そして私たちのお茶請け戦争はこれからもつづいてゆく。 (ぶーちゃん☆)
しおりを挟む

芽ぐみの甘味はダイヤモンドの糖度



はじめましての方ははじめまして!ぶーちゃん☆と申します!

このお話は原作・アニメの最終回のその後を描いたアンソロジー全4巻に掲載された渡航先生書き下ろしSSのさらに数日後を描いた作品となっております。
アンソロジーで語られたエピソードをちょこちょこ入れておりますので、あれ?原作にこんな設定とかエピソードあったっけ?と思う部分がありましたら、それはアンソロからのネタだと思ってくださいね(^^)



 

 

 

 優しい紅茶の香りが漂う、私の一番大切なこの場所。とても人気のない特別棟四階の片隅の、決して立地条件がいいとは言えないこんな辺鄙な場所にあるこの教室は、私にとってなによりも特別な空間。

 一度は壊れかけてしまった──いえ、一度ではなく、何度も壊れかけ、でもその度に修復していったこの場所だけれど、大好きな友人がいて、大好きな後輩がいて、そして……その……誠に遺憾ではあるのだけれど…………、だ、大好きな……、か、かれ……かれし……、い、いえ、違うわよね。やはりそういう浮わついた響きは、私と彼の関係にはあまりそぐわない気がする。──そう、大好きなパートナーがいるこの奉仕部部室は、私にはもう必要不可欠な場所へと変化していた。

 

 ほんの一年ほど前までは、この場所にはなにも無かった。それでも唯一そこになにかが存在していたというのならば、それはただの空虚なひとりの少女。

 そんな閉じた世界が、一年などという瞬きほどの季節の移り変わり程度で、こんなにも特別な世界へと変わってしまうだなんてね。

 人生など……人など……そうそう変わるものではない。ならば私が世界を変えてみせる、などと嘯いて、現実から目を逸らしていただけの空っぽな少女の、狭く浅い想像力の埒外にあったこの濃密な一年をほんの少し思い浮かべると、呆れにも似た想いについつい口許がだらしなく弛んでしまいそうになる。

 

「……ふふ」

 

 ……いけないわね。彼には「本を読んで一人でにやにやしている姿が堪らなく気持ちが悪い」なんていつも悪態を吐いているくせに、この一年間に起きた自身の変化への軌跡と、彼をからかっている自身の姿を思い浮かべると、さらにだらしない表情になってしまうじゃない。

 

 

 

 と、愛しの……んん! ま、まぁ、多少なりとも好意を持っていると言ってしまっても過言ではないと言い切れなくもなくもない我がパートナーの横顔を盗み見しては、人知れずこっそり口角に力を込めていたのだけれど、そんな私がなによりも大切に想うこの場所では、最近若干の変化が起きている。

 それも、些か看過できないような、そんな油断ならない変化が……

 

 

 それは──

 

「ヒッキー、みんなで食べようと思って夕べもお菓子作ってみたんだー! はいっ、ヒッキーのぶん! えへへ」

 

 

 

 ──最近、なんだか由比ヶ浜さんがとても熱い……

 

 

× × ×

 

 

 私と比企谷くんが交際関係をスタートさせて、奉仕部が一度壊れてしまって、……でも一色さんと小町さんの尽力のおかげで彼女がこの場所に戻ってきてくれて、奉仕部は以前よりもずっと心地の良い空間になった。

 しかしその反面、由比ヶ浜さんがここに戻ってきてくれた辺りから、なんだか彼女が以前よりも比企谷くんへのモーションが積極的になってきている気がする……

 

 

 べ、別にね、由比ヶ浜さんが彼に好意をぶつけるのは構わないの。ええ、ほ、本当に。本当によ。

 だって、出会った頃から彼女はずっと彼に好意を持っていたし、この一年間、朴念仁で唐変木な比企谷くんを相手に、頑張ってずっと好意を示していたのだから。

 だから私というかのじ……パートナーが出来たのだから、そこは少しは自重すべきではないのかしら、なんてことはこれっぽっちも思ってはいない。ええ、本当に。

 だって、本来であれば、私の方こそが後から出て来てずっと好きだった彼を奪っていった憎き相手。それも親友(……勝手に親友だなんて言ってしまったけれど大丈夫かしら。こちらから一方的に親友と思っているだけだとしたら、少し泣いてしまいそうなのだけれど)から奪った相手なのだから。

 

 だから由比ヶ浜さんが比企谷くんへの好意を堂々と示すようになったのは、私にとって実は喜ばしいことでもある。

 なんというか、今までは恋愛沙汰によるお互いへの遠慮や配慮で少なからず存在していた壁が、彼女の「もう遠慮しないからね!」とでも言わんばかりの真っ直ぐな姿勢で、ようやく取り払われた気がするから。

 

 

 とはいえ、とはいえ、よ。それにしたって由比ヶ浜さん? あなたいくらなんでもちょっと遠慮を無くしすぎではないかしら?

 そもそもこの場所に戻ってきてくれた時だって、

「好きな人に彼女 み た い な 感 じ の人が」なんて、まるで私に喧嘩でも売っているかのような挑発的な物言いだったし、ここ最近は部活動中のお茶請け担当を争うようになってしまったし。

 まったく……。そんなに手料理を食べさせて、自分の料理で彼が美味しそうに顔をほころばせる様子が見たいのかしら……

 

 確かについ先日由比ヶ浜さんが作ってきたピーチパイはとても美味しかった。彼女と出会ったあの日のあの物凄いクッキーや、千葉村で作ろうとしていた桃缶入りのカレーを思うと、まるで彼女の努力の成果がそのまま形を成したかのような、そんなとても感慨深くなる素敵な美味しさ。

 そして今日持ってきたドライピーチがたっぷりと練り込まれた桃のマフィンも、とても美味しそうに艶めいている。

 

 大体あれよね。由比ヶ浜さんも由比ヶ浜さんだけれど、彼も彼なのよ。

 確かに由比ヶ浜さんの作ったパイは美味しかったけれど、かのじ……パートナーがこんなに近くにいるというのに、なにも他の女性が作ってきた手料理をあんなに美味しそうに嬉しそうに食べなくたってよいのではないかしら。

 もちろん由比ヶ浜さんが作ったお菓子より私の作ったお菓子の方が絶対美味しいのだからなにも怒っているわけでも嫉妬しているわけでもズルいとやきもきしているわけでもないのだけれどええ本当に決して。

 

 

 と、本当にまったく全然これっぽっちも毛先ほども気にしてはいないのだけれど、由比ヶ浜さんの情熱的なアプローチにほんの少しだけ困惑している昨今、実は最近起きている奉仕部の異変は、これだけではないのだ。

 

 ──それは……

 

「ちょっと結衣先輩、今日のお茶請け担当ってわたしじゃなかったでしたっけ。ほら先輩、結衣先輩のはまた今度にしといて、今日のところはわたしのを食べてください♪」

 

