ToLOVEる~もしもデビルーク家の長兄がチャーム人の性質を強く受け継いでいたら~ (カイナ)
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前編

「クッソオオオォォォォ油断したあああぁぁぁぁっ!!!」

 

「お兄様ぁ~!!!」

 

 どこかの王宮のような豪華絢爛な廊下。そこを埃が立つ程の勢い──ものの例えであり、掃除がきちんと行き届いているのか実際に埃が立つことはない──で疾走して悲鳴を上げる青年と、その相手を兄と呼び追いかける少女。

 青年は口元を除いて顔全体を隠す仮面をつけてやや黒みがかったピンク色の短髪をなびかせながら逃げ回り、彼を追いかける少女は彼よりも明るいピンク色の短髪をなびかせて満面の笑顔で追いかけ回す。その追いかける軌跡にハートマークが浮かんでは消えていた。

 

「しまっ」

 

 床に敷いた絨毯に足を取られて青年が転び、僅かに動きが止まる。その一瞬を見逃さずに少女が彼に馬乗りになった。青年も咄嗟に抵抗できないうつ伏せから抵抗可能な仰向けになったものの完全にマウントポジションを取られている。

 

「お兄様、お兄様、お兄様、突然倒れ込むなんて、これはもうモモを誘っていると考えてもいいのでは? ええ、そうですわ、そうに決まっています……」

 

「モモ! 落ち着け! お前は魅了(チャーム)を受けてるだけだ正気に戻れ!!」

 

「正気? なんのことでしょう? ああ、そういえばお兄様は先ほどお転びになられた……妹、いえ、未来の妻としてお兄様の綺麗な肌に傷がついていないか確認しなければ……大丈夫です。掠り傷がついていようともモモが治して差し上げますから……」

 

 ハァハァとした荒い息に淡い赤色に上気した頬、とろりと蕩けた瞳の奥にはハートマークが見える。モモと呼ばれた少女は年齢離れした色気を漂わせており、一瞬青年も色気に怯むもモモがこっちに手を伸ばしてくるのを見ると正気に戻って両手でモモの腕を掴み阻止する。

 

「いた! こっちだザスティン! 無事か兄上!?」

 

「ナナ様、万が一のためこれ以上近づかれないよう! 後はお任せください!」

 

 そこに聞こえてきた少女と男性の声、助けが来たとキラが判断したと同時、モモの身体が何者かに持ち上げられた。

 

「ああ、お兄様! お兄様! ザスティン何をするのです!? 私はこれからお兄様に愛を捧げて──」

「うおおおお正気に戻れモモー!」

「──な、何よナナいたたたたた往復ビンタはやめてー!?」

 

 モモを羽交い絞めにして持ち上げたザスティンと呼ばれた男性の元にもう一人、こっちはピンク髪をツインテールにした少女が駆け寄り、モモに往復ビンタを開始。パパパパパンッという連続した音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

「ご迷惑をおかけいたしました……」

 

 モモが綺麗な土下座を仮面の青年に向ける。その瞳にハートマークはないが両頬は赤く腫れあがっており、先ほどの往復ビンタの痛みで無理矢理正気を引き戻させられたことが伺える。

 

「いや、こっちも武術の鍛錬後、油断して仮面を外して汗を拭いてたからな……モモは気を利かせて飲み物を持ってきてくれただけだ。正気に戻ったんならこれ以上怒るつもりはない」

 

「お兄様……」

 

 仮面の青年もモモは悪くないとなだめ始め、それを聞いたモモが顔を上げるとその瞳の色が僅かに変わり、頬が淡い赤色に染まる。

 

「モモ様」

 

「はっ! あ、危ない危ない。相変わらず魅了から解けたばっかりの時は危険だわ……」

 

 それに気づいたザスティンが釘を刺すよう静かに呼びかけるとモモも再び正気に戻ったように声を漏らして正気を維持しろと自分に言い聞かせるように目を瞑ってペチペチと両手で両頬を叩いた。

