ああ、愛しの勇者さま -TS転生して勇者に惚れたのでどんな手を使ってでも落そうと思う- (ちいたまがわ)
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文字通りぷにロリなんでね、わたくし。

ガンガン攻めるタイプのTSっ娘を書けば世界が平和になるはずなので書きました。


 

 

「んー、ま、こんなもんかな……。」

 

 夜も更け、よい子は眠る丑三つ時。月明かりだけが照らす薄暗い部屋の中、姿見を見ながらひとりつぶやく。

 

 映っているのは大事なところを全く隠せていない薄手のベビードールを着た銀髪の少女。お胸もお尻もそれはもう見事な絶壁つるぺったんな体にこの服装は、さすがにちょっとアンバランス、というか犯罪臭がすごい。

 

 だがオレは、それこそが男共の情欲を煽るのだということを知っている。いつの時代もどこの国でもインモラルはエロい。きっと愛しのユウマもオレに劣情を抱くだろう。そしてもちろんその先は……。ぐへ、ぐへへへ……。

 

 おっといけない。よだれなんて垂らしてちゃあ、美少女はやってけないぜ。確かに世の中にはそういう頭のネジが足りない女の子が好き、とか言うやつもいるが、あいにくオレはそんなコメディなヒロインじゃないからな。正統派ですよ正統派。

 

 垂れるよだれをじゅるりと吸い込み、にやけて緩む口元をきゅっと引き締める。はい可愛い、はい美少女。

 

 すました顔を見れば、確かに『銀の妖精』なんて頭がゆだってるとしか思えないイカれた二つ名を付けられたのもうなずける。普通の格好をしていれば、中身を知らないやつらがオレの事を清楚で可憐な少女と勘違いしても無理はない。……ないか?ほんとに?

 

 しかしまあ、自分で言うのもアレですけどね、……やっぱオレ可愛いわ。

 

 さらさらの透き通るような銀髪に、ぱっちりくりくりな青いおめめ。傷一つない絹のようになめらかで白い肌。お腹がちょーっとぷにぷにしてるのはご愛敬。文字通りぷにロリなんでね、わたくし。

 

 しかし思えばこの体になってからずいぶん経った。なんだかんだ言って、慣れるもんだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一年半前、オレ、如月 怜(きさらぎ れい)はごくふつーの()()高校生をしていた。勉強も平凡、運動も平凡、家族も友達も平凡。平々凡々な男だった。けどまあ全部平凡ってことは、むしろそれなりに恵まれていたんだとは思う。

 

 そんな平凡なオレの日常は唐突に終わりを告げた。最後に覚えているのは、トラックにはねられた事。骨のきしむ音と内蔵が小気味良くぱんと割れる音を聞き、あ、これ死んだわー。そのまま意識はブラックアウト。

 

 気が付くとオレは、見知らぬ原っぱに一人寝ころんでいたのだ。

 

 あるえー、ここどこ、どうなってんだこりゃ。そう思いながら起き上がると、どうにも体の様子がおかしい。目線は低いし体は軽い、なによりジョニーの感覚がない。服装だっていつもの学ランじゃなくて真っ白なワンピース。変態にでも襲われたのか?そんな不安が頭をよぎる。

 

 警戒しつつ辺りを見渡すと、きれいな川があった。自分の姿を見てみろ、と言わんばかりに澄みきった川。おっかなびっくり水面に近づきそっと覗き込んでみると、そこにいたのはオレとは似ても似つかん美少女だったってわけだ。

 

 いやー、面食らったね。具体的に言うと泡吹いて倒れた。あと漏らした。はわわわわ、とか初めて言った。人がほんとに泡を吹くってこともその時初めて知った。

 

 今思えば、川に向かって倒れなくてよかった。意識失ってぼちゃんしてたらそこで終わってましたよ、新たな二度目の我が人生。

 

 目覚めてもっかい確認しても、やっぱり体は女の子。ジョニーはどこにもいなかった。享年16歳。幸い河原で石はたくさんあったから簡素な墓を建ててさめざめと泣いた。合掌。南無。

 

 ひとしきり彼の喪に服したあと、俺はようやく事態を理解した。これはあれだ、異世界転生(TS)だと。酔ってんのか、そう思うかもしれない。しかし実際オレは転生していたのだ。だから酔ってない。

 

 この世界はなんか剣と魔法のいい感じの世界で、言葉なんかもいい感じに通じた。食べ物もおいしいし、水回りも衛生的。地球に戦争仕掛けてきた火星人みたいに、空気が体に合わず毒になるとかもねえ。

 ビバ、イージーモード。ふぉうー。

 

 TS転生、しかもとびっきりの美少女と来ればそりゃもうハチャメチャな未来を予想しましたよ。

 魔王と戦ったりすんのかなーとか、チート能力でスローライフすんのかなーとか、男共に言い寄られんのはやだなー、できればかわいい女の子とゆりんゆりんしたいなーとか。それはもういろいろと。

 

 まあ、そんな予想のいくつかは当たっていた。

 今オレは勇者パーティの一人として魔王軍と日夜戦っているし、チートとまではいかないがそれなりに力も持っていた。男にも女にもきゃーきゃー言われた。照れるぜ。

 

 まあね、ただね、一つだけね。完全に予想外だった事があったわけですよ。

 

 そういう作品があるのも知ってましたし読んだ事もありましたけどね、だって、まさか自分がそんな風になるなんて思わないじゃあないですか。

 

 オレは普通の男子高校生だったんですよ?でっけえおっぱいが視界に入ればそっから視線が外せない普通の男子高校生。パソコンの新しいフォルダー(6)には二桁GBのエロ画像が詰まった普通の男子高校生。

 

 いやーまさかね、そんなオレがね……。

 

 勇者様に惚れてしまうとはね……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 話は冒頭に戻る。オレが娼婦もびっくり痴女間違い無しなスッケスケのドスケベベビードールを着ているのはそういうことである。

 そう、これから愛しの勇者様、ユウマに夜這いを敢行するってことですよ。

 

 今オレの住んでいるこのお屋敷は、さるお貴族様からの依頼をこなしたときにいただいたもの。勇者パーティみんなで住んでるおうちだ。つまりは狙いの勇者様、ユウマもオレと同じ屋根の下にいるってわけ。

 

 そーっと自室を抜け出して、抜き足差し足で廊下を進む。お目当てのユウマの部屋はオレの部屋の隣だ。すぐにドアの前に辿りついた。ちょっと背伸びをしてドアノブをひねる。が、少し回したところでガチ、と小さな音。それ以上は回らない。

 

 ……あれ、鍵掛かってる?

 昨日まではそんな事無かったんだけどなあ。

 おかしいなあ。なんでやろなあ。

 

 とはいえここで諦めるオレではない。たったこの程度の障害が、恋する乙女の猛進を阻めるだろうか。阻めはせんぞ。ノープロブレム、もーまんたい。

 

 こんなこともあろうかとユウマの部屋の合鍵を作っておいたのだ。内緒で。

 足のつけねに手を伸ばす。小さな鍵を取り出し、そのままドアに差し込む。カチャリ。やったぜ。

 

 今度こそともう一度ドアノブに手をかけひねると、ドアは音もなくすーっと開いた。うひょー。

 隙間から顔をのぞかせ中の様子をうかがう。部屋の中は真っ暗。カーテンも閉め切ってるみたいだ。

 

 ユウマのやつ、もう寝てるのか?せっかくならハグとかチューとかして欲しかったのだけれど、まあこれはこれでね。ちょーっとね、アダルティな添い寝をさせてもらうとしましょうかね。

 

 よくよく目を凝らせばベッドに膨らみが見える。うむ、やっぱりユウマはもうおねむの様だ。うへへへ……。

 いやあもう辛抱たまらんな。ベッドに忍び込んでこのちっちゃなお口とおててでユウマのナニをナニしてナニする想像をしただけでよだれが垂れるぜ。二か所から。ちくしょう、ユウマのせいでオレの美少女ポインツが下がっちまう。

 

 部屋の中に体を滑り込ませ、ドアを閉じる。パタンと音が鳴ったが、ベッドの膨らみに動く様子はない。どうやら気づかれてはいないようだ。ゆっくりゆっくりベッドに近づいていく。

 一歩、二歩、三歩。

 ぐへへ……じゅるり。もう手を伸ばせば、ユウマのユウマがそこに……。

 

 違和感。

 いや、ちょっと変じゃないか?

 

 はたして人が寝ているベッドの膨らみとは、こんなに微動だにしないものだろうか。呼吸をすれば腹は膨らむし、たまには寝返りだって打つこともあるだろう。

 しかし目の前のこれは、さっきから全く動いていない。全くだ。

 これじゃあまるであれだ。小学生がひと夏の大冒険をする映画とかでよくあるやつ。小さな子供が夜中に家を抜け出す時、親の目を欺くために、例えばぬいぐるみとか枕とか、そんな風に布団の下に何かを仕込んでいるような……。

 

 ガシリ。

 

 闇の中、横から伸びてきた手にわしづかみにされた。顔を。

 これは……アイアンクロー!!

 

「レイ……、夜中に勝手に人の部屋に入って来て、なにするつもりだ?」

 

 部屋に声が響く。聞き間違えっこない、オレの愛するユウマの声。ただいつもより少しだけ低いような。ようするにだ、……怒ってる?

 

 顔を握りしめられたまま持ち上げられる。足が床から離れた。ぐりんと横を向かされ、少し遅れて体も回る。暗闇の中ユウマと目が合う。オレと同じサファイアブルーの瞳に、オレとは正反対の真っ黒な髪。そしてイケメン。イケメン。ちょっとバタバタしてみたけれどユウマの手が外れる様子はない。顔が痛い。

 

「レイ、だいたいなんでお前が俺の部屋の鍵を持ってるんだ。」

 

 低い声。考える。どうしてユウマは怒っているのだろうか。……さっぱり分からん、皆目見当もつかねえ。だってさあ、こんなに可愛いレイちゃんの夜這いですよ?歓迎こそすれ怒る理由あるか?

 いや昨日も一昨日も、そのまた昨日も同じことして拒否られたけどさあ。昨日は『明日また来たらお前マジで怒るぞ』とか言われたけどさあ。でもそれはあれじゃん。言葉のあやじゃん。ユウマはほんとはこう言いたかったんだろ?『また明日来いよ、ひいひい鳴かせてやるぜ』って。だからお誘いにのってほいほい来たんだけどなあ。

 

 というか正直あれだわ。あんまり頭が冷静に動かない。やーその、ユウマに顔を捕まれてるから、こう、ちょっとゴツゴツしたたくましいおてての匂いがですね、ダイレクトにですね。オレの鼻腔をくすぐるんですよね。えへへ。

 

 ……すんすん。

 

 ああ、いい匂いだぁ……。この大きな手が握る刃に命を救われたことは、一度や二度じゃない。そりゃあ惚れるわ乙女になるわってもんですよ。

 

 アイアンクローをかけられたまま頬が緩む。暗くてよくは見えないけれど、ユウマがちょっと引いてる気がした。ぐすん。

 

 しかしこいつ、こんな程度でうろたえやがって。こんなもんで済むと思ってるのか?大好きな人に顔面をわしづかみにされた女の子が、匂いを嗅ぐだけで満足するわけないだろうが!らぶらぶちゅっちゅしたいんやぞこっちは!不用意に手を出したことを後悔するがいい!くらえ!

 

 ペロペロ、ペロリ

 

「は……?う、うわあぁ!レイお前、お前、マジか!」

 

 ユウマが慌てて手を引っ込め、オレはぽーいと宙に投げ出された。しかしレイちゃんはとっても身軽なので大丈夫。体をひねり、空中でスピン。両の手と足を使い四つん這いで華麗に着地。すたり。10.10.10.10.10.うーん、満点!

 

「はっはっは。マジに決まってるだろうが。大体オレが何しに来たと思ってるんだ?ナニしに来たんだぜ?おててをペロペロするくらいなんでもないんだぜ。」

「ナニしにってなんだよ!……いや、言わなくていい、むしろ絶対言うな。知りたくもない。だいたい俺はお前とはそういうことはしたくないって前から言ってるだろ!」

「そういうこと……?うーん、オレはただ明日の予定をちょーっと確認しに来ただけなんだけどなぁ……。そういうことってどういうことだろうなー、わっかんないなー、教えてほしいなー。ねえねえ教えてー、教えてよー、体にさー、教えろー。」

 

 ねえねえ言いながらユウマの腰に抱き着いて頬ずりしているとげんこつを食らった。いてえ。

 仮にも女の子に対して頭への攻撃が多くない?

 

「……黙れ。そんなアホみたいな服して、予定の相談だとか見え透いた嘘をつくんじゃあない。」

「チッ……。普通のパジャマでも十分可愛いし、狙いすぎずそっちで攻めるべきだったか……?」

「どっちで来ても一緒だ!……とにかく鍵は渡せ、そしたら部屋に戻ってさっさと寝ろ。」

「えっ、鍵渡せって、そんな大胆な……。でも、ユウマが言うなら……。はい、これ、オレの部屋の鍵だから、その、いつでもいいよ……?」

「俺の!部屋の!鍵だよ!」

「あー……。はぁ、期待させやがって。しょーがねえな、ほい。」

「……1個じゃないだろどうせ。全部渡せ。」

 

 察しがいいじゃねえか、ちくしょう。だてに勇者サマはやってねーってか。

 

 ()()()()()()()から鍵を取り出し、ユウマに渡していく。計3個。

 ドン引きされた上ハンカチ越しに受け取られたのでどうしてと聞くと、いや触りたくねえだろと返って来た。百理ある。

 

「よし、これで全部だな?じゃあもうさっさと寝ろ。明日だって早いんだから。」

「そうだな、じゃあ寝ようか。ほら、ユウマ。」

「……どうしてお前はしれっと俺のベッドに入ろうとするんだ。お前が寝るのは俺の部屋じゃなくて、自分の部屋のベッドだからな?」

「……なんでだよー!添い寝くらいしてくれてもいいだろーがよー!」

「嫌に決まってんだろ!何されるかわかったもんじゃないわ!」

「オレ可愛いじゃんかよー!なんでそんなにオレとしたくねえんだよー!オレはしてえんだよー!」

「だあああ抱き着くな擦りつくな腰を振るな!そんなもん!お前が!元々男だったからに決まってんだろうが!!」

 

 昔は男でも今は可愛い女の子じゃろがい!

 

 はーまったく、わがまま言いやがって。ままならねーぜ、人生ってやつはよお。

 

 

 

 




暴走系TSっ娘が書きたかった。


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うーんかわいい。テンション高くてかわいい。24なのに。

銀髪幼女、TS銀髪幼女のレイちゃんをよろしくお願いします。


 

 

 

 先日の夜這いは失敗に終わった。原因はひとつだ。ユウマがオレを女の子として見てくれない、それに尽きる。そもそもどうしてヤツはオレが元男だと知っているのか?答えは簡単だ。ユウマと出会った頃にオレが自分で話したからだ。クソが。何やってんだ。

 

 でもさあ、だってさあ、あいつも同じ転生者だったんだもんよ。この世界でアニメがどーとかお話できる相手、ユウマだけだったんだもんよ。嬉しくなっちゃったんだもんよ。だもんよだもんよ。はー、惚れるって知ってりゃ言わなかったのに、むしろ前世ではアイドルやってました☆とか言ったのに。

 

 あいつが転生者じゃ無かったら他の皆とおんなじ様に、オレの前世がどうなんて話信じなかったのによお。ちなみにあいつは前世と姿が変わってないらしい。なんでだろうね、よくわかんないね。あいつだけ勇者様だしね。時々あいつ両手がビッカビカに光るしね。ほんまなんでだろうね。目からビームだって出るしね。ちょっと怖いね。

  

 しかしオレが元男だってことを差し置いても、こんな超絶可憐なパーペキ美少女に誘われてんだから、さくっと釣られちまえばいいのに。お高く止まりやがって、童貞の癖して。

 

 ……いや、オレも童貞だったわ。そっか、もう童貞捨てられないし、一生童貞確定か。エターナル童貞レイちゃん、ここに参上ってか、はっはっは。

 

 ……視界が滲む。なんでだろうな?

 

 

 ともかく。

 ユウマとオレのらぶらぶならいぶを実現するにはオレをちゃんと女の子として見てもらわねばならん。どうやって奴にオレがメスだと理解させるか、別に一人で考えてもいいが、せっかくオレには仲間がいるのだ。力を借りることにしよう。

 

 

 ◇

 

 

 というわけで、オレは勇者パーティの頼れる紅一点、女神官フェリアのお部屋にお邪魔しているのであった。

 

 ……いや、オレも一応女の子だけどね?自分で自分のこと女の子って言うのに抵抗あるって言うか、正直、ユウマ以外にはあんまり女の子扱いされたくないんですよね。オレがちゅっちゅしたいのはユウマだけなんで。まあそのユウマだけがオレを男として扱うんだけど。ぴえん。

 そしてユウマのために可愛い格好とかしてると、他の野郎どもばっかり寄ってきやがる。てめーらに用はねえ。失せろ。

 

「ユウマくんに女の子としてみてもらう方法、ですか?ふふ、いいですよ、おねーさんがレイちゃんのために一肌脱いであげましょう!」

 

 得意げにそう言って、胸をどんと叩くフェリア。

 うわあ、すっごい揺れてる……。つるぺたなオレにはわかんないんですけど、痛かったりしないんですかね……?

