この素晴らしい不老不死者に祝福を! (よしどら)
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原作開始前(時系列不同)
プロローグ


「…初めまして、暁真白さん。突然ですが貴女は死んで……へ?」

 

目の前に現れた女性が、私の姿を見て固まる。

…そういえば裸も同然の姿だったと思い出しつつ、私は特に気にしない様に微笑んだ。

それを見た彼女が小さくえぇ…と声を漏らしたのと同時に、私は小さく首を傾げる。

 

「えっと……その、服はどうしたの?虐められてた?」

 

どうしたもこうしたも、貴女は死んだ事を知っているではないかと逆に問いかけた。

簡単に言えば私は火事が発生した家に飛び込んで最後の最期まで人を助けて死んだだけだ。

その時に少しだけ服がボロボロになっただけだろうと、私はため息を吐く。

 

「そ…そう。それで死後の事なんだけど…」

「あ、異世界転生ってありますか?あれ私の子供の時からの夢でしたから」

 

その言葉を聞いて彼女の目が光る。

…それを見て私は少しだけ首を傾げるが…彼女は気にせずに嬉しそうに喋りだした。

それを私は特に気にする事もせずに、右から左へ話を聞き流す。

 

「…という訳で!転生特典を選んでね!」

 

話は終わった様だ。

取り敢えず適当に本を開けば、強そうな武器や防具が沢山出てくる。

…欲しいのが無いし、取り敢えず彼女に聞いてみる。

 

「…不老不死になれる特典ってありますか?」

「あるわよ」

「流石にありますよねぇ……へ?」

 

私が欲しい物はあったらしい。

…と言うかそれがあるなら毎日鍛え放題じゃないか。

 

「…売れ残ってるんですか?」

「一時期は売れてたみたいだけどねー。今は使い手が居なくなっちゃってこうなったみたい」

「…使い手が、居なくなった?」

 

使い手が居なかったなら分かる。けれど居なくなったは可笑しいだろう。

“不老不死”なら死ぬことは無い。

それなのにも関わらず居なくなるって事は……不死殺しがある世界なのだろうか?

 

「貴女が考えている程面白い理由じゃないわよ。唯友人が死んでいくのと、不老不死の所為で回りの人間から色々言われるのが辛かったらしくてねー」

「…その人は、どうなったんですか?」

「“私達”が殺したわ。不老不死で死なないなら不老不死を返して貰えれば良いんだからね」

「そうですか。では特典は不老不死でお願いします」

 

その言葉を聞いて、彼女が少しだけ耳をぴくつかせる。

…そして少しだけ悩んだ後に…小さくため息を吐いてからカタログを私の手から抜き取った。

 

「…不老不死を選んだ特典として、もう一つおまけで特典を追加してあげるわ」

「そんな特別扱いして良いんですか?」

「良いも何も創造神様からの指示よ。こっちで選ぶ代わりにもう一つ追加してやれってね」

「…どうして?」

「そうね…それは…きっと…」

 

どうしてかしらね。

小さく呟きながらため息を吐いた彼女を見て、私は少しだけ首を傾げる。

 

 

「そうそう。貴女武器は扱えるのよね?」

「人並には」

「ふーん……じゃあこれ、使ってみて」

 

その言葉と同時に、彼女から鍵束を渡される。

…それを見て私は思わず首を傾げるが…彼女が小さく鍵を開ける動作をするのを見て、私も同じように鍵を宙に差し込んだ。

 

「…おお。武器が降ってきた」

「私が此処で客を待つ傍ら、暇だったから作ってみた物よ。一つ一つの性能は凄いし、これだけで魔王を倒せるレベルよ」

「……?そんなのが売れ残ってたんですか?」

 

私のその一言を聞いて、彼女は思わずため息を吐いた。

 

「…どいつもこいつも、腕が無いから使えなかったのよ」

「……あぁ…」

「ま。あんたなら無駄に永い時間掛けて使いこなす事も出来るんじゃないの?」

 

そう言いながら彼女は小さく呆れた様にカタログを閉じ、そのままゆっくりと私に向かって近づいてくる。

…そして小さく……

 

「…………馬鹿。覚えてるって言ってたのに」

 

本当に小さく、何かを喋っていた。

…もう一度聞こうとするが、その前に私の足元に魔法陣が描かれ…そして彼女が喋りだす。

 

「願わくば、貴女が魔王を倒す存在である事を祈ります」

 

---------------------------------

 

転生してから“数十年後”

見知らぬ城から転移した私は、小さくため息を吐いてからゆっくりと鍵を使って武器を取り出す。

…そして其処から弓を番えると、そこら辺に置いてあった死体から矢筒を貰っておいた。

 

「…此処何処?普通は街の中に転移とかじゃないんですかね?」

 

小さくため息を吐きながら、私は矢を番えて三本同時に放つ。

それと同時に朽ちていく魔物を見つめながら、私はゆっくりと身体を反転させて魔法を放つ。

 

「…ライトオブセイバー」

 

光の剣を使い、裏を取って襲おうとしていた敵を薙ぎ倒す。

…この魔法を教えてくれたお姉さんには感謝してもしきれない。今生きているのだろうか?

そんな事を考えながらも、私は小さく伸びをする。

 

「…ふぁぁ…」

 

数年間眠ってなかったからか、かなり身体が怠い様に感じる。

……そろそろ見えていた街に行くかと、小さくため息を吐きながら…私はゆっくりと目の前から出てきた蛙を斬り倒した。

 

「…素材は拾わなくても良いですね。面倒ですし」

 

仮に雪将軍レベルだったら拾っても良いだろうが、このレベルなら別に拾わなくても良いだろう。

…本当に色んな事があったなぁと小さくため息を吐きながらも、私はゆっくりと周囲を見渡した。

 

「…此処も昔と違ってますね。引退しようって考えてた冒険者さんはもう居ないのかな?」

 

一人の少女が、私に憧れて冒険者になった。その子は有名な魔法使いになった。

最期には、味方の為にリッチーになった彼女が居た。

親に止められても、産廃道具を作り続ける一人の少年が居た。

私に取引を持ち掛ける為に、魔王の使いを出された事もあった。

アクシズ教はやっぱり危なかった。やっぱりエリス様が一番。

旅をした時、沢山の日本人(同業者)と出会って…そして死んでいった。それが少しだけ寂しかった。

レベルドレインされた、仲間を作った。仲間が死んだ。友達を作った、友達が死んだ。

 

「駆け出しの街、アクセルへようこそ!」

 

少しだけ思考を纏めていれば、私の身体は何時の間にか街に辿り着いていた。

…どうやら此処がアクセルらしい。

レベルドレインもされたので取り敢えず駆け出しには間違いないだろうと、私は小さく微笑みながら近くの男に話しかける。

 

「…ん。冒険者ギルドって何処にありますか?」

「冒険者の方でしたか!それでしたらあっちに行ってから……」

 

 

説明を聞きつつ、取り敢えずテレポートを此処に設定しておく。

勿論後で変えるだろうが、今はまぁ此処で良いだろう。

それと同時に何処かから視線が感じたが…私は特に気にせずに歩いていく。

 

「……此処ですか」

 

小さく呟きながら、私は扉を開けてギルドカードを取り出した。

…随分ボロボロだ。

旧式も旧式だし、もしかしたら機能しない可能性もある。

というか読み取れるのだろうか?そんな事を考えながらゆっくりと前の人のギルドカードを見て見ると…

 

「うわっ」

「?」

「ごめんなさい何でもないです」

 

めっちゃ進化していた。

…寧ろこれ持ってきたら怒られるのではないのだろうか?

そんな事を考えつつも、私はゆっくりと列に並んで待ち続ける。

 

「次の方どうぞー」

「これの更新お願いできますか?最近レベルドレインされてて」

「……えっと………これは誰かの遺品ですか?」

「私のです」

 

知ってた。

いやまぁ分かってはいたが、まさか普通に言われるとは思わなかった。

 

「…いえ、そんなまさか……年代考えて…初期の……という事は…嘘ですよね?エルフでも死ぬ計算になりますよ!?」

「…いや、其処まではいかないでしょ」

「と、取り敢えず預かります!一応本人確認をする為に新しくギルドカードを作ってもらいますが…良いですか?」

「ん。良いですよ」

 

その言葉と同時に、私は1000エリスを渡してから手を置いてカードを作り出す。

…ハイテクだぁ。

そんな事を考えながらも、私はゆっくりと彼女にカードを見せて微笑んだ。

……これで良いだろう?

 

「…ほ、本当に本人……ぇ?この人若作りしてるの?」

「……それで、もういいですか?」

「あ、はい。昔のカードはどうしますか?」

「折角ですから貰っておきます。では」

 

その言葉と同時に私はゆっくりと手を挙げ…依頼の方を見に行った。

…やっぱり初心者向けの依頼が多い。

何時か城とかあった場所に行こうかなとか考えながらも、私はその中から一枚の紙を取った。

 

「あ。こちらの依頼…いや…その…えっと、分かりました!」

 

早朝に近い時間だった為、殆ど誰もいなかったのも幸いして穏便に済んだ。

…その事に少しだけ安堵しつつも…私はゆっくりと外に向かって歩き出した。

 

「…大丈夫、かなぁ…?」

 

私が受けた依頼は初心者殺し。

どうやら最近出没して困っているらしい。

困ってるなら助けに行くのも良いだろうと、そんな事を考えて受けた依頼だ。

 

「………しろ、ちゃん?」

 

そんな此処での依頼を楽しみにしていたからか…小さく呟かれた声を、私は聞き漏らしてしまった。

 

「…やっと、見つけましたよ。私の下から離れちゃ駄目って言ったんですけれどね…?」

 

その所為でどれだけ大変な目に遭うかも、分からないで。



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-1話

少女がカタログを開いては閉じるを繰り返す。
…そしてゆっくりと異世界を見る為の物を見ながら…少女は小さく溜め息を吐いた。

「…何よ。他の女子に現を抜かして…」

そんな事を喋りながら、少女は悔しそうに異世界の画面を観続ける。
…其処には、少女が嬉しそうに子供と遊んでいる姿が映っていた。

「どうせあの子も死ぬのよ。人間と一緒に遊ばなきゃ良いのに」

死の別れを経験する度に、あの子はずっと泣いているから。
そんな事を考えながら画面を観ていて…其処から楽しそうに笑っている少女の姿を見て…本当に悔しそうな表情を浮かべた。

「私との約束忘れたのに……なんで人の約束は覚えてるのよ…」

少女はそう言っているが、周囲の神はしょうがないと言うだろう。
何故なら約束したのは“記憶を失って地球に転生する”前なのだ。
彼女が記憶を失ったとしてもそれは当然の事であって、怒られる事は無い。
けれど少女はかなり我儘な神様だった。

「…馬鹿」

出来れば彼女に祝福と……ほんの少しの神罰を与えられる様にと。
少女は適当に男の相手をしながら、祈りを捧げていた。


「…終わりですねぇ」

 

小さくため息を吐きながら、私はゆっくりと伸びをする。

初心者殺しは確かに強い…のだが、正直大量のスキルを持っていると苦戦しない程度の敵だ。

苦戦する事も無い敵を倒す事に少しだけ作業感を感じつつも、これも依頼を達成するためと自分に言い聞かせて敵を殺しきる。

 

「まぁ流石に此処まで簡単だとは思いませんでしたが…上げてはドレイン上げてはドレインを繰り返した結果…と言う事なんでしょうかね?」

 

数十年単位でドレインされまくった人間は私しかいないので、神の加護のお陰なのかドレイン慣れしてしまったのかは分からない。

…こうやって弱者を狩るのは余り楽しいとも思えないし、正直此処に来たのは失敗だったかもしれないと考えてしまう。

 

「…まぁ、駆け出しの街って話ですしね。しょうがないと言えばしょうがないんでしょうけれど…これでは練習にもなりませんね…」

 

私は手で鍵束を持て余しながら、ゴブリンや死体から手に入れた武器を使って敵を倒していく。

別に武器を選ばなくてもこれなら、最終的に素手でも良かった気がする。

 

「…って、素手で虐殺してたらあの初心者殺しと言えどもやってきませんよね」

 

そもそも依頼の為に殺していたんだと、さっきまで覚えていた事を忘れていた私は小さくため息を吐く。

…やはり不老不死になっても記憶力低下が悩みの種何だろうか?

