね……わかったわ、早めに出発できるってことはゆっくりでも間に合いそうだし……行きますか。」
というわけで、お母さんとの通信で安心したボクはまたクエストをするために三人で移動することにしました。そこでまさかあんな目に遭うなんて……ボクはまだ知らなかったし、知りたくもなかったよ。
次回、第七話「誕生、黒の女神」
感想、評価等、お待ちしております。
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第七話 誕生、黒の女神
ノワールさんとプルと三人でメモリー・コアへ向かう。
ゆっくりでも和気あいあいと進んでいたんだけど……メモリー・コアにいた人影によってそれは一気に緊張感に変わった。
「誰かいる……」
「嘘、そんなことってある?そもそもこんなところに来るのは女神になりたい私かそれとも……って!あいつが手に持っているの!」
「ちょ、ノワールさん!?ごめんプル!ノワールさん一人じゃ心配だからゆっくり来て!」
「えぇ!?待ってよ二人とも~!」
なんて、プルの声を背中に受けながらノワールさんを追いかける。あの立ってる人、まぎれもなく手練れ……!
「そこの一人と一匹!手に持っているものを渡しなさい!」
「ちょ、いきなり抜剣するんですか!?」
ノワールさんは片手剣を帽子をかぶった女性に向けている。それは紛れもなく、悪手だけれども……それを指摘したところで、どうにかなるほど甘くなんてない。
「なんだ貴様ら、素性はわからんが、貴様らもこいつが目当てのようだな。」
「っ……!その結晶は……!」
「あれが、女神メモリーよ。」
「やはりか。ならば話は早い。渡さん、それで終わりだ。」
「だったら、力ずくで奪うまでよ!」
「私から?力づくで奪うと?おいおい、寝言は寝てから言え。あぁいい、みなまで言うな。すぐに眠らせてやる。永遠に、だがなぁ!」
増幅する殺気。あのときのお父さんがボクに向けたものなんて比べ物にならないもの。
「やばい!こいつ……ボクたちを完全に殺しに来てる!」
霊装・霞を顕現、紅月と蒼陽を装備する。
「光栄に思うといい。七賢人が一人、マジェコンヌ様が直々に貴様らをあの世に送ってやるのだからなぁ!」
「ぢゅー!?なに言いふらしてるっちゅか!?」
「構うまい。どうせ死ぬのだ。冥土の土産に……」
「アクティブ!《ストレイト・グレイシャー》!」
「む?貴様なかなかやるな……そうか貴様が……」
「ボクの話はもう聞いたみたい、ですね!」
話し終える前に奇襲したはいいものの簡単に防がれる。うーん、手に握ってる女神メモリーを奪い返せればよかったんだけど……てかボクの持ってるのを渡せばいいじゃん。でも……鞄を漁って渡せる余裕はなさそう。
「面白い。おいネズミ、これを持ってお前は先に行け。」
「ぢゅ?いいっちゅか?」
「構わん。奴らの狙いはこれだ、それにこの娘は手練れのようだ。片手がふさがっては面倒だしな。」
「あんたねぇ、私を無視するんじゃないわよ!」
「おおう、いたのか。貴様はこの娘の足元にも及ぶまい。ついでに始末してやるから大人しくしていろ。」
「ついで?ついでですって……?ずいぶんとなめてくれるじゃない!」
「逆上もまた悪手……!普段の冷静さを忘れないでください!」
速く、細やかに短剣の攻撃を重ねても一発も届くことはない。
「仕方ないっちゅね。」
「最初からそうしてればよいのだ。さて、出し惜しみなぞせんということだけ、言っておくぞ……!」
さらに増幅する殺気。笑えない……!
「アクティブ!《アイシクルブレイズ》!」
「煩わしい……!氷なのか炎なのかはっきりしろ!」
ボクの放った大技はいとも簡単に防がれ、放った後の隙を突かれる。
「ちっ……!」
「ほう、これを防ぐか。」
「だから、私を忘れてるんじゃないわよ!《パラライズフェンサー》!」
「ふん、甘い!」
「うそ、防いだ!?」
「遅いうえに軌道が直線では見切られて当然というものだ。」
「まるで攻撃を完全に読み切ってるような挙動と口ぶり……誓約女君?いや、あれほどではないし、お父さんやお母さんほどでは、ない!」
出力を上げ、もっと速く、鋭利に……!
「ちょこまかと……だが、そんなものではな!」
だけど、放たれたのは波動。攻撃が自分に向いているのなら、自分を中心に全方位に放てば必ず当たる攻撃。お父さんもお母さんも読み切ったり把握しきったりでボクの位置を読み切って反撃してくるからこれを失念していた……!
「ぐぅぅぅぅっ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
おかげでまともに直撃したボクとノワールさんはボロボロに。即死まではいかなかったからOFF波動ほどではないけど……
「動けない……」
「強すぎる、私が、こんなに簡単に……!」
「少しは楽しめたが……こんなものか。」
まずいやられる、だったらボクも使うしかないのか、女神メモリー……!
「ぢゅーーーーーーーーーっ!?」
「……!?」
そのときだった。少し遠くから、さっきいたネズミの断末魔に近い叫び声が聞こえて、マジェコンヌが大きく吹き飛んだのは。ついでに足音もする。誰だろうか、この状況で来そうな人……プル?
「あらあらぁ?これはなかなかいいものねぇ?女の子が二人地べたを這っている様子なんて、そうそう見られるものじゃあないものねぇ?」
走る寒気。さっきまで感じてたものとはまた違うもの。
「プルルート!?なんで変身してるのよ!?」
「これが、プルの女神化した姿……女王様って感じだね……」
「いや夕、冷静すぎない!?」
「いやー、もっとすごいの知ってると、このくらいの背筋に走る悪寒は大したものじゃなくって……」
「随分な言いようねぇ……こっちはノワールちゃんと夕ちゃんを助けるために変身してあげたのに……無力で非力で、相手の力量を見抜けないほど愚かで……でもそこが可愛らしいノワールちゃんをねぇ!」
「うわー、そこまで言うんだ……」
「あーもう!助かったわよプルルート!どうもありがとう!」
「素直じゃないところも可愛いわぁ……ところでノワールちゃん、これ、なんだかわかる?」
「それ、女神メモリーじゃない!」
ノワールさんは咄嗟にプルの持つ女神メモリーに手を伸ばすもプルはひょいと届かない高さまで持ち上げる。
「誰もあげるなんて言ってないわよぉ?それともこれが欲しいのかしらぁ?」
「そうよ!欲しいわよ!あなたなら知ってるじゃない!」
「えぇそうねぇ……でも、だぁめ。少なくとも、ただではあげないわぁ。」
ようやくゆっくり起き上がることができたボクはお母さんから渡されていたネプビタンを飲みながら吹き飛ばされたマジェコンヌを見る。体勢を立て直してはいるものの、こちらを攻撃する意図は見受けられない。プルを警戒している……?
「じゃあ何よ!お願いしますプルルート様とでも言えばいいわけ!?」
「それも悪くはないけれど……そうねぇ、あたしは対価が欲しいわぁ。これをノワールちゃんに渡したとして、ノワールちゃんはあたしに何をくれるのかしらねぇ?」
ゾワゾワする。ボクに向けられた言葉では無いけれど、その言葉には明らかに悦を求める意思がある。
「プルルートに、あげるもの……?」
「そういえば、女神メモリーってとぉ〜っても珍しいものなのよねぇ……当然、ノワールちゃんはそれよりすっごいものをくれるのよねぇ?」
「のわぁ!?そんな無茶苦茶なぁ!?」
ボクだったら何を……いや、それを考えるのは野暮だろう。ボクとマジェコンヌは睨み合っていて、ノワールさんとプルはこんな感じ。鞄を漁る暇もないし第一、今のプルを邪魔してはいけない。
「あらぁ、くれないのぉ?だったらこれ、捨てちゃうわぁ。」
「ま、待って!」
「聞こえないわぁ、あー……捨てちゃうと誰かに拾われちゃって面倒ねぇ……じゃあ、壊しちゃおうかしらぁ!地面に叩きつけて、ヒールで粉々にして!それも悪くないわねぇ!?」
高笑いをするプル。背中に走り続けるゾクゾク、もう泣きそうなノワールさん。
「だから待ってってばぁ~っ!!」
「……気のせいかしらぁ?空耳かしらぁ?今、私が
「うぅ……その…………いて……るから……」
「聞こえなぁい。」
「あなたの言うこと!なんでも一つだけ聞いてあげるから!だからお願い!その女神メモリーを私にちょうだい!」
結果、出たのは「なんでもする」というワイルドカード。いや、それは……怖すぎる。
「ふふふふふ……あーっはっはっは!!!いいわぁ、いいわねぇ!」
再び高笑いのプル。あぁ、ノワールさん震えちゃってるよ、もう泣くよこの人。誇張なしに怖い、ここまで怖いって思ったのはボクがお父さんの部屋に置いてあった白い帽子を被って外に出ようとしたとき以来……いや、ほんとあのときはお父さんの顔色が変わったしめっちゃ怒ってたし……うぅ、今思い出しても体中が震えるよ……
「それじゃぁ、ノワールちゃんにはご褒美をあげなきゃねぇ?はい、あ~げる?」
「あっ……とと、これが、女神メモリー……」
「ふふふ、夕ちゃん、待たせたかしら?」
「待ってた半分、待ってない半分……ボクとしては向こうのマジェコンヌが動かないのが不思議で不思議で……」
「ふん、貴様らの茶番に興が削がれてな。だがいいのか?その娘は貴様らの友人なのだろう?女神メモリーに適合し女神となれる存在は数十年……いや、数百年に一度の存在だ。ましてや適合しなかった場合異形の化け物になってしまうのだぞ?」
「え、それは初耳……」
とっさにボクはノワールさんを見ると、あからさまに躊躇している。やはり、化け物になるかもしれないリスクは……
「その時はその時ねぇ、仕方がないことだわぁ。」
「薄情!?え、え?と、友達なんだよね、ノワールさんと……」
「えぇ、そうよぉ?夕ちゃんもそれはわかってるわよねぇ?」
「はいおっしゃる通りですよく存じております。」
「ふふふ、重要なのは、ノワールちゃんが女神になろうが化け物になろうが、あたしは今と同じように、あるいは今よりももぉ~っと、愛してあげることができるということよ。」
「ひっ……」
愛、それは愛なの?なぜそこで愛?ボクの思考は止まらないけれど、きっとお父さんなら適当に返事して流すし、お母さんなら、多分ボクと同じようにうわー……って思うかも。でもボクは引きつった声しか出なかった。
「あらあら、夕ちゃんもいい声を出すじゃない、もっと聞かせてちょうだいな……可愛い女の子のひきつった声、あたし大好物なのよねぇ!」
「ひぃぃぃぃ!?」
敵より味方のほうが怖いってどういうことー!?助けてお父さん、お母さん……!って、今はボクしかいないんだ、助けなんてない……でも、女神とまともにやりあえるほどボクは……!
「もっとぉ、もっとちょうだいな夕ちゃん……もっと聞かせてぇ?」
全身に走る寒気、でもその冷たさで、ボクはふと冷静になる。ボクの頬に手を滑らせているプルだけど全方位の警戒は切ってない。ノワールさんとマジェコンヌは固まってる、だったら。
「すぅ、はぁ……」
「あら?深呼吸なんてしちゃって……もう終わりなの?」
「終わりだよ、でも……」
プルの手首を掴み、顔を近づけて耳元で囁く。
「お楽しみは後で取っておくものだよ。」
「うふふふふ……!ゾクゾクするわぁ……!」
狂喜するプル。さて、そろそろ……
「おい、茶番もそのくらいにしろ。いい加減見苦しいぞ。」
「やっぱりいつまでも待ってくれない?だよねぇ……じゃあそこのノワールさんから女神メモリー奪い返しちゃっていいですよ。帰ろう、プル。せっかく奪い返したのに使ってくれないんじゃあね。」
「はぁ!?ちょ、夕!?本気!?」
「でも、なぁんでも言うことは聞いてくれるって約束はしたんだし……確かに使うも使わないもノワールちゃんの自由だものねぇ、あたしたちはこ・こ・ま・で。」
「プルルートまでぇ!?」
「ふん、行きつく結論がそれではなぁ!」
動くマジェコンヌ。正直、ここまでしないと躊躇を拭い切れないのなら……そこまでだよね。お母さんが言っていた、リスクのない選択は全部、選んじゃいけないって。
「……!」
突如光るノワールさん。あまりに唐突で眩しかったものだから目を覆うんだけど……
「ふふふ、それでこそ、あたしのお友達。」
「何だと……!」
光が収まり、ノワールさんがいた場所にいるのは白のツインテールに灰色のえーっと、あれ、プロセッサユニットを纏った女神。成功したのかな。
「な、れた……私が、女神に……!あはははははは!すごい!力が溢れてくるわ!」
「セリフが悪役!女神メモリーは進化の秘法かなにか!?」
「ちょっと!最終的にはやっぱり化け物になるようなこと言わない!」
「さんっざん躊躇しといてよく言いますね!?」
「それは、あれよ!主役は遅れてやってくるのよ!」
「ここぞとばかりに……まぁ、いいです。これでようやく……」
「えぇ、こいつをぶっ飛ばせるわ!」
大きめの剣を構える変身したノワールさん。ボクも再び二本の短剣を構えなおす。
「女神がこの場で増えたところで……面白い、だったら今ここで蹂躙してくれる!」
「できるものなら、ねぇ?あぁ、言い忘れてたけど……あたし、二人を傷つけたあなたのこと、許すつもりはないから……手加減されるなんて、思わないことねぇ!」
そんなこんなでマジェコンヌを撃退したボクたち三人は無事に帰ってきたわけだけど……え?戦闘?なんかボクが戦うというか、もはや戦いにすらなってなかったというか、プルとノワールさんが生き生きしすぎていたというか、こう、なんだろう。ちょっとマジェコンヌをかわいそうに思うくらいは一方的で……
「あのオバサン、つまんなかったぁ~……」
いつものプルに戻った第一声がこれである。ほんとに同じなのか自信がなくなったよ……
「うぅ、散々だったわ……変身したプルルートなんてもう御免よ……」
「プルが時々出す殺気がわかったよ……まぁノワールさんが躊躇してなきゃもう少し楽だったのに……あ。」
「いやいや躊躇するでしょ……って、どうしたのよ。」
「ゆ~ちゃんなにか思い出したの~?」
思い出した、というか思いついたというか、あのメモリー・コアの周り、地質がちょっと違ってて石の感触とかが結構変わってたんだよね。火山系のものでもないし礫岩泥岩でもなさそうだったんだよ。あと考えられるのは人造のものだけど女神メモリーが生み出されることに関係があるのかあるいはメモリー・コアが作った?だとしたら……
「ちょっとメモリー・コア周りの石を!採取してくる!」
『えぇぇぇぇぇ!?』
ボクはマイロックハンマーと石ノミ、採取用キットを持って単身、メモリー・コアへとんぼ返りするのであった。
「夕、すっごい目がキラキラしてたわね。」
「すぅ……すぅ……」
「って!驚いた直後に寝るの!?もう!……でも、女神になることができたから……万事オッケー、なのかしらね。」
次回、第八話「突撃、隣のラステイション」
感想、評価等、お待ちしております。
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第八話 突撃、隣のラステイション
「ゆ~ちゃんがこっちに来て~、一年か~、二年か~、三年くらい~?経ちました~」
「三年と二か月だね」
「もうすっかりゆ~ちゃんはあたしより背が高くなって~、声も少しだけ低くなって~、でもかわいいまんまで~」
「それは、そうだけど今は違うでしょ?」
「ノワールちゃんはラステイションって国を作って~、毎日頑張ってるみたいだね~」
「そうだね、ノワールさんはそりゃそうなるよ……プルもがんばろ?」
「でもでも~、ラステイションとルウィーは仲が悪いんだよね~、ゆ~ちゃん、どうしよう~?」
「いいやだからさ、プル。他国の心配するより自分の国の心配して!イストワールさんもボクもそろそろ休ませて!」
「ほえ~?でもゆ~ちゃんもいすとわ~るもやってくれるよ~?」
「プルがやらないからでしょー!?」
とまぁ、こんな風に現在の状況を確認しながらプルに半分説教してたんだけど……現在ボクはお父さんと通信中。言ってしまえばお父さんの前でこんな会話をしているのである。なんなら最初のプルの説明はプルがやるって言って聞かなかったからやらせたんだけど……プルには向いてなさそう。そう思ったボクはプルに仕事をさせるためにむりやり通信している部屋から出て行ってもらう。まったく……
「……疲れてるんだな、夕。……そうか、そんなに大きくなったか。」
お父さんから出たのは、ねぎらいの言葉。そしてどことなく悲しそうな顔。
「お父さんは、変わらないっぽいね。」
「そうそう簡単に変わるものでもないよ。さて、……そちらの状況、気になるのはラステイションとルウィーの関係だ。」
そんなお父さんは冷静にこちらの状況を俯瞰する。この場にいても、やることは仕事だけだからね……
「七賢人という存在も気になるが……現状判明しているのは三名。残り四人は不明……そうだな。」
「お父さん?」
「俺が七賢人だったら、ルウィーに一人スパイを入れてるかな。」
「え?」
「それもずっと前からな。そうでなきゃ、表立って何もしてないわけがない。ラステイションの成長速度は予想外だろうが、逆にそれを利用してルウィーを潰しにかかるだろう。」
お父さんの分析能力は圧倒的である。だけど、どうして新しいラステイションではなくルウィーなんだろう。
「ラステイションのシェアが増えた分、減ってるんだろう?ルウィーのシェアは。」
「……そっか。力を失った大国は細部がおろそかになって自壊しかねなくなる、ということ?」
「あぁ。ここぞとばかりに忍び込んでいた内偵が国家そのものをひっくり返すだろう。別次元、別世界とはいえ……ルウィーでそんなことさせるものかよ……」
「お父さん……?」
お父さんは怖い顔をする。やっぱり、お父さんはルウィーって聞くと表情が変わる。
「なんでもない、わけではないが……夕、できるならルウィーに行くんだ。あるいは……ラステイションでもいいやもしらん。」
「え?どっちでもいいの?」
「ルウィーに行ければベストだが、行ったところで捕まるがオチだろう。夕は返り討ちにできると思うが、返り討ちにしてしまえば国中で大騒ぎだ。簡単に手が出せない。というわけでラステイションだ。ルウィー側に動いてもらう。」
「どういうこと?」
「七賢人には……俺の見立てだが情報戦に特化した奴がいる。そうでなければ夕が来たことすらわからないはずなんだ。そいつに情報を渡す。」
「でもそれじゃあますますルウィーの中は大変になるんじゃ……」
「そうだな。なんだっけ?あぁ、そうだ。アブネスとかいう広報担当……こいつを使ってルウィーに衝撃を与える。何かしらの動きはあるはずだ。その動きによっては……女神が出てくるだろう。」
「女神を動かして、お父さんはどうするの?」
「俺はここじゃ何もできないさ。それに、ノワールがラステイションの女神になったのなら……ルウィーの女神はブランである可能性が高い。半分賭けだが、ルウィーの女神がブランなら、内偵をあぶり出して始末することが、できる。」
鋭いお父さんの目。画面越しでこんなに鋭く感じるのだから、もし真正面で見てたらボクに切り傷ができてそうなくらいなものだろう。
「それほどまでに、読み切ってるの?」
「不確定要素が多いがな……そもそもよしんばルウィーの女神がブランだったとして、俺の記憶のブランとは少し違うかもしれない。むしろその可能性が高い。だから……やってみなくちゃわからん。」
「それでも……か。」
「正直なことを言えば、帰ってきて欲しいとは思うよ。でも、そんなに毎日が充実してそうな夕を見てたら……贅沢は言えないし、そっちの現状も芳しくはないんだろう?だから、最後は夕が決めろ。やりたいことをやれ。こっちは大人がなんとかするからさ。」
「うん、わかったお父さん。ちょうどラステイションに行く口実も欲しかったし……ラステイションに行ってみる。多分、あの地形的には火山性の綺麗な石が多そうだから!」
「帰ってきたら、夕のコレクションがどれだけ増えたか見せてくれ。じゃあ、気を付けて。」
通信が切れる。最後はまんま私欲だったけど、ボクのするべきことは決まった。
「夕さん、もしよかったら、プルルートさんも一緒にラステイションへ連れて行ってもらえませんか?('ω')」
「そのつもりです。多分考えてることも同じな気がします。」
「あはは……お互い苦労してますもんね(-_-;)」
「とりあえず……プルが帰りたいと言ったらイストワールさんに許可をもらうように言うので……もう早速出発します。急がないとプルが寝ちゃいますから。」
「わかりました、ノワールさんにはこちらから連絡をとるので、すぐにでも出発しちゃって大丈夫ですよ。(*‘∀‘)」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」
ぺこりとイストワールさんにお辞儀をして、荷物を持って、部屋を出ようとドアノブを回し、ドアを押そうとして……
「あれ?開かない?」
「鍵はかけていませんよ?('Д')」
「まさかとは思うけど……いいや間違いない、話し込みすぎてもうこんな時間だ、プル!起きて!お話終わったよ!起きてー!」
「まさかプルルートさん、ドアにもたれて寝ちゃったんですか!?(゚Д゚;)」
「十中八九そうだと思います。ええい!起きろー!」
「ふにゃぁぁ~!?」
結果、寝てたプルを押しのけてドアを開けることに成功する。ゴロゴロ転がったプルは現在ぺたんと座り込んでぼーっと目をごしごし。
「ゆ~ちゃんひどいよぉ~。せっかくお昼寝してたのに~」
「あー、ごめんねプル。ちょっと話が長くなっちゃって。んー、ねぇプル。お昼寝を邪魔したお詫びと言ってはなんだけどさ、ノワールさんに会いに行かない?」
「ほえ~?ノワールちゃんに~?」
「うん。会いたい?」
「会いたい~!だってもうしばらく会ってないもん~」
「よし!そうと決まれば!行くよ!」
「わわわ、ゆ~ちゃん、引っ張らないで~」
思ったより不機嫌じゃなくて助かった。でも、これでラステイションで鉱石採取ができる!あわよくばルウィーでもやるぞ!目指せ鉱石マスター!
「あれれ~?」
「どしたのプル。」
「ゆ~ちゃん、お仕事やらなくていいの~?」
「……ボクのセリフだよ!」
なーんて夢と希望をだんだん大きくなっていくであろうこの胸に抱えていたのに!いたのに!仕事の話!よりにもよって一番してない人から!
「ほえ?」
「……ノワールさんに、教えてもらおっか、女神の仕事ってやつを、さ。」
「ゆ~ちゃん、目が怖いよ~?」
「うん、まさかプルにこんな怒りたくなる日がくるなんて思わなかったよ。」
「ぷるーん……」
お父さんが言ってたことがわかったよ。「可愛いから許すけど可愛くても許されないことはあることを覚えて欲しい」って、こういうことだったんだね。
次回、第九話「ブラックハート 仕事の流儀」
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第九話 ブラックハート 仕事の流儀
「ラステイション到着……いやはやまさかダンジョンを通るまではよかったけど強敵に遭遇するとはね。」
「つ〜か〜れ〜たぁ〜」
そこそこ勢いでプラネテューヌを出発したボクたちは道中にいたそこそこ強めのモンスターを撃退し、どうにか着いたラステイションの教会。
「プルルート、夕!久しぶりね!」
「わぁ~、ノワールちゃんだ~。ひさしぶり~」
「お久しぶりです、ノワールさん。」
「しばらく見てない間におっきくなったわね、夕。もうプルルートを追い越してるわね。」
「えへへ、さっきお父さんにも言われました。」
ノワールさんの国、ラステイションの教会はどことなく近未来的で無機質。プルのファンシーな感じに慣れてたせいか、妙にかっちりしてて……なんだか懐かしい。
「イストワールから聞いてるわ。夕は休暇のため、プルルートは仕事とは何かを教えてもらうために来たのよね。」
「ほえ~?お仕事のお話~?」
「イストワールも夕も、プルルートが仕事しないからへとへとになってるのよ?」
「だって~、あたしがお仕事しなくてもぉ~、ゆーちゃんといすとわ~るががんばってくれるからいいかなぁ~って……」
「それがダメなのよ!甘やかされすぎよ!」
「そうなんです、甘やかしすぎました……」
やっちまった……みたいな表情を浮かべてみる。
「苦労してるのね、夕もイストワールも……あぁそうだ、プルルート。イストワールからの言伝よ。」
「なぁに~?」
「プルルートがちゃんと自力で仕事をできるようにならない限り、教会に帰ってきても突き返すだって。」
「ぷる~ん……」
イストワールさんも本気、か。
「じゃあノワールさん、とりあえずボクはゆっくりしていい?」
「えぇ。羽を伸ばすことに我がラステイションを選んだこと、光栄に思うわ。」
「え~、ゆ~ちゃんずるい~」
「プルも少し休んでからでいいよ、さっき大物を倒したばっかりだし……」
「言ったそばからまた甘やかさない!プルルート!せっかくだし二人で出かけましょ?」
「わぁい、ノワールちゃんと~、おでかけ~♪」
そんなこんなでラステイションの教会でゆったりしていたボク。地図を見ながら山の近くへどう行こうか考えたり、地質がプラネテューヌと違うのか調べたり……さて、どこから採取し始めようか。
「夕!プルルート!二人とも起きて!」
「ふみゅ~、あと五時間~」
「そんな長い時間待てないわよ!ってか夕までぐっすりなのは何よ!?」
「ん~……ふぁぁぁ……あれ、お母さん……?」
「なーに寝ぼけてるのよ夕。あなたを抱きしめてるのはプルルートよ。」
いつの間にか寝ていたボクはプルに抱きしめられてて……暖かさや感触でまるでお母さんと一緒にお昼寝してたことを思い出す。もう、三年も会ってないのはさみしいなぁ……
「あれ~、ゆ~ちゃん、今あたしのことお母さんって呼んだ~?」
「うっ……呼んだけど寝ぼけ眼の不可抗力だよ……でも久しぶりに人肌に触れながら昼寝を……というか昼寝自体が久々だよ。」
「えへへ~、お母さん、だって~♪」
「だーかーらー……はぁ……」
とんでもない言い間違いをしたものの、のらりくらりと回避する。さてはて、じゃあ結構休んだことだし、仕事を……
「ずいぶんと大きい溜息ね。そんなに言い間違いが恥ずかしかった?まぁ夕がそんな間違え方をするなんて可愛いなーっとは思ったけど。」
「その話はもういいです!いや、今さっき結構休んだから仕事しよっかなーって思ったんですけど……我ながら、仕事に毒されてるなぁって……そもそもボク、思い返せば仕事して勉強して仕事して……」
「聞けば聞くほど悲しくなりそうな話ね……」
「そんな悲しい顔しないで~、ゆ~ちゃん~、これあげるからぁ~」
プルのポケットから出てきたのは、少し黒みがかった光り方をする手のひらサイズより小さめの石。これは……
「ちょっと待ってね、よいしょっと。」
「本格的な装備が出てきたわね!?えっと、ルーペにハンマーに石ノミに標本箱……いつもこれを持ち歩いてるの?」
「当然!えっと、これは……プル、行ったのは洞窟っぽいダンジョンだね。しかも奥の方、水が流れていて……で、この傷の付きようは……戦闘中に何かがぶつかって、砕けた破片といったところかな?」
「すご~い、百点満点~」
「まぁね。ありがとう、プル。これはコレクションとして保存しなきゃだね。えーっと、採取場所の情報は入れなきゃ……」
紙にペンを走らせて情報を記録して箱の中に入れる。結構多くなってきたかな……
とまぁ、無事に標本を入れてボクの採取キットもしまったところでふと考える。ルウィーの動向はどうなのだろう。あのモンスター、明らかに生態系から浮いていた。あの違和感のあるモンスターとその場所……プラネテューヌとラステイションの接触を断つためとしか考えられない……
「また難しい顔しているわね。夕、あなた休暇ってわかる?」
「あはは……ほんとにその通りですよ……」
「苦労かけるわね、夕にもイストワールにも……まぁプルルートをちゃんと使えるようにしてあげるから、夕はゆっくりしていなさい。まぁ、その……それでもメリハリは必要だし、少し待ってて、お茶を出させるわ。」
さらっと権力者みたいなことを言って職員の人に「私よ。忙しいとこ悪いけど、三人分のお茶を用意してくれるかしら?うん、急ぎはしないから。」って言ってこっちに戻ってくる。
「ノワールさん、女神なんですね。」
「いきなり何よ。まぁ、これが私のなりたかったものだもの。」
「いや、プルとは何もかもが違うなぁって。」
「そりゃそうよ。」
「あたし、ノワールちゃんじゃないからね~」
「それもそっか。」
思えば、ネプギアさんも多分ノワールさんみたいにかなり仕事している。でもお父さんが手伝ってるし、職員さんも忙しさにやりがいを感じてる。国の様子は少しだけ寂しさがあるけれど、それでも頑張ってる。でも、プルみたいに自分のことは自分でやるし、ちっちゃい頃のボクとよくネプギアさんは遊んでくれたし……今どうしてるのかな。
「大変です!ブラックハート様!一大事です!」
「何事!?」
なーんて、ボクの思索を遮るようにあわただしい足音がお茶より早くやってくる。
「こここ国家存亡の危機です!ルルル、ルウィーの女神が、ここ、国境警備隊の隊舎付近に現れました!」
「なんですって!?」
「現在、国境は越えないように通達しながらお待たせしておりますが……」
「……わかった、すぐ向かうわ。移動手段を用意して。ここから国境はかなりあるし……律儀に待っていてくれることを祈るわ。」
「ボクも行くよ。なんでも嫌な予感がするから……」
「ゆ~ちゃんも行くなら~、あたしも行く~」
「あなたたち……わかったわ。すぐ支度して!」
全く休めない。でもお父さんの読み通りだから……状況はまだ読める。
「お父さん、怖いなぁ……」
口角が上がりながらぼそっと零れた言葉を誰も聞いてはいなかった。
次回、第十話「仕組まれた陽動」
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最近創作意欲がすごいことになってる……
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第十話 仕組まれた陽動
ルウィーとラステイションの国境付近、ルウィーの女神を目視で確認できる距離にまで近づいたボクたちは、いよいよルウィーの女神にコンタクトをとるというところまできた。
「……へぇ、ずいぶん気合が入ってるじゃない。」
ノワールさんは変身して向かっていくけど……もし仮に戦闘になったら、ノワールさんでは勝てない。殺気、迫力、この距離でわかるんだから、相当なものだ。それでも本気のお父さんには到底届かないけれど……
「ボクたちは隠れておいた方がいいかもね。勢いで来ちゃったけど、本来ボクにはあまり関係ないことだし……」
「でもでもぉ~ルウィーの女神さんには会っておくべきかなぁ~って思うよ~?」
「その点は賛成だよ。」
茂みに隠れながら、二人の口論を眺める。うーん、ボクは議論は意味があるからやるものだと思うんだけど……これは議論ですらない、口喧嘩だ。国の長が揚げ足取りや煽りあいに興じている。聞くに堪えない。
「……耳栓、欲しいかも。」
「たしかに~、聞いててあんまりよくないねぇ~」
「お母さんが言っていた、ボクは人の言葉に込められた感情に敏感で、感受性が高いって。だから……今、ものすごく気分が悪い。」
「それじゃあ~、えぇ~い。」
唐突にプルがボクの両耳を塞ぐ。自分でやれよ、って話なんだけど……これはプルの優しさ。身をゆだねたくなる。
「ありがとう、プル。プルの手、あったかいね。」
「えへへ~、ゆ~ちゃんのほっぺもぷにぷにだぁ~」
はてさて今は緊急事態なんだけど……と、ほっぺをつんつんされながら二人を眺める。ひと段落着いて口の動きはゆっくりになってるけど……歯切れが悪い?女神が動くってことは理由は重大……宣戦布告なら悩まないだろうからその線はない。てことは……まさか勢いだけで来た?プラネテューヌとラステイションが接触したというのはあのモンスターが撃破されたことを理解できるか、あるいは何かしらの方法で情報を手に入れたか……ちょっと言葉を聞いただけで判断するのは早計だけどかなり短気な女神っぽいし……あーでも変身後だから?プルがかなり変わる以上変身前後は性格が変わるものと考えて……
「ゆ~ちゃん、頭から煙出てるよ~?だいじょ~ぶ~?」
「止めないでプル。もう少し……お父さんの考えていたこととこの状況、つながるんだ。そして繋がってしまったら……まずいかも。」
「ほぇ?」
その懸念は当たる。国境警備隊の人がまた、息を切らして血相を抱えてやってきたのだ。プルの手をどかし、その人の報告を聞く。曰く、ラステイション内の工場が襲撃を受けていると言うこと。
「なんですって!?あーもう!なんでこう次から次に!あえて言うわよルウィーの女神!これ以上ラステイションに変なことするんじゃないわよ!」
と、現場へ颯爽と飛び去っていく。緊急事態すぎてボクたちいること忘れてない?
「とりあえず、プル!おんぶするよ!」
「いいの~?ゆ~ちゃんの背中あったかいから、すぐ寝ちゃいそう~ふぁぁぁぁ……」
「涼風が走るから寝させないよ!」
霊装・霞を装備して、全速力で走る。途中、警備隊の人の車に拾われたからそんなに走ることはなかったけど、意外と疲れた……
ノワールさんを追いかけて車を走らせてもらうこと十数分、件の工場前に到着する。ノワールさんは工場前で変身を解除して立っていた。
「着いた!」
「二人とも!?どうしてここに!?場所は教えてもらってないはずよね!?」
「ノワールちゃんが一人で飛んで行って~、びっくりしたから~」
「警備隊の人に送ってもらったんですよ、ノワールさん一人でも大丈夫だとは思うけど念には念を~って。」
「そう……思えば急いで飛んできちゃってあなたたちを忘れていたわ、ごめんなさい。」
「いいですよ。国を守ることが女神の仕事ですからね。それに……」
「女神は助け合いだよ~?」
「それはプルルートだけよ!その、ありがと。夕も……」
「友として、手伝います。」
紅月と蒼陽を装備して、破壊されているような轟音が響く工場の中に入る。そこにはモンスターも跋扈していて……え、どういうこと?
