東方Exproject (もずもず)
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第一章


「昨日、変な夢見たのよね」

 

 縁側で茶をシバいていた霊夢が、突然口を開いた。

 

「へー、どんな夢だ?」

 

 興味なさげに聞く魔理沙に、霊夢は気にもとめず、昨日見た夢の内容を語りだした。

 

「いつもどおり、暴れまわる妖精や、妖怪を退治していく夢なの」

 

 霊夢の口から語られた夢は、ちょっと小石を小突いたら出会えそうな、そんな別世界の話だった。

 

「一つ違う事があってね」

 

 だが、そんな話が現実にはありえないことは分かりきっている。けれど、その話はとても魔理沙の好奇心をくすぐった。

 

「いつもは、殴って蹴って退治するじゃない? でも夢の中では、何ていうか、弾幕を張ってたのよねー。それを躱して、相手に弾幕を当ててっていう……ゲームみたいだったわ」

 

 霊夢は、生まれつき霊力やそれに準ずる力を持たず育ってきた。つまるところ、『程度の能力』の恩恵で空は飛べるものの、それ以外の人外が持つような特殊な力などはなく、生身の人間でありながら、『博麗の巫女』として幻想郷の治安維持という大役を担っていた。

 母の顔も覚えておらず、幼い頃は魔理沙と、半分幻想のような妖怪の顔しか見ておらず、およそ教育というものは何一つ受けていないが、戦闘的センスだけは一流で、幻想郷でも粋を集めた強さだった。

 それ故に、幻想郷の治安維持を生業としている博麗の巫女の仕事も務まるのだ。

 

 

「へーそりゃ面白い」

 

 ミニ八卦炉を弄びながら、魔理沙が相槌を打つ。

 

「だけど、私、空飛ぶ以外何も出来ないじゃない。弾幕なんて張れないし。不思議な感覚の夢だったわ……」

 

「じゃあ、その感覚とやらを忘れないうちに、やってみようぜ」

 

 唐突な話題の切り替えに、一瞬困惑する霊夢。そんな霊夢をまた無視して、境内に立ち上がる魔理沙は箒を手に取った。その姿を見て、霊夢は掃除でもしてくれるのかと淡い期待を張り巡らせたのだが、現実はそう甘くなく……魔理沙は、境内を見渡して、

 

「お前の弾はそれだ。私は、大人気なくバリバリ魔法を使わせてもらうぜ!!」

 

 手入れされていない境内には、数え切れないほどの小石が落ちている。魔理沙はそれを拾い上げ、霊夢に向かって渡すように投げつけた。

 

 霊夢は手に飛んできた小石を見つめ、先程言われた言葉を反芻していた。これが、弾? つまり、魔理沙の言いたいことは、霊夢は小石で戦って、魔理沙は魔法で戦うと?

 

「はっ? ちょっと待ちなさ――」

 

 理解した時にはもう遅く、魔理沙は箒に跨って、その背後には魔法――弾幕が待ち受けていた。

 

「待ったなし、降参するか墜落したほうが負けだぜェ!」

 

 突風を巻き起こしながら高く飛び上がる。

 

「行くぞっ! 霊夢。スターダストレヴァリエッ!!」

 

 吹き上げる風に帽子を奪われないように強く抑えながら、魔理沙は既に出来上がっている弾幕を霊夢に向かって放つ。

 

「ちょちょちょ、こんなの、どう避けろって――」

 

 一瞬の間も与えず、目の前に迫りくる弾幕に対処が追いつかず神社手前で爆発した弾幕の衝撃をその身に受けた。

 轟音と、砂埃が立ち込めて。数旬の平穏が魔理沙に訪れた。

 

「不意打ちが過ぎたか? 霊夢はそんなタマじゃないと思ったんだが……」

 

 魔理沙の弾幕を避けることも相殺することも敵わず、霊夢は倒れてしまったのだろうか。

 予想外の結果に、魔理沙は困ったふうに頭をかく。

 

 だが、魔理沙の幻想をぶち壊すように砂埃の中から霊夢の姿があらわれる――霊夢を視認した瞬間には霊夢の手に持ったお祓い棒が魔理沙の頭上に掲げられていた。そしてそのまま振り下ろされる。

 魔理沙はとっさに、手に持った箒を頭上へ。既のところで防御をする。木と木の触れ合いとは思えないほどの鈍い音が鳴った。

 

「おいおい、ちょっとしたじゃれ合いじゃないか……そんな怒ることないだろ?」

 

 魔理沙の冗談めいた物言いに相反するように、霊夢の振り下ろしたお祓い棒にはどんどん力が込められる。

 殺意の籠もった目で、霊夢は魔理沙を見つめる。

 過去を遡って思考を巡らせても、どの行動が逆鱗に触れたのか分かりもせず、魔理沙はただ折れそうにミシミシと鳴っている箒で耐え続けていた。

 

「あんたのせいで、私の家が崩れそうになったじゃない!」

 

 開幕に撃った魔理沙の弾幕は、どちらかといえば霊夢を攻撃するという目的ではなく開戦の合図の代わりに撃ち出した。それ故、博麗神社の縁側に座っていた霊夢の少し前、境内に向けて撃った。だから神社に被害は無いまでも、寸分でも目測を誤れば神社はたちまちに半壊していただろう。

 そのことに激高しているらしい霊夢に、魔理沙は驚きと、呆れを感じられずにはいられなかった。

 

「はぁ~? 全く、お前の衣食住に対する熱意はもっと別の場所に向けるべきじゃないか!?」

 

 箒とお祓い棒での鍔迫り合いが長く続いた。業を煮やした魔理沙が、先に動く。

 

「くっそ、そっちが本気なら、私だって……ブレイジングスタァーーーーッ!!」

 

 全く力を弱める気のない霊夢を、魔法で箒をブーストして、振り払う。

 大ぶりで霊夢を押しのけたので、スキが生まれた魔理沙の顔に、小石が飛んでくる。

 

