"役立たず"の奮闘記 (緑川翼)
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主人公設定(ネタバレ注意)

住吉 一樹(スミヨシ イツキ)

 

 

プロフィール

 

   身長 182cm

   体重 65kg

   学年 高校3年生

   コードネーム DR(ディーアール)

   コープ 傍観者

   家族構成 父と母

   特技 特に無し

   クセ 感情が昂ると胸を叩いて落ち着かせる

   趣味 ライトノベルの読書(本人曰く、趣味と言える程は読んでない)

   食の好み コーヒー

   理想の恋人像 特に無し

   もし宝くじで7億円当たったら?  どうせ当たらないし…

   怪盗団の誰かに一言 特に無し

 

概要

 

  本作主人公

 

 秀尽学園の3年生で、怪盗団がフタバパレスに侵入した際に巻き込まれた事で怪盗たちと知り合う。

 

 ペルソナ使いとして目覚めているが、何故かいまだにペルソナを呼び出せない()()()()(モルガナ曰く、まだ自分の心と向き合えていないせいらしい)。

 

 

 戦闘に参加出来ない分、アイテムの買い出しで怪盗団の応援をしている。

 

 

 

人物

 

  不器用で昔から何をやっても失敗してきた為自分に自信を持てない一般人気質で空気に流されやすい。

 

 

 運動能力、学力ともに高くなく、一生懸命に練習勉強しなければ平均に届かない。

 

 

 自分に自信をつけるべく高校一年の時に生徒会に入ったが、優秀すぎる同僚(新島)が無意識に仕事を奪っていった為にパシりと資料整理、コピー位しか仕事が無くなり結局辞めた。

 

 刑事が親戚におり、その伝手で高校卒業後警察学校に行く事が決まっている。

 

 夏休みの間に車の免許をとった。

 

 

 

   容姿

 

 

  容貌は本人曰く下の上 実際は中の下 くらい。

 

  髪は黒で長くボサボサ。

 

  常にマスクで顔を隠しており、作中で描写が無い時は大体着けている。

 

  私服はジーパンと黒シャツしか持っていないらしい。

 

 猫背

 

 

戦闘スタイル

 

 コードネームは「DR」

 

 近接武器はハンマー 遠距離武器はロケットランチャーを使用する。

 

 怪盗服はハーフガスマスクに真っ黒な軍服に手足に軍緑のプロテクター。

 

 戦闘時はペルソナが出せない為スキルが使えず、武器のみ使用。

 しかしハンマーは振って遠心力をつけるために、ランチャーは自分が吹き飛ばないように構えるために時間がかかり出遅れ勝ち。

 

 

  ペルソナ

 

  覚醒していない

 

 

コープアビリティ(前半)

 

   取引の代理

 

 役立たずの仕事 消費アイテムを買ってきてくれる

 役立たずの貢献 買い出しのアイテムが増える

 役立たずの使命  車での送迎をしてくれる

   

 

ゲーム的設定

 

 

  一樹は近接 遠距離攻撃時、1ターン溜めが必要。

 

  一樹のコープランクが2になると主人公に読書(ライトノベル)が解放される。

 

  買い出しは「主人公が自宅にいる状態でSNS画面の一樹のコマンドを選ぶ」事で発動し「買い出しを頼める物リスト」から商品を選ぶ事が可能。

 

 

  送迎は何時でも何処でも、スマホから一樹を呼び出せるようになる。呼び出すと、好きな駅前、まで運んでくれる。(料金は取ったり取られなかったり)ただし、買い出しと併用はできない

 

 

その他設定

 

  胸を叩いて息を吐く癖は感情を押さえ付ける為の悪癖。

 

  一樹のアルカナも元ネタはあるが、色々改変しすぎて説明しづらくなったので、割愛。

 

  近所に叔母が住んでおり、一樹はその叔母から車を借りている。

 

  キャラクターコンセプトは『開発が変な所に力を入れたせいでやたらと使い難くなったDLCキャラクター』



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双葉パレス(怪盗団加入前)
opening


本作初見の方へ
 主人公の初戦闘は17話「first battle」です。手早く主人公の活躍を読みたい方は、15話「flag」の辺りから読み始める事をオススメします。


 

 住吉 一樹と言う名の少年が居た。

 

 

 年は17で私立秀尽学園に通う高校3年生。

 

 

 容姿学績共に平均を下回り、長くボサボサとした黒髪を除けば特徴は1つだけ。

 

 182センチと一応高い方な身長にガッシリとして見える体格だけが、彼を特徴付けていた。

 

 

 性格はネガティブにして卑屈。その見た目に削ぐわぬ後ろ向きな内面が彼を孤立させる一因なのは想像に容易い。

 

 

 彼にとって唯一実績と言えるのは、1年間だけでも生徒会役員だったこと。

 

 が、それも今は会長をやっている優秀な役員仲間をコンプレックスとして新たな生徒会選挙の時期に止めてしまった。

 

 

 趣味と言える程の物は無く、特技など想像も出来ない。人付き合いが苦手だから口も下手。そして空気も読めない。

 

 

 従順故に先生からの評価は幾等かマシだが、クラスメイトからは「つまらない奴」だと思われている男。

 

 

 だがそんな男こそが、この物語の主人公である。

 

 

 

──────────────────

 

 

 住吉一樹は混乱していた。

 

 

 五分程前まで自分は確かに散歩をしていたはずだ。暑い8月の日差しの中で涼める場所を探してあっちへフラフラこっちにフラフラ。

 

 なのに気が付けば、何故自分は砂漠に居るのだろう?

 

 突き刺さる日差しと自分が座り込んでいる砂の手触りが、これは夢ではないと主張している。

 

 

 ならばこれは現実か。ピラミッドの根本で奇怪な格好をした男女が変なナニかと共にこれまた摩訶不思議な魔物と戦っている、この光景が。

 

 

 

 一樹は意識の戻った時の体制のまま、訳も解らず口を空けていた。

 

 

──あァ、暑い。水を飲みたい。

 

 

 遂には銃器やら魔法やらを使いだしたその珍妙な闘いを前に、一樹をつい現実から逃避してしまった。

 

 

 5、6人の男女が魔物を囲んで魔法やらで攻撃しているのを少し離れた所から見学していると、その中の1人が一樹に気が付いた。

 

 

「えっ? 何でここに人が居るの?! てか、危ない!」

 

「……ふへェ?」

 

 

 人間もそれ以外も可笑しな格好をしている中で、特に面白可笑しい真っ赤なラバースーツ?を着たツインテールの女の声で一樹の意識が戻る。

 

 

 目が空いていたのに見えていなかった視界が開けた時、彼の目には己へ向かって来る鋭い風の塊が写っていた。いとも簡単に己を殺せそうな。

 

 

 一樹はその時、"俺はこんな所で死ぬのか"とも"そうか。此処は安全地帯じゃ無かったのか"とも思わなかった。

 

 彼はその風が命を奪う物だと判断すら出来ずに、漠然と"なァんで風に色が付いてんのかなァ"と思っていた。

 

 

 そしてその風が無慈悲にも彼を引き裂こうとした瞬間──

 

 

「ハァァ…ハァッ!」

 

「へ? フギャアッ」

 

「よし! 皆お願い!」

 

「良くやったな! 任せとけクイーン!」

 

 

 半透明な青いバイクに跨がったライダースーツ?と仮面を着けた女が一樹を勢い良く引っ張ったことにより、一樹は無様な悲鳴を上げつつも五体満足で生き延びた。

 

 

 

「……ヒッヒ、ヒッ、ヒィ!」

 

 

 残っていた彼女の仲間が弱った魔物?をタコ殴りにして消滅させた頃ようやく、命の危機だった。と一樹は察した。

 

 

 此処は何処なんだ。こいつらは誰なんだ。何と戦ってたんだ。一樹の頭に数多くの疑問が浮かべど、それは口から(こぼ)れない。

 

 

 彼は今、生まれて初めての"命の危機"に恐れ戦き存分に恐怖を味わっている。

 

 

 腰は抜け襟首を掴んでいる女(いつの間にかバイクは消えていた)の手から逃れる事も出来ない。

 

 

「えっと。落ち着いて? もうシャドウは倒した…ってシャドウも分かんないか。ええっと…」

 

 

 戦闘を終わらせた彼女の仲間が集まり突発的な仮装パーティーが開かれたの如く状態になり、ようやく一樹は少し落ち着いて、一応は話が通じるようになった。

 

 

「よお。大丈夫か? いやー、クイーンが間に合って良かったぜ。お前、巻き込まれたのか?」

 

「ヒッ」

 

 

 へたれこんだ一樹を覗き込む用にドクロの仮面を被った金髪の男が腰を落とす。

 

 

「おいおいそんなビビんなって」

 

「…どう見ても恐喝している様にしか見えんな」

 

「んだとぅ?」

 

 

 狐を模した仮面を付け着物を着た男とスカルと呼ばれた暴走族めいた男がガタガタ震える一樹を放置して睨み合いを始めた。

 

 先程一樹を助けた女がため息を吐いてそれを見ていたが、思い出したかの様に一樹へ語りかける。

 

 

 女は一樹を立たせて彼の体を軽く覗く。

 

 いまだに状況を理解出来ない一樹はポカンと女の顔を見ている。と、一樹はその女のマスクの下の顔に、見覚えが有る気がした。

 

 

(まさか…いやそんな筈が… いやでも確かに…)

 

 

 一樹は葛藤する。"そう"だと思えばそうにしか見えない。だが"そう"ならば向こうも少しぐらいアクションが有る筈…と。

 

 

「うん。ちょっと擦りむいたみたいだけど、大した外傷は無さ──」

 

「………えっと、新島…か?」

 

 

 ピクリと、目の前の女の動きが止まる。やはり、一樹の記憶は正しかったらしい。

 

 

 一樹はその反応を見て確信を得たが、その喜びは無い。

 

 

 彼の心を占めているのは、自嘲だった。

 

 

 そうか。顔すら忘れられたのか。1年間も、一緒に働いていたのに。

 

 この『生徒会長』にとっては『1年だけいた役立たずの無能雑用係』など記憶する必要も無かったらしい。

 

 

 ふと気付けば睨み合っていた男たちと傍観していた男女が自分を警戒の目付きで睨んでいた。

 

 依然此処が何処なのかすら分かっていない一樹だが、この状況がマズい事は分かる。

 

 故に慌てて弁解した。

 

 

「お、お、俺だって。住吉、住吉一樹。ほ、ほら、一年生の時に生徒会にいただろ?」

 

 

 マスク越しだが、新島が思い出そうと目を細めている事、そしてそうでもしないと思い出せないほどに印象が薄かったことが分かった。

 

 

「あ、ああ! 住吉君ね!」

 

 

 新島がようやく己の事を思い出した事に安堵し、一樹は話を聞くべく喉を震わした。

 

 

「あ…えっと、それで──」

 

「おいおいクイーン。流石にヒデーんじゃねーの。1年一緒に働いてたんだろ?」

 

 

 喉を震わしたが、それが言葉となる前に不良然とした男に遮られ、一樹はつい黙ってしまう。

 

 

「仕方がないじゃない。住吉君何時もマスクを付けてたし、…後期には殆ど来なかったし」

 

「何、サボり? なら仕方ねぇ…のか?」

 

「俺が知るか」

 

 

 仕事をろくにくれなかったクセに。一樹は心の中でポツリと呟いた。

 

 

 同じ1年生徒会でありながら、文武両道かつ器量良くカリスマ性まで揃えた新島に一樹は酷く劣等感を抱えていた。

 

 自分から惨めになる必要も有るまいと、一樹は新島と距離を取っていた。

 

 

 そして1年生ながらに生徒会を掌握した新島にとっても他のメンバーと違って特技の無かった一樹は扱いに困ったらしく、最終的に一樹はプリントのコピーと荷運び、そして飲み物の買い出しのみが生徒会内での仕事になっていたのだ。

 

 

 等々色々と反論したい事は有ったが此処は何処かも解らぬ謎の砂漠。

 

 話を聞いてからでも遅くあるまい。と一樹は思ったが何か回りの様子がおかしい。

 

 

「なあ…」

 

「ああ。住吉…だったか。悪いんだがワガハイらは──」

 

「ね、ね、猫が喋った?!」

 

「今更かよ!? つか、猫じゃねーし!」

 

 

 あまりにも当然のように居た為に一樹は気が付かなかったが、なんとこの新島らグループには猫をデフォルメして二足歩行にしたような珍妙なバケモノが混ざっていたのだ。

 

 

「て、今はそれどころじゃない。悪いが今は説明している余裕が無いんだ。マコトと同胞ってことは秀尽の生徒だな?

 

 後々連絡するから今は逃げてくれ!」

 

「え? え?」

 

 

 向こうに走れば"出れる"。と唐突に言われても一樹は戸惑うばかりだ。

 

 

「早く!」

 

「は、はいぃ」

 

 

 雑談する時間帯は有ったのに自分に事情を話す時間はないの? そっちの方が重要だったの?と不満を口にする余裕すらなく、兎に角走ろうとしたがいきなり肩を捕まれた。

 

 振り向けば先程まで一言も発していなかったマジシャンの様な服を着た男が肩を掴んでいた。

 

 こいつ、いつか噂になってた転校生では?と一樹は一瞬思ったが今それを聞く余裕など一樹になかった。

 

 

「この事は、誰にも言うな」

 

 

 懇願でもお願いでもなく"命令"された事に一樹は多大な怒りを感じたが男の有無を言わせぬ迫力に負けた。

 

 

「わ、分かった! 口が裂けても誰にも言わないから!」

 

「…ならいい。行ってくれ」

 

 

 男に急かされるまま、一樹は慣れぬ砂に何度も足をとられながらなんとか走っていった。

 

 

 



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happen

続けれるだけ続けます


 気付くと、一樹は先程、あの砂漠に入り込む前に居た場所に立っていた。

 

 

 まさに狐に摘ままれた気分。白昼夢でも見ていたのかと思ったが、久々に走った事による激しい息切れ、そしてあちこちにある擦り傷がその考えを否定した。

 

 

 スマホを見ればいくらか時間が経っていた。あの謎空間に居た時間を考えればそれくらいだろうか。

 

 

「…ん? 何だこれ」

 

 

 スマホの画面に覚えの無いアプリが表示されている。妙に気味の悪いアイコンだ。誤ってダウンロードしてしまったのか。

 

 

 

 不意に、ドロっとした不快感に襲われる。

 

 

 何事かと思えば、一樹は自分が尋常ではない汗をかいている事に気が付いた。

 

 

 無理もない。あんな不思議体験をした挙げ句に砂漠を走らされたのだから。そう納得しながら一樹はスマホを閉じて、夏場は常備しているタオルで体を拭く。

 

 

 汗ダラダラの巨体は人の目を引く。一樹は少しでも目立たぬよう縮こまった。

 

 

 涼しい喫茶店か何処かでのんびりと小説を読むつもりだったが、その気も失せてしまった。

 

 

 折角よさげな喫茶店を見つけて、四軒茶屋まで来たのに…とぶつくさ言いながら一樹は家に帰るべく駅へ向かった。

 

 

──────────────────

 

 

 

 一樹にとっては驚くべき事に、新島らからは2、3日経っても連絡が来ない。

 

 

 いまだに忙しいのか、単純に忘れて去られているのか。はたまたあの不思議な空間で皆死んでしまったのか…

 

 

 一樹は夜も眠れぬ程もやもやして過ごし、新島に連絡してみようかとも思ったが彼女の連絡先を知らない。

 

 

 クラスメートなら知っているかもしれないが、一樹はクラスグループにメッセージを送っても(全員分の既読が付いても)無視される身。

 

 聞いてみても可笑しな噂を立てられるだけだろう。

 

 

 そう思いせめて彼らの正体を掴めないものかとネットを漁っていると──

 

「怪盗団…? まさかなぁ」

 

 

 聞き覚えのある単語がヒットした。

 

 

 流行にすら疎い一樹も知っているその名。

 

 

 5月頭にあの鴨志田が自分の悪行を泣きながら懺悔した光景は今でも思い描ける。

 

 

 あの騒ぎを起こした張本人こそが怪盗団であり、何でも悪人を改心させる力を持っていて、それを正義の為に使っているとか。

 

 

 今では凄腕ハッカーのメシエド? と闘っているらしい。

 

 

 そんな良く分からんグループがあるのは兎も角、そんな所にあの新島が在籍するようには、どうにも一樹には思えなかった。

 

 

 あの不思議な空間にしても『人の心を操る』とか言う怪盗団なら関係有りそうだし釈然とする。

 

 だがあの優等生気質にて融通の利かない女が、怪盗団などと言う非行?グループに入るだろうか。

 

 

 そこだけが唯一、一樹に引っ掛かった。

 

 

 

 

 結局、新島から連絡が来たのはそこから数日経ってからだった。

 

 

『もしもし住吉君? …うん。その話。明日の午後空いてる? …じゃあ四軒茶屋の"ルブラン"って喫茶店に来てくれる? 場所は…知ってるの? じゃあ、半位に待ってるから』

 

 

 ピッ、と新島は言いたい事だけ言って電話を切ってしまった。

 

 

 え、連絡遅れてごめん とかないの? 俺、一週間待たされてんだけど。つか、わざわざ俺が行かなきゃいけないの? などなど言いたい事は多々有ったが、一樹は電話が切れるまで肯定の意のみを示し続けた。

 

 

 

 

「……大丈夫。俺は大丈夫。──ってまーた入ってるな…」

 

 

 通話が終わり、スマホを閉じようとした一樹は、何度もアンインストールしたアプリが再びダウンロードされている事に気が付いた。

 

 二度目、三度目の時は見つけるたびに恐怖したが、流石にもう慣れてきた。一樹はもうアプリを消去することを諦めた。

 

 

 ネットで調べてもなんの情報もヒットしないため、少なくともウイルスではなさそうだ。恐らく、何らかのバグなのだろう。

 

 

 そうは言っても一樹にはそのアプリを開く勇気は無い。せめて目に入らないようそれをアプリ一覧にしまった。

 

 

──さて、どうしようかな。

 

 

 明日ようやくあの砂漠やら何やらの説明がされる。

 

 そう思えば心のもやもやが嘘の様に晴れていく。こうなれば最近身の入らなかった勉強や読書をするのも良い。

 

 

 それとも久々にゲームでもやろうか。色々と一樹の頭にアイデアが浮かんでくる。

 

 

 ふと、例の『心の怪盗団』について調べようかとも思ったが、最近闘ってたメミエト? とやらを倒したらしく、ファンサイトの『怪チャン』はお祭り騒ぎになっていた。

 

 そんなんではロクな情報は手に入らないだろう。そう推測して止めた。

 

 

 結局、一樹は自分のベットに横になってのんびりと好きな小説を読んでその日を過ごした。

 

 

──────────────────

 

 

──ここ…だよな?

 

 

 時刻は11時30分

 

 場所は四軒茶屋の純喫茶『ルブラン』前。

 

 

 

 新島が待ち合わせ場所に選んだのは、奇しくもあの日一樹が訪れようとしていた喫茶店だった。

 

 

 前回は道に迷って民家しか無い通りをうろうろしてしまったが、今回はすぐにたどり着くことができた。

 

 

 以前通った時と同じく、やたらとコーヒーの良い香りがする店だ。

 

 

 

 しまったな。と、一樹は心の中で舌打ちをする。

 

 

 もしまた迷ったり遅刻したら不味いから、と下手に家を早く出たのは失敗だった。昼過ぎの待ち合わせで午前中に着いてしまった。流石にまだ来ていないだろう。

 

 

 それに、お昼近くとあって腹も減った。会ってから食べれるかも分からないし、今の内に食べておきたい。

 

 

 だが土地勘も無いこの辺りをさ迷って手頃なチェーン店を見つけられるだろうか。

 

 

 そう店の前で悩んでいると、一樹の目に"ルブラン特製カレー"の文字が映った。

 

 

 値段もそんなに高くないし、なにより美味しそうだ。此処で食べながら、のんびりコーヒーを飲んで待とうか。

 

 素晴らしいアイデアが浮かび、一樹は意気揚々と扉を開けた。

 

 

 

 カランカラン。と鈴の音が響く。

 

 

 

「…いらっしゃい」

 

 

 喫茶店の中は、いかにも路地裏の喫茶店と言うべき内装であり、マスターすらいかにもな見た目であった。

 

 

 ──謎の被り物をした女以外は。

 

 

「………」

 

「ヒッ」

 

 

 気味の悪い着ぐるみの頭部らしき物を被った女は、思考停止して固まった一樹をギロリと睨んだ。

 

 

 

 いや。着ぐるみのおっかない目の部分がそう見せているだけかもしれない。よく見れば、女の方もプルプル振るえていた。

 

 

 一樹は動けない。女も動けない。妙な硬直が起こった。

 

 

 当然、一樹は店に入った事を後悔している。

 

 

「ああ…その子は気にしないで座ってくれ。悪いな」

 

 

 マスターが声をかけてくる。それを聞いて女が引いていき、硬直の解けた一樹はなんなんだと怯えながらも扉の見えるテーブル席に座った。

 

 

 中途半端な時間の為か、一樹以外に客はいない。

 

 

 着ぐるみの女は厨房で黒髪の男店員と何か話している。男の方を、一樹は何処かで見た気がした。

 そしてその近くに黒猫がいた。話に合わせて頷いている様に見える。

 

 

 よく慣らされた猫だ。ルブランのマスコットなのかもしれない。

 

 

 

 しかしそれにしても、どうやって注文するんだろう。

 もしかして自分から伝えに行くタイプのシステムだったか。 と一樹が立ち上がろうと手足に力を入れた瞬間

 

 

「ご注文は」

 

 

 黒髪店員に注文を聞かれた。先程見た時にはカウンターの向こうに居た黒髪店員は、いつの間にかテーブルの横に来ていた。 

 

 

 いつの間に。何の音もしなかったのに。そうゆう接客技術なんだろうか。自分が飲食店でバイトをした時には教わらなかったが。

 

 いや、教わったのに自分が覚えられなかっただけかもしれない。一樹は自分自身が一番信用できない。

 

 

「じゃ、じゃあコーヒーとカレーを」

 

 

 メニューを見るでもなく黙っていた一樹は店員に不審そうに見られている事に気がつき、慌てて注文した。それを聞いた黒髪店員は肯首してカウンターに戻っていく。

 

 

「──っ?!」

 

 

 不意に、一樹は黒髪の男を何処で見たのかを思い出した。

 

 

 間違い無い。

 

 

 あの日。あの砂漠で一樹の肩を掴み釘を刺してきた男。

 

 

 格好が違えど、あのパーマと威圧するような眼光を、一樹は覚えていた。

 

 

 

  もしかして此処、怪盗団のアジト…か?

 

 なら、此処に呼び出された理由って…口封じに何かされるのでは。暗殺。洗脳。一樹の頭に、とんでもない予想がよぎった。

 

 

 



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confession

 

 喫茶店の中は冷房が効いて涼しい筈ながら、一樹は自分の背中にタラリと粘着質な汗が流れているのが分かった。

 

 

 勿論、あの黒髪の男が怪盗だと確証付ける証拠は無い。

 

 それによしんば怪盗だったとしても、彼らは正義の味方らしい。まさか殺される事はないだろう。

 

 

 そうは思っても怖い物は怖い。

 

 出来るなら今すぐこの喫茶店から出ていきたい。

 が、もう注文は済ませてしまったし、あの厨房の様子だと後数分もしないでカレーも出てきそうだ。

 

 

 自分で注文して用意された物を受け取らずに、「やっぱ無しで」と言う根性は一樹にはない。

 

 

「…カレーとコーヒー。お待ち」

 

「ありがとうござ…い、ます?」

 

 

 給仕に来たのは、見覚えのない赤く長い髪をした少女だった。

 

 誰だこいつは。と一樹は思ったが、服装を見れば恐らく先程の着ぐるみ女だろうことが分かった。

 

 

 その少女は美少女と言って過言は無く、別段コンプレックスになりそうな顔ではない。なら何故わざわざ隠していたんだろう。

 

 

 一樹は少し気になったが、目の前のカレーを見ればそんな事はどうでもよくなった。

 

 

 なんと素晴らしい香り。匂いだけでこのカレーが大当たりだと確信させてくれる。

 

 

 

 一樹はガツガツと一気に皿を空にした。

 

 

 

 

 うん。旨かった。

 

 

 先走って逃げ帰らなくて良かった。と一樹は先程までの不安を忘れて満足気に頷いた。

 

 

「にいちゃん。ここは飯屋じゃねえんだから、そんなかっこむなよ。まあ、旨かったならいいんだけどよ」

 

「えっ。あ…すいま、せん」

 

「ああいや、別に怒ってる訳じゃねぇんだが」

 

 

 いきなりマスターに話かけられ、チェーン店のマニュアル的対応に慣れすぎた一樹はマスターの真意を察せずに謝ってしまう。

 

 

 気不味さを紛らわすべく、一樹はコーヒーを一口、ゴクリと飲んだ。

 

 

「…旨い」

 

 

 つい、呟いてしまった。流石だ。900mlで108円の安いコーヒーに慣れ親しんだ一樹の舌には衝撃の味だった。

 

 

「そうかい。ありがとよ」

 

 

 流石は渋い喫茶店のマスターだ。ニヒルと言うか、ダンディズムと言うか。

 

 どうやったらこんな大人に成れるのだろう。一樹がそんなことを考えていると、カランカランと扉のベルが激しく鳴った。

 

 

「いらっしゃ…ああ。お前たちか」

 

「ちわーす。おっ、今日は着ぐるみ脱いでんじゃん」

 

「…不本意ながら」

 

「ふ、そっちの方が良かろうさ」

 

 

 入って来たのは、金髪の不良っぽい男と、青っぽい髪のキザったらしい男だった。

 

 男二人は少女店員と知り合いらしく、立ち話を始めた。マスター公認なのか、マスターは気にする素振りを見せない。

 

 

──あいつら、『怪盗団』の奴らでは?

 

 

 あの砂漠では顔半分が仮面で隠れていたし、服装も違うが、雰囲気はまるでそっくりだ。

 

  

 しまった。早めに逃げるべきだったか。一樹は後悔した。

 

 

 よくよく考えれば、メンバーである黒髪店員が働いている店に呼び出した時点で、生徒会長も黒だったのだ。

 

 

 あの時勇気を振り絞って注文を却下し、すぐ店から出ていれば…とガツガツカレーをかっこんでいた事を忘れて一樹は自分の不甲斐なさを嘆いた。

 

 

 いや。一樹は一つの可能性を思い付く。

 

 どうやら、黒髪店員もメンバー二人もまだ自分には気が付いていないらしい。

 

 

 それはショックと言えばショックだが、今は好都合だ。何も関係無いふりをして帰ってしまおう。

 

 

 約束を破ったことで新島は怒るだろうが、このまま此処に残った方が確実に、どんな意味にせよ酷い目に合うだろう。

 

 

 なら、逃げ帰ってしまおう。

 

 

 一樹が決断し、席を立ち上がった丁度その瞬間、カランカラン、と再びドアベルが鳴った。

 

 

──ああクソ。遅かったか。

 

 入ってくる女の姿を認識し、一樹は諦めて席に座る。

 

 

「こんにちはマスター。皆おはよう…て住吉君。もう来てたんだ」

 

 

 憎き新島の一言で、己に回りの視線が集中したことが、一樹には分かった。

 

 

「ああ、うん。…おはよう」

 

 

 一樹は諦めて、何時も通りの歪な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

「マスター、お邪魔します」

 

「ああ。いらっしゃい」

 

 

 新島はマスターと2、3言話して(どうやら見る限り、マスターは少なくとも怪盗団のメンバーではないようだ)一樹の元へとやって来た。

 

 

「ゴメン待たせた…ってまだ15分前だけど。随分早く来てたのね?」

 

「あ、うん。昼、ここで食ってたから…」

 

「ああそうなの? 美味しいわよね。ここのカレー」

 

 

 やっぱり、変わらないな。こいつも。

 

 

 一樹は胸に、何か黒くモヤモヤした物が溜まっていく。

 

 

 相変わらず、「いいえ」と言われる事を想定していない喋り方をする奴だ。どうせ無意識なのだろうが、他人を見下していなければ出来ない話し方だろう。

 

 

「じゃあ、取り敢えず上に来てくれるかしら?」

 

「…上? 大丈夫なの?」

 

 

 一樹はてっきり、此処で話すものだと思っていた。

 

 

「ええ。2階は、彼の部屋だから」

 

「へぇ…」

 

 

 新島の視線の先には、あの黒髪店員が居た。住み込みとは。

 

 一樹は珍しい物を見た気分になった。

 

 

 だがそれよりも、人気のない喫茶店の2階か… 一樹はさっきの妄想が現実味を帯びた気がして少し青ざめた。

 

 

 新島と、その他の仲間(少女店員も!)はゾロゾロと店の脇から上へ上がっていく。

 

 

 一樹は慌ててマスターに料金を払い、彼らに着いていった。

 

 

──────

 

 

 黒髪店員の部屋は、物の少ない質素な場所だった。

 

 

 男はマスターの家族でも無さそうだし、何か深い事情が有るのだろうか。

 

 

 一樹は少し気になったが、今の彼の心情にそんなことを掘り下げる余裕は無い。

 

 

 ようやくあの珍妙な砂漠について知れる興奮は当然ある。

 

 

 しかし彼の心を占めていたのは

 

──止めろ。"その目"で俺を見ないでくれ…

 

 屈辱感、劣等感、その他多くのマイナス感情であった。

 

 

 その原因は彼ら、敵か味方か。無能か有能か。それを見極めるべく一樹を観察する彼らの目にある。  

 

 

 一樹は、見られることが、評価されることが大の苦手だ。そんな事をされる時はえして、緊張のせいか何時もはやらないような失敗をやらかす。

 

 そしてその結果、落胆や失笑と共に低評価を下されるのだ。 

 

 

 故に彼は見られたがらない。己が観察されれば余計に軽蔑されるのだと、理解しているから。

 

 

 一樹は今日暑いからとマスクを持ってこなかったことを後悔した。

 

 マスクさえ着けていれば少なくとも気味悪く歪んだ表情は見られずにすんだのに。と。

 

 

 そんな一樹の葛藤などいざ知らず、椅子に座っている新島は何から話そうかと悩んでいる。

 

 

 一樹は遠慮がちに階段近くの机に軽く寄りかかった。

 

 

 もしもの時はすぐに逃げれる様にと、一応の警戒心が働いた為である。

 

 

 

 一樹の前にいる新島の仲間は、彼女に今回の話を任せているのか一樹を観察するだけで何も話しかけてこない。

 

 

 一樹も何も言うことはなく、気持ちの悪い沈黙が部屋に流れた。

 

 

 

「…よし。じゃあ住吉君」

 

 

 ようやく、アゴに手を当てて思考していた新島が喋りだした。

 

 

「君は、『怪盗団』って物を知ってるわよね?」

 

「…ああ」

 

 

 新島は一樹の返答に頷いて言葉を続ける。

 

 

「じゃあ、あなたの知っている『怪盗団』について話してくれるかしら?」

 

「…怪盗団。人の心を盗んで改心させる義賊…だって話だな」

 

 

 何で俺が尋問されてんだ。不満を抱えつつも一樹は新島に問われた事に答える。

 

 

「そうね。他には?」

 

「他? えっと…最初の犠牲者はうちの学校の鴨志田先生。その後に大物芸術家だの犯罪者?だのを狙い、最近はハッカー集団のメジエノ?と戦い見事勝利した。だっけか」

 

「随分詳しいのね。ファンなの?」

 

「そうでもない。ただあれから一週間も有ったからな。色々それっぽい事は調べてたんだ」

 

 

 一樹には皮肉のつもりたったが、新島には効いていないようだ。

 

 新島はまた少し考え、それでも悩みながら言葉を紡いだ。

 

「そこまで分かってるなら、もう、」

 

──私たちの正体も分かってるんじゃない?

 

 

「っ やっぱり、お前たちが、『怪盗団』…なのか?」

 

 

 新島は肯首をもって一樹の言葉に答える。

 

 

 それは、一樹にとって予想のついたこと。だがしかし、それでも衝撃の告白であった。

  

 



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explanation

説明回です。
難しかった…


「そう、か…」

 

 

 予想のついていた事だし、ある程度確信もあった。それでも尚、一樹は驚きが隠せなかった。

 

 

 心を盗むなどと言う非科学的な事をやってのける『怪盗団』は、自分と同じ現実の存在と言うよりも物語や空想の存在に一樹には思えていたのだ。

 

 

 一樹は驚いていたが、新島の仲間も驚いていた。

 

 

「ちょっ、言っちゃっていいの?!」

 

「誤魔化すんじゃなかったのか」

 

 

 怪盗団は警察に追われている。下手にあちこちで話すのはリスクでしかないだろう。

 

 あの摩訶不思議な砂漠空間を誤魔化す方法など、一樹には思い付かないが。

 

 

「住吉君は相当私たちの正体に勘づいてたわ。変に黙ってるのは悪手でしかない。なら、いっそのこと話した方が取れる手が多くなる」

 

 

 それに、と新島は言葉を続ける。

 

 

「彼は正体を知ったからって言い触らす様な事はしないわ。彼、性格は悪くないし」

 

 その言い方だと、性格以外は悪いということになるのだが。

 

 

 一樹は腹が立って、有ること無いこと警察に伝えてしまおうか。と思ったが、

 

 

「なに。全部任せていたんだ。ここはマコトの判断に従おうじゃないか」

 

 

──ネコガシャベッタ。

 

 

 一樹の思考は、そこで止まる。

 

 

 そう言えば、あの砂漠の時にも黒猫形のナニかが居たな、とかいう記憶はすっかり一樹の頭から抜け落ちていた。

 

 

「それもそ…どうしたん? えっと…スミヨシ先パイ?」

 

「ネネネ、ネコがシャベッタ…」

 

 

 一樹は顔を青くしながら化け黒猫を指差す。

 

 

 何故こいつらはさも当然の事の様に喋る化け猫と接せれるのか。

 

 傍目に写る怪盗団メンバーは皆一様に呆けた顔をしている。

 

 

 そんなに可笑しな事を言ってなかろう。言葉を話す猫だぞ。と、一樹は段々腹立たしくなってきた。

 

 

 まさか、何か種が有ったのでは。怒りで逆に冷静さを取り戻してきた一樹はネタを破ろうと黒猫を睨む。

 

 

「住吉君。ちょといい?」

 

 

 只の黒猫にしか見えないな。まさか本物に化け猫なのでは…と一樹の顔に青味が帰ってきた頃、新島に声をかけられる。

 

 

 一樹は何となく悪い予感を感じた一樹は警戒しながら返事をする。

 

 

「…何?」

 

「君、こういうアプリみたいなの、スマホにインストールされてないかしら」

 

「…ん? それっ、て」

 

 

 指し示された新島のスマホに表示されているアプリに一樹は見覚えがある。

 

 

 それは、確か一週間前、あの砂漠から帰ってきた時に初めてインストールされていたバグアプリ。

 

 

 まさか喋る化け猫と何か関係が有るのかと、一樹はスマホのアプリ一覧に入れてあったそのアプリを新島に見せる。

 

 

「やっぱり… 住吉君はそのアプリを開いたりした?」

 

「え? いや…バグか何かだと思ってたから… 」

 

 

 人と話し慣れない一樹の声は段々と小さくなっていき、何回か消そうとしたけど、と言った時には消え入りそうな音になっていた。

 

 

 それでも一応聞き取れたらしく、生徒会長に聞き返されずにすんだ。

 

 

「本当はそんなに話すつもりは無かったんだけど… これなら事情は別ね」

 

 

 顎に手を置き一瞬考えた新島は、まず 、と言葉を綴る。

 

 

「君は、私たちがどうやって心を盗んでいるか、想像はついてる?」

 

「え、っと。 いや…つかその猫の話は──」

 

 

 唐突な質問に、一樹はパッとネットニュースで見た『洗脳か、催眠か!?』と言う見出しを思い出したが、そんな事をする集団に新島が所属するまいとその考えを否定する。

 

 

 それ以上一樹が何か言う前に、新島が続ける。

 

 

「この世界には『現実世界』とは別の、異世界が存在しているの。そこは『認知世界』と言うか… 兎に角そう言う場所」

 

「は? いきなりなんの話を…」

 

 

 突拍子も無く漫画の設定の様な事を言い出した新島に、一樹は豆鉄砲をくらった様な顔をしてしまう。

 

 

「いいから聞いて。その『認知世界』って言うのはその名の通り"人々がどう思っているか"が重要な世界なの」

 

「お、おう」

 

「そしてその認知世界の一種に『パレス』って物がある。そこは、何て言うか…"一人の歪んだ心の具現"?って感じかな」

 

 

 今だ一樹は何の話を、と思っているが、新島だけでなく他のメンバーまで神妙そうな顔つきで一樹を見ているため、口を出せずにいる。

 

 

「パレスはその持ち主の歪んだ欲望を『オタカラ』として核にしている。だから、そのオタカラを盗めば持ち主は歪んだ欲望が消え去る」

 

「お、おう?」

 

 

 最初はSFかと思っていたが、段々と話がライトノベルみたいになってきた。一樹は今の時点で話を半分も理解出来ている気がしない。

 

 

「だから、私たちはパレスに侵入してオタカラを盗むの。悪人を改心させる為にね。その『イセカイナビ』を使ってね」

 

「…はい?」

 

 

 自分は5分くらい居眠りしてたのか? 話飛んでないか? と一樹が疑うほど、新島の話は想像を越えていた。

 

 

 これならば、"怪盗団は被害者を誘拐し、違法なお薬を使って洗脳している"とか語っていたネットの二流記事の方がまだ現実味が有る。

 

 

「信じられないのも分かるけど、それが真実なの」

 

「いや、でも…」

 

 

 ハイそうですか。と理解出来る領域は軽々しく越えている。と言うか、直ぐ様納得出来る方がどうにかしているだろう。これは。と一樹は思った。

 

 

「無理にここで納得させる必要は無いさ、マコト。ワガハイたちにはもっと簡単な証明方法が有る」

 

「…それもそうね。住吉君。今日まだ時間あるかしら?」

 

「え? ああ。今日は1日空いてるぞ」

 

 

 実際の所、3年生の癖に"今日()"ではなく"今日()"なのだが。

 

 

「それは良かった。なら一度来てもらいましょう」

 

「…へ? 何処に?」

 

「もちろん、『認知世界』よ」

 

 

──────────────────

 

 

「えっ、えぇ…?」

 

 

 新島に言われるがまま例のアプリを操作すると、何時の間にか、一樹は薄暗い見知らぬ場所に立っていた。

 

 

 ここはよく見れば、荒廃した駅のホームのようだ。こんな経験は二度目だが、一樹はやはり呆然としてしまう。

 

 

「…なんだ、ここ?」

 

「ここは『メメントス』 認知世界の1つよ」

 

「っ! 新島…ってなんだその格好?」

 

 

 知っている声が聞こえてガバッと振り返れば、そこには真っ黒なライダースーツに鉄仮面を着て、手にはメリケンサックを装備した、あの砂漠の時と同じ世紀末覇者みたいな格好をした新島が立っていた。

 

 

 その後ろには、それぞれあの時と同じ珍妙な服装をした怪盗団メンバーが立っている。

 

 

 しかし、宇宙人の様な格好をしている赤髪の少女はあの少女店員だろうか。

 

 あの砂漠で見た覚えがない。慌てふためいていたから気付かなかっただけかもしれないが。

 

 

 そう言えば、相変わらず当然の様に二頭身の猫型のナニかが混ざっている。あの化け黒猫の正体なのだろうか。

 

 

 そして、あの時は気にする余裕が無かったが、あのカタブツ生徒会長がこんな姿なのはなかなかにシュールだった。

 

 一樹は己の笑顔が気持ち悪い事を知っているので、顔下半分を手で隠す。

 

 

 その行動を自分の事を馬鹿にしていると取った新島は少し不機嫌そうに答える。

 

 

「まあ、怪盗衣装みたいな物よ。そんなに気にしないで」

 

「ああ…そう。それで、此処がなんだって?」

 

「『メメントス』ね。一般人の意識の集合体。パレスを持たない悪人のシャドウは此処にいるから、それを倒して『オタカラの芽』を盗むのも怪盗団の仕事なの」

 

 

 一樹はなんとか話と設定を噛み合わせて相槌を打ちそうになったが、1つ引っ掛かることが有った。

 

 

「悪い、あの…『シャドウ』って、何だ?」

 

 

 先程の説明にも出てこなかった…ハズの単語だ。

 

 

「え? ああ言ってなかった? シャドウは二つの意味があるの。1つは、認知世界に居る悪魔って言うか…まあそんな感じの"異形の者"」

 

 

 そしてもう1つは、と新島が続ける。

 

 

「"歪んだ自己認識の具現化"ね」

 

「なる、ほど?」

 

 

 分かったような分からないような。

 

 

「じゃあ、お前たちが操ってた、あの、巨人みたいなのは?」

 

 

 一樹は言ってから後悔した。新島が本題だとばかりに笑った気がしたからだ。

 

 

「それは『ペルソナ』。"もう一人の自分"であり"叛逆の意志" そして──住吉君。今から君に目覚めて貰う力よ」

 

「なるほ……はい?」

 

 

 



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questions and answers

 

「…悪い。何言ってるのか分からねぇ」

 

「そう? そんな変な事は言ってないと思うけど」

 

 

 表情を見るに、新島は本気で言っているらしい。なお質が悪い。一樹はため息を吐いた。

 

 

「すまん。取り敢えず状況を整理させてくれ」

 

「別にいいけど?」

 

「えっと。ここはメメントスとか言う異世界。で、戦ってる敵は悪魔的な何か。てことで合ってるか?」

 

「まあ、そうね」

 

 

 

 んで、と一樹は続ける。

 

 

 

「その悪魔、シャドウだっけ? と戦うには『ペルソナ』ってのが必要、なんだよな?」

 

「その認識で間違いないわ」

 

 

 いい歳こいて何の話をしてるんだ。俺は。と一樹は気恥ずかしくなったが、奥にいる怪盗団の空気は真剣だったし、何よりこの異様な空間(メメントス?)がこのゲームの様な話に現実味を与えていた。

 

 

 

「あー、新島が言ってる話は分かったんだけど、その、なんつうか、なんで、俺に…その、ペルソナ?が使えると?」 

 

 

 特別な力だとか隠された力が自分に有るとは、中学二年生の時にすら考えなかった。

 

 

 一樹が恐る恐る聞けば、新島は一瞬キョトンとした顔をしたが、直ぐに思い至ったらしい。

 

 

「ごめんなさい。ちょっと想定外の事だったから、気が急いじゃったみたい」

 

「あ、いや。別に…」

 

 

 新島はゴホン。と一息ついて説明を始める。

 

 

「根拠は色々あるんだけど。まず、君がモルガナの言葉が分かったこと」

 

「モルガナ?」

 

「えっと…そこの、猫みたいな…」

 

「ああ…」

 

 

 あの喋る二頭身の化け黒猫はモルガナと言うらしい。

 

 

「なんなの、あれ? えっと、シャドウってやつの一種なのか?」

 

「いや。本人は元人間だって言ってる。パレスの影響でどうとか」

 

 

 珍しく新島の歯切れが悪い。あの化け黒猫のことは仲間内でも良く分かっていないのかもしれない。

 

 

「それで、モルガナ? がなんの関係が?」

 

「あ、そうそう。現実世界でモルガナの言葉が分かるのはペルソナ使いだけ。だから、声が聞こえた君にも適性があるはず」

 

「なるほど?」 

 

「ま、他にも聞こえる条件は有るみたいだから、それだけじゃわからないけど」

 

「なるほど?」

 

 

 

 今の所ある程度は理解出来ているように思う。一樹は注意しながら新島の話を聞く。

 

 

 

「一番の証拠は、貴方がイセカイナビを持っていたこと」

 

「…やっぱ、アレ関係有るんだな」

 

 

 赤い目の様なアイコンのアプリを思い浮かべる。正直、一樹には己が勧誘された要因などそれくらいしか思い付かなかった。

 

 

「なんなんだ? あのアプリ。持ってるとペルソナ? が使えるようになるとか?」

 

「いや、逆かな。"異世界に入った"、"素質有る"人にインストールされるらしいの。まあ、よく分からないんだけど」

 

「ふーん?」

 

 

 

 今一、一樹には実感が湧かなかった。

 

 

「やっぱり、一回見てもらった方がいいよね。でも私のはちょっと特殊だし…」

 

 

 新島は一人で顎に手を当ててぶつぶつ言うと、後ろに固まっているメンバーの所に行ってしまう。

 

 

 一樹がキョロキョロと物珍しいメメントス?の廃駅のホームを見回していると、唐突に金髪のヤンキーっぽい男が怒鳴り付けてきた。

 

 

「よっしゃパイセン! 今からスゲーもん見せてやんよ!目玉かっぽじってよく見てろよ!」

 

「ハイ?」

 

「ハァァァァ、ペルソナァァ!」

 

「お、オォォ!」

 

 

 金髪ヤンキーが気合いをためて吠えると、その背後にいつぞやかも見た骸骨巨人が現れた。

 

 

 一樹は金髪不ヤンキーの言い間違いを指摘するのも忘れてそれに見惚れる。

 

 

 船?に乗ったその骸骨巨人は海賊の様な格好をして、一樹が見ていることなど気にする素振りをせずに金髪ヤンキーの後ろで動き回っている。

 

 

「…凄いな」

 

「でしょ。これがペルソナよ」

 

「あぁ…」

 

 

 とっくに慣れているのか、新島は骸骨巨人に目を向けずに一樹の元へ戻ってきた。

 

 一樹はその時、新島の世紀末風の格好から1つの事に気がつく。

 

 

「ん? そういやお前のペルソナって、まさかあのバイクか?」

 

 

 あの砂漠(今思えば、あれがパレスなのだろうか)で、新島が一樹を助けた時に跨がっていたあのバイクは骸骨巨人と同じ雰囲気がした。

 

 

「…まぁ、そうね」

 

「へぇ…。なんか、お前のキャラと違、ってそう言えばペルソナってもう一人のじぶ──ヒッ」

 

「あんまり、それには触れないで」

 

「お、おう。分かった…」

 

 

 いらない事を言ってしまった一樹は、新島に睨まれて黙らされる。服装にピッタリの行動だと一樹は思ったが、流石にそれは言わなかった。

 

 

 ゴホン、と一息ついて一樹は話を戻す。非現実的な事に巻き込まれ、珍しく一樹は積極的だ。

 

 

「それで、どうすりゃペルソナを呼び出せるんだ? またアプリを使うのか?」

 

「どう、やって…? なんて言うか。こう、ハァー! って感じで?」

 

「……? 何言ってんだ?」

 

 

 急に新島がしどろもどろになる。生徒会長は後ろの仲間に助けを求めるが、彼らもあまり分かっていないようだ。

 

 

 アプリの事といい、何故そんななあなあで済ませられるのか。一樹は何となく怪盗団が心配になってきた。

 

 

 その時、静視していた猫モドキ(モルナカ?)が少々怒りながら喋りだした。

 

 

「まったくしょうがない奴等だな!」

 

 

 猫モドキはビシッと一樹を指差して解説を始める。

 

 

「いいか? ペルソナってのはお前自身でありお前の反逆の意志だ」

 

「お、おう」

 

「即ち、此処でお前の秘めたる感情を爆発させ、それを受け入れろ! そうすればお前のペルソナは覚醒する!」

 

 

 半分くらい説明と言うより演説だったが、それでも言いたいことは大体一樹に伝わった。

 

 だが、

 

 

「…あの、秘めたる感情…って、何?」

 

 

 そこだけいまいち一樹には分からなかった。

 

 

「あるだろ? こう、理不尽な大人や環境に対する怒り。それを封じ込めずに認識すれば…」

 

 

 再び猫モドキが説明を始めたが、怪盗団の仲間が会話に割って入ってきた。

 

 

「めっちゃくちゃイテェ頭痛と一緒に仮面が出てくるから…」

 

「滅茶苦茶痛い頭痛?!」

 

「それを顔の皮と一緒に剥がせばいい」

 

「仮面を?! 顔の皮と一緒にひっぺ剥がすの?!」

 

 

 どう考えても、途轍もなく痛そうな事を要求された。そんな痛そうな事を此処に居る全員がやったのだろうか。

 

 やはり、この現代社会で怪盗などをやるような奴等は感覚が違うのだろうか。

 

 

 一樹が色々と恐れ戦いていると、新島がため息を吐いた。

 

 

「なんで皆脅すのよ…」

 

「だって、まあホントの事だしなぁ…」

 

「うむ。嘘はついてない」

 

「たからってあんな風に言ったら誰だって挑戦したくなくなるわよ…」

 

 

 新島は振り向いて一樹に落ち着かせるような口調で言った。

 

 

「大丈夫。本当はそこまで痛くないから」

 

 

 それこそ本当なんだろうな。一樹は思う。自分は己の血が流れることすら慣れてないのだ。自分が耐えられるのは精々微熱の時の頭痛くらいまでだぞ。と。

 

 

 それでも一樹は一応覚悟を決め、ペルソナを呼び出すべく目を瞑った。

 



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awakening?

 

 目を瞑り、息を整えた一樹はペルソナなるものを呼び出すべく頭を動かす。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 一樹も、新島も怪盗団メンバーも、一様に沈黙を守っている。一樹は自分に注目している幾つもの視線を感じ、焦りを覚える。

 

 

(やばい。ヤバいぞ…!)

 

 

 ペルソナを召還するには隠した激情と向き合い、それを克服する必要があるらしい。

 

 

 

 だが、

 

 

(ヤバイ。なにも、なにも思い付かない…)

 

 

 そもそもの"激情"なるものに、一樹は心当たりが無かった。

 

 

 過去の経験、会話を思い返せば確かに理不尽に対して激しく怒りを覚えたことも有った。

 

 

 しかしそれも昔の話。今となっては「そんなものだ」と割り切れてしまう話でしかない。

 

 

「………」

 

 

 回りからの視線が痛い。責めている訳でもなく、単純に見守られているだけだが、既に自分が無理かもしれない。と思ってしまったせいで期待を裏切っている気分になる。

 

 

 一樹は目を開ける。

 

 ハッとした表情の新島が正面にいた。

 

 

 どうだった。と目で尋ねてくる新島に一樹は意を決して口を開く。

 

「…悪い。もっかい説明してくれ」

 

 

 ガクッ、と言う擬音が似合いそうなほど、メンバーが漫画の様にずっこけた。

 

 

 ノリのいい連中だな。一樹はそう思いながら新島の話を聞く。

 

 

 

 

 新島の話が終わる。

 

 

 やはり、激しい感情と向き合い、それを受け入れることがカギらしい。一樹の心に若干の諦念が生まれる。

 

 

「…あぁっと。やっぱ、スマンけど"秘めたる感情"ってのが今一分からん。あの…皆がどうやって覚醒したか、教えてくれんか」

 

 

 差し支え無い範囲でいいから。と一樹は続けるが、気恥ずかしさや己への失望で、最後の方は消え入るような音だった。

 

 

「え? まぁ…別にいいけど」

 

 

 怪盗団メンバーそれぞれが、過去の話を順番に軽く話す。

 

 

 

 

 

 

(ああ。無理だな。これは)

 

 

 もしかしたら、自分にも出来るかもしれない。そう思えた淡い希望も消え失せた。

 

 

  根本的に違うのだ。彼らと己では。

 

 一樹はため息を飲み込んだ。彼らは、諦めなかったのだ。自分が慣れて、妥協した事に。

 

 

 体罰も、脅迫も、一樹ならきっと泣き寝入りして終わっていただろう。それに、彼らは抗い、自らの意志で動いていた。

 

 

  そんな事が出来た連中の仲間に、自分は成れる筈が無い。

 

 

──なら、仕方ない…よな?

 

 

 一樹は、胸の中に黒く重い靄が溜まるのを感じた。それは、諦念と屈辱の塊。

 

 

 何時の間にか、一樹にとってそれはとても慣れ親しんだ物になっていた。

 

 

 

「えっ…と。いきなりこんなこと言われても難しいわよね。また今度にしましょうか」

 

 

 一樹の諦めを感じたのか、新島がフォローを入れてきた。その労りは、一樹が生徒会をやっていた頃の新島には無かった物だ。

 

 

 つまり彼女は、成長したのだろう。一樹はそう思った。

 

 

「まあ無理矢理どうこう出来るほど甘いものでもないからな!」

 

 

 猫モドキにまでフォローされた。一樹は恥辱の念でつい口の端が引きついてしまう。慌てて口を手で被った。

 

 

「うんじゃあ、今日はもう戻るか」

 

「そうだな。他にやるべき事もない」

 

「だね。どうする? ジョーカー」

 

 

 金髪ツインテールに尋ねられた黒髪店員は、「そうしよう」とだけ言って歩き始めた。

 

 怪盗団メンバーもそれに続いていく。

 

 

──そうか。引き留めもしないのか。

 

 

 一樹は口惜しさの中で思う。

 

 

 俺の行動は、彼らにとって必死になって応援する程の事でも、重要な事でも無かったらしい。 精々、戦力が増量出来たらラッキー程度の事。

 

 

 巻き込み、呼び出しておいてその程度。

 

 

 一樹は、己の口が酷く歪んだことがわかった。

 

 

  最初から、期待などされていなかったのだ。

 

 

 一樹は、自分が震えている事に気が付いた。

 

 

 小刻みに震えている一樹を見て、団体の最後尾に居た新島が再び声をかけてきた。

 

 

「住吉君? そんなに気にしなくていいのよ? そんな簡単な事でもないんだし、仕方ないわよ」

 

 

 一樹は、新島が何を言っているのか分からなかった。

 

 

 まさか。この女は、俺が()()()()()()()()()()()()()嘆いてるとでも思ってるのか?

 

 

 仕方ないって、何がだ? "ペルソナを出せなかったこと"? それとも、"俺が役立たず" なことか?

 

  

(あぁ悔しい。悔しいなぁ)

 

 

 自分への失望感。それは、とっくに慣れた感情のはずなのに、今日はやけに強く感じられた。

 

 きっと、摩訶不思議な世界を体験し、自分も彼らの仲間になれると、一瞬でも期待し、錯覚してしまったから。

 

 

 不器用な一樹は、とっくの昔に自分に期待する事を止めた。その方が傷は浅くてすむ。

 

 

 しかしそうしたことで、自然と存在を忘却し、見えなくなった感覚がある。

 

 

 即ち、()()。それは、罪なき自分を責める理不尽への憤慨り。それは納得のいかない不条理への鬱憤。

 

 

 そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一樹は、今思い出した。身近になりすぎて見えなくなっていた"激情"を。

 

 

 心が言う。──許せない、抗え──と。

 

 

  

少しは理解したのかね?

 

「アァ? アアァァ…、ガァッ!」

 

 

 突然、頭の中で声が響いた。頭が、割れる様に痛む。立っていられない。

 

 

 一樹は、思わず頭を抑えて膝から崩れ落ちた。

 

 

「えっ?! なんで。このタイミングで?!」

 

「おい──」

 

 

 その音で異変に気が付いた怪盗団メンバーが何か言っている。だがその音は一樹には届かなかった。

 

 

役者でもない癖に、役を得て脚光をその身に浴びたいと? そりゃァ随分都合が良かねェか?

 

「ガァァ…アァッ!」

 

舞台を駆ける覚悟無く、かといって劇場から出ていく度胸もなし。なら何時までも無様な傍観者のままだなァ

 

「アアア…ガァ!」

 

 

 ああ。その通りだとも。一樹は激痛の中、思う。

 

 

 一樹は逃げた。部活から、バイトから、そして、生徒会からも。

 

 

 何が悪かったでもない。ただ、一樹に、彼に自信が無かっただけ。確固たる意思も、誇りも。

 

 

 

 それでも彼は所属したかった。仲間になりたかった。

 

 

 だから、彼はただ眺めている。交ざる事も出来ず、立ち去る事も出来ず。逃げた先から、ただ漠然と。

 

 主張しない癖に、ただ見ているだけの癖に。認めて欲しい、期待して欲しい。そう願って。

 

 

 だが、それも止めにしよう。

 

 

 

 一樹は崩れ落ちた態勢のまま、頭に鳴り響く声に言う。

 

 

 

「力…、力を寄越せ… 力だ… その舞台で、主演足りえる力を! 」

 

クッ、カッカッカ!

 

 マァいいだろう。さァ契約といこうか! 我は汝 汝は我。とっくに幕は上がっている。どうするかは…お前次第だ

 

 

 痛みが、消える。一樹は、自分の顔を何かが被っている事に気が付いた。

 

 一樹は怪盗団の話などとうに忘れている。だが、感覚で分かる。これを、剥がさなければならない。と。

 

 一樹は立ち上がり、その仮面の端を掴み、一思いに引き離す。不思議と、痛みは無かった。

 

 

 ゴォォォ、と青い光が一樹を包む。眩しくて、一樹はつい目を瞑った。

 

 

 目を開けた時、彼は己の服が変わった事に気が付いた。それに、やたらと体が軽い事にも。

 

 

 元はジーパンに黒シャツ、白のワイシャツと無難な格好だったのに、今は軍服を思わせる黒で統一された上下に、手足と胴に緑のプロテクターを着けていた。

 

 

 己に似合わない事も無いだろうが、どう見てもコスプレだろう。新島を馬鹿に出来ないな。これじゃ。一樹はつい笑った。

 

 

「あァっと… これでいい──」

 

 

 一樹は、異変に気が付く。誰も、自分を見ていない。皆、自分の後ろを見ている。と。

 

 

 (なにが──)

 

 

一樹は後ろを振り向く。そして、分かった。

 

 

「ペルソナが…いない?」

 

 

 後ろには、何も無かった。ただ、廃駅の様なメメントスが広がっているだけ。

 

 

──ああクソ。やっぱり役立たずのままかよ。

 

 

 一樹は、胸を抑えた。



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summon

住吉 一樹の武器が一部スカルと重複しております。
ご承知願います


「うーん… イマイチ理由がわかんねーんだよなぁ」

 

 

 猫モドキが残念そうに眉をひそめ首を傾げる。

 

 

「多分、心持ちの問題だとは思うんだが…」

 

「心持ち…? それってどーゆう?」

 

 

 金髪ツインテールが一樹の気になった事を代弁してくれた。

 

 猫モドキが答える。

 

 

「こう… まだ自分の心全てと向き合えてない…、のか、それとも自分で気付いてない一面があるのか…」

 

「よく分からないな」

 

「だな。結局何が悪いんだよ?」

 

 

 今度は黒髪店員と金髪ヤンキーが一樹の思いを代弁した。考える事は同じらしい。

 

 

 猫モドキはさっきまでの様にハキハキ堂々とは喋らない。割りと珍しい事態なのかもしれない。

 

 

 顎に手を当てて考えこんでいた新島が発言した。

 

 

「服装が変わった、って事は一応ペルソナ使いとしては目覚めてるのよね。なら、スキルはどうなってるのかしら?」

 

「スキル…ってあの、魔法みたいなヤツだっけ?」

 

 

 一樹は火炎だの補助だの核熱だの、まるでゲームの様だと話半分で聞いていた内容を思い出す。 

 

 

「えっと。どうやって確かめればいいんだ。スキルってのは」

 

 

 ペルソナを召還出来ずに幾らか気落ちはしたが、それでも尚、服装が変わり魔法が使えるかも知れないとなれば一樹も何時もよりかは積極的だ。

 

 

「こう…胸の奥に集中すると、何となく分からない?」

 

「…? なんりゃそりゃ?」

 

「取り敢えずやってみて頂戴」

 

 

 ゲームの様な魔法は有っても、都合よくステータス画面的な物まではないらしい。

 

 

 一樹は先ほどペルソナを呼び出そうとしたのと同じ要領で、胸の奥に意識を向ける。

 

 

 体感で一分ほどそうしていたが、何も分からない。一樹は諦めて目を開けた。

 

 

「…すまん。何も…」

 

「そう…。やっぱり、しっかり覚醒しないと駄目みたいね」

 

 

 ナチュラルに失敗を抉るの止めてくれないか。

 

 

 一樹は上がっていたテンションが急激に下がっていくのを感じた。

 

 一樹は何時もの癖で口を抑えそうになり、いつの間にか自分の口元が何かに被われている事に気が付いた。

 

 

「──ん? これ…ガスマスク、か?」

 

 

 ペタペタと口元に張り付いている物を触り、その独特な凹凸から一樹はそう推測する。

 

 目元をカバーしない、口周辺だけを被ったガスマスクらしい。

 

 

「気付いてなかったの? さっきから被ってたわよ」

 

「…全然違和感無かったな」

 

「まあ、身体能力とかも上がってるし、慣れるまでは感覚がずれるかもしれないわね」

 

「へぇ…」

 

 

 一樹は試しに、グッパーと(これまた何時の間にかしていた黒く厚い手袋越しに)手を動かしてみる。確かに何となく、普段と違う感じがする。

 

 

 それが面白く、手を動かして遊んでいると、腰に掛けられた何かに腕がぶつかった。

 

 

「何だこれ…ハンマー?」

 

「ハンマー…ね。釘抜き付きの」

 

 

 一樹の腰にぶら下がっていたのは、わざわざ柄まで黒く塗られた釘抜きハンマーだった。

 

 

「何でこんなモンが…?」

 

 

 一樹はまじまじとそのハンマーを観察するが、真っ黒に塗られてる他は只のハンマーにしか見えない。

 

 

「ああ、それは──」

 

「あっ、いや。思い出した」

 

 

 怪盗衣装と同じく"反逆の心"が具現化してウンタラカンタラ…と新島が説明していたのを思い出した。

 

 その時一樹は、スキルの話に意識が片寄っていた為にあまり聞いていなかったのだ。

 

 

「て事は俺の武器?はハンマーなのか?」

 

「まあ、そうなるわね」

 

「ハンマーって…使った記憶ないぞ」

 

 

 生徒会時代に備品整理で触った程度だ。そもそも、釘抜きハンマーなんて武器になるのだろうか。一樹は何度かハンマーを振ってみる。思いの外、そのハンマーは手に馴染んだ。

 

 

「格好には似合ってるわよ。こう…特殊工作員みたいで」

 

 

 確かに軍服にアーマー、ガスマスクに工具となれば、怪盗と言うより極秘任務を負った兵士っぽく見えるのは否定しない。

 

 が、その格好にメリケンサックとか言う"いかにも"な格好をした新島には言われたくなかった。

 

 怖いので口には出さないが。

 

 

「そう、いやさ。武器って他にも有るんだっけ?」

 

 

  このままだと要らん事を言うな。と察した一樹は話を変えた。

 

 

「そうね。自分の武器を想像して。さっきの要領で取り出せる筈よ」

 

 

 新島は何も無かった腰元から鉄砲を取り出してみせた。理屈は分かっていても、一樹にはイリュージョンか何かにしか見えなかった。

 

 

「よし。やってみ──ってこれどうやって仕舞うんだ?」

 

 

 無造作に取り外したハンマーの戻し方が分からない。多分、ベルトに引っ掻けるんだろうが、胸のプロテクターが邪魔でそれが見えない。

 

 

「こう…じゃねえな。これ、でもねえのか。…ああクソ」

 

 

 手先が不器用な一樹はハンマーを元に戻すのも一悶着だ。

 

 

「こう…じゃない?」

 

「うっ …悪い」

 

 

 見かねた新島がサッとハンマーを取り、元の場所に戻して見せた。

 

 

 一樹は気恥ずかしさと勝手に敵視している新島に助けられた不甲斐なさでテンションが駄々下がりした。

 

 

 フゥ、と一息吐き、一樹は気を入れ直す。ペルソナも失敗、スキルも失敗と来たが、折角の機会なのだ。せめて1つ位は成功させたい。

 

 と、ペルソナ使いに覚醒出来たと言う成果が有ることを忘れて、一樹は決心して行動を起こす。

 

 

 勝手が分からないので、一樹は試しに目を瞑り、「武器よ、来い!」と念じてみる。

 

 

 何も起こらなかったが、一樹は取り敢えず二度、三度念じてみた。

 

 

「うおっ?! おっ、フギャ!?」

 

 

 不意に背中が重くなり、一樹はバランスを崩して尻を打ってしまう。

 

 

「な、なんだぁ? 成功したのか?」

 

 

 背に手を回してみると、一樹は何かを背負っていた事が分かった。

 

 何なのか調べるべく、それを取り外そうとベタベタ触ると、思いの外簡単に外れた。

 

 

「それ…って」

 

「ロケットランチャー…か?」

 

「に、見えるわね」

 

 

 黒く太い筒から飛び出た物騒なロケット。粉う事なきロケットランチャーだった。

 

 

 ハンマーと違って、それは一樹には身に覚えが有る物だった。と言っても様々な洋ゲーで好んで使う程度だが。

 

 

 

一樹はそのロケットランチャーを観察する。重いのは確かだが、想像よりは軽かった。

 

 

「おお! スゲー武器じゃねースか。パイセン」

 

 

 金髪ヤンキーが幾らか興奮した様子で寄ってきた。曰く、怪盗団の重火器は小さい物ばかりらしい。

 

 

 怪盗団のメンバーに誉められ、一樹の自尊心は幾らか高まった。

 

 

「確かに、重い一撃を撃てるのは心強いわね。後はペルソナが使えれば良かったんだけど」

 

「…ああ。うん。そう、だな」

 

 

 高まった一樹の自尊心を新島が一瞬で叩き落とした。どうせ無自覚なのだろうが、まるで狙ってるようだ。と一樹はため息を吐く。

 

 

 一樹がランチャーを仕舞おうとすると、金髪ヤンキーが楽しそうに提案してきた。

 

 

「なあ。それ一発撃ってみてくんねぇ?!」

 

「えっ? …大丈夫、なのか? いや、俺としては別にいいんだけど…」

 

「まぁ、別にいいんじゃない? それ、こっちに向けないでね」

 

「お、おう」

 

 

 新島の許可が下りたので、一樹はランチャーを肩に乗せ、適当に遠くを狙う。

 

 幸い、面倒な操作は必要無くただ引き金を引くだけで撃てそうな作りをしていた。

 

 

「えっ?! ちょっと待って そんな体勢じゃ反動を殺せな──」

 

 

 別世界とは言え、初めての発砲にテンションの上がった一樹は躊躇無く引き金を引き、後悔する。

 

 

「ゲッ フベッ」

 

「アギャァ!」

 

 

 ミサイルは問題なく発射された。

 

 その反動はすべて一樹の肩にかかり、一樹は何の抵抗も出来ず後ろに飛ばされ、丁度向かい正面に居た金髪ヤンキーに激突した。

 

 

「スカル?! 住吉君?!」

 

 

 鍛えているのか、ペルソナの恩地か、金髪ヤンキーは無事そうだが、一樹はそうもいかない。

 

 金髪ヤンキーに衝突した後に受け身も取れずに頭から床に激突。

 

 

 この日、一樹は生まれて初めて気絶を体験した。




一樹の仮面は『ハーフガスマスク』です。
分かりにくくて申し訳ありません。


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communication

「んあ…あァ?」

 

 

 目が覚めると、そこには知らない天井があった。

 

 

──どこだ。ここ。

 

 

 状況が掴めない。一樹がキョロキョロと首を動かすと、青髪の男と目が会った。

 

 

「む? 起きたぞ」

 

「あっ、住吉君。具合はどう? うん。大丈夫そうね」

 

「ん、ああ…そうか。俺…」

 

 

 ボンヤリとしていた一樹だが、新島の顔を見たら記憶がハッキリしてきた。

 

 

 怪盗団と対面した事。認知世界なる場所に行った事。そこで(一応)ペルソナ使いに覚醒した事。

 

 そして、ロケットランチャーをぶっぱなして自爆した事。

 

 

 一樹は、自分が喫茶店ルブランの二階、黒髪店員の部屋のベッドに横になっていた事に気が付いた。

 

 

 一樹を覗く様に見ている新島の他、猫モドキや黒髪店員など、怪盗団全員がこの部屋にいるらしい。

 

 

「…悪い。迷惑かけた。その、調子乗った」

 

「別にいいわよ。どっちかと言えば、こっちが悪いんだし」

 

「…へい。マジでサーセンした…」

 

 

 新島に睨まれて金髪ヤンキーがションボリと謝罪してくる。相当新島に絞られたらしい。

 

 

「あ、いや、大丈…って、あれ?」

 

 

 謝罪を否定していると、一樹は体の違和感に気付いた。

 

 

「なんか、体、痛くねぇな。あんなにおもいっきり打ったのに」

 

 

 試しに手を振り体を曲げても、何時もとなんら変わらない感触しか無かった。

 

 

「ワガハイが【ディア】を使ったからな! なに、気にする事はない。困っている人を助けるのも義賊の嗜みだからな! 」

 

「えっ? あ、うん。ありが、とう?」

 

 

 猫モドキが、猫の姿でどや顔をかましてきた。猫の表情筋にそんな顔を作る能力が有ったとは。

 

 一樹は微妙な顔でお礼をした。

 

 

「アハハ。そんな真面目に受け取んなくて良かったのに」

 

 

 金髪ツインテールの女が朗らかに笑う。笑い慣れている笑顔だと、一樹は思った。

 

 

「さっきも思ったけど、真面目だよねー。生徒会員なんだっけ?」

 

「え、いや…生徒会やってたのは、一年の時だけで…」

 

 この陽気なノリは、一樹に合わないモノだ。しどろもどろになって応答する。

 

 すると、新島がハッと何かに気付いた。

 

 

「そう言えば、私たちまだ自己紹介もしてなかったわね」

 

「あ…そうだ、な。そう言えば…」

 

 

 思い返せば一樹は此処で名乗った覚えが無いし、名乗られた記憶も無い。お互い、スッカリと忘れていた様だ。

 

 

「なら、取り敢えず簡単に自己紹介しちゃいましょうか」

 

 

 コホン、と新島は一息ついた。

 

 

「覚えてるみたいだけど、秀尽学園三年、新島 真よ。今は生徒会長もやってるわ」

 

 

 自分の事は忘れてたクセに、ヌケヌケと。一樹は腹がたったが、口にはしなかった。

 

 

「コードネームは"クイーン"で…」

 

「えっ? ちょ、ちょいま…」

 

 

 唐突に、一樹の想像もしていなかった単語が飛び出してきた。

 

「なに? いきなり」

 

「え? いや、…なに? コードネームって。つか、クイーン…?」

 

 

 一樹の頭は混乱している。

 

 コードネームは、まあ理解出来る。怪盗なら本名で呼び合う訳にはいかないだろうから。

 

 

 だがクイーンとは?

