万象黙示録を壊す歌 (秋月玲)
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第1話

目が覚めたときにはそこにいた。どこから来たのかわからない。自分が誰かもわからない。

 

 

辺り一面に木。ここが森の中だとそれだけでわかる。しかし、それ以外にはわかりそうもない。

 

 

いつまでもそこに立っているわけにもいかず、適当な方向へと歩き出す。とりあえずこの森から出ようと思ったのだ。

 

 

どれほど歩いただろうか?

辺りが暗くなってきて、これ以上歩むのは危険だと判断し、野宿をすることに決める。幸いにも木には果実が実っており、食料に困ることはなさそうだ。

 

 

寝ようと横になっていると、ガサガサと草木を揺らす音に目を覚ます。武器になりそうなものは持ち合わせていない。というか、目が覚めたときになにも持っていなかったのだ。

 

 

向こうもオレを獲物と捉えたのだろう。息を殺し、様子を伺っているのがわかる。いつ飛びかかられてもいいように、こちらも同じく息を殺して身構える。

 

 

痺れを切らしたのか、草むらの中から1匹の狼が飛び出してくる。冷静にしっかりと狼の動きを見て、鋭い牙で噛みつこうとしたところを回転してかわす。そのまま首を捕まえ、大地に叩きつける。

 

 

首を掴んだまま、暴れる狼が動かなくなるまで締め続ける。ようやく動きが止まったのを確認して、手を離す。それにしても、自分の動きに驚く。記憶がないだけで体が覚えているというやつだろうか?

 

 

石や木の枝を使い、狼の牙を抜く。その牙を刃物の代わりにし、狼を捌く。火を起こしその肉を焼いて食べる。

 

 

その後は眠れず、狼との戦闘。自分の記憶のことなどを考える。ふと月明かりに照らし出された左手に、黒い痣のようなものが見える。触れると何故か切ない気持ちになっていた。

 

 

風が音を鳴らしながら吹く。月明かりに翼を広げた鳥が見える。その光景に懐かしさと切なさを感じたいた。

 

 

翼を広げて風を鳴らしながら、天にも届くような羽を広げて飛ぶ2羽の鳥が奏でる声に。

 

 

それから3日ほど歩いただろうか?

ようやく森の出口へと差し掛かる。そこでようやく安堵することが出来た。夕暮れの中で見つけた一軒家。やっと誰かに会えると思えたから。

 

 

「こんばんは」

 

 

明かりの見えるその家へと歩み寄り、ノックしながら声をかける。木製の家。呼び鈴なども見当たらない。

 

 

「はい?」

 

 

扉が開かれ、金髪のおさげ髪の少女が顔を覗かせる。奥には父親らしき人物もこちらを伺っているのが見える。

 

 

「どうしたんだい? お客さんかな? キャロル」

 

 

奥の父親らしき人物がそう尋ねる。そう、オレは今の自分をどう説明したらいいのかを考えておらず、固まってしまっていた。それを見て嫌悪せず、優しく聞いてくれていた。



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第2話

なにも覚えていないと言うオレの話を真剣に聞いてくれた親子。イザーク・マールス・ディーンハイムとその娘キャロル。

 

 

「それは大変だったね。思い出すまでここで暮らすといいよ」

 

 

そう笑顔で言ってくれるイザークさん。

 

 

「でも、いいんですか? オレは自分でも何者かわかっていないのですよ?」

 

 

もし記憶を無くす前のオレがとんでもない存在だったら。そう思うとこの提案を簡単に了承するわけにはいかない。

 

 

「問題ないさ。君がどんな人だったとしてもそれは過去の話だ。今の君からはそんな雰囲気は感じられない」

 

 

それでも悩むオレを見つめてキャロルが口を開く。

 

 

「だったら、ここで料理を作ってよ。パパは料理が苦手なんだ。だから」

 

 

家政婦のようなものとして。キャロルはそう言いたいようだ。

 

 

「それはいいね。僕が街に行くときにも君がいてくれれば安心も出来るね」

 

 

そこまで言われて了承してしまう。

 

 

「わかりました。ただし、オレが記憶を戻したとき。危険な存在だった場合はすぐにここを去ります」

 

 

遅いかもしれないが、この親子を巻き込んでしまうようなことはしたくなかった。森での狼との戦闘で、普通の存在でないことは確かだったから。

 

 

その日はもう遅いこともあり、床につくことになった。今は使っていないという部屋を借りることとなる。

 

 

「なにもない部屋で申し訳ないが」

 

 

「いえ、ベッドがあるだけでありがたいです」

 

 

案内された部屋には客人用なのか、ベッドが置いてあるだけ。他にはなにもない部屋だった。

 

 

翌日から目を覚ますと朝食を用意し、掃除や洗濯をして過ごす。家事が終わればキャロルの遊び相手。と言ってもキャロルは基本本を読んでいることが多いので、なにかをするわけではないが。

 

 

「毎日なにを読んでいるんだ?」

 

 

「錬金術の本だよ。そうだ。一緒に勉強しようよ?」

 

 

錬金術がどんなものかわからないオレは、まずはそこからキャロルやたまにイザークさんから教わる。

 

 

「ヒカルは覚えが早いな。才能があるんだね」

 

 

名前も覚えていなかったオレは、2人からヒカルと名付けてもらった。ヒカル・マールス・ディーンハイム。誰かに聞かれたときはそう名乗るといいとまで言われた。

 

 

「ヒカル、ここどういうことかわかる?」

 

 

2週間ほどでたまにだが、キャロルに質問されたりもするようになっていた。もちろんオレがキャロルに聞くことのほうが遥かに多い。

 

 

「明日はちょっと素材を買いに街に行ってくるよ。留守番を頼むよ」

 

 

イザークさんはたまにこうして街に行くようだ。オレが来てからは初めてのことだったが。

 

 

「ええ。任せてください」

 

 

そう答えたが、何故か胸が騒めくのを感じていた。



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第3話

「流行り病……ですか?」

 

 

街から戻ったイザークさんの話では、今街では流行り病に困っている人が多いそうだ。

 

 

「そうなんだ。だからこれを使って薬を作ってみようと思うんだ。2人共手伝ってくれるかな?」

 

 

イザークさんが言いながら見せてくるのは深山にて採取される『仙草』も呼ばれる薬草『アルニム』。

 

 

「もちろん」

 

 

キャロルと顔を見合わせて頷く。それを見てイザークさんも嬉しそうだ。

 

 

さすが。と言うべきなのか、イザークさんは簡単に治療薬を完成させる。オレやキャロルがした手伝いなんて物を運ぶくらいで、ほとんど1人で完成させていた。

 

 

「これで街の人も元気になるね」

 

 

無邪気な笑顔でキャロルが言う。その笑顔にオレもイザークさんも釣られて笑顔になる。

 

 

「ああ明日早速これを持って行ってみるよ。だから、また留守番をお願いするよ」

 

 

「ええ。わかっています」

 

 

オレの答えに満足したのかそれ以上はなにも言わず、薬を小分けしたりしている。

 

 

「もう遅いから、休もう?」

 

 

キャロルに言われ、イザークさんの邪魔にもなると思ったオレとキャロルはそれぞれ部屋に戻り休むことにした。

 

 

風が鳴り、外は雪の音が響いていた。隣の部屋からキャロルの歌が聞こえる。聖母のように優しく、闇夜を切りさくような調べ奏でる小夜曲。未来を照らすような歌が。

 

 

キャロルの歌を子守唄代わりにオレは眠りにつく。この優しい歌声を、眩しい笑顔を守ると心に誓って。

 

 

「それじゃあ行ってくるよ」

 

 

朝食を終え、イザークさんを見送るといつもの作業に取り掛かる。洗濯に掃除。終わればキャロルと錬金術の勉強。もうこれが日課となっていた。

 

 

その日は少しだけ集中出来ないでいた。イザークさんが調合したとは言え、万能薬ではない。当然救えない人も出てくるだろう。そのとき、イザークさんがショックを受けないか。それが心配だった。キャロルのこともだ。キャロルはイザークさん以上にショックを受けそうでもある。優しいこの親子がそれを辛く思うことが、たまらなく嫌だ。

 

 

「そのとき、オレはこの親子の支えになれるのだろうか?」

 

 

キャロルの頭を撫でながら小さく呟く。

 

 

「ヒカル! 子供扱いしないで!」

 

 

頭を撫でられたキャロルが、手を振り払いながら言う。頬を膨らませているから拗ねているのだろう。

 

 

「悪かった。お詫びに今日の昼はキャロルの食べたいものを作るよ」

 

 

「そんなことで騙されると思わないでよ」

 

 

そう言いながらも、食べたい物をリクエストしてくるキャロルに心が和む。そこで手を止めてオレはキャロルのリクエストに応えるための準備に入ることにした。



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第4話

イザークさんが街に薬を届けて1週間後。オレの心配は想定される最悪の形で訪れた。

 

 

「出てこい!」

 

 

「いるのはわかっているんだ!」

 

 

数人。命を落とした者がいた。お年寄りや子供、違う病気を併用した者たちの中には、この薬で救うことが出来なかった者もいたようだ。

 

 

「お前がその怪しい力で殺したんだろう!」

 

 

「異端な存在め!」

 

 

街の人々がイザークさんの家へと押しかけて、罵声を浴びせている。

 

 

「神さまが起こしてくれた奇跡。それで街の人々は助かったって言うのに!」

 

 

「お前の変な力で殺された者もいるんだ!」

 

 

言いがかり。そう思うが、イザークさんはなにも言い返さない。

 

 

「どうして黙っているの?」

 

 

キャロルも不安そうな顔をしている。この連中に捕まったとき、なにをされるかわかったもんじゃないからだろう。もちろんオレもイザークさんを渡すつもりなどない。

 

 

「仕方のないことなんだよ。きっと話せばわかってくれるさ」

 

 

そうキャロルの頭を撫でながら言うが、そうならないことはオレにもキャロルにもわかっていた。連中は話を聞くつもりすらないことを。

 

 

「駄目ですよ。出て行けば、イザークさんはきっと帰って来れない。そんなのは駄目だ」

 

 

窓から覗けばどれほどの人数で押しかけてきたのか、家の周りは人で埋め尽くされていた。棒や鎌、鍬などの武器となりそうな物を手に。

 

 