 

 フェリアは白いフード付きのローブを着た、金髪ロングのばいんばいんのお姉さんである。ただなんというか、エロくないんですよね。ばいんばいんなのに。

 露出が少ないとか、体のラインが出てないとか、単純に顔が可愛い系だとか、そのへんもまあ理由の一つだけど、一番はやっぱりその性格じゃないかとオレはにらんでいる。

 フェリアがどんな人間か一言で表すならば、『天真爛漫』ですかね。ころころ笑ったりぷりぷり怒ったり、表情豊かにいろんな感情を見せる彼女を見ればエロとかそんなゲスい方向の考えは吹き飛ぶってことですよ。

 

「レイちゃん、女の子が男の子をオトす手段と言えば、古今東西決まっています。ずばり『手料理』ですよ!」

 

 くるっと一回転してびしりとポーズを決めながらフェリアが吠える。うーんかわいい。テンション高くてかわいい。24なのに。

 

「ほほう、手料理。……でもオレ、ほとんどしたことないんだよなあ。自炊するくらいならコンビニ行くわーって感じだったし。」

 

「こんび……?まあまあ、大丈夫ですよ。こういうのはですね、必ずしも上手である必要はないんですから。」

 

「ほう?」

 

「特にレイちゃんはまだちっちゃいですからね。別にとってもおいしい料理が作れなくたっていいんですよ。例えば手にいくつも包帯を巻いて、いびつな形の野菜の入ったスープなんかを伏し目がちに潤んだ目で差し出す、そういうのがグッと来るんですよ、男の人は。」

 

「なるほど……。なるほど……?」

 

「いいですか、レイちゃん。分かりやすく言うとですね、男の人は、『ああ、この娘は自分のためにこんなに頑張ってくれたんだなあ』、そんな気持ちにさせればもうイチコロなんです」

 

「おおー……!それはなんかわかるぞ……!やー、やっぱフェリアは頼りになるなあ」

 

「ふふーん、これからもバシバシ頼ってくれていいんですよ?やっぱりわたし、頼れるおねーさんですし?」

 

「……まあ言っても、誰かと付き合ったことないんだろ?」

 

「ぅぐっ……。それは仕方ないんですよ!わたしは神に身を捧げてるんですから!だいたいわたし、結構モテるんですからね!?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 愛する女性からの手料理、それはすべての男の夢。

 オレも昔はそうだった。まだ見ぬ運命の女性から、陳腐な発想だが肉じゃがだのみそ汁だのを振舞われる日を楽しみにしていたものだ。

 いや、今でも楽しみにはしてますよ。普通に女の子好きだし。ただまあ今はユウマが最優先というだけで。そもそも男に抱かれるとか、ユウマ以外だったらそらもうお断りよ。のーせんきゅー。ユウマだから抱いてほしいのだ。ひゅー、レイちゃんいっちずー。

 

 まあそれはともかくだ、作戦は決定した。ずばり『ユウマにオレの手料理を振舞い、『あれ……レイってこんなに女の子らしかったっけ……(トゥンク…)』そのままなんかいい感じのムードになってベッドで朝までにゃんにゃんしよう作戦』である。

 

 ところでオレたちの食事はいつも、お屋敷に一人だけいるメイドさん、マーレさん(56)に作ってもらっている。彼女は魔王軍との戦いに忙しいオレたちに代わり、家事やらなんやらを担当してくれる、まあ頭の上がらない相手だ。

 今日はオレがユウマに手料理をごちそうするため、彼女に頼んで晩ご飯の準備を任せてもらった。

 ちなみにユウマ以外のみんなには、悪いが外で食べてもらうよう言っておいた。ユウマには何も言っていない。サプライズの方が燃えるでしょう?とはフェリアの談。できる女は違うぜ。

 

 何はともあれとりあえず料理を作らにゃ話にならん。なんも考えないで台所に立ってみたが、はてさてどこから始めたもんか。

 ……まずは踏み台だな。全く背が足りん。あとエプロン。エプロンを付けた女の子はかわいい。

 

 

 ◇

 

 

 一通り準備を終え、魔法を応用して作られているらしい冷蔵庫的なものを覗く。イモ、ニンジン、タマネギ。鶏肉、卵、鮭。そんな感じにあらゆる食材がごろごろ入っていた。よくわからんシャーシャー鳴いてる紫色したゲル状の何かが見えた気もするが気のせいということにする。うん、あんなの冷蔵庫に入ってるわけないしな。気のせい気のせい。

 

 食材はよし、調味料なんかも存分にあるし、調理器具もオレが名前すら知らないようなものまでいっぱいある。というかなにこれ。ウニみたいに刃がめっちゃ付いてるのあるんだけど。なにこれ。使い方以前にまず持てねえし。異世界はやっぱすげぇや。

 

 まあウニは置いといてだ、これだけ食材が豊富にあれば調理に困ることはないだろう。オレのうろおぼえテキトーレシピならなんだって作れそうだ。

 ふむ……。シチューにしようか。クリームシチューなら牛乳入れれば何とかなるだろ。知らんけど。

 

 

 …

 ……

 ………

 

 

 だいぶそれっぽいものが出来た。ぬったりしてシチュー感あるし、白いし。我ながら見た目は良いとこ行ってるんじゃないか?調理中に鍋の中が現世に顕現した地獄みたいなことになった時には覚悟したが、なんやかんや持ち直した。あの時の赤黒さはいったいどこへ。というかなんであんな色になったんだ。こえーよ。

 えらく甘ったるいことと具材がバカでかいことにさえ目をつむればごく普通のシチューだ。てきとーに作ったせいで軽く五人前はあるけど、それはまあ、やる気に比例したと言うことで。愛の大きさですよ。レイちゃんずラブハートいずビッグ。

 

 シチューのいい匂いでぐぅっとお腹が鳴った。外を見るともう日が暮れている。夕飯にはいい時間だ。

 オレの分とユウマの分、テーブルに木製の器を並べていく。いいよね、木の食器。それだけで暖かみを感じる。美味しさ二割増しだぜー。

 

 うんしょうんしょとお鍋を運んで、器にシチューを注いでいく。

 

 ふんふんふふ~ん♪

 

 やー、こうやって二人分のご飯の準備をしてるとあれですね、夫婦って感じする。うふふ。

 しかし夫婦かあ。ユウマはご主人様って感じじゃねえし、旦那様?ダーリン?……いやーねえな。ユウマはユウマだわ。

 オレはどうだろ。奥さんも若奥様もなんか違うし、新妻かな?いや、幼妻……いや、愛妻がいいな。うん、いいね、愛妻。ラブリーワイフ・レイ。……これはちげえわ、なんかモンスターみてえだ。星4天使族。攻撃力1200。

 

 ふふんふんふ~ん♪

 愛妻レイちゃんの~、愛情たっぷりシチューを~、ユウマにごちそうするんだぜ~♪

 

 ……愛情?

 ……そうかなるほど、愛情か。

 するりとパンツを脱ぎ捨て、ユウマのシチューにまたがる。よっこいしょ。

 

 え、やー、うん、ほら、料理は愛情って言うじゃん?つまりその、愛情を、ね。ちょっとね。いやもう愛情というか、愛を、ね。直接ね。とろりと一滴ね。うん。ひみつのね、調味料として、ね。ユウマも喜ぶと思うし、うん。うん。

 

 

 

 くちゅり。

 

 

 

 ……いや、やめよう。やっぱりこういうのは良くない気がする。前世の母さんとばあちゃんはいつも言っていた。食いもんを粗末にするなと。いくらユウマのためとは言え、食べ物にこんな事をするのはオレの倫理に反する。マーレさん(56)が大事な自分の仕事をオレに任せてくれたのを裏切るわけにはいかない。お前は入れてほしかっただろうが許せ、ユウマ。後で頼めばそのまま飲ませてやるから。

 

 まあ別にわざわざ『愛情』を入れてやらなくたって大丈夫だろう。フェリアだって言ってたじゃないか。男は女の子が自分のために頑張ってくれた姿に感動するって。

 そうだ、オレもそう思う。だったらユウマだってそうだろう。実際オレなりに頑張って作ったんだ。きっとユウマはほめてくれるはずだ。ほめなかったらそいつは偽物だ。殴ろう。

 

 それにシチューはシチューとして、オレはオレとして、それぞれユウマに美味しくいただいてもらえばいいじゃないか。うむ。というか元々そういう作戦だったじゃん。うっかりさん。

 

 ……よし、このまま行こう。小細工無しのオレの手料理を食らわせるのだ、文字通り。そんで天国に送ってやるぜ、こっちは文字通りじゃない。死なないでユウマ。

 

 

 

 



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どんどん自分がみじめになっていくぜ。きちいぜ。

 

 

 

 

「ユウマー、飯の時間だぞー」

 

 二階の自室にいるだろうユウマにダイニングから呼びかける。ちょっとの間の後、今行くー、と返事が返って来た。なんか家族みたいで興奮する。ふへへ。今度から飯の時はオレがユウマ呼ぼうっと。

 

 たん、たん、たんと階段を下りてきたユウマが、オレしかいない様子を見て少し驚いたような顔をした。

 

「あれ、みんなは?」

 

「今日はオレたち以外はみんな外で食べてるぞー」

 

「え……なんで?」

 

「それはだなあ、ふっふっふ、……オレがお前のためだけに晩飯を作ってやったからだ!だだーん!どうよ!この美味そうなシチューは!」

 

「へー、レイ、お前意外と料理なんて……、俺のために作ったって?」

 

「えへへー、お前にオレもしっかり女の子らしいところがあるって知ってほしくてなー、ごはん作ってみたってわけだ。どう?どう?うれしい?感激したならちゅーしてくれてもいいんだぜ?ほら、んー」

 

「しないから、その顔やめろ、唇つき出すな。……まあ、正直嬉しくないわけじゃない。……うん、ありがとな。」

 

 お?まじ?これマジでワンチャンあるんじゃねえか?これはあれか?こっから選択肢ミスらなければそのままベッドで朝までコース狙えるのでは?なんかユウマ顔赤いし、ちょっと照れてるし。かわいー。うほほーい。

 

「ほらほら座れよユウマ、冷めないうちにさっさと食べようぜー。あーんしてやろうか?いや、オレにあーんさせたい?どっちがいい?」

 

「いやどっちもやらねえわ、勝手に食う……待て、レイ、お前なんか入れてないだろうな?」

 

 うおっ、やるじゃねえか。なかなかの警戒心。敵ながらあっぱれですな。ええ、ええ。確かに入れようとしましたぜ、わたくし。しかしですね、今回はちゃーんと思い止まったんです。

 つまりこのシチューにはやべーもんは一切入っていない、入っているのは食材と愛情だけだ。……いや、普通の愛情ですよ?変な意味じゃなく。入れてないからな、あっちは。やめたからなちゃんと。

 

「大丈夫大丈夫、なんも入れてないから安心して食ってくれや。ほらほら、あーん。口開けろよ、あーん。おらおらー。」

 

「やめろやめろスプーンで顔を突くな。……とりあえずお前の皿と交換させろ。」

 

「ああ?まあいいけど……、どうだよ、これで満足?」

 

「ずいぶんあっさり受け入れたな……。まさか、罠か……?俺の交換の申し出は読まれていた?本命はこっち?いや、本命が一つという前提がそもそも……?皿のシチューにも鍋のシチューにも、全てに何か入って……」

 

「いや、だから今回はなんも入れてねーって。」

 

「お前の言葉は信用ならないんだよ。前科何犯だと思ってるんだ?」

 

「うっ……。でもさあ!今回はホントのホントだって!」

 

「……もう少し調べさせろ。また毒物を食わせられたら洒落にならん。」

 

「だから!ホントに入れてないんだって!つーかあれは毒じゃなくて精力剤だって言っただろ!」

 

「いや、俺にしたらどっちも同じだろ、あのあとどれだけ大変だったと……。とにかくもうちょっと待て。そうだ、食品検査用の道具を確か……。」

 

「~~~~!なんだよ、何でそんなに……!もういい!食いたくないなら食わなきゃいいだろ!」

 

「そりゃ俺だって、俺だって食ってやりたいけどなあ……、お前のパンツがそこに落ちてんのが嫌な予感しかしねえんだよ!!」

 

 

 え?

 ……あっ。やべ。なんかすーすーすると思ったら。にゃるほどねー。

 えーっと、これ、言い訳追いつくかな?ごほん、ちょーっと『愛』を入れようとして脱いだけど、結局やめました。だから入れてないんです未遂なんです信じてください。ほんとに何もしてないんです。

 

 前科4犯の被告、キサラギレイに与えられる判決は、でれれれれれ……有罪!

 うん、でしょうね。妥当だと思います、自分でも。どんな敏腕弁護士でもきちいわ。

 

 となるとあれか、もう残ってる選択肢はひとつしかねえな。あんまりこれはスマートじゃないし好きな手段じゃないんだが、そんなことを言ってる場合じゃねえ。次からはこうならないよう気を付けよう。ふう、やれやれ。……さて、やろうか。

 

「ユウマの、バカーーー!!!」

 

「あっ、レイお前どこに!待て!おい!」

 

 三十六計逃げるにしかず。

 きらり涙を光らせながら、オレはおうちを飛び出した。ノーパンで。

 

 さらばユウマ、また会う日まで。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それで、ユウマくんがご飯食べてくれなかったんですか?」

 

「そう!せっかく作ってやったのに、あいつぐちぐち文句ばっかつけやがって!フェリアはどう思うよ!」

 

「うーん、……これはレイちゃんが100悪いですね?」

 

「やっぱり?」

 

「はい」

 

 ですよねー。

 

 家を飛び出したオレは近所の酒場に突撃していた。理由はフェリアがいる気がしたから。結果は案の定、彼女は結構なまぐさなのだ。だいたい酒場か、恋愛ものをやっているなら劇場を探せば見つかる。たいへん俗っぽい。はいかわいい。

 これでフェリアは年の割には教会の結構おえらいさん、というか高い地位らしい。だのにそんなことしてていいのかと聞けばバレなきゃいいんですよとウィンクが返って来る。はいかわいい。

 

「そうですね、今度はユウマくんと一緒にお料理すればどうですか?楽しいでしょうし、それならちゃんと食べてくれると思いますよ。」

 

「そうするかー、料理自体は結構楽しかったし。……フェリアも一緒にやらない?」

 

「いいんですか?レイちゃんとユウマくん二人きりの方が……。」

 

「ああー、まあ、それはそうなんだけどさ。今日料理して見てさ、ユウマと一緒にする前に、ちょっと練習というか、その、料理、教えて欲しいなあって……。」

 

「へたっぴでも大丈夫って言ったじゃないですかー。」

 

「うへへ、そうなんだけど。やっぱりユウマに食べてもらうなら美味しいほうがいいなって、ね。」

 

「お、おおぉ……!愛、それは愛ですよ!まぎれもなく!くぅ~っ、これをぜひともユウマくんに聞いてもらいたかった!」

 

 フェリアと二人でお酒をちびちび舐めながら話していた時だった。

 バーンとドアを開ける音と同時に、怒号が響く。

 

「聞いた!ちゃんと聞いたぞ!レイ!」

 

「「!?」」

 

 ユウマである。

 声でっか。酒場のお客さんもみんなそっち見てるぞ。

 

「さっきの件は俺が悪かった!あの後いろいろ調べたが、今回はお前は本当に何もしてなかった!」

 

「え……その話はもうオレが悪いよねって決着したんだけど……。」

 

「この通りだ!すまん!」

 

 ユウマは叫びながら見事な土下座。こいつ人の話聞いてねえな?

 フェリアがいやいやユウマくんは悪くないですから、とかなんとか言いながら顔を上げさせようとするが、ユウマはかたくなに頭を下げたまま。お客さんに店員に、みんなの注目の的だ。

 

 ……なにこれ、罪悪感というか、申し訳なさというか。自分が完全に悪いのに相手に謝られるって、しかも衆人環境でって、オレがつらいんだが?加害者側だしつらいんだがって思う資格も無いって考えるとよりつらいんだが?そう思う資格も無いわけで、もっとつらくて……無限ループなんだが?だがだが?

 

「お前は本当に俺のためを思ってくれていたのに、俺はあんな態度を……!すまない!俺にできることならなんで……それなりに言ってくれ!」

 

 本当にユウマのためを思ってたかって言うと、正直八割がた劣情だしなあ。ちゅっちゅしてえってだけの。どんどん自分がみじめになっていくぜ。きちいぜ。

 

 うん?フェリアがこっち見て口をパクパクしてる。金魚か何かかな?酸素が欲しいよー、パクパク。はいかわいい。

 ……はい、そんなわけないですよね。口パクというか小声でなんか言ってますね。うーんと?

 

 てきとうに、なんか、おねがいして、このばを、おさめてください。

 

 せやな。さっさと土下座をやめてもらおう。でないと死んでしまう。オレが。心労で。罪悪感は人を殺す。

 

「あ、あー……。じゃあその、ユウマ?」

 

「なんだ!それなりに好きな事を言ってくれ!善処するから!」

 

「というかそこは何でもじゃないんですね、ユウマくん。」

 

「すみませんフェリアさん!流石にそれは色々危ない気がするので!」

 

「いえ、まあそもそも謝る必要が……」

 

 しかし好きなことを言ってくれ、か。罪悪感は酷いがまあそれはそれとしてだ。せっかくのお願いのチャンス、有効に使わねばなるまい。切り替えは大事なのだ。どうしよっかなー、うーん。というかそれなりって、どのくらいまでいけるんだろ。

 

「ユウマー、どんくらいのレベルまでならお願い聞いてくれる―?」

 

「どんくらいのレベル……。こう……エロくないやつまでなら!」

 

「あのー……だんだんわたしまで恥ずかしくなって来たんで、できれば早くしてほしいなー、なんて……」

 

 フェリアの顔がちょっと赤い。土下座を続けるユウマとその近くに座り込むフェリアの周りにはだんだんギャラリーが増えてきていた。まあそりゃ酒場だし、他人のもめごとなんぞ酒の肴だわな。

 しかしエロくないやつ。エロくないやつかぁ……。

 ふーむ、ハグだったり抱っこだったりはいけそうだ。添い寝は無理、キスもたぶん無理。デートは……別にデートって言わなきゃ二人で遊びに行くのはできるし。うーん悩むなあ、お姫様だっこなんかは足やられた時にもうしてもらったし。うへへ。そうだ、壁ドンして愛してるって言ってもらうとか……いや、それは自分からやってもらわんと意味ねえしな。

 

 あ、というかあれでいいじゃん。ちょうどいいし、やりたいし、普段はしてくれないだろうし。たぶんギリギリいけるし。

 

「決めた!ユウマ!決めたぞ!」

 

「なんだ!」

 

「たべさせあいっこしよう!お前の膝の上で!あーんするから、あーんして!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「レ、レイ。ほら、……あー、ん。」

 

「あーん♡ んっあまーい♡ はい、ユーマ♡ あ~ん♡」

 

「あ、あー……ん。いやあまっ!なんだこれ、ほんとにシチューか!?」

 

「分かってねえなあ、愛は甘いもんなんだよ。とろけるほどにな。そんなことよりさー♡ ほらほら、もっかいあーんしてよー♡」

 

「もう終わりだ!一回ずつやっただろ!」

 

「はー!?全部食い終わるまでやるに決まってんだろー!?」

 

「誰がやるか!そもそもこんなに大量に作って食いきれるわけねえだろ!終わりだ終わり!解散です!終了!」

 

「やだー!全部食べ終わるまでやるのー!」

 

 

 

 膝の上から投げ捨てられた。そしてユウマには逃げられた。泣けるぜ。

 

 

 



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普通幼女とキャバクラ行くか?頭おかしいんじゃないだろうか。

テンプレってスゴイ、改めてそう思った。


 

 

 

 

 先日のあれ、らぶらぶ食べさせ合いっこは大変よかった。非常によかった。もう5回は使ったね。何にって、言わせんなよ恥ずかしい。それは乙女の秘密です。ひーみーつっ。

 しかしまあなんであんなことが出来たのかって考えると、お料理大作戦がどうとかじゃなかったよな。つけこんだ感じだ。ユウマのクソ真面目さというか、ちょっと抜けてるところというか、その辺に。

 

 ……まあね!そういうところがね!好きなんですけどね!えへへ。

 人がいいっつーのかな、思えば出会った頃のあいつは誰かを疑うことなんて全然知らなかったもんなあ。女の子にだって慣れてなくて、オレの下着姿を見ただけで顔真っ赤にして平謝りしてたもんだ。やー、懐かしい。……あれ、むしろなんで今はオレの扱いこんなに悪いの?紳士なユウマはどこへ?なじぇえ……?

 

 ともかく。

 ユウマとオレがもっとえろえろであだるてぃっくな事をするためには、あいつの弱みを握ってそこに付け込むのが一番早い気がしてきた。どうやって弱みを握るか、別に一人で考えてもいいが、せっかくオレには仲間がいるのだ。力を借りることにしよう。友情ってやつぁ美しいね。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、オレは勇者パーティ随一のチャラ男、弓使いエルマールのお部屋にお邪魔しているのであった。

 

「ああ?ユウマの弱みを握るためにはどうすりゃいいだと?しゃーねえなあ、俺が一肌脱いでやっか。」

 

 どっかりあぐらをかきながらそう答えたエルマール。

 緑の長髪、ちゃらちゃらしたピアス、加えて軽薄そうな笑みをうかべた、もう一瞬で『こいつチャラいわ』とわかるのがこの男である。まあいっても悪い奴ではない。パーティで一番世間に慣れてるのはこいつだし、見た目はアレだが普通に気のいい兄ちゃんである。アホだけど。

 

 そんなわけで、なんだかんだ言ってもオレとエルマールの2人でつるんで遊びに繰り出すことは非常に多い。たいがい賭け事だったり女遊びだったり(ユウマに惚れてからはちゃんとやめましたよ?ええ。ほんとに。……時々しか行ってないですよ。)とロクなことをしに行くわけではないが。……こいつにオレはどういう風に見えてるんだろうな?普通幼女とキャバクラ行くか?頭おかしいんじゃないだろうか。

 

「へっへっへ、男の弱みが欲しいんならなあ、一発ヤラせちまえばいーんだよ。要は色仕掛けってことだ。……俺もそうやって何回ハメられたことか。」

 

「それは初めからやろうとしてる。」

 

「ええ……。冗談だったんだが、マジで言ってんのかお前……。」

 

 ドン引きされた。悲しみ。まるでオレがやべーやつみたいじゃねーか。普通ですよ普通。恋する女の子はみんなやってますよ。たぶん。前世でもされたことねーけど。悲しみ。W悲しみ。

 

「他にはなんかねーのかよー、エルマールさんよー。どうせお前女がらみのヤベー体験がいっぱいあるだろ?その豊富な経験談からさあ、もうこれ責任取るしかねーわってとこまで行った話とかおせーてくれよー。」

 

「お前人の事をなんだと……。」

 

「違うの?」

 

「や、違わねーわ。」

 

「じゃあはよはよ、なんかヤバかったエピソードを教えてくれや。」

 

 そう促すとエルマールはあごに手を置いて目を閉じた。考える人のポーズである。そういや確かこのポーズは便秘に効くとかなんとか。女の子は便秘が大変みたいな話も聞き覚えがあるし、いざという時ウンコマンレイちゃんになれる様に忘れないようにしとくか。ちげえ、ウンコウーマンレイちゃんだわ。あれ?ウンコガールか?

