暴走族と魔法少女 (ヘッズ)
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第1話 世界の始まり

──ッッしゃああオメーラァ!!これが最後だビッと気合い入れろやァァァァ!!!

暴走師団聖華天(せいかてん)!!!地獄の底まで出発(デッパツ)だぁ!!!!

 

 5万人がアクセルを回しバイクを発進させる。5万台分のエンジン音と走行音は空に轟く雷鳴に負けないほどの爆音を鳴らし、巻き上げる砂塵は空を覆いつくす。

 壮観だ。その光景は黄金時代の聖華天が蘇ったようで懐かしさを覚える。

 

 聖華天初代総長である殺島飛露鬼(やじまひろき)、通称暴走族神(ゾクガミ)の号令の元、伝説の暴走族聖華天(せいかてん)は20年ぶりに復活を果たした。

 大人になって訪れる困難の日々に心折れ昔の黄金時代に戻る為、極道にとって不倶戴天の敵である忍者を挑発し誘い出し殺す為に日本の主要高速道路である帝都高を逆走し、多くの警官と一般市民を犠牲にして走り続けた。

 だが忍者はそれを許さなかった。忍者は聖華天の前に立ちふさがり暴走するメンバーを次々と殺害し、殺島飛露鬼も忍者との激闘の末敗れ死んだ。

 最後は今までの悪事の責任を取る為に地獄に向かい、聖華天のメンバーと共に地獄の道を走り出した。

 この暴走はいつ終わるのか?終点の先に何が待っているのか?それは分からない。

 殺島は地獄でもメンバーと走り続けられる幸運とこれが最後だという寂しさを感じていた。

 

◆殺島飛露鬼

 

 殺島飛露鬼は意識を覚醒させ体を勢いよく起こし、目を細め辺りを凝視する。ギター、ダンベル、勉強机、ファッション誌、学校の制服、サッカーボール。どれも見覚えのないものばかりだった。

 

「何だこの高校生(ガキ)みてえな部屋は?俺は忍者に()られて…」

 

 頭を手で押さえ独り言を呟きながら浮かび上がる記憶を振り返る。聖華天のメンバーと共に地獄の道を走り出した最中だった。だが気づけばガキ臭い部屋のベッドで寝ていた。

 

「おい、何だこれ!?非現実(ありえねえ)だろ」

 

 部屋をうろつきながら姿見に映った己を見て思わず目を見開く。人より老けず若々しく見えるが、それでも自身には分かる程度に老けていた。だが鏡に映る姿は高校生時代の容姿だった。

 

「今までは虚像(ゆめ)だった?なんてわけねえな」

 

 殺島は自嘲するように笑う。皆と帝都高を暴走した聖華天での黄金時代、極道に就職した社会人時代、出世して、結婚して、娘の花奈が産まれて、離婚して、花奈が死んで、退屈な大人の日々に押しつぶされて、極道(ボス)と出会って、20年振りに聖華天のメンバーと暴走して、忍者に殺された。

 あれは全て現実だ、夢なわけがない。じゃあ今のこれは何だ?

 

「えっと、殺島飛露鬼、16歳、若輩(ワケ)エ~!高校生で通っているのはN県N市のN県立S高校」

 

 突然脳内に生徒手帳の記憶が浮かび上がり、スクールバックから探し出し確認する。

 顔も同じ名前も同じ、だが生年月日が違う。書かれている年月は自分が高校生だった時の20年近く未来だ。

 それに通っている高校も違う。そもそもN県なんて抗争しに行ったぐらいで、数えるほどしか行ったことがない。

 

「この生徒手帳の殺島飛露鬼はN県立S高校の高校生(こうぼう)、そして俺は39歳で忍者に殺された」

 

 殺島は頭を掻きむしりながら状況を整理する。意識は39歳の殺島、身体はS高校生の殺島というところか。まさか輪廻転生でもしてこの高校生の殺島飛露鬼に意識が乗り移ったというのか?

 地獄に行った人間は刑を受けてから転生できるという話だが、ただ地獄を暴走しているだけで刑に服したというなら、閻魔は随分と甘いようだ。

 殺島は徐に枕元にあったスマホを手に取りネットを立ち上げる。この世界では聖華天はどうなっている?数十年前のチームでもかなり規模を誇っており、検索エンジンで検索すれば何かしらヒットするはずだ。文字を打ち込み上から順に調べていく。だが暴走族の聖華天の情報は何一つなかった。

 

非現実(ありえねえ)え~」

 

 ベッドに横になり天井を仰ぐ。元の世界で聖華天についての情報が出ないということはあり得なかった。検索エンジンを運営している企業が情報を消したということも考えられるが、何のためにと考えると可能性は低い。だとしたらこの世界は死ぬ前に居た世界に似た別の世界ということになる。

 そして暫く検索していると、この高校生の過去の記憶が浮かび上がってくる。中学生の頃母親が死亡して、親戚などは特に引き取らず今は一人暮らし。幸い遺産はそれなりにあるようで、大学に進学できるぐらいの金はあるそうだ。

 

「これからどうするよ」

 

 殺島は呟く。自分が知る世界と似た別の世界に転生した。それで何をすればいい?死ぬ前には花奈と面会したい、忍者を殺したい、暴走したい。何かしらの目標があった。だが今は何一つない。

 学校でも行くか。この世界の殺島は高校生だ。折角だから懐かしついでに学校に通うのも悪くないかもしれない。

 しかし前の世界では碌に学校に行かなかったのに、積極的に学校に行こうとしている。その心境の変化が可笑しかった。

 制服を着て家を出る。だが制服があまりにも趣味が合わないので制服を着崩し、派手目なシャツを着た。

 

◆◆◆

 

 N市の北宿、通りには商店街があるが街燈はついておらず、大半の店が閉まっている。俗にいうシャッター街であり、その陰気と人が寄り付かないという立地条件から密会場所に指定されたり、アウトサイダーな人間がたまり場にしたりと、治安の悪さは繁華街と双璧と化している。

 殺島はその通りを当てもなく歩き、タバコを吸いながらぼそりと呟いた。

 

虚無(しゃば)い」

 

 学校に来てから授業をふけることなく受けて、前の殺島が所属しているサッカー部の練習に勤しんだ。これが一般的な高校生の生活なのだろう、1日体験した結果、絶望的に性が合わないということが分かった。

 無知だった高校生の時と違い、ヤクザとして働き社会経験を積んで多少なり授業を理解でき、楽しめるかもしれないと思ったが、何一つ理解できず楽しめない。後半の授業はずっと寝ていた。

 サッカーも喧嘩では散々頭を蹴ったので何とかなると思ったが、全然上手くいかず上級生や指導者から散々罵倒された。聖華天時代だったら頭をサッカーボール代わりに蹴っていたが、睨んでビビらす程度にしておいた。

 1日を通して自分は根っからのヤクザであり不良であり、世間から理解されないはみ出し者であることを改めて理解した。

 

暴走族(チーム)でも作るか」

 

 聖華天のようなチームを作り暴走し黄金時代を過ごす。アイディアを口に出してみたものも打ち消した。

 今でも暴走するのは好きだ。高速道路を車で飛ばせばすっきりする。だが聖華天の時の楽しさはあの時だったから楽しかったのだ。アルファもシグマもオメガも居ない。チームのメンバーも居ない。

 そして今の精神年齢は39歳だ、精神も10代に戻れるわけではなく、今仮にチームを作って暴走しても心の底から楽しめない。

 

「ったく。こんなんだったら地獄に居させてくれよ」

 

 恨み言を放ちながら通りを歩く。ひょんな事から第二の人生を得てしまった。それならば前とは違い普通の人生を歩もうと思ったが、真っ当な道を歩けないことを理解した。

 前と同じように極道になろうとも思わない。誰かを愛して共に生きることも考えたがそれも却下だ、元妻のノリカは花奈が好きだった母親だ。

 ずっと仲良くしてねという花奈との約束は守れなかった。せめてものケジメとして再婚しないのが約束を破ってしまった花奈への償いだろう。

 第二の人生でやりたいことが一切ない。何より一旦は悪事へのケジメを取るために地獄に落ちたのだ、こんなところで人生を楽しんではいけない。

 この体の持ち主の高校生の殺島には悪いが、自殺でもして地獄に戻ったほうがいいのかもしれない。

 

「てめえ!喧嘩売ってんのか!?」

「売ってんだよ!?こいよダボ!」

 

 シャッターと体がぶつかる音と怒声が響き振り向く。男2人が女にメンチを切って凄んでいる。女は160cmぐらいのポニーテール。それなりに屈強な男に凄まれているのに全く怯んでおらず、逆に噛み殺さんとばかりに睨み返している。

 男が女の襟を掴んで殴りかかった瞬間足を振り上げた。金的だ、しかも一切躊躇がない。男は膝から崩れ落ち泡を吹いている。

 もう一人が男の容体に注意が向いた瞬間膝への蹴り、関節を押し込むように蹴る危険な蹴り方だ。膝が破壊される鈍い男が響き、崩れ落ちたところを顔面にサッカーボールキック。これも本物のサッカーボールを蹴るように躊躇がない。

 

「クソ!これじゃねえ!これじゃねえんだよ!バイクで暴走してえ!」

 

 女は天に向かって叫ぶ。声を聞いた瞬間全身に電流のような衝撃が走る。

 この声には聞き覚えがある。世間から爪弾きにされ、世間の誰から理解されない“孤独な者”の声だ。

 何よりこの女の声から娘の花奈の面影を感じた。生前の声質とは違うはずなのに。

 

驚嘆()ねえ~」

 

 殺島は動揺を隠すようにニヤついた笑みを浮かべ拍手をしながら興味本位で女に近づく。

 そこでも衝撃を受ける。親であれば娘が成長し将来どのような姿になるかは予想できる。目の前の女の姿はその予想図から外れていた。だが妙な類似性を感じる。

 一方そのニヤけた笑みが気に入らないのか女は殺気を漲らせ間合いに入った瞬間問答無用で金的蹴りを放つ。殺島は動揺で一瞬反応が遅れたが、生前の暴走族と極道で培われた反射が攻撃を防いだ。

 

早漏(はや)るなよお嬢さん。暴走(はしり)てえってのはどういう意味だ?」

「うっせえ!」

「そこらへんの暴走族(ゾク)に入らねえの?」

「ここら辺には小さなチームが有ったけどもうねえよ!それどころか暴走族は絶滅寸前だ。ダセエだってよ」

 

 女が悔しそうに呟くのを見ながらこの世界の暴走族事情を推理する。

 殺島が10代だった頃は暴走族の全盛期だった。そこら辺にチームがあり毎週のように喧嘩していた。だが時が経つにつれ若者の価値観が変化していき、暴走族の数は減少していった。この世界でもそういう流れか。

 いまあげた理由は表向きだが事実は違う。当時日本最大の規模の暴走族聖華天のメンバー10万人のうち5万人が忍者によって殺され文字通り半殺しにされた。その1件で聖華天は解散に追い込まれ、他の暴走族も死を恐れ規模を縮小していった。

 

1人(ピン)で走れば?」

「1人じゃあつまらねえんだよ!わかってねえな」

「だよな」

 

 殺島は予想通りの答えに思わず笑みをこぼす。1人でスピードを求めて走ることに満足できるタイプもいる。だが目の前の女は違う。同じ価値観を持つ者達とつるみ一緒に暴走することで満足できるタイプだ。殺島も聖華天のメンバーもそうだった。

 

「俺は殺島飛露鬼、一応高校一年生(こういち)だ。嬢ちゃん名前は?」

 

 殺島は怪我している男の血で道に名前を書き始める。

 この女からは姿は全く違うのに娘の花奈の面影を感じていた。そして同類の匂いがした。辛い現実が押し寄せて、何とか乗り切ろうとして何か楽しい事をしようとしても一般人が楽しめる事では楽しめない。爪弾き者だ。

 

「はっ。スゲエ漢字だな。親は何考えて名前つけたんだ」

(いけてる)だろ」

「確かに。うちの親と違って良い親だ」

 

 女は小さく笑う。常に不機嫌でイラついた姿を見せていたなかで初めて見せた笑顔だった。殺島と同じように血で名前を書き始め名乗る。

 

生島花奈(いくしまはな)同じ高校一年生だ。ダセえ名前だよ」

 

 その名前を見た瞬間殺島の心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

──花奈──

 

 その名前は愛する娘と同じ名前だった。花奈を幸せにするためなら何だってできたし、何だって差し出せた。だが死なせてしまった。

 あの時妻ともっと上手くやっていれば、あの時親権を何が何でも守っていれば、指を全部詰めて全財産を手放してでも極道から足抜けしていれば。

 様々な後悔が常に押し寄せていた。それらの感情は最後の暴走の最中でも纏わりついていた。

 もし花奈が生きていたらこれぐらいの年頃か。

 

 花奈はこれから訪れる幸せな未来を得ることができず、幼年で死なせてしまった。今からしようとすることは完全な自己満足だ。悪い事だと分かっているし、生前と同じように多くの人を踏みにじり、死んだらさらなる地獄が待っているだろう。

 だが同じ孤独を抱え、娘の面影を残し同じ名前の少女を放っておくことができず、自分と同じつらさを抱える少女を肯定してやりたかった。

 もし娘が同じ孤独を抱えていたら隣に立ち肯定する、例え世界中を敵に回しても何だってする。それが親だ。

 何で第二の人生を得たのか今分かった。

 

「なあ花奈。俺達で暴走族(ゾク)やんねえか?」

 

 

◆生島花奈

 

 生島花奈は全てがつまらなく満たされていなかった。

 スポーツ、テレビゲーム、音楽、恋愛。幼少期から中学生までの少年少女が何らかしら夢中になれるものに何一つ心が躍らない。それがイラつきに代り周囲への反抗になった。

 同級生、親、先生、周りの全てに反抗した。反抗には暴力が伴い多くの人を傷つけた。そんなことをすれば同級生には疎まれ、先生には目を付けられ、両親達は娘がこんな風になったのはお前のせいだとお互いを罵り合う。

 自業自得といえど最悪な環境だった。花奈は一般的な少年少女の道から明らかに逸脱し、俗にいう不良と呼ばれる存在になった。

 仲間がいれば共感され行動を共にすることで、満たされ癒されたかもしれない。だが不幸にも花奈の周りには不良と呼ばれる存在は誰一人おらず、ますます満たされなくなった。

 

 中学一年の時のある日、従妹の存在を聞きつけた。

 室田つばめ、三歳年上で自分と同じように不良と呼ばれる存在らしい。こいつなら自分を理解してくれ、楽しい何かを教えてくれるかもしれない。そんな僅かな期待を抱きながら自転車に飛び乗りN県に向かった。

 名前しか聞いておらず、通行人や警官に道を尋ねまくってやっと家を突き止める。明け方に出たはずだったのだが、着いたのは22時を過ぎていた。訪問するには非常識な時間だが関係ないといわんばかりにインターホンを押した。

 数秒後扉の向こうからドタドタと走る音が聞こえ扉が開く。長髪の不機嫌そうな高校生ぐらいの女、目つきの鋭さと悪さですぐに分かった。これが室田つばめだ。

 

「おい、アンタが室田つばめか!」

 

 開口一番喧嘩腰で尋ね睨みつける。反抗的な日々で身についてしまった習性だ。その態度に室田つばめは明らかに不機嫌な態度を見せていた。

 

「あっ!?だったらどうなんだ」

 

 つばめも同じように睨みつけ額を付け合う。次の瞬間足を振り上げつばめの足を力いっぱい踏みつけた。

 一目見た時から気に入らなかった。あれは満たされた日々を楽しんでいる者の目だ。そういう人間は大嫌いで理不尽な暴力を振るってきた。

 つばめは悲鳴を上げ反射的に足を触ろうと屈む。その頭を掴み膝蹴りをかます、これでぶちのめすはずだった。つばめは膝蹴りをガードしていた。

 

「上等だガキ!」

 

 そこからはよく覚えていなかった。相手をぶちのめす為にありとあらゆる攻撃を繰り出し、つばめも応戦した。

 お互い叫び声と威嚇の声を張り上げ喧嘩し、騒ぎを聞きつけたのか、隣の家の高校生やら社会人らしき男が出てきて、どうにかして喧嘩は収まった。

 

「貴女が佐和子の娘だったのね」

 

 つばめの母親らしき女が飲み物を出しながらマジマジと見つめる。佐和子とは母親の名前で、電話で相談を受けておりその際に自分の存在を知っていたらしい。喧嘩を止められ強引に家に連れこみ、周囲に身内の問題だから警察に連絡しないでと頼み込んでいた。そのせいか警察は未だに来ていない。

 

「それで何しに来たんだよ?喧嘩ならちゃんとした場所でやるぞ」

 

 つばめは頬杖をつきながら睨みつける。敵意が漲っており今すぐにでも二回戦を始めそうな気配だ。それに応じて始めてもいいが、本題がある。目が気に入らなかったので喧嘩を売ったが聞きたい事があったのだ。

 

「おい!お前今は楽しいか!?」

 

 あまりに端的な言葉につばめは首を傾げる。暫くして質問の意味を理解したようで答え始める。

 

「ああ、楽しいね」

「何が楽しいんだよ!」

「チームの皆とバイクで走ることだよ」

 

 チームの皆で走るというと暴走族みたいなものか、昔は多く居たようだが、今では少なくなっており地元でも見たことがない。詰まらないからやる奴が少なくなったのだろう。そんなのが楽しいわけがないと鼻で笑った。

 その態度が気に入らなかったのか、一瞬怒って目を開くが直ぐにバカにしたように笑う。

 

「可哀そうな奴だな。あれの楽しさが分からないなんて。風の爽快感!タイムを縮めた時の達成感!皆で走る一体感!走りの楽しさを知らないなんて人生の8割は損してるぞ!」

 

 つばめは嬉々として語り始める。いつもなら問答無用でぶちのめすところだが、あまりにも楽しそうなその姿に僅かに興味を持った。

 

「そんなに楽しいのか?」

「おう!楽しいぞ。そうだこの後チームで走るから一緒に来るか?後ろに乗っけてやるよ」

 

 興味を持ったのが嬉しかったのか走るのに誘ってきた。つい先ほどまで喧嘩した相手を誘うなんて馬鹿か頭お花畑かは分からないが、花奈なら絶対にしない行為である。どうせ何をしても退屈なのだ。退屈に退屈を重ねても一緒だろうと誘いに応じた。

 

 つばめのバイクの後ろに乗って移動する。10分程度走ると潰れたコンビニみたいな場所に4人ほど特攻服を着た女バイク乗りがいた。

 それぞれつばめと同じように特攻服の背中に「燕無礼棲(エンプレス)」と刻まれた刺繍を施している。そいつらはつばめに気が付くと手を挙げて声をかける。

 

「つばめ、何だそのガキは?それにその傷はどうした」

「親戚のガキ、それでこいつにやられた」

「てめえ!つばめに何してくれてんだ!」

「落ち着け、あたしも結構良いの入れたし、おあいこだ。流石にガキをボコるのはダセえ」

 

 詰め寄ってきたメンバーをつばめが宥める。実際言う通りにクリーンヒットをいくつかもらい、口は切れて血が出ているし、脇腹も痛く軽く内出血している。だがボコられるほど負けているつもりはない。この走りが終わったら改めて喧嘩するかと考える。

 

「それで何で連れてきた?」

「こいつが走りなんて詰まらねえっていうから、いかに楽しいかを教え込んでやろうってさ」

 

 メンバーたちはその言葉に怒る憐れむなど、つばめと同じような反応を見せる。そして同じように満たされた日々を楽しんでいる目だった。

 

「じゃあ、どびっきりな走りをしてやんねえとな」

「それより大丈夫か?ビビッて気絶するんじゃねえの?」

 

 メンバー達はケタケタと嗤う。舐めやがって、そんなバイク程度でビビるわけないだろう。とりあえず走りに付き合って、終わった後にクソ詰まらなかったと言ってボコる。

 

「よし、今日の警察は?」

「何か事件があって結構駆り出されているっぽい。今日は安全だ」

 

 つばめ達は集まって何か相談している。数分で終わり其々がバイクに乗りエンジンを吹かし出発準備を始める。

 

「どうする?お試しシャバ僧コースにしてやろうか?」

「ふざけるな!いつもと同じスピードで走れ!」

「上等!泣き叫んでもスピード緩めねえからな!」

 

 つばめは挑発に応じるように軽くウィリーさせて出発した。

 

 走りはまさに未知の体験だった。

 全ての景色をあっと言う間に置き去りにするスピード感、つばめが風よけになっていても十二分に感じられる風の勢い、あと数センチ操作を誤ればクラッシュするぐらいコーナーを攻めた時の恐怖とスリル。全てが新鮮だった。

 

「ほらよ。飲め」

 

 つばめが缶ジュースを投げてきたので花奈は受け取り、遠慮なく飲む。チームは走り続け明将山と呼ばれる山頂付近に着き、自販機前でたむろっていた。

 

「やるじゃねえか。オレの後ろに乗って叫び声一つあげなかったなんて、そうはいねえぞ」

「当然だ。あんなのそこら辺のジェットコースターみたいなもんだ」

 

 花奈は胸を張って威張る。だが本音を言えば死の危険を感じて、何回か声を上げようとしてしまったが意地で恐怖をねじ伏せていた。

 

「それでどうだった?」

「…少しはマシだったな」

 

 つばめは期待の眼差しで顔を覗き込みながら聞くので、そっぽを向いて答える。

 少しはマシというのは花奈にとって最大限の賛辞だった。バイクでの走りは今までの退屈さを埋め楽しさを与えてくれる可能性を感じていた。

 つばめはニヤニヤと笑みを浮かべ見つめながら、懐から携帯電話を取り出す。

 

「お前の連絡先教えろ」

「は?何でだよ」

「次に走る時の日時を教えてやるよ。来るか来ないかはお前の自由だ」

「勝手にしろ」

 

 花奈はスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換した。電話帳に「スピードバカ」と登録する。実家以外で初めて登録された連絡先だった。

 

 それからチームの走りに毎回参加した。道路を疾走する。すると日々の退屈さが少しまぎれ、心もウキウキしていた。

 チームにも馴染み妹のように可愛がられており、居心地も悪くは無かった。

 本当ならバイクに乗って参加したかったが何故か免許を持ってない奴はバイクに乗るなという決まりがあった。スピード違反はするのに妙なところでマジメだった。

 だがバイクを持っていたとしてもメンバーのバイクはカスタムされまくっており、普通のバイクではとても追いつけないので、渋々つばめや他のメンバーの後ろで我慢した。

 

「なあ、何で警察の無線傍受したり、他のチームと日程調整したりするんだ?」

 

 ある日花奈は何気なく質問を投げかける。チームは無線を傍受し逐一警察の動向を伺っている。そしてN市にはスピードが出しやすいコースがあり、そこは一番人気のスポットであり、日にちによって走る順番が決まっている。

 その質問につばめは半笑いで答えた。

 

「そりゃ、ネズミ捕りされたくねえからな、それにオレ達が好き勝手走ったら、他のチームが走れねえだろう。不良だけどルールが有るんだよ」

 

 花奈はその答えに全く納得いかなかった。何で好きな事をするのに警察の動向を伺って逮捕するのを恐れビクビクとやらなければいけないのだ。それに走りたいコースがあれば好きに走ればいいではないか、他人の事情など知った事ではない。

 

 その時からつばめ達との価値観の違いを覚え始めていた。それに疎外感もあった。

 このチームはつばめ達のものだ。馴染んでいるが消して乗り越えられない一線のようなものを感じており、本当の仲間ではなかった。

 それでも花奈はチームの走りに参加した。価値観の違いや疎外感は有るものも、何だかんだで一番マシで退屈を凌げるのがここだった。だがそれはずっと続きはしなかった。

 

 チームのメンバーが高校を卒業して燕無礼棲は解散した。つばめ達は全員同級生で後輩達は入ってこなく自然消滅という流れになった。

 花奈は憤慨した。バイクで走るのは楽しかったのだろう?ならばずっと走ればいい!だがメンバー達は大学生だからとか、別の場所に進学するとか、就職するとか、結婚するとか、理由を付けて走るのをやめた。

 一回だけ結婚したつばめの家に行って説得しようとした。走るのが楽しいのに何故やめる。一緒に走ろうと説得した。

 だがつばめはもう卒業だと半笑いを浮かべた。その顔を見た瞬間顔面を殴りつけた。だがつばめは反撃してこなかった。チームに居た時のつばめなら殴り返したはずだ。もうあの時のつばめはここには居ない、居るのは丸くなったつまらない人間だ。

 もういい!ならば作る!同じ価値観を共有した本当の仲間たちで作り上げたチームを!このN市で作り、楽しそうに走る姿を悔しがれ!

 

 中学卒業後、親達から手切れ金代わりの金を貰いN市の高校に通いながら一人暮らしを始めた。

 自分と同じ方法でしか退屈を凌ぎ楽しめない孤独な奴らは必ず居る。そう信じメンバーを集めに勤しんだ。だが誰一人同類は見つけられなかった。

 花奈の心はイラつき荒んでいく。退屈さを紛らわそうと1人バイクに乗り走った。騒音を鳴らし邪魔する奴は全てなぎ倒す。燕無礼棲のようにコソコソと走らず、己の存在を主張するような走り。だが気分は一向に晴れなかった。

 この世界に誰一人理解者がいないのか、そう諦めた時に殺島飛露鬼が現れた。

 

◆殺島飛露鬼

 

「なあ花奈。俺達で暴走族(ゾク)やんねー?」

 

 殺島の誘いに目を点にして動きを止めていた。よほど不意をつかれたのだろう。数秒後我に返り疑いの目を向けながら問いかけてくる。

 

「暴走族?アタシが言う暴走族はただ単車転がして、スピード出してるだけで満足して、警察に捕まるのを怖がって逃げ回るシャバイ奴の集まりじゃねえ!好き勝手走って、他人の事なんて気にしないで、警察だろうが邪魔する奴はなぎ倒していく暴走族だ!」

 

 殺島はその答えに嬉しさと悲しさを綯交ぜにした表情を浮かべる。ただ走るだけなんて暴走族ではない。

 他人を踏みにじろうが関係なく己の幸福を追求し、何者にも走りを邪魔されず縛られず邪魔する者は蹴散らし、自分の存在を主張する。

 それが暴走族だ、自身と同じ考えであることは嬉しくもあった。だが同時に悲しくもある。

 普通の生活にでは退屈を凌げず楽しみを見いだせず。暴走という他人を踏みにじる方法でしか幸福感を感じられない。

 異常な孤独な者、それが聖華天であり、殺島飛露鬼であり、生島花奈だ。

 親だった立場なら娘の花奈には自分と同じにはなって欲しくはないと願う。だが生島花奈はそうはならなかった。

 このまま放っておけば生島花奈は退屈で孤独な人生を歩み続ける。中学生の頃に唯一の肉親である母親が死んだ時に聖華天を作らなければ、空虚で退屈な人生を歩んでいただろう。考えたくも無いし歩ませたくはない。

 花奈の為に悪の道を進み孤独な者の味方になる、いや自分の為にもう一度悪の道を進む。

 

「当たり前だろ。それが暴走族(ゾク)だ」

「だよな!だよな!」

 

 花奈は目を輝かせ賛同する。あの目は同類に会えた歓喜の目だ。その笑顔に殺島は娘の花奈の生前の笑顔を思い出し、涙を滲ませ見えないように拭った。

 




ふと思いついたので書きました。
正直見切り発車で何も考えていないに等しい状態ですので、更新の感覚は長くなると思います


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第2話 彼女は生き返った

◆殺島飛露鬼

 

 風で靡く髪を抑えながら懐からタバコとライターを取り出す。海の近くで遮蔽物が無いせいで海風が直に当たる。火が消えないように手でライターを覆いながらつける、100円ライターなので火力が足りないのか2回ほど失敗し、3回目でやっと点火する。やはり安物はダメだ、何よりダサい。明日になったらちゃんとしたライターでも買うか。

 殺島はタバコを吹かしながら待ち人が来るまで時間を潰す。生島花奈と出会った後話したいことがあると連絡先を交換し、この第七港湾倉庫に来いと言う連絡を受けてここに来た。   

 この街に来てから1日しか経っていないので土地勘が無く来るのに少しだけ時間が掛かってしまった。

 改めてここら一帯を見渡す。今が夜ということを差し引いても寂れている。日常的にそこまで使用されていないようだ。こういう場所は極道時代でも取引場所に指定し、武器や薬等を隠したものだ。今後も利用することがあるかもしれない。

 活用法を考えているとタバコが短くなっているのに気づき、咥えていたタバコを地面に捨て新しいタバコに火をつけ、バイクのシートに座りながら薄暗い海を眺め続けながら過去の記憶を振り返る。

 帝都高速の大井から葛西間は東京湾に近いので走っていると潮の香りがしていた。だがここの匂いは東京湾の匂いとは若干違う気がする。

 過去の思い出に浸っていると周囲に響くエンジン音で引き戻される。その音の方向に視線を向ける。

 赤を基調にしたド派手な色、ロケットカウル、絞りハンドル、三段シートに切り出したマフラー、幅広突き上げのテール。まさに典型的な族の単車だ。

 その単車に生島花奈が乗っていた。服装は流石に特攻服ではなくジーンズにシャツというラフな格好だった。

 

「よう」

「よっ」

 

 2人は手を挙げて挨拶する。花奈の雰囲気は初めて会った時のような全てを傷つけるナイフのような鋭利なものではなかった。それは少なからず理解者であり同類と認めている証拠だった。

 

素敵(イカス)単車だな。良い趣味(センス)してる」

「だろ」

 

 花奈は単車を褒められて満更でもない表情を見せる。それは年相応の可愛げがあり年齢は違えど生前の娘の花奈と同じ雰囲気だった。だがその表情はすぐに侮蔑に変る。

 

「それでお前はドノーマルかよ」

 

 殺島は自分のバイクを見て肩をすくめる。花奈と別れた後すぐにバイクを購入したのだが族車をすぐに入手できず、普通のバイクしか買えなかった

 

「悪い。色々あって急ごしらえでな。そのうち改造(カスタム)する」

「早くやれよ。そんなダセえ単車の隣なんて走りたくねえ」

 

 花奈は仕方がないとため息をつく。それを許した合図と判断し話を切り出す。

 

「それで何の用でここに呼んだ?極道と取引でもするのか?」

「違えよ。ただここが好きだから来ただけだ。それで族を作ろうってのは本気だろうな」

「ああ、真剣(ガチ)だぜ」

「なら決めなきゃいけないことが二つある」

 

 花奈は真剣な表情を作りながらピースサインを作り殺島の目の前に掲げ指を一つ折る。

 

「一つはチームの名前だ」

 

 言葉を聞き殺島は一瞬目を点にする。チーム名か、族を作ることばかり考えていたので全く考えていなかった。

 

「なにか有るか?」

「ハイエンプレスだ」

 

 花奈はポケットから紙きれを取り出し見せつける。覇威燕無礼棲、これで()()燕無礼棲(エンプレス)か。由来は分からないが英語か何かを強引に仰々しい漢字にするセンスは20年前の頃は好きなものだった。

 

「殺島は何かあるか?」

「名前か」

 

 殺島は顎に手を添えながら数秒ほど考え込んだ後ぽつりと呟く。

 

「せいかてん」

「せいかてん?どういう漢字だ?」

「漢字は決めてない。とにかくせいかてんだ。カタカナでもひらがなでもいい」

「いやあり得ねだろ!何かビッとした漢字を考えろよ」

 

 花奈は呆れたように声を上げる。暴走師団聖華天、生前殺島が率いていた族の名前だ。その名前の由来は生前母親が営んでいた殺島生花店からとったものだ。それをそれっぽい当て字にしたのが聖華天だ。これはアルファやシグマやオメガ等のごく一部しか知らない名前の由来である。

 今から作る族は聖華天ではない。聖華天はどの世界であってもたった一つだ。同じものは存在してはならない。だが族の名前は母ちゃんとメンバーとの思い出が詰まったせいかてんという単語しか考えられなかった。もし採用されたら違う漢字を当てはめたせいかてんになるだろう。

 

「それで二つ目は何だ?」

「それはどっちがリーダーをやるかってことだ」

「花奈がやれよ。オレはいい」

 

 今から作る族は花奈や花奈が集めた世間から理解されない孤独な者を肯定し、夢を見させる為のものだ。全力でフォローするつもりでいるが、生前のように表立ってやるつもりはない。そう言った瞬間目を血走らせながら襟を掴み上げる。

 

「ふざけるな。お前がチームを作るとアタシを誘った。だからお前がリーダーをやるのが筋だっていうのは分かっている。でもアタシが中心になって暴走したい!でも譲られて中心になるのはムカつく!」

「じゃあどうする?」

「お前にアタシがリーダーに相応しい器だって認めさせる!」

 

 譲られるという行為は舐められていると同じ、舐められるのが嫌いな族に相応しいメンタリティだ。

 屈服か心酔か、そのどちらかで下に就かせたいのだろう。ここで心酔したと出まかせを言っても通用しない。出会ってからあまりに時間が短すぎて説得力がなさすぎる。

 

「それでどうやって認めさせる?」

「チキンレースだ!」

 

◆生島花奈

 

 2人はエンジンを吹かしながら横に並ぶ。その前方には数メートルの倉庫の壁がある。

 

「チキンレースのルールは知っているよな?」

「ああ、壁に向かってバイクを走らせて、通過点を先に通過し、後にブレーキを踏んだ奴が勝ち、壁にぶつかった奴が負けだろ」

「そうだ」

懐古(なつか)しいな」

「おい、ワザと負けようとしたらマジで殺すからな」

「安心しろ、そんな野暮(だせえ)ことはしねえ」

 

 殺島のどこかゲーム感覚な表情が花奈の一言で表情が引き締まる。これでいい、本気でやれば勝てたという言い訳を残すわけにはいかない。殺島は花奈の意志をしっかり汲み取っていた。

 殺島には一目見た時から惹きつけられる何かが有った。言葉にするならカリスマというやつだろう。こういう人間が上に立つのだろう、自分には決して持ち合わせていないものだ。

 発起人でありトップとしての資質も殺島がリーダーになるのが流れなのかもしれない。だがはいそうですかと簡単に納得するわけにはいかない。

 2人で作るチームは大きくなりどデカい事を成し遂げられそうな気がする。同じ境遇の仲間が集まって楽しくなりそうな気がする。それならば自らが中心に立って成し遂げたい。  

 何より殺島の目が気に入らなかった。あれは横に立つ者の目ではない。幼い頃の記憶にある優しい母親の目だ。母親のことを思い出すのもムカつくが、そんな目で見てくる殺島もムカつく。

 この勝負に勝てなければ一生母親と同じ目で見てくるだろう。そんなのは絶対に嫌だ。何としても認めさせ下に就かせる!下に就かせなくても横に立つ!花奈にとっては絶対に負けられない戦いだった。

 チキンレースは怪我を恐れない度胸と勇敢さ、壁にぶつからないようにブレーキを踏む冷静さ。その両方を備わっていないと勝てないゲームだ。そしてリーダーに必要な資質もこの二つだ。

 下っ端であればブレーキを踏まず壁に激突すれば命知らずと仲間に賞賛されるだろう。だがリーダーはそれじゃあダメだ。仲間を助けるためには命知らずではあってはならない。ビビりじゃ仲間は付いていかない。バカじゃ仲間はついていかない。

 

「けどいいのか?俺の単車(バイク)普通(ドノーマル)だ。花奈の方が不利だぞ」

「丁度良いハンデだ。これでお前に勝てば文句ないだろ」

 

 花奈のバイクは改造を施しており普通のバイクよりスピードが出る。スピードが出るということはブレーキを踏んでから止まるまでの時間が掛かるということであり、壁に激突する可能性が高くなるということだ。

 改めて前方の壁を見据える。少しでもブレーキのタイミングを間違えれば怪我は免れない。最悪死ぬな。唐突に死に現実味が帯びてきて口の中が乾いてくのを感じる。

 

「コインが落ちたらスタートだ」

 

 花奈はコインを弾き数秒後に地面に落ちてチャリンという澄んだ音が響く。それを合図に2人は同時にアクセルを回した。

 スタート地点から20メートル経過、花奈のバイクが殺島のバイクより数メートル先行する。バイクの性能を考えればアクセルを全開で回している。殺島が本気で勝ちにきていることが分かりニヤける。

 バイクは徐々に加速していき通過点を通り過ぎる。勝負はここからだ、ゼロコンマ数秒でもブレーキのタイミングが遅ければ壁に激突し、早ければ殺島に負ける。全神経をブレーキのタイミングに向ける。

 

 踏むか、まだだ、踏むか、まだだ。

 鈍化する時間感覚のなかで怪我に対する恐怖と勝利への意欲が葛藤を繰り返す。何回かの葛藤を繰り返し、己の感覚に従ってブレーキを踏む。

 ブレーキ―音とタイヤが熱で焦げる匂いが鼻腔を刺激する。視界には迫りくる壁、恐怖で目を瞑りそうになるが、結末を見届けるために目を見開く。

 

「当たるな~! 」

 

 花奈は目を見開きながら大声を叫ぶ。そしてバイクは徐々にスピードを落とし完全に止まった。数センチ目の前に壁、タイヤが壁に当たった感触はない。これはかなりギリギリで止まれた。勝利を確信し表情が緩む。

 すると横から殺島のバイクが同じようにブレーキ音とタイヤを焦がしながら迫ってくる。この勢い、自分と同じ位置に止まってくる。先程感じた勝利の予感は一瞬で消え失せた。

 

「さてどっちが勝ったかな」

 

 殺島は横に首を曲げながら喋る。同じように首を曲げると視線があった。これは数センチ単位の勝負になる。身を乗り出し、結果を確認する。花奈も身を乗り出すが身長が殺島より小さいので前輪の様子が詳細に見えない。

 

「これは花奈の勝ちだな」

 

 勝った。言葉を聞いた瞬間喜びが駆け巡る。一世一代の勝負に勝ったのだ。だがすぐに疑念が浮かぶ。

 

「本当か、勝たせようとうしてねえか」

「してねえから、自分の目で確かめな」

 

 殺島はタバコに火をつけるとバイクが動かないように降りて、前輪の先端部分にタバコの焦げ跡で線を書き、バイクを立たせると花奈のバイクを支えた。花奈はバイクを降りて自分のバイクの前輪の先端部分とタバコの線を確認する。

 殺島は壁から約10センチ。花奈は壁から約5センチ。僅かな差だが花奈のバイクのほうが壁に近かった。

 

「花奈の勝ちだ。これからよろしくな覇威燕無礼棲リーダー生島花奈」

 

 殺島は笑みを浮かべながら拳を突き出す。応じるように拳を突き出し合わせた。

 

◆殺島飛露鬼

 

 結果は最良と言っていいだろう。最初は手を抜いて勝たせようとしたが花奈に見抜かれ手を抜いたら殺すと言われて方針を変えた。

 あれは本当に殺しに来る目だった。手を抜けば死ぬほど暴行を受け最大限に軽蔑され離れていくだろう。

 花奈がしたい事をフォローすると決めた直後に離れてしまうのは最悪だ。ここは全力でやって勝負に勝つ。チキンレースは聖華天時代にも遊びでやったし結構得意だった。それに今乗っているのは普通のバイクだ、スピードが出ず難易度も下がる。

 勝負に勝った後は何かしら言いくるめてリーダーに就任させるつもりだった。高校生の女を言いくるめるぐらい訳はない。だが花奈は勝負に勝った。結構良いタイミングでブレーキを踏んだのだがそれを上回った。文句のない勝利だ。

 

「これからどうするよリーダー?」

 

 2人は堤防に腰掛けタバコを吸いながら今後のことを話し合う。

 

「とりあえずメンバー集めだな。2人でチームって言うのは恰好がつかねえし」

「そうだな。この街にも気合入った奴はいるさ、居なかったら別の場所で仲間を集めればいい」

 

 全盛期のように10万人のメンバーは集まらないだろう。だがどの時代にも世間から理解されない孤独な者は居るはずだ。そいつらを集めればそれなりの人数になるだろう。

 

「それまでは各々でメンバー集め、それでいいかリーダー?」

「それで、あと立場上アタシがリーダーになったが、アタシとお前は同じチームの仲間だ。無理にヘコヘコしなくていいからな」

 

 殺島は花奈に見えないように笑みをこぼす。元々人に好かれやすい性質で好意に対して精一杯応える。それが今までの生き方だった。だが娘の花奈が産まれてから、初めて自分から能動的に好きになり与えたいと思い、生島花奈にもそのような気持ちを抱いていた。

 例え嫌われても与え続けるつもりだった。だがこうして自分の気持ちに応えて仲間と認めてくれるのは素直に嬉しかった。

 

「あとアタシをリーダーって言うのやめろ。もっとカッケーあだ名がいい。そうだな…世界で一番偉いのは神だろ。だから暴走族の神様、暴走族女神(ゾクメガミ)だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間様々な感情が去来し体中に駆け巡る。かつて暴走族神(ゾクガミ)と呼ばれていた。そして娘と同じ名前の少女が暴走族女神と名乗る。何の因果だろうか。

 

「どうだ?イカすだろ?」

「ああ、(カッケ)え」

「じゃあ、殺島は暴走族神(ゾクガミ)だな」

「悪い、それだけは勘弁してくれ」

「何で、お揃いでカッケエだろう」

「本当に勘弁してくれ」

 

 殺島は無意識に低いドスの利いた声で呟き、花奈は思わず口を紡ぐ。

 暴走族神は聖華天を率いていた自分に対する呼び名だ。そして5万人のメンバーの孤独を癒せなかった愚かな人間であり、今はただ生島花奈の孤独を癒し肯定したいだけの人間だ。決して神ではない。

 

「じゃあ暴走族王(ゾクキング)はどうよ?」

「暴走族王か、それならいい」

「よし、今日から暴走族王だ!」

 

 花奈は満足げに新しいあだ名を呼ぶ。王は神ではなく人間だ、折角花奈がつけてくれたあだ名だ。ありがたく名乗ろう。それに王を名乗ることで神である花奈より下で有ると周知できるだろう。

 それから単車や喧嘩やタバコなどの雑談を交わした後、お互い示し合わせたように立ち上がりバイクに向かう。

 

「じゃあメンバー見つかったら連絡しろよ」

「おう、ところで覇威燕無礼棲って名前だが由来はあるのか」

 

 帰り際に興味本位で聞いたつもりだった。だが花奈にとっては重い話題であり、数回深呼吸をした後重々しく語り始めた。

 

◆生島花奈

 

「アタシは中坊の頃、燕無礼棲(エンプレス)ってチームとつるんでいてさ、まあメンバーじゃなくてバイクの後ろに乗っかってただけだけど。まあクソシャバいチームだった。だがガキだったから良いチームだと勘違いしてた。恥だね恥」

 

 花奈は唾を地面に吐き捨てる。今思えば本当にシャバいチームだった。だがあの当時はカッコよくて自分の孤独を癒せる唯一の場所だった。

 

「それであいつらよりもっと凄いチームって意味で覇威という文字をつけて覇威燕無礼棲」

「なるほど、それでその燕無礼棲はまだあるのか?」

「ねえよ。5人とも同世代で高校を卒業して自然消滅、本当ならアタシの手で潰したかったがシャバいチームに相応しいシャバい終わりだ、好きだったらずっとやり続けろよ!勝手に居なくなるなよ!つばめ!」

 

 花奈は苛立ちをぶつけるように地面を何度も踏みしめ声を荒げる。走るのが好きと言いながら世間体がどうだとか、遊びは終わりだとか、大学行くとか働くから無理だとか言って辞めていった。何より許せないのがつばめだ。

 走るのは楽しいと言い自分を誘っておきながら、結婚してチームを抜けて死んだ。

 何者かに殺されてお腹にいた赤ちゃんまで死んでしまった。自分の子供すら気合い入れて守れないシャバ僧、それが室田つばめだ。

 

「じゃあな」

 

 花奈は不機嫌さを隠さず別れを告げバイクを発進させる。下らない過去を思い出してイライラしてきた。ストレスを解消しないと。花奈はいつも以上に騒音を出し舌打ちを何度もしながら走り続けた。

 

◆殺島飛露鬼

 

若輩(わけ)ぇ~」

 

 好きだったからこそ裏切られて可愛さ余って憎さ百倍といったところか、何とも分かりやすい。言葉通りシャバくてつるんでいた事が恥と言うなら、チーム名に燕無礼棲とはつけない。

 花奈に燕無礼棲での時間は楽しく孤独を癒してくれたはずだ。それは母親を亡くした時に一緒に過ごした聖華天のように、もし聖華天を作っていなければ悲しさと孤独で押しつぶされていただろう。そういった意味では燕無礼棲というチームには感謝しなければならない。

 つばめという人間が一番好きだったのだろう。そして遠くに引っ越したか死んでしまったか。もし死亡してしまったなら墓前で報告していいかもしれない。

 

「さて、何からするか」

 

 暴走族として活動するためにメンバーの単車を資金集めなど色々やらなければならない。

 それをやるのが大人である自分の仕事だ。子供は夢に浸っていればいい。

 殺島は今後の行動プランを考えながら七港湾倉庫を後にした。

 



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第3話 ハイエンプレス・ゴー

出田武琉須(でだ ぶるす)

 

 人はこんなにもあっさりと堕ちるものなのか。出田は校舎裏の壁に背を預けタバコを咥えながら、過去を振り返っていた。

 

 出田の両親は3か月前に死んだ。それまでは至って健康だったが流行りのウイルスか何かで発症してから坂から転げ落ちるように容体が悪化して、1週間後に息を引き取った。

 その1週間はあまりの急展開に気持ちの整理がつかず、まるで現実ではないようだった。だが両親が死体に触れた冷たさが出田を現実に引き戻す。生前は温もりを感じたその体は冷えた鉄のように冷たかった。その瞬間両親の死を理解した。

 その晩はずっと泣いた。両親を失った悲しみ、今後の人生の不安、様々な悲しみや不安が襲い掛かり泣いても泣いても拭いきれなかった。葬式が終わり家に引きこもり始めてから一週間が経ち、重い体を引きずるように学校に向かった。

 出田は幼い頃から相撲をやっていた。元々体格も大きく、高校ニ年の現在では身長は190cmを超え、体重も100kg以上という恵まれた体もあって、相撲の名門校であるS高校に進学した。

 両親も将来は大相撲で関取になれればいいと応援してくれた。両親のために関取になりたい。何より相撲が好きで無心で稽古に打ち込めば両親を失った悲しみを忘れさせてくれる。その日から部活動に勤しんだ。

 1日稽古をサボれば取り戻すのに3日かかる。1週間休んだので取り返すのに約一ヶ月掛かる。出田は遅れを取り戻すために他の部員が心配になるほど稽古を積んだ。そして出田は相撲を失った。

 

 結果的には運が悪かったとしか言いようがなかった。

 イザコザに巻き込まれて、少しだけ力を入れて相手を押してしまい、周りに物が散乱していたせいで相手はバランスを崩して転倒し怪我をして、その相手が権力者の息子で学校側に大きく圧力をかけ、その結果停学と退部処分を下された。

 どれかの要因が1つでも欠けていれば相撲は取れていた。だが結果はもう相撲が取れなくなった。その日から出田の魂は死んだ。

 起きて、学校に行って、帰って、寝ての繰り返しの日々、今が何日なのかすらよく覚えていない。決められた行動をする生きる屍のようだ。だが辛さと退屈さは日に日に増していく。

 出田はタバコに火をつけてむせる。今タバコを吸っているのも繰り返しの日々のなかで、久しぶりに自分で決めた行動だ。別にタバコを吸いたいわけではないがここまで堕ちてしまったなら、不良にでもなってみるかという気まぐれでやっているにすぎない。

 

「よっ…! 調子(チョーシ)どうよ?出田」

 

 すると誰かが声をかけてきた。あれは確か同じ学年の殺島だ、調子がいいわけないだろう。出田は敵意を露わにするが友人に会うように手を上げ軽薄そうな笑みを浮かべながら近づき隣に座る。

 

「それは初心者(トーシロー)が吸わないほうがいい。もっと軽度(ヌル)いやつにしたほうがいいぞ」

「何で分かる?」

「吸い方とか火の付け方とか色々だ」

「お前は素人じゃないのか?」

「おう、かなりの玄人(ベテラン)だぜ」

 

 殺島はポケットから煙草とライターを取り出し吸い始める。その手つきは淀みなく馴れた動作だった。

 

「しかし良い(がたい)だな。身長いくつよ?」

「195」

巨大(でけ)え~。しかも骨太(ふて)え、良い体に生んでくれた両親に感謝(サンキュ)だな」

「ああ」

 

 出田は僅かに微笑む。親のことを思い出されるのは複雑だが、それでも親を褒めてくれたようで嬉しかった。それから暫く雑談をした。といっても殺島が一方的に喋っているだけだったが。

 クラスは違い詳しくは知らなかったが、今まで持っていたイメージとは随分と違っていた。美形で普通な奴、それが殺島に対するイメージだった。

 だが殺島には高校生にはない色気と懐の深さや危うさ等の何かを感じた。それらは出田にとって悪いものではなく、殺島に対して無意識に好感を抱いていた。

 

「ところで出田、暴走族(ゾク)やんねー?」

「暴走族?」

 

 出田は思わぬ単語にオウム返しする。暴走族なんて昔のもので今はとっくに無くなったのではないのか?

 

「聞こえるぜ、悲しい、ツレエ、退屈だって声が、昔のオレだ」

 

  出田は驚きで体をビクっと震わせる。両親が死んで相撲を失って、悲しくて辛くて退屈。まさに今の心境そのものだ。

 

「聞いたぜ父親(おやじさん)母親(おふくろさん)が死んで、相撲部を退部したって?分かるぜその気持ち。オレも中学生(ちゅうぼう)の時に(かあ)ちゃんが死んでさ、悲しくてつらかった。でもバイクで暴走したら悲しさがスカッと晴れたんだよ」

 

 殺島はニカっと笑う。その笑みには不思議な説得力があった。

 

「出島にとっては相撲が一番なのかもしんねえ。でもバイクで暴走するのも中々にたまんねえぜ。相撲を失った穴を全て埋めれらんねえかもしれねえけど、結構埋めてくれるぜ」

「そうなのか?」

「そうそう。一度ぐらい体験(やって)みるもの悪くねえ、それに今なら単車を買ってやるよ」

「わかった。試しに参加してやる。だが入ると決めたわけではないからな」

 

 出田が首を縦に振ると殺島は嬉しそうに肩に手を回して喜ぶ。その笑顔に釣られたのか同じように笑みをこぼしていた。

 お互いの連絡先を交換し集合場所を教えてもらうとその後は放課後まで雑談しながら過ごし、家に帰った。

 

 相撲を辞めた後は暴走族か。出田は思わぬことになったと1人笑みをこぼす。

 殺島は相撲が一番なのかもしれないと肯定してくれた。こういう勧誘は熱が入りすぎるせいか、バイクで走るのが一番で他はダメと言ってしまう傾向があるが、相撲をリスペクトしてくれた。それは出田にとって嬉しかった。

 だがそれだけでは参加しなかった。バイクで走ることに現時点ではそこまで魅力を感じてない。参加したのは殺島が誘ってくれたからだ。

 

───オレと花奈が…いい暴走(ユメ)魅せてやるよ

 

 その言葉が強く心に刻みつけられていた。

 殺島、そして殺島がリーダーと認めた花奈と呼ばれる女性。その二人が見せてくれる夢、それは両親を失い相撲を失った悲しさや辛さや退屈さを晴らしてくれるかもしれない。出田は二人に救いを求めていた。

 

◆殺島飛露鬼 

 

 時刻は23時、普段なら誰も居ない第七港湾倉庫前だがそこには人が4人居た。

 

「アタシが生島花奈こと暴走族女神(ゾクメガミ)だ!よろしく!」

「オレが殺島飛露鬼こと暴走族王(ゾクキング)、よろしく」

 

 花奈と殺島は2人に向かって挨拶する。暴走族王(ゾクキング)というあだ名。自分で名乗ったがまだしっくりこない。まあそのうち馴れるだろう。

 一方2人は突然の名乗りに戸惑っている。いきなりあだ名を名乗られても困るだろう。花奈はそんなことを気にせず嬉しそうに名乗っていた。

 

「でこれが完間翔子(カンマショウコ)。完間だからガンマと呼ぶからな」

「まあいいよ、よろしく」

 

 ガンマは軽く会釈する。花奈からメンバーを1人スカウトしたと聞いていたが面と向かって会うのは初めてだ。

 身長は170cmぐらいでかなりの美人でスタイルも良い、黒髪の長い二つの三つ編みで大人しい感じでとても暴走族に参加しそうなタイプには見えない。だが辛さや退屈さを抱えている者特有の雰囲気があり、参加したのも納得できる。

 

「でオレがスカウトした出田」

「出田武琉須、よろしく」

「よろしくなデルタ!アタシが最高のユメを魅せてやる!」

 

 花奈は満面の笑みを浮かべながら出田の胸を叩く。参加してくれたことがよほど嬉しかったのだろう。しかし出田だからデルタか。出田も言葉の意味を理解したようで特に反論しなかった。

 

「言う通りやったらガンマが参加してくれた。サンキュウな」

 

 花奈は2人に気づかれないような小声で少し恥ずかしそうに言う。

 チームを作るにあたってメンバーが必要だ。殺島の人柄とカリスマがあればそれなりのメンバーが集まるだろう。だがそれでは殺島のチームになり、花奈は肩身が狭くなり自分のチームではなくなる。それでは意味がない。

 聖華天の総長時代や極道時代で培った経験や人との接し方などメンバーを集めるに必要な技術を花奈に伝えた。花奈は孤独な者で人との交流する機会が乏しかったので、メンバーを勧誘できるか不安だったが、早速効果があったようだ。

 

「それであれは持ってきたか!?」

 

 花奈は先程の雰囲気とは一気に変わり目を輝かせて聞いてくる。殺島は無言で頷き持ってきたバッグから物を取り出して投げ渡した。それを受け取ってさらに目を輝かせる。

 特攻服、それは暴走族の正装のようなものだ。前に居たチームでも特攻服を着ていたが、自分で作ったチームの特攻服であれば格別だろう。

 白の特攻服で背中には覇威燕無礼棲と漢字で刺繍されており、他のスペースには『御意見無用』『天上天下唯我独尊』『国士無双』など漢字が刺繍されている。裏地は虎柄の生地が使われている。

 殺島は自分の特攻服を見つめる。聖華天時代と同じ裏地がヒョウ柄で白の特攻服、そして背中には覇威燕無礼棲の刺繍。もう聖華天ではないのだなと改めて実感していた。

 

「ガンマとデルタ、安心しろ、2人の分もあるからな」

 

 殺島はそれぞれに特攻服を渡す。デルタは相撲をイメージして覇威燕無礼棲の文字は相撲で使われている書体にしており、裏地も好きな力士をさり気なく聞き、化粧まわしと同じデザインにしてもらった。

 ガンマは好きな花は水仙という情報を花奈から聞いて裏地を水仙のデザインのイラストを入れた。

 

醜悪(ダセえ)と思ったら作り直すから、どうよ?」

「ハハッ。悪くない」

「いい」

 

 ガンマもデルタもデザインが気に入ったようで、満更でもないと言った表情をしている。4人は特攻服に着替え、一足早く着替え終わった殺島と花奈が今日の打ち合わせをする。

 

「今日はどうする?デルタとガンマのバイクは用意したけど、初心者(トーシロー)だし。オレ達と2人乗り(ニケツ)初心者(ヌル)コースにするか」

「ダメだ。それじゃあ走りの楽しさが味わえない。バイクは走ってなんぼだろ」

「たしかにそうだけどよ」

「アタシが教える。ガンマ!デルタ!こっち来い!」

 

 花奈は2人を呼ぶとバイクの乗り方を教え始めた。

 暴走族が律義に教習所に通うわけがなく、自転車の乗り方を覚えるように勝手に道路を走り覚えた。それでも時間はそれなりに掛かる。だがレクチャーは1時間程度で終わり、2人は普通に乗りこなしていた。

 聖華天のメンバーでもずぶの素人状態からここまで早く乗りこなせるものはいない。それは驚くべき結果だった。

 

驚嘆(ぱね)エなあの2人、あんな才能があるだなんて見抜けなかった。花奈は見抜いてたのか?」

「そうなのか?アタシも素人の状態から2時間ぐらいであれぐらい乗れたし、教える奴がいれば1時間ぐらいで覚えるだろ。まあ先生が優秀だしな」

 

 花奈は自信満々に胸を張る。教える人間が優れていれば習得時間も短縮できるだろう、それでも理屈が合わない。

 

「まあ1人で走っている間こういう日を想像して、素人に教える時の練習してたんだけどな」

 

 花奈は噛みしめるように呟く。その言葉を聞いて殺島はある仮説を立てる。

 

極道技巧(ごくどうスキル)

 

 殺島が居た世界では極道技巧と呼ばれる技術を持つ人間が居た。

 銃を構えた状態の相手より速く抜き打ちできる者、銃弾より速く居合切りができる者、パンチで護送車を吹き飛ばせる者、刀でパトカーを両断できる者、バット一本で人間の首を飛ばし、身体を数10メートル飛ばせる者。

 常識ではあり得ないことだが、極道技巧を持つ者は実行できる。そして殺島も極道技巧の持ち主である。これなら一応は理屈があう。

 

「この歳で極道スキルを習得してるだなんて本当に驚嘆(パネ)エな。」

 

 殺島は思わず呟く。花奈は仲間と出会えず孤独に耐えながら走り続けるなか、もし興味を持ったものがバイクの運転できないからチームに入らないという事態を避けるために、シミュレーションし続けた。それが極道技巧となった。改めて花奈の仲間と走りたいという情念を知ることになった。

 

「極道スキル、何だそりゃ?それにアタシは族であってヤクザじゃねえ」

「別に極道はヤクザだけじゃねえよ、極めた技術を持つ者は全員極道だ。暴走族女神の技巧、名づけるなら極道技巧『女神の神託(カミの教え)』だな」

「女神の神託、中々カッコイイな。暴走族王も何か技巧を持ってるのか?」

「まあな」

「見せてくれよ」

「そのうちな」

 

 殺島の言葉に花奈は不満そうな態度を見せる。このスキルは見せる時はこのまま暴走を続ければいずれ披露することになる。その時に見せればよい。

 

「それより出発(デッパツ)の号令しようぜ、リーダー号令よろしく」

「おう」

 

 花奈はガンマとデルタを呼ぶと小さく咳払いして、息を吸い込む。大声で高らかに誇らしく満面の笑みを浮かべながら叫んだ。

 

 

「暴走族王!ガンマ!デルタ!これがチームの初陣だ!ビッと気合い入れろやァァァァ!!!覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)出発だ!(デッパツ)

 

 

◆ガンマ

 

 完間翔子は色々なことに鈍感だった。喜怒哀楽を感じられず感情も乏しかった。

 何をしても刺激を受けることがなく空虚だった。そんな日々を脱却するために刺激を求め色々な事を試し行きついたのが売春行為だった。

 性行為は刺激が多く金も稼げる。まさに一石二鳥だ。実際今までよりマシ程度の刺激があり、実入りも高校生にとって十分すぎるものだった。

 刺激を求めるなら別の事があったかもしれない。だが売春を選んだ。母親もだらしがない女でいつも家におらず男のところに行き、家に帰ったと思ったら男を連れてきた。カエルの子はカエルか、そう自嘲しながらも売春を行った。それから暫くして売春の帰り道に花奈と出会った

 

「お前昔のアタシみたいな目してんな。辛くて退屈で孤独が辛いって言ってる」

 

 辛い、退屈、孤独

 

 人とは違う感性を持っていて辛い。楽しさや刺激を感じられず退屈、自分の心境を理解してもらえず孤独だ。まさに今の心境だ。それを思い出さないように心の奥底に隠していた。だが目の前の女は即座に見抜いた。

 

「それだったら、暴走族やろうぜ!」

「暴走族って、あのバイクに乗って騒ぐ?」

「その暴走族だ!皆で暴走するのは楽しいぞきっと!これを知らないなんて人生の10割を損してるぞ!たぶん!」

 

 そう言うと女は暴走族の楽しさについて語り始めた。初対面の人間にいきなり好きな事を語り始める無遠慮さと無配慮さ、それに人生を10割損しているというのが頭が悪い。それではそれをしない全ての人間が人生を損しているではないか、そんなものは存在しない。

 さらに10割と言いながら、きっとや多分など実体験ではなく想像で話している。想像なのに何故そんな断言できる?

 そして頭の悪さは語彙にも出ており、スゲエなどヤベーなど小学生みたいだ。相手に興味を惹かせようとする話術が何一つない。ただ自分の気持ちを伝えるだけの子供みたいなプレゼンだ。

 だが何故か興味が惹かれる。自分の気持ちを伝えるだけの拙いプレゼンが鈍感な心を揺れ動かしている。ガンマは動揺を覚えると供に期待感を募らせていた。

 

「いいよ。試しで参加してあげる」

「マジか! サンキュな!アタシと殺島が…いいユメ魅せてやるよ 」

 

 すると女は嬉しさを隠す様子もなく抱き着いた。それが生島花奈との出会いだった。

 

 暴走族4人がN市内を駆け巡る。俱辺ヶ浜を周り北宿、中宿、城南地区と人が多い場所を爆走する。

 法定速度を優に超えるスピードで走り、信号を無視して周囲の車やバイクを急停止させ、歩行者を轢く寸前で躱し恐怖を味合わせ、意図的に大きなエンジン音を轟かせ周囲の喧騒を黙らせる。

 まさにフィクションで見た暴走族だ。それが現実に存在して、さらにその一員をやっているとは数か月前の自分は全く想像していないだろう。

 

 花奈と殺島が先導してガンマとデルタが後を付いて行く。一歩間違えれば事故になるスピードとコース取りだ。バイクに乗ってから1時間の人間が走るルートではない。だが不安も無い。

 花奈の背中はどのように走ればいいか教えてくれるようで、自分の思い通りにバイクが動きルートを辿っていく。素人がこんなに上手く操縦できるなんて、実はバイクを操縦する才能があるのかもしれない。

 

 ガンマは花奈と殺島の後ろに付いて行きながら暴走族について分析する。危険な走りをすることで命を意図的に脅かせ、その際に出る脳内物質による快感、威嚇行為で周囲の人間を慄く様子を見る優越感、この2つの要因が暴走族が楽しいという理由か。

 だがそれらはガンマが試した事だ。今まで命を危険に晒した事も有ったし、暴力で恐怖を与え優越感を感じようとした事もあった。しかしそれらは心を動かさなかった。だが今は心が動き楽しいとすら思っている。理屈が合わない。

 

「オラオラ! 退け退け! 覇威燕無礼棲のお通りだ!」

 

 花奈はエンジン音に負けないような大声をあげながら走る。本当に楽しそうだ。こんなに楽しそうな人間は見たことない。花奈に影響を受けて楽しいと思っているのか?

 並走するデルタを見ると偶然目が合う。デルタも同様の感情を抱いているのがすぐに分かった。

 先頭を走っていた花奈と殺島が突如ブレーキを踏みUターンし道路脇のコンビニに向かって行き、バイクを止めると駐車スペースにたむろしている大学生らしき男性4人に向かって全力で走っていき跳び蹴りをかました。殺島も足裏を押し出すような蹴りで大学生を蹴り飛ばす。突然の凶行に大学生は反応できず瞬く間に倒されていた。

 

「ガンマ! デルタ! やっちまえよ!」

 

 花奈と殺島は男2人を羽交い絞めにしながら指示を出す。

 この男性に暴行を加える理由は何一つない。だが暴走行為で犯罪行為を重ねているせいでタガが外れたのか、今更暴行行為しても些細な事のように思えてきた。

 するとデルタは男の胸に張り手を放ち、羽交い絞めしていた殺島と一緒に吹っ飛んだ。それを見て花奈は大笑いしている。

 ガンマも釣られるように笑うと全力で男の頬にビンタをかました。花奈は痛そ~と他人事のような感想を呟きながら満足げな表情を浮かべ、男を投げ捨てるとバイクに向かって走り出し発進する。殺島とデルタとガンマもバイクに向かって走り出した。

 

◆生島花奈

 

「くぅ~! やっぱり暴走は最高だな!」

 

 花奈達は出発地点の第七港湾倉庫前に戻り、車座に座りながら買ってきた酒やたばこを嗜む。

 大音量でエンジンを吹かし三連ホーンを鳴らし、道交法を無視して人が居ようが居まいが関係なく好き勝手走り、喧嘩する。これが暴走族だ、燕無礼棲みたいなシャバいチームとは違う!