「パパはあいつらを助けようとしたのに。どうして? どうしてこんな風に言われないといけないの?」

 

 

キャロルの目には涙が浮かんでいて、今にも泣き出しそうだ。

 

 

「キャロルの言う通りだ」

 

 

オレがそう呟くと同時に、ついに家の扉が破壊される。多くの人が家に雪崩れ込む。

 

 

「イザークを捕らえろ」

 

 

オレは咄嗟に、雪崩れ込む人とイザークさんたちの間に立つ。

 

 

「こいつも怪しい力を使うものか」

 

 

「構うか。一緒に捕らえろ!」

 

 

棒や鎌でオレを攻撃してくる街の人々。とりあえず棒を掴み、1人蹴り飛ばす。奪った棒を振り払い、相手をなぎ払う。

 

 

「今のうちにイザークさんはキャロルを連れて逃げてください!」

 

 

「出来るはずがないよ。君を置いていけるはずがない。ヒカルも大事な家族なんだから」

 

 

イザークさんから帰ってきた言葉に、驚いて動きを止めてしまう。そんな風に思われていたことが意外で、嬉しくて。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

オレの動きが止まったのをチャンスと思ったのか、オレは後ろから思いっきり殴られる。床に倒され、数人がかりで取り押さえられた。

 

 

「僕はどうなってもいい。だから、息子と娘離してくれないか?」

 

 

キャロルもイザークさんも、数人がかりで捕らえられていた。



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第5話

オレが次に気がついたときには、街の中心部で張り付けにされているイザークさんの姿が見えた。周りには薪や藁などが敷き詰められており、どうするつもりなのか、容易に想像出来る。

 

 

「キャロルは?」

 

 

オレはキャロルも張り付けられているのではと、辺りを見渡す。オレの両手は屈強な男2人が押さえつけており、動くことは出来ないので目だけを動かして。

 

 

「よかった」

 

 

キャロルもオレと同じく、両手を押さえつけているが。

 

 

予想通り。街の人は火を放ち、イザークさんを火刑に処したのだ。燃え上がる炎を前に歓喜する人々に狂気を感じる。

 

 

「パパ! パパー!!!」

 

 

泣き叫ぶキャロル。

 

 

「キャロル。生きて、世界を知るんだ。それがキャロルの……」

 

 

炎の中で語るイザークさん。続きの言葉は炎でかき消される。

 

 

「ヒカル……。キャロルを……」

 

 

再び聞こえたイザークさんの言葉で、我に返る。ここまでどこか他人事のように感じていたが。

 

 

「必ず」

 

 

小さく呟き、両手を押さえつけている男を蹴り飛ばす。上体が動かせないため、足払いのような形で転ばせる。

 

 

「キャロル!」

 

 

邪魔する者たちをなぎ払い、キャロルを抱き抱える。

 

 

「ヒカル! パパが! パパが!」

 

 

イザークさんへ手を伸ばすキャロルを抱えて走る。この場を離れるために。暴れるキャロルを落とさないようにしっかりと抱えて。

 

 

 

それでもキャロルを離さないために必死に。オレたちを取り押さえようとする街人たちを振り払い、なぎ倒し。

 

 

どれほど走っただろう。ようやくイザークさんの家へと戻ってきた。

 

 

「ヒカル……」

 

 

泣き続けるキャロルを他所に今は急ぐ。街の連中がここにやって来る前に荷物を纏める必要があった。イザークさんの錬金術は本物だ。だから、残さないといけない書物も沢山ある。それを必死に鞄に詰め込む。

 

 

「手伝うよ。パパの錬金術は残さないといけないのはわかるから」

 

 

まだ涙が止まる様子はないが、キャロルが手伝ってくれる。溢れる涙を何度も拭って。

 

 

鞄2つ分だろうか。基調な素材なんかは今回は諦めることにした。一刻も早く逃げる必要があったからだ。

 

 

「行こう」

 

 

イザークさんとの思い出の品もあっただろう。でもなにも言わずキャロルは歩きだす。

 

 

 

「ヒカル……。ヒカルはいなくならないで」

 

 

そっとキャロルの頭を撫でる。それだけで涙の笑顔を見せてくれるキャロル。

 

 

どんなことをしても、どんな手を使っても、キャロルを守るとそっと誓う。

 

 

「ああ。キャロルのことは絶対守るよ」

 

 

炎で赤く染まる空を背に2人で歩きだす。



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第6話

2つほど街を超えた辺りでようやくオレたちは安堵する。ここまで来れば追手がくることもないだろうと。

 

 

「今日は久しぶりに宿に泊まろう」

 

 

ここに来るまでに見つけた鉱山が思ったより高値で売れたため、宿を取ることに。オレは構わないが、キャロルをずっと野宿させることにも抵抗があったためちょうどいい。

 

 

「わかった」

 

 

嬉しそうに鼻歌交じりに歩くキャロル。

 

 

「一部屋お願い」

 

 

予算の都合もあって、一部屋だけ借りることに。年頃の女の子と同室なことに躊躇しないわけではないが、そうも言っていられない。

 

 

「水浴びてくる」

 

 

野宿ばかりだったためか、すぐに部屋に備えてある浴室へ行くキャロルを見つめて、鞄から本を取り出す。少しでも錬金術を覚えたい。錬金術の腕をあげたい気持ちがあれ以来強くなっているのを自分でも感じている。あの奇跡のような薬を見てから。

 

 

「わたしも勉強するよ」

 

 

水浴びから戻ったキャロルがオレとは別のベッドに座り本を読み始める。キャロルも同じ気持ちなのだろう。オレたちがもっと錬金術師として実力があれば、イザークさんは助けられたかもしれないと。

 

 

その後も遅くまで勉強し、気付けば寝ていた。朝日の眩しさで目を覚ます。

 

 

「寝ていたのか」

 

 

キャロルはまだ眠っていて、スヤスヤと寝息が聞こえる。眠るキャロルにメモを残してオレは部屋を出る。まだ人がまばらな街を歩く。

 

 

情報の収集と必要品の補充を目的として。集まる情報は特にない。変わったことがないかとか、世界の情勢とかがメインだ。

 

 

「特に有益な情報はなかったな」

 

 

宿へと戻り、庭にある井戸で顔を洗っているキャロルと合流する。

 

 

「ヒカル。なにかわかった?」

 

 

「いや特には」

 

 

オレの答えにキャロルも溜め息をつく。これからの行き先をどうするか悩む。

 

 

「そんな暗い顔してどうしたんです?」

 

 

宿の従業員だろうか。メイド服のようなものを着て、カチューシャをした茶髪の少女がこちらを見ていた。

 

 

「旅の行き先に困っていてな」

 

 

「へぇ。な〜にを、目的に旅してるんですか?」

 

 

当然と言える質問が飛んでくる。その質問にどう答えるかキャロルと顔を見合わせる。

 

 

「仕方ない。一応聞いてみるか。ダウルダブラと言う竪琴を探している。なにか知らない?」

 

 

キャロルが従業員にそう答える。探している目的までは話すつもりはないようだ。

 

 

「探し物かどうかは、わかりませんけど〜。王都に貴重なお宝ばかり集める貴族がいるみたいですよ?」

 

 

ゆったりと話す従業員の言葉にオレたちは、顔を見合わせる。次の目的地がそこだと。

 

 

「相談なんですけど〜、わたしも連れて行ってくれません?」



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第7話

「ふざけるな。どうしてお前を連れて行く必要がある?」

 

 

イザークさんの件があってから、キャロルの口調はキツいものになっていた。強く見せたいからなのかもしれない。

 

 

「いえね。こう見えてわたし、この街から出たことがないんですよね。やっぱ興味あるじゃないですか?」

 

 

メイド服の少女はキャロルの言葉を聞いていないのか、そう答える。

 

 

「君はここの従業員だろう? 勝手に連れて行くなんて出来ないと思うんだが?」

 

 

連れて行くにしても行かないにしても、雇い主の許可がないとどうにもならないと思いそう言うと、少女は目を輝かせながら答える。

 

 

「それなら問題はないわねぇ。だってここの娘だし」

 

 

宿屋の娘なことに驚く。格好からはとてもそう思えなかったからだ。

 

 

「とりあえず、ここの主人から事情を聞いてみるか」

 

 

オレの呟きにキャロルも頷く。

 

 

「あっ、わたし。ガリィちゃんでーす。ガリィ・トゥーマン」

 

 

少女の自己紹介を聞いて、ガリィの相手をキャロルに任せオレは宿屋の主人と話すことにした。

 

 

「えっ? あの子がそんなことを?」

 

 

「ああ。なにか事情があるなら聞いてみようと思って」

 

 

オレが先程ガリィに言われたことを話すと主人はたいそう驚いていた。

 

 

「まさかそんなことを思っていたなんて。実はあの子は生まれつき難病を抱えていまして」

 

 

難病の言葉に驚く。とても元気そうでそうは見えなかった。

 

 

「その難病というのは? もちろん話してもらえるならで構いませんが」

 

 

「血が止まらないんです。一度怪我をするとまるで湯水のようにずっと。この街ではそのことを多くの人が知っていて、それで病院でもすぐに治療してもらえるので今のところ大事には至っていないんですが」

 

 

主人の言葉を聞いてオレは連れて行くことは出来ないと感じる。

 

 

「そうですか。そういう事情なら、彼女はこの街で生活するほうがいいと思います」

 

 

「いや、待ってください。あの子はきっと自由を知りたいのだと思います。ここでは常に誰かに心配から見られ、息苦しいのかもしれません。だから、王都まででもあの子の願いを叶えてあげられませんか?」

 

 

主人の言葉はよくわかる。心配されているからとはいえ、あの子からすれば監視されているように感じるのだろうことも。

 

 

「気持ちはわかります。でも、オレたちにはあの子の命を背負うことは出来ません。街から遠い場所で怪我をした場合、死ぬことだって考えられる。そんな責任は取れない」

 

 

オレの言葉に主人は項垂れる。

 

 

「そう、ですよね。わかってはいたんです。すみません」

 

 

心が少し痛むが、どう考えてもリスクが大きすぎると思う。



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第8話

ガリィのことをキャロルに伝えるために、街を歩きながら話すと意外な答えが返ってくる。

 

 

「別にそのくらいなら、構わないんじゃないのか? もちろん死んでもこいつの勝手で、我々の知るところではないがな」

 

 

