童顔系腐男子監督生は現実逃避中 (深生)
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Ep1.童顔系腐男子監督生と始まりと朝と友達

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



すべての始まりはクリスマス一週間前のある日。

俺は彼女にフラれた。理由は彼女の浮気。なんと俺は親友だと思っていた男に最愛の彼女を寝取られたのだ。

……いや、それでフラれるのが俺って、それ、違くない? 普通、俺がフる立場じゃないの? どう考えてもおかしいと思うんだけど。

そう訴えれば、彼女は俺に酷いことをされたと非難してきた。なんでも、バイト三昧で構ってくれなくて寂しかったそうだ。そこで優しくしてくれた俺の親友に心を癒され、そして好きになってしまったと。

いや、あのさ、俺がバイト頑張ってたのは君が「春休みにヨーロッパ行きた~い!」って言ってきてからなんですけどぉ!?

お嬢様な君と違って俺は奨学金で大学通ってるような一般家庭の出身なの。1週間の海外滞在の費用なんてポンポン出せるわけないでしょーが!

それでもなんとか頑張って費用を捻出して彼女の要望を叶えようとしたところにこの仕打ちである。泣きそう泣いた。どっちが酷いことしてんだよ。

我が友よお前もお前でなにヒトの彼女寝取ってんの!? 俺寝取られ属性持ってないぞ!?

 

……なぁんて叫びも虚しく、聖夜を前にして1人寂しく過ごすことが決定してしまった。もう誰も信じられない。俺のソ●ルジェムは真っ黒だ。

彼女と別れたその足で向かった先は自宅近くのコンビニ。店内にいた他の客がドン引く勢いでカゴに酒とつまみを投入していく。

畜生! 酒でも飲まなきゃやってられん。ストゼロだけはいつだって俺を裏切らない。ありがとうストロングなゼロ。お前だけが俺の味方だ。

毎回毎回身分証を確認してくる店員も、今日だけは俺のただならぬ気配を察してか「年齢確認ボタンをお願いします……」と若干怯えた声で促してくるだけだった。悪いな、怯えさせて。でも今だけは許してほしい。

両手いっぱいに抱えた酒とつまみを供に家路を急ぐ。クリスマスカラー一色な街並みが恨めしい。本当なら今頃、海外旅行の計画を立てているはずだったのに。

もういい課題も翌日のバイトも知るかっ! 今日は酒盛りだこの野郎!!

 

と、まぁ家で浴びるように酒を飲んだ結果寝落ちし、二日酔いと寝違えで痛む頭と首を押さえながら起きるとそこはファンタジーな空間だった。

……どこ、ここ。

ふわりふわりと宙に浮かぶ棺桶の数々。やけに薄暗い室内には全長2mはあるかという大きな鏡が一枚置かれている。きょろりと周囲を見回してみれば、宙に浮いている棺桶と同じものがずらりと並べられており、俺はその一つから起き上がったようだ。

なんて冗談? って感じだがどうも冗談でもドッキリでもないらしい。喋る狸のぬいぐるみに燃やされそうになったり、ここが「ツイステッドワンダーランド」という名前の異世界(!)であると胡散臭い仮面を被ったどこぞの鬼の首領似のくせ毛の男に説明を受けたて。

その後衣食住を得るため喋る狸のぬいぐるみことグリムと一緒に雑用係になったり、エースとデュースという少年達と関わって億単位の借金を背負いそうになったり。

背負いかけた借金をどうにか回避するために俺とグリムとエースとデュースの4人で心霊スポットのような廃坑道に凸った結果やべぇバケモノに襲われてそれを撃退したりなんだり紆余曲折があった末、俺はこの異世界にある学校……ナイトレイブンカレッジの1年生として通うことになったのである。完。

あまりにも怒涛の展開過ぎて、途中から考えることを放棄した。もうどうにでもな~れの精神で行かないと知恵熱出るわ。

……ただ、ひとつ、これだけは言わせてほしい。

俺、21歳でとっくに成人済みなんですけど???

なに、俺、そんなに幼く見えるのか……? 嘘だろ……? いや、まぁ、酒買う時身分証提示必須だったから薄々は感じていたけどさ。

それでも、高校1年生……つまり15~6歳に見えるとかどういうことなんだよ……身長はそこそこあるのに……どうして……。

 

:  :  :

 

人間なにごとも適応力が大切である。

始めこそ異世界への戸惑いや実年齢と肩書のギャップによる羞恥なんかもあったけど。いろんな出来事に巻き込まれているうちに、俺はこのファンタジー魔法学校での生活に慣れてしまった。

その上、楽しみもできた。

「ふぁ……」

ナイトレイブンカレッジの朝は割と早い。全寮制の学校だから食堂での食事の時間がきっちり決まっていて、既定の時間内に食べ終わらなければ食いっぱぐれる。

一応購買で軽食が売ってたり、各寮に併設されているキッチンで料理が出来たりもするけれど、寮で朝食を作るのと食堂へ食べに行くのであれば、食堂へ行く方が主に後片付けとかの面倒がなくていい。気分次第で寮で作ることもあるが、基本的には食堂を利用している。

だから朝食の時間に間に合うように、それなりに早起きして準備をするようにしている。7時前に起きるのなんて、大学入ってから久しくしてなかったから最初こそつらかった。

でも1ヶ月近く経った今では身体が慣れて目覚ましがなくても起きられるようになった。慣れってすごい。

……実際のところ、グリムの寝相が悪すぎて……強制起床が6……いや7割なんだけどな。

朝食が乗ったトレーを手に、大食堂の中をぐるりと見回す。ぴょこんと跳ねた茶髪とさらりとした藍色の頭が並んでいるのを見つけ、そちら側へと歩み寄る。

「おはよう。エース、デュース」

「おっ。おはよーユウ」

「おはよう、ユウ」

 ハーツラビュル寮の年下の友人たち、エースとデュースに声をかけて彼らが座っている席の向かい側に腰を下ろす。

「ユウ、グリムはどうしたんだ?」

「まだ寝てたから置いて来た」

「お前、それ後からうるせぇんじゃねぇの?」

「起こしたのに起きなかったグリムが悪い。ツナ缶置いて来たし大丈夫だろ」

ノリも要領も良く、明るい性格のエースと、真面目だけどちょっと要領が悪くて、実は元ヤンなデュース。そして俺と傍若無人毛玉のグリム。

入学式の翌日に知り合ったこの年下の同級生である2人と俺たちはつるむことが多く、気が付けば悪友のような関係を築いていた。元カノの相手とバイトに明け暮れていた大学時代に比べるとなんとも気が楽で、かなり居心地が良い。

あと健康に良い。すごく良い。

「あ、そういやデュース魔法分析学の課題終わってんの?」

「んぐっ……。……あとちょっとで、終わる」

「まだ終わってなかったのかよ。魔法分析学1限目だろ」

「……メシの後でも、十分終わる……はずだ」

「いやいや、あの量を一晩で片付けられなかったのに終わるわけないじゃん」

「勝手に決めつけるな!」

「『お願いします、エース様』って言えば見せてやってもいいけどぉ?」

「誰がそんなことを言うか!」

はぁ~~~~~~~そうこれこれこれ~~~~。

机を挟んだ向こう側でぎゃんぎゃんと騒ぐ2人に、思わず笑顔になる。

こう……喧嘩ップルっていいよなぁ……。普段人前では素直になれずに口論するけど、2人っきりになるとお互いがお互いに甘える、そんな関係性最高だよな。

好きなカップリング傾向をこんなに近くで吸えるなんて、それだけでも年齢サバ読みして高校生やり直してる甲斐あるわ。20歳超えると意外と恥ずかしいんだよなぁ、制服って。

エースとデュースの口論は正直ずっと見てられるけど、そろそろ止めておかないとデュースが課題をやる時間が無くなる。課題を終わらせられなくて怒られるのは流石にかわいそうだしな。名残惜しいけどここらで止めに入るか。

「……デュース。どこがわからないんだ? 写すのは抵抗あるかもだけど、教えるくらいならいいだろ? 時間もないし」

「えっ、あ、もうこんな時間だったのか!? ……あ、ああ……悪いな、ユウ」

「いいよ、気にすんなって」

時間がないことに気付いたのか、デュースはエースとの口論を止め、カバンの中から教科書とノートを取り出した。

「ここで躓いてるんだが……」

「んーと、……ああ、ここかぁ。ここは……」

頭を突き合わせてデュースに勉強を教えながら、ちらりと横目でエースの様子を盗み見る。

むすっとした様子で肘をつきながら朝食の残りをつついている姿は、まるでおもちゃを突然取り上げられた子供のようで大変よろしい。

これはあれだな、嫉妬だな!? 俺にデュース取られて拗ねてるんだろう? はぁ~~朝から元気になる。

というか、魔法分析学はお前の得意分野なんだから、昨日の夜の時点で素直に教えてやればよかったのに。……昨日の夜……夜の勉強会か……。ふむ……。なるほど……? 正解する度のゴホウビか、間違えるたびのオシオキか。どっちがいいかな。

……いやいやいや、さすがに朝からこの妄想はやばい。ステイステイ。

「……で、ここはこうなるんだけど、わかったか?」

「えぇと……あ、そうか。こういうことか?」

「うん、そう」

「……よし、終わった! ありがとうユウ!」

「どういたしまして。じゃあそろそろ行くか」

「そうだな。……おいエース、行くぞ」

「へいへい、言われなくても……」

デュースに声を掛けられて、エースはむすっとした表情のまま立ち上がる。

朝からいいもの見せていただきありがとうございます、だ。早くくっつかねぇかなここ2人……まっ、100%俺の妄想なんだけどな。

ナマモノBL妄想とかいう人には言えない趣味だから、出来るだけ控えてるんだけど……この学校属性持ってるやつ多いしそもそも顔が良いやつが多いしで環境が整ってて最高すぎるんだよ……。

友達でそういう妄想するのは罪悪感もあるんだけど、いやでもそれ以上に、どう見てもめっちゃ気にしてるのわかるんだよ!! どうしようもないだろ!! 悲しい性なんだ!

心の中で頭を抱えて煩悶としていると、食堂の入り口から猛スピードで近寄ってくる毛玉が見えた。あ、あれうちの毛玉だな。

「ふ゛な゛~~~~~~!ユ~~~~ウ~~~~!!」

「やっと起きたのかグリム。おはよう」

「おはよう、じゃないんだゾ! お前が起こしてくれなかったから朝飯食えなかったんだぞ!」

「いや俺は起こしたし、朝ご飯置いといてやったろ。ツナ缶。好きだろ?」

「ツナ缶は好きだけど、今朝はオムレツが食べたかったんだ!」

ぐるるるぅ、とう唸り声を上げながら、グリムが俺の頭に噛みついてくる。こらこら、俺の頭はオムレツじゃないぞ。

「わかったわかった。明日からはお前が寝ていてもカバンに詰めて連れてくるし、あとから購買で高級ツナ缶買ってやるから許せ」

「ぅ~~! ゼッタイなんだゾ!」

「はいはい、仰せのままに」

気が済んだのか、グリムは俺の頭をかじるのをやめ、肩の上に移動してくる。結構重いし毛皮が暑いから、自分で歩いてほしいんだけどなぁ……。

「早くしないと遅刻するぞ」

グリムと戯れているうちに先を歩いていたデュースが少し離れた位置から声をかけてくる。エースもさっさと来いよ、といった顔をしている。

俺達を置いていかず待っててくれるエースとデュースに感謝しつつ、古びたカバンを片手に2人の元へと駆け寄る。

さて、今日も学生生活を頑張りますか。




とっても簡単な監督生設定

ユウ(21歳/175cm)
クリスマスの1週間前に親友に彼女を寝取られてヤケ酒してたらツイステッドワンダーランドに来ていた人。
ナイトレイブンカレッジ1年生にしてオンボロ寮の監督生。
実年齢は21歳現役大学生だが、あまりにも童顔過ぎてみんなに10代後半と間違えられている。
本人的には別に年齢知られても良いしなんなら学生じゃなくて用務員さん辺りのポジションでいいとは思っているが、グリムがあまりにも学園に通いたさそうなのでグリムのために年齢を伏せている。猫派。
隠れ腐男子で、顔が良くキャラが濃い周辺の人々を観察しながら妄想するのが趣味兼日課。
ストゼロが恋しい。


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Ep2.童顔系腐男子監督生と部活とアルバイト

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・アズール制服

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



「そーいやさぁ、ユウって部活どーすんの?」

「ぶ……かつ……?」

エースから発せられた単語の響きがあまりにも懐かしくて、一瞬頭の中で変換ができなかった。

ぶかつ。ブカツ。部活……ああそうか、高校だと部活って言うんだもんな。サークルじゃないんだもんな。懐かしいなぁ部活動。あの頃は確かバレー漫画が流行ってて、俺もバレー部に入ったっけ。

「いや~……あんまり興味ないなぁ。ほら、俺にはグリムの世話があるし」

「え? 何言ってんの、うち部活動必須だぜ?」

「………………ゑ?」

待ってなぁにそれ初耳なんだけどぉ!?

エースが言うには、ごく一部の例外を除いて生徒は皆何かしらの部活に入部しなければいけないという。

どうやらナイトレイブンカレッジという学校は名門校らしく文武両道を目指しているとか。なにそれつらい。高校卒業後はほぼスポーツらしいスポーツをしていない俺にとってはつらさしかない。

「……今初めて知ったわ……ちなみにエースは何部入ってんの?」

「オレはバスケ部。んでもってデュースは陸上部だってさ」

「へぇ、バスケ。エース上手そうだしぴったりじゃん」

「わかってんじゃん。オレ1年のうちからレギュラー取りたいんだよねぇ」

うん、バスケ部のユニフォームを着たエース。いいね、めっちゃ似合いそう。爽やかな陽キャスポーツマンって感じ。ジャ●プっていうよりマ●ジン系だな。

…………いや、さらっと流しちゃったけどなんでこの場にいないデュースの部活も教えて来たんだお前。

これはあれか、「オレはデュースの部活も知ってるぞ」っていうマウントを取って来たのか!?

ッッか~~~~~~~!!! 最高か?

男友達であろうとデュースに近付く奴には牽制して積極的に仲良しアピールしてくるその姿勢、素晴らしいと思います。いいぞもっとやってくれ。

ずっと思ってたけどエースはヤンデレの素質あるよな。『なんでオレから逃げるわけ?』とかデュースの首掴みながら言ってほし~~~想像しやすい~~~! 若さ故の暴走が似合いそう。酒が進む。そこからのすれ違いメリバも想い通じ合ってのハッピーエンドもどっちも美味しい。

問題があるとすれば、腕力はエースよりデュースの方が強いから力ずくでって展開が難しいってことか。素手での喧嘩も経験値の差が結構ありそうだし。でも俺は拘束具とかあまり口にできない道具とか使うプレイも嫌いじゃないから、っていうか好きだから、そっち方面使えば……。

「……でさ、フロイド先輩ってば全然動かねーの! どんだけ気分屋だってハナシ!」

「えっフロエー?」

「は?」

おっとうっかり口から欲望が出た。いけないいけない。

「悪い、なんでもない。大変な先輩もいるんだな、エース」

「そーなんだよ……じゃなくて。オレの部活の話はいいから、ユウはどうすんのって話だよ」

「部活……部活か……スポーツ系はちょっと……」

元からやっていたならともかく、20歳過ぎて年下の子達と部活で汗を流そうぜ! って俺のキャラじゃない。

「なら文化部とか? 文化部っていうと~……確かトレイ先輩はサイエンス部って言ってた気がする」

「あんまり興味ねぇな……」

「あとは~……ケイト先輩が軽音部だったような」

「エース、ひとつ教えておいてやろう。俺は音痴だ」

伊達に中学高校の合唱コンで「口パクしてくれればそれでいい」って言われ続けてないからな、俺。自慢じゃないが音楽の成績はいつも低空飛行墜落スレスレだ。

あちゃー、とエースが苦笑する。他にいくつか教えてもらったが、男子校らしく運動部がメインで、文化部はそもそもの数が少ないらしい。

「う゛~ん……どれもイマイチなぁ……」

「ワガママすぎねぇ? とにかく、なにかしら入っておけよ~」

じゃあ俺これから部活だからと手をひらひらさせながらエースが教室を出ていく。これは困ったな……部活なんか入る気なかったのに。

どうしたものかと頭を悩ませながら俺も教室を出て、職員室を目指す。エースが挙げていた部活以外にも、何か別の部活……幽霊部員OKな部活とかも、あるかもしれない。先生方ならどんな部活があるかは把握しているだろうし、教えてもらえるだろ。

 

:  :  :

 

失礼しました、と一礼し職員室をあとにする。

トレイン先生にもらった部活動一覧が書かれた書類には、いくつかの部活の名前の上に横線が引かれている。どうも各部活人数制限があるらしい。人気のある部活に集中して人数が飽和しないように調整しているそうだ。

わかる。部活とかサークルって、人数が多ければ多いほど面倒だもんな。派閥とかできるし。大学1年生の時に入ったサークルは大手で、それ故派閥争い——実際にはサークルの姫2人の対立――で解散した苦い思い出がよみがえる。

「しかし……キャラが濃い生徒が多いと変な同好会もあるな……なんだこの、ガーゴイル同好会と山を愛する会って」

どっちも在籍人数1名だし。ナイトレイブンカレッジは部活の予算を気にしないのであれば1人からでも同好会が作れるらしい。いや、それにしたって、山を愛する会は多分山岳部系列だとは思うけど、この、ガーゴイル同好会って……なんだ……?

「……っと、活動場所はここか」

部活動の名前が並んだ一覧の中、1つだけ興味を惹かれたものがあった。

ボードゲーム部。

元の世界にいたころからボドゲは嗜む程度ではあるけど色々と遊んできた。異世界だとしても遊び方さえ分かればある程度楽しめるだろうし、それに何よりこういう部活ってあまり熱心に活動していなさそう! ぶっちゃけ言えばオタクが多そう!

幽霊部員として在籍だけすればいいってのが一番だけど、毎日ちょっと顔を出してすぐに帰れるだけでも充分だ。なんせ我がオンボロ寮にはまだまだ掃除や修繕が必要だからな……住むからには出来るだけ快適に過ごしたい。

「失礼しまーす」

活動場所である教室のドアを開く。

即、ドアを閉じた。

一瞬ちらっと見えただけだけど、教室の中にはやたらめったらに綺麗な顔の眼鏡男子と何故か髪から青い炎が出ている男子がいた。いやあれ絶対やばいヤツだろ。どっちもキャラがビンビンに立ってる。

すなわちモブじゃない!

しかも眼鏡の方、アイツ入学式で見た覚えがある。確かリドルと一緒にグリム追っかけてた奴だった気がする。入学式にいるような奴は寮長とか、各寮の幹部連中だってケイトが言ってた。リドルと対等に口きいてたってことは、恐らく、どこかの寮の寮長とかだろう。

よし、逃げるか。

三十六計逃げるに如かず、君子危うきに近寄らず。面倒そうな奴は避けて通るが吉だ。

「お待ちください」

「ヒッ」

回れ右をしてダッシュで逃げようとした瞬間、肩をガシリと掴まれる。すごい痛いやばい、指が肩に食い込んでてめっちゃ痛い。握力つえぇ……。

「貴方は―――確か、入学式で魔力が無い、と言われていた新入生の方ですよね?」

「ハイ……ソウデス……」

「ようこそボードゲーム部へ。歓迎しますよ」

「いやあの俺この後忙しくて……グリムと遊ばなきゃいけないんで……」

「いえいえ、遠慮なさらず」

「いやでも」

「ね?」

「ハイ……」

美人の笑顔の圧ってすごいのな。

ずるずると連れ込まれた教室の机の上には、今まさに対戦中であったであろうチェス盤と駒が置かれていた。へぇ、こっちにもチェスってあるんだ。パッと見た限り、駒もチェス盤も元の世界にあったものと同じに見える。

「そちらへどうぞお座りください」

「あ、はい……」

勧められるがままに、空いている椅子に腰かける。眼鏡男子も先程まで座っていた場所に戻る中、青く燃えている髪の男子は何故か立ったままの状態で固まっていた。

彼は落ち着きなく俺と眼鏡男子を見比べている。身長こそでかいけど、その様子はまるで周囲を警戒しているげっ歯類みたいな動きだ。

「イデアさん、新入部員が来ましたよ」

待って?

「待って? 俺もうボドゲ部入る事決定してんの?」

「おや、そのつもりで来たのでは?」

「いやまぁ……そうなんだけど……っていうかそっちの人大丈夫? さっきから動いてないけど」

「彼、人見知りなんですよ。そのうち動き出すと思うのでご安心ください」

「人見知りが過ぎない?」

教室の中をぐるりと見回してみれば、中にはこの2人しかいないようだ。先生にもらった資料では、もう少し在籍人数いたと思うんだけど……。

「さて!」

パン、と眼鏡男子が手を叩く。その音でフリーズから再起動したのか、「イデアさん」と呼ばれていた青髪の男子がびくりと肩を震わせたあと、変わらず警戒したげっ歯類みたいな動きでで椅子に座り直した。……ちょっと距離を取られてるのは、まぁ、気にしない様にしよう。人見知りだからな、しょうがない。

「まずは自己紹介をしましょうか。僕はオクタヴィネル寮2年、アズール・アーシェングロットと申します」

「オンボロ寮所属の1年のユウだ」

「……………………」

「ほらイデアさん、ご挨拶しないと」

「え、えぇっと……ぼ、僕はイデア・シュラウド……イグニハイド寮、の、3年……」

俺から視線を思いっきり逸らしながらボソボソと呟くようにされたイデアの自己紹介を聞いて、うすうす感じていたことを完全に察した。

あ、こいつ、コミュ障だな、と。

高校の時の友達の1人がこういう感じだったなぁ、と思わず懐かしくなる。元気だろうか鈴木くん。一緒にやったス●ブラのオンライン対戦じゃ、教室と打って変わって通話中の対戦相手をガンガンに煽って鬼神の如きテクで下していたなぁ。

眼鏡男子―――アズールの方へ視線を向ければ、彼はやれやれといったように肩を竦めている。

「すみませんね、ユウさん」

「ああいや、大丈夫。似たようなの、友達にいたし」

「!?」

「そうでしたか。貴方も愉快なご友人をお持ちですね」

「!?」

「そういう奴って1回慣れると別人か? ってくらいに豹変するじゃん。そのギャップが楽しい」

「ああ、なるほど……少し覚えがありますね」

ちらり、とイデアの方に視線を向けるアズール。ほほぅ、こいつもそんな感じなのか。

……ということは、イデアはアズールに気を許している、と。夕方の教室……放課後の2人きりの部活動……なるほどね。うんうん、ありだわあり。全然あり。

どっちがどっちかな……俺的にはこの2人リバっていうかなんだろ……百合……? アズイデでもイデアズでも、どっちでも美味しい。退廃的な雰囲気が似合うカプだな。Pi●ivなら廃墟とかバックにしたイラスト投稿されてそうだ。

「あとはここにサインをお願いします」

「わかっ……って、え?」

「入部届の記入、ありがとうございます。後ほど僕の方で先生に提出しておきますね」

「い、いつの間に!」

「少しぼんやりとされていたので、その隙に。いやぁ助かりました。今年は新入部員が少なくて。おかげで規定数は集まりましたし、予算も減らされずに済みそうです!」

「予算目当てかよ! っていうか俺以外にも新入生いるの? にしては姿が見えないけど……」

「ほとんど幽霊部員ですので」

「じゃあ俺もそれがいい……」

「何を言ってるんです。ここで会ったのも何かの縁。ぜひ仲良くしましょう!」

貴方に興味があったんです、と綺麗な顔に笑みを浮かべるアズール。興味ってなに、興味って……。そんな注目される事…………してるなぁ……。

「なんで学園長と言いお前と言い、笑顔が胡散臭い奴が多いんだよこの学校」

「胡散臭いとは人聞きの悪い。僕はいたって普通の、慈悲深い生徒ですよ」

「本当に慈悲深い奴は自分で言わねぇよ……」

入部届にサインをした以上、退部は難しそうだ。なんとか幽霊部員にジョブチェンジできねぇかな……。

 

:  :  :

 

……なーーーんて思ってた時期が俺にもありました。まる。

「よっしゃー! ゴール!」

コン、とプラスチックでできた車の形の駒をゴール地点に置く。右隣からぐぬぬ、とアズールの悔しそうな呻きが聞こえて大変愉悦愉悦。先にゴールしていたイデアと顔を見合わせて、にんまりと笑い合う。

「いえーいやったぜイデア~!」

「いえーいユウ氏やるぅ~!」

お互い笑顔でハイタッチを交わす。イデアも普段はここまでテンション高くはないけど、今回は別だ。

なんせ、ボードゲームでの勝負で、初めてアズールが最下位になったのだ。

今回イデアが持ち込んだマジカルライフゲームという名のボドゲは、所謂俺の元の世界の人生ゲームのことだった。マスに書かれた内容にはツイステッドワンダーランドらしく魔法や魔力なんて単語や聞き覚えのない単語も出てきたけど、ルールはほとんど変わらない。

どうもアズールは運要素の強いダイスゲームは苦手らしく、珍しく眉間にしわを寄せたままプレイし、最終的に最下位になって終わった。的確にマドルをむしり取られるマスにばっか止まるのは、ある意味才能だと思う。

「くっ……これだから運任せなゲームは…………。いえ、これも克服してこそ……」

「何ぶつぶつ言ってんだ?」

サイコロを手に何やら考え込んでいるアズールに声をかけるが、自分の世界に入っているのか聞こえていないようだ。

まぁいいか、とイデアと一緒にマジカルライフゲームを箱にしまっていく。

入部当初こそ目は合わせられないわタブレットがなければ会話もままならないわのイデアも、しばらく顔を合わせるうちに慣れてきたのか少しずつ話せるようになり、ツイステッドワンダーランドの漫画やアニメ、映画について聞いている内になんとか打ち解けることができた。

オタク趣味は国境どころか世界をも超える。はっきりわかんのな。

「それにしてもおもしろかったな。イデア、これどこで買ったんだ?」

「購買部ですな。あそこなんでも売ってて、麓の街に降りたくない拙者大助かり」

「お前は麓の街に降りたくないってよりも、自室から出たくないってのが正解だろ」

「ユウ氏大正解~」

「いやいや、胸張って言うことじゃないだろ」

「サーセン」

語尾に単芝生やしたような口調で、イデアが笑う。特徴的なギザ歯が見えて、「噛まれたら絶対歯型めっちゃ残るだろうな……」と思わずアズールの方を見てしまった。

どうもイデアが言うには俺は『陽キャの皮をかぶった陰キャ』らしい。だから仲良くできるんだとか。俺、陽キャの自覚はないけど、陰キャの自覚もないんだよなぁ。

「これいくらくらいするんだ?」

「最新作ですし……このくらい」

「うげ」

イデアに買ったときのレシートを見せてもらい、ぎょっとする。思ってた金額よりもお高い。エースとデュースがオンボロ寮に遊びに来た時にグリムも混ぜて4人一緒にやるのにちょうどいいかと思ったんだけどな。

うぅん、とレシートを握り唸る俺を見て、イデアが意外そうな声を出す。

「そんなに悩む額ですかね」

「……俺にとっては。そもそも他の奴らと違って親からの仕送りとかもないし……」

「なら普段はどう暮らしてるんで?」

「あー……学園長に校内の清掃の仕事とかもらって小遣い稼ぎしてる。でもそれもいつもあるわけじゃないし、グリムは食い意地張ってるし……」

「えぇ、ユウ氏かわいそ。拙者のおやつ食べます?」

「食べる~……どこかにいいバイトあればいいんだけど」

出来れば安定してシフトに入れて、賄いとか出れば最高だな。なんて呟いた瞬間、肩を掴まれた。この痛さは覚えがあるぞ。

「なっ、なんだよアズール……」

「今、仕事を探してる、とおっしゃいましたね?」

「え、うん……」

「ユウさん、貴方これまでにバイトの経験は?」

「えーっと……ファミレス……じゃ、なくて、レストランでキッチンとホール両方やってたけど……」

元カノの遊びレベルに合わせるために、大学の講義とデート以外の時間はほぼほぼバイトに充てていた俺だ。最初はキッチンだけだったはずが人手不足でホールにも回され、両方できるようになったからとバイトリーダーにもさせられた。

時給が上がったから文句こそは言わなかったけれど、社員でさえも俺に頼りきりになるのは本当にどうかと思う。

俺、学生! 俺、バイト! なんで俺に何でもかんでも聞いてくるんだ!

あの頃の俺はよく病まなかったな、と褒めたいくらいだ。

「素晴らしい!」

アズールの目がきらりと輝く。その後ろで、イデアが俺に向かって合掌していた。

待って。それどういう反応? イデアくん? なんでこそこそ逃げるように帰ろうとしてるの? 待てこら説明しろ。

「ユウさん、貴方に紹介したいバイトがあります」

アズールが眼鏡のブリッジを押し上げながらにこりと笑う。

短い期間の付き合いだけど、その威圧感のある笑顔、嫌な予感しかしないんだが?

 

:  :  :

 

大きなガラスの向こう、揺蕩う海藻とその間を縫うように泳ぐ魚たち。シックな家具に高級ラウンジを思わせる内装は、ここが学校の敷地内だという事を忘れさせるほど大人っぽく落ち着いた雰囲気を漂わせている。

「さぁ着きましたよ」

「あの、アズールさん。ここどこ?」

「モストロ・ラウンジ——―オクタヴィネル寮で運営しているカフェです」

「はー……すっごいな。というか、生徒主導で金儲けってしてもいいんだ」

「許可さえ取れれば可能ですよ」

「ふーん……。……オクタヴィネル寮で運営してるってことは、まさかアズールがここの責任者ってこと?」

「ええ、その通りです」

にっこり、と擬音が聞えてきそうな笑みをアズールは浮かべる。

「働き口が欲しいと言っていましたね。僕が雇って差し上げましょう」

正直、怖い。その笑顔が怖い。

ここで働きますと言ったが最後、卒業まで延々こき使わされそうだ。

ただ……こんな立派な設備があるということは、そこそこ稼げているんだろう。話を聞けば賄いもあるし制服も支給、残業代は100%出るということだ。ホワイト企業じゃん。

目の前にいる責任者が胡散臭そう、という点を除けば魅力的な職場だ。

「うぅ~ん……、っ、ぅお!?」

待遇と自分の苦労、その2つを頭の中で天秤にかけて悩んでいると、突然肩になにかが圧し掛かってきた。驚いて顔を横に向ければ、まず目に入ったのはギザギザと尖った歯、そして整った顔。

わお。イケメンだぁ(IQ3)。

「ヒィエ」

「アズールゥ。誰? コイツ」

「本日からモストロ・ラウンジで働くことになったユウさんですよ、フロイド」

「待って。アズール、俺まだ働くなんて言ってな……」

「そぉなの? 」

「ヒッ顔が良い……」

ぐるりとイケメンもといフロイドとかいうヤツがアズールから俺へと顔を向ける。

「はは、なにコイツびくびくしてておもしれ~。よろしくね、小エビちゃん」

「なんで小エビ!?」

しかしこいつ、身長でかいな……。俺も一応170後半はあるけど、それよりも頭一つ分はでかい。

そしてなにより顔が良い。ターコイズブルーの髪色も金とオリーブのオッドアイもまったく不自然に感じないくらい顔が整ってらっしゃる。なにこいつ、乙女ゲームのキャラクター……?

「お戻りでしたか、アズール。……おや、この方は?」

「!?」

「ジェイド、いいところに。彼はオンボロ寮の監督生のユウさんです」

「ああ、例の……」

「ホールかキッチンの服、予備がありましたよね? 彼のサイズに合いそうなのを持ってきてください」

「わかりました」

待て。待て待て待て。

双子、だと……!?

シンメトリーでオッドアイで、片ややんちゃ系の片や穏やか系……? は?キャラ濃すぎでは? キレそう。

っていうかこの2人を侍らせるアズールの絵面が完璧すぎて想像しかできない。

いやこれはもうあれだろ、双子×アズールあるだろ。ないわけがない。双子に前後挟まれて、普段はお高く留まってるアズールが翻弄されてわけわからなくなっちゃうやつ……R-18マークがついた薄くて厚い本がいっぱいありそう。今すぐ虎穴にダッシュしたい。

……いや、待てよ。双子同士でのカップリングも美味しい。倫理観が彼方にぶっ飛んでるけど。BLの前では近親相姦とか一新等二親等とか考えちゃいけない。倫理観はしまっちゃうよおじさんにしまってもらわねば。

しかし……どっちが……どっちだ……!?

やんちゃ×穏やか……か? ……いやでもこういうのって、穏やかな方が実はSっ気強くて、夜の性活ではイニシアチブとってるのでは?

ネット上で穏やか系が二次創作だとドSキャラに改変されてちょくちょく学級会起こってたなぁ。

あー、でも逆に女王様プレイもありなのか? 受けがイニシアチブとるのは昨今のBL事情じゃ珍しくもないだろう。

どの組み合わせにしろ、この3人のカップリングはまず間違いなく成人指定が多い。うん。

「終わりましたよ」

「おや、似合っているじゃないですか」

「……はっ!? いつの間に俺着替えさせられた!?」

「なにやら考え込んでいる隙に。……このやり取り前もしましたね」

「ああ、俺が入部届書かされた時だな」

「貴方、ぼんやりしていることが多いんじゃないですか?」

「……否定できないわ……」

……ん? そういえばさっき、フロイドって呼ばれてたな。その名前、なんか聞き覚えがある気が……。

「もしかして、お前、エースの部活の先輩の、フロイド?」

「ん~? カニちゃんのこと?」

「カニちゃ……あー、うん、多分そうだと思う」

「なに、カニちゃんの友達なの?」

「そうだけど……」

「へぇ~、そうなんだ。じゃあオレがいろいろと教えてあげる」

「あ、ありがとう……?」

……。

…………いやいや、俺まだここで働くって言ってないよな!?

なーんて俺の意見なんか通るわけもないワケで。

よろしくお願いしますと微笑むジェイドと、頑張ってねなんて他人事なフロイドと。

期待していますよと綺麗に笑うアズールに囲まれて、俺はモストロ・ラウンジで働き始めるのであった。




ユウ
ナイトレイヴンカレッジ1年生兼オンボロ寮監督生兼ボードゲーム部新入部員兼モストロ・ラウンジアルバイト。
気付いたら肩書と知り合いが増えていく毎日。
エスデュが推し。早くくっつけばいいのにって思ってる。
顔が良い人物に囲まれて、妄想するのが楽しい。
一度考えだすと黙って動かなくなるので、これからも気付いたらサインさせられてたりする。
そろそろアルコールを摂取したい。


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Ep3.童顔系腐男子監督生と朝散歩と飲み仲間

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・ヴィル運動着

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。




 

 

悲鳴のような嬌声が聞こえる。

水音が響く。

ドア1枚へだてた向こう側で何をしているのか分からないほど、俺は鈍くない。

開けなければ、と頭の中で声がする。

開けたくない、と心が叫ぶ。

このまま目と耳を塞いで、何も知らなかったことに出来ればどれだけいいだろう。

最愛の彼女と、親友とも呼べる友人の不貞。

そんなの、知りたくなんてなかった。

震える指先がドアノブを掴む。

悪いことをしているのであれば、暴かないと。

誰かが耳元で囁いた。

 

:  :  :

 

「っ、あ、はぁ……はぁ……」

跳ね起きる。所々に穴が空いたカーテンの隙間から、ぼんやりとした朝日が差し込んできていた。少し埃が篭った空気に、ほぅ、と小さく息を吐く。

夢……だったか。

あの日の夢。アルコールの力で流したはずの、思い出したくない記憶の断片。

あれからもう2ヶ月は経つのに、こうして夢に見てしまうだなんて。

「ん…………」

ゴロリと寝返りを打ったグリムが薄く目を開く。

「ユウ……? もう朝なのか……?」

「ああ、悪いグリム。起こしたか」

ベッドサイドに置いた目覚まし時計を見れば、時刻は5時半頃。起きるにはまだ少し早い時間だ。まだ寝てていいぞ、とグリムの顎下を撫でるように掻けば、再びすぅすぅと穏やかな寝息が聞こえ始める。

ふ、と笑みが溢れた。元の世界にいた頃は犬派だったけど、こうして一緒に過ごしてみると猫もいいかもしれない。グリムは猫扱いすると怒るから、口に出して言う気はないけど。

そのまま俺だけベッドから降りる。ボロいベッドだから少し体重をかけるだけでぎぃ、と軋むけど、今ではもう気にもならなくなった。

ぐぅ、と大きく伸びをする。寝汗で身体がベタベタだ。シャワーでも浴びてくるか。

出来るだけ音を立てないように支度をして自室を出る。オンボロ寮はトイレと水道こそ使えるものの、お風呂は未だ未修理の状態でお湯が出ない。

学園長に校舎の方のシャワールームをいつでも使っていいと合鍵を渡されてはいるが、毎回校舎まで行くのは面倒だからさっさと直してほしい。もしくは自分で金出して直すか……いくらくらいかかるんだろ。

ぱっと覗いた限り、造り自体はしっかりしてそうだったし、それを全部直すとなると相当かかるんじゃ……水回りとかあんまり詳しくないし、今度誰か詳しそうなやつに聞いてみよう。

ぼうっとした頭でオンボロ寮を出て校舎を目指す。この道のりがまた遠いのなんの。地図上でみればオンボロ寮と本校舎は隣り合っているように見えるが、実際の校舎は崖の上で高低差があるからちょっと歩けば着く、なんて距離じゃない。

植物園と魔法薬学室の前を通って鏡舎と購買部を通り過ぎ、メインストリートに出てようやく本校舎への入り口が見えた。この間約25分。本当……さっさと水回りなんとかしよ。

朝もやが立ち込める中校舎を目指しメインストリートを歩いていると、グレートセブンの像が視界に飛び込んでくる。……これ、どう見ても……いや、やめよう。夢の国のチキンレースに参加する勇気は無い。

よしんばあったとしても、ここはツイステッドワンダーランド。

魔法が使える不思議の国ならなにがあってもおかしくはない……はずだ。うん。多分。

自分で自分を納得させて頷いていると、前からタッタッタッと軽快な足音が聞こえてきた。こんな朝早くからランニングだなんて真面目なやつもいるもんだなぁ、なんて足音の方を見て、ヒュッと息を呑む。

美女と野獣。

その言葉が頭の中にぱっと浮かぶ。

白金色から紫へとグラデーションのかかった髪を緩く編み込んだきつめの美人と野性味溢れる褐色肌のケモミミ青年が連れ立ってランニングしていた。

早朝ランニングデートか??? やるな????

すれ違った時に見た限りだと別々の寮……色的にサバナクローとポムフィオーレ、だっけ。だった気がする。お互い違う寮に配属された恋人たちが、朝に人目を忍んで、見つかってもランニング中に偶然会ったと言い訳できるような形でのデート……とかだったらどうしよう。めっちゃ滾る。なにそれ現代版ロミジュリ?

今すぐ追っかけて関係性を根掘り葉掘り聞き出してぇ。そんなことしたら通報待ったなしだから流石にやらなけどさぁ。いやでも気になるな。どういう関係なんだろ。

あっちの……サバナクローの方と仲良くなって、酒盛りしながら聞き出したい。

……いやいやまだこの学校にいるやつみんな未成年だった。酒飲ませらんねぇじゃん俺の責任になる。

「はぁ~~…………アルコール摂取したい……ストゼロを浴びるように飲みたい……」

「ふむ、すとぜろ……とはなんだ?」

「アルコール飲料のことだよ。所謂さ、け…………え?」

ギギギ、とさび付いたブリキ人形のように横を見れば、それはもう端正な顔立ちの少年がきょとんとした表情で俺を見上げていた。

ぉ、あ……確かこの人、ディアソムニア寮の、リリア……だったっけか。合法ショタの。

「ふむ、なるほど。酒か」

「お、あ、おう……」

やべぇ。まさか独り言を聞かれるなんて思わなかった。実際には20過ぎているとは言え、今の俺の肩書は学生。飲酒したいとか何をどう頑張っても校則違反だろ。見逃してくんねぇかな~~……。

「……お主、なにか妙な感じがすると思えば既に成人しとるのか」

「えっ……なんでそれを!?」

「わし程にもなるとな、わかるのじゃよ。それにしても……未成年ならば止めねばと思うたが、成人しているのであれば飲酒は問題ないな」

「……なんで新入生やってるのとか、聞かねぇの?」

「大方クロウリーめが年齢を見誤ったのじゃろう?」

「大正解」

そうだと思うたわ、と見た目の年齢に似合わない老獪な笑みを浮かべた。これが俗にいう……ショタジジィってやつか? 初めて遭遇した。流石不思議の国。

「お主、オンボロ寮の者だろう。名は?」

「ユウ。あんたはリリア、だったよな?」

「おお、覚えていてくれたか。これは嬉しいな」

確か入学してすぐの時に食堂で会ってたよな……と頑張って名前を思い出してみたけどあってたようだ。よしよかった。内心ほっと安堵の息を吐く。これで間違えてたらかっこがつかない。

「その、ストゼロ……なるものはないが、ワインであればわしの部屋にあるぞ」

「えっワイン!?」

「しかも貴腐ワインじゃ」

「まじで!? めっちゃ飲みたい!」

思わず食い気味に叫んでしまう。いやでもアルコール。いくらなんでも置いてある購買部でも、学校という場所柄置いてなかった代物だ。このチャンスを逃せば次に飲めるのはいつになるやら……。

このリリアとかいうやつ、得体の知れなさはあるが悪い奴ではないだろう。いや、学校にワイン持ち込んでる辺りワルではあるんだけど。そんなの酒断ち中の俺とアルコールの前では些細なことだ。

「して、今夜の予定は?」

「今日は……放課後モストロ・ラウンジでバイトがあるけど、夜は大丈夫だと思う!」

「ほう、お主あのラウンジで働いているのか」

すっとリリアの目が細められる。え、なに、その反応なに。イデアといい、モストロ・ラウンジってなんか厄ネタあんの? だったら早めに教えておいてほしいんだけど?

「なら、ワインを馳走する代わりにつまみを準備してくれんか?」

クラッカーとチーズだけでは味気ないじゃろ? とリリアはウィンクする。まったくわかりみが深い。良いワインに良いおつまみは必須条件だ。

なんだびっくりした。料理作ってほしいってことか。……いやまぁまだモストロ・ラウンジの厄ネタ疑惑は晴れていないんだけど。うん、考えないどこ。

「おっけーやるやる。任せて。材料も自分で買って行けば厨房ちょっと使うくらい文句も言われんだろ」

「くふふ、楽しみにしておるぞ。誰かと共に飲むのは久しぶりじゃ」

じゃあ、夜に! とお互い手を挙げて別れる。ひゃっほーー酒だ酒だぁ! 寝起きの悪さも忘れて、うきうきした気分で校内のシャワー室へと向かっていく。

今ならスキップもできちゃいそうだ。

 

:  :  :

 

「……よし、これで終わりかな」

ピカピカに磨き上げたフォークの最後のひとつを所定の位置に戻す。

今日は厨房メインの上、1年生だけのシフトだったらしくなかなかに忙しかった。

入ってから2ヶ月は経っているとはいえ、今まで趣味程度の料理しかしてこなかったような連中の面倒を見ながら自分の仕事をするのはだいぶ精神削ったわ……。でも、俺にはこの後のお楽しみタイムがあるのだ。

それを考えればどんな辛いシフトでも耐えられる。おれ、おさけ、だいすき。

「本日もお疲れ様です、ユウさん」

キッチンの隅に置かれた丸椅子に座って休憩していると、ひょこりとアズールが顔を出した。レジ締めも終わったみたいだな。

「お疲れさん、アズール。今日の売り上げは?」

「ぼちぼち……といったところでしょうか。本日はイベントもない平日でしたし」

「なるほどね……。あー、うん。平日だったとしてもまだ1年生しかいないシフトはきっついわ。回すのも結構ギリギリだったし。せめて2人は上級生が欲しい」

「おや、そんなに忙しかったんですか? それにしては貴方にはまだまだ余裕がありそうですが」

「そりゃ俺は平気だよ。一応仕事としてやってたんだし。でも他の奴らはきついだろ、あれ。スパルタで教え込むのもいいけど、ある程度気持ちに余裕持たせながらやらせないと結局ミスも増えるし、何より潰れる可能性が高くなると思うぞ?」

かちゃりとアズールが眼鏡を押し上げる。レンズの下の薄い青の瞳がきゅぅと細められた。あ、やべ、なんか地雷踏んだか?

「……それは僕に対する業務改善の要求ということで?」

「いや違うよ。俺の経験を話してるだけ。レストランで働いてる時にいたんだよ。詰め込まれ過ぎてパンクして辞めた奴」

「なるほど……」

じぃ、っとアズールの値踏みするような視線が突き刺さる。

この学校のやつらは総じてプライドが高く、命令されたり一方的に要求されるのを嫌がる傾向にある。どうやらアズールもその傾向があるみたいだ。俺としては要求、というよりも、働き方改革とかそういうつもりの指摘のつもりだったんだけど……。機嫌損ねたかな、これは。

けど、ここに関しては引くつもりはない。ここで働いているのは俺を含めて、全員学生だ。本業は勉学にある。モストロ・ラウンジで働いてるのが原因で精神的に潰れた結果本業に支障をきたすのは、違うだろ。

負けじとアズールの目を見つめ返す。しばらく見つめ合って、先に折れたのはアズールの方だった。目を逸らして、大げさに溜息を吐く。

「……はぁ、わかりました。我が寮の1年生はともかく……優秀なスタッフである貴方に逃げられたら大損です。シフトの件、考えておきますよ」

「悪いな、頼んだぞ」

「いえ。普段からあまり下からの意見は出ませんので、ありがたく参考にさせていただきます。……ところで、カトラリーの磨きも終わったようですが寮に帰らなくてもいいんですか?」

「あ、そうだった。ちょっとこのまま厨房使わせてもらいたいんだけど」

「片付けさえきちんとしてくれるのであれば、まぁ。……何か作るつもりですか?」

「うん。このあとリリアんとこに行くから、手土産作ってかなきゃ」

「……なんですって?」

「え? いや、だから手土産を……」

「そちらではなく。『あの』リリアさんのところに行くと?」

「う、うん……」

なんで信じられない、みたいな顔してるんだ……?

ディアソムニアのやつらが近寄りがたいとはきいていたけど、そこまでなのか。他の面子のことは知らないけど、リリアだけ見れば意外ととっつきやすいと思うんだけどなぁ。

ちらりと壁に掛けられた時計を見やれば、そろそろいい時間だ。手軽に作れるものにするつもりだから時間自体はそんなに掛からないけど、あまり遅くなっても向こうさんに迷惑だからな。

丸椅子からよっこらせと立ち上がって手を洗いに行く。

「ユウさん。貴方の交友関係は少々特殊のようですね」

「そんなに言う?」

どうやらアズールはこのまま厨房にいるつもりらしく、俺がさっきまで使っていた椅子を引っ張り寄せて座った。

……ま、いっか。特に邪魔にもならないだろうし。1人で黙々と調理してるよりも話し相手がいる方が寂しくなくていい。

あらかじめ購買部で買っておいた材料を取り出して調理台の上に並べる。ワイン飲むならチーズ系のおつまみは必須だし、こっちはバイト終わりなんだから腹に溜まるものも食いたい。事前に決めていたメニューのレシピを思い出しつつ手を動かせば、アズールが感心したような声を出す。

「貴方、本当に手際がいいですね。レストランで働いていたと言っていましたが……もしかして料理人志望だったんですか?」

「別にそんなことはないけど……1人暮らしが長かったから、自然とできるようになったって感じ」

県外の大学に進学してからはずっと1人暮らしだったし、外食よりも自炊した方が安かったし。あと、元カノがお嬢様すぎて「料理ってなに?」レベルのキッチンデストロイヤーだったから、おうちデートとかしてた時は全部俺が作ってたってのもある。

「……そうでしたか。これは失礼」

「?」

聞いてはいけないことを聞いた、というような顔をしたアズールが目を伏せる。何か変なこと言ったか、俺。たまにわっかんねぇんだよなぁ。

黙りこくってしまったアズールを横目に、次々につまみを作り上げていく。……む、じゃがいもが余りそう。どうするかな。じゃがいもはそこそこ保存もきくし、厨房に置かせてもらって、次に来た時に持って帰っても……。

ちら、と視界の端に映ったアズールに、そうだ、と内心ポンと手を打つ。あれ作ろう。

30分ほど手を動かし続けて、すべてのつまみプラスαを完成させた。

ずらりと作業台の上に並んだタッパーの数に、ちょっと……いや、だいぶ作りすぎた気がした。でも久しぶりのワインだ、途中でつまみがなくなって侘しく何も乗っていないクラッカーをかじるよりも、多少余るくらいのがちょうどいいだろ。

「できたっ……と。ほらアズール。厨房使わせてくれた礼」

「……これは?」

「じゃがいものポタージュ。お前、仕事始まる前くらいから何も食ってないだろ。多少腹に入れておいた方がよく寝れるぞ」

開店前に見かけた時もなんか書類仕事してたみたいだし、営業中はもちろん食べられないだろうし、平日だから開店時間が短い分飯が食えるような休憩時間もない。その上レジ閉めしたあとにここに来てるんだから、何も食べてないはず。多分。

「貴方は……いえ、なんでもありません。ありがたくいただきましょう」

数度目を瞬かせたあと、ふ、とアズールは小さく笑う。

はぁ~~~……顔が綺麗な奴って、こういうのがいちいち絵になるんだよなぁ。美人は3日で見飽きるだなんて嘘だ。本当に綺麗な奴には、見る度「綺麗だな」って感想になるんだから。

「どういたしまして。よし、じゃあ厨房片付けて、と……」

「ああいえ、そのくらいの量の洗いものであればそのままで構いませんよ」

「え、いやでも……」

「どうせ貴方のことだ。そちらの鍋の中にジェイドとフロイドの分もあるのでしょう」

「……よくお分かりで」

「どうせその鍋も洗わなければならないですし、あの2人にやらせますよ」

「でも……いや。じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとな、アズール」

「いえ……お気をつけて」

タッパーに入れたおつまみの山を持ち、アズールに別れを告げて目指すは一路、ディアソムニア寮。

待ってろよ俺のワイン!