 

「って、老後の憂いになっていますね。……ふむ」

 

今度あのデュラハンに記憶定着術でも教えて貰いに行くかな…なんて事を考えながらも、私は草陰から聞こえた音を聞いてゆっくりと手を握る。

 

「…さて、やりますか」

 

血の匂いに誘われて背後からやって来た初心者殺しを見ながら、私は小さく身体を横に逸らす。

それと同時に攻撃をしてきた初心者殺しを殴り付け、地面に落ちた初心者殺しの首元を斬り落とした。

一瞬で絶命をした初心者殺しを背負いつつ、私は街の場所を調べる為に魔法を使い始めた。

 

「生命共有」

 

何処かの少女が、アクセルに店を作ると言っていた筈なのでそれを祈って魔法を使ったのだが…

 

「……駄目ですね。死にましたか」

 

それか余りにも強くなって私の魔法が解除されてしまったのか。

そんな事を思いながらも、私は頭の中にある地図を思い出しながらゆっくりと歩き始める。

…方角を決め、小さく息を吸ってから歩き…

 

「…せめて墓でも作ってあげられたら……っ!?」

 

出す瞬間、私の知っている様で知らない魔力の圧を感じ…思わず仰け反った。

……生命感知をしたのに逆に探知し返された?

そんな事今までされた事無いのに、一体誰が…

 

「どうやって?」

 

…誰かと言えば、あのリッチーになった少女だろうか?

いや、あの子の前で私が生命感知系を使った記憶は一切ないが…それだったら一応納得は出来る。

もしこの力を使って人類を滅ぼすのなら、私が直接引導を渡したいな。

 

「…っと、辿り着きましたか」

 

初心者殺しを背負いながらという事でまぁまぁ視線を感じるが、何も気にせずにギルドに歩き続ける。

…そして扉を蹴り開ければ……

 

「ぎゃぁぁぁ!?」

「ちょっ!?扉がこっちに飛んできたんだけど何事!?敵襲?敵来ちゃったの!?」

「魔王か?ゴ〇ゴムの仕業なのか?!」

「ドン〇サウザンドかもしれんぞ!」

「はいはい。我の所為我の所為」

「?昔に比べて扉が脆くなりましたね。前は全力で蹴っても壊れなかったんですけどね」

 

蹴りの威力によって扉が一気に吹き飛んだのを見て、私は首を傾げつつゆっくりと前の案内嬢に向かって歩き出す。

全員が扉に吹き飛ばされた(道を空けてくれた)ので真ん中を堂々と歩き…

 

「依頼終わりましたのでご連絡を。一応死体持ってきたので依頼完了で良いんですよね?」

「へ?いや…え?」

「報酬は手払いでしたっけ?振込でしたっけ?最近記憶の混濁が激しくて…友人の名前すら覚えられないんですよね」

「あ、いや扉…」

「そうそう。私今まで弁償した事無いんですよね。過去に魔王の城に向かって結界を決壊させたんですけど、魔王の幹部の首飛ばしたら許して貰えたんですよねー。いやーあの頃は楽しか…」

「扉が古かったんですよねー!いやー丁度新しい扉に変えたいとギルド内で話してたんですよー!いやー良かった良かった!」

「そうですか?それだったら脆かったのでアダマンタイト製の金具を使うと良いですよ。扉吹き飛びませんから」

 

私が笑顔でそう言いながらお金を貰うと、案内の方が何か小さく呟きながら死んだ目をしている。

…最近そういった人達が多いですけど…流行なんですかね?

私はあんまり流行を知らない人だし、今度されたら聞いてみようかな。

 

「それではまた。報酬が無くなったら新しい依頼を受けに行きますね」

「……やっぱり報酬から差っ引い…あ、お待ちくださいマシロ様!冒険者ギルドのマスターからお手紙が届いています」

「…?えーっと……ああ、ふふふ…バカ、マスターになったんですね」

「ば…いえ、それでお返事は…」

「大丈夫だと思います。どうせ命令ですからね」

 

私の言葉を聞いて少しだけ驚いた様な表情を浮かべた彼女を見ながら、私は手紙を開けて内容をすぐに横目で見る。

 

『これが見えているって事は本人だな。毎度お変わりなく元気そうで何よりだクソッタレ。

腰と腕が痛いし時間も無いから要件を書いておく。

 今回の件はお前がずっと前から欲しいと言っていた職業を追加しておいた。

 勿論お前以外が使おうとしたら速攻で死ぬ。アレはそういう物だ。諦めろよ?

 その代わりにお前のスキルは保管される事になる。ま、いい加減冒険者から変われって事だ。

 因みにこれは前マスターからの強制命令でもある。日本人()は知ってるから大丈夫だが…

 中々にお前は目の上のたん瘤だったらしいな。

 最後にこの手紙は五秒後に消滅する(・・・・)。注意されたし』

 

最後の文面と共に私が手紙を上に投げ捨てれば、その手紙は周りの空気を吸収した後に瞬時に爆発した。

それと同時に私の周りに爆発が巻き起こり酒場の机が巻き込まれて吹き飛ぶ。

…それを見つつ、私はゆっくりと伸びをしてから微笑みつつ…

 

「クラスチェンジお願いします。ギルドマスターからの勅命です」

「…は、ハヒ…」

 

私の一言を聞いて死んだ目をしたまま冒険者カードを使い、私がクラスチェンジをする。

…それと同時に私の身体に何か縛られる様な感覚を感じ…私は少しだけ苦笑した。

どうやら未だに私は条件を達成できている訳ではないらしい。

 

「…さて、挑戦してみますか。【テレポート】」

 

私が喋るのと同時に私の身体は浮き上がり、それと同時に景色が瞬時に切り替わる。

爆風で吹き飛んだ冒険者ギルドではなく、私が生まれ育った森の中…その大樹の中の家だ。

…この大樹が喋らなくなってどれくらいが経っただろうか?

枯れる事のない精霊の大樹、彼女と喋る事が一番の暇潰しだったのを思い出す。

 

「ただいまもど…」

 

扉を開け、部屋の中に入るのと同時に…私の身体は一瞬で蔓に包まれた。

それと同時に扉が優しく閉められ、私の身体がふわりと浮き上がって小さな手に包まれる。

…そして、私の身体の生命が大量にとられる感覚…慣れてしまったその感覚を受け止めながら私は少女の頭を撫でる。

 

「…おかえりなさい。おねえさん」

「今日も元気でいました?というか養分大丈夫ですか?」

「……むー。ばかにしすぎ。わたしだってりっぱなあんらくしょうじょなんだから!」

 

そう言いながらゆっくりと私を抱きしめて微笑む少女を見ながら、私は優しく彼女の実を優しく取ってから食べる。

 

「もう……何歳だっけ?」

「ひゃくごじゅっさいだよー!そろそろおうじょさまってよばれてもよいとおもうの!」

「王女様ねー…私に甘えたがりの王女様が居るんですかねー?」

「おねえさんはかわいくてやさしいからしょうがないのー!」

 

私の言葉に頬を膨らませて返事を返しながらも、私の身体から手を放そうとしない。

寧ろ更に強く抱きしめたまま私の生命力を吸い取っているのを見つつ、私は優しく少女の身体を抱きしめた。

 

「最近は私以外の人間から養分取ってないですよね?」

「あたりまえだよー!おねえさんいがいのようぶんはまずいもんー!おねえさんのようぶんってふしのれいそうみたいなあじなんだー!」

「どんな味ですか」

 

懐かしい単語を聞きつつ、私は少女の身体を抱きしめて優しくベッドに転がった。

それと同時に私の身体を恐る恐る触り始めた後に…周囲の蔓が私の身体から離れ…私の顔を上目遣いで見つめた。

 

「…良いですよ」

「はーい……んっ」

 

私の唇に口付けを落とし、そのまま口を開いて舌を入れ始める。

それを受け入れながら、私はゆっくりと視界を暗闇に落とし始める。

…この安楽少女は本来、かなり遠くの森で養分を取る予定だったらしい。

それを発見した私を見て養分の補充をしようとしたらしいのだが…まぁ、私が不老不死だった為一年くらいずっと補充していた訳である。

そして三年後、折角なら一緒に過ごそうと提案し受け入れられた後に…

 

『口付けが一番養分を取れるから!絶対!もし口付け許すなら他から養分吸わないから!シよ?』

 

という有無を言わさない一言と同時にキスをされたのは懐かしい思い出だ。

…一応本人談ではちゃんと養分を吸ってないらしいし、近くの街に行っても安楽少女の噂を聞かないから大丈夫だろう。

 

「ん~っ!ぁ…ふぁぁ……んっ…」

 

嬉しそうに声を上げる少女を抱きしめながら、私は力をゆっくりと緩めていく。

それと同時に我先にと舌が私の口を蹂躙するのを感じながら、私は小さく挨拶をするべく口を開く。

 

「おやふみなふぁい…」

「…おねえさん、おやふみなふぁい……」

 

挨拶を返すのと同時に、水音が小さく鳴り響き…私は満足して意識を闇に落とした。



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-2話

「…こんなものですか。アクア様から魔王討伐の任を直接預かったとか色々言ってましたけど、結局その程度の実力なんですね」

僕よりも身長も低く、年齢も若そうな少女が嘲る様な表情でこちらを見つめる。
相手を舐め腐る様な言葉と表情に思わず睨み付けるが、その表情を正面から受けても少女は唯困った様な表情で見つめ返すだけだ。

「そんな表情で見られても…結局グラムが強いというお話でしょう?私が適当な市販品……をそこら辺の死体から貰っただけ……の武器を使ってもこのザマです。
一度鍛え直した方がお勧めですよ。具体的には10年程」
「…そんな事を言って!貴女はアクア様から身体能力を向上させるものを貰ったのでしょう!?」

僕の叫んだ言葉を聞いて、少女は小さく首を傾げた。
その顔には本当に意味の分からないと言った様な、心の底からの疑問を浮かべている。

「何を言い出すかと思えば…これは今までの日々の努力ですよ。年単位の努力舐めないでください」
「そんな事を言っても…君は僕よりも若いじゃないか」
「若ければ努力をしないと?」

少女の突き刺す視線と冷たくなった声音に、僕は思わず口が止まってしまった。
…いや、口だけじゃない。息を吸う事すら出来ていない。

「人は努力をしないと成長しない。
貴方はその魔剣グラム(玩具の剣)女神様(お母さん)から貰って成長した(嬉しかった)かもしれませんが、それを手に入れた所で自分の強さは据え置き何ですよ」

鍵束を手で持て余しながら、少女はお道化た様に笑う。
…それと同時に少女の後ろには一人の少女…モンスターが嬉しそうに引っ付いており、それを見たパーティメンバー(クレメアとフィオ)が口々に叫ぶ。

「何よ!モンスターなんて庇っちゃって!」
「安楽少女の毒に刺されて狂っちゃったんでしょ!?」
「君の傍に居る少女は安楽少女(モンスター)なんだぞ?!いい加減目を覚まし」

瞬間、殺気。
それが少女から放たれたという事実に気付かなかった僕達は、思わず武器を構えてモンスターの方を確認し…

「黙ってて。偽善者共」

少女からの一言と同時に、グラムが弾かそうになる。
無理な体勢でグラムを取り、そのまま少女に威嚇として当てようとしたからだろうか?

