その日、呪われたワタシは翼を得た (野鳥)
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魔法少女リリカルなのは編
プロローグ


自分で書いてて面白く感じていないまま続けてきた結果、一度仕切り直して書き直す事にしました。
自分でも納得のいくものを書けるよう続けていくつもりですので、良ければ皆さんよろしくお願いします。


『海鳴市』

 

 この海に面した日本の地方都市にて今、魔法を宿した異形と少女の戦いが繰り広げられていた。

 

 少女は海鳴市に住む小学3年生『高町なのは』。

 夜中に頭に響く謎の声を頼りに、その日助けたフェレットが入院する動物病院に向かうと出会ったのは、毛むくじゃらのまりものような異形の怪物。フェレットとも再会して逃げ出してみれば、そのフェレットは異世界からやってきた魔導士。名を『ユーノ』と言い、怪物を退けるにはなのはの魔法の力が必要だという。

 

 なのはも怪物をどうにかしたかったし、何より私の力が必要なら──とユーノの手を取り戦う決意を固めた。

 

 そうして戦い始めたのだがこの怪物。人間を優に超える力と素早さを誇っている。

 その力を活かし、怪物はコンクリートも粉々に砕く程の力を込めて体当たりや触手による鞭打ちで攻撃を仕掛けてくる。ユーノと独自の人格を備えた魔導士の杖『レイジングハート』の指示の下、なのはも回避と防御を取りながら怪物を退ける魔法を撃ち込んでいくが、途端に巨体に似合わぬ俊敏さで避けられてしまう。

 

 戦いは膠着状態に陥っていた。

 なのはは初めて魔法を手にした素人であり、戦いの訓練もしていない一般人。このまま耐久戦が続けば集中力も途切れ、隙を突かれて彼女達は怪物の餌食になるだろう。

 まさか怪物にそこまでの知能があるとは思えないが、事実として彼女は大きく肩を揺らしながら息を上げている。

 

 

 ──どうしよう。どうやったら止まってくれるのかな……

 

  

 ユーノが言うには、なのはの一撃さえ当たれば怪物を封じる事が出来るらしい。けれどこちらも回避と防御が出来ず、怪物の一撃を受けようものなら……次はない。彼女はそう捉えていた。

 

 微かに心細い気持ちが生まれるも、すぐに頭からその考えを追い払う。

 決して一人で戦っている訳ではなく、助けを求めればユーノも魔法による援護をしてくれるだろう。

 なのに心細くなるのは、ユーノが怪我を負っていたからだ。頼めば無理をしてでも手を貸してくれそうな気はしているが、なのはに怪我人へ鞭打って助けを乞えるような身勝手さはない。

 

 けれど彼女は助けを乞うべきだった。

 助けを乞えない心理と、一撃でも当たれば倒されてしまう状況は体力だけではない。なのはの心をも徐々にすり減らしていた。

 そうしてすり減った心と削れて行く体力。二つが重なり合った時、また回避をとろうとした彼女の動きに明確な隙が生まれてしまう。

 

 この隙は怪物にとって僥倖。なのはにとって致命的なものであった。

 

 

「きゃあああ!!」

 

「グゥゥ!? ………なの、は!」

 

 

 上空に跳ぼうとしたタイミングで触手に足を掴まれ、容赦のない力でコンクリートに叩き落された。

 肩に乗っていたユーノはなのはに掴まりきれず離れた場所まで投げ出される。すぐに声を上げ駆け付けようとするも、傷が開いたのか巻かれていた包帯から血が滲み出て痛みからすぐに動くことが出来ない。

 

 

「いたっ! う、うぅぅ……!!」

 

 

 絡みつく触手は逃げられないよう強く脚を締め上げる。それは筋肉から骨にまで刺すような鋭さとじわじわと響く痛みをなのはに味合わせ、彼女も耐え切れずに苦悶の表情を浮かべていた。

 今の彼女は攻撃から身体を護り痛みを軽減させる魔法の服『バリアジャケット』を身に纏っている。

 それでも痛みを訴えるのは怪物の力がなのはのバリアジャケットを優に超えている事。そして……怪物に彼女を逃がす気が微塵もないという事を示している。

 

 

 ──だ、め。このまま……じゃ…

 

 

 すぐに怪物へレイジングハートを向けて一撃を放とうと構える。

 しかしそれもお見通しだったのか。怪物はレイジングハートを握る腕へも触手を伸ばし締め上げる。締め上げられる感触は脚と同じで、さらなる苦痛になのはは堪えらないと絶叫を上げる。

 

 自分を呼ぶユーノとレイジングハートの声が聞こえる。けれど怪物の与えてくる痛みは、ただの9歳の少女が到底耐えきれるものでもない。既に続いていた集中力も途切れ、頭も思考がぼやけてきた。当然返事を返せる余裕は無い。

 

 そんななのはを怪物は嘲笑うように目元を歪ませ、彼女を呑み込もうとその巨体より毛の中に隠された大口を覗かせた。

 

 呑み込もうとする早さは彼女に襲い掛かった時と同じ素早さだ。

 痛みに震える身体に鞭打ってユーノは魔法を行使するが、残念ながら彼女が呑み込まれる方が一歩早い。

 

 彼の叫びを背景になのはの眼前へ怪物の大口が迫る。その様は彼女からしてみれば何とも現実味のない光景だ。

 痛みで思考が麻痺していたからか。それとも元来の人の好さ故か。なのはの心の中は、食べられる恐怖よりもここで終わってしまう心残りが勝っていた。

 

 

 ──いや、だなぁ……

 

 ──ここで、おわりたく…ない

 

 

 彼女の想いを拾い上げられる者はいない。誰も間に合わず、高町なのはという少女は怪物の餌と消える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───筈だった。

 

 

『Shoot Barrt』

 

「──えっ…」

 

 

 だが、拾い上げる者はいたらしい。

 なのはを締め上げていた触手は、空から降り注ぐ魔弾の嵐で焼き切られていく。

 さらに一瞬遅れる形で、ユーノが発動した魔力の鎖(チェーンバインド)が怪物の身体を締め上げその巨体を拘束した。

 触手という支えを失い彼女は地面へ落下していく。

 さっきまで苦痛に苛まれていた為に受け身をとれずにいたが、その身体が地面に打ちつけられる事はない。

 

 

「………」

 

「だ、だ……れ…?」

 

 

 

 誰かが、なのはを支えていた。

 痛みから解放された事で徐々に思考力が戻ったなのはは支えてくれた人へ視線を向ける。

 

 その瞳に映ったのは、『仮面の戦士』と表現するべき者であった。

 手にしているのは近未来的な片手銃。黒のジャケットに身を包み胴と手足に金属製の鎧を装着した、彼女と同年代らしき子供。けれど顔はスカーフと鳥のような鋭利さを感じさせる仮面で隠されて誰なのか判別は付かない。

 

 ただ判るのは、目の前の誰かが自分を救ってくれたという事だけ。

 

 

「……身体に力、入れとけ」

 

 

 一瞬何のことかわからず、それが自分に向けられたものだと気付いたタイミングで、仮面の誰かはなのはを抱えて大空へ跳び上がった。

 

 

「うぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 

 急激に遠ざかる地面を見下ろし、身体から痛みが抜けきらないのも忘れてなのはは叫んでしまう。

 身体に走る痛みにまた顔を歪ませている間に、二人は怪物が野球ボールくらいに見える高さまで上がる。

 下を見ればユーノの作った鎖は引きちぎられていた。そのまま怪物は上を見上げ、力を溜めるかのように重心を下げていく。 

 跳び上がって自分達を撃ち落とす気だろうか。

 さっきまで直に感じていた怪物の力を思い出し身を震わせるなのは傍らで、仮面の誰か───口調からして”彼”は銃口を怪物に向ける。

 

 

『Barrage Rain』

 

 

 引き金を引いたと同時。レイジングハートのように銃が喋ったかと思えば、銃口から相手に隙を与えぬ密度で魔力の雨が降り注いでいく。

 発射された魔力は瞬く間に地上へ届き避ける暇を与えず、怪物は身体を貫かれ苦痛に悶える。

 

 そこで動きが止めたのを仮面の誰かは見逃さない。

 

 

『Sealing』

 

 

 撃ち出したのはなのはが怪物に向けて放ったのと同じ封印の魔法。

 一発の魔弾に込められたそれは怪物の身体に染み込むように入り込んでいく。 途端、上空の二人にも届く絶叫が辺り一帯に響き渡った。声の主である怪物は辺りの塀や地面に身体を打ち付けのたうち回り、やがて体から眩い光を零しながら粒子となって消えていった。

 信じられないものを見る目で、なのはは地上を見つめ続ける。

 ユーノが相手の動きを抑えていたのもあるだろう。だとしても自分達を苦しめていた怪物がここまであっけなく倒れてしまったのだ。すぐに受け入れろというのは無理な話だった。

 

 やがて地上から蒼く輝く宝石が浮かび上がる。彼はそれを銃の中へ吸い込むと、ゆっくりと地上へと降りていく。

 

 

 ──そういえば私、空を飛んだんだよ……ね?

 

 

 先の魔力の弾や封印の魔法を見る限り、飛んでいるのも魔法の力で、この人も魔導士なのだろうか。

 事態が落ち着いた為にそんな疑問が浮かぶ余裕も生まれてくる。地上に降りたら聞いてみようかと思ったところで、下からこちらを見下ろしながら呼びかけてくるユーノの姿が目に映った。

 

 

「ゴメン!援護が間に合わなくて……痛いところはない?」

 

「大丈夫だよ。この人が助けてくれたから……いたっ!」

 

 

 地面に足をつけた途端、身体を嫌な刺激が駆け巡る。

 見た目は何ともないが内側はそうはいかなかったらしい。心配させまいと平然を装うなのはの演技は失敗して、ユーノは顔を真っ青にしてなのはを見ていた。

 

 

「全然大丈夫じゃないじゃないか! もしかしたら骨が折れてるかも……早く治療しないと!」

 

「へ、へいきだよ…。これから家にも帰らないとだし……うぅ」

 

「平気がる場面じゃないよ!

 まずは座って。僕の魔法じゃ応急処置しかできないけど、ないよりはマシだから」

 

 

 ユーノから向けられる有無を言わせぬ凄みに、平気ぶり続けるのは無理と悟りその場へ腰を下ろす。

 

 

「ちょっと待って! 君はジュエルシードを持っていく気なのか?」

 

 

 だが、ユーノはすぐに仮面の誰かを呼び止める。

 なにせ彼が治療用の魔法を掛けようとするその傍ら、仮面の誰かは背を向けてその場を跡にしようとしていたのだから。

 

 

「そうだと言ったら?」

 

「何の目的かは知らないけど、僕はそれは然るべき所へ預ける為にこの世界に来た。

 お願いだから、それを僕たちに──」

 

「聞いてやる義理はないな」

 

 

 その言葉には、ユーノに対する明確な拒絶が滲み出ていた。

 

 

「なっ!? 君もあの怪物を見ただろう? ジュエルシードを使ってもあんな怪物が生み出されるだけなんだ。

 それでもそれを自分のものにしようっていうのか?」

 

 

 自分を挟んで始まった言い合いにどうすればいいのか、となのはは思う。

 

 説得に入ろうにも自分が知っている事情は「ユーノが魔導士」で「何か目的がある」「けれど自分だけでは厳しいので、なのはに助けを求めた」事だけ。

 よく訳を知りもせず仲裁しようとしても邪魔になるのは目に見えていて、ただ二人の話が無事に終わるのを祈るしかない。

 

 

「そうだ。何を言われようが気が変わる事はない。

 それよりいいのか、俺に構っていて? そいつの治療をしなくちゃならないんだろう」

 

「!

 ……それは、そうだけど…」

 

「別にジュエルシードを賭けて戦っても構わないぞ?

 ……そうなったら、そいつごとお前らを撃つだけだ」

 

「!?」

 

「お前らを始末するのに、俺が戸惑う理由は一つもない。

 寧ろ別のジュエルシードを持ってるかもしれない相手だ。邪魔者も消えて、得こそあれ損もない訳だ」

 

 

 仮面の誰かの言葉にユーノは顔を曇らせ歯ぎしりしている。

 今のユーノはさっきの衝撃で傷が開いていて魔力も少ない状態だ。戦おうにも本当になのはを狙われれば護りに徹するしかなく、彼を攻撃する余裕などありはしない。

 さらに護りに徹すればなのはを護りきれるか、と言われても自信はない。相手は数手で怪物を倒した為におそらく魔力はそう減っていない。持久戦に持ち込まれればそのうち魔力が切れて、負けるのはユーノの方。

 

 圧倒的に有利なのは相手で、ユーノ達はただ要求を呑むしかないのだ。それでも逡巡しているユーノの心情を読み取ったのか、仮面の誰かはさらに話を続ける。

 

 

「ただそうだな。……例えば、そいつの怪我を俺が治すと言えば、お前は俺を逃がすか?」

 

「……逃がすと言うとでも?」

 

「それならそれで、お前らを撃つだけだ」

 

 

 脅されている相手にそんな話をされても信じれる筈はない。ただそう反応されるのは見越していたらしく、平然と仮面の誰かは銃口を二人に向ける。

 

 

「お前自身が言った筈だ。あくまで応急措置しかできないと。対して俺は完全に治す術を持っている。

 信じるも信じないも自由だが、お前がそいつを護る気があるんなら答えは決まってるだろ?」

 

「ゆ、ユーノくん。やらなきゃいけない事があるんでしょ? だったら私のことは気にしないで…」

 

 

 目の前の相手が本当に治す気があるかはわからない。

 けれど敵対する危険性。そしてなのはの身と相手のジュエルシードを天秤に賭けて……彼はようやく答えを決めた。

 

 

「わかった。条件を飲むよ」

 

「ユーノくん!?」

 

「僕が巻き込んだっていうのに、なのはを放っておく気はないよ。

 …なのはを、お願いします」

 

「わかった。…安心しろ、しっかりと治す」

 

 

 仮面の誰かはしゃがんでなのはの脚に触れる。少し触られただけで脚全体に不快な熱さを持つ痛みが走って、彼女の口からは苦痛に呻く声が漏れた。

 

 

「これはなかなか重傷だな。───……」

 

 

 なのはの反応で怪我の度合いを測ったようだ。すぐに仮面の誰かはスカーフの中から何かを取り出して握りしめ、二人に聞こえない声量で何事かを呟きだす。

 

 微かになのはに聞こえたのは、呪文のような規則性のあるリズムだけ。数秒をかけてそれが終わると、握る拳から赤い光が漏れ出して3人を照らし始める。

 

 突然の光に驚くなのはだが、彼の態度とは裏腹にその光に怖さは感じなくて、次第に力を抜いてその力を受け入れていく──。

 

 

「よし、これで治ったぞ」

 

 

 やがて光が止んだ頃に、彼は軽くなのはの脚を叩いて立ち上がる。叩かれて今まで感じていた痛みが頭に過って、思わず彼女は立ち上がってしまう。

 

 

「いたっ、なにするの!……って、あれ?」

 

「もう痛くないだろ」

 

「う、うん……」

 

 

 軽く足首を捻ってみたり、飛び跳ねても痛みは来ない。

 本当に目の前の人は怪我を治してくれたんだ、と視線を向ければ、相手はこの場を立ち去ろうと飛び上がっている最中だった。

 

 

「あっ……あの、ありがとう!怪我を治してくれて!!」

 

 

 仮面の誰かは何も言わず飛び去っていく。

 聞こえているかはわからない。けれどどうしても伝えたくて感謝を大声で叫びながら、なのはは小さくなっていく背中を見つめていた。一方約束を守る気らしく、ユーノも何も言わずその場に立ち尽くしていた。

 やがて姿が全く見えなくなった頃合いでなのはが後ろを振り向けば、ユーノは申し訳なさが滲み出た視線を彼女に向ける。

 

 

「ゴメン。僕の見立てが甘かったばっかりに……いや、そもそも僕が助けを呼んだからこんな事に…」

 

「そんなこと言わないで。

私も助けてって聞こえてたのに、放っておく気はないだけだから」

 

 

 助けたかったのはお互い様。

 なのはのそういった意図を読み取って、ユーノは思わず面食らってしまう。けれど次第に可笑しくって、叶わないなと感じて、申し訳なさも吹き飛んで笑ってしまった。

 

 

「…ありがとう、なのは」

 

「うん、どういたしまして。

 そういえば、この後はうちに行く…ので大丈夫なのかな? 色々と話したいことがあるから」

 

「そうだね。僕も君に話さなきゃいけない事がたくさんある。

 それに何より……あの魔導士のことも考えないと」

 

「魔導士って、あの子のことだよね…」

 

「うん。今度会う時はきっと今回みたいな容赦はしてこない。

 ジュエルシードを集める上で、あの魔導士は必ず警戒しないといけない相手だからね」

 

 

 彼の言葉を否定せず、「そうなんだ」と無難な返事を返しておく。

 

 ただ本心を言うと、彼女に仮面の誰かへの恐怖は生まれていなかった。

 怪物に食べられかけた時のように思考が麻痺している訳ではない。

 恐怖を抱いていないのは、傷が癒されていく時にあの光から暖かさを感じたから。

 

 魔法に心が乗るのかはわからない。

 だが、なのはは確かに感じ取っていた。自分を癒してくれたあの光からは、誰かを傷つけようとする怖い想いは伝わってこなくて。寧ろ……彼女の身を案じる、誰かを思いやれる優しさがなのはの心へ確かに届いていた。

 

 だからこそ仮面の誰かの治療を彼女は受け入れた。

 仮面の誰かはきっと悪い人ではない──と、そう信じて。きっとこの想いは、ユーノにどんな理屈を言われようと変わらない。

 

 

 ──また、会えるかな?

 

 

 肩に乗るユーノを労わりながら、ふと空を見上げる。

 またユーノに協力すれば、彼とかち合う事もあるだろう。もしかしたら本当に戦う事になるかもしれない。

 それでも、言葉の裏に隠れている真意を知りたい。誰かを想える優しさがありながら、何故争ってでもジュエルシードなる蒼い宝石を集めようとするのかを。

 

 ただ今は、いつかまた出会う未来へ思いを馳せて、彼女はその場を跡にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が思いを馳せる未来はすぐ訪れるだろう。

 だが、決して彼女と彼の道が交わる事はない。彼が歩む未来は高町なのはと対極。

 

 たとえ悪と罵られようと──。

 

 たとえ誰かの願いを踏みにじってでも──。

 

 己の願いを叶える為、正義など捨て去る道を彼は選んでいくのだから──。

 



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八神家での一時

今回は主人公の素性公開&説明会。

説明会ってどうしても文字数が多くなるね…。


 高町なのはがジュエルシードの怪物と戦い、仮面の魔導士に出会ってから数日後。怪物が周囲の建造物にもたらした被害は、ニュースで大々的に取り上げられていた。

 

 地面や塀には抉り取られたような傷。電柱は根本からぽっきりとへし折れて、凡そ人間業ではない被害がテレビ画面に映しだされている。

 けれど怪物については何一つ目撃証言が上がっていない為、その内容はただの事故から果てはポルターガイストまで、ある事ない事を掻き立てるものがほとんどだった。

 

 そんなニュースをリビングで一人、不安な表情で見守る少女がいた。

 事件のあった場所は友達の家と近い。ここまで詳しい情報を知ったのは今日が初めてで、ここ数日間連絡していなかったが、まさか巻き込まれてないだろうか……と少女は不安に駆られていた。

 今日はその友達が家に遊びに来る予定だ。

 本人が来れば無事なのは確認できるが、もし巻き込まれて怪我を負っていたら…? そう考えると待っている間にやきもきして気が気でなくなってくる。

 

 

 ───電話、してみようかな…?

 

 

数日連絡できないかも、とは聞いている。なので迷惑な気もするが、無事かどうかもわからない状態で待つのにも限界がある。

 

 そう思い家の受話器を取りに行こうとしたその時、ふと玄関からチャイムの音がリビングまで響いてきた。

 もしやと思いすぐに玄関に向かいドアを開ければ、そこには……件の友達が何食わぬ顔で待っていた。

 

 

「…なんだよその顔。今日来るのは知ってただろ?」

 

「あはは……そうなんやけどなぁ…」

 

 

 無事を喜べばいいのか。こちらの気も知らない友達に怒ればいいのか。どんな顔をすればいいのか分からなくて、彼女は苦笑いを浮かべるしかない。

 

 少女の友達の名は『相馬春樹』。少女の名は『八神はやて』と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、はやては春樹に事のあらましを説明した。

 

 

「要はこの事件に巻き込まれたかもと思ってた……と」

 

「そうやー。…なんや心配し過ぎた気がするわ」

 

 

 ようやく彼女の心情を理解した春樹をはやては不貞腐れた白い目で見つめる。

 

 

「オイオイ、そりゃあないだろー。

 そんな反応されるのは、せっかく遊びに来たってのにショックだぞ」

 

「…その言い方はズルいわ」

 

「怒りきれないのにそんな顔しててもバレるぞ」

 

「ぶー…」

 

 

 ただしそんな態度をとっても、すぐに彼女の弱みを突かれるのがオチだった。

 春樹は出会って間もなく彼女の性格を大よそ把握したらしい。こうして機嫌を悪くしてみても、こうして有耶無耶にされるのが二人の日常になりつつあった。

 

 

「ただ心配してくれてたのは嬉しいよ。ありがと」

 

「……ほんまズルいわ、そんな言い方されたら…」

 

 

 ……それにこうして何の臆面もなくお礼を言ったりと、わざと拗ねてみせた自分の方が恥ずかしくなってくる。

 自分は演技が下手とはやては思っていなかったのだが、春樹にはいつも看破されてばかり。今では意地になって、いつか本気で騙し通して慌てさせられないかと画策中だが……その日が来るのはまだまだ遠そうだった。

 

 

「ま、そんな怖い事件の話してても気分も暗くなるだけだ。話題でも変えるか」

 

「おっ、なんや気分の変わる話でもあるん?」

 

「二つもあるぞ。

 まず一つ目は来週少年サッカーのチーム同士で試合があるんだ。はやても観に行かないか?」

 

「少年サッカーの試合? でも私の足やと……」

 

 

 はやては自分の足を見る。

 彼女は数年前に両親が死んで間もなく、足の感覚がなくなり歩けなくなってしまっていた。原因は不明で、今でも車いす無しではどこにもいけない状態にある。

 少年サッカーに彼女は詳しくないが、大概はグラウンドのある河川敷などでやるものと聞く。要はこんな状態で果たして観に行けるのだろうか…?という不安が彼女にはあったのだ。

 

 

「大丈夫だ。

 場所は近場の河川敷だけど、聞いてみたら下に降りるのに緩やかな斜面があるから、車いすでも問題ないとよ」

 

 

 心配は無用だと、春樹は何の憂い無く来れるよう補足を入れる。

 それを聞きはやては安心してホッと一息ついた。とはいえ彼から誘ってきたのに今の心配はいらないものだったかもしれない。

 初めて出会った時からそうだ。

 言葉だけじゃない中身のある労わり───それを何気なく自分にしてくれた事が、はやてが春樹と友達になった理由の一つなのだから。

 

 

「そっか…。そんならわたしもその試合、観に行くよ」

 

「りょーかい。じゃあ誘ってきた奴にも伝えとくからそのつもりで頼む」

 

「うん! …って、そや。なんで急に試合観に誘われたん? 春樹くんがサッカーに興味あったやなんて聞いた事なかったけど」

 

「……試合観に誘われたんじゃないんだよ」

 

「?」

 

「試合の助っ人に誘われたんだよ」

 

「……へ?」

 

 

 予想斜め上の答えに、はやては思わず変な声が漏れた。

 

 

「えっ、春樹くん少年サッカーにでれるくらい上手いん?」

 

「そこまで上手くはねーよ。

 ……まあ理由を説明すると、助っ人に行くチームのメンバーから何人かが入院したらしくてな」

 

「今、えらい穏やかやない単語が出てきたんやけど」

 

「特に関係ないから流せ。

 …で、クラスメイトが助っ人に呼ばれたんだが、俺もついでに巻き込まれた。助っ人に呼ばれた奴の圧が凄くてな」

 

「なんや大変やな…。でもそれならなんで私を誘ってくれたん?」

 

「そりゃあ試合に出るとなったら週末ここに来れないしな。

 一人で過ごすより、試合でも眺めてた方が退屈しないだろうって思ったんだが」

 

「そっか。なんや気を使わせてもうてゴメンな」

 

「いーんだよ。

 出たくない試合も、お前がいたら幾分か気がマシだ」

 

 

 春樹は言い方からして試合に辟易しているが、同時にはやてにいてほしいという想いが汲み取れる。

 そう言われて悪い気はしない。寧ろ友達にそう思ってもらえる嬉しさから、思わず口角が少し上がっていたはやてであった。

 

 

「ふーん……。

 なら、本番で春樹くんのこと応援したら、少しはやる気出してくれる?」

 

 

 とはいえ決して口には出さない。

 面白おかしくニヤニヤと笑みを浮かべてさっきのお返しを彼へ仕掛けていた。

 

 

「オイオイ。俺はただ呼ばれただけの数合わせだぞ?」

 

「せやけどせっかく観に行くんやから、友達の活躍は見たいやん?」

 

 

 ただそこには、友達が活躍しているところを見たい──という純粋な期待も込められている。

 はやての期待する視線を受け、最初は嫌がる素振りを見せるも渋々……本当に渋々といった態度で、春樹は彼女の願いを聞き入れた。

 

 

「……俺なりに頑張ってはみるよ」

 

「うん、約束や。無理はせんでええけど、楽しみにしてるから」

 

 

 はやては彼の返答に約束の日が楽しみでしょうがない、といった心情が見て取れるにこやかな笑顔で返す。

 対して春樹は軽く溜め息をつきながらも、彼女との約束が嫌という雰囲気は感じられない。加えて断らずにいる辺り、春樹もまたはやてに弱い部分があるのが見て取れる。

 

 それはお互いの弱みをついたり上手に出れなかったり。

 良い意味でも悪い意味でも、彼らが上下の無い対等な関係を築いてきた証であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《どうやら、マスターは彼女に弱いようですね》