 

:  :  :

 

「誰だ、貴様は」

ディアソムニア寮に足を踏み入れた途端、目つきのきつい青年に肩を掴まれた。いかにも誠実そうというか、堅物そうというか……曲がったことが大嫌いですって感じの奴だな。犬に例えるならドーベルマン。

「俺はユウ。今日はここの寮のやつにお呼ばれしたから遊びに来たんだけど」

「なに……? 誰にだ」

「リリア」

「……は?」

青年がくわっと目を見開く。アズールと言いコイツと言い、なんでリリアと会うだけでこんな顔されるんだ? もしやリリアは王族とか、お偉いさんだったりするのか?

「おい、冗談は……」

「騒がしいぞ」

青年が声を上げかけたその時、奥の部屋から聞こえた別の声が制止をかける。

かつかつと靴音を鳴らして出てきたのはさらりとした銀髪にスミレ色の瞳の端正な顔立ちの青年で、彼は俺の方を見ると「親父殿……リリア様が言っていたユウ、か?」と問いかけてきた。よかった、ちゃんと話は通してくれてたみたいだ。

「うん、そうだ……」

けど、と言いかけたところでドーベルm……目つきがきつい方の青年が「何故教えておかなかった!」と銀髪の青年に食って掛かった。

銀髪の青年はうるさそうに顔を歪めたあと至極冷静に「その場にいなかっただろう」と返したが、その返答が気に食わなかったのかさらに言葉を重ね、気付けば俺の存在は蚊帳の外。完全に2人で話し始めてしまった。

俺は……何を見せられているんだろうか……? 痴話喧嘩か……?

 ガタイが良く強面な青年と、銀髪銀目の美形。うむ、いい感じだ。見る限り、これ多分銀髪の方が年上っぽいな。年下強面大型犬攻めと年上玲瓏美人受け。普段は喧嘩ップルかつ年上の方が強いけど、夜になると腕ずくで組み伏せられる。

昼夜で形勢が逆転するの、俺好きだよ。大好き。ここが他の寮じゃなくて自分の部屋だったら床でジタバタするくらいには好きなカップリング傾向だ。

「なんじゃ、騒がしいと思えば……よく来たな、ユウ。待っていたぞ」

「おっ、リリア。今日はありがとなー」

「いやいや、わしも1人での晩酌には物足りなさを感じておったところじゃ。歓迎するぞ」

「やったー! ワインだァ!!」

「ほれ、こっちじゃ」

未だ何やら口論してる……というより、一方的に文句を言っているような……いや、銀髪の方寝てない……? あれ、放置していいんだろうか。

「なぁ、あれ……」

「気にするな。いつものことじゃ」

あっそうなの……ふぅん……毎日あんな感じなんだな……? 最高か……?

ディアソムニアに入寮したやつ羨ましい。これが毎日拝めるなんて……。いやでもハーツラビュルも捨てがたい……いやいやオクタヴィネルも……。

結論:どこでも美味しそう。流石全寮制男子校。餌がたくさんだぁ! ひゃっはぁ!

「さ、着いたぞ」

リリアの部屋にはそこかしこに何処かの国の民芸品みたいなものが転がっていて、クローゼットは目も当てられないほどごちゃごちゃになっている。整理整頓好きの俺なら、普段であれば片付けたくてうずくのだが、今ばかりは部屋の真ん中に置かれた折りたたみテーブルの上にドンと置かれたガラス瓶に目を奪われていた。

「お邪魔しまーす……まじでワインだぁ~~~!!」

テンションが今日イチ上がった。久しぶりのアルコールだ。上がらないわけがない。

「ありがとうリリア~~! あ、はいこれおつまみ」

「おお、多いな!?」

「飲んでる最中につまみが無くなることほど萎える話、なくない?」

「確かに、言われてみればそうじゃな」

「だろ~。よーしそれじゃあ、」

「「かんぱーい!」」

チン、とワイングラスを交わして一気に煽る。マナーが、とかそういう話は知らない。俺はずっと酒が飲みたかったんだ!

鼻を通り過ぎる芳醇な香りに、アルコールで喉が焼ける感覚。これこれこれ。俺が求めていたのはこれだよ!

「っっかぁ~~~……美味い……久々に飲んだっていうのを引いてもこのワイン美味い……」

「わしの秘蔵のワインじゃ。とくと味わうがよい」

「はぁ~神様仏様リリア様……」

「うむ、苦しゅうない。お主の作ったつまみも美味いぞ」

「お口にあったようでなにより」

五臓六腑に染み渡る美味さ、というのを初めて体験してるかもしれない。美味い。テーブルの上には今飲んでいるワインのほかにも数本、別のボトルがある。つまみも十分。

よーし今日は飲むぞ!

 

…………リリアと2人で調子こいてガンガン飲んだ結果酔いつぶれて、リリアの部屋の床に沈んでしまい。

翌日になっても帰って来ない俺を心配したグリムがハーツラビュルの面々に声をかけ、大々的な捜索に発展してしまうのは、まだ少し先の話だ。

 

 




ユウ
ディアソムニア寮のリリア・ヴァンルージュの部屋に泊まったことにより伝説の人物扱いされることになった。
このあとしこたまリドルに叱られる。
朝の散歩のときにすれ違った2人組の関係が気になって仕方がない。
最近ちょっと夢見が悪い。


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Ep4.童顔系腐男子監督生とバイト仲間とマジフト大会【前】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・ラギー式典服

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。




授業終了の鐘が鳴る。ぐぅ、と大きく伸びをすれば肩やら腕やらがバキバキと音を立てた。週最後の授業が終わったこともあり、教室内はどことなく浮ついた雰囲気が流れている。

「おーいグリム、授業終わったぞ~」

「んにゃ……っ!? やっと終わったんだゾ……」

机に突っ伏してたグリムを起こせば、にゃむにゃむと小さな手で目をこすりながら体を起こした。本当にふかふかのぬいぐるみみたいな身体だよな。

「……」

「ユウ? ……ふな゛ぁーーーーー!?!」

グリムの身体を鷲掴むと、そのふさふさした胸毛に顔を埋めて思いっきり吸った。

……癒しじゃん……。猫吸いってよくネットで聞いたけど、こんなに癒されるならもっと早くに知りたかった。

俺としてはまだまだ吸い足りないのだが、グリムが暴れ出したため中断せざるをえなくなってしまった。むぅ残念。

「なっ、なっ、なっ……なにするんだゾ、ユウ!」

「何って……猫吸い……?」

「オレ様は猫じゃない!!」

シャーッと牙を剥いて威嚇されたので、今日はもう無理そうだ。また今度だな。あとでイデアに自慢してやろ。

エースもデュースも今日は部活があるとかで早々に教室を出て行ってしまっている。俺の方はと言えば、今日はボドゲ部の活動もモストロ・ラウンジのシフトもなければ、学園長からの仕事もない。完全にフリーな日だ。

昼にリリアから声がかけられていないってことは、飲み会もなしか。

「グリムはこのあとどーすんの?」

「オレ様は今日は見たい番組があるからすぐにオンボロ寮に帰るんだゾ」

「ふーん」

この前イデアから中古価格で譲ってもらったテレビにグリムは最近夢中になっている。俺もたまに見るけど、やっぱり自分の知っている番組や芸能人が皆無で、なんとなく見なくなってしまっていた。

しかし、どうやら本格的に暇なのは俺だけのようだ。変に残っても面倒なことになるだけだろうし、俺もグリムと一緒に寮に帰るかな。帰ったところで別にやることないんだけど……それか、図書館にでも寄ってみるか?

さてどうしようか、と考えている最中に「じゃあ後からナ!」とグリムは教室を出て行ってしまった。この薄情者め。

のろのろと荷物をまとめていると、開きっぱなしになっていた教室の入口から鮮やかな海の色が見えた。ターコイズブルーの髪を揺らして教室を覗き込んでいたのはジェイドだ。1年生の教室に来るなんて珍しい、と思っていると、ジェイドは俺の方に向かって小さく手招きした。なんだなんだ?

「ジェイド。どうかしたのか?」

「お休みの日に大変申し訳ないのですが、モストロ・ラウンジまで来ていただいてもよろしいでしょうか」

「いいけど……何があったんだ? 誰か体調不良者でも出たのか?」

もしそうだとしたら大変だ。病欠の穴埋めであれば前のバイト先でよくやっていたし、

「いえ……ユウさんは今年が初めてですので、事前に説明した方がいいかと思いまして」

「……? わかった」

詳しくはラウンジで、というジェイドの言葉に従い、連れ立ってオクタヴィネル寮を目指す。俺は今年が初めて、ってことは、なんか季節柄の特需日でもあるのか?

言われてみれば、なんとなく、いつもよりも学校全体が騒がしい気がする。週末だから、っていう雰囲気でもなさそうだし。どちらかと言えば、学園祭の前の雰囲気に似ている気がする。そわそわしているというよりは、活気があるって感じだ。

何かあるのかと聞こうとしたところで、ジェイドの方が先に口を開いた。

「そういえば、この前はご馳走様でした」

「なんかあげたっけ?」

「じゃがいものポタージュを作っていただきました」

「あー……リリアんとこ行った時のか。お粗末さまでした」

「大変美味しかったです。……アズールが貴方を引き込んだ理由がよくわかりました」

「お褒めの言葉どーも。口にあったならなによりだ」

前半は味の感想だから、まぁわかる。でもなんでアズールの名前がここで出てくるんだ……?

…………ハッ。もしかして、これは、ジェイドが俺に嫉妬してる、のか……!? まさかのジェイ→アズだった!? アズールによく褒められているのは自覚していたけど、まさかそれで嫉妬される日が来るとは……。

安心しろよジェイド、俺はBLで言う当て馬モブだ。お前と俺とじゃ勝負にすらならねぇよ。主に顔面偏差値で。……言ってて悲しくなってくるな、これ。

うんうん、と頷きながらジェイドの肩を叩く。俺は応援するぜ!

「……何か?」

「いやなんでもない」

 

:  :  :

 

ガラスの向こう側でゆらりと揺れる海藻に目が釣られる。いつ見てもオクタヴィネル寮は綺麗だな。水族館好きの俺としては、何時間でもいたくなってしまう。

モストロ・ラウンジへと続く廊下をジェイドと連れ立って歩いていると、オクタヴィネル寮生からの視線がビシバシと刺さる。いつもの事だけどなかなか慣れないなこれ。

大方寮生達の憧れである高嶺の花のジェイドと一緒に歩いてるキングオブモブの俺が気に食わないとか、そんな理由……だと俺が楽しい。

「俺達のジェイドさんに近付きやがって……」みたいな。ジェイドもかなり整った顔立ちだもんな。十分にあり得る。うん。モブジェイもアリだな……。

「アズール、戻りました」

「おかえりなさい、ジェイド。ユウさんもお休みの日にわざわざありがとうございます」

「いや、別にいいよ。ちょうど暇だったし。それでどうしたんだ?」

アズールに促されるままソファに腰掛ける。いつ座ってもモストロ・ラウンジのソファは座り心地が良い。これ、結構な額がしそうだな。汚さないよう気を付けないと。

これを、とアズールが差し出した書類を手に取って見れば、一番上に「第××回全国高校生陸上競技大会開催のお知らせ」と書かれている。

「陸上大会?」

「ナイトレイブンカレッジでは、毎年高校生陸上の全国大会が行われるんです。この時は校内施設も外来者に開放されます」

はー、なるほどな。インターハイとかそういうやつか。元居た世界ではこういう大会ってどっかの競技場借りてやるもんだけど、こっちの世界では学校のグラウンド使ってやるのか。まぁ、広いもんな、ここのグラウンド。

……待てよ。グラウンドだけじゃなくて、校内施設も解放される、とな?

「あー……つまり……ここも?」

「ええ。モストロ・ラウンジの大切な儲け時です」

にっこりと極上の笑顔を浮かべるアズール。なるほど。それは確かに事前説明が必要な内容だ。去年の売上とか、その大会がどのくらいの規模とか。特需日は事前に備えておかないと大変な目を見るのは前のバイトで経験済みだ。

「この日、貴方にはキッチンの全般指揮を任せます」

「………………はッ?」

ちょっと待て。とんでもない事言いだしたぞこいつ。俺が、なんだって?

「ホールと受付、会計は僕とジェイドで指揮するので……」

「待て。待て待て待て。アズール、ストップ!」

「なんです?」

いや、「なんです?」じゃねーんだわ。いきなり何言い出しやがる。

「あのな? 俺ただのバイトだぞ? しかもまだ始めて3ヶ月も経ってない、いわばペーペーだ」

「そうですね。ですが普段の仕事ぶりから出来ると判断しました」

「うん、そうじゃなくてな???」

俺はいわばポッと出の新人。オクタヴィネル寮の奴らのほうが長く働いてるし、経験も積んでいる。そんな中で特需日の責任者なんかやってみろ、不満が出るだろ!

あくまで俺は他の寮のアルバイト。そのスタンスを貫かせてほしい。

「無理だろ。普通に考えて」

「僕の判断に間違いがあるとでも?」

「いやだから、そうじゃなくて!」

助けを求めてジェイドの方を見れば、腹の内が読めない笑顔を浮かべていた。あ、この顔助けてくれないやつですね。

実力を買ってくれているのは正直嬉しい。でもそれとこれとは別の問題だ。俺は今まで通り出しゃばらず、隅の方で楽しく働いていきたい。働き始めて3ヶ月で責任者になりました! みたいな出世街道驀進展開なんていらないんだわ。

「……そういえば」

にんまり、という言葉が如く、アズールが口の端を吊り上げる。なに。嫌な予感しかしないんだけど。だらりと背中に冷や汗が流れ落ちる。

「……なんだよ」

「この前、リリアさんの部屋に遊びに行くと言っていましたね?」

「そうだけど……」

「聞くところによると、2人で朝まで楽しく何かを飲んでいらっしゃったとか」

「…………」

「ここはどこかお分かりですか?」

「……ナイトレイブンカレッジ。高校、だな……」

「さすがに寮とは言え学園の敷地内で、まずいのでは?」

ぐぅ…………なんでこいつワインのこと知ってんだ!?

ニコニコと人の好さそうな顔で笑ってるけど、これ、了承しなかったらバラすぞってことだろ……。

俺は成人してる、けど、この世界でそれを証明するものは無い。停学ならいい方、悪けりゃ退学の可能性もある。

脳裏に小さな相棒の姿がよぎる。あんなに熱望して、条件付きとはいえようやくこの学校に入学できたのに、俺のせいで退学になるのは……。

「……わかった、わかったよ! やればいいんだろ!」

「快く引き受けて下さり、僕も嬉しいですよ」

がくりと膝を付き、ヤケクソに叫ぶ。あーーー……やるって言っちゃったよ……。なんでこんなことに……。

ホールにいた他のオクタヴィネル寮生の視線が突き刺さる。へーへーごめんないさねー余所者が重要な役目に抜擢されちゃって!

ぐぅう……今度から、リリアと飲み会する時はディアソムニア寮の厨房借りるようにしよ……。

 

:  :  :

 

イベント当日の朝は早い。

去年の売上と今年の来客予想数から考えて、早い段階で仕込みを始めないと間に合わない。そう判断し、俺は前日からオクタヴィネル寮のゲストルームを借りて泊まり込みで仕込みを始めていた。

ちなみにグリムはエースとデュースにお願いして、オンボロ寮に泊まってもらって面倒を見てもらっている。夜朝昼と三食分のご飯は用意してきたし、リドル達への根回しもしたし、大丈夫だろ。今頃仲良く夢の中のはずだ。くっ……俺も雑魚寝する推しCP+毛玉を見たかった……!

ぎりぃと歯噛みしつつ、ぺちぺちと頬を叩いて気持ちを切り替える。

今回は普段のモストロ・ラウンジとは違い、女性向けのメニューが多くある。

特にケーキなどのスイーツ系は作るのに時間がいるから、ある程度作り置きできるものはしておかないと。オクタヴィネル寮生の中でもお菓子作りが出来る奴らを選抜してもらい、集まった生徒達に指示を出しながら自分の手も動かす。

誰だ前日にメニュー増やすとか言ったやつ!! 俺だ!! メニュー表見てついうっかり「さっぱりしたデザート、欲しくね?」って言ったな!! チクショウ自業自得だ!

幸い、お菓子作りに選抜された面子だけではなく他のキッチンのメンバーも俺の指示をちゃんと聞いて動いてくれるやつらばかりでありがたい。

「ユウさん」

「んあ、アズール?」

お菓子作りの仕込みも終わり、料理関係の仕込みの指示はキッチンで長く働いてるオクタヴィネル寮生に任せて束の間の休息をとっていると、キッチンの入口からアズールの呼ぶ声が聞こえてきた。

「キッチンの進み具合はいかがですか?」

「まぁ多分なんとかなるかな。ホールの方は?」

「こちらの準備も完了しました。それで、会わせたい方がいるので一度来ていただけませんか」

「……? おう」

誰だろ、会わせたい奴って。オクタヴィネルの誰か……ではないよな。それなら事前に顔合わせの場を設けてるだろうし。

ちょっと出てくるわ、と近くにいた金髪のオクタヴィネル寮生に声をかけてアズールの後ろを着いて行く。

ひらひらと長い裾が揺れる。朝に会った時は制服だったけど、いつの間にか式典服に着替えていたようだ。そういえば、今日は全員式典服で給仕するって言ってたな。

女性ウケがなんとか。まぁでも確かにその通りだ。

「やっぱりいいよな、その服。アズール美人だし、似合ってる」

「……はい?」

ぴたりとアズールが足を止めて、振り返る。

式典服は黒と紫という暗く成りがちな色合いをしているけれど、裾や襟に施された豪奢な金糸の刺繍が暗さを払拭し、高貴さを演出している。

うん、これいくらくらいするんだろうな。俺も一着だけ持ってる(目を覚ました時に着ていた)けど、値段は恐ろしくて聞けてないし、普段は箪笥の奥底に防虫対策して眠らせてある。

俺が着たところで馬子にも衣装程度だけど、アズールみたいな顔が良い奴が着ると一味違う。うーん顔面格差社会。

「ジェイドとフロイドも顔良いし背も高いからビシッと決まるし、モストロ・ラウンジの雰囲気にも合うしな」

「あ、ああ、そういう……。我ながらいいアイデアだと思いますよ」

ふふんとアズールは胸を反らす。これで顔が良い奴のブロマイド作って売ればそこそこ売れるんじゃないか? とも思ったが、口に出すのはやめておいた。流石に未成年の一般人の写真を売りさばくのは肖像権とか青少年保護法とかその辺がやば……こっちにそういう法律あるのか……?

しかし、俺だってせめてもう少しタッパがあれば、見栄えも良くなると思うんだけど……悲しいかな、いくら童顔であろうと21歳。第3次成長期なんて夢のまた夢だ。

「あれ? アズールくん。その人って……」

アズールに連れられてモストロ・ラウンジのホールへと来てみれば、そこにはずらっと並んだ式典服姿の生徒達。

その中に1人、見覚えのない人物がいた。

金色にこげ茶混じりの髪、その上にはピコピコと動く三角形のケモ耳。くりっとしたスカイブルーの目が俺を値踏みするように見つめている。あの耳、本物か……?

「オンボロ寮のユウさんです。普段からここでバイトとして働いてもらっています。ユウさん、こちらはサバナクロー寮のラギーさん。忙しい時にヘルプで来ていただいているんですよ」

「あ、どうも。俺はユウ。よろしくな」

「はー。あんたが噂のオンボロ寮の監督生なんスね。俺はラギー・ブッチ。ここにはちょくちょく働きに来てるッス」

よろしく、と差し出された手を握り返す。コミュ力ありそうな奴だな。それにいい奴っぽい。アズールがわざわざ紹介してくれるってことは、仲良くなっといても損はないってことだろ。

しっかし何の動物なんだろう、とラギーの頭の上で動いているケモ耳を見つめる。うーんもふもふ。……獣人系で気になる点と言えば、やっぱり尻尾だよな。どういう構造になってるんだろう。やっぱりズボンに尻尾用の穴とか空いているんだろうか。

……それってちょっと、いやかなりえっちだな……??

尻尾穴……つまり、サバナクロー寮生の制服を普通の生徒が着た場合、そこから……なるほどな。今度熟考しよう。

「あ、あのぉ……? ねぇアズールくん、この人どうしちゃたんスか?」

「すみませんね、彼、突然ぼーっとし始めることがよくあるんです」

「えぇ……?」

「ほらユウさん、ラギーさんが困ってますよ」

「え、あ、悪いな」

いかんいかん、また自分の思考にトリップしてたわ。流石に今の状態で「尻尾どうなってんの?」なんて質問は出来ない。まずはラギーと仲良くなって、そのあと尻尾穴についての真実を追及していこう。

「多分オレ忙しい日にまた来ると思うんで、よろしくお願いするッスよ」

「こちらこそ」

「さて、挨拶も済んだことですし、ユウさんは戻っていただいて結構ですよ」

「はーい、頑張ってきまーす」

「ええ、お願いしますね」

ラギーや他の生徒達にじゃあなと手を振って、キッチンへと戻る。よしよし、特に問題は起きていないな。本番もこの調子で頼むぞ~。

 

:  :  :

 

……なんて甘い考えが通じるはずもなく。

「3番テーブルできました!」

「スープ切れそうです!」

「8番テーブルオーダー入ります!」

キッチンは戦場と化していた。今日のモストロ・ラウンジの客入りは俺の想像を遥か超えていた。キッチンのメンバーは誰一人として手を抜くことはなく、効率良く手を動かしている。

だけどそれを上回る量の注文が来るから、徐々にではあるが俺を除いた他のキッチンメンバー全員が混乱し始めているのが感覚的に伝わってきている。

どうにか空気をリセットさせたいところだけど、いかんせん俺自身手を止めることが出来ない。俺が手を止めれば、それだけで全体の流れが崩れてしまう。

なんとかしないと、と思いながら魚を捌いているとキッチンの入り口からアズールが顔を覗かせた。様子を見に来たんだろう。

目が合ったのでやばい、と口パクで伝えると、コクリとアズールが頷いて去っていく。どうにか伝わったかな。

考えられる流れとしては、一度注文を落ち着けるために待機列を切るか、一気に片付けるためにキッチン側に人を回すか。どちらであれアズールが上手いこと采配してくれるだろう。

「っし、お前らァ、気合入れて手ェ動かせよ!」

自分にも周囲にも気合を入れるために声を張る。はい、と元気の良い返事をしてくれるこいつらは最高だ。

しばらくしてホールから2人、助っ人がやってきた。アズールであれば待機列を切る方向に舵取りすると予想していたが、外れたな。

「ユウくん! 料理よりも先にドリンク作らせて!」

キッチンとホールの間、出来上がった料理を受け渡すデッシュアップから身を乗り出したラギーが叫んだ。今回はアズールじゃなくてラギーの采配ってことか。

アズールが許可を出したってことはそれなりに勝算はあるんだろう。

「わかった!」

すぐに何人かをドリンク専属係に回し、俺は調理の方を進めていく。もう余計なことは考えず、ひたすらに手を動かしていく。助け舟を出してもらった以上、俺も結果を出さなきゃいけない。

たった2人、されど2人。助っ人の効力はすさまじく、溜まっていた注文がどんどんと捌けていく。それに伴いキッチンのメンバーも落ち着きを見せ始めてきた。

よし、これならもう2人をホールに返しても大丈夫だろう。

「2人ともありがとう! こっちはもう大丈夫だからホールに戻っていいぞ!」

「はい!」

助っ人2人がホールの方に戻ったのを確認し、厨房内に喝を入れながらひたすら手を動かして、動かして……。

閉店時間を迎えたときには、ほぼ全員が立っているのもやっと、という雰囲気だった。

「っあ゛~~~~~……つっかれた……」

「お疲れ様です、皆さん。おかげさまで本日の売り上げは今期最高となりましたよ」

「アズール、まだドリンク余ってるだろ、料金は俺の給料から天引きでいいから、こいつらに振舞ってやってくれ」

「おや、太っ腹ですね」

「ほぼ休憩なしでやってんだ。足りないくらいだろ……」

「だ、そうですよキッチンの皆さん。よかったですね。ついでにホールのソファを使うことを許可しましょう」

アズールの言葉を聞いたキッチンのメンバーは、歓声を上げて思い思い好きなドリンクを持ってホールに向かって行く。

全員出ていったのを確認すると、崩れ落ちるかのようにその場にズルズルと座り込む。まっじでしんどかった……。やべー、足がガクガクしてるよ。こりゃしばらく立てないな。

「ぎゃっ!?」

キッチンの壁に背を預けて脱力していると、ふいに首筋に冷たいものが当てられて、思わず叫ぶ。顔を上げれば瓶ジュースを持ったラギーが、いたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべて立っていた。

「シシシッ、すげー声」

「ラギーか……お疲れさん」

「ユウくんこそお疲れ様ッス。これどーぞ」

「さんきゅー……」

ラギーから受け取ったジュースを一気に喉に流し込む。

はぁあ……生き返る。他の奴らは水分補給なりはさせてたけど、俺はさすがに途中で抜けれなかったからなぁ。昼飯も食べてないけど、もう食べるという行為すら億劫になるほど疲れた。今すぐにでも眠れそうなくらいだ。

「さっきの指示出しありがとな、ラギー。注文捌くのに必死になりすぎて、ドリンクだけ先出しするっての思いつかなかったわ」

「どーいたしまして。こっちもユウくんがすんなり指示を受け入れてくれる人でよかったッスわ」

ラギーはキッチンの隅に置いてある丸椅子を持ってきてその上に座った。コックコートの俺と違って、ラギーも式典服を着ている。流石にその服でキッチンの床には座れないよな。

「ラギーはよくここ手伝ってんの?」

「イベント事とか、アズールくんに呼ばれた時だけッスね。普段は別のバイトかな~。ユウくんはここの専属なんスか?」

「そ。シフト制だし時間の融通結構きくし、ちゃんと働いてればそれなりに出してもらえるから働きやすくって」

「いいなぁ。オレもレオナさんのお世話さえなけりゃあもっと安定したバイトできるんスけど……」

「レオナさん?」

「うちの……サバナクローの寮長ッス。ユウくん確か1年スよね? 入学式で見てると思うッスよ」

「入学式はちょっと色々あって、あんまり覚えてないんだよなぁ……」

そもそも、俺ほとんど入学式出てないし。主にグリムとかグリムのせいで。最後に闇の鏡の前に引っ立てられたのは覚えてるけど、あの時は混乱してて周囲の状況なんか見てる余裕がなかった。

ふーん、とラギーは呟き、すぐにニッと笑顔を作る。

「まぁ、次の寮対抗マジフト大会で絶対見れると思うんで!」

かっこいいっすよ、うちの寮長! とラギーは笑ったあと、「それじゃ俺はこれからレオナさんのお世話があるんで!」と言って帰っていく。

……ちょっと待ってくれ、ラギー! どういうこと!? 寮長を個人的にお世話してるの!? それどういうお世話の内容か聞かせてくれない!? 場合によっては根掘り葉掘り聞きたいんだけど!

追いかけようにも疲れでヘロヘロの足は動かず、べしゃりとキッチンの床に突っ伏した。

ち、ちくしょ~~~!! 次会ったら聞かせろよ~~!! ついでに尻尾穴についても!!

 

 

……次に会ったら、がまさかあんなことになるとは。

 

 




ユウ
今回だけかと思ったら、キッチンの時間帯責任者にさせられてた監督生。
やったねユウくん!バイト仲間が出来たよ!(フラグ)
自分が無意識にしゃべってることが誰かにぶっ刺さってることを知らない。


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Ep5.童顔系腐男子監督生とバイト仲間とマジフト大会【中】


※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・2章【荒野の反逆者】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

「不審な事故、ねぇ……」

全国高校生陸上競技大会も終わり、10月に開催される寮対抗マジカルシフト大会に向けて再び学園全体が浮ついているなか。

俺の心中は浮つくどころか穏やかですらなかった。

昨夜わざわざ学園長がオンボロ寮にやってきてまで依頼(という名の生活を盾に取った強要)してきた調査内容が書かれた紙を見てため息を吐く。

最近、校内での怪我人が増えているらしい。

それぞれ階段から落ちたり実験中にミスったり……学園長の話を聞いた限りじゃ「本人の不注意」としか思えないのだが、どうにも"事故"ではなく"事件"の可能性があるという。

と言うのも、怪我した生徒達は全員マジフト大会に出場する予定だった生徒、なのだそうだ。

1人2人ならおかしくないかもしれないが、怪我した生徒全員が……となれば事件の可能性を視野に入れて調査する必要があるだろう。

そこで調査員として白羽の矢が立ったのがこの俺だ。

「けどなぁ……」

何人かの生徒にアポを取って話を聞いてみたが、どれもこれもやっぱり「本人の不注意」の範囲の事故としか思えない。

……というか、そもそも学校の規模に対して調査員が俺とグリムの2人だけって、いくら何でも手が足りなさすぎる。この学校何人生徒がいてどれくらい広いと思ってんだ。

せめてもーちょい人手があればいいんだけど。

「うーん……」

バイト代で購入したスマホの中に入っているカレンダーアプリを立ち上げる。ちょうど今日が来週以降のシフト提出日。今日と明日は休み、明後日は定休日で、それ以降がまだ決まってないから……タイミングよかったな。

調査に対する人手も時間も限られている。マジフト大会が無事に終わるまでは一時休業だ。その分のバイト代は現物支給ってことで学園長にタカろうそうしよう。その権利が俺にはある。

謝罪の言葉と来週以降しばらくシフトに入れないと書いたメッセージをアズール宛に送っておく。よし、これでバイトの方は大丈夫か。

「やっぱり、みんなおっちょこちょいなだけなんだゾ」

膝の上で丸まってるグリムが早くも飽きたような声を出す。寒い季節にもこもこのネコチャン。最高だな。

「わからんでもないけど……」

保健室の利用記録を見せてもらったけど、学園長の言っていた通りここ最近の利用者はほぼマジフトの有力選手たちばかり。

学園中が祭りの気配に浮ついてるって言うなら他の奴らももっと怪我していそうなのに、いない。これを異常じゃない、とは言えないだろ。

「う゛ぅん……」

だからと言って、事件性があるとはっきり述べるには証拠がない。偶然だと言われてしまえばそれまでだ。

この後どう調査していこうかと頭を抱えていると、来客を告げるチャイムの音が鳴った。

続いて扉を開く音と、ドカドカ廊下を歩く音。招き入れていないのに入ってくる奴なんて限られているから特に気にしないで、談話室のソファに座って到着を待つ。

「おーっす」

「よぉエース。いらっしゃい」

予想通りだ。

エースは我が物顔で談話室に入ってくると俺の近くにある一人掛けのソファに腰を下ろした。

「……なんか暗くね?」

「んー……まぁ、秘密裏に調査しろともいわれてないし、いいか」

かくかくしかじか、とエースに事情を説明する。

「ふーん……まぁたユウは面倒そうなことに首突っ込んでんな」

「突っ込んでるんじゃなくて突っ込まされてるんだよ……」

「ご愁傷様。まぁ頑張れよ~」

クソ、他人事だと思いやがって……。

エースはマジフトの代表選手に選ばれていないみたいだし、巻き込んでやろうか。

そう思い口を開いたところで、再び、今度は先ほどよりも勢いよく玄関の扉が開かれる音がした。

振動で掃除が行き届いていないところからパラパラと埃が落ちる。誰だ乱暴に開ける奴は。扉が外れたらどうしてくれる。

「エース! ユウ! 大変だ!」

談話室に転がり込んできたのは焦った顔をしたデュースだった。

デュース、お前よくエースがここにいるってわかったな。あれか、愛のなせる技とかそういうの? 俺まだ2人から付き合ってます報告もらってな

「クローバー先輩が階段から落ちて、怪我をしたって……!」

え。

トレイが?

直前まで思い浮かべていた腐った思考が吹っ飛んだ。

「待て……もしかして、トレイは、マジフトの選手か?」

顔を青くしたエースが頷く。

他人事、は俺の方だ。まさか身近な人間が被害に遭うだなんて考えてもいなかった。

横っ面をノーガードで殴られたような気分だ。頭がぐわんぐわんする。

「っ……、グリム、トレイに話を聞きに行くぞ」

「おう!」

グリムが俺の膝から飛び降りる。ゴーストのおやっさん達に留守を頼み、エースとデュースも伴って4人でオンボロ寮を飛び出した。

鏡舎までの道を駆け抜け、ハーツラビュル寮に続く石造りのアーチへと突っ込んだ。一瞬視界が揺らいだあと、目の前に薔薇の生け垣とその先に赤い壁の建物が映る。

「トレイの部屋は?」

「こっちだ!」

デュースの案内で寮の中を駆け足で進んで行く。この場にリドルがいればハートの女王の法律に違反しているとかで怒られそうだけど、おそらく、あいつは目指す先の部屋にいるんだろう。

ここだ、とデュースが示した部屋の前で一度足を止める。緊急事態とはいえ、流石に怪我人の部屋にノックなしで駆け込むわけにもいかない。

全員が息を整えたのを確認した後、小さく3回、ドアをノックする。

「どうぞー」

扉の向こう側から返ってきたのは部屋の主であるトレイの声ではなかった。

………………これケイトの声だよな?

え、ケイトがトレイの看病してるってこと? え、トレケイ……? それともケイトレ……?

親友(意味深)ってことなのか?

「ユウ? どうしたんだ?」

入らないのか、とデュースが顔を覗き込んでくる。それを見てハッと我に返った。

いやいやいや。そういう場面じゃないだろ今。うん。落ち着け自分。落ち着け俺の腐男子脳。

お邪魔します、と声をかけて扉を開く。赤い天蓋がついたベッドの上に脚を伸ばして座るトレイとベッドの横の椅子に座ってるケイトが俺たちの方に顔を向けた。

「あれ、エーデュースコンビにユウちゃんとミオちゃんまで。やほやほ」

ケイトが俺たちの方に顔を向けてひらりと手を振る。

よし、落ち着け自分。怪我した旦那と看病する嫁に見えたとかそんなこと思っちゃいけない。『エーデュース』呼びに文句を言う2人の後ろでこっそり深呼吸をして心を落ち着ける。そう、この場は一応シリアスな場面だ。腐男子脳からちゃんと切り替えないと。

「トレイ、怪我したって聞いたけど……」

「ああ。階段から足を踏み外してな。受け身を取り損ねて右足を派手にやっちまった」

しばらくは松葉杖生活だ、と言うトレイの表情は硬い。

……それもそうだろう。マジフト大会の為に、きっと、いや、絶対トレイは練習して、努力を積み重ねてきたはずだ。

トレイだけじゃない。保健室にいたハーツラビュルの奴も、教室で話を聞いたポムフィオーレの奴も、今回の件で怪我をした奴らはみんな、痛かっただろう。そしてそれ以上に、悔しかっただろう。

ぎゅう、と拳を握る。手のひらに爪が食い込む。その痛みすら、この心の底をぐつぐつと揺らす感情を冷ますことは出来ない。

もし。もしこの一連の事故が全てただの事故ではなく、悪意を持った『誰か』の仕業なのだとしたら。

他人の努力を陰から踏み躙るような奴が、いるのだとしたら。

俺は。

「なぁユウ、これって……、ユウ?」

「…………ない」

「おい、ユウ!」

突然肩を掴まれ、思考の海から現実に引き上げられる。

はっと我に返ると、エースが何故か少し焦ったような表情を浮かべて俺の肩を掴んでいた。

「……ぁ、え、エース? どうした?」

「……お前、今、やばい顔してたぞ」

「マジで?」

「なんもないんなら、いーんけど……」

エースはガリガリと頭を掻きながら心配そうに俺の顔を見てくる。そんなにやばい表情してたのか。

「まったく……大丈夫なのかい?」

「あれ、リドル? 」

先程まではいなかったはずのリドルがいつの間にか部屋の中にいた。

あっちゃあ、少し自分の思考に没頭しすぎてたみたいだな。いつの間にか来ていたリドルにも気づかないくらいに。

「考えることは悪いことではないけれど、キミは一度何かを考え始めると周囲が見えなくなる傾向がある。その癖は直した方がいい」

「はい寮長!」

「よろしい。…………キミはいつからハーツラビュル寮生になったんだい?」

「ごめんなんとなく言ってみただけ」

「まったく……」

リドルははぁ、と呆れたように溜息を吐く。

しょっちゅうエースたちの部屋に遊びに行ったり何でもない日のパーティに呼ばれたりしてるから、気持ち3割程度はハーツラビュルのつもりではあるんだよな。残り1割オクタヴィネル6割オンボロ寮って内訳だ。

「ささ、もう怪我人はゆっくり休ませてあげよ」

「それもそうだな。トレイ、ゆっくり休めよ」

「はは、ありがとな。ユウも気を付けてな」

「オレ様がやったツナ缶、感謝して食うんだゾ!」

「ああ。ありがとうなグリム」

「はい、退散退散~。じゃあトレイくん、また後でご飯持って来るね~☆」

ケイトに背を押されてトレイの部屋を出る。その一瞬、ケイトがリドルに目くばせしているのが見えた。リドルはそれを受けて頷き返す。

えっ……アイコンタクトで会話してんじゃん……もしかしてこの2人にもなにか……はいはい大人しくしていろ腐男子の俺。

「じゃあ俺用事があるから……」

「ああ、待ってユウちゃんグリちゃん。ちょーっと、こっちに来てくれる? あとエーデュースちゃんも」

トレイの見舞いも終わったことだし本腰入れて調査していくか、とオンボロ寮に戻ろうとしたところで、ケイトがちょいちょいと手招きして談話室の方を指さす。

「え? あ、あぁ……」

まだ何かあるのか? と思いながらもケイトの言葉に従い、談話室へと足を踏み入れる。

丁度他の寮生たちはおらず貸し切り状態だった。全員が部屋の中に入ったところで、リドルがマジカルペンを一振りして扉を閉めた。ガチャン、と鍵が掛かる音がやけに大きく響いた。

「で、ケイト。何かトレイの前では言いにくい話があるんだろう?」

1人掛けのソファに腰を下ろしたリドルが、別のソファに座ってスマホをいじっていたケイトの方を見る。

「さすがリドルくん。話が早いね」

ちらり、とケイトがこちらを見る。そこでやっと、なんで俺が呼び止められたのかを察した。

リドルたちはトレイを含んだハーツラビュル寮生の事故だけしか知らない。

端から見ればリドルの不注意による転落とそれを庇ったトレイにしか見えない。けれど事故に遭ったことを知って『何故か』考え込んでいる俺の様子を見て、何か他にもあると踏んだのだろう。

……そんなに顔に出やすい方じゃないと思ってたんだけどなぁ。俺もまだまだ修業が足りないってことか。

「ユウちゃんたち、トレイくんの怪我について何か知ってるんじゃない?」

「……これで知らない、なんて言ったらリドルに首をはねられるな。実は……」

学園長に依頼された内容をかいつまんで説明する。黙って聞いていたリドルが、「なるほど」と呟いた。

「実は、ボクもなにか変だと思ってすぐケイトに情報を集めてもらっていたんだ」

「そしたら怪我してるのがリドルくんやトレイくんみたいな有力選手候補ばかりってことがわかってさ」

「よくそこまで短時間で調べたな」

「まぁ色々やりようはあるからね。まだ本人たちに話は聞けてないから、全員が全員関連してるかはわからないんだけど」

「ああ、それなら俺の方で話を聞いてる。本人の不注意と言えばそうなんだが……身体が勝手に動いたような気がした、みたいなこと言ってる奴もいて……」

「ボクもだ」

リドルが僅かに身を乗り出す。

「ボクも身体が勝手に動いたような感覚があった。そうか、他の人たちも同じか……これは故意に選手候補を狙った犯行とみていいと思う」

みていい、とリドルは言ったけれど。もうこんなの、ほぼ確実だろう。

「マジカルシフト大会でライバルを減らすために強そうな選手を狙って事故らせてるってこと?」

エースの言葉にギリ、と歯を食いしばる。

この学園内にいる。他人の努力をあざ笑うかのように踏みにじったり、横からかっさらったりするような奴が、いる。

努力を台無しにされて、どれほど悔しい思いをするのかなんてわからないんだろう。わからないから、こんなことをするんだ。

そういう奴が、最近、ひどく許せない。

脳裏によぎったのは、親友だと思ってた男の姿。

「……ユウ、どうしたんだい? 随分顔色が悪いようだけれど……」

「あ、あぁ悪いリドル。……なんでもない」

「……先程も言っただろう。考えるのはいいけれど、周りを見るんだ。それに、もっと口に出した方がいい。自分だけで考えているだけじゃ解決策が浮かばないこともある」

「リドルにそれを言われる日が来るとは……」

「ボクだからこそだよ。……キミだけに任せるわけにもいかないね。犯人捜しにボクたちも協力するよ」

「えっ?」

「ほぁっ? オマエらが協力? なに企んでるんだゾ。特にケイト!」

「人聞き悪いなぁ。うちの寮生がやられたんだから当然でしょ」

思ってもみなかった協力者の登場だ。確かにリドルとケイトの力を借りれるならば、グリムと2人で調査するよりもずっと捗る。

「いいのか? お前らだってマジフト大会で忙しいんじゃ……」

「やられっぱなしではいられないからね。それに……」

じっとリドルの濃灰色の瞳が俺を覗き込む。

「……、キミとグリムだけでは手が足りないだろう?」

「それはそうだけど……」

「まぁまぁ。学園長からは2人だけでやれとは言われてないでしょ?」

「……わかった。じゃあ頼むよ、2人とも」

 ハーツラビュルの代表選手であるリドルと、同じく代表選手であろうケイトを巻き込むのは気が引けるけど、でも、2人はきっと自身の手でトレイに危害を加えた犯人を捕まえたいと思っているんだろう。

俺にとっても調査の手が増えることは悪い話じゃない。ここはありがたく頼らせてもらおう。

「そういうことならオレらも犯人捜し手伝うぜ」

「いや、お前らはハナっから巻き込む気でいたわ」

「クローバー先輩のお礼参りだな!」

「やる気ってか殺る気満々じゃん……」

「キミたち、やけに張り切ってるね」

名乗りを上げたエースとデュースの張り切り具合にリドルが首を傾げる。デュースはともかく、確かにエースは「じゃあ頑張って」とか言い出しそうなのにな。

「あー、わかった。さては空いた選手枠を狙ってるな~?」

「へへ、バレた?」

ケイトの指摘にエースがへらりと笑う。そういうことかよ……ま、エースらしいと言えばらしいな。

デュースは口では違うとは言ってたけど、動揺の仕方を見るにこいつもワンチャン狙ってたな。

我が友ながらなんというか……。でも2人らしくていいか。

「やれやれ。ま、犯人捜しでの活躍によっては考慮してもいいよ」

リドルの言葉にエースとデュースが「やった!」と喜ぶ。うーん可愛い。ほんと、こんな状況でなければ萌え転がって この尊さを噛み締めたのに。

「じゃあ4人とも、よろしくな!」

 

:  :  :

 

一夜明けて、翌日。

リドル曰く、「犯人を捕まえるためには先手を打つしかない」らしい。

じゃあどうするかというと、当面はまだ事故に遭っていない有力選手たちの中で、次に狙われそうな奴を予想して陰から護衛することになるという。

確かに闇雲に犯人を捜すよりも、勝手にではあるが囮になってもらって釣った方が早い。

マジカメに作られたグリムを除いた5人でのグループに、さっそくケイトから他の寮の有力選手たちの情報が送られてきた。

ほんと……ケイトのこの情報網ってなんなんだろうな。乙女ゲームの便利な情報屋のサブキャラ(隠しルート有り)みたいだ。

ずらりと並んだ写真を眺めていて、なんとなく違和感を感じた。それが何かはわからないけれど、なんか、引っかかる。

「んー……?」

「どうかしたんだゾ?」

「いやなんか……なんだろ……喉くらいまで出かかってるんだけど……」

送られてきた写真からは既に怪我した有力選手は弾かれていて、まだ怪我をしていない選手たちしか残っていない。それがなんだか……しいて言うなら、バランスが悪いというか……?

「ポムフィオーレ寮の次はっと……あ、いたいた、あそこの2人だよ」

あと少しで閃きかける、というところで次の囮候補……もとい有力選手を見つけたようで声を上げる。

ケイトが指さす方向へ目を向けて、出かかっていた答えが彼方にすっ飛んで行った。

……いや、いやいやいや。俺が犯人なら絶ッッッッ対あの2人は狙わない。金積まれても嫌だ。割に合わない。

というか、あいつらに危害を加えられる奴がいるなら逆に見てみたいくらいだ。

視線の先にいるのは、バイト先のモストロ・ラウンジでもおなじみのオクタヴィネル名物双子の、ジェイドとフロイドだった。

すすす、とみんなから距離をとって木の陰に隠れる。

……実は、アズールにしばらくシフト入れられないってメッセージを送ってから、鬼のように返信が来ているんだが、それを全部未読無視していた。そのことはあの双子にもきっと共有されているだろう。見つかると厄介なことになるに決まっている。

ワザとじゃない。最初はワザとじゃなかった。トレイのところに行ってる間にメッセージが来ていたのは知っていたけど、読むタイミングを逃して夜まで放っておいたらめちゃくちゃ返信が溜まっていただけなんだ……。そしてそれをまだ既読に出来ていないだけなんだ……。

すまんアズール。この埋め合わせはマジフト大会が終わったら必ずするから。

木陰からみんなの様子を伺う。俺がいなくなったことに気付かず、リドルたちは双子から距離を取った状態で話して……あ、フロイドに見つかったな。

…………え、やだ、フロリド……? フロリドなの……?

フロイドがやたら楽しそうにリドルへちょっかいをかけている。俺はこういうのを知っている。

これは、気になる子についつい意地悪してしまうとかいうアレだな……!?

そしてリドルはめっちゃ嫌そうにしてるが、俺はこういう展開Pi●ivで100万回見たことあるから詳しいんだ。 口では嫌がってるけど、いざ構われなくなると寂しくなっちゃうやつだな!?

……悲しきかな、腐男子の業。どんな状況でもエサがあれば食いついてしまう。

「ん……?」

様子を見ていると、段々雲行きが怪しくなってき……あいつら何やってんだぁッ!?

双子がリドルたちにマジカルペンを向けたのを見て、思わず木の陰から飛び出した。

「待て待て待て! お前ら何やってんだ!」

「おや、ユウさん」

「あ~、小エビちゃんだァ」

ぐいと双子とハーツラビュル組の間に身体を割り込ませる。目の前に立つそびえるように約2mの巨体×2。やっぱこいつらに危害加えようとする奴なんかいるわけねーだろ。

目の前に飛び出すことによってうまいこと双子の興味を引けたらしい。ジェイドもフロイドもマジカルペンを下ろして俺に話しかけてきた。

後ろ手でリドルに「今のうちに行け」と合図を送れば、「総員退却!」という掛け声とともに複数の足音が遠ざかっていく。

よしよし、ちゃんと逃げられたみたいだな。あとは俺もタイミング見計らって逃げねぇと……。

「どうしたんですか、こんなところで。もうすぐラウンジの開店時間ですよ」

「いや、俺、しばらく行けないってアズールに連絡して……」

「あ~、だから今日アズールの機嫌悪かったんだぁ~。ねぇジェイド、小エビちゃん連れてけば、機嫌治るかなぁ」

「そうですね、フロイド。きっとアズールも喜ぶでしょう」

「いやあの、ほんと、勘弁してくれ……他にやることあるんだよ」

「えぇ~? ラウンジ来てよ。小エビちゃんいねーとオレの仕事増えてメンドーなんだよね」

フロイドが俺にもたれ掛かるように抱きついてくる。おっまえ自分の体格わかってんのか!? 重いんだよ!!