 

「クソ、いちいち会話も出来やしないのか……ホントめんどくさいなこの体質……」

 

「わ、私も頑張りますから……」

「あ、あたしもさ……」

 

 仮面の青年のぼやきにモモとナナが苦笑を交えながら、しかし仮面越しとはいえ顔を正面から見るのは危険な気がしているらしく目を逸らしながら青年に答える。

 仮面の青年ことデビルーク星第一王子──キラ・ゼパル・デビルーク。銀河を統一したギド・ルシオン・デビルークの実子でありデビルークの正統なる後継者といえる彼には一つの特徴があった。

 

 そもそもギド・ルシオン・デビルークの妻セフィ・ミカエラ・デビルークはデビルーク星人ではない。声を聞かせるだけで人の心を鎮め、顔を見せるだけで異性を虜にしてしまうと言われる少数民族チャーム人の最後の末裔。チャーム人の魅了能力はかつて銀河同士が争った銀河大戦の発端は一人のチャーム人をめぐった銀河同士のいざこざであるという説まで提唱されるほどのものである。

 ギドの三人の娘はデビルーク星人の身体能力と怪力を長女であるララは特に強く、さらに次女と三女であるナナとモモはチャーム能力が変化したのではないかとされるそれぞれ動物、植物との意思疎通の能力を、そして三人ともセフィ譲りの美貌を受け継いでいる。

 

 しかし次期デビルーク王、すなわち銀河を統べる力をもっとも必要とするべきキラは彼女らとは逆に、セフィの能力、魅了(チャーム)と呼ばれる異性を己の虜にしてしまう能力の方を強く受け継いでいた。

 顔もセフィ譲りの美丈夫であり、その顔を直に見なければ、特にデビルーク星人とのハーフであるというのが幸いしているのか顔を完全に隠さずとも口元を開き、目の部分も空いた仮面でもなんとかなっているものの。うっかり仮面を外した素顔を見せてしまえばたとえ血を分けた姉妹であろうとも魅了され正気を失ってしまう程の力を持っている。

 

「キラー、レン君が遊びに来たよー」

 

「ああ、サンキュララ()ぇ」

 

 声をかけてきたピンク髪ロングの美少女──キラの双子の姉であるララがキラへの来客を知らせに来る。

 レンことレン・エルシ・ジュエリア。メモルゼ星の王子でキラとは幼馴染であり、同年代で同じヒューマンタイプの宇宙人の男という数少ない相手であるためかお互いに友人と呼ぶ関係である。

 

「ん?……ああ、また魅了(チャーム)しちゃったの? キラも大変だねぇ」

 

「ララ姉ぇが魅了された時よりは楽だよ……」

 

 モモがキラに向けて正座しているという格好を見て今の状況を察したララの暢気な言葉にキラは大きなため息交じりにそう答える。

 一度ついうっかり風呂上がりにララと遭遇してしまい、もっともギドからデビルークのパワーを受け継いでいるララが魅了された時は、ララ自身に魅了といった概念がよく理解出来ていなかった事もあったのだろうかララ本人も困惑しながらもキラを押し倒して迫り始め、キラが必死で悲鳴を上げた事で駆け付けたザスティン達がララを取り押さえようとするも「よく分かんないけどキラから離れたくない」とララが駄々をこねるように大暴れ。

 仮にも護衛対象の一人であるララに対して本気でかかるわけにもいかず困惑するザスティン始めデビルーク親衛隊の一部に、それから彼らが数日業務をまともにこなせないくらいの被害を出しながらようやく沈静化したほどだ。

 そんなキラの皮肉にララも気まずそうに目を逸らしながら「あはは~」と苦笑いを零す。

 

「じゃ、じゃあ、伝えたからね!」

 

 そして脱兎のごとく逃げ出した。

 

「はぁ……じゃ、俺はレンのとこ行ってくる」

 