 

『……あんな期待されちゃ断りづらいっての』

 

《と言いつつ、他の誰かなら迷わず断るでしょう?》

 

『…まぁな。あいつだから断れないところはある』

 

 

 時刻はお昼時。ご馳走するとはやてがキッチンで調理している間、春樹は一人リビングでテレビを見ながら待っていた。

 そんな他に誰もいない一人きりの中で、彼は誰かと口を開かない心の声でやり取りをしている。

 その誰かの正体は彼が腕に付けている腕時計。

 今の時代にはそぐわない見た目の近未来的な時計は、現代では想像もつかない技術で造られた代物─────魔導士の相棒たる武器(インテリジェントデバイス)。彼はこの腕時計を『ヒンメル』と呼んでいた。

 

 

《それにしても、連日ニュースはあの事件で持ち切りのようで》

 

『それでも怪物の仕業とバレてない辺り、本当に地球の技術じゃあいつらを捕えられないんだな』

 

《その通り。だからこそ、魔導士や管理局が簡単にこの星へ入り込めてしまう》

 

『……尚更、他にコレを狙ってる連中が高町達だけの内に集めるしかないか』

 

 

 ヒンメルの液晶を操作し、とある蒼い宝石を画面上に映し出す。

 それは高町なのは達が回収している『ジュエルシード』。

 彼は数にして二つ、この宝石を手に入れていた。

 一つ目は彼が魔法に目覚める切っ掛けとなった事件で。そして二つ目は……高町なのはが魔法に目覚め、今まさにニュースで取り沙汰されている事件で手に入れた物。

 そう、春樹こそが高町なのはが出会った仮面の魔導士の正体。

 彼女達と敵対すると宣言したのは同じ地球出身の彼であった。

 

 

《ですが集めり具合は芳しくありません。

 現状ジュエルシードの数で負けていますが、原因はあのユーノという魔導士。そして高町なのは自身にあるとみて間違いありません》

 

『あのユーノって奴は元から優秀な魔導士。高町も高い潜在能力を秘めてるとは……。つくづく正面から戦いたくない相手だよあいつらは』

 

《ええ、ですから今は戦うべきではありません。

 現状とジュエルシードの必要な個数を鑑みてもどこかで衝突せざるを得ませんが、それは訓練が実を結んでからの方がいい》

 

『つまりさっさと力をつけろと。

 やるしかねぇし、従いはする。けど……二個でも足りないとは、つくづくあいつを取り巻く状況はそう簡単に上手く転ばないもんだ』

 

 

 彼らに高町なのはと戦う事への忌避感は無かった。

 赤の他人だから人と戦う事への実感が薄い───なんて事もなく、春樹となのはは他人どころか顔見知り。

 

 ただそれも、今回のように対峙しなければの話で。

 例え顔見知りであろうと、戦わなければならない理由が彼にはある。

 

 その理由の原因はこの家の戸棚に鎮座していた。

 

 彼の視線の先には金十字の装飾が施され、鎖で開かぬよう封がされている本が一冊。

 不思議ではあるが一見すれば見た目以外はただの本でしかない。

 けれど、それは異世界にて忌むべき災厄をもたらす指定遺失物(ロストロギア)として伝えられている魔導書であった。

 

 

『……あれさえ無ければ、あいつはたくさんの人達に囲まれて過ごせたろうにな)』

 

 

 魔導書を視界に据えながら、春樹は複雑で簡単に言い表せない想いを抱いて思考に耽る。

 

 ───魔導書の名は『闇の書』。

 

 その役目は魔法を使う源(リンカーコア)を魔導士から蒐集し、ありとあらゆる魔法を記録する事。

 しかしこの本はいつからか、本の主と世界へ牙をむく災厄を生むようになってしまった。

 魔法を記録する魔導書は、世界を蝕む化け物と化し。魔導書がもたらす滅びは守るべき主ですら呑み込む程に際限を無くしている。

 今では様々な異世界の警察機構である『時空管理局』に手配され、その行方を捜索されている魔導書は─────八神はやてを主として、この地球に潜伏していた。

 

 春樹がこの事実を知ったのは魔導士として覚醒してからの事。

 最初はなんではやてが、と驚愕を覚えた。どうにかできないかとヒンメルへ問い詰めもした。

 だがこの時点ではまだ戦う決意は出来ていなかった。

 最悪の場合管理局に頼れば彼女と闇の書の繋がりはどうにかできるのでは…と、甘い考えがどこかにあったから──

 

 

「春樹くーん、ご飯できたよー」

 

「すぐ取りに行く。ちょっと待ってろ」

 

 

 闇の書について思い返していると、はやてからの呼び出しがかかる。

 どうやら昼食が出来上がったらしい。意識を思考の海から引き戻してすぐにキッチンへと向かい、彼は食事をリビングへと運んでいく。

 

 

「今日のご飯は、カツ丼・サラダの盛り合わせ・みそ汁の3セットや!」

 

「カツ丼は来週の試合に向けて、ってか」

 

「そうそう。やっぱりゲン担ぎはしときたいからなぁ」

 

「ったく、気が逸りすぎだっての。あと一週間はあるぞ?」

 

 

 はやての気の早さにツッコみを入れつつも和気あいあいと料理を並べて、二人は昼ご飯に手を付け始めた。

 彼女の料理の腕は一人暮らし故に小さい頃から慣らしてきたため一級品。

 最初にはやて宅に来た時からご馳走になっていて、毎回その美味しさに舌鼓を打っていた。

 

 

「ホントに美味しそうに食べるなぁ春樹くんって」

 

「そうか…? ただ食べてるだけだけど」

 

「いつもはあんまり表情変わらへんのに、ご飯食べてる時は目がキラキラしとるもん。誰やってわかるよ」

 

「いつもは余計だっての。……そんなに顔に出てるか、お前のご飯食べてる時」

 

「うんうん! そんな嬉しそうに食べてくれたら作り甲斐があるわぁ」

 

 

 満面の笑みを浮かべながら見つめてくるはやてを尻目に、春樹は自分の口角に手を当ててみる。

 ……少しにやけている気がする。

 あまり暖かい目で見られるのもむず痒い。

 だがそもそも美味しい料理に心打たれているから顔に出るのだ。取り繕って素直に美味しいと伝えないのは違うと、業腹だがそのままにしておく事にした。

 

 

 ────まあ、こいつが笑ってるならいいか。

 

 

 それに春樹も自覚しているが彼女にはどこか甘く、この程度の茶化し合いなら流してしまうところがある。

 

 それは彼女の境遇への同情ではない。

 

 はやてと茶化し合い、笑い合い、共に過ごす日々。

 

 一人で気ままに過ごす時とも、家族と過ごす時とも違った気の合う友達と過ごす、この穏やかな時間を、彼はかけがえのないものと感じているからだ。

 

 そんな大切な存在が死に瀕している。

 

 戦う覚悟が決まらなくても、助けたいと願う事に変わりはなくて。

 だからこそ復讐の為に、闇の書ごとはやてを殺そうとしている者を彼は許せなかった。

 そしてその者達がよりによって────頼ろうとしていた管理局に属する人間だった事が。

 

 ────怒りが沸いた。

 

 八神はやてなら築けた筈だ。孤独とは無縁の優しい人達に囲まれた、暖かで穏やかな時間を。

 それを一方的に奪っておいて、さらに闇の書への恨みで全く関係ない彼女の命まで奪おうとしている事に。

 

 彼は誰かに頼ろうとした自分を恥じた。彼女を殺そうとする者が内部にいる以上、管理局など当てにならない。

 

 彼は迷っていた自分を恥じた。事実を知った時点で、自分が取るべき選択など一つだけだった。

 

 しかし無策で全てが上手くいくほど、この戦いは甘くはない。

 故に考え付いた彼女を助ける為の作戦には─────願いを叶える手段となり得る、彼が持ち合わせていた紅い宝石が重要になって来る。

 

 

 ────《あなたの持つその宝石を使えば、闇の書の闇も祓う事ができるでしょう》

 

 

 そう、ヒンメルは彼に語っていた。

 今も服の下に吊り下げてある宝石。生まれた時から手にしていたこれには不思議な力があり、それが偶発的に発動して、彼は何度か命に関わるような危機を乗り越えてきた。

 ヒンメルを手にできたのも宝石の力で。その言葉を信じるのではなく、確信を持てるくらいには春樹も宝石の力を体感してきている。

 

 けれどはやてを助けるという願いを叶える為には、対価に必要な魔力量が足りない。

 そして、その先の願いについてはさらに膨大な量が必要になる。

 だからそれを補う為に地球に降り注いだもう一つのロストロギア(ジュエルシード)が必要だった。

 ジュエルシードは一つだけでも地球を破壊できるだけの魔力を備えていて。数にして半分もあれば、願いを叶えるのに最低限の魔力はカバーできる計算だ。

 

 ただ他にジュエルシードを狙う者がいる以上、本来ならば先を越す為に今この時間もジュエルシードを捜索すべきところだが………彼は敢えてそうしない。

 

 

「そういやご飯食べ終わったら何するよ?」

 

「そやったらスマブラせえへん? 前やった時のリベンジしたいんよ」

 

「いいぜ。また場外にぶっ飛ばしてやるよ」

 

「いやいや、今度はわたしが勝ち越す番。余裕こいてられるんも今の内や!」

 

 

 はやても自分との時間を大切にしてくれているのを、春樹も察している。だから例え彼女を助ける為であろうと、共に過ごせる時間を蔑ろにする気は無い。

 その分他の時間をジュエルシードへ回す必要はあるが……

 

 

 ───上手くやってみせるさ。戦いも、日常も。

 

 

 これが相馬春樹の覚悟。

 

 戦いも日常も捨てたりはしない。

 利用できるものは利用し尽くし────邪魔する者は叩き潰す。

 

 例え昔馴染みの少女(高町なのは)が。絶対的な権力(時空管理局)が相手であろうと、必ず裏で暗躍する者の企みをぶち壊し……このかけがえのない時間を守りぬくと。

 

 だからこそ、まずはこの時間をめいいっぱい楽しむ。

 この後の時間へ楽しみを膨らませ、春樹は目の前の友達との時間を過ごしていった。

 

 

 




次回はサッカーとお茶会。

なのは・アリサ・すずかの3人娘登場です


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忍び寄る異常は日常の中に 前編





 

 

 八神家にお邪魔してから1週間後。春樹は助っ人に呼ばれている少年サッカーの試合会場に足を運んでいた。

 

 

「あー、来ちまったなぁ…」

 

『(気だるげですねマスター)』

 

「やりたくないのに元気になれるかってんだよ。ハァ……」

 

 

 はやての前では真面目にやると約束した。したけども、いざ来てみれば面倒で逃避気味に彼は空を見上げていた。

 そんな負のオーラを漂わせる彼へヒンメル以外に呼びかける者がいた。

 

 

「おーい、春樹。もうチームの集合場所いこうぜー」

 

「……ハイハイ。今行きますよっと」

 

 

 春樹に呼びかけたのは、今回助っ人に巻き込んだ張本人。名を『佐竹慶太郎』と言う。

 彼との関係性は『腐れ縁』。小学校に入ってからの付き合いで最初は顔も知らない間柄だったのが、ある日を境によく絡んでくるようになった。

 春樹は毎回煙たがりながら対応しているが、慶太郎はめげずに遊びに誘って……といった光景を頻繁に繰り広げている。

 

 

「やる気ねーなお前。まあいつもそんな調子だけどさー」

 

「やる気ないのわかってて巻き込むんじゃねーよ…。こっちだって予定あんだよ…」

 

「予定って、なんかあったの?」

 

「友達の家に遊びに行く予定だったけど」

 

「お前に友達……? えっ、いるの??」

 

「ぶっ飛ばされたいかお前……」

 

 

 佐竹の反応も、普段の彼を見ていれば当然のものと春樹も理解していた。それはそれとしてイラっとくる反応なので一発殴ってやろうかとも思う。

 それも、視界の端に見知った顔を見つけた途端に沈静化したが。

 

 

「わ、わりぃわりぃ。だってお前学校だといつも一人……ん、どうした?」

 

「…集合前にちょっと挨拶」

 

「あいさつ? って、お~い?」

 

 

 慶太郎の呼び止める声は無視して、河川敷に降りた彼は観戦席に設けられたベンチにいる四人の少女へ近づいていく。

 四人の内一人が彼に気付いたタイミングで、彼は手を上げ気軽な挨拶を返した。

 

 

「ヨッ」

 

「おっ、やっと降りてきたんやね春樹くん」

 

「この子がはやての言ってた友達?」

 

「うん、相馬春樹くん。今日の試合で助っ人に呼ばれたらしいんよ」

 

「……えっ、春樹くん試合に出るの?」

 

 

 彼に気付いてこちらも気軽な返事で返してきたのは、春樹より先に河川敷へ降りていたはやて。

 四人の内ほかの二人は見知らぬ顔だが、もう一人は春樹もよく見知った人物───『高町なのは』は彼が試合に出るのを知り困惑している様子だった。

 

 

「数合わせで出る事になってな。 …というかなんでお前がいる?」

 

「私はお父さんが監督さんをやってるチームの応援に来たんだ。

 …もしかして、春樹くんは相手チームに?」

 

「そうだろうな。まあ俺は単なる数合わせだし、そこまで気にする必要はない」

 

「こらこら。ちゃんと頑張るって約束したんやから、そんなこと言わへんの」

 

「そりゃあちゃんとやるけど所詮は数合わせ。そこまで期待されても困るんだがな…」

 

「はやてー。言い合いするのはいいけど、あたし達の事忘れてない?」

 

「アリサちゃん、言い合いは良くないと思うよ…」

 

 

 あたし達もいるぞーという金髪少女の抗議に、彼らは意識をそちらに向ける。はやてとなのははゴメンゴメンと謝っているが、春樹は少女が別に怒ってないのが読み取れたので特に我関せずだ。

 それよりも二人は自分と初見。自己紹介をしておいた方がいいだろう。はやて達が謝り終わったのを見計らい、彼は改めて名乗る事にした。

 

 

「改めて自己紹介しておこうか。相馬春樹だ。

 はやての友達で、今日は桜台JFCの助っ人として来た」

 

「自己紹介ありがと。

 あたしはアリサ・バニングス。なのはと一緒に翠屋JFCの応援に来たの」

 

「わたしは月村すずか。わたしもみんなと同じでチームの応援に来たんだ」

 

「おう、よろしく二人共。

 見た感じだと、はやてと二人はここで会って意気投合した感じか」

 

「そうなんよ。なのはちゃんから二人の事は聞いとったけど、話すの楽しくてここに来てから一緒におってなぁ」

 

「いつか四人で話せたらいいねって言ってたんだけど、まさか今日揃えるなんて思ってなかったよ」

 

 

 なのはとはやては今から一か月程前に春樹が引き合わせている。

 自分以外に友達が出来ればという計らいでの事だったが、お互いの波長が合ったのか。予想通り二人は意気投合し、今では頻繁に連絡を取り合っているようである。

 狙い通りで春樹としても喜ばしい事であったが、今日また友達が増えたようだ。四人の様子を彼は微笑ましく思いながら見つめていた。

 

 

「ふ~ん。

 ま、良かったじゃないかはやて。気の合う連中で」

 

「うん、今日ここに来てほんま良かったわ!」

 

「ふふ。だって、アリサちゃん」

 

「……なんであたしの方見るのよすずか」

 

「だってちょっと照れてるでしょ。少し顔が赤いよ?」

 

「バッ! 何言ってんのよすずかァ!!」

 

「にゃはは。まぁまぁアリサちゃん…」

 

 

 賑やかで飽きない。そんな四人のドタバタを見守っていると、ふと彼の肩に手が掛けられる。

 一体誰かと思い振り向いてみれば

 

 

「ヨォ、ソウマ……」

 

 

 不気味な三日月を口に描いて……けれど目は笑っていない。怖気のする笑みを浮かべて慶太郎が後ろに佇んでいた。

 

 

「……………さ、佐竹ー?」

 

 

 そういえばこいつの事忘れてたな……と、春樹は冷や汗をかきながら佐竹に呼びかける。

 

 

フフフ、テメェビショウジョヨニントオシャベリトハウラヤマシイ……ゲフンゲフン!

 ホラァ、イイカゲンチームトゴウリュウシヨウゼ~」

 

「なんで片言なんだよ。本音も隠しきれてないし……って、引っ張るなオイ!」

 

ミンナ~マタアトデアオウネ~

 

「あ、あはは……試合頑張ってなぁ~」

 

「…こういう時どういう目をすればいいんだっけ。 ……明日にはお肉屋さんに並ぶのねって感じ?」

 

「あの子は養豚場のブタさんじゃないからね、アリサちゃん…」

 

 

 大いに嫉妬の入り混じった佐竹に、春樹は集合場所へと連行されていく。

 春樹の引きずられていく様は何とも哀愁漂うものに見えて、これから試合が始まるというのに気分が乗りきらない。複雑な心境の四人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠屋JFCと桜台JFCの試合はかなりの接戦となった。

 前半は守備の強さで翠屋JFCが桜台JFCの攻撃を全て退けて1-0。

 士気も高く、この時点では翠屋JFCがこのまま試合を独走するかとも思われた。

 

 しかし、何やら執念染みた動きでディフェンスを尽く突破していく慶太郎。

 相手チームの()()()()()()()()()()という油断を突いた的確なディフェンスとパスで、相手陣地へ味方を押し上げていく春樹。

 両名が起点となり、点差は2-2と同点で試合は進んでいく。

 この展開に両チームと応援席も大盛り上がりとなり、残り数分までどちらが勝つかという白熱した試合運びとなったが……

 

 結果は、3-2で翠屋JFCの勝利となった。

 

 

「二人の健闘を称えて……かんぱーい!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 

 そして現在、喫茶翠屋のテラス席。

 敵チームながらはやて達四人に誘われ、春樹と慶太郎も引き連れた六人でお茶会が開催されていた。

 乾杯の音頭がとられる中、春樹は冷めた目で慶太郎を見つめて、その慶太郎はというと……男泣きの真っ最中であった。

 

 

ぢっぎじょぉぉぉ……負げだぁ~

 

「ま、まぁまぁ慶太郎くん。落ち着いて落ち着いて…」

 

「というかなんでそんな泣いてんだ、佐竹」

 

泣ぐに決まっでんだろォ…。よりによっであんなカッブル野郎に負げるなんでぇ~……

 

「あー、翠屋JFCのマネージャーの子ね」

 

 

 アリサの言葉で脳裏に浮かぶのは、翠屋JFCのGK(ゴールキーパー)とマネージャー。

 試合前の様子を見るにGKとマネージャーは仲が良いらしく、試合中もマネージャーは熱っぽい視線をGKに向けていたようだ。

 そういえば記憶を遡ると、GKは今日の試合で異様にやる気に満ち溢れていたなと春樹は思う。

 あれが『好きな子の前でカッコいいところを見せたい』心理ならば理由にも説明がつく。

 

 ただ慶太郎はそこがお気に召さないようだ。

 悔し気に顔を歪ませて、まるで酔っ払いのように春樹に絡みながら思いの丈をぶちまける。

 

 

結局俺達はカップルの当で馬なのがよ~相馬ァ

 

「そんな訳ないっての。あのGKもそんなつもりで試合に出てないだろうに」

 

だどじでも! やっばりうらやまじい!!

 

「欲まみれね。あんた…」

 

 

 アリサは呆れながら白い目で慶太郎を見て、他の3人も何と言っていいかわからず苦笑いで誤魔化していた。

 彼も溜息をつく辺り感想はアリサと同じだが、いい加減泣かれるのも面倒なので涙を拭くようハンカチを貸した。

 

 

「サンキュ……。

 今頃あのGKはマネージャーとキャッキャウフフとやってんだろうなぁ」

 

「どこで覚えたそんな言葉…。

 といっても翠屋の中は今祝勝会だ。マネージャーと二人で話してる暇はないだろうよ」

 

「…かぁ~お高く留まっちゃって! こんな可愛い子達と知り合える相馬さんは余裕ですってか!!」

 

「今度は俺に来るのかよ…」

 

「そりゃ言うわ!

 いつの間にやらはやてちゃんなんて可愛い子と友達になってて、他にも美少女三人に堂々と話せるなんざ羨ましい限りだっての!!」

 

「か、可愛いってなんだか照れちゃうね…」

 

「なのは、照れなくていいから。

 多分あんまり喜びすぎるとこいつ、調子づいちゃうタイプよ」

 

「アリサちゃん今日は毒舌だね…」

 

「慶太郎くんには辛辣やなぁ…」

 

「美少女…ねぇ」

 

 

 彼は女子四人を見回して、見た目を精査してみる。

 彼女達は総じて顔立ちが整っていて、将来美人になると確信できる容姿だ。

 さらに特徴をそれぞれ拾い出してみると…

 

 はやては焦げ茶色のショートカットに、ばってん印の髪飾りがチャームポイント。

 どこか儚げな印象と生来の優しさからくる包容力が愛らしさを引き立てている。

 

 なのはは栗毛のツインテールと白いリボンがチャームポイント。

 歳に似合わない落ち着きと澄み切った純粋さが合わさった性格が魅力と言えるだろう。

 

 アリサは日に照らされ映える金髪がチャームポイント。

 地頭の良さが伺える言動と、周りを引っ張る活発さが反発せず引き立て合い、さらに彼女を輝かせている。

 

 すずかは紫染みた黒髪のロングがチャームポイント。

 控えめな性格と所作から感じ取れる淑やかさが、育ちの良さを出しつつもひけらかさず品として引き立てている。

 

 観察して四人の魅力を洗い出し、それを踏まえて抱いた感想を彼は告げた。

 

 

「確かに全員綺麗だ。

 学校にいたら初恋はこの四人って奴が多いだろうな」

 

「ちょ……は、春樹くん…?」

 

 

 はやては困惑しながら彼の名を呼び、なのはは顔を赤くして大慌て。すずかはピタリと動きが固まり、アリサは盛大に紅茶を噴き出して……とそれぞれバラエティに富んだ反応を見せた。

 何故そんな反応を見せるのか。春樹はわからず首を傾げるが、その様を見てアリサが若干キレ気味にツッコんだ。

 

 

「あんた、そんなことよく真顔で言えるわね……!?」

 

「正直に感想を言っただけで、恥ずかしがるも何もないだろ。

 第一恥ずかしがって、良いものを悪い風に言うなんざ失礼な話だ」

 

「かー、ホントにお前のその面の厚さなんなんだろ…」

 

「お前に言われたくないわ。

 

 それに佐竹、あんまりこの四人に期待するな。

 この手のタイプは告白しても速攻で断って来るからな」

 

「いや、あんた今度は失礼過ぎない?」

 

「じゃあ聞くが、告白されてもお前らOKするのか?」

 

 

 春樹の反論にアリサは狼狽え出し、数秒悩んだ末に答えを出す。

 

 

「……そうね。確かに好きでもない相手なら、すぐ断るわ…」

 

「わたしも……だね。よくてお友達からかも」

 

「うーん、わたしはそもそも恋はわからへんなぁ。物語でやったらよく見るし楽しめるんやけど…」

 

「わ、私もよくわかんないや…。考えたこともなかったから…」

 

 

 まさに予想通りの反応ばかりで、春樹はうんうんと頷きながら慶太郎へ語り掛ける。

 

 

「な? 恋したって玉砕するのがオチなんだよ」

 

「いやいやそれでもアタックするのが男ってもんだぜ…。

 というかお前は彼女達を見て、綺麗以外に思う事ないの!?」

 

「ないな。

 そもそも二人は今日初めて会って、うち一人は知り合い。うち一人は友達。

 一目ぼれならまだしも、これで恋する要素がどこにあるんだよ?」

 

「いやいや、そこから育む愛ってものもあってだね……ん?」

 

 

 春樹に恋愛について力説しようとしていた慶太郎だが、何か目についたのか視線をなのはに向ける。

 つられて春樹も彼女を見てみると、なのはは心無しか少し落ち込んでいるように見えた。

 

 

「どしたのなのはちゃん?」

 

「……えっ、ううん。なんでもないよ!」

 

「なのはちゃん、無理しちゃダメだよ?

 この一週間どこか上の空な時があったし…」

 

「そうよ。具合悪いならちゃんと言いなさいよね」

 

「だ、だいじょうぶだいじょうぶ。ホントに何ともないから!」

 

 

 周りの皆と肩に登っていたユーノにまで心配そうな目で見られ、なのはは慌てて心配ないと笑って見せた。

 ただはやてはそれが空元気であると見破った上に、原因に思い至ったようで。他には聞こえないよう身体を寄せて、春樹の耳元で囁きかけた。

 

 

「(なあ、今のなのはちゃんの反応って春樹くんの言ったことが原因なんと違う?)」

 

「(……だろうな)」

 

 

 はやての言う事には春樹も気付いている。なのはの反応は彼の発言に起因していると。

 要は春樹に友達じゃなく、知り合い扱いされている事にショックを受けているのだ。

 

 

「(ちゃんとわかっとるんやな…。やっぱり前から思っとったけど、春樹くんなのはちゃんに少し冷たいやろ?)」

 

「(そうだな。けど…だからといって、訂正する気はない)」

 

「(もう…。なんや春樹くんなりに理由があるんやろうけど、そこまではっきりと言うんもどうかと思うよ)」

 

 

 はやては悩まし気に注意してくるが、彼もこればかりは意志を変える気は無かった。

 別になのはの事は嫌いではない。寧ろ好感は抱いているし、かつては彼女の家の事情を知る位仲を深めていた時期もある。

 

 けれど、もう友達とは言えない。

 たとえあちらがどう思っていようと── 一方的に避けて、逃げた自分にそんな資格など…

 

 

「そ、それにしてもあのGKさん達ってすごいよね。私達と同い年くらいなのに、あんなに仲が良くって」

 

「そうね…。

 あの歳でそんなに想える子がいるなんて、ちょっと妬けちゃうかも」

 

「うんうん。俺もあんな甘酸っぱい青春が送りたいもんだよ」

 

「あんたはまずがっつき過ぎなところを直した方がいいと思うけど?」

 

「そりゃないぜ姐御~」

 

「誰が姐御よ誰が!」

 

「(……今日はここまでにしとくけど、これからは少しは抑えてな?)」

 

「(…わかったよ)」

 

 

 なのはが場の空気を変えようと話題を変えたのを皮切りに、二人は話を一旦終わらせる事にした。

 はやても言いたい事はあるだろう。

 けれど深入りせずに注意だけで済ませてくれた事に感謝しつつ、春樹はまたなのは達との会話に混ざっていく。

 

 そうして和やかな会話を楽しみ、お茶会は進んでいった。

 やがて時も過ぎていき、翠屋JFCの祝勝会が終わると同時に彼らもまたお開きとなる。

 

 

「楽しかったわ。また皆で集まって話しましょう」

 

「なら今度うちでお茶会を開こうよ。

 恭弥さんがまたうちに遊びに来るみたいだから、その時に」

 

「いや~、まさか俺も女子にお呼ばれする日がこようとは…。

 ありがたや~ありがたや~」

 

「俺達は呼ばれてないだろ。佐竹、いい加減高望みはやめとこう」

 

「何言ってんの。あんた達もちゃんと呼ぶわよ。

 ……そいつの態度は少し自重してもらいたいけど」

 

『(…どうしますか?