「ぐぇえ……フロイド、首、首締まってる……! あの、本当に、全部終わったらちゃんと行くから、だから……うぉおお高ッ!? 持ち上げるなぁ~~~~ッ!!!」

「さて、行きましょうか」

うっそだろぉ……。いくら身長差があるとはいえ、こんな軽々持ち上げられたらヘコむぞ。

猫か何かのようにひょいと持ち上げられ、フロイドの肩に担がれる。

ジタバタと暴れてみるが腰に回った腕の拘束は外れるどころか強さを増して、危うく中身が出そうになる。

「ぐぇッ……」

「小エビちゃんかぁるいね~。ダイエット中?」

「ちっげぇよ食費節約してるから太れねぇだけだ……ってか、わかったから、ちゃんとついてくから普通に歩かせろ!」

「え~、やだ」

「なんでだよッ!!!」

「おやおや、楽しそうでなによりです」

「お前どこに目ぇついてんだジェイド……」

ドナドナと市場へ売られる仔牛が如く、俺は双子(主にフロイド)に運ばれていった。

どこにって? そんなの一箇所しかないだろ。

 

場所は変わって、今。

 

俺はモストロ・ラウンジのホールで、アズールを前に正座をしていた。

こだわり抜かれた革ソファに座ったアズールは優雅な仕草で足を組みながら俺を見下ろしている。

その端正な顔に浮かべている表情が笑顔なのが、物凄く怖い。

怒っているだろうな、とは思ったけれど、まさかここまでとは。

「……さて。この忙しい時期に『急用ができた。来シフト出れない。すまん』などと短いメッセージ1本で済ませた、その急用とやらをお伺いしましょうか」

「アズールめっちゃ怒ってんじゃん……」

「いえいえ、怒ってなどいませんよ。ユウさんにも予定や用事があることは理解しています」

じゃあいいじゃん……とは思ったが口には出さない。アズールに1言ったら100どころか1000返ってくることは知っている。ここは大人しくしておく場面だ。

「しかし、寮対抗マジフト大会という大きな稼ぎ時が近い今、我がラウンジの主戦力の1人とも言える貴方に抜けられるのは……いささか厳しいものがあると思いませんか?」

「オッシャルトオリデス……」

笑顔の圧がより一層強くなる。

アズールの言うこともわかる。イベント特需があるのがわかっているのに直前になってシフトに穴を開けるのは許されざる行為だ。ファミレスバイトの時に似たようなことをやられて胃の痛みと睡眠不足に苛まれながらその穴を埋めたこともある。思い出しただけで胃が痛くなってきた。

「僕の見立てによれば、この前の全国高校生陸上競技大会を大きく上回る集客が期待できます。この前以上の混乱が予想されるでしょう。したがって、今必要なのは下準備。そう思いませんか?」

「オモイマス……」

「同じ考えのようで何よりです。では、改めてお気持ちをお伺いしましょうか」

にこり、とアズールが笑顔を向けてくる。うーん怒ってても美人はやっぱり美人。

じゃなくて。

俺を高く評価してくれているからこそ、強引な手段ではあるが人材として確保しようとしてくれている、それはわかっている。

出来ることならその気持ちに応えたいとも思っている。

でも、今回は、今回だけは譲ることが出来ない。

「……悪いとは、思ってるよ。俺だってラウンジの方に出たいけど……」

「けど……なんです?」

「……今回の件に関しては、どうしても用事の方を優先しなきゃいけない理由がある」

グリムをマジフト大会に出してやりたいだとかトレイの敵討ちをしたいだとかもあるけど、それ以上に、俺は今回の事件の犯人が許せない。

これ以上、努力を台無しにされる奴を出してはいけない。

「全部終わったら、どれだけシフトを入れてくれても構わないから……頼む、アズール」

正座したまま、床に手をついて深々と頭を下げる。頭上からアズールが息を呑む音が聞こえた。

自分が出来る最大級の懇願といえば、土下座しか思いつかなかった。アズールに意味が伝わるかは別として、これ以上はどう頼んでいいかがわからない。

視線を床に向けたままの状態でいると、はぁ、と小さくため息が聞こえてきた。

「ユウさん」

名前を呼ばれ顔を上げると、しかたがない、と言わんばかりのアズールが俺を見下ろしていた。

「……わかりました。貴方がそこまで仰るのであれば、仕方がありません」

「アズール……! ありが、」

「ご自分で仰ったこと、くれぐれもお忘れにならないよう。お願いしますね?」

「ヒェッ……手加減してください……」

「おや、早速約束を反故にするおつもりで?」

「そうじゃないけど……はぁ……」

勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がする……。

けどそのくらいの覚悟がないと説得できなかっただろうし……うん、頑張れ未来の俺。

「ありがとな、アズール」

「まったく……。どんな用事かは知りませんが、あまり無茶はなさらないでくださいよ」

「なに、心配してくれてんの?」

「大怪我でもしたらその分シフトに復帰するのが遅くなるでしょう?」

「アッハイ……」

心配してくれてるのかと思ってちょっと嬉しかったのにな……。

 

:  :  :

 

アズールとの話がついたところで、オクタヴィネル寮から鏡舎へと出る。

まぁ何とかなってよかったけど……これ、次のシフト、俺どうなるんだろ……過労死ギリギリを攻められるのかな。つら……。グリムに高級ツナ缶積んで猫吸いさせてもらわんと。

「……さてっと……アイツらどこに行ったんだ……?」

スマホを確認してみれば、ケイトから「サバナクロー寮に行くね~」というメッセージが入っていた。受信時間は30分ほど前。向こうで話し込んでれば、ワンチャン追いつけるか。

しっかしサバナクローか……。あんまり行きたい場所じゃねぇし、そもそも知り合いもいな……あ、いや、ラギーがいたな。

ついこの前知り合いになったばかりのハイエナ獣人を思い出す。

もしすれ違いになったとしても、ラギーに会いに来たと言えばいい。バイト仲間のところに顔出すくらいは一般的な言い訳だろ。

「行くか……」

足取りも重くサバナクロー寮へと続く鏡を通り抜けた時、ふと、有力選手たちの写真を見ていて感じた違和感の正体に気が付いた。

”サバナクローの選手は誰ひとり、怪我をしていない。”

それが何を意味するのかを理解する前に、サバナクロー寮へと降り立つ。

乾いた風に乗って砂が舞うこの寮は、ハーツラビュル寮とは正反対のワイルドな雰囲気の場所だった。

むき出しになった岩と生い茂る木々。テレビ番組の野生動物特集で映っていた景色のようだ。

目の前には岩壁をくりぬいて作られたかのような石造りの寮があr……入口に置いてあるあれ、なんだ……?

なんかの化石みたいに見えるけど……もしかしてマンモスか……?

どう考えても普通の象の骨とか化石にしてはでかいし……やっぱりマンモスなのでは……? ツイステッドワンダーランドにもマンモスっていたのか。

とりあえずスマホを取り出してぱしゃりと一枚。やべぇ迫力。これ元の世界のSNSに投稿したらめっちゃバズるんだろうなー……じゃなくて。

思わずマンモスにテンション上げたけど、本来の目的はサバナクロー寮観光じゃない。

さてどこにいるかなと思考を切り替えたところで、寮の入り口の反対側―――俺の後ろから叫び声のようなものが聞こえてきた。……この声、グリム?

俺の背後には切り立った崖が聳え立っている。上、か。

きょろりと周囲を見回してみれば、向かって右側の奥の方に岩を切り出して作ったような階段があった。

段数の多さにほんの少し躊躇ったが、明日の筋肉痛を覚悟して階段の方へと駆けだした。なんだか嫌な予感がする。

階段を上がった先に広がっていたのは客席を兼ね備えたスタジアムのように開けた場所だった。ラグビーとかアメフト場が一番近いか。けど、その2つには存在しない大きな輪のオブジェのようなものがコートの両端に建っている。

「!? お、おい! 大丈夫か!?」

そんなコートの真ん中。そこに膝をつくエースたちの姿があった。全員肩で息をしており、酷く辛そうに見える。

「あぁ? なんだお前」

4人の元へと駆け寄り、べちゃりと地面に潰れるようにへばっていたグリムを抱き起こしたところで、不機嫌そうな声が降ってきた。

全身の毛が逆立つような感覚。これは、まぎれもない原始的な”捕食者”への恐怖だ。

震えそうになる身体を押さえ、顔を上げる。

そこにいたのは褐色肌の美丈夫だった。夏の木々を思わせる緑の瞳が、俺を真っ直ぐに射貫く。

風になびく艶やかな黒い長髪は、ライオンの鬣を思わせる。事実、こいつはライオンの獣人なんだろう。頭の上に乗っかっているのは焦げ茶色の小さな獣耳だ。

ライオン獣人の男は俺の顔をじっと見た後、何かを思い出したようにぐっと眉間に皺を寄せる。

「……誰かと思えば、お前、植物園で俺の尻尾を踏んだ草食動物じゃねぇか」

「植物園……? 」

植物園でそんなイベント起こしたか……?

こんな美丈夫に出会ってたら、忘れなさそうだけど。

「え……、…………、あっ!」

彼方に飛ばしていた記憶が蘇る。あれは確か、エースがやらかしたポカをどうにかするため、マロンタルト用の栗拾いに行ってた時だったか。

尻尾を踏んで怒られた覚えがある、こいつ、あの時の奴か!

「お前は……植物園の管理人(仮)……!?」

「は?」

あー思い出した思い出した。ってか、そういえばその時ラギーっぽいのもいたな……?

「ブッハ! レオナさんが植物園の管理人って! そりゃあ~我が物顔で寛いでるッスけど!」

「……ラギー?」

「どうも、久しぶりッスねユウくん」

ニヤニヤ笑いを浮かべたラギーが美丈夫の横に立つ。絵になる……じゃなくて、ってことは、やっぱりこいつが例の『レオナさん』か。

こんな状況でなければ盛大に妄想を爆発させているところだが、今はそれどころではない。

既にグリムもエースもデュースも、ケイトでさえ満身創痍だ。

この場で、皆を庇えるのは俺しかいない。

「知ってんのかラギー」

「アズールくんのところで一緒に働いたことあるんスよ」

「なるほどな……で、草食動物がサバナクローに何をしに来たんだ?」

「みんなを迎えに。なにがどうなってこんなことになってんのかは知らないけど……この辺で帰らせてもらうぞ」

「ハッ、先に踏み込んできたのはそっちだぜ? もっと遊んで行けよ」

「何事もやり過ぎは良くないって言うだろ? 1つの寮を取りまとめる寮長サマってんなら、寛大な心で許してくれよ。それとも、そんなこともできないほどサバナクロー寮の寮長サマは狭量だってか?」

「ほぅ、言うじゃねぇか」

強者の余裕というのか、わざと煽ってみてもレオナは動じず、目の前の獲物をどういたぶろうかと考えている獣のような笑みを浮かべて俺を眺めている。

「……いいぜ、そいつらは許してやるよ。その代わり、お前が相手をしろ。それくらいは付き合ってくれたっていいだろ?」

なぁ、草食動物。と、牙を剥いて笑うその姿に、本能がすごい勢いで警鐘を鳴らす。

レオナの後ろにいるようないつもの奴らとは全く違う。ここで頷けば、本当に、どうなるか自分でもわからない。

それでも、引くわけにはいかない。

「……わか、っ、」

「何してんスか、あんたら」

俺とレオナの間に、大きな影が割って入る。

見上げれば、サバナクローの運動着を着た大きな背中と、銀色の髪。そしてふさふさの銀色の尻尾。

あ、こいつ、この前の朝散歩のときに見た奴だ。

ジャック、と呼ばれたこの青年はレオナたちサバナクロー生と何やら話していたが、やがて舌打ちと共に、複数人が去って行く足音が聞こえ始めた。

……ガタイが良すぎて、前が見えねぇんだよなぁ……。

足音が完全に聞こえなくなったところでひょこりとジャックの背中から顔を出してみれば、レオナたちはとうに去った後だった。

とりあえず……なんとかなったのか……。

「悪い、助かった。ありがとう」

「別に、お前らを助けたわけじゃない」

サバナクロー寮の建物がある方向を睨んでいたジャックの服の裾を引き礼を言えば、典型的なツンデレ台詞が返ってきた。……お前……その見た目でツンデレは周囲の奴らの性癖おかしくなるだろ……。

「それでも俺は助かったし。お前が自分のためにやったってんなら、俺も俺のために礼を言わせろよ」

「……お前、変な奴だな」

「あー……うん、ユウは変だよな」

「めちゃくちゃ変なヤツなんだゾ」

「ちょーーっと、変わってるよね」

「……ちょっと……だいぶ……?」

「待て待て待てお前ら。なんでそこで全員同意するんだよ!」

ジャックどころかパーティメンバー全員から失礼なこと言われてるんだが!?

俺そんなにおかしくないだろ!!

ジャックはなんだこいつら、とちょっと引き気味の顔をしてた。お前も俺を含めてそんな目で見るなよ! 俺ははぶけ!

誠に遺憾の意である。

「いや、ユウ、お前自覚してねーみたいだから言うけど、だいぶ変だぞ」

「どこが!? 退学RTAキメたお前らよりは常識あるけど!?」

「は~~ッ!? あれお前も一緒だったろ!」

「俺は止めてた方だろ!!」

「あ、あのダイヤモンド先輩……僕ってそんなに常識ない奴なんですか……?」

「う~ん……けーくんの口からはちょーーーっと言いにくいかなぁ……」

「いいからお前ら全員さっさと帰れ!!」

ぎゃいぎゃい口喧嘩を始めた俺とエース、ケイトに自身の確認を行うデュースをまとめてジャックが怒鳴りつける。

そんな怒んなくたっていいだろ。

「わかったよ……ジャック、怪我には気を付けてくれよ」

「……? 言われなくてもわかってる」

「ならいーんだけど」

……さっき、サバナクロー寮の鏡をくぐった直後くらいになんか閃いた気がしたんだけど……なんだったっけか……。まぁ、いいか。

ジャックに追い立てられるようにしてサバナクロー寮の出入り口へと向かう。

文句を言いながらもここまでちゃんとついてきてくれてるのって、俺らが他の寮生に絡まれないようにってことなのかな。こいついい奴だな。

「邪魔したな。送ってくれてありがとう」

「だから、そういうんじゃねぇよ。お前らがちゃんと出ていくか見張ってるだけだ」

やっぱりツンデレキャラじゃん。褐色銀髪筋肉ケモ耳ツンデレって属性のパフェかよ。

ジャックに見送られてサバナクロー寮を後にする。手を振ったら嫌そうな顔をされたけど、一瞬尻尾が揺れたのは見逃さないからな。今度何かお礼を持って行こう。

なんて考えながら鏡を抜け鏡舎の床を踏んだ、瞬間、がくりと下半身から力が抜けた。

当然いきなりのことに身体を支えられず、べしゃりとその場にしりもちをつく。

「ユウ!?」

「あ、あれ……あー……はは、今頃きたよ……」

脚がガクガクと震えている。腰も完全に抜けているようだ。さっきレオナと相対した時に我慢していた恐怖が、安全地帯に来たことで抑えられなくなったみたいだ。

百獣の王と言われるライオン、その威圧を一身に受けた恐怖を思い出す。本当に、恐ろしいと思った。

あー……なっさけねぇ。ボロボロな皆ですら、こんなことにはなってないのに。

「悪い……ちょっと、立てねぇから先に帰っててくれ」

「なんっでそんなこと言うんだよ。肩貸してやるからとっとと帰るぞ」

「エースの言うとおりだ。僕たちを助けに来てくれたユウを、見捨てて帰るわけがないだろう」

そういうや否や、エースとデュースが両脇から俺の身体を抱え上げた。

持つべきものは友達だな。友情が疲れた体に身に染みる……。

「わ、悪い……」

「いや、別にいいけど……ユウって思ったよりも軽いのな」

「本当だ。まさかグリムに食事をとられてるのか?」

「オレ様はそんなことしてないんだゾ!」

「元々痩せ型かつ筋肉付きにくい体質なんだよ。ほっとけ」

筋肉が付きにくい体質はマジで前の世界にいた時からのコンプレックスだ。バルガス先生とかの話を聞いてもどうやったらあんなに筋肉付くか理解ができん。

こっちに来てから色々あって食事量も減ってるから余計に、だろうけど。

「ユウちゃんはエーデュースコンビに任せて、オレは一足先に寮に戻ってリドルくんに報告してくるよ」

ケイトがちらりとこちらに気遣わし気な視線を向けた後、バチンとウィンクひとつ残してハーツラビュル寮の方へと向かって行く。

「お願いします、ダイヤモンド先輩」

鏡へ入って行くケイトを見送ったあと、エースとデュースに連れられオンボロ寮へと戻る。

「おい子分、大丈夫なのか?」

「こらグリム、ユウの足元でうろつくな。エース、ちょっと手を離すぞ」

デュースは一旦俺の身体をエースに預けて、足元でうろちょろしていたグリムを小脇に抱え上げ、再び俺に肩を貸してくれた。

「おい、デュース、重くないか?」

「いや。エースの言う通りユウは軽いからな。これくらいなら平気だ」

「オレ様は荷物じゃないんだゾ!」

「はいはい、大人しくしてようなグリム」

エースとデュース申し訳ないが情けないことにまだ足が震えているので2人にされるがまま、オンボロ寮へと運ばれていく。

まったく先が思いやられる……。今回の件が終わるまで、俺、五体満足でいられるのか……?

 

:  :  :

 

「うぅ~……ムニャムニャ……見たかぁ、オレ様のスーパーシュートを……」

「へぐっ……」

べちん、と頬に衝撃が来て目を覚ます。

何事かと思いきや、隣で寝ていたグリムに猫パンチを食らったらしい。

「この……」

腹いせに湿った猫鼻をぶにっと潰せば、眉間にしわを寄せて「う゛う゛う゛う゛う゛」とマナーモード中のスマホのような声を出しはじめた。

そのうちににゃごにゃご言いながら前足でぺしぺしと指を叩かれた。肉球が冷たくて気持ち良い。

「はは……はぁ」

どうにも、眼が冴えて眠れそうにない。

気晴らしに、外でも軽く散歩してくるか。多少でも身体を動かせば眠くなるかもしれない。それでもダメだったらホットミルクでも作るかな。

パジャマ代わりに着ていたスウェットの上から1枚羽織って外に出る。

ビュウと吹く風にぶるりと身を震わせる。時刻は真夜中。徐々に冬へと近づいているらしく、空気が冷たくなってきていた。

「は~……もうそんな季節か」

こちらの世界にも冬の代名詞たるクリスマスはあるんだろうか。

チリッと心が焦げ付いたように痛む。確かあの時も、こんなに寒い日だった。泡のように浮かんできた嫌な記憶を潰すように頭を振って―――。

――ガサ、パキリ。

木陰が鳴った。地面に落ちた枝を踏みしめる音も聞こえる。

思わず身構える。建物の外とはいえ、オンボロ寮の敷地内からは出ていない。いくら廃墟同然といっても生徒が住んでいる寮に、真夜中に来る奴なんて不審者しかいない。

「……ん? そこにいるのは誰だ?」

それ俺のセリフ、と言おうとして絶句した。

木々をかき分け現れたのは、今日見たジャックと同じくらいの大柄な人影。

不健康そうな肌色に烏の羽のような黒髪。そして頭に生えた2本の角。完成された芸術品のような美しさの男がそこにいた。

ひぇ……ファンタジーの住人じゃん……。あ、ここファンタジー世界だったなそういえば。

「いや、お前こそ誰だよ……」

人間、驚きすぎて逆に冷静になることはままある。目の前に現れた男に思ったままの言葉をぶつけると、男は妖しく輝くライムグリーンの目を少し丸くした。

「あぁ、これは驚いた。お前、人の子か」

「種族名で呼ばれたの初めてなんだが?」

人の子か、って。そんなののじゃロリ狐とかショタ神とか二次元作品の人外の口からしか聞いたことないんだけど。いや、でもこいつ角あるし種族は人間じゃないだろうから、まぁ、そう呼ぶのは当たり前なのか……? 俺たちも猫のことは名前を知らなかったら基本猫って呼ぶしな。

男は「独りで静かに過ごせる場所だったのに……」とかオンボロ寮の方を見ながら残念がっていた。ははぁ、俺が住み着く前までここ、こいつの所謂「秘密基地」だったのか。それは悪いことをした。まぁ出ていく気はないけれど。

「……あれっ、その制服、もしかしてリリアと同じ寮?」

見覚えのある黄緑色のベストに指をさせば、男は少し驚いたように目を見開き、そして納得したかのようにああ、と声を出した。

こいつディアソムニア寮だったのか。ってことは、何回か遊びに行ってる時にすれ違っ……てないな。こんな目立つ美形がいたら絶対覚えてる。

「もしかして、お前はユウ、か?」

「え、うん、そうだけど」

「リリアから聞いている」

「あ、なるほどね。で、あんたの名前は?」

副寮長であるリリアを気安く呼び捨てで呼んでるってことは、少なくとも3年生か。

名前をとわれた男は、しばらく悩むような素振りを見せた後、ふっと笑って首を横に振った。

「僕は……いや、やめておこう。聞かない方がお前のためだ」

「……はい?」

名前を聞かない方が俺の為ってどういうこと? お前もしかして名前を言ってはいけないあの人とかそういうポジションなの?

いやそんなわけあるかい。

「知ってしまえば、肌に霜が降りる心地がするだろう。世間知らずに免じて、好きな名前で呼ぶことを許す」

……。

…………。

………………リリアーーーーッ!? お前の寮の奴、どうなってんの!?

どういうことなの!? 厨二病極まってない!? ここにイデアがいれば「厨二病乙www」とか大草原不可避だぞ!

厨二男は何故か得意げというか、ふふんって感じで笑ってるけど、俺からしてみればお前、夜中に人の寮に不法侵入した挙句に厨二病セリフ吐いてるやべぇやつだからな!?

いずれ後悔に変わる……とかお前、お前それ、将来後悔するのはお前の方だぞ! 顔が良くなかったらただ痛いだけだからな! 美形に産んでもらったこと感謝しておけよ!

「ふぅ……それにしても……、人が住み着いてしまったということは、もうこの廃墟は廃墟ではない。残念だ」

「おうおう人が住んでるところを廃墟って言うなよ。廃墟だけど」

「ならば問題はあるまい」

「他人に言われるのはちょっと……」

「そういうものなのか?」

「そういうもんなんだよ」

「ふむ……そういうものなのか……人の子の考えることは不思議だな……」

「俺にとってはお前の存在自体が不思議だけどな」

きょとんとした顔すら様になるとか顔面偏差値の格差がひでぇ。

「しかし困った……。また次の夜の散歩用の廃墟を探さなくては」

「廃墟限定かよ……。学園内だけで探すならもう廃墟はないんじゃね?」

むしろ今まで学園内に廃墟があったこと自体おかしいと思うんだが。そのおかげで住むところを確保できてるんだけどな。

「俺、夜に騒ぐ趣味とか無いし、他に見つからないようならまたここに来れば?」

「……いいのか?」

「別に。これで建物内にも入るってんなら話は別だけど、敷地内であれば特に気にしねぇよ。だいたい夜は寝てるし」

「……そうか。わかった。では、僕はこれで」

男は少し嬉しそうな顔をしたあと、やたらファンタジックな効果音をさせながらその姿が一瞬のうちに闇夜に溶ける。

姿現しみたいな魔法もこっちにあるんだな。くっそー、魔法が使えないこの身が恨めしい。

「しっかし、この学園本当に変人だらけだな……ふぁ、」

良い感じに眠くなってきた。戻って寝るかぁ。

 

:  :  :

 

なんかめっちゃ変な夢見た気がする。主に2m越えのファンタジック厨二病野郎と話す夢。

……いや、あれは夢じゃねぇな。今度リリアに会ったら文句言ってやろ。結局名前聞けなかったけど。

「ユ~ウ~! 早く朝飯に行くんだゾ!」

「はいはいグリム、ちょっと待って。今準備するから」

半覚醒の頭でぼんやりしていると、グリムが朝食に行こうとせかしてくる。

畜生、自分1人だけぐっすり眠りやがって。こちとらお前に夜中起こされたせいでまだ眠いってのに。

適当に身支度を整えて、グリムを肩に乗せながらオンボロ寮を出る。

日中は太陽が出てるからまだ暖かいけど、これからどんどん寒くなってくるだろうな。暖房器具とか防寒着も揃えたいし、今回の件が終わったらアズールとの約束とは関係無く、相当シフト入れないと。ツイステッドワンダーランドで迎える初めての冬で凍死しました、なんて洒落にもならん。

「そういやオマエ、昨日の夜どこか出かけてたのか? トイレに起きたら居なかったんだゾ」

「え? あぁー……夜中に誰かさんに起こされたから、ちょっと外散歩してたんだよ」

「ひでぇヤツだな。ゴーストか?」

「いやお前だわ。……そうそう、それでやべぇ奴に会ったんだ」

「やべぇヤツ?」

「2m越えの美形で角生えてる厨二病男」

「チュウニビョウ……? よくわかんないけど、変なヤツってのはわかったんたゾ! 名前はなんていうんだ?」

「知らん。好きな名前で呼べって言われたけど……」

「うーん、じゃあ……『ツノ太郎』なんてどうだ?」

「ぶはッ」

ツノ太郎……あの美形が、ツノ太郎……! あっやっべツボった。

「ふっ……くく……いや、いいなそれ。じゃああいつは今後ツノ太郎で」

「ツノ太郎も学園の生徒なら、そのうちひょっこり会うかもな。そしたらオレ様にも紹介してくれよ」

「いいぜ。かなりでかいからな、ビビるなよ」

「オレ様は偉大な魔法士になるグリム様だからな! そんなヤツになんかビビらないんだぞ!」

ふんす、とグリムが自信満々に尻尾を揺らす。いやお前、昨日リーチ兄弟にすらビビってただろ。あれとはまた別ベクトルだけどそこそこ威圧感あるぞツノ太郎。

「おはおはー、ユウちゃん」

「ん、ケイト、それにリドル。おはよう」

メインストリートに差し掛かったところで、後ろからケイトとリドルに声をかけられる。

 いつもなら一緒にいるはずのトレイの姿はない。お見舞いに行った時に松葉杖が必要だって言ってたし、しばらくは療養するんだろう。

トレイの成績ならしばらく休んでも問題ないんだろうけど……いつもいる奴がいないのは、やっぱり寂しいな。

「ん、ユウ」

「なに? リド……ほぁッ!?」

「少しタイが曲がっているよ。ルールの乱れは着衣の乱れからだ」

コツコツと靴音を鳴らして近付いて来たリドルが、曲がっていたらしい俺のネクタイに手を伸ばして、丁寧に直してくれる。

……こう、女学校ものの展開である「タイが曲がっていてよ」を自分が経験する日が来るとは思わなかった。危ない。ここが女子高だったら少女小説の導入が始まっていたぞ。

「……うん、これでよし」

「ありがとな、リドル。……エースとデュースは?」

「彼らはハートの女王の法律第249条にのっとってピンクの服でフラミンゴの餌やり当番中だ」

「なんて?」

フラミンゴに餌やりするのに服の色の指定とかあるの? まじでそのハートの女王の法律って何?

……あと、ピンクの服着たエースとデュースとかめっちゃ見たいんだけど。私服なのか、それとも寮で決まった服があるのか……。

もし私服だったとして。ピンクの服を持ってないデュースがエースの服を借りることもあるんだろうか……彼シャツじゃん……。

フラミンゴの餌やり中、服からエースの匂いがして思わずきゅんとするデュースとかいるのか!? いてほしい! 俺はそれを眺めるフラミンゴになるから!

「ところで、昨晩またひとり怪我人が出たらしい」

「ふな゛っ!? 本当か?」

「まじで?」

うん、とケイトが頷く。

「目撃していた肖像画くんの情報によると、怪我をしたのはスカラビア寮の2年生。ジャミル・バイパーくん。調理室で事故に遭ったらしい」

「はぁー……肖像画が監視カメラみたいになってんのな」

ってことはつまり、廊下とか肖像画があるところは人目があるってことか。もし犯人が怪我した奴の近くにいたなら、その肖像画が目撃したはずだ。

けど、あくまで怪我人が出たということしか報告されてないってことは、ただのミスか、それとも……。

……なんて1人で考えてるうちに、件のジャミル・バイパーなる人物に話を聞きに行こうということになったらしい。

こういう時、リドルがいると仕切ってくれるから楽だなぁ。

 

:  :  :

 

大食堂は朝食を食べに来た生徒たちで賑わっていた。食べ盛りだもんな、早くに来て時間ギリギリまで食べていたい奴とかもいるんだろう。

食べる量が個人で調整できるビッフェ形式は正直ありがたいよな。

「えーっと、ジャミルくんは色黒で長い髪をした……お、いたいた!」

ケイトが示した方向には、黒髪長髪褐色の男子生徒と、銀髪短髪褐色の生徒が隣同士で座り食事をしている姿があった。NRC、変人も多いけど顔面偏差値が高い奴も多い。この2人も例に漏れず顔がいい。

…………ちょっと待ってくれ。その2人、友達にしては距離が近くないか? え? 距離感ガバガバフレンズかな? すごーい最高じゃねぇか。

「よぉ。オマエ昨日調理室で怪我したヤツだろ? ちょっと話聞かせてくれよ」

「こらグリム」

一切の遠慮も躊躇もなくスカラビアの距離感ガバな2人へ話しかけに行ったグリムの脳天に手刀を落として回収する。

お前は直接的すぎんだよ。クルーウェル先生にお願いして躾てもらうぞこのモコモコめ。

「はぁ? 急になんなんだ、あんたら」

「うちの狸のぬいぐるみが悪かったな。俺はオンボロ寮所属のユウ。突然で悪いんだが、ジャミルって奴に話を……」

「あ~~~~っ! この狸、入学式でオレの尻燃やしたヤツ!」

突然銀髪の方が、大声を上げてびしりとグリムを指さす。

おっまえ入学式でどんだけ迷惑かけてんだよ。やっぱりクルーウェル先生にお願いして躾してもらうしかないのか。いやでもクルーウェル先生は犬専門っぽいしな……じゃあトレイン先生……? いやだめだ、あの人猫に甘そう。

「グリム。キミは少し口の利き方に気を付けた方がいい」

あっ、ここに適任いるじゃん。リドルにオフヘしてもらったうえでハーツラビュル寮にしばらく預けるのもアリだな。

「マジか、それは申し訳ない。大丈夫だったか?」

「尻は燃えたけど怪我しなかったから大丈夫だ! まぁ式典服は焦げたけどな!」

「ヒィエ……まじか……嘘だろ悪いな……弁償するわ……」

俺、過労死決定じゃん……式典服とかいくらするんだよ……。俺、あの服は何故か最初から着てたから、詳しい金額わからねぇ……。

やべぇ、と顔面蒼白になっている俺を見て、銀髪の男子生徒は「いーって、気にすんな!」と笑った。は……? 神か? 崇めるわ。どこ教に入ればいいか教えてくれ。

「それにしても、ハーツラビュル寮の寮長と、入学式で暴れた狸。それにオンボロ寮の奴。あっはっは! なんか面白い取り合わせだな」

「オレ様は狸じゃねぇ! グリム様だ! んで、こいつはユウなんだぞ」

「おい、グリム……」

「へぇー、そうか! オレはスカラビア寮寮長のカリム。こっちは副寮長のジャミルだ。よろしくな」

「お、おう。なんか調子狂うヤツなんだぞ」

グリムも太陽属性には耐性がなかったらしい。邪気のない笑みで自己紹介をする銀髪の男子生徒改めカリムの勢いに呑まれている。カリム教に入信すればいいのかそうか。

…………待ってくれ。今、カリムはなんて言った? りょうちょう?

「えっ……スカラビアの、寮長?」

「おう!」

スカラビアの寮長の尻を燃やしたのか、うちのグリムは……。

入学式って言ったら、俺がまだオンボロ寮の監督生としてグリムをどうにかする役目を追う前だから俺に責任はないっちゃあないんだが……本当に申し訳ねぇ……。

「……で? 何故俺が怪我した話を聞きに?」

カリムと違い、黒髪の方……ジャミルはあまり俺たちを歓迎してる雰囲気ではなさそうだ。……もしかして、カリムと2人での朝食デートを邪魔されてるから、俺たちに早くどっかに行ってほしいとか……そういう……。

普通に仲良くなって関係性聞きだしてぇな。

「実は今、学園長に頼まれて学園内の事故の調査をしてるんだよ。それで、話を聞きたくて」

「学園長が? ふーん……まぁ、いいだろう」

ジャミル曰く。昨晩、カリムの夜食を作ってる時に手元が狂い、包丁で手を傷つけてしまったのだという。いくらマジフトの練習で疲れていたとしても、それだけで手元を狂わせることはないらしい。

……いや、マジでどういう関係? 夜中に夜食作ってあげるって、それもう付き合ってるじゃん……。

「……だけど、調理中に一瞬、意識が遠くなったような感覚があった」

「……え? めまい、とかじゃなくてか?」

「殆どの奴らはそう思うだろうが……俺にはあの感覚に少し覚えがある。おそらく、ユニーク魔法の一種だ」

「!!!」

ユニーク魔法……まさかそれで、今までの奴らは操られていた、とかそういう? だから肖像画も犯人の姿を見てなかったのか。

魔法で肖像画の視認範囲外から操れば、姿を見せることなく危害を加えられる。魔法学校ならではの犯行だ。

「そっか、ジャミルのユニーク魔法はふぁっ!」

カリムが何かを言いかけた時、焦ったような表情のジャミルがカリムの口を手で塞いだ。

「~~ぷは! なんで口塞ぐんだよ」

「今は俺の話はいいから」

ジャミルの声がワントーン高くなる。それが喋り方なのかもしれない。

……カリムにだけ見せる、素の表情があるってことか……スカラビア寮、やるじゃねぇか……。

「とにかく、犯人が使ったのは相手の行動を制御できるような魔法だと思う」

「なるほどね~。だから目撃者的には本人の不注意にしか見えなかったってことか」

「もしそれが一瞬のことなら、被害者自身も自分の不注意か操られたのか判別がつかないかもしれない。ボクも階段から落ちかけた時、無理やり操られたような感覚はなかった」

リドルが腕組みをし、その時の状況を思い出しながら言葉を紡ぐ。

「ってか、そんな魔法……犯人を捜すの無理ゲーじゃん。どうする?」

「普通の魔法だと、そういうのは出来ないのか?」

「出来なくはないと思うけど……でも、強制力を感じるとは思う」

「リドルもジャミルも強制されたようには感じなかったんだったか……。ユニーク魔法かぁ……ちなみに、心当たりは?」

グリム以外の4人へぐるりと視線を向けるが、4人とも首を横に振った。

やばいな、まさかここで手詰まりになるとは。いくら学園側でも、生徒全員のユニーク魔法を把握してるわけじゃないだろう。そもそも、ユニーク魔法を覚えてることすら誰にも教えていない奴もいるかもしれない。

「人を操る魔法……ハッ!」

「どうした、グリム」

「オレ様もそれを習得すれば、毎日人を操って学食のパンを独り占めできるんだゾ!」

「おっ、お前な~~~!!」

何かに気が付いたかと思ったが、どうやら食い意地から来る悪だくみを思いついただけだったらしい。習得したとしてもさせるかよ、そんなこと。

リドルもこれには呆れの表情を見せている。

「ちょっと期待したじゃねぇか! ったく……」

「だって、そしたらデラックスメンチカツサンドも食べ放題……ん?」

「グリム?」

はっとしたような顔で、グリムが遠くを見る。実際に目で見る、というより記憶を掘り起こしているようだ。

そして、突然叫んだ。

「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」

「なんだ!? 急に大声出して」

「オ、オレ様知ってるんだぞ! そのユニーク魔法使うヤツ!」

「なんだって?」

「マジかよ」

今までそんなユニーク魔法使う奴に会ったか? というか、なんでデラックスメンチカツサンドで思い出したんだ?

デラックスメンチカツサンドと言えば、ちょっと前にグリムがお昼の時にゲットしたけど他の奴に何故か譲った……って、自分で譲ったくせに落ち込んでた日の事しか思い出せない。

あの時俺は出張パン屋の方じゃなくてビッフェの方に食事を取りに行ってたから詳しく知らないんだよな。

「犯人は、ラギーなんだゾ! あの、サバニャクロー寮の、茶色い耳のヤツ!」

………………は?

「……ラギー、が? 間違いないのか?」

「オレ様が間違えるわけねぇ! 犯人はあいつだ!」

嘘だろ?

モストロ・ラウンジで一緒に働いてた時のことを思い出す。要領が良くて効率的で、全体を見て俺たちを助けてくれたラギー。

そんなことをするような奴には、見えなかった。

否定したい感情とは裏腹に、頭の冷静な部分が現実を突き付ける。

こんなにたくさん怪我人が出ているのに、誰ひとり被害を受けていないサバナクロー。そのサバナクローには、人の行動を制御するユニーク魔法を持っているとされるラギーが所属している。

「えぇっと、ラギー・ブッチくんは、2年B組だね」

「……ッ、」

ケイトの言葉を聞いた瞬間、俺はその場の全員を置いて駆け出した。

後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえたけど、気にしちゃいられない。

どうして、なんで。叫び出しそうになるのを歯をくいしばって耐える。ぎぃと軋む音が聞こえる。

目指すのは、2年B組。

 

:  :  :

 

「ラギー!」

バン、と2年B組のドアを勢いよく開く。

始業時間前だからか教室にはほとんど生徒はおらず、けど、幸か不幸かそこにラギーの姿はあった。

「うぃーッス。誰ッスか朝っぱらから……って、ユウくんじゃないッスか。どうしたんスか?」

きょとんと目を丸くしながら、ラギーが俺に近づいてくる。

昨日サバナクロー寮で会ったときは少し雰囲気が違ったけど、でも、今目の前にいるのはあのクソ忙しい日に一緒に働いたラギーそのもので。

肩で息をしている俺に、「大丈夫ッスか?」と気遣いすら見せてくれる。

やっぱり違うんじゃ、グリムの勘違いなんじゃ……と思う。そう思いたかった。俺にとって都合がいいのは、そっちだ。

「朝から悪い、その……ラギーに聞きたいことがあって」

「なんスか?」

早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、ひとつ息を吸って、吐く。答えを聞くのが怖い。

「ここ最近、マジフトの選手候補が続けて事故に遭ってて、俺は今その調査を学園長から申しつけられてるんだけど……ラギーは、なにか知らないか?」

「……なんでそれをオレに聞きに来るんスか?」

きゅっ、とラギーの目が細められる。なにがなんだかわからない、というような表情ではない。むしろ。

「……知ってることがあれば、教えてほしいだけなんだ」

「……はぁー」

恐る恐る言葉を紡ぐが、ラギーはやれやれと言ったように頭を振って溜息を吐く。

「はっきり言ったらどうなんスか? オレのこと疑ってますって」

「俺だって疑いたくて疑ってるわけじゃ……!」

「でもユウくんの中ではもう答えが出てるんでしょ?」

「っ……! ラギー、なんで……」

「っていうかさぁ!」

 ラギーの表情には、もう先程の気遣うような色はない。俺を馬鹿にするような、見下した目をしている。俺はこの目を知っている。見たことがある。軽蔑と拒絶の瞳。

「ユウくんオレになに期待してんの? 1日一緒に働いただけじゃん。しかも話したのなんかちょっとだし。それで友情感じちゃってるんスか? 能天気ッスね~」

「……信じたいって思った奴を、信じちゃ悪いのかよ……」

「知ってる? そういうの世間知らずっていうんスよ」

賢くなれてよかったッスね、と笑うラギーに、俺は何も言えなかった。

ラギーの言う通りだ。たった短い時間を共有しただけで、俺とラギーは友達ですらない。

でもあの時。俺はラギーと仲良くなれたんじゃないかって、期待していたんだ。

俺の気持ちなんて所詮独りよがりのものでしかないって、知ってたはずなのにな。

「もういいッスか? じゃあオレはこれで……」

俯いて黙り込んでしまった俺を鼻で笑って、ラギーは廊下の方へと向かう。

「行かせはしないよ」

俺の横を通り過ぎ教室を出ようとしたラギーの行く手を、追いついて来たリドルとケイトが遮った。

「ラギー・ブッチ。今学園内で起こっている選手候補連続傷害事件について聞きたいことがある」

「ちょーっと、表にでてくんない?」

リドルとケイトに連れられて、ラギーが教室を出ていく。

俺は、その場から動けなかった。

 

 

 




ユウ
学園長直属の調査員と化している。
信じたいと思うものを信じてきた。


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Ep6.童顔系腐男子監督生とバイト仲間とマジフト大会【後】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・2章【荒野の反逆者】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。
今回、一部キャラクターに対し煽るような言動がありますがヘイトなどではけしてございません。


また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



まただ、と思った。

信じたいと思ったものに裏切られるのは。

……いや、この気持ちすら俺の押し付けだ。ラギーの言う通り、俺とあいつは1回会っただけの、ただの知人でしかない。

俺がただ勝手にラギーに期待して、勝手に傷ついてるだけだ。いつものこと。俺の悪い癖。だから、あの子は、あいつは、俺のもとを去った。

俺が勝手だったから。俺がちゃんとわかってなかったから。俺が。俺が。

「……ちゃん、ユウちゃん!」

肩を掴まれ揺さぶられ、深く沈んでいた思考が急速に引き戻される。くらりと眩暈を感じながらも振り向けば、焦った表情のケイトが俺を見つめていた。

「……ケイト?」

「よかったぁ。教室から出てこないから、ラギーくんに拘束魔法でもかけられちゃったのかと思ったよ」

「いや、大丈夫だ……ちょっと、思うところがあって。それよりもラギーは?」

ぶんぶんと頭を振って先程までの考えを散らし、ケイトに問いかければ、なんとも微妙表情を返された。

「それがねぇ……オレとリドルくんのマジカルペンスって、逃げちゃった」

「えっ」

「たまたま通りかかったエースちゃんとデュースちゃんに追ってもらってるけど……」

「まじか……どっちの方に走って行ったんだ?」

「あっちの方だけど……」

「……わかった。俺も追いかけてみるわ」

「えっ、ちょっと……!」

ケイトの制止の声を無視して走り出す。

逃げるのであれば、建物の中よりも外に出た方が逃走経路の選択肢が多くなる。もし俺がラギーと同じ立場だったなら、追いかけて来ているエースとデュースを外まで引っ張ったあとで撒く。そっちのほうが逃げ切りやすくなるからだ。

(なら……こっちだな)

ラギーが逃げていった方には1階へ降りる階段がある。そしてその近くには中庭への出入り口があったはず。ここからだと距離があるから……追いつくにはショートカットするしかないか。

一番近い階段を転がるように駆け降りて、1階にある中庭に面している教室へと飛び込んだ。

どこかのクラスだったらしく、朝のホームルーム直前に突然飛び込んできた俺を見て、中にいた生徒達がぎょっと目を剥く。

先生にチクられませんよーに、と祈りながら窓を開け、中庭へと飛び出した。

1階の教室でも、窓から地面までの高さはそこそこある。ダン、と地面に着地した瞬間の衝撃でバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。

やっぱり体力落ちてきてるな……無理にでも食べなきゃ駄目か。

「――ユウッ!」

俺を呼ぶエースの声に振り向けば、向こう側からラギーと、それを追いかけるエースとデュース、それにグリムの姿が見えた。どうやら読みは当たっていたようだ。

「ゲッ……しつこいッスよ!」

「しつこくて悪かったな。……リドルとケイトのマジカルペン、返してもらうぞ」

「ふーん。てっきり、さっきのことで何か言われんのかなって思ったんスけど」

揶揄うようにラギーが嗤う。棘が刺さったかのように痛む心に蓋をして、俺も笑い返した。

「いや。あれはラギーが正しい。俺とお前は友達でもなんでもないのに、変な期待をかけた俺が悪い」

「やっとわかったんスか。よかったッスねぇ」

やれやれ、と言うようにラギーは肩を竦め、そしてちらりと自身の背後へと視線を向ける。

ようやくグリム達が追い付いてきたようだが、随分と走らされたらしく息も絶え絶えといった様子だ。

「つかさぁ、もしここでオレを捕まえたって、アンタらオレが犯人って言い切れなくないッスか?」

「なんだと?」

先に息が整ったらしいデュースがぎろりとラギーを睨む。鋭い視線を受けてなお、ラギーは楽しそうに嗤っていた。

「だって、オレが怪我をさせたって証拠、ないッスよね。誰かオレが魔法使ってるとこ見たんスか? そんで、それ写真に撮ったりしたんスか? してないッスよねぇ?」

「うぐっ…………そ、それは」

言葉に詰まったデュースを庇うように前に出る。やめとけデュース、お前じゃラギーには口で勝てん。

「そうだな、その通りだ。でも、じゃあ、なんでリドルたちから逃げたんだ? やってないって言うなら、弁明でもなんでもすればいいだろ」

「いやッスよそんなめんどくさいこと。ていうか、リドルくんとかほぼオレのこと犯人って決め打ってきてるじゃないッスか。そんな状態で何言ったって無駄っしょ」

「……それもそうだな」

ラギーがブレザーの内ポケットから赤い宝石が付いたマジカルペンを2本取り出して、足元に置いた。あれがリドルとケイトのマジカルペンか。

「んじゃ、今日の追いかけっこはここまで。さっき盗ったマジカルペンはここに置いとくッスよ」

ばいばーい、と軽い調子でラギーは再び走り出した。そのスピードはあまりに早く、今から追いかけてももう追いつけないだろう。

捕まえるのは 諦めて、リドルとケイトのマジカルペンを拾い上げた。背後ではグリム達が悔しそうに地団太を踏んでいる。

……ラギーは否定をしなかった。ということはやっぱり、一連の事故、いや、傷害事件の犯人はラギーで間違いないんだろう。あの様子なら、俺たちにバレたからといってやめる気もなさそうだ。それに、昨日のサバナクローの様子を見る限り、寮全体が一枚噛んでいるとみていいだろう。

そろそろ俺の手には負えなくなってきた。ここまでの調査結果を、学園長に報告した方が早いか……? けど、報告するには証拠がない。ラギーが容疑を否認すれば、冤罪をかけたとして俺の立場が危うくなる。それに……。

「テメェら、まだ懲りずに犯人捜しやってんのか」

ふいに背後からかけられた声に振り向くと、芝生を踏みしめて、銀髪の獣人……ジャックが近寄って来た。一部始終を見ていたらしい。

「ジャック……だったよな? 奇遇だな」

「……お前、相当目立ってたぞ」

「え? ……あー、もしかしてあそこの教室、お前らのクラスだった?」

ジャックがこくりと頷く。あっちゃー。目撃者多数じゃん。これは先生にバレるな……。

やばい、と頭を抱える俺の隣から、エースがズカズカとジャックの方に近寄っていく。

「んだよ。見てたんなら手伝えよな。おたくんとこの先輩、超悪いヤツなんですけど?」

エースの文句にジャックはそれに答える事はなく、いぶかしげな視線をぐるりと俺達に向ける。

「お前ら、何故そんなに他人のために必死になれる?」

「他人のため?」

「怪我したダチの仇討とうって気持ちは分からなくもねぇが……」

「は? 何言ってんの?」

「え?」

「え?」

……え? ちょっと待て、エース。どういうことだ?

エースの言葉に、俺とジャックは目を丸くする。

「だーれが他人のためなんかにやるかっつーの」

「僕達はこの事件の犯人を捕まえて手柄を立てたいだけだ」

「………………ちょっと待て、お前ら、トレイの件もあるだろォ!?」

悪びれず堂々と「自分の利益になるからやってます」発言をしたエースとデュースに、今度は別の意味で頭を抱える。

確かにあの時、リドルは手柄次第でマジフト大会の選手枠として考慮するとは言ってた。言ってたけどさぁ!

てっきり先輩であるトレイのためとか、俺のために協力してくれてると思ってんだんだけど!?

「うっそだろお前ら……」

「オレ様だって、絶対アイツを捕まえてテレビに映ってやるんだゾ!」

うん、グリムは知ってた。お前はいつでもそういう奴だからな……。いつまでも変わらずにいてくれよ。

ちょっとショックが大きくて、グリムを抱き上げてふかふかの後頭部に顔を埋める。マジで信じらんねぇ……。

「トレイ先輩には悪いけど、出番はイタダキ、みたいな?」

ニヤリと笑うエース達に、あぁ、そういえばこいつらはこういう奴らだったよと思いだす。

前に学園長が言ってた、「ナイトレイヴンカレッジの生徒達には他者と協力しようという考えを微塵も持たない個人主義かつ自己中心的な者が多い」という言葉が、今、身に染みてわかった。

「ハッ! 他人のために動くようなヤツは信用ならねぇと思っていたが……お前ら、思ってたより酷ぇ奴らだな」

俺にとってはここにいる全員一律酷い奴らだよ。俺の純情弄びやがって。

「なんだよ。オレらよりお前のほうがひでーじゃん。その様子じゃ知ってたんだろ? アイツが事件の犯人だって」

「……ってことは、これ、ラギーの単独犯行じゃなくて、サバナクロー寮生たちが関わっている、少なくとも知ってるってことだな?」

通りでサバナクローから怪我人が出ていないはずだ。目的がなんにせよ、自寮の人間に危害を加える必要はないからな。

「…………オイ、てめーら。俺と勝負しろ」

「なんて?」

今それ、関係ある?

「はぁ〜? 突然なんだよ」

「男が腹割って話すんなら、まずは拳からだろ」

一昔前の不良漫画の登場人物か……? いや、見た目的ににもぴったりだけど。

俺とエースがドン引きしている横で、デュースがやる気満々に拳を握った。さすが元ヤン。でも今は殴り合う必要なくない!?

戸惑う俺たちを置いて、早速殴り合いが始まった。

俺は巻き込まれないよう、グリムを抱えたまま少し離れたところに座り込む。流石にね、「拳で語り合おうぜ!」的なノリは成人してからはきついわけよ。

そういうのは中高生の特権だと思うので、ぜひ俺抜きで思いっきりやってほしい。

「うぉおおあ!!」

「おらあああ!!」

ジャックとデュース、双方の拳がお互いの頬に突き刺さる。うわ痛そう。

隣には俺と同じように「キャラじゃない」と早々に離脱したエースが座っており、少年漫画かと思うような音と共に殴り合いをしているデュースとジャックを見て顔をしかめていた。

……その顔をしかめている意味によっては、お前に問いたださなきゃいけないことがあるんだよな、エース。

ただ痛そう、とか、よくやるよ、みたいな感情なら俺も同じ気持ちだからよくわかる。

でもこれがもし相棒たるデュースをジャックに取られそうな予感を感じてなのであれば、俺はその気持ちを根掘り葉掘りすべてをまるっと聞き出さなければならない義務がある。

ねぇ今どんな気持ち?? どんな気持ち? デュースと気が合いそうな男が出現したけどどんな気持ち? ちょっとお兄さんに教えてみ?