「じゃあな~兄上~」

「ではお兄様、また後で」

 

 ため息一つと共に諦めたキラはそう言って歩き出し、ナナとモモも苦笑交じりに手を振ってそれを見送った。

 

 それからキラは自分への来客が大体通される客室(部屋の至る所にアラームのスイッチがあり、もしも自分に来客が女性で誤って魅了されてしまった場合には即座に緊急事態のアラームを押して親衛隊を呼べるようになっている)へと向かい、男相手なら問題ないが仮面がずれていないかを確認。問題なしと判断してから部屋のドアを開けた。

 

「ダァ~リ~ン!」

 

 その瞬間部屋の中から何者か──声からして女性──がキラ目掛けて飛びつき、キラはそれを予想していたかのように右手を前に出して右手一つでその相手の顔面を掴む。所謂アイアンクローというものだ。

 

「おかしいなぁ、俺はララ姉ぇからレンが来たって聞いてたんだが……」

 

「あだだだだ! ダーリン! ダーリンの愛が! 愛が痛い!」

 

「レンの姿が見えないんだがこれはどういう事だろうか?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちょっとした出来心だったの!」

 

 右手に力を入れればメキメキという音が聞こえ、掴まれた女性がじたばたと暴れながら謝罪の声を出してくるため、力を緩めて右手を離すとその女性は「死ぬかと思った……」とぼやき、その姿を見てキラは軽くため息を漏らした。

 

「何やってんだよ、ルン」

 

「て、てへ♪」

 

 キラの軽いお叱りに対して、舌をぺろっと出してこつんと頭に手を当てるてへぺろポーズで誤魔化そうとするのは色素の薄いエメラルドの髪に赤みの強く入った瞳の、チャーム人の美貌を継ぐララ達を日頃見慣れているキラから見ても「美少女」という評価がつく少女。

 彼女はルン・エルシ・ジュエリア、メモルゼ星の王女でレンと同じくキラの幼馴染。

 そしてメモルゼ星人は厳しい環境を生き残るための独自進化として大人になるまで、男と女二つの精神を一つの肉体で過ごすという進化を遂げている。このルンと先ほどララが言っていたレンは同じ肉体を共有する一心同体ならぬ二心同体となっているわけだ。

 もっともこれも進化なのか男の人格が表に出る場合は肉体も男に、女の人格が表に出る場合は肉体も女になるのだが。

 

「ったく……まあ、時期的にレンが来るのはおかしいと思ってたんだけどな」

 

「さっすがダーリン! 私の事をそこまで分かってくれるなんて!」

 

 メモルゼ人は一定の周期で男女が変化する。もっともその体質はちょっとしたことで変化するため、どこぞの辺境の星ではくしゃみ一つで変化が起きるという可能性もあったりするのだが。

 キラはその周期から考えてこの時期に「レンが来る」のはおかしいと勘付いていたらしく、それを聞いたルンが再び嬉しそうに抱きつこうとするもキラに頭を押さえられてじたばたする。とはいえさっきのようにアイアンクローには繋げずただ抱きつこうとするのを止めているだけなのだが。

 そしてそのショートコントも終わって立ち話もなんだからと椅子につき、デビルークの従僕(もちろん男)が紅茶と茶菓子を用意して退室したのを見計らってからキラはルンに呆れたように細めた目を向ける。

 

「で、何の用事なんだ?」

 

「え~婚約者に向けてその態度は酷くない~?」

 

 呆れ交じりのため息をしながらの言葉にルンがぷくりと頬を膨らませる。

 婚約者、言葉通りの意味である。とはいえキラからすれば親同士が勝手に決めたものだしそもそも正確に言うなら婚約者“候補”。一応ルンはその候補の中でも筆頭に近い位置づけにあるものの、キラ自身は己の魅了体質もあってあまり婚約に乗り気ではないのが正直なところである。

 