「あっ」
「っ!?ユグ!」

僕の手からすっぽりと離れたグラムは、大樹に突き刺さった。
…それを見て少女が思わず目を逸らすのと同時に、僕達の視界は地面に固定される。

「…すみませんユグ!今すぐ引き抜いて……そんなっ!?魔剣だから……っ!馬鹿言わないで下さい!貴女は不老なんでしょう!?そんなあっけなく……」

少女からの悲鳴の様な声を聴いて、僕は思わず耳を疑う。
…誰と話している?魔剣だからなんだ?
そんな疑問は、僕の上に振ってくる水滴と共に解決した。

「…ユグは私の友達なんだよ?……もう置いていかないでよぅ…」

…それと同時に力が弱まって、僕は少しだけ上を見上げる。
其処には大樹に深々と刺さった魔剣が、何か黒いオーラを纏っている様に見えた。
……それと同時に神聖な力を纏っている大樹が弱り始めて、先端の木の葉が少しだけ枯れ始めていた。
それを見た少女が諦めた様に胸に手を当てて…そして大樹の真下に移動してから祈る様な体勢で魔法を唱え始める。

「…セイグリット・ハイネス……リザレクション!」

…それと同時にグラムが少女の目の前に落ちてきて、大樹がそのまま復活し始める。
若々しい若葉を付け始めた大樹を見て、僕がそのまま拍手を送ろうと立ち上がった瞬間…

「…もう、貴女は居ないんですね…ユグ」

少女の悲痛の感情を孕んだ言葉に、思わず僕は視線を逸らす事しか出来なかった。
…そんな僕を見たのか、少女は涙を拭きもせずにグラムを持って僕の方にやって来た。

「これで良いんですね。貴方達が望んだ事は、こんな終わりなんですよ」
「違うんだ僕は!」
「…私の友達を傷付けに来て、私の友達を殺して……アハハ。偉大なる大樹(エルダー・トレント)でしたっけ?」
「……」

狂った様な笑みで、壊れてしまう程の涙を流して。
少女は唯泣いていた。

「…次は安楽少女(あの子)も殺すんですか?……私から、どれだけ奪えば気が済むんですか?」
「……」
「もう…帰って下さい。これ以上は本当に…貴方を傷付けない自信が無いから」

その言葉と同時に、少女の手にあった鍵束が宙に浮いて…刺さる。
…それと同時に一つの剣が地面に落ちてきたのを機に、少女は涙を止めた。

「選んでください。此処で死んで黄泉に還る、それとも生きて街に帰るか」

前者を選べば生きて帰さないという殺気を一身に受けた僕は、二人を背負って逃げかえる事しか出来なかった。


良い天気に芝生を踏みしめながら、私は伸びをする。

そしてそのまま左右に揺れつつ、テレポートで王城の用事を済ませながら小さく口を緩めた。

そして先程まで考えていたことを口に出すのも良いかと思い、パシンと音を鳴らして攻撃を受け止めながら私は笑顔で喋り出す。

 

「良い天気ですねー」

「っ!この!どうして周囲を眺めているのにも関わらず攻撃が当たらないんですか!っえい!えい!」

「どうしてかって言えば普通に貴女の攻撃が単調だからですよ。王女様」

 

お互いに組み手をしながら、私は欠伸をしつつ攻撃を避け続ける。

…今年で齢6となった少女を一方的に殴るのはどうかと思い、私にクリーンヒットを一回でも当てたら今日の授業は終わりとなっているのだが…

 

「…はぁ…はぁ…」

「もういい加減終わりませんか?8時間もぶっ続けてたら大変ですよ。というかこのまま続けたいなら並列処理位出来る様になって下さい」

「並列処理って何です?!スキルですか!?」

「スキルかどうかで言ったら技能(スキル)ではありますね。勿論自分で鍛える系の物になりますけどね」

 

私が喋りながら攻撃を避け続けると、鋭い蹴りが私の顔面に飛んでくる。

攻撃し続けるという一方的な状況になると、ああいった大技を繰り出してしまう。

勿論実戦では約に立たないので…

 

「あぐっ…ぉ…ぇ……」

「こんなに相手がピンピンしてる状態で大技をしないでください。隙だらけだから腹に蹴りを一発入れて見ました」

「ちょ!?万が一王女様が子供が作れなくなったら…」

「その時は諦めて下さい。それとも明日から私以外の人に頼みますか?」

 

私の一言を聞いて真剣に悩み始めた近衛兵を見つつ、私は王女の方を見続ける。

…強く蹴り過ぎたか?

そんな事を考えながら一歩、二歩と近づこうとし…

 

「ッシッ!」

「相手が油断してる足音かどうか聞き分けなさい!油断してたらクリーンヒットだったかもしれないけど今の一撃は油断してなかったら対処可能ですよ!」

「っ!はい、先生!」

 

最初はこんな少女が?とか色々ごねていたがどうやらちゃんと先生と認めてくれたらしい。

少しだけ気分が良くなりつつも、攻撃を避けながら私は冗談を言う為に少しだけ離れる。

 

「よし良い調子です。もしこのままちゃんと成長して、万が一子供が埋めなくなったら私が貰ってあげますよ」

「ほんとですか!?」

「駄目に決まってるでしょアイリス王女!」

 

私の一言を聞いて目を輝かせたアイリスと、それを止める近衛兵を見ながら私は思わず苦笑する。

どうやらここら辺の貞操観念はまだまだらしい。

まぁ最前線だから先に戦闘訓練を詰め込みたいと言うのも分かるが…先に貞操観念系の勉強をさせないといけないだろうと少しだけ思ってしまった。

そんな事を考えつつ、私はアイリスに蹴りをお見舞いする。

今度は速度を付けて殴ればよいとか考えていたのだろう。置いた足に自分からぶつかって地面に倒れるアイリスを見た近衛兵が、苦しそうな表情で口を開く。

 

「…っ!これ以上は…」

「止めないでクレア!私は先生に認めて貰うんだから!そして立派な王女になってこのベルゼルグ王国を守るんです!」

 

良い咆哮だ。

そのまま私に鋭い一撃を入れようとしたアイリスを見ながら、私は心の中で小さく賛同した。

兎に角喋る事が大事なのであって、心の中で燻らせてるだけじゃそれは何もないのと同義だ。

私は宝物殿に置いてあった剣をアイリスに渡しながら、小さく微笑む。

 

「真剣を使って、今のありったけの想いを私にぶつけなさい。どうせ貴女の一撃程度だったら私は死にませんからね!」

「…っ!行きます!」

「ちょっとその剣…」

 

近衛兵が感づき始めたがもう遅い。

アイリスが(想い)を籠め、その想いに共鳴して光が増し始める。

…それを見て私はゆっくりと微笑みながら冷や汗を掻き始めた。

あっこれ私が不老不死じゃなかったら重症負ってたな。

 

「エクスゥゥゥ!!」

「アイリス様!?それは人に放って良い力じゃ…」

「テリオォォォォォォォォン!!!」

 

巨大な光の剣が私に襲い掛かる。

それを見て私は鍵束から一つの武器を取り出し、それを片手で取ってから軽く一度光の剣に打ち付ける。

…それだけで私の身体は沈み込み、お互いの剣から嫌な音が鳴り響いた。

 

「…つっっょ…!」

 

六歳でこれとかチートじゃん。

私もこんな力欲しかったななんて思いつつ、鍵束を再使用して二刀流の要領で光の剣を抑える。

…それと同時に光が分裂しそうな感じになり…私は思わず苦笑した。

 

「…まさかこれ、斬撃…っ!」

 

光の剣創造キットではなく斬撃を飛ばすスキルだと分かった瞬間、私は攻撃を受け止める方向から逸らす方向へとシフトした。

それと同時に光がどんどん強くなるが、必殺技(チート)には女神の恩恵(チート)だ。

武器を使って取り敢えず剣を逸らし、反す刃でアイリスの武器の先端を抑え付ける。

約一秒程度だが、その一秒によって斬撃が地面にぶつかり……それに全てを掛けていたアイリスも倒れ込んだ。

それを見たクレアが慌ててアイリスの下に行くのを見て、私は小さくため息を吐いた後に…城の外に向かって歩き出す。

此処からテレポートは出来ないので少し歩かなければいけないのだ。

 

「……一つ教えて下さい。生きる伝説の少女」

「その称号は久々に聞きましたね。最近は鯖詠みババァって同業者に言われ続け…」

「貴女はどうやってその力を手に入れたんですか」

 

近衛兵の一言に、私の口と足が止まった。

…どうやって手に入れたなんて、毎日修行していたからとしか言えないのだ。

でも、どうして此処まで修行をし続けられたのか…という問いの答えだったら私の答えは一つだ。

 

「…友達を亡くし続けたら、誰だってそうなる」

「……それは…何人程?」

「……分からないよ。人数なんて」

 

本当は分かっている。

私の後ろには、何千の死体が転がっているのだ。

けれどそれを言った所できっと出るのは慰めの言葉だけだ。

 

「…それだけ?」

「……はい。辛い事を思い出させてしまって申し訳ありませんでした」

「別に辛くはありませんよ。悲しいだけです」

 

そういってから歩き出すのと同時に、誰かからの悪口が聞こえた。

…化物が。とかそういった言葉は言われ慣れているから別に気にしない。

不老不死を願った時点で、その言葉は想定済みなのだ。

 

「……」

 

そして、私の友達は(化物)とも仲良くなってくれる優しい人達だ。

…年代が続けば続く程、絆は深くなっていく。

それはモンスター然り人間然り…魔王然り。結局死を超越した者は誰もおらず、私は新たな出会いと別れを繰り返すのだ。

 

「折角だし今日はユグに会いに行きましょうかね。最近出会ったあの子の調子も見ておきたいですし」

 

一度捕まった安楽少女に懐かれた私は、ユグと一緒に安楽少女の子育てをしていた。

…まぁ、拾った私も悪いのだし偶には良いだろうと思いながらも…私の足取りは軽かった。

ユグが大好きなお水を買って、安楽少女のあの子が好きそうな果物を買いつつ私は夕方の王都を駆け抜けた。

幸い明日もアイリスとの組み手をしなければいけないのだ。今日は少しだけ早めに行っても良いだろう。

 

「というか時間に遅れるとあの二人凄く怒るんですよね…全く、誰が育ててるのか一度はっきりさせないと……」

 

文句を言いながらも、私の顔には笑顔が溢れてしまう。

…ああ、今日も明日も、来月も来年も…願わくば一生。

 

「…こんな風に、ユグと私と…あの安楽少女三人で過ごせます様に」

『全く、帰ってきて直ぐに何を当たり前の事を言ってるの?それよりもあの水買ってきたんだよね?』

「おねーた。おか、リー!」

「二人共ただいま。…いえいえ、今日人間に強くなる秘訣を聞かれてですね?」

 

森の中で私達の声だけが鳴り響き、それを聞いた狼達が雄叫びを上げる。

変わらない日常が続く様に、私達の絆もずっと続いていく。

 