ジャックに対して妬いてるんなら素直にそう言ってほしい。俺の推しCPはエスデュだ。いっぱい応援する。

「……よし。これでケジメはつけた。俺の知ってる事は話してやる」

あ、終わったみたいだな。

流石に互いの健闘を称え合っての握手はしないみたいだけど、デュースとジャックのお互いを見る目は、”強敵”と書いて”トモ”と読むような感情が乗せられている。

ジャクデュもありだな。手のひらが勢いよく回転するだろこんなの見せられたら。

「ケジメって、なんのケジメだよ」

エースが若干詰まらなさそうな声でデュースの隣に立つ。

だからそれ一体どんな感情!? お兄さんに教えて!?

「俺自身の心のケジメだ。所属寮を裏切ることになるからな」

「ってことは、やっぱ今回の件はサバナクロー全体がグルってことか」

「! ……ああ」

ジャックが話してくれたのは、ラギーのユニーク魔法のことだった。

相手に自分と同じ動きをさせることが出来る、というものらしい。ほんの一瞬手元を狂わせたり階段を踏み外すように足の位置を少し前にしたりするだけで、相手を事故に遭わせることが出来る。最小限の動きで最大限の効果を発揮できる手だ。

それと、事故を起こすときにサバナクロー寮生が壁になってラギーの姿を隠しているだろう、ということ。ラギーは他のサバナクロー寮生に比べて随分と小柄だ。筋肉の壁の内側に入れば簡単に姿を隠せてしまうだろう。

……というか、サバナクロー寮生ってゴツいのが多いじゃん……そんな中に、ラギーみたいなのが混ざってるって、これ、絶対1人くらいはラギーの事狙ってる奴いそうだよな……?

でもラギー本人はレオナの庇護下にあるから、おいそれと手を出せなくて……みたいなモブラギ本ありそう。読みたい。

「俺が特に気に入らねぇのは寮長、レオナ・キングスカラーだ! あいつはすごい実力があるはずなのにちっとも本気を出しやがらねぇ」

「あいつ、そんなにすげぇ奴なの?」

「確かに、アイツダラダラしてるのにめちゃくちゃ強かったんだゾ」

俺の言葉に、グリムが昨日のことを思い出したのがぶるりと尻尾を震わせた。

着いたのが試合が終わったあとだったから試合内容とかは知らないけど、体力バk……持久力のあるデュースとか、3年のケイトが膝をつくくらいなんだから相当なものなんだろうし、立っているだけで威圧感もあったな。

「だろ!? せっかく持っている力を何故磨かない!? 俺はそういうヤツが一番嫌いだ。3年前、レオナ先輩が大会で見せたプレイは本当に凄かった。だから、俺はこの学園に入れて……サバナクロー寮に入って、あの人と本気でマジフトの試合がやれるんだと思ってたのに……」

……あの、これは。これは……その。

突然投下された感情を言葉として表現する前に、エースが耳打ちをしてくる。

「あのさー……ユウ。こいつさっきから自分トコの寮長に文句を言ってるようでいて……」

「おう、エースも感じたか……。こいつ、多分すげーレオナに憧れてるよな……」

まさかここにきてこんな……。レオジャクか? それともジャクレオか? どっちにしろ美味しいし、展開がもはや商業BLだ。

数年前に見かけた憧れの先輩を追いかけて入学してみたら、その先輩がすべてにやる気をなくし怠惰な生活をしていて……主人公は幻滅しながらも先輩を叱咤し……みたいな商業BL俺読んだことある!! 家の本棚に5冊くらいありそう。

俺が腐界の方へ頭をトリップさせているうちに話は進む。

どうも、今までの事故は行きがけの駄賃のようなもの、本命はディアソムニア寮長であるマレウス・ドラコニアであるという。

どうにもこのマレウス・ドラコニアとか言う奴がバケモノ並みの強さで、そいつが入学してから無得点で初戦敗退、という結果になったらしい。

攻略無理ゲー状態から脱却したくて、垢BAN覚悟でチートツール使って攻略しようとしてるってことか。……違う?

「話は聞かせてもらったよ」

「ローズハート寮長、ダイヤモンド先輩」

気付かないうちに追い付いてきたらしい、リドルとケイトがそこにいた。

ケイトはいつもと同じように笑顔を浮かべているが、リドルの顔は険しい。

「伝統ある大切な行事を私怨で汚そうだなんて、許せないな」

「どうする? リドルくん」

「今までのラギーの犯行も証拠がない以上、断罪することはできない。狡賢いレオナ先輩たちのことだ。今告発してもうまくかわすだろう」

「つまり犯行現場を押さえるっきゃない、ってこと?」

エースの言葉にリドルが「考えがある」と言った直後、ジャックから待て、と制止が入った。うーん、このパターンなんとなく想像がつく。

「知ってる情報を話したが、俺はお前らとツルむつもりはねぇ」

「え~。ここにきてそれ言う~?」

予想通りの宣言だ。わかりやす過ぎて心配になる。こいつ、この学園の生徒にしては真っ直ぐ過ぎねぇ?

自分の寮がやったことは、自分で落とし前をつけると。なるほど。

この期に及んで何言ってんだ?

「けどさ、そう言っておいて今までの事件も止められてないじゃん」

「……あ?」

「お前、前からラギーたちが何かしてるの知ってたんだろ? けど、事故、いや違うな、襲撃は止んでない。ってことは、お前は今の今まで1人じゃなんとかできなかったってわけだ」

「…………」

ジャックが威嚇するかのような唸り声を漏らす。ここで反論出来ないってことは、自分から「出来ませんでした」って言ってるようなもんだぞ?

「個人の力にゃ限界がある。本当は自分だってわかってんだろ。お前に何か対抗策なりがあるなら別にいい。無いんならまぁ、話くらいは聞いてけよ」

俺だって、俺とグリムの2人だけじゃ今回の事件の解決は難しいって早々に思い知った。だから こうしてエース達の力を借りている……まぁ、こいつらに俺を助けようって気持ちは無いかもしれないけど。……自分で言っててちょっと悲しくなってきたな。

「賢い狼なら群れで狩りをする。お前はどっちだ?」

「……………………。いいだろう、話くらいは聞いてやる。だが、もし気に食わねぇ作戦だったら俺は抜けるぜ」

「別にいいぜ。やりたくないことやらせて失敗する方が怖いし」

そう言って肩を竦めれば、俺を睨んでいたジャックの顔が少し緩んだ。

「……お前、やっぱり変わってるな」

「それな」

「ユウが変なのはいつものことなんだゾ」

「だからこそユウちゃんは面白いんだけどね~」

「ユウが変わってるおかげで僕たちも色々助けられたのは事実だな……」

「お ま え ら」

だからなんで俺をそう変人扱いするんだよ!? お前らも大概だからな!?

ゴホン、とリドルがひとつ咳ばらいをする。危ない危ない、話が脱線する所だった。

「じゃあ、さっきの話の続きをするよ。まず…………」

リドルが話す作戦は、俺的には良さそうだと感じた。周囲を見てみれば、他の奴らも納得したようにうんうんと頷いている。

「で? リドルくんの作戦を聞いた結果、ジャックくんはどーすんの? 抜ける?」

皆の視線がジャックに集まる。ジャックは腕を組みしばらく考えた後、協力してやってもいい、と答えた。

やっぱツンデレだよな~こいつ。銀髪狼獣人ガチムチツンデレ。要素盛り過ぎじゃない……? と思ったけど、それ以上に要素盛ってる子が俺の隣にいるね。リドル・ローズハートくんっていうんだけどね。

「そうだ、1年生達」

「?」

「今回は情報提供に免じて、校則第6条『学園内での私闘を禁ず』の違反を見逃してあげるけれど……次に見つけたら全員首をはねてしまうよ。おわかりだね?」

「「「はい。すいません」」」

「……ッス」

うーんこの圧力。この場にいる誰よりも(グリムは除く)小柄ながらに、リドルが発する圧は強い。まぁそれくらいじゃないと、寮長なんてやってられないか。

「リドル、俺はやってないからな。無実だ」

「あっ、ユウ狡いんだゾ!」

「うるせー事実だろ! ……あ、そうだ。リドル、ケイト。はいこれ」

ふ゛な゛ぁ、とまとわりついてくるグリムをいなしながら、先ほどラギーが置いていったマジカルペンを2人に差し出す。

「大丈夫だとは思うけど、一応変なところはないか確認してくれ」

「ありがとう、ユウ」

「ユウちゃんありがと~! マジカルペン取り戻し記念に、1枚いっとく?」

「遠慮しとく。……そうだ、」

今回の作戦は、俺達だけじゃ足りない。やるなら、サバナクロー寮の標的になっている奴らも巻き込んどくべきだろ。

制服の内ポケットからスマホを取り出す。もう1限目もとっくに終わってる。このタイミングなら出るだろ。数コールのち相手に繋がる。

『もしもし?』

「あ、もしもしリリア?」

「は?」

「え?」

俺以外の全員がぎょっとしたような表情で見つめてくる。

……? なんかおかしかったか?

この作戦を成功させるには、ディアソムニア寮の連中の協力が必要だろ。守られる対象が何もわかってないんじゃあ、どうにもならないからな。

『ユウか。お主からの電話とは珍しい。どうかしたのか?』

「ちょっと話したいことがあるんだけど。今日の放課後空いてるか?」

『空いてはおるが……なんだ、この電話ではいかんのか?』

「出来れば直で会った方が話は早いと思う。用事があるのは俺以外にもいるし」

『……ふむ。さては面倒事じゃな?』

なんで面倒事だってわかったのにちょっとウキウキした声出してんだよこいつは。

「その通り。頼むよ、俺ら友達だろ?」

『くふふ、このわしをそのように呼ぶとはの。よかろう。場所はオンボロ寮でよいな?』

「ああ」

『このわしを呼びつけるのじゃから、それなりのもてなしを期待しておるぞ?』

「あんま期待すんなよ……じゃあまた放課後に」

『うむ』

一通り会話を終えて通話を切る。

じぃ、と痛いほどの視線を感じて顔を上げれば、信じられないものを見るような目で俺を見ている皆の姿。

「えーっと……ユウちゃん、リリアちゃんと友達だったんだ」

「え、うん……そうだけど」

「やっぱり……キミは変わっているね」

「待ってなんでリドルまで俺を変人扱いするんだ!?」

解せぬ。

 

:  :  :

 

放課後オンボロ寮にやって来たリドル達とリリアとの間の話はまとまった。後はマジフト大会当日を待つだけだ。

サバナクロー寮の奴らがこのあと事故を起こす可能性はあるけど、誰が狙われるか分からない以上、阻止することは難しい。決定的瞬間を捉えられなければ後手に回り続けるだけだ。

それならば焦らず、確実に動く当日を待った方が良いという結論が出た。 ……うん、出たんだけど。

「……それでも気にはなるよなぁ」

俺たちが当日を待ちながらのんびりしている間にも、ラギーが誰かを怪我させているかもしれない。名前も知らない誰かが、それまでの努力を潰されているかもしれない。

「……はぁ~~~~~~」

所詮は他人、放っておけばいい。

ナイトレイヴンカレッジの生徒達は、大半がそう思うんだろう。本当に、損な性格だよな。俺もそういう風に割り切れればよかったのに。

「……行くか」

事故に遭うのは場所と時間を問わない。授業中は難しいかもしれないけど、時間が空いた放課後なら見回りくらいはできる。

グリムは……来ないだろうな。いいか、1人で。

放課後一度オンボロ寮に戻って荷物を置くと、スマホだけポケットに入れて校舎へと引き返す。

サバナクロー寮生が壁になってるなら、ケモミミガチムチ集団を目印に探せばいい。……いや、よく今まで目立たなかったな、それ。

ひとつひとつの教室を覗き込みながら進んでいく。マジフト大会が近いからか、残っている人はほとんどいない。皆寮で練習や作戦会議をしているんだろう。

流石に寮までは狙われないだろう。そもそも、他の寮の奴がいるだけで目立つしな。だから、校舎にいるよりも自分達の寮にいる方がずっと安全だ。ぜひそのまま当日まで居残りはやめて欲しい。

……それにしても、本当に広いなこの学校。4学年×5クラス分の教室とは別に、科目ごとの特別教室が多い。そもそも1つ1つの教室がやたら広いから、必然的に建物自体も大きくなるのはわかる。わかるけど、移動する身にもなってほしい。

せめて階段じゃなくてエスカレーターにしてほしかった。普段あんま運動してないから、階段の昇り降りがそろそろキツい。

いや、降りはいいんだよ、まだ。昇りがキツい。膝に来る。こんなことならもっとちゃんとスポーツとか運動を定期的にやってればよかった。誰がこんなハリ●タばりにでかい校舎の学校に通い直すなんて予想できたよ……。

目の前の下り階段を前にため息を吐く。降りるということは、昇りもある。憂鬱だ。

そうは言ってても仕方がないのはわかってるんだけどな。

ゆっくりと階段を降りていくとちょうど下から生徒が2人、談笑しながら階段を昇ってくるのに気が付いた。

腕章の色は臙脂と黄色……スカラビア寮生か。今朝話したカリムとジャミルの寮の奴らだな。一応、注意だけはしておくか。

2人との距離が縮まってきた、その時。

 

『――――』

 

「ッ、うわ!?」

「え、」

ズルッ、と階段を昇っていたスカラビア寮生の内の1人が足を踏み外す。

話に夢中だったんだろう。手摺を掴んで踏ん張ることも、受け身を取ろうとすることも出来ていない。このままだと、頭から落ちる。

何も考えなかった。一足で飛び降りるように踏み込んで、スカラビア寮生の手首を掴む。

火事場の馬鹿力とは言ったものだ。手を思い切り引いて、スカラビア寮生を引き戻す……あ、これ、ヤバいやつだ。

引き戻した勢いで、自分の身体が前に出る。

走馬灯、ではないけれど。何かで読んだ覚えがある。階段から落ちる時、すごい量の思考が頭の中を駆け巡ったという記述。これがそうなのか。ははっ、自分の身で体験するとはな。

体勢を立て直そうとして、無理だとわかって、じゃあせめて頭だけでも守らなきゃと思考が走る。

頭を庇うように両手を顔の前でクロスさせた、直後に酷い音と衝撃。

「~~~~~ッ゛、ぁ……」

踊り場に叩きつけられるように落ちた衝撃で、肺の中空気が全て押し出される。痛い、よりも先に苦しい。

「ォ゛エッ……ッ~~~~~、ァ、……いっ、でぇ……」

少し遅れて痛みが追いついてくる。生理的な涙がジワリと滲んだ。頭は守れたけど、それ以外の全身がとにかく痛い。

「お、おい! 大丈夫か!?」

あのスカラビア寮生達であろう、バタバタと階段を降り、痛みで動けず呻くだけの俺のそばへ駆け寄ってくる。

頭上で何か話してるけど、痛みでそれどころじゃない。短い会話のあと、1人分の足音がバタバタと去って行く。

どこかに助けを呼びに行ってくれてるのか。それはありがたい。

徐々に霞んでいく意識の中、誰かの視線を感じて、のろのろと顔を上げた。くすんだ金色が階段上で揺れている。あの色は―――

考えがその正体へ至る前に、俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

:  :  :

 

静かな部屋。灰色の部屋。

彼女のベッドに我が物顔で座る男がいる。

「そうか……俺の思い込みだったんだな。全部」

男は何も言わず、笑みを浮かべている。人の好い笑み。何度も助けられた親友。

「俺だけだったんだな、そう、思っていたのは」

ぎしりと軋む音がする。俺は男の首に、手を、

 

「―――今更だろう?」

 

嗤う、声がした。

 

:  :  :

 

「……………………どこだ、ここ」

見慣れない、臙脂色の天蓋。目を開けば、そこは異国情緒溢れる部屋の中だった。

保健室とも、オンボロ寮とも、ハーツラビュル寮とも違う。見たことないインテリアに囲まれた部屋だ。

ふわりと香るどこかエキゾチックな香りに、マジでどこだここ、と困惑していると、突然扉が勢いよく開いた。

扉を開けた人物とたっぷり3秒見つめ合う。

「ジャミルーー! ユウ起きたぞーー!!」

歓声のような声を出しながら部屋から飛び出していったのは、スカラビア寮長のカリムだった。ってことは、ここスカラビア寮の中、か?

あの後気絶したから覚えてないんだけど……様子を見るにスカラビア寮内の中に運び込まれたってところか。放課後だったし、保健室の先生が不在だったのかもな。

「ッくし……あれ、」

なんか寒いと思ったら、ジャケットとベストを脱がされていた。2つとも近くに畳まれて置かれている。

一瞬「なんで脱がされてんの!?」とビビったけど、怪我の手当をしてくれたのか。包帯が巻いてある両腕は少しひきつるような痛みはあるが問題なく動く。骨折はしていないようでひとまず安心だな。

身体の方も節々痛むが、問題はないようだ。さすが打たれ強いな、俺。……シャツの中までは見られていないと良いんだけど。

軋む身体に鞭を打ってジャケットを手繰り寄せ、ポケットの中に入っていたスマホを確認する。

よし、画面は割れてない。せっかく学園長に頼み込んで契約してもらったスマホだ。買って数ヶ月で壊したら申し訳がなさすぎる。

「……げ」

画面ロックを解除した途端、画面に並んでいたのはおびただしい量の着信履歴とメッセージ通知。

エース、デュース、リドル、ケイトの4人からだ。

夕飯の時間になってもオンボロ寮に戻ってこない俺の事をグリムがハーツラビュル面子に相談したんだろう。

誰かのメッセージに既読付けたらこれ、鬼の様に着信入るだろうな。さてどう言い訳しようか、と悩んでいると、ふいにスマホが着信を知らせる。

「も、もしもし」

脊髄反射で取ってしまった。やべぇな、まだ言い訳全然考えてないのに。

あの4人の中で一番言いくるめやすいのはデュースだ。どうかこの着信がデュースからでありますように、と祈る。

しかし聞こえてきたのは、全く予想外の人物の声だった。

『―――ユウさん?』

「え、あ、アズール?」

『……はぁ~~~~……』

なんかクソデカため息吐かれてるんだけど、どういうこと?

「なんかあったのか?」

『まったく、貴方という人は……。先程、貴方を捜しにリドルさん達がモストロ・ラウンジにいらっしゃいましてね』

「あ~~……。なんか、すまん」

『……今はどちらに?』

「ああ、いま……」

言いかけたところで、後ろから伸びてきた褐色の手にひょいとスマホを持ち上げられる。

え、と見上げれば、いつの間にか部屋に入って来ていたジャミルが俺のスマホを持ってアズールと何やら会話をしていた。

「ユウ!」

「うわっ!? ……カリム?」

「ありがとな~~うちの寮生助けてくれて! 怪我大丈夫か?」

「あ、ああ……。こっちこそ悪いな、手当してもらったみたいで」

「手当てするのなんて当たり前だろ! お前は恩人だからな!」

うーんこの圧倒的光属性。いや、これは太陽属性だな。眩しくて目が焼かれそうだ。

これは受け攻め判定に迷うところである。子犬攻めのような気もするし、天真爛漫受けの気もする。どっちも美味しいな。

あと、クッソ失礼なこと考えるなら、懇願系モブに抱かせてくれって言われたら「いいぜ!」で承諾しそう。……いや、「悪いな!」って笑顔で懇願系モブを蒸発させるかもしれない。

「じゃあ替わるぞ……ユウ、」

「え、あ、おう」

話が終わったのか、ジャミルがスマホを差し出してくる。まだ通話は切れていない。

「もしもし、アズール?」

『ジャミルさんから話は伺いました……貴方、馬鹿ですか?』

「うっ……しょうがねーだろ、身体が先に動いたんだから……」

『勇敢と蛮勇は違いますよ』

「おっしゃる通りです……」

『まぁいいでしょう……リドルさんには僕の方から連絡しておきます。まずはゆっくり、身体を休めてください』

「アズール……」

心なしか、電話に出た直後よりもアズールの声が柔らかくなっている気がする。……心配、してくれたんだろうか。そうだとしたら……

『貸し1つ、ですよ』

うん、知ってた。アズールが何もなしに俺の体調気遣ってくれるわけないよな!

どうせリドルたちに対しても俺がどこにいるかを伝えて「貸し1つですよ」とか笑うんだろう。目に浮かぶようだわ。

すまん、リドル……死なばもろともだ、一緒にアズールに貸しを作ろう。

「リドルたちに連絡するようなら、今日はグリムをそっちに泊まらせてやってくれって伝えといてくれ」

『わかりました。伝えておきます』

「よろしくな。……じゃあ、おやすみ」

『おやすみなさい』

ぶつりと通話が切れる。少しだけ名残惜しくて通話履歴欄をぼんやり眺めていると、がばりとカリムに肩を組まれた。

「なぁユウ、今日はうちの寮に泊まって行けよ! そんで、ジャミルの飯食っていけよ!」

「や、そこまで世話には……」

「遠慮しなくていいんだぜ! ジャミルの飯はうまいんだ!」

「いや、あの……」

押しが強いなこの陽キャ! 助けを求めてジャミルの方を見ると、黙って首を横に振られた。諦めろってことですか……。

「わかった……」

「やった! じゃあジャミルよろしくな!」

「はいはい……悪いな、ユウ。カリムに付き合わせて」

「いや、いいよ。カリムも好意でやってくれるんだろうし……。そういや、ジャミルも怪我してんだろ、それは大丈夫なのか?」

「ああ……まぁ、日常生活なら問題はない。ただ、マジフトとなるとな……」

「マジか。あんまり無理するなよ」

「それはこっちの台詞だ」

「俺?」

なんのことかわからずきょとんとしていると、ジャミルが眉間に皺を寄せて俺の身体を見下ろす。

「腕の他にも怪我がないか見るために一度上を全部脱がさせてもらったが……裂傷に打撲痕、火傷まで。……何をすればそんなに傷が出来るんだ?」

「あー…………。ほら、俺色々と巻き込まれがちだから。グリムだったりエースだったりデュースだったり……」

「怪我をするなとは言わないが、せめて保健室くらいはきちんと行っておけ」

「はぁい」

ふむ、食堂で見たときはあまり話さなかったし向こうも警戒してただろうが……ジャミル、こいつさてはママ属性だな……!?

ははぁ……なるほど……つまりジャミル受けの場合はよしよしセッ……なのか? 薄い本が厚くなっちゃうな!

「ユウ、嫌いな食べ物はあるか?」

「特にないかな」

やっぱりママじゃん……。DKママって誰かの性癖にありそう。需要もありそう。

その日はそのままスカラビア寮で夕飯をごちそうになり、反対するジャミルをカリムが押し切って、談話室で3人そろって雑魚寝をすることになった。

いやまじで、なんか迷惑かけてすまんなジャミルよ……。今度、購買で何かお礼のお菓子でも買って贈るか。

翌日、スカラビア寮から鏡舎へ降り立った俺を出迎えたのは、最高に素晴らしい笑顔を顔に貼り付けながら額に青筋を浮かべるリドル・ローズハートだったことは、言わずもがなである。

 

:  :  :

 

光陰矢の如し。あっという間にマジフト大会当日が来た。

世界中から注目を集める、というのは大げさな表現ではなかったようだ。コロシアムへと続くサイドストリートには様々な出店が並んでおり、マジフト大会を観るために集まった観客たちでごった返している。

まだ、サバナクローの奴らがなにをするのかはわからない。けれど、何が起きても動き出せるよう、俺たちはリドルが立てた作戦を元に準備していた。

……とは言っても、俺は魔法が使えない。その上この前の怪我もありサイドストリート周辺の見回り担当だ。

あのあと、リドルにめちゃくちゃ怒られたんだよな……。心配かけたのは本当に申し訳なかったとは思うけど、助けたことは間違いだったとは思わないし……。

ざわつく人混みの隙間を縫いながらコロシアム方面へと進んでいく。獣人を見つけてはサバナクローの生徒じゃないかを確認しているんだが……しかし、本当に人が多いな…。

「この僕が運営委員長になったからには、売り上げをごまかそうとしても無駄ですよ。ふふふ」

…………ものすごく聞き覚えがある声がした。いま一番会いにくい奴の声だ。

慌てて店と店の隙間、路地の様になった場所へと身を滑り込ませる。先程まで俺がいた道を歩いてやってきたのは、やはりアズールだ。今日は両脇に控えるジェイドとフロイドと共に、3人とも寮服を着ている。

うーん、こうして見るとオクタヴィネルの寮服ってイタリアンマフィアっぽいよな。かっこいいけど堅苦しそう。ホール連中、よくあんな恰好で給仕出来るな。俺は無理。

「……ん?」

なにか引っかかるものを感じて、オクタヴィネル3人衆の会話に耳を傾ける。

いつもと違う入場行進。歩道にびっしりと並んだ観客たち。アズールが作った魔力の増幅薬。

どれもこれもひとつずつ取れば、他愛のない会話かもしれない。けど。

3人が去った後もその場に立ち尽くし、パズルのピースをはめるように言葉の意味を繋げていく。

今回の件はの実行犯は……ラギー。あいつのユニーク魔法は“自分と同じ動きを他人とさせること”。

普段は1人、もしくは少人数しか動かせない。けれど、魔力の増幅薬で動かす人数を増やせたら。それこそ―――歩道に並んだ観客たち、全員。

「……もしかして……?」

スマホを取り出し電話をかける。相手はもちろんリドルだ。

数コールさえ惜しい。早く出てくれよ……!

『もしもし? どうかしたのかい、ユウ』

「リドル! ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」

今しがたアズール達から盗み聞いた話と自分の考えを早口でリドルに説明する。

俺の考えが合っているのであれば、時間がない。

『……なるほど。確かにその可能性は非常に高い……というより、今考えられるのはそれしかないと思う。ケイトにはこちらから指示を出し直しておく。ユウは一度戻っておいで』

「わかった……ラギーを探し出して、止めなくていいのか? だって……」

もし本当に実行されてしまえば、大勢の人が危険な目に遭うかもしれない。

そうなる前に、犯行の要であるラギーを押さえてしまえば……。

『ユウ。キミは魔法を使えない。ラギーたちを見つけたとして、魔法で攻撃されたらキミに反撃の手段はない。周囲にいる人が巻き込まれる可能性も高いだろう』

「…………」

『このことは、ディアソムニア寮にも話しておく。彼なら……マレウス先輩なら観客も守ってくれるだろう。……気持ちはわかるけど、現時点でキミに出来るのはここまでだ』

「……わかった、戻るよ」

『よろしい』

通話が終わる。手に持ったスマホを地面に叩きつけたい欲求を、必死で抑える。

なんで俺は魔法が使えないんだ。なんで魔法が使えないのに、ここにいるんだ。

 俺が魔法を使えたのであれば、自分の力でラギーを止めに行けたのに。

「…………やめよ」

もしもなんて考えない方がいい。あり得ないことなんだから。じゃないと、自分がつらいだけだ。

「もどるか……」

とぼとぼと人波に逆らい、俺はサイドストリートをあとにした。

 

:  :  :

 

そして、時は来た。

 

「話は聞かせてもらったよ」

レオナを称える喝采が響くサバナクロー寮内のマジフト場へ、俺たちはリドルを先頭に踏み込んだ。

予想が当たったことを喜べばいいのか、嘆けばいいのかわからない。

魔力増幅薬を飲んだラギーのユニーク魔法により、歩道に並んでいた大勢の観客たちが入場行進中のディアソムニア寮の選手たちへと突っ込んでいく。その光景は正に悪夢だった。

今頃、コロシアムへと続く沿道は騒然としているだろう。レオナたちはその光景を見て、勝利を確信したからこそ、自分たちのテリトリーで祝杯をあげようとしていたのだろう。

……けど。

俺たちは、間に合った。リドルの策によりディアソムニア寮のメンバーは全員ケイトがユニーク魔法で出した分身達を変装させて身代わりにしていた。いくら観客が突っ込んできていても、ケイトがユニーク魔法を解除すればディアソムニア側の怪我人は出ない。

観客達も、寮長であるマレウス・ドラコニアが守っているという。

本物のディアソムニアのメンバーは、マレウス・ドラコニア以外全員、この場に無傷で揃っている。なにもかも、作戦通り。

計画の完全なる失敗を悟り動揺するサバナクローの寮生たち。だが、その中でも、1人。表情が変わらない奴がいた―――レオナ・キングスカラー。

彼は鮮やかなエメラルドの瞳をぐるりと周囲に向けたあと、目を閉じて深いため息を吐き、「もういい」と短く告げた。

「えっ?」

ラギーが信じられないものを見る目でレオナの方を向く。その視線を受けて尚、レオナはどこか投げやりになったように「やめだ。やめ」と言い捨てた。ギラギラと輝いていたはずのエメラルドの瞳は今や見る影もないほど淀んでいる。

「ちょ……レオナさん? それってどういう……」

それでもと言葉を重ねるラギーを、嘲笑うかのように、切り捨てるように。

レオナ・キングスカラーは残酷な現実を言葉で紡ぐ。

「なんで……? オレ達で、世界をひっくり返すんじゃなかったんスか!?」

「キャンキャンうるせぇな……じゃあ本当のことを教えてやるよ。お前はゴミ溜め育ちのハイエナで、俺は永遠に王に慣れない嫌われ者の第二王子! 何をしようが、それが覆ることは絶対にねぇ!」

俺は。自分のしたことを間違いだとは思っていない。けど、正しいことだとも思わない。

こいつらにだって、きちんと努力をしていた時期だって在った。けれどそれが報われなくて、どうしようもない程高い壁に阻まれて。行き詰った現在(いま)をどうにかしたくて、こんなことをしでかしたんだろう。それほどまでに追い詰められていた。

そうしてようやく手に入れかけた成功を、俺が、俺たちが台無しにした。

結局変わらない。善いとか悪いとかじゃなく、俺もアイツと同じように、誰かの大切なものを奪っている。

淀んだ瞳の色の名を、俺は知っている。諦めだ。もうダメだと自分で決めつけて、何もかも投げ出した顔。ぎしりと軋む音がする。

ふつふつと怒りが沸き上がってくる。

ああ。もう本当に我慢ならねぇ。身勝手なこの感情を、ぶつけずにはいられない。

エース達を押しのけ、前に出る。

「おい、そこのふんぞり返ってる奴。お前だよ、レオナ・キングスカラー」

「あ゛?」

「黙って聞いてりゃ自分勝手なことばっか言いやがって。拗ねて何もかも投げ出してんじゃねぇよクソガキ」

「……なんだと?」

「間違いねぇだろうが。失敗したからってあっさり諦めて全部投げ出して自分は知らん顔。拗ねてる以外になんかあんのか?」

ピリ、と肌がひりつく。欠伸が出るほど平和な国に住んでいた俺でも、これがそうだとわかるほどの、殺気。

頭の中の冷静な自分が「そりゃ怒るよな」と頷いている。レオナからして見れば、俺は部外者中の部外者。標的ですらない路傍の石。そんな無関係の奴に馬鹿にするように煽られて黙って聞いてられる男じゃないのはわかってる。

「テメェに俺の何がわかる!」

「知るかそんなもん! 他人の努力を踏み躙ってまでやったことなら最後まで責任持ってやれよ!」

「えっそっち?」

ぎょっとしたような顔でエースが俺を見てくる。

そんな手を使わなければならないほど追い詰められていたのなら、他者を犠牲にしてまで欲していたものなら、そんなにあっさり諦めるだなんて許さない。許されない。

「諦めんな馬鹿野郎! サバナクローの不屈の精神はどうした!!」

そんなに簡単に諦められたら、踏み躙られた被害者(おれ)が馬鹿みたいだろ!

俺の言葉に何人かのサバナクロー寮生が「そうだそうだ」と声を上げる。何言ってんだこいつら。

「いや。いやいやいやいや。何お前ら俺に同調してんだよ」

「「えっ……」」

「こういう時は『テメェなんぞ知らん! そこで拗ねとけ! 俺らだけでも優勝してやる!』くらい言っておけよ。烏合かよ。団結力があるのとただ群れんのは相当ちげぇぞ」

「ユ、ユウちゃ……」

オロオロとケイトが止めに入ろうとするが、回る口は止まらない。

俯いたままのレオナに向かって、更に言葉を投げつける。

「つーかさ。無関係の俺にここまで言われっぱなしで悔しいとかねぇの?」

「…………、……せぇ……」

「は? 聞こえねぇよ」

「面倒くせぇ……黙れよ雑魚が!」

ゴォッ、と空気が一気に逆巻き、地面から砂が舞う……いや、違う。レオナが立つ場所、触れるものが乾き、砂へと化していた。レオナ自身ですらも干上がってしまうんじゃないかと思うくらい、空気が乾燥していく。

「なっ……!?」

これがレオナのユニーク魔法『王者の咆哮(キングス・ロアー)』。全てを干上がらせ、砂に変える力。飢えと渇きを引き起こす、災厄とも呼べる力。

レオナの手が目の前にいた俺へと伸びる。まずい、と思った瞬間、レオナと俺の間に人影が割り込み、後ろへと突き飛ばされる。

「ぐえぇっ……!」

「ラギー!!」

俺の前に立ったのはラギーだった。レオナに掴まれている腕がパキパキと音を立ててひび割れ始める。

「レオナ……さ……っ苦し……ッ!」

「まさか人間も干上がらせるってのかよ!?」

「レオナ! それ以上はやめるんだ!『首をはねろ!(オフ・ウィズ・ユアヘッド)』!!」

間髪入れずに放たれたリドルのユニーク魔法は、しかしレオナの防衛魔法によって弾かれてしまう。

「はは! なんだラギー。草食動物なんざ庇ってらしくもねぇ」

「ぁぐ……!」

「苦しいかよ。口の中が乾いちまって、お得意のおべっかも使えねぇか?」

「この……ッ!」

「やめんか、ユウ。セベク」

「はっ!」

ラギーの腕のヒビが広がっていくのをなんとか止めようとレオナへ飛び掛かろうとしたところで、リリアの命令を受けたセベクが俺を牛rから羽交い絞めにし、その場から引きずり離す。

拘束を解こうともがいて暴れても、体格差も腕力差もセベクの方が上で、簡単に抑え込まれてしまう。

「くそッ、離せよ! リリア! 邪魔すんな!」

「落ち着け。お主が立ち向かったところで一瞬で干物になるわ」

「でも、ラギーが!」

「あやつらがどうにかする。魔法が使えない者は下がっておれ。お主の方こそ、邪魔だ」

「……ッ!」

リリアが指さす先には砂を纏うレオナへと挑むリドルたちの姿が見える。魔法の打ち合いが始まった。あの中に飛び込めば、防衛魔法すら使えない自分がどうなるかなんて目に見えている。

奥歯がギシリと軋むほど噛み締める。悔しくて悔しくて、情けない。どこに行っても俺は―――。

「……ッ、クソッ……」

 

:  :  :

 

ジャックが大きな白い狼に変身し、咆哮と共にレオナへ突進して一瞬の隙を作り、その隙を見逃さずリドルがレオナの首を刎ねた。ガシャン、と特徴的な首枷がレオナの首にはまると同時に『王者の咆哮』の効果が途切れ、砂埃は乾いた風に流されていった。

「ラギー先輩、しっかりしてください!」

戦いの途中でレオナに投げ出されたラギーは、ぐったりとはしているが生きているようだ。エースとデュースが2人がかりでフィールドの端へと運んで行っている。

「おい、もういいだろ……離せよ」

「む。……そうだな。おい人間。あまり無茶をしてリリア様を困らせるな」

「……わかってるよ……」

セベクは俺を解放した後、シルバーやその他のディアソムニア寮の生徒たちと一緒に負傷者の救助へと向かって行った。

鬱屈した感情がどろりと内側に溜まる。どうしようもなく、覆しようもない事実。

俺は魔法が使えない。わかっているのに、わかっていたのにそれが酷く悔しい。

「……?」

 なにやら向こうの方が何か騒がしい。のろりと喧噪の方へと顔を向ければ、首枷を付けたままのレオナと、リドルたちが何か言い争いをしているようだ。

「俺は絶対に王にはなれない……どれだけ努力しようがなァ……!」

レオナの怒号が周囲に響く。怒りだけじゃない、悲しみ、憎しみ、怨嗟、あらゆる負の感情が込められた叫び声。慟哭だ。

……俺はこの声を、聞いたことがある。

「……まさか」

レオナに立ち向かった時とは違う、ザワザワと肌が泡立つ感覚。この感覚を、俺は知っている。

真っ赤に染めあがった薔薇の花。紅茶の香り。並べられた色とりどりのケーキ。

そう、ハーツラビュル寮の美しい庭園で聞いた、我慢を強いられ続けた子供の声無き悲鳴。

「―――ッ、」

たまらずみんなのいる方向へと駆け出した。なんでみんな気付かないんだ、気付いてくれ。頼む、間に合え……!

リドルの魔法封じの首枷が砕け散る。肌を刺す感覚が強くなって、息をするのも苦しい。

踵を返して安全圏にいたい。それが一番正しい身の振り方だ。俺は魔法を使えない、足を止める理由としてこれ以上のものはない。誰だって「しょうがない」と言うだろう。

そんなの、誰が許そうと、俺が自分を許せない。

俺にとって、「魔法を使えないこと」は足を止める理由にならない。

戦う術も自分を守る術も持っていない俺が前線へ行くのは無謀だ。勇敢と蛮勇は違う――アズールの言葉を思い出して、乾いた笑いを浮かべる。

俺はこういう風にしか動けない人間みたいだ。

「リドルッ! ……オーバーブロットだ!」

俺が叫ぶのとほぼ同時に、レオナが咆哮を上げる。

鍛えられたしなやかな身体から、インクの染みが世界へと滲んでいくように、巨大な影が降り立った。

貌が黒く欠落した巨大な獅子は、自らを生み出したレオナに共鳴するように唸り声を上げる。止んでいた砂嵐が再び轟、と巻き起こった。

「くっ……立てる者は自力で退避! エース、デュースは怪我人を連れて外へ。リリア先輩、先生達に救援を頼みます!」

「「はい!」」

「あいわかった。しばし持ちこたえよ」

リドルが飛ばした指示を受けて、エースとデュースが走り出す。リリアもひとつ頷きその場から姿を消した。

レオナと向かい合うのは、リドルとケイト、そして俺とグリムの4人だけ。

「うぇ~。なんでこんな怖い目にばっかあうの? オレ、こういうの向いてないんだけど!」

「怖いなら逃げてもかまわないよ」

「リドルくんを置いて逃げたら、トレイくんに後でボコられちゃう。お供しますよ、寮長」

「ありがとう、ケイト。……ユウ、キミは」

「俺も残る。もとはと言えば、俺がレオナを煽り過ぎたってのもあるしな」

最悪リドル達の肉盾くらいにはなれるからな、と冗談めかして言えば、リドルは盛大に顔をしかめる。

「……本当に危なくなったら逃げるように」

今逃げるのを強要しないのは、俺が何を言ってもこの場を離れないと判断したからだろう。 悪いな、リドル。ここに立つのは俺の自己満足だ。魔法が使えなくても何かできることはあると、自分を慰めるためだ。

「おう、ユウ」

ぴょんとグリムが俺の前に立つ。

「グリム? どうした?」

「しょーがねぇからオレ様に指示出しすることを許可してやるんだゾ!」

「え?」

「その代わり、高級ツナ缶10個、買ってもらうからな!」

「……はは。わかったよ、グリム。一緒に戦おう」

グリムが俺の気持ちを悟ったのかはわからない。けれど、こうして俺もみんなと一緒に戦えるのだと、出来ることはあるのだと示してくれる。俺の相棒は最高だな。

「オ……オレも、手伝うッス……ゴホッ……」

「ラギー!?」

「あそこまで言われて寝てられるかってんだ……」

ヒビ割れた片腕を押さえながら、ラギーが近付いて来た。その足取りはまだふらついているものの、目にはしっかりと力が宿っている。

ぱちりとラギーと目が合う。が、すぐに逸らされてしまった……いや、今はこれでいい。

この局面さえ乗り切ってしまえば、この場を収めることさえできれば。

言葉を交わす時間なんていくらでもある。

「行くぞ!」

リドルの掛け声を契機に、激しい戦いが始まった。

 

:  :  :

 

どろりとした空気が霧散し、砂嵐がおさまった空から陽の光が差す。

「っはぁ゛……」

グリムへの指示出しで叫びすぎて、喉が枯れそうだ。っていうか、枯れた。

オーバーブロットしたレオナに挑んだ全員、この中で一番強い魔法を操るリドルでさえも肩で息をしている……それでも。

「勝った……」

空気に溶けるように異形の巨躯は姿を消し、残ったのは気絶したレオナだけだった。

全員が全員、火傷や切り傷など大小問わず怪我をしているが、重傷者はいない。レオナも含めて、みんな生きている。

「まったく……とんでもない目に遭ったんだゾ!」

「えっちょ、グリム……」

「オラ! 起きろ!」

止める間もなく、グリムがべちんべちんと前足で絶賛気絶中のレオナの頬を叩く。肉球があるからあまり痛くないのだろう、顔こそしかめながら魘されてはいるが、起きる気配はない。

「おいユウ、お前も手伝うんだゾ」

「俺も? ……いやぁさすがにレオナの顔は殴れねぇわ後がおっそろしい」

この恐ろしく整った顔に傷でも遺したら、申し訳なさで眠れなくなる。というかコイツ一応王子様とやらなんだろ。不敬が過ぎるわ……まぁ、散々煽ったし今更だろって気はするけど。

「じゃあオレがやるッス」

「えっ」

「レオナさーん。朝ッスよ、起きてくださーい」

スッパーンと音が響くくらいの勢いでラギーがレオナの頭を叩いた。なんかすっげえ慣れた動きしてるな。

レオナはぐるぅ、と唸り声を上げて眉間に皺を寄せたが、それでも起きなかった。

「これで起きないのかよ……」

「この人の寝起きの悪さはいつものことッスよ」

「あ……そうなの? っていうか、毎朝ラギーが起こしてる、のか?」

「いちおーオレはレオナさんのお世話係ッスからね」

「あっそうだ俺その辺詳しく聞きたいって前から思ってたんだよ。一体どういう関係?」

はぁ? とラギー変なものを見るような目で見てくる。

いやだって俺ずっと気になってたんだからな! 腐男子的にめちゃくちゃ聞きたかった!

「どういうって……ただの寮長とお世話係ッスよ。レオナさんはオレをパシって世話をさせる。オレはレオナさんにパシられながらおこぼれをもらうっつー関係」

―――夜のお世話も入るのか? と、聞かなかった自分を褒めたい。

さっきレオナを起こそうとしたラギーの仕草は堂に入っていた。つまり、おはようから一緒にいるってことだろ。ならばきっとおやすみも一緒かもしれない。

あんな戦闘のあとでも俺の腐男子脳はフルスロットルである。

「レオナさん、物の価値とか知らねーお坊ちゃまだから何か買いに行くときも多めに金渡してくるんスよね。で、お釣りは好きにしていいって言うから駄賃としてもらうっていう」

「……それ、買ったものよりお釣りの方が多くならねぇの?」

「なるッスよ? でもレオナさん気にしてないし、もらっちゃおーと思って。あの人の傍にいると色々おさがりとかももらえて金が節約できるんスよ。制服と実験着とか」

…………………………待て。待ってくれ。いまこの場で新しい燃料投下するのやめてくれない?

つまりはなんだ、ラギーの制服と実験着はレオナのおさがりってことか? は? 尊みしかないんだが?

妙にでかい制服着てるなーとか、肩の位置ずれてんなーとは思ってたさ! まさかそんな爆萌え背景が隠れてるとは思うわけないだろ!! はーーーーーーー。

「……下も?」

「うん。腰回りはベルトで締めちまえばなんとかなるし、尻尾もチャックの位置調整すれば……」

「チャック!?」

はーーーーーーーーー。まじで?

サバナクローの制服って尻尾出すために尻にチャックついてんの? マジで言ってる?

えっっっっっっっっっちすぎんじゃん……。そんなのさぁ……ダメじゃん……。いつでもヤれる準備万端ですって感じじゃん……。事実は小説よりも奇なりとはいうけど、まさかここまでとは思わないじゃん……。

「チャックないと、尻尾窮屈でしょ」

「まぁそれはそうだけど……サバナクロー、ってか獣人の生徒全員そうなのか?」

「そうッスよ」

流石に緊迫した雰囲気続いてたし、俺もちょっとキレたりしてたから頭から締め出してたんだけどさぁ……サバナクロー、やばいな……???

まずなにがあれってレオナとラギーの関係性と体格差がね、もう好き。ご飯10杯は食べれる。レオラギもラギレオもどっちでもいい、好き。

諦観した王と王に夢を見る臣下のカップリングマジで最高すぎて、今すぐリリアの部屋行ってワイン開けたい。レオナとラギーのカプ妄想でめちゃくちゃ酒が美味しくなるに違いない。

サバナクローのBL事情について悶々としていると、ラギーが気まずそうな、言いづらそうな顔をしていた。頭の上の耳がへにゃりと寝ている。

「……オレ、謝りたいことが、」

「なにを?」

「なにをって……階段から落ちたでしょ」

「ああー……やっぱあれ、ラギーだったのか。別に気にするなよ。俺があのスカラビアの奴助けたくて勝手にしたことだし」

「でも、」

「それに、俺よりももっと謝っといた方がいい奴いっぱいいるだろ」

「それは……そうッスけど」

俺はこれをラギーのせいだとはこれっぽっちも思っちゃいない。そもそも俺に魔法が使えれば、あの時なんとかなったかもしれない。魔法はイマジネーション、助けられる術は一杯あるはずだ。ハリ●タでも浮遊の術とかあったしな。

「色々あったけど、もう全部終わったことだし。それでももし気に病むってんなら―――今度はちゃんと俺と友達になってくれよ、ラギー」

「ユウくん……」

ラギーに向かって手を伸ばし、握手を求める。

自分でもラギーに「友達じゃない」って言われたこと、気にしてたんだな。

差し出された俺の手を、ラギーは見つめて。

「……………………それは嫌ッス」

ぱしんと叩き落とした。

「うっそだろお前。ここはしょーがないなって言うところじゃね!?」

「だってなんか企んでるでしょアンタ!」

「別に企んでねーよ人聞きの悪い! ただちょっと今回の件でアズールに約束とか貸しとか作っちゃったから手伝ってもらおうと思って!」

「余計に嫌ッスよ!? よりにもよってアズールくんに貸し作るとかなにやってんスか!?」

「元はと言えばお前らのせいだからな!?」

ギャアギャアと俺とラギーが取っ組み合ってると、2人揃って「うるさい」とリドルに頭をはたかれた。

重苦しい空気がなくなったことで少しは気が楽になったのか、ラギーの耳がピンと伸びている。

「はぁ~~。あんた変人スね」

「うるせー……ラギーまで俺のこと変人とか言うのかよ……」

「…………ったく。ユウくん、スマホ出して」

「……?」

言われたとおりにスマホを取り出す。先程の戦いの中でも壊れてないとは、このスマホなかなかの耐久性があるらしい。いい買い物したな。

俺が取り出したスマホをラギーはひょいと取り上げて、自分のスマホも片手に何やら操作をしている。

「……はい。オレのアドレス登録しといたんで」

「……えっ」

「これで友達になったとか甘いこと考えないで欲しいッス。せいぜいバイト仲間くらいッスよ、ユウくんなんて」

「……ま、それで今回は勘弁しておいてやるよ」

「なんでそんな偉そうなんスか」

じとりとした目のラギーに睨みつけられて、俺は笑みを返す。まったく素直じゃないな、なんて。

グリムの声が上がる。どうやらレオナの目が覚めたようだ。

「行こうぜ、ラギー。お前の王様に文句を言いにさ」

「そうッスね、あの人には言ってやりたいことがたくさんあるんスよ」

人が集まってくる。人騒がせな事件は、これでおしまいだ。

 

:  :  :

 

「……?」

意識がゆっくりと覚醒する。薄暗い天井と、薬臭いにおい。身体の上には大判のタオルケットがかぶせられている。

「あっ、ユウ! 目が覚めたんだゾ?」

「グリム……? あれ、ここは……ッ、」

もぞもぞと気怠い身体に鞭を打ちながら起き上がったところで、ズキリと後頭部が痛んだ。

エースとデュース、それにジャックが俺が今まで寝ていたベッドの周囲の椅子に座っていた。

「後半試合が始まってすぐ、グリムがぶん投げたディスクが頭に直撃したの、覚えてない?」

「超ロングシュートをキメてやろうと思ったんだけどな~」

「初心者が無茶をするからだ」

「とにかく目を覚ましてよかった」

口々に皆から語られる言葉を聞いて、曖昧だった記憶が徐々に鮮明になってくる。

そうだ、確かあのあと今回の被害者全員でマジフト大会でサバナクローに復讐してやるぜ! ってなって、通常通りサバナクローも含めたマジフト大会が開催されることになったんだ。

それで、グリムが今回の報酬であるマジフト大会出場を学園長にねだって、最終的にエキシビジョンマッチって形でサバナクローの面子と対戦することになったんだったか。

俺は魔法が使えないからって辞退しようとしたのに、怪我人の運搬から戻ってきたエースとデュースに無理やり手を引かれて参加させられて、それでグリムが投げたディスクが頭に直撃した、と。

…………すーげー悪目立ちしてんじゃん、俺。週明けから学校行くのめっちゃ嫌なんだけど……?