「夢想封印!(物理)」

 

 霊夢が夢想封印と称した小石を食らって、一瞬目を閉じてしまう魔理沙。その一瞬で、霊夢は魔理沙の箒に手をかける。そしてそのまま魔理沙を足で踏みつけ落下させ、顔面から地面へ打ち付けようとする。

 

「――ッそ、負けるかッ」

 

 魔理沙が視界を取り戻す、しかしすでに魔理沙と地面の距離は人一人分。押し返すことも間に合わず、霊夢も勝ちを確信したその瞬間。

 霊夢の横に箒を持ち上げて、何をするかと思えば箒に魔力を込めて空気に刺す。その場で鋼鉄の壁に突き刺さったかの如く静止した箒を支点にして、魔理沙はするりと霊夢の下から脱出し、今度は魔理沙が霊夢の上にのしかかる。霊夢の背中に乗り込んで、地面に衝突させる。衝撃と轟音が鳴って、地響きと土埃が立ち込める。

 

 砂埃が晴れたとき、魔理沙の目の前には霊夢がおらず、地面。魔理沙が地面に突っ伏していた。

 霊夢を押しつぶした感触もなく、相打ちではないことが分かると、魔理沙は縁側を見る。

 

「……ふぅー」

 

 そこには、湯呑を持って一息ついた様子の霊夢がいた。

 

 立ち上がって、砂を払ってから、霊夢の横に座る。

 

「……やめさせてもらうわ」

「ありがとうございましたー」

 

 ひどい負け方についこれまでが冗談だったのかのような締め括りをしてしまった。

 

 

 

 

「で、なんで私が噛ませになったんだ?」

 

 魔理沙の言いたいことは何となく分かるので、ツッコミも入れず簡潔に述べる。

 

「同じことしただけよ。簡単なこと」

 

 魔理沙がいつの間にか、地面とキスする自体になっていたことに対しての説明を求めているので、湯呑にまた中身を注ぎながら、簡単なことだと口にする。

 魔理沙が箒を使い霊夢の下から脱出した時と同じことを、霊夢も落下のさなか魔理沙の身体をつかって、上下入れ替わった。ただそれだけのことだと、霊夢は言った。

 

「……あーそうかい」

 

 答えを聞いても魔理沙は、不服そうな顔をして、霊夢が注いだ湯呑を奪い取って飲み干す。

 魔理沙が上下を入れ替えた時は人一人分の隙間があった故に、不意を付けば簡単に行えた。

 だが、霊夢が下になった時。地面との距離はもう数センチとなかった。その状態で同じことをやってのけたと。

 同じことだとしても、魔理沙の時とは制限時間も難易度が段違いだと。言ってやりたかったが、言ったら負けを認めることにもなるのでやめた。

 

「これで勝ったと思うなよ!」

「勝手にどうぞ」

 

 一つしか無かった湯呑が、魔理沙の手にあるので、渋々立ち上がる霊夢。もう一つの湯呑を持ってこようと奥へ引っ込んでいった。それと同時に神社へまたもや常連の珍客がやって来た。

 

「れいむ! アタイと勝負しろぉ!」

 

 ひんやりと涼しい風が、境内を吹き抜ける。

 

「ようチルノ。久しぶりじゃないか」

「あっ、まりさもいる! まりさも勝負だ!」

 

 また珍客が来たと、霊夢は額に手を当て、ため息をつく。氷の妖精。チルノ。魔理沙と並び立つ面倒くささを持つもう一人の常連客だ。茶は嫌うが、気づくとお菓子を食い漁っているので霊夢の中で害獣に指定されている。

 

「お、いいぜ。ちょうどヒマしてたところだ」

 

 立ち上がって、どこに仕舞っていたのか手品のようにニミ八卦炉を出現させる。

 

「いいどきょうだな! 今日こそアタイにひざまづかせてやる!」

 

 チルノは立ち上がった魔理沙に、狙いを定めて息を吐き出す。

 

「アイシクルフォール!」

 

 無数の氷の刃が集合して、魔理沙に向かって飛び交った。

 

「へっ、数ある攻撃はバラけさせないと――」

 

 セリフ途中、魔理沙に無数の刃が接近し、爆発する。砂埃を巻き上げて、無傷の魔理沙が姿をあらわす。

 

「意味ないぜ?」

 

 チルノの氷の刃が集弾するので、魔理沙は極限まで近づけて爆発させた。

 

「次はこっちの番だぜ――喰らえッ。マスタァーーーー」

 

 そうしてさっきの霊夢戦の憂さ晴らしか、いつになく全力の魔力を溜め出す魔理沙に、

 

「やめなさい。余波で神社が崩れたらどうするの」

 

 霊夢が湯呑で魔理沙をスコーンと撃ち落とした。

 

 

 

「さっきは無粋な邪魔がはいっちまったな。ノーコンテストだぜ」

「アタイ、またまりさにいどむから!」

「いつでも挑戦待ってるぜ」

 

 魔理沙はチルノの頭を撫でながら、帽子の鍔を人差し指で持ち上げて。

 

「来いよ、高みへ……」

 最近香霖堂で立ち読みした本の内容を真似してみた。

 その魔理沙にチルノは目を輝かせ、

「か、かっこいいー……」

 見惚れていたようだった。

 

 

「ねぇ」

 

 台所から戻ってきた霊夢が、湯呑を乱暴に置く。

 

「いつまで居座る気よ」

 

 いつも、約束もなしに突然神社に上がりこんでは神社を荒らして、時には破壊して帰る魔理沙。そんな魔理沙に霊夢がそう言うのは当たり前でもあった。だが、

 

「まあまあそう言うなよ霊夢」

 

 言われてもなお魔理沙はしぶとく居残るので、すでにただのお約束と化していた。

 

「ほら見てみろ、今日は雲ひとつ無い青空だ。お前もこの青空のように広い心を持つといい」

 

 そう言って空を指差す魔理沙の指の先には確かに、雲ひとつ無い青空が広がっていた。

 いや――

 

「ちょっと曇ってるわよ。あの……霧の湖の方――」 

 

 魔理沙の言葉に言い返すだけのつもりだったのだが、指差した方向に魔理沙が「そんなバカな」と振り返る頃には――雲が広がって、息を呑むヒマも無く幻想郷中を覆ったのだった。

 

 

「何だこりゃ。夕立にしては特殊な雲だな」

 

 二人は広がった雲を眺めながら、幻想郷が危機にさらされるであろう、予兆を。

 

「確かに雲、いや……霧?」

 

 異変の胎動を感じていた。





【あとがき】

ここで本編の尻拭いをしていきたいと思います。本編で説明不足な単語やキャラ設定独自設定などを垂れ流す場所です。

今回は……特に無いかな?