そんなキャロルが意外でオレは言葉を失う。元々優しい子ではあるのだが、イザークさんの一件以来どこか冷たいイメージがある。

 

 

「それに、自由も知らずに生きていくのは辛いと思う」

 

 

そっと呟かれた言葉に安心する。まだ優しい気持ちを失くしたわけじゃないようだ。

 

 

「冷酷なのはオレのほうか。わかった。主人に伝えてくる」

 

 

そうオレが踵を返したときだ。街の中で爆発音が鳴り響く。

 

 

「なにが起きた?」

 

 

オレもキャロルも辺りを見渡す。ローブで頭まで覆う集団が、手から不思議な力を放っては、家や道、人などを燃やしていた。

 

 

「あれは錬金術か? 錬金術をあんな風に使うなんて許せない!」

 

 

キャロルは血が滲むほど強く手を握りしめている。

 

 

「落ち着け。囲まれている」

 

 

キャロルの肩に手を置いて、落ち着かせる。そんな心配は必要ないようで、キャロルは冷たく静かに集団を見つめていた。

 

 

「イザーク・マールス・ディーンハイムの身内で間違いないかな?」

 

 

先頭に立つ男が聞いてくる。オレもキャロルもその言葉に反応はしない。

 

 

「彼が残した錬金術の本。それを渡してもらおう。アレはとても貴重なものだ」

 

 

そんなオレたちに関係ないとばかりに話しかけてくる。しかし、イザークさんの本が目的とは。アレを狙う輩が現れることは予想出来たが、これは想定外だ。目的のためなら他はどうなってもいいって感じだ。それがオレの、キャロルの怒りに火をつける。

 

 

「どうする? この程度の数なら問題はないが」

 

 

キャロルの言うようにこいつらの相手をすることは問題ないだろうが、ここでオレたちまで戦えば街は崩壊するだろう。それは避けたい。

 

 

「しかし、こいつらを引き連れて街の外まで行くのは、骨が折れそうだ」

 

 

それにこれだけの火災だ。宿に残した本を取りに行く必要もある。

 

 

「ならば、こいつらはわたしが引き受ける。娘のわたしのほうについてくるだろうからな」

 

 

「無茶はするなよ?」

 

 

キャロルの提案にそう返し、オレらは二手に走る。

 

 

「やはり、キャロルのことは知られているのか」

 

 

オレのほうには数人が追いかけてくるだけで、大半はキャロルのほうへ行っていた。

 

 

「これは……」

 

 

なんとか追手を撒いて、宿にたどり着いたオレは唖然としていた。宿が火の海に包まれていたからだ。燃え盛る炎は、誰の侵入をも拒むように激しく。











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第9話

「ここまでやるのかよ」

 

 

宿屋の入り口に主人や客人であろう人たちの遺体が転がっているのが目に入る。

 

 

「とりあえず今はどうやって中に入るかだな」

 

 

怒りをひとまず、押さえ込み目の前に広がる炎を見つめる。

 

 

「そういえばガリィはどこだ?」

 

 

ガリィの姿が見えないことに気付く。確かにイザークさんの本も大切だが、人命のほうが大切だ。そう思ってガリィを探すために踵を返したときだった。

 

 

 

「どーこに行こうって言うんです?」

 

 

炎の中からオレたちの鞄を抱えたガリィが出てくる。

 

 

「お前どうして?」

 

 

旅に連れて行けとは言われていたが、初対面だ。命をかけて荷物を運び出すほどではないだろうと思って驚く。

 

 

「まぁーこの通りガリィちゃん、身内も帰る家もなくなっちゃいましたからねぇ。恩を売って連れて行ってもらうしかないじゃないですか?」

 

 

笑いながら言うガリィ。よく見ると膝を擦り剥いたのか、血が流れている。

 

 

「ガリィ。膝を見せろ」

 

 

宿屋から離れ、ガリィの膝を錬金術で凍らせる。

 

 

「これでしばらくは止血になるだろう。とりあえずの応急処置だ。オレはキャロルの助太刀に向かう。お前はどこかに……」

 

 

「ガリィちゃんも行きますよ?」

 

 

ガリィの言葉にオレは拒否しようとするが、未だに街の中にも錬金術師がいるのを見かけて考え直す。一緒にいるほうが安全だと思ったからだ。

 

 

「確かにここにいるよりは安全かもな」

 

 

「いたぞ!」

 

 

オレがガリィに言葉をかけると同時にオレたちは錬金術師に見つかる。残った錬金術師を出来るだけ引き連れてキャロルの元を目指すことに。ガリィが追いつけるように気をつけながら、残る錬金術師がいないように街の中を駆け巡る。

 

 

「遅かったな。ヒカル」

 

 

オレとガリィが街の外にたどり着いた頃にはキャロルの周りには錬金術師の遺体が転がっていて、こっちは片付いていることを知る。

 

 

「キャロル! ガリィを頼む!」

 

 

キャロルにガリィを任せ、オレは振り返る。

 

 

「最高に機嫌が悪い。手加減出来ると思うなよ?」

 

 

オレを追いかけていた錬金術師は全部で8人。まず、錬金術で風の塊を練り、飛ばす。逃れた数人にはナイフを投げ飛ばし、更に人数を減らす。近くにいた錬金術師の首を掴み投げつけて、その骨を折る。

 

 

「逃すかよ」

 

 

最初に風の塊を受けた者の中で命のあった者が逃げようとしている背中にナイフを突き刺す。

 

 

「お前たちが殺した無関係な人間たちに詫びて死ね」

 

 

オレが全員倒すと、キャロルが1人の男を引きずってくる。リーダー格だった男が。この男だけ殺さず生かしていたようだ。











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第10話

キャロルが生かしておいた男から話を聞くことにする。

 

 

「誰の命令でこんなことをした?」

 

 

腹部を蹴りながらキャロルが聞いている。

 

 

「答えるわけがないだろう!」

 

 

「なるほど。知らないやいないではなく、答えないか。後ろ盾があると白状したようなものだな」

 

 

オレがそう呟くと男は驚いた顔をし、あたふためいている。もうそれが答えだろうとは思うが。

 

 

「正直に話すなら、お前の命だけは助けてやらんでもないぞ?」

 

 

真っ黒な笑みを浮かべてキャロルが言うが、逆効果に思える。

 

 

「まあ早く答えたほうが楽だぞ? 拷問の類は得意じゃないから手加減なんて期待しないほうがいいくらいだからな」

 

 

みるみる顔が青ざめる男を見て、拍子抜けする。この程度で狼狽るなんて下っ端のようだ。

 

 

「これはどういうことか説明してほしいワケダ」

 

 

突如、オレの後ろから声が聞こえオレたちは揃って振り返る。帽子に眼鏡、カエルの人形を抱いた少女がいつの間にかそこにいた。

 

 

「我々はここまでしろとは言ってないワケダ。どうして街が燃えているのか説明がほしいワケダ」

 

 

無表情で話す少女の威圧感に男は、先程以上に狼狽えていた。

 

 

「プレラーティ、これは部下たちが勝手にやったことで、俺は関係ない」

 

 

「よく言う。お前が指示を出していただろうが!」

 

 

男が言い訳を始めるが、キャロルが一喝する。

 

 

「言い訳なんて見苦しいわね」

 

 

少女とは別の派手な格好をした女がなにもない空間から現れ、男の背中から巨大な爪を突き刺していた。

 

 

「カリオストロ。殺したら理由が聞けないワケダ」

 

 

「あーら。ごめんなさい。でも必要ないでしょ?」

 

 

プレラーティと呼ばれた少女が女に言うが、その女、カリオストロはあっさりと言いのける。

 

 

「とりあえず、今回はあーしたちの知り合いが色々やったみたいでごめんなさい。でもあなたたちが持ってる本はどうしても欲しいのよね」

 

 

「この本を渡すつもりはない。こいつらのように実力行使で来るか?」

 

 

キャロルが挑発めいたことを言うが、プレラーティもカリオストロも乗るつもりはないようだ。

 

 

「今回はこちらの不手際もあったワケダ。ここは大人しく引き下がるワケダ」

 

 

「でも、次はきちんとあなたたちのこと、勧誘しに来るわね」

 

 

そう言い残すと、2人はその姿を消していた。

 

 

「面倒なことになりやがった」

 

 

キャロルの呟きに頷きながら、オレたちは燃え盛る街を背に歩き出す。キャロルの腕が少し震えているのは、イザークさんのことを思い出すからだろう。オレも炎はあれ以降苦手だ。

 

 

「ちょっと〜、待ってくださいよー」

 

 

オレたちに遅れてガリィも街に別れを告げる。











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第11話

街を出て、最初に見つけた村でガリィの手当てをしてもらった。その医者が言うには、氷で傷口を無理矢理塞いでいなかったら、ガリィは生きていなかっただろうこと。そしてガリィの体は何故か氷への耐性が強く普通なら凍傷していたはずの足はなんともなかったことだ。

 

 

 

その不思議な出来事をキャロルと推測しながら数日を歩いていた。結論は出ないまま、オレたちは王都へと到着したのだった。

 

 

「噂には聞いていましたけど、大きいですね」

 

 

「これだけ大きな都市に来るのはわたしも初めてだ」

 

 

ガリィとキャロルがその大きさ、人の多さに驚いている。もちろんオレもすごいなとは思うが、ここ以上に人が溢れている場所を知っているのか、驚きは少ない。

 

 

「とりあえず宿を取ろう。ずっと野宿だったからな」

 

 

街の中を歩いていると、どうしても目立ってしまう。甲冑に身を包み、武器を掲げて歩く兵士の姿に。自衛団らしいが、数が多いのもあるがやはりその格好が目立つ要因だろう。

 

 

「王都では治安が良いとは聞いてましたけどー。これが原因ならガリィは残念ですよ」

 

 

「これだけ監視の目があるとな。息苦しさすら感じる」

 

 

オレも同じことを思っていたので、2人になにも言わず黙って歩く。

 

 

「おい。そこの3人組」

 

 

宿屋を見つけて入ろうとしたところで声をかけられる。

 

 

「なにか?」

 

 

甲冑を着た数人がオレたちの後ろに立っていた。

 

 

「見かけない顔だな。この街に来た目的を聞かせてもらおうか」

 

 

横柄な態度を取るその兵士に若干の苛立ちを覚えるが、それがルールなのだろうとオレが答えようとする。

 