 

 まさか新島のコードネームか?

 

 こいつ、自分の事を"女王様"と呼ばせてるのか?あの世紀末な格好で?

 

 

 一樹の持つ、一年生の時の「超有能文武両道生徒会員」のイメージとはかけ離れた新島に、一樹の頭はショートしそうになる。

 

 

「コードネームの事はあまり気にしないで」

 

 

 混乱している一樹を傍目に、新島がため息をついている。何かしら思う所が有るのだろうか。

 

 

「それよりも、私以外の紹介も済ましちゃわないと。まずは…私たちのリーダーからかな」

 

「え? リーダーってお前じゃないのか?」

 

 

 今までてっきり、新島がリーダーだと一樹は思っていた。彼女ほどカリスマと知性を兼ね備えた高校生はそう居ないだろうから。

 

 

「リーダーは彼よ。そこの、黒髪の」

 

「…雨宮 蓮だ」

 

 

 黒髪店員──アマミヤは、それだけ言うとそっぽを向いてしまった。

 

 

「ああゴメン。彼、何て言うか、淡白なのよ」

 

 

 淡白と言うか、ただ単純に好かれてないだけの気がするが。

 

 まあ、いい。何時もの事だ。一樹は胸に手を当てて、息を吐き割り切った。

 

 

「彼について補足すると、秀尽学園の二年生で、彼のコードネームは"ジョーカー"よ」

 

「ジョーカー?」

 

「そう。私たちの切り札。彼、"ワイルド"だから」

 

 

 またもや一樹が聞かされていない単語が出てきた。と言うか、怪盗団のリーダーが後輩だったとは。

 

 

「えっと、ワイルド、ってのは?」

 

「ペルソナが複数使えるペルソナ使いの事よ」

 

「へぇ?」

 

 

 ペルソナって、『もう一人の自分』だか何だかではなかったのか。一樹にはよく分からなかったが、そう言うモノだと取り敢えず飲み込んだ。

 

 

 飲み込んでいる間に、他のメンバーの自己紹介が終わってしまった。

 

 

 そのせいで、元より人の名前と顔を覚えるのが苦手な一樹が名前を聞き損ねてしまった。正直、もうリーダー君の名前すら怪しいのだ。(アメミアだったっけ?)

 

 

 後々、頑張って覚えるしか無かろう。一樹はため息をついた。

 

 

「驚きだ、な。まさか世間騒がしてる怪盗の、半分が学校一緒だったとか」

 

「まあ、普通想像もしないわよね」

 

 

 そんなことより。と新島は続ける。一樹は「そんなこと」レベルの話だとは思わないが。

 

 

「次は君の番でしょ」

 

「……、?」

 

「だから、自己紹介」

 

 

 一樹が新島の言葉を咀嚼し、飲み込むまで少し時間がかかった。

 

 

「えっ?! 俺もやんの?!」

 

「当然でしよ。君ももう関係者なんだから」

 

「げぇぇ…」

 

 

 一樹は自己紹介が嫌いだ。趣味も、特技も、誇れる事も無い自分の無能さを暴露する行為が、好きになれる訳がない。

 

 

 それでも。新島やその仲間に見られては、やるしかない。

 

 

「えっと、住吉 一樹…です。秀尽学園の三年、帰宅部、です。一年だけ生徒会やってまし、た」

 

 

 嫌いなだけあって、いざ始めると変な自虐的暴露趣味が沸いてきた。

 

 

 一樹は言ってから後悔した。何時もこうだ。言わなくていいことまでいってしまう。と。

 

 

「先パイは、生徒会で何の仕事をしてたんデスか?」

 

 

 金髪ツインテール(名前は諦めた)が取って付けた様な敬語で楽しそうに質問してきた。

 

 

「えっと…、あ…うん。俺の仕事は…雑用、だったかな…」

 

「雑用?」

 

「プリント印刷したり重い荷物運んだり…」

 

「へぇ」

 

 

──ははは。やったぞ。言ってやった。

 

 

 一樹の心に薄暗い喜びが生まれる。何時か誰かに聞かれたら絶対にそう答えようと思っていたのだ。

 

 

 秀尽学園の生徒会に雑用などと言う役職など無い。一樹も元は広報として生徒会に入った。

 

 

 しかしその仕事は優秀な現生徒会長サマに盗られてしまった。

 

 

 その、当て付けの様なモノだ。

 

 

 一樹はチラリと新島の反応を見る。

 

 

「まあ、そんな感じだったかな。確か元は広報だったっけ?」

 

 

 おそらく、新島は一樹の悪意に感ずいたのでも無く、何か思惑が有るのでも無く、ただ単純に、素で一樹にそう言い返した。

 

 

「えっ、あ、ああ。正確には…」

 

 

 想定外の返しに、一樹はなんとか返事をした。

 

 

 そして、

 

 

──あァやっぱ俺は、コイツが大嫌いだ。

 

 

 己の認識を確かにした。



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communication2

「──で、どうするの?」

 

「……っ! え? 何が?」

 

「何がって…聞いてなかったの? 返事もしてたのに?」

 

「あ…、ゴメン。空返事」

 

 

 何してんだか…。と新島、生徒会長が頭を振った。一樹が彼女への嫌悪感を抑えている間に、話は進んでいたようだ。

 

 

 一樹はポン、ポン、と胸を軽く叩き、息を吐いて気を落ち着かせる。

 

 

「ゴメン… もっかい頼む」

 

「まったく… 要は、君がどうするか。って事よ」

 

「俺が…?」

 

 

 何の話か、あまり一樹に入ってこない。

 

 

「貴方は、私たちの正体も、力の事も知っているわ。だから、ここでハイさようなら。とはいかないの」

 

 

 それは、まあ当然の事だろう。

 

 

「別に、何処かにチクろうなん…」

 

「だから、君が仲間になるか、ならないか。ってこと」

 

「……、ん?」

 

 

 再び、一樹の思考が止まる。まさか、俺は今勧誘されている、のか?と。

 

 

「でも、俺、ペルソナ使えないぞ…」

 

「多分その内使えるようになるだろうってモルガナが」

 

「あ、そう…」

 

 

 一樹は迷う。今さっき生徒会長への敵意を確かにしたばかりだし、再び彼女の下に就くなど考えたくもない。

 

 だがしかし、何の特徴も無い一樹にとって(誰でもそうかもしれないが)、あの世間を騒がせる怪盗団の一員になれる機会など、逃せるモノでは無い。

 

 

「戦闘技術は私たちで教えられるし、何より信用出来る仲間が増えるなら有難いの」

 

「あ、そう…」

 

 

 あの生徒会長に認められている事を喜ぶべきか、「取り敢えず数が欲しい」とも聞こえる勧誘に怒るべきか。

 

 いやそもそも怪盗なんて危ない事をやるべきでは無いのでは? いやそんな日見寄りな考えでは…

 

 

 一樹の頭の中で賛成と否定がグルグル回り、一樹が出した答えは、

 

 

「………、保留で」

 

「は?」

 

 

 結局、何時ものように一樹は日寄った。

 

 何言ってんだ、コイツ。を意味しているだろう生徒会長の「は?」にビビって、一樹は慌てて弁解を始める。

 

 

「あ、いや、ほら。俺まだシャウト?の姿とか見れてないし、今直ぐ決めるのは短絡的かなって…」

 

 

 即興にしては、上手い言い訳を一樹は思い付いた。まんまと生徒会長は顎に手をやって考える。

 

 

「まあ、確かにそうね…」

 

「え、いや…あ、うん」

 

 

 急に、一樹は不安になってきた。これでもし生徒会長が「やっぱ仲間にするの無し」等と言い出したら元も子も無い。

 

 

「あ、いや、俺、裏切る気なんて全然無いし、その、どっちにしても協力はする、から」

 

 

 狼狽えて、おかしなことを言いそうになっている事に、一樹は気付いていない。

 

 

「出来る事なら何でも…いや、何も出来ねぇけど、あ、買い出しくらいなら…。でも、やれる限りはやるし、その…うん」

 

「えっ、と。そう…」

 

 

 唐突にアピールになっていないアピールを始めた一樹に若干引きつつも、生徒会長はそれを顔に出さずに対応する。

 

 

「まあ、なんにしてももう一度メメントスに行ってからね。今日は止めておいた方がいいだろうし、次に空いてるのは何時?」

 

「あっと、…俺は、何時でも、あっなんなら明日も空いてるぞ」

 

「明日…は、ちょっと私たちの予定が合わないわね…」

 

 

 何でそんなキツいスケジュールで動いてんだろう? と一樹は不思議に思ったが、あの生徒会長ならそんなモノか。と納得した。

 

 

 不意に、少し気になっていた事を思い出した。

 

 

「そう言えば、随分俺を呼ぶのに時間かかったよな。忙しかったのか?」

 

 

 あの怪盗団の秘密と結びついたような世界。理屈を知らないとはいえ、余所者たる一樹に知られてほっといていい話でもあるまい。

 

 

 まあ、時期的にハッカー集団(名前は忘れた)と決着をつけようのしていた頃だし、他にも理由は思い付く。

 

 

 だから、一樹がこれを聞いたのはただの興味だった。

 

 

「えっと、まあ…そう、忙しかったのよ…」

 

 

 生徒会長の目が泳ぐ。

 

 

──忘れてたな。こいつら。

 

 

 忙しかったのも本当だろうが、おそらく2、3日前には解決していたのだろう。

 

 そしてようやく昨日辺りで一樹の事を思い出し、やっと連絡してきた。──とかなんだろうな。と一樹は推理した。

 

 

 まったく怪盗団として危機管理能力が低いと言うかそもそも人としてどうなんだとか、諸々の文句を一樹は飲み込んだ。

 

 

「まあ…俺は明日でも明後日でも構わないから。それに、何か必要な物が有れば連絡してくれ。買える物なら買って持ってくるよ」

 

 

 一樹の言葉に、生徒会長が笑った。

 

 

「そう。なんにせよ、これからよろしくね。住吉君」

 

 

──────────────────

 

 

 

【   我は汝…汝は我

 汝、ここに新たなる契りを得たり

 

 

      契りは即ち、

 囚われを破らんとする反逆の翼なり

 

 

我、「傍観者」のペルソナの生誕に祝福の風を得たり

    自由へと至る、更なる力とならん…

 

 

 

──────────────────

 

 

  住吉 一樹

 

ARCANA 『傍観者』 

 

 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆ RANK 1

 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

 

 

 NEXT ABILITY  RANK3

 

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える

 

 

──────────────────

 

 

 

 一樹がペルソナ使いとして覚醒し、新島と問答を行ったあの夏の日から暫く経ったある日。

 

 

 取調室らしき薄暗い部屋。そこに、怪盗団のリーダーたる雨宮蓮はいた。

 

 

 尋問を行う側ではなく、行われる側として。

 

 

 腫れた頬。生気の無い目。彼を一目見れば、彼が非道な尋問を受けただろうことは簡単に解る。

 

 

 草臥れた彼の前に座るのは灰色の長髪にスーツを着こなした女検事。

 

 

 新島 冴

 

 

 怪盗団の一員たる新島真の姉であり、怪盗団を追い続けた女傑。

 

 

 その女傑が、雨宮を厳しい目で睨む。

 

 

「あの怪盗団人気の中で、貴方たちにシンパが居ても不思議なことじゃない。いや、居たと考える方が妥当ね。

 

 

 つまり、資金的援助なり情報提供なりの協力者がいたはずよ。学校の関係者か、まったく別か…、ネット上の知り合いの可能性も有るわね。

 

 

 そこら辺の事も、しっかり話して貰いましょうか」

 

 

 新島の尋問は、まだ続く。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 場面はあの夏の日、喫茶店ルブランの屋根裏部屋に戻る。

 

 

 黒髪店員…リーダー君のベッドに腰かけた一樹が発言する。

 

 

「それで、今日はこの後どうするんだ?」

 

 

 一樹は生徒会長の呼び出しでどれ程時間を使うか分からなかった為、この後の予定を入れていない。

 

 

 

 現時刻は4時30分 。帰るにしては中途半端な時間だ。

 

 

「まだお互いの事を良く知ってる訳じゃ無いんだし、色々お喋りでもしましょうか」

 

「お喋りって…どんな事を?」

 

「それは、こう…天気の事とか、好きな食べ物の事とか?」

 

「私の時の使い回しだな」

 

 

 

 赤髪の長髪少女が呟くと、生徒会長が気不味そうに言い訳をする。

 

 

「あんまり、こういう機会が無かったのよ」

 

 

 まあ、彼女の様な人間が、自分みたいな根暗と話す機会はそう有るまい。

 

 

「おい」

 

 

 一樹がそう納得していると、いきなりリーダー君に話しかけられた。

 

 

「ん? どーした」

 

 

 一樹が反応すると、リーダー君は作ったような笑顔を浮かべた。

 

 

「モンタ。買ってこい」

 

「……はい?」

 

 

 まさか、コイツ俺にパシらせようってか?

 

 

「ウォォイ! お前学校の先輩に何言ってんだよ!」

 

 

 猫モドキが混乱して何も言えない一樹の代わりに突っ込みをいれる。

 

 

「アハハハ。じゃあ私紅茶で!」

 

「お! じゃ1UPオナシャス!」

 

 

 金髪後輩組まで乗っかってきた。

 

 

「…ああ、うん。分かった。買ってくるよ…」

 

「えっ?! マジで?」

 

 

 金髪後輩ツインテールが驚く。一応、冗談のつもりだったらしい。

 

 

 一樹はベッドから立ち上がり、ドアへ向かう。

 

 

「いいよ、別に。全員分何か買ってくるから、ちょっと待ってて」

 

「む。俺は…」

 

「いいよ。俺の奢り。今回は」

 

 

 貧乏らしい芸術家君を止めて、一樹は階段を下る。

 

 

 屋根裏と、一階の中間で、一樹はぼやく。

 

 

「ああクソ。変わんねえなぁ…」

 

 

 貢がなければ仲良くなれない。そう思い込んだ一樹の癖である。

 

 

 一樹は後悔しながら喫茶店を出た。

  




【ゲーム的設定】

 買い出しは「主人公が自宅にいる状態でSNS画面の一樹のコマンドを選ぶ」事で発動し、「買い出しを頼める物リスト」から商品を選ぶ事が可能。

 選んだ商品は朝頼めば昼に、昼頼めば夕方に…と自宅に一樹が持ってくるので、その時間に代金と引き換えに選んだ商品が手に入る。

 なお、頼んだのに主人公が自宅に居ない。と言う事は出来ず、一樹が持ってくる時間にはモルガナに強制的に帰宅させられる。

(不明瞭な場合は書き直します)


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奥村パレス
recollection


 

 あの四軒茶屋の諸々があった晩。

 

 

 一樹は自分の部屋で、ベッドに横になりながら今日の事を思い返す。

 

 

 唐突に怪盗団やら異世界の話をされたと思ったらその異世界に連れ込まれ、よく分からぬ内によく分からぬ格好になったのにメインの力は不発。

 

 コスプレしただけで終わり、挙げ句の果てにはロケットランチャーをぶっぱなしては気絶し目が覚めたら怪盗団に勧誘され…

 

 

 

 正直、一樹にはまったく実感が湧いていない。全部夢だったと言われれても納得できる程だ。

 

 

 だが、今日の事が夢でないと、スマホのアプリが語っている。

 

 

 『イセカイナビ』

 

 

 バグアプリか何かだと思っていた物が、まさか異世界に通じていたとは。

 

 

 一樹はまじまじと、目の様な模様が描かれた気持ち悪いアイコンを眺めながら考える。

 

 再び、あのメメントスなる異世界に行ければ、実感も沸くのだろうか。

 

 

 昼間行った時は生徒会長が操作したため、一樹はこのアプリの使い方を分かっていない。

 

 

 アプリを開くだけで異世界に飛ばされるのか、それとも何か操作がいるのか。

 

 

 

 シャドウとか言う化け物がいるらしい世界に一人で挑戦できる程の度胸は、一樹には無い。

 

 

 

  きっと、あの怪盗団のメンバーなら迷わずにこのアプリを開くんだろうな。そう思うと一樹は自分の情けなさが嫌になってくる。

 

 

 一樹はなんとなくネット小説を開くが、何も見る気分になれずにすぐ閉じてしまった。

 

 

 四軒茶屋で解散してもう数時間が経つ。一樹は家に帰ってからずっとこれを繰り返していた。

 

 

 イセカイナビを眺めては自己嫌悪に陥り他のサイトやアプリを開いてそれを閉じてまたイセカイナビを眺める。

 

 

 

 これを延々と繰り返しているせいでスマホの充電が怪しくなってきた。

 

 だがしかしベッドから起き上がって充電器を取る気にもなれず、一樹はスマホを閉じて机の上に放り投げた。

 

 

 そのまま一樹はダランと脱力し、結局今日の回想に戻ってしまう。

 

 

 怪盗団は明日、仲間内でビーチへ行くらしい。それは別に構わないのだが、もし今日自分が仲間入りしていたら色々と気不味いことになっていたのではなかろうか。

 

 それならそれで良かったかもな。一樹はそう思って笑った。

 

 

 

 一樹は暫くベッドの上でボーとしていたが、唐突に立ち上がった。

 

 何か思い立った訳では無く、ただただ尿意が抑えられなくなっただけの事だが。

 

 

 それでも、折角起きたのだからと一樹は充電器を棚から取り出してスマホに刺し、部屋を出て電気を消した。

 

 

 

 どうせ何をやっても気が散るのだから、リビングでテレビでも見ようとの腹つもりである。

 

 

 扉を閉める前、ふと自分の部屋が目に映る。

 

 

 グチャグチャになった毛布が乗っかったベッドに一応それなりに使い込まれた学習机。

 雑多な物が適当に置かれ、半分も埋まっていない本棚。母親が畳んでくれた服をそのまま突っ込んだタンス。

 

 

 大柄な一樹には少し手狭だが、それでもそこまで広くないこの家で一人部屋が有るのは有難い事だと常々感謝している。

 が、他に考え事をしている今日は何も思うこと無く扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「何だかなぁ」

 

 

 

 トイレを済ませた一樹はリビングでテレビをつけた。

 丁度ワイドショーで怪盗団について喋っていたので見てみるが、真実を知った一樹からすれば見当違いな内容だ。

 

 

 だが、それは仕方ないか。一樹は思い直す。異世界などと言う科学で証明出来ない話を、どうやって察しろというのか。

 

 

 怪盗団が現実関係で大分適当なのは、そこら辺が理由なのかも知れない。

 

 

 

 そう考えてるふと、一つの考えが一樹の頭に浮かぶ。

 

 

 

 そう言えば、イセカイナビなるアプリはいったい何人の人間が持っているのだろうか。

 

 あの怪盗団だけなのか、それとも実はもっと大勢が持っているのか。

 

 

 そこから、また一つ思考が飛ぶ。

 

 

 最近話題になっていた『精神暴走事件』

 あの不可解な事件。やはりあの認知世界とやらが関係しているのだろうか。

 

 

 となると、一番怪しいのはあの怪盗団……

 

 

 

 

 そこまで考えて、一樹は自分の思考を嗤った。

 

 

 まさか。そんな犯罪組織ならあの生徒会長が所属している訳が無い。

 

 

 一樹は新島のことは嫌いだが彼女の思考と正義感は割りと信用している。

 

 

 もっとも、彼女がもっと弱者にも寄り添える視点を持ってくれれば、今ほど嫌いにならずに済んだだのだろうが。

 

 

 

 いや。アイツが「弱者の心が分かる強者」なんてズルい人間だったら、やっぱり俺は嫌いになるんだろうな。

 

 

 そう思って、一樹は再び嗤った。

 

 

 

 その日は結局、2時過ぎまで眠れずに充電の終わったスマホを弄くったり何となくライトノベルを読んだりして過ごしてしまった。

 

 

 

 

 当然の帰結として次の日午後ギリギリ前まで起きれなかったが、高校三年生の癖にやることのない一樹にはこの夏休みの日常である。

 

 

 長時間寝たお陰で思考も幾らかは落ち着いた。

 

 

 今日はどうせ怪盗団とは会えないのだから。と割り切った一樹は生涯最後の夏休みを少しは有意義に過ごそうと、コーヒーの安いチェーンの喫茶店で小説を読んで過ごした。

 

 

 

 

 その晩、再びイセカイナビが気になってモンモンとしていると、新島から連絡が来た。

 

 

────────

 

『新島) 明日空いてるらならルブランに来て』

           

     【ルブランに? わかった。何時だ?】

 

『新島) 昼過ぎに。ついでに、勉強道具も』

 

            【了解。何すんの?】

 

『新島) 勉強会よ』

『新島) 折角だから、貴方も交流ってことで』

 

                   【なる】

      【12時半には着くようにしとく】

 

『新島) よろしく』

 

────────

 

 今日も眠くなるまで起きているつもりだったが、予定が入ったなら別だ。もう寝るとしよう。

 

 

 そう思って、一樹はスマホに充電器をぶっ刺し電気を消してベッドで横になった。

 

 

 

 

 

 

 次の日。一樹が目を覚まし出かける準備をしていると、唐突にリーダー君から連絡が来た。

 

────────────

 

『雨宮) ・じゃがりこ×6

     ・イカ三味

     ・クリーチャー×3

     ・ハッピーチャープス

     ・プロテイン

 

 

      よろしく     』

 

           【……買ってこいと?】

 

『雨宮) そう』

 

               【……ラジャ】

 

──────────

 

 

 一樹は暫くスマホ画面を眺めたまま考える。

 

 

 本当に買い出しをやらされるとは。あのリーダー君本当に後輩なんだろうか。一応、自分が先輩の筈なんだが。

 

 

 一樹はため息を吐く。自宅から四軒茶屋の喫茶店まで電車で一時間ほどかかる。

 

 それを目安に準備したため買い物をしていれば確実に遅れるだろう。

 

 

 

 と言うか、勉強会なりパーティーなりに使えそうな他のは兎も角、プロテインは何に使うんだ。まさか個人用なのか。てか、プロテインなんてどこで買えるんだ。

 

 

 色々と悩んだ一樹は取り敢えず生徒会長に遅れると連絡して、ネットでプロテインを売っている店を調べる所から始めた。

 



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chat

 

 リーダー君から連絡が来た3時間後。一樹はようやく指定された物を集めてルブランに到着できた。

 

 

 まずプロテインなり薬なりが確実に売っているとネットで当たりを付けた渋谷まで電車で約1時間。 

 

 そこから昼飯を食べて物を集めるのに2時間かかり…

 

 

 そして出発から3時間かけてやっと、一樹は四軒茶屋の喫茶店ルブランにやってくる事が出来た。

 

 

 既に勉強会とやらは終わってるだろうが、別に参加したかった訳では無いので構わない。

 

 

 一樹は息を整えて扉を開けた。

 

 

「終わったぁ…」

 

「俺も終わりそう… 別の意味で」

 

 

 

 中で、金髪ヤンキーが怪盗団メンバーとマスターに囲まれてへばっていた。

 

 

「おう。いらっしゃい」

 

「あ…えっと、はい。お邪魔します…」

 

 

 二度目だが、店の人に声をかけられる事に一樹は慣れない。マニュアル対応に慣れすぎたせいだ。

 

 

「あぁ…っと。お待たせ」

 

 

 一樹は鞄に入れておいたビニール袋を取り出しながら怪盗団に挨拶する。怪盗団は1つの机を囲んで勉強していたようだ。

 

 

「リーダー君に頼まれてたモノ。集めてきたぞ」

 

「リーダー君? …て、じゃがりこにモンスターに、ハッピーチャープスまで! 随分色々買ってきたのね?」

 

「?」 

 

 

 何処か、一樹は生徒会長と話が噛み合ってない気がした。

 

 

 

「俺は、頼まれた物買ってきただけだぞ。そっちで話共有してないのか?」

 

「えっ?」

 

 

 生徒会長と一樹が揃ってリーダー君の顔を見た。リーダー君は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「……言ってなかったか?」

 

「パイセンについちゃ何も聞いてねぇぞ」

 

「私も、住吉君から遅れるって連絡があっただけね」

 

 

 金髪ヤンキーと生徒会長に証言され、リーダー君は些か不服そうに答えた。

 

 

「……言い忘れてたな」

 

「そりゃないだろ…てか、ちゃっちゃと払う物払ってくれ」

 

 

 一樹は呆れながら、財布から品物のレシートをリーダー君に渡した。

 

 リーダー君は何を言うでも無く、満額をまとめて一樹に渡した。割と高値だったのだが、何かいいバイトでもしてるんだろうか。と一樹は不思議に思う。

 

 ちなみに一樹は、金欠になるとコンビニの『トリプルセブン』でバイトをして金を稼いでいる。

 

 

「…て、ちょっと多くないか?」

 

「電車賃」

 

「ああ。そう…」

 

 

 言われてみれば、確かに電車賃を合わせればこれくらいだ。リーダー君の妙に律儀な所に一樹は多少の好感を覚えた。

 

 

「お前…聞いてりゃ先輩パシらせたのかよ」

 

「あっ、いや。俺が好きでやったような、もんなんで…」

 

「…そうかい」

 

 

 マスターがリーダー君を睨む様に見た為に、つい一樹はリーダー君を援護してしまう。変に空気を読んでしまうのは一樹の昔からの性格だ。

 

 

 マスターが透明なグラスに氷と一緒になみなみと入ったコーヒーを持ってきた。この夏場だと殊更旨そうに見える。

 

 

「ほらよ」

 

「あ、いや。俺は…」

 

「気にすんな。今日のは奢りだ。アイツのな」

 

 

 マスターはリーダー君を顎で示して一樹にコーヒーを進めてくる。

 

 

 リーダー君は少し驚いた様子を見せたが笑って頷いた。それなら。と一樹はコーヒーを受け取る。

 

 

 

 

「そう言えばさ、もう勉強会は終わり! って空気だったけど、どうするの?」

 

 

 金髪ツインテールの言葉に振り向けば、既に金髪コンビとハッカー少女がそれぞれじゃがりこを開けていた。もう宿題は終わっていたらしい。

 

 

「別に、やんなきゃいけない宿題残ってないし、このままで、いいんじゃ…?」

 

 

 一応一樹も"やった方がいいんだろうな"と思う課題は持ってきたが、もう既に最低限の事は終わらせているので構いはしない。

 

 

「住吉君も終わらせてたのね。あの小論文とか、結構難しくなかった?」

 

「……ん? ショウ、ロンブン…?」

 

 

 どうせ7月中に全ての宿題を終わらせただろう生徒会長が、一樹の耳には聞き覚えの無い単語を発した。

 

 

「…え? 確か、三学年は全員対象だったと思うんだけど… ほら、あの環境と科学、みたいなテーマの」

 

「あ、あぁっと。あった、ような…?」

 

 

 一樹は言われればそんな話をされた気がしてきた。最も、気がしてきただけで内容はほぼ思い出せないが。

 

 

「…大丈夫なの? 内申に関わるんだけど」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

 一樹は自分でもびっくりするほど小論文に関する記憶に無い。カウンター席に座っているハッカー少女がポツリと呟いた。

 

 

「ホント。絵に描いたみたいな夏休み終盤だな」

 

 

 一樹も己の事ながらそう思うが、それほど焦っていない。卒業出来ないのは困るが、受験どうこうなら問題はない。

 

 

「ま、別にいいか。どうせ俺受験しないし」

 

「えっ?! なんだよそれ!? メッチャうらやましい!」

 

 

 一樹の言葉に、金髪ヤンキーが思いっきり反応した。見てくれの通り、勉強が苦手らしい。

 

 

「受験しない? 推薦…って事でも無さそうだし、どうするの?」

 

「あれ? 話してないっけ?」

 

 

 今度は一樹が首を傾げた。だがしかし思い返してみれば、先日この話題に触れた記憶はない。

 

 

「あーと、何て言うか…こう、俺の親戚のおじさんがな? 警察でさ。その伝手で、もう警察学校に行くのが決まってんの」

 

「へぇ~ うらやましい」

 

 

 金髪ツインテールも羨んでくるが、一樹は眉をひそめて否定した。

 

 

「そうでも、ない。毎年脱走者が出るような所だし。おじさん曰く、どっちかと言えば監獄。だって」

 

 

 この道を勧める時、矢鱈と楽しそうに嘘か本当かもわからないこの道関連のおっかない話をおじさんはしていた。

 

 

 警察としては人材不足解消のために人手が欲しいが、おじとしてはオススメしたくない。そんな感情故の行動だろうと一樹は推理していた。

 

 

 結局自分がその道に進む事を決めた時も随分微妙な顔で手続きをしてくれていた。

 

 

 あの人は善人だが不器用だから…そう言えば、最後に会ったのは何時だろうか。確か、奥さんの葬式の後に何回かは──

 

 

 

 一樹の思考がそこまで飛んでいった時、不意にチャリリンとドアベルがなる音がする。

 

 

 一樹が思考を取り戻して扉を見ると、マスターが出ていったのが見えた。

 

 

「あれ? マスターどっか行くのか?」

 

「どっかって…今、用が有るから少し留守にするって言ってたじゃない」

 

「ああ、そう。上の空だったな…」

 

 

 話の途中で思考が飛ぶのは一樹の悪癖である。その内直さなければ、と一樹はぼんやり思った。

 

 

 

「にしてもよー。受験しないでいいってうらやましーよなぁ」

 

「あんまり、オススメはしない。学校って付いてるけど、学校って扱いじゃなないらしいから、夏休みとか、無くなるらしいし」

  

 

 進学校の三年生である一樹としては回りが受験勉強に忙しい中ただ一人暇なのは大分気不味いが、後々の事を考えると休みが少ないのは自分だろう。

 

 

「えっ! てことは明日がホントに最後の夏休みなの?!」

 

「そうなるな」

 

「じゃ、リュージにはムリだな」

 

 

 ハッカー少女がピシリと言い切った。無情なり。とも一樹は思ったが、2、3日しか付き合いのない一樹もハッカー少女と同意見である。

 

 

 鋭い言葉を喰らった金髪ヤンキーは机グタリと頭から倒れ、少ししてノソノソ復活した。

 

 

「でもよー。もう一生夏休みないとか、しんどくね?」

 

「…まあ、自分なりに夏を楽しんだし、免許も取ったし…」

 

「えっ?! 免許って、車の?! 」

 

「それって、本当?」

 

「えっ えっ?」 

 

 

 一樹の想像以上に食い付いてきた。

 

 

「一応、普通の車なら運転できる、ぞ」

 

「車! 車は?!」

 

「ばあちゃんに頼めば貸してくれる…な。うん」

 

 

 講習なり諸々の費用は、近所に住んでいる耳を悪くした祖母がたまに足になる事を条件に、半分以上出してくれていた。

 

 

「えっと、何期待してんのかは分かるけど、悪いが、車は出せないぞ」

 

「えぇ! 何でだよ!」

 

「ガソリン代なら出せるぞ」

 

「いや、金の話じゃなくてだな…」

 

 

 何でリーダー君はポンポン金を出せるのだろうか。一樹は不思議に思ったが、怪盗団のリーダーなら何か伝手があるのだろう。と飲み込んだ。

 

 

「えっと、何て言うかな…」

 

 一樹はどう説明するべきか、脳を回す。



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expose

 

 一樹は近場の(勿論ハッカー少女とは離れた)カウンター席に座り、理由を話始めた。そんな大層なモノでも無いが。

 

 

「まあ、なんだ、単純に…人を乗せれる程上手くないんだ」

 

 

 

 色々悩んだ結果、一樹は正直に言う事にした。恥ではあるが、下手に隠してあとでバレた方がいらない恥をかくだろうという判断だ。

 親族なら兎も角、赤の他人を車に乗せようものなら、緊張で事故る自信が、一樹にはある。

 

 

「もうちょい一人で乗り回して練習したら、乗せてやる…から」

 

「なるほどね。まあ、上手く乗れないならしょうがないわね」

 

「………そういうこと」

 

 

 

 生徒会長がフォローらしき物を入れてくる。相変わらず自然に上からの目線で話してくる奴だ。と一樹は思った。

 

 

 

 

『こちらのクラブチームでは積極的なスポーツ科学の導入が──』

 

 

 会話が終わりいくらかの沈黙が喫茶店中を包んでいたため、自然とマスターがつけたままにしていったテレビのニュースに全員の注目が集まる。

 

 

 研究所がどうとか、技術的なんちゃらがどうとか、一樹には興味の無い内容だったが、それでもただ沈黙に耐えるよりはましだった。

 

 

「そう言えばさ、ウチの学校でもスポーツでちょっと有名になった子いたよね」

 

「スポーツ? 新体操の子?」

 

「そうそう。すっごい可愛いって噂の子」

 

「ああ、芳澤だっけ? ──」

 

 

 金髪ツインテールが皆に話題を振ったが、残念ながら一樹に興味の無い話だった。

 

 一樹には新体操(それどころかスポーツ全般)がどうとか、容貌がどうとか言う事は一切縁の無い話だと思っているからだ。

 

 

 運動は出来ず、顔も自己評価的には良くて中の下の下がいいとこの一樹はモテ期なるものを経験した事はない。

 

 

「チッ ──」

 

「─────」

 

 

 いつの間にか宙を舞っていた一樹の意識が金髪ヤンキーの舌打ちで帰ってくる。一瞬自分が話を聞いていないせいで舌打ちされたのかと思ったが、どうやら関係ないようだ。

 

 

 

「だか、ワガハイらの働きで悪い可能性は摘めるはずだ」

 

 

 

 一樹はまったく話を聞いていなかったため何の話かは分からないが、猫モドキの言葉に皆が頷いたので一樹も一緒に頷いておく。

 

 

 

「あっ もうこんな時間。悪いんだけど、私ちょっと先に抜けるね」

 

 

 用事があるらしい。金髪ツインテール残ったコーヒーを飲み干し、足早に出ていった。

 

 

 

「私たちも解散にしましょうか。来たばっかりで住吉君には悪いけど」

 

「別に、いいさ。また何か有ったら呼んでくれ」

 

「ええ。また今度」

 

 

 生徒会長、金髪ヤンキー、ハッカー少女も続いて出て行く。一樹も早く出ようと半分以上グラスに残っているコーヒーに口をつける。

 

 

「急がなくていい。のんびり飲め」

 

「あ…そう。ありがとう」

 

 

 勉強道具を広げていた机を拭いているリーダー君が一樹の一気飲みを止めて言う。何をやってるのかと思ったが、一樹はリーダー君が住み込みだったことを思い出した。

 

 

 一樹が座っているのはカウンター席のため、背後でリーダー君が作業をしている。

 

 若干の気苦しさを感じるが、一樹は味わいながらコーヒーを飲む。

 

 

 一樹がコーヒーを半分味わった時、ピロリンとスマホの着信音が鳴る。

 

 生徒会長からだ。

 

 

──────────────

 

 

『新島)  言い忘れてたんだけど。』

 

『新島)  一応、ランチャーの使い方を覚えておいて。ネットを探せば出てくるから。』

 

 

───────────────

 

 

 何事かと思えば、もう既に済ませた事を命令してきただけだった。

 

 昨日、一樹は自分のベッドで横になりながら色々な動画を見て勉強している。

 

 

 中には胡散臭い物も有ったが、正しい撃ち方も分かった。次に撃つ時は自分が吹き飛んで気絶する様な醜態は見せずにすむだろう。

 

 

 ついでにハンマーの武器としての使い方を調べてはみたが、そちらは殆んど有益な情報が手に入らなかった。

 

 精々、自分のと同じ様なハンマーで戦う漫画のキャラがいる事を知ったぐらいだ。

 

 

 一樹は生徒会長に説明するのが面倒だったので、取り敢えず【了解】とだけ送ってスマホを閉じた。

 

 

 

 

「むっ? イツキは小説を読むのか?」

 

 

 振り向けば、猫モドキが一樹のバッグの中を覗いていた。

 

 何を勝手に。とは思ったが、開けっぱなしでバッグを放置していたのは自分なので一樹は何も言わない。

 

 

「レンも色々読んでるからな。イツキは何を読んでるんだ?」

 

 

 

 一樹の本は無地のカバーがされているため、端から見れば真面目な本に見えるだろう。が──

 

 

「まあ…大した本じゃない」

 

 

 一樹はボカす。あまり知られたくない物だ。すると洗い物をしていたリーダー君がニヤリと笑った。

 

 

「……エロ本か?」

 

「んな訳よ… 俺に外でそんなモン読む度胸は無い」

 

「……家では読んでるのか?」

 

「…ハァ」

 

 

 リーダー君は一人クスクス笑っている。こうなっては一緒か。一樹は諦めて本のカバーを外して二人に見せる。

 

 

 表紙には剣を持った無個性な少年が数人の美少女に囲まれてポーズを決めているイラストが描かれている。

 

 まごうことなき、只のライトノベルである。

 

 

「なんだ。そんな恥ずかしがる本じゃないじゃないか」

 

「いや、ちょっと…前にゴタゴタがあってさ」

 

 

 中学生の時、少し過激な表紙のラノベを教室で読んでいた所、「一樹が教室でエロ本を読んでる!」と騒ぎ立てられ、散々な目に会ったのだ。

 

 その噂はクラスどころか学年中に広がり、最終的に担任に事情聴取を喰らう羽目になった。

 

 幸い担任がその方面に理解が有ったので誤解は解けたが、クラスメートらには飽きるまでネタにされ続けた。

 

 

 

 その嫌な経験から、一樹は無地のカバーは絶対忘れないようにしている。

 

 結局今回は無駄だったが。

 

 

「その本。知ってる」

 

「えっ マジで?」

 

「図書室で見た。借りなかったが」

 

 

 読んでいてこう言うのは何だが、正直英断だと一樹は思う。何故図書室に置いてあるのか不思議な程、微妙な内容だったからだ。

 

 

「ライトノベルか… レンも何冊か読んでたよな?」

 

「ああ」

 

「へぇ… 何読んだんだ?」

 

 

 聞けば、それこそ無難な物ばかりだった。

 

 

「イツキ的には、どんな本がオススメなんだ?」

 

「え? そうだな… やっぱり…」

 

 

 初めて聞かれたが、どうせだから真面目に答えてやろう。そう思い一樹は頭を捻ってオススメの本を考える。

 

 

「『転スケ(転成したらスケルトンだった件)』とか『リワン(Re :イチから初める異世界暮らし)』とかは王道だしネットで無料で読めるし、『防やり(防御の勇者のやり直し)』とかもいいな。いや敢えて『蜥蜴ですがなにか』とかも… ああいや『小説を書こう』作品ばっかだなこれじゃ。『ディスグレ(バレット オブ ディス グレート ワールド)』とか『ノラゲ(ノーライブノーゲーム』なんかも……ハッ!」

 

 

 一樹はふと正気に帰った。リーダー君と猫モドキが驚きを表した目で一樹を見ている。

 

 

──しまった。やらかした。

 

 

 一樹は心の中で後悔する。少し興味を持っているからと、こんなに矢鱈と押し付けられてはいい迷惑だろう。

 

 

「…ごめん。忘れてくれ…」

 

「いや、なんだ…ラノベが好きなんだな!」

 

「……」

 

 

 趣味と言える程の物ではないと、一樹自身は思っている。今挙げた小説も図書室なりで借りて読んだだけだし、登場人物は主人公の名前すら怪しい。

 

 

 暇潰しに読んでいるだけだ。口下手が過ぎて暴走してしまったが。

 

 

「今度、読んでみよう」

 

「そう… 感想は教えてくれ」

 

 

 優しさだろうが、口下手な一樹には読後の感想が共有出来るかもしれない機会は有難かった。

 

 

 



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talk

 

 喫茶店に怪盗団が集まった次の日。一樹は本棚の前で頭を悩ませていた。

 

 

 珍しく自然に早起き出来た一樹はこれまた珍しく自発的に人を遊びに誘ってしまった。

 

 寝起き特有の変なテンションで怪盗団のリーダー君に『お薦めしたい本が有る。持っていっていいか?』と送信した所、驚いた事に承諾の意が帰ってきたのだ。

 

 

 寝起きの適当な誘いだった為、具体的に何を持っていくかを考えていなかった一樹は朝飯を食い、パジャマを脱いだ時にようやく、持っていく本が無い気が付いた。

 

 

 

 一樹はかれこれ15分、本棚を見つめ時折スマホを覗き、どうするべきか考えている。

 

 

 一樹は基本ライトノベルはネットで読んでいる為、半分も埋まっていない本棚にはマイナー系ばかりが収まっていて、初心者にお薦めするのには向いていない。

 

 

 まさか図書室で借り続けたのが仇になるとは。一樹は頭をポリポリと掻きながら考える。

 

 

 

 お薦めしたい本は有るが持っていない。近所に図書館は無いし、まさか買いに行く訳にもいかない。

 

 

 

 考え続けて大分時間が経ってもしまっている。ここから四軒茶屋に行く時間を考慮すればそろそろ出なくては間に合わない。

 

 

 一樹は苦渋の決断を下し、「今の自分的な好みからは外れるが他のに比べれば無難な数冊」を選んで鞄に入れた。

 

 

 変に時間がかかってしまった。急がなくては。一樹は慌てて家を出た。

 

 

─────── 

 

 

 

「……悪くない」

 

「はや! …もう読み終わったのか?」

 

 

 一樹がルブランに着き屋根裏部屋に入って約一時間。リーダー君は一樹の持ってきた一冊を読み終えていた。

 

 

 一樹がようやく四分の三程を読んだ頃だ。

 

 

 

 

「レンにしては時間がかかったな。面白かったか?」

 

 

 部屋をうろちょろして集中妨害に貢献していた猫モドキが珍しそうに言った。普段、つまりあの真面目そうな本を彼はもっと早く読めるのだろうか。

 

 

 

「まあ、読み慣れてないからだと、思うぞ。…で、どう…だった? 俺のオススメ」

 

「……悪くない」

 

「そうじゃなくて…  こう、展開が良いとか、キャラが立ってるとか…」

 

 

 ちなみに一樹としてはリーダー君に貸している本はストーリーが気に入っている。文体、 キャラは月並みだが、ある意味王道を貫いていた作品だと思っていた。

 

 残念ながら三巻が出版される事は無かったが。

 

 

「…展開は良かった」

 

「おっ これぞラノベの醍醐味!って感じじゃなかったか?」

 

 

 話が通じて一樹は少し興奮する。一樹は「オタクグループ」や「余り者グループ」にすら属せないタイプなので、話し相手に飢えているのだ。

 

 

 リーダー君が軽く頷き肯定した事で一樹のテンションは更に上がる。

 

 

「いやぁ分かってくれて嬉しい。お前、俺の事嫌ってるのかと思ってたし」

 

「……気付いてたのか?」

 

「…え? マジで?」

 

「冗談だ」

 

 

 ハァ…、と一樹はため息を吐く。リーダー君は悪戯が成功したとでも言うようにクスクス笑っている。

 

 

 まだリーダー君とは数日の付き合いだが、一樹にも何となくリーダー君の性格が掴めてきた。

 

 

 何時もは無口なのにボケれる時はボケないと気が済まない質なのだろう。

 

 正直一樹の苦手な人種だが、それでもあの怪盗団のリーダーであり小説について語れる人であれば一樹でも耐えられる。

 

 

 

 リーダー君のボケのお陰で一樹の頭は冷えた。あのままだったら、興奮で何を言うか分かった物では無い。

 

 一樹はこれまでの失敗と黒歴史を振り払うべく頭を振る。

 

 

 するとたまたま時計が見えた。

 

 

「て、もう昼時か。何処か食べに行くか?」

 

「…悪くないな」

 

 

 さっきからそればっかりだな。と思いながら一樹は財布の中身を確認する。

 

 何処に食べに行けるだろうか。記憶が確かならお札が2、3枚入っていた筈だが…

 

 

 

「………」

 

「ん? どうしたイツキ」

 

 

 財布を見ながら絶句している一樹に猫モドキが声をかけてくる。一樹はなんとかそれに答えようと必死に声を絞り出す。

 

 

「……金…持ってくるの、忘れた…」

 

 

 一樹の財布の中には、何個かの硬貨しか入っていなかった。

 

 

「いや……その、…昨日、母さんに買い出し頼まれて、買ってきて…、そのまま金入れるの、忘れてた…」

 

 

 綺麗に端数まで小銭で支払った為、一樹の財布はほぼ空だ。今の財布の中身で買えるのは駄菓子くらいだろう。

 

 

 ふと電車用に使っている電子マネーなら残っているのでは… と思ったが、帰りの料金を考えれば残ってないに等しい額しか残っていないことを思い出した。

 

 

 完全にドジ踏んだ。

 

 

 リーダー君はいまだ固まっている一樹を見て一言。

 

「……アホ」

 

「…まあ、言うと思った」

 

 

 

 一応は先輩である一樹に大分無礼なリーダー君のお陰で硬直の解けた一樹は頭を掻きながら反省する。

 

 

 

「いつもは、確認してから出るんだけど… 今日はおもいっきり忘れてたな…」

 

「どうするんだ?」

 

「いや、まあ…完全に自分のミスだし、俺の事気にせず食って来てくれ」

 

「いやいや。そうはいかんだろう」

 

 

 猫モドキが心配してくれているが、リーダー君は我俄然せずと言った様子だ。

 

 非情なり。と一樹は思ったが、それは怪盗団のリーダーには必用な力なのかもしれないとも思った。

 

 

 

「カレーで良ければ、作ろう」

 

「え?」

 

 

 そんな事を考えているとリーダー君から思いがけない提案が来た。

 

 

「…いいのか?」

 

「ああ」

 

「じゃあ…お願い…」

 

 

 正直一樹は結構お腹が減っていた。リーダー君は一樹の返事を聞くと任せろ。とクールに笑って降りていった。

 

 あのクールさが、怪盗団リーダーには必用なんだろうか。一樹はそんな事を考えながら階段を下った。

 

 

 

 

 一樹が階段を降りた時、リーダー君はマスターと会話をしていた。リーダー君が軽く説明したのか、マスターが引いてリーダー君が厨房に入った。

 

 

 リーダー君は手慣れた様子で調理を進め、あっと言う間にカレーを作り上げた。

 

 

「おぉ… スゲェ」

 

 

 野菜の皮剥きすら出来ない一樹からすると魔法の様な手際であった。

 

 

「……」

 

 

 カウンターに置かれたカレーを一樹は様々な感情が篭った目で見つめる。

 

 読書スピード、器の大きさ、そして料理の手際と、リーダー君には自分との格の違いをまじまじと見せつけられた一樹は劣等感で胸が締め付けられる。

 

(大丈夫、俺は…大丈夫…)

 

 一樹は目を瞑って、胸を軽く叩いて気を落ち着かせる。

 

 いつの間にかリーダー君は既に半分程食べている。自分も食べなくては。一樹はスプーンを取った。

 

 

 

 悔しい事に、カレーは美味しかった。

 

 

 

 

「御馳走様でした…って別にそれぐらいはじぶ…ああいや、有り難う」

 

 

 リーダー君が自然に皿を回収していくので洗い物は自分がやるべきだと一樹は思ったが、店の厨房に余所者の素人が入る訳にもいかない為自重した。

 

 

 

「いや…なんか。悪かったな今度なんか奢る」

 

「じゃあビッグバン・バーガー」

 

「今度持ってくるよ」

 

 

 一樹的にリーダー君が変に遠慮しなかったのは好感が持てる。一樹はちゃっちゃと恩は返しておきたいタイプなのだ。

 

 

 なんとなく、一樹はリーダー君との関係が深まった気がした。

 

 

 

─────────

 

 

 【RANKUP】 

 

  住吉 一樹

 

 

ARCANA 『傍観者』 

 

 

 ★★☆☆☆☆☆☆☆☆ RANK2

 

 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

 

 

 

 NEXT ABILITY  RANK3

 

 