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 幻想郷中に赤い霧が広がっていく。その霧は太陽さえも飲み込んで、幻想郷から陽の光を奪った。霧を晴らさなければ幻想郷はこれから永遠に陽の光を拝めなくなってしまう。

 

「とりあえず……調べなきゃいけないのかしら」

 

 この霧が偶然発生したものなのか、それとも作為的に発生させられたものなのか、もし後者だったら面倒なことになるとか様々な思考を巡らす霊夢。とは正反対に何も考えていない魔理沙は、最初に霧が見えた方へ向かって、箒に跨り、

 

「霧の湖の方から発生してるらしいな! 行くぞ霊夢!!」

 

 一気に彼方へと飛んでいった。既に米粒程度のサイズになった魔理沙を霊夢も追いかけようとしたその時、

 

「アタイも連れてって!」

 

 これから遊園地に行くと思っている子供のように、目を輝かせながらチルノが言い出す。

 

「駄目」

 

 袖を掴んでいたチルノを払い除けて、赤空へと飛び立つ。しかし。

 

「つーれーてーけー!」

 

 チルノが手を振ると、霊夢の両手が氷塊に捕らわれる。

 

「ちょっと! 外しなさいよ!」

 

 博麗神社の柱に氷塊を壊そうとぶつけながら霊夢が言う。そんな霊夢にチルノは舌を出して下まぶたを引き下げた。

 

「べ~! やぁだよぉ!」

「こんの、悪ガキジャリ妖精!」

 

 霊夢とチルノが激闘を繰り広げている間に、既に霧の湖に接近していた魔理沙は赤い霧が渦巻く霧の発信源を見つけた。

 

「あそこか……」

 

 霧の湖の少し奥に、この前までは見なかった赤く大きい洋館がそびえ立っていた。

 

「どうやら、あそこから霧が放出されているみたいだな」

 

 饒舌な説明口調だったことに気づき、口を噤む。心まで噛ませ犬になってしまうことに恐れたのだ。

 口を閉じて、目も閉じる。竹箒に魔力を込める。

 目測では五十メートルほど。目標は赤い洋館前に構えた門。それを突き破りながらスタイリッシュに訪問してやろうというイメージが魔理沙の脳裏に映っていた。

 アタリをつけて、溜めた魔力を放出――一気に流星のごとく飛び出す。

 風も置き去りにするほどの速度で、目標まで残り五メートル。するといきなり、魔理沙と門の間に人影。――チャイナ服の少女が現れる。

 

「ここから先は進ませない! 私こそが、ここ紅魔館番人!」

 

 急ブレーキで箒を止めようと思ったが、突然現れたことと、箒が魔理沙の抑えきれない速度まで加速していたことから、激突は必至だった。

 

「んなっ、危ないぞッ! どけどけ、どいてくれー!!」

 

 魔理沙必死の訴えも、紅魔館門番の紅美鈴には届かない。

 

「ふっ、その程度。この紅魔館門番、紅美鈴の敵じゃあないよ!!」

 

 迫りくる箒を真っ直ぐ見据えて、拳法を思わせ構える。スローモーションにも見える動作で箒に照準を合わせると、箒先端に掌底を当てて箒の軌道を逸らす。ということを妄想していた美鈴は、魔理沙の箒との距離が一メートル以内に接近した際に悟る。

 

(あ、駄目だこれ)

 

 そう確信はしたが、一応箒の先端に掌底は当てた。しかしそこからは予想通りに美鈴は箒に押し負け轢かれ、魔理沙は操縦不能になった箒と共に紅魔館の庭園を荒らし回って、館に大穴を空けながら墜落した。

 

 

 

「っう~……ここはどこだ?」

 

 玄関からお邪魔するつもりだったのに、壁を突き破って入ってしまった。痛みが響く頭を抑えながら、近くの瓦礫をどかして立ち上がる。

 そこには、右も左も本。本。本。どこもかしこも本だらけで、目がくらむような光景が広がっていた。魔理沙にとっては宝島のような感覚で、近くの本棚から一冊を抜き取って、懐にしまい込む。

 その瞬間、魔理沙の立つ床にヒビが入り、そこから水が吹き出してきた。うねって魔理沙の体にまとわり付いてくる。気持ち悪い水を跳ね除けようとするが、そもそも水であるので掴むことはおろか触れることさえ出来ない。

 

「くそっ、離れろ!」

 

 肩まで侵食してきた水を、魔法の熱で蒸発させる。じゅうじゅうと音を立てて、襲ってきた水が水蒸気になり宙に浮かんで、消える――かと思えば、水蒸気が一斉に魔理沙の体の上に落下してきた。

 

「痛っ――――ぐっ!?」

 

 その水蒸気は、羽虫のように小さく、しかし針のように鋭く、そして岩のように重い。水蒸気ならと、風で飛散させようと試みるも、その重量も痛みもどこにも消えなかった。水のような性質を持つのに、質量密度ともに水とはかけ離れすぎていた。

 

「くそっ……誰だ、こんなことしやがるのは!」

 

 水が体に突き刺さっている感覚に、それならと魔法で体表温度を限界まで上げる。水が蒸発して体の自由を手に走り出す。しかし一瞬でまた水に体を拘束される。また熱で体の自由を取り返す。