 

「ガンマ! デルタ! どうよ暴走は?」

 

 花奈はガンマの肩に腕を回しながら顔を覗き込むよ。

 

「正直、楽しくないし心が動かされないと思った。でも何か楽しかった。これからよろしく生島、いや暴走族女神」

「おう! よろしくなガンマ!」

 

 花奈は拳を突き出しガンマに拳を合わせるように顎で促し、拳を合わせる。リーダーらしく冷静を装っているが嬉しさを隠しきれていなかった。

 

「デルタはどうよ?」

 

 デルタの方を振り向くと話が振られるのを予想していたのか、気持ちを整理するように息を深く吸い込み喋り始める。

 

「オレも気まぐれ来ただけだった。ルールを無視して人を殴る。昔の俺なら楽しめなかったけど、今日は楽しかった。これなら悲しみと辛さが紛れそうだ。これからも良いユメ魅させてくれよ。暴走族女神、暴走族王」

 

 デルタは両手の拳を突き出す。花奈と殺島は応じるように拳を合わせた。

 

「そういえば何で大学生っぽいのに喧嘩売った?」

 

 デルタが徐に花奈に質問を投げかける。ガンマも疑問に思っていたようで花奈の方を振り向くように姿勢を変え答えを待つ。

 

「ああ、あの野郎たちがアタシ達を見て笑ったから」

 

 あれは明らかに自分達をバカにして笑っていた。笑われるとは舐められるということだ。舐められたらシメるのが暴走族だ。それに笑われたのを見られたらさらに舐められる。シメる以外選択肢は無い。

 だがガンマとデルタは今一つ理解していないようだ。まあ、暴走族初心者には分からないかもしれない。次第に分かるだろう。

 

「殺島……じゃなくて暴走族王も見えていたの?」

「まあな、舐められた、ムカつく、ヤキ入れる。これが暴走族だ。暴走族女神はすぐに気づいたのは流石だ」

 

 殺島は空を仰ぎながらタバコの煙を吐く。同じ考えなのもそうだが、褒められたのは少しだけ嬉しい。

 しばらく駄弁った後は自然と流れ解散になり、花奈と殺島がガンマとデルタを後ろに乗せて近くまで運ぶ。デルタやガンマはバイクを乗り始めてから1日目の素人だ。さすがに自分や殺島ならともかく飲酒運転はまだ危ない。2人を送ると花奈と殺島は並走しながら帰路に向かう。

 

「ガンマとデルタが入ってよかったな」

「当然だろ! 暴走は楽しいんだから入るに決まっている!」

 

 花奈は大声で胸を張って答える。今の言葉は虚勢だった。本当は入ってくれるかどうか不安で仕方がなく、思わず本音をこぼしそうになったがグッと堪える。

 殺島は信頼できる仲間であり、弱音を吐ける数少ない相手だ。だが暴走族は見栄を張る生き物だ。ここで弱気を見せるなんてダサい真似はできない。

 

「じゃあな」

「おう」

 

 分かれ道で花奈と殺島は左右に分かれて走り出す。花奈は殺島が視界から消えたのを確認し大声で叫ぶ。

 

「楽しかった~! 暴走最高!」

 

 誰も居ない道路に花奈の声が木霊する。ずっと想像していた皆での暴走、その楽しさは想像より遥かに楽しかった。

 同じ考えのものが集まって行動するのがこんなに楽しいだなんて、これこそが長年求めてものだ。もっともっと仲間を集めて暴走する。そうすれば楽しみは何倍にもなるはずだ。今日の暴走の幸福感を何度も思い出しながら家路に向かった。

 

◆殺島飛露鬼

 

明瞭(もろバレ)だな」

 

 殺島は花奈の様子を思い出しながら笑みをこぼす。デルタとガンマがチームに入ってくれるか不安だった。それでもリーダーとしての見栄で強気な姿を見せていた。暴走族という人種を知り尽くしている殺島にとって花奈の心境を理解するのは容易いことだった。それぬきにしても花奈の感情を分かりやすかった。

 ガンマとデルタがチームに入るかどうか、それは殺島にとってもどちらに転ぶかは分からなかった。だが結果的に2人は入ってくれた。

 この結果は花奈の力が大きかった。花奈は人の心を惹きつけるカリスマのようなものがある。純粋に暴走を楽しむ姿が2人を魅了し入団を後押しした。自分ではこうはならなかったかもしれない。

 4人だけの規模の小ささ、精神年齢は39歳、正直に言えば心の底からは暴走は楽しめないと思っていた。だが今日の暴走で黄金時代の高揚感と楽しさを感じていた。きっと花奈のおかげだろう。

 花奈、殺島、ガンマ、デルタ。奇しくも聖華天の創設メンバーと同じ人数だ。今日の暴走は初めての暴走を思い出せた。

 聖華天は構成員10万人の組織になった。今の時代の流れを考えればそこまでの人数は集まらないだろう。

 だが花奈というカリスマが居ればそれなりの人数が集まるかもしれない。大人数での暴走、抗争相手や警察達との激突。黄金時代を思い出し殺島は年甲斐もなく高揚感を覚えていた。

 

◆◆◆

 

「ねえねえ、昨日暴走族が出たらしいよ」

 

バスの中で3人の女子中学生のうち1人が思い出したように喋り始める。

 

「暴走族ってブンブンブブン!って数字言うやつ」

「懐かしい~。ってそれはバラエティのやつ。あんな感じの格好してパラリラパラリラーって音鳴らしながらバイクで走るんだよ」

「それの何が楽しいの?」

「わからん。でも昔はやばかったって親が言ってた。ここも治安悪くなったな~魔法少女がいれば安心なんだけど」

「スミはまだそんなこと言ってんの。例のまとめサイトでも少なくなってるんでしょ」

「魔法少女は居るって、ねえ小雪」

「魔法少女は……いるよ」

 

 小雪と呼ばれたショートカットの少女は若干重苦しさをはらんだ声で答える。2人はいつもと違う様子に首をかしげる。答えは同じなのだが声色や表情は浮ついたというか夢見る少女という感じなのだが、今の様子は少し悲痛さすらある。一方小雪は2人の心配をよそに真剣な顔で車窓の景色を見つめる。

 するとバスが急停止し小雪は吊革に捕まっていたが左に体勢を崩し倒し、隣に居た乗客に当ってしまう。

 

「すみません」

 

 小雪は茶髪でそばかすの女性に謝罪し、女性は気にしないでと軽く会釈した。

 



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第4話 覚悟を決めなきゃ

◆生島花奈

 

 花奈はコンビニ前の店先でヤンキー座りでタバコを吹かしながら、行きかう人、正確に言えば中学生や高校生らしき人物の品定めをする。

 満たされたい奴、何か楽しい事をしたいと思っている奴、かつての自分のような不満を持っている奴は目を見れば分かる。そういった者をチームに誘おうと目を凝らしているが一向に現れない。そもそも中学生や高校生が全く通らない。何故だろうと考えて数秒後に己のミスに気付く。

 今日は学校に来たものも過ごす気分ではなく、何となく昼過ぎに自主早退を決め込んだのだった。普通の奴はこの時間は学校に居るので見かけるはずがない。

 それからしばらくは行きかう人に目を配り、奇異の目で見てくる通行人にガンを飛ばしながらタバコを限界ギリギリまで吸いつくす。

 タバコを吸いつくしたしどこか別の場所に向かおうと自分のバイクに乗ろうとするが、徐に立ち止まると放置しようとした空き缶を拾い上げ歩き始める。そして20メートルぐらい離れた地点からゴミ箱に向かって投げ込んだ。空き缶は放物線を描きゴミ箱の円形スペースに直接入った。

 花奈は小さくガッツポーズをする。今まで何回かやった記憶が有るが直接ゴミ箱に入ったことは一度も無い。やはり今は調子が良い。順調さはこういうところにも現れるのか1人納得していた。

 

 暴走族覇威燕無礼棲の初暴走の後、その暴走に何かしらの刺激を受けたのかチームに入りたいと言う者が現れた。根暗そうな奴、オラついている奴、パリピっぽい奴、学校に居ても絡まなそうな奴ら、だが全員が満たされたい何か楽しい事をしたいと思っている目をしていた。それが暴走に引き攣られて集まってきた。それは花奈にとって大きな自信になった。

暴走は魅力的でこういう奴らを惹きつける。暴走は最高だ。

 それから定期的に暴走を繰り返し、学校でも適性が有りそうな奴に暴走の魅力を伝えチームに入らないかと誘うと何人かがお試しと暴走に参加し、チームに入った。

 今となってチームのメンバーは30人、ネットで調べると暴走族は絶滅危惧種であり、全盛期の10分の1程度に減少し、30人でもそれなりの規模らしい。結成1ヵ月と考えれば順調といえる。

 だが花奈は満足していなかった。もっと暴走の魅力を伝えて仲間を増やす。遠征して他のチームを統合する。

 北陸制覇、東日本制覇、全国制覇、そしてかつての暴走族の黄金時代を取り戻す。今後の展望と達成した後に訪れる未来を想像し笑みを浮かべる。

 

「よっ、恍惚(うれしそ)うだな花奈」

 

 背後から声が聞こえ振り向き呆れと諦めの意味を含んだため息をつく。

 

「ヤジか、本当相変わらずだな」

 

殺島は制服姿でいつも通りの笑みを浮かべながら手を上げながら声をかけてきた。そして右手には大学生ぐらいの女、左手にはOLの女が抱き着いている。その目は明らかに魅了されている女の顔だった。

 

(わり)イ、お姉さん達、ここでお別れっす」

「え~、もっと遊ぼうよ~」

「また今度ってことで」

 

 殺島はそう言いながら大学生ぐらいの女にキスをした。突然の行動に周囲の通行人も思わず足を止めて凝視する。その視線を全く気にせずそれを羨ましそうに見ているOL風の女にもキスをして、一言二言交わすとこちらに近づいてきた。

 

「あの女達とは?」

「ああ、学校逃走(フケ)てブラついてたら、出会って遊んでいた」

「しかしナンパしてキスするってスゲエな」

「キスなんてただの愛撫(スキンシップ)だろ、舌も入れてねェし」

「舌入れてねえからスキンシップって、お前倫理観ぶっ壊れすぎだろ」

純情(ウブ)い~。何ならしてやろうか接吻(スキンシップ)?」

「ざっけんな」

 

 殺島が顎を手に添えてクイっとしてきたので、手で払いのけた。

 殺島を見かけると常に女を侍らしている。中学生、高校生、大学生、OL、主婦、年齢の幅はかなり広い。中には親子を侍らしているのを見た事があり、その時はそれはいいのかと思うと同時にこの親子の父親は可哀そうだなとすらと憐れんだ。

 確かに殺島のルックスは良い。それに同年代、いやそれどころか世の中の男には感じられない色気と危うさが有るのは女として認める。だがこれほどまでにモテるのかと疑問に思う。

 こんなにモテる殺島だから、かなりの女とヤッていると思ったが意外な事にしておらず、キスだけでしかも舌も入れないらしい。あくまでも自己申告で確証はないが。

 ガンマ曰くこの年代の男なんてサルみたいにヤリたいらしく、以前寝た高校生にちょっと吹っ掛けたら貯金を全部下ろし、足りないときは親の金を盗み取っていたらしい。

 

 それほどまでにヤリたい年頃なのに、キスだけですましているなんて不思議だ。

 

「それで今日は暴走(はし)るのか?」

「当たり前だろ。そろそろ遠征するか、他のチームみてえし、気合入った奴らならケンカしてチームに加えてえ」

「おう、確かNG市にチームが有るらしい。そこに行くってことで準備しておく」

「よろしくな」

「そろそろ気引き締めていけよ花奈、警察(イヌ)が気合い入れてくるぞ」

「いや問題ねえだろ。警察なんてシャバい奴らばっかだし」

 

 花奈は殺島のシリアスな声色で話す言葉を笑い飛ばす。暴走している時に警察が捕まえに来た時があった。だが簡単に捲けたし、ちょっと威嚇したらすぐに逃げる根性無しばっかりだった。全く怖がることもない。

 

「そんなことを気にするだけ無駄無駄。そんなこと考えるより今日の暴走を楽しむことを考えようぜ。じゃあな」

 

 話は終わりとばかりに話を切り上げ、バイクに乗り出発し殺島から離れていった。

 

 

◆殺島飛露鬼

 

──警察

 

 

 はっきり言えば雑魚である。まるで恐れることがない有象無象、極道時代は活動を押さえつけられていたがそれは忍者によって抑えつけられていただけであり、警察の力ではない。暴走族時代でも機動隊すら歯が立たず、警官やパトカーの屍の山を築き上げた。

 だがそれは前の世界の話だ。

 聖華天の人数は最終的には10万人だ。警察を蹴散らせたのもこの圧倒的な数の暴力によるものだ。30人など10万人に比べれば象と蟻ほどの違いがある。

 それに質も劣る。覇威燕無礼棲のメンバーの戦闘力は聖華天のメンバーと比べればハッキリと落ちる。仮に30人でも極道技巧を持っているアルファ、シグマ、オメガ、そして殺島が居れば30人でも警察を蹴散らす自信はある。

 だがハイエンプレスで極道技巧を持っている人間は殺島と花奈以外居ない。そして花奈の極道技巧は戦いには使えない。

 現時点で警察は充分に脅威である。それ故に殺島は警察を警戒し出来る限り遭遇しないように気を付けていた。だがこれだけ暴走をしたら注目され捕まえに来るだろう。

 聖華天と同等の戦闘力を得て警察に見つからないようにする方法は考えてある。だが実行に移すのは花奈次第だ。

 花奈がどれだけの覚悟でどれだけの熱意で、そして人様踏みにじる迷惑な手段でしか幸福を感じられない孤独な者かによって決まってくる。

 そして気になることはもう1つ有る。それはヤクザの存在だ、前の世界での暴走族、聖華天が全国の暴走族を統一する前はヤクザの下部組織化しており、ケツ持ち料などの支払いを強要され、クスリの売人などをさせられていた。

 規模が大きくなればそれに目を付け勧誘や傘下に入ることを強制してくるかもしれない。

花奈がやりたいのは暴走であり悪事ではない。暴走の結果悪事をすることがあってもヤクザがするような悪事をしたいわけではない。何としてもそれは防がなければならない。

 それを防ぐ為には金と力だ。力がなければヤクザに屈し、金がなければ金を稼ごうとクスリの売人に手を出す。力の方はヤクザがちょっかい出さないようにする手段は考えてある。   

 金の方は親の保険金や遊んだ女達のプレゼントを売り飛ばして、入ったメンバーのバイク購入費にあてているが、人数が増えれば底をつく。これも手段は考えてある。

 

 花奈のことや今後の覇威燕無礼棲の運営について考えていると30代ぐらいの主婦がこちらを見つめている。殺島は主婦に近づき声をかける。

 

「こんちはご婦人(マダム)オレと逢瀬(デート)しません?」

 

 主婦は目をトロンとさせながら頷いた。

 

 

◆生島花奈

 

「よし!覇威燕無礼棲!出発(デッパツ)だ!」

「おう!」

 

 30人分の返事が夜空に響く。みんな良い顔をしており気合いが充実している証拠だ。新人も最初は頼りない顔をしていたが、今ではギラギラと目を輝かせ暴走の魅力に憑りつかれた目をしている。この暴走を楽しむ心が他のメンバーに伝播し増幅する。まさに理想的な状態だ。

 

「デルタ!今日は他のチームに乗り込むからな!喧嘩になったら任せたぞ!」

「任せとけ!」

 

 花奈の声にデルタは力こぶを見せてアピールする。その巨体と相撲で鍛えた体を持つデルタはチームで喧嘩最強だ。

 

「ガンマ!お前はそれなりでいいや」

「ワタシにはこれがある」

 

 ガンマは特攻服の裾を捲し上げると腕にはチェーンが巻かれており、それを器用に取り外し手に持つと振るった。

 

「おお!スゲエな。どこに手に入れた」

「自転車をバラシて作った。先端にナイフをつければさらに殺傷力が上がる」

 

 花奈も喧嘩をするときは素手でやり、武器を使うとしても周りに有るものを即興で使うだけで、武器を携帯するという発想は無かった。

 ガンマは今まで喧嘩をしてこなかった。その分武器で補おうと考え、他のメンバーが持っている鉄パイプや釘バットを持ってくると思っていたが、こんな武器を作ってくるとは。その発想とそして時折見せる躊躇の無さは目を見張るものがある。

 心臓の鼓動がいつもより脈打つ、ワクワクしている。チーム同士の抗争は暴走族の華の1つだ。チーム同士の喧嘩、メンバーを決めてのタイマン決着、昔漫画で見た不良漫画のワンシーンが思い浮かぶ。願わくば気合入ったチームと喧嘩したい。

 

「目的地はNG市だけど、行ってどうする?」

「市内を暴走だな。そしたら突っかかってくるだろう」

 

 ガンマの質問に答える。縄張りを荒らせばシマを荒らすなと自然に地元のチームが撃退しにくる。来なければ走るだけの燕無礼棲みたいなシャバいチームということだ。傘下に入れる価値も無い。

 チームはN市の上道と呼ばれる国道を通ってNG市に向かう。ふと殺島に言われたことが頭に過り、周りを見渡す。警察が来ても怖くは無いが、会わないこと越したことはない。

 

警察(イヌ)が来たぞ!」

 

 突如後ろから大声が聞こえてくる!この声は殿を任せていた殺島の声だ。後ろを振り向くと白いバイクに白いヘルメットに青い服、白バイだ。しかも数が10台、今まで最多の人数だ。殺島は蛇行しながら白バイを食い止めるが、数が多いだけに何台からすり抜けられてしまう。

 暴走が中止になるのは癪だが仕方がない。花奈はいつも通りメンバーに逃走の指示を出す。だがいつも通りにはいかなかった。

 白バイは逃走の動きを読み強引に進路をカットして停止、あるいは転倒させ動きを止める。奴らはバイクのプロだ。バイクに乗り始めたメンバーとはレベルが違う。こんな荒っぽい運転をしても怪我をさせない自信があるのだろう。それでも相当強引なやり方で一歩間違えれば大怪我を負わせて世間から批判を向けられるだろう。これが殺島の言っていた気合いを入れていくということか!

 白バイ達はメンバー達を逮捕しにかかり、メンバー達も反抗し抗争用に持っていたバットを使うが組み敷かれ次々に拘束されていく。残っているのはデルタ、殺島、ガンマだ

 デルタは白バイに数人に囲まれながらも抵抗している。殺島はバイクに乗りながら必死に逃げ回っている。ガンマは特製の武器を振り回し、それに警戒した白バイは躊躇している

 

「ギャア~!!」

「痛てえよ!クソポリ!」

 

 メンバー達は叫び声をあげ暴れまわる。それが気に入らないのか警察は一発殴りつけた。

 

「何してんだテメエ!!!」

 

 花奈は逃げていたがUターンを決め激昂し目を血走らせながら引き返す。あのクソポリはメンバーを! 仲間を傷つけた! 許さない! 殺す! 殺す!バイクを乗り捨てると近くに居た白バイに向かって行く。

 花奈は強い。その躊躇の無さとケンカのセンスを持っており、ハイエンプレスでも女性ながらデルタ、殺島に続き3番目に喧嘩が強かった。だがそれはあくまでも不良のなか、一般人レベルで強いという話だった。

 金的への蹴りをあっさり防がれ拘束される。相手は市民の平和と安全を悪から守る為に日々鍛錬を積んでいる。人々を暴力から守る力を持つ一種の暴力のプロだ。勝てる道理がない。

 

「離せ! 離せ! クソが!」

 

 花奈もメンバーと同じように叫び声をあげ暴れまわる。視界には拘束されるデルタとガンマの姿が映る。屈辱と悔しさで目には涙が浮かんでいた。すると白バイの拘束が緩むと同時に誰かが体を抱え上げる。

 

「逃げるぞ花奈!」

 

 殺島は有無を言わさず抱え上げバイクを発進させる。それをさせないと白バイ達は立ちはだかるが巧みな操縦で掻い潜る。

 

「離せ! 離せヤジ!」

 

 花奈は暴走している時は暴走族王と呼ぶという自分で課した決まりを忘れ殺島の名前を呼び暴れる。メンバー達がどんどん遠のいていく。デルタが、ガンマが、メンバー達が捕まる。助けなないと。だが殺島の掴む力は信じられないほど強く、拘束を解くことができなかった。

 

◇◇◇

 

「ヤジ! テメエ! 何してんだよ!」

 

 バイクを走らせてから暫くして花奈達は廃棄されたボロ小屋の中に入り身をひそめる。花奈は小屋に入るや直ぐに殺島の襟首を掴んで壁に押し付け全力で殴った。

 

「何逃げてんだよ! 2人で皆を助けるんだろうがよ!」

冷静(クール)になれよ」

 

 殺島はいつものような笑みを浮かべる。いつもなら好意を抱く笑みだが、この場においては花奈の怒りを注ぐだけにすぎず、もう一発全力で殴った

 

「黙れ腰抜け!」

「あの状態で俺達2人で警察(イヌ)達相手に戦ってメンバーを救うことは不可能だ。全員共倒れになる。なら1人でも逃げる道を選ぶのが合理的だろう」

 

 殺島の言葉に花奈の振り上げた手は止まり俯く。

 分かっている。あの状態では警察には勝てなかった。もしあの場で殺島が1人逃走しても文句は絶対に言わなかった。1人でも多く逃げるのが最善、殺島の判断は正しい。殺島を殴ったのは完全に八つ当たりだ。

 

「アタシ達が何したっていうんだよ! ただ暴走しているだけなのにポリ共は捕まえに来やがる!」

 

 花奈は涙を流しながら思いのたけを叫ぶ。

 ちょっと喧嘩して暴走してそのついでで騒音でパンピーを病院送りにしたり、勝手に事故ったりしているだけだろう! それの何が悪い! 好きな事をして何が悪い! それなのに警察は邪魔してくる!

 

「花奈、どんなことをしても暴走(はし)りてえか?」

 

 殺島が肩に手を置き優しく語り掛ける。それはうっすらと残る父親の姿を思い浮かび上げさせた。そして自分の決意を見極めようとする厳しさもあった。

 

「当たり前だろ!」

「分かった。この暴走族王(ゾクキング)暴走族女神(ゾクメガミ)に力を献上してやる」

 

 殺島は花奈の言葉を聞くと覚悟を決めたように頷いた。

 

◆殺島飛露鬼

 

「これを使う日が来るか」

 

殺島はベッドに寝転がりながら、指に摘まんでいる3枚の黒い紙切れを見つめながら独り言を呟く。

 

──地獄の回数券(ヘルズクーポン)

 

 1切れでネズミがクマを殺す力を得る麻薬。何故か知らないが気づけば3枚だけ存在していた。

 その1枚を使用して考えていた計画を実行する。それは広域指定暴力団の1つ宝島会への襲撃である。

 宝島会を襲撃し金を強請り武器を調達する。これでハイエンプレスの運営資金を調達し、警察に対抗できる武器を獲得する。一石二鳥だ。

 殺島はあの状態ではメンバーを救う事は無理だと言った。だがもしリボルバーが一丁でもあれば、極道技巧(ごくどうスキル)狂弾舞踏会(ピストルディスコ)』によって全員射殺できただろう。

 

「こっちでは(ヌル)くやろうと思ったが花奈があそこまでの覚悟ならしょうがねえ。こっちも覚悟を決めるか」

 

 花奈は暴走しただけで悪い事はしていないと言った。その倫理観では全く悪いと思っていないのだろう。

 だが現実には騒音で人々を不眠症にして、信号無視などの違法な走行で事故を誘発させている。世間にとっては十分な悪事である。

 殺島も世間的には悪い事と分かっていながらも自分の価値観では悪いとは全く思っていない。だからこそ前の世界における首都の大動脈である帝都高速道路を逆走し火の海に沈め、何万人もの死傷者を出すという大惨事を引き起こした。

 一般人が目を覆いたくなるような悪事でも全く悪事と思わない孤独な者、それが暴走族や極道であり殺島である。

 そして花奈も着実に思考が極道寄りになっている。今後はますます殺島と同じように染まっていくだろう。

 花奈はこれからも人様を踏みにじる迷惑な手段で幸福感を得て、メンバーに幸福感を分け与えるだろう。そしてその道を選んだなら全力で支えて支援する。

 

「それにメンバー(かぞく)がやられて、暴走(ユメ)を邪魔されるのは激怒(オコ)だぜ」

 

 殺島はヘルズクーポンを強く握りしめる。

 最初は覇威燕無礼棲にそこまで深入りするつもりはなかった。だが僅か1ヵ月だがメンバーと暴走して覇威燕無礼棲というチームとメンバーに愛着が湧いていた。

 あの時は花奈を優先させたが、メンバーが拘束される姿は見ていて辛く、怒りではらわたが煮えくり返りそうだった。覇威燕無礼棲は聖華天と同じもう一つの家族だ。精神年齢39歳であれば父親としての立場だろう。

 子供達の身を守り夢を叶えさせる。それが父親だ。

 



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第5話 ヘルズクーポン・モンスター

ご無沙汰しております。
ある程度書き溜めたので投稿を再開します


◆殺島飛露鬼

 

 日は完全に落ちその代わりにネオンの光が辺りを照らし、サラリーマンやホストや大学生などが通りを歩き活気に満ちている。

 城南地区はN市最大の歓楽街である。確かに賑わっているが所詮は田舎の歓楽街だ。規模も小さく東京の歓楽街のように洗練された感じはない、荒っぽく猥雑でどことなく90年代の歌舞伎町を思い出す。

 だがその一昔前の空気は懐かしく、長沢組での新人時代に抗争に駆り出された記憶を思い出す。聖華天時代でも他のチームや警察と散々戦ったがそれでも危ない場面は何度もあった。

 そうだ抗争だ。今からN県最大の広域指定暴力団の宝島会に乗り込む。しかもたった一人で素手だ。普通に考えたら自殺行為の何物でもない、だが今手元にはヘルズクーポンがある。これさえあればヤクザを襲撃するなど子供の使いだ。

 ヘルズクーポンを使わずとも万全な武装して挑めば出来なくも無いが、死ぬ可能性のほうが大きい。まだ死にたくはないので3枚のうちの1つを使わせてもらう。それにこっちを使った方がその後の強請りがしやすくなる。

 殺島はコートを翻しながら歓楽街の奥に進んでいくとキャバクラやスナックやホスト店が立ち並び、通りを歩く年齢層も大学生や学生などの若年層はいなくなり年齢層があがっていく。

 その中で高校生の殺島は目立っていた。だが全く人目を気にすることなく歩き、その堂々な姿と滲み出る高校生離れした雰囲気は歓楽街に溶け込み、誰も気に留めることはなかった。

 殺島は突如歩みを止めて見上げ視線の先には廃ビルがある。窓にはテナント募集中の入り紙が張ってある。一見売り出された雑居ビルに見えるが、20年間極道として培った感覚がここに宝島会の事務所が有るのを見破っていた。

 

「さて、襲撃(カチコミ)かけるか」

 ヘルズクーポンを舌の上に乗せる。すると目の辺りの血管が一気に浮き出て、体中に力が漲り気分が高揚する。その高揚感に心地よさを覚えながら扉から堂々と侵入する。そこには明らかに堅気ではない人間が4人ほどいた。

 

「何だガキ! 死にたくなきゃさっさと……ウギャーッ!」

 

 殺島は肩を掴んできたヤクザの腕を文字通り握りつぶした。握りつぶされた手はボトリと床に落ち、手を失った腕から噴水のように血が噴き出す。そして即座に首元に手刀を叩き込みヤクザは叫び声を止め絶命した。

 一瞬の出来事に残りのヤクザ達の脳は処理許容量を超えているのかフリーズしている。その隙に即座に近寄りヤクザ2人を殺害し、残りの1人の首を掴み吊るし上げる。

 

「よう、親分(くみちょう)はいるか?」

「最上階に……」

 

 答えた瞬間首をへし折り死体の懐を弄る。中には短刀の他にトカレフを忍び込ませていた。見るからに末端の構成員でも銃を持っているとは思った以上に大きい組織なのかもしれない。個人的にはリボルバーのほうが好きなのだが仕方ない。

 殺島は短刀とトカレフを取り、他の3人の懐も漁り短刀とトカレフを取って懐に仕舞った。

 

「銃を使えば児戯(ヌルゲー)なんだけどな、まあ宣伝(プレゼン)の為には仕方ねえ」

 

 殺島は手に着いた血を振り払って階段を上った。

 

◆坂田末吉

 

 坂田末吉は宝島会の構成員である。だがそれ以前は宝島会が台頭する前にN市を支配していた鉄輪会の構成員だった。

 元々新興勢力である宝島会が縄張りを狙っていたが何とか侵攻を防いでいた。だがある日を境に侵攻され、あっという間に乗っ取られた。

 鉄輪会には1人の用心棒が居た。ビキニにミニスカートの痴女みたいな恰好をした金髪のロングヘアーの女、そのプロポーションとルックスはそこらへんの芸能人がゴミに見えるようなマブい女で、もし寝られるなら死んでも構わないと思わせるほど魅力的だった。

 その女は容姿だけはなかった。一度だけ戦っているところを見たことある。あり得ない動きで抗争しているヤクザの組員を肉塊にしていく。それは今まで培ってきた常識を粉々に粉砕した。その女によって鉄輪会は守られていたといってもいい。

 そして鉄輪会崩壊の原因もその女が原因だった。ある日を境に武器の入手を強要してきた。ドラグノフ、トカレフ、AK、KSVアンチマテリアルライフル。他にも様々な武器を欲しがった。それを買えば組の財政は一気に傾き、宝島会の侵攻の切っ掛けを作ることは分かっていた。だが断ると言う選択肢は存在しなかった。

 

 断れば確実に殺される。あの女がその気になれば鉄輪会を皆殺しにするなど造作もないことは分かっていた。たとえ財政は傾いてもあの女に迎撃してもらえばいい。そう考えて武器を買い与えた。だが女はいつぞや中宿であったテロ事件以降ぱったりと姿を現さなくなった。その後は吸収合併され、若頭だったが平構成員に降格させられた。

 

「何だあの化け物は!ありえねえ!グワーッ!」

「クソ!マシンガン持ってこい!ギャアーッ!」

「そんなもんねえよ!助けてくれ母ちゃん!」

 

 今目の前に映る光景はかつて用心棒の女が見せたものと同じだった。未成年のガキが人間ではあり得ない動きで銃弾避け、ドス一本で体を引き裂き首を切り飛ばし血の海を作り上げる。武器は銃とドスの違いはあるにせよ。その圧倒的戦闘力は同じだった。

 

親分(くみちょう)に伝えろ! 今すぐここに来い!でねえと宝島会構成員全殺しだ!」

 

 ガキは血で体を真っ赤に染めながら叫ぶ。このガキは本気だ。組長が来なければ本気で潰す気だし、潰す力もある。生き残りの構成員もそれを感じ取っており、若頭が急いで組長に報告しに行った。

 それから何秒経ったか、分からない。その間生き残りたちは恐怖のあまり逃げることすらできず、まるで檻の中で虎と一緒に居るような気分だった。それから暫くして組長と若頭が降りてきた。

 

「別の場所でお話したいんで、送迎(エスコート)お願いします」

「ついてこい」

 

 ガキの発言に組長と若頭は頷き階段を下がっていき、ガキもその後を付いて行く。

助かったのか?生き残りたちは極度の緊張感からの解放と必死といえる状況から生還した安堵で、その場に崩れ落ちた。

 

◆殺島飛露鬼

 

「ワガママ聞いてくれて有難(あざ)っす」

 

 殺島はソファーに座り込み組長に礼を述べる。虎の毛皮の絨毯、紛い物ではない本物の高級品だ、黒檀の机に黒革のソファー、これも高級品だ。それなりの規模のヤクザの組長だけあってそれなりに金を持っている。

 

「お前何者だ?」

 

 組長は肘で台形を作りながら静かな口調で尋ねる。だが視線は一般人が見れば恐怖で失禁するほどの殺気が籠っている。組長の隣に立つ若頭も負けず劣らず視線に殺気が籠っている。

 

「一応高校生(コーボー)っス」

 

 殺島はその殺気を意に介することなく平然と答える。極道時代でも本部長として同等の殺気は数えきれないぐらい浴びてきた。

 

「色々聞きてえが、とりあえず何であんなことした?」

「そりゃあ、強請(おねだ)り前の下準備ですよ」

 

 殺島は当たり前の事を聞くなと言わんばかりに答えて、タバコを吸う。若頭は一瞬懐に手を入れかけるが動きを止め、1つ深呼吸する。自分たちの武力を示して交渉を有利に持っていく、ヤクザの常套手段だ。

 

「それで何が欲しい?」

「まずはとりあえず2つ、拳銃(リボルバー)とか日本刀(ぽんとう)とかの武器の調達、現金(ゲンナマ)あとは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)っていう族のメンバーを組に勧誘するとかヤクザの世界に関わらせない、この2つお願いします」

 

 組長は顎に手を当て思考している。族への不干渉は可能だが、武器の調達や現金の提供については首を縦に振りたくはないだろう。ヤクザが恐喝(ガジ)られるというのも屈辱だが、問題なのは財政にどれだけ影響が与えられるかだ、要求によっては財政が相当傾く。だが断れば暴力によって潰される。選択肢は1つしかない。

 

「組長さんの悩み分かるぜ~。ただオレとしては何もせずに貰うつもりはない、稼業(シノギ)の提案をさせてもらう」

 

 殺島は組長の思考を読むようにやさしげな声で語り掛け、組長たちは思わぬ提案に警戒心を募らせる

 

「とりあえず、そっちの組員(しゃてい)何人か貸してくれねえか、あとは麻薬(クスリ)を何割か」

「何するつもりなんだ?」

「だから稼業(シノギ)ですよ。上納金をたんまり献上します。それに麻薬(クスリ)を上手く捌けなくて困ってんだろ。それも捌いてやる」

 

 組長と若頭の肩が僅かに動く。恐らく図星だろう、麻薬は売れればいい稼ぎになるが捌くのが難しい。

 

「組員は貸してやる。ただ麻薬はダメだ。そんな重要な物の売買を外部のガキに任せられるか」

「まあ当然の判断だ。とりあえず稼いでから色々と嘆願(おねがい)しますよ。とりあえずメモに書いてあるもの用意よろしく」

 

 殺島は懐から紙きれを取り出すとテーブルの上に置いて離席する。その様子を組長と若頭は黙って見送った。

 

◆◆◆

 

「ふ~、とりあえずは何とかなりそうだ」

 

 殺島は浴槽に漬かりながら呟く。警察に対抗するためには武器や情報が必要になる。他の者の武器は金属バットなどでも充分だが、己の極道技巧を生かす為には拳銃が必要不可欠であり、入手できるのは裏社会の極道である。

情報だが前世に所属していた組では警察内部に密偵を送り込むなど、敵対しているからこそ警察について詳しいという側面もあり、宝島組もそれ相応に詳しいと踏んでいた。警察の情報も警察関係者の妻や娘を篭絡し入手するという手もあるが、こっちのほうが手っ取り早い。

 そのために必要だったのが飴と鞭、暴力と金である。ヘルズクーポンを使い圧倒的な暴力を見せる。本来なら銃を使えば極道技巧でもっと楽に殲滅できたが今回は敢えて馴れていない短刀を使って戦った。

 銃は強力な武器だ。これなら単独で組を襲撃しても何とかできる可能性はある。だが短刀で銃を持ったヤクザを殲滅するのは化け物か忍者でなければ無理だ。短刀を使うことでより自身を強力な存在であると植え付けさせる。

 だが暴力というデメリットだけでは反抗される可能性がある。圧倒的な武力があれば問題ないがヘルズクーポンは残り2枚しかなく、素の状態では何十人の極道は殺せない。だがメリットさえあれば相手は従う。それが金である。

 

キムラマニュアル

 

 極道の収入を爆発的に上げた伝説的なメゾットである。このマニュアルによっていくつもの組の経営危機を脱しさせた。かく言う殺島も前世では組の本部長であり、キムラマニュアルに基づいて活動し内容も頭に叩き込んである。

 マニュアルに記されているのは詐欺全般に投資や密輸のやり方など犯罪行為による金の儲け方、特に振り込め詐欺のやり方はサルでもわかると評されるほど簡単にかみ砕いた内容になっており、どんな低能なヤクザでも出来る。何より効率の良い麻薬の流通の仕方も記されている。

 前世での一昔前はクラブやディスコで売買するというのが主だった方法だが、風俗営業法により取り締まりが厳しくなりできなくなった。

 そこでSNSや匿名性が高い通信アプリを使用して、売人がフードデリバリーや宅配便を装って公園や自宅に麻薬を届けるという仕組みである。これによって警察は迂闊に職質できず、かつ気軽に誰でも麻薬を買える。それによって大学生や主婦や会社員などが主要顧客になり、売り上げは爆発的に上がった。

 ニュースやネットでこの世界の犯罪事情を調べたが、前世よりは発達しておらずキムラマニュアルは革新的と呼べる内容である。

 

 キムラマニュアルを使ってまずは振り込め詐欺で民衆から金を巻き上げ、信頼と実績を積み上げ麻薬の取り扱いに参加し、キムラメゾットで麻薬を捌く。上手くいけば宝島組は巨万の富を得る。そしてアイディア料として1割程度もらう。1割でもチームを運営するのには充分だ。ヤクザも潤いチームも潤う。まさにWin―Winである。

 

「真面目に労働(はたらく)か」

 

 殺島の呟きが浴槽に響く。いくらキムラマニュアルがあると云えど一から組織を運営するのは相当な苦労があるだろう。だが気持ちは萎えず勤労意欲に湧いている。それは娘の花奈を幸せにしようとガムシャラに働いた前世でのかつての心境と同じだった。



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第6話 ブレーキはずれた彼女の倫理観

 

◆殺島飛露鬼

 

「やっぱ拳銃(チャカ)はリボルバーに限る」

 

 宝島会事務所、組長が座る机の横には甲冑が置かれ明らかに高価な品だというのが見て取れる。その事務所の一角にある応接用の黒革のソファーに座りながら殺島はリボルバー型の拳銃のシリンダーをクルクルと回しながらグリップを握り宝島組員はその様子をじっと見つめる。一部の者の目線には憎しみが籠っている、だが大半の者には憎しみはなく、感謝の念すら籠っていた。

 宝島組襲撃から3か月、殺島はキムラマニュアルに基づいた振り込め詐欺や麻薬売買で宝島組に巨万の富をもたらした。それにより組員の収入は数倍にも膨れ上がり、末端の組員すらそこら辺の幹部クラスのように豪遊できるほどになっていた。そして多くの上納金を献上する宝島組はヤクザの系列内でも注目を浴び地位も向上している。

 一昔前のヤクザならどんな化け物だろうがプライドを優先してどんな犠牲を出しても殺しにきただろうが、今は良くも悪くもビジネスライクだ。金をもたらすものを優遇する。

 それに少しでも機嫌を損ねれば3ヵ月前の惨劇が再現され、キムラマニュアルが敵対組織や他の組に暴露されるというのは分かっている。他の組がキムラマニュアルを使えば宝島組の優位性は一気に無くなるのを理解している。

 

単車(マシーン)代はとりあえずこれだけあれば充分か、あとは預託(プール)しておきます。また必要になったら貰いにいきますんで」

 

 殺島が座るテーブルの目の前には宝島組の月収入1割分の札束が広がっていた。だが札束を数個ほど懐に収めると残りは全て組長に献上した。

 

「おう、分かった。しかしいいのか?少しぐらい懐に収めれば美味いもん喰って、上等な女買えるだろ」

「それはいいっす。ただ(チーム)のメンバーを増やして運営するのに金が必要なだけで、必要な分だけ貰えれば充分」

「そうか、欲がねえな」

「でも必要な時は預託(プール)から使って依頼しますよ」

「おう、その時は組員使ってやってやる」

 

 殺島は人懐っこい笑顔を浮かべながら組長に礼を言い宝島組事務所から去っていく。組長たちはその姿を黙って見送った。

 

「これで準備は整ったな」

 

 殺島は煙草を吸いながら歓楽街を歩き1人呟く。3か月前にハイエンプレスが捕まったのは力が足りなかったからだ。それは単純な暴力もそうだが、警察の動向を知る情報力や逮捕されないように警察の動きを鈍らせる圧力を与えるのに必要な財力、様々な力が足りなかった。

 だが今は違う。宝島組を利用し武器を手に入れ警察の情報も手に入れた。これで警察に逮捕される可能性はぐっと減り、万が一捕まえに来ても対抗できる。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)はまた活動できる。花奈の願いは叶えられる。

 

 殺島はスマホを取り出し花奈に電話した。

 

「よう暴走族女神(ゾクメガミ)、待たせたな」

暴走族王(ゾクキング)待ってたぜ」

 

 

◆生島花奈

 

 23時第七港湾倉庫前、ここは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)が初めて暴走した出発地点である。そこには殺島と花奈は立っていた。殺島は煙草を吹かしながらリラックスしているが、花奈は煙草を咥えながら腕を組みつま先で何度も地面を踏み足元には吸い殻が何本も落ちていた。

 

「落ち着けよ」

「だってよ。もし皆が来てくれないと思うと」

 

 花奈はいつものような強気の態度ではなく、不安そうな心情を一切包み隠さず吐露する。ヤジの電話がきた直後にまずしたのは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーへの謝罪と暴走への参加要請だった。

メンバー1人1人に直接会い生まれて初めて土下座をしながら、助けられなかった事や逃げた事を謝罪した。そしてもう2度と警察に捕まらないようにするから参加してくれと必死に頼み込んだ。

 

 今まで非が有っても決して謝りはしなかった。ましてや土下座など屈辱の極みだ、そんな真似は絶対にしないと思っていたが、そんな見栄やプライドは欠片も無くなっていた。

 合理的な判断と云えど仲間を見捨てたのは事実であり最低なリーダーであるのは分かっている。それでも皆と走る喜びや楽しさを一度味わってしまったからには1人で走るなんて耐えられない。もう一度皆と走りたかった。

 すると前方が明るく照らされる。それを見て不安そうだった花奈の表情は明るくなる。これはバイクのライトの光だ、そして光量は増していき、それに比例するように花奈の表情も明るくなる。そして特攻服を着た皆を見て満面の笑みを浮かべる。

 

「久しぶり」

「時間前集合なんて暴走族らしくないな」

「ガンマ!デルタ!それに皆!」

 

 花奈はリーダーとしての外面を装うのを忘れて思わず喜びの声を挙げる。目の前には28人の仲間がいる。それは警察に捕まる前の覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のほぼフルメンバー、つまり花奈の誘いに大半がのってくれたのだ。

 

「アタシを信じてくれたのか?逃げだしたのに?」

「別に逃げたのは恨んでない。あのまま抵抗していたら暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族王(ゾクキング)も捕まっていた」

「そして暴走族女神が信じろと言うなら信じる。それに走りたいしさ、この3ヵ月間は虚しかった。何回か走っただけだったのにこんなに魅了されているとは思わなかった」

 

 ガンマとデルタの言葉に残りのメンバーが同意するように頷く。それを見て花奈は涙が出ないように懸命に堪えた。

 

「よし出発(デッパツ)だ!…と言いたいところだが、皆1時間ぐらい待ってくれ」

「おい、出発(デッパツ)しないのか?」

警察(イヌ)に見つからないように色々やらなくちゃいけねえからさ。ちゃんと1時間ぐらいで戻ってくるから、それまで皆で駄弁って時間潰してくれ」

 

 花奈は困惑する皆をよそにバイクに乗り七港湾倉庫をあとにする。

 

 

◆殺島飛露鬼

 

「暴走族王は今まで何してた?学校にも来なかったし」

警察(イヌ)への対抗策を考えたり色々だな。デルタは何してた?」

「俺は1人でバイク乗り回してた。結構運転上手くなったぜ。今なら暴走族王にも勝てるかもな」

「じゃあ、いつか明将山で勝負(バト)るか」

「いいね。やっぱり1人で走るより2人や大人数で走るのがいいな。1人だと虚しかった」

共感(わかる)ぜ。ガンマは?」

「私はちょっとバイクとか改造したかったし、パパ活で稼いでた。あっ、本番なしのヌルイやつ。刺激はなくてつまらなかったけど必要経費だから」

「バイクを改造(カスタム)するなら良い店紹介するぜ、あとバイクの改造費とかは俺が出すから、退屈(つまら)ねえパパ活なんてしなくていいから、余った時間は好きな事をしてくれ」

「暴走族王は金持ちなの?」

「この3ヵ月で株を勉強して運用したら大儲けだ。児戯(ヌルゲー)だわ」

「マジかよ。そんな頭良かったのかよ」

「おう、こう見えても頭脳派(インテリ)だぜ」

 

 殺島はキーボードを打つ動作をしながらおどける。デルタは感心しガンマは胡散臭そうな目線で見つめる。かなり無理がある嘘だが、ヤクザのシノギを手伝って金をもらいましたと言うより信じるだろう。

 デルタは自主的にバイクに乗り、ガンマはバイクを改造しようとしている。良い傾向だ。2人とも着実にバイクで走るのに夢中になっている。

 それから殺島はメンバーと会話を交わす。そこで気づいたのが予想以上に走りたいという欲求が大きいという事だ。次捕まれば将来に確実に影響が出る。それを恐れチームから抜ける者もいると予想していた。だが蓋を開ければ脱落者はゼロだ。

 将来が影響を出る以上に走りたい欲求が抑えきれないのか、花奈の言葉を信じ警察から守ってくれるとついてきてくれたのか。どちらが分からない。しかし皆が走りたいという欲求を募らせたのも、言葉を信じたのも花奈の功績だ。

 あの走りには華と呼ばれるような何かがあり、皆を高揚させ楽しませる。それは10万人の暴走族を率いた自分にも無い才能だ。そして発する言葉の1つに人の心を動かし信じ込ませるパワーがある。こういうのをカリスマというのだろう。

 花奈は自分と比較し過小評価している傾向があるが、リーダーとしての資質は決して劣っていない。初めて会った時はそこまで資質はないと評価していたが、ここまで成長するとは思わなかった。血縁関係もないがまるで娘の成長を見ているような妙な嬉しさがあった。

 

「うん?火事か?」

 

 メンバーの1人が呟く。確かにサイレンの音が僅かに聞こえてくる。音は徐々に大きくなり何台もの消防車が出動しているのが分かる。そして消防車は近辺を通過したのか徐々に音が小さくなる。そして暫くすると花奈が帰ってきた。

 

「用事は済んだか?」

「おう」

「じゃあ、出発(デッパツ)前の挨拶たのむぜ」

 

 殺島は花奈の肩をポンと叩くがそこで花奈の変化に気付く。一時間前と今では雰囲気が違う。今の雰囲気は前世の聖華天のメンバーやヤクザに共通する何かがあった。

 

「3か月前!ハイエンプレスは警察(イヌ)襲撃(カチコミ)されて、皆は捕まり、アタシと暴走族王(ゾクキング)はオメオメと逃げた!あの時は本当に悪かった!」

 

 花奈は地面に伏せ土下座する。その姿にメンバー達は気にするな、頭を上げてくれと言うが頑なに頭を上げない。見なくても分かる。今の花奈は腸煮えくりかえり、あの日の悔しさや屈辱が込み上げているのを必死に耐えている。

 そして己の力不足で花奈に屈辱を与え土下座させている。二度と花奈にこんな思いをさせない戒めとしてその姿を網膜に刻み込む。

 

「もう負けない!警察(イヌ)にアタシ達の暴走(ユメ)絶対(ゼッテー)邪魔させない!その為にアタシと暴走族王(ゾクキング)は力を蓄えてきた!だから信じてついてこい!」

 

 花奈の言葉にメンバー達から熱狂的な声があがる。警察は強力な組織だ。平和を守るために鍛えた肉体と数十万に及ぶ所属人員、それは武力という意味でシンプルに強い。さらに法律によってこちらを逮捕し拘束し司法の手に引き渡し裁かれ社会的に抹殺する。

 前の世界の極道にとっては警察や政治家(ブタ)は上役を攫って拷問の1つや2つなどして従わせればいい楽な相手だが、一般人にとってはそうではない。日本最強の組織が警察だ。

 その強さはここにいるメンバーも大なり小なり分かっている。普通に考えれば30人程度の暴走族が勝てる相手ではない。だが花奈の言葉が正常な判断を狂わせる。言葉や身振り1つ1つが警察に勝てると信じてしまう。

 

「それでだ。警察(イヌ)には邪魔されない手筈になっているが、万が一遭遇した時のために武器を用意しておいた。好きな物使ってくれ」

 

 花奈の様子を見計らって用意しておいた物を皆に見せる。日本刀、ナイフ、閃光弾や催涙ガスやマスクなど全ては取り分を支払って宝島組に用意させたものだ。

 メンバー達は刃物などを恐る恐る手に取り感触を確かめながら怪訝な視線を向ける。一介の高校生が用意できる品物ではない。その視線に対しては多くは語らずと曖昧な笑みを浮かべておく。

 

「流石暴走族王(ゾクキング)これで警察(イヌ)に勝てる。そしてアタシはこれだな。一度使ってみたかったんだよ」

 

 花奈は嬉しそうに日本刀を手に取りブンブンと振り回す。それを見てメンバー達も次々と武器を手に取る。多少は武器を手に取るという行為に対して抵抗感があったのだろうが、まるでおもちゃを手に取るような花奈に感覚が麻痺させられたようだ。

 

「暴走族王、拳銃はないのか?」

「有るぜ。けれどあれは素人(トーシロー)だと当んねから頼らないほうがいい。使うとしたら脅しか、これぐらい近距離で打つかだな」

 

 特攻服の懐から早打ちの要領で拳銃を取り出しデルタの額に銃口を突きつける。デルタは全く反応できず突然拳銃を突きつけられ、死を想像したのか若干顔を引きつらせる。殺島はこんな感じだと笑みを浮かべながら銃を懐にしまいデルタの肩をポンポンと叩く。

 ヤクザ時代の流島という舎弟がおり、早打ちを極道技巧まで昇華させ自分は銃を構えず、相手が拳銃を構え引き金に指をつけている状態でも速く打てる程の速さを誇っていた。そこまでの速さはないが油断している一般人が反応できない程度のスピードは出せる。

 それからメンバーにお守り代わりに拳銃と閃光弾や催涙ガスとマスクを渡し、あとは各々好きな得物をとっていき、其々の得物について話し騒ぎちょっとした雑談時間になる。その僅かな時間に殺島は花奈のもとに向かい1つの質問をする

 

「花奈、さっき消防車がここら辺を通ったがどこかで放火したか?」

「よく分かったな。流石暴走族王」

 

 花奈は全く悪びれることなく感心していた。

 

◆生島花奈

 

 

暴走族王(ゾクキング)待ってたぜ」

 

 ついにきた

 

 花奈は電話越しに満面の笑みを浮かび、喜びを一切隠すことなく言葉を発する。自分とヤジ以外の覇威燕無礼棲のメンバーが警察に捕まり、おめおめと逃げた時にヤジは言った。

 

 オレが警察にも暴走(ゆめ)を邪魔されない力を得るから、それまで辛抱してくれ。

 

 その言葉を信じ花奈は待った。走りたいという欲求を抑え込み、仲間を捕まえた警察に復讐したいという怒りを抑え込み耐えた。そしてヤジに全てを任せるわけにはいかない。

 花奈はヤジと2人でリーダーだと思っているが、名目上は花奈がリーダーとなっている。トップである自分が警察に邪魔されず暴走する手段を考えなくてどうする。それから花奈は学校にも行かず只管考え手段を思いついた。

 切っ掛けは燕無礼棲に所属していた時の体験だった。走り終えて皆で休憩している際にメンバーの1人が余興で手品と評して自分の財布を盗んだ。トリックは単純で注意を逸らしている隙に盗んだ。その手法をミスディレクションと呼んでいた。

 そして活動を停止している時にふとした拍子に火事場泥棒という単語を見た。いつもは何の記憶にも残らないのだが、燕無礼棲時代の思い出と火事場泥棒という単語が混じりあるアイディアが浮かぶ。それは花奈にとって世紀の大発見をしたような喜びと衝撃だった。

 

 暴走する前にそこら辺の家を燃やし、警察の注意を引き対処に当らせている間に暴走する。警察に遭遇しても負けない手段は手に入れたが、仲間達の犠牲がゼロで終わる保証はない。

 理想は仲間達に犠牲を出させず暴走する。これならばそれを実現できる。1つ問題があるとするならば、ある意味警察に恐れをなして逃げているようで非常に癪だという点だ。仲間達が安全に走るためなら己のプライドなど幾らでも捨ててやる。

 

 そして暴走当日に自身のアイディアを実行した。仲間達から離れて当日の進路から反対側に向かい、目に付いた民家に用意しておいたガソリンをぶちまけて燃やした。

 放火は重犯罪だ。以前であれば倫理観と罪の意識で実行しなかっただろう。だが今は不思議とそんな感情は一欠片もない。優先すべきは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)でいかに暴走するかだ。それ以外はどうでもよく、家が燃えようがそれで人が何人死のうが関係ない。

 

「ちなみに放火した理由は何だと思う?」

(デコイ)、放火で警察(イヌ)の注意をひきつけている間に暴走する。そうすれば見つかる可能性はグッと下がる」

「100点満点だ暴走族王!」

 

 花奈は嬉しそうに拳で殺島の胸を叩く。この冴えた方法は誰にも思いつかないと思っていた。だが何も言わずノーヒントにもかかわらず完全に言い当てた。友でありライバルでもある男が同じレベルの考えを持っているのが堪らなく嬉しかった。

 

「それでどこを燃やした」

「ここから五キロぐらい先の家」

 

「だとしたら今日の暴走だが、こっちで放火したから警察(イヌ)は恐らくこんな感じに来るだろうから、この(ルート)でどうだ?」

 

 ヤジはスマホを取り出すと画面には地図が表示され今しがた放火した地域を丸で囲み、近場の警察署や交番地図から放火現場に向かう道順を青い線で書き、放火現場から急けるような赤い線を書いていく。この赤い線が今日の暴走ルートだろう。

 

「よし、それで行こう」

 

 赤い線で書かれたルートを脳内に叩き込む。N市らへんは散々走ったのでどこらへんかはすぐにわかる。

 

「よし皆武器は持ったな?改めて覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)出発(デッパツ)だ!」

 

 花奈の言葉にメンバー達は興奮が抑えきれないと声をあげた。



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第7話 暴走族を選んでしまった

◆生島花奈

 

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)は第七港湾倉庫から市道を抜け国道に入る、先頭を花奈が走り、最後尾をヤジが走るという陣形である。

 皆は溜まった鬱憤を晴らすかのように思うがままに暴走した。前でチンタラ走っている車やバイクはクラクションや怒号で煽りビビッて逃げるドライバーを笑い、限界ギリギリまでスピードを出し流れる風景や風の感触を楽しむ。それだけで快感が全身を駆け巡り現実の窮屈さや退屈さが吹き飛んでいく。

 これはまさに麻薬だ、この快感の為なら何だってやれる。それは仲間達も同じだ。言葉にされなくても表情と雰囲気で分かる。楽しい事は1人よりより多くの人数と体験を共有するほうが楽しい。今は30人程度だが人数が集まり数百数千となったらどうなる?気持ち良すぎて死んでしまうかもしれない。

 一団は国道を抜け側道に入る。辺りは畑ばかりで交通量は驚くほど少ない。国道で前にいる車両を煽り抜くのも楽しいが、誰も居ない道で思う存分飛ばすのも楽しい。しかしその幸せな時間に邪魔が入る。

 

 後ろから耳障りなサイレン音と喧しい声が聞こえてくる。後ろを振り向くと白バイが4台一列に並んで追走してきている。警察だ。放火で注意をひきつけたと思ったが、見つかってしまったらしい。ヤジの描いた地図にはない動きだが、所詮予想は予想であり、想定外の動きはいくらでもある

 集団に緊張や不安や恐怖などの負の感情が膨れ上がる。メンバー達は過去に警察に負けた記憶が蘇っているのだろう。

 

「後ろの奴ら!スペース開けろ!」

 

 花奈は指示を出しながら急ブレーキをかけてUターンしアスファルトにタイヤの跡を刻み込む。後ろを走っていたメンバーは左右にばらけると同時にアクセルを回す。ここで警察を倒す!誰にも暴走は邪魔させない!

 アクセルを全開に回し先頭の白バイまでの距離を20メートルまで詰める。花奈はブレーキを一切踏むつもりはない、白バイ隊員もブレーキを踏む様子が無くスピードを緩めず突っ込む。このままいけば正面衝突で両者無事にすまない、だが両者ともブレーキを踏むよう様子はない。その様子は宛らチキンレースのようだ。

 残り5メートルで白バイが正面衝突を恐れ右に曲がる。花奈はそれを追尾するように左に曲がりすれ違い際に左足で白バイを蹴りおす。それは必要最低限の力だったが白バイは制御不能になり転倒する。

 そのまま走りながら背負っていた刀を抜き取ると左手で刀を振るう。次の白バイ隊員を斬りつけ、白バイ隊員は血飛沫をあげながら転倒、次の白バイに向かうが恐れをなしたのか左にハンドルを切る。  

 逃すつもりはない。ハンドルから右手を放しシートに立ちトラースキックで頭を蹴る。先程の白バイ隊員と同じように派手に転倒する。

 最後の白バイも3人目と同じように花奈から離れようとするが、刀を放り投げハンドルを手に取り相手に近づき、ジャックナイフターンで急停止すると同時に前輪をコンパスの支点のようにして後輪を時計回りに振り回し白バイ隊員の顔面に車体を叩き込む。白バイ隊員は吹き飛ばされバイクから落車する。

 花奈は後ろを振り向き白バイ隊員達の様子を確認すると同時に放り投げた刀をキャッチする。全員は派手に落車して血まみれになりうめき声をあげている。確実に病院送りだ。ダメージを確認し皆の元に戻る。

 

「うぉ~!暴走族女神(ゾクメガミ)超絶技巧(はんぱねえ)!」

「シートに立っての蹴りとかヤバすぎだろ!」

「しかもジャックナイフターンから(けつ)振り回しとか非現実(ありえね)!」

 

 皆が次々に賞賛の言葉を投げかける。その言葉に心地よさを覚えると同時に憎き警察を倒した達成感と皆の楽しみを邪魔する者を排除した安堵感を覚える。

 花奈は警察達からおめおめと逃げたその日から皆を守りどんな敵も倒せる力を手に入れることを誓った。どうすれば無敵の力を手に入れられるか?考えに考え抜きある答えに辿り着く。

 戦国の武将のようにバイクを手足のように動かし敵を打ち倒す戦闘法、それこそが己を必要な技だ。その技術を身に着けるためにヤジに呼ばれるまでひたすら訓練をした。

 花奈はバイクの操作技術は卓越したものがあった。どんな危険な運転をしても事故は一切せず、誰よりも速かった。操作ミスも生まれてこのかた一切ない。

 そんな花奈でも己の理想に近づくために何度も操作ミスし転びアスファルトに肌を擦りつけ血だらけになった。それでも己の理想に辿り着くために練習を続けついに理想に到達し、走行中にシートに立っての蹴りやジャックナイフターンから後輪を振り回しての攻撃など、超絶技巧を難なくこなせるようになった。

 

「どうだ見たか!これが極道技巧(ごくどうスキル)女神の夢は止められない(インシブル・チャリオット)』だ」

「何すっか極道技巧って?」

「技術を極めたって超すげえ技ってことだよ」

「確かに、あれは誰も真似できねえわ」

 

 ヤジはハンドルから手を放し拍手をする。それに反応するように皆が先ほど以上に褒める。他人にバイクの乗り方を教えると短時間で誰もが普通以上にバイクに乗れるようになる。それをヤジは極道技巧『女神の神託』と名付けた。ならばこれも極道技巧だ。

 

 憎き警察を倒したことで皆のテンションを一気に上がり、皆はハイになりながら爆走する。その様子を見ると自然と笑顔が浮かべていた。

 だがその気分に水を差すようにまたしても警察が現れる。今度は前方からパトカー2台だ。

 

 花奈はアクセルを回しいち早くパトカーに突っ込む。恐怖は全くない、白バイ隊員4人を極道技巧で倒したことで自信をつけていた。

 パトカーとの距離は50メートルあったが瞬く間に詰まっていく。パトカーは正面衝突を避けようとブレーキ―を踏むが花奈はスピードを一切緩めない。

 花奈は極道技巧でどのように倒そうと考えるがふと懐に忍ばせている拳銃を思い出す。折角だから拳銃を使ってみるか。

 

 パトカーまで残り10メートル、ヤジが言うには素人はかなり接近しなければ当たらないらしい。もっと接近して打つ。残り5メートル、懐にある拳銃に手を伸ばす。この距離なら流石に当たるだろう。

 拳銃を発砲しようとしたその瞬間猛烈な悪寒が走る。何かマズい。その瞬間アクセルを全開に回しパトカーの間を駆け抜けた瞬間背後から爆裂音が響く。

 思わず急ブレーキを踏み背後を振り向く。すると視界に入ってきたのは炎上し大破しているパトカー2台だった。そして何か上から落ちて足元に転がってくる。花奈はそれを見て思わず目を見開く。転がってきた物は元は人間、今では生首という物体と化したものだった。その表情は驚愕と恐怖が刻まれている。

 

「見ろ!暴走族女神(ゾクメガミ)警察(イヌ)を殺した!覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の勝ちだ!誰にも俺達の暴走(ゆめ)は止められねえ!」

 

 ヤジが勝利宣言のように生首を掴みながら高らかに声を挙げる。メンバー達は一瞬の静寂の後に感情を爆発させるように声を出した。

 

暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族女神(ゾクメガミ)

 

 メンバー達は己のあだ名を連呼しその声は周囲に響き渡る。何が起こった?拳銃で撃とうとした瞬間にパトカーが爆発した。これは事故だ。自分がやったわけではない。だが皆は自分がやったと勘違いしている。

 

「そうだ!アタシが警官(イヌ)を殺した!」

 

 花奈の言葉に覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)はさらに熱狂する。暴走族のトップならば伝説の1つや2つは必要だ。警察殺しならば伝説に相応しい。恐らく自分の手でおこった出来事ではないが、殺す気で拳銃に手を伸ばし、恐らく殺せただろうと自身を納得させる

 生首が転がっているということは1人が確実に死んだ。殺人は放火以上の重罪だ、普通であれば罪悪感に苛まれる。それは一般人でも喧嘩ばかりする不良でも変わらない。

 だが驚くほど罪悪感が湧いてこない。皆の夢や楽しみを邪魔する者が死んだのが堪らなく嬉しかった。

 

「よし皆!警官(イヌ)は殺した!これでアタシ達の暴走(ゆめ)を邪魔する者はいない!さあ!もっと楽しもうぜ!」

 

 皆は狂ったように歓声を上げアクセルを全開にしてこの場を後にする。その後の暴走はいつも以上に楽しく皆も同様だった。

 暴走時は雑談をするが主な話題は警官を殺したことについてだった

 

「流石暴走族女神(ゾクメガミ)警官(イヌ)ぶっ殺しちまったよ!」

「だろ!もう警察(イヌ)なんて怖くも何ともねえ!」

「拳銃で警官(イヌ)の頭ぶち抜いたんだよね」

「たぶん」

「だったら何でパトカーが炎上したの?何かおかしくない?」

「んだよ!アタシが殺した。それで充分だろ」

「それもそうか」

 

 不可解そうなガンマの肩をバシバシと叩く。そんなしょうもないことを気にしてどうする。今は暴走を楽しめ。その思いが通じたのかガンマはフッと笑った。

 

「そういえば暴走族王(ゾクキング)は?」

 

 デルタの言葉にふと周りを見ると辺りにはヤジの姿が見当たらない。何だマシーントラブルか?憎き警察が死んだ後の暴走という最高のイベントに参加できないなんて何とも間が悪い。次会ったらめいいっぱい自慢してやろう。

 景気づけとばかりにウィリーをかました。

 

◆殺島飛露鬼

 

 殺島は爆発四散したパトカーをじっと眺め、辺りに見渡し散乱しているパトカーの部品や生首を確認する。警官は確実に死亡しパトカーに備え付けられたドライブレコーダーは破壊されただろう。そして辺りには監視カメラが無いのは調査済みだ、これで証拠は残らない。思わず安堵の息を漏らす。

 今は聖華天時代と違い、監視カメラの数も増え悪事を働けば容易に足がつき捕まる。まずは監視カメラの数と位置の把握が暴走をする上で急務だった。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)が息を潜めている間にN市や周辺の道にある監視カメラを徹底的に調べ破壊した。

 破壊に用いた道具は宝島組から買った拳銃、普通に破壊しようとすれば銃口をカメラに向ける。そんな事をすれば破壊したのがすぐにバレる。だが殺島にはバレずに破壊が可能だった。

 

 極道技巧狂弾舞踏会(ピストルディスコ)

 

 超人的射撃能力と洞察力によって自由自在に跳弾を操る。生前の極道は己の技術を磨き超人的な力を有していた。その力は極道技巧と呼ばれている。

 殺島はカメラに映る範囲外から射撃し跳弾によって監視カメラの死角から弾丸をぶち込んだ。そして先のパトカーの爆発も殺島の狂弾舞踏会によるものだった。

 今のパトカーには生前と違いドライブレコーダーが備え付けられている。事故の瞬間まで映像が記録され、普通に銃口を向けて射殺すれば映像が残りバレる。

 花奈がパトカーに向かった際にやろうとした行動は予測できた。その瞬間懐から拳銃を取り出しパトカーに向けて銃弾を撃ち込む。

 それは監視カメラを破壊した時の応用だった。ドライブレコーダーの映る範囲を予測し、メンバーの影に隠れて死角に入り跳弾で見えないように殺す。目標は警官の頭ではなく燃料タンク、ドライブレコーダーは車両と正面衝突しても映像が残るほど頑丈だが、車両が爆発すれば壊れ映像が残らない。それを狙っていた。

 単純に弾丸を燃料タンクに打ち込んでも爆発はしない。タンク内で弾丸をぶつけ合い火花を発生させる。これで他殺ではなく整備不良による事故死だ。この方法で何人もの警察官を事故死として葬ってきた。

 他人にとって現実不可能な神業であり、理論上可能だが常識に凝り固まった警察がこの事実に辿り着くことは無い。そして殺島にとってこれぐらいの芸当は初歩レベルである。

 

 その後は花奈が警官を殺したと叫びメンバーに信じ込ませた。暴走族のトップであれば伝説と呼ばれる偉業の1つや2つ有ったほうが箔はつく。

 バレることはないが、もし花奈に警官を殺したのは自分で有り、手柄を押し付けたと知ればガチギレするだろう。実力不足なのに分不相応に祭り上げられるのを死ぬほど嫌っている。だが問い詰められればこう答える。どっちみち殺していたから問題ない。お前の手柄だ。

 

 花奈であればあの時に警官を射殺していた。失敗してもパトカーを破壊し車から引きずりだし殺していたという確信があった。花奈はこちら側の人間になった。

 

 暴走するために民家を放火して警察の注意を逸らすという方法は生前の聖華天での常套手段だった。当時は自分や聖華天のメンバーも含め当然のように実行した。それがもっとも暴走をする上で効果的だからだ。だが一般人は実行できない、倫理観が邪魔をする。

 もちろん世間から見れば異常な行動であり、悪い事なんだろうなという認識はある。それでも実行した。暴走をするのが何よりも優先され一般人が何人死のうが気にならなかった。

 一般人ができない行動を自分の欲求のために実行する。それは完全な異常者だ。その倫理観の違いは最早別種族と言っていいほどの差だ。例えるなら自分達は暴走族という種族であり、他は人間という種族である。

 警察に暴走を邪魔された憎さ、仲間達を見捨てた悔しさ、仲間達が捕まってしまったという申し訳なさ。このうちのどれかなのか、全部かそれ以外の要因かは分からないが、花奈は人間から暴走族という種族、自分と同類になった。

 



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第8話 夢を持とうよ

◆中藤

 

「では次の話もそれでお願いします」

「分かりました」

 

 中藤は漫画編集者とのやり取りを終え、PC画面に表示されているウインドウを閉じるとヘッドフォンを外し息を吐く。ネームを見せる時がやはり一番緊張する。アイディアを出し自分が最も面白い内容を描いているが他人はそう思うとは限らない。

 編集にとってつまらない内容かもしれない。編集が面白いと思っても読者にとってつまらない内容かもしれない。

 中藤は週漫画雑誌に漫画を連載している漫画家であり、今連載している「帝都リベンジャーズ」は連載直後から爆発的な人気を博し、単行本3冊で売り上げ1000万部、すでにドラマ化やアニメ化が決定している。

 世間では人気作家に分類される近藤だが未だに読者にウケないのではないかという不安を常に抱えていた。

 中藤は背もたれに寄りかかりながら体を大きく伸ばした後に立ち上がり、部屋の中央にある作業机に移動しペンを握る。

 今日の夜はどうしても外せない用事がある。現時刻は10時、最悪でも21時までにはノルマ分の原稿を描かなければならない。描けなければ明日取り返すという考えはない、少しの気の緩みが作業を遅らせ原稿を落としてしまう。原稿を落とせば会社からの信頼を失い何より読者の楽しみを奪ってしまう。それだけは避けなければならない。

 息を大きく吸い込み白紙の原稿に絵を描き始める。

 

「よし、終わり」

 

 時刻は20時、予定の時間で終わった。仕事道具を片付け意気揚々と仕事場から玄関に向う。予定より速いペースで描き終えた。やはりモチベーションが高いと作業効率も上がるものだ。

 玄関を出てガレージに向かうとバイクに乗りエンジンを吹かす。カワサキ・ニンジャ400、中藤が長年乗っている愛車である。

 バイクを発進させ大通りを進んでいく。東京であればこの時間帯なら夜でも交通量はそれなりだが、地方のN市であれば疎らだ。

 ハンドルやタイヤから伝わる振動に若干の心地悪さを抱きながら走る。交通量が少なければ自然に重要度は下がり公共事業の一環である道路整備も後回しになり、路面はひび割れ路面が荒れている。都心の道路は大概舗装され快適に走れた。改めて地方の片田舎を走っていると実感させられる。

 家から20分程バイクを走らせ閉鎖したショッピングセンターに辿り着く。数年前に大企業によって作られ、近くの商店街はシャッター街となった。そしてこのショッピングセンターも別の企業のショッピングセンターとの競争に負け閉鎖した。此処に訪れる度に明日も我が身かもしれないと考えさせられる。

 中藤はこの後の楽しみを考え感傷的な気分を拭い去りながら敷地の周りを走る。ショッピングモールの周りは浮浪者対策でフェンスと有刺鉄線で侵入できないようになっている。だが目の前のフェンスはぽっかりと穴が空いていた。そのスペースに躊躇なく入っていく。

 敷地内に入るとかつてのショッピングセンター、今では外装は剝がれコンクリートが剝き出しの廃墟と化している。かつての出入り口だった場所から廃墟に入りブルーシート、正確に言えばブルーシートに被せられている何かに向かい剥がす。そこには愛車とは別種のバイク、俗に言う族車と呼ばれるバイクと特攻服が置かれていた。