 

 ──最近、なんだか一色さんまでもがとても熱い……

 

 

× × ×

 

 

 正直、一色さんの参戦は想定外だった……

 確かにちょっと仲が良すぎるのではないかしら? なんてやきもきする瞬間が無くはなかったわけでもないのだけれど、でも彼女は、葉山くんのことが好きだとずっと言っていたから。

 だから仲が良いのは、あくまでも『可愛い後輩と頼りになる先輩』という間柄での仲の良さかと思っていた。

 

 でもそれは、どうやら恋愛ごとに疎い私だから彼女の言を鵜呑みにしていただけのようで、ここ最近の比企谷くんへのアプローチといい、私と由比ヶ浜さんの間で繰り広げられているお茶請け戦争への参戦といい、やはり彼女が好きなのは葉山くんではなく比企谷くんのようだ。

 つい先日、母さんに言われた「油断してると()()()()に取られる」、そしてその発言をさも当然のように受け入れていた姉さんの態度から察するに、由比ヶ浜さんはともかく、どうやら一色さんの狙いが比企谷くんであることは、ほぼ関わりのない──なんなら数回顔を合わせただけの赤の他人の目から見ても周知の事実だったらしい。

 ……それにしても、いくら母親と娘二人の女子会的なノリだったとはいえ、さすがにあの時の会話は酷かったわよね……。今にして思えば、さすがに既成事実云々の話はちょっとどうかと思う……。そんな女三人の姦しくも赤裸々な会話を黙って聞かされていた父の若干涙目になった弱々しい笑顔が、今も忘れられない……

 

 

「いろはちゃん、今日はあたしの当番だよ? いろはちゃんのお菓子こそ持って帰っていいよ」

 

「なに言ってるんですか。今日はわたしが作ってくるって昨日先輩に確認とりましたし」

 

「ヒッキーにだけ言ってもしょーがないじゃん! あたし聞いてないし!」

 

「食べるのは先輩なんですし、先輩の確認だけ取れてれば問題なくないですかー?」

 

「作るのあたしだし!?」

 

「まぁまぁお二人とも、兄は出された物はなんでも食べますから、お菓子二人前くらい余裕ですよ。お、今日のいろは先輩の差し入れはマカロンですね。んじゃ頂きまーす! ふむふむ、おー、本日もそこそこ美味しいですよいろは先輩」

 

「いやいやいや、まだお米ちゃんに「どうぞ~♪」とか一言も言ってねーし。なに勝手に食べてるんですか」

 

「頂きますっていいましたけど? 勝手じゃないですけど? むしろ可愛い可愛い姑が優しく出来を確かめてあげてることに感謝してほしいくらいなんですけど?」

 

「なにいってんだこいつ……。先輩先輩! 絶対妹の育て方まちがってますよ! 甘やかしすぎるとクズ人間になっちゃう典型例ですよこの子! いやまぁクズ人間の世界代表にこんなこと言うのもなんなんですけど」

 

「いやいや、いろは先輩のクズっぷりも兄に劣らず相当なものだと思いますよ☆」

 

「あ? なにこいつほんとむかつく」

 

「まぁ兄が世界代表級のクズ人間ってところは小町超同意しちゃいますけどね」

 

「だよねー」

 

「ねー」

 

 

 と、いつもダンディーな自分を装っている、どこか内面が比企谷くんに通じるものがあると感じている我が父の素の切ない姿を思い出して、何とも言えない複雑な想いに胸を痛ませていると、いつの間にやら戦争はお茶請け話から後輩二人の口論へと。

 

「はぁ~……」

 

 ……まったく、一色さんときたら……

 

 そう思うと、我知らず胸に溜まった息が喉元をゆっくりとすり抜け、こめかみに手を添えかぶりを振ってしまうのも致し方のないことなのだろう。

 

 ──一色さんが侮れないのは、単純に私達の戦争に参戦してきたから、というだけの話ではない。

 彼女のなにが侮れないって、こうして彼がなによりも愛する小町さんと、いつの間にかこんなにも仲良くなっていたという点。

 ほら、今日もいつもの激しい口論から、いつの間にやらお互いの意見への同意を示す「ねー」に変化しているし。

 

 一見すると馬が合わないように見えるこの二人。

 しかしその実、この二人ほどお互いになんの遠慮もせずに接することが出来る()()もそうそう居ないのではないかしら。

 小町さんは、他人に興味がないからこそ、どうでもいい相手には当たり障りのない上っ面な対応ができるタイプ。本人も普段からそう豪語しているし。

 そんな小町さんだからこそ、一色さんへの上っ面の欠片もない雑な対応は、逆に一色さんに興味があるからこそ出てきてしまう本音の対応、ということになる。

 そしてそんな小町さんに対する一色さんの対応もまた、決して私や由比ヶ浜さん相手には出さない本音の対応。

 あの姉に可愛がられて? いる私にはよく解る。この二人は、今やまるで気の置けない本当の姉妹のようだ。

 

 誰よりも妹を大切にする比企谷くん。そんなシスコンと言えるくらい妹好きな彼だから、その妹さんとあっという間にこんな関係を築けてしまった一色さんの侮れなさに、思わず背筋がぴんと伸びてしまう。

 ……この後輩、やはり手強い……!

 

 そんな彼女の手強さを表すかのように、一色さんが作ってきた色とりどりのマカロンが、まるで宝石のようにきらきらと輝いている。

 マカロンなんて、普通は手作りするような──手作り出来るようなお菓子ではない。

 多大な手間と熟練のテクニック。マカロンとは、本当にお菓子作りが好きでもなければ、そして食べさせたい相手への確かな想いがなければ到底カタチにもならないような、そんな高難易度の代物。

 

 

 私は、長机に並べられた、料理下手だったあの子が努力して作ってきたとてもとても美味しそうなマフィン、そしてそれと同等の気持ちが込められているのだろうカラフルなマカロンを眺めていると、思わず口角が歪んでしまいそうになるのを必死で堪えるのだった。

 

「……ふっ」

 

 

 ──面白いじゃない。

 

 由比ヶ浜さんも一色さんも、私に一切の遠慮はないということなのね? これは私に対する挑発と受け取っていい、ということなのね?