「この暗さなら大会も終わってるか。どこが優勝したんだ?」

「優勝はディアソムニア寮だ」

近くで聞き覚えのある声がした。その方向へ目を向ければ、俺の隣と更にその隣、それぞれのベッドでレオナとラギーが身体を起こしてこちらを見ていた。

「あーあ。結局、手も足もでなかったッスねぇ。他の寮のヤツらにもボコボコにされるし、今年の大会は散々ッス」

「いや、それは自業自得だろ……」

「そうッスけどぉ」

「レオナ先輩、ラギー先輩! 目が覚めたんスか」

ジャックの言葉を聞く限り、どうやら2人も俺と同じように保健室に担ぎ込まれた側らしい。どちらも傷だらけだ。

レオナは忌々しそうに、ラギー若干しょんぼりしたような顔をしている。

どうやら、本当に満身創痍状態のまま手加減無しで戦って来たらしい。

「噂には聞いてたけど、マジでディアソムニアの寮長ハンパなかったわ」

「ああ……凄かったな。ユウも見たら驚くはずだ」

「そんなに? ちょっと興味あるな……中継の録画とかないの?」

そーいや俺、ディアソムニアの寮長に会ったことないな。リリアが副寮長ってのは知ってるんだけど。今度リリアんとこに遊びに行ったら紹介してもらお。

「あーーっ! おじたん! やっと見つけた!」

薄暗い保健室の中を照らすが如く、底抜けに明るい声が響く。保健室の入り口を開けて、太陽の様に鮮やかな赤毛の子供がレオナに抱き着いた。

その頭には小さなライオンの耳がぴこぴこと揺れている。

「レオナおじたん!」

……What?

「あ~……クソ。うるせぇのが来た」

子供はベッドの上に這い上がると、レオナの膝の上に乗ってぎゅーっと抱き着いている。

ジャックが驚愕の表情でレオナを見やった。

「あの、レオナ先輩。この子供は……」

「この毛玉は兄貴の息子のチェカ。…………………………俺の甥だ」

「「お、甥~~~~~~~~~~~!?」」

保健室の中に多重奏が響き渡る。もちろん、俺もその一員だ。

えぇ……レオナの甥ってことは、第一王子の息子ってことで、つまりは王位継承権第一位ってことか……。

どえらいVIPじゃん……。

「おじたんの試合、カッコ良かった! 今度帰ってきたら、僕にもマジカルシフト教えて!」

「わかった。わかったから耳元で大声出すな。……お前、お付きのヤツらはどうした? 今頃泡食って探してるぞ」

「おじたんに早く会いたくてみんな置いてきちゃった。えへへ」

「え……っと。レオナ先輩の苦悩の種って、この……」

「めちゃくちゃ懐かれてるんだゾ」

「うるせぇな。……じろじろ見てんじゃねぇ!」

「ねぇねぇ、おじたん! 次いつ帰ってくるの? 来週? その次? あっ、僕のお手紙読んでくれた?」

「あー、なんども言ったろ。ホリデーには帰……痛っ、おい、腹に乗るな!」

「……」

俺は今、何を見ている?? あの強面のレオナが、無邪気な天使の甥っ子にめちゃくちゃに懐かれてるだと?

そんなの……そんなの……甥×叔父の禁断系BLが始まっちまうだろうがーーーッ!!

いやなにこれあの、あれだろ! この天使君、日に日に成長していって、最終的にレオナを超す長身な超スーパーダーリン略してスパダリになるんだろうそうだろう!?

「迎えに来たよ!」ってめっちゃ良い笑顔で言うんだろう。ッかーーーー最高か!!

ここにきて最大瞬間風速吹かすなよレオナ・キングスカラー! なんだお前! 商業BLの申し子か! ジャクレオもレオラギもチェカレオも俺全部似たシチュエーション商業BLで見たわ! なんなの! 俺を一体どうしたいの!

はーーーーもうマヂ無理尊みの鎌足。キャパオーバーするわこんなもん。気絶しよ。

「ん? ユウがなんだか静かなんだ……ユ、ユウーーーーー!?!?!?」

「えっ、なに、うわぁユウ!? お前なんでそんな安らかな顔して倒れてんだ!??!」

うるせぇ。俺はこの萌えと尊さを噛みしめて寝る。起こすな。

 

 




ユウ
レオナによる萌えの供給過多のせいで眠るように気絶する術を身につけた腐男子。
ラギーとはちょくちょく連絡を取り合う仲になった。
尻尾穴の謎が解けて大満足。
割と傷が絶えない生活を送っている。


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Ep7.童顔系腐男子監督生のバースデーケーキ作りと意外な一面

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・トレイ実験着

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

モストロ・ラウンジは今日も忙しい。

稼ぎ時である寮対抗マジフト大会が終わったとはいえ、元々学園内でも人気のある場所だ。平日でも客入りは良い。

「3番テーブル赤蟹のフリット上がったぞ!」

「追加オーダーお願いします!」

「おーい1年。誰でもいいから倉庫から調味料の追加持ってきてくれ!」

優雅なホールに比べてキッチンは戦場だ。怒鳴り声とはいかないまでもそこそこ大きな声が四方八方飛び交っている。

そんな中で、俺はと言えば。

「……よし、こんなもんかな」

パレットナイフ片手に、スポンジケーキに生クリームを塗っていた。

いつもならデコレーションケーキなんて作らないのだが、今日だけは特別な事情がある。

モストロ・ラウンジで誕生会を開くグループが、バースデーケーキを依頼してきたのだ。

いや、それくらい麓の街にでも出てもっと良いところで買って来ればいいじゃん……と思ったんだが、客から追加で料金をもらっている以上、注文には従わざるを得ない。

かくして俺は支配人たるアズールの指示のもとにこうしてデコレーションケーキ作りに勤しんでいる。

もうね、今すぐハーツラビュル寮に駆け込んでトレイを連れてきたい。

そもそも俺は料理専門だ。レシピさえあればケーキでもある程度作れなくはないが、デコレーションケーキは難易度が高すぎる。

今日だけ、とアズールに頼み込んでスマホを厨房に持ち込み、レシピや作成動画を見ながら必死で手を動かした。そのおかげでどうにかこうにかスポンジケーキはちゃんと膨らませることが出来たし、生クリームを綺麗に塗りつけることも出来た。もちろん、スポンジケーキの表面に、はけでシロップをうつことも忘れない。

我ながら上出来だと思う。

あとは昨日のうちにスライスして蜜漬けにしておいた各種果物を挟んで、上からクリームを塗って……、…………あれ?

………………果物が、ない。

冷蔵庫の中にしまっておいたはずの、果物が入ったタッパーが消えていた。

「おーい、誰かここにしまっておいたタッパー知らない?」

「えっ? さぁ……その冷蔵庫、ケーキを作る用に材料を分けておくからって、昨日からジェイドさんとユウさん以外触ってないと思いますよ」

もうすっかり仲良くなったオクタヴィネルの2年生がそう答えてくれる。

おっかしいな。確かに昨日、俺とジェイドで材料の確認がてら果物の下処理をした時にはあったのに。

タイミングよくオーダーが途切れたため、手が空いた厨房メンバーで果物の蜜漬けが入ったタッパーの捜索をするが見つからない。

コンポートとかでもない、ただの果物の蜜漬けだ。間違って他のお客さんに出したとは思えない。

「え、やばいなこれ……? ちょっとジェイド呼んできてくれ」

もし万が一見つからなかった場合、すぐにでも購買に果物を買いに行ってもらわなきゃいけなくなる。

小口現金を管理しているのはジェイドだ。どういう手を打つにしろまずはあいつに相談するのが一番だろ。

なんせ、誕生会は今日の夜だ。発注なんかじゃ間に合わない。

「ユウさん、どうかしましたか」

「悪いなジェイド。今日使うはずの果物が見当たらなくて……」

「あれがですか? 昨日はありましたよね……」

「だよな? どこにいったんだ……?」

「あれ〜。ジェイドと小エビちゃんなにやってんのぉ?」

ジェイドと記憶の照合をしていると、気の抜けたような声が厨房に入ってきた。

「フロイド。ちょうどよかった、なぁ……、………………………………………………………………………フロイド、その手に持ってるもの、なんだ?」

「これぇ? なんかそこの冷蔵庫に入ってたやつ。めっちゃうめぇ」

ええ。そうだろうね、そうだろうよ。

それは昨日、俺とジェイドが試行錯誤しながら『蜜漬けでありながら生クリームと合わせて食べてもくどくならない、後味がさっぱりするよう調整に調整を重ねた』果物の蜜漬け。

すなわち俺達が探し続けていたものだ。

「フ、フ、フロイドォォォオオオオオッ!」

「うわなに、びっくりした」

「おま、お前それ、なんで食ってんだ!?!?」

「えー。なに、食べちゃダメなやつだったの」

「あったりまえだろぉ!? 何のために冷蔵庫分けておいたと思ってる!」

「食べちゃダメって書いてなかったじゃん」

「書かなくてもわかるだろ! ていうか昨日お前が寮に帰る前に俺、説明したよな!?」

「そうだっけ。覚えてなーい」

「やめっ、食べ続けるなバカッ!!」

話している間にも、タッパーに入った果物がフロイドの胃の中へと消えていく。

うぉぉおおこの馬鹿野郎!! その味出すのにどれだけかかったと思ってんだ! 予備のシロップなんて残ってねぇし、ほぼ偶然の産物なんだからレシピもねぇ!

フロイドからタッパーを取り上げようと手を伸ばしたがひらりとかわされる。

俺を見たフロイドが、にやりと口角を吊り上げた。

「こ、のっ! 返せ!」

「あはは、小エビちゃんオレと遊びてぇの?」

「んなわけあるかこのぉぉおおおお……!!!」

フロイドがふざけてタッパーを上へと持ち上げる。

元の身長差が15cm以上はある上に、体格に見合った手の長さも加わればまず届かない。17歳で191cmとかデカすぎだろ! 縮め!!

「……フロイド」

ヒュッと息を呑む。厨房内の空気が一気に氷点下まで下がったような気がした。

地を這うような声で自分を呼んだ双子の片割れに、さすがにまずいと思ったのかフロイドが恐る恐る声がした方――ジェイドの方へと顔を向ける。

「ジェ、ジェイド?」

「少々悪ふざけが過ぎるようですね」

あっこれジェイド怒ってるやつだ。激おこだ。

幸い、矛先はフロイドの身に向いている。俺がすべきは刺激しないように、その場を離れることだ。

「ユ、ユウさん。これどうすれば……」

「……とりあえずアズールに報告して。最悪厨房が使えなくなる可能性があるから、そうなる前に止めてもらわんと」

残念ながら俺は魔法を使えないし、体格でも大きく差がある。

あの2人が全力の喧嘩を始めたら、保健室送りになるのはまず間違いなく俺だ。

わかりました、と怯えながらもオクタヴィネル寮生はアズールに報告に向かってくれた。

業務に支障が出ない程度に、フロイドを正座させて叱りつけているジェイドから他のキッチンのメンバーを遠ざける。

……こうして見ると、ジェイドがフロイドを制御しているように感じるけど、実際はどんな力関係なんだろうな。夜はジェイフロなのか、フロジェイなのか……。

個人的にはどっちも美味しいと思うんだけどどうなんだろうな、ははは。

……アズール、早く来てくれ……。

 

:  :  :

 

「まったく……フロイドには手を焼かされる……」

「同感」

あのあと飛んできたアズールも加わり、寮長副寮長に説教されたフロイドはおとなしくホール業務に従事している。

問題の果物だが、時間ギリギリまでジェイドが心当たりを片っ端から当たってくれることになり、制服に着替えて足早にモストロ・ラウンジを出ていった。

「しっかし……ホールは久々だから緊張すんだけど……」

「初めてここに来た時以来でしたっけ」

「そうそう。あのあと料理出来るってんでキッチン配属になったし」

ホールの中心人物であるジェイドが抜けた穴は大きい。というわけで、モストロ・ラウンジ入店直後以来久しぶりに俺がホールに出ることになった。

元々今日の俺はケーキ作りに専念する日だったから、キッチンの人数は揃ってるしな。

「それでは、ジェイドが戻ってくるまでの間よろしくお願いしますね」

「支配人の仰せのままに」

恭しくお辞儀をして、ホールに出る。

キッチンも忙しいがホールもまた別種の忙しさがある。特に今日はジェイドの代わりとしてこの場に立っているワケでして。

オーダーを受けたり料理を運んだりしながらもホール全体を観ながら困ってるスタッフがいないか、滞ってるものがないか、済んだ食器の下げ忘れがないか等々確認していかなきゃいけない。

目が回りそうだ。平日でさえこんな感じなのに、よくもまぁラギーは陸上競技大会の時あんなに動けたな。尊敬するわ。

俺はやっぱり無心で手を動かすキッチンの方が向いてるなぁ。

「すみません、注文いいですか」

「はい、どうぞ」

値新しいオーダーを取りながら、ちらりと壁に掛けられた時計を見る。

げ、もうこんな時間か……。万が一果物が手に入らなかった場合に備えてチョコレートケーキとかに切り替えるにしても、そろそろキッチンに戻らないとやばい。

「ユウさん!」

取ってきた注文をキッチンに流したところで、ジェイドが駆け込んできた。

その手に瑞々しいイチゴが入った籠を抱いている。

「よっしゃナイスタイミングだジェイド!」

イチゴがあるんならショートケーキが作れる。ショートケーキなら誕生日の祝いにもぴったりだろ。

着替えるのがあまりに面倒過ぎて、カマーベストと蝶タイをカウンター裏に脱ぎ捨ててキッチンに入る。後ろからアズールが何やら文句を言ってたが、聞こえないフリをした。

汚れたら後で責任もってクリーニングしてやるから!

「よく手に入ったな。購買に売ってたのか?」

「いえ。植物園に行きトレイさんから分けていただきました」

…………トレイ?

え、トレイ植物園でイチゴ育ててるのか……。よく知ってたなジェイド。

……ていうか……イチゴってことはこれ、トレイが育てた理由ってリドルに食べさせるためなんじゃ……?

そんなトレリドの波動を感じるイチゴ使っていいのか!? 本当にいいのか!?

マジで言ってる? 今すでに間に挟むためにイチゴ切っちゃってるけどもう返せねぇからな??

これが原因でトレリドが破局の危機を迎えたら申し訳なさMAXでフロイドを捌くしかなくんるんだが??

……いや、待てよ。女王のイチゴを勝手に譲った配下にお仕置き……なんてこともあるんじゃなかろうか。

つまりは、リドトレ。

っはーーーーーーーーアリ寄りのアリ!!!!!

「イチゴの量は足りそうでしょうか?」

「ああ、これなら問題なく完成させられるわ」

「それはよかった。では続きをお願いしますね」

「おっけ~」

低温の冷蔵庫にしまっておいた土台部分を取り出してスライスしたイチゴを均等に並べる。

それが終わったら上から生クリームを乗せてパレットナイフで均して、上からスポンジケーキでサンドし、次の段も同じようにスポンジケーキの表面に軽くシロップをうったあとクリーム・イチゴ・クリーム・スポンジケーキと重ねていく。

……よし、ここまではOK。

ふぅ、と小さく息を吐いてパレットナイフを握る手のひらに力を込める。

正直中身はある程度ぐちゃっとしてても見栄え的に問題はあまりない。でも、ここからの作業は別だ。

動画で見た動きを脳内で反芻しながらシロップを塗ったスポンジケーキの上に生クリームを乗せる。

まずは上と側面全体に薄く下塗りを施す。それが終わったら今度は先ほどよりも多めに生クリームを乗せ、全体の本塗りをしていく。

偏らないように、かつ滑らかになるように。細心の注意を払いながら進めていく……あっ、ちょっと足りねぇ。クリーム追加するか。ケーキだし甘くてなんぼだろ。

上と側面すべてが白く塗られたら、余った生クリームを星形の口金が付いた絞り袋の中に移して、ケーキの淵に一周、ぐるりと絞る。

あとは切らずに取っておいたイチゴと、「happybirthday」と書かれた楕円形のチョコを乗せれば完成だ。

「あ~~~……できた……間に合ってよかった……」

時計を見れば予約の時間30分前。マジでギリギリだったな。

「ユウさん、進捗はいかがですか?」

進捗確認Bot、間違えたアズールが厨房に顔を出す。

「安心しろよ、完成した」

「それは何よりです。まったく。フロイドには後からきつく言い聞かせておかないと……」

「あー……あんまりしつこく言ってやるなよ? ジェイドに相当絞られてたし」

「甘いですねぇ」

「もう終わったことだし、何とかなったからなぁ。あんまガミガミ言うのもかわいそうだろ? ……それに、拗ねて仕事しなくなったら面倒だし」

「貴方、それが本音でしょう?」

「ははっ、バレたか。ケーキはどうする?」

「とりあえずは冷蔵庫の中に入れておいてください。会の最後に出す段取りなので」

「うーい」

出来上がったケーキの上からガラス製のケーキカバーをかぶせて冷蔵庫にしまう。

さすがに、あれだけ怒られてまた手を出すほどフロイドも馬鹿じゃないだろ。

……念のため、食うなって張り紙しておくか。

「この後どうする? もっかいホール出た方がいい?」

「いえ、今日はもう上がりでいいですよ」

「いいのか? じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

もちろん使った道具を一通り片付けた後でだけど。

ああ、そういえば。イチゴが2つだけ余ったんだよな。何かに使うには少ないし、取っておくくらいならいっそ。

「アズール、口開けて」

「は、んむぐ、!?」

振り返ったアズールの口にイチゴを1つ突っ込んだ。ぎょっと目を丸くしていたが、一度口に入れたものを吐き出すのは抵抗があるのだろう、眉間に皺を寄せてもぐもぐと咀嚼していた。

それを見ながら、俺も残ったイチゴを口に含む。

うーん美味しい。今度トレイにお礼で何か持っていこう。

「……いきなり何を、」

「2個だけ余ったんだよ。使い道ないし、だったら食べちゃおーっと思ってさ」

「だからって、なんで僕にまで……」

「つまみ食いだって怒られるの嫌だし。アズールも食べれば共犯ってことで怒らないだろ?」

そう言ってヘラリと笑えば、アズールは苦虫を噛み潰したかのような表情でため息を吐いた。勝ったな。

「じゃあここ片付けたら俺は上がるな。明日は……休みか。明後日はいつも通りでいいのか?」

「ええ。もし時間変更があった場合はこちらから連絡します」

「りょーかい。じゃあな」

ひらひらと手を振りながら厨房を出ていくアズールを見送り、視線を調理台の上へと戻す。

よし、使った道具を洗って片付けたら帰るか。

 

:  :  :

 

「……ん? あれは……ジェイドか?」

次の日の放課後。見慣れた長身が足早にどこかへ向かっていくのが見えて、ほんの少しの興味から追いかけることにした。

アズールとはボドゲ部でちょくちょく会うけど、ジェイドもフロイドもモストロ・ラウンジ以外ではほとんど会わないんだよな。普段何してるのかちょっと気になる。

「ユウ、どこに行くんだ?」

「ちょっと知り合いがいたから声かけて来るわ。グリムはどうする?」

「オレ様も行くんだゾ! 子分の知り合いに挨拶してやるんだゾ」

「はいはい」

グリムを肩に乗せたままジェイドの後を追いかける。

着いた先は植物園だった。

植物園か……またレオナが昼寝してたりすんのかな……その場合、ラギーもいるってことで、良質なレオラギレオが吸える可能性ワンチャン……?

行くか。

ガラス張りの温室はとても広く、多種多様な植物がそれぞれの区画ごとに育てられている。空調設備が整っているのか、通常の温室とかで感じるようなこもった空気は感じられない。

若干の土のにおいと、熱すぎず寒すぎない室温。なるほど、レオナが昼寝場所に選ぶのも納得できる。

話し声が聞こえてくる方へ足を向ければ、そこにいたのはジェイドと白衣姿のトレイ、そして見知らぬ金髪の青年だった。

「あっ、メガネ!」

「こらグリム!」

こんな時だけ目ざといなぁ!

トレイを見つけたグリムが俺の肩から下り、トレイの足元へと駆けて行く。

グリムが声を上げたことに寄り、必然的に注目は集まるわけで。

「あれ、ユウ。それにグリムも。どうしたんだ?」

「よ、ようトレイ。偶然だな!」

偶然を装って3人の輪の中に入る。

ジェイドがじっと俺を見た後、意味ありげに笑った。……これ、追いかけてきたことバレてんな。

「おやおや。もしやキミで噂のオンボロ寮の監督生かい?」

「え、ああ……そうだけど」

「会うことが出来て光栄だよ。私はポムフィオーレ寮3年のルーク・ハントという。ムシュー、名前を聞いても?」

「ム……なんて?」

「悪い、ルークはちょと変わってるんだ……」

ちょっとどころじゃなくない? だいぶ変わってない?

ツノ太郎といいコイツといい、この学校個性の殴り合いが過ぎねぇ?

「俺はユウだ。その……ムシューとかいう呼び名はやめてもらえると助かるんだけど……」

「ユウくんだね! よろしく頼むよ!」

「聞いちゃいねぇ……」

このルークとかいうやつも一筋縄じゃいかないようだ。

遠い目をしている俺の横で、ジェイドが「ご所望の品です」と大きなケーキ箱を手渡していた。

「おっ甘いにおいがするんだゾ! オレ様にも食わせろ!」

「悪いな、グリム。これは今度の何でもない日のパーティで出す特別なイチゴタルトなんだ。ケーキが食べたければ、このあとは寮に寄ってくれたら焼いてやるよ」

「本当か!?」

トレイがジェイドに所望したイチゴタルト……それって、もしかして昨日のイチゴと引き換えにってことか?

「トレイ、昨日はありがとな。イチゴ分けてくれてめっちゃ助かった!」

「そうか、ユウはモストロ・ラウンジでバイトしてるんだったっけか。別に大したことじゃない。困ったときはお互い様だろう?」

「いやでもマジで助かったからな。今度俺からも礼をさせてくれ」

「いいって……と言っても、ユウは納得しないか。楽しみにしてるよ」

「待っててな。……ところで。このタルト、特別だって言ってたけど高価なやつとかなのか?」

あのトレイがリドルのために育てたイチゴと引き換えに所望した品だというなら、それなりに値が張るとか、希少価値が高いとかなのかな。

「こちらは麓の街にいる有名なパティシエが作ったイチゴタルトなんですよ」

「へぇ。ちょっと興味あるな……見てみるだけでもいいか?」

「もちろん」

トレイが片手でケーキ箱の底を持ち、ゆっくりと箱から髪を取り出す。

わお、とルークが感嘆の声を上げた。

「美しい……! イチゴが瑞々しい輝きを放っていてまるで磨き上げられたルビーだ!」

「語彙力えっぐ……。いやそれにしてもすごいな、これ。見ただけで相当いいものだってのがわかる」

「ユウ! オレ様もこれが食べたいんだゾ!」

「馬鹿言うなグリム、俺は月々のお前のツナ缶代だけでカツカツだ」

実際には言うほど金がないわけではないが、この世界での後ろ盾が学園長しかない以上、もしもの場合を考えてきっちり貯金しておかないと。

いつ、何が起こるかわからない。出来る限りの準備をするに越したことはないし、突然買わなきゃいけないものが出た時借金とかしたくない。

「ねぇ、トレイくん。確かにジェイドくんが買って来たタルトは凄く美味しそうだけれど、良かったのかい?」

「なにがだ?」

「キミが愛情を込めて育てたイチゴで作るタルトのほうがリドルくんは喜んだのではと思ってね」

それな。

ルークの言葉に深く頷いた途端、耳を疑うような言葉がトレイの口から飛び出した。

「はは、まさか」

「「「えっ?」」」

俺とジェイドとルーク、3人の声が重なる。……ジェイド、お前そんな表情も出来たんだな。

驚いて固まっている俺とジェイドを置いて、いち早く回復したルークがトレイはリドルがイチゴタルトが好きだからイチゴを育て始めたのではないか、と問う。

それに対し、トレイは肯定しつつも「リドルの舌はそれほど肥えていない」と言い切った。

「正直、過程とか愛情とかはどうでもいいと思っている。寮長の暴君スイッチが入らないことが最優先。それですべて世は事もなし、ってね」

わ、悪い顔だ……! 俺もジェイドと同じく、トレイは特別な相手に愛情たっぷりの料理とか食べさせたい派だと思ってたんだけど……!?

え、えー……。食わせ者眼鏡じゃんトレイ・クローバー……。

これは攻め様待ったなしですわ。ハーツラビュル寮のママかと思いきや総攻めダーリンじゃん……。

「おっどろいた……。なんか意外だな……」

「ええ、本当に……。トレイさんへの印象が変わりました……」

「…………いやなんでそんなに楽しそうなんだよ……」

ちらりとジェイドの顔を伺えば、それはそれは楽しそうにジェイドが口角を吊り上げていた。い、意味わかんねぇ……。

「第一印象というものはあてにならないな、と思いまして」

「まぁ、わからんくもないが……。……ってか、気になってたんだけど、よくトレイがここでイチゴを育ててるって知ってたな」

「ああ、それですか。僕も趣味で植物園に来ることがあるのですが、頻繁に姿を見かけていまして。何をしているか気になったので、観察していたんですよ」

「へ、へぇ……」

なるほどな??? それってつまり、ジェイドはトレイが気になってたってことだよな??

つまり、なんだ……? ジェイド→トレイのフラグが立ってるってことなのか?

うんうん、そうかそうか。ジェイド、ちょっとお兄さんとお話ししないか?

内容はもちろんお前がトレイをどう思ってるかだよ!!! 聞かせてくれ!!

俺は目の前に下げられたクソデカ釣り針に食いつかずにはいられない生き物なんだ!!

「それでは僕はこれで」

待てよジェイド、ジェイドォオオオ!!!

俺の内心の叫びも虚しく、ジェイドは颯爽と去って行く。

せめて、せめて2人の馴れ初めだけ教えてくれ……!

 

「ねぇ、トレイくん。ユウくんは一体何をしているんだい?」

「ああ……ユウはぼーっとしてることが多いんだ。今回もそれだろう」

「おいメガネ! 水やりなんてさっさと終わらせてオレ様にケーキを作るんだゾ!」

 




ユウ
今日も今日とてモストロ・ラウンジで働く鉄腕アルバイター。
マジフト大会後は週6でバイトしている。労働基準法ってこっちの世界にもあるのか疑問。
仲良くなったオクタヴィネル寮生達に転寮を勧められているがうまく断っている。


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Ep8.童顔系腐男子監督生の気になる関係と化粧水

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・ヴィル運動着
・アズール式典服

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

なんで俺だけがこんなに責められなければならないんだろう。

親友の彼女を寝取ったお前も、彼氏の親友と浮気したお前も、なんで「自分は悪くありません」って顔しているんだろうな。

なぁ、悪いのは本当に俺だけなのか?

責める声、立ち去る足音、1人残された現実が「そうだ」と肯定してくる。

頑張ったのに、努力したのに。全て踏みにじられて、奪われて。

それもこれもすべて俺のせい。何もかもが自業自得。

なら、俺が信じてきたものは、いったい何だったんだろう。

遠くで何かが軋む音がした。

 

:  :  :

 

「…………ぅぐ、」

またしても最悪な目覚めだ。

何の夢を見ていたかは覚えていないけど、ものすごく不愉快な気分になる夢だったってのはなんとなく感じる。

時計の針は午前5時を指している。あぁー……なんかデジャヴ。前も似たようなことあった気がする。

「……起きるか」

寝直す気分に離れず、もそりとベッドから這い出る。枕元ではグリムが腹を出してぴすぴすと鼻を鳴らしながら寝ていた。

魅惑の胸毛が俺を誘っていたが、ぐっと堪える。前に一度寝ているグリムの胸毛に顔を埋めたら寝ぼけて火を吐かれたからな……。危うく髪の毛がパンチパーマになるところだった。

起きてるときにツナ缶詰んでモフらせてもらおう。

「……散歩でも行くかぁ」

歯を磨いて顔を洗い、真新しい運動着に着替える。校舎の外とはいえ学校の敷地内を私服でうろついてるのを先生方に見つかった時に面倒だからな。

ぎぃ、と蝶番が軋んだ音を立てる。そろそろこの扉も油を差しておかないと開かなくなりそうだ。

「どこに行くかなぁ」

敷地内は一通り見て回ってるし、目的地もない。さてどうしたもんか。

朝からロードワークやる趣味なんてな……あ。

そうだ、と思い出してメインストリートの方へと足を向ける。

俺の記憶が正しければ、前に目撃したのもあそこだったはずだ。

グレート・セブンの石像の後ろに隠れて待っていると、軽快な足音が2つ、聞こえてきた。よっしゃビンゴ!

そろりと覗き見れば、サバナクローの運動着を身に着けたジャックと、ポムフィオーレの運動着を身に着けた金髪の青年が並んで走っている。

来たな美女と野獣……! もしやと思ったがやっぱり今日も一緒にロードワークしていたらしい。

早朝デートは健在……ってことか。マジでどういう関係なんだろうな。めっちゃ気になる。朝食ん時にジャックに聞いてみようか……。

「ユウ? なにやってんだそんなところで」

「ほぎゃあ!?」

バ、バレテーラ……。

声をかけられたら逃げるわけにもいかない。あくまでも偶然を装おう。さすがに「気になるCPの早朝デートを確認したくて隠れてました」なんて言おうもんなら社会的に死ぬ。それ以前にジャックの冷たい視線を感じて死ぬ。

「よ、ようジャック、偶然だな。ロードワークか?」

「ああ。日課だからな。お前もか?」

「いや、俺はただの早朝散歩だよ。と、ところでジャック、その人は……?」

「ああ、この人は、」

「ちょっとアナタ」

「ヒェィ!?」

ジャックとのやり取りを横目で見ていた金髪の青年が、俺の顔を見るなり大股で近づいてくると、がしりと顎を掴んできた。

待って待って、思ったよりでかい! ジャックの横にいるからわからなかったけど、俺よりもでかい! あと力つっっっっよ!!!

「どう生活したらこんな顔色になるわけ? うちの新ジャガ達が入学してきた時の方がマシじゃない。イモ以下よ」

え……なんで俺いきなり罵倒されてるの……?

「ヴィ、ヴィル先輩。そいつは……」

「まずその目の下のクマをなんとかなさい。あとは食生活も改善することね。栄養が足りてないわよ。せっかく元々の素材自体は悪くないんだから、きちんと自分を磨きなさい。たとえ寮が違うとしても、このアタシと同じナイトレイブンカレッジの生徒である以上、みっともない姿は見せないで」

「は、はい……」

なんだこの美人圧と勢いがつっよい……。

勢いに気圧されて頷くと、満足したように俺の顎から手が離れる。

「わかったならいいわ。次にアタシの前に出る時にはマシな顔を見せることね」

それじゃあアタシは寮に戻るわ、と言いたいことを言って満足したのか鏡舎の方へと歩き去って行く。

な、なんだったんだ今の……?

「大丈夫か、ユウ」

「ジャック……今の誰?」

「あの人はポムフィオーレの3年生のヴィル・シェーンハイト先輩だ」

ポムフィオーレなことは運動着で察してたが、この前植物園で会ったルークといい、さっきのヴィルといい、これまた強烈なキャラクターが揃ってんな……。

「でも意外だな。ジャックがああいうタイプと知り合いだなんて」

「ああ……昔馴染みと言うか、家が近所でな。ここに入学して再会したんだけどよ」

「待って」

「?」

まっっっっっって。家って実家ってことだよな??

それすなわち幼馴染って言わない?? 近所に住む綺麗なおネエさんってやつじゃん!! 性癖歪むわ!!

ジャクヴィル……昔かわいがっていた年下の狼の少年が、再会したときには自分の身長を大きく越すグッドルッキングガイに成長していましたってか!?

ッはーーーーー恋しか始まらない。

「お、おい……気分でも悪いのか?」

「いや……大丈夫だ。それよりもあの人すごい美意識の高さだったな」

「え? ああ、そうだな。あの人のこだわりはすげぇと思うぜ。この前式典服の着こなしを手ずから教えてもらった時も……」

「待って」

「?」

ま゛っ゛て゛? 式典服の着こなしを?? 手ずから教えてもらって??

どういうことなんだ……手ずからって、着せてもらったってこと?

ジャックが? ヴィルに? 服を着せてもらったってこと??

はぁ~~~~~~~萌えすぎてキレそう。語彙力溶けるわこんなもん。

着せてもらったってことは、一旦脱いでるってことだろ? 脱ぐようなことを……シたのか……!?

俺が思うよりもこの2人は進展しているのかもしれない……。

「お前本当に大丈夫か?」

「だ……大丈夫……」

ちょっと萌えの供給過多で心臓痛いけど。

こちらを気遣うように伺うジャックに、申し訳なさが募る。

ごめんな。こんなにいい奴なのに、腐れ妄想の餌食になんかしたりして……。

「……はぁ。ロードワークの邪魔して悪かったな。俺もそろそろ寮に戻るわ」

「いや、別にいい。じゃあまたな」

「おう」

知りたかった関係がようやくわかったことだし、今日は一日良い日になりそうだ。

:  :  :

 

授業も終わり、グリムやエース、デュースと別れてモストロ・ラウンジへ向かう。

マジフト大会の時に口走った約束は、満面の笑みを浮かべたアズールに渡されたシフト表できっちり守られていることがわかった。つまり、鬼シフトだ。

まぁ、しばらくは死ぬほど忙しくなるようなイベント事が予定されていないだけまだいい。

「おっすー……って、あれ? ジェイドだけ?」

更衣室でいつもの作業着に着替えてホールに足を踏み入れると、開店前の準備をしているジェイドがいた。いつも一緒に準備しているはずのフロイドの姿はない。

「ええ……フロイドですが、今日はちょっと。立てなくなってしまったもので」

「……?????」

ンッ!? 立てなくなってしまったもので??

「あ、え、そ、そうなんだ……大丈夫なのか?」

「少々無理をさせてしまいましたが……おそらく明日には動けるようにはなっているかと」

俺は今、自分がどんな表情をしているかわかる。スペキャ顔だ。

ジェイドの言い方だと、その、ジェイドがフロイドに無理をさせた結果立て失くしたって聞こえるんですけど、あってるんだよな?

これ現実? 本気で言ってる? 俺の妄想じゃなく?

ヤンチャ×紳士でフロジェイかな~~って思ってたんだけど、そっちなんだ!? ジェイフロなんだ!?

い、いっがーーーい! いやでも美味しいな?? 日常生活では振り回されているジェイドが??? ベッドの上ではフロイドを振り回してるの???

ヤンチャしたフロイドが夜にジェイドにお仕置きされてそう……いや、もしかして、お仕置きされたいがために色々やらかしてる可能性もあるのか……?

「ははぁ……、なんかよくわからんが大変だな、ジェイドもフロイドも……」

「急な追加発注依頼でしたからね」

「追加発注?」

まさかジェイフロのハm……いやいやそんなわけないだろう。落ち着け俺の脳内。

しかし急な追加発注依頼でフロイドが立てなくなるってどういうことだ? なんかやばい場所にやばいもん取りに行かされて疲れてるってことなのかな……。

「フロイド大丈夫なのか? なんか食べやすいものでも作ろうか?」

「……! いえ……そうですね、では閉店後に作っていただいてもよろしいでしょうか?」

「任せとけ。フロイドに好き嫌いとかはあるか?」

「好きな食べ物……タコ焼きですかね」

いきなり男子高校生っぽいものが出てきたな。タコ焼きが好きってことは、なにかタコを使ったものがいいかな。タコか……食べやすさで言うんなら、たこわさ茶漬けとかがあるんだけど、こっちでたこわさまだ見たことないんだよなぁ……。

米も炊飯器もある世界観なら、どこかにありそうな気はするんだけどな。

「ん、わかった。なんか考えておくよ」

「よろしくお願いします」

話がひと段落したところで、ジェイドと別れて俺の持ち場であるキッチンへ移動する。

既に何人かのオクタヴィネル寮生が準備を始めていたので、挨拶もそこそこに俺も準備に加わった。

「今日って確か変な予約とかなかったよな?」

「はい。席のリザーブはありましたが、メニューの指定はなかったはずです」

「ならよかった。昨日発注した食材届いてる? 確か結構ギリギリだったろ」

「今朝届いていたので、所定の位置にしまってあります」

「マジ? ありがとな。あとは~……大丈夫そうか」

ひとつひとつ不備がないかを確認しておく。開店前に確認しておかないと、いざって時に準備するのが大変だからな。

この前のバースデーケーキ作りの時もえらい目に遭ったし、今後はああいうことが無いようにしないと。

「よーしじゃあ今日も気合入れて行くぞ!」

「「はい!」」

……なんで他寮の俺がキッチン仕切ってるんだろうな……?

そんなつもりなかったんだけどなぁ……。

 

:  :  :

忙しいと時間があっという間に過ぎていく。

気が付けばラストオーダーの時間になっていた。ドリンクの追加注文くらいしかなく、キッチンのメンバーの内約半数は既に後片付けを始めている。

そろそろいい頃合いだな。

洗って水に浸けておいた米をザルへ移し、水切りをする。

水切りしている間に、先に蒸しておいたタコ足と油抜きしておいた油揚げ、生姜を冷蔵庫から取り出す。

タコ足はぷりっとした食感が楽しめるようぶつ切りに。油揚げは細かく刻んで、生姜は千切りにして全て同じボウルに移しておく。

作り置きしておいたかつおだし・砂糖・料理酒・醤油・みりん・塩を混ぜて、濃さを確認しながら水を適量加えて味を調整する。

……いやマジで、何であるんだろうな、醤油とみりん。

人名とか建物名とかがTHE洋風です! ここはヨーロッパです! みたいな雰囲気出しておきながら、オムライスみたいな和洋食とかタコ焼きみたいな日本のジャンクフードがあったりする。

過ごせば過ごすほど謎が深まるツイステッドワンダーランド。

深く考えてはいけないのかもしれない。

水切りが終わった米を内窯に移して合わせ調味料と具も投入する。

計量カップで水の量をきっちり計って加え、内窯を炊飯器にセットし炊飯ボタンを押した。

「あれ、ユウさん何やってるんですか?」

「フロイドとジェイドの……この時間だと夜食になるのかな? それを作ってる」

「へぇそうだったんですね。見慣れないもの色々と使ってるから、新メニューの考案かと思いました」

「さすがにこれはちょっとここで出すには庶民的だからな~」

炊きあがるまでには時間がある。俺も後片付けの方に加わろう。

しかしなんでオクタヴィネル寮生は学年に関係なく俺に敬語を使ってくるんだろうな?

溜まりに溜まった皿やらカトラリーやら調理器具を黙々と洗っていく。食洗器があれば楽なんだけど、さすがにそこまでの設備は揃えられなかったらしい。

でもあれ意外と場所取るし、寮内の限られたスペースしか使えないとなれば絶対に必要な物ではないからかもな。

閉店時間も過ぎて、キッチン内の片づけは大半終わった。残りは食材の在庫を確認して、必要なものをジェイドに伝えればいいだけだし、炊き上がる時間までまだ少しある。これなら俺1人でも十分だろ。

キッチンメンバーに先に上がるように告げて、冷蔵庫に貼られているクリップファイル片手に各食材の在庫をチェックしていく。

「お疲れ様です、ユウさん」

「ジェイド」

在庫チェックが終わったところで、タイミング良くジェイドがキッチンに入って来た。

こいつ、いつも図ってんのかってくらいタイミングが良いんだよなぁ。スーパー秘書の名は伊達じゃないってことか。

「ちょうど良かった、これ在庫表な」

「ありがとうございま」

す、とジェイドが言いかけたところで炊飯器が炊き上がりを知らせる甲高い音を響かせた。

ビクリとジェイドの肩が揺れる。

「悪い、驚かせたな」

「いえ……何か作っていたのですか?」

「ん? ああ、言っただろ。食べやすいもの作るって」

「そういえば……本当に作ったんですか」

「おう。約束したからな」

しゃもじ……は流石にないので大きなスプーンを軽く水洗いし炊飯器の蓋を開ける。うん、いい匂い。

上に乗った具が全体に散るよう混ぜれば完成だ。

「よし、出来だぞジェイド! タコ飯だ!」

「たこ……めし……?」

「俺の故郷の料理だな。洋風に言うとパエリアみたいなもん……か? 味は全然違うだろうけど」

ほれ味見、とスプーンに1口分によそったタコ飯を差し出す。

恐る恐るといった様子でスプーンを受け取り口にしたジェイドの顔がパッと明るくなる。どうやら口にあったようだ。

俺より身長が高くて顔つきや雰囲気が大人っぽくても、こういう表情を見るとまだまだ17歳の高校生だなぁと思う。

今でこそ学年はひとつ上だが、本来であれば俺の方が年上だ。年下は可愛がってやらないと。

「食べたことの無い味ですが……美味しいです」

「だろ? ラウンジで出すには洒落っ気が足りないけどな」

炊飯器から洗ったボウルにタコ飯を移して、ラップをかける。

冷やしておいた昆布だしと麦茶をそれぞれガラス製のティーポッドに入れて、茶碗や丼……はないのでサラダボウルとスプーンをそれぞれ2個用意した。

「……それはお茶と、なんですか?」

「こっちが昆布だし、こっちが麦茶っていうお茶。タコ飯はこのまま食べても美味しいけど、冷茶漬けにしても美味いから」

本当はここに柚子胡椒なんかがあると最高だけど、ないものはしょうがない。

…………サムの店にはありそうだな。今度覗いて見てみるか。

麦茶のパックが売ってたくらいだからなぁ。

ちなみにこの麦茶、俺が休憩する時飲む用に自費で買ってこっそり作り置きしてあるものである。

バレてそうだけど何も言われてねぇしいいかなと。

「量多めに作ったんだけど、アズールも食うかな」

「あ……いえ、アズールにタコはちょっと……」

「? 苦手なのか?」

「苦手……と言うわけではないのですが。あまり出さない方が良いかと」

「うん……? わかった」

ならちょっと寮多いし、残りはおにぎりにして持って帰って、グリムにでも食わせるか。

「俺まだ残ってるし、店閉めやっておくからフロイドのところに持ってってやってくれ」

「おや、よろしいのですか」

「この後寮に帰って寝るだけだし、ちょっとくらい遅くなっても門限とかないからな」

「なるほど……。では店閉めついでに1つ、お願いしたいのですが良いでしょうか?」

「?」

 

:  :  :

 

ステンレス製の円形トレーにティーセット一式を乗せ、普段はあまり立ち入ることのない奥の廊下を進んでいく。

ひと際重厚な扉を2,3度ノックするが返事がない。なるほど、ジェイドが言ってたのはこういうことか。

「アズール、入るぞ」

片手に乗せたトレーに気を付けながら扉を開けると、ホールにあるものよりも質の良い革張りのソファに腰かけ、書類に目を通しているアズールがいた。

集中しているらしく、俺の声には気づいていない。

ジェイドに頼まれたのは、VIPルームで今日の売り上げ集計をしているアズールに紅茶を持っていくことだった。

売り上げ集計中のアズールは呼びかけても気付かないことが多いらしい。

事実、横でカチャカチャとお茶の準備をしている音がしても、アズールの目線は手元にある書類とテーブルの上に置かれたマドル札の束から離れない。

こーして黙ってるのを見ると、顔面偏差値の高さにおののく。

今朝見たヴィルも相当な美人だったけど、アズールも負けてない。

というかこの学校本当に、ほんっとうに顔が良いやつが多すぎて目の保養を通り越して眩しさで目が痛くなる。

まずいつもつるんでるエスデュ……エースとデュースからして顔がいい。この2人に挟まれた時のいたたまれなさがやべぇ。俺を挟んで会話をするな。見つめ合うと素直におしゃべりできないわけじゃないだろう!!

俺は推しCPの間に挟まる趣味はねぇ。

「ん、」

前のめりになるアズールのその左側、ひと房だけ垂らされた横髪が目に留まった。

邪魔そうだな、これ。

すいっと髪を指で掬って耳にかけてやる。

その一瞬でアズールが驚いたように飛びのいて、ソファから落ちた。

「……!? ……!?!??!」

「お、おい、大丈夫かアズール」

「え、あ、は、はい……え、ユウさん……?」

「なんか悪いな、驚かせたみたいで……」

「い、いえ……」

珍しい。ここまで表情を崩しているアズールを見るのは初めてかもしれない。

ソファから落ちたのがよほど恥ずかしかったのか、首まで赤くなっている。

ずり落ちた眼鏡を指で元の位置に押し上げながら、アズールはソファに座り直した。

「……はぁ。お見苦しいところを見せました。それでユウさん、なぜこの部屋に貴方がいるのですか?」

「ジェイドに頼まれてな。はい、これ」

ティーポッドから紅茶を注げば、ふわりと華やかな香りが広がる。

「うわ、これ絶対いい茶葉だろ。こんなもん俺に淹れさせんなよな~……専門外だ」

「香りでわかるだけ充分すごいと思いますが……ああ、これはこの前手に入れたものですね」

「ひと口飲んだだけで銘柄も分かる方がすごくねぇ? 香りでなんとなく上等か上等じゃないか分るよりもずっとすごいだろ」

「買い付けした時に一度飲んでいますから。……それで? ジェイドはどうしたんです」

「先に帰した。フロイド体調悪いんだろ?」

「体調……まぁ、そうですね。この前よりも多く搾りましたから……」

……ナニを搾ったのアズールくん?? え、嘘だろアズール……お前も加担してたのか……? フロイド総受けアンソロジーでも発売するのか……?

言い値で買います。買わせてください。

「そうだ、ユウさんこの後のご予定は?」

「この後? まぁいい時間だし、寮に戻って寝るけど」

「もしよろしければ寮にお戻りになる前に、ひとつ、寄ってほしいところがあるのですが」

「別にいいけど……どこ?」

「ポムフィオーレ寮です」

「前言撤回していい?」

俺にはわかるぞ! 絶対めんどくさい用事だ!!

会ったことあるポムフィオーレ寮の生徒は2人しかいないけど、どっちもキャラ濃かったし会いたくねぇ行きたくねぇ。

回れ右して逃げようとした俺の肩を、アズールが掴む。

ははは、デジャヴ~~~。

「ユウさん僕に借りがありますよね?」

「ぐぅう……喜んで……行かせていいただきます……」

「ありがとうございます。ではこちらに着替えていってくださいね」

「……え?」

これを、と渡されたのは紙袋に入ったオクタヴィネル寮の寮服一式だった。

ハットにストールまできっちり揃っている。

「僕からの使いですから。怪しまれないようにするために必要かと」

「いやでも借りるわけには、」

「ご安心ください。ユウさんにぴったりのサイズで仕立ててありますよ」

「???? 俺オクタヴィネル寮生じゃないけどぉ????」

どういうことなの?? っていうかいつの間にサイズ測った??

紙袋をニコニコと下笑顔で押し付けてくるアズールに引く気はないらしい。このままだと寮に戻るのが遅くなるな……。仕方がない。アズールにはマジフト大会の時の借りもあるし、大人しく従おう。

ゲストルームを使わせてもらって着替える。うーん、上はピッタリサイズだけど、ズボンの胴回りが少し大きいな。ベルトで締めればいいか。

「おや、お似合いですね」

「そりゃどーも。で、ポムフィオーレ寮に何しに行くんだよ」

「これを渡してきてほしいんです」

コトリ、と机の上に置かれたのはおどろおどろしい青緑色の液体……液体? が入った瓶だった。見るからに禍々しさしか感じないんだけど……?

「え、なにこれ……えっぐい色してんだけど……」

「化粧水です」

「なんて?」

「僕特製の化粧水です」

「……これが?」

見るからにどろりとしたそれは、錬金術や魔法薬学の材料にしか見えない。

めっちゃ身体に悪そうな色してるけど……でもまぁアズールが作ったものだし……大丈夫、なのか……??

「ええ。かのポムフィオーレ寮長も大絶賛の一品です」

「……ってことは、俺はこれをその寮長サマとやらに届けに行けばいいってこと?」

「ええ、その通りです。それではお願いしましたよ。僕はまだ売り上げの集計が全て終わっていませんので」

「おう……あ、ティーセットはどうする?」

「僕が下げておきますよ」

「ん、わかった。じゃあ行ってくるわ。また明日な」

「ええ、よろしくお願いします」

ポムフィオーレ寮出たら、どっかで着替えてから帰らんと。

こんな格好で帰ったらグリムに何言われるかわかったもんじゃねぇ……。

 

:  :  :

 

「うっわ……」

鏡を抜けた先、そびえたつ白亜の城を見た途端帰りたくなった。

え、えー……。ハーツラビュルもメルヘンだったけど、こっちはガチ御伽噺です!! って感じの見た目してやがる……。どこもかしこも高そうなもの多いんだろうな……嫌だぁな行きたくねぇ……。

とは言っても引き受けたものはこなさないと、あとでアズールに何を要求されるかわかったもんじゃない。

覚悟を決めてポムフィオーレ寮の中へ足を踏み入れる。

しん、と静まりかえっているのは夜もいい頃合いだからだろうか。それにしても静かすぎないか……?