 中藤はニンジャ400にブルーシートを被せ族車のシートに乗りながら特攻服を手に取る。背中には「覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)」という文字が刻まれている。

 あの日あの時から人生は大きく変化した。近藤は感慨に耽りながら袖を通した。

 

 数年前に職業は何かと問われれば答えに窮していた。高校を卒業しバイトをしながら描いていた漫画が大手週刊少年誌の賞を受賞し、そこから何本かの読み切りを描き、ついにその雑誌でデビューを果たし上京した。

 ついに念願の漫画家デビューを果たした。だがプロになるよりプロであり続けることが如何に困難かをまざまざと実感させられる。

 最初の連載は半年も経たず打ち切られ、2回目の連載も同じように半年も経たず打ち切られた。そして次の連載を得る度にネームを描き会社に提出するがボツを食らい続ける日々が2年続いた。

 漫画家の収入源は漫画を描く原稿料と発売した単行本の売り上げであり、雑誌で連載していない近藤の収入源はなかった。

 会社から多少の給与が出るがそれだけではとても生活できず、今までの原稿料と単行本売り上げで生活を賄っていた。

 徐々に減っていく預金残高、積み重なるボツネーム、日々が経つごとに漫画家としての自信を失っていき、ある日完全に心が折れ漫画家を辞めて実家のN県N市に帰った。

 

 それからは実家で暮らしハローワークに通い仕事を探す日々を送る。漫画家としての才能は無かった。まだ取り返しがつく時に普通の職に就くべきだ。この判断は正しい。そう自分に言い聞かせ続けていた。

 職探しの日々が続くなか中藤にとって唯一の気晴らしがバイクだった。愛車のカワサキ・ニンジャ400は上京した時に買ったものだ。

 バイクはマンガと同じぐらい好きだった。首都高をバイクで走るのが密かな夢だったが苛酷な習慣連載とボツを食らい続ける日々でバイクに乗る気は削がれ、アパートの駐輪場でずっと埃被っていた。昼はハローワークに行き、夜はバイクでN市近郊を走り回っていた。

 

 才能の無さ、未来への不安、挫折の苦悩、バイクで走っている時は現実の辛さを忘れさせてくれる。

 

 中藤が漫画家を目指す切っ掛けは中学時代に読んだあるヤンキー漫画だった。登場人物のセリフや生き様が幼き心に深く刻まれていた。不良ものと呼ばれるジャンルの作品の大半は読み、特に暴走族に強く惹かれるようになった。

 特攻服とバイクの組み合わせはドストライクだった。そのクールな存在が己の存在を世間に刻み込むように暴走する姿はカッコよさで背中が震えた。冷静に見れば唯の犯罪者集団なのだが、兎に角カッコよく楽しそうだった。

 高校は暴走族になりながら漫画の勉強をして、高校卒業後はヤンキー漫画を連載してメジャー作家になる。それが中藤の人生設計だったが、高校に入った際に喧嘩は痛そうで嫌だなとか自分みたいなヒョロガリが入ったら嫌がられそうとか、近場に暴走族が居ないなど様々な言い訳という名の尻込みで暴走族には入らず、漫画のスキルを上げるという意味で美術部に入りそのまま卒業まで所属し続けた。

 

 その日も夜のN市を愛車で走り回っていた。すると後ろから金管楽器のような音と唸るようなエンジン音が聞こえ、それがどんどん大きくなっていく。何事かとミラーで後ろを確認し目を見開く。

 特攻服の集団が我が物顔で走っている。暴走族だ、最近は減少傾向で絶滅寸前とニュースで言っていたが地元に実在するとは。暴走族は「邪魔だノロマ」と罵声を浴びせながら法定速度を完全にオーバーした速度を出しながら抜き去っていく。その後ろ姿に唯見惚れていた。

 夜の風景に溶け込む白の特攻服とテールランプの輝きは何て神秘的なのだろうか、それに何て楽しそうなんだ。先頭に居た少女とウェーブヘアの少年を中心に皆が笑顔で騒ぎ走り、まるでこの世で最上級の娯楽を楽しんでいると云わんばりの満面の笑みだった。その姿は憧れていた暴走族の姿そのものだった。

 気が付けば法定速度を完全に無視した速度で暴走族を追っていた。暴走族は信号を無視しながら走り続ける。それに追いつこうと同じように信号無視する。信号無視に速度オーバーなどの数々の違反行為のオンパレード、警察に見つかれば一発で免許停止だ。

 平常時なら間違ってもしない行為だ、そう分かっていながら吸い寄せられるようについていく。頭がどうにかなったのかもしれない。

 それから暴走族に後ろを必死についていく。30分が経過しただろうか、明将山の麓あたりで暴走族は止まる。遅れて30秒ぐらいでつくとそこには暴走族が待ち構えていた。その目は殺気立っていた。

 

「てめえ!何の用だ!?」

「煽ってるつもりか!」

「フクロにすんぞこら!」

 

 暴走族は威嚇するように周囲を取り囲み威圧的な言葉を吐きかける。その迫力に思わず足が震える。それは漫画で見た怖い暴走族そのものだった。

 

「何の用だ貧弱男(シャバゾウ)?」|

「喧嘩売ってんのか?」

 

 すると取り囲んでいた暴走族が2人に道を空ける。その2人は先頭を走っていた男女だ。周りの反応と雰囲気から彼らがこの暴走族のトップだろう。そして何て威圧感だ、漫画のシーンで下っ端が頭に迫られてちびった場面があったが、その気持ちが痛いほど分かる。

 

「俺を!チームに入れてください!」

 

 頭を思いっきり下げて心から湧き出た衝動をそのまま口にして言葉にする。楽しそうに走る彼らの姿は理想の暴走族だった。それと同時に後悔が押し寄せる。もし高校時代に言い訳を並べず暴走族になっていれば、黄金時代と呼べるような楽しい時間を過ごせたのかもしれない。自分も一緒に走りたい。

 それと同時に様々な言い訳が過去と同じように体を縛る。世間体、常識、周囲の視線、だが今回は言い訳を衝動がねじ伏せる。漫画家としての夢が破れ暴走族になっていれば良かったと後悔を抱え生命活動が終わるまで心が死ぬ。そんな虚無な人生は嫌だ。自分だって幸せになったっていいはずだ。

 周りからは嘲笑が漏れる。当然だ暴走族のメンバーは全員10代だ、20代後半の男がやるものではない。そんな者は世間から爪弾きにされる異常者に過ぎない。

 

「何笑ってんだ!」

 

 すると少女から怒号と呼べるような大声が発せられ、メンバーは思わず黙り、リーダー格のウェーブの少年も驚きで目を見開いている。少女はこちらに近づき座り込み見上げる

 

「よう、あんた。暴走してえんだよな?」

「はい!走りたいです!」

「ならよし!覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に入るのに年齢なんて関係ねえ!走りたい奴はババアだろうがジジイだろうが拒まねえ!お前ら覚えておけ!」

 

 少女は振り返りメンバーにルールを認知させるかのように大声で伝える。メンバーも少女の気迫に吞まれたのか笑い声はピタリと止み沈黙が無言の肯定となっていた。

 

「あんた名前は?」

「中藤です」

「中藤か、アタシは皆から暴走族女神(ゾクメガミ)って呼ばれてる。よろしくな中藤」

 

 少女は先程までとは一転し年相応、いや外見より幼い笑顔を見せながら拳を突き出す。その拳に自分の拳を合わせた。

 

 こうして覇威燕無礼棲に入団した後は定期的にチームのメンバーと走った。皆と走るのは1人で走るより遥かに楽しかった。同じ目的や快楽を共有する仲間が居るだけでここまで違うとは思わなかった。

 最初は年齢の違いもあり周囲と馴染めなかったが、暴走族女神が積極的に話しかけてくれ、そのせいかチームのメンバーとも打ち解けていく。学生時代も楽しかったが、人生においての黄金時代は今まさにこの瞬間だった。

 そして黄金時代を満喫するなか、ハローワークに通う代わりに漫画を描き始めた。最初はヤンキー漫画を描くのが夢だった。

 だが今の時代には流行しないとボツを食らい。時が経ちヤンキー漫画を描きたいという夢は無くなり、漫画家として成功したいという想いが強まり、今の流行を研究し描きたくもないジャンルのネームを描き続けていた。

 覇威燕無礼棲での暴走を通して初心を思い出す。あの時は本当の暴走族を知らなかった。だが今は最高の暴走族を取材できている。これならば最高のヤンキー漫画を描けるはずだという理由なき確信があった。

 そして描いたヤンキー漫画を出版社に送ると絶賛され瞬く間に週刊少年誌の連載が決定し、連載直後に爆発的な人気を博している。

 週刊連載はキツイ、短期打ち切りで終わった時とは違い取材など原稿を描く以外の仕事が増え多忙だ、それでも覇威燕無礼棲の活動には出来るだけ参加している。それは取材という意味もあるが、単純に楽しく原稿を描く活力になっていた。もし覇威燕無礼棲が無くなれば即座に休載する。それ程までに拠り所になっていた。

 

「おう中藤、今日はきたか」

 

 集合場所に着くと暴走族女神が屈託のない笑顔を浮かべながら肩に手を回す。

 

「すみません。本当は毎回行きたかったんですが、仕事がありまして……」

「かあ~、大人は仕事とか大変だな。アタシは高校生だから仕事も何にもねえからいつでも走れるぜ。どうだ羨ましいだろ?」

「はい、マジで羨ましいです」

「そうだろそうだろ」

 

 暴走族女神は自慢げに胸を張りながら背中を叩き、他のメンバーに声をかけに行く。確かに高校時代に出会っていれば毎日走れた。本当に羨ましい。だがこうして出会えて黄金時代を体験している。それだけで充分であり心の底から感謝している。

 

「よし!覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)出発(でっぱつ)だ!」

 

 暴走族女神の掛け声に喉が張り裂けんばかりの声で応えた。



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第9話 やりたくはない

 

◆生島花奈

 

「おい暴走族王(ゾクキング)、今週の帝都リベンジャー見たか?」

「見たぜ。トラケンとリュウゾウのバトルは灼熱(ゲキアツ)だった」

 

 暴走の休憩中にメンバーから借りた週刊少年雑誌を読みながらヤジに問いかける。昔は漫画を読んでも心に響かなかったが、覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)を結成してから読むようになり今ではヤンキー漫画が大好きだ。過去の作品は勿論、今現在の作品も可能な限りチェックしている。そして帝都リベンジャーズもその中の1つだった。

 1話をコンビニで立ち読みした時に思わず震えた。これは過去の名作と呼ばれるヤンキー漫画を超える作品になる。どこら辺が優れているかは説明できないが兎に角凄い作品だというは分かった。これは時代を作る作品になるという予感があった。

 そして予感は当たり、知る範囲の高校生中学生達は帝都リベンジャーズが面白いと口々に言っていた。そして単行本も発売すると瞬く間に売り切れになり、その品薄具合はニュースで話題になったそうだ。

 

「しかし真剣(マジ)流行(バズ)ってんなオレの高校でも男は全員読んでるし、女でも結構読んでる」

「最近入った新人も帝都リベンジャーズを見てカッコイイと思って入りましたってのが殆どだからな」

「これは一昔以来の暴走族流行爆発(ゾクブーム)が来るかもな」

「それは大歓迎だ。チームは多い方が良いし、全国統一するなら脆弱(しょっぺえ)チームじゃなくて、屈強(ゲキツヨ)チームと争いてえ」

 

 花奈は思わず顔をニヤつかせる。全国各地で暴走族が走り回る。それはまさに理想郷だ。そして暴走族が増えるというのはより多く暴走の楽しさを体験している者が多いということだ。自分が好きなものはより多くの人にやってもらって流行して欲しい。

 

「中藤!今週の帝都リベンジャーズ見たか?」

 

 ヤジとの会話を切り上げ週刊少年誌片手に中藤の元に行く。中藤は帝都リベンジャーズという単語にやたらと反応していた気がしていた。

 

「ええ、見ましたよ」

「トラケンとリュウゾウのバトル熱かったな。どっちが勝つかな?」

「まだ決め……いやどっちでしょうね。バトルセンスはトラケンですが、根性はリュウゾウが上ですから」

「アタシとしてはリュウゾウが攻撃を耐えきり疲れたところにワンパン決めて勝ちだな」

 

 それから暫く帝都リベンジャートークに花を咲かす。中藤は帝都リベンジャーを読み込んでいるのか滅茶苦茶詳しい。

 

「ところでさ、リュウゾウって暴走族王に似てね?ハイキーとかも何かアタシに似ている気がするし、何か主人公チームの面子はどこかで見たことがある奴らばかりな気がする?」

 

 何気なく気づいた事実を伝える。主要メンバーはヤジ、ガンマ、デルタに似ている気がするし、他のサブキャラも覇威燕無礼棲のメンバーに似ているのがちょくちょく居る気がする。

 

「き気のせいじゃないですか」

 

 中藤はやたら動揺している。何か知っているかと問い詰めようとするが、ヤジからそろそろ出発しようと提案される。確かに頃合いだろうと単車の元に向かう。その後も滞りなく暴走し、何事もなく終了した。

 

「そういえば花奈は結構中藤に気をかけているというか、注目(おして)るよな。(ラブ)か?」

 

 暴走の帰りの最中にヤジが茶化しながら何気なく質問してくる。

 

「違げえよ。あいつは無しよりの無しだ。だが人間としては少々(ちょっぴり)尊敬(リスペクト)してる」

「どのへんが?」

「大人になっても暴走してるところだ」

 

 どいつもこいつも大人になるにつれて暴走族を辞めていく。その代表格が燕無礼棲(エンプレス)のメンバーだ。当時はというより今でも激おこだが、ある程度は心の整理がつくようになった。

 走るのに飽きてしまった場合それは渋々と納得する。生涯走り続けるつもりだが、他人はそういう訳にはいかない。いずれ興味が失せ飽きてしまうかもしれない。そんな者の首根っこを捕まえて暴走に参加させるつもりはない。

 何かされるかもしれないという恐怖で走ってもらっても相手も楽しくないし、自分も周りも嬉しくないし楽しくない。ただの悪影響だ。

 だが走りたいのに辞める奴らは絶対に許せない。燕無礼棲のメンバーはこのタイプだった。結婚するから就職するから大学に行くからと走りたいのに周りの評価を気にし世間の流れに従った弱虫だ。

 しかし中藤は違う。世間の目も周りの評価を一切気にせず走りたいという理由で覇威燕無礼棲に入った。10代ばかりがいるなかに20代後半のおっさんが入るというのは相当の覚悟と勇気がいる。それを好きという気持ちで乗り越えたのは相当凄い。

 中藤は毎回暴走に参加しているわけではなく、その参加率の低さを怒るつもりはない。大人になれば金が必要だというのは分かっている。

 今はヤジの稼ぎによってガソリン代などの暴走に対する金の心配はせずにすんでいる。中藤も同様だが親から金をもらっている自分とは違い、家賃とか食費を稼がなければならない。

 中藤はつばめや燕無礼棲のメンバーの腰抜けとは正反対の人間だ。好きな事の為に全てを費やせる大人こそ最も尊敬できる。

 

◆殺島飛露鬼

 

「大人になっても暴走しているところだ」

 

 花奈は目を輝かせて言う。だが殺島はその意見に納得できなかった。自分も含め多くの大人になれない大人たちが居た。その代表が聖華天のメンバーだ。

 忍者によって10万人を誇ったメンバーは文字通り半殺しされ、解散に追い込まれた。そして黄金時代は突如終わり、大人の日々が始まった。

 もし忍者に襲撃されなければ聖華天のメンバーは思う存分暴走しやりきれば、自分の中で区切りをつけられたかもしれない。そうすれば黄金時代に囚われることなく、良い時代だったと懐かしみ、その思い出から力をもらい退屈な大人の生活を乗り切れたかもしれない。

 しかし大半の者は黄金時代の楽しさと大人の生活の退屈さにギャップ耐え切れず心が折れた。それでも黄金時代に思いを馳せながらも二度その日々は訪れないことに絶望し、責め苦のような日々を過ごした。

 かつての黄金時代を再現しようと皆で集まろうにも忍者に刻まれた絶対的な恐怖が躊躇させる。暴走にも逃げられず責め苦を味わい続ける。まさに煉獄だ。

 それでも彼らは煉獄を生き続けた。そんな彼らを肯定し癒したい。それが生前の帝都高速で暴走した理由の一つだった。

 しかし中藤は違う。大人の日々に心が折れたかもしれない。だが覇威燕無礼棲という黄金時代を今から体験できる。それは尊敬できるものではなく唯の逃げだ。花奈が尊敬できるものではない。

 

「ふっ、嫉妬深い~(めめし)い~」

 

 思わず自虐的に笑い、花奈はその様子を訝しむが構わず笑い続ける。中藤への言いようのない不快感、これは嫉妬だ。聖華天のメンバーが苦しんだのに中藤だけ救われたのが妬ましいのだ。

 覇威燕無礼棲は花奈の家族だ。そして花奈の家族を守り幸せにすると決めた。ならば最大限幸福になるべきだ。

 中藤に対する気持ちを理解した。ならば今まで距離を置いてきた分改めて向き合おう。殺島は懐からスマホを取り出す。

 

「よう、暴走族王(オレ)だぜ。疲労困憊(おつかれ)のところ悪いけど、ちょっと駄弁(はなさ)ねえか。OK、そこで落ち合おう。大体10分ぐらいで着く」

 

 殺島は通話を終えるとスマホを特攻服の懐に仕舞いこむ。花奈はその様子を僅かに興味深そうに見つめる。

 

「覇威燕無礼棲のメンバーか?」

「ああ」

「何を話すか知らねえが、次の走りで話せばよくねえか」

「こういうのは思いついたら迅速(なるはや)でやるべきだ。ということでじゃあな」

 

 殺島はそう言うと突如左にハンドルを切り、花奈とは別の方向に進んでいく。

 

◆中藤

 

 中藤は公園の入り口前にバイクを停車し、備え付けのベンチに座る。ここは仕事場兼自宅から徒歩30分は離れている場所だ。今から会う人との会合に見つかっても正体はバレないだろう。

 暴走を終え帰宅している最中に暴走族王から連絡がきた。一応は覇威燕無礼棲の副リーダーと平として連絡先は交換しているが、暴走族女神と比べそこまで接点はなかった。

 年は上だが立場は相手が上で断る理由はない。近場の公園を集合場所に指定しようとしたが、もし特攻服をきた暴走族王と会っていると近所の人に見つかったらマズい。そこから漫画家中藤は暴走族と関係があるとバレるかもしれない。暴走はしたいが暴走しているのを世間にバレたくはない。

 暫くするとバイクのライトの光が目に入り特攻服が見える。暴走族王だ。礼儀としてベンチから立ち上がり出迎える。

 

「よっ、こんな時間に悪いな」

「いえ、問題無いです」

「今更だけど敬語じゃなくていいぜ。一応副長(サブリーダー)だけど中藤の方が年上だし、一対一(サシ)ならタメ語でいいし、皆の前でも杓子定規(ガチガチ)な敬語じゃなくて、多少(くだけ)ても問題ねえから」

「じゃあ遠慮なく。コーヒーサンキュウ」

 

 暴走族王は人懐っこい笑顔を浮かべコーヒーを差し出しながら敬語はいいと言う。今までの印象とは大分印象が違い。まるで何年来の親友と会っている気がしてくる。

 

「どうだ、暴走は楽しいか?」

「最高だぜ。皆で走るのがこんなに楽しいとは思わなかった。今がオレの黄金時代だ」

「それは良かった。けれど稼業(しごと)は大丈夫か?俺達は高校生(コーボー)だから最悪学校に行きさいすれば、授業中も熟睡(ぐっすり)しても問題ねえが、大人は仕事もあるしそうもいかないだろ」

「オレは自由業だし、多少は融通が利く」

 

 それからベンチに座り暴走族王と雑談する。日常の些細な出来事から、参加していなかった時の暴走でのトラブルや喧嘩のエピソード、今の音楽やオレが高校生の時の流行りの音楽について喋った。些細な会話だが話しても聞いていても妙に心地よかった。

 

「なあ中藤、大人はつれえか?」

 

 暴走族王は何気なく問いかける。今までの会話の流れからして少しだけ重い話題だ。覇威燕無礼棲での暴走や学校での生活が楽しくても、ふと大人になってからの不安が押し寄せるものだ。それがポロっと出たのだろう。

 

「そうだな。上手くいかない事ばかりだし、自分の無力さを嫌というほど実感させられ、次々と困難が押し寄せる。上手く折り合える大人も居るが、耐え切れず折れちまう大人も居る。オレもそんな大人の1人だった」

 

 率直に話すか嘘をついて希望を見せるか迷ったが、率直に話すことにした。暴走族王はコミュニケーション能力高く人にも好かれる。困難に立ち向かえる能力を持っているがそれでも押しつぶされてしまうかもしれない。能力を持つ者もその能力に比例して困難が大きくなるかもしれない。現実を知る必要がある。

 

「だった?」

「ああ、あの時覇威燕無礼棲に出会って、一緒に暴走してその楽しさのお陰で日々の辛さを忘れられた。ちょっとした現実逃避だ。でも現実逃避によって心が癒され昔の夢を思い出せた。そのお陰で困難に立ち向かえる」

 

 確かに困難が押し寄せる大人の生活の心が折れた。だがそれは過去形だ、覇威燕無礼棲に出会って全てが変わった。今ではかつての夢を実現できている。まさに命の恩人だ。

 

「そうか、覇威燕無礼棲のお陰で大人の困難さを克服できたんだな。よかったな」

 

 暴走族王はポツリと呟く。その声色には自分が幸せになれた事への嬉しさと推し量れないもの悲しさが含まれており、まるで酸いも甘いも吸い尽くした大人が呟いたようだった。

 

「それで帝都リベンジャーを頑張って描いてると」

「な!?」

 

 思わず立ち上がり暴走族王を睨む。反応を抑え込もうとしても咄嗟に出てしまった。これでは暴走族王の言葉が正解と言っているようなものだ。何故帝都リベンジャーズを描いていると露見した?一方暴走族王も同じぐらい動揺していた。

 

真実(マジ)かよ。万が一(ワンチャン)そうかなと思って言ってみたが大正解(ビンゴ)か」

「なんでそう思った?」

「まず作中のキャラクターがメンバーにかなり似てるし、暴走族女神が帝都リベンジャーズの話するとかなり動揺するし、それに絵がうまいしな。いつか何か皆を漫画っぽく描いてたりしてたろ。もしかして作者かなと(かま)かけたら」

 

 暴走族王は予想外の出来事に笑みを漏らす。だがこちらは己の不用意さに腹を立てると同時に今の状況に背筋が凍っていた。

 

「頼む!この…」

心得(わか)っているよ。あの帝都リベンジャーズの作者が現役の暴走族でした。露見(バレ)たら連載は即打ち切りどろか、2度と覇威燕無礼棲で暴走できなくなる。仲間の黄金時代を奪うような真似は絶対にしねえ」

 

 暴走族王はオレの唇に人差し指を立て皆まで言うなと優しく語り掛ける。高校生なら有名人と知り合いであれば思わず自慢してしまうかもしれない。当人にとっては何かの拍子かもしれないが、それは人生の破滅に直結する。

 

「勘違いしてほしくないのは覇威燕無礼棲の皆は中藤が喋るなと言われれば黙る。ただ高校生(コーボー)だからよ。つい迂闊(ポロ)っと喋るかもしれないし、友達(ダチ)に二人だけの秘密と打ち明けて、その友達(ダチ)から露見(バレ)るかもしれねえ。だから俺の胸だけに収めておく」

「暴走族王」

 

 安堵で思わず膝から崩れ落ちる。まさに九死に一生、バレたのが暴走族王で良かったと心の底から思っていた。

 

「オレは拷問されたって喋らねえ、男の約束だ。その代わりにお願いが有るんだ」

「お願い?」

「最高に面白い作品を描いて、暴走族のカッコよさは素晴らしさを布教(つたえて)くれ。かつての全盛期、いやそれ以上に暴走族を増やす潜在能力(ポテンシャル)が帝都リベンジャーズにはある。全国の少年少女(ワルガキよびぐん)が読んで暴走族(カッケェー)と思って暴走族になる作品にしてくれ。日本全国で暴走族(ワルガキ)が暴走する。それは暴走族女神の夢なんだ!中藤にしかできない!頼む!暴走族女神に夢を魅せてくれ!」

 

 殺島は肩に手を添えて真剣な眼差しで語り掛ける。マイナージャンルを題材にした漫画が爆発的な人気を博し、そのジャンルが一気に有名になり参加人口が増えるという現象は度々起きる。それを自分がやるのか?

 あまりの目標の大きさに首を横に振りそうになる。だが暴走族王が一点の曇りもなく信じてくれる。暴走族女神が本気で願っている。ならばやってやる!今度はオレが恩人たちの願いを叶える番だ!

 

「分かった。オレが最高に面白い作品を描いて、全国のガキ共を暴走族にしてやるよ!」

「頼んだぜ中藤、けれど漫画を頑張るのはいいが、時々は暴走に参加してくれよな。オレも淋しいし、暴走族女神もだ。それに中藤が走ってる姿も見て中年(オッサン)老人(ジジイ)老婦(ババア)が走りたいと参加するかもしれねえからさ。それも暴走族女神の願望(ゆめ)だ」

「任せろ、それよりオレはまだ20代だからギリおっさんじゃねえ」

高校生(コーボー)から見たら充分中年(オッサン)だ」

「ぬかせ」

 

 暴走族王に友達同士でふざけるように軽くパンチを放つ。結構飄々としていると思っていたがこんな熱い一面もあるのは意外だった。

 

「じゃあ、頑張ってくれ大先生(うれっこ)

「ああ、最高の作品を描いてやるよ」

 

 それから暫く話し込んだ後に解散する。最初に顔を合わせた時は何年来の親友と会っている気がすると感じたが、今では秘密を共有し親友になったのではと真剣に思っている。

 今はプライベートも仕事も充実しまさに黄金時代だ。そこに親友と恩人から思いを託され、さらに心に熱が灯った。

 2人の願いを叶えるのは困難かもしれない。だがそれを叶えるための日々はさらに充実するだろう。それは黄金時代以上の黄金時代、超黄金時代だ。

 

「やってやる!」

 

 近所迷惑も顧みず声を張り上げた。

 

◆殺島飛露鬼

 

 中々楽しい一時だった。やはり中藤も心が折れた大人だった。だが花奈の姿を見て覇威燕無礼棲に入り心を癒し、暴走の日々が黄金時代になった。暴走族女神というカリスマがまぎれもなく一人の人間を救った。

 同世代だけではなく、困難で折れた大人達に覇威燕無礼棲が黄金時代を提供し心を癒す。それは十万人を率いたカリスマと言われた自分には出来なかった行為だ。

 花奈ならば多くの大人を暴走によって癒せる。親バカならぬ友達バカだが花奈にはそれができるカリスマと器がある。

 そして中藤が帝都リベンジャーの作者だったのは本当に意外だった。思わず熱を入れて語ってしまったが大半は本音だ。多くの少年少女を暴走族になりたいと思わせる魅力もあると思っているし、花奈もそれを望んでいる。何より近藤が帝都リベンジャーズの作者だと知ったのが自分で良かった。

 

 殺島の生前は暴走族であり極道でも有った。詐欺、恐喝、臓器売買、殺人、地上げ、極道はありとあらゆる方法で金を稼ぐ。嫌でも弱者から金をむしり取る術を身に着けた。

 今は宝島組に教えたキムラマニュアルを駆使した詐欺や麻薬の売買で得た売り上げの一部を貰っている。現時点では覇威燕無礼棲を運営する上で十二分の金を得ている。

 だがこの先どうなるか分からない。宝島組が金を惜しんで裏切るかもしれない。組ごと潰され収入源が絶たれるかもしれない。他の財源を確保しておくに越したことなない。

 

 帝都リベンジャーは現時点でも相当の売り上げだ。この先人気がさらに上がり単行本売り上げは勿論、アニメ化やドラマ化映画化などして関連グッズの収益も入ってくる。そうなれば近藤には巨万の富が入ってくるだろう。それを奪う。

 覇威燕無礼棲で走りたければ金を寄越せ、でなければ帝都リベンジャーズの作者であるとマスコミにバラす。こういった具合に恐喝すればいい。

 中藤はこの申し出に逆らえない。覇威燕無礼棲で走るのは生きがいであり、帝都リベンジャーズの連載中止は阻止したいだろう。弱みを見せればそこから徹底的にむしり取る。これが極道で有る。

 これを実行すれば中藤は心の底から軽蔑し憎むだろう。そして花奈に知られれば同様だ。だが花奈にバレるへまは決してしない。

 中藤はこれから慕ってくれるだろうし好きだ。だが優先すべきは花奈であり覇威燕無礼棲だ。必要であれば躊躇なく実行に移す。

 それはあくまで最終手段であり、金が必要であれば友人として誠心誠意頼み込むつもりだ。頼むからそんな手段を取らせないでくれと切に願った。

 



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第10話 エンカウント・チャラ・チャラ・マン

やっと魔法少女育成計画のキャラが出ます


♢姫河小雪

 

 小雪は信号が赤から青に変わると道に浮かぶ水たまりや風向きによる雨粒の方向に気をつけながらいつもより少しだけ速く歩き始める。この後は駅前のファーストフード店で友人のスミレと芳子と過ごす。

 中学3年になり卒業や高校受験という単語が少しずつ現実味を帯びていく。日が経つごとに本格的に高校受験の準備を始めなければならない、こうやって集まり放課後を過ごす時間は少しずつ減っていくだろう。こういう機会は大切にしたい。

 本来であれば今頃3人で過ごしている頃なのだが、今日は日直などの雑務の量が多く、急遽手伝いを頼まれたりと時間をかかりそうなので2人には先に行ってもらった。

 横断歩道を渡り数分程歩くと店に辿り着く。僅かに乱れた息を整える様に深呼吸をし、制服の腕やスカートについた雨粒をふき取り店に入る。

 小雪はレジカウンターに並びアップルパイを購入し2階に向かう。この店はどこでも座れるが何回か足を運んでいると自然に座る席も決まってくる。2階の窓側が指定席である。

 2階に上がり指定席付近に視線を向ける。レジでの混雑具合で何となく想像できたが、今日が雨宿りついでに来店しているのかほぼ満員でぱっと見では分からない。

 窓側に近づきながら探すと同じ制服と見知った後ろ姿が見えた。スミレと芳子だ、今日は左側に座っているのか、近づこうとするが思わず止まる。右のウェーブがかかっているのがスミレで左のポニーテールが芳子だとしたら真ん中に座っているのは誰だ?

 セミロングの無造作ヘアの黒髪に学ランを着ている。その姿からして男性だ。会話が盛り上がっているのか楽しそうに談笑している。どちらかの友人で偶然会ったのだろうか。

 小雪は様々な憶測を考えながらスミレの隣の席に荷物が置いてあるのを見つけ、恐らく席を取ってくれているのだと仮定し、席に近づくと遠慮がちに声をかける。

 

「あっ小雪、来たんだ」

 

 スミレは荷物を自分の足元に置いて席を空け、小雪はアップルパイを載せたトレーを席において座る。

 

「紹介するね。この子が小雪」

「初めまして、姫河小雪です」

「オレはヤジマヒロキ、ヨロシク」

 

 矢島浩紀、谷島弘樹、聞こえた音声を漢字に変換しながら視線を向ける。ヤジマは屈託のない笑顔を浮かべながら挨拶する。容姿は整っており、制服の着崩しやシャツのデザインやネックレス、それに声色や仕草から社交性が高く、俗に言うチャラい寄りの陽キャと分類される人物だろう。個人的にはあまり関わり合いも無く、得意苦手かで訊かれれば苦手に分類されるタイプだ。

 

「それでヤジマさんとは誰か知り合いなの?」

「いや初対面、私達がナンパした」

「ナンパ!?」

 

 思わぬ答えに若干声を裏返りながらオウム返しをしてしまう。自分達にはナンパとは縁遠い単語だと思っていた。ナンパされるだけでも予想外の事態で僅かばかり動揺するのに、スミレ達がナンパするとはあまりにも予想外だった。

 

「いや、小雪を待ってるのにナンパするのはどうかと思ったよ。でもスミが『これだけのイケメンはナンパしないのは失礼』とか言って声かけるんだもん」

「よっちゃんだって一緒に声かけたじゃん」

「それはアンタが一人じゃ怖いから一緒にってせがむから」

「でも結構ノリノリだったじゃん」

 

 2人は姦しく当時の状況を説明する。2人はノリが悪い方ではないが、逆ナンするような大胆な性格ではない。なんで声をかけたと尋ねると「青春の1ページを刻もうかなって」と本気かふざけているのか分からない答えが返ってきた。

 

「オレも用事まで暇だからどうすっかなって考えてたら、そしたら可憐(キュート)な年下の2人組に声かけられてさ。『これだけの美人にナンパされて断るのは失礼』って即受諾(そくレス)よ。それに初々しいからナンパすんの処女(はじめて)って分かったし、男として処女(はじめて)を頂くなんて名誉(ステータス)すぎる」

 

 ヤジマはスミレや芳子と同じようにふざけながら当時の様子と心境を説明する。スミレが「初めてを頂く」なんてエロいと茶化しながら3人で笑い合う。僅かな時間ながら随分と打ち解けているようだ。

 

「ねえ、ヤジマ君は彼女とかいるの?」

「どう思う?」

「いっぱい居そう。それで淫らな夜を過ごしてさ」

「スミ、おっさ~ん、案外一途に思っている女性が居るってパターンだよ」

 

 2人は話の流れでヤジマの恋愛事情について踏み込んでいく。小雪はその会話の輪に入らずに気取られないように殺島の様子を観察していた。

 遊び人っぽいと思っていたがここまでチャラいとは思っていなかった。この軽薄な男が友人達に何かをするかもしれないと注意を払っていた。

 

「それでどうなの?教えてよ」

 

 スミレの言葉に芳子も答えを求めるように殺島に視線を向け、ヤジマはニヤつきながら沈黙する。それが緊張感を煽っているのか2人は固唾を飲んで見守っている。

 

「答えは黙秘(シークレット)だぜ」

 

 殺島は唇に立てた人差し指をつけるジェスチャーをしながら答え、その言葉に2人は肩透かしを受けたと云わんばかりに『え~』と落胆の声をあげた。

 

「でも彼女になってくれるなら恋の魔法(チャーム)をかけてやるよ」

 

 殺島は淀みのない動作でスミレの親指と人差し指で顎を掴み上向かせ唇にキスをした。あまりにも予想外の行動に誰も反応できなかった。そして流れるような動作で芳子にもする。それから一拍おいて芳子とスミレは頬に手を当てて顔を紅潮させながら、他の客に迷惑になるレベルでキャーキャーと騒ぐ。

 それから一拍遅れて小雪は立ち上がりヤジマを睨みつける。初対面の相手にキスするだなんて何て男だ、余りの出来事に2人は動揺し穢されたことに悲しんでいるだろうと視線を2人に向ける。2人だが動揺は見えるがまるで殺島が言う魔法をかけられたかのようにトロンとした目で熱を帯びた視線を送っていた。

 何故いきなりキスしてきた相手に悪い感情を抱かず、浮ついた表情を見せるのだろう。自分では考えられない心理だ。

 そして再び殺島に視線を向ける。確かに容姿は整っている。ある程度の行動は赦されるという傾向は多少あり、2人もイケメンなら抱き着かれてもいいかなと雑談で言っていた記憶もある。だが初対面の相手にキスして嫌がられないほどの絶世の美男子かと言われると疑問符がつく。

 

「姫河にも恋の魔法(チャーム)をかけてやろうか?」

 

 殺島は視線に気づいたのか小雪に向けて投げキッスする。それに返答するように小雪の視線は厳しくなる。

 

「ダメだよ。小雪の純潔は奪わせません~」

「ファーストキスは砂浜でキレイな夕日を背に初恋の人とするんだから」

 

 芳子はヤジマの間に入りとスミレは大げさな動作で小雪を守るように抱き着く。殺島はそれを見てワリいと爽やかな笑顔で詫びを入れた。

 

「殺島君って学年は?」

高校2年(こーに)

「やっぱり高校生か、そういえばタメ語で話しちゃった」

対等語(タメご)無問題(かまわね)

「でも制服着てるから高校生に見えるけど、着てなかったら高校生に見えないって」

露見(バレ)たか。実は40代のおっさん」

「だったら若すぎでしょ」

「でもひょっとするかも、私ぐらいの恋愛マスターなら分かるんだよね。こう大人の色気?的なやつが高校生離れしてるもん」

「誰が恋愛マスターだって?スミは彼氏居ない歴=年齢なのに」

「マジで非現実(ありえねえ)。何ならオレがスミレの初物(はじめて)になりてえぐらいだぜ」

「本当に~?本気にしちゃうよ」

「だったら私にも立候補しても」

「私も私も」

 

 殺島の言葉にスミレ達は黄色い声を出しながら姦しく騒ぐ一方、小雪はすっかり冷めたアップルパイを食べながら2人の様子を冷ややかな視線とも言える瞳で見つめる。ナンパという今までにない非日常的なイベントに完全に舞い上がっている。

 今の2人は正常な判断能力を失っている。仮に怪しげな壺を買わされたりマルチ商法に引っかかっても不思議ではなく、それを実行しそうなうさん臭さがヤジマにはある。

 今すぐにでも友人達を引き連れてこの場から離れたいところだが、2人はナンパという非日常を少なからず楽しんでいるので水は差したくない。

 静観しつつ何かはヤジマが皆の害になりそうなことをしそうになったら口を挟む。スタンスを決めた会話に入ることなく3人の様子を静観する。

 殺島は聞き像上手で基本的にスミレと芳子が喋り、程よいリアクションと相槌で気分良く喋らせ、そして会話が途切れそうになると自分で話題を振り会話を途切れさせない。

 2人は楽しそうに喋り今までに見られなかった新しい一面が次々と見えてくる。そして会話の外にいる小雪も皆の会話を聞いているだけで楽しかった。

 そして静観しているうちにヤジマに対する評価を改める。話術もそうだが不思議と人を惹きつける華やかさがあるような気がした。

 

「ところで、フラッシュ……じゃなかった、キューティーヒーラーってアニメ知ってるか?」

 

 ヤジマは会話が途切れた合間を縫って話題を振り、思わぬ単語に僅かに体が反応する。魔法少女アニメであり大好きなキューティーヒーラー、その作品がヤジマの口から出るとは思わなかった。そして場の空気が若干変わる。

 スミレも芳子もアニメが好きというわけではない。世間で流行しているアニメなら見ている可能性はあるが、キューティーヒーラーは世間で流行していない。そんなアニメの話題を振っても話は広がらないのは目に見えている。今まで場を盛り上げる事に徹していた殺島にしては明らかなミスである。

 

「あ~懐かしい。小さい頃は見てたよ」

「急にどうしたの?」

 

 スミレは当然のように質問する。その声色や視線から落胆の色が見られる。キューティーヒーラーは一般には低年齢向けの女児アニメだ。そんなアニメを男子高校生が話題にすれば敬遠されるのは当然である。

 かつて岸部颯太も世間体を保ち如何にして見つからないように楽しむかに苦労したかを語っていたのを思い出し、在りし日の記憶が蘇り胸がチクりと痛んだ。

 

「いや、オレの大切な人が真剣夢中(ガチはま)りしててよ。ハ……あの娘が何に(ゾッコン)んで何に夢中(ハマ)ったのかを知りてえから、今度は真剣(ガチ)で見てみようかなってな」

 

 ヤジマは懐かしみ、そして淋しそうに語る。その表情と雰囲気は高校生とは思えない年月の深みを感じていた。そして今まではどこか仮面をかぶり本音を隠していた印象が有ったが、この日最も本音をさらけ出した瞬間のような気がした。

 

「そうなんだ……だったら小雪が詳しいよ」

「そうそう。魔法少女が好きでさ、去年の秋ごろまであった魔法少女育成計画ってソシャゲもやってたし、魔法少女が居るって都市伝説が流行した時に真っ先に信じてたくらいだからさ」

 

 芳子達は今まで会話の輪に外れていた小雪に突如話題を振り視線を向け、ヤジマも釣られるように視線を向ける。この場に居る者の視線は全て小雪に向けられていた。

 小雪はこの後の展開を考える。友人達には魔法少女モノが好きだというのは知られているのでしらばっくれるのは無理だ。であればどれだけ話すかだが全力で紹介し良さを伝えれば時間もさることながら友人達もひいてしまい、今後の関係に影響が出るかもしれない。

 

「キューティーシリーズなら最初のキューティーヒーラーを見ればいいと思います。それで気に入れば他のシリーズを見ればいいと思います。何だかんだ無印がベースになっているから無印がおもしろければ他も楽しめるはずです」

「シリーズってことはそのキューティーヒーラーだけじゃねえの?」

「はい、キューティーヒーラーギャラクシーとかフラッシュとか、10作以上はあります」

「1シリーズ何話?」

「1年だから52話です」

大長編(サーガ)だな」

 

 ヤジマは視聴にかかる時間を計算したのかその時間数に思わず天を仰ぐ。

 

「でもシリーズごとに繋がりが有るわけじゃないので一から順に見なくても、ネットとかであらすじとか興味を引いたキャラクターとかが出ている作品を見るのもありだと思います」

「なるほど」

 

 ヤジマは興味深そうに相槌を打つとスマホを取り出し操作し始める。取り敢えず当たり障りのない紹介だったと思う。

 小雪は友人達の反応を確かめるように見渡すと殺島と同じようにスマホを取り出し、『そういえばこんなキャラいた』『え?そんな結末だったっけ』とキューティーヒーラーについて調べながら昔を懐かしむように思い出話に花を咲かせる。小雪も話の輪に入り熱が入りすぎないようにしながらお喋りを楽しんだ。

 

「じゃあねヤジマ君」

「ああ、誘ってくれたらいつでも参上(くる)からよ」

 

 芳子達は手を振りヤジマも応える様に手を上げながら自分達とは逆方向に歩いていく。あれから小一時間ぐらい喋ると場の空気が頃合いだという流れになり解散する。

 

「いや~、中々に楽しかったね」

「確かに、聞き上手のイケメンと話すのがこんなに楽しいとは思わなかったわ。ホストにハマる人の気持ちが分かった気がする」

「なんたってスミレはファーストキスが奪われた記念日だからね。今の気持ちはどう?」

「別に~私ぐらいの恋愛マスターにとってキスなんて挨拶程度よ。それにファーストキスじゃないし」

「そうなの?誰にファーストキス奪われたの?聞かせてよ」

「しょうがないな~」

 

 スミレの話を聞いている芳子の後ろを歩きながら小雪は今日の出来事を振り返る。友人が男子高校生をナンパするという衝撃的な出来事が起きたが普通にお喋りしただけで特に何もなく終わった。

 

「よし連絡先ゲットしたし、週末ぐらい遊びに誘っちゃおうかな」

「おお~スミ肉食系」

「来年は女子高校生だからね。女子高校生に甘んじて受け身じゃねあっという間に卒業だよ。彼氏をゲットするためには積極的に動かないと」

「今からヤジマ君と付き合えばいいじゃん」

「無理でしょ。あれは競争率が高すぎるっていうか、誰かいるでしょ」

「じゃあ何で遊びに誘うの?」

「だって楽しそうだし、誰かいい人紹介してもらおうかなって」

「そういえば小雪は連絡先交換しなかったの?」

「うん」

「ダメだぞ小雪、私達も来年は高校生なんだから積極的に動かないと」

「確かに、スミじゃないけど受け身だと彼氏できずにあっという間に卒業とかもあり得るし」

 

 3人はスミレのファーストキスの話題から再び殺島に話題を移す。恐らく殺島と友人達は恋愛関係にはならない。殺島にとっても友人達とは遊びであり、皆もそれを何となく理解している。仮に連絡を取ってどこかで遊ぶとしても彼女になるために交流を深めているのではなく、それこそホスト遊びのような感覚だろう。

 

「じゃあ、また明日」

「またね」

 

 小雪たちは別れの挨拶を交わし其々の家路についた。

 

 

 深夜のN市、セーラー服風のコスチュームを着たピンク髪の少女が住宅の屋根を飛び石代わりに街を移動する。その動きは明らかに人間離れしており、もしその様子を目撃した人が居たとしてもあまりの速さに目の錯覚だろうと思ってしまうほどの速度だった。

 その少女は屋根からある民家の2階に一足飛びで移動し中に入る。そしてピンク髪の少女の姿が突如変り姫河小雪の姿に戻る。

 

 姫川小雪には友人にも両親にも秘密にしている事がある。かつてN市で話題を呼んだ魔法少女達の1人、魔法少女スノーホワイトである。ある日に魔法少女にならないかとスカウトされ、魔法少女に変身できる力を授かった。

 魔法少女は常人とは比較にならないほどの身体能力と魔法を授かる。その代価として人助けなどの善行をすることを推奨される。推奨であり強制ではないが、善行をしなければば魔法少女の力を剥奪され、ほぼ強制と言っていい。

 そしてスノーホワイトは今日もN市を巡回し、この時間まで道路に寝転がっている酔っ払いを自宅まで運ぶなどの人助けをしていた。

 

 今日はトラブルが連続して起こりそれに対処していたら帰るのが遅れてしまった。小雪は明日の登校に備え急いで寝間着に着替え就寝の準備を整える。そして何気なくスマホを手に取ると画面に見知らぬアイコンのメッセージが表示され、そのアイコンの横には殺島という文字が書かれていた。

 殺島なんて物騒な苗字だ、そんな知り合いなんて居ない。迷惑メールの類か?開いてウィルスでもばら撒かれたら怖い。普段なら開かず消去するのだが、今日は消去せずメッセージを確認した。

 

「急にメッセージ送って悪い、今日出会った殺島だ。連絡先はスミレから教えてもらった。帰ってからキューティーヒーラーを見たんだが、ガチでオモシレえ!!!恐らくこのまま見るつもりだが、今の時点でも色々と語りてえって欲がパンパンで、見終わった後には破裂してるは絶対!!!それで色々と語りてえから明後日の放課後に昨日店で俺の語りに付き合ってくれねえか?」

 

 小雪の中で殺島の姿が浮かび上がる。殺島と書いてヤジマと読むのか。だが今日は殺島と連絡先を交換していない。芳子かスミレが連絡先を教えたのだろうか?そして殺島から直接連絡が来たのも驚いたが、内容はもっと驚いた。

 小雪は様々な可能性を考えながらゆっくりとした動作で画面をタップしメッセージを読む。思わず首をひねる。あまりにも予想外の行動とお願いにどうしようかと悩んでいた。



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第11話 BOY FRIEND

 

♢姫河小雪

 

「殺島君からメッセージ来た?」

 

 4限目終わりの昼休み、芳子とスミレと机を合わせ談笑している最中芳子から何気なく訊かれる。

 

「うん、来たよ」

「ん?確か小雪は殺島君と連絡先交換しなかったよね。どういうこと?」

「殺島君から小雪の連絡先教えてくれってメッセージを送られてきたから教えた」

「本人の許可なしに教えるってどうなの?リテラシー足りなくない?」

「嫌なら無視するかブロックすればいいから問題ないかなって」

「確かにそうだけど、何か違う気がする。それでどんな内容だったの?」

 

 スミレは頬杖をつきながら問いかけ芳子も興味津々と言った様子でスマホからこちらに視線を向ける。

 

「ざっくり言えば、キューティーヒーラーを見て色々と語りたいから付き合ってくれって内容」

「そっち方面か、それだったら小雪に連絡するのも納得だ」

 

 芳子の言葉にスミレはうんうんと頷く。

 

「それって2人っきり?」

「はっきりと分からないけど、たぶん」

「男子と二人っきりってデートじゃん。しかも殺島君と、いいな~私もがっつり見ておけばよかった。そうすれば小雪の代わりにお呼ばれされたかもしれないのに。今からキューティーヒーラー見れば間に合うかな?」

「それは無理かな。会うのは今日の放課後だし」

「残念~」

 

 芳子は露骨に肩を落とす。しかし本気でそう思っているわけではなく、殺島と話すためにキューティーヒーラーを全部視聴する気もないのも分かっていた。

 

「しかし意外だな、小雪だったら断りそうなのに。何か理由有るの?もしかして殺島君に気があるとか?」

 

 芳子はニヤニヤと笑みを浮かべながら小雪の脇腹を肘で突っつき、小雪はやめてよと若干苦笑いを浮かべながら距離をとりながら話を続ける。

 

「文面からして物凄くキューティーヒーラーにハマったのは分かって、物凄く面白かったり感動した作品に出会って誰かに語りたいって気持ちは分かるんだよね。それに語るにしてもある程度分かる人じゃないと共感も得られないし、キューティーヒーラーは小さい女の子向けのアニメだし、殺島君の周りに見ている人なんてまず居ない。だから私に連絡して頼んだんだと思う。だから少しぐらいは付き合ってあげてもいいかなって。あんまり予定ないし」

 

 小雪は最後に自虐的な笑みを浮かべながら喋り、スミレと芳子はその言葉を聞き考え込む。好きな物を凄さや楽しさを共感してもらいたいという気持ちは多かれ少なかれある。スミレも好きなバンドの音楽を聞かせたり、芳子もお勧めの海外ドラマを勧めたりするので分かるだろう。

 

「その気持ちはある意味分かる。付き合ってあげなよ」

「困っている人を助けるってキューティーヒーラーっぽい。確かそんな感じの話だったよね?」

「そんな感じ」

「念のため付いていってあげようか?殺島君はそんな事しないと思うけど、万が一何かされた時ように近くに居てさ」

「それって、2人が何を話しているか聞きたいだけじゃない?」

「それも多少ある」

 

 芳子は親指と人差し指で隙間を作るジェスチャーを作り、スミレは趣味悪いと揶揄う。

 

「ありがとう。でも私の用事に2人を突き合わせるのも悪いし」

「そっか、実は私も用事があるんだよね」

「私も、そういえば例の動画見た?」

 

 スミレは思い出したかのようにスマホを取り出し動画を再生さえ芳子に見せる。小雪は友人達の気遣いに感謝しながら自身の気持ちを考える。

 

 自分でもこの申し出に応じるとは思わなかった。確かに殺島の気持ちも分かるがあまり得意なタイプではなく、友人達に紛れて喋るならともかく一対一で話したいと思うほど好意や興味を持っているわけではない。殺島の誘いに応じたのはキューティーヒーラーという魔法少女アニメにハマっているからだ。

 キューティーヒーラーを始め、ハーローデイジーやひよこちゃん等の魔法少女モノと分類されるアニメは完全なフィクションではない。主人公たちは自分と同じ魔法少女であり実在している。

 魔法少女アニメを見て彼女達の活躍を見て、魔法少女になったら彼女達のように清く正しい魔法少女になりたいと思い、今も理想に限りなく近づこうと活動している。そして魔法少女生活のなかで実際の魔法少女はアニメの中の魔法少女のように清く正しいわけではないと知る。 

 

 魔法少女スノーホワイトは魔法少女界隈では魔法少女狩りと恐れられている。独自で調査し行動し悪事を働いている魔法少女を捕まえている。やっている事は魔法少女の警察のようなものだが、実際は悪党魔法少女を捕まえるために魔法少女のルールを無視し、素直に罪を認めず抵抗する魔法少女を暴力で無力化したことは何度もある。

 周りは褒める人もいるが、やっている事は自分の目的や欲求を満たすために暴力を行使している悪党魔法少女と変わらない。それは理想に描いた清く正しい魔法少女像とは離れている。

 本当は清く正しい心を持ち、自分の気持ちを訴えかけることで改心する。そもそも誰一人悪しき心を持たない魔法少女がいる理想の世界を望んでいた。

 だが現実は甘くなく良心に訴えかけたとしても誰も耳を貸さず、平気で自分の欲求を満たすために悪事を重ねる魔法少女は後を絶たない。

 

 スノーホワイトは変わった。N市で行われた魔法少女選抜試験、その試験にはスノーホワイト以外にも15人の魔法少女が居た。試験内容は人助けをするごとに貰えるキャンディーの多寡を競う内容だがキャンディーが少ない者は死亡し、運営側はキャンディー集めではなく魔法少女を直接殺すのを推奨し、多くの魔法少女はその思惑に乗っかり試験は壮絶なデスゲームと化した。

 結果的に16人居た魔法少女は自分を含め2人となり、犠牲者の中には幼馴染であり大切な友人であったラ・ピュセルや自分を慕ってくれたハードゴアアリスも死んだ。

 試験の間何もしなかった。人助けもしたが恐怖に怯え何も行動しなかった。生き残りであり友人のリップルは運営の誘いに乗らずアニメの魔法少女のように暴力を行使しなかった姿を見てスノーホワイトは魔法少女だと言ってくれた。

 確かに無意識では理想の魔法少女を貫くために暴力を行使しなかったのかもしれない。しかし死の恐怖に恐れ何もせず何も選択しなかった臆病者の魔法少女、それがスノーホワイトだ。もし自分が動き選択すればラ・ピュセルやハードゴアアリス、他の魔法少女は死ななかったのかもしれない。

 選抜試験以降はアニメの魔法少女ならする必要がない戦闘訓練を繰り返し、悪事を働く魔法少女を倒すために暴力を行使する。

 それは当初に思い描いていた理想の魔法少女像にはほど遠い。しかしその理想の魔法少女では悪党魔法少女の悪事を止められず、多くの人を不幸にする。それならば例え暴力を行使しても悪党魔法少女を止める。それがスノーホワイトの魔法少女としての在り方となった。

 

 最近は魔法少女アニメを見てない。単純に年齢を重ね嗜好と外れてしまったのもあるが、魔法少女は全員が清く正しくなく、アニメに出ている魔法少女のモデルも私利私欲で他者を踏みにじり悪事を働いているかもしれないと思うと純粋な目で楽しめなくなってしまった。

 殺島は魔法少女アニメを純粋に楽しんでいる。それは文面だけでも充分に伝わってきた。魔法少女の実情も知らず彼女達の善性や思いやり優しさ気高さに魅了され感銘を受けている。そんな人が1人でも多く増え楽しんでもらい、何より好きで愛して欲しい。

 それは幼き頃の理想の魔法少女から外れてしまった今でも変わらない。姫河小雪として魔法少女スノーホワイトとしての願いでもあった。

 

◆殺島飛露鬼

 

「悪いっすご婦人(マダム)多忙(ケツカッチン)なんで」

「そんな、君といると普段の寂しさが癒えるの。お願い」

「何か有ったら呼んでください。これ俺の連絡先(アド)

 

 中年女性と連絡先を交換すると振り切るように足早にバイクに駆け寄り出発する。暇つぶしに逆ナンされたが、会話の中に確かな教養とユーモアがあり素敵な女性だった。いつもならもう少し遊んでも良かったが、今日は外せない用事があるので早目に切り上げた。

 

「集合時間の16時まで残り15分、楽勝(ヨユー)

 

 数々の犯罪行為をしてきた不良であるが時間は守る。特に今日は此方が誘ったので猶更だ。現時点から目的地までバイクで走れば普通なら30分程度はかかる。しかし殺島にとって何の問題も無かった

 殺島はバイクに乗ると法定速度を遥かに超えたスピードで走り、信号を無視し前方にいる車両を追い抜きながら進んでいく。

 

「~~♪~~~♪~~♪」

 

 無意識に鼻歌を口ずさむ。バイクで走るのは楽しい。今は暴走時程ではないがスピードを出して次々と車を抜き去り爽快感がある。だが上機嫌なのはバイクで走るからではない。この後にキューティーヒーラーについて語れると思うと心が高揚する。その鼻歌のメロディーはキューティーヒーラーOPのメロディーである。52回も聞けば頭に刻み込まれている。

 

 殺島はキューティーヒーラーにドハマりしていた。視聴する切っ掛けはある種の罪滅ぼしだった。生前では娘の花奈がフラッシュプリンセスというこの世界のキューティーヒーラーのようなアニメに熱中し、アニメについて色々と話しかけてきた。

 仕事が忙しかったのもそうだが単純に興味が湧かず見てないのもあり、テキトーに相槌を打ち話を合わせるだけだった。花奈は表向きには楽しそうに話していたが、実は興味が無いのを見抜き、楽しさや面白さを共有できないと悲しんでいたのかもしれない。子供は意外と敏感だ。

 せめてこの世界ではと思い見始めた。そして見始めてから2時間程度で罪滅ぼしという感情は消え失せ純粋に娯楽として楽しんでいた。

 全話視聴し暫くの間余韻を楽しんだ後に湧き上がったのは作品について語りたいという衝動だった。これが娘の抱いた感情か、同じ気持ちを抱けた嬉しさがあった。

 しかし問題が生じる。それは周りにキューティーヒーラーを見ている者が居ないという事だ。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)や学校での知人友人などそれなりに付き合いは広いが見ている者は誰一人していない。ネットで語り合うという方法はあるが殺島にはそのアイディアは思いつかなかった。

 どうすべきかと考える最中先日のナンパした女子中学生グループの中に魔法少女アニメについて説明してくれた女の子が居たのを思い出す、確か姫河と名乗っていた。一度会っただけの男の誘いに乗ってくれるかは分からないが、それしか候補者が居ないのでとりあえず連絡しようとするが、連絡先を聞いていないのを思い出す。

 だがその程度で諦めるほど語りたいという欲求は小さくない。連絡先を交換した姫河の友人と連絡をとり連絡先を教えてもらい、メッセージを送り約束をとりつけた。

 バイクを走らせて10分、集合場所であるチェーン店に到着し、店内に入り辺りを見渡すが姫河らしき人影は見当たらない。

 とりあえず1階に降りてメニューを注文し改めて同じ席に座る。そして5分後ぐらいに後ろから声をかけられ振り向くと姫河が居た。すぐに隣の席に置いていたバッグをどかし座るように促す。

 

「今日は来てくれて感謝(サンキュ)な」

「予定が空いてましたから」

「そうか、ところで芳子やスミレとかとこの店によく来るのか?」

「時々、皆帰宅部だから比較的に皆の予定があうので」

「帰宅部か、俺もサッカー部だったけど退部(ふけた)わ」

 

 ムカついたので退部届代わりに部長の頭をサッカーボール代わりに蹴ろうとしたと言いそうになったが止める。これは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)や野郎同士の会話のノリだ。女子中学生に言えば引かれる。

 

「キューティーヒーラー全部見たぜ、超夢中(ドハマり)だ。最初は軽い感じで見たが1話見る度にのめり込んで、気が付けば朝だった。こんな体験はいつ以来だろうな。それで続きが見たいから学校を欠席(ふけて)昼過ぎぐらいまで見て、このまま見ようかと思ったが絶好調(ベストコンディション)で見るべきだって6時過ぎまで仮眠とって、そこから最終話(ラスト)まで一気よ」

「学校休んだんですか?」

「ああ、気になって授業なんて受けてらんねえって」

 

 早速本題に入り率直な感想を伝える。姫河は学校を休んだことに苦笑いを浮かべる。声色に呆れが含まれているがそこまで悪い感情は籠っていない。

 

娯楽(エンタメ)でこんな衝撃(インパクト)を受けたのは始めてだ。ストーリーは勧善懲悪で子供用(ベタ)だが心にグッとくる。特にラスト数話は見てて真実(マジ)泣きした。まず主人公達が良い。あれは真実(マジ)でいい女でベタ惚れ(ゾッコン)だ」

 

 バイクで走っている時に何を話そうかある程度決めていた。だが気が付けばプランはすっかり消え、感情が赴くままに喋っている。

 さらに語彙力が明らかに低下している。まるでバイクや暴走について喋っている時の花奈のようだ。その子供のような姿に微笑ましさを覚えていたが、今の自分は大して変わらない。

 

「それでキューティーヒーラーの話だけど、キューティーパールは心優しいが臆病で引っ込み思案、キューティーオニキスは活発だが少しガサツで気配りが苦手、お互い長所と短所が正反対で反発し合うが影響を受け合い成長してく過程が良い。12話でキューティーパールが電車に老人に席を譲ろうとするんだが、以前に同じことをして「老人扱いするな!」激怒(キレ)られて止めようとするが、オニキスの何度怒られて挫けない強靭(タフ)さを思い出して勇気を出して席を譲る。あれは感動的(エモ)い」

「私もそのシーンは覚えている。地味だけどパールの優しさと成長が見られて好き」

 

 姫河は懐かしむように静かに頷き同意する。今まで一方的に喋っていただけだが初めて反応を見せて自分の意見を言った。そして同じように視聴していた姫河が自分の意見に同意してくれたのに嬉しさを感じる。これこそが人と語り合う楽しみだ。

 

「姫河は他に好きな場面(シーン)や印象に残っている場面(シーン)はあるか?」

 

 語るというのは一方的に喋るのではなく、お互いが話すことだ。誘いに応じてくれたが一方的に喋る場合も覚悟していたが、これまでの姫河の反応を見て語り合えると見て質問を投げかける。

 

「やっぱりオニキスとパールがガリヤが消えるまで癒し続けるとこかな」

「あれか!あれは真剣感動的(ガチエモ)!」

 

 姫河の意見に思わず手を叩き指さす。45話で悪の幹部の1人であるガリヤ、数々の非道な策略によりヒーラー達だけではなく友人や家族も傷つけた悪役、45話で倒すのだがヒーラー達は痛みに苦しむガリヤに駆け寄り回復魔法をかける。

 戦いを通して彼の孤独と痛みを知り癒せなくてごめんねと泣いて謝り続け、最後はヒーラー達を親の仇のように憎んでいたガリヤもその優しさに心打たれ、今まで酷い事をしてゴメンと謝り穏やかな顔で消えた。作中屈指の名場面だ。

 

 それからキューティーヒーラーについて語り続けた。主人公、敵キャラやサブキャラ、ストーリーなど様々な事を語った。時には意見に賛同し賛同され、意見を否定し否定された。意見を否定されても悪い気分にはならなかった。姫川はこう捉えるのかと感心するばかりだった。

 そして姫河の意見を否定することもあった。相手を気遣いほぼ初対面の人間の意見を否定しないが姫河なら受け止めてくれるという不思議な信頼感があった。

 

不真実(ウソ)だろ!?もうこんな時間かよ」

 

 思わずスマホを見て驚く。16時ぐらいに店に入ったので気が付けば3時間が経っていた。楽しい時間はあっという間に過ぎるというが、こんなにも速く過ぎるのか、この感覚は暴走の時のようだ。

 

「ある程度は語ったし、終了(おひらき)だな」

「そうだね。ちょっと待って」

 

 姫河はスマホを手に取り話す。口調からして親からだろう、どうやらいつ帰ってくるかという話らしい。生前母親が生きていた時も平気で19時過ぎても家に帰らず遊んでいたが、人によっては19時は充分に遅い時間だ、さらに姫河は女から親も心配する気持ちも分かる。

 

「帰ったら次のキューティーシリーズ見るから、全部見たらまた語りに付き合ってくれねえか」

 

 帰り際にさりげなく提案する。今日は本当に楽しかった。好きな作品を語り合うのがここまで楽しいとは思ってもいなかった。この語りでキューティーシリーズに対する熱意は一気に増した。次のシリーズを全部見るのは確定事項であり、次も初代に負けないぐらい面白いのは確信できる。

 そしてまた語りたくなる。その相手に姫河が良い。比較対象は居ないが姫河と語るのが最も楽しい気がする。不思議と波長が合うのだ。

 

「分かりました。また話しましょう」

「良し、とりあえず全部見たら連絡するから落ち合う日は姫河が決めてくれ」

「分かりました。それでは帰ります。両親が早く帰ってこいって」

「それは一大事だ。最速(なるはや)で帰ったほうがいい」

「それではまた」

 

 姫河は頭を下げると小走りで信号を渡り駅に向かっていく。後ろ姿を確認しながらスマホを取り出し次のシリーズのキューティーシリーズについて検索する。

 早く帰って見たいところだが先約がある。今日の夜から覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーで遠征だ。地元を暴走するのも悪くはないが遠征した地での暴走も楽しい。それはキューティーシリーズを見るのに匹敵する。

 土日を使って遠征するので視聴できるのは日曜の深夜か月曜からだ、キューティーヒーラーは逃げないから焦る必要はない。スマホの画面はネットのマップに変わる。遠征先であるからこそ入念な下調べが必要だ。

 殺島の頭はキューティーシリーズから暴走に切り替わっていた

 

♢姫河小雪

 

 電車に揺られながら今日の会合について振り返る。正直人助けだと思っていたので楽しさを求めていなかった。だが予想以上に楽しく気が付けば両親への連絡を忘れ喋ってしまった。

 こんなにキューティーヒーラーについて喋ったのはいつ以来だろう。語り合いを通して視聴していた当時は純粋に楽しんでいたのを思い出せた。

 そして殺島も楽しみキューティーシリーズに一層の興味を持ってくれた。それは魔法少女として魔法少女アニメ愛好家として嬉しかった。しかしよほど心に刺さったのだろう。その語りの熱量は時にこちらが圧倒されるほどだった。

 キューティーシリーズを見終わったら、デイジーやひよこちゃんを勧めてみよう。キューティーシリーズはアクションシーンが豊富でそういった要素に惹かれる者もいる。一方殺島は魔法を通しての成長や人の機微などの昔の魔法少女アニメ的な要素に惹かれている。そういった者は魔法少女アニメ全般を好む可能性がある。

 帰ったら夜のパトロール前に次のシリーズを見返すか、最後に見たのは大分前なので記憶が大分朧気だ。殺島の話についていけなくなるかもしれない。

 実際の魔法少女はアニメのように清く正しくない者もいる。モデルになった魔法少女もそうかもしれない。けれどアニメの魔法少女は理想の魔法少女だ。その姿に憧れ感銘を受けて彼女達のようになろうと思った。

 今は彼女達とはかけ離れてしまった。けれど自分なりに彼女達のようになろうという意志は失っていない。今一度キューティーヒーラーを視聴することで初志を思い出し、清く正しい魔法少女の姿を再確認するのも必要かもしれない。

 



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第12話 ヤンキーヤンキー

◆生島花奈

 

「そういえば暴走族(ゾク)関係以外で友達存在(ダチいん)の?」

 

 ファミレスのドリンクバーで覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の今後について話し合いをしている最中にヤジが何気なく問いかける。

 

「いる。1人だけ」

真実(マジ)か、花奈は非友好的(コミュしょう)だから暴走族(ゾク)関係以外は友達(ダチ)いないと思った」

 

 ヤジが心底驚きながらニヤニヤと笑みを浮かべながら呟く。今すぐにでも殴りたくなるがグッと堪える。

 確かにその通りだ。ヤジと出会い覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)を作るまでは誰とも趣味が合わず友達はおらず、辛うじて該当するのがつばめ等の燕無礼棲(エンプレス)のメンバーぐらいだった。過去形で有り今ではシャバ過ぎて友達とは思っていない。

 そして今も覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)以外のメンバーとは仲良くしようとは思わないし、相手も仲よくしようとは思わない。例外はあいつだけだ。

 

「それいつ頃からだ?」

「出会ったのは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)結成前ぐらいか」

「どんな奴だ?」

「変な奴だよ。何かと構ったり駄弁ろうぜって呼びつけたり押しかけたり」

「そいつは傾奇者(へん)だ。今じゃマシだが、あの頃は鋭角(ギラギラ)してたし、誰も近寄らねえ」

「だよな」

 

 花奈は自虐的に笑う。改めて思い返すと本当に荒れていた。そんな自分に声をかけ続けるなんて本当に傾奇者だ。

 

「よかったら、初遭遇(ファーストコンタクト)を訊かせてくれよ」

 

 ヤジは興味津々という目つきでこちらを見つめる。普段なら何となく気恥ずかしくて話さない。だが今は話してもいいかなと思っていた。

 

「ああ、いいぞ。あれは秋ごろだな」

 

 

◆◆◆

 

 花奈は不機嫌の極致だった。燕無礼棲(エンプレス)が自然消滅したことに激怒し、高校に入ったらそれ以上のチームを作ると決意しながらも誰一人メンバーにならず、1人で走っても全く楽しくない。