 一瞬だけ動いて、すぐに捕まる。何度もこれを繰り返して、敵を見つけ出すというゴリ押し戦法も考えたが、水の拘束を解くために魔理沙は一瞬自らの体表を水が蒸発するほどまでに熱している。こんな芸当、普通の人間である魔理沙に、そう何度も出来ることてはなかった。

 もってあと、五回ほどだろう。限界尽きる前にこの水の消し方。もしくは元凶を突き止めてぶっ飛ばす。

 

 魔理沙は熱した身体とともに頭を冷やす。そしてある違和感に気づく。さっきから魔理沙の身体を捉えるこの水は何度も同じ魔法ばかりだ。少しぐらい対応して別の魔法でも良いはずなのに、そんな素振りは少しも見せない。つまりこれは範囲の中にいる者を何らかの方法で選別し攻撃する結界なのだと推測する。

 

 今、突き刺さっている水の魔法は何かをターゲットに魔理沙を追っている。この図書館に入ったものを攻撃するという結界なら手出しが出来ないが、例えばそう魔理沙の持ち物に反応して攻撃を仕掛けてきていると考えると一つ、魔理沙の懐には最初に仕舞い込んだ本がある。

 それが魔理沙を敵と判定する印となっているのだ。それなら捨ててしまえば良いと考えるのが普通だが、魔理沙は拒否する。

 

「私は、一度手にしたものは絶対に手放さないと決めてるんだ!」

 

 魔理沙は、本を強く握りしめる。水が肉に食い込んで、貫きそうになっていく。

 もう一度、体温を上げる。突き刺さっていた水が水蒸気になる。しかしそれも一瞬のこと、すぐに水の針となって降り注ぐ、その一瞬の間、水蒸気が水に変わる前、ミニ八卦炉を上にかざして火をつけた。

 

「――これで、水蒸気は熱波に押されて上に留まり続ける。勤勉なまりちゃんの勝利だ!」

 

 ミニ八卦炉の上で、水が蒸発して戻ってを繰り返している。

 

「よし」

 

 この結界を張った張本人を探す。返事も無ければ痕跡も残っていないので、闇雲に図書館の中を歩き回る。

 道中何度も結界に踏み入り足止めを食らったが、その都度に攻略し脱出していく。

 

 そして――図書館の最奥地に踏み入れる。その時、

 

「ただの人間が、ここまでこれたことは褒めてあげる……だからそこから先には踏み入らず、とっとと帰りなさい」

 

 本棚の奥から、か細い声が聞こえて来た。

 声に反応して一瞬でミニ八卦炉をその方向に向けるが、今の所敵意は感じられなかった。中立の雰囲気。しかし、本棚の奥から膨大な魔力を感じる。この先に居るのは確かに魔法使いだった。

 

「もし、この本棚をぶっ壊して、そっちに行こうとしたらどうなるんだ?」

 

 自分以外の魔法使いなど見たこと無い魔理沙が、興味を抱くのは至極当たり前のことだった。

 魔理沙の言葉に、一瞬間を置いて、ため息をつくのが聞こえた。

 

「帰りなさい……と言ったのが悪かったかしらね。死にたくなければ、帰れ。人間」

 

 脅しのような口調に、鳥肌立つ。その瞬間。

 本棚から本が散弾銃のように飛び出る。

 

「あだだだだっ」

 

 厚く、重い本が息継ぎするまもなく魔理沙の身体に打ち当たる。

 痛いだけで目くらまし程度にしかならない本の拡散弾は、攻撃ではないと察する。事実、魔理沙に当たった本は魔理沙の背後に集まり、自ら勝手に整頓されていく。本を傷つけることを恐れて逃したらしい。

 本が一冊残らず整頓されると、待ってましたと言わんばかりに魔理沙はミニ八卦炉へ魔力を込めた。

 

「マスタースパークッ!」

 

 もぬけの殻となった本棚を破壊と併せて声のする方向へ向けた一撃必殺の魔法を放つ、不意打ち。

 だが、本棚を壊したと同時に、マスタースパークが虚無に消える。かき消されたとでもいうように。

 

「……さすが、上から目線で話すだけはあるな。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ。名前ぐらいなら聞いてやってもいいぜ」

 

 強大な敵の出現に、思わず口角が持ち上がる魔理沙。視線の先には紫と薄紫で染まった少女。魔理沙を前にしてもなお、本を読む手を止めない少女が座っていた。

 

「――私はパチュリー・ノーレッジ。そう、あなたとは違う。本物の魔法使いよ」

 

 名乗った少女は本物の魔法使いと言った。そのことに引っかかり、魔理沙はまた一つ質問をする。

 

「魔法使いに違いがあるのか? みーんな同じようなナリしてるくせに」

「それは貴女が言えたことでは無いと思うけれど……そうね、貴女みたいな

魔法を使う者が魔法使いだと思っている人間は多いわね」

 

 本を閉じて、その辺りに置くと、魔法に包まれ、宙を舞ってさっき整頓された本たちの一部になった。

 

「教えてあげるわ。そして貴女も本物の魔法使いへ――」

 

 パチュリーが言い切る前に魔理沙が飛びかかる。その瞬間、パチュリーの周りに水の壁が飛び出して、魔理沙の攻撃を防ぐ。

 その水はさっきのように魔理沙の身体にまとわり付いて、離れない。魔理沙も同じように身体の熱を放出し、水を蒸発させる。

 水の壁が蒸発し、パチュリーまでの道が開く。

 

「喰らえッ! マスタースパーク!!」

 

 至近距離から放つ、全力のマスタースパーク。これが防がれれば、魔理沙の攻撃は全て相手に効かないということになる。

 閃光と轟音で図書館に土煙を発生させた。

 煙が晴れたとき、そこにパチュリーはいなかった。消えた? 倒した? 魔理沙が考えた二つの予想はどちらも外れて、

 

「プリンセスウンディネ」

 