 

「んー……、そうだな。まあ一番はあれだな。酔った勢いでワンナイトラブした女によ、しばらくしてから、あなたとの子供が出来たのー、っつって医者を連れて迫られたときだな。」

 

「それもう詰んでない?」

 

「それが狂言だったんだよ、結局。女と医者が結託して、子供が出来たって嘘をついてた。俺から金だけ巻き上げてドロンするつもりだったみてーだ。」

 

「ほえー……、じゃあオレもそういう感じに責任とれーって……、ってそもそもユウマとセックスしてなきゃそんな嘘ついても意味ないか。」

 

「……お前はもうちょっとぼかせ、俺だって直接セックスとは言ってな……、つーかよ、お前のそういうところが駄目なんじゃねえのか?」

 

「え?どこどこ?オレのどこら辺がダメでユウマといちゃらぶっクスできないの?」

 

「そこだそこ、今のとこだ。お前はなんだかんだ言っても見た目は悪かねーんだからよ。もうちょっと、なんつーの?年相応の恥じらいっつーもんを覚えれば、ユウマの見る目も変わんじゃねーの?」

 

「年相応ってなあ、だからオレは……。」

 

「あーはいはい、18の男なんだったな。ちんちん付いてなくて、背たけもちっちゃいレイちゃんは。」

 

「……もうどうでもいいわ。しかし恥じらいなあ……。」

 

「例えばフェリアだったら、お前みたいに真顔でセックスなんて絶対言わねーだろ?もし言うにしても、顔真っ赤にしてうつむきながら小声で言うはずだ。そういうのが可愛げっつーんだよ。」

 

「なるほどなー。こんな感じ?」

 

 言われた様にちょっと顔を斜め下に傾け、唇を心なしか震わせながら小声でセックスとつぶやいてみる。……なんかちょっと恥ずかしい。

 

「おーおー、結構化けるじゃねーか。セックスって言葉はどうかと思うが。……しかし普段のちゃらんぽらんなアホとのギャップも感じるし、これは案外ひょっとするとひょっとするかもしれねえぞ。」

 

「まじ?ワンチャンある?……よし、目標はアルティメット清らかレイちゃん。ユウマが白濁でめちゃくちゃに汚してやりたくなるような、そんな清楚な感じを目指して頑張るぞー。」

 

「そういうとこだぞ。」

 

 

 

 

 

 

 清楚とは。

 もしここが異世界じゃ無ければ、オレの忠実なしもべにそう聞くだけで約176,000,000件もの回答が返って来ただろう。0.40秒で。惜しい奴を失くしたものだ。ジョニーしかり、グーグルしかり、失ってからわかるありがたみよ。また一つ大人になった気がするね。

 

 とはいえこんなことで大人になっても仕方がない。オレはユウマに大人の階段を昇らせてほしいのだ。逝ってしまった奴らに思いを馳せている場合ではない。……いや逝ったのオレだわ。忠実なしもべなら墓に一緒に入るくらいの忠誠心を見せろ。せめてジョニーだけはオレと一緒に来て欲しかった。

 

 まあそれはともかくだ、作戦は決定した。ずばり『ハイパーデラックス清楚レイちゃんに変身してユウマに『あれ……普段のレイと違う……、こんな清らかな乙女を見たら、男の本能で汚したく……うぅっ!』みたいな感じでどろどろのぐちゃぐちゃにされちゃおう作戦』である。……最初は弱味がどうたらとかそんなこと考えてたはずなのにおかしいな。話はそれるよどこまでも。

 

 しかし清楚ねえ……、とりあえず服装から考えるか。形からいくのは大事。

 

 

 

 

 

 

 はてさてオレはどんなお洋服を持っていましたでしょうかね。

 自室のクローゼットをバクンと開いて手を突っ込み、中から適当に服を引っ張りだす。最初に出てきたのは大量のジャージ。オレの普段着である。今も着てるし。色気も可愛げもクソも無いが、楽だからの一点で着続けているやつだ。いや、ユウマにアタック仕掛けるときはもっと可愛いかっこしますけどね?あたくし乙女でっすしー。

 しかしジャージを着ている時の方がユウマとの距離が近いような気がする。二人で深夜にお酒を飲んでアホみたいに騒いだりしてた記憶が呼び起こされる。染み付いたゲロから。……やめやめ、オレが目指すのは恋人とか夫婦であって、友人じゃねえ。

 

 次に出てきたのはふわふわピンクのうさ耳付きパジャマ。これはフェリアが出会って少しの頃に大興奮しながら持ってきたやつだ。鼻血出しそうにしながら。訂正、ちょっと出てた。つまるところこれは、男としての尊厳を全てかなぐり捨てればフェリアと添い寝ができるという呪いの装備である。デロデロデロデロデロデロデロデロデンデロン。使用頻度は週三。プライドなんざいらねえ。おっぱいは全てに勝る。

 

 そろそろ清楚な洋服かもーん。引っ張り出されたのはミニスカートの……いやわかんね、なんて言えばいいんだろこれ。ワンピース?ミニスカートのワンピース?女の子のファッションなんてわからんのですよぼかぁ。なんかあるじゃん、色々さあ。レギンスだのデニムだのキュロットだの。さっぱりわからん。何もわからん。上に着る服とかTシャツ以外にわからん。とにかくこれがオレの勝負服である。なんか……ミニスカ。……だって露出多いほうがえっちじゃん!男はみんなえっちなの好きじゃん!なんかフリフリの付いたミニスカートは男の子はみんな好きなの!

 

 お次は真っ白の……ヒエッ、また入ってるよ……。これはあれ、転生した時に着てたやつだ。白いワンピース。いやその、なんかさあ、体が変わってるのはもう仕方無いから受け入れるとして、服着てるってのがよくわかんなかったんだよね、転生した時に。全裸のが自然じゃない?そういうわけでなんとなく薄気味悪いから見つけるたびに燃やしたり埋めたりしてるんだが、なぜかいつの間にか戻って来ている呪いの装備である。またかよ呪いの装備。塩撒いとこ。悪霊退散!悪霊退散!あ、なんかギエエってうめき声が聞こえた。こわっ。

 

 それからもしばらく漁り続けた。バニースーツ、ベビードール、ビキニアーマー、メイド服。出るわ出るわ、イロモノ装備が。……いやロクなもん入ってねえな!清楚のせの字もねえ。唯一清楚を感じるのは例のワンピースなわけだが、まあさすがに着たくねえわ。後でまた燃やしに行こう。

 

 しかしあれだな。オレの手持ちじゃあ清楚レイちゃんにはなれねーな。買いに行くしかないか。今まではしまむら的なとこしか行ってなかったけど、たまにはちゃんとしたオシャレな感じの洋服店にでも行ってみますかね……!レイちゃん、ファッションデビュー!びしっと決めるぜー!

 

 

 

 

 

 

「あら?お嬢ちゃん一人?お母さんは?」「今日は清楚なお洋服をお探しな感じですか~」「こちらが今のトレンド商品となっておりまして~」「お客様とってもお似合いですよ!」「わたしもこの服持ってるんですよ~、」「実はこちら、最後の一着となっておりまして~」「この子お持ち帰りしちゃおっかな……」「こちらはどうでしょう、さっきとはガラっと印象変わりますよ~」「あら~、やっぱり可愛い子にはなんでも似合っちゃうんですね~」

 

 ……来るんじゃなかった、オレは貴様のオモチャじゃねーんだぞ。鼻息荒くしてんじゃねえ。顔近い顔近い、そんなに密着しなくても服合わせるくらいできるでしょ。離れて離れて。いや近いって……離れろ!

 

 はーまったく。わたくしムスっとしてます。レイちゃん仏頂面モード。私もこれ持ってるんですよ~じゃねえだろ、嘘をつくな嘘を。それ子供服だぞ。なに?彼氏とそういうプレイでもしてるんか?おお?ねーちゃんよお。

 

 なんか店名がシャレオツな文字で書いてあるイカしたお店に入って清楚なお洋服下さいって言ったらさあ、御覧の通りですよ。しまむらが恋しいなあ。もう完全に着せ替え人形状態。レイちゃん人形。まあユウマくん人形もセットなら売ってやらんことも無い。

 

 しかしどれだけ店員のマネキンにされようとも、オレには耐えることしかできない。だってオレ、ファッションなんて知らねーもん。たとえ人を心底イラつかせて来ようとも、この店員はプロなのだ。女の子1年生のオレが太刀打ちできる相手ではない。悔しいのお、悔しいのお。

 

 鏡に映った死んだ目でなんかいい感じのお洋服を着てる自分から目をそらして横を向くと、試着してきた服が山と積み重なっていた、いい加減もういいだろう。会計に行こう。試着したものを全部買うと告げると驚かれた。そりゃまあそうだわな、こんな幼女が大金もってるなんざ思わんだろう。でもオレはお金持ちなんです。だって魔王軍と戦ってるもん、最前線で。人類の希望の星なんだぜ、オレたちゃ。えらい人からいっぱい資金はもらってるのだ。……いいのか?こんなことに使って。まあいいか、バレやしねえ。サクっと会計を済ませる。

 

 

 さてさて、お家に帰っておめかししたら、ユウマにたくさん可愛がってもらいましょうかね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 販売員のねーちゃんが、家まで持って帰れる?付いて行ってあげようか?お家どこ?ねえ、お家どこ?お母さんとお父さん今お家いる?お家帰ったら一人?とかすごい聞いて来た。怖かった。特に目が。走って逃げたら走って追いかけて来た。怖かった。ちょっとちびった。もうあの店には行かない。

 

 

 

 



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誰よこの女。妬ましい。ぎえええ。

いつにもまして情緒が不安定です。


 

 

 

 ようやく自室にたどり着いた。さあさあお着換えを始めましょうか。いっつショーターイ。

 

 山と積まれたお洋服からオレが選んだのは(……一番上にあったやつだよ。悪いか。)なんかこう……ゴスロリ?みたいな?黒くてリボンがいっぱいついてて、背中にはすごいでっかいリボンが付いてるドレスみたいなやつ。

 頭にもでっかいリボンのついたカチューシャ。そんでちっちゃいリボンのついた白と黒のしましまの靴下、違うこれはニーソックス?わかんねえよお。語彙力もゼロ女子力もゼロ。ベラベラしゃべる店員の話、ちゃんと聞いとけばよかった。

 

 そもそもこれが清楚と呼ばれるファッションなのかも分かんねえ。むしろオレは何なら分かるんだ。オレが可愛いことは分かる。もうそれでいいだろ。十分っすわ、十分。可愛いは正義。あとあれだ、露出が少ないことも分かる。露出が少ないということは清楚。うん、完璧な理論だぜ。ぱーふぇくつロジック。レイちゃんかしこい。

 

 どこに腕を突っ込んでいいのかどこに頭を突っ込めばいいのか、手間取りながらもうんしょうんしょと何とか着替え終わる。

 さて、これで全身リボンまみれの黒白ゴスっ娘レイちゃんに変身したわけだが。どうやってユウマに清楚アピールすればいいんだろ。ふーむ、エルマールには、お前は絶対ボロが出るから口を開くなって言われたしなあ。どーしよっかなあ。

 

 とりあえずベッドの下から引っ張り出したユウマノートを開いて今日のユウマの予定を確認する。ほーん、今お出掛け中で、あと2時間くらいで帰って来るのかー。

 

 ……よし決めた。ユウマの部屋で待ってよう。帰って来るのを。なんか気分いいじゃん、自分の部屋に着いたら女の子が待ってるって。お出迎えしたらまあそっからは……アドリブで。なんとかなるなる。そして最終的にはユウマにこの黒いおべべを真っ白に染め上げてもらおう。ぐへへ。……いかんいかん、こういうとこだぞ、オレ。

 

 

 

 

 

 

 新しく作った合鍵を手に意気揚々とユウマの部屋に向かう。が、鍵が合わない。ユウマのやつ、あれから鍵を新しく変えたらしい。いつの間に。許さんぞ貴様。そこまでしなくてもいいじゃねえか。どうせ合鍵使うのなんてオレだけなんだしよお。……えっ、てことはオレのためだけに鍵変えたの?そんなに嫌?泣きそう。

 

 ダメだダメだ、泣いてる場合じゃない。ここで泣いてちゃユウマに鳴かせてもらえねえぞ。ドアが開かないなら別のところから入るまでだ。

 自室の窓から身を乗り出し、お屋敷の壁を這い伝ってユウマの部屋の窓にへばりつく。ぺたりと張り付いたまま窓をがこがこ揺すってみても開く気配は無い。戸締りは完璧。ユウマのこの防犯意識の高さはオレが育て上げたと言っても過言ではない。嬉しくもなんともねえ。お前は雑魚のままでいい。くそったれ。

 

 しかし開かないものは仕方がない。無理矢理開けよう。ちょーっと手のひらに魔力を集中すればほらこの通り。パリンと小さく音を経ててガラスは砕け散った。ありがとう異世界。ありがとう魔法。たぶんオレの魔力はこのためにあるんだと思う。ユウマと結ばれるために。

 

 ガラスの破片に気を付けながら部屋のなかに着地。散らばった破片は適当に片付け、砕けた窓は……カーテン閉めとけばいいだろ。へーきへーき。ばれねって。

 

 侵入ミッションは無事完了。でもユウマが来るまではまだそこそこ時間があるな。うーん、なにしてよっかなあ、へっへっへ。辺りを見渡すと、ベッドが目に入る。

 

 ……えへへ、基本ですよね、やっぱり。彼氏の部屋に来たらね、恋する少女の行動なんてね、決まってるんでね。いそいそと布団のなかに潜り込む。……あっ、これしゅごい。上からも下からも横からも、全部からユウマの匂いがしゅるぅ……。布団にくるまれて枕を抱き締めてると、ユウマに抱きしめられて、ユウマを抱きしめてる気がするよぉ……。すうぅぅーー……。はあぁーー……。うへへへ、いい匂いで、あったかくて、……眠くなってきちゃったぜー……。えへへ、ゆうまぁ……。Zzz……。

 

 

 

 

 

 

 くー、しゅぴしゅぴしゅぴー……。

 くー、しゅぴしゅぴしゅぴー……。

 

「……イ、…きろ……!」

 

 ……んにゃー、なんかユウマの声が聞こえるきがしゅるー……。

 

「……レイ、……イ!」

 

 んへへへへへ、ユウマ、おはようのちゅーでもしてくれるのかにゃー……。

 

「レイ!おい起きろレイ!」

 

 もー……、そんなに急かさなくてもー……。

 ゆっくりとまぶたを開ける。オレを覗き込むユウマと目が合う。うへへ、最高の目覚めだぜー。

 

 ……あ、やべっ。

 

「やっと起きたか。レイ、お前どうやって部屋に入った。」

 

 ……どうしましょうこの状況。えーっと、ホントは清楚レイちゃんがユウマをお出迎えーとか、そんな事を予定していたんですけどね。がっつり寝てたわ。気持ちいいんだもん仕方ないね。あ、よだれめっちゃ垂れてる。うええ、きちゃない。まあユウマの枕にマーキングできたと考えれば悪くない。

 しかしこっからどうやって清楚になればいいんだ。清楚なおはようのあいさつとかある?おはようございますユウマさん、とか言えばいいの?わかんねわかんね。どうすんだこれ。とりあえずおはようのちゅーか?いやそれは絶対にないだろ、それじゃいつものオレだぞ。なに考えてんだ。思ったより動揺してるなオレ?でも他に何すればいいんだ。オレはそれしかやり方を知らん。愛は押すものだから。誰かぁ、たすけてぇ。

 

「ちゃんと鍵変えたのにどうやって……、レイ?」

 

 ユウマが不審そうな目でオレを見てくる。……とりあえず起きるか、うむ、よっこいしょ。

 下半身は寝たままベッドから体を起こし、ユウマと見つめあう。無言で。無表情で。……だってどうすりゃいいのか分かんねーんだもんよ。誰だアドリブでいいだろとか言ってたのは。出てこい。お前のせいだぞ。いいわけあるか。無理だろ。まず目指す清楚がどういうもんなのかも知らねーんだオレは。清楚ってなんだ。清楚ってのはつまり清らかな……、なんだこれ。礎の右側のこれ何。楚って何。そうか三国志か。いや絶対違う。

 

「お前、レイじゃない……?」

 

 は?何言ってんだこいつ。お前の未来のお嫁さんの顔を忘れたってのか?張っ倒すぞ。正真正銘本物のレイちゃんだわ。……いやでもユウマとこんなに見つめ合うことなんて初めてかもしれない。よろしい、もうちょっとだけオレの顔を見つめることを許そう。ユウマの瞳に映るオレの瞳に映るユウマ。すごい、合わせ瞳の中に無限にユウマがいるよお。

 

「寝起きなんておいしいシーンでレイがオレに何もしてこないわけが……、いやしかし、じゃあこいつは……?レイの姉妹……?そんなわけない。レイの家族がこの世界にいるわけが……。」

 

 はー、なるほど。おはようのちゅーをしなかったからオレがレイちゃんではないと。名推理だな。普段のオレならもう色々とぐちょんぐちょんになるまでちゅっちゅしてるとこだぜ。オレの事をよく分かってる。うれしい。やっぱり通じあってるんだなオレ達。運命の赤い糸で結ばれてるね。

 

「あー……、きみ、どうやってこの部屋に入ったのかな?」

 

 どうやらユウマの中ではオレはもうオレではなくなったらしい。だったらなんなんだオレは。誰だオレ。誰かおせーてくれ。

 ベッドの上で座るオレに、ユウマはかがんで目線を合わせて話しかけてくる。やー、なんか新鮮だな、こんな風に話すユウマなんて。出会った時以来だ。いつもよりもちょっと声が優しいし。お腹がキュンキュンしちゃうぜ。

 せっかくよくわからん勘違いをしてるみたいだしこのまま別人のフリで行くか。安らかに眠れ、レイ。レストインピース。ぴーすぴーす^^V

 しかしどうやって部屋に入ったか、ねえ……。窓割って入りましたと答えるわけにもいかねーしなあ。うん、黙秘で。

 

「……。」

 

「うーん、困ったな……。そうだ、きみ、名前は?」

 

 ……えっ、名前?やべえなんも考えてない。まってまって、名前、名前、なんかいい感じの名前……。

 

「……れあ。」

 

 雑ぅ。まあとっさに思い付く分けねーわいい感じの偽名なんて。しょーがねーだろ、寝起きでなんもかんも想定外の事態にパニクってんだぞこっちは。コナン君だってその辺の本からとってたし、案外ムズいんだよ、偽名。それにしてもなんだレアって、雑にもほどがあるだろ。やべーってこれは。いくらなんでもユウマはそこまでアホじゃねえぞ。

 

「そっか、レアちゃんか。」

 

 アホだったわ。レイちゃん悲しい。オレの旦那は将来簡単に詐欺とかに騙されそうです。カモです。勇者様だからお金持ちだし、ネギ背負って土鍋抱えて味付けの終わったカモ。でもそういうお人好しなとこが好きなの。お胸もお腹もきゅんきゅんしちゃうの。

 

「レアちゃん、お父さんかお母さんは、どこにいるかわかる?」

 

 黙って首を振る。決めた。不思議ちゃんの無口なロリで行こう。もう清楚がどうとかどこ行ったか分かんねえけど。これならボロが出ることはあるまい。いやまじでベストな判断では?無口とか余裕でアドリブで行けるわ。なんも言わなきゃいいんだもん。過去のオレの判断は間違ってなかった。流石だ。

 

「わかんないか。……レアちゃん、ちょっとごめんね。」

 

 そう言ってユウマがハンカチを手に取り、オレの顔を擦る。あー、よだれね、でろでろしてたもんね。きちゃないもんね。面倒見いいね、ユウマくん。いいお父さんになりそうでレイちゃんとっても嬉しいです。

 しかしさっきからユウマがずっと優しくてすごい。いつものユウマも好きだけどこっちのユウマも大好き。えへへ、くすぐったいよお。下のよだれも拭いてほしいよお。

 ……いやまて、普通見知らぬロリにこんなことするか?よだれが垂れてるのが見苦しいならハンカチ渡して終わりだろ。なんでお前がぬぐってんだ。このスケコマシが。他の子にやったらぶん殴るぞてめえ。……あれ、今のオレはレイではなくてレア、つまりお世話されてるのはオレじゃないんじゃない?これひょっとして絶賛浮気現場なう?ぶん殴ったほうがいいの?