「大体、婚約者っつったってただ次期デビルーク王候補筆頭のってだけだろ?」

 

「その“だけ”がどんだけヤバいのか理解してないのあんた?」

 

 思わずというように漏れた言葉を聞いたルンが頬杖をついてジト目&平坦な声でツッコミを入れる。

 無論キラも理解していないわけはない。デビルーク王というのはすなわちこの銀河を統一した王の称号。それを継ぐ者はその権力を継ぐも同義であり、その伴侶となればそこら辺の王と比べても上となる権力を手にするわけである。

 

「皮肉だ、理解しろ」

 

 しかしキラはフンと鼻を鳴らす。なにせ自分はこの体質、うっかり仮面を外れて周りの女性がいれば大惨事。それは数多くの人間を相手に政を行う王としては致命的な欠点になる。もっとも同じ体質の母セフィがそれで外交をやり遂げているのだから、自分に出来ないなどというのは甘えに過ぎないのだが。

 とはいえそれがある意味ハンディになっているのは事実。流石に正面切って言う馬鹿はいないが、キラではなく第一王女であるララを優秀な者と結婚させて、その者をデビルーク王に祀り上げるのはどうかという一派が水面下で活動しているのは周知の事実。そのためキラだけではなくララにまで婚約のためのお見合いの雨あられだ。

 キラは自分の体質やそれが原因で聞こえてくる風聞、噂を思いながらハァとため息をついた。

 

「もしもそうなった(俺が次期デビルーク王の座を失った)時、“俺”の婚約者になってくれる奴がいるかって話だ」

 

 なにしろ常に仮面をつけ、素顔は目の前のルン含め婚約者には見せた事がない。相手を魅了させないためにといえば聞こえはいいが、素顔さえ見せない相手を好いてくれる者がどこにいるのか。

 もしもララの婚約者が次期デビルーク王に決定したとしよう。その時に次期デビルーク王候補筆頭の座を失ったキラ・ゼパル・デビルーク個人と婚約者という関係を続けてくれる者がいるという保証はない。

 

「私はなるけど?」

 

「そりゃどーも」

 

 キラの言葉に即答で首を傾げながら返すルンに、冗談と受け取ったかキラは軽く返して紅茶を口にする。

 

「……冗談じゃないんだけどなぁ」

 

 その言葉を受けて、ルンはまたも頬を可愛らしく膨らませながら、ある昔の一日を思い出し始めた。



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後編

【注意】
これは二話連続投稿の後編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


 ある日、自分達が10歳の誕生日を迎えて少し経ったくらいの頃。デビルーク星に連れてこられ、婚約者として決められていた男――キラと初めて顔を会わせられた時だった。

 だがキラは仮面をつけて顔を隠していた上に必要最低限の挨拶を行ったらすぐにどこかに去っていくという具合で、お付きをしていたザスティンが慌てて「これもキラ様が貴女様を魅了させないために~」と慌てて言い訳していたほどだ。

 だが仮面をつけていて顔も分からない相手では好意のようなポジティブな感情を抱けるわけもなく、私はお父様がデビルーク王と政治の話をし始めるのを見届けるとこっそりその場を抜け出したのだった。

 

「あ、ルンちゃん。遊びに来たの?」

 

「ええ。あなたの弟がどっか行って暇になっちゃったんだけど」

 

 その道中でララと偶然合流、開口一番嫌味を漏らすとララは「あはは……」と頬を引きつかせて笑った。

 

「ま、まあ、キラも悪気があったわけじゃないから……」

 

「どーだか……」

 

 仮面越しにチラリと一瞥して頭下げて最低限の挨拶だけして退室。これで悪気がない方が驚きだ。

 大体チャーム人の美貌を継いでいるなんていう噂も眉唾、実際に素顔を見た事がある女性は家族程度という話だ。もしかしたら実はなんの力もないからそう言って誤魔化しているのではないかという噂さえ出ている。もちろん口に出してしまえばデビルーク王の怒りを買うのは間違いないから誰も表立って口にはしないが。