「ボンソワール! いい夜だね!」

「ひぃっ!」

突然後ろから話しかけられてびくりと身体が跳ねる。

慌てて振り向けば、そこにいたのはこの前植物園で出会ったポムフィオーレ寮生・ルークだった。

「ル、ルーク! いきなり後ろから話しかけるなよ!」

「……おや? オクタヴィネルの生徒かと思えばトリックスター・ユウくんじゃないか。いつの間に転寮したんだい?」

「転寮したわけじゃなくて……ただ、アズールの使いだからわかりやすい服装をしてるだけだよ」

「努力の君の使い? ああそうか、君はモストロ・ラウンジで働いているのだったか」

「ろ、ろあ……でぃ?」

「使いと言うことは、我らが毒の君へ例のものをおさめに来たということかな?」

「ろあ、どぅ……なんて?」

「この時間なら本来すでに就寝している時間だが……今日は偶然、ムシュー・姫林檎への指導があったからね。幸運なことにまだ起きているよ」

「…………そっかー。案内してもらってもいい?」

「ウィ! いいとも!」

すげぇ、会話するの疲れる。謎の呼び名もだけど、テンションが高い。とにかく高い。ここにいるのがイデアだったら溶けるんじゃないか、あいつ。

ルークに先導してもらいポムフィオーレ寮の中を歩いていく。予想通り廊下には謎の絵画やら壺やらが置かれており、ぶつかったら最後いくら借金を背負わされるかわかったもんじゃねぇ。

こればかりはルークに感謝だ。案内がなきゃ変なもん触ってた可能性もある。

「失礼するよ! 毒の君、君への客人が来ているよ」

とある一つの部屋をノックしたルークが、返事が返ってくる前に扉を開いた。

そこは大広間の様になっており、これまた高そうな晩餐会用の長いテーブルが置かれている。

机を挟んだ向こう側、そこに2人の人物がいた。

「……、……!?!?」

「ルーク、今は夜よ。もう少し静かにしてちょうだい」

「これはすまない!」

「それで? こんな非常識な時間に来るだなんて……あら。アナタ、今朝の……」

「ど、どうも……」

ジャックゥゥウウウウウウウ!!! おま、おま……ッ、ヴィルがポムフィオーレの寮長ならそう説明しろよな!?!?

クッソビビっただろうが!

「おやヴィル、彼と知り合いなのかい?」

「ええ、今朝ちょっとね。……それにしても……」

「いや、さすがに顔色やクマは一日じゃ消せな……」

「そっちじゃないわ。その着ている服―――ズボンのウエストが合っていないわね? 大方ベルトで無理やり絞っているんでしょう」

「な、なんで……!?」

「不自然な皺が出来ているのよ。みっともないから、早く仕立て直してもらった方がいいわよ」

「は、はい……」

こわ……なんで一目でそんなことわかるんだ……。美意識の塊かよ……。

ヴィルの的確な指摘に震えながらも、俺はその傍らにいる人物から目が離せなかった。

えっと、ここ、男子校だよな……?

「……それで? アタシに何の用かしら?」

「あっ、そうだった……。これアズールから預かってきたものなんだけど……」

瓶に入った化粧水(仮)をテーブルの上に置くと、ヴィルの顔がぱっと明るくなった。

「あら、もう完成したの。さすが仕事が早いわね」

「なるほど、あの化粧水だったのか! 」

やっぱ化粧水なのかそれ……使ってるのか……。

あれを使ってそれだけ綺麗なんだから、効果はあるんだろう。何から作ったんだろうな、あれ……。

ふと、脳内に立てなくなったフロイド、というワードが浮かび上がる。

アズールが言った「搾り取る」……ジェイドが言った「無理をさせた」……。

…………考えんのやーめよッ☆

「あの、じゃあ、夜も遅いんで! じゃ!」

適当に挨拶をして踵を返し、ポムフィオーレ寮から飛び出した。

いやまじで……こんなことってあるのな……。まじか……。

驚いた表情で俺を見ていたポムフィオーレ寮生の顔を頭の中から振り払うように、一路、オンボロ寮へと駆けて行く。

「ただいま、グリム!」

「おう、遅かったな、ユウ……なんでそんな恰好してんだゾ?」

「あ」




ユウ
徐々に外堀を埋められてきているのに気付かないオンボロ寮の監督生。
以前見かけた気になる関係がわかってすっきりした。
ポムフィオーレ寮のとある生徒の顔が頭から離れないらしい。
最近ちょっと痩せた。


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Ep9.童顔系腐男子監督生の陰キャ友達と陽キャ集団

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・イデア制服
・カリム運動着

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。




 

 

授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

机に向かい続けて固まった身体をぐぅ、と伸ばすと背骨が変な音を立てて鳴った。

ぐ……そろそろ本格的に何か運動でもした方が良いかもしれない。

このままだと運動不足待ったなしだ。……いや、もう手遅れか……?

さて、この後どうするかな。週末の、しかもモストロ・ラウンジでのバイトも無い放課後は久しぶりだ。溜まった洗濯物の処理とか分からなかったところの復習とかもいいけど、こう、パーっと遊びたい気分だ。

「ユウ」

「デュースか。どうかした?」

「いや、珍しいなと思って。いつもはすぐに教室を出ていくだろう」

「ああ、なるほど。今日はバイトが無いからどうしようかなーって考えてたんだよ」

「そうだったのか。……それなら、外出許可を取って麓の街に行かないか?」

「おっいいね。そういえば俺、麓の街に遊びに行ったことないかも」

「決まりだな。おいエース、ユウも一緒行くって」

ちょっっっっっっっと待った。待って。それさぁデートだったんじゃないの???

待て待て待て俺は推しCPの間に挟まりたいとかそういう趣味はないぞ? むしろ空気とか天井とか壁になって推しCPをそっと観察したいタイプだ。

ほらデュースよく見てみろ! 「おー」とか言ってるエースの目を!

あれは間違いなくデートを邪魔されて落胆してる目だ! 俺にはわかる!

「オレ様ももちろん行くんだゾ!」

「いいけど、問題は起こすなよグリム」

「デュースに言われたくないんだゾ! この前不良と喧嘩してリドルに怒られてたの知ってるんだからな!」

「う゛っ……なんでそれを……」

いやデュースお前そんなことしてたのかよ。相変わらず喧嘩っ早いというか血の気が多いというか……。

あれよあれよという間に俺とグリム、エースとデュースの3人と1匹で麓の街に行くことが決定した。

ごめんな、エース……お前達のデート、守れなかったよ……。

手早く荷物をまとめてみんなと一緒に教室を出る。明日明後日と休みだからか、廊下や教室に残っている生徒は多い。部活へ急ぐ奴もいればのんびり喋ってる奴もいる。

あー、この空気感なっつかしいな。THE高校って感じ。ここ最近ずっと授業が終わる→モストロ・ラウンジに向かうばっかりだったからなぁ。

「そういや、オレらはリドル寮長んとこ行くけど、ユウの外出許可って誰がすんの?」

「オンボロ寮には寮長もいないだろうし……学園長じゃないか?」

「多分そうだと思う。だとしたら……」

オンボロ寮に戻ってから外出許可を取りに行くよりも、先に学園長から許可をもらってから戻って、その後合流した方が早いな。

「俺、先に学園長に外出許可取りに行ってくるからグリムは荷物持って先に寮に戻ってて。エース、デュース、鏡舎で待ち合わせでいいか?」

「オッケー」

「わかった」

「さっさと来ないとユウだけ置いていくんだゾ!」

「いやグリムの分の外出許可も取りに行くんだからな?」

「じゃあ後から、」とグリム達と別れて、学園長室を目指して廊下を進んでいく。

麓の街か。なにがあるんだろうな。できればスーパーとか、食材売ってる店に行ってみたい。購買にはない調味料とかがあるかも……いや購買以上に品揃えがいい店なんて、あるのか……?

ま、まぁあってもなくても覗いてみる価値はあるだろう。グリム達にはなんか作ってやるって言えば言いくるめられるだろうし。

「ん……?」

廊下の先に、青く燃える髪を持つ人物が見える。あんな特徴を持つのは学園広しと言えども1人しかいない。イデアだ。

珍しいな、今日はちゃんと授業に出てたのか。

ボドゲ部の部室以外で滅多に見ない知り合いの姿に、声をかけようかと近づいたところで足を止める。

イデアの正面にいたから気が付かなかったが、誰かが一緒にいるみたいだった。

お前、俺やアズール以外に友達いたのか……。良かったなぁ……お兄さんほっとしたよ。

友達と話してるなら邪魔はしちゃいけな……。

「そうだ、ジャミルの飯を食いに来いよ!」

あっ(察し)。

これ友達と歓談じゃねーわ。陰キャが陽キャに絡まれてるシーンだわ。

こそこそと近くの柱の陰に隠れて様子を伺う。

どうやらカリムがいつものテンションでイデアを食事に誘ってるようだ。それをイデアがどうにかして断ろうとしてるけど……うーん無理だろうな。俺でも断り切れなかったし。

「あれっ、イデアくんとカリムくんじゃん。珍しい取り合わせ~」

「おやおや、ムシュー達。なんだか楽しそうだね」

 

▼陽キャ の ケイト と ルーク が 現れた !

 

偶然通りがかったんであろうケイトとルークが輪に加わっていく。うっわぁ……どんどん逃げ場なくなってってんじゃん。陽キャ包囲網こっわ。

イデアには大変悪いけど、このまま見なかったことにしよう。声なんてかけようもんなら、どう考えても巻き込まれる。

すまん、イデア。俺はグリムをモフりながら推しCPのデートを心行くまで眺めたいんだ。

不運なことに奴らは俺の進行方向にいる。バレないようにと顔を反対側に向けながら、存在感と足音を極力消してそろりそろりと進んでいく。気分は忍者だ。

「おや、そこにいるのはトリックスター・ユウくんじゃないか!」

こそこそと集団の横を通り抜けようとした時、腕を掴まれる。その先には輝かしい笑顔のポムフィオーレ寮生の姿が。

ルゥゥウウウウウクハントッッ!!!

「よ、よう、奇遇だな……」

腕まで掴まれている以上、無視はできない。白々しく笑いながら空いた片手をあげて挨拶をすれば、イデアの瞳に一筋の光が灯った。

やめろやめろそんな目で見るな!! 俺はこれからお前を見捨てる男だぞ!!!

「あれ、ユウちゃんじゃん。今帰り?」

「あ、ああ。そうだけd」

「じゃあユウもジャミルの飯食って行けよ!」

うん、言うと思った。カリムならそう言うと思ってたよ俺。

断ろうと口を開いたところで、陽キャの包囲網を抜けてイデアがしがみついて来た。

「ちょうど良いところに!ユウ氏助けてこの人達話が通じないんですけどぉ!!」

「落ち着けイデア、今に始まったことじゃないだろ」

「その通りですけどぉ!」

「あと悪いな。カリム、俺この後用事あるから行けねぇんだ」

「!?」

「なになに、ユウちゃんまたアズールくんのところでバイト?」

「いや、今日はグリムとエースとデュースとで麓の街に遊びに行くんだ」

「!?」

「おや、そうなのかい。君と食事を共にできないとは、残念だよ」

イデアの視線が痛い。ついでに背中も痛い。爪を立てるな馬鹿野郎。

そういうことだから、とイデアを引き剥がしにかかる。しかしなかなか離れない。こいつこんなに力があったか?

「おいイデア、離せって!」

「嫌でござる嫌でござる陽キャの巣窟に1人で行゛き゛た゛く゛な゛い゛!!」

「うぉぉおお離せ!! 俺にはエースとデュースを見守るって言う使命があるんだよ!!」

ベリィ、と音が出るような勢いでイデアを引き剥がし、そのままカリムの方へパスする。

「カリム、イデアのこと頼んだ! そいつ駄菓子とか栄養バーみたいなもんしか食ってないからしっかり食べさせておいてくれ!」

「おう、わかった! ジャミルにいっぱい作ってもらうな!」

「じゃあなカリム、イデア、ケイト、それにルーク!」

「ユ゛ウ゛氏゛ぃ゛!!」

すまん、すまんイデア……! 余裕があれば、あとからスカラビア寮に骨は拾いに行ってやるからな……!

イデアの断末魔をBGMに、俺は学園長室へと走り出した。

 

:  :  :

 

「おお~~!」

ヨーロッパ風の街並みに、つい歓声を上げてしまった。

和風建築が多く立ち並ぶ街の出身としては、漫画や映画でしか見たことのない景色に興奮するのも仕方がないと思う。

その上魔法士養成学校のお膝元と会って、魔法に関する品を売る店がすごく多い。端から端まで見てみたい。途中ホグズミ、まで頭に浮かべたのはなかったことにしておいた。

「ユウ、ユウ! オレ様あの屋台で売ってるヤツ食べたいんだゾ!」

「待て待てグリム、食べ歩き始めたら店の中に入れないだろ。だから先にあっちの店に行こうぜ」

「うーわー……田舎者丸出し……。おいデュース、離れとこう、ぜ……」

「エース! あれを見ろ! マジホイの専門店だ!」

「ってお前もかよ!! あーもう!」

今濃厚なエスデュの気配がした!!!!!!

ぐりんと声をした方向へ首を回せば、マジカルホイールと看板が掲げられている店に嬉しそうに駆け寄るデュースと、呆れ顔でそれを追いかけるエースの姿が見えた。

っっっっはぁ~~~~~~~!!! エスデュがデートしてるぅ……!

行動がもう解釈一致。五体投地して崇め奉りたい。興奮して走り出すデュースとそれをやれやれ感出しつつも追いかけるエース。もうね、追いかけるってところが愛だ。

「ユーウー! はーやーくー!」

「悪いグリム、これで好きなもん食ってていいから」

懐から引っ張り出した財布から数枚マドル札を取り出して握らせると、グリムは歓喜の雄たけびを上げながら屋台の方へとすっ飛んで行った。

よしよし、そのまましばらく戻ってくんなよグリム。俺は推しCPの街デート観察に忙しい。

おっ、デュースがエースの手を引っ張ってマジホイ専門店に入ってった。いいぞいいぞもっとやれ。

さて、俺はどうしようか。このまま店の外からエスデュのデートを見守るのはさすがに怪しすぎるから一旦やめるとして。グリムの食べ歩きに合流するか1人でフラフラするか。どっちもいいなぁ、なんて考えていると、ガヤガヤと騒がしい声が近付いてくることに気が付く。

パッと声の方向へ向ければ、俺と同じ制服を着た学生の集団が俺の方に向かって歩いてきていた。

「……げっ」

眉間に皺が寄る。素早く近くの建物の陰に身を潜ませた。

うーん……近付きたくないのがいる。通り過ぎるまで隠れて待つか。

「……ユウさん? 何をしているんですか、そんなところで」

「!? 、ッ!」

「え、ちょっと……!」

咄嗟に声をかけてきた人物の腕を掴み建物の陰に引きずり込む。

突然のことに抵抗する相手の身体を壁に押し付けて、口を手のひらで塞ぐ。

「悪い、少し静かにしててくれ」

小声で懇願すれば、コクコクと頷いてくれる。

学生特有のざわめきと靴音が遠ざかるのを待った後、ようやく掴んでいたの身体を解放した。

「悪かったなアズール」

「……全くですね」

俺に声をかけてきた人物――アズールは、口が塞がれていて酸欠気味なのか顔を若干赤らめて睨みつけてきた。うーん申し訳ない。

「僕だったからよかったものの、人によっては通報されますよ」

「いやぁ、返す言葉もねぇわ。……ちょーっと、顔を合わせづらい奴がいてな、隠れてたんだよ」

「……貴方がそんなことを言うなんて珍しいですね」

少し驚いたような表情を見せた後、アズールは建物の陰から少しだけ身を乗り出して、今通り過ぎた集団を観察し始めた。

「おい……!」

「あれは……マジフト部ですかね。エペルさんもいらっしゃいますし」

「……エペル?」

あれですよ、と指を指した先には薄紫色の髪の、周囲の学生たちより2回りは小柄な少年の後ろ姿……この間、ポムフィオーレ寮で見かけたあいつの姿があった。

「……あー、あいつ、エペルっていうのか……」

「彼と何かあったんですか?」

「いや別に……」

何かあったというか、出来るだけ相手に俺を認知されたくないというか、なんというか。

気になる存在であることは間違いないんだけど。

「とにかく。悪かったなアズール。背中とか大丈夫か?怪我してないか?」

無理やりではあるが話題を逸らそうと試みる。この件に関しては何か追及されたとして、答えられないし答えたくないからなぁ。

「平気ですよ。そこまでやわじゃありません」

「よかった。お前に怪我させたとなったら、ジェイドとフロイドに保健室送りにされそうだからな……」

魔法も使えない、その上圧倒的体格差がありかつ2人がかりで来られたらひとたまりもないぞ。

「よくお分かりで。……さて、では行きましょうか」

「へ?」

「この僕を一時的にとはいえ拘束したんです。お詫びがあってしかるべきでは?」

「え、いや、俺友達と来てるし……」

「おや、そうですか。……ああ、なんだか背中が痛くなってきたような……」

「おっま……」

いたた、とわざとらしく痛がる振りをするアズールの目は笑っている。くっそ。脅しやがって……。

はぁ、と短くため息を吐いてスマホを取り出して、エースとデュースに『先輩に捕まった、しばらく別行動するからグリムをよろしく』と短くメッセージを送っておく。

「わかったよ。それで、何が望みなんだ」

「難しいことではありませんよ。敵情視察に付き合っていただきたいだけです」

「カチコミの間違いじゃなくて?」

「カ……?」

「いやなんでもない。アズールが敵情視察って言うことは、モストロ・ラウンジ関係か」

「ご名答。良い茶葉を出す店があるらしいのですが、あいにく提供される日が決まっているようでして」

「なーるほどな。それが今日だと。あー……確かに、今日のシフトなら、アズールは抜けられてもジェイドとフロイドは無理だな」

「そうなんですよね。いくつか種類があるので1人ですべて試すのは厳しいと思っていたのですが、無事人員が確保できて安心しました」

ついでだから軽食メニューやデザートも頼んでみましょうか、とアズールが微笑む。

それ、お前はひと口だけ食べて残った分全部俺に押し付ける気だろ……。

カロリーとかめっちゃ気にしてんの知ってるんだからな。

「はいはい、支配人様に付き合わせていただきますよ」

もしやばそうならグリム探してきて残り物食わせよ。

 

:  :  :

 

「あ゛~……もう無理」

アズールに連れられた先でしこたま食わせられた挙句、別れた後グリム達にも付き合わされて心身ともにくったくただ。

「ユウ、マグロメンチカツ美味かったんだゾ! オレ様またあれが食べたい!」

「そんなホイホイ買い食いなんて出来ねぇよ。今度似たようなもん作ってやるからそれで我慢しろ」

鏡舎前でエースとデュースと別れ、オンボロ寮へ続く道を歩く。やがて見えてきた仮初の我が家の前に、青い炎が見えた。

イデアかと思ったが、それにしては人影は小柄だし髪も広がるような長髪ではなく、トーチに灯る炎のように短く逆立っている。

「あ、帰ってきた!」

謎の訪問者がはっきりと見えてきたところで、子供特有の甲高い声が響き渡る。

足に当たる部分から青い炎を噴射して近づいて来た人影…………足に当たる部分から青い炎を噴射して!?!?!

え、どういうことなの!?!?! 俺の見間違い!? ってか、どう見ても子供型のロボなんだけど!?

「おかえりなさい、オンボロ寮のユウさん!」

「ぉ、あ、おう……ただいま……?」

おそらく、イデアの関係者だとは思う。右胸に掲げられた紋章はイグニハイド寮のものだし、目がイデアと同じ黄水晶の色だ。

「えーっと、イデアの関係者、だよな?」

「うん! 初めまして、僕はオルト・シュラウドっていうんだ。よろしくね!」

「よろしくな、オルト。で、なんでここにいるんだ?」

「兄さんを捜してて……。珍しく授業に出たと思ったら、まだ戻ってきてないんだ」

「兄さん……イデアか。あー……まだ解放されてなかったのか、あいつ」

俺達が街に出てから結構な時間が経っているのに寮に戻ってないってことは、まだカリムんところだな。

「おそらくスカラビア寮にいると思うぞ」

「えっ、スカラビア寮に? 何しに行ったんだろう……」

「イデアが自発的に行ったというよりは、カリム達に連れていかれたというか……迎えに行くなら一緒に行ってやろうか?」

見た目が8割ロボとはいえ、話した感じオルトはまだ子供みたいだし、このまま放っておくのはちょっと気が引ける。

「えっ、いいの?」

「えぇー……オレ様疲れたんだゾ」

「そう言うなってグリム。うまくいけば美味いもん食えるかもしれないぞ」

「本当か!? ならさっさと行くんだゾ!」

「はいはい、現金な奴……。ほらオルト、行くぞ」

「! うん!」

オルトに向けて手を差し出せば、一瞬目を丸くしたあと嬉しそうな表情で俺の手を掴んだ。

こういう反応を見ると、やっぱり中身は子供っぽいけど……ま、今度イデアに聞けばいいだろ。

「にしても、イデア捜すのになんで俺のところに来たんだ?」

「兄さん、最近ユウさんの話をよくしてくれているんだ。だから、兄さんと仲が良いなら行先も知ってるかなって……」

「なるほどな。つーかイデア、俺の話してるのかよ……」

どういう内容かちょっと気になりはするけど、聞いたら聞いたで気恥ずかしい思いしそうだし、万が一この会話がイデアにバレたらあいつ爆発四散しそうだ。やめておこう。

 

:  :  :

 

オルトを連れて鏡舎にあるスカラビア寮へ通じる鏡をくぐる。

臙脂を基調とした建物や調度品の数々は前に来た時と変わっていない。

いやしっかしなんでどの寮も高そうなものばっかり置いてるんだよ……。オンボロ寮以外で安心して歩ける寮はないのか。

「確か談話室は……こっちだったな」

「ユウ、知ってるのか?」

「前に来たことあるからなぁ」

談話室に近付くにつれて、人の声や陽気な音楽が聞こえ始める。

食事とは言ってたけど、予想通り宴に発展してるみたいだ。

…………イデア、パリピ陽キャのオーラにあてられて蒸発してないといいんだけど。

「美味そうな匂いがするんだゾ!」

「おいこらグリム!」

中に入った途端、ぴょんとグリムが肩から飛び降りて近くに置いてあった大皿へと顔を突っ込む。

あーあー……誰が汚れたお前を洗うと思ってんだ。あんまりひどいと洗濯機に突っ込むからな。

オルトは手こそ離さないものの、興味深そうに周囲を見回していた。他の寮に来る機会なんて、友達でもいない限りそうそう無いから珍しいんだろう。

……そうなんだよなぁ。機会は少ないはずなんだよなぁ。俺、あと行ったことがない寮はイグニハイドだけだぞ。なんでだ。

「おっす、邪魔してるぞ」

「ユウ! 来てくれたのか!」

談話室にいるスカラビア寮生の中から、見知った顔――寮長であるカリムを見つけ出して声をかける。

「来たっつーか、イデアを迎えに来たってほうが正しいかな」

「こんにちは、カリム・アルアジームさん!」

「よぉオルト! お前も来てくれたんだな!」

「あれ、知り合い?」

「うん! 前に一緒に遊んでくれたんだ」

へぇ。いつもジャミルに面倒みられてる側だと思ってたんだけど、自分自身も面倒見は良い方なのか。

「カリム・アルアジームさん、兄さんはどこにいるの?」

「イデアか? えーっと……」

「イデアくんなら向こうだよ」

トントン、と肩を叩かれて後ろを振り返れば、水がはいったコップを片手に持ったケイトが手を振っていた。

「ケイトもまだいたのか」

「うん。ルークくんはご飯食べ終わったら帰っちゃったけどね。オレは、まぁ……イデアくん放って帰るわけにもいかないしね」

こっちだよ、とケイトの案内について談話室の隅へと足を向ける。人の輪から外れたそこに、イデアの姿があった。

「イデアくんお待たせ。お水持ってきたけど飲めそう?」

「あ、ああ、あり、がとぅ……」

ケイトに声を掛けられ顔を上げたイデアの表情をげっそりとしていて、肌もいつもより数段白くなってしまっている。

う゛……、罪悪感がひどい。いくら用事があって急いでいたとはいえ、コミュ障のイデアを陽キャの群れに突っ込むのはかわいそうだったか。

「兄さん!」

オルトが嬉しそうにイデアに飛びついた。まさかオルトが来ているとは思っていなかったのか、イデアの目が見開かれる。

「オ、オルト……?」

「迎えに来たよ、兄さん!」

「な、なんでここに……連絡してないのに……」

「ユウさんに教えてもらったんだ!」

「え、ユウ氏……?」

さび付いたブリキ人形のようなぎこちない動きで、イデアが俺の方を見上げた

一度見捨てた手前ばつの悪さを感じる。

「よぅ」

「ユ、ユウ氏!!!!!」

「うわッ!?」

お前そんな声出せたの、ってくらいの大声を出したイデアが俺の腰にしがみついて来た。

「助けてここ怖い怖い怖い陽キャしかいない怖い怖い怖い」

「だぁーーー!!! わかったから離せ! 俺が悪かったから!」

よっぽど恐ろしかったんだろう、イデアは怖い怖いと呟きながらぎゅう、と腕に力を込めてくる。ヒョロそうに見えても18歳男子。思いのほか力が強くギリギリと締め上げられる。

な、中身出そう……。

「ちょーーっと! ストップストップイデアくん! ユウちゃんの顔色がやばい!」

そろそろ逆流しそう、という住んでのところでケイトがイデアを引きはがしてくれた。

ありがとうケイト、お前は俺の恩人だ……。

「もー。イデアくんってばユウちゃんが来てくれたからって喜びすぎだよ」

「いやこれ喜んでるのか?」

どう見ても怯えてるようにしか見えないんだけど……。

はいはい帰るよー、とケイトがイデアに声をかけながら半ば引きずるように立たせる。

「なんか手馴れてるな」

「イデアくんはクラスメイトだからね。絶対出席しなきゃいけない講義の後とか、たまーにフリーズしてる時があるから」

「そうだったんだね。いつも兄さんを気にかけてくれてありがとう、ケイト・ダイヤモンドさん!」

「いえいえ~」

……なるほどな! 理解したわ。コミュ障陰キャと世話焼き陽キャのカップリングってことだな?

ケイイデであろうとイデケイであろうと、ケイトの方がぐいぐい押してイデアのパーソナルスペースに入り込んでいくんだろ。でもってイデアは最初そんなケイトに怯えて鬱陶しがるんだけど、ある日突然自分に話しかけてこなくなったケイトに対し最初は「清々する」とか言ってるんだけどでも次第に寂しくなってきて、そのあと「なんで来ないんだ」って理不尽な怒りを抱きはじめて…………みたいな。少女漫画じゃん。

まさに押してダメなら引いてみろ。これどっちがどってでも通じるので最高だね。

「じゃああとはそれぞれの寮に戻るだけだし、大丈夫かな?」

「うん、ありがとうユウさん、ケイト・ダイヤモンドさん!」

「気にしなくていーよ。じゃあオレはこの辺で。また明日ね!」

いつの間にかスカラビア寮を出て各寮へ続く鏡が並んだ部屋へと戻ってきたようだ。

それじゃあね、とケイトは一足早くハーツラビュル寮へと続く鏡を通って帰っていく。

宴という陽キャの集いから解放されたイデアは先ほどよりも若干顔色が良くなっており、今はオルトと手をつないだ状態で、ジトっと俺の事を睨みつけていた。

「イデア。マジで今日は悪かったな。今度なんか奢るわ……」

「拙者を見捨てた恨みは恐ろしいですぞ、ユウ氏。次のボドゲ部の活動の時は覚悟しておくんですな」

「だから悪かったって言ってんじゃん」

「誠意が感じられませんなァ」

「厄介なクレーマーかよ……」

「ふふッ」

オルトが堪らない、というように笑いだす。

「兄さんにユウさんみたいな友達がいて、安心しちゃった」

「ヘッ!? ユ、ユユユユユウ氏と僕が友達!?」

「素が出てるぞイデア。……俺はそのつもりだったけど、違うのか?」

「ヒュッ…………ユ、ユウ氏がいいなら……別に、いいけど……」

イデアは顔を青くしたり赤くしたりリトマス試験紙みたいな反応を見せた後、ボソボソと呟くような声でそう言った。

うん、こういうところもやっぱり似てるな。高校時代のコミュ障友達の鈴木くんに。

「じゃあそういうことで。そろそろ俺も帰るわ。またな、2人とも」

「あ、うん……ま、また」

「さようなら、ユウさん!」

イグニハイド寮の鏡の前に立つ2人に手を振って鏡舎を出る。

今日も騒がしい1日だったなぁ。

 

 

 

…………。

………………あ。

スカラビア寮にグリム忘れてきた。

 

 




ユウ
久しぶりに友達と街で遊ぶという体験ができて楽しめた監督生。
ついでに推しCPのデートを至近距離で楽しめてホックホク。
改めてイデアと友情(?)を再確認した。
謎に交友関係が広がっている。


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Ep10.童顔系腐男子監督生の授業風景とテスト勉強

※※Attention※※


このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・エース実験着

のパーソナルエピソードのシナリオバレがございます。
ご注意ください。
時間軸はマシュマロよりふわふわです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

硝子張りの温室に足を踏み入れると、むっとこもった緑と土の匂いが押し寄せてきた。

魔法薬学室の左側にそびえるドーム状の植物園は。普段であれば寄り付く生徒もおらず閑散としている。温室ではあるが各植物の自生環境に合わせて温度調整がされているため、暑すぎるということもなく、むしろちょうどいい温度が保たれている。

レオナがここを昼寝場所として好んでいるのも納得がいく。

最も、今日に限って言えばこの場所は昼寝に適している環境であるとは言えない。

「2年生と合同授業だなんて……何をするんだろうな」

「さぁな~」

「……すぴー……」

「おいコラグリム、人の頭の上で寝るな」

いつもの面子で今回の授業の担当であるクルーウェル先生の到着を待つ。

今日の魔法薬学は植物園での1・2年生合同授業だ。とはいっても、5クラス×2学年はさすがに多すぎるということで、ABC組とDE組で時間を分けられてはいるが。

それにしても人が多い。しかもいつもと違って皆実験着だからか余計に大きく見える。白は膨張色だもんなぁ……。どいつもこいつもいかつく見える。

ちらりと横に視線を向ければ、真面目な顔で授業開始を待つデュースと、いかにもかったるいですみたいな表情をしたエースが並んでいる。

は~~~~~癒される。エスデュが並んでるだけでこんなに癒されるのはなんでだろう。健康に良すぎて困惑するわ。

白衣……と言えばやっぱりお医者さんごっこが定番だな。医者×患者も患者×医者も、医者×医者も美味しい。エスデュならどれがいいかな。個人的には医者エースと患者デュースの無知シチュなんだけど。

「本日は1年生と2年生の合同授業を行う。課題はマンドラゴラの採集だ」

いつの間にか本鈴が鳴っていたらしく、クルーウェル先生がパシッと自分の手のひらに短鞭を打ちつける。

どうやら1年生と2年生でペアを組んで授業を行うらしい。できれば知り合いがいいんだけど……ラギーがB組だったはずだから、自由に組んでいいんならラギーのところに行くか。

「うげ、マンツーマンかよ。合同授業は人が多いから途中で抜けてもバレないと思ったのに」

「残念だったな、エース。俺もせっかく教えるなら真面目に指示に従ってくれそうな奴が良かったよ」

はぁ、とため息を吐きながら近付いて来たのはジャミルだ。どうやらエースのペア相手のようだ。

ペア相手指定されてんのかぁ。知り合い以外が来るんなら、出来るだけ俺に興味がないというか関心がない奴だといいんだけど。

しっかしジャミルが1人でいるのってなんだか新鮮だな。顔を合わせる時にはいつもカリムが一緒にいたから、常に2人でいるもんかと……いや、この前イデアが拉致られた時はカリム1人だったな。

「……カリム1人にして、大丈夫なのか?」

「言うな……考えないようにしているんだ……」

純粋に疑問に思ったことを口にすれば、ジャミルは顔をしかめて手を額に当てた。

ああ、やっぱり心配なんだな……。けど、カリムの面倒を見てると授業にも支障でそうだもんな。

「せめて……しっかりした1年生がペア相手だといいな」

「ああ……」

じゃあ俺達は向こう側でやるから、とジャミルはエースを連れて割り当てられたマンドラゴラの育成場所へと向かって行く。

周囲にいたクラスメイト達が次々と2年生に連れられて各々の場所へと散っていく中、何故か俺のペア相手である2年生がなかなか来ない。

もしかしてあれか、余ったのか俺。2人組を作れなかった奴は先生とペアだぞーとかそういう処刑みたいなことになったのか……はは……悲しい……。

でも余ったものはしゃーない。クルーウェル先生のところに行くか、と歩き出そうとしたところで、後ろから腕を引かれた。

「ようやく見つけましたよ」

「アズール」

振り向いた先にいたのは少し不機嫌そうな表情のアズールで。

なんとなく、そういえばアズールには引き留められてばかりだなと思った。

「もしかして、アズールが俺のペア相手?」

「ええ。この僕が指導するからには、完璧にこなしてもらいますよ」

「おっ。それは心強い」

誰が来るかと内心戦々恐々としていたんだけど、アズールなら安心だ。

授業中何かあってもしっかりフォローしてくれそうだしな。

「おーいグリム、一回起きろ~」

「んにゃ……もう授業終わったんだゾ?」

「残念ながらまだだ。これからマンドラゴラ抜くから、耳栓つけような」

「勝手にするんだゾ……」

「はいはい」

頭の上から一度グリムを降ろして、きちんと塞がるように大きな耳の中に耳栓を詰めてやる。

いつも思うけど、グリムの耳から出てるこの炎みたいなのなんなんだろうな。実際に燃えてるっぽいけど、触っても火傷しないし、ほんのり暖かいくらいだ。

耳栓をつけたことで、いよいよ寝るにはちょうどいい環境が整ったんだろう。起こしたときには薄く開いていた目は完全に閉じられ、すよすよと安らかな寝息を立て始めた。

ったく、お前1匹で留年しても知らねーからな。

「……あ。アズール、見て見て」

「なんですか?」

「グリムの奴、舌を仕舞い忘れてやんの」

「……本当に、こう見るとただの猫ですねぇ」

「だよなぁ……。あ、そうだ。ネコ科と言えば、レオナも寝る時舌を仕舞い忘れることあんのかな?」

「ッグ!」

吹き出しそうにあったのか、アズールが自分の口元を咄嗟に押さえた。レオナが舌仕舞い忘れた状態で寝てるのを想像したんだろうな。

ツボに入ったのか背を丸めてブルブルと震える背中を撫でてやると、アズールは実験着のポケットからスマホを出して操作しだした。

「アズール? どうし……ングゥゥゥッ、ッッッ!」

もしや保護者(ジェイド)に通報でもする気じゃないだろうなと覗き込んだ瞬間、画面をズイっと見せられて腹筋が崩壊した。

画面に映っていたのは隠し撮りのような角度の、レオナが寝ている姿。余程深く眠っているんだろう。その口からはちらりとピンク色のものがはみ出している。

「ッ、~~~くっそ、え、これ、なに……どうしたの……」

「たッ……たまたま、ジェイドが、植物園で……。いつか何かあった時にと、保存していて……」

「な、なるほどぉ……」

思い出し笑いだったのか。

しっかしまぁ……良く撮れたなこんなの。レオナは警戒心強そうだし、寝ているとはいえ近寄ったら起きるんじゃ……。

「あ」

写真をまじまじと見ていると、見覚えのあるスニーカーが見切れているのに気付いた。

これは、ラギーがいつも履いてるやつだ。

ふ~~~~~~ん???? そういうこと?????

ラギーが傍にいるからぐっすり眠れるレオナおじたんということですかな????

何そのラギーに対する信頼。ヤバヤバのヤバじゃん。言葉よりも行動で示すタイプなのな。

自分に害があるのであればラギーが知らせるだろって思ってるってことでFA?

くっそぉなんでこう不意打ちかましてくるんだよサバナクロー!

「こら、そこ! 早く移動してマンドラゴラの採集を始めろ」

「あ、やべ」

「ユウさんのせいですよ」

「なんで俺のせいなんだよ」

「貴方があんな話題出したからでしょう!」

ぎゃいぎゃい言い合いながら割り当てられた採集場所へと向かう。

他はもう始めているペアもいるから、急がないとな。

 

:  :  :

 

「よいしょ、っと」

アズールに教わった通り、耳栓をしっかり嵌めてゆっくりとマンドラゴラを引き抜く。

まさか生きているうちに『マンドラゴラを引き抜く』なんてイベント経験するとは思わなかった。すごいなツイステッドワンダーランド。文字通り不思議の国だ。

採集したマンドラゴラを袋に放り込んできっちりと口を閉じる。これで指定された数は取り終えたな。

「悪いなアズール、グリム持っててもらって」

「構いませんよ。しかし起きないですねぇ」

俺がマンドラゴラを抜いてる間、寝ているグリムはアズールに持っておいてもらったのだがこいつ起きる気配がない。さすがの図太さだ。

「あ、ちょっと待て、そのまま持ってて」

「え?」

アズールがこちらにグリムを渡そうとするのを制して、そのままグリムの耳から耳栓を抜く。

片手で持った状態でも出来るけど、最近重くなったからなー、グリム。意識がある時ならともかく、完全に寝てる時はバランスもとりにくいしちょうどいい。

「これでよし、と……」

顔を上げれば、至近距離でアズールと目が合った。

異世界ならではのカラフルな髪色や目の色には慣れたつもりでいたけど、こうして間近で見ると、やっぱり珍しいと感じてしまう。

青みがかった銀髪に青灰色の瞳。顔が綺麗な奴じゃないと許されない配色だよな。

「あ、あの……なにか?」

「んー……いやぁ、やっぱ綺麗だよなって」

「は、」

「目の色なんか特に宝石みたいだよな。なんだろ……セレスタイト……いや、色の濃いエンジェライトあた……いてててててててて!?!?」

「ふ゛な゛ぁッ!?」

元カノの影響で宝石に詳しくなっていたから、アズールの瞳は何系だろうななんて考えながらまじまじと見つめていたら、突然アイアンクローをかまされた。

ぱっと見細いのになんでこいつこんな握力つぇえんだよ!?!?!

「痛い痛い痛い! ギブ!ギブギブ!」

「なっ、なっ、なにが起きたんだゾ!?」

「~~~ッ、 もう課題である採集は終わったので、僕は失礼させていただきます」

ようやく解放されたと思ったら、少し怒った口調でアズールはそう言って足早に去って行った。

え、えぇ……俺なんか怒らせるようなこと……いや、男が男に至近距離で顔を覗き込まれたら気持ち悪いか。あとからラウンジ行った時に謝っとかねぇと。

「ユウ、いったい何があったんだ!?」

「悪い悪い、グリム。ちょっと手を滑らせただけだ」

アズールが俺の頭を掴む際に地面に落とされて混乱しているグリムを抱えあげて、落ち着かせるようポンポンと背中を撫でるように叩く。

今回ばかりはほんとに悪いことをした。まさかアズールがあんなに怒るとは思わなかったし、俺が顔を覗き込まずさっさとグリムを受け取ってればよかった。

「シシシッ、見てたッスよ~」

「ラギー」

何故か愉快そうにラギーが声をかけてきた。その手にはマンドラゴラがぎっしりつまった袋を持っている。

「やるね~ユウくん」

「なにがだ?」

「アズールくんをあそこまで動揺させるなんて、なかなか出来ないッスよ」

「動揺ってか、怒らせただけだと思うけど……なんだよラギー、その顔は……」

こいつマジで言ってる? みたいな顔される理由がわからない。

どう見てもあれは怒ってたろ。アイアンクローしてくるくらいだし。

「俺のことよりラギー、お前のそれパンパンだけど、どんだけ詰め込んでるんだ?」

「ああ、これ? ユウくんとこのゴースト達にマルシェで売りたいからマンドラゴラ採ってきてくれって頼まれてるんスよ」

「マジか。うちのが悪いな」

「いーえー。これも貴重な小銭稼ぎの場なんで♪」

「よーやるわ……」

小遣い稼ぎってことは売上の何割かをもらうって契約でもしてるんだろう。じゃなかったらラギーがタダ働きするとは思えない。

……ゴーストが金稼ぎ? と疑問に思わないでもないが、ここはツイステッドワンダーランド。まぁ、色々あるんだろ。

「そーいや向こうはどんな感じか様子を見に行かないと」

「様子? ……ラギー、もしかしてペア相手の1年生ほっぽり出してるんじゃないだろうな……」

「まさか。人聞きの悪い。オレのペア相手の子は手際がいいからもうとっくに採集終わってるんスよ」

「ふーん、ならいいけど……」

「いやぁ今回のペア相手がエペルくんでよかったッスよ。余計な手間とか全然かかんなかったし」

「…………………………それってポムフィオーレの?」

「そうッス。なんだ、ユウくんエペルくんのこと知ってたんだ」

「えー、ああ、うん、まぁ……」

「? …………はッ。ユウくん、まさか……」

「まさか、なんだよ。ふざけたことを言ったら大声でクルーウェル先生呼ぶからな」

「うへぇ。それは勘弁ッス。……っと、いたいた」

特にやることもないし、誰かを探しているらしいラギーについて植物園の中を歩き回る。

目的の人物が見つかったのか、ラギーが声を上げる。……あれは、エース、か?

「エースくん、結構時間経ったけど調子は……って、もうこんなに収穫したんスか!?」

「へへ、まぁね~。なかなか速いっしょ。……って、あれ。ユウじゃん。お前もラギー先輩の手伝いしてんの?」

「んにゃ。暇だからラギーについてってるだけ。エースは手伝ってんの?」

「おう。最近ちょ~っと懐が寂しくてさ」

「なるほどなぁ。バイトがしたいなら紹介してやるのに」

「いらねぇよ。オレはちょっと稼げればいーの」

「もったいない」

エースなら器用だし人当たりもいいし、キッチンでもホールでもやっていけそうなんだけどなぁ。

臨時ヘルプとかでもいいからやってくれないかな、と誘おうとしたところで、エースが収穫したマンドラゴラが詰められた袋を見ていたラギーが感嘆の声を上げた。

「初めてのマンドラゴラ収穫でこのスピードはすごいッスねぇ。もしかして、学年で一番じゃないッスか?」

「え? ホントに?」

学年で一番、と言われたエースがわかりやすく顔をにやけさせた。

「ホントにホントに。手足に似た独特の根茎も一切傷つけていないし、かなり高値で売れそう。助かるッス!」

「まー、そこはさすがオレっていうか、昔から物覚えが良いって言われるんですよね~。やろうと思えばもうちょい速くもできますよ」

「マジッスか!? そしたらオレより速いかも! いや~、1年生に負けるとか面目丸つぶれッスわ」

「へへ、ちょっと待っててくださいよ。たくさん採ってくるから!」

ラギーの言葉に気を良くしたのか、珍しく満面の笑みを浮かべたエースはマンドラゴラ収納用の袋を手に、まだ手が付けられていない畑の方へと駆け出した。

「ほどほどにしといてくださいよー! 今度っから依頼がオレじゃなくてエースくんにいっちまう!」

「……おいラギー」

「なんスか? ユウくん」

「あんまおだててエースを調子乗らせんなよ……何かやらかしたらどーすんだ」

「え~? なんのことッスかねぇ? オレは上級生らしく、後輩のエースくんを褒めただけッスよ~?」

「声が笑ってんだよなぁ!」

あんなにわざとらしいラギーのおだてにも気付かず乗せられるなんて、エースもまだまだだな。

……それにしても。ラギーとエースか……。

やんちゃな後輩エース×世渡り上手な先輩ラギー……うん、ありだな。

いやいやいや、俺はエスデュを推すと決めたじゃないか……!!! いやでも俺別にCP固定過激派ってわけじゃないし。そもそもエスデュだって俺の妄想だしな。

つまり、エーラギ妄想をしてもかまわないってわけだ。うん。

「……ん?」

ラギーが顔を上げた。頭についた焦げ茶色の大きな耳がぴくぴくと動いている。

猫みたいで可愛いな。今度マドル積んだら触らしてくんねぇかなー。

「どうした?」

「今、エースくんがいる畑の方から悲鳴が聞こえたような……?」

あっ(察し)。

知ってるか、ラギー。それってフラグっていうんだぞ?

タイミング良くジャミルがラギーに声をかけているのをしり目に、俺はその場から忍び足で離れる。嫌な予感しかしない。

「どうしたんだゾ?」

「逃げるぞグリム。多分厄介ごとに巻き込まれる」

「厄介ごと? ……なぁユウ、エースがこっちに向かって走ってきてるんだソ」

「げっ!」

「せ、先輩、ユウ、助けて~っ!」

グリムが示した先から、エースが必死の形相で走ってくるのが見えた。そしてその後ろには色とりどり(全部泥が付いてくすんだ色だけど)のマンドラゴラがエースを追いかけるように走っ……。

「マンドラゴラって走んの!??!!??!?!」

「気持ち悪いんだゾ!!!!」

「そうッスよ。マンドラゴラは自走するって授業で習わなかった? ユウくんもエースくんも、ちゃんと先生の話聞いてなきゃダメッスよ~」

「さらに言うなら、マンドラゴラはある程度意思を持った動きをするからな。収穫したら、きちんと袋に詰めておかないといけないんだ」

「へぇ。そうなんだ。ラギーもジャミルもよく覚えてんな」

「ちょっ、3人とものんきなこと言ってないで助けっ……うわわ、背中登ってくる~っ!」

「うわ、気持ちわり」

蟻に集られた飴のごとく、エースはマンドラゴラ達によじ登られていた。

どうせ欲張って袋がパンパンになって溢れそうになるくらいまで詰め込んだんだろ。自業自得だぞ、エース。

「俺の言いつけを守らないからそうなるんだ。反省したか?」

「した! しました! したから助けて!」

……ふむ。ジャミエーもありじゃね?

 

:  :  :

 

「あー……つっかれた……」

あの後結局エースからマンドラゴラを剥がすのを手伝わされた。ったく、小遣い稼ぎするのは構わないけどもうちょい考えてやれよなぁ。

午後の授業も終えて所用を済ませたあと、節々痛む体を引きずってモストロ・ラウンジへと向かった。

どんなに疲れていようが身体が痛かろうが、一度入れたシフトが無くなることはない。

ラウンジにいたアズールに授業でのことを謝れば、なんだか微妙な顔をされてしまった。

もう怒ってるわけではなさそうだけど……変な顔してたってことは嫌だったんだろう。今度から気を付けないと。

「そーいや、モストロ・ラウンジってテスト期間中どーなんの?」

熱したフライパンにバターを落とす。じゅわ、と溶けだしたバターが焦げる前に、えのき、まいたけ、しめじ、そのほかわからないけどおそらく食用のキノコを加えて手早く炒める。

「テスト期間中はさすがに営業してないですよ。俺達も勉強しなきゃいけないんで」

「アズールその辺うるさそうだもんな」

「当たりです」

へへ、と横で海鮮ピラフを作っているオクタヴィネルの2年生が笑った。

やっぱそうなのか。財布的には痛いが、そも学生の本分は勉強だ。俺もすでに学生と言うには年齢がちょっとアレとはいえ、ここではぴかぴかの新入生。テストは疎かにできない。

キノコがしんなりしてきたのを確認し、準備していた和風だしと醤油を加えて混ぜる。味見用のスプーンの先にソースをつけて味を確かめる……なんか足りないな。塩コショウでも入れとくか。

「ユウさん1年生だから知らないでしょうけど、期末テストで赤点取ったらウィンターホリデー返上で補習なんで気を付けてくださいね」

「うえぇまじか……真面目に勉強しねぇと……」

味を整えて、先に茹でで湯切りまで終わらせたパスタをフライパンに投入する。焦げ付かないように注意しながら全体をよく絡め、火を止める。

「……しっかし、なんでここ、キノコ料理のメニュー多いんだ? 海鮮系はまぁわかるけど……」

「あー……それはその、副寮長が……」

「ジェイドが?」

「部活兼趣味で、よく山へ行かれるんです。その時に採集してきたり、ご自分で育てたものをモストロ・ラウンジに卸してるんです」

「山男だったのかあいつ……」

なんだか想像がつかないな。

出来上がったパスタを器に盛り吐ける。料理は見た目から。客に出して金を取る以上、盛り付け1つも料理としての価値の一部だ。

「ほい、キノコのバター醤油パスタ上がり!次は?」

「キノコのガーリックソテーです」

「またキノコかよォ!!!!」

どんだけキノコ好きな奴が多いんだ!!!

