イリヤを救う為なんだ! (大いなる犠牲)
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プロローグ~幸せ~

切っ掛けは些細な事。

第四次聖杯戦争へのマスター権を目的にアインツベルンに婿入りした衛宮切嗣はアインツベルン家第八代目当主ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンが手ずから造り出した完璧なホムンクルス『アイリスフィール』との間に子を儲けた。

 

人とホムンクルスの間に生まれた赤ん坊を人かホムンクルスか判別するには一議論起こるがそれを割愛し、誕生したイリヤスフィールは――ホムンクルスの鋳造において右に出るものは居ないと言わしめるアインツベルン家にして、最高傑作と言っても過言ではないほど才を秘めたる少女だった。

 

ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン……アハト翁は、もし此度の聖杯戦争でアインツベルンが敗退する可能性を理由に彼女を次の聖杯戦争のマスターとして“調整”を加える事を決断する。

 

 

ここまでは、Fate/stay night,Fate/zero,多少の差違あれどこれ等の並行世界と本筋は変わらない。

 

問題は一つ。

ホムンクルス鋳造において当代随一の技量を持つアハト翁が抱いた懸念である『人とホムンクルスとの間に生まれたモノを扱った事がない』それに尽きる。

イリヤスフィールはアハト翁が鋳造したアイリスフィールを越える最高傑作だ。これから先にどれほどホムンクルスを鋳造したとしても彼女以上のモノは造り出せないと彼は確信してしまった。

その為、失敗などは許されず……具体的に言えば万が一の為の素体を欲したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、わたひがうまれたってわけ」

 

新々と雪の降り積もる森の中、少女は不格好な切り株に腰かけて独白するようにそう呟く。記憶にあるのは数日前に持ち込まれた箱のような絵の映る機械。

雪のように白い髪に、三日月を描く黒い天然のメッシュを指で弄び、ニヤリと笑う。

 

―パパとおんなじだ―

 

「もうっウルったら、またサボってる!」

 

そこへ彼女よりも一回り大きく、だからと言って大人の膝ほどしかない白髪の少女が顔を赤らめて指を指した。

 

「もうっ、ウルは私の妹なのにどうして言うこと聞けないの!」

 

彼女はウルと呼ばれる黒メッシュの少女と非常に似た寄った容姿をしていた。

髪の色や体格など微細な違いはあるが、強い血の繋がりを感じさせられる。

 

「だって……歩くのきらいだもん」

 

億劫そうに言葉を返し、むきー、と白髪の少女は地団駄を踏む。

 

「そんなこと言うなら、もうウルと遊んであげないんだからね!」

 

「こらこら、姉妹仲良くだろ?」

 

そこへ無精髭を生やしたロングコートの男が現れると気だるけだった彼女は飛び起きて男に飛び付いた。

 

「パパ!」

 

天使のように少女ははにかむ。

 

「疲れたのかい?

なら僕の背中に乗るといい」

 

「うんっ!」

 

「こら、きりつぐはそうやってすぐにウルを甘やかすんだから!」

 

それは在りし日の幸せの記憶。

 

 

 

「――意外です。私のマスターは、もっと冷酷な人間だと思っていました」

 

「ふふっウルが産まれてからあの人ったら、より一層子煩悩になったのよね」

 

アイリスフィールは朗らかに笑い、その光景を愛おしく眺める。

本当はあの中に加わりたいと思っていながら、これ以上衛宮切嗣を苦しめない為にと一線を敷いて。

 

「――ただ、イリヤは大丈夫でしょうけど、あの子ったら私か切嗣が居ないとお昼寝も出来ないからそれが心配」

 

未だ親離れ出来ぬ幼い末っ子(ウル)を思い、胸に手を当て心を痛めた。

姉のイリヤが八歳なのに対して彼女はまだ二歳になったばかり。

そんな短い年月で彼女は私達によく懐いてくれた。特に切嗣を見かけると直ぐに飛び付いていく。姉であるイリヤにも心を許しているとはいえ、本能的に甘える対象として見ていないのだろう。イリヤを前にしたウルは喧しい愛犬が執拗に構ってくるような、怒りとは違う……とにかく、うんざりとした目をしている。

 

これから私達はこの屋敷を離れて遠い島国に飛び立つ。

切嗣は分からない、けれど私があの子達の元へ帰る事は不可能だ。もう一度言うが、あの子は切嗣に懐いている。私がいなくても……そう思うと少しだけ悲しいが、きっとその環境にもいつの間にか慣れてしまえるのだろう。

 

ただ、二人とも帰らなかった場合。彼女の心は―――。

 

「(ダメよ。こんな所で弱気になっては)」

 

アイリはそう自分を叱咤する。戦う前から最悪を想定するなんて誉められたことではない。

 

『『あ、クルミの芽だ』』

 

『ええー!きりつぐだけじゃなくてなんでウルまで私よりも先に見つけてるのー!?』

 

「本当に……こんな幸せな日々が続けばいいのに」

 

窓口にそっと手をおいてアイリは悲しそうに俯いた。



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英雄召喚

―――アインツベルン城

 

あれから十年が経った。

第四次聖杯戦争は表向きにはアインツベルン家の勝利となったが、キリツグが私とウルを裏切ったせいで小聖杯は破壊され、アインツベルンの悲願は叶わなかった。

 

『……ねぇ、おねえちゃん。パパやママはまだかえってこないの?』

 

例外として六十年周期の聖杯戦争が十年後に開催される。

その事を知ったお爺様は私を最高の器として仕上げる為に、ウルに壊れてもいいなんて…激痛が伴う調整を強要した。

 

私では失敗が出来ないからと、逆に言えば失敗する前提で嬉々として行う調整だ。素体の兆候をみるためと……麻酔なんてものはないし、まだ二歳になったばかりのウルは喉が枯れるほど泣き叫んだ。

 

『やめて!ウルがウルが死んじゃう!』

 

日に日にやつれて、キラキラと輝かせていた瞳に暗くどんよりとしたモノを落としていくウル。私は唯一の肉親が一歩、一歩と死の路線に歩を進めていく地獄のような光景に堪えられず、何度もお爺様に直談判した。その度に決まってお爺様は―――

 

『全て、衛宮切嗣のせいだ』

 

そう言って私とウルに言い聞かせる。

 

 

お母様が死んだのも、ウルが苦しんでいるのも全部キリツグのせい。

 

 

――ギリッ

 

私の中で何かが変わっていったのはその頃からだ。

 

 

 

 

 

「……■■■■■■」

 

バーサーカー、真名をヘラクレス。ギリシャ神話の大英雄を術式の上にウルは詠唱を開始する。

 

本当なら、マスター権を得たウルにはイリヤの召喚したヘラクレスに比肩する触媒が用意される筈だった。

だが、アハト翁の手違いでそれは用意に間に合わず、遺憾ながらウルエは触媒のない英霊召喚を行うことになってしまった……が、それは嘘だとイリヤは確信している。

彼はウルが小聖杯として機能することを恐れて、万が一にも彼女がサーヴァントを取り込まないように最弱のクラスであるアサシンを召喚させようとしているのだ。

 

「大丈夫だよ、ウル」

 

イリヤは祈るように両手を組み合わせる。

 

アヴァロンがキリツグにある以上、セイバークラスはあの騎士王で間違いない。

アサシンなんて、マスター殺しぐらいしか出来ない雑魚サーヴァントじゃ、どれだけウルが上手に立ち回っても直ぐに敗退してしまう。私がずっと側に居られれば良かったのだけれど、ウルがマスターとして参加する条件に最低限の接触を除き、イリヤとの不可侵の契約を結ばされていた。

 

中立にある教会は信用に値しない。そして早期にサーヴァントを失ったウルがどうなってしまうかは想像に難くなかった。

つまり、アハト翁はウルを最初っから使い捨てるつもりだった。

 

(…そんなことさせないんだから)

 

サーヴァントを触媒として使うなんて前代未聞だけれど、ウルの召喚にはバーサーカーを使う事にした。

 