 あーえっとーと目の前でどうしようかと困っているララを見て、まあ八つ当たりで困らせるのも悪いかなと思った時だった。

 

「そ、そうだルンちゃん! これから暇?」

 

「……え?」

 

 慌てたように汗ダラダラと、しかし名案を思い付いたとばかりの言葉に私は呆けた声を返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

「どゆこと?」

 

 思わず半目になってぼやく。ララに「さあさあ」と連れられていつの間にかお城を抜け出して連れてこられていた。ララは「少しくらいなら大丈夫だよ」と言っていたのだが。

 

「ほらほら、お詫びに遊びに連れてってあげるから!」

 

「え~……」

 

 デビルーク王から受け継いだ怪力というのはあながち嘘ではないのだろう。抵抗していないからとはいえずりずりと引きずっていかれてしまう。そのまま連れてこられたのはデビルーク王と近郊の森だ。

 

「ナナとモモに教えてもらったんだけどね、この辺可愛い動物や綺麗な花があるんだよ!」

 

「あー、うん……」

 

 ニコニコ笑顔でそんな事を話すララに相槌を返すのが精一杯。ホントにいいんだろうかとか考えてしまう。

 

「あれ~? でもおかしいなぁ、動物さんの姿が見えない……おーい!」

 

 私から手を離して数歩先を歩き、両手を口元に当てて呼びかけるララだが何も出てくる気配はない。まるで()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな事を考えた瞬間、私の身体は後ろから何者かに抱き上げられたかのように宙へと浮かぶ。いや、抱き上げられたかのようにではない。抱き上げられた。

 

「動くな!」

 

「ルンちゃん!?」

 

 抱き上げられたせいで耳元から聞こえてくるうるさい男の声に、ララもはっとしたように振り返る。

 

「誰!? ルンちゃんを離してよ!」

 

「そうはいかねえな、ララ・サタリン・デビルーク……お前には人質になってもらうぜ」

 

 深くフードを被って顔を隠しているせいで体型的に自分達と同じヒューマンタイプの異星人、というくらいしか分からない。さらにララと自分(を抱き上げている男)を囲むように無数の異星人が森の影から現れる。

 

「お前もメモルゼ星の王女様みたいだな。お前も一緒に連れていけば人質くらいの価値はあるだろ」

 

「ひっ!?」

 

 ニヤァと口元が裂けるように笑ったのがフード越しに見え、同時に感じる誘拐されるという恐怖から目に涙が浮かび、背筋に怖気が走るのが分かる。

 

「そうはいくかよ」

 

「が!?」

 

 だがそこにそんな声が聞こえると共に、自分を抱き上げていた男が何かの衝撃を受けたように吹っ飛ばされ、同時に自分もその男の手から離れて地面に倒れ込んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 誘拐犯の一味の一人が叫び、私も倒れ込んだ身体を起こして前を見る。

 そこにいたのは黒みがかったピンク色の髪をした、背後からでも仮面をつけていると分かる、自分と同い年の少年。

 

「黒みがかったピンクの髪の、仮面をつけた少年……こいつ、キラ・ゼパル・デビルークか!?」

 

 誘拐犯の一味のまた別の一人が叫ぶ。すると少年──キラは呆れたかのようにララに向けて声を発した。

 

「ララ姉ぇ、出てくならザスティン達に一言言っておかないと」

 

「あはは、ごめんね……」

 

「まあいいや……こいつらは俺がなんとかするから、ララ姉ぇはルンさんを守ってて」

 

「は、は~い……」

 

 流石に勝手に城を抜け出した挙句に私が捕まりかけたという弱みがあるのか、ララは気まずそうに笑って私に駆け寄り、立ち上がらせると私と一緒にテキトーな木の上に避難する。

 

「ちょうどいい! デビルーク王家の長兄であるコイツの方が人質としての価値は上だ!」

 