 それでも多少マシかとバイクで走り、残りの苛つきは喧嘩で発散していた。それでも僅かにガス抜きが出来ているに過ぎなかった。

 そして一カ月前に室田つばめが死んだ。燕無礼棲(エンプレス)のリーダーであり従妹だった。誰かに襲われお腹の中の赤ちゃんも死んだ。結婚するからとチームを抜け自分の子供すら守れないカスだ。

 交流を断っている親からも葬式の日時を教えられたが行かなかった。行けばありとあらゆる文句を言ってしまうのは明らかだ。行かないのがつばめに対する最大限の礼だ。

 

 花奈は学校をふけて当てもなくN市をバイクで走り回っていた。気が向くままに走っていると住宅地の外れの方につき一軒の洋食店があった。外観からして個人経営だろう。丁度腹が空いていたので店に入る。

 中もテーブル席が5個程度で1席は茶髪のそばかす女が座っている明らかにチェーン店より小さい。店員も同世代の女だけで、厨房も恐らく1人だろう。

 最奥のテーブルに座りメニュー表を確認する。ハンバーグやカレーライスなど気取った感じの料理は無く、大体は千円以下と中々に良心的な値段だ。財布には千円しかなかったので不味ければ恫喝による値切りを考えていたがやらずにすむ。

 とりあえずハンバーグとライスを頼み10分程度で料理が運ばれ口に運ぶ。

 

 美味い。

 

 最近は碌な飯を食べていないというのを差し引いても美味い。今までの中で一番美味いハンバーグだ。すぐに食べたいという欲求を抑えゆっくりと食べ味を楽しむ。

 すると入り口から騒がしい声が聞こえてくる。振り向くと大学生らしき男2名が入ってくる。耳障りな声で普段ならうるせえと威嚇するところだが、気分が良いので特に何もしない。

 ハンバーグを楽しむなか男たちは相変わらずうるさかった。ハンバーグで押さえていた不機嫌さが次第に大きくなるのを感じる。

 

「あれ……ダサくね?」

 

 ふと耳に聞こえてくる単語と人をバカにした気配、これは完全に侮辱している。残っていたハンバーグを口に放り込み急いで食べ胃に流し込み、ハンバーグを載せていた皿をノールックで後ろに投げつけた。

 男の叫び声と皿が割れた音が聞こえ振り向くと1人が顔面を押さえて蹲っていた。皿が当ったのを確認し、椅子から立ち上がり後ろに向かって走る。

 もう1人が反射的に振り向き立ち上がる。そこに顔面に飛び膝をかます。頭の中で膝が直撃する映像が浮かび上がる。だが膝は直撃せず男は後ろに倒れこんでいた。

 テーブルに着地しながら状況を確認する。男の隣に女の店員がいる。女が男を引っ張って攻撃を回避したのを瞬時に判断する。

 男をボコすのを邪魔する女も敵だ

 

 攻撃対象を男から女に変えテーブルから跳躍し跳び膝をかますが、両腕を掲げ頭部をガードされる。そのまま着地と同時に水面蹴りで足を払うが跳躍されこれも回避される。だが攻撃はこれで終わりではない。水面蹴りの勢いをさらに増しバックスピンキックを繰り出す。狙いは金的、金的は男の弱点だがちんこがなくとも女にとっても急所になる。それは数々の喧嘩で知っている。

 だがこれもガードされる。一般人ならこれで決まっている。相手の力量を感心するより防がれた苛立ちが頭を駆け巡る。

 すると女は顎に向けて右のハイキックを繰り出す。この反撃は予想外だ。しかもキレが良くまともに当たれば只では済まない。ガード、バックステップ、様々な選択肢が浮かび上がる。

 ここはより攻撃的にいく。膝を曲げダッキングの回避を試みる。蹴りが掠り頭頂部に痛みが走るがギリギリで避け、そのままがら空きの軸足に組み付いて相手を倒し素早く馬乗りになる。

 そこから拳を振り下ろすのではなく、拳を握り小指の側面を叩きつけるように振り下ろす。こっちのほうが拳を傷めず力が入るような気がして、馬乗りになった際にはこの方法で攻撃している。

 相手は懸命に腕を掲げ防御する。大概の者は反射的に腕を掲げ防御するが、ガード越しに殴られる衝撃と恐怖で思わず目を瞑り、ガードが疎かになりその隙間を潜って殴り倒すのがいつものパターンだ。だがこの女は目をしっかり開けてガードしていた。恐怖ではなく敵意や抗う気持ちが溢れた目だ、気に入らない。

 花奈の攻撃の苛烈さは増しガード越しに何度も鉄槌を叩きつけるがガードは崩れない。本来ならば女にしか目がいかないはずだが、ふと視線を上に向けると周囲には誰もいなかった。

 

「逃げたなアイツら!」

 

 花奈は立ちあがると出口に向かって駆けていく。元はバカにした男2人をボコろうとしたのだ。女にかまっている暇はない。茶髪のそばかすに介抱されている女を見ながら店を出ると近くに止めていたバイクに乗り出発した。

 

◆◆◆

 

「ところで、花奈を侮辱(ディス)った奴は」

「ああ、見つけてボコボコにした後は全裸の写真撮るついでに現住所を記録して、警察(イヌ)通報(タレ)こんだらネット上に晒すって脅した」

苛烈(えっぎ)~」

「それはそうだろ」

「ところで友達(ダチ)の話は?」

早漏(はやんな)、これからだよ」

 

 話の腰を折るヤジを諫めながら話を続ける。

 

「これで足りるかな」

 

 花奈は店前でバイクを降りて財布にある千円札を数える。昨日行った店は大当たりだった。毎日でも行きたいが、昨日は不可抗力で暴れてしまい店に迷惑をかけてしまいついでに食い逃げもしていた。他の店なら二度と行かなければいいだけだが、今回はそうはいかない。

 今日は昨日の料理の代金意外に投げた皿代と迷惑料をあの2名から徴収しておいた。相場は分からないが大丈夫だろう。

 店に入ると昨日の女店員と店長らしき男が信じられないと言った表情で見つめていた。

 

「どのような御用でしょうか?」

「昨日の飯代払ってなかったから払いに来た。あと皿代と迷惑料とかもこれぐらいで足りるだろう」

 

 財布から札を抜き出し店長に渡す、女店員は邪魔したので謝る必要はない。これでチャラだろう。意気揚々と昨日と同じ席につきメニュー表を広げる。昨日はハンバーグだったから今日はカレーにでもするか、メニューを吟味するなか視界に映る店長に視線を向け呟く。

 

「ぼーっと突っ立ってんなよ」

 

 メニューが決まっていなくても厨房で準備することがあるだろう。それなのに突っ立ってるんなて舐めてんのか、料理が美味くなければボコるところだ。だが店長は一向に厨房に行かないどころか睨みつける。花奈の中で不機嫌さのボルテージが急上昇する。

 

「店長、この娘は私の友達で実は若い人達が私に向かって酷い悪口を言うから怒ったんです。許してあげてください。いや~昨日は私のために怒ってくれてありがとう」

 

 すると女店員が視界を遮るように割って入りやたら親し気に話しかけてくる。何言ってんだこいつ?侮辱されたのはこっちだ。とち狂ったか?すると女店員は店長に気付かれないようしたのか小声で話しかける。

 

「話を合わせて、でないと料理食べられない」

 

 よく分からないが料理を食べられないのはダメだ。とりあえず女店員の話に合わせよう。軽く頷いて意思表示する。

 

「そうなの、でも昨日本気で殴ったり蹴ったりしてなかった?」

「それは……、あれです。私とこの娘格闘技が好きで、いつもあんな感じでじゃれ合ってるんですよ。ね」

「ああ……いつもあんな感じ」

 

 話の流れに合わせてテキトーに受け答えする。すると店長は疑いの目線を向けながら渋々といった様子で厨房に戻っていく。

 

「なんで庇った?」

「あいつなら同じことしそうだから」

「は?」

「あと料理食べたら顔貸して」

「昨日の復讐(リベンジ)か?」

「ただの雑談、断ったらさっきのは嘘だって言うから。自分のところの従業員が赤の他人に暴行されたなんて知ったら、出禁確実だから」

「……分かったよ」

 

 それから料理を食べ終え店先の路肩に座り込んでいると暫くして女店員が缶コーヒーを手に持ちながらやってきた。

 

「私は細波華乃、名前は?」

「……」

「高校2年だけど、アンタは?」

「……」

「たぶん同世代だよね、学校は楽しい?」

「……」

「友達いる?家族とうまくやってる?」

 

 細波は親し気に話しかけるがガン無視を決める。顔を貸せと言われたので付き合っているが喋る義理はない。それに馴れ馴れしい態度がつばめを思い出して余計に腹立つ。

 

「ここの料理気に入ったのならまた来な。こっそりサービスしてあげる」

 

 細波はやれやれといった具合にため息をつくと一声かけて店に戻っていった。

 

◆◆◆

 

「それから、店に行くごとに話しかけやがって、店長に怒られても話かけやがんの」

「そいつは情熱的(アグレッシブ)だ」

「それからヤジと会って覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)が出来た頃かな。機嫌よかったのか連絡先教えたら、やたらメッセージ送ってきやがる。それにオモシロイ漫画教えてやるとか古本屋に連れてかれたり、店の賄いを恵んでやるから来いとか、新メニューの試食させてやるから来いとか呼び出したりとかこっちの都合なんて関係なく振り回しやがる」

「でも悪くはないんだろ」

「まあな」

 

 思わず頬を掻きながら肯定する。最初は本当に鬱陶しい奴だったが、今ではすっかり絆され友人と思ってしまっている。

 

「それでその友達の店どこだ?皆で行こうぜ」

「嫌だよ。店が混むだろ。程よく空いているから待たずに食べられるのがいいんだから」

姑息(ずっち)~、教えろよ」

「嫌だね。自分で探せ」

 

 ヤジが何度も教えてとせがむが邪険に扱う。人気店になって行列待ちになったらすぐに食べられないし、味が落ちるかもしれない。何より閑散とした店内で華乃と駄弁るのが好きだ。客が多く来たら出来なくなる。

 

♢細波華乃

 

 細波華乃はバイト先近くの公園につくとベンチに腰掛け思わずため息をつく。疲れが溜まっているのかと分析する。

 1人暮らしで親からの援助を断っているので普通の高校生よりバイトしなければならない。只でさえ疲れるのに1週間前に1学期の中間テストがあった。

 卒業後は大学に進学せず就職するつもりだが、やりたい事が見つかり奨学金で通うかもしれないので成績は挙げるに越したことは無いとそれなりに勉強して、努力相応の結果を出せた。正直バイトとテスト勉強の日々は堪えた。

 すると腕に蚊が止まっていた。最近は暖かくなったといえど季節外れだと思いながらも血を吸われたら痒くて不快なので叩く。だが蚊は叩き潰される前に腕から離れていく。

 これが魔法少女なら叩き潰せるどころか痒くすらならないのに、それ以前に蚊が魔法少女の血を吸ったらどうなるのだろうかと他愛もない事を考えていた。

 

 数年前、華乃が住んでいるN市で魔法少女選抜試験が実施された。内容は1週間ごとに人助けをして得られるキャンディを争うという平和的な物だった。だが最下位は死亡し運営側が人助けではなくキャンディの奪い合いを推奨するルールに変更し、壮絶なデスゲームになった。結果16人居た魔法少女は2人になった。

 その生き残りがスノーホワイトとリップル、リップルは細波華乃が魔法少女に変身した姿である。

 

「うっす。待たせたな」

「遅い、蚊に刺された」

「叩けよ。鈍重(すっとろ)すぎ」

 

 花奈はやたらタンクトップとショートパンツという部屋着のような格好でやってくるや否や軽口を叩く。

 

「はい、今日は結構余ったみたい」

「あざっす」

 

 花奈に店の賄と廃棄品をつめたタッパーを渡すと嬉しそうに受け取る。どうやら家庭環境が複雑らしく、手切れ金のように親から金を渡され一人暮らしをしているようで、時々廃棄品などをたかってくる。バイトしろと小言を言うが忙しくてバイトしている暇はないと事あるごとに断っていた。

 嬉しそうにタッパーを物色する花奈の様子を見て顔がほころぶ。随分と心開いてくれるようになったものだ。

 花奈と初めて出会った時の印象は。常に苛立ち殺気立ち攻撃的、まるで尖ったナイフのようだ。そしてかつて友人が自分を評した感想と同じだった。

 華乃は魔法少女選抜試験が始まる前は荒れていた。常に苛立っているせいか舌打ちを繰り返し、人間関係を「鬱陶しい」「面倒くさい」と拒絶していた。それは同じ魔法少女であるトップスピードによって少しずつ改善していった。

 自分の教育係として行動を共にした魔法少女、最初は馴れ馴れしく付きまというざったい奴だった。だが今では相手はどう思っていたが分からないが友達だったと思っている。その友達も死んだ。

 あと半年は生きたい、お腹にいる赤ちゃんと幸せに生きたいと願いながら殺され、母子ともども死んだ。今でも当時の光景が蘇り自分の無力さに腸煮えくりかえる。

 

 しかしあれだけ尖っていれば誰も近寄らないだろうな。友達は居ないだろうし、家族からもあの凶暴性ゆえに交流を絶たれているかもしれない。親との交流は自分から断っているが想像通りなら少し前までの自分と同じ境遇だ。あんな生き方をしていたら最悪捕まり、捕まらなくても満たされず生きにくいだろう。

 気が付けば花奈に付き纏い世話を焼いて構っていた。それはかつての友人のトップスピードのようだった。自分はトップスピードのお陰で少しだけまともになった。

 だったら今度は自分の番なのかもしれない。根気良く接した結果なのか、花奈も少しずつ心を開き今では友人と呼べる距離感になっている

 

 暫く他愛のない雑談をするが気温が熱く数分ぐらいで互いに今日はお開きと家路に着く。花奈との距離は縮まった。だが以前のキレたナイフと称した攻撃性は衰えるどころか磨きがかかっている気がする。

 例えば2人で古本屋で立ち読みしている時にすれ違った女性を突然殴りつけた。その暴行は苛烈で止めなければ下手したら死んでもおかしくないほどだった。殴った理由は未だに分らないが、どんな理由が有ってもあそこまでの暴力を振るう理由にならないし、出来ない。あれは人間が別種族に向ける残虐さや共感性の無さ、まるで普通の人間にあるストッパーが壊れているようだ。

 正直トップスピードに出会いマトモになった経験がなければ距離を取っている異常性だ。どうやら他にも友人がいるようなので離れても問題ないかもしれない。だが離れたら取り返しのつかなくなってしまうという漠然とした予感があった。

 自分がストッパーになって花奈を止めなければならない。そして友人として妙に放っておけない。胸中にはそんな感情が満ちていた。

 



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第13話 ゲット・アップ・ショウイチ

◆室田昇一

 

 室田昇一は階段を一段一段ゆっくりと登っていく。その動きは同じ20代男性の倍は遅くまるで足が弱った年老いた老人のようだ、そして動きもそうだが活気や生命力と呼べるようなエネルギーもまるで感じられない。

 階段で5階ほど上がり自宅に辿り着くとノロノロとした動きでカバンから鍵を取り出すと鍵穴に差し込み解錠し家の中に入る。

 中に入るとそこは暗闇だった。家の電気は全て消してあり、外の明かりもカーテンを閉めているので部屋に入らない完全な暗闇、半年前まではこんな光景はあり得なかった。

 多少遅くなっても妻が出迎えてくれ、残業が深夜に及び眠ってしまったとしても万が一躓いて怪我をしたらマズいと玄関周りの電気はつけてくれていた。だが今はこの暗闇が日常になっていた。

 手探りで玄関周りのライトのスイッチを探し照明をつけ視界を確保し体を引きずるようにしてリビングに向かい、冷蔵庫から酒を取り出しテーブルに座る。

 明日も仕事があり万全とはいかなくてもできる限りコンディションを整える為にも風呂に入って早目に寝なければならない。

 だがそんな事をしてもどうせ眠れない。それならば酒を飲んで未だに体に渦巻いている悲しみを鈍化させ自然に意識を手放すのに任せたほうがマシだ。

 酒は仕事の付き合いで飲むが家で自主的に飲まなかった。中には仕事の鬱憤をアルコールの力で発散するために飲むという同僚も居たが少し前までは理解できなかった。ストレスなら鬱憤なら運動するなりと別の方法で発散すればいい。そもそもアルコールの力で解消しようという発想が極論で言えばドラッグで現実逃避しているのと変わらず、態度が出ないように注意しながらも軽蔑していた。

 しかし今なら十二分に同僚の気持ちが分かる。ストレスや鬱憤を晴らそうにも体を動かす気にもならず、したとしても発散できない。アルコールの力が必要なのだ。

 

「うっ……つばめ……」

 

 昇一は嗚咽をもらしながら今は無き妻の名を呟きながら酒を飲んだ。

 

 半年前、妻の室田つばめとそのお腹に宿した命を失った。

 警察から一報が入った時は全く信じられなかった。妻が死んだ?何の冗談だ?だが電話越しに聞こえる警察の声が冗談ではなく事実であることを否が応でも突きつけてくる。

 そして病院に行き妻の遺体と向き合う。その顔はまるで眠っているように穏やかだった。その死に顔は動揺と悲しみをほんの僅かに癒してくれた。だが警察から死因を聞き僅かに癒された心は一気に悲しみと動揺を呼び起こす。

 死因は失血死、肩口から胸まで深々と斬りつけられていたらしく、刀のような大きな刃物で斬られたのではないかという事らしい。

 江戸時代じゃあるまいし現代において斬殺なんてまずあり得ない。何故妻がそんな惨い死に方をしなければならない。警察は遺体が発見されたのがビルの屋上で刀で斬りつけた事から怨恨による殺害と推測し、何か心当たりがないかと訊かれた際は激昂した。

 つばめは確かに学生時代は所謂不良少女と呼ばれるカテゴリーだった。だが性格は明るく人当たりもよく、不良と言ってもバイクに乗ってスピード違反するぐらいでカツアゲもせず不良以外にも手を上げてはないと言っていた。決して刀で斬り殺されるような恨みを買う人物ではないのは妻という贔屓目なしで保証する。

 

 そして数日後に妻と子供の通夜と葬儀を行った。葬儀にはつばめの死を悼み多くの人が訪れた。学校時代の友人、走り屋チームのメンバー、バイト先の総菜屋の夫妻、己が愛した妻はこんなにも愛されていたのだと誇らしく嬉しくもあった。

 

 それからは忌引きで10日ほど休み市役所の広報課での職務を再開した。正直言えば妻と子供を失った悲しみは全くと言っていいほどに癒えていなかった。それでも仕事を休めば周りに迷惑がかかってしまうし、つばめが落ち込んでいる姿を見たら「何しょげてんだ」と発破をかけられそうだと何とか気力を振り絞り働いた。

 そして広報課の勤務の合間でつばめを殺した犯人捜しをした。日本の警察は優秀ですぐに犯人を見つけてくれると信じていた。一週間が経ち一カ月が経っても犯人を見つけられなかった。それに付随するように全国各地で警察の不祥事が次々と発覚した。

 警察に対する信頼は一気に失せた。このままでは一生経っても犯人を見つけられない、自分の手で見つけなければ。

 それからは自分なりに情報を集め聞き込みをした。だがズブの素人がやったとしても成果が挙げられず徒労だけが積み重なっていく。それでも歯を食いしばり日々の職務を全うし犯人捜しを続けた。

 突き動かす原動力は復讐心だった。本当ならこの手で犯人をこの世に生まれたことを後悔するほど痛めつけて惨たらしく殺したい。

 だがそれは現代の司法や倫理観、何より自他ともに堅物と認める気質がそれを許さない。犯人を見つけ司法の手によって裁かれることで復讐は完了する。

 

 そんな日々が半年ほど続き、休日での犯人捜しをしなくなった。復讐心が無くなったわけではない、今でも犯人に対する怒りはくすぶり続けている。それ怒り以上につばめを失った悲しみが大きくなり、身体を動かす気力を奪っていく。

 つばめが亡くなった当初は悲しみに耐えられると思っていた。日々の経過が良い意味で心を整理してくれる。それに多くの人々が同じような境遇でも歯を食いしばり日々を過ごしている。自分も同じように全うに過ごせるという自負があった。だが結果は膨れ上がる悲しみに押しつぶされようとされている。このままでは普通の人のように生活できない

 今まで堕落をせず悪事もしないで世間に胸を張っていられるように生きていた。人は弱いから道を踏み外す。逆に言えば強ければ道を踏み外さない。自分は強い人間であると思っていたがそれは思い込みに過ぎなかった。

 

◆◆◆

 

「すみません、体調が優れないので休ませていただきます」

 

 昇一はあのまま酒を飲み干して気が付けば机に突っ伏し寝ていた。そして目が覚めると手探りでスマホを探し、液晶に写る時刻を確認するとスマホを操作し職場に連絡を入れた。

 酒は残っているが仕事を休むほどではなかった。しかし気が付けば職場に連絡を入れて休みを申請していた。小中高から社会人になっても仮病で休まなかった。そして生まれて初めて仮病で休んだ。

 目が覚め時刻を確認し仕事に行かなければと体を動かそうとする。だがつばめを失った悲しみが押し寄せ纏わりつき体を動かす体力と気力を根こそぎ奪っていく。職場に連絡したのは残っていたのは堅物としての最後の良心や責任感を振り絞ったにすぎない。もう何もしたくない。

 

 それからは只管酒を飲み続け気が付けば時刻は17時を回っていた。重い体を叱咤し散らかった床のゴミを踏まないようにしながら玄関に向かう。冷蔵庫にはもう酒が無い。この悲しみを一時的に紛らわせるには酒の力を借りるしかない。

 千鳥足で歩きながら今後を考える。もう仕事をする気力は無い、このまま無断欠勤で依願退職、その後は悲しみを忘れるために酒を浴びるように飲み続ける日々だろう。だが今後の予想はつばめを失った悲しみで塗りつぶされる。

 エレベーターでマンションの玄関まで降りて近場のコンビニ向かう。数分程歩きコンビニの入り口に着くと道を塞ぐように目の前に誰か2人が立っていた。1人はセミロングでクセッ毛の無造作ヘアーの男、1人はポニーテールの女性、両者制服を着て背格好や容姿からして高校生ぐらいだろう。すると男と女がこちらに近づいてくる。

 

「はじめて……じゃねえな。アタシは生島花奈、つばめの従妹だ。それでこっちが友達(ダチ)の殺島」

 

◆殺島飛露鬼

 

 

 放課後に花奈と2人でハイエンプレスの領域(シマ)で調子乗っている小僧(ガキ)共に制裁(ヤキ)を入れた後の帰り道でコンビニに寄って駄弁っている時だった。花奈はある方向から歩いてくる男を見ていた。

 そいつは20代ぐらいで酔っ払いのようにフラフラと歩いている。フリーターか何かだろう。そしてその目には既視感があった。目の光を失い淀み切った目、あれは困難の日々に心が折れた『大人』の目だ。

 

「知り合いか?」

「まあな、アタシが前に居た臆病(だっせえ)チームを覚えてるか?」

「ああ、燕無礼棲(エンプレス)だろう」

「そのリーダーだったつばめの夫だ。一度乗り込んだ時に見た顔だ」

「よく覚えてんな」

「真っ当に生きろって説教かましてきたんだよ。忘れるかよ」

 

 花奈は悪態をつきながら唾を吐く。当時は相当にムカついたのだろう。しかし荒れている時の花奈に説教するとは一般人(パンピー)にしては根性がある。だが今はそんな面影が全く感じられない。

 すると花奈はついてこいと言うと肩で風を切らしながら男の元に向かい、慌てて着いていき男の目の前で止まる。

 

「はじめて……じゃねえな。アタシは生島花奈、つばめの従妹だ。それでこっちが友達(ダチ)の殺島」

「どうもっす。殺島です」

 

 男はつばめという単語にピクリと体を動かすがそれ以外は反応せず、ぼうっと目の前を見ている。その態度と酒臭さが癪に障ったのか花奈は明らかに苛立ちを募らせる。

 

「お前確か働いてるよな?それなのにこんな時間から酒なんて良い御身分だな。アタシより不良じゃねえか」

 

 花奈は挑発的な声色で相手を煽る。しかし相手は全く反応を見せずそれがさらに花奈を苛立たせる。

 

「赤ちゃんを守れなかった惰弱(シャバ)い女に相応しい男だな」

「つばめをバカにするな!」

 

 男の目に怒りが宿り花奈に掴みかかろうとする。その前に左手で男の手首を掴み、右手で花奈の右手首を掴んだ。

 

失礼(さーせん)、花奈もそれはなしだ」

 

 男に謝りながら花奈を諭す。男は怒りに身を任せ襟首を掴もうとした。だが放っておけば花奈が掴みかかろうとする指を掴みへし折っていた。不良(ヤンキー)や喧嘩売ってきた奴なら止めはしないが、相手は一般人(パンピー)で今のは花奈が喧嘩を売った。

 男は自分ではなく妻を侮辱されたことに怒りを示した。それだけ妻を愛していたのだろう。それに愛する者を侮辱された怒りは多少なり理解できる。これは花奈に非がある。

 

「つばめは最高の女性だった!俺の全てだった!これからずっと幸せな日々を3人で歩むつもりだった!なのに何で死んだんだよ!俺を1人にしないでくれよ!」

 

 男は堰を切ったように泣き叫ぶ。その異様な姿に行きかう人々は目を逸らし、コンビニ店員も一度様子を見て関わりたくないと顔を顰めながら店内に戻る。

 

「んだよ……、つばめの奴、赤ちゃん守れねえどころか、男すら悲しませやがって……どんだけ惰弱(シャバ)いんだよ」

 

 花奈は頭をガシガシと搔きむしる。過去に慕っていた女性が現在進行形で周りを不幸にしている。それに腹立てているのが手に取るように分かる。

 

「おい、あんた!うちのチームに入れ!単車(バイク)で暴走すればつばめが死んだ悲しみなんて忘れちまう!」

 

 花奈は唐突にチームに勧誘する。その唐突さと動揺した様子は幼子が泣いているのでやり方は分からないがとりあえず宥めようとしている親戚の大人のようだ。

 普通の大人なら玩具やお菓子で子供をなだめようとするが、花奈にとって暴走がそれだった。確かに多くの人を勧誘し、暴走の楽しさに目覚めさせ抱えている悲しみや辛さを癒した実績はある。しかし言葉がダメだ。

 

「そんなもんでつばめが死んだ悲しみが癒えるか!」

「そんなもんだ!?てめえ制裁(しめ)るぞ!」

 

 男は妻を軽んじられた事に怒り、花奈は暴走を軽んじられた事に怒る。このままではお互いがお互いの怒りを注ぎ合い、花奈が男をボコボコにする未来がありありと見える。それは良くない。

 

「お兄さん、家すぐそこ?」

 

 花奈を宥めながら男の肩に手を回し友好的に語り掛ける。男は戸惑いながらすぐ近くと答える。

 

「会ったことねえけどさ、お兄さんの妻が超絶良妻(ゲキマブ)なのがビンビン伝わったぜ。お兄さんの家で酒でも飲みながらオレ達に話聞かせてくれよ?」

 

 この提案に両者は驚きと困惑の表情を浮かべる。男は動揺し花奈は何言ってんだと声を荒げる。それを宥めながら男に交渉する。

 男への憐みかつばめの尻ぬぐいか、理由は分からないが花奈はこの男を暴走によって救いたいと思っている。しかし今の花奈には無理だ。

 この男は大人の生活に折れた。その辛さや苦しみや退屈さは大人にならなければ分からず、大人ではない花奈には永遠に分からない。この場で分かるのは折れた大人である自分だけだ。

 まずは打ち解けてから提案する。打ち解けるには男の妻について話を聞くのが効果的だろう。暫くすると男は分かったと言いながらコンビニに入り大量の酒を買いこみ、来た方向の逆を歩いていく。

 殺島は男の後についていき、花奈も渋々といった様子で後についていく。

 



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第14話 はじけなベイビー

 

◆殺島飛露鬼

 

「改めて自己紹介だ。オレは殺島飛露鬼、こっちの友達(ダチ)の生島花奈で奥さんの従妹。お兄さん名前は?」

「室田昇一」

 

 家に着き三人で乾杯し酒を飲みながら男の名前を聞き出す。酒は断りを入れて譲り受け、花奈は有無を言わさずふんだくり、酒を飲まきゃ話なんて聞いてられねえという勢いで飲んでいる。

 

「とりあえず、奥さんが映っている写メとかあります?」

「ああ」

 

 昇一はスマホを操作して画面を見せる。そこには満面な笑顔を浮かべる室田つばめが映っていた。社交的で人懐っこい感じだ。荒れていた花奈─本人は認めないが─が絆されたのも分かる。

 そこから昇一はつばめについて話した。つばめの好きなところから始まり、出会いからなりそめなど多くを語り相槌を打ちながら聞く。一方花奈も「惚気なんて聞いてられるか」と言いながらも追加の酒を買いに退室したりしたが、話を聞いていた。

 これまでの話を聞いて昇一の人となりもボンヤリと分かってくる。社会のルールを守り常識的に生きてきた堅気であり、その中でも堅物と呼ばれるほど生真面目だ。

 

「本当に熱愛(ゾッコン)だったんだな」

「ああ、なのに……なのに……」

「オレも理解(わかる)ぜ。大切な人がさ居なくなってよ。辛くて悲しくて何もする気にならなかった」

 

 脳裏には在りし日の光景が再現される。娘の花奈が死に大人になれない自分に心底憎んだあの日から世界が変わった。何でも無かった大人の日々が酷く退屈で辛く、何年も酒を飲んで泣き続ける日々を過ごした。

 昇一は殺島の言葉に深く相槌を打つ。これは己の境遇と重ね合わしていると同時に心を開いている証拠だ。本題を切り出す。

 

「そんな時に暴走によって悲しみが癒された。なあ、一緒に暴走しねえか?このままじゃ奥さんを失った悲しみで押しつぶされちまう。そんなの奥さんだって悲しむんじゃねえか?別に暴走が全てを癒すと思わねえ。けどよ、どこかでガス抜きしねえと破裂(パンク)する」

「けどさ、暴走ってスピード制限無視したり、喧嘩するんだろう?」

「あたりめえだろうが!法定速度守る暴走族(ゾク)がどこにいんだよ!ボケが!」

 

 花奈は大声で否定する。酒が回っているのか若干呂律が回っていない。喧嘩はするしないは自由で、中藤等の大人たちは抗争に参加しない者もいる。だが暴走で法定速度を守ることはまず無い。

 

「昇一さんは強くて正しい大人だよ。奥さんが亡くなって悲しいのに大人の生活に耐えた。オレは耐えられなかった。心底尊敬(ガチリスペクト)だ。だがそれだとアンタが壊れちまう。大人の世界での正しい行動はアンタを守護(まも)らねえ。そして奥さんも守護(まも)ってくれなかった。正しい道から外れて一緒に好き勝手やろうぜ。それに奥さんも走り屋だったんだろう。暴走すれば理解(わかり)あえるかもしれねえぜ?」

 

 殺島は優し気な声で語り掛ける。花奈にとって昇一は室田つばめの忘れ形見のようなもので、救いたいと思っている。ならばそれに従うだけだ。それに個人的にも救いたい。

 生前は大人の日々という困難に耐えきれず、他者を踏みにじる手段でしか幸福を得られない者を肯定したかった。それは今でも変わらない。

 室田昇一はこのままでは壊れる。自殺か犯罪行為をするかどちらかだろう。そして世間は同情しながらも否定する。同じく大人の日々に折れた者として肯定し救いたかった。

 

「少し考えさせてくれ……」

「分かった。その気になったら連絡してくれ。帰るぞ」

「あん?」

 

 殺島は昇一のスマホに連絡先を登録し、酔いつぶれかけている花奈に肩を貸して部屋を出ていく。

 

「そもそもよ~。つばめが殺されたんなら、何が何でも犯人をぶっ殺すべきだろ」

 

 花奈は肩を借りながらうわ言のように呟く。愛している者が殺されたのならば全てを投げ打って復讐すべきだと言いたいのだろう。

 

「そう言うな。大人には色々としがらみが有って、好き勝手やれねえのさ。感情赴くままに行動するのは子供(ガキ)で昇一は大人の日々を選んだ。強い奴だ」

「それは脆弱(ショボ)さだろ」

「かもな」

 

 殺島は一瞬間を空けて同意した。

 

◆室田昇一

 

 国道近くにある薄汚れ誰も利用しない駐車場に暴走族で溢れていた。それを見て昇一は思わず息をのむ。学生時代において暴走族は減少していたらしく、つばめが現役時代も自分達も含め小さな走り屋のチームが2つや3つあったぐらいだと聞いている。そのチームの総数はよくて20人程度だろう。

 しかし今は集まっている人数は200人を超えている。つばめが引退してから数年でここまで増えたのか。しかも全員特攻服で相当気合い入っている。

 

 昇一は熟考の末に誘いに応じることにした。走ればつばめの気持ちがわかるかもしれない、それが参加する決め手だった。

 バイクで走る楽しさが分からずつばめとは何回か軽く喧嘩し結局はお互い納得しなかった。これで妻の言い分が理解できるかもしれない。そして走りを通し妻を感じ悲しみを癒したかった。

 

「おうオッサン、何の用だ?」

 

 すると遠巻きに見ていた昇一の元に1人の金髪暴走族が近寄り威圧的に声をかけてくる。

 

「今日は走るんだろう。それに参加しに来た」

 

 すると暴走族の威圧的な態度は軟化し友好的な態度になっていた。

 

「なんだ体験暴走か、特攻服着てないもんな。それで誰に誘われた?」

「殺島飛露鬼と生島花奈」

暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族王(ゾクキング)直々か」

 

 暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族王(ゾクキング)、殺島と生島の事だろうか?メガミにキングとは大層なあだ名だ。

 

「出発までまだだから暇でも潰してくれ」

「変に思わないのか?」

 

 昇一は思わず問いかける。暴走族は10代が所属するものであるとフィクションや一昔前のドキュメンタリーを見てイメージしていた。20代半ばの自分は10代から見ればおっさんだ。若者は大人をコミュニティーから排除するものだが、素振りどころか不快感すら見せていない。

 

暴走族女神(ゾクメガミ)の方針でジジイだろうがババアだろうが走りたい奴は入っていいし、実際にいるからなオッサンは、ほれそこの集まり。話聞いてくれば」

 

 金髪暴走族は指さす方向を見ると明らかに10代でない男性3名が特攻服を着て談笑していた。本当にいるのか。誘いにのった自分が言うのは何だが、いい大人が暴走族をして恥ずかしくないのか?

 時間まで有るようなので出来るだけ近い年代の者と居た方が過ごしやすいだろうとそのグループに声をかけた。

 

「おお、体験暴走ですか」

「はい」

「中藤と申します。ぜひ楽しんでください。それで覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に入ってくれれば幸いです」

 

 男性達と言葉を交わす。正直暴走族に参加する大人なんぞヤンキー崩れだと思っていたが、そうではなくまるで腰が低く声色も落ち着き、仕事で外部の打ち合わせをする業者のようにちゃんとしている。

 そして雑談をするが全員定職に努めている社会人だった。猶更理解出来ない、思わずどういう経緯で入ったかを尋ねる。

 

暴走族女神(ゾクメガミ)が走っている姿に魅了されました。元々暴走族に憧れていたので一度きりの人生だし後悔はしたくないっと思って入りました」

「俺も仕事とかが色々辛くてね。一種の気分転換かな。暴走するとスッキリして明日も頑張るぞってなるんですよ」

「私もそんな感じです。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)で走れない生活なんて耐えられないですよ」

 

 皆が思い思いに入団のきっかけや楽しさを語る。何気なく語っているが其々に自分と同じような苦労や苦しみを抱えているのが分かった。そしてそれはバイクで皆と走る事で癒され解消された。

 もしかしたらこの苦しみも解消してくれるかもしれない。昇一の心に僅かな希望が芽生える。

 

「ところで、その単車いいですね。元々バイクに乗ってたんですか」

「いえ、車の免許は持ってますがバイクは」

「初めての単車でこれを選ぶとは中々」

「ありがとうございます。これは妻が乗っていたバイクと同じ車種です」

 

 中藤の言葉に思わずにやける。まるでつばめのセンスが褒められたようで嬉しい。殺島に参加すると伝えるとバイクを持っていなければこちらで用意すると提案したが断った。

 乗るならつばめが乗っていたバイクで走りたい。それからつばめの友人達に乗っていた車種を聞き、殺島も協力してくれたお陰で入手できた。

 

「そうですか、よかったら奥さんと一緒にきてくださいよ」

「そうですね」

 

 もし一緒に暴走族として走るぞと誘ったらどんな反応をするだろうか、やっと理解できたかと嬉しそうに誘い乗るか、犯罪だからやめとけと堅物のように注意するのか、その答えは永遠に分からない。

 

「おい集まったか!」

 

 すると駐車場入り口付近から呼びかけられるとメンバーは雑談を止め一斉に振り向く。そこには殺島と生島が居た。

 2人とも以前に会った時とは雰囲気が違っていた。殺島の人の好さは滲み出ながらも組織のトップに立つ者としての威厳のようなものが有った。

 生島も殺島のような威厳に威圧感が加わった感じがある。だが体中から今すぐにでも走りたいという高揚感が迸っている。それは純粋無垢な少女のようだ。

 

 それから2人を中心に今日の暴走ルートや注意事項を伝達する。もっと無軌道に走るものだと思っていたが意外にしっかりしているようだ。昇一は中藤が一緒にいる隊に編成され出発する。

 それからは其々思い思いに走った。エンジンを過剰に吹かし騒音を鳴り響かせるもの、限界までスピードを出す者、曲乗りをする者、やり方は様々だが全員が心の底から楽しんでいるのがヒシヒシと伝わってくる。場の高揚感にあてられたのかウィリーを披露すると周囲から歓声が飛んだ。

 

 実は数日前まではバイクに乗った経験がない素人だった。本番までに練習した方がいいかと殺島に尋ねると『コーチからレクチャーを受ければ大丈夫』とメッセージと集合場所と日時が送られ、そこにいると生島花奈がいた。

 そこからバイクの講習が始まった。講習と云えど簡単な操作方法を口頭で教えられ後は生島が並走しながらバイクを乗り続け、正味1時間ぐらいで終わった。

 これでバイクに乗れるようになれば教習所は商売あがったりだと皮肉を思い浮かべていた。すると生島は見透かしたかのように「アタシの教えは完璧でパンピーレベルなら乗りこなせる。それに今ならウイリーぐらいできるからやってみろ」と言ってきた。

 ウイリーは高等技術であるとイメージがあり無理だと断ったが、やらなきゃボコボコにすると言われたので仕方がなく実践してみるとあっさりできた。驚くさまを見て生島は渾身のドヤ顔を見せていた。

 

 信号無視、スピード違反、一時不停止無視、今日だけで免許停止になるぐらいの違反を犯したが罪悪感は無かった。少し前までの自分なら考えられない。皆がやっているので罪悪感が薄れたか?

 もしかしたら欠片ぐらいは罪悪感を抱いていたかもしれない。だが皆で走る楽しさや高揚感が圧倒的に上回り感じなかったかもしれない。

 これがつばめの感じていた楽しさなのか、この楽しさを理解できないと否定した以前の自分は何て愚かだったのだろう。今度墓参りして謝罪しよう。

 

◆生島花奈

 

「それでどうすんだ?チームに入るのか?入られねのか?」

 

 今日の暴走は何のトラブルもなく終了し、目的地に着いた後は現地解散でそれぞれ帰っていく。その中で集団に紛れる昇一のもとに近づき話しかける。

 

「入るよ」

「うちは走りたい奴は誰だって拒まねえ。ただ本当に走りてえのか?つばめが走ってたから走ろうじゃねえ。お前が走りたいかどうかだ」

 

 ハンドルから手を放し昇一の心臓を叩く。このチームは喧嘩したいからと入るメンバーも居るが全く走りたくないというわけではなく、喧嘩が第一だが走りたい気持ちもある。

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーは多かれ少なかれ走りたいという気持ちを持っている。もしつばめを思い出す為だけに利用しようとするなら入らせない。

 

「今日は今まで感じていた辛さを忘れられた。そして楽しくてつばめを忘れていた……」

「何悪い事みたいに言ってんだ!殺すぞ!」

 

 さっきより強めに心臓を叩き昇一はせき込みバイクの操作が乱れる。走るのが楽しかったでいいだろう。何故負い目を感じている。

 

「あと今日の走りは稚拙(ショボ)いぞ。そのバイクに乗るんだったらもう少し乗り込んでマシな走りをしろよ」

 

 花奈は背中を叩き昇一に声をかけた後は別のメンバーに近づき声をかける。多くのメンバーとコミュニケーションをとるのはリーダーの役目だ。

 メンバーに話しかけながら昇一について考える。あいつが乗っていたバイクはつばめが乗っていた単車だ。最初は自分への当てつけかと思いぶっ壊してやろうかと思ったが、奴の気持ちを考え辛うじて堪える。

 唯でさえ気に入らなかったが走りはもっと気に入らなかった。素人という面を差し引いても酷い。あれではあのバイクに乗っていたつばめをバカに……。違うあのバイクは名車だ、その名車に対して失礼すぎる。

 そして昇一は今日つばめを忘れたと言った。これはつばめとの思い出よりアタシが作り上げた覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)との走りが楽しかったという事だ。つまりつばめに勝った何よりの証だ。

 ざまあみろ!これからもっと走りの楽しさを叩きこんで、お前なんて全く思い出せないようにしてやる!

 

「あの世で悔しがれつばめ!」

 

 気が付けば大声で叫び周りにいたメンバーは気でも狂ったかと訝しみの視線を向ける。何となく恥ずかしくなり「何見てんだ」とガンを飛ばし誤魔化した。

 



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第15話 ファン・サタデー

◆細波華乃

 

「お先失礼します。お疲れさまでした」

 

 華乃は店長に挨拶して店を出ると店先に止めていた自転車に細い路地を走る。時刻は22時前後、都心ならともかくN市であれば行きかう人はほとんど居なく、街灯も最低限道を照らす程度だ。不審者やひったくりにとっては絶好の場所だろうなと想像しながらペダルを漕ぐ。

 しばらく走ると公園が見えてくる。最低限の遊具とベンチが1つある小さな公園だ。その入り口付近には公園には相応しくないバイク、いわゆる族車と呼ばれる類のものが止まっていた。そしてベンチには黒髪ポニーテールの少女が脚を開きどかっと座っていた。

 生島花奈、最近知り合った魔法少女関係以外の知人、いや友人である。

 

「おう、お疲れ」

 

 花奈はこちらに気付き真ん中から左に寄って1人分のスペースを作り、そのスペースに座る。

 

「はい、余りもの」

「サンキュー」

 

 華乃はバッグからタッパーを取り出すと花奈はうれしそうに受け取る。バイト先では時々保存がきかない食材が余った場合は賄として従業員にふるまってくれる。

 その場で食べる者もいれば華乃のようにタッパーなどに入れて家で食べる者もいる。そして余りものが出そうなときは花奈に連絡する。

 花奈はバイト先の料理にハマり、すっかり常連になっている。それでも賄が貰えると連絡すれば即座に駆けつける程だ。それから即解散ではなくベンチに座りながら軽く駄弁るというのがパターン化されている。こちらはバイト先での話や学校の話題などを話し、花奈はバイクや暴走族の話題が多い。

 花奈はここら辺を拠点にしている暴走族「ハイエンプレス」というチームに所属し、しかも創設者のようだ。最初は聞いておどろいた。

 今どき暴走族なんてと思ったが、最近は帝都リベンジャーズというヤンキー漫画―読んでいて結構好き─が爆発的に流行り暴走族が増えているらしい。そして帝都リベンジャーズが連載される前に結成されたようだ。

 暴走族はスピード制限を破ったり喧嘩したりするのだろう、花奈も例にもれず喧嘩を度々してその話を時々する。魔法少女としては止めるべきかと考えたこともあるが、華乃も暴力を行使してきた側の人間なので強く言えず、何より何故か悪い事だとは思えなかった。多少のヤンチャは青春のⅠページで花奈自身も楽しんでいるので何も言っていない。友人でパートナーの魔法少女スノーホワイトも特に介入していないので黙認している。

 

「そういえば前に話した20代の人はどう?」

「ああ、昇一か、楽しそうに走ってる。どうした急に?」

「いや、暴走族って10代のイメージだし、20代が入るのは珍しいなって」

「うちは走りたい奴は誰でも来いだから、じじいだろうがばばあだろうが関係ねえ、今はいないけど50代のオッサンとかは居るぞ」

「そうなんだ」

 

 華乃は気の無さそうな返事をしながら心の中で安堵する。室田昇一は室田つばめ、トップスピードの夫だ。室田昇一については魔法少女選抜試験が終わった後も動向を見守っていた。実家の住所はトップスピードが持っていた母子手帳で確認している。

 一時期はトップスピードを失った悲しさに押しつぶされ相当参っていた。辛うじて日常生活は送っていたが覇気がなく、飲酒の量も増えている。そのうち仕事を辞め酒浸りの生活を送るかもしれない。トップスピードの友人としてどうにかしたかったが、どうすればいいのか分からず見守るしかできなかった。

 もっと強ければ、メアリを倒した後に気を緩めなければトップスピードは死ななかった。様々な後悔が脳裏に過り唇を噛みしめる。

 だがある日を境にトップスピードの夫は徐々に覇気を取り戻す。ある日外出する際に尾行すると特攻服を着た者が集まる集会場に集まり、そのなかに花奈もいた。

 トップスピードの夫は何かしらの出来事があって花奈が所属しているチーム「ハイエンプレス」に入った。そしてハイエンプレスで走る事で生きる活力を取り戻す。

 花奈が作ったチームがトップスピードの夫を救った。奇妙な縁を感じるとともに花奈に対して感謝していた。

 

「そういえば暇な時は何してんだ?」

「図書館行ったり借りた本を読んだり、漫画とか立ち読みしてる。基本的にお金がかからない方法で暇つぶしてる」

 

 華乃は親元を離れ独り暮らしをしている。学費は払ってもらっているが生活費は全てバイト代で何とかしている。さらに今後は出費が予想されるので一般的な高校生のように何かを買ったりどこかに遊びに行く金銭的余裕はない。

 スノーホワイトはフレデリカの一件を経てより積極的に活動するようになった。悪事を働いている魔法少女がいれば出向き捕まえる。人間世界で多くの人が苦しめられるもめ事があれば介入し解決する。

 魔法少女を管理している魔法の国では街の人助けレベルの善行は推奨されるが、大きな揉め事を解決するなど影響が大きく、普通の人間では出来ない善行はしないように言われ。極端な事を言えば魔法を使った美化活動すらしないように言われる。

 そして魔法少女の世界では魔法少女が犯罪行為を働いた際に調査逮捕する監査部という部門が存在する。

 スノーホワイトがしている行為は魔法の国からは疎まれ、監査部からしては越権行為、人間の世界で言えば警察を差し置いて個人が勝手に犯罪者を捕まえているようなものだ。

 当然魔法の国からも監査部からも良い顔はされない。つまり目をつけられ調子に乗っていると言われ、出る杭と表現される状態だ。

 今のところは何とかうまくいっている。だが1つでも失敗すればそれ見た事かと周りからは非難され、行動が制限される可能性がある。そうさせない為には後ろ盾を作り守ってもらうか、自らが後ろ盾になるかの2択である

 

 そのためには人脈が必要であり、人脈を作るには様々な場所に足を運び多くの人と交流する必要がある。それをするには先立つもの、金が必要だ。

 移動するにしても交通費はかかり、魔法少女の寄り合いに参加するにしても会費が必要で、個人的に交流を図るにしても何処かで遊んだり何かを食べたりするかもしれない。

 交通費は魔法少女に変身して走れば交通機関を使う必要はないが、そんな事をすれば他の魔法少女の担当地域を通ることになり挑発行為と見なされ、魔法少女の力を営利目的で使用したと魔法の国からの評価は下がる。トータルで考えればマイナスだ。

 

困窮(カツカツ)なんだな、じゃあチームで暴走(はし)ろうぜ」

 

 花奈は今までの話の流れを無視するように笑顔を見せながら勧誘する。花奈と出会い仲良くなり始めてから暫くしてチームに入らないかと勧誘された。暴走族には興味がなくバイクで走るのにも興味も無いので断った。それでも諦めずに思い出したかのように勧誘してくる。

 

「話聞いてた?生活するのにギリギリなのに、バイクを買うお金とかもないし、買ってもガソリン代とか駐車場代とか維持費がかかるでしょ」

「心配すんな。バイクは勿論、ガソリン代とかバイクに関する金はこっちが払ってやるから」

「花奈が?」

 

 華乃は予想外の答えに思わず声が上ずる。花奈も1人暮らしで知っている限りでバイトもしていなく、親からバイクなどを買い与えられるほど多額の援助を貰っていない。まさかカツアゲでそこまで稼いでいるのか?

 

「ヤジだよ。株か何かでスゲエ稼いでるんだとよ。チームでもヤジの金でバイクを買ってもらった奴は結構いるぞ。だからやろうぜ」

 

 ヤジとは度々話題に出る人物で、花奈と一緒にハイエンプレス結成時の創立メンバーらしい。しかし株で何人ものメンバーにバイクを買い与えられるとは相当に稼いでいる、それは本当であればの話であり、恐らく親が裕福なのだろう。しかし思わぬ理由で逃げ道の1つが塞がれた。だがまだ逃げ道はある。

 

「でも免許持ってないから運転できないし」

「そんなのアタシが教えてやるよ。アタシが教えれば1時間あれば一般人(パンピー)のベテランドライバーレベルになれる」

 

 花奈は自信満々に言い切る。それは話を盛り過ぎだろう、自転車でも未経験者が1時間程度で乗れるようになるなんて聞いたことがない。詳しくは知らないがバイクもそれなりに練習と時間が必要なはずだ。でなければバイクの教習所はいらない。

 

「あっ!?疑ってんだろう」

 

 花奈は華乃の疑念を感じたのか顔を近づけ睨みつける。華乃は苦笑いを浮かべながら否定する。

 

「疑ってない、仮に乗れたとしても免許持ってないから捕まるし」

「大丈夫だって、警察(イヌ)が来ても逃してやるから」

「イヌ?犬でも襲い掛かるの?」

「警察だよ」

「警察ね、いやそういう問題じゃない」

 

 花奈は反論しようと腕を組み考え込む。華乃は金銭的な問題や倫理的な問題で拒否する。しかし以前は単純に興味がないと断っていた。

 花奈は会うたびにチームで走る楽しさを語る。話は拙いが情景や花奈の高揚感や楽しさは不思議と伝わり、少しずつ興味を持ち始めていた。もし金銭面や免許の問題をクリアしていればバイクで走ってもいいかな程度には心が動かされていた。

 

「じゃあ、2人乗りならどう?それだったらつき合ってあげる」

本当(マジ)か!」

 

 沈んでいた花奈の表情が一気に明るくなる。余程嬉しかったのだろう、華乃も釣られて笑みを浮かべる。

 

「これだったら無免許で捕まらないし、一応はバイクに乗るってことになるし」

「じゃあそれで、よし今から行くぞ!」

「それは無理、明日はバイト休みだし明日ね。時間はどうする?」

「それは深夜だろ、それ以外はスピード出せねえからな」

「深夜って何時?」

「2時ぐらいといいたいけど、明日も学校行くだろうから11時にしてやる」

「じゃあそれで、集合場所はここにする?」

「特別にアタシが拾ってやるよ。家の住所教えろ」

「ちょっと待って」

 

 華乃はスマホを取り出す。流石に家の住所を教えるのは気が引けるので近所のコンビニの住所を調べ、そこを集合地点にしようと提案するとあっさり了承した。

 

「じゃあな、ぶっちすんなよ!」

「しないって、トラブルに巻き込まれて来られないとかナシだから」

 

 花奈は声を弾ませながら別れを告げ去っていく。明日はバイトも無ければ他の用事もない、古本屋で立ち読みでもするか、図書館でテキトーに本を読んで過ごそうと思っていた。花奈とツーリングするのも金がかからないので変わらない。

 もしかしたらバイク好きの魔法少女がいるかもしれない、今後の会話の話題になるかもしれないので体験しておくのも悪くない。

 花奈とツーリングするのは純粋な興味と打算に加えてご褒美という面もあった。トップスピードの夫を立ち直らせてくれた。それに対するお礼でも有った。

 するとバックから振動音が聞こえる。中には魔法少女用の端末が入っていて、この振動がしたということは魔法少女から連絡があったということだ。

 アポイントを取っているあの魔法少女か、それとも戦闘訓練につき合ったあの魔法少女か、端末を取り出し送り主を見るとスノーホワイトと表示されていた。内容は明日一緒にパトロールをしないかという誘いだった。

 

 スノーホワイトとは時々一緒にパトロールをして近況報告をしたりしている。「ごめん、約束があるから行けない」と打ち込み送信する。魔法少女基本的な活動は担当地域での人助けだ、頻度は個人によって変わるがやらなければ魔法少女に相応しくないと魔法少女の力を失う場合もある。

 スノーホワイトは遠出をしない限りは毎日パトロールをして人助けをする模範的な魔法少女である。だが他人に求めるわけでもなく、仕方がないと許してくれるだろう。

 自転車に乗り出発しようとペダルに脚をかけるがふと止まる。花奈は暴走族でバリバリのヤンキーだ、明日はドライブだけで済めばいいが、喧嘩を売ったり売られたりするかもしれない。そして困った声を聞き喧嘩の仲裁に駆けつけるスノーホワイトと遭遇してしまう。

 スノーホワイトとは姫川小雪として何回か顔を合わしているので顔は知られている。パトロールもせずトラブルの現場にいたとなると気まずい。

 明日は花奈が何かしませんように、もしくはスノーホワイトが気づきませんように。そう願いながらペダルを漕ぎ始めた。



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第16話 2人のドライブ

◆生島花奈

 

「こっちのルートにするか、スピードが出るしな。でもこっちのルートのほうがコーナー多くて攻められるしな」

 

 花奈は布団に寝転がりながらスマホをいじり、地図アプリを開きながらああでもないこうでもないと呟きながら操作する。

 華乃と約束を取り付けた後に気付いたのは走行ルートの選択だ。暴走の時はヤジが、1人や仲間とのプライベートでの走りはその場の流れで走っている。いつものようにその時の気分で走ってもバイクの楽しさは伝わるとは思っている。

 だが今回は万全を尽くす。よりエキサイティングでスリリングな体験をさせバイクの楽しさを教えてチームに入れる。

 華乃は最初の頃は付き纏いうざったい奴だが、今では気が合うし友達だと思っている。一緒に駄弁ったりする今も楽しいが、チームに入ってもらえればもっと楽しくなるはずだ。自分が楽しいものを一緒に共有して楽しんでもらいたい。

 今まではチームに入るように勧誘してきたが幾度も断れたので方針を変える。まずはバイクの楽しさを教え、そこからチームに入ってもらう。

 ヤジから教えてもらった。最初は断られそうな高い要求を突きつけ、そこから低い要求で妥協したと見せかけるという手法、今回は最初にチームに入ろうと誘い、断れたらバイクに一緒に乗ろうと誘おうと機会を窺っていたら、意外にも華乃の方から話を振ってきた。

 自分が教えればどんな素人でもバイクを乗りこなせるようになるので、其々が単車に乗って走ると思ったが2人乗りは全く頭になかった。とにかく2人乗りで運転しないにせよ華乃からバイクに乗ると提案してきた。少なからず興味があるという事だ。

 世の中にはバイクで走る楽しさを理解しない可哀そうな奴がいる。そういう奴らをいくら勧誘しても興味を持たないのは実体験で知っている。そして華乃は可哀そうな奴らではないと一目で分かったので、何度もチームに入ってバイクで走ろうと誘ったのだ。

 花奈は地図アプリを見ながら今回のルートを作っては消してを繰り返す。いかに相手を喜ばせ楽しませるかに頭を悩ませる。まるでデートプランを考える男のようだ。今の自分の状況に思わず苦笑、こんな事で頭を悩むなんて今までの人生で全くなかった。

 

「よし、出来た」

 

 1時間後、華乃とのドライブのルート作りが完成する。疲れる作業から解放されたとスマホを手放し、掛布団をかけ寝る準備に入る。だがすぐに体を起こす。

 頭で考えるのと実際に走るのでは違う。一応は下見がてら走っておいたほうがいいだろう。部屋から出てバイクを置いている駐輪場に向かった。

 

♢細波華乃

 

 最近のコンビニは立ち読みできないようにテープを張っている店もあるが、だが集合場所に指定したこのコンビニは一切しないのでありがたい。立ち読みしながら集合時間まで時間を潰そう。

 華乃は立ち読みしながらスノーホワイトについて考える。今頃パトロールをしているはずだ。魔法少女としての仕事をさぼり友達と遊んでいる。別にパトロールは義務でもなくスノーホワイトもサボったからと言って怒るわけでもないが罪悪感が芽生えている。これも清く正しい魔法少女になっているという証だろうか。

 これは遊びでもあるが、友人の夫を救ってくれたもう1人の友人に対するお礼でもある。お礼するのも魔法少女として間違ってはいないだろうと自己正当化しておく。

 店の時計を見ると集合時間の23時に迫っていた。雑誌を棚にしまい外に出ると見覚えのあるバイクが近づいてくる。聞き覚えのあるエンジン音に見覚えのあるフォルムだ。

 

「特攻服じゃないんだ」

 

 華乃は思った言葉をそのまま口にする。普通のシャツに短パンという今までと変わらない格好だ。今回はバイクで走るというのが主目的なので特攻服でも着てくると何となく思っていただけに意外だった。

 

特攻服(とっぷく)ってのは戦闘服だ、私用(プライベート)の走りで着るわけないだろ」

 

 花奈は呆れ気味で答える。言われてみればそうだ、特攻服は華乃の基準からしてダサいので一緒に走るのは少し恥ずかしいと思っていたのでありがたかった。

 

「じゃあ行くぞ、ほれ」

 

 花奈はシートの中からヘルメットを取り出し投げ渡す。それを受け取り装着して花奈の後ろに座って腹に手を回す。だが力が弱かったのか『遠慮すんな、それじゃあ振り落とされるぞ』と言われたので全力に近い力で手を回す。

 

「ヘルメットかぶらないの?」

「つけねえよ。重いし視界が狭まるし風も感じられねえ、そもそも暴走族(ゾク)がメットなんてつけるか?つけねえだろ」

 

 そういうものなのか?だが帝都リベンジャーズのキャラはバイクで走る時はヘルメットをつけていない。情報源が漫画だから真偽は定かではないがそうなのかもしれない。

 ということはこのヘルメットはわざわざ用意してくれたという事だ。花奈のポリシーだったら自分用のヘルメットを持っているわけが無い。

 性格からして絶対に事故らないから必要ないと言いそうだが、自分に気遣ってくれたのだろう。

 

「よし、出発(でっぱつ)だ」

 

 花奈は掛け声とともにアクセルを回し出発する。予想以上の急発進だったので自然に手に回す力がこもる。2人でのドライブが始まった。

 コースはN市周辺の国道を走り、深夜帯もあってか交通量も意外に少なく、信号にも全く引っかからなかったので、ほぼ止まらずに走り続ける。

 道中では曲がり角では車体をギリギリまで傾けて曲がりガードレールにあと数センチで接触するぐらいコーナーを攻め、突如ウィリーで走ったりしていた。普通のドライブとは思えない危険な運転の連続、恐らく此方を怖がらせようとしているのだろう。だが華乃は花奈の思惑とは裏腹に全く恐怖を抱かなかった。

 一見すれば危険な運転だが花奈にとっては余程の事がない限り操作ミスや事故を引き起こさない。限りなく安全運転である。華乃はバイクについては全く知識がない素人だが不思議とそう思えた。

 普通の人の危険運転が花奈にとっては安全運転、それは花奈が卓越した運転技術を持っているからであると肌で感じ取っていた。

 

 花奈はいつも通りか知らないがテンションが高く常に笑っていた。その笑顔に釣られるように華乃の口角も自然に上がる。今日は友達付き合いという意味が強く、ドライブという行為が楽しいかは疑問だったが予想以上に楽しい。

 高速で流れる風景や、肌で感じる風の強さなどが心を高揚させる。それは花奈と一緒に走っているからだろう、別の人と走ってもこうはならない。心から楽しむ姿は他人にその感情を伝播させる。

 もっと楽しみたい、もっと刺激が欲しい、華乃の想いに応えるように花奈はアクセルを回しスピードを上げる。

 恐らく法定速度は軽く超えている。普段なら注意するだろうが、今は花奈の運転技術なら突発的なアクシデントも回避し操作ミスもしないので他人に迷惑をかけないから問題ないと思っている。

 花奈と一緒に居ると善悪の基準が緩くなっていくような気がする。スノーホワイトなら注意する事でも黙認している。でも不思議と悪い気はしない。

 

「はい」

「サンキュー」

 

 華乃は花奈に缶ジュースを投げ渡す。あれから2時間程度N市周辺を走り、船賀山の頂上に着くとバイクを停め休憩となる。

 2人はベンチに座り麓を見下ろす。地方の一都市であれば深夜でも電気がついている建物は少なく、都心のように深夜でも光が煌々とついている煌びやかな夜景とはいかない。だがこれはこれで悪くはない。お互いジュースを飲みながら無言で夜景を眺める。言葉を交わさないが気まずさはない。

 

「この後は?」

「一通りは走ったからこのまま帰ってもいいし、もう暫く走ってもいい。華乃次第だな」

 

 花奈はいつの間にかタバコを吸っていて煙を吐き出しながら質問に答える。それなりに楽しみもう少し一緒に走りたいという気持ちもなくもないが生活リズムを崩したくなく、明日も学校なのでそこまで夜更かしは出来ない。

 

「それで楽しかっただろ?」

「思った以上には、何で分かるの?」

「顔を見れば分かる」

 

 華乃は思わずスマホを鏡代わりにして顔を確認する。液晶に写るのはいつもの顔だ、ニヤついたりなど分かりやすいサインは出ていない。

 

「しかし見込み通り度胸あるな、今日は華乃をビビらせようとほんの少しだけコーナーを攻めたりスピードを出したけど、ワーキャー言わねえのな」

 

 花奈はほんの僅かに不満げに呟く。確かにスリルは有ったが花奈が運転すれば絶対に事故らないと思えた。であれば怖くはない、事故るという生命の危機が迫る可能性があるから恐怖するのだ。それにいざとなれば魔法少女に変身すれば問題ない。何よりもっと恐ろしいドライブにつき合わさられた経験がある。

 あれは魔法少女選抜試験前が始まる前だ、N市の魔法少女であるマジカロイド44が友人であるトップスピードにあるアイテムを売った。それはトップスピードが持つ魔法の箒の性能を上げるというものだった。

 トップスピードはそれを買うと魔法の箒に装着しN市の夜空を駆けまわる。そして話の流れで同乗したが何としてでも断るべきだった。

 トップスピードの魔法の箒は本気を出せばソニックウェイブが発生するほどの速度で飛べる。それがパワーアップしたとなればとんでもない速度が出る。そのパワーアップした魔法の箒で縦横無尽に駆け回った。

 そうなればかかるGは凄まじく人間より遥かに頑丈になった魔法少女の体でもきつかった。これは流石にマズいとトップスピードに止まるようにいったが、スピードに魅入られてしまったのか、全く言う事をきかずスピードを上げ続け危険飛行を繰り返す。

 振り落とされたら死ぬ。トップスピードが止まるまで必死でしがみついたのは今でも覚えている。あれに比べれば同乗者に気を遣ってくれる花奈は仏のようだ。

 

「まあ、あれに比べればどうってことない」

「ふ~ん、そうかそうか」

 

 華乃は花奈の顔を見た瞬間に己の失言に気付いた。一見平静を装っているがこめかみに血管が浮いている。

 

「休憩は終わりだ。今までの超初心者(ゲキヌル)コースだ。これからは本気で行く。乗れよ」

 

 これは会話の選択肢を間違った。素直に怖かったでも言っておけばよかった。これは此方が泣き叫ぶまで2人乗りに付き合わされる。内心で思わず舌打ちした。

 

◆生島花奈

 

 船賀山はN市周辺においてベスト3に入る高さだ、それもあって走り屋と呼ばれる者達が車やバイクでヒルクライムやダウンヒルをする。

 花奈は暴走族であって走り屋ではない、毎日山を走るわけでもないがチームの仲間に誘われたり、地元の走り屋達と交流を深める為に時々走る。そしてこの山においての下り最速は花奈だった。

 ライトに照らされる路面の凹凸やギャップを見極めながらラインを決めコーナーを攻める。もし判断を誤れば谷底に落ちるだろう。だがそうしなければ速く走れない。

 華乃は友達だし恐怖による上下関係を作るつもりはない。だが舐められるのは許さない。華乃の言葉、あれは自分の走りよりもっと速くてヤバイ走りを体験したので、怖くもなんともないという表情をしていた。

 ちょっと手加減してやったら調子に乗りやがって、本気の走りでもう勘弁してくださいと泣かせてやる。気が付けば華乃を後ろに乗せ峠を攻めていた。

 先程までの走りは安全マージンをかなり多めにとり、隕石でも落ちてこない限り絶対に相手を傷つけない走りだ。そして今は安全マージンをかなり少なくしている。コーナーを曲がるたびに背筋が凍る。何かしらのアクシデントが起きれば後ろの華乃はもちろん自分も死ぬレベルだ。華乃みたいな素人でも流石にこの走りのヤバさと恐ろしさが分かるだろう。

 それから峠を攻め続ける。2人乗りなので流石にコースレコードを切れないが、自分の中でもかなり手応えがある走りだった。

 山の入り口に辿り着くとアクセルターンを決めながらバイクを停め後ろを振り返る。落車していないのは腹に伝わる感触で分かる。さて華乃はどんな顔をしているだろうか。

 

「どうだった?」

「死ぬかと思った……」

 

 華乃は俯きながらボソボソと呟く。一見血の気は失せて若干震えているように見えるが何か嘘くさい。真偽を確かめるようにしゃがみ込み見上げる。

 

「本当にビビってるか」

「ビビったって。凄い叫んでたでしょ」

「でも小便してねえし」

「友達をそこまで追い込むつもりだったの?そもそもバイクの楽しさを教えるの為に走ってるのにトラウマ植え付けようとしてどうするの」

「あ」

 

 華乃の言葉に己のミスに気付く。今日は華乃にバイクの魅力を伝え、あわよくばチームに参加してもらうのが目的だ。それなのに恐怖を刻み込むような走りをしたらバイクが嫌いになるではないか。

 

「しまった~!」

 

 花奈の叫び声が辺りに響き渡り、華乃は何してんだと盛大にため息をついた。



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第17話 TAKESHITA~想い出の竹下通り

◆殺島飛露鬼

 

 昼下がりの夏の日差しが容赦なく降り注ぎ平等に行きかう人々を苦しめる。唯でさえ暑いのに人口密度が多いのでさらに暑い気がする。その数は地元N市の繁華街である城南地区より多いだろう。

 こんな暑いならクーラーが利いた室内で大人しくしていろと思うが、それで足を運びたいと思うほど価値があると周りの人間は思っているから来ている。

 今いる場所は日本のポップカルチャーの発信地であり流行のファッションやグルメが集まる東京都原宿区竹下通りだ。

 この喧騒と活気に懐かしさを覚える。一度目の人生では流行りの服を求めたり、エアマックスを買いに行ったりナンパしたりと1人であるいは仲間達と何度も足を運び多くの時間を過ごした。ある意味地元と呼べるような場所だ。そしてこの竹下通りも高校生時代とは店の種類も流行も違うが、活気や喧騒は変わりない。

