天然防衛隊員、八重木阿斗里の破戒録 (さようならハンバーグ伯爵)
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マイペース乙女奥義一の型 風間推し

女主人公ものに挑戦したくなったので書いてみました。
どうぞよろしくお願い致します。


風間さんは可愛い

 

「私はこの概念を推そうと思うんです」

 

 女が一人、穏やかな表情で──そう呟いていた。

 まるで花のような女性であった。

 長い黒髪。

 細い身体。

 真っすぐに伸びた背筋。

 切れ長の目を中心に、シャープで端正な印象を与える顔立ち。

 

 教養深そうな、それでいて落ち着きがありそうな──深窓に佇む人形のような。そんな印象の少女が一人。

 

 

 ごちゃついた部屋の中で麻雀卓に座りポテチとコーラを傍らに牌を手に──何事かを呟いていた。

 

 

 

 ボーダー本部内の諏訪隊作戦室は、他部隊の人間が出入りする頻度が最も高い場所の一つだ。

 これは恐らく、隊長の諏訪の人望に依るものであろう。

 だべりたい人間。麻雀を打ちたい人間。何となく諏訪の顔を見て安心感と共にその在り様に心の平穏を求めたい人間。大学の後輩のレポート関係の手伝いをさせたい人間。とても様々だ。

 とはいえ、そのほとんどが二十歳超え、もしくはアラウンドサーティーへの道へ足を踏み入れた者共の比率が高く、男女比を見れば悲惨すぎて花も枯れる。

 

 現在時刻22時30分。

 その中で──八重木阿斗里(16)は至極当然のように諏訪隊作戦室中央部にある麻雀卓にて、点棒を奪い合っていた。

 次の日が休みであることを鑑みても、女子高生が入り浸るにはあまりにも

 

 周囲を見てみよう。

 正面には金髪煙草ビールのオヤジ宝具大三元持ち諏訪洸太郎。

 左手側には二度ある事は三度あるの正しさと三度目の正直の嘘っぱちさを自らが引いた地獄によって証明したバイオテロ被害者堤大地。

 右手側には大学院生という概念を怪物に変えた男東春秋。

 

 この三人に囲まれながらも──女は自らのペースを一切崩さず、話し続ける。

 

「いいですよね風間さん。心からその可愛さに敬意を表します」

 

 落ち着いた、そよ風のような声であった。

 

「記録見るたびにカツカレーを差し上げたいくらいには、私はちょっとあの方に心を響かせてしまいましたね。やられました。何ならお金貢いでもいいくらい」

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 山から牌を取りつつ、実に冷たげな声音で諏訪洸太郎はそう切り捨てた。

 

「人の感性に対して馬鹿とは.....。なんと失礼な方なのでしょう。そんなだから佐鳥先輩に撃たれて二連続で無得点で終わって中位落ちする事になるんです」

「うるせー!!」

「八重木ちゃん.....それは俺の方も心に来るからやめて....」

「はっはっは。──はい、ツモ。これで二連続トビだな諏訪」

「は.....?」

 

 にこやかな表情から東がそう宣言する。

 その瞬間に──諏訪の箱割れにより決着がつくこととなった。一位は東。二位は八重木。三位は堤で最下位が諏訪。

 

「流石です、東さん」

「流石なのは、どちらかと言えば諏訪かな」

「うるせー!!」

 

 八重木はにこにこと笑みを浮かべ雀卓から立ち上がり控え目にガッツポーズ。その後、至極当然のように作戦室の傍らにあった缶ビールに手をやってプルタブを引こうとする。

 

「おいこら待て」

 

 そのあまりに自然な動作にジュースでも飲む気かと見ていた諏訪であったが、そのメタリックシルバーのラベルを見咎め大慌てでそれを取り上げる。

 

「何をするんですか」

「何をするんですか、じゃねぇよ! 未成年の分際でビール飲もうとしてんじゃねぇ!」

「失礼な。私は一位の東さんに注いであげようとしていただけです。私が飲むのはその後です」

「飲むんじゃねーよ! この馬鹿! ここでお前が飲んだことがバレたら首切られるの俺なんだよ! 自重しろ!」

「今更ですね。酒屋を営んでいる母から口酸っぱく言われたのです。──バレなきゃオーケーと」

「アウトだよ!」

 

 全く、と呆れたように八重木はその場を離れると、先程から明滅している自らのスマホを弄る。

 

「.....あらあら。何ですかこれは?」

「どうしたんだい八重木ちゃん」

「ん? 私の友達からのメールですね」

「へぇ」

 

 八重木は、にこにこと笑みを浮かべながら画面を見ていた。

 

「なにニヤニヤしてんだよ」

「とても愉快だからですね」

「何が愉快なんだよ」

「それはもう。──いきなり友達から嵐山隊長の夢小説をメールで叩きつけられる気分になって下さいよ。とても愉快でしょう?」

「....」

「まあ内容はあまりにもお粗末なものですけど。このシチュエーションだけで笑えるからよしとします。うーん世の中は面白い事で溢れている」

「.....ま、まあ若気の至りってやつだ。あれだけイケメンなんだ。そりゃあ女の子の一人や二人、そういう風にしても──」

「ん? これ書いているの男の子ですよ?」

「....」

 

 何なのだろう、と堤大地は思った。

 この16歳は、何か住む世界が違うのだろうか──と。

 

 

 八重木阿斗里は普通の一般家庭から生まれた変異人種である。

 