 魔理沙のマスタースパークを躱して、背後に回り込んでいたパチュリーの水魔法が、魔理沙を穿つ。

 

「ッああァァ!!」

 

 水の槍が魔理沙の中心を貫く。身体に穴はあかなかったが、それ以上のダメージを負ったように感じた。

 

「痛え……」

 

 打たれた腹を抑えながら、ふらつく足で立ち上がる。

 

(水があそこまでの硬度を得るのが甚だ疑問だが……今はそんなこと考えている場合じゃないぜ)

 

 今、注視するべきはパチュリーが魔理沙のマスタースパークを躱した理由。深く考えずとも、そのマスタースパークはかき消せないとパチュリー自身が察したからに違いない。つまり、魔理沙の全力を、至近距離で当てることができれば、パチュリーを倒せるかも知れないということだ。

 そのためには、もう一度パチュリーに近づかないとならない。だが、水が蠢いてパチュリーの足元に集まる。魔理沙が近づけばすぐにでも飛びかかってきそうだった。

 飛びかかれない、距離を取っての魔法はかき消される。魔理沙から動くことが出来ない。攻めあぐねていると、パチュリーの周りを取り囲んでいた水が、一気に地面に引いていった。

 

「そういえば教えてあげると言ったわね。貴女が途中で飛びかかってきたから有耶無耶になってしまったけれど。一度、正しい魔法使いの定義を話してあげましょうか」

 

 そう言って、引っ込んだ水がパチュリーの前に集い現れる。なんてことはない、ただの水に見えた。

 

「貴女と、私の体内に存在する『魔力』それを放出することによって現れる『魔法』そこまでは猿でも理解し発動出来る、簡単なこと」

 

 パチュリーの前の水がうねる。二つに分かれたり、球体になったり、様々な形に変わる魔法。

 

「そして、魔法使いの本意はこのただの魔法に属性を付けてあげること」

 

 ただの水が四角の形に変わっていく。

 

「火水木金土日月。私は七つの属性を扱える。そのいずれかの属性をこの水に付与する。例えば、金を混ぜるとすると……」

 

 そう言って、四角の水にパチュリーが両手をかざすと、水に光沢が現れて、地面に落ちた。鈍い音がして、落ちた地面にはヒビが入っていた。

 鋼鉄ように硬く重い水。

 

「魔力に属性を与えることが出来て初めて魔法使い。魔法使いは皆、独自の属性で、独自の魔法を持っているの。ところが貴女は体内にある魔力を、ただ徒らに身体の外に放出しているだけ」

 

 それが、魔法使いとして不完全な理由だと、パチュリーは語った。

 

「……ややこしい話は嫌いだ。お前の講釈聞きたくもねえが、一つだけ分かったことがある」

 

 敵に塩。というより、犬に芸を教える程度のパチュリー。魔理沙も重々承知で聞いていたが、単なる自慢だと思って、最後まで聞いてなかった。

 

「結局、沢山の属性の魔法を使える魔法使いが最高だって言ってるんだろ? つまるところ、自分が一番ってそう言いたんだな。それだったら私だって得意分野だ」

 

 どころか、何一つ聞き入れていない様子の魔理沙に、パチュリーは青筋を立てる。

 

「……人間がッ」

 

 一瞬頭に血が上ったパチュリーのスキを見逃さず、魔理沙は至近距離へ。

 

「自分が一番強ぇって思うことが、魔法使いってワケだな! よーく理解したぜ! それなら私は大魔法使いさ!」

 

 魔理沙の掌が白く光る。

 

「マスタァーースパァーーーークッ!!!」

 

 特大の閃光がパチュリーをとらえる。

 躱せない、かき消すことはおろか、相殺もできそうにない。

 自分が一番強いと思う。それだけでここまでの魔力をひねり出せるのは、ハッキリ言って異常だ。

 

「っ、賢者の石!」

 

 赤、青、緑、黄、紫。五色の人間大の石がパチュリーを囲む防御結界。パチュリーの持つ中でも最上級といって差し支えない魔法だったが、それでも半分のマスタースパークしか防げなかった。

 

「プ、プリンセスウンディネ!」

 

 残り半分のマスタースパークはその体で迎え撃つしか無かった。ギリギリで水をクッションにして壁に激突することは免れたが、それでもパチュリーの身体は満身創痍一歩手前まで迫っていた。

 

「流石、魔法使いさんだぜ。あのマスタースパークを受け切るとは……」

「自分の最大魔法が防がれて笑っていられるの。やっぱり貴女は魔法使いらしからぬわ」

 

 魔理沙のマスタースパークの四分の三それがパチュリーが受けきったマスタースパークの総量だった。賢者の石で四分の二。パチュリーのその身で四分の一を受けきった。ではあとの四分の一はどこへ消えたのか。

 それは、パチュリーの体内。パチュリーがマスタースパークに撃たれている最中その魔力をとにかく吸収し続けた。

 マスタースパークの四分の一吸い取るだけで、既にパチュリーの元あった魔力より多くなっていた。パチュリーの中で、魔理沙の異常度が急上昇を続ける。

 

「賢者の石ッ!」

 

 先程と同じ石が五つ現れる。今度は防御ではなく攻撃に使う為。

 

「アグニシャイン! プリンセスウンディネ! シルフィホルン! レイジィトリリトン! メタルファティーグ!」

 

 パチュリーが魔法の詠唱を重ね、五つの石から、色と属性の対応した魔法が撒き散らされる。

 五方向から五属性の攻撃。

 

「空に逃げればシルフィホルンが、地面に逃げればレイジィトリリトンが追うわよ。そのまま立っていたら、アグニシャインとプリンセスウンディネとメタルファティーグの餌食になるけれどね」

 

 魔理沙に近づく五つの石が光って回っていた。

 

「さぁ、貴女が一番強いって、この窮地でも同じことが言えるかしら?」

 

「いや、まああれは戯言と受け取ってくれ。私が強い必要は無いんだ。一番力があるべきは私じゃない」

 