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える

 

~~~~

 

 

 

「上、戻る

か。まだ薦めたい本有るし…ん?」

 

 

 リーダー君の洗い物が終わったのを見計らって一樹は声をかけたが、丁度その時、一樹の携帯がプルルルと鳴った。

 

 

 一樹はリーダー君から許可を取って電話に出る。

 

 

「もしもし?」

 

『ああ一樹? ばーちゃんだけど。今からこれないかしら?』

 

「えっ? 今から?」

 

 

 電話の相手は祖母──免許取得の際半額出してくれた方の─だった。

 

 

『あ、今からって言っても2時過ぎくらいでいいから』

 

「えっ、いや、ちょ…」

 

『じゃあよろしくね~』

 

 

 祖母は最近耳が悪くなったのに思い込みが激しくマイペースだ。一樹のどもりを肯定だと勘違いして電話を切ってしまった。

 

 

 2時過ぎでいいと言っていたがここから祖母の家まで1時間はかかる。となるとここをすぐ出なくては間に合わない。

 

 

「…あー、と」

 

「構わない。行ってこい」

 

「ありがと。バーガー二個にするから…」

 

 

 

 とは言え折角それなりの本を持ってきたのにこのまま帰るのも阿保らしい。

 

 

「これ、置いてくから、読んで欲しい。終わるまで返さなくていいから」

 

 

 リーダー君の家に置いていく事にした。どうせ自宅に持って帰っても本棚の飾りになるだけだ。

 

 

「続きが読みたきゃネットで見れるから」

 

 

 エタってなきゃ。と一樹は心の中で呟いた。ちなみに、持ってきた作品は最後一樹が見た時はエタっていた。

 

 

 それだけ言い残し、一樹はルブランを去った。




【ゲーム的設定】
1)リーダー君(雨宮 蓮)の会話コンセプトは「好感度上昇選択肢が無い時はネタ選択肢を選ぶ」です。


2)一樹のコープランクが2になると「読書(ネット小説)」が解放される。自宅のベッドで時間経過無しで、どれかの人間パラメーターを僅かに上昇させられる。


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hammer

「ばーちゃーん。来たよー」

 

 

 四軒茶屋から電車で一時間。自宅からは徒歩で十五分の場所にある祖母の家に一樹はやって来た。

 

 

 

 呼び鈴を鳴らしても反応がなかったので、一樹は預かっている鍵を使って中に入つた。

 

 

 

「ばーちゃーん。入ったよー」

 

「あ~ら一樹。もう来たのね。気づかなかったわ。チャイム鳴らしてくれればよかったのに」

 

「鳴らしたけど出てくんなかったんだよ」

 

「あらやだ」

 

 

 祖母は玄関にいる一樹の元へ駆け寄ってくる。何をやっていたのか、額に汗が浮いていた。

  

 

 祖母の家は一戸建てだが、変に細長い。二階建てながら一階に或は風呂場と倉庫替わりの小さな一部屋だけ。

 

 祖母はその倉庫に居たらしい。

 

 

 二人は玄関で立ち話をする。

 

 

「で、何すればいいの?」

 

「いやね。もう8月も終わりじゃない? それで本当はもっと早くやった方がよかったんだけどね。ほら今年は色々忙しいかったじゃない…」

 

「で! 何すればいいの?!」

 

「ああ、そうそう。倉庫の中の物をお天気干ししたいのよ。一樹は、屋上まで段ボールを運んでちょうだい。後は私がやるから」

 

 

 倉庫の中には床も壁も見えない程に大量の段ボールが積まれている。中に何が入っているのか一樹には分からないが、年老いた祖母では運ぶのは難しいだろう。

 

 

 一樹が入ってきた時も、段ボールを動かそうと四苦八苦していた様だ。

 

 

「了解。全部運んで良いんだよね?」

 

「ええ。よろしく」

 

 

 そう言って祖母は先に屋上へ上がっていった。

 

 

 

 一樹は力仕事が得意でないが、体格だけは良い為、重い段ボールを何とか運ぶ事が出来る。

 

 

 

 

 一時間かけてようやくほとんどの段ボールを屋上に持っていく事ができた。

 

 残りはダンダンダン!と三段階に積まれた大きめの段ボール3つだけだ。これくらいなら後十五分程で終わるだろうか。と一樹は算用した。

 

 

 

「…ん? なんだこれ?」

 

 

 一番上の段ボールを持ち上げた所、その裏から段ボールに挟まれる様に突き刺さっていた薄汚い棒が見えた。

 

 

 今までも壊れた折り畳み式テーブルなり何年も昔の戦隊ヒーローの玩具の箱なりが出てきたが、ここまで得体の知れない物は初めてだった。

 

 

「んっ 意外と…」

 

 

 一樹は一旦持っていた段ボールを下ろし、薄汚い棒の正体を確かめるべく引っ張ったが、思いの外重く、抜く事が出来なかった。

 

 

 一樹は少々意地になり両手を使い足腰に体重をかけて引っ張ると、今度は想像より早く抜け、一樹はバランスを崩して倒れそうになる。

 

 

「ん、おっわっと! …何だこれ? ハンマー?」

 

 

 薄汚く、意外と長かった木製の棒の先には、錆びて元の色が分からなくなった金属の塊がくっついていた。

 

 

「なんてたっけ、これ。ダイナミックハンマー?」

 

 

 一樹は棒の先端を持ち、まじまじとそのハンマーを観察する。何処か、懐かしい感じがした。

 

 

 それにしても、と一樹はハンマーを床に置く。このダイナミックハンマーは矢鱈と先端が重かった。

 

 一樹の目算だが、先端の金属塊だけで5、6キロは有りそうだ。

 

 

 何故こんな物が… と一樹が考えていると、不意に電話が鳴った。

 

 祖母からだ。

 

 

「あっ、やっべ」

 

 

 今が仕事中で屋上に祖母を待たせている事を思い出した一樹は慌てて放置していた段ボールを持ち階段をかけた。

 

 

 

 

「ふぅ。有り難うね一樹。助かったわ。後で下ろすのもお願いね」

 

「…うへぇ」

 

 

 

 全ての段ボールを屋上に運び終わった一樹は、二階のリビングルームで大量に流れた汗を拭き、水分を取り返すべく茶をガブガブ飲んだ。

 

 一息ついて話始める。

 

 

「あ、そう言えばさばーちゃん」

 

「ハイハイどうしたの一樹」

 

「あのさ、倉庫の段ボール運んでたらさ、なんかでっかいハンマー見つけたんだけど、あれ何?」

 

「ハンマー? あら懐かしい! おじいちゃんの仕事道具よ。まだしまってあったのねぇ…」

 

「やっぱり…」

 

 

 一樹の祖父は数年前に他界しているが、それより以前から、一樹が物心ついたにはもう隠居していた。奥の方に有ったのはその頃からしまわれていたからかもしれない。

 

 

 一樹にあのハンマーが見覚え有るのは何かの機会で祖父に見せてもらっていたからだろう。

 

 

 納得した所で一樹は本題を切り出した。

 

 

「それでさ…あのハンマー、俺にくれない?」

 

「ハンマーを? 何で?」

 

「いや…ええっと…」

 

 

 

 恐らく、一樹の素人的推測に過ぎないが、あの巨大ハンマーは認知世界における一樹の近接武器だ。

 

 

 昔何処かで見たあの類いの大型ハンマーで軽々と空き缶を叩き潰した一樹にとっての強烈な記憶。それで一樹にとって大型ハンマーが「破壊の象徴」になったのは間違いない。

 

 その記憶が薄まり生徒会時代に(文化祭での管理などで)扱っていた小型ハンマーの記憶と混ざって、あの釘抜き付きハンマーが武器として現れたのではないか。と一樹は推測した。

 

 

 別に本当の近接武器が解った所でペルソナが使えなければ彼らと共に戦う事は出来ないが、もしかしたら覚醒の一因になるかも知れない。

 

 そう考えれば試してみない理由は無い。

 

 

 だがしかしそれをそのまま祖母に説明する訳にもいかない。一樹は必死に言い訳を考える。

 

 

「ほら… 学校で文化祭が近いじゃん? その時に使えそうなんだよね。あっ 当然飾りとしてだよ? 人には向けないから」

 

 

 シャドウとか言う化け物には向けるかも知れないが。と一樹は心の中で呟いた。

 

 

「へえ。まあ、別にいいわよ。忘れてた位なんだし、使い終わったらそのまま処分しちゃっていいわ」

 

「えっ いいの? 一応じーさんの形見でしょ?」

 

「だってあんな重くて大きな物、飾ってられないわよ。倉庫の肥やしにするくらいなら、捨てちゃっていいわね」

 

「ああ、そう。有り難う」

 

 

 

 

 その後時間が経ち、屋上の物を一階倉庫まで運ぶ力仕事を済ませ、祖母に夕食を食べさせてもらってから、一樹は祖母の言葉に甘えてハンマーを持って帰った。

 

 

 

 

「ふう…」

 

 

 同じ様な言い訳で親を誤魔化して一樹は自室にハンマーを持ち込み、自分はベッドで横になった。

 

 何しろハンマーが重い。先ほど測ったら全体で8キロも有ったのだ。

 

 

 もしこれを自由に振り回せれば自分でも戦力になれるのではないだろうか。一樹は筋トレする事を考慮に入れた。

 

 

「てこうしちゃいられないか」

 

 

 祖母の急な呼び出しのせいで、大分予定がずれてしまった。

 

 今から、一樹は一人でメメントスに侵入するのだ。その為にリーダー君からアプリの使い方も注意点もそれとなく聞いてある。

 

 

 と言っても、認知世界素人の一樹はシャドウの出る所まで行く気は無い。

 

 安全地帯で近接武器と、ランチャーの撃ち方を確認するだけだ。

 

 

 念のため回復アイテムになるらしい菓子パンだの薬だのを集めたが、使う間でも無く危険そうならすぐ戻ってくるつもりだ。

 

 

 親には、「忘れてた課題を終わらせる為に集中したいから入ってこないで」と伝えてある。しばらくはいなくなっていても大丈夫だろう。

 

 

「よし。行くか!」

 

 

 一樹は深く息を吐き、イセカイナビを開いた。

 




書きたい事はしっかりしてるのに上手く書き表せていない感じがします。もし疑問が有りましたら是非コメント欄へ


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flag

「ん… 久しぶり、でもないか」

 

 

 荒廃した駅のホームの様な、不思議な空間。そこに真っ黒な軍服、緑のプロテクターにハーフガスマスクを装着した怪盗姿の一樹は来ていた。

 

 

 二度目故に驚きはしないが、矢張少々恥ずかしい格好だと、一樹は自分の特殊工作員みたいな服装を思う。

 

 

 

「さて、と…」

 

 

 本題に取り掛かるべく、一樹は気合いを入れた。

 

 

 まずは、近接武器の確認からだ。

 

 

 以前は腰に付いていたハンマーは、無くなっている。

 

 

(てことは、心の中で想像して取り出すん……うわっ!」

 

 

 以前と同じく突然出現した質量に堪えかねてバランスを崩してしまったが、一樹は何とか近接武器を呼び出す事に成功する。

 

 

 そしてそれは──

 

 

(やっぱり、こっちなんだな)

 

 

 一樹の手に現れたのは、祖父の形見でもある大型ハンマーだった。

 

 

 一樹は柄を両手で強く握る。ハンマーは重いが、今なら持てない程ではない。

 

 

「ん、よっ ハッ!」

 

 

 右から左へ、そして上から下へと一樹はハンマーを振ってみる。が、ハンマーはまるで水の中にある様にノロノロとしか動かない。

 

 

(ヤバいな。思った以上に重すぎる…)

 

 

 何とか振る事は出来ても、敵にぶつけた所で真面にダメージになりそうに無い。一樹は色々と振り方を変えて試してみる。

 

 

 

 

 

「ゼー… ゼー… …よし!」

 

 

 何度も全力でハンマーを振るい、回転して遠心力をつけて叩き付ければ何とか様になる事は解った。

 

 最も、そんなことをやっている内に一回は殴られているだろうが。

 

 

「…筋トレ、するか…」

 

 

 何よりも何回か全力で振っただけで息切れする方が問題だと、座り込んでしまった一樹は筋トレする事を決意した。

 

 

 一樹は座り込んで息を整える。

 

 

 

「よっしゃ次は!」

 

 

 息が整った一樹は気合いを入れて立ち上がり、ランチャーを呼び出す。流石に今度は転ばずに済んだ。

 

 

 ランチャーはやはりゴツい見た目をしている。これを、上手く撃てるようにならなければ。

 

 

(えっと、まず片膝をついて…)

 

 

 メメントスに入る前にも確認した動画を思い出しながら一樹は態勢をつくる。

 

 

 四苦八苦しながらも何とか動画と同じ形を作る事が出来た。後は引き金を引くだけだ。

 

 

 

 一樹の指に緊張が走る。

 

 

 一樹の持つランチャーは本物ではない。あくまで弾の飛ぶ偽物である。故に専門的な安全装置など付いていない。

 

 だから前回気絶する無様を晒す羽目になった。

 今回も、同じ、もしくはそれ以上の酷い事になるかもしれない。

 

 

 そう思うと指が重く感じれた。

 

 

 

 今ここでこうしている事を怪盗団に伝えていない。つまらない一樹の意地故だ。

 

 だからもしここで一樹が倒れたとしても、彼等が気付いてくれるまで放置されるわけだ。

 

 

 そう言えば、認知世界で死んだらどうなるのだろうか。聞くのを忘れていたな。と一樹はいまさら気付いた。

 

 

 スキルとやらですぐ助かるのか、それとも現実でも死ぬのか。

 

 

 一樹は怖くなってきた。何も今ランチャーの撃ち方など試さなくても良いのではないか。もう帰ってもいいんじゃないか。

 

 

 思考の大半を「逃げ」が支配した。

 

 

 

(そうはいくかよ!)

 

 

 一樹は頭を振ってその思考を追い払う。彼等なら、怪盗団ならここで逃げなどしないだろう。なら、その仲間に成ろうとしている自分が逃げる訳にはいかない。

 

 

 

 一樹は覚悟を決めて引き金を引いた。

 

 

「グッ、うぅ……よし!」

 

 

 ミサイルは真っ直ぐ飛んでいき、その反動は一樹にかかったが、一樹は崩れる事無く耐え抜く。

 

 

 成功だ。

 

 

 一樹は衝撃でプルプルと震える腕を抑えながら喜んだ。この調子でペルソナも覚醒しないかと思ったが、残念ながらそちらは成功しなかった。

 

 

 

「………」

 

 

 ひとしきり喜んだ一樹は、複雑な想いでホーム沿いの大扉を見つめる。あの扉の先は、バケモノの跋扈する異色の世界らしい。

 

 

──入ってみたい。

 

 

 その考えが一樹の頭の中で踊っている。

 

 

 少しだけ、入り口付近を覗くだけならすぐに逃げれるんじゃないか? もしかしたら、それがキーになってペルソナが覚醒するんじゃないか?

 

 

 都合の良い妄想が、一樹の危機感を塗り潰していく。

 

 

「──あっ…」

 

 

 

 

 

 

「……ぶな」

 

 

 何とか危険な欲望を押さえつけ、一樹は自分の部屋へと帰ってきた。肉体的な疲れと、精神的な疲れとが合わさって、一樹はベッドに倒れてしまう。

 

 

(シャワー浴びないと。つか、先に道具かたさないと…)

 

 

 やらなければならない事は数有るが、一樹は眠気に耐えられず夢の世界へ落ちていった。

 

 

 

 

 そして、新学期が始まる。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 学校が始まったからと、何か凄い事が起こる訳でもない。朝起きて学校へ行き、一言も喋らずに学校を終わらせて放課後はのんびり本を読んで過ごす。

 

 

 時折車を走らせたり、怪盗団のパシリをしたり。高校生としては少々物足りないが、平穏そのものだ。

 

 

 いつの間にか、スーパーで買える消耗品だけでなく、総菜屋の限定品だの、怪しい店のモデルガンだのの買い出しも頼まれるようになっていたが、それも些細な事だ。

 

 

 

 

 そんなある日。

 

 

「いらっしゃい」

 

「…ども」

 

 

 四軒茶屋の喫茶店『ルブラン』に、一樹は足を運んでいた。

 

 

 珍しくカウンター席にお客が居ると思ったら、猫モドキを膝に乗せたハッカー少女だった。

 

 

「コーヒー、一杯お願い、します」

 

「──はいよ」

 

  

 一樹はマスターの淹れたコーヒーを受け取り、端っこのテーブル席に座る。

 

 

 一口、コーヒーを含む。相変わらずの美味しさだ。

 

 

「そう言えば、今日は、リ…、雨宮はいないんですか?」

 

「ん? アイツらは修学旅行だ。明日明後日には帰ってくるけどな」

 

「ああ… そう言えば、そうでした、ね」

 

 

 ここ数日、いくらか学校が静かだった事を一樹は思い出す。

 

 

「修学旅行、ですか。自分、集団行動の時以外はずっとホテルで本読んでました、ね」

 

「おいおい。寂しい事やってんな…」

 

 

 思い出すと、本当に寂しくなってくる。お陰で一樹にハワイのビーチの記憶など無いに等しい。

 

 

 猫モドキと遊んでいたハッカー少女が口をはさんでくる。モルガナの代弁らしい。

 

 

「マコトも付いて行ったぞ」

 

「えっ、何で?!」

 

「引率」

 

「ああ… なるほど…」

 

 

 言われてみれば、自分のクラスにもここ数日居ない生徒がいた、気がする。ボッチで周りとの関わりの薄い一樹にはあまり思い出せないが。

 

 

 

 

 

 

「Zzz……」

 

「─、──! ────!」

 

「…ハッ」

 

 

 いつの間にか寝ていたらしい。

 

 

 一樹は寝惚けた目を擦りながら壁時計を探すと、猫モドキを抱えて二階へと駆けていくハッカー少女が見えた。

 

 

 少し様子が気になったが、一樹はそれよりもカウンター席に座っている新たな客の方が気になった。

 

 

(あのおっさん… 何処かで見たことがある、ような?)

 

 

 一樹の席からでは後頭部とかけているメガネくらいしか見えないが、それでも既視感がある。

 しかしまだ回っていない脳から答えは導けない。

 

 

 一樹が首を捻っていると、気配を察したのかマスターと話していたおっさんが振り向いた。

 

 

 一樹は目を逸らそうとするも既に遅く、バッチリおっさんと目が合ってしまう。

 

 

 

「……あっ!」

 

 

 一樹はおっさんと見つめ合ったまま少し固まってしまうが、おっさんが何かを思い出して近寄ってくる。

 

 

「君、秀尽の生徒…だよね?」

 

「! ………あっ! カウンセリングの…」

 

 

 正面から顔を見た事で一樹も、初日からマイクに頭をぶつけた愉快なおっさんの事を(名前以外)思い出した。

 

 

 少々草臥れたメガネのおっさんは、秀尽学園の非常勤スクールカウンセラーだった。

 

 

 

 

 

 





住吉 一樹の現在コープ

 
ARCANA 『傍観者』 


 ★★★☆☆☆☆☆☆☆ RANK 3
 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える
 

 NEXT ABILITY  RANK5

【役立たずの使命】 車での送迎をしてくれる 



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try & fail

「ここ、いいかい?」

 

「……どぞ」

 

 

 スクールカウンセラーのセンセイが、一樹と対面する様にテーブル席に座る。

 

 

 何か用だろうか。自分とこのセンセイの間には、以前学校に言われて10分程カウンセリングを受けただけの関わりしかないはずだが。

 

 

 一樹は訝しそうにセンセイを見つめるが、おっさんは飄々としている。

 

 

「思い出した。住吉君、だよね? 三年生の」

 

「!  よく、覚えてますね。まさか学校全員分の名前、暗記してんですか?」

 

「あはは そう出来ればいいんだけどね。君の話は興味深かったから…今回は偶々だよ」

 

「ああ…なるほど」

 

 

 一樹はこのセンセイとの会話を思い出す。大して悩みの無かった一樹は今後の進路について話たのだった。

 

 確かに進学校の生徒としては珍しい進路かもしれない。ボッチで他の生徒について知らない一樹にはよく分からないが。

 

 

「センセイは、雨宮に用が有ったんですか?」

 

「おや。彼の事を知ってるんだね」

 

「まあ、はい。一応…」

 

「近所まで来たから寄ってみたんだけど、修学旅行の事をすっかり忘れてたよ」

 

 

 センセイはあははと笑い、笑顔のまま一樹の手元を見る。そこには、一樹が寝るまで読んでいた本があった。

 

 

「それって、ライトノベルかい? 僕も何冊か読んだけど、面白い発想だよね」

 

「面白い発想…ですか?」

 

「そう。こっちの世界で夢も希望も無くしてしまった人が別世界で力を得て希望を掴む。実に夢の有る話じゃないか」

 

「まあ、そうですね。……俺は絶対御免ですが」

 

 

 センセイが意外な言葉を聞いた。と言う様な表情で一樹を見つめる。

 

 そこには何となく、興味深い対象を見る視線も混じっている様に一樹は感じた。

 

 

「センセイが言うジャンルって、ライトノベルの中でも、異世界チートって、言うんです。…そーゆうのって、なんだかんだ言って、主人公が都合の良い世界に行って、都合の良い力を手にして都合良く活躍するんですよ──」

 

 

 一樹は一息はく。一気に話しすぎた。センセイは一樹の独白を静かに聞いている。

 

 

「別に、物語としては好きですよ。気楽に読めますから。でも、自分じゃ絶対に嫌です」

 

「なんでかな? 誰でも、とは言わないけど、高校生なら自分が活躍できる機会を渡されるのは嬉しいと思うけど」

 

「そりゃ活躍する機会は俺だって欲しいですよ? でも、その、『渡される』ってのが嫌なんです。

 そんなの、『自分の力』じゃないじゃなですか。そんなインチキで活躍するなんて…」

 

 

 一樹は、自分が運動も勉強も出来ない事を知っている。だが一樹にもプライドは有る。

 

 

 一樹がまだ幼い頃、何かのお遊戯で一樹一人だけが出来なかったのを憐れんで、教師が出来レースを仕掛けて一樹を勝たせた事がある。

 

 一樹はその時の白々しく一樹を褒め称える空気と、情けをかけられた屈辱を忘れられない。

 

 

と、言う話をいつの間にかセンセイにしていた。此処まで話すつもりは無かったのだが。やはりカウンセラーなだけあって、随分な聞き上手なセンセイだと、一樹は思う。

 

 

「君は…()()()()んだね」

 

「誇り…?」

 

「うん。君の言う誰かに貰った"インチキ"で勝利しても、それを勝利だと君自身が認められないのは、君が誇り高いからじゃないかな」

 

「……そう、かもしれません」

 

 

──俺を憐れむな。俺に同情するな。

 

 

 誰かに御膳立てされてでなく、自分の力で認められたい。最近、特に、ペルソナの覚醒(モドキ)があってから、特にその気持ちが強くなっている。

 

 

 

「……結局、見下されたくない。ってだけかもしれませんけど」

 

「……そうだね。そんな考え方も ……っと結構話し込んじゃったね。ありがとう。興味深い話だったよ」

 

「……ども」

 

 

 センセイは自分の席に戻り、一樹も読書を再開する。

 

 

 

 

 その後読書に熱が入り、一樹がその本を読み終えた頃にはセンセイの姿は無かった。

 

 

 

 

 この様な少し記憶に残る事は有れど、また数日はあまり代わり映えのしない日々が続いた。

 

 

 だが、ついに── 

 

 

 

 

 

「これで全部…じゃないのか。ドリアンオレ? ここら辺で売ってたかな…」

 

 

 一樹は車を降り、辺りの自販機を順に見て回る。今日もまた、リーダー君に頼まれた物を集めにあちこちを車で走ってきたのだ。

 

 

 お陰で既に日は沈みかけ、もうすぐ夜と言って過言ではない時間になる。そんな時間に、一樹は大通りで目当ての飲み物を探して自販機を覗く。

 

 

「おっ、あったあった。えぇっと 何個だったかな?」

 

 

 一樹はスマホのリーダー君とのSNS画面を開いた。

 

 

──────────────

 

『雨宮) ・ナオール錠×5

     ・ムーンバーガー×5

     ・満月団子

     ・ドリアンオレ×3

     ・アルギニンドリンク×5

     ・プラセンウォーター×5

     ・闇鍋缶×3

     ・フキカエース×3

     ・怪盗ウエハースチョコ×5

     ・限定フレッシュアロマ

 

        よろしく』

  

               【多いな~】

          【了解。待っててくれ】

 

───────────────

 

 

 何回も買い出しをしてやったせいか、最近リーダー君の注文に容赦がなくなってきている。

 

 

 今日とてあっちこっちのチェーン店から総菜屋、怪し気な病院まで行って頼まれた物を集めて回ったのだ。(もっとも、おっかないガンショップに行かないで済んだのは幸いだった)

 

 

 

 自販機で頼まれていた最後の物を買い、車に放り込む。車の後部座席は荷物で一杯だ。

 

 

「さて、どうするか」

 

 

 一樹は車に入らずに少し考える。

 

 

 一樹は今、ルブラン近くの大通りに車を止めている。

 

 今の一樹のドライブテクニックでは、あの小道のルブラン前まで車で行くのは少し不安が有る。

 

 かといってこの大荷物を歩きで運んでいくのは骨が折れる。

 

 

 いっそのこと取りにこさせるか。等と一樹が考えていると、凄い勢いで見覚えのあるヤツが走ってきた。

 

 

 猫モドキだ。

 

 

 

「ん? ネ…モルガナ?! どうしてこんな所に?!」

 

「ッ! ネ…? イツキか?! お前こそなんでこんな所に居るんだよ?!」

 

「なんでって…そりゃお前の飼い主に頼まれたから──」

 

「あんなヤツ、飼い主じゃねえ! ──そうだイツキ。頼まれたって事は今アイテムを持ってるんだよな?」

 

 

 

 凄い剣幕だったため、一樹はつい正直に答えてしまう。

 

 

「え? まあ、ジュースなり薬なりを大量に…」

 

「頼む! オレと一緒について来てくれ!」

 

 

 モルガナが猫姿で頭を下げてくる。

 

 

「ハア? いきなりどうしたんだよ。つか、俺は取り敢えずこれをリーダー君に届けなくちゃ…」

 

「いや! オレにはお前自身と、その荷物が必要なんだ! 頼む! 理由は…あとで説明する!」

 

 

 モルガナが猫ながらに必死の様子で頭を下げている。

 

 その様子を見て、一樹はため息をひとつ吐いて頭をかいた。

 

 

「……わかった。いや理由は今一分かんねぇけど、取り敢えずついて行いってやるよ。その代わり、事情はしっかり説明しろよ?」

 

「ッ! 感謝する!」

 

「んで何処まで行くんだ? 遠いなら、車で行こうか」

 

 

 一樹は、少し興奮していた。ようやく、物語に関われた様な感覚がしたからだ。だから、これから己の身に降りかかる災難を、予想できなかったのだ。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

「あぁ… クッソ…」

 

 

 近未来的な建物の中。

 

 

 ボロボロになった怪盗服をまとった一樹が、痛みに耐えながら重たい足取りで前へ進んでいく。

 

 

 はやく、逃げなければ。

 

 

 そうは分かっていても一樹の進みは遅い。

 

 

「クソ… やっぱり、俺じゃ駄目だったのかよ…」

 

 

 外的な要因だけでなく、後悔が一樹の足にはまとわりついていた。

 




次回ようやく主人公が戦います…


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first battle

ようやくバトル回です…


「なるほどねぇ… ルブランでそんな事が…」

 

 

 一樹は車を運転しながら、隣の座席に座っているモルガナの事情を聞いていた。

 

 

 モルガナの言った事を要約すれば、最近調子に乗っている怪盗団員に(ないがし)ろにされ、挙げ句にはいらないとまで言われたらしい。

 

 それに怒ったモルガナは、怪盗団を抜け、新たに怪盗団が狙っていたパレスに向かっていた所を、偶然一樹と遭遇したらしい。

 

 

「つか、別に良いんだけどさ、怪盗団には『一人でやる』って言っちゃったんだろ? 俺を誘って良かったのか?」

 

 

 俺じゃ一人分の役にも立たない、ってことなら別だけど。と言いそうになったが、それはこらえた。

 

 

「フン。あいつらは初心者のイツキと違って何ヵ月も怪盗をやってるんだ。

 そこでワガハイとお前の二人でパレスを攻略すれば、ワガハイの有り難さがあいつらでも分かるだろうさ」

 

「ふーん? まあ、モルガナがよけりゃそれでいいんだけどさ──と、着いたぞ」

 

「おお! やっぱりクルマだと早いな!」

 

 

 モルガナに頼まれてやって来たのは、あのビックバンバーガーで有名な大企業、オクムラフーズの本社ビルだった。

 

 そこは本社と言うだけあり、何階まであるのかすら分からない高層ビルで、既に日は沈んだのにも関わらず漏れ出すオフィスの明かりがその存在感を強めていた。

 

 

 車から出ていない一樹は一切気にしなかったが。

 

 

 

「……よし、キーワードの設定ができるぞ。これでパレスとやら入れるんだよな?」

 

 

 イセカイナビを弄くって準備を終えた一樹がモルガナに問うが、モルガナは躊躇してキーワードを教えない。

 

 

「…なあ、ここまで連れてきて何なんだが、覚悟はできてるか?

 怪盗はお遊びじゃない。失敗すればパレスの主を廃人にするかもしれない…いや、最悪オマエも命を落とすかもしれないんだぞ。

 ましてや──」

 

「待って。それ以上言う必要は無い」

 

 

 一樹はモルガナの言葉を止める。

 

 

「そんなこと、夏休みに新島から誘われた時から覚悟してる。それに…ちゃんと指導してくれるんだろ? 先輩」

 

 

 それに、必要になった時だけ頼られて、用が済めば礼も無くそれで終わり。そんな冷酷な扱いをされる怒りも、見返したいと想う心も、一樹はよく分かっていた。

 

 

「……ああ! 無論だ。任せとけ!」

 

 

 

 (猫姿の癖に)感涙極った表情モルガナからキーワードを聞き出した一樹はイセカイナビを起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 一樹がこの時、ルームミラーを見ていたら。尚且つ近くを彷徨(うろつ)く少女を見つけていたら。展開が変わっていたかもしれない。

 

 しかし、今の一樹にそれを求めるのは酷な話。彼は、『物語の役者』の一人になれた興奮に飲まれて注意など散漫していたのだから。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「これが…パレス」

 

「ああ。ここまでデカいのは流石にワガハイも初めてだがな」

 

 

 グラリと視界が歪み、次に目を開けた時に一樹の視界に広がったのは『宇宙船』、もしくは『宇宙ステーション』とでも言うべき空間だった。

 

 

 

 一樹はそこに、いまだ見慣れぬ軍服もどきの怪盗服で立っていた。隣には当然のように二頭身の猫モドキが立っていたが、なんとか悲鳴を抑える事ができた。

 

 

「既に警戒されているな。窓ガラスが割られたせいか?」

 

 

 怪盗チャンネルの改心ランキングで奥村社長が一位になってから、細かな嫌がらせが発生している事は、一樹もニュースとして知っていた。

 

 

「でもやる事は変わらないんだろう? うんじゃまず何すれば──」

 

『何者だ貴様ら! 』

 

 

 二人?がその場で会話していると、体格のおかしい警備員の様なナニかがいきなり現れた。

 

 

『まさか、貴様ら侵入者か!』

 

 

 警備員の様なナニかは聞いてきたクセに答えを聞かずそう判断すると、顔らしき場所を覆う仮面を外し、いかにもな化け物に変身する。

 

 

「あれが…シャドウか!」

 

「ああ。こんな所ででくわすとはな… イツキ!」

 

「ウォッ な、なんだ?」

 

「この戦い、ワガハイはサポートに専念する。コイツをイツキ一人で倒すんだ!」

 

 

 猫モドキが真面目な顔でよく分からない事を抜かしてる。一樹は数秒モルガナの言っている意味が飲み込めなかった。

 

 

 そしてなんとか飲み込み──

 

 

「は、ハア?! 何言っていんだ! 俺は怪盗初心者だぞ、リードしてくれんじゃないのかよ!」

 

「二人でこのパレスを攻略するのなら、こんな雑魚、一人で倒して貰わないと困る。既にお前には戦闘のイロハは教えている。

 それにお前、実はコッソリ特訓してただろ?」

「うっ…」

 

 8月終わりに確認の為にメメントスに潜って以来、一樹は怪盗団には黙って筋トレとスイングの練習を始めていた。

 

 モルガナは8月よりも、確かについている一樹の筋肉からそれを悟ったのだ。

 

 

 それにしたってモルガナは想像以上な無理難題を吹っ掛けてきた。しかしパレスに侵入する前に「覚悟はある」と言った手前、引く事もできなかろう。

 

 

「ああ…クソッ! やるよ、やってやる!」

 

「よし! それでこそ怪盗団の一員だぜ! なに、心配すんな。回復はしっかりしてやるからな!」

 

『打チノメシテヤル。侵入者メ!』

 

 

 一樹は一応の覚悟を決め、祖父形見のダイナミックハンマーを取り出す。

 

 

「おおっ!随分気合いの入ったハンマーじゃないか!」

 

「ま、諸事情有ったんだッ…グェッ!」

 

 

 敵は、いかにも魔物然とした毒々しい色をした蛾の様なナニかだ。

 

 

 一樹は先手必勝とばかりに蛾モドキに近づきダイナミックハンマーを振りかぶるが、敵は一樹が遠心力を付けている間に一撃を喰らわせる。

 

 

 一樹が痛みを感じ悶える、よりも速く──

 

 

「【ディアラマ】! 回復は任せろと言っただろう? さあ! 一撃を喰らわしてやれ!」

 

「ありがとよ!」

 

 

 モルガナの回復スキルにより一樹のダメージが消え去った。

 

 

 一樹はさっきのお返しにと、おもいっきり蛾モドキの魔物をぶっ叩いた。が、

 

「……モ、モルガナ? 効いてる感じがしないんだが…うわぁ!」

 

 

 蛾モドキは少し仰け反っただけで、大したダメージが入った様には見えなかった。事実蛾モドキは何事も無かった様子で一樹に襲いかかる。

 

 

「耐性持ち…って感じじゃないな。単純に威力不足か…」

 

「なっ、嘘だろぉ!」

 

 

 一樹は何とかモルガナの横まで戻る。蛾モドキはモルガナを警戒してか追撃を仕掛けてこない。

 

 

 仕切り直しに、なったようだ。

 

 

「どうすりゃいいんだ! 俺はお前らみたいにスキルが使えないんだぞ!」

 

「いや、ワガハイの見立てだと、あいつの弱点は銃撃だ。一発重いの喰らわしてやれ!」

 

「お、おう分かった!」

 

 

 一樹はロケットランチャーを取り出し、蛾モドキに向けて構える。蛾モドキは危険を察してか、電撃をこちら全体にばらまく攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 モルガナは上手に避けたが、ランチャーを構えて狙いを定めている一樹はそうもいかない。

 

 

「ぐっ、うぅ…」

 

「【ディアラマ】! さあ、ぶっぱなせ!」

 

「ッ、撃つぞ!」

 

 

 一樹の放ったロケットは、見事蛾モドキに着弾し爆発した。

 

 

 今更だが、一樹はこのロケットランチャーなら複数の敵をまとめて狙えそうな事に気が付いた。これならばしっかり狙わなくても敵にダメージを与えられるだろう。

 

 

「よし、ダウンしたな! いくぞ、総攻撃だ!」

 

「り、了解!」

 

 

 一樹の狙撃によりへばっている蛾モドキを、一樹はモルガナにならってタコ殴りにする。

 

 MISSION ACCOMPLISHED(ミッション完了)

 

 ひとしきりボコボコにすると、モルガナが何処からか椅子と葉巻を取り出してキメポーズをとり、その背後で蛾モドキが明らかに致死量の血を吹き出した。

 

 

「えっ?! 何それ、どうなってんの!」

 

「フッ ここは認知世界だからな。イメージが重要なんだよ!」

 

 

 よく理解できないが、そう言う物なのだろう。一樹は取り敢えずそう納得する事にした。

 

 

「兎に角、敵を撃破だ! 初戦にしてはよくやったと思うぞ!」

 

「あ…あぁ。サンキュ」

 

 

 生まれて始めての戦闘でテンションが上がっていたが、興奮が冷めて思い返せば、自分は何もしていない。

 

 思ったよりは動けたし、確かに銃撃をしたのは自分だが、モルガナ一人で事足りていた事だ。

 

 弾の都合上一度の戦闘に一度しか撃てないランチャーに全く効かないハンマー、スキルすら使えない自分は足を引っ張っているだけ。

 

 やはり、自分はここでも役立たずなのだろうか。一樹はガスマスクの裏で自嘲した。

 




【ゲーム的設定】
1)一樹は物理 銃撃共に、「平均攻撃力が6の時、攻撃力が10あるけど攻撃までに1ターン溜めが必要」なタイプ

2)今回倒したのは、モスマンです。


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regard

「叛逆の意思の問題…だと思う。多分」

 

「……つまり?」

 

 

 シャドウを撃破二人は、初の戦闘で気疲れしてしまった一樹の願いで小休止を取っていた。

 

 

 一樹はサイバー感溢れる壁に寄り掛かって一息付き、モルガナはその近くでアルギニンドリンクを飲み先程使った魔力を回復させている。

 

 

 そう休憩しながら、一樹は先程の戦闘の疑問点をモルガナに尋ねていた。

 

 即ち、『何故あんなにも攻撃が効かなかったのか』だ。

 

 

「前にも言ったが、この認知世界でのワガハイらの力の源は叛逆の意思だ」

 

 

 それで、とモルガナは一息区切って続ける。

 

 

「イツキは今日、ワガハイに言われて準備無くこのパレスに侵入しただろ? だから、オクムラに対する叛逆の意思が足りてないんじゃ、ねーかなぁ」

 

「叛逆の意思なぁ… そりゃ、ブラック企業は良かないと思うが…」

 

 

 正直、見も知らぬブラック企業の社長に怒りが湧く程、一樹の想像力は豊かで無かった。

 

 

 一樹は叛逆の意思を高めるべく、モルガナから聞いたオクムラの悪行に意識を向けてみるがいまいち効果が有る様には思えない。

 

 他人事でも義憤に燃えることができるのが、怪盗団の素質なのかもしれない。

 

 

「……ハッ! そうだ、忘れるとこだったぜ!」

 

「あん? どうした、急に」

 

 

 そんな時に、モルガナが声をあげた。

 

 

「ニャフフフフ。お前のコードネームだよ! ワガハイとしたことがウッカリしてたぜ。さっ、こうなりゃ速く決めちゃおうぜ!」

 

「あー…」

 

 

 一樹もすっかり忘れていた。パレスに侵入したと言うのに、お互い本名で呼び合ってしまった。

 

 

「コードネームなぁ…」

 

 

 ラノベを読めども、そっち系の妄想は中学で卒業してしまった一樹には自分のコードネーム決めは少し恥ずかしい。

 

 

 それに自分がその名で呼ばれるとなれば慎重にならざるをえない。一樹は体感で数分しっかりと考えてモルガナに答えた。

 

 

「じゃあ、【DR】で。俺、ドラゴン(D()R()agon)好きだし」

 

「ディーアールか… いいじゃないか!!」

 

 

 一樹がゲームのPC(プレイヤーキャラクター)に付けている名前だ。充分恥ずかしいが、他にいい名前が思い付かなかったし、ドラゴンと呼ばれるよりは大分マシだと思った。

 

 

「よし、これから頼むぞ。DR!」

 

「……ああ。よろしく、モナ」

 

 

 思う所有れど、DRは差し出されたモナの拳に自分の拳を当てた。

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 休憩を終え、二人はパレスの更に奥へと進んでいく。そして2度、3度とシャドウととの戦闘を経験することで、DRもシャドウに慣れてきた。

 

 

 今も、赤い目玉付きヒトデに一撃を喰らわせ、ダウンを取った所だ。

 

 

「いいぞDR! 総攻撃だ!」

 

「了解!」

 

 

 MISSION ACCOMPLISHED(ミッション完了)

 

 

 先にモナがダメージを与えていた為、シャドウは総攻撃による大量出血で倒れた。

 

 

「敵撃破だ! いいじゃないかDR。元々形は良かったんだ。威力がついてますます良くなったぞ」

 

「まあ、あんなモン見ちゃったらな…」

 

 

 今回の戦闘では、前までと違ってDRはシャドウに明確なダメージを与える事ができていた。

 と、言っても相変わらず振りは遅いし、モナのカトラスに劣る程度のダメージだが。

 

 

 

 ここにくるまでの道で、二人はオクムラの認知している社員たちの姿を見ることができた。

 

 

 限界まで働かされ、しかも集団心理によってそれを正しく理解できていない憐れなロボットたち。

 

 それがオクムラ社長による社員たちの認知だった。

 

 

 DRが恐ろしく感じたのは、何よりもオクムラがそう認知していた事だった。

 

 つまり、社員が倒れる限界まで働いているのも、それを心理学を使って黙らせていることも、オクムラは認識しているのだ。

 

 

 

 DRは一般的な正義感は持ち合わせている。他人事とは言え、実際に見てしまえばDRと言えどもオクムラに対して憤りを感じる。

 

 

「これも、叛逆の意思ってやつなのか…」

 

 

 DRはモナに聞こえない程度の独り言として呟いた。

 

 

「ん? どうかしたか?」

 

「あっ、いや、別に…って、ん? な、なあ、なんか…扉の向こうから凄い音がしない、か?」

 

 

 

 二人が今いるのは、近未来的ながらも殺風景かつ幾らか広々とした空間で、有るのは堅く閉ざされた扉のみ。

 

 二人は早々に扉を開けるのを諦め、他の道が無いか辺りを探し、一周して戻ってきてしまった所だった。

 

が、

 

 

「なっ、ヤバい! DR、走れ!」

 

『ロック カイジョシマス』

 

 

 モナが叫んだのとほぼ同時に、あれだけ堅く閉ざされていた扉が軽々と開き、奥から大量のシャドウが現れた。

 

 

「ななな、なんだあれ?!」

 

 

 シャドウなのは分かっているが、唐突な状態に頭が追い付いていないDRが叫ぶと、同じくらい混乱しているモナが返した。

 

 

「わわわ分からねぇが、多分どっかで俺たちが忍び込んだ事がバレたんだ。あんな量相手にしてらんねえ。兎に角…」

 

「…兎に角?」

 

「逃げるぞ!」

 

「ああクソやっぱりか!」

 

 

 二人はジリジリと迫り来るシャドウに背を向け、勢いよく駆け出した。

 

 

 当然、シャドウは追ってくる。

 

 

「何処まで逃げんだ?! このままじゃ…」

 

「入り口までだ! そこまで行けば退却できる!」

 

「了か─クッ…」

 

 

 いくら約1ヶ月ランニングを続けているとは言え、元より体力の無いDRの足は、数度の戦闘と唐突な逃走の緊迫感によって何時も以上に重くなっていた。

 

 

 それに気が付いたモナは、覚悟した面持ちでDRに走りながら話しかけた。

 

 

「DR!」

 

「……な、ん…だ」

 

「ワガハイがヤツらを引き付ける。オマエはその間に逃げろ」

 

「っ! は、ハァ?! 何言ってんだ! 死ぬ気か?!」

 

 

 思いもよらぬモナの発言に、DRは疲れを忘れて怒鳴った。しかしモナは、いたって真面目な顔で答える。

 

 

「オマエはまだ怪盗素人なのにワガハイが頼みこんでこんな所に連れてきたんだ。ワガハイが囮になるのは当然の義務だろ?」

 

 

 それに。とモナは不敵に笑う。

 

 

「ワガハイを舐めんなよ? あんなヤツら、ちゃちゃちゃーと撒いて、ワガハイもとっとと脱出してやるさ」

 

「そう…言うのを、死亡フラグと言うんだっ!」

 

「ニャフフフフ じゃ、オマエも気を付けろよ!」

 

「モナ! ……クソが!」

 

 

 モナは言いたい事を言うや否や反転してシャドウに突っ込んだ。シャドウも、モナの突然の行動に警戒して足が止まった。

 

 

 モナが作った隙だ。無駄に出来ない。

 自分が手助けに行った所で役には立たない。

 モナ程怪盗に精通していれば本当に逃げれるのかもしれない。

 

 

 

 一人で逃げていい言い訳が次々DRの頭に浮かぶ。そして──

 

 

 DRはそれに従った。

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

「クソ! クソ、クソ…」

 

 

 焦りと後悔に包まれながらも、DRは走る。体力はほぼ残っていないが、足を止める事はしなかった。

 

 

 モナが身を呈して助けてくれたから、ではない。シャドウが自分に追い付くかもしれないからだ。

 

 

 そう思って逃げている事が、DRは悔しかった。

 

 

 

 

「っ! ぐうっ」

 

 

 不意に、片腕に鋭い痛みが走った。見ると、痛んだ腕は焼け焦げた様な有り様になっている。

 

 

 自然にこうはならない。つまり──

 

 

(ヤバい… 追い付かれたのか…)

 

  

 DRが走りながら振り向くと、少し離れた場所に数匹のシャドウ、最初に倒したのと同じ様な蛾モドキどもが見える。

 

 

 偶々こっちに来たのか、それともDR程度ならこれだけで充分だと思われたのか、追いかけてくるシャドウはその蛾モドキ数匹だけだった。

 

 

 幸い、蛾モドキの動きは遅い。追い付かれる前に脱出できるだろう。

 

 しかし、敵は走ってくるだけではない。

 

 

「ぐっ! …ぐぅ…」

 

 

 蛾モドキが順番にカミナリを放ってくる。広範囲に広がるカミナリは、反射神経の鈍いDRでは避けれない。

 

 

 カミナリは次々に逃げるDRの背に当たり、DRに激痛を味わわせる。

 

 

「グッ、うぅ……」

 

 

 痛みに慣れないDRは悶えながらも、何とか足を前に動かす。生まれて初めて刺激された生存本能のお陰だ。

 

 しかも痛みにより、逆にDRの頭が冴えてきた。

 

 

 DRは考える。今の自分では、あのシャドウから逃げ切る事も、戦って倒す事も出来ない。

 

 ではどうするか。DRは字の通り命懸けで考える。

 

 

 結果、1つだけ答えが浮かんだ。

 

 

 後ろの蛾モドキどもは相変わらず律儀に横並びに追い掛けてくる。これならば、いけるかもしれない。

 

 

 チラリと、走りながらDRは自分の腕を見る。痛むが、不思議と動かす分には問題なさそうだ。

 

 

 

 DRは覚悟を決め、ランチャーを呼び出す。そして振り返り、目測で蛾モドキを狙って引き金を引く。

 

 

 膝を付き構える余裕などない。当然の如くロケットの発射と共にDRは後ろに吹き飛ぶが、死ぬよりはマシだ。

 

 

「グッ ガァァ…」

 

 

 受け身などとる暇は無かったが、DRはなんとか頭を守って床に激突した。

 

 

「あ… ああっ……クッ」

 

 

 衝撃で肺が潰れ、息ができなくなる。DRはパニックになりかけるが、それをなんとか抑えた。

 

 

 息を整える時間はない。DRはフラフラと立ち上がり、シャドウを一目見る。

 

 

 数匹の巨大蛾モドキはDRのロケットにより、纏めてダウンしている。

 

 成功だ。

 

 

 DRの立てた作戦。それは単純にシャドウをダウンさせその間に逃げるだけ。

 

 

 腕を痛め、目測が適当だった為シャドウに当たるか心配だったが、運良く計画通りに当たったらしい。

 

 

 

 しかし喜んではいられない。何時シャドウどもが起き上がるか分からないのだ。DRは足を引きずるようにしてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

「ハァ… ハァ…」

 

 

 一樹は休まずに進み続け、入り口付近まで戻る事が出来た。シャドウが追って来ている気配はない。まだ気絶しているのか、追う意味がないと切り捨てられたのか。

 

 

「クソ… やっぱり、俺じゃ駄目だったのかよ…」

 

 

 ここまで来てようやく、一樹はモルガナの事を思い出した。無事に逃げれているのか、それとも捕まってしまったのか。

 

 

 どちらにしても、自分では何もしてやれない。

 

 パレスから脱出したらすぐに怪盗団に連絡して、モルガナを救出してもらおう。

 

 どうせ、自分には何も出来ないのだから。

 

 

 

 身体中の痛みが、一樹の思考をどんどんマイナスへと導いていく。

 

 

 

 身体中が痛む。命の危機にあった先程まではあまり気にならなかったが、今は気絶しそうな程に痛い。

 

 

 せめて、現実世界に戻ってからだ。一樹は自分に言い聞かせ何とか足を進めるが、いつ倒れてもおかしくない。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「そんな… あ、あの! 大丈夫で──」

 

「えっ……?」

 

 

 一樹の目の前に、茶髪パーマの女が現れた。




目玉付きヒトデはデカラビアです。


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persuade

「そんな… 酷い傷…」

 

 

 誰だ? そもそも、どうやってここに…? 一樹の頭に様々な疑問が駆け巡るが、疲労と苦痛が溜まってロクに思考が働かない。

 

 

 目も霞んでしまい、服と髪から多分女であろう事しか見えてこない。だが、一樹はこの女に見覚えがある気がした。

 

 

 

 謎の女は一樹の焼け焦げた腕を見て、触っていいものかと手を出したり引っ込めたりと動転している。

 

 少なくとも、敵ではなさそうだ。一樹は鈍った頭でそう判断した。

 

 

「早く治療しないと… 病院、 救急車… でも…」

 

 

 認知世界ではほとんどの電子機器は使用出来ないらしい。アタフタとしている女に一樹は声を振り絞る。

 

 

「ここじゃ、ケータイは使え、ない… 回復のスキルが無いと… 俺は使えないから…回復のアイテム、じゃ、ない、と?」

 

 

 言っていて、一樹はふと思い出す。そう言えば俺、回復アイテム持ってるな。と。

 

 

「え? スキル? アイテム…? 何を言って…」

 

「説明は、する。ちょっと、待ってくれ…」

 

 

 一樹はリーダー君に頼まれて買っていた様々な消耗品の中でも、特に効果が有りそうな、怪しい医者から買った錠剤を3錠ほど懐から取り出す。

 

 

 モルガナ曰くこの錠剤には回復スキルと同等の効果があるらしい。戦闘後はモルガナが回復してくれていた為、一樹はこれらの存在を忘れていた。

 

 

 一樹は訝しそうに焼けていない方の手に乗せた錠剤を見る。スキルの力は身をもって経験しているが、この錠剤にそれと同じ効果があるのだろうか。

 

 

 そう考えている内に、痛みが限界まできた。一樹はガスマスクのキャニスターを外し、意を決して錠剤を飲む。

 

 

 

 

「んっ! お、おお…」

 

 

 効果は服薬してすぐに現れた。痛みや疲労感は忽ち消え失せ、焼け焦げた腕や背も綺麗に元通りだ。

 

 酷い色になっていた腕の傷が、まるで早送りの如く治っていくのを見るのはなかなかに気持ち悪かったが。

 

 

「えっ、え? 嘘…」

 

 

 重症だった傷が忽ち治っていくのを目の当たりにし、女は驚きで言葉に詰まっている。

 

 

 さて、なんと説明すべきか。と一樹が考えていると女が震えた声で尋ねてくる。

 

 

 

「もしかして… 一樹、君?」

 

「…………………は? な、なんで…」

 

 

 今度は一樹の声が震える番だった。

 

 

 一樹はまさかという気持ちで女を見る。思えば、霞んでいない目で女を見るのは初めてだ。

 

 

 茶色で左右で爆発したような髪型の女。一樹はこの髪型に見覚えがあった。

 

 

 

「──あ…もしかして……クラスメイト…?」

 

 

 

 女は、コクコクと首を振って肯定する。一樹もなんとなくこの女について思い出してきた。

 

 確か、教師代理で修学旅行についていったクラスメイトがこんな奴だった。と。

 

 

「えっと…よく、分かった、な。……俺、クラスで浮いてる、のに。……つか、こんなガスマスクしてるのに」

 

「なるべく、学校の人の顔と名前は覚えるようにしてるから」

 

「ああ、そう…」

 

 

 一樹のハーフガスマスクは口元しか被っていない。一樹は常日頃からマスクをつけている為、知り合いに対して顔を隠す効果があまり無かったのだ。

 

 

「えっと、それで…」

 

「あーうん。色々説明しないとか」

 

 

 クラスメイト(まだ名前は思い出せない)にどう説明すべきか、兎に角怪盗団についてはなんとか誤魔化さないと。などと一樹が考えていると、

 

 

「あの…一樹君はあの怪盗団、なの?」

 

「………あー」

 

 

 ズバリと言われてしまった。かなりの確信を持っている。今からなんと言い訳しても無駄だろう。

 

 一樹は諦めてガスマスクの下でため息を吐いた。

 

 

「うん……そう」

 

「すっ、すごい!」

 

 

 感嘆極まった様子でクラスメイトが一樹の手を掴む。

 

 

「私、応援してたんです! 怪盗団!」

 

 

 こんな事を美少女にやられても一樹は恋心などを期待しない。過去に酷い目に会っているのだ。

 

 

「ああ…俺は、ただの臨時だから…」

 

「臨時…?」

 

「ええっと…」

 

 

 

 クラスメイトは一樹の手を掴んだまま不思議そうに首を傾げる。

 

 

 自分の状況を何と説明すべきか、一樹は少し考える。 

 まずたまたま怪盗団に出会い自分もペルソナの力に(一応)覚醒し、そしてモルガナに説得されてこのパレスに──

 

 

「てそうだモルガナ! こんなことしてる場合じゃねえ!」

 

 

 パレスでクラスメイトに遭遇するという、想定外の事態ですっかり忘れていたが、今なおモルガナは大量のシャドウから逃げ続けているはずなのだ。

 

 

 早く助けを呼びに行かなくては──

 

 

 

 

 いや、しかし。一樹は思う。

 

 

 

 モルガナが無事かはわからない。もうととっくに逃げきったかもしれないし、ピンチなら自分が行った所で何も変わらないかもしれない。

 

 

 しかし、今から助けを呼びに行けば確実に大幅な時間のロスだ。なら、自分が助けに行くべきだはないか?

 

 

 確かに、折角逃がした自分が助けに行けばモルガナの善意を無駄にする。だがしかし、怪盗団らに助けを求めればモルガナのプライドはより傷付くだろう。

 

 

 なら、自分が、今、助けに走るべきだ。

 

 

 

 一樹の中で結論が出る。こうと決まれば時間を無駄にはできない。

 

 一樹は早く引き返すべく走りだそうとした。が、目の端に唖然としているクラスメイトが映り直前で足を止めた。

 

 色々と説明しなくては。

 

 

「あ…あ、っと… えーと、向こうに行けばここから出れる…はずだ。事情は後で話す、から、先に脱出してて、くれ」

 

 

 話をボカすのは一樹の趣味ではないが、仲間の命がかかっている今は致し方ない。そう思って一樹は自分の道と反対を指して言う。

 

 

 しかし

 

 

「仲間を…助けに行くんだね?」

 

「え? ま、まあ」

 

「なら、私も行きます!」

 

「は… はあ?! む、無茶言うな!」

 

 

 考えてもいなかった場所で出会ったクラスメイトが考えてもいなかった事を言い出した。

 

 

「緊急事態なら人手が多くたって困らないでしよう?! だから──」

 

「危険過ぎる! マジで命かかってんだぞ!」

 

「覚悟はできてます!」

 

「うっ ぐう…」

 

 

 怪盗団の後輩らといい、何故どいつもこいつもすぐ命を捨てる覚悟が持てるのか。一樹は頭が痛くなった。

 

 クラスメイトの覚悟は深そうだ。説得には時間がかかるだろう。今、一樹には時間が無い。

 

 

「……わかった」

 

「っ! なら─」

 

「だけど俺にはお前を守れる程の力はない! 自分の身は自分で守れよ!」

 

「ええ!」

 

 

 返事を聞いた一樹はガスマスクの下で苦い顔をしながらも諦めて走りだした。

 

 

 

─────

 

 

 

「しっ 気を付けろ。さっきはここにシャドウがいた」

 

「ええ…」

 

 

 二人は順調にパレスを進んでいき、先程一樹が蛾モドキシャドウにロケットランチャーを食らわせた場所まで来れた。

 

 

 幸い、今の所までシャドウとは遭遇していない。ダウンさせただけの蛾モドキも居なくなっていたので、撤退したのかもしれない。

 

 

 

 クラスメイトは静かに、気落ちした様子で着いてくる。

 

 認知世界やらシャドウについてや、回復アイテムについての話を聞いていた時は少し楽しそうだったが、あの工場、ブラック職場と社畜ロボットを見てからは黙りこんで一樹の言葉にもから返事しかしなくなってしまった。

 

 

 まあ、気持ちは分かるが、と一樹は心の中で思った。一樹は女子に無視されるのにも慣れている。

 

 

 

「そう言えばなんだけど」

 

「はい?」

 

「何であんな所に? 俺らに巻き込まれてから結構時間あっただろ?」

 

「えっと… いきなり知らない場所に飛ばされちゃったから、隠れてたの」

 

「ああ。成る程」

 

 

 一樹が始めてパレスに巻き込まれた時など、パニックになってロクに動けなかった事を考えれば、冷静に安全そうな場所に身を隠したクラスメイトは優秀なのだろう。

 

 

 一樹はいまだ名前を思い出せぬクラスメイトの評価を更に上げた。

 




春の口調が安定しない…


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「っ モルガナ!」

 

 

 運が良かったのか、シャドウに捕まる事なく二人は奥に進め、そこで倒れたモルガナを見つけることができた。

 

 

「え…」

 

 

 クラスメイトがポカンとしている。一樹はモルガナが猫モドキのナニかだと伝え忘れていた為だが、一樹にそれを気にする余裕は無かった。

 

 

 モルガナは、柱の影に隠れる様に倒れている。酷い傷だ。一樹は辺りを警戒する事を忘れ、つい駆け寄ってしまう。

 

 

「う… イツキか…」

 

「モルガナ! くそ… 大丈夫か?」

 

「なんとかな…」

 

 

 モルガナは喋るのも辛そうな様子だ。一樹は慌てて懐から回復アイテムを探る。

 

 

 一樹が取り出したのは缶ジュースだった。薬なりの方が回復力は強そうだが、傷付いた今のモルガナの様子なら液体の方が摂取しやすいだろうと判断したからだ。

 

 

「飲めるか?」

 

「ああ…」

 

 

 モルガナは始めは大人しく飲んでいたが、徐々に渋い顔になっていった。感覚が戻ってきたのだろう。

 

 

「イツキ… これ、凄いクサイぞ…」

 

「まあ…これドリアンオレだからな」

 

「ケガ人になんてモン飲ませてんだ!」

 

 

 ある程度体力が回復したらしいので、一樹は残っていた錠剤をすべて渡した。モルガナはそれを口に入れたが、苦そうにしている。ドリアンの臭みが口の中に残っているらしい。

 

 

 それでも何とか薬を飲み込むと、みるみる傷が治っていく。相変わらずな回復力だ。

 

 

 怪我が治った事を確認したモルガナはスパッと立ち上がり、手足を振って体の調子を確認する。

 

 絶体絶命の危機から助かった事、一樹が助けに来てくれた事で、モルガナの表情は明るい。

 

 

「よし! 助かったぜ、イツキ」

 

「ああ、うん。よかったよ…」

 

 

 逆に一樹は、本命であったモルガナの救出に成功しながらその声色は暗い。

 

 

「あ、あの…」

 

「ん……んな?! な、ナゼここに一般人が?!」

 

「ああ… やっぱ気付いてなかったか…」

 

 

 空気を読んで黙っていたクラスメイトだが、頃合いを見計らって呼び掛けてきた。

 

 それにより、今までクラスメイトを認識していなかったモルガナが彼女に気付いてしまった。

 

 

 さて、どう説明すべきかと一樹が悩んでいる間に、クラスメイトは自分で話始めた。

 

 

「えっと…私、巻き込まれちゃって…」

 

 

 一樹が来るまで出入口付近に隠れていた事、無理を言ってここまでついてきた事、一樹とはクラスメイトである事も口早に話していく。

 

 

「うーむ… お嬢さん! ちょっと待っててくれ!」

 

「えっ」

 

「えっ ちょっ 何処に…」

 

 

 クラスメイトが一息ついた時、モルガナが一樹を引っ張ってクラスメイトに声が届かない所まで連れていく。

 

 

 モルガナはそこで一樹に膝をつかせて視線を合わせてひそひそ話をする。

 

 

「彼女はどこまで知ってるんだ?」

 

「……割りと。俺とモルガナが怪盗団だって事はバレてるし、ここが認知世界だってのも」

 

「まあ、ここでそんな格好してたんだ。イツキがバレたのはしょうがない。だが、他の奴等については?」

 

「そこら辺の話はしてない。……悪いな、勝手に連れてきちゃって。俺の立場(仮入団)的に、一人で決める方が不味いかと…」

 

「別にいいさ。取り敢えず、彼女には秘密にしてもらう方向で話を進めよう」

 

「了解。クラスで気まずくなるな…」

 

「それはしょうがないな!」

 

 

 一樹は膝たちを止め、モルガナと共にクラスメイトと交渉すべく気合いを入れた。

 

 

「待たせて悪かったな!」

 

「え? あ、いや…」

 

 

 クラスメイトはいくらかおどおどしている。猫モドキとの会話は、慣れるまで少し怖いものだ。それを知ってか知らずか、モルガナは上手く会話の主導を握っている様に聞こえる。

 

 

「そう言えば、名前を聞いていなかったな!」

 

「え?あ、モルガナちゃん?には自己紹介してなかったね。私、奥村 春 といいます。よろしくね」

 

「……え?」

 

 

  オクムラ、だと?

 

 

 一樹が動揺しながら横を見れば、驚愕でプルプルと震えているモルガナがいる。きっと、自分も同じ様を晒しているのだろうと一樹は思う。

 

 

 今の「え?」が自分で言ったのか、モルガナが言ったのか分からない程に一樹も混乱している。

 

 

 

「あ、あの…それはもしかして…オクムラフーズと、関係あったり…?」

 

 

 春は一樹の質問に意外な事を聞かれたと言いたげな表情で肯首した。まるで「知ってて連れてきたんじゃないの?」とでも言いそうだ。

 

 

 それを見た一樹はモルガナの首根っこを掴んで先ほどひそひそ話をした所まで慌てて引っ張っていく。

 

 

「ど ど どどうする?! 標的の娘だぞ?!」

 

「ど ど どどうするも何も、オマエが連れてきたんだろうが?!」

 

「や、やばい…やばい、よな? これ親とか警察に告げられたら…」

 

「い いや、なんとかここで説得して…」

 

「そ そんな悠長な事してる余裕は………い、いっそのこと、ここでふんじばっちまって…」

 

「バッ お、落ち着け! ワガハイたちは義賊なんだぞ!」

 

 

 

 自分でも過激な事を言っている自覚は有るが、それをやりそうな程一樹は焦っていたのだ。春が近付いて来ているのに気が付かない程に。

 

 

「あの…」

 

「ヒッ な、なんでしょう?」

 

「ここは、お父様の精神世界…なんだよね?」

 

「そ、そうだな。社長の歪んだ認知が、このパレスを形作ってるんだ」

 

 

 それを聞いた春は悲痛そうに顔を歪める。

 

 

「それじゃあ…あのロボットたちを壊れるまで酷使してるのも、一樹君やモルガナちゃんにひどい事をしたのも、全部…お父様の心なのね?」

 

 

 春の気迫に負けて一樹とモルガナはこくりと頷いた。

 

 

「そう…。私、知っていたのに… 見ていなかった…いいえ、見て見ぬふりをしていた!」

 

 

 春はそう慟哭する。

 

 

「私はもう、目をそらしたくない! ──! うぅっ!」

 

 

 突如、春は頭を押さえて膝から崩れ落ちた。彼女は踞ったまま、頭を抱えてもがき苦しむ。

 

 

 知っている、いや、一樹も体験したことのあるこの突然の光景。

 

 

「なっ! ま、まさかこれ!」

 

「ああ…! 覚醒だ!」

 

 

 崩れ落ちた春は、一樹らには聞こえぬ誰かと話し、覚悟を決めた様子で立ち上がる。その顔には、いつの間にかドミノマスクを着けていた。

 

 

これは私の、覚悟です!

 

 

 そのマスクを勢いよく剥ぎ取ると、春は蒼い炎に包まれた。

 

 

 ポカンと間抜け面で二人が眺めている内に、蒼い炎は消え去り、春は中世の騎士の様な服に変わっていた。

 

 

 しかし、

 

「……? ペルソナが──」

 

「──いない…?」

 

 

 

─────────

 

 

 

「多分……イツキと同じ理由だと思うんだが…」

 

 

 羽根つき帽と少々派手な騎士風の格好をした春をしげしげとモルガナが調べるが、やはり理由は分からないらしい。

 

 

「これが…」

 

 

 春はモルガナに調べられながら、自分でも不思議そうに自分の姿を見ていた。自分も、メメントスで同じ事をやってたんだろうなと一樹はなんとなく思った。

 

 

「で、どうする?」

 

「どうする…って?」

 

「あー…身の振り方…とか?」

 

 

 いくら鈍い一樹といえど、今までの会話から春の家庭環境はなんとなく察せている。春にはもう叛逆の意思等については既に(モルガナが)教えている。後は、春の気持ち次第だ。

 

 

 つまり、怪盗団に入るのか、否か。父親に従い続けるのか、抗うのか。だ。

 

 

「………私は…怪盗団に入りたい。いや、入れて欲しいの! お願い!」

 

「まあ、いろんな意味で断れないな、俺は。モルガナは?」

 

「ワガハイも異論はない! 歓迎するぞ、ハル! だが覚悟しておけよ? イツキと一緒にビシバシ鍛えてやるからな!」

 

「うん! よろしくお願いします!」

 

 

 こうして、モルガナと一樹の仲間に奥村春が加わった。



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scold

 

 春が覚醒した後、三人は少し奥の行き止まりから入り口付近の比較的安全な場所へと移動した。

 

 

「よし! そうと決まればコードネームを考えないとな!」

 

「コードネーム…?」

 

「あーほら、一応お尋ね者だからさ。怪盗団は。本名で呼ぶ訳にはいかないじゃん?」

 

 

 さっきまで完全に本名で呼び合っていたが、それは気にしない事にする。

 

 

「ちなみに、モルガナはモナ。俺は…DRってコードネームがある」

 

「わぁ! カッコいいね!」

 

「………ども」

 

 

 春はうーんと少し考える。

 

 

 

「じゃあ、ノワールって呼んで下さい!」

 

「ノワール?」

 

「うん。フランス語で"黒"って意味でね…」

 

 

 楽しそうに設定を語る春。どうにも変身ヒロインが好きらしい。設定が随分と作り込まれている。きっと即興ではなく、常日頃から想像して楽しんでいたのだろう。

 

 

「ふふふ いいんじゃないか? さしずめ"美少女怪盗"って所か?」

 

「プッ ……ククク いいんじゃない? 似合ってるよ」

 

「もう! それなら、一樹君は"イケメン仮面"ね。美少女怪盗のライバルで、仮面の下は神秘に包まれてるの!」

 

「止めろ。悪かった。悪かったよ。謝るから」

 

 

 つか、顔が分からないのに"イケメン"なのか。と一樹はツッコミそうになったが、言えば長々と設定を語られそうだから言わなかった。

 

 

「まあ、とにかく! オタカラ目指して頑張ろうじゃないか! DR、ノワール」

 

「ええ!」

 

「…ラジャ」

 

 

 

 

 これ以上はパレスにいても仕方がないと、パレスから脱出した三人はオクムラフーズ付近のファミレスで合流した。

 

 

「そんな……あの怪盗団さんが同じ学校の生徒だったなんて…」

 

「ま、驚くよな。俺としちゃ、たまたま巻き込まれたのがターゲットの娘でクラスメートで、しかも同じくペルソナが出てこないって偶然に驚いてるけど」

 

「世界は意外と狭いからな……ニャフッ やめろー」

 

 

 ファミレスに入れないモルガナは今、一樹のカバンから頭だけを出してこっそり侵入し、その頭を一樹に撫でまわされている。

 

 ペットを飼った事のない一樹に猫の感触は珍しいのだ。

 

 

 

「そういえば、イツキは春と普通に喋れるんだな」

 

「え? あーたしかに。あの時は慌ててたし、それで慣れたのかもな」

 

「一緒に行動するんだ、早めに慣れて良かったな」

 

 

 それを聞いていた春が、「そうだ」と言う。

 

 

「これから、具体的に何をやるの?」

 

「ホントはパレスの攻略を進めたいんだが…」

 

「俺も春も素人だしなぁ」

 

「うむ。ワガハイも性急すぎた! 悪かったな、イツキ」

 

「別にいいさ。死ななかったし。あの危機でペルソナが出てくれりゃ文句なかったんだけどな。──で、何やんだ?」

 

 

 モルガナの考えは、経験積みに兼ねて怪盗団の仕事をこなすべく"怪盗チャンネル"の依頼をこなそう。という案だった。

 

 

 一樹も賛成だったが、特に春がノリノリだったためモルガナの案で可決した。

 

 

「と、そうだ春。お前の家、猫大丈夫か?」

 

「猫? モナちゃんのこと?」

 

「そう。うちペット禁止なんだよ」

 

「なっワガハイは猫じゃ──」

 

「いいの?!」

 

「うおっ 思ったより積極的」

 

 

 曰く、パレスにいた時から気になっていたらしい。モルガナと話すときにソワソワしていたのは恐怖の為ではなかったようだ。

 

 

 一樹はモルガナを春に預け、その日は解散となった。

 

  

 

──────────────────

 

 

 

 次の日。一樹は純喫茶ルブランにいた。途中でモルガナとパレスに行ってしまった為に渡し損ねた配達を終わらせる為だ。

 

 

 使った錠剤は買い直し、冷めきったバーガー等は泣く泣く一樹が処理し、一樹は1日遅れで頼まれていた物をルブランへ持ってきた。

 

 

「悪かったな。遅くなって。いきなり用事入っちゃって…て大丈夫か? 」

 

「……いや。問題ない」

 

 

 リーダー君はいつもどうりに荷物を受け取り代金を払うが、寝不足が見てとれる程にフラフラしている。この様子だと昨晩一睡もしていないのかもしれない。

 

 

「大丈夫か? おーい……行っちゃったよ。えっと、……何が…あった、んだ?」

 

 

 一樹の話を聞いているのかいないのか、荷物を持って二階へと上がってしまった。

 

 

 仕方なく、一樹は奥の席で悲しげに座っているハッカー少女に話を聞く事にした。

 

 

「………モナが、帰ってこない…」

 

「えっ、と……猫、出てっちゃたん?」

 

 

 ハッカー少女はコクリと頷いた。やっぱりあいつのせいか。と一樹は心の中で呟く。顔に出さないようにしないと。と注意した。

 

 

「あいつ…昨日一晩中モナ探してた…… なのに…」

 

「あらら そりゃ…大変、だな」

 

 

 話している内にリーダー君がフラフラしながら下りてきた。

 

 