 顔も体格も両親共々似ていないので恐らく橋の下の馬の骨から拾われてきたのだろうとひそかに思っていたこともあったが、一応母が腹を痛めて産んだ事実は間違いがないようであった。ちなみにいうとDNA鑑定でも親子関係は否定されていないとは両親の談だ。本当だろうか。まだまだ疑っている。

 

 とにもかくにもマイペースかつ捉えどころがなく、それでいて妙な人懐っこさがある為、”面白い変人”としての地位を確固たるものとしてきた。

 如何にも深窓の令嬢、という言葉が似合いそうなビジュアルから弾き出される恐ろしい言動と行動のギャップにより、その印象にグランドキャニオンが出来上がっている。

 

 彼女は──自らの楽しみを見つけ出すべく両親の反対を当然のごとく押し切りボーダーにやってきた。

 

 

 ボーダーとは。

 異世界からやってくる怪物と戦う組織である。

 

 およそ三年前。突如襲来した化物たちが──三門市を襲い、数千人以上もの死者・負傷者・行方不明者を出した大災害が起こり、その対応の為に作り出されたのだという。

 

 彼女の思考回路は実に単純であった。

 化物。

 異世界。

 戦い。

 

 その組織を構成するキーワード全てが彼女を魅了し、即座に試験を受けに行ったのであった。

 

 一年前に入隊し、そして二ヶ月もたたず正隊員へと上がり。

 

 そして──現在まで、部隊に所属することなく好き勝手に動き回っている。

 

 好きに自らを研鑽し。

 好きに交友関係を拡げ。

 

 自由という言葉をほしいままにしていた。

 

 

 八重木阿斗里、16歳。

 一言で言えば──ダメ人間であった。

 

 

「さて、八重木」

「はい。どういたしましたか、風間さん」

 

 あれからまた日が経ち。

 八重木阿斗里は──風間隊作戦室に呼び出されていた。

 

 無表情のまま、こちらに正座をさせ、こちらを見下げている風間の姿が八重木の目に映る。

 その姿を見るだけで、自然とにこやかに顔が綻ぶのを感じる。

 それは──例えるなら犬好きに子犬の動画を見せているときの表情に近い。ただでさえ好きなものに、可愛らしいアクションを乗せられたそれを見るとき。人の心は脳味噌に幸福な物質を送り届け表情筋を弛緩させ笑顔にさせるのだ。八重木阿斗里という人間にとって、風間蒼也とはそういう存在であった。

 ボーダーのトップ部隊であるA級──その中で三つ目の序列に位置する風間隊の隊長だ。個人としての実力も3位。とんでもないエリートだ。可愛い。

 小柄な体躯でありながら、しっかりとした威厳も醸し出されている。それは意図したものではなく、彼自身の振る舞いから自然に形成された代物だ。自然体でかっこいいのだ。でも可愛い。

 

 そんな人物だからこそ。

 呼び出されて冷たい声音で正座をさせられている状況下においても──彼女の顔は笑顔であった。本心から湛えられた、笑顔。

 

 その笑顔をまるで路傍の石くれでも見つめるような何の感情もない瞳に収め、──言う。

 

「お前は、以前──太刀川のレポートを手伝ったと言っていたな」

「はい! ──全てをお前に任せると言われましたので、全て任されるままに書きました!」

 

 にこやかに。

 

「そして──どうして書いている内容が、一昔前の女アイドルについての論述なんだ?」

「....? 好きに書け、と言われましたので。私も自分が好きなものについて書こうかと思いまして」

 

 八重木阿斗里は、アイドルが好きである。

 いや。

 アイドルが好き、というよりも。見た目が華やかで可愛らしい女性が大好きなだけであるが。

 

 彼女は──A級一位、太刀川隊隊長の太刀川慶よりレポートを書くことを頼まれ、それを快く承諾した。

 何を書けばいいのかを尋ねると、好きに書けと言われたのだ。

 なので──本当に好きに書いてしまった。

 そのアイドルの生誕地から、エピソード、来歴。全てを纏めて太刀川慶に渡した。

 

「....お前が書いた、その内容がな」

「はい」

「....あのバカは中身を何も確認せず、そのまま大学に提出したというのだ」

「はい」

「...」

「...」

「...」

「....?」

 

 押し黙る風間。

 それをじっと見つめる八重木。

 

「....そのレポートがな。大学内で見れる共通サーバーで公開されたらしくてな」

「わあ」

「その結果──”ボーダートップランカーが大学にアイドルのレポートを提出した”という噂になったわけだ」

「わああ」

「その一報を受け。根付室長は胃薬を飲み、忍田本部長は怒りに震え、鬼怒田技術室長は太刀川の名前を叫んだ。──さて。こんなふざけたレポートを書いたお前はどんな弁解をするつもりだ?」

「そんな....私なりに必死に書いたのに...」

「──少し尋ねてもいいか、八重木」

「はい。なんなりと」

「何故、お前は今の今までずっと笑顔なんだ」

「えっと....風間さんが可愛いな、って」

 

 戸惑いつつ。

 そう呟く。

 

「....」

「.....えっと、風間さん? いた、いたたたたた。やめて。アイアンクローはやめて。痛い痛い」

 

 風間は無表情のまま八重木の顔面を掴み、力を籠める。

 