「ラステイションが急成長してたのはモンスターを工業的に利用していたから?それはちょっとさすがにあれですよ……モンスターとはいえ生命倫理に反している……」
「えぇ〜!?ノワールちゃんそんな酷いことしてたのぉ〜!?」
「してないわよ!でもどうしてモンスターがこんな所に……!」
ノワールさんはそんなことはしないと思ってたけど、だったらどうしてここにモンスターがいるのか。周辺は工場群。市街に近めではあるがダンジョンに近くない以上モンスターの自然発生はありえない。
「モンスターを操る存在がいる……?」
「な、そんなことが有り得るって言うの!?」
「そうでなきゃ説明つかないでしょ!?っと、奥の方、音が大きい!」
機械系のモンスターには刃が通りにくい。紅月と蒼陽をアクティブ状態にして氷と炎で倒していく。
「けど〜、壁があるよぉ〜?」
「それは……お父さんが使ってたこれを使えばなんとかなるかな。」
グロウ-Cを取り出し、お母さんが一応って渡してくれた専用の弾丸を込める。雷銀式炸薬弾……当たった瞬間爆発する弾丸ってことだけど……
「銃……?弾丸一発でなんとかなるもんじゃないでしょ!?」
「何とかします。プル!ボクを支えててよ!」
「いいけど〜、どうして〜?」
「こうなるから!」
両腕でしっかりと狙って、引き金を引く。大きい音と反動。プルに支えられても……って!
「ふにゃぁ!?」
「へぶっ……」
壁が崩れる轟音。そしてプルともども吹き飛ぶボク。
「ちょ、夕!?プルルート!?」
「うへぇ、反動が予想よりおっきかった……大丈夫?プル……ってうおっと!」
倒れたところにモンスターは群がってくるもんだからすぐにプルからどいてモンスターを一掃。しばらくこれは使わないでおこうかな……
「うひゃあ~、びっくりしたぁ~」
「ごめんねプル。ボクもあれだけ飛ぶとは思わなくて……」
「とりあえず二人とも無事!?親玉も見つけたし早く来てちょうだい!」
「了解。プル、行くよ!」
「わぁ、ゆ~ちゃん待って~」
「緊張感ないなぁ……まぁいいけど!」
使わないとは言ったけれど、弾丸は込めなおす。いつでも撃てるようにしてなきゃ、脅しでも意味がないし。
「そこの悪人!止まりなさい!」
「ちょ、明確に悪と定義するのは早計じゃ……いやまぁそうなんでしょうけど!」
ノワールさんが片手剣を向けた先にいるのは巨体を持つロボットのようなものとネズミが一匹。あれ、このネズミどこかで見たような。
「わぁぁぁ、ネズミさんだぁ~」
「ぢゅーー!?来るなっちゅー!?」
あぁ、この怯えよう、そういうことか。
「プル、ネズミは往々にして汚いから触っちゃダメだよ。」
「あぁ、そうだった~」
「失礼っちゅね。オイラほど文化的で清潔なネズミはネズミ界のカリスマ以外にはオイラくらいっちゅ。」
「あ、そ。」
「ええい!うるさいわ!俺が気持ちよく暴れているというのに!水を差すな小娘!」
鼓膜が破れかねないような大声。頭にも響いて痛い……!
「ぐわんぐわんする~」
「ったく……何も聞こえたものじゃないわ、けれど……」
「どこからどう見ても、七賢人の仕業に違いない。」
七賢人がこんなに直接的に動いてきた……まさか。いや、偶然かもしれないが……
「いかにも!我が名は!七賢人最強!コピリィィィィエェェェェス!!!」
「うるさっ……」
天井も少し穴が開いているおかげで反響することはなかったけれど、やっぱり、大きい声はそれだけで痛い。
「がっはっは!どうだ!強靭!無敵!ゆえに最強!暴れられるだけ暴れられる舞台がこんなところにあるとはなぁ!」
「ちゅ、本音と建て前が逆っちゅよ、これを読むっちゅ。」
「なにぃ?おいネズミ、俺様の本音は俺様だけが知るものだ、建て前など必要ない!」
「いいから読めっちゅ!命令にあったっちゅよ!」
「うるさい!ネズミの分際で俺様に命令するな!」
「一番うるさいのはおまえっちゅ……オイラのことはもういいからこれだけ読んでくれっちゅ、そしたらもう好きなだけ暴れていいっちゅ。」
「ネズミのくせにしつこいな。そこまで言うなら読んでやる。なになに……」
ネズミとコピリーエースがあーだこーだ言ってる間に本来はもう仕掛けてるんだけど……まだ満足に動けそうにない。音は空気を通ってくる以上、普通の防御は効かないもんなぁ……
「るうぃーのめがみがおまえたちをひきつけてくれたおかげですんなりと……おいネズミ、読めんぞ。なんて読むんだこれは。」
「破壊工作っちゅ。」
「はかいこうさくっちゅをすることができたわ!これでいいのか?読んだからもう暴れていいな?」
「オイラを巻き込まないでほしいっちゅが、もう勝手にしろっちゅ。それじゃ、オイラは報告しにいくっちゅ。」
「暴れていいんだな?ならば!好き放題暴れ倒してやる!」
あからさまにカンペを読んでいたけど……それが事実ならやっぱり、お父さんの読み通り。これは帰ったらもう一回交信してみんなで情報共有しないと。
「ルウィーの女神が……?なるほど、そういうことね……」
「やっぱり、そう考えるのが自然だよね。」
「どういうこと~?」
「ルウィーの女神と七賢人が繋がってるってことよ!はぁ、頭に来すぎて、逆に冷静になっちゃったわ。」
「奇遇ですね、ボクも相当に、です。」
「そう、なら!」
ノワールさんは女神化する。眩しい。だけど、うるさくないのなら。
「あなたが暴れると言うのなら、こちらも十二分に暴れられるわね!プルルート!あなたも変身して手伝いなさい。」
「っちょ、正気ですか!?」
「正気よ。そうでもなければこんなこと言わないわ。」
「はぁ、ボクもそこそこ覚悟を決めて……」
「覚悟って、どぉんな覚悟かしらぁ?」
「──ッ!?」
甘くて怖い囁き声。反射的に二本抜刀してプルとの距離をとる。
「おぉ、怖い。」
「プル……今はボクじゃなくってあいつだよ。」
「でもぉ、また3対1じゃあねぇ、かわいそうじゃない?」
「同情の余地なんてさらさらないわ!遠慮なんていらないわよ!」
「……はぁ。敵も味方も血気盛んだなぁ……お母さんなら、多分一瞬でいさめてただろうなぁ。」
けど、ここにはボクひとり。
「かわいそうに。だからせめて優しく、ううん。苦しまないように倒してあげるよ。」
なんて宣言してはや4分。もう戦闘は終わっていた。口だけというか、確かに一撃は重かったしそこそこ技量はあったけど、やっぱり女神二人とボク相手ではね。最後まで騒がしく崩れていったのはいいんだけど……崩れてるのは工場もだからなぁ。
「瞬殺……あまりにも早すぎた……」
「一番無慈悲な攻撃してた貴方が言うの?夕。」
「お父さんの戦闘効率論通りにやっただけです、弱点を見極めて狙え、傷口を繰り返し狙え。そうすれば勝手に自滅していくからって。」
「涼しい顔で言うわね……一番怖いのは夕かもしれないわ。」
「あ~あ……不完全燃焼だわぁ。こんなに簡単に壊れちゃったんじゃぁ、楽しめないわよぉ。」
あからさまに不機嫌なプルはいるものの……おおむね終わったからいいかな。ただ一点を除いて。
「……だからさ、プル。ボクに攻撃するのやめてよね?」
プルの伸びる剣を弾き、正対する。
「かわいらしいわぁ、その目、ゾクゾクしちゃう。」
「ボクはさっきから鳥肌立ちまくりだよ。どうしてくれるのさ。さて、プル。変身を解いてくれるならそれでいいんだけど……足りない?」
「えぇ!足りないわぁ!」
プルの急接近。お父さんほど、見切れないわけじゃない。
「アクティブ。」
剣の一閃を紅月の氷壁で防ぐ。思ったより重い、か。
「ちょっとあんたたち、いつまでやってんのよ。」
「それはプルに言って。ボクはそろそろ反撃しなきゃ危なくなっちゃうし。」
「うふふふふ、あははははは!いいわぁ夕ちゃん。まさかこのあたし相手に出し惜しみするなんてねぇ!それじゃああたしも、もぉっと楽しませてもらわなきゃねぇ!」
「っ……手加減はお互いさま、か。」
回避と防御で手一杯になりつつある。うーん、このじわじわくる感覚は……どことなくお父さんの戦い方に似ている。そうなると、ボクだって手の打ちようはある。
「しょうがない、やるっきゃないか。」
伸びる剣の鞭のような攻撃を防御して大きく距離をとる。当然プルは詰めてくるからその間に炎の壁を作って視線を切る。そして。
「エクスポート……!」
紅月の機能をさらに開放する。あとは、プルの攻撃のタイミングに合わせて……!
「そこっ!」
「っ……!?」
炎の壁を切ったプルの攻撃が届く前に、紅月が変形した
「浅い……!」
吹き飛ばしはしたものの直撃じゃなかった。お母さんほどの振りの速度はできないからなぁ……
「武器が変わった?いったいどういうことなの?夕。」
「まぁ、そういうものとしか。あんまり見せたくなかった切り札だったんだけどなぁ……」
「うふふふ。まさかこのあたしを出し抜こうとするなんて……悪い子ねぇ……?」
「もうやめてくれないかなぁ、元気なのはいいけどさ。あまりにも欲望に正直なのは、いただけないよ。」
「夕……?気のせいよね?何か夕からもプルルートみたいな怖さを感じたんだけど気のせいよね!?気のせいって言って!?」
「やだなぁ気のせいですよー。少なくとも今は。」
「やめてー!夕までプルルートみたいにならないでー!」
「あらぁ、どういう意味かしら、ノワールちゃん?」
「ひぃぃぃぃ!?」
ノワールさんが首をつっこんでくれたおかげで少しプルの興味がうつったかな。休めそうだよやっと。
「はぁ、せっかく楽しかったのに興ざめさせられちゃったわ。」
プルはそう言うと変身を解除していつものほんわかモードに。
「ほえ~、ゆ~ちゃんつよかった~、びっくりしたよ~」
「あれを使わされた時点でなんだかなぁ感強いけど……ありがと、プル。さ、やることやって帰ろっか。」
「そうね。驚くべきなのは、あんたたちが結構派手にどんぱちやってたのに建物にそんなに追加の被害が出てないことね。」
「それぐらいは気を付けれるよ~」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。」
崩れた工場の中で戦うなんてことはそうそうないだろうけど……まぁ工場群を蒸発させた人を知っている以上これぐらいで済んでよかったと思うべきなのかな……というかお父さんのトンデモ昔話はこれぐらいじゃ済まないのほんとに……お父さんもお母さんもなんでこう、さらっと無茶苦茶なことしてるかなぁ、ネプギアさんもネプギアさんでいろいろあったっぽいし……いや、冷静になってふつう娘にする話じゃないんじゃないかな。あれ。ボクが聞いたのは悪魔の話と女神の話だけど、それだけじゃない気がする……そうじゃなきゃあの帽子とかお父さんの腕とか説明がつかないしそれに……
「ゆ~ちゃ~ん、ゆ~ちゃ~ん、もしも~し。」
「ほぇ?あぁ、プル。どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよ。急に黙り込んでずっと考え事してたもの。」
「あぁ、いや。工場の壊れ具合がこれで済んでよかったな、って。」
「どこがいいのよ!いったいどこが!?復旧に何日、いや何か月かかると思ってるわけ!?」
「どーどー……一度にある一定範囲の工場群が蒸発した事件を知ってるからつい……」
「じょじょじょ蒸発!?なによそれ!?事故じゃないの!?」
「うん、事件。詳しい話は省くけど……どうしてこうなったって話。」
「消えてなくなっちゃった~ってこと~?こわい~」
「その話を聞くと……えぇ、そうね。建物が残ってるだけ有情だわ……」
「あはは……」
ほんと、ボクの両親はとんでもなさすぎるって改めて思うよ……いやほんとに。
次回、第十一話「白の大地へ」
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第十一話 白の大地へ
ルウィー及び七賢人によるラステイション襲撃から数週間。なんでもラステイションはルウィーと七賢人からの嫌がらせを国中のいたるところで受けてるらしく、クエストハンターたるボクもまた警備だとかその他もろもろの仕事をサクサク片づけていったわけだけれども。現状、プラネテューヌではそんなことは起こっていない。妨害するに足りないのが現状だもんね。
「出る杭は打たれるとはよく言うけど、ノワールさん、打たれすぎて、そして打たれ強すぎるね。」
「褒めてるのかそうでないのかわからないんだけど。あーもう!毎日毎日七賢人とルウィーの嫌がらせがひっきりなしに!いい加減にしてほしいわ全く!」
「……それをここで言うのはお門違いってものですよ。毎日毎日仕事終わって疲れてるときに愚痴を聞かされる身にもなってください。まぁ、言わなきゃやってられない心情は察するけど、さ。」
「うぅ、しょうがないじゃない!愚痴をこぼせる相手なんてここにしかいないんだもん!」
「あぁ、なるほどそういうことですか。」
「憐れまないでよ!もう!それもこれもルウィーと七賢人のせいだわ!」
また始まった……いい加減こっちも限界なんだよねぇ。
「他者の感情に少しだけ引っ張られやすいのも考え物かぁ、ね、プル。」
「うん……」
「……プル、いいよ。ちょっと懲らしめよっか。」
「ほぇ~?いいの~?」
「ボクの分も、よろしくね。」
それだけ言ってボクは立ち上がり、イストワールさんのところへ。
「今からプルがノワールさん懲らしめるんでボクたち二人は明日の分少しやっちゃいましょう。多分、ルウィーに行くことになるので。」
「夕さん、大変ですね……そのことであればお手伝いします。ちょうど彼からも来て欲しいとの連絡がありましたので。('ω')」
「彼……?」
と、ノワールさんの愚痴を背景に喋っていると、不意にプルが変身する。始まるか。
「だからこうして……って、何変身してるのよプルルート……」
「ボクが代わりに答えるとするなら、自業自得。じゃあね。」
「え、何?夕!?イストワールも!?なになになになに!?のわーーーーー!?」
なーんて悲鳴を皮切りに阿鼻叫喚の叫び声がプルの部屋から聞こえ始めてから二時間くらい。相当ストレスたまってたんだなぁなーんて思いながら、仕事をするわけだけど……ボクもまた例外ではなく。
「……休んだ方がいいですよ。夕さん。( ^^) _旦」
「ボクもそう思います。どのみちあの叫び声を聞いてたら仕事になりませんし……」
「プルルートさんのあれは本当に怖いですから……(+_+)」
「あれより怖いものも、ありますよ。」
お父さんが出す殺気に比べればまだまだ甘いもの……と、ついに叫び声が聞こえなくなった。
「終わった?」
「終わったようですね。プルルートさんが出てきましたよ(・ω・)」
「わぁ~、楽しかった~すっきりしたよ~」
「それは何より。それで、ノワールさんは?」
「ルウィーニイキマス、チョクセツ、モンクイッテキマス」
「見事に壊れてるね。いいんじゃないかな。」
「いいんですか!?(゚Д゚;)」
「一度くらい折れないと間違えたままとんでもないことをし続けるし、その末路を見てきたから……」
「時折聞く夕さんのその発言はすさまじいほどにリアリティがありますね……(; ・`д・´)」
「あはは、それじゃあ、ノワールさんが正気に戻り次第出発で。」
「彼との集合場所の座標を夕さんにお渡ししますね。('◇')ゞ」
「その、イストワールさん。彼って、協力者なんでしょうけど、名前とか教えてくれないんですか?」
「あぁ、夕さんには言ってませんでしたね。協力者はルウィーの前の大臣さんです。(*'ω'*)」
「ルウィーの大臣だった人……?」
「あたし覚えてるよ~、銀色の髪に~、青い目をしていて~、スーツが似合ってた男の人~。お名前はなんだっけ~」
「たしか、影とかいう名前だったはずよ。前の大臣。苗字は……そうだ、夕と同じ凍月。」
「え……?」
「ノワールちゃん戻った~、思ったより早かったかも~」
「何があったか思い出せないけど今の話の流れに入るとしたらこのタイミングしかなくて……って、どうしたのよ。夕。」
ノワールさんが正気に戻ったのは出発ができると言うことなんだけど、確か、ここにボクを呼ぶために転移門を作ったり、ちょくちょく情報をくれる協力者が、お父さんと同じ名前……?やってることはまんまお父さんがやりそうなことだから……こっちの次元のお父さんに今から会うの?
「凍月、影は……ボクのお父さんの名前、だよ。」
『えぇーーーーー!?』
拭い切れない衝撃と、会ってみたいという高揚感。そしてルウィーへ急ぐノワールさんに連れられるようにルウィーとラステイションを繋ぐダンジョンを通り、間もなく合流の座標に到着するところまできた。
「警備兵……合流地点まであと少しなのに……」
「でも待って、あの警備兵、動いてないわ。それに……座標と合致している。」
「賭けだけどボクが行くよ。」
「でもぉ~、本物の警備兵さんだったらど~するの~?」
「喉仏を押し込めばいいだけのこと。それじゃ、ちょっとそのメモ貸してね。」
メモをノワールさんから受け取り、警備兵らしき人の前に立つ。これ、人形……!
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「え、それだけ?何も、起きない……?」
「夕!突っ立ってないで何が起きたのか説明して!」
「えっと、わからないけど……お父さんなら、二人ともボクのところへきて!早く!」
「わかった~」
「ちょ、プルルート!周囲の警戒ってもんを!」
なんていろいろ言いながらもすぐに来てくれるふたり。結果残りカウントが02となったところで3/3と表示され、足元が消える。
「え?」
『えぇぇぇ!?』
と叫びながら直下……ではなく何かしらのスロープを滑り、着いたのは地下のアジトみたいなところ。
「いたた……滑り台なんて子供の時以来だよ……」
「でもでも~、クッションがあって助かったぁ~」
「クッションじゃないわよ!二人とも降りて!」
「なんとぉ!?」
驚いて頓狂な声が出て、すっ転ぶ。やれやれ参った。
「わわ~、ゆ~ちゃん、だいじょ~ぶ~?」
「大丈夫大丈夫……それにしても、まるで秘密結社のアジトみたい……」
「そうね……奥の方に来い、てことなのかしら。」
スロープの先にあるのは細い通路。そして聞こえてくる足音。反射的に身構えるボクたち。
「わー、お兄ちゃんの言った通りの三人だ!ようこそ。ルウィーを取り戻すための戦いの前線基地へ。」
通路から出てきたのは、銀髪に、琥珀色の目をしたお姉さん。ボクより少し年上なのかな?ノワールさんとおなじくらい?
「ルウィーを取り戻すための戦い……お兄ちゃん……?」
「そーだったそーだった。自己紹介忘れてた。私は明。凍月明。ルウィー前大臣、凍月影の妹にして右腕!ま、実の妹じゃないんだけどね。みんなの話は聞いてるから、私についてきて。」
促されるまま明さんについていくと、その先にはたくさんのモニターとそのモニターを眺める男の人。あのシルエット……間違いない。
「おとう、さん?」
「……それは、当たらずとも遠からず。ようこそ。二国の女神と、向こうの少女。俺は影。凍月影。ルウィーの大臣だった男さ。」
立ち上がってこちらを見るその人は、間違いなくボクが知っているお父さんで、ボクの知らない、お父さんにそっくりな、お父さんと同じ名前の別人だった。
「わぁ~、ひさしぶり~」
「相変わらずほわほわしてるね、プルルート様は。近況は彼女から聞いている。きちんと仕事をしたらどうなんだ。まぁ、きちんと仕事をできない今の俺が言えたことでもないが……」
プルと談笑したのもつかの間、今度はノワールさんの方へ向かっていく。
「久しぶりだねノワール君。いや、今はラステイションのノワール様というべきか?」
「あなたに様付けされるのはむしろ違和感しかないわ。プラネテューヌの建国祝いをしてくれた時以来ね。大変だったんだからね、内政のノウハウを教えてくれるって話だったのに急に大臣変わってその話がなくなっちゃったんだから!」
「その節は迷惑をかけたよ。奴らが介入してくる隙を作ってしまったこちらの落ち度だ。さて、では本題だ。」
さらりと、ボクには何か話すことなくモニターへ戻っていく。ボクはそれがたまらなく嫌だった。別人だけど、直接声を聞くのはもう、3年ぶりだから。
「待って!」
「……俺は君の父親ではないよ。」
「わかってる。」
「……確かに、君をここへ呼び寄せたのは俺だ。七賢人の奴らの動きと、謎のエネルギーの揺らぎ、何かとんでもないことをしでかすと読んだからこそ奴らが襲った次元の君をこの次元まで連れてきた。本来なら、君は帰ってるはずなんだ。だが、君は己の意志でこの次元に残り、己の成したいことを成そうとしている。聞かせてくれ。君は、ここで何をしたい?」
前、お父さんに夢はあるかと聞かれたときのことを思い出す。何になりたいのか、何でありたいかなんてそんなこと、考えたこともなかった。けど。
「ボクは、目の前にある目標をただクリアすることを繰り返してきた。正直、帰りたくもあるけれど、せっかくプルやノワールさんに会ったんだし、もう少し一緒にいたいと一日一日願って、叶えてる。ボクは、まだここにいたい。」
「そうか。いい友達を持ったな。」
そうしてボクの頭を撫でてくれる手はそのまま、お父さんの優しい手そのものだった。
「お兄ちゃん私もなでなでしてー」
「よしよし、かわいい妹よ。」
その流れで明さんも撫でたところでお父さん、じゃなくて影さんは椅子に座って話し始める。
「今から話すのは、ルウィーの現状と七賢人がやってきそうなことの予想だ。これらは俺の予想だから鵜呑みにしてはいけないことだけ先に言っておく。」
沈黙。ボクたちはこれから何を聞かされるのだろうか。
「……結論から言えば、ルウィーは崩壊する。」
次回、第十二話「傾国のルウィー」
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第十二話 傾国のルウィー
「ルウィーが、崩壊する……?」
「おおむねお父さんと同じ結果だね。それで、どうしてなの?」
「簡単な話さ。現状の大臣、つまり俺の後釜は七賢人の一員というわけさ。」
結論から聞いた過程は予想通りと言えば予想通りで、どうしようにもどうしようもないものだった。
「何よそれ、それじゃあ!」
「あぁ、ブランは、この国の女神は、それを知らずに今も奴を大臣として重用している。奴は優秀だからな。七賢人でさえなければ、尊敬できるほどには。」
「ブランちゃんに~教えてあげないの~?」
「それができていれば、俺はここにいない。俺はルウィーの大臣であったが、罷免された時に言われたのは次に教会の敷地に入ったら即処刑だと。まぁ、奴の差し金だろう。牢にぶち込ませたくないブランが最後まで頑張って、俺を守ってくれた結果だ。変に動いて無駄にしたくない。」
「そっかぁ~、大切なんだね~、お互い~」
「そうだな。そうだ。俺が大臣になったのは俺がちょうど、君くらいの年齢だった時だよ。夕ちゃん。」
「それはいくらなんでも若すぎない!?」
「そもそも俺は根無し草。どこで生まれてどこで育ったのかわからず、気づいたらルウィーで保護されていた。その感謝のために勉強し、仕事を覚え、認められるまでになったさ。対外的な仕事に出るようになったのはそれでももう少し後だったけどな。」
影さんは昔を思い出すかのように天井を見上げている。きっとそれは、大切な思い出。お父さんがあの帽子を見てるときと、同じ目。
「感傷に浸ってる場合でもない。今頃教会では女神が二人来たという情報の裏が取れた頃だろう。だから……君たちには悪いが、正面から戦ってもらいたい。正直、どちらが勝っても奴らの思うつぼだ。だから……せめてブランを倒してほしい。できるなら俺が一発ぶん殴ってやりたいが、できないから。」
「わかったわ。ちょうど別件でルウィーの女神に一発ぶちかましたいとこだったし、乗りかかった舟ね。任せなさい。」
「頼む。教会へのルートはこの通りだ。検討を祈る。それと、夕ちゃん。」
「なんですか。」
「……いいや、なんでもない。」
地下のアジトを抜け、ボクたちはルウィーの市街へ向かうことになった。その道はクリアで、誰かに会うこともなく……いや、たった一人だけ、会った。
「待って、誰かいる。」
「そうね……でも見たところルウィーの人間ではなさそうね……」
「こんにちは~」
『はやっ!?』
プルがコンタクトをとったのは金髪のお姉さん。紅葉が綺麗なルウィーの景色から少し浮いている緑色の服。そして視線を吸われる大きい胸。あぁ、これお父さんが苦手な奴だ。お母さんが言ってた。間違いない。
「あら、ごきげんよう。」
プルは人と会話してアイスブレイクをする分にはこれ以上ない適任で、みるみるうちに談笑が進んでいく。でも、この人は何か考えてる。
「思索をするなら、もう少し顔に出さないようにするべきですね。」
「え……?見抜いておりましたの?」
「もろばれですよお姉さん。……ボクは夕、凍月夕。差し支えなければ、名乗るほうが身のためですよ。」
「夕、何もそんな脅すような言い方は……」
「脅してるわけじゃないですよ。ただ、ボクは顔に出るような思考をしてる人が名乗らないのは、怪しいって思うだけです。」
「それもそうですわね。わたくしはベールと申しますわ。それでは、わたくしはこれで失礼しますわ。」
「だから、顔に出てる。会いたくなかった、みたいな顔をしている。……ボクはあなたのことを知らないけれど、薄っすら見えてるよ、目的とか。」
「んなっ……」
「冗談です。ノワールさん、とりあえずこっちの目的を急ぎましょう。この人はどうせ後でまた会いそうな気がしますし……」
「ますます怪しいわね。でもそんな怪しい奴と一緒にいるより、目的を優先した方がよさそうね。それじゃ、正々堂々正面切って、ルウィーの教会へ突撃するわよ!」
「お~!」
「おー、ですわー」
「……なんであなたも来てるのよ。」
「なんでって……興味が湧きましたの。あなた方がどうしてルウィーの教会に突撃するのか……」
「興味、か。ノワールさん、この人、ベールさんと言いましたか。怪しい動きをしたらボクがなんとかするからとりあえず連れていこう。振り切るのに時間をかけるよりも早いから。」
「疑り深いですわね……」
この疑り深さはお父さん由来だけど、とりあえず……こっちの目的を優先しないとね。
「中略!待たせたわねぇ!」
とまぁ、勢いよく扉を開けたのはノワールさん。いやまさか教会の中にモンスターがいるなんて思わなかったよ。いや警備としては確かに普通の人じゃ突破不可だけど……解せない。でも、七賢人がモンスターを操れるんじゃないかっていう仮説がある以上、そして大臣が七賢人である以上、警備の実権、つまりは軍権も握ってモンスターを侍らせていた、なんてことだったらつじつまが合う。合ってしまう。
「遅かったじゃねーか、途中でリタイアしたのかと思ったぜ。」
「既に戦闘準備万端、か。どうするの?ボクは女神じゃないから介入しないでおくけど……」
「何言ってるのよ夕。吹けば飛ぶようなプラネテューヌをその能力で支えてるのは夕じゃない。なんなら、女神より女神してるんじゃない?」
「ノワールちゃんひどいよぉ~、あたしだってちゃんとお仕事してるよぉ~」
「……実際問題ボクがクエストをやらなかったらいつ潰れててもおかしくなかったのは事実なんだよね……なに、ボクも一緒にドンパチやれって言うの?」
「そういうことよ。」
「はぁ、気乗りしないなぁ。」
「わたしは別に二人だろうが三人だろうが構わねーよ。」
「言ったわね?夕、やるわよ。」
挑発に乗せられるようにノワールさんは変身する。もう少し冷静に物事を見ないのかな、とも思ったけど、ノワールさんがここにいるのはいわば数多の嫌がらせの報復のため。やれやれ。好戦的すぎないかな。
「だから気乗りしないって言ってるでしょ。そもそも用があるのはノワールさんだけだったでしょうが。」
「それはそうだけど!あなたたちもあるでしょ目的!」
「まぁ、そうだけど。」
どうしたものかなーなんて思ってると、視界の端からどたどたとした人の動きが見える。あれは……
「がらっ!勝手に始めるんじゃないわよ!」
「……なんか来た。」
「なんかって何よ!?あーもう!ネズミ!とっととカメラ運んじゃって!」
「ぢゅー……なんでオイラが毎回駆り出されるっちゅか……」
「アブネスちゃんとぉ~、ネズミさんだ~、どうしてここにいるのかな~」
「別に驚くほどの事でもないでしょ。七賢人とルウィーがグルだってこと、わかってることじゃない。」
「人聞きが悪ぃーな。ちょっとばかし協力してやってるだけだ。」
「協力、か。ノワールさん、気が変わった。ボクも戦うよ。」
「そうこなくっちゃ。後はあなただけよプルルート。変身して、思う存分暴れてちょうだい。」
「ほぇ、いいの~?」
目を輝かせるプル。確かにプルを変身させるのはいいけど、さっきアブネスはカメラを回していた。まさか。
「待ってプル。ねぇ、ルウィーの女神様……えっと、ブランさん。まさか、カメラを回してるてことは、中継してるの?」
「あぁ。てめーら新米女神が完膚なきまでに叩きのめされるさまを見せつけてやろうって思ってな。」
「そう。……プルの変身はやめておいた方がよさそうな気もするけど……ノワールさん一人では、勝てない。」
「ちょ、夕!?いまこの私が勝てないって言った!?」
「言った。ノワールさん、前から思ってたけど戦う相手の力量が見えないの?だとしたらそれは勇敢をはき違えた無鉄砲な愚か者でしかないよ。なんで女神になれたのかわからないくらいに愚かだよ。」
「ぐさっ!?容赦ないわね!じゃああなたには見えてるって言うの!?ルウィーの女神の力量ってやつが!」
「それはもう。ボクが本気を出して、勝てないレベル。ノワールさんが本気を出しても、勝てないレベル。だから、プルと三人がかりでどうなるか、って感じです。」
カメラに向かってアブネスがキャピキャピした声でしゃべっている。正直言って吐きそうなキャラの変わりようだ。カメラを持ってるネズミもげんなりしている。
「背に腹はなんとやら。仕方がない。プルも変身させて、ドンパチやるしかない。」
「そうね。そう言うことだから、プルルート、お願いね。」
「わかった~。えぇい~!」
プルも変身して、ボクも霞と紅月と蒼陽を装備して正対する。
正直、勝てる気がしない。
「アクティブ……!」
けど、こうなってしまった以上、やるっきゃない……!
激戦はもう何分、何十分経っただろうか。お父さんとの模擬戦よりもずっと長い時間戦っている。室内だからうまくボクの取り柄の機動性を活かしきれてないのもあるけど、あの斧の一撃は重いから短剣で突っ込むのは危ない。炎と氷の魔法じみた遠隔攻撃も有効打になんてなるわけないし、そもそも前衛二人が大苦戦している。落とせない。
「ぐぅ、大口叩くだけあって!」
「ずいぶん、焦らしてくれるじゃない!」
「うるせぇ!とっととくたばりやがれ!」
振りは大きい。隙はある。あるけれど。このままではこっちに攻撃が来てしまう。女神の斧の一撃を防ぐには、紅月を大剣にしないと厳しい。いや、むしろ出し惜しむことなく突っ込むべきか?でもすぐ壁にぶつかって……
「夕!」
「っ……!」
「戦闘中に考え事なんてする余裕があるとはなぁ!」
前衛が振り切られた。継戦による疲労の蓄積で鈍った動きを突かれた。まったくもって戦闘のセオリー通りだ。避けるにしても受けるにしても時間がないが直撃だけは避けないと。
「ちぃ!」
「ッ……!面白れぇ!」
結果、振り下ろされる斧に敢えて真っ直ぐ突っ込んで打点をずらし、斧の柄を押すことで防ぐ。
「やっぱり重い……!」
「そりゃ、そうだよ!」
今度は蹴りが来る。斧に押される勢いでバックステップをしながら蹴りを腕を交差して防いで斧の軌道から外れる。セオリー通りくるなら、ボクから倒しに来る。ならそれを利用してやるしかない。
「まずは、てめぇからだ!」
ノワールさんとプルを同時に吹き飛ばし、勢いを維持したままこっちに来る。後ろは壁。逃げ道はない。
「エクスポート!」
紅月を大剣に変形させ、構える。一瞬でいい。止めさえすれば!
「今更そんな大仰なものを出したところでなぁ!」
上段からの振り下ろし。なんだ。見切ってる攻撃で来てくれたんだ。慢心かな。それとも、得意の大技だろうか。もうこの戦いの中で何回も見たよ。それは。
ふぅと一息ついて大剣を強く握り、振るう。お母さんのように、叫んで。
「《緋一文字・紅椿》!」
「んなっ……!」
振るった刃は振るわれた大斧の横を打ち付け、体重を乗せていたブランさんは持っていかれるようにバランスを崩す。当然ボクも慣れない大剣をフルパワーでぶん回したから大コケするんだけど、それでも向こうほどではないし、何よりこっちにはまだボク以外に二人いる。あとは崩れたバランスを咎めるように、ここぞとばかりに必殺技を撃てばいいだけ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
撃破完了ではある。でも全身痛い。息も上がっている。きっつい。今までの誰との戦いよりもしんどかった。思えば、お父さんやお母さんとの模擬戦はしんどいと思う前に一瞬でやられてたもんなぁ。
「ぜぇ、はぁ、ど、どんなもんよ!ルウィーの女神!」
「散々手こずらせてくれたわねぇ……でもその分、たぁっぷり楽しませてもらわなきゃねぇ……」
「さっきの反動がまだ響いてる……しばらくは動けそうにないや……」
へとへとながらも勝利の余韻に使っていたんだけど、そんな空気をぶち壊す声が響く。
「けっちゃーく!結果はルウィーの女神の負け!完全敗北でぇーっす!あはは!みんな見てるかしら!さっきまで偉そうにふんぞり返っていた女神の成れの果て!あはははは!」
は?何言ってんの?確かにその通りではある。ブランさんは確かに高圧的だった。女神として国を治めていた期間は、多分ボクの人生より長いだろう。でも、今こうなった結果だけを見て、過去の蓄積を全否定するようなことが、ましてや意図的な言葉選びでメディアという手段で不特定多数に、受け取らせ方を一辺倒にするようなことが、あっていいのだろうか。そんなこと、あっていいはずがない。
「うわ、むかつくわねあいつ。別にルウィーの女神を擁護しようなんてこれっぽっちも思ってないけど!」
「でも、確かに癪ねぇ、あたしより先に虐めていいなんて言ってないわよぉ?」
「はぁ、はぁ……」
ふつふつと湧き上がる情動。視界の端じゃあ変身が解けたブランさんと大臣らしい人が会話をしているが、そんなのは聞こえてこない。ボクは、あいつを!