 流石に何度も遊びに行っては、ジュエルシード集めにも支障が出ると思われますが)』

 

 

 指摘に落ち込んでからのアリサの発言で上機嫌になったりと。

 激しい気分の上がり下がりを見せる慶太郎を横目に、春樹はヒンメルの忠告も加味してアリサからの誘いに返答する。

 

 

「その日予定がなかったら行くことにする」

 

「なんやその日にあるかもしれんの?」

 

「まだわからないけどな。

 ま、俺が行くかどうかはあまり期待しないでくれ」

 

「わかったよ。

 なら行けるかどうかは知らせてほしいから、連絡先の交換しておこうよ」

 

「……ああ。

 それと佐竹、二人に拝むのは止めろ。皆ひいてるだろうが……!」

 

「……慶太郎くんが自重するんは無理かもしれんなぁ…」

 

「あはは、そうだね……」

 

 

 何人かは慶太郎の行動に苦笑しつつ携帯番号を交換し合う。そんな6人をよそに、祝勝会を終え翠屋からチームの面々が次々と出てきていた。

 次々と帰っていく少年達が視界に入っていく中でふと、お茶会で話題になっていたGKがポケットから蒼い宝石を───ジュエルシードを取り出す場面を、春樹はしかと目にしていた。

 

 

「───!」

 

「ん、どないしたん。春樹くん?」

 

「いや……」

 

 

 なのはに視線を向ける。見たところGKの方を見てはいない。

 気付いていないのか、気付いた後なのか。

 ただどちらにしろ、新たなジュエルシードを獲得するチャンス。なのはより先を越したければ、早めに手に入れにいくしかないだろう。

 

 

「用事を思い出しただけだ。どうしても外せない大事なやつをな」

 

 

 残念ながら気を緩めるのはここまで。

 春樹は小学生の少年から、戦いに身を投じる魔導士へと思考を切り替える。

 

 素直にあのGKがジュエルシードを渡してくれればいいが……おそらく一日食いつぶす羽目になるかもしれない。

 ───そう予感を覚えながら、彼はGKの少年と傍に寄り添い歩くマネージャーを見つめていた。

 

 

 

 

 

 




次回は戦闘に入るよ。

感想・評価お待ちしております。


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忍び寄る異常は日常の中に 後編

 

 

 日曜の昼下がり。翠屋でのお茶会も終わり、6人はそれぞれの用で別れて帰路についていた。

 なのはは、父である高町士郎と共に帰宅し。

 春樹は何やら用事があると別れ、慶太郎は彼についていった。

 

 その中でアリサとすずかは、途中まではやてを送っていく途中であった。

 

 

「ゴメンな二人共。送ってもらって」

 

「いいのよ。途中まで道は一緒なんだから気にしなくたって」

 

「それにわたし達も、はやてちゃんと一緒に帰ってて楽しいから」

 

 

 最初は二人とも、昼はそれぞれ家族と予定があったので翠屋で迎えを待って帰る手筈になっていた。

 けれど5人がそれぞれいなくなると、はやてが必然的に一人になる。

 予定があるといっても時間はある。

 それに迎えに来る人とも仲は良好。連絡を入れて集合場所を変える程度で嫌な顔はされない。

 よってはやての足の事も考慮し、二人は彼女の家に続くバス停に着くまで一緒に帰る事にした。

 

 そうした事情で三人は共にいる訳だが、話題は次第にここにはいないはやての友達に移り変わっていった。

 

 

「それにしてもあの春樹って子の用事、一体なんなんだろ?

 自分で連れてきたのにはやてを置いてくんだし、よっぽどの事とは思うけど…」

 

「んー、まぁちゃんとした用事やとは思うよ。

 なんもないのに嘘つくような人やないから」

 

「春樹くんのこと信じてるんだね。

 二人って昔から友達なの?」

 

「ううん。友達になってからやっと半年も経ったところかな」

 

「「えっ」」

 

 

 二人は驚いて目を見合わせる。

 はやての春樹に対する信頼ぶりは並大抵のものではない。

 今日初めて会った時にも二人は彼女から話を聞いている。その時語られた彼の話からは、まるで長年の友人のように強く紡がれた信頼を二人は感じ取っていた。

 

 人と強い信頼関係を結ぶのは並大抵の事じゃない。

 それを自分達の体験から知っているアリサとすずかにとって、半年でここまで相手を信じられるはやてに驚きを隠せないのは無理もない。

 

 

「まだ会って半年くらいなのに、よくそこまで信じられるわね…」

 

「うん、まだ半年。

 そやから良いとこも悪いとこも全部知っとるわけやない。

 けど、なんの根拠もなく言っとるわけでもないよ」

 

「じゃあなんでそこまで?」

 

「そうやなぁ…。春樹くんって、"人のため"やのうて"自分のため"ってちゃんと言うから……かなぁ」

 

 

 はやてが語る理由を理解できず、二人は首を傾げる。

 不思議がっている二人に気付いたのか。

 少し逡巡する様子を見せるも、はやては今の言葉に込められていた意味を語り始めた。

 

 

「あんまりこう言うんもなんやけど……わたしって足のことで"人のため"言うて勝手な心配してくる人に、よう会ってきたんよ」

 

 

 ……場の空気が変わる。

 9歳の少女に似つかわしくない枯れ木のように初々しさを感じぬモノの見方。その雰囲気に二人が面食らったと同時に、今から話す内容が軽い気持ちで聞くべきではないと察したからだ。

 だからといって話題を変える気はない。

 友達の真面目な話を聞き流す不誠実な真似はしないと。アリサもすずかも彼女の話を真剣に聞き入り始めた。

 

 

「春樹くんと会ったんも困ってる時に助けられたんが最初で。その時はこの子もあの人らと同じなんかな……って思ってた。

 けど、そんな気配は全然なくて。何度も会っていく内に次第と友達になりたいなって思うようになって…」

 

「ただ、いざ友達になった時にどうしても気になってしもうて。

 だから気になって聞いてみたんよ。

 『なんであの時助けてくれたん?』って」

 

「なんて言ったの、あいつ?」

 

「……"お前を放っておくと気になって嫌やから"やって」

 

「えぇ?」

 

 

 彼女達には予想外の理由が飛び出し、頭に疑問符が浮かぶ二人。

 対してはやての表情は、どこかおかし気に笑う明るいものだった。

 

 

「『放っておくと、後で思い出して気になってくる。

 そうなると小骨が引っ掛かったみたいで鬱陶しくなる』言うて」

 

「とんでもない暴論なんだけど…」

 

「あんまりいい気はしないね…」

 

「そうなんやけどな。

 理由はどうあれ春樹くん、その場限りで終わらへんかったし………何より、ちゃんと"わたし"を見てくれてたからなぁ」

 

 

 二人は合点がいった。

 彼女が彼に信を置く理由。

 それは例え自分本位な理由であっても、()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()からなのだと。

 

 話から推察するに、はやては『口先だけの一方的な善意』を嫌っている。

 きっと嫌悪感を抱くほどに、何度もそんなありがた迷惑の善意で自分を値踏みされてきたのだろう。

 

 だが春樹はそんな人達からは一線を画していた。

 

 誰かを助けようという献身ではない。

 けれど下心のない堂々とした自分勝手さで。

 口先だけじゃない彼の行動で、本当に彼女は助けられていて。

 

 動機がたとえ自分の為であれ、()()()()()()()ではなく()()()()()()()()として見てくれたからこそ────はやては相馬春樹という少年を信頼しているのだろう。 

 彼女の嫌う人達とは違う、大切な友達として。

 

 

「…それならはやてちゃんの苦手な人たちよりは、春樹くんの方が良いのかもね」

 

「聞くに上手くやってるみたいだしね。

 でも良かったの? あたしたちにここまで話しちゃって」

 

「ええんよ。

 だって二人共、今日初めて会った時から普通に話してくれたんやから」

 

「……そっか。

 なら、はやてちゃんの人を見る目は確かみたいだね」

 

「…なんでこっちを見てるのよ。ま、あたしもすずかなら納得だけどさ」

 

「ふふ、ごちそう様やね。仲がよろしいことで~」

 

 

 「ちょっと笑ってんじゃないわよ~!」とニヤニヤと笑うはやてにアリサが怒ったり、二人の様子をすずかが微笑ましく思いながら宥めたりと、賑やかに道中を往きながら三人は目的地まで進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてはやて達は翠屋のあった商店街を抜け、目的のバス停まで辿り着いた。

 アリサとすずかが着いていくのはここまで。

 月村家でのお茶会の話をしたり、また携帯で話をしようと約束を楽しみにして。この時間が終わるのを名残惜しく思いつつも、三人はバス停で別れようとしていた。

 

 しかし、彼女達はそこでさよならとはいけなかった。

 

 

「なんやろ…。今背中がそわってしたような……?」

 

 

 背筋に悪寒を覚えたはやてを切っ掛けに、三人はそれぞれ周囲の異変に気が付いていく。

 

 

「……バス、全然来ないわね。もう次の便が来てる時間でしょ?」

 

「二人とも、何かに見られてる気がしない? 全然人がいない筈なのに…」

 

「見られてる? うーん…ようわからんなぁ…」

 

 

 時刻は既にバスの到着時刻を過ぎている。

 なのにこのバス停にはバスどころか車一つ通る気配はなく、人も動物も彼女達以外には見当たらない。

 少しこの状況はおかしいのではないか。そう不信がっていたところに、逆にすずかは何かの気配を感じるという。

 気のせいかとも考えたが、彼女の表情は青く血の気の引いていて、本気で周囲を警戒しているのが伺えた。

 

 

「わたしもさっき変な感じはしたんやけど、視線とは違う気がしたんや…。

 すずかちゃん、その視線ってどこから感じるん?」

 

「どこからとか、そこまではっきりは感じないの。ただ……」

 

 

 なんと言っていいかわからない……むしろ混乱させるだけかもしれない。

 

 そうした躊躇いが表情から読み取れて言い淀んでいるすずかの言葉を、二人は何も言わず静かに待つ。

 催促せずに待ち続ける二人を見て、彼女もようやく思考が固まったのだろう。ひと息ついた後にすずかは『慌てずに』という前置きの下、ぽつりぽつりと己が感じたものを語り始めた。

 

 ただその口から語られる内容は穏やかではなく、二人の気を一気に引き締める事となる。

 

 曰く─────"誰かが自分達を狙っている"と。

 

 

「それ、ほんま?」

 

「うん…」

 

「……だったらアタシとすずかの家の人に連絡しましょ。

 誰だか知らないけど、このままわたし達だけでいて思い通りにさせる必要はないんだから」

 

 

 はやては信じていない訳ではない。けれど狙われた経験などある筈がないため話についていけていない。

 対してアリサはすぐに大人へ連絡を入れようとしていた。

 彼女の家が狙われやすい立場なのもあるだろうが、すずかがこの場面でふざけはしないと信頼しているからこその即断だった。

 

 1コール、2コール、3コール………アリサが番号を入れ、携帯から待機音声が流れ続ける。

 

 

「……遅いわね。いつもならこんなにかからないのに…」

 

 

 しかし、繋がらない。

 アリサの様子を見て、すずかも姉や使用人の番号へかけてみるが……こちらも相手が出る事はなかった。

 

 おかしい。何かがおかしい。

 不審な点はいくつもあった。けれどそれを全て一つの事と捉えられていなかったが、ここでようやく点と点が線で繋がった。

 

 今、自分達がいるここは普段の街とは違うナニカなのだと。

 

 

「アリサちゃん、連絡するよりまずここを離れた方が──」

 

 

 連絡は出来ないと見切りをつけ、アリサへ呼びかけるすずか。

 アリサはまだ別の連絡先へ繋げようとしていて、声が届いてやっとすずかへと振り向いたが──

 

 同じタイミングで勢いよくナニカがアリサへ飛び掛かってきて、携帯がその手から離れた。

 

 

「………えっ」

 

 

 すぐに飛び掛かってきたナニカを見る三人。

 

 視線の先にいたのは握り拳ほどの大きさで白い皮膚の、世間では蛭と呼ばれるものらしき生物。

 しかしその蛭は三日月のごとく裂けた口に鋭利な歯が生えていて、あろうことか飛びついた携帯電話を噛み砕いていた。

 ……異常だ。明らかに異常だ。

 間違っても、蛭に携帯電話を噛み砕ける力などない。

 常識外の光景が"逃げる"という思考を奪い、金属の砕かれる音が異様さをより引き立たせる。

 はやてとアリサは、完全にこの奇怪な蛭の存在に思考を呑まれてしまっていた。

 けれどすずかだけはすぐに気を持ち直して、はやての車いすを押しながら大声を張り上げる。

 

 

「…二人とも、早くここから離れよう!」

 

「! そ、そうね!!」

 

「ちょちょ、すずかちゃん!?」

 

 

 急いでバス停を離れる三人。

 すると数分と経たない内に轟音が鳴り響き、それなりに距離をとれた筈の自分達にも伝わる足音が、アリサとすずかに最悪の事実を伝えてくる。

 

 追ってきている。それも大きい何かが、自分たちを傷つけようと──!

 

 嫌でも伝わる音と振動がその事実を認識させて、アリサとすずかの足も自然と早まっていく。

 振り向いている暇はない。

 振り向けばその瞬間に三人とも命を捨てる事になる。

 とはいえ足音は段々と近づいてきていて、このまま走り続けてもいずれは追いつかれるのは目に見えている。

 ……ならば、どうするか。

 数少ない時間の中で打開策を見つけようとしていた二人へと、ようやく事態の呑み込めてきたはやてが一つの案を捻りだす。

 

 

「街が見えてきた……そや、海浜公園の方に逃げるんは!?」

 

 

 海鳴海浜公園。

 海鳴市では仕事のお昼休みや休日の人気スポットとして有名な、海から吹いてくる爽やかな風が特徴の場所だ。

 あそこならここから距離も近く、公園としてはかなりの敷地面積を誇っていて、身を隠す場所はいくらでも思いつく。

 

 隠れれば、追って来る何かも撒けるかもしれない。

 二人もすぐにその案に乗り、公園へと進路を変えた。

 

 

「■■■■■ーーーーー!!!」

 

 生理的嫌悪を催す遠吠えをBGMに。

 細い道を行き、裏路地に入り、T字路を曲がり、追って来るモノを巻く為やれる全ての手を尽くし、やがて三人は海浜公園へと辿り着く。

 

 海浜公園には人気は一切感じない。誰も巻き込む心配がないのに安堵しつつ、すぐに木々が生い茂るエリアへと駆け込み、手頃な茂みに身を隠した。

 

 

「……ゴメンな、すずかちゃん。ずっと車いす押してもらって…」

 

「謝らなくてもいいよ。わたし体力には自信があるから」

 

「ゼェ…ゼェ……学校でも…体育の、成績……飛びぬけてる、わよね。

 いつ、も……男子を悔し、涙に…沈める勢い、だもの」

 

「へぇ、意外やなぁ。運動そんなに得意なイメージなかったけど…」

 

「あ、アリサちゃん。そこまで言わなくていいから…!」

 

 

 アリサから暴露された話で恥ずかしさから顔を赤くするすずか。

 彼女の慌てっぷりに追われていた緊張も少し解れたのか、はやてとアリサの表情も幾分か柔らかさが戻ってきていた。

 

 

「……しっ、静かに」

 

 

 そんな和やかな時間も、長くは続いてくれなかったが。

 身体へ伝わってくる地響きが追ってきていたナニカが近づいてきているのを知らせてくる。

 居場所を悟られないよう息を潜めながら、三人はようやく近づいてくるナニカの全貌をその目に焼き付ける事になる。

 

 ──それは、異形と呼ぶに相応しい存在だった。

 あの蛭に四本脚を足して、まるでトカゲのようなシルエットにした生物。

 けれどその大きさはバスのように巨大なものになっている。

 体表もとろみのある液体がぬめりを作り出していて生理的な嫌悪を覚える。

 顔にはバス停で見たのと同じく三日月の口に鋭利な歯が見え隠れしていた。

 

 怪物は三人を探しているのか辺りを見回している。

 蛭の例に洩れず目や鼻はない。

 その筈なのにあの口を見ていると、怪物の表情がまるで自分達を見透かして嘲笑っているように見えて────思わずおぞましさから全員が身震いをしてしまった。

 

 彼女達は悟る。もうここからは逃げられないと。

 下手に動けば死ぬ。

 三人が生き残るには、怪物が自分達に気付かない可能性に賭ける他ない。

 

 ……頼むからどこかに行ってくれ。頼むから私たちを見つけないでくれ。

 そう、ひたすらに祈る。

 嵐が過ぎ去るのを待つように、音を出さずに茂みで縮こまる。

 

 しかし、その祈りは叶わなかった。

 

 三人の後ろで、草葉をかぎ分け這い寄るモノがいた。

 彼女達は気付けない。

 視線の先にいる怪物に意識が向いてしまい、視界に映る目下の脅威から目を離す事ができず。

 草の擦れる音が響いても、怯えからリズムを速めた心臓の音が鼓膜を占有している。

 故に這い寄るモノは何の障害もなく、狙った獲物へとかぶりつく事ができた。

 

 

「あ───っ!」

 

 

 噛みつかれたのは、はやてだった。

 彼女の腕に這い寄ったモノ───あの時の蛭が食らいつき、柔肌を鋭利な歯が貫き、肉を抉っていく。

 その感触は未だかつて経験した事のない痛みを全身に駆け巡らせる。

 やがて耐え切れなくなり、はやては前のめりに車いすから茂みへと転がり落ちた。

 

 

「はやて……!?」

 

 

 驚きと悲鳴の入り混じった声が彼女の耳に木霊する。

 しかし最早それが誰かなど判別する余裕はない。

 

 

 ───痛い、痛い、いたい、いた……い…!

 

 

 はやての脳裏を占有しているのは痛み。

 肉を抉り、貪り、己の生き血に至る全てを喰らう過程で刻まれる刺激が、痛み以外の感覚を残らず削ぎ落していく。

 その削ぎ落される過程が大切なものを奪われるようで、はやてはたまらなく嫌だった。

 けれどそれを口にする力も奪われていく。

 今残っているのは、苦痛に耐えられず出てくる声なき悲鳴のみだ。

 

 一体どれだけ痛みに苦しんでいただろうか。

 1秒にも1時間にも思える長い時間が経ち、腕に喰らいついていた蛭が彼女から離れていく。

 

 ようやく終わってくれたのだろうか───なんて、淡い希望を抱いて。

 そんな儚い想いは、さらなる痛みによってかき消された。

 

 次に彼女を襲ったのは締めつけられる苦痛。

 噛みつかれた事による刺すような痛みとは違う。

 尻尾は身体全体に絡みつき、磨り潰すかの如く念入りに。逃がさぬように骨の髄まで刺激を伝わせ、一旦解放されたことで生まれた余白を全て奪い去っていく。

 

 

「っぁ………ぅ、ぇぅ…」

 

 

 抵抗する力などある訳が無く、はやては無抵抗のまま巨大な尻尾に締め上げられていった。

 既に霞み始めた視界でとらえたのは、自分達を探していた怪物の顔。

 

 彼女に知る由もないが、見つかったのは謎の怪物の手引きによるものであった。

 はやての腕を襲ったのは、怪物が産み出した幼体。

 怪物は自身の幼体を小ささを活かして索敵代わりに用いており、気付かれぬまま彼女達を探り当ててみせたのだ。

 

 しかもその数は一、二体どころの話ではない。

 

 

「うそ……なんでこんなに…!」

 

「アリサちゃんダメ、進んだら襲われる…!」

 

 

 アリサとすずかの周囲には、はやてから剥がれ落ちた個体を含めた大量の幼体が群を為していた。

 一歩でも踏み出せば途端に群がろうと、幼体は威嚇しながら二人の周囲で待機する。

 一刻も早く助け出さねばはやてが危ない。けれど足を進めれば、ミイラ取りがミイラになって自分達も怪物の餌食になるだけ───

 

 

「■■■…」

 

 

 怪物はそうして立ち竦むしかない二人に顔を向け、また嘲笑うかの如く口角を上げる。

 

 いや、如くではない。

 本当にこの化け物は彼女達を嘲笑っているのだ。

 

 はやての身体はゴキリと、鈍く嫌な音を響かせる。

 しかし怪物は彼女をすぐに殺す気はない。

 何かが壊れた音を響かせても、命の灯が消える一線だけは超えないように尻尾の

 生きたまま喰らって獲物の最期を味わおうとする怪物のどす黒い欲が顕れた所業であった。

 獲物を前に舌なめずり。

 仲間が喰われるのを何もできぬまま見ているといい。次はお前たちだ───と。

 

 

「………」

 

 

 はやては、もう怖れる思考力すら麻痺しつつある。

 口も動かす気力はない。

 身体も当然動きはしない。

 彼女の中にはもう、抗うという選択肢はなかった。

 

 抗う力がないのではなく、選択肢そのものがない。

 

 彼女は生きる事を諦めてしまっていた。

 恐怖は麻痺している故に、残る理由は一つ。

 元来からの自分に対する諦観が、ここにきて彼女の気力を奪っていた。

 

 原因不明の病で、ろくに学校にも通えず孤独だった日々。

 その日々も春樹との出会いで変わり、ようやく幸せの兆しが見えたところでの目の前の理不尽。

 

 ああ、結局はこうなるんだ。

 幸せなんてわたしから逃げてしまう───極限状態の中で、心を凍り付かせる負の循環がまた彼女の足を引っ張る。

 実際彼女達にこの状況を覆せる手立てはない。

 はやてはこうして掴まれたまま、怪物に自分が喰われる様を目に焼き付けるしかなく───

 

 

「はやて!!」

 

 

 けれど現実がわかっていても、はやての生存を諦められない。熱の籠った叫びが聞こえてきて。

 彼女の脳裏に、ぽつりぽつりと浮かぶ情景があった。

 

 最初に浮かんだのは、今叫びを上げたアリサとすずかの顔。

 次に翠屋で別れたなのはと慶太郎の顔。

 最後に、慶太郎と共に行ってしまった春樹の顔。

 

 

 ────ああ、あかん……なぁ。

 

 ────ねがっ……たって、あかんのに、やっぱり…うかんで、きてしまう。

 

 

 それは、ただ友達に『会いたい』という願い。

 

 傍にいてほしいと。

 ようやくできた。独りぼっちじゃなくしてくれた友達と、もう会えないなんて思いたくない。

 考えないようにしていたのに、振り払えそうだったのに。

 走馬灯のように大切な人達の思い出が、願いが溢れてくる。

 

 

 ────でも、ごめん……な。

 

 

 それでも願いは叶わないと、はやては自分の名を呼ぶ二人に心の中で謝って。

 ついに口を開けて顔を近付けてくる怪物の捕食を、受け入れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそれに、待ったがかかる。

 

 突如、空がガラスが割れるように罅割れを起こし、天空に大穴が開いていく。

 その中から重力に身を任せ、何者かが落下してきた。

 

 その人物は、銃を携えた仮面の少年。

 

 彼は地面に落下していく中、携えていた銃で怪物目掛け迷わず引き金を引く。

 そうして銃口より放たれた魔力弾は怪物の表皮を撃ち破り、小さくない手傷に風穴を開けた。

 

 たまらず怪物は叫びを上げる。

 笑みに歪んでいた口元が、今度は苦痛による歪みへと変わっていく。

 

 

「■■■■ッ────!!!」

 

 

 だが苦痛に顔をしかめようと、怪物ははやてを離す気は無いらしい。

 それを見て取った仮面の少年は、瞬時に飛行魔法で落下の速度を上げる。

 そうして重力に沿った速度で放つ渾身の踵落としが怪物の脳天に直撃した。

 

 怪物は今度こそ耐え切れず、少女の身体は手放される事となった。

 彼は怪物の脳天を足場に飛び上がり、その身体を傷つけぬよう優しく抱き留めていく。

 続けざまに彼は銃口をアリサとすずかの足元に向け、幼体を滅ぼす技を撃ち放っていた。

 

 

『Barrage Rain』

 

 

 撃ち出されるのは、一発で百を超える弾数を浴びせる魔弾。

 一発が細やかに分裂していくかと思えば、それは二人を囲んでいた幼体達を撃ち漏らし無く撃ち抜いていく。

 

 

「はやてちゃん、だいじょう……ッ!」

 

 

 彼がアリサとすずかの下へ降り立つ頃には、幼体達は亡骸を砂に変え跡形も無くなっていた。

 それでやっと動けるようになった二人は、すぐに抱えられたはやてに駆け寄っていく。

 が、彼女の姿を確認した途端、彼女達の口から声なき悲鳴が漏れる。

 

 はやての状態は酷いものだった。

 骨が折れたのか。身体の至る所に青あざができていて、腕はあらぬ方向に曲がっている。

 傷の影響か。玉のような汗をかいて呼吸も過呼吸になっているも、彼女の反応は大分鈍い。

 加えて蛭に抉られた腕の傷が未だ放置されたままで、そこからは大量の血液が流れ続けていた。

 