「──いいな? 今後一切、お前は太刀川の課題の手伝いをすることを禁ずる」

「解りました、解りました。風間さんの命令であるのならば私は従います。ええ」

「....本当だろうな?」

「本当です。私の中での序列では風間さんの方が太刀川さんよりも上です。もう天と地の差、ホモサピエンスと類人猿です。もう太刀川さんのレポートの手伝いは致しません。本当です」

「解れば、いい。一番悪いのは──高校生にレポートの作成を頼むあのバカだからな」

 

 許しを得た瞬間、正座を解き、スカートを叩いて立ち上がる。

 

「──うわ。何でここにいるのさ」

「こんにちは八重木先輩」

「久しぶり」

 

 作戦室の扉が開かれると共に。

 風間隊の一同が勢ぞろいする。

 

「皆、久しぶりですね」

 

 その面子を、八重木は見渡す。

 

 眠そう・髪長い・ひねくれの三点セット。菊地原士郎。

 おでこばっちり気遣い満点。歌川遼。

 気遣い女子の極致的存在。三上歌歩。

 

 この面子に風間を加えた部隊が──現A級3位、風間隊である。

 

「それと菊地原君。先輩の私に対してうわ、はないでしょう。親しき中にも礼儀ありという言葉を知っているのですか」

「だって君だって大概礼儀知らずじゃん...」

「何を言いますか。私が礼儀を忘れている人なんて、精々諏訪さんと太刀川さんと迅さん位ですよ」

「ぼくも君に対してはそのカテゴリだから...」

「いいですね。そのねじくれた愛情。嫌いではありません」

「愛じゃないんだけど...」

 

 全くねじくれていますね、と八重木は呟く。

 

「そういえば八重木。今日は個人ランク戦には参加するのか?」

 同じく

「勿論参加しますよ。私の生き甲斐ですから。二日に一度は参加をしなければ勿体ない」

「ああ。だったら早くした方がいいかもしれないぞ」

「ほうほう。何故?」

「太刀川さんがいる」

 

 成程、と八重木は呟く。

 

「それはそれは。──急がなければ。今度こそあのお髭をぶち抜いてやります」

 

 八重木阿斗里の表情は、常に笑顔だが。

 こと、──戦いの場に赴く場面になると、その性質が一変する。

 

 その表情は──馳走を前にした、獰猛な獣のそれとなる。

 

「それでは失礼いたしました。皆さんお元気で」

 もう背後を振り返ることなく。

 八重木阿斗里は、風間隊作戦室を去っていった。

 

 



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マイペース乙女二の型 VS太刀川慶

 ボーダーには、明確な序列が存在する。

 

 分類としては、C、B、Aというクラスがそれぞれあり、皆が皆上の階級を目指し研鑽を励んでいる。

 

 Cは訓練生である。配布されるトリガーも正隊員のものと比べ、セットできる武装も少なく脆弱で防衛任務も与えられない。訓練と個人戦で結果を残し、正隊員を目指す階級だ。

 Bからが正隊員である。ここから正規のトリガーが配布され、メインサブ含め8つのトリガーをセットできる。

 そして──A。

 このランクは、個人で幾ら強くなろうとも不可能な領域となる。

 

 A級部隊に在籍している人間が、A級隊員としてカウントされるからだ。

 元から存在するA級部隊に入隊するか、B級ランク戦とA級昇格試験を経て上へ昇り詰めるか。

 

 さて。

 太刀川慶という男がいる。

 

 ──A級1位太刀川隊の隊長であり。

 ──個人ポイントでも堂々たる1位を誇る男。

 

 ボーダーで一番強い、という事実だけであらゆる全てを跳ねのける地位と存在感を作り上げている男。

 部隊の階級。そして個人。

 その双方において──トップを張る男。

 

「ふむ...」

 

 長尺の黒コート。

 両脇に差した二刀。

 そして──顎髭を弄る仕草と共に、彼は個人ランク戦ブースに赴いた。

 

 彼にとって。

 戦いは呼吸と同等である。

 

 日常であり、失われると苦しい。

 

 現在彼は──レポートの作成の為密室の中閉じ込められ、おおよそ三日ぶりにここに赴いた。

 

 腹を空かせていた。

 有り余る力を解放する場を求めていた。

 現在彼の眼は獲物を探し、餌を求めている。

 幾らかもう戦いはしたが、まだ足りない。

 更なる闘争を。

 更なる充足を。

 

 

「──お」

 

 そして。

 その姿を見かけた。

 

「よぉ。八重木」

「やあ、太刀川さん」

 

 同じく。

 太刀川と、全く同様の飢えを宿した女が──太刀川の視界の中に入る。

 

「お前のせいで、俺は三日も密室の中に入る羽目になった。レポートと反省文でな」

「私のせい? ──何を勘違いなさっているのですか? 私はただただ、貴方に頼まれるがままにレポートを作成しただけです」

「ふ。次に頼むときはきっちりテーマは伝えてやる。今回の事をしっかり反省してくれな」

「申し訳ありませんが、それは無理です。──もう風間さんから手伝うなと釘を刺されましたから」

 

 なに、と。太刀川は声を上げる。

 

「く。風間さんめ.....手が速い....!」

「そんな事より──」

 

 八重木は流し目で、現在空いているブースに視線をやる。

 

「ずっと三日も何も出来ずに──太刀川さんの方もとても溜まっているでしょう。さあ、やりましょう。とっても楽しい事を」

「──そうだな。まだ、全然足りねぇ」

 

 笑みを浮かべる。

 両者ともに。

 全く同じ形に歪んだ笑みで──二人の足先は同じ方に向く。

 