 

「貴様のその態度が気にくわん。よって、わたしから話すことはなにもない」

 

 

キャロルの気持ちはわかるが、それはどうかと思うぞ。

 

 

「我々が誰か知らんわけではあるまい。さては盗賊の類いだな。捉えよ」

 

 

兵士たちがそれぞれの武器を構えて、オレたちに向ける。

 

 

「なるほど。ここが治安がいいのはこうやって不穏な存在を排除しているからか。ますますお前たちと話すことなどないな」

 

 

そんな状況にも臆さず言うキャロルに、怒りを露わにする兵士たち。オレもガリィも一応戦闘が始まってもいいように構える。

 

 

「そこでなにをやっているのです?」

 

 

「隊長。この者たちが怪しいので、捉えようとしていたところであります」

 

 

新しく現れた女性にそう言って話す兵士たち。

 

 

「お前がこいつらの上司か。部下どもの教育も出来んのか?」

 

 

「馬鹿め。ソードブレイカーとして恐れられる隊長を前に、そんな態度を取るとは」

 

 

隊長らしき人物へ呆れた顔をするキャロルと、そんなキャロルを見て騒ぐ兵士たちにオレもため息をつく。












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第12話

「部下たちが失礼をしたようで。よければお話伺えますか?」

 

 

隊長と呼ばれた女性の態度にオレたちも、兵士たちも驚きを隠せない。完全に予想外の態度に固まっていた。

 

 

「わたくしだけでもちろん対応させて頂きますが」

 

 

「いいだろう。お前とだけなら話を聞こう」

 

 

キャロルの答えに満足したのか、その隊長は笑顔を見せる。

 

 

「ファラ・スユーフ。以後お見知り置きを」

 

 

ファラに案内され、路地裏で話すことに。長くなるわけではないかららしい。

 

 

「すいません。こんなところで。しかし、何処かに移動してまでのことでもありませんし」

 

 

「いや、構わん。それで話とはこの街に来た理由か?」

 

 

詫びるファラにキャロルが話を進める。

 

 

「話が早くて助かります。見たところ旅人とお見受けしますが」

 

 

「ここに貴重な物ばかりを集める貴族がいると聞いてな。探している物を持っているかもしれないため、話を聞いてみるためにな」

 

 

キャロルの言葉にファラは、少し顔をしかめる。

 

 

「多分、その話は難しいかと。なかなか人前に顔を出すことのないジャウカーン家ですし」

 

 

「なにか理由があるのか?」

 

 

キャロルの問いに再び顔をしかめるファラ。余程の理由がありそうだ。

 

 

「いえ、よくない噂はよく聞きますね。あくまでも噂ですがね」

 

 

その答えにキャロルの目元が吊り上がる。

 

 

「よくない噂と言うのは?」

 

 

答えにくいのか、辺りを見渡すファラ。

 

 

「ここで答えにくいなら、場所を移動してからでも」

 

 

オレの言葉に首を横に振り、静かに話し始めるファラ。

 

 

「いえ、ここで。人体実験。あの貴族を訪ねて行方不明になった者が後を絶たないこと。1人娘がいたはずですが、ここ数年誰も姿を見ていないことなどが理由として挙げられています。主人や婦人はごくたまにですが、見かけるのに、娘だけは全くですからね」

 

 

それだけ聞けば怪しい気配もするが、それだけで人体実験と繋がるのだろうか?

 

 

「後は、時折館から獣のような雄叫びが聞こえるといった話があるからですね」

 

 

話を聞いてキャロルは手を顎に当てて、考え込む。

 

 

「錬金術の類か? 確か人体改造も存在するが、しかしあれは素人が手を出せるレベルではないはずだが」

 

 

ブツブツと呟くキャロル。オレたちは黙ってそれを見つめる。オレとしてはキャロルがしたいようにしてやるつもりでいる。

 

 

「ガリィもですよ?」

 

 

オレの顔を見つめて言うガリィに驚く。そんなに表情に出ていたのだろうか。

 

 

「それはもう。わかりやすいほどに」

 

 

そう言って笑うガリィに、オレはなにも言えないでいた。

 

 

「決めたぞ。ヒカル、ガリィ。その館に乗り込むぞ」

 

 

考え込んでいたキャロルがそう告げる。












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第13話

アンケート……いつまでとか決めてないんですけど……。

アンケートの項目にエルフナイン入れるの忘れてたー







「館に乗り込むなら是非同行させていただきたく思います」

 

 

ファラの提案にオレたちは、顔を見合わせる。

 

 

「なにか事情があるんです〜?」

 

 

「事実を確認したいだけですわ。それに、街にとって脅威となるのなら排除しないといけませんから」

 

 

それだけではないのだろう。それでも反対する理由もなく、宿屋で部屋を取り、必要な物だけを持ちすぐに目的の館へと移動する。

 

 

「こんな郊外にこれだけの大きな屋敷。目立つなと言うほうが無理だな」

 

 

キャロルの言うように、街から離れた場所に建てられ。小高い場所から見てもどこまで続くかわからないほど広がる広大な土地。これでは案内も必要なく来れるだろう。

 

 

 

「侵入出来そうな場所はあるのか?」

 

 

「これだけの土地ですからね。それはもう死角は沢山」

 

 

ファラに案内され、林に隣接した屋敷の壁から侵入することに。当然高い壁だが、オレたちには問題のない高さだ。

 

 

「とりあえずオレが行こう」

 

 

真っ先にキャロルが行こうとしているのを止める。罠がないとは言えない。むしろあると思うべきだろう。なら、こちらの最大戦力であるキャロルをそんな危険には晒せない。

 

 

「よっ!」

 

 

壁を乗り越えて地面に降り立つ。見たところ見張りらしき人物もいなければ、罠も無さそうに見える。オレが壁を叩いて合図を送るとキャロル、ガリィ、ファラの順で壁を乗り越えてくる。

 

 

「警戒しているのは屋敷の中だけか。もしくは逃がさない自信があるからか」

 

 

辺りを見渡し、オレと同じく見張りや罠がないことを疑問に思ったのかキャロルが呟く。おそらく後者だろう。ここから帰還した者がいないようだし。

 

 

屋敷を観察していると、窓は木で柵のようなものが打ちつけられており、窓から侵入するのは難しそうだ。

 

 

「仕方ない。壁を乗り越えてなんだが、正面から入るしかなさそうだな」

 

 

裏口なども探したが、窓と同じような感じになっていて侵入は無理そうだった。

 

 

仕方なく玄関へ回ったオレたちを待っていたのは1人の女性だ。カジノのディーラーのような服を着て、壁にもたれ掛かっている。

 

 

「これは客人とは珍しい。しかし、そんな予定は聞いていない。侵入者とみなし、派手に散ってもらうとしよう」

 

 

その女が言葉と同時に手から何かを弾いたのが見えた。オレとキャロルが急いで障壁を展開させ、これを防ぐ。地面に落ちたモノを見て、弾かれたのがコインだと知る。

 

 

「ワタシはこの館で雇われている用心棒。ここを通すことは地味に許されない」

 

 

続く第二波を今度はファラとガリィが弾く。ファラは剣で、ガリィはオレたちと同じく障壁で。

 

 

「やはり、あなたがいましたか。レイア・ダラーヒム」











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第14話

「知り合いか?」

 

 

「以前、この街にあるカジノでディーラー兼用心棒をしていました。しかし、トラブルも多く解雇されています。そこからは消息不明でしたが」

 

 

キャロルの問いにレイアから目を逸らさず答えるファラ。

 

 

「人の過去を派手にベラベラと!」

 

 

コインを飛ばして来るが、キャロルの展開する障壁の前に全て弾かれる。

 

 

「以前は一緒に自衛隊に所属していた身。そんなあなたと戦うのは気が引けるので、大人しく通してくれると助かりますが?」

 

 

 

「ワタシに主を売れと言うか。そんな安い女ではない」

 

 

レイアとファラのやりとりを黙って見つめていたキャロルが動く。

 

 

「ならば、わたしが主となってやろう。わたしにはやらなければならない命題がある。父親から託された命題が」

 

 

キャロルの言葉にオレも含めた全員が驚く。キャロルがそんなことを言うなんて思っていなかったからだ。

 

 

「そこまでして生きる目的。それがお前にはあるのだろう?」

 

 

「ワタシには親はいない。だから、その命題とやらがどれほど大切かはわからない。だからその提案を受け入れることは地味に難しい」

 

 

キャロルの提案を断るレイア。それほどまでにここの主に尽くす理由があるのだろうか? 噂ほどの人物ではないのだろうか?

 

 

そんな中、爆発音が鳴り響く。レイアの真後ろから。

 

 

「危ない」

 

 

咄嗟に吹き飛んできたレイアを受け止める。他の皆はキャロルの展開する障壁のおかげで、無事なようだ。

 

 

「いつまで遊んでいるつもりだ? そんな連中くらいさっさと処分してしまわんか。なんのためにお前を用心棒として雇っていると思う」

 

 

体型も丸く、豪華な衣装やアクセサリーを身につけ、いかにもな貴族と言った格好の中年男性がそう吐き捨てる。

 

 

「こいつがここの館の主か。とんだ小物だな」

 

 

キャロルの言葉に苛ついたのか、その貴族は睨みつけている。

 

 

「わからないなら、教えてやる。こいつとわたしでは実力差がありすぎる。それをわかっていながらもこいつは、お前への忠誠を選んだ。それがどれほど勇気のいる決断か。やはりこいつの主にお前はもったいない」

 

 

キャロルは再びレイアに向き合うと言葉を続ける。

 

 

「父親から託された命題はあくまで、わたしの命題だ。お前はお前の命題を見つければいい。目的がないなら見つかるまで、一緒に探してやる。だから、わたしと共に来い」

 

 

そう言って差し出したキャロルの手を今度は、レイアは拒否せず握り返す。

 

 

「派手に言ってくれる。地獄の果てでもついて行ってみせよう」

 

 

レイアの答えに微笑むキャロル。









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第15話

アンケートに沢山の投票ありがとうございました。ここで締め切りたいと思います。


アンケートの結果を参考にして、この後の物語を進めていきたいと思います(元々の構想はそのままですが)


また機会があればぜひお願いします


「もうお前は用済みだ。まとめてやってしまえ」

 

 