『そうなの?大体不老不死のマシロに聴く事じゃないけどね』

「ねー」

「そうですね。二人は強くなりたいんですか?」

『私はねー…』

 

きっと、永遠に。



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-2.5話

「王女様ってどんなお仕事があるんですか?」

訓練が終わり、兵士達が訓練場を使っている頃。
暇潰しの為に聴いたのでしょう。机に顔を当ててだらんとしている少女を見ながら、私は少しだけ苦笑しながら一枚の紙を見せました。

「…こんな感じです。一応言ってはいけないお仕事とかはお父様やお母様がやっているんですよ?」
「という事は…今はまだ勉強中なんですかね?」
「そうですね。今はちゃんと訓練に集中して欲しいからと…最低限しか教えて貰えてないんです」

私だって戦場を経験した立派な王族なのにと、少しだけ頬を膨らませてから言えば…少女は困った様に笑ってから「それだけこの国が危ないんですよ」と喋りました。
基本的に目の前の少女は現実的な事を言います。
楽観視をせず、何処までもお人好しで無鉄砲。それは生まれ育った環境の所為なのか、それとも今まで培った経験なのかは分かりませんでした。

「魔王の襲撃が多くなりましたね」
「そりゃあそうですよ。あちらも戴冠式を終えてスキルの譲渡が決定したのですから」
「…へ?」
「因みにその戴冠式は私も呼ばれましたね。取り敢えず来賓呪辞をして帰ったのですが…割と面白かったですよ?」

違う、そうじゃない。
何故魔王の戴冠式に呼ばれたのか…とか、そもそも結界を通り抜ける方法があるのか…とか。
色々聞きたいが絶対目の前の先生は答えてくれない。寧ろふざけ切った回答をして私を苛々させるに違いないのだ。

「…ソウデスカ」
「因みに呼んだ魔王は本当に来たの?みたいな表情でこっち見てましたね。あれは面白かったです」
「……因みにどうやって入ったのか聞いても良いですか?」

私の質問を聞いて、先生が少しだけ困った様な表情を浮かべ…そして回答を思いついたのか嬉しそうに笑いました。

「魔王がトイレに行く時テレポート使うので、其処だけテレポート場所を設定可能なんですよ。なんで昔結界を張る前にちょちょっと入ってテレポート先に設定したという訳です」
「…時々手段と目的が入れ替わってるって言われません?」

私の一言を聞いて先生の首が小さく傾げられ…私は諦めて先生の頭に膝を乗っけました。
…そうすれば頭を撫でてくれないかなと予想したのですが…先生は困った表情のまま私の持っていた紙を流し読みし始めます。

「…先生ってノーマルですか?」
「レズですよ。時々レズのサキュバスと一緒に遊んだりしてます」
「……は?」
「一応人助けなんですよ?レズのサキュバスって男性の精気を吸えず死んでしまうんです」
「そうですか」
「生きる場合には女性の精気を取らないといけないんですが普通の女性だと精気の取られ過ぎで動けなくなりますし効率も悪いらしいんです。だから私の精気を吸い取らせてどちらもwin-winなんですよ!」
「そうですか」

突然早口になった先生を濁った眼で相槌を打ち、私は先生がレズという情報だけを手に入れて満足していた。
…そして私が女王になった暁には、この世界のサキュバスを全員消し炭にしてやろうとも。

「…まぁなんで。基本的に人間の女性には襲い掛かりませんよ」
「合意の上でもですか?」
「合意してくれるんですか?」

意地悪な言い返しに少しだけ口を窄めれば、「今のは私が悪いですね」と優しく頬を撫でてくれた。
…本当は頭を撫でて欲しいのに、どうして撫でてくれないんだろう。

「まぁもし合意の上でしても良いよって人が居たら、するかもしれませんね」
「本当ですか!?」
「おおう乗り気ですね…もしかして貴族のお嬢様と恋バナとかしないんですか?」
「…まぁ。趣味嗜好が違うので」

その一言を聞いて小さく首を傾げた、幼い私の趣味嗜好を捻じ曲げたマシロ様を見ながら…私は思わずため息を吐いてしまいました。

「因みに先生は浮気はありな人ですか?」
「本気で一人を愛したら先生、多分今を生きてないですよ」

言葉に籠められた強い想いを感じて、私は思わず黙ってしまった。
…きっと、愛した人は既に死んでしまったのだろう。
毎日を幸せに過ごして、一緒に冒険者として戦って、引退したら老後も一緒に居て。
……そして、看取られて死んだ。

「…秘術を使わなかったんですか?」
「えぇ。私が望めば使いますとは言ってくださったんですけどね。…こんな孤独に誘う事なんて、私には出来ませんでした」

そういってから、マシロ様は私の身体を起こして立ち上がる。
…そしてゆっくりと窓際に言ってから、祈りを捧げるのだ。

「…あの子が第二の人生も、幸せに過ごせます様に」

金髪の剣士(マシロ様の想い人)が生まれ変わっても幸せになるようにと祈る姿を見て…私は頬を膨らませながら苛立ちを募らせる。
…その苛立ちが嫉妬だと気付いたのは、先生が謝りに来たあの日の……ずっとずっと後の事だった。


私とマシロ様のお話…ですか?

確かに幾らでもありますが…それだったら私がマシロ様を“先生”から一人の“少女”として認識した思い出を語っても宜しいかしら。

…ありがとう。余り人に話した事は無いからお聞き苦しいかもしれないけれど…頑張って話すわね。

 

想像を超える、と言えば良いのでしょうか。

それともやはり期待通りだったと喜ぶのが良いのでしょうか。

結局彼女に傷一つすらつけられず、逆に私の身体はボロボロで。

王女相手に容赦ないと口を尖らせれば、「戦場では皇位は関係ありませんよ」とお叱りの言葉を受けてしまいます。

 

「…っ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

「油断しないで下さいね。戦場で油断したら死にますよ」

「わがっでまずぅ…」

「ならばよし。これくらいは簡単に終わらせて次に行きましょうね」

 

私の言葉に満足したのか大量の魔法を放ち、私に回避の練習をさせる伝説の少女を見ながら…過去の私は思わずため息を吐いてしまいました。

それと同時に私の髪の先端が焦げ始め、私は慌てて魔法を避けながら一歩踏み出そうとするのですが…

 

「っ!」

「ちゃんと相手の技を確認して、何処の弾幕が薄いか把握しなさい!唯突っ込むだけでは火達磨になって終わりますよ!」

「っむ、むり」

 

私の悲鳴すら少女には届かず、結果火耐性を貫通した魔法に焼かれて私の身体はボロボロになってしまいました。

何度も何度も泣いて泣いて、泣いて…そしてどうして私がこんな目に合わないといけないんだろうと思った日もありました。

と言うかあまりの厳しさに思わず王城に居た兵士達を叩きのめして逃げた時もありました。

煌びやかなドレスから動きやすい服装(後で聞いたのですがその服はマシロ様が作った私専用の服らしいです)に姿を変え、私は王城を脱走して街の外に行きました。

全力で走り続け二時間ほどでしょうか?

お腹が空いてしまい更には喉も乾き、けれど街での買い物が一切分からなかった私にはそれを満たす方法なんて分かりませんでした。

 

「…おや王女様。今日は街にお出掛けですか?」

 

そんな時に現れたのが、生まれてからずっと私に指導をしてくださった先生であるマシロ様でした。

今日も訓練をすると知っていた私はマシロ様から全力疾走して逃げようとしましたが、その前に微笑んだままのマシロ様が私の手を握りしめました。

握り方は優しく…けれど逃げる隙を与えない様な握り方で手を繋ぎ…街の高級レストランに入りました。

二人でと笑顔で言ったマシロ様の手を払って逃げる気力も体力も根性も無かった私は、大人しくやってくる料理を待つ事しか出来ませんでした。

お互い無言のまま時間が過ぎ去り…無言に耐えきれなくなった私は料理に一切手を付けてない(勿論当時の私は気付いていませんでしたけど)マシロ様に話しかけました。

 

「…あの」

「どうしました?」

「えっと……今日の、訓練なんですけど」

「おや。訓練をお望みだとは思いませんでした」

 

お道化た様に笑ったマシロ様を見て、私は思わず顔を伏せてしまいました。

…確かに訓練が嫌だったから逃げたのに、話題が訓練だったら「じゃあ今此処でやりますか?」なんて言われるに決まってます!

……まぁ、マシロ様の性格を知った今はそんな事を考えませんが…当時の私の心境はそんな感じでしたね。

 

「心配しなくても今日はお休みですよ。と言うより嫌なら私じゃなくても良いんですよ?別に私は女の子を悪戯に傷付けて喜ぶ変態じゃありませんからね」

 

そんな風に言っていたマシロ様に、当時の私はかなり驚いていたと思います。

てっきり巷で噂のドS少女かと思っていたので唯虐める事に快感を覚えているんじゃないか…そんな風な妄想を膨らませていた時期もありました。

 

「一応言いますが、あの訓練に私の趣味嗜好は一切関係ありませんよ?」

 

少しだけ呆れた様な表情を浮かべながらそう言ったマシロ様を見て、過去の私は疑い深く見ていました。

…まぁ、生まれてから今までずっと殴る事すら出来ず唯痛みに耐える訓練…と言うよりは虐めの方が近かったんですけど…を受けていた私からすれば、いまいち決め手に欠ける情報だったとしか言いようがありません。

勿論マシロ様も今の情報で説得させる気は無かったのでしょう。私の顔を見て苦笑しながら喋り始めました。

 

「えっとですね王女様。もし仮にダメージを食らった場合、即座に反撃できますか?」

「出来るに決まってます」

 

私の言葉を聞いて、マシロ様が突拍子も無く頬を叩きました。

その瞬間無意識で身体が動き、私は拳で少女の脳を殴って動きを止めようとして…そのまま私の手は少女に掴まれました。

 

「反撃もちゃんと急所狙いですし、殴られて即座に反撃が出来るのは良い傾向です」

「…それがどうしたんですか」

「もし仮に私があの訓練をしていなかったら、ちゃんと反撃は出来ていましたか?王女様?」

 

その一言を聞いて、私は思わず息を飲みました。

…生まれてすぐの私は剣を振るのもやっと。けれど周囲からの誉め言葉に終始浮かれてばっかりで、正直兵士としてはド三流も良い所でした。

……もしかしたら、新兵としても危うかったかもしれません。

 

「攻撃をしたい。怪我無く倒したい。相手の攻撃を全て避けたい、受け流したい…理想はそうでしょう。けれど現実で傷無く倒せますか?500人からの攻撃を避けられますか?全てが急所狙いの一撃を、貴女は集中力を切らさずに避けきれますか?」

 

私は無理でしたね。

そう言って笑ったマシロ様を見て、私は思わず息を飲んでしまいました。

…その笑顔の裏に、どれだけの傷や痛みがあったかなんてわかりませんでしたが…それでも、私以上に苦労しているという事だけは…昔の私でも理解出来たのです。

 

「私は神様によって無限の命が与えられたので大丈夫ですが、貴女達は一つの命しかありませんからね。……だから、私が見れる時にしっかりと死なない術を…とは思っていたんですが…」

「…ぁ」

 

後にも先にも、マシロ様が私を撫でてくれたのはこの一回だけです。

お父様の話では一応私が生まれた瞬間、祝福を籠めて撫でてくれたらしいが…私が覚えている記憶ではこの一回しかありません。

 

「…少しだけ焦り過ぎちゃいましたね。明日からはのんびり、日向ぼっこでもしながら座学をしましょうか」

「…っ!い、いえ!明日から、いえ今日からでも!」

 

始めて撫でてくれたマシロ様に、褒めて貰える時にまた撫でて貰えるんじゃないか。

そんな思いが先行して口走った台詞は、完全に口から出まかせで。

でもそれすらもお見通しだったのでしょうね。マシロ様は慌てないでと小さく微笑みながら優しく撫で続けて…

 

「先ずはご飯を食べてからですよ。気分転換になるなら一日くらい遅れたって良いんですよ」

「…ぅ」

「戴冠式までは、一緒に居ますからね」

 

その言葉を聞いて、昔の私は少しだけ口を緩ませてしまって。

…けれど魔剣の勇者によって友達が死に絶え…

 

「ごめんなさいアイリス様。約束、果たせそうにありません」

 

そう言いながら去っていったマシロ様の顔と魔剣の勇者と呼ばれたあの冒険者の姿を…

 

「…アイリス様。今日はこれくらいで」

「そうですわね。ありがとうございます」

 

私は絶対に、忘れない。



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-3話

-おーきくなったら、およめさんになる!
-ふふ。楽しみに待ってますね。

「……」

月を見ながら、過去の事を思い出す。
…あの子は今何をしているのだろうか?