「おー大丈夫か?」

 

「……ああ」

 

「っ! おいおい! 無理すんなって!」

 

 

 何とか一樹らの所まで来たリーダー君、先ほどからすぐにも倒れそうな顔色をしていたが、ついにバランスを崩した。

 

 

 何とか一樹が抱きかかえたが、対応が遅れればリーダー君は地に頭をぶつけていただろう。

 

 

「あー、と…熱はないな。……ホントに寝ないで一晩中ぶっ通しで街を歩き回ってたのか」

 

 

 マスターが一樹と入れ違いで出ていってしまったのが悔やまれる。マスターならガツンと言ってくれただろうに。

 

 

「ハッカーちゃん。悪いけど、リーダー君二階に寝かせてくる。──モルガナが戻って来たら教えて」

 

「お、おう。任せろ」

 

 

 

 動揺するハッカー少女を尻目に、一樹は心ここに有らずとフラフラ歩くリーダー君を無理矢理ベッドに放りこんだ。

 

 

「一時間でも寝りゃ楽になるだろうし、無茶すんな」

 

「………モルガナ」

 

「…はぁ」

 

 

 うなされる様に呟くリーダー君を見て、一樹はついため息を吐く。

 

 首を突っ込みすぎるとモルガナとの関係がバレる可能性が高くなるので、ほどほどに済ませるつもりだったが、ここで一樹の気が変わった。

 

 

「あのさあリーダー君。一応、俺も事情聞いたけどさ。ぶっ倒れる程探し回るくらいなら、なんでモ…猫のこと邪険に扱ってたんだよ」

 

「邪険に……なんて、して」

 

「されたと思ったから、猫は逃げたんだろ?」

 

 

 質問していながら、一樹はリーダー君に被せるように畳み掛ける。

 

 

「……分かってた。分かってたんだ。あいつが、最近機嫌悪いって。でも…」

 

 

 仲間との空気を優先してしまったと、そういう訳らしい。一樹は少し呆れた。

 

 

「勝手に"いじられキャラ"なんてもんにして、それで反抗したら空気読めねーって文句言うの、お前らが嫌いないじめと一緒だぜ?」

 

「…うぅ ……謝らないと。早く…」

 

「おいおい無茶すんな。いいから一回寝ろって」

 

 

 無理に起き上がろうとするリーダー君を一樹は制した。リーダー君は窓の外を見る。いつの間にか雨が降っていた。

 

 

「あいつ…もし今あの雨にうたれてたら…」

 

 

  いやぁ、豪邸で美少女にもてなされてるぞ。

 

 

「あいつ…残飯なんて漁れないから、腹、すかせてるかもしれない…」

 

 

  さっき、春から中トロたらふく食べさせたって連絡が来てたなぁ。

 

 

「早く…探しに行かないと…」

 

「いや、いいから! きっと無事だから! 寝とけって!」

 

 

 さっきまでの怒りや呆れは何処へやら。一樹は罪悪感で胸がいっぱいだ。

 

 

 

「うぅ… モルガナ…悪かった…」

 

「フフッ…と。悪い」

 

 

 無理矢理寝かしつけられて尚、モルガナに謝り続けるリーダー君を見て、一樹はつい笑ってしまう。

 

 少し親しくなっても、一樹はリーダー君の事を"完璧な奴"だと思っていたが、どうやら実際は想像以上に人間味のある男だったらしい。

 

 

「ま、アレコレ終わったら俺も謝るよ。…お前にな

 

 

 一樹はリーダー君に聞こえない程度に呟き、部屋を出た。

 

 




【Rank Up】
 
ARCANA 『傍観者』 


 ★★★★☆☆☆☆☆☆ RANK 4


【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる
 
【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える
 

 NEXT ABILITY  RANK5

【役立たずの使命】 車での送迎をしてくれる 


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first mission

「なになに…集団に暴力をふられた挙げ句に現金を…ってこれ普通に犯罪じゃん」

 

 

 一樹がリーダー君に荷物を届けた後、一樹、春、モルガナの三人は一樹の車の中にいた。

 

 

 一樹が運転席に、春とモルガナが後部座席に座り、スマホの情報を共有している。三人は、一樹の車を臨時のアジトに使っていた。

 

 

 三人は車の中でメメントスで狙うターゲットを決めるために話し合う。

 

 

「イジメとかカツアゲって言ったって、要は暴行と脅迫だろ? 警察に通報した方がいいんじゃ?」 

 

「いや。大方相談できない事情が有るんだろう。相手に口止めされてるとかな」

 

「なら、私たちが助けてあげないと!」

 

「……まあ、二人がそう言うなら俺も賛成するけど」

 

「なら──」

 

 

 

 怪盗団の原則である全員一致でターゲットが決まり、話は横道にそれていく。

 

 

「そう言えば、オクムラ社長のパレスの、あの開かない扉はどう攻略するんだ? 下手に触るとシャドウが沸くみたいだし」

 

「あそこって、お父様の認知なんだよね。なら、私に任せて。多分、私なら開けられるはず」

 

「あ、そうか。娘だもんな」

 

「助かるぜ ハル。だが、取り敢えず今はメメントスのターゲットに集中しようぜ」

 

「りょーかい」

 

 

 折角色々準備したことだしな… 一樹は助手席に置いた荷物を見ながらイセカイナビを開いた。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「───おおっ 話にゃ聞いてたけど、実際に見ると凄いな」

 

「スゴいね、モナちゃん!」

 

「ニャフフ。そうだろう そうだろう」

 

 

 メメントスに入ると、モナが車に変身した。

 

 

 二人はモルガナカーに乗り込んだ。思ったより、中は普通の車だ。運転手はもちろん免許を持っているDRだ。

 

 

 DRが運転席に座ると、何処からともなくモナの声がする。

 

 

「ここはワガハイ的には浅い階層だからワガハイの体当たりでシャドウは倒せるが、今日の目的の半分は二人の特訓だ。ターゲットまでの敵としっかり戦ってもらうぞ!」

 

「了解。俺も試したい物があるしな。ノワールは大丈夫か?」

 

 

 ノワールはペルソナ能力に目覚めたとはいえ、まだ戦闘未経験だ。

 

 

「ええ! 大丈夫。昨日、一杯特訓したから」

 

「特訓?」

 

「えっとね。斧について色々とインターネットで調べたの。つまり、薪割りの要領って事だよね!」

 

 

 たしかに斧は薪割りに使う道具ではあるが… DRはなんとなく怖い気がして、詳しい事は聞かなかった。

 

 

 雑談しながらも、DRはモルガナカーを運転する。道はモナが指示してくれるし、シャドウの警戒もモナがしてくれる。DRは運転するだけでいい。

 

 

「む! 前方にシャドウだ。DR、軽くぶつかって先制攻撃だ!」

 

「あれがメメントスのシャドウか… 了解!」

 

「よし上手いぞDR!」

 

 

 モルガナカーの衝突したシャドウが正体を表す。三日月形の頭をしたヒトガタが一体だ。

 

 

「ザントマンか… こいつは風属性に耐性がある。ワガハイの助力に期待するなよ!」

 

「ええ!」

 

 

 早速とばかりにノワールが仕掛けた。DRと同じく重量型の武器でありながら、素早い動きだ。ノワールの斧はザントマンを切り裂くが、まだ倒れる様子はない。

 

 

「ノワール気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ!」

 

 

  【ドルミナー

 

 

 モナが忠告するも遅く、ノワールは呪文にかかり眠りに落ちてしまう。

 

 

「しょうがない…【メパトラ】!」

 

「……っ! ありがとうモナちゃん!」

 

「おうよ! よし、後は決めてやれ、DR!」

 

「了解! ハァァア、殴る!」

 

 

 ノワールに魔法をかけ、油断したザントマンを充分に遠心力をつけた戦槌でぶん殴る。先ほどのノワールの攻撃によるダメージと合わさり、ザントマンは倒れた。

 

 

「…よし! 流石はいい戦槌だな」

 

 

 DRは満足気に持っている戦槌を眺める。

 

 

 そう。戦槌だ。DRは昨日の晩、怪盗として行動するならと、以前目をつけていた戦槌(レプリカ)を速達便で買っていた。

 

 

 『黒曜の戦槌』と名付けられていたその戦槌は、何かのゲームに登場する武器らしく、名前同様少々中二チックな見た目をしている。

 

 

 認知により強さの変化するこの世界では、"お古のハンマー"よりもレプリカの戦槌の方が強いのだ。

 

 

 

 ザントマンを倒し、車を進めていると再びシャドウと遭遇した。今度は気づかれていたが、シャドウに攻撃されるよりも早くぶちかませた。

 

 

 シャドウの正体が暴かれる。ライオンの頭を持った巨大な鳥だ。

 

 

「アンズーだ! コイツは銃撃に弱い。撃ち落としてやれ!」

 

「お──」

 

「わかったわ! こうね!」

 

 

 DRがロケットランチャーを構えるよりも早く、ノワールがアンズーを撃ち、爆発によってアンズーが地面に叩きつけられた。

 

 

「よし! 総攻撃だ!」

 

 

 地に落ちダウンしたアンズーを三人がかりでボコボコにする。

 

 

  Adieu(さようなら)

 

 

 頃合いを見計らって攻撃を止めると、ノワールが何処からか現れた椅子に座り紅茶を飲みながら決めポーズをとった。

 

 

 DRよりも先に認知世界に馴染んだらしい。

 

 

(……なのに、まだ俺は…)

 

 

 DRはハーフガスマスクの下でため息を吐く。

 

 

 ノワールが軽々と大斧を振り回せるのは認知世界の力だ。DRはいまだ現実世界の常識に囚われているらしく、ノワールやモナの様な動きができない。

 

 それに合わせ、ノワールの銃はグレネードランチャー、DRのロケットランチャーよりも取り回し易くも充分な威力を持つ武器だ。

 

 

 DRが居なくとも二人はさして困らないのではないか。DRはプロテクター越しに胸を叩き、その不安を押し込めた。

 

 

「どうした? DR」

 

「あ、いや。何でもない」

 

「そうか。多分、ターゲットはすぐそこだ。気を張っておけよ?」

 

「……了解」

 

 

 モルガナカーに乗り込み、先に進む。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「うるせえうるせえ! この世は弱肉強食。最後に立ってた奴が笑うんだよ!」

 

「クソ! ほら、だから話し合いなんて必要無いって言ったんだ!」

 

 

 今回の改心のターゲット──1人の気弱な少年をグループでリンチにしていた陽キャっぽい男がノワールの正論にぶちギレて、スライムみたいな姿になって襲ってきた。

 

 

「おい、コイツ分裂しだしたぞ!」

 

「へへ…勝負ってのはなぁ、数で決まるんだよ!」

 

「クッ…」

 

「モナ!」

 

 

 分裂した陽キャスライムは、一体を残してモナに襲い掛かった。普通なら対処できる相手でも、囲まれればそうもいかない。

 

 

「【ガルーラ】! こっちは気にするな! オマエラはその一体を!」

 

「っ! 了解、撃つ!」

 

「そんな攻撃利かねぇよぉ!」

 

「クソ! やっぱり耐性持ちか…」

 

 

 モナの助力は期待できない。しかしこの陽キャスライムは打撃と銃撃に耐性が有るらしく、DRのランチャーの後にノワールの繰り出した斧の一撃もダメージになっていない。

 

 

「お? まさかお前ら、スキル使えねぇのかよ? ならこうだなぁ」

 

 

  【飢餓の叫び

 

  

「なっ…クッ」

 

「ぐぅ…」

 

 

 DRとノワールを襲ったのは、強烈な飢餓感。DRは戦槌を持つ腕にすら力が入らない。ちらりと横を見れば、それはノワールも同じらしい。

 

 

「動けねぇだろぉ? めんどそーなのは数で囲んで、雑魚はこうして確実に潰すのが賢いやり方ってヤツよ」

 

「なっ やめなさい…!」

 

  

 陽キャスライムは動けないノワールにネチャリとまとわりつく。ノワールは振り払おうとするが、空腹状態の力ではそれも出来ない。

 

 

「このまますり潰してやんよぉ!」

 

「キャア!」

 

「ノワール!」

 

 

 ノワールが潰されそうになったその時──

 

 

「喰らえィ!」

 

「なっ─グワァァ!」

 

「きゃ!」

 

 

 虹色に輝く小規模な爆発が起き、ノワールを少々巻き込みながらも陽キャスライムを引き剥がした。

 

 

「大丈夫か? ノワール。すまないちょっと巻き込んだな」

 

「モナちゃん… ううん。大丈夫だよ」

 

 

 モナだ。

 

 

「テメェ… 何しやがった!」

 

「ふん。ワガハイだって愚かじゃない。ちゃんと準備してるんだよ!」

 

「あっ、そっか。あの爆弾!」

 

「その通り! 昨晩。ノワールに幾つか潜入道具を作ってもらっていたのさ!」

 

「なるほどね…」

 

 

 モナは高い実力とそれらのアイテムを駆使して陽キャスライムの分裂体を撃破し、二人を助けに来てくれたのだ。

 

 

「クソがぁ… 俺の分身の癖に、ろくに役に立たねえじゃねえかよぉ…」

 

「……自分の分身なのに、情はないの…?」

 

「あぁ? たりめぇだ。あんなモン、俺が楽するための道具でしかねぇんだよ!」

 

「……最低ね」

 

 

 陽キャスライムの何かがノワールの逆鱗に触れたらしい。ノワールから甘さが消えたように、DRには見えた。

 

 

「ハッ 強がったって、そのネコがもう道具を持ってねぇのは分かってるんだよ!」

 

「なっ、そうなのかモナ?!」

 

「……なに、奴がもう一度分裂する前に倒しきれば問題あるまい」

 

 

 若干の強がりだろう。モナの額には冷や汗が流れている。

 

 

「どうする? 一旦引くか?」

 

「……初ミッションは失敗か…」

 

「いいえ」

 

 

 ノワールが強めの声でモナの提案を否定した。

 

 

「私は、彼を許せない。ここで成敗します!」

 

「ハッ スキルも使えねぇやつが何を──」

 

 

  【サイ】!!

 

 

「──なっ、っガァ!」

 

「え…」

 

「スキルを…?」

 

 

 驚くべき事が起こった。ノワールが、虹色の玉、つまり念動属性のスキルを使った事もそう。そして──

 

 

(今一瞬、春の後ろに巨大な、貴婦人?が写ったよう、な?)

 

 

 おそらくは、ペルソナ。その片鱗が、DRには見えた。

 

 

「モナちゃん、DR 、総攻撃です!」

 

「お、おう!」

 

 

  Adieu(さようなら)

 

 

 油断してもろに念動属性の攻撃を喰らい、ダウンした陽キャスライムを三人がかりでタコ殴りにする。

 

 

「クソが… スキル使えたのかよ… ウソつきやがって…セコいじゃねえかよ…」

 

 

 人間体に戻った陽キャがノワールにいちゃもんをつける。

 

 

「ふん。自分で最後に立ってた方が勝者だと、言ってただろう? こうされるのが嫌なら、もうイジメなんてやめるんだな」

 

「……わかったよ。もうグループは解散する。アイツにも、謝るよ」

 

「それでいい」

 

 

 "パレスの種"を残して陽キャが消える。ミッションクリアだ。

 

 それを見届けて、DRは思う。

 

 

(この戦いも、また俺は役に立たなかった…)

 

 ノワールはスキルすら使った。なのにDRは何も出来ず、しかも不利になったらすぐに逃げを選ぼうとした。

 

 格の違いを見せつけられたようで、DRの心の内に、何とも言えない黒いモヤが生まれていた。




陽キャスライムの見た目はブラックウーズです。


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encounter

「あ゛あ゛… 疲れた…」

 

 

 一樹は自分のベッドにばたりと倒れる。一樹はメメントスでのミッションを終わらせた後、春とモルガナを送り、一仕事してから車を祖母に返し、ようやく家に帰ってきたのだ。

 

 既に日も暮れている。今日はもう夕食を食べたし、シャワーも浴びた。もう寝てしまおうか。などと考える程に一樹は疲れていた。

 

 

「たっく。リーダー君も人使いが荒いんだから…」

 

 

 そう。仲間二人と別れた後、一樹はリーダー君に買い出しを頼まれていたのだ。一樹は律儀に、それをルブランに届けてから帰ってきた。

 

 

「とと…、寝てる場合じゃねえか」

 

 

 用事を思い出した一樹はベッドから起き上がり、携帯を鳴らす。プルルル、プルルル、プル とコール音が不自然に止まった。

 

 

『もしもし一樹君? こんな時間にどうしたの?』

 

「あーすいませんね。一応伝えといた方が良さそうな話が有りまして。モルガナもそこにいる?」

 

 

 電話の相手は春だ。SNSでも良かったのだが、手っ取り早く伝える為に電話を選んだ。

 

 

『いるよ。聞こえるようにした方がいい?』

 

「ああ、うん」

 

『じゃあスピーカーにするね。……はい。どうぞ』

 

「えっと、さっきリー…、雨宮に会ってきた。あいつらは明日、奥村社長のパレスに行くらしい。……モルガナ、お前を探すためにな」

 

 

 沈黙が流れるが、一樹は黙って言葉を待つ。

 

 

『……ふん。だからなんだってんだ。わざわざアイツらに付き合ってやる必要はねえ!』

 

「あ──」

 

『…違うよ。モナちゃん』

 

『ハル…?』

 

『私からすると、今の怪盗団の人たちは怪盗失格だよ。だから、私たちがビシッと怪盗とはなんたるかを教えてあげようよ』

 

『ハル…』

 

 

 多分だが、携帯の向こうで寸劇が始まっている。今頃二人で抱き合って涙でもしてるんじゃないだろうか。

 

 短い付き合いだが、一樹はなんとなく春の人なりを掴めていた。

 

 

「あー、と。じゃあ明日は奥村社長パレスで怪盗団を待ち伏せ、って事か?」

 

『あっ、うん。一樹君もそれで大丈夫?』

 

「まあ俺もそのつもりだったし、…俺も思う所有るし」

 

『?』

 

「あ、いや、個人的な事だから。じゃあまた明日。昨日と同じ所に迎えに行くから」

 

『えっと、じゃあお休み』

 

 

 通話を終え、一樹は再びベッドに横になって目をつぶる。

 

 

 一樹も、怪盗団、彼らに悪感情を抱いている。しかしそれは、春の様に他者を思っての事ではない。

 

 

 酷く個人的で一方的な理由だ。

 

 

 モルガナと共にオクムラパレスに侵入した時、一樹は彼らに問いただされることも覚悟していた。モルガナがパレスに挑むのなら、共に行く協力者がいることは充分想定できるはずだし、その協力者は自分以外にいないはずだ。

 

 だから、すぐにでも彼らが自分の所にモルガナの居場所を問いに来るはずだ。と一樹は考えていた。

 

 

 しかし彼らは来なかった。それどころかリーダー君やハッカー少女とは二度もルブランまで会いに行ったし、新島とも学校ですれ違った。なのに何も言われない

 

 

 彼らがモルガナを探しているのは間違いない。それなのに自分の所には誰も聞きに来ない。

 

 

 

 ──もしかして、アイツラは俺がペルソナ使いだって事を忘れてるのか?

 

 

 一樹の想像は、ベッドの上からどんどん深みへと落ちていく。

 

 

 明日、お互いに怪盗として会い、しっかりと話をしなくては。一樹はそう決めて眠りについた。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「……本当に、アイツら来るんだよな?」

 

「おいおい。情報源が情報を疑ってどうすんだよ? こういう時は、どっしり構えてるんだな」

 

 

 三人は今、オクムラパレスの開かずの大扉の側に有った手頃な棚の上に隠れていた。

 

 まだ潜んで10分足らずだが、もうDRは不安になってしまった。その横で、ノワールも緊張しているが。

 

 

「……そういやさ。今日のシャドウはロボットっぽかったよな。なんで前に来た時と違ってるんだろ?」

 

 

 まさか日替わりじゃあるまいし。とDRが疑問に思っていた事を言う。不安を紛らわす為に、何でもいいから雑談がしたかったのだ。

 

 

「そう言えばそうだな。基本シャドウの姿は一定のはずなんだが…」

 

「多分、あの日は警備会社の人が来てたからじゃないかな。点検の為にいっぱい来てたから」

 

「なるほどな。それが認知に影響してたのか。……ムッ」

 

 

 謎が1つ解けた所で、モナが気配を察知した。怪盗団だ。

 

 

 開かない扉をなんとか開けようとする怪盗団。金髪ヤンキーが乱暴に開けようとするが、生体認証だと知るDRからすれば無謀な行為だ。

 

 

「(よし。予想通りだな。いけ! ノワール)」

 

「(ええ!)お待ちなさい。あなたたち!」

 

 

 ノワール一人が揚々と怪盗団の前に姿を現した。ノワールが上から説教をし、その後モナとDRが登場。そして新怪盗団設立を宣言し、彼らの開けれなかった扉を堂々と開ける作戦なのだ。

 

 

 

 が

 

 

「…………」

 

 

 大勢を前にしてノワールが完全にセリフがトンだらしい。威勢よく前へ出たはいいが、そこから何も言えずに棒立ちになった。

 

 

「まさか…斑目や金城が言い残した…!?」

 

「あいつが廃人化の─」

 

 

 

「(おいどうする? ノワールが意味あり気に黙ったせいで変な勘違いされてんぞ)」

 

「(むむむ しょうがない… ワガハイらも出るぞ!)」

 

「(マジか!)」

 

「オマエら、勘違いもほどほどにしろよ!」

 

 

 二人は物陰からノワールの横へと出る。

 

 

「モナ!」

 

「無事だったのね! それと──?」

 

「ええっと……?」

 

「テメェら…!」

 

 

 怪盗団は現れたモナとの再開を喜ぶが、その横のDRを見て(マスク越しなのに)端から見ても分かる変な顔になる。

 

 

 変な顔だが、DRにはその顔の意味が理解できた。則ち、【何処かで見た姿だが何処で見たのか思い出せない】顔だ。

 

 秀才生徒会長の新島すらその顔になっている。

 

 

 確かに彼らがDRの怪盗衣装を見たのはDRが覚醒した時一度だけたが、だからと言って数少ないペルソナ使いの姿を忘れるか。普通。

 

 

 流石にDRの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「そんなに俺に興味がねぇか!」

 

「うおおわぁ!」

 

「危ない!」

 

 

 DRはロケットランチャーを構えると、狙いもしないでトリガーを引く。案の定ロケットは誰にも当たらず、近くの地面にぶつかって爆発した。

 

 

「で、思い出したか?」

 

「え、ええ。ひ、久し振りね。住吉君」

 

 

 新島が代表でひきつった顔で挨拶してくる。

 

 

「……ふん。モナを連れ戻しに来たってんなら要らぬ世話ってやつだぞ」

 

 

 ロケットの爆発音で逆に落ち着いたDRがモナを膝で突っつきながら話す。ここからでも計画も元に戻さなくては。

 

 

「そ、そうだせ。ワガハイはな、もう新しいタッグを組んだんだ! この──」

 

「『美少女怪盗』と申します!」

 

「「……は?」」

 

 

 緊張でトンでいたノワールが唐突におかしな事を口走った。ポーズを決めながら。

 

 

「な、何を言って…」

 

「つか、自分で言ったぞ」

 

「ノノ、ノ、ノワール? ど、どうした急に?!」

 

 

 モナとDRがノワールの肩を揺らせば、ノワールの目はグルグル回っている。

 

 極度の緊張で混乱状態に陥ったらしい。

 

 

「美少女怪盗と申します!」

 

「もう一回言ったぞ」

 

「そしてこちらが、ライバルと書いて友と読む、『イケ──」

 

「あー!あー! ほらノワール、怪盗ウエハースチョコだ。味わわずに食え!」

 

 

 DR的に不味い事を口走りそうになったノワールの口に混乱治しの効果があるチョコを突っ込んで物理的に黙らせる。

 

 ノワールが詰め込まれたチョコをモグモグと噛むと、回っていた目の焦点が合ってきた。

 

 

「……ハッ! 私は何を…?」

 

「……よし、落ち着いたな。しばらく何も言うな。マジで黙ってろ」

 

 

 こうなっては計画も何もない。いまだ高い所に乗っている事すらもはや滑稽に写るだろう。

 

 

「緊張感に欠けるな…」

 

 

 (うるせえ。そんなこと俺が一番分かってるわ)

 

 

 DRは心の中で狐美術家に反論した。



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meeting

「取り敢えず、降りようぜ…」

 

「……だな」

 

 

 散々ボケをかましてしまった三人は棚の上からシュバッと飛び降りた。運動神経の鈍いDRでも認知世界でならそれくらいは出来る。

 

 

 

「で、だ!」

 

 

 ここから仕切り直しだとの意思を籠めてDRは声を張る。まだ会話の主導権を握れている…んじゃないかなぁとDRは思っている。

 

 DRには大人数との会話の主導権を握った経験が無いからよく解らなかった。

 

 

「お前らはこのパレスから手を引け! ここのオタカラは、俺たち『新』怪盗団が頂戴する!」

 

「なんだと?!」

 

「新怪盗団?!」 

 

 

 噛まずに言えたらしいことをDRは内心ホッとする。DRの滑舌は悪くないが、緊張するとドモる癖があるから油断できない。

 

 

 

「そもそもここの扉が開かねーのにどーやって盗む気だよ?」

 

「そっちが開けれないからって、俺たちも開けられと思うのか?」

 

 

 今の問答は想定の内。DRは堂々と扉を指差す。そこにはDRが引き付けている間に移動したモナとノワールがいた。

 

 

「おいやめとけって。それ開かね──」

 

『ピー ニンショウセイコウ』

 

「何!?」

 

 

 ウンともスンとも言わなかった扉が動き出す。怪盗団が驚愕している内にサイバー感溢れる扉は完全に開いた。

 

 

「ふん。ワガハイ達をナメ──」

 

「─っ! モナ、ノワール 後ろ!」

 

 

 扉の先には、大量のシャドウが待ち構えていた。扉の前ではしゃぎすぎたか。などと推測している暇はない。

 

 早く逃げなければならないが、アクシデントに弱いらしいノワールが「え? え!?」とキョドってしまい動けていない。

 

 

「ああクソ!ドロン玉!」

 

 

 DRは緊急時はすぐに投げるよう言われていたボールを地面に叩き付け、煙幕を発生させる。辺り一面が煙に包まれた隙に、ノワールの手を取った。

 

 

「ほら行くぞ!」

 

「っ え、ええ!」

 

 

 既に逃げた怪盗団の後を追う様に、DRはノワールを連れて走る。流石のモナは何も言わずとも殿を勤めてくれる。

 

 

 

 

「まずいな。まだ何体か追いかけて来てるぞ…」

 

 

 モナに言われて振り返えれば、警備ロボットっぽいシャドウとドローンの様なシャドウの2体がDRらを煙幕で見失わずに後を追ってくる。

 

 

「今は下手な戦闘は避けたい。DR もう一個ドロン玉を使ってくれ!」

 

「……」

 

「DR?」

 

 

 あのドロン玉は、不器用なDRが作った物ではない。ノワールが昨晩モナに教わりながらいくつか作り、DRが預かっていた物だ。

 

 だから、モナはDRが何個持っているかを知っている。本来ならば。

 

 

「……すまん。さっき間違えて全部投げちまった…」

 

「なっ… 何やってんだこのアホ! 利用は計画的にって言っただろうが!」

 

「悪かったって! ポケットの中で三個も持ってるって気づかなかったんだ!」

 

 

 モナの言い分は最もだが、手が肉球のモナと違いDRは厚手の手袋を着けているのだ。手触りで複数握ってる事に気付けなくともしょうがない。とDRは思う。

 

 

「そんなこと言ったってなあ!?」

 

「だからって!」

 

 

 逃げながらもDRとモナがギャーギャーと騒いでいると、ノワールがおずおずと言った。

 

 

「あの…私、まだ一個持ってるよ」

 

「何?! 本当かノワール?!」

 

「うん… 最初に作ったやつ、上手く作れなかったから渡してなかったの」

 

「それでいい! 出してくれ!」

 

 

 DRが走りながらせがむと、ノワールが言いにくそうに言う。

 

 

「あの、うん。それで…取り出したいから、手…離してくれない?」

 

「え?………あ。す、すまん…」

 

 

 逃げ出す時に握って以来、DRはノワールの手を握ったままだったらしい。やはり、手袋が厚すぎるんだなと思考逃避した。

 

 

「えっと…あった!」

 

 

 ノワールが取り出したのは確かに少々不出来だが、充分使えそうなドロン玉だった。DRが作ったらこうもなるまい。

 

 

「よし!地面に叩き付けろ!」

 

「…えい! ドロン玉!」

 

 

 瞬く間に煙がDRらを覆い隠し、煙が晴れた時にはもう姿が見えなくなっていた。

 

 

 シャドウはキョロキョロと探すが、みつからないと解るといずれ帰っていった。

 

 

「……行った?」

 

「…ああ。もう大丈夫そうだ」

 

 

 近くの物陰に隠れていたDRらはシャドウが消えてから動き出す。

 

 

「よし。ちゃっちゃと脱出するぞ」

 

「了解。もう追いかけっこ沢山だ」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「……これは皆さん。お揃いで」

 

 

 オクムラパレスで怪盗団と話したその日。一樹はルブランに呼び出されていた。呼び出したのは勿論怪盗団だ。

 

 別に断って行かなくても良かったのだが、一樹も怪盗団とゆっくり話したかったので呼び出しに応じてやったのだ。

 

 

「……何で呼ばれたかは、分かってるわよね? 住吉君」

 

「……さあ?」

 

 

 一樹がルブランに入るや否や、正面にリーダー君と生徒会長の座るテーブル席に座らされた。

 

 他のメンバーも一樹を囲う様に立っている。ただで帰す気はないようだ。

 

 

「さあって… 当然、今日のパレスについてよ。何で君がパレスに居たのか。あと、新怪盗団について。…説明してくれるかしら?」

 

 

 相変わらず、こいつはこっちが「ノー」と言うことを想定していない話し方をする奴だ。一樹はマスクの下でため息を吐いた。

 

 

「変に隠さない方がいいぞ。そんときは私がスマホから情報を抜き取るからな」

 

 

 一樹が黙っていると、後ろのシートに座っていたハッカー少女が飄々と恐ろしい事を言ってきた。

 

 

「……それって脅迫? 犯罪じゃね?」

 

「そんなつもりはないわ」

 

 

 「犯罪」の言葉に怪盗団全員が反応したようだ。何となく、一樹へ向けられた敵意が大きくなった気がした。

 

 

 

 一樹はマスクの下で嗤う。久々に、愉快だ。

 

 

「そんなつもりがないって言ったってさ。わざわざ足を運んでやった俺を囲んで、脅して情報を得ようとするとか。これ、オマエラが改心させてる奴らとやってる事一緒じゃん」

 

 

 言外に「オマエラが改心されるべきじゃん」との意思を籠める。無事伝わったようだ。一樹を囲うメンバーの目が睨むも同然になった。

 

 

「だから、私たちにそんなつもりは──」

 

「そもそもさぁ!」

 

 

 敢えて、生徒会長の言葉を遮る。

 

 

「オマエラ、なんか勘違いしてないか? 俺はたしかにパシってやってるけどさ、俺は別に、オマエラの舎弟でも部下でもないんだぞ?」

 

 

 何時もおどおどしていた一樹の雰囲気が変わり、生徒会長は押し黙ってしまう。リーダー君は、ただ一樹の目を見ていた。

 

 

「俺はただ、オマエラの理念の力になれないから、雑用を手伝ってただけ。ただのボランティアだ。俺にはオマエラに従う義務も義理もない」

 

 

 一樹も少しイライラしていたのだ。パシらされる事は別にいい。自分で言い出したことだ。だが、見下される筋合いはない。

 

 

 自分がペルソナ使いだという事すら忘れられ、ただのパシリだと思われ軽んじられて軽く脅せば何でも喋ると甘く見積もられる。

 

 

 流石に、腹が立った。

 

 

「…新怪盗団の案を出したのはモルガナだ。オマエラ、一回自分の事を見直してみろよ。仲間を大切にしない。ボランティアには偉そうに命令する。一体何様だよ?」

 

 

 そう言い残して一樹は席を立つ。コーヒーも何も出してくれなかったのだ。長居する必要はない。

 

 

「おいちょっと待てよ!」

 

「リュウジ!」

 

 

 金髪ヤンキーが一樹に掴みかかるが、リーダー君がそれを一喝した。

 

 

「……手間を取らせて悪かった。今度はゆっくりもてなす」

 

「……そうしてくれ。新しい怪盗団作ったからって、別に買い出しはこれからもやってやるさ。じゃあな」

 

 

 一樹はルブランから立ち去った。



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enrichment

  

  (ん? あれは…)

 

 

 怪盗団に啖呵を切った次の日。一樹は普通に学校に来ていた。何時も通りに授業を終え、家に帰ろうとした時、視界の端に春が見えた。

 

 

 園芸中なのか、体操着を着て重そうな土?をリヤカーで運んでいる。

 

 

 春とは学校で関わらない様にしている(春は少し残念そうにしていたが、秘密の活動のためとかなんとか言ったら納得してくれた)が、あれは手伝った方がいいかもしれない。

 

 

 しかし向こうは美少女でこっちは友達0人の陰キャ。学校で声をかけるのはいかがなものか… 等と一樹が悩んでいる内に、誰かが春に声をかけた。

 

 

 リーダー君だ。

 

 

 リーダー君は軽々とリヤカーを動かし、春と楽し気に話している。

 

 一樹は少し警戒した。

 

 春はリーダー君の正体を知らないが、リーダー君は春の正体に気づいているかもしれない。生徒会室に全校生徒名簿が有るし、ハッカー少女が一樹のスマホから情報を抜き取った可能性もあるからだ。

 

 

 何処からともなく生徒会長まで現れた。これはもう、彼らが気づいているのは確定だろう。

 

 

「──かと思って」

 

「…私たち、」

 

「よお。何の話だ?」

 

「─っ! ……住吉君」

 

 

 のほほんとした春一人では怪盗団の切れ者二人との対話は厳しかろうと判断し、一樹は手助けに入る。

 

 

「……昨日、君に話し損ねた事よ」

 

「ふうん?」

 

 

 一樹は適当に相づちを打つ。生徒会長はこう返事されるのを嫌っている事を、一樹は知っている。

 

 

「私たち、協力できない? 目的は、同じでしょう?」

 

「……何がしたいのかわからない人たちと、協力できないよ。今じゃ無駄に世間を騒がせてるだけだし」

 

「それに、お前らは仲間を大切にしないらしいしな」

 

 

 生徒会長が反論しようとするが、リーダー君がそれを制す。

 

 

「私は、お父様に罪を償って欲しい。そして、切っ掛けをくれたモナちゃんと一樹君のお手伝いをしたいだけなの」

 

「……」

 

「だけど、目的は一緒でしょう? 協力したほうが…」

 

 

 生徒会長が食い下がるが、

 

「私は、モナちゃんと一樹君の三人で行きます」

 

 春は強く否定した。

 

 

 反論された生徒会長はまだ何か言いた気だったが、リーダー君が再びそれを制して立ち去った。

 

 

「……ふう。緊張したぁ」

 

「お疲れ様。向こうの口車に乗んないでくれてよかったよ」

 

 

 一樹が危惧していたのはそこだった。一樹自身やモルガナは兎も角、春に怪盗団と敵対する理由はない。

 

 奥村社長の改心だけが目的なら、春は怪盗団と手を組んだって良かったのだ。

 

 

 話がそっちに向かうようであれば、一樹は春を引っ張ってでも会話を打ち切るつもりだったが、杞憂に済んだようだ。

 

 

「それはモナちゃんが嫌がるだろうし、…一樹君も嫌だったんでしょう?」

 

「…その通りで」

 

 

 割りと個人的な感情で会話に割り込んだ事を見透かされていたらしい。一樹は羞恥で顔を背ける。

 

 

「…と、そういえばこれからガーデニング?」

 

「あ、うん。ちょっとだけね。待ち合わせには遅れないから」

 

 一樹と春は放課後メメントスに潜って依頼をこなす計画を立てていた。

 

 

「了解。じゃあまたあとで」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「あ゛あ゛、疲れた…」

 

「やっと終わったね…」

 

 

 メメントスにて、三人は以前よりも浅い階層にいるターゲット何人かと戦い、ようやく今日のノルマだった依頼を終わらせた。

 

 

 

「いい戦いぶりだったぞ、二人とも。認知世界での戦闘に慣れてきたんじゃないか?」

 

「……サンキュ」

 

 

 意外とスパルタだったモナに付き合わされ、割りと限界まで戦わされた。この世界がゲームならきっと、DRとノワールのHPもSPは底をついているだろう。

 

 

 

 DRは重い体を引きずってモルガナカーに乗り、安全地帯まで運転する。

 

 

「今日はこのまま解散するの?」

 

「そうだな。続きは明日…」

 

「……あっ、そうだ! すまん。明日は車貸してくれてる祖母に呼び出されてる」

 

 

 マイペースな祖母は何を思ったのか、新しい家具を探しに行くから運転手をしてくれ、と唐突に言ってきたのだ。

 

 最近しょっちゅう車を借りているDRに拒否権はない。

 

 

「てな訳で明日はノワールと二人で行ってくれ」

 

「え?」

 

「別に明日は延期でもいいんだぞ?」

 

「いや、別に置いてってくれていい。俺の勝手な用事だしな」

 

「まあ、そこまで言うなら… 明日は二人で攻略するか、ノワール!」

 

「え?」

 

 

 ようするに、DRは逃げた。

 

 祖母に呼ばれているのは本当だが、明日でも明後日でもいいと言われているのだ。

 DRはモナのスパルタ戦闘が嫌なのでそれは言わないことにした。

 

 

 取り残されたノワールは何か言いたそうな目でDRを見ていたが、DRはそれに気付かないふりをして運転していた。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「よお」

 

「いらっしゃい」

 

 

 いつものように春を送り届けた後、一樹はルブランに来ていた。リーダー君に「お互い、怪盗団の事は無しでゆっくり話したい」と誘われたからだ。

 

 そう言って騙す奴ではないだろうと一樹はルブランに足を運ぶことにした。

 

 

「まさか本当にお呼ばれするとはな」

 

「もてなすって言ったからな」

 

 

 そう言ってリーダー君は一樹に入れたてのコーヒーを渡す。煙りとともにいい臭いが漂ってきた。

 

 

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

「お代わりが欲しければ、言ってくれ」

 

「サンキュ」

 

 

 一樹は適当なテーブル席に座り、コーヒーを楽しむ。対面の席にリーダー君が座る。彼もコーヒーのカップを持っていた。

 

 

「……そうだ。借りてた本。返す」

 

「ん? ああ。貸してたな、そう言えば。…どうだった?」

 

「悪くなかった」

 

「そりゃ良かった」

 

 

 

 二人は一時間程、コーヒーを飲み雑談をしてのんびりと過ごした。外は既に薄暗くなっている。

 

 

「もうこんな時間か。…なあ、この後予定あるか?」

 

「? いいや」

 

「なら、今から少しドライブしようぜ。まあ車返さなくちゃいけないから片道だけど」

 

 

 前に一樹は車に乗せたくないと言ったが、今はアジトに使ってるのだから、今更だ。

 

 

「いいのか?」

 

「ああ。ついでに浅草で飯食おうぜ。安くて旨い、いい店知ってるから」

 

「わかった」

 

 

 そう言うとリーダー君はそそくさとコーヒーカップを片付ける。随分と手慣れた動きだった。

 

 

「準備できた? よし行くか」

 

 

 

 近くの駐車場に止めてあった車の後部座席にリーダー君を乗せる。と、リーダー君が何かに気が付いた。

 

 

「この毛…モルガナの」

 

「……気付くのはっや」

 

 

 まさか乗った瞬間に見つけるとは。一樹は一応、来る前に座席をファぶり、コロコロをかけておいたのに。

 

 

 一樹は観念して、運転しながら事情を話す。

 

 

「この車、俺たちのアジトに使ってんだ」

 

「……だから見つからなかったのか」

 

 

 リーダー君の独り言的に、彼らは一樹たちを探していたのだろうか。

 

 

「変な裏路地とかからメメントスに行くよりは安全だろ? いつも俺が春とモルガナを拾って、適当な駐車場からメメントスに行ってんだ」

 

「……なるほど」

 

 

 

 会話しながらも一樹は運転する。何度もルブランまで行っていた為、物覚えの悪い一樹も自宅(浅草付近)から四軒茶屋までのルートは覚えていた。

 

 

「どうせ後々使うし、夏休みの間に無理してでも免許取っといて良かったよ。今の時期ならクラスメートに自慢できるかな?」

 

「…ああ。お前にしかできない事だ」

 

「……そうかい」

 

 

 冗談で言った事に対して真面目に返された一樹は気恥ずかしくなる。

 

 

「……どっか遠く行きたくなったらさ、俺呼びな。ガソリン代くれれば連れてってやるよ」

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

  【Rank Up】

 

 

ARCANA 『傍観者』 

 

 

 ★★★★★☆☆☆☆☆ RANK5

 

 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

 

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える

 

【役立たずの使命】車での送迎をしてくれる

 

 

  NEXT ABILITY  RANK ─

 

   ………………

 

 

 

 浅草に着いた二人は一樹オススメの店で美味しい料理を食べ、そこで別れる。

 

 

 

 充実した1日を過ごせた一樹は、明日は祖母の付き添いだが、明後日からはまた頑張ろう と気合いを入れた。

 

 

 

 

 

 

 結局、新怪盗団が再び集まることはなかったが。




【ゲーム的設定】

車での送迎…何時でも何処でも、スマホから一樹を呼び出せるようになる。
 呼び出すと、好きな駅前、まで運んでくれる。(料金は取ったり取られなかったり)
 ただし、買い出しと併用はできない。


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will

 SFチックな宇宙船の中。DRは『仲間』と共に『敵』と戦っている。

 

 

「ハァアアッ!」

 

 

 勢い良く振り下ろされたDRの戦鎚を、『敵』の一人はギリギリの所で躱す。

 

 DRは「クソが!」と悪態をつく。『仲間』が時間を稼いでいるが、それもいつまで持つか分からない。今の一撃で仕留めたかった。

 

 

 今日は不思議と体が軽い。DRは素早く二撃目を放つが、それも『敵』の武器で抑えられてしまう。

 

 二人の力が均衡する。しかしDRが有利だ。『敵』が苦しそうに叫ぶ。

 

 

「なんで!一樹君(・・・) !」

 

 

 

 万力を籠めていたのに、戦鎚が弾かれた。どこに、そんな力の差が有るのか。

 

 

「なんで、 君がそっちにいるの!」

 

「うるせぇ! 黙って戦え、ノワール(・・・・)!」

 

 

 敵──怪盗団の面子 を数で抑えていた仲間──社畜ロボどもがやられ始めている。社長はつまらなそうにこの戦いを眺めている。これ以上の手助けは期待できない。

 

 

 つまり、時間は敵の味方だ。無駄話に付き合ってる暇は無い。

 

 

「らぁ!」

 

 

 DRの戦鎚を、ノワールは再び避ける。先程から、ノワールは避けるか武器で弾くのみで、一切の攻撃を仕掛けてこない。

 

 

「戦えよ、ノワール! ペルソナを使え! 使えるんだろ? 俺と違って!」

 

「くぅ…」

 

 

 DRの猛攻を耐えるだけのノワールに怒りが募っていく。再び、お互いの力が均衡し、一瞬の静寂が生まれた。

 

 

「なん…で、お父様につくの? 君も…お父様に怒ってくれたじゃない…」

 

「……別に、社長につきたかった訳じゃねぇ。俺はな、オマエラと敵対したくなったんだよ、怪盗団!」

 

 

 DRの戦鎚がノワールを弾き飛ばした。吹き飛んだノワールは地に倒れる。

 

 

「言っただろ?俺はさ、オマエラ(怪盗団)が大っ嫌いなんだよぉ!」

 

 

 DRは倒れたノワールに戦鎚を振り下ろした。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

『あのね…一樹君』

 

 

 最近よく行くようになったファミレス。何か言いづらそうな顔をする春。

 

  ああ、これは、夢だ。

 

 一樹はボンヤリとした意識の中で確信する。この光景は、一樹が10日程前に経験したモノだ。

 

 

『ちょっと…話したい事が有るの』

 

 

 一樹は、それを聞いた時点で嫌な予感がしていたのを覚えている。それでも、一樹は頷いて話を促してしまった。

 

 無視して逃げていれば、何か違っていただろうか。

 

 

 

『その…怪盗団の人たちと、仲直り…しない?』

 

 

 ──ああ…やっぱり、駄目だったか。

 

 

 そう言われた時、一樹は、なんでかそんな事を思っていた気がする。聞いてもいないのに、春が事情を語る。

 

 

 一樹が祖母の付き添いを言い訳に逃げたあの日。モルガナと怪盗団との確執が取れたらしい。それで、春も感化された訳だ。

 

 

『あのね。みんな…一樹君のことも歓迎するって! だから──』

 

 

 春は怪盗団と一緒に行きたがっている。怪盗団もそれを望んでいる。つまり、一樹が「イエス」と言えばすべて丸く収まるのだ。

 

 

 結局、あの時なんと答えたのだったか。一樹は記憶を辿る。

 

  ──ああ、思い出した。

 

 

『春。俺さ。オマエの事仲間だと思ってた』

 

『……え?』

 

 

 それだけ言って一樹は席を立った。これ以上、ここにいたくなかった。

 

 

『待って! 一樹君! 一樹──』

 

 

 

 

 

「──一樹! はやく起きなさい!」

 

「……おはよ。母さん」

 

「はいおはよ。ご飯できてるからはやく来なさい。二度寝しちゃ駄目よ」

 

 

 そう言い残して母は出ていく。一樹は寝ぼけながら辺りを見回す。

 

 自室、ベッドの上。外はもう暗くなっている。またスマホを見てて寝落ちしたなと当たりをつけた。

 

 

「ああクソ… 嫌な夢見たな…」

 

 

 あの日春と別れて以降、結局怪盗団とは疎遠になってしまった。惰性で筋トレは続けているし、呼ばれれば買い出しや送迎はするが、それだけだ。

 

 

 

「……もう、俺には関係ねぇ、か」

 

 一樹は、部屋の隅に置かれた、埃を被っている戦鎚のレプリカを見ないように、部屋を出た。

 

 

 

 

「最近、なんか有ったの?」

 

「え? 何が?」

 

 

 今日の夕飯はしょうが焼きだった。父は出張でいない。母は一樹の向かいに座っている。

 

 

「ちょっと前…学校始まった当たりから、あんた楽しそーだったジャン。柄にもなく筋トレなんかも初めてさ。それが、元に戻った感じするのよ」

 

「………」

 

 

 よく息子を見ている母親だ。

 

 

「なんつうか、一緒に頑張ろう!って言ってた仲間に、裏切られた…感じ?」

 

「ふぅん?」

 

 

 よく分かっていない風に母は相槌を打つ。

 

 

「いやさ。俺は…三人でやりたかったのに、二人が大勢連れて来ちゃった…みたいな」

 

「ああ。あんた昔からコミュ症だもねぇ。結局あんたが馴染めなくて逃げたしたんか」

 

 

 

 詳細は違うが、おおまかに説明すればそんな感じだろう。一樹が頷くと、母が大きくため息をついた。

 

 

「本ッッとにあんたは変わらないわね。『逃げる』のコマンドを選んでばっかり。なんで『戦う』のコマンドを選ばないの?」 

 

 

 割りとゲーム好きな母は続ける。

 

 

「やっと手に入れた居場所なんでしょ? 仲間に「三人でやりたい!」って言ったり、その新参者に「来んな」って言ってでも守りなさいよ」

 

「そんな事言われたって…」

 

「どうせあんたの事だから「皆に嫌われる…」とか考えてるんだろうから一応言っとくけどね。『万人に好かれる』ってのは特殊な才能で、あんたにそんな才能はない!」

 

 

 ズビシっと言い切られた。なんでこんな性格の母から自分が生まれたのだろうか。一樹はいつも不思議だった。

 

 

「やりたいようにやって、それを認めてくれる人とだけ付き合えばいいのよ。折角体がデカイんだから、もっと主張していきなさい」

 

「主張…」

 

 

 母の叱咤が一樹の胸に刺さる。体の大きさと主張の関係は分からないが。

 

 

「もう1つ言っとくと、「やった方がいい事」と「やりたい事」は違うからね? あんた、そこ履き違えてる節あるし」

 

「……」

 

 

 一樹は考える。自分のやりたい事…怪盗団の役に立つ?いや、それはやった方がいい事だ。悪人の改心? それも違う。

 

 

「……あっ」

 

 

 1つ、思い付いた。

 

 

「母さん。ちょっと…いや、けっこう危険な事やっていい?」

 

「へぇ? どんな?」

 

「世直し」

 

「ならよし! 好きにしな」

 

 

 母はカラカラ笑って許した。



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hostile

 

 SFチックな宇宙船の中──オクムラパレスの、UFO前。

 

 

 罠にかかった怪盗団を背に、モナは宇宙人の様な姿のシャドウオクムラに啖呵を切る。

 

 

「この世には、カネや名誉に代えられないモンが山ほどある。一人だけ助かって、なんの意味があんだ!」

 

 

 モナの言葉に怪盗団が息をのむ。

 

 

「こいつらの代わりなんて何処にもいない! オマエの提案は、ハナから取引になっちゃいないのさ!」

 

 

 そう言うや否や、モナはパチンコを取り出し、シャドウオクムラの持つ罠のスイッチを撃つ。

 

 

「な!?」

 

 

 放たれた弾は見事スイッチに当たり、怪盗団を捕らえていた罠は解除された。

 

 

「お父様…」

 

 

 ひとしきり喜んだ後、怪盗団はシャドウオクムラに対して武器を構える。策を破られピンチ…の筈のシャドウオクムラは余裕の表情を崩さない。

 

 

「ふん。本当の経営者というものはいくつもの手を用意しているものだ!」

 

 

 シャドウオクムラが何かのスイッチを押すと、何処からともなくドローンが現れた。──傷だらけのDRをぶら下げて。

 

 

「なっ!?」

 

「一樹君!」

 

「……これは皆さん…おそろいで……」

 

 

 ドローンが怪盗団の目の前、かつ手の届かない位置に止まる。

 

 

「お前! パイセンに何しやがった!」

 

「何をだと? 私は何もしてないさ。こいつが勝手に入りこんできて、勝手にボロボロになったんだ」

 

「テメ──」

 

「おっと。動くなよ。こいつは取引の材料かつ、人質なのだよ」

 

 

 シャドウオクムラはDRに銃を向けた。今のDRに当たれば、死は免れないだろう。

 

 

「クソ!」

 

「イツキもなんでこんな所に……!」

 

「……」

 

 

 DRは、怪盗団がオタカラまでのルートを確保した事を知っていた。そして、昨日奥村社長に予告状を出した事も。

 

 

 だから、DRは先にオタカラを盗みだすつもりで、パレスに侵入したのだ。自身の価値を、彼らに証明するために。

 

 

 結局、すぐにばれて捕まってしまったが。

 

 

「さあ、交渉再開といこう。なに。単純な話だ。こいつを解放してやる。貴様らは、こいつを連れてさっさと帰るといい。私は、次のステージに行くがな」

 

「だれが──!」

 

「いやだと言うのなら…」

 

「っ!! ぐうっ…!」

 

「一樹君!」

 

 

 シャドウオクムラが、脅しとばかりにDRの足を撃ち抜いた。

 

 

「……俺の事は…ほおっておけ。自分のけつくらいは、自分で拭かせろ…」

 

「先輩!」

 

「やめろ… 俺を助けようとするな…!」

 

 

 怪盗団は苦しそうにシャドウオクムラを睨むが、DRに向けられた銃のせいで動けない。

 

 

「発射時刻までこうしているか? まったく。どんな無能にも役に立つ道があるとはよく言ったものだ。ンナハハハ!」

 

「くっ…」

 

「どこまで……堕ちるつもりですか、お父様! ミラディ!」

 

「なっ!?」

 

「モナちゃん!」

 

「ああ!」

 

 

 ミラディのスキルがシャドウオクムラの目眩ましになった隙に、モナがスキルでDRを捕らえるドローンを撃ち落とした。

 

 

「グッ…」

 

「一樹君!」

 

「大丈夫かDR! 【メディラマ】!」

 

 

 ドローンと一緒に落ちるDRをノワールがキャッチし、モナが回復する。お陰でつらそうだったDRの呼吸が落ち着いた。

 

 

「……クソ。なんで助けた…」

 

「私…一樹君の事仲間だと思ってるから」

 

「……これじゃ、意味ねぇんだよ…!」

 

 

 力もなく、守られてばかりの存在は仲間とは呼べない。DRは、怪盗団と対等な存在になるために、一人でオタカラを盗み取ろうとしたのだ。

 

 その功績があれば、仲間になれるのだと思って。

 

 

(なのに…結局助けられた…)

 

 

 無力感と、屈辱がDRの胸を覆う。悔しさで涙が出そうだ。その様子を見たシャドウオクムラが提案する。

 

 

「ほう… そう言えば、お前も怪盗団と仲違いしていたらしいな。どうだ? 今からでも裏切れば、この船に乗せてやってもいいぞ?」

 

「ハッ まだ言ってやがるのかよ!」

 

 

 シャドウオクムラも、正直期待していなかったであろう提案。しかし──

 

 

「裏切り…か。……それもいいな」

 

「……え?」

 

 

 DRは、己を抱き抱えていたノワールを呼び出した戦鎚でぶん殴る。変な体勢だったため威力は出なかったが、ノワールの腕から乱雑に降りることはできた。

 

 

「なっ! なにやってんだ! パイセン!」

 

「ほう…」

 

 

 異常事態に怪盗団が固まってる隙に、DRはシャドウオクムラの横に行く。

 

 

──どうせ手に入らないなら、ここで。自分の手で…

 

 

 

「それで、何やりゃいいんですか。社長」

 

「なんだ。怪盗の中にもまともな思考ができる者がいるじゃないか」

 

「……俺は、怪盗団に入った記憶はありません。で、どうしろと?」

 

 

 シャドウオクムラが下卑た笑みを浮かべながら腕を振るうと、社畜ロボが複数体呼び出された。

 

「まずは入社試験からだ。こやつらを貸してやろう。虫ケラどもを叩き潰せ!」

 

「……りょーかい」

 

 

 DRが適当に戦鎚を構えると、怪盗団に動揺が走る。

 

 

「住吉君!自分が今何をやろうとしてるのか、分かってるの?!」

 

「よく言うだろ? 長い物には巻かれろってな。たまには昔の人の言葉に従ってみようかとな」

 

「本当に…俺たちとやりあうつもりか?」

 

「酔狂で、誰がこんな事やるかってんだ」

 

 

 怪盗団の説得にDRは軽口で返し、構えを解かない。

 

 

「だが──」

 

「だが何んだよ? リーダー君? 俺じゃどうせ、オマエラに勝てねえってか?!」

 

 

 リーダー君──ジョーカーだけでなく怪盗が押し黙った。そう、言いたいらしい。

 

 

  ああ、とことんナメられてんなぁ。逆に清々しくて笑いが込み上げてくる。

 

 

 

「クフッ、フフフフ… 今、ようやく分かった。俺…オマエラの事大ッ嫌いだ」

 

 

 

 ()()の唐突な告白に、怪盗団の動きが止まる。

 

 

「俺にはな…坂本(金髪ヤンキー)の様なコミュ力も、高巻(金髪ツインテール)みたいな容貌も、喜多川(芸術家クン)みたいなセンスも無い。

  新島(生徒会長)並みの学力はなけりゃの佐倉(ハッカー少女)の様に独特な特技が有るわけでもねえ!

  モルガナの様に知識がなけりゃ雨宮(リーダー君)のような誇りも、春みたいな勇気も! 結局無かった!」

 

 ──だから、俺はオマエラが妬ましい。

 

 これが逆恨みなのは一樹も分かっている。だが、だからと言って消せる感情でもなかった。

 

 一樹だって馬鹿ではない。あんなに濃い怪盗団の面子の名前くらい流石に覚えられる。それなのに名前で呼びたがらなかったのは、やはり彼らが嫌いだからだろう。

 

 

「嫌悪感を尊敬で隠して…どうして今まで気付かなかったんだろうなあ? どいつもこいつも「私は理念の為に戦ってます」って自信に満ちたその顔が、マジで腹が立つんだよ!」 

 

 

 別に、一樹は命懸けで世直しをする気なんて無かった。なのに、近くで命をかけて世直しする奴等がいるせいで、まるで自分が怠けているように思えてならなかった。

 

 

「てめぇらが何かすげぇ事をすればする程俺は惨めになっていく! いるだけで俺のストレスなんだよ! だから、ここで死んでけや、怪盗団!」

 

 

 DRは激情のままにジョーカーに飛び掛かる──フリをしてノワールに飛び込んだ。

 

 油断していたノワールは咄嗟に斧でガードし、DRの戦鎚を受け止める。DRはノワールを弾き飛ばしながらロボットに命令する。

 

  

「社員ども、敵一人に対して二人でかかれ! 倒さなくていい。だが俺の邪魔をさせるな、連携させるな!」

 

 

 DRに乗じて社畜ロボも怪盗団に飛び掛かる。これで少しは時間を稼げるはずだ。

 

 

「さあ、やろうぜノワール!」

 

「つうっ… 止めましょう一樹君! 私たち、仲間でしょう!」

 

 

 DRはノワールの訴えを無視して攻撃する。ノワールを狙った理由が、戦略的な物だけでないことを、DRは認める。DRの攻撃には、多大な怒りと嫉妬心が含まれている。

 

 

 DRは始め、自分と同じ様にペルソナを呼び出せないノワールに同族意識を感じていた。けれども、ノワールは成長してしまった。

 

 

 DRを置いて。

 

 

 それが、DRには妬ましい。

 

 

「仲間だぁ? どうせお前も心の中じぁ見下してたんだろ? 『ペルソナも召喚できない役立たず』ってよぉ!!」

 

「そんな事…!!」

 

「戦えよ、ノワール! ペルソナを使え! 使えるんだろ? 俺と違って!」

 

 

 

 少しの攻防と問答の末に、ノワールが倒れた。トドメを刺す絶好の機会だ。

 

 

「言っただろ?俺はさ、オマエラ(怪盗団)が大っ嫌いなんだよぉ!」

 

 

 振り下ろした戦鎚が、ノワールの頭を叩き潰す直前──

 

 

「させん! 【メギド】!」

 

「なっ ぐぅ!」

 

 

 DRを衝撃とともに襲ったのは、強烈な目眩と、吐き気。DRは立っていられずに膝をつく。

 

 弱点の、万能属性を撃たれたと察した頃には怪盗団に囲まれていた。周りを見れば、既に社畜ロボは破壊されている。

 

 

「ああ…クソ。俺の負けか。やっぱ」

 

「……先輩」

 

「やれよ。このまま見逃されるのが、一番腹立つ」

 

 

 DRを取り囲んだ怪盗団は、本当にやるのかと、不安気な表情でジョーカーを伺う。ジョーカーも、決めかねているように見えた。

 

 

「どうした? はやくやれよ! なんならもう一戦するか?! 俺を"情けをかけられた敗者"なんかにするな! これ以上、俺を惨めにしないでくれ…」

 

「っ! やるぞ」

 

 

 DRを憐れんだのか、ジョーカーは総攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 DRは思う。結局、自分は何がしたかったのか。彼らの仲間に成りたくて、無茶をした。なのに何故か裏切って、結局負けて。

 

 母の言うようにやりたいようやってみたが、無駄に混乱させただけで終わった気がする。

 

 

「ぐぅぅ…ガアァ!」

 

 

 素早く、痛い連撃にDRは成す術は無い。ただただ一方的だ。

 

 

 THE SHOW’S OVER(ショーは終わりだ)

 

 

 総攻撃が終わるのとともに、DRの意識は途切れる。

 

 

──ああ、クソ。もっと…

 

 

 もっとやりたい事をやればよかった。言いたい事は我慢しないで言えばよかった。DRはそう後悔しながら、バタリと倒れた。



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PERSNA

いくつか文章を変更いたしました。12/26
【変更点】
1)ルビ・特殊タグを使用。
2)地の文における怪盗団メンバーの呼び方を統一。
3)7話「awakening」のペルソナとの問答の内容を変更
4)その他細々とした部分の書き足し


『ふん。やはり役立たずは役立たずか』

 

『貴様…!』

 

『今度は違うぞ。来い。我が社の精鋭たちよ!』

 

 

 ぼんやりとした、意識残っていた。指先1つ動きそうにないが、少しの思考はできる程度の意識が。

 

 

 ──あいつら。結局手を抜きやがってたのか。

 

 

 一樹は恨みがましく思うが、その思いを口にできる程の力もない。

 

 

『先輩は…?!』

 

『取り敢えず、安全な所に運んで!』

 

『ラジャッ』

 

 

 誰かが乱暴に体を動かした感覚がする。目も見えていないが、おそらく自分を動かしているのは金髪ヤンキー(スカル)だろうことは分かった。

 

 

 一樹が何処かに置かれた後、少し離れた所で騒音が響く。怪盗団とシャドウオクムラの戦いが始まったのだろう。

 

 

──ああ、クソ。…何やってんかな、 俺。

 

 

 向こうで、敵として、味方として、怪盗団といたかったのに。己は前哨戦にしかなれなかった。

 

 

 一樹の思考は、そこまで深く考えれる程に冴えていない。ただ漠然と、悔しいなぁ… とのみ感じていた。

 

 

 体は動きそうにない。しかし耳は聞こえ周囲の音を拾っている。轟音、時に怒号。それらの音は、戦闘の激しさを物語っていた。

 

 

 そこに、自分もいたかった。せめてペルソナがあれば…

 

 そう考えて、ふと一樹の思考が横にずれた。結局、何故自分はペルソナを出せなかったのか? と。

 

 

 モルガナは「自分と向き合うのがカギ」だと言っていた。

 

 

 一樹は、自分の事を()()()()()。曰く「卑屈かつネガティブ。コミュ症の癖に調子に乗りやすく変にプライドの高い面倒な男」それが一樹が自分に下した評価である。

 

 間違ってはない筈だ。その程度が妥当だろうと()()もしている。

 

 

 では何故──

 

 

『危ない! ──クッ』

 

 

 いきなり近くで声がした。多分生徒会長(クイーン)だ。被弾でもしたのだろうか。

 

 

『テメ…、パイセンを狙いやがったな!』

 

『卑怯な…』

 

 

(ああ… なるほどね……クソが)

 

 

 今、一樹は生徒会長に庇われたらしい。それはとても…ムカつく事だ。

 

 

 怪盗団の連中は動けない一樹を攻撃したシャドウオクムラに怒りを覚えたようだが、一樹は庇った生徒会長に腹を立てた。

 

 

 何処に相手に守られる『敵』がいるか。何処にただ守られるだけで背中を預けれない『仲間』がいるか。

 

 一樹は、ただただ守られ、庇われるだけの『味方』でいたくなかった。それならば、命をかけて戦い最後には殺される『敵』の方がまだマシだ。

 

 しかし一樹は、それにすらなり損ねた。

 

 

『まったく…意識を失ってでも我が社に貢献するとは。役立たずにしてはいい仕事をするじゃないか。ンナハハハ!』

 

『クッ…【ラクカシャ】!』

 

 

 防御力を高めるスキルだったか…を生徒会長が使った。どうしたって一樹を助けるつもりらしい。そんなそつない所が、一樹は嫌いだというのに。

 

 

『ふん。役立たずを身内に抱えるのは大変だなぁ怪盗団? その無能が無謀にもここへ来なければ、もっと善戦できたかもしれんのになぁ?』

 

 

  役立たず…

 

  無能…

 

 

──ああ。そうだよ。そんな事、俺が一番わかってんだ。

 

 

 今更、一樹はそんな言葉に傷付いたりしない。幼い頃より、ずっと影で言われ続けた事だ。

 

 

ええースミヨシいんのかよー。じゃあこの試合負けたわー

 

アイツと同じ給料なの腹立ちません? アイツの1日の仕事、普通3時間もありゃ終わりますよね

 

あのさ…正直住吉君って、いらないよね。最近雑用しかしてないし

 

 

 散々言われ続けた言葉。だが一樹は、言った彼らを恨めない。すべて本当の事だから。

 

 

──あっ。そうか。

 

 

 1つ、分かった。一樹が、向き合わなくてはならない事実。

 

 

──俺は…()()()()()()()()

 

 

 一樹は怪盗団の奴等は嫌いだ。自分より優れているから。

 

 

 しかしなにより、一樹はその愚劣な自分が、一番嫌いだ。

 

 

(なんだ…分かりゃ簡単な事じゃん)

 

 

 どうしようもなく愉快だ。胸の奥に溜まっていた黒い感情を突き破って、笑いが込み上げてくる。

 

 

「クフッ フフフ…ハーハッハッ!」

 

「一樹君?!」

 

 

 一樹は立ち上がる。指一本動かないと思っていたが、意外とどうにかなるものだ。身体中に激痛が走るが、今はどうでもいい。

 

 

ほぉ… よォやくお気付きか?

 

 

 声が、聞こえる。いつぞやにも聞こえた声だ。頭を割るような激痛が走るが、どうせ全身がいたいのだ。無視して立ち続ける。

 

 

 

「 俺は…俺なんて嫌いだ、大っ嫌いだ。それを治す気はねぇ。だが、()()()()()。俺自身を!」

 

クッ カッカッカ!

  それでいい!知る事と認める事は似て異なるモノ。… で? 気付いたお前は何を望む?

 

「舞台を、舞台をひっくり返す力だ。ここは俺の舞台じゃねぇ!」

 

素晴らしい。我は汝、汝は我…

  ああ… ようやく壇上に上がる時を得た

 

 

 突如立ち上がりぶつぶつ呟く一樹に、恐怖したシャドウオクムラが叫ぶ。

 

 

「役立たずが… どうした、気でも狂ったか!?」

 

「気狂い…か。……それもいいなぁ」

 

 

 自分が嫌いなら、理想の自分を演じればいい。何時(なんどき)も笑い、万物を力で解決する。そんな、狂った自分を。

 

 

 ハーフガスマスクを、再び剥ぎ取りながら叫ぶ。

 

「出てこいよぉ! ──ファントム!!!

 

 

 蒼い炎に包まれ現れたるは、鉄塊の巨人。

 

 

 ガスマスクの外れた顔を手で被いながら、DRは言う。

 

 

「愚かな傍観者の役はもう終わり。これから演じるは狂気に満ちた戦士の役。狂人演じきればそれ即ち狂人也。

 

 テメェら。ここからは俺の独壇場だ」

 

 

 

────────────────

 

 

  【Rank Up

 

 

ARCANA 『傍観者』

          ─→『狂気』

 

 

 

 ★★★★★★☆☆☆☆ RANK6

 

 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える

【役立たずの使命】車での送迎をしてくれる

 

【 狂人の暴勇 】体力が低い程攻撃力上昇

 

 

  NEXT ABILITY  RANK 7

 

【狂人の猪勇】 状態異常時攻撃力上昇




ツッコミ所は数多あると思いますが、何卒ご容赦を…


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massacre

 

 オペラ座の怪人と同じ名を冠したDRのペルソナ、ファントムは、重装鎧を更に分厚くした様な、重圧感ある姿をしていた。

 

 

「あれが…イツキのペルソナ…?」

 

「なんつうか、割りとシンプル?」

 

 

 ファントムは、1つの鉄塊をなんとか像にしたような、ゴツゴツとした単純な見た目。しかし、能力までが単純でない事を、DRは知っている。

 

 

「さて…やるか! ファントム!」

 

 

 DRの掛け声と共に、ファントムがパカリと()()()

 

 

「んな…!」

 

「開いたぁ?!」

 

 

 DRは外野の反応に気分を良くしながら、ファントムに()()()()()

 

 

 そう。DRのペルソナたるファントムは『搭乗式』のペルソナである。言わば、パワードスーツ。言わば、アシストアーマー。

 

 

 

 全身、頭までをペルソナに被われ、まるでDR自身がペルソナになったよう。乗り心地は、軽い着ぐるみを着ている様な感覚。どのように動けばいいのか、何となく()()()()きた。

 

 

 搭乗したDRは試しに少し戦鎚を振るう。ペルソナの影響か、戦鎚が異様に軽い。片手で振れた程だ。

 

 

 ファントムの特性【荒々しき挙動…ペルソナ()()時、ステータス50%上昇】

 

 

 

「着衣型…?そんなのアリなの…?」

 

「何がいけないってんだ クイーン?これが、我が心の化身ってやつだ」

 

 

 腕を大きく広げ、搭乗したペルソナを見せつける。

 

 バイクや、UFOのペルソナがいるのだから、パワーアーマーのペルソナがいたっておかしくあるまい。と、DRは思う。

 

 

「と…こんなことしてる場合じゃねえか」

 

 

 DRは、肩に戦鎚を担ぎながら、シャドウオクムラと対峙する。 

 

 

「貴様…! 私を裏切って、虫ケラどもにつくつもりか!」

 

「社長が仰ったんじゃないですか。『損は裏切ってでも取り戻せ』って。だから、失った信頼をアンタボコって取り戻そうかなと」

 

 

  まあそれに、とDRは続ける。

 

 

「一回ボコられて気付いたんですけどね、仲間がどうとか、損得がどうって言う小難しい話以前に、()()売り払おうとしてる大人につくのは、アホの所業だなって」

 

「一樹君…」

 

「貴様…!」

 

 

 シャドウオクムラが睨むが、DRは意に介さない。

 

 

「クッ… 来い課長! コイツに身の程を教えてやれ!」

 

「っ、下がれイツキ! そいつには疾風と祝福しか効かないぞ!」

 

 

 

 呼び出されたのは、平社員型とはまったく形の違う細長いロボット。それが3体。しかも物理が効きずらいときた。ついでに言えば、先ほど散々殴られた体は凄く痛む。

 

 

 

「……いいね。最高のシチュエーションだ」

 

 

 しかし、そんな事を気にするD()R()ではない。振り向いて怪盗団に釘を刺す。

 

 

「お前らは手を出すな! 俺一人で片付ける!」

 

「なっ──」

 

 

 答えを聞かずにDRは課長ロボに突っ込んだ。何も出来ないと思っているのか、敵は油断している。

 

 

「バカが、粋がりおって… 返り討ちにしてやれ!」

 

 

 シャドウオクムラの号令で課長ロボが腕を振り落とす。

 

 

「誰が突っ込むかってんだ! 【メギド】!」

 

 

 ペルソナに覚醒し使えるようになった万能属性のスキル。しかしDRもこんなスキルが攻撃になるとは思っていない。故に、これは目眩ましだ。

 

 

「まずはテメェからだ! 【ペイン・トレイン】!」

 

 