貴族がそう言うと家の中から、1人の少女が現れる。手足にはなにかの獣のような大きな爪のついた赤髪の少女が。

 

 

「やはり人体を錬成していたか。合成獣、その力をその少女に使ったな?」

 

 

その少女を見るとキャロルの視線が鋭いものへ変わる。もちろん、オレもこんな胸くその笑いことはない。

 

 

「禁術として文献は表に出ていないはず。どうやって手に入れたかは知らんが、パパの残した錬金術をそんな風に使う代償。安くないと知れ」

 

 

身構えるオレたちを前にも、貴族は余裕そうな表情を変えない。

 

 

「戦闘能力はかなり上がっているはすだ。元がただの少女だとしても、その力は計り知れないと思え」

 

 

キャロルの言葉にオレたちも頷く。

 

 

目を離したつもりはなかった。しかし、気がつけば少女が目の前で爪を大きく振りかぶっているところだった。

 

 

「ヒカル!」

 

 

咄嗟に障壁を展開させ、なんとか難を逃れる。が、かなり危なかった。

 

 

「いいぞ。そのまま全員引き裂いてしまうんだ。ミカ」

 

 

貴族がその少女の名を呼んだことで、ファラが呟く。

 

 

「娘を実験台に使ったのね」

 

 

ミカはどうやらこの貴族の娘だったようで、それを聞いたキャロルから不機嫌なオーラがより強く溢れている。

 

 

「ガリィ、ファラ、レイア。ヒカルと協力してその少女を捕らえよ。殺すなよ?」

 

 

キャロルがこちらを向くことなく呟く。

 

 

「御意」

 

 

「お任せを」

 

 

「ガリィちゃん任されましたー」

 

 

三者三様の答えをし、それを聞いたキャロルは満足そうな顔をしている。

 

 

「無茶はするなよ?」

 

 

「誰に言っている? ヒカルも気をつけろ」

 

 

キャロルの頭に手を置いてそう告げると、オレたちはミカへと走り出す。

 

 

レイアがコインを弾いて足止めしてくれる隙に、ファラとガリィが両サイドから攻撃を仕掛ける。ガリィはいつのまにかナイフを手にしていた。

 

 

「さて、お前は楽に死ねると思うなよ」

 

 

貴族へとゆっくりと歩み寄るキャロル。それでも表情の変わらない貴族に違和感を感じる。

 

 

「お前の相手はこっちだ」

 

 

扉から新たな人物が現れ、それがキャロルを制する。

 

 

「何者だ!?」

 

 

キャロルは後ろに軽く飛んで距離を取る。

 

 

「この屋敷で用心棒として雇われている者、ツキカゲだ」

 

 

黒髪黒目の男が現れた。その男を見た瞬間、オレは激しい頭痛に襲われる。立つのもしんどいほどの頭痛に。

 

 

「お前は太陽の子なのか?」

 

 

その男はオレを見ながらそんなことを言っている。当然オレにはなんのことかさっぱりわからないが。







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第16話

男が現れたことでオレは激しい頭痛に襲われていた。その隙をついてか、ファラ、レイア、ガリィの3人は壁に叩きつけられている。

 

 

「いいぞ。トドメを刺すんだ!」

 

 

貴族の声にガリィたちが危ないと、動こうとするが体が言うことをきかない。

 

 

「ガリィちゃんたちもここまでね」

 

 

咄嗟に視線だけでもと動かすと、ミカがその爪を高く振りかざし、ガリィたちへとゆっくり降ろそうとしているところだった。

 

 

「本当にそれでいいのか?」

 

 

突如ミカへ話しかけるキャロル。

 

 

「そうやって、言いなりになったまま望まぬ殺傷を繰り返して」

 

 

「何を言うか? ミカが望んでないなどと戯事を」

 

 

キャロルの言葉を遮るように貴族が叫ぶ。

 

 

「望まぬのでないなら、どうして涙を流す? お前も目的を見失ったのなら、もう一度探せばいい。その手助けならわたしたちがしてやる! だから、自分に正直になってみろ!」

 

 

キャロルの言うように、爪を振りかざすミカの目には涙が溢れている。

 

 

「アタシ、もうこんなことしたくないんだゾ。でも、やらないとまた怒られるんだゾ」

 

 

戸惑いを隠せない様子で呟くミカ。ファラがそっとその手を握る。

 

 

「ならば一緒に行きましょう? もうこんなことは止めにして」

 

 

ファラの言葉にミカが頷く。これでこっちはどうにかなりそうだ。

 

 

「私たちの娘を誑かさないでもらいたいわね」

 

 

貴族の婦人だろう。新たに女性が家から出てくる。

 

 

「アタシ嫌なんだゾ。もうやりたくないんだゾ」

 

 

「そう。なら、この子ごとやってしまいなさい」

 

 

婦人は冷たくツキカゲにそう告げる。

 

 

「人数もいることだし、こいつでケリをつける」

 

 

そう言って手を横に伸ばすと、なにもない空間から三叉の矛が現れる。

 

 

「完全聖遺物。ポセイドンの槍、トライデント」

 

 

三叉の矛がツキカゲの体を覆うように広がり、ツキカゲの体は白銀の鎧のようなモノで覆われていた。フルフェイスのマスクからは緑に光る目以外は隠されている。

 

 

「トライデントのファーストローブ。こいつを出したからには終わらせる」

 

 

身構えるだけで伝わるプレッシャーにオレたちは、体がすくむ。

 

 

「これは……」

 

 

ツキカゲがトライデントを呼び出した辺りから、婦人の様子がおかしいことに気付く。頭を抱えて、どこか苦しんでいるようにも見えた。

 

 

「おい、なにをした?」

 

 

貴族がツキカゲに詰め寄るが、ツキカゲも意外だったのか、ただ婦人を見つめていた。

 

 

「なるほど。この時代に私の魂はここにいたか」

 

 

ミカと同じ赤髪だったモノは金色に輝き、雰囲気もどこか別人を思わせるほど鋭く、冷たくなっていた。



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第17話

赤髪から金色に輝く髪へと変わった婦人を見つめるキャロルの目が鋭くなる。

 

 

「この時代と言ったか?」

 

 

「ああそうだ。私は永遠を生きる巫女フィーネなのだ!」

 

 

フィーネと名乗った婦人の変わりように1番驚いているのは、貴族のように思えた。

 

 

「先史文明の巫女か」

 

 

「ほう。私を知っているのか?」

 

 

キャロルの呟いた言葉に反応するフィーネ。空間がこの2人以外を拒絶するかのように入り込めないでいた。

 

 

「お伽話だと思っていたがな。それでも、わたしの邪魔をするなら排除するまでだ!」

 

 

「出来るものならやってみるがいい!」

 

 

キャロルが四大元素(アリストテレス)の術式を展開させる。どうやら全力で戦うようだ。オレたちは巻き添えを避けるため、少し後退する。

 

 

「あの娘の相手は任せても大丈夫そうだな。お前たちの相手は俺が受け持つとしよう」

 

 

白銀に輝く鎧のようなものを纏った男、ツキカゲがオレたちの後ろから声をかける。

 

 

「そうだったな。お前の相手をしないといけなかったか」

 

 

ガリィたちを背にオレがツキカゲと対峙する。

 

 

「まさか1人で相手にするつもりですか?」

 

 

「そいつは無謀なんだゾ」

 

 

ファラとミカの声に頷いて返す。そうこの男だけは、何故かオレが戦わないといけない気がするのだ。

 

 

「援軍でも期待しちゃってるんですか? あるわけないじゃないですか?」

 

 

「そんなことは期待していないさ。ただ、こいつと戦わない選択はしてはいけない気がするんだ」

 

 

ガリィの茶化すような言葉にそう返す。援軍なんて期待していないし、こいつに勝てるかも怪しい。それでもオレはここで戦うことが運命のような気がするのだ。

 

 

「俺と戦うのにそのままで戦うつもりか?」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

ツキカゲがなにを言っているのか、理解出来なかった。オレには聖遺物はないし、錬金術を用いての戦闘しか出来ないからだ。

 

 

「本来は影の王子となる俺が纏うはずだったものを! 隠すのならそのまま死ぬがいい」

 

 

繰り出される槍を障壁を展開させ、なんとか防ぐ。しかし、1度展開しても二撃、もしくは一撃で破壊されオレは窮地に立たされていた。

 

 

「とりあえずこいつはオレがどうにかする。キャロルを頼む」

 

 

後ろにいるであろうガリィたちに呟く。オレは最悪どうなってもいい。でもキャロルだけはここで死なせるわけにはいかない。

 

 

オレの言葉に反応してくれたのか、後ろから動く気配を感じた安心する。キャロルとガリィたちが手を合わせれば勝てなくても逃げるくらいは出来るはずだ。

 

 

「ほーんとーにバカですねー」

 

 

ガリィの言葉と同時にツキカゲの体が大きく後ろに飛ばされる。











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第18話

吹き飛ばされたツキカゲをよく見ると濡れていて、ガリィが水を飛ばしたのだとわかる。

 

 

「ガリィ!」

 

 

「ほーんとーにわからないんですかー?」

 

 

オレが叫んだことでこちらに顔を向けるが、その顔は呆れたと言いたそうな表情をしている。

 

 

「まぁそんなことはどーでもいいんで、さっさと他の3人にも術式埋め込んでもらえます?」

 

 

オレが1番得意としている錬金術。それは他者に術式を埋め込み錬金術を扱えるようにすること。ガリィにも水の術式を埋め込んだのはオレだ。それを他の3人にもやれってことらしい。

 

 

「その間くらいは、ガリィちゃんがなんとかしてみますんで」

 

 

そう言ってツキカゲに向かうガリィ。確かに水の錬金術を使えるようにはなっているが、それだけで勝てると思える相手ではない。早くして、ガリィの助けに向かう必要がある。

 

 

「この際だ。暗記しているものから適当に埋め込むがいいな?」

 

 

オレの言葉に3人が頷いたので、レイアには土の。ファラには風の。ミカには火の。術式をそれぞれ埋め込んだ。

 

 

それだけでもちろん使いこなすことは不可能だ。ただ使えるだけ。それでもないよりはマシだろうと埋め込んだが、ツキカゲ相手にどこまでやれるか不安が付きまとう。

 

 

「無茶はするなよ?」

 

 

そう言ってガリィの援護に向かう。

 

 