 

「待ちなさい」

 

 いいでしょう。それならば私は私らしく、あなたたちの喧嘩を堂々と買うことにしましょうか。知っているとは思うのだけれど、私、こう見えてなかなかの負けず嫌いなの。

 

「あなたたち、いったいなにを言っているのかしら。今日のお茶請けは私の担当のはずなのだけれど」

 

 彼とは将来を約束した仲でもある私は、そもそもあなたたちに負ける要素など皆無。

 にも関わらず、無謀にもこの私に堂々と真正面からこうして喧嘩を売ってくるあなたたちは、やはり私にとってとても異質でとても面白くて、そしてとても大切な友人。なにせ今まで私に敵対してくる女性たちは、決まって裏でこそこそと姑息で稚拙な手段を労して私を陥れようと画策し、挙げ句ほんの一瞬の内に容易にへし折られ、みっともなく逃げ出すだけの吹けば飛ぶような存在だったのだから。

 だからこそ、この勝負は全力で行かせてもらうわね。本当に大切なあなたたちだからこそ、完膚無きまでに叩き潰してあげましょう。

 

「今日はね、特に紅茶が美味しく淹れられたの。せっかくのお茶なのだから、お茶に合わせるお茶請けも、極上のものでなければ釣り合いが取れないでしょう?」

 

 溢れる自信と挑発的な空気を纏わせた私は、長年の習慣でこの身に染み込んだ洗練された所作で、丹精込めて作り上げたロールケーキを長机の上に並べはじめる。

 しっとりと柔らかいスポンジ、濃厚かつ軽やかなクリームは、彼が夢中で口に運んでいたあのクリスマスイベントの手作りケーキそのままの製法で。クリームの中にアクセントとして混ぜ込んだ砕いたクッキーは、初めて彼に食べさせたあの日のクッキーそのままの製法で。

 関係がはじまった出会いのクッキー、関係が壊れ、そして再生したクリスマスでのケーキ。私との関係がはじまり、そして変化していった時々の記憶深いその味たち。そんな思い出がたっぷり詰まった私のお茶請けをよく味わって、しっかりと自覚しなさい? 自分がいったい誰の所有物なのかを。あなたには私以外に余所見などしている暇は一切ないのだと。

 その表情に宿る微笑は、果たして愛する彼に向けているのか。それとも手強い強敵たちに向けているのか。

 

 そんな私の笑顔に応えるかのように、彼女たちも私に好戦的な笑顔を向けると、三人揃って自身の自信作を彼に押し付けこう声を揃えるのだ。

 今までも。そしてこれからも。

 いつまで続いてゆくのかわからない、この言葉を。

 

 

「「「さぁ、どれが一番美味しいか決めてもらいましょうか♡」」

 

 

 

※※※※※

 

 

 優しい紅茶の香りが漂う、あたしの一番大切なこの場所。人は全っ然いないし、もしかしてわざわざ隅っこの方に追いやられてるんじゃないの? ってくらい変な場所にあるこの教室だけど、あたしにとってはなによりも特別な空間。

 一度は壊れかけてしまった──んーん? 壊れかけたんじゃない、あたしが壊しかけたんだ。ここにいるのが怖くて逃げ出しちゃったから……

 

 でもいろはちゃんと小町ちゃんが引っ張りあげて背中を押してくれたから、またこの一番大切な場所に戻ってくることが出来た。ゆきのんとヒッキーが優しく受け入れてくれたから、またこの一番大好きな場所で心から笑えるようになった。

 

 正直、今でもあたしこのままここにいていいのかな、邪魔って思われてないかな、って不安になるときもあるし、たまに居心地悪いときだってある(だって急にゆきのんとヒッキーがいちゃいちゃしだしたりするんだもん!)けれど、それでもやっぱりこの場所は、あたしにとってなによりも大切な場所。

 だからあたしは、これからもこの場所でずっと笑ってたいと思うの。

 

 

 と、それはそれとして、そんな超大切なこの場所、最近は女の戦場になってたりする。

 まぁ戦場って言っても、その戦いの末に手に入れられる戦利品? っていうのかな? その戦利品たるヒッキーは、今も相変わらずヒッキーのままなんだけどね。

 昨日だって、みんなで『さぁ、どれが一番美味しいか決めてもらいましょうか♡』って迫ったけど、冷や汗かきかき全部美味しそうに平らげて、『そ、それぞれいい所があって大変よろしいんじゃないでしょうか……? みんな違ってみんないい、って、ね……?』だもん……。まったく。

 

 ……ふふっ、ほんとヒッキーってヒッキーだよね!

 別にあたしたちに気を使わないで、素直に大好きな彼女のが1番美味しいって答えればいいのにさ。そしたら少なくともゆきのんは納得するし、大好きな彼女のポイント超稼げるのに。

 そういうとこがほんとヒッキーすぎて、でもそんな情けなくてヘタレなヒッキーを見てると、どうしても心がぽかぽかして口元なんかにやにやしちゃって、やっぱ好きなんだなぁって思っちゃう。

 

 

 ……だから──

 

「比企谷くん、紅茶どうぞ。それとお茶請けもよかったらどうぞ。今日はザッハトルテにしてみたの」

 

 ──こうして、今日も穏やかな笑顔で大好きな彼氏にお菓子を振る舞えるゆきのんを見ていたら、どうしたって、いいなぁ、ズルいなぁ、羨ましいなぁ、って思っちゃうのは仕方ないよね……

 

 

 ……と、それは一旦横に置いといて~、本日のゆきのんお茶請けはザッハトルテかぁ! ザッハトルテって、名前だけ聞くとなんか超強そう!

 てか強いかどうかはともかくとして、ゆきのんのお茶請けは今日もめっちゃ美味しそう! 早くあたしも食べたい! 昨日のロールケーキも、中に砕いたクッキーとか入っててすっごい美味しかったなぁ!

 あんな美味しそうなお菓子が作れて、さらにそんな超美味しそうなお菓子をヒッキーに食べてもらえて、やっぱゆきのんズルい! てかあたしも早くそれ食べたい! なんて色んな意味で羨ましそうにその光景を見てたんだけど……

 

「ちょっと雪乃先輩、今日の担当わたしなんですけど」

 

 ──って、ここであたしたちの戦場に、もう一人の強力なライバルが割って入ってきた!

 

「一色さん、あなた昨日もそう言って勝手に作ってきたじゃない……」

 

「やだなぁ、勝手じゃないですよー。だって昨日も今日も、ちゃんと先輩に確認とりましたし」

 

「あら、そこの男は青い顔して必死に首を横に振っているけれど? あなたの勘違い、もしくは思い込みなんじゃないかしら」

 

「あれー? なんですか? 付き合いはじめてまだたったひと月そこらで、もう恐妻っぷり発揮して情けない旦那を強権支配ですか」

 

「だっ!? 旦那ではないわ!? まだただの彼し……パートナーなのだけれど……!」

 

「はいはい、『まだ』を強調してのコレは私の物アピールおつでーす。てかわたしは別に雪乃先輩と違って先輩のために作ってきたわけじゃなくて、みなさんにわたしの女子力を見せつけるために作ってきてるんで、そんなに必死にならなくてもだいじょぶですよー? ……まぁ? 雪乃先輩が大好きな彼氏に自分以外の女が作ってきた手料理を食べてほしくないほどの束縛系女子なのってはっきり言ってくださるんなら、今後はわたしも控えますけどー?」

 