ギリシャの大英雄かつ半人半神。

その血脈に流れる全知全能の血筋を思えば、少なくともアサシンよりも百倍マシな英雄が召喚される筈である。

 

「――天秤の守り手よ」

 

ウルの詠唱と共に魔力の突風が吹き荒れてバーサーカーとは別の霊基が浮かび上がる。

 

「―――サーヴァント、キャスター。召喚に応じ参上いたしました。」

 

イリヤが恐る恐る目を開けた先には菫色のローブを肩にかける妙齢の女性が膝をうっていた。

 

「へ、ヘラクレスどうして貴方がここに!!!?」

 

顔を上げた彼女はウルの背後に佇むバーサーカーを見て悲鳴を上げ、難なくその真名を言い当てたことからバーサーカーに生前に縁あった者に違いないと、イリヤは神話からキャスタークラスとして召喚される英雄を思い浮かべ、その真名に心当たりがあったのか、やって良かったと喜んだ。

 

「……これで、パパに会いにいける」

 

そんな言葉を聞かなかった振りをして。



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お兄ちゃん

冬木の街にもパラパラと雪の降り積もり始めた初冬の朝。

衛宮士郎は、何時もよりも少し気だるげな朝に欠伸を漏らしながら学生服に裾を通した。

 

(もうすっかり冬だな……帰ったら蔵から暖房器具(ヒーター)、取り出さないと)

 

11月ともなると流石に季節の変わり目も意識せざる終えなくなり、灯油がまだ残っていたかなど、ボンヤリと頭の中で考えながら通学路を歩く。

 

「ほら、此処から真っ直ぐ行くとね。屋敷に繋がるの」

 

「……ほふぁ、そうなんだ」

 

その道中で、二人組の女の子が公園の前にある街の見取り図を眺めて話し合っている。

 

「じゃ、パパは何処にいるの?」

 

「……キリツグは、どこだろう。私にも分からないわ」

 

「そっか……お姉ちゃんでも知らないのか」

 

 

 

「―――切嗣だって?」

 

小さい――妖精のように可愛らしい白人姉妹。

微笑ましい光景だと内心ほんわかした気持ちになりつつ、声を掛ける理由もないのでその横を静かに通り過ぎようとしたのだが、聞き付けてならない男の名に青年は振り返った。

 

「パパを知ってるの!!」

 

「パパ!!?」

 

切嗣――衛宮切嗣とは、

今から十年前にあった冬木の大火災で身寄りのなくなった俺を養子として引き取り数年前に病死した親父の名だ。

思わぬ人名につい声を上げたが、同名の他人であるという線は十分濃厚であり、「(しまった。)」そう思ったのも一足遅く、白人姉妹の黒いメッシュが特徴的な女の子は士郎の長ズボンを掴んで、嬉しそうに問うてきた。

 

「……いや、その。俺の親父が切嗣って名前でな同じ名前なものだから――」

 

「………………ッゥ!?

もしかして、パパの隠し子ですか!!」

 

違う……そう苦笑しながら答えようとして、ふと彼女の面影に亡き父(切嗣)を見た。そんな気がした。

親父は親戚なんていないと言っていたし結婚もしていなかった。度々ドイツへ立つ事はあったが……まさか、俺に隠して子供を作っていただなんて事はないだろう。第一、俺に内緒にする理由がないし、もしそうなら死ぬ前に何かしら娘の存在を仄めかす情報を残している筈。

 

他人の空似だ。そう自分に言い聞かせてもう一度少女を見る。

黒いメッシュに白髪。日本名の父親?

十歳辺りの小さな体で流暢に日本語を操る以上の点からハーフ系の日本人の可能性があり。

何処かハイライトのない瞳は……そうだ。この目は親父の目と似ている。何かに絶望して希望を見いだせない瞳だ。

 

「……その、多分違うと思うんだが、君のお父さんの名字はなんていうのかな?」

 

そんな筈はない。ありえない。

否定しておきながら、心臓の鼓動が激しくなる。

 

「うーんとね、パパは――

 

 

 

 

キリツグ・フォン・アインツベルンだよ」

 

黒メッシュの少女は――実際言うと覚えていなかった。けれど、家族なのだから自分と同じ筈だと自信ありげに語る。

 

「「ふぅ」」

 

すると、姉と青年の両方から安堵するかのような吐息が漏れた。

何か自分はおかしな事を言っただろうか?



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最後の希望

「――残念だったわね」

 

衛宮士郎と別れて暫く、イリヤスフィールは手を引く妹に向けてポツリと呟いた。

 

「うん……でも、パパはこの街の何処かにいるって知ってるから大丈夫ぶ」

 

「――そうね」

 

ぎゅっとその手を強く握り返す彼女に、イリヤはもう帰ろうと言い出せなかった。

 

 

この街に訪れて直ぐの事だ。

元々、あの男が帰らなかったのは何らかの理由があるのだと考えていたイリヤはメイド達に命じて衛宮切嗣を探し出し、自身の前に引き摺り出して、その頭を思いっきり踏みつけてやると黒い感情に支配されていた。

本当は、自分たちが味わった苦痛と同じぐらい、いやそれ以上にぐちゃぐちゃにしてやりたかったが、それはウルが望んでいない。ウルは私よりも六歳年下で、まだ言葉も上手く話せない時から頑張った。

あの子には報われる権利がある筈だ。

姉として、例えそれだけで許せなくともその怒りと憎しみを飲み込んで、家族として戻れる……かと思えばなんだ。

 

あの男はお母様もウルや私も忘れて、見ず知らずの弟と幸せに暮らして……病死しました?

 

ふざけている。

 

『パパを探しにいこう!』

 

冬木市に着いて、いの一番に私の手を引いた彼女。

これではあまりにウルが報われない。せめてあの男に少しばかり家族の温情さえ残っていれば遺言などという手段もあり得たのだろうが、義理の弟である衛宮士郎は私たちの存在すら把握していない正真正銘の一般人。

 

ジリジリと胸の内で、もどかしい気持ちが高まりつつあった。

 

それから数時間ほど、故人を求めて二人は歩いた。

途中、商店街らしい場所に着いて、ウルはこんな所にキリツグが居るわけないと引き返そうとしたけれど、私は魚の形をしたパンから漂う甘い香りに誘われて、彼女の手を引っ張った。

 

『鯛焼き』

 

「ウル、あれ美味しそうじゃない?」

 

「でも、お金ないよ」

 

「ふっ、ふっ、ふっ……お姉ちゃんに任せなさい!」

 

イリヤは得意気に長財布を取り出す。

アインツベルン城で、ジャパンは食文化が発展してと知ってから密かにウルと買い食いする事を計画していた彼女は、予め聖杯戦争の資金として用意された一部をくすねていたのだ。

 

「……でも」

 

「はいっ!」

 

鯛焼きの一つを差し出す。ウルは申し訳なさそうにそれを受けとるがイリヤは知っている。ウルは大の甘味好きであり、更にこの手のびーきゅーグルメは大好物だ。キリツグのことで逸る気持ちもあるのだろう。けれど、肉体的にも精神的にもウルはまだまだ子供だ。

恐る恐る、未知の甘味を口元に近づけて――パクり。

 

「おいしい!」

 

「ほら、お姉ちゃんの言うとおりでしょ!」

 

「うん!」

 

ウルのその笑顔さえあれば私はいくらでも頑張れる。

無条件にそう思った。

 

 

 

けれど、ウルの笑顔ももうすぐお預け。

 

「――今日は、楽しかったね」

 

「そうね」

 

キリツグの事をウルに打ち明けるべきか、最後まで黙っておくべきか、答えは出なかった。

 

『―――お嬢様、そろそろ日が暮れてしまいます』

 

イリヤの耳元に忍ばせていた針金の使い魔がそう告げる。

聖杯戦争はまだ正式には始まっていない。それでも夜になれば闇討ちを企む者がいないと言いきれない。魔術師とは元来目的の為なら手段を選ばない生き物だ。日が沈まぬ内に魔術師が工房で用心するのは最低限の常識と言えるだろう。

 

「ウル、セラの言うことをちゃんと聞いて、寝る前にはちゃんとお薬飲むのよ?」

 