 DRは腕を振り落とした課長ロボの横に突っ立っていた課長ロボに、屈んだ体勢になり肩から突撃する。所謂、アメフトタックル。もしくは、ただのブチカマシ。

 

 

 しかしファントムにより強化されたDRがやれば、そのブチカマシによるインパクトは多大なものになる。

 

 

 グァァッンとペルソナと鉄のぶつかる鈍い音が響き、課長ロボが吹き飛んだ。

 

 

「なっ バカな!」

 

「どんな馬鹿力だよ…」 

 

 

 油断して正面から喰らった間抜けな課長ロボは、錐揉みしながら地面に叩き付けられる羽目になった。ダウンしている。今の内に残りの二体を始末しなくては。

 

 

 

ペイン・トレイン】…単体に大ダメージ。高確率でダウンさせる。

 

 

 戦鎚を使いこなす為に日頃から鍛えた足腰と肩。それらをファントムによって強化されたことで使える技だが、今はそんな事どうでもいい。

 

 

「よそ見してんじゃねぇ! 【PL(ペイン・レス)ガン】!」

 

 

 仲間が吹き飛び、呆然としている課長ロボ二体にDRは両手を向け、手に魔力を籠める。

 

 

 パーララララッと軽い音と共に、DRの腕より魔力の弾が発射される。

 

 

PL(ペイン・レス)ガン】…全体に銃撃中ダメージ。高確率で重症化(回復無効・3ターンで回復)

 

 

 が、

 

 

「チッ ホントに効かねえのな」

 

 

 全弾直撃していると言うのに、あまりダメージを受けた様には見えない。自分に有効な攻撃ではないと察した課長ロボらは同時に腕を振り、殴りつけた。

 

 

「クソが…グッ」

 

 

 戦鎚で片方の攻撃を抑えるも、もう片方は防げずに後ろから喰らう。

 

 ファントムのお陰で物理に耐性のあるDRだが、まったくのノーダメージとはいかない。そもそもDRは始めから死にかけている。

 

 

「いてぇ、いてえなぁ! もっとやろうぜぇ!」

 

 

 DRは戦鎚を振るい、力任せに課長ロボを破壊した。

 

 

『一体撃破! マジか!』

 

「ッチ 何をしている! 早く起き上がらんか!」

 

 

 シャドウオクムラの叱咤で、ダウンしていた課長ロボが起き上がった。

 

 

「さっさとそいつをぶちのめせぇ!」

 

「上等だ、その前に頭捩じ切ってボールにしてやんよぉ!」

 

 

 有言実行。DRは近くにいた方の課長ロボの頭に飛びかかって力ずくで頭をもぎ取り、適当に投げ捨てた。

 

 

 

『うげげ… 一体撃破。あと一体!』

 

 

 残った課長ロボはDRの野蛮な戦い方に恐怖し、動けなくなっている。

 

 

「アバヨ!」

 

 

 が、D()R()は動けないからと情けをかける男ではない。DRは笑いながら、課長ロボをぶっ壊した。

 

 

 

「クッ… こい部長! 我が社員の強み、人材層の厚みを見せつけてやれ!」

 

「おっと…」

 

 

 DR一人に壊滅させられた課長の次に呼び出された4体のロボットは、ズングリとした巨体だった。

 

 

 流石にDRが1人で戦うのは厳しい。

 

 

「おい怪盗団!」

 

「よし分かった、共闘しよう!」

 

「これは任せた! 俺は休む!」

 

「はぁ?!」

 

 

 部長ロボを怪盗団に押し付け、DRは休憩する。戦いたい時に戦い、休みたい時に休む。それがD()R()のポリシーだ。

 

 

 しかし流石は怪盗団。それぞれが協力し合い、助け合って戦闘を有利に進めていく。

 

 

「チッ!」

 

 

 DRは舌打ちした。当然、格好よくて妬ましいからだ。D()R()は自分に正直だ。

 

 

 アシストに見せかけて後ろからロケランぶっ放そうかな。流石に怒られるかな。止めとくか。などとDRが考えている内に、怪盗団は部長ロボ4体を始末していた。

 

 

「むっ。社員どもでは()()()か… 専務、こい専務!」

 

 

 現れたのは、部長ロボと同じ型、しかし部長ロボより遥かに巨大なロボットだった。

 

 

「さあ専務。私の右腕としてのつとめを果たせ! オクムラフーズ、永遠の栄光のためにな!」

 

『あいつ、弱点がない! みんな、物理で攻めて!』

 

 

 ナビがUFOから助言する。

 

 

「よし─」

 

「おいジョーカー」

 

「? 一樹?」

 

 

 号令をかけようとしたジョーカーを止めて、話しかける。怪盗団も何事かと耳を傾けていた。

 

 

「俺がアイツダウンさせたら、さっきのこと(裏切り)不問にしろ」

 

「なっ、無茶な!」

 

「無茶どうこうはどうでもいい。不問にするか、しないかを聞いてんだ」

 

「……わかった」

 

「よし。聞いてたな怪盗団! 目玉かっぽじってよく見てろよ!」

 

 

 DRはペルソナの中で笑いながら専務ロボの前へ出る。

 

 

「ふん。役立たずな貴様に何ができる」

 

「…社長。1つ言いたいんですけどね」

 

 

 DRは力を籠め、構えながら言う。

 

 

「役不足ってのは『役目が簡単過ぎること』って意味で、俺には今の状態が役不足なんだよ! 喰らえや、【ペイン・トレイン】!」

 

 

 DRは大砲の弾のようなスピードで専務ロボに突撃する。専務ロボは先程の状況を知ってか知らずか、ガードしようとする。が、

 

 もう遅い。

 

 

 ガイィィンと鈍い音がなり響き、専務ロボが飛んだ。

 

 

「これでチャラだな」

 

「す、スゲェェ! 」

 

『敵ダウン! 総攻撃チャンスだ!』

 

 

 DRは怪盗団の面子と共に、ダウンした課長ロボをタコ殴りにする。

 

 

 Enjoy & Exciting!!(楽しく刺激的に!!)

 

 

 思うがまま、狂的に笑いながらDRは自らの頭に手銃を突き付ける。

 

 

 何となく、DRは自分が認知世界に適応した事を自覚した。

 

 

──あぁとても、イイ気分だ。

 

 

 やりたかった事が1つ、出来たのだから。



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end of battle

「なにをしている専務! 敗北など許さんぞ!貴様は我が社の名を背負っているのだ!命にかえても連中を倒せぇ!」

 

「やはり一筋縄ではいかんか…」 

 

 

 一度は膝をつき総攻撃を喰らった専務ロボがシャドウオクムラの叱咤で立ち上がる。

 

 

 

 【役員パンチ

 

 

 専務ロボの繰り出したるは子供の様なグルグルパンチ。しかし児戯であろうども専務ロボの巨体がやれば重症を負いかねない大技となる。

 

 

 当然、怪盗団は回避を選択した。DR以外は。

 

 

「──ッ、ガァァアッ!」

 

 

 勢いを乗せて振り下ろされた巨腕を、DRは戦鎚を持って受け止める。メキメキと腕からおかしな音が鳴るが、DRは腕に力を籠め続ける。

 

 

「ドラァッ!」 

 

 

 一瞬の力の均衡の後、力負けしたのは専務ロボであった。DRは腕を弾かれバランスを崩した専務ロボの胴体に追加で一撃を喰らわせる。

 

 

「凄い力ね…」

 

「ふん。そうだろクイー…ン?」

 

「住吉君?!」 

 

 

 唐突にDRの体から力が抜け、バランスが取れなくなる。DRは咄嗟に戦鎚を杖として、体を支えた。

 

 目眩がし、DRはペルソナが解除されていた事に気が付いた。

 

 

「あ…? なんで?」

 

「ペルソナを出したばかりなのに無茶しすぎたんだ!」

 

「それにひどい傷じゃない… こんな状態で戦ってたの…?!」 

 

 

 DRは興奮のせいか言われるまで気付かなかったが、DRの体は傷だらけであった。そもそも怪盗団と戦った際の傷すら癒していないのだ。

 

 

「オマエは下がってろ、後はワガハイらがやる!」

 

「アホ言う…な。こんな楽しい戦い、端から見てるだけ…じゃ、満足できねぇよ!」

 

 

 DRは吠えながら戦鎚を構える。支えの無くなったDRの体はふらついているが、DRは気にしない。

 

 

「……せめて傷だけは直させろ。【メディラマ】!」

 

 モナのスキルによってDRの外傷と痛みは消えたが、ペルソナによる疲労までは消えない。それでも、スキルは使える。

 

 

「俺はまだまだ戦うぜ! 働けファントム! 【アサルトダイブ】!」

 

「我が決意の証を見よ! 【ラッキーパンチ】!」

 

「私の怒りを思い知れ! 【フラッシュボム】!」

 

 専務ロボの攻撃を避けつつ、自分の武器やスキルを使って各々が専務ロボを攻撃する。やはり巨大な分硬く、なかなか専務ロボは倒れない。

 

 

「専務、なにをしている! やり方が手ぬるいぞ!もっと働け! 我が社の繁栄のために!」

 

 

 

 【ビックバン・オーダー

 

 

「大技が来るぞ、構えろ!」

 

 

 モナの忠告通り専務ロボは攻撃の手を止めてまで集中している。

 

 

「ならやられる前にぶっ倒しちまおうぜ! 【ジオンガ】!」

 

 

 キャプテン・キッドの電撃により、専務ロボは痺れて硬直した。その隙に怪盗団が次々攻撃を叩き込む。

 

 

 

 

「これで、とどめだ! 殴る!」

 

 

 充分に遠心力をつけられた戦鎚が膝をついた専務ロボの頭を抉り取り、専務ロボは動かなくなった。

 

 

「な…専務まで…!? ええい誰か、誰かいないのかぁっ!」

 

 

 強さには信頼を寄せていたのであろう専務ロボがやられた事で、シャドウオクムラが分かりやすく狼狽える。が、誰も呼び出しに応じなかった。

 

 

「ど、どうして誰も来ないのだァッ!」

 

「お父様…社員さんたちにも見放されてしまったのですね… 決着をつけましょう!」

 

 

 ノワールの掛け声により、怪盗団がシャドウオクムラと秘書?を取り囲んだ。

 

 

「クソッ! こうなったら…春! お前がいけ! 我が社の威光を知らしめてやるのだ!」

 

「はい、お父様!」

 

 

 なんと、DRが秘書的な何かだと思っていた宇宙人は奥村社長の認知の娘だったのだ。

 

 認知春はシャドウオクムラの言葉に二つ返事で頷きながら前に出ると、宇宙人からロボットに変身した。

 

 

(親に対してのイエスマン…いやイエスウーマン?って事か。酷いモンだ)

 

 

 割りと自由にさせてくれる自分の親の有り難さを噛み締めながら、DRは戦鎚を春ロボットに向ける。

 

「オ父様ノ、タメニ」

 

「ノワール! この出来損ないのお前、ぶっ壊して構わねぇよな?」

 

「……ええ! ぶっ壊してしまいましょう!」

 

 

 

 

 春ロボットは専務ロボよりも断然弱かった。後もう少しで壊せる。そうなった時──

 

 

「自爆だ! 春! 自爆して、賊どもを吹き飛ばすのだ!」

 

「承知イタシマシタ」

 

「チッ どこに娘を自爆させる親も、それを受け入れる娘がいるってんだ!」 

 

 

 DRは柄にもなく怒る。DRは自分が感受性が低いと思っていたが、ただ友達がいなかっただけでそうでもなかったらしい。

 

 

「一樹君、あれをやりましょう!」

 

「……あれかぁ。……しゃあねぇ、やるか!」

 

 

 

 

───【SHOW TIME】───

 

 

 

 舞台は代わり、何処かの夜の街。

 

 

 悪人の豪邸の窓を割って現れたのは家宝のダイヤモンドを盗み出した美少女怪盗ノワール!

 

 

 ワイヤーアクションを使い華麗に街中を駆ける彼女を何処からともなく出てきたパトカーが追う!

 

 

 警察の卑劣な罠により囲まれたノワール!

 

 

 じりじりとノワールに詰め寄る警察たちに突如ミサイルが襲った!

 

 

 何処からの襲撃かと探し生き残った警察が指差したのは高いビルの屋上、そこに立つ1人の男──イケメン仮面(匿名希望)だった!

 

 

 目と目だけで会話する美少女怪盗とイケメン仮面!

 

 

 そしてまったく別の場所から発射されたミサイルとグレネードが何故か同時に命中する!

 

 

 爆煙が立ち上ぼり、危機が去ったと安堵する美少女怪盗。ふと気付き上を見上げた時、彼はもう消えていた…

 

 

───【SHOW'S OVER!!】───

 

 

 

 

(ああ… はずい…)

 

 

 show timeと怪盗団が呼んでいる大技─認知を利用したうんちゃらとモナが説明していたがDRはよく理解していない─が炸裂した。

 

 

 『ホシ』とやらにも認められ、何時でも使えたが、(特にDRが嫌がった為)使う機会を逃していた技ではあるが威力は確かだ。

 

 

 認知春は自爆する事なく破壊された。

 

 

「なっ!? 春でも止められないと言うのかッ!」

 

 

 ついぞ誰も手下のいなくなったシャドウオクムラが椅子に座ったまま慌てふためく。

 

 

「ええい! 誰でもいい! そうだ! 貴様、もう一度怪盗団を裏切れ!そうすればァッ!」

 

「アホかってんだ。やれ、ノワール!」

 

 

 シャドウオクムラが喚いてる隙にDRが軽い一撃を当て、ノワールにふる。

 

 

「お父様、覚悟!」

 

「グワァァアッ!」

 

 

 ノワールに叩き切られたシャドウオクムラは暴走し飛んでいく椅子にしがみついていたが、力足りずに落っこちた。

 

 

 

 

「アァ…所詮、敗北者の血筋か… 彼との縁談は、私から断りを入れる。オクムラフーズは、もう終わりかもしれない…

ウウッ…申し訳ない、春…」

 

「お父様…」

 

 

 囲まれ負けを認めたシャドウオクムラが土下座した。「縁談」などとDRの知らない言葉が出るが、DRは一応空気を読んで聞き流した。

 

 

 黙って聞いていると、なんと奥村社長があの精神暴走事件と関わりが有るらしい。これも、DRは初聞きだ。

 

 

「誰と、どんな契約か」を聞き出す前にパレスが崩壊を始めた。しょうがなしに、怪盗団はオタカラを盗み逃走を開始した。

 

 

「お父様は連れていかなくていいの!?」

 

「心配ない! ぐずぐずしてると、ワガハイらの方がお陀仏だぜ?」

 

「…」

 

 

 モナはそう言い先に逃げていくが、ノワールは少し迷っている。

 

 

「しょうがねぇ…」

 

「一樹君!?」

 

「貴様…」

 

 

 見かねたDRがシャドウオクムラの肩を持って走りだす。

 

 

「友達の父親を『どうせ現実世界じゃ生きてるから』って見殺しにできるほど、俺は外道じゃねぇよ」

 

「…ありがとう」

 

「取り敢えずお前はそっちの肩持て」

 

「ええ!」

 

 

 ノワールがもう片方の肩を持った事で、更に早く走る。

 

 

「…損得だけでは、計れない物もある…か」

 

「ま、そういうことです。……社長?」

 

 

 DRが答えるといきなり、シャドウオクムラの体が消え始めた。

 

 

「お父様?」

 

「……成仏?」

 

「私は、現実の私の元へ帰ろう。春…いい友を持ったな」

 

 

 そう言い残してシャドウオクムラは消えてしまった。

 

 

「…えっと、死んだ訳じゃ…ないよな?」

 

「多分…?」

 

 

 二人の足が一瞬止まるが、パレスの大きな揺れによって正気に戻る。

 

 

「やべえ! 急ぐぞ!」

 

「ええ!」

 

 

 しばらく走ると、開けた所でモルガナカーが待っていた。

 

 

「遅いぞお前ら! 早く乗れ!」

 

「悪かったな人助けしてたんだよ!」

 

 

 二人がモルガナカーに乗り込み、怪盗団はなんとかパレスから脱出した。



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participate

 時は10月始めの日曜日。場所は純喫茶ルブランの前。一樹はドアの前で覚悟を固めていた。

 

 

 昨日、奥村社長のオタカラを盗みパレスを脱出した後。怪盗団の面子とは違う場所からパレスに潜入していた一樹は怪盗団とは会う事をせずに逃げ帰っていた。

 

 

 そして今日。一樹は怪盗団をルブランに呼び集めていた。

 

 

 ケジメをつける為に。

 

 

 意を決してドアを開ける。カランカランと軽い音が響き、マスターと目が合った。

 

 

「いらっしゃ…ああ、髪切ったのか。そっちの方が似合ってるぞ」

 

 

 マスターの言う通り、一樹は今日ルブランに来る前に床屋に寄っていた上、マスクを外して店に来ていた。

 

 コミュ症な一樹にとって目元を隠す前髪と顔半分を被うマスクは防具の様な物。それを外したのは、一樹にとって覚悟の現れだった。

 

 

 緊張している一樹はマスターの言葉に会釈だけ返して階段を上る。そこで、怪盗団が待っている。

 

 

 階段を、上りきった。

 

 

「お──」 

 

「あっ、来たの──」

 

 

 

   ゴン!

 

 

 

 怪盗団が何かを言う前に、鈍い音が屋根裏部屋に響き渡った。一樹が自分の頭を床に叩き付けた音だ。

 

 

 一樹は頭を床に擦り付けたまま、言おうと頭の中で組み立てていた言葉を口にする。

 

 

「いきなり申し訳ない。だが、これは早めに済ませておけたい… …昨日、雨宮から咎め無しとの言質はもらっちゃいたが、だからって何事も無かった様に済ますのは筋が通らねぇ」

 

 

 一息吸って、続きを言う。

 

 

「だから、昨日のパレスでの一件。裏切りについて、こうして謝罪させてくれ」

 

 

 

 一樹は頭を下げたまま─土下座しながら怪盗団の返事を待つ。

 

 

「ちょっ、土下座なんて大袈裟な!」

 

「今まで忘れてたくらいだし別にいいって!」

 

 

 髙巻と坂本が慌てるが、一樹は頭を上げない。一応仲間の裏切りと大事だった筈だが、さっさと一樹がやられて終わった為、彼らの中では大した出来事ではないのだろう。

 

 

 モルガナも加わってギャーギャー言っているが、一樹は半分意地で頭を下げ続けた。

 

 

「頭を上げて。一樹君」

 

「……春」

 

 

 雑音が止まり、春に話しかけられる。音と気配から察するに、春は一樹のすぐそこにいるらしい。

 

 

「…特に、お前には、色々と酷い事をした。俺の、一方的な…妬みだ」

 

 

 おずおずと頭を上げながら、一樹は言う。父親との確執、身売りの恐怖。そんな事に耐えていた友達を、一樹は裏切った。

 

 

「お前に友達だなんだと言ったが、俺にお前と友情を築く権利なんて──」

 

「一樹君」

 

 

 一樹の自嘲を遮って、春が言う。

 

 

「謝らなくちゃいけないのは、私なんだよ」

 

 

 春は、文章を考えながら言葉を紡ぐ。

 

 

「私ね。一樹君と、モナちゃんと、三人でお喋りするのが楽しかった。『社長令嬢』じゃなくて、奥村 春としてお喋りできたから。

 

 だから、三人で新怪盗団をできたのはとても嬉しかった。私ね…二人に救われてたの」

 

 

 でも、と春は続ける。

 

 

「モナちゃんと怪盗団の皆が仲直りした時、私…皆と一緒に怪盗団をやりたいって、思っちゃたの。それで…欲張っちゃった」

 

 

 春の顔を見れば、目の端に涙が浮かんでいた。

 

 

「ごめんね… 私…自分の事ばかりで、一樹君の事、ちゃんと考えてなかった。誘えば、怪盗団と一樹君と、皆で一緒になれると思ってた」

 

 

 春の目から涙が流れだす。一樹は思う。新怪盗団を解散した日。あの日から春は、ずっと後悔していたのではないだろうか。

 

 

「ごめんね… 一樹君には一樹君の事情が有るのに、私… 自分の事ばっかりだった…」

 

 

 一樹は一方的だと理解しながらも怒りと妬みで春を恨んでいた。春は自分勝手な事をしたと自念の責に囚われていた。

 

 

「春。俺は、お前を許す。だから…」

 

「私も…一樹君を許すわ…」

 

「……ありがとう…」

 

 

 お互い、涙ぐみながらの許容。人の目と自制心が無ければ抱擁しかねない雰囲気だ。

 

 

 

 

 少しして落ち着いた一樹が恥ずかしそうにゴホン、と1つ咳をして空気を戻す。

 

 

「今日ここに来たのは謝罪のためだけじゃねぇ。1つ、頼みたい事があるんだ。……昨日、パレスで分かった事がある」

 

 

 ペルソナの覚醒。パレスでの一件。怪盗団との和解と来れば、頼みたい事など想像に容易い。

 

 

 心暖まるシーンを見た怪盗団メンバーは細かい事を忘れてたそれを受け入れる心持ちだ。

 

 

「俺…俺は…」

 

 

 一樹は少し躊躇うも、覚悟を決めて告白した。

 

 

「俺は、人を殴るのが好きだ!

 

 

 

「……はい?」

 

 

 今の戸惑いの声は誰のものか。もしかしたら、怪盗団全員の声かもしれない。それに気付いてか気付かずか、一樹の独白は続く。

 

 

「あの、傷だらけで命懸けの勝負に勝った時の興奮が忘れられないんだ!

 

 正直に言おう! 俺は、あの戦いの時ずっと【自主規制】してた! あの巨大ロボぶったおした時なんて【自主規制】すらしたんだ!」

 

 

 一樹の包み隠さぬ自白に、純情な春は気を落としそうになり、真面目な新島は頬をひきつらせた。他のメンバーだって何とも言えぬ表情をしている。

 

 

 が、一樹は気づかない。

 

 

「殴られれば殴られる程、俺は生きてるって実感できた! 敵を戦鎚で殴り飛ばした時、えもいえぬ快感が俺を襲った!

 一晩寝ても忘れらねぇ! 完全に、クセになったんだ!」

 

 

 則ち、一樹の抱えていた多大な劣等感と自己否定感がおかしな形で解消されてしまったらしい。

 

 頭や勘のいい何人かはそれに気づいたが、しかし何も言えない。

 

 

「しょーじきな話! 俺は自分以外の人間なんてどうでもいい! 精々友達何人かを気にかけれる程度だ!

 だが! 俺は…お前たちと一緒に戦いたい! 怪盗団として!」

 

「素晴らしいわ! 一緒にやりましょう! 一樹君!」

 

 

 春が、グワシと一樹の手を握った。

 

 どうやら、純情な春は途中から話についていけず、最後の『怪盗団として一緒に戦いたい』だけを聞き取ったらしい。

 

 

「ま、まあ… いいんじゃね? 戦力としては文句なしなんだし?」

 

「前に私たちから誘ってるもの… 断れないわね」

 

「…前にワガハイに付き合ってくれてたんだ。今度はワガハイが付き合ってやらねばな」

 

 

 回りも、理由はどうあれ一樹が怪盗団に入る事には肯定的だ。

 

 

「だってよ。どうする? 雨宮。あっ、やっぱリーダー君の方がいいか?」

 

「…どっちでもいい。……よろしく。イツキ」

 

 

 怪盗団リーダーの許可も降り、一樹は晴れて怪盗団の一員となったのだった。



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覚醒後
主人公設定


ネタバレになりそうな所には【】をしてあります。気になる方は読み飛ばして下さい。


  住吉 一樹(すみよし いつき)

 

プロフィール

 身長 184cm

 体重 72kg

 学年 高校3年生

 コードネーム DR(ディーアール)

 コープ 狂気

 家族構成 父と母

 特技 荒事

 クセ 他人の話を無視して思考する

 趣味 ライトノベルの読書

 食の好み 濃いめの肉料理(筋トレをするようになってから好きになった)と コーヒー あと春の育てた野菜

 理想の恋人像 "自分"を理解してくれる人

 もし宝くじで7億円当たったら? 使えるだけ使って後は忘れる

 怪盗団の誰かに一言 春へ「あー …いや、なんでもない…」

 

 

 

概要

 

  怪盗団の狂人

 

 本作主人公

 

 ペルソナに覚醒後、認知世界での戦闘にどハマりし、『自分のため』に怪盗団と共闘するようになった男。

 

 戦闘を好み敵を見かけると突撃する『狂人』

 

 

人物

 

 不器用な自分を嫌って荒っぽい人を演じているが、慌てると素を出す。

 

 運動能力、学力ともに高くないが、でかい体格と度胸と経験があるため割りと喧嘩には強い。

 

「殴り殴られる」事が好きだが、別にSでもMでもない(本人談)

 

 テンションが上がると、ついとんでもない事を口走る

  

 

容姿

 

 素材はそこまでだが、堂々とした態度と鍛えられた体で割りと格好よく見える。が、モテる容姿ではなく怖がられる容姿。

 

 髪は黒く短髪。本人は短髪を気に入っているが、回りからは短くしたせいでヤーさんぽくなったと不評。

 

 私服はジーパンと黒シャツしか持っていないらしい。

 

 

 

戦闘スタイル

 

 コードネームは「DR」

 

 近接武器はハンマー 遠距離武器は単発のビックガン

 

 怪盗服はハーフガスマスクに真っ黒な軍服に手足に軍緑のプロテクター。

 

 ほぼ物理特化だが、一応万能属性のスキルも使える。

 

 戦闘キャラの癖に『バトンタッチ』できない。

 

  

ペルソナ

 

  ファントム

 

 1つの鉄塊を削って作った像か全身鎧のような見た目

 

 搭乗型のペルソナで、特性は『荒々しい挙動…ペルソナ搭乗時ステータス50%上昇』

 

 通常スキルを4つまでしか覚えないが、搭乗時使える特殊スキルを4つ覚える。

 

 

通常スキル

 

アサルトダイブ→【キラーファング(物理・大ダメージ・高確率で重傷化)】

メギド→【メギドラオン】

食いしばり→【ガシンショウタン(HPが0になる攻撃を受けた際、1回だけHP10%で生き残る+ラクカジャ発動)】

─…─…─

 

特殊スキル

 

『ペイン・トレイン』 単体に物理大ダメージ+高確率でダウン

PL(ペイン・レス)ガン』 全体に銃撃大ダメージ+高確率で重症化

(重症化…回復不可 3ターンで回復)

【『ペルソナ・フィスト』 敵単体に万能特大ダメージ+高確率でダウン 発動に1ターンのタメが必要】

─…─…─

 

 

コープアビリティ後半(作中に出ているもののみ)

 

狂人の暴勇 体力が低い程攻撃力上昇

 

狂人の猪勇 状態異常時攻撃力上昇

 

狂人の蛮勇 敵の数が多い程攻撃力上昇

 

 

ゲーム的設定

 

 一樹はイベントの関係で、コープランク5までは簡単に上がる(ほぼイベントだけ)。

 

 一樹は近接 遠距離攻撃時、1ターン溜めが必要。

 

 弱点属性は万能、耐性属性は物理銃撃

 

 戦闘開始から5ターン経過で3ターンペルソナに搭乗できる。

 

搭乗すると…

 1 ステータス50%上昇

  2 近接 遠距離攻撃を溜め無しで使用可能

 3特殊スキル使用可能

 4【搭乗機能を備えていてペルソナと一体化する為、SPを他のペルソナ使いより直接的に操れる。】

 

使用武器

 釘抜き付きハンマー→祖父の形見ダイナミックハンマー→黒曜の戦鎚→悪魔の戦鎚

 ロケットランチャー→【ブロードサイダー】→【対戦車ランチャー】

 

総攻撃関係

 決め台詞は『Enjoy & Exciting!! (楽しく刺激的に!!)』 ポーズは『狂的な笑みを浮かべて指銃を頭に突き付ける』

 

 カットインのイメージは『顔半分を手で隠し、出てる部分はとても愉快そうな(意味深)笑顔』

 

 

その他設定

 

 キャラクターコンセプトは『開発が変な所(搭乗システム)に力を入れたせいでやたらと使い難くなったDLCキャラクター』

 

 アルカナは『ゲーム版タロット』の『個人の狂気』より

 

 本人にSの気もMの気も無いが、戦闘において「殴ること、殴られること」がわりと好き。(自己表現だと思っている節がある)



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hobby

「お。あの工事現場か?」

 

「……多分?」

 

「競技場…ぽくはないな。まだ」

 

 

 目出度く一樹が怪盗団の一員となった次の日。一樹は後部座席に雨宮を、助手席にモルガナを乗せた車でお台場まで来ていた。

 

 

 と言うのも、学校にて唐突なイメチェンでクラスメートをざわつかせた(何故か春は得意気だった)後、たまたま廊下で雨宮と出会った一樹は、

 後輩の落とし物を届けるためだけにお台場まで行くつもりだったらしい雨宮をたまたま車で学校まで来ていた(校則違反)一樹が車で送ってやる事にしたからだ。

 

 

 競技場になるらしい工事現場をグルッと走らせていると、秀尽の制服を着た赤髪ポニーテールの女子生徒を見つけた。

 

 

「おっ。あの()じゃ…ね?────は?」

 

 

 一瞬、頭がクラリと歪み、目を閉じてしまう。目を開けると、其処に有った筈の工事現場が、摩訶不思議な建築物に変貌していた。

 

 しかも、いつの間にか車が消え、一樹、雨宮、モルガナの三人で怪盗姿で地に立っている。つまり──

 

 

「ここは…パレス、か?」

 

「この雰囲気…恐らくパレスだ。だがワガハイたち、ナビなんて使ってねえぞ。まさか…ヨシザワか?!」

 

「……彼女もナビを?」

 

「……なににしても、追いかけないと不味いんじゃねえか?」

 

 

 

 女子生徒がいた方を見れば、いつの間にかその姿が消えていた。

 

 

 

「まずい! 中に入ったのか? 追いかけて合流するぞ!」

 

 

 

 ジョーカーとモナが入り口を探す中、DRは一人こっそりと喜びにうち震えていた。

 

 

 奥村社長の件が片付くまで次のパレス探しはできない。メメントスの方も、今はやることが無いと言われていた。

 

 

 戦いたいDRにとっては不満の溜まる状況。しばらくは我慢するか…などと思っていた中で、いきなりのパレス探索。

 

 まさに棚ぼた。まさかパレスに入って戦闘が無いなんて事は有るまい。

 

 

「おい! こっから入れそうだぞ!早く来い!」

 

「了解。今行く!」

 

 

 DRは期待に胸を膨らませながら、二人とともにパレスへ侵入した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 奇妙すぎる外見と異なり、パレスの内部は、現実世界にありそうな会堂だったが、気味が悪くなる程白く清潔だった。

 

 その異質さは、ここがパレスだと理解させるには充分な程だ。

 

 

 

「え、誰!?」

 

「今の声、例の女か?」

 

「行こう」

 

「ああ…! 警戒を怠るなよ?」

 

 

 残念ながらシャドウと遭遇すること無いまま、少女を見つけてしまった。

 

 今回の目的はパレスの攻略ではなく少女の捜索だ。となればこの探索はこれで終わり。流石のDRもそこら辺は弁えている。

 

 

 シャーとよく分からないオブジェクトを滑り台にして三人は少女の元へと駆けつける。

 

 

 

「なんで…どうしてここに…!」

 

「誰だアイツ…認知存在か?」

 

 

 赤髪の少女の前には、少女に似た雰囲気を持つレオタード姿の少女が立っていた。

 

 

 

「──! そこだ、 ペルソナァ!」

 

 

 そのレオタード少女の背後にシャドウの気配を感じ取ったDRがその気配に向けて即座にスキルを撃ち込む。

 

 

『──! ぬぅ… 許されぬぞ… 主の慈悲を汚す者め…!!』

 

「へぇ… やっぱいるじゃねぇかシャドウ! 欲求不満なまま帰る所だったぜ!」

 

 

 現れたのは、人の形をしてるようにも見えなくもない気持ちの悪い異形の(シャドウ)だった。

 

 どう見たって人ではないし、敵対している。つまり、アレとは戦っていいということだ。 

 

 

「いいねぇ!! アァァァ…サイッッコーの時間だぁ!!

 

 

 DRは興奮のままにファントムを呼び出し、搭乗する。DRが戦闘体勢に入ったのを見て、シャドウも真の姿──なんとも形容し難いカラフルな姿に変身した。

 

 

「お前らはそっちの女を任せた! 俺の戦いだ、手ェ出すんじゃねぇぞ!」

 

「クッ …気をつけろよ!」

 

 

 

 二人を少女につかせ、DR一人でシャドウに対峙する。胸がドキドキと高鳴る。1つ間違えれば死。その緊張が、DRを何処までも興奮させていく。

 

 

「【PL(ペイン・レス)ガン】!」

 

 

 睨み会いの末、先に行動を起こしたのはDRだった。前につき出された両手から大量の気力の弾が発射される。

 

 

『ふん。他愛も無い。【ヒートライザ】!』

 

 

 シャドウがスキルを発動すると、シャドウは凄まじいスピードで弾を回避した。使ったのは回避力を高めるスキルだったようだ。

 

 

「チィ… つまんねェなあァッ!!」

 

『次はこちらからいくぞ! 【テラークロウ】!』

 

「ハッハァッ!!」

 

 

 DRは笑いながらシャドウの攻撃を受け止める。ファントムの防御力も相まってダメージはほぼない。

 

 

 しかし、攻撃と共に恐怖心が流れ込んできた。話には聞いていた状態異常付与の攻撃らしい。

 

 

「効かねぇ…んだよ!」

 

『──!グハァッ! キサマァ!』

 

 

 DRは恐怖心を無理矢理抑え込んでシャドウの懐まで突撃し、戦鎚を振るう。

 

 回避上昇のスキルを使われていようと、隣合わせ程まで近付いていれば意味は無い。DRの一撃はシャドウに直撃した。

 

 

 しかしまだ足りない。シャドウの体力はまだまだ残っている様に見える。

 

 

『楽に死ねると思うな! 【アギダイン】!』

 

 シャドウにより生み出された業火がDRを襲う。当たればまずただでは済まない一撃。

 

 

 しかし、DRは敢えてそれに突っ込んだ。

 

 

『なに!』

 

「ガアァッ【ペイン・トレイン】!」

 

『グォォ!』

 

 

 シャドウは、相手がスキルに対して避ける、もしくは守るだろうと予測を立てていた。それを裏切り、突撃したDRの動きが読めずシャドウは吹き飛ばされる。

 

 

「ははは殴ってる、殴ってる!! 」

 

 

 吹き飛びダウンしたシャドウを戦鎚で思いっきりぶん殴る。しかし、まだ足りない。

 

 

『なめるなぁ! 【テラークロウ】!』

 

「アァ? … ガァッ!」

 

 

 一度は抑え込めた恐怖心が、DRの体を支配する。興奮は冷め、気を抜けば今にも背を向けて逃げ出しそうだ。

 

 

 形成逆転。動けないDRにシャドウが一撃を与える──その直前。

 

 

「DR! だから無茶するなと言ったんだ!」

 

「……チッ 悪ぃな」

 

 

 ジョーカーがシャドウの攻撃を受け止め、その隙にモナがDRを回収した。

 

 

「ほら、これ食っとけ」 

 

「【怪盗ウエハースチョコ】か… 甘ったるいから好きじゃねぇんだよな…」

 

 

 甘さを我慢してチョコを食べると、不思議と恐怖心が消えていった。

 

 

「サンキュ、モナ。……そういや、あの女は何処行った? もう一人の認知存在は?」

 

「ああ、それは…」

 

 

 モナの視線を追ってシャドウの方を見ると、ジョーカーと共に戦うジョーカーの黒いマジシャン服と似た、レオタードとタキシード?を着た少女が見えた。

 

 

「まさか…」

 

「そう! ヨシザワもペルソナに目覚めたんだよ!」

 

 

 DRが戦っている後ろで、そんなことが起こっていたとは。

 

 

「て、ボケっとしてる場合じゃねぇ!」

 

 

 少女──ヨシザワの使う祝福属性がシャドウの弱点らしく、シャドウがみるみる弱っていく。さっさと戦闘に戻らなければ勝手に倒してしまうかもしれない。

 

 

「ジョーカー! 女!そこどけ!」

 

「え? キャ!」

 

 

 DRは言うや否やランチャーをぶっぱなした。放たれたミサイルはヨシザワのすれすれを通り、シャドウに直撃した。

 

 

「なにするんですか!」

 

「俺の敵だ! 邪魔すんな!」

 

「なに言って──」

 

「……【ブフーラ】!」 

 

「あ、テメ」

 

 

 DRとヨシザワが言い争っている間に、ジョーカーが凍結属性のスキルを放ってしまった。しかも、丁度弱点の属性だったらしく、シャドウがダウンした。

 

 

「総攻撃だ!」

 

「チッ…」

 

 

 楽しみを邪魔されたからと戦闘を下手に長引かせる程DRは愚かではない。大人しくリーダーにあわせて総攻撃に参加する。

 

 

 

 THE SHOW’S OVER (ショーは終わりだ)

 

 

 

 シャドウが総攻撃に耐えきれずに消滅する。こうして、DR的に不満の残る形で戦闘が終了したのだった。



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disliked

 

 総攻撃により体力を失ったシャドウが消滅した。それを見届けてから各々力を抜く。

 

 

「つまらん… つまらん幕引きだった!」

 

 

 初っぱなから飛ばし過ぎた少女が倒れそうになったり耐えたりしているが、それはDRには関係無い。

 

 

「助けられたのは感謝するが、俺の戦いに手を出したのは不満だぞ」

 

「またそんな事言って!」

 

 

 少女がつっかかってくる。頬すれすれでミサイルを放たれたのが相当嫌だったようだ。

 

 まあ、もしDRが同じ事をやられていたのなら問答無用で撃った奴に殴りかかる自信がある。ならば文句を言われても仕方ない。

 

 

 しかし仕方ないのと我慢できるのは別。少しの間少女とDRは無言で睨み合っていたが、この争いは不毛だった為どちらともなく終わった。

 

 

 

 少女がジョーカーの方を見ながら恐る恐る尋ねる。

 

 

「えっと、それで…雨宮先輩、です…ね?」

 

「………なぜバレた?」

 

「声と雰囲気で分かりますよ。……ところで…私たち、何でこんな格好に?」

 

「……話すと長い」

 

「いやいや、気にすんなってのは無茶あ──」

 

 

 DRがツッコんでいると、何処からかグルルルと獣の唸り声がした。

 

 

「ここのシャドウどもに感ずかれたようだな。早く出た方がいい。詳しい話しは出た後だ」

 

「分かった。…一緒に出るぞ」

 

「はい!」

 

 

 モナの提案に従って、四人でパレスを脱出した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 パレスから出ると、一樹ら三人は車の中にいた。取り敢えず車を端に止めて、少女と合流する。

 

 

 少女はまだよく分かっていないらしく、周りや自分の体をキョロキョロと見回していた。

 

 

「あれ、服も戻ってる」

 

「オマエが異世界に行く前にいた場所だ。戻ってきたんだよ」

 

「戻って…? 私たち、どこかへ行ってたんですか?」

 

 

 少女は喋る猫に驚くかと思いきや、言葉の内容に食い付いてきた。

 

 

「あー、それはだな…」

 

 

 不用意に触れ回っていい話ではない為、モルガナが言葉に詰まる。この少女は押しが強そうだ。モルガナではすぐにボロが出るだろう。

 

 

「おい嬢ちゃん」

 

「はい? ……誰、ですか?」

 

 

 一樹が話しかけると少女は少し警戒しながら答えた。そう言えば、この少女に一樹は顔を見せていない。

 

 

「俺だよ俺。嬢ちゃんの耳元にミサイル飛ばした男」

 

「あ! 何の用ですか!」

 

「そう険悪にするなって。真面目な話だ」

 

 

 相当嫌われたらしいが、嫌われ慣れた一樹は別に気にしない。

 

 

「俺は誤魔化すのは好きじゃねえ。だから、先に警告しとく。──お前の知りたがってる話は、わりとヤバい事柄だ。それでも知りたいか?」

 

「……はい。知ってるなら教えて下さい。自分に何が起きたのか、ちゃんと知っておきたいんです」

 

 

 しっかりと目を見て返事をされてしまった。

 

 

「……だってよ。リーダー」

 

「……話そう」

 

「じゃあ1から話してやるよ」

 

 

 

 一番話の上手いモルガナが主だってパレスやペルソナについてを少女に教えた。

 

 

「……普通、信じられませんけど、実際に見ちゃいましたからね…」

 

「理解力が高くて助かるよ。て言うか、お前はモルガナに驚かないんだな」

 

 

 一樹の言葉に、少女はえっ?と呟いて

 

 

「猫がしゃべってる!?」

 

 

 と今更驚いた。

 

 

「おせーよ! てか猫じゃねーし! ワガハイはモルガナだ!」

 

 

 その言い方だと「モルガナ」と言う種族になるがいいんだろうか。一樹は少し考えていいたが、段々どうでもよくなって考えを切り上げた。

 

 

 

 一樹が下らない事を考えている間に、少女がモルガナを先輩と呼んだり、雨宮が少女に落としたお守りを返したりしていたが、一樹にとってはそれもどうでもいい。

 

 

 話を横から聞き流していると、どうやら少女が新体操の特待生らしい事を知った。

 

 

「……しかしヨシザワは、なんでパレスに入ったんだ? 」

 

 

 話題が一樹の興味ある方へと進んだ為、一樹は会話に加わる。

 

 

「携帯見りゃわかんじゃねーか? ナビがあれば、履歴からパレスの事もわかんだろ?」

 

「やっぱそうだよな。なあ、スマホ見せてくれないか」

 

「は、はい。スマホなら…」

 

 

 少女(ヨシカワ?)はスマホを渡そうとして、手を止める。

 

 

「すいません…ダメかもです」

 

「なんだって?」

 

「電源、切れちゃいました。元々、調子悪かったんですけど…」

 

 

 残念ながら、今は一樹も雨宮もバッテリーを持っていない。スマホの確認は諦めるしかないようだ。

 

 

「まあ、狙いのパレスでも無いから、問題ねーか… 元々全会一致じゃなきゃターゲットにもならねーしな」

 

「え? そうなん?」

 

「おいおい大丈夫かよ? 前に説明しただろ?」

 

「わりーな。……つか──」

 

 

 怪盗団の仲間以外がいる時に、こんな話をしていいのか。と一樹が確認を取る前に

 

 

「先輩たちが、『怪盗団』なんですか?」

 

 

 少女(ヨシカミ?)に感ずかれてしまった。しっかり確信を持っている。言い訳はできまい。

 

 

「ああ。そうだぞ」

 

「あっ おい!」

 

「やっぱり…」

 

 

 勝手に答えた事をモルガナに責められるが、一樹は話を誤魔化すのが嫌いなのだ。

 

 

「まあいい。で、どうするんだ? 蓮」

 

「……かすみのこと?」

 

「その通りだ。あれだけ戦えるなら──」

 

「やめとけ」

 

 

 モルガナが少女(ヨシノブ??)の勧誘を雨宮に進めたが、一樹はそれを止めた。

 

 

「戦えるからって、誰でも彼でも仲間にしよーとすんな。俺が入ったばっかだってのに、俺じゃ力不足か?」

 

「そう言うわけじゃねーよ! 戦力ってのは有れば有る程──」

 

「折角ですけど、遠慮しておきます。新体操に集中したくて…」

 

「ほらヨシザワもこう言…て、え!?」

 

 

 勧誘を受けると思っていた少女(ヨシザワ!!)の断りに、モルガナが驚きで面白い顔になる。

 

 ヨシザワが真面目に話している横で笑ってしまい、また彼女にギリッと睨まれた。

 

 

 雨宮に対しては良き後輩なのに、一樹には厳しめだ。一体何の違いだろうか。耳元にミサイルをぶっぱなしたかぶっぱなさなかったかの差だろうか。

 

 

 再び一樹が下らない事を考えている間に、話が終盤にまで進んでいた。

 

 

「散々助けていただいたのに、断ってしまって本当にごめんなさい!」

 

「まあ気にすんなって」

 

「あ、いえ。アナタじゃないです」

 

「んだとぅ?!」

 

 

 今さっきまでの申し訳無さそうな顔が嘘の様に、ヨシザワがスッと無表情になる。

 

 耳元ミサイルがそんなに嫌われる行為だったとは…… 当然の事だが。

 

 

 一樹がイジケていても、気にせず雨宮とヨシザワは話しているが、その話も終わった。怪盗団の事を内緒にするようしっかりと釘も刺せたらしい。

 

 

「あ。なあ、帰るんだったら送ろうか? 席は1つ空いてるぞ?」

 

「……いえ。遠慮しておきます。では」

 

「あっそ」

 

 

 まあ断るだろうと思っていた一樹も気にせずヨシザワを見送った。

 

 

「あーあ。フラれちまった」

 

「……御愁傷様」

 

「お前らはまだ付き合ってくれるよな? そろそろランチャーも新しくしたいんだ」

 

「……御愁傷様」

 

「うおーい!?」

 

 

 スッと逃げる様に車とは逆方向に行ってしまった雨宮の肩を掴むと、「冗談だ」と言って車に乗ってくれる。

 

 

 またバカにされたらしい。一樹は肩をすぼめながら、車に乗った。



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changed

 

 ヨシザワと別れて数日が経った。その間特に変わった事も無く、クラスメートも一樹に慣れ、雨宮にはたまに買い出しや送迎をして過ごしていた。

 

 

 そんなある日

 

 

 

────────────────

 

 

『春)  朝早くにごめんなさい』

 

『春)  お父様が

     緊急記者会見を開くらしいの』

 

      【それって、改心成功ってこと?】

 

『坂本) そーゆう事だろ!?』

 

『高巻) おめでとう!』

 

            【そりゃ良かったな】

 

『新島) いつなの?』

 

『春)  急なんだけど、

     今日の20時からだって』

 

『新島) 廃人化のこと

     話してくれるかしら』

 

『佐倉) どこで見よう?』

 

               【集まんの?】

 

『雨宮) 集まろう』

 

『春)  集まるなら

    秀尽学園の屋上はいかが?』

 

『春)  私ちょっと用があって』

 

             【いいんじゃね?】

 

『佐倉) 学校、だ、と…』

 

『新島) 双葉はちゃんと

     正面から来なさいね?』

 

『新島) じゃあまた放課後に』

 

                  【了解】

 

 

────────────────

 

 

 パレスの侵入から数日経ったが、ようやく奥村社長が行動を起こしたらしい。

 

 自分の目で鴨志田の懺悔は見ているし、ネットを探せば班目の号泣会見も見る事ができた。しかし一樹自身が改心に関わったのは初めての事。不安は残っている。

 

 

 そんなモヤモヤを抱えつつ放課後まで待ち、HRが終わり次第屋上へ向かった。当然だが、春も向かう方向は同じだ。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「え? 何が?」

 

「いや。……色々と」

 

「……うん。大丈夫。ありがとう」

 

 

 今回の一件で一番気を病んでいるのは、奥村社長の家族かつ下手人である春であろう。怪盗団にとっては、どうしたって『いつもの慣れた仕事』でしかない。

 

 春の不安は、記者会見が行われるまで解消されないだろう。

 

 

「……なあ、屋上行ってなにするんだ?」

 

「花壇の模様替えをしようと思って」

 

「花壇? 屋上に花壇なんて有んのか?知らなかった」

 

「基本、屋上は立ち入り禁止だからね」

 

 

 怪盗団は一時期入り浸っていたらしいが。

 

 そんな事を話している間に、屋上についた。一番乗りだろうか。

 

 

「ムッフッフ 遅かったな!」

 

「!佐倉か。随分早いじゃねえか。驚いたぞ」

 

 

 一樹が扉を開けると、放置された机の上に座った佐倉が待っていた。

 

 

「俺もいるぞ」

 

「喜多川もか… 秀尽メンバーの方が遅かったんだな」

 

 

 屋上を見渡しても、他のメンバーはいない。2人で待っていたようだ。

 

 

 佐倉(ハッカー少女)喜多川(芸術家クン)では話が噛み合わないように思えるが、様子を見る限りそうでもないらしい。

 

 

「っと、これが例の花壇か?」

 

「そうだよ。今回は、喜多川君のプロデュースなの」

 

「プロデュースと言っても、色のバランスと配置に、何と言うか、侘び寂びを加えただけだ」

 

「へぇ。凄そうだな」

 

 

 一樹は芸術的センスは皆無な為、正直喜多川の言う「ワビサビ」はわからないが、綺麗なのは確かだろう。

 

 

「あっ。もう皆来てたんだ」

 

「……遅れた」

 

「チース!」

 

 

 ドアが開けられ、二年生3人+1匹がやって来た。

 それに少し遅れて新島が到着して、やっと怪盗団全員が屋上に集まった。

 

 

 

「これ、先輩が育ててたんだ」

 

 

 後から来たメンバーが春の花壇を観察している。屋上をアジトにしていた彼らには、何か感じる物が有るらしい。

 

 

「『先輩』じゃなくて、もう『春』でいいよ」

 

「……春がそう言うなら俺も『一樹』でいい」

 

 

 春は兎も角、一樹は怪盗団との距離が若干遠い事を感じていた。しょうがない事な為、一樹はどうこうするつもりはなかったが、春が詰めるなら便乗して一樹も距離を詰める。

 

 

 そのまま春と喜多川の指示の元で作業をする事になったのだが、手先が途轍もなく不器用な一樹は力仕事のみ手伝った。

 

 ……そんな風に自分から距離を取るから距離が縮まらないのだが、万年ボッチだった一樹は気付かない。

 

 

「そう言やさ、前に話したけど打ち上げと学園祭、一緒になったじゃん? やっぱ打ち上げは打ち上げでちゃんとやった方がよくね?」

 

「同感だ。打ち上げは2人の歓迎会も兼ねているのだし、内々で気兼ねないやつをやりたい」

 

「いいよ、そんな、私は学園祭だけで充分だよ」

 

「俺もだ」

 

 

 打ち合わせていた訳では無いが、二人は同意見だった。春は遠慮から、一樹は気不味さからと理由に違いは有るが。

 

 

「おいおい。主役がそんなだと、みんなのテンション下げちまうぜ?」

 

 

 (偉そうな)モルガナに指摘されて、春は考えを改めた。

 

 

「それなら…イブニングパーティーなんていかが? 『ディスティニーランド』で」

 

「ディスティニーランドって…あの夢の島の?」

 

 

 春の話を聞くに、会社の親睦会の為に借りていたが、醜聞で自粛になった機会をそのまま流用して、名前を出さずに借りれるらしい。

 

 

「そーいうことなら…そうだな。今日はダブルで盛り上がればいいし!」

 

 

 テーマパーク貸し切りというサプライズ。否応なしにみんなのテンションが高まっていく。そんな時に空気を読まず水を差すのが一樹である。

 

 

「あー…すまん。俺は行けん」

 

「え!? どうして!?」

 

 

 春に詰め寄られるが、申し訳無さで一樹は顔を背ける。

 

 

「すまん…今日は京都から叔父さんが来て、食事会なんだ。俺自身恩があるから…フケれない。マジですまん」

 

 

 来るのは一樹に、どうやってか試験抜きで警察学校入学の資格を与えてくれた刑事の叔父さんだ。一樹が会いに行かない訳にはいかない。

 

 今日の朝、記者会見の話を聞いた時から伝えたかったのだが、機会を逃し続けてこのタイミングになってしまった。

 

 

「だから、悪いがイブニングパーティーは俺抜きで楽しんでくれ。……記者会見だけは、絶対に確認するから」

 

 

 至極残念そうにする春に一応フォローを入れる。

 

 

「それにディスティニーランドなら俺が食事会をするホテルのすぐ側だ。何かありゃ呼んでくれ。そん時は走って駆けつけてやる」

 

 

 其処まで言ったからか、春も納得し、作業へと戻った。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「なんつうか…変わったな、お前」

 

  

 その晩。食事会の会場になったとある有名ホテルのビュッフェで、一樹は久しぶりに合った叔父さんにそんな事を言われた。

 

 たまたまか、叔父さんと一樹以外は食事を取りに行って今席にいない。

 

 

「……何が?」

 

「色々だよ。見た目もだが…お前、前はそんな唐揚げとフライドチキンおかずにポテト食うような奴じゃなかっただろ?」

 

 

 叔父さんに言われて一樹は自分の皿を見る。確かに皿の上はトコトンちゃいろい。前までは、もっと色々と考えて色とりどりに食べていた気がする。

 

 

「まあ… 俺も成長したって事ですよ」

 

「成長なぁ…」

 

「叔父さんだって若い頃は、食事バランスなんて考えてなかったでしょ?」

 

「むっ。俺はオジサンじゃない─」

 

「ハイハイ『イケオジ』でしょ。聞き飽きましたって」

 

 

 恩があるが親戚故の気安さもあり、一樹は叔父さんに対して変な話し方になる。

 

 

「……あっ」

 

 

 ふと時計を見ると、いつの間にか8時に迫っていた。

 

 

「すいません。ちょっとトイレに行ってきます。…長引きそうなんで、婆ちゃん達に伝言よろしく」

 

「んー? おー。1時間コースなんだから、時間無駄にすんなよ?」

 

「りょーかい」

 

 

 自然な感じで席を離れ、トイレの個室に入る。そろそろ奥村社長の緊急記者会見の時間だ。一樹は便座に座ってスマホを開いた。

 

 

 スマホを開けば、前もって設定しておいた通りに記者会見の生放送が流れる。

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

本日8時より予定していた記者会見は、奥村社長が交通事故に遭われた為、中止とさせていただきます

 

 

「………は?」



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confusion

 プルルル、プルルルとトイレの個室からコール音が鳴り響く。二回、三回とコール音が続き、それが止まる気配は無かった。

 

 

(クソ! 早く、早く出てくれ…!)

 

 

 電話の主、一樹は電話の相手が出ない事に焦りを募らせていた。

 

 

 どういうことだ! 大丈夫なのか? どうすれば… 様々な思いが怒りや焦燥となり、一樹の携帯を持つ手を震えさせた。

 

 

 プルルル、プル。と不意にコール音が不自然に止まる。

 

 

「──! 春か!?」

 

『………一樹君』

 

 

 電話の相手は、奥村 春。たった今事故に遭ったと報道された奥村社長の娘。

 

 彼女の友達であり仲間である一樹は、春が強いようでいて弱い所が有る事を知っていた。

 

 

 それを他人に見せず、一人でどうにかしようとしてしまう事も。

 

 

 

 色々と春には聞きたい事は有ったが、一樹は取り敢えず春が思ったよりも冷静な事にホッとした。これならば一樹の方が慌てていた位だ。

 

 

「今ネットの中継を見た。ど──」

 

『どうしよう……?』

 

「春?」

 

 

 泣き出しそうな春の声色に、一樹は思わずギョッとする。

 

 

『私、携帯切ってて…、私も今ようやく聞いて、メールが来てて、お父様の事知らないで…!』

 

 

 堰を切った様にどもりながら話す春の話を纏めれば、『春も奥村社長が事故に遭った事を知らなかった事』『混乱して怪盗団たちと別れてしまった事』『唐突な状況のせいか会社の人と連絡が取れない事』を言っていた。

 

 

「春」

 

 

 一樹は先程の自分の判断を悔いた。実の親が事故に遭ったのに冷静でいられる程冷たい女ではないと、一樹は知っていたはずなのに。

 

 

 一樹はひとまず春を落ち着かせようと、力強く声をかけた。

 

 

『一樹君…?』

 

「今何処にいる?」

 

『ディスティニーランドの、入り口の所に… でも、会社の人とも連絡つかないし、タクシーも来ないし…!』

 

 

 春は混乱している。何時もなら分かる事も、今は判断出来なくなっているようだ。

 

 

 すなわち──

 

   

「春。一回落ち着け。親父さんの運ばれた病院は分かるな?」

 

『え? あっ…、うん…』

 

「よし。30、いや20分待っててくれ。迎えに行く。お前は病院への行き方を調べといてくれ」

 

 

 ──こんな時は、仲間を頼るべきだ。と。

 

 

 一樹は頭の中でディスティニーランドまでの地図を描きながら、一樹は言う。

 

 

『……いいの?』

 

 

 藁にもすがる様な声。それだけ心細かったのだろうか。

 

 

「当然。友達だろ? たまには頼ってくれ」

 

「……。うん。ありがとう」

 

 

 春の声には大分理性が戻っていた。これなら少しは一人でも耐えられるだろう。

 

 一樹は電話を切り、ビュッフェ会場へと走って戻る。

今一樹は車の鍵を持っていない。祖母から借りなければ。

 

 

 

「ん? 時間かかったな?」

 

「叔父さん! 他の人は?!」

 

 

 一樹が会場に戻ると、席には叔父さんだけしかいなかった。

 

 

「ああ。向こうででかいステーキ切り分けてるらしくてな。それ取り行った。お前も取りに──」

 

「そんなんどうでもいいんだよ!」

 

 

 つい口を荒げる。今は呑気に叔父さんと話している暇は無い。一樹は祖母の元へ急ぐべく、背を向けた。

 

 

「待てよ」

 

「っ!」

 

 

 一樹は叔父さんの言葉に止められてしまう。振り向けば、叔父さんは『ヒョウキン者な親戚』ではなく『警部補』としての様な目をしていた。

 

 

「そう慌てんなって。事情くらい説明してけ」

 

「……友達の父親が事故った。友達を病院に連れてく約束をした。早く行かないと」

 

 

 一樹は叔父の目をしっかりと見ながら言う。こうしている間にも時間は過ぎていく。ここから祖母を説得して……

 

 

「やっぱ、変わったよ。お前」

 

 

 ふと、叔父の空気が柔らかくなった。

 

 

「事情はわかった。 これ、貸してやる」

 

「……! いいの?」

 

 

 渡されたのは、叔父さんの車の鍵だった。

 

 

「ばーさんは俺が説得しといてやる。行きな」

 

「ありがとう!」

 

 

 正直、マイペースで頑固な祖母と話すのが一番の難所だった。叔父の申し出はありがたい。

 

 

「あっと最後に」

 

「なに?」

 

 

 駐車場まで駆けようとした一樹を、また叔父さんが呼び止めた。

 

 

「その友達ってのは……お前のコレか?」

 

 

 叔父さんは少し下世話な笑みをしながら、小指を立てていた。一樹もつい肩に入っていた力が抜ける。

 

 

「違うよ。ただの友達。……大切な」

 

 

 それだけ言って、今度こそ一樹は走って行った。

 

 

 

────────────────

 

 

 

               【俺だ】  

【深夜に悪いな。今春と一緒に病院にいる】

 

『新島) 病院って…もう日付変わってるわよ?

     ずっと病院にいたの?』

 

       【ああ。色々あってな…】 

【兎に角、時間は空いたんだが今春が話せる状態じゃない】    

     【俺がかわりに話そうかとな】

 

 

『雨宮) 奥村社長はどうだった?』

 

 【取り敢えず無事だ。命に別状は無いってさ】

 

『高巻) よかったぁ~』

 

『喜多川) 悪人とは言え、知り合いの親だからな』

 

【だけど…意識不明で、何時目を覚ますか分からないらしい】

 

『新島) そんな…』

 

『坂本) クソ!』

『坂本) 犯人は何て言ってんだよ!』

 

          【その事なんだが…】

 

 

【奥村社長をはねた人は、精神が暴走してたらしい】

 

『高巻) えっ…』

 

『新島) それって…』

 

【多分、奥村社長は事件の真犯人とやらに口封じでひかれたんだ】

 

 

 

────────────────

 

 

 自分の推測でチャットは騒がしくなったが、伝えたい事は伝えた一樹は、チャットを閉じて隣を見る。病院の長椅子に座る一樹の横で、春が寝ていた。

 

 

 一樹がビュッフェ会場を出た後、15分でディスティニーランドに着き、直ぐ様病院に行った。

 

 

 病院に着いたら着いたらで、医者の話を聞いた春が泣き崩れたり、気の早い会社重役が後継者どうこうと騒ぎ立てたてたり、警察が来たり粘着質な記者にまとわりつかれたりと問題があった。

 

 

 それにまんまと巻き込まれた一樹は周りを落ち着かせそうと奮闘する春を守ろうとしたせいで帰るに帰れず、こんな時間になっていた。

 

 

 11時を回った頃でようやく回りも落ち着いたが、今度集中力が切れた春が寝落ちしてしまい、一樹はまだ帰れずにいた。

 

 

 春はすやすやと眠っている。思えば朝、学校にいた時から春は緊張していた。結局奥村社長が改心したかは分かっていない。そこでこの事件だ。寝落ちしても仕方ない。

 

 一樹は帰るのを諦めて、缶コーヒーをチビチビ飲みながらネット小説を読んで春が起きるのを待つ事にした。



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controversy

「なにも出てきませんねぇ」

 

「そうですか…」

 

「我々も予告状以上の物証、期待してたんですがねぇ」

 

 

 奥村社長が事故に遭った次の日。奥村宅の家宅捜査が行われていた。奥村社長と怪盗団の繋りを探す為だ。

 

 

「大丈夫か? 春」

 

「……ええ。ごめんね、、一樹君。巻き込んじゃって」

 

「お前のせえじゃねえよ」

 

 

(ああクソ… 叔父さんに車返さねぇと…)

 

 

 その現場には何故か、一樹もいた。

 

 

 

 昨日病院にて、春が目を覚ました頃には空が白まっていた。申し訳無さそうにする春を家まで送ったまではよかったが、今度は一樹が限界だった。

 

 

 一徹した状態で車を運転するわけにもいかず、ソファを借りて仮眠を取る……つもりが思いの外爆睡してしまい、一樹が起きた時にはとうに学校は終わっていた。

 

 

 そしてその頃には家宅捜査だと警察が来ており一樹は帰るに帰れなくなってしまっていたのだ。

 

 

 

 そもそも何故春の家が調査されなくてはならないのか。真犯人がいると確信している一樹は不満を持つ。

 

 

 真犯人について一樹や春の口から伝える事はできない。それが一樹にはとてももどかしかった。

 

 

 ちなみに警察曰く、「奥村社長と怪盗団は繋がっていた(奥村社長のライバルを廃人にした)→奥村社長が怪盗団を切ろうとした→怪盗団は奥村社長を改心のターゲットに選んで対抗した→改心に失敗した→腹いせに事故に遭わせた(交通事故の加害者の精神を暴走させた)」

 

 

 という理屈で奥村社長と怪盗団の繋がりを探しに家宅捜査に踏み切ったらしい。

 

 

 が、そんな証拠は探せど探せど出てこない。

 

 

 当然だ。と一樹は懸命に捜査を続ける警察を横目に思う。しかし顔には出さない。

 

 一樹の側に立っている女検事?は妙に鋭い。一樹と怪盗団の関係を悟られてはならないのだ。

 

 

だからそんな顔するな。警察も被疑者の娘までは探んねぇって

 

 隣で不安そうにしている春に小声で言う。もし警察に自分の部屋や携帯を調べられたらマズイと、春は思っているからだろう。

 

 

 一樹は一応警察を目指している身として、恐らく彼らには其処までの権限は無かろうと予測し、堂々としている。

 

 もっとも、春がつらそうなのは父親が意識不明の重体であり、そうさせた犯人がいると分かったからだろうが…

 

 

 一樹は春の肩をポンポンと叩き「心配すんな」とメッセージを送った。春はそれをしっかりと受け取り、少し安心した様な表情を見せる。

 

 

 

 ピピピと女検事と話していた捜査員の携帯が鳴る。

 

 

「はい? えっ?!  新島さん! 校長室でも出ました、予告状!」

 

 

 言葉を理解し飲み込んだ瞬間、一樹は叫びそうになったのをなんとか堪えた。隣の春は驚愕で言葉が出なくなっているらしい。

 

 

「よし…! もう一度聞くけど、お父様から怪盗団の事は聞いていないのよね?」

 

「はい…」

 

 

 何か分かったら連絡して。そう言って、女検事と警察は帰っていった。

 

 

「一樹君…」

 

「……校長って…、うち(秀尽)の…だよな?」

 

 

 校長…そう言われて2人の脳裏に浮かぶのは、あの肉だるまの様な秀尽の校長。つい、最近亡くなったばかりの。

 

 

「……あの肉だっ、…校長が死んだのって、9月のいつ頃だったっけ?」

 

「……たしか、中頃の…11日くらい…」

 

「俺もまだ加入してなかった頃か…」

 

 

 思い返せば、たしかにあの校長の死も怪盗団の仕業だとの噂はあった。しかし…

 

 

そんな話(校長殺し)なんて、怪盗団から聞いたことあるか?」

 

「……ううん」

 

 

 一樹は、ふと思い出してしまう。まだ怪盗団に入っていなかった頃、ワイドショーを見ながら考えていた事。

 『イセカイナビを持つ人間はそう何人もいるものなのだろうか』『なら、一番怪しいのは怪盗団…』

 

 

 信じたくない。だが一樹と春には、彼らが校長と奥村社長を事故に遇わせていないと言い切れる証拠は、無い。

 

 

「あいつらが殺人をするとは思えねぇ。だが、一回話聞いた方が良さそうだな…」

 

 

 なにか、ドロリとした不安の様な物を、一樹は感じた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 取り敢えず次の日、怪盗団をアジトに呼ぶことにした。

 

 

「ん? 悪い。最後だったか?」

 

 

 選挙カーの演説をBGM代わりにルブランの屋根裏に一樹が登ると、そこには一樹を除いた怪盗団の総員が待っていた。

 

 

「待たせたな」

 

「ううん。大丈夫」

 

「よし。それで春。気になることとは?」

 

 

 春が少し言い淀む。

 

 

「みんなは、校長先生って狙ったの?」

 

 

 それを聞いた怪盗団は、一様に不思議そうな顔をした。図星を突かれて慌てている様子もない。

 

 

(これはシロか…?)

 

 

 一樹は少しホッとした。

 

 

「昨日、うちに検察の人が来てね…」

 

 

 その検事が「校長室から予告状が出た」と言った。そう春は伝えた。

 

 

「そんなの知らねえっての!」

 

「何か…手際が…良すぎない…?」

 

 

 春の言葉を聞き、ギャーギャーと騒ぎ始める。

 

 

(ハァ… たっく…)

 

 

 ガンッと鈍い音が響く。怪盗団は驚いて音源を見れば、壁を思いっきり殴った一樹がいた。

 

 

「なっ、なにを…」

 

「質問に答えてねぇ」

 

「はっ…?」

 

 

 ポカンとする新島を一樹はにらむ。

 

 

「推測するも騒ぐも勝手だが、まずは春の質問に答えてからだろうが…! 春からすりゃ、親狙ったのがオマエラかも知れねぇッて不安があんだぞ! わかんねぇのか!」

 

「い、一樹君… 別にいいのに…」

 

 

 春はこの状況でジーンとしていた。やっぱり、春は少し感性がずれてるらしい。

 

 

「で? 狙ったのか? 狙ってねぇのか?!」

 

「やってねえっての!」

 

「だってさ。春」

 

「……うん。私は、皆を信じるよ」

 

「そうか。ならいい! じゃ、後は好きに討論してろ」

 

 

 そう言って一樹は壁に寄りかかった。一樹は空気を読まない。

 

 

 白けた空気の中、新島が言おうとしていた事を言い直す。

 

 

「えっと…奥村社長の件は、何ていうか… 事件後の、事の進みが早すぎる気がする」

 

「どういう意味だ?」

 

「事故が起きて次の日には家宅捜査。そして校長室から身に覚えのない予告状が見つかる…」

 

「……つまり?」

 

「真犯人、つまり、精神暴走事件を起こし、奥村の親父さんを殺そうとし人間が、警察と繋がってる可能性がある…って訳か」

 

 

 新島の推測を引き継いだ一樹の言葉に、皆が戦慄した。

 

 

 

 新島のその発言の後は坂本がギャーギャー騒いだだけで大した話もなく、新島の考えが正しければ警察にも追われるだろうから大人しく目立たないように行動しよう。と無難な対策の話をしただけで終わった。

 

 

 

 

「春」

 

「一樹君。あっ、さっきはありがとう。私の為に」

 

「いや、いい。半分は俺がムカついたってだけだから。……と、そうだ。帰りは電車か?」

 

「え? あ、うん」

 

「なら送ってやるよ。そこに車止めてるから」

 

「いいの? ありがとう!」

 

 

 春を車に乗せ、走り出す。

 

 

「あー…、と」

 

 

 一樹はコミュ症だ。言いたい事が有ってもどう言えばいいか迷っている間に言う機会を逃してしまう。

 

 

 だからこそ、一樹は単刀直入に言うことを好むようになった。

 

 

「なんかあったら言ってくれ。できる限り、力になる」

 

 奥村社長が事故に遭ったことで取り止めになったあの記者会見で、社長は自身が抱える『()()』の自白と共に、会社の労働基準法違反の告白と警察への自首を行う予定だったらしい。

 

 

 だがその社長が事故に遭い意識不明の重体となってしまい、社長の抱える秘密、責任の彼是(あれこれ)など様々な事が有耶無耶になってしまった。

 

 

 不幸中の幸いと言うべきか経営に関しては事前に粗方決まっていたらしく大きな問題はなかったらしいが、それでも混乱は起こっている。

 

 

 ゆえに、今の内に会社の実権を握ろうと画作する輩がいてもおかしくない。

 

 

 そして、そんな輩に狙われるのは春だ。

 

 

 春は今まで会社の人間とあまり関わらないできたらしい。ならば奥村社長不在の今、誰が味方で誰が敵かの判断は出来ないだろう。

 

 

 そんな時、なんの役にも立たないだろうが、絶対に『仲間』である一樹は少しくらいは心の支えになれる筈だ。

 

 

 と、運転しながら一樹は春に言った。

 

 

「一樹君…」

 

「どーせクラスも一緒なんだ。なんかあれば気軽に相談してくれ。話すだけでも楽になんだろ」

 

「ありがとう…」

 

 

 シンミリとした空気の中、春がそう言えば。と言い出した。

 

 

「さっきの事なんだけどさ。ほら、真犯人が警察と繋がってるかも…って話してた時…」

 

「あん? それがどーした?」

 

「いや… あの時、皆驚いた顔をしてたのに、一樹君だけ、──」

 

 

  ──笑ってた…よね。

 

 

「だからなんだ、って感じだけどさ。気になっちゃって」

 

「……え? マジで笑ってた? 俺」

 

「うん」

 

 

 一樹はアチャーと言いながら片手で顔を掻いた。あまり見せたい物ではなかったのに。

 

 

「いや、変な意味はねーんだ。たださ、コーフンしちゃって」

 

 

 一樹はバックミラーをチラリと見る。そこには、不思議そうな顔をした春と、つい想像して興奮した笑顔の一樹が写っている。

 

 

(アァ… 相変わらずキモチワルイ笑みだ)

 

 

 一樹はつい片手で口を隠す。自分の事は受け入れれたが、この笑顔は駄目だ。

 

 

 一樹は自分が嫌いだが、特に笑顔が大嫌いだ。前までマスクを常時着用していたのは半分以上自分の笑顔を見たくないからだ。

 

 

 愛想笑いもキモいが、本気で笑うともっとダメ。自分の顔なのに、自分じゃないよう。取って食われるんじゃないかと錯覚してしまう。

 

 だから見たくない。

 

 

「一樹君?」

 

「──! 悪い。自分と格闘してた。と、まあそん時笑ってたのには大した意味は無いぜ。

 ただ、ホントに黒幕がいるなら、是非とも戦いてぇな、って思ってただけだから」

 

「そっか。よく分からないけど、一樹君が()()()()だったから、気になっちゃって」

 

「……楽しそう…な」

 

 

 自分ですら受け入れられないアレを、楽しそうと言うか。何となく嬉しくなり、口を隠していた手を離した。

 

 

 そこにはやはり、獲物を見つけた捕食者の様な、獰猛な笑みが浮かんでいた。




最近、33話『主人公設定(ペルソナ覚醒後)』にアンケートを張りました。ストーリーにも関わるかもしれませんので、是非お答え下さい。