「夕?」
「夕ちゃん?」
「許、さない!」
間に合うか、駆け抜けられるか、そんなものはどうでもいい。確実に、奴を!
「《
真っ直ぐ、アブネスへ、刃を首筋に……!
「痛った!なによ、って、血……!?」
「浅い……!」
周囲にはルウィーの軍隊みたいな人達。深追いは、できない。
「くっそ……!浅いならせめて火傷させとけば……!」
もう追撃できない。悔しいけど引き下がるしかない。
「夕!いくらなんでもそれは!」
「止めないでよ!あんな吐き気の催すような悪を生かしておいていいわけがない!人の努力を!蓄積を!その結果を!嘲るように小馬鹿にするような奴を!許せるわけなんてない!ボクだって知ってるわけじゃない!でも!ただ心無い言葉を外野から投げつけるような、そのために手段を選ばないようなあのクズは!裁かなきゃ!」
「落ち着きなさい!今あなたがあいつをやったとしても、この結果は何も変わらないわよ!」
「だとしても!」
ボクはあいつを許せない、と続けさせてくれなかった。プルがボクをはたいたのだ。
「うるさいわよぉ、夕ちゃん。少し、お黙りなさいな。」
「……ッ!」
強く強く歯を食いしばる。結果、ボクたちはブランさんともども牢屋に入れられることに。……あれ、そういえばあの人、ベールさんはどこに行ったんだ……?
次回、第十三話「栄華の終わりを告げる刻」
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第十三話 栄華の終わりを告げる刻
状況を整理する。
ノワールさんによると、ブランさんは現ルウィー大臣にして七賢人が一人アクダイジーンの罠に嵌められて信仰、つまりはシェアをほぼ失い活動不能状態。たぶん、それだけでないショックがあるとは思うけど、そのせいで隅っこでうずくまって何もしゃべってはくれない。ボクはプルにひっぱたかれた頬っぺたがまだひりひりしてるけど頭は冷えている。次あいつに会ったら初手首じゃなくてアキレス腱からじゃないとね。
「ごめんね~、ゆ~ちゃん、痛くなかった~?」
「痛かったけど、謝るのはこっちだよプル。ありがと、止めてくれて。」
「どういたしまして~」
さてどうしたものか。幸い持ち物とかは無事だからやろうと思えばこの牢を壊すことも……きっとラスト一発の雷銀式炸薬弾ならできないこともない。でも、騒ぎを起こすのは悪手。そもそもまだ体力が回復しきってない以上、下手に動けない。
「……」
「こっちもこっちでだんまりを決め込んでるし……大ベテランの女神様はごめんなさいの一つも言えないのかしら。」
「ノワールさん、言い方。」
とはいえ、鬱屈した状況で火に油を注ぐような言葉を聞いちゃ、ボクはまた怒りそうである。
「……」
「言い返してきなさいよ、わたしが一方的に虐めてるみたいじゃない!」
「黙って。」
抜刀こそはしないけど……優秀だけど、ノワールさんは、そういうところがあって……!
「あのね、夕。元はと言えばこいつがラステイションに嫌がらせをしてこなかったらこんなことには……!」
「黙れって言ってんのが聞こえないの!?」
「のわっ!?」
「ぷるっ!?」
「……っ!」
はぁ、この際言うべきだろうか。言っちゃおう。ボクだって怒るときは怒るし、言うべきことがあるなら、それは言わなきゃ伝わらない。ましてや、こんな人には。
「なに怒ってるのよ夕……まさかルウィーの女神の肩を持つって言うの!?」
「結果的にはそうなるんじゃないかな。少なくとも、人の心がわからない女神の肩なんて持ちたくないし。」
「それ私の事!?どういう意味よ!」
「言葉通りの意味だけど?あなたも大概耳が悪いんじゃないの?それとも悪いのは頭?」
「んなっ……!なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ!」
「言わなきゃいけないから痛む心と一緒に言ってんだよ!こんなこと!言いたくない!でも言わなきゃ!あなたは、ラステイションは今のルウィーと同じ結果を招く!」
「なんですって!?聞き捨てならないわね!」
「だから耳の穴かっぽじってよーく聞け!その軽薄な言動と、浅薄な思考を改めろ!ボケナスルーキー!」
「ボケナス!?今ボケナスって!?」
「すと~っぷ!」
プルのストップがかかる。
ボクたちに割り込むように、プルが入る。
見回すと、ブランさんが泣き始めている。どうやらこっちが言い争いしてる間にプルがいろいろ話を聞いてくれていたっぽい。
「はぁ……再三再四、黙っててよ、ノワールさん。」
「うっ……この有無を言わせぬ殺気が夕からも出てくるなんて……」
聞こえてくるのは嗚咽と、紡がれていく言葉。女神になりたくてなったわけじゃない。でもなってしまったのだから頑張らなくてはいけない。一人で、ずっと一人で。……そんなブランさんの話は、ネプギアさんを思い出させてくれる。でも、ネプギアさんと違うのは、そばにいる人。心の中でまで、一人じゃないということ。
「そっかぁ~」
プルはそれを聞いて、ただ返事をしている。プルにはわかるのだろう。いや、わからなくても、プルは寄り添うことができるのだ。ボクももう一段階、落ち着かないとな。って……
「あれ、こんなのあったっけ……?」
「どうしたのよ、夕。」
「いや、ちょっとボクのコレクションケースの上に白い封筒が……」
「封筒?夕の持ち物じゃないの?」
「うん。差出人は書いてないけど……封の部分に月が書いてある……」
「え……?なんで、持ってるの?」
落ち着くためにコレクションの鉱石を取り出そうとしたら、見慣れない封筒。その特徴を話した時、反応したのはブランさんだった。
「ゆ~ちゃん、渡してあげて~」
「うん。どうぞ。」
封筒をブランさんに手渡し、ブランさんは封を開けて中身を読む。なんて書いてあるかはわからない。けれど、だんだん読む手は震えていて、また嗚咽が聞こえるようになった。
「なんて書いてあったのかしらね。」
「差出人の予想はつきました。こんなことをするのはあの人くらいです。」
「まさか……」
「あのおに~さんからだね~」
やれやれ、呼び止められたときに懐に忍ばされたんだこれを。
「ずいぶんと……言ってくれるじゃねぇか、影の奴……ようやくどうにかして連絡とってきたと思ったらこの状況を完璧に読んでいやがった……なんだよ、『これを読んでいる頃は泣き疲れてようやく頭が冷えてきたころだと思うのだが果たして。』って……クッソ、ここまでわかってるならなんで助けてくれねーんだよ!いつもいつも、肝心な時に肝心なところは何も言っちゃくれねぇ!だからわたしが一人で……こんなことに!」
「……凍月影って人は、そういう人です。」
お父さんでも多分そうする。自分でやらなきゃいけないことは助言だけしかしない。何もしないなんてざらだ。そう。女神はブランさんなんだから。
「なんで、そんな知ったような口を……」
「あぁ、ボクは名乗ってなかった。はじめまして、ボクは夕、凍月夕。いろいろ説明が難しいけど、こことは違う、別の次元の凍月影の娘だよ。」
「こことは違う、影の……?……でも、そうね。あなたの目は、影そっくり。」
「……こっちのお父、じゃなくて影さんにも会ってきました。伝えたいことはたぶんそれに書いてあると思いますからここから先はボクの意見です。」
「……」
「この国を取り返しましょうか。」
「え……?」
「そんな頓狂な声を出さないで。まさか取り返さなくていいわけないでしょ?だから、ボクたちが手伝います。」
手を伸ばす。涙で目を腫らしたブランさんに、降り注ぐ太陽の光のように。だって、ボクは夕。傾いた太陽。長い影を映す光。夜が訪れる前の、最後の光。
「いいの……?」
「もちろん。そうでしょ、プル。」
「もちろん~、ノワールちゃんも~?」
「い、いやそこまでしてやる義理はないわよ!」
「じゃあノワールさんはすぐに帰ってください。後日ボクがルウィーの人としてラステイションを叩きます。」
「夕、正気!?」
「正気ですよ。さて、影さんの読み能力とボクが本当に手加減なしで、なんなら切り札まで使って戦って、ノワールさんは勝てますかね。」
「勝てるわよ!やってみなs……!」
「……はい、今死んでたよ。」
ノワールさんが固辞してたから軽く挑発してみると……乗ってきた。じゃあ簡単。喋ってるあいだに首筋に短剣を突き付けるだけ。
「……警戒してない、体勢も甘い。天狗になって油断しかしてない女神なんて、一瞬だよ。」
「……わかったわよ!ルウィーの女神のほうが七賢人よりましなことには変わりないし!」
「はぁ、言葉尻が本当に嫌な人。一回本気で倒していいかな……まぁ、それはこの騒動が終わってからとして……さて、でもここからどう出ようか。」
「そこ考えてなかったの!?」
「はぁ、まぁ果報は寝て待てって言うし……」
「お待たせしましたわー」
「ほらほら、待ってると果報のほうからやってきてくれるんだよ。って、え?ベールさん?それは鍵?おいおいマジかよほんとに来ちゃったよ果報。」
「ゆ~ちゃん、喋り方がおかしくなってるよ~?」
「少々お待ちください、はい、開きましたわー」
「わぁい、おそとだ~」
「さぁて、それじゃあ行こうかブランさん。」
「わ、引っ張らないで……」
反撃はここからだ。七賢人?国を取った?思い上がるな、取り返してやる。貴様らの栄華なんか終わらせてやる。ボクは夕。昼の終わりを告げる刻なんだから。
「とまぁ、意気揚々と脱獄したはいいけれど……さてどうしようか。普通にあの大臣消しても意味ないだろうし。」
「さらっとこわいこと言ってるよ~、ゆ~ちゃん~」
「うーん、努めて冷静でありたいけど、まだまだみたいだ。ノワールさんならどうする?」
「えぇ!?私に聞くの!?……たしかあいつ、政見放送をするとかなんとか言ってたような……」
「じゃあそれを利用しよう。全ての悪事を暴いてカメラの前で痛めつければ信仰は戻るでしょう……んー、じゃあ殺さないようにしないと……」
「だからさらっと怖いこと言わない……」
目的も手段も決まったことだしさて、あとは突っ込んでドンパチだな。
「ノワールちゃん賢い~」
「まぁね。どこぞの頭脳派かと思った女神様は思いつきもしなかったみたいだけど。」
「……またそんなこと言って、貴方は学習しない。二度と喋るな。」
「うぐっ……夕は一体誰の味方なのよ……」
「ボクは人を間接的に傷つけるような言葉に敏感なだけです。知らないというか、多分あなたに言っても理解できるかはわかりませんが、言葉には感情が乗るんです。その言葉に乗せられた感情を、ボクは人より敏感に感じる。お母さんが言ってくれました。その敏感に感じる心はボクを苦しめることもあるだろうけれど、ボクの周りの人を助けるためにあるんだって。そしてボクの周りの誰かがそんな風に誰かを傷つけるなら、止めてあげるためにあると。」
「だから、あなたは怒るの?」
「えぇ、怒りますよ。ただの愚痴なら聞くけれど、意図して傷つけようものなら、それが誰であれ許さない。あーでも七賢人は例外です。文句言うなら全部あいつらに。多分、その方が鬱憤も晴らせるでしょうし。」
「まぁ、そうね……」
「っと、見えてきた。仕掛けるよ。」
牢からの距離が意外と近くて助かった。さぁ、痛めつけてやる。
「ネズミさんまだいたぁ~!」
「ぢゅーーー!?」
「これやるのも何回目かなぁ、まぁいいけど。アクダイジーン!神妙にお縄につけ悪党!貴様の悪行、全てまるっとお見通しだ!」
「ぬぅぅ!女神ども!?あの牢から抜け出してきただと!」
「そういうこと。投降するならよし。女神三人の相手をして勝てるわけないでしょう?あ、あとプル、こっそり逃げようとしてるネズミさんにカメラ持たせて。」
「もうやってるわよぉ?」
「仕事が早くて助かるよ。」
「ぬぐぐぐ……そういうことか。考えましたのぉ、ブラン様。」
「大臣……覚悟しろ、てめーだけは絶対許さねぇ。」
「しかし……あれほど毛嫌いしていた女神に協力を仰ぐとは、節操のないことで。」
「っ……!」
「私は別に協力してるわけじゃないわよ!私自身が、あなたをぶっ飛ばしたいだけよ。」
「二人とも終わったらボクがプルと一緒に痛めつけるからそのつもりで。」
「なんで私もなのよ!」
さて、形勢はこちらが有利。どう動く。どうやろうとこっちが勝てるだろうけど。
「ふふふふふ、本当にいいのかのぉ、本当にそんな映像を流して……」
「時間稼ぎのつもり?だとしたら下策にもほどがあるね。」
紅月と蒼陽を構え、向ける。殺気が隠せない辺り、まだボクも甘いようだ。
「なに、小娘よ。先ほど女神三人と言ったが、二人の間違いではないのか?」
「……っ!なるほどね……」
痛いところを突く。やはり優秀な人間の思考は逆境程度ではどうにも覆せない。
「ネズミさん、カメラまだよ。」
「了解っちゅ。」
「どういうことよ、ぐずぐずしてないでとっとと変身しなさい。」
「だめ、私は……変身できない……」
「でしょうなぁ。あれほどの醜態をさらしてなお、貴様を信仰するもの好きなど一人もおるまいて。」
万事休すか。だったら女神三人にしてやるしか……!
「いいや。いるさ、ここに一人な!」
「その声は……!影……!?」
「貴様……!再び教会内に入れば即刻処刑すると……!」
「その警備兵がみんなのびてたんだ、それに、てめーよりここの構造は頭に入ってる。誰にバレずにここまで来るのは余裕だ。」
「ぬぅぅぅ!」
「さて、ブラン。ちゃんと顔を合わせるのは何年ぶりかな。俺だけが年を取って、君はあの頃のままだ。残酷に感じるかい?」
「影……!どうして、今になって……!」
「歯がゆくはあったさ。だけど、元ルウィー大臣として言うなら、それはブラン自身が自分でやらないといけないことだからだ。自分で気づかないといけないことだからだ。でも、一人の人間として、言うことがあるとするなら……」
影さんはブランさんの帽子を取り、頭を撫でる。ボクにちょっと前にやったように優しい手つきで。
「頑張ったな。ブラン。もうひと頑張りだ。」
「優しくしないで……!あなたが優しくすると、決まって次には厳しいことを言うじゃない!」
「バレてる。そう。現実は非情だよ。夕ちゃん、俺の愛する、子どものようにかわいらしい、たまに粗暴な女神を、支えてくれ。」
「え……?」
そう言うと、影さんはボクたち二人を突き飛ばして、直後、影さんのいた空間に大きい金属のアームのパンチが飛んできて、影さんはそれに直撃して吹き飛ばされて……
「ふん、茶番は済んだかのぉ。だが感謝するぞ小童。貴様のおかげでこのパワードスーツを準備できたのだからな。それに……ふん……!」
アクダイジーンが外付けのだっさいパワードスーツをつけて、影さんを殴って……今度は奴は何をした?
「影……!?って、なにこれ……体が、重い……」
「何をしたって言うの!?」
「すっごく不快ねぇ……?」
「身体に走る違和感……なに、空間干渉系……いや違う、シェアエナジーに触れている?」
「ほう、小娘お主も鈍るか。貴様女神ではないのだろう?試作段階じゃが七賢人の頭脳を結集して作った対女神用エネルギーフィールドじゃ。貴様らの動きを20%は落としてくれるわい。さて、これで例え変身出来ても、儂の勝ちじゃ。」
「たかが20%!」
「馬鹿ですか、言い換えれば80%しか出せないんですよ。……現状、これじゃあ女神が一人増えてもどうしようもない。」
「だったらなによ!大人しくやられろって言うわけ!?」
「まさか。ボクには切り札がある。使うつもりはなかったけれど。」
懐から出したのは、拾っていた女神メモリー。使っても使わなくても、ボクの能力は20%落ちている。だったら使ったほうがいい。うまくいくかは二の次だ。
「それ、女神メモリー?なんで持って……」
「そうよ!なんで夕も持ってるのよ!」
「へぇ、夕ちゃんもなるのぉ?女神に。」
「小娘……貴様その意味がわかっておるのか?」
「当然。ずいぶんと姑息な手を使ってきてくれたけど……だったらそれが無意味だとわからせてあげないと、だから!」
女神メモリーに祈る。ボクに素質はありますか。ボクは誰かを守る存在たりえますか。ボクは誰かのために、戦ってもいいですか。
その答えは、目を開いたときにわかった。
「夕、あなた……」
グレー寄りの黒基調のプロセッサユニット。腕とか脚とかに動きを阻害しない程度にいろいろついてるし、灰色のラインが各所に走っている。まるでスイッチの入ってない液晶画面のように暗いラインが。背中には羽が合わせて四枚。見えてないけど、気配でわかるし、使い方も頭にすっと入ってる。髪色は、お父さんみたいに白っぽいや。けど横で結んでいたのがなくなって、ショートヘアになってる。あとプロポーションはあんまり変わってない。変に変わると動きにくくなったりするだろうから変わらなくてよかったんだけど、プルみたいに大幅に変化してみたくもあったり。まぁもうこうなっちゃったから仕方ない。
「この土壇場で女神が増えおって……じゃが、肝心の小娘が変身出来ておらんじゃないか。」
「そうだね。でもすぐに解決できるよ。」
背中のプロセッサユニットに上の羽が接続されて、ボクのプロセッサユニットの灰色のラインが青色に変わり、腕や脚のユニットが変形してコンソールみたいなのが出る。そう。これがボクの女神としての権能。
「
「え……?どういうこと?」
「
ブランさんの足元にはボクのコンソールと同じような紋様が浮かび上がっている。はたから見れば、何をしているかなんてわからない。それに、この権能は20%出力が落ちていようが関係ない。
「すごい、力が溢れてくる……いけるぜ、これなら!」
ブランさんは変身する。ボクは少し疲れたけど、この程度なら無問題。それに……解析してたのはこの空間そのものだし。
「
ボクを中心に、20%の出力低下をきたしていたフィールドを無効化するように再構築する。これで動きやすくなるでしょ。
「なんじゃ、その権能は、余りにも無茶苦茶だ、そんな権能!」
「そう、無茶苦茶な権能。当然弱点もあるよ。お前なんかに教えてやるなんて、一言たりとも言わないけどね。」
残念ながらこの権能、半径2m以内じゃないと発動できない。半径2m以内ならあのパワードスーツを解析して再構築、この場合は分子レベルまで変えてやればはたから見れば分解に見える。それに解析を必ず挟むからとっさにできるものでもない。でも、その弱点を補える機能がないとは言わないよ。
「うふふふ。揃ったわね。ネズミさぁん、カメラいいわよぉ?」
「了解っちゅ。」
「はぁ、それじゃあ早速やってやりますか!」
「全力でぶっ潰してやる!死なねーことを祈るんだな!」
「ぬぅ、おのれ!なれば戦うほかあるまいか……!」
「そう、貴様は逃げることすら叶わない。あぁそうだ、言ってなかった。ボクはグロウスハート。成長と夕刻を示す名を持つもの。貴様の短い昼時は終わりだ。眠れ。」
次回、第十四話「そしてまた日は昇る」
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第十四話 そしてまた日は昇る
ボク以外の女神三人が戦闘に入る。ボクは吹き飛ばされた影さんのそばに移動したから少し三人の動きは鈍くなったけど……思ったよりも誤差だった。あるいは完全に打ち消されたと思い込んだか。どちらにせよ好都合。影さんが生きてさえいれば直せる。治す、ではないよ。ボクの権能は直すのほうが正しいんだ。
「生きてますか、影さん。」
「……」
虫の息だった。なんとか呼吸している程度。全身打撲だ、無理もない。
「
人間の身体を解析すれば、それが本来元あるべき形質も読み解くことができる。あとはその通りに、作り直すだけ。
「完了。ッ……結構、疲れる……!」
やっぱりシェアエナジーによる解析と再構築、なんなら女神相手なら再接続でシェアエナジーを供与、シンクロさせることだって可能だ。でも、ボクは信仰がないはずなのに……なんでここまで使えるんだ……?
「考えるのはあと、か。」
やっぱり苦戦している、わけではないが今一つとどめが足りないみたいだ。やれやれ。じゃあ、モードチェンジといこう。上の羽の接続を解除し、下の羽を新たに接続する。青色だったラインは赤……いや、オレンジ色に変わって、上の羽はさしずめ運命の名を冠すあの機体のように開き、虹の羽を展開する。光の翼というべきかな?それだと勝利のほう?まぁなんでもいいや。つまりはそういうこと。まぁ、このモードになると周囲に干渉はできなくなるからなおさらアクダイジーンのフィールドの影響は受けるんだけど……些事だよ、もはや。
「夕……お前、形態が変わったのか……?」
「へぇ、面白いわねぇ、夕ちゃん。」
「一体全体どんだけ能力もりもりなのよあなたは!」
「あはは……今のボクはさしずめ、グロウスハート・コンバットフォルムといったところかな。ちなみに青い方はコンソールフォルムだよ。さて、向こうでできたことがこっちではできないけれど……」
足元に紋様を展開してボクの周囲にいくつかの武器を構築する。だいたい剣だけどね。
「
紋様を消し、二本の刀を持ってアクダイジーンに突撃する。一度構築してしまえば武器はそこに残るから……あとは適宜拾っていけばいいかな。
「ぬぅ、なんだこの女神は……!」
「そんなこと言ってる場合かな?」
二刀流の戦い方はお父さんでよく見てる。そもそもボクの短剣も二刀流だし、刀身が長くなっただけだ。まぁそのせいで立ち回りとかが変わるんだけど……この戦いの主役はボクじゃない。
『はぁぁぁぁぁッ!!!』
そう、あくまで主役はブランさん。ボクが演出したのは露払いとヘイト管理。ボクの大立ち回りで奴の注意が完全にボクに向いたのなら、女神三人の集中砲火で叩き落せる。地獄に。
「ぐおぉぉぉぉっ!?」
完全に崩壊するパワードスーツ。足元に転がってくるアクダイジーン。ボクは刀の刃を奴の首筋に向けながら言った。
「投降しろ。命だけは残してあげる。」
こうして、ルウィーの慌ただしい一日はのちにルウィーの革命返しと呼ばれるようになったとかならないとか。
「というわけで、ここからはボク、凍月夕と、」
「ラステイションのノワールがお送りするわ。早速だけど夕。貴方の女神の力は一体何なの?」
「ボクの話よりもカメラに映ってるおっさんと女神二人に言及すべきじゃないかなぁ。現場の音声はあまりにも凄惨だからマイクが入ってるのはボクたち二人だけだけどね。」
「ほんっと楽しそうに痛めつけるわねプルルートもルウィーの女神も……」
「前者はともかく後者は無理もない話だよ。それにある程度ルウィーの信仰が戻ったわけだし、飽きるまで暴れさせていいんじゃないかな。」
「あぁ見えて手加減というか、殺さない程度には出力抑えてるものね……七賢人なんかにはしたくもないけど、少し同情するわ。」
「それはわかるかも……」
「それじゃあ二人に言及したことだし、貴方の権能、少し話してもらうわよ。」
「えぇ……まぁ、少しだけならいいけど……」
正直、ボクにもわかってない力がいっぱいある。グロウスハートって名前もあの時ぱっと出てきたものだし……成長と夕刻の女神かぁ。
「大雑把に言えば、シェアエナジーに干渉する能力……ちょっと違うか、シェアエナジーで物体に干渉する能力……これもちょっと違う?うーん……」
「どっちもとんでもないこと言ってるわよ。」
「あはは。要は青色のとき、コンソールフォルムの時は直接戦闘が苦手な代わりに物体解析や解析をもとにした再構築で主に物や人を直したりすることができるんだ。対象が女神なら、シェアエナジーを分け与えることもできるよ。裏を返せば奪い去ることもできるんだけどね。」
「怖いこと言うわね……」
「まぁね。で、赤い方、コンバットフォルムの場合直接戦闘に特化して、武器を構築して戦うんだ。単純な構造のものだったらすぐ作れるけど銃とか可変武装はプロセッサユニット内部で作って武装コンテナみたいな感じで取り出すことができるよ。」
「あのくっついた大きい羽はそんな機能があったのね……」
「今日使ったのはそんなところだね。話して思ったけどこれ七賢人の誰かに聞かれてたらまずいかもしれないや。まぁこれ以上にボクはいろいろできるし……大真面目に七賢人とドンパチしてもいいかなとは思ってるよ。ボク個人は、だけど。」
「夕こそ結構危ないこと言うじゃない……って、いつの間にかプルルートの独壇場になってるわよ!?もう映さなくていいんじゃない!?」
「それもそうですね。それじゃあボクたちはこの辺で。」
それから数時間後、アクダイジーンは厳重警備の牢屋に投獄され、ルウィーは再び影さんを大臣にして再始動。一応の一件落着を迎えた。
「その、ありがとう。夕。プルルートも。」
「どぉいたしまして~」
「礼には及びませんよ。ボクがやりたかったことをしただけです。」
「ちょっと、誰かひとり忘れてないかしら?」
「ラステイションのノワール。悪いね、君の言動や態度にはこの件への感謝を込めてもマイナス評価しかできないのが現状だ。勘違いしないでほしいのはちゃんと感謝はしているよ。言ってしまえばお互い自業自得みたいなものだし。」
「影。」
「へいへい。……三人とも気をつけて帰ること。一応感謝状を両国には送っておいたから国に戻り次第確認してくれ。それじゃあ。」
「うん、わかった。」
「またね~、ブランちゃん~」
「はぁ、もう二度と来ないわよ。せいぜいちゃんと貸しを返しに来なさいよー!」
「少し、表情が柔らかくなったな、ブラン。」
「貴方には、そう見える?」
「あぁ。だって笑ってるじゃないか。大臣凍月影、その笑顔を守るために、またこき使われることとするよ。」
「ふふっ、大口を叩いたわね。それじゃあお望み通り、こき使ってあげるわ。影。」
次回、第15話「新興信仰の侵攻」
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第十五話 新興信仰の侵攻
さて……ルウィーの革命返しから数か月。ラステイションで鉱石採取したりルウィーで鉱石採取したりクエストをこなしたりといろいろやってたボクだけど、なんでもボクの知らないところで誘拐事件が多発しているみたいで、その対策として教会が一時的な託児所になってるんだけど……
「ぴぃぱぁんち!」
「あーぶーなーいー、狙いが人体の急所だらけなのなんなの?」
「ゆ~ちゃんごめんねぇ~あたし、この二人で手一杯だからぁ~」
「プルじゃ直撃してる可能性もあるし、万が一当たって変身なんてされたらそれこそ大惨事だからね……ボクがいろいろ回ってる間にこんなことになっていたのは露知らずだったし……っと!」
プルと話してても攻撃の手は止まることなんてない。戦闘訓練やってた頃を思い出すけど……それよりもハードかな。
「きぃっく!」
「っ……!なんったる威力!」
腕をクロスして防御したら両腕が痺れた。しかもその時手ごたえありって表情したよこの子!防戦一方だとやられる。でも下手に反撃すれば怪我させそうだし……
「いくよぉー!ぴぃ、ぱぁんち!」
「っ……!」
みぞおち狙いのパンチはどうにか受け止め、受け止め……?いや違う、まるで受け止められること前提の軽めのジャブに修正した。てことは、そこそこ不安定な体勢から放たれるのは……!
「い"っ……!?」
振り子運動の要領で放たれた脛へのキック。気づいたときには遅かった。超痛い。
「やったぁ!ぴぃのかち!」
「や、やるじゃないか……」
「ゆ~ちゃ~ん、だいじょ~ぶ~?」
「両親に直接的に暴力を受けたことがない以上まともな被弾は初めてかもしれない……痛い……」
けど子どもというのは無慈悲なもので、二の矢を構えているのが見える。いたし方あるまい。
「やっていいことと悪いことがあるんだよ……!」
変身してシェアエナジーを壁にした防御フィールドを張る。見た目はGNフィールドだね。驚いてくれたから変身解除。力の行き場所を失ったから前に流れてきて、ボクはそれを受け止める。
「悪い子はこうしてやる!こしょこしょー!」
「きゃはははは!きゃははは!」
とまぁこんな感じで……ケガさせないように仕返ししないとつけあがるとまでは言わないけど学習しないからね……
数時間後、子供たちが寝たと同時にブランさんとノワールさんが来た。もう少し早く来てくれてたら手伝ってくれたかな……とは思ったけどまぁいいや。過ぎたことだし。
「そう。大変ね、夕。」
「大変ってもんじゃないですよ……まぁ今は寝てるから無害だしかわいいけど……」
「ここまでごっそり疲れてる夕なんて珍しいわね。クエスト何個もクリアしてきた時すらピンピンしてたのに。」
「大変なんだよぉ、ゆ~ちゃんいなかったらあたし、変身してたかもぉ~」
「それはダメよ!」
「子供の成長に確実に悪影響どころか、トラウマを植え込むわね……」
「わかってるよぉ~……」
「それで、二人は遊びに来たんですね。ようこそ……と言えるほど余裕ないのが申し訳ない……」
身体にどっぷり溜まった疲労感はそうそう簡単に抜けそうにない。ほんとにクエストやってる時よりしんどいよこれ……
「風のうわさで聞いたわ。夕もプラネテューヌの女神として落ち着いたって。」
「えぇまぁ。新しく国を作ろうとは思わなかったし、変身したプルをちゃんと止められる存在がこの国にいないとダメかなって……まぁ自信はないですけど。なんせプルですから。前ちょっとちょっかい出された時はノワールさんがその身を犠牲にして……」
「なってないわよ!」
「しー!子供たちが起きちゃうよぉ~」
ツッコミで思わずヒートアップしかけたノワールさんをプルが止める。うん。そうだね。もしかしたら変身したプルよりも面倒なのがいるし……
「ごめんプル、ありがと。場所を移しましょう。」
と、立ち上がって扉に手をかけると同時にイストワールさんが慌ててやってくる。
「大変です大変です!プルルートさん、夕さん、一大事です!(;゚Д゚)」
「何事よ、イストワール。そんな血相抱えて。」
「ノワールさんとブランさんもいらっしゃったのですね。じゃなくて一大事なんです!(>_<)」
「ど~ど~、いすとわ~る、ど~したの~?」
「えぇっとえぇっと、悪い話ともっと悪い話の二つがあるのですが……(-_-;)」
「どちらも悪いのね……」
先が思いやられる。とりあえず軽い方から聞こう。
「じゃあ普通の悪い方から。移動した先で話します。」
「それではテラスでお話ししましょう。皆さんにも関係あるお話ですのでついてきてください。('ω')」
イストワールさんに連れられてテラスに向かうけど……子供たち起きたらどうしよ。まぁ職員さん入ってくれるでしょ。というかもうプルがお願いしてた。助かるよ。
「それで、悪い話の内容は?」
「はい。先ほど、この大陸の三か国に向けて同時に宣戦布告が発せられました。(+_+)」
「宣戦布告?」
「穏やかではないわね……影からも同様の連絡が来たわ。」
「うちも副官から来たわ……でもまって、この大陸で新しい国ができたなんて話聞いてないわよ。夕は、プラネテューヌの女神として落ち着いたってあなたが言ったことだし……」
「思うことは多々あれど、さすがに宣戦布告はしませんよ。」
「含みを感じるわね……じゃあいったいどこから?」
「海の向こうに新しくできたリーンボックスという国だそうです。あぁでも厳密には宣戦布告というか、宣戦布告をしたいから一度各国女神全員に来てほしいということらしいです。(;'∀')」
「まどろっこしいなぁ。うん、とってもまどろっこしい。それで、もっと悪い話っていうのは?」
「それは、夕さんが帰る準備が整ったということです。向こうの私との通信も実は今待機状態なんですよ。('ω')」
「へぇ……帰れるんだ……そっか。」
「そう、夕。帰るのね。」
「えぇ、ゆ~ちゃん、帰っちゃうの~?」
「……短い間だったけど、楽しかったわよ。」
そっか帰れるんだ。帰ったら多分お父さんもお母さんもボクが女神になって驚くだろうなぁ……でも。帰っていいのかな。今抱えている子供たちの相手とか、さっきの宣戦布告の話もそう。プラネテューヌの自転車操業も心配だし、七賢人だって完全に潰してない。それなのに、ボクは帰っていいの?