「……ぅぅん。分かった」

 

お爺様との約束により、私は山奥にある屋敷、

ウルはとある一軒家を装った家屋と、拠点を別々にしている。

 

十二歳の妹を異国の地で目の届かない場所に住まわせるなんて、不安で胸が張り裂けそうになるが、ウルのサーヴァントがキャスターだった事が幸いした。

彼女に掛かればただの民家も神代の魔術工房と化すのだから余程の事がない限りは私の屋敷よりも安全だろう。

 

涙目になって名残惜しそうに此方を見つめるウルには後ろ髪引かれる思いがあった。

 

だけど……大丈夫だよ。ウルは私が守るから。

 

 

「――おねえちゃんまたね!」

 

「また明日」

 


 

ウルエ・フォン・アインツベルン

キャスターのマスター

小聖杯の器



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キャスター

今朝方、イリヤからランサーの襲撃を受けたと連絡が入った。

 

「キャスター!」

 

「落ち着きなさい。難なく迎撃して見せたとあの娘が鼻を高くして言っていたでしょう」

 

寝着のまま飛び出そうとするウルを止めたのは彼女の『サーヴァント(使い魔)』であるキャスターだった。

本来ならその役目はアインツベルンからウルを補佐する為に付けられた専属メイドであるセラが賜る筈であるが、彼女は別件でイリヤの方へ出掛けていた。

 

「それに――、最後のサーヴァントが召喚され正式に聖杯戦争が始まってしまったのだから、貴方がイリヤスフィールに会いに行けば、あの偏屈爺に結ばされたギアスが発動して死ぬわよ」

 

(まぁ、あの程度の術式。発動する前に破壊するなんて容易いのだけれど)

 

召喚時に纏っていた死に装束のような装いから、藤色のブラウスに黒ズボンという……かなりラフな姿になったキャスター。

彼女は困ったように頬に手を当て、この頑固なお子さまにどうやって言い聞かせようかと考えていた。

 

「でも、襲撃を受けたって事は森の結界が破られたってことでしょう?

私とキャスターなら、前よりもっと頑丈に直せるもの」

 

「イリヤスフィールのサーヴァントはギリシャ最強の大英雄なの。ヘラクレスを十二回も殺せるサーヴァントなんて、それこそ神霊クラスでも引っ張ってこないと不可能よ。結界なんて拠点が割れてしまった後ならいくら張り直しても壊されるだけ、はっきり言って魔力の無駄使いだわ」

 

「うぐぐぐぐ」

 

恐らく、緊急時のギアス解除を狙っての考えだが、無意味だ。そう優しく諭すように教え込む。

自身のマスターは子供だが、現代の魔術師としてはかなり優秀で、サーヴァントとして冷遇された覚えもなければ、私の意見を可能な限り飲むという破格の条件によって、かなり癖のある工房を用意して貰った。

現状、待遇に不満はない。更にこの地に降りる前に、アインツベルンが保有するプライベートジェットの順路を変え――――聖杯へ掲げる願いすら叶えて貰った。

 

裏切りの魔女として知られる私が言うのもなんだが、ここまでされておいて裏切るようなサーヴァントは真性悪か異端者のどちらかだろう。

 

「それよりも、あの姑メイドがもうすぐ帰ってくるわよ。

そんなだらしない姿、どれだけ小言を言われるか……悪いことは言わないから、さっさっと顔を洗って髪を梳かしてきなさい」

 

「……もうっ、セラからおねえちゃんの話聞くからいいもん!キャスターの意地悪!」

 

プンスカ鼻息を荒くして……それでもセラの説教が怖いのか素直に洗面台へと向かうマスターに視線を送りながらキャスターは嘆息を漏らした。



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vsバーサーカー

「バーサーカー。あれは確実に殺して」

 

言峰教会。

意図せずしてセイバーのマスターとなった衛宮士郎は、本来敵同士であるアーチャーのマスター遠坂凛の助言を受けて、監督役である言峰綺礼から聖杯戦争の全容を知り、聖杯戦争への参加の意思を表明したばかりの時だった。

 

「―――マスターッゥ!?」

「■■■■■!!!!」

 

月の影に隠れて巨大な何かが降ってきた。

衛宮士郎のサーヴァント『セイバー』は、咄嗟に士郎を突き飛ばして透明な剣を振るう――その機転がなければ今頃彼はミンチになっていただろう。

 

大地が振動した。

 

「このタイミングで、敵襲!もしかしてつけられてた!!!!?」

 

遠坂凛は身体強化の魔術を施して大きく後退する。

ついでに士郎の服の襟を掴んだ。とにかく、敵の間合いにいるのは不味い。

 

「ぐえっ!」

 

鳥を絞め殺したような声が上がるが、思考を割く余裕はない。凛はアーチャーに命じて何時でも此方をサポート出来るように状況を整えながら、アスファルトが派手に壊された影響で視界の大半を覆い尽くす粉塵の量に軽く舌を打つ。

 

(迷いなくマスターを狙ってきたり、ステータスを把握させないカモフラージュ?

…徹底してる。間桐かアインツベルンか、少なくとも聖杯戦争の戦い方を相手は熟知してると見るべきね)

 

備蓄の宝石を握りしめて戦場を分析する。

 

聖杯戦争で同盟を組む事は稀である為、セイバーが味方にある今、このままごり押せば敵サーヴァントに勝利出来るする可能性は高い。サーヴァントの切り札である宝具に警戒を怠る事は出来ないが、モーションさえ掴めればアーチャーによる妨害が可能だ。

 

激しい金属の衝突音が全身を震わせる。

 

「■■■■■■■!!!!!」

 

敵サーヴァントの雄叫び。粉塵からなんと、鉄柵が飛んできた。

 

「――不味ッ!」

 

教会にあるそれを引きちぎったのだろうが、セイバーとの一騎討ちを無視してまで、徹底してマスター殺しを狙ってくるとは流石の彼女でも予想出来なかった。

幸いにも宝石魔術による防御が間に合ったことにより、衝撃で後ろに飛ばされるだけですんだが、士郎との距離は離れてしまった。

なりふり構わずマスター殺しを狙ってくる敵サーヴァントに、魔術師として身を守る手段を持たない素人な彼。凛は最悪を想定し顔を青く染める。

 

急いで士郎を回収しようと動くが、それよりも一足早く、粉塵から飛び出した片腕のない大男が巨大な石包丁のような物を振りかざし――――「衛宮君!!!」「マスター!」

 

 

 

 

「なるべく苦しめて殺してあげたかったけど…ウルの笑顔は私だけのもの……だからね、死んでお兄ちゃん」

 

 


 

バーサーカー

一回死亡。(セイバーとの戦闘を無視して士郎に攻撃した為)



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外典

最後まで何も出来なかった。

 

セイバーに突き飛ばされて、遠坂に庇われて、

二度もその身を死の淵から引き上げられておきながら、抵抗一つ出来ずに黒い巨人に腹を切り裂かれてぶちまける内臓と鮮血。

 

「――宮君ッゥ!?」

 

「――ター!!」

 

耳が遠く……体が寒い。薄れ行く意識の中で少年は思う。

 

……畜生、と。覚悟を決めてから自分はまだ何もしていないではないかと――それが堪らなく悔しくて目尻に涙を浮かべた。

 

(ごめんな……親父。約束果たせそうにないや)

 

最後に浮かんだ義父との約束。

衛宮士郎の原点を回想しながら、意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………起きた?」

 

「……爺さん?」

 

目が覚めた時、少年は言った。

自身を見下げるあまりにも小さい少女に向けて、衛宮切嗣を重ねながら口にする。

だってその顔はあまりに彼を思い出させるから。

その光のない瞳に映る濁った自分を久しぶりに見たから。

 

髪の色も顔付きだって別人なのに、どうしてだが士郎には彼女が衛宮切嗣と他人であるようには思えなかった。

 

「むっ、私の名前はウルだよ?」

 

少女はウルと言うらしい。目が覚めていきなり爺さん呼ばわりされた事が不服だったのか、頬を膨らまして注意されてしまう。

 

確かに失言だった。士郎は謝ろうと身体に力をいれるだが鉛のように重く足先の感覚が全くないことに気づいた。

 

「さっき繋がったばかりだから、暫くは無理かな」

 

ウルは答える。

 

「歩け、るのか……?」

 

「うん、それどころか後遺症もないと思う」

 

信じれる根拠はなかったが、スッとその言葉は士郎の心に染み渡り無性の安堵感が沸き上がる。

 

「――ねぇ、おにいちゃんは逃げたい?」

 

瞳を覗き込まれて彼女は言った。

 

「セイバーにランサー、バーサーカー、聖杯戦争なんて危ないものから逃げて生きたいとは思わないの?