 殺島は前方10メートル先を歩いているデルタに意識を向ける。周りの人間より頭2つ分は抜けているのでこの人込みでもすぐに見つけやすい。そこからデルタの周りの人々に意識を向ける。

 

「あ~、左の金髪はダメだ、隣もダメだ。その茶髪のショートカットは半々ぐらいだな」

 

 殺島を片手に行きかう同世代の女性を見定め独自の基準で判定した結果を伝える。その基準とはナンパに応じてくれるかである。デルタはその指示に従うように茶髪のショートカットの女性に声をかけた。

 

 デルタは同じ高校の同級生で覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の初期メンということもありチームの中で最も仲が良いメンバーの一人だ、

 デルタには人並みに彼女が欲しいという願いがある。しかし今までの人生で女性と関わる機会が無かったせいで上手く女性と接する事が出来ず、彼女がいたことはなかった。

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に入って暫くしてデルタがナンパにつき合ってくれと頼んできた。自分が逆ナンされたり女と遊んでいるのは知っていて、その経験からアドバイスやフォローしてもらおうと思ったのだろう。

 ダチと女をナンパして遊ぶのは楽しく、前の人生でも散々やってきた。即答で頼みに応じ、城南地区など地元の繁華街に足を運んだ。

 最初はデルタをフォローしながらもナンパを楽しんだ。デルタは義理堅く仲間想いで良い奴で一緒にバカやっていて楽しい。仮に自分が女なら放っておかない。そのうち成功するだろうと思っていた。だがその読みは外れていた。

 ナンパに成功して女と遊んでも皆がデルタではなくこちらに話しかけてくる。最初は『流石ヤジだ』とデルタも笑っていたがやるたびに笑みが曇っていく。

 流石にマズいと思い、自分は楽しまずデルタのフォローに徹した。いかにいい男であるかと多少なり話を盛りながらヨイショし、自分に意識が向かないように自らネガキャンしたりと手を尽くした。それでもデルタが彼女を作れなかった。

 確かにデルタは女性にモテるタイプと訊かれればはっきりと首を縦に触れない。身長は2メートル越えで体重も100キロ越えで唯のデブではなく、相撲や喧嘩によって鍛え抜かれた身体だ、自分や覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の皆は慣れているが馴れていない者にとっては居るだけで圧が感じてしまう。

 そして女との会話が何故かかみ合わない。仲間内では女でも問題なく話せるのだが、色恋を意識してしまうと空回りしてしまう。色々とアドバイスをしたが改善の見込みはない。

 それでも今の要素を引いたとしてもモテない。これは世界7不思議にカウントしても問題なく、前世で余程女に嫌われたのか、神様にモテない呪いでも受けたのではないかと考えてしまうほどだった。

 

 一方デルタは何一つ文句を言わないどころか付き合ってくれてサンキュウと礼を言ってくれる。自分だけ女に好かれやがってと文句の1つや2つ言っても仕方がないのに。その誠実さやが逆に胸を締め付けられる。どうにかしようと頭を悩ましていた際にデルタから声をかけられる。

 

「オレの魅力はここの田舎者どもには分からないんだ。きっとT都の女なら分かってくれる。だから竹下通りでナンパしようと思うから付き合ってくれよ。ギャル好きだし」

 

 最初に否定の言葉が浮かび上がる。都会の女はナンパ慣れしているからレベルが高い、ナンパ慣れしていない地元の女すら成功できないのに無茶だ。

 しかしその言葉を飲み込む。地元の女は一般的な線の細いイケメンを好む傾向があった。だが都会の女はそういう感じのイケメンに飽きて、逆にデルタのようなタイプを好む可能性があるのではないか?可能性は低いがワンチャンあるかもしれない。それに賭ける。

 それからナンパに向けての準備を始め、まずはファッション方向性を決めた。今までは流行に乗っかった服だったが、ヤンキー風のファッションを勧めた。

 N県ではもちろん都心でもトレンドではなくダサいと評価される。だが下手に迎合するより逆張りではないが、特化した方がいいだろう。何よりヤンキー風のほうが似合うしデルタの魅力が引き立つ。他にも準備を進め週末を利用して2人で竹下通りに遠征する。

 

 当日の作戦としてはデルタのフォローをしようと2人でナンパすれば二の舞になるのは確実だ、そこでデルタと距離をとりながら好みのタイプとナンパに応じてくれそうな女をインカムを通して指示、そしてデルタに持たした録音機器で相手との会話を聞き、必要に応じてアドバイスを送る。

 結果は散々だった。声をかけると女たちはデルタを一瞥すると無言で足早に去っていく。やはりヤンキーを押し出したファッションは失策だった。敢えて好む女を期待したが誰もいない。原宿でこの方向性は間違っていた。むしろ新宿の歌舞伎町とかそっちの方面に行った方が同じようなタイプがいて、好む女性がいるかもしれない。

 デルタに作戦失敗の詫びと歌舞伎町に行くのを提案しようとインカムに口に近づけようとするとデルタに1人の女性が近づいてくる。

 学校指定風の半袖のシャツに首元には大き目なリボン。全体的に派手目で化粧もしっかりしアイシャドウは薄っすら紫で口紅もしている。髪の毛も編み込んだり盛ったりと複雑な形をしている。ヤクザ時代に歌舞伎町でこんな感じの髪型のキャバ嬢に逆ナンされた事があったと過去の記憶が蘇る。

 顔もキレイでデルタのタイプの女だ、もし彼女になれたらデルタは喜ぶだろうなと思いながらナンパに応じてくれるか審査する。

 

『すっごい体~、格闘家?もしかしてプロレスラー~?』

 

 その前に女はデルタに声をかけながら親し気に腕を触ってきた。思わぬ事態にデルタは露骨に動揺し、殺島も思考が停止する。

 デルタにビビっている様子もなく寧ろ好意よりの反応だ、これは逆ナンされている。やはりデルタのようなタイプを好む変わり者、いや真の男を好む慧眼の持ち主が居たのだ。しかもナンパに応じるではなく逆ナンしてきた。これは千載一遇のチャンスだ。

 

「ヤジ、どうなってんだ?」

逆誘惑(ぎゃくナン)されてんだよ!まずは鍛えてるところ、自分の体で一番強靭(すげえ)部位を触らせろ」

 

 思わず興奮気味で答えるが、即座にクールダウンしアドバイスを送る。あの感じだと強さに欲情するタイプだ。デルタは指示通りに太腿を触らせ、屈みながら胸板や首を触らせる。その度に「固い~太い~」と喜んでいる。反応は上々だ。

 

『凄いね~喧嘩とかマジ強そう』

『ああ、チームじゃ一番強いぜ」

『チームって暴走族なの?』

『ああ』

『そうなんだ~。今流行ってるもんね。あのマンガ』

『帝都リベンジャーズ』

『それ』

 

 イヤホン越しから聞こえる会話に耳を傾ける。暴走族に入っていると言った時は引かれると思って心配したが、引くどころか興味を持ち評価が上がった感じだ。

 

「あの話しろ。前にボコボコにしたっていう格闘家の」

『最近だと夜田を打倒打倒(ボコボコ)にした』

『えっ?夜田って格闘家の?事故って欠場してるけど、うそ?』

 

 ギャル風の女は目を見開きデルタを指さす。喧嘩2000戦勝という触れ込みでデビューした格闘家夜田は宝島組系列のヤクザが運営している格闘団体タイマンのヘビー級絶対王者である。

 何時ぞやにN県で試合をした夜にN市の城南地区で豪遊し、酒の勢いで宝島組が経営しているホストをボコボコにして、ムシャクシャが収まらなかったのか偶然居合わした覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーでデルタの連れをボコボコにしていた。トイレで離れていたデルタが戻るとボコられる連れを見て夜田をボコボコにする。

 その話を聞いてドル箱をおしゃかにしたのはマズいと即座に謝罪しに行ったが、キレられるどころか、最近調子乗っていたのでシメてくれて助かったと逆に褒められた。

 

「その話をすると長話になるから、どっかで座りながら喋ろうと誘え」

『詳しい話訊きたいか?』

『ききたい!ききたい!』

『だったら、え~、そこの店で何か飲みながら座って話すわ』

 

 デルタは近くにあったタピオカ系の飲み物を出す喫茶店を指差す。ギャル風の女は頷きデルタを先導するように店に向かっていく。

 とりあえず第一段階はクリアした。今のところ好感度は高いが何が起きて評価が下がるか分からない。最大限フォローしてこの女をデルタの彼女にしてみせる。2人の後をつけるように入店し、10数メートル程離れた席に座りギャル風の女に気取られないように動向を見守る。

 

『それでダチがボコボコにされたの見てカチンときて突っ込んで、勢いそのままにブチかました。相手は数メートルは吹っ飛んだな』

 

 デルタはあの日の出来事をギャル風の女に喋る。大概の奴は自分を強く見せようと話を盛るのだが、デルタは真面目なので盛りはせずあるがままに喋る。

 

『そうなんだ~』

 

 だが起きた出来事が余りにも現実離れしているので、結果話を盛っているように聞こえてしまう。今のデルタは極道技巧を身に着け、素手で生首を引き千切れるといわれる夢澤組長とまではいかないが、体当たりで交通事故レベルの衝撃を与えられるぐらい人間離れしている。

 一連の話は真実なのだがギャル風の女はそう信じていないのだろう。相槌に興味の色が薄れ表情も疑いの色が濃くなっている。

 

『デルタ、オレに電話しろ。目撃者と偽って話す』

「疑ってるな?だったら助けた奴に電話してやるよ」

 

 デルタはスマホを取り出し電話をかける。それを見て席を立ちトイレの個室に駆け込んだ。

 

「もしもし」

「おおデルタか、どうした?」

「格闘家の夜田を倒した話してんだけど、信じてくれねえんだ。お前から話してくれよ」

「<ruby><rb>了解(りょ)だ。そいつに電話変わってくれ」

 

 デルタに伝えると数秒後にギャル風の女が電話に出た。もしもしという声だけでも疑っているのが伝わってくる。

 

「どうも、殺島です。アンタはデルタさんが夜田を打倒(ボコ)った話疑ってるんっすか?」

「正直信じらないというか」

「気持ちは分かる。でも心底真実(マジトゥルー)なんっすよ。夜田に打倒打倒(ボコボコ)されて死にかけた時にデルタさんが夜田にぶちかましを喰らわせて宙に舞ったんだよ」

 

 ギャル風の女にまるでその場で居合わせたように語る。ボス(きわみ)のように人の感情を揺さぶり騙せはしないが、話術と演技にはそれなりに自信がある。熱を込めて語り続け電話越しでも話を信じているのが分かる程になっていた。

 切りの良いところで話を終わらせ電話を切りトイレから出て2人の様子を盗み見る。ギャル風の女の表情を見る限り信じてくれたようだ。とりあえず一安心だ。

 元の席に戻ろうとすると自分の席には女が座っていた。制服風の半袖シャツを着ている。全体的に派手目で化粧もしっかりしている。アイシャドウは薄っすら青く口紅もしている。髪の毛もエビ茶色で編み込んだり盛ったりと複雑な形をしている。服装からしてデルタと喋っているギャル風の女と同じ高校か?席を間違えて覚えているかとあたりを見渡したがやはり間違っていない。

 

「よう、席間違えてねえか?」

「お兄さん、ゆなっちのストーカーっすか?」

 

 女は質問に答えず、疑いの眼差しを向けな後ろ指でデルタと喋っているギャル風の女をさしながら逆に質問してきた。確かにデルタをフォローするために後をつけて店に入り、ゆなっちと呼ぶ女を見ていた。それがストーカーと誤解された可能性がある。

 

誤解(ちげ)えんだよ。あの長身(でけえ)男はオレの友達(ダチ)でよ。ナンパがうまくいくように指示出したりしてんだ」

 

 目の前の女にインカムを見せながら説明する。いらぬ誤解を招いて邪魔されたくない、ここは正直に話して納得してもらうのがベストだ。

 

「マジっすか!?こっちもっす。ゆなっちの逆ナンが上手くいくように相手との会話聞いてフォローしてるっす」

 

 女は驚きながら自分のインカムを見せる。どうやら自分と同じように友人のナンパがうまくいくようにフォローしていたようだ、そうなると同じようにデルタの後をつけ店に入ったことになる。特に注意していなかったが全く気付かなかった。

 

「それで友達のゆなっち的にはデルタは本命(タイプ)なのか?」

「タイプっすね。ゆなっちは強い男が欲しいって最近ずっと逆ナンしるんっすよ。ここじゃ探すところが悪いと思ったんっすけど、まさか見つかるだなんて。それでデルタっちの話ってマジっすか?盛ってるとかじゃなくて」

真実(マジ)だ」

「マジっすか、スゲエっすね。それでデルタっち的にゆなっちはタイプなんっすか?」

超本命(ドストライク)だ。地元にもギャル系はいるけど、ゆなっちみたいな本場のギャルはいなかった。絶対に彼女にするって張り切ってるだろうぜ」

「いや~ゆなっちにも春が来たっすね。ところで名前はなんて言うんっすか?」

「オレか?殺島だ」

「ヤジっち協力してくれねえっすか?デルタっちと友達なら興味ある話題とか、好感度が上がる動作とか知ってるっすよね。それをあたしがゆなっちに指示すれば好感度爆上がりっす」

妙案(グッドアイディア)だ。だったらこっちにもゆなっちが好きそうな話題とか教えてくれ、それをオレが教える」

「了解っす。愛のキューピット同盟成立っす」

「よろしくな、えっと……」

「米田瑠璃っす」

 

 米田はこちらの手を取りブンブンと手を振る。逆ナンされたと思えば今度は友人という情報源と接触で来た。今日のデルタは相当についている。



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第18話 制裁(しめ)るしかない

◆殺島飛露鬼

 

「デルタは相撲やってた。そこらへんの話題はねえか?」

「確かあの話題の相撲ドラマ見てたらしいっす」

「聖域か、あれはデルタと一緒に一気見した」

『ゆなっち、聖域って相撲ドラマの話をするっす。大丈夫っす。絶対に話しが弾むっす』

 

 米田はゆなっちに指示を送り、ゆなっちも指示通り聖域の話をする。するとデルタは共通の話題を振ってくれたのが嬉しいのか饒舌に喋る。

 

「良い感じっすね。ヤジっちもデルタっちも暴走族なんっすか?」

「おう」

「それって楽しいっすか?」

絶頂(たま)んねえぜ、良かったらやるか?」

「そうっすか、でも忙しいから無理っす」

「残念だ、『デルタ、腕の傷みせてあの時の抗争の話をしろ』」

 

 デルタは思い出しながら語り始める。あの抗争はデルタが大暴れしてエピソードトークとしては良い。喋りは上手くはないがインカム越しにゆなっちが楽しんでいるのが分かる。

 

「スゲっすね。バイクにブチかまして吹き飛ばしたって。漫画みたいっす」

(ちょく)で話せば分かるぜ、デルタから発せられる強さの説得力は半端()ねえ。分かる奴には分かる」

「ヤジっちが言うならそうなんっすね。ヤジっちは武勇伝とか無いっすか?」

「オレじゃないけど。デルタとガンマと花奈の4人で1つのチームを潰したとかはあるが」

「なんか面白そうっすね。聞かせて欲しいっす」

 

 米田とは互いの友人の情報交換から始まり、それを参考に会話の話題を提供した。あまりにもピンポイントな指示を出すのでデルタは怪しみ、ゆなっちも同様だったようだ。だがその指示は効果的で、今では完全に信頼し疑っていない。きっとお互いが手ごたえを感じているだろう。

 良い雰囲気だ、このままいけば最悪でも互いの連絡先を交換、良ければこのままカップル成立しても不思議ではない程意気投合している。完全に勝ち戦だ。

 それは米田も感じているようで、油断というわけではないが今は指示を出しながら雑談に興じる余裕すらある。明るく人懐っこく、相手の話にも過剰と言える程リアクションを取り話しやすくする聞き上手でもある。話していて楽しく好きなタイプだ、きっとモテるのだろうな。

 

「どこ高の出身?」

「今は通ってねえっす。中退っす」

真実(マジ)か。だったらそれは私服(コスプレ)だな」

「言われてみればそうっすね。高校に行ってないのに制服着てたらコスプレっす」

貧困(きんけつ)か?それとも悪事(わるさ)でもしたのか?」

「違えっす。やりたい事があって、学校に行く時間がねえっす」

感嘆(すげえ)な」

 

 やりたい事があるから辞める。僅かな時間だが友人が多く学校に行くのは楽しくないわけというのは分かる。それに高校中退というのは一般人にとっては不利になる。それでも辞めるという判断を下した思いっきりの良さと行動力は感心する。

 

「あっ二人とも出るみたいっす。追うっすよ」

了解(りょ)だ」

 

 米田は飲みかけのタピオカミルクティーを勢いよく飲み干し、殺島も同じように飲みかけを勢いよく飲み干した後に2人の後をつけた。

 

☆米田瑠璃

 

 2人はクレープを片手に竹下通りからキャットストリートに向かいながら、個人経営のアパレルショップに入り冷やかしたりしている。もう手助けは必要ないだろうと思いながらも念のためにと2人の会話を聞きながら尾行する。

 

「良い雰囲気っす、これはカップル成立っすね」

「だなと言いたいところだが、最後まで油断できねえ、デルタにとっては一生に一度のレベルのチャンスだ」

「そうっすね。気合い入れるっす」

 

 瑠璃は自分の頬をパンパンと叩く。ゆなっちにとってもこれほど条件が合う男性はそうそう出会えないだろう。友人としては何とても結ばれて欲しい。

 

「それにしてもゆなっちが逆ナンしてくれたのもそうだが、米田と会えてよかったぜ、会えなかったら2人はこんなに良い感じにならなかった。心底感謝(マジサンキュ)な」

 

 ヤジっちはこちらを向きながら礼を言う。思わぬ偶然で出会い雑談しながら交流した。ゆなっちをサポートするという目的だが、ついつい雑談に熱が入り目的が疎かになりそうになったのがしばしばあった。

 ヤジっちの話はオモシロく、聞き上手でもあるので話していて楽しい。もし学校が一緒だったらよく駄弁ったり、遊びに行ったりしていたかもしれない。

 2人はキャットストリートを散策すると近場のカラオケ店に向かう。当然こちらも向かい、店員に怪しまれながらも2人の隣の部屋に入った。

 

「そっちは聞こえるっすか?」

「問題ない。そっちは?」

「バッチリっす。むしろ耳がキーンとなりそうっす」

 

 ゆなっちがつけている集音器は普通の会話が聞こえる程に性能がいいので、歌われたら音量のせいで聴覚が変になりそうだ。

 2人が歌い始め、一応は会話のフォローができるようにと歌わずに雑談しながら様子を聞いていた。

 

「これ流行ってるあの曲っすね。でも似てねえっす」

「デルタもモテようとして流行の曲とか習得(おぼえ)てんだ。けれど地声が低いから流行の曲とは合わねえんだ。それにそんな好きじゃねえみたいだし」

「モテようとするのも大変っすね。あたしなんてカラオケ来ても好き勝手歌ってるっすよ。ヤジっちはどうっすか?周りに気を遣うタイプっすか?」

「ナンパしたり逆ナンされた時は流行の曲を歌う。知らない曲歌われると場が消沈(しらけ)るからな。前にキューティーヒーラーの曲を歌いたかったら歌ったらドン引きされた」

「キューティー好きなんっすか!?」

「ああ、心底愛好家(ガチファン)だぜ」

 

 ヤジっちは恥ずかしげもなく言う。こういうチャラい系の男子がキューティー好きだとは思わなかった。本当に意外だ。

 そこからキューティーヒーラートークとなり、ゆなっちとデルタっちの会話に耳を傾けながら、ヤジっちと各シリーズのOPを歌ったりデュエットしたりする。時間は瞬く間に過ぎていく。すると耳に入ってきた2人の会話から店から出ると知り、サビの途中で歌うのを止めて慌てて部屋から出た。

 

「ゆなっちをサポートするのが役目だから仕方ねえっすけど、最後まで歌いたかったっす」

「それな、オレもあの曲は好きだから歌い切りたかったぜ、デルタの野郎」

「デルタっちを責めるのはひどくねえっすか」

 

 ヤジっちは確かにと笑みを浮かべながら頷く。だが気持ちは分かる。せめてあと1分出るのが遅ければ1番は歌いきれた。

 

「この後はどうするんっすかね?」

 

 時刻は23時を回っていた。都心であれば夜中でも遊べる場所はあるが少なくなる。そしてゆなっちは制服を着ているのでさらに限られる。

 

「このままお開きかもな」

「じゃあ、ヤジっちともお別れっすね。今日は楽しかったっす」

同意(こっち)もだ。T都に行く用事があれば遊ぼうぜ、連絡先教えてくれ」

「いいっすよ」

 

 お互いにスマホを取り出し連絡先を交換する。相手はN県出身でそれなりに遠いが、師匠から課せられる課題の一環で色々な場所に行かされるので案外会えるかもしれない。

 するとヤジっちはスマホからデルタっちの方に視線を移す。釣られるようにスマホから前方に視線を移すと明らかにガラの悪そうな男たちが詰め寄っていた。

 

『おい、デカブツ!誰の女に手出してんだ!』

『その人は百鬼夜行の天草さんの女だぞ!ボケ!』

『さっさと離れんかいカス!』

 

 その様子に行き各人々達は関わりたくないとばかりに露骨に目線を逸らし足早に立ち去っていく

 

「百鬼夜行?」

「ここら辺の有力チームの1つだ。会話の流れからして天草は百鬼夜行の顔役か何かで、ゆなっちは天草の彼女(スケ)っぽいな」

 

 そうだったのか、だが彼氏が居るのに逆ナンしていたということになる。その天草に不満でも有ったのか?

 するとガラの悪い男達の1人がいきなり殴りかかってきた。その拳はデルタっちの横っ面に直撃する。だがデルタっちは平然としており男に突っ張りを放つ。すると男は5メートル程吹き飛ばされ大の字になった。

 その様子にガラの悪い男たちは一瞬動きが止まるが、1秒後に罵声を浴びせながら襲い掛かる。デルタっちは避けるのがめんどくさいとばかりに攻撃を受けながら軽く手を払い、次々となぎ倒し大の字の男を4つほど作る。

 

「うわっ、スゲエっすね」

「だろ、デルタにとっちゃこんな雑魚(サンシタ)なら一瞬だよ」

 

 ヤジっちが気持ち自慢げに喋る。軽く攻撃しただけで人を吹き飛ばす膂力、中々に人間離れしている。バイクと正面衝突して吹き飛ばしたと言っていたが本当かもしれないと思わす説得力がある。

 

警察(イヌ)に見つかると面倒だ。逃げるぞ」

 

 デルタっちは周囲を見てからゆなっちの手を引いてこの場から離脱する。ヤジっちと一緒に走りながら後を追う。

 

『この後どうする?』

『よかったらアタシの家に来る?今日誰も居ないんだ』

 

 その言葉にデルタっちは思わず足を止め目を見開きながらゆなっちを見る。その動きに連動するようにヤジっちと視線が合う。

 

「こりゃお開きだな」

「そうっすね」

 

 ヤジっちは『頑張れよ』と一言告げてイヤホンとインカムを外し、同じようにイヤホンとインカムを外し、右往左往するデルタっちを尻目に別れた。

 

◆デルタ

 

「今日の暴走も最高だったよな!」

「マフラー買い換えたんだけど、音が違えよ!音が!」

 

 第七港湾倉庫一帯、周囲はいつの間にか覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の集会場となり。辺りにバイクのエンジン音と笑い声が響き渡る。今日も最高の暴走だった。これが人生最後の思い出になっても後悔はない。デルタは目に焼き付けるように皆の様子を眺めた。

 竹下通りにナンパをしにいったあの日、ゆなに逆ナンされ一夜をともにして男女の関係になった。初めて出来た彼女がメチャクチャタイプのルックスという今までの不遇をチャラにしてもお釣りが出る程だ。そしてルックスだけでもなく性格も好みだった。

 ヤジのように女にウケる話術もネタもない。それでも自分の話に満面の笑みと笑い声で応えてくれる。スマホで話をしているが笑い声を聞いただけで分かる程だ。ここ数日はまさに幸せの絶頂だった。だがそれは長くは続かなかった。

 

 ある日ゆなから画像が届く。それは顔を腫れ上がらしたゆなの画像だった。それを見た瞬間スマホを握りつぶしていた。

 ゆなは東京の暴走族『百鬼夜行』の顔役である天草の彼女だった。そしてゆなが逆ナンしてた事に激怒し暴力を振るった。さらに逆ナンされたデルタも自分を虚仮にしたとして詫びを入れに来い、出なければさらにひどい目に遭わせるというメッセージが届く。

 これは詫びを入れて終わるという問題ではない。恐らくは制裁という名のリンチにあうだろう。そして相手の規模は3000人以上と言われている。

 己は贔屓目無しに強い、それでも3000人超を相手に勝てる程人間離れはしていない。数の暴力に敗れ恐らくは重体、最悪死ぬかもしれない。それ程までに百鬼夜行は凶暴であるという噂はN県にすら届いている。

 仮に出向いたとしてもゆなは解放されず、天草の自尊心と独占欲を満たすために彼女という立場に束縛され続け、日常的な暴力にあうだろう。ゆなを見捨てれば5体満足で居られる。だがそのような選択肢はない。

 初めて出来た彼女が苦しんでいる。それだけで勝ち目のない戦いでも充分に挑む理由になる。負けはしても絶対に天草は道連れにする。その背中から身がすくむような怒気と悲壮な決意が滲み出ていた。

 

「よう、調子どうよ」

 

 肩を叩かれ後ろを振り向くとヤジと花奈がいて、ヤジいつものように人懐っこい笑顔を見せ、花奈はガキのような満面の笑みを見せる。

 

「暴走族王、暴走族女神。今日も最高でした」

「本当か?それにしては悲壮面(しけたつら)してんぞ。なあ暴走族王(ゾクキング)?」

「ああ、とても彼女がいる奴の(つら)じゃねえな」

 

 ヤジと花奈は見定めるようにでこちらを見つめる。精一杯の笑みを見せたつもりだが一瞬でバレてしまったようだ。

 

「悩みがあるなら聞くぞ」

 

 花奈は右肩に手を置きこちらを見上げる。その目はいつもの遊びを楽しむガキのような目ではなく真剣みを帯びていた。

 

「オレも聞くぜ」

 

 ヤジも左肩に手を置きながら耳元でボソリと呟く。その目は人懐っこさが薄れ真剣みを帯びていた。

 決心が揺らぐ、この件は誰にも話さないつもりだった。話せば覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)と百鬼夜行の抗争になる。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)は200人程度、相手は3000人以上、花奈、ヤジ、ガンマと人間離れした強さを持つ者もいるが限度がある。確実に負ける。自分の問題で大切な仲間を巻き込みたくない。

 

「デルタ、アタシは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーの全員を家族と思ってる。家族が苦しんでいるなら助けるのが家族だ。どんな事でも解決してやる」

「どんな事はいいすぎだろ。頭脳労働は絶対無理(ムリゲー)だ」

「それは暴走族王に任せる。それ以外はアタシがやる」

 

 2人はいつのようなやり取りをかわす。この2人ならもしかしたら助けてくれるかもしれない。そんな思いが瞬く間に広がっていく。

 

暴走族女神(ゾクメガミ)暴走族王(ゾクキング)、実は……」

 

 気が付けば事の詳細を2人に話していた。すると2人の表情がみるみるうちに紅潮していく。これは怒りによるものだ。

 

「全員注目!」

 

 花奈が周囲の雑談やエンジン音を掻き消すような大声をあげる。メンバー全員が一斉に花奈の方を向く。

 

「デルタの彼女にT都の百鬼夜行とかいう暴走族が手を出した!メンバーの家族は全員の家族!メンバーの彼氏彼女は全員の彼氏彼女!自分の彼氏彼女に手を出されたら制裁(シメ)るよな!今からT都行って百鬼夜行に襲撃(カチコミ)するぞ!」

 

 突如の宣言に皆は戸惑い騒めく。無理もない、五分五分ぐらいなら自分でも喜んで戦いに行くだろう。だが戦力差1対10以上、これでは自殺しにいくようなものだ。

 花奈は思わぬ反応に顔を紅潮させる。一方ヤジは冷静に皆の様子を窺うと花奈に耳打ちする。すると花奈は思いついたようにスマホを取り出し、ヤジもスマホを取り出す。

 

「もしもし、犬吠埼、アタシだ」

「よう、(オレ)だ、今大丈夫か猿渡」

 

 2人が出した名前を聞いてざわつく。犬吠埼と猿渡、2人ともN県統一の際に抗争したチームであり、犬吠埼は那我雄華王(ナガオカキング)、猿渡は朱鷺殺(トキサツ)のトップだった男達だ。

 

「うちのメンバーの彼女に百鬼夜行ってチームが手を出した。今から制裁(しめる)から手を貸してくれ」

「百鬼夜行ってチームがうちのメンバーの彼女に手を出した。今から抗争しにいくから来てくれねえか?N県の暴走族(ゾク)の力をT都の奴にみせつけようぜ」

 

 一応は傘下に入っているがかつての敵だ。助力に応じるのだろうか?花奈とヤジは話を続けメンバーは2人の様子を固唾を飲んで見守る。

 

「よし、犬吠埼達が来てくれるぞ!」

朱鷺殺(トキサツ)が参戦だ!」

 

 その言葉に皆は声を挙げる。2つのチームの強さは抗争したメンバー達が知っている。那我雄華王(ナガオカキング)は200人、朱鷺殺(トキサツ)は150人、人数的には不利なのは変わりないが、充分に勝算がある戦いになった。

 かつての敵すら即座に参戦してくれる。それは抗争を通してヤジと花奈に惚れ込んだからだ、これがハイエンプレス両巨頭の魅力である。

 

「よし!今から出発(デッパツ)だ!」

 

 花奈の掛け声に皆が一斉に歓声をあげる。ハイエンプレス200人は第七港湾倉庫を出発する。暫くして那我雄華王(ナガオカキング)朱鷺殺(トキサツ)と合流し、その際に景気づけに近くの民家を燃やした。



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第19話 brand new rough stone

 

◆米田瑠璃

 

 瑠璃は人々が行きかう雑踏の中で立ち止まり深く息を吸い込む。空気が汚い、ここ一週間は人里離れた場所にある森林に行っていた。

 そこはすぐにわかる程空気が澄んでいて違いが浮き彫りになる。それに鳥のさえずりしか聞こえなかった森とは違い人が歩く音、人々の喋り声が混じりノイズとなる。だが不思議と心地よい。やはり静かな田舎より地元の都会の方が好きだ。

 そのまま人の波に乗るように大通りを歩き目に付いた細い横道を見つけそちらに向かい、周囲を見て誰も居ないのを確認して呟く。

 

「ラズリーヌモード、オン!変身!」

 

 髪型はエビ茶色で編み込んだり盛ったりと複雑な形をした髪型は黒色で肩に触れない程度の切りそろえた長さになる。服装も高校の制服のようなブレザーから、青色のワンピースに青色のアームカバー、胸元には大ぶりの青い宝石、白のマントを羽織り臀部には白の虎の尻尾がついている。

 米田瑠璃は魔法少女ラピス・ラズリーヌに変身する。

ラズリーヌは野良猫と視線が合うと「秘密っすよ」と言いながら唇に人差し指をつけ、階段を上るような軽やかな動作で左右の壁を蹴り雑居ビルの屋上に上がる。

 

「さあ、サボった分を取り返っすよ」

 

 ラズリーヌは気合いを入れるように頬を叩く。1週間ほど離れていたせいで魔法少女としての活動ができなかった。自分の意志で地元から離れたわけではないがサボっていたのには変わらない。

 魔法少女の活動は人助けである。それは家の鍵を探したり自転車のチェーンが嵌めるなどほんの些細な善行が主である。

 ラズリーヌはビルの屋上を飛び渡りながら移動する。人助けをするためには困っている人や揉め事が起きている場所を見つけなければならない。大半の魔法少女は揉め事が起きそうな場所や人が多い場所を記憶し、ルートを決めパトロールのように巡回しながら5感を駆使しながら探し見つける。

 一方ラズリーヌはルートを特に決めず気が向くままあちらこちらに行く。魔法少女には多かれ少なかれ第六感と呼ばれるような勘がある。そしてラズリーヌは訓練によって普通の魔法少女より優れた勘を備えており、行く先々で困っている人やトラブルを見つけられる。

 ラズリーヌは十数秒ほど移動するとふとビルの欄干に乗り立ち止まる。何か街の様子がいつもと違う。不穏な感じだ。

 そのまま近辺で一番高いビルに移動し周囲を見渡す。ビルの高さとそして双眼鏡並の魔法少女の視力が合わされれば遠くまで見える。

 すると国道を移動するバイクが多いのに気づく、そしてバイクの運転手は特攻服を着ている。背中には百鬼夜行という文字が刺繍されている。

 確かゆなっちがデルタっちをナンパした時に出た名前だ、確か百鬼夜行の誰かがゆなっちの彼氏とか言っていた気がする。これは何かあるか何かが起こると勘が告げる。そのままビルから飛び降りて特攻服たちを追跡する。

 特攻服達の追跡を開始してから数十分、特攻服達が続々と集結する。そこは確か区画開発に失敗したとかで空き地になっている場所だ、辺りはフェンスと有刺鉄線で囲まれて浮浪者対策をしているようだが、百鬼夜行はそこを勝手にたまり場にしているようだ。ラズリーヌは近場の送電塔の頂上に登り様子を窺う。

 驚くのはその数だ、100人は遥かに超え下手したら1000人以上だ。最近はヤンキー漫画が物凄く流行ってヤンキーや暴走族が増えていうとは聞いているがここまで居るのか。

 

「ん?」

 

 ラズリーヌは目を凝らす。暴走族たちの後ろの数人、周りの様子からしてリーダーとか幹部なのだろう。その横に女の子がいる、その様子からレディースではないのは分かる。その姿形に見覚えがあった。確かめようとされに目を凝らす。

 

「ゆなっち!?」

 

 思わず声を出してしまう。確かにゆなっちだ、何故ゆなっちがここに居る?しかも表情は暗く沈み恐怖に怯えている。さらに顔には青あざができている。その意味を瞬時に理解する。

 手を出したな。反射的に鉄塔を殴る。鉄塔の柱は歪みゴンという鈍い音が当たりに響き、その音を聞いて我に返る。

 基本的に魔法少女は些細な善行をするものだ、暴走族を潰すのは些細な善行ではなく、師匠にも大きな揉め事を起すなと言われている。しかし何が起こるか分からないがこのままではゆなっちに良い事は何一つないのは分かる。

 

 どうすべきか?腕を組み今後の行動を考えようとした時に背後からほんの微かなエンジン音が聞こえてくる。まだ集まってくるのか?振り返り目を凝らす。

 

「ヤジっちにデルタっち!?」

 

 思わぬ光景に声をあげる。百鬼夜行のように特攻服を着た一団が迫っている。その人数は1000人単位ではないが数百人は居る。特攻服には覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)と刺繡が刻まれている。その集団の先頭をヤジっちとデルタっちが走っている。その表情は怒りに染まっている。特にデルタっちはガチギレと表現していい程だ。

 確か2人は暴走族に入っていると言っていた。そして進行方向は百鬼夜行が居る。これは2人のチームは百鬼夜行に戦いを仕掛けに来ている。

 何かが起こっても対応できるようにと送電塔を渡りながら空き地の方に移動する。その間にも百鬼夜行の様子を窺う。

 すると百鬼夜行達もエンジン音に気付いて慌ただしくなり。ゆなっちのそばにいるリーダー達も周囲の様子に変化に気付いたようだ。

 

「百鬼夜行!覚悟しろや!」

 

 数分後、デルタっちの怒号とともにデルタっちのメンバーがたまり場に雪崩れ込み、百鬼夜行のメンバーも応戦する。そこからは映画で見たような大乱戦が始まった。

 ぱっと見では百鬼夜行の方が人数は上だが戦況はハイエンプレスが有利だ。まず雑兵と言えるような一般メンバーが1対1であればハイエンプレスのメンバーが勝っている。それよりも突出した4人による力が大きい。

 眼鏡をかけた三つ編みの女の子、自転車のチェーンのようなものを鞭のように振り回し相手を切り刻む、随分と物騒な物を使っている。その技術も中々だが特筆すべきなのは相手が魅入られたように棒立ちして回避行動を取っていないことだ。

 以前に「相手を釘付けにしちゃうよ」という魔法を使う魔法少女と戦った時に似たような経験をした。魔法じゃないが何かしらの技術で似たような現象を引き起こしているのだろう。因みにその時は目を閉じて聴覚と嗅覚と勘で戦って何とか倒したが普通の人間にそれはできない。

 黒髪ポニーテールの女の子、前輪を支点にして後輪をコンパスのように振り回したり、ウイリーで轢いたりとバイクを使って攻撃しているがその運転技術は凄く、道端で見たら拍手喝采で投げ銭しているだろう。

 さらにハンドルから手を放し、シートやハンドルを足場にしながら全力で蹴ったり、バイクから飛び蹴りをかまし、その相手を足場にしてバイクに戻るなどしている。魔法少女なら容易いが人間なら不可能なほどの離れ業だ。その2人が百鬼夜行のメンバーを次々と打ちのめす。

 そして残り2人はヤジっちとデルタっちだ。2人は一直線にリーダー達がいる場所に向かっていく。

 ヤジっちは拳銃を使い向かってくる相手を次々と無力化していく。今の暴走族は拳銃を使うのかとこの国の治安が少し心配になる。

 だが国を憂いながらその技術に舌を巻く。全ての弾が当たり相手を無力化していくが、跳弾を利用して1発で複数人を攻撃していく。

 さらに地面に当り舞っているコンクリートすら使って跳弾を繰り出す。魔法少女でも練習すればできるだろうが、今すぐやれと言われたら半分ぐらいはできないだろう。初回だけでも魔法少女ができない技を人間ができるというのは相当だ。

 ヤジっちの攻撃でも漏れた相手はデルタっちが倒しながら進む。襲い掛かる相手はアクション映画のモブのように吹き飛び宙に舞う。渋谷の時も人間にしては相当強いと思ったがあれでも手加減していたようだ。明らかに人間離れしている。

 

 予想外の襲撃に4人の人間離れした人間の登場に百鬼夜行は混乱しており、リーダー達も慌てふためいている。この機会を逃す手はない。

 ラズリーヌはハイエンプレスのメンバーが雪崩れ込んだ場所の反対に移動し一飛びでフェンスを乗り越え空き地に侵入する。

 百鬼夜行達がやるとしたら人質作戦だろう、何かされる前にゆなっちを保護する。友達に暴力を振るった奴にやり返したいところだが我慢する。デルタっちのキレっぷりからゆなっちが何かされたのを知っているのだろう。だとしたら彼氏のデルタっちに任せる。

 それから誰に見つかることなく50メートルまで近づく。あとは物を投げ当った音に注意が向いているうちにゆなっちを搔っ攫うという古典的な方法をとる。

 ラズリーヌはそこらへんに落ちていた拳ぐらいのコンクリート片を地面に投げる。人が投げれば少し音が出る程度だが、魔法少女がそれなりの力で投げれば砲弾並の衝撃になり、コンクリートに穴が空き爆音が鳴り響く。

 予想外の出来事に百鬼夜行のリーダーたちは一斉に破壊跡に視線を向け、何事かと慌てふためく。あとはゆなっちの口に手を当て叫び声をあげる前に立ち去る。

 

「待つっす。ゆな……アナタを助けに来た者っす。怪しい者じゃないっす。とりあえず落ち着くっす」

 

 口から手を放すと大声を出しそうだったので、再び手を当てながら満面の笑みを浮かべながら喋る。怪しい者じゃないなんて信じるはずがないがそれしか言葉が思いつかなかった。

「色々言いたい事がある思うっすがとりあえず深呼吸、吸って~吐いて~、吸って~吐いて~」

 ラズリーヌが深呼吸を繰り返すとゆなっちも同じように深呼吸を繰り返す。少しだけ落ち着いたようなので喋りかける。

 

「アタシは……デルタっちから頼まれて助けに来た者っす」

「デルタが!?」

 

 ゆなっちは驚きと喜びで目を見開きながらこちらを見つめる。取り敢えずそれっぽい理由を言ってみたが信じてくれたようだ。

 

「理由は訊いてないけど何が有ったっすか?」

「えっと、アタシは今のガラの悪そうな連中のボスの天草って奴の彼女だったんだけど、デルタと付き合ってんのバレてガチギレ、落とし前つけるってデルタを呼び出して袋にしようとしてたの。本当は呼び出してくなかったけど、反抗したら殴られて……」

 

 ゆなっちは嗚咽を漏らしながら涙を流しその頭を優しく抱きながら明るい声で話しかける

 

「大丈夫っす。デルタっちが今からそいつをボコボコにするから、そうだ、今から見物しようっす」

 

 ゆなっちをお姫様抱っこで抱きながら移動する。ゆなっちは戸惑い騒ぎ立てるが無視して鉄骨の骨組みだけの建造物に移動する。ここなら先程ゆなっちがいた場所がよく見える。

 

「ちょっとあり得なくない。鉄骨を足だけで上がるとか人間?」

「いいからいいから、ほら、デルタっちが来るっすよ」

 

 するとデルタっち達がたどり着く。百鬼夜行のリーダー達は逃走ではなく迎撃を選択する。先程通りヤジっちが襲い掛かる者を銃撃し、漏れた相手をデルタっちが殴り飛ばす。流石に幹部たちだけあってデルタっちのパンチで吹き飛ばす耐える。だが2撃目で雑兵のように吹き飛ぶ。

 

「死にさらせ!」

 

 すると天草が刀を振りかぶりながらデルタっちに突っ込む。一方デルタっちはその場で立ち止まり相撲の立ち合いのように両手をついて身を屈める。そして天草がデルタっちまで10メートルまで近づいた瞬間、天草の体が数メートル程吹き飛び宙に舞う。

 デルタっちが体当たりした。魔法少女の動体視力には非常にゆっくりと見えたが人間には辛うじて捉えられる速さだ。気がついたら吹き飛んでいるように見えただろう。

 

「お前らのリーダーはうちのデルタが打倒(のし)た!これが覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の家族に手を出した男の末路だ!」

 

 ヤジっちはのびている天草の頭をつかみ周りに見せつけながら喋る。天草は口から血を吐き悲惨な姿になり、百鬼夜行のメンバーは一気に戦意喪失している。この瞬間勝負は決した。

 

「早く彼氏の元に行くっすよ」

 

 ラズリーヌはゆなっちを抱え鉄骨から降りるとデルタの元に向かうように促す。ゆなっちはラズリーヌを一瞥した後にデルタに向かった。

 

◆◆◆

 

 喫茶店には夏の日差しから逃れた外回りのサラリーマンらしき男性がネクタイを緩ませ背もたれにぐったりと寄りかかり、40代の主婦たちはスイーツを食べながら姦しく話し込む。

 そのなかに高校の制服風のシャツにスカートを着た茶髪の10代の女性と白髪交じりの老年の女性がいた。一目見たら祖母と孫のように見えるだろう。

 

「ねえ師匠、魔法少女になる素質の1つとして人間離れした力や技術を持ってるっすよね?」

 

 茶髪の女子高校生風の女性、米田瑠璃はコーラをストローで啜りながら尋ね、老年の女性は頷く。

 

「だったらヤバイのが居たっす。しかも4人」

「どんな能力を持っていたのですか?」

 

 老年の女性の眉がピクリと動く。瑠璃は興味を持ったと判断し見た出来事を喋り始める。ヤジっち、デルタっち、三つ編みの女の子、ポニーテールの女の子、あれは人外と言っても差し支えないほどの身体能力と技術を持った人間だった。一瞬でも魔法少女じゃないかと疑ってしまう程だ、魔法少女というファンタジーな存在でありながら世の中は広いと実感した。

 

「なるほど、確かに本当なら人間離れしています。それが事実なら」

「いや、本当っすよ。話は盛ってないっす。ところで男の子でも魔法少女になれるっすか?」

「レアケースですが、なれます」

「そうすっか、デルタっちとヤジっちが魔法少女になったらどうなるっすかね。想像できねねえっす」

「その男性2人は知り合いなのですか?」

「ヤジっちとは友達っす。勧誘するなら声かけるっすよ」

「考えておきます」

 

 お互い会話の切れ目を縫ってコーラーとコーヒーを飲む。数秒ほどの沈黙が訪れる

 

「でも4人がもし魔法少女になれたとしても才能があるのはヤジっちとポニーテールの女の子っすかね」

「根拠は?話を聞く限り4人は同程度の人間離れさ、いやデルタという少年が身体能力では一番優れているようなので、個人的には最も才能がありそうな気がしますが」

「勘っすかね」

 

 確かに言う通り4人とも同じぐらい人外だ。だがデルタっちと三つ編みの女の子とヤジっちとポニーテールの女の子には違いがある。どこがどう違うか言語化できず勘としか言いようがない。

 

「勘ですか」

 

 老年の女性は納得したように呟いた。

 



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第20話 男の太陽

◆殺島飛露鬼

 

 殺島は店頭や店内に並ぶ商品を一通り見る。チョコレート、クッキー、キャンディー、駄菓子類、コンビニでよく見る定番商品や今まで見たことがない商品まで色々とある。そして安い。

 こちらとしてはお菓子代ぐらい出してもいいのだが、相手は生真面目で折半しようと言ってくるのは目に見えている。おこずかいをどれだけ貰っているかは知らないが出来るだけ安い商品を買うのがべきだ。

 とりあえずチョコでもと手を伸ばすがふと手が止まる。そういえばどんなお菓子が好きか知らない。女はスイーツ好きなので甘い物が好きかと思ったが該当しないかもしれない。

 どんな好みでも対応できるように色々な種類を手広くカバーしようと甘い物でだけではなくポテトチップスなどのしょっぱい系も買う。余れば自分で食べればいいだけだ。

 会計を済まし店を出て数分程歩いて目的地にたどり着く。カラオケ店の店先には待ち合わせをしているのか数人ほど立っており、その中に小雪もいた。ロングスカートに白のシャツと私服だ、そういえば放課後以外で会うのは初めてだ。

 

「よっ、もしかして待たせか?」

「ううん、さっき来たところ」

「それにしても(あち)いな、中で涼もうぜ」

「そうだね。もしかしてチョウナカ行った?」

 

 小雪は持っている袋に視線を向けながら尋ねたのでテキトーに買ってきたと袋を掲げる。すると小雪は少しだけバツが悪そうに遠慮がちに袋を見せる。

 

「実は私も」

 

 このカラオケ店は持ち込み自由なので菓子でもつまみながら歌おうかと買ってきたが小雪も同じ考えだったようだ。そうなると菓子は余るだろう、お互い気を利かせたつもりだが仇になってしまった。

 

「ごめん、こうなるんだったら前もって連絡しておけばよかった」

「いいや、それはこっちもだ、しかしこれだけあれば選ぶのには困らなそうだ」

「確かに」

 

 軽口に対して小雪はクスリと笑い、2人で階段を上がり室内の受付に向かう。自動扉を開けた瞬間に心地良い冷気が当る。

 

「いらっしゃいませ2名様ですか?それと会員証はお持ちですか?」

「おう」

「お時間はどうされますか?」

 

 カウンターに置いてある料金表を2人で見る。1時間380円でフリータイムが900円、3時間以上歌うのならばフリータイムのほうが安い。

 こちらはフリータイム終わりまで歌えるが小雪はどうか分からない。2人なら大体の曲が5分弱だとして休みなし歌えば1時間で1人約6曲ぐらいか。

 

「オレは歌おうと思えばフリータイムギリギリまで歌えるがどうだ?」

 

 小雪に問いかけると歌える曲を数えているのか指を折り曲げながら考えている。

 

「私も18曲ぐらいは歌えるからフリータイムで大丈夫」

了解(りょ)だ、フリータイムで」

「かしこまりました。機種の希望などございますか?」

「ドムで」

 

 この店では複数の機種を扱い機種ごとに歌える曲が違う。そしてドムはアニソンやキャラソンが豊富で今日の目的には一番適している。

 

「では、202号室になります」

 

 店員から伝票を受け取り202号室に向かう前にフリードリンクでドリンクを作る。

 

「まあ最初は単純(シンプル)に単品だよな、途中から混合(チャンポン)し始めるんだけどな」

「チャンポン?」

「ああ、ドリンクを混ぜるんだよ」

「そうそう、私も友達が途中からふざけて色々なソフトドリンク混ぜたのを渡したりしてきた」

 

 作ったコーラと姫川が作ったオレンジジュースをトレーに載せ部屋に向かう。カラオケに行くときはある程度多い人数で行くので2人用の部屋は狭く少しだけ圧迫感を感じる。

 殺島は右側手前のソファー、小雪は左奥のソファーに座りそれぞれ荷物を置く。

 

「とりあえず買ってきた菓子の選定(チョイス)でもするか」

「そうだね」

 

 殺島たちは買ってきた菓子を中央のテーブルに広げる。とりあえず被っているものを除外し、あとは個人で食べたいもの─こちらは特に好き嫌いはないので小雪の好みを優先─を置き袋を開くと、小雪が部屋から出てフォークを2つ持ってくる。

 

(ワリ)い、気が回らなかった」

 

 仲間連中はポテチだろうが素手で食べるタイプだったので気にしていなかった。手が汚れたり相手の手が自分の食べる菓子に触れるのが嫌う人間もいる。

 

「いや私はいいけど、殺島君が気にするかなって」

真実(マジ)か、オレってそんな神経質(せんさい)に見えるのか?」

「いや念のためにって」

 

 小雪は少しだけ声が小さくなる。こちらとしては軽口のつもりで言ったのだが責めていると捉えられたのか、花奈だったら「見えるわけねえだろ」と返すところだが、小雪との会話ではパターンを変えた方がいいかもしれない。

 

「さてと、今日はあの時歌えなかった魔法少女ソングを歌いきるとするか!」

 

 場の空気を変えるように明るめの声を出しながらリモコンを手に取り曲を打ち込む。

 

♢姫河小雪

 

 一昨日の夜、お風呂から上がり部屋に戻るとマジカルホンで魔法少女からの依頼や相談や悪事の報告がないかを確認し、自分のスマホを手に取ると待ち受けに殺島君からのメッセージが表示されていた。

 何かキューティーヒーラー関係の話だろうかとメッセージを開く。その予想は当らずとも遠からずだった。

 

 明後日あたりオレとカラオケ行かねえか?最近連れとカラオケ行ってキューティーヒーラーメドレーをしたんだが、まだ途中だから完走したいがけれど1人で行くのもよ。それに小雪も魔法少女ソング歌いたいだろ。

 

 小雪も中学3年生で友達とカラオケに何度か行っている。その時に歌うのは流行のアイドルか女性シンガーの曲で、たまにオリコン上位になっているアニメソングぐらいだ。魔法少女アニメソングは歌わない。

 もし歌うとしたらウケ狙いかネタ枠だろう。小雪は仲間内ではウケを狙うタイプではないので歌わない。そもそも魔法少女アニメの歌をウケ狙いやネタ枠で歌うつもりはない。歌うとしたら真剣に真摯に歌う。そしてその考えでは歌う機会はない。

 キューティーヒーラーシリーズのOPやEDにしかり魔法少女アニメの曲は心に残る名曲が多く、大概の魔法少女アニメ愛好家は歌いたいと思っているはずで、小雪も同様だが1人でカラオケに行って歌いたいと思う程では無かった。

 そんな中で殺島の誘いは渡りに舟だ、むしろ魔法少女アニメと自分の性格を見越しての提案かもしれない。チャラくて軽薄そうだが存外に気が利く。

 今は夏休みで特に予定もなく悪い魔法少女の悪事に対する情報提供も今のところない。姫河小雪としても魔法少女スノーホワイトとしても暇だ。そして魔法少女ソング歌いたい。スマホを手に取るとカラオケに行くと返事して日時を決めた。

 

「別にオレが歌ったから遠慮しなくていいし、同じ曲を歌ってもかまわねえ、むしろ二重唱(ニケツ)してもいいぜ」

「ニケツ?」

「ああ、デュエットのことだ」

 

 そう言っているうちにイントロが流れる。これは前々シリーズのヒーラーオメガのOPだ、殺島は足でステップを踏みながらリズムを取る。

 

「~~♪~~~♪」

 

 男の声だ。特に音程を低くしていないので原曲のまま男声で歌われている。歌唱については素人なので詳しくは分からないが下手ではないのは分かる。

 しかし魔法少女アニメソングが男性の声で歌われているという初めての経験で上手く評価できない。そして元の歌に寄せるのではなく気持ちを込めるタイプだ、男性だから似せようがないので仕方がない。

 殺島の歌を聞きながら画面を見る。有名なアニメの曲だと一般のカラオケ映像ではなくアニメの映像が流れる。ネットでアニソンじゃないと思ったらアニソンでアニメの映像が流れて気まずくなったという話を見た覚えがある。

 そして今はヒーラーオメガの映像が流れている。1番はOP映像が流れているが2番はアニメの場面を編集した映像で、シリーズの名シーンを良い感じに編集してアニメの元のシーンが鮮明に思い出せる。

 

理解(わかる)ぜ。出来が良いからついつい魅入っちまう。歌っているこっちも映像に夢中だ」

 

 気が付けば殺島君は歌い終わり、微笑ましいものを見るような笑みを浮かべていた。

 

「この様子だと次の曲入れてねえな」

「うん……」

「もう一曲歌ってるからその間に入れてくれ、交互(かわりばんこ)で歌おうぜ」

「うん」

 

 恥ずかしさを紛らわすようにオレンジジュースを飲みながらリモコンに視線を落とし曲を入れる。キューティーヒーラーで検索すると大量にヒットする。シリーズも多くキャラソンも入れれば100は超え、知らない曲がたくさんある。とりあえず初代キューティーヒーラーのOPを入れる。

 

 曲を入れている間に殺島はオメガのEDを歌っている。OPはアップテンポな曲調だがこれはスローテンポで各ヒーラーの声優が歌う。それに合わせるように各パートで声色を変えている。気持ちが入ったことによるものだろうが、やはり男性の声でやると違和感が凄く笑いそうになるのを堪える。

 本人は気分良く歌っているのに笑って気分を害すのは失礼だ、それにしてもいくら魔法少女アニメ好き同士だからといってもここまで振り切って歌うとは思わなかった。

 羞恥心が無いのか自分をさらけ出してもいいと思ってくれているのか。そうしている間に歌が終わる。このカラオケ映像もなかなか良かった。

 そして初代キューティーヒーラーOPのイントロが流れる。殺島もすぐに気づき歌ったテンションそのままにリズムに合わせて体を揺する。

 歌詞に込められたメッセージとアニメのシーンを思い出しながら歌う。普通のカラオケはオリジナルに似せるようにミスなく無難に歌う。だが魔法少女アニメソングでは多少音程が外れようが感情をこめて歌う。

 この歌はキューティーオニキスとキューティーパールが交互に歌うのでもちろん声を変え、オニキスとパールの心情になりきって歌う。サビの部分は2人のデュエットなのでここは地声で歌う。

 モニターにはOP映像が流れているがやはり良い、自分の拙い歌でも素晴らしいOPに見える。2番ではアニメのダイジェスト映像が流れ視聴していた当時の気持ちを思い返し感情をこめて歌いきる。

 

「いや~、情熱(ねつ)が入った歌だったぜ、沁みるわ」

 

 殺島は拍手をしながら賞賛の言葉を投げる。体に不思議な爽快感が駆け抜ける。気持ち良かった。友達とワイワイ騒ぐカラオケも楽しい。そして他人の目を気にせず好きな歌を好きに歌うのも同等に楽しい。今日初めてカラオケの別の楽しみに気づいた気がする。

 それからは自然と魔法少女アニメソング縛りで歌った。キューティーヒーラーを始め、マジカルデイジーのOP「ハロー★デイジー」激熱魔天使リッカーベルOP、ひよこちゃんシリーズ各OPも歌う。

 2人とも他人の目線を気にせず歌う。多少音程が外れようが構わない、カラオケの採点機能は音程が合っているかで点数を決める。だがこの場で採点機能があるとしたら基準は感情だろう。歌詞に込められた意味を理解し登場人物に気持ちをシンクロさせて、どれだけこのアニメが、魔法少女が好きかという感情を込める。

 場はとても盛り上がった。お互いが歌う曲は知っていて好きな曲なので自然とテンションが上がる。

 

「ちょっと休むか」

「うん、封を開けちゃったし、お菓子も食べないと」

 

 殺島の提案に頷く、お互いの歌を真面目に聞いていたので菓子には手を付けていない。それに全力で感情を込めて歌ったので疲れた。今までにない疲労感だが心地良い。

 

「何か飲み物取ってくるけど何がいい」

「リアルゴールドで頼む」

「分かった」

 

 殺島君のオーダーを聞いてソフトドリンクコーナーに行く。リアルゴールドをコップに注ぎ、自分用のジュースを作り部屋に戻り休憩時間となる。

 

「魔法少女アニメソングを知っている友達(ダチ)と歌うカラオケでの魔法少女アニメソングは良いな。反応(リアクション)が違うし気分(テンション)超差異(ダンチ)だ」

 

 殺島はしみじみと呟いた後に封が空いたチョコ菓子をフォークですくい口に運ぶ。その気持ちは分かる。自分だけが盛り上がっているのと周りも喜んでいるのでは気持ちの盛り上がりが相当に違う。

 

「それに他の奴らの時に歌ったら場が氷河期(ヒエッヒエ)だしな」

「うん。その様子が目に浮かぶ」

 

 友人の芳子はどんな反応をすればいいかと困惑し、スミレは初代キューティーヒーラーぐらいなら知っているかもしれないのでデュエットしてくるかもしれないが、ネタ歌的な捉え方で歌う。どっちみち場の空気は微妙になる。

 

「今日は誘ってくれてありがとう。魔法少女アニメソングを全力で歌う機会が無くて、こんなに楽しいとは思わなかった」

「だろ、オレも偶然会った連れが魔法少女アニメソング歌って、そういう場の空気にならなきゃ全力で歌う機会(チャンス)はなかった。米田には感謝だな」

 

 殺島はカラカラと笑う。やはり自分の心境を想像し誘ってくれた。小雪の周りで魔法少女アニメソングを歌っても問題ない知人友人は居ない。ラ・ピュセル、颯太ならこぞって参加しそうだが、今はもういない。

 それからは各魔法少女アニメのカラオケ映像の話になり、このシーンが良かったあのシーンが良かったと曲を流しながら語る。

 

「ねえ殺島君、正しいと思ったことが間違っているかもしれないって思うことある?」

 

 小雪は思わずポツリと語る。魔法少女アニメソングを歌うにあたり感情移入し各魔法少女に思いを馳せたことで自分のありかたにふと疑問が宿る。

 アリスやラ・ピュセルに誇れるように、自分が理想とする清く正しい魔法少女に少しでも近づけるように魔法少女狩りと恐れられる生き方を選んだ。

 アニメの魔法少女にはモデルが居て本人がそうとは限らない。それでも理想はアニメの魔法少女であり自分との違いを見せつけられる。

 ひよこちゃんのような古き良き魔法少女はそもそも暴力を振るわない、バトルヒロインと分類されるキューティー達は戦うが敵を改心させるし改心せずとも心を救う。

 一方自分はどうだ。悪党魔法少女を捕まえるために戦うことがある。そして捕まえても改心するどころか恨み言をぶつけ、心は救えない。

 所詮はテレビの魔法少女はフィクション、現実は圧倒的に不条理で無慈悲なのは分かっている。だからこそ今の道を歩んだ、それで彼女達のように清く正しいやり方があったのではないかと悩むことがある。

 

「まあ……あるな、現在進行形だ。小雪は悩んでるのか?」

「いや、忘れて」

「その正しいと思っている事を思い浮かべながらこっちを見てみろ」

 

 殺島はこちらと正対するように座りなおす。随分と真剣な眼差しでこちらを見てくるので言う通りにする。

 魔法少女試験で自分を守ってくれたラ・ピュセル、魔法少女はこの街にいないと絶望しているなか、魔法少女であると言って信じてくれたハードゴアアリス。2人のように、2人に胸が張れるような清く正しい魔法少女になる。それは魔法の国から推奨されていなくても自分で選択し悪党魔法少女を止めて、人間界のもめ事を介入し悲劇を止める。それが自分のなれる精一杯の清く正しい魔法少女。

 

「良い眼だ、真っすぐ強い意志を持ち(ギラ)ついてる。そして辛いことがあったけど歯を食いしばって前を向いていて何より澄んでいる。こういう目をしているのは正しい道を歩いている者の目だ。何に悩んでいるかは訊かねえが大丈夫だ。それは正しい事だ」

 

 殺島は真剣みを帯びた表情からいつもの人懐っこい笑みを見せる。この悩みは打ち明けない限り殺島は理解できないだろう。それでも正しいと肯定してくれた。だったら少しだけ信じてみてもいいかもしれない。

 

「ありがとう、信じてみる」

「信じろ、こう見ても人生の玄人(ベテラン)だからな。多分魔法少女はみんな小雪みたいな眼をしてるんだろうぜ」

「皆もっと清く澄んでると思うよ。でもそうなれるように頑張ってみる」

「おう頑張れ、そろそろ歌うとするか、小雪はどうする?」

「そうだな……あっもうこんな時間なんだ」

 

 小雪はスマホを見て呟く。時間は18時を回っていた。確か昼過ぎに入ったので約4時間以上ここに居たのか。

 

「18時か、あっという間だな。流石に夏休みでも普通の中学生(チューボー)がカラオケに居るのはマズいかもな」

「門限はもう少し先だけど、カラオケで遊んでるって伝えれば怒られるかも」

「じゃあ、お開き……もし良かったら嘆願(おねだり)していいか」

「何?」

「1曲二重唱(ニケツ)しようぜ、2人で遊んだ記念に」

「ニケツ?……ああ、一緒に歌うってことか、いいよ何する?」

「じゃあ初代キューティーヒーラーOPだな」

 

 それから小雪がキューティーパールのパート、殺島がキューティーオニキスのパートを担当して熱唱した。

 

◆殺島飛露鬼

 

「あっ、ああっ、明日はかすれ声だな」

 

 殺島はバイクに乗りながら喉に手を当てて声の調子を確認しのど飴を口に入れる。もしかして長時間歌うパターンを想定してのど飴を買って正解だった。小雪の熱に当てられて前回以上に熱唱してしまった。当初は余計なおせっかいかと思いながら誘ったが、誘いに応じてくれカラオケでも熱唱してくれた。

 魔法少女アニメソング歌いたい欲を溜め込んでいると思ったが予想以上だった。あれだけ外面を外して素を出すとは思わなかった。それは自分に対して打ち解けている証のようで嬉しくもある。その証拠にプライベートな悩みを打ち明けてくれた。

 小雪の目は生前戦った忍者の目とダブっていた。あの太陽のようにギラついて強い意志を持った目、極道が言うのは癪だが忍者の目をしていれば小雪は大丈夫だ。

 

「現在進行形か……」

 

 小雪と話した際に話した言葉を再び呟く。花奈が幸せになれると思ったから一緒に覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)を一緒に作った。贔屓目無に今の方が楽しんでいて幸せだと思う。だがその結果花奈は人から暴走族という種族になった。

 人様を踏みにじる手段でしか幸福を感じられないはた迷惑で哀れな種族、それが暴走族だ。そして暴走族になったことで困難に耐えきれず暴走という夢に逃げてしまう弱い存在になってしまう。

 暴走族は花奈だけではない、デルタもガンマも覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーも暴走族になっている。今では聖華天の常套手段である放火からの暴走決行を実施している。

 そもそも3か月休止後の復帰暴走の際に極道技巧狂弾舞踏会(ピストルディスコ)でパトカーを爆破して警官をぶっ殺した時にドン引きするどころか暴走族女神(ゾクメガミ)コールをしている時点で人間から逸脱している。

 花奈は大切な友達で家族だ、花奈だけじゃないガンマもデルタもメンバーも家族だと思っている。家族だからこそ社会の困難に立ち向かえるように強くあってほしい。暴走族では弱者でありいずれ社会の困難に心折れる。

 暴走族を止めて欲しいという気持ちはある。単純に警察に捕まって刑務所に収監されるというケースもあるが、忍者のような存在によって無惨に殺されるケースもあるかもしれない。

 それでも暴走族を止めろと言うつもりはない。暴走族になってしまってはまともな人間に戻れない。そして暴走でしか幸福を得られないという(さが)は暴走族である自分が痛い程分かっている。皆から幸せを奪うなんてとてもできない。

 暴走をやり尽くして満足してもらう。これしか被害が無く脚抜けする方法はない。その為には力が必要だ、全盛期の聖華天のように警官や機動隊の屍を積み上げるような力だ。

 今は規模を広げているのはそうだが全国的に暴走族が増えているので、このままいけば全盛期の聖華天に迫る戦力を獲得できるかもしれない。

 人様に迷惑をかけるどうしようもない悪であるのは分かっている。それでも幸せになって欲しい。少しでも幸せな人生を歩んで欲しい。殺島は祈るように夜空を眺めた。

 



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第21話 オーガスト・パンク・レディーズ

♢細波華乃

 

 華乃は額に薄っすらと汗をかきシャツが背中にくっつく不快感に顔を顰めながらペダルを漕ぐ。夕方になって日中より気温が下がっても少し体を動かしただけで汗をかく。改めて夏なのだと認識する。

 スーパーの近くにある駐輪場に自転車を止め店に入る。冷房の冷気に心地よさを覚えながら買い物かごを手に取り、入り口付近にある野菜コーナーに足を運び、ニンジンが入った袋を手に取り値札を見る。店先に置いてあったチラシにはセールと書かれていたので安いのだろうが、少しだけ安いのか物凄く安いのか分からない。

 まあ安いだろうと買い物かごに入れて、野菜コーナーからタケノコとレンコンとゴボウを見つけ買い物かごに入れていく。これらはセール品ではない。

 普通の主婦ならその場で安い品を買ってから献立を組み立てられるのだろうが、こちらは自炊歴1年もない初心者で最初から献立を決めてから買い物をするタイプだ。

 今日の献立は筑前煮におかずは焼肉とキャベツのみじん切りでいいだろう。肉を焼いて市販の焼肉のタレをかければある程度の水準の料理になる。筑前煮には手間暇をかけるのでおかずは労力を減らす。

 最後にキャベツを手に取った後に精肉コーナーに向かいそこからスマホを片手に筑前煮用の鶏肉とブタ肉を買う。これも普通より高いのか安いのか正直分からない。

 一人暮らしをしてから暫くは総菜品で食事を済ましていたが最近は自炊するようになった。

 これもトップスピードの影響だろう。魔法少女活動をしていた時は顔を合わせる度に何かしらの料理を作りわけてもらったがそれは本当に美味しかった。

 今日作る筑前煮も何回か作っている。目指すはトップスピードが作ったもので、以前食べた味を思い出しながら醤油を多めに入れたり砂糖を入れたりと試行錯誤している。今日と作り置き用の食材を買い物かごに入れてレジに向かう。

 

「合計で2850円になります。今ですと3000円以上でくじ引きが1回できますが」

 

 店員が親切心か仕事の一環か分からないが声をかけてくる。レジ横にはあのドラマに出てくるガラガラ回す機材のイラストが描かれているチラシがあり、1等賞はペアの宿泊券で他には米10キロやプラズマテレビなどそれなりに豪華だ。レジ横にあるペットポトルジュースを2本手に取り会計に追加した。

 会計を終え出口を出るとすぐそばにテーブルの上にガラガラが置かれ店員らしき人が立っている。視線を向けると店員が会計3000円以上のお持ちですかと尋ねてきたので頷きレシートを渡しガラガラを回す。すると金色の玉が出てきました。

 

「おめでとうございます!一等賞です!」

 

 店員がハンドベルを鳴らすと自分のことのように嬉しそうに大きな声をだし。その声とベルのせいで通りを行きかう人々は足を止め、中年の主婦はすごい~と感嘆の声を挙げ、親子づれの子供はこちらを指差すなどして注目が一気に集まる。

 何か無性に恥ずかしくなったので店員が渡したチケットみたいなものをふんだくるように手に取りスーパー近くの駐輪場に向かった。

 駐輪場に着くと自転車の籠に荷物を入れながら受け取ったチケットを確認する。中身はペアの宿泊チケットだった。確か1等賞は宿泊チケットと書かれていた。そして宿泊場所はS県のA市にあるホテルだった。

 どうしたものか、別に旅行は好きではなくA市に行きたいとも思わない。それにペアチケットというのもやっかいだ。誘える知り合いなんて数える程しかいない、それに普段の付き合いと旅行で一緒に過ごすのは別問題だ。誘われた相手も長時間一緒に居たくないと遠慮するかもしれず、こちらも緊張する。

 折角もらったのだから使いたいという気持ちも有るが、同じぐらい面倒だという気持ちも有る。いっそのこと金券所か通販サイトで売るか。

 

「お、華乃じゃん」

 

 声をかけられた方向を向くと駐輪場にあるバイク置きにバイクを止めようとしていた花奈がいた。服装はキャミソールにショートパンツとプライベートのようだ。

 

「どうしたの?家こっちじゃないでしょ」

友達(ダチ)と一緒にゲーム遊戯()ってその帰り、ここのスーパーはコーラが激安(セール)って聞いたから買いに来た。そっちは?」

「夕飯の買い出し、それにしてもゲームとかやるんだ。夏休みだしずっとバイクで走ってると思った」

「それも悪くねえが、友達(ダチ)と一緒に色んな事をするのも楽しんだよな」

 

 花奈は嬉しそうに語る。夏休みに入って暇を持て余していないかと少し心配していたがそれなりに充実した日々を送っているようだ、表情を見れば分かる。

 

「そういえば買い物したらくじが引けて、それでペアの宿泊券が当たったんだけどいる?」

 

 華乃はおもむろに宿泊券を花奈に差し出す。通販サイトか金券所で売ろうと思ったが通販サイトはアプリをダウンロードしておらず手続きがめんどくさそうで、金券所もどこにあるのか分からず、あったとしても意外と遠いかもしれない。それだったら花奈にあげて有効活用してもらうほうがいいと考えていた。

 

贈呈(くれ)るのか?ていうより自分で使わねえの?」

「別に是が非でもホテルに泊まりたいってわけでもないし、S県のA市も興味ない。旅費もかかるし」

「S県のA市ってそこのホテルA市にあるのか?」

「そうだけど」

「5日って暇か?」

 

 スマホのカレンダーで予定を調べる。確かバイト先もお盆休みの前に帰省するとかで1週間ぐらい店を休業するので今のところ予定はない。

 

「まあ暇だけど」

「だったらアタシと一緒にそこのホテルで泊まろうぜ!6日に覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)でA市に遠征するから下見ついでに泊まるんだよ。アタシがバイクで連れて行ってやる」

「遠征って皆で行かなくていいの?前にも皆で走るのが楽しいって言っていたような」

「出発は夕方ぐらいだから、5日は泊って6日の朝にA市を出発すれば出発前にN市に帰れる」

 

 思わぬ提案に少し考え込む。花奈のバイクに乗れるのなら交通費は無料で、現地で何をするかは分からないが食事代とか施設の入場料ぐらいの出費で済む。経済的余裕が無い身としてはありがたい。

 旅行というのは少なくとも半日は他人と一緒に過ごすという特殊な環境だ、いつもなら楽しく過ごせた知人や友人でも、自分の欠点が浮き彫りになったり話題が途切れたりとして気まずい空気が流れるかもしれない。日常なら用事があるからと強引に抜け出せるが旅行だとそうはいかない。それに旅行だと相手を楽しませなければならないと肩肘を張ってしまい疲れる。

 仮にスノーホワイトと一緒に旅行に行くなら間違いなく気を張ってしまう。だが花奈は良い意味で雑に扱っていいというカテゴリーで、もてなさなくてもよく気が楽だ。

 それでも旅行に行って絶対に楽しめると断言できない、疲れて詰まらなくて家でダラダラ過ごせば良かったとなる可能性がある。

 それに花奈にはチームの仲間がいる。過ごしてきた時間は自分より多いのでチームのメンバーと旅行したほうが楽しめるだろう。

 

「それだったらチームの誰かと一緒に行きなよ」

「メンバー達とは家に泊まったり夜通し遊んだりしたけど華乃とはそういうのした事ねえから、そういう事やりてえんだよ。それに高校最後の夏休みだろ。このままじゃバイトして家でゴロゴロするだけの日々だぜ。そんなの嫌だろ」

 

 花奈は恩着せがましい態度を見せる。確かにそうなる可能性が高いがこちらだってスノーホワイトとN市をパトロールしたりと少しは彩りがある生活をしている。

 だが恩着せがましい態度の裏に期待感のようなものが覗ける。花奈は本当に自分と一緒に旅行して泊まりたいと思っている。一緒に過ごして楽しい人間ではないのに、何をそんなに期待しているのだろうか。

 

「分かった。じゃあ行こう」

 

 華乃の返事に花奈は心底嬉しそうな顔を見せる。改めてそこまで期待を寄せているのに戸惑いながら少しだけ嬉しさも感じていた。

 頭で魔法少女の知り合いを思い出す。確かS県を拠点にしている魔法少女が居たような気がする。その魔法少女に顔を見せるついでに知り合いの魔法少女も紹介してもらおう。主目的ではなく、コネづくりでS県に行くついでだと思えばいい。

 

「よし、華乃の家で飯でも食おうぜ」

 

 花奈は意気揚々と止めていたバイクに跨る。コーラは買わなくていいのか、そして夕飯の買い出しと喋ったのを聞いてさりげなく食事をたかろうとしている。まあ数日分の食材は買っているのでおかずはともかく、筑前煮ぐらいは提供できる。

 

「私は自転車だから先に着いて入れないから、スーパーで何か買い物しながら暇潰して」

「へいへい」

 

 花奈は生返事しながらシートから立ち上がりスーパーに向かう。その後ろ姿を確認してから家に向かってペダルを漕ぎ始めた。

 

◆生島花奈

 

 床に持っていく荷物を広げる。バイク移動で華乃のリュックに荷物を入れてもらえるが出来るだけ少ないほうがいい。選別し必要最低限な荷物だけにする。

 夏休みに入ってからはほぼ毎日ダチと遊んでいる。暴走の回数も増えているがそれ以外はどこかで駄弁ったり皆でカツアゲの金額を競い合ったりダチの趣味に付き合ったりしている。

 花奈は今まで趣味といえば暴走しかなかったが皆は違う。暴走も好きだが他に好きな事もある、遊びを通して積極的に他人の趣味や好きな事をしている。

 デルタとは相撲100番勝負をしたり、ガンマとは一緒にパパ活をしたりした。他にはみんなでゲームをしたり、カラオケをしたり、中には昆虫採集など小学生みたいな遊びもしたりした。

 ここ最近は人生のなかでも最も楽しい、世の中には暴走には負けるがかなりオモシロい事がいっぱいあるとは思わなかった。

 だが1人でやっても楽しくはない。ダチと一緒にやっているから、正確に自分のダチと一緒にやっているから楽しいのだ。

 燕無礼棲(エンプレス)でつるんでいた時はメンバーとは親しかったといえるし一緒にバカしたりした。それでもあいつらはつばめのダチだ、自分のではない。それを無意識に感じ取っていたのか満たされなかった。

 つばめはどうだったのだろう?年が3学年は離れていたし世話が掛かるガキだと思ってもダチとは思っていないだろう。こっちはどうだ……?