【我を求めよ】

 

 

頭の中から声がした。足を止めて辺りを見渡すが、誰も見当たらない。

 

 

 

【奴に勝ちたいのなら、我を呼び覚ませ】

 

 

再び聞こえた声。ふと左手の痣が疼く。

 

 

「いったいなんなんだ」

 

 

激しい頭痛にも襲われ、その場で膝をつく。ツキカゲを初めて見たときと同じかそれ以上の痛みに立つことも難しい。

 

 

「この共鳴は、目覚めようとしているのか」

 

 

ツキカゲの呟きが耳に入る。それ以外の音がしないことを不思議に思い、視線を動かす。そこには横たわる4人がいた。

 

 

「ガリィ! ファラ! レイア! ミカ!」

 

 

「息ならまだあるさ。微かだがな」

 

 

オレの叫びにツキカゲが答える。まだ生きているのなら、と足に力を入れて立ち上がるが、倒れてしまう。このままじゃヤバいのはわかっている。

 

 

「声に頼るしかないのか」

 

 

それは選んではいけない選択の気がして、どこか決断出来ずにいる。

 

 

「呑気に考える時間があると思うなよ?」

 

 

答えを出せないオレにツキカゲの言葉が刺さる。頭ではわかっている。それしか方法がないことも。ただ左手から感じる雰囲気はとてもじゃないが、まともなモノとは思えない。

 

 

そんなオレに追い討ちをかけるように響く声。

 

 

【我を呼べ。我はバイデント】







次回、キャロル視点(予定)


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第19話

キャロル視点


わたしは目の前の敵。先史文明の巫女を相手に手を抜くつもりはなく、四大元素(アリストテレス)の力をぶつけた。しかし、この巫女の前に突如現れた完全聖遺物によってそれは弾かれる。

 

 

「チッ。厄介なモノを」

 

 

現れた完全聖遺物、ネフシュタンの鎧を見て呟く。わたしは早くこいつを倒して、ヒカルたちの手伝いに向かわなければならないのにだ。

 

 

「錬金術をそこまで扱える者がいるとは驚きだが、私には届かん」

 

 

ネフシュタンの鎧には傷1つなく、こいつが厄介なことは間違いない。多少なりとも傷をつけられると思っていたが、想像以上に硬い代物らしい。

 

 

「私とて、遊んでいる暇はない」

 

 

ネフシュタンの鎧が巫女の体に装着される。

 

 

「完全聖遺物を纏うか」

 

 

これでこの巫女に攻撃を与えることが難しくなったことを思い知る。

 

 

「私は永遠を生きる巫女フィーネなのだ」

 

 

肩についている鞭のようなモノを飛ばしてくるが、これはなんとか障壁を展開させて防ぐ。しかし、一撃がとても重いことがわかり、このままではマズいとわかる。

 

 

「なにか手はないのか」

 

 

「私を相手によそ見とは」

 

 

いつの間にかわたしの後ろにいたフィーネの蹴りをまともにくらう。扉を壊し、家の中にまで吹き飛ばされた。幸い体はまだ動く。

 

 

「それにしても」

 

 

廊下を挟んで両方に扉がある。やつが来る前にどちらかに入ってみるか?

 

 

「チッ! 鍵がかかっているか」

 

 

当然のように開くことはなかった。

 

 

「逃げられるとでも思うたか?」

 

 

言葉と同時にあの鞭が再び襲ってくる。わたしはあえて障壁を展開せず、その鞭をくらう。衝撃で吹き飛ばされたわたしは上手く扉を壊し中へと転がることに成功した。

 

 

「やはり思った通りだ。ここは聖遺物を保管する部屋か」

 

 

辺りを見渡せば、聖遺物やその欠片と思われるものがゴロゴロしている。ゆっくり観察したいところだが、目的のモノ『ダウルダブラ』を探すが、見当たらない。

 

 

「ここではなかったのか?」

 

 

そこへフィーネの足音が聞こえる。もう時間がないようだ。聖遺物ならとりあえずファーストローブとして纏えるはずだろう。そう判断したわたしは1番近場にあった完全聖遺物を手に取る。

 

 

「この槍はアレか? こんなものまであるとは」

 

 

フィーネが来る前にこの部屋から飛び出す。そして手にした槍を掲げる。

 

 

「ここからが本番だ。行くぞ。『ガングニール』のファーストローブ」

 

 

ガングニールがわたしの体を覆う。その姿にフィーネも驚いているようだ。完全聖遺物同士。これでわたしが負ける道理はない。








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第20話

引き続きキャロル視点


「その聖遺物を纏うか」

 

 

わたしがガングニールを纏ったことにフィーネが驚いているのがわかる。完全聖遺物であれば、簡単にファーストローブとして扱うことが出来ることは容易く想像出来ると思うのだが。

 

 

「その聖遺物は他とは少し違う。私にさえ起動させられないモノだ。それをこんな小娘が起動させ、纏うとは」

 

 

完全聖遺物の中には意志のようなものを持ち、使用者を選ぶとも言われている。このガングニールもその1つなのだろう。

 

 

「それがどうした? 勝ち目がなくなったと思うなら立ち去るんだな」

 

 

「笑わせてくれる。その程度で私が引き下がる道理などありはしない。その聖遺物を壊してしまうのが惜しいだけだ」

 

 

わたしごとガングニールを破壊するつもりらしいが、面白い。

 

 

「出来るものならやってみろ!」

 

 

槍をフィーネに向かって突き出す。ネフシュタンの鞭で防がれる。それでもお構いなしに連続で突いたり、なぎ払ったりするが、フィーネには届かない。

 

 

「こいつ口だけじゃない。かなり強い」

 

 

全て両手に持っている鞭で防がれ、その実力がかなり高いことがわかる。

 

 

「かしましい。小娘が!」

 

 

フィーネが一歩引いたわたしに向けて鞭を振り下ろす。ガングニールで弾きながらなんとかこれを凌ぐが、かなりギリギリの攻防だ。

 

 

「ならば!」

 

 

わたしはガングニールを投げ、そこに四大元素の力をぶつけて加速させる。これにはフィーネも意外だったのか、左肩を貫くことに成功する。

 

 

「この程度で!」

 

 

ネフシュタンの力だろう。すぐさま貫かれた左肩は修復される。

 

 

「再生能力か。厄介な」

 

 

 

正直どちらも決め手に欠けていた。わたしもフィーネに決定打を与える手段が思いつかないし、フィーネも同じように見える。

 

 

 

「しかし、長引かせるわけにはいかないな」

 

 

フィーネはいつのに呼び出したのか、新たな完全聖遺物を手にしていた。真っ黒な剣は禍々しく不気味な雰囲気をしている。

 

 

「ダインスレイフ。こいつでお前を倒す。ネフシュタンを失うわけにもいかないからな」

 

 

完全聖遺物を2つ。これはかなり不利な状況だと言える。しかし、わたしにも引けない理由はある。

 

 

「そんなものでわたしに勝てると思い上がるな!」

 

 

しかし、言葉とは裏腹にわたしは圧されていた。フィーネの振るうダインスレイフを防ぐので精一杯のところに鞭での攻撃もあり、何度も弾き飛ばされていた。

 

 

「くっ! 強い。しかし、先ほどから胸から浮かんでくる歌はなんなのだ。これを歌えとでも言いたいのか」

 

 

ダインスレイフが現れた辺りからずっと浮かぶ歌にわたしは戸惑いを隠せないでいた。







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第21話

引き続きキャロル視点


「それにしてもこの聖遺物は、維持するだけでしんどいな」

 

 

わたしがそう呟くのと同時にガングニールがわたしの体から離れ、槍へと戻る。

 

 

 

「維持するほどのフォニックゲインがないと見える。それでどうやって私と戦う?」

 

 

体力的にも限界で、フィーネの言うようにわたしには手が残っていない。やはり完全聖遺物を纏うことは難しいのだろう。

 

 

「ガングニールが消えても歌は残るか。いったいどこから?」

 

 

やけに熱い胸もとに触れると、いつのまに紛れ込んでいたのだろう。わたしの服から聖遺物の欠片と思われるモノが入っていた。

 

 

「こいつか」

 

 

今度はその欠片に魔力を流し込んでみる。もはやそれしか手はないのだから。

 

 

「ほう。それはダウルダブラの欠片か。そんなもので完全聖遺物に勝てると思うてくれるなよ?」

 

 

魔力を流し込んで、竪琴になったダウルダブラを奏でて、ファーストローブへと変換し、それを纏う。さっきのガングニールほどの出力は確かにないが、安定しているようにも思える。

 

 

「高くつくぞ! わたしの歌!」

 

 

胸から湧き上がる歌を歌いながら戦う。すると加速されたように動け、ダウルダブラもどう扱えばいいのかわかるようになった。

 

 

「たかがこれしきの歌で!」

 

 

フィーネの体を弦で絡めて封じ込める。

 

 

「終わりだ!」

 

 

弦を弾いて更に締め付ける。所々ネフシュタンの鎧が砕けるのがわかる。

 

 

「この好機逃す手はない! 聞けわたしの全てをぶつけてみせる!」

 

 

胸から湧き上がる歌を自然と口にする。それがどういった歌か、なんとなくだがわかっている。それでもこの強敵を退けるにはそれしかないとわかって。

 

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

 

わたしの歌に辺りが騒めく。わたしを中心にエネルギーが集まるのを感じる。

 

 

 

「その歌は!? 絶唱だと!? どうして錬金術師であるお前がそれを使う! 歌を知らぬ錬金術師が!」

 

 

フィーネが叫んでいるが、わたしの耳には入らない。歌と辺りにあるエネルギーで聞こえないのだ。

 

 

「ネフシュタンの鎧をここで失うわけには!」

 

 

咄嗟だった。歌いながらガングニールを手にしたのは。どうして拾ったのか、自分でも不思議だ。それでもこれが有効な手段だと直感する。

 

 

「ガングニールもダインスレイフも対消滅などさせてなるものか! たかが小娘1人の絶唱など!」






次の話がキャロル視点ラスト予定です。


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第22話

キャロル視点ラスト


わたしが奏でた歌が確実に、『ガングニール』も『ダインスレイフ』も『ネフシュタン』も『ダウルダブラ』も、そして『わたし』をも砕いたのがわかる。完全聖遺物同士の対消滅とはいかなかったようだが、確かに砕いたのだ。