「デビルーク王の息子っつってもたかがガキだ、この人数に敵う訳がねえ!」

 

 誘拐犯の一味も私達よりキラの方を捕まえた方がいいと判断したか、一斉にキラへと向かう。

 

「え、ちょ、これ助けなくていいの!?」

 

 噂が本当ならキラはデビルークの怪力よりもチャーム人の魅了の力を受け継いでいるはず。もしそうなら腕力とか身体能力は純正のデビルーク人より劣るはず。だというのにララは心配していないかのようにニコニコと微笑んでいた。

 

「大丈夫だよ」

 

 

「な、なんだ!?」

 

 ララがそう言うと同時、木の下から大人の男達の困惑の悲鳴が聞こえてくる。

 

「な、なんだこれ、なんで巻き付いて!?」

 

「じ、地面がいきなり凍ってふぎゃ!?」

 

「遅い!」

 

「がは!?」

 

 木の下を見下ろすと、そこには屈強な男達がロープに縛られて行動不能になったり突然凍った地面に足を取られて滑ってこけたりして行動を封じられたり、それらをかわしても単純に格闘能力で負けて腹部を思い切りぶん殴られて吹っ飛ばされ、その先にあった木の幹に叩き付けられてその衝撃だけで木をへし折るほどの破壊力に耐えきれずに気絶する光景があった。

 

「つよ……」

 

 思わずポカンとしてしまう。それからキラは転んだ男や縛られた男達も一人ずつ殴ったり蹴ったりして意識を刈り取りつつ、私達が避難していた木の上を見上げた。

 

「二人とも、もう大丈夫だよ」

 

「うん。ありがとー」

 

「え、きゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 ひょいっと持ち上げられたかと思うとこっちの意志は無視で飛び降りられ、思わず悲鳴を上げてしまったが私は悪くないだろう。

 

「そういえばキラ、どうしてここに?」

 

「あ~……ララ姉ぇ達が城抜け出すの見かけて大慌てで追いかけてきたんだ。とりあえずザスティン呼ぶけど、ララ姉ぇは説教を覚悟しといた方がいいよ?……ルンさんは、まあ、どうせララ姉ぇに無理矢理引きずってこられたんだろうし、俺から許してあげるよう言っとくけど」

 

「なにそれ~!? 元はといえばキラが悪いんじゃん! ルンちゃん、不愛想にされたって怒ってたから私こうやって森に連れてきたんだから!」

 

「や、だって……しょうがないだろ、ララ姉ぇ達並に可愛い子なんて初めて見たんだから……

 

 顔を逸らして呟いたせいで何を言ったのか聞こえなかったが、気まずそうな雰囲気を見せているのは間違いなく、思わず首を傾げてしまう。

 

「!」

 

 だが直後キラは何かに反応したかのように私の背後に立つ。同時にパァンッという破裂音やビシィッという衝撃音が辺りに響いた。

 

「チッ、勘がいいねぇボウヤ」

 

「誰だ?」

 

 森の奥からそんな声が聞こえ、キラが腕で顔を守るような体勢をしながら問うと森の奥に広がる闇の中から一人のヒューマンタイプの異星人が姿を現す。

 赤褐色の肌に、銀色の髪を伸ばしている途中なのかセミロングにして下ろしている。その右手には長い鞭を握っていた。

 

「冥途の土産に名乗ってやるよ。あたしは新進気鋭の殺し屋、アゼンダ様だ。ホントはあんたらを人質にしようとして、デビルークの外交の要セフィ・ミカエラ・デビルークを暗殺しようとしたんだがね。こいつらがあまりにもふがいないから手を貸してやるってわけさ……よお、追加料金はしっかりいただくぜ? ま、聞こえてねえか」

 

 異星人──アゼンダはそう言い、依頼主が聞いてないのをいい事に勝手に手助けに入って人質を捕まえたという実績から料金割り増しを後付けさせるというセコイ真似をしようとしていた。