-…っ!間に合いませんでしたか…
-……マシロ…さん…ごめんなさい…
-何を言ってるんですか!まだ私が解除できないと決まった訳じゃ!

魔力を切らし、体力を限界まで減らして…それでも私達の呪いは解除できない。
…それはそうだろう。彼女は冒険者であって本場のアークプリーストではなかった。
だから直せない事は当然だ。私達が下手打っただけで、悪いのはマシロさんではなかった。

「ごめんなさい。私が少し早ければ…」

そういって泣いていた彼女を、私はなんていえば良かったのだろうか。
…大丈夫だよなんて慰めだ。ごめんなさいなんて、嘲りだ。

-良いんですよ。今回は私達が下手打っただけですからね。
-そうそう。良いんだよ別にさ。明日死ぬかもしれない冒険者家業が一週間で死ぬってだけなんだからさ。
-…でも…

泣きながら皆を抱きしめるあの子を思い出しながら、私は月を見て小さくため息を吐いた。
…ああ、あの子は今も元気だろうか?
元気だろう。もう何百年も前の歴史に登場している人間なのだ。

「…だからこそ、私がリッチーになったんですよ」

悪魔の契約?パーティを助ける為?…違う。
きっと嘘かどうか調べる魔道具があったら鳴っているだろう。
そんな事を考えながら私は家に戻ろうとして…魔力感知に引っ掛かったとある対象を見て思わず口を緩めた。

「…やっと、見つけましたよ。私の下から離れちゃ駄目って言ったんですけれどね…?」

呟いた一言は闇に溶け、私は一人の少女の背中に糸を引く。
…もう二度と居なくならない様に、私が手綱を引いてあげないと。

「…じゃなきゃ、私がリッチーになった理由が無くなっちゃいますからね」


油断した。失敗した。裏切られた。

後悔後先に立たずとは言うが、流石に今回は後悔したくなる程の裏切り行為だ。

しかも裏切った奴が速攻で死んだと来た。

恨み節を言う相手も居なければ今目の前で戦ってる相手に言い訳を出来る訳でもない。

 

「っ!このやっ…インフェルノ!」

 

相手に向かって上級魔法を使うが、相手は刀を逆に構え…そのまま一閃。

それを見て私は思わず舌打ちをしつつ、新しく魔法を使って相手の視界を完全に塞ぐ。

炎、雷、爆発、炎、水、炎、氷、稲妻、爆発。

全部直撃させた筈なのに大したダメージも無く、私の方を見て瞬時に追い縋る様に腕を斬り付ける。

弾け飛ぶ右腕を掴んで回復魔法を使い、鍵束から杖を手に入れて魔法を多重詠唱を行う。

 

千重詠唱(ミリプレックスキャスト)!インフェルノ…」

 

魔力だけではなく生命力がゴリゴリと削れ、私の首から下が全て動かなくなってしまう。

大量の炎が私達を包み込み、それを見た相手の動きが一瞬だけ止まる。

 

「オリジナル魔法、魔力コンロ!」

 

私の一言と同時に大量のインフェルノが一斉に相手に襲い掛かる。

…それを見た相手が私の炎を斬り付けながら近づき始め、振り下ろされた刀によって私の身体は一瞬で二つに別れる。

それを見て私は左手で魔法を唱えると、そのはじけ飛んだ上半身が時が戻る様に戻っていった。

……それを見た相手が刀についていた血を切り払うのと同時に、私の首筋に刀が押し付けられる。

 

「っ…武士の情けですか?馬鹿にしないで…下さいね!」

 

私が鍵束を使って刀を手に入れるのと同時に、周囲の雪精達が私の周囲に集い始める。

…それと同時に、私の足が少しだけ氷始め……それを見た武士が私の首に押し付けられた刀が振るわれる。

……首がはじけ飛び、私の視界が地面と近くなり……

 

「っ?!」

「始めて驚きましたね雪の武士……いえ、日本の人達(同業者)の方が付けた名前を教えるべきでしょうね。冬将軍」

 

私の一言と同時に、私の首が元の位置に戻り私は刀を使って冬将軍を斬り付ける。

それを見た冬将軍が私の刀を斬り落とそうとするが…神器を切り落とす事が出来なかったのか鍔迫り合いになった。

私は態と力を抜いて上半身を斬られるが…それを見越して私は冬将軍の頭を両手で掴んでそのまま微笑む。

 

「…ふふ。このままサイバイマンごっこしてやりますよ」

 

私の一言と同時に私の身体を振り下ろそうとしてくるが、それを防ぐべく私は頭を抱きしめて魔法を唱え始める。

魔法詠唱、放棄(キャンセル)、詠唱、放棄(キャンセル)、詠唱、放棄(キャンセル)、詠唱、放棄(キャンセル)、詠唱、放棄(キャンセル)、詠唱。

魔法を唱える瞬間に大量の魔力を集め、それを身体の中に溜めながら生命力(HP)魔力(MP)に変換し続ける。

 

「…アハッ。エクスプロージョンの25倍の爆発!耐えきれるなら耐えて見て下さいよ!」

 

私の言葉と同時に私の上半身にため込んだ魔力が暴走し始める。

大量の熱を持ち、私達の傍に居た雪精達が余波で溶けていく。それを見た冬将軍が私を殺そうとするが、既に溶けだした身体にくっ付いている私を剥がす手段は無い。

魔力の影響によって私の身体がボロボロに溶け始め、私の意識と精神が一本の糸の様に解け出す。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゛ぁ゛!!」

 

声を上げて意識を保とうとしているが、意識は朦朧としだし瞼がだんだんと下がっていく。

このまま失神すれば相手を殺せる機会が無くなってしまうので舌を噛んで意識を保ち、私の身体は高温によって溶け出す。

私の魔力の影響で空いた穴に自分の復活した左手を突っ込み、其処に今まで溜まった魔力を全て集める。

 

「っ喰らいなさい!エクスプロード・グランドクロス(十字架)!」

 

私の言葉と同時に、私の左手から白い十字架が発生して私と冬将軍を包み込む。

そのまま瞬時に私達の周囲の雪が消え去り、此処一帯が焦土となる。

…私の意識と身体がゆっくりと戻り始め、まず視界が戻った瞬間…

 

「っ!?」

 

冬将軍が私の首に刀を振るおうとし、そのままの姿勢で止まる。

…よく見れば冬将軍の身体は殆どが溶けかかっており、片足と片手だけで私の方まで辿り着き…そのままの姿で立ち止まったのだろう。

私の首筋と刀の距離は約一cm。後一秒でもあれば私は今日何度目かの死を体験していただろう。

 

「…警告出さないといけませんね。雪精達を狩るのは暫く禁止させた方が良いでしょう」

 

私の冒険者カードには冬将軍と書かれた討伐記録が残っており、目の前には半分だけ残った冬将軍が刀を振り下ろす前の姿勢で止まっていた。

…取り敢えず冬将軍を解体して素材を手に入れて、その後に色々考えを…

 

「んっ…なんですか突然」

 

考えを纏めようとした瞬間、一匹の雪精が私の頬を突き始めた。

攻撃と呼ぶには余りにも弱く、そもそも雪精は攻撃をしない大人しい性格の持ち主だ。

冬将軍がやられたから仕返しに私に攻撃を入れたのだろうか?とも思ったが他の雪精達は特にふわふわと浮いているだけだった。

それを見て私は更に首を傾げるが…雪精が私の服の中に入って身体がひんやりとし始める。

 

「ちょ?!雪山でそれは冷たいんですけど…ひゃ、動かないで下さいよ!…っ~!しまいにゃ斬り付けますよ!」

 

私の言葉に反応したのか、それとも余りの寒さに暖を取って満足したのかは分からないが…満足そうな表情で出てきた雪精を私は思わず睨み付ける。

正直後ちょっとで冷たさで心臓が止まって冬眠(永眠)しそうになったのだ。

これくらいは許されて然るべきだろう。

 

「…何ですか次は。私の手にくっ付いて……ん?この刀を取れって事ですか?」

 

私の言葉を聞いているのか居ないのかは分からないが、私の手に移動してから冬将軍の持っていた刀の方に移動した雪精を見て…私は刀を手に取る。

鋭い刃は氷みたいだが、普通の氷にあるまじき耐久性と鋭利さを兼ね備えている。

そして持ち手は雪を掴んでいる様にふわふわなのに、何故か持っている手から暖かさが伝わってくる。

 

「…これは神器何でしょうか?こんな風な武器を持っていた日本人が居た気がしますが…」

『……これは神器の偽物。本物は遥か遠くに御座います』

「っ?!」

 

私以外の声が聞こえて周囲を振り向けば、八方向に私が倒した筈の冬将軍が現れていた。

…囲まれた。

先程の魔法を使えばもう一度撃退は可能か?とも思いつつも、私は左手に魔力を籠めて周囲を警戒すれば……突然の風によって私の魔力はあらぬ方向に飛ばされた。

 

「っ!?」

『落ち着いて下さい。私達精霊に戦う意思は御座いません…勿論、貴女が望めば戦う事も吝かではないのですが』

「…分かりました。貴方達が襲わないのであればこちらも交戦する意思はありません」

『助かります』

 

私の言葉と同時に、八方向全ての冬将軍達が私に膝を付けてお辞儀をし始める。

…確か合手礼と呼ばれるお辞儀方法だったかな?