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calm

【謝罪】
 37話『confusion』にて、一樹が真犯人について言及していた事を作者自身が忘却しておりました。
 各所なるべく違和感の無い様に書き直しましたが、今後この様なミスを犯さぬよう、よりいっそう励む所存です。
 申し訳ございませんでした。


「そろそろ限界なんだよぉ…」

 

「……そう言われても」

 

 

 一樹が思いを打ち明けている相手は、純喫茶ルブラン、そこで働く雨宮だ。一樹の話を聞いている雨宮はどこか面倒くさそうにしているが、カウンターに突っ伏した一樹にその顔は見えない。

 

 

 そもそも雨宮が一樹の相談に乗ると言ったのだが、今彼は自分の迂闊な発言に後悔しているらしい。

 

 

 ハァ…とため息をつく雨宮を横目に、一樹はガバリと立ち上がる。

 

 

「ああっ! 戦いてぇ! 殴りてぇ殴られてぇ!」

 

 

 ……一樹の悩み事は、結局その事だった。

 

 

 他のメンバーは真犯人何処のどいつだだの奥村社長の一件で怪盗団の人気が落ちただのと騒いでいたが、そんな事は一樹の興味の外だ。

 

 

「もう一週間以上メメントスに入ってないんだぜ!? ああクソ、【自主規制】してる気分だ!」

 

「……ハァ」

 

 

 叫び終わった一樹は再びカウンターに突っ伏した。戦えないストレスで情緒が不安定になっているらしい。

  

 

 今度は突っ伏したままメソメソと嘆く。

 

 

「俺だってな? 我慢してるんだよ… 勝手にメメントスに行って、勝手にくたばったらお前ら(怪盗団)に迷惑かかるからさぁ…」

 

「………」

 

 

 今はまだ自粛できているが、一樹的にはそろそろヤバい。そろそろ理性で止まれなくなり、一人で突っ込んでしまうかもしれない。

 

 だからリーダーに助けを求めたのだ。

 

 

「……2人でメメントスに行くか? 少しだけ」

 

「──! いいのか!?」

 

 

 どうにか抑える方法を聞こうと思ったら、まさかの提案。

 

 

「もちろんだ。もう行くか?」

 

「ああ!」

 

 

 

────────────────

 

 

 

──メメントスにて

 

 

 

「新鮮な獲物だぁ!」

 

 

 意味の分からない事を叫びながら、ファントムを纏ったDRはシャドウに殴りかかる。

 

 

「アァ… マジ最高…」

 

 

 ジョーカーが手を出す間も無く、DRはシャドウを消滅させた。

 

 まだまだDRの欲求不満は収まらない。そこに音を聞き付けて、奥から新たなシャドウ(おかわり)が現れる。 

 

 

「いいねぇ! 楽しませろォ!!」

 

 

 即効でDRの持つ()()が砲撃を放ち、シャドウは一撃で消滅した。

 

 

「……携帯用の大砲でメメントスのシャドウを撃つのは楽しいか?」

 

「答えはイエスだ! 楽しいに決まっている!」

 

 

 DRはこの前までペルソナに覚醒した時に発現したロケットランチャーを使っていたが、ついに銃を新しくのだ。

 

 

 新しい銃の名は『ブロードサイダー』。一昔前にアメリカで使われていたと言う持ち運び可能な大砲…の模型である。

 

 

 弾は当然ミサイルではなく砲弾だが、DRは単発のビックガンなら使えるらしい。

 

 

「新しい戦鎚もいい感じだ!」

 

 

 DRは軽く戦鎚を振る。

 

 『悪魔の戦鎚』なるその戦鎚は、前まで使っていた黒曜の戦鎚以上に中二病チックかつおどろおどろしい見た目をしていた。

 

 これもなんたらとか言うゲームに登場する武器のレプリカだが、黒曜の戦鎚よりも()()()()()()、威力が高い。

 

 

「んっ? おっとと、… ふぅ」

 

 

 シャドウと対峙してからずっと搭乗していたペルソナがついに消える。それと同時に、DRのテンションも落ち着いた。

 

「あー… 今正気に戻った。悪い、付き合わせた」

 

「別にいい」

 

「そりゃサンキュー」

 

 

 ファントムの搭乗はDRのテンションに依存する。簡単に言えば、テンションが高くなければ、ファントム搭乗できないのだ。

 

 

 しかし今のDRは、ファントムに搭乗して戦う事でテンションが上がってしまっている。

 

 良い事に聞こえるが、自分を制御できていないDRは、興奮のままにぶっ倒れるまで戦ってしまうのだ。

 

 

 ある程度自分を制御するか、興奮を抑えられるようになることがDRの急務だった。

 

 

「俺一人で戦って悪かったな。そっちに残しとけばよかった」

 

「……俺は戦闘狂じゃないからいい」

 

「ん? 俺だって違うぞ?」

 

 

 興奮している時は兎も角、常時は大人しくしている自覚が、DRには有った。

 

 

「……、」

 

 

 ジョーカーの「お前は何時でも興奮してるだろ」と言いたげな、ジトッとした視線にDRは負けた。

 

 

「……分かった、悪かったよ。今後は暴れないよう気をつけるよ」

 

「……別にいい」

 

「ん?」

 

 

 そうしてくれ、とでも言われる事を覚悟していたDRは、ジョーカーの台詞に拍子抜ける。

 

 

「……DRはDRの好きにすればいい」

 

「そりゃ有難いが…いいのか? 多分…つか、確実に迷惑かけるぞ」

 

「……DRらしくない方が困る。怪盗団にとってもな」

 

「へぇ…」

 

 

 DRは感嘆する。前から思っていたが、雨宮やリーダーなだけあって人の言って欲しい事を言うのが上手い。

 

 DRは指示されるのが苦手だ。従いたくないとかではなく、不器用なDRは指示された事を実行するのが苦手なのだ。

 

 だから、好きにしろと言われるのが一番嬉しい。

 

「ああ。好きにするさ。ついでに、お前らの助けになってやるよ」

 

「……そうしてくれ」

 

 

────────────────

 

 

 

Rank Up

 

 

ARCANA 『狂気』

 

 

 

 ★★★★★★★☆☆☆ RANK7

 

 

【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる

【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える

【役立たずの使命】車での送迎をしてくれる

【 狂人の暴勇 】体力が低い程攻撃力上昇

 

 

【狂人の猪勇】 状態異常時攻撃力上昇

 

 

  NEXT ABILITY  RANK 8

 

【狂人の蛮勇】 敵の数が多い程攻撃力上昇

 

 

 

────────────────

 

 

 

 一樹のストレス発散も済み(一樹的には)どうでもいい中間試験も終わった木曜日。

 

 

 一樹は屋上にいた。

 

 

「なるほどなぁ…」

 

 

 春の言葉に相づちを打つ。一樹が屋上にいるのは、春の手伝いをしつつ悩み事を聞く為だ。

 

 

「やっぱ出たか…」

 

 

 春の悩み事は、奥村社長不在の混乱の中で春にすり寄ってくる輩についてだった。

 

 

「うん… 急にご機嫌取りみたいなことをする人もいて、誰を信じていいのか… 私、こんなにも人を信じられない性格だったなんて…」

 

「まあ、いきなり環境が変わっちまったんだ。しょうがねぇよ」

 

 

 同じクラスゆえにほぼ毎日顔を合わせているが、ここ最近春はやつれている様に見える。

 

 

「あー誰だったか…あの、専務…だか副社長だかの…」

 

「高蔵さん?」

 

「そうそう。高蔵サン。傍目からだけど、あの人はいい人ぽかったけどな」

 

 

 一樹は奥村社長が搬送された病院で、その高蔵という人が社員に対して的確に指示を出しているのを見ていた。

 

 余所者の一樹にも節義を持って接してくれた為、一樹はその人にいいイメージを持っていたのだ。

 

 

「うん。私も…いい人だとは思うんだけど…」

 

「悪い噂でもあるのか?」

 

「……うん。『お父様が事故に遭ったと聞いて喜んでた』とか、『今の内に会社の実権を握ろうとしてる』とかって…」

 

「それは、難しいな…」

 

 

 内部事情を知らない一樹には具体的なアドバイスなど出来ない。どうすればいいか、一樹は頭を悩ませる。

 

 

「ごめんね。 一樹君は関係ないのに…」

 

「おいおい。そんな事言うなって。友達だろ? 頼ってくれなくて悩むよりは、頼られて悩んだ方が断然マシだぜ」

 

「私も、御返しに一樹君の役に立てる事があるといいんだけど。私、特技とか無いからなぁ… 」

 

 

 別に気にしなくていいんだぜ。と一樹が言うよりも早く、春が思い付いた。

 

 

「これかな?」

 

「植物?」

 

「うん。土いじり。植物育てるの。こう見えて得意でね。昔、家のベランダで、南国の果物を実らせて、びっくりされた事もあるんだよ」

 

「そりゃ凄いな」

 

 

 一種の才能だろうか。それで特技が無いとはおこがましい。

 

 

「そうだ。家庭科室の冷蔵庫に… ちょっと待ってて」

 

「お、おう…」

 

 

 春はそう言い残して、階段を駆け降りていった。

 

 

「……無理してなきゃいいんだが」

 

 

 意識の戻らない父親にそれをやった真犯人、ろくでもない会社の大人たち… 春にかかるストレスは、一樹では計りしれない。

 

 

 今日の昼休みに、春がカウンセリングを受けた事を一樹は知っている。彼女は心配をかけたくないからか黙っていたが、たまたま入るのを見てしまったのだ。

 

 

 考えている内に、春が袋を持って戻ってきた。

 

 

「これ、そこのブランターから収穫したお野菜。一樹君に食べて欲しくて」

 

「へぇ…」

 

 

 袋を見ると、そこにはサイズや形がバラバラな野菜が入っていた。一樹は肉が好きだが、野菜が食べれないタイプではない。

 

 

「いかにも家庭栽培って感じだな。ありがと。サラダにでもして食うよ」

 

「うん。味の感想聞かせてね?」

 

「分かった…と、そろそろ行かなきゃ不味いか?」

 

 

 今日は佐倉に呼ばれている。何か話したい事が有るらしい。

 

 

「じゃあ、アジトまで行こ?」

 

 

 

 その晩食べた春の野菜は、正直に言えば美味しくはなかったが、元気の出る様な味がした。




主人公紹介のページはたまに書き足しています。


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moving

「試験、ご苦労だった」

 

 

 アジトにメンバー全員が揃うと、おもむろに佐倉が前に出た。

 

 

 今日メンバーを集めたのは彼女だ。何か報告があるらしい。

 

 

「前に気になることがあるって言ってたけど、何か分かったの?」

 

「私がバンしてやったメジエド…本物じゃない」

 

 

 佐倉の言葉で、メンバー全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 

 

 メジエド……一樹がパレスに巻き込まれた時期に怪盗団が対峙していた敵だ。ハッカー集団か何かで、怪盗団に喧嘩を売った結果、本物のメジエドであった佐倉によって撃退された…らしい。

 

 

「はぁ? 本物はお前だろ?」

 

「あー…ええっと…。わたしのあとメジエドを名乗ってたヤツと、この前のは違う」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 佐倉(天才ハッカー)が言うには、怪盗団が戦っていたメジエドはコード?とやらがどのメジエドの物でもなく、更に痕跡を見れば相手はそもそもハッカーですらなかったらしい。

 

 

「少なくとも正式なメジエドって事は絶対にない」

 

「メジエドを名乗ってた怪盗団を挑発…? 一体何が目的だったんだ?」

 

「ひょっとして、愉快犯…? 怪盗団が人気出てきた頃だったし、人気にあやかろうと…」

 

「……?」

 

 

 高巻の推測に一樹は違和感を覚えたが、それが形を成す前に新島が何かに気がついた。

 

 

「逆なんじゃない…?」

 

「逆?」

 

「怪盗団を有名にするために、メジエドを名乗った、とか…」

 

「そう言えば、あの時期からよくテレビでも怪盗団の名を聞くようになった。メジエドが怪盗団を有名にしたのは確かだな」

 

 

 一樹の言葉に乗る形で、佐倉が新事実を付け加えた。曰く、怪盗お願いチャンネルが外部から不正に書き換えられていた、と。

 

 

「夏休み前くらいから、アクセス数が実際より大分盛られてた。それにランキングも。特に奥村社長が1位になった時だな」

 

「大分見えてきたわね…。メジエドの挑発でも、サイトの改竄でも、結果的に怪盗団に注目が集まった」

 

 

 一樹と春以外の怪盗団が奥村社長を狙ったのは、世論とランキングによってだ。

 

 

「全部仕組まれてたとしたら…」

 

「……多分」

 

 

 一樹が口を開く。

 

 

「真犯人は奥村社長の事だけじゃなく、今までの廃人化事件すべての罪を俺たち(怪盗団)に被せるつもりだろうな」

 

 

 恐らく、真犯人は怪盗団が奥村社長の改心に成功する事まで折り込んだ計画を立てていた。

 

 だから『緊急記者会見の直前に精神暴走させた人に奥村社長をひかせる』なんて面倒な事ができたのだろう。

 

 

「どこの誰だか知らねぇが、真犯人って奴がいるのは確か。てことはここ2ヶ月、怪盗団はそいつの手の上で踊らされてたワケだ!」

 

 

 一樹は楽しそうに笑う。そんな用意周到な敵が()()()()()。それだけで一樹は愉快だ。

 

 

「か…考えすぎだろ…」

 

「あぁ…?」

 

 

 情けなく震えた声が、一樹の笑いを遮った。坂本だ。

 

 

「だってお前…メジエドにランキングって…! あんな騒がれたモンが、もし全部仕込みだったつんなら…! 俺ら…一体どんな野郎を、敵に回したんだ…?」

 

 

 いつも気丈に振る舞っている坂本の弱く震えた声によって、アジトの空気までどんよりとする。

 

 

 結局その後は、『頑張って真犯人を見つけよう』とふんわりとした目標を立てて解散となった。

 

 

 

(あめぇな…)

 

 

 あの新島でも、ハメられた時は焦るらしい。冷静さを欠いて、一樹でも分かる事を考えれていない。

 

 

 少しはある警察に関する知識、そして怪盗団がハメられだした2ヶ月前にはまだ怪盗団に加入していなかったという余裕から、一樹は1つの予測を立てていた。

 

 

(警察はこの事件(奥村社長の事故)で本格的に動きだす。対策本部なんかも立てられるかもな)

 

 

 この話はまだ怪盗団にはしない。ただの予測で、これ以上彼らを混乱させるのは避けるべきだ。

 

 

 嫌いな連中じゃない。もしもの時はできるだけ助けないとな。一樹はそう決心して帰路についた。

 

 

 

────────────────

 

 

『新島) ちょっと厄介な事になったわ』 

 

『新島) みんな落ち着いて聞いて』

 

『春)  どうしたの?』

 

『新島) お姉ちゃんが…怪盗団の大きな仕事を任されたって』

 

『佐倉) それつまり』

 

『新島) ええ…間違いない

     特捜が動き出した』

 

                 【マジか】

 

             【特捜動かすとか】

 

             【スゲエな怪盗団】

 

『新島) そんな事言ってる場合じゃないでしょう!』

  

 

────────────────

 

 

 一樹はベッドの上で横になり、チャットを閉じる。

 

 新島の姉が特捜だとは知らなかった。そもそも一年間一緒に仕事していたのに、今日まで姉がいるとは知らなかった。

 

 

 

──まさか、予測を越えてくるとはな。

 

 

 集まっていた時に自分の予測を言わなくてよかった、と一樹は一息ついた。予測を外していらない赤っ恥をかく所だった。

 

 

 一樹がチャットの事を気にしていないのは、いくら特捜と言えども異世界の事までは調べられないだろうと確信があるからだ。

 

 

「……」

 

 

 が、1つ気になる事ができて再びチャットを開く。

 

 

 

────────────────

 

 

 

『新島) 早く何か手を打たないと…』

 

                 【なあ】

 

      【真犯人と特捜がグルの可能性】

 

             【あんじゃね?】

 

『坂本) なっ!』

 

『新島) そんな事…』

 

 【真犯人が権力者と組んでるのは確かだし】

 

      【無いとは言いきれないだろ?】

 

『高巻) だとしたら…』

 

『新島) 冤罪どころじゃなく、積極的に罪を偽造してくるかもしれない』

 

              【そーゆう事】

 

   【まあどうこうできることじゃないが】

 

『雨宮) 心構えくらいはしておこう』

 

              【そーゆう事】

 

 

 

────────────────

 

 

 

「どうですかね? 関係無いって事は無いと思いますけど」

 

 

 次の日。早速警察が学校で聞き取り調査を行っていた。秀尽の全生徒に個別でやるらしく、一樹たち三年生は午前中に呼び出されている。

 

 

 名前順で先だった春がビクビクしながら出ていき、ビクビクしながら帰ってきた。

 

 

 その為少し緊張していたが、行ってみれば大した事もない。形だけの聞き取りだ。

 

 

 数事だけ話し、最後に「怪盗団はこの学校にいると思うか」と聞かれたのでそう答えた。多分、無難な答えだ。

 

 

「みんなそう言うね。ありがとう。参考にさせてもらうよ」

 

 

 これ位の聞き取りで自分から疑惑の目が逸れたとは思わないが、少なくとも大多数の中には紛れた筈だ。ある程度は動き易くなるだろう。

 

 

「あぁ、悪いけど、次の人呼んで貰えるかな」

 

 

「分かりました」

 

 そう言って、居心地の悪い尋問部屋を一樹は部屋を出た。

 



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request

【お詫び】
最近リアルが忙しく、更新が滞っております。もうしばらくの間更新が遅くなるかもしれませんが、エタらせる気は毛頭ございません。


「新鮮な敵だぁ!」

 

 

 DRの気の狂った叫びと共に戦鎚が振るわれ、下半身が蛇の形をしたシャドウが叩き潰された。

 

 

「おかわりだっ! 【ペイン・トレイン】!」

 

 

 その勢いを残したまま次のシャドウも撥ね飛ばす。

 

 

「うわ… マジでヤベーな、パイセンの戦い方」

 

「敵だったらと思うとヤバいよね…」

 

「だが、頼もしい味方だ」

 

  

 ここはメメントス。怪盗団と一緒に依頼をこなす為、DRはここを訪れていた。

 

 DRにとって怪盗団の初仕事であり、怪盗団メンバーと初めての連携だ。が、興奮しペルソナ(ファントム)に搭乗したDRが一人暴れてしまって、今の所まったく共闘できていない。

 

 

「さあ、楽しませろォ!! ……ふう」

 

 

 シャドウの攻撃を雑に避けたDRが最後のシャドウにトドメを刺すと同時に、DRのペルソナ(ファントム)が消えた。

 

 

「おっ」

 

「……悪い。今落ち着いた」

 

 

 DRは()()()()戦鎚を担いで後ろで待機していたメンバーに謝った。興奮したDRが「一人でやらせろ!」と騒いでモルガナカーから飛び出したからだ。

 

 

「もう大丈夫そうなの?」

 

「ああ。飛び出して悪かったな」

 

 

 

 少しはマシになってきたが、DRの興奮を抑えられず一人で突っ込んでしまう悪癖がまだ治っていない。

 

 

「はぁ… この癖は早く治さないとな」

 

「でも、落ち着くまでの時間は早くなってたよ!」

 

「……そうか。サンキュ」

 

 

 励ましてくれるノワールに感謝を言いつつ、モルガナカーの運転席に座る。運転はジョーカーやクイーンでもよかったが、一応DRがやることになっていた。

 

 

 

 この異世界において、DRの強さはアナーキーだ。ペルソナ(ファントム)に搭乗していれば、運動能力もかなり高く特殊な技も使える。

 

 

 しかし搭乗していない──興奮していない状態では、何故か皆と違ってスキルを4つまでしか使えない上、しかも戦鎚と銃を片手で振るう事もできなくなってしまう。

 

 どうにも『戦鎚と銃はペルソナに搭乗していないと扱えない』と認知してしまったらしく、どれほど鍛えても両手でなければ使えないのだ。

 

 

 お陰でDRは物理攻撃において威力はあるが他のメンバーより出遅れるし、スキルの幅も狭い。しかしペルソナに乗れば突っ走ってしてしまう。

 

 

 全くもって面倒だ。せめて暴走しないように抑えなければ。と、DRはため息をついた。

 

 

『そろそろだぞ! 気を引き締めておけ』

 

「りょーかい」

 

 

 モナがハンドルの所から告げる。何処から話しているのかは気になっていたが、まさかこんな所からだったとは。認知世界は何でもアリだなと、DRは改めて認識する。

 

 

 

 今日のターゲットは引き籠りだ。ターゲット自ら、ネットから親の脛を齧る自分の弱い心を改心してくれと頼んできたのだ。

 

 イレギュラーな件だったが、こんなご時世に怪盗団を頼ってくれたのだからと怪盗団は受ける事にした。

 

 

 メメントスの一角に、ターゲットの男はいた。

 

 

「誰だ! まさか…怪盗団か!」

 

「そうよ。貴方の依頼を受けて、改心に来たの」

 

 

 クイーンに言われて、ターゲットは何故か怒りだした。

 

 

「く、くそ! なんで来やがった!? 俺はただ、『治す努力はしてる』って自己満したかっただけなのに!」

 

「……改心する気はないと?」

 

「当然だ! 俺は悪くねぇ! 俺を生んだ親が、回りの環境が悪いんだ!」

 

 

 話すら通じず、引き籠りのターゲットは便器に座った悪魔に変身した。

 

 

「俺は悪くねぇ! だから、テメェらが悪いんだ!」

 

「ダメだこりゃ。戦うぞ、指示してくれ!」

 

 

 怪盗団は武器を構えた。

 

 

 

『敵一体、みんながんばれ!』

 

「 【スレッジハンマー】!」

 

「ゾロ! 【ガルーラ】!」

 

「彼はもう一人の俺だ! 【ブフーラ】 ──! これでは駄目だ!」

 

 

 仲間内でも特に素早い三人が次々にスキルで攻撃するが、あまり効いた様子がない。氷結に関しては耐性すら持っているようだ。

 

 

「俺は悪くねぇ! 【コンセントレント】!」

 

「チッ これはどうだよ!」

 

 

 敵の使ったのは魔法攻撃の威力を上昇させるスキル。

 

 

 攻撃させるのは不味い。そう判断してDRは咄嗟に懐に入っていた[業火の勾玉]をぶん投げた。

 

 動きが遅くスキルも決定打に欠けるDRは攻撃用の道具をいくつも持たされてるのだ。

 

 

 ちなみにアイテムを持ち過ぎているため、DRは何を持っているのか把握しきれていない。今回も当たってから何を投げたのかを理解していた。

 

 

「ぐお、ぎゃあ!」

 

「お? 炎が弱点か!」

 

『敵ダウン! DR、やるな!』

 

 

 火炎属性が弱点だったらしく、DRのぶつけたアイテムでシャドウはダウンした。

 

 即座に、尻もちをついたシャドウを囲んで銃を構える。

 

 

「クソォ…俺は、俺は悪くねぇェ!」

 

「話にならないわね。どうする? ジョーカー」

 

「……総攻撃だ」

 

「そうこなくちゃな!」

 

 

 ジョーカーの指示により、メンバー全員でシャドウをタコ殴りにする。

 

 

「アァァァッ殴りたい殴りたい殴らせろォ!」

 

『総攻撃ターイム!!』

 

 

 

 Enjoy&Existing!!(楽しく、刺激的に!!)

 

 

 

 総勢9人での総攻撃に耐えられず、ターゲットは元の姿に戻った。

 

 

 

「そうだよな… 悪いのは俺だよな… 分かってた、分かってたんだ…」

 

「……オマエ、最初から自分が悪いって分かってたんだろ? なら──」

 

 

 モナたちがそれらしく説得する。DRは会話は下手なので口を挟まない。

 

 

「そうだよな… 今度こそ、働いてみるよ」

 

 

 パレスの種を残してターゲットは消え、依頼は終了した。

 

 

 

 




【お願い】
50話を突破したら、SSを書こうと思っています。以下のアンケートで一定の票を取ったSSを書きますので、是非ご投票下さい。


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「おー。結構様になってんな」

 

 

 中間試験終了から一週間足らずのある日。秀尽学園では学園祭が行われていた。

 

 

 

 一樹は玄関の前で怪盗団メンバーと共に飾りや看板の立てられた校舎を眺める。

 

 

 学園祭は四月の騒動や校長の件などから中止も検討されていたらしいが、無事開催できたことは一樹としても喜ばしい。

 

 

 去年まではボッチの一樹は学園祭などと言った青春行事は自宅待機が基本だったが、今年は一緒に回れる奴等がいる。

 

 色々と面倒事や考えなくてはならないことは有るが、今日くらいは純粋に楽しみたかった。

 

 

「いやーここ最近まったく学校来てなかったから、この代わり様は驚きだわ」

 

「実行員の仕事も全然しなかったわね… ずっと家にいたの?」

 

「まさか! 学校終わるまで喫茶店で時間潰してたよ」

 

 

 特捜に目を付けられず自然に集まれるようにと新島が勝手に一樹を文化祭実行委員会に入れていた。しかし一樹はその手の委員会が嫌いである。

 

 一樹は、学園祭の準備期間として設けられていた期間の間、一切学校に近寄っていなかった。

 

 

「もう。一樹と一緒に模擬店の準備するの、楽しみにしてたのに」

 

「その模擬店も問題で来なかったんだよ…」

 

 

 一樹と春のクラスの出し物は『女装メイド喫茶』とか言う正気の沙汰とは思えない模擬店だった。

 

 しかも、いつの間にか一樹はウェイターに選ばれていた。

 

 

 一般的男子生徒なら口ではなんだかんだと言いながらも回りの空気に流されて黒歴史を作る所だが、()()は空気を読まない男。

 

 断固拒否し今日に至るまで逃げ続けている。

 

 

「一樹君のメイド姿、見たかったのに」

 

「……」

 

 

 春が残念そうに言う。一樹は聞こえないふりをする。

 なんとなく、一樹がウェイターに選ばれていた理由が春にある気がした。

 

 

「それにしても、盛況だな」

 

「人、去年より全然多い」

 

「そりゃそうだろ。『有名』になっちまったし」

 

 

 一樹は去年までを知らないが、たしかにたかだか高校の文化祭にしては人が多い気がした。

 

 坂本は他人事の様に言うが、この高校生は良くも悪くも注目を浴びているのはほぼ怪盗団関係だ。つまり──

 

 

「私服警官とかもいるかも…」

 

「いる。って考えた方が無難だろうな」

 

「そうね。会話の内容、気をつけないと」

 

「フツーの学生ぽさが大事だな」

 

 

 それを聞いて初期メンバーや佐倉が「普通に学園祭を楽しめばいい」と気楽な案を出す。

 

 怪盗団の中でも特に気を張らなければならない連中だろうに。

 

 

「お気楽ね。リーダーや竜司は、調査の過程で──」

 

「おい」

 

 

 お小言を言おうとした新島を止める。少し弄くってから、スマホを見せた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

      【会話の内容、気をつけるんだろ】    

【こんな誰が聞いてるかわかんねぇ所でする話題じゃない】

 

『新島) そうね…』

『新島) ごめんない。私も気が焦ってるみたい』

『新島) 取り敢えず、特に初期の三人は会話に気をつけて』

 

『坂本) わーたよ』

 

 

 

────────────────

 

 

 

 お気楽組への注意喚起も済み、春のリクエストで「食事を楽しめる模擬店」に行く事になった。

 

 

「ここだよ!」

 

「『メイドたこ焼き』…!」

 

 

 高巻の案内で彼女らのやる模擬店に来たが、どの学年も考えることは大体同じらしい。やたらしっかりしたメイド服が印象的だった。

 

 

 しかし衣装に凝りすぎたせいで予算が無く、無難なたこ焼きは1つも残っていないとかで、『ロシアンたこ焼き』なるいかにも学園祭らしいたこ焼きを頼まされてしまった。

 

 

 一樹はそれにあまりいい予感がしなかったが、春が随分楽しそうにしていた為何も言わなかった。

 

 

 怪盗団のいるエリアは客足も遠く、模擬店の店員にさえ気をつければ普通に会話して問題ないだろう。

 

 

「取り敢えず、本題話そうぜ」

 

「本題って…そう言えば、明日()()()()()とやらが来るんだって?」

 

 

 『高校生探偵』明智吾郎。数々の事件を解決し、その知性と容貌から巷では探偵王子とも呼ばれている。

 

 怪盗団の改心を洗脳と同質と考えていて、心を盗む怪盗団を否定していたが、最近怪盗団援護側に回ったらしい。

 

 

 精神暴走事件の真犯人を探すため、怪盗団は情報を盗むべく高校生探偵を講演に呼んだ、とはこの前会った時に春から聞いていた。

 

 

 一樹は何とも思っていないが、怪盗団(特に初期メンバー)は高校生探偵に敵対心を多大に抱いている。 

 

 そんな人をどんな形にせよ頼るのは、彼らにとって苦肉の策だろう。

 

 

「道行く人の話を聞くと、明智の人気ばかりが耳に届くな」

 

「全部怪盗団のお陰だろっ!」

 

 

 何人かが佐倉の言葉に頷く。

 

 一樹はいくらか距離を置いて、客観的且つ利己的に怪盗団に所属しているが、怪盗団の正義を盲信している彼らには高校生探偵の人気は腹立たしいらしい。

 

 

「つかさ、明智のヤロウが出演を受けたのって、俺らがやってないって信じてるからか…?」

 

「意外と、ただの祭り好きかもな」

 

「あー、メディアでちやほやされるの、まんざらでも無さそうだしね」

 

「可能性で言えば……いや、いいか」

 

 

 探偵嫌いの色眼鏡を除いて考えた時、こんな時期にこの高校に彼がやって来る理由。

 

 ふと、一樹の頭にぶっ飛んだ想像が浮かんだが、流石にあり得ないだろうと思考から消した。

 

 

 

「えっとー、このなかの1つが『特別』です」

 

 

 一樹の思考が飛んでいる間に、『ロシアンたこ焼き』が届いていた。

 

 

「……特別?」

 

 

 船皿の上には、人数分なのか七個のたこ焼きが乗っていた。まあ学園祭クオリティの、普通のレトルトたこ焼きだ。

 

 ……1つを除いては。

 

 

「1つ明らかに真っ赤だろ。どう見ても『それ』だろ」

 

「オイまさか『ロシアン』って…」

 

「いや…逆にフェイクの可能性も…」

 

 

 一樹は辛いのは苦手だ。コンビニのピリ辛お菓子すら駄目なレベルなのだから、見るからに真っ赤な『ソレ』を食べる勇気はない。

 

 一樹は痛いのは好きだが、求めているのは戦闘による副次的な痛みだ。自分から無駄に喰らうのは流石に躊躇する。

 

 

 一樹の言葉のせいか、皆疑心暗鬼になり他のたこ焼きに手をつけれなくなっている。兎に角、赤いのを始末しなければ…

 

 

「あら、皆食べないの? なら私が『特別』をいただこうかしら」

 

「……まさか、…素でいこうとしてる?」

 

 

 どうにも、春は本気で分かっていないらしい。誰かの口から安堵の息が漏れた。

 

 

 確かに自分から生贄になろうとしているのだ。止める理由はない。一樹だって志願してるのが春で無ければ見捨てていた。

 

 

 しかしたまにゲテモノに走ろうとするとはいえ春はセレブ。彼女の口は肥えている。唐辛子をぶちこんだだけだろう辛さに耐性が有るとは思えない。

 

 

 しかも彼女は今日を楽しみにしていた。こんなことで思い出を汚すのは躊躇われる。

 

 

 かといって他人に押し付けるのは違う。やはり自分が──と一樹が素早く覚悟を決めた時、

 

 

「あれ? 一人多いね」

 

 

 彼が表れた。

 

 

「こ、講演会、明日なんだけど?」

 

「会場の下見に──」

 

なあ、……誰?

 

 

 小声で隣に座る春に尋ねる。一樹といえど、テレビで彼を見た記憶はあるし、新島との会話からある程度予測はつくが、それでも確信はなかった。

 

 

あ、明智吾郎君… 高校生探偵の…

 

……だよな、やっぱり

 

「これ、1ついただくね」

 

 

 前までの一樹なら、嫉妬でマトモに向き合えなかったであろうその男、高校生探偵クンは下見に来たらファンに見つかって人気の無い方に逃げて来たと説明し、不意に船皿からたこ焼きを1つ取った。

 

 

「これ、1ついただくね」

 

「あ! 『特別』…!」

 

「出演料代わりってことで」

 

「それ──」

 

 

 高巻の制止も遅く、高校生探偵君クンはにこやかに赤いたこ焼きを口に放り込み──

 

 

「ほうぁっ!」

 

 

 思いっきりむせた。

 

 

「喉がっ…ウホッ、これはッ…! 胃の中が、大炎上だッ…!!」

 

「大丈夫? 水…」

 

「平気に、決まってる、だろ…? 僕、辛いの…大好き…だい、す…き…ハハ…」

 

 

 大した痩せ我慢で、軽く挨拶すると早足に去っていった。トイレにでも行って思いっきり咳き込むのだろう。

 

 弱味を見せようとしない姿は天晴れだ。

 

 

  

 不穏な点は残しつつも、これが一樹と高校生探偵のファーストコンタクトであった。




アンケートに是非ご協力下さい。


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school festival

私情のゴタゴタが段々片付いてきました。週一更新はできると思います。


「おっ! この焼きそばうめぇ!」

 

「ホントだ。美味しい!」

 

 

 金髪コンビが絶賛しているのは、中庭の出店で買った焼きそばだ。一樹も春から一口貰って食べてみる。成る程たしかに旨い。

 

 

 が、一樹にはそれに関連して気になる事があった。

 

 

「マジでそれ食うの? もはや別料理じゃん」

 

「……ああ」

 

 

 雨宮の焼きそばには紅生姜が山盛りに乗っけられていた。山盛り過ぎてそばが隠れているほどだ。

 

 

「いやいやパイセン。これぐらいが旨いんだって!」

 

「ふぅん?」

 

 

 牛丼にしろ焼きそばにしろ紅生姜は使わない派の一樹には分からないが、きっと好きな奴は好きな味なのだろう。

 

 

 雨宮もその好きな奴らしく、なかなかいい食いっぷりを見せている。

 

 

「ハーイ男たち! こっち向いて~」

 

 

 声に反応して向くと、高巻がスマホのカメラを構えていた。一樹は写真を撮られることは嫌いだが、今は気分がいい。撮影を受け入れた。

 

 

 

「一樹君は何を食べてるの?」

 

「これ? じゃがバターってやつだな」

 

 

 一樹はじゃがバターの屋台をあごで指しながら説明する。別に好物ではないのだが、高校の文化祭でじゃがバターは物珍しくてつい買ってしまった。

 

 

「ま、取り敢えず不味いモンではないぞ。ほら」

 

「ん。本当だ、美味しいね!」

 

 

 割り箸で一口分のじゃがいもを取り、春に食べさせる。春はセレブだが、安い物も食べれる口なのは好感が持てる。

 

 

 

「食い終わったな! よし、次はアトラクション行こーぜ!」

 

「お化け屋敷制覇すっか!」

 

 

 昼飯を食べ終わると、モルガナと坂本のおちゃらけ組が騒ぎだす。

 

 

「ならば向こうだな。どうやらアトラクションはそっちに固まってるようだ」

 

「ん? …ゲッ。そっち行くなら俺パス」

 

「え? どうして?」

 

 

 喜多川の広げる案内図を見て、一樹は顔をしがめる。

 

 

「……その階、俺らのクラスの模擬店がある。見つかったら何やらされるか分からん」

 

「ああー…」

 

 

 一樹の説明に男子たちは同情的な視線を向けるが、真面目な生徒会長としての新島と一樹に着せたい主犯の春は不服そうにしている。

 

 一樹は見ないふりをした。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「ほら」

 

「ありがとう」

 

 

 少しお洒落な紙コップに入ったコーヒーを春に渡し、一樹も席に座る。

 

 二人は今、怪盗団と別れて喫茶店風の模擬店に来ていた。

 

 

 新島は団体行動を乱す事を嫌がったが、男子たち──特に下手にイジれば自分にも跳ね返ってくると察した坂本──の協力により、一樹は一時離脱を許されたのだ。

 

 

 本当は一人でぶらぶら校内を回って時間を潰すづもりだったが、なぜか春が着いてきた。

 

 ゆえに一樹は予定を変えて、喫茶店に腰を落ち着かせるのとにしていた。

 

 

「つか、お前もこっち来てよかったのか? あいつらと回るの、楽しみにしてただろ?」

 

 

 コーヒーを飲みながら、春に尋ねる。安いコーヒーだ。雑な苦味が口の中を駆け抜ける。

 

 

 春は穏やかな顔でコーヒーを飲みながら答える。

 

 

「皆と回るのも楽しいけど、私は…一樹君といたかったから」

 

「ああ……そう…」

 

 

 そんな事を言われて、どんな顔をすればいいのか。一樹は顔を反らす。

 

 

 チラリと春の顔を見るが、彼女に照れた様子はない。それどころか、満足そうにコーヒーを飲んでいる。

 

 

「うん。美味しい」

 

「…? そうか? 多分安物だぞ、これ」

 

 

 最近ゲテモノに走ろうとする気はあれど、春の舌は正確だ。高級品と安物を見分けられないはずがない。

 

 

「うん。高くないコーヒーでも、誰かと一緒に飲めば美味しいよ」

 

「……ああ」

 

 

 きっと、前の春にはコーヒーを共に飲む友達がいなかったのだろう。

 

 一人孤独に飲む高級なコーヒーはどんな味がするのだろうか。一樹には想像がつかなかった。

 

 

「あー…なんだ。コーヒーくらい、何時でも一緒に飲んでやるよ」

 

「──!」

 

 

 今言えるのは、ここまでだ。春の顔も見れない。これ以上は、一樹の心がもたない。クイッと、照れ隠しにコーヒーを飲む。

 

 

 不思議なことに、無糖のコーヒーがやたらと甘く感じた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

『……降参だ』

 

『悪かったわね。レベルが違い過ぎた』

 

 

 舞台の上。戦っていた男が手を上げ、勝った女がドヤる。ちなみに、どうやら女の方が主人公らしい。

 

 

「……どーゆうストーリーだ」

 

「一樹君。しー」

 

 

 一樹と春は怪盗団と合流した後、体育館で演劇部の公演を見物していた。

 

 

 残念ながら第3部までの公演は終わっており、第4部から見始めた為にストーリーが今一分からない。

 

 

 

『これにて、今日の公演を終了とさせて頂きます!』

 

 

 パチパチパチ。とそれなりに多くの拍手の音が体育館を包んだ。いつの間にか終わっていたらしい。やっぱりよく分からなかったが、春は満足気だからよしとする。

 

 

 

 

「ケッコー面白かったな!」

 

「うむ。あれも1つの美だろう。俺の目指す方向とは違うが」

 

「そーゆうモンだったのか…?」

 

 

 劇はわりと好評だった。あとで雨宮にでもストーリーを聞いておこう、と一樹は決めた。

 

 

 

「とりま、これでひと通り回った感じ?」

 

「だな。学園祭らしい出し物は大体見ただろ」

 

「私的一番の思い出は、『特別』を食べた探偵の挙動だ」

 

 

 佐倉の言葉で光景をフラッシュバックしたのか、何人かがニヤニヤ笑っている。

 

 

「春、どうする? もう少し回る?」

 

「ありがとう。もう満足。一樹君は?」

 

 

 一樹自身も今まで完全に忘れていたが、そう言えば今日は春の歓迎会兼『一樹の歓迎会』でもあったのだ。

 

 見るに、春以外皆忘れていたようだが。

 

 

「いや、俺もいい」

 

「じゃあ、今日は早めに帰って休もう? 明日は…明智くんだし」

 

「ワガハイは賛成だ」

 

 

 モルガナの賛同が鶴の一声となり、今日は解散になった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 帰り道。

 

 

「ん? 喜多川どこいった?」

 

 

 同じ方向に向かっていたはずの喜多川がいつの間にか消えていた。

 

 

「戻って模擬店でもまわってんのか…?」

 

「あっ、さっき秀尽のカウンセラーの先生に会いたいって言ってたような…」

 

「カウンセラーって… ああ、あの…」

 

 

 以前ルブランで会った、あのおっとりとしたおっさんの顔を思い出す。

 

 

「イツキもあの先生のカウンセリングを受けたのか?」

 

「あー、三年生の一斉受診と、あとはたまたま会った時に軽く話したくらいだな」

 

「ほう。と言う事は、怪盗団のメンバーは大体カウンセリングを受けているんだな!」

 

「へー」

 

 いつの間にか喜多川の事からカウンセリングの事に話は変わり、だからどうしたということもなく皆帰路についた。



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fail

滅茶遅くなって申し訳ありません…


「あ゛あ… 疲れた…」

 

「大丈夫? 一樹君」

 

「 なんとかな…」

 

 

 文化祭2日目。今日が怪盗団にとっての正念場である。

 

 

 怪盗団に精神暴走事件の濡れ衣を着せた真犯人の情報を得るべく、高校生探偵の明智吾郎を学校に呼び寄せたからだ。

 

 

 怪盗団の中でも、特に新島は緊張している。このリスクの高い賭けを提案したのは彼女だし、午後の講演会で探偵から情報を引き出せるかも進行役である彼女にかかっているからだ。

 

 

 新島が緊張するのは当然の事だろう。それは一樹も理解できる。

 

 ……が、その緊張による余裕の無さによる被害が自分(一樹)一人に降りかかる必要性はまったく理解できない。

 

 

 新島曰く、「前まで全然(実行委員の)仕事をしてなかったんだから、少しくらい手伝いなさい!」とのことだが、どう考えても仕事量が異様に多かった。

 

 

 一樹が仕事をサボったのは男としてのプライドにかかわる──少なくとも一樹はそう思っている──からだし、そもそも実行委員をやるだなんて一言も言っていない。

 

 

 それでも一樹は仲間である新島が困っているなら手助けしようとは思っていたから仕事を任されたことには文句は無い。

 

 

 が、この量はなかろう。と一樹は思う。少なくとも生徒会の頃はこんなに動いた覚えはない。

 

 

 

 舞台袖から演台を運び終わったかと思えば学校のどこかにいる先生へメッセージを伝えに走り、それが終われば今度はやたらと重い音響装置を動かし…と、休む暇なく雑用と力仕事を新島に押し付けられた。

 

 

 そして講演会30分前になってようやく、一樹は休憩をとる事ができた。春の持ってきてくれたタオルで汗を拭い水で喉を潤す。

 

 

「ああ~、生き返る…! ……ん?」

 

「どうかした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 一瞬違和感を感じたが、すぐに消えたので忘れることにする。それよりも、今の内に早く昼飯を食べに行かなくてはならない。

 

 

「まだ春も飯食べてないんだよな。一緒に食いに行くか?」

 

「え? うん。いいよ!」

 

「よっしゃ。じゃあ急ぐか」

 

 

 あと25分で講演会が始まってしまう。一樹と春は走って食堂へ向かった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

『それではただいまより、講演会を始めます。本日のゲスト、明智吾郎さんです!』

 

 

 壇上に立つ新島と高校生探偵。無事に講演会が始まった。

 

 

 

「頼むぞぉ。会長! ……つか、パイセンは?」

 

 

 怪盗団メンバーは、二階のギャラリーから講演会を見学している。新島が上手く『実行委員以外立ち入り禁止』と指令を出したため、ここでなら堂々と会話できるのだ。

 

 しかし、何故かそこには一樹の姿がなかった。一緒に食堂へ行っていた春に視線が向けられる。

 

 

「えっと、一樹君。お腹壊してたみたいなんだけど、気づいてなくて──」

 

 

 言い難そうに春が説明する。

 

 

「かき氷一気食いがトドメになって今トイレに籠ってるう!? 何やってんのあの先輩!?」

 

「なんというか…」

 

「……アホ」

 

 

 流石に春も庇えないのか、「アハハ…」と笑っている。

 

  

『正直言って、どのくらい進んでます? 怪盗団の調査』

 

 

 新島の質問が、核心に迫る。

 

 

「っと、アホなイツキの事より、今はこっちに集中しようぜ」

 

「だな」

 

 

 ちまちまと上げた信頼度を大きなヘマの一度で一気に崩す。一樹の毎度のパターンであった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「いやぁ悪い悪い……、って、え? なに? 何かあったのか?」

 

 

 講演会が終わった頃、ようやくトイレから脱出した一樹が怪盗団メンバーたちと合流すると、やけに疲れた目で迎えられた。

 

 

「えっと、実は──」

 

 

 落語研究会の発表を傍目に、二階ギャラリーにて新島の話を聞く。

 

 

「はあ?! あの探偵がペルソナ使いだった挙げ句に怪盗団の証拠を握ってた? マジかよ…」

 

 

 探偵曰く、オクムラフーズ前でイセカイナビに巻き込まれて奥村社長のパレスに迷い込み、そこで()()()()()()()()()()真犯人に殺されかけた事でペルソナに覚醒したらしい。

 

 探偵が今回の講演会を引き受けたのは、怪盗団と会う為だったらしい。以前、何処かで一樹が考えた可能性が真実だったということだ。

 

 

「色々気になるが…あの日真犯人は奥村社長のパレスにいたのかよ…」

 

「明智の野郎が覚醒したのを見て、逃げてったんだとよ」

 

「不確定要素を避けたのか…? つか今は、怪盗団の事だな。証拠を握ってるって?」

 

「ええ… パレスに入る瞬間の写真と動画を撮られていたみい」

 

「……一応聞くが、合成の可能性は?」

 

「無いとは言い切れないけれど、可能性は低いでしょうね」

 

 

 一樹がトイレに籠っていた間に、怪盗団は大分厳しい状況に追い詰められていたらしい。

 

 

「……探偵の要求は? 警察にチクってないってことは、何かしらあるんだろ?」

 

「……"真犯人"逮捕の為の認知世界での協力、その後の…怪盗団解散、よ」

 

「やっぱそんなトコだよなぁ…」

 

 

 一樹は思い切りため息をはく。下から聞こえる笑い声が煩わしい。

 

  

 怪盗団に利益のある協力は兎も角、怪盗団解散は一樹的に致命的だ。 

 

 

「クソ… だからあれほど人目につかない所でアプリを起動しろと… いや、今言ってもしょうがねえか…」

 

 

 写真を撮られたのは奥村社長のパレスに侵入した時らしい。その時の一樹は一人で車からパレスに入っていた為、怪盗団を止める術などなかった。

 

 

 

「──て、そーか。だから探偵は昨日…」

 

 

 昨日のメイドたこ焼き屋の前で、探偵は「あれ? 一人多いね」的な事を言っていた。あれは怪盗団+一樹(無関係者)と思っての発言だったのだろう。

 

 

「ん? てことは、探偵は俺がペルソナ使いだってことを知らないのか?」

 

「──! たしかにそうね。 これ、何か交渉に使えるかも…」

 

 

 新島はアゴに手を当てて考える。彼女は怪盗団の参謀担当だ。そこら辺の知略は任せておこう。

 

 

 

──どうなれど、恐らく怪盗団は探偵に協力する。

 

 

 一樹は、理由は無けれどもそう予想している。ならば、命懸けで戦う機会はきっとある。

 

 

 作戦策略など面倒臭いことは放り投げ、自分はただそれを楽しみに待つとしよう。

 

 

 怪盗団解散、逮捕の不安を脇に押しやって、一樹は楽しげに笑った。



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consideration

 

「うーん。微妙」

 

 

 口に突っ込んだ変に甘ったるい小さめな鈴カステラを、一樹はそう評価する。

 

 

 時は既に後夜祭。怪盗団メンバーのほとんどは高校生探偵の件で色々考えるべくもう帰宅しているが、午前中まったく遊べなかった一樹は校内をぶらぶらしていた。

 

  

 ほとんどの模擬店は閉まっているが、在庫処理に困った店は幾つか開いている。

 

 一樹は少し閑散とした校内を歩き、叩き売りされている商品に気になる物が有ればそれを買う。

 

 

 どの模擬店もほぼ材料費だけだろう値段で売っている為、不味くても文句はない。

 

 

 

「ここで一通り回ったか?」

 

 

 正確には自分のクラスの模擬店があるエリアには足を踏み入れていないが、そこ以外なら今いる一角で終わりだろう。

 

 

 

「あの! 少し占っていきませんか?!」

 

「ん?」

 

 

 歩く一樹にいきなり声をかけてきたのは、黒いローブを着た如何にも呪い師然とした格好の女子だった。ローブの下の制服を見るに、1つ下の後輩のようだ。

 

 

 その後輩のいる小部屋には、確かに『占いの間』と看板が掲げられている。

 

 

「占い…?」

 

「はい! えっと、恋占いから天運占いまで、色々できますよ!」

 

「ふーん?」

 

 

 別段一樹は占いを信じている訳ではないが、今は予定もなく時間もある。これも一興だろうと、『占いの間』に足を踏み入れた。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「いやいや。ここに座ればいいのか?」

 

「はい!」

 

 

 中は薄暗く、それなりに神秘的な雰囲気をしていた。一樹はタロットカードやら水晶が置かれた机に座る。

 

  

 対面に座った後輩がスーと息をはき、神妙そうな空気を纏う。

 

 

「では、何について占いましょうか?」

 

「そうだな…」

 

 

 少し考え、今日の事でいいかと口を開く。

 

 

「あー、なんつうか…俺のいるサークル?が解散の危機でな。勿論俺も仲間もそうならないよう尽力するが、……ぶっちゃけ、なんとかなるか?」

 

 

 色々と隠したり言い換えたりしているが、概要は間違ってはいないだろう。

 

 

「なるほど。大変そうですね… では、始めます」

 

 

 この後輩はタロットを使って占うらしい。一枚、二枚とめくっていく。

 

 

「最後は── はい、見えました。曲事なる選出…(あらわ)なる思い…清算する広場……」

 

「つまり…?」

 

「えっと…どんな形であれ、今年中にはその騒動は終わると思います。ただ…」

 

 

 後輩が少し言い淀む。

 

 

「先輩の存在が、何と言うか…イレギュラーなんです。だから、先輩の行動で良くも悪くも結果が変わるかもしれない…です」

 

「へぇ」

 

 

 大分抽象的だが、高校生の占いならこんなモノだろう。

 

 

「ありがとさん。じゃ、自分で色々動いてみるよ」

 

「そうしてみて下さい。あ、何か他に気になる事はありますか?」

 

「気になるっていやぁ…なんでこんな時間(後夜祭)まで模擬店やってるんだ? もうほとんどこっちには来ないだろうに」

 

 

 後夜祭のイベントは体育館で行われる。店をやっていけないルールはないが、ほとんどの模擬店はもう終わらせている時間だ。

 

  

 後輩は恥ずかしそうに事情を話す。

 

  

「えっと…私たち占いサークルなんです。で、折角だから『知る人ぞ知る』みたいなお店にしよう!…って張り切り過ぎちゃって…」

 

「誰も来なくなった、と」

 

「はい…」

 

  

 たしかに、一樹も声をかけられなければここに店があると気付かずに素通りしていただろう。

 

 

「それでも一人二人は来てくれたので、他の人は占えたんですけど、私だけ一回も占ってなくて… それじゃ寂しいじゃないですか」

 

「なるほど」

 

 

 やたらと必死だった呼び込みにはそんな事情があったのか。納得した一樹は後輩にお礼を言って『占いの間』を出た。

 

 

「ん? 通知が…」

 

 

 

────────────────

 

 

 

『春) まだ学校にいる?』

 

『春) もし良かったら、後夜祭に一緒に行かない?』

 

『春) さっきの話

    考えるほど堂々巡りで…』

 

『春) 気分転換したいし

    どうかな?』

 

          【分かった。行こうか】

 

『春) ありがとう!』

 

『春) 体育館で待ってるね』

 

          【了解。すぐ行く】

 

 

 

────────────────

 

 

 

 今から体育館に行っても、毎年まったく盛り上がらないと噂の『秀尽生の主張』くらいしか参加できないが、気分転換にはなるだろう。

 

 

 

『さてさて~次は毎年恒例、「秀尽生の主張」!』

 

 

 案の定、一樹が体育館に着いた時に丁度イベントが始まっていた。春はパイプ椅子に座らず端に立っていた為、すぐ見つける事ができた。

 

 

「悪い。遅れたか?」

 

「ううん、大丈夫。ずっと…考え事してたから…」

 

「……あー、深く考え過ぎんな。今はな」

 

「そうだね。学園祭、楽しみにしてたの私だし」

 

 

 少しだけ春の肩の力が抜けたように見える。彼女はなんでもかんでも一人で抱え込んでしまう。悪い癖だと一樹は思う。

 

 

『さあ、どなたか主張してくれる人! いませんか~!』

 

 

 当然と言うか、誰も手を上げない。毎年こんな様子なら、何故今だにこのイベントは続いているのだろうか。

 

 

『こちらから指名しちゃいますよぉ?』

 

「指名だって、誰になるんだろう…?」

 

『そこのゆるふわパーマの女子! キミに決めた!』

 

 

  はて、どうにも司会がこっちを向いている様に見える。

 

 

「え…? あの人、こっち向いてない?」

 

「向いてる…な」

 

『壇上までお願いしま~す』

 

「呼ばれてる…よね?」

 

「どうする? 嫌なら体育館出ちまうか?」

 

 

 春は少し悩んだ素振りを見せたが、結局応じることにしていた。

 

 

『お名前は…って…噂の奥村 春さんですよね!?』

 

「え、ええ…」

 

 

 春の答えに観客がざわめく。やはり、春は父親の件でアレコレ言われているらしい。

 

 

『ああー… えっと、傷心の女の子をひっぱってきてしまって… えっとぉ…スミマセン…』

 

「そんな、お気になさらず…!」

 

  

 春の優しい心遣いに、司会が少し持ち直した。

 

 

『なんか主張、あります…?』

 

「主張…ですか? えっと…」

 

『じゃ、じゃあ奥村さんに1つ質問を… この中に、怪盗団がいると思います?』

 

「え?」

 

 

 なんて質問をするのか。配慮に欠けまくった質問をしたことに、司会は気付いていないらしい。

 

 

 一樹は若干の焦りをみせた。春が言葉に詰まっている。彼女はテンバると何を言い出すか分からない。

 

 

『奥村さんにとっては、お父さんの仇…みたいなものだと思うんですけど、明智くんが言った、怪盗団の正体…気になりますよねぇ。

 …で、この中に怪盗団がいるかどうか、どう思います? 奥村さん!』

 

 

 司会が調子に乗って一気にまくし立てる。さっきは傷心だなんだとの気遣いを見せた癖に、仇だなんだと言い出すとは。

 

 

 この司会については後で新島(生徒会長)にチクるとして、今は春を助けなければ。

 

 

 

「えっと…」

 

ハルー! 今度デート行こうぜー!!

 

『オットー! これは青春ッ! 告白かー?!』

 

 

 よし。上手くいった。一樹は満足気に微笑む。

 

 

 声色はなるべく変えたし、反響してどこから声がしたのか分かりずらい。端に立っていたのが幸いし、一樹が叫んだ所は見られていない。

 

 

 司会は完全に意識が告白に移った。後は春が誰かの唐突な告白に適当な返事をすれば終わりだ…と、一樹は思っていた、が──

 

 

「うん! 行こうね!一樹君!

 

 

 何故か嬉しそうな春がこっちを見ていて、何故か春が予想と反対の返事をして、しかも名前を呼んだことにより、一樹の目論見は崩れ落ちた。

 

 

えっ?! 一樹ってあの…

 

住吉、だよな… えっ? どうゆう関係?

 

 

 最近仲良くなったとしても、一樹は春に「秘密の活動のため」だとあまり学校で関わらないよう言っていた。それが余計に仇となってしまった。

 

 

 観客たちがざわめき立つ。実際には一樹が告白した時点でざわめいていたが、より一層強くなってしまった。

 

 

『これは大スクープの予感ですねぇ。奥村さ~ん? 彼、どんな関係なんですか?』

 

「えっ? それは…あのっ、その…」

 

 

 なんで今になって恥ずかしがるのか。ザワザワ、ザワザワと擬音が目に見えそうな程に観客がうるさくなる。

 

  

『アララ、困惑してますね~! 僕は紳士だから、女の子をいじめるのは、しのびないッ!』

 

 

 誰が紳士だ。思い切り思慮に欠けた質問をした癖に。と一樹は心の中で愚痴る。

 

 

『みなさん、美人の赤面堪能しましたか? はい、奥村さん、ありがとうございましたー!』

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

「終わったね。後夜祭」

 

「ああ。なんとか逃げ切れてよかったよ」

 

 

 春が壇上から下りた後、二人は屋上にまで逃げていた。後夜祭が終われば一般生徒はすぐに帰る。少し待てば普通に帰れるだろう。

 

  

 

「さっきはありがとう。私、何もできなかったから」

 

「ま、困ってたら助けるさ。当然な」

 

「私、一樹君にいつも助けられてる。……君とだったら私、これからも大丈夫な気がする」

 

「……そうかい」

 

 

 マスコミ取材のようになってしまい、春は疲れてしまったようだ。いつもよりテンションが低い。

 

 

「それで…どこに行こうか?」

 

「え?」

 

「その…デートで」

 

  

 これは…天然で言っているのだろうか。それとも、すべて分かった上で言っているのか。

 

 

 少し悩んだが、どっちにしたって少なくともNOと言う必要はまったくない。

 

 

「あー…神保町とかどうだ? コーヒー関連の本もあるぞ、多分」

 

「うん、いいね。行きましょう。……そうだ、これあげる」

 

「飴細工?」

 

 

 渡されたのは桜の形に練られた飴細工だった。春は恥ずかしそうにもう1つ同じ飴細工を取り出した。

 

  

「うん。お揃い」

 

「……サンキュ。遅いし、送ってくぜ」

 

「ありがとう」

 

 

 二人は飴を舐めながら帰宅した。



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revival



お待たせしました。


『佐倉) と言うわけで』

『佐倉) 惣次郎に怪盗団の事をバレた』

『佐倉) それも全部』

『坂本) はあ!? 全部バレた!?

     マジか!?』

              【惣次郎って…】

  【ルブランのマスターの名前だったよな?】

『春) そうよ』

            【そっか。サンキュ】

『高巻) そんなことより、無事なの!?

     通報とか…』

『喜多川) 無事でないなら

      この連絡もくるまい』

『喜多川) マスターはやはり

      ただ者じゃ無かったな…』

『春) でも、自首を進められた訳でも

    ないんでしょ?』

     【なら怪盗団の理解者になってくれたと思おうぜ】

 

 

 

────────────────

 

 

 

「成る程な…」

 

 

 一樹はベッドに横になってチャットを眺めている。マスターへの怪盗団バレから話しは進み、佐倉の母親を殺した人間と怪盗団に罪を着せた黒幕は同一人物かもしれない、と推測の話へ内容が変わっていた。

 

 

 役人だったマスターを脅()()人間…つまり政府の関係者。以前話題に上がった通り、怪盗団の敵は政府にいる。

 

 

 

「いい。すごくいい…」

 

 

 ああ見えて意外と小心者な坂本はビビっているが、一樹の感想は違う。

 

 

──どうせ顔も名前も無いモブで終わる筈だったこの身。派手な花火を打ち上げて朽ちるならそれもまた本望だ。

 

 

 卒業後は誰にも思い出されない影の薄い高校生活を送り、その後は警察にでもなって一生を過ごす。そんな無難な生き方も悪くはない。

 

 だが一樹は怪盗団という茨の道を選んだ。とっくに極悪人として捕まる覚悟も、道半ばで死ぬ覚悟もできている。

 

 

 ならばどんな苦難も楽しまなくては損ではないか。

 

 

 社会の歯車にしか成り得なかった一樹が政府などと言う巨大な組織と敵対()()()()()。その破滅願望にも似た興奮が、一樹の胸を高鳴らせていた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「おはよ」

 

「ん、おはよ。ご飯できてるわよ」

 

 

 次の日の朝。

 

 

 一樹が目覚めてリビングへ行くと、母がTVを見ながら朝食を用意していた。父は既に出勤している。住吉家のいつもの光景だ。

 

 

『──についての続報です』

 

「あ。これアンタの学校の話じゃない?」

 

「……」

 

 

 母に言われて椅子に座りつつTVを見ると、確かにニュースキャスターが怪盗団について報道していた。

 

 

『警察は怪盗団を「警視庁指定容疑者特別指名手配」とし、怪盗団に関する有力な情報提供者に対して、報償金を支払うことに…』

 

 

 それ以降の内容は、一樹の頭に入ってこなかった。

 

 

 

 『指名手配』『懸賞金』。

 

 

──アァ()()()()()。敵はここまでやるのか。

 

 

 敵! 敵! 敵! これで社会も、メディアも、それこそ学校内すらも怪盗団の敵だらけになった訳だ。つい胸が興奮で張り裂けそうになる。

 

 

 

「一樹… 一樹!

 

「……! …何? 母さん」

 

「あんた今、面白い顔してボウけてたわよ?」

 

「ああ… ゴメン」

 

 

 つい口元を隠す。成る程確かに自分の嫌いなあの笑みを浮かべていた。

 

  

「確かに三千万円はスゴいけど、あんた怪盗団に心当たりでもあんの?」

 

「いや? ただうちの学校のコトだったから、面白くてさ」

 

「ふぅん? 兎に角、ちゃっちゃとご飯食べちゃって」

 

「はいはい。じゃ、いただきます」

 

 

 そう言って、一樹は少し焦げているトーストに齧りついた。

 

 

 

 

──────────────── 

 

 

 

 その日の放課後。『指名手配』について相談するべくアジトへと集合した。

 

 

 

「だから、俺は言ったんだ! 迂闊に飛び込むなと…」

 

「なんだよ! 俺のせいか!? 最後はテメエも同意しただろ!」

 

「止めなさい二人とも! 敵が強大なのは分かっていた事でしょう!?」

 

 

 今更怖じけついたメンバーが少しパニックになっている。新島の一喝で少しは落ち着いたが、いつ爆発するか分かったモノではない。

 

 

 一樹、新島、雨宮にモルガナは冷静だ。どう対処するべきかを具体的に考える余裕が残っている。

 

 しかし坂本、高巻と喜多川はいまだに狼狽えている。こうなる予想をしていなかったらしい。

 

 

「……春。少なくてもお前のせいじゃねえ。そう気を揉むな」

 

「……うん。ありがとう、一樹君」

 

 春は自分が父親をターゲットに依頼したせいでこうなったのかもしれないと責任を感じている。相変わらずの悪い癖だ。

 

 

 佐倉の精神状態はよく分からない。先程から黙々とパソコンを弄くっている。

 

 

 

「兎に角、ここまで手の上で踊らされていた以上、じっとしていられないわ。対策を練りましょう」

 

「……でも、まだ間に合うのかな… こんな事になったんじゃ…」

 

「パレスの事は一般人には分からない。こっちで証拠を残さなきゃ、まだ安全なはずだ」

 

「……ああ。俺たちはまだ負けていない」

 

 

 雨宮が立って力説する。

 

 

「だな。全員がこうしてアジトに集まれているんだ。まだやりようはあるだろう」

 

「ああ… ここで尻尾巻いて逃げたしたら、余計に思うツボだろうよ…」

 

「うん。こんな所じゃ、絶対終われない…!」

 

 

 流石はリーダーだ。パニクっていた連中に落ち着きを戻しつつ更に気力を出させた。これは一樹には真似できない。

 

 

「『どうしたいか』は決まったな。あとは『どうするか』だが…」

 

「私に案がある」

 

「──!」

 

 

 集まってから、一度も口を開いていなかった佐倉が不意に喋った。

 

 

「盛られてた『怪チャン』のアンケート。もっかい徹底的に洗い直した。結構レベル高いフェイクも混ざってるけど、多分やったヤツをを割り出せる」

 

「本当?!」

 

「つまり…黒幕が誰か分かるのね?!」

 

 

 佐倉の言葉に皆が沸き立つ。しかし佐倉の表情は晴れない。

 

 

「でも今はまだムリ。大分ガードが固い。もう少し判定に時間がかかると思う」

 

「つか、そもそも先に警察の暴走を止めないとなんねーしな」

 

「なんだよ… クソ…」

 

 

 坂本は露骨にガッカリとするが、怪盗団にとっては喜ばしい情報だ。無いと思われていた解決の手がかりが有ったのだから。

 

 

「となると、重要なのはどうやって警察を止めるかだが…」

 

「……ハァ。やっぱり、彼の提案を飲むしか無いわね…」

 

「明智のヤロウの提案をか?! そんな事したら…」

 

「怪盗団の解散については、また後日でも交渉できるわ。いま警察の追及を逃れるにはこの手しか無い」

 

 

 

 警察を止める代わりに怪盗団を解散しろ。明智吾郎の出したという提案はそれだった。

 

 

「……明日の放課後、彼をルブランに呼んで詳しい話しをしましょう。皆いいわね?」

 

「……ああ」

 

「うん。大丈夫」

 

 

 新島の意見にメンバーは皆賛成するが、一樹がふと思い出して質問を挟む。

 

 

「俺はどうすりゃいい? 探偵には俺が俺が怪盗団のメンバーだってばれてないんだよな? 来ない方がいいのか?」

 

「住吉君には…」

 

 

 新島がアゴに手を当てて思考をまとめる。

 

 

「1つ、怪盗団にとって重要な仕事を任せるわ」

 

 

 






アンケートの結果、今回のSSは『もし覚醒一樹が最初からいたら…if』に決定しました。
皆様投票ありがとうございました。その他のSS候補に関しても、是非何処かの機会にやりたいと思っています。


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negotiation

『──って、私たちに何をさせるつもり?』

 

『そうだね。まずはコーヒーもらえるかな?』

 

『余裕ぶっこいてんじゃねぇ!』

 

 

 よし、ちゃんと聞こえているな。一樹はそれを確認してイヤホンを深く耳に指し直した。

 

 

 一樹は今、秀尽の図書室でイヤホンを着けて教科書を開いていた。傍目には『受験勉強をする三年生』にしか見えていないだろう。

 

 計画通りだ。一樹は目立たない為のマスクの下で細く微笑む。

 

 

『手短にお願い』

 

『指名手配に加え、懸賞金までとは… かなり切羽詰まっているみたいだね』

 

 

 イヤホンの向こう、純喫茶ルブランでは今、怪盗団の命運を賭けた交渉が行われていた。

 

 交渉の相手は高校生探偵の明智吾郎。彼は当然、一樹がこうして盗聴している事を知らない。

 

 

 何故こんな事を一樹がしているのか。理由は新島の提案にあった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 昨日、明智をルブランに呼び出して話し合う事が決まった後。一樹は新島の言葉を聞いて驚愕していた。

 

 

「重要な仕事…? マジで俺に言ってんのか?」

 

「─? そうだけど、何か問題があった?」

 

「あ、いや、別に…」

 

 

 久々に一樹がどもる。()()新島が己を頼った。その事実は、一樹に言葉を詰まらせるには重要だった。

 

 

「……で、俺は何をすればいい?」

 

「そうね…」

 

 

 新島が顎に手を当てて思考をまとめる。本気で思案しているらしい。

 

 

 

──今ではとっくに今更な話だが、一樹にとって新島はトラウマの象徴であった。

 

 

 才色兼備で文武両道。先生、同級生、先輩問わず親しまれていた新島は、まさに己とは正反対にいる人間。

 

 

 いい感情など持てるはずもなく、彼女と一緒に仕事をした一年間は一樹により自信を失わせるだけに終わった。

 

 

 そんな訳で、ある意味覚醒した今でも一樹は新島に対して若干の劣等感を残している。そんな彼女からの頼みでは、一樹が驚くのも仕方あるまい

 

 

 

「──てこと。どう? できそう?」

 

「……あっ、悪い。聞いてなかった…」

 

 

 一樹が長々と驚愕している内に、新島の説明が終わってしまっていた。

 

 

「また? しょうがないわね…」

 

 

 呆れながらも、新島は始めから説明してくれる。

 

 

「住吉君。貴方には怪盗団の『保険』になって欲しいの」

 

「保険…?」

 

 

 今一ピンとこない言葉に、一樹は首を傾げる。油断した明智を後ろから刺す『鉄砲玉』だったら、想像は容易なのだが。

 

 

「絶対的な証拠を握る明智君に対して私たち(怪盗団)の持つ武器は『存在を知られていない仲間』がいることじゃない」

 

 

 一つ息をはいて、新島は続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()がいること。これが私たちの隠し札よ」

 

「あっ…!」

 

 

 そう言われて、一樹は新島が何を言いたいのか少し察した。

 

 

「そう。怪盗団にとって最悪な事は、今後明智君との交渉に失敗して逮捕されること。でもその時──」

 

「──俺だけは、逮捕されない…」

 

「そういう事。一人でも外に仲間がいれば、少しは優位に行動できるわ。弁護士を呼んだりね」

 

「だから『保険』か…」

 

 

 最善は明智との交渉に成功し尚且つ怪盗団が解散しないこと。しかし現実はそうも上手くいかないかもしれない。その時の保険こそが、一樹なのだ。

 

 新島の言いたい事を理解した一樹は何度か頷く。

 

 

「てことは、俺はしばらくお前らと接触しない方がいいんだな?」

 

「え? いいや?」

 

「ん?」

 

 

 明智に一樹の存在を知られない方が都合が良いのではないか。と首を傾げる。一樹が怪盗団として活動している証拠を明智に取られれば、『保険』にはなり得ないだろうに。

 

 

「確かに現実世界で怪盗団として行動するときは注意するべきね。だけれど明智君の提案的に、パレスに行くことは絶対。その時には来て貰わないと」

 