 ……でもユウマによだれ拭いてもらうなんて経験今しかできないよなあ。これを捨てるのは惜しい。オレには無理だ。なぜなら大変バブみを感じて気持ちいいから。ぱぱぁ……。ばぶばぶ。

 だけどこの子、知らない子供なのよね。誰だよレアって。誰よこの女。妬ましい。ぎえええ。

 

「よし、きれいになった。うん、かわいいかわいい。それじゃあどうしよっか……。レアちゃん、お母さんのよく行く場所とか、分かる?」

 

 黙って首を振る。このクソガキのおかんの設定なんぞ、みじんも決めてねえ……ちょっと待ってちょっと待って待って!ちょっと!今の!二言目!なんか聞き逃しちゃいけない言葉聞いた気がするんですけど!さっきからドキドキが追い付かねえ!可愛いって!絶対可愛いって言った!レアちゃん後でぶっ殺すからな!どんだけ優しくされてんだお前!あ、自分への嫉妬ってすごいナルシストっぽい。いや今はそんなことどうでもいい!ユウマさん!もっかい!もっかい言って!ねええええええ!

 

「……もう、いっかい……」

 

「? 一階?え、この家に、レアちゃんのお母さん、来てるの?」

 

「……ちが、もう、いっかい……!」

 

 いや無口ロリってしゃべりづらっ。やめときゃよかった。過去のオレはやっぱりダメだわ。信じれるのは今の自分だけだ。でもこんな感じでいいのか?無口ロリって。合ってる?小声でぼそぼそ喋ってるだけだぞこれ。でも黙ることはできねえ。止まれねえんだ、頼むぅ、オレはもう一回可愛いって言われたいんだよぉ!

 

「……?もう一回?あ、まだ口になにかついてた?」

 

 ユウマはハンカチを裏返し、もう一度オレの顔に近づけようとする。うへへ、ぱぱぁ……。いや違う!それも大変魅力的ですけど!違うんです!可愛いって言って欲しいんです!です!

 

「ちが……!もういっかい……いって……!」

 

「ああ。もういっかい言って、か。」

 

 そう!そうです!いいぞユウマ!

 

「レアちゃんのお母さんが、よく行く場所とか、知ってる?」

 

 違う!そこじゃない!

 

「ちがう……!そのまえ……!もういっかい、いって……!」

 

「その前……?あ、どうやって部屋に入ったか、思い出したの?」

 

 うーん、ちょっと戻りすぎかな!あああ、イライラするよお!

 

「それじゃなくて……!もうちょっとあと……!」

 

「えーっと、後って言うと……。名前?あ、ごめん、レアちゃんじゃなかった?」

 

 それはまあ私はレアちゃんじゃないですけど!があああああ!わざとやってんのか!?なんなんこいつ!こういうとこから夫婦生活に亀裂が入ってくんだぞ分かってんのか!まあオレは許してあげるけど!愛って偉大!

 

「そのあと……!もうちょっと……!」

 

「そのあと、あと、あと……。……お父さんのいるところなら分かるとか?」

 

「だあああああああ!ちげえわ!可愛いってもっかい言えって言ってんだよ!このアホ!」

 

「……え。」

 

「……あ。……ごほん。わたくし、いつものレイちゃんでございますことよ?」

 

 

 

 叩き出された。お嬢様言葉は清楚じゃなかったらしい。学び。

 

 

 

 

 




サブタイは本文から適当に抜粋して付けてるんで、書いてる途中は未定なんですよね。で、とりあえずの仮題は『あたまおかしい 〇(話番号)』にしてるんですけど、頭おかしいキャラなんて登場してないのになんでそんな名前なんでしょうね。不思議ですね。


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たぶんそういうプレイなんだと思うぜ俺は。


ヤンデレイちゃんの回


会話ばっかの話にキャラが4人も出ると誰が誰だか!


 

 

 

 というわけで。

 部屋から叩き出されたオレはエルマールと共に酒場で飲んだくれているのであった。へべれけー。フェリアを誘ったところ、用事があるとかで後で合流するとか。

 ちなみにこれはただの飲み会ではではない、反省会である。休んでいる時間など無いのだ。ユウマのお嫁さんになるというたった一つの目標に向け、レイちゃんは日々努力してるんですよ。えらい。可愛い。ほらほらこんなに優良物件ですよ!ユウマさん!

 

「だいたいお前、なんなんだその珍妙極まりない服は。なんでリボンそんな付いてんだよ。」

 

「え、可愛くない?リボンって女の子って感じするだろ。可愛いレイちゃん×可愛いリボンでもう向かうところ敵無しじゃない?」

 

「まあ可愛いっちゃ可愛いが……。で?どうだったんだよ結局、清楚なレイさんよ。ユウマからの扱いはなんか変わったか?」

 

「ふっふっふっ……。それがなー?よだれ拭いてもらっちゃったんだー。えへへー。」

 

「は?……え?清楚に化けるとかそういう話だったよな?」

 

 はー、清楚がどうとか、エルマールは遅れてんなあ。今どき大事なのはバブみなんすよ。バ・ブ・み。バブみを感じてオギャりたい。あの言葉の重みをオレは今日初めて心で理解したね。まあ、こいつは一生誰かにオギャらせてもらえることは無いんだろうなあ……。憐れ、エルマール。

 

「だからー、ベッドで寝てたらユウマに優しく揺り起こされてな?優しくお話してもらってな?よだれ拭いてもらってー、世界一可愛いお姫様だねって言われちゃったんだよー。うへへへへへ。……レアちゃんが。」

 

「は?レアちゃん?……誰?」

 

「あ、思い出しただけでイラついてきた。あいつだけは許せねえわ。なんだろうすっごい腹立って来た。どうすれば殺せるんだろうなあのメスイヌ。なあ教えてくれよエルマール。存在しないけど確かに存在してる奴を殺す方法を。呪い?やっぱ呪い?呪術師とか探したほうがいい?ねえ呪い殺す専門の人とか知らない?いや、自分で呪えばいいのか?藁人形なのか?オレの髪の毛仕込んだ藁人形に釘ぶっさせばいいのか?奴が苦しむならオレがいくら苦しんだってかまわんぞ。あああああああイラつくよおおおおお。」

 

「なになになに。いきなり何。こえーんだけど。目がやべーんだけど。どうしたんだお前。」

 

「いやでもオレの髪の毛でほんとにあいつが苦しむのか?苦しむのはオレだけじゃないのか?一番あいつに馴染みがあるもんって言えば……あ、そっかぁ。あいつを殺すなら、この服燃やせばいいのかぁ。えへへ、なーんだ、簡単じゃん?」

 

 どうしてこんな簡単な事、さっさと思いつかなかったんだろうなあ。ちょっと怒りで頭がおかしくなってたのかもしれない。あのクソアマはこのアホみたいにリボンのついた服が無かったら存在できないんだし、これさえ燃やしちまえばいいんだよな。うん、善は急げ、さっさとあいつをこの世から消し去ってしまおう。ユウマ以外のやつにオレの裸を晒すことになるけど構うもんか。

 

「は?……おいおいおいおい!いきなり何やってんだ!いくらお前でも酒場でストリップはまずいだろ!」

 

 服を脱ぎ始めたオレの腕をエルマールが掴む。止めるんじゃねえ!

 

「放せエルマール!オレはあいつを、レアとか言うメスイヌをぶっ殺さないと気が済まねえんだよ!!」

 

「だから誰だよそれは!だいたいお前が服脱ぐことと何の関係があるんだっつってんだ!」

 

「燃やすんだよ!このあいつの匂いが染み付いた服を!邪魔すんならお前まで燃やすぞエルマール!」

 

「わけわかんねー事言ってねーで、ちょっと大人しくしてろ!」

 

 机に上半身を押し付けられ、両手を背中でまとめられる。身動きが取れない。半分ほど脱いだところでエルマールにきれいに無力化されてしまった。ちくしょう、どうしてエルマールがオレを止めるんだ。正義の名のもとに奴に制裁を下そうとしているだけなのに。ユウマをたぶらかすあいつを殺さないといけないのに。……そうか。

 

「エルマール、お前もあのレアとか言うメスに騙されたのか!目を覚ませ!あいつの中身はただのクソ野郎だぞ!放せ!放せー!はーなーせー!」

 

「はいはーい、お待たせしましたフェリアちゃんですよー……って、エルマールさん何やってるんですか!レイちゃんを無理やり脱がそうなんて!お、女の敵!」

 

「ちがっ!違うフェリア!レイのアホが勝手に脱ごうとしてんだ!やめろ杖を構えるんじゃねえ!」

 

 

 

 

 

 

 フェリアがエルマールにいかずちを浴びせてしばらくのち、オレはぐるぐる巻きのす巻きにされて床に転がっていた。目隠しされて、口には布を噛まされて。えすえむレイちゃん。えろえろだぜー。……とか言ってる場合じゃねえんだ。オレにはやらなきゃいけないことがある。やらなきゃいけない奴がいるんだ。

 

「はー、なるほど。レイちゃんがいきなり服を脱いで燃やそうとするから、エルマールさんはそれを止めていたと。……何言ってるんですか。」

 

「俺だって知らねーよ……。レアとかいう奴を殺すだかどうとか言って、いきなり脱ぎ始めたんだ。こいつの奇行は今に始まったことじゃねーが、今回ばかりはさっぱりわからん。」

 

「もごもご。」

 

「それで、結局どうします?レイちゃんミノムシにしたまんま、家まで連れて帰ります?」

 

「あー……、こういう時はユウマを呼ぼう。あいつならどうにできるはずだ。……たぶん。」

 

「もごもご!」

 

「5割……いえ、7割くらいで悪化する気がするんですけど。」

 

「そんときゃそん時だ。どっちもぶん殴って気絶させて終わりでいーだろ。」

 

「……わたしエルマールさんのそういうところ好きですよ。」

 

「おっ、ひょっとしてフェリアちゃん、俺に惚れちゃってる?」

 

「ないです。」

 

「はい。」

 

「もごもご。」

 

 

 

 

 

 

 さらにそれからしばらく。

 フェリアがユウマを酒場に連れてきたようだ。たとえ目隠しをされていようともオレには声で分かる、匂いで分かる、空気の振動でユウマが分かる。五感の全てが封じられようとも心で分かる自信だってあるね。

 

「それでフェリアさん、俺にどうしろと……」

 

「いやー、わたしもよくわかんないんですけどね?ユウマくんならこう、レイちゃんをいい感じに何とか出来るんじゃないかなーって。」

 

「雑が過ぎる……。いえ、まあ、やってみますけど。」

 

「おらレイ、愛しのユウマ様が来てくれたぞ。」

 

 ぶっきらぼうなエルマールの声がして、目隠しと噛まされた布が外される。あー、空気がおいし……アルコールと煙の味しかしないぜ。酒場の空気はまずいぜ。うえー。ぺっぺっ。

 ころんと体を半回転させて上を向くと、ぐるぐる巻きで転がったままのオレをユウマが見下ろしていた。すごいめんどくさそうな顔で。……ユウマがオレにそんな顔するわけないのに、これもきっとあのレアとかいう女の……。

 

「ユウマ、ユウマ。なあ、この縄ほどいてくれよユウマ。お前をたぶらかそうとした女狐をぶっ殺さないといけないんだ。ユウマがオレ以外の女にあんな態度とるわけないもんな、きっとあいつが魔術とか呪術とか、なんか使ってユウマを操ってるんだ。オレがユウマを助けてやるからさ、早くこの縄を…。」

 

「なんなんすかこれ、怖いんですけど。これどういう状況なんですかフェリアさん。」

 

「レイちゃんが言うにはなんかレアちゃん?とかいう子が、ユウマくんをたらし込もうとした?とかなんとかで……。」

 

「要するに、俺らにゃさっぱりわかんねーからお前に投げてんだ。頼んだぞ、愛しの王子様。」

 

「いや王子様って……。あー、でもだいたいわかった気がする……。フェリアさん、レイはレアって子をぶち殺したいって言ってるんですね?」

 

「そうですそうです。……というかこれで大体わかるんですね、すごいですね。」

 

「な。勇者様ってのはすげーわ。」

 

「勇者ってこういうのじゃない気が……。まあいっか。あー、ちょっといいか?レイ。」

 

 何やら三人で話し合った後、ユウマがオレに再び声をかける。とっても嬉しいんだけど今それどころじゃないんだよ。ユウマを助けてあげなきゃいけないんだ、どうすればいいか分かってるのはオレだけなんだよ。エルマールもフェリアも、分かってないんだ。

 

「ユウマ、今ちょっと忙しいんだ、もうちょっとでこの縄ほどけると思うんだ。そしたらすぐにレアの奴を消せるからさ、それでユウマも元に戻るはずなんだ。オレ以外にあんな顔するユウマがユウマのわけないんだ……。」

 

「そのレアちゃんの事で話があるんだ。……俺はレイがレアちゃんのふりをしてるだけって、初めっから気づいたぞ。」

 

「……え?」

 

「だからな?俺が優しくしたのも、よだれ拭いてやったのも、可愛いって言ったのも、レアちゃんじゃなくて全部お前に向けてしたことなんだよ。」

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと、レイちゃんのよだれ拭いたってなんなんですかエルマールさん。何言ってるんですかこの勇者様は。」

 

「たぶんそういうプレイなんだと思うぜ俺は。」

 

「ひええ……。最近の若い子は恐ろしいですねえ……。」

 

 

 

 

 

 

「じゃあユウマ、あれはレアじゃなくて、オレの事を可愛いって言ってくれたの……?」

 

「そう言ってんだろ?」

 

「ほんとに?ほんとのほんと?」

 

「ほんとのほんとだ。あー、そのリボンまみれの服着たレイは可愛いぞ。」

 

「今、ユウマ、オレの事可愛いって……。」

 

「あー、可愛い可愛い。おしゃれしたレイはもうすっごい可愛いぞー。」

 

「えへ、えへへへへぇ……♡」

 

「ほら、じゃあ帰るぞ。可愛いレイ。おーよしよしよし、可愛いなー。可愛い可愛い。」

 

「……♡」

 

 ユウマがオレの事をひょいと肩に担ぎ上げ、酒場を出る。可愛い可愛い連呼しながら。うぇへ、うぇへへへへぇ……♡ 顔が熱い、体が熱い、心臓がどきどきするよぉ……♡ あれだ、脳みそがふっとーしちゃうよぉ♡ えへ、えへへへへ……♡

 

 

 

 

 

 

 

「おー、すげーなあいつ。……見た目は完全に人さらいだが。縄ほどいてやりゃいいのに。」

 

「ああやってレイちゃんの顔を自分の背中側にするように持つことで、自分のめんどくさそうな顔を見られないようにしてるんですねえ……。でもユウマくんがあんなに可愛いって言ってあげるなんて珍しい。」

 

「適当にベラベラ言ってるせいで、あいつ後で後悔するんだろうなあ……。」

 

「経験談ですか?」

 

「……経験談だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一晩中可愛いって言ってってねだってたらキレられた。本当はレイだって気づいてなかったわボケって言われた。

 悲しみと憎しみの炎でレアちゃんの服は燃やした。なんか意識がすっきりして、炎の中からぎえええって声が聞こえた。あの服も呪われてたのかよ。こえーよ。レアちゃんってなんだよじゃねーよ、オレだよ。自分に嫉妬して殺そうとするとかイカれてんのか。呪いって怖いわ。もう二度とあの店には行かん。

 

 






解説

ユウマは普通に気づいて無かった。
服はおもっきし呪われてた。リボンの内いくつかはお札という古典的なやつ。呪いは嫉妬心を増幅する呪い。
呪いの装備の多い異世界だぁ…。




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満月に焦がれて




サブタイで品性を使い果たしたので内容はいつも通りです。


 

 

 

 先日の……なんだっけ。オレは何をしようとしてたんだ結局。まずは弱みを握ってイチャコラしようとして?清楚になればいいんじゃないってなって?バブみを感じて?オレが病んで?ユウマにあやされて?うん、まあだいたいこんな感じか。

 

 ……いやわけわかんねえなこれ。どういうことだよ。まあもうなんでもいいか。全て過ぎ去ったことだ、めんどくせえ。よかったことだけ考えよう。よかった探しは大事。人生はポジティブに行こう。

 

 そうだな、バブみだな、よかった事と言えばね。ばぶー。ばぶばぶばっぶー。あーなんかばぶばぶ言ってるとすごい落ち着くなー。ばぶばぶ言ってればすべてが許される気がするー。ばぶばぶー。ばーぶー。ばっばばばっば、ばーぶー。

 

 ……真面目に考えよ。

 バブみ、バブみかぁ。あれだな、人にお世話されるのがあんなに気分いいとはなあ。や、パパがユウマだからよかったんだろうな、うん。やっぱり愛なんすよね。どんなことも。愛する人にバブるあの幸福よ。ユウマにもあの幸せを知ってもらいたい。そう、オレもユウマにバブみを与えたい。これだ。オギャられたい。母性本能の目覚めを感じる。聖母レイちゃんの覚醒。

 

 ユウマにたくさんオギャってもらいたい。ガラガラ振ってあやして上げたい。背中ぽんぽんしてげっぷさせてあげたい。おしめだって替えてやるぞ、ユウマよ!

 ……おしめ替えたらやっぱり見えるよね、そのね、ユウマのユウマがね、でもしょうがないよね、赤ちゃんは自分でお着換えできないもんね。……赤ちゃんユウマのユウマもやっぱり赤ちゃんみたいに可愛いんだろうなあ。すっぽり頭まで隠れてるんだろうなあ。いないいないばぁとかしちゃう?しちゃうか?いないいなーい、ばー!たーべちゃうぞー!ってか?ぐへへへ……。

 

 ともかく。

 オレがユウマにばぶばぶされるためにはやっぱりアレが必要だと思うんですよ。アレが。オレには無くて、全てのママにあるもの。ママじゃないけどフェリアにもあるもの。母性の象徴。すべての赤ちゃんが求めるもの。いや、赤ちゃんだけじゃねえな、みんなだ。男も女もみんな求めてる。オレたちはみんな、あの満月に焦がれているんだ。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、オレは勇者パーティの誇る生ける叡知、魔法使いキースのお部屋にお邪魔しているのであった。最近なんか連盟?に呼ばれてたとかで会うのは久々っすね。ちーっす。おひさー。

 

「なに?ユウマをあやしたいからオレのおっぱいを大きくしてくれだと……?いやすまない、僕の聞き間違いだろうか。もう一度言ってくれないか、レイ君。」

 

 苦々しい顔をしながら頭を押さえるキース。どしたの、頭痛いの?大丈夫?