 

「さて、大人しく捕まってくれりゃあ痛い思いはしなくていいよ? そこのキラとかいうガキは噂によればセフィ・ミカエラ・デビルークのチャームとかいう力を受け継いだとか聞いてるけど、そんなホントかもわからない噂話に踊らされる程このアゼンダ様は甘くないんでね」

 

「……ララ姉ぇ、ルンさんに俺の顔を見せないよう注意して。ララ姉ぇもね」

 

「え……あ!?」

 

 アゼンダの言葉を聞いたキラがララに指示。ララもその意味が理解できてないように首を傾げるも、直後ある一点を見て声を漏らし、それにつられて私もその視線の方に目を向ける。

 

(……仮面?)

 

「やば! ルンちゃん、今キラの顔見ちゃダメだよ!」

 

「へ!?」

 

 地面に落ちているのは一個の仮面、そういえばキラがつけていたやつに似ているような。そこまで考えたところでララはさっと彼から背を向ける。だが私は困惑で動けない。

 

「ハハハ! デビルークの王女たって所詮はガキか! 怖くてうずくまって震えるしか出来ないってか!?」

 

「……相手がこっちに敵意を向けてるのなら、思い切り殴っても問題はないな」

 

「……ハァ?」

 

 ララが行った行動の意味が理解できないのか(私も理解できなかったのだが)嘲笑うように声をかけるアゼンダに対し、そんなキラの声が耳に届く。続いてアゼンダの困惑の声も。

 

「アンタの言った噂、その身で試してみるといいよ」

 

 その言葉と共に、私達に背を向けているキラはゆっくりとまるで顔を守るように……違う、顔を覆うように隠していた腕をどける。たったそれだけの行動に、何故か私は目が離せられなかった。

 

「…………」

 

 それを目の前で見ていたアゼンダが硬直、彼女の頬が赤く染まっていく。

 

「か、かっこいい……」

 

 その口から出てくるのは戦いの場に相応しくないと分かる言葉。ふらふらとまるで吸い寄せられるように歩みを進める彼女の右手から武器である鞭がずり落ちるも、それに気づいていないような虚ろな目で、アゼンダは両手を前に伸ばしながら、まるでゾンビのようにふらふらとキラの方へ歩み寄る。

 

「ハァ……ハァ……ま、待ってな、今あんたを捕まえて、連れて帰って……一生あたしのペットにしてやるからさぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 突然虚ろな目に興奮の色を宿し、頬を赤く染めてだらしなく開いた口からは涎を溢れ出させながら無防備に飛びかかる。

 

魅了(チャーム)にはこういう使い方もあるってわけさ」

 

「ぎゃふん!?」

 

 完全に正気を失った様子のアゼンダがフェイントも何もなく単調に飛びかかってくるのにタイミングを合わせた全力の回し蹴りがアゼンダの首に直撃、アゼンダはそんな声を上げて吹き飛び、木に叩き付けられると目にハートマークを浮かべたままがくりと気を失った。

 

「……」

 

 だけどそれは私の目に入らない。ハイキックの勢いでチラリと見えた顔、半分も見えなかったけれどもそれだけでも間違いなく整っている、絶世の美丈夫と言っても過言ではないと分かる程。その顔の周囲がキラキラと輝いているような錯覚さえ感じる。

 

「かっこいい……」

 

 思わず口から出た感想。しかしそれは顔だけの話ではない、自分達を追いかけてきて颯爽と助けに入って来てくれた。その行動自体がかっこいいし、誘拐犯を一網打尽にしたのもかっこいい、殺し屋を文字通り一蹴したのだってかっこよかった。

 自分がこっそりこっち見てるのに気づいていないのか、キラは落ちていた──今にして思えば私をアゼンダの攻撃から庇った時に弾き落とされたのだろう──仮面を拾い上げて付け直してから、私達の方を向き直した。

 