「……イストワールさん、向こうとお話できますか?」
「はい、できますよ。少々お待ちください。(・ω・)」
『繋がりました。お久しぶりです、夕さん。』
「向こうの、イストワールさん。そうですね。ちょくちょくお父さんやお母さんとお話はしてたけど、あなたとお話するのは、本当に久しぶりです。」
『はい。もう、そんなに大きくなられたのですね。影さんも茜さんも、さぞ驚くことでしょう。』
「それなんだけど、イストワールさん。ボク、もう少しここに残るよ。」
『えっ!?』
伝える、ボクの意思。このままじゃ帰れない。やり残したことというか、やるべきことがまだいっぱいある。
『それが、ゆーちゃんの決めたこと?』
「うん。」
『そっか。いーすん、ゆーちゃんがいいって言うなら、いいんじゃないかな。』
『母親である茜さんがそんなこと言っていいんですか!?』
『いーのいーの。それに、移動にシェアを使うんじゃギアちゃんが大変でしょうし、節約できるんじゃない?そもそも最近のギアちゃんしんどそうだし……』
『それは、そうですが……』
「……ネプギアさんは、どうなの?」
『ギアちゃん?だいじょーぶ、いつも通り仕事して、クエストやって、いろんな人とお話して、必死に頑張ってる。えー君も手伝ってるし。』
「そっか。凄いなぁ……」
ボクの世界のたった一人の女神、ネプギアさんは一人で頑張ってる。ボクが帰って、女神として国を作っても……どうなんだろ。ボクの世界は変わるのかな。それとも……それを考えたくないから帰らないっていうのもある。
『ともかく、いいんだね。ゆーちゃん。』
「うん。ボクはボクのやるべきことをやるよ。」
『……無理だけはしないでよ。お願いだから。』
「わかった。」
『ほんとだったらえー君もギアちゃんも呼びたかったけど、仕事だからねぇ……二人には私から言っておくよ。それじゃあゆーちゃん。気を付けて。』
「うん、お母さんも。」
通信が切れる。帰れたのに帰らなかったことでお父さんやネプギアさんはどんな反応をするだろうか。怒るかな。
「ゆ~ちゃん、いいの~?」
「プル……うん、いいの。ボクが決めたことだから。」
「そうは言うけれど……あなたのお母さん、相当心配そうな顔してたわよ?」
「そうだね……昔、とんでもない無茶をお父さんはしでかして今もその影響が残ってるからなぁ。きっとそれに重ねられてるのかも……」
「後遺症の残るレベルの無茶……相当ね……」
「精神も相当にやられてるみたいだし……いや、ちゃんと正気だけど……」
「一度ちゃんと聞いてみたいわね、あなたのご両親の話。」
「あはは……ブランさんが聞いたら驚きそうなことが一番最初だから、とりあえず宣戦布告でもされに行きません?あわよくばその場で返り討ちとかできそうだし。」
「思うけどたまーに夕って血気盛んよね。身体が闘争を求めてるのかしら。」
「そうなんじゃないかなぁ。」
と、話がひと段落ついたところでいざ行かん海の向こうへ!ってことになるんだけど……ひとつひっかかる。なんでわざわざ引き付けてから宣戦布告するのかと。
「嫌な予感はするけれど、行くしかないか。」
「れっつご~!」
次回、第16話「緑の大地と五人の女神」
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第十六話 緑の大地と五人の女神
さって、ダンジョンと海を越えてボクたちははるばるリーンボックスに両の足をつけたんだけど……なにここ、自然と四角が融合してるよね、外観。軽く見回して石が取れそうな鉱山というか、山が見えないからちょっと残念だなぁ。
「みてみてゆ〜ちゃん、おっきいハンバーガーがあるよ〜」
「ほんとだ……ってデッカ!?ちょ、えぇ!?食品ロスとか生まれないか心配だよ、これ……」
「あなたたち、観光じゃないのよ。」
「わかってますよ。でもほら、教会に行くまでは何があるかわからない、ボクたちにとって未開の地だから少しくらいはこう、調べたくなるよね。」
「知的好奇心をくすぐられているのかしら。まるで調べ事をしている時の影ね。表情がそっくり。」
「まぁ、親子ですからね。あぁ、こっちの影さんじゃなくてボクの次元の影さんがお父さんです。」
「……いつ聞いても驚くわ。でも、納得がいくわね。」
「ねぇ夕。ちょくちょく通信で話すけど、ご両親ってどんな人なの?」
リーンボックスの教会に向かいながら、ふと聞かれたボクの両親、お父さんとお母さんの話。ボクが知ってるのは少しくらいだけど、話していいのかな。
「どんな人……かぁ。お父さんもお母さんも賢くて優しくて、とっても強い人。でも、二人ともふと悲しい顔をする時があって、ボクはなんでって聞いた時があるんだけど……」
「あるんだけど〜?」
ふぅ、と一息つく。横断歩道の信号はちょうど赤になったし、メリハリをつけるにはちょうどいい。
「お父さんは何も言ってくれなかったし、お母さんは気のせいってはぐらかすんだ。それでも気になってたら、お母さんが教えてくれたんだ。……お父さんが、世界を守るために世界を壊した話を。」
「守るために、壊す……?世界を……?」
「さっぱりわからないわ。夕の次元の女神にとって、夕の父親はなんだったのよ。」
「……頼りになるけどいつまでも許せない、そんな人。お父さんのしたことは、そういうことだから。」
「ますますわからないわね……」
「ぷしゅぅ〜……」
「プルルートが限界ね。はぁ、夕も夕で、複雑なのね。」
「だいたいお父さんのせいというか。うん、そんな感じです。」
なんて話をしてたら着いた。横断歩道を渡って割とすぐとは。いやでもそうか、教会へ行く利便性は大事だし。
「お母さんの話はまた後で。行きますか。」
「そうね。全くどんな考えで呼びつけて来たのか分からないけれど、乗り込んでやろうじゃない。」
なんて意気揚々と突入したまではいいんだけど、リーンボックス教会の執務室はゲームハードの棚、本のように並べられたゲームソフト、壁一面にいかがわしいポスター、その他いろいろセンシティブなもの。
「……あまり見られたものではないね、これは……プル、目を塞ぐよ。」
「ひゃあぁぁ、ゆ~ちゃん、びっくりさせないでぇ~」
「そういう夕にも、悪影響よ。」
「もっと悪影響を及ぼしかねないものを見たことあるんで大丈夫です。」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
せめてプルだけは純真なままでいてもらわないと。
「これが、神聖なる女神の仕事場だというの?」
「目で見るものはだいたい真実だし、そうなんじゃないかな……」
やれやれ、趣味に生きているような人じゃないか。一体どんな人なんだ全く。なったばかりのボクが言うのもあれだけど、女神としての在り方がなってない……
「ふふふ、わたくしの教会の様子に感動しているようですわね。」
「……はぁ、そうですか。どこをどんなふうに曲解すれば感動なんて言葉が出るのか。」
「その声は~、ベールさん~」
「えぇ。わたくしがリーンボックスの女神、ベールですわ。先だっては正体も明かさず、失礼いたしましたわ。」
「まさかあなたが女神だったとはね……」
「そう。ならルウィーに来てたのは、女神自らスパイ活動をしていたというわけね。」
「ご明察ですわ。」
「はぁ、怪しいとは思っていたけれど。」
「ほぇ~、ベールさんスパイだったのぉ~?」
「そちらの夕ちゃん、でしたか。貴方には驚かされましたわ。同時に、脅威たりえるのではないかとも考えました。ですが、わたくしとあなた達は争う必要すらないと判断いたしました。」
「争う必要がない……?」
「えぇ。わたくしは正々堂々、この大陸のシェアを全て貰ってしまおうと考えておりますの。普通にリーンボックスの最新ハードを普及させてしまえば、それで事足りますもの。」
それはそう。まったくもっての正攻法。なるほど宣戦布告と豪語しただけはある。
「なるほどね……」
じゃあプラネテューヌの貿易拠点あたりだとそろそろリーンボックス製ハードが来るかもしれないということか……まぁどんなものか興味はあるしそれぐらいは許容かな。正攻法で来るなら真っ向から相手してあげないと失礼ってものだし。
「それに……」
と、ベールさんは次から次へ視線を移してゆく。ボクたちを見ているにしては視線の向きが変だ。足元じゃない、胸……?何をもって見ている?
「人並み1、平均以下2、絶望的1。なるほどなるほど。大陸の民たちは、女神に恵まれておりませんわね。」
などと真意を測りかねる言葉が。数え方はまるで震える山の撃墜王のごとく……
「てっめぇぇぇ!誰のどこが絶望的だゴルァァァァ!」
なんて思索はブランさんの突然の激昂でかき消される。え、キレる要素あった?
「あらあら、名指しした覚えはありませんわよ?それとも自覚がおありで?」
「っ……!」
「良かった私は人並みか……って!そんな言葉回しすると大変な目に遭うわよベール!」
「そうだよぉ、そんな言い方するとゆ~ちゃんが怖いよ~」
走る苛立ち。これはまた、誰かが誰かを間接的に傷つける言葉。嫌で嫌でしょうがない、吐き気のするもの。でも。
「上等だ!今すぐ叩き潰してやる!」
「ブランさんストップ!」
ブランさんが変身して斧を構えたと同時にボクも変身して抑える。コンソールフォルムだとパワーではブランさんに劣るからじりじりと引っ張られるんだけど……この際近づくならベールさんを解析してやるしかない。
「離せ夕!HA☆NA☆SE!」
「決闘者みたいになってないで深呼吸してください!」
「あらあら野蛮なこと。やはり争うまでもなさそうですわね。」
「……あぁ、そういうことか。」
ふと、ブランさんにかけてた力を緩める。ブランさんはブランさんで勢いよく前に行こうとしたから逆にびたんと床に激突したけど、ごめんなさい。ボクも怒ってるから。
「最低な人。でも、争うまでもないという点については同意するよ。結局あなたは、『他人にない自分の利点を押し付けてマウントをとりたいだけ』でしかないから。」
「なっ……」
「あーあー、もうわたしは知らないわよ。なんでこう、プラネテューヌの女神って怒らせると背筋が凍るような怒り方するのかしら。」
「ノワールちゃん、もしかしてあたしも入ってる~?」
「当然よ!あなたが一番怖いのよ!」
「ぷる~ん……」
教会の中だし暴れるのは得策じゃない。あまり権能も見せたくないけど、2m以内にいるからやるだけやる。
「いってぇ……おい夕、離せとは言ったがあんまり早いとこうなっちまうだろうが……」
「あぁ、ごめんなさい。ボクもボクで怒ってるから頭が回らなくて。でも、やっぱりどう考えてもリーンボックスとは争うことはなさそう。だって争いは同じレベルでしか起きないんだもの。ベールさん、あなたの女神に対する低俗な価値観のままでは、争いになる前に勝負はついている。出直してこい。」
解析完了。悟られにくいように遠回しにやったから時間はかかったけど、思いっきり言いたいことを言ってやった。
「それはわたくしの宣戦布告における回答と受け取ってもよろしくて?」
「お好きにどうぞ。少なくともプラネテューヌでは、リーンボックス製ハード及びソフトの流通に制限はかけないよ。結局あなたがなんであれ、選ぶのは国民のみんなだから。……帰ろう。ボクもこんなに怒ると逆に自分の気分のほうが最悪だ。こんな気分になるくらいなら教会にこもってた方がよかったかも。」
変身を解除し、執務室を後にする。
「待って~、ゆ~ちゃん~」
啖呵切ったはいいけど、さてどうしようかな。
同時刻、ルウィー教会大臣室。一人の青年と少女が邂逅していた。
「へぇ、ほんとに若いんだ。ルウィーの敏腕大臣さん。」
「若いのはお互い様なんじゃないのかい?リーンボックス外交特使、仙道茜さん。」
「ふふふ。めんどくさい仕事だなーって思いながら各国回ってきたけど、最後がここでよかったかも。」
「ルウィーを気に入ってくれたのなら幸いだよ。リーンボックス製ハード及びソフトの販売認可書類だ。まさかこちらの精査の手間を省くために諸々書類を持ってきてくれるとはね。しかもその言い草だと三国分持ってたのか。大変だったろう。あまり大したものも出せないがお茶くらいは出せるけれども、どうかな。」
「二つ返事でイエス、だよ。足が棒のようだしさ。」
「そうかい。それじゃあお茶を二つ、頼むよ。」
大臣室の机の内線からお茶を頼み、休憩に入ろうとする影。内線の先の部下はこんなことを言う。
「それは構わないのですが凍月大臣、ブラン様にはどうご説明を?」
「何の説明だい?まぁ特使が来たタイミングで休憩をとる時間になったから一緒に休憩してる、だな。それ以上でもそれ以下でもない。」
「わかりました。」
全く何を心配しているのやら。やれやれと思ったのもつかの間、眼前に紅の瞳が己を映し出しているさまを見る。
「近い。」
「まーまーそんなこと言わないでよえー君。それにしても、ルウィーの女神様はこんなイケメンを大臣にしちゃってるとはね。」
「社交辞令として受け取っておくよ、仙道特使。そちらも大概美少女じゃないか。って、えー君ってなんだ、俺の事か?」
「社交辞令のお返しだね。もちろん、えー君以外に誰がいるのかにゃ?この二人きりの大臣室で。」
「……ふっ、悪くない。」
その邂逅は女神同士の印象が最悪だった両国にとって関係を存続させうる価値の高い邂逅であった。もっとも、それは本人たちは知る由もない。
「お茶をお持ちしました。」
「ありがとう。……さて、民心は何を選ぶのか、どこを選ぶのか。」
「ふふ、楽しみだね。」
次回、第17話「想定内の想定外」
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第十七話 想定内の想定外
リーンボックス製ハード及びソフトの流通が始まって数日から数週間が経った。ボク自身もとりあえず新型ハードで遊んでみたけど、ふむふむ。
「……目新しいのは外観くらいかなぁ、拡張性が薄くて安定性はそこそこ、規格はラステイションとうちのものと同じ……でもこれなら価格と市場の安定性、ソフトの内容とかであまり影響はなさそうかなぁ。どうだろ。」
前にルウィーに行ったときに借りていた経済学の本で勉強した付け焼刃の知識で語ってみたけど実際どう動くかはわからない。何が起こるか分かったものじゃないし……っていうかなんで経済学の本なんて借りてたんだっけ。そうだ、ブランさんに「貴方も女神ならこれは読んでおきなさい」って言われたやつだ。こういう時に役立つんだね……
「ゆ~ちゃんがむずかし~こと言ってるよぉ~」
「ゆぅ!あそぼ!あそぼ!」
「あたちもあそぶ!」
「あそぶですぅー」
「わかったわかった、ピーシェ、引っ張らないで痛い。痛いから。」
思考の安定にはまだほど遠いかぁ……
「プルルート、夕、いる?」
「ノワールちゃんだぁ~、いらっしゃい~」
「わたしもいるわ。……情報の共有をしに来たわ。」
「わかりました。」
少しばかり子供たちとドタバタして執務室の方で会議をする。プルは子供たちに拘束されてて話に入れなかったから後ではなすとして、会議の内容はリーンボックスのハードの流通状況。三国とも共通して在庫が枯れることなくむしろ潤沢でシェアも困るほど減るわけでもなく。
「共通して全く問題なし、と言ったところね。」
「……とりあえず、初動は問題ないか。向こうがどう動くかは二択、かな。」
「忍耐か、あるいは二の矢を構えるか。」
「あれだけ自信満々だったのよ、しびれを切らして出てくるわよ。」
「ボクもそう思う。出てきたところを袋叩きにしようかな。あるいは……」
「……真顔で言うのが恐ろしいわね、本当に。」
あそこまで怒ったのはボクだし、戦闘をするならボクがやるんだけど、果たしてどこまでやっていいのか。これがわからない。向こうは一人。一対一でも勝てる。ボクはお父さんとお母さんにとことん鍛えられたし……
「でしたら、受けて立ちますわよ。」
「……そう。話が早くて助かるよ。」
振り返らず、殺気を出して、声だけ出す。でも、ここでは戦えない。
「ですが場所がよろしくありませんわね。ここはひとつ果たし状を突きつけに来たということで、決戦はまた後日といたしましょう。」
「……いいよ。好きな場所、好きな時間でいい。」
「その余裕、叩き潰して差し上げますわ。」
……ふぅ、いなくなったかな。外を見たまま、扉の締まる音を耳に入れる。
「夕、あまり勝手に話を進めないでくれるかしら。」
「ノワールさん……ボクが決めたことです。ボク一人で戦います。」
「あなたねぇ、いくらなんでも先走りすぎよ。」
「そうね。まるで焦っているようにも見えるわ。」
「焦っている……?ボクが……?何言ってるんですか。ボクは一秒でも早く……」
振り返って、告げる。
「あいつを完膚なきまでにボコボコにしたいだけです。昔のお父さんのように。」
『っ……!?』
ボクの一言で空気は凍った。無理もないよね。ボクのお父さんは女神を殺したことだってあるんだから。もちろん、それを知ってるのはボクだけだけど……でも、前提に裏打ちされた言葉なら、仮初でも説得力は生まれる。
「……行ってきます、すぐ帰ってくるよ。」
目指すは、リーンボックス。
リーンボックスのダンジョンの奥、メモリーコアのある場所と想定されるこの場所が戦闘の舞台と知らされたのはほんの数分前。ボクを追ってやってくるみんな経由で場所を教えてくれたわけだからみんなもそのうち来るだろうけど、できればそれは迎えにしたい。つまり、みんなが来る前に倒してしまいたい。
「……逃げずに来たことは褒めて差し上げますわ。」
「別にあんたに褒められても嬉しくないから黙っててくれないかな。それにさっさと始めようよ。一秒でも早く、ボコボコにしたいから、さぁ!」
なんかこう、すっごいイライラする。上品ぶって中身が伴ってない残念な人……というのが最新の感想。でも、それ以外にも体の奥、心の奥底で煮えたぎる、ドロドロとしたイライラ。これは何?わからない。わからないから、ぶつけてしまえ……!
「っ……!」
霞を装備して紅月と蒼陽でもって肉薄する。悪いけど、ボクは女神化しないで勝つつもりだから。そういう意思表示と一緒に、真っ直ぐに首筋を狙った。さすがに女神化されて防がれたんだけど、防いだ武器は槍。中距離武器だ。
「危ないですわね……それにその攻撃、まさか女神化しないおつもり?」
「しなくて勝てるなら、それでいいからね!」
短剣のリーチは短い。だから一回でも距離を取られると面倒なんだけど、紅月と蒼陽はただの短剣じゃない。全距離対応型の特殊武装。とはいえ、相手の距離で戦うのは下策。短剣は届かないけど槍を振るうには短い、そんな間合いで戦うことになった。
「……やはり、言うだけのことはありますわね。わたくしの武器を見て、この距離で戦おうとするなんて。」
「よっぽど舌を噛みたいの?喋ってると当たるよ。」
防御と攻撃を華麗にこなす槍さばきはお母さんの攻防一体の大剣を思い出すけど、対面してるだけで動きを把握されたりなんてことはない以上お母さんよりかはやりやすい。それに。
「せいっ!」
「くっ……やりますわね。」
言っちゃあれだけどちまちまとした攻撃は当たっている。もちろん浅いしプロセッサユニットに刃はそんなに通らない。でも「当たった」という感覚は与えることはできている。そこからわかることもある。やっぱり足元近く、下段からの攻撃への反応がほんのちょっとだけ遅い。モンスター相手なら全く問題ないその刹那の隙は、ボク相手では立派な隙になる。
「そこっ!《
「甘いですわ!」
左手に握った蒼陽から繰り出される一瞬の突きは当然のごとく防がれる。だけど、メインの攻撃はこれじゃない。
「そこを防がれるのは想定内……!」
防がれるや否や手を離し、しゃがみこむ。距離を取らせるために振るっていた槍は戻らない。
「くっ……」
蒼陽は飛ばされるけど、紅月の攻撃は確実に当たる。下段から切りつけるように腕を振るって……!バックステップで避けようとするけれども、避けられなんてしない。させない。
「届かないとでも?エクスポート!」
紅月を変形させて大剣にする。リーチが変わったことでバックステップでは避けられず、槍での防御も間に合わない。ついでに最初から大剣にするつもりだったボクは威力の減衰もなしに高威力攻撃を横っ腹に叩き込むことができるというわけ。
「ッ……!」
直撃。勢いをつけた大剣の横斬りはいくら女神でもダメージにはなる。
「……わたくしに一撃。褒めて差し上げますわ。」
「今の攻撃、ちゃんと見えていたら防げていたはずだよ。足元が見えていないっぽいね。」
「……なるほど、面白いですわ。では、手加減はやめて差し上げますわ!」
「へぇ……ッ!」
刺突。さっきより速い。やっぱり女神化してないこっちには手加減してたようだからこれが本来の実力。馬鹿にして……!
「さすがすばしっこいですわね。」
「余裕そうに……その顔、ほんっと嫌い。」
女神化する。このまま戦ってもいいけど、苦戦はしたくない。できる限り圧倒できるならそうしなきゃ、勝つにしても気分が悪い!
「コンバットフォルム!」
変身して槍を掴み、刀を装備する。この距離、当たらないわけがない!
「ッ……!」
「槍を手放して避けた、んなもん想定通りだよ!落ちろ!」
槍を投げ捨て、二本目の刀を装備して距離を詰める。もらった……!
「《
お父さん直伝の必殺技を放つ。本来は銃剣で射撃も交えて圧倒する技なんだけど……そこは割愛。練度が低めだから深手にはなってないけど、それでもダメージはある。もっと……屠るまで鋭く!
「ッ……!」
刹那、ボクの左手から刀が飛ぶ。痺れる左手。突き出されている槍。弾かれた。次が来る……!
「せぇい!」
「ちっ……!」
二回目の刺突はどうにか刀を滑らせて軌道をずらして掠る程度に抑える。交錯する視線。もう、そこに余裕はない。あるのは気迫。……そうでなきゃ。お父さんが言っていた……「戦場に立つなら、鋭さだけを持て。」って。こういうことだよ、こうでなきゃ戦場とは言わない!
「ふふっ……」
「何、笑っていますの?」
「戦場の本質は命のやり取り……これもお父さんが教えてくれたこと……やっと、やっと始まったよ。これでやっと、あなたのこと嫌いって思えなくなるかもしれないね。だからさぁッ!」
刀を振り払い距離を取り、足元に紋様を展開する。
「
足元からたくさんの武器を展開する。全部刀だけど。
「始めようよ、戦いを。命のやり取りを……!」
「……純粋すぎる殺気ですわね。何故女神としての生を受けたのかがわかりませんわ。」
「それはボクにもわからないよ。でも結果がある。それで、十分!」
刀を再び二刀流にして構える。踏み込んで、正面から突っ込む!
「
次回、第十八話「決着と弾着」
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第十八話 決着と弾着
同化開放、それは大気中のシェアエナジーと同化して加速するボクの必殺技のうちのひとつ。ボクがボク自身を維持できるシェアエナジーが必要だから一定のシェア、つまりは信仰がないと使えないけど……この場で使わないならいつ使うともいえる必殺技。
「速い……!」
「教えてあげる、これは
「ということは……この速さはほぼテレポートということになりますわね……!」
「正解!」
縦横無尽に重力をはじめとした物理法則を無視した挙動をすることで相手を翻弄、ボコボコにする……と言いたかったけどさすがは女神。あと一手が詰め切れない。
「はぁ、はぁ……」
「息が上がってるよ?」
とっとと倒してしまいたいけれども、焦ってはだめだ。お父さんが言っていた、倒せそうな時ほど落ち着けって。ましてや相手は女神。まだ、終わってはくれない。
「それは、お互い様でしてよ!」
「ッ……!」
まだ動きにキレがある。これじゃあもう消耗戦だ。先にバテたほうがやられる。
「まだやってた……!」
「お互い、とんでもない体力ね。」
「ん~、ゆ~ちゃんもベールさんもぉ、まるで殺し合いみたいだよぉ~」
視界の端、三人の女神の三者三様の反応が耳に入る。同化解放は空間のシェアエナジーと同化するから発動中は空間の振動に強く反応する。人の声、風で揺れる葉、鍔迫り合いで金属のきしむ音……全部、全身に駆け巡る。だから長い時間は使えない。
「終わらせる、《
炎を纏った刀の四連撃。お父さんもお母さんも知らないボクだけの技。燃え尽きてしまえと、強く力を込めて放つ炎の技。
「くっ……きゃぁぁぁぁ!?」
四発目が直撃し、弾き飛ばす。でも、まだ足りない。
「追撃、《
今度は氷の四連撃。空中に跳ね上げられたのなら、女神と言えど無防備。全部直撃させて、叩き落す!
「……凍てついた月の光は、風すらも凍らせるんだよ。」
「……見事、ですわ……」
向こうの変身が解ける。……追撃はもういらないかな。
ボクも変身を解除して、草むらの方を見る。
「終わった、もう出てきていいよ。」
飛ばされた蒼陽を拾い、身体を伸ばす。全身痛い。
「夕、貴女本当に一人で戦って、一人で勝った、のね。」
「そうだね。ちゃんと強かった。言葉選びさえ間違えなかったら、心強いと思えるくらいには。でも、最初から印象が悪いんじゃ、開けないよ。心なんてさ。」
「……その行き過ぎた優しさ、なのかしらね。少しばかり制御してもらわないと胃が痛いわ。」
「胃が痛い、か。考えてみるよ、ノワールさん。ボクだって、怒りたくて怒るわけじゃないし。」
プルは向こうで伸びてるベールさんと話してる。……本当に優しいのはプルだよ。なんであんなのにまで。
「……帰ろう。疲れたし。」
そう言ったところ、ブランさんの情報端末にお父s……じゃなくて影さんから連絡が入る。
「……そう。あまり無視はできないわね。わかったわ。」
「どうしたのよブラン。」
「リーンボックスの中心部に七賢人が二人、暴れ始めたようよ。リーンボックスの外交官から連絡を貰ったそうね。」
「七賢人、か。たしかに無視はできないし、撃退すればここのシェアももらえる、か。」
「じゃあ、倒しに行こう。あんな連中は、もっと虫唾が走る悪なんだから……」
「……また、純粋すぎる殺気が漏れてるわね。」
七賢人の撃退が次のミッション。疲れたから早く帰って寝たいのに。
「先に行くね。……曲がりなりにもあれだって女神だし、連れてきてくれると今後が楽かも。」
「そうね。斥候を頼むわ。」
「うん、倒してくるけど。」
ボクはもう一回変身して飛ぶ。七賢人を倒すために。
「行かせていいの?」
「……どうせ止めても無駄だとわかっているわ。……若いというか、青いわね。ノワール以上に。」
「ちょっと!どさくさに紛れてなんか言ってるんじゃないわよ!」
「事実でしょう?でもそれより……何かとんでもないことになる前に、一度本気で夕を叱らないと危ない気がするわ。」
「それよりって……でもそうね。そう思うわ。」
次回、第十九話「虹臨、冥府の女王」
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第十九話 虹臨、冥府の女王
空を駆け、戦場に降り立つ。
「ほう、貴様は……」
「誰だ貴様は!俺様の知らない女神だと!」
リーンボックスの中心部、七賢人マジェコンヌとコピリーエースの前にボクはコンソールフォルムで相対する。
「……別に、名乗るほどの価値があんたたちにはないでしょう?」
解析範囲内に二人はいる。もう、まとめて消し飛ばしてしまいたい。
「はっ、ずいぶんと大きく出たな小娘……後悔しても知らんぞ?」
「そっくりそのままお返しするよ。始めようか。
戦場を作り変える、っていうと大げさだけど、再構築は解析範囲内の状態をボクが定義できるようにする技。ボクを中心とした半径2mのものならなんでも作り変えられる。もっとも、一度発動すると範囲が固定されるから逃げられると使えないんだけどね。
「なぬ、ぐおぉぉぉぉぉ!?」
「逃げたか……まぁ上々かな。」
図体が大きいコピリーエースの腕を分解し、距離を取られる。問題はない。
「コンバットフォルム、
「その権能、やはり度が過ぎているとしか思えん。そこまでの力、代償がないわけではなかろう?」
「当然!」
羽を開き、構築した剣を両手に持ち、空を駆ける。まずは片方、ガラクタのほうから片づける!
「ぬぅ、来い!女神!」
「片腕がないガラクタに、ボクを止められると思いあがるな!」
図体がでかいから懐に入りやすい。あとは装甲の隙間に刃を突き立てるだけ。簡単!
「ぐぅ!」
「次!」
オバサンのほうへ飛ぶ。ボクへの弾幕は飛んできてる。切ったり避けたりして接近……できないか。
「どうした?わざわざ隙のある弾幕にしておいてやってるというのに。」
「うっざ……見え透いた罠に突っ込むと思う?このボクが、さぁ!」
プロセッサユニットから銃剣を取り出す。コンバットフォルムは接続した羽の部分が武装コンテナになり、欲しいと思った装備を構築して出してくれる。ボク自身の構築では作れない複雑なものを作ってくれるのがこれ。
「ロール、アウト!」
お父さんのような銃剣の二刀流。さすがにあのビットは準備できないからあの《
「弾幕には弾幕を、ってさぁ!」
魔法とビームがぶつかり爆煙が辺り一帯を覆う。
「ここっ!」
弾幕が止んだ数瞬の後、爆煙を裂いて敵陣に突っ込む。
当然、突っ立ってるわけなんてないから攻撃はスカるんだけど……想定内。
「ふん、どこを狙っている!」
「なるほど、そっちね!」
空ぶった反動を活かして攻撃を避け、オバサンに向けて再び撃つ。
……なにか、おかしい。あの図体のコピリーエースが、有視界範囲内にいない。
「後ろ!」
風の動きと感覚から、何かしらの迷彩を纏った状態でコピリーが攻撃してきたとわかった。が、微妙に反応が遅かった。直撃はしないまでも掠ったとも言えない当たり方をした。
「ぐっ……」
「気づいたか、だがもう遅い!コピリィィィィ!ナァァァックル!」
姿勢制御の間に直撃コース。なんとか武器を間に挟むけど……!
「うわぁぁぁぁ!」
衝撃は消しきれない。吹き飛ばされる。
「ガラクタの分際で……!」
結構飛ばされた。受け身はとれてるけど痛い。
体勢を立て直して……と思った矢先に声がかかる。
「夕?」
「ノワールさん……やっと着いたんですね。ちょうどいいタイミングです。」
「え、あ、そうなの?そう……」
「……何かありました?ボクはガラクタに吹き飛ばされたのでここから戦場までちょっと距離があります。」
「……そう。七賢人は二人……戦場に今そいつらしかいないなら早く戻った方がいいわね。」
「ですね。ところで、ブランさんとプルは?」
「二人とベールは別行動よ。先に教会に行って挟撃するみたい。」
「……そうですか。」
……挟撃、か。悪くないし、ボクがうまく的になればさくっと倒せる。
「わかりました。それじゃあ急いで飛びましょう。七賢人の頭数をとっとと減らさないと……」
「……本当に、怖い顔をするわね……」
「……一発当てたこと、褒めてあげるよ。」
「けれど、一人相手に一発しか当てられなかったんじゃあ、七賢人もそこまでね。」
「ぬ、ようやく戻ってきたと思ったら女神が増えおって……」
「年貢の納め時ってやつだよ。あー、コピリー。1+1は?」
戦場にノワールさんと戻る。まだヒリヒリと痛むけど、表情には出ない。そんなとき、二人の女神の気配を感じたから気を引いてみる。
「2だッ!おい!馬鹿にしてるのか!」
「2+2は?」
「……4だッ!」
「……」
「4……だよな、マジェコンヌ!」
「そのくらいの計算で自信をなくしてどうする!だから貴様はガラクタなのだ!」
「何をぉ!?」
ここまできれいに決まるともう笑っちゃう。言い争いをしてる間に舞台は整った。
「正解ッ!行くぞッ!」
抜刀。突撃。教会の方からもブランさんとプル……じゃない。ベールさんが戦場に現れる。あれ、プルは?……まぁいいか。意識の外からの挟撃。絶大な隙を突く挟撃。あとはもう、赤子の手をひねるくらい簡単だ。簡単すぎて……あっけなかった。つまらないと思うほどに。
「……状況終了。オバサンには逃げられたしガラクタも全壊にはできなかったなぁ。まぁいいや。それじゃあもうここには用なんてないし……ボクは帰るよ。」
「夕……この状況を見て何も思わないわけ?」
「ボクの仕事じゃないよ。ボクはこの国の女神じゃない。ブランさんやノワールさんの国なら手伝うけれど、ね。」
「七賢人を撃退したのは?」
「ボクがあいつらを消し炭にしたかっただけだよ。ここのためにやったことじゃない。」
「……そう。なら貴女は、女神としてはふさわしくないわね。」
「もしかして、ケンカ、売ってる?ブランさん。買うけどさ。」
「そうかもしれないわね。でも、私以上の適任がいるわ。そうでしょう?プルルート。」
刹那、鳥肌が全身を駆け巡る。お父さんから感じたそれとは全く違う、でもそうとしか言えない寒気。それは恐怖。
「ッ……!」
銃剣をクロスして、蛇腹剣の攻撃を弾く。前ちょっかいをかけてきた時とは全く違う、遊びを感じない一撃。
「プル……」
「あらあら夕ちゃん、ダメよ防いじゃ……あたしがもぉっと求めたくなるじゃない。」
「……今の、そこそこ威力が乗っていたよ。それがプルの楽しみだというのなら……刃を向けることをいとわない。お互い、躊躇ったらやられるだけ。」
「いい目をしているわねぇ、ゾクゾクしちゃうわぁ。だ・か・らぁ……」
構える。どこから来てもいいように。張りつめた緊張。止まらない鳥肌。間違いない。今までで一番、過酷な戦いだ。
「楽しい楽しいお説教の時間になりそう、ねぇッ!」
次回、第二十話「影伸びるもまた夕刻」
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第二十話 影伸びるもまた夕刻
これで第一部終了です!
なんでもう二月なんですか?