 もう身体も心もボロボロで、事の推移もよく理解できていない。

 視界も霞んで、指先からどんどん大事なものが失われていく感覚を覚える。

 今はやてが分かっているのは、「ごめん…」と自分を覗き込む誰かの声。

 そして自身を包む彼の手が怪物とは違う、暖かなものに感じられる事だけだった。

 

 はやての惨状に涙を溢す二人。

 しかし仮面の少年は、忽然とした態度で二人に告げる。

 

 

「勝手に諦めるな」

 

 

 彼はスカーフの中から何かを取り出し、強く握りしめる。

 

 

「無責任なこと言わないでよ! はやてのこと、どうにかできるって言うの……!!」

 

 

 アリサの批難を無視し、彼はか細く何かの呪文を唱え始める。

 何事かを警戒して、傍にいる三人にさえ聞こえない声量で。

 

 けれど一番傍にいたはやてには微かにその内容を聞き取れていて。

 それがどんな言葉なのか、最早理解する事すらできていなかったが───ただ一つだけ、よく耳に残る言葉があった。

 

 

「───願いを叶えろ、()()()()()()()()

 

 

 瞬間。彼の手に持つ何かから眩い光が広場を照らす。

 光はその場にいた全員を包むほどの光量で、やがて収まっていくかと思えば、それは粒子となりはやてへと降り注いでいった。

 

 粒子は傷という傷に染み渡るように入り込んでいった。

 入り込んだ粒子は彼女の中で変化を及ぼし、その身体はぼんやりと光を帯び出していく。

 呆然とする少女達をよそに、次第に光は薄れていき

 

 

「───あれ、わたし…?」

 

 

 ────はやての傷は跡形もなく消え去り、意識も元に戻っていた。

 

 

「「はやて(ちゃん)ッ!!!」」

 

「わわっ!? ふ、ふたりとも落ち着いてぇな…」

 

「バカッ! あんなの見て落ち着けるわけないでしょ……ッ!」

 

「はやてちゃんが死んじゃうかもしれないのに、わたしたち…何もできなくて……!」

 

「…大丈夫やって。わたし、もうぴんぴんしとるやろ?」

 

 

 傷一つない状態に治り、二人は感極まってはやてに抱き着いていた。

 なだめる為に彼女はわざとらしく笑って見せて、その様子に二人も少し呆れと安心を覚えて笑みを浮かべる。

 

 

「■■■ッ……!」

 

 

 だが微かに緩んだ空気も、唸る獣の声で一気に引き戻される。

 そう、まだ自分達は危機を脱した訳じゃないと三人は怪物へと視線を向ける。

 

 ────そこではやては、ようやく己を救った者の姿をその目に映す。

 

 黒のジャケットを身に纏いし仮面の戦士。

 歳はきっと自分達と同じくらい。

 

 何故、わたしたちと変わらない歳で戦おうとするのか。

 

 何故、わたしを助けてくれたのか。

 

 疑問は尽きないけれど、はやての目には怪物を見据える彼の背中が

 

 

「すぐに奴は退治する。

 ……だから、しばらくそこでじっとしておけ」

 

 

 ────この絶望的な状況をどうにかしてみせる救いのヒーローのように思えた。

 

 




 今回登場したジュエルシードの相異体の見た目は、モンスターハンターのフルフル(翼なしver.)をイメージしてください。

 こういった怪物が出てくる時点で、この世界は原作とは明らかな違いがあります。
 その違いの原因は、割と近いうちに判明していくでしょう。


 ちなみに裏話。
 実は今回、少女三人をいかに追い詰めるか描写考えてたら、文字数が一万二千字に到達してました。
 削っても九千字です。我ながらはやてに苦痛を与えようとし過ぎでは…と引きました()


 次回:相異体との戦闘回


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通りすがりの魔法使いと未知の世界を知る少年 前編

予約投稿を間違えて投稿しちゃったので、再投稿。

お見苦しいところをお見せしましたm(_ _)m


 ───はやて達がバス停まで向かっていた頃まで時間は遡る。

 その頃、残った男子組はというと

 

 

「……くぅ~、やっぱ仲良さそうで羨ましいなぁ」

 

「そんなに嫉妬すんなら見に来なけりゃいいだろ」

 

 

 翠屋JFCのGKとマネージャー。両名が一緒に帰るのをこっそり後をつけていた。

 

 

「だって気になるじゃん。人の恋模様なんて見なきゃ損ってもんだぜ」

 

「野次馬根性じゃねえかよ…。そういうのは理解したくないな」

 

「ん? じゃあなんであの二人つけてんだよ。

 あの二人がどこまで進んでるのか気になったんじゃねぇの?」

 

「あのGKに用事があんだよ。

 ……あそこまで二人の世界つくられて、入りにくい状況ではあるがな」

 

 

 件の二人は仲睦まじく歩いており、他が入り込めない二人だけの空間をつくっている。

 アリサが妬けるかも、と言っていたのも分かる。

 先程から見ていればお互い手を繋ぎたいのに、寸前で日和って手を伸ばせずに終わる光景を、彼らには何度も見せつけられている。

 所謂「甘酸っぱい恋」というやつか。

 こんなものを見せられればヤキモキもする。慶太郎の言うように嫉妬する者も出てくるだろう。

 そして春樹の場合は、GKに近付きたくても割って入れない空気をつくられて、尾行していても未だ足踏みしている状態だった。

 

 

《マスター、いつまで動かないつもりですか。あなたが遠慮するなどらしくないのでは?》

 

「(俺だって遠慮ってものは知ってるよ。

 この状況でやるべきじゃないってのはわかってるが…)」

 

《ならば急ぎ決断した方がいい。

 あの子供がジュエルシードを持ち続けているのは危険です。

 

 ジュエルシードは歪んだ願望機と呼べる代物。

 制御する術を持たぬ者が握っていては、どんな悲劇が起こるか分かりませんよ?》

 

 

 主の迷いに業を煮やしたのか、ヒンメルから激が飛ばされる。

 

 実際、ヒンメルの言う通りであった。

 ジュエルシードは握った者の願いを無条件に汲み上げる。

 ただしそれは、願った者の意思に反した形でだ。

 願いの額面だけを切り取ったように、ジュエルシードの叶える願いはどれも歪なものに置き換わる。

 春樹の知る上で最たる例は、なのはが遭遇していた怪物だろう。

 何を取り込んだのかは判らないが、ジュエルシードの力は人を簡単に殺せる化け物を生み出してしまっていた。

 

 ならば、願うのが人であればどうなるか。

 人間とは日々生きているだけでも何かしたいと、欲が生まれてくる生き物だ。

 その点、あの二人はお互いを好き合っている。

 人に恋い焦がれる強い感情。

 それは明確な願いの源となり、例えば()()()()()()と───そう思うだけでも、ジュエルシードの暴走を生み出す起爆剤になりかねない。

 

 放置しておくには、あまりに危険すぎた。

 

 

「(……ま、その通りか)」

 

「ああ、確かにあのラブラブっぷりじゃ入れねーわな」

 

「…とはいえこのままくすぶってても仕方ないしな。ちょっと行ってくるわ」

 

「えっ、マジで行くの? 骨は拾っとくけどさ」

 

「死ぬ前提で話すな。恋でそういうことわざがあったけどよ」

 

 

 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ────だったかと思い出しながら春樹は二人へ近付こうとした。

 が……ようやく踏み出した決心は、突如発生した魔力反応に足をとられてしまう。

 

 

「(この反応、魔力反応…?)」

 

《これは封時結界ですね。範囲は後方5㎞を中心に半径2㎞といったところでしょうか》

 

「(後方……オイそっちは、はやて達の!)」

 

 

 自分達の後方となると、はやて達三人が帰っていった方角だ。

 それを思い出し、春樹の胸中に焦りが生まれていく。

 

 はやてが乗るバスの停留所までは翠屋からそう離れていない。早めにバスに乗れていれば結界に巻き込まれていない可能性もあるが、その可能性はないと彼は考える。

 

 ────はやての事だ。同年代の友達ができたってのに早く帰りたがりはしないだろう。

 

 彼女の性格を鑑みて、急ぎで帰るという選択肢はまず有り得ない。

 さらにアリサとすずかの事も考慮すると、今頃バス停まで楽しくおしゃべりしていても不思議じゃない。

 早めの便でバスに乗っているという可能性はまずなく、十中八九まだ結界の範囲内にいるのは目に見えていた。

 

 結界が使った者の狙いが彼女でなければ……と考えても、残念ながらそれは関係のない話。

 何故なら封時結界という魔法の特性上、どうしても彼女は巻き込まれる事になるからだ。

 

 封時結界という魔法は、魔導士が一般人に姿を掴ませたくない状況において、絶大な効果を発揮する。

 ただし今回のようなケースにおいては、例外的に欠点と呼べる点が存在していた。

 その欠点とは結界の範囲内であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点だ。

 

 闇の書の主であるはやては、当然魔法の才を有している。

 結界を張った何者かがはやてを狙っていても、狙っていなくとも、範囲内にいれば巻き込まれるのは確定した事柄であった。

 

 ではどうするか。

 目の前には、いつ暴走するかもしれないジュエルシードがある。

 一方ここから離れた場所で、はやて達は今まさに結界に閉じ込められているだろう。

 もしかしたら結界の波動を感知して、なのはがはやて達の方へ急行しているかもしれない。

 

 が、かもしれないだ。

 彼女はジュエルシードに気付かず帰宅してしまったので、ここにいる春樹より駆け付けるまでに時間が掛かり過ぎる。

 

 

「どうした? あの二人に話しかけねーの?」

 

「…悪い、ちょっと忘れ物思い出した」

 

「マジでか」

 

 

 ならばここでとる選択など決まっている。

 まず、ここで彼がはやてよりジュエルシードを優先するなど有り得ない。

 そもそも春樹は彼女を闇の書から解放するのが目的で、ジュエルシードはあくまで手段。

 その彼女が危機に陥っているのに、他の誰かに任せてジュエルシード(手段)にかまけるのは本末転倒にも程がある。

 

 それに、例えジュエルシードが目の前になくとも。

 目の前の彼ら(見知らぬ誰か)八神はやて(大切な友達)を天秤に賭けるなら、迷わずはやてをとる。

 そういう選択をとるのが相馬春樹という少年なのだから。

 

 

「先に取りに行ってくる。別にあのGKに用事があるのは俺だし、お前は帰ってもいいぞ」

 

「うーん、でも気になるからもうちょっと後を付いて行ってみるわ」

 

「…わざわざ話しかける必要もないんだから、ほどほどにしとけよ」

 

「おーう」

 

 

 慶太郎の野次馬根性に呆れを見せつつ、春樹は彼と別れ翠屋の方角へと歩いていく。

 やがて慶太郎の姿が見えなくなると段々と足を速め、はやる気持ちに呼応するように駆け出していく。

 

 

 ───頼むから、無事でいてくれよ…!

 

 

 心中ではやての無事を願いながら、彼は結界へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間一髪のタイミングだった。

 結界を無理矢理こじ開けて、ようやくジュエルシードの相異体を見つけたと思えば、今まさにはやて達が食われそうになっている真っ只中。

 あと数秒でも遅れていれば彼の弾丸は届かず、はやての命はなかったに違いない。

 

 三人の無事に安堵しつつも、怪物から意識を外さない。

 相異体は痛みに悶えながら距離をとるも逃げる気配は微塵もなかった。

 

 

 ───あいつらを食うのは諦めてないな。あわよくば俺も……ってところか。

 

 

 いつでも射撃体勢に入れるよう身構える。

 未だ攻撃してくる様子はないが、はやてに食いついた幼体の事もある。全法域に警戒しつつ、こちらを見つめている少女達に語り掛ける。

 

 

「すぐに奴は退治する。

 ……だから、しばらくそこでじっとしておけ」

 

「…わたしたちを、助けてくれるん?」

 

 

 春樹を見る彼女たちの瞳には不安が滲み出ている。

 

 それが怪物に食べられかけて恐ろしさを実感してのものか。それとも彼を信じて命を預けていいかを計りかねているのかはわからない。

 どちらだとしても共通しているのは、ここから生きて抜け出したいという想いだ。

 

 

 ───ガラじゃないが、このままにもしておけないな。

 

 

 ここから逃げ出せるとも思えないが、怯えて不安がっている状態のままにしておく気にもなれない。

 だから彼女たちを安心させるべく、頼れる味方であるように振る舞う。

 

 

「──ああ助けるとも。

 だから安心してるといい。

 

 この通りすがりの魔法使いが、悪い怪物を退治してみせよう」

 

 

 童話に出てくるキャラクターのように。

 誰かを守るヒーローのように。

 敢えて『魔法使い』を名乗り、三人を庇うよう前に立って、穏やかな口調で諭すように語り掛ける。

 

 

「ま、魔法使い…?」

 

「なんか信じにくいわね…。

 それに芝居がかった言い方だし……」

 

「……でも、なんやホントに絵本の世界に入ったみたいやわ」

 

 

 目の前の相手が本当に魔法使いかは関係ない。

 ただ……怪物に襲われて、危うく命を落としかけて、そんな時に魔法使いを名乗る人が助けに来てくれた──

 その流れがまるで本当に絵本の世界のようだと感じたらしい。

 

 とっくに諦めていたのに。

 彼女の切望を、彼はしっかりと拾い上げてくれて。

 なら、もう少し生き足掻いてみようと。

 はやての表情にもう不安は見て取れなかった。

 

 

「なら、魔法使いさん。───わたしたちを、助けて」

 

 

 今、彼女の瞳に込められているのは希望。

 追われ続ける不安、食べられる恐怖、生きる事への諦観を、祓ってくれるかもしれない存在。

 たとえか細く、叶うかしれぬ光だとしても。駆けつけてくれた目の前の少年に八神はやては願いを託して─────その祈りを魔法使い(相馬春樹)は確かに聞き届けた。

 

 

「助けるさ」

 

 

 ただ一言。

 されど力強く願いに応え、春樹は駆け出した。

 

 まず牽制の一発を放つ。

 魔弾は足元に着弾し、狙い通り相異体は即座にその場から飛び退いた。

 

 そこから攻勢に移る暇を与えぬよう、春樹はさらに魔弾を連射し畳みかける。

 次々と魔弾に撃たれていく白い体躯。

 しかし先程とは違い一定の距離を保っていたからか。彼の魔弾はその表皮を貫くまでに至らない。

 

 そして相異体も、このままされるがままである筈もない。

 撃たれるのを承知の上か。相異体は四足による強大な突進力で一気に距離を詰めてくる。

 

 

 ───こっちに食いついたか。ならいい。

 

 

 彼を倒さねば、他の獲物にはありつけないと判断したのか。相異体にはやて達を狙う素振りは見られない。

 三人を護らず怪物を倒すのに集中できるなら勝率はぐんと上がる、ありがたい状況だ。

 

 ただ勝率は上がってもその勝利をもぎ取るには、まず迫りくる巨躯を避けなければならないだろう。

 彼は当たるかというギリギリのタイミングで跳び上がり、怪物の初撃を避ける事に成功する。

 次に通り過ぎていく背を踏み台に横に跳び、地面に難なく着地した。

 

 

「■■…!」

 

 

 一撃目は避けられた。

 だが、そう上手くはいかないようで……二撃目を避けるには時間がまるで足りていなかった。

 彼を通り過ぎる一瞬、進む勢いのまま相異体は地面に前脚をめり込ませる。そして独楽のように回転し、雄々しく発達した尻尾を振り曲げる。

 その時間1秒にも満たず。彼が動き出そうとした頃には、横合いから強烈な一撃をその身へ叩きつけられていた。

 

 

「ガハッ…!」

 

 

 強打に耐え切れず、彼は吹き飛ばされていく。

 はやて達が息を呑む中、相異体はさらに追撃しようと大口を開け、地面を転がっていく少年へ走り寄っていく。

 

 迫る怪物。転がっていく春樹に避ける暇はない。

 ならば相異体を止める他なく。

 が、生半可な攻撃では、また痛みを無視して突き進んでくるだろう。

 

 故に──さらなる弾幕で勢いに押し勝つ。

 

 

『Barrage Rain』

 

 

 機械音声と共に放たれる魔法の弾幕。

 弾が放たれたのは、牽制の魔力弾が着弾した地点。

 本来そこに撃ち込まれた魔力はもう消えている筈で、新たに魔弾を撃つ隙もなかった。

 だというのに撃ち込まれた弾丸。さらに予想外の方向だったのも重なり、怪物の動きはフリーズし勢いが削がれる。

 

 その隙を見逃さず、春樹は上空へと弾幕の下となる魔弾を発射する。

 上空で魔力は弾け、雨のように細かな魔力弾と変わり怪物へと降り注いだ。

 

 

「■■■■■──!」

 

 

 一発一発にあの巨躯を退けられる威力はない。

 しかしその数が百、千と増えていけば、倒せずとも怪物の動きを止めるだけの働きはなせる。

 そして彼の狙い通り、怪物の動きは魔力の雨で縫い留められていた。

 

 その間に、春樹はよろめきながらも立ち上がる。

 

 

 ───ったく、やっぱ華麗に勝利……とは、いかないな。

 

 

 魔導士になったばかりという理屈を抜きに、自身の実力不足を胸中にて嘆く。

 

 バリアジャケットの防御力により、ある程度の衝撃と痛みは軽減できていた。

 とはいえ身体の影響は彼にとって然程重要ではない。

 今重要なのは、苦戦すればはやて達を不安にしてしまうという事。

 不安がらせぬようガラにでもない事を言ったというのに、初撃からこれでは彼女達はまた恐怖に呑まれてしまうやもしれない。

 

 それでは駄目だ。

 あそこまで大見得を切っておいて、怪物に勝てす彼女達が喰われましたでは終われない。

 最後は何でもないように振舞って敵を倒してみせる。

 そうでもなければ、彼女達を心から安心させられないのだから──。

 

 受けた一撃はなかった事にはできず。

 けれど立ち上がれば何事もないように装って。

 彼は追撃に赴く為、怪物の周囲を回るように走り出す。

 

 

 ───目はないだろうにどうやって俺の位置を把握した?

 

 ───尻尾の一撃は触覚だとして、吹き飛ばされた後は……体温か、音か?

 

 

 春樹の持つ手札に怪物を倒せる手は少ない。

 故に怪物の生態を考察し、弱点になり得る手を探っていく。

 

 目は見当たらない。なのに相手は正確に彼の居場所を掴んでいた。

 故に相異体の探知方法はおそらく、体温か音が挙げられる。

 ここまで探り当てて、問題は攻撃手段。

 今放った魔法は春樹が使える魔法の中でも強い部類に入る。

 それがダメージソースにならないのなら、何か別の手段を講じなければあの怪物を倒せないだろう。

 

 

「ヒンメル、カートリッジ。いけるな?」

 

『OK。では準備を』

 

 

 ───『カートリッジ』

 主な形状はマガジン型のデバイス強化装備であり、中には一発一発に魔力が込められた弾が装填されている。

 この弾を自動拳銃の如くロードする事で、魔導士は魔法を通常より威力が高めて使えるようになる。

 

 ただ本来、このシステムはベルカ式と呼ばれる魔法式専用に構築されたもの。

 そのカートリッジを()()()()()()()()()()()()()

 それがヒンメルの持つ、他のデバイスと一線を画す独自機能の一つだった。

 

 ベルトの横側からマガジン型のカートリッジを取り出し、デバイスに装填する。

 現状最初の一発以外は有効打を与えられていないが、このカートリッジを使えばあの分厚い表皮をもう一度貫けるだろう。

 

 

 ────問題はそう連続で使えない事か。

 

 

 魔導士に成り立ての彼がカートリッジを連続使用すれば、バックファイアがくる場合も有り得ると念押しされている。

 加えて先の一撃。

 軽減したとはいえバックファイアを受けてしまえば、今も響く痛みは無視できない重傷になる可能性もあった。

 

 よって今必要なのは一撃必殺。

 最も効果的な場面を見極め、確実に撃ち込む一発だ。

 

 さらにそろそろ怪物を足止めしていた魔法も切れる頃合いだ。

 春樹は相手の優勢にさせぬよう、さらに魔弾を撃ち込み動きを牽制しにかかる。

 

 

「……! 今度は上からか!!」

 

 

 すると怪物はまた突進してくるのではなく、上空に跳び上がるという選択肢と取った。

 体躯に似合わず、怪物のジャンプ力は軽々と木々を跳び越える高さ。

 あの高さから落下しての全重量がかかった一撃だ。

 当然、威力は先の比ではないだろう。

 もしもまた正面から受けようものなら、バリアジャケットがあっても防げる保証はない。

 

 

『Flying』

 

 

 春樹は回避の為、飛行魔法ですぐさま後ろへと下がる。

 続けて射撃体勢に入るが……相手はさらなる一手を彼に仕掛けてくる。

 

 怪物の喉より球体のナニカがせり上がって来る。

 口まで到達したそれは、せり上がる勢いのまま、さらに上空へと吐き出される。

 

 中から飛び出したのは粘液に包まれた球体だった。

 その球体はブヨブヨと蠢いたと思えば、次々と内より何かを産み出していく。

 産み出されたのは三人を襲っていたのと同じ、怪物の幼体。

 

 つまりあの球体は卵。

 それもどんな仕掛けかわからないが、すぐに孵化できるいらないオマケ付き。

 加えてその数は、一瞬で数えられる量を超えていた。

 あっという間に視界を覆う物量が産み出され、怪物と共に地面めがけて飛来してきていた。

 

 

「チィ──! ヒンメル!!」

 

『Barrage Rain』

 

 

 弾幕による防壁を形成し、幼体の大群を撃ち落としにかかる。

 しかし一匹撃ち抜く毎に、幼体が蓄える粘液が爆弾のように弾け飛んで視界を覆っていく。

 どうやらこの幼体達は、撃っても撃たなくても視界を遮る目くらましらしい。

 

 厄介極まりない。

 刻一刻と怪物が落ちてくる中で視界を遮られるなど、圧倒的に不利になるだけだ。

 かといって迎撃をやめれば、幼体の群れは彼に喰いかかろうとするだろう。

 ならば、選べるのは幼体を撃ち落とす事のみ。

 

 だが勝つ為の策は考えてある。

 春樹は弾幕を維持しつつその策を実行に移そうとして────次の瞬間、幼体の大群が怪物に圧し潰されていく様を、真下から見上げる事となった。

 

 

「───魔法使いさん!?」

 

 

 はやての叫びが辺りに響き、同時に怪物が降下した衝撃が地面を乱暴に揺らす。

 

 

「あれじゃあ……もう…」

 

「…そんな」

 

 

 怪物の周囲では、圧し潰された幼体の亡骸が砂に変わっていっている。

 あの様を見て、彼の身体が無事とは到底思えない。

 アリサとすずかは魔法使いの死を確信してしまい、この後の自分達の末路を連想し表情を青ざめた。

 

 けれどはやてだけは二人のように青ざめず、ただ一心に怪物を見つめ続けていた。

 

 

「はやてちゃん…?」

 

 

 魔法使いは死んでしまったのに、彼女は怖くないのだろうか?

 はやての様子に疑問を抱いたすずかは、釣られて怪物の方を注目してみる。

 

 すると彼女は怪物の様子がおかしい事に気付く。

 怪物は一向にこちらを襲う気配はなく、それどころか未だに周囲を探り警戒する素振りを見せている。

 

 まさかと思うが、そうなのだろう。

 ───戦いはまだ、終わってなどいない。

 

 そこまですずかが思い至った後、怪物にも変化が見られた。

 何か地面に見つけたらしく、足で確かめる為かそれを触り続けている。

 

 怪物が見つけたのは子供一人が通れるサイズの穴。

 それは地中に向かって一直線に掘り進められており、場所は異相体が降下した直後、春樹が陣取っていた地点。

 その意味するところを相異体は直感的に勘付いた。だからその後に飛び出してくるモノにすぐさま反応する事が出来た。

 

 

「……■■■■!」

 

 

 相異体は、後ろから何かが飛び出してくる音を拾い上げる。

 それはきっと春樹であると相異体は断定した。

 

 春樹の予測は当たっていた。

 

 相異体が周囲を把握する術は、聴覚から拾う音。

 相異体の聴覚は高い精度を誇り、距離が近い音なら蚊の正確な位置さえ把握する事も出来る。

 さらにジュエルシードの力により増大した身体は、音を聞き分けた後に反応できる反射神経と身体能力をこの相異体に与えていた。

 

 故に、そんなものは効かぬと。

 相異体は余裕で反応してみせ、飛び出してきた獲物へと喰らいついていった。

 

 

「……!!」

 

 

 しかし、喰らいついたモノは相異体の口内で爆発を起こす。

 

 相異体の勘も大よそは当たっていた。

 あの穴は春樹が咄嗟に作った逃げ道。

 彼はあの一瞬で地中に身を隠し、奇襲を仕掛けられるタイミングを見計らっていた。

 ただ一点違うのが、飛び出したモノの正体。

 地面から現れたのは春樹本人ではなく、彼が囮に作りだした索敵魔法。

 

 そして索敵魔法は目標を探す為、使い手と視界をリンクする事ができる。

 すなわち、春樹はこれで相異体の位置を正確に把握した。

 

 

『Cartridge Load』

 

 

 相異体の下。

 暗く閉ざされた土の中で薬莢が飛ぶ。

 カートリッジに込められた魔力がデバイスに充填されていく。

 爆ぜた魔力光の衝撃から相異体は立ち直るも、敵が弾を込め終わったのも知らず、気付ける猶予も既に過ぎ去ってしまった。

 

 相異体が囮に引っ掛かった原因はただ一つ。相異体は音の感知に頼り過ぎたのだ。

 

 もしもを語るのであれば

 

 目が見えていれば

 

 人並みの知能を有していたのなら

 

 魔力光に飛びついた後でも見てから回避できただろう。警戒せずに喰らいつく真似もしなかっただろう。

 

 

『Shoot Barrt』

 

 

 そして魔法使いが放つ、自身を死に至らしめる一撃を受ける事もなかっただろう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝敗は決した。

 広場に魔弾に怪物の胴が貫かれる音が響いていく。

 

 カートリッジを用いた一発は今までのどれよりも巨大なもの。

 最初の一発以外は表皮を貫くに至らず。が、この一撃はついに怪物に大きな風穴を開けた。

 

 痛みに耐え切れず、怪物はわき目もふらずに奇声を上げる。

 が、次第に声の枯れていき……やがて、その巨体は崩れ落ちる。

 

 

「■■………ガァ…」

 

 怪物は幼体と同じく、砂となり土へ還っていく。

 悪夢は終わり、全ては幻とでも言うかのように。

 

 

「───よっと」

 

 

 しかし、あれが幻である筈がなく。

 それを証明する魔法使いは、自身の開けた穴から飛び上がって来る。

 彼の動きにあの一撃の影響はなさそうで、まるで何事もなかったかのようにピンピンしていた。

 

 

「……あいつ、何にもなかったみたいに出てきちゃって」

 

「でも、あの人が勝ったってことは…」

 

「わたしたち、もう大丈夫…なんかな」

 

 

 あれだけ自分達を苦しめた怪物の最期はあまりにあっけなくて。

 本当に、怪物を倒す事はできたのだろうか? 本当に…自分達は解放されたのだろうか?