「10本勝負で行きましょう」

「ああ」

 

 

 個人ランク戦ブース内。

 市街地の中に転送される。

 

 眼前、おおよそ十メートル程の距離をもって、──八重木阿斗里と太刀川慶は相対する。

 

 太刀川慶は、弧月を二つ握り、それを左右に拡げる様に構えていた。刃があり、柄があり、グリップがある刀状のトリガーである。

 

 八重木阿斗里は左腕の前腕を胸の辺りに構え、右腕にナイフのような小さな刃を逆手に握り腰先に構える。その刃は、トリオンの光そのものが刃を形成しているかのようで、弧月のように明確な物質としての形が成されていない。

 

 八重木は──太刀川が持つ弧月ではなく、スコーピオンと呼ばれるトリガーを使用していた。

 

 

 互いの視線があった時。

 戦闘は開始された。

 

 太刀川の二刀が振られると同時。

 八重木はその斬撃の間に入っていく。

 

 横薙ぎに振られるその斬撃に。

 八重木は左腕を前腕のみを回し、その斬撃に割り込む。

 

 その腕には──右手に持つ武器と同様の刃が()()、弧月の斬撃を受け止めていた。

 

 

 スコーピオン。

 このトリガーもまた、弧月と同じく──攻撃手用の武装である。

 

 それは、弧月程のリーチも、威力も、耐久力もない。

 

 一撃でシールドを破壊する事も出来なければ、弧月と打ち合えば数撃で刃は砕ける。

 

 それでもこのトリガーが弧月と共に数多くの攻撃手に使用されている理由は、──その形状を自由に変えることが出来、また使用者の身体のどの部位からも好きに出すことが出来るという特性があるからだ。

 

 

 八重木はスコーピオンと弧月がぶつかり合った瞬間。

 スコーピオンの刃に亀裂が入る感覚を覚える。

 それ故、受け止めた前腕を体軸ごと斜めに移行させ、太刀川の斬撃の軌道を変える。

 

「おっと」

 

 斬撃を防がれ、いなされた形となった太刀川は体勢を崩す。

 いなした形となった八重木は──右腕に持つ小ぶりの刃を、太刀川の懐に入る動作と同時に右肩に突き刺す。

 

 

 突き刺した瞬間に、小ぶりだった刃が()()()

 

 肩を突き刺しただけだったその刃が、既に太刀川の肩を貫いていた。

 

 その瞬間。

 八重木は──太刀川の心臓部に刃を走らせんと、右腕を斜めの方向に力を籠める。

 

 が。

 

 太刀川の下方からの斬撃が自らの右腕に走っているのを見咎め、スコーピオンを収め背後へと飛び去る。

 

「ぐゥ!」

 

 そして。

 飛び去りつつも避けきれなかった斬撃を、肩口に喰らい。

 

 彼女は──()()()()()()

 

「....お前さあ。戦いに有利になるのは解るんだけど。訓練の時くらい痛覚を抑えないの?」

 

 現在太刀川と八重木の肉体は、トリオン体である。

 トリオン体というのは、言うなれば生身の肉体からトリオンというエネルギーで構成された肉体へと換装した姿である。

 この姿に変わる事によって身体機能の向上、物理攻撃や衝撃によるダメージのシャットダウン、そして──痛覚を抑える機能もそこに存在している。

 

 しかし。

 八重木阿斗里は──斬られた痛みに、思わず苦悶を上げた。

 

「いいえ。──訓練の時から痛みに慣れておかないと、本番で痛みに委縮することになりますから」

 

 八重木阿斗里は。

 痛覚設定を──通常の肉体が味わう苦痛と同等に痛みを感じるよう設定している。

 

 それは彼女が修行僧でもマゾヒストであるが故ではない。

 こうすることで──自らにかかる恩恵があるのを知っているから。

 

「──これこそが、私の副作用(サイドエフェクト)ですから」

 痛みに苦しみながらも。

 それでも──その目に宿す光も、口元の笑みも変わらない。

 苦しみながら笑う──まさに凄絶な笑みであった。

 

 八重木阿斗里には。

 多量のトリオンを持つが故に発生する特殊機能を持っている。

 

 ボーダー本部の解析班により解明され、名付けられたその副作用の名は。

 

 ──中枢神経興奮作用誘起、というものであった。

 

 

 八重木阿斗里は、子供の頃より非常に優れた集中力と忍耐力を持っていた。

 小学校の時。

 シャトルランによる体力測定が行われていた際に──その異常性が判明した。

 

 彼女は──女子が全員ギブアップし、男子全員が脱落した後も、延々と走り続けていた。

 たった一人で十本、二十本と走り続け──五十を超えた頃に教師に止められるまで、ずっと走り続けていた。

 

 止められ、緊張の糸が途切れた時──彼女はあまりの両足の痛みに悶絶し、そのまま病院へ直行することになる。

 

 彼女の両足はもう既にパンパンに膨れ上がっていた。

 足はとうに筋肉の疲労でつっている状態で、筋肉痛もひどいものであった。

 

 それでも──彼女は一度集中状態に陥ると、痛みも苦しみも忘れて、身体を動かす事が可能となっていた。

 

 その後。

 彼女はボーダーに入隊した後に、自らの性質を知る事となる。

 

 ──中枢神経興奮作用誘起。

 