 

「この刀は元に戻した方が良いですか?」

『雪精が認めた以上、私からは何も言いませんよ。それは雪精なのですから、本人が認めた以上精霊は何も言えないのです』

「…それは雪精…つまり刀自体が雪精だと?」

『その通りです。冬将軍と戦う時、危険なのにも関わらず雪精達はずっと残っていたでしょう?』

「あれは守り神の様な物が現れたからと思っていたんですが…実際は逆だったんですね」

 

そういえば私が魔法を放つ瞬間も、その魔法に向かって一目散に向かっていた気がする。

あれは一矢報いる為に向かってきたのではなく、冬将軍を回復させる為に向かってきた…と言った所だろうか。

 

「…どうして今日、今まで現れなかった冬将軍が現れたのですか?」

『精霊は人のイメージから具現化します。積み重なったイメージが漸く今日、こういう形で具現化したのです』

「……成程。日本人の所為ですか」

 

私がため息を吐きながら刀を撫でれば、その刀はポンと言う音と同時に雪精の姿に戻った。

…それに驚いていると、目の前の冬将軍の身体に入り込み……傷がだんだんと治っていく。

そして完全に傷が治ると私の方に赤い目を向け、片膝を付けて消えた筈の刀を私に差し出した。

 

「…彼らも不死身なのですか?」

『不死身とはまた違いますね。貴女の自爆に似た技によって確かに目の前の冬将軍はその役目を終えて眠りにつきました』

「……」

『ですが雪精とは無限に存在する物。冬と春が存在する限り雪精は無限に生まれ…そして無限に消える。

それを受け入れて今まで消滅していた雪精達が、貴女達のイメージによって冬将軍に生まれ変わった…という認識が正しいでしょうね』

「つまり冬将軍を完全に抹消させる事は出来ないと?」

 

私の一言と同時に、今まで吹いていた風が吹き止んだ。

…それと同時に、優し気な声から一転し心を鷲掴みする様な声が私の頭の中で響き始めた。

 

『一度固まったイメージはもう二度と覆せない。もし完全に消滅させたいなら生まれてくる雪精を倒し冬将軍を片っ端から斬り飛ばせば良いんです』

「…っ!?」

『最も…それを人類が出来るかどうかと言われれば…無理と言わざるを得ませんけどね』

 

その言葉と同時に、私の首が切断されて瞬時に凍り付く。

…目の前の冬将軍がやった訳ではない。つまり未だ精霊の姿を保っている“ナニカ”が私を殺そうとしたのだろう。

私の首が落ちて八方向に居た冬将軍が消えたのを見てから、私は首を拾って切断面をティンダーで温めて回復魔法でくっつける。

 

「…それでは遠慮なく貰いましょうか」

 

そう言いながら私が冬将軍の刀を取ると、冬将軍はあっさりとその姿を大量の雪に変えた。

…そしてそのまま三匹の雪精達が空に昇り始め…私は漸く終わったとため息を吐いた。

何度も斬られた首を触りながらも、私は持っている武器を見つめて…そして小さくため息を吐く。

 

「……後五十年くらい刀の練習しましょうかね」

 

冬になる度に冬将軍に稽古をつけて貰おうかなと、未来の予定を立てながら…私は自宅に移動する為にテレポートを詠唱した。




-第21256回報告書/冬将軍と持っていた神器について

-贋刀・樹雪(ジュセツ)
-過去に生まれた神器から作られた贋物の刀。
-それは周囲の雪や水を刃を所持者の望む物や鎧に変え、茎から露を垂らされ続けており自らの刃を最善の状態に整えると言った性質を持った…いわば刃の永久機関である。
-周囲の水分をそのまま凍らせたりして冬将軍の様に鎧を作る事も出来るが、周囲の温度が極端に高かったりすると失敗する。
-またこの刀の誕生には雪精と上級精霊の両方が関わっており、新しい転移者が死んでそれが精霊の手に渡ると、第二第三の冬将軍が確認される可能性もある。
-神器所持者の転移者は常に警戒する様に注意されたし。

-著者/暁真白

RE:第21256回報告書/冬将軍と持っていた神器について

今回の件については納得した。
調査並びに冬将軍の討伐、ご苦労であった。お陰でギルドマスターが頭を抱えていたよ。

さてその武器に関してだが既に調査の報告は出ている。
過去にそれに似た様な刀を所持し、去年の冬に戻ってこなかった涼風春香の所持神器である『--』だ。
君には馴染み深い名前じゃないかな?君の警告を無視して雪山に行き…そして精霊に殺されたのだろう。
本来精霊は人間を自分から傷付ける様な奴ではないのだが…奴が逆鱗に触れたのかもしれないな。

偽造神器については幾つか報告を受けている。
その中には君の言った様な武器や防具、そして道具が発見された。
未だ数は其処まで確認されておらず、そもそも神器を持っているだけのモンスターなのか偽造神器なのかは分かっていない。
何れこちらの方から正式に依頼を出すので、調査をお願いしたい。

-追伸
いい加減累計の数字で書くのは止めてくれ。毎回報告書の返事を書く時書き続けるのが面倒だ。
それと神器『----』と『----』の捕獲をお願いしたい。どちらも主から離れて久しい。
後は近々ベルセルク王国の新たな王族が生まれるそうだ。この機会に王都に来て、俺と一杯付き合ってくれよ。
女性好きなサキュバスを連れて待っているぜ。

著者/日本人転生者兼冒険者ギルド副マスター


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原作開始~
0話


…いつの日か、考えた事がある。
このままずっと過ごした結果、人類が滅び、悪魔が滅び、魔族が滅んだらどうなってしまうのだろうかと。
私は唯一人の世界を彷徨うのだろうか?
……怖い。

強い者は沢山いる。不老である者も沢山いる。多分魔物達も不老の類だろう。
そして言葉が話せる魔物も沢山いるし、死を超越した存在も多数いるのだ。
…それでも、何時かは滅んでしまう。
もし魔物が絶滅したら、人間達が滅んだあと私はどうすればよいのだろうか?

そんな思いからか、私はきっと魔物の方に心を寄せているのだろう。
一匹の安楽少女に、一つの偉大なる大樹(エルダー・トレント)に、そして一人の女好きのサキュバスに。
何時か魔王になるんじゃないかなんて、そんな冗談を同業者や魔王本人に言われる程に、今の私は魔物に信頼している。

だから私に魔王は倒せない。
…何故なら孤独になってしまうからだ。もし私が魔王を倒したなんて言ったら…皆から恨まれるに決まってるからだ。
新しく得た絆を無くしたくない。けれど…もし、もし仮の話だ。

もし仮に…私を送った神様が現れて、もう一度魔王討伐の命を出されたら…私はなんて答えれば良いのだろう?
親友を、仲間を、友達を、恋人を…全てを裏切って刃を向ける事を…

私に、出来るのだろうか?


アクセルに住んでから数か月、私は酒場で飲んだり近所のサキュバスのお店に行ったり依頼受けたりサキュバスと色々シたりリッチーの女性に捕まったり嫉妬で狂った安楽少女に脳内麻薬打たれて死にかけたりしていた。

…最後のは殆ど自業自得の様な物だったが、まぁそれはそれで幸せな日々だったのでよしとする。

そんなこんなで今日もアクセルに居る訳なのだが、理由はちゃんとあるのだ。

勿論何処かの冒険者の様にサキュバスが居るからではない。

 

「…変な敵意。いえ、変な悪意を感じる様な気がするんですよね。何時もなら神聖な気配で打ち消されるんですけど、今日は何故か無いですし」

「……変な悪意って何?」

「さぁ…?」

 

変な悪意は変な悪意だと小さくため息を吐きながら言うと、目の前の少女は困った様な表情で首を傾げてしまった。

その事に苦笑しながらゆっくりと私は酒場の天井を見上げ…

 

「っ!?」

「……?」

 

何かが降ってくる。

慣れ親しんだその感覚から、転生者が降りてきたというのは直ぐに分かった。

…けれど、この空気は何だろう?

水の精霊が自らを守るように離れていく。神聖な力が一つの場所に集っていく。

……まさか新しい転生者は神様なのか?

 

「…どうしたの?急に天井見て吃驚するなんて…小蜘蛛でも居た?」

「……い、いえ。何でもありませんよ」

「そうなの?まぁもし何かあるんだったら教えてね。私達は…と、友達だから…えへへ…」

「そうですね。私とゆんゆんは友達ですからね」

「えへぇ……」

 

突然何処かにトんで(トリップして)しまった少女を見ながら、私はため息を吐いてゆっくりと冒険者ギルドの扉を見つめ始める。

…登録料で二千、装備は…特典次第で三千程度。最後に食費合わせて合計一万程度だろうか。

硬貨を指で弾きながら私は料理を頼み、そのままずっとトリップしている少女の額に1エリスを乗せ続けるという悪戯をし始めた。

 

「……ふむ」

 

50エリスは新記録だ。

勿論乗せられた数が新記録なのではなく、トリップしている時間が新記録なだけで眠っている間にやった遊びの時は2000エリスまで乗せた記憶がある。

勿論魔法やスキルをフル活用した結果ではあるが。

 

「…はっ!?」

「54エリス。次回は60エリス狙ってみましょうか」

「ちょ、何をしてるの!?」

「ゆんゆんトリップショー」

「なんか卑猥?!」

 

実際は呆けてるゆんゆんに唯々硬貨を乗せ続けるだけの異様な光景だが。

そんな事を考えながら私は魔法を発生させ、硬貨を一気に片付ける。

それを見たゆんゆんが私をじっと見た後に…

 

「…むぅ。また新しい魔法作ってる…」

 

私の冒険者カードを見てため息を吐いていた。

…その事に少しだけ頬を緩ませながら、私はゆんゆんの頭を優しく撫でる。

えへへと嬉しそうに撫でられたゆんゆんはとても撫で甲斐があるのだ。そのまま持っていた櫛を使って髪を梳かしてあげれば、とろん。とした表情が見える。

 

「…ん」

「紅魔族の里が出来てから居ましたからね。魔法の作成と扱いは紅魔族一と自負していますよ?」

「……こうまじょくじゃにゃい…」

「ふふ。そうですね」

 

ふにゃふにゃしているゆんゆんの会話を流しながら、私は優しく髪を梳かし続ける。

…そしてそのまま眠ってしまったゆんゆんの頭を撫でてから…私は目が覚めるまで周囲の音が聞こえなくなる魔法をゆんゆんに掛けて、そのまま新たな転生者を待った。

今回の転生者は果たして善か悪か。どちらだろうか?

 

「いいかアクア、登録すれば駆け出し冒険者が生活出来る様に色々チュートリアルしてくれるのが冒険者ギルドだ。金を貸してくれるか、駆け出しでも食っていける簡単な仕事を紹介してくれて、オススメの宿も教えてくれるはず。今日の所は登録と金の確保、そして泊まる所の確保だ」

「分かったわ。その辺は、最近トラックに飛び込み自殺して私の所に来てた多くの人達が、似たような事言っていたから把握してるわ。私も冒険者として登録すればいいのね?」

「そういう事だ。よし、行こう」

 

彼らか。

男性一人に女性一人、という事は心中か同時に死んだ他人のどっちかだろう。

…あ、並んでる方に行った。あの受付さん達可哀想。

 

「……ねえ、他の三つの受付が空いてるのに、何でわざわざここに来たの? 他なら待たなくてもいいのに。……あ、受付が一番美人だからね? 全く、ちょっと頼りがいがあると感心した矢先にこれ?」

「ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だ。そして、一番美人な受付のお姉さんってのは、なぜかギルドの冒険者達に恐れられてたりだとか、実は凄い実力者だとかで、一目置かれている可能性が高い。これはこういった世界での基礎知識だぞ。そういった有力者とコツコツとコネを作っとくと後々助かるんだよ」

「……私がバカだったわ。そういえば、そう言った話を聞いた事がある。ごめんね、素直にここに並んでおくわね」

 

あっこれ同時に死んだ他人だ。

しかも片方は余り男性の事を知らない箱入り娘だろう。

…待って、箱入り娘が死んだってもしかして心中の可能性あったりする?