 そんな疑問を抱く中で、三人の下へ魔法使いがやってくる。

 

 

「あの、魔法使いさん!

 もう…大丈夫なんですか……?」

 

 

 はやての質問に彼は一呼吸の後、静かな首肯と共に応えていく。

 

 

「もう大丈夫だ。

 怪物も退治した。そろそろ結界も晴れて、元の世界に戻っていく」

 

「け、けっかい?」

 

「ここまで来る途中誰もいなかっただろ?

 そいつは怪物が張った結界のせいなんだよ。

 こいつを張られると、使い手が許した人物以外は結界内に存在できなくなる……っと、言ってたら解けてきたな」

 

 

 話を途中で切り、魔法使いは上を見上げ始める。

 何があるのだろうと。釣られてはやて達も上に視線を向かせてみる。

 すると、ある一点から空間の歪みが空に発生して、まるで波紋のように空全体に広がっていく光景を彼女達は目にした。

 

 あれが魔法使いの言う結界なのだろう。

 詳しい理屈はわからない。

 けどその光景を見て、ようやく恐怖の時間が終わりを告げるのだと……はやては実感が沸いてきていた。

 

 

「あ、あれっ……。

 アカン、なんや泣けてきた…」

 

 

 緊張の糸が切れたのか。はやての頬には一筋の涙がこぼれる。

 年端も行かぬ少女が正体不明の怪物に襲われ、傷つけられ、喰われかけた。

 

 それが一体どれだけの恐怖を生んでいた事か。

 今まで生きていたのが奇跡で、その恐怖の元がいなくなった。

 とあれば今まで表に出ていなかった感情が出てくるのも当然の話だった。

 

 

「はやてちゃん…」

 

「ほら、はやて。これで涙ふきなよ」

 

「ありがとっ…。

 ……二人はすごいなぁ。全然怖がってへんもん」

 

「…そんなことないよ?

 わたしたちはその…驚いてついていけてない、というか……」

 

「怖かったけどさ。一気に色んなことが起こりすぎて、実感がうすい…」

 

 

 そう告げるアリサとすずかの表情は未だ芳しくない。

 アリサは手が震えていて、すずかも心なしか未だ瞳が潤んでいるように見えた。

 三人ともどれだけ表に出ているかの違いはあれど、それぞれ怪物を怖れを抱いていたという事だ。

 

 そんな恐怖を本当に祓ってくれた魔法使い。

 彼への感謝の想いはみんな抱いていて、誰から言うかの相談もなく、ほぼ同じタイミングで彼女達は思いの丈を彼に言おうとしていた。

 

 が……肝心の魔法使いを見やれば、彼は既にここを離れようと歩き出している真っ最中であった。

 

 

「待って、魔法使いさん!」

 

「……ん?」

 

「行くのはいいけど、お礼くらい言わせなさいよ!」

 

「ごめんなさい……。けど、何も言わずに見送るのはイヤだったから…」

 

 

 立ち止まり、魔法使いははやて達に顔を向けるが、その様子はどこかソワソワとしたものだった。

 何か急ぐ理由でもあるのだろうか?

 魔法使いの様子を不思議がっていれば、彼は見ろと言いたげに指さして彼女達の視線を誘導する。

 

 

「悪いがそれを静かに聞いてる余裕はない。

 ……どうやらまだやる事ができたみたいでな」

 

 

 指さす先は結界が消えた街の方角。

 その先にあったのは、またもや彼女達に驚愕を覚えさせる光景だった。

 

 

「なに、あれ……」

 

 

 それはビルに匹敵する標高の巨大な木々の集合体。

 木々の生え方はビルをより分け陣取るようで、街の大部分をすっぽりと覆い隠してしまっている。

 さらに結界が解けた影響か、救急車やパトカーのサイレンがあちこちから響いてくる。

 今頃街は大混乱なのだろう。

 そう、ここからでも想像がついてしまう位に海鳴という街は混沌とした状況に立たされていた。

 

 

「あの怪物の他にも異常事態が起きたみたいでな。

 ああなった以上行く他なし、今からアレを鎮めてくる」

 

「あれってどうにかなるの…?」

 

「どうにかするさ。

 ……今からジュエルシードをとれるかはわからないがな」

 

「じぇえる…しーど……?」

 

 

 ぽつりと溢した呟きをすずかだけが聞き取ってしまい、思わず何のことかと困惑してしまう。

 

 

「なによそのジュエルシードって。

 あんた、何か知ってるんでしょ? 少しくらい教えてよ」

 

「…お前達に知る必要があるか?」

 

「あるわよ!

 こっちは怖い思いしたのに……なにも判りませんじゃおちおち夜も寝てられないっての!」

 

 

 その呟きをアリサは今回の件に関係あると踏み、魔法使いに問い質す。

 

 判らないまま終われない。教えないならしがみついてでも聞き出してみせる。

 

 そんな剣幕で睨んでくるアリサに、魔法使いは観念したのか。

 少しの逡巡の後、簡潔にジュエルシードについて語る。

 

 

「ジュエルシードは見た目は蒼い宝石。中身は持ち主の願いを歪めて叶える危険な代物だ。

 さっきの怪物や、あの巨木がいい例だろう。

 どんな事を願ったのかは知らないが、どう願おうとああいう人を傷つける何かが生まれてくる」

 

「なによそれ…。なんでそんな物が海鳴に……?」

 

「次元世界──こことは違う異世界からやってきたんだよ。

 俺が戦っているのは、そのジュエルシードを集める為だ」

 

「えっと、集めてもええことないんやろ?

 やったら何のために……」

 

「…そこまで教える気はないな。

 ただジュエルシードを見つけたら、下手に触らない事をおススメしておく」

 

 

 これで終わりだとばかりに魔法使いは話を切り上げ、魔法で空に飛び上がっていく。

 

 

「お前らは早く助けを呼ぶといい。

 結界が解けた今なら、連絡もできるようになってる。

 

 ……じゃあな。もう巻き込まれるんじゃねーぞ」

 

 

 呼び止める間も、他に何かを言う間もなく。

 伝えるべき事と言いたい事を一方的に言い放って、彼は巨木の方角へと飛んで行ってしまった。

 

 

「…行ってしもうた」

 

「行かなきゃいけないのはわかるけど…もうちょっと聞きたいことがあったし、お礼も言いたかったね」

 

「ホントよ。街がああなったら仕方がないんだけどさ。

 …アー、もう! なんかモヤモヤする!!」

 

「どうどう、落ち着いてアリサちゃん」

 

 

 話を途中で切り上げられたからか。お礼も言えず仕舞いなのがスッキリしないのか。

 苛立ちからアリサは髪を掻いていて。すずかはそんな彼女を宥めようとしている。

 質問には答えたとはいえ、こちらの想いはお構いなし。

 用が済めばさっさと消えてしまって、そんな雑とも言える対応をされては感情が燻ぶるのも致し方のないものであった。

 

 そんな煮え切らぬアリサに対してはやてはというと、魔法使いが消えた後もずっと、巨木の生い茂る街を見据えていた。

 二人のように、お礼を言いたかったという気持ちは当然ある。

 ただそれ以上に………助けてくれた魔法使いに、彼女は奇妙な感覚を覚えていた。

 

 

 ────なんや、あの人のこと…知っとる気がする。

 

 

 そんな筈はないのに、つい考えてしまう。

 ぶっきらぼうな物言いといい、やけに子供らしくない言葉遣いといい。

 何より、言葉の節々に自分達へ危険に踏み込むなという意図を含ませるやり方。

 

 それがどうしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ────でも、そんな筈ないよなぁ。

 

 

 けれどそれはないと頭を振る。

 友達が実は魔法使いでしたなんて、それこそ絵本や物語の展開過ぎて逆に信じられないというもの。

 

 ただ重なって見えるなら、魔法使いは春樹と似た性格なのだろうか。

 もしそうなら、彼とも仲良くする事ができるかもしれない。

 

 

 ────そんな筈ないけど、仲良くなれそうなら……また会ってみたいかな。

 

 ────魔法使いさんはあの様子じゃあ、会わんほうがええ……なーんて言いそうやけど。

 

 

 もし、また会えたらなんと言うだろうか。

 想像してみながら、はやては空へ想いを馳せる。

 

 魔法使いと、もう一度会える日が来ることを。

 そしてその時こそは、言えずに終わったお礼を聞いてもらって─────友達になれればいいな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回:GK・マネージャー・慶太郎の一方その頃


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通りすがりの魔法使いと未知の世界を知る少年 後編

今回は今作オリキャラの慶太郎による、一方その頃。

それと過去の話も折を見て改稿していってます。
徐々に読みやすくはしていけてる……かなと。




感想・批評お待ちしております。


 春樹が結界へと向かっている頃。

 慶太郎は未だに翠屋JFCのGKとマネージャーの跡を追っていた。

 

 

「…手もつながねぇなあの二人。くぅ~! ほんっと、ヤキモキさせてくれるぜ……」

 

 

 春樹からはほどほどにするよう促されていたが、彼からすればここまで来て帰る気は微塵もない。

 どうせなら恋愛マンガを見る気分で、二人の恋路を見守ろうと心に決めていた。

 

 

「けどあいつの用事ってなんなんだろうな……?

 ……ハッ、まさか! あのマネージャーちゃんに一目ぼれしちゃってGKに宣戦布告!?」

 

 

 マンガならびっくりマークが出ているだろう大袈裟な驚きっぷりを見せる慶太郎。

 本人がいれば「そんな訳ねーだろ!」とスリッパでツッコまれそうな斜め上の発想だが、彼は本気でそうだと思い込み始めていた。

 

 

「……ねぇ、今他の声が聞こえなかった?」

 

「そう…? 気のせいなんじゃないかな」

 

 

 ただつい大声を出してしまった為、GKとマネージャーは不審に思い辺りを見回し始める。

 

 

 ────やっべ!!?

 

 

 咄嗟に近場の看板へ隠れると、気のせいか……と二人はすぐ傍の信号が青になるのを待ちだした。

 自分に近付いてくる気配がないのを確認し、危うくバレるところだったと冷や汗を掻きつつも、慶太郎はまた看板から顔を覗かせて二人の観察を再開する。

 

 今バレかけたばかりなのに少しも止めようと思わない辺り、彼の野次馬根性は筋金入りであった。

 

 

「……そういえば、渡したい物があるんだ」

 

 

 お?とGKの少年がとった行動に慶太郎の心が色めき立つ。

 どうやら少年は、拾ったという蒼いひし形の宝石をマネージャーの少女へプレゼントする気らしい。

 

 

 ────くぅ~、やるじゃねぇかあいつ! このタイミングで彼女にプレゼントなんてよォ!!!

 

 ────試合に勝っていいとこ見せた上に、二人っきりでわたすなんてまさにピッタリじゃん!

 

 ────これが見れたんなら負けたのも悪くないな。めっちゃ悔しいけど!!!

 

 

 慶太郎も流石にまた気付かれかけたくはない。なので声は出さず、心の中で「いけッ! いけッ!」とエールを送る。

 そうして彼が見守る中で、彼女はうれし気に頬を赤く染めながら宝石を受け取ろうとしていた。

 

 

 ────来た! 来た来たキタぁーーーーー!!!

 

 

 少女の手が宝石に触れ、必然と少年の手にも触れる。

 いい場面に出くわせたと、慶太郎のテンションも最高潮に達して……

 

 

「…えっ───」

 

 

 ────その時は訪れてしまった。

 

 二人の手が触れたジュエルシードは突如眩い光を発し始める。

 光に包まれる二人の絶叫と、呆然とする他ない慶太郎の声が辺りに木霊し……彼の意識は暗転していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失ってどれ程経ったのか。

 いつもより風を冷たく感じて。けれど不思議と心地よさを覚えながら、慶太郎の意識は覚醒した。

 

 

「……あれっ──?」

 

 

 目を開けると、視界に映るのは一面の空模様。

 空ってこんなに近かったっけ……と嫌な予感を覚え、おそるおそる顔を下に向ければ────眼下に広がる巨大な木々があちこちに生え広がった街並み。

 

 

「……んんっ?」

 

 

 一端上を向いて、もう一度下を二度見した。

 やっぱり変わらない。街全体に巨大な木々が根を張っている。

 

 嫌な予感は増々膨れ上がり、何となく自分がどうなっているか察して。けれど当たっていませんようにと必死に祈りながら………彼は首を上に傾けた。

 

 

「やっぱり生えてんじゃん……」

 

 

 駄目だった。

 祈っても、駄目だった。

 

 見上げた先には、やっぱり巨大な木の幹。

 慶太郎は引っ掛かっていたのだ。巨木から別れた枝木の途中に。

 

 

「なんでこんなことになってんの……?

 あっ、そういえば───」

 

 

 どうしてこうなったと頭を捻り、彼は思い出す。

 そういえばあのGKが渡そうとしてた宝石、急に光り出したな───と。

 

 

「まさかあれのせい……って、だとしたらあの二人も!?」

 

 

 あの二人も巻き込まれているとしたら、居ても立ってもいられない。

 落ちないよう注意して、枝を足場に立ち上がると、全方向に目を光らせてGKとマネージャーを探してみる。

 

 

「──いたッ! けど高ぇ!!?」

 

 

 見つけるのにそう時間はかからなかった。

 慶太郎のいる巨木の一番上。

 木の幹の中央に、これまた巨大な宝石が埋め込まれていて。その中で二人は寄り添う形で意識を失っていた。

 

 

「これ登ったら落ちそうなんだけど……」

 

 

 ぶるりと、下は街だと想像してしまい身体が震え上がる。

 登ったとして落ちてしまえば、どう考えても助かる事はないだろう。

 

 しかし、あの二人を放って助けを待ったとして。果たしてこの状況がどうにかなるのだろうか?

 

 科学じゃ多分、あれはどうにもならない。

 マンガやファンタジーなら助けてくれるヒーローがいたりするものだが、ここは現実。そんな都合のいい展開は期待するべきじゃない。

 

 だからといって自分が行ってどうにかできるでもないけれど……それでも、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「───ヨシっ!」

 

 

 頬を両手で一叩き。気合を入れて、木の幹に手をかけ巨木を登り始める。

 

 途中、風に煽られて落ちそうになり。

 足を踏み外しそうになったのも一度や二度ではなく。

 

 何度も落ちる恐怖が沸いて、最悪の想像ばかり頭に浮かんでくる。

 その度に、何としてでも二人の下へ辿り着くと気持ちを奮起させ、ひたすら上へ上へとよじ登って。

 

 

「やっと……ついたッ!」

 

 

 ついに慶太郎は二人の眠る宝石の横まで登り切ってみせた。

 

 気を張り詰めすぎたせいか、彼は既に息も絶え絶えだ。

 だがここで終わりではない。

 彼がここまで登ってきたのは、二人をここから助け出す為なのだから。

 

 

「にしても…ゼェ…どうした、もんか………」

 

 

 とはいえやはり上手い方法は思いつかない。

 ここまで辿り着いたとはいえ、それだけで良い案が思いつく訳もない。だとしてもただその場にいる気もなく、頭を捻り慶太郎なりの助け方を考えてみる。

 

 

「……………………殴るか」

 

 

 そうして一つの案がパッと浮かんだ。

 方法は至極単純。

 科学で駄目なら人力。無理矢理壊そうという力技である。

 

 慶太郎はバランスをとりながら力を込めて、宝石を殴った。

 

 

「頼むから……! これで……! 起きてくれよッ……!!」

 

 

 一発、二発、三発、四発、五発────

 

 日に照らされ光り輝く宝石を、自らの拳で何度も何度も殴り付けていく。

 殴る毎に感じるのはやはりというべきか。到底人の力で壊せるとは思えない絶対の硬さと、じぃんと身体に響く痛み。

 

 余人ならこの時点で無理だと諦めるだろうが、彼に諦める素振りはない。

 寧ろより力を込めて、ただ一点を狙って殴り続ける。

 

 実は慶太郎としては、宝石が割れなくとも別によかった。

 こうしてずっと宝石を殴り続けていれば、内に響く振動で二人が目を覚ますかもと期待を込めて。

 それはそれとして、もしかしたら割れるかも……という期待も捨てていなくて。狙った一点を正確に当て続けて体力の続く限りやるつもりでいたのだが

 

 

「おっ……!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 慶太郎が殴り続けていた箇所。そこに、小さいながらも確かな罅が入る。

 

 いけるかもしれない────そう慶太郎の胸中に僅かに希望が湧いてきたのだが、彼はふわりと身体に急激な浮遊感を覚えた。

 

 

「そこまでだ」

 

「………はい?」

 

 

 水を差す形で制止してきた何者かの声。

 その声のする方へ顔を向けるとそこには、自分と同い年くらいの仮面をつけた少年がいて。

 ───そしてその身体は少年に掴まれて、共に空を飛んでいた。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁあ!!!?」

「うるせぇよ。ただでさえ重いんだから静かにしてくれ…」

 

「いやいやいや静かにできねーよ! 今俺、空飛んでんだぜ!!

 ……じゃなくって、もう少しであれ割れそうなんだよ! あの二人助けられそうなのに邪魔すんなって!!」

 

 

 GKとマネージャーが眠る宝石を指さしながら抗議する慶太郎に、少年は溜め息をついて。めんどくさげな声色を隠さず、彼を諭し始めた。

 

 

「……問題ない。あれが当たればあの木も消えて、二人は解放されるからな」

 

「……えっ?」

 

 

 仮面の少年が示す方角を見やるとそちらには街のビルが立ち並ぶ一角。

 その内一棟の屋上に、何やらどんどん膨らんでいく桃色の光を彼は目撃した。

 

 

 ────なんかスゲーいやーな予感がする……ん、だけどォォ……!

 

 

 光の大きくなる様は、まるでロボットアニメで必殺技のビームをチャージするかのよう。

 いや、するかのようではなく。仮面の少年はあれが当たればと今言ったばかりではないか。

 ならばあれは想像通り、ビームのような何かに違いない。

 

 一体、あそこで何が起こっているんだと。誰があんなものをあの二人にぶつけようとしているのかと、目を凝らして見つめてみれば

 

 

 ─────あれ……? まさか、なのは…ちゃん?

 

 

 ───そこに、いる筈のない少女の姿(高町なのは)を目撃してしまい。

 瞬間。少女は慶太郎達が木から離れたのを見計らったかの如く、膨れ上がった桃色の光を木に埋まった宝石目掛けて解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は暮れ、空はもう茜色に染まっていて。

 夕暮れの日差しを浴びながら、慶太郎はぽつんと一人、街中で立ち尽くしていた。

 

 

「………………なんだったんだろうな、あれ」

 

 

 桃色の光が巨木に埋まった宝石を包み込んだのを契機に、街に根を張っていた木々は跡形もなく消え去っていった。

 街には木々の名残か、痛々しい破壊の跡は残っていたけれど。

 巨木に巻き込まれた二人は、少年の方が少し怪我をした程度で済んで。慶太郎は二人が肩を寄せ合いながら帰っていくのを無事に見送る事ができた。

 

 

「仮面のあいつは結局何も教えてくんなかったし…」

 

 

 仮面の少年は木々が消えていくのを確認した後、慶太郎を地面に降ろして去っていった。

 『代わりにこれを渡せ』───と、蒼い宝石の代わりになる宝石を彼に渡して。

 

 

「………俺のぐちを聞いてあんなの用意するあたり、悪い奴じゃねーんだろうけどなー…」

 

 

 まさかあの宝石のせいであんな木が生えてくるなんて思わないよな、と。

 少年が不憫でつい溢した愚痴を聞いた仮面の少年は、何やら魔法のような不思議な光を使って代替品を創ってみせた。

 

 それをこっそりGKの少年に持たせてやって。後でもう一度渡すよう伝えれば元気を取り戻していたので、あのプレゼントが悲しい結末で終わらなかったのはせめてもの救いではある。

 

 あるのだが……やっぱり何もわからないままなので、釈然としない気持ちが彼の中で渦巻いていた。

 

 

 ────何か知ってるのなら、なのはちゃんなんだろうけどよ…。

 

 

 あの桃色の光を放った時の彼女は、間違いなく今日出会った高町なのはその人であった。

 仮面の少年も彼女の事を知っている様子で、ならば今回の件も詳しいのは間違いない。

 

 最初に会った時は「可愛い子と知り合えた」と有頂天になっていたものだが、今回の事を考えると彼女へ様々な疑問が湧いて出てくる。

 

 一体彼女の周りで何が起こっているのか?

 

 一体何故今回の出来事に。

 下手をすれば……いつからこんな出来事に関わっているのか?

 

 なんで─────あんな力を使って、今回の事件に関わったのか?

 

 

「───慶太郎、くん?」

 

 

 尽きぬ疑問に頭を悩ませていた彼の意識は、その疑問の矛先である少女の一声によって引き戻される。

 目を向ければ、そこにはフェレットのユーノを肩に乗せた高町なのはがいた。

 

 

「……なのはちゃん!? いつからここに?」

 

「ついさっきだよ。慶太郎くんがここにいるのが見えて、声をかけたんだけど……何かあったの?」

 

 

 今まで考えていた事が脳裏をよぎり、慶太郎は咄嗟に誤魔化そうと罅割れたコンクリートの話へ話題を切り替える。

 

 

「あぁ、いや。なんか街がスゲー事になっちゃったなぁって! でっけー木も生えてきちゃってたしさ!!」

 

「…………うん、そう……だね」

 

 

 話を振った途端、なのはの表情は暗く沈んだものへと変わる。

 彼女の表情を見て、彼はもっと無難な話題にすればよかったと後悔する。

 

 

 ───やっちまった…。別にそんな顔にしたい訳じゃなかったのに……。

 

 

 けれどその暗い表情に、また彼の中で新たな疑問が生まれてきた。

 

 何故、彼女はここまで悲しんでいるのだろう。

 あの木はちゃんと消えて、閉じ込められていた二人も助かったというのに。

 

 

「……なぁ、なのはちゃん」

 

「? ……どうしたの?」

 

「なんでそんな悲しい顔してるの? あの木だってなんでか消えたし、元の街に戻ったじゃん」

 

 

 慶太郎の質問に暗い表情のまま、彼女は答える。

 いや───その陰りは一層増したようにも、彼には見えた。

 

 

「元通りじゃ……ないよ」

 

「えっ?」

 

「元通りなんかじゃ……ないよ。

 街には、たくさんの人がいて……。

 みんな、きっと自分なりに今日っていう日をせいいっぱい、生きてたんだと思う。

 

 なのに、あの木が生えちゃって。街も、こんなに壊れちゃって。

 ……たいへんな思いをした人が、たくさんいるんだろうなって…」

 

「────」

 

 

 なのはの言葉に強く胸を打たれて。

 ガチリとピースがハマる感覚を慶太郎は覚えた。

 

 なんであの力を使って今回の件に介入したのかという、疑問の答え。

 

 きっとそれは誰も悲しまないでほしいという、彼女の善意からくるものなのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()彼女はあの力を使ったのだ。

 

 他にも色んな疑問はあったが、それも全て吹き飛んだ。

 だって────今のなのはを見ればどんな理由があろうと、それはきっと悪いものではないと信じられるから。

 

 

「にゃ、にゃはは。ゴメンね。変なこと言っちゃって…」

 

「……変じゃないって」

 

 

 暗に雰囲気が暗くなったと謝るなのはに、彼は頭を振る。

 

 

「えっ?」

 

「変じゃないって、俺思うよ」

 

 

 そして思う。

 果たして彼女があんな風に頑張って、一人悲しんでいるのを知っている人はどれだけいるんだろうと。

 

 何か自分にできるのかと問われれば、きっとできることなんてロクにないのだろうが。

 だとしても、目の前の少女の頑張りを知って、見て見ぬふりはできない。

 

 

 

「なぁ、なのはちゃん」

 

「……なに?」

 

「聞きたいことがあんだけど、さ」

 

 

 だからまずは知ることから始めよう。

 直接手助けはできなくても、相談相手の一人くらいには、きっと慣れる筈だと。

 

 慶太郎は意を決して、彼女へ秘密を問いかける。

 

 

「なのはちゃんって─────魔法少女だったりする?」

 

 

 

 




《それにしてもわざわざレイジングハートを使うとは…。
 そこまでして代わりを用意する必要はなかったでしょう》

「あれは詫びだ、詫び。
 さっさとジュエルシードを譲ってもらってりゃあんな目に合わせずに済んだんだ。
 これくらいはやっとかないと後味が悪い」

《全く。おかしなところで拘るお方だ…。
 ま、いいでしょう。それよりも次のジュエルシードが重要です》

「ああ。何故か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しな。
 ここらで新たにゲットしとかねーと……って」

《……まーた出たようですね》

「新しい魔導士か……」


次回:帰ってくれ! 金色少女と狼の従者コンビ


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出会うは第3の魔法使い

 八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずか。 

 この三人を襲った怪物を倒し、街を侵食したジュエルシードが創り出した木々が消えるのを見届けてから一週間。

 

 その間、彼は駅周辺を中心とした海鳴のビル街をしらみつぶしに見て回り、ジュエルシードの捜索に当たっていた。

 

 既にジュエルシードの被害に見舞われたばかりの街を捜索するのには理由がある。

 それは少女達を襲った怪物から()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 あの怪物から感じた魔力は今までのジュエルシード相異体と同じ。制御しきれない力を無理矢理詰め込んだ、穴だらけの荒々しいもの。

 

 だというにジュエルシードが出なかったというのはおかしな話で。そこで考え得るのは、ジュエルシードに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性だ。

 ヒンメルから確率は低いと指摘されていた。しかし低くともその現象が起こり得る場合もある上、海鳴市の中で市街が占める面積は非常に大きい。あの日もジュエルシードによる事件が立て続けに発生した以上、三つ目がないとは言い切れないだろう。

 

 

《今頃、八神はやては月村邸で楽しんでいる最中でしょうか》

 

『だろうな。特にあの女子四人は気が合うみたいだし、時間も忘れて喋ってんだろうよ』

 

《……そういえば、そんな中にあの少年は混ざったんですよね》

 

『……あいつは居ずらい場でも平然としてる。そしてそのまま最後まで居座るタイプだ』

 

《つまり問題ないと。心臓に毛でも生えてるんですか彼は……》

 

『生えてるだろ。

 でないと女子に囲まれると分かって平然と行く思考が分からねぇ』

 

 

 そうした予想を元に捜索し続け、今日回る予定のルートを調べれば、ビル街は全て見て回った事になる。

 

 けれど予想に反し、今日まで街に出続けているというのにジュエルシードは一向に見つからない。

 故に彼の機嫌は日を追うごとに駄々下がり。今もヒンメルとの会話に興じながら、何とか気を紛らわしている状況である。

 

 

『見つからねぇな。ホント……』

 

 

 ただ、それも話している内に変わってきたのだろう。いつの間にやら、ふと愚痴が溢れる位には彼の機嫌も回復してきていた。

 

 

《おっ、そんな愚痴が出るとは。少しは気分が上がってきましたか?》

 

『まぁな。とはいえ見つからないのは変わらない』

 

《確かにここまで探して無いとなれば……もう見切りをつける頃合いやもしれませんね》

 

 

 しかし、新たな曲がり角に差し掛かろうとした時だ。

 

 

『これは……まさかジュエルシードか?』

 

 

 微かな魔力の波動。新たなジュエルシードの波長を二人は感じ取った。

 

 

《場所は近いようです。ようやく見つかったようですね》

 

 

 春樹は立ち止まり、波動の指し示す方角へ頭を向ける。その方角はまだ回っていない区画だ。

 どうやら一週間かけた捜索も無駄にならずに済みそうで、彼の気分もようやくの収穫にさらなる上がり様を見せ始める。

 

 ただ、そこで立ち止まってしまったのがマズかった。

 休日という事もあり人通りも多い街中の曲がり角。そんな場で立ち止まってしまえば、誰かとぶつかるのも当然の話だった。

 

 

「うおっとと!?」

 

 

 ドスン、と勢いよく衝突しよろけるも何とか転ばないようバランスをとる。

 誰かとぶつかったのだとすぐに理解し、春樹はその誰かがいる方へ顔を向けた。

 

 

「おっとゴメンね。ぶつかっちまったよ」

 

「いや、こっちこそすいません」

 

 

 そこにいたのはオレンジ染みた赤毛。額に光る謎の宝石が特徴の外国人らしき女性。

 身長も高く体幹がいいのか、ぶつかった影響もなく平然とした表情で彼を見ていた。

 

 とはいえぶつかったのに何も言わぬつもりはない。すぐに謝罪と共に頭を下げるが……

 

 

 ───……ん?