「そ、そんなこと言えるわけ……っ! ……んん! そ、そんなわけないじゃないただ私は一般論として正式な担当者が作ってくるべきだと主張しているだけであって──」

 

「てかいろは先輩、今さら女子力アピったって無駄な努力じゃないですか? どうせここにいるメンバーには本性ばればれなんですから」

 

「うるさいお米ちゃんうるさい。こうやって相手にギャップを意識させる方が戦略的に有効なんですー。お米ちゃんみたいな上っ面なそつない対応で、誰にでもいい顔するいい子ちゃん(笑)な性悪よりもね☆」

 

「なんですとー! 確かに小町はどうでもい相手には上っ面で適当な対応しますけど、いい子ちゃん(笑)なんじゃなくて本物のいい子なんです! やっぱこの人超失礼だなー。まぁ確かにギャップ萌えの破壊力とかやばいですけど。実際、あ の いろは先輩が意外と料理上手ってギャップは男子にかなり効きそうですし」

 

「でしょー? ……ん? 今のってわたし褒められてんの……?」

 

 

 旦那ってからかわれてあわあわ慌ててるゆきのんを余所に、いつものように小町ちゃんとわちゃわちゃしながら、長机に本日のお茶請けを並べはじめるあたしたちの新たなライバル新たな戦士。

 

 ほへー、いろはちゃんの今日のお菓子はカップケーキかぁ。

 昨日のマカロンもそうだけど、今日のカップケーキもめっちゃ可愛い! てか凄い! こんなの、海外ドラマ──なんてったっけ、せ、せっくす……? セックスアンドなんちゃら(別にやらしいビデオとかじゃないから!)とかいう結構昔の海外ドラマとかで、ヒロインの女の人がニューヨークのお洒落なカフェでスマートに食べてたような、そんなすっごい出来のとってもカラフルなカップケーキ。

 こんなの、お外で買うんじゃなくても自分で作れるものなんだなぁ。

 

 

 って、ちょっと前までのあたしなら、それくらいの感想で終わってたんだろう。

 でもさ、料理を結構がんばりはじめてる今ならちょっとだけわかるんだ。こういう凄いお菓子を作るには、それなりの気持ちを込めて、それなりの努力をしなきゃ作れないんだ、って。

 

 

 ……ほんと、まさかいろはちゃんがこんなにも本気で参戦してくるなんてびっくり。

 そりゃ心のどこかではずっと前からわかってたんだけどね。いろはちゃん、ほんとは隼人くんじゃなくてヒッキーのことが好きなんだろうな、って。葉山先輩葉山先輩言うわりに、部活に顔出すのも頼るのも、いつもヒッキーのとこばっかだし。

 それに出会った当初はちょっとびくびくしてたゆきのん相手にも、今ではヒッキーのこととなると見ての通り堂々と渡り合ってるし。なんなら押し気味くらい!

 最初はあんま合わないのかなー? って思ってた小町ちゃんとも、今や遠慮なく本音を言い合える本物の姉妹みたいになっちゃってるし。あはは……やり取りのレベル自体は初めて出会った頃ののままだけどね。

 

 だからそんないろはちゃんが、とうとう本腰を据えてヒッキーを狙いにきたというのは、あたしにとってはなかなかの戦々恐々だったりする。

 ただでさえ超素敵な彼女ができちゃって大変なのに、さらにこんなにも手強いライバルが出現しちゃうだなんて……!

 

「……ふふっ」

 

 でもね、なんでだろ。そんな超強力なライバルたちが現れて超大変なはずなのに、そんな二人のやり取りとか、そんな二人が想いを込めて作ってきた超おいしそうなお菓子をこうして眺めていると、なんか知んないけど、思わず笑みがこぼれてきちゃうんだぁ。

 

 

 

 ──ゆきのんたちが作ってきてくれるお菓子は、どれもこれもほんと美味しいし、見た目もめっちゃ綺麗。

 お外で食べる味っていうのかな? なんか有名パティスリーとか高級ホテルとかで出てきそうな、そんな完璧なお菓子たち。

 あたしだって自分なりに頑張って作ってるけど、あたしの作る不恰好でそれなりの味のお菓子なんかじゃ、どう逆立ちしたって敵わない、ゆきのんたちのすっごいお茶請け。

 だけどあたしは、それでもこのお茶請け戦争の行方を諦めないの。だって、この戦争はヒッキーにあたしの味をたくさん味わわせるのが目的なんだから。

 

 ……別にね? 諦めないって言っても、ゆきのんからヒッキーを奪い取ってやろうとか、ゆきのんとヒッキーの仲を邪魔してやろうとか、そういうのは全然ないの。

 ゆきのんもヒッキーも本当に大好きだから、なんなら二人の応援だってしてる。

 でも、二人の仲を応援してるからって、自分の気持ちに嘘ついてまで無理して諦めるのは違うかな、って。

 

 それを教えてくれたのはいろはちゃん。諦めないでいいのは女の子の特権、だっけ。

 あれ、あたしの心に超響いたんだ! いろはちゃん的には自分に言い聞かせただけなのかも知んないけど、そっか、無理して諦めなくてもいいんだ! って。

 

 ……恋愛って、未来なんて誰にもわからないものなんだよね。

 いろはちゃんが言ってたみたいに、なにかあったら即終了ってことだってありえるし、もしかしたらもしかして、ヒッキーがあたしのこと好きになっちゃう可能性だってゼロじゃない。

 もちろんゆきのんとず~っと一緒に居る可能性は超高いし、あたしもそうなることを本気で応援してる。

 でもまだ高校生同士の恋愛。この先なにが起こるかもわからないのに、余計な気を使って余計な遠慮して、自分の気持ちに嘘ついてまで無理して諦めるのは、やっぱなんか違う気がする。

 

 それにあたしが無理して気を使ってたら、そういう空気って絶対ゆきのんにも伝わっちゃうと思うんだよね。そしたら、優しい彼女も絶対あたしに気を使っちゃう。

 お互いがお互いに気を使って遠慮しあっちゃう。それって、もうあたしたちの大好きな関係性じゃなくなっちゃうよね。

 

 だから、あたしは無理して諦めることをやめたの。たぶんだけど、こうやってばちばち戦ってばちばち本音を言い合う方が、ずっとあたしたちらしいって思うから。

 だからね、もう少しだけ、あたし頑張ってみようかなって思ってるんだ。

 

 もちろんあたしにだって、いつかヒッキーなんかよりずっと素敵でずっと好きな人に出会える日だってくるだろう。

 だからいつか来るその日くらいまでは、あたし、ゆきのんにもヒッキーにも自分にも、嘘つくのやめようって思えたの。

 そんな風に思えたのはいろはちゃんのおかげだし、そう心に誓えたのは、まっすぐで格好いいゆきのんのおかげ。だからそんな二人とこうして本音まるだしの笑顔でばちばち戦えてるんだなぁ、って思ったら、なんかえへへって口元ゆるんじゃうんだよね。

 

 

「ちょっと待ってよ二人とも、今日の担当あたしじゃん!」

 

 だからあたしもこの戦争に元気に飛び込んでゆくんだ。二人のお茶請けには遠く及ばないけど、あたしなりに頑張って作ってきたこのお菓子をひっさげて!