振るわれた蛇腹剣を防ぎつつ、ボクは言葉を返す。
「説教?だったらボクだって山ほどあるんだけど。ろくに仕事もしないでボクとイストワールさんにどれだけの迷惑をかけているか……考えたことはある?」
「夕ちゃんはそれでもやってくれるじゃない……あたし、とぉっても嬉しいのよ?」
「そりゃそうでしょうよ、何もしなくていいんだから。甘やかしすぎたよ。」
対峙。そして吐露。いくらやるときはやると知っていても、ずっと仕事をしないことが多いプルに対して怒りや呆れがあったのは事実。それは、プルの性格や性質であったとしても改善しなきゃいけないことだし、それを指摘してこなかったこっちにも落ち度はある。甘やかしすぎた。だから今後は厳しくする。
「甘やかし、ねぇ。あたしも、夕ちゃんを甘やかしすぎたわぁ。」
「……どういう意味、それは。」
プルから帰ってきたのはボクに対して、さっきボクがプルに対して思ったことの鏡写し。
「夕ちゃんは……戦いの強さに心の強さが追い付いていないのよ。」
「……それで?」
「人の言葉に敏感で余計なおせっかいなのに首を突っ込んで横から逆上して……優しいのか愚かなのかわからないかわいらしい夕ちゃん……でも線引きがうまくできてないせいで自分自身で自分自身が嫌うことをやっちゃってることに気づいてないかわいいかわいい夕ちゃん……」
「……そう。ボクが矛盾してると言いたいんだね。」
「まぁ、そうなるんじゃないかしら。」
「他人事だね。自分の言葉でしょ?」
「他人事よぉ?だって私のことじゃないじゃない。」
矛盾。いつかお母さんが言っていた。お父さんは矛盾の塊だって。世界を守るために世界を壊した存在だって。詳しいことは大きくなってから話すって言ってたけど、ボクはこれから学んだことがある。
「矛盾ってさ。相反する二つの命題が同時に存在してること、あるいは二つの真とされた命題が同時に起こった時にどちらかあるいは両方が偽となることを言うんだ。」
「ずいぶん難しい言葉回しをするのね。」
「仕事しながら勉強したからね。でも、相反する事象は同居できる。ボクの行動だって事象なんだから、それは矛盾とは言えない……いいや、あり得る矛盾?なんだろ、言葉が思いつかないや。」
「あら、あたしは知ってるわよその言葉。ダブルスタンダードって言うんだけど……」
「ダブル、スタンダード……」
あぁ、そうだ。そうだった。それじゃあ結局矛盾のままだ。
「夕ちゃんは賢くて勤勉で仕事もできるけど……愚かで怠惰で必要なことができてないわねぇ?」
「必要な事?」
「女神としての振るまい……といえばわかるかしらぁ?」
「仕事しないプルにだけは言われたくないんだけど。」
「だとしてもぉ、限度ってものがあるわよぉ?あたしだってやるときはやるでしょう?」
「まぁ、ね。」
「でも夕ちゃんは……わきまえてないのよ。呼ばれてないのに横からやってきて、癇癪起こして周りをぐちゃぐちゃにする、それが女神ですってぇ?笑わせないでくれるかしら。」
「癇癪……?ボクがそんなちゃちな子供に見えるって言うの?」
「えぇ、見えるわ。自分で自分を律することができない、小さい小さいおこちゃまよ?」
「だったら……」
コンバットフォルムの武装コンテナから銃剣を取り出し装備する。
「ボクは、いらないと。そう言いたいの?」
──少しの沈黙。プルの表情からは考えは読み取れない。
「……えぇ、そうなるわねぇ。」
沈黙の後から出たのはこの言葉。ボクはいらないと。
「そう。じゃあボクはボクの好きなように、奴らを滅ぼすことを考えるよ。」
「そういうところが……ッ!」
ノワールさんが何か言おうとしたけど、ボクは遮る。
「もういいよ、言葉もいらない。……ボクはボクの道を行く。ただそれだけ。」
「……そうかよ、じゃあ勝手にしろ。」
ブランさんは勝手にしろと言った。だから勝手にする。
「それじゃあ女神のみんな、次に会うときは……戦場、かな。敵か味方かはたまた第三者かわからないけど……ボクの邪魔をすると言うなら、容赦はしないから。」
変身を解き、その場を去る。もう、ここに用はない。
次に行く当ても、今のところはない。
「わたくしの国で好き放題暴れて、好き放題言ってこの場を去る……身勝手ですわね。本当に。」
「……よかったね、しばらくここで好き放題することはないよ。ボクの邪魔をしなければだけど。」
殺気を込めた目でやっぱり余計な言葉を放つベールさんを睨む。この人は本当に……でも、もう関係ない。こいつはもう、本当に関係ない。
「あ~あ、本当に夕ちゃんは……それができてしまうのねぇ……」
プルの最後の心配そうな声音だけが、ボクには少しだけ不可解だった。
「……なぁ、茜。今頃夕はどうしてるかな。」
「んー、どうだろうね。わかんないや。でも藪から棒にえー君がゆーちゃんの心配するなんて珍しいね。」
ガラスの向こうの空を眺めながら、向こうでどんな日常を、戦いをしているのだろうか。俺のように、喪失を力にしていないだろうか。……そう、夕は他の誰でもない俺と茜の娘で…………でも、俺はやはり親と名乗ってはいけない存在なのだ。どうして、あの子は俺の娘なのだろう。そんなことを考えてもどうしようもないのに。もう、あれから十何年も経ってるっていうのに。
「なにか、虫の知らせ、かな。」
「そっか。……心配しなくても大丈夫、なんて思わないけどね。私たちの子どもなら……きっと、多分、とんでもない選択をしてるか、引き返せないところまで来ちゃってるか、かな。」
「……はは、血は争えない、か。」
「似ちゃいけないところだけどね。」
どうしようもない、これが俺の俺自身に課してる評価。今こうして生きていることそのものが、本来はあり得てはいけないんだ。
「そーやって、いつも自分を傷つけるだけじゃ本当に苦しいだけだよ。」
「今に始まったことじゃない。わかってるくせに。」
「だね。私たちにできるのは……待つことだけだよ。」
「あぁ、そうだな。」
次元の向こう、夕には……俺のようにならないでほしいな。
次回、第二十一話「心機一転、唯我」
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第二十一話 心機一転、唯我
「どうしよっか、な」
ボクは女神のみんなから離れ、リーンボックスの地質から採れる鉱石をあらかた集めたり、素性を隠してクエストをやったりしてたけど、ついにやることがなくなってしまった。帰る場所もないし……いいや、必要ないか。ボクの帰る場所は、この次元にあるものじゃないから。
「とりあえず……ボクを尾行しているのがいるのはわかるけど……」
向こうも気づかれたとわかった上でこの行動。大方あのベールさんがボクを警戒してるんだろうけど……ここは町中。荒事を起こすこどボクはバカじゃない。だから場所を移す。
「まともな尾行者なら、ダンジョンまではついてこないはずなんだけど……」
クエストを受けるのを忘れていたけれど、選んだのはここらで一番モンスターが狂暴なダンジョン。人間はいるはずがない。なのに。
「二人きりにするためにこんなところを選ぶなんて、怖いもの知らずだなー。あるいは、私がつけてたからかにゃ?凍月夕ちゃん」
ボクの後ろからかかってきた声は、もはや懐かしさすら覚える声。本物だけど別物で、お母さんの……茜さんの声。
「お母さ……じゃなかった、えぇっと、茜さん……」
「ふふっ、本当に私とおんなじ髪色だ。でも、目の色は……やっぱり、えー君とおんなじ色だ。そっちじゃ私とえー君……今のルウィーの大臣さんは結婚して子供が生まれてるんだー、面白いなー。こっちでもそうなるといいなー……って、そうじゃなかった。本題に入らないとね」
「本題……」
ボクは身構える。いくらお母さん……茜さんといっても、ボクをつけていたんだ、警戒せざるをえない。
「えー君がね、前に君と出会ったところに来てほしいって。君と連絡がつかなくなったから私によこしてきたのさ。まだリーンボックスにいるだろう、君はリーンボックスの所属だろうって。まぁその対価に今度一緒に出掛ける約束をさせたんだけど……それはおいとくとして。どうする?私を信じてみる?」
「……ボクを呼んで、お父s……影さんは何がしたいの。なんの用なの?」
「さぁ、ね。私もそこまでは聞いてないにゃー」
本当に知らないのか、はたまた知ってても答えないのか……両方ともとれるその答えがくるとはわかっていた。きっとお母さんもこんなふうにはぐらかす。でも、お母さんとこの茜さんと決定的に違うのは、領域把握がないこと。
「だったら……」
「私を力ずくで突破して撒く?」
「ッ……!?」
いつのまにかボクの目の前に茜さんの顔が迫る。すぐさまバックステップをする。確かに距離はあったはず……それに考えも読まれてるし……なにより……
「ここでドンパチしてもいいけど……ここダンジョンだよ?モンスターも強いし、やめとくほうが得策だと思うなー」
「…………」
まずいなぁ、全部読まれてる。まるで本物の、ボクの次元にいるはずのお母さんの思考そのものだ。
「一つ、聞いてもいい?」
「なぁに?」
「……有視界範囲にある情報を、好きなだけ見ることはできる?」
「……?できるわけないじゃんそんなこと。たとえできたとしたらそれはとんでもない能力だし、常に脳への負荷が大きすぎてまともに生きることすら難しーと思うよ。見たくもないこと、知りたくもないことを勝手に知っちゃうってことでしょ?」
「うん……」
「……私にできるのは、先を読むこと。ゆーちゃんの場合は結構表情に出るから読みやすくて助かるよ。それで……どうする?母親であり母親じゃない私の言葉を信じてついてくる?」
「……」
ボクはこくりと頷いて武装を解除する。
「よかった。それじゃあついてきて。あ、都合上ちょっと変装してもらうからまずはうちにきてねー」
「変装……?」
茜さんに連れられてボクは茜さんの家で変装させられることになったんだけど……お母さんと同じようにサイドテールにしていた髪は帽子の中にしまわれ、サングラスとコートを着せられ、挙句ニコニコ笑顔の茜さんと手を繋いでルウィーとの国境に向けて歩いている。
「ふんふふ~ん♪」
「ねぇ、茜さん……」
「今は『あかねぇ』って呼んでね。ゆーちゃんは私の弟……あるいは親戚ってことにするから」
「ボク、女の子なんだけど」
「ベールがね、凍月夕がリーンボックスから出たら報告しろーって国境警備隊に言ってるのさ。出すなとは言わないけど監視されてるのは嫌だろうし、それに七賢人に君の居場所がばれるのはよくないかなって。奇襲できるでしょ?」
「それはそうだけど……じゃあこの変装で大丈夫なの?ボク、ちょっと前にカメラの前で変身してるからよく見られたらばれちゃうんじゃ……」
「そこであかねぇさんの出番なわけだよ。っと、着いたね。やっほーっ」
そんな気さくなあいさつで国境警備隊の人に話しかけるもんなの……?なんて思ってたけど、かざしてる書類はしっかりしたものだし、茜さんがリーンボックスの中でどんな立ち位置にいるのかはわからないけど結構偉い人なのかな……
「仙道特使、そちらの子は?」
「あぁ、弟。たまには家族旅行みたいなのがしたくてさ。おねがいだよー、いくらベールが夕ちゃんを警戒してるからって男の子は通すでしょ~」
「そりゃそうですけどね。特使、ベール様からの仕事が来ておいでですよ」
「なんでさぁ~、久しぶりに会った家族とおでかけすらさせてくれないの~?」
「我々に言われましても……」
「んまぁ、それもそうか。しょうがない。どうせベールのことだし期限までにやればいいでしょ。いったん無視するねその仕事。私それ聞いてない。おーけー?」
「えぇ……ですがあなたの仕事はあなたにしかできないのですよ?」
「急に私以外に任せるほど焦る必要がないのも私の仕事だよ。外交特使が急に変わったらそれこそラステイションあたりがいろいろ言ってくるじゃん。面倒だよあそこ。女神のノワールちゃん相当やり手だし。リスクとリターンがあってないんだよ、私を変えることは。それがわかってるから、こうして少しの休憩を楽しみたいって言ってるの。それを突っぱねられたらさすがに辞めるって言ってやろうかなぁ、なんて思うんだけど、どう思う?」
「私は一介の警備隊員ですよ、政治の話はわかりません」
「だよねー……はぁ、だめ?通してくれない?」
「弟さんの身分証明書があれば通せますが」
「あー、基本的なことを忘れてたよ。仕事でしか通ってなかったからね。ちょっとまってね。鞄の中に入れてたはず。あ、はいこれ」
「確認いたしました。どうぞお通りください」
「ありがとー。よーし、いくぞー!」
とまぁ、作った覚えのないボクの偽の証明書がさらっと出てきたりそれで警備隊員の目をごまかしてたり、仕事の話で憂鬱になってたり……いろんな表情をしながらいろいろ話して茜さんは無事リーンボックスの外にボクを出してくれた。
「あの身分証、どうやったの?」
「私のちっちゃいころの身分証だよ。名前の部分を少し書き換えてるだけでしっかり本物。昔は髪短くしてたしこの性格だから男の子と間違えられることあってさー。それを利用したってわけ」
「へぇー……それで、ここからどこいくの?」
「迎えが来るはずだよ、ほら」
ルウィーに一番近い国境から出たボクたちの前にいたのは一台の車。運転手らしい人が車の外で待っている。
「茜さん!もー、遅いですよ。お兄ちゃん寝ちゃいましたよ?」
「いやー、仕事の話で長引いちゃって。車の中にえー君いるの?」
「そりゃまぁ。家族旅行って体でブランさんに一日休みくれってお兄ちゃん言ってましたから。仕事もフルで片づけて」
「ふふっ、私と使った手が一緒。それじゃあ夕ちゃん乗って。えー君は後部座席右側でしょ?助手席か後部座席の真ん中、どっちがいい?」
「暗にお兄ちゃんの隣に座る宣言やめてくださいよ……」
そこにいたのは影さんの義妹の明さんと、車で寝ている影さん。言ってしまえば、ボクの家族がここに揃っている。学校の友達のように当たり前に、家族と一緒にお出かけしている。でも、ここにいるのはボクの本当の家族じゃない。それでも、少しだけ嬉しかった。
「真ん中がいい」
「助手席空くんだー……まぁいいか。乗ってください。行きますよー」
「はーい」
そんな嬉しさをかみしめるようにボクは『お父さん』と『お母さん』の間に座る。
「ところで、目的地は基地でいいんですよね?」
「うん。呼んだ本人がぐっすりだし、ブランちゃんも知らないところってなったらそこしかないでしょ。おねがいね、明ちゃん」
「わかりました。しかしほんとに、家族みたいですね。こうしてみると」
明さんはそう言って車の運転を始める。舗装されてなくて不規則に揺れるけれども、どこかからか感じる安心感からか、ボクは久しぶりにぐっすり眠ることになった。影さんと茜さんの手をぎゅっと握って。
後にわかることだけど、明さんが信号待ちの時にその写真を撮ってたらしい。起きた時のボク、めちゃくちゃ恥ずかしいと思うから覚悟しといて。
次回、第二十二話「動乱の序章」
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第二十二話 動乱の序章
車の中で目が覚めると、基地と呼んでいた場所に着いていた。明さんいわく、影さんは寝起きの機嫌が最悪のため自然に起きるのを待つべきだと。
そうして待つこと一時間。ようやく起きてきた影さんはぽけーっとした表情から大きなあくびを一つ。するといつもの切れ味をもった表情に変わる。
「おはよーえー君。よく眠れた?」
「久しぶりに、な。早速本題に入ろう」
モニターに表示されるのは各国の情報とシェアの割合……これ、とんでもない機密情報じゃないの?
「怪しいんだ。シェアの動きが妙に不自然で……」
「全体の合計値が100%にならないのはまぁわかるけど、各国同時に数%落ちているのは……うーん、いうほど不自然かな?」
「女神の信仰者が急にニヒリズムに目覚めるなんてこと、ありえはしても同時多発的に起こるものではないだろう……」
「それが七賢人のせいだってお兄ちゃんは読んでるんです」
データから読み取れるのは確かに不自然な減少。これが七賢人の仕業だとしたら……少し納得がいく。それでも、あの連中がこんな回り道をする……?
「あれ、えー君。なにかモニターに映ってるよ?」
ボクの思考は止まらないなか、茜さんが一言。確かにさっきなかったウインドウが表示されている。
「……ッ!」
次に表示されたのは"You knew too much."という英文。これ、確か……
「伏せろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
「ッ!?」
ボクの女神化と天井が爆発したのはほぼ同時だった。
「あの~……アノネデスさん、こんなにおっきな爆発を起こして大丈夫なんですか?」
「レイちゃんは心配性ねぇ……大丈夫よ。どこの女神も対応できないように各所で大暴れしてもらうんだから。そうでもしないとアタシの労力に釣り合わないわよ。アクさんを脱獄させるのもここを突き止めるのもずいぶん骨が折れたのよ?それに……」
「それに、何?」
首筋を狙った剣の一振りは近くにいた機械のようなモンスターに阻まれる。爆煙で見えたなかったはずなのに……まぁいい。なんとか女神化と防壁の展開が間に合ったからみんなかすり傷くらいで済んだけど……ボクはこいつを許さない。
「危ないわねぇ……初めまして、アタシは七賢人のアノネデス。呼んだわけじゃないけれど、ようこそこちら側の世界へ。居心地はどう?」
「さっきまでは最高だったよ。……そう、やっぱりボクの世界にちょっかいをかけたのはお前たち七賢人なんだ……」
「あら、この子たちにも見覚えがあるのね?話が早いわぁ!」
「お前と話をする気なんてない。今すぐにでも、消し炭にするだけ」
「怖いわぁ、でもアタシたちの目的はここの破壊。だからとっととお暇して……次の仕事に取り掛からせてもらうわ!それじゃあレイちゃん!帰るわよ!」
「え、あぁ、はい!その……失礼します!」
「逃がすわけ……!」
でも、今追ったら防壁は距離減衰で弱くなるしまだ機械モンスターが何体かいる。
「くそっ……まずはこの雑魚を……!」
剣を再び顕現させ、モンスターを撃破していく。本当にただの時間稼ぎ用の捨て駒を相手にさせられた。今更もう追うことはできない。
「助かったよー……夕ちゃん、ありがとね」
「とりあえずここ全員、ついでに車もある程度は無事だ。さっきブランから連絡があって特別牢から奴が出たというのもこれに関連してるだろう。明、ひと段落着いたらとんぼ返りだ」
「だね……結局休めなかったね、お兄ちゃん」
よかった、みんな無事だった。
この仕事をしていて思うことは、思考の本質はどこにあるのか。何を考えて、次にどうするべきか。それは本当に正しいことなのか。そもそも考えている事象の根拠となる情報は正しいものなのか。国のナンバー2ともなるとうかつな判断はできない。ゆえに入念な事前準備や綿密な計画性が重要である。たとえ今のように突拍子のない状況になったとしても、やることはいつもの延長だ。
「それにしても、やはりあの子の力は……使い分けが本質ではないな……」
「えー君もそう思うんだ。やっぱりこう、無駄が多いよね。今のゆーちゃんは」
「茜もそう思うか……ここからは仮説だが、あの子は物事に対する視点が主観しかない。主観しかないから、隠された本質に気づかない」
「私もそう思うな。って……えー君はじめて名前で呼んでくれたね?嬉しいな♪」
「あー……そういえばそうだったな。まぁそれは置いておいて、その本質をどう伝えるかなんだけど……」
モンスターとの戦闘は夕が一手に請け負い、全く問題なく各個撃破でもって今最後の一体を撃破したところだ。
「おわったみたいだね。ここからどうするの?」
「ルウィーにとんぼ返りだ。脱獄したアクダイジーンの捜索と再逮捕するまで寝れないだろうな……」
「私もたった今ベールから新しい仕事が来たや、さすがに後回しにできるほどの余裕はなくなっちゃったなぁ……」
二人そろって頭を抱える。立場があれば悩みも仕事も多い。
「ねぇ、影さん」
「どうした、夕」
「ボクをルウィーに連れてって。アクダイジーンを見つけるから」
「……そりゃ頼もしい話だが……断る。さっきの戦いを見てはっきりわかった。君はその女神の力を使いこなしていない。本質からかけ離れた"わかりやすい"力しか見ていないからな」
「どういう、こと?」
きょとんとする夕は本当に何もわかっていない。心当たりがないのだ。それもそうだろう。この子は子供だ。俺がブランに出会った頃からあの子はもう女神だった。女神になる前は、子供だったはずなのに。またここに、子供のまま女神の力を手に入れてしまった女の子がいる。ブランや俺のように、子供の頃から大人にならざるを得なかった、そんなことが連鎖する。
「物事は、単射じゃないってことだ」
「1対1じゃないよってことだね。一つの行動で、一つ以上の結果が生まれるってことだよ」
「それはわかってるよ、でもボクの力は……!」
「いいや、わかってない」
一喝する。この子は危ない。力に驕っているわけではない。物分かりが悪いわけでもない。力の使い方を間違えてたりはき違えたり、そんなことはしていない。ただ一つ、純粋すぎるのだ。だが、その清浄すぎる精神構造は人の世で生きるには逆に毒でしかない。蒸留水の中で魚は生きることができないように。
「夕、人間は愚かだ。過ちを繰り返し、人を傷つけ、罪を重ねる。人間はそんなのばかりだろう?」
「え……?」
「同時に人間は聡い。規律を守り、人を思いやり、罪を赦す。そういうのもごまんといる。」
「なにが、言いたいの……?」
理解が及んでいない。きっと夕の父親である、夕の世界の俺ならもう少しうまく伝えられてたのだろうか。それはわからない。だが、向こうの俺は怠慢だ。
「人間の本質はなんだと思う?」
「人間の、本質……?」
「愚かなのか聡いのか、はたまた別の何かか……」
明も茜も黙って俺の言葉を聞いている。
「……わからない、どっちも正しいし、それはダブルスタンダードってやつで……だから矛盾だよ、でも……どうして……?」
「矛盾の存在を内包する柔軟性、あるいは矛盾そのものが人間の本質だ。少なくとも俺はそう考えている」
「矛盾が、本質……?」
「そうだ。力については自分で考えろ。本質を知ったのなら、もう少しましな使い方ができるだろ。明、行こう」
明とともに車に向かう。茜もついてくる。まぁいいか。
「まって、お父さん……!」
「……違う。俺は凍月影であって、夕の父親じゃない。俺が教えるのはここまでだ」
背中に受けた呼び声は俺を呼んではいない。振り返り、冷たく少女を睨む。
「教えてよ……ボクの力は、本当は、本質はなんなの!?」
「自分で考えろ。他の誰でもない、夕自身の力だろう?」
「っ……」
「……出してくれ、明」
車に乗り、ルウィーに向けて出発する。送られてきた資料を読み、何から手を付けるか考える。
「酔わないの?」
「何年これをやり続けてると……茜。その人脈を生かして四国の七賢人による影響をまとめてほしい」
「もうやってるよ、正確にはやり始めてる、かな」
「そうかい。俺の予想が正しければ奴らの狙いは……新しい国。夕を狙ってくるかと思ったが違った……」
「女神メモリー、か。世界が国を治める器を見定めるなんて、女神もまた、世界の傀儡……なんてね」
「傀儡……か。そう考えるなら、七賢人の反女神思想もわからんでもない。まぁ、理解はするが共感も賛同もしかねるが」
「そーだね。それでえー君、ゆーちゃんはどーするの?」
「勝手にこっちに来るはずだ。話に意味があったかは、その時見定めればいい」
「……まるで本当にお父さんみたいだね」
「やめてくれ、そんな歳じゃない」
恐らくここからは七賢人と四女神の全面戦争が始まる。その時鍵になるのは間違いなく凍月夕だ。
「……種は蒔いた。芽吹くか腐るかは、わからんだろう」
「芽吹くよ。絶対に」
そう断言する茜のその凛々しい顔つきに一瞬目を奪われたことは……ブランには黙っておこう。
次回、第二十三話「本質の胎動」
感想、評価等、お待ちしております。
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第二十三話 本質の胎動
「状況は?」
教会に着いて早々、数名の職員とともにブランのいる執務室に向かう。明と茜の同行を渋ってる奴もいたが、責任は俺が取るということで全部通した。
「特別牢の全ての鍵が解錠され、中にいたアクダイジーンが脱獄、ルウィー国内全域にある監視カメラによると南側へ移動していると推察されます」
「さすが元大臣だな……わざわざ遠めの国境へ向かうあたり、こちらの目を欺く気満々だ。正直、それらはダミーだと思う。相手は情報戦、電子戦にはめっぽう強いからな……さて、ブランにどんだけ説教されるのやら……」
諦めである。そもそも特別牢の錠前は半電子魔導錠、特定の抵抗値を示す素材に錠前に仕組まれた魔術と反応しない双対魔術をかけ、そもそもとしてピッキングの難しい二層式錠前に合致した鍵を用意しないといけない。ルウィーの魔術技術の最高峰を詰めて作った鍵だ。内通者でもいない限りあのアノネデスでも突破は無理だ。
「相手が電子戦のプロとなると監視カメラの映像の意味はなさそうだし……お手上げだな」
「追うこともできないんだったらいっそ次出てくるまで待つってどう?」
「妙案だが名案ではないな、明暗の分かれ道になるぞそれは。なぁ、明」
「こんな状況で韻を踏める余裕があるのお兄ちゃんだけでしょ……」
なんて会話をしながら執務室前に着く。露は払っておくか。
「じゃあ君たちは業務再開。情報収集と国民の安全を第一にね。あとイレギュラー……夕がこっちに来てるかもだからそこら辺の監視もよろしく。じゃあ俺は絞られてくるよ」
ははっ、と乾いた笑いとともに執務室に入る。当然、空気は張りつめている。
「影、呼び戻して悪いわね」
「まぁ、無理もないだろう。こっちは移動中七賢人二名に接敵、爆弾とモンスターをけしかけられて酷い目にあったよ。無事だったのは100%夕のおかげだね」
「そう。……リーンボックスの外交特使がここにいることにも繋がりはあるのかしら」
「あるよ、私がゆーちゃんをリーンボックスの監視網の外側に出したからね」
「でも肝心の夕はいない、と。まぁいいわ。それで、影?」
「奴らの目的は七賢人をベースにした新国家の設立とみてる。ルウィーとプラネテューヌだけだったら裏で対立煽りからお互い潰しあうように工作するほうが早いが、四か国ともなるとまず目が多い。となると、同等の力と権力を振るうほうが話は早くなる。だから俺と明、茜は七賢人が夕を狙ってくるとみたんだが……」
「外れた、ということね」
「そうだな。厳密にはそう読んでくる俺達を潰しに来たということだ。本命は別にある。その本命がどこにあるのか理解させないために各国で同時に行動を起こした。情報の共有を防ぐためにな」
二手三手先を行かれている。もちろん俺の読みが当たっているとも限らないが……現に俺の耳に入っている情報だと各国で七賢人による行動が散見されたと。ルウィーではある程度の解決を見せているが……
「なら、今柔軟に動けるのは私たちだけなのかもしれないわね」
「何か思いついたのか?」
「えぇ。ちょうどそこに各国とうまい具合に情報を取れる優秀な人材がいるじゃない」
「私?……あー、そういうこと?」
「えぇ。貴女の腕を見込んでお願いするわ。各国の七賢人被害についての情報収集をね」
「いいけど、ただでとは言わないよ?私にも立場があるからね。だから……そうだなぁ……そこのえー君を私にくれるって言うなら惜しみなく協力するかな」
「……」
情報は多くほしい、そのために情報収集に長けている明と茜を同行させたのだが……難題を吹っかけてきた。おいおい俺が質かよ。
「仮にも影は一国の大臣、国のナンバー2よ。そうそう簡単に渡せないわ。それに……」
「それに?」
ブランは続きを話さない。表情が崩れないから読むこともままならないが……俺と過ごしてきた時間の事を考えているのかもしれない。そうであってほしい。
「……一つ尋ねるわ。影を欲しいって、どういう意味で言ってるのかしら」
「言葉通りの意味だよ」
「そう。……影」
「なんだい、ブラン」
「貴方はルウィーにおける重要機密をとてもよく知っている。今までもこれからも、貴方のその情報処理能力は大きな武器になる。同時に、脅威でもあるわ。正直、七賢人の情報を速やかに手に入れることよりもリスクが大きい。私はそう判断するわ」
「同意見だ。協力を望めると思ったが……残念だよ」
ブランの出した結論は俺と同じ。情報の質、その重要性をとった判断だ。
「まぁ断られると思ったけどね。それにもうとっくに情報は入ってきてるし。」
「茜、お前まさか……」
「だから条件変更。そうだなぁ、今日の埋め合わせでまた一日えー君を貸してくれることを約束してくれたら、それでいーよ」
「構わないわ。ただし休日に限るわよ」
「……判断が早い。ははっ、うまく丸め込まれたかな」
「乗れる船には乗るわ。いつでも沈めることができるのならなおさら、ね」
とまぁ、無事に協力も取り付けてさて……次はどうしようか。
ルウィーに着いてからボクはずっと考えている。ボクの力の本質。
「コンソールもコンバットも、根本としてるのはシェアエナジーの利用、精製や展開……だったら……」
女神化して後ろのユニットを同時にセットする。
「今までやってこなかったけど……そうか、これがボクなんだ……」
コンソールフォルムのモニター部分の実体化、コンバットフォルムの武装コンテナのスリム化、それもあるけれど、後ろの四枚の羽がX字になって二重円がそこから展開されている。
「さしずめ、コンプリートフォルムかな……かなり疲れるけど……」
女神化を解除する。さっきの姿の力の跳ねかたはきっと観測されてるから……次はどうしようか……
次回、第24話「集合、そして潜入」
感想、評価等、お待ちしております。
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第二十四話 集合、そして潜入
現在場所はプラネテューヌ教会応接室。四ヶ国の女神とその側近数名を交えて情報の共有を行っている。
「……以上で七賢人による各国の被害状況についての共有及び七賢人への今後の対応の検討会を終了します。何か終了前に伝え忘れたことなどはございませんか?(・・?」
「ラステイションはないわ。まぁ、共有した情報もあんまりなかったけど……」
「プライバシーに関わることなら、致し方ありませんわ。リーンボックスもこれ以上は」
「ルウィーもないわ。夕に関する情報も、国内で不自然に力が跳ねた場所周辺を探してるけど見つかってない……」
「ん~……」
「お開きにしよう。今後の七賢人の動きは読めたしな」
「にわかには信じられない話……というか人権問題じゃないの?その予想は」
「プラネテューヌ教会で預かっていたピーシェちゃんを引き取り女神にする……確かに今回の七賢人の行動とは辻褄が合いますが……」
「ん~……」
やはり露骨にプルルートの元気がない。それもそうだろう。レイと呼ばれてた七賢人は俺達を襲撃する前に先にピーシェを回収していた。ピーシェの親族だと騙った七賢人だと知ったのは今さっきのことだ。アノネデスもおそらくノワールにちょっかいをかけた後にこちらを襲撃してきたとみている。ルウィーの内通者問題も全く分からない。記録の改ざんだけでなく記憶まで改ざんするとなるとそれ相応の……
「待て、記憶の改ざん……?」
「誰もそんなこと言ってないよ、えー君」
「いや、変なんだ。何か俺自身に引っかかる部分がある、そもそも俺を襲ってきたとき、あの場所はブランですら知らない場所のはずなんだ。インターネットにも一切繋げていないし、アクダイジーンの鍵の情報も全部、知っているのは俺とブラン、明と警備兵二人の計5人……」
警備兵二人に魔術系の痕跡はなかった。催眠魔術は光信号を媒体とするがそれでも痕跡は残る。だったら消去法で明しかありえない。でも、いや、そんなはずは……
「えー君、まさか……」
「認識を歪められていたのは俺の方か……思い出せない、いつから明はいた……」
記憶を遡る。いったい、いつからなんだ。俺はどこで書き換えられた……その考えも正しいかはわからないがだとしても……
「影さんの考えていることが真実であれば……わたくしたちは既に3手遅いと言う事になりますわね」
「誰も気づかない高度な改ざん……一番厄介なのは、そのレイとかいう奴なのかもな……」
はぁ、と大きくため息をつく。そこに一報が入る。
「はい、イストワールです。って夕さん!?心配したんですよ!?(゚Д゚)」
「夕から……!?あの子、今一体どこに……」
「七賢人のアジトらしい場所を見つけたんですか!?(゚Д゚;)」
一斉にそのワードに反応する。
「わかりました、お伝えしますね('◇')ゞ」
「……座標は?」
「ルウィー西部、M87ポイントだそうです('ω')」
「そうとわかれば出発だ。3手の遅れが何だ、1手で詰ませりゃ関係ねーからな」
「そうね、それじゃあ行くわよプルルート」
「ん~……ゆ~ちゃんに会えるんだよね~?」
「そうですわね……それにもしかしたらピーシェちゃんを取り返せるかもしれませんわ」
「それじゃあ、いく~」
「……俺も行く。確かめないといけないからな」
「私も行くよ、これでもそこら辺のモンスターを倒すくらいはできるからね」
計7人。内女神5人。アジトを潰しにかかるには、戦力を過剰投入な気もするが……動かれる前に叩かなければならない事態だ。急ごう。
アジトを見つけたのは偶然だった。突っ込んでもよかった。でも、アジトの奥から感じる気配や予感がどうしても気になって、一人で行くことができなかった。だから、利害が一致している女神のみんなを呼んだ。ボクとしてはそれだけ。それだけなのに。
「ゆ~ちゃ~ん!」
「わわっ、プル!?そんなに速く走れるんだね……久しぶり……でもないかな」
「心配したんだよぉ~、帰ってこないからぁ~……あたし、あたし、ゆ~ちゃんに嫌われちゃったって思って、それでぇ~……」
「……嫌っては……ないかな。動機や目的、手段やあり方が違っただけで……ボクはプルそのものを嫌ってるわけじゃないよ。でも……そうだね。ボクはボクの矛盾を抱え続けることにした、ただそれだけだよ」
「……ずいぶんと大人になったようなことを言うわね、夕」
「本質について考えろっておと……じゃなくて影さんから言われて……ボクなりに考えたらこうなったって感じかな」
「……相変わらずアドバイスが上手いわね、影」
「そりゃどーも」
「それでは本題のアジトのほうですが……あの建物がそうですの?」
「うん。たまたまここに戻ってくるアノネデスを見かけて……それで」
「なるほど。それでどうする、正面から強行突破が一番話が早そうだが」
「ボクはそのつもりだけど……このアジトの奥、なにかやばい気がして、それでみんなを呼んだんだ」
「じゃあ、急いだほうがよさそうね」
「影、プルルートを任せるわ。この子の変身はできる限り短い方がいいでしょう?」
「俺もそう思う。茜」
「おーけー、それじゃあ全軍、とっつげきー!」
「突撃!隣の秘密基地!」
「晩御飯みたいなノリで突っ込むとこじゃないでしょうが……」
茜が先頭切って突っ込んだアジトは基本的にはもぬけの殻だった。夕の感覚を信じて奥の方へ進み、目下ここが最奥と読んだ場所。灯はない。
「いらっしゃ~い!」
声の主はアノネデス。徐々に明るくなっていく部屋。謎の機械と、繋がれている少女。
「……さしずめ、もう用済みだから処分しようとでも言うつもりか」
「別に用済みではないわよぉ、人聞きが悪いわねぇ」
「この状況を見ればおのずと人聞きの一つや二つ悪くなるのは無理もない話だと思うがね、仮にも……人の義妹をこうやって縛り上げているのならなおさら」
どこからどう見ても、繋がれている少女は明にしか見えない。女神5人と人間2人、その事実を受け止めたうえで……敵陣真っただ中にいる。
「仮にも、ねぇ。あなたにしては気づくのが遅かったんじゃない?」
「そうだな、気づかない方が幸せだったのかもしれない」
ははっ、なんて笑いがこぼれるが……笑い飛ばしてなんとかなるほど現状は芳しくない。
「それじゃあアノネデス、聞かせてもらいましょうか。ここで何をやっているのか」
「やぁねノワールちゃん。急がなくっても教えてあげるわよぉ……まず最初にこの子はもうずっと前……アクさんが凍月くんと一緒に仕事していた頃に仕込ませてもらったわ」
「……影に義妹ができたなんて話は、確かにその時期に聞いたわね」
「俺を弾劾し、ルウィーを実質的に傀儡にしてもなお、俺を脅威としたために情報端末として明を送り込んだと。よくもまぁ仕立て上げたものだ、賞賛を贈るよ」
「ありがたく貰っておくわね。それで……そうそう、この機械はまぁ……これを見てもらえればわかるわね」
『……!?』
アノネデスが見せたのは機械の奥、直接明と繋がっている先には女神メモリーがある。だが……それでは辻褄が合わない。
「明ちゃんを女神として新しい国を作る、と?」
「だったらぁ、どうしてピーシェちゃんを~?」
「……女神メモリーは、100%女神が生まれるわけではないわ」
「それが狙いだとしたら……笑えん」
「アノネデス……お前は……!」
夕は銃剣を生成しアノネデスに向ける。それは逆効果だ。
「いいのかしら?アタシを撃ったらこの機械、起動するわよ?」
「だったら動かれる前に壊せば……!」
「待て!」
夕に静止をかける。どうせアノネデスの話だ。バリアの一つや二つあるはずだ。それから起動するなんてことも簡単に考えられる。
「なんで止めるの!?」
「お前はいつもそうだ、もっと先を考えろ……そうだ夕、俺が合図したら、お前の銃を俺に転送してくれ」
「転送?いいけど、できるかわかんないよ?」
「アイテム移送と同じだ。……できれば、今のうちに俺の周囲に量子格納しておきたい」
「わかった」
何ができる、何をできる。明を助ける?助けたらまたこいつらに利用されるだけだ。この子は……この子は、悲しいだけじゃないか……
「えー君、思いついた?」
「……賞賛に逆らえるくらいクソみたいなアイデアは、ひとつ」
「また変な言い回しだね……それは?」
「まずは明と話がしたい、とだけ」
思いついてしまった一つの考え。それを実行するためには、下準備がいる。
「いいわよ、ただし……武装解除してもらおうかしら、兄妹水入らずにしたいでしょう?凍月くん」
「機械から外さないといけないからその分明が無防備になる、機械のバリアもあてにならないから、か。いいだろう。……すまない皆、解いてくれ」
「影……」
「信じてくれとは言わない。でも、手を打ちあぐねるんじゃ奴らが有利だ。だから……」
「馬鹿ね。窮地のときの貴方ほど、信頼できるものはないわ」
「……ありがとう」
俺も含めた全員の武装解除を確認される。入念だ、だからこそ成功させなきゃいけない。
「それじゃあ兄妹水入らずでね~♪」
「3分でいい……聞きたいことは一つだしな……」
機械から外される明。目を開き、歩いてくる。
「明……」
「お兄、ちゃん?どうして、ここに……?私は……なんで?」
「ねぼすけさんかい?まぁいい。……藪から棒に少し、明に訊きたいことがあってな」
「なぁに?お兄ちゃん」
一呼吸置く。わかってる。震えるな、気取られるな。
「明。俺の義妹で、幸せか?」
「うん。幸せだよ」
屈託ない笑みと、輝きに満ちた目で明は即答する。「凍月明」にとって、それは紛れもない事実だった。それが確認できたなら、兄冥利に尽きる。
「そう、か。よかったよ。本当に……よかった……」
明を抱きしめ、夕に合図を出す準備をする。
「珍しく体温が高いね。それに、震えてるよ?緊張してるの?」
「そう、だな。緊張しているよ。しないわけがない。俺は……酷いから」
明から離れ夕に合図を出し、手元に夕の銃を転送させ、そのまま明を撃つ。澱みなく狂いもなく、ほぼゼロ距離で心臓を穿つ。
「幸せなまま……おやすみ、明……」
さっきまで明だったものを、まだ暖かさが残るそれを静かに抱きしめる。誰も動けていない。脳が追い付いてないのだ。
「賞賛に逆らえるクソみたいなアイデア……硝煙とは……凍月くん、恐ろしい子ね……」
「……アノネデス……これでお前の尖兵はもうない、その機械の意味ももうない。これで……チェックメイトだ」
明の亡骸を置き、自分の銃剣を拾いアノネデスに向ける。
直後に天井が崩れ、次の瞬間に俺は壁に叩きつけられた。
「ぐはっ……」
「おい!今度はなんだよ!」
「……あれは……女神……?」
朦朧とする意識の中、見えたのは黄色を基調としたプロセッサユニットを纏う女神だった。
次回、第二十五話「イエローハート」
感想、評価等、お待ちしております
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第二十五話 イエローハート
誰もが衝撃を受けた影さんの決断。天井が割れて影さんが吹き飛ばされるまでは1秒もなかった。だからこそ、この存在は……間違いなくやばい気がする。
「えー君!?」
「っ……!」
茜さんは影さんのそばに行き、ボクたち女神は再び変身して武器を構える。コンソールフォルムで見る目標は……なに、これ……
「シェアエナジーの量が異常すぎる、まるで、無尽蔵……」
「そんなことありえるのかよ!?」
「ボクですら大気中の残留シェアエナジーかき集めて活動してようやくってとこなのに……」
目標は姿勢をファイティングポーズに戻し、こちらを見たあとにアノネデスを見る。
「パパ!助けに来たよ!」
「ありがとう助かるわぁ!それじゃあ少しここを任せちゃうわね~」
「うん!みんなやっつけていいんだよね!?」
「えぇ。み~んなやっつけたらい~っぱいご褒美をあげちゃうわ~!」
「やったー!」
無邪気に喜び、再びこちらを見る。来る……!