 

 

 女性から感じたものに首を傾げそうになって、慌てて平静を取り繕う。

 それでも彼が感じたものに間違いはない。

 春樹は目の前の女性から、確かな魔力の波動を感じ取っていた。

 

 

『……ヒンメル。お前の話だと、地球の人間はリンカーコアがないのがほとんどだったよな?』

 

《その通りです。ですがこの女性は……》

 

 

 地球の人間は魔導士の存在が認知されている世界に比べてリンカーコアを持たず、魔力を宿していない人間がほとんどだ。

 故に突如として現れた目の前の女性に、春樹もヒンメルも疑念を覚えずにはいられない。

 

 地球にもなのはやはやてという例外は存在してはいる。

 とはいえそう頻繁に現れないからこその例外だ。

 にも拘らず、よりによってこの時期に新たなる3人目が現れた。それも偶然に。

 

 ……果たしてそんな事が何の因果もなく起こり得るのだろうか?

 

 

「どうした? まさかどこか痛むのかい?」

 

 

 思考に耽る春樹をどこか打ちどころが悪かったととらえたのか。女性は心配げに彼を見つめていた。

 

 

「……そんな事ないですよ。この通りピンピンしてますから」

 

 

 軽く腕を回してみせてどこも痛まないとアピールする。

 女性はそれを暫し悩まし気に眺めていたが、彼が本当の事を言っていると察したのだろう。やがて彼女の表情は快活な笑みに変わっていった。

 

 

「なら良かったよ。ここいらは初めて来たんで病院も分かんないしねぇ」

 

「初めて……海鳴には観光に来たんですか?」

 

「いんや、最近ここいらに引っ越してきてね。今日はうちの子に食べてもらう物買おうと食料買いに出てんだよ。

 

 ……ま、絶賛道に迷ってんだけどさ!」

 

 

 相手に怪我をさせていないという安心感からか。春樹の問いに女性はこれまた豪快に。されど少し困ったように笑って見せる。

 

 ……怪しんでいたが、何とも毒気が抜かれると彼は思う。

 

 とはいえ油断はできない。

 たとえ親しみやすい性格だとしても魔力の波動を感知した以上、この女性が敵である可能性が浮上したのだから。

 

 

「───なら、俺が道案内しましょうか?」

 

「ん? いやいやぶつかっといてそんなこと頼めないよ。

 それにあんただって暇じゃないんだろう?」

 

「ぜーんぜん。用事はとっくに終わって街をぶらついてただけですから。

 あなたこそ道がわからないなら、一人だと辿り着くまで時間かかるでしょう?

 

 もし俺を連れていけば、この辺りはよく来るからどこに行けばいいか知ってるし、一緒に行った方がお得ですよ」

 

 

 そこで春樹はこの女性の道案内を名乗り出た。

 この女性が新たにジュエルシードを狙ってきた魔導士なのか、道案内をする中で探りを入れる為。

 さらに敵なら尚更彼が付いていれば、先程場所を特定したジュエルシードを取られぬよう注意を逸らす事もできる。

 

 

「ん~~……。

 …なら、お願いするよ。あんまりうちの子を待たせたくないからさ」

 

 

 ……それに未来で競争相手になるとしても、今は成り行きに出会った人でしかなく。なら、今の内は助けてみるのも悪くない。

 

 彼女に首肯で応える中、割かし好意的な想いが春樹の中で芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道案内自体は割と早めに終了した。

 春樹は目の前の女性───聞くにアルフという名らしい───がどんな店で食料品を選びたいか、という要望に沿うた結果、案内したのは海鳴でも一二を争う品ぞろえを誇る大型スーパー。

 彼女もご満悦の様子で、道案内はそこで終了かと思われたのだが

 

 

「こっちが総菜コーナーですね」

 

「おぉ! たくさんある!!」

 

 

 春樹はその後も彼女の食料品選びに付き合っていた。

 

 最初こそ道案内だけのつもりだった。

 が、話を聞けば次々と無視しがたい内容が飛び出してくるではないか。

 

 曰く、アルフの言う子は春樹と同い年で、引っ越してきてからというもの食欲がなく、元気もない。

 それが心配でしょうがなく、アルフはその子にどうしてもお腹いっぱい食べてもらいたかった。

 ……けれど肝心の彼女自身は料理ができず。

 なので、買おうとしていたのは簡単に作れるレトルトやカップ麺といったものばかり。

 

 彼は聞いた瞬間目を覆いたくなった。

 あまりに食べなくて心配なのは分かる。それでお腹いっぱい食べてもらいたいのも分かる。

 

 だがレトルトやカップ麺はないだろう。

 春樹と同年代というなら、その子は育ちざかりで栄養を特に必要としている筈。だというに食べる物がそれでは栄養価が偏って元気が出るものも出ない。

 

 それに、そもそもその子は食欲もないという。

 なら食べてもらうのにそのチョイスでは、余程味が気に入りでもしなければ逆効果でしかない。

 

 

「へぇ、どれも美味そう…」

 

「……ヨダレ出てますよ」

 

「おっとと! ゴメンゴメン!!」

 

 

 自分が物欲しそうな眼をしているアルフを横目に、春樹は何度目かわからない溜め息をつく。

 

 問題点はいくらでも思いつくが、一番はアルフは料理ができないという点。

 

 栄養価の高いレシピを教えても、料理初心者では作れる料理も限られて来る。

 それで食欲のない子が食べたくなる料理を作ろうなど、難しいどころの騒ぎではなく。

 故に仕方なしに、彼は間をとって総菜コーナーを中心に見ていく作戦を実行中であった。

 

 

「あんまり日持ちはしないけど、店で直に作る分総菜は美味しいものが多いですから。

 俺と同い年くらいなら、カップ麺とかよりこっちの方がその子の口に会うと思いますよ」

 

「なるほどねぇ。

 3分でできる!って文字に気ぃ取られて今までカップ麺とかばっかり買ってたよ…」

 

「…ホントは一から作った方がいいんですけどね」

 

「ハ、ハハ……そこは勘弁してよ。前から料理ってよくわかんなくってさ…」

 

「ハァ…。

 昔はその子もしっかり食べてたんでしょ。ならその時はどうしてたんですか?」

 

 

 呆れつつも問い掛けると、その問いにアルフは悲し気に瞳を曇らせた。

 

 

「その時は……あたしら二人のお姉さんみたいな人がいてさ。その人が作ってくれてた」

 

「……その人の料理はしっかり食べていた?」

 

「ああ。その人の料理は本当に美味くってさ。

 それにこう、愛情っていうのかね? あたし達のこと想って作ったのが伝わって来る料理ばっかりで、二人して笑いながら食べてたもんだよ」

 

「けど、今その人は──」

 

「まぁ…そういうことだね。

 思えばその時からかな。あの子は何を食べてもあまり笑わなくなって……今じゃほとんど食べてもくれなくなった」

 

「………」

 

 

 場の空気が重くなっていくのを感じた。

 春樹はアルフの言う子が食欲のない原因は、新しい環境によるストレス等を想像していたのだが、予想以上に重い問題にかける言葉を失ってしまう。

 ……とはいえ、自分から聞いておいてだんまりを決め込む訳にもいくまい。

 さらに情報を聞き出そうと、彼はつまりかけた言葉を絞り出していく。

 

 

「昔のことは、もう乗り越えられてるんですか?」

 

「…流石にね。

 あたしもあの子も、あれはどうしようもなかったって踏ん切りはついてる」

 

 

 そう語るアルフの顔は、強い想いを宿したものだ。

 彼女の抱く想いが何なのかまでは判らない───が、過去に囚われた者の目を知っているからこそ判る。

 アルフが胸に宿すのは、もういない姉のような誰かに根差した未来への誓い。

 そう、春樹は確かに見て取った。

 

 

「ま、いつまでも考え込んでたって仕方ないからね。

 それじゃあそろそろ案内頼むよ」

 

「……ええ、ならその子の好物から攻めてみましょう。どういうのが好きか教えてもらえますか?」

 

「そうだね…。あの子が好きなのは──」

 

 

 しかし、アルフは気付いているのだろうか?

 

 彼女は踏ん切りがついていても、それが彼女の想う子も当てはまっているとは限らない事に。

 踏ん切りがついたなら、時間を経て食欲を失っていったのをどう説明するのか。何を食べても笑わなくなった有様はなんなのか。

 初対面である春樹への線引きとして、気付きながらも敢えて今の説明をしたのでないとすれば……

 

 

 ───その子が、内に抱え込んでしまっている……か。

 

 

 そうして抱え込んで、心に壁を作ってしまう人も彼は知っているからこそ、容易に想像できてしまう。

 だとすればその壁を崩すのは容易ではないと。会った事もない他人でしかない彼にできる事はないのだと。

 

 言葉にしてしまえば当然の話。されど心が納得できるかはまた別の話で。

 何とも筆舌し難いもやもやとした想いが春樹の中で駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとね。こんな時間まで付き合ってもらっちゃってさ」

 

「いえ、こっちもいい暇つぶしになりましたよ」

 

 

 やがて日が沈む頃合いに買い物は終わり、二人は店の前で別れる前に軽い話に興じていた。

 

 

「しっかし買い物に手慣れてるねぇ。この辺りの子供ってそんなに食べ物買いにくるもんなのかい?」

 

「そんなことないですよ。

 俺は家が定食屋なんで、そういった知識は色々教えてもらったんです。自分で料理もよく作りますからね」

 

「あんた、料理作れるのかい? 道理で妙に詳しい訳だ…」

 

「覚える必要があったのと、次第に作るのが好きになったお陰です。

 今ではこの辺りのスーパーはほぼ網羅してますよ」

 

 

 二人の仲は和やかに談笑しつつ、お互いの身の上話をする程度には進展している。

 こうなったのはアルフの態度が最初から一変していないのが大きいだろう。

 会ってから今に至るまで彼女は気さくな態度を崩さなかった。故に春樹も物腰柔らかに接し続け、自身の情報も支障のない範囲で織り交ぜて警戒させぬよう取り計らっている。

 

 しかしそれは相手も同じ。アルフも自分の口から魔導士だと勘付かれる情報は何一つ口にしていないのだ。

 単に疑っていないともとれる。が、春樹に感じ取れた以上、彼女も彼のリンカーコアは把握している筈。

 探りを入れる為に道案内を申し出たが、逆に春樹の様子を探られている可能性も有り得るのだ。

 

 

「あんたに会えて助かったよ。

 もしまた会ったらそうだね……お礼にご飯でも奢ろうか」

 

「いいですよお礼は。

 気持ちは受け取りますけど、あの時言ったように暇つぶしで案内したんですから」

 

「つれないねぇ…。年上のお姉さんとの食事はイヤかい?」

 

「イヤも何も、アルフさんは容姿で人を釣るタイプじゃないでしょ。

 冗談言ってないで、その時は連れの子がちゃんとご飯食べれたって言えるようにしといてください」

 

「ハハハ、バレたか…。

 ま、その通りさね。次は良い報告できるようやってみるさ」

 

 

 だからこそ彼は己を偽る。

 冗談にも毅然とした態度で接し、一線を引いて素の自分を明かさぬまま、店前にて彼女と別れを告げた。

 

 そうして去っていくアルフの背中を見つめながら、春樹は次の一手を打つ。

 

 

『───ヒンメル、ジュエルシードの状況は』

 

《依然として変わりません。未だ反応のあった地点にあるものと思われます》

 

『ならすぐに向かうぞ。

 それと……アルフをサーチャーで尾行する。いいな?』

 

《了解》

 

 

 尚も変わらず疑いの目は晴らさず、サーチャーを創り出してアルフを追わせ始めると、彼はまた探知を再開し、ジュエルシードが眠る地へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画して彼はジュエルシードを発見し、無事に手中に収める事に成功する。

 珍しく誰からの妨害もなく事を済ませられ、本来なら喜ぶべき場面であろう。

 だが────彼女を追わせていたサーチャーは、その喜びを溜め息に変えてしまう映像を春樹に叩きつけていた。

 

 

『……どうやら、敵で間違いないようですね』

 

「……」

 

 

 サーチャーから送られて来る映像に映っていたのは二人の女性────アルフと、彼女が話していた子であろう、金髪をツインテールに纏めた赤い瞳が特徴の少女。

 

 ただその少女の服装は、明らかに一般人のものではない装いだった。

 

 黒のマントとレオタードの如き衣装に、薄いピンクのスカートであしらった肌面積の多い衣装。

 加え、その手に握るのは武骨な意匠の戦斧。

 斧と持ち手の接合部に埋め込まれた金の宝石が妖しく光るそれは、衣装と合わせとても一般的な少女に相応しくない物ばかり。

 

 一見すれば少女の姿はコスプレに見えなくもない。対面で接している時もアルフはボロを出さなかった。

 しかし彼女の姿を見ても何事もなく接するアルフの態度。さらに映像には───春樹のよく知る、魔力を帯びた蒼い宝石を少女が取り出す様も映し出されていた。

 

 それは取り繕いようのない、はっきりとした証拠。

 

 やはり彼女達の正体は魔導士だ。

 目的は例に洩れずジュエルシードの捜索。

 予想の上とはいえ新たな敵の登場に、春樹としては早々に元の世界にお帰り願いたい心境だ。

 

 

『マスター』

 

「……なんだ」

 

 

 そう心中愚痴る中、ヒンメルの問いかけが意識をそちらへと向けさせた。

 

 

『彼女達と、迷わず戦うことができますか?』

 

「何を今更。俺は───」

 

『スーパーでの態度。あれが、完全な演技だったとは思えません。

 ……存外、あのアルフという女性に入れ込んでしまっているのではありませんか?』

 

「…それで俺の動きが鈍るとでも?」

 

 

 そんな事は有り得ないと言う春樹だが、彼の答えに隠れた綻びをヒンメルは指摘する。

 

 

『ですがあの女性に入れ込んでいる、という点は否定しませんでしたね』

 

「……」

 

『情が移り手が鈍るなどよくある話です。

 ……よくある話だからこそ、あなたもそうなるやもしれない』

 

 

 かつてなのはが魔導士となった時も、春樹は何ら気負う素振りを見せていなかった。

 とはいえ現状、彼がなのは達と矛を交える機会は来ていない。本当に戦えるのかどうかはその時が来るまでは未知数なのだ。

 そして今回、僅かとはいえ交流の末に新たな敵の内情まで知る事となった。情が移っている様子の中、果たして春樹は彼女達と戦うことができるのだろうか?

 

 言葉だけならいくらでも否定はできる。

 けれどヒンメルが欲しいのは確固たる確証。故に春樹はただ一言で彼の問いに応じた。

 

 ならば次の戦いでそれを証明してみせよう───と。

 

 

『そう述べる訳をお聞かせ願えますか?』

 

「まだ本当に戦う機会も巡ってきてないんだ。いくら理屈をこねたところでお前は納得しないだろう?」

 

 

 ここで彼が問題なく戦えると力説したところで、それは確証のない未来の話に過ぎない。

 証明する証拠もない以上、ヒンメルを納得させるに足らず。ならば残されているのは、次になのはかあの少女達……あるいは両方と遭遇した時に、戦って見せる他にあるまい。

 

 彼の意図はしっかりと伝わったようで、ヒンメルはご満悦の様子だ。

 

 

『──いいでしょう。ならばその時が来れば全力で戦えるよう、私も力を尽くすとしましょう』

 

「頼んだ」

 

『ただ……私の問い。その時が来るまで頭の片隅に置いておいてください』

 

 

 わかってるよと答え、春樹はまたサーチャーに視線を戻す。

 

 ……ヒンメルの問いは、彼としてもありがたいものだった。

 戦えるという宣言に嘘はないつもりだ。

 しかし情が移っているのも確かな事実。これに目を背ければ、いずれ彼に敗北を齎す要因になるやもしれない。

 故に考える必要がある。事情を知った以上、彼女達を放置し続けるのが自身にとって最善なのかどうかを。

 

 今はただ思考を巡らせる事しかできず。

 しかしその答えを出さねばならぬ時────彼女達と戦場で相まみえる日は、きっとすぐそこまで迫っている。

 

 

 

 






「楽しみやね、温泉旅行!」

「そうだな…。父さんと母さんも一緒だし、今日は楽しい一日になるといいが」

「オッス春樹~」

「佐竹? というかなんで高町一家までいるんだよ」

「(視線を逸らす)」

「おい、なんで視線逸らしてんだ。もしかしてあいつら来ること知ってただろ、はやて!」

「まぁまぁここは一緒に楽しもうぜ! なのはちゃんの家族も楽しい人達だし、今日は楽しい一日になること間違いなし!!」

「いやお前がいると楽しさ半減だよ。つーか離れろマジで!!!」


次回:温泉旅行に波乱あり……?


「あいつがいるってことは……まさか?」


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温泉旅行は波乱のハジマリ 前編

 

 アルフとその仲間の少女。新たなる敵の存在を知ってさらに時間が経過した。

 

 あれからというものどの陣営も目立った動きはなく、事件も起こらない穏やかに日々が続いている。

 その間も春樹は気を抜かず、ジュエルシードの捜索や魔導士としての研鑽は欠かさず行っていたが……今回は小休止。

 

 

「わぁ……! きれいやなぁ……」

 

「山なんて見てて楽しいか?」

 

「うん! だってこんな所まで来たん、今日が初めてやもん!!」

 

 

 車窓から臨める山並みを楽し気に眺めるはやてを、春樹は微笑ましく見守っていた。

 

 彼は今回一泊二日の旅行として、海鳴でも有名な温泉街へと向かっている最中だ。

 メンバーは春樹と彼が誘ったはやて。さらに現在車を運転している一人の男性に、助手席に座る女性の計四名。

 

 男性は春樹の父である恭慈。

 中背でがっしりとした体つきで。相当の年月を刻んだ皺と切れ長の細目が特徴だ。

 

 一方女性は春樹の母で名を明未という。

 女性では中々の高身長で、髪をロングに伸ばしたかなり整った顔立ちが特徴的だろう。

 

 見ての通り、この旅行は本来相馬家の家族旅行だ。

 なのに何故はやてが付いてきているのか?

 その理由は温泉旅行が彼女にとっていい思い出になると踏み、連れて行ってもらうよう春樹が頼んだからだ。

 

 はやては今まで旅行など行けた試しがない。

旅館へ泊まるには年齢はもちろんの事、足の症状が遠出を阻んで旅行を無縁のものにさせていた。

 

 だが一人で歩く事ができなくとも、バリアフリーに富んだ旅館は海鳴にもたくさんある。

 最大の懸念である年齢も、連れ添う者さえいれば何ら問題はない。

 

 故にこの旅行を良い機会と睨み誘ったのだが、結果は目の前に表れていた。

 旅館に着く前から楽しんでいる彼女を見れば、連れてきて正解だったのは間違いないだろう。

 

 

「春樹、お前がそんな笑うなんて珍しいもんだなぁ」

 

「そうなんですか? 一緒に遊んでて結構笑ってると思いますよ?」

 

 

 そうして笑っていた春樹に語り掛けた恭慈に、はやては疑問符を浮かべる。

 はやてからすれば春樹は思いっきり笑う事は少ないという印象しかなく、笑う事自体珍しいと言われても腑に落ちない。

 

 

「いやいや。春樹の奴、俺達にも笑う事は少なくってなぁ。

 俺達といるのが嫌だって訳じゃなくて、元からそういう性分みてぇなんだよ」

 

「加えて学校でも一人でいたがるみたいでねぇ…。あたし達からも友達つくれーって言ってるけど全然効果なくって。

 そこに来てのはやてちゃんよ。前からあたし達も会いたいって思ってたけど、まさかうちの子がこんなかわいい子と仲良くなってるなんてねぇ~?」

 

「それを本人の前で言うか……」

 

「まぁまぁええやんか。

 にしても……かわいいなんてそんな。えへへ…♪」

 

「照れんなよ…。どうせお世辞だお世辞」

 

 

 目の前で色々と暴露されて不貞腐れながら釘をさす春樹であったが、大袈裟なリアクションで明未はこれを否定した。

 

 

「なーに言ってんだか。こんな愛らしい子滅多にいないわよ。これで可愛くないなんて言うのは、目が腐ってるか目が肥えてるかのどっちかだっての!!」

 

「それと春樹、不貞腐れてようが可愛くねぇなんて言うもんじゃねぇぞ? あんまり言ってると後で大目玉くらうからよぉ」

 

「そうそう。ちゃんと身に染みてるようで嬉しいわぁ……あ・な・た?」

 

「ハハハ、カアチャンハイツモキレイダヨォ」

 

「また始まった…」

 

「なんや実感こもっとるなぁ…。春樹くんの家っていつもこんな感じなん?」

 

「ああ。父さんが調子に乗り過ぎてしめられるのがうちの日常。

 あれもお客さんの前で「あいつはナナカちゃんに比べるとつるぺたーんなのがいけねぇや」って呟いたのにキレちまってさ」

 

 

 相馬家は俗に言うかかあ天下だ。

 普段は仲がいいのだが、父が調子に乗り過ぎて母に絞られる光景を春樹はよく目にしていた。

 

 今の話も店のお客さんと猥談で盛り上がる中、お気に入りのグラビアアイドルと母の体形を比較していたのが発覚してお説教に。

 ───という話だと彼から伝えられ、はやては何と言っていいのかわからない。はっきり言えば思わずドン引きしている。

 

 

「春樹も女の子に何を吹き込んでるのかなぁ?」

 

「ゲッ、聞こえてた……」

 

「聞こえるに決まってるでしょうが。あんた今度唐辛子のロシアンルーレットね」

 

「やめろよ! あれホント辛くて食えたもんじゃねーんだぞ!?」

 

「父さんのあれは女の子に聞かせるもんじゃありません。罰ゲームにとやかく言う前に、あんたはまず女の子へのデリカシーを身に付けなさいな」

 

「ハハハ、こればっかりはしょうがねぇよ。ま、ホントに食べられそうになかったら残したっていいからな」

 

「あなたも言える立場じゃないからね。

 元はといえば、あなたがお客さんにいらないこと吹き込んでるのが発端なんだから」

 

「ハイ…」

 

 

 目の前で男二人がこってり絞られる光景を目の当たりにして、勢いについていけなかったはやては最初こそポカーンと見守っていた。

 

 だが事態を呑み込み始めると、この三人の様子がはやてには不思議に思えてならない。

 

 

「どうしたはやて。 不思議そうな顔して?」

 

「うーん、なんやろな。こう…」

 

「?」

 

「…叱ってる春樹くんのお母さんも、叱られてる二人も、なんや楽しそうに見えてしまうんよな」

 

 

 叱る側と叱られる側だというのに、どうにもこの三人はさっきまでの会話の流れを楽しんでいるように見えていた。

 春樹の母も叱り方は形だけのようには見えず、叱られた二人が畏縮する様も嘘には見えない。

 なのに何故そんな風に感じるのだろうか?