 彼女の心身に強いストレスが与えられると。

 彼女の中枢神経に多くの神経物質の伝達量が増加し、中枢神経を興奮状態にさせ、五感の鋭敏化並びに集中力の増加、認識機能の拡張と痛覚の麻痺といった様々な恩恵を彼女に与える。

 

 要は、セルフドーピングである。

 

 

 それは日常生活においても非常に有用なものであった。

 課題をこなす時。習い事で退屈な反復行為をする時。そういう軽度のストレスを与えるだけでも、彼女の脳はそれに応じた集中力と忍耐力をくれる。

 

 しかし。

 当然この副作用は──八重木が強いストレスを与えられれば与えられる程に、その恩恵を彼女に与える。

 

 強い苦痛が。

 強力な恩恵として返ってくる。

 

 それ故に。

 彼女は──トリオン体であろうとも痛覚を生身と同じだけの設定にする事を決めた。

 

 斬られ、撃たれる痛みを味わえば味わうだけ。

 彼女の中の感覚が鋭敏化する。

 

 なにせ、トリオン体という換装体が非常に相性がよかった。何せ斬られる撃たれるだけでは死ぬことなど絶対にないから。

 生身であれば死ぬような痛みを受けた所で()()()()

 どれだけの苦痛を受けた所で、その苦痛の受け皿の量は死による限界が取っ払われて青天井。

 

 苦痛を与えれば与えるだけ。

 要は──追い詰めれば追い詰めるだけ。

 

 彼女の能力は上がっていく。

 

 それ故に。

 彼女は──苦痛を排除するトリオン体の機能を、自らの意思で取っ払ったのだ。

 

 

 ──右から、袈裟斬り。

 

 肩に受けたダメージ。

 それによって発生する苦痛と恐怖。

 

 ──次もこの痛みが来るかもしれないという恐怖が、彼女の集中力を増大させる。

 

 先程よりも、太刀川の動きがよく見える。

 袈裟斬りが行使された瞬間、斬撃の内側に身体を潜り込ませて掌底を首に突きつける。

 掌底の動きと共に──飛び出るスコーピオンが、太刀川の首に向かう。

 

 太刀川は首だけを動かし回避すると。

 斬撃の軌道を斜めから横に変化させ八重木の身体に走らせる。

 

 八重木は。

 それをスコーピオンを纏わせた左で防ぎ。

 体軸の変更でいなし。

 いなした体勢から──太刀川の脛に向けて蹴りを走らせる。

 

 ブーツの先には、当然スコーピオンの刃がある。

 

「あぶね」

 

 それを、もう一刀にて受けつつ。

 太刀川は八重木と距離を取る。

 

 

 これが──八重木阿斗里というスコーピオン使いの弧月使いに対する基本的な戦い方。

 

 常にスコーピオンを刃の形で形作るのではなく、自身の体術と合わせ適時身体に生やして攻撃を形成する。

 

 対弧月使いの戦い方として。

 斬撃を振るう相手に対して、前腕による円形動作とスコーピオンの組み合わせで相手の初撃を防ぎ、円状に動かした腕の動きと自らの体軸の変更で刃の向きを変え、いなす。

 いなし、崩された相手の懐に瞬時に踏み込み、そこで自らの攻撃を通す。

 

 受ける。

 崩す。

 攻撃。

 

 これらが全て、一連の動作。

 一つの動作が終わったころには、次の動作へ至る予備動作も終わっている。

 

 

 太刀川は袈裟を中心とした斬撃の構成から、縦に振り上げての斬撃へと変化をつける。

 横薙ぎの斬撃は、縦のそれと比べ相手に斬撃を当てやすいが受けられやすい。

 受けから崩しへとシームレスに行動できる八重木の戦い方に引っ掛かりやすい。

 

「──レイガスト」

 

 縦振りの斬撃に対して。

 八重木は──トリガーの変更によって対応を図る。

 

 彼女の左手には、重厚な黒い縦のようなトリガーが握られていた。

 縦に振られた斬撃を、それにて防ぐ。

 スコーピオンで受けた際は、一撃にて刃こぼれしていた弧月の斬撃。

 しかし──この盾は受けた所で亀裂一つ走らない。

 

「──スラスター」

 

 盾の持ち手側にある噴出口からトリオンが吹き出し、盾は太刀川側に加速し、押し込められる。

 

 押し込められた衝撃で太刀川は背後へと吹き飛ぶ。

 

 

 ──ここだ、と八重木は勝負をかける。

 

 八重木はレイガストの加速装置──スラスターを発動させたまま、腰先の動きと共に腕をサイドから走らせ吹き飛ぶ太刀川へ向け、それを投げる。

 投げると同時。

 片手に残ったスコーピオンも、円輪刃のような形で生成し、レイガストと時間差を空けて投げ込む。

 

 背後に吹き飛ぶ太刀川。

 それを追うレイガストとスコーピオン。

 

 その光景を見て──太刀川の口元が、笑みの形を浮かべる。

 

 

「──旋空」

 

 背後へと飛ばされながらも。

 太刀川は変わらず──弧月を振るった。

 

 旋空、という言葉と共に放たれたその斬撃は──刃が、伸び上がる。

 

 トリオンの光を纏い、拡張されたブレードの二振り。

 

 それは──レイガストを弾き飛ばし。スコーピオンによる円輪刃を撃ち砕き。

 

 そして。

 その先にいた──八重木阿斗里の肉体もまた、斬り裂いていた。

 

 

 太刀川慶VS八重木阿斗里。

 一本目は──太刀川の勝利で終わる形となる。

 