「ルンさん、大丈夫? 怪我はなかった?」

 

「え? あ、あぁ、うん、大丈夫だよ!」

 

 突然声をかけられ、慌てたように手をパタパタさせながらの返答になってしまうが不自然に思われなかったのか、よかったと口元を緩めて微笑むだけで終わる。

 

「待ってて、今ザスティン達呼んで、こいつら全員連れてってもらうから」

 

 そう言ってキラは連絡用の機械を取り出して連絡を開始。程なくしてザスティン達王室親衛隊が到着し、誘拐犯の一味やアゼンダをこれから銀河警察に引き渡すと言って、それまで捕まえておくために連行開始。

 それから「ララ様もルン様もキラ様も、お城に帰ってからお説教ですからね」と、城を抜け出した元凶のララはもちろん、結果として何も言わずに城を抜け出した事になる私とキラまで巻き込まれて説教決定。私達も城へと連行される事になったのだった。

 

 

 

 

 

「ふふ……」

 

 もしかしたらその時に魅了されちゃったのかも。だけど、それはきっとチャーム人としての魅了(チャーム)だけじゃないはず。

 

「……なんだよ?」

 

 突然笑われたのが気になるのかキラが声をかけてくる。相変わらず仮面のせいで表情は口元から以外は読み取れないし、素顔を見たのだってあの時の事故とさえ言えない時だけだ。

 

「キラ」

 

 だから私は今は魅了されていない。でも、彼に対するこの感情はあの時から燃え上がって消えないままだ。

 

「私はずっとあなたの婚約者。あなたが嫌だって言っても解消はしないしさせない。それから絶対、あなたのお嫁さんになってみせるんだから!」

 

「っ……」

 

 口元がにやけている。仮面で顔を大部分隠していると油断しているせいかこういうとこは意外と分かりやすく、キラの方も自覚があるのかティーカップを口につけて誤魔化す。しかし紅茶はもう少なく、飲むフリで誤魔化すというのも長くは通じない。

 私がニコニコと笑顔で圧を送ってやればついに観念したのかカップを下ろす。

 

「ん、まあ……ありがとう」

 

「どういたしまして♪」

 

 キラの言葉に私も満面の笑顔で返す。

 いつか絶対に、私の方も彼を魅了させてやる。その想いを込めて。




 思いついたので、「もしもデビルーク長兄がいてデビルーク星人ではなくチャーム人の性質を強く受け継いでいたら」というネタで短編一本書いてみました。
 本作は氷炎の騎士とは別の世界線なのでこっちの世界にエンザはいませんが、もしいたらキラの友人でもし今回のモモみたいな感じで女性が魅了された時に止める専属護衛みたいな感じでいそうだなと思ってます。

 そしてそのヒロインはルン・エルシ・ジュエリア……というか、ララ達三姉妹除けば使えるのこの子しかいない。流石にこれでヤミちゃんをヒロインにするのは難しいし……。
 で、後編の方はルンがキラに惚れた理由を書いてたら、完全に視点とか主人公が入れ替わってしまいました。(汗)

 まあ要はこの二人
 キラ:セフィから美貌を受け継いだ三姉妹をずっと見てきてたせいで美人に慣れていたところに、ララ達並に可愛いルンを見て一目惚れ
 ルン:最初は(キラの方が一目惚れして照れてたとはいえ)不愛想な態度に怒っていたものの、自分達の危機を助けてくれた事や、その時に今まで家族以外誰も見たことない彼の素顔をチラリとだけど見た事がきっかけにある種の一目惚れ
 という感じの設定になります。そしてお互い相手が自分に惚れてる事に気づかず
 キラ:自分は次期デビルーク王という立場で婚約者がいるけど、こんな素顔も晒せない奴を好いてくれる人なんていないよな……
 ルン:相変わらず私の気持ちに気づいてないみたい。私は次期デビルーク王とか関係なくキラが好きなのに!
 って思ってる感じです。

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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