 

 

「おのれ。絶唱がこれほどとはな」

 

 

体中から血が流れるのを感じる。視界は赤く、呼吸も苦しい。口からも血を吐き出している。

 

 

「長くはもたないか」

 

 

自身の体が限界を迎えていることはわかる。わたしはここまでなのだろう。だけど、もう少しだけ戦う力が欲しい。確かにフィーネはもうボロボロで、奴もこれ以上の戦闘は難しいかもしれない。いや、そうであってもらわないと困るが。それ以上に外で戦う皆が気になっていた。あのツキカゲと言う男はこのフィーネと同等か、それ以上の実力を感じていた。早くわたしが戻らないと。

 

 

「独自で、いや無意識に歌と錬金術を融合させたか。天才と言うやつか。ここで殺すには惜しい存在だが、仕方あるまい」

 

 

まだ動けるようで、折れたダインスレイフを片手にわたしに近寄ってくるフィーネ。

 

 

 

ここまでか。そう諦めかけたときだった。不意に後ろから声が聞こえる。

 

 

「その天才を易々と殺させるわけにはいかないワケダ」

 

 

「その子はあーしたちが引き取らせてもらうわ」

 

 

いつかの2人組がいたのだ。

 

 

「錬金術師風情が忌々しい。しかし、たった2人増えたところで!」

 

 

「2人じゃないとしたらどうする?」

 

 

わたしが後ろを振り返ると、屋敷に溢れんばかりの錬金術師たちがいた。

 

 

「予想外でね。彼女がここまでの錬金術師とは。失うわけにはいかないのさ。我々としてもね」

 

 

中でも中心に立ち、ハットを被った男からは強大な力を感じる。

 

 

「パヴァリア光明結社か。今これだけの数を相手にするのは、私とて難しい。ましてや統制局長であるお前や幹部たちまでいたのではな。ここは引いてやる。しかし忘れるな。私は何度でも蘇ると」

 

 

「ご自由に。引き下がるなら我々も興味はない。そう今はね」

 

 

男の言葉を聞くとフィーネはこの場から姿を消した。

 

 

「さて、キャロル・マールス・ディーンハイム。君を我々の仲間に引き入れたい。よい返事を期待する」

 

 

幹部と呼ばれていた1人だろう。前回はいなかった女性が話しかけてくる。

 

 

「わたしにはまだやらなければならないことがある」

 

 

連中の言葉を無視するようにわたしは、体をゆっくりと外へ向かわせる。まだ皆が戦っているのだから。

 

 

連中は追ってくるわけでもなく、ただわたしの行動を見つめていた。不思議に思ったが、今はそれどころじゃないと急ぐ。外に出たわたしの目に飛び込んできたのは、大地に横たわる4人とツキカゲに追い詰められていたヒカルの姿だった。







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第23話

アンケートはこの作品が完結まで募集する予定です。
完結まで後3〜5話くらいの予定です


「ガリィ! ファラ! レイア! ミカ!」

 

 

「ヒカル!!!」

 

 

キャロルの叫び声が聞こえ、オレは安堵する。無事だったんだと。

 

 

「あの女とやり合って生きているとは驚いた。まぁもう俺と戦う力はなさそうだが」

 

 

ツキカゲの言葉でキャロルの方を向く。そこで驚愕してしまう。目、鼻、口と体中から血を流すキャロルの姿に。

 

 

「キャロル………」

 

 

オレは自身に苛立ちを覚える。キャロルもガリィたちも生きてはいる。しかし、満身創痍なのは見て取れるし、なによりそうなってしまったのは、オレが決断を鈍らせているからだ。

 

 

「答えろ! お前たちはこんな奴1人に負けるのか!?」

 

 

キャロルの言葉に応えるようにガリィたちが立ち上がる。立つのが精一杯の体を無理矢理に。

 

 

「迷ってる暇なんてないんだ。わかっていたけど、ようやく決心がついた」

 

 

オレが左手の痣に触れようとしたときだ。オレの行動に気付いたのか、ツキカゲが手に持つ槍をオレに向けて突き刺してくる。

 

 

「このまま大人しく死んでいろ!」

 

 

咄嗟のことにオレは全く反応出来ずにいた。このまま貫かれて終わる。そう思っているがそれを防ぐようにオレとツキカゲの間にミカが立つ。当然オレの代わりにミカはツキカゲの槍で貫かれていた。

 

 

「どうして?」

 

 

「今はあの少女がアタシの主人なんだゾ。だったら主人が大切な人を守るのは当たり前なんだゾ」

 

 

ミカは言葉と同時に大量の血を吐き出す。貫かれた胸からも血が流れている。元々の大怪我もあって、その姿は早く治療しないと手遅れになると嫌でもわかってしまう。

 

 

「待ってろ。すぐに医者に連れて行くから!」

 

 

「アタシはいいんだゾ。ほんの少しでも自分のために生きれて、満足なんだゾ。みんなともっと色々してみたかったけど、これでいいんだゾ」

 

 

そう言って笑顔を見せるミカにかける言葉が見当たらない。

 

 

「ワタシも派手に行こうか。心配はいらない1人では行かせはしない」

 

 

レイアが隙をついてツキカゲにコインを飛ばす。

 

 

「甘いな」

 

 

ミカから引き抜いた槍を回転させ、コインを簡単に弾く。

 

 

「甘いのはそちらもでは?」

 

 

ツキカゲの背後からファラが剣を突き刺そうと襲いかかる。

 

 

「想定内だ」

 

 

槍を後方に振り下ろし、ファラの体が肩から裂ける。そのままレイアにも突き刺す。

 

 

「わたくしたちの役目はここまで」

 

 

「後は派手に頼む」

 

 

笑顔のまま地に倒れる2人。そして残る1人、ガリィが上空から降りてくる。両手に水を纏い。

 

 

「ガリィちゃんにお任せ」

 

 

ツキカゲへ大量の水を落ち下ろすが、飛んで避けるとガリィの腹部を切り裂いた。









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第24話

アンケートの結果に驚きを隠せない。まさかなんですが笑





ガリィから流れる血の量は尋常じゃなかった。元々ガリィは怪我をしたら血が止まらないからのもあるだろう。

 

 

「そんな深刻そうな顔しないでくださいよー。これでもガリィちゃんたち満足しているんですよ?」

 

 

こんな状態でも確かにガリィたちは笑顔だ。しかし、どうして満足なのかオレにはわからない。

 

 

「全く。相変わらず鈍いですねー。ガリィたちは少しの間でも自由になれたんです。あなたたちのおかげで。それだけで満足したらいけませんか?」

 

 

自分の意思で行動することが許されなかった。だから自由に動けたことに満足か。

 

 

 

「でもその結果、こんなことに」

 

 

「それでもですよ。あの街にいた頃なんて、生きてる実感ありませんでしたし」

 

 

その言葉を最後にガリィの動きが止まる。その意味を理解したオレは自らを許せない気持ちでいっぱいだった。だからあれだけ躊躇っていたのに簡単に行動出来てしまう。

 

 

「来い! バイデント!」

 

 

左手に二又の槍が現れる。今度はこれに魔力を流す。

 

 

「バイデントのファーストローブ」

 

 

全身真っ黒の鎧を身に纏う。ツキカゲと同じくフルフェイスだ。目だけは赤く光っているのがわかる。

 

 

「ようやくその気になったか」

 

 

白銀の鎧のツキカゲと漆黒の鎧のオレが向き合う。

 

 

「オレが早くこの力を使っていればガリィたちはこんなことになる必要もなかったのにな」

 

 

そう言って槍を持つ手に力が入る。これを使うことにリスクがないわけじゃない。そのリスクが使うことを躊躇わせた。だが、ガリィやファラ、レイアにミカを失うことに比べれば容易いことだったのにな。

 

 

「お前はその力を使うことに躊躇はしないのか?」

 

 

オレの扱うバイデントは冥王ハデスの槍。ツキカゲの扱うトライデントは海皇ポセイドンの槍。同じくリスクがあると見て間違いないだろう。

 

 

「ないな。俺にはこうするしかないからな」

 

 

「そうか。どんな理由があるにしろ、この力を使う以上手加減は出来ない。確実に倒させてもらう」

 

 

それは向こうも同じなのだろう。これが最後の戦いだと思い、キャロルに視線を向ける。涙を流しながらガリィたちを見つめるその姿に心苦しくなる。

 

 

「結局、独りにさせてしまうな」

 

 

オレはもうキャロルの側にはいてやれない。そのことが唯一悔やまれる。

 

 

「行くぞ!」

 

 

オレが走り出すとツキカゲもこちらに向かってくる。お互いの槍がぶつかり合う音が戦いの幕開けとなった。

 

 

「さよならだ。キャロル」

 

 

そっと呟く言葉はきっと届いていないだろう。オレたちが戦い始めたことに気付いたキャロルがこちらを向いている。









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第25話

ツキカゲに向かって跳躍し、殴りつける。それだけでツキカゲは数メートル吹き飛ぶ。ファーストローブを纏っただけでこれだけも力が上がっていることに驚くが、ツキカゲが膝をついた今がチャンスだと一気に襲いかかる。

 

 

「このまま押し切る!」

 

 

槍を構えて貫く。これはツキカゲも槍で応戦したため防がれるが、ガラ空きになった胴体へ蹴りを繰り出し、再び吹き飛ばす。

 

 

「すごい……」

 

 

キャロルの呟きと同じく、自分でもそう思っていた。このまま勝てると。

 

 

「あまり調子に乗ってくれるな!」

 

 

オレが追撃しようとしたところを大きく跳躍してかわすツキカゲ。突然のことで、そのままツキカゲの動きを目で追ってしまっていた。それが、失敗だったとすぐに気づく。

 

 

空中で槍を支えに逆上がりをするように回転を始め、数回転後にその勢いを利用してオレに向けて蹴り落としてきたのだ。これに反応することが出来ずに直撃し、オレは大きく吹き飛ばされることになった。

 

 

「たった1発でこれだけの威力か。侮っていたつもりはないが」

 

 

立ち上がりながら、ふらつく足元を見て呟く。

 

 

「でも、このままやられるつもりはない!」

 

 

拳や蹴り、槍での攻撃をオレとツキカゲが互いに繰り出し、それぞれぶつかり合う。その度にどちらかが吹き飛んだりしていたが、それでもお互いに譲らず攻撃を繰り返している。