 まるで命乞いのように、手のひら返しをする魔理沙だが、よくよく考えれば魔理沙自身が強くあるべき必要は無いのだ。それに気づいた。

 

「スターダスト――レヴァリエッ!!」

 

 魔理沙から、一つ。巨大な彗星が放出される。

 五つに割れた彗星がそれぞれのパチュリーの五つの石を割る。

 

「力が必要なのは私じゃあない。弾幕だ」

 

 そして彗星が爆ぜる。爆ぜた後、散り散りになって満天の星空の如く魔法の弾が弾け飛ぶ。散り散りになった魔法の弾――弾幕がパチュリーに襲いかかる。

 

「――弾幕は力だぜ!」

 

 結界を張るが、圧倒的火力で破壊される。避けようとしても圧倒的質量で逃げ道が塞がれている。かき消そうとしても、追いつかないほどの弾幕がパチュリーに圧倒的なダメージを与える。

 

「私が使う魔法が一番強ければ、それは私が一番強いことになるからな」

 

 倒れたパチュリーに背を向けて、空に浮かぶまんてんの弾幕をうっとりと眺めていた。







【あとがき】

最後の「まんてん」は図書館上空に残った満天の弾幕っていうのと魔理沙がこれまでにない最高の弾幕を撃てたという満点がかかっててぇ……


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 チルノをシバいた後。魔理沙を追って霧の湖まで駆けつけた霊夢がそこで目にしたのは壮絶な光景だった。

 霧の湖上空に差し掛かった辺りから視界に赤く大きな館が、見えていた。その館を囲む塀と門が半壊。その先に見える館は天井の一部が崩壊していて、明らかに何者かが無理矢理侵入した痕跡があった。そしてその侵入者というのが誰なのかは考えるまでもなく察する事ができる。

 

「魔理沙のヤツ……ハァ~」

 

 犯人の名前をこぼしながら深い溜め息をつく。魔理沙がしでかす出来事は大体が良くない方向へ進む。途端に苦い思い出がフラッシュバックするが、考えないようにして、半壊した門の前に降り立つ。

 酷い荒れようで、鉄の門が数メートル先に飛び散っている。

 

「……ん?」

 

 よく見ると、飛び散った鉄塊の先に、人が一人倒れ込んでいる。チャイナ服を着たスタイルの良い女性。きっと魔理沙の被害者だろうと駆け寄る。

 

「……息は、してるみたいね」

 

 外傷もなく、これといって瀕死でも重体でもなさそうだった。

 しかし、いくら肩を揺らしても、身体を浮かせても、蹴っ飛ばしても起きる気配が無い。どうしたものかと思った。いくら死んでないとはいえ、このままここに置き去りにしてしまえば妖怪や妖精に襲われるかもしれない。そうとなれば無闇矢鱈に放置など出来ないし、もし館の関係者なら彼女を助けたことによってこの異変の平和的解決も可能かと考えた。チャイナ服の女性の腕を肩に回して支える。

 

 だがそもそも、霧が流れてきた方向にやって来ただけで、霧の発生源が今目の前にそびえる館だとは言い切れない。

 

「言い切れ――」

 

 視線を上に、赤い館のてっぺんから霧が放出され続けているのを確認出来た。

 

「まぁ、そうね。魔理沙が突撃した館だものね……さて、どうしましょうか……」

 

 重い足取りで、荒れた庭園を抜け、館の扉に手をかける。

 

 重く鈍い音が鳴り響いて、エントランスに足を踏み入れる。エントランスは荒れ果てた外観とは打って変わって綺麗だった。本当なら、外の庭園も美しい花々で飾られていたのだろうが、魔理沙のせいで……もしかしたら、平和的解決出来るラインは既に超えてしまっているかも知れない。

 

「ごめんくださーい!」

 

 取り敢えず、館に居るか居ないか不明の住人に声をかけてみる。数秒待っても返答が無いので、誰もいない可能性を考慮しつつ、足を一歩踏み出した時――

 

「――ッ!?」

 

 霊夢の眼前に、白銀のナイフが現れた。

 飛んできたでもなく、そこにあったわけでもない。

 どこからともなく、音もなく風もなく、気配すらなく突如としてそこに現れた。

 

「あ、っぶない……」

 

 眉間目掛けて放たれたそのナイフを霊夢は驚異的な反射神経掴み取った。間一髪。身体能力が人間離れしている霊夢だからこそ受け止められたナイフだった。

 霊夢の命を狙った一投から敵の攻撃だと確信し、追撃に気を張る。 

 空気の振動を感じ、エントランス中央に構えられた階段の先に目をやると、また何もない所からメイド服に身を包んだ少女が現れた。

 それに、霊夢の肩に腕を回して眠っていたはずの少女すらも、メイド服の少女の傍らにいた。

 

 チャイナ服の少女は慌てふためき、メイド服の少女の方に向けて何かを訴えかけていた。

 

「いやいや! 私は寝てませんよ!? 気絶はしていましたけれど!」

 

 全く目を覚ます気配が無かった少女が、目を覚まして一瞬の内に移動していた。そんな不思議な光景にただ目を奪われる霊夢を見て、メイド服の少女は隣の少女に鋭い目を向けて。

 

「あまり貴女に期待はしていないし、今はそれどころでは無いの。美鈴」

 

 霊夢をナイフで指すメイド服の少女、次いで美鈴と呼ばれたチャイナ服の少女も霊夢を見る。

 

「見たところ、ただの人間のようだわ。さっきまで眠っていた失態は見逃してあげるから、貴女は貴女の仕事をしなさい」

 

 美鈴の本職はここ紅魔館の門番。この館への侵入を試みる者を排除する者。

 

「はいっ! さっきの失態の分はここでしっかり取り返してきますよ!」

 

 二階から階段を超えて一階へ飛び降り、構える。中国拳法にも似た独特の構え。

 

「じゃあ、私はパチュリー様の方へ向かうことにするわ。よろしく」

 