 

 その後。

 

 10本を終え、八重木の勝利は3本のみであった。

 

「いつもこうですね。決め手がないのです私には」

「だな。──追い込むまでの戦い方はかなりいいのに。あと一手がお前には足りん」

「うう....。中途半端です私は。辛い。お家に帰って推しの配信者に投げ銭してこの辛さを乗り越えます...」

「おう。頑張れ」

 

 しかし、と太刀川は言う。

 

「お前、毎度毎度痛い思いしながら個人戦して楽しいか? 楽しい、ってより痛い辛いって気分の方が多いんじゃねぇの?」

 

 八重木阿斗里は。

 一つ戦うごとに、一つ負けるたびに──比喩なしに『死ぬほど』の痛みを味わっているのだ。

 

 本来であるならば死と同時にしか味わえない痛み。

 それを味わいながら戦っているこの女には──それでも楽しいという感情が芽生えているのだろうか。

 

「やだなあ太刀川さん」

 

 そして

 

「楽しいに決まっているじゃないですか。だって──こんなに、痛くて苦しくて辛いんですから」

 

 言う。

 

「私は──私が成長する実感を得る瞬間が一番楽しいんです。自分が知らない事を知ったり。自分が知らない価値観と出会ったり。自分とは違う個性や考えを持っている人と交流したり。そして、痛みの中で自分の中で新たな扉が開いていく感覚。それが、とても楽しくて仕方がない」

 

 彼女にとって。

 因果が逆なのだ。

 

「だから。この痛みや苦しさというのは──私にとって喜びと出会うきっかけを与えてくれる、素晴らしい代物なんです」

 

 痛いから辛いのではない。

 痛いからこそ──楽しいのだ。

 

 

 

 そう言うと。

 彼女は──いつもと変わらぬ笑みを浮かべて、太刀川に笑いかけた。




八重木阿斗里

トリオン:8

 

攻撃:9

 

防御・援護:6

 

機動:8

 

技術:10

 

射程:1

 

指揮:7

 

特殊戦術:3

 

TOTAL 52

副作用 中枢神経興奮誘起
心身に強いストレスを感じた際に、中枢神経を興奮状態にさせる副作用。要はセルフドーピング。集中力の増加によって五感の鋭敏化と認識能力の向上、痛覚の麻痺が見込まれる。ただし心身のストレスのかかり具合により強弱が付けられる特性があり、その為八重木はトリオン体の痛覚を常に常人と同じ程度の設定にしている。

メイン:スコーピオン シールド スパイダー バッグワーム
サブ:スコーピオン シールド レイガスト スラスター


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マイペース乙女三の型 可愛いは正義

 八重木阿斗里は現在自由を謳歌している女子高生であるのだが、自由というのは選択制である事に目下悩まされていたりもする。

 彼女にはボーダー本部内にて、自由に出来る空間がない。

 なぜなら──彼女は部隊に所属していないから。

 作戦室が与えられていないのである。

 哀しい。

 

「悲しいとは思いませんか──諏訪さん! 私も作戦室が欲しい! ボーダーで寝泊まりしたり可愛い新人の女の子を作戦室に連れ込んでお話したりしたいし中でぐうたらしたい!」

「人の作戦室に出入りしている分際で舐めた口利いてんじゃねぇぞこの馬鹿が」

 

 ──ああ。なんて乱暴な言葉なのでしょう。言霊というものを御存知ないのかしらこの金髪煙草の二段チンピラセット大学生は。ワンセンテンスに一つの罵倒を入れなければ死んでしまう病気でも患っているのかしら全く──。

 

「麻雀弱いくせに生意気だ」

「うるせー!」

 

 八重木阿斗里はゆらゆらと揺れながら作戦室の中をうろちょろと動きながら、ううと唸る。

 

「いいなぁ。漆間君。オペの六田さんと二人で広い作戦室を使えるなんて.....。いいなぁ.....。六田さん可愛いしなァ.....畜生....」

「お前も段々口汚くなってきているぞ」

「私も.....私と同じような自堕落で、自由で、一緒に可愛い子を見てキャッキャウフフできるような仲良しのオペレーターさんがいれば...」

「いるわけねぇだろうな」

「ですよねぇ....。皆真面目だもんなぁ....。真面目で可愛い人か、真面目で美人な人か、男のケツひっぱたく美人しかいないもんなァ....。とはいえ」

「なんだよ」

「そろそろ──アクションを起こさないといけない気がしているんですよね」

「へぇ。何でだよ」

「この前──私は。冬島隊と合同で防衛任務を行っていました」

「で?」

「真木ちゃんから.....働け、って....」

「....」

「すんごく嬉しかった....」

「何でだよ!」

 

 思わず諏訪はそうツッコミを入れる。

 真木ちゃん、と呼ぶその女性は──A級2位冬島隊所属のオペレーターである。

 怜悧冷徹冷酷無惨。中性的な口調から放たれる容赦のない言葉と、その言葉の重みを支えるクールな佇まいと顔立ち。女子高生の華やぎそのまま永久凍土に閉じ込めたかの如き風情から放たれる言葉の刃は、切れ味鋭い刃物というよりかは、重い刀身を湛えたクレイモアじみた破壊力を持つ。

 そしてこの女。

 その重き一撃を脳天に受けて「嬉しかった」と宣っていたのだ。馬鹿ではないのだろうか馬鹿でした。この女の脳内構造は何処かおかしかった。

 