 

 

「……父さん母さんと一緒にいるのはイヤじゃないしな」

 

「ま、俺も母ちゃんも春樹も好きだからこそ、一緒に温泉旅行に来てる訳よ」

 

「他の家ならまた違ってくるんだろうけど、うちはこれで平常運転なのよ。俗に言う日常の一つってこと」

 

 

 対して相馬家は一人一人己の言葉で彼女の疑問に応えていく。

 

 三人の態度に嘘はないが、かといって仲は険悪ではなく。寧ろ関係は良好そのもの。

 要はこの一連の流れは彼らにとって独特なコミュニケーションという事らしい。

 こうして頻繁に思っている事を明かしても、関係に罅が入らない信頼を彼らは築き上げているようだ。

 

 

「と言っても父さん。母さんに怒られた話はさすがにどうかと思うぞ…?」

 

「あれはやっちまったって反省してるよ。

 けど母ちゃんもいい女だとは思ってるぜ? なにせベッドの上ではすげぇエロ───」

 

「あ・な・た……?」

 

「ヒャイ……」

 

 

 最早呆れ顔の春樹を横目に、またもや飛び出した猥談に耐え切れずはやての顔が真っ赤だ。

 

 

 ────けど、ほんま仲がええんやなぁ…。

 

 

 ただ同時に彼らの喧騒が羨ましくもあった。

 彼女にとって『家族』もまた無縁のもの。

 彼らの在り方の是非を計ろうにも、独りで生きてきたが故に基準となる物差しさえない状態だ。

 

 それでも一つだけ分かったのは、彼らは互いに相手を想い合っているという事。

 きっと孤独なんて縁のない日々を楽しく過ごしてきたのだと、会ったばかりの彼女でも感じ取れる。

 

 間近で眺めていると、自分の家が頭の中に浮かんでしまって。

 思おうが仕方ないと忘れようとしても"寂しい"と……"羨ましい"と、彼女は思ってしまう。

 

 

「…はやて、うちの家族に遠慮する必要はねぇからな?」

 

「えっ、遠慮なんてしてへんよ…!」

 

「そうか? それならいいが……それでも一つだけ言っとく。

 家族だけで来たかったら最初から誘ってないし、父さんも母さんもはやてが来るのOKしてねぇよ」

 

「はやてちゃんも思いっきり羽を伸ばしていいのよ。何ならホントの親子みたいに甘えてきたっていいんだから」

 

「ま、俺達三人ともグイグイからんできて構わねぇってこったな」

 

「…ほら、こういう二人だしな」

 

 

 そんなはやてに皆、優しく声をかけ歓迎してくれていた。

 彼らの言葉は彼女の心にすっと溶け入るように染み渡ってくる。

 

 及び腰になる必要はないのだと。仲睦まじい家族の輪に自分も入っていいのだと。

 そう示してくれる彼らの在り方がとても心地よくて。

 つい感極まり、潤いそうになる瞳を彼女は必死に堪えた。

 

 

「ッ───そやね……。

 じゃあこの二日間、"お父さん""お母さん"って呼んでもええですか?」

 

 

 こんな優しい人達を心配させたくはない。

 けれど自分の心を曝け出すには、どこか一歩踏み出せないでいて。

 ……だからその代わりに、はやては彼らの言葉に甘える事にした。

 

 

「おうおういくらでも呼んでも良いぜ。俺達ァ大歓迎だ!」

 

「うんうん。寧ろ今後もお父さんお母さんって呼んでもらっていいくらいよ」

 

「ハハハッ、またまたそんな~♪ 本気にしてまいますよぉ?」

 

 

 本当の親子ではないけれど、どこかを懐かしい思い出(かつての家族)呼び起こさせる優しい人達。

 

 今はその優しさに浸らせてもらおう。

 

 決して無くしてしまったものは戻らない。

 代わりになるものが手に入る訳でもない。

 

 それでも───彼らと過ごしていれば寂しさとは違う、暖かい気持ち(優しい思い出)で満たされる気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は自分でも気づかない内に、相馬家の大人達に感化されている。

 だからだろう。

 今のはやてはいつもよりちょっぴりわがままな、子供らしい甘えん坊になっていた。

 

 

《相変わらず元気なご両親ですね》

 

『だな。……やっぱりこの三人を引き合わせて良かったよ』

 

《……あなたがあの二人の子であるのがよく実感できます》

 

『どういう意味だそれ?』

 

《さぁ? ただ誰に聞いても私と同じ感想になると思いますよ》

 

『なんだそりゃ…』

 

 

 ヒンメルの話はよく理解できない内容だったが、こだわって訊くような内容でもない。

 適当に話を切り、春樹はこれからの旅行について思考を巡らせる。

 

 

 今この時にも、なのはやアルフ達に先を越される心配は無くならない。

 とはいえここ最近はジュエルシードの捜索に掛かり切りで、息を休める暇もない日々だ。

 なので家族と友達。心許せる人達と過ごせるこの時間は、思いっきり羽を伸ばす気で彼はここに来ていた。

 

 唯一懸念材料であったはやても遠慮する壁を解かされ、一層輝きを増した笑顔を見せている。

 ならばもう気をもむ事なく旅行に専念できるだろう。

 

 4人で過ごすこの二日間は楽しいものになりそうだと、春樹は心の中で期待を寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その期待が、いきなり雲行きの怪しいものになるとは思ってもみなかったが。

 

 

「あれ、春樹くん?」

 

「ここで会うなんて奇遇だなぁ」

 

「……そうだな」

 

 

 まさかの遭遇だった。

 温泉宿に辿り着いてさっそく温泉に浸かりに行ったのだが、そこで出会ったのはなのはに慶太郎。加えてアリサ・すずかに高町一家と月村御一行という大所帯。

 

 どうやら彼女達も温泉旅行に来ていたらしく、見事に宿泊先が被ったようだ。

 

 

「おっ、士郎さんじゃないですか! いつもうちの息子がお世話になってまして」

 

「いえいえこちらこそ。恭慈さんも家族旅行ですか?」

 

「そうなんですよー、家族サービスってやつです。

 しかも今回は春樹の友達も連れてましてね。その子は今は明未の方と一緒にいるんですよ」

 

「春樹の友達って……もしかしてはやてちゃんか?」

 

「えっ、はやてちゃんもいるの!?」

 

「ああ。流石に浴場の方は無理だから室内の温泉に浸かってる頃だろうよ」

 

「そっか…。今日は一緒に行けないって言ってたのこういうことだったんだ…」

 

「はやてのやつ、お前らにも誘われてたのか?」

 

「うん。春樹くんは聞いてなかったの?」

 

「全然。……あいつこうなるってわかってて黙ってやがったな」

 

「はやてって案外茶目っ気あるのね…」

 

 

 おそらく、なのは達も来ると言えば嫌がりそうだと当りをつけたのだろう。

 元からあまり会いたくない上に、今はジュエルシードを狙う敵同士。

 事前に知っていれば春樹も宿を変えるまではせずとも、最初から気分が駄々下がりだったに違いない。

 

 

「さぁて春樹、ひとっ風呂浴びてくるか。今日は高町さん達も一緒だぞ!」

 

「おう」

 

「じゃあ私達も一旦別れよっか。ユーノくん、一緒に入ろー」

 

「キュ!?」

 

 

 とはいえ今日はジュエルシードは忘れると決めている。

 風呂に行き気分を切り替えようと足を向けたところで……女性陣の会話がどうしても耳に入った。

 

 

「……そいつ女風呂に連れてくのか?」

 

「そうだよ。ここペットOKだから何の問題もないし」

 

「キュ!! キュ~!!?」

 

 

 なのはの言葉とは裏腹にユーノは必死に抵抗している。

 アリサやすずかに保護者の女性陣も連れていく気満々であるが、彼はどうしても一緒に入りたくないらしい。

 

 

『……そういえばあいつ魔導士ってホントは人間なんだっけ?』

 

《そうですね。…あの姿を利用して女性陣のあられもない姿を拝もうとしない辺り、随分と良識的なようで》

 

『いや、父さんみたいな言い方すんなよヒンメル…』

 

 

 ヒンメルに彼の正体を尋ねれば、やはり彼は人間で間違いなさそうだ。

 しかし彼女達はユーノが人間とは知らず、唯一知っていそうななのはも連れていこうとする始末。

 本来は敵同士なのだが……嫌がっている中放置する気にもなれず、今回ばかりは彼を助ける事にした。

 

 

「ユーノだったっけ? ……男湯、行くか?」

 

「ッ!」

 

 

 ユーノは助け船が来たとばかりに何度も首を縦に振る。

 

 

「えー! ユーノくん一緒に行こうよー」

 

「もうっ、ユーノったらあたし達と行くのがそんなにイヤ?」

 

「キュ~…」

 

「いやすごい嫌がってたろ。行きたそうにしてる素振りも全然ないし」

 

「そうそう。ここは俺達男子が責任もって面倒見ましょうー」

 

 

 女性陣が残念そうにする中、慶太郎がユーノをなのはの手から逃してひょいっと自分の肩の上に乗せた。

 ユーノはようやくなのは達から逃れられたのが余程安心したのか、ふぅと溜息をついている。

 

 

「まぁここまで嫌がってたらしょうがないだろう」

 

「え~! 連れて行っても可愛がるだけだよ恭ちゃ~ん」

 

「ハハハ! ユーノはオスの自分が女湯に入るのを気にしたんだろ」

 

「そっかー。それじゃあしょうがないわね~…。

 なのは、美由希、今回はお母さん達だけで入りましょう?」

 

「はぁい…」

 

「ユーノくん、また後でね~」

 

「ちゃんと大切に扱いなさいよ~」

 

 

 保護者達まで説得に加わり観念したのか。渋々といった様子でなのは達は暖簾の中へ消えていった。

 見送るユーノは本当に良かったと、また深ーい溜息をついていた。

 

 

「ありがとうケイタロウ。おかげで男湯にいけるよ…」

 

「いや、一人だけ女湯とかうらやまけしからんから止めただけだぞ?」

 

「えぇ…」

 

「……? 何してんだ。早く行くぞ」

 

「おっとと、オッケー!」

 

「まぁそれでも感謝はしておくよ…。それと彼にも助けられたね……」

 

「ま、あいつは何だかんだ困ってる奴は放っておかないからなー」

 

 

 二人の様子を少しでも観察すれば気付けたのだろうが。

 早めに気分をリフレッシュさせたいと、春樹は二人を気にもしておらず。

 ……なのはに新たな協力者ができた事に気付かぬまま、彼は暖簾をくぐってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして場所は男湯の温泉。

 

 

「いい湯だ…」

 

「なんかじいちゃんっぽいぞ春樹ー」

 

「このゆにつかればだれでもそうなるわぁ……」

 

「いや俺はお前ほどじゃねぇんだけど…」

 

 

 風呂に入る前はひと悶着あったが、今は嫌なことも忘れようと。

 若干爺臭い言動になりながら、春樹はじっくりと湯舟に浸かっていた。

 

 

「にしてもお前の父ちゃんってなのはちゃんの家族と知り合いだったんだな」

 

「父さんだけじゃなくて、俺も含めた家族全員がな」

 

 

 彼の爺臭さに呆れる中、慶太郎はふと気になったらしい。

 士郎と恭慈の関係について尋ねてきたのを切っ掛けに、高町家と相馬家の話をする事に。

 

 

「出会いはあんまりいいものじゃなかったけどね」

 

「あっ、なのはちゃんのお父さんお兄さん!」

 

 

 すると二人の会話が耳に入ったようだ。

 身体を洗い終えた士郎と恭弥も、湯舟に浸かると共に会話に参加してきた。

 

 

「名前で呼んでくれていいさ。その呼び方じゃ大変だろう」

 

「じゃあ士郎さん! いいものじゃなかったってのはどういうことですか?」

 

「ん~そうだな。

 ……あまり明るい話ではないし、暗いものになるが…構わないかい?」

 

 

 士郎は暗に聞くべきではないと予防線を張り、慶太郎もこれが真剣な話であると悟る。

 だが尋ねておいて自ら引っ込む気にはなれなかったようだ。

 真剣さを理解しつつ、彼は首肯で話の続きを促した。

 

 

「そうか……。なら言える範囲で説明すると、春樹くんを家族同士の喧嘩に巻き込んじゃってね。

 その時に彼に大怪我も負わせてしまって、彼のご家族に謝りにいったのが切っ掛けなんだ」

 

「え、えっー……? なんすかその状況??

 てかなんでその場にいたのお前?」

 

 

 家族喧嘩に大怪我。

 話は大分ぼかされているようだが、温和そうな士郎達からは想像もつかない物騒な話故か。慶太郎の表情は少しひくついている。

 肩に乗っているユーノも、フェレットの姿ながら如実に驚いているとわかるリアクションをとっていた。

 

 

「……喧嘩してた片方と偶然知り合ったのが切っ掛けだな。

 色々と事情があるのを知ってまぁ……首を突っ込んで。その人がやろうとしてる事を無理矢理止めた」

 

「んーそれってなのはちゃん……じゃないよなぁ。じゃあ士郎さん達のうち誰か?」

 

「いや、俺の妹───美沙斗という、なのはの叔母にあたる人だ」

 

「なのはちゃんの叔母さん?」

 

「……あいつは色々と抱え込んでしまっててな。

 本当なら俺達が解決すべき問題だったんだが、春樹くんに迷惑をかける形になってしまったんだ」

 

 

 士郎は当時の光景を思い出し、表情に暗い影を落とす。

 だが、春樹からすればもう終わった話。

 それに自分から首を突っ込んだだけの事で、気にする必要はないと彼に語る。

 

 

「……だが、君の傷が治ったのも奇跡だったんだ。だというのに…」

 

「うちの父さんからも言われたでしょう? 士郎さんは気にし過ぎなんですよ。

 お詫びも慰謝料も美沙斗さんから受け取って、父さん母さんもとっくに許してるんですから」

 

 

 御神美沙斗───御神の剣士が一年前起こした事件に春樹は自ら介入した。

 

 これについて恭慈と明未が高町家に言うことはない。

 詳細を聞けば介入した春樹に問題があるのは明らかで、美沙斗も故意に彼を傷つけた訳でもなし。

 春樹の傷も既に完治していて、詫びも慰謝料も受け取った以上責める気はない───というのが相馬家全員の見解だった。

 

 

「……相変わらずだな、春樹君は」

 

「俺はこういう人間ですから」

 

 

 士郎は春樹の態度に観念したようだ。

 

 全く気にせず接するというのは彼の性格上難しい。

 だがこの場でこれ以上蒸し返すのは止めにしたのか、その表情は元の明るく温和なものに戻っていた。

 

 

「ま、こういった話だ。父さんの言う通り明るい話じゃないだろう?」

 

「そうっすね…。となると、なのはちゃん達もその時に知り合ったんですか?」

 

「いや、俺はまた違うタイミングで知り合ったんだ。なのはは───」

 

「美沙斗さんや士郎さん達と会った後だよ。あいつと会ったのは」

 

 

 恭弥の言葉を春樹は割り込む形で遮る。

 

 

「春樹君、君はまだ……」

 

「まだも何も、俺があいつと会ったのはその時が最初ですよ」

 

「……? 今度は何の話だ??」

 

「気にするな。話題の種になるようなものでも話でもないからな」

 

「えぇ~、そう言われるとスゲー気になる…」

 

「お前な…」

 

 

 話を切ろうとする中で尚も聞きたがる慶太郎に、思わず苦い顔になる春樹。

 気になるのは理解できても、あまり踏み込んでほしくない彼にとっては迷惑極まりない態度だ。

 

 

「…まぁ、彼が否定する中話すことでもないだろう」

 

「えぇ~、でも気になりますよ恭弥さ~ん」

 

「キュ……」

 

「えぇ~、ユーノまで止めるの~?」

 

 

 そんな彼に助け船を出したのは、話を遮られた筈の恭弥と慶太郎の肩に乗るユーノであった。

 

 

「恭弥だけじゃなくユーノにまで止められたんだ。ここは二人に免じてあまり聞かないでやってくれ」

 

「うぅ、仕方ねーか……」

 

「しかしユーノ、まるで俺達の話が判ってたみたいだな?」

 

「………キュ~?」

 

「流石にそれは無いよ父さん。フェレットがそこまで賢いなんて聞いたことがない」

 

「ハハハ、それもそうか」

 

 

 慶太郎がようやく引き下がり、話題も別のものに移った事で春樹はようやくほっと一息ついた。

 けれどただ一つ、気にかかる事がある。

 

 ……高町家となのはの仲は一体どうなっているかについてだ。

 

 

「……恭弥さん」

 

「ん、どうした?」

 

「…結局高町とは、上手くいってるんですか?」

 

 

 もう深く関わる気がない。

 だとしても訊かずにやり過ごす訳にはいかないと。

 他の二人には聞こえぬよう、密やかな声で恭弥に問う。

 

 そんな彼に対して恭弥は目を閉じて逡巡し、やがてぽつりと語りだした。

 

 

「いや…。あれから何年も経ってるが、まだ壁を感じるな」

 

「…そうですか」

 

 

 少なからずなのはを見てきた故に、予想はできていた話である。

 だが、恭弥に諦めている素振りはない。

 答えた後に彼は微かに。されど力強く笑ってみせる。

 

 

「だが諦めはしないよ。

 何年かかろうと、あいつが()()()でなくてもいられるよう、努めていくさ」

 

「……なら、ちゃんと高町のこと見ておいてください。

 あいつはすぐに色々と抱え込む奴ですから」

 

「ああ。肝に銘じておく」

 

 

 あの少女の頑固ぶりを見るに、本当に何年もかかってしまうとは思う。

 けれど高町家なら、いつかなのはとの間にできてしまった溝を埋めていけると。

 そう信じるから春樹はそれ以上は何も言う事はない。

 

 ───自身の胸の内に芽生える靄には目を瞑りながら。

 

 その葛藤を恭弥は気付いているのか、彼も春樹へ問い掛ける事はなく。

 後は静かに、両者共々湯の温かさに浸り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂での話を水に流し、今度こそ温泉旅行を満喫しようとしていた春樹だが、そう簡単には上手くいかない。

 温泉から上がった後は、なのは達と合流しようと慶太郎にせがまれていた。

 

 断りはしたが恭慈は慶太郎を友達と勘違いしたようで、士郎達とお土産を見に行っている。

 故に春樹は強く断れる理由はなく、暇なのが現状。

 

 

「あっ、春樹くん。慶太郎くん」

 

「おぉ、はやてちゃんじゃん! ヤッホー!!」

 

 

 さらにそこで偶然にも明未に連れられたはやてと先に合流。

 はやて達も当然とばかりに合流しようとして、一人だけ部屋に戻る気にもなれず。

 仕方なしに、ユーノも合わせた四人と一匹でなのは達の元へ向かう事となった。

 

 

「へぇ高町さん達も来てるのかい。父ちゃんはそっちと一緒に?」

 

「うん。もう夜は一緒に酒盛りしようって盛り上がってる」

 

「あの人らしいねぇ。はやてちゃん、夜は高町さん家と一緒でいいかい?」

 

「ええですよ。わたしもなのはちゃん達と話せるから大歓迎です」

 

 

 今から夜が楽しみだと話が盛り上がるはやてと明未。

 そんな二人を、慶太郎はカメラのピントの如くジェスチャーを付けて邪な視線を向けている。

 

 

「……いいねぇ。かわいい子と美人のセットとかちょー映えるじゃん」

 

「あのなぁ。そういう目で見るのはどうかと思うぞ…」

 

「何言ってんの! 男児たるもの可愛い子に惹かれるのは自然の摂理だよッ!!!」

 

「いや、自信満々に言うなよ」

 

 

 色ボケ全開の慶太郎とそれを咎める春樹。

 そんな二人のやり取りがツボにハマったらしく明未は盛大に吹き出してしまった。

 

 

「ぷくくっ……! まるでうちの父ちゃんみたいじゃないか、その子……!!」

 

「そう言うと思ったよ、母さんなら……」

 

「……えーと、もしかして春樹くんが慶太郎くん苦手なんって、それが理由……?」

 

 

 そこまでバレては仕方ないと、渋々といった心情を隠さず春樹はゆっくりと頷く。

 

 

「父さんは好きだけどさ……あの人が二人分になったらこっちの身がもたないっての……」

 

「アッハッハッハ! あたしは寧ろ楽しそうだけどねぇ!!」

 

「そんなこと言えるの母さんだけだって…」

 

「へえ、春樹の父ちゃんって俺に似てんのか……。

 俺、まだ子供だけど、その人とはいい酒が飲めそうだぜ☆」

 

 

 最早耐え切れんと強烈なで一発。

 

 

「飲まんでいいッ!」

 

 

 履いていたスリッパでツッコミを慶太郎に喰らわせる。

 

 

「あぃだァ!!?」

 

「アハハ…。これはほんま賑やかになりそうや……」

 

 

 二人の様にはやては既に苦笑いである。

 

 そんな流れで春樹達はなのは達を探して旅館内を巡っていた。

 だが旅館の縁側の辺り。曲がり角に差し掛かる地点で、何やら穏やかではない雰囲気の声が彼らの耳に届いてきた。

 

 

「ん? これ、アリサちゃんの声や」

 

「それに笑い声……しかもこの声は」

 

 

 聞こえてきたのはアリサの怒る声と、女性の甲高い笑い声。

 

 他の三人はそれを聞いても不思議がるだけ。

 

 

 ──…おい、この声ってまさか……。

 

 

 しかし春樹だけは女性の声を聞いた途端、猛烈にイヤな予感を覚えた。

 彼としてはそのまま踵を返したかったところだが、他の三人は様子が気になるとアリサの下へと向かっていく。

 

 

「アリサちゃん、なのはちゃん、すずかちゃん! 何しとるんや?」

 

「はやてちゃん! えーと、これはね…」

 

「ちょっとこの人がなのはに用があるみたいらしいのよ…」

 

「なのはちゃんに……?」

 

「いや~、けどゴメンね~。どうやら人違いだったみたいでさぁ~」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 そうしてなのは達と合流した三人に、女性の話を聞いて確信を得た。得てしまった。

 聞こえてくる声は明らかに彼の知っているもの。

 やはり踵を返したい。

 しかし他の三人が顔を出した以上、自分も出ていかない訳にはいかないだろう。

 

 春樹は観念して、曲がり角よりその女性へ姿を現す。

 

 

「……何してるんですか、アルフさん」

 

「んん? ……って、ハルキじゃないかい!」

 

 

 声の主はやはり、先日出会ったアルフであった。

 当の彼女は春樹の姿に気付き、親し気な笑みを向けてきている。

 

 一方、先程まで自分達と睨み合っていた女性と春樹が知り合いと知り、アリサ達は困惑気味の様子だ。

 

 

「あんた、その人と知り合いなの……?」

 

「この前会ったばかりの人だけどな」

 

「それにしては、やけに親し気やね……?」

 

 

 訳が分からない、といった少女達にアルフは説明していく。

 

 

「いやなに、この子にこの前道案内してもらってねぇ。その間に話しがてら仲良くなったのさ」

 

「へぇ……。春樹、あんたやるじゃないのさ! 年上の女の人と仲良くなるなんてねぇ」

 

「そーだそーだずりーぞ! なんでお前だけそんな出会いに溢れてんのさぁ~!!!」

 

「そんなんじゃねーよ母さん……。あと慶太郎もしがみつくなうっさいッ!!」

 

 

 アルフは三人の様子をじゃれ合っていると捉え、穏やかな表情で彼らを見ている。

 

 

「アッハッハッハ! ハルキの友達は元気な子だねぇ!!」

 

「違いますって。ただクラスが同じだけですし…」

 

「そう言ってやんなって。こういうじゃれ合いができる仲ってのは貴重なもんさ」

 

 

 春樹からすれば勘違いでしかないが、アルフはそんな事お構いなしである。

 

 

「じゃああんまり邪魔しちゃあ悪いから、これで失礼するよ。

 温泉旅行、楽しむんだよ~」

 

 

 ポンポンっと彼の頭を軽く叩きながら、アルフは最後まで笑ったまま去っていった。

 

 

「なんだか、さっきと全然印象が違うね…」

 

「正直なのはに変なちょっかい出してきてムカついてたけど……あの人、案外悪い人じゃないの…?」

 

 

 アルフという人物について、春樹が語れる事は少ない。

 しかし彼への態度を見るに、一度味方とみた者へは恐ろしい程態度を軟化させる節がある。

 それこそ道案内をしただけの春樹にさえ、何年来の友人の如く開けっ広げに接しているように。

 

 ただその在り方を、春樹は悪いものとは思っていない。

 もし彼女がジュエルシードを狙う敵でさえなければ、歳の離れた友人のように縁を深められただろう。

 

 

《マスター、彼女がここにいるということは──》

 

『ああ。……近くにあるんだろうな、ジュエルシードが』

 

 

 だからこそ、彼は姿を見せたくなかった。

 敵であるアルフの姿を認めてしまえば、この旅行を楽しむ余地など無くなってしまうのだから。

 

 溜息を吐きたい心を押し殺して、春樹はヒンメルと今後の相談に移っていく。

 

 日常を過ごしつつ魔導士として活動している春樹やなのはと違い、アルフはおそらくジュエルシードが目的で海鳴市にやってきた。

 だというのに何の目的もなく温泉旅館で時間を潰す、という選択をするとは思えない。

 

 よって彼女がここに来た理由はただ一つ。

 ここにもジュエルシードが眠っている───そう見て間違いないと、彼らは読み取っていた。

 

 

『こんな時でも戦わなきゃならない、か』

 

《ですが丁度良い機会です》

 

 

 ヒンメルに問われ、考え続けてきた春樹の答え。

 それをようやく示す時がきた。

 

 まずは最初になのはとアルフ達、両方とも問題なく戦えるという事を証明しなければならない。

 

 

『ああ───問題なく倒してやるよ。高町も、アルフも』

 

 

 旅行が潰れる事に悔やむのはここまで。

 羽を伸ばすどころかまた戦う羽目になるが……致し方ないだろう。

 

 魔導士としての自分へスイッチを切り替え、彼はこれからの戦いを見据えていた。

 

 




 今回は大分長い文量となりました。
 ……が、おそらく次がもっと山場になるかな?