分からなくなってきた私は頭を抱えつつ、ゆっくりとあの二人の歩き方や会話を聞き続ける。

……暗号は無し、動作でモールスも無し。二人の怪しげな動作もない…ちょっと女の人が煩い位かな。

という事で私はあの二人を善よりの人間(魔王に属さない者)と判断する事にした。

 

「はい、どうぞー。今日はどうされましたか?」

「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて……」

「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

 

その言葉を聞いて固まった二人を見て、私は膝に乗っていたゆんゆんの頭を優しくどかしてから立ち上がり…そのまま二人に向かって歩き始める。

…まだ気付いていない二人に気付いた案内の方が頬を赤らめ…そのまま小さく咳払いをしてからチラチラと私を見つめだした。

……どうしたの?急に。

取り敢えず袋を浮かせて1000エリスを20個取り出し、そのまま気付かれない様に歩き続ける。

 

「……おいアクア、金って持ってる?」

「あんな状況でいきなり連れてこられて、持ってる訳無いでしょ?」

「御二人共、お困りですか?」

 

私の一言を聞いて、二人がびくりと肩を震わせながらこちらを見つめた。

…悪戯は成功したらしい。

取り敢えず2000エリスを置いてから顔見知りの受付に対して説明をする。

 

「お疲れ様ですルナさん。この二人は私と同じ出身でして…支払いは私がしますので宜しければ登録して貰えないでしょうか?」

「は、はい!大丈夫です」

 

受付のルナさんに小さく微笑みながら話しかければ、すぐにルナさんが頷いてくれた。

その事に感謝しながらも、私はゆっくりと二人のポケットに9000エリスずつ入れておく。

 

「それでは御二人共良い旅を」

「…お、おう。ありがとうな」

「いえいえお構いなく。折角の異世界なんですから色々楽しんでくださいね」

 

二人だけに聞こえる様に小さく呟くと、男性の方は小さく親指を立ててサムズアップした。

…もう一人の方は視線を右往左往させているのを見るに、どうやら初対面の人と話すのが苦手らしい。

そんな同業者や冒険者の人も沢山いたなぁ…なんて考えながら、私はゆんゆんの眠っている場所へ向かおうとすると…

 

「……えっ…ぁ、……その…」

「どうしたアクア。急に俺みたいなコミュ障以下の口になりやがって」

「う、煩いわね!こちとら心の準備が必要なのよ!…じゃなくて、えっとね…?」

 

先程のコミュ障少女に話しかけられた。

…困った。彼女は突然呼び止めた後に『我が名は○○、転生者にして神器〇〇を貰った者。日本人随一のコミュ障。やがてはリア充となる者!』とか言わないよね?

……ちょっと見てみたいかも。

 

「わ、私の事を覚えてる?」

 

しまった出会い系だったか。

…いや姿を変えた同業者の可能性もある。そもそも私は青髪の少女を覚えていない。

というか何なら隣の男性すら覚えていない。

記憶は確かに剥がれ落ちた所ではなく、お気に入りのラーメン店が何処にあるかすら覚えていない程度に日本の記憶がないが…流石に日本で出会った青髪の少女なら覚えている筈だ。

……だけど私の記憶にはない。という事は…つまり……

 

「えっと、誰かと間違えていると思いますよ」

「ぷっ」

 

私の一言を聞いて思わず隣の男性が噴き出し、それを見た青髪の少女が怒りだす。

 

「だってよアクア。やっぱりあそこでぼーっとしていた女神様なんて覚えてないんじゃないか?」

「なぁ!?ふざけないで頂戴よ!私と約束を交わした仲じゃない!というか、普通こんな可愛いめ・が・み・を!忘れる訳ないでしょう!」

「……約束…女神…?」

 

覚えてない。

というか何?突然女神って言いだす輩とか信用ならない……ん?“アクア”?

…直訳すれば水、偽名の使用だろうか?先程の決定を取り消して悪よりに……いや、違うか。

“アクシズ教”を知っているのはこの世界の住民だけ、更には水を司る宗教は地球では無かった筈。

という事はもう一人の少年の名前を知りたい。

 

「そうなんですね。所でもう一人の御方の名前は…」

「ん?…成程な。俺の名前は佐藤和真。…一応あいつは本物の女神だ」

 

私達は声を潜めたまま喋り出す。

…本物の女神か。どうやらかなり良い特典を貰ったらしい。

という事はあの時の神聖な気配は青色の少女が降りたから…という事か。

 

「…という事は…“特典”はそういう事なんですか?」

「そうだ。そういうお前は…?」

「……この鍵束と、だけお伝えしておきますね」

 

その言葉を聞いた彼が首を傾げた後に…

 

「あの…冒険者登録がまだなんですけど…」

「「あっすいません」」

 

私達の話が長かった所為でルナさんが怒ってしまった様だ。

私と和真が謝り、青髪少女は頬を膨らませた後に……私の袖を引っ張ってから私の顔に自分の顔を近づけた。

…そのまま数瞬見つめ合ったまま視線を合わせていると…

 

「…待ってて。絶対一緒に暮らすんだから」

「…?」

「その間に魔王討伐でもするわよ。どうせ私達は不老なんだから」

「まおう…とうばつ…」

 

その言葉と同時に少女が笑って私から離れるのを見て…私は目をぱちくりとさせた後に……小さくあっと呟いた。




「魔王討伐、忘れてました」


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+1話

「……」

空を見上げ、私は諦めた様に天に手を伸ばす。
……ああ、もうあの子は居ないんだ。そんな事を考えた私は思わず泣きたくなってしまった。

「…なんで……すぐ死んじゃうんですか」
「……お母さん?」
「……ごめんなさい。何も出来ないお母さんで、ごめんなさい…」

金髪の少女の頭を撫でながら、私は唯涙をこぼし続ける。
…少女の姿を見ながら、私はノイズの研究者を見て…思わず睨み付けた。

「なんの用ですか。裏切り者」
「…裏切り者?私は貴女の彼女に言われた通りやっただけですよ?この国に同性愛を認め第一の女王と貴女が結婚する」
「それと私に薬を盛る事に何の意味があるんです?」
「だから言ったでしょう。それが彼女の望みだとね」

その一言と同時に、私の真後ろに居る少女…私の娘が震えだした。
…それを見た私が剣を目の前の研究者に向け、そのまま睨み付ける。

「まぁまぁ落ち着け。剣を突き付けられてはビビッて話も出来やしねぇ」
「……」
「…娘は無事だよ。寧ろお前に飲ませた薬の影響で更に良くなったと言える」
「…次コマンドーごっこをしたら、私は貴方をぶち殺します。OK?」
「OK!」

その一言を聞いて私は武器を投げつける。
…そのまま白衣に刺さった武器を引き抜きながら、私はじっと彼を見つめる。

「…お前に飲ませた薬は同性にモテモテになる薬だ。お前の彼女が望んだものだぞ?」
「……は?」
「いや、だってあいつ突然自作の百合本を渡してきたんだぞ?…しかも完成度高いし実在の人物だったし……そりゃあ……渡すじゃん?」
「渡すじゃんじゃないんですけど」

思わず呆れた様な表情を浮かべるのと同時に、彼の姿が掻き消えた。
…どうやら最初からホログラムだったらしい。彼が作った物は分からないな…なんて考えながら……一つの結論に顔を真っ青にする。

「…待ってください。確か昔新しく種族を作るとか言ってた気がしますが……大丈夫ですよね?百合一族になりませんよね?」
『同性でも結婚出来る様にはするが、流石に其処まではしねぇよ。……国に頼まれた種族はな』

最後に付けたされた一言を聞いて、私は剣を握る手を強くする。

「……どういうことですか?」
『…ま、お前を狙う可愛い可愛い女の子達が現れるかもしれねぇって事だ。…おっと一つだけ言っておくが、そいつらは姿形、何なら存在すらもバラバラだぞ?』

その一言と同時に、私は周囲の音を聴き続ける。
…絶対に、今度会ったら殺してやるという意思を持ちながら…私は自分の娘を優しく撫で続けた。

『そして、初代ベルセルグ女王様に免じてラッキーチャンスだ。その種族は9匹作られ、そのうちの一人は“ラプラス”と呼ばれている…後は分かるな?』
「……何故、ノイズはあの女王様と契約を交わしたんですか?」

私の一言を、声だけの彼は笑いながら答えた。

『同じ日本人に幸せな最期を送りたいと言われたんだ。それ以外に理由があるのか?』


「…その、日本人の誼でさ。旨いクエストとかあったら…」

「あったら既に取られてると思いますよ。此処の人達、そう言う所だけは早いですからね。なるべく早朝に来て依頼が貼られたタイミングで良いクエストを取るのが良いと思いますよ」

「だよなぁ…やっぱり一緒には組んでくれないのか?」

「残念ながら、私は国の番犬ですからねー」

 

魔法で犬耳と尻尾を生やし、わんわんと冗談っぽく言えば目の前の少年が笑いだす。

…まぁ、国の番犬だし何なら人類の最終兵器とか対魔王軍最強防壁とか色々言われている訳だが。

そんな私が此処でだらけてるとか聞かれたら、多分絞首刑とかされそうだ。

何処かの国は私が死なないからって死刑を試す相手とかにしてきたしね。勿論そのまま返り討ちにして逆に死刑にしてやったけど。

 

「…お、魔法が手に入った。真白さんも冒険者なんだっけ?」

「そうですね。昔はずっと冒険者でやってましたよ。今は違いますけどね」

「…そうなのか?」

「えぇ。私専用の職業です」

「おお!格好良い!やっぱり憧れるよなぁそういうの……因みに、どんな名前だ?」

 

私の一言に目をキラキラと輝かせた少年を見て、私は思わず苦笑した。

…いやまぁ、確かに中二病真っ盛りの少年にはこういったお話は好まれそうだが…別に其処まで良い職業じゃないんだよなぁ。

まぁ、でも教えるくらいは良いだろう。

 

「封印された古の冒険者って奴。ちょっとダサいですよね?」

「いやいやいや!封印とか古とかは格好良い物なんですよ!」

 

…果たして目の前の少年が格好良いからと言う理由で†和真†みたいに名乗らないか心配である。

そんな事を考えながら私達が話していれば、どうやらアクアがギルドに来たらしい。

正直本物の女神様らしいのだが、私としては別に…というかあんまり信用できていないのが真実だ。

 

「どうしたのカズマ。急に右腕が疼いたりするの?」

「ああ。お前を待っている間に色々話を聞かせて貰っててな。やっぱり自分だけの職業とか、封印ってのは格好良いなぁって…」

「自らを傷付ける物を格好良く思えるの?」

 

あっけらかんと、私の職業の真実をばらしたアクアを見て…私は思わず苦笑してしまった。

…しかし熱弁しているカズマには聞こえなかったらしい。その事に少しだけ安堵しつつも、私は目の前のアクアが本物である事を自覚していた。

 

「デメリットは誰にも喋った事が無かったんですけどね」

「…ずっと見てたんだから当然じゃない」

「あはは、そうなんですね」

 

果たしてそれは世界か、日本人全員か、はたまた(不老不死所持者)か。

 

「…一つ言っておくけど、貴女の考えている事は全くの的外れよ」

「……そうなんですか?」

「えぇ。不老不死者(マシロ)選定の剣の持ち主(初代女王)八卦の刻印術師(ノイズの研究者)…確かに貴方達の動きは天界でもかなり議論されていたけどね」

「そうだったんですか?」

「えぇ。魔王に属したら不味い者、魔王を倒す事を放棄した者、魔王にさせたら不味い者……でも二人は未練を残さず死んだからね。後はアンタだけだったという訳よ」

「…えっ、待って。もしかしてマシロさんってかなりの年寄?」

 

私達が会話をしているとカズマさんが突然会話に入ってきて、その言葉に私は思わず苦笑してしまった。

どうやらアクアは私の事を教えていなかったらしい。

 

「一応私は初期からの人選ですからね。まぁ約数十…」

「私が時間を飛ばしたから初代魔王よりも年寄よ。この子」

「…えっ、マジで…?」

「この国の創始者ともか関わっていますよ?直接挨拶した事もありますしね」

「そうなのか?」

「えぇ…まぁ、そうね」

 

私の一言を聞いて少しだけ気まずそうにしているアクアを見て、私は少しだけ首を傾げた。

…一体どうしたんだろうか?