もし、逃げたいなら……手助けしてあげよっか?」

 

悪戯っ子のような顔をして笑いかける。

 

「それは、出来ない」

 

「なぜ?」

 

「この戦いを俺は止めたいんだ。例え知らない誰かの為でも、その命が理不尽に奪われるというのなら、俺は守りたい」

 

それは衛宮士郎が切嗣から受け継いだたった一つの希望だから。例え無謀だとしても彼はその夢を否定したくなかった。

 

「…………そっか、なら仕方ないかな」

 

少女は少しだけ悲しそうに瞳を伏せながら、小さい口を開いて綺麗な歯並びを覗かせた。

 

「少しだけその背中を押してあげる」

 

ウルの唇が迫る。

 

「なっ、ちょっ!」

 

殆ど身動ぎ出来ない士郎は焦ったように言葉を紡ごうとするが、それよりも少しだけ早くに柔らかい唇が薄く触れあって――――離れる。

 

初めてのキスに思考が真っ白になる中、少女は優しく少年の頭を優しく撫でる。

……いつの間にか意識は混濁として衛宮士郎は瞳を閉じた。

 

「これなら……英雄の器として耐えられる。

――おねえちゃんを悲しませたらだめだからね」

 

少女の声は彼に届かない。それでもいいだと彼女は笑う。

 

「大丈夫。大丈夫………。苦しみも悲しみも何もかも、私が背負ってあげるから」

 

今は眠っていなさいと彼女は語りかけた。



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黒聖杯

「お嬢様、ランサーの零基が消失したと今朝方、聖堂教会から通達がありました」

 

「……そう」

 

「そして、リズを通してイリヤお嬢様に確認を取った所……聖杯は回収していないと」

 

突如、嫌な空気になった。

セラの目は細められ、疑りの目が向けられている。

朝食を終え、優雅に紅茶を楽しんでいたキャスターはその形の良い眉を歪めて息を吐いた。

 

「昨晩はどちらへ?」

 

「家に居たわ。昨日届いたパソコンを一日中いじくっていたから少し眠いの」

 

少し隈のある瞼を擦ってウルは欠伸を漏らした。

 

 

「貴方というお方は――」

 

「言っておくけど、私は何もしていないわよ?」

 

キャスターは先んじて言葉に出した。

 

一世紀以上の年の差のあるイリヤスフィールに出し抜かれたアハト翁唯一の采配は、水と油とも言うべき怠け者のウルと堅物のセラを同伴にさせた事だろう。

 

「何なら令呪で確認しても構わないわ。

私はマスターに掛けられたギアスに干渉はしていませんし、ランサーと衝突した覚えはありません」

 

イリヤスフィールが小聖杯の器として完成するのは彼女自身は勿論、アインツベルン総意の悲願。仮にも器としての機能を持つウルと云えど、その完成度は前作のアイリスフィール・フォン・アインツベルンに及ぶも並ばない。

真作を前にしてウルという劣化品が小聖杯として機能するのはアインツベルンの誰にとっても面白くないのだ。

 

もう片方のメイド……確か、リズベットと言ったか。

あのマイペースさなら、ウルとの付き合い方ももう少し緩和出きるのだが、この女――セラはダメだ。

 

キャスターはアインツベルンにいる間、小聖杯の製造についてかなり詳しく調べ回ったが、最終的にガワである人体を破壊して黄金の器を顕現させる小聖杯の特性として、サーヴァントの零基を回収するごとに身体機能は失われていく。

人の業をこれ以上ないほど煮詰めた残酷な製法だが、重要なのは身体機能が失われていくと云うこと。

 

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器として産まれても、アハト翁はそうあるように調整していないのだ。

だから、彼女がランサーの零基を取り込んでいない事をセラは知っている。

 

「分かりました。今回の件は彼女に免じて不問に致しましょう」

 

マスターも素直に心当たりがないと言えば良いのに何故はぐらかすように立ち回るのか。

……キャスターは二人の仲の悪さに項垂れる。

 

昨夜、ウルが私を連れてこの家を離れた事は事実だ。

だがランサーの件には一切関わっていない。片っ端から他の陣営と接触し一戦交えていたランサーの脱落は恐らくは他の陣営によるものだろう。

ヘラクレスに叩きのめされたセイバーのマスターの精神に干渉し、何やら少し話し込んでいたようだが、今回の事件とは全く関係ない内容だと思う。

 

 

……しかし、奇妙な話だ。消滅したランサーの零基は何処へ行ったというのか、少しだけ探ってみようかとキャスターは思案する。



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少しだけ夢を見ていた

イリヤスフィールにとって、ウルは最愛の妹で、

例えこの命がどうなろうとも守りたい希望だった。

 

「……お母様?」

 

でも、ウルは私に心を許してくれなかった。

ウルの一番はキリツグで、その胸の温かみに本当の意味で安らげるのはお母様のまま。

 

―うぅうう゛う゛―

 

ウルは毎日泣いている。ベットの中や食事の途中で。

ずっと辛そうな顔をして、時には気絶することもあった。リズやセラに聞けば全身の魔術回路を強引に開き、神経に同化させる痛みに耐えられないのだという。

痛覚遮断の魔術を掛けてあげようとしたらお爺様に止められた。「あれの兆候をみるのはお前の為でもあるのだ」……と。

 

 

こんなのおかしいって思った。

 

「……ねぇ、ウル。何か食べないと」

 

ウルは日に日にやつれていった。キリツグみたいに何にも映さない暗い目になって、ついに食事にも顔を出さなくなり、お爺様に呼ばれて行く時を除けば寝室からめっきり出てこなくなった。

 

――怖かった。

家族を失い、この孤城で独りぼっちになってしまうのが。

 

 

少しでも調整の頻度や負担を減らせないかとお爺様に頼みこんだがキリツグが悪い。キリツグのせいだって言われて受け入れて貰えない。いくら回数を重ねても駄目だった。

 

「……ちゃんと休みましょう?」

 

ベットの中で目を見開き、決して眠ろうとしない。

素人目に見ても分かる、ウルはとっくの昔に壊れていた。お母様が居なくなってキリツグが裏切ってからずっと睡眠時間よりも調整と称した拷問の時間が長く続き、

じわり、じわり、と彼女に忍び寄る死の影は目前へと迫っていた。お母様の代わりは私では務まらなかったのだ。

 

「いやだよ。ウル……」

 

それでも私はそんな現実を見たくなくて、無理やりベットに寝かせてお母様のように子守唄を歌う。

 

―……おねえちゃん―

 

「ッゥ!?どうしたの!」

 

その日は珍しくウルが顔を上げて、返事をしてくれた。

何も特別なことはない……強いて言えば、キリツグの誕生日だったことぐらい。

久しぶりにその声を聞いたイリヤは顔をパァっと明るくさせて、続けて話そうとするウルの言葉を決して聞き逃さないように耳を澄ました。

 

――そして

 

青い顔をして少し痩けた頬を揺らしながらウルは言う。

 

―どうっして殺、して…くれない…の?―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お嬢様、湯浴みの準備が整いました」

 

ふと、目を開けるとイリヤは安楽椅子に腰掛け分厚い魔導本を膝元に置いていた。どうやら読書に熱中していつの間にか眠っていたらしい。

 

「……そう」

 

横にあった書棚に直し立ち上がる。

 

「ウルの調子はどう?」

 

絹の擦れる音。

 

「依然変わりなく」

 