 花奈はつばめについて考えるのをやめて華乃について考える。

 

 華乃との付き合いは去年の秋ぐらいで、華乃のバイト後に駄弁ったり遊んだりはするが夜通し遊んだり家に泊まったり泊めたりはしなかった。

 そんな矢先に華乃が宿泊券を渡してきたのでチャンスと思い誘った。華乃はハイエンプレス関係以外で唯一の友達だ、暴走族関係以外の人間とは気が合わないのだが華乃とは不思議と気が合う。

 メチャクチャ明るいわけでもなく、メチャクチャオモシロいわけでもない。趣味だって図書館で本を読むか、漫画を立ち読みするかで面白みもない、性格もどちらかといえば辛気臭い人間だ。それでも一緒に居て楽しいし色々と知りたいと思ってしまう。そしてこの旅行で長い時間一緒に居られて色々と知れる。どんな顔を見せてどんだけ楽しいか楽しみだ。

 花奈は荷物をまとめて集合場所である華乃の家近くにあるコンビニに向かった。

 

♢細波華乃

 

 風によって大分涼しく感じるが、夏真っ盛りで太陽が燦燦と輝いているせいか気温は高く薄っすら汗をかいている。

 道路の標識を見るとA市まで残り5キロと書かれていた。N市から出発して約3時間、あの日花奈と一緒に食事を摂りながら旅行について話していた時に調べたらN市からA市まで約5時間と書かれていた。大幅な時間短縮でありそれは花奈の運転によるものだ。

 法定速度を明らかにオーバーしたスピードで走り次々と前方に居る車やバイクを追い越していく。時には数センチよればぶつかってしまうという狭いスペースをすり抜けたりした。

 花奈とは時々2人乗りで峠を攻めたりしている。あのスピードと壁やガードレールが迫る恐怖感、今回も車両が左右数センチにある恐怖は似たような感じだ。

 恐怖は普通の人なら泣き叫ぶほどだ、しかしいざとなれば魔法少女になれば大丈夫という保険があるというのを差し引いても怖くはなかった。

 慣れもあるが花奈の運転技術に対する信頼だ、その運転技術は素人でも分かる程に卓越している。たとえ相手が操作ミスしても難なく対処してしまうという気持ちを抱かされてしまう。もし他の人間が運転していたら叫び声の1つでもあげているし、そもそも乗らない。

 花奈と2人乗りで走っているとトップスピードの箒に乗って空を飛んでいた時を思い出す。

 

「おい、海が見えたぞ!」

 

 花奈が叫ぶように声をかけてきたと同時に視界に海と砂浜が飛び込んでくる。夏休みだけあってから点のような人影チラホラ見える。

 

「なんか地元だと曇りが多くて夏の海っぽくねえんだよな!」

「確かに!」

 

 風音に負けないように大き目な声で返事する。地元は比較的に曇りが多く晴れない、一年中曇りではないので今みたいに雲一つない青空の時もあるが、テレビに映る海水浴特集でも大概曇っていた気がしたので、どうしても一般的な青空が広がる夏の海というイメージが浮かび上がらなかった。

 花奈は海を見てテンションが上がったのかさらにスピードを上げる。残り10キロだとしてこのスピードなら何分で着くだろうと何となく計算し始める。

 

「しっかり捕まってろ!!!」

 

 突如花奈が突然注意喚起すると十字路に差し掛かると同時にアスファルトにタイヤ痕を刻みながらターンして反対車線を走る。

 今の声の荒げ方からしてガチギレしている。いったい何にキレて急にどうしたと尋ねようとすると前方に特攻服を着た人物が羽交い絞めにされている姿が見えた。そして金髪や入れ墨を入れているガラの悪い男達がゾク車と呼ばれるバイクを蹴ったり角材や鉄パイプで殴打している。

 

 花奈は金髪の集団に突っ込んでいくがスピードを落とすどころか上げている。このまま轢くつもりか?それはマズいと制そうとするが声をかけようとすると体が後方に傾くと下半身から衝撃が伝わり金髪の1人がキリモミ回転で吹き飛んでいた。

 その様子から花奈がウイリーして金髪の顔面に前輪をぶつけ轢いたのだと理解する。そしてスタンドを立てて男達に向かっていく、男の1人が武器を振り上げるが振り下ろされる間に懐に入り左で急所を叩き、崩れ落ちる男の顎を蹴り上げる。

 男が落とした武器を手に取るとフルスイングで武器を振るい男達を倒していく。さらに花奈は倒れている男達に向かって容赦なく武器を振り下ろす。

 

「花奈!やめろ!」

 

 華乃はその様子を見て即座に駆け寄り羽交い絞めにして動きを止める。もう勝負はつきこれ以上の追撃は下手したら相手が死ぬ。羽交い絞めは解かれ再び追撃を加える。体格は同じぐらいだが何て力だ。

 

「そこの人、花奈を止めるのを手伝って!」

 

 これは一人では止めらないと羽交い絞めにされていた暴走族に声をかける。羽交い絞めをしていた男は仲間がやられたのを見て速攻で逃げていた。暴走族も一瞬間が空いた後にこちらに協力してくれて二人で花奈を抑え込み、花奈も徐々に興奮が治まったのか力が緩んでいく。

 すると騒ぎを聞きつけた野次馬が徐々に集まってくる。このままだと面倒な事になると花奈に逃げるように言い、暴走族に人がいない場所に連れて行くように頼んでその場を後にした。数分程走り商店街の裏路地のような場所に辿り着く。

 

「やりすぎ、刑務所に行くつもり」

 

 花奈は喧嘩するしある程度は許容している。しかし勝負がついた相手にあのダメ押しはダメだ、もはや喧嘩ではなく暴行だ、そもそも急に襲い掛かった。弱いものを助けるという魔法少女のような考えはもっていないなずだ。

 

「あいつらは暴走族(ゾク)のバイクを傷つけた!許せるわけねえだろ!」

 

 花奈はこちらの襟首を掴み声を荒らげる。バイクとはそこまで大切なものなのか?暴走族もうんうんと深く頷きながらバイクのダメージをチェックし、傷を見る度にひどく悲しくて悔しそうな顔をしていた。

 

「まずは礼を言う。心底有難(まじあざ)っす」

 

 男は深々と頭を下げる。それを見て花奈は手を放し暴走族に体を向ける。

 

「気にすんな。それであいつらは何だ?」

「BKっていう半グレ共だよ。ここら辺を拠点にして詐欺や強盗とかしている奴らでうちと抗争中だ」

「それで襲われたってわけか。それにしても苛烈(エグ)い事しやがる」

「ああ、BKのリーダーは元ウチのチームのメンバーだ、暴走族(ゾク)が嫌がることを分かってやがる」

 

 暴走族は忌々しく呟き花奈も最低のクズ野郎だと同意する。言っては悪いがたかがバイクだろう。何故そこまで怒り悲しむ。花奈達の価値観は全く理解できなかった。

 

「ところでそのバイクからして暴走族(ゾク)だがウチのメンバーじゃねえよな?」

「ああ、アタシはN県N市を拠点にしている覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のリーダー生島花奈だ」

覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)、あのT都の百鬼夜行を潰したっていう」

 

 暴走族は生唾を飲み思わず後ずさる。どうやら百鬼夜行と呼ばれる集団は有名なようだ。それを潰したとしたら花奈達はそれなりに強いらしい。

 

「それで何しに来たんだ?まさかウチを潰しに来たんじゃ……」

早漏(はや)るな。今日は友達(ダチ)と観光だ。まあ明日にはこっちに遠征しにくるが最初から抗争するつもりはない。傘下に入れば自由に暴走してかまわねえ、まあ招集には応じてもらうがな。それが嫌だって言うなら抗争だな」

 

 花奈はごく自然かつ威圧感たっぷりに話す。この暴走族はチームの下っ端だろう、明らかに気圧されている。

 

(リーダー)に伝えておく。恐らく傘下には下らないぜ、助けてもらった礼はあるが抗争になったら容赦しねえ」

「ああ、そんときは正々堂々と抗争しようぜ。お前名前は?」

「石井だ」

「石井、ところで美味い飲食店(めしや)とかねえ?」

 

 花奈は組織のリーダーから一気に親しい友人のように語り掛ける。石井はその変化に戸惑いながら乾いた笑みを浮かべながら店を教える。ちなみそこは泊る予定のホテルの近くだった。

「ねえ、バイクって暴走族にとってそんなに大事?」

 

 華乃は花奈に問いかける。何故バイクを傷つけられただけであそこ迄怒るのか理解できなかった。言っては悪いが所詮バイクだ、友達がやられたなら分かるが物が破壊されただけだろう。

 花奈はこの質問に対して暫く間をおいて平静に答える。何で分かんねえだろバカと罵倒されると思っていたが意外だ。

 

「まあ暴走族(ゾク)じゃない華乃には理解(わから)ねえか、暴走族(ゾク)にとってバイクは大親友(マブダチ)で家族で娘や息子なんだよ。まあ、娘や息子が居ないけどな」

 

 花奈の言葉を聞いて不思議と納得する。自分に置き換えればスノーホワイトが魔法少女達にリンチされているようなものだろう。そして花奈にとってチームのメンバーがリンチされているようなものだ。駄弁りを通してどれだけチームのメンバーを大切に想っているかは分かる。ガチギレするのも当然だ。

 

「でも他の暴走族のバイクが壊されてたんであって、チームのメンバーのバイクじゃない、それにいずれ敵対する人なら放っておけばよくない」

「お前極悪非道(あくま)かよ、結果的に抗争するけど違うチームの暴走族は仲間なんだよ。仲間のバイクが破壊(スクラップ)にされそうになったら助けるのが当然だろ」

「仲間なのに喧嘩するの?」

「暴走族にとって喧嘩なんて交流(スキンシップ)だ、終われば仲間(ダチ)でアタシだって何度もボコボコにされたけど欠片(これっぽっち)も恨みはねえ。実際に百鬼夜行以外は友好的だ」

「ちなみに百鬼夜行ってのは何したの?」

「デルタの彼女(スケ)に手を出した。まあ手を出した奴以外に罪は無いからそいつは追放してチームは存続させて傘下に入った……あのホテルがあれじゃね?」

 

 花奈が指さす方向にホテルらしき建物が見える。確かにホームページで見た画像と似ている。調べて分かったが外装だけで高級なのが分かる。こんな旅館は余程のことがない限り宿泊しないだろうな。花奈も同じことを考えていたのかスゲエと感嘆の声を漏らしていた。

 



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第22話 ファニー・ビーチ

♢細波華乃

 

 近づくごとに塩の匂いが強まり観光客たちがはしゃぐ声が大きくなってくる。花奈もそれを感じたのか興奮が抑えきれないと徐々に早足になっていく。

 

「お~、海だ!」

 

 小学生のように叫ぶと全速力で砂浜に向かって走っていく。華乃も慌ててその後を追った。

 宿泊券を貰った日の夜、花奈と夕食を食べながら旅行の大まかなプランを話し合った。あの性格からして着いてからやる事を決めればいいと言うのは予想でき、それで楽しければいいがグダグダになるパターンも充分に考えられる。

 ガチガチにタイムスケジュールを組まなくてはいいが、どこに何が有って時間が余ったらどこに行くかぐらいは決めたほうがいい。

 まずはネットでS県A市の観光スポットを調べどこに行きたいか花奈に訊く。すると全ての観光スポットを却下して海に行きたいと提案してくる。

 日本は海に面していない都道府県は少なくN県も海に面して、S県A市まで行ってまで海で遊ばなくてはいいのではと思い口にする。それでも花奈は海に行きたいと主張する。

 ネットで調べ行先を提示したが正直どこも特段に行きたいという場所もない。であれば海でも同じで、この旅行は花奈主導で行先を決めてもいいかと了承した。

 

 華乃は花奈の後を追いながら周囲の様子に気を向ける。海に行くとならば当然水着を着る。そして生まれてこのかた海で遊んだことがなかったので当然水着は持っていない。

 正確に言えば体育の授業に使う学校指定のスクール水着は持っているが、プライベートで着るのは恥ずかしい。そして水着は当然ながら露出面積が多くなり人に肌を見せるという行為は好きではない。

魔法少女リップルのコスチュームは忍者風だがスカートは超ミニと呼べるぐらいに丈は短く、上はマフラーとアームカバーとビキニというそれこそ水着のような格好である。

 だがこのコスチュームは着たいから着ているのではない。元は魔法少女育成計画というソシャゲにおいての自分のアバターの恰好が魔法少女のコスチュームになっただけで、そのアバターもそれが一番強いからであって断じて趣味ではない。

 水着は出来る限り露出度が少ない黒のワンピースにした。下の丈も学校のスカートより長いぐらいで、腹も胸元も見えず二の腕が見えているぐらいでこれは許容範囲だ。

 そして花奈は海に勢いよく飛び込み押し寄せる小さな波に向かって正拳突きや蹴りを放っている。水着はビキニタイプで、喧嘩で体を動かしているせいなのか余分な脂肪が無い女性受けが良いプロポーションをしている。

 あとよく見て見ると腹部に痣や内出血の跡が見られる、私服の時に太腿や二の腕らへんに同じような痣は見たことがある。相当の頻度で喧嘩しているのだろう。暫くすると飽きたのか花奈がこちらに戻ってくる。

 

「とりあえず邪魔だし、これからやるか」

 

 花奈は右手に持っている小さなスイカを掲げる。

 

「棒は?割るのに必要でしょ」

「別にいいだろ、チョップとか瓦割りのパンチとか足を振り下ろしで割れるだろ」

 

 花奈は当然のことのように言う。確かにそうかもしれないがそれは平時の時だ。グルグル回りフラフラの状態であれば力が入らず割れない。しかし売店に棒が売っているとは思えないのでとりあえず棒なしでやることにした。ルールは制限時間1分で1回でスイカを割れなかったら終了、どちらかがスイカを割るまでやり続ける。

 最初は華乃がやることになり、詳しいやり方は分からないので20メートルぐらいのところにスイカを置き、スタート地点で30秒間ぐらい回転して目を瞑って始める。

 途端に車酔いの時以上の吐き気が襲い思わず膝をつきそうになる。立つのがままならないほど三半規管が狂うのか、このまま酔いが治まるのを待とうとするが「何ひよってんだ!とりあえず歩け」と花奈のヤジのような指示が飛び、挑発に乗るように歩く。

 

「どこ歩いてんだ!左に10メートル!残り50秒」

 

 花奈から半笑いで指示が飛ぶ、真っすぐ歩いていたつもりだったがそんなにズレているのか、指示通り左に軌道修正するが明らかに千鳥足になり膝をついてしまう。すると前方から笑い声が聞こえてくる。

 相当に無様な姿なのだろう。こんだけ三半規管が狂っていれば仕方がない、だがあんなに笑われるのは妙にムカつく。少しでも安定するように足幅を広げ大股でこれだと少しだけ脚がふら付かない、あとは指示に従いひたすら進んでいく。ふらつきや吐き気は意地で耐える

 

「残り5秒、目の前だ、振り下ろせ」

 

 ついにスイカの元に辿り着く。あとは割るだけだ、チョップやパンチだと威力が足りなくて割れないかもしれない、ここは足を使って踏み割る。右足をゆっくりと上げ充分な溜めを作って振り下ろす。

 踵に伝わるのは柔らかい感触ではない砂浜の固い感触だ、その瞬間に前方から大きな笑い声が聞こえてくる。

 

「ははは!いや~見事に外したな!あんな自信満々にやっておいて」

 

 花奈は腹を抑えながら喋る。しっかり割れるようにしないように勢いよく振り下ろしたが妙に恥ずかしくなってきた。

 

「そんな余裕を見せられるのは今の内だから」

「楽勝だよ。なんならハンデつけてやるよ」

 

 花奈は鼻で笑いながらスタート地点について回転する。数秒後にハンデの意味を理解する。自分の時は結構な全力で回ったが若干緩めていた。だが花奈はフルパワーで回転していた。

 30秒が経過しスタートの声をかけそれと同時に膝をつく。すぐに立ち上がるが見事な千鳥足で20メートルぐらいよろけ無様に転び海面に頭を突っ込む。

 

「どこいってんの」

 

 思わず吹き出しおちょくるように声をかける。まるでコントのようによろけてこけた。体験者としてはそうなるのは分かるのだが、余りにも見事なよろけぶりで笑ってしまう。

 花奈も「うるせ~!」と言いながら起き上がり歩き始めるが、再びこけて海面に頭を突っ込み。その姿を見て吹き出す。結局スイカの元に辿り着けず制限時間を過ぎる。

 

「楽勝じゃなかったの?」

「クソが、想像以上に酔う。次は華乃の番だ」

 

 そこから泥仕合だった。回転速度は花奈が基準になり、少しだけ回転速度を緩めた時は花奈から物言いが入りやり直しにさせられた。

 そうなるとまともに歩くのも困難になり、お互い千鳥足になって無様にこけ続け失敗を重ねていく。

 

「ねえ、これやめない?」

 

 互いに5回目の失敗をした時に提案する。何となく意地を張ってやり続けたが折角の旅行なのに何でこんなに辛い思いをしなければならない。もっと別な遊びをしたほうが楽しいし有意義だ、すると花奈は意外にもあっさりと了承する。意地でも成功するまでやり続けると言うと思ったが、余程きつかったのだろう。お互いその場で座り込む。

 

「華乃が最初で成功してればこんなキツイ思いしなくてすんだ。全力で回らなかったのを見逃してやったのに」

「うるさい、だったら見逃してよ」

「いやだよ、アタシが全力(ガチ)で回って失敗してるのに、華乃が手を抜いて回って成功したら不機嫌(いら)つく」

「その結果がこの泥仕合か」

 

 なんて不毛な時間を過ごしたのだろうと可笑しくなり同時に笑った。

 

 それからは体を休めながら砂山崩しをしたり、浮き輪で海を漂いながらダラダラと過ごしたりした。砂山崩しは子供の遊びかと思ったが、意外に奥深く勝った時の花奈の勝ち誇った顔がムカついたので結構真剣にやった。

 途中で何人かの男がナンパをしにきたが華乃の舌打ちと花奈の睨みで蜘蛛の子を散らすように追い払った。

 

「ちょっと来い」

 

 飲み物の買い出しに行っていた花奈が返ってくるとこちらの手首を掴み強引に引きずるように移動する。しばらく歩くと立ち止まり指さす。そこにはバレーコートが設営されていた。浜辺でやるとしたらビーチバレーか。

 

「あれやろうぜ。飛び込み参加OKだってよ」

「パス、1人で参加してきて」

 

 バレーボールは体育の授業でやったことがあるぐらいでビーチバレーは未経験だ。それは花奈も同じだろう。いや下手したら体育の授業ですらやったことがない素人かもしれない。いくら飛び込み参加がOKでも一方的な試合になって冷やかしになるだけだ、それに恥をかきたくない。

 

「2人1組なんだよ。それに知らねえ奴とやりたくねえ」

 

 花奈は不満そうに言う。確かに見知らぬ人とやりたくはない気持ちは分かる。それに暴走族のリーダーだが意外と人見知りで気が合う人じゃないと上手くいかず、ペアになったとしてもお互い気まずくなり嫌な思いをさせてしまう。

 

「飯奢るからやろうぜ」

 

 花奈はしつこく食い下がる。そんなにビーチバレーに興味を持っていたのは意外だった。

 

「3回分、それで手を打つ」

「分かったよ」

 

 一瞬悩みながらも了承する。旅の恥は掻き捨てというし無様に負けても我慢しよう。そして今回は花奈が行きたいというので海に来たので、とことん花奈がやりたい事に付き合おう。

 

「ところでこの遊びルールってどんなんだ?」

 

 華乃はその言葉に盛大にため息をついた。

 

──

 

「では、中田&朝日組対細波&生島組の試合を始めます」

 

 対戦相手と試合前の握手を交わす。花奈は睨みつけ必要以上に手を握ろうとしたので止めておく。恐らく大学生ぐらいで日焼けして動きやすいスポーティーな水着を着ていて明らかに経験者な雰囲気を醸し出している。こちらは花奈はともかく華乃はワンピースタイプの水着で明らかにビーチバレーをする格好ではなく素人だとすぐに分かる。

ギャラリーの話だと界隈では有名らしく優勝候補らしい。そんな相手と飛び入りの素人チームを当てるなと運営に対して内心で舌打ちする。

 試合が始まりサーブは相手側のチームである。最近は体育の授業でも疲れるからと全力を出してなかった。だが同じようにすると花奈はガチギレするので全力でやろう。

中田がサーブを打つ。ジャンプサーブではなくフローターサーブ、それは体育の授業で運動が苦手な生徒がサーブミスしないようにとコートに入れるだけに全神経を注いだサーブのように遅かった。

 素人組相手に本気を出せばサーブだけで試合が終わってしまう。試合を成立させるために、相手にもラリーを楽しんでもらうための配慮だろう。冷やかしみたいな素人組に楽しんでもらおうと気遣うなんて出来た人だ。

 花奈は目を見開きながら試合前に教えたレシーブでこちらに向かってボールをあげ、それをネット付近にトスし、花奈がボールに向かってダッシュしスパイクを打つ。ボールは物凄いスピードで相手のコートに叩き込まれる。

 

真剣(ガチ)で来いや!」

 

 花奈は中指を突き立てながら相手に向かって一喝する。その行動とスパイクの威力に相手もギャラリーも静まりかえる。

 相手にとっては思い遣りだが花奈にとっては舐めている行為であり怒りを募らせてしまう。花奈は舐められるのをこの世で最も嫌う。

 華乃も内心でガッツポーズする。花奈に影響されてしまったのか、相手の気遣いを理解しながらも舐めるなと怒りを募らせていた。

 そこから相手は全力でプレイした。優勝候補の経験者と素人では地力が違い過ぎた。こちらも必死でボールを拾い、懸命にボールを打ち込んだが15対10で負けた。

 

「チクショウ!負けた!」

「仕方ない、相手は経験者で優勝候補だし」

「バイクか喧嘩だったら絶対(ゼッテー)勝つのに!今からやるぞ華乃!」

「やめろ」

 

 立ちあがり目を血走らせながら辺りを見渡す花奈を強引に座らせる。不良同士の喧嘩なら見逃すが、勝負に負けての八つ当たりの喧嘩を売らせるわけにはいかない。すると先程試合した中田と朝日がこちらに近づいてくる。花奈が立ち上がろうとするのを再び抑える。

 

「お疲れ様、どうぞ」

 

 中田と朝日は持っていた缶ジュースを渡す。花奈も相手の友好的な態度に怒りが少し収まったようだ。

 

「ごめんね。最初は手を抜いて」

「いえ、一方的な試合にならないようにして、素人達にある程度楽しんでもらおうとしたんですよね。こいつは怒りますが普通の人は喜びます」

「ありがとう。ところで2人はバレー素人だと思うけど何かスポーツとかやってる?」

「いえ、やってないですが」

「本当に!?2人ともボールの反応速度とか守備範囲とか跳躍力とかスパイクの強さとか素人離れしていて全国レベル、とくに貴女は下手したらビーチバレーの世界トップレベル並かもしれない」

 

 中田は花奈に手を向けながら話を振る。確かに花奈の身体能力の高さは何となく分かっていたが世界トップレベルはいくら何でも言い過ぎだろう。

 それに全国レベルといったがこれはもっと言い過ぎだ。体力テストでも常に全力を出していないが全国レベルの身体能力は無いのは分かっている。

 

「2人とも本気でビーチバレーやらない?貴方達だったら日本一、もしかしたら世界一になれるかも」

 

 中田と朝日が期待を込めた視線を向ける。決してお世辞ではなく本気で言っている。

 

「世界一か、悪くねえけどやりたくてもっと楽しい事があってそんな暇はねえ」

「私もやらなきゃいけない事があるので、ビーチバレーする暇はなくて」

 

 2人の申し出を丁重に断る。花奈は暴走族としての活動で華乃は魔法少女としての活動がある。日常の魔法少女の活動もそうだがスノーホワイトのバックアップや後ろ盾になるためにやらなければいけないと事が多い。

 中田達は「そっか」と残念そうに呟くとその場から去っていく。

 

「華乃もやるじゃん、アタシにはおよばねえけど日本一にはなれるレベルだって、まあ初めてやり合った時から分かってたけどな」

 

 花奈は自分のことのように嬉しそうに語る。だが華乃は未だに信じられなかった。トレーニングは特にやっていない。魔法少女になると身体能力が向上するのだろうか、今度スノーホワイトに訊いてみよう。

 そしてビーチバレー大会は中田&朝日組の優勝で終わり、結果的に一番接戦だったのは華乃と花奈のペアだった。

 



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第23話 ファイティング・ナイト

◆生島花奈

 

 視線を右に向けると真っ暗な海と浜辺で花火をしている集団がチラホラ見える。それぞれが騒いでいるが昼間の観光客たちの騒めきと比べたら大分静かだ。

 昼の海は楽しかった。スイカ割りはお互いフラフラになって結局は割れずじまいという無駄な時間だったが、華乃と一緒にチームの皆と一緒にやるようなバカをやれてよかった。こういう体験が案外将来の思い出になるはずだ。

 それから2人で何かしたいと思っていたところにビーチボール大会がやっていた。ビーチボールに一切の興味はなく2人でできれば何でもよかった。そしてやってみると結構楽しかった。

 最初は素人でも明らかに舐めていると分かる程の手抜きだったのでブチ切れると相手も全力を出してきた。試合は負けたが手抜きで勝たれるより何倍もマシだ。

ビーチバレーは拳を交えないがボールを通してお互いの意地をぶつけ合う感じが好きで、もし機会が有ればもう一度ぐらいやってもいいと思う程だ。

 昼は充分に遊んだので夜は仕事をしなければならない。S県A市に来たのは遊びと下見が目的だ。明日の夜には覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーと一緒にこの場所に乗り込む。地元のチームがすんなり傘下に入れば問題無いが、そうならなければ抗争に発展する。

 そこで一帯を調査し相手がどのように逃げてどのように動くかをシミュレートしておく、そうすればより確実な勝利が得られる。まあヤジの受け売りではあるが。

 花奈の調査は単純だった。ネットのマップで主要の道路を調べ現地で走りながら暴走し甲斐がある道を選び走り、あとは何となく目に付いたわき道に入る等である。当人も名目上調査だが知らない一帯を走るという遊びのようなもので、現に後ろに華乃を乗せてツーリングしていた。

 

「ホテルの飯って何時までだ?」

「たしか21時まで」

「じゃあそれまでに帰らねえとな」

 

 時刻を見ると20時ぐらい、戻る時間を考えればあと30分ぐらいか、折角ホテルに泊まっているのだから豪勢な食事にありつきたい。調査が終わらなければ飯を食べ華乃が寝た後に部屋を抜け出して深夜に走ればいい。

 5分程テキトーに走っているとバックミラーに特攻服を着た男が映る。地元の暴走族か族車を乗っている余所者を見かけたからにはちょっかいを出してくるだろう。どんな感じか実地調査といくか、スピードを少しだけ落として接触しやすいようにする。

 だが地元の暴走族はこちらを見て明らかに認識しているが威嚇すらせず十字路を左折した。

 

「しっかり捕まれ」

 

 後ろにいる華乃に警告して真っすぐ進んだ十字路をUターンして暴走族を追跡する。チラリと表情が見えたがあれはこちらにビビっているわけではなく、余所者にかまっている暇がないという感じの表情だった、それに妙に殺気立っている。これはどこかと揉めているな。

 暫く地元の暴走族を尾行する。サイドミラーに映っているはずだが依然としてこちらを無視するように走っていく。

 

「もしかして飯食えねえかも」

「何で?」

「前を走っているあいつの居るチームは恐らく抗争か何かをしていて、急いで向かっているんだろう。勘違いだったり暴走族(ゾク)同士だったらちらっと見て帰るけど、昼に石井が絡まれていたBKとかいう半グレ共だったら乱入する。心配すんな喧嘩には巻き込まねえ、近場で下ろすから隠れてくれ」

 

 華乃の喧嘩強さは大まかには分かっているつもりで、恐らく覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の中で上から数えたほうが早いレベルだ。喧嘩に乱入しても簡単にやられないだろう。メンバーであれば一緒に乗り込むが部外者を巻き込むわけにはいかない。

 

「いいよ、私もやる」

真実(マジ)かよ!?」

 

 思わず後ろを振り向いてしまう。一緒に喧嘩できれば楽しいだろうなとは思っていたが、そういうのは卒業したと言っていたので諦めていた。

 

「急にどうした?」

「半グレって犯罪者集団だから。どうせならボコボコにして警察に突き出したほうが世の中のためかなって」

正義の味方(スーパーヒーロー)ってか、まあいいや」

 

 理由はどうあれ華乃と一緒に喧嘩が出来るなら何でもいい。高揚感で前に居る暴走族を抜かないように心を落ち着かせながら運転を続ける。

 数分程走ると国道からわき道に入り坂を登っていく、それにつれてどんどん人気が少なくなってくる。そして前方には廃墟になった建物と男たちの声が聞こえ、さらに進むと特攻服を着た男達とガラの悪い男たちが争っている姿を確認する。パッと見では暴走族側のほうの人数が少ない。

 

「おい、お前のチームが戦っている奴らはBKとかいう半グレか?」

「たぶん、見たことがある奴がいる」

 

 前を走っていた暴走族の横に並び質問する。男は驚き事故りそうになるがハンドルを抑え強引に態勢を立て直させ再度質問すると答えた。

 

「このまま突っ込んで何人か轢いた後に減速するからバイクから降りてやれ!後ろにいると極道技巧(ごくどうスキル)ができねえ」

「極道技巧?」

真剣超絶(マジやべえ)技だ!やられそうになったら援護(サポート)してやるから安心しろ」

「わかった」

 

 そのまま前に居る暴走族を追い抜いて集団に突っ込み、挨拶がてら半グレ達を数人ほど轢く。

 

「アタシ達はBKとかいう半グレを潰しに来た!」

 

 まずは暴走族達の敵ではないと意思表示しておく、これで別の暴走族が襲撃しにきたと思われ三つ巴と勘違いされたら自分はともかく華乃を庇いきれない。

 そのままUターンしながら減速して華乃を後ろから下ろし再度BKの構成員に突っ込む。相手は轢かれたくないと右に逃げようとするがハンドルを右にきり追尾する。

 雑魚ならこれで轢ける。マシな奴なら避けるが横っ飛びのように避けようとして態勢が崩れるので、その隙を見てシートに立ちサイドキックで側頭部を打ち抜き、続けざまに近くにいた半グレの頭をラリアットのように蹴り抜く。

すぐさまハンドルを手に取りながら華乃を探し見つける。大柄の男と向き合い、初手で鳩尾にトウキックをぶち込み、屈んだところにハイキックで顎を打ち抜くと男は膝から崩れ落ちる。すると後ろから別の男が襲い掛かるがバックキックで悶絶させる。

 

「やるじゃねえか」

 

 落ちていた鉄パイプを拾って華乃の蹴りで悶絶した男の頭をゴルフのようにフルスイングしてトドメを刺す。初めて会った時にちょっとした喧嘩で強さは知っていたが、今の的確に急所を打ち抜く正確さと威力は予想以上だ。

 それからは華乃の周囲でいつでもフォローできるようにしながら喧嘩をしていく。所詮は半グレで獲物は持っているが実力は大したことなく。50人ほどぶちのめした後にリーダーらしい奴が逃げようとしたので、そいつを捕まえてヤキを入れ二度とちょっかいを出さないように分からせた。

 

「誰だが知らねえが心底感謝(マジあざ)っす」

 

 昼に助けた石井ともう1人が礼を言ってきた。石井の様子と男の雰囲気からしてこいつがリーダーだろう。

 

「気にすんな。暴走族の単車を壊そうとする外道(カス)打倒(ぶちのめ)しとかねえと。それとワリいな」

 

 周りを見ると半グレ達に破壊されたバイクの前で蹲っている奴らがチラホラ見える。もう少し早く来ていれば被害が抑えられたと思うと悔しい。

 

「修理代はこいつらから徴収(ふんだくれ)ばいい。強盗(たたき)恐喝(がじり)で稼いでるだろうしな」

 

 這いつくばっている半グレのリーダーの腹を蹴る。単車は修理できても単車を守り切れなかった悲しみや悔しさは決して癒えず忘れられない。無駄に暴走族を悲しませた半グレは決して許されない事をした。

 

「それじゃあな……、そうだ、明日の夜ぐらいにアタシが率いている覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)ってチームがまた来る。傘下に入れば今まで通り暴走してくれていい、まあ招集には応じてもらうが、それに断るなら抗争だ」

「いや、傘下に入る。アンタたちが居なきゃこの喧嘩は負けてたし、石井も助けられた。恩人に楯突くほど不義理じゃねえ」

「そうか、じゃあ明日一緒に暴走しようぜ。どっちみちS県の暴走族のところに行くから」

了解(りょ)だ」

 

 2人は握手のように拳を突き合わした。

 

 

♢細波華乃

 

「ふう~、快感(とぶ)~」

 

 花奈は緩み切った声を出しながら湯舟に浸かる。華乃も同じように浸かるが攻撃を受けた箇所が沁みて思わず顔を引き攣らせる。よく見れば花奈の体にも先程の喧嘩で負った打撲跡などがあるのだが痛くないのか?

 華乃は体をのけ反らして夜空を見上げる。確かに沁みるが同時に痛みと疲れが取れていくような気がする。そして誰も居ない浴槽をプールのように泳ぎ回る花奈を見る。

 初めて出会ってから半年以上は経過し本気の喧嘩を見たのは初めてだが、あそこまで人間離れしているとは思わなかった。ウイリーで前輪を顔面にぶつける。前輪を支点にして後輪をコンパスのように振り回す。バイクがあんな自由自在に動くとは思わなかった。素人でも分かる。あれは異常な挙動であり、あんな操作が出来るのは花奈だけであると。

 鉄の塊を振り回しているようなもので当たれば一撃でやられる。相手にとって恐怖でしかない。仮にバイクの攻撃を避けても今度は花奈自身が攻撃してくる。

 シート立ちながら蹴りを放つのは当然で、ハンドルの上に立ちながら蹴りを放ち、バイクから飛んで相手に飛び蹴りを放ち、顔面を踏み台にしてバイクに飛び乗るという映画のような動きを見せる。異常なまでの身体能力だ。

 このバイク操作能力と身体能力を合わせた技が花奈のいう極道技巧だろう。超凄い技と言っていたが、そんな言葉では足りないぐらい程の技である。

 

「それにしても楽しかったな。また一緒に喧嘩しようぜ」

「やだ、殴られたところが痛い。もう二度とやんない」

「こことか?」

 

 花奈が泳ぎながら近づき殴られた箇所を軽く小突く。電流が走るような痛みが走り思わずパンチを放ってしまうが軽く避けられる。その反応が面白かったのか次々と攻撃を受けた箇所を的確に小突いていく。

 

 BKとかいう半グレ集団、一般的に悪党であり世間にとって害でしかない。それでも暴行していい理由にならない。平時なら花奈を止める。あるいは喧嘩に参加せず警察を呼んでいた。だが熱に浮かされたように喧嘩に参加してしまった。

 少し前までは暴力で我を押し通していた。そんな自分が嫌だったはずなのに今は不思議と嫌悪感はなく、少なからず楽しいとすら思っていた。

 恐らく1人ではこんな感情は抱かなった。きっと花奈と一緒だったからだ、一緒に行動し半グレを倒すという同じ目標を達成した充実感、そして花奈の喧嘩には華があった。

 まるで帝都リベンジャーズの登場人物の喧嘩を見ているような高揚感、また身近で見て見たいとすら思っていた。

喧嘩をして楽しいと思うなんて普通ではなく嫌悪する側の人間なはずなのに、少しずつそちらに傾いている。

 それは魔法少女の考え方ではないのにすぐに考えを改めるべきと言い聞かせる。それと同時に別によくないかと何かが囁き、花奈と一緒に喧嘩した時の高揚感や楽しさを思い出し反芻した。

 



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第24話 カルチャー・ギャップ

♢姫川小雪

 

 改札を抜けて外に出た瞬間に夏の熱気と日差しが容赦なく降り注ぎ、その暑さに思わず顔を顰める。N県の冬は寒いが夏は比較的涼しいと言われている。しかし今日はまるで嘘のように暑い。念のためにと駅前広場の地図で行先を確認する。行先は駅から徒歩10分にあるショッピングビル、ここはN県でも屈指の広さと商品のバラエティさを誇る。

 目的地に向かって歩き始めて数分、既に額や二の腕に汗が浮かびハンカチでふき取る。外に出た時に今日は暑いと予感したが予想以上だ。こんなに暑いのは過去の記憶にもない、幼い頃はもう少し涼しかった気がするがこれも地球温暖化の影響だろうか。

 日差しと暑さで体力が奪われているのか足取りも重い。夏休みのグランドで活動している運動部なら慣れているかもしれないが、体育の授業以外では運動せず真夏で体を動かさないので夏の日差しへの耐性も耐える体力もない。

 こんな事なら家に帰ってクーラーでもつけてのんびりしていれば良かった。己の判断ミスと不運を呪った。

 

 1学期の終業式後の帰り道、話題は自然と夏休みについてになる。中学3年の夏休みは高校受験に向けて学力アップを図る貴重な時間だ。大半の3年は自主的に勉強したり、夏期講習に行ったりする。中には朝から夜までビッチリ勉強する者もいる。

 小雪もそこまでではないが、進学の為にそれなりに勉強するつもりだ。以前に魔法少女としての指導を受けたピティ・フレデリカは魔法少女として生きるには勉強している暇はなく、進学したいなら名前を書けば合格できる高校に行けと言われた。

 彼女が真っ当な魔法少女なら言う通りにしていたかもしれないが、あれは様々な悪事を犯した悪党魔法少女だ。そんな者の言うことなど何一つ聞かない。真っ当な人間生活を送りながら理想の魔法少女として行動する。

 

 どんなに追い込もうとしても休みを作ろうと思えば作れる。小雪を始め芳子とスミレも志望校はそこまで高望みしていないので勉強漬けの夏休みではなく、それなりに余裕はある。

 中学最後の夏休みだから色々と思い出を作りたいと何回か一緒に遊ぼうと計画を立てていた。その1つが今日のショッピングビルの散策だった。

 現地集合という流れになり電車に乗り次いで現地に向かう。そんな時に芳子からメッセージが届き、『母方の祖母が今朝方亡くなったのでK県まで行くことになったから、今日は行けなくなった。本当にごめん』という内容だった。

 さらに数分後スミレから『弟が食中毒で倒れて付き添いで病院に行くから、今日は行けない』というメッセージが届いた。

 小雪は即座に『気にしないで、また今度にしようと』とメッセージを送る。身内の不幸に家族が急病、これは仕方がない。逆に今日の散策を優先するようだったら今すぐにでも帰って葬式や病院に行けと言うだろう。

 小雪は思わずため息をつきそうになるのを我慢しながら考える。このまま帰るか1人で散策するか?このまま帰っても無駄骨だが、1人で散策するのも味気ない。

 数秒ほど考え込み散策することにした。もう現地までの切符を買ってしまったので帰るのは勿体ないというケチな理由だった。

 

 汗を浮かばせながら歩いて10分後、ショッピングビルに着く。流石に県屈指の施設に加え夏休みという季節もあって人が多い。

 どこの施設を回るかと入り口付近の案内掲示板を見る。中には飲食店やアパレルショップや書店がある。アパレルショップは愛用しているブランドからグレードが高い事で知られる店や全く知らないブランドなど様々で、飲食店も同じような感じだ。他にも映画館があり近場の映画館より規模も大きく、上映している本数も種類も多そうだ。

 とりあえずアパレルショップでウインドウショッピングでも楽しむか、今日は友人とのノリで衝動買いしてしまうかもしれないと多めに所持金を用意している。

 

「小雪か?」

 

 すると後ろから男性の声が聞こえてくる。男性に声をかけられる知り合いなんていたかと疑問に思いながら振り向き納得する。殺島だ。

 金のネックレスに派手目な柄シャツに短パン、そのセンスやチョイスは友人やクラスメイトにはないタイプだ。

 

「やっぱり小雪だ。偶然だな、1人(ソロ)か?」

「そう。本当はよっちゃんとスミちゃんと一緒のはずだったんだけど、急用で来られなくなって」

「それは残念だ」

「殺島君は1人?買い物しにきたの?」

「オレは1人(ソロ)だ。それで今日はキューティーオールスターFを見に来た。ここら辺だとここでしか上映してねえから」

 

 キューティーオールスターは歴代のキューティーが勢ぞろいするキューティーシリーズのお祭り映画で夏の恒例になっている。

 

「今までのオールスターは視聴(よしゅう)したけど、(リアルタイム)でのオールスターを見るのは初めてだからよ。高揚(ワクワク)が止まらねえ」

 

 殺島は嬉しそうに語り思わず笑みをこぼす。そういえば初めてオールスターシリーズを見た時に初代のキューティーオニキスとパールが出た時は興奮した。初めてリアルタイムで見たキューティーなので思い入れが深いだけに当時と同じように喋り動く姿を見て感動すら覚えていた。

 

「小雪は予定というか今日の計画(プラン)は決まってんのか?」

「ううん、とりあえずアパレルでもプラプラ見て、気が済んだら帰ろっかなって」

「だったら一緒に見ねえか?あと30分ぐらいで上映するし、見た後の語りもしてえし」

 

 殺島の予想外の提案に考え込む。今日は恐らくテキトーに店を回って昼前には家に帰るという何の印象に残らない一日になるという予感がある。折角の夏休みで出かけたのだから印象に残り楽しい一日にしたい。

 最近は殺島の影響もありキューティーシリーズ熱が戻ってきている。見たい見たくないの2択なら見たいに寄り、あてもなく店を回るより楽しそうだ。

 だが少女や親が占める映画館に中学3年の女の子が混ざるのには抵抗があり、もしクラスメイトに目撃されれば色々とマズい。

 

「ちょっとだけ待ってくれねえか、最速(ソッコー)で戻るから」

 

 殺島はそう告げると足早にショッピングビルに入っていく。一体何をしようというのか?もし予定が有れば待たずに出かけたかもしれないが、今日は特に予定が無いので待つことにする。10分後に息を切らしながら殺島が戻ってくる。手には手ごろな値段で中学生達が愛用しているブランドの袋を持っていた。

 

「これ着ければ露見(バレ)ねえだろ。やっぱり見た後は語りてえし、一緒に見ねえか?」

 

 袋から出てきたのはキャップとサングラスだった。クラスメイトに見つかったら恥ずかしいという心情を察し買ってきたのか。

 

「変に気を遣う必要はねえ、それは返してもらって友達(ダチ)にでも贈呈(プレゼント)するさ」

 

 戸惑う姿を見て先回りするように告げる。タダで貰うのに負い目を感じていたが心情を完全に見抜かれていた。

 

「いいよ。一緒に見よう」

 

 思わず口元が綻び誘いに応じる。一緒に見るためにここまでやる殺島の情熱にある意味根負けだ。殺島は余程一緒に見られるのが嬉しいのか、小さくガッツポーズしていた。

 

 映画館に着き前売り券を引き換えるついでに買ってくると言うので、お言葉に甘えてチケット代を渡す。アプリも無く係員とやり取りしてチケットを買わなければいけないので少し恥ずかしい。すると殺島が思い出したかのように尋ねる。

 

「ところで視力いくつ?」

「1,5ぐらいだけど」

「じゃあ一番後ろで大丈夫だな。姫川はともかくオレみたいな高身長(でけえ)のが居たら後ろの子供(キッズ)が見らねえかもしれねえし」

 

 小雪は思わず頷く。暫く映画館で小学生と混じって映画を見る機会がなかったので全く気にしていなかった。中三の平均身長より少し小さく小柄だが、キューティーを見る子供よりは大きく、特に幼稚園や保育園に通う子供にとっては大人と変わらない。

 殺島は発券所に行きチケットを買う。すると殺島のような男子がキューティーを見るのが珍しいのか『大きいのに見るなんて変なの~』と声をかけられていた。だが『オモシレエもんに大人も子供関係ない』と返し親御さんに止められるまでキューティートークをしていた。

 友人の岸部颯太はまるで隠れキリシタンのようだと言いながら魔法少女モノを視聴していた。だが殺島はそういった面を一切気にしない。

 顔も美形でコミュニケーション力も高い。恐らく学校でもクラスの中心で女性にもモテるはずだ。そんな人気者が女児アニメを見ても軽蔑されない。

 そういった持つ者の余裕か、それとも仮に心象が悪くなっても気にしない図太さがあるのか。恐らく後者であり、とても真似できないがある意味見習いたいメンタリティーだ。

 殺島からチケットを受け取った後はエントランスで雑談しながら時間を潰し、映画の予告が終わり、館内が暗くなった直後ぐらいに席について視聴する。

 

 内容は凄く良かった。

 

◆殺島飛露鬼

 

 映画が終わると時刻は正午を回っていた。丁度昼時なので昼食でも食べようという流れになり、エスカレーターで飲食ゾーンに移動し店を探す。しかし昼過ぎでしかも夏休みというだけあってどこも満員だった。

 早く腰を据えて語りたい。内から溢れる欲求を抑え込みながら店を探す。とりあえず食事をしながら座れる場所ならラーメン屋だろうがスタ丼屋でもどこでもいい。女性と食事するという前提を完全に忘れていた。

 すると最後に訪れたファミレスが幸運にも2席空いているらしく、小雪の了承を得て入店し碌にメニューを見ず目についた商品を注文した。

 

「いや~絶頂(たまんねえ)わ」

「うん」

 

 小雪も噛みしめているのかしみじみと呟く。予想を裏切り期待を裏切らないのが最高の娯楽と聞いたことがあるがまさにそれだ。

 基本は王道だが要所要所に変化球を交え驚かせてくれる。熱中のあまり子供達も「頑張れキューティー」と映画館の規則を無視し声援を送っていた。その気持ちはよく分かり映画館で独りだけだったら思わず声援を送ってしまったかもしれない。

 

「見る前はあの子とあの子は気が合いそうとか予想して、予想通りの絡みがあれば、全く意外な絡みもあって、それがまた至高(いい)

「私はオニキスとキャットの会話が印象的だった」

「ああ、それも至高(いい)

 

 その後も料理を食べながら映画について語り続けた。2時間ぐらいの映画だったが語るべきポイントは幾らでもあり話題は尽きない。

 店に着いてから暫く経ってお互い話すのを止める沈黙時間が訪れる。その時ふと思ったことをそのまま話す。

 

「なあ、光落ちで敵側からキューティー側につくキャラが居るよな」

「うん、パッショーネキューティーとかそうだね」

「けれど闇落ちはないよな」

「そうだね。一時的に辛いことがあって絶望して自棄になって世界を滅ぼそうと敵側についても最後は味方側に戻ったり、敵の攻撃からキューティーを庇って死んじゃったりするけど」

「なんでだ?」

「それはダークキューティーみたいに最初から敵側だったらともかく。清い心を持っても中学生や高校生ぐらいのキューティー達が一時の気の迷いで悪になるのは仕方がないかもしれないけど、最後まで悪には染まらないよ」

「それは分かるしオレだってそう思う。もしそうなったらキューティーはそんなんじゃねえってテレビ局に襲撃(カチコミ)する。オレが言いたいのは本人は闇落ちしてないが、周りから見れば闇落ちしてる状況(パターン)だ」

「どういう意味?」

 

 小雪は言葉の意味が分からないのか僅かに首をひねる。

 

「キューティーは皆優しくて優等生(いいこ)だ。だからこそ悪側の苦しさや辛さを理解して寄り添い癒そうとするキューティーが居てもいいだろ」

「でも、敵は世界を滅ぼしたり多くの人に害を与える。それは悪い事だよ。愛する人の為とかなら分からなくないけど、悪の気持ちに共感すれば清く正しくなくなる。キューティーは、魔法少女は清く正しくないと」

 

 小雪の声色が僅かに強くなる。何回かの語りで気づいたがキューティーに対して誰よりも清廉潔癖で正しくあって欲しいと願っている。普段はここで話を切り上げるが今日は何となくそんな気分でなかった。

 

「小雪、悪は悪いか?」

「それはそう。悪い事をして誰かの大切な人や物を奪っていい権利なんてない」

「オレは思うんだよ。正しくいるのは疲れるし強さが必要だ、誰もができるわけではない」

 

 悪は弱さの一種である。前世を含めた今までの人生で気づいた事柄だ。弱いから楽して稼ごうと詐欺や強盗をする。弱いから現実に耐えきれず、例え悪事であっても現実逃避を選ぶ。

 前世の聖華天(せいかてん)のメンバーや覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーは世間から見れば善か悪かと訊かれればぶっちぎりの悪だ。道交法を無視し暴走の為に民家を燃やし邪魔する警察をぶちのめす。これを悪と言わず何が悪だ。

 だがそうせずにいられないのだ。首都高で集まった聖華天5万人は大人の辛さに耐えきれず、現実逃避として悪事である暴走に逃げた。

 普通の人は辛くても他人に迷惑をかけず耐える。もしくは耐えられなくても社会に迷惑はかけられないと自ら命を絶つ。それはある意味強さであり聖華天は誰一人強さを持っていなかった弱者だ。

 ハイエンプレスのメンバーも同じだ。辛い現実を忘れるために、暴走以上に楽しい事がなく他では我慢できない、だから悪事である暴走に逃げる。

 

「悪い奴は弱者だ。弱いからそういう生き方しかできないかもしれねえ、そんな弱者を肯定するキューティーも居てもいいんじゃねえかなって」

 

 言いたい事を言いきった達成感からか思わず深く息を吐く。こんな意見は世間や社会が容認しないのは分かっている。

 キューティーは清く正しくあるべきだ、その善性があるからこそキューティーを見て楽しんでいる。それでも悪に寄りそうキューティーも居て欲しいという矛盾した想いがあった。

 小雪は俯き沈黙している。かなり本音が混じった話であり友人とする話としては重すぎる。だが今までの語りで小雪なら大丈夫だという信頼感があったから話した。すると顔を上げ重々しく話しかける。

 

「その悪に寄りそう魔法少女は例えば戦うのが楽しくて人を殺すのが楽しい悪役や、自分の理想の魔法少女が見たいからって多くの人を犠牲にする人でも肯定するの?」

「ああ」

 

 小雪は突如立ち上がり財布から千円札を2枚机に置いて出口に向かう。その顔は驚くほど無表情であるが、今まで最も感情を表しているようでもあった。

 

誤判定(みあやま)った」

 

 思わずため息をついてしまう。やはりこの話はするべきではなかった。普通にあれが良かったこれが良かったといつも通り話していればよかった。

 先ほど語った考えは完全に極道の思考だ。そんな思想は社会や常識は認めない、ましてキューティー好きなら猶更だ。

 しかし小雪の反応は予想外だった。それは違うとやんわりと否定すると思ったが露骨に否定した。もしかして何かしらの地雷のようなものを踏んだかもしれない。これでもコミュニケーション能力は高く、人に嫌われないようにする話術を会得しているつもりだったが耄碌したか。

 暫く時間を置いてから謝るか、追加でコーヒーを注文しながらどう謝るか考える。

 

 

♢リップル

 

 リップルは民家の屋根や電柱を飛び石代わりにしながら並走するスノーホワイトをチラリと見る。今日のスノーホワイトはいつもと違う。

 今日もN市をパトロールしながら酔っ払いを介抱し公園で騒いでいる学生を近所迷惑だとやんわりと注意したりと一般的な魔法少女としての活動をした。言動はいつも通りやんわりと腰が低い。

 だが学生たちが言う事を聞かず騒ごうとした時などつま先で地面を軽く抉ったりと小さいながら苛立ちを見せていた。それはいつもなら決してしない仕草だった。

 他にも空き缶をゴミ箱に入れる動作が荒かったりと何気ない仕草から僅かに苛立ちが滲み出ていた。

 

「何か有った?」

 

 いつものN市で一番高い鉄塔の屋上で三日月を眺めながらスノーホワイトに問いかける。すると一瞬ハッとした表情を見せ、どうするか逡巡している仕草を見せたのち意を決したように話し始める。

 

「ちょっとね、友達と喧嘩、いや一方的に怒っちゃって」

「なにに怒ったの?」

「もしクラムベリーやカラミティメアリを悪くないって言う人がいたらどうする?」

 

 スノーホワイトの言葉を聞いた瞬間に思わず舌打ちをする。クラムベリー、N市で魔法少女選抜試験を開催した張本人、試験を殺し合いに変貌させ戦いを楽しみたいと試験管でありながら参加魔法少女として魔法少女を殺した外道、アイツが居なければ少なくともトップスピードは死ななかった。

 カラミティメアリ、魔法少女でありながら反社会勢力とつるみ、リップルがムカつくからというおびき寄せる為だけに高速道路を通る車両を狙撃し罪のない人々を何人も殺したカス。

 

「悪い事をする人は弱くてそういう生き方しかできないって」

「それ友達が言ったの?」

 

 苛立たしく吐き捨てる。それで犠牲になった人はたまったものではない、少なくともトップスピードやメアリに殺された人々に罪はなかった。

 こんな意見を言うのは逆張り野郎か、人権派気取りか、頭がお花畑な平和主義者か、スノーホワイトには悪いが今すぐにでも縁を切ったほうがいい。

 

「その友達は最近キューティーシリーズにハマってね、フィクションの魔法少女達の善性とか優しさとかに惹かれたって言ってたんだけど」

 

 スノーホワイトは残念そうに呟く。スノーホワイトは人助けをして、殺し合いと化した魔法少女選抜試験でも最後まで暴力に流されなかった。まさにフィクションの主人公のような清く正しい魔法少女だ。そしてクラムベリー達はその反対である悪い魔法少女、その友人は悪い魔法少女の肩を持った。

 スノーホワイトはクラムベリーによって多くを奪われた。そこでパートナーだったラ・ピュセル、ラ・ピュセルの次のパートナーだったハードゴアアリスを失った。特にラ・ピュセルとは仲が良く、リップルにとってトップスピード、もしくはそれ以上の存在なのかもしれない。

 であればなおさらショックだろう。自分だったら封印している暴力が出ていた。友人の言動はある意味スノーホワイトの心を最も傷つけた。

 

「明日早いし帰るね。お休みリップル」

「おやすみ」

 

 スノーホワイトは悲しそうな表情を一瞬浮かべるが、それを隠すように僅かに微笑みながら鉄塔を降りていく。別れの挨拶に応えるだけで何か気の利いた言葉をかけられず、その後ろ姿を見送るしか出来なかった。

 

♢スノーホワイト

 

──悪い奴は弱者だ。弱いからそういう生き方しかできないかもしれねえ、そんな弱者を肯定するキューティーも居てもいいんじゃねえかなって──

 

 帰路につきながら頭の中で殺島の言葉が反響する。

 

 犯罪者や悪党の中には悲劇的な出来事が起こり心に傷を負い悪事をしなければ生きていけなくなった者もいるかもしれない。

 悪事によって誰かを傷つけるのは赦されるわけではないが、同情しもしかして擁護するかもしれない。だが魔法少女には該当しない。

 魔法少女は清く正しくなくてはならない。例え誰かを傷つけなくては生きていけないとしても相手を思いやり傷ついた人やその周りの人の心情を考え堪える強さを持っているはずだ。

 クラムベリー、ピティ・フレデリカ、それ以外にも何人もの悪党魔法少女を捕まえた。

 彼女達は自分の欲望のままに他者を傷つけた。それは魔法少女ではない。だからこそ越権行為で身勝手でありながらも自分の欲望で他者を傷つける魔法少女を捕まえている。魔法少女は悪党を肯定してはならない。

 そして殺島の意見はリップルの言う通り外野の意見だ、弱さによって大切な人を傷つけ奪わられていいはずがない。当事者になれば口が裂けても言えない。

 

 スノーホワイトは家に着き変身を解く前に机に置いていたスマホを手に取る。すると殺島からメッセージが届いていた。メッセージを見ずに寝ようとしたが数秒ほど考えた後にメッセージを確認する。

 

 昼間は悪かった。言い訳に聞こえるかもしねえが、極論を言う事で小雪がどう反応して、どんな意見が出てそこから話を広げて今までと違う話をしたかっただけだった。その極論が傷つけるかもしれないと配慮できなかった。マジで悪い。

 キューティー達は皆が思いやりが有って優しい。それはオレには持ってないものを持ってるキューティー達が眩しくて惹かれてんだ。例えキューティー達が優しくても多くの人を傷つける選択をとるわけがねえって分かってるつもりだ。

 

 スノーホワイトの口角がほんの僅かに上がる。悪党の肩を持ったのは本心ではなく極論の一部だった。確か討論であえて逆張りすることで議論を活性化させる手法があると聞いたことがある。

 それをやろうとしたのだ。なのに極論に怒り勝手に帰ってしまった。己の幼稚さに思わず赤面しそうだ。

 スノーホワイトは謝罪とまたお詫びとしてどこかで話の続きをしようと返信のメッセージを送った

 



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第25話 君を殺りにいこう

殺島飛露鬼(やじまひろき)

 

 特攻服を着た暴走族300名がバイクに乗って国道を走る。その光景は大名行列のさながらでその珍しく異様な光景に抜き去られた者は一斉に視線を向け、暴走族は「何見てんだ!」「見世物じゃねえぞ」と威嚇する。

 殺島はその集団の先頭を走りながらシートから伝わる振動に僅かな不快感を覚えながら景色を楽しむ。季節は秋になり視界に広がる山々が赤や黄色に色づいている。ここら辺は地元のN市より栄えていなく道路も舗装されていないが遮蔽物になるビルもないので、景色を存分に楽しめる。

 メンバー達も目の目に広がる景色に楽しみ中にはスマホを取り出し写真を撮ろうとしている者もいる。まるで遠足かなにかのようだ、これからしようとする事に対して些か緊張感が欠いているような気がするが、緊張でガチガチになるよりマシだ。

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)は警察を撃退した日から一気に規模を拡大していった。花奈が警察を撃退したという噂は瞬く間に広がる。不祥事や若者に対する過剰な取り締まり、それに対する処分の甘さなど若者を中心に話題になり警察に対する不満は溜まっていた。そのなか警察を撃退した花奈はちょっとしたヒーローとなり、多くの中高生が入団した。それ以外にも近藤が描いている帝都リベンジャーズもかなりヒットし、それに影響され入団した者もいる。

 それに関連してか同時期に全国的に暴走族が爆発的に増え、N県内で多くのチームが発足し若者達も入団し、N県内の暴走族人口は去年の数十倍ぐらいに膨れ上がった。

 そうなると自然にチーム同士での抗争が起こり、覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)も売られた喧嘩を買い続けた撃退し続けていると気が付けばN県を統一していた。

 そしてデルタの彼女のイザコザが切っ掛けとなりT都でも有数のチームだった百鬼夜行と抗争になり、N県でかつて抗争した那我雄華王(ナガオカキング)朱鷺殺(トキサツ)の協力を得て倒す。それにより不良業界で覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の名は一気に知れ渡り、県外から抗争を仕掛けてくるチームも増えていく。

 抗争を仕掛けてくるチームを返り討ちにしていくなか、花奈は新たな目標を掲げた。全国制覇、日本全国の暴走族や走り屋を統一するというこの世界の暴走族の歴史でどのチームも成し遂げていない偉業である。全てを統一し様々なチームを一同に集め何万人単位の暴走族や走り屋と暴走する。それが花奈の新しい夢となる。

 統一といっても負けたチームは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に合併されるわけではなくチームは存続し縄張りでは好きに暴走してもかまわない。ただ招集には集まってくれといったもので、招集も滅多にはしない。統一というより連合に近い。

 それからは夏休みを利用し様々な場所に遠征し抗争を仕掛けていき、多くのチームを傘下に収め、規模としては日本でも有数のチームになっていく

 夏休みが終わり2学期に入って頻度は落ちても遠征していき、今週も2手に分かれて遠征している。チームの半数を花奈とガンマが率いているグループ、そして1割程度を率いた殺島のチーム、残りは喧嘩したくないメンバーと本拠地が襲撃されるのに備えているデルタ達がいる。

 

 この抗争遠征の予定としては隣接する3つの県の主要チームに抗争をしかける。相手の戦力についても今ではソーシャルメディアで宣伝などしてある程度把握できる。それどころかソーシャルメディアでメンバーを募集している。スマホがなくポケベルしかなかった聖華天時代では考えられない。

 300名というメンバーは抗争を挑むチームより人数は少ないが問題はない。日々の抗争で気が付いたがハイエンプレスのメンバーは他のチームのメンバーより強い。一般的なメンバーだったら1人で3人ぐらいは倒せる。

 特に殺島を含め、花奈、デルタ、ガンマ、皆から四天王と呼ばれるメンバーはもっと強い。自分なら極道技巧を使わなければ一般メンバーなら20対1、幹部クラスなら3対1、極道技巧ありなら倍以上だ。

 花奈達も同じようなもので、花奈の極道技巧女神の夢は止められない(インシブル・チャリオット)。バイクを駆使した戦闘術でその強さはまさに一騎当千だ。

 ガンマの極道技巧絶対主役(惚れるな危険)、その姿に魅入られて動きを止めてしまい、その間にチェーンを改良した蛇腹剣のようなもので切り裂く。遊びで極道技巧を体験し、その時は辛うじて攻撃を避けられたが一歩間違えれば何の抵抗もできずに攻撃を喰らっていただろう。

 デルタの極道技巧仁王の如し。動きは単純な相撲の立ち合いからのブチかましだが、威力が尋常でなくバイクと正面衝突しても弾き飛ばす。前世での同僚だった破壊の夢澤組長は腕力で人の首を引き千切れるらしいがデルタもその気になればできるかもしれない。

 

 正直この世界で極道技巧を使える人間は殺島1人だけだと思っていた。実は前の世界の人間と比べ身体能力や技能が高く他にもゴロゴロ居るのではと思ったが、そういうわけでもなくスポーツ選手も聖華天のメンバーだったオメガほどの身体能力があるわけでもない。暴走族達も覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーが前の世界の平均レベルで、他は平均以下だ。

 極道技巧が使える3人、そしてこの世界では比較的に強いメンバー、皆の共通点として自分に近しいという点がある。これは果たして偶然なのだろうか?