 

「はいヒッキー、今日はあたしが作ってくる番だから、食べるのこっちね」

 

 そう言って、ヒッキーの前に置かれた紙皿に盛られたお菓子たちを押し退ける。当然ゆきのんたちは超笑顔。ひくってしてるけど。

 そんな恐い笑顔たちに、あたしも満面の笑顔を返すのだ。嘘偽りない由比ヶ浜結衣で大好きな二人に応えるために。

 

 

 

 本日の結衣のスペシャリテは、コンポートにした瑞々しい桃を乗せてしっとり焼き上げた桃のパウンドケーキ。二人の手作りスイーツに比べたら華やかさは全然足りないし、味だって超家庭的。

 でもね、ふっふっふ、まだまだ甘いよゆきのんくんいろはくん。確かにお店で買ってきたレベルの二人のお菓子は超美味しいけど、毎日食べるんなら断然こっちの家庭的な方が飽きがこないのだよ!

 だからね、好きな人の舌を自分の味に染めたいのなら、こうして毎日でも飽きずに食べられるものを食べさせるのが正解なの。そして相手が気づかないくらい少しずつ少しずつ味を変えていって、ちょっとずつ好きな人の舌をあたしの味に合わせていくの。昔ママがそうしたように。

 

 

 ──ママは若いころ、甘いものが苦手なパパに、甘さ控えめなアップルパイをわざとたくさん振る舞ったそうだ。そうする内に、甘いのが苦手なパパも、ママの作るアップルパイだけは好きになっちゃったみたいなんだよね。

 でもね、実はパパが気づかないくらい少しずつちょっとずつ、甘さ控えめのアップルパイに甘味を足していって、そして気づかない間に、甘いものが苦手なパパをママ味の甘~いアップルパイ好きにさせちゃったんだって。

 そう愉しげに話すママはとっても悪戯めいててとっても大人の女性って感じで、いろはちゃんには悪いけど、あたしが今まで出会ってきたどの女の人よりも、一番小悪魔めいてて一番格好よかった。

 

 でもヒッキーはもともと甘党だからその手は使えない。だからその代わり、毎日あたしが大好きな桃のお菓子を振る舞ってるの。

 毎日桃を食べるのを習慣にさせて、毎日桃を食べないと落ち着かなくさせるの。そしたらどうしたって毎日桃を桃を食べることになるわけだし、桃を食べたらどうしたってあたしの顔が頭に浮かんじゃうってわけ。そしたらさ、あたしの勝ちじゃん♪

 

 

 だからあたしは今日もこのお茶請け戦争に飛び込んでゆくのだ。自慢のお菓子を振る舞おうと、素敵な笑顔であたしのスペシャリテを押し退けようとするゆきのんといろはちゃんのまっただ中へと!

 そして今日も三人口を揃えてこう言うのだ。殺気ぴりぴりのとびきり笑顔で、これからいつまで続いていくのかわからないこの言葉を。

 

「「「さぁ、今日こそどれが一番美味しいか決めてもらいましょうか♡」」」

 

 

※※※※※

 

 

 優しい紅茶の香りが漂う、わたしの一番大切なこの場所。人の気配なんてほとんどない特別棟四階の片隅の、わたしのお城たる生徒会室から程遠いこんな辺鄙な場所にあるこの教室は、わたしにとってはなによりも特別な空間。

 

 最初にここに辿り着いたのは、ほんの偶然だった。ただわたしのブランドの傷が少しでも浅く済むよう、少しでも恥をかかずに事態をすませられるよう助けを求めた先で紹介されて、あまり得意ではない先生と先輩に連れてこられただけの、ほんの偶然。

 それが今では、同じ女として憧れざるを得ない雪乃先輩がいて、可愛くて優しくて大好きな結衣先輩がいて、ひねくれてて格好わるくて人としてだめだめで、ずっと一緒にいたいなって思えてしまう変な先輩がいる、他のなににも替えがたいわたしの安らぎの居場所になっちゃうなんて、ほんと人生の選択肢ってどこにどんな罠が張ってあるのかわかんなくて意味わかんない。

 

 なにが罠って、わたしははっきりいって自分が大好きである。

 家庭環境もルックスもちょっとだけずるくて黒い性格も、すべてひっくるめて自分が大好き。

 つまりわたしは、今まで同性に憧れたり素直に可愛いと思ったことがない。そりゃそうだ。自分が一番だと思っているのに、なにが悲しくて他の同性の素敵さを認めなくてはならないのか。他の女の子に憧れたり可愛いと思ったりするなんて、それはもう負けを認めたに等しい行為なのである。

 

 加えて、わたしは今まで男の子にまともに惹かれたことがない。

 男の子なんて、可愛いわたしをより引き立てるための──可愛いわたしをより輝かせるためのステータスにすぎず、逆説的にわたしを輝かせられない安物のアクセサリーなんて、視界にすら入らないどうでもいいもの、ということになる……、はずだった。

 

 そう、だからこそ罠なのだ。そんなわたしが、不覚にも憧れてしまった女の子と不覚にも可愛いと認めてしまった女の子を相手に、一緒に歩いてるとこを知り合いに見られたらわたしのステータスがマイナスに振り切れてしまいそうな男の子を取り合っている(しかもほぼほぼ負け試合)というこの意味わかんない状況に置かれながらも、そんな変な現状を悪くなく感じちゃってるあたりが超罠。

 ……おっかしいなー。わたしの青春、もっと華やかできらびやかなものになるはずだったのに、なんでこんなんなっちゃってるんですかねー。それなのに毎日毎日鼻唄まじりのスキップ気味でこの場所に足しげく通っちゃってるとか、ほんと意味わかんない。

 

 

 おっと、思わず感慨に耽ってにやにやしかけちゃってたけど、過去を振り返るのはここまで。昔の話を語ったって一銭にだってなりはしないのだ。

 リアリストのわたしは、過去じゃなくて未来を語ろうよ。

 

「はいヒッキー、これ今日のお茶請け! 今日はちょっと暑そうだったから、さっぱりめの桃ゼリーにしてみたんだっ」

 

「比企谷くん、これどうぞ。いつも洋のものばかりだから、たまにはと思って抹茶のわらび餅にしてみたの」

 

 とか言ってるそばから、わたしの強力なライバルたちは、今日もせっせと愛しの男にお茶請けを振る舞いはじめていた。

 おーおー、毎日毎日、ほんとこの二人もよく飽きないもんだ。

 

 ま、それはしかたないですよねー、先輩?