 美鈴と霊夢が向き合ったことを確認してから、メイド服の少女は背を向ける。

 

(パチュリー様の方の人間は少なからず魔力の気配がしていた……こちらよりは万が一がある)

 

 パチュリーの援護へ向かうため、図書館へ直通の扉を開いた。その刹那、背後から、地面を叩いた振動と破壊音が聞こえて来た。その轟音に人間相手にやりすぎではないかと少し感じたが、ここ紅魔館への侵入者は生かしておけないとも思い。黙って歩みを進めていた。だが、

 

「待ちなさい――」

 

 聞こえてきた声に、驚き振り返る。

 

「……ここまで運んできてやった礼も無い。いきなりの訪問者に有無を言わさずナイフを投げる……どうなってんのよこの館の教育は!!」

 

 美鈴が地面に突き刺さっていた。そして人間のはずなのに、妖怪である美鈴を一撃で倒した霊夢が酷く怒っていた。

 今まで主に害をなそうとする者は数多くやって来た。それ故に、多少の危険な存在というものを見比べることが出来る。だが、今目の前に居る存在は、今まで見てきたどんな危険とも似ない。新たな外敵。何としてでもここで消さねばと思った。

 

「失礼。名前を聞いても?」

「博麗霊夢よ」

 

 その名前には聞き覚えがあった。ここ、幻想郷の治安維持に務める博麗の巫女の名。

 だが、今代の博麗の巫女は混じりっけなしのただの人間。能力はお粗末なものだと聞かされていた。人間が美鈴を倒せるはずもない。

 

 ならば、何か隠し玉があるのだと。思うのも無理はない。

 

「私は、十六夜咲夜と申します」

 

 メイド服の少女は咲夜と名乗った。

 

「本日は何のご用でしょうか」

 

 霊夢の目的を訊く。

 

「あの赤い霧を止めてほしくて来たの」

 

 霊夢の目的を聞き、眉をひそめる咲夜。

 

「申し訳ありませんが、それは出来かねます。我が主の命ですので」

 

 軽く頭を下げながら、否定する。

 

「主とやらに会わせてもらおうかしら」

 

 霊夢が埒が明かないと、咲夜との会話に出てきた主と話をしようと考えていると。

 

「それは、不可能だと」

「……なんで?」

 

 咲夜の瞳が変わる。

 

「貴女は、ここで――死ぬ運命だからですわ」

 

 用事を聞いていた時の接客状態から標的を排除する、戦闘状態の瞳へ。

 紅魔館全体の空気が淀んで、霊夢の目線の先から、ナイフが一本飛び出す。

 

「――同じ事ばっかで、芸がないわね!」

 

 飛んでくるナイフを避けて、柄の部分を掴み取る。

 

「武器、もらいっ」

 

 咲夜の持っていたナイフを手にした霊夢。

 咲夜はその場から動かず、ただ静観していた。

 ナイフなんて身体のどこにでも仕込める暗器。戦闘に一本しか持ち合わせていないとは考えづらい。攻撃のタイミングを狙っているはずなのに、そんな動作が一切見えない。ナイフを取り出すぐらいなら、動いてもいいはず――霊夢の長考が、痛みによってかき消される。

 

「痛っ――!!」

 

 霊夢の背中に、今手に持っているものと同じナイフが刺さっていた。

 いつの間にナイフを抜いて投げたのか、いやそれより、いつの間に霊夢の背後に回ったのか。謎が謎を呼ぶ。敵の能力を図りきれない情報不足の中、攻撃の一手を探す時間の経過に焦る霊夢。

 しかし一向に攻撃に移らない咲夜にどこか違和感を抱いて、ある一つの仮説に辿り着く。咲夜は、霊夢が何か隠し玉を持っているのだと考えているんじゃないかと。

 実際、咲夜の初撃のナイフと二撃目は掴み取った。これは何でも無い霊夢自身の動体視力によるものだが、咲夜から見れば人間離れした行動。何か秘めた力を隠していても不思議じゃない。極めつけには美鈴の瞬殺。あれはそもそも霊夢を軽視していたことと、初めから霊夢の得意な近接戦闘だったので不意を尽き一瞬で沈めただけだった。

 それでも、ただの人間に出来る芸当では無い。天才的な戦闘のセンスを持ち得た霊夢だからこそ出来たこと。だがそれだけでも、咲夜の脳裏には様々な可能性が浮かび上がる。例えば、霊夢の能力が咲夜の主と同じような反則級の能力だったりするかも知れない。そう考え出してしまえば、もう咲夜は動けない。そんな予測が、霊夢の中で存在感を増していく。

 

 

 

 事実、その通りだった。

 咲夜は、自身の知識と目の前の現実を照合して、そのジェネレーションギャップに困惑していた。

 博麗の巫女は、代々受け継がれてきた圧倒的霊力でゴリ押しする大胆不敵な存在だと。調べた結果ではそう云われていた。だが今代の博麗の巫女はその霊力を受け継げなかったと聞いた。となれば単なる人間、ここ紅魔館に人間以下の存在は居ない。だからたとえ博霊の巫女が異変解決にやって来たとしても何も問題は無いと思っていた。

 だが、現実は全く正反対で、美鈴は一撃で屠られ。今、二度不意を付いて尚咲夜のナイフは届かず、ようやく届いた三本目も深く刺さらなかった。

 ただの人間だとタカを括っていたツケを今まさに払い戻されていた。困惑と迷いが生まれだしていた。しかし、三本目のナイフが刺さった事実に、気を取り戻す。

 考えれば分かること。霊夢の力の半分タネは割れている。人間が妖怪達と渡り合う手段は『程度の能力』が優れているからに過ぎない。咲夜もその部類。人間でありながら、超常的な能力を手に入れて妖怪達と同等の力を持つ者。

 奇しくも、二人の状況は似たようなものだった。今の二人が、目の前の相手に勝利するには、相手の『程度の能力』を暴くことが大前提であった。

 

「その程度?」

 