 

暴走族王(ゾクキング)!つきましたよB市です!」

 

 メンバーの1人が標識を指差し叫ぶ。考え事をしているといつの間に着いていた。道なりに走りながら適度に広い跡地に侵入し打ち合わせをする。

 

「随分寂れてるけど、どんなチームがいるんですか?」

「確か「羅武雷斧」とかいうチームだ」

「どれくらい居るんですか?」

「正確な人数は分かんねけど30人ぐらいだ、オレはやらねえ。初参加(どうてい)の奴中心な」

 

 このB市に寄ったのはついでだ。目的の県の主要チームが拠点にしている市の進路上であり、初参加のメンバーのデビュー戦に丁度良かったからである。

 

「喧嘩なんて気合いと根性だ」

「押忍!頑張ります!」

 

 喧嘩経験者が初参加のメンバーを励ます。人数差もあり万が一負けても大丈夫という精神的余裕がある。初陣の舞台には最適だ。

 

「それでその羅武雷斧がどこに居るか分かりますか?」

「いや、分かんねえ。ここら辺走ってればあっちからちょっかい掛けてくるだろう。走り回りながらそれっぽい奴に聞き込みだな」

「了解です!暴走族王(ゾクキング)!」

「一応遭遇(エンカウント)したら、傘下に入れば何もしないって伝えろよ」

「了解です」

 

 殺島の指示にメンバー達は返事をし、エンジンを鳴り響かせハイエンプレスの旗を掲げながら散らばっていく。特攻服を着た奴が自分のチームの旗を振り回しながら縄張りを走るなんて完全に喧嘩を売っている。普通の暴走族なら有無を言わさず襲ってくる。それを切っ掛けに喧嘩すればいい。

 

「さてと、観光がてら鈍行(タラタラ)走るか」

 

 殺島はエンジンを入れて出発する。相手を挑発するような走りはメンバーがするだろう。それは任せて風光明媚で牧歌的な田舎の景色を楽しみながらのんびり走る。今日はそんな気分だ。

 

──

 

 山特有の冷たい空気が殺島の体を叩きつける。その冷気に意を介さずコーナーに向けて車体と体を傾ける。チームのメンバーと分かれた後B市を探索した。皆は主要道路などを走っているのでこちらは人が来なそうな田舎道を中心に走る。

 見えるのは山か畑か田とそこで働く農家だけだ。前の世界では無縁でこの世界で暮らしてから時々みるぐらいで、ここまで自然に囲まれた道を走るのは初めてだ。あまりの長閑さで今は抗争を仕掛けるために遠征していると忘れてしまいそうだ。

 当てもなく走っていると峠を見つけ、ここら辺を拠点にしている走り屋でもいるかと頂上まで上るが結局走り屋はいなかった。そして帰るがてら峠を攻めていた。

 

「久しぶりにやったが、無違和感(ピン)とこねえ」

 

 殺島は山道を下り切るとポツリと呟く。スピードを求めるのはそれなりに楽しく気持ち良いが、やはり皆と高速道路などを暴走する方が気持ちいいし楽しい。まあ誰か一緒にレースすればもう少し楽しかったかもしれない。

 ふと振り向きながら自慢げに勝ち誇る花奈の顔が浮かび上がる。花奈は暴走や抗争がてらに峠に乗り込み、そこの走り屋とレースをして打ち負かし、コースレコードを打ち立てていく。花奈いわく覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の名を広げる為のPR活動の一種だそうだ。

 花奈はバイクで走るのは好きだがスピードを求める走り屋ではなく、毎晩地元の峠を走るなど熱心に練習したりはしない。それでも初めて走るコースで地元の走り屋を打ち負かすのは才能としかいえない。レースの道を選べば歴史に名を残すかもしれない、ただ本人にその気は全く無いが。すると懐のスマホが鳴る。

 

「よう、どうした?」

「A班ですが、「羅武雷斧」の奴らと接触できませんでした」

「B班も同じです」

「C班も同じです」

「こっちも遭遇(エンカウント)なしだ」

 

 グループ通話で成果を確認する。余程の事がなければ見つかるように走らせた。それでも発見もしくは接触できないとなると、余程の臆病者か「羅武雷斧」というチームは存在しないのか、解散したのか。

 

「どうします?このまま走りながら探しますか?」

「いや、時間の無駄だ、最初に集まった場所に戻ってくれ。この県の主要チームを傘下に収めれば勝手に傘下に入るだろう。此処に来たのも初参加(どうてい)練習台(サンドバッグ)にするだけだったし、喧嘩できなくてもかまわねえ」

「了解です」

 

 通話終了をタップしスマホを懐に仕舞う。無駄骨だったか、だが田舎の景色を楽しめたから良しとするか。意識を羅武雷斧から目標の1つのチームに切り替え、どうやって抗争に勝利するかの算段を考え始める。

 念のためにと通っていない道を走りながら最初に集まった場所に向かう。暫くすると個人経営の小さなバイク屋が目に入り、左折して店に向かう。

 バイク屋なら羅武雷斧のバイクを修理している、または店の従業員が知り合いだったり友達だったりする可能性はある。一応は訊いておいたほうがいい。

 中に入ると鉄と油の匂いが届く。良い匂いだ、オフならバイクでも物色したいどころだが、そんな暇はない。店内には2人がいて一斉にこちらに視線を向ける。

 1人は20代前半位の男でこの店の店員だろう。バイクを修理している。もう1人は高校生ぐらいの男が床に座っている。ヤンキー風のファッションで頭に剃りこみを入れ、右手はギブスをはめて腕をつっている。

 

「いらっしゃいませ」

「あんた、羅武雷斧のリーダーだよな?」

 

 店員の挨拶を無視して反り込みに話しかける。こいつは暴走族だ、ファッションや髪型もそうだが何より雰囲気がそれだ。そして集団を束ねる不良だというのも分かる。剃りこみは特攻服を見てこちらにメンチを切ってきた。

 

「オレはN県覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の殺島だ。今日は羅武雷斧を傘下に収めるために遠征に来た。遭遇(エンカウント)しようとして市内を走り回ったが、全然会えなくてよ。ここを偶然通らなきゃ無駄骨だったぜ。いや~僥倖(ラッキー)

 

 剃りこみの目つきが一層鋭くなる。あえて軽い口調で話し挑発しているがしっかりと意図は伝わっている。だがふとした瞬間何かを思い出し方のように睨むのをやめ目を伏せる。

 

「これだけ挑発して喧嘩売らなかったんなら、覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に降伏したってことでいいよな?」

「好きにしろ。羅武雷斧は解散した。誰が縄張りにしようが関係ねえ」

了解(りょ)だ。今日から縄張り(シマ)にさせてもらう。ここは長閑で気に入ったから、時々来るわ」

 

 殺島は踵を返し手を振りながら出入り口に向かうが、店を出ようとする直前に止まる。

 

「最後に訊くが、解散したのは皆が走りたくなくなったからか?それとも何かしらの理由で走りたくても走れなくなったからか?」

「皆飽きたんだよ」

虚偽(うそ)だな。少なくともアンタはそうじゃない」

 

 殺島は剃りこみに近づくと座り込み目を見つめ、剃りこみは思わず目線を逸らす。

 

「でたらめ言ってんじゃねえ!暴走族なんてダセえって辞めたんだよ!」

「このバイクあんたのだろ?整備(メンテナンス)が行き届いて、バイクに対する愛が伝わるぜ」

 

 店員が修理しているバイク、壊れていない部位に目を向ければ設備が行き届いているのはすぐに分かる。それに店に入る前に男がバイクに向けていた視線、その視線にはバイクに対する愛情のような感情と、壊してしまった申し訳なさが感じ取れた。

 

「うちのリーダーの方針でよ。走るのに飽きて辞めるのは仕方がねえが、それ以外の理由で暴走族を辞めるのは心底(マジ)で許せねえ。元々羅武雷斧は傘下に収めるつもりだった。傘下に収めたらそのチームはもう家族だ。羅武雷斧の悩みは覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の悩みだ。出来る限りの協力をする。だから教えてくれねえか?」

 

 出来るだけ優し気な声で語り掛ける。花奈は燕無礼棲(エンプレス)での経験から飽きる以外で走る事を止めるのを許さなくなった。その方針は殺島にも影響を与えた。

 聖華天のメンバーの大半は満足せずに暴走族を止めた。それは何かしらの悔いとなり心を縛る。20年ぶりの招集に応じたのも満足していなかったという面が少なからずある。同じような人間は1人でも少なくしたい。

 剃りこみは殺島の言葉を聞くと唇を噛み逡巡した様子を見せる。それが数秒続いた後意を決したように息を吸い込む。

 

「誰にも言うなよ?」

「ああ、絶対(ぜってー)だ」

「羅武雷斧の皆は走りに飽きたわけじゃねえ。ふと現れたあいつに『もう二度走るな』と分からされた。もし走ったら今度は何されるか分からねえ。それが怖くて俺含めて皆やめた」

「あいつって事は1人(ピン)で潰されたのか?」

「ああ」

「羅武雷斧は総勢何人だ?」

「50人だ、アイツは化け物だ。この腕を見てみろよ、腕を握られて折られたんだぜ。それにあのバイクもアイツに放り投げられて壊さられた。人間じゃねえよ」

 

 剃りこみはその当時の記憶を思い出したのか冷や汗を流し震えで歯をカチカチと鳴らす。50人を1人で倒し、握っただけで骨をへし折り、単車を腕力で放り投げる。事実なら確かに普通の人間の域を超えている。

 

「はは、情けねえよな。本当は走りてえのにアイツにビビってイモ引いている。クソが!俺達が何したってんだよ!」

 

 ヤンキー風の男は行き場のない怒りをぶつけるように左手で床を何度も殴る。男の叫び声と打擲音が店内に響き渡る。

 

「そいつが居なきゃ走るか?」

「ああ、当たり前だろ!」

「だったら俺に任せろ。この覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)暴走族王(ゾクキング)がそいつをぶっ殺してアンタたちを走らせてやるよ」

 

 自分の胸を叩き宣言する。花奈は全ての暴走族を同志だと思っている。それと同時に暴走を妨げる全てを憎んでいる。もし花奈がこの場に居たら同じ言葉を言うだろう。

 暴走族にとって暴走は『夢』だ。日々の辛さや退屈を全て吹っ飛ばす夢の世界、それを奪う者は警察だろうが誰だろうが許さない。

 

「今からぶっ殺しに行くから、そいつの特徴を教えてくれ」

「いや、気持ちはありがてえが、やっぱりいい」

「オレだってたった4人で200人のチームの本拠地に乗り込んで潰したことが有るんだぜ。実力は対等(タメ)だ」

 

 武勇伝を聞かせるが尻込みしている。羅武雷斧のリーダーは一度は託そうとしたが気が変わったのか断ろうとしている。これは実力を疑っているわけでもなく、身の安全を心配しているわけでもない。別の要素のせいで言いたくないのだ。

 

「まさか、中学生(チューボー)にやられたのか?」

 

 その言葉に剃りこみの体がビクリと震える。正解だ、暴走族はメンツを重んじる。これがデルタのような巨漢にやられたらカッコがつくが、明らかに中学生と分かるようなチビにやられれば恥ずかしくてとても他人に言えない。

 

「腕握っただけで骨をへし折るような化け物だろ。中学生(チューボー)だろうが負けたって何の恥もねえ」

 

 リーダーはこちらに視線を向ける。説得が利いている。あと一押しだ。

 

「オレは勿論侮辱(ディス)らねえし、誰だってそれを知れば侮辱(ディス)らねえ。そんな奴が居たら制裁(しめ)る」

 

 剃りこみはその言葉を信用してくれたのかポツポツとそいつの特徴を語り始めた。それは想像以上に衝撃的だった。

 

「そいつは明るめの髪でポニーテルの中学、いや下手したら小学の女のガキだ」

 



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第26話 talkin'bout magical girl

結家美祢(むすびやみね)

 

 結家美祢はロッカーにある掃除用具の数を確認し、教室を改めて見渡し汚れている箇所や机がしっかりと並んでいるかを確認する。特に問題はない。

 授業が終わりクラスの其々の班が指定された場所に向かい掃除する。美祢達の班の担当は教室の掃除だった。何事も起こらず順調に掃除していたのだが、男子が掃除の最中にピンポン玉を発見し野球をやり始めた。

 男子は活発で押しが強い性格で、班の女子は大人しい性格だった。女子達もちゃんと掃除したほうがいいと注意しようとしていたが、男子の押しの強さに声をかけられずにいた。場の空気は女子達が男子達の分まで掃除しなければならない空気になっていた。

 そこで美祢が男子達に真面目に掃除しろと注意した。男子達は注意を無視して野球を続けるが、「先生にこの事を報告する」と告げると、渋々と言った様子を一切隠さない表情を浮かべながら掃除し、帰り際にいい子ぶりっこと小学生みたいな文句を言われた。

 

 美祢は損得勘定で動く。今回も注意して男子達の好感度を下げるより、学級委員長として不真面目な生徒を注意しないことが教師たちに伝わることによる信頼度と評価の減少、そして女子達の好感度と信頼度を上げる方がメリットがあると考え選んだにすぎない。

 美祢達が通う波山中学校は私立で受験に合格して入学したからにはそれなりに精神的に大人だと思っていたが、掃除を真面目にせずピンポン玉で野球を興じるような子供がいるなんて。本当に受験を通ったのかどうか疑いたくなる。

 それに最近は帝都リベンジャーズという漫画が流行っているようで男子はこっそりと週刊雑誌を教室に持ち込んで回し読みしている。内容も暴走族が出てくるようで、「カッケエ―」とか「オレもチームに入る」などの声が耳に入ってくる。

 暴走族はルールを無視し喧嘩で人を傷つける不良だ。何故そんなものに憧れる?魔法少女達のように魔法を使いながら世のため人のために行動するほうが何倍も素敵でかっこいい。

 そういえば母親が昨日の夕食の際に買い物をしていると暴走族が走り回り危うく轢かれそうになったと愚痴を溢していた。やはり暴走族は他人に迷惑をかける存在だ、警察には早急に捕まえて欲しいが当てにできないかもしれない。

 最近は警察の不祥事が多発している。勿論警察全員が汚職に手を染めているわけではなく、日夜市民の平和を守るために働いている警察官もいるのは分かっている。だがどうしても信頼度が下がっている。

 

 美祢は思考を切り替え机の中に教科書が無いのを確認し、カバンの中に教科書が全部入っているのを確認し教室を出る。この後は各クラスの学級委員が集まっての会議が有る。そして男子達が遊んでいたせいで掃除が長引き集合時間を過ぎている。

 理由が有っても遅刻は遅刻だ。各クラスの委員や担当の教師からの評価は僅かに下がる。心の中で男子達に愚痴を溢しながら教室に向かう。

 

 会議は何事もなく終了する。学級委員に自ら立候補、あるいは強引に選ばれたとしても学級委員としての責任感からか、真面目に話し合いに参加してくれたのでスムーズに進んだ。

 時刻は16時半、家に帰ったら家事の手伝いをして、その後は授業の復習と予習をして時間が余れば魔法少女アニメのDVDでも見るか。

 今日の予定を考えながら下駄箱から外履きを取り出し、部活動に励む生徒を横目にしながら校庭を抜け正門に向かう。すると路肩にバイクを止め、手すりを椅子代わりにして座っている男が居た。

 

 無造作ヘアーでたれ眉にたれ目、高校生か大学生だろうか、美祢の美的感覚では美形に属する容姿。顔は良いがファッションは不良というかヤンキー風で趣味に合わないし近寄りたくない。バイクも明らかに暴走族が乗るようなバイクだ。誰か兄弟もしくは恋人でも待っているのか、それとも誰かを呼び出そうとしているのか。

 どちらにせよ推定暴走族が待ち構えているのはよくない。先生に報せた方がいいか一瞬迷ったのち、先生に報せて評価を上げるメリットより、めんどくささと関わって面倒になるデメリットが大きいので、目線を合わせないように足早に通り過ぎようとする。

 

「ようお嬢さん、ちょっといいか?」

 

 だが暴走族からこちらに関わってきた。声をかけられ思わず上ずって返事してしまう。こういう人種とは無縁の人生だった。もしかして唐突な暴力が襲い掛かるかもしれないという恐怖が纏わりつく。

 

「そんな恐慌(ビビ)んないでくれよ。お嬢さんには何もしねえ、少し訊きたいことが有るだけだ。時間を取らせねえしすぐ終わる」

 

 暴走族は不安を見透かしたように笑顔を浮かべ優し気な声で話しかける。それだけ見れば気さくで美形の年上の男性だ、僅かばかり警戒心がとける。

 

「この学校に芝原って女が居るらしいけど知ってる?」

 

 美祢の脳内で即座に姿が浮かび上がる。クラスは違うが同級生である意味この学校で最も有名な生徒だ。私立に入る生徒は大抵大人しいが芝原海は問題児として知られている。

 有名なのはそれだけではなく、とんでもない身体能力で素人ながら陸上の何かの競技の県記録を更新したとか、ヤクザをボコボコにしたなど噂されている。ヤクザの件は嘘だろうが県記録については本当だろう。

 知っていると声に出そうとしたが慌てて止める。芝原海は問題児だ、そして推定暴走族が声をかけてきた。例えば芝原海が暴走族とイザコザを起して仲間が報復するために探しており調査のために声をかけてきた。だとしたら素直に答えてよいのだろうか?

 答えれば仲間を集め芝原海が襲われるかもしれない。仮にそうなったとして自業自得なら仕方がないですむが、逆恨みだったら後味が悪い。

 さらに何かのドラマで見たように暴走族が学校に襲撃するかもしれない。だが嘘をついたとバレたら芝原海を襲うついでに自分も襲われるかもしれない。事実を話す方が得か嘘をついた方が得か、脳内で即時に計算する。

 

「ちなみに、どんな要件ですか?」

「ああ、少し前かなここらへん走ったらバイクのエンジンが壊れて途方に暮れてたら、芝原海って女の子が一緒にバイクを運んでくれてよ。すげえ腕力(パワー)だったぜ、もし通りかかっていなかったらどうなってたか。帰り際に礼は言ったんだが改めて謝礼《ワビ》したくてよ」

 

 推定暴走族から話される訳は予想とは異なるものだった。だが嘘をついて情報をゲットして改めて襲うかもしれない。先程の質問は世間話の範囲だがこれ以上質問すれば怪しまれる。もう猶予は残されていない。事実を話すか嘘をつくか決めなければならない。

 すると音が流れる。一瞬バッグに仕舞っているスマホ─校則では持ち込みは禁止されている─を確認し、自分のではないと確認し音が聞こえた方に意識を向ける。どうやら推定暴走族のスマホから流れたようだ、そして着信音はマジカルデイジーのOP曲ハローデイジーのメロディーだった。

 暴走族が魔法少女アニメを見るのか?あまりのギャップに推定暴走族を凝視してしまう。一方推定暴走族は手を上げて悪いとサインを出して電話に出る。要件は大したことではないようで30秒程度で終わった。

 

「悪い、会話の腰折って」

「マジカルデイジーが好きなんですか?」

 

 美祢は遅いと分かっていながらも思わず口を押える。暴走族が何故魔法少女アニメを見て、着信音にするまでハマったのか魔法少女好きとして気になり思わず質問してしまった。

 相手は推定暴走族だ、『好きで悪いかよ』と小突かれるかもしれない。殴られるイメージを思い浮かべ反射的に体が硬直する。

 

「おっ、分かるのか」

 

 だが推定暴走族は小突くどころか気づいたのが嬉しいのか声が弾んでいた。

 

「はい、私も見ていましたから。因みにどういった切っ掛けで見たんですか」

「まずはキューティーシリーズにハマって、友達(ダチ)からキューティーシリーズより魔法少女的なものが好きなんじゃないかって、マジカルデイジーを勧められた。マジで名作だ。ヤクザは潰すけど、バトル要素が少なくて日常のトラブルを解決する延長線上っていうのかな。バトル要素が少なくてスケールが小さい細やかな日常の話が続くけど、こっちが好きだわ」

 

 美祢は思わず目を見開く。魔法少女アニメの本質は魔法を使った戦闘ではない。魔法を使って周りの人を助ける細やかな人助けを通して人々と交流し成長していく姿を楽しむものだ。

 明確に言葉に出ていないが、そういった面を楽しんでいる。男性であればバトルなどの派手な面に目が行きそうだがこの人は分かっている。

 

「でしたら次はひよこちゃんやリッカーベルを見るのをお勧めします。作画や演出に時代を感じますが、魔法少女アニメの本質的面白さはマジカルデイジーに引けを取りません」

「そうか、助言感謝(アドバイスあざ)っす」

 

 推定暴走族は芝居がかった動作と声で礼を言い思わず笑みをこぼす。それから少しばかり魔法少女アニメトークをする。主にこちらが話し推定暴走族が聞き役になっていた。

 

「あっ、すみません。芝原の件でしたね。この学校の生徒ですよ」

 

 美祢は唐突に芝原海について話す。魔法少女トークに夢中になり推定暴走族の本題に応えるのをすっかり忘れていた。

 魔法少女アニメ好きに悪い人はいない、助けられたというのは本当だろう。そもそも暴走族ではなく、暴走族であったとしても致し方がない理由があるはずだ。

 

真実(マジ)か、それで芝原は学校に残ってる?」

「ちょっと分からないです」

「連絡先とか知ってる?」

「親しくないので知らないです」

「じゃあ画像とかある?待ち伏せする」

「それもないですね」

「だったらこれ贈呈《わた》してくれね?お礼と待っている場所が書いてるから」

 

 すると推定暴走族はバイクのシートから封筒を取り出す。表に芝原海様へと書かれており、字はお世辞にもキレイとは言えない。

 

「分かりました。渡しておきます」

有難(あざ)っす。じゃあ頼んだぜ」

 

 推定暴走族はそう言うとバイクを発進させ去っていく。そして受け取った封筒を透かして何が書かれているか見ようとしたが止める。内容は気になるところだがプライバシーの侵害だ。

 美祢は折れないように封筒を教科書に挟み家路に向かった。

 

◆殺島飛露鬼

 

 

 羅武雷斧のリーダーから話を聞いた後にメンバーに先に遠征先に向かってくれと連絡した。メンバーと一緒に羅武雷斧を潰したガキを探せば楽だろうがそうなれば詳細を話さなければならず、リーダーと絶対に話さないという約束を破ってしまう。

 最初に抗争するチームの人数と覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の人数ならこちらが多いので自分抜きでも何とかなるはずだ。

 その晩は羅武雷斧のリーダーの家に泊めてもらい、翌日からガキの捜索を開始した。手始めにB市にある小中学校を巡り聞き込みをする。服はリーダーの私服を借りた。流石に特攻服で聞き込みをすれば警戒され話を聞けない。

 朝方に何校が巡るが成果が無く、昼頃に少しだけ治安が悪いと噂される中学校に勝手に入り校舎裏にいくと授業をサボって煙草を吹かしているヤンキーがいたので会話の輪に入った。

 最初はガン飛ばしてきたが、N県の者だがB市で一番強いゴリラみたいな女のガキが居るらしく喧嘩吹っ掛けるから何か知らないかと嘘をつくと、警戒心を解き目を輝かせながら話を聞いてくれた。やはりヤンキーだけあって他県から喧嘩を挑みに来たという心意気を買ってくれたようだ。

 ヤンキーの中に同じ小学校だった者が居て、そのガキは芝原という名前で中一と教えてくれた。小学校時代に喧嘩した際にボコボコにされたらしく、相手の強さと逸話を語ってくれたがやはり小学生、いや高校生だとしても高校生離れと呼べるほどの身体能力だ。そしてヤンキーが後輩に連絡を取り私立の波山中学校に進学したと知りそこに向かった。

 だが着いたのは16時半で部活動をしてない生徒は帰ってしまっている。理想は下校時間で手当たり次第に聞き見つけたかったが、仕方がないとダメ元で正門前に待ち伏せして最初に通った女子生徒に聞いたらビンゴだった。

 本人に会えなかったが手紙を渡すことに成功した。あの女子生徒がちゃんと渡してくれるのを祈るしかない。

 

 殺島は波山中学校からヤンキーの家に向かう。リーダーは犯人を見つけるまで泊めてやると申し出てくれた。

 

「よう、ただいま」

「おう、それでどうだった。誰か分かったのか?」

「芝原っていう名前の中一の女だ。波山中学に通ってるらしい」

「ガキだと思ってたがマジで中一かよ。ゴリラの生まれ変わりなんじゃねえの」

「それで、(つら)はこれか?」

 

 殺島はリーダーにスマホを見せる。地元中学校のヤンキーに聞いた際に芝原と同級生だった後輩に卒アルの写真を送ってくれと頼み、丁度今しがた画像が送られた。

 

「ああ、間違いねえ」

(つら)だけ見るととても潰した奴には見えねえが」

 

 画面に映る少女は活発そうだがとても暴走族50人を叩きのめし、完全に心を折るような戦闘力を持っているとは思えない。

 

「とりあえず手紙渡してもらえる手筈だし、喧嘩するには最適って教えてもらった場所に来いって書いておいた。それで来なかったら明後日の朝方は張り込んで見つけるか」

「すまねえ殺島クン俺達の為に、でもあれには勝てねえよ」

「心配すんなって、それより羅武雷斧のメンバーに連絡してくれよ。その場できっちり謝罪(わび)入れさせるから」

 

 心配そうな顔を浮かべるリーダーの肩に手を置いて笑顔を見せる。何も心配する必要はない、今後はどうやって暴走しようか想像しワクワクしていればいい。

 その晩はお互いのチームについて語り合い夜を明かす。実に楽しい時間だった。

 

♢結家美祢

 

「委員長も意外だよね~」

 

 下駄箱で外履きから上履きに履き替えている最中だった。声をかけてきたのはクラスで中心的人物の女子だった。

 

「何が?」

「昨日の放課後正門前で暴走族と喋ってたでしょ。それも結構堂々と、委員長なら関わらないと思ってたから」

 

 女子の言葉を聞いて思い出す。推定暴走族と喋ったが見られていたのか。見られた場合にマイナスイメージを持たれると思ったが、度胸があるとプラスのイメージを持ってくれたようだ。

 

「しかもイケメンだったし、連絡先聞いた?」

「いや」

「流石にそこまで肉食系じゃないか、それで何の話してたの?」

「人を探してたみたいです」

「誰探してたの?」

「同じ学年の芝原さんです」

「あの娘か」

 

 女子は僅かに眉を顰める。問題児と名高い芝原と学校関係者以外の者が関わるなんて碌な事ではないと想像しているのだろう。

 女子との会話を切り上げ自分の教室ではなく隣の教室に向かい中を窺う。頼み事は出来るだけ早く済ませたい。

 教室の後方にポニーテールでどこか制服の着こなしがだらしない女子がいる。記憶が正しければあれが芝原だ。

 

「芝原さん、ちょっといい?」

 

 教室の外から大き目な声で呼びかける。芝原は視線を向けるとこちらに向かって歩き始めた。

 

「何の用?」

「これを芝原さんに渡してくれと頼まれて」

 

 バッグに入っている教科書から封筒を取り出し渡す。芝原は訝しみながら封筒を手に取るが途端に笑顔を浮かべる。それは獰猛と呼べるようなものだった。



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第27話 アドベンチャー・デッド・エンド

 

根村佳代(ねむらかよ)

 

「佳代、今日付き合ってよ」

 

 またか、そんな言葉が出そうになるのをグッと堪え、何にと問いかける。断るという選択肢はない。もし断ればその超人的な腕力による暴力で何をされるか分からない。

 佳代は芝原海と幼馴染であり、海の言う冒険に連れまわされる日々が日常だった。

 

「この殺島って奴に果たし状もらってさ、この時代に果たし状だよ!ワクワクするじゃん。最初に封筒貰った時は何も感じなかったけど、手に取って瞬間に冒険の匂いがして内容を確かめたら果たし状だった。できれば時代劇の弓と一緒に飛んでくる白い紙がよかったけど、まあいいや」

 

 海は意気揚々とその果たし状を見せる。手紙には「羅武雷斧の仇をとらしてもらう。今日の22時に町はずれの丸鶴製造の工場跡地に来い。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)殺島飛露鬼」と書かれていた。

 

「その羅武雷斧ってなんだっけ?」

「1週間前に潰した暴走族でしょ。忘れたの?」

「ああ、そうだ。思い出した」

 

 海は思い出したと手を叩く。1週間前に海の冒険に連れまわされる最中に暴走族のバイクに轢かれかけた。こちらは歩道側を歩いていたが関係ないといわんばかりに侵入し走っていた。海が咄嗟に引っ張り寄せてくれなければ間違いなく轢かれていた。

 そして暴走族は「ぼさっと突っ立てんな」と罵声を浴びて去っていく。その行動が海は気に入らなかったらしく。翌日には佳代をつれて羅武雷斧の集会場に乗り込み、50人をぶちのめし二度と走るなと誓わせる。あの当時は相当機嫌が悪く10数人は病院送りにしていた。

 

「それでこの覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)ってのは何?暴走族」

「ちょっと待って、あっ出てきた。今の暴走族はSNSなんてするんだ」

 

 SNSで覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)と打ち込むとあっさり出てきた。N県の暴走族でN県を統一したと書かれている。ものついでにSNSで検索すると暴走族のアカウントが次々と出てくる。最近は帝都リベンジャーズが流行っているのは知っているが、その影響だろうかここまで暴走族が多くなっているのは知らなかった。

 

「N県を統一した暴走族か、わざわざ果たし状を送ったりとか結構気合い有りそうな奴だな」

 

 海は情報を聞いて嬉しそうに笑い佳代はこの殺島の身を案じた。N県を統一した組織のメンバーならそれなりに強いのかもしれない。だがそれなり、いや不良界屈指でも海には勝てない。

 あれは正真正銘の怪物だ。小学校の時には空手道場のコーチや師範をボコボコに叩きのめし看板を奪い取るという漫画みたいな行動をした。さらに今では本気で握っただけで腕が折れるほどまでに成長している。もし喧嘩で勝つなら日本刀、それでも無理だ。拳銃でも持たなきゃ勝てない。

 

♢芝原海

 

 B市の外れ丸鶴製造工場跡地、海と佳代は集合時間2時間前に到着する。広さは教室3個から4個分ぐらいの広さだ。辺りには機械などが散乱し、夜逃げでもしたのかと想像をかきたてる。ここら辺一帯の工場地帯は一昔前の不景気の影響で軒並み稼働していない。そうなると住宅街のように電灯は無く、光は割れた窓から漏れてくる月明かりだけで、中はひどく薄暗い。

 海と佳代は工場内を調べる。こちらは正々堂々戦うつもりだが相手はそうではく、卑劣な罠を用意しているかもしれない。それに窮地に陥た時に何か使えるものがあるかもしれない。罠にはまる奴は備えていない者だ、自分はそんな間抜けとは違う。

 そして罠のチェックを終えると準備運動を始める。体育などで準備運動をさせられるが今までやったことはない。冒険を通じての訪れる危険はいつも突然だ。そんな時に「準備運動していないから動けませんでした」なんて話にならない。なので常に動けるように備えている。だが現実には準備運動をしたほうがより動けるのは知っている。

 果たし状を貰うなんて初めての経験だった。自慢ではないがこのB市では己の強さはそれなりに知れ渡り、誰も喧嘩を売る者はいない。

 だが殺島は果たし状を書いて喧嘩を売ってきた。そして果たし状を貰ったからには全力で応えるべきだ。だからこそ普段はしない準備運動をして備え、ジャージという最も動きやすい服を着ている。

 海の中で高揚感が膨れ上がる。果たし状をもらって喧嘩するなんて物語の登場人物のようだ。

 海は物語の登場人物になりたかった。最高のワクワクとドキドキを味わえるような冒険をしたい。冒険を通して財産を得るでも悪党をやっつけるでもいい。

 そういった意味で暴走族は悪党だった。社会のルールを無視し他人に迷惑をかける存在は悪党である。それを叩きのめし懲らしめるのは冒険程ではないがワクワクとドキドキを与えてくれる。

 海は入念に準備運動を続ける。体のキレはいい、これはベストの状態で臨める。そして戦いに対しての緊張感も高まっている気がする。

 戦う時はいつも突発的か仕掛ける側だった。だが今回は戦いを待っている。これは初めての体験でそのせいかもしれない。

 指定時間10分前、バイクのエンジン音が聞こえて音がどんどん大きくなる。音からして10台、もっと多いかもしれない。そして大よそ20台程度のバイクに乗った男たちが工場内に入る。明かりを消さず入ったせいで先程とは違い辺りは充分に明るくなった。

 

「お前が芝原海か?」

 

 すると先頭を走っていた男がバイクから降りてこちらに近づいてくる。特攻服を着た無造作ヘアーのたれ目たれ眉の男、年代としては高校生ぐらいだろう。日頃の冒険で培った危機感知センサーのようなものがチリチリとうずく。中々に強そうだ。

 

「ああ、それでアンタが殺島か?」

「そうだ。決闘(やる)前に言っておくが、羅武雷斧のメンバーをボコり、走るなと言ったことに対して心底謝罪(ガチワビ)入れるならオレはボコらねえし、出来るだけ制裁(しめ)ねえように言ってやる」

 

 殺島は煙草に吸いながら後ろに控えている男たちを親指で指す。海はその態度にカチンとくる。何故暴走族という悪党に謝らなければならない。それに勝つ前提で話しているのが気に入らない。

 

「やだ、そもそもはそっちが佳代を轢きかけたのが原因だし、謝る理由もない。あとバイクに2度バイクに乗るなって言ったよね。その殺島って奴ボコったら、次はアンタ達ね」

 

 海が指を差すと羅武雷斧は露骨にビクつく。しかし殺島は心配するなといわんばかりにウインクすると不思議と恐怖が収まっていた。

 

「それでおっぱじめる前にスマホを出せ。通報されて喧嘩の最中に警察(イヌ)がきて水入りは勘弁だ」

 

 殺島はスマホを床に置くと壁際に向かって滑らせるように蹴りだす。羅武雷斧も殺島のスマホの場所にそれぞれのスマホを置いていく。

 

「佳代、アタシとアンタのスマホも置いてきて」

 

 佳代は不安そうな表情を浮かべながら頷きスマホを置く。佳代も冒険につき合ってきた成果か直感が少しだけ備わったようだ。確かに言葉にできない危険な感じがする。

 だが問題ない。この決闘に向けて罠がないかチェックし、普段はしない準備運動もして備えた。一方相手は何もしていない。勝つのはアタシだ

 

「よし、コインが落ちた瞬間決闘開始だ」

 

 殺島は10メートルほど距離を取った後にコインを弾く。羅武雷斧と佳代はコインの動きを眼で追う。それは備えていない者だ。落ちる前に攻撃を仕掛けてくるかもしれない、相手から絶対に目を離さないそれが戦いの基本だ。目線を離さず音で察知する。

 耳に澄んだ音が届く、コインが床に落ちた決闘開始だ。脚に力を入れ間合いを詰めながら視線は殺島に向ける。すると殺島は驚くべき速さで両手を特攻服の懐に入れ何かを取り出す。それは拳銃だった。

 コンマ数秒だけ動揺が走る。高校生が銃を所持し喧嘩で使用するなんて、だが日頃の備えが動揺を押し込める。銃を持った相手と戦うための想定は脳内で何回もやってきた。

 弾丸を当てるのは存外難しく、さらに的が動けばその難易度は何倍にも上がると元傭兵の動画で言っていた。推進エネルギーを前ではなく左に向ける。

 左右に動きながら相手をかく乱し飛びつく。体を動かしながら視線を殺島から拳銃2丁の銃口に向ける。漫画では銃口の向きで弾丸を予測し、引き金をひく指を見て引いた瞬間に動いて避けると描いてあった。

 流石に無理だろうと思いながらも試してみる。すると周りの動きがゆっくりになり、銃口の向きが見える。このままいけば当らない。これだったら避けられる

 この戦いで成長した。これでより危険な冒険に行けるようになる。次なるワクワクとドキドキに胸を膨らませる。

 太腿と肩に強烈な熱さを感じた。その熱は痛みに変わると同時に脚から力が抜け転倒する。受け身を取ろうにも腕が痛み上手く動かせず腹部から着地し勢い余って顔面を強かに打ち付け這いつくばる。

 何が起こった?弾丸が当らないと確信した瞬間に唐突に両肩と両足の太腿付近に肉が焼かれるような熱さと痛みが襲った。混乱と痛みでグチャグチャになりながらも相手を見なければならないと見上げる。そこには冷徹な表情で銃口を構え見下ろす殺島の姿があった。

 

◆殺島飛露鬼

 

「案外脆弱(しょっぺ)ぇ~。狂弾舞踏会(ピストルディスコ)使うまでもなかったぜ」

 

 殺島は油断なく銃口を構えながら言い放つ。芝原は常人離れして身体能力を持っているのは聞き込みついでに分かった。もしかすると忍者に限りなく近い力を持っているかもしれないと想定し、万全を期して極道技巧(ごくどうスキル)狂弾舞踏会(ピストルディスコ)で攻撃した。

 狂弾舞踏会は跳弾で相手を攻撃する技だ。そして跳弾する回数が増えれば増える程避けるのは難しくなる。最初の跳弾は避けられて間合いを詰められても跳弾した弾丸が再度襲い掛かる攻撃だった。だが芝原は最初の跳弾すら反応できず喰らった。期待外れ、いや忍者級の人間が居たらたまったものではないので安心した。

 

小娘(ガキ)、世の中には銃弾を軽々と避けて一撃で首を吹っ飛ばす奴やシロナガスクジラを一撃(ワンパン)でぶちのめす奴もいるんだよ。ちょっとだけ超越(スゲエ)からって傲慢(イキ)ったか?お前は人生の主役じゃねえ」

 

 屈みこみ這いつくばっている芝原の額に銃口を突きつける。芝原は生前の忍者や破壊の八極道最強の砕涛華虎(さいとうはなこ)のような化け物に比べれば取るに足らない。だがこの世界では充分に化け物だ。ここで心をへし折り暴走族に対する絶対的な恐怖を植え付け二度と歯向かわないようにする。そうなれば暴走族は安心して暴走できる。

 

「治療を受けねえと手足は動かねえ。もう投了(つみ)だろ。心底謝罪(ガチワビ)するなら救急車を呼んでやる」

「ふざけるな……誰が暴走族に頭を下げるか……」

 

 芝原は痛みを堪え涙を浮かべながら這い少しずつ近づいていくる。なかなかの闘争本能だ、ヤクザでも屈する痛みだが闘志を失っていない。身体だけではなく精神力も人間離れしている。

 見上げた根性だが、ここで手打ちにするわけにはいかない。この状態で見逃せば怒りを募らせ羅武雷斧を襲うだろう。そうなったら全員が重体、下手したら死ぬ。それだけではなく他の暴走族に牙を向ける。それは阻止しなければならない。

 

強靭(つえ)な。だがそのせいで地獄見るのが無常(やるせ)ねえ。助言(アドバイス)だ、意地貼らず折れるのを推奨(おすすめ)するぜ」

 

 右手の拳銃の銃口を足に定めながら単車の元に向かい、シートを開けて改造した短い鉄パイプを取り出し芝原の元に戻る。

 

拷問(ヤキ)いれるにあたって最も効率的な部位(ばしょ)はどこかだと思う?」

 

 殺島は独り言のように喋りながら芝原の足元に近づき靴をぬがしていく。

 

「正解は足の裏、痛点が固まってるから」

 

 改良鉄パイプを足裏に向かって全力で振り下ろす。その瞬間芝原の口から悲痛な悲鳴が発せられる。できればやりたくないし悪い事だとは分かっている。それでも花奈と暴走族のためには必要な行為だ。そう思うと罪悪感はわかない。

 

「うぉ~殺島クン鬼えげつね~!」

「流石すぎんだろ殺島クン!」

 

 羅武雷斧のメンバーから歓声が上がる。余程ボコボコにされ走れなくなったことに鬱憤を貯めていたのだろう。廃工場には打擲音と芝原の悲鳴と羅武雷斧のメンバーの歓声が響き渡る。

 

♢根村佳代

 

 これは現実か、目の前で繰り広げられる光景を認識しようにも脳が拒絶する。芝原海は理不尽の主張であり力の象徴だった。その象徴が破壊されている。

 誰も海には敵わない。そう分からされたからこそ逆らえず振り回され続けてきた。その理不尽が別の理不尽に潰されようとしている。

 殺島という男は何の躊躇いもなく拳銃を使用した。喧嘩で拳銃を使用するだなんて常軌を逸している。さらに男は海に痛めつけ始めた。

 その口から発せられる悲鳴はあまりに生々しく悲痛な叫びだ、思わず耳を塞ぎたくなり数週間は夢で出てくるほど心に刻み込まれるだろう。だが殺島は何一つ動揺せずに海を痛めつける。人の心がないのか?

 それに羅武雷斧と呼ばれる暴走族も海が痛めつけられているにもかかわらず、格闘技でも見ているかのように歓声をあげる。どう考えても人間がする行為ではない。この場には自分と海しか人間はいない。

 海は世界は広いと言ったが身をもって実感した。佳代にとって海は怪物だった。だがその怪物を遥かに上回る怪物がいたのだ。世界は何て広いのだろう。

 海を助けなければ友達として人間として、だが助ければあの怪物の暴力がこちらに向くかもしれない。そう考えるとピクリとも動かない。

 佳代は耳を塞ぎこの地獄が少しでも早く終わるのを願いながら目を瞑り耳を塞いだ。

 

 暴行が始まってからどれぐらい経っただろうか?ふと目を開けると殺島が海の耳元で何かを囁くと、暫くして海は何かを囁くがあまりにも声が小さかった。

 

「声が小せえ!腹から声出せねえと羅武雷斧の奴らに聞こえねえだろ!」

 

 殺島は海の髪を掴み強引に顔を上げさせ恫喝する。その恫喝はまるで自分がされているようで体が震える。

 

「羅武雷斧のみなさん!ごめんなさい!二度とこんなことはしません!自由に走ってください!」

 

 海は嗚咽混じりで叫ぶ。その声色や姿には昨日までの強靭さがまるで感じられない。そして海の心が折れる音が聞こえたような気がした。

 

「これでオレの勝ちだな。だが清算はすんでねえ。リーダーはお前に腕をへし折られ、米田クンはパンチで鼻をへし折られて、渡辺クンは奥歯が折れた。因果応報って知ってか?」

 

 殺島から発せられる言葉を聞いた瞬間に背筋が凍り、海の表情は絶望に染まる。確かに海は怪我を負わせたがあの苛烈な拷問を受けたから充分だろう。そこまでされる事をしたか?

 

「どうするリーダー?」

 

 殺島は羅武雷斧のリーダーの方を振り向いて問いかけ、この場にいる者の視線が一斉にリーダーに向けられる。

 

「倍返しって言いたいところだが、殺島クンの半端ねえ追い込みを見れたから勘弁してやる。それにお前に構ってる暇なんてねえ、今は走りたくてウズウズしてんだからよ!」

「だよな」

 

 殺島は海をゴミのように放り投げると満足げな表情を浮かべながらリーダーの元に近づく。

 

「よっしゃ!羅武雷斧!祝杯代わりにこれから暴走開始だ!」

 

 リーダーの掛け声にこの日一番の歓声があがる。少女がここまで痛みつけられたのにそれを祝杯代わりと言い放ち暴走する。やはりこいつらは人間じゃない。

 

「殺島クンも一緒に走ろうぜ!」

無論(もち)だ」

 

 殺島は嬉しそうにリーダーと肩を組み置いていたスマホを回収し、けたたましいエンジン音を響かせながら廃工場から去っていく。

 

「……海、海!」

 

 佳代は金縛りが解けたかのように海の元へ駆けつける。涙と鼻水で顔がグチャグチャになりうわ言のようにごめんなさいと呟き続ける。

 もう昨日までの海には戻らない。それでも生きているだけマシだろう。あの化け物達なら気分1つで海も自分も殺されても何の不思議もない。そして手足から流れる血に気付き慌ててスマホを手に取り救急車を呼ぶ。

 

◆生島花奈

 

「羅武雷斧は覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の傘下に入ります!」

 

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の集会会場にてリーダーである花奈にむけて羅武雷斧のメンバーは一斉に頭を下げる。殺島が率いる遠征チームは隣接している県の主要チームとの抗争に勝利した。その中で羅武雷斧のメンバーはヤジに助けられたと恩義を感じ仲間となって遠征に参加した。その活躍ぶりは中々だったそうだ。

 そして抗争で打ち破ったチームが次々と傘下に入ると挨拶しにきた。打ち破ったチームは傘下に入った。それは暴力による屈服ではなく、抗争を通してヤジに惚れた奴らが殆どだ。改めてヤジのカリスマの凄さを実感する。

 

「しかし暴走族女神のカリスマも流石だな」

 

 ヤジはたばこを吹かしながら感心するように呟き思わず胸を張る。ヤジ達も熾烈な抗争を繰り広げたようだがこちらも負けじと苛烈だった。

 走り屋チーム冬名マッハスターズとの峠のバトルは厳しいレースだった。捨て身の戦法でレースに勝利したが運が悪ければ崖下にダイブして死んでいた。

 G県の桔梗猿は人数もそうだが一人一人が強く。ガンマが血路を開いてからのリーダーとのタイマンに持ち込めなければ負けていた。

 そんなチームに勝てたのも嬉しいが、何より嬉しいのが自分達に友情を感じ喜んで傘下に入ってくれたことだ。

 暴走族は舐められるのは大っ嫌いであり抗争もする。だが本質は走るのが大好きなワルガキであり味方同士だ。ならば全ての暴走族とダチになれる。

 

「改めて言うが、傘下に入ったからって手下みたいにこき使うつもりはねえ!地元を好きに走って構わねえ!そして何か有ったらすぐに呼んでくれ!速攻で駆けつけるからよ!」

 

 その言葉に傘下に入ったメンバーを含め全員が大声で返事する。それからは交流会を兼ねた暴走をして楽しむ。

 

「しかし惜しいなその小娘(ガキ)、手足打ち抜かれても心が折れなかったんだろ」

 

 暴走の休憩時間にヤジに話しかける。羅武雷斧ともめたガキの話を聞いたが腕力もそうだが闘争心が良い。チームに入れば戦力と同時に皆にいい影響を与えてくれただろう

 

「確かに逸材(げきレア)だった。けれどアレは暴走族じゃねえ、どうやっても覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)に入らなかった」

「そうか」

 

 暴走族やりはじめてから何となくだが暴走族に入る奴と入らない奴がわかるようになってきた。ヤジのセンスがそうだと察知したならそうなのだろう。

 

「だとしたら潰して正解だな。そんなのが敵になったら厄介だし」

 

 ヤジが言うにはそのガキの心をバキバキに折ったので普通に生活できるようになるのには苦労するらしい。可哀そうだとは全く思わない。暴走族の走りを妨げるのは何よりも罪が重い。寧ろ死ななかっただけでありがたいと思って欲しい。

 

「これからもそんなのが出現(ポップ)してくるかもな。そしたらアタシ達でぶちのめして皆の暴走を守られねえとな」

 

 その言葉にヤジはそうだなと僅かに笑みを浮かべながら呟いた

 



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第28話 RED

◆佐山楓子

 

 扉を開けると鼻がうずく。辺りに積まれている教材や紙束には埃が溜まり、歩く度にカーテン越しから差し込む光によって埃が舞っているのが見える。

 この教室は社会科準備室とネームプレートに表示されているが物置と化しており他の科目の教材も置かれている。その結果教室の半分程度しか空きスペースはない。

 楓子の後に坊主頭の男子が入室する。身長は頭一つ分大きく体つきも同世代の男子よりガッチリしている。

 2人が教室の中央に立ち止まると部屋の外にいた男子が扉を閉めると教室側に視線を向けながら扉の前に仁王立ちしながら周囲を警戒している。中の人間が逃げ出さないようにしながら万が一に教師が来たら報せられるようにする門番のようなものか。

 

「これで邪魔者は入らねえ。佐山、オレは女を殴る趣味はねえ。生意気言ってすみませんでしたって謝ればやめてやるよ」

 

 坊主頭の男子、難波は帝都リベンジャーズのキャラのセリフを真似する。言葉ではこう言っているが作中のキャラはそんな気はサラサラなく、難波も同じだろう。

 

「あ!?負けるのが怖えから言い訳か?」

 

 楓子も自身の金髪をいじりながら挑発的な声色で同じように帝都リベンジャーズのキャラのセリフで応えながら拳を構え、眉毛を殆ど沿ったせ目で睨みつける。難波は全くビビらずうっすらと笑みを浮かべながら拳を構える。

 

 小学生男子における影響力や他人の評価を上げるのに必要な要素がいくつかある。

 運動神経がいい、頭が良い、イケメンである、おもしろい、カードゲームやゲームが上手い、それ以下外にも細かい要素は大まかに分類すればこれらだろうというのが楓子の考えだった。だが最近になってもう1つの要素が加わった。それは腕力、喧嘩の強さである。

 そんな風潮になった切っ掛けは帝都リベンジャーズだった。今最も売れている少年漫画であり、楓子の周りの人間はほぼ読んでいて今や日本国民の大半が読んでいるかもしれない。

 ジャンルは不良漫画でキャラクター達のバトルや生き様は全国の少年達を虜にした。読むたびに己を貫く意志の強さに感銘し憧れを抱き、喧嘩シーンの凄まじさに興奮し血沸き肉躍り強さに憧れを抱く。

 楓子は不良漫画を読むと自分が強くなった気になって喧嘩したくなる衝動が湧き上がる。女子である楓子がそうであれば、男子はもっと影響を受ける。

 帝都リベンジャーズが流行り始めてから男子の会話の話題はスポーツやゲームの話題ではなく、クラスで誰が一番強いか、学年で誰が一番強いかという血の気が多い話題に変わっていく。

 そしてよく見てみるとクラスの男子達の手足に痣がつき、唇が切れた跡のようなものが見られるようになった。恐らく答えを出すべく男子達が喧嘩をしているのだろう。

 そしてトーナメントのように喧嘩に勝った男子が別の勝った男子と喧嘩するを繰り返し、目の前の難波が学年で最強の男子となった。だが学年で最強の男子であって学年最強の人間ではない。

 切っ掛けは些細なものだった。難波が教室でバカみたいに騒いでいたのでうるせえと文句を言ったらお互いヒートアップし取っ組み合いの大騒ぎになり教師が慌てて仲裁に入り、その後はお互い謝り場は収まった。

 だがそれは形だけのもので二人の中の互いに対する怒りや敵意は治まっていなかった。そんなおりに難波の取り巻きのような男子から社会科準備室まで来いと言われて着いてきた。

 相手の狙いは分かる。そこで喧嘩して決着をつけるつもりだ。それは望むところである。

 

 楓子は理不尽や気に入らない事には声を挙げて反発し時には手を出すヤンキー気質だった。そうであれば帝都リベンジャーズにハマるのは順当であり、喧嘩したいという欲求に駆られ難波との喧嘩は絶好の機会だった。

 

 喧嘩が始まり楓子と難波は全力で殴り蹴る。それは余りにも洗練されていない不格好で荒々しい戦いだった。それこそ楓子が望む戦い、喧嘩だった。

 帝都リベンジャーズのキャラクターにはキックボクシングや柔道を習い、その技術を使う者もいて主人公を大いに苦しめた。格闘技をベースにした喧嘩は読んでいて楽しいし嫌いじゃない。

 だがやりたい喧嘩はそうではない。効率的に相手にダメージを与え防御でダメージを抑える。それは格闘技であって喧嘩ではない。

 喧嘩に技は要らない。相手を絶対にぶちのめすという気合いを拳と脚に込め、絶対に相手の攻撃を耐えるという根性で立ち続け最後に勝利する。そんな喧嘩がしたい。

 

「おら!」

 

 難波のミドルキックが左わき腹に直撃し思わず膝が折れ腹を抑える。激痛が体中に駆け巡り今日食べた給食が胃から逆流しそうになる。脳裏に帝都リベンジャーズの主人公の何度でも立ち上がる姿を思い出し耐える。

 

「しゃあ!」

 

 楓子はお返しとばかりに右足で難波の脇腹を蹴る。難波に直撃し思わず膝が落ち蹲りそうになるがこちらを睨みつけながら態勢を立て直す。

 

 喧嘩が始まりお互いに足を止め防御せずに攻撃10割の全弾フルスイング、人の本能として痛みを回避しようと防御する。理性としても相手の攻撃を防御したほうが合理的で勝つ確率が上がる。しかし2人は本能を無視し合理性も投げ捨て防御をせず全力で殴り蹴り続ける。

 喧嘩とは強さを比べると同時にどちらの気合いと根性が上か比べる戦いである。お互いがそう主張するようなノーガードの殴り合い。それは外で見張っていた難波の友人達の目を釘付けにし、監視という役割を忘れさせていた。

 

「おらこいよ!」

「そっちこそこいよ!」

 

 2人は声を張り上げ戦う。しかしノーガードの殴り合いは体に確実にダメージを与え、攻撃の威力もスピードも格段に弱まっていた。

 

 楓子は右腕を大きく引く。狙うは右のストレート、この一撃に全てを込めて相手に大きなダメージを与えて心を折る。すると難波も同じように右腕を大きく引く。目を見た瞬間相手も同じ狙いであるのを察知した。

 回避か防御してから攻撃すれば恐らく勝てる。脳裏にその考えが思い浮かぶが即時に打ち消す。それは喧嘩じゃないし何よりダサい。

 楓子は渾身の右ストレートを相手にぶち込む。それと同時に難波の渾身の右ストレートが顔面にめり込む。

 何てパンチだ、頭がクラっとし痛みのあまりに膝が折れ倒れそうになるが絶対に負けるかと反骨心を燃やして何とか踏みとどまり相手を見上げる。その視界には難波はいなく下から音がしたので視線を向ける。難波が片膝立ちで項垂れていた。

 

「どうした!もう終わりか!」

 

 楓子は己を奮い立たせるように声を出しながら難波を見下ろす。難波も挑発に反発しようと頭を上げ楓子を見上げる。その目には先程までの戦意と反骨心が薄れていた。それを見て難波は負けを認めたのを察した。

 このまま難波を殴りボコボコにすれば、完全な勝利となり周りの人間も明確に難波の敗北を実感するだろう。だが攻撃を加えず出入り口に向かう。

 喧嘩の勝敗は他人ではなく当事者同士で決めるもの、それが楓子の考えだった。難波の目を見た瞬間に己の中で勝敗は決まった。これ以上の追い打ちは趣味ではないし他人の価値観の為に考えを変えるつもりはない。

 

「どけ!」

 

 難波の友人は気圧されるように扉から離れると楓子は教室から出て、難波の友達達は一斉に駆け寄り、心配そうに声をかける。

 

 楓子は血がたっぷり含まれた唾を廊下に吐きながら内心で愚痴を溢す。唇や口の中はズタズタに裂かれ頭がクラクラする。それに腹部も散々パンチやキックを喰らったのでズキズキと痛む。

 流石学年最強の男子だけあって良いパンチと良いキックだった。それに根性もあり今までなら泣き戦意が喪失するような攻撃を喰らっても一向に挫けず殴り返してきた。マジで心が強い相手だった。今日は勝ったが次は分からない。

 そんな相手と心ゆくまで喧嘩して勝った。胸中には痛みを圧倒的に上回る程の充実感と達成感が満たされていた。

 

◆◆◆

 

 教室に入るとクラスメイト達はギョッとした表情で見つめ、今まで其々が思い思いに談笑し和やかだったクラスの雰囲気がピリつく。楓子の顔は昨日の喧嘩のせいで見事に腫れあがり唇もズタズタだった。

 その様相に唯のクラスメイトはあからさまに無視し、比較的に仲のいいクラスメイトすら声をかけるのを躊躇っていた

 

「楓子また喧嘩したの?」

 

 ランドセルを机に置き座ろうとすると幼馴染である遠山藤乃が心配8割呆れ2割ぐらいの表情で声をかけてくる。

 

「あ?それが悪いのかよ」

「今回は勝てたみたいだけど、そのうちに取り返しがつかないことになるよ」

「うっせ」

 

 楓子はシッシと手を振って藤乃が離れるように促す。藤乃は喧嘩する度にいつも心配そうに声をかけ、小言のように注意してくる。正直うざったい。

 すると楓子のせいで不穏になった空気がさらにざわつくのを感じた。何が起こったかと辺りを見渡してすぐに原因が分かる。後ろの扉から難波が入ってきた。その顔は楓子以上にひどい有様だった。

 クラスメイト達は2人の顔を見て喧嘩をしたと予想し、その当事者同士が顔を合わせれば何かが起こるかもしれないという予感を抱いたのだろう。

 そして難波はこちらに向かって歩き始めると目の前に立って見下ろす。

 何負けたのにメンチ切ってんだ。楓子はそれが気に入らないとばかりに立ち上がり睨みつける。その様子にクラス内の緊張感が一気に高まる。

 

「佐山のせいでろくに飯が食えなかった」

「へっ、ざまあ。アタシはお前と違ってしっかり食ったけどな。血の味でクソ不味かったけどな」

 

 楓子は自分の攻撃の成果を聞いて満足げな笑みを浮かべながら自慢する。

 お前は口を切りまくって痛みで食べられなかったが、こっちは食べた。それだけでもこちらの勝ちだ。

 難波もクソ不味かったという言葉にざまあみろと言った具合にフッと笑う。その笑い方は普段ならムカつき喧嘩を売っているところだ。

 

「ところで帝都リベンジャーズ好きか?」

「めっちゃ好き」

「来る時ステップを拾ったけど読むか?」

「おう、読ませろ」

「バカ、オレが最初に読むんだよ」

 

 手のひらを見せて雑誌を渡せと促すが難波は軽く手を払いのける。難波の行動にクラスメイト達から緊張感の高まりを感じる。クラスメイト達の感覚通り普段であればそれは喧嘩を売ったと同じ意味で有る。だが今はそんな気はない。

 タイマンはったらダチというのは不良漫画においてよくある展開だ。それに憧れるが現実は理想通りにいかない。こちらにわだかまりは無くても相手はそうではなく、何かしらの敵意や恨みを抱き距離をおく。

 そして今回も難波に対して恨みはなく。むしろ喧嘩で見せたガッツと根性は素晴らしく一目置き好意すら抱いている。一方難波も一連の言動と態度で恨みはなく自分に勝った相手として好意を抱いている。だからこそ話しかけ漫画を見せてくれようとした。

 男子が女子に負けるというのは相当に恥ずかしくはずだ。それでも逆恨みせず負けを認めている。気持ち良い男だ。

 

「なら一緒に見るぞ。それなら文句ねえよな」

「仕方ねえな」

 

 難波は不服そうにしながらもランドセルから週刊少年誌を取り出し楓子の目の前に置きページを開き、肩を寄せ合ってページを開いていく。

 楓子の夢は今日この日に叶った。



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第29話 ソウル・ファイト

◆殺島飛露鬼

 

 午後の昼下がり、天気は雲が一切ない快晴で絶好の出かけ日よりだと駅前広場は多くの人が行きかい賑わっていた。

 殺島は路肩にバイクを止めたシートに座り煙草を吹かしながら辺りを見渡す。明らかに地元の駅前より人が多い。それにファッションもどこかあか抜けている。やはり都市部に近いだけある。今日は全国統一に向けての遠征として都市部に近いS県に足を運んでいた。

 周りの人々を見ている最中通行人と一瞬目が合うと即座に視線を外し足早に歩いていく。他の通行人も遠巻きに殺島を一瞥したあとに足早に移動する。

 今の殺島は特攻服を身に纏っていた。こんな場所で特攻服は明らかに異質であり物珍しさと関わりたくないという感情が一連の行動に現れている。だがそうではないと判断した。

 皆が目線に物珍しさはない、全てが恐れだ、ここ一端を縄張りにしている暴走族、この後に抗争する仏陀地獄(ブッダヘル)は住民に認知されかつ相当に恐れられている。

 前もって調べていたので相手チームの評判は知っているつもりだったが、現地に向かわなければ分からない情報もある。

 今日の夜に仏陀地獄の集会場に乗り込む。いつも通り傘下に下るように伝え、従わなければ抗争開始だ。相手は武闘派で名が知れているので従うことはあり得ないだろう。

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)の面々は夜に来る予定である。そして殺島は夜ではなく午前中に現地に到着していた。夜には抗争が始まり決着がつけば問題ないが、相手が敗走、もしくはこちらが敗走するパターンもある。その為に追撃や逃げる為にはある程度付近の地理に詳しくなければならない。

 事前にマップアプリで下調べていたが実際に見て知れる情報もある。夜までに一帯を見て回る下調べが正しいか確認するのが前乗りした目的だった。

 とりあえず仏陀地獄の集会場付近に行ってから、相手を追撃するパターンと此方が逃げるパターンの走行ルートで走ってみるか。エンジンを吹かしながらスマホのマップアプリを開く。するとエンジン音に負けない声量で呼びかけられる。

 

「テメエ!誰の許可とってそれ着てんだ!」

 

 金髪やそり込みを入れた明らかにガラが悪そうなガキ共がガンを飛ばしながら近づいてくる。その数は5人、どう見ても一般人ではない。ここらへんのヤンキーか仏陀地獄のメンバーか関係者だろう。

 

「ん?特攻服(トップク)着るのに許可いんのか?」

「そうだよ!ここらで着ていいのは仏陀地獄だけだボケ!帝リベごっこなら他所でやれや!」

 

 剃り込みが有無を言わさず殴りにかかる。そのパンチを躱すと同時に相手の手首を握り締める。

 

「随分とご挨拶だな。仮想(コスプレ)じゃねえぜ」

「テメエ!どこのチームの者だ!?」

覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)だ」

覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)?あっ!そのツラ、お前の副リーダーの殺島だろ」

 

 金髪がスマホを取り出し操作しながら周りに画面を見せる、他の者が画面とこちらを見比べる。地元では顔が知られているが初めて来た土地の不良に知られているとは思わなかった。

 だが少し考えれば当然であるのに気づく。こちらも遠征チームの情報やリーダーの顔をSNSで調べたりする。であれば自分の顔もSNSに載っていても不思議ではない。

 

「おう。それでテメエらは仏陀地獄のメンバーか?」

「そうだよ!テメエは何の用で来た!?」

友達(ダチ)に会いに来たんだよ」

「んなわけねえだろ!特攻服(トップク)を着て友達に会いに行く奴が居るかボケ!」

「いやいや友達(ダチ)が特攻服好きで絶対(ぜってえ)着てこいってうるさくてよ」

「分かったぜ!仏陀地獄に戦争仕掛けにきたんだろう!」

 

 その言葉に不良共は納得して一斉に襲い掛かる。偵察だけなら特攻服ではなく私服でも着ていたのだが、どうせ夜には抗争するし着替えるのがめんどくさいと特攻服を着たのが裏目に出た。特攻服を着ているとどうしても不良や暴走族に絡まれる。

 

 私服を着ていたら面倒くさいと逃げるが特攻服を着ている今はその選択肢はない。特攻服はチームの看板だ、看板を背負って逃げれば噂になり覇威燕無礼棲は腰抜けと噂されてしまう。

 金髪が右腕を振りかぶる間に間合いを詰め顔面に拳をぶち込み、横にいた剃りこみの腹にサイドキックを叩き込む。一息で2人を倒しながら値踏みする。こいつ等が仏陀地獄でどれぐらいの強さか分からないが、最底辺だとしても覇威燕無礼棲の下より弱い。

 

「襲撃だ!駅前の広場に来い!」

 

 不良の1人がスマホを持ちながら叫ぶ。近くに仲間がいるのか、来られると面倒なので速攻で倒して逃げる。頭で算段を立てるが瞬く間に崩れる。

 後ろの牛丼屋から5人、右の量販店から10人がこちらに向かって走ってくる。地元の駅前と云えど来るのが早すぎる。駅前に集合予定で時間でも潰していたのか?