 

「いや、それで合ってるけど。ユウマにばぶばぶされたいんだけどさ、やっぱり母性って言ったらおっぱいだと思うんだよね。でもオレのちっちゃいじゃん?いやお前には見せないけど。だからおっぱい大きくする薬かなんか作ってくれよー。」

 

 キースが頭を押さえたままぐうぅとうめき声を出す。頭痛持ちかな?大変だなぁ。かわいそうに、おーよしよし。

 

 キース、こいつは魔法使いの癖になかなかいいガタイをしたインテリイケメンである。トレードマークはメガネと、裏地にシャレオツな文字がびっしり刻まれたイカしたマント。……あれ、なんかこんなん最近どっかで見たような……。まあどうでもいいか。

 初めてキースに出会ったとき、RPGとかでよく見たような魔法使いの姿に、オレとユウマは感動したもんだ。すげぇ、まじでこんなかっこするんだ、と。

 しかもだ、こいつは期待を裏切らなかった。なんと魔法を使うときにキースはかっけえ詠唱をするのである。マントをばっさばっさはためかせて。本を片手にメガネをクイクイしながら。その上その時、こいつの足元にはめっちゃ光る魔方陣がぎゅんぎゅん回転して、マントの裏の文字はぺかぺか点滅する。

 

 まじでかっけえんすよこれが。そんなんしなくても魔法なんてグッと力込めれば出るのに。その演出無駄なのに。でもそれがむしろかっけぇ……。

 

 そんな感じにキースはなかなか愉快な男である。他にも例えば魔法で空飛べたりしないのって聞いたら、両足から炎噴射して爆笑しながら空を飛び回り始めたりする。あれには正直びびった。ものすげえうるさいし、何より人間の動きじゃなかった。しかもそれから時々戦闘中に飛び回るようになった。面白いけどマジでびびるから飛ぶ前にはなんか言ってほしい。

 

 そして愉快な男ではあるが、キースはすごいスゴい男でもある。いや語彙力ぅ。具体的に言うと大体なんでも作れる。まじで大体なんでも作れる。まじまじ。

 このお屋敷で使っている冷蔵庫っぽいものだってキース作だ。すごい。オレとユウマはキースの事を裏ではドラえもんと呼ぶ。キースえもん。そんくらいすごい。

 だからおっぱいでっかくする薬、なんてものは普通は眉唾物もいいとこだが、キースにかかれば大したことはないのだ。たぶん。たぶん作れると思うよ。頑張れキース。ふぁいとー。

 

「……レイ君、君の言うおっぱいというのは、ひょっとして実は大胸筋の事を指して」

 

「おっぱいはおっぱいだよ、ちーぶーさ。赤ちゃんにミルクあげるとこな?」

 

「……君はまだ幼い、焦らずともいずれ大きく」

 

「うるせー!オレは今がいいのー!今ユウマをばぶばぶさせてあげたいのー!オレがたゆんたゆんなおっぱいで疲れたユウマを癒してあげたいのー!」

 

「……その心構えは悪くない。が、彼を思うなら一旦なにもしないではどうだろうか。非常に言いづらいのだが、僕はそもそもユウマ君の心労のほとんどは君が原因だと思うのだが。」

 

「いやいや(笑)。そんなわけないじゃろがい。あいつがツンデレなだけじゃい。」

 

「……そうか。」

 

「はー全く、キースはユウマの事わかってねえなぁ。……あ、キースお前、さてはおっぱいでっかくする薬作れないからそんなこと言ってんのか?」

 

「む、何を言う失礼な。君は僕を誰だと思っているんだ。作れるさ、ああ、その程度のもの三日もあれば作れるとも。いいだろう、君のその安い挑発に乗ってやろう。……どうせ面倒を被るのは僕ではないのだしな。」

 

「……お前も大概いい性格してるよな。」

 

「せめて君にだけは言われたくないのだが。」

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから七日がたったのだった。たったのだった。だったのたった。たったったった。

 

 いや、キースは三日で作れるって言ってましたけどね、ちゃんと三日で作ってくれたんですけどね、色々あって寝込んでたんですよあたしゃ。つい昨日までね、そのお薬の出来る直前の日からね。ほんとに大変だったんですわ、忙しくてね、こっちに来てから最高レベルの大変に濃い数日間でしてね。

 

 やーもう、世界を丸々吹っ飛ばすやべー爆弾が発見されて血で血を洗う争奪戦が起きたり、魔王軍四天王とかいう見るからに強そうなやつらが現れたり、ユウマに光の翼が生えて来て手からはビームサーベルみたいのが出てきたり、とっても盛り沢山だった。イベント詰め込みすぎだよお。

 

 まあそんなことはどうでもいいので置いといてだな。……いや、よくない。いや魔王軍がどうたらとかはどうでもいいけど。羽根つきユウマが大変神々しくてかっこよかったことはどうでもよくない。

 翼がばっさーって生えて後ろからライトで照らしてんの?ってくらい光輝くユウマの姿に、オレは感動のあまり涙を流した。目が潰れた。そしてそのまま気絶して昨日まで寝てた。三日寝込んだ。あれはやばすぎる。もうユウマが神か?ってくらいやばかった。圧倒的な神感。ゴッドの中のゴッド。

 

 輝くユウマにエルマールはガチでひいてた。はい不敬。

 

 ともあれそんな激動の日々は一旦過ぎ去った。つかの間の休息に自室であぐらをかくオレが睨み付けているのは、キースの作ったおっぱいをでっかくする薬、おっぱいいっぱいでっかくなーるである。命名はキース。ネーミングセンスひでえ。何より微妙に韻を踏んでるところが、あいつのドヤ顔が浮かんですげえ腹立つ。オレならデカ乳ドリンクと名付けるね。

 ちなみに同じくキースが名付け親の冷蔵庫の名前はひんやりくんジュニアである。何がジュニアだ何が。ファザーとマザーがどっかにいるってのか。

 

 しかしこのデカ乳ドリンク、大変まがまがしい見た目をしておる。どう見たっておよそ人体に取り入れていいものではない。冷たいくせにゴポゴポ泡立ってるのはいいとして、なんで色が目まぐるしく変わるんですかね。ゲーミングか?ゲーミングドリンクなのか?見てるだけで目がチカチカして痛いんだけど。あいつちゃんと毒見したんだろうな。……するわけねえな!乳がでかくなる薬なんて飲むわけねえわ!被験者1号はレイちゃんです!……こわいよぉ。

 

 とはいえこれを飲まなければオレはセイントマザーにはなれない。まあキースの作ったものだ。たぶん大変な目に遭うことはないだろう。

 

 キースのおかげでジョニーと再会した日の事を思い出す。あいつにもう一度会わせてくれと懇願するオレに対して、ドン引きしながらも()()()薬を作ってくれたキース。オレはその薬を飲み込み、懐かしいあいつの顔を再び見ることが出来た。泣いたね。感激のあまり。

 そしてまあ、その、ジョニーと二人、男の対話をしようとして、……そうだ思い出したぞ!しようとしたのにアメリカンクラッカーがついてなかったせいで出来なかったんだ!いや、やれはしたけど最後まで出来なかった。もうあの時はめちゃくちゃつらかった。薬の効果が切れて彼との別れの時が来るまでの数日、オレはベッドでサルみたいになっていた、ぼろぼろ泣きながら。一睡もできなかった。ユウマとエルマールは目も合わせてくれなかった。フェリアは家出した。キースは逃げた。パーティ解散の最大の危機はあの時だったね。クソどもが。

 

 ……いやダメじゃん。キースの作ったもので大変な目に遭ってるじゃん。これ飲んでいいのか?またあの時みたいに酷いことにならない?でもなあ、オギャってもらいたいんだよなあ……。ママになりたいよお……。

 

 考えてても仕方ねえな。飲むか飲まないかなんだ。せっかく作ってもらったんだし飲むしかあるまい!どんな事になろうとも、おっぱいがでっかくなるのは確実だろ!覚悟を決めろオレ!ええい、ままよ!……ママだけにな、はっはっは。

 

 

 

 

 

 

 

……母だけにな!

 

 ぐびー、ごっくん。……くそまじゅい。

 

 

 

 







きれいなサブタイと最後の抱腹絶倒ギャグがやりたかった。


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え、そりゃあそう思っていたが。



最後の方にこの作品で初めての戦闘シーンがあります。
まあ異世界転生して魔王と戦う勇者たちのお話ですからね、そりゃたまには戦闘シーンもありますよ。むしろ遅すぎたくらいですよ。


 

 

 

 さて。

 不退転の覚悟でキース作、『おっぱいいっぱいでっかくなーる』を飲み干したものの、果たしてこれはどのくらいで効果が発揮されるのだろうか。流石に飲んだ瞬間ばいんばいんになるわけではないらし……痛い!痛い痛い痛い!ちょっと待って!胸がめっちゃ痛い!待って待ってそういう感じ!?いてててて、いや、熱いぞこれ!熱い熱い!痛い!熱くて痛い!いた……ちょっと気持ちいい……?いやそんなことねえ!普通に痛いし熱いだけだわ!ぐお、ぐおあああああああああああ!!誰かたしゅけてえええ!!

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから一時間がたったのだった。たったのだった。だったのたった。たったったった。

 

 ようやく胸の痛みは鳴りを潜め、オレに残されたのはもうびっくりするほどばいんばいんになった巨大なおっぱい、つまりは巨乳である。あまりの痛みに涙をちょちょぎれさせながらのたうち回ってる間にばいんばいんになってた。可愛いおべべのボタンはいつのまにかはじけ飛んでました。気づいてたらケンシロウごっこしたのに。もったいない。ほわたぁ。

 なにはともあれロリ巨乳レイちゃん、ここに爆誕。いえー。テンション上がっちゃうぜー。せくしーぽーーーず。Fooooooo。ばいんばいーん。揺れる、揺れるぜー。ふははははは。すごいぞー、かっこいいぞー。下からすくい上げるように持ち上げてー、そりゃー、たっぷたっぷしちゃうぜー。うふーん、あはーん。……やべ、まじで興奮してきた。おいちょっとカメラ止めろ。

 

 

 

 

 

 

 ……ふひぃー。

 いやー、久々に自分()したなあ。女の子になって最初の頃はもうえげつないくらい鏡の前でいたしてたけど、最近はすっかりご無沙汰、ユウマでしかしなくなってたからね。ちょっと懐かしい気持ちになれましたよ。なんかこう、後味がちょっと違うよね。どんなものをオカズにするかで。

 

 さてさて巨乳のすばらしさを再確認できたし、そろそろユウマにこの溢れる母性を見せつけに行きましょうか。ちゃんと色々用意したしね。おしゃぶり、絵本、哺乳瓶、オムツにガラガラ。こんだけあればユウマがどんなふうにぐずってもママがあやして上げちゃいますよ。……あ、おしゃぶりと哺乳瓶しゃぶっとこ。ぺろぺろ。体に悪いもんとか塗ってあったら困るしね。ぺろぺろ。オレは子供の健康に気をつかえる出来るお母さんだね。かわいいね、えらいね。ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。

 

 ……なんかむなしくなってきた。一人でおしゃぶりと哺乳瓶をしゃぶることがこんなにもむなしい事だとは思わなかった。心にぽっかり穴が開いたみたいだ。……あっちの世界のオレのママは元気にしてるだろうか。ママに会いたいよぉ、ママぁ……。

 やばいやばい、まさかこんなこと(ソロ哺乳瓶)から湿っぽくなるなんて嫌だぞオレは。何より人としてどうかと思う。考え方を変えよう、そう、この悲しみはユウマも感じているはずなんだ。それをオレが癒すんだ。癒しの力をみせてやるぞみせてやるぞ。うおおおおおおお。……よし元気出た。さよならママン。今日の夜思い出すからそれまで待ってて。……ユウマとえっちなことしてなければな!てことはたぶん思い出さねえな!すまんね!

 

 部屋を出てユウマの部屋の鍵穴から中をのぞき込む。が見当たらない。たしか今日はユウマは暇な日のはず。部屋にいねえってことは、まあたぶん下のリビングにでもいるんだろう。いなかったらどうしよ、迷子のお知らせでも出すか。ママグッズを抱えて、とんとんと階段を下りる。

 ゆさゆさ揺れるでっかいおっぱいで足元が見えねえ。こわいなー。おっぱいでっかいと歩くだけでも怖いなー。いやー、困っちゃうなー。へへ、おっぱい大きくて困っちゃ……あぶねっ、普通に転ぶとこだったわ。こえー。普通にこえー。

 

 リビングをひょいと覗き込んでみると、ソファに腰かけて小難しそうな本を読んでいるユウマが。やめろやめろ、そんなもの読むんじゃありません。ママが楽しい絵本を読み聞かせしてあげますからね。このばいんばいんでゆっさゆっさのナイスばでーなレイちゃんがよお!

 

「おいユウマ、そんなわけわからん本読んでんじゃねえ。ママが絵本読んでやるからこっち来なさい。」

 

「……あ?俺のママはお前じゃねえだろ。今ちょっと大事な本読んでんだから邪魔すんな。しっしっ。」

 

 ユウマは本から目を離すことなく、オレを追い払おうとする。

 なんだ、反抗期か?許さんぞ。そんなもんはいらん!ママはそんな風に育てた覚えはないぞ!いやこれパパのセリフだ。ママはそんな風に育てた覚えはないわユウマちゃん!オレはお前をあまあまの甘えん坊に育てたはずだ!少なくとも今はオレの中ではそういうことになってる!

 

「はっはっは。このばいんばいんなパーフェクトボディのオレを見てもママじゃないなんて生意気なことが言えるか?溢れんばかりの母性にもうお前の方からママー!おっぱい吸わせてー!って言い出すぞ!だからほらこっち見ろ!見てー!見ろー!おらおらー!」

 

「うるせえなぁ……、わかったよ。ちょっとだけなら相手してやる。ったく、ちんちくりんのつるぺたがなーに言って……。」

 

 小バカにするような笑みを浮かべたユウマがゆっくりと顔をあげ、ユウマの視界にオレが写り出す。足元、膝、腰、腹、そして胸が見えるくらいのところで、ユウマの動きが止まった。カッと見開かれた両目から、ユウマの驚きが伝わってくる。ふはははは。もうこの爆乳から目をそらすことなどできはしまい!お前の負けだバカめ!

 

「どうだ!ロリ巨乳レイちゃんだぞ!」

 

「……うわっ、キモっ!!」

 

 

 

 

 

 

「うぶっふぐ、う、う゛ぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!う゛ぁぇぇう゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

「あーあー、俺が悪かったって。……お前泣き声きったねえな……。」

 

 ロリ巨乳アンチだったユウマに一刀両断にされ、オレは泣いていた。恥も外聞も知ったこっちゃねえ。悲しいときは泣く、それがオレの美学だ。涙と鼻水を撒き散らし、散らばったおしゃぶりや絵本に囲まれながら、喉から声を絞り出して泣いていた。何歳児だよって絵面だが、今のオレなら許されるのだ。なぜって?かわいいから。なんて完璧なアンサー。慟哭するレイちゃんもかわいいから。

 しかし恋人からキモいと言われるのはなかなか堪えるな。オレの繊細なheart of glassが見事に粉々に砕け散ったぜ。……マジで辛い。苦しい。喉の奥がきゅってなるんだぜ。……ぐすん。

 

 ちくしょうふざけんなよてめー、ロリ巨乳のどこがキモいんだよ。そりゃまあちょっと大きすぎるとは思うけどさあ、ゴムボールみたいだけどさあ、シリコン入れたみたいで違和感すごいけどさあ、いいじゃんさ、オレのおっぱいはお前の好きに出来るおっぱいなんだぞ。でかい方がいいだろうが!触って楽しいだろうが!

 

「ほら泣きやめ泣きやめ。つーかなんだこれ、ガラガラにおしゃぶりに……、お前これ俺に使うつもりだったの?」

 

「う゛ぁー。」

 

「お前の胸がでかくなったくらいでなんで俺がこんなもんつけるんだよ……。お前のなかでどういう理屈が回ってるんだ、一回頭の中を覗いてみてえわ。おら、とにかくそれどうせキースさんの仕業だろ。探しに行くぞ。」

 

 怪訝そうにおしゃぶりを手に取ったユウマがそれをそのままオレの口に押し込む。ちゅぱちゅぱ。ばぶー。そしてオレの手を取って歩きだした。親子みたいだね。えへへ。……いや違うじゃん!今日はオレが親をやりたいの!こんなもんしゃぶってる場合じゃねえ!ママに似合うのは結婚指輪だ!おしゃぶりをペッと吐き出す。……床に叩きつけたりはしません。ちゃんと受け止めます。物を粗末にしてはいけない。

 

「……違うの!今日はオレがお前のママで、おまえがオレの赤ちゃんなの!」

 

「……わけわからん。うるせえから地団駄を踏むな。」

 

「だから、今日はお前がオレにいっぱい甘える日って事だよ!」

 

「いや言い直されてもさっぱりわからんわ。俺はお前に甘えたくなんざねえ。」

 

「……じゃあ誰がいいんだよ?」

 

「誰って……そうだな、フェリアさんとか?……お前絶対あの人に言うなよ。」

 

「言わない言わない。……それで、なんでフェリアがいいのか考えてみろよ。」

 

「なんでいいか?そりゃあ、あの人も大概な人だけど、お前と違って女性的な魅力というか、包容力というか……そうか、なるほど。そういうことか、お前のそれは。ママだのなんだのと喚いているのと胸がでかくなってることの関係は。」

 

「お、やっと気づいたか。ふっふっふ……。そう、そういうことだ。だからほら、かもーん!」

 

 ようやくにぶちんのユウマにもオレの意図が伝わったようだ。さあ飛び込んでこいオレの胸に。オレのこのはち切れんばかりの母性に好きなだけ甘えていいんだぞ。これでお前の顔を包み込んで子守唄を歌ってやろう。さあこいユウマ!

 

「いやまあそれはそれとして、お前の巨乳はキモイからさっさと治してもらいに行こうなー。」

 

「ねええええええ!!違うでしょおおおお!!なんでえええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ユウマに引きずられながらたどり着いたのは酒場。お目当ての人物、キースはフェリアと二人で飲んでいた。……この勇者パーティ、どいつもこいつも酒場にいるな。世界の命運はアル中たちに預けられた、憐れこの世界の現地人よ。恨むならうまい酒を造ったお前たちの先祖を恨め。

 

「ちょっとレイちゃん、どうしたんですかそれ!……キース?どうせまた、あなたの仕業でしょう。」

 

 オレを見るなりフェリアが声をあげてキースに詰め寄る。やつのせいだということは一目でわかったようだ。ユウマもすぐに気づいてたし、人望ねえなあキース。かわいそうに。ぽんぽんオレの口車に乗るからだぞ?やれやれ。

 

「む、や、まあ、確かに僕が作ったものでレイ君はああなった。が、それは彼女の望みじゃあないか。僕が責められるいわれは……。」

 

「いつも言ってるじゃないですか!レイちゃんにねだられたからって、変なものをほいほい与えないでくださいって!」

 

 ユウマがまあまあ落ち着いて下さいだのなんだの言いながら、二人と同じテーブルに座る。オレはユウマの膝の上に座ろうとしたがフェリアの腕に絡め取られ、そのまま彼女の膝の上へ。……まあこれはこれで。フェリアがおつまみを手に取りオレの口元に運んでくる。もぐもぐ。うまい。うむ、苦しゅうないぞ。

 

「いや、その、僕はだな……、そうだ!彼女の自主性を尊重してだな!」

 

「そんな取って付けたような言い訳が通用すると思ってるんですか!いつもいつも訳のわからない物をつくって、最後に困るのはレイちゃんかユウマくんなんですからね!?どうせ今回も、何かあって困るのはレイちゃんであって僕じゃないしな、とかそんなことを考えてたんでしょう。」

 

「うぐ、うぐぐぐぐぐ……。」

 

 つえー、フェリアつえー。まさにそんな感じの事言ってましたよこいつ。幼馴染はだてじゃねえな。

 差し出されたおつまみを飲み込むたびに、新しいおつまみがフェリアの手で運ばれてくる。ぱくぱくもぐもぐ。口を開けて待っていればいくらでもご飯が口の中に飛び込んでくる。餌付けされるのもいいもんですね。

 

「まったくキースったら……。今度からレイちゃんに何か言われても、まずちゃんとみんなに相談してください。いいですね?」

 

「わかった。わかったさ。今度からレイ君になにか作るよう頼まれたら、ちゃんとみんなに相談する。これでいいか?……とりあえず今回のそれは、明日になれば元に戻るはずだ。ユウマ君も、それでいいんだろう?」

 

「あ、ええ。そうですね。こいつのこれを元に戻してもらおうと、会いに来たわけですし。」

 

 ほえー、これ明日にはしぼんじゃうのかー。なーんだ、ちょっぴり残念。

 ……いやちょっと待て、キースの今の口ぶりは。

 

「おいキース、ユウマが元に戻しに来るって分かってたって事は、お前はじめっからオレが失敗すると、ユウマに拒否られると思ってたってのか!?」

 

「え、そりゃあそう思っていたが。」

 

「僕は正しい判断だと思いますよキースさん。」

 

「ユウマてめえ、どっちの味方だ!」

 

「どっちもなにも、お前の味方のわけなくないか……?こうしてキースさんに治してもらいに来てるわけだし。」

 

 ……確かに。かにかに。バルタン星人。ふぉっふぉっふぉっ。

 ……違うフェリア。じゃんけんしてる訳じゃない。そんな満面の笑みでグーを出されても困る。眩しい笑顔を浮かべられても困る。……ちょっとまってなんでおっぱい揉むの!勝ったからか?じゃんけんで勝ったからか?でもそれずるじゃん!後出しじゃん!というか関係ないじゃん!……あ、こいつ酔っぱらってんのか!