「考えてみてくださいよ。あの真木ちゃんが、歯牙にもかけない塵紙以下の人間に働けなんて言葉を口にすると思いますか。無能な働き者の有害さなんてきっとあれほどの人間ならば理解しているはずなんですよ。つまりです。私はあの時、私が働くことが有用であるという意味合いを真木ちゃんの言葉の端くれから読み取ることが出来た訳です。こんなにも幸せなことがありますかって話ですよ本当に」

「お前の前向きさってほんっとうに時々羨ましくなるわ。いいよなぁ自分にとって常に都合のいい解釈に変換できる世界って。お前くらい馬鹿になれたらきっと生きやすい世界なんだろうなぁ」

「でしょう?」

「....」

 

 ニコニコと微笑みながら八重木阿斗里はすっくと立ちあがる。

 

「とはいえ....既存の部隊で私を拾い上げてくれる場所をまず想定しましょう」

「ほーん」

「諏訪隊....はまず除外ですね」

「だな。お前なんぞ死んでも御免だ」

「ですよね。なら那須隊はどうでしょう! ガールズチームですよガールズチーム! 素敵!」

 八重木はB級中位の那須隊の名を上げる。

 那須隊は、隊長でありエース射手である那須玲と、攻撃手の熊谷友子、狙撃手の日浦茜とオペレーターの志岐小夜子の四人部隊である。

 全員女性。しかも全員美人&可愛い。

 夢のような部隊だ。

「駄目だろうな」

「那須ちゃん可愛い! 熊谷ちゃん凛々しい! 日浦ちゃん元気いっぱいで可愛い! 小夜子ちゃん見た事ないけど多分可愛い──え。何で駄目なんですか。私女ですよ?」

「女だろうが女にセクハラしそうな人間性だとあの部隊じゃNGだ。那須はともかく熊谷と志岐が嫌がるだろうな」

「そんな....」

 がっくりと視線を落とすと、他の隊を上げていく。

 

「荒船隊はどうでしょうね」

「あそこはいいんじゃねぇ。荒船と穂刈はちょっとやそっとの変人だと動じない。半崎はお前の存在にどん引くだろうがまあダルいダルい言って何とか躱すだろ。ただあそこの編成的に攻撃手のお前は然程要らないだろ」

「攻撃手と狙撃手二人ですもんねぇ。普通に中距離やれる駒か、万能手入れたい所でしょうね」

「そういうこった」

「ぐぬぬ.....。えー。でも私結構強いですよ?」

「だな」

「なのに....うう。私は要らない子なのね!」

「嵐山隊とかどうだ? あそこ、万能手二人と狙撃手一人の部隊だし。丁度決定力がある駒が欲しい所だろ? 変人枠の佐鳥に、度量がデカそうな嵐山に時枝もいる」

「あ! 私一回嵐山さんの部隊に入ろうと思って打診したんですよ! 嵐山さんに!」

「ほーん。で?」

「あの陰険キツネオヤジに却下された!」

「流石はメディア室長。リスク管理がしっかりしてるじゃねーか」

 嵐山隊──。

 彼等は爽やか系イケメンの嵐山准に、眠たい目つきで周囲を冷静に見渡し気配り目配り超一級時枝充に、二丁拳銃ならぬ二丁狙撃銃とかいう変態揃いの狙撃手連中の中でも一等の輝きを放つスタイルの佐鳥賢、そして学業優秀眉目秀麗食いしん坊系お姉さんの綾辻遥。この四人で構成された部隊である。

 彼等は部隊としての任務と同時に、メディア室長である根付から様々なボーダー関係のイベントやメディア出演なども行っている部隊である。

 つまるところ。隊に所属するうえで単なる戦闘能力以上の、人間性であったり華やかさだったりが求められる部隊でもあるので。

 

 八重木はもう人間性の時点で失格の烙印が押されたわけである。

 

「という訳で──私はすごすごといつもの通り過ごしていく事になりそうです。すごすご」

「はいはい。──で、お前。今日は何処の部隊と防衛任務するの?」

「あ! それはですね──」

 

 ニコリ笑って。

 

「生駒隊です」

 

 

 生駒隊作戦室内。

 ゴーグルを身に付け、生駒隊隊長生駒達人は──黙っていた。

 生駒達人は、オールバックの髪型をした、精悍な男であった。

 その男が──押し黙っている。

 

「いやぁ、すまんな八重木。うちの隠岐が急用で休んでしまったばかりに」

 もさもさを超えたもじゃもじゃ髪──通称ブロッコリー。水上敏志はそう八重木に言う。

 

「それは残念ですね。隠岐君イケメンですから。──それで何でイコさん押し黙っているんですか?」

 

「──外からいきなり女の子来てるから照れてるだけや。ほっとき」

 オペレーターデスクから跳ねた髪型が特徴的な関西弁の女性、細井真織──通称マリオちゃんが呆れたようにそんな言葉を投げる。

 

「イコさん何で照れているんですか! 可愛い女子の先輩が来てくれているじゃないですか!」

 その生駒の背中に、いっつもニコニコな南沢海が、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

「いいね南沢君。私を可愛いと臆せず言ってくれるとは。きっと君は十年後にモテるようになりますね」

「十年後!? もっと早くモテたいっす八重木先輩」

「いい心がけですね。モテたいなら、そうですね.....モテている人を見習ってみたらどうでしょう。ほら、鳥丸君とか嵐山さんとか....」

「ここで隠岐を出さん辺りよう解っとるやん」

 水上がうんうんと頷きながら、八重木の発言にそう言葉を返していた。

「でしょ?」

 八重木がそう言うと

「そんな.....隠岐が.....イケメンやないなんて...」

「あ、喋った」

 