セラはその衣を丁寧にほどきながら、一時も流れを乱すことなく返答をする。

 

「薬の備蓄が少なくなったら言ってね」

 

「はい」

 

「キャスターが変な動きをすれば、ちゃんと殺してね」

 

「…………はい」

 

「セラはあの子のこと嫌い?」

 

ぴたりと手が止まり、肩に掛ける紐が垂れた。

 

「……いえ。メイドにそのような不躾な私情など」

 

「別にいいのよ。ウルのことが好きでも嫌いでも。

あの子に直接害を成すと言うならこの場で殺すけど、私は……()()()()()()だから。

こんなおままごとに付き合ってくれている貴方にはそれなりに感謝しているの」

 

 

「ウルエお嬢様は―――」

 

「うん?」

 

「いえ。何でもありません」

 

視線を彷徨わせて逡巡する。

セラは震える手を抑えながらその両肩にタオルケットを被せた。




ウルエはイリヤスフィールのことが―――。


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おかあさん

今回の聖杯戦争はどうにもキナ臭くて、調査するために街に降りたらあの子に出会った。

 

朝見たときは惨めで情けなくて……つい殺したくなるような顔をしていたから無視しちゃったんだけど、今の彼は少しだけ私に似ていた。だから、少しだけ興味をもって話し掛けたのだ。

 

 

――俺は、誰にも桜を奪われたくないッ!!

 

あぁ。と感嘆の息を漏らす。

 

「大切な人を守りたいって言うなら、私はシロウの味方だよ?」

 

壊れそうなぐらい思い詰めた彼の顔に両手を添える。

本当はキリツグとシロウには復讐してやろうって思っていたけど、キリツグはもう居ないし、シロウは苦しみは痛いほど理解出来る。

弱い自分が情けなくて大切な家族が壊れていくのを、ただ傍観することしか出来なかった私と、頼りのセイバーもいなければ魔術師として半人前の……だけど間桐桜を心の底から助けたいって願っているシロウ。

 

私たちは同じ苦しみから足掻いている。『あの子』はどうしようもなく壊れていて、《あの子》は絶対に死ぬ運命にあるのに……二人は絶望の中で足掻いているのだ。

 

だから特別に許してあげることにした。

 

「いってらっしゃい」

 

少年を見送り、少女は笑う。

 

「―――少しだけウルの様子を見てから戻りましょうか」

 

イリヤは鼻歌を歌いながら踵をかえした。

 

 

 

 

 

 

「おかあさま!」

 

「こらこら、お姉ちゃんでしょう?ダメだよウルエ」

 

玄関前に立ち、花色の笑みを浮かべながら飛びついてくる少女を抱き止めて、イリヤは嬉しそうに窘める。

 

「う……ん。ごめんなさいおねえちゃん」

 

私とお母様の区別がつかなくなったウル。何度も言い聞かせても《イリヤ()》という存在を認識出来ない可哀想な妹。

私をお母様だと認識しながら姉と呼ぶ彼女。

子が親に叱られたように項垂れるウルを優しく包みこんで頭を撫でた。

 

「ウルは良い子ね」

 

安心して身体を預けられたのか少しだけ重く感じる。12歳のウルは私よりも頭半個分小さい……とはいえ、成長の止まったこの肉体はこのまま寝落ちするのを支え続けられるほど頑丈に出来てはいない。

 

「ほら、このままだと冷えてしまうわ。家の中に入って温かい紅茶を淹れましょう」

 

「うん、わかった!」

 

促すようにウルの背中を押して、

それから少しだけその家に留まり完全に日が沈まぬ内にアインツベルンの別荘へと戻った。

 

ウルは悲しそうな顔をしていたが、お爺様との約束は夜二人が一緒にいること。それは禁じられている。

キャスターの魔術で拒絶できる簡単なギアスだけど、これは私にとって都合が良かった。

 

(だってこうでもしないと、私あの子から離れられないもの)

 

まったく、これではどっちが依存しているんだが分からない。

 

イリヤが吐いた白い息は夜空へと吸い込まれていった。



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教会にて

「衛宮切嗣……ヤツは初めからあったモノを切り捨て、私には初めから、切り捨てられるモノがなかった。

 

ウルエ・フォン・アインツベルン、彼女は善悪の区別もないまま得る筈だったものを奪われ、偽りの愛に縛り付けられた。

 

確かに肉親というだけあってあの男と娘の在り方は似ている。

―――しかし、ウルエはヤツよりも私に近しい」

 

新都にある教会。

礼衣服に十字架を掲げた一人の神父は神の偶像に目をやり瞳を閉じる。

 

「その枷から解き放たれた時、目覚めるのは『極悪人()』か『幸せモノ(あの男)』か……見極めなければならない」

 

礼拝堂をコツコツと歩く音。

 

「―――そうか、お前が動いてくれるのか」

 

 

「興が乗った。あれを人かホムンクルスのどちらと見なすか……(オレ)自ら裁定を下してやろう」

 

金色の影が揺らめき、男が振り返った時そこには何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「目覚めたかね、少年?」

 

朧気な視界に映る男の姿。

走馬灯のように直前までの記憶が遡り、ハッとなって衛宮士郎は肉体を起こし左右を見渡した。

 

「遠坂、イリヤ!」

 

共にいた仲間達の名を叫び、ゴツンと重々しい拳が振り下ろされる。

 

「イッッッ!!?」

 

「施術はどうやら失敗したようだな。目覚めてすぐに女の名を叫び散らすとは脳に重大な障害を抱えたやもしれぬ」

 

真っ白になった視界が白と黒に点滅する。

 

「やめさない!シロウは怪我人なんだから!」

 

「……い……りや?」

 

イリヤは大柄な男に掴みかかり、状況は分からないがイリヤが生きていたことに安心を覚える。

 

「何がどうなってんだ」

 

無意識に、感覚のない左手を右手で抑えながら衛宮士郎は呟いた。

 

 

 

 

 

「……そうか、この左手はアーチャーの」

 

数分後。イリヤの城で謎の影と変容したセイバーに襲われ、重傷を負った俺たちは比較的軽度であった遠坂に運ばれ教会で治療を受けたのだと聖杯戦争の監督役である言峰綺礼から説明を受けた。

 

そして、この浅黒く変色した左手はアーチャーのものを移植し限定的に受肉した英霊の一部であることも。

 

「一度使えば貴様はアーチャーの腕に侵食され、やがて食い破られるだろう」

 

「分かってる……これを使うつもりはない」

 

この左手に巻かれた赤い布は封印だ。

これを解いて魔術回路を起動すれば、アーチャーの魔術回路と接続し、理論上は同じ力が使えるようになるらしい。しかし人間が半精霊化した英霊の力に耐えられる訳もなく、一度でも使えば俺の身体は内側から溢れでる力を抑えきれずに破裂すると脅しつけられ、イリヤからは絶対にそれを使うなと念を押された。

 

「――これで、残るサーヴァントはアサシンとライダー、それにキャスターか」

 

臓硯とあの影を倒すため、イリヤを頼ろうとしていた士郎達は振り出しに戻ったことになる。

 

「キャスター、そう言えば全く動きを見せていない陣営が一つあったわ」

 

「……味方なのか?」

 

「さぁ、でも敵の敵は味方と言うし上手く利用できれば」

 

「ダメよ、絶対に」

 

少女――イリヤスフィールは胸に手を当て悲しそうな感情を表面に浮かべながら、現状の関係に罅を入れる鋭い言葉を放った。

 

「シロウ、貴方には協力させる事はできない。凛、どうしてもキャスターの助力を得たいのならシロウとの同盟を切りなさい」

 

「へぇ、その様子だと何か知ってるようね」

 

どうもアインツベルンのマスターはキャスターのマスターと繋がりがあるらしい。

 

「良いわよ。どんな理由があるかは分からないけど、これ以上衛宮君と同盟を組んでいるメリットはないし、今は藁にもすがりたい思いなの」

 

「ッちょっと待て!それじゃあッ!」

 

淡々と進められる駆け引き。そこに躊躇う余地などなく、衛宮士郎は切り裂くように声を上げた。

 