 霊夢は、自分が現段階では咲夜に強行されれば負けることは必定なので、あくまで上からのスタンスで戦うことを決める。能力の相性など意に介さない、圧倒的火力があることをアピールする。

 

「……まだまだ、これからですよ!」

 

 咲夜はもう一度、真正面からナイフを投げる。それは今までと同じように、霊夢の目前から現れる殺人ナイフ。

 しかし、簡単に払われる。焦っていた思考を取り戻しながら、咲夜は一つ予測を立てた、三本目の霊夢の背中に刺さったナイフから霊夢の能力は視界に捉えられたものに対して発動する能力なのだと。能力の詳細が分からずとも、背後からの攻撃は通るのだからその攻撃に尽力を賭すべきだと考えた。

 

 背後を狙う攻撃を続けていけば、いつかは能力の秘密も分かるだろうと一定以上の距離を保ちつつ、ナイフを一本正面から、背後からもう一本投げる。

 

「――二度、同じ手は喰わないわよ!」

 

 だが、正面から飛んでくるナイフを掴み取った霊夢は、素早く後ろに振り返り、背後に投げられたナイフも叩き落とした。

 ナイフが地面に落ちて、鋭い音を響かせる。しかし、背後の攻撃にも対応してくるだろうと、予測していた咲夜は霊夢が後ろに振り返った瞬間、もうすでにナイフを投げていた。先程と同じく三本目のナイフが霊夢をもう一度抉る――かと思われたが、霊夢がいきなり身を屈めると、そのまま扉の方へ全速力で走る。まるで、咲夜から逃げるように。

 

(……! そうか、壁を背に、弱点を無くそうと――)

 

 霊夢の行動の意味を察する咲夜だったが、違った。

 霊夢はずっと咲夜に背中を向けて、扉を開こうとしている。既に、外から鍵を掛けて居ることにも気づかないで、必死に。

 ネズミのように逃げ道を漁る霊夢に、咲夜は全ての理論が崩れ、新たな確信を得た。

 

 やはり、博霊霊夢はただの人間だった。身体能力が人間離れしているだけの、ただの人間。ならば、どんなことをしても負けようはない。咲夜と同じかそれ以上の能力を持っているものだと錯覚させるような話し方にも惑わされた。パズルのピースが全て綺麗に嵌った快感に震え、咲夜はもう一度ナイフを構える。

 今度は確実に、ナイフを貫かせる。そのため、咲夜は一歩ずつ霊夢に近づいていった。身体能力が驚異的なのは事実なので、それなりの距離を開く。霊夢の全速力も先で見ているので、不意をついて走っても手が届かない程度の距離まで詰める。

 

「その扉には鍵を掛けてあります。逃げ道はありませんよ?」

 

 袋のネズミ、霊夢に声をかける。咲夜の言葉に放心したのか、扉を掴んだまま、動かない。

 

 

 

 

「逃げようなんて、思っちゃいないわよ」

 

「それならなぜ、そこから動こうとしないのですか? 負けを認めるんでしょうか。まあでも貴女が死ぬことに変わりはありませんが」

 

「いや、逆ね。勝ちを宣言させてもらうわ」

 

 咲夜の能力。それは『時間を操る程度の能力』時間を止めることを戦闘で活躍させている。時を止め、ナイフを投げて、時間停止を解除すれば、霊夢から見れば虚空からナイフを現れてきたかのように見える。しかも、時を止められている時間は無限。確かに調べたことはないが、その気になれば何時間だって止めていられる。

 しかし、咲夜のその完全無欠の能力にも制約がある。それは、咲夜が触れている間は触れているモノも時間停止の世界に一緒に来てしまうこと。咲夜の手に触れた状態で時間停止の世界に入ったモノは咲夜の手から離れた瞬間から五秒だけ動くことが出来るというルールがあった。

 だから、霊夢が動いた瞬間。否、動こうと筋肉が何らかの動きを見せた瞬間、時を止めてこの勝負を終わりにしようとしていたのに。

 

 霊夢は、何の予備動作も無しに身体を固めたまま、走るスピードより早く咲夜に体当たりする。

 

「私の能力、気になっていたでしょ? 教えてあげるわ『空を飛ぶ程度の能力』よ!」

 

 バランスを崩した咲夜の首に腕を回して、裸絞にかける。

 

 

 あの時、美鈴が霊夢の肩から引き剥がされたときに、既に咲夜の能力が時間停止であることには気づいていた。そして、その時止めは咲夜が触れたものも対象になると、推理していた。ならば次はどうにかして咲夜に近づかなければならない。それなら、と最初のナイフを回避したことをネタに如何にも強い能力を持っているかのように振る舞ってみせた。そして次の攻撃も、避けて一か八かだったがナイフを取ろうとした。結果取れたのは本当に奇跡だった。

 咲夜の警戒心と敵の能力が分からないというストレスが限界まで高まった状態で、霊夢は逃げ出す。何の策も無いフリで。そうなれば咲夜も今まで霊夢が防戦一方だった事実に気づく。そうなれば後はもう疑わない。カタルシスの解放に、霊夢の背中にしか目が行かない。

 そのスキをついて、今まで見せてこなかった霊夢の隠し玉。空を飛ぶ程度の能力で筋肉を一切動かすこと無く、咲夜の背後に回ることが出来た。

 

 霊夢の腕を外そうともがくが、そもそも近接戦闘があまり得意ではない咲夜とホームグラウンドの霊夢。力の差は歴然で――

 

「勝った! 第三部か――」

 

 咲夜が気絶する、ほんの二三秒前。霊夢が勝ち名乗りを上げたその瞬間だった。

 

「咲夜――一体これはどういう事だ?」

 

 絶対零度より冷えた声が、霊夢と咲夜の耳元で鳴る。







【あとがき】

咲夜さんはなかなか思慮深いですから、最初から霊夢が身体能力おばけじゃないかと疑ってます。疑いつつも、何か能力を隠していないかと疑ってもいました。


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