 

「……それなら猶更協力して欲しいんだが…」

「駄目よ」

「はぁ!?どうしてだよ!」

 

カズマさんの一言にアクアが即否定するのを見て、私も思わず首を傾げる。

…いや、まぁ確かに協力はしないって言ったんだけど…急にどうしたんだろうか?

 

「……いや、別に何でもないわよ」

「…?どうしたんだアクア。お前、こいつと会ってから変な気がするんだが?」

「はぁ!?変って何よ!この完璧で最高な女神の何処が…」

 

そういう所だよというカズマさんの声を聴きながら、私はゆっくりとため息を吐こうとして……懐かしい気配を感じて振り返った。

…其処には銀髪の盗賊が一人と黄金の髪の戦士が仲良く話し合っていた。

今回は盗賊の衣装なんですね、なんて思いながら話しかけに行きたかったが…戦士の彼女と楽しそうに話しているのを邪魔するのも無粋だろう。

 

「…どうしたのよ」

「いえ。お話仲間が消えたのを喜ぶべきか、それとも悲しむべきか迷ってしまいましてね」

「……ふーん。別に良いんじゃない?」

「ふふ…そうですかね」

「えぇ。どうせ後輩の話だから」

 

小さく呟かれた一言を聞いて、私は片眉を上げた。

…確かに私の話し相手になってくれていたのはエリス…つまりは彼女の後輩にあたる女神様なのだが……それを知っているという事は本物なのだろうか?

というか何処まで知っているんだろうか?私があんなことやこんなことをしたのを知っているのだろうか…?

思わず女神様に何処まで見ましたというセクハラを言いそうになったが、私はその言葉を寸での所で引き止め…

 

「と、という事はあれなんですね。出ていったのは知ってたんですね」

「当たり前よ。あいつが居ない時の仕事、誰がこなしてたと思うの?天使だけじゃ無理なことだってあるのよ?」

「……あー…」

「…まぁ。一番許せないは私が見ている時にエリスが貴女と話してた事だけど…」

 

最期に何か呟いていたのを見て、私は少しだけ疑問を覚えるが…そのまま何でもないと言ってからゆっくりと私の方に近づいたアクアが…

 

「…取り敢えず待ってなさい!私達がさっさと魔王を倒して、色々するんだから!約束もあるんだからね!」

「……おーい。俺は魔王を倒さず楽して過ごしたいんだが?」

 

…二人の会話を見ながら、私は小さく笑みを浮かべた。

こんな時代の日本人達を見たなぁ…とか、この人達なら魔王倒せそうだなぁ…とか。

昔から見ていた日本人達の後姿を見ていると、何故だか少しだけの嬉しさと……そして胸にこみあげる何か。

 

「…っ!カズマ!先ずはグリフォンを倒すわよ!」

「いきなり何言いだし…というか馬鹿!俺は冒険者なんだから其処ら辺の雑魚敵を倒してレベル上げを……」

 

そう言いながら二人で離れていくのを見て、私は目を瞑り…頬に一筋の水が落ちるのを感じた。

…二人にはバレてないだろうか?そんな事を考えながら…私はゆっくりと涙をぬぐう。

 

「……あはは。最近は涙もろいですね…歳でしょうかね」

「涙に歳は関係ないと思うよ。全ての過去を知る魔女サマ?」

「…その呼び方をされるのは久々ですね。この世界の……っと?」

「ふふ、私と十年話したら呼び捨てで呼んでいいって言ったの忘れた?クリスだよクリス」

 

“この時代の依代”の名前を聞き、私はそれを必死に覚える。

というか此処で間違ってもエリス様とか呼んだら、私は普通に殺される。情け容赦なく殺されるのだ。

 

「…そうでしたねクリス。お久しぶりです。二年ぶりですか?」

「一年ぶりだよ。毎日元気そうで羨ましいね」

「……えぇ。そうですね」

「おや、今は軽口を返せる余裕もないのかい?」

 

その一言に少しだけ口を緩ませれば、目の前の金髪の少女は私の前に立ってクリスの方を見た。

…どうしたのだろうか?

 

「…クリス。こんな幼気な少女を虐めるくらいなら私を虐めろ!」

「……今回のお友達はかなり個性的な方ですね…」

「ち、違うの。私は別にそんな気は無くて……」

 

私の言葉に慌てて否定するクリスを見て、私は思わず首を横に傾げた。

…それを見た金髪の少女が少しだけ呆れた様な表情を浮かべるのを見て、私は更に首を傾げる。

 

「…えと…そう!ちょっとした挨拶だったんだよ…ね?ね?だからダクネスも気にしな…」

「そういう挨拶は私にするんだクリス!」

「えっと…ダクネスさんがマゾヒストで今回のえ…クリスがサディストなんですね」

「違うのそういうんじゃ」

「んんっ…この冷めた目でもなく軽蔑した目でもなく、そして勿論恍惚とした表情でいうのではなく自然体で言われる感覚!どうか是非その顔を軽蔑に満ちた表情に変えて罵ってくれないか?!」

 

突然ビクンとして惚けた表情を浮かべたダクネスさんを見ながら、私は苦笑してしまった。

…いやまぁ、ドMの方にはそういった人も居るんでしょうけど……折角専門のサディストが居るんだからそっちで満足するべきじゃないだろうか?

 

「……私はお邪魔っぽいので帰りますね」

「くっ!此処で罵るでも褒めるでもなくあえての放置…貴女こそが真のドSだ!」

「…放置しても終わらない…もと居た場所に戻って下さいクリス」

「えっごめん…じゃなくて!」

 

クリスが何か言いそうな雰囲気になったので、私はダクネスを壁にしながら一瞬で扉から逃げて屋上に昇る。

…そのまま屋根伝いに移動しながらクリスを撒き、念には念を入れて隠密を入れた。

 

「……んー?可笑しいですね。此処に居そうな気がしたんですが……」

 

クリスの正体、つまりエリス様は幸運を司る女神様だ。

…因みに“授ける”ではなく“司る”女神の為、別に信仰しても運が良くなる訳ではないらしい。結局の所プラシーボ効果なのだろう。

そんなエリス様は純度100%の幸運で身体が構築されている為、自分に対しての運はかなり良くなる。

こういった探し物もそうだ。何度エリスから逃げようとして……

 

「みーつけたっ♪」

 

こんな風に捕まった事か。

私が初めてエリス様に出会ったのは確か何百年も前の頃だ。

不注意で溶岩に落ち、そのままドロドロに溶かされては其処からじわじわと身体が構築されるという悪循環になり…それを不憫に思った女神様が…自分の身体に溶岩の耐性が出来るまで精神だけ天界に移動した頃だろう。

 

「どうして逃げたんですかね?大事なお話、何時もあるって言ってるんですよ?それなのにどうして何時も何時も何時も何時も何時も何時も……」

 

始めは、優しかった筈だ。

仲良く話して、ゲームして、他の遊びして、やっぱりゲームして、一緒にベッドに入って眠ったりして。

更には一緒に死者からの相談を受けたりとか(天使なりきりセットを貰って嬉しかった)色々な事を十年くらいやっていたのだ。(後に同じ様な目に会った時にアクアに聴いたら、どうやらエリスが時間を弄っていたらしいけど)

…勿論、そんな日々は終わりを迎えて…天界から帰ってきた私は溶岩を泳いで脱出して、宿屋で眠っていたのだ。

 

----------------------

 

「…んっ…誰ですかこんな夜中に…窓から入らず扉から…」

「こんばんはマシロ。エリスです」

「……エリス様?」

 

----------------------

 

なのにも関わらず、エリスは何故か私の前に現れたのだ。

…この日程私は薬を盛ったノイズの研究者を恨んだことはない。後先輩の経験談以外全部私の話をしていたアクアも許さない。

そして百年くらい一緒に生活してたけど結局大事なお話なんて無いのだ。

……彼女は結局、何の気兼ねも無く過ごせる友達が欲しかっただけに過ぎない。

それならもう一人くらい不老不死を作って友達になれば良いのに…そんな風に考えていたが、私の知る限り不老不死の人間は私しかいない。

私が使った物以外にも灰とか石とかあると思うのだが…?

 

「……」

「ほら、出て来てくださいよ?じゃないと……ふふ、持って帰っちゃおうかな?…それとも新しい殺し方を見つければ…それの対策が出来るまで……一緒に…あはっ…」

 

取り敢えず私はエリスに精神分析()を入れようと考えつつ、ゆっくりと樽から外に出る。

…其処には嬉しそうな表情でこちらを見ているエリスと……

 

「…」

 

それを冷めた目で見ている、バイト中のアクアが居た。




「…これで、良いのかしらね」

しわがれてしまった声を出しながら、娘と一緒に眠っている可愛い私の花婿(真白)の頭を撫でる。
…禁呪を使えば、彼女と同じようになれたのだろうか?そんな事を考えながらも…私は小さく首を横に振ってその考えを放棄した。
先に惚れた方が悪いのだ。でも惚れてからずっと私を大切にして、そのまま一回も誘ってくれなかったのは許さない。
一度くらい真白から誘ってくれても良いじゃないか。もし誘われたらドン引きさせるくらいシたのに。

「…優しくするのと、隔離するのは違うのよ?」
「……すー……り、か…」
「はいはい…」
「あしたも、いっしょ…に…」

子供みたいな寝言を言うあの子に苦笑しながら、私は唯撫で続ける。
…明日私が真白と一緒に生きていられるかは分からない。だって私はもうおばあちゃんだ。
だけど、未来の真白を助ける為に…いや、少しだけ私怨は入ってるけど…様々な手は打った。
大丈夫、長男も長女もちゃんとすくすく育ってるし…私より長女の方が頭撫でられてるし…自分の娘だから真白もちゃんと愛してくれている。
…あのノイズの科学者と手を組んでよかった…後世に伝える為に描いていた百合同人ノンフィクション本(聖書)を渡した甲斐があった。
彼のお陰で私達は結婚出来る様になったし、ちゃんと子供も作れるようになったのだ。
…そして、あの薬を飲ませた結果…彼女は同性に愛されるようになる。
もう、私が死んでも寂しくない筈だ。
……そう、もう…

「私が死んでも…寂しく…ないよね…」

私が死んでも、もう大丈夫なはずだ。
…だって、周囲には私以外にも愛してくれる女性が現れるのだから…きっと、寂しくないのだ。
後は私が日本に転生して、忘れて貰えるように神様に願えば…彼女は私を背負わずに生きていける……

「いやだぁ…わすれないで…」

そんな風に自分を押しとどめていた気持ちが溢れ、私は涸れてしまった筈の零れ落ちる。

「…わたしだけを、あいしてよぉ…」

気持ちが溢れ続け、涙を流しながらも私は願いをするべく祭壇へ向かう。
ああ神様、一度魔王討伐の命に背いた手前ですが…どうか一つだけ、私の願いを叶えて下さい。
…どうか…

「…うまれかわっても、いっしょにいられますように…」

その一言と同時に私の意識は鋏で切られた様に掻き消え、次に私の視界に新たな世界が映った瞬間…あの時私を送った神様の姿が見えた。


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