「――衛宮君。同盟を解消してなんだけど、別に私はサーヴァントを失った貴方にどうこうしようとは思わない。貴方が桜の為に動くと言うのなら止める気はないし勝手にすればいいと思う」

 

この聖杯戦争は何かがおかしい。

英霊を飲み込むあの泥に謎の影。その背後で暗躍していると思わしき間桐臓硯。

彼には悪いが、これでも冬木の管理者としての立場上、役に立ちそうにない駒を抱えて立ち止まっている訳にはいかなかった。

 

「…………」

 

イリヤは一度だけ士郎に視線を送り、凛へ向き直る。

 

「夜明けにキャスターのマスターと会わせてあげる」



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過去にあったもの

「……おねえちゃん」

 

窓枠に肘を当て物憂げに景色を眺める。

 

聖杯戦争が始まってから早四日。各々の陣営が動きを見せる中、未だ沈黙を保ち続けるウルエ達キャスター陣営。

元々、キャスタークラスで召喚される英雄は魔術師として逸話を残した者が多く……その前例に漏れなくして召喚されたのは純正たる魔術師にして完全な後衛タイプの英霊だった。

 

高次元の存在となった英雄は英霊となる際、世界からの後押しを受けて、後天的に才を授かる者もいるという話だが少なくとも英霊となった彼女に近接戦の心得は全くないらしい。

 

姉の使役するバーサーカーの石剣に魔術的な強化を施して以来、この拠点にある工房に籠ってひたすらに防衛を固めていた。

それに不服を申し立てるほど、ウルも魔術師として新参ではない。この家はごく一般の家屋を偽造しているが、その中身は全くの別物。いや、別世界と言っていい。

 

ジャパン人はよく物の大きさを東京ドームで例えるらしいが、その1/2個分の広さと言えば、その凄さが分かるだろう。

 

「……はぁ」

 

しかし、ハッキリ言って退屈していた。

姉にも会えず、父親の捜索すら行えない。この街に来た目的の半分以上を父親との再会という感情で占めていた彼女にとって、それはアハト翁の“調整”にも匹敵する精神的な苦痛であった。

 

(……抜け出そうかな)

 

彼女は考える。別に姉に近づかなければ出禁という訳でもない。

仮にも戦争中、自身のサーヴァントは近接戦不向きであるから、もしもの時を考えて自制的していたが……よくよく考えれば工房に引きずり込むのが目的ならば少しぐらい他の陣営に仕掛けても許されるだろう。

 

「キャスター、今夜にね。少しだけ出歩いてもいいかな?」

 

「……まぁ、貴方の年齢を鑑みればそろそろ限界だと思っていたわ」

 

キャスターは疲れたようにいう。

 

「私もこの島国の霊地に興味があったから……そうね新都のオペラハウス跡地、あの場所ならば問題ないでしょう」

 

 

―――夜

 

隠蔽・防御礼装をこれでもかとウルエに纏わせて、適当なタクシーを暗示でちょろまかした彼女は新都の街に降り立った。

 

「……流石にここにキリツグもいないか」

 

「悪霊の数が尋常じゃない……なに、ここ?」

 

落胆するウルエと恨み辛みを抱えた迷える魂が立ち込めるその場所に眉を歪めるキャスター。

 

ここは前回の聖杯戦争にて小聖杯を受肉させた霊地ということに伝えではなっているが、万能の願望器の降臨場所としてはあまりにも空気が淀んでいた。

これではまるで、戦場や処刑場にでもいる気分だ。

 

キャスターが聖杯に疑心を抱くのも無理はない。

直感スキルこそ持たない彼女であるが、四次聖杯戦争と同時期に起きた冬木の大火災という災害の情報を掴んだ時から薄々、嫌な予感を覚えていた。

 

「マスター、悪いけど夜遊びはもう終わりよ」

 

一抹の不安。急いで工房へ戻らねばと踵を返したキャスターは視界に納める。

 

「――ッゥ!?」

 

ウルエの横に立つ黒い影法師を。

 



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黒い泥

「ほへ~、そりゃ見つからないわけだ。キャスター陣営がこんな民家に身を潜めているなんて誰も思わないもの」

 

イリヤの案内によって、柳洞寺にほど近い民家に案内された遠坂は感心とも呆れともとれる間延びした息を吐いた。

 

後衛であるキャスターのマスターはこの冬木の霊地の何処かを拠点にしている筈だとアーチャーに命じて調査させていた自分が恥ずかしくなる。あまりにも姿を見せないものだから何処かの陣営を影ながら支援しているのではと勘繰っていたのだが、まさか何もせずに民家の一つで燻っていたとは流石に予想出来なかった。

 

「何度も言うけど、シロウにはキャスターのマスターの情報を何一つとして漏らさないで」

 

「分かっているわよ。此方からも衛宮君の情報をキャスターのマスターに話さなければいいのよね?」

 

「…もしあの子に何かしたらその瞬間に遠坂とアインツベルンの同盟は破綻すると思いなさい」

 

イリヤは怖いぐらいの顔をして私を脅しつける。

キャスターのマスターとの関連性は不明だが、彼女の様子を見るに余程大切に思っている存在なのだろう。

 

「ウル。お姉ちゃんが来たわよ」

 

コンコンコンと扉を叩いた彼女は慎重にその扉を開ける。

 

 

 

 

 

「……ウル?」

 

扉を開いた時、いつもならあの子が私の胸に飛び込んでくる筈だった。

セラを寄越している時なら、彼女のことだ。予備といえどアインツベルンの代表として出ているウルがそんな幼稚なことではアインツベルンの沽券に関わると厳しく諌めるのだろう。

しかし、セラはバーサーカーの消滅という予期せぬイレギュラーにより現在は私の礼装になるリズの警護をさせている。

キャスターはあれでいて、子供好きだ。

確かに今のウルは精神的な意味合いで危うい状況にある。それでもウルの笑顔の為ならと帰って来た母親に飛び込むぐらいの些事は見逃してくれる筈。つまりウルを止めるものは居ないのだ。

 

イリヤは腕時計を見て、午後六時と……睡眠薬で強引に眠らせでもしない限り眠らないウルが就寝するにはあまりに早すぎると嫌な汗を流す。

 

まさか、ウルがそんな。

 

ありえない話ではないのだ。

イリヤは彼女が戦いに赴くことを快く思っていない。しかし、アインツベルンはさっさと退場して本命であるイリヤが悲願を達成するまで大人しく引っ込んでいろと言うのが実情だ。

 

イリヤはウルの思いを利用して『母親からのお願い』という形で彼女を家の中に押し止めていた。

だが、先にも言ったようにキャスターは子供好きで、特にウルには実子のように接するほどに甘かった。

それは冬木の地に立ってからより一層強くなったような気がする。

理由は不明だが、もしウルが自発的に「参加権を失っていない自分が大人しくしているのは可笑しいと」戦場へと赴こうとすれば、キャスターはきっと止めはしないだろう。

 

イリヤには消滅したサーヴァントの霊基が回収されるので、少し前まではキャスターが消滅していないからウルは安全だと一方的に感じとる事が出来たのだが、あの黒い影は私と同じように消滅したサーヴァントの霊基を回収することが出来る。

 

もしすでに彼女達が黒い影と接触し、キャスターが敗れていてもイリヤには分からないのだ。

 

ぶわり。と嫌な汗が吹き出る。

 

「ウル!」

 

イリヤは居ても立ってもいられずに家の中を探し回る。

凛は突然のことに驚いている様子だったが、直ぐに察したのか私が探す方とは別の部屋を調査し出した。

 

ここに来て、拡張されたキャスターの工房が恨めしいと感じる。

下手をすればイリヤの拠点とする別荘よりも広いここは、神代の魔女が組み上げた故に、ただ広いだけでなく侵入者を迷わす迷宮と化しており、一度足を踏み入れれば三流の魔術師では帰ることもままらならない魔境と化してある。

 

イリヤは使い魔を錬金術で産み出して手分けして捜索を続けさせる。

特質上、招かれでもしないかぎりこの手の迷宮は楽に突破出来ない。何度も入ったこともあるイリヤもそれは同じで、気を抜くと使い魔とのパスが切れてしまいそうだった。

 

「見つけた!」

 

凛の声だ。

イリヤは全身をバネのように跳ねらせてその声の方向へと走る。

 

(ウル、ウル、ウル!!!!)