 

 全身をわちゃわちゃ暴れさせ、酒に色に溺れる駄僧侶の腕からなんとか抜け出ししゅたりと床に着地、胸をぶるんと弾ませながらみんなの様子を見る。キースはもうオレに興味を失い酒をあおっている。ユウマはオレを心底あきれた目で。フェリアはちょっと目が据わってるからあんまり視線を合わせたくないです、はい。

 ……逃げちまうか!今この場にいてもあんまいいこと無さそうだしな!

 

 手をわきわきと動かすフェリアから若干目をそらしつつ、じりじりと後退。タイミングが命だ。隙を見せれば彼女にとびかかられて捕縛、今日一日はおもちゃにされるだろう。……ぶっちゃけそんなに嫌なわけじゃないが、むしろばっちこいって感じではあるが、なんか負けた気がするじゃん。ほら、一回抜け出したのにさ、戻るとかださいじゃん。強くありたいのだよオレは。

 

 タイミングだ。機会を逃すな。座ったままのフェリアの体を視界の端で睨みつける。チャンスは一瞬、神経を研ぎ澄ませろ。そこら中から響く酔っぱらい共の笑い声と怒声がやけにうるさく感じられる。誰かがジョッキを勢いよく机に叩きつけた、酔っぱらった客が出入り口で嘔吐した、ユウマがフェリアの飲んでいた酒を舐めてむせた、尻を触られ営業スマイルを般若に変えたウェイトレスが客に思いきり裏拳を叩き込んだ。

 頬を伝った冷や汗がぽたりと床に落ちる。向かい合ってどれだけ時間が経っただろうか、5分?10分?もしかすると10秒も経っていないのかもしれない。冷めやらぬ酒場の喧騒の中、キースの手元のグラスの氷がカランと音を立てる。……今だ。体を反転。慣性になびく銀髪が頬を打つ、視界をふさぐ。意にも介さず床を思いきり踏みしめる。ふとももの筋肉がミチリと膨れ上がった。脱兎。床を蹴り飛ばし、弾丸のように体を撃ちだす。翻るスカートは意識の外に、出口に向かい一目散に駆ける。慣れない乳の重さに体を取られ顔面から床にダイブする。悶えている間にゆったりてくてく歩いて来たフェリアに体を持ち上げられそのままテーブルに連れ戻される。助けてというオレの声に答えるものはいない。キースは眼鏡を酒に浸して気味の悪い笑みを浮かべている。ユウマは机の上に足を乗せてドラミングをして周囲に威嚇をしている。ここは酒場。人の良心はとうの昔にアルコールの海の底で錆びついた。オレはフェリアが泥酔して眠りこけるまで、散々に体を弄ばれた。気持ちよかったのでヨシとする。

 

 

 

 

 終。

 

 

 

 








とりあえずメインキャラは全員出したので次はユウマ視点です。たぶん。
予定は未定。





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第一話 『二宮悠真の独白  如月怜に対する出会いから今に至るまでの複雑な感情。そして、これから。』 前編




ユウマ視点です。


せっかくだし雰囲気変えたろ(笑)って思ってたらなんか暗くなったのでこち亀の例のBGMとか流しながら読んでね!





 

 

 

「ふむ、熱に軽い喉の痛み、全身の倦怠感……。まあ、十中八九、風邪だろうな。」

 

 いくつかの軽い問診のあと、キースさんがそう言った。

 

 どうやら俺は、風邪を引いたらしい。

 

 自室のベッドに寝かされたまま、窓からちらりと外を眺める。いつもと変わらずぴーちくぱーちく喚く小鳥を横目に嘆息。勇者だのなんだの言われながら、風邪とは。せっかくの休日だが、少なくとも今日一日は寝て過ごすことになるだろう。

 

 風邪を引いたことに、何か特別な理由があったわけじゃない。ほんの少し体調が悪くて、今は季節の変わり目で気温が不安定で、つい寝苦しくて布団を蹴飛ばしてしまって、多分たまたま体の免疫力が少し弱っていて。そんな風に小さな原因が積み重なっただけだ。自己管理がなっていないと言われればそれまでだが、正直これは運が悪かっただけだ、そう思う。

 

「ゆっくり休みたまえよ。幸い今日は依頼も入っていなければ、魔族がどこかに現れたという話も無い。君はまだ若い、安静にしていれば、すぐに熱も下がるだろう。」

 

 あなたもまだまだ若者でしょうに。そう思うが口には出さない。人は自分より年下の相手に対して年寄りぶろうとするものだ。藪蛇をつついて腰が痛いだの疲れが取れないだの、老化自慢をされても面倒なだけである。

 

 聴診器と体温計をしまいこんだ小さな医療具箱を片手にさげ、キースさんは部屋から立ち去ろうとする。だるい体に鞭を打ち、慌てて彼の背中に声をかける。頼まなければならないことがあった。もしかすると、万に一つも無いだろうが、さすがにいくら何でもとは思うが、それでもやはりもしかするとと思ってしまう、……俺の命に関わるかもしれない問題について。 

 

「あの、お願いしたいことが。キースさんと、フェリアさんと、エルマールさんに。」

 

「ん、なんだい?……レイ君はいいのか?彼女なら君の頼みは快く引き受けてくれると思うが。」

 

「いえ、その、むしろレイには絶対知られたくないというか……、その、ですね。」

 

 どうしても歯切れが悪くなってしまう。自意識過剰だとか、考えすぎだとか、そんな風に思われてしまいそうで少し恥ずかしい。何よりも。

 

「なんだね。二人には僕から伝えておくから、はっきり言いたまえ。」

 

「その……。俺が風邪だと知ったら絶対レイは看病と称して襲ってくるので、皆さんで俺を守ってください……。」

 

 

 ……情けなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 第一話

『二宮悠真の独白  如月怜に対する出会いから今に至るまでの複雑な感情。そして、これから。』

 

 

 

 

 

 

 

 あのあと少し苦笑をしながらも、キースさんは俺の護衛を引き受けてくれた。エルマールさんとフェリアさんもまあ、たぶん大丈夫だろう。

 

 ベッド脇においた時計を見ると今は朝九時。休日ともなれば昼過ぎまで寝ていることも珍しくないレイだが、今日ははたしてどうだろうか。……頼むから今日だけは起きてこないで欲しい。できれば俺と同じ様に風邪を引いて寝込んでいてくれ。頼む。

 

 もちろんというべきか、そんな俺のささやかな願いは届かなかった。隣の部屋の、レイの部屋のドアが勢いよく開く音が屋敷に響く。俺の頭にも響く。ドタドタと廊下を走り、階段を一足飛びに降りているのだろう、ダンダンと景気の良い足音が聞こえる。あいつは俺とは正反対に、今日も元気いっぱいの様だ。

 

 このままでは俺の身が危うい。……具体的に言うと、主に貞操が。

 俺が部屋から出てこない事を、キースさんたちが上手く誤魔化してくれればいいのだが。階下に耳を澄ます。

 

 

「なにっ!?ユウマが風邪を引いた!?……じゃあオレが看病するー!」

 

「おいフェリア!キースがそれを言うなっつってただろうが!」

 

「……えへへ。……ユウマくんごめんなさーい!ばれちゃいましたー!」

 

 

 耳を澄ますまでも無かった。……キースさん一人に頼んだ方が、よかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 この世界に来る前は、日本で高校生として生きていた。普通の人間だったと思う。学校に行って、部活をして、塾に行って、家で眠る。そんな単調な日々を繰り返す、普通の人間。息が詰まるような現代社会で、未来に大した希望も持てずに、生きることが億劫で、さりとて自殺するほど絶望しているわけでもなく、偶然たまたま幸運にも、事故か何かでさっくり死ねないかな。そう願いながら生きている、普通の人間。

 

 自転車のブレーキが壊れかけているのを無視したり、雨の日の駅の階段を小走りで下ってみたり。そんな風にわざと危険と隣り合わせになろうとする、プロバビリティーの自殺とでも言うべき生き方をしている、普通の人間。

 

 その日もそうだった。点滅している歩行者信号を見て、左右の確認もせず、少しだけ飛び出しぎみに横断歩道に足を踏み入れた。灰色の期待でほんのわずかに胸を膨らませながら。そして、とうとう望んでいた瞬間が訪れた。体全体に鈍い衝撃が走り、遅れて激しい痛み。自然と首が衝撃の方を向いて、驚いた顔の運転手と目が合う。左折してきた車に撥ねられたのだと理解した。薄れかけていく意識の中、少しだけ、運転手と両親に申し訳なく思った。

 

 

 が、俺の人生はそこで終わらなかった。気が付くと俺は見知らぬ河原で寝転んでいた。

 天国や地獄なんてものは信じていなかったから、自分が死ねなかったことを、生きていることをすぐに理解した。ため息をついた。

 

 それからここが俺の生きていた世界とは別の世界だと、異世界だと気づくまでには、少しだけ時間がかかった。気づいてからは、どうやって生きていくかに悩んだ。死にたいことには変わりはないが、自殺なんて出来ないことにも変わりはなかったから。

 生きているからには生きる必要があった。生きるためには食べる必要があった。食べるためにはお金が必要だった。お金を得るには働く必要があった。この世界も、それは変わらなかった。

 

 知らない町で、知らない人たちの間を彷徨いながら、仕事を探した。何の技能もコネも無い俺に与えられた仕事は、冒険者、なんてふざけた仕事だけだった。この異世界には魔物と呼ばれる恐ろしい生物がいるらしい。人を襲い、殺し、そのためだけに生きている生物。冒険者は、そんな奴らを駆除して金を得る職業だった。

 

 好都合だった。簡単に死ねそうだった。俺は一も二もなく冒険者になった。

 

 だが、予想に反して冒険者としての日々もまた、ずっと単調だった。

 新人には危険度の高い仕事は与えられないらしい。無鉄砲な子供が棒を持って追いかけ回すこともあるような弱い魔物を駆除するだけの、怪我をしてもせいぜいが打撲程度の、そんな日々だった。素手でも倒せるような魔物を斬り殺して、その日の宿と食事とほんの少しの蓄えになるだけの金を得て、毎日を過ごした。

 

 

 そんな風に暮らして、一月が経ったくらいだっただろうか。ある晴れた日の事だった。その日は少し気分が良かったのかもしれない。俺にはまだ早いと言われた、俺がいつも駆除しているものよりもずっと強い魔物がいるという森に足を踏み入れた。

 普段なら、もっと受け身に死を待つことしか出来なかったのに。

 

 鬱蒼と生い茂る木々の間をふらふら歩いた。その強い魔物とやらがさっさと出てきて俺を殺してくれないかと思いながら。帰り道をわざと覚えないようにしながら。餓死は長く苦しみそうだから、魔物よせめてそれよりも先に出てきてくれ、そう願いながら。腰に佩いた剣から耳障りな金属音を鳴らして歩き続けた。

 

 歩いて歩いて、足が疲れてきてもまだ歩いた。立ち止まって眠ればその間に死ねるのかも知れなかったが、俺はこの森から出ようと頑張っている、そういう建前が欲しかったから。何に対する建前なのかは分からない。それが何の意味も無いことも分かっている。それでも、死ぬことに対して言い訳が欲しかった。死ぬつもりはありませんでした、精一杯生きようと努力はしたけれど死んでしまいました。誰かにそう言う機会があるわけでも、それで何が変わるわけでもないのに。深い沼のような考えに囚われながら、歩き続けてそのうちに、少し開けた場所に出た。

 

 木々の葉の天井の無い、青空が見える場所。

 薄暗い森の中で、唯一光を浴びる場所。

 

 足が止まった。

 そこに、銀色の妖精がいたから。

 

 毒々しい色の花を咲かせる植物の魔物の群れの中心で、自分の背丈よりもずっと大きな剣を片手に、調子はずれの鼻歌を歌いながら、透き通るような銀髪をなびかせて踊る、小さな少女がいた。

 

 呼吸を忘れた。目を奪われた。それはどこか幻想的な光景だった。

 

 陶然とした薄い笑みを浮かべた少女がくるりと回る。少し遅れて白銀が閃き、花びらが散る。鞭のように繰り出される強靭な茎を、浴びせられる強酸の溶解液を、目をつむったまま、鼻歌交じりにターンとステップで紙一重に躱していく。

 

 見惚れていた。普段なら、少女を助けるという建前の元に殺されようと飛び込んだだろう足は動かなかった。代わりに、少女の歌う鼻歌が、少し古いアニメのOP曲だと気づくだけだった。

 

 くるくる回る少女の舞踏は、もうほとんど終わろうとしていた。彼女を取り囲む魔物は一体また一体と花弁を落とし動かなくなっていった。最後の一体が背後から鋭く突き出した葉の上に少女はふわりと飛び乗り、振り返りもせず剣を振る。白が走り、歌が終わる。魔物がびくりと震えた後、花が音も無く落ちた。そして、その魔物も、辺り一面に広がる萎れた魔物も、全てが茶色く枯れていった。

 

 呆然と立ち尽くす俺の前で、少女は閉じていた目をゆっくりと開く。瑠璃色をした美しい瞳が露わになる。

 そして少女は俺に向かって剣先を向け、歯を剥き出しにした野性的な笑みを浮かべながら、こう言った。

 

「どうだ!カッコよかっただろう!!」

 

 首が勝手にカクカクと肯く。森の中に少女の高笑いがこだまする。

 

 それが、俺と彼女の、―――如月怜との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 








(オチが無いと死んじゃう病なので)後編へ続く






……逆に言うと後編はどれだけシリアスになってもオチがあるということだな!安心安心!




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第一話 『二宮悠真の独白  如月怜に対する出会いから今に至るまでの複雑な感情。そして、これから。』 中編





本編にコメディ分が足りないのでちょっとここで補充しておきますね。



         人人人人人人人人
        <  ∧_∧    >  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        < ( ´∀`)  > <タイヤにはまっちまったァァァ!
        < と    つ  >  \____________
        < ( ̄ ̄ ̄ ̄) >
        < ( ̄ ̄ ̄ ̄) >
        < ( ̄ ̄ ̄ ̄) >
        <   ̄ ̄ ̄ ̄  >
         ∨∨∨∨∨∨∨∨



ではどうぞ。意味はないです。





 

 

 

 

 

 階下から声が聞こえる。

「うおおおおおお!そこをどけぃキース!オレの愛は止められんぞ!りゃー!」

「ぐわー。」

 

 

 

 

 

 

 彼女との出会いから少し、俺は酒場のテーブルに座っていた。

 時刻は夕方、辺りからは仕事を終えた男たちの陽気な声が聞こえる。

 

 場違いな雰囲気に体が萎縮する。酒場に入ることなど初めてだったし、これからも入るつもりは無かったのだ。ではなぜここにいるのかといえば、魔物たちを切り伏せ上機嫌な彼女に、有無を言わさず引きずってこられたからだ。

 俺があんなに歩いた森も、彼女の持っていた転位石とやらを使えば一瞬で街の中だった。目を白黒させているうちに、あれよあれよという間に彼女と飲むことになっていたというわけである。

 

 カウンターでマスターと何事かを話していた彼女が戻ってくる。報酬の詰まった袋からじゃらじゃら音を鳴らしながら、胸いっぱいに酒瓶を抱えて。まだ飲んでもいないくせにすでに赤ら顔の彼女は俺の向かいに座ると、オレのおごりだ飲め飲めと言って抱えた酒をうきうきテーブルに並べ始めた。

 

 一方、俺はというと、いまだに上の空であった。

 生きて帰れた事へのお礼でも恨み言でも、言うべき事はいくらでもあったはずだが、ようやく開いた俺の口から出たのは、

 

「……あのアニメ、面白かったですよね。」

 

 もはや脳が完全に仕事を放棄していた。彼女の鼻歌を聞いてから、なんとなく頭をよぎっていた言葉が漏れただけである。しかし彼女は、

 

「は……?え、なに!?お前あのアニメ、っつーかアニメって知ってんの!?」

 

 少し呆けて、次に驚き、それはもう大変に食いついて来た。俺の胸倉を掴んでがっくんがっくんと揺らしながら矢継ぎ早に言葉を投げつけてくる。

 上に下にとぶれる視界の中で唾を飛ばしながら捲し立てて来る少女に、あんなに強かったのに手は随分小さいんだなあ、とか、この子見た目の印象と全然違うなあ、とか、そんなことをぼんやり思いながら、ええ、まあ、と曖昧な返事をし、むしろあなたはどうして知っているんですかと聞き返す。

 

 そんな風にしばらく言葉を交わして、そのうちにお互いが、相手も自分と同じ境遇(彼女はそれを転生者だと言った。その方が盛り上がるらしい。よく分からないが。)なのだと理解した。

 

 珍しいこともあるもんですね。どこかまだ他人事の様にそう言った俺とは違い、彼女は同郷の相手を見つけた驚きを喜びに変え、さらに機嫌をよくしたようだった。愛くるしい笑顔を浮かべた彼女が、ここなら未成年でも飲んでもいいんだぞと笑いながら、いかにも度数の高そうな酒瓶のコルクを景気よく吹っ飛ばす。ぽんと気持ちのいい音が鳴った。

 

 もはや最初に感じた神秘的な雰囲気などこにも存在しない。この子は妖精でも天使でもなく、いいとこドワーフ、せいぜいがゴブリンか何かだろう。

 頬杖をついてそんなことを考えていたその時。一瞬の事であった。いつの間にか、俺の口には酒瓶が突き刺さっていた。視界の端に映るのは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた彼女。呆けた頭が事態を整理する間にも、逆さになった酒瓶からは当然酒がみるみる流れ込んでくる。飲み込むことも忘れた口の中が酒で満たされ、思わず床に全て吐き出す。慣れない薬品臭さにゲホゲホと必死に息を整えながら、俺はようやく理解した。森の中で見た、風のように鋭く優しい動き。誰もが魅了されるであろうそれが、今は俺へのアルハラに使われたのだと。

 

 そんな俺の様子を見て、彼女は腹を抱えてけらけらと笑っていた。なんだか少しむっとなる。

 

 ……退屈以外の事を感じるのは、久々な気がした。酒場の雰囲気に当てられてか、彼女の陽気さに当てられてかは分からないが、ともかく久方ぶりに湧いてきた情動に任せ、笑い転げる彼女から酒瓶を奪い取ると一気にそれを飲み干す。アルコールが喉を灼きながら胃の底に落ちていく感覚。……悪くない。

 

 顔を赤くして鼻息をふんと出しながら彼女を見やると、目を丸くしていた彼女は別の酒瓶を勢いよく手に取り、同じように一息で飲み干す。ごくごくと動く白い喉が、やけに印象に残った。

 頬を朱に染めた彼女は空になった酒瓶をだんと机に叩きつけ、そしてにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 そこから先のことは、あまり覚えていない。

 思い出せるのは、ムキになって飲み比べをしたこと。彼女が元男だと知ったこと。俺は男のままだと知った彼女が股間に思いきり蹴りを入れてきたこと。それくらいだ。

 

 

 気づけば路地裏でゲロに塗れながら、彼女と二人、行き倒れていた。靴は片方どこかにいってしまっていて、身に着けていたはずの剣は鞘しか残っていない。ポケットに突っ込んでいた財布もなけなしの全財産もろともに消え失せ、とどめとばかりに頭の上に鳥の糞がぴちゃりと落ちてきた。

 同時に彼女のかすれた笑い声。声の方を向くと、彼女はうつ伏せに寝転んだまま、俺を嘲笑っていた。

 人の不幸を笑うとは何てやつだ。睨み付ける。と、彼女の頭に向かってぽてぽてと歩いてくる野良犬が目に入った。犬は彼女の頭のすぐ横で立ち止まると、片足を上げた。数秒後の惨劇を予想して、俺の顔が愉悦に醜く歪む。彼女の笑顔は凍りつく。待て、頼む、止めろと犬に懇願。もちろんその言葉は届かない。ほんの少しの間のあと、きらきら光る金の橋が彼女の頭に架かった。ぐおおと呻く声。俺は頭に糞を乗せたまま、彼女を嘲笑った。

 

 

 なぜだろうか。死にたくなるほど最低な状況のはずなのに、楽しかった。

 いつもなら、このまま野垂れ死にでも出来ないかと願うはずなのに、そんなことは頭の片隅にも浮かばなかった。

 

 思い当たる理由はひとつしかなかった。

 いつもと決定的に違うことはひとつだけだった。彼女がいること。

 