「……あ、そうだな」

 

 

 パレスでは電子機器はほぼすべての機能が使えない。入る瞬間さえ気をつければ、パレス内の出来事は証拠は取れないのだ。

 

 

「まあなんにせよ、明日の交渉に俺は行かないんだよな?」

 

「そうね。後は──」

 

 

 新たな策を考える新島に、一樹は『怪盗団参謀』の意味を知った。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ──そんな理由で、怪盗団にとって重要な交渉の場に一樹は欠席している。

 

 一樹がいない具体的な理由を知っているのは新島と雨宮だけ。他のメンバーは明智に一樹の存在をバラさないようにとだけ言われている。

 

 

『僕の目的は真犯人を探すこと。それは君たちも同じはずだ』 

 

 

 一樹のイヤホンは佐倉特製の盗聴機に繋がっている。盗聴機はルブランの机の下に仕掛けられており、一樹に状況を鮮明に伝えていた。

 

 

 明智の持ちかけた提案は『明智と共闘して捜査の指揮を取る新島 冴を改心させ、警察の暴走を止める』こと。

 

 

 証拠の偽装や嘘の証言者。関係の無い人間が犯人にされてしまう可能性を教えられては、怪盗団として動かない訳にはいかない。

 

 この共闘の代わりに怪盗団を解散させる…。まったく上手い計画を練ったものだ。一樹は他人事の様にそう思いながら続きを聞く。

 

 

『真実が闇に葬られ、無実の人の人生が狂わされる… そんなのがまかり通るのは許せない。僕の正義が許さない』

 

『その気持ちは、まあ分かるけどよ』

 

「……。なるほど…」

 

  

 イヤホン越しに明智の言葉を聞き、一樹は納得する。

 

 

 文化祭の時、他のメンバーは滑稽だと笑っていたが、激辛たこ焼きを食べてむせつつもやせ我慢する明智を見て一樹は不思議と感心していた。

 

  

 言葉にはしずらいが、一樹はその姿を見て彼の『プライド』を何となく感じていたからだ。

 

 

 プライド…つまり彼は『信念』を持っているのだろう。快楽主義たる自分の持っていない物。だから惹かれる所があるのかもしれない。

 

 もっとも、その信念が言葉そのままの物かまでは分からないが…

 

 

 その後は、つがなく順調に…とは言えないが、明智と怪盗団の協力体制が成立した。

 

 

『じゃあ下調べを兼ねて今からパレスに行ってみない? 色々初めてだから、馴れておきたいしね』

 

『ごめん、今日はちょっと用事が…』

 

 

 新島に予定が入っていた為、今日はそれでお開きになった。作戦通りだ。

 

 

「よし。動くか」

 

 

 今日パレスに行かないのは昨日新島から聞いている。明日こそ、怪盗団と明智で新島 冴のパレスに潜入することになるだろう。

 

 

 一樹はパレスの中で彼らと合流しなくてはならない。

 

 新島から姉のパレスの場所とパスワードは教えられている。今の内に、安全な合流ルートを確保しておかなくては。

 

 

 もう日は暮れかけている。早く行こう。一樹は急いで図書室を後にした。



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新島パレス
pinch


 新島 冴。

 

 

 一樹はその女性について、たいした情報をもっていない。

 

 生徒会長の新島真の姉にして検事。ついでに言えば、この前春の家を家宅捜査に来ていた女検事がその人らしい。

 

 一樹が知っているのはそれだけだ。

 

 

 しかしあの新島真の姉であれば、真面目で合理的な性格だろうと予測できたし、新島冴の知り合いである雨宮 もそう言っていた。

 

 

 故に…

 

 

 

「やっぱ、これはおかしいよなぁ…」

 

 

 ここが彼女のパレスだとは、どうにも信じられない。

 

 

 一樹は真正面から()()を見る。まさにカジノ。それもラスベガスに有ったとしてもまったく違和感が無いであろう本格的なカジノだ。

 

 

 それがニイジマパレス。怪盗団の強制捜査を阻止するため、今日からここを攻略しなくてはならない。

 

 

 一樹は協力者である明智に怪盗団の一員である証拠を掴まれないように、裁判所近くの駐車場から他のメンバーよりも30分程早くパレスに突入していた。

 

 

 

「何でこんなことになってんのかな、っと」

 

 

 昨日一時間かけて見つけた侵入経路を目指しながら一樹は疑問をぼやく。

 

 

 裁判所がパレスなのは聞いていた為、神殿か処刑所、もっと想像力を働かせて墓場かと予想していたのだが、まさかカジノとは。

 

 

 何故裁判所をカジノと思い込んだのか? しかし正直な所、一樹はそんな事に興味はない。考察はモルガナやら新島にでも任せておけばいいのだ。

 

 

「……と、いけない いけない」

 

 

 警戒されていないカジノへの入り口を前にして、一樹は口元が緩んでいる事に気がついた。

 

 

 一樹が最も興味有ること。つまり、シャドウとの命を賭した戦い。

 

 

 しかし今はまだパレスの主に警戒されておらず、怪盗服を着ていない。つまり、今はペルソナの力を使えない。

 

 

 流石の一樹も、ペルソナ無しでシャドウに挑む程命知らずではない。

 

 

「だから落ち着け、俺…」

 

 

 昂る気持ちを鎮め、一樹は扉を開けた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 真っ白な貴公子服にカラスの様なペストマスク。その目を引く明智の格好に、ついスカルがツッコむ。

 

 

「お前、隠れて盗む自覚ねえだろ?」

 

「こいつにとっての『反逆者』のイメージが、それってことなんだろうぜ」

 

「『正義』を貫く人ってイメージだけどね」

 

「たしかに、貫きそうな仮面…」

 

「……」

 

 

 明智…クロウの怪盗姿に皆の意識が向く中で、クイーンだけが深刻気な顔をして辺りを見回していた。

 

  

 ここはニイジマパレスのカジノの中。侵入口すぐ側で、シャドウが警戒している気配はない。しかし、クイーンは何かを探している。

 

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、なんでもないわ…」

 

 

 目敏いクロウに困惑を悟られたが、クイーンは言葉を濁す。

 

 

(おかしい… 住吉君はここで待っているはずだったのに…)

 

 

 クイーンは、昨日このパレスの下見をしたDRとこの場所で待ち合わせる約束をしていた。だが、DRの姿が見つからない。

 

  

 

("暴走"して独走した…? でも…)

 

 

 少し前までのDRであれば、シャドウとの戦闘を我慢できずに一人突き進んでしまった可能性を考慮する必要があった。

 

 しかし今は、メメントスでの特訓の成果もあって、ペルソナに搭乗していようと指示を聞けるように成長している。

 

 

 であれば、彼の身に何かあった。クイーンはそう判断した。

 

 

「ワガハイらの足、引っ張るなよ? クロウ」

 

「僕に限って、それはない」

 

「兎に角、先に進みましょう」

 

「……? そうだね」

 

 

 少し、焦りが表に出て不自然になってしまった。クイーンは誤魔化しつつ、先へ進んだ。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「ぶっ壊せファントム! 【メギド】!」

 

 

 5分か、10分か。それとももしかして1時間か。戦い続けていると、時間の感覚が無くなってくることを、DRは知った。

 

 

「楽しいなぁ! あ? 一日中やってられるぞ!」

 

 

 一番近くにいたパンイチのチーターに光の球を叩き付け、怯んで後退した隙にユニコーンの顔を戦鎚でぶん殴る。

 

 弱点属性では無いらしいが、大量の傷を負い興奮状態にあるDRの一撃を耐えられず、ユニコーンは消滅した。

 

 

「最ッッ高の時間だァッ!」

 

 

 ファントムに乗り込み、シャドウ2、3体をまとめて戦鎚で薙ぎ払う。

 

 ちまちまとダメージを与えていた為、攻撃を喰らったシャドウどもは今の攻撃で消滅した。

 

 

「グゥッ…ハハッ」

 

 

 今の攻撃で十数体もいたDRを取り囲むシャドウはあと2体まで減った。しかし、DRの体力もそれほど残っていない。

 

 

 ファントムに搭乗している間は徐々に精神力が削られていく。精神力は魔法スキルを発動する時にも減ってしまう。つまり、今のDRには気力もほとんど残っていない。

 

 

 ファントムを降りたDRと残っているシャドウが睨み合いながら間合いを測る。お互い、そろそろ決着が付くことを理解しているのだ。

 

 

 

──何故こんなことになっているのか?

 

 

 それは、DRが扉を開け、カジノに侵入した途端にこのパレスの主であるシャドウニイジマに発見されてしまったからだ。

 

 

 シャドウニイジマから情報を得ることができたものの、その引き換えに大量のシャドウとの戦闘になってしまったのだ。

 

 

「アアッ… 楽しいなァおい」

 

 

 ファントムを降り、些か冷製になったDRは逃走も視野に入れる。が、パンイチのチーターと大きな鷲だか鷹のシャドウがそれを許すようには見えない。

 

 

 どうやらこの2体のシャドウは他のシャドウに比べて優秀らしく、DRの雑な猛攻を軽々といなしてしまう。

 

 

 逃げるには、この2体をどうにかしなければならないが、DRの頭ではそんな策は浮かばない。これならドロン玉でも持ってくればよかったと、DRは少し後悔する。

 

 

「……ハッ! ヤメだヤメ。臆病者のクソッタレが逃げるんだ! 【キラーファング】! 」

 

 

 傷付いた体で考えるのが面倒になり、DRは思うがままにパンイチチーターにスキルを発動する。倒すには至らなかったが、牽制にはなっただろうか。

 

 

 

 ──【闇夜の閃光】!!

 

 

「──っ!」

 

 

 様子を伺っていた大鳥が、突如途轍(とてつ)もなく眩いスパークを発生させた。パンイチチーターに気を取られていたDR目を被う余裕も無く、目眩状態となる。

 

 

──【チャージ】&【鬼神楽】!!

 

 

 大鳥シャドウにより目が潰され動けなくなった瞬間に、パンイチチーターがスキルを発動させた。

 

 

(あ、死ぬな、これ)

 

 この攻撃は、当たれば耐えられない。そう察しながら、DRは恐怖しない。諦めたのでも、覚悟したからでもない。

 

 

 それは──

 

 

「一樹君!」

 

 

 ──当たらないと分かっていたからだ。

 

 

 DRに迫っていたシャドウを、突如現れた人影が吹き飛ばした。

 

 

「ごめんね… 遅くなっちゃった…」

 

「悪かったなノワール。手間かけさせた」

 

 

 ギリギリの所でDRを救ったのは、ノワールだった。DRは、目は見えずとも慣れ親しんだ気配が近付いている事に気が付いていたのだ。

 

 

「DR君…」

 

「クイーンか? 悪い、目をやられて何も見えん」

 

「─! じゃあ、これ」

 

「またこれか…」

 

 クイーンから渡されたのは、失った体力を戻す意図もあってか怪盗ウエハースチョコだった。少し古くなったチョコを食べれば、何故か傷が塞がり視力が戻る。

 

 

「──! 君は…」

 

「……? あ、やっべ!」

 

 

 いつの間にか、DRの前に貴公子の様な服とペストマスクを身につけた男が立っていた。恐らく、こいつが明智だろう。

 

 

 チョコを食べる為にハーフガスマスクを外していたDRは、素顔を見られてしまった。

 

 どうせペルソナを呼び出す時にでもマスクは剥がすが、それでも出来れば見られたくなかった。

 

 

「あの文化祭の時にいた──」

 

『話は後! 強敵2体、みんな気をつけて!』

 

「モナはDRの回復、他でシャドウを叩く!」

 

「っ… また後で!」

 

 

(どうするかな…)

 

 

 明智はしょうがなくシャドウに向かっていったが、後で追及されるだろう。こっち(パレス)でなら身バレしてもいいものか、それともしらばっくれるべきか。

 

 

 考える事はあったが仲間が来たことで気が抜けたDRの思考は纏まらず、座り込んでモナの回復を待った。




https://twitter.com/midorikawathuba?s=09

Twitter始めました。大した事は呟きませんが、更新報告と多少の溢れ話裏話はします。

【(久々の)ゲーム的設定】
キラーファング…敵単体に物理で中ダメージを与え、高確率で『重傷』を負わせる。


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fleeting

遅くなりました…



「ふう。これで終わりかな」

 

 

 明智──クロウが己のペルソナであるロビンフッドでパンイチチーターの弱点である祝福属性のスキルを放ち、パンイチチーターにトドメを刺したことで戦闘が終了する。

 

 

「なかなかやるじゃないか」

 

「まだまだ、こんなものじゃないよ」

 

 

 回復ついでにDRを護衛していたモナが賛称する。DRはその間、床に座り込んで失った体力を回復させていた。

 

 回復スキルやら薬は傷を治すが体力までは治してくれない。こればっかりは、休んで治すしかないのだ。

 

 

「さて、彼について教えて貰おうかな」

 

「……。やっぱそうなるよな…」

 

 

 ニコリと人の良いようでいて、クロウは「逃がさないよ」とでも言いたげな笑みを浮かべる。これは観念するしか無いようだ。

 

 

「あー…」

 

「ちょっと待って」

 

 

 DRが喋ろうとすると、パンサーに止められた。

 

 

「ここで話すと、またシャドウに襲われそうじゃない…?」

 

「私もそう思う。急ぎたいところではあるけど…一旦退却した方がいいと思うわ」

 

「……わかった。パレスについては先輩の君たちに従うよ」

 

 

 

 パンサーとクイーンの提案に、クロウは些か不本意そうでありながらも従った。

 

 

「よし、じゃあさっさと脱出するぞ!」

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「ああ… メンドくさ…」

 

 

 一樹は自室のベッドにバタリと倒れる。

 

 

 怪盗団たちと一緒にパレスから帰還した後、近隣の駐車場にいた一樹は、当然怪盗団とは合流せずにそのまま帰宅した。

 

 

 色々と明智には説明しなくてはならないが、まさか現実で会う訳にはいかない。直で話していいのは証拠の残らないパレスでだけだ。

 

 

「えっと、このアドレスで…」

 

 

 一樹は新島から渡されたスマホを操作する。

 

 

 これは佐倉がナントカと言う改造を施したスマホで、チャットから逆探知諸々の捜査がされないように仕組まれいるらしい。

 

 つまり佐倉がアリババ?として行動していた時の様に、チャット相手の画面にはアカウントの存在しない『DR』からのメッセージが届けられる…らしい。

 

 

 正直電子系にも弱い一樹には佐倉が言っていた事の半分程度しか分かっていないが、佐倉も新島も大丈夫だと言ったのだから大丈夫なのだろう。

 

 そう思いながら、一樹はチャットを開いた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

『明智) さて』

 

『明智) 色々と教えて貰おうかな?』

 

『明智) 住吉 一樹君』

 

 

   【…… 名前まで知ってるなら、

   なにも聞くことは無いんじゃないか?】

 

 

『明智) 怪盗団に関わりのある人を

    調べた時に出てきた名前だから』

 

『明智) 怪盗団のメンバーほど詳しくは

    分からないんだよ』

 

『坂本) チッ』

 

『坂本) ストーカーかよ!』

 

           【俺はただの保険だ】

 

 

『明智) 保険…?』

 

『新島) 私たちが捕まった時、唯一貴方が

    捕まえられない私たちの仲間よ』

 

『明智) ああ成る程ね』

 

『明智) なら現実世界で君と会うのは

    無理そうかな』

 

  【どうせ住所なんて簡単に調べられる癖に、

  よく言うぜ】

 

『明智) ノーコメント、って事にしておくよ』

 

 

『明智) 兎に角、今日は驚きの連続だった。

    これからよろしく』

 

『春) こちらこそ』

 

『喜多川) これからの段取りについて

     説明が必要か?』

 

『明智) それなら…』

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「ふう…」

 

 

 スマホを閉じ、ベッドに横になったまま一樹は息を吐く。相手は現役の高校生探偵。

 

 下手な事を言って言質を取られては堪らないと一樹は気を張って会話していたが、流石に疲れた。

 

 今の所、パレスに侵入する所を見られなければ問題無い…筈だ。

 

 

(ん? てことは裁判所付近が監視されてたりするのか?)

 

 

 明智(警察)側としては、一樹が怪盗団の一員である証拠さえ掴めれば怪盗団を全員捕らえる事ができる。

 

 もし一樹が警察のお偉いさんならば、人海戦術を使ってでも怪しい場所を見張るだろう。

 

 

 ならば、何かしら対策しておいた方が無難か。そんな事を考えながら、一樹は眠りについた。

 

 

 

────────────────

 

  

『雨宮) ・生糸の束×3

     ・植物の香油×2

     ・コルクの樹皮×2

     ・植物栄養剤

     ・懺悔の灰

     ・紅あずま

 

        よろしく』

 

    【えぇ…】

    【まあ、】

    【分かったよ。ちょっと待ってろ】

 

 

────────────────

 

 

 

 明智を含めた怪盗団がニイジマパレスに初侵入した次の日。一樹は久し振りに雨宮からお使いを頼まれた。

 

 

 一樹がペルソナに目覚めて以来ずっと頼まれていなかったが、本格的にパレス攻略を始めるに当たりまた一樹の手伝いを求めたらしい。

 

 

 

「後は…全部四軒茶屋で買えるな」

 

 

 まだ一樹が気の弱かった時期に言い出した雑用だが、怪盗団の為であれば別に断る理由もない。粛々と指定された物を買い集め、神田から四軒茶屋へ電車で向かう。

 

 

 今日は祖母が車を使っている為、電車だ。

 

 

「あら。奇遇ね、住吉君」

 

「…! 新島か」

 

 

 四軒茶屋の駅で降りた時、一樹が遭遇したのは新島だった。

 

 

「そっちもリーダーになんか用か?」

 

「いや、私はただの私用よ。もう終わったけれど」

 

 

 ああそう、と相づちを打ちつつ、何か話す事が有った気がする…と頭を捻る。

 

 

「ああそうだ思い出した。お前に頼みたい事があんだよ」

 

「私に? 何かしら」

 

 

 一樹としてはあまり気の乗る話しではないが、怪盗団の戦力強化の為と割り切る。

 

 

「いやな、文化祭の時に思ったんだが、やっぱお前って指示出すの得意だろ?」

 

「え? まあ、生徒会長だからね」

 

「それで、やっぱ俺としては雨宮(リーダー)よりもしっくりくるんだよ。お前の命令の方が」

 

 

 一樹にとって生徒会員だった頃の記憶はほぼ黒歴史だ。それでも、新島の有能性、指示の的確さは認めざるをえない。

 

 

「て事で、こんなのはどうだ?」

 

 

 一樹は新島にこの前布団の中で考えた技を説明する。

 

 

「成る程… 確かに良いかもしれないわ…」

 

「だろ? 後は『ホシ』とやら次第か」

 

「きっと叶えてくれるわよ」

 

「だと良いな」

 

「じゃあ、私はこっちだから」

 

 

 そう言って、新島はホームへ向かい一樹はルブランへと向かった。




若干勘違いが有った為、一部書き直しています。ご承知下さい。


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date

「なるほど… ローストには八種類あるのね。ライトローストのほうが酸味が強い…と」

 

「へぇ。そんなにあるのか。一つしか無いもんだと思ってた」

 

「うふふ。今度淹れてあげるね」

 

 

 ニイジマパレスに潜入した次の日、一樹は春と共に神保町を訪れていた。いつぞやの学園祭で約束した、()()()を行う為だ。

 

  

「あっ、ごめんね一樹君。私にばっかり付き合ってもらっちゃって。一樹君も見たい本有ったよね…」

 

「別にいいって。この辺りじゃ、あんまりラノベ扱ってる店は無さそうだしな」

 

 

 神保町を提案したのは一樹だが、そもそも春の為のデートだ。春の行きたい所に付き合うのは当然だ、と一樹は考えている。

 

 

「にしてもコーヒー関係の本ばっかだな。他のは見なくていいのか?」

 

 

 いくつか店を回ったが、春が手に取るのはコーヒーに関する本ばかりだった。

 

 最近コーヒーにハマっているのは知っているが、もっとガーデニングなり手芸なりの本も読むのが目的なのだと一樹は思っていた。

 

 

「うん。実は、コーヒーには思い入れがあって…」

 

 

 春が話した事によると、春が幼稚園にいた頃に潰れてしまったらしいが、春の祖父は小さな純喫茶を何店舗か経営していたらしい。

 

 

「だから、オクムラフーズの根っこって、実はバーガーじゃなくてコーヒーなのよ」

 

「へぇ。知らなかったな、それは」

 

「チェーンになる前の話だから、私も、お父様から聞いたの」

 

 

 そこから、春は悲しそうに続ける。

 

 

「喫茶店は赤字続きだったの。だから、お爺様が亡くなってすぐに閉店。食品の提供も『お客様の笑顔のため』って方針で、お爺様、採算を考えてなかったみたい」

 

「それは…」

 

「うん。経営者としては間違ってると思う。だけど、閉店する日は沢山お花が届いて、行列ができるくらい愛されてたの…」

 

 

 今のビックバン・バーガーが潰れても泣いてくれる人なんているのかな…と春は悲しそうに呟いた。

 

 

「まあ、俺はいくらか悲しむぞ? ビックバンチャレンジの制覇が済んでないからな」

 

 

 コメットまではイケたんだがグラビティが…と、春が求めている答えと違う事は分かっていても、一樹はそう(ぼやか)した。

 

 不器用で知識も無い一樹では、冗談を言う程度しかできない。一樹はそれが何となく悔しくて、春に見えないよう歯噛みした。

 

 

「……ふふふ。そう」

 

 

 一樹の葛藤に気づいてか、春はそう答えた。やはり、優しい娘だと、一樹は思う。

 

 

「にしても、採算度外視でコーヒーが売り…? んで春が幼稚園にいた頃に潰れたって… なあ春」

 

「うん?」

 

「もしかしてその爺さんがやってた店、浅草に有ったか?」

 

 

 春の目に、驚愕の色が映る。

 

 

「ええっ?! なんで知っているの?!」

 

「やっぱりか… その店、父さんが常連だった店だ」

 

 

 一樹の一家は、浅草付近のマンションに住んでいる。

 

 

 最近部署が変わった父親は出張ばかりで家にいないが、一樹が幼かった頃は、一樹を連れてよくその喫茶店に行っていた記憶がある。

 

 思い返せば、一樹がコーヒーを好むようになったのも、あの喫茶店で少し苦めなコーヒー牛乳を飲んだのが切っ掛けだった気がする。

 

 

「ミルクとガムシロ入れても大量に入れても苦くて飲めないってギャン泣きした時、特別だぞって小さいケーキ食わして貰ったな…」

 

「そうなんだ… 私も、浅草のお店にはお父様と良く遊びに行ってたから、私たち、もしかしたら幼い頃に会ってるかもね」

 

 

  懐かしそうに、春が笑う。経営に関わるようになって思う事が有っても、やはり春はその祖父の事が好きだったのだろう。

 

 

 

「春?」

 

「──!?」

 

 

 春と一樹、二人の間に穏やかな空気が流れた時、不意に嫌みったらしい声が春にかけられる。

 

 

 声のする方を向けば、ネズミ色のスーツを着た、これまた声色にぴったりな嫌みったらしい顔をした男が偉そうに立っていた。

 

 

「杉本さん…! ど、どうしてここに…?」

 

「近くの料亭で会食の帰りさ。車から君たち二人が見えたんでね」

 

 

 さて、と鼻につく態度で()フィアンセが首を振った。

 

 

「夫を置いて他の男とデートとは、随分な尻軽ぶりだな、春?」

 

「夫じゃ…ないです。婚約はお断りしたはずです…」

 

 

 何時ならキッパリと言える筈の事を、この男の前では言えなくなっている。春にとって、この男はトラウマ的な生き物らしい。

 

 

「はあ? 言ったよな? 君のお父上と交わした『契約書』が有るって。この契約を破れば、君はオクムラフーズから豪邸まですべて手放す事になる。被害は多くの従業員にも及ぶだろうなぁ?」

 

「…っ!」

 

 

 君のせいで従業員を路頭に迷わせていいのか?と元フィアンセは春に畳み掛ける。ここで心を折り、春を従順にさせる気だろう。

 

 

 当然、一樹がそんな事はさせないが。

 

 

刑法第222条 脅迫罪!自由、財産等に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処する!」

 

「─っ! 何だいきなり!」

 

 

 唐突に一樹が叫んだのは、日本の法律だ。春も元フィアンセも一樹の行動に驚き目を白黒させる。

 

「いやぁ、自分、法律系の仕事を目指して勉強している者でして。ええ、今のアンタの言葉が、春への脅迫罪に当たんじゃねーかと、心配した訳ですよ」

 

 

 心にも無い事をペラペラと口にする。法律系の仕事に、というのは適当だが、最近一樹が法律を勉強しているのは本当だ。

 

 

 怪盗団の保険として、一樹はもしもの際に迅速な行動ができるよう日々色々と勉強しているのだ。

 

 最も、記憶力の悪い一樹が法律の暗唱など出来るはずもなく、今吠えた法律は検索サイトに書かれた文章をそのまま読んだだけだが。

 

 

「クッ… 法律だと…?」

 

 

 明らかに元フィアンセの警戒度が上がった。となると…

 

 

「そもそも、『結婚は両者の合意の元に行われる』って憲法の二十何条だかにもしっかり書かれてまして。無理矢理な結婚は利口な方法じゃないと思うんですがねぇ?」

 

「う…」

 

 

 慇懃無礼に法律を盾にして迫れば、元フィアンセが一歩後退った。恐らく、この元フィアンセはその契約書とやらに細工をしている。あまり探られたくない筈だ。

 

 これで退かないのなら、詐欺だ人身売買だと責め立ててみよう。と一樹は元フィアンセを睨む。

 

 

「きょ、今日の所は妻のプライベートを優先してやる! せいぜい身の程を弁えた行動をするんだな!」

 

 

 そう言い残して、元フィアンセは逃げる様に去っていった。

 

 

「よくあんな三下らしいセリフがはけるもんだな… と、大丈夫か春?」

 

「う、うん。ありがとう、一樹君…」

 

 

 元フィアンセがいなくなっても、まだ春は青い顔をしていた。まあ、あんな男と結婚させられそうになっているのなら、それも仕方あるまい。

 

 

「はぁ… 私、一樹君に甘えてばっかり」

 

「信用できない会社の奴等とやり合ったり、あんな男と結婚どうこうで揉めてるんだろ? なら少しくらい甘えてたって仕方ねーよ」

 

「ううん。最近考えるの。人を信じるとか、信じないとかの前に、自分を信じてもらわなきゃって。だから、皆に認められるような意思を持ちたいの」

 

「……少なくても、俺は信頼してるぜ。『奥村 春』って人間を」

 

「一樹君… ありがとう」

 

 

 ようやく、春の頬に血の色が戻ってきた。何か恥ずかしい事を口にした気もするが、春の機嫌が良くなったならそれでいい、と一樹は気にしない事にした。

 

「本屋巡りも空気の読めない奴のせいで白けちまったし、何処か別の所行くか?」

 

「うん。それじゃ… またお父様のお見舞いに付き合ってくれる?」

 

「了解。じゃ、駐車場まで戻るか」

 

 

 一樹と春は、古本屋の店先を後にした。

 

 

 




50話突破SSは明日か明後日あたりに投稿します。


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50話突破SS『もし覚醒一樹が最初からいたら…if』《上》


遅くなりました…

覚醒一樹の条件は
『1)自分は嫌いだけど認めてはいる
 2)殴り、殴られるのが趣味
 3)マスクや髪で顔を隠さない』
とします。


 学校…特に高校という場所は、多くの噂が飛び交う場所である。

 

 それはここ、秀尽学園でも変わらない。二年何組の不良が教師に殴りかかって停学処分になった…とか、どこぞのビッチが成績のために体を売った…とか。

 

 生徒会長の噂、新体操特待生の噂。挙げればきりがないほどに、この学校には多くの噂が流れている。

 

 しかし所詮は噂。勘違い、妬み、果てには陰謀。間違った噂が流れる理由など山ほどにある。どの噂が何処まで正しいかなど、当事者以外には分からないものだ。

 

 

 ──ところで、ここにも一人、多くの噂の的である生徒がいる。

 

 曰く、『他校の不良と喧嘩して相手を全治3ヶ月の病院送りにした』。曰く、『警察と繋がっているから何人骨を折ろうと捕まらない』。曰く、『御曹司の誰々を半殺しにした挙げ句、脅して黙らせている』…など。

 

 その生徒は、その噂を否定しない。

なぜなら──

 

 ──すべて本当の事だからだ。

 

 

 

────────────────

 

 

 爽やかな朝。空は見事な四月晴れ…と言いたい所だが、生憎雨が降りそうな空模様をしている。

 

「いい…」

 

 その男は、奇怪な格好をしていた。高校の制服を崩すことなく着用しながら、顔の半分や片腕を包帯でギチギチに縛っている。

 しっかりと見れば、その包帯がファッションではなく大怪我を保護する為に巻いているのだとすぐに分かるだろう。

 

 彼が立っているのが裏路地のせいか、辺りに何人もの不良が倒れているせいか、その男のミイラの様な異常さが際立って見える。

 

「いい痛みだ! もっとやろうぜぇっ!」

「ひっ なんだこいつ…! ぎゃっ」

 

 思い切り振り下ろされた金属バットを片手で受け止め、もう片方の拳を金属バットを振り下ろした男の腹に叩きつける。

 

 殴られた男は後ろに吹き飛び、動かなくなる。気絶したらしい。

 

「ケンジィ!」

「余所見すんじゃねー、よっ!」

「ぶげっ!」

 

 仲間がやられたことに動揺した男の顔面に素早くパンチを打ち込むと、喰らった男は鼻から血を流してその場にばたりと倒れ、動かなくなる。

 

「……は? おいおいおいおいこんなもんかよ!? てめぇらから吹っ掛けてきたんだろ? もっと粘れよ! 先輩の仇討つんじゃねーのかよ!?」

 

 包帯でくるまれていない方の目で気絶する男たちを見下しつつ、ミイラの様な男が慟哭する。

 

「つまらん… マジでつまらん! 【自主規制】でもさせられた気分だ! クソが…」

 

 叫んでいる内に落ち着いたのか、ミイラの様な高校生は気絶している男たちに何かそれ以上の事をするのでもなく、裏路地を去っていった。

 

 

────────────────

 

 

 住吉 一樹と言う名の少年が居た。

 

 年は17で私立秀尽学園に通う高校3年生。

 

 短く刈り上げた黒髪、186センチと大柄な身長に鍛えられた筋肉。そして、それらの性質すらくすませる最大の特色。

 全身…それこそ、顔や手だけでなく体中にくるまれた包帯が、彼を特徴付けていた。

 

 性格、人間性など分からなくとも、その見た目だけで彼が学校で孤立している事は想像に容易い。

 

 しかし、彼にはそんなことはどうでもいいのだろう。

 

 趣味は喧嘩、特技は荒事。話し合う事よりも拳で語り合う事を好む。

 

 今の所は事件など起こしていない故に先生からの評価は幾等かマシだが、クラスメイトからは「ヤバイ奴」だと思われている男。

 

 だがそんな男こそが、今話の主人公である。

 

 

────────────────

 

 

──人を殴る度、自分が傷付く度に興奮するようになったのは何時からだったか。 

 

「あーあクソ。降りだしたか」

 

 ミイラ男…住吉一樹は裏路地から出た辺りで降り始めた雨に辟易していた。

 

 敵討ちだとか言って喧嘩を吹っ掛けてきたどこぞの不良どもが想像以上に弱くて萎えていた時にこの雨。天気予報の確認を怠った為に傘も持っていない。

 

 鞄で頭を隠すのも阿呆らしく、一樹は18歳になったらすぐに車の免許を取ることを心に誓いつつ、びしょ濡れ覚悟して学校まで走る。

 

 

「ん?」

 

 靴が濡れる気持ち悪さに耐えながら走っていると、一樹は蒼山一丁目の駅近くの軒下で見覚えのある金髪を見つけた。

 

「よー坂本。お前も傘忘れ?」

「あっ! パイセン、チッス!」

 

 一樹が声をかけたのは、坂本という1つ下の後輩だ。以前彼が金を忘れて昼飯が買えずに空腹で喘いでいた時に一樹が焼きそばパンを奢った縁でたまに絡んでいる仲だ。

 

 坂本に話しかけてから、一樹は彼の横にもう一人生徒が立っていることに気がついた。

 

「ん? そっちは友達か?」

「あーいや、今たまたま会っただけなんスけど…」

「ふーん? まあいいや。お前らも傘無いんだろ? 諦めて走って行こうぜ」

 

 後輩二人が同時に頷き、三人で学校へ走る。

 

 いくらかは近道の路地裏を走り、後五分もしないで学校につくだろう。と、一樹が思っていると…

 

 

 

「……は?」

「道…間違ってないッスよね…?」

「……多分」

 

 一樹は、混乱していた。

 

 自分たちは確かに学校に向かっていた。なのにどうして、目指していた目的地が城になっているのだろうか?

 

 体を濡らす雨と後輩二人の反応が、これは夢ではないと主張している。

 

「やっぱ合ってるよな… 中に入って聞いてみるしかねえか…?」

 

 坂本の言う通り、この奇妙な城にも『私立秀尽学園高校』の看板やら『目指せ! 全国制覇!』の垂れ幕など、学校らしい所も見える。

 後輩二人は『取り敢えず中に入ってみよう』で意見が纏まり、一樹にどうするか目で尋ねてくる。

 

「……だな」

 

 来た道を引き返すのが正しい判断かもしれない。しかし一樹も、先に進むことを選択した。

 

 跳ね橋を渡り、巨大な城門を通り抜ける。

 

「……なんだこりゃ?」

 

 中は普通の校内…などということはなく、外見から想像の着く様な西洋風のエントランスだった。

 

「……ここが学校?」

「いや、学校の…はず」

「ん?」

「あっ、こいつ転校生らしくて」

「へぇ」

 

 まじまじとその転校生の顔を見る。転校にしては微妙な時期な気もするが、別に今は気にしていても仕方がない。

 

「て、鴨志田ァ?! クソ、趣味ワリーな!」

「あ? ……なんだありゃ?」

 

 坂本に連られてエントランスの中央を見ると、そこにはウェーブのかかった髪の大男、鴨志田先生の肖像画が飾られていた。

 

 鴨志田。人の顔と名前を覚えない一樹も流石に知っている。秀尽学園の体育教師であり、バレー部を全国へと導いた名顧問。学校で一番有名な人間と言えるかもしれない。──ちなみに、一樹の知名度は学校で三番目程だろう。

 

 坂本が何か因縁を抱いているらしいことは察しているが、一樹は深くその話を知らない。

 

「──!」

 

 何故か圏外となっている携帯に困惑していると、何処からともなく剣と盾を持つ鎧姿の大男が現れた。

 

「……」

 

 その鎧男は、生きているのか分からない程に生気が無く、不動で沈黙していた。 

   

「ビビらせんなよ…」

「──っ! 坂本! そいつから離れろ! 」

「へ…」

 

 坂本は動かない鎧男を安全だと認識したらしい。不用意にその大男へと近づくのを、一樹が叫んで止めた。

 日常の様に命ギリギリまで喧嘩している一樹だからこそ分かった感覚。つまり、殺気。

 

「なっ!」

「ここはヤベェ、兎に角逃げッ…!」

 

 ゾロゾロと、奥から鎧男が大勢表れた。その事で、後輩二人もようやく危険に気が付いたのだろう。

 

 転校生が素早く門へ向かったが、既に門は鎧男に抑えられている。ならば、包囲の甘いこの城の内部へ逃げるしかない。

 

「こっちだ、ガッ…!」

「先輩!」

 

 走り出した所で、ガンッ! と衝撃が全身に響く。いつの間にか一樹の後ろに回り込んだ鎧男に背中を盾で殴られたらしい。

 

(あ…、ヤバイ。 落ち…)

「こいつ、例の侵入者か?」

「手配書には似て──」

 

 意識を失う寸前、一樹が聞き取れたのはそこまでだった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

──彼は演じる。何時(なんとき)も笑い、万物を力で解決する。そんな、狂った自分を。

 

 

 一樹は自分の事が嫌いだ。大嫌いだと言ってもいい。

 

 物覚えの悪い頭が嫌いだ。歪な笑みを浮かべる顔が嫌いだ。才能の無いこの身が嫌いだ。

 

 きっと彼は、これが他人ならここまで嫌う事は無かっただろう。自分自身の事だからこそ、彼は嫌悪感を抑えられない。

 

 もし何か違えば、彼の自己嫌悪は自信の無さとなって、気弱で臆病な人間になっていただろう。

 

 しかし、彼はそうならなった。彼は自分を認めた。その上で嫌った。

 この糞野郎こそが俺だと胸を張りながら罵るその歪さは、彼を喧嘩の道へ進ませるには充分な理由だった。

 

 まずは他校のカツアゲをやっていた不良。その次は通り魔未遂の酔っ払い。人気の無い道を歩いてはヤバそうな奴に声をかけては喧嘩する。

 

 才能でも有ったのか、それとも怪我を恐れないことが幸いしたのか、一樹は毎度勝利した。そして勝てば勝つ程、敵が増えた。命懸けの興奮に溺れた。

 一般人には手を出さず、警察の御世話にならずに済んでいるのは唯一残った理性のお陰と言う他ない。それほど、一樹は戦い続けた。

 

 当然、体には生傷が増えていく。しかし、一樹にはそんな事どうでもよかった。そもそも自分が嫌いなのだ。いくら傷付こうとザマァみろとしか思わない。

 

 体に包帯が巻かれる程、クラスメートが一樹を遠巻きにする程、一樹は充実感を感じていた。

 

 おかしいのは分かっている。しかし…

 

 

「おい… おい! いるんだろ? 返事をしろ!」

「……あ?」

 

 何処からかかけられた声に、一樹の意識は呼び起こされた。一体何を考えていたんだったか…そんな事を思いなが辺りを見回す。

 

「……牢屋、か?」

 

 照明の無い狭い部屋。頑丈な鉄柵、粗末な布団。汚い壺はまさかトイレだろうか。まごうことなき、イメージ通りの牢屋だ。

 

 流石に一樹も牢屋に閉じ込められた事はない。廃ビルの地下部屋なら経験は有るが。

 

「起きたのか?! おい返事をしろ!」

「──! 誰だ?!」

「隣の牢に捕まってるモンだ!」

 

 聞こえたのは男の様な女の様な、目が覚める時にも聞こえた声だった。

 

「助けてくれ! もちろん礼はする!」

「助けてくれって… 俺も捕まってるんだ、無茶言うな!」

「ここに入れられる時に見えたんだ。そこの鉄格子、何本か錆びてないか?」

「格子…?」

 

 顔の見えない声に言われて鉄柵をよく調べれば、確かに端の二本が錆びて赤茶色に変色していた。

 

「確かに有ったぞ! これをどうすりゃいい?」

「多分、そこの壁は壊れやすいと認知されている。だから、それを壊せないか?」

「認知…?」

 

 よく分からないが、確かに錆びて根本からボロボロになった鉄柵は壊し易そうだ。

 

「ふ、オラッ!」

 

 一樹が思い切り蹴りを入れると、バキャッと鈍い音が響いて錆びた鉄格子は壊れた。

 

「よし、やったな! そこら辺に牢屋の鍵が落ちてるだろ?それで扉を開けてくれ!」

「はいはいちょっと待ってくれ」

 

 外に出て地面を探せば、キラリと光る鍵が落ちていた。

 

「よし、これだ、な…?」

 

 鍵を拾い、声の主を助けようと牢の扉前に立った一樹の目に写ったのは、二足歩行で二頭身の猫の様なナニカだった。

 

「……どうした。早く開けてくれよ」

「は? いやいや、え? ちょっと待ってくれよ…」

 

 想像もしていなかった奇妙な生物を目の当たりにし、一樹はついに混乱した。

 

 そもそも最初からおかしかったのだ。学校に向かった筈が変な城にたどり着き、中に入ったら鎧の男に襲われて目が覚めれば牢屋の中。

 

 流石に、一樹はこれが夢でないと言い切る自信が無くなってきた。

 

(白昼夢…? 何時から? 不良どもと喧嘩した時は現実…だったよな?)

──ブギャギャギャッ!

「──っ!」

 

 混乱した一樹の思考を現実に叩き戻したのは、豚の様なおぞましい化物の様な聞いたことのない鳴き声だった。

 

()()()が出たのか… おい、早く開けてくれ! 逃げたいだろ? 我輩なら出口を知ってるぜ!」

「あ、ああ…」

 

 少し呆然としながらも、一樹は言われた通りに謎の生き物が入った牢の鍵を開けた。ノシノシと牢屋から出てきたソレは、やはり生き物の様だ。

 

「フゥ~。シャバの空気はうまいぜ。礼を言うぞ! 」

「あ、ああ」

「我輩はモルガナという。お前は?」

「住吉…一樹だ」

 

 自己紹介しながらも、一樹は謎の生き物…モルガナを観察する。喋るオモチャか何かかとも思ったが、そんな風にも見えない。

 

「イツキだな! で、イツキは何故ここにいる? たまたま迷い込む場所ではないぞ? 」

「いや… 分からねぇ… 学校に向かってたら、いつの間にかここに…」

「成る程… 何かに巻き込まれたのか? じゃあ、助けて貰った礼に手早く色々と教えてやるよ」

 

 そう言って、モルガナは様々な事を説明した。認知世界、シャドウ、ペルソナ…どれも簡単に信じられる話しでは無かったが、ライトノベルを好む一樹は何とか理解することはできた。

 

「パレス… つまり、ここは鴨志田の歪んだ認識の世界…なんだよな?」

「そういう事だ。理解が早いな!」

「あの鴨志田がなぁ…」

 

 眉目秀麗とは言えないが、人当たりの良く生徒の人気も高い(らしい)鴨志田が、世界一つ創る程の欲望を秘めているとは、少し考え難かった。

 

「まあ兎に角、此処から出ちまえば関係ないさ。約束通り出口を教えてやるよ」

「ああ…」

 

 こっちだぜ、とモルガナが歩きだすが、何かを忘れている気がして、一樹の足が動かない。

 

 

「──っ! そうだ! なあ、後輩2人も一緒に此処へ来たんだ! アイツらが無事だとは思えねぇ。悪い、助けに行かせてくれねぇか?」

 

 この世界(パレス)には、シャドウなる化け物がいることも、ペルソナとやらが無い一樹では戦えない事も分かっている。しかし、見捨てて逃げる様な人でなしには、一樹もなれなかった。

 

「そうか… まあ、助けて貰った恩もある。手伝ってや──」

「このバケモンが! パイセンから離れやがれ!」

「ニャフッ!」

「なっ! 坂本!?」

 

 モルガナとの交渉が成功しようとした瞬間、モルガナを飛び蹴りが襲った。襲撃したのは、一樹が探しに行こうとした坂本と転校生だった。

 

「先輩、大丈夫ッスか?! 」

「お、おう… お前らも無事だったんだな…って、取り敢えずその足退けてくれ…」

「え? 大丈夫なんスか?」

「ああ。珍妙な見た目をしてるが、敵じゃねぇ」

「まあ、パイセンがそう言うなら…」

 

 しぶしぶと言った様子で坂本がモルガナを踏み潰していた足を退かした。

 

「イテテ… 野蛮な奴め!」

「……猫?」

「猫じゃねーよ! 我輩は『モルガナ』だ!」

 

 踏まれた頭を振りながらモルガナが訂正する。モルガナにとっては重要らしい。

 

「兎に角、 俺が探してたのはコイツらだ。出口とやらに連れてってくれ」

「分かってるよ… 着いてこい。静かにだぞ」

 

 そう言って、モルガナは駆けていった。

 

「先輩? 大丈夫なんスか?」

「取り敢えず、着いて行くぞ。俺も色々と聞きたいが、話は走りながらだ」

 

 鴨志田像のアゴを下げて橋を下ろしたり、シャドウ?なる化け物の気配を察して隠れたりしながら先に進む。

 

 

「着いたぞ!」

 

 途中、捕まってる秀尽学園の生徒(『認知の存在』なる偽物らしい)に坂本が気を取られてシャドウに見つかりそうになったりとしたが、結局一度もシャドウと遭遇する事なく目的地に到達することができた。

 

 部屋にある通気孔が外に通じているらしい。鉄格子がはめられていたが、それは簡単に外せた。後は脱出するだけだ。

 

「約束は果たしたぞ。さあ、行けよ」

「行けよって… お前は?」

「我が輩はまだやることがあるからな。ここでお別れだ」

「そうか… じゃ、世話になったな。今度は捕まるなよ?」

「ふん。じゃあな」

 

 挨拶を済ませて、後輩二人と共に通気孔を潜る。通気孔はそれなりに大きい。大柄な一樹も問題なく入れた。

 

「そう言えば転校生」

 

 進みながら後ろから着いてくる転校生に気になっていた事を聞く。

 

「……なんだ?」

「名前聞いてなかったからな。聞いとこうと思って」

「……雨宮。雨宮 蓮だ」

「ま、こんな奇妙な体験を共にしたんだ。仲良くし…っと、出れそうだぞ!」

 

 薄暗くとも、室内とは違う光が一樹の目を被った。




近々《下》も投稿します。


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550話突破SS『もし覚醒一樹が最初からいたら…if』《下》【再投稿】

久々の投稿が書き直しですいません…
気に入らなさすぎて思いっきり書き直しました(また書き直すかもです)


「俺ら、どうなった…?」

『現実世界に帰還しました。お疲れ様でした』

「現実…? 取り敢えず、戻ってこれたみたいだな…」

「……多分」 

 

 通気孔を抜けた三人は、いつの間にか元の世界に戻っていた。

 

「もう何が何だかッスよ… 城とか、鴨志田とか妙な猫とか!」

「落ち着け坂本。俺は色々聞いたから、話を共有してやるよ。……まあ、情報源はその妙な猫だが」

「マジッスか先輩!」

「静かにしろって。補導されたらめんどう…って、もうこんな時間かよ…」

 

 坂本を宥めながら携帯を見れば、時間は既に昼を越えていた。今から行っても、既に学校は昼休みに入っている。

 

「まあ、お前らはこんな時間からでも行かなくちゃマズイんだろ?」

 

 不良として先生に目を付けられている坂本と、そもそも転校一日目の雨宮は行かない訳にはいかないだろう。

 

 

「……あんたは行かないのか?」

「一応出席日数は足りてるからな。適当に喫茶店ででも時間潰して─いや、やっぱ俺も行くわ」

「…?」

 

 雨宮にジト目で見られつつも学校をサボろうとした一樹だが、スマホのチャットを見て気が変わった。

 

 訝しむ後輩二人に頭をかきながら事情を話す。

 

「『途中からでいいから来て』ってさ。()()()は怒らせると怖いからな…」

 

 

────────────────

 

 

 

「もう。心配したんだからね?」

 

 クラスメイトに怖がられながらも出席した五、六限の後の放課後。一樹は、学校の屋上で薄茶の髪をショートボブにした女子に叱られていた。

 

「連絡もできないで悪かったよ、春。スマホも見れる状況じゃなかったんだ」

 

 

 一樹が言い訳を交えながらも真意(しんずい)に謝罪している女子の名は、奥村春。

 

 オクムラフーズと言う大企業のご令嬢でありながら、色々と縁が重なって一樹と仲良くしている奇特な女子だ。

 

「あー、ほら、親戚の爺さんが入院しちまってな。人手が足りなくて色々と手伝わされてたんだよ。今日は危険な事はやってない」

「それでも…また監禁されてたらって怖かったのよ? ……あの時みたいに」

 

 一樹は、春を無理に口説いていた婚約者を名乗るどこぞの御曹司(ボンボン)を少し強めにとっちめた為に、その御曹司に廃ビルの地下室に監禁された経験がある。

 その時は何とか脱出したし、その件の証拠をしっかりと握って御曹司を脅し春が高校を卒業したら自主的に婚約破棄することを約束させた為、トントンな結果だと一樹は思っているが、春の中では嫌な記憶として残っているらしい。

 ちなみに、何処からかこの話が漏れ、『住吉はどこかの御曹司を脅している』と噂が立ったが一樹は気にしていない。

  

「兎に角! こんな時は連絡して欲しいの…」

「分かった。ホントに心配かけて悪かったよ…」

 

 ゆるふわ系の女子に対して包帯を身体中に巻いた大男が平謝りする様子は珍妙だが、二人はそれに気にしない。二人は何時もこんな感じだからだ。

 

「あんまり…危ない事はしないでね?」

「もちろん。危険な事は控えるさ……少しは」

「もう!」

 

 ひたすらに謝り続け、なんとか一樹は春の許しを勝ち取った。

 

「そういや…今日ここ屋上使う予定あるか?」

「今日? 先生が何も言わなければ、使わないかな」

 

 春は屋上で野菜を育てている為、生徒立ち入り禁止の屋上の扉を開ける権利を持っている。

 

 後輩二人との話はなるべく人目につかない場所でしたい。貸してくれるなら有難いが…

 

「使いたいの? じゃあ、また後で閉めにくるね」

「ありがとな」

 

 相変わらず、春は一樹の言いたいことを読み取ってくれる。口下手すぎて言葉より先に手が出るようになった一樹には有難い人だ。

 

「じゃあ、またね」

 

 

 それから少し話して、春は下に降りていった。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ 

 

 

 

「よう。場所は確保しといたぜ」

「アザッス!」

 

 春が降りていってから少し待てば、後輩二人が共に上がってきた。クラスが一緒なのかと思ったが、廊下で偶々会っただけらしい。

 

「んじゃ、何から話すか…」

 

 認知世界、パレス、シャドウ、ペルソナ… 一樹はモルガナから聞いた事全てを二人に伝える。

 なるべく取り零しの無い様に話したつもりだが、一樹もあの時は混乱していた為、いくつか伝え忘れているかもしれない。

 

「ま、俺が聞いたのはこんな感じだな」

「えっと、つまりあそこは、鴨志田の野郎が認知?してるこの学校…ってことッスか…?」

「……捕まっていた生徒も認知の存在…?」

「ああ。『変な猫』が言った事を信じるならな」

 

 正直、一樹はそんな異世界どうこうよりも集団幻覚なりの方がまだ現実味があると思っていた。

 が、後輩二人は実際に鴨志田のシャドウと会話し、雨宮はペルソナにすら目覚めたと聞いてはそんな考えを改めざるをえない。あそこは本当に別世界なのだろう。

 

 知らず、一樹の頬が歪む。

 

「やっぱあのクソ野郎、学校を自分の城だと思い込んでんのかよ!」

「……なあ坂本。今まで聞かなかったけどよ、お前と鴨志田、どんな因縁があるんだよ?」

 

 一樹は金髪に染めてグレてからの坂本しか知らない。昔は陸上部に打ち込んでいたとは聞いたが、詳しい事は何も知らないのだ。

 渋々といった様子で坂本が語りだす。

 

「……アイツがバレー部の臨時顧問になった後──」

 

 坂本が語ったのは、他者にそれほど興味の無い一樹でも「うわぁ…」とつい呟いてしまう程にドン引きな話しだった。

 体罰、理不尽な練習、厭らしい罠。なるほどたしかに、グレてもおかしくない話だ。

 

「そりゃ恨んで当然だわな。むしろ月の無い晩に後ろから刺してないだけ凄いと思うぞ。俺なら刺してた」

「……アザッス」

「…なあ」

 

 少し考えて、一樹は言うか言うまいか決め損ねていた事を言う。

 

「あの城…パレスを使えば、鴨志田を『改心』させられる、って言ったらどうする?」

「えっ?」

「……できるのか?」

 

 坂本だけでなく、雨宮まで反応した。それも、懐疑的ではあっても好感触だ。

 

「さあな。だが、モルガナの話を聞く限り可能性は高いと思ってる。パレスに行ければな」

 

 パレスとは個人の歪んだ欲望が認知に影響を及ぼした場所。故に、その場が無くなれば歪んだ欲望も消える可能性が高い。

 

「──って事だ。だから改心できる確証は無いし危険も当然にある。で、どうする?」

 

 率直に言えば、一樹は鴨志田の事などどうでもいい。一樹はただ、もう一度あのパレスに行きたいだけだ。

 改心を餌に二人を誘ったのは、気心の知れた坂本と向こうで戦える雨宮がいれば()()()の時に便利だと思ったからに過ぎない。

 

 二人は熟考して、先に坂本が、そのすぐ後に雨宮が頷いた。肯定の意だ。

 

 また、一樹の頬がこっそりと歪んだ。

 

「よし。じゃあ、明日の放課後に校門前の裏路地に集合だ」 

「明日ッスか?」

「今日は色々と詰め込み過ぎただろ? このままもう一回はしんどいぜ。今日は家でゆっくり休んでろ」

「……了解」

 

 そのまま別れようと思ったが、一樹が1つ思い出して降りようとする坂本を呼び止める。

 

「お前ってたしか、モデルガン持ってたよな?」

「え? 安モンのピストルとショットガンなら…」

「よし。明日持ってきてくれ。先生に見られんなよ?」

 

 それじゃ、と言って今度こそ別れた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

「チッス!」

「よし。揃ったな」

 

 次の日の放課後。一樹、坂本、雨宮の三人は校門前の路地に集まっていた。

 

「ん?先輩、なんスか? その袋」

「 あ? ああ。後で分かるだろうから気にすんな。つか、例の物持ってきてくれたか?」

「あ、はい!」

「サンキュ。んじゃ、ショットガンは俺に、ピストルは…雨宮に貸してくれ」

「どぞッス」

 

 受け取ったショットガン(のモデルガン)を袋を持つ腕の小脇に抱え、一樹はパレスへ行く為の準備を始めた。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「お、おお…」

 

 『何か』が歪んだ次の瞬間、一樹と坂本と、マジシャンの様な衣装に身をくるんだ雨宮は昨日と同じ城の前に立っていた。

 

 

「……本当に来れるとは」

「言った通りだったろ?」

 

 様々な推測により、一樹はここへ迷い込んだ原因はいつの間にか三人ともがインストールしていた謎のアプリにあると睨んでいた。

 それで色々とアプリを弄くった結果、再びパレスに訪れることを成功したのだ。

 正直、パレスに来れる確証は無かった為一樹はホッとした。

 

 

「服が変わってる…、 その格好なら、ペルソナとやらが出せるのか?」

「……羨ましいか?」

「まあ、面白そうではあるな」

 

──ギャアァァァッ!

───ブギャギャギャッ!

 

 喋りながら城の近くまで移動すれば、昨日も聞こえた悲鳴や鳴き声が聞こえてくる。

 

「悲鳴は部活の奴等だとして、鳴き声は何の認知なんだろうな?」

「おい!」

「っ! …モルガナか。そっちも無事だったんだな」

 

 城の影から姿を現したのは、奇妙な猫の様な生物、モルガナだった。

 

「シャドウが急にザワつきだしてもしやと思って来てみれば…せっかく逃げ延びたのに、また正面から来るなんてな。

 ま、ザワついた理由はオマエらだけじゃないみたいだが」

「酔狂で遊びに来たんじゃねえよ。俺たちは鴨志田を……『改心』させに来た」

「……へえ」

 

 モルガナが、面白そうに笑った。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

「パレスではなんでも主の思い通りに歪む。防ぐには強い『叛逆の意思』を持つしかない」

「その叛逆の意思とやらが、今の雨宮の格好でありペルソナなんだな?」

「まあそんな所だ」

 

 

 一樹たち三人は、一樹が昨日聞き洩らした情報をモルガナから聞きつつ城を探索していた。

 

 一樹らの目的は鴨志田を改心させること。モルガナの目的はオタカラとやらを盗むこと。別々に見えて、実際は同じ事らしい。

 

 オタカラはパレスの中核。それを盗めばパレスは崩壊して主は改心する。モルガナはそう説明した。

 

 情報を教え、手を貸す代わりに手を貸せ。モルガナの提示した取引はそれだった。

 怪しい猫モドキではあるが、鴨志田に捕まっていたなら敵ではあるまいと、一樹らは取引に応じた。

 

 

「──っ!シャドウだ!」

 

 咄嗟に隠れて向こうを伺えば、確かに鎧を着た大男、シャドウが巡回している。

 

──嗚呼、ようやく…

 

「ここはワガハイとレンがやる。戦えないオマエらはここにいろ」

「……ああ。そうするさ」

「──?」

 

 一樹の含みを持たせた言葉に多少の疑問を抱きながらも、モルガナはシャドウを始末する為に奇襲をかけた。

 

「正体を見せろ」

『グッ、グワアァ!』

 

 モルガナの指示に従い雨宮がシャドウの仮面を引っ剥がせば、シャドウは鎧姿からカボチャ頭の化け物ジャックランタンと二足歩行の植物マンドレイクに姿を変える。

 あれが、シャドウの本性らしい。

 

 戦闘が始まって即モルガナは風の魔法でカボチャ頭を始末したが、歩く植物の弱点をつく魔法は雨宮もモルガナも持っていない。

 

「弱点は突けないな… 力業でいくぞ!」

「その必要はない、ぜ!」

「なっ…!」

 

 雨宮が威力のある銃に持ち代えたその時、一樹が飛び出し意気揚々と唐突に投げたビンがシャドウを焼いた。

 

「か、火炎瓶っ!?」

 

 隠れている坂本が驚いた通り、並々に液体を入れられた瓶に火のつけられた白い布が巻き付けられている。()()()()()()()()一樹が投げたのは火炎瓶であった。

 

「今は気にすんな! 敵がコケたぞ、畳み掛けろ!」

「っ、おう!」

 

 戸惑いながらも、モルガナが前後不覚になったシャドウにトドメを差し、シャドウは消滅した。

 

 

「で、何なんだそれは?」

「見ての通り火炎瓶だが? 夜なべして作ったんだ、いい出来だろ?」

「んなヤベーモン学校に持ってきてたんスか!?」

「冗談だよ。中身はただの水だ」

 

 見た目は物騒だが、中身は色水で布は外側を巻いているだけ。つまり、認知世界内ではモデルガンが弾を撃てるのと同じ原理だ。

 本物にそっくりだが、ドッキリ用の道具で通じる程度の偽物もここで投げれば引火する。

 

「流石にモンスターと超人?の戦いには混じれないからな。こんな感じでサポートするぜ」

「しかしだな…」

「ん? おい雨宮、怪我してんじゃねーか。ちょっとこっち来い。手当てしてやんよ」

 

 渋そうな顔をするモルガナを努めて無視し、一樹は手慣れた様子で雨宮に包帯を巻く。

 

 一樹は現実味のないスリルを求めてこんな所まで来たのだ。見てるだけでお預けなど、我慢できる筈がない。

 色々と考えた結果、火炎瓶やら傷薬やらによるサポートに行き着いたのだ。

 

「ほいできた」

「……上手いな」

「そりゃ毎日自分で巻いてるからな」

 

 一樹は自分の身体中を被う包帯を見せながら自慢気に言う。それにしても流石は別世界と言うべきか、雨宮の擦り傷はもう消えて無くなってしまった。

 

 

「火炎瓶も傷薬もダース単位で持ってきたし、なんなら煙玉なんかも持ってる。色々とサポートしてやれるぞ?」

「むむむ… 仕方ない。ただし、自分の身は自分で守れよ!」

「当然!」

 

 モルガナの説得に成功してから、一樹は銃で火炎瓶で雨宮達の戦闘をサポート楽しんだ。戦闘慣れしている事もあり、引き際も弁えているため怪我もしない。

 

 取り敢えずの目的地に決めていた『悲鳴の出所』に向かいながらも、直接命懸けの戦いに交われないのは一樹的に少しばかり不満だったが、一撃でも喰らえば死にかねない魔法の飛び交う戦場は一樹を大いに満足させていた。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「鴨志田の奴…! 許しておけねぇ!」

「気持ちは分かるが落ち着け。ここで見つかりゃ元も子も無いだろうが」

「……ス」

 

 城中に響き渡っていた叫び声の出所は、『鴨志田 愛の修練場』なるふざけた施設で行われていた体罰による生徒の悲鳴であった。

 

「……痛みってのは人を黙らせんのに一番手っ取り早い方法だ。ここでやってる事がホントなら、部活の連中に真実喋らせんのは無理だろうな」

「……詳しいな。実体験か?」

「……さあ? てか、早く動いた方がいいんじゃね?」

 

 体罰の情景を見た正義感の強いらしい雨宮と、そもそも鴨志田を嫌い情にも篤い坂本は非常に憤った。それこそ、シャドウにバレて追われる程に。

 

 

『いないな…』

『よく探せ! こっちに逃げたのは確かな筈だ』 

 

 今は積んである木箱の影に隠れてやり過ごしているが、いつ見つかって戦闘になってもおかしくない。

 流石に、一樹も自分たちより多い敵との戦いは避ける。そこら辺は、冷静であった。

 

(こうなりゃ、先に仕掛けて…)

『おい! あっちに例の奴が現れたらしい! 救援を!』

『なに!? 分かった、すぐ向かう!』

「──? よく分からんが、俺たちを探してた奴等は全員いなくなったな」

「よし、出口はすぐそこだ。急ぐぞ!」

 

 橋を渡り、暗い石畳の道を進み、後は昨日迷い込んだエントランスを抜ければ脱出できる所まで来た。しかし…

 

「また貴様らとはな」

「鴨志田ァ…!」

(あれが、鴨志田のシャドウか…) 

 

 一樹らの道を遮ったのは、大量のシャドウを引き連れた『王様』の様な格好をした鴨志田であった。 

 

 気配を察知して物陰に隠れる事が出来たのは一樹のみ。他の三人は、軍勢を引き連れたシャドウ鴨志田と正面から対峙してしまっている。 

 

(アイツら、まだ俺に気づいてねえ。なら隙を突いて、鴨志田を撃つ。シャドウどもがそれに動揺した隙に全員で逃げる)

 

 命懸けと自殺は違うのだ。一樹はあれほど大量の敵と戦う気はない。作戦とも言えない作戦だが、皆で()()()逃げるにはこれしかない。

 

 

「くっ…」

(雨宮、モルガナ…! クソ…)

 

 シャドウが、坂本を守っているが為に全力を出せない雨宮とモルガナをなぶり、踏みつけにしている。

 

 しかし、一樹はまだ動けない。鴨志田もシャドウも雨宮たちに注目している。今動いても死体が1つ増えるだけだ。

 だから、仕方ない。一樹はそう()()()()()、隠れ続ける。

 

 

 

 ──ニヤけたツラで、こっち見てんじゃねぇよ!

──「ぶっ放せよ…『キャプテン・キッド』!!」

 

「……はは、マジかよ」

 

 ──坂本が、己の本心と向き合い、ペルソナに覚醒した。

 

 守る事に気を使わなくてすむようになった雨宮とモルガナが加わり、隊長格のシャドウを撃破した。─してしまった。

 

──隠れていた一樹が、何をする間でもなく。

 

 

 

「ふん! まだ分からんようだな。ここは俺様の城だと!」

「なに!?」

 

 シャドウ鴨志田の一声により、再び大量のシャドウが召喚された。流石のペルソナ使いも、あの数と戦えばタダでは済むまい。

 

 ──しかし、好機。

 

 バン! バン!と銃声が響く。一樹が、物陰から姿を表し鴨志田をショットガンで狙撃したのだ。

 

「ぐっ… 貴様住吉…」

『鴨志田様ッ…!』 

 

 狙い通りにシャドウは動揺したが、想像以上に銃撃が効いていない。せめて鴨志田を倒せるだろう思ったが、よろけるだけで終わってしまった。

 そのせいでシャドウの動揺が少ない。これでは、すぐに立ち直ってしまうだろう。

 

「お前ら、早く逃げ──」

「何をしている衛兵ども! そいつを──」

 

──グギャギャギャギャッッ!!

 

 一樹が仲間を助けるよりも早く、鴨志田が号令をかけるよりも早く、エントランスの中央に飾られた肖像画を突き破って()()は現れた。

 

『【侵入者】だ! 侵入者が出たぞ!』

「なっ、んだあれは…!」

 

 

 それは、鳴き声通りの獣だった。イノシシと大猿を組み合わせた様な、異様の獣。四足で走り回り、目には知能の光の欠片も見当たらない。

 

 その獣は、明らかに鴨志田の認知による存在でありながらシャドウを蹴散らし、鴨志田にすら牙を剥こうとしている。 

 

「ワガハイもアイツについてはよく分からん。ただ一つ分かるのは、アイツは敵味方の見境無く襲うヤベェ奴って事だ!」

「てヤバイぞ! アイツ、こっちに目付けやがった!」

 

──ギャシャァッ!!

 

 

 鴨志田の呼び出したシャドウをもう始末してしまったその獣は一樹達へ突っ込んできた。

 いつの間にか鴨志田がいなくなっている。どうやらこ、の獣や坂本らよりも命を優先して逃げたらしい。

 

 

──【突撃】!!

「クソ… イツキは下がってろ! 撃退するぞ!」

「くっ…」

「おうよ! キッドォッッ!」

 

 唐突に始まった第二ラウンド。直線的な動きしかしない獣の対し、モルガナ達は序盤有利に動いていた。が…

 

──【暴れまくり】!!

「ぐうっ… 【ディア】! コイツ、なんて攻撃力だ…!」

 

 一撃一撃が重く、体力も多いらしい獣は何発攻撃を喰らおうと倒れず、逆に一撃でモルガナたちを瀕死へと追い込んでいく。

 今はモルガナの回復スキルで凌いでいるが、それももう限界が近い。

 

「……なあ、多分正体が分かった」

「なに!? なにか倒すヒントが有るかもしれん! 教えてくれ!」

「ああ… お前は──

 

 

 ──()()()? なあ、住吉一樹!!」

 

 ブギギギ、と、獣が嗤った。やはり、正解らしい。知能が有る様には見えないが、言葉を理解する程度の脳は有るようだ。

 

(ああ、成る程な。『誰彼構わず、先生にすら手を上げるヤバイ奴』って所か)

 

 別に間違っちゃいない。今は裏路地にたむろしている不良やオイタをする酔っ払いを相手に喧嘩をしているが、きっかけがあればきっと一樹は教師でも殴るだろう。

 

 結局、正体が分かった所で攻略の助けにはならなかった。シャドウ一樹は戦えない一樹には興味がないらしく、一樹に危険はないようだ。

 

 ──それ故、余計に笑いたくなる。

 

「クフッ フフフ…」

「な、なあイツキ?」

ハーハッハッハッ!!

 

 雨宮と坂本が獣と戦っている。頭を抱えて笑っている一樹には見えないが、爆音と怒号、その音が戦闘の激しさを物語っていた。

 

 

 安全圏からアシスト?

 死なないように気を付けながら立ち回る?

 

──下らない。

 

 一樹は、先ほどまでの腰の抜けた動きを鼻で笑う。そもそも、自分は何を求めて此処へ来たのか?

 

 戦う為だ。なのにどうして命を惜しんで隠れていたのか。馬鹿らしい。

 

 認知の自分を前に、一樹の思考はあちこちに飛ぶ。だが、笑いは止まらない。

 

「下らねぇ。全部やめだ! 自分の身なんざ知ったこっちゃねぇ! ただ単純に…楽しもうかァ!!

 

 

 急に叫んだ一樹に戦っている二人は変な物を見る様な目を向けてくるが、一樹は別に構わない。周りの目など、元から気にする(たち)じゃない。

 

 ──ただ、やりたい事をやるだけだ。

 

 

ほぉ… よォやくお気付きか?

「アァ? アアア、ガァッ!」

「なっ…! このタイミングで…?!」

 

 突然、頭の中で声が響いた。頭が、割れる様に痛む。だが、愉快だ。

 

 

「狂人で結構! 何で大嫌いな自分の身、なぁんで守らなくちゃなんねぇ? 盛大に暴れていこうじゃねぇか!」

クッ カッカッカッ

  それでいい。元より役者でも無いその身。何処に演じる必要がある? ここは舞台の外。好きに振る舞えばいい!

 

 顔に現れた仮面に、手をかける。先ほどの坂本が覚醒した時の事など一樹は忘れている。だが、感覚で分かる。これを、剥がさなくてはならない、と。

 

「ああ。そうするとも。俺ごと全部…ぶっ壊そうか!」

素晴らしい。我は汝、汝は我…

  台本は既に破られた。どうするかは……お前次第だ

 

 

 一樹は仮面の端を掴み、一思いに引き離す。不思議と、痛みは無かった。

 

 ゴォォォ、と青い光が一樹を包む。光が消えた時、一樹は己の服が変わった事に気が付いた。そして、後ろに現れたもう一人の自分にも。

 

「成る程なぁ。これがペルソナか!」

 

 もう一人の自分が、こんな鉄像のような見た目だとは。鉄塊を削って作った彫像の様な、不思議な見た目。だが、それもまた己だ。

 

「さあいこうか! ファントム!」

 

 まずこの気持ち悪い認知イツキを殴り、次に鴨志田を殴る。

 

 

「いいねぇ! 楽しみが増えた!」

 

 一樹は思いっきり笑った。



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together

「痛えなぁ! もっとやろうぜぇっ!」

 

 

 敵の平手打ち(ヒステリービンタ)を物ともせず、叫ぶDRの戦鎚が女型のシャドウ(クシナダヒメ)の顔を容赦なくぶん殴った。

 

 

『キャァァ!』

 

 

 シャドウは悲鳴を上げて消滅するのを見届け、DRは厳つい戦鎚を肩に乗せて振り返る。

 

 

「おかわり!…は、もういねぇのか」

 

 

 前回の侵入からいくらか日が経った今日、怪盗団はニイジマパレスの攻略を開始した。騒ぎにならないようなるべく戦闘は避けているが、それでも何度も会敵し、戦闘はあった。

 

 その(たび)に、時には肉壁、時にはトドメ役としてDRは戦い、今回もまた一体のシャドウを引き受け、無事に始末する。

 

 その頃にはDR以外の戦闘も既に決着はついていた。もっとも、向こうははDRの様な力押しではなく弱点を突いたり連携したりとスマートな戦いだったが。

 

 

「三体もいたのに早いモンだな。たまには残してくれてもいいんだぜ?」

 

「……強いね、君は。敵に回したくないタイプだ」

 

「そうか? 俺はお前の方が面倒だと思うぞ?」

 

 

 DRの戦闘を見たクロウにそう評されたが、DRとしては祝福属性に呪怨属性しかも物理攻撃や万能属性のスキルも扱えるクロウの方が強いと感じる。

 

 本人の万能性が反映されているのだろうか。

 

 

「普通、人は殴られそうになれば身構える。君みたいに嬉々として頬を差し出す様な、その…狂人は一番厄介だ」

 

「あー、なるほど?」

 

「それにキミ、殴るのも躊躇してないだろ? 強いよ、それは」

 

 

 クロウ曰く、その一瞬の躊躇いの差が戦闘では大きいらしい。よくそんな事まで知っているものだと、DRは感心した。

 

 

「もういいかしら? 先に進みましょう」

 

「っと、悪いな」

 

 

 怪盗団は今、カジノのバックヤードを目指していた。DRにはよく分からなかったが、そこにパレス攻略の糸口があるらしい。

 

 考える事は自分の仕事ではない。そう割り切るからこそ、DRは全て仲間に任せられる。

 

 

 

 通路を進み、少し開いた場所に着いた。

 

 

「ここがバックヤードのようだな」

 

「よし。じゃあ中を調べてみようか。何か見つかるかもしれない」

 

「んん…? ああ、そういうこと? やっと分かった」

 

 

 用は、カードやらキーやらを求めてこんな裏側まで来たのだ。確かに、バックヤードにならそんな物が有ってもおかしくない、気はする。

 

 ナビがいれば、パソコン等から情報を抜き出す事も可能だろう。

 

 

「おっ端末あるぞ! でもシャドウがいるな…」

 

「どうする? 始末するか?」

 

「……そうしよう」

 

「そう言ってくれると思ったぜ!」

 

 

 誰も来ないだろうと油断しているシャドウの仮面をジョーカーがひっぺ剥がし、シャドウが正体を露にした。

 

 

「さあ、スゴいことしようぜ!」

 

 

 敵は青い象(ガネーシャ)一匹。まあ苦戦はするまい。そんな風に、甘く見通していたからだろうか──

 

 

──【リベリオン】!

 ──【ミラクルパンチ】!

 

 

「クッ…」

 

「リーダー!?」

 

『ジョーカー、ダウン! こりゃマズイ!』

 

 

 何時もなら軽々と(かわ)す攻撃を、リーダーが喰らってしまった。

 

 

──【五月雨斬り】!

 

 

「チッ…」

 

『やるな、クロウ』

 

 

 リーダーをダウンさせた事で調子付き、シャドウは更に攻撃を繰り出すがそれはクロウが回避した。

 