 

この冬木において間違いなく全力で走ったのはこれが初めてだ。

逸る気持ちを抑えきれないイリヤは凛の立つその部屋へと飛び込む。

 

「―――ウルッ」

 

「静かになさい!」

 

「……え?」

 

そこで見たのは黒い泥のようなモノに犯させて死んだように眠るウルと鬼気迫る顔で術式を展開するキャスターの姿であった。



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共闘作戦

「……あの影は何なのか、それは貴方達ほどのマスターが令呪を失っているのを見るに知っているとみていいのかしら?」

 

ウルに纏わり付いていた黒い粘液の除去とそれに魔力を吸い取られて魔力欠乏による極度の消耗状態だったウルはひとまず絶対安静ということで寝かしつけられた。

疲れたようにソファーに腰掛けるキャスターの言葉にほっと息を吐く私は思わず感謝の言葉を告げていた。

 

「先ずは礼を言うわキャスター。

あれは英霊が触れてはいけないもの。貴方がウルの救護を優先させていなければきっと飲み込まれていたから」

 

「……飲み込む?

つまり、英霊の天敵と言うわけね。

対魔力を持つ三騎士じゃあるまいに、私の魔術を次々に無効化するものだから、どんな厄介なものかと思ったけどマスターの安全を優先して正解だったわ」

 

イリヤにはあれが自分と性質が同じ――つまり聖杯から生まれたものであることを感じ取っていた。

アインツベルンの聖杯として初代からの記憶を引き継ぐイリヤは、恐らくの原因である『アンリマユ』三次聖杯戦争でアインツベルンの失策が招いた聖杯の汚染が関係していることも把握している。

 

問題は何故それが聖杯から溢れだして英霊を回収するような真似をしているかということだが、それは間桐臓硯が裏で手を引いているのだろうと言うのが凛と二人で導き出した推論だ。

 

――余談だが、教会からそのままウルの下へと来たイリヤは間桐桜の異常性を理解しつつ、影との関連性を結びつけられずにいる。

 

「で、私とマスターに協力を申し込みたいようだけど、貴方は兎も角として、どこの馬の骨ともしれない小娘を信用しろと?」

 

「凛は役に立つわ」

 

「魔術師では英霊に勝てないのよ。

貴方はマスターの家族なのだからこの家に匿ってあげなくもないけど、セイバーを相手にじゃじゃ馬娘を抱えている余裕なんてないわ」

 

キャスターは何故自分が頼られているか説明されずとも理解している。

英霊に対抗できるのは英霊だけ。

ヘラクレスがセイバーに破れ、アーチャーが影に討たれた今、残されたサーヴァントはキャスターとライダー、アサシンのみ。

その内、二つは間桐のサーヴァントだ。

ならば頼られるのが自分であるのは自明の理であり、影から溢れ出て、黒で染め上げたように真っ黒になってしまったセイバーをどうにかしてほしいというのが真意であることも気付いている。

 

「分かってるわよ。でも冬木の管理者として、はいそうですかと大人しくしている訳にはいかないの」

 

「…いつの時代にもいるものね。動きたくなくても動かないといけない立場の人間って」

 

哀れむように此方を見るキャスター。

 

「貴方のやり方に口を出すつもりはないわ、でもこれだけ多くの犠牲者が私の管理する街から出てる。

間桐臓硯には今回の件についてしっかり責任を取らせないと他の魔術師に示しがつかない」

 

凛は嫌々やっている訳ではないのだと毅然として言葉を返した。

 

「なら、聖杯戦争の参加権を放棄するというのかしら?

貴方の令呪を貰えるのなら考えてもいいけど」

 

「交換条件というわけね。良いわ、貰って」

 

キャスターは凛が残した令呪を自分に移す。

抵抗しても無駄だしギアスを結んでもキャスターに掛かればものの数秒で解除させてしまうことを知ってか、驚くほどあっさりと令呪を放棄してしまった。

 

「キャスター。貴方の役割はあくまでもウルの身の安全を守ることよ。聖杯戦争の後のことを考えているなら遠坂凛に顔を売っておいて損はないと思うわ」

 

流石にここまでして『はいありがとう。騙されたほうが悪いのよオホホホ』とキャスターが凛を追い返すとは思えなかったが、一応凛のフォローをいれておく。

 

「そう。別に私のやり方では庇いながら戦うなんて状況は稀でしょうし、いいでしょう。」

 

どうにか納得して貰い、私たちは打倒セイバー・間桐臓硯に向けて動き出した。



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セラ

ウルエ・フォン・アインツベルンの誕生により、アハト翁はふわりと創作意欲が沸いて、聖杯の器としてホムンクルスをひとつ鋳造してみた。
……が、出来上がったのはやはりアイリスフィールに遠く及ばない失敗作であり、破棄するのも勿体ないのでそれにイリヤとウルエの教育係を命じた。
そのホムンクルスの名をセラという。


それはアイリスフィール様が四次聖杯戦争へと赴かれたばかりの話。

まだ我々アインツベルンが此度の勝利を確信し、ウルエ様が調整の対象にされていなかった頃のことです。

 

「うぃーたべちゃうぞー」

 

「きゃー!」

 

ドタドタと城内を走り回るイリヤお嬢様とウルエお嬢様。

 

「おやめなさい!」

 

まだ八歳と二歳のお二人はお転婆が服を着ているようなものでした。

ウルエお嬢様はイリヤお嬢様に比べて落ち着いているようなイメージでしたが、それは好いている衛宮切嗣が素っ気ない態度をしていれば構ってくれるからと打算的な行動だったらしく、衛宮切嗣とアイリ様が城を離れてからの彼女達は朝早く起きては夜遅くまで騒ぎ立て、またよく怪我をして泣かれる困った方々でした。

 

ある時には階段から転げ落ちるようなこともあり、とても肝を冷やされた記憶があります。

 

「いいですか。お二人はアインツベルンという由緒正しき貴族の生まれ、故に節度ある態度を心掛け、決して廊下を走ってなどいけません」

 

「だって、お姉ちゃんが追いかけるんだもん!」

 

「ウルが逃げるから仕方ないの!」

 

鋳型から鋳造された私は初めから大人モデルのホムンクルスでしたので、ウルエお嬢様とさして年齢に差はありませんでしたが、精神的にすでに成熟していました。

 

ですが、どうしてでしょうか。

あの無邪気な二人の前だと震える拳を抑えられないときがあります。アインツベルンのメイドならば感情を表に出すべきではないことは分かっているのですが、あの二人の前だとそれも難しいのです。

 

「……セラ」

 

「またですか」

 

手のかかるウルエお嬢様とイリヤお嬢様。

そんな彼女達ですが、寝る頃になるとそのお転婆さも鳴りを潜め、イリヤお嬢様はスヤスヤと、ウルエお嬢様はお一人で眠ることが出来ないからと私に添い寝を求めます。

 

アイリ様の劣化品とはいえ同じ鋳型から鋳造された私はあの方と瓜二つであるから、幼いウルエお嬢様は時折見間違えてしまうことがあります。

少し前まで乳飲み子だったウルエお嬢様に親離れを済ませるにはあまりにも早すぎたのです。

それでも姉であるイリヤお嬢様の前では見栄を張って親を恋しがる素振りをみせないのは微笑ましいと申しましょうか。

 

「…お母様」

 

その反動からかウルエお嬢様は私の背中に顔を寄せて毎晩のように声を殺して涙を流します。

私はどうやって慰めればいいのやらと手を右往左往させて……そして結局は触れることが出来ずに寝たふりをするのです。

 

アイリ様の変わりだなんて自分には務まる筈もございませんから。

 

 

 

 

 

 

「衛宮切嗣は我らアインツベルンを裏切った。

十年後の五次聖杯戦争に向けて、二人を聖杯の依り代として調整する」

 