 なにが悪いってお前が悪い。だって毎日毎日同じようなことしてて飽きないのは、なにもこの女子二人だけではない。こいつも毎日毎日懲りずに同じようなことしてるんだもん。

 

 昨日だって雪乃先輩のザッハトルテと結衣先輩のパウンドケーキ食べさせられて、どっちが美味しいのかと笑顔で迫られたら、『ひ、人として、それぞれ違った個性のものに優劣なんてつけるもんじゃねぇよ。ぎ、逆説的になんにでも優劣をつけたがる世の風潮は人でなしと言える。つまり誰にもなににも優劣をつけず、一人で強く生き抜いているぼっちは世界で一番優しい人である』とか意味不明な先輩妄言録を駆使してごたく並べて、女子勢からゴミを見るような目で見られてたし。そもそもあんた人間観察とかして思いっきり他人の優劣決めて楽しんでるし。あと学校一の有名人を彼女に持っといてぼっちを気取るとか、世のぼっち諸君に喧嘩売ってんですか。

 ほんとこの人も懲りないよね。もう呆れを通り越した感心さえも通り越して無の境地に達しちゃうレベル。

 

「わー、今日はいつもと違って和だね! なんか超和! ゆきのん、こんな和菓子も作れるんだぁ、超美味しそう」

 

「あら、由比ヶ浜さんだって、今日は普段と違ってとても涼しげで美味しそうよ」

 

 そんな無の境地に達したしらっとした眼差しを件の先輩に向けていると、先輩へと迫るヒロイン二人の、なんか和やかな会話がはじまってた。

 

「マジで!? やった、ゆきのんに褒められた! あ、でもゆきのんのわらび餅も超美味しそうだけど、ヒッキーって苦いのだめだよね、MAXコーヒーばっか飲んでるくらいだし。じゃ、今日のところはヒッキーのぶんはあたしが食べたげるよ。そのかわりヒッキーはあたし分の桃ゼリー食べていーよ。はい、桃ゼリー二個ね」

 

「いえ、それでは由比ヶ浜さんに申し訳ないわ? それに比企谷くんは苦いものも大丈夫よ。たまにブラックコーヒーだって飲んでいるのだし。それより、今日はちょっと暑いくらいの気温ね。私、由比ヶ浜さんの桃ゼリーをもうひとつ頂いてしまおうかしら。というわけで私のぶんのわらび餅を比企谷くんにあげるから、あなたはわらび餅を二人分食べなさい」

 

「ゆきのんがあたしのお菓子そんなに食べたいとか言ってくれるなんて、超感動だし! じゃ、ゆきのんにはまた今度作ってきてあげるね! だから今日はヒッキーがあたしのゼリーだけ食べればいいよね」

 

「ふふっ、それはとても楽しみだわ。でもそれとこれとは話が別。ゼリーは次回の由比ヶ浜さん担当の日にたくさん作ってきてくれれば喜ばしいのだけれど、今日の担当は私なのだから、必然的に比企谷くんは私のわらび餅を消費しなければならないのではないかしら」

 

「そんなことないよー、えへへ」

 

「そんなことはないわ、ふふ」

 

 ……あ、やー…………、和やかな笑顔の会話に見せ掛けた、女子語たっぷりのばちばちバトルだった。知ってたけど。

 今のを翻訳すると、さしずめ「ヒッキーはゆきのんのじゃなくてあたしのお茶請けだけ食べてね?」「比企谷くんは由比ヶ浜さんのより私のお茶請けをご所望よね?」ってところかな。うわぁ、こいつらめんどくせー。

 

 ほんと結衣先輩、最近なかなか押しが強いんだよね。

 わたしの大切な場所が壊れちゃわないためとはいえ、あのアドバイス効きすぎちゃいました?

 雪乃先輩もあれだよね。本気で好きあってる彼氏彼女なんだから、余裕持ってどんと構えてればいいのに。

 普段は必要以上にどんと構えすぎてて格好いいのに、こと恋愛事となるとほんと正妻の余裕ゼロですよねー。

 

「……はぁぁ、ったく」

 

 男の取り合いに白熱する二人のためにも、そしてなにより美少女にモテモテで周囲にドヤれる先輩のためにも、こないだみたいに「今の翻訳してあげましょうか?」って、こっそり耳打ちしてやろうかと思ったけれど、なんか癪だからやめといた。

 わざわざ翻訳なんてしてあげなくたって、どうせこの人は本当は理解しているのだ。解ってるくせに気づかないふりをして、自分の心を誤魔化すだけなのだから、どうにも腹が立つ。ほんとこの人たちめんどくさい。

 

「……あ~あ」

 

 なーんでこんなめんどくさくてしょーもない男、好きになっちゃったかなー。

 ……と、それはそれとして──

 

「やー! 雪乃さんのも結衣さんのも今日もとってもおいしそー! 毎日()()のこんな美味しいスイーツが食べられるなんて、いやー、お兄ちゃんも果報者だよね☆」

 

 なにいってんだこいつ。

 

 ほんとこの子、わたしが出すお菓子と態度違いすぎでしょ。わざわざ()()を強調して、さらっとわたし除外してるし。やー、ムカつくわー。

 雪乃先輩のお菓子はともかくとして、まだまだ料理初心者の結衣先輩のお菓子よりは、わたしのお菓子の方が遥かに上出来で遥かに美味しいのに、お米ちゃんのやつ、わたしへの評価がつねにしょっぱい。そのしょっぱさは、八万年漬け込んだ梅干しもかくやってくらいのしょっぱさ。八幡だけに。

 三人だけじゃなくて、やっぱこいつもめんどくさいな。

 

 正直、先輩の妹だし、わたしだって仲良く出来たらいいなって多少は思ってはいるけれど、若干キャラ被りしているせいか、こうも嫌われててはこちらとしてもどうしようもない。てかほんとこいつムカつくし。

 

 

 ……ま、ムカつくムカつくとはいうものの、このムカつく感じは先輩に対するものと同系統のものである。さすが兄妹、見た目は先輩と違ってすこぶる可愛いのに、中身は間違いなく血縁者のそれだ。

 つまり、ムカつくムカつく言ってても、なんか嫌いにはなれないんだよねー、この子。なんなら結構好きまである。うわー、やっぱわたしもかなりめんどくせー。

 今まで、わたしのことを嫌う女の子は数あまた居たけれど、その子たちのわたしに対する感情態度はとっても陰湿なものだった。陰でこそこそ的なヤツ。

 でもお米ちゃんのわたしに対する感情態度はとてもドストレート。なんかすごくすっきりするヤツ。

 

 だから、確かにお米ちゃんはわたしのこと嫌いかもしれないけど、わたし的には、こう見えてお米ちゃんもわたしのこと実は意外と嫌いじゃないといいのにな、なんて思っている毎日です。

 ……やっぱわたしが一番めんどくさいのかも。

 

「……ほんとこいつらめんどくせー」

 