 しかし敵の体力は多そうで、指揮者が倒れている状態で戦闘を長引かせるのは得策ではなさそうだ。

 

 

「クイーン! あれをやるぞ!」

 

「あれね! 了解!」

 

 

 

───【SHOW TIME】───

 

 

 何処とも知れない荒野にて、敵を前に顎に手を当てて考えるクイーンと指を鳴らすDR。

 

 

「決まった、プランβよ!」

 

「ベータ! 了解した!」

 

 

 指示を仰いだDRは一目散に敵目掛けて突っ走る。

 

 

「最初はラリアット! からの右フック、ラッシュ! フハハハ 命令通りだ!」

 

 

 周囲の状況、敵の体格、その他諸々を想定に入れた猛攻はすべてクイーンが考え出した物であり、反撃のタイミングすら折り込み済みのこのプランに隙はない。

 

 

「フェイントだ! 楽しいなぁっ! 命令を遂行する! グレネード投擲! 前回し! からのぉ…! 」

 

 

 鋭く重い前回し蹴りから連続して放たれるDRのラリアットが敵を吹き飛ばす!

 

 

「ハァァァ…ハァッ!」

 

 

 吹き飛んだ先には作戦通りクイーンが待ち構え、合気道仕込みの正拳突きが再び敵を吹っ飛ばした!

 

 

 そして──吹き飛んだ先に命令通り投擲されたグレネードが思惑通り爆発する!

 

 

「そして最後は決めポーズ!」

 

「計算通りね」

 

 

 爆煙を背後に二人は勝利のポーズを取り、敵は倒れた。

  

 

 

───【SHOW'S OVER】───

 

 

 

『さっすがクイーン! 見事な指揮だったぞ!』

 

 

 二人がかりでボコボコにしただけあり、まだ体力に余裕を残していた青ゾウ(ガネーシャ)を軽々消滅させた。

 

 

「……すまない。…油断した」

 

「気をつけろよ、リーダー」

 

「……ああ」

 

 

 まだクラクラするのか、頭をさすりながらジョーカーが答える。ダウンさせられた時の気持ち悪さは、喰らってみなければ分からない。少なくとも、単純な風邪なんかよりはよっぽど気持ち悪いのだ。

 

 

「ん? 今のシャドウ、何かのカード持ってやがったぜ!」

 

「お、それが目的のメンバーズカードじゃないか? …ああ、でも無記名だ。こういうのは、無登録だと使えないかもな…」

 

「ふふふ、そういうのは任せろ!」

 

 

 ナビがシャドウの落としたカードを拾い、近くのパソコンでちゃちゃっと登録を完了させた。やはり、こんな場面では特に頼りになる。

 

 

「名義は適当に、『タナカ・タロウ』にしといた」

 

「それだとちょっとシンプルすぎないか? こんなトコでバレたら元も子も無いだろ?」

 

「んー、それもそうだな」

 

 

 DRに指摘され、ナビはもう一度パソコンを操作して『ナカノマツ・シンジ』と、少し凝った偽名名義のカードを作り出す。

 

 

 これで、パレスの先に進める筈だ。

 

 

「いらなくなったさっきのカードは…そうだな、クロウ、ゴミ箱見つけたら捨てとけ」

 

「えっ、どうして僕が…?」

 

「こうゆう雑用は新入りの役目だからな」

 

「……やれやれ」

 

 

 クロウはそう言いながら、カードをポケットに入れた。

 

 

「おっ! おあつらえ向きに出口だぜ。さっさとズラかろう」

 

 

 バックヤードの端っこに通気口を見つけたスカルが、そう言うが否や通気口に入り込んだ。

 

 

「お、おお…」

 

 

 DRはパレス自体は入った事があっても、本格的なパレス攻略は今回が初めてな為、こんな怪盗っぽい事をする度、少しドキドキするのだった。



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sister

「ここが…」

 

 

 バックヤードで偽造したカードを使い、怪盗団はスロットが並び天井からトランプの降り注ぐきらびやかな『メンバーズフロア』に侵入していた。

 

 

「まずは、よくここまで来れた…とでも言うべきかしら?」

 

「──っ! お姉ちゃん…!」

 

 

 フロアの奥からボディガードを伴って現れたのは、ここの主、アイメイクと刺激的な衣装を纏ったシャドウニイジマだった。

 

 

 

 ──ダンッ!!

 

 

「DRッ?!」

 

「あら危ない。そんなつまらない方法で勝てると、本気で思ったのかしら?」

 

「……チッ」

 

 

 シャドウニイジマを確認した途端、DRは先手必勝と戦鎚を振り下ろした。が、ホログラムか瞬間移動か、DRの戦鎚が打たれる寸前にシャドウニイジマの姿はパレスの奥へ向かうエレベーターの中に移動していた。

 

 

「私はこのカジノの総支配人でありナンバーワンプレイヤー。貴方たちごときが私と戦えるだなんて、思って欲しくないものね」

 

「見下されたものだな」

 

「どうしても、お手合わせ願いたいといったら?」

 

「ナンバーワンになるために、私は勝ち続けてきたの。相手して欲しいなら、貴方たちも勝ち続けてみせなさい」

 

 

 ここはカジノであり、勝ち続けろ。つまり、ギャンブルで大当てしてみせろと、そう言っているらしい。

 

 

「油断してると、足元すくうよ。お姉ちゃん」

 

「期待しないで待っててあげる。……そうね、まずはそいつらに勝ってみせなさい」

 

 

 そう言い残してシャドウニイジマがエレベーターで昇っていけば、残されていたボディガードがどろどろに溶けて真の姿を表した。

 

 

 敵はパンイチチーター(残忍なる雄ヒョウ)青いゾウ(奇運の象神)。どちらも、そこらの雑魚シャドウとは一線を画す力を持っているようだ。

 

 

「へっ。こっちの方が話が早ええ!」

 

「やっぱパレスはこうなくちゃな!」

 

 

 それぞれが武器を構え、戦闘が始まった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 いくら強敵と言えど、万全な状態の怪盗団に敵う筈もなく、DR的には少し物足りないがわりと呆気なく勝利する。

 

 

 また苦労するかと思われたイカサマまみれのギャンブルも、クロウの策によりイカサマをかけ返したことで、ダイスゲームに巨大スロットと、次のフロアへ行く為に必要な多額のコインを得る事ができた。

 

 

 そして…

 

 

「エレベーター前でお出迎えか? 歓迎って雰囲気じゃねーな」

 

「十中八九、冴さんの差し金だろう。戦う覚悟をした方がよさそうだ」

 

「準備はいいな? …進むぞ」

 

 

 ジョーカーの掛け声で、先に進むエレベーター前に陣取るシャドウを取り囲んだ。

 

 

『随分と小賢しい真似をしてくれたわね』

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 何処からともなくニイジマの声が聞こえる。どうやら、イカサマで大勝ちしたことに腹を立てているらしい。

 

 

「一応、()()()()()()()集めたんですがね?」

 

 

 クロウの言う通り、このカジノはイカサマが前提だ。

 

 カジノ側もあからさまな程にイカサマをしているし、そもそも次のフロアに行く為に必要なコインもイカサマでもしない限り到底集められない量なのだから。

 

 

『私が勝つことがここのルール! 刑事裁判は、絶対に勝てるギャンブル。賭場を用意するのは私たち検事だもの。負けは許されない! 例え、冤罪であってもね!』

 

「……現役検事の言葉とは思えねーな」

 

「冗談でしょ…? 否定してよ! お姉ちゃん!」

 

 

 歪んでしまっていると分かっていても、姉からはこんな台詞を言ってほしくはなかっただろう。しかし、シャドウにはこの程度の慟哭(どうこく)は響かない。

 

 

『お客様がお帰りみたい。お相手してあげて』

 

 

 シャドウニイジマの一声により、シャドウが真の姿を表した。

 

 

「お帰りはテメエだ、時計のバケモン((ノルン))!」

 

「全部こうの方が面倒が無くていいぜ!」

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

  Enjoy&Exciting!!

 

 

 

 時計の化け物(ノルン)は弱点が無く雷と風のスキルを使いこなしたが、物理に耐性が無く単体ならそこまでの問題は無い。

 

 

 まずDRがタックル(ペイン・トレイン)をかまし、ダウンした所を怪盗団全員で総攻撃。戦いはそれで終わった。

 

 

『……負け犬め。この程度で私に勝ったと思わないことね。まあ、支配人フロアまでこれたら多少は認めてあげる。精々、努力することね』

 

 

 それで、声は聞こえなくなった。

 

 

「人の生涯を左右する裁判をギャンブルだなんて…冴さんの口から聞きたくなかったな…」

 

「兎に角、こんな所でくっちゃべってないで今は先に行こうぜ」

 

 

 ここで落ち込んでいるクイーンを慰めない辺りがDRである。そのままDRに連れられて、怪盗団は次のフロアへ進んだ。

 

 

 

 

「ここが…?」

 

 

 怪盗団は『メンバーズフロア』から上の階に昇ったが、エレベーターの回りを一体のシャドウと背の高い柵に囲われて先に進めそうにない。

 

 

「オイ、どけよ」

 

「この先はハイレートフロアでございます。アポはございますか?」

 

「どけっつってんだろうが!」

 

「アポはございますか?」

 

 

 スカルがシャドウを脅すが、まったく堪えていないようだ。

 

 

「どうする? またぶちのめすか?」

 

「いや、多分これは冴さんの認知に関係している。シャドウを倒した所で意味はない」

 

「お姉ちゃんの認知…法廷、とかかしら」

 

「それだ」

 

 

 確かに、法廷であれば無関係者の立ち入りは禁止だ。

 

 

「てことは、新島姉に俺たちが法廷に入っている所を見せなきゃなんねぇのか…」

 

「でも法廷になんて、どうやって入るの…?」

 

「スカル、何かやらかせ」

 

「やんねーよっ!」

 

 

 一瞬、DRは本気で「それだっ!」と思ってしまった。

 

 

「傍聴人になればいい」

 

「成る程。一番手堅いが、こんな時に裁判なんてやってるのか?」

 

 

 おかしな言い方だが、新島姉は今怪盗団を追って途轍(とてつ)もなく忙しい筈だ。そんな人が裁判に出席などするだろうか。

 

 

「それについては、心当たりがある。調べがついたら、皆に連絡入れるね」

 

 

 これ以上は先に進めない為、今日はここで解散となった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「ここが、法廷…」

 

「まさかパレスに入って次の日に裁判が有るとはな」

 

「本当、ギリギリだったよ。冴さんの完璧主義に救われたね」

 

 

 今日、怪盗団は新島姉が出席する裁判に来ていた。今回の裁判は新島姉が怪盗団捜査の前に請け負っていた案件らしく、これが終われば怪盗団捜査に集中するつもりらしいので危機一髪間に合った。

 

 

 

「自然と、身が引き締まってしまうな」

 

「よく新島さん。こんな厳格な雰囲気をカジノになんて思えるね…」

 

「つか、この裁判ってなにやんの?」

 

「ある議員の、政治活動費の使い込み」

 

「それ雑誌で見た! 愛人と温泉旅行!」

 

 

 若い(高二以下)組がはしゃぐ。もう少し、静かにしてほしい。

 

 

「てか、どうやって新島さんに気づいてもらうの? 連絡とか、した?」

 

「メッセージ読んでくれてないみたい」

 

「……作戦はあるのか?」

 

「別に? その内、気付いてくれるでしょう。……ほら」

 

 

 資料に目を向けていた新島姉が、こちらに気が付いた。しかし、一瞬驚いた表情をしただけですぐに資料に目を戻してしまう。

 

 

「そろそろ始まる頃だね」

 

「よし。ニージマにワガハイらが裁判所の立ち入りが許された事が伝わったな。これでハイレートなんちゃらに入れる筈だ。裁判が終わったら、パレスに直行するぞ!」

 

「興奮し過ぎだ! 出てくんなっつの…!」

 

「ほら。始まるぞ」

 

 

 カバンから出たモルガナの頭をリーダーが押し込みつつ、裁判が始まった。

 



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cheat

すいません遅れました…
戦闘描写が難しい…書き直すかもです…


「よお、待たせたな」

 

 

 DRがエレベーターを上がれば、ハイレートフロアを囲っていた柵が消えていた。

 

 

「パレスに入るタイミングまでずらすなんて、徹底してるね」

 

「そりゃ、俺まで証拠掴まれたらたまったモンじゃないからな」

 

 

 クロウの言う通り、裁判の終わった後、DRは怪盗団と別れて他の場所からパレスに侵入したのだ。

 

 共に行動しているが、クロウは元より探偵()。警戒するに越したことはない。

 

 

「兎に角、現状の共有をしてもいいかしら?」

 

「と、悪いな。頼む」

 

 

 DRは怪盗団から遅れてパレスに入ると決めていた為、その時間を待機して無駄にすることなく、軽く探索をしておいてくれとクイーンに伝えていた。

 

 

「まず、『お姉ちゃんのいる支配人フロアに入るにはコインが十万必要』なこと。そして『ハイレートフロアには二つのギャンブルがある』こと…くらいね。今分かっている事は」

 

「成る程な…」

 

 

 更に詳しく聞けば、ギャンブルは迷路をクリアする『ハウス・オブ・ダーク』と『バトルアリーナ』の二つらしい。

 

 

 しかしアリーナは参加するのに『一万コインが必要』な為、手持ちのコインで挑戦できる迷路から挑むことになった。

 

 

「よっしゃ、さっさとさっさとクリアしてやろうぜ!」

 

 

 スカルが振り立て、オー、と皆で腕を上げた。 

 

 

 

────────────────

 

 

 

「だぁぁっ疲れた!」

 

 

 ハウス・オブ・ダークのゴールにて、DRは壁に寄りかかる。他の面子も、思い思いに休んでいる。

 

 

 受付では『少々暗い』だの『シンプルな迷路』などと()かしていたが、蓋を開けてみれば真っ暗な部屋と大量のシャドウ、そして解かせる気のない迷路の最後に強シャドウが待ち構えていて…と、矢鱈疲れさせられる迷路だった。

 

 

「兎に角、これでバトルアリーナに参加する分のコインは集まった。ジョーカー、一気にアリーナの受付まで駆け抜けないか?」

 

「……一気に行こう」

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

「ようこそ、夜の炎燃える闇の競技場、『バトルアリーナ』へ! ……ところで、確認ですがコイン一万枚、持っていらっしゃいます?」

 

「あ、あるよね? あります、一万枚!」

 

 

 そう言って、ノワールがカードを受付のシャドウに提示した。

 

 

「あーらら荒稼ぎしてくれちゃって。まあいいでしょう。それではルールの説明です」

 

 

 バトルアリーナのルールは単純。()()()()と1対1の三回勝負で全勝するだけだ。それだけで賭け金の10倍、十万コインが手に入る。

 

 

 丁度十万コインなど、如何にも罠らしい賞金設定だが、ここで勝たなければ十万コインなど遥か先。怪盗団は勝負に出る事にした。

 

 しかし…

 

 

「1対1か…」

 

「そのとーり。ではお一人、代表者さんを選んで頂けますか」

 

 

 怪盗団の強みはチームワークにある。各々の弱い所をカバーし合うのが怪盗団の戦い方だからだ。

 

 

「なら代表者はジョーカーがいいと思う。どんな敵が出るか分からない以上、ジョーカーの高い適応力がベストだからね」

 

「……しょうがな」

 

いいや俺がいく!

 

「……DR」

 

 

 何時も以上に興奮した様子で、DRがしゃしゃり出た。

 

 

「タイマンでの殴り合うだなんて、楽しそうなこと人に譲れるかよ! 俺にやらせてくれ!」

 

「……まあ、DRも若干の不利なら力技で解決できるし、一応応用も効く。反対がいないなら、彼でもいいんじゃないかな」

 

 

 クロウは少し呆れながらも、DRが出場する事には賛成的だ。DRは他を見る。

 

 

「……しかし、本当にいいのか? 一人で戦うんだぞ…」

 

「何言ってんだフォックス! ()()()いいんじゃねぇか!」

 

「……DRらしいね。でも、本当に気をつけてね?」

 

「代表は決まりました? エントリーすればすぐに試合開始です。どうします? エントリーします?」

 

「当然!」

 

「ほぉ…それではリングの方へどーぞ」

 

 

 カードからジャリリリと音がなり、参加費の一万コインが抜かれた。そう言えば一万コインかかっていたなと、DRは今更思い出した。

 

 

「……まあ、派手にのたうち回ってくださいよ」

 

 

 

────────────────

 

 

 

『さ~あ始まりました、注目の一戦! 大人に楯突くバカ怪盗団のバカ一員が入場だぁ!』

 

「……いいね。アウェイな空気は大好物だよ」

 

 

 半分本気、半分嫌味でDRがそう言っている間にも、リングアナウンサーの煽りは止まらない。

 

 

 その内にリングを見回せば、それなりの広さがリングにはあった。これならば、自由に動き回れそうだ。

 

 

『では始めましょー! 『1対1』の真剣勝負! チャンピオンサイドの選手入場だぁ!』

 

 

 リングアナウンサーの声と共に現れたのは、()()()青い象(ガネーシャ)だった。

 

 

「ってきったねえええ! オイ二匹いんじゃねーか!」

 

「ちょっ、どこが『1対1』よ! もう最初っからルール違反じゃん!」

 

「……いいねぇ。最高じゃねーか!!」

 

 

 外野はワーワー騒いでいるが、興奮したDRは既に聞いていない。

 

 

『さーあそれじゃあ地獄の三連戦。レディゴーだぁ!』

 

「最ッッ高の時間だァッ!」

 

 

 開始のコングと共に、DRは昂るままペルソナに搭乗して突っ込んだ。

 

「【ペイン・トレイン】!」

 

 

 興奮の勢いで放たれたタックルは、ガイィンと鈍い音を立てて象の巨体を吹き飛ばし、ダウンさせる。

 

 

「いいねぇ楽しいねぇぇ!」

 

 

 ダウンさせた勢いのままに、倒れていない方の頭を掴み地面に叩き付ける。が、あまり効いた様子は無い。確かこの象は銃物理に耐性が有ったなと、DRは思い出した。

 

 

──【五月雨切り】!!

 

 ──【ミラクルパンチ】!!

 

 

「いい痛みだ、もっとやろうぜぇ!」

 

 

 起き上がった象らの放ったパンチと無数の斬撃とを物ともせず、DRは先程ダウンさせた方の象の鼻先を握り戦鎚で頭をぶん殴る。

 

 

「いい、これはイイ音だ!」

 

 

 もう一体の象が戦鎚を振り回してるDRに攻撃を仕掛けてくる。DRはそれが当たるより素早く弱点の念動属性であるサイコボムを投げてダウンさせた。

 

 正直弱点が念動だったかは微妙だったが、運良く正解だったらしい。

 

 

 仲間がダウンさせられたことで混乱したのか、DRと戦っていた方の象が何故か援護スキルの【リベリオン】を使って、反撃のチャンスを無駄にする。DRはそんな悠長な事をしている隙に戦鎚で思い切りぶん殴り、象を1匹消滅させた。

 

 

「おかわりだ!」

 

 

 物理に耐性が有ると言っても、攻撃を完全に無効化できる訳では無い。DRは結局、力押しでもう1匹の象も消滅させた。

 

 

「……ふう」

 

 

 しっかりとシャドウが消滅したことを確認してから、DRはペルソナから降りた。

 

 少し、ペルソナに搭乗しすぎた。次の勝負では温存できればいいが…とDRの冷静な部分が考える。

 

 

 

『うわー。流石はバカ怪盗団。空気も読まずに勝っちゃいましたよ。でもご安心下さい。勝負はこれからだ! 第二回戦、選手入場だぁ!』

 

 

 リングアナウンサーの好き勝手言う声に合わせて、次の相手が表れた。それも、()()

 

 

「なんだと…更に増えたぞ!」

 

「卑怯だよ! どこも正々堂々じゃない!」

 

「てかアイツって…DRヤバイんじゃないの!?」

 

 

 表れたのは、銃と物理を()()()()小さい魔女(ランダ)3体であった。

 

 

『はーい。雑音は無視でお願いしますねー。戦慄の第二回戦、レッツダイイングだぁ!』

 

「……さて、どうするかね」

 

 

 DRは仮面の下で、こっそりと冷や汗をかいた。



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battle arena

「チッ… アイテムを使うぞ!」

 

 

 ランダの放つ『電光石火』を避けつつ、DRは『テスラコイル』をランダの足元にぶん投げる。

 

 

 DRが投げた小型の機械は、地面にぶつかってリング中に電流を放出した。

 

 

「─……!!」

 

 

 電流は全てのランダに流れたが、そもそもアイテムの威力の低く、全体攻撃である分ダメージには期待できない。だが、弱点属性でランダどもをダウンさせるには充分だ。

 

 

「シィッ、【メギド】!」

 

 

 DRはすかさず、万能属性のスキルを発動した。鋭い銀色の閃光が三体のランダを包み込む。

 

 

「──!!」

 

「クソ、やっぱ効かねぇか!」

 

 

 万能属性の攻撃は、どんな敵にも効かないことは無いが効果的でもない。DRはかれこれ四回程ランダどもにメギドを叩き込んでいるが、今一効いている様子は無かった。

 

 

「──ッッ!」

 

「ふっ!」

 

 ──【血祭り】!!

 

「ッ! グアッ…!」

 

 

 ダウンから回復した一体目のランダの物理的な攻撃は何とか回避できたものの、ほぼ同時に仕掛けてきた2体目のランダのスキルをDRは避け損ねた。

 

 『血祭り』は威力自体は低いが、喰らえば気を引き締めておかなければ『恐怖』の状態異常となり体が動かなくなってしまう。

 

 そう言う意味では、単純に痛い『電光石火』以上に面倒なスキルだ。

 

 

「オッ……クソが!」

 

 

 DRは近づいてきたランダを蹴り飛ばそうと反射的に足を振り上げたが、ギリギリで思い返し後退する。

 

 

「ああクソ、メンドクセェ!」

 

 

 ランダは物理と銃撃に対する反射能力を持っている。武器やスキルによる攻撃でなくとも、素手や蹴りすら反射するのは先ほど試して分かっていた。

 

 ほぼ物理に特化したDRでは、ランダへの攻撃手段が万能属性の魔法かアイテムしか無い。

 

 せめて物理『耐性』なら力技でどうにかなるんだが、とDRは歯噛みした。

 

 

「アイテムだ! からの…メギドォ!」

 

 

 再び『テスラコイル』を投げ、ランダを纏めてダウンさせる。そこから連続して五度目の『メギド』を浴びせかけた。

 

 

「チッ、不味い…!」

 

 

 DRの気力(SP)がそろそろ無くなる。そもそも気力がメンバーで一番少ないDRだが、今までSP不足を感じたことがなかった。

 

 それは一重(ひとえ)に仲間が上手くカバーしてくれていたからだが、今仲間の有り難さを実感していても仕方ない。

 

 

 この1対多数戦では暢気にコーヒーを飲む余裕はない。DRはSPの回復を諦めてアイテムを投げた。

 

 

「よっし!」

 

 

 単体用の代わりにそれなりの火力を発揮する『紫電の勾玉』を思いきって投げてみれば、想定以上にダメージが溜まっていたのだろう、見事攻撃を仕掛けんとしていたランダに命中し、消滅させた。

 

 

 勢いに乗ってもう一度勾玉を投げれば、再びランダに命中して消滅させた。不器用なDRにしてみれば目覚ましい快挙である。

 

 

 ─と、油断したのが不味かったのだろう。

 

 

 ──【血祭り】!!

 

「しまっ……あ、」

 

 

 DRは残った一体のランダが放ったスキルをモロに喰らってしまった。ダメージはそれほど受けていない。しかし…

 

 

「う、ぐ…」

 

 

 何処からともなく沸き出てきた恐怖心が、DRの動きを縛る。『恐怖』の状態異常。フォローの効く団体戦なら兎も角、この1対1(タイマン)において行動を封じられるのは、致命的だ。

 

 

 ──【電光石火】!!

 

「グアァァッ!!」

 

「DR!!」

 

 

 三回、四回と連続で放たれた物理攻撃は、DRの体力を着実に減らした。もしDRに物理の耐性が無ければ、今の攻撃で倒れていたかもしれない。

 

 

「DR! 逃げて! 貴方が死んでしまう!」

 

 

 観客席から耐えられないといった様子でノワールが叫ぶ。確かに、リングの出入口は塞がれていない。逃げようと思えば逃げられるだろう。しかし──

 

 

「その、必要は…ねぇなぁ!」

 

 

 トドメを刺そうと駆け寄るランダを、DRは真っ正面から迎え撃つ。

 

 

(わりと咄嗟の思いつきだが、いける!)

 

 

 DRは、恐怖に震える体を無理矢理動かし、ファントムに搭乗する。

 

 

「来いよクソシャドウ、勝負ッ!」

 

 

 言語を理解しているのかは知らないが、ランダの動きが心なしか早くなる。DRはそれを見ながら、今だ震える足腰に力を籠め、拳を握る。

 

 

「え…(ひか)…」

 

 

 怪盗団の誰かが呟いた通り、DRの拳が、銀色に光輝いた。

 

 

「──ッッ…!」

 

「遅え、んだよ!」

 

「───!!!!」

 

 

 DRが何かをやろうとしている事を今更察したランダが逃げようとするが、シャドウも急には止まれない。まんまとランダは、DRの拳の射程内まで入り込んだ。

 

 

「喰らえやぁ!!」

 

 

 DRの銀色に輝く拳が振り抜かれ、その瞬間、銀色の光が、爆発した。

 

 

「───ッッ゛゛!!」

 

「ハッハァッー!! 土壇場だが、上手くいったなぁオイ!」

 

 

 勢い勝って吹き飛び、消滅したランダを見ながら、興奮冷めやらぬといった様子でDRが笑う。

 

 

「名付けるなら…ペルソナ神拳…ダセェな。ペルソナ正拳…は、なんか違う。『ペルソナ・フィスト』…これだ。悪くねぇ」

 

 

 【ペルソナ・フィスト】…敵単体に万能属性で特大ダメージを与え、超高確率でダウンさせる。使用までに1ターンのタメが必要。

 

 

気力(SP)を、手元で爆発させたの…? 気力を万能属性に変化させて…?」

 

「そう言うこったクイーン! 相変わらず賢いな!」

 

「え? まってどういう事?」

 

 

 DRのペルソナ(ファントム)は、少々特殊な性質をしている。

 

 搭乗機能を備えていてペルソナと一体化する為か、魔法スキルと深く関わっている気力(SP)を他のペルソナ使いより直接的に操れるのだ。

 

 

 不器用なDRでは、その事に気がついていながらも、覚醒当初から何となくやり方の分かっていた気力を弾丸に変えて撃つ『PLガン』のみしか使えなかったが、この命ギリギリの状況で、ついに新たな技を身に付けたのだった。

 

 

 ……実の所、火薬を銃の内部で暴発させているに等しい『ペルソナ・フィスト』は、気力も体力をほぼ尽きていたあの状態でなければ、身を巻き込む火力となって惨事を起こしていたのだが、DRは幸か不幸かその事に気がついていない。

 

 

「と…、な! そんな(逃げる)必要は無かっただろ?」

 

 

 少しふらつきながらも観客席にいるノワールを安心させるべくハーフガスマスクの下から笑えば、ノワールはホッと胸を撫で下ろした。



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battle of arena(2)

遅くなりました…せめて月1は更新できるように頑張ります…

タグを付け足しました。


『ざっけんな何で死んでねーんだバカカイトウ団! 俺だって賭けてんだよ!』

 

 

 DRが各種アイテムでHPとSPを回復している中、もはや悪意を隠そうともしないリングアナウンサーが実況を続ける。

 

 

『ここで逃がす訳ねーだろ! 空気読んでここで死ね! 最後の選手の登場だぁ!』

 

 

 リングアナウンサーの煽りと共に、第三ラウンド、バトルアリーナ最後の相手であるシャドウが泥を突き破る様にして現れた。

 

 

「あれは… なんてこと…」

 

「うわあ…でっけー」

 

「DR…」

 

 

 現れたのは、ファントムを纏ったDRの二回り、三回りは大きいであろう体躯をした巨人(トール)であった。

 

 

「はっ! どこぞの部長を思い出すな。いや、専務だったか?」

 

 

 オクムラパレスで破壊した専務ロボの事を思い出すサイズの巨人を見ながら、DRは軽口を叩きつつ作戦を組み立てる。

 

 

(見て()れからして、物理属性に耐性が有りそうだな…いや電撃か? となると……ああ面倒臭ぇ!)

 

 

 すぐにDRは考えるのが面倒になり、『殴って、転ばせ、また殴る』といつも通りの雑な作戦に落ち着いた。

 

 物理が効かないのであれば、先程できたばかりの新技を使うだけだ。

 

 

『骨も残すなよ! 極限の3回戦、開始だぁ!』

 

「最っ高の時か──ッ!!」

 

「DR!?」

 

 

 開始のリングと共にファントムに搭乗しようとしたDRは、巨人の動きを見て咄嗟に大きく飛び退いた。

 

 

 ──ピッ、ドォォン

 

 

 直後、迅雷(じんらい)が、フィールドに轟いた。

 

 

「ッツ!! なン、だその威力!」

 

 

 DRの目の前の地面が、電撃により深く抉れ黒く焦げている。

 

 

 今の攻撃は明らかに、スカルのペルソナ(セイテンタイセイ)やシャドウ共が使うジオダイン以上の威力をしていた。

 

 喰らえば、如何にメンバー1硬いDRと言えども大ダメージを免れないだろう。

 

 

(『各個集中の眼差し』の特性? 『電撃ハイブースター』…? いや、そんなモンじゃなかった…)

 

 

 『コンセントレイト』を使った様子はなかった。『電撃ハイブースター』ならセイテンタイセイも持っている。しかし巨人(トール)の攻撃は、それよりも確実に強い。

 

 

「ッツ!! 危ねぇな!」

 

 

 ──【メガントレイド】!!

 

 

 戦闘中にも関わらず、動きを止めて唖然としていたDRに物理属性の特大ダメージの(単純に超痛い)攻撃が襲いかかった。

 

 初動が遅れた為に避け切れず、DRは咄嗟にガードした腕で攻撃を喰らってしまう。

 

  

「イィッ、ハッハッァ!」

 

 

 腕の痛みに恍惚としながら、DRは反射的に戦鎚を振るう。

 

 

(当てた感じ、物理耐性だな!)

 

 

 物理がいくらかは効く分、二回戦の相手よりはやり易い。そう判断しながら、DRは体勢を整えるべく後ろに下がる。

 

 

「DR! さっきトールの使った電撃属性のスキルは【エル・ジハード】…雷撃属性最強の技だ! 全力で避けろ!」

 

「はぁ? マジかよ…」

 

 

 モナからの忠告に、DRは巨人の動きを警戒しながら喫驚(きっきょう)する。

 

 

 物理も魔法も特大の威力とは、この巨人は本当にこのパレスの隠し球らしい。

 

 

「まあ、でも…どうでもいいな! さァ楽しませろォッ!」

 

 

 DRは一息にファントムに搭乗し、巨人に向かって突撃する。

 

 威力が特大の魔法を使おうが隠し球だろうが、DRの計画は変わらない。

 

 

「 【ペイン・トレイン】!」

 

 ──【メガントレイド】!!

 

「──ッ!? グゥ…!」

 

「DRが押し負けただと!?」

 

 

 DRのタックルがぶつかる寸前、巨人はスキルをDRにぶつけ、突進の衝撃を押し返してしまった。

 

 

(この威力…いつの間にか『チャージ』を使ってやがったな…)

 

 

 そう推測して、DRはニイジマパレスに初めて侵入する前にリーダーがアンタッチャブル(武器屋)で購入していた対戦車ランチャーの引き金を引く。

 

 

 ミサイルが巨人付近の地面にぶつかって大爆発を起こせば、それなりのダメージを負わせたらしい。少々の動揺が見えた。

 

 

「はっ! 銃撃には耐性がねーんだな! 【ペイン・トレイン】!」

 

 

 ガアァン!!と鈍い音が響き、DRのタックルは巨人をダウンさせた。

 

 

 ここぞとばかりに、DRは気力を腕に集中させる。『ペルソナ・フィスト』は万能属性かつ高ダメージの便利な技である分、発動までに若干時間が必要なのが欠点だ。

 

 

──【チャージ】!!

 

「遅せぇ! 【ペルソナ・フィスト】!!」

 

 

 先程と同じ様に、巨人は強化した『メガントレイド』での相打ちを狙ったが、DRの拳は巨人のスキルが発動するよりも早く巨人の体を打ち抜いた。

 

 

「チッ やっぱ一撃じゃやれねぇか」

 

 

 見た目の通り体力は多いらしく、DRの拳は巨人をいくらか疲弊させた様だが、倒すには至らなかった。

 

 

「まあ、殺せるまで殴りゃあいいだけだけどな! 【メギドラオン】!!」

 

 

 先程の戦いで、万能スキルも一段階進化していた。万能属性故に微妙な威力だが、銀の閃光は巨人に『メギド』よりはマシなダメージを与えた。

 

 

──【メガントレイド】!!

 

「痛、てぇなあ! もっとやろうぜぇ!」

 

 

 両腕と戦鎚でスキルを受け止め、DRは反撃を試みる。が、

 

 

「──あ?」

 

 

 戦鎚を振るおうとしたDRの腕が、ガクンと崩れる。

 

 

「な、しまっ…!」

 

 

 『チャージ』は、使えば一度物理攻撃を行うまで効果が消えない。つまり、DRを迎え撃つ為に使われていた『チャージ』の効果(攻撃力2倍)は、まだ残っていた。

 

 

 ここは認知の世界。故に骨が折れたり腕が潰れたりする事はない。しかしそれでも、重い攻撃をもろに受け止めれば、痺れるのは当然の事だった。

 

 

──【エル・ジハード】!!

 

「ガァッ!!」

 

 

 DRが怯んだのを見逃すはずも無く、巨人の迅雷が、DRを襲う。

 

 

「──! よりにもよって…!」

 

 

 DRの体が、雷撃によって痺れた。『感電』の状態異常である。

 

 

 ──【チャージ

 

  ──【メガントレイド】!!

 

「ガァァァッ!」

 

 

 物理に耐性が有れど、『感電』中に物理攻撃で『テクニカル』を取られればダウンしてしまう。DRは、体を痺らせつつ床に崩れ落ちた。

 

 

──【エル・ジハード

 

「ッッツ!!」

 

 ──【ガシンショウタン】!!

 

「っつ…今のは、ヤバかったな…」

 

 

 『食いしばり』の発展スキルである『ガシンショウタン』が発動したという事は、今の攻撃でDRは死にかけたという事だ。

 

 

 DRは戦法的に、食いしばり系のスキルはよく発動させる。普段であれば、一歩下がって仲間に回復してもらい、また無謀ができる。しかし、今は一人だ。

 

 

 選択を間違えれば、死ぬ。ここにきて、その重圧(プレッシャー)が、DRの胸を襲った。

 

 

「うぁ、あ…ァ、」

 

 

 そして…

 

 

 

 

「…アァ…最ッ高だァッ!!

 

 

 もう我慢ならないと、DRはハーフガスマスクの下に恍惚の表情を浮かべ、(あえ)いだ。

 

 

「そうだよなぁここはカジノだもんなぁ。()()()()()()()面白くないよなァ!」

 

 D()R()は、死の危機を恐れない。メンバーに迷惑をかけるなとは思えど、それだけだ。

 

 身を(もだ)えさせさせながら、DRは一人続ける。

 

 

「さっきの試合で散々スン止めされたからなぁ! もう【自主規制】しそうだ! いいやもう【規制】った!

 このスリル、死にかけた生の快感! アァ堪らない! なあ…もっとくれよぉぉ!!」

 

 

 そう叫びながら、DRはファントムを纏い、欲望の求めるままに巨人へ突撃する。

 

 

 

──【狂人の暴勇】!!

 

 

 走れば身体中が痛む。しかしその痛みが、DRを更に興奮させた。そしてその興奮の赴くままに、DRは戦鎚を振るう。

 

 

 巨人(トール)はDRの激情に飲まれていたのか、大した防御もせずにDRの放った渾身の一振りを受ける。

 

 

「楽しいなぁ! あ? 一日中やってられるぞ!」

 

 

 巨人が怯んでいる隙に、DRは二撃、三撃と追撃を喰らわせる。

 

 

──【チャージ】!!

 

「遅ぇんだよ!」

 

 

 巨人が反撃しようと力を溜める。が、勢いに乗ったDRは止まらない。

 

 

「──【ペルソナァ・フィストォォ】!!」

 

 

 DRの拳は巨人の胴体に直撃する。だが、巨人はまだ倒れない。

 

 

──【メガントレント】!!

 

 

 正真正銘、巨人最後の力を振り絞った攻撃。

 

 

「……なあオイ。ギャンブルで負けない方法を知ってっか?」

 

 突如、正気に戻ったかの様な声でDRは尋ねる。

 

『ガシンショウタン』で回復する体力は10%程。残った体力でこのスキルは堪えられない。しかし、DRは動かなかった。

 

 

 スキルがDRを襲うその寸前──

 

 

相手のチップで、ベットするんだよ!

 

 

 ──全ての衝撃が跳ね返った。

 

 

──[フィジカル軟膏]!!

 

 

 『チャージ』込みの『メガントレント』。それは、巨人にトドメを刺すのに充分な威力で。

 

 

「──ッッ!!」

 

 

 巨人は膝を付き、そのまま消滅した。

 

 

「DR…スゴいじゃん!」 

 

「何処からが作戦だったの…? いや、彼の場合は…」

 

 

 観客席のメンバーもホッと息をついている。それを見ながら、DRはファントムから離脱した。

 

 

 

 DRは興奮に溺れながらも、巨人が咄嗟の反撃に『メガントレント』を使う事を理解していた。

 故に、戦鎚でラッシュを喰らわせる最中にコッソリと軟膏を塗っておいたのだ。

 

 

 『……オ、オッズの精算は…後ほどお客様毎に行います。しばらくお待ち下さい…』

 

「正義は勝つ、ってヤツだね」

 

 

 ああそう言えばコインが目的だったなと、DRは今更思い出した。

 




【ゲーム的設定】
ガシンショウタン…食いしばりの上位スキル。HPが0になる攻撃を受けた際、1回だけHP10%で生き残る+ラクカジャ(防御力上昇)を発動する。

狂人の暴勇…体力が低い程攻撃力が上昇する。具体的には、体力が1%下がると攻撃力1%上昇。


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Anguish

お久しぶりです。また書けたらなと思います。


「あぁ…疲れた…」

 

 一樹は自室に戻ってすぐ、ベッドにバタリと倒れた。

 

 俗に言う賢者モードと言うヤツだろうか。パレスから脱出すると矢鱈(やたら)と疲れてしまう。今日の様に、ペルソナに乗って大暴れした日には特にだ。

 

 一樹がアリーナで闘いコインを大量に稼いだ事で支配人ルームへの道が続き、オタカラまでの侵入ルートを開くことができた。

 

 道中シャドウ新島の邪魔が入ったが、明智の機転により、事無きを得た。

 事前にシャドウ新島の妨害を予測して“タナカタロウのメンバーズカード”を取っておくあたり、流石の探偵と言える。

 

 ──明智にしろ新島真にしろ、同い年なのに…

 

「……どうでもいいな」

 

 久々に下らない思考をしてしまった。一樹はそれを振り払う様に毛布を被る。夕飯もまだだしシャワーも浴びていないが、今日はもう疲れてしまった。

 

 俺も、できる事はしている。そう思いながら、一樹の意識は眠気の底に沈んだ。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「僕が思うに、予告状を出すのは期限ギリギリまで待つべきじゃないかな」

 

 怪盗団アジト(ルブラン屋根裏部屋)にメンバーが集まった所で、明智がそう言う。

 

「何でだ? オタカラを盗むのは早い方がいいだろ?」

 

 警察の強制捜査まであと9日。新島冴を改心させて調査を取り止めさせるのは、早ければ早い程良いように思える。

 

「冴さんはリアリストだ。怪盗団の実在は信じるとしても、心を盗む手口なんて、現実にあると考えているかな?」

「つまり、いま予告状を送ってもオタカラが現れるほどには刺さらない…ってこと?」

「可能性の話だけどね。だからせめて、期限ギリギリまで待って、追い込まれた所へ畳み掛けた方がいいと思う」

「オタカラ出現の確実性…理に適ってるわ。確かに、その方がよさそうね」

 

 新島冴と仲の良い明智がそう言うなら信憑性が高い。結局、予告状を出すのは今日から8日後の18日に決定した。

 

「じゃ、それまでは準備だな」

「ああ、時間があって困る事はない。ミンナ、頼んだぜ」

 

 今日はこれで解散となった。各々席を立ち、帰る準備を始める。

 今日は予定を入れていない。帰って筋トレでもするか。などと考えながら一樹も寄りかかっていた壁から離れる。

 

「一樹君」

「ん? どうした春」

 

 床に置いておいた(カバン)を手に取り、帰ろうとした一樹に話しかけてきたのは春だった。

 

「昨日、珍しいコーヒーを飲めるお店、見つけたの。一緒にどう?」

「へぇ…いいな。行こうか」

「なら決まりね。それで、えっと…お店はちょっと遠いホテルにあるの。だから…」

「ん、了解。連れてく」

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 春に案内されて訪れたのは、奇遇な事に以前一樹が親戚と食べに来たバイキングのあるホテルだった。

 

「ここ、カフェもあったんだな」

「来たことがあるの?」

「まあ、一回だけな」

 

 適当に会話をしながら、コーヒーを待つ。

 

「前にコーヒー豆に興味があるって、話したよね?」

「ああ。デ…、神保町に行った時な」

「ふふ。そう、あのデートの時」

 

 わざわざ言い直した春に、一樹は軽く肩をすくめて、あからさまに話を変える。

 

「あーそれで、何て名前だったっけ? その…6千円もするコーヒーは。ブラック…?」

「『ブラック・アイボリー』だよ」

「あぁそうだアイボリー、ん…?」

 

 何か、その名前は記憶に引っ掛かる様な、何処かで聞いた事のある気がするが、物覚えの悪い一樹が思い出す前にコーヒーが運ばれてきた。

 

「じゃあ、いただきましょう」

 

 一応イタダキマスと呟いてから、一樹はコーヒーを(すす)る。

 

「へぇ… 思ったより苦くねぇな。マイルドって言うのか?」

「ええ。…それに、独特の芳ばしい香りね。色が薄い。でもこれ、美味しいっていうか…コーヒーじゃないみたい」

 

 春の感想に同意しながらもう一口飲み、一樹はふと思い出す。

 

「あっ、ブラック・アイボリーってアレか、象のフンから取った豆で炒れる…」

「あっ、知ってたのね? ごめんね、先に言わなくて。象を思い浮かべながら飲んだら、ちゃんと味わえないかと思って」

「いや、ちょっとびっくりしたけど、何でも試してみるモンだな。結構面白い味だよ、これ」

 

 怒っていない事を示す様に、また一口飲む。美味いのは確かだが、正直、六千円の価値があるかは微妙な気がする。 当然、口には出さないが。

 

「確か、猫のフンから集めるコーヒーもあったよな?」

「『コピ・ルアク』ね。シャコウネコのフンから集めるの。よく知ってたね?」

「まあ…、ちょっと勉強したんだよ…」

 

 椅子にもたれながら、一樹は恥ずかしそうに自白する。

 

「春がコーヒーに興味あんのは知ってたからな。少しは話を合わせられるように、勉強したんだ」

 

 法律を覚えるついでだけどな。と一樹が言えば、春は照れたようにはにかみ、そして、頬を赤くしたまま口を開く。

 

「……今日ね、本当はフィアンセの事とか、会社の事とか、色々と相談しようと思ってたの。でもやっぱり、やめた」

「別に相談してくれて構わないぞ。……大変だろ、まだ」

 

 社長による謝罪会見こそ行われなかったものの、幹部陣による『労働基準法違反』の告白と謝罪は行われた。

 

 それにより多くの社員が救われたのは、“改心”させた怪盗団としても良かったのだが、奥村社長が事故に遭い、意識不明の重傷となってしまった事で春の身に降りかかる話が面倒になってしまった。

 

 元より奥村社長が責任を取って退職するのは会見前から決まっており、被害者との裁判は兎も角、経営については大きな問題は無い。

 

 問題なのは、仮に奥村社長がこのまま亡くなった場合、奥村社長の持つ全ての株が春が相続する事になる点だ。

 

 それにより、今まで社長に媚びを売っていた連中が春に取り入ろうとしたり、いずれ春が持つであろう権利を甘言を弄して掠め取ろうとする輩が現れてしまったのだ。

 

 純粋に春を心配する人もおり、親がいない中、春は一人で敵と味方を見分けなければならない。それが原因で春が一時期人間不信に陥りかけた事を、一樹は知っている。

 

「俺には悩みを聞くくらいの事しかできねぇけど、それでよけりゃ全然相談に乗るぞ」

「……ううん」

 

 春は少し考えてから、首を振った。

 

「私ね、一樹君に甘え過ぎだって、今気付いたの」

「甘え…?」

「うん、甘え。一樹君は私をいつも助けてくれるでしょう? どんな些細な事でも」

「……そこまでできた奴じゃないけどな、俺は」

「そんな筈ないよ。だって、お父様の時も、その後も、一樹君は私を助けてくれたじゃない。それに今日だって、私に合わせようとしてくれた」

 

 思いも寄らない春からの評価に、一樹は恥ずかしくなってついそっぽを向く。

 

「でも、私は頼りきりになりたくない。ただ助けられるだけなのは嫌なの。だから私は、一樹君が困った時に頼って貰えるになりたい」

「それは…分かるけどよ…」

 

 一樹と春は“仲間”だ。助け合い、戦闘の時はお互いの背中を守る、平等な関係だ。

 ただ助けられるだけでは、“仲間”とは言えない。少なくても、一樹はそう考えている。

 

「その為にも、自分で出来そうな事は一人で頑張ってみるわ」

「……そうかい」

 

 春の決心は固そうで、一樹としても反対する気はない。

 

「なら俺は口出ししないさ。ただ、本当に困った時は呼んでくれ。絶対力になるから」

「──ええ。ありがとう」

 

 春は、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「おや? 君は…」

 

 コーヒーを飲み終わり、今日は送らなくていいと言った春と別れ、一人で車を取りに駐車場へ向かう道中、一樹は恰幅のいい男に声をかけられた。

 四、五十代であろうその男の顔を、一樹は何処かで見た気がするが、パッと思い出す事ができない。

 

「えっと…」

「ハッハッハッ、思い出せなくても仕方ない。君とは一度会っただけだからね。君は、春ちゃんのお友達だろう?」

「……あっ、次期社長の…高橋さん?」

「おしい。私の名前は高蔵だ」

 

 一樹に声をかけてきたのは、元奥村フーズの専務(つまりあの巨大ロボ)であり、奥村(父)が次の社長に指名していた高蔵さんであった。

 

「奥村社長の…事故以来だね」

「あ、ハイ。あの時は世話になりました」

 

 あの事故の日、春を連れてきた一樹を礼も言わずに追い返そうとした他の幹部と異なり、焦燥した春に付き添う事を許してくれたのが高蔵さんだった。

 

 その為、一樹は彼にそこそこいい印象を抱いているのだが、春曰く(しき)りにフィアンセとの結婚を()かすなど、あまり信用できる人ではないらしい。

 

 

「それにしても、私はよくこのホテルのカフェを利用してるんだが、君はどうしたんだい?」

 

 一瞬嫌味かと思ったが、今の一樹は制服を着ている。確かに学生が高校帰りに寄るにはハードルが高い場所だろう。

 

「あー、春に誘われまして。ここのカフェでコーヒー飲んでました」

「おや、そうだったのか。彼女にも、学校帰りに遊べる友人がいて良かったよ。以前まで、彼女が友人を作ったという話を聞かなかったから」

 

 春は社長令嬢として見られるのが嫌で、クラスメイトとは距離を取っていた。ちなみに最近は教室でも一樹に話しかけてくるので、もう少しクラスメイトと仲良くしてほしいと一樹は思っている。

 

「それで、一緒にお茶をするということは、君はかなり春ちゃんと仲が良いのだろう?」

「……まあ、はい」

 

 まさか春にはフィアンセがいるのだから距離を取れ、とでも言ってくるのだろうか、と一樹は警戒する。

 

 

「彼女の事を学校で気にかけてあげてほしい。明るく(つと)めてはいるが、やはり社長の事を心配しているらしい。私たちもなるべく気にかけているが、学校までは目が届かないからね」

 

 想定外の言葉に、一樹は肩透かしをを食らった気分になった。自分を懐柔しようとしているのかとも疑ったが、そんなことをする意味はないし、高蔵さんの声色は本気で心配している様に感じれた。

 

「まあ…はい、そうします」

「ありがとう。では、また」

 

 そう挨拶して、高蔵さんはカフェへと歩いていった。一樹は狐につままれた様な気持ちで、その背中を見送る。

 

「……しまった。フィアンセの事、聞いときゃ良かったか」

 

 少なくとも、春が警戒している程の悪人ではないように、一樹には思えた。




3日に一度投稿できたらな、と思います


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fishing

実際のシステムとは違う点がありますが、二次創作だから…と優しい目で見てくれると嬉しいです


「……暇だな、意外と」

 

 校門の前で、一樹はポツリと呟いた。

 

 新島パレスの攻略を3日後に構えた今日、一樹は暇を持て余していた。無論戦闘に備えた訓練も怠っていないが、それでも尚暇であった。

 

 学校も終わり、帰る前に喫茶店にでも行ってコーヒーを飲みながら読書でもと考えたが、その気分にならない。

 

 この数日、雨宮とルブランでラノベの読書会をしたり、春と新宿の映画館でホラー映画を見たり随分と充実していたせいで、一人でいるのが何となく寂しい。

 

「キャラじゃねぇんだけどなぁ…」

 

  ラノベで言えば、自分は戦えればそれでハッピーの戦闘狂キャラだろうに。

 

「……まあ、これもまた楽しみか」

 

 一樹はボヤきながら、スマホを取り出した。

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

「おーい! こっちだこっち!」

 

 一樹は学校帰りに『市ヶ谷』に来ていた。始めて訪れた街だが、()()()は駅前に有った為、一樹でも迷う事はなかった。

 

「おっ! チースッ!」

 

 手を振って呼びかける一樹に手を振り返したのは、坂本と喜多川だった。特に坂本は、有り余る体力で大きく手を振っている。

 

 

「一樹から誘ってくるのは、珍しいな」

「そうか? …あー、そう言や始めてかもな。迷惑だったか?」

「まさか」

 

 何度か誘われてゲーセンなりダーツなりで遊んだ事はあるが、雨宮と春以外を自分から誘った記憶はない。

 

「一樹は怪盗団の中で常に一歩引いていると思っていたが…こうして誘ってくれるとは」

「バトルなら初っ端に突っ込んでくケドな」

「違いない」

 

 一樹も怪盗団の連中と壁を作っている自覚はあった。以前、裏切ってしまった罪悪感が(いま)だ無意識の内に(くすぶ)っているのかもしれない。

 

「暇だったし、新しい事を試してみようと思ってな。折角だから誘ってみた」

 

 そう言いながら、一樹は自分の背にある目的地…『釣り堀』を指差した。

 

「坂本はここの経験者なんだろ? 色々と教えてくれると、助かる」

「おお、任しときな!」

 

 何処か嬉しそうに、坂本は答える。

 

「つか、喜多川は大丈夫なのか? その…金銭的に」

「うむ、問題ない。七輪と塩は持参した。干物にすれば一週間は持つ!」

「……なあ、コイツにちゃんとここがキャッチ&リリースだって説明したか?」

「えっ、いや…どうだろう」

 

 喜多川はあまり金を持ってきていないらしい。喜多川の使用料は、一樹が奢ってやることにした。

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

「ははっ、釣れねー」

 

 また餌を落とした釣り竿の先を見ながら、一樹は笑う。

 

 平日な為、一樹ら以外にほぼ人がいない釣り堀で、逆さにしたビールケースに座って釣りをする。一樹の背にある釣り堀に、後輩の二人は糸を垂らしている。

 

 不器用な一樹はそもそも針に餌を取り付ける事すら難儀(なんぎ)したが、経験者の坂本に教えられて何とか付ける事ができた。

 しかし坂本自身もあまり釣りは上手くないらしく、三人合わせて成果は小魚数匹だ。

 

 一樹自身が釣れないのはやる前から分かりきっていたし、坂本もまあ予想ついたが、喜多川があまり釣れないのは正直意外だった。

 食えないと聞いてからあからさまにテンションがだだ下がりしていたが、何か関係あるのかもしれない。

 

 

「──あっ、クソ!」

「……む」

 

 一樹の後ろに座る二人も、一樹が釣り餌の付け直しに手間取っている内に魚を逃してしまったらしい。一樹は些か集中が途切れたのを感じ、雑談をふる。

 

「上手く釣れないな。雨宮がいりゃあ釣り方教えて貰えたんだけど」

 

 “超魔術”的に器用な雨宮は、ゲーセンのクレーンゲームや物作りだけでなく、釣りも上手いらしい。潜入道具を作っている内に器用になったと言っていたが、本当だろうか。

 

「蓮も誘っていたのか?」

「ん?まあ用事があるって断られたけどな」

 

 雨宮は怪盗団リーダーだからか、普段から結構忙しくしている。遊びに誘っても、乗ってくれるのは3回に1回程度だ。

 

「あー、そう言や、昼飯の時にカウンセリングのセンセに合いに行くって言ってたわ」

「カウンセリングの先生とは、丸喜先生か?」

「そーそー。あの頼りなさそーな」

「へぇ。あいつ、そんなトコとも友好があんだな」

 

 ミリタリーショップの店長やらゴシップ記者やらと仲が良いのは知っていたが、雨宮の顔の広さには時折驚かされる。

 この調子だと、政治家や天才棋士と顔見知りだったとしても不思議ではない。

 

「あっ! あーあ…。餌は後1つか。二人は?」

 

 話に夢中になってしまい、付けるのに梃摺(てこず)っていた練り餌を落としてしまった。

 この釣り堀では、最初に小さな練り餌を7つ渡される。大きい魚は釣れないが、素人の一樹にはこれで充分なサイズだ。

 

「俺はあと3つだな」

「俺も」

「やっぱそんなモンだよなぁ…」 

 

 釣り糸を垂らしたまま、二人が答える。消費が激しいのは、一樹だけらしい。

 

 一樹の消費が早いのは、餌を魚に持って行かれるだけでなく、上手く釣り餌が針に刺さらずに餌が水中に落ちていったりもしたからだ。

 

「そろそろ終わりにすっか?」

 

 魚を逃し、餌だけ持って行かれた坂本が提案する。確かに、入ってから雑談合わせて90分程経っている。もう既に空は紅くなっており、帰るには充分な時間だ。

 

 二人はもう終わらせるつもりらしく、釣り竿を片付け、喜多川など指で構図を切り何処かを観察している。

 

「……いや、どうせなら小魚一匹くらいは釣りたい。悪ぃけど、付き合ってくれっか?」

 

 嫌だと言われれば、一人で続けるだけだが。

 

「おっ、そうだな挑戦すっか! どうせならヌシ釣ろうぜヌシ!!」

「釣り堀のヌシか。魚影すら金色(こんじき)に輝くと聞くその姿、是非とも描いてみたい!! よし、釣ってくれ!」

「この釣り竿じゃ釣れねぇかなぁ」

 

 全長百センチを超えると言う釣り堀のヌシを釣るには、貸し出される普通の釣り竿では心許ない。それに、ヌシはこんな小さな餌には食いつかないだろう。

 

「……いや、」

 

 いつもの一樹ならここで諦めている。しかし、今日の一樹は挑戦したい気分なのだ。無謀だと分かっていても、どうせならやってみようと思える心意気だった。

 

「いっちょそのヌシだかなんだかを釣ってやろうじゃねぇか!」

「よっしゃいいぜ一樹!!」

「その勇姿、しかと見届けよう」

 

 餌をしっかりと付け、竿を振って糸を飛ばす。着水したら、竿を左右に振って魚がかかるのを待つ。

 

 この時、なるべく練り餌が生き物の様に見えるよう振るのがいいと、何処かで聞いたのでなるべく実践する。

 

「──っ! 来た!!」

 

 突如、ビクッと竿が動き、一気に引っ張られる。

 

「よし、慎重にだぞ」

「分かってるって」

 

 今までも何度か魚がかかった事はあったが、一樹が雑に竿を引いたせいで逃げられてしまった。

 

「……あ? 何か強くないか!?」

 

 やたらと力強く、しっかりと握っていた一樹の腕から、釣り竿が持って行かれそうになる程だ。

 

「オイオイオイ小魚の引きじゃねーぞこれ! ホントにヌシがかかったのか?!」 

 

 明らかに、小さな練り餌で釣れる“ザラブナ”や“紅魚”の引っ張り方ではない。気を抜けば、一気に釣り竿を持って行かれそうで、一樹は立ち上がって釣り竿を引く。

 

 一樹の使っているカジュアルロッドにはリールなんて便利な物は付いていない。ゆえに一樹は力任せに釣り竿を引っ張って抵抗するしかない。

 

「オイ一樹、進行方向と反対に竿を引け! 魚を疲れさせろ!」

「いや糸が切れるって! 魚と合わせた方がいいだろ!」

「どっち…だよ!!」

 

 釣り竿を抱える様に持ち、必死に耐える一樹に正反対のアドバイスをかける坂本と喜多川。どちらに従うかを考える余裕など、一樹にはない。

 

「ここは──力尽くで!!」

 

 フンゴァ!!と声にならない声を上げ、思いっ切り釣り竿を引っ張る。

 

「ガアァァッ…!!」

「スゲェ!! こっちきたぞ!」

「力勝負に勝ったのか…!! すさまじいな…」

 

 少しずつ、ルアーが一樹の元へと寄ってくる。一樹は歯を食いしばり、腕と脚、そして全身に力を込める。

 

「──! 魚影が見えてきたぞ! しかし、ヌシではないな…」

「いやでもデケェ…!」

 

 百センチは超えていないが、それでも1メートル(60センチ)よりは確実に大きい。徐々に明らかになる魚影に、喜多川がハッとする。

 

「あの大型のヒレ、青銀のウロコ…デリシャスタナゴか!」

「タナゴ…?」

「コイ科コイ目の淡水魚だ。塩焼きや煮付けが美味く…(いま)が旬だ!!」

「いや…食えないからな…?」

「漫才やってねぇでいいから…手伝っねてくんねぇかぁ!!」

 

 ここにきてようやく、一樹は周りに手助けを求める事を思いついた。

 

「お、おう!」

「よし、息を合わせろ」

 

左右から後輩二人が釣り竿を握り、三人で力を合わせて釣り竿を引く。

 

「グゥッ… 三人掛かりでようやくか…!」

 

 抵抗は強いが、それでも魚影は段々と近寄ってくる。魚影は、もう目前まで寄ってきた。

 

「もう一息だ!! せーので引くぞ!」

「よし来た!」

 

 いっせーの!!と声を合わせ、尚のこと力を込め、竿を引く。

 

 

「──!! 釣れた!」

 

 ザバンと釣り堀が波打ち、青い鱗を持った大きな魚が(ちゅう)を舞う。

 

「おお…」

「美しい…」 

 

 一樹も、後輩二人も、空を飛ぶ魚に目を奪われる。特に一樹は、この光景が、自分の手で成し遂げられたと言う事実に見惚れていた。

 

 

「……ん? おいおいオイオイこれ…?!」

 

 見惚れて数秒、魚、デリシャスタナゴは未だ宙を舞っていた。つまり…

 

「落っこちる! 坂本拾え!!」

「いや無理だわ!!」

 

 一樹らがいるのは溜池と溜池の間。タナゴは飛び続け、釣った溜池の反対の溜池に向かって飛んでいく。

 

「クソ!」

「いや危ないって! 落ちる!」

「クッ、お前もだ!」

 

 一樹は咄嗟に飛びだそうとするのを、坂本が飛び付いて一樹を押さえ、その二人を喜多川が押さえる。しかし一樹の勢いに負けて、まとめて倒れてしまう。

 

 ──ポチャン

 

「あっ!」

 

 タナゴは静かに釣り堀へ落ちていき、静寂だけが残った。三人は絡まった奇妙な体勢で、それを見届ける。

 

 起き上がって後、妙な沈黙が流れる。

 

「……フフフ…」

「ハハッ」

ハーハッハッ!!

 

 誰からともなく笑い出し、笑いは三人にうつっていく。散々梃摺(てこず)って、結構骨折り損。ばかばかしくも、何となく自分らしいと、一樹は思った。

 

 

 

「ハハッ…あー、笑った」

 

 数分笑い続け、ようやく笑いが収まった時には、一樹の目には涙すら浮かんでいた。

 

「…よし、帰るか」

「そーだな」

「二人とも、飯奢ってやるよ」

「むっ! いいのか?」

「いーよいーよ。気分良いしな」

 

 今日は挑戦してよかった。一樹は素直に喜んだ。

 



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raid

難産でした…



「──おや?」

「……げ」

 

 後輩二人をビッグバン・バーガーに連れて行き、三人で期間限定の“スーパーノヴァーガー”を食べた帰り道、一樹は明智に遭遇した。

 

「こんな所で奇遇だね。今日は怪盗団とは別行動なのかい?」

「……ちょっと、市ヶ谷に釣りをしに来てて」

「へえ、僕もよくクルージングに誘われてたんだけど、最近はご無沙汰だな。成果はどうだった?」

「……いや、別に…」

 

 一樹があからさまに嫌そうな顔をしているのを気にせず、明智は話を振り続ける。

 

 会話を終わらせようにも、口ベタな一樹では明智のコミュ力に太刀打ちできず、ズルズルと会話を引き延ばされてしまう。

  

 

「そうだ、今から一緒にお茶でもどう?」

「──はあ? これからって…こんな時間からか?」

「ここで会ったのも何かの縁だ。パレスでは協力しなくちゃならないんだし、仲を深めて損はないと思うけど?」

 

 ニコリと、何を考えているか分からない営業スマイルを浮かべて、明智が言う。

 

 一樹は数瞬考えて、近くのチェーン喫茶なら、と答えた。その店なら夜遅くまで開いているし、何よりコーヒーが安い。

 

「へぇ…じゃあ案内してくれる? 僕は、この辺りの事をあまり知らないから」

「……へいへい」

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 喫茶店にやって来た二人は、それぞれ自分の飲み物を注文する。誘ったのは明智だったし、明智に奢らせても良かったのだが、何となく(しゃく)で一樹は自分で支払った。

 

「君、こんな季節でもアイスコーヒー何だね」

「……悪いかよ」

「いいや。ただ、変わってるなと思って。ほら君って、いつもアイスだろう?」

 

 別に、アイスばかり飲むのには大した理由はない。強いて言うなら、ホットコーヒーは量が少ない気がして、あまり頼まないだけだ。

 ちなみに明智が注文したのはホットのブレンドコーヒーだった。何処となく明智の雰囲気に似合っていて、一樹は何となくイラッとした。

 

 

「どこに座ろうか?」

「……じゃあ、そこで」

 

 流石にこの時間帯だと人が少ない。一樹はテーブル席を指差し、壁側の席に座る。二人は席に座ると数口、黙ってコーヒーを飲む。

 

 

「……俺は腹芸なんざできないから率直に言わせて貰うぞ」

「ん、なんだい? 言いたい事があるなら好きに言えばいい。()()()()()()()?」

「──チッ。それだ、それ。俺は口を滑らせねぇ。やるだけ無駄だぞ」

「……なんの話?」

「今更しらばっくれてんじゃねぇよ。さっきから仲間仲間と強調しやがって。そんな俺に()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 “今日は怪盗団とは~”だの、“パレスでは協力しなくちゃ~” だのと、明智は何度も一樹と怪盗団の関係を匂わせる発言を繰り返していた。

 一樹の明智に対する強みは一樹が怪盗団である証拠を握られていない事だ。

 

迂闊(うかつ)に怪盗団との関係を肯定してしまえば、酷く面倒な事になるだろう。

 

 

「録音機でも隠し持ってんのか? 回りくどいことしやがって」

「……驚いた。まさか君に気付かれるなんてね」

 

 そう言って明智は、胸ポケットからスマホ大の機械を取り出した。一樹の見たことのない機械だったが、話しの流れからして録音機だろう。

 

「何処から警戒を…いや、警戒は始めからしていたか。いつ、罠に気付いたんだい? これでも探偵として、話術には長けているつもりなんだけど」

 

「そもそも最初っからおかしいんだよ。あっちこっちにお呼ばれして忙しい高校生探偵サマが一人で歩いてるトコに()()()()遭遇するもんか」 

 

 大方、誰かに付けられていたのだろう。この数日間、そんな気配はしていた。

 

「付けられた気配って… 野生の勘ってヤツ?」

()()()帰りは感覚がピリピリすんだよ。で、今度はコッチから質問。誰が付けてたんだ?」

「警察の人だよ。……近くに迫った強制捜査に向けて、雨宮(第一容疑者)と親しい人物は調査されている。もちろん、プライバシーを守った範囲でね」

 

 指揮官である新島冴と仲が良い明智は、そこから一樹の情報を流してもらったらしい。

 

「……なんで今更、こんな事(言質取り)を?」

「……保険、かな。今回の件は、万全を期して挑みたかったから」

「はっ! 俺が逃げるかよ」

 

 それは正しく杞憂と言うものだ。一樹が、こんな()()()機会を逃す訳がない。一樹はまた一口コーヒーを飲み、文句を言う。

 

「つーかそもそも、お前はアイツらを侮りすぎだ。お前から見て、アイツらは直前でビビって逃げ出すタマか?」

「……いいや。彼らはそんな事をしない。……僕も少し気弱になってたみたいだ。…まさか、君に気付かされるなんてね。18日、一緒に頑張ろう」

 

 明智はコーヒーを飲み干し、笑顔で一樹に握手を求める。

 

「その意気だ」

明智の握手に答えず、一樹は残りのコーヒーを一気飲みして席を立つ。

 

「明日の夜、渋谷の()()()()に来い。それで()()()()、許してやんよ」

 

 明智の返事を待たずに、一樹は喫茶店を出て行った。

 

 

 

 

「……まいったな」 

 

 一人残された明智はそう言って、鞄からもう一つの録音機を取り出した。

 

 

────────────────

 

 

「よお、来たな」

 

 次の日の夜、DRとクロウはメメントスの入り口である駅の搭乗口で合流した。昨日一樹が先に帰って以降二人は話しておらず、何故ここに呼ばれたのかクロウは困惑気味だ。

 

「何か直接話したい事でもあるのかい? 君には別名義のチャットも有るのに」

 

 普通に喋っている様に見えて、サーベルに手をやり自然に腰を落とすなど、クロウがDRを警戒している様子が見て取れた。

 

「そうピリピリすんなって。別に昨日の件でキレて殺そうってワケじゃねーんだから」

 

 DRはあくまで気軽そうに言うので、クロウも剣から手を離す。殺気は感じられないと判断したらしい。

 

 

「それで、態々メメントスにまで呼んで、何の用だい?」

「ん、そうだな──

 

 ──殺し合いしよーぜ!!

「……はぁ?」

 

 マスク越しで見えないが、唐突に脈絡のないとち狂った事をほざいたDRの顔は、明らかに笑顔だった。

 

「えっと…やっぱり昨日の事で怒ってる?」

「あ? 言っただろ? 俺は腹芸が苦手だって。裏の意味なんざねーんだから読み取ろうとすんな」

 

 そう言ってDRは、懐から紙袋を取り出し、クロウに見せる。クロウは警戒しつつ、その中身を確認する。

 

「……“タケミエール”、“アルギニドリンク”に“フキカエース”。…“怪盗ウエハースチョコ”まで」

「お互い回復スキル持ってねーし、どっちかが動けなく(戦闘不能)なったら終わり。それで回復して帰る。アイテムの使用は禁止。公平だろ?」

 

 ちなみにウエハースチョコは怪盗団の不祥事の前に買って食べ忘れていた物だ。お菓子だし、賞味期限は大丈夫だろう。

  

「何が目的?」

「言ったろ? 殴り合いたいんだよ(ちまた)で有名な高校生探偵と! こんな機会逃すワケにゃいかないだろ?」

「……イカレてるね」

「いまさらだろ?」

 

 ハァ…とクロウはため息を一度つき、剣を構える。

 

 

「君には借りがあるしね…いいよ、やろうか」

「おっ、いいねぇ話が早くて。それじゃあ

 

──ヤろうか!!

 

 

 言うや否や、DRはファントムに搭乗しクロウに飛びかかる。クロウはDRの苦手としている万能属性のスキルが使える。速攻で先手を奪うべきと、DRは決めていた。

 

「楽しもうぜェ!」

「ッ! 舐めるなよ!」

「チッ!」

 

 勢いよく振り落とされた戦鎚を(かわ)しつつ、クロウは剣を振るう。DRは咄嗟に避けてしまい、折角詰めた距離をまた離されてしまう。

 

「射殺せ、ロビンフッド!!」

「ハッハァッ!! 《 ペイン・トレイン 》!」

「なにっ!─僕がっ! よくも…」

 

 案の定、離れてすぐにスキル(メギドラ)を放たれたが、DRは敢えて突撃する事で不意をついてスキルを避け、尚かつ素早く攻撃に転じてダメージを与える。

 

「これが俺だぁ!!」

「クッ…僕はこの程度では…」

 

 追撃として《メギドラオン》を喰らわせるが、まだクロウは倒れる気配はない。

 

 

「いいねぇ。そうこなくっちゃ!!」

「今度は僕から行くぞ!」

「はっ! つまんねぇ痛みだなぁ!」

 

 素早く距離を取り直し、レーザー銃で狙撃するクロウ。しかしDRには銃撃耐性があり、喰らってもほぼダメージはない。故にDRは銃撃を受け止めつつ、腕に力を溜める。

 

「《ペルソナァ…」

「──そうくると思ってたよ!」

 

 《ペルソナ・フィスト》は発動までに時間がかかる。クロウは自分が隙を晒せば、DRは《ペルソナ・フィスト》を発動しようと逆に隙を晒すだろうと読んでいた。

 

「フィ──!! ヤベッ」

「射殺せ、ロビンフッド!!」

 

 

 結果、クロウの予想通りにDRは隙を作って万能属性のスキルを喰らい、ピンチに追い込まれた。

 

「《メギドラ》! ロビンフッド!!」

「ガァァッ!!」

 

 ダウンした所に連続で《メギドラ》を放たれ、クロウの気力が尽きる頃には、DRは満身創痍になっていた。

 

 

「どうする? もう終わりにするかい?」

「なんで?! 今がサイコーに気持ちいいーんだろうが! 俺はもうビンビンのカチカチだぜ!?」

「下品だな…。まあいいさ。トドメを刺してあげあげよう!」

 

 強気に振る舞うクロウだが、そこまで彼に余裕が無い事を、DRは理解していた。

 

 もうクロウの気力は残っていない。DRの得意とする肉弾戦で闘うしかない上に、体力もDRが何発か喰らわせた為にそこまで残っていない。

 

 つまり、体力が無くなる前に殴り倒せばいい。

 

 

「サァ…、最後のゴングを鳴らそうか!」

 

 体力がもう残っていない為、DRは《ペイン・トレイン》ではなくただ突っ込み、愚直に戦鎚を振るう。

 

「クッ、……しまっ!」

 

 クロウは華麗に避け、DRに銃を向けた。しかし、先ほどの乱射でほぼ弾を撃ち切っていたらしく、撃たれたのは数発だけだった。

 

「オラァッッ!!」

「ッ! よくも…」

 

 その程度では物ともしないDRの再び振るった戦鎚は、クロウにクリーンヒットした。

 

「僕は…この程度では…」

「ハハハ… 勝った!!」

 

 今の攻撃で、クロウの体力はほぼ尽きた。後一撃当てれば、それでクロウは倒れる。

 

(勝った、明智に、あの高校生探偵に!!)

 

「これで終わりだぁっ!!」

 

 興奮のままに、DRは戦鎚を振りかぶった。

 

「クッ…最後の賭けだ…!」

「あぁ…? ガッ!」

 

 DRの戦鎚がクロウに命中する直前、スキルで生じた黒い(もや)がDRを包み、僅かに残っていたDRの体力を刈り取った。

 

「ここに来て…即死技(ムドオン)かよ…! つか、気力…」

「1発分だけ、残しておいた。僕の…作戦勝ち、だね」

「あー、クソが…」

 

 悪態をつきながら、DRは気絶した。

 

 

 




色々と納得いっていないので、書き直すかもしれません。


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