ぐちぐち言っててもしょうがねぇ。今やるべきは口を動かすことではなく手を動かすことだ。

気持ちを切り替えて黙々と手を動かしていく。オクタヴィネルの奴らと話しながら働くのも楽しいけど、頭ん中空っぽにして手を動かす方が時間が早く過ぎる、気がする。

最低限調理ミスやオーダーミスがないようにだけ注意しながら延々料理を続けていれば、あっと言う間にラストオーダーを迎えていた。

「もーやだ。おなかすいた……」

閉店作業を終え、ホールにあるカウンターテーブルに突っ伏した。すでにアズールはVIPルームの方へと引っ込んでいる。

最後に拭いておけば、文句は言わんだろ。

「なぁに~? 小エビちゃん、お腹空いてんの?」

珍しく最後まで残っていたフロイドが声をかけて来る。

悪いなフロイド。おにーさん今日は色々あったから疲れて相手出来ねーんだわ……。

「おう……。あ、もしかして今日フロイドが店閉め当番か? 悪いな、もうちょいしたら復活すると思うから……」

「ちげぇけどぉ。お腹空いてんなら、オレがなんか作ってあげようかぁ?」

「フロイドが?」

料理できるのか、と言いかけて、そういえばアズールがジェイドもフロイドも料理が上手いって言ってたな、と思い出した。

ジェイドはともかく、フロイドは気が向かないと頼んでも作ってくれなさそうだし、いい機会かもしれない。

「フロイドがいいなら、頼もうかな」

「いいよ。小エビちゃんにこの前もらったヤツ美味かったし。今日はトクベツに作ってあげる」

この前の……ああ、タコ飯か。感想効くの忘れてたけど、この様子だとお気に召してくれたようだな。

キッチンの方へ消えていくフロイドを見送って、ぼんやりと大きな水槽を眺める。

硝子の向こう側を悠々と泳ぐ魚を見てもまず調理法を考えてしまうあたり、職業病かもしれない。

「お待たせェ」

「お。ありがとな、フロイド」

しばらくして、フロイドが湯気の立つ皿を持って戻ってきた。

皿に盛られたのはトマトソースのパスタだ。具も最低限のものしかない、賄い飯という言葉にぴったりのものだ。

「いただきます…………うっま!!!」

フォークでパスタを絡め取り口に含む。単純な味なはずなのに、めちゃくちゃ美味い。これはアズールも褒めるはずだ。俺が作ったのより全然美味いじゃん!

「え、やべぇ。フロイド天才かよ。めっちゃうめぇ」

「そぉ~? なんかあったの適当に混ぜただけなんだけど」

「いやほんと、美味いよ。適当にってことは、相当センスと舌がいいんだろうな」

むぅ。ちょっと敗北感。

でもこればっかりは天性の才能だろうし、俺は俺のやり方で研鑽を積むしかない。

「はぁ~……美味い……」

「小エビちゃん大げさ~」

そう言いつつも、フロイドは目を細めて笑った。

体格と言動で誤解しがちだけど、こういう表情を見るとフロイドも年下なんだよなぁと思う。17歳。やべぇ、4つ下じゃん。俺が高校1年生の頃にはまだ小学6年生だ。

「ごちそうさまでした。ありがとな、フロイド」

「…………!?」

直前まで考えていたことが行動に反映されたのか。俺はほぼ無意識にフロイドの頭をぽん、と撫でていた。

…………やっちまったァ。

カウンター席に座っていて、立っているフロイドといつもより目線が近いからか、つい、思わず。

やべぇなぁ……と恐る恐るフロイドの様子を見て見れば、予想外に満更でもない表情をしていた。

聞いたことがある。身長が高い奴は頭を撫でられることに慣れていないと。

……俺はどちらかと言えば壁になりたい派だから、別の奴で想像しよう。

フロイドの頭を撫でて勝ち誇った顔をするリドルと、リドルに撫でられて驚きつつも満更でもないフロイド。

いやぁアリですわ。全然アリ。めっちゃアリ。フロリドだとしてもリドフロだとしても美味しいことには変わりない。

「小エビちゃんおもしれーことすんね」

「いやすまん。ついうっかり」

「別にいーけどぉ。アズールに自慢しちゃお」

ヘラリと笑ってフロイドが皿を回収してキッチンへと向かって行く。

なんでアズールなんだ……?

……もしかして、あれか。アズフロってことか。俺に撫でられたことを自慢して、アズールの嫉妬心を煽ろうって魂胆か。フロイドおそるべし。

「はー……腹も膨れたし、寮に戻って勉強しないと……」

期末テストの範囲はまだ出てないけど、ある程度予想つけて勉強始めておかなきゃな。

脳内で単元の確認をしながらテスト範囲について考えていると、突然背後からがしりと頭を掴まれた。

「へ、」

声を上げる間もなく頭を引かれ、無理やり上を向かされる。

明と暗、二色の金の瞳が俺を見下ろしていた。

「フ、フロ、イド……?」

「ねぇ、小エビちゃん。もしかしてぇ、なんか困ってる事とかあるぅ?」

「は、え……?」

「例えばァ、期末テストとか」

「えっと……まぁ、困ってるというか、勉強しないとなぁとは思ってるけど……」

「じゃあさぁ、アズールに相談してみなよぉ」

にぃ、とフロイドの口が三日月の様につり上がる。特徴的なギザギザの歯がちらりと見えた。

確かにアズールなら頭もいいし、なんならヤマ掛けも得意そうだ。

先生方の出題傾向とかも読みつつ完璧なテスト範囲解答集とかお出ししてきそう。うわ、想像できる。

それがあれば勉強も楽になりそうだ。

「いや、遠慮するよ」

「……なんで?」

「確かにアズールならテスト範囲とか出題傾向とか完全に読んで対策立ててくれそうだけどさぁ。結局それってアズールの力であって、俺の力じゃないだろ。俺、勉強はちゃんと自力で努力して身に付けたいタイプなの」

あと、そろそろ首が痛いんだけど。ぺしりと腕を軽くたたけば、フロイドは眉をひそめて俺の頭を解放した。

しばらく上を向かされていたからか、首が痛い。首がつったらどうしてくれるんだ。

「つまんねぇの」

口を尖らせて、フロイドはそのままモストロ・ラウンジを出て行ってしまった。

なんだったんだ、いったい……?

まぁフロイドの暇つぶしとか気まぐれだろ。それかアズールにわざと頼らせて、さらに貸しを増やしたかったのか。

いずれにせよ俺は勉強は自分の力で頑張りたいタイプだし、関係ない。

……これがグリムとか、エースとかだと乗りそうだなぁ。

注意しておくように言っておくか。

 

 

そんな俺の親切心は、見事に裏切られることになるのだが。

 




ユウ
毎日コツコツ勉強して、テスト前の一夜漬けとかはしないタイプ。
最近アズールへの距離間が近かったなと反省中。気を付けよう。
嫌な予感ほどよく当たる。



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Ep11.童顔系腐男子監督生の期末テストと黄金の契約書【起】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・3章【深海の商人】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

ざざん、ざざんと波の音がする。

透き通った青い海面が太陽の光を浴びてキラキラと光っている。

ぼんやり海を眺めていると、右手をぎゅっと握られた。甘えるように指先を絡めてくる。

これはあの子が俺に構って欲しいときの癖だ。

どうしたの、と聞こうと横を向き――ひゅっと息をのんだ。

俺の隣にいるはずの彼女の顔は、黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰されたかのように真っ黒だった。

「ひっ……」

反射的に手を振り払い、一歩後退る。

これは、誰だ。俺は確かあの子と………………あの子って、誰だっけ?

誰よりも大切で、何よりも慈しんで、この身すべてを掛けて愛していたはずなのに。

その感情は覚えている。けれど、どこを探しても俺の記憶の中から彼女がぽかりと抜け落ちていた。

膝から力が抜ける。その場にへたり込んで、顔が見えない誰かを見上げる。

白魚のような華奢な指が俺に人差し指を突き付けた。

 

「お前のせいだ」

 

:  :  :

 

カリカリと紙の上をペンが走る。

元いた世界と違い万年筆のようなペンで答案用紙に書き込むのは物凄く緊張する。少しの書き間違いも許されない。いや、二重線引っ張ればOKなんだけど。

最後の問題を解き終わったところで、ちらりと教室の壁掛け時計を盗み見る。

長針が指す数字に、あと10分の猶予があることを知る。よし、さっきわかんなくて飛ばしてた問題見直すか。

……。

…………あ、もしかして、こういうことか?

急いで手を動かし、今しがた閃いた解答を書き込む。間に合ってくれよ……!

最後の一文を書き終えた瞬間、がらんがらんと大きく鐘が鳴った。

「そこまでだ仔犬ども。お利口にペンを置いて、答案用紙を前へ回せ」

クルーウェル先生の宣言に、ピンと張りつめた静寂が解かれ、ざわめきが教室内に戻ってきた。

「まに、あ、ったぁ……」

後ろの席から回ってきた答案用紙の上に自分のものを重ねて前の席の奴に渡す。

あー……ようやっと期末が終わったよ。勉強漬けの日々ともこれでおさらばだ。

「このクラスの期末テストはこれで全科目終了だな」

集まった答案用紙をチェックし終えたクルーウェル先生がそう言った途端、歓声が上がる。元気だなー、みんな。お兄さんは久しぶりのテストにもうクタクタだよ。

「おすわり! はしゃぐのはまだ早い。テストの結果が悪かったバッドボーイどもはクリスマス休暇を補習で棒にふることになるから覚悟しておけよ。では、解散」

クリスマス休暇、か。やっぱりこっちにもクリスマスはあるんだな。

…………あの頃は、春休みのヨーロッパ旅行に向けて資金稼ぎのために働いて、それで……たまたま早く上がれた日があって。

最近会えてない寂しいってメッセージがあったから、お詫びも兼ねていいところのケーキ買って会いに行って、それで………。

「ユウ!」

「うわっ……どうしたエース」

「テストが終わったってのに暗い顔してどーしたよ」

「え? いやまぁ、ちょっと……難しい問題いくつかあったなって」

「あーね。でもま、オレは今回自信あるよ」

「僕もだ」

「ぐっふっふ、オレ様今回ばっかりは一味違うんだぞ!」

「へぇ。3人ともすごいじゃん」

エースはともかく、デュースとグリムが胸を張って「自信がある」なんてよっぽど勉強したんだな。

グリムも今日は朝まで勉強してたっぽいし。ようやく真面目になってくれて安心だわ。

「そういや、ユウとグリムって別々に試験受けてるのな」

「うん。魔法使わなきゃいけないテストならともかく、座学なら勉強すれば俺でも出来るし」

「しんっじらんねぇ。自分から受けなくてもいいテスト受けるとか、ユウって実はマゾ?」

「なんでそーなるんだよ。勉強は学生の本分だろ」

茶化すエースの額にデコピンをかまして黙らせる。

誰がマゾだ。俺は自分が必要だと思ったから勉強してテストを受けてるだけだ。

……初回の小テストをグリムだけに任せたらとんでもない点数を叩き出されて、「あっこのままだと俺も馬鹿扱いされる」と危機感を抱いたのが、理由のひとつでもある。

俺とエースのやり取りを横目に荷物をまとめていたデュースが立ち上がった。

「さて、試験も終わったことだし陸上部に顔を出すか」

「オレも久々に思いっきりバスケして身体動かしたい気分。んじゃ、今日はここで解散ってことで」

「んー、俺も一回ボドゲ部に寄ってくかな。グリムも来るか?」

「オレ様夜通し勉強してたから眠くてたまんねぇ。先に帰ってるんだゾ」

「オッケー。道端で力尽きないようにな」

グリム達と別れてボドゲ部の活動場所である教室へと向かう。

期末テストが終わったという解放感からか、廊下を歩く生徒達の話し声の声量はいつもよりも少し大きい。

……なんか、今回のテストやけに自信がある奴らが多いんだな。そんなに簡単なものじゃなかったと思うけど……。

うーん、俺の勉強が足りなかったのか? 今度からは、テスト前はもうちょいシフト減らしてもらうかぁ。

「おっす~」

「ユウ氏おつ~」

ボドゲ部の活動場所として割り当てられた教室の扉を開けば、先に来ていたイデアがスマホから顔を上げた。

「今日は俺らだけ?」

「そうみたい。アズール氏、なんか用事あるからって言ってましたけど」

「ふぅん。ラウンジの方は明日から営業再開だし……まぁ、あいつも寮長やってるんだしそっち方面かもな。ところで今日はなにやる?」

「ちょい待ち。ソシャゲのイベントが今日からなんで走らせて」

「おっいいぞ。じゃあ俺はテストの自己採点でもしてるかな……」

「うわーユウ氏真面目~。そんなキャラでしたっけ?」

「学費出してもらってんのに留年したらやばいだろ」

それに、未だ元の世界に戻る方法は見つかっていない。もし万が一、帰ることが出来ないという結論が出てしまった場合、せめて学と手に職をつけておかないと。

学生であるうちは学園長の庇護の下にいれるけど、卒業したらそういうわけにもいかなくなるだろう。

 

“――――――――。”

 

「――え?」

耳元で誰かに囁かれたような気がして、顔を上げる。周囲をぐるりと見回しても、スマホの画面に視線を落としてゲームに熱中しているイデアしかいない。

「イデア……いま何か言ったか?」

「え? 特になにも……。な、なになにやめてよそういうホラー展開によくありがちなこと言うの! ユウ氏そういうのなんていうかわかります?」

「フラグ立てたとしても回収せずに折るから安心しろよ。……勉強のし過ぎでちょっと疲れてるのかもな」

ぐぐ、と腕を伸ばせば背骨が嫌な音を立てた。くそ、全身痛いな。

自己採点する気分でもなくなったし、イデアもイベントで忙しそうだ。今日はもう帰るかな。

「イデア~。俺やっぱ今日もう帰るわ。イデアはどーする?」

「拙者は……も、もう少し人が減ってからじゃないと寮に戻れないから……」

「あぁ、なるほど……鏡舎までで良ければ送って行ってやろうか?」

引きこもり気味のイデアでも、期末テストだけは出席せざるを得なかったんだろう。で、寮に戻ろうにも人が多い時間は何があるかわからないから戻れない、と。

余程この前カリム達陽キャ集団に捕まったのがトラウマになっているようだ。

「は? 神かよ」

俺の提案にイデアは血色の悪い頬を僅かに上気させて頷く。

毎回いろんな奴ら見て思うけど、どんだけ身体がでかくても態度がでかくても、こいつらはまだまだ未成年の子供なんだよなぁ。

俺も世間様から見れば若輩者だけど、それでもここにいる奴らよりは年上だし。それなら年長者らしく守ったりサポートしてやるのも役割の内だ。

「ほれ行くぞ」

「ま、待って」

イデアを連れて鏡舎へと向かう。イデアは10cm近くでかいってのに俺の背中に隠れようと身を縮こませていて、そっちの方が目立つんじゃ……と思わないでもないが、指摘するのはなんか可哀そうだからやめておいた。

おんぶおばけのイデアを背中に張り付けながら校舎を出てメインストリートを抜け、鏡舎へとたどり着く。

「着いたぞ」

「はぁー……緊張した」

「そんなに緊張しなくても……一応学校の敷地内なんだし」

「ユウ氏は陽キャの皮を被れるからいいかもしれないですけど……生粋の陰キャである拙者にとっては自室以外全部どこもダンジョンと変わらないですし……」

「ダンジョンは言い過ぎじゃ……いや、突然カリムが飛び出してくるのか……」

「ほんと面倒なエンカはごめんだ……」

はぁ、とため息を吐いてイデアは背中を丸めたままイグニハイド寮へと続く鏡へと歩いていく。

「あの……あ、ありがとう、ユウ氏」

「ん? いーって、気にすんな。じゃあな、イデア」

「うん、じゃあ」

ひらりと手を振れば、イデアも控えめに手を振って鏡へと消えていく。

さて、俺も帰るか。

「おや、奇遇じゃな」

「ぉわっ! ……びっくりした……いきなり話しかけるなよ、リリア」

「ふふふ、すまんな」

ちょうど校舎から戻ってきたのか、制服姿のリリアが目を細めて笑っていた。

リリアの制服って、特注なのかね。特にズボンとか他の人達よりもやたら刺繍が多くて豪華だし、腰回りも特殊なつくりになってるっぽいし。

「ユウ。テストも終わったことだし、今夜どうじゃ?」

リリアがぐい、とグラスを傾ける仕草をとる。ううん、魅力的なお誘いだ。

ここしばらくはバイトとテスト勉強とで飲み会を控えていたからな……。

でも空耳が聞こえるくらいには疲れてるみたいだしな……どうしようか……。

「珍しいワインが手に入ってな、これを逃せば次いつ手に入るかわからん代物なんじゃが……」

「行くわ、行く行く。めっちゃ行く。飲みたい!!」

リリアが珍しい、次いつ手に入るかわからないなんて言うってことは相当な代物なんだろ。行かないなんて選択肢はない。我ながら単純だなー。

「では今夜、いつもの時間にな」

「おう!」

帰る前に購買寄ってつまみ用の材料買って帰るか。

 

:  :  :

 

「ぅうえー……」

テスト明けで休みの日だからって、飲み過ぎた。

二日酔いなんて滅多にならないんだけど、今回は高くて珍しいワインということもあり調子に乗って飲み過ぎた。頭は痛いが後悔はない。めっちゃ美味しかったしお土産で3本ほどワインもらってきちゃったしな!

もぞもぞとブランケットから顔を出す。ベッドの横にあるサイドテーブルへと手を伸ばし、目覚まし時計を掴んだ。

……もう10時か。今日は昼からシフトが入ってる。二度寝している暇はなさそうだ。

枕元ではグリムが穏やかな寝息を立てている。テスト明けだし、起こさないでおいてやろう。

「おお、ユウ坊。今日もバイトか?」

「真面目だなぁ~」

「育ち盛りの奴がいるからなー」

オンボロ寮に住み始めの頃こそゴースト達の度重なる悪戯に辟易としたものだけれど、3ヶ月も経てばお互い良好な関係を築くことが出来た。

今では掃除や洗濯、料理みたいな簡単な家事も手伝ってくれるようになって大助かりだ。

俺はバイトでいないことが多いから、その間に家事やグリムの相手をしてくれるのは助かる、本当に助かる。

学園長にも再三強請ってオンボロ寮の中の風呂もキッチンも直してもらった。あとは経年劣化で傷んだ家具の交換くらいだけど、さすがにそこまで甘えることはできない。

グリムのツナ缶代も馬鹿にならないし、ボロボロになった服や靴も買い替えなきゃいけないからしっかり稼がないとな。

「よーしテストも終わったし今日も稼ぐぞ~!」

「頑張れユウ坊~」

「グリ坊はワシらに任せておけ~」

「よっし。じゃあいってきまーす」

ちょっとした荷物と、クリーニングから戻ってきたばかりの服が入った紙袋を持ってオンボロ寮を出る。

ぽかぽかとした日差しが気持ち良い。今日がバイトじゃなかったら、弁当でも作ってグリムと一緒に散歩がてら校内でピクニックしたかったな。

ぼんやりとそんなことを考えながら鏡舎へと足を踏み入れ、オクタヴィネル寮に続く鏡をくぐった。

「おはよ~」

「おはようございます、ユウさん。お早いですね」

更衣室替わりに使わせてもらってる倉庫でコックコートに着替えて、ギャルソンエプロンを巻きながらホールに顔を出せば、すでにジェイドが開店準備を始めていた。

「遅れるよりはいいだろ。今日は確か予約あったよな?」

「ええ、16時から。料理はお任せだそうです」

「お任せってのが一番やりにくいんだよな~……指定してくれれば楽なのに……」

せめて好きなものや嫌いなもの、アレルギーなんかは教えておいてもらえるとやりやすいんだけどなぁ。

ぼやいても仕方がないか、とため息を吐いたところでジェイドが一枚の紙を差し出してきた。紙には今日の予約者グループの情報……主に食の好みが細かく記されている。

「こちらをどうぞ」

「……ジェイド、お前読心術が使えるのか……???」

「まさか。必要になるかと思ってまとめておいたんです」

「そっか。ありがとな!」

……調べたとか情報を集めたとかじゃなくて、まとめておいた、かぁ~~……。

ジェイドの奴どこまで生徒の情報握ってんだろ。

怖いけど気になる。けど、聞いたら後悔する気がする。

君子危うきに近寄らず、だ。ここはさらっと流しておこう。

「そういえば、その荷物は……?」

「え、ああ、そうだ」

ジェイドに指摘されて、片手に紙袋を持っていたことを思い出した。

「アズールに渡しといて欲しいんだ」

「これは……うちの寮服、ですか?」

「ああ。この前ポムフィオーレに届け物する時にアズールにもらったやつなんだけど、」

「…………確か、ユウさんのサイズに合わせて作っていたと記憶していますが」

「なんだ、ジェイドも知ってたのか。着てはみたんだが……ちょっと、な」

ヴィルにもサイズが合っていないと言われたから直そうと思ったんだけど、裾上げならともかく胴回りや腰回りはさすがに自力じゃ直せない。

かといって服を直せる奴にも心当たりはないし、ならいっそアズールに頼んだ方が早いかなって思って持ってきてみたんだけど……。

「……わかりました。アズールにお渡ししておきますね」

「うん、よろしく」

皆まで言う前に、察してくれたのかジェイドが紙袋を受け取った。

やっぱりコイツ読心術が使えるんじゃね? ちょっと、でそこまで察せるのは超能力レベルでは……。

「おはよぉ、小エビちゃん」

「ぐぇッ。フロイド……いきなり圧し掛かってくんな……」

「だぁってぇ、小エビちゃんの頭がちょうどいい位置にあるのがいけないんじゃん」

「俺の! 頭は! ひじ掛けじゃねぇ! この顔面600族! 股下13km!」

「なぁにそれ、悪口のつもり? あは、小エビちゃんのクセに生意気~」

「ひゃめれ!」

後ろから両頬を掴まれ左右にぐにぃと伸ばされる。普通に痛いし何より屈辱だ。

離せ離せと暴れているうちに続々と他のオクタヴィネル寮生が集まり出す。

やべ、仕込みしないと。

フロイドも開店時間が近付いてきているのに気付いたのか、「じゃあねぇ」と俺の両頬を解放し、フラフラとドリンクカウンターの方へ歩いて行った。

くっそー、好き勝手しやがって……。いやまぁ、ほどほどに手加減はしてくれてたと思うけど。フロイドなら俺の頬くらい千切れそうだし。

「じゃあジェイド、予約の客が来たら教えてくれな」

「え、ええ……わかりました」

一瞬遅れて、ジェイドから返答が返ってくる。珍しいこともあるもんだ。

俺が渡した紙袋見て何か考えてたみたいだけど……もしかして、アズールが俺に寮服を渡したことに、嫉妬していた……とか……!?

陸上大会の説明に呼ばれた時も同じことを考えた覚えがある。

やはりジェイ→アズなのでは……!?

なんだよあれから1ヶ月以上経つじゃん進展してないのかよ! アズール気付いてやれよ!! ジェイドが可哀そうだろ!!!

「ジェイド……頑張ろうな……」

「? はい」

俺は応援してるからな、何時でも相談して来いよ……!

心の中でエールを送りながら、キッチンの方へと向かった。

 

:  :  :

 

……なんかここのところ、みんながおかしい。

何がおかしいと言われれば色々あるけれど、まず、グリムとエースが喧嘩しなくなった。

いつもならグリムがエースの菓子パン盗み食いして、怒ったエースがグリムを追い回して最終的に魔法を使った大喧嘩に発展するのに、この1週間それがない。

それになんだかソワソワしてる気がする。クリスマス休暇前だから、ってわけでもなさそうだ。

「なぁデュース、なんかおかしくね?」

「なにがだ?」

「いや、最近さ。グリムとエースが喧嘩してもすぐに自分達からやめるじゃん。なにかあったのかなと思ってさ」

「確かにそうだな……でも特に心当たりなんて……」

「だよなぁ……。……あ、そういえば。デュース最近魔法ミスっても大窯出さなくなったよな」

「えっ!? あ、ああ……そ、そうだな……」

物凄くわかりやすく肩をびくつかせて、デュースが視線を逸らす。

これは……マジでなにかあったな……?

嫌な予感がしてきた。どういうことかと問い詰めようとしたところで、始業の鐘が鳴りクルーウェル先生が教室へと入ってきた。

ほっとしたようにデュースが姿勢を正す。

「よし仔犬ども、授業を始めるぞ。行儀よくおすわりしろ。今日はまず、テストの返却を行う」

クルーウェル先生って生徒の事を仔犬扱いしてくるわ短鞭持ってるわで典型的な「ドSキャラ」だよな……。こういう手合いは攻めと決まっている、が。

個人的には女王様受けも好きなんだよなぁ……。マウント取る受けだぁいすき。

そのうちクルーウェル先生関連のCPについても色々考えたいところだ……。

「次、ユウ!」

「あ、はい」

いつの間にかテスト返却が始まっていたらしい。名前を呼ばれ、席を立つ。

近くでみるとやっぱり顔が良いな。それにめっちゃ良いにおいがする。

年齢的には俺よりちょっと上くらいだと思っているんだけど、数年後自分がこんな大人になれるかと言われればNOと言うしかない。

「こちらの世界の事には不慣れだろうに、よくやったな」

「ありがとうございます」

返された答案用紙には赤ペンで90と書かれている。

よっしゃ、とついガッツポーズを取ってしまう。最後に悩んだ問題に関しては残念ながら不正解だったけど、ここは後からクルーウェル先生に質問しに行こう。

ウキウキとテスト用紙を折りたたみながら席へと戻れば、先に返却が終わっていたグリム達が答案用紙を見せ合っていた。

「やった! 92点!」

「88点! お、俺が80点以上を取れる日がくるなんて……」

「見ろ、ユウ! オレ様85点なんだゾ!」

「お、おお!? みんなすごいな!」

かなり自信があったみたいだし、真面目に努力した結果が出たんだろう。努力が報われている姿を見るのはなんとも心が温まる。

デュースなんか感動のあまり、一人称が俺になってるし。

「ユウは何点だった?」

「俺? 俺も良かったよ」

皆がかなり余裕ありそうだったから自分の勉強が足りないのかとヒヤヒヤしていたけど、多分俺以上にみんな頑張ってたから余裕そうに見えてたんだろうな。

「お前達今回はかなり勉強したようだな。小テストの時に比べてかなり……いや、だいぶ、ちょっとおかしいくらいに平均点がアップしている」

全員分のテストを返却し終わった後、クラスのみんなを褒めようとして、何か思うところがあったのかクルーウェル先生は怪訝そうな顔をして首を傾げた。

とはいっても、魔法でカンニング対策しているとテスト前に宣言もしていた。単に全員が休暇を潰されたくなくて頑張っただけじゃないのか?

「え、おかしいって……どういうこと、先生?」

「魔法薬学のテストは全学年が平均点90点を超えている。魔法史もなかなか良い結果だったとトレイン先生に聞いているぞ」

「へぇ。今回特別に難易度下げたとかじゃないんですよね?」

「もちろん」

「じゃあやっぱみんな頑張ったってことじゃないですか?」

「そうだな……。成績優秀者、上位50名は廊下に名前が貼りだされるから楽しみにしておけよ」

ぱしり、と短鞭を鳴ってテスト返却から通常授業へと切り替わる。

俺が通ってた学校にもあったな、成績上位者の貼り出し。俺は得意不得意がはっきりしていたから総合順位こそ載らなかったけど、科目によっては載ることもあった。

貼り出された順位表の写メを撮って親に見せれば、その月ちょっとだけお小遣い増えたから、結構必死になって勉強してたんだよなぁ。

「……ん?」

なんだか静かだなと思えば、グリムやエース、デュースを始めとしたクラスのほとんどがなぜか青い顔をして黙り込んでいた。

「……グリム? どうした、変なものでも食って腹が痛いのか?」

「ふにゃッ!? べ、別になんでもないんだゾ……」

「それならいいけど……」

いつも騒がしい奴らが静かだとなんだか妙な気分になる。

……授業開始前にデュースに対して感じた嫌な予感と同じ予感が、むくむくと湧き上がってきた。

こ、これ絶対なんかあるやつだ……! 間違いない。

せめて俺は巻き込まないでくれよ、と祈りながらテキストを開いた。

 

:  :  :

 

ホームルームの終了を知らせる鐘が鳴った途端、クラスの生徒達が我先に教室を飛び出し廊下へと駆け出して行った。

あまりの勢いに、クルーウェル先生も珍しく驚いたような表情をしている。

「……ユウ、今日の放課後は何かあったか?」

「いえ、何もなかったと……あっ、期末テストの順位発表はありますね」

「ああ、それがあったか……しかし、何をそう急ぐ必要が……?」

「さぁ……?」

グリムもエースもデュースも荷物ほっぽり出してるし。しゃーねぇな、持ってってやるか。他の奴らは知らん。

3人分の荷物をまとめて持ち、教室を出る。結構重いな……。

「ユウ」

「ん? ああ、ジャック。B組もホームルーム終わったのか」

「おお。……その荷物、どうしたんだ?」

「三馬鹿が置いていったやつ。順位表のところにいるだろうから、持って行ってやろうと思って」

「相変わらずバカみてぇにお人よしだな」

「友達思いって言ってくれよ……お?」

呆れたような視線を向けてきたジャックが、俺の腕の中にある荷物をひょいと持ち上げる。

「なになにジャック、優しいじゃん」

「大荷物抱えたままフラフラ歩いて、他の奴にぶつかったら迷惑だろうが」

「あー、まぁそうね」

そこジャックが気にするところじゃなくない……? こいつほんといい奴だな。

世が世ならツンデレ系ヒロインとして一世を風靡してるぞ。

その場合の相手役は誰だ……? やっぱレオナか?

レオジャク、うん。ありだ。めっちゃ見たい。

「うわ……」

鏡の間の前の廊下は人でごった返している。麓の街のベーカリーが来ている時の食堂でもここまでじゃない。あまりの人の数に俺もジャックもドン引きしていた。

「な、なんなんだこりゃあ……」

「さ、さぁ……?」

何かおかしなことになってるのはわかる。朝から感じていた嫌な予感もずっとしている。

だけど、それがどういう理由かがさっぱりわからない。

「グリム達はどこだ?」

「あっちにいるぞ」

ぐい、とジャックが俺の袖を引く。文字通り頭ひとつ飛び抜けた身長のジャックはすぐに3人を見つけられたらしい。

人波を掻き分けてグリム達がいる方へと向かう。

途中途中絶望した悲鳴のようなものを上げている奴らがいて、ますます困惑した。

赤点とったっていうんならまだしも、50位以内に入らなかったってだけで普通あんな反応するか?

やっとのことで3人のところに辿り着く。グリム達は驚愕の表情で貼り出されたもの――1年生の順位表を見つめていた。

俺とジャックもつられて順位表を見て、目を剥いた。

「な、なんだこれ!?」

成績優秀者のうち、上位30人以上が500点満点。あり得ないだろ、こんなの。

1人か2人ならまだわかる。うちの高校にもそういうやつらはいた。

けど、30人以上はいくらナイトレイブンカレッジが優秀な魔法士を養成する学校だとしてもおかしい。

しかし、結果は結果。おかしいとはいえ現実は500点満点が大量に出ている。

「…………オレ様、50位以内に入ってねーと『契約違反』になっちまうんだゾ!」

「……は? グリムなに言って……」

「え……『契約』って、グリム、まさかお前……」

「エース、その顔はお前ももしかして……」

「え、え。なに、お前らどーしたんだよ……」

グリムの発言を切っ掛けに、グリム▪エース▪デュースが互いに顔を見合わせる。

その瞬間、ぽん、とポップコーンが弾けるような音が響き渡った。

それは目の前にいるエースたちだけではなく、周囲……主に悲壮な顔で順位表を見詰めていた生徒たちからも同じような音がしている。

「え、な……。…………お前ら、それ、なに」

グリム達の頭から、なんか生えてた。

水色の根元から上に上がるにつれ紫色に変化した茎。てっぺんには短い触手のようなものが無数についたそれは、どこからどう見ても、イソギンチャクだ。

「ふな゛っ!? な、なんじゃこりゃ~~!? 頭にイソギンチャクが生えた!」

恐る恐る自らの頭の上を触ったグリムが悲鳴を上げる。

遅れて自分達にも生えてることに気付いたのか、周囲も騒ぎだした。

「おいユウ、これはいったい……」

「さ、さあ……?」

俺にも何がなんだかさっぱりわからない。わからないが、ずっと感じていた嫌な予感はまだまだ継続中で。

おそらくこれだけじゃ終わらないんだろうな、という諦めにも似た気持ちでいっぱいだ。

「ユウ、ジャック、お前達も契約を……って、イソギンチャクが生えてない、だと!?」

「ユウはともかく、ジャックは見た目のわりに超真面目クンかよ!」

「はあ? 何言ってんださっきから。っつーか、お前ら頭のソレ、なんなんだ?」

「何をどーすればそんな愉快な見た目になるんだよ」

ていうか、ソレ、形的にこう……卑猥なブツに見えなくもないぞ。修正入れなくて大丈夫か??

「コレは、その……ふな゛っ!? なんだぁ!?」

躊躇いながらもグリムが口を開いたその時。頭の上のイソギンチャクがピクピクと動いたかと思うと、まるでなにかに操られるかのようにグリムが歩き出した。

……グリムだけじゃない。エースもデュースも、周りにいたイソギンチャクが生えている生徒全員が同じ方向へと引っ張られるようにして歩き出す。

…………なんかこういうゲームあったな、昔。頭から花が生えた謎の生き物操るやつ。

「なんて間抜けな絵面だ……」

「とりあえず1枚撮っとくか。ケイトに見せてやろ」

ぞろぞろと歩いていくイソギンチャク集団を写真におさめる。なんとも汚い絵面だ。笑えはするけどマジカメ映えはしなさそうだな。

ケイトと、ついでにリドルとトレイとラギーにそれぞれ今しがた撮った写真を送信する。

タイトルは『イソギンチャク集団の大行進』かな。

「さて、じゃあ追いかけるか。行くぞジャックー」

「は? なんで俺まで。俺には関係ないだろ」

「乗りかかった船って言うだろ。それともなんだ。ジャック、お前もしかして怖いのか?」

「……はぁ?」

「いやいや。正体不明の現象に関わるのが怖いんなら仕方がない。怖がりなジャックくんがいなくても、俺1人で行くさ」

「誰が臆病もんだって?」

「さあ? 誰だろうな?」

にぃ、と口の端を吊り上げるように笑って見せれば、ジャックは苦い顔でガシガシと頭を掻いたあとため息を吐いた。

……自分で煽っといてなんだが、これだけでこっちの思惑に乗ってくれるなんてちょっと心配になる。

ジャック、変な奴に騙されそうになったら俺に言うんだぞ。

「……チッ、お前もだんだんこの学園の空気に染まって来たな」

「お褒めの言葉ありがとう」

「誉めてねぇよ。仕方ねぇ。少しだけなら付き合ってやる」

「さっすがジャック。頼りにしてるぜ」

「うるせぇ。俺はこの変な現象の原因が何か気になるだけだ。別にお前のためでもアイツらのためでもねぇからな」

くれぐれも勘違いすんなよ、とジャックが釘を刺すように言ってくる。

だからさぁ、なんでお前はそう、一昔前のツンデレヒロインムーヴかましてくんだ……。俺がやれやれ系主人公だったらラブコメ始まってたぞ。

そういうのはレオナとかラギーとかヴィルとかにやってくれ。俺は通行人Aでいい。

「はいはい、わかってるよ。じゃあ行くぞ」

 

:  :  :

 

「いやだ!! ぜっっっっっっっったいに行かない!!」

ぞろぞろと歩いていくイソギンチャク集団を追いかけながら、ハーメルンの笛吹男の童話みたいだなぁ(笑) とか考えていた。

その考えは、奴らの目的地がわかった瞬間、粉々に砕け散ったが。

必死の形相でこれ以上進むのを拒否する俺に、ジャックが怪訝そうな表情を浮かべた。

「何言ってんだ。行くぞって言ったのはテメェだろうが」

「ああ言ったよ! 言ったさ!! その点については俺が悪かったと思ってる。ごめんな!!」

あの時は割と軽い気持ちだった。どうせその内巻き込まれるんだから、早い段階から関わっておいた方が良いだろと思ってたんだ。

けど、行き先がわかった以上関わりたくない気持ちしかない。マジで何やらかしてくれたんだあの馬鹿どもは!!

「悪いと思ってんならとっとと行くぞ」

「いぃやだぁ~~~……」

悲しいかな。体格も腕力も、俺とジャックの間にある差は絶望的だ。俺の抵抗なんてジャックにしたら子供とそう変わらないだろう。

ジャックは俺を引きずりながらイソギンチャク集団が吸い込まれていくもの――各寮に繋がる鏡舎の鏡のうちの1枚へと歩を進める。

その鏡には見覚えがある。ありすぎる。なんならほぼ毎日のように通っていると言っても過言じゃない。

タコの足とウツボらしき魚の意匠が施された鏡。潜り抜けて辿り着く先は水中にある、オクタヴィネル寮だ。

「マジかよ! すげぇな、ナイトレイブンカレッジって!」

こぽこぽと大小の泡が浮かんでは弾ける。サバナクローとは真逆の景色に、ジャックがふかふかの尻尾を振って歓声を上げた。

うーん反応が初々しくてかわいい。普段は硬派を気取っているジャックも、珍しい景色には年相応の反応を見せて大変微笑ましいなぁ、ははは。

……ここまで来たらもう腹をくくるしかない、か。

「……ゴホン。仮にも別の寮の縄張りに入るんだ。お前も浮かれてねぇで、用心しろよ」

「残念ながら浮かれてるのはお前だけだぞ。俺はもうここ慣れたからな」

「なんだ、来たことあんのか?」

「来たことあるっていうか、ここ、バイト先だから……」

イソギンチャク集団を追い抜くように足早に進んで行く。どこに向かっているか、誰に会いに行くかなんて予想できてるからな。

生徒達が口々に叫んでいる名前は、よく慣れ親しんだもの。アイツがいる場所なんてひとつしかない。

予想通り、イソギンチャク集団は俺のバイト先であるモストロ・ラウンジに入っていく。

胃が痛くて吐きそうだ。

「なんだこの場所は? サ店みてぇな……」

「モストロ・ラウンジ。オクタヴィネル寮長を中心に運営されてるカフェだよ」

「まさかバイト先って、ここか?」

「おう……」

普段は落ち着いたジャズが流れているホールも、今は頭からイソギンチャクを生やした生徒達のざわめき声だけしか聞こえない。

200人近くいるだろう。いったいこんだけ集めて、何しようってんだアイツは……。

グリム達を探して辺りを見回しているとと、ぱちんと指が鳴った。それを合図にひとつを残してホールの照明が全て落とされる。

「これはこれは。成績優秀者上位50名からあぶれた哀れなみなさん」

靴音を鳴らして、まるでスポットライトのようになった照明の下へ1人の男が姿を現した。芝居がかった口調は聞き慣れず、別の誰かである、と錯覚しそうだ。

でも、俺がこの声を聞き間違えることはない。

アズールは口こそ微笑みの形を作っていても、集まった生徒達を品定めするかのような目で見下している。

「ようこそ。『モストロ・ラウンジへ』。みなさんは僕のことはよ~くご存じでしょうが、改めて自己紹介を。僕は、アズール・アーシェングロット。オクタヴィネル寮の寮長であり、カフェ『モストロ・ラウンジ』の支配人であり、そして……」

一息間を置くと、先ほどよりも凶悪な、見下していることを隠そうともしない笑みを浮かべた。

「今日から君たちの主人になる男です」

「何言ってんだ?」

「……なんだって?」

主人って……いつの間にそういうプレイに目覚めたアズール……。お前もクルーウェル先生のように短鞭持って躾がどうとか言い出すのか……?

……似合うなぁ。

「君たちは僕と勝負をして、負けた。契約に基づき、これから卒業までの間、僕の下僕として身を粉にして働いてもらいます」

……なるほどな。なんとなーく、うっすらだけど事情が見えてきた気がする。

契約内容と勝負の勝敗に関する報酬のいかんによっては、止めに入った方がいいのか……?

「ちょっと待った! こんなん詐欺だろ!」

「たしか君は、1年生のエース・トラッポラさんでしたね。詐欺だなんて人聞きの悪い。僕は契約通り君に完璧なテスト対策ノートを渡したはずですよ」

………………はぁ?

「しっかりこなせば、90点以上は取れたはずだ」

「ああ。確かに取れたぜ92点!」

「…………」

「お、おい、ユウ……。その、大丈夫か?」

「なにが」

「……顔。ひでえ面してんぞ」

ジャックが小声で話しかけてきた。この状況で俺に話しかけてくるくらいだ、今の自分は相当ひどい顔をしているんだろう。

「……別に、大丈夫」

エースがアズールに異議を申し立てたのをきっかけにグリムやデュース、他の生徒達が文句を言い始める。

イライラする。どいつもこいつも自分勝手なことばかり。

「さっきから黙って聞いてりゃ……どいつもこいつも気に入らねぇ!!!」

ジャックも似たような気持ちだったのか、我慢できずに群衆の輪から飛び出していく。

まさかジャックが追いかけてきているとは思わなかったんだろう。グリム達がばつの悪そうな顔をした。

「ん? 君は……頭にイソギンチャクがついていませんね。今はスタッフ・ミーティング中です。部外者はご遠慮いただけますか?」

ジャックが怒りで喉を鳴らし、アズールに食って掛かった。

マジフト大会の時と同じく、自分の力を試したいっていう意識が高くて、それを邪魔する奴に対して怒りを露わにしている。

「ユウ、ジャック、オレ様達を助けにきてくれたんだゾ!?」

ジャックと、そして俺を目ざとく発見したグリムが歓喜の声を上げる。

深い深いため息を吐く。

「ジャック―――帰るぞ」

「ユウ!?」

信じられない、と言った顔を向けてくるグリムやエース、デュースをぎろりと睨みつける。

「今の内容で、なんで助けてもらえると思ったんだ? なぁ、グリム?」

「え、だって……ユウはオレ様達を追いかけてきたんじゃ……」

「そうだな。まーーたなんか変なことに巻き込まれてるんじゃねーかと思って追いかけてきたよ。それが、なんだ? 自分が楽したいが為に他人の力に飛びついて、自分の確認不足があったにも関わらずクリアできなかったら文句を言って約束事を反故にしようってか?」

殺気とはまた別の意味で胃がキリキリする。吐きそうだ。

「全員馬鹿かよ。ああ、馬鹿の集まりだったな。悪い悪い。でもな、俺は自助努力もしねぇ、楽ばかりしたがる馬鹿共を助けたがるほどお人よしでもねぇんだわ。わかったら反省して約束通り働け馬鹿野郎」

そもそも俺は、テスト期間の最中に注意したはずだ。うまい話には気をつけろよ、オクタヴィネルの奴らに話しかけられても安易に乗るなよ、と。

それを無視して相談もせず楽するためだけに契約して、失敗したのは自分だ。つまり自己責任。俺が同行してやる義理はない。

今回ばかりは愛想が尽きた。

「アズール、邪魔して悪かったな。それじゃ」

下がる気のないジャックを残し、イソギンチャク集団をかき分けてモストロ・ラウンジの出入り口へと向かう。後ろでぎゃーぎゃー騒ぐ声がするが完全シャットダウンだ。

モストロ・ラウンジを出たところで、馴染みのオクタヴィネル寮の2年生と遭遇した。

ジャックに指摘された通り、ひどい顔をしているのであろう、オクタヴィネル寮生は俺の顔を見るなり小さく悲鳴を上げた。

「ああ……悪い。ちょっと、イラついてて」

「い、いえ……」

「荷物だけ寮に置いてくるわ。今日はなんか特別なことはなかったよな?」

「はい。……あの、えぇと……その。ユウさん」

「? なに?」

「……これを」

差し出された手紙を素直に受け取り、開封する。

便箋にはいくつかの場所と、報酬、そしてその場所の責任者の名前。

それと——――。

「………………、え?」

新しいバイトを紹介するから、そちらへ行ってほしいという旨。

もうモストロ・ラウンジには来なくていいという、簡素な解雇通知。

「ど、え、え……?」

訳が分からない。俺はここを辞めたいと言ったことなんてない。ここが、俺の唯一の職場であり、数少ない居場所のひとつだと思っていた。

オクタヴィネル寮生の方へと顔を向ければ、彼は手紙の内容を知っていたのであろう、気まずそうに目を逸らされた。

すみません、と申し訳なさそうに謝り去って行く背中を見つめながら、俺はしばらくその場所から動けずにいた。

 




ユウ
各方面からの予想だにしない出来事にショックを受けている。
勉強は自分の力でやりたいタイプ。自分で努力せず文句を言う人間も嫌い。
最近胃が痛い。


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Ep12.童顔系腐男子監督生の期末テストと黄金の契約書【承】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・3章【深海の商人】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



「……ウ、ユウ!」

身体を揺すぶられて、ハッと我に返る。目の前には心配そうに眉を下げたジャックがいた。

「ジャ、ジャック……?」

「変なところで突っ立てるんじゃねぇよ。……まさか、オクタヴィネルの奴らになにかされたのか?」

「いや……そうじゃない。ちょっと、考え事してて。他の奴らが出てくる前に帰ろうぜ」

「……ああ」

来た道を戻って、オクタヴィネル寮から出る。

……あの手紙が、何かの間違いではないとするのであれば。俺はもうここに来ることはないんだろう。そう思うとツンと鼻の奥が痛くなった。

多分、イソギンチャク集団と言う名の下僕がたくさん手に入ったから、必要のない人員を切ることにした。そしてそれが俺だったという話なんだろう。

自惚れていたんだろうか。俺は……自分のことを、モストロ・ラウンジに必要な人間だと思っていた。

けど実際は、そんなことなくて。

胃がぐるぐるする。歩いている最中、チラチラとジャックがこちらを伺っているのがわかったけど、申し訳ないがおしゃべりをする余裕がなかった。

行よりも長く感じた廊下を歩ききり、鏡舎へと繋がる鏡をくぐる。ほんの少しだけ、息がしやすくなった気がする。

それじゃあ、と適当な別れの言葉を告げて鏡舎を出る。が、何故かジャックはサバナクロー寮の鏡の方へは行かず、俺のあとを付いて来る。

「ジャック? サバナクロー寮に戻んないのか?」

「オンボロ寮まで送ってく」

「え」

え、なに……この突然のデレ。俺いつの間にジャックのカノジョになったんだ……?

乙女ゲームを始めた覚えはないぞ???

「こ、これがほんとの送り狼……!」

「何言ってんだお前」

「いって! 叩かなくてもいいだろ!」

「うるせぇ! アホみたいなこと言ってる暇があるならさっさと行くぞ!」

「はいはい。……なぁジャック」

「なんだよ」

「俺、そんなひどい顔してる?」

送り狼発言をしたとき、ジャックは一瞬だけ、ほっとしたような安心した表情を見せた。

ジャックにも悟られてしまうほど、わかりやすい表情をしているんだろう。

「別に。……勘違いするなよ。まだ、その……寮に戻るには早い時間だと思っただけだ」

「……悪いな」

ふん、とジャックが鼻を鳴らして歩き出す。

本当にいい奴だよ、お前は。グリム達に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。……今度やろうかな。

心配ばかりかけてもいられない。なるべく普段通りの表情を装ってジャックと話しながら、オンボロ寮へと戻っていく。

「あっ! そうだエースとデュースの荷物!」

「それなら俺が寮に戻る時にハーツラビュル寮に寄って行ってやるよ」

「うわーまじで? ありがとな、ジャック。そうだ、せっかくだし茶でも飲んでけよ。この前いい茶葉もらったんだ。それに、あの馬鹿があのあとどうなったのか聞いておきたいしな」

「それなら……邪魔するか」

ほんの少しためらった後、ジャックが頷く。茶はいいとして、茶菓子はなんかあったかな……この前もらったクッキーでいいか。

なんて考えているうちにオンボロ寮へとたどり着く。ぎぃ、と蝶番が軋む音を立てて扉が開いた。

「おかえりユウ坊。大荷物だなぁ」

「ただいま~。客が来てるんだ、悪いけどお湯だけ沸かしてくんない?」

「おお、客か! いつもの奴らじゃないんだな。ゆっくりしていけよ」

出迎えてくれたゴーストの1人にお茶の準備を頼む。入れよ、とジャックを招き入れようと振り向けば、信じられないようなものを見る目で見られていた。

「お前、あれゴーストだろ……」

「え。うん、そうだけど」

「確かあいつら、オンボロ寮に勝手に住み着いた悪戯好きのゴーストって聞いてたんだが……」

「その通りだな。けど、仲良くなれば気のいい奴らばっかだぜ?」

「変な奴……」

「うるせっ」

ジャックを談話室に案内して待っててもらい、自分とグリムの荷物を自室に置いた後キッチンへ向かう。

やかんのお湯が沸騰したのを見計らって火を止め、用意したポットにお湯を注いで一度温めておく。

その間にもう一度夜間を火にかけて、棚にしまっておいた紅茶缶を取り出す。今日の茶葉はラ・フランスのフレーバーティーだ。

ポットの中のお湯を捨てて、ティースプーンで2杯分茶葉をポットに入れたあと、もう一度沸騰したお湯を勢いよく注ぎ込んで、すぐに蓋をしめる。蒸らし時間は……3分か。

茶菓子は……いいやめんどくさい。相手ジャックだし、箱のまま出そう。

ポットとクッキーの箱とティーセットをトレーに乗せて談話室へと戻った。

「お待たせ」

「その匂い……洋梨か?」

「おっご名答。今日はラ・フランスのフレーバーティーにしてみたんだ」

蓋を開けてティースプーンでくるりと中身をひとまぜし、茶漉しを使ってティーカップに注いでいく。

なるほど、ジャックはラ・フランス……というより洋梨が好きなのか。顔こそむすっとしているが、耳がぴくぴくとせわしなく動いているし、尻尾はぱたぱたと左右に揺れている。実にわかりやすい。

「ほい。熱いから気をつけろよ」

「お、おう。いただきます」

「どーぞ召し上がれ。あ、クッキー面倒だったからそのまま持ってきた。適当に出して食っていいよ」

「……これ、箱に『グリム』って書いてねぇか?」

「しっらねー。食おうぜ」

箱を乱暴に開封してクッキーを取り出し、一枚つまんでかじりつく。うん、うめぇな。

「―――それで? あの馬鹿どもあの後どうしたんだよ?」

「実力行使で契約書を破るって話になったんだが……あのアズールって奴も、あとから出てきた奴らも強くてな。一度引くことにした」

後から出てきた奴ら……十中八九ジェイドとフロイドだろう。あの3人が揃ったなら、イソギンチャク集団がどれだけの数がいようとまず負けることはないだろう。

引くと判断したジャックは賢明だ。

「しっかし……あんだけの人数がテストで良い点取るためにアズールと契約するとは……」

「それでまんまと騙された、ってわけか。上位50位に入ることが条件だったようだが、あれだけ大量の生徒と契約していればほとんどの契約者が50位からあぶれることになる。最初からアズールはそれを狙ってたってことか」

「だろうな……。これ、おそらく初犯じゃねー気がする。去年とか、似たようなことやってたんじゃねぇ?」

「その通り!!!」

「ウワッ!?!?!」

突然隣で大声を出され、びくりと肩をすくめる。いつの間にか、俺の隣に学園長が座ってクッキーを食べていた。

いや、いつから居た? というか勝手に入ってくるなよ!!