 そんな、ほんとめんどくさくてほんとムカつく人たちを辟易と眺めながら、ふとそうぽしょりと独りごちていたわたしの口元は、なんともだらしなく弛んでいた。

 

 

 

 しつこいようだが、わたしは自分が大好きである。

 そんな自分大好きなわたしがわざわざ足しげく通っているこの場所は、まさしくわたしの特別で大切な場所。

 つまり、いやよいやよと言いつつも、悔しいけど憧れたり可愛いと認める先輩方とライバル関係を築けている自分も、性格悪くてムカつく後輩に喧嘩売られていらっとしている自分も、なんでこんな奴? って思っちゃうような情けなくてめんどくさい男の子を好きになっちゃった自分も……、なんなら毎日スキップ気味でここに通っちゃってる自分も、そんな自分にほとほと呆れながらも、なんか毎日自然と笑顔でいられちゃってる自分さえも、全部ひっくるめて大好きなのである。

 

「ちょっとちょっと、なに二人で勝手に話進めてるんですかねー。今日のお茶請け当番わたしですけど」

 

「あれ? いろは先輩いたんですか」

 

「あ?」

 

 

 

 ──だからわたしは、今日もこのめんどくさいお茶請け戦争に自ら飛び込んでゆくのだ。なぜなら、この場所にたどり着いてから出会ってきたすべての人物事象現象が、今まで薄っぺらかったわたしの人生に初めて出来た本物だから。

 ムカつくしめんどくさくても、恋愛的な意味で心惹かれちゃった先輩は確かにわたしの一番の本物だけど、先輩だけじゃなくて雪乃先輩も結衣先輩も大好きな本物だし、ムカつくお米ちゃんも、まぁまぁ好き寄りの本物。

 

 わたしも欲しくなっちゃいました、と、心から恋い焦がれたわたしの本物は、なにも先輩のことだけではない。

 今まであまり周りに本音というものを表現して来なかったわたしが、好きも嫌いも楽しいもムカつくも、初めて自分の本音を気兼ねなくぶつけられるようになったこの場所こそが、全部わたしの本物なのだ。

 だからこそ。だからこそだ。本気で本物を欲しているわたしだからこそ、彼女が居る男の子にちょっかいをかけるズルいわたしも、彼氏が居る女の子……同じ男の子が好きな女の子にも遠慮せずぶつかっていく強かなわたしも、この大切な場所で全部見せていきたいと思ってる。わたしの本物だと思ってるみなさんに本物の自分で相対できないようならば、それはわたしの欲している本物ではないのだから。

 

 

 諦めなくていいのは女の子の特権。

 

 

 あれは、結衣先輩に向けた言葉でもあり、もちろん自分にも向けた言葉である。

 どうせ雪乃先輩にも結衣先輩にも勝てるわけないし、なんかめんどくさいしバカみたいだし、もう諦めよっかな? って思った日もぶっちゃけ無くはない。

 でも、聞き分けのいい良い子ちゃんみたいに諦めて、ふてくされてもやもやしてじめじめしてる自分の姿を想像してみて思ったのだ。ああ、これは“今の”わたしじゃないな、って。

 

 今までのわたしだったら、当然さくっと諦めていた恋心。

 いかに恥をかかずに済むか。いかに自分のブランドの傷が浅く済むか。そんなことばかり考えていた以前のわたしなら、よゆーでスパッと諦めていた……諦められていた程度の偽物の恋心。

 でもわたしはあの日、先輩のせいで変わってしまった。変えられてしまった。本物を手に入れられるためならば、恥だろうと傷だろうとどんとこいって。

 いやほんと、同級生の女の子の前で、泣きながら本物が欲しいだなんて、普通恥ずかしくて傷だらけすぎて年頃の男の子には絶対言えませんて。だって見てるこっちが恥ずかしいんだから。

 だけどわたしは、そんな恥ずかしいことを堂々とやってのけた恥だらけで傷だらけの先輩に、不覚にも心を動かされてしまったのだ。だったら、わたしだって恥だらけで傷だらけになる覚悟を持って自分の想いに挑まなきゃ、そんなの今までのわたしと同じ偽物だ。

 

 今までのわたしは、先輩に心を動かされたあの日に卒業したのだ。この場所で卒業したのだ。だから“今の”わたしは、こうして全力で本物を欲するのみ。

 

「はーい、先輩並みにうざいお米ちゃんには本日のおやつは抜きでーす」

 

「お兄ちゃん並み!?」

 

 そう言って、鬱陶しくて愛らしい小バエをしっしっと払いのけ、わたしの本物たちに振る舞う本日のお茶請けは、いつも通り女の子女の子しているカラフルで可愛らしいお菓子ではなく、なんとも華も彩もない地味なスコーン。もちろんカリッとサクッと美味しいコイケヤな方ではなく、英国式アフタヌーンティー定番お茶請けの方だ。

 

 

 ──はじめて作ってきた奉仕部への手作りお菓子。このひねくれた先輩に美味いと言わせてやったのは、フィナンシェやマドレーヌ等のおしゃれな焼き菓子セット。

 あれから何度か差し入れを重ねてきて、おとといなんて作るのが超めんどくさくて超大変なマカロンを。昨日に至っては、THE! 女の子! 全開なカップケーキ。

 

 それら全てに共通するのは、男の子にこういうの作ってきて食べさせてあげたら一発でしょ? ってくらいの、ちょっと狙いすぎな気がしないでもないきゃるんきゃるんなあざとさ。

 そんな女の子らしい手作りお菓子を毎日のように作ってきたわたしにしては、とても地味に映るであろう、小麦粉バター牛乳をざっくり混ぜて焼いただけのシンプルなこのお菓子。

 もちろん素材本来の味を楽しむこのシンプルさだからこそ、逆に誤魔化しの効かない難しさを誇るスコーンというこのお菓子。ざっくり混ぜただけというけれど、むしろそのざっくりさ加減こそが最大のポイント。外はサクッと、それでいて口の中でホロホロっとほどけてゆく最高の食感。全ては長年のお菓子作りで培われてきた女子力高いわたしの技術の賜物なのである。

 

 しかし、スコーンとは本来ジャムやクリームを添えて食べるもの。粉の味を味わうシンプルなスコーンに、甘酸っぱいジャムやクロテッドクリームを添えてお口に放り込んで、口内でゆっくり咀嚼し味と食感を堪能し、そこに香り高い紅茶を流し込んだときの幸福さは異常。

 つまりいくら地味な見た目とはいえ、カラフルなジャムやふわふわなクリームをスコーンを盛ったお皿に添えてあげるだけで、そこそこの華やかさが演出できる伝統のお菓子なのである。

 にも関わらず、今日のわたしはジャムもクリームも用意していない。せっかく華を添えられる機会が与えられているというのに、だ。

 ただただ地味でごつごつした塊をそのままお皿に盛っているだけのその佇まいは、まぁ映えない映えない。

 

「いろはちゃん、今日は珍しくシンプルだね~……」

 

「一色さん、その、とても美味しそうなのだけれど……、あなたにしては見た目が地……あっさりしているわね」

 

「へー、今日は地味だなー」

 

 いつもきゃるんなお菓子を作ってきているわたしが振る舞う本日の地味なお茶請けに、みなさんちょっと驚いているご様子。そうでしょうそうでしょう。わたしだったら、こいつ今日手を抜いてきやがったな? って思っちゃうこと請け合いだもん。ただしお米ちゃん、お前は許さん。

 でもね、これは手抜きでもなんでもないんです。むしろ頭の中で綿密な計画を組み立てた上での、最高のチョイスなのだ。

 毎日毎日、女の子好きする可愛いお菓子を作ってきてるのに、急にこんなシンプルなものを持ってきて振る舞われたりしたら、こいつ今日はどうしたんだ? って、つい気になっちゃうでしょ?