「やぁぁぁぁ!」
「ッ……!」
突撃をノワールさんが剣で防ぎ、同時にボクたちは三方向に展開する。お父さんでもない限り、女神の三次元的展開を捌くことはできない。ましてやボク相手では……!
「
ブランさんの斧を避け、ベールさんの槍を防ぎ、プルの蛇腹剣を見切ったとしても……ボクのこの速度には対応なんてさせない……!
「速いね!」
「ッ……!」
同化解放の速度を目で追われた。いや違う、どこに移動するか先読みされた?シェアエナジーの動きで?
「ぐっ……」
強烈な正拳突き。腕を交差して防御するも腕に鈍い振動と痛みが走る。それに直撃したタイミングでアームクローがボクの腕を掴み力を逃がすことを許さない。へし折られる……!
「ぴぃ、パァンチ!!」
「ぐあぁぁぁッ!」
咄嗟の同化解放の再使用も間に合わず両腕が全く使い物にならなくなるほどの大ダメージを受ける。……折れてるね、これ……それに……
「
焦ってコンソールフォルムで向かったせいで腕がやられたけど、おかげですぐ回復には入れた……目に入れるのはボクが使える残りのシェアエナジー量。同化解放に再構築、かなり使ったからもうまともに動けるだけの残量はない。かと言って解除するわけにもいかない……今は四人が突発の連携で見事に圧倒している。だったら戦闘は向こうに任せた方がよさそうだ。
「あらあら……相変わらずとんでもないわねぇ、折れた腕を治すなんて造作もないのかしら」
「アノネデス……ねぇ、一つ聞かせてよ。あの子の正体はわかった。今の一撃でね……その源はなに?」
「それを教えるわけないじゃない?」
「そうだよね……痛くて痛くてあんまり考えが回んないや」
わかっていることを聞く、それは時間稼ぎに過ぎない。大丈夫、欲しいのはその時間だけ。腕が動くようになれば、まだいける。
「でも、そうねぇ……ちょうどいいから貴女も試してみちゃう?あの子のように無尽蔵に力を振るえるわよ?」
「謹んで遠慮させてもらうよ。お父さんが言ってた、無限は大抵ろくでもないって……!」
まだ完全には直ってないけど、動きはするようになった。それならもう、やるしかない。
「コンプリートフォルム……!」
X字のプロセッサ、展開される二重円と虹の羽、コンソールフォルムの情報量とコンバットフォルムの戦闘力、全部詰め込んだこの姿なら……!
「24秒……これだけあれば!」
一気に飛翔し、1v4を演じている目標の意識の外から急接近。避けられるものなら避けてみせろよ……!
「うそ、いつの間に!?」
「いくよ……《
氷と炎、そして虚数。交差した斬撃は黒の軌道を置き、「斬られた」という情報が認識される前にダメージを与える因果逆転の必殺技。もちろん連発はできないし、空間の構造条件をリアルタイムで理解していなければ成立しない。それでもこの技は……お父さんにも通用すると思う。
「きゃぁぁぁぁ!?」
「後、お願い……!」
空中で女神化が解除されたボクは茜さんの近くへ落ちていく。後ろ目には一気攻勢にでる皆。これで……なんとかなるはず……!
次に意識を取り戻したのは、あの女神の名前がイエローハートだと判明した瞬間だった。もっとも、それを知ったのは一度ルウィーに帰ってからだったが。
「起きた?えー君」
「茜、か……痛……」
「動いちゃダメ。骨が数本折れてるから、まだ絶対安静。軽く応急措置はしてあるけど、内臓がやられてるかもしれないから本当に……なにもしないで……」
「……状況、は?」
戦闘の音は聞こえない。代わりにさっきまでなかった日の光が差し込んでいる。外まで行ったのか、あるいは外から突っ込んできたのか……
「……ボクも、少し寝てたみたいだね……」
そばで夕が起きる。夕もやられたというのか?
「ゆーちゃんも起きた?じゃあ起きぬけに悪いんだけど……」
「うん、影さんの修復だね。待ってね……」
夕は女神化をし、特殊なフィールドを展開する。
「……
「い"ッ……!?」
一瞬とてつもない痛みが走るが、直後には身体が動くようになった。これは……
「ッ……しばらく女神化できないや……」
「ありがと、ゆーちゃん」
「あぁ、助かったよ……」
視界に映るのは明の骸。なぜ、俺は生きているのだろうか。例え真実でなくとも、植え付けられた記憶だとしても、明は、あの子はちゃんと俺の義妹だったというのに。
「すまない、明……俺は……ッ!」
嗚咽が零れる。頭ではわかっている。あぁしなければ明は女神として七賢人の手先になっていたか、あるいは適合できずに退治不可の異形となってしまうかの二択だ。どちらも明の生命の存在を前提としているんだから、それを否定してしまえば、あの状況は破綻する。だから今のこの状況まで持ってこれてる。だけれども、本能では動転している。ぎりぎりの理性で自分の行動とその結果を受け止めている。受け止めきれるものでもないが。
「ッ……」
「あ、かね……?」
「感情に身を任せても、いい時くらいあるよ……私も受け止めるから……」
茜に抱き寄せられ、堰を切るように慟哭が溢れる。
いつ以来だろうか、こんなに涙が止まらないのは。
影さんの涙は……きっとお父さんも同じように苦しんで、茜さんのぬくもりも……お母さんが同じように、ボクが生まれる前に起きたことなんだと思う。そんな確信がある。だからボクはそれを繰り返させないために、みんなと合流することにした。影さんや茜さん、お父さんお母さんに、悲しい思いはこれ以上させないためにも。
「……そう。やっぱり、そうだったんだね」
地上に上がったボクが見たのはアノネデスに抱き上げられているのは女神化が解除されたであろうあの女神。ボクはその姿を知っている。あのパンチを受けたときに感じたことは間違っていなかった。だからボクは余計に参ってしまう。血は争えないのかと。
「自分の知人を捧げ続けるのが、宿命なのかな」
風が強く吹く。七賢人の国『エディン』がこの瞬間に建国された。
四ヶ国に対する、全面的な宣戦布告と同時に。
次回、第二十六話「道化」
感想、評価等、お待ちしております。
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第二十六話 道化
エディンの建国から約一週間。宣戦布告と言いながら音沙汰のなかったエディンの女神、イエローハートがプラネテューヌに向かっているとの情報があった。
「ピーシェちゃん、あたしたちのこと忘れちゃったのかなぁ~?」
「どうだろう。どちらかといえば挿げ替えられた可能性のほうが高いかな。……ボクが迎え撃つからプルは国のみんなをお願いするね」
「ゆ~ちゃん……?」
「ピーシェは……そうだね。できるだけ呼びかけてみるよ。でも……油断したらボク、やられちゃうかな……」
全ての装備のメンテナンスも、ボク自身へのシェアエナジーの貯蔵量も問題ない。けれど、同化解放すら見切られるのなら、それ以上の力を出さないと勝てはしない。必要最低限、「負けない」ことが重要である。
「ゆ~ちゃん……」
「……二兎を追う者は一兎をも得ず……っていったところかな、プル」
一呼吸おいて振り返る。
「じゃあ、またね」
それは、少しの覚悟の表れだった。ボク一人では多分、かなりしんどい戦い。それでも……お父さんやお母さんはそんな場面を何度も乗り越えてきた。ボクもできる。そう信じて、戦いに向かう。
涼風が吹くエディンとの国境、コンプリートフォルムに変身して待ち構えていたボクの前にはちょっとした軍隊とイエローハート。相手にとって不足なし……なんてことを言えるほどの余裕はない。張りつめた緊張感だけがここにはある。
「……ここから先には通さないよ」
女神化し、コンバットフォルムで相対する。ぱっと見で戦車中隊一個ぶんかな……その程度ならボクにはかなわないけど問題は間違いなく……
「あー!わるい女神だぁー!」
「……悪い、か。何をもって悪とするのかは聞かないでおこうかな、要領を得なさそうだし」
「んっとねー、パパが言ってた!」
「そう……それじゃあ悪い奴らしくいこうか、な!」
シェアエナジーの光弾をすべての戦車の履帯と主砲に叩き込み擬似的な1対1の状況を作る。
「わっ……ほんとにわるい女神だ……」
「そもそもこの程度でボクに挑もうなんて考えてる方がおかしいんだよ。それじゃあ始めようよ」
コンプリートフォルムになり、同化解放を起動する。出し惜しみなんてしない、なるはやで片づける!
「うん!あそぼっ!」
と言うが早いかボクが早速肉薄する。相手の間合いにわざと入っていることにはなるけれど、ここはボクの距離でもある……!
「やぁっ!」
「せぇい!」
剣先とクローが正面からぶつかる。このクロー、状況に応じて形状が変わるから厄介ったらありゃしない……!
「くっ……!」
力押しならこっちが不利だ。距離をとる。その一瞬の動きを詰めてくるが……!
「それは読めてる!」
懐に入ってきたイエローハートはパンチを繰り出す姿勢。だけど、ボクは左手にも剣を生成し、そのパンチを流す。追撃ができるほどの余裕はない。……やっぱり、近づいて戦うのは無理だ。
「やるねっ!じゃあこれでいくよ!」
イエローハートは右腕のクローのパーツを引き伸ばし、この距離でパンチの構えをとる。
「ぴぃ、どりるぅ……パァンチッ!!!」
さっきよりも速い、さっきよりも殺傷力の高い一撃が、ボクの腕を襲う。というのも咄嗟に腕をクロスさせたからなんだけど……この加速、女神が飛行に使うシェアエナジーの思いっきり贅沢な使い方だね……ッ!
「い"ッ……!?」
壁に叩きつけられる。両腕は……目も当てられない。即座に再構築を入れる。……繋がってるだけ御の字だ、これならまだ短時間で済む。
「あー!また赤くなっちゃった!パパに怒られちゃうよぉ……」
「じゃあ、もっと赤くしてあげようか!《
余裕そうに自身の獲物を見ていたその隙に、右腕だけを応急で治して一撃入れる。奴と違ってプロセッサユニットを貫通するほどの威力は出ないが、それでも吹き飛ばし返すことくらいは、できる。
「ッ……やっぱり速さを求めたらそれ以外がおろそかになる……二物は神ですらそう簡単には得られないようだね……」
戦況は劣勢、まともに戦って勝てる未来はあまり見えない。それでもまだボクには切り札がある。同化解放以上の切り札、《
「ぶっつけ本番だけどやるしかない……!」
《
「それでも!」
無理やり両腕を直し、大剣モードの紅月を持つ。
「またまたいくよ!ぴぃ、きぃっく!」
「ボクはお前を倒す!《
黄色のオーラを纏ったボクは回避することもせず天空から降ろされる脚を見据え、大剣を振るう。
「《緋一文字・紅椿》ッ!」
イエローハートの蹴りはボクを完全にすり抜け、女神化解除と同時にボクの後ろをめがけて放った一閃が直撃する。防御も何もない、完全に入った大剣の一閃は女神と言えどかなりの大ダメージのはず……事実、十数ヤード飛ばされたイエローハートは解除までは至らないまでも動かない。
「とはいえ、これでまだ動けるならいよいよ打つ手なし……」
《
「いよいよ大ピンチ……って、何……この寒気は……」
最初は腕が上手く動かないから震えてるだけだと思った。でも、次第に周囲の彩度が落ちていく。意識が落ちそうなのかとも思ったけどむしろ目は冴えているし、腕の痛みも加勢してまどろむことすらない。だったら……
「まだ来る……!?」
身構える。だがイエローハートは伸びたまま動かない。今の直撃で意識を吹っ飛ばしたなら納得がいくが、それでも寒気の原因はわからない。
「調べるしかない……」
コンソールフォルムに変身し、周囲の状況を調べる。
「なに、これ……」
結論から言えば、ボクの近くでは異常はなかった。ただ、シェアエナジーの動きは酷く不自然だった。エディンの中心部に向けて流れ込むのはここの戦闘でまき散らされた残留シェアエナジーと、イエローハート本体のシェアエナジー。少しボクのも持っていかれてる。でも理由がわからない。ボクを倒すためならイエローハートからシェアエナジーを工面してもらう必要なんてないはず。なんで……?
頭が追い付かない。だから、気づくのに数瞬遅れた。エディンの中心で力が跳ね、その衝撃波がここまで飛んでくることに。
「ッ……!」
ガラクタと化した戦車も地面で伸びてるイエローハートも、ボクも簡単に吹き飛ばす衝撃波。この次元すべてに影響を及ぼした一種の災害。
また壁に叩きつけられたボクが開いた目に映ったのは、エディンの中心から出たと思われる宙に浮く巨大な岩と、女神らしき宙に浮く人影。確認できたのはそれだけで、ボクにはひとつの仮説ができた。七賢人の本当の目的は、これなんだと。イエローハートを使いシェアエナジーの利用実験とボクというイレギュラーの対処法の模索、あわよくば利用しようという魂胆。だがあれは誰なんだ……
「でも、もう、動かないや……」
プルに連絡して拾ってもらうことにした。今は限りなく負けに近い戦いの結果から次どうするか考えないと……
次回、第二十七話「そして、すべてが終わる」
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第二十七話 そして、全てが終わる
エディンの中心で跳ねた力、その正体はかつてこの次元に存在していたという太古の国、「タリ」の女神。ここから先は推察だが、七賢人はこのタリの女神の力を取り戻すために活動していたと考えられる。そうだとすれば、各国女神への妨害工作はシェアエナジーをタリのものとするためという立派な理由づけになる。そして、別次元への侵攻はプランBとしてこの時代の女神を撃破できなかった時の逃げ道としてボクの次元が選ばれたということになる。イエローハートは、タリの女神にシェアエナジーを供与するために仕組まれたいわゆる人造女神みたいなものかと考えられる。事実、今までの女神とは全く違う無尽蔵のシェアエナジーがあった。シェアエナジーの科学的解析かぁ、お母さんもやってたけど……
「……というわけで、あの衝撃波の被害は各国ともに甚大、おまけにタリの女神の復活と来たもんだ。ルウィー大臣凍月影の提案として、四か国が手を取り合ってこの事態に対処するべきだと思うがいかがだろうか、異議のあるものは挙手を願いたい」
「……」
「では、引き続きの提案としてエディン中心部の威力偵察を各国女神にお願いしたい」
「威力偵察、ね……あんな衝撃波を出すようなやつに女神だけで行けと?」
「ノワールちゃん~、言い方~」
「同意ですわ。先刻夕ちゃんがイエローハート……ピーシェちゃんでしたわよね?その子との戦闘は限りなく敗北に近かったと、先ほど夕ちゃん自身から報告があったではありませんの。それ以上の力を持つ相手ともなれば、威力偵察は時期早々と考えますわ」
「……影、勘違いしないでほしいのは皆弱腰になっているわけではないわ。ただ、衝撃波の被害の事もある。国民をまずは安心させるのが第一よ。女神は……最高戦力であると同時に、最高指導者でもあるのだから」
ノワールさん、ベールさん、ブランさんはそれぞれの意見を言う。影さんの気持ちもわかる。あれをどうにかできるのは女神しかいないと。でも、その前にやるべきことがあると。
「でも~、あたしはぁ~、乗り込みたいなぁ~」
「プル……?」
でも、プルは違った、いつもの様子だけれども、声音はとても怒っている。それは、その場にいる誰もを凍り付かせるほどに。
「だってぇ~、あの人を復活させるためにぃ~、ピーシェちゃんを利用したんだよねぇ~……ゆ~ちゃんの次元をぉ~、襲ったんだよねぇ~……そう考えたらぁ~あたしぃ~許せないなぁ~……!」
今にも変身してしまいそうな純粋な怒りと殺気がプルから放たれている。それに逆らえる胆力を持つものは、ここにはいない。
「プルルートがそこまで言うなんて、珍しいわね。それなら私も行くわ。その……友達、を一人で危ないところに行かせたくないし……」
「いいの~?」
「勘違いしないでよプルルート!その……あなたのためじゃないわよ!?」
「お手本のようなツンデレですわね。いつ出発いたしますの?わたくしも同行いたしますわ」
「ベール……そうね。そもそも太古に存在していたとして、一度滅んだのは事実。今の時代に現存する最古の女神が誰か……それを教えに行く必要はあるわね」
「みんなぁ~……!」
「……そうだね。ボクの次元に……世界に、あんなものが行っていいわけがない。ここで倒すよ」
「あくまで偵察が目的なんだが……まぁ、撃破できるならそれに越したことはないだろう。どう思う?茜」
「そこ、私に振る?んー、タリの女神の復活が七賢人の目的なら、もう目的は達成されたことになるよね。それじゃあここから先、何をしてくるのか読めないのは少し厄介だね」
「行きつく考えは同じ、か。第三の提案、各国トップ2レベルでの七賢人に対する警戒態勢及びリアルタイムでの情報の共有を要請したい」
とまぁ、こんな感じで会議は終わった。立場が違っても、やっぱりお父さんとお母さんのように影さんと茜さんは相性がいいんだなぁって思う。
「……夕、身体は大丈夫なの?」
「心配ありがとう、ブランさん。ボクは大丈夫。動けるくらいには直したよ」
「そう。……それにしても、この距離でわかるほどのおぞましさ……一筋縄ではいかないのは間違いないわね」
「そう、ですね。でも……本気で怒ったあのときのお父さんに比べれば、全くですよ」
「影が怒るところをあまり想像できないのだけど……」
「ボクのお父さんと、影さんは別人ですよ。完全に。だから……ボクはあの影さんがあれ以上苦しまないように戦います。お父さんのようにさせないために」
「頼もしいわね。少し前まであまりに短気だった子とは思えないわ」
「あー……はは、そう思いますか……」
なーんて、ブランさんと出発前に言葉を交わす。
善は急げと言う事でもうすぐ出発することになった。
「それじゃあ、最初から本気でいくわよぉ?」
「一応偵察なのよね?なんでそんな消極的なのかしら。さっき問い詰めればよかったわ」
「影は情報を欲しがるからな。あいつがどれだけ情報を使いこなすかで、かなり動きやすさが変わる」
「良いことを聞きましたわ。わたくしもこの協力関係が終わった後に茜ちゃんにいろいろ動いてもらうとしますわ」
「……行こう」
ボクたち五人は一気に空へ駆ける。浮遊する巨岩と、そこにいる人影へ向けて。そして……
「ッ……!」
何の前触れもなく、圧倒的な範囲、熱量のビームが巨岩から放たれたのだった。
気が付いたのは、イエローハートと戦った場所だった。全身が痛い。あのビームを見て咄嗟に防壁を張ったけど、焼け石に水だった。
「くそっ……」
冗談じゃない。まともにやりあえるどころの騒ぎじゃない。あんなものはさすがに連発はされないだろうが、大気がプラズマ化するほどのエネルギーだ。それにあれは間違いなくシェアエナジー……いったいどこから……
「考えるのはあとだ……動いて、戦う……!」
見渡せば周りには誰もいない。ボクより防壁が堅かったから吹き飛ばされた距離も長いんだ。おかげで孤立無援だよ……
「ぐっ……はぁ、はぁ……ッ!」
立ち上がるだけで全身が痛い。でも幸い、有視界範囲内に人影は……タリの女神はいる。攻撃も有効距離だ。グロウ-Cを構えて、引き金を……!
「へぇ……あんた、あれ受けて動けるんだ……」
一瞬で背後に回られた。寒気がすごい。この速度は間違いなく、同化解放……!
「それ、ボクの技なんだけど……」
「はぁ?よく聞こえませんよぉー!」
「ッ……そう……」
あてられるだけでまともに戦う気力すら削がれてしまう。全身の痛みも相まって膝がつく。
「立ってるだけでやっとといったところでこの私に楯突こうなんて、二万年早いのよ」
「ぐっ……」
蹴飛ばされる。だめだ、本当に手詰まりだ。こんなのをどうこうできる手段なんて……一つしか思い浮かばない。でも、それはここにはない。
「まだ何か考えてるような顔ねぇ、気に入らないわ。他の女神どもが来る前にあんたはさっさと消しといたほうがいい気がするわ」
動けない。抵抗すらできない。いくらボクが女神でも……ここから入れる保険なんて……
「それじゃあ、さよならー」
生成された槍がボクに振り下ろされる。遠くで聞こえるのはボクを呼ぶ誰かの声……みんなかな。でも、間に合わない……
《escape hole》
槍がボクに当たる直前に、ボクの持ち物のどれかが勝手に起動した。この音声……お母さんが仕組んでた……?
「これは……次元移動門……しまッ……なまじ物理的に触れているせいで固定された……!」
「夕……!」
ボク以外の四人の女神が合流したのと、タリの女神ごとボクが次元転送されたのはほぼ同時だった。
「なっ……消えた……!?」
「一体何がどうなってやがる、影!くそ、さっきのあれのせいで通信がまだやられてやがる!」
「考えられるのは……夕ちゃんのご両親が夕ちゃんの危機を察知して強制的に帰らせるための仕掛けを用意していたということ……しかし突拍子もありませんわ。次元移動には相当なシェアエナジーが必要なはず……」
「それじゃあなんであいつも一緒に夕ちゃんと移動したのよ、脱出装置の意味がないじゃない!」
「次元移動は一度発動すると完全に移動が完了するまで一切の身動きが取れなくなる、もし変に動いて次元と次元の間に身体の一部が転移しちまったら大変なことになるどころじゃすまねぇからな。だから……巻き込まれたってやつだ」
「それじゃあ、あたし達、不完全燃焼にもほどがあるわよぉ?」
「プルルートの言う通りね。でも、都合がいいことにまだ解決すべきものはそこに浮いてるじゃない」
「そうだな……あれを叩く。で、いいんだよな?」
「えぇ。降りかかる火の粉は、払わねばなりませんもの」
ボクは、いま、どこにいる……?
「くっ、ちょこざいな……!」
落ちていく。身体は動かない。変身もできない。でも、明るいのに、妙に暗さがあるこの空は、懐かしい。
「ッ……!」
どこからともなくビームが飛んでくる。空中に浮くあの女神を正確に狙って。そしてボクは地面にぶつかることはなく、赤い粒子が視界に映りながら、しっかりと誰かに抱きかかえられた。この暖かさも、懐かしい。
「……おかえり、ゆーちゃん」
「お母さん……?」
安心した顔でボクを見るその人は、向こうの茜さんではなく、ボクのお母さん。『凍月茜』だった。てことは……
「……誰よ、あんた」
「お前こそ誰だ。……俺にこんなことが言えるとは思えんが敢えて言おう……娘が、世話になったそうじゃないか」
尋常じゃない殺気と、漂う冷気。わかる。これはお父さんだ。
「はっ、一家そろってご登場ってわけ?たかが一世帯でこの私をどうこうしようと考えるなんて滑稽ですわー」
「……滑稽、か。鏡を見たことがないようだな。どう思う?ギア」
「私に振るんですか?……影さんより邪悪な何かをこの人からは感じます。そう思うと、滑稽なのはあながち間違いではなさそうですね」
「そうかい。それじゃあ始めようか……お礼参りってやつを」
次回、第二十八話「最終決戦」
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第二十八話 最終決戦
言うが早いか、俺は敵に肉薄する。あくまでも相手は女神。しかもあてられるだけでかなり悪影響が出そうな瘴気じみた何かを出している相手だ。慎重に行かねばなるまいが……こちらにはそんな時間的余裕も、戦力的余裕もない。
「この私に向かってくるなんて、命知らずなお馬鹿さんね」
「そういう割には、余裕はなさそうじゃないか」
黒切羽による全方位攻撃。どうやらこれが敵の感覚を鈍らせているようだ。敵の攻撃らしき雷撃が全部黒切羽に吸われている。
「ちょこまかと……」
「リアルタイムの演算は苦手か?だったら俺達がお前の3手先を行く。どれだけ化け物じみた力を持とうとも、演算の前には届かないッ!」
全方位攻撃と雷撃の防御を継続しつつ、射撃と斬撃を繰り返していく。直撃はさせられているが、効果は薄い。やはり今の俺では足りない。
「人間風情が……ッ!」
「俺が人間に見えると?とんだ節穴だな」
激情的になった瞬間に大技、
「茜、夕とギアは?」
「ゆーちゃんは教会の中で休ませてて、ギアちゃんは国を守ることに集中してる。急に出てきた非常事態だからね。まだ人の避難もままならないから……」
「そこはギアに任せざるを得ない、か。茜。あれを見てどうだ?」
「どうもこうもでたらめだよ。さすがは別次元、えー君的に言えば引数や定義がすっちゃかめっちゃか。なんで存在できてるのかわからない不条理の塊。それでいてエネルギーはシェアエナジー……どちらかといえばマイナス寄りのね。だから……そうだね。一番近いのはえー君かな。シェアエナジーの集合体でかつ不条理の塊って点ではね」
「なるほどな……ということは……」
「生半可な外傷でダメージを与えることは不可能だね。プロセッサユニットも健在だし」
「はぁ、厄介だな」
攻めあぐねるというより、決定打がない。
「あれしかないと思うよ?」
「同意見だ。ギアに連絡してくれ」
再び空を飛ぶ。ちょうど黒切羽も回収タイミングだ。
「あんた、めちゃくちゃうざいわね」
「……藪から棒に失礼だな。お前、一応女神のような風体じゃないか。それがどうにも禍々しい。なぜだ?」
「いいわよ教えてあげる、復讐よ。奴らへのね」
「復讐、か。はは、はははっ……これは傑作だ、はははは……」
「はぁ!?なに笑ってんだあぁん!?」
「女神が民に復讐だなんて、自身の存在の否定に他ならないだろう。それともあれか?国民に女神として認められなかったか?存在できないのならどうせならって言うやつか……理解に苦しむね。いや、理解はできるか……むしろよくわかるほうだ。俺もまた『女神の敵』の屍を作り続けてきたんだからな。」
「へぇ……?」
「復讐は何も生まないと言うが、それは間違いだ。復讐は達成感と虚無感、喪失感を生み出す。やり遂げたところで失ったものは帰ってこない。お前の場合はおそらく国、俺の場合は妹ないし仲間だ。自分から切り捨てたのだから失ったとは言わないが……自分自身への復讐というものもなかなか悪くない。いつまで経っても達成できないしな。目標じみた何かだ」
「あんた、何を説教垂れてるのよ、この私に向けて」
「長話は嫌いか?境遇が似たような化物に会うのは久しぶりでね、雄弁になるというものだよ。まぁ、それはそれとしても、やはりお前を撃破しなければならない現状は変わりそうにない。その存在だけでこちらの世界を脅かしかねないのだからな」
「はっ、勝手にこっちに持ってきたのはどこのどいつなのかしらぁ?」
「じゃあその責任を取らせてもらおうか。言っておくが、命の保障なんてものはない」
「ほざけ!」
銃剣と雷撃が切り結ぶ。しばらく黒切羽は使えないぶんこちらが不利だが……避けられない雷撃ではない。だが、何かがおかしい。俺の全身が下がれと言っている。観測されたデータにも何も不整合はないというのに、感覚だけは危険だとずっと感じ取っている。この違和感は不快だ。
「……茜」
「私も何かおかしいとは思うんだけどね。あいつの周り、何かしらのエネルギーがあることは確かだけど綺麗に隠されてる。私の把握を上回る隠匿って相当だよ。私には見えない場所にあるってことだからね」
「見えない……まさか!」
「気づきやがった、でももう遅ぇんだよ!」
急に観測された超高エネルギー反応。複素次元格納された膨大な圧縮シェアエナジー。あんなもの、直撃したらひとたまりもないことがわかる。
「影さん!」
「ギア!?」
「みーんなまとめて、とっとと消えなぁ!」
「……ッ!」
認識してから回避するような時間はなかった。なのに、今俺は地面に叩きつけられている。直撃したら蒸発しているはず……だが俺は生きている。状況は……大気が熱い。余波で金属系のものがひしゃげている。なんならプラネタワーの前は焦土と言ってもいい。だが……妙だ。プラネタワーは無傷だ。射線上にあったはずなのに……それに、あの赤い破片は……
「まさか……!」
黒切羽を展開し、必要最低限の足止めをしながらプラネタワーに向かう。そこには、そこで目にしたものは……
「おい、冗談だろ……」
「ッ……影さん、無事だったんですね……!」
「違う、そうじゃない、茜がなんでそんな、そんなボロボロなんだ!」
脳裏によぎるのはあの時の茜。「凍月影」の全てが始まった日。
「茜さんは、あの超高エネルギー砲を大剣一本で止めたんです。直撃したらどうなるかわかっていて……それに、大剣は破損して茜さんは地面に墜落したんです。今、必死で回復魔法をかけてますが……」
「ッ…………まだ俺が生きているということは……まだ、茜は生きている……ギア、魔剣は持ってきたな」
「はい。こちらに」
「……茜を頼む。俺は奴を滅ぼす」
「お願いします」
とは言ったものの、左腕はひしゃげて使い物にならないから右腕一本。黒切羽も今度はほとんど落とされてる。3手先を読んでいても、明後日の方向から殴られちゃどうしようもないな……夕も多分目覚めそうにない。本当に、最後の希望が俺か。希望なんてたちじゃないってのに。
「へぇ?まだしぶとく生きてるなんて驚きだわー」
「……」
「でももう軽口も叩けないくらいには疲弊しているようね、それじゃあこのまま、死んでもらおうかしら!」
雷撃を避ける。まだ熱い地面を踏みしめ、魔剣を振るう。
「お前を……殺す……!」
「それ、言われた側は生きてるって知らない?」
「知らんな……!」
まともに動けるのは残り3分。限界ギリギリまで出力を上げているのだからこの3分でダメならお手上げだ。
「片腕一本で挑んでくるなんて大馬鹿さんね、虫唾が走る……!」
雷撃が飛んでくる。避けられないわけではないが、後ろに流さないように要所を防ぎながらだとどうしても接近できないし被弾も増える。事実、首筋をかすめた。
「意地でも後ろには通さないって?ますます気に入らないわねぇ!?」
「ぐっ……」
わかっている。何かを守りながら戦うのは俺には向いていない。どうしても後ろに意識を割かれてしまう。
「け・れ・ど……おかげでアンタは弱くなった!」
「ぐあぅッ!?」
魔剣を弾かれ、大きく蹴飛ばされる。まずい、これでは魔剣を奪われたに等しい。それにもう、回避なんて選択肢はない。それに、もう限界時間だ。
「影さん!?」
「ギア……ここまでだ。いったん下がるぞ」
「いいえ、影さんの限界はわかってます。私が戦います!」
「やめろ、わかっているはずだ」
「ッ……それでも、影さんを見捨てて逃げるようなことはしません!」
ギアがもう動けない俺の前に立つ。だめだ、それは……それだけは大悪手だ。この世界は、お前がいないとだめなんだ、ギア……
「うっざい、じゃああんたから死になぁ!」
「ッ……!」
認識した時にはもう遅かった。頬を撫ぜる風、漂う深紅の粒子。弾き飛ばされ目を見開くギアと、俺の前に立つ人影。
「あ、かね……?」
「返して、もらうよッ……!」
茜は敵の手首辺りに粒子を集中させて距離を取らせる。魔剣は奪い返すことができたが……その魔剣は茜を貫いている。なぜだ、茜は動けなかったはずなのに。
「茜さん!?なんで、なんでですか!」
「ギアちゃんも、えー君も護るためには、これしかないから、かな……」
「……わかっているから、なのか……?」
「そーだよ。えー君は、いつもそうだから」
「……ッ!」
視界が揺らぐ、呼吸も荒くなる。魔剣に貫かれた茜は、だんだんと存在が薄くなっていく。女神を貫いたときと同じだ。犯罪神との同化によって茜も人間からかけ離れた存在に、女神に限りなく近い存在になっている。
「えー君」
茜が俺の首筋に触れる。小さく何かが壊れる音と、落ちていくチョーカーだったものが視界に入る。
「ッ……!」
首筋に受けた攻撃の影響で、これはもう破損していたというのか。茜はそれを見抜いて、こんなことをしでかしたのか。そうまでして、なんで俺を生かすんだ。なんで……俺はまだ生きている……!