 

 

「なにがお前をそこまでつき動かす?」

 

 

「負けられない理由がある。それだけだ!」

 

 

お互いに一歩も引かず、防御も考えず攻撃を繰り出す。ツキカゲにも負けられない理由があるのだろう。それでもオレも負けるわけにはいかない。キャロルのためにも。

 

 

「バイデント、最大出力だ。オレのありったけをくれてやる」

 

 

一瞬だけだが、これまで互角だったスピードでオレが上回る。その一瞬を逃すことなく、バイデントをツキカゲに突き刺す。バイデントが貫いたことで油断していたのだろう。オレの胸をトライデントが貫いていた。

 

 

「ヒカル!」

 

 

自分の体から流れる血を見つめ、悟る。元々このバイデントを使ったときから思っていたことだが。

 

 

バイデントを使うリスク。それは、悪夢に悩まされること。打ち負かされれば体を乗っ取られていただろう。オレはキャロル一家にお世話になっている間もずっとそれに悩まされていたが、それはバイデントを所有しているためだった。そして、1度呼び出すと2度と戻すことは出来ない。オレが死ぬまでこのままで、いずれバイデントに意識を奪われて破壊を繰り返す兵器となるだろう。そして、これを手放すとき使用者の存在が食われることだ。

 

 

「それだけのリスクを背負っても守りたいヒトがオレにはいる!」







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第26話

互いの胸に、互いの槍が刺さって膠着している。オレは残酷な選択をするしか残っていない。

 

 

「キャロル! オレごとツキカゲを撃て!」

 

 

オレが生き残るのも問題がある。だからこその発言だ。それがキャロルにとってどれほど辛いものかわかっていながら。

 

 

「なっ! そんなこと出来るわけない!」

 

 

大粒の涙を流しながら叫ぶキャロル。その姿に心が痛む。

 

 

「オレはもうこいつを呼び出したときから戻れないんだ! だから、オレが意識を奪われて破壊兵器となる前に!」

 

 

オレの発言に驚き、返す言葉を失うキャロル。

 

 

「相打ちに持ち込めればよかったんだけどな。ここまでが精一杯だとは」

 

 

「俺にも負けられない理由はある。しかし、ここまでやられるとは思っていなかった」

 

 

互いの槍を引き抜かれないように、支えながら言う。このまま血を流し続けていくのを待つだけなのだとお互い気付いている。

 

 

「オレとの記憶は、オレの死と同時に消える。バイデントはそういう呪いの聖遺物なんだ。だから、オレの思い出を全て焼き尽くして、オレたちを撃ってくれ。頼むキャロル」

 

 

思い出の焼却。錬金術を使う上で必要なことである。ならばオレとの思い出が残っている間に使ってもらうのがいい。

 

 

「オレがオレでいられる間に」

 

 

その言葉で理解してくれたのか、ボロボロになったファーストローブを纏うキャロル。ずっと探していたダウルダブラを見つけたようだ。

 

 

「ありがとうキャロル」

 

 

キャロルは手をこちらに向け、手のひらに四大元素の力を集める。それが放たれたとき、オレの役目は終わるのだ。

 

 

「さよならだ。ヒカル」

 

 

涙を流しながらも、しっかりとこちらを見つめるキャロルの呟いた言葉にオレも頷く。

 

 

 

「キャロル! これからは自分のために生きろ! 自分が本当にしたいことを見つけるんだ!」

 

 

最後にそう叫ぶ。イザークさんの残した言葉に付け足すような感じになってしまったが。オレの本心だ。どこか復讐に囚われている感じがしていたから。

 

 

「さよなら。キャロル」

 

 

4つの光がオレとツキカゲを包み込む。それがオレたちを解放してくれる光のようで、どこか安心していた。

 

 

「最後まであの少女の心配か」

 

 

「そうだな」

 

 

その言葉を最後にオレたちの姿は、消えていくのを感じる。

 

 

 

これでよかったんだと、自分に言い聞かせて。キャロルを独りにしてしまうことは、心苦しいが。それでもキャロルなら、オレやイザークさんの言葉を正しく理解してくれると信じて。ヒカル・マールス・ディーンハイムとしての生涯の幕は降りる。







次回、あの人視点




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第27話

エルフナイン視点





あの日の出来事のほとんどをキャロルは燃やしてしまっています。そのため、あの日なにがあったのか覚えていません。覚えているのは、ボロボロになっていたキャロルがパヴァリア光明結社に保護されたこと。パパの残した書物と共に。そして、覚えていない強敵との戦いで命を落としたキャロルのかけがえのない仲間()が『4人』いたことくらいです。

 

 

「見ろ、エルフナイン。ようやく完成の目処がついた」

 

 

パヴァリア光明結社に保護されてから100年近く、こうして研究室に篭りずっとある研究だけを続けてきたキャロル。

 

 

自動人形(オートスコアラー)の制作。それがついに完成するんですね」

 

 

「まぁお前を作ったときから確信はあったがな」

 

 

キャロルはどこかでヒントを得たのか、思い出と魂をコピーする方法を編み出し、体を交換しながら100年もの月日を生きてきました。ボクも最初はキャロルの予備媒体として作られたのですが、研究に行き詰まったキャロルが助手として起動させたのです。そして長年続けていた研究が進展したようです。

 

 

「これでようやく『オレ』の目的が達成出来る」

 

 

キャロルの喜ぶ顔を見ているとボクも嬉しくなります。

 

 

あの日以来、自分のことをオレと呼び出したことには驚きました。本人も何故かわかっていないようですが。

 

 

 

結果として研究は成功。キャロルの中に眠る記憶をコピーさせ、4体のオートスコアラーは起動しました。そしてパヴァリア光明結社を離脱。当然簡単にはいかないと思っていましたが、幹部である3人が何故かボクたちに協力してくれたためあっさりと離脱出来てしまいました。

 

 

「これであの日の借りは返した」

 

 

「許せなんて言うつもりはないけどね」

 

 

「どうせ燃やして覚えていないワケダ。それでも今回だけは見逃すワケダ」

 

 

3人の言葉の意味はボクたちにはわかりません。キャロルが燃やした記憶と関係ありそうですが。

 

 

「お前たちがなにを企んでいるか知らん。が、オレたちは目的のため行かせてもらう」

 

 

「チフォージュ・シャトー完成のために」

 

 

世界を識るための装置。そう聞かされたボクたちはチフォージュ・シャトーの制作に全力を尽くしました。パヴァリア光明結社離脱から200年過ぎた頃でしょうか。ボクはキャロルの真の目的に気付いてしまったのです。

 

 

「キャロルはどうしてこんなことを……? キャロルの暴走はボクが止めないと」

 

 

キャロルが集めた聖遺物の中からダインスレイフの欠片を見つけ、ボクはチフォージュ・シャトーを抜け出しまさした。コレを正しく使え、キャロルの暴走を止めてくれる存在の元へと。







次回最終話


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最終話

キャロル視点


アンケート締め切りました。ご協力有難うございます


「戦ってでも欲しい真実がオレにはある!」

 

 

エルフナインをワザと逃亡させ、ダインスレイフを使わせて呪われた旋律をこの体に記憶させることで、万象黙示録は完成する予定だった。

 

 

「キャロルちゃん、一緒に考えようよ?」

 

 

そう、シンフォギアを利用することで。ただその装者が問題だった。戦うことを拒み、オレと手を取り合おうと言い出すほどのお人好しだったことが誤算だ。こいつのギアを破壊し、イグナイトを纏わせることには苦労した。オートスコアラーたちの犠牲もあって、なんとか目的は達成された。

 

 

「しかし、それもここまで。万象黙示録は完成した。これで世界を壊す」

 

 

「そんなことさせない。たとえ万策尽きたとしても、一万と1つ目の手立てはきっとある」

 

 

オレのフォニックゲインを利用し、シンフォギアが形状を変化させる。エクスドライブだ。だが、この程度で負けるオレではないと思っていた。

 

 

「残念だったな。アームドギアが1つ足らなかったようだ」

 

 

「繋ぐこの手がわたしのアームドギアだ!」

 

 

そう簡単ではなかった。立花響の拳が、他のシンフォギアの力を束ねた拳がオレを貫いた。その時、オレは不思議な感覚に陥る。

 

 

「なんだこの記憶は?」

 

 

オレが目の前のシンフォギア、ガングニールを手に戦う記憶。彼女たちが歌う絶唱を口にする自分。

 

 

『キャロルはいつもなんの本を読んでいるんだ?』

 

 

『キャロルのことは必ず守るよ』

 

 

『キャロル! これからは自分のために生きろ! 自分が本当にしたいことを見つけるんだ』

 

 

誰が言ったか覚えていない言葉たち。しかしどこか暖かく、安らぐ。

 

 

【マスターもようやくこの派手な記憶を思い出したわけだ】

 

 

【マスターが覚えていなかったのは寂しいゾ】

 

 

【マスターが忘れるわけありませんわ。思い出したくなかっただけかと】

 

 

【どっちにしても、マスターの最愛の記憶ですからね。ようやく前に向き合う気になったわけ。遅いからガリィ心配しちゃう】

 

 

眠りについたはずのオートスコアラー(仲間)の声が聞こえる。

 

 

「お前たちこの記憶があったのか?」

 

 

「キャロルは思い出したくなかったかもしれません。でもボクたちにはこの記憶をコピーした。それは、忘れたくなかったからじゃないですか?」

 

 

エルフナインの声にそうだったのかと納得した。

 

 

ガングニールに絶唱。そしてパパともう1人、大切な存在からの命題。それをわたしは間違って解釈していたのかもしれない。

 

 

「パパやその人が言いたかったのは、赦し。復讐に囚われず生きて欲しい。そうだったのではないですか?」

 

 

エルフナインの言葉も今のわたしならわかる。きっとそうなのだろうと。

 

 

なるほど、これが『万象黙示録を壊す記憶()』か。




これでこの話は完結です。終わりの戦闘が雑なのは許してください

アンケートは一応明日の夜くらいまでは締め切らずにいます。もうメインヒロインは確定とは思いますが笑

次回作は今週中にはアップ出来たらと思っています。ヒロイン絡みのタイトル。タグにヒカリとカゲを入れるので、興味ある方はぜひ読んでみてください

新作公開しました。よければ読んでみてください


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