 生駒が、ようやくそこで言葉を発する。

 

「ウチの部隊。だったらイケメン誰一人としておらんやん」

「どの部隊にもイケメンは一人はいるべきだというナイーブな考えはやめましょう」

「せやな! ええこと言うやん八重木ちゃん! ──君めっちゃおもろい子やん! 安心したわ!」

「そう、私はいわゆる”おもしれー女”ですから。そして、可愛い!」

「せやな。かわいい!」

「.....どうでもええけど。そろそろ任務の時間やで」

「了解です! マリオ先輩!」

「しばくで?」

 

 

「そういや八重木ちゃん」

「はい?」

 防衛任務の中。

 敵襲もなくあてのない夜の徘徊を続けていく中で──通称ブロッコリー(先輩じゃなければとても口に出したい)、水上敏志は八重木に言葉をかける。

「今年の新人見た? めちゃ有望株揃いだったで」

「へぇ。それは楽しみですね。──それで。可愛い子いました?」

「男? 女?」

「隔たりなく」

「生意気盛り、って感じの子どもが二人。キツそうな女の子が一人。──目立っていて、なおかつ君より年下なのはこの三人だったな」

「三人.....三人! な、名前は!」

「黒江って子と緑川って子。そんで木虎って子やな。前の二人は小学生と中学生入りたての二人組。木虎って子は、まあなんというか.....プロトタイプ真木理佐って感じやな」

「小学生に中学生! 真木さんの系譜! ──黒江ちゃんに緑川君に木虎ちゃん。覚えました!」

 

 ニコニコ笑顔からのほくほく笑顔へ。事実確認による幸福と、その後の自分の行動が決まった事による幸福。違う味のキャンディーを両方のほっぺに詰め込んだかのようなにやけ面を晒しながら──八重木阿斗里はその場でくるくる回っていた。

 

「ああ。楽しみ....! 明日やることが決まりました。C級ブースに久しぶりに顔を出しましょう」

「──テンション上がってるとこ悪いんやけど」

 

 細井の声が、響く。

 

「『門』が発生したで。──トリオン兵共の襲来や」

 

 空間に刃を入れ、ぽっかりと切り取ったかのような。

 黒色が空に浮かび、同色の稲妻も走る。

 

 その中より現れるは──硬い装甲を纏った、異世界の兵隊共。

 

「──来ましたね。トリオン兵!」

 

 八重木阿斗里は──その表情に笑みを張り付ける。

 それは、──およそ人が形作るものとは程遠い、獰猛で残虐な笑みであった。

 

 

「それじゃあ、俺が援護するから。八重木ちゃんは前衛を頼むわ」

「了解でーす」

 

 八重木は、スコーピオンを装着し──眼前のトリオン兵の眼前に立つ。

 

 モールモッド。

 

 現在確認されているトリオン兵の中で、最も単騎戦力として恐れられているものだ。

 単純に動きが速く、攻撃が強力なのだ。

 四つ足のクモのような形状をしているトリオン兵で、前腕がブレードとなっている。

 このブレードを振る速度が結構早く、そして威力がある。B級上がりたての隊員ならシールドを張るよりも前に斬り飛ばされる事の方が多いだろう。

 

「ちょ、八重木ちゃん──」

 

 水上の眼前。

 八重木は──空手のまま、モールモッドの前で立ちはだかっていた。

 前腕が振り上げられ、八重木の眼前にブレードが走るその瞬間も。

 

「大丈夫大丈夫。──これが私のやり方ですから」

 

 ブレードが降り上げ。

 降ろされる。

 

 その光景を視界に収めた瞬間──己の脳内が蠢き出す。

 

 その瞬間。

 モールモッドのブレードは──根元から斬り飛ばされる。

 

「──雑魚相手だからこそ、最初に余裕をもってエンジンをかけておかないと。私の副作用は、ピンチに陥らないと発生しないぐうたらな代物ですから」

 

 ”自分に痛みが走るかもしれない”

 ”自分は死ぬかもしれない”

 

 そのストレスが──自身の副作用を発生させるキーとなるが故に。

 

 

 敵の攻撃は──ギリギリの瞬間まで、避けない。

 

 

 斬り飛ばされ、崩れた体勢から。

 急所となる──身体の中央にある眼球に。

 

 スコーピオンを纏った貫手にて、破壊する。

 手先から感じる破壊の感覚が。

 更なる刺激として脳内に駆け巡る。

 

「さあ」

 

 一体を仕留めるも。

 まだまだ敵はこちらに向かい来る。

 

「いい感じにあったまりました。やりましょう、水上先輩」

「りょーかい」

 

 口元も目元も吊り上がる。

 集中力が飛躍的に上がっていく。

 時間の流れが恐ろしく遅く感じる。

 五感が冴えてくる。

 世界が切り替わるかのような、この瞬間が気持ちいい。

 

 

 そうだ。

 この世界だ。

 この世界が楽しくて仕方がない。

 

 こんな世界を見せてくれる、素敵な能力が。

 副作用、だなんて明記される事が信じられない。

 

「──どうせなら楽しんで全部ぶっ壊しましょう」

 

 そう。この時は思っていたんだ──。



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