「えー君は死なないよ。私が、私たちがずっと護るから。だからこれは、私のわがまま。最初で最後のわがままだよ」
「ふざけるな、最後なんて言うn……!」
最後なんて言うな、何度だって聞く。そう言い終わる前に茜の唇で口は塞がれる。微かに、鉄の味がする。
「勝って。そして生きて。約束だよ?」
最期の表情は何度も見てきた、太陽のような微笑みだった。腕の中から重さが消えていく。光となって、茜は消えた。カランという魔剣が地面に落ちる音と、小さく響く茜の指輪が落ちる音。それを認識したが最後、言葉にならない慟哭が始まる。
「うるさっ……人間一人に大げさね……」
「……あなたは、何も思わないんですか」
「思わないわよ?そもそも……どこの誰かもわからないやつに邪魔されてるのはこっちなんですけどー?」
「ッ……酷いですね、本当に……影さんよりも、酷い……!」
「怒った?まぁアンタ程度が怒ったところでこのあたしに勝てるわけないんだよ!」
目が覚めたら、懐かしい天井だった。肌で感じるこの異様なおぞましさは、奴がまだこの次元にいるということ。でもそれ以上に、胸騒ぎがひどい。力の流れもどこか変だ。
「まだどこかしらは痛いけど……行かなきゃ」
ボクはすぐに外に出て、コンプリートフォルムに変身する。
「何、これ……」
やけに静かな焦土の上には、倒れているネプギアさんと、宙に浮くタリの女神。その間には、どす黒い何か、泥のようなものを纏っている、人なのか怪物なのかぱっと見では判別できない異形が魔剣を持ってのそのそと歩いている。
「お父さんだとでも言うの?あれが?それに、お母さんは……?」
怪物を解析をした結果は、異常濃縮された負のシェアを纏ったお父さん。でも、お母さんの反応はどこにもない。なんで?
「夕、ちゃん……」
「ネプギアさん……お父さんが怖い……お母さんは?どうしてお父さんはああなったの?」
「それはッ……」
「…………そうなんだ。ボクも、お父さんを援護する」
「ダメ、夕ちゃんは影さんを元に戻すことを考えて!」
「え……?」
虚をつかれたと同時にとんでもない衝撃波がボクたちを襲う。今のお父さんは跳躍だけでこんな力が出るの……!?
「今の影さんは……人間であることもやめて、純粋に力を振るう器になっている……獣と呼ぶにもおこがましい本当に、純粋な力の集合体……」
「なんで?なんでお父さんはそんなのにならないといけないの!?」
「影さん自身の精神が、限界を迎えたから……」
「ッ……!なんで……じゃあなんでお母さんは!」
「私と、影さんを庇って、それで……」
「……お母さんは、そういう人だもんね……」
わかってる。ネプギアさんを責めてもなにもない。事実が覆ることはない。失ったものは元には戻らない。そんなの、ボクじゃなくてお父さんが一番よくわかっている。だったら今するべきことは……
「……夕ちゃん」
「お父さんが自壊する前にあの泥をなんとかしてお父さんの制御下に置く、だね」
「すごい……どうしてわかったの?」
「ボクは……『凍月夕』だから」
タリの女神とお父さんの戦いは続いている。でも、長続きさせちゃいけない。お母さん、ボクに力を貸して。
「
次回、第二十九話「奇跡の顕現」
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第二十九話 奇跡の顕現
泥の解析で流れ込んできたのはとてつもない感情。悲しみだとか苦しみだとか、そんなちゃちなものじゃない。怨嗟、怨恨、後悔、自罰……ただただ、それが繰り返されている。断片的に読み取ってこれなんだから……きっとこの泥をかきわけてお父さんを見つける頃にはボクの脳神経は大ダメージを受けていると思う。事実、その感情の情報量に解析は弾かれた。
「ッ……」
「夕ちゃん!?」
思わず膝をつく。震える。こんな感情を処理しきれるわけがない。ましてや、お母さんを目の前で失ったであろうお父さんにはなおさら……!
「お母さんでも目を伏せるレベルだね、これ……ちょっと調べただけで……震えが、止まらない……あれはもう、お父さんじゃないって言ってもいいくらい、ボクたちには手に負えない何かだよ……」
「……」
お父さんの動きは苛烈さを増していて、泥が落ちていくたびに奴のバリアを溶かしている。女神すら畏怖させる純粋な負のシェアの集合体。ただの化け物だ。
「どうすればいい、どうすればお父さんは……」
元に戻る。そう思った時、不意に空に紅い粒子がたなびいていることに気づいた。お父さんに寄り添うように、ふわふわと。
「お母さん……?」
優しい暖かさを感じる。気づけばボクの周りにも、ネプギアさんの周りにもある。
「茜さん……?」
お父さんとタリの女神の戦いは一進一退でこちらには一切の攻撃がこない。奴は今全部をお父さんに集中させている。だから、今のうちに……
「わかりました、やってみます」
「……?」
コンテナからライフルを取り出して向けたと同時にネプギアさんの誰かと話してるような声に驚く。ボクは何も言ってないし、何も聞こえていない。
「夕ちゃん。もう一度、さっきと同じことをお願い!」
「えっ……?できるけど弾かれるよ……?」
「うん、一瞬でいいから。それで、影さんは元に戻るから!」
気圧されるほどに強い意志をネプギアさんから感じる。
「……わかった。やってみる」
もう一度解析の構えに入る。お父さんの情報だけを得るために伸ばした腕に紅い粒子がまとわりつく。暖かい。
「いくよ、
刹那、再びとんでもない情報量がボクを襲う。痛い、苦しい。つらい。そんな言葉で表すには生ぬるい、言葉を超えた負の感情。でも、前よりも情報が整理されてる……
「お母さん……?」
ふと、紅い髪がボクの横を通った気がした。それは本当に気のせいだったんだけど、まるでお母さんが必要ない情報を受け流してくれていたかのように、ボクはすんなりと泥についての解析を終えた。
「これ、本当に純粋な負のシェアエナジーだ。泥のように見えているのは固着化が不完全なのに物質化してしまったからなんだ……でも、これを制御下に置くなんてできるの……?下手すればお父さんそのものが呑まれて……ってあれ?おかしい」
純粋なシェアエナジーは人間には有害とされている。いくら文字通り人間離れしているお父さんといえども、むしろ女神に近くなっているお父さんは正負のシェアエナジーのぶつかり合いで反発、形象崩壊だってありえる。なのにお父さんは形象崩壊どころかどこも全く影響を受けていない。何かに護られているように……
「あの魔剣?あれがお父さんを護ってるの?」
魔剣に照準を変えて解析しようとしたその時だった。お父さんの持つ魔剣が強く光輝いたのは。
「なに……!?」
「やった……!」
「何をやったの!?ボク、まだ解析してるだけで……!」
「それでいいんだよ、夕ちゃん。ありがとう。茜さんを影さんのところに連れて行ってくれて」
「……ボクの解析は対象をシェアエナジーの力で調べること、情報の伝達も全部信号化されたシェアエナジーが行うのなら……ありえるの?そんなことが……意識の残滓がシェアエナジーになって、それが影響を及ぼすなんてそんなこと!奇跡だよ!」
「夕ちゃん。女神は、奇跡を起こすんだよ」
ネプギアさんの眼は真っ直ぐボクを見ていた。次に、あのタリの女神を見た。
「何、何なのよこのクソ眩しい光は!」
「これが、奇跡の光です!」
そう言うが早いか、眩い虹色の光がお父さんを中心に、まるで世界を覆うかの如く迸る。
「なに、このシェアエナジーの量は……」
ボクのモニターには、「Air percentage of Share energy≒∞」と表示されている。
無限?そんなことがありえるの?お父さんの纏った泥のような負のシェアエナジーを変換したら無限に近い正のシェアエナジーが溢れるなんてそんなこと、お父さんが世界中の憎しみの象徴だとでも言うの?
……いや、言える。今の世界をつくったのは、ネプギアさん以外の女神を殺したのはお父さんなんだから、それほどまでに憎まれていても納得がいってしまう。
「夕ちゃん!」
思考の深淵から、ネプギアさんの声ではっと現状に立ち返る。そうだ。まだタリの女神を撃破していないのだから……って、あれ?
「ネプギアさん、タリの女神は、どこに……?それに、ここは……?」
見渡す限り真っ白で、あたりに一面なにもない。ただただどこまでも続く白い空間。
そこにはボクとネプギアさん、空中に浮く魔剣とお父さん。そして、それを包む七色の光。紫、黒、緑、白、水色、ピンク、赤。よく見ると黒だけ二つある。
「あれは……」
「お姉ちゃん……みんな……」
「ネプギアさん?」
あの八つの光は、お父さんの周りをぐるぐる動きながら、お父さんが目覚めるのを待っているように感じた。
「夕ちゃん、夕ちゃんの再構築で、みんなにもう一度……肉体を作ってあげてほしいの」
「肉体を!?確かにここのほぼ無尽蔵なシェアエナジーならできないこともないけど、それを八つ!?あの光が何かもボクにはわからないのに……って、それは解析すればいいか……」
「あれは、みんなの……影さんが魔剣で刺した、女神のみんなの魂だよ」
「……魂から肉体を再構築、か。この無限のシェアエナジーで、女神の復活、やってみるよ。」
この無限のシェアエナジーがあるなら、今のボクにできないことはない。
「そういえば、最初の質問に答えてもらってないや、タリの女神はどこ?」
「あの人は……この空間の外にいるよ」
「そっか、じゃあ安心して再構築に取り掛かれるよ」
襲われる心配はない。なら、やってやろう。女神が女神を復活させるなんて、面白そうじゃん。
もう、俺には何もない。
喪ったものは、二度と戻らない。
いつか描いた平和も、平穏も、夢の向こう側。
希望、理想、願い、祈り……そのすべてを否定した先、それが俺だ。
もう、疲れたんだよ。
一人で生きることはもう、できないのだから……
「…………い…………えい…………影!」
目を覚ます。
俺の顔を覗き込むのは水色の髪に紅い瞳、白い特殊なスーツのような装備を纏った少女。
俺はこの子を知っている。愛している。でも、もう二度と会うことはない。周りを見渡せば辺りは一面真っ白で、戦闘もなにもなかったかのように、それどころか一面なにもない。俺はもう全身ボロボロで、義手義足の類は全て破損していた。これではまるで夢だ。いいや。まるで、ではなく確実に夢だ。
「ブラン……?夢、か?夢だ。だって、ブランは……」
「その言い草だと、夢に私が出たことはなさそうだな」
「どうして、今……夢を……い"ッ!?」
頬を強くつねられる。痛い。夢ではないとでもいうのか?目の前にブランがいるんだぞ?そんなこと、そんなことありえるはずがないのに。
「いろいろ言いたいことも山ほどあるが……全部これだけで済ませてやる」
つねった手を握りこぶしに変え、渾身のパンチがつねられた頬を直撃する。
「ぐう"ぁはっ!?」
吹っ飛んでしばらく地面を転がったが、やはり痛みは本物で、だからこそ理解が追い付かない。切れた口の中から血が出るがそんなことはどうでもいいんだ。
「肉体言語で済ますだなんて、相変わらずではありませんの?」
「うるせーな、お前だって一発くらいは殴りたいんじゃねーのか?」
「わたくしは……そうですわね。貴女の後に殴れるほど、強くはできませんの。そちらは?」
「私もパス。これ以上殴ったら死んじゃいそうで元も子もなくなりそうだしねー……あんたはどうなのよ?」
「私は殴る気なんてさらさらないわよ。むしろ抱きしめてあげたいくらいだわ」
「やめとけ、その姿だと拒絶されるぞ」
「それもそうね……」
聞こえる。いつも聞いていた四人の声が。俺が殺した四人の声が。
「いたそう……」
「えー、もっとやってもいーと思うけどなー」
「やめときなさい。でも、ひと段落着いたら思いっきり好きないたずらしてやりなさい、気が済むまでね」
「みんな……」
聞こえる。まだ幼さの残る四人の声が。未来のために、未来を失った四人の声が。
「全員集合だね。まっさか二回も生き返るなんてほんとに人生何があるかわからない……って思うけど……いっか。気にしない気にしない。さぁ、顔を上げて。私の大好きな、私のえー君」
声のままに、顔を上げる。
そこには、魔剣に刺された少女たちが、肉体を得て再び蘇っていた。
「あ、かね……?」
「あーあー、こっぴどく腫れてるよ、ブランちゃんったらよっぽど嬉しくってはしゃいじゃったんだね、わかるよ~」
「茜……お前よく平然とボケていられるな……」
「そりゃ十年以上ぶり二回目の蘇生、三回目の人生テンション上がってボケたくもなるって」
「それより茜、貴女、服がないことに気づいてないの?」
「知恵の実食べる前はこうだったって言うし、別にえー君なら問題ないし……あーでもこの空間消えちゃったら問題かー……へいゆーちゃん!なんかこう、とりあえず隠せる布作って!」
「えぇ!?えーっと……これでいい!?」
「おー、普通にゆーちゃんのログの中に残ってた私の私服だね。さて、それじゃあ本題に入ろっか」
脳が追い付いていない。どういうことだ。何が起こっている?
「影さん、あなたが背負った罪と業、そして絶望が、ほぼ世界中すべての負のシェアエナジーを呼び寄せて泥となり、そのすべてが魔剣により正のシェアエナジーに変換、魔剣に残っていたお姉ちゃんたちの魂から夕ちゃんが無尽蔵ともいえる正のシェアエナジーを基に再構築したんです」
「……そうか……でもそれで、俺の罪は、業は消えないだろ」
「そうですね。もちろん消えません。でも、赦すことは……赦されることは、できるかもしれません」
「…………そうか。だがいずれにせよタリの女神の撃破が必要だ」
「はい。だから、影さんにはあのタリの女神を倒してもらいます。ただし、審判の悪魔としてではなく、女神の使徒として」
「それに、偶発的とはいえボクが招いた敵だから、ボクも一緒に戦う。」
「夕……」
戦うことには躊躇はない。でも、俺の身体は……
「この空間の残りのシェアエナジーなら、お父さんの身体を再構築する分は残ってる。それが終わったら……戦いがもう一度始まる」
「私たちはまだ戦えるほど身体をうまく動かせないから、えー君、そしてゆーちゃんが頼りだよ。お願いするね」
「そうか……」
深呼吸をする。結局、俺のやってきたことは徒労で無駄だったのかもしれない。
結果だけ見れば、女神がいる世界に戻ったのだから……長い歴史の間のちょっとしたアクシデントみたいなものとして落ち着くのかもな。
「始めてくれ、夕」
「うん、
空間が消えた。焼け野原になったプラネテューヌ中心に、三人だったボクらは今、十一人になっている。
「はぁ!?新しい女神を生み出したっていうわけぇ!?」
「お待たせ、タリの女神。いやほんと、多分めちゃくちゃ待ったと思うから……もう体力は回復してるって見ていいんだよね?」
「はっ、おかげさまでたぁーっぷり回復することができましたぁー!」
「……そうかい、なら……終わらせようか」
次回、第三十話「未来導く光」
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第三十話 未来導く光
いつもの銃剣を装備し、空へ跳ぶ。不思議だ。さっきまであんなに重かった身体も、折れて壊れた心も、まるで嘘だったかのように軽い。
「こいつッ……!」
敵の雷撃はさっきより遅く見える。回避も防御も自在にできる。もはや重力すら感じない、自由。
「これが……女神の加護とでもいうのか……?」
空中で描いた軌道には虹色の光の残滓が漂っている。シェアデュアライザーを使っていた時よりも、シェアエナジーを放出しているということか?
「お父さん!」
「っと……!」
夕の声で意識を戦場に戻し、敵の攻撃を回避する。少しかすったあたり、考え事をしてる余裕はない。
「気に入らないわね……さっきまであんだけボロボロでギャーギャー喚いていたくせに、あいつらが現れただけでけろっとしてる……本当に、虫唾が走る……!」
「それでも、喪ったまま戻らないものだってある。今の奇跡も、それが永続的なものなのかすらわからない。だから……だからこそ、『今』に全てがある……!」
無限のシェアから女神を再構築したのなら、その再構築したシェアが失われたら女神は、茜は、存在し続けることができるのか?それがわからないから、もう一度出会えた奇跡の今を長続きさせるか、短くさせないようにするしかないのだ。
「ますます気に入らないわねぇ……じゃあその全てってやつを消し飛ばしてあげるわよ!」
「ッ……!夕!」
複素格納された超高密度圧縮シェアエナジー砲がもう一度来る……!
「
「無駄ァ!」
夕の解析でどこに放たれるか、あるいは圧縮シェアの場所を見つけられればとも思ったが、奴を中心に衝撃波が放たれ解析が届かない。
「ぐっ……」
「夕!」
「はっ、乙女の秘密を探ろうとする無粋なことをするからよ」
恐らく解析中にもろに食らったせいで衝撃の影響を如実に受けたのか、夕はしばらく落下し、地面すれすれで体勢を立て直す。
「乙女って品性、持ち合わせてないくせによく言うよ……」
立て直したはいいものの女神化が解除され膝をつく。あの衝撃波の正体は間違いなくシェアエナジーだ。もろに食らっていたら俺も落ちていたと思うほどに冷たく、かき乱されるような、そんなおぞましさ。鳥肌が止まらないくらいには、俺も影響を受けている。
「け・れ・ど……あんたは、あんたたちはこれで……お・し・ま・い・DEATH!」
「ッ……!」
俺と、地上にいる女神たちを同時に狙った超広範囲の熱の奔流。認識した時には、それに飲み込まれていた。
一度焼け焦げた地面がもう一度焼け焦げ、今度はプラネテューヌの象徴たるプラネタワーも半壊した。炎と煙の漂う空に、佇む存在はひとつ。
「ははっ……はははははっ……!」
タリの女神、キセイジョウ・レイは高笑いを浮かべる。
「私の勝ちぃ!何が女神よ、何が奇跡よ!大口叩いたくせに大したことないじゃないの!はっ!今更地獄でびーびー喚いても聞く耳持ちませんー!」
戦場だった場所に勝利宣言の覇があがる。それを止める者は、いない。
「さて、と……それじゃあ手始めにこの世界の女神は全員死んだってことで……あの半分ぶっ壊した教会の連中に教えてあげなくちゃね……」
ゆっくりと降下するレイは、違和感を覚える。
「……なに、この違和感は……女神は死んだはず……焼け焦げた地面も、炎も上がっている……なのに……なのになんで煙の臭いがしない!?」
「それは単純、その映像は偽りだからだよ」
「なっ……!」
半壊していたはずのプラネタワーは最初から無傷、燃えていた地面には炎はなく、消し飛ばしたはずの存在は全員健在、なぜだ。
「ボクの解析が止められたとき、ボクがわかっていたのは環境の情報だった。だったらそれを再現したスクリーンを作って、まずはボクが女神化解除したように見せたんだ」
「そして、スクリーン上の俺たちをめがけて放った圧縮シェアはこいつで斬らせてもらった」
凍月影は魔剣をレイに向ける。
「この魔剣は、シェアエナジーの指向性を変換させるものだ。刀身に触れたシェアエナジーの指向性を変換させる。そして触れ続ければあるタイミングで正負の対消滅が起こる」
「それで、消し飛ばしたとでも言うわけ?あれを……?」
「そうだ。そう考えると、さっき俺たちを包んだあの光は説明がつかないが……あれはなんでなんだ?」
「あの泥は世界中ほぼすべての負のシェアが顕現したもの。そして、あの泥は全てが同一……一部分が全てであったってわけだ」
「一部が受けた影響を全て受けた、だから魔剣の変換を受けてすべてが同時に正のシェアになった、ってことだね」
「魔剣の変換は柄が握られてない限りは起きないから、影の手から離れたのは私たちの意思よ」
「初耳なんだが……」
今まで起きたすべての現象の種明かし。だが、それを聞いて面白く感じるレイではない。
「……ずいぶん、コケにしてくれたじゃないの……」
「……おしゃべりは嫌い?じゃあ終わりにしよっか、お父さん」
「そう、だな。あの大技をもう一度撃たれる前にケリをつける」
「はっ、大口叩いてられんのも今のうちよ、私がどこからエナジーを持ってきたと思ってるのよ」
複素格納、凍月影はそう考えていた。だが実際は違う。次元格納……不定形であり「物体」ではなく「概念」に近いシェアエナジーは次元を超えて存在しうる。ゆえに次元を超えて持ってくることも理論上は可能である。
「まさか、向こうの次元から持ってきてたって言うの!?そしたら……まさか!」
「勘のいいガキね……正解でぇーす!イエローハートに使っていた無限シェアエナジーマシンの直列運用をすればぁ……今すぐにでも撃てるってわけよぉ!」
「……俺たちに撃っても斬るだけだぞ」
「はっ、だったら世界から壊してやるだけよ」
「ッ……!」
動く凍月影。だが雷撃が阻む。
「残念でしたー、これで今度こそ、私の勝ちぃぃぃぃぃ!!!!!」
風が吹く。右腕を天に突き上げたまま奴は動かない。何も、起きていないのだから。
「なんでッ!?こいつらが向こうに影響を及ぼすことなんてできないはず……!」
「……みんな……ありがとう……」
ボクはその瞬間、向こうのみんなが、ノワールさん、ベールさん、ブランさん、プルが、エディンの機械を片っ端からぶっ壊して回ってくれたんだとわかった。威力偵察が、成功したんだとわかった。
「全部終わったら、お礼を言いに行くから。待っててね、プル、みんな」
「……そうか。いい仲間を持ったな、夕」
「うん!」
明らかに奴はうろたえている。攻めるなら今しかない。
「審判の時は来たようだな……」
「ちくしょう……どいつもこいつも!でもねぇ!?まだ私には私のエナジーがある!これだけでもあんたたちの世界の半分以上はぶっ壊してやるわ!」
「けどそれを使うから、妨害はできないね!
「しまッ……!」
環境情報、目標の構造情報、解析完了。奴の弱点は……!
「お父さん!首元の装飾!それを壊せばいい!」
「あぁ、よくやった夕!」
「おのれぇぇぇぇ!!!!」
奴はエナジーを向かってくるお父さんに投げようとするが、それを許すボクじゃない。数発、たった数発の光弾で、奴の姿勢は揺らぐ。その時できる一瞬の隙さえあれば、お父さんは奴を斬れる。だって、ボクのお父さんは「凍月影」なんだから。
「でぇぇぇぇぇい!」
首元の装飾をめがけてお父さんは魔剣を突き刺す。もちろんバリアは展開されるが、魔剣の前にそれは意味をなさない。お父さんとタリの女神が地面に激突し、そこから大爆発が起こる。その中心から、爆炎とともにお父さんは戻ってきた。
「……終わったよ。……最後の悪あがきで、魔剣は失われたけどな……」
「そっか。じゃあこれで本当に、大団円だね」
「みなさん、終わりましたか?」
「あぁ、ギアちゃん。そういえば見なかったけど何してたの?」
「国民の皆さんに、お姉ちゃんたちが復活したことをすぐに伝えられるように準備してたんです。ユニちゃんとロムちゃん、ラムちゃんにも手伝ってもらって……今ようやく準備がある程度できたところです」
「ネプギア……本当に、立派になったわね……」
その日、喪われたはずの女神の復活が全国民に知れ渡った。一週間後、ラステイション、リーンボックス、ルウィーのプラネテューヌからの独立が宣言され、世界は「元通り」となった。
タリの女神撃破から半年が経過した。凍月夕こと女神グロウスハートは新たに国を興すことはせず、その存在だけが四か国の住人に知られており、「クエストハンター」として名をあげていた。
凍月影、凍月茜の二名はルウィーに居を移し、女神ホワイトハートのもとで様々な仕事を受け持っている。もちろん、不老不死という女神特有の性質は引き継いでいるため、ホワイトハートは彼らを永遠に使い潰すつもりらしい。
プラネテューヌの女神はパープルシスターから再びパープルハートへと戻った。しかしこれは便宜上というものであり、外交はパープルハートが、内政はパープルシスターが受け持つことでプラネテューヌは再びの発展を始めた。
ラステイション、リーンボックス、ルウィーももちろん、協力と競争、切磋琢磨により発展を始めている。
緩やかな衰退を続けていた世界とは思えないほどに、世界は彩りを増していったのだった。
「半年、かかっちゃった」
「ゆーちゃん一人移動するために必要なシェアエナジーをゆーちゃん一人だけで集めてたからね。みんな今は手伝うよゆーなんてないわけだし」
「向こうは、何年経ってるかな」
「さぁ、な。あの歪みは、あのタリの女神が撃破された後に消えた。だから同期されていた時間がずれている可能性は大いにある」
場所はプラネテューヌ教会。次元移動を行うには最も都合がいい場所がここなのだ。
「……思えば、夕ちゃんはここから旅立ったんですよね」
「そうだな、もう、ずいぶん前のような気がする」
「ずいぶん前だよ、ちっちゃくてかわいいゆーちゃんがおっきくてかわいいゆーちゃんになってさらに女神になっちゃったってわかって私驚いたんだよ!?」
「あはは……」
ボクはもう一度、向こうのみんなに会いに行きたい。そのためにボクは頑張ってきた。今日、それがやっと叶う。
「夕さん、次元移動の準備、整いました」
「ありがとう、イストワールさん」
すぅ、はぁ。なんでかわからないけど緊張する。楽しみでもある。だって昨日は寝れなかった。
「お父さん、お母さん。行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
「今度は早めにトラブルなく帰ってくるんだよ!」
「うん!」
次元移動が開始される。確か、前は……
「やっぱり!空中に放り投げられたんだった……!」
空中で女神化し、地面にふわりと着地する。
「この景色も、なんだか懐かしいな……」
女神化を解除し、辺りを見回す。覚えている。どこを通れば目的の場所に着くのかも、どこにどんな石があるのかも、全部全部、鮮やかに覚えている。
そんな思い出に浸っていたら、草の揺れる音がする。ゆっくりと、こっちに近づいてくる。やがて止まったその音は、一気に早くなってもっともっと近づいてくる。
「ふふっ、珍しいね。そんなに走ってくるなんて」
息を切らして肩で呼吸しているその音の正体に、ボクは語りかける。そうだね、君とここで会ったんだった。
「だってぇ~、見間違いじゃないかどうか、確かめたくてぇ~」
「そっか。……久しぶり、プル」
「うん~、ひさしぶり~、ゆ~ちゃん~」
次回、エピローグ「友よありがとう」
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エピローグ 友よありがとう
半年かかって、ボクはプルたちみんなと再会した。こっちは七賢人の開けた次元をつなぐ穴の影響がなくなったせいか、ボクが戻ってから3か月くらい経ってるらしい。少し、時間間隔にずれがあるけれど大丈夫。ボクたちは再会を喜んで、今はプラネテューヌの教会で全員集合している。
「ゆぅ!ゆぅだ!」
「ピーシェ……そっか、ピーシェももう元通りなんだね。」
「とはいってもまだ普通に女神化はできるからちょくちょく変身されては遊び半分で大けがしかけるのよね……」
「元気なのはよいことではありませんの」
「貴女はピーシェのパンチをもろに受けてないからそんなことが言えるのよ……」
「ゆぅ!あそぼ!あそぼー!」
「ぐふぅ!?」
……とまぁ、全員集合したはいいもののまだまだ無邪気なピーシェがタックルからパンチ、キックのコンボを決めてくるから全然平和とはかけ離れているのかもしれない。
とはいえ、こっちはもうボクの第二の故郷と言っても過言じゃない場所。どこに何があるのかも覚えているし、どこにどんな石があるのかも頭に入っている。まだリーンボックスの山の方の採掘はできてないからいずれ行くとして……今はかつてエディンがあった場所にいる。
「ものの見事にぐちゃぐちゃだ……」
「手あたり次第ぶっ壊してまわったからね。まぁもともとぶっ壊れてた部分もあるんだけど……」
「そのおかげでボクたちはあいつに勝てたから……本当にありがとう」
「えへへ~、ど~いたしまして~」
「しかし……どうやってあのような恐ろしい存在を倒すことが?夕ちゃんの次元には女神も一人しかいないと聞いていましたのに」
「それは……秘密。ここにはないもので倒したからね」
「大方、そっちの影が弱点でも見抜いたのでしょう?」
「まぁ、そんな感じ。そうだ、こっちの影さんは?」
「現場よ。ちょうどこの近くで四か国合同チームの本部があるわ」
「それぞれの国にとんっでもない被害出してくれたんだから復旧とか調査とかやること山積みで困ってるのよね」
「ですからこうして合同チームで事後処理に当たっているわけですわね」
チームの人たちの動きはてきぱきしている。今何をするべきか明確にわかっているからそんなにてきぱき動けるのだ。そんな明瞭な指示ができるのは……
「ん、ブラン達か。いらっしゃい」
「もはや余裕すら感じるわね、影」
「今は技術解析と情報処理、周辺環境の復旧のフェーズだからな。技術班の人たちはてんやわんやだろうけど、統括の俺は先の見通しを立てたり仲間の余裕を見たりして全体の目的を見失わないようにしてるのさ。慣れっこだよ」
「さすがは私の右腕ね」
「まぁ、な。おや、夕じゃないか。こっちに来てたんだな」
予想通り、ここを仕切ってたのは影さんだった。少し日に焼けたその姿はもうお父さんとは完全に別人の印象が強い。
「はい、やっと来れたんです」
「そうか。……積もる話はあるだろうが、しばらくここから離れられない。茜は……」
「およ?呼んだ?」
「あぁ、ちょうどいいところに。夕が来てるんだ」
「おー!ゆーちゃん久しぶりだね!」
「久しぶり、ですね」
本部と言ってもテントがたくさん並んでいるだけで、隣のテントから茜さんがちょうどいいタイミングでやってきた。
「ふふっ、そっか。ゆーちゃんはまたひとつ、大きくなったんだね」
「え……?」
「ベール、それにみんな、せっかく来たんだしお茶でも飲んでいってよ。積もる話はそこでしよ?」
「いいんですの?茜ちゃんはここの統括補佐のはず……」
「女神様が来たんだよ?だいたいの遅れはえー君がなんとかできるからだいじょーぶ!」
左手でサムズアップする茜さん。それを受けて深いため息とともに左手で頭をおさえる影さん。その二人の薬指には同じ装飾の指輪があった。
「……あ」
「私も聞いたときは驚いたわ……」
「ブランちゃん、しばらくず~んってしてたよね~」
「取られて悔しいってことなのかしら?」
「うっせーぞてめーら!その…………」
「昔から、俺とブランはそばにいたんだ。なんだろうな、家族なんだよ。親でも、きょうだいでもない、家族……その家族が離れるってなったら、少なからず衝撃は受けるものさ。」
「ロマンチック、ですわね」
「そうだろうか。でも、そうだな……」
遠くを見ながら、影さんは言葉を続ける。
「……家族が離れるのは、辛いものだよ」
「……そうね、あなたは……」
悲しく、でも少し微笑んでいるように見える影さんの表情は、どこかお父さんに似ていた。そういえば、ボクがこっちにいる間、お父さんたちは何をしてるんだろう……
見慣れた風景、聞き慣れた環境音。静かで寂しい、そんな雰囲気がずっと続いていくと思っていた。それに目をそらさず、自分が招いた結果だと受け入れて。でも、今は違う。
「えーいー!」
「……ネプテューヌか。またサボりか?」
「人聞きが悪いなー、お仕事はネプギアがだいたい全部サクッとやってくれてるからネプ子さんはサボりではないのだ!」
「……そうかい」
喧騒と言えばあれだが、世界は活気を戻してきている。いつか見たあの眩しい理想の世界のように。
「眩しい、か……」
「およ?ふつーに昼間だよ?」
「こっちの話だ。ギアは仕事に戻ったか……茜は羽を伸ばすって言って出かけたし……帰るよ」
「え?もう?もうちょっとゆっくりしてていいんじゃない?」
「誰かさんと違って、ぐーたらしてるだけなのは嫌なのさ」
プラネテューヌの教会を後にする。今の俺の家はここじゃない。後ろからネプテューヌの声が聞こえる。活気を取り戻してる眩しい街の中で一人、まだその眩しさに対応できてない俺は……なんなんだろうな。
「……ふふっ」
プラネテューヌからルウィーへの道は歩き慣れているのもあって迷うことなく教会にたどり着く。その中で何故か笑いが込み上げてきたのは……自嘲だろうな。
「お帰りなさい、影。早かったわね」
「っ…………そう、だな……」
反応できなかった。俺に「おかえり」と言うのは茜だけだったから……ブランの声に驚いてしまった。
「…………ブラン」
「何かしら、影」
思えば今この瞬間まで、ブランと二人きりになることはなかった。いつもロムラムや茜が、教会の職員が誰かしら近くにいた。もしかしたら、俺はブランと二人きりになることを恐れていたのかもしれない。何故かはわからないが、きっとそうなると俺は……
「……すまない……」
絞り出すように出た言葉は謝罪だった。わかっている。謝って済むことではないのだ。だから、自分でもどうしてこの言葉が出たのかは理解に苦しんでいる。
「……そう。まったく、貴方は本当に……本当に困った男ね」
「……」
「けれど……そうね。あなたの口からその言葉が出たのなら……私から言うことは……」
ゆっくりと、ブランは目の前まで歩いてくる。俺の顔を見上げ、言葉を繋ぐ。
「貴方は自由よ、影。過去を忘れろとは言わないわ。でも、過去に縛られる理由ももうないでしょう?」
「それは……」
「今を生きて、未来へ生きなさい」
「……そうか」
凍月影の過去が赦されたわけではない。だが、それを理由にして未来を閉ざすこともまた、許されなかったということだ。いつだったかギアは「生きていることそのものが貴方への罰」と言っていたっけ。そうだな、そうだった。だが、それも終わったのかもしれない。終わってしまったのかもしれない。だとしたら……俺はこれからどう生きるのがいいんだろう。何故、まだ生きているのか……その答えを今ブランがくれた気がする。
「それがいいな」
「晴れたわね。迷いも、表情も」
「ありがとう、ブラン」
「どういたしまして。それじゃあ影、仕事よ」
くるりと回れ右をしてブランは執務室に戻っていく。反射的に右手が伸びるが……もう、この手を伸ばす必要もない。あの子はもう、俺の……俺たちの前から消えることはないはずなのだから。
「あぁ、次は何をすればいい?ブラン」
「そうね……」
扉の前で立ち止まり、思案する。が、何かに気づいたようにこちらを見る。
「茜と、夕と。幸せに生きなさい」
生きるということに、目をそらすなと。今の幸せを手放すなと。そう言って、ブランは扉の向こうへ消えていく。
「……ただいま、えー君」
「おかえり、茜」
「ブランちゃんから、大切な仕事を貰ったね」
「聞いていたのか……それが俺の仕事なら、勤め上げるまでだよ」
ボクがこっちで過ごして1か月が経っただろうか。多分向こうはもう2か月以上は経っている。そろそろ戻らないと。そう思って次元移動用のシェアを融通してもらったり石集めと並行して自分で集めたりして、今ボクは帰る準備が万全にできたところだ。
「楽しい時間はあっという間だったよ、みんな」
「そうね、本当にあっという間だったわ」
「ゆ~ちゃん、元気でねぇ~」
「そちらの世界も復興が進んでいると聞きましたし、もしかしたらこちらに来る前とは大違いになってる可能性もありますわね」
「そうだね。楽しみ半分、怖さ半分かな。でも、道に迷うことはないと思う」
「ならいいわ。夕、向こうの影……あなたのお父さんのこと、しっかり見ておくのよ。どこかに、消えてしまわないように」
「うん、お母さんもいるけど……そうだね。お父さんは……そんな気がする」
外は綺麗な青空が広がっている。雲一つない快晴。
「じゃあね、みんな。また来るとは思うけど……そんな頻繁には来れないから、さ」
「えぇ。それじゃあね、夕。元気で過ごすのよ」
「ノワールさんも。プルも、ブランさんも、ベールさんも」
「また来てねぇ~」
プルの声を背中に受けながら、ボクは次元を移動する門をくぐる。戻る先はボクのいるべき世界。止まった針がもう一度動き始めた世界。
「……ただいま」
教会の窓から見える空も晴れていた。雲はあるけれど、青い空がよく見える。
「おかえりなさい、夕さん」
「イストワールさん。お父さんとお母さんはルウィーだろうけど……ネプギアさんは?」
「お仕事中です。ネプテューヌさんも見習ってくれればいいのですが……」
「ネプギアさんの……お姉さんだっけ。逆……じゃないの?」
「ネプテューヌさんがお姉さんなんです。ネプギアさんもネプギアさんでずいぶん甘やかしているので……」
「そう、なんだ。話をしてみたいけど……でもまずは、お父さんとお母さんに会いたいな」
「では、こちらから影さんに連絡をしておきますね」
「ありがとう、イストワールさん」
ぺこりと一礼した後、外に出てルウィーへの道を歩く。色あせているように見えた世界の景色も、向こうと同じように鮮やかに見える。それは、すれ違う人の表情もそうだ。みんな明るい。
「……これが、ボクたちが守った世界なんだね」
ひとり呟く。口角が上がる。そして駆け足になっていく。積もる雪を踏みしめながら、教会をめがけて駆け抜けていく。
「はぁ、はぁ……」
白い息と上がる肩、はやる鼓動と高揚感。扉を開けて一歩踏み込む。
「……ただいま!」
言葉と視線の向こうには二人の人影。
言葉に振り向き、微笑む。
『おかえり』
『並行世界の先導者』これにて完結でございます。
毎度毎度至らぬ点だらけではありますが走りきることができました。
今度こそこれで完結です。ありがとうございましたッ!