 ほら、素敵な女の子にはギャップが必要なんですよ。

 

 そういった意味では、気温を考慮した結衣先輩のさっぱり系なゼリーも、洋菓子ばかりのマンネリ化を気にした雪乃先輩の和スイーツも、食べさせたい相手への気遣いを感じる、なかなかいい線いってるギャップでありチョイスだと思います。さすがは自分大好きなわたしが認めたライバルたち。今日はちょっとギャップを狙っちゃおうかな? って狙ってたわたし的にも、ぶっちゃけちょっと驚かされちゃいました。

 

 ……でもね? わたしはさらにその上を行かせてもらうのです。ギャップも気遣いも自己アピールも、お二人には負けてあげません♪

 シンプルなお茶請けに面喰らってるお二人に不敵な笑みを見せつけたわたしは、ふふんと次なる手段に移るのだ。

 

「あ。あと先輩にはこれもあるんだった。どぞどぞ、これシンプルなスコーンには超合うんじゃないですかー?」

 

 そう言ってがさごそとスクールバッグから取り出したのは、黄色と黒の危険物カラーでお馴染みの一本の缶ジュース。そう、ここに来る前生徒会室に寄って、自前のミニ冷蔵庫から取り出してきたよ~く冷えた先輩愛飲MAXコーヒーである。

 

 

 

 なぜジャムもクリームも用意しておかなかったかって? それは、この甘ったるいコーヒーがジャムにもクリームにもなってくれるから。ジャムよりもクリームよりも、ずっと先輩のハートに映えるから。

 手を抜いたかのように意識させておいてからの、この甘く危険な優しい気遣い。その上下激しいギャップたるや、ジェットコースターも真っ青になっちゃうくらいの吊り橋効果で、可愛い可愛い後輩のことがとても気になっちゃうでしょ?

 

 

 ──地味で華やかさの欠片もないけれど、噛めば噛むほど味がでてくるスコーンは先輩。

 甘すぎて喉が渇くけど、飲みハマったら次から次へと欲しくなっちゃう甘く危険な罠的MAXコーヒーはわたし。

 一見まったく合わなそうなこの二つの、意外性たっぷりの素敵なマリアージュをご堪能あれ♡

 

「ふふ、先輩だけですからね? こんな特別サービスしてあげるのは」

 

 とどめに、長机にことりと缶を置いて、秘密めいた仕草でぽしょりと耳打ちしてやった。

 

 

 

 ──これは、言わばお茶請けを使った女子語だ。

 

 

 いつも気にしてるそぶりを見せてるのに、突然気になんてしてないそぶりをしてみせて、ついつい気になってしまったところをがっちりキャッチ。

 辞典が無いと解りづらい難解な女子特有の言葉も、解ってしまうといやが上にも意識せざるを得なくなる。

 無駄に頭が回る分、なんとなく解読してしまえるくせに、解読できなかったふりをして自分を誤魔化してしまうどうしようもなくひねくれた相手には、とっても有効かつ有益な攻め方だ。

 それはほら、こいつ実は俺のこと好きなんじゃね……? いやいや、そんなわけあるかよ。な、ないよね? とか考えてそうな、ちょっと嬉しそうな、それでいてちょっと恥ずかしそうで気まずそうな、なんとも間の抜けた顔してスコーンとMAXコーヒーを交互に見比べているこいつの顔が証明してくれてるでしょ?

 

 

 ふふふ、そうやって誤魔化していられるのも今のうちだけですよ?

 こうして毎日のように甘く優しくちょっぴりスパイシーに攻め立てて、今に嘘つきなあなたの心を誤魔化しきれなくしてあげます。

 わたしをこんな風にした責任、あの日の約束通りちゃーんととってもらうんで、そこんとこよろしくでーす☆

 

 

 

 

 ──でもね、女の子なら誰でも知っている。こんな風に簡単に掌の上で転がせられるのは、女子語が解らなかったり解らないふりをする情けない男の子だけ。いつだって言葉の裏を……女子語の意味を探り合う戦闘中の女の子には、こんな簡単な作戦は通用しないのである。

 それが証拠に、ほらほら先輩、可愛い後輩の計算高い気遣いと小悪魔めいたひそひそ話に赤くなってる先輩のだらしない顔を、あちらのお二人がにこにこ見つめてますよ?

 あ、やべ、先輩だけじゃなくて、わたしにも笑顔超向けてきてました。額に血管ぷっくり浮かんでる系のヤツ。

 

 やれやれ、仕方ありませんね。

 ではではわたしもそんな二つの素敵な笑顔に、にっこり勝ち気な笑顔を持ってして、胸張って堂々と渡り合ってやりましょうかね。

 なによりも誰よりも本物を欲するわたしが、わたしの本物たちと本気で向き合うために。

 

 

 

 

 そして今日もこわーい美少女三人口を揃えて、不幸にもターゲットとなってしまったとっても可哀想な男の子に、身震いするような甘~い声でこんな言葉を囁くのだ。これからもずっと続いていくのであろう、戦争の開始を報せるこんな言葉をとびきりこわーいスマイルで!

 

 

「「「で、結局どれが一番美味しいのか答えてもらいましょうか♡」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、(あたし・わたし)たちのお茶請け戦争は、これからもつづいてゆく。

 

 

 






こうして、よく肥えた八幡が出来上がりました☆

「幸せ太り?…否、これは死合わせ太りなりッッ!!……ふぇぇ、貴様ばっかずるいぞハチえも~ん……っ!」(CV檜山修之)


というわけで、完結応援企画なのに八幡の出番一切無しな困った作品ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました(*^^*)

そして原作&アニメ完結という素晴らしいお仕事っぷり、俺ガイル関係各所の皆様方、大変お疲れ様でした。

また、このような素敵な趣味(二次創作)を最後まで楽しませていただけて、二次創作者として感謝の言葉しかありません。本当に本当にお疲れ様でした☆


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 10~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。