 相手のスピードを考えると、この場にいる3人をぶちのめしてバイクで逃げるより速く他の奴らがくる。こうなったら全員ぶちのめす。

 そこからは来た不良を迎え撃つ。幸い最初に倒した奴らと似たり寄ったりの強さだったので倒すのは時間の問題だった。すると不良の数人が殺島ではなくバイクに向かっていく。それを見て殺島は目の色を変える。こいつらは勝てないと判断して嫌がらせに切り替えた。

 バイクは暴走族のアイデンティティである存在、自分で整備し改造し多くの時間をともにする。その存在は家族で有り相棒になっていく。

 殺島も覇威燕無礼棲を結成してからバイクを購入し乗り回し自分好みに改造していく。その過程で聖華天時代の愛車と同等の愛着を持ち始めていた。殺島にとって最も嫌な行為は仲間が傷つけられる。その次はバイクに何かされることだった。

 同じ暴走族だからこそ分かる効果的な嫌がらせだ。何とか阻止しようと周りの者をぶちのめし阻止しようとするが他の者達は示し合せたように足止めにかかる。これでは間に合わない。脳裏に愛車が傷つき破壊される映像が浮かび上がる。

 

「ぐわ!」

 

 何者かがバイクに向かった暴走族2人に駆けつけると同時に顔面にドロップキックをかまし、暴走族2人は派手に吹き飛ぶ。殺島は思わず謎の男に視線を向ける。

 黒髪のオールバックに犬のロゴがついたヤンキー風のスウェットを着ている。その男はすぐに起き上がり服に着いた汚れを落とすと、こちらに向かい暴走族を一撃で倒す。その威力に思わずひゅ~と口笛を吹く。どうやら加勢してくれるようだ。

 それからは黒髪のオールバックと一緒に残りの暴走族を叩きのめした。

 

「助太刀有難(あざ)っす。タバコ吸うか?」

「ワリい、タバコ吸わねえんだ」

 

 感謝の意味を込めてタバコを差し出すが黒髪はすまなさそうに笑みを浮かべながら拒否する。

 

「オレは殺島飛露鬼、アンタは?ここら辺の人間か?」

「難波和樹(かずき)ここらへんにある市竹高校の高2だ」

 

 殺島は市竹という単語から情報を引き出す。確かこの地域で仏陀地獄と争っている高校だ。

 

「なんで助けてくれた?」

「喧嘩はタイマンが基本だろ。それなのにフクロにやってるのがムカついたから、まあ助太刀する必要もなかったみてえだけどな」

「ああ」

「それにあいつ等殺島じゃなくてバイクに向かって行った。それでピンときた。あいつらバイクを壊そうとしてるって。俺にもバイク乗ってる友達がいてよ。すっげえバイクを大切にしてさ。アンタのバイクも友達と同じぐらい大切にしているように見えて、もし友達が同じことされたらガチで悲しむと思って」

 

 難波は屈託のない笑顔を見せながら語る。その理由は意外なものだった。仏陀地獄だから助太刀したと思っていたが多勢に無勢だからという理由なのは意外だった。

 さらにバイクを傷つけようとしたからというのはもっと意外だった。そしてバイクを大切にしているのを分かってくれたのは少し嬉しい。

 

 多勢に無勢だから、大切な物を傷つけられそうだから喧嘩する。まるでヤンキー漫画の主人公のようだ、その言葉に偽りはない。例えヤクザが相手でも助太刀し、少数側が仏陀地獄だったとしても助けるだろう。実に気持ちが良い男だ。

 

「ところでよ。1つ頼みがあるんだが、いいか?」

「何だ?」

「俺とタイマン張ってくれねえか?」

「理由は?」

「理由なんているか?強そうな奴がいれば喧嘩して勝ちたいだろ。まあ嫌ならいい、無理やり喧嘩する趣味はねえ」

快諾(いい)ぜ」

 

 殺島は二つ返事で了承する。強い奴と喧嘩して勝ちたい、実に不良らしい思考だ。喧嘩で一番になりたいという気持ちは無いが理解はできる。単車を守ってくれた礼として喧嘩につき合うのも悪くはない。

 

「そうこなくっちゃ」

「じゃあ今ここでやるのか?」

「いや、これだけ暴れれば警察が来るだろうし邪魔されたくねえ。喧嘩するのにうってつけの場所がある。歩きだと少し遠いからニケツして連れてってくれ」

「喧嘩する相手とニケツかよ」

 

 殺島はシートに乗り後ろを親指で後ろを差す。これから喧嘩する相手に後ろを見せる。不意打ちされるかもしれない、走っている最中に何かをされるかもしれない、そう考えれば応じないし、相手もそう考えて提案しない。しかし難波は一切考慮せず提案してきた。本当に面白い男だ。

 

「その前に、おい俊樹!先帰ってろ!」

 

 難波は後ろを振り向き声をかける。その視線の先には坊主頭の小学校高学年ぐらいの男がいた。

 

「やだ!俺も着いていく」

「何言ってんだ。さっさと帰れ」

「兄貴の喧嘩見てえよ」

「見世物じゃねえし遊びじゃねえ!帰れ!」

 

 難波は弟に声を荒げる。その声色と迫力は小学生はもちろん普通の高校生でもビビり立ち去るものだ、だが弟は怯まずこちらに近づきながら喋る。

 

「オレはタメの女に負けた。もう負けねえように一番強い兄貴の喧嘩を見て学びてえんだ!」

 

 難波の弟は切実に訴える。その言葉には並々ならぬ決意が感じられる。中々に気合が入っている小僧だ。きっと花奈が好きなタイプだ。すると難波がこちらに視線を向け無言で問いかける。

 

「こっちは無問題(かまわねえ)ぜ」

「ワリいな。それに1人で帰られねえ場合もあるしな」

 

 難波は意味ありげに呟く。喧嘩には勝つがダメージが酷かったか時は弟にタクシーでも呼ばせて帰るという意味だ、自分が絶対に勝つという自信と喧嘩の高揚感に浮かれず、自分と相手の実力を見極め接戦になると判断する冷静さが窺える。

 

「じゃあ、行くか。案内(ナビ)よろしく」

「おう、でも3ケツは違反だろ。やっぱり降りろ」

「今更そんなこと言うなよ兄貴」

「気にするな。警察(イヌ)に見つかっても俺だけが捕まるだけだ」

「だったら警察が来なそうな裏通りを案内するよ」

 

 こうして難波兄弟を乗せてバイクを走らせる。気分は喧嘩というより仲間達とタンデムしているような気分だ。

 

◆佐山楓子

 

 楓子は吹きつける風に心地よさを感じながら河川敷を自転車で移動する。バイクならもっと吹きつける風が強く心地良いのだろうなと想像しながら自宅に向かってペダルを漕ぐ。

 バイクは是が非でも欲しいのだが貯金を含めても買えない。そもそもバイクを買える金を持っていれば、こうして漫画を買うために自転車を使って古本屋巡りなんぞしない。

 であれば誰かのお古でも貰えればいいのだが、そんな譲り受けるコネもない。可能性があれば難波のコネだろう。難波の兄貴は界隈でも有数の不良校である市竹の顔役らしい、でも貰えるとしたら難波の次だろう。

 

「ん?あれは?」

 

 楓子は前方の土手に目を凝らすとそこには難波がいた。声をかけようとしたが他の2名を見て思いとどまる。1人はヤンキー風ファッションの男、難波が話しかけている様子から見て難波の兄貴か、そしてもう1人は特攻服を着た男で難波の兄貴と同年代だろう。

 背中には「覇威燕無礼棲」と書かれている。漢字が読めないが一帯を縄張りにしている仏陀地獄ではない。

 すると難波が難波兄貴から離れて、難波兄貴と特攻服がお互いに構えを取る。これはもしかするとタイマンの喧嘩か?河川敷で喧嘩なんてヤンキー漫画みたいだ、それに難波から兄貴はメチャクチャ強いと聞いている。一度生で見てみたいと思っていたところだ。

 楓子は全速力で立ち漕ぎし適当な場所に自転車を止めて土手に腰を下ろし観戦する。さあ心が熱くなるような喧嘩を見せてくれ。

 

 2人はそれぞれ上を脱ぎ捨てると無造作に近づき間合いに入った瞬間に右のハイキックをかます。ド派手なファーストコンタクトに楓子は思わず「おぉ」と感嘆の声をあげる。一方兄貴と特攻服は左手で互いの蹴りを防御し、左手を見ながらニヤリと笑う。

 漫画で言うなら心の声で「やるな」という吹き出しが出ているだろう。そのやり取りに楓子のテンションはさらに上がる。

 挨拶は終わったとばかりに2人は踏み込み互いに向けて攻撃する。パンチやキックの速さや重さは遠目から見ても充分に伝わってくる。難波の兄貴は難波が自慢するだけはあり市竹の顔役なだけはある。そして特攻服もかなりの強さだ。

 喧嘩が開始してから10分ぐらいが経過する。最初は形勢は互角だったが徐々に特攻服に傾いてくる。特攻服の攻撃が当たり兄貴の攻撃が当らなくなっている。

 これは兄貴の負けか、難波も敗北の気配を察したのか必死に声援を送り、兄貴がその声援に応えるように吠える。それに特攻服は構わないとばかりに顔面に叩き込む。あれは会心の一撃だ、脳裏に兄貴が大の字になる姿が浮かび上がるが予想に反し倒れるどころかパンチを食らいながら殴り返していた。

 特攻服は驚いた様子を見せながら再び殴り、兄貴は殴られながら殴り返す。蹴られれば喰らいながら蹴り返す。攻撃が当らなければ相手の攻撃が喰らいながら殴ればいい、攻撃が当った瞬間は防御が疎かになりやすいから確かに当たる。分類すればカウンターなのだろうがあまりにも不格好すぎる、まさに肉を切らして骨を断つだ。楓子は無意識に両手を握り締める。

 

「こいや殺島!」

 

 兄貴が己を鼓舞するように吠え特攻服は一瞬たじろぐ。攻撃したら同等の攻撃を貰ってしまう。それはちょっとした恐怖だ、それにあれだけ攻撃を当てたのに倒れるどころか相打ちのようなカウンターをしてくるとは何て根性だ、もはやゾンビだ。

 その躊躇を見て今度は兄貴から仕掛けパンチが顔面に突き刺さる。だが特攻服は兄貴と同じように殴られながら殴る。

 兄貴と同じ戦法をとりやがった。喧嘩上手でスマートな印象を特攻服に持っていたがこんな不格好な戦いをするとは思わなかった。楓子は思わず立ち上がり声を挙げた。

 その後はお互い防御せずに攻撃を受け、攻撃を返す。攻撃10割で全弾フルスイング、それはスケールが違うにせよ難波とやった理想の喧嘩だった。

 そんなノーガードの打ち合いが十数発続けられ決着が訪れる。特攻服の右フックに兄貴は崩れ落ちて5秒10秒経っても立ち上がらない。難波は兄貴に駆け寄りひたすら声をかける。一方特攻服は勝利を確信したのか脱ぎ捨てた上着を拾おうと歩き始める。

 

「待てや!今度はオレが相手だ!」

 

 その声に特攻服は足を止め楓子も思わず駆け寄る。無理だ、難波が勝てるわけが無い。特攻服は一瞬驚いた顔を見せるが兄貴と喧嘩していた時と同じような真剣な表情を浮かべ構える。

 それを見て難波は叫びながら走り前方に跳躍しながら全体重を乗せて特攻服を殴る。その拳は特攻服の頬に突き刺さり難波は勢いそのままに地面に倒れこんだ。難波は倒れたまま後ろ振り向く、そこにはピンピンしている特攻服が見下ろしていた。

 難波の顔は恐怖で歪む。これからどうなるか理解してしまったのだろう。それでも恐怖を押し殺し立ち上がり構えを取る。

 それを見て特攻服は満足げな表情を浮かべると同時に殴る。難波の体は宙に舞い人間はこんな風に吹き飛ぶのかと、どうでもいい事を浮かべながら難波の元に駆け寄る。

 

「おい、難波!しっかりしろ!」

 

 難波の頬をペシペシと叩くが反応がない、完全にのされている。まさにワンパンKOだ。

 

「嬢ちゃんは何者だ?」

 

 特攻服は不思議そうに尋ねる。相手からしたら全く予想外の人物が乱入してきたのだから当然の反応だ。そして楓子は特攻服に視線を向けて拳を構える。

 

「まさか喧嘩するってのか?やめておいた方がいい、女児(メスガキ)を殴る趣味はねえ」

「ダチがぶちのめされてイモ引く奴がいるかよ!」

「そうか」

 

 殺島は難波に向けたような真剣な表情を浮かべ構える。それは今まで喧嘩した誰よりも威圧感があり怖く、難波が吹き飛ばされる映像が再生される。難波はこいつ相手に立ち向かったのか、スゲエ根性だと内心で褒める。

 

「アタシは市川第5小学校5年、佐山楓子だ。アンタは?」

「覇威燕無礼棲副リーダー、殺島飛露鬼。こいよ楓子」

 

 殺島の手招きに応じるように楓子は全力で走りだし勢いそのままに飛び膝蹴りを顎に叩き込む。膝が直撃するが殺島は微動だにしなかった。そして地面につくと同時に殺島の拳が迫り意識が途絶えた。

 

◆殺島飛露鬼

 

「おい暴走族王(ゾクキング)どうした?」

 

 難波との喧嘩を終え、仏陀地獄の集会場に向かうために覇威燕無礼棲のメンバーと合流した矢先に花奈に尋ねられた。

 

「喧嘩だよ」

「もちろん勝ったよな?」

勿論(もち)

「当然だろ、覇威燕無礼棲の看板背負って負けるのは許されねえ、それにしても結構やられたな、強かったかのか?」

「今まででベスト10には入るな。それに良い喧嘩だった。あんな気持ち良い喧嘩は久しぶりだ」

 

 顎に手でさすりながら笑みを浮かべて答える。強敵だった。パンチを食らうたびに意識が飛びそうになり、攻撃を受ける度に殴り返す根性には驚いた。今でも頭がクラクラする。

 本来の喧嘩スタイルならここまでダメージを受けずにすむのだが、難波の熱に当てられノーガードの殴り合いに興じてしまった。無駄にダメージを負ってしまったが実に気持ち良い喧嘩だった。こんな喧嘩は久しぶりだ。

 そして難波の弟と佐山楓子、本来なら女子供を殴る趣味は無いが、兄や友達のために恐怖を押し殺し挑む姿は立派な不良だった。

 そんな相手をなあなあに対応するのは失礼であり、1人の不良として喧嘩を買い倒した。流石に全力で殴らなかったが小学生を相手にするにはやり過ぎなぐらいな力で殴った。あれは将来立派な不良になるだろう。

 

「よし全員揃ったな。いつも通りにするつもりだが、抗争になるのは確実だ。気合い入れろ!」

「押忍!」

 

 花奈の言葉にメンバー達のテンションは一気に上がる。相手である仏陀地獄はS県を傘下に収めているメンバーの数も質も今まで相手したなかで屈指と言われ、底辺の質は上でも油断できない。それでも花奈の言葉や仕草の1つ1つが恐怖心を拭い去らせ、絶対無敵の感覚を植え付ける。

 覇威燕無礼棲は地元で暴走するかのように国道を走り仏陀地獄の根城に向かう。そこは廃園になった遊園地で数年経っても一向に新しい建物が建設されないのをいいことに、勝手に居座っているそうだ。

 数十分ほど走り辺りの木々が目に付くようになってから暫くして目的地にたどり着き園内に入場する。辺りにはメリーゴーランドなどのかつての遊具があり、碌に整備されてないせいで馬の塗装が剥がれるなど完全に劣化し、当然ライトアップなどされておらず、不気味な雰囲気を醸し出している。

 それから暫く進み園内の真ん中にある広場で仏陀地獄の総長を含め幹部たちが待ち構えていた。

 

「おう、N県のド田舎からはるばるご苦労」

「前置きはいい。こっちが提示する条件は1つ。仏陀地獄は覇威燕無礼棲の傘下に入れ、傘下に入れって言っても地元では今まで通り走って良い。その代わり招集をかければ何が何でも来い。これだけだ。YESかNOどっちだ?」

「YESと言うと思ったか?」

 

 その言葉に園内に潜んでいた仏陀地獄のメンバーが雄叫びをあげながら襲い掛かる。ぱっと見でも500や600じゃきかない、4000、いや5000は居るかもしれない。

 予想以上にメンバーを集めているようだ、交渉の場を作ると見せかけてホームグランドで覇威燕無礼棲を潰しに来た。こちらの人数はおよそ1000人、だが誰一人負けるイメージは持っていない。

 

「だろうと思ったぜ。やるぞ!」

 

 その言葉にメンバーのテンションは一気に最高潮になる。こうして覇威燕無礼棲と仏陀地獄の抗争が始まった。

 抗争は人数差がありながらも覇威燕無礼棲が優勢だった。花奈とガンマとデルタの四天王3人が極道技巧を駆使し、末端メンバーや幹部クラスを次々となぎ倒していく。

 そして相手はヤクザか半グレか入手した拳銃などを武装していたが、殺島の極道技巧狂弾舞踏会(ピストルディスコ)で次々と無力化し倒していく。拳銃を持っていたとしても所詮は素人、拳銃を極めた殺島の相手にすらならない。

 抗争開始から1時間を過ぎて花奈が相手の総長を半殺しにして戦いは覇威燕無礼棲の勝利で終わる。

 

◆◆◆

 

「今頃楽しんでるんだろうな」

 

 殺島は遠くから聞こえるエンジン音に耳を澄ましながら側道を走る。抗争に勝利した後はその場所で勝利祝いとして暴走するのが覇威燕無礼棲の習わしになっている。だが殺島はそれに参加せずに1人家路に向かっていた。

 昼頃に難波と喧嘩したダメージが予想以上に尾を引いていた。これでは祝勝の暴走で事故るかもしれない。そうなれば興ざめである。それを説明すると花奈は「仕方がねえ奴」だと欠席を認めてくれた。

 これでS県は手中に収めた。あとは態勢を整えてこの国最大都市であるT都に乗り込み日本でも屈指のチーム達にに挑む。正直不安はない。自分を含めて極道技巧を使える者が4人もいる。それに元々のメンバーも平均より大分強いので何とかなるだろう。

 この後の展望を考えてながら側道に入る。仏陀地獄の本拠地に向かう時は大集団なので国道を通ったが1人であれば通れるので大幅なショートカットしながら、N県に向かう国道に入れる。

 辺りは住宅街で国道付近に比べると驚くほど静かだ。暫く進むと車道に人が仁王立ちしていた。まるで逃げる様子がない、避けるのが癪なのでそのまま進む。このまま進めば間違いなく轢かれるので道を譲るだろう。

 近づくごとに仁王立ちしている人物の詳細が分かってくる。黒のロングヘア―に黒の服を着ており、詳しくは分からないがゴシックロリータ的な服装だ。背中には蝙蝠のような羽をつけ、頭には白いヤギの面をつけている。

 まるで何かの仮装パーティーに出席した帰りのような格好だった。何より驚いたのがその容姿だ。見事に整っておりモデル顔負け─前の人生を含めてもベスト5に入る─美女だ。

 その美女との距離が10メートルに迫ると突如バイクが止まった。ブレーキは踏んでいない。では何故だ?

 その原因は単純だった。美女がバイクを正面から受け止め動きを強引に止めていた。動きがまるで見えなかった。腕力もそうだが動きの速さが人間離れしており脳裏にかつての怨敵である忍者の姿が浮かび上がる。

 

「おい、面かせや」



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第30話 デビリッシュ・ウーマン

 

♢メピス・フェレス

 

 佐山楓子改め魔法少女メピス・フェレスは非常に不機嫌である。

 昼過ぎまでは最高の気分だった。血沸き肉躍るような喧嘩を生で見られた。相手の想いを受け止めるようにノーガードの打ち合いで難波の兄貴に勝った特攻服改め殺島、その喧嘩ぶりは理想そのものだった。

 そんな相手と喧嘩も出来た。結果はワンパンで沈んだが殺島は決してガキと舐めずに全力で喧嘩してくれた。でなければ気絶するようなパンチを打たない。

 意識を取り戻したさいに殺島に問い詰め己の見解を伝えると大体そうだと答える。舐められるという行為が嫌いなメピスにとって最高の対応だった。

 殺島は暫くの間難波兄達と雑談をして用事があると去っていく。異性としては分からないが不良として殺島に一目ぼれする。殺島のような不良になりたいという想いが芽生えていた。

 そして雑談の際に覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)という他県の暴走族であり、今夜地元の暴走族チーム仏陀地獄と交渉、交渉が決裂すれば抗争をすると言っていた。そうなれば今夜また殺島の喧嘩が見られるかもしれない。

 ならばと難波に仏陀地獄の本拠地に行って殺島の喧嘩を見ようと誘った。だが殺島に貰ったダメージが重く、難波の兄貴からマジで危ない奴らで何をされるか分からないから止めろと難波に一緒に止められた。

 もし魔法少女ではない佐山楓子なら難波の兄貴の忠告に従っただろう。パンチのダメージは今日中には抜けないだろうし、暴走族相手に勝てる自信はない。

 だが魔法少女メピス・フェレスなら別である。難波兄弟と別れると即座に変身する。変身すれば人間のダメージは全くなく、仏陀地獄全員と戦っても数秒でミンチにできる力を持っているので問題ない。

 早速向かおうにも仏陀地獄の本拠地を知らないが見つけられる。やり方は単純で魔法少女の人間を遥かに超えた5感を駆使し、多数の暴走族が向かっている地点を探して向かえばいい。

 街の中で一番高いオフィスビルの屋上に移動し辺りを探索する。すると特攻服を着たいくつかのグループがある方向に移動している。早速同じ方向に移動すると次々と暴走族が集まり廃園した遊園地に入っていく。

 ここが仏陀地獄の本拠地か、ならば後は殺島が所属する覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)が来るのを待つだけだ。周囲にある木々を見渡し一番高そうな気のてっぺんによじ登り視界を確認する。この高さと魔法少女の視力なら園内の様子を見渡せる。

 さあ殺島はどんな喧嘩を見せて楽しませてくれる。ヤンキー漫画のようなシーンを見られると胸を躍らせていた。だが結果は見事に裏切られる。

 

 殺島はヤンキー漫画の主人公のように次々と倒した。だがそれは己の拳と脚ではなく拳銃によるものだった。そうじゃねえだろと叫びたくなるのを必死に抑えながら殺島を睨みつける。

 確かに相手も拳銃を持っていたがそれでも使って欲しくはなかった。

 拳銃を使う味方キャラは居ない。大概は主人公と敵がタイマンしているところに別の卑怯な敵が主人公を撃つなどして水を差すなど、外道の卑怯者が使う悪のアイテムだ。あんな清々しい喧嘩をする殺島には決して使って欲しくない。

 メピスの胸中に落胆に染まる。マジでガッカリだ、こんな奴に惚れてしまった自分の目を心底呪う。

 だが気が付けば殺島を探し、1人になったところで接触していた。基本的に魔法少女の存在は隠さなければならず一般人と接触するなんてもっての他である。だがメピスは敢えてそのルールを破った。

 難波の兄貴と繰り広げた喧嘩は素晴らしかった。あんな喧嘩ができるならば、もしかしたら己の言葉で心を入れ替えるかもしれない。是非ともメピスが惚れた殺島であり続けて欲しいと願っていた。

 ならば早速魔法を使おうとするが思いとどまる。メピスの魔法は「甘い言葉で堕落させちゃうよ」である。精神に作用する魔法で拳銃を使わないようにと堕落させれば瞬く間に心変わりする。しかしそれではダメだ。魔法でそうなっても意味がない。殺島が認めた一人のヤンキーとして心変わりさせる。

 

「おい…」

 

 何で仏陀地獄との喧嘩で拳銃なんて使った?と問いかける前に殺島は懐から銃を抜き発砲した。その動きは人間にして速かったが魔法少女からしてはあまりにもすっとろかった。 

 通常であれば発砲する前に取り押さえられたが、銃口が地面に向いていてこちらを狙っていないのは分かったので見逃す。威嚇射撃か何かだろう。銃弾は予想通りにアスファルトに当り破片が宙に舞っていた。

 殺島は続けざまに拳銃を撃つ。それらも銃口はこちらに向いておらず、左右の壁やアスファルトや近くの街灯に打ち込まれる。仏陀地獄のメンバー相手には正確に射撃していたがマグレだったのか、だが弾丸は舞っていたアスファルトの破片に当ると跳弾でこちらに向かってくる。それだけではない、左右の壁や街灯に打ち込まれた弾丸も跳弾でこちらに向かってくる。

 銃口と引き金の動きを見て避けるというのは漫画などであるパターンだ、それならば人間でも避けられると思わせる説得力がある。だが跳弾で襲い掛かる弾丸を避けるのは人間では絶対に不可能だ。

 だが魔法少女なら難しくはない、身を屈め左右にステップを踏みながら弾丸を躱しながら間合いを詰め殺島が持っている拳銃を掴む。

 

「また拳銃に頼りやがって……」

 

 救えないクズだなと言おうとしたが思いとどまる。殺島の顔面は青くなり汗が噴き出ている。そして目は諦めの色に染まっていた。

 これは死を覚悟した者の目だ、そして体の様子を見て1つの仮説を立てる。殺島は魔法少女と人間にはどうしようもない程の戦力差が有るのを察知していた。

 そして拳銃を使ったことに不機嫌になりその感情を抑えないまま姿を現した。それを殺気と勘違いし足掻いても殺されると理解しながらも抵抗した。それが一連の行動なのかもしれない。

 

「まて勘違いするな。別に殺そうと思っていない」

 

 ホールドアップをしながら敵意が無いと精一杯の笑顔を見せる。

 

真実(マジ)か?」

「マジだよ。だから拳銃を放せ」

 

 その言葉を信じたのか殺島は大きくため息をつき力なく座り込む。相当にストレスが掛かっていたのだろう。少しだけ悪い事をした。

 

「こんなところで拳銃ぶっ放したら人が来る。色々と話したいから場所を変えるぞ」

 

 殺島の了承を得ずに右手で首根っこを掴み、近くの街灯を駆け上がり、そこから周りの電柱を飛び石にして民家の屋根つたいで移動し、30秒ほど移動して誰も来ない寂れた神社の境内で殺島の首から手を放し地べたに座り込み、殺島もそれに倣うように胡坐で座る

 

「ここなら誰もこないだろ、何で仏陀地獄との喧嘩で拳銃なんて使った?」

出歯亀((ぬすみみ)してたのか?」

「バッチリな。喧嘩で拳銃を使うなんてカスがやる事だ。お前も暴走族に入っている不良なら拳で喧嘩しろよ」

 

 メピスは苛立ちを抑えながら出来るだけ柔らかい声色で問いかける。気を抜けば拳銃を使うという卑劣な真似を思い出しキレそうだ。

 

「相手も拳銃を持っていたからな。メンバーが撃たれる前に撃たなねえと、なりふり構ってらんねえ」

「まあ確かにな。でもそれ以外の奴らにも撃ってただろ。角材や鉄パイプぐらいなら素手で何とかしろよ。別に昼間の喧嘩みたいに受けてから反撃しろとは言わねえから」

「昼間の喧嘩も見てたのかよ。もしかして信者(ファン)か?何ならサインとか記念写真(チェキ)撮ってやろうか?」

「はっ、いらねえよ」

 

 殺島の軽口を鼻で笑う。不良ならば圧倒的に強いと分かった相手でもこれぐらい舐めた口をきくべきだ。ビクビク顔色を窺いながら喋るなんてダサい真似はしてもらいたくない。

 

「とにかくだ。あたしが言いたいのは喧嘩に拳銃を使うなって事、喧嘩で拳銃を使うなんてゲスがやる事だ。ムカついてしょうがない」

「もしオレがまた拳銃(チャカ)を使って喧嘩したらどうする?」

「シメる」

 

 メピスは地面に向かって軽く拳を振るう。衝撃音と共に土埃が舞い地面には拳の跡がくっきりと作られていた。

 本当なら言葉で説得したいが言う事をきかないなら暴力で従わせる。ある意味不良的だ。殺島はそれを見て観念したと云わんばかりに手を上げる。

 

了解(りょ)だ。喧嘩には拳銃(チャカ)は使わない。だが相手が拳銃(チャカ)を使ってきた場合、あとは警察(イヌ)が相手の場合は使わせてもらうぜ」

「イヌ?イヌころを撃つのかよ。最低すぎるだろ」

「分かんねえか?イヌは警察だよ」

 

 なんだ警察の事か、紛らわしい言い方をする。メピスは疑問が解消した同時に今の提案について考える。まあ流石に拳銃を持っている相手に素手で戦えと言うのは厳しすぎるだろう。 

 そして警察だが魔法少女は基本的に善行を積むように言われており、正義の味方の象徴である警察を倒すための武器を使うのを認めるのは魔法少女的にどうなのか?

まあ警察はヤンキー漫画的には不良たちの自由を妨げる悪役だ、魔法少女であっても性根はヤンキー側で不良だ。警察がやられても心が痛まない。

 

「その2つは認める。それ以外は絶対に使うなよ!使ったらマジでシメるからな!」

 

 メピスは用事は済んだとばかりに境内から跳び去る。あの様子を見る限り言う事を守るだろう。殺島は初めて不良として憧れた存在だ、帝都リベンジャーズのセリフで喧嘩は魂を磨く場であるというセリフがあった。

 まさにその通りだ。しょうもない喧嘩もあるが難波との喧嘩や殺島との喧嘩で魂を磨いたという実感がある。そしてそれは素手でやる場合だ。拳銃を使えば魂が磨かれないどころかくすむ。憧れの魂はどこまでも輝いて欲しい。

 

◆殺島飛露鬼

 

本当(マジ)でいやがった。非現実(ありえね)ぇ」

 

 殺島は髪の毛を掻きむしりながら忌々しく吐き捨てる。覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)を結成してからある懸念があった。それは忍者の存在だった。

 悪事をすると圧倒的な暴力で粛清していく処刑人であり暴走族と極道の怨敵、真っ先に調べ今のところは存在を確認できない。だが今の自分は一般人と大して変わらず、一般人レベルにしか調べられず、もっと裏社会に深く潜って調べれば忍者の存在が確認できるかもしれない。

 そして忍者がいなくても同等の力を存在が居るかもしれない。死んだ人間が別の世界で第二の人生を生きているのだ。何が起きても不思議ではない。それこそキューティーヒーラーが実在して悪党を成敗しても驚きはしない。その懸念は見事に当たってしまった。

 黒髪の美女は忍者レベルにヤバイ。最初に遭遇し目を見た時にどうやっても勝てず死ぬのを実感させられた。ヘルズクーポンがあればワンチャンあったかもしれないが、最近は気が緩みヘルズクーポンを所持し忘れた。

 まだ花奈の夢を叶えていないのに死ぬわけにはいかないと狂弾舞踏会(ピストルディスコ)で攻撃したが、あっさり躱された。その後は殺す気はないと口にしながら神社に連れてかれ、喧嘩で拳銃を使用するなと念を押される。

 こちらには拒否権はなかった。探りの意味で言いつけを無視したらと言ったらシメると言われ、最悪死なないかもしれないが拳銃を握られない体になるかもしれない。

 もしかして拳銃を使っても見つからないかもしれないが、見つかった時のリスクを考えると分が悪い。もう二度と警察と拳銃を持っている相手以外には拳銃を使用しないだろう。

 とりあえず化け物が居る土地から離れようと立ち上がるがふらつき尻もちをつく。相手なりに友好的に接したつもりだろう。だが生殺与奪が握られている相手と会話するのは相当に心に負荷を与える。

 あの時は相手が好感を抱くだろうとあえてタメ語を使ったが、使った際は気に入らないと気まぐれで殺された可能性もある。正直生きた心地がしなかった。

 

「さてどうするよ」

 

 殺島は思わず独り言をつぶやく。忍者のような化け物がいるのは分かった。問題は何人居て、こちらの害になるかだ。

 もし忍者のように暴走行為が許せないというスタンスならお手上げだ。正直ヘルズクーポンを使っても勝てる自信はない。自分は殺され覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)のメンバーは処刑される。

 しかし今までの様子を見る限り特に干渉しないようでそれだけが救いだ。だがいつ方針を変更するか分からない。

 花奈の理想を叶えるという第二の人生の目標、今までは順調に進んでいたが突如大きな暗雲が立ち込めたような気がしていた

 



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第31話 wonder fact

殺島飛露鬼(やじまひろき)

 

 超人、人間離れした戦闘力、

 S県、美人、超人。

 S県、黒髪ロング、美人、コウモリの羽、羊のお面

 

 殺島は最低限の気遣いとばかりに教科書でスマホを隠しながら思いついた単語を片っ端から検索エンジンに打ち込んでいく。これで欲しい情報が得られるとは思えないが万が一を期待する。しかし予想通り欲しい情報は全く得られなかった。

 S県で仏陀地獄と抗争した夜に出会った謎の美人、それは忍者と同じ、いやそれ以上かもしれない超常的存在だった。あの時を思い出すと今でも身の毛がよだつ。気分次第で一瞬で命を失う。この世界では強者だが久方ぶりに味わった圧倒的弱者としての感覚だった。

 あれが今後の障害になるかは分からないが、その脅威は核爆弾の威力を持つ地雷のようなものだ。どこに居るか分からずもし敵対すれば為す術もなく蹂躙される。その地雷は1つだけなのか、何をすれば踏んでしまうか、早急に調べなければならない。そして忍者よりかは調べやすい。

 忍者の存在は裏社会では有名だが表社会には全く知られておらず、隠ぺい工作など知られないように気を遣っているのだろう。

 一方あの美人は喧嘩で拳銃を使うなとクギを刺す為だけに姿を現した。そしてクギを刺した理由が喧嘩で使われるのがムカつくからという個人的な理由だ。

 そんな理由で動く者は今回と同じように気分で誰かと接触したり、気に入らないからヤクザを潰したなどの行動をする可能性がある。そして今のところ美人と会った記憶を消されるなど隠ぺい工作を受けていない。忍者よりかは隙があると踏んでいた。

 今度はSNSで同じように単語を打ち込み検索や都市伝説扱いされていないかと、それ系のアカウントを調べたが全くひっからなかった。

 

 殺島はSNSを閉じてメッセージアプリを立ち上げ文字を打ち込み、知り合いに向けて一斉送信する。内容はS県で会った美人の目撃情報、もしくは何か人間離れした身体能力をもつなど超常的存在の目撃情報についてである。

 大半の知り合いがメッセージを見て驚くだろう。皆の印象はこんなオカルト的にのめり込むキャラではなく、イタズラか何かと思い碌に取り扱わず無視される可能性が高い。だが不慣れなSNSやインターネットで探すより、知り合いを使った口コミで調べる方が可能性はあるような気がした。

 その後は授業が終わるまでは都市伝説を調べているサイトを見続けるが目ぼしい情報は無かった。

 

♢スミレ

 

 スミレは授業が終わり次の授業までの僅かな休憩時間、何気なくスマホを取り出しSNSをチェックしようとする。すると画面にメッセージアプリの着信表示が映っていた。送信者は殺島からだ。

 殺島とは初めて会ってからちょくちょくメッセージのやり取りをし、殺島経由で男子を紹介してもらったりしている。

 

「なにこれ?」

 

 メッセージを開いて思わず声を出してしまう。内容としては物凄い美人で黒髪ロングに背中にコウモリの羽をつけて白い羊のお面をつけた女性を知っているか見たことはないか?それか超人的な身体能力を持っているとかの超常的な存在を知らないかというものだった。

 随分とキャラと違うメッセージだ。謎のコスプレ美女を探しているのは分かる。殺島は女好きだし一目惚れをしたのだろう。だが二つ目はまるで分からない。

 超常的存在とは魔法だったり超能力だったり忍術だったり呪術を使う者だろうか、また宇宙人とか未来人とか地底人とか人狼とか吸血鬼などのUMA的な存在か?どっちかは分からないがそれらの存在を信じ探しているなんて本当に意外だ。

 スミレはオカルト肯定派だった。本気で信じてはいないがいたら面白いのでいては欲しい。芳子だったら居るわけないし子供っぽいと小バカにするだろう。小雪は1年前なら魔法少女はいると主張するが今は芳子と同じ意見を言う。最近の小雪は夢見がちな少女ではなくなった。成長したなと思う反面少し寂しい。

 

「居るかも」

 

 スミレは友達から超常的な存在について思い出す。確か去年ぐらいに地元のN市で一時期的に魔法少女が出現したちょっとした話題になり、まとめサイトも作られ一時期は出現情報などの記事などを見ていた。しかし最近はめっきり出現情報しなくなるにつれてサイトは過疎化し見なくなった。

 白い魔法少女、犬みたいな女の子、マスコットみたいな天使、魔女、くのいち等色々な魔法少女が居た。ふと懐かしくなり検索エンジンで調べるとまだサイトは生きていた。相変わらず過疎っており書き込みも少なく、最後の書き込みは目撃情報で一カ月前だ。魔法少女も超常的な存在だろう。気に入るか分からないが教えておくか、URLをコピーし殺島にメッセージを送った。

 

◆殺島飛露鬼

 

 スマホがバイブで震える。新着のメッセージが届き送り主はスミレからだった。質問に対する返信かと僅かばかり期待を抱きながら開く。メッセージには「魔法少女も超常的存在だったら居るかも」と書かれURLも貼られていた。

 そういえば魔法少女も超常的存在か、キューティーヒーラーなど魔法少女アニメを何作も視聴したが、フィクションであると決めつけていたので除外していた。そういえば作中でもキューティーヒーラーは忍者並の身体能力があった。

 さっそくURLをタップしサイトに飛ぶ。そこは魔法少女についての記事を編集しているまとめサイトと呼ばれるもので、多くの魔法少女らしき人物の目撃情報が書き込まれていた。

 目撃情報が多かったのは1年前の秋、丁度この世界に生を受けた直後だ。その後目撃情報はめっきり減り白い魔法少女と片腕片目の黒い魔法少女の2名だけになっていた。

 自演か作り話である可能性があるか置いてくとして真実だと仮定する。問題は白い魔法少女や隻腕隻眼の黒い魔法少女とS県であった謎の美女が同じ種族であるか、その2人が忍者のようにハイエンプレスの行動を邪魔しないかだ。

 存在は数年前から確認され現時点では一度も暴走の邪魔をされていない。心変わりする可能性はあるが低いだろう。あとは同程度の身体能力を持っているか調べるだけだが方法が思いつかない。とりあえず後回しでいいだろう。

 暫く魔法少女のまとめサイトを見ていると再びスマホが震える。メッセージが届き送り主は室田昇一、花奈とつるんでいた室田つばめの夫である。内容だが「超常的な存在について心当たりがあるという」というものだった。早速人海戦術の効果が表れた。

 

『そいつに教えてくれ』

『その話だか暴走族女神にも話したい。いいか?』

 

 花奈を連れてこいとはどういう意図だ?超常的な存在と花奈との繋がりがまるで読めない。

 

『今日は仕事あるのか?』

『ない』

『だったら花奈と一緒に家に行っていいか?スマホ越しより直のほうが話しやすいだろう』

『分かった。来るのは夕方か?』

『今から向かう』

 

 昇一にメッセージを送り即座に花奈に用件を伝える。この時間は学校だがふけているか授業中に寝ているか同じ学校の族仲間と駄弁っているかの3択だろう。数秒後に『仕方なねえな』と返信が帰ってきた。

 殺島は席から立ち上がり教室から出る。その様子に教師とクラスメイトは一瞬驚くか、いつもの事かとばかりに平然と見送った。

 

◆生島花奈

 

 花奈は周囲にブレーキ音を響かせ路面にタイヤの跡を刻みながら公園前にバイクを停車する。公園で遊んでいたガキ共が一斉に目を向け、母親たちは嫌そうな顔をする。見世物じゃないと手でしっしと手を振りながらスマホを取り出し時間を確認する。

 大分早く着いてしまった。これでは待たなければいけないではないか、花奈は思わず舌打ちをする。ここ最近は急に寒くなった。バイクで走るには寒さは心地良いが外でも待っている時の寒さは嫌いだ。

 ヤジからつばめの家近くの公園に集合と招集され、普通に行くのではつまらないとタイムアタックでもするかと法定速度を完全無視したスピードで走り、途中で警察に見つかり裏路地などに入り追っ手を撒いたりしたが、それでも時間が余った。仕方がないとシートに座りながらスマホをいじり暇をつぶす。

 今日の呼び出しは今朝方ヤジが送った超常的存在、恐らく超能力とかを使う存在についてらしい。ヤジからのメッセージを見た時は正気を疑った。そんな存在なんて居るわけない。そもそも今までその手を話題にしなかったのに急にどうしたというのか?

 暫くすると聞き覚えがあるエンジン音が聞こえてくる。これはヤジの単車の音だ、数秒後予想通り姿を現した。

 

「よう、待たせたか?」

「待ったよ、限界(ギリギリ)まで飛ばせよ。ぬるい走りしやがって」

「暴走以外は限界まで飛ばさないタイプなんだよ。これでも法定速度30キロオーバーできたんだぜ」

「そんなの平常運転だろ」

 

 ヤジはバイクに降りるとマンションに向かいあとをついていく。早く家の中に入って温まりたい。

 

「しかし何だあのメッセージは?いつから頭お花畑(パー)になったんだ。超常的な存在?ようするに超能力とか使う奴だろ、居るわけねえだろ。ガキか」

「そうか?オレは(メラ)を出す奴を知ってるぜ」

「いるかよそんなの。それで何で昇一の家なんだ?というより何で呼んだ?その超能力を使う奴の話ならヤジだけでいいだろ」

「花奈にも関係ある話らしいから呼べって頼まれた」

 

 昇一と自分との関係性といえばつばめだろ。まさかつばめが超能力者とかオチじゃないだろうな。そんなわけないか、自分の想像を鼻で笑いながらエレベーターで5階にある昇一の家まで移動する。

 

暴走族王(ゾクキング)暴走族女神(ゾクメガミ)、いらっしゃい」

 

 上がTシャツに下がジャージと室内着の昇一が出迎えリビングに案内される。以前着た時はそこらへんに服やゴミがぶっ散らかってたが今はない。つばめが愚痴っていた人物像からしてこれが元々であの時が正常では無かったのだろう。

 リビングに入ると暖気が肌を撫で冷えた身体を温める。もし暖房がついていなければつけさせるところだった。案内されるままに椅子に座り、上着を背もたれにかける。

 

「飲み物は何が良い?」

「酒」

「酒はもう必要ないから家にない。コーヒーでいいか?」

「おう、花奈もそれでいいよな?」

 

 花奈は無言で頷きそれも見て昇一はお湯を沸かし始める。昔はつばめを失った悲しみで酒に溺れていたが今では全く飲んでいないようだ。

 

「何ニヤニヤしてんだ。気味悪(キショ)いぞ」

「なんでもねえ」

 

 ヤジの指摘に軽く小突いて返答する。酒を飲まなくなったという事はつばめより暴走の楽しさが勝ったという事だ。つまり暴走の方がつばめより凄いという何より証拠だ。

 昇一がコーヒーを作るまで近くにあったバイク雑誌をヤジと読みながら時間を潰す。すると目の前にコーヒーが置かれる。流石にブラックは苦すぎるのでミルクと砂糖で味を調える。

 

超絶美味(めちゃウマ)いブールマウンテンだな」

「いや、普通のインスタント」

(テキトー)すぎだろ」

「ワリい、それで昇一が知ってる化け物とか超人とか超能力者って呼ばれるような超常的存在について教えてくれ」

 

 ヤジはコーヒーを一口飲みカップを置きながら話を切り出し、昇一は一瞬だけ悲しそうに唇を噛んだ後良い思い出を振り返るように表情を崩しながら話し始める。

 

「大体1年前ぐらいか、仕事場には自転車で通勤してたんだ。ロードバイクっていうスピードが出るやつ。家に出て10分ぐらいかな、確か信号に一回もひっからなくて最速記録を更新できると思った矢先に前方からつばめが現れた。さて問題、つばめはオレが家に出た時は家にいました。どうやって追いついたでしょうか?」

「そりゃ、バイクか車で先回りして待ち構えてたんだろ。速いっていっても所詮は自転車《チャリ》だ」

 

 花奈が質問に答える。普通に考えれば小学生でも分かる問題だ、すると昇一は予想通りといった表情を見せた後楽しかった思い出を振り返るかのような笑みを見せながら答える。

 

「正解は家から直線距離で飛んできた。つばめは空飛ぶ箒に乗る魔女だったんだ」

「は?んなわけねだろ」

 

 酒を止めた代わりにクスリでもキメてんのか、同意を求めるようにヤジに視線を向けるとまるで可能性にあったとある意味納得しているような表情を浮かべていた。

 

「正気かヤジ!?魔女だなんて非現実(ありえね)ぇだろ!」

 

 思わず声が大きくなる。ヤジがガキ向けのアニメにハマっているのは知っているがアニメと現実の区別がつかなくなってしまったのか?するとヤジはスマホを操作して画面が見えるように置いた。

 

「これは魔法少女っぽい奴の目撃情報が集まっているサイトだ。白い魔法少女、忍者、マスコットみたいな天使、犬みたいな女の子、後半は仮装(コスプレ)みてえだが、その中に魔女もいた」

 

 画面にはポイ捨てを注意されたとか道を案内してもらったとか魔女にされた事が書かれていた。

 

「奥さんが魔女に変身するようになったのはこれぐらいからか?」

「ああ、大体それぐらいだ」

 

 昇一はヤジが指さした日付を見て頷く。今までの印象とつばめから聞いた人物像からして昇一はこんな嘘を言うために呼びつける奴ではない。そしてネットの情報と昇一の話はある程度一致する。まさかつばめは魔女か魔法少女なのか、超常的存在など居ないと100%信じていなかった心に楔が撃ち込まれる。

 

「おいヤジ、そもそも何で調べ始めた?というより何で化け物みたいな力を持つ奴が居るって信じてるんだ?まさか出会ったのか?」

 

 ヤジがそんな存在を信じるとしたらこの目で見た場合だ。噂話や人からのまた聞きで信じるような頭お花畑ではない。

 

「S県で仏陀地獄との抗争の後で喧嘩のダメージが大きいから1人(ピン)で帰った時だ、覚えてるか?」

「ああ」

「その時に遭遇(エンカウント)した。一目で絶対(ゼッテエ)に勝てないって強制理解《わからされ》た。そして今思えば機嫌悪(オコ)なだけだったかもしねえが、激怒(ゲキオコ)と勘違いして殺されると思った。何しても死ぬが何もせずに死ぬのはどうかと思って狂弾舞踏会(ピストルディスコ)で攻撃したがあっさり躱された」

狂弾舞踏会(ピストルディスコ)が避けられただと!?」

「ああ、かすりもしなかった」

 

 その言葉に思わず立ち上がり声を叫ぶ。ヤジは極めた技術は極道技巧(ごくどうスキル)と呼び。使えるのはヤジと花奈とデルタとガンマ4人だけだ。

 花奈バイク操作技術、デルタの単車と体当たりしても当たり勝つ身体能力と頑丈さ、ガンマの相手の動きを止める技術、これらの技術は人間離れしているがヤジの極道技巧は一番人間な離れしていると評価していた。

 いつかの余興としてヤジは跳弾でぶつかった弾丸の火花でたばこの火をつけるという離れ技をやった。しかもこの芸当は初歩とすら言っていた。

 そして二人っきりの時に最上級の技を体験した。弾丸をアスファルトにぶちこみ、宙に舞った破片に弾丸をぶちこみ跳弾で予測不可能な軌道を描き敵を撃ち殺す。

 弾丸が見える動体視力もなければ身体能力もない、だが仮にそれが有っても避けられないと確信している。あれを避けられるのは人間ではない、人間を遥かに超えた怪物しか不可能だ。

 これはヤジの嘘か?だがヤジの僅かに震えた手を見て悟る。今でも思い出してしまうほどの圧倒的な力とそれに殺されると思った恐怖、それが頭に過っているのだ。それが現実に起こったという何よりの証拠だ。

 

 

 花奈は想像をはるかに超えた事実を知り力が抜けたように椅子に座る。世の中にこんな化け物が潜んでいるなんて夢にも思わなかった。

 それからヤジはつばめが変身した魔女について質問する。容姿や身体能力など細かく聞いていく。昇一が変身すると容姿が変わりかなりの美人だと言っていたが、それ以外は正直頭に入らなかった。するとヤジの質問は終わり数秒ほど考えこみ自信なさげに話し始める

 

「もしかしたら、昇一の奥さんとオレが遭遇(エンカウント)した奴は同じ人種というか区分(カテゴリー)かもしれねえ」

「どういうことだ?」

「昇一の奥さんとオレが会った奴はコスプレみたいな恰好をしていてかなりの美人だ。そして俺が会った奴は非現実(ありえねえ)身体能力、昇一の奥さんは箒に乗って空を飛んだ。両方とも非現実(ありえねえ)

「でも2人だけで決めつけるのは」

「そうだな、だから可能性として……」

「だったら何でつばめは死んだ!」

 

 花奈は目をこれ以上ない程見開き、机を破壊せんとばかりに拳を叩きつけ立ち上がり叫ぶ。その様子にヤジと昇一がビクりと体を震わせた。ヤジの同種かもしれないという言葉に感情が瞬間的に高まり爆発した。

 

「つばめは非現実(ありえねえ)ほど強いんだろ!だったら何で死んだ!そんなに強いなら襲い掛かった奴を殺せよ!それか空飛んで逃げろよ!」

 

 叫びながら何度も机を叩きつける。ヤジの狂弾舞踏会を避ける程の力がありながら何で死んだ?何で赤ちゃんがいるのに呆気なく死んだ?何で昇一を悲しませた?頭に浮かび上がる言葉に怒りを込めてそのまま口にし続ける。その独白は数分に及んだ。



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第32話 しらべる・はなす・たずねる

殺島飛露鬼(やじまひろき)

 

 N市最大の繁華街城南地区、そこは平日の夜ながら賑わっており、初めて訪れた時よりも活気も怪しさも危なさも増しているような気がした。

 あの後は流れ解散となり花奈は1人で帰った。今頃1人でバイクをかっ飛ばしているはずだ。確定ではないが昇一の奥さんがS県で遭遇した女と同種だとする。それなのに襲われて死んだとなれば納得できないのも分かる。

 昇一も話ついでに奥さんについての話をして花奈の憎しみや誤解を解こうとして家に招いたが、結果的に思いをこじらせさせてしまい申し訳ないと謝っていた。

 もし殺られるとしたら変身を解いた時か同種に殺られたか、後者だとしたらN市で超常的存在同士の抗争があったことになる。

 そんな考え事をしながらN県最大規模の宝島組の事務所入り口に入る。若い衆は一瞬警戒し凄むが近くにいた顔役がへりくだると同じようにへりくだる。顔役に組長が居るか聞くと居ると言ったので2人きりで話したいと告げ案内と人払いさせる。

 

「どーも組長さん、調子どうっすか?」

「おおヤジ!よく来たな!」

 

 組長室に入ると組長が友好的に出迎える。宝島組に莫大な利益をもたらした功労者として厚遇されている

 

「いや~ヤジの指示通りにしたらクスリが売れる売れる!オレオレ詐欺もいいが、やっぱりシノギはクスリだな!」

 

 組長はガッハッハと豪快に笑う。生前のボスである輝村極道が考案したキムラマニュアルを駆使してオレオレ詐欺を中心に金を稼ぎ、その実績を評価され麻薬の売買に関わりさらに金を稼いだ。

 

「それで今日はどうした?いつもの金は渡したよな」

「いや~、必要以上の金は不必要(いらねえ)って貯蓄(プール)してたっすよね。それを使ってやってもらいたい事があるんですよ」

「おう、何でも聞くぜ」

「どうやら世の中にはオレなんてカスみたいに思えるような非実在(ありえねえ)ぐらい強い化け物がいるみたいで、調べるか知り合いだったら紹介してもらいたいんですよ」

 

 組長はつばを飲み込み分かりやすい程にビビる。以前にヘルズクーポンを使って宝島組を襲撃して分からせた。そのオレがカスと思えるほどの化け物と言われとんでもない化け物を想像したのだろう。

 

「あれ?法螺話(うそまつ)って言わねえんですか?」

 

 普通なら頭イカれた戯言だと罵りはしないが、上客の機嫌を損ねてはならないと『冗談キツイ』と笑い話にすると思っていたが、組長はトラウマを思い出したかのように苦々しい表情を浮かべていた。

 

「他のヤクザなら笑い飛ばすが、元鉄輪会の人間は絶対に信じる話だ」

「心当たりが?」

「心当たりも何も当事者だからな」

 

 組長の口からゆっくりと語られる。旧鉄輪会には1人の用心棒が居た。ビキニにミニスカートの痴女みたいな恰好をした金髪のロングヘアーの女、そのプロポーションとルックスはそこらへんの芸能人がゴミに見えるようなマブい女、そしてあり得ないほど、それこそ殺島がカスに思える程強く、その強さで鉄輪会を屈服させ好き勝手したそうだ。

 

「貴重な話有難(あざっ)っす」

「礼には及ばねえ、成果が出るか分からねえが他の化け物が居るかも調べておく、だが何故大金使ってまで調べる?」

「自衛です。知らない間に化け物の虎の尾を踏んで皆が全殺しされたら泣くに泣けねえ」

「そうだな。化け物には逆らわないほうがいい。いくらヤジでも天地がひっくり返っても勝てねえ」

「肝に銘じておきます」

 

 殺島は頭を下げ組長室から退出する。S県であった女、昇一の奥さんの魔女、鉄輪会の用心棒だったガンマン風の女、皆が美人で超越した身体能力や空を飛ぶなど人間を超越した力を持っている。

 これで決まりだ、化け物は実在し一人だけではない、そうなると魔法少女まとめサイトの目撃情報に有った白い制服の魔法少女と片目片腕の黒い魔法少女も同種かもしれない、しかもN市近辺で目撃されている。もろに地元だ。

 サイトの情報を信じれば人助けをする善良な魔法少女だ、忍者のように悪を殺すとうスタンスになるかもしれない。

 覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)はバリバリの悪だ。活動資金も反社会的な方法で堅気から搾取している。ある者はマグロ船に行き、ある者はソープに沈み、ある者はクスリで身を滅ぼし破滅している。自己責任で言い逃れ出来るかもしれないがヤクザがいなければそうはならなかった。

 そして覇威燕無礼棲(ハイエンプレス)自体も暴走ために民家を放火し、進路上にいる邪魔者を轢いたりしている。花奈は何とも思わないがこれらが世間の価値観から考えて悪事だなと分かるぐらいの倫理観はある。

 

 その超常的存在が壊滅に動くかもしれない。やられない方法は2つでまずは活動を縮小する。家も放火せずに少人数で暴走すれば見逃されるかもしれない。

 だが花奈は絶対に満足しない、そもそも止めろと言っても当人が悪事だとはこれっぽっちも思っていないので言っても聞かない。

 他には超常的存在と同じ存在になる。それならば圧倒的な暴力に対抗できるが方法が分からない。偶然出会ってどうなればそうなれるかと聞ければベストだがそんな都合の良い事は起こらない。結局は細心の注意を払いながら日々を過ごすしかない、あとは相手次第だ。

 するとスマホから着信音が鳴る。まさか超常的存在からと考えビクりと体を震わす。だが画面を見て一笑する。

 

「ようオレだ。ああ暇だ、今から行くわ」

 

 殺島は小走りでバイクの元に向かう。デルタからでこれから話題の相撲ドラマの続編を一挙見しないかという誘いだった。超常的存在から脅しの電話がきたと想像してしまったが、いくら何でもビビりすぎだ。

 ドラマは興味ないが友達と見るとならば別だ、友達と遊ぶならば何しても楽しい。とりあえず酒とつまみでも買うか、あの面子なら未成年だからと断らないだろう。友人達を思い出し何が好きかと考えながらバイクに乗った。

 

♢ファル

 

 キューティーヒーラーを代表として魔法少女にはその活動を助けるマスコットがいる。妖精だったり小動物だったりと多種にわたる。そしてマスコットはフィクションだけではなく現実に存在する。

 ファルは電子妖精と呼ばれるマスコットだ、以前はキークという魔法少女に仕えていたがスノーホワイトの手によって捕まり、今はスノーホワイトのマスコットとして活動している。

 スノーホワイトは魔法少女業界では魔法少女狩りと呼ばれ、魔法少女が悪事をすれば自ら捕まえに出向く。その噂は広まりスノーホワイトが持つ魔法の端末にメールで情報提供されることもある。中には本当の情報提供もあるが大半やガセ情報や知り合いがやられた恨みとしておびき寄せる嘘情報である。

 以前は真偽を確かめる術がなく、メールで何度もやり取りしたり現地に直接出向いたりとして労力を割いていた。だがファルがいればメールなどの発信者の特定や情報の精査の精度が格段に増し、労力は格段に減った。

 すると一件のメールが届く。内容は悪事をしている魔法少女が居るので捕まえて欲しい。詳細は今日の夜に現地で話すという内容だった。即座に発信者の特定や情報を精査し信憑性があると分かったので、自らが潜む魔法の端末を振動させ報せる。

 スノーホワイトは一旦道の端に寄るとスクールバッグから魔法の端末を取り出し画面を見る。その表情は無表情に近く人間の姫川小雪でなく、魔法少女狩りと恐れられるスノーホワイトのものだった。

 するとノック音が聞こえてくる。スノーホワイトの前方には駅前のチェーン店のカフェがあり、店のガラスの壁からノックをしたようだ。ノックをしたのは高校生ぐらいの男性だった。スノーホワイトは無表情から普通の女子高校生らしい表情に戻す。

 

「よう小雪、奇遇だな」

「そうだね。誰かと待ち合わせ?」

「そうだったんだが、用事があるってドタキャンしてよ。このまま1人で茶を飲食(しば)くのもな、もし時間があって暇なら茶でも飲食(しば)かねえか?」

 

 男はガラス越しに喋りかけ、スノーホワイトは魔法の端末を見ながら考え込む。この後はそのまま帰るだけで、呼び出しの場所も魔法少女の足なら30分で着き、交通機関を使えば1時間もあれば着く。

 一応は時間があり暇ではある。もっとも当人にその気があればの話だが。するとスノーホワイトは店の中に入っていった。まだマスコットとなってから月日は経っていないが意外だった。男性であるし世間で言うチャラいタイプなので断ると予想していた。そもそもクラスメイトではないしこのタイプの友人がいるのが驚きだ。

 

「どうした?なんか怖い顔してたぞ」

「そんな顔はしてないと思うな」

 

 男は人差し指で両眉を上げ誇張した表情を作り、スノーホワイトは半笑いで否定する。そのやり取りで知り合いではなく友達ぐらいの仲の良さが分かる。

 

「それで何か悩みごとか?」

「お母さんから私が帰って食べようとしたお菓子を食べたってメールが送られて」

「それは小雪も激怒(げきおこ)だな」

 

 スノーホワイトは淀みなく嘘をつき男も軽い口調で相槌をうつ。

 

「それで今週のキューティーみたか?」

 

 そこから今放送しているキューティーシリーズについての会話が始まる。スノーホワイトとどのような繋がりかと思っていたが魔法少女アニメ繋がりか、どのように知り合ったか知らないがこれならば多少は納得できる。

 それにしても魔法少女アニメを見るとは中々見どころがある。もしくは縁が無さそうなタイプをファンにするキューティーシリーズの素晴らしさか。以前の主人であるキークはマニアと呼べるような愛好家であり、その影響を受けてファルも愛好家と呼べるファンだった。

 キューティートークは30分ぐらい続き、その後は友人と見た相撲ドラマが面白かったなど、友人のオモシロエピソード等の話題で10分ぐらい話していた。

 

「なあ小雪、もし魔法少女になったら何するよ?」

 

 男はふと話題を変えスノーホワイトに問いかける。どんなコスチュームでどんな魔法を使って何をするか?魔法少女アニメ愛好家なら一度は考える話題だ。しかし魔法少女である当人に聞いている状況は多少面白みがある。

 

「そうだな、迷い猫を探したり、空に飛んだ風船をとってあげたり、迷子の子供を親御さんの元に届けたり、困っている人を助けたいな」

 

 スノーホワイトは柔らかい笑顔を浮かべながら答える。その言葉には嘘偽りはなく本心で有り実際にやっている行動だ。

 そして悪い魔法少女を捕まえるとは言わなかった。魔法少女狩りの行動はスノーホワイトが理想とする魔法少女としてやっている。だが是が非でもやりたい行動ではないということだ。

 

「らしいな。魔法少女の小雪がアニメ化しても今の時代じゃあ視聴率は取れねえ」

「そうだね」

「まあ、オレは見るけどな。そして円盤(ブルーレイ)複数買いだ」

 

 男の軽口にスノーホワイトは笑みをこぼす。男は知らないがマジカルデイジーやひよこちゃんや今のキューティーシリーズに出てくる魔法少女は実在する魔法少女である。

 ファルの価値観ではスノーホワイトはアニメ化するに相応しい魔法少女である。願わくはアニメ化されてその精神性や信念が評価されてほしい。

 

「そうだ、小雪がもし魔法少女になったら名前何するよ?」

「う~ん、そうだな」

 

 スノーホワイトは悩まし気な声を出す。流石にスノーホワイトと名乗るわけにはいかない、であれば知り合いの魔法少女の名前を名乗ればいいと思うが何故か躊躇していた。

 

「それだったら殺島君が考えてよ」

「オレが?」

「こういうのは他人に決めてもらったほうがいい場合もあるし」

「そういうもんか、じゃあキューティープリンセス」

「流石にキューティーシリーズを名乗るのは烏滸がましいというか、さらに自分から姫を名乗るのも」

「確かに、愛好家(ファン)だったら逆に名乗れねえな。だとすると……」

 

 殺島は机に人差し指をトントンと叩きながら考え込む。魔法少女アニメファンだとしたら過去の魔法少女アニメの名前と似た傾向にするだろう。幼児向けならひよこちゃん系統の名前、少し年齢層を上げればリッカーベルやマジカルデイジー系統か。

 

「ヴァージンスノーなんてどうだ?」

 

 殺島は妙案を思いついたといった具合に意気揚々とした声を出す。このネーミングセンスは魔法少女アニメというより本物の魔法少女がつけるネーミングセンスに近い。

 

「穢れなき白、小雪なら見返りも求めず純粋な善意で困っている人を助ける魔法少女になる。ひよこちゃんみたいな感じだ、でもこゆきちゃんとかだと流行外(うけない)。だから少し今風に寄せた。どうよ?」

 

 余程自信があったのか身を乗り出しながら答えを求める。ヴァージンスノーの意味は純白、スノーホワイトは白らしい白、偶然にもスノーホワイトと名前が被り意味合いも似ている。

 スノーホワイトは一瞬顔を歪めたがすぐに笑顔を見せて「それは良くいいすぎだよ。名前負けしちゃう」と恐縮している。

 ヴァージンスノーに込められた意味はスノーホワイトにとっては皮肉に聞こえただろう。ファルはそう思っていないがスノーホワイトは自身を理想の為に暴力を行使する穢れた魔法少女と思っている。

 

「じゃあ殺島君はどんな魔法少女になりたい」

「おいおい、オレは男だぜ。仮に魔法の力を得ても魔法使いだろ」

「じゃあ、男性でも魔法少女になれるとして」

「いや、それでもオレは……、そうだな、魔法少女になったらキューティーみたいに戦わなくていいな」

 

 殺島は話題を打ち切ろうとするが気が変わったのか話題に乗っかる。日々の活動でちょっとした人助けをしたいと理想としては古典派の魔法少女になりたいようだ。

 

「そうなると名前か、次は小雪が決めてくれ」

 

 今度はスノーホワイトが悩む。性格からして他人の名前を使う訳にはいかないと思うだろう、これは暫く悩みそうだ。だが意外にもすぐに名前がでた。

 

「ラフメイカーとかどうかな?」

「由来は?」

「何回か偶然殺島君を見かけたことがあるんだけど、皆笑って凄く楽しそうだった。私と違って社交的だし皆に好かれている。きっと魔法少女になっても助ける人を皆笑顔にするんだろうなって、だからラフメイカー」

 

 スノーホワイトは少しだけ恥ずかしそうに由来を話す。その言葉に殺島は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたがすぐさま人懐っこい笑顔で塗り替える。

 

「良い名前だ。オレも魔法少女になったらそう名乗るか、小雪も魔法少女になったらオレが考えた名前を名乗ってくれよ。名前負けしてねえって」

「考えておく」

「どうせそんな事は起きないって思ってんな?もしかして魔法少女になれるかもしれねえ。そうだ、ここだけの話だが本当(ガチ)に魔法少女は居るかもしれないぜ」

 

 殺島は身を乗り出すようにスノーホワイトに近づき、秘密の話をするかのような声量で話しかけ、スノーホワイトも応じる様に近づく。

 普通の男子高校生は魔法少女になれるかもなんて一般的にはあり得ない話をしない。だとすれば本人なりに何かしらの確証があるとファルは予想する。

 

「実在したら嬉しいなと思うけど流石に居ないんじゃないかな」

 

 スノーホワイトは相手を傷つけないような声色と表情で諭す。それはごく自然な反応で目も前にいる相手が魔法少女だとは男も夢にも思わないだろう。一方男の方もその反応は想定通りと話を続ける。

 

「以前にS県で会った美人の目撃情報、もしくは何か人間離れした身体能力をもつなど超常的存在を知っているかってメッセージ送ったのを覚えているか?」

「うん、急にどうしたんだろうって思った?」

「それで独自の調査で分かったんだが、オレが会った美人と以前にこの街で話題になった魔法少女の存在と特徴が似てるんだよ」

「何それ?」

「知らねえの?このサイトに色々と書き込まれてる」

 

 殺島は自分のスマホをスノーホワイトに見せる。そこにはかつてN市の魔法少女についてのまとめサイトが表示されていた。最多で16人の魔法少女が居た時は目撃情報などで盛り上がっていたが、今ではすっかり寂れている。

 それでもスノーホワイトは魔法少女として人助けをしているので目撃情報については時々書き込まれている。正体がバレる可能性があるので人助けをするなともいえず見過ごしている。

 

「そうなんだ、ちなみに超常的存在と魔法少女の関連性は?」

「それは秘密(シークレット)だ、もしかして魔法少女の関係者が聞き耳を立てるかもしれねえ。ひよこちゃんでも有っただろう。聞かれたら魔法少女についての記憶が消されるかも」

 

 殺島は軽い口調でスノーホワイトの問いをはぐらかす。中々に勘が鋭い、魔法少女に助けられた程度なら問題無いが、魔法少女について知ってしまったら記憶は消される。

 

「それで殺島君は魔法少女は居ると思う?」

非実在(いねえ)だろうな。それでも折角なら魔法少女が居ないと思うより、居るかもって思っている方が愛好家(ファン)としては楽しいだろ」

 

「確かにそうかも、じゃあもし魔法少女になる方法が分かったらこっそり教えてね」

快諾(いい)ぜ」

 

 スノーホワイトは本気か冗談か分からないニュアンスで頼み、殺島もスノーホワイトの調子に乗っかるようなノリで答えた。

 

♢細波華乃

 

 夜の海岸線にエンジン音が轟く、今日は潮風が強いのか花奈の髪がいつもより靡いている。今日は久しぶりに花奈の後ろに乗りドライブしている。そして何回か一緒に走っているせいだろうか乗り心地で何となく分かる、今日の花奈は機嫌が悪い。

 いつもは楽しいからドライブしているが今日はイライラを解消するためにドライブしているといった感じだ。

 暫く海岸線を走っていると突如バイクを停止し路肩に止めるとガードレールに腰を掛けながら海岸を見つめる。相手の意図は読めないが華乃も倣うように隣に座る。

 

「なあ華乃、もしとんでもねえ力を手に入れたら何でもできるよな?」

「とんでもないって力って?」

「それは銃弾を避けられたり空を飛べたりとか、ともかく人間を超越(ぶっちぎ)った力だよ」

 

 華乃は花奈の質問の意図を推理するが今までにない話題で全く理解できない。そして花奈が口にした存在はまるで魔法少女だ。

 

「何でもってわけじゃないんじゃない。聞く限りだとその力は身体能力はとんでもないけど、頭が良くなるわけじゃないし、お金を稼ぐ才能があるわけでもないし」

「でも喧嘩だったら負けないよな?」

「まあ銃弾を避けられれば余程のことがないかぎり負けないはず、それに空を飛べればピンチになっても逃げればいいし」

「だったら何で死んだ!」

 

 花奈はあらん限りの声で叫ぶ。その大声に華乃は驚き思わずガードレールから転げ落ちそうになる。突然大声を出すな、鼓膜が破れるところだったぞ。抗議しようとするが花奈の横顔をみて飲み込む。

 

「なんで死んだ!そんな力持って死んだなんて、どれだけヘマしたんだよ!カスすぎるだろ!大切な人も守れず、大切な人を悲しませて!」

 

 花奈は華乃の存在を無視するように叫び続ける。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。それから花奈の罵倒は延々と続く、平時なら思わず注意するところだが今は止める気にはならなかった。

 

「なあ華乃、教えてくれ!あいつは何で死んだ!?」

 

 花奈は華乃の両肩を掴み問い詰める。その瞳は今まで最も弱弱しかった。今日の目的はこの問いをするためだろう。何と答えればいいのだろうか?花奈が納得するような答えを必死に模索する。

 

「その人が死んだとしたら同じぐらい強い奴にやられたんじゃないの?それにその人はきっと足掻いた。大切な人を守るために、大切な人を悲しませないために、足掻いて足掻いて……」

 

 花奈のいうあいつはいつの間にかトップスピードに変換されていた。お腹の赤ちゃんを産むために、夫を悲しませないために、あの理不尽なデスゲームを生き残ろうと懸命に足掻いた。

 そしてカラミティメアリやスイムスイムのように生き残るために他者を殺そうとは決してしなかった。最後まで魔法少女として清く正しかった。

 

「そうか、足掻いたのか、いや……それでも……」

 

 花奈はぶつぶつと呟く。自分の言葉が響いたのか?それでも納得していないようだ、あとは自身が折り合いをつける問題だ。

 海は相変わらず荒れている。それは花奈の心情を現しているようだった。

 



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