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AFTER01:対話
夕が帰ってきてから数か月、ブランに少し休めと言われた結果、今俺は家族でプラネテューヌに来ている。ただ、茜も夕もいろいろ行きたいところがあるらしく、二人で早々に旅立っていった。結果、俺は一人教会でお茶を飲んでいる。
「すまない、イストワール。忙しいだろうに」
「いえ、アポイントメントがあったのでお気になさらないでください」
そのアポも前日だぞ……となりながらまたお茶を飲む。
「なんというか、落ち着かないな。少し前まで勝手気ままというか、普通に住んでいたからな……」
「そうですね。ですが影さん、今はもうルウィーの職員……国家公務員なのですから」
「そうだな。……ギアは仕事で、ネプテューヌはプリンか?」
「それが実は、ネプテューヌさんがお仕事を自分から始めたんです」
「What!?」
冗談ではない。あのネプテューヌが仕事を?
「ネプギアさんに任せっぱなしだったのを反省したみたいで……」
「そう、か……驚いた、本当に……」
「ただ、しばらくネプギアさんはお仕事以外のことをあまりしてこなかったみたいで、いざ早く終わらせてしまうとテラスでぼーっとしていることが多いんです」
「……わかった」
これも俺が招いたことか。
「影さん?」
「ギアと、話をさせてくれないか?」
「……そうですか。わかりました。影さんなら、お話が弾むかもしれませんね」
ネプギアさんはテラスにいますよ、と言ってイストワールはまた飲み物を用意しに行く。あの大きさでお盆と湯飲み二つくらいは持てるのがすごいなと思いながら、俺もよくいたテラスに向かう。
「あぁ……」
そこにいたのはネプギアだった。悲しいほどに俺に似た……俺と同じ雰囲気を纏ったネプギアが。
「影さん……来てたんですね」
「あぁ、休みをもらってな」
「そうですか」
会話は続かない。言葉もなく、二人で外を見る。
「……ギア」
「……影さん」
話始めが被る。数瞬の間の後、口角が上がる。
「笑うほどですか?」
「きっと考えてることも同じなんだろうと思うと、な」
「それは……そうですね。影さんが……私と、私たちと壊した世界が、元通りになっていきます。それにもしかしたら、前よりもよくなっていってる気がするんです」
「そうだな。活気がある。いつか見たあの国のように……まるで消えかけの焚火に薪をくべるように」
「……影さん、私は……」
「……火を消さないことは、消すことよりも難しい。胸を張れ、ギア。って共犯者が言うのは違うか……」
「共犯者、ですか」
暖かい風に髪が流される。共犯者という言葉に何かの引っかかりを得たギアは復唱し、笑う。
「ギア?」
「影さんに、笑わされるなんて思いませんでした」
「そうかい、気に入ったのか?」
「そうですね、とても」
「……意外だな」
「そうですか?私たちは、同じ目的のために世界を騙していたんですよ?共犯者でいいと思います。言われるまで全く思いつかなかったですけど」
「そうか。……なぁギア、いつかの旅の報告書見たか?」
それはもう何年も前の旅。夕がまだ幼かったころの、数少ない外出の記憶。理想への招待状。
「読みましたよ、何度も……何度も。夢を見てきたかのような影さんの綴るその報告書は……影さんの理想を見てきたという純粋な思いは……本当に、いいものでしたから」
「……そうか。あの理想は……夢だったはずなんだがな」
次元を超えた友人たちは今頃どうしてるだろうか、なんて考えたことは今の今までなかった。記憶の片隅に……記録の奥底に眠っていたものだったが、あの眩しい理想の世界に近づいた今のこの世界を見てしまえば、連鎖的に思い出される。
「夢は夢でも……正夢だったというだけですよ」
俺を真っ直ぐ見つめるギアの瞳は、輝きを増していた。あぁ、そうだった。ずっと昔、俺が世界を壊すまでは……君はそんなに輝いた瞳をしていたのか。取り戻すことができたのか。
「そうだな」
おもむろに右手をギアの頭の上に乗せる。ぽふぽふと音が聞こえるような手の上下運動と、頭を撫でる左右の運動。
「……少し前の私なら、この手で撫でられることは……嫌ではなくても抵抗はありましたね」
「それが正常な反応だろう、この手は……」
「でも、今はこれでいいんです」
両手でしっかりと、俺の手を握るギア。
「ギア……?」
「影さん。ありがとうございました」
握った手を離さず、真っ直ぐに俺を見て感謝の言葉を述べる。俺は、俺には……そんな筋合いなんてないはずなのに。
「私はあなたを憎んで、恨んで……でもそれだけでした。あなたのしたことを、許すことなんてできなかった」
握る手の力が強くなる。
「でも、忘れることも、止めることもできなかった。私はあなたに、何もできなかったんです」
「そんなことは……」
「……ありますよ、私から何か行動することはできなかったんです。ただ行き場のない恨みや憎しみを抱えただけで、ぶつけることすらままならなりませんでした」
沈黙が流れる。この独白に、言葉は挟めない。
「……ですが、影さんはいなくならないでくれました。お姉ちゃん達を貫いた魔剣の力で茜さんを助けて、犯罪神を倒して、それで……私たちは帰ったんです。帰れたんです。私はそれが嬉しかった。……私は、」
手を見ていたギアの視線は再び俺の目に戻る。さっきよりも強い眼光とともに。
「あなたを恨み続けることが、憎み続けることができました。影さんが生きていてくれたから、私は……お姉ちゃんたちが帰ってくるまで、頑張れたんだと思います。だから……ありがとうございました」
あぁ、そうか。俺にとっての茜が、ギアにとっての俺だったのか。だったら……それは苦しかっただろうに、悲しかっただろうに。
「それは……」
握られ続けてる手を引き戻し、ギアを抱き寄せる。いつか、俺が壊れかけた時とは違う意味の抱擁がここにある。
「俺と同じ類の苦しみだ、存在が自分以外に定義される女神ならなおさら、それは自身を歪めていったはずなのに……!」
「……何言ってるんですか、散々歪んだあとの影さんが言っても何も響きませんよ?」
「だとしても、いやだからこそ……!」
ギアが俺を憎むのは当然だ。俺はそこで思考を止めていた。だからギアが俺と同じように、壊れかけていたことに気づけなかった。俺はそれが許せない。
「でも、わかったこともあるんです。恨み続けるのは辛いことです。それが他人であれ、自分自身であれ」
はっとする。自分自身を恨むことなんて、俺はともかくギアにもあったのか?
「影さんを止められない自分自身が許せない。寝首を搔くことだって、いつでもできたはずなのにそれをできないことも許せない。お姉ちゃんの仇なのに……ずっと、ずっと抱えてたんです」
「……」
「お姉ちゃんが、守護女神の皆さんたちが帰ってきて、それを抱える必要がなくなったんです。そしたら、一気に心が楽になったんです」
ギアの両腕がゆっくりと回される。言葉は続く。
「影さんのしたこと、行為と結果は消えません。それは罪として残ります。ですが……」
至近距離で、目をそらせないほどの強いまなざしでギアはさらに続ける。
「私はあなたを赦します。凍月影さん」
「ッ……!」
その言葉は、『凍月影』をまた一歩前進させるには強力すぎる言葉だった。『喪失』ででしか進むことはできなかった俺の、最後の『喪失』。それが、『ネプギアによる赦し』。
「もう、いいんです。終わりましたから。あなたも一緒に未来に向かうべきです。忘れてはいけません。でももう縋ってもいけません。私も私の決着をつけました。影さん、あなたもあなたの決着をつけてください」
なんたる偶然だろうか。ブランとほぼ同じことをギアも言っている。まだ俺は、前を向ききれていなかったのかもなしれない。それも終わったか。終わらせる時が、来たのか。
「あぁ、そうだな。……ありがとうギア。それに……」
テラスの入り口に目線を向けると隠れて聞いてるネプテューヌ、茜、夕がいた。
「お姉ちゃん!?いつから聞いてたの!?」
「えぇ!?気づかれた!?」
「えーっと……『理想は夢だったはず』ってところからだったはずだよね?お母さん」
「そうだねー。いやー、まさか帰ってきたら修羅場っちゃってるんだからニコニコ笑顔で眺めざるを得ないって。ねー、ねぷちゃん」
「ねー。じゃないよ!茜から見たらこれ浮気だよ!?なんでそんなのほほんとしてるのさ!」
「のほほんとするよ?えー君が私とゆーちゃん以外の女の子のところに帰ってくるなんてありえないんだからさ」
「言い切っちゃうの!?これが正妻の余裕ってやつ!?」
とまぁあのネプテューヌがツッコミに回るほどの余裕がなくなった様子を眺めたところで話は終了。茜からは最後に一言、「これで全部終わったね、本当に」と。全く、茜には敵わない。夕からは夕からで「お父さん、あれは浮気なの……?」とマジトーンで聞かれる始末。茜と声をそろえて『まさか』と言ったところで夕は納得した様子だった。そう、これで全部終わったのだ。
……いや、まだ一つ残っているな。それは帰ってからにしよう。
次回、「AFTER02:清算」
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AFTER02:清算
ルウィー教会の敷地内、限られた者のみが知っているその場所には、二つの墓標がある。
「ここに……来る資格はないと、思っていたんだけどな」
その墓標の周りには手入れされている花壇、長椅子と本。どこか幻想的な雰囲気を醸し出しているこの場所は、他でもない双子の兄妹の墓標である。
「黒、白。どの面を下げてと思うだろうが……ようやく、ちゃんと話をしに来ることができたよ」
長椅子に腰かけ、二つの墓標を見る。
「俺は、あの時の選択を間違ったとは思っていない。きっと、お前たちもそうなんだろう」
その判断がまぎれもなく正解であったことは、今に続く時間が証明している。だからこそ、後悔が募る。
「だから、間違えておくべきだったのかもしれないと、そう考えることも多いんだ」
あの引き金は、可能性全てを断つものだ。彼らが助力してくれるかもしれなかった可能性も、最後の最後まで妨害をしてくる可能性も、全てが終わったあとに奇襲してくる可能性も、白が女神としてネプギアと渡り合い、世界をよりよくしたであろう可能性も、全て断ち切る。その引き金を引く判断をあの状況で、状態で、リスクとリターン、それに感情も入れて正確に判断することは不可能だ。それは冷静な今現在の自分でも、変わらない。
「だがすべては結果論でしかない。今があるのは、な……」
終わってみればブランは、女神たちは生き返り、世界は元に戻ったと言える。だがこの二人はどうか。魔剣の中に魂があったわけではないこの二人は、ただ死んだだけである。若くしてその生涯を終えただけである。そう、普通は失われた命は二度と戻ることはないのだ。
「……どうしようもない、困った男だな、俺は……」
脳裏に浮かぶのは夕の姿である。きっと、この二人が生きていたら夕は懐いていたであろう。黒も白も、夕のことを可愛がっていたであろう。その様子を、茜とブランがほほえましく見ている光景だって簡単に想像がつく。ただの度し難い愚かな男、凍月影以外は純粋な幸せを享受している光景だ。
「いや、血は争えないともいうのか……」
だったらもはやただの屑でしかない。かなぐり捨てたはずの欲望が捨てきれなかった愚者の成れの果てだ。ほぼ全ての人間を捨てた俺自身に残ってしまった人間の残りかす。
「だったら俺は……俺は……ッ!」
左手を強く握り、動きの制御をプログラムに任せる。できる限り強く、左頬を殴るように。
「ぐぶっ……」
自分の意思とは切り離したからこその強い痛み。地面に倒れこみ、切れた口の中から血を吐く。きっとこれを繰り返せば頬や顎の骨が折れるだろう。脳震盪だって起きるはずだ。立ち上がって第二打を用意しよう。……こんなことを繰り返しても、この二人は生き返りもしなければ、満足することも、赦してくれることもないはずなのに。
「……珍しく先客がいると思ったら、物騒なことをしているものね」
「ブラン……」
身体を起こしたところで、視線の先にはブランがいた。プログラムは止めるしかない。
「……貴方の事だから、自分で自分を殴り続けるつもりだったのでしょう?それで誰も満足も、納得もしないことをわかっていて」
「……あぁ」
二人で長椅子に座った後に、ブランは本を開きながら話す。全て、わかっていて。
「はぁ……ここに3つ目の墓を建てられるほどの余裕はないわ。諦めて情けなく生きていなさい」
「……情けなく、か」
「……えぇ。私たちは、子供二人を大人に育てることの出来なかった情けない親よ」
「ブラン、それは……っ!」
違う。俺が撃ったんだ、俺の罪で責任なんだ。それを一緒に背負おうだなんて、それは……!
「貴方一人が親だったら、それは貴方だけの罪で責任よ。でも、それは違うわ。黒と白の母親は私よ。その責任から逃げるつもりはないわ」
「……」
「皮肉な話ね。子ども二人守れないくせに、国を護らなきゃいけないのは……」
「……」
何も言えない。言う資格がない。今までここに来ることすらできなかった、親というにはあまりにもおこがましい存在の俺には、何も。
「影。私を刺す前の問い、覚えているかしら」
「……俺の戦った世界に、女神のいる意味はあるのか……だったか。答えはノーだと、言った覚えがある」
「そうね。全てわかった上で貴方は選んだ、進んだ。黒と白を撃った時から、今こうなることもわかっていたのでしょう?」
「……そう、だな。わかっていた。だから、向き合うことを恐れた。資格がないと。そう、言い聞かせて」
「……はぁ……」
ブランは本に栞を挟み、閉じる。そしておもむろに俺の顔に手を伸ばし、しっかりと掴む。真正面にブランの顔が見えるように。それ以外が見えないように。
「馬ッ鹿じゃねーの!?」
そして出たのは罵倒である。いや、ブランの言う馬鹿は照れ隠しなこともあるから罵倒とは一概には言えないが今回は正真正銘罵倒である。
「全部わかってるくせに、てめぇは逃げた!今の今まで逃げ続けた!私はッ……!それでも私は、てめぇが自分の意思でここに来ることを待った!だのにまだ、てめぇは逃げるのか!」
「ッ……!」
「向き合うのが怖い?資格がない?私だってそうだ!でも逃げねぇ……私が魔剣に刺されることを選んだから黒と白はてめぇに殺られたんだ!私が……私たちがあの二人を殺ったんだ!女神として……親として、加害者として!その罪と責任からは絶対に逃げねぇ!逃げてなるものか!てめぇはどうなんだ、影!」
「俺は……」
ブランの叫びは、俺以外にはぶつけることができないものだった。茜は感じ取っていたかもしれないが、俺に伝えることはしなかった時点で茜も俺の問題だと認識していたし、俺が自分でなんとかできると信じてくれていたのだろう。そして、当の俺はようやくすべてが繋がった。ブランも黒と白に向き合って、苦しんで苦しんで、それでも罪と責任を自覚し、逃げないことを選んだのだ。あの日の俺たちの選択がこの二人を殺したのなら、俺だけの罪と責任というのは傲慢、あるいは思い上がりで……黒と白どころか、ブランとも向き合うことが俺はできていなかったのか。
「俺も逃げない。もう逃げない。黒と白からも……ブランからも」
「ッ……そう。なら……」
ブランは手を離し、椅子から立ち上がる。身長差のせいで座っている俺の目の高さがだいたい立っているブランの目の高さに一致するからさっきとは違って自然な姿勢で目が合う。そしてブランは微笑み……
「ッ……!」
一瞬、だが確実に唇が触れ合った。
「ブラン……?」
「私のわがままよ、影。もう、思い残しはないわ」
「……」
「私たちは黒と白への罪と責任を背負って今を生きる。同時に……」
「未来へ……生きる、か」
「えぇ。……黒、白。あなた達から奪った未来、絶対に失くさないわ」
そう言って、二人で墓標を後にする。
きっと、黒なら「……わかった、絶対だよ」って言いそうなものだし、白なら「裏切ったら許さないよ」くらい言いそうなものである。そう、聞こえたような気もする。
「あ、お父さん。どこ行ってたの?」
ブランは執務室に戻り、自室に向かう廊下で夕に会う。あの日最後に見た白の背丈よりも大きくなった夕を見て、静かに笑う。それは自嘲だが、俺はもう逃げない。未来に生きると決めたのだから。
「……秘密だ」
とりあえず書きたくなったAFTER編はいったん終了です。
また思いついたときに書くと思います~
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AFTER03:思惑
黒と白の墓標の前でもう一つの過去に決着をつけ、夕には秘密だと言ったが……いずれあの子も知る必要はあるのかもしれないと脳裏に思考がよぎる。が……
「まずは茜だな……聞かなきゃならんことができた……」
決着の果てに新しい謎が浮かんだのはあまりよろしくないことだが……合点がいかないのだから問いただすしかあるまい。
「やっほ、えー君。その様子だと、あの子たちに会ってきたんだね」
「あぁ……単刀直入に聞かせてくれ、茜」
「……それは、二人きりで話さないとね」
「……なぜ、俺をもう一度親にした」
「あの子たちと向き合わせるため、でもあるかな。それは副次的なもので、私が親になりたかったからだよ。二人じゃなきゃなれないからね」
「俺にはその資格などないとわかっていながら……」
「だからだよ」
明かりのない部屋の中で、紅の瞳が俺をじっと見つめる。
「私はえー君が欲しかった。ゆーちゃんも欲しかった。ただそれだけ。えー君が嫌がることも、えー君がまだゆーちゃんとはちょっとだけ距離があることも、私はわかるから……」
「……欲張りだな」
「そーだよ?私、えー君の全部が欲しいんだよ」
「そうかい」
沈黙が流れる。言葉は茜には必要ない。
「そうやって、自罰的になるのはよくないよ」
「それ以外にどうしろと?俺はこれしか知らない」
「私を助けるためにえー君はほとんど全部、大事なものを捨ててきた、切り捨ててきた。文字通りね。だから……」
「だから?」
「それを絶対に忘れないようにするために、ね」
忘れることはない。それは現在だから言えることなのか?
「大丈夫、私も背負う。えー君一人の罪じゃない。私を助けるための罪だと言うから、私も背負う。そのための……首輪だったのにね」
「そうだな、互いが互いのいない世界を生きられないから、という名目でもあったが……」
茜が俺の首に触れる。そこには直に手の感触を感じる。少し前までは金属の感触があったのに。
「でも、罪は消えないんだよね。ギアちゃんに赦されても……ブランちゃんと、黒君と白ちゃんに向き合っても、えー君的に言えば、その結果は変わらないんだよ」
「あぁ」
「だから、私はずっとえー君のそばでその罪と一緒に生きるよ。ゆーちゃんとも、一緒にね」
「夕……か」
まだ、俺は夕とは少し不自然さの残るコミュニケーションしかとれてない。状況が状況だったのもあるが……もう平和になったのなら……その不自然さは露呈していくだろう。それが……怖い。
「不器用なわけでもないのに、怖いんだ」
「器用でもないだろ、だったらもっとマシな結果を作ってるはずだ」
「じゃあ無愛想だ。だいじょーぶ。ゆーちゃんは私とえー君の娘なんだもん。えー君の表情を読み取るくらい、できるから大丈夫」
「それ、本当に大丈夫なのか……?」
はは、なんて乾いた笑いが出てきたのち、不意に茜は部屋の明かりをつける。
「ちょっと眩しいね……でも、眩しいくらいがちょうどいいんじゃない?」
「眩しい、か。まだあの理想は眩しいままなら……きっとそうなんだろうな」
「今度こそ掴むんでしょ?何も失わないようにして」
「茨の道だがな」
「茨よりも痛い道進んでたえー君がそれ言っちゃう?」
「傷は残るさ。でも……癒してくれるだろ?茜」
明るくなった部屋の中、俺の言葉に反応してさらに明るくなる茜の表情。
「もちろん!」
その茜の笑顔は……やっぱり、眩しい。昔からよく見ていたが……この眩しさも、大事にしていかなきゃな……
「護ることは、苦手なんだけどな……」
「でも、戦うことはもうないでしょ?……いや……」
「いや?何かあるのか?」
ふと茜が言葉を濁す。まだ何かあるのか……?
「いいや、それは明日になってのお楽しみってことにしよっと。というわけで、明日はプラネテューヌに家族旅行だよっ!」
「旅行ってほどの場所でもないだろ、あそこはもうどこに何があるのか完全に覚えてるって……」
「そーゆーとこだぞ~……?ま、これぐらいのほうがえー君らしいか。それじゃ、この話はこれでおしまい!」
「……いやほんとに終わるのかよッ!」
次回、AFTER04:決闘
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AFTER04:決闘
プラネタワー地下にある戦闘シミュレーター。
やや埃をかぶってはいたもののいざ使ってみるとあの時のように動ける。
……今は力を抑える首輪もない。だから、全力を見せることができる。
話は少し前に遡る。
「ズバリ!ゆーちゃんの実力を測ってみよー!」
「おー……?」
「疑問形なんだな……」
言ってなかったのかなんて思いつつ、昨日茜が言っていたお楽しみとはこれだったのかとも思う。とはいえ実戦をするわけにもいかないから家族で仕事中のネプギアのところに押しかけてシミュレーターを貸してもらったというのがことの経緯だ。
「……いいんですか、茜さん」
「いいって、何が?」
「夕ちゃんは……女神になったっていっても茜さんの……影さんの娘さんです。シミュレーターとはいえ、影さんと戦わせるのは二人にとって酷じゃないんですか?」
「あはは……酷、かぁ……確かにそーだね。そーだけど……これを酷と思うほど、私たちは生ぬるい経験をしてないからさ」
「……それでも、私は……影さんがもう一度、たとえシミュレーターの模擬戦とは言えど、自分の子どもと戦うなんてところ、見たくはないです」
「……優しいね、ギアちゃん。でもこれはそういうのじゃないんだ。これは……ゆーちゃんがもう一人で大丈夫かを見極めるための、いわば儀式みたいなものだよ」
そんな会話が聞こえている。きっと向こうで集中している夕には聞こえていない。茜は……どこまでも俺のことをわかっている。
「夕」
「ん、なぁに、お父さん」
「……こうやって相対する以上、俺は本気だ。いや……手加減ができないと言ったほうが正しいか」
「知ってるよ。そんな器用じゃないこと」
「ふっ、そうかい」
ハード・アーマライザーの調子は問題ない。そもそもハード・アーマライザーはシェアデュアライザーの発展形であり同時に出力調整版でもある。だったら……今の俺が使うのはやはり……こっちだ。
「さ、二人とも準備はいい?……はじめッ!!」
お母さんのアナウンスの直後、ボクはコンプリートフォルムに女神化してまっすぐ近接戦を仕掛けに行く。最速で最短距離をまっすぐに。
「ッ!?」
けど、ボクが攻撃モーションに入った瞬間に上下左右からビームが飛んでくる。一度入った攻撃モーションはそんな簡単には崩せない。だから周囲に防壁を展開して受けるんだけど……きっとこれは読まれてる。事実、爆風でややバランスを崩されてボクの攻撃は空を切り、後隙だけが残る。
「正面からではな」
「ッ……アクティブッ!」
握っていた紅月を大剣に変化させて銃弾を受ける。けどこの銃弾……爆発する……っ!
「二発目だ。その程度じゃないだろ、夕」
お父さんのことだ、あれは加速式貫通弾。紅月を手放して距離をとることまで読んでるなら、撃つタイミングはわかる。だったら、その合間に技をねじ込むしかない……!
「
範囲は指定なしだから全域。流れてくる情報量は尋常じゃないけど、今必要なのはお父さんの先を行くこと。だからボクは被弾を前提にして、あるものを創る。
「……なるほど、ね」
胸元に一発きついのをもらったけど、この程度で終わっては女神なんて名乗れない。ボクはボクの成長を示すためにこうして戦うと決めたんだ。だから。
「ボクは今日、ボクの持つ全部の力を使うよ。覚悟してねお父さん、女神を屠った悪魔……世界を救った英雄!」
「ふっ……悪魔、か。夕にそれを言われるとは。なら……最初にも言ったとおり、本気で相手しよう」
初動は全てえー君の読み通りだった。ゆーちゃんの思考パターンも状況判断の癖も全部頭に入れているえー君にとって、きっとこれは想定内。でも今目の前にいるゆーちゃんは想定外。そうでしょ?えー君。
「黒切羽の解析、そして複製……厄介ですね」
「えー君、使われるのは慣れてないからなぁ……」
えー君の戦闘スタイルは後出しじゃんけんの押し付けと表現するのがわかりやすい。相手の手に有利な動きをして相手を動きにくくすることで詰めていく。話によるとぜーちゃんにすら有効なこのスタイルは、ゆーちゃんのように無限の手を持つ相手には通用しにくい。その対策として黒切羽による攪乱と意識外からの強襲があるんだけど……それすらも封じてきた。今えー君は義眼の演算制御でやり過ごしてはいるけど、ゆーちゃんの能力の本質は成長にあるから……そうだね。制御がどんどんしなやかになってきてる。今はまだ仕掛けないとは思うけど、機を逃せば返り討ちまっしぐらだね……どーする?えー君。
「牽制射撃とビットの応酬……二人とも、詰め方を探ってるんでしょうか」
「えー君はそうだね。でもゆーちゃんは違う。……ふふっ、ゆーちゃんはもう仕掛けてるんだ、すごいなぁ……」
「どういうことですか?」
「きっとこれは私にしか見えないんだけど……ゆーちゃんはもうそこにいない。慎重に慎重に、えー君に近づいてる。黒切羽の制御に演算リソースを割いているというところまで見抜いたゆーちゃんの作戦勝ちかな……と言いたいけど」
「……?」
「私の大好きな、私のえー君がそんな子供だましに引っかかるわけがない。けど決着は早いよ。いや、速くなるよ」
そう言った刹那、えー君を覆う装甲が開いて赤い光が迸る。ストライクフォーム……そうだね。今は使えるもんね。同時にゆーちゃんもシェアエナジーを纏って加速する。これがゆーちゃんの言ってた同化解放かな。だとしたら……
「目で追うのは大変になるね……」
無意識に自分の首筋を触っていたことに気づく。私にももう首輪はないのに、気になってしまったようだ。
「けど……そうだね。そうだよね」
「見えたんですか、茜さん」
「ちょっとだけどね。くぐってきた修羅場の数が違うよ、えー君とゆーちゃんでは」
シミュレーターの窓にぶつかる音。その方向を見ると吹き飛んできたゆーちゃん。その奥にはもう右腕しか残ってないえー君。
「影さんがあそこまでボロボロになるなんて……」
「いや、あれは狙ってやったね。えー君だもん。ゆーちゃんの攻撃をわざと至近距離で受けて動揺させて隙を突くとか平気でするよ」
「模擬戦とはいえ娘にすることなんですか、それ……」
「えー君ならするよ?」
「えぇ……」
とはいえ、まだゆーちゃんの女神化は解けていない。というか、違う。ゆーちゃんはまたえー君を欺いている。シェアエナジーを膜状に纏ってえー君に偽の情報を掴ませている。私には一切通用しないけれど、観測から情報処理するえー君には確実に効く……
「凄いね、ゆーちゃん。もしここまで考えて戦っていたのなら、えー君を超えたと言ってもいいね」
直後、空中に浮いていたえー君が落ちる。隠れていたゆーちゃんの一撃によって。同時に二人とも変身が解けるからルール的には引き分けなんだけど……ゆーちゃんの勝ちと言ってもいい。そんな戦いだった。
「……」
「負けたのが悔しい?」
「……さぁな」
模擬戦の後シャワーを浴びたのち夕はすぐ眠った。夜寝れなくなると思うがまぁ、いいだろう。俺も義手義足をつけてシャワーを浴び、テラスで風を浴びている。
「三手遅かった」
「一手遅いのはいつも通りだけど……そこまで遅れたと思うなんて、ゆーちゃんはほんと強くなったね」
「俺も弱くなった」
「嘘!?冗談はやめてよえー君、びっくりしちゃったじゃん!」
「……冗談に聞こえるのか?」
「もちろん」
「はぁ……それで?夕の能力についてどれだけわかったんだ?」
「あれ、気づいてたの?さっすがえー君!」
「まぁ、な。実際、戦って分かったがあれはリアルタイムで対応され続ける無限のポテンシャルの持ち主だ。情報の収集とフィードバックが早すぎる」
まるで茜の把握と俺の演算を合わせたかのようなもんだな、なんて言いながらテーブルに突っ伏す。
「だが成長と進化の果ては自滅だ。どこかにリミッターがないとあの子は俺と同じ末路を辿るぞ。失わなければ進めなくなる」
「それはゆーちゃんが進めなくなったときに考えることだよ。けど、その心配はないかな。だってゆーちゃんは、一人で次元移動ができるからね」
「は?あんだけ大変だった次元移動が夕一人でできるって?」
前に次元移動したのはイリゼの招待に乗った時だが、いくら大半は向こうが負担したとはいえ膨大なシェアエナジーを必要とするのが次元移動だ。それを夕一人でできるなんて無理だろう。
「そう。ゆーちゃんは自身の身体をシェアエナジーで量子化できる。だから、一人でも次元移動できるんだよ」
「移動する次元の座標さえ捕まえれば、か」
「そーゆーこと。試しにぜーちゃんのとこに行ってもらっても面白そうだよね。ほら、わかりやすい目印もあるし」
「……悪くないな。まぁそれはおいおいだろう。とうの本人が知らないんじゃな」
「だね。でも、私はゆーちゃんにいろんなところに行ってほしいな。ほら、かわいい子には旅をさせよって言うじゃん?」
「旅のスケールがやや大きい気もするが……まぁ最初の旅からして別次元と思うとそれもそうだな」
「で、旅のお土産とかお土産話を聞いて楽しみたいなーって。私とえー君はもうずっと一緒だから片方がしてない経験ってこれから先ほとんどないじゃん」
「そうだな、そう考えれば……本当に、大きくなったな、夕は。……」
「……だね」
空には白い雲と黒い雲、そして青空もかすかに見えている。怪しげな雲行きではあるが……俺は雲の色に目を奪われて……視線を茜に向ける。
「雨が降りそうだ、戻ろう」
「おっけー、じゃあみんなでおやつにしよっか」
「だな。ギアとネプテューヌも呼ぶか……」
今を生きるという約束を思い出す。俺にとっての今を、失わないために。
これにてAFTERシリーズも終了だと思われます。
感想、評価等、お待ちしております。
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