 出会ってからまだ一日も経っていないのに、誰より生きることを楽しんでいると分かる彼女が。

 知り合いなんて誰もいないこの異世界で、それでも笑顔で生きている彼女が。

 

 羨ましかった。眩しかった。俺も本当はそういう風に生きたかった。彼女のようになりたかった。

 彼女と一緒に過ごした今だけはそうなれた。

 彼女と一緒にいれば、これからもそうなれる気がした。

 だから。

 

 

「あの……レイさん。」

「あー……?敬語は要らねっつってんだろ。一つ違いだろうが、そういうの苦手なんだよ。」

「……じゃあ、レイ。頼みがあるんだ。」

「あんだよ、聞くだけなら聞いてやる。同じジャパニーズのよしみだ、言ってみな?」

「……お前の生き方が知りたい。俺と一緒に、生きてくれないか。」

 

 

 この日から俺は、自殺もどきをやめた。

 レイと共に、この異世界で生きることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?なに?プロポーズ?いやいや、無理です。男相手とかノーセンキュー。きしょいんじゃ。あっちいけ!しっしっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階下から声が聞こえる。

「ええいフェリア!女子供を斬る趣味はないが、オレの行く道を塞ぐのならば容赦はせんぞー!」 

「あーれー。」

 

 

 

 依頼を吟味しながらレイと話した。

「このオーガ討伐とかいうやつ良さそうじゃん。結構報酬も高いし、これにしようぜレイ。」

「う……。こっちのこれにしない?空飛ぶマカロニなんて楽しそうじゃん?」

「似たようなのこないだ倒しただろ?空飛ぶラザニアだかフィットチーネだか。……オークとかドラゴンとか、お前そんな感じの好きそうなのに全然そういう依頼取らないよな」

「だってさあ!斬ったら血が出るやつってなんかやじゃん!」

「え、お前そういうの気にするタイプだったの?」

「気になるだろ普通!」

「そう?俺は全然だけど。」

「こわー……。」

 

 

 酒場でレイと話した。

「あいつ!あのデブがオレの尻触った!殺してこいユウマ!行け!」

「自分でやれ。」

「え、いいの?オレの辞書に加減なんて言葉はねえぞ?お前が代わりに行ってくれないとあいつは粗挽き肉団子になるが。」

「……分かった、俺がぶん殴って来る。」

「おら行けー!刺せー!殺せー!血を見せろ血をー!」

「うおおおおお!レイにセクハラしやがって!……やー、気分のらねえー……」

 

 

 宿屋でレイと話した。

「ユウマさん、いえユウマ様。実は折り入ってお願いがあるのですが。」

「……話は聞くが、お前にそんな態度を取られると心底気持ち悪いからやめろ。」

「そのですね、わたくしも男の子ゆえ、やはり女性に興味があるのですが、この幼女の身ではどれだけアプローチしようともどうにも恋愛対象でも性愛対象なく、なんというか、ペットやマスコット的な扱いしかされませんのですわ。そこでですね、どうかぜひとも立派な逞しい殿方であるユウマ様のご相伴に預かりたく。……具体的に言うと、ユウマが女の子買ってオレも混ぜてさn」

「嫌だ。」

「お前オレがどんな気持ちでこんな情けないこと頼んでると思ってんだ!この玉無し童貞チキン野郎が!」

「ああ!?玉無しはお前だろうが!」

「なっ、お前ソレ、お前ソレ言ったらもう戦争だぞ!」

 

 

 森の中でレイと出会った日から、酒場でレイと飲み交わした日から、俺達は組むようになった。彼女はなんだかんだと言って、俺と一緒に過ごしてくれた。

 二人で依頼をこなし、酒を飲んで馬鹿みたいに騒ぎ、時々殴り合いの喧嘩をして、泥のように眠る。一人の時とは比べ物にならないくらい、刺激的で充実した日々だった。

 

 二人で色々な依頼を受けた。

 光り輝く洞窟、空に浮かぶ城、海底に沈むピラミッド。いくつもの見たことも無い場所に行った。

 雲を吐く鯨、屍を操る亡霊の王、三つ首の巨大な山羊。いくつもの見たことも無い生物たちを倒した。彼女といれば、俺も強くなれた。……とはいえ、命からがら逃げ出したことの方が多かった気もするが。

 

 そうしてレイと一緒に毎日を生きているうちに、他にも友達が出来た。仲間が出来た。誰かに助けられて、誰かを助けた。生きるためでも楽しむためでもなく、誰かのために戦うことが増えた。そのうち、俺は勇者と呼ばれるようになった。

 

 勇者。陳腐で、だけどどこか心をくすぐるその称号。こんなものは俺じゃなく、レイが呼ばれるべきだろう、そう思った。冗談混じりにそう伝えたこともある。が、彼女は、勇者ってのは男の子がやるもんなんだよ、そう言って笑った。そのあと股間に蹴りを入れてきた。危うく俺は男の子じゃなくなるところだった。

 

 なにはともあれ彼女にそう言われてしまえば、この呼び名を受け入れようと思えた。一体勇者がどういうものなのかはわからないが、誰かにとって、俺にとっての彼女の様になりたいと、そう思えた。

 

 恥ずかしくて、レイにそれを伝えたことはないけれど。

 ……間違いなくあいつは調子にのって面倒な絡み方をしてくるだろうし。

 

 

 

 

 階下から声が聞こえる。

「死ねいエルマール。」

「ぐえー。……俺だけ扱い悪くない?」

 

 

 

 いつの頃からか、レイの俺への態度が変わった。恋する少女のそれに。……いささか品は足りなかったが。

 きっかけは分からない。レイも覚えてはいないだろう。恋なんてものは風邪と同じに、何か特別な理由と共に始まるものではないと思う。……俺は恋をしたことがないから、本当のところは分からないけれども。

 

 レイに恋慕の感情を向けられて、俺は困惑した。もちろん彼女は可愛らしかったが、そういう目で見たことは無かったのだ。

 自分を男だったと言うレイをそういう風に見るのは失礼だと思っていたし、そもそも最初、プロポーズだと勘違いした俺の頼みを一刀両断に斬って捨てた彼女である。

 それだけでなく、扇情的な格好のウェイトレスに酌をさせてニヤついている様子を日常的に見ていれば、誰が彼女が男と恋愛をするだなんて思うだろうか。

 

 なによりも、レイは俺の憧れで、親友だった。

 そんなレイと恋だなんて、どうすればいいのか分からなかったのだ。だから俺は大人たちに相談することにした。レイの気持ちにどう答えればいいのかと。

 

 

 フェリアさんはこう答えた。

「それはユウマくんが決めることです。……また同じこと聞いてきたら、今度は張り倒しますからね?」

 

 エルマールさんはこう答えた。

「あ?んなもんてめーで決めろや。……一応言っとくと、遊びで付き合うってのだけは止めとけよ。大概ロクでもねー事になる。いや、マジで。」

 

 キースさんはこう答えた。

「それは君が一人で考えることだ。……なんにせよ、後悔の無いようにしたまえよ。」

 

 

 大人たちは頼りにならなかった。三人とも、自分で考えろとしか言ってはくれなかった。色恋なんてものは結局そうするしかないのだろう。俺は自分のレイに対する気持ちを改めて考え直すことにした。

 

 自問自答。俺はレイをどう思っているのか。

 大切な存在である。これは間違いない。レイのためなら命だって捨てられる。

 出会った日から今までずっと、俺の生きる理由は彼女だ。それはつまり、レイは俺の死ぬ理由でもある。

 俺にとってレイはそういう存在だ。 

 

 では彼女を愛しているのか。そう言われると答えに詰まる。こっ恥ずかしいが、愛とは一体なんなのか、そういうことだ。

 

 俺はただ、彼女のそばにいたいだけだった。レイが俺に求めてくるような、接吻だったり、性行為だったり、そういうことをしたいとは思わなかった。

 

 ……正直なところ、絶対に嫌だというわけでも無かったが。

 レイは中身はともかく見た目は可憐な少女そのものであるし、彼女の言う自分は男だったという話も、結局俺は彼女の男の姿を知らないのだ。そういう行為をする上で大した問題ではない……と思う。

 

 ……ならば、俺はレイの望むままにレイの恋人になってもいいのではないだろうか。別に嫌ではないのだ、彼女と付き合う事は。ただ何となく、友人以外の形のレイとの付き合い方が分からなかったから、今まで逃げていただけで。

 俺が彼女の思いに答えれば、彼女は喜んでくれるはずだ。そして俺は彼女とずっと共にいられるだろう。誰が損をするわけでもなく、二人の望みは叶う。俺もレイも、二人とも幸せになれるのだ、レイを受け入れることは、いい考えの様に思えた。

 

 

 

 

 翌日、いつものようにレイが俺の腰にまとわりついてきた。付き合えだのちゅーしよーぜだのセックスセックスだの喚きながら。もう少しその品性はどうにかならないのかと思う。彼女の髪からふんわり香る甘い匂いだけが、レイが少女なのだと思い起させる。

 いつもなら適当にあしらって、つまりは逃げて終わりだったが、今日は彼女に気持ちを伝えるのだと決めていた。彼女の両脇に手を入れて体を持ち上げ、目線を合わせる。少し高めの体温と軽い体重を感じながら、彼女の青い瞳をじっと見つめる。

 

「ほげ。……お、ようやくその気になった?うへへへへ……。ほら、んー♡ レイちゃんのファーストキッスだぜー!貰ってくれやー!んーーー!!」

 

 軽口を叩きながら唇を突き出す彼女。いつもと変わらない態度。

 

 このままレイに口づけをして、抱きしめて、適当に愛を囁いて、後はレイに流されるままに動けば、それで俺とレイは恋人同士になるのだろう。

 ゆくゆくは恋人から夫婦になり、父と母になり、孫ができ、そして最期は一緒の墓に入るのかもしれない。それは、俺にとって悪い未来じゃなかった。

 

 彼女の唇を見る。薄桃色のそれは、よく見るとわずかにぷるぷると震えていた。脇に差し込んだ手にとんでもない速さで脈打つ鼓動が伝わってくる。顔が普段よりも赤くなっている。ほんの少し呼吸が荒い。

 ……レイは緊張していた。レイにとって、今は大事な場面なのだろうか。俺と恋仲になるということは。彼女も俺とのそういう未来を想像しているのだろうか。俺と恋人になり、夫婦になり、子を産み、孫を撫で、一緒の墓に入る未来を。

 

 俺がレイと結ばれる未来ではなく、レイが俺と結ばれる未来を想像した時。

 

 

 ……たまらない()()()が沸いた。

 

 

 レイが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の親友で、憧れで、俺に生きる事を教えてくれた、命よりも大切なレイが、自分を愛していない男と恋仲になる?その男と子を産んで、孫を撫でて、一緒の墓に入る?

 

 底冷えする様な明確な殺意が生まれ、それは俺自身に向けられていた。

 

 彼女の体を床に降ろす。レイはきょとんとした顔で俺を見上げた。口を半開きにして疑問符を浮かべた、知性の欠片も見えない、どうしようもないくらいに愛おしい顔。

  

 冷えきった頭で言葉を探す。彼女を振るのにちょうどいい、彼女にはどうすることもできない理由を。

 それはすぐに見つかった。震える口を無理やり動かし、その言葉をレイに告げる。

 

 

 俺は男だったお前とは、そんな関係にはなれないと。

 

 

 

 

 廊下から、甘ったるい猫なで声が聞こえてくる。

 

「ゆー、うー、まー♡ 風邪で苦しんでるお前に、愛するレイちゃんがやってきたぞー……♡」

 

 今の俺には恐怖でしかない鈴の鳴るような可愛らしい声。レイはもう部屋の目と鼻の先にいるようだ。俺は今日、ここで死ぬのかもしれない。

 パーティを支える頼れる大人たちは、すでに3人ともやられてしまった。もはや自分の身を守ることの出来る存在は自分だけである。

 熱でふらつく体を無理やりに起こし、ベッド脇に立てかけた聖剣を抜き放って鞘を両手で構える。

 

 勝機は限りなくゼロに近いだろうが、それでも諦めるわけにはいかないのだ。俺が死ねば、悲しむ奴がいるのだから。

 

 ガチャガチャとドアノブが揺れ、一瞬止まり、レイが力にものを言わせて無理やりぶっ壊したのだろう、次の瞬間バキリと折れる音がした。

 ギギ、ギギギと音を立て、ゆっくりゆっくりと扉が開いていく。

 

 頼む、キースさん、エルマールさん、フェリアさん。少しでもいいからレイを削っていて下さい。できれば満身創痍にまで、小突けば倒れるほどまで消耗させていて欲しい。

 

 ドアが半分ほど開いたところで、彼女が思いきり蹴りを入れた。バーンとでかい音を立てて蝶番もろともぶち破られたドアが部屋の内側に倒れる。

 なぜそんな非道な意味の無いことをするんだ、もうそこまで開けたのなら普通に開ければいいじゃないか。俺の部屋のドアにお前は何の恨みがあるんだ。そんな疑問を浮かべる余裕は無い。

 

 もうもうと煙を上げる扉の向こうに立っていたのは、白い帽子と白い服に身を包み、バカでかい注射器を抱えて背中には真っ白の羽根を付けたアホが一人。

 

「お注射天使レイ!ただいま参上!」

 

 ……キースさん、エルマールさん、フェリアさん、どうしてレイはナース服なんですか。

 あなたたちは何をしていたんですか……。

 

 

 

 

 

 






とんだ激重ポエマーだよこいつは!

そしてまさかの中編だよ!
どうなってんだ!!!





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第一話 『二宮悠真の独白  如月怜に対する出会いから今に至るまでの複雑な感情。そして、これから。』 後編

エタはよくない


「レイさん」

「はい、なんでしょうユウマさん」

「一体全体あなたはどうしてナース服を着ているんでしょうか」

「……お注射天使レイ! ただいま参上!」

「そうではなく」

「はい」

 

 ドアを蹴り破って部屋に入って来たレイは、ベッドの横で正座をしていた。

 当然だ。病人の部屋にコスプレをして強襲をかけるなど正気の沙汰ではない。少し問い詰める必要を感じたのだ。……こいつが狂気に憑りつかれているのはいつものことではあるが。

 

「で、なんでお前はそんなわけ分からんカッコしてんだ」

「やーその、お前の看病するーってみんなに言ったらさ、『せっかくならこれ着たらどうですか!』って、フェリアにもらっちゃってさー。どう? 可愛いっしょー?」

 

 立ち上がり、その場でバレリーナの様にくるくると回転するレイ。

 

 ……まあ、こいつが可愛らしいことは否定はしない。黙ってさえいれば、レイは一般的に美少女と言われる見た目だろう。こいつが露店なんかで、気の良さそうな店主から()()()を貰っていることは少なくない。本性を知らない人から見れば、多少元気が過ぎる程度の美少女であるのだ。

 俺がレイにそう伝えることは絶対にないが。もしそんなことを口走ってしまえば、一体どれ程調子に乗るのか分かったものじゃない。考えたくもない。

 

 回っている内にテンションが上がって来たのか、トリプルアクセル、などとつぶやきながら空中きりもみ回転を始めるレイ。ふわりと浮き上がるスカートからチラチラ覗く下着を視界に入れないよう、さりげなく目を逸らしてそんなことを思っていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

「……うん? その服フェリアさんにもらったって? あの人はお前を止めてくれるはずじゃ……」

「え? ……あ、やべっ」

 

 レイはぴたりと回転を止め、明後日の方向を向きながら、だらだらと冷や汗をかき始める。よくもまあそんなに感情が顔に出るものだと、何やら無駄に感心してしまう。

 

 しかしフェリアさんが裏切っていたとしても、こいつがこんなに元気モリモリで俺の部屋までたどり着くことなどありえないだろう。つまり残っている可能性はひとつしかない。

 

「……なあ、ひょっとしてフェリアさんだけじゃなくて他の二人もグルか?」

「えー、あー、そのですねー。……~~~♪」

「ぴーぴー口笛吹いて誤魔化せると思うなよお前」

「……三人とも協力してくれました! いやあ! 仲間ってのは素晴らしいな! ユウマ!」

「なるほどな、このパーティに俺の仲間は一人もいなかったってことか。友達がたくさんいるお前がうらやましいよ」

「安心しろい、オレはいつでもお前の味方だぞ!」

「お前が俺にとって目下最大の敵だが」

「えぇ……しょんなぁ……」

 

 バカでかい注射器を抱いてしょぼくれるレイ。いや落ち込みたいのはこっちなんだが? 

 というかそもそもなんだそれは。デカすぎて針が親指くらいあるし、人間に使う大きさじゃないだろう。中に入ってる虹色の薬液もなんかボコボコ泡立ってるし、何考えてそんなもの持ってきたんだお前は。

 とはいえあえて聞きはしない。ロクでもない回答が返って来ることなど分かり切っている。認めたくはないが、レイの奇行などもう慣れたものなのだ。……本当に認めたくはないが。

 

 注射器を睨みつけながら思案していると、気を取り直したのかレイが口を開く。

 

「ま、オレが敵だなんて言う、お前の笑えない冗談は置いといてだな」

 

 勝手に人の言葉を冗談にしないで欲しい。俺が死ぬとしたら魔物や魔族に殺されるより、どっちかというとお前に殺される確率の方が高いと割と本気で思っているのだが。

 

 そう言い返そうとした俺の胸を、珍しく優しい声をしたレイがとんと押した。

 

「病人なんだし、おとなしく寝てろよユウマ」

 

 油断していた俺はあっさりとベッドに倒れこむ。そしてレイは笑みを浮かべながら俺に覆いかぶさるようにベッドに上ってきて……そのまま俺に布団をかけ、ベッドから降りた。……あれ。

 

「……お前、『今ならユウマを食い放題だぜぐへへへへ』、とか言いながら襲ってくるもんだと思ってたが。……どうした?」

「え? いいの? ……ゴホン、今ならy」

「やめろやめろ。いいわけないだろ」

「えー、なんだよけちー。今の完全にフリじゃんよー。……ま、愛に生きるレイちゃんだって、いくらなんでも病人の寝込みは襲いませんぜ。ちゃんと普通に看病してやるから、安心して寝てな」

 

 レイはそう言いながら、ベッド脇に引っ張ってきた椅子にぽんと飛び乗った。床に届かない両足をぷらぷらと前後させる。

 ……まあ、たまにはレイの事を信用してやろうか。こいつが本気で俺を襲うつもりなら、今のタイミングで襲われていただろう。そうしなかったということは、たぶん今日はそのつもりは無いのだ。たぶん。きっと。……頼むぞ? 