悪夢の始まりでした。

ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン……アハト翁はある日前触れもなくそう言い放つと、イリヤお嬢様と仲良く遊んでいたウルエお嬢様を引っ張って自らの工房に縛りつけると――強引に彼女の魔術回路を開いたのです。

 

魔術師にとって、魔術回路を開くと言うのは一世一大の大事です。何せ死を覚悟するほど慎重にならねばならないものなのですら本人の意思は勿論のこと、精神や肉体がある程度成熟し、万が一を考えて補佐役をつけます。

 

ですが、アハト翁は彼女の回路に無理やり魔力を流し込んで開かせました。

それは未通の女の穴にいきなり腕を差し込むようなものです。

 

「アアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

「やめて!ウルが死んじゃう!」

 

顔を蒼白にさせた私は泣きながらウルエお嬢様に歩み寄ろうとするイリヤお嬢様を押し止めるだけで精一杯でした。

いつもなら窘めるその口も壊れてしまったかのように「そん……あ、うえっ」うわ言を呟くだけです。

 

「これは、正規品であるイリヤスフィールの完成度を高める為の練習台でしかない」

 

これほどの苦痛も大義の為ならば仕方ない。

そう飲み込もうとした私の心を打ち砕くようにアハト翁は言いました。

 

「最悪死んでも構わない」

 

この光景がまだ地獄の門前に過ぎないとわかった頃、ウルエお嬢様が私に添い寝をねだる事はなくなっていました。




ウルの誕生によりセラが生まれる時期が早まっています。


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たった一人の――

暗がりの路地裏。

藤色の髪をした女に向けて剣や槍を覗かせる黄金の波紋。

 

「醜悪極まったな。

幕切れだ。(オレ)自らが裁定を下すことを、せめてもの慈悲としれ」

 

それを背後に展開する男の名をギルガメッシュ。

四次聖杯戦争の裏の勝者であり、受肉して現代に生きる英霊だ。

 

「…………」

 

女はまるで夢でも見ているかのように恍惚とした笑みを浮かべていた。

ギルガメッシュは不快そうに眉を歪め、そして黄金の波紋に命じて剣や槍を高速で打ち出す。

 

最後の言葉をくれてやる気などなかった。

もとより裁定を終えているこの女に時間を取る意味はない。

これは、偶然出会った故の些事。ついでだ。

 

 

鮮血が舞う。

 

 

 

 

 

 

 

―――先輩と桜を観たかったな。

 

今さらそんな事を言っても無駄だってのは分かっている。

 

この子の腹を満たす為に、

何度も、何度も、影を伸ばして、

数えきれないほどの命を奪った。

 

金髪の人が放った剣と槍に切り裂かれて内臓はグチャグチャだし、心臓の鼓動は刻々と小さくなっていく……………

…………あれ?

先輩の家で寝ていたのにどうして裸足で外に出ているんだろう。

 

「フン……死に損なったか…」

 

新々と降る白い雪が血で真っ赤に染まり、体の感覚は徐々に薄れていく……最悪だ。どうにも助かりそうにないらしい。

 

料理だってお洗濯だって覚えて、先輩と一緒に生きるんだって決意したのに

 

「まだ……死にたく……なぃな」

 

熱い滴が頬を伝い、私の意識は薄れていく。

 

 

 

 

 

 

『――起きて!』

 

……なんだ?

 

目を開けた時、傷だらけの桜が如何にも残忍そうな顔つきをした男に見下され怯えていた。

 

体は動かない。視線も動かせずただ見ている事しか出来ない。まるで意識だけ別の何処かに飛ばされているようだった。

 

何処かの路地裏、袋小路と思わしき場所で男は腕を上げ瞬間、薄暗かった空間を黄金に染めるほどの光が吹き出す。

 

ッゥ!?英霊(サーヴァント)?キャスターか!?あの武器は一体???

 

頭の中を謎と困惑で埋め尽くす。

怯える桜とその元凶と思われる男を見ていたら、男の背後から無数の波紋が浮かび上がり、剣や槍を覗かせるのだ。驚いて当然…これに驚かないのは余程肝の座った奴だけだろう。

 

「……」

 

桜は、腰が抜けてしまったのか尻餅をついて僅かに後ずさる。

 

その武器は桜に向け放たれた。あれ程の速度…ただでさえ魔力が足りないと弱っていた桜は一たまりもない。

 

『避けろ!』

 

動かせない体で俺は叫んだ。

けれど、その声は届かないのか桜や男が反応した様子はない。

 

クソ、何やってんだ俺は。桜を助けないと!

 

無理やりにでも動こうとしたけどやはり駄目だった。

 

約束したんだ一緒に、桜を観ようって。

 

歯軋りして、唇を噛み締める。

 

セイバーが消えて、凛やイリヤとは袂を別った。

あの男に、俺は桜を守ると誓った。

だが自分は見ていることしか出来ない。

 

この身は好きな人一人守ることが出来ないのかと、悔しさに涙が溢れた。

 

『ならその左腕を使って唱えなさい、その言葉を。願いなさない彼女の幸せを!』

 

その時、知らない誰かの声がした。

 

左腕が熱い。ドクンドクンとまるで感覚のなかったそれが今では焼けるように熱を帯びている。

 

――これを使えば桜が助かるのか。

 

『大丈夫、今の貴方なら使える』

 

医学に精通した神父と自分なんかより優れた魔術師の二人がこれを使えば死ぬと言った。

けど、この声は問題ないと言うのか。

…いや、自分の命(そんなもの)はどうでもいい。

 

――桜は助かるんだな!

 

『うん。貴方が願うなら私は貴方の望む力を与えることができる!』

 

言質は取った。ならば俺が迷う必要はない。

 

その瞬間理解し難い力が爆発する。

全身の血液が沸騰したように熱を帯び、動かせないように体を固定していた鎖のような枷がぶっ壊れたような錯覚を覚える。

 

「――投影(トレース)開始(オン)

 

たとえこの身が滅びようと、桜を助けることなら惜しくないと俺は吼え、そして赤い封印を引きちぎった。

 

 

 

 

桜は薄れ行く意識の中、混濁する『この子』の力と意思が増大するのを感じる。

 

――ダメ。これ以上誰かを傷つけるなんて。

 

桜は朦朧としながらも必死に抵抗するが、本能で理解してしまう。これを止めるのは無理だと。目の前の餌を喰らい尽くすことしか考えていないこれを自分は止められない。

男はすでに私が虫の息だと思っているのか、追撃してくる様子はなかった。

むしろ私の死んで行く様を暢気に眺めているようだった。

 

――どうせ私を殺すなら、ちゃんと殺して欲しかった。

 

この子は私のぐちゃぐちゃになった体を取り繕う。体が独りでにバタンバタンと打ち上げられた魚のように跳ねて、桜はあぁもう無理だと諦め『この子』に体を任せた。

 

……しかし、その力が桜の外側に溢れる事はなかった。

 

「よく頑張ったな」

 

ぽすんと軽い衝撃が頭の上で弾けた。

恐る恐る目を開けると、あの冷たい目をした男ではない…とても温かな目をした――赤い外套を纏うバンダナを巻いた青年が頭を撫でている。

 

「ァ……」

 

じんわりとした青年の体温が頭部から伝い、感覚が舞い戻ったような気がした。

 

本当はそんなことはありえないのだけれど、お爺様に植えられた()()から滲み出るようにして私を侵食する『この子』の力が彼の触れた手のひらから走り抜けるように霧散していくように感じる。

 

極度の緊張と死を間近に高まった感情。桜の体力はついに限界を迎えて急速な眠気が襲う。

 

「せん……ぱい」

 

微睡む意識の中、桜は撫でる青年の腕を掴んだ。

 

そして、「助けて」

 

「あぁ、後は俺に任せろ」

 

少女を優しく地面に寝かせ……振り返るバンダナの青年。

 

 

「貴様は何者だ?」

 

「衛宮士郎…英霊の、紛い物だ」

 

 


 

ウルの起源は聖杯

 

士郎の装いは美遊兄イメージです。



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