 因みに主人公が関わったのは「とらいあんぐるハート3」の美由希・フェアッセルートにあたる事件です。
 細かい部分はかなり変わっていますが、似た事件が一年前の海鳴で起こりました。



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「よりによって旅行先で戦うことになるとはな」

『敵は四人。うち二人はかなり腕に覚えのある魔導士のようです』

「ま、一人は同い年くらい。やり様はあると思いたいな」

『そうですね。高町なのははあの少女が気にかかるようですし、そこを利用しましょうか』

「風呂でああ言った手前、囮に使うのは気が引けるがね……って」


次回:温泉旅行は波乱のハジマリ 中編



「ふざけるな……なんでこんな展開になりやがるッ…!」





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温泉旅行は波乱のハジマリ 中編

 

 

 

 真夜中。静寂に包まれる中、川のせせらぎが彩る山道の途中。

 その川の傍にて、金色の魔方陣を生成し、ジュエルシードの封印を行う少女の姿があった。

 

 少女の名はフェイト・テスタロッサ。

 

 異世界より来訪し、相棒と共にロストロギアを手に入れる為奔走する彼女は通算二個目となる蒼い宝石を回収し、何事もなくこの場から立ち去れる筈だった。

 

 

「───待って!」

 

 

 そこに、乱入者が現れなければ。

 彼女の後方より白いバリアジャケットに身を包んだ少女と一匹のフェレット───なのはとユーノが待ったをかけた。

 

 

「……あなたは」

 

「なんだい。せっかく忠告してやったってのに、のこのこ出てきちゃったのか」

 

 

 そんな二人を呆れた目で見やりながら、傍に控えていた彼女の相棒───アルフは口を開く。

 邪魔をしないよう忠告したにも関わらずこの場に現れた。ならば最早遠慮はいらないと、彼女は既に臨戦態勢に入っている。

 

 彼女の圧に一瞬怯むなのは達であったが、逃げる訳にはいかないと言葉を紡ぎ出す。

 

 

「逃げません。だって、ジュエルシードは放っておくと大変なことが起きちゃう物だから」

 

「ならそれこそ、あんた達がやらなくたってあたし達が集めてやるさ。わざわざこっちの邪魔してまで集める必要はないだろう?」

 

「そうはいかないよ。管理局の人間ならジュエルシードを渡すつもりだけど……君達がそうだとはとても思えない。

 誰かと争ってまでジュエルシードを手に入れて、君達は一体何をするつもりなんだ?」

 

 

 アルフは再度呆れて首を横に振り、隣のフェイトは静かにデバイスをなのは達に向けて構えた。

 

 

「ッ……あ、あの! ほんとに戦わなきゃいけないの!?」

 

「…今更何言ってやがんだい、あんた?」

 

「二人が何をしたいのかはわからないけど……でも、戦うんじゃなくて話し合うことも──」

 

「……無駄だよ」

 

 

 フェイトはその提案を否定する。

 

 

「話したところで……意味なんてないから」

 

 

 それは確かな拒絶。

 自分達は敵でしかなく、お互いが歩み寄る事はできないのだと。

 心を閉ざし、戦意を込めて目の前の少女へ言葉をぶつける。

 

 

「……!」

 

「そういうこった。ここに来た時点で仲良しこよしなんざできる訳がないのさ」

 

「なのは、来るよ! 相手は魔導士二人。気を付けて!!」

 

 

 フェイトを起点に四人はお互いに戦闘態勢に移行していく。

 一色触発の空気。すぐにでも戦いが始まるという状況の中───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや───五人だ」

 

『Barrage Rain』

 

 

 降り注ぐ魔弾の雨と共に、新たなる敵の声が四人の鼓膜を震わせた。

 

 

「きゃ──!?」

 

『Protection』

 

「ッ──!」

 

『Blitz Action』

 

 

 咄嗟の出来事になのはは対応できず、レイジングハートが自動で彼女とユーノを覆う防御魔法を展開する。

 

 残る二人は瞬時に回避に移り、フェイトに至っては魔法も駆使して目にもとまらぬ高速機動で空へ上昇。

 そのまま不意打ちを仕掛けた何者かを補足し、加速に乗せて戦斧を振り下ろす──!

 

 

「……さすがにそう易々とは当たらない、か」

 

 

 ──が、彼女の一撃は彼には届かない。

 彼も避けられるのは想定の内。

 迫るフェイトに対応してみせ、振り下ろした戦斧は腕の籠手によって防がれる。

 

 

『Shoot Barrt』

 

「がっ……!」

 

 

 そして続けざまに魔弾をフェイトの腹に一当て。

 倒すまではいかなくとも、ほぼゼロ距離の一撃にフェイトは大きく高度を下げて状況は仕切り直しに。

 

 そこで四人全員がようやく彼の姿を視認した。

 

 

「この魔法は……」

 

「あの子って、あの時の……!」

 

「───あいつ、まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三人目の、魔導士……」

 

 

 銃口を向けつつ、三人目と呼ばれた魔導士───春樹はフェイトの呟きに反応する。

 

 

「三人目、か。この世界に来た順番なら俺が最初だと思うがな」

 

「……今、そこは重要じゃない。

 あなたも、ジュエルシードを求めてやってきたの…?」

 

「もちろん。ここにあった分も含めて、お前達のジュエルシードを頂きにな」

 

 

 堂々の宣戦布告にフェイトはデバイスを強く握りしめ、警戒の姿勢をとる。

 

 

 ────この女、強いな。

 

 

 先の反応の良さ。一撃の重さ。驚異的な速さ。

 これらが示すのは、フェイトが春樹よりも遥かに強い魔導士であるという事実。

 さらに彼女にはアルフという味方がいるのに対し、こちらは一人。

 

 圧倒的に不利な状況だが、彼はそれをおくびにも出さず"勝つ自信のある敵対者"を装う。

 

 

「させない…。ジュエルシードは、わたしが集めなきゃいけないんだ」

 

 

 決意を滲ませる発言だが、フェイトの瞳にはほんのりと戸惑いも見て取れた。

 相手は強いと。もしかしたら、自分を倒すだけの算段があるのではないかと。

 

 直撃を受けたのも手伝い、春樹の余裕ある態度は彼女に心理戦という負担を強いていた。

 

 そして膨れ上がる戸惑いは、彼女に様子見を選択させる。

 機を狙い、先手を取る為の駆け引き。

 春樹としては臨むところで、互いに動かずただ時間が過ぎていく。

 

 

 ───ダメだ、どう動いても反応される…。

 

 

 果たして、どれだけの時間が過ぎたのか。

 一秒にも一時間にも思える沈黙が続く中、どう視ても反応される未来しか見えないとフェイトの心には焦りが生まれ始めていた。

 

 その未来が真実なのか、彼女が生み出した虚像なのかは関係ない。

 どう動こうと防がれると。そう見えてしまった時点で彼女の目論見は崩れ去った。

 

 あとは不安だけが募り、フェイトは動き出す切っ掛けを見失いそうになっていたが──

 

 

 

「───はあぁぁぁ!!!」

 

 

 場の停滞は、第三者の手によって崩される。

 なのは達を襲うアルフの雄叫びを合図に、春樹が先手を取ろうと動き出した。

 

 

「フッ──!」

 

「───フォトンランサー!」

 

 

 今しかない───!

 フェイトも次いで彼の動きに追従。タイミングがズレながらも魔法は同時に撃ち放たれ、相殺。

 巻き上がる爆炎を振り切り、二人は互いに地上へと飛び降りる。

 

 

「いけっ──!」

 

『Photon Lancer』

 

 

 地に降りたと同時、フェイトは四基の魔力光を生成し一斉射。

 対して春樹は瞬時に狙いをつけ、魔弾を連射し迫る魔力光を撃ち抜いていく。

 

 

「くっ……」

 

 

 眉を顰める。今のは手数・威力共に少なくない魔力を込めたというに、相手はいともたやすく退けてしまった。

 これ以上強力な魔法は発動に時間が掛かる。

 対処の速さを見れば、使いどころを誤ると即座に避けられるのは目に見えていた。

 

 ならば遠距離では埒が明かず、もう一度近距離で隙をつくる他ない。

 頭に過った先の一撃を振り払い、フェイトは再び加速魔法を使った高速機動に入る。

 

 

『Blitz Action』

 

「くるか……!」

 

 

 また向かってくるかと春樹は身構えるが、フェイトは予想に反し彼の横を通り過ぎるのみ──。

 

 今度の攻撃は真正面からではなく後方。

 風に乗る勢いを乗せて、弾速を上げたフォトンランサーが彼に迫る!

 

 

「ちっ……!」

 

 

 その一撃は春樹の死角より放たれたもの。

 が、予想が外れても、彼は後ろに回られたのと魔法の発射音は瞬時に把握できていた。

 故に迫るフォトンランサーを当たる寸前で身を捩り、見事回避してみせる。

 

 

「はあぁぁぁーー!!」

 

 

 しかし、それは予想できていた。

 加速の勢いを殺さず、続けざまにフェイトは春樹に斬りかかる。

 

 けれど一直線の機動にあの速度であれば、彼は対応できてしまう。

 振り抜かれた一撃は、またもや彼の籠手に阻まれる結果となった。

 

 

「一度防いだ手。二度目なら通じるとでも思ったか……!」

 

「ううん。思ってない」

 

「……なに?」

 

「けど、これでいいんだ!」

 

『───Ring Bind』

 

 

 瞬間、春樹の四肢は金色の魔方陣に固定される。

 春樹は悟った。最初から相手はこれが狙いだったのだと。

 

 

「───バルディッシュ!」

 

『Yes,sir.』

 

 

 己のデバイス───バルディッシュに伝わせ、フェイトは大量の魔力を春樹へ流し込む。

 ただしその魔力はただの魔力ではなく、彼女の魔力変換資質により『電気』に変質されたもの。

 故に彼へ流れた魔力は火花を散らし、全身を駆け巡る電流となって春樹の身を焼き焦がしていく──!

 

 

「が、あぁぁ───!!」

 

 

 絶叫が漏れる。

 彼の感じている痛みは、スタンガンを優に超える衝撃。

 撃ち込んでいる張本人とはいえ、間近で人が苦しんでいる様を見るのはフェイトとしても気分のいいものではない。

 

 しかしバリアジャケットを装着している以上、肉体へのダメージは抑制されている。

 だから死に至る事はなく、後遺症も残らない。

 ジュエルシードを手に入れ、母さんに喜んでもらう為に……そう己に言い聞かせて。

 

 ……ただ、バリアジャケットの防御力を念頭に置くのなら、一つ考えておかねばならなかった。

 相手が自身の攻撃に耐え切ってくる、という可能性を。

 

 

「───チェーン、バインド」

 

『Chain Baind』

 

 

 電流を流される中、春樹は捕縛魔法でフェイトの身体を縛り上げる。

 受けたダメージは軽いものではない筈。だというに何事もなく魔法を使って見せる敵にフェイトは驚きを隠せない。

 

 だが相手の四肢もバインドで拘束されている。

 自分には手足を縛られようと使える技が幾らでもあり、相手が動けぬ内に攻撃してしまえばいいと魔法の行使準備に入るも───

 

 春樹は目の前で、いともたやすくバインドを破ってみせた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 彼に掛けたバインドは初級レベルのもの。とはいえそう簡単に解けないよう魔力は込めていた筈が、目の前の敵は彼女の予想を超えていた。

 

 そして春樹はすぐさまヒンメルを構え、彼女の胸に銃口を突きつける。

 予想が外れた衝撃で動揺し、魔法の構築はあと数秒は遅れる程に乱れてしまった。

 どう急ごうとしても、彼が引き金を引くまでに発射する事は叶わない。

 

 

『Reproduction』

 

 撃たれる──!

 

 ……衝撃に怯え目を瞑ったフェイトだが、痛みは一向にやってこない。

 代わりに感じたのは、ほんの少し魔力が吸われていく感覚で。

 目を開けてみれば、春樹は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「いったい、何を……?」

 

「さぁ……何だろうな。

 それに…答える気はないが、あまり気を抜くなよ? なにせ──」

 

 

 ───敵は俺だけじゃない。

 

 そう言い残し、春樹は真横へ飛びのいていて。

 彼女はハッと気付いた。

 

 やられた───!

 そもそも自分は、最初誰と戦うつもりだったのか。

 アルフに任せていたとはいえ、戦闘の余波が飛んでくる可能性も十分有り得るのだと!

 

 

「ディバイン──」

 

 

 急いで魔法の解除にかかる。

 幸い込められていた魔力は少なく、無理矢理魔力を流して鎖を引きちぎる事ができた。

 

 後は射程外へ逃げるだけ───という段で、フェイトは敵の射線上に相棒の姿を見つけてしまう。

 

 

「アルフ……!?」

 

 

 目の前の敵に気を取られている間に、アルフは敵の罠にかかってしまったらしい。

 彼女はフェイトが受けたものと同じ。緑色の拘束魔法でその場に縫い留められていた。

 魔法を解くのに難行しているようで、なのはが魔法を撃つまでに退避はできそうにない。

 

 ……そこまで認識した時点で、彼女から逃げるという選択肢は消えた。

 

 

「───バスター!!」

 

 

 視界一面を覆う桃色の極光が放出される。

 アルフが直撃を覚悟する中、フェイトが彼女の前へと躍り出た。

 

 

「なっ、フェイト!?」

 

「大丈夫。わたしが───護ってみせるから」

 

 

 アルフを安心させようと、彼女は静かに微笑みかけて。

 迫る桃色の魔力を、今作れるだけの防御魔法を発動させて一身に受け止める。

 

 

「くっ───あぁぁぁぁ!!!」

 

 

 防御魔法をかけても感じる圧倒的な熱量。

 フェイトは防御より攻撃を主とした魔導士であり、ここまでの魔法を受け止めきれる保証はない。

 

 だが、やってみせよう。

 後ろにはアルフがいる。その中で一人で逃げる気はない。

 彼女を守り、必ず二人でこの戦いに勝つのだと。

 

 その一念の下、防御魔法と拮抗し合う砲撃に耐え続けて。

 だが、徐々にフェイトの魔法は限界を迎え、削られ始めていき───

 

 やがて、全てを包み込んで、桃色の光は強大な爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた砲撃魔法は着弾し、強烈な爆風を巻き起こす。

 なのはとユーノはアルフだけではなく、フェイトが割って入った事に動揺を隠せないでいた。

 

 ただ、直撃したのなら二人とも倒せた可能性がある。

 なのはは二人への心配を。ユーノは期待をそれぞれ胸に抱いていたが

 

 

 ───いや、まだだな。

 

 

 春樹のみは二人がまだ戦えると確信していた。

 その見込み通り、爆風を掻き分けてなのは達の下へ一つの影が飛び掛かっていく。

 

 

「がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 飛び出した影はアルフであった。

 目に見える程怒りを顕わにし、一直線になのはへと殴り掛かる。

 

 

『Protection』

 

「うっ……くぅ!!」

 

「よくもやってくれたね…。フェイトにあたしを庇わせるなんてさぁ!!」

 

 

 一発目の拳は防がれた。

 ならば二発目と。空いた拳を振り絞り、彼女は魔方陣へ力の限り叩きつける!

 

 

「それになめんじゃないよ。あたしにバリアなんざ……通用しないんだよォ!!」

 

「えっ!?」

 

「バリア──ブレイクゥゥ!!!」

 

 

 アルフが触れて数秒と経たず。なのはの防御魔法はガラスの破片の如く粉々に砕け散っていった。

 まずい!───なのはは上空へ逃れようとして。ユーノはアルフを抑えようと捕縛魔法を展開しようと試み

 

 

『Shoot Barrt』

 

「きゃ!?」

 

「ガハッ……! しま……った!?」

 

 

 どちらも、絶妙な位置に撃ち込まれた春樹の魔力弾によって阻まれる。

 アルフが突撃し、二人の注意を引いていたが故に許してしまった妨害行為。

 

 しかしなのはに失敗を嘆く間は無く、接近したアルフに両腕を掴まれその場に固定されてしまった。

 

 

「なの────ガッ!!

 

 

 そしてユーノも嘆く間は与えられない。

 

 

「まずは、一人」

 

 

 魔法を発動する前に、一発の魔力弾がユーノの胴体を捉える。

 反応する事もできず宙を舞い、地に墜ちると共に彼の意識は闇に沈んでいった。

 

 

「ユーノくん!」

 

「あいつ……いや、まずは。

 

 フェイト───やっちゃって!!」

 

 

 ユーノを倒した春樹を複雑な目で見つめるも、まずはなのはの始末が先決と、アルフは主の名を叫んだ。

 その声を合図に、金色の捕縛魔法がなのはの四肢を拘束していく。

 

 

「あっ……!」

 

 

 捕縛されたのを見届け、アルフは即座にその場から飛び退いた。

 アルフの行動に数秒後の未来を察するも、時すでに遅し。

 

 

「───サンダー……レイジ!!」

 

 

 轟く雷鳴。一つの号令と共に、黄金の雷がなのはを襲う!

 

 

「きゃあああああッ!!!」

 

 

 なのはのバリアジャケットは強大な魔力に比例し高い防御性を誇る。

 だがサンダーレイジは文字通り、雷に打たれたのと同義の威力を持ち合わせていた。

 例え彼女のバリアジャケットでも完全に威力を殺す事は叶わない。

 

 彼女は雷撃の終わりと共にばたりと、その場に膝をつき倒れてしまった。

 

 辛うじて意識は保てたが、もうここから立ち上がるのも難しい状態だ。

 

 

 ───あの時、アルフって人は…フェイトって叫んでた。

 

 ───じゃあ、あの魔法を撃ったのは……やっぱり…

 

 

 魔法を撃ったのが誰か気付き、ぼやけつつある視界の中でディバインバスターが着弾した箇所へと目を向けた。

 

 爆風は風に流されており、ようやく中の様子を拝む事が出来る。

 

 彼女の魔法が直撃していれば、大きいダメージを受けていてもおかしくはないのだが……

 

 

「………」

 

 

 煙が晴れた先にいた少女は、目立った傷もなくデバイスをなのはへと向けていた。

 

 あの砲撃魔法は彼女が今扱える魔法で一番威力のあるもの。

 にも拘わらず、敵は全員健在。

 こちらは相棒が倒れ、自身も戦う余力は残されていない。

 

 なのはに示された状況は、絶望的といって余りあるものだった。

 

 

「……まだ意識が残ってる」

 

 

 とはいえ実のところ、フェイトも五体満足ではない。

 春樹に受けた腹の一発。さらになのはの砲撃を防いだ時の魔力。

 この二つによって彼女の体力と魔力は大きく削られている。

 見た目は何事もないように装っていても、残された時間はそう多くはなかった。

 

 故になのはへの警戒は解かれず、残った余力を刈り取ろうとフェイトはデバイスを構える。

 

 

「あんた、何のつもりだい?」

 

 

 彼女に便乗し、春樹も銃口をなのはへと向けていた。

 その行為にアルフが疑惑の眼差しを向ける。

 

 先といい、何故自分達に与する行動をとるのか。

 言外に込められた疑念に、春樹は銃口を外さぬまま答えていく。

 

 

「この二人が邪魔だっただけだ。

 こいつらには先にジュエルシードをとられることが多かった。

 

 だから、ここで退場してもらった方が都合がいい」

 

「退場……? あんたまさか───!」

 

「…何を考えてるか知らないが、命まで奪おうとは思わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシードを取り出した後にデバイスを壊せば、もう戦えはしないだろう?」

 

「……!」

 

 

 なのはは彼の言葉に戦慄を覚えた。

 

 今、何と言った?

 デバイスを……レイジングハートを壊す……?

 

 

「あの子のデバイスを……壊すの?」

 

「何かおかしいことか?

奴はジュエルシードを狙う敵でしかない。なら、今の内に戦えなくしておけばいいだろう」

 

「それは…そうかも、しれないけど……」

 

「……お前にその気がないなら、俺がやらせてもらう」

 

「あっ、オイ!!」

 

 

 アルフの制止も無視して、春樹はゆっくりとなのはに近付いてくる。

 

 

「今すぐ持っているジュエルシードを全て出せ。

 そうすれば、お前の主とその仲間は見逃そう」

 

 

 告げられるのはレイジングハートへの死刑宣告。

 させる訳にはいかないと、なのはは声を上げようとするも……己の相棒は抗う事なく、保管していた宝石達を差し出した。

 

 

『Put Out』

 

「レイジングハート……!?」

 

「いいデバイスだな。主の身を第一に考えている」

 

 

 排出された5個の宝石を確認し、春樹は銃口をレイジングハートへ定める。

 

 

「ダメだよ、レイジングハート! 」

 

 

 壊されようとする相棒を止めようと彼女は足掻こうとする。

 

 

『Chain Baind』

 

 

 だが相手がそれを許す筈もない。

 魔力で編まれた鎖によって手足は締め上げられ、その弾みでレイジングハートは彼女の手から離れた。

 

 

「あっ…!」

 

 

 転がっていく魔法の杖に、なのはは締め上げられようと必死に手を伸ばそうとする。

 

 

 ───イヤだ。レイジングハートが、壊されるなんて…。

 

 

 相棒を失う光景が頭の中を過ぎる。

 感じたのは、相棒を失う悲しみと底の見えない喪失感。

 

 ……そう。もうなのはにとって、レイジングハートはかけがえのない存在だ。

 

 レイジングハートはユーノから託され、今まで共に戦ってきた相棒。

 過ごした月日は短くとも、彼女は何度も自分を助けてきてくれた。

 感謝を抱く理由には十分過ぎて、家族や友達にも負けない程に情が芽生えている。

 

 

「ダメ……」

 

 

 それにレイジングハートを失えば、なのはは魔法を使えなくなる。

 ジュエルシードによる被害で誰も悲しませたくない───その願いを叶えるには、魔法の力が必要で。

 

 だというのに自分だけ助かって、彼女が壊される結末なんて許容できる筈もない。

 

 

「壊さない……で」

 

 

 動こうとして、より身体が締め付けられようとも諦めず。

 どれだけ痛みを感じようと、それでもと手を伸ばし続けて。

 

 ───しかし無情にも、身体は1ミリも前に進んではくれなかった。

 

 そしていつまでも相手が待っていてくれる筈もない。

 春樹は彼女の懇願に何一つ応じる事はなく、レイジングハートを踏みつけて固定。

 狙いを外さぬよう、コアである宝石へと標準を定めた。

 

 

「やめてーーー!!!」

 

 

 なのはの悲痛な叫びが木霊する中、ついに引き金にかけられた指に力が込められる。

 その時────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガハッ───!?」

 

 

 ───刹那、煌めく一閃。

 音すら発さぬ速さで振るわれる剣が春樹の胴を捉え、吹き飛ばした。

 

 

「なっ───」

 

「誰だい……ありゃあ」

 

 

 突然の事態に凍り付くフェイト達。

 

 

「──ぐ…っう……」

 

 

 吹き飛ばされた春樹は数メートル転がった後に、ようやく起き上がる事ができた。

 突然の乱入者。トドメを邪魔したのは一体誰なのか?

 その人物の顔を拝もうと視線を向けて……彼もまた、目の前の光景に凍り付く事となる。

 

 ただし、彼女達とは違った理由で。

 

 

「えっ……?」

 

 

 そして最も視線を釘付けにされているのは、なのはだろう。

 

 

「……事情は読めないが、随分と無茶をしたらしいな」

 

 

 彼女を庇うようにして構える、二振りの刀を煌めかせる青年。

 

 

「念のために装備一式持ってきてたのが正解だったなんてね。

 ハァ……こうなってほしくはなかったなぁ」

 

 

 この状況に嘆きつつも、視線の先の三人に警戒を示す少女。

 

 

「後で事情は聞かないといけないけど……今はゆっくり休んでおけ。なのは」

 

 

 なのはを安心させるように。優しく頭を撫でる温和な男性。

 

 

「どう、して……」

 

 

 ───どうしてこの人が……いや、この人達がここにいるのか。

 

 目の前にいたのは、誰もがなのはのよく知る人ばかりだ。

 優しくて暖かい。誰よりも心配をかけたくなかった大切な人達。

 

 次いでどんどん言葉が浮かび上がり、思いのまま叫びそうになって。

 そんな声は、呻きながらも彼女達を見据える春樹の声が掻き消した。

 

 

「……なんで、ここにいる」

 

 

 まるで既知であるかのような台詞。

 演技さえ忘れた心からの叫びに、彼らは淡々と答えた。

 

 

「君と会うのは初めての筈だがな」

 

 

 しかし、その言葉の裏には一つの激情が込められている。

 

 

「けれど……たとえ誰であれ、君達は俺達の家族を傷つけた」

 

 

 大事な娘を。妹を傷つけた者達への純粋なる怒りだ。

 

 その心は炎のように燃え盛りながらも、刃の如く磨き上げられた淀み無きもの。

 思考を澄ませ、相手を斬る事へ神経を集中させたそれは、対峙する者を畏怖させる凄みがある。

 

 声の一つも発せぬ圧を春樹達が感じる中、3人は家族を傷つけた敵へ宣戦布告を行った。

 

 

「───御神の剣士を怒らせて、ただで帰れると思うな」

 

 

 高町士郎、高町恭弥、高町美由希。

 

 今ここに、高町なのはの家族───『小太刀二刀・御神流』の剣士達が、魔導士達の戦いに名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

 





ついに参戦、高町一家!
これより「とらいあんぐるハート3」要素が本格的に絡んできます。お楽しみに。


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