 

「そうそう、抵抗せずにオレの愛を受け入れな?」

「……その言い方やめろ。怖いんだが」

「だがだが」

「……?」

 

 大人しく布団にくるまれた俺を見て、レイがうんうんと腕を組んで頷く。

 正直こいつの気まぐれに俺の運命が委ねられていることはあまりにも恐ろしいが、考えないことにする。 

 

「で、何して欲しい? 子守歌? 飯? このやべぇ色したゲーミング風邪薬ぶち込んで欲しい? それともらぶらぶちゅっちゅしながら添い寝しちゃろうか? オレのおすすめはもちろん添・い・n」

「飯で」

「……口移し?」

「張っ倒すぞ」

「(´・ω・`)」

 

 イカれたやり取りの後、レイは懐からリンゴを取り出した。そしてちゅっちゅちゅっちゅと全体にくまなくキスをする。……もうどうでもいい。今日の俺はこいつを信じると決めたのだ。ぶっちゃけこの程度で済むのなら御の字だろう。

 彼女は一通りリンゴにキスの雨を降らせたあと、二、三度お手玉をしてから小さなナイフを表面に滑らせ始めた。しゅりしゅりと心地よい音を経てながら、赤い皮がきれいに剥けていく。

 器用なもんだ、と少し感心しながらそんな様子を眺めていると、レイの顔にどことなく嬉しそうな、柔らかな笑みが浮かんでいることに気づいた。

 

「……なんか嬉しいことでもあったのか? レイ」

「え? ……や、そういうわけじゃなくて。……その、オレが熱出すと、母さんがいっつもリンゴ食わせてくれたなーって。なんかちょっと、そんなこと思い出しちゃって」

「……ふーん」

「なんつーのかな、嬉しいじゃなくて、さみしいけどそれだけじゃなくて、懐かしい? ちょっと違うな、なんだろ」

「……ノスタルジー?」

「あーそうそれ、ノスタルジーよ。思い出して来た、思い出して来た。そういや、すりリンゴがいいー、なんてワガママ言ってたっけなー。ちっちゃい頃は病院の帰りにコンビニでカード買ってもらったりもしたなあ。……いやむしろわたくし今のが体は小さい気もしますけど。愛はおっきいけどね! あ、ユウマもすりリンゴのがいい? すってやろうか?」

「いや、そのままでいい。……なんか、妙に優しくないか?」

「だーかーらー。オレだってやんちゃするのは時と場合を選ぶんだって。……そういやユウマさあ、こっち来て熱出した事あったっけ?」

「……言われてみると、初めてかもしれない。お前も熱出したこと、なかったよな」

「うん。……別にオレがバカだからじゃないですよ?」

「まだなんも言ってないだろ……」

 

 ……今日はレイのやつは、本当に俺に何もするつもりはないらしい。こいつとこんな風に落ち着いて話をするのは、ずいぶん久しぶりだった。

 緩やかな空気にどこかまだ力んでいた力が抜け、深く息を吐いた。体が重く感じる。

 

「で、何だっけ。えー、そうだそうだ、ユウマが熱出したのはさ、多分、疲れてんだよ」

「……そうか?」

「そうそ、楽勝とはいえ、ここんとこ毎日戦ってばっかだしな」

「それは、ほら、俺、勇者だし」

「じゃあ今日くらいは、勇者なんてやめちまいな。なんかあったらレイちゃんが守ってやっから」

 

 お前がそう呼んでくれたから、俺は頑張っているのだが。そう思いはするものの口には出さない。

 

「……じゃあ、頼む」

「うむ」

 

 体が重いのは、単純にレイの言う通り疲れがたまっているのだろう。そう自覚した途端、全身が柔らかなベッドに沈み込む。抗い難い眠気が襲ってくる。……レイには悪いが、もう眠ってしまおうか。

 

「……すまん、もう寝ていいか」

「おーおーさっさと寝ろ寝ろ。寝て治せ。オレにお前のだらしない寝顔を見させろ」

「……見んな」

「嫌です」

 

 目を閉じると、暗闇が広がる。すぐに眠れそうだった。体も心も休息を望んでいたのだろう。頭がぼんやりして、意識はもう、夢うつつに落ちかけていた。

 いつも騒がしいレイもようやく口を閉じ、会話が無くなる。静けさに満たされる。耳に入ってくるのは鳥の鳴き声に、遠くから聞こえるかすかな喧騒の音。レイが再びリンゴを剥き始めた音と、時計の秒針がかちかちと動く音。……それらに混じって、かすかな声が、歌が聞こえる。

 

 半分眠った意識でレイの方に顔を向ける。目を閉じたままでも、彼女の姿は鮮明に脳裏に浮かんだ。

 いつかのように、目をつむって柔らかな薄い笑みを浮かべた顔で、白銀のナイフに押し当てた真っ赤なリンゴをくるくると回すレイ。……そんな彼女の喉が、かすかに震えている。

 

 聞こえているのは、調子はずれの鼻歌。あの日の歌。古いアニメのOP曲。この世界で、きっと、俺とレイしか知らない歌。

 

 ……。

 

 ……恋というものについて、俺の考えは半分正解で、半分間違っていたらしい。恋は確かに、何か特別な理由と共に始まるものではなかった。

 

 ただ、俺はきっとこの瞬間のことを、……レイの事を好きになった瞬間を、一生忘れはしないだろう。

 彼女も俺を好きになった瞬間を覚えているのだろうか。後で聞いてみても良いかもしれない。……俺とレイが、恋人同士になった後で。

 

 ―――だけど今は。

 

 意識が深く深く沈んでいく。どんよりと暗くて、だけど暖かいところに。

 

 ―――とりあえず、寝てしまおう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地よい静けさと、ぬくもりの中、

 ―――頬になにか、やわらかいものが触れた気がした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目が覚めると、体調はすっかり元に戻っていた。窓の外は夕日に赤く染まっている。たった半日で全快した自分の頑丈さに少し苦笑する。

 

 部屋を見回してもレイはどこにもいない。俺が眠るまで見届けたら、飽きてどこかにいってしまったのだろうか。少し寂しくなる。起きたら、気持ちを伝えようと思っていたのに。

 机の上には茶色くなってしまったリンゴが七切れ。たぶんレイが一つ食べたのだろう。俺も一つつまんで口に放り込む。まずくはないが、ぬるい。

 

 何はともあれ、風邪が治ったことを誰かに伝えないと。そう思いながら一階のリビングに降りると、彼女はそこにいた。

 

 ……正座をさせられ、目隠しをつけられ、猿ぐつわを噛まされ、上半身を縄でぐるぐる巻きにされ、太ももの上には長方形の石板を積まれたレイが。首に『わたしは病人の寝込みを襲おうとしました』と書かれた看板をさげたレイが。

 

 もがもがと呻き声を漏らす彼女を無言で見つめていると、夕食の支度をしていたこのお屋敷のメイドさん、マーレさん(56)に声をかけられた。

 

「あーユウマちゃん。アンタの様子見に行ったら、あのアホガキがよだれ垂らしてグヘグヘ言いながら、アンタのズボン下ろしてパンツにまで手かけてたから、ふん縛っといたよ」

「……ありがとうございます」

 

 

 

 今日の夕食は積まれた石の上に座って食べた。

 何か苦悶の声が聞こえた気がするが、気のせいだと思う。

 

 

 

 



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なんかあれだね、目薬みたいだね。


イングリッシュとジャパニーズが交錯する異世界で





 先々週の夜這いは失敗に終わった。原因はひとつだ。マーレさんという最大にして最強の伏兵を忘れていた事、それに尽きる。いや、そりゃあの人だって所詮56のおばちゃん、青春と恋の輝きに満ちた若さあふれるオレがリアルファイトを挑めば勝てますけどね? だけど人間、飯を作ってくれる相手には逆らえねえんですわ。まみーと喧嘩した翌日、飯抜きの刑に泣きながら降伏した屈辱の記憶は、体は変われどオレの魂に焼き付いているのだ。人はパンのみに生きるにあらず。されどもパンがなけりゃあ生きてはいけねえ。飢えはつらたんなんだぜ。

 

 いやしかしだ、ぶっちゃけこないだのはだいぶ良いとこまで行ったと思うんだけどなあ。もう完全に寝てたじゃんユウマ。()()()()しても起きなかったし。オレの前でぐーすかアホみたいに眠りこけるのなんて、一体何か月ぶりのチャンスだったのか。……いやマジで何か月ぶりだ? えーっと、ひー、ふー、みー……、あれ、オレがあいつに惚れてから初めて? 嘘やん。どんだけ警戒されてんだオレ。ぴえん。……まあいいか、考えようによっちゃあ、ユウマはオレを思うと夜も眠れないってことだ。なんだかオレにべた惚れしてるみたいだね、うふふ。照れちゃう。

 

 ……え? あいつオレに惚れててオレの事考えると夜も眠れないの? やばない? めっちゃ興奮してきた。だってそれってあれじゃん。深夜に一人で枕抱きながらオレの声とか思い出して悶えてるってことでしょ? 今日のレイはいつにもまして色っぽかったなあとか思いながら、悶々としたものを抱えてばったんばったん毎夜過ごしてるってことじゃん。うひょー。やべー。やー、まあしょうがねえよなー、こーんなスーパーぱーぺき美少女に言い寄られちゃあなー。全くしょうがない奴だぜユウマくんはよー。うへ、うへへへへ……。

 

 ……はぁ、むなし。悲しくなってきた。

 あいつがオレに惚れてたら、もうとっくにオレはぐっちょんぐっちょんになるまで抱かれてるっての。専用ぷにあなになってるっての。

 オレがいまだに処女なのは、つまりはそういうことなんすよ。……現実を受け入れねえとな。オレの恋は片想いなんだと。

 

 ……最近なんか、露骨に避けられてるし。オレが夜這いをかけたあの日から、なんかすっごくよそよそしくなっちゃったし。お休みの日だって、いっつもあいつ屋敷にいないでどっか行っちゃうし。今日もどっか行っちゃったし。オレ以外の3人とは割と一緒にうろうろしてるみたいだけど、オレは絶対連れてってくれないし。クソが。オレがなんかしたか? いやしてるな? してるわ。セクハラまがいのこといっぱい。でもいいじゃん。美少女無罪ってことでさぁ。銀髪碧眼のぷにろりに言い寄られるなんて、男冥利に尽きるだろうが。

 

 ともかく。

 もはやオレは万策つきたのである。どうすりゃいいのかわからんのですよ。どうしたらユウマが振り向いてくれるのか分からんのですよ。

 最近ちょっと思い始めてきちゃったもん、なんかもう、いいんじゃねえかなってさ。今までのは全部ふざけてたってことにして、友達としての関係に戻ってもって。恋人じゃなくてもって。

 ……だって正直辛いもんよ。温度差っていうのかな、あれだよ、オレだけ一人でただただ空回りしてるのは辛いんだよ。飲みの場でかくし芸が1ミリも受けなかった時みたいに辛いんだよ。……うん、酒の席をコイバナの例えにするのは無いな。覚えとこう。オレはまた一つ賢くなった。てれれれってってってー。

 

 だからね、今回で最後にしようと思うんだ。

 ダメだったら、すっぱり諦める。……でも多分、諦められないんだろうな。わかってる、それくらい。諦められる恋なら、こんなに辛くなるわけないもんな。

 だから、もし今回も受け入れてもらえなかったら、……パーティ抜けて、あいつに会う前に、一人でてきとーに暮らしてた頃に戻るかなー。

 

 まあ別に、オレがいなくなっても大丈夫だろ。正直最近あんまりオレ役に立ってないし。というかユウマありえないくらい強いし。あいつ以外みんな応援団みたいになってるし。魔族とかビーム一発で消し飛ばしてるし。完全に人外の強さだし。オレらがドラクエのステならユウマはFFのステってやつですし。しっしっしー。

 

 ま、今後の予定も決まったことだし。

 そろそろ動きましょうかね。せっかくオレには今はまだ仲間がいるのだ。力を借りることにしよう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 というわけで、オレはキースの部屋にやって来たのであった。

 

「おーいキース。アレ出来てるか? アレ」

「ふむ、アレ……?」

「おいおい忘れたのか? アレだよアレ。『あいのくすり』だよ」

 

あいのくすり(惚れ薬)』。そう、オレが最後の作戦に選んだのは、ヤク漬け作戦であった。ひでぇ名前だ。

 一週間ほど前からキースに頼んでいたのである。惚れ薬を作れと。倫理観なんていらねえ。大事なのは結果だ。少女漫画にはレイプから始まる恋なんていくらでもあるんだ。ヤクから始まる恋があったっていいじゃねえか。

 最後だから正攻法で行くだとか、そんななまっちょろい女の子じゃないんだよオレぁ。最後だからこそ、正義も人間性もプライドも、何もかもを捨てて立ち向かう。使えるものはなんでも使う。ヤクでもな。これが恋に生きる女の子の生き様よ。

 

「ああ、『あいのくすり』か。いやもちろん覚えているとも」

「あー、ひょっとして、まだ出来てない?」

「いや、出来ているさ。むしろいつ取りに来るのかと思っていたよ。何せ君に頼まれたその日には完成していたのだから」

「え。……『あいのくすり』だぞ? そんな簡単にできんの?」

「何を言っているんだ、君は。今まで君に頼まれてきた、訳の分からないものに比べれば、こんなもの簡単に決まっているだろう」

 

 ええ……。こいつこえー……。ぶっちゃけこれは流石のキースえもんでも無理かもしれんなって思ってたのに。マジカルとケミカルだけじゃなくメンタルにも対応してるとは。こいつの名前がルで終わる、例えばキールとかだったら、マジカルケミカルメンタルキールだったのにね、惜しいね。何言ってるかわけわかんないね。こわいね。

 

「……そういやフェリアが言ってたじゃん。なんかオレに作るならまずみんなに話を通せって。あれ平気だったの?」

「うん? ああ。もちろん皆、これ位なら構わないと言ってくれたさ」

「え゛……マジ? あ、ユウマには?」

「サプライズプレゼントなんだろう? 彼にはちゃんと黙っておいたよ。僕は大概恋愛事には疎いが、それくらいの気は使えるつもりだ。……プレゼントがこれというのは、僕にはあまりに色気が無いようにも思えるが」

 

 ……時々ここが異世界なんだって思い知らされますわね。こんなことで思い出したくは無かったけどな! パーティの仲間は全員、人の心を持っていませんでしたわ。惚れ薬を()()()()()、って。自分で言うのもなんですけれど、無理やりお薬で惚れさせるって相当なクズのやることだと思いますわよわたくし。後でこの人たちに道徳の授業をしてあげませんといけませんわね。

 

「ほら、受け取りたまえ」

 

 そう言って人の顔をしたメガネの悪魔はオレに小さな薬を放り投げる。

 慌ててキャッチしたそれを見る。透明の液体が小さな容器に入っていて……、ふーん、なんかあれだね、()()みたいだね。

 

「これが、『あいのくすり(惚れ薬)』?」

「そうだが。……まさか君はこんなものも見たことが無いのか? 市販の物も、殆ど全てそれと同じ形状をしているだろう」

「え゛。待って、市販……? これ普通に売ってんの……?」

「……君は多少常識知らずだとは思っていたが、ここまでとは。こんなもの、別に何も珍しい物じゃないぞ。売ってる店なんて少し探せばすぐに見つかるだろう」

「いや、その、ジョークグッズとか、そういうことだよね……?」

「なんのジョークになるんだこれが……。多くの店で取り扱っていて、大勢の人が利用しているものだ。普通の実用品だよ」

 

 いやいやいやいや! やべーよこれ、この世界やべーよ! オレが街で見かけていいなーってあこがれてたあの人たち、おてて繋いで散歩してる初々しい男女も! 子供背負って二人で並んで歩いてる父親と母親も! 毎日公園でハトに餌をあげてるおじいちゃんとおばあちゃんも! みーんなお薬で頭変にされて付き合ってるのかもしれん! こえーよ! 

 

「まあ、君に渡したそれは僕が作ったものだ。店売りの品などとは比べ物にならないほど質が良い事は保証しよう。僕も愛用しているしな」

「いや待って待って待って! お前もこれ普段使ってんの!?」

「ああ、そうだが。……何をそんなに驚く?」

「いやだってお前! 言っちゃ悪いけどお前はこんなもんと縁遠そうな感じじゃん!」

「む、そんなことはないだろう。僕は魔術師であり、そして研究者だ。一人ひたすら、本と向かい合うことも多い。そういう時に、乾くのだよ。……わかるだろう?」

「何が乾くんだよ! 一人寂しさにナニが乾くってか!」

「何がって、決まっているじゃないか。君風に言うのならば、『あい』が、だ」

 

 僕の愛の棒が乾くのだよってか! 直球のエロじゃねーか! 正直お前の下半身のソレは未使用だと思ってたよ! いい年こいて童貞だと心のどっかでバカにしてたよ! そんなに食いまくりヤリまくりだったのかお前! ……これからはコイツに近寄らんとこ。こわい。ぶっちゃけ今この部屋に一緒にいるだけでこわい。性欲お化けの近くにいるってこわい。……なんでか分かんないけどちょっとユウマにごめんねって気持ちが沸いた。ふっしぎー。

 

「はぁ……。その分だと使い方も分からないだろう。教えてやろうか?」

「え……。ひえっ! や、やだっ! 来るな! オ、オレの初めてはユウマにって決めてるんだ!」

 

 使い方を体に教えてやろうってか、このケダモノ! ロリコン! ペド野郎! やっぱメガネにマントの魔導士なんてロクなやつはいねーんだ! 

 にじり寄って来たエロメガネから必死に逃れ、部屋から脱出……しかけたところで半開きのドアの隙間から振り返り、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか、などと呟いているキースに声をかける。

 

「あ、そうそう。これ効かなかったらオレ、パーティ抜けるから。じゃあなー」

「……は? いや待て! 何を言っている君は! いきなりどうしてそんなこ」

 

 ばたーん、とドアを閉めて部屋を立ち去る。

 キースがなーんか言ってた気もするけどー、あーあー、聞こえなーい。ふんふふーん。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 さて、キースから惚れ薬を受け取り自室に戻ってきたオレだが、これをどうやって

 

「おい、レイ君! さっきの話はどういうことだ!」

 

 ドアをバンバン叩く音と、叫び声がうるさい。気が散るんじゃ。どっか別の場所で考えよう。

 しかし出入口は固められているし、つかまれば尋問はまぬかれないだろう。ふーむ、どうやって脱出するか。ま、ドアから出たら捕まっちゃうのなら、窓から飛び降りればいいじゃないってだけだな。とうっ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 さてさて、この惚れ薬をどーやって使ったもんか。

 片手に握りしめながら、街をてきとーにぷらぷら歩く。

 使い方がどうこう言ってたけど、いくらなんでも注射じゃ無いだろうし、てことはたぶん飲ませればいいんだろう。というかオレは薬の使い方なんてそれくらいしか知らねえ。固体なら砕いて鼻から吸うとかあるのかもしれんが、これ液体だし。こっそり飲ませるためには、ま、飲み物かなんかに混ぜればいっかなー。

 

 そんなことを考えていると、

 

「あ、ユウマ」

「げ、レイ」

「げ、て」

 

 ユウマとばったり出くわした。

 

 ほげぇ。まだなんも準備できてねっすよ。ここは一旦お薬のことは忘れて、適当にごまかさねーと。

 

「あーあー、ユウマお前なにしてんの? ……ちなみにオレは散歩な。なーんも考えてない、ただのプータローの散歩な。悪巧みなんてちーともしてないお気楽ゆるりぶらり旅な」

「……まあ、何も聞かないでおいてやる。俺は……下見かな」

「下見?」

 

 横を向いたユウマの視線を追うと、なんだかちょっとおしゃんてぃーなこじゃれたレストラン。あらあらまあまあ。初々しいカップルも、何組かいらっしゃるじゃないですか。可愛らしいですわね、うふふ。……もはやオレの目にはそんな風には映らんがな! 男と女、どっちがお薬盛ったんだろうねー、こわいなー。

 

「へー、なんかいい感じのとこじゃん。何の下見よ?」

「何の……。あー、その、ほら、せっかくなら、雰囲気ある場所でって思って、な?」

「だから何をだよ?」

「……お前はここ、いい雰囲気だと思うか?」

「え? ……まあそう思うけど。こーいう場所でデートとかしたいよなー。なー、ユウマー。なー。なー?」

「……じゃあ、ここで告白されるとか、は?」

「いいんじゃねーの? まあむしろあれだな、どっちかってーと、わざわざ告白するために一生懸命場をセッティングしてくれたことに、きゅんきゅんしちゃうな。オレなら。オレは結果だけでなく、努力を認められるいいおん……待て、いやお前これ何の下見だ。吐け。おい吐け、吐けー!」

「や、やめろ離せ! お前にだけは死んでも言わん!」

 

 おいおいおいおいふざけんなよ。こんなんどう考えてもユウマが誰か意中の相手に告る場所を探してますって話じゃん。……あっ、その『誰か意中の相手』ってのがオレの事か。はっはっは、なんだよ、こんなバカみてーな薬に頼る必要なかったじゃーん。

 

 ……そんな都合のいい話があるわけねーぜ。いい加減現実を見ろ。何日こいつに振られ続けてると思ってんだ。ユウマが告る相手がオレだと本気で思うか? 違う女に決まってんだろ。……え、やべ、吐きそう。泣きそ。え、ここで? ユウマが? 誰かオレ以外のやつに? 告白すんの? わざわざ下見に来るってことは、もうその日は秒読みで、一ヶ月後かも、来週かも、もしかしたら、明日かもで……。

 

 ……。

 

「……なあユウマ、お前、もうこのレストラン入ったのか?」

「……お前どうした? なんか目が据わって……」

「オレが付き合ってやるよ、下見。何に使うのかは知らねーけど、女の子として評価してやる」

「……は? いやお前と一緒に行ったら意味な……!」

「つべこべ言ってねーでついてこい!」

 

 ユウマの腕を強引に引っ張り、オレはレストランに突入した。ポケットのなかで、『あいのくすり』を固く握りしめながら。

 

 ……正真正銘、これがラストチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

 





ネクストコナンズヒーント!!
『目薬』




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