「はぁー……。今年もアーシェングロットくんの”商売”を止めることができませんでした」

わざとらしいため息を吐きながら学園長はちらりと伺うように俺に視線を向けた。

あっ(察し)。これ絶対まーーーた解決してくれとか言われるやつだ。

本題に入る前にゴースト達に頼んで追い出してもらうか……。

どうにかして追い出してやろうと算段を着けていたのだが、大変残念なことにジャックが学園長の話を聞く姿勢に入ってしまった。

ジャックごと追い出すわけにもいかない。……やっぱり聞くしかないのか。

:  :  : 

「……と、いうわけでユウくん。こんなことはやめるよう、アーシェングロットくんを説得してくれませんか?」

あったまいてぇ……。

学園長から聞かされた話は俺の予想を超えるものだった。

ア、アズールあいつ……。なんで生徒が学園内でカフェなんか運営できるのかと思いきや生徒人質に取って脅迫と言う名の交渉してたのか……。

けど、まぁ……。

「お断りします。騙される馬鹿共が悪い」

「そう言わずに……」

「いやだって、最初から自分でちゃんとやってりゃ問題なんて起きなかったはずだろ。それを自分が楽するためだけに怪しい取引に手を出して、結果痛い目見てる。自業自得と呼ばずに何と言えと?」

「まぁそれはそうなんですが」

生徒達が馬鹿で自業自得である、というのは学園長も認めているらしい。教育者がそれでいいのかと思わなくもないが、事実だからしょうがないわな。

「……そういえば、最近。やけに運動着やら教科書を買い替えてますよね、君」

「それが、なにか? グリムが部屋でうっかり炎を吐くことがあるから、ボロボロになりやすいんですよ」

「学用品と言うのは高いでしょう。この件、引き受けてくださるのであれば私の方で工面して差し上げますよ」

「……」

確かに学園長の言う通り、指定の運動着だの教科書だのは高い。下手したら毎月のグリムの食費よりも嵩んでいる。そこを援助してもらえるのは、正直ありがたい。

「……わかりました。やれるだけはやってみますよ」

「そうですか、引き受けてくれますか! さすがユウくん、私が見込んだ監督生です!」

「し、白々しい……」

「なんのことでしょうねぇ。じゃ、私は忙しいのでこれで失礼。くれぐれも頼みましたよ」

ばさりとマントを翻し、学園長は颯爽と出口へ向かって行く。

ジャックに「玄関まで送ってくる」と断りを入れてその背を追いかけた。

「学園長、あの」

「運動着や教科書の件、まだ他の人には言っていませんよ。……いいんですね?」

「! ……ええ、まぁ。自分でなんとかできるんで」

「それは結構。しかし……君はもう少し、他人を頼る方法を覚えてもいいのでは?」

「今でも十分、皆には頼らせてもらってるし助けてももらってますよ」

「……そうですか。では、私はこれで」

バタン、と扉が閉まる。あーあ、めんどくさいこと引き受けちゃったなぁ。

1人でやるのはかったるいし、ジャック一緒に付き合ってくんねぇかな。

談話室に戻って冷めた紅茶を流し込む。

「学園長、本当に神出鬼没だな。……で、具体的にどうするつもりなんだ?」

「どうする、っつてもなぁ……」

「説得して素直に止めるような奴じゃないだろ、あれ」

「ジャックだいせいかーい。花丸をやろう。うーん……まずはアズールと、その周辺に関する情報集めでもしてみるか」

アズールを止められるような情報はないか、と思い出そうとして。俺自身、アズールの事をそこまでよく知らないことに気付かされた。

2年生で同じボードゲーム部でオクタヴィネルの寮長で、モストロ・ラウンジの支配人。そんな肩書ばかりしか知らない。

プライドが高いとかああ見えて努力家であるとか、意外と表情が豊かであるってことも知ってはいるが、今回の件にはあまり関係はないし。

「ああ。狩りの基本は相手をよく知るところから、だ。お前、わかってんじゃねーか」

「それほどでも。けど時間かかるかもな、これ」

「いいんじゃねぇか? エース達も少しくらい痛い目見て反省した方がいいしな」

「それな。……うん、よし。アズールの説得はしてみる。けど、生徒の解放って言うよりは学園長脅さないでやってくれって方向にしよう」

「それでもしあいつらが助けを求めてきたらどうすんだよ」

「その時は『俺達が悪かったです二度としません。助けてください』って土下座して頼み込んでこない限りはほっとく」

「お前……本当にこの学校の生徒らしくなってきたな……」

「そりゃあまぁ、通ってるからな」

さて、と立ち上がった。見ればジャックのティーカップの中も空っぽになっている。

「ジャック。おかわり、いるか?」

「いや。そろそろ夕方のロードワークの時間だからな」

「ストイックだねー。じゃあまた明日」

「おう」

ジャックを玄関まで見送り、大きく息を吐く。立っているのも億劫すぎて壁に背中をつけてズルズルと座り込んだ。

グリム達の件もモストロ・ラウンジの件も、想像していたよりダメージがきっつい。

俺の注意を聞いて、ちゃんと勉強したからこそあの点数が取れたんだと思って嬉しかった。

モストロ・ラウンジにとって俺はなくてはならない存在なんだと思ってた。

でもどちらも勝手な期待でしかなかった。

わかっている。信じて期待した俺が悪い。ラギーの時に痛感したじゃないか。

「……それでも」

それでも俺は、信じていたかった。

 

:  :  :

 

「よう」

「お、おはよう……?」

朝早くに来客を告げるチャイムが鳴った。こんな早くに誰だと思って出てみれば、制服姿のジャックが立っているではないか。

お、お迎えイベントが発生してる……? 昨日もそうだけど、俺いつの間にジャックルートに入っていたんだろうか。この世界は実は乙女ゲームだった……?

「えーっとぉ……?」

「勘違いするなよ。学園長直々の命令だから、遅れたりしたらまずいと思って迎えに来ただけだ。別にお前の様子が心配だったからとかじゃねぇからな」

あっ違うわこれ。乙女ゲームじゃなくてギャルゲーだ。ツンデレ幼馴染みヒロインが迎えに来てくれるやつ。

つまりこれはときめきサバナメモリアルというわけだ。ぜひ主人公は俺以外でお願いしたい。俺は実況生配信するから。

「グリムはどうしたんだ?」

「まだ寝てる。昨日も夜遅くまで馬車馬……馬車猫? の如く働かされてたみたいだな」

俺が普段モストロ・ラウンジから帰って来る時よりも遅くに戻って来て、そのままベッドに直行した姿はなかなか哀れだったが、もとはと言えば自分が蒔いた種だ。しばらくはほっておこう。

せめて俺に一言相談してくれればよかったのに。

「サバナクローのイソギンチャク生えてた奴らも同じだな」

「へぇ、サバナクローもいたのか……レオナやラギーの反応は?」

「すげぇ呆れてたな」

「まぁあの2人ならそうか……。……エースとデュース、今日は首輪嵌めて来るかもな」

「首輪? …………ああ、リドル先輩か」

厳格で真面目なリドルのことだ。エース達がしでかしたことを知ったらそれはもう烈火の如く怒るだろう。隠そうにも、頭のイソギンチャクが奴らの罪の象徴だ。

「俺まだ準備途中なんだけど、よかったら談話室入って待っててよ」

「悪いな」

「いいえー。そうだ、ジャック朝食まだだよな?」

「ああ」

「じゃあ食べてけよ」

元々今日は学校の大食堂じゃなくオンボロ寮の方で食べるつもりだったし、グリムの分やゴーストのおやっさん達の分もある。今更1人くらい増えたところで手間は変わらない。

……ゴーストが食べたものってどこに行くんだろうな?

「大食堂程ではないかもしれないけど、味にはそこそこ自信があるぜ?」

「いや、さすがにそこまで世話になるわけには……」

「デザートに洋梨のゼリー用意してんだけど」

洋梨、と言った瞬間頭の上の狼耳がピンと立ち、ぶおんと音が鳴るほどふさふさの尻尾が大きく揺れた。顔は仏頂面で感情が読みにくいけど、尻尾と耳がものすごく分かりやすすぎる。

「残念だなーせっかく用意したのになー」

「……そこまで言うならしょうがねぇ。食っていってやるよ」

勘違いするなよ、と牙を剥く姿さえ今の俺にとっては癒しだ。

ジャックを談話室に案内した後オンボロ寮のキッチンへと向かう。

何が良いかな。俺達は適当でもいいけど今日はジャックというお客さんもいる事だし、少しくらい朝から豪勢にいってもいいか。

冷蔵庫から鶏の胸肉、ベーコン、トマト、レタス、卵を取り出す。鍋に鶏肉とたっぷりの水を入れて火にかける。

鍋が沸騰するまでの間、トマトを輪切りにしレタスは洗って一口大にちぎる。ついでにトースターに食パンを2枚セットしてレバーを下げておく。

2口コンロありがとう、とキッチンを改修してくれた学園長に感謝しながら空いたコンロの上にフライパンを置いて火にかけ、温まって来たところでサラダ油を引き卵をひとつ割り入れる。

透明な白身部分がうっすら白く変わってきた辺りで黄身を潰して広げておく。そしてその上にベーコンを2枚ほど乗せて塩コショウを振り、フライ返しでぐるんっとひっくり返した。と、同時にカシャンと音を立ててトースターから食パンが飛び出る。パンは後回しだ。

フライパンの中に少量の水を入れて蓋をし、少しの間蒸し焼きにしておく。

その間に沸騰した鍋の火を中火にしておき、更に茹でる。フライパンの方は蓋を外して再びフライ返しでひっくり返して焼き色を付けた後、皿に移す。

まだ鍋の方は時間があるな。トースターから焼けた食パンを抜き取りまた2枚入れてレバーを下げたところでちょうど鶏肉が茹で上がる時間だ。火を止めて鶏肉を取り出し、スライスしていく。

「おい」

「あれ、ジャック。どうかしたのか?」

「じっと待ってるのは性に合わねぇ。何か出来る事はあるか?」

「は? いい子かよ……。じゃあ、俺が指示するから挟んでってもらっていい?」

「おう」

冷蔵庫からバターとマヨネーズ、ケチャップを取り出して作業台の上に置き、その横に出来上がった具材とパンを並べる。

「じゃあまずはパンにバター塗って、それからマヨネーズ。出来たらそっちの……ベーコンエッグ乗っけて」

「……よし、出来たぞ」

「うんじゃあ次、その上からケチャップ適量かけて。濃い目の味が食べたいなら多めにかけた方が良いよ」

「わかった」

ジャックに指示を出しながら追加のベーコンエッグと食パンを焼いていく。

「それが終わったら新しい食パンを上に乗せて、さっきと同じくバターとマヨネーズ。で、終わったらレタス、トマト、鶏肉の順番に乗っけてって」

「塗るのは片面だけでいいのか?」

「うん。で、乗せ終わったら何も塗ってない食パンを置いて、軽く上から押してくれ。……潰すなよ?」

「潰さねぇよ! ……出来たぞ」

「じゃあしばらく置いといて。ほら一杯食べたきゃ手を動かせ~」

最初は恐る恐る……といった雰囲気のジャックも、2つ3つと作るうちに段々手馴れた様子を見せ始める。

よし、挟むのはもう全部ジャックに任せて、俺はひたすら具を量産しよう。

今回は食い盛りが1人追加されてるからな。余ったところで昼飯用に持っていけばいいし。

適当に雑談しながら作り続けていたら、とうとう材料の方が先に尽きてしまった。

しまった、ここまで作るつもりはなかったのに。途中からモストロ・ラウンジで働いてる時と同じノリになったのが原因だな。

「……」

サンドイッチを切る手が止まる。

あの場所に立つことはもうないんだという現実を改めて感じた。

ああ、もう。だめだ。昨日からずっとこんな調子だ。いくら何でも引きずり過ぎだろう。

何が何だかよくわからないが、とにかく、俺はアズール達の不興を買う何かをしてしまったことは確かだ。そうじゃなきゃこんな一方的なことしてくるはずがない。

だから、多分、きっと。

 

俺が悪い。

 

:  :  :

 

山盛りになったクラブハウスサンドは、グリムとゴーストのおやっさんの分以外そのほとんどがジャックの胃の中へ消えた。

朝からあの量食べれるなんて、さすが男子高校生。若さだな。

「おいユウ、あんな量で足りるのか?」

「足りる足りる。俺、元々朝はそこまで食べない派だから」

あのあと学校に行かなきゃいけないギリギリの時間になってグリムは起きてきた。

朝食を食べ損ねたとスンスン鼻を鳴らす姿が俺の中の庇護欲を刺激する。くそぅ、小動物には弱いんだよ俺。

しょうがない、と学校に行く道すがらグリムの口にサンドイッチを放り込んでやった。

4切れも食わせりゃギリギリ昼まで持つだろう。俺の4倍は食っている。

若干元気が出たグリムを1年A組の教室に放り込んで、今はアズールの情報を集めるためにジャックと2人で2階の外廊下を歩いていた。

「アズールの監視中に腹の音を鳴らすなよ」

「大丈夫だって。それにしても……授業サボってまで、マジで来てくれるとは思わなかったわ」

「学園長直々の命令なんだ。サボりも多めに見てくれるだろ。それに、負けっぱなしは気に食わねぇ」

「いや、昨日の勝負はほら、足手まといもいたろ」

「それでも、だ。あいつはいろんな種類の魔法を操ってやがった。あの強さに秘密があるなら、俺も知っておきたい」

うん、真面目というかストイックというか。いいねいいね、お兄さんこういうの嫌いじゃないよ。

スマホのメッセージを確認する。昨日のうちに情報通のケイトに頼んでアズールが所属する2年C組の時間割を調べておいてもらったのだ。

ケイトにまた借りが出来たな……どっかでちゃんと返さないと。

「1限目は……音楽だって」

「ってことは講堂か。行くぞ」

生徒がいなくなった廊下を突き進み、講堂に辿り着く。音を立てないよう扉を小さく開いて中を覗き込めば、タイミングよく授業が始まるところだった。

「お、アイツ歌うぞ……やたら歌がうめぇな」

「マジだ。知らんかったわ……」

教卓の前に立ち、高らかに課題曲を歌い上げるその姿はプロの歌手のようだ。

楽器ができるとは聞いたことはあったが、歌まで上手いだなんて知らなかった。

先生も他の生徒達も聞き惚れている。音楽の授業のたびにこの歌声を聞くことが出来るやつらがちょっと羨ましい。

「……って、何考えてんだ」

「どうした?」

「いや……大丈夫だ」

ブンブンと頭を振って、先ほどの考えを頭から締め出す。

そのまま2限目、3限目と教室を移動しながら授業中のアズールの様子を観察していくが、どの授業も完璧にこなし、弱点どころか欠点のひとつも見えてこない。

正しく“優等生”そのものだった。

「アズールの奴、まさに完全無欠の優等生って感じだな」

「ジャックもそう思う?」

昼休みに入り、食堂へ向かったアズールを追いかけて俺とジャックも食堂へ向かう。アズールを視界から外さないように交代で食事を取りに行き、食事中も姿が見えて、かつ、それなりに離れた席を陣取った。

「動物言語も理解できるだけじゃなく自身で話せて、難しい魔法薬の調合も完璧……それ以外の言葉がねぇ」

「確かに」

たった3科目分だけ見ても、アズール・アーシェングロットという男は完璧であった。

ここからどうやって説得に持ち込むか……。何かしら弱みなりを知っていれば容易だったかもしれないが、これじゃあまず高所のテーブルに着くことすらできない。

「ところで……お前、昼もそれだけで足りるのか」

「うん。今日そこまで動いてないし、頭も使ってないから」

そう言ってモソモソと菓子パンを齧れば、ジャックは呆れたようにため息を吐いた。

もう成長期も終わってるからね~、俺。栄養とか特に気にしなくてもいいんだよ。

「ふな゛ぁあ~~~~……早速アズールのヤツにこき使われてへとへとなんだゾ~」

「オクタヴィネル寮の掃除、ラウンジの給仕、購買に使いっ走りまでさせやがって」

「僕なんか、今日は朝6時に呼び出されたぞ」

俺とジャックの対面に、どかどかと座ってきたのはグリムとエーデュースもとい、イソギンチャク三連星だ。

「よ~ぉ、この馬鹿3人衆。よくもまぁ昨日の今日で俺のところに顔が出せたもんだな?」

グリムはまぁ、相棒だし小動物虐待反対派だから最低限顔は合わせるし面倒は見るけど、お前らは別だぞエースとデュース。

ぎろりと睨みつければ、俺が怒ってるのを感じたのか2人がう、と小さく呻く。

「勘弁してよ、ユウ~~……。俺達がかわいそうじゃねぇの?」

「自業自得の馬鹿共に、俺が同情するとでも?」

「ローズハート寮長に怒られて、反省文も書いたんだ……」

「それが? リドルが正しい」

ふんと鼻を鳴らして一蹴してやれば、エースとデュースはわかりやすく肩を落とした。

……これはちょっと、大人げなかったかな。

こいつらもまだ16歳。この間義務教育が終わったばかりの子供だ。

目先のことに囚われて失敗することもあるだろう。人はそこから成長する。俺達大人はその手助けをする……と言うのがあるべき形だ。

「……はぁ。ったく、お前らは……」

どうしようもないなぁと苦笑した、その瞬間。

ぞわりと肌が泡立つのがわかった。この感覚には覚えがある。

———本能的な恐怖だ。

「おや、」

柔らかな声と共に、肩に手を置かれる。

聞き覚えのある声だ。振り返り、視線をエース達から斜め上へと上げる。

「どうなさったんです。暗い顔をして」

「あはは。ココ、イソギンチャクの群生地じゃん」

「ジェイド……フロイド、」

鏡合わせのような容姿の2人組……ジェイドとフロイドがそこに立っていた。

ジェイドもフロイドもその端正な顔に笑みを浮かべたまま、俺達を……いや、俺を見下ろしている。

……実は、声を聞いた瞬間、恐怖を感じながらもほんの少しだけ期待はあった。

もしかしたら、もしかしたら……手助けとはいかないものの、何かアドバイスをくれるんじゃないかって。

そんな俺の身勝手な期待は打ち砕かれた。

2対のオッドアイに浮かぶ色は、獲物を見つけた捕食者の色。

俺もその他大勢と同じく、彼らにとっては餌のひとつなんだと突き付けてくるその眼差しに、一周回って笑いがこみ上げてきた。

「何か、悩み事を抱えているようにお見受けしますが……」

「……そうだな、悩んでるよ」

ブーブーと文句を言うエース達とそれを黙らせるフロイドのドスの利いた声をBGMに、にこやかな笑顔を浮かべたジェイドと向き合う。

「もしかしてユウさんのお悩みは……このおバカなイソギンチャク達についてではありませんか?」

「むしろそれ以外にあると思うか?」

「さぁ……どうでしょう。ユウさんは色々と考えていることが多そうな方なので」

「いや? そんなことはねぇよ……で? 何時に行けばいいんだ」

「察しが早くて助かります」

「……ユウ?」

ジャックが心配そうに声をかけて来る。

大丈夫、と目くばせをひとつ投げてジェイドに向き直った。

「そこにいるイソギンチャク達を自由にしたい、と言うのであれば、夜9時過ぎにモストロ・ラウンジへおいでください。美味しいお茶を用意してお待ちしています」

「……そりゃ楽しみだ」

「待ってるねぇ、小エビちゃん」

笑みを浮かべてジェイドとフロイドはアズールがいる方向へと去って行く。

大きく息を吐いた。もう、こうなりゃ腹を括るしかない。

幸いにも俺とアズールの間の雇用関係は断ち切られている―――双子の様子を見る限り、俺はもう同僚でも友人でもない。顔見知り、くらいが妥当か。なら、もういいか。

「えーっと、つまり……ユウは、今夜アズールのところ行く、のか?」

「そんで、もしユウがアズールと契約して、勝負に勝ったら……」

「結果によっては、オレ達自由になれるってこと!?」

「「「頼む、ユウ!! アイツに勝ってくれ!!」」」

ずい、とイソギンチャク3人組が身を乗り出してくる。

調子のいい奴らだ、とジャックが呆れた顔で呟く。まったく本当にその通りだ。

「……その前に、俺に何か言うことあるよな?」

「「「すみませんでしたぁ!」」」

ぶるんと3本のイソギンチャクが揺れて、俺の前に頭が下げられる。

やっぱこのイソギンチャク卑猥だよな、修正線入れないと準備会にNG食らうぞ。

「反省しました! だからこの通り!」

「もう二度としないと誓う!」

「オレ様達を助けて欲しいんダゾ!」

「……はぁ」

「いいのか、ユウ」

「ん。もういいよ。もういい」

「……チッ。仕方ねぇ。お前、なんか抜けてて危なっかしいからな。俺も付いてってやる」

「やっぱりときめきサバナメモリアルじゃん……」

「は?」

「いやごめんなんでもない。頼りにしてるぜ、ジャック」

 

:  :  :

 

ジェイドとの約束の時間の15分前に鏡舎を訪れれば、すでにジャックがオクタヴィネル寮の鏡の前で待っていた。

「悪いな、ジャック。待たせたか?」

「いや。……ネクタイはどうした?」

「ああ。寮で一回外した時あと、つけるの忘れてて。まぁいいだろ、授業とかじゃないんだし」

「それもそうだな。ッシャ、行くか!」

「おう!」

とぷんと鏡面に身を浸し、オクタヴィネル寮へと足を踏み入れる。

今までは美しくて見るだけで心が躍ったこの場所も、今となってはただ息苦しさしか感じない。

今夜のモストロ・ラウンジも盛況のようだ。席はほとんど埋まり、忙しなく給仕スタッフが歩き回っている。その頭には、イソギンチャクが生えている。

「こっからはマジで敵の縄張りだ。気を抜くんじゃねぇぞ」

「敵……そっか、そうだな。うん、向こうのペースに乗せられないよう気を付けろよ」

一歩中に入った瞬間、待ち構えていたかのようにふらりとフロイドが姿を現した。

「あー、小エビちゃ~ん。いらっしゃい~。それにウニちゃんも来たんだ」

「だからウニじゃねぇっつってんだろ!」

「どうどう。落ち着けジャック。敵のペースに乗せられるなっつったばかりだろ」

「……ふ~ん……」

きゅっとフロイドが目を細める。

機嫌が急降下した時に見せるその表情に咄嗟に身構えたところで、靴音が近付いて来た。

「おや……これはこれは。早速のご来店ありがとうございます。ようこそモストロ・ラウンジへ。ご利用方法は……」

「茶番はいい。アズールと……支配人と話がしたい」

「ふふふ……かしこまりました。ただ、今、支配人は別のお客様のご相談を受けておりまして。しばらく店内でお待ちいただけますか?」

「わかった。来いジャック」

「お、おう……」

こちらへ、とジェイドに案内された席に座る。メニューを渡そうとするジェイドを手で制して、一番安いドリンクを2つ頼む。

「そちらでよろしいのですか?」

「今無職だから、出来るだけ出費は抑えたいんだよ」

嫌味を込めてそう言えば、僅かにジェイドの眉間に皺が寄る。

しかし次の瞬間には何事もなかったかのように給仕のイソギンチャクを呼びつけた。

「イソギンチャクさん、こちらオーダーお願いします」

「悪いが、ドリンクを運ぶのが先だ」

「混んでるんだし、注文くらいアンタが取れっての!」

近くにいたイソギンチャク……というかエースとデュースが不満げにジェイドに言い返した。

ぐるりとホールを見渡せば、忙しなく動いているのはイソギンチャクだけで、オクタヴィネル寮の寮服を着ている奴らは数人もいない。その数人も会計や席案内くらいで、とても忙しそうには見えない。

エース達の反応に、ジェイドは眉間にシワを寄せてマジカルペンを取り出した。

「イソギンチャクの分際で、口答えとは良い度胸ですね」

「いでででで!!」

「イソギンチャクを引っ張るのはやめろ!」

ジェイドがマジカルペンを一振りすると、途端にエース達の表情が苦痛に歪む。

どうやらアズールだけではなく、ジェイドもある程度イソギンチャクを操ることが出来るようだ。

「僕はアズールに新人指導を言いつけられていますから。口答えする生意気な新人に躾をしなくては」

「にしたってこれはやり過ぎじゃないか? 指導じゃなくて虐待の間違いだろ」

「部外者である貴方には関係のないことですよ」

ちくり、と胸にジェイドの言葉が刺さる。……いや、このくらいで怯んでたら、アズールと話しなんて出来やしない。

「そうだな。俺は部外者……いや、客だ。客の前で新人いびりはどうかと思うぜ?」

「人聞きの悪いことをおっしゃる。粗相をしたならその場で躾けるのが道理でしょう」

「なになに、小エビちゃん。逆らうの? 言う事聞かない困ったちゃんは、オレ達が絞めていいことになってるんだよねぇ~」

尖った歯を見せて笑いながら近づいてきたフロイドに、ジャックが威嚇する様にグルグルと唸る。

「新人いびりを見せられて気分が悪いって言ってんだよ」

「じゃあ、お前らがコイツらの代わりに店を手伝ってくれんの?」

何言ってんだ、と言おうと口を開いたところで「あっそれいい。それでいこう!」とエースが乗っかって来た。

こ、こいつ……。せっかくこっちが助けてやろうとしてんのに更に巻き込んでくるつもりか。

いっそこのまま見捨てて帰ったろか。

「てめ、何勝手に決めてんだ!」

「真面目に働いてくれるなら、僕らは誰でも構いませんが……」

立ち上がったジャックを、エースとデュースが挟んでひそひそと耳打ちしている。

ここで俺じゃなくてジャックを選ぶところがほんと嫌だこいつら。

俺とジャックなら、ジャックの方が丸め込みやすいって確信していやがる。

予想通り、というか。エース達の話を聞いたジャックが仕方ない、と頭を抱えて頷いた。

「はぁ……」

ぐるりとホール内を見回す。ホールの給仕よりもこれ、多分キッチンの方が人数足りてないだろ。

提供済みのドリンクとフードの数が少ない。料理が出来るイソギンチャクをキッチンに回しているんだろうが、あそこは一朝一夕じゃこなせない。

ブレザーを脱いで軽く腕まくりをする。真面目に働くなら誰でもいいって言ったのはジェイドだ。

「ジャック、お前はホールで給仕。俺はキッチンに行くからな。止めるなよ」

「……それは、」

「誰でもいいんだろ」

「……ええ、確かにそう言いましたね」

「じゃあ文句は言うなよ?」

「……」

意味ありげに投げられるジェイドの視線を振り払い、勝手知ったるキッチンへと足を踏み入れた。

「ユ、ユウさん!?」

流石に中はイソギンチャクだけではなく、何人か見知ったオクタヴィネル寮生がいた。

まぁそりゃそうだろうな。洗い物や皮むきなんて雑事だけならまだしも、味付けはイソギンチャクにやらせるわけにもいけないだろう。

「よっ。あ、勘違いするなよ。戻ってきたわけじゃなくて、ただのヘルプだから。……今日限りだ」

「……そうですか。じゃあ、よろしくお願いします」

ざっと見て、明らかに手が足りてない場所に手を貸しに行く。

……グリムはもう自分の体をスポンジ替わりにしてるんじゃないかってくらい泡まみれだった。

うちの子可愛いな~。この状況じゃなかったら写真に撮りたかったな。

「よし、やるか」

:  :  :

「……こんなもんか」

ひっきりなしに飛んできたオーダーも落ち着いてきている。溜まっていた注文は捌ききったし、このくらいでいいだろ。

ホールへ戻るために手を洗っていると手紙を渡してきたオクタヴィネルの2年生が何かを覚悟したような表情で近寄ってきた。

「ユウさん、やっぱり戻ってきてくれませんか」

「え……?」

その言葉に妙な引っかかりを感じた。

俺の認識ではアズール達の方から切られたことになっているが、オクタヴィネル寮生の言い方じゃ、まるで俺が自分から進んで辞めたように聞こえる。

「待て、俺は———」

「ユウ、こっちも落ち着いて来たぞ」

デュースがキッチンの出入り口から顔を覗かせる。数瞬迷って、「悪い」と一言オクタヴィネル寮生に謝り、ジャックの方へと向かった。

優先順位はしっかり決めないといけない。じゃないと、どっちつかずになってしまう。

二兎追うものは一兎も得ず。今なによりも優先すべきなのはアズールとの交渉だ。

ホールに戻って捲くっていた袖を戻して、ブレザーに腕を通した。

「うんうん、かなりいい感じに捌けたじゃん♪ 」

ありがとねぇ、とフロイドが上機嫌そうにジャックの頭をわしゃわしゃと撫でた。

ジャックが「やめろ」とフロイドの手を払いのけようとしたところで、ホールに拍手の音が響き渡る。

「あれだけの混雑を捌ききるとは、見事なヘルプです」

「アズール!」

「…………」

今にも飛び掛かりそうな勢いのジャックを手で制し、一歩前へ出た。

寮服に身を包んだ目の前の男は、もうきっと俺の知るアズールではない。

海の魔女の如き慈悲深い心を持つ、オクタヴィネル寮の寮長。アズール・アーシェングロットだ。

「大変お待たせ致しました。VIPルームの準備が出来ましたので、どうぞこちらへ」

アズールに促されモストロ・ラウンジの奥にある通路を通り、VIPルームへと足を踏み入れた。

壁をぐるりと囲む本棚に、アズールの執務机の後ろには大きな金庫。

俺にとっては慣れた光景だが、初めて入るジャックはその光景に圧倒されていた。

「―――それで? 僕に相談というのは?」

「2つある。1つはエースとデュース、それにグリムの解放。もう1つはイソギンチャクの自由を盾に学園長への交渉を行わないことだ」

学園長は「やめるように説得してくれ」と言われたが、多分、やめさせることはできない。

その要求に見合う対価を俺自身が持っていないからだ。この身など掃いて捨てる程度の価値しかないのは既に理解している。

だから、学園長には大変申し訳ないが2つめはおまけだ。目的をグリム達3馬鹿の解放だけに絞れば、取引内容次第では、まだ何とかなるかもしれない。

「はっはっは、これはまた……突然横暴なことを仰いますね」

「……前口上はどうでもいい。俺はここに取引する気で来たんだ。さっさと契約内容を話せよ」

「!? おい、お前なに考えてんだ!?」

「お前だってそのつもりであいつらを寄越したんだろ。回りくどいのは好きじゃない」

ほう、と小さくアズールが頷いた。天青石のような瞳がじぃと俺を射抜く。

「僕と取引をしたいと? 面白いことを仰る」

「別に面白いことを言ったつもりはないけどな。慣れてんだろ、寮長サン」

わざと挑発するように口の端を吊り上げるように笑って見せた。

こういうのは相手のペースに呑まれず、余裕あるフリをするに限る。たとえ本当は余裕がなくたって、そうである、と相手に錯覚させなければならない。

ふぅむ、と小さくアズールが唸る。

「あなたが僕と取引したいのはわかりましたが……しかし困りましたねぇ。確かユウさんは魔法の力をお持ちでない」

「……そうだな」

俺に魔法の力があれば、どんなに良かったか。

「美しい声もなく、一国の跡継ぎというわけでもない。ほんとうにごく普通の人間だ。それだけ大きなものを望むのでしたら、相応の担保が必要です」

「なら……」

2つ目はいい、1つ目だけならどうだと口を開きかけたところで、にぃとアズールの顔が困り顔から笑顔へと変貌する。

「……ああ。あなた、ひとつだけ見合うものを持っているじゃないですか」

「は……?」

「ユウさんが管理しているオンボロ寮の使用権、ですよ」

「……!!」

こういう時にばかり冴える自分の頭が憎らしい。

すべて、すべて。この時のためだったのかもしれない。いつから……もしかすれば、最初から。

きっと、ずっとアズールはオンボロ寮が狙いだったんだ。だからまず使用権を持つ 俺を引き込んだ。

そして手に入れるための算段が付いたから、いらないものを切り捨てた。

全部、それだけだったんだ。

ぎちりと絞めつけられるように心臓が痛む。真実なんて、いつも苦いものだ。

浅くなる呼吸を無理やり整える。2回目だ、取り乱したりはしない。

「わか、」

「その話、乗ったーーーー!!!」

バーンッ、と大きな音を立ててVIPルームの扉が開く。

驚いて入口の方を向けば、全身泡まみれになったグリムが右前足を大きく突き出して立っていた。

「グ、グリム!? いつからそこに……!」

「も、もうこんな生活嫌なんだゾ、ユウ! オレ様の気は食洗機じゃねぇってんだ!」

「よしよしグリム。落ち着けって」

ふ゛な゛ぁ゛! と泣き喚くグリムを抱き上げてよしよしと背中をさすってやる。

……めっちゃ制服に泡が付いたけど、乾かせば何とかなるだろ。

「グリムさん。従業員が仕事をサボって立ち聞きとは感心しませんね。フロイドつまみ出しておしまいなさい」

「はぁ~い」

フロイドの腕がぬぅと俺の腕の中に居るグリムへと伸びてくる。それを避けるように身体を反転させフロイドへと背を向ければ、短い舌打ちが聞えた。

「まぁまぁ、待ちなさい2人とも。ユウさん、唯一の寮生であるグリムさんがこう仰っていますよ」

「……グリムが言わなくても、そのつもりだ。……お前だって、最初からそのつもりで俺に近付いて来たんだろ……」

「……? 今何か仰いましたか?」

「なんでもない。契約の条件を話せよ」

ジャックが制止をかけるが、俺が持っているものなんてどうせそのくらいだ。

相手がそれを望むのであれば差し出すしかないんだ。

「おい、ユウ! 本気かよ」

「本気だよ。それくらいしか俺にはない」

「だからって……」

「いいんだ、ジャック。もう、いいんだ」

「……チッ」

ジャックが俺を心配してくれていることは痛いほどわかっている。

本当いい奴だよ、お前は。

「この契約の達成条件は―――『3日後の日没までに、珊瑚の海にあるアトランティカ記念博物館からとある写真を奪ってくること』!」

「……は?」

「俺達に美術品を盗んでこいっていうのか!?」

予想外の条件に目を見張る。達成困難なものを投げられるとは思っていたけど、まさか泥棒のような……いや、奪ってくる時点で正真正銘間違いなく泥棒だ。

美術品、の言葉にアズールはいいえと首を横に振った。

なんでも、奪ってきてほしいのは美術品ではなく、アトランティカ記念博物館の入り口に飾ってある写真パネルだという。

10年前に撮影された、歴史的価値など一切ない、王子が来館した記念に撮られた写真。

なんでそんなものを……? という疑問は残るが、美術品を盗んで来いと言われるよりかは遥かにいい。

珊瑚の海、すなわち海底にあるその博物館へ行くための魔法薬が机の上に置かれた。

「さぁ、どうします? 僕と取引し、契約書にサインしますか?」

「……わかった。契約する」

「いいでしょう! ではこの契約書にサインを」

アズールの懐から金色に輝く一枚の紙が取り出された。

キラキラと燐光を放つソレに、横に置かれた羽ペンで持ってサインをした。これで後戻りはできない。

「ふふふ……確かに頂戴しました。これで契約は完了です」

満足そうな顔で頷くアズールに、ため息をひとつ吐いた。

負けられない、と思う気持ちはある。しかしそれ以上に疲れた。もう何もかもを投げ捨てて……かえりたい。

でもそうも言ってられない。この腕の中に居るふわもこのぬいぐるみのような相棒とか、人を散々面倒ごとに巻き込んでくれるくせに悪びれない、大切な友達のためにも頑張らなくちゃいけない。

学園長はそのついでだ。

「ジェイド、フロイド。お客様のお見送りを。3日後を楽しみにしていますよ」

 

:  :  :

 

鏡舎で別れたジャックは最後まで心配そうな顔でこちらを伺っていた。

そんな顔するなよ、と肩を叩いてサバナクロー寮へつながる鏡へと送り出す。

そうしてグリムと2人、オンボロ寮へ 戻ってきた……のはいいんだけど。

「ほう、ここがオンボロ寮。中には初めて入りましたがなかなか趣のある造りですね。学校からも近いですし、モストロ・ラウンジの2号店にぴったりの立地です」

「ここ、ゴーストが住んでるんでしょ? 面白そうでいいなー」

「で、オメーらはなんでココまで付いてきてるんだゾ……」

モストロ・ラウンジを出た後もオクタヴィネル寮を出た後もジェイドとフロイドは俺達の後ろを付いてきて、オンボロ寮まで入り込んできやがった。

物珍しそうにオンボロ寮の中を眺めていた双子は、グリムの言葉に対して当たり前のように笑った。

「だってこの寮を担保に、アズールと契約したじゃん」

「ユウさんは他の皆さんと違い、契約時に能力を預けて頂く事ができませんでしたから。代わりに、この寮を没取させて頂きます」

「は、はぁ!? 」

「にゃにぃ~~~~!?」

待て、そんなこと聞いてないぞ!?

慌てふためく俺とグリムをよそに、ジェイドとフロイドは楽しそうに言葉を紡ぐ。

「お約束を果たしていただくまで、この寮は一時的にアズールのもの。従って、おふたりには直ちに退去して頂かなくてはなりません」

「身支度を整えるくらいの時間は上げるからさぁ」

「正式にここがアズールのものになった際は私物はすべて廃棄させていただきます。そのつもりで、身支度なさってくださいね」

「っ~~~~~~!」

カッと頭に血が上る。

俺から居場所を奪っておいて、さらに家まで奪って。

それだけに飽き足らず、この場所で築いたものすべてを投げ捨てられる。

そんな権利どこに、と叫び出しそうになった時、自分の冷静な部分が囁いた。

お前のせいだ、と。

すぅっと一気に血の気が引く。そうだ、俺のせいだ。俺が何かをして、仕事を辞めることになって。

この場所を追い出されるのだって俺がこうなる可能性を考えずに契約書にサインをしたせいじゃないか。

全て自分のせい。俺が悪いのに誰かのせいにするのは間違ってる。

「……わかったよ」

ジェイドとフロイドが何故か息を呑む音が聞こえた。

自分の表情がわからないけど、どうも相当に酷い顔をしてるみたいだ。

「ほらグリム、早くツナ缶持ってこいよ。捨てられたくないだろ」

「ハッ! そうだ! オレ様のツナ缶!」

グリムを床に下ろすと、風邪の様にキッチンへと駆けて行った。

静かにこちらを見つめる2対のオッドアイから逃れるように、自室へと入り込んだ。

部屋の中にある荷物をかき集めても、勉強道具と着替え、小物くらいだ。これならなんとか持てるか。

「これは……」

部屋の隅に置いておいた、アズールからもらったオクタヴィネル寮仕様のハットと靴、畳まれたストールに目を向ける。

もらってからついぞ1度しか身に付けなかったもの。これは、置いていこう。

あいつらが処分してくれるはずだ。

……ああそうだ、隠しておいたリリア秘蔵のワインも持って行かなきゃな。こればっかりは誰にも譲れない。俺の日々のうるおいだ。

ボロボロになった教科書や運動着とかは……まぁ、ベッドの下でいいか。ゴミだしな。

あらかた荷物をまとめ終わり、ジェイドとフロイドに見送られオンボロ寮を出る。

冬の風がビュウと強く吹いた。さて、これからどうすっかなぁ……。

特に行くあてもない。リリア辺りなら頼み込めば泊めさせてくれるか……?

「……ウウ、今日からこの寒空の下野宿かぁ……辛いんだゾ」

「最悪、クルーウェル先生に頼み込んで実験室でも借りるか……ま、今日はもう帰ってるだろうし野宿は免れないけど……ん?」

バタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。

何かと思えば、鏡舎へと続く道の方から人影が3人分俺達の方へ駆け寄ってきていた。

走るのに合わせてびょんびょんと左右に揺れるイソギンチャクが2本と、イソギンチャクに両脇を挟まれた立派な三角の耳。

「おーい、ユウ、グリム!」

「エース、デュース。それにジャックまで!」

「ふなっ! オマエ達、もしかして助けにきてくれたんだゾ!?」

「んー。グリムはともかく、ユウが宿無しになるのは、まぁ、オレ達にも原因があるし?」

「むしろ原因そのものだけどな」

「悪かったよ! ……それでまぁ、野宿して風邪でもひかれると寝ざめが悪いっつーか」

「オメー、ホント素直じゃねぇなあ」

うるせ~とグリムをつねるエースを横目にデュースが「1年生の4人部屋で良ければ」と提案してくれた。

リドルの許可も取ってきているらしい。怒られただろうに、2人ともなんだかんだでいい奴だよな。俺のことノー躊躇で面倒事に巻き込んでくるけど。

「お前ら、4人部屋にさらに1人と1匹を押し込めるつもりか? ハーツラビュルに空き部屋はねぇのかよ」

「ウチの寮は退学者も留年者もいないから常に満員状態なんだ」

「……なら、サバナクロー寮に来るか?」

なんですと?

ときめきサバナメモリアルジャックルートはまだ続いていたようだ。

仕方ねぇ、と頭を掻くジャックに、俺だけじゃなくグリム達も声を上げて驚く。

「ほぉ~~~」

「へぇ~~~。ジャックくんって実は優しいんだ~~~」

「意外な一面なんだゾ~~~~」

からかう対象を見つけた途端結託するのやめろよなぁ……。ジャックがかわいそうだろ。

また古き良きツンデレ発言出るぞ……出たわ。

本当にヒロイン力が高いなジャック……。けどその力を発揮するのは俺相手じゃない。

ぜひともそこのハーツラビュル2人とか、サバナクローの奴らとか、ヴィルとかにしてほしい。

「ジャックの提案の方が、ユウたちもしっかり休めそうだな」

「ウチの寮だと、床に寝るか、オレかデュースのベッドで一緒に寝るかになっちゃうしねー」

「エースとデュースが同じベッドに寝て、俺とグリムにベッドを譲ってくれてもいいんだぞ」

むしろ俺としてはそっちの方がいい。エスデュが同じベッドで寝てるのを天幕になってつぶさに観察したい。

この2人が一緒に寝る時の体勢ってどんなんだろ。エースがデュースを腕枕するのか、それとも逆か。

デュースがエースの頭を抱え込む形でもいいな……。やべ、妄想が止まんねぇ。

明日から忙しくなるってのに、ハーツラビュルに泊まりになんか行ったら寝不足間違いなしだ。

「じゃあ、サバナクローに世話になろうかな」

「じゃあ、さっさと寮に戻るぞ。もう12時近いじゃねぇか……ふぁあ……」

超健康優良児じゃん……。

 

:  :  :

 

鏡舎でエースとデュースと別れ、ジャックと共にサバナクロー寮に足を踏み入れた。

この前のマジフト大会以来だ。からりと乾いた夜の風が頬を撫でる。

もう真夜中だってのに、サバナクローの談話室には寮生達の姿が見える。夜行性の奴らなのかな。

談話室の奥、いっとう上等な革張りのロングソファにだらりと身体を投げ出しているこの寮の支配者の前に立つ。

「よう、レオナ」

「あぁ……? なんで草食動物がここにいる」

「それは俺が、」

ジャックがレオナの前に進み出て、事情を説明する。レオナはつまらなさそうに一通り聞き終えた後、ため息を吐いた。

「却下だ」

「だよな~~……」

「そんな即答しなくても……」

しょぼんとジャックの尻尾が垂れ下がる。レオナは俺とグリムに視線を移した後、再びジャックへと顔を向ける。

「ウチの寮はペットの持ち込みを禁止してる。毛が落ちるからな」

「いやお前自分らの耳と尻尾見てみ?」

どう見てもグリムよりふっさふさなのいるじゃねぇか。特に俺の真横。見てみろよこの立派な毛並み。

グリムは昨日今日と全身スポンジ替わりに皿洗いしてたから毛がゴワゴワだ。あとからちゃんと洗って乾かしてブラッシングしてやろう。

「だいたいな。空き部屋の掃除なんか何か月もしてねぇし、寮生どものがらくた置き場になってんだろ」

「あ。だったら俺掃除しようか? 掃除は得意だし、屋根と壁があるところで寝れりゃあ物置でも別に……」

「……あ、そうだ」

レオナの横にいて話を聞いていたラギーが何かを思いついたらしくにんまりと笑みを浮かべた。

うーんそういう顔するときのラギーは大抵ロクなこと考えてないような気がするんだが???

「ラギー、」

「コイツら、レオナさんの部屋に置いとけばいいじゃないスか」

……なんて?

「「「はぁ!!??」」」

ジャックにグリム、レオナまでラギーの言葉に目を見開いて声を上げた。

いや、いやいやいや。何言ってんだ。俺がレオナの部屋に? 無茶を仰るぞこのハイエナ。

「おい、ラギー。言葉は慎重に選べよ。口を縫い合わされたいのか?」

「だって、レオナさんは部屋に召使がいるのとか慣れっこでしょ? 宿代代わりに、身の回りのお世話は全部ユウくん達にやらせればWin-Winじゃないスか」

ラギー、お前Win-Winの意味わかってるのか? 双方が利益を得られることだぞ。

その提案どう考えても利益が出るのはお前だけじゃねぇか!?

唸り声を上げラギーを睨みつけるレオナの威嚇に動じることなく、ラギーは自身の腕を労わるようにさすり出す。

「いやぁ~、オレ、まだ寮対抗マジフト大会の時の傷が癒えきってないんスよね~」

「嘘つけぇ!」

「いやだなぁ、嘘じゃないっすよユウくん。それに魔法薬を飲んでまで魔法使ったからか、ハードワークはしんどくて」

「……」

「なにせ、レオナさんのために命張っちゃいましたから。ユウくん達がレオナさんのお世話を手伝ってくれれば、治りも早くなる気がするなぁ」

わざとらしく目を伏せるラギーの口元は笑っている。自分が楽するためってのが8割、面白そうだから2割くらいか。

ラギーの言葉の言葉を聞くレオナは段々と渋面を作り、最後には大きく舌打ちをした。

「小賢しい野郎だなテメェは」

「やだなぁ、嘘じゃないッスよ。シシシッ!」

……すげぇ、俺今何見せられてるんだろ。

レオラギ夫婦の力関係について、亭主関白かと思いきやまさかのラギーがレオナをいい感じに尻に敷いてるだなんて。

なるほどな~~~うんうん、めっちゃ好きだよそういうの。

ハーツラビュルに行ったらエスデュの過剰摂取で寝不足になりそうだからサバナクローに来たけど、こっちはこっちでレオラギの過剰摂取で寝不足になりそうだな。

やっぱりリリアのところに行けばよかったか……?? いやあそこはあそこでセベクが物理的にうるさそうだからな……。

「だが、そう簡単にオレの傍に置いといてやるわけにはいかねぇな」

「は?」

レオナが数人の寮生を呼びつける。どうやらこいつらと勝負して勝たないといけないらしい。

その中に見覚えのある顔を見つけて、思わず顔を顰める。

……まぁ、向こうもレオナやラギーがいる手前、妙なことはしてこないだろう。知らん振りしとこ。

「たった3日とはいえ、サバナクローにか弱いお荷物を置いとくつもりはねぇんでな」

「お手柔らかにな」

ここで負ければレオナは容赦無く俺とグリムを叩き出すつもりなんだろうな。

気を遣ってくれたジャックのためにも負けられないが……こんな屈強な奴らに勝てるか、俺……?

残念ながら筋肉なんてほぼない鳥ガラだぞ。

内心焦っていると、ジャックが俺の肩を叩いた。どうやら俺達に味方してくれるつもりのようだ。

マジ助かる……今日からジャックには足を向けて眠れないな……。

「よし、行けジャック! キミに決めた!!」

「言われなくても!」

大立ち回りはジャックに任せて、俺はグリムに指示を出しながら相手の隙を作ること、あと回避に専念する。

いや何あのパンチの速度。あんなのに当たったら俺内臓全部吐き出して死ぬんじゃない?

魔法なんかに当たろうもんならまず間違いなく消し飛ぶ。

どうなることかと思ったが、ジャックの活躍もありどうにか勝つことが出来た。

まだまだ余裕があるのかジャックはけろっとした顔をしていたが、俺は満身創痍で膝をつく。

「あ~~……もう無理……しんど……」

「ありゃりゃ。ユウくん大丈夫ッスか~?」

「これを見て大丈夫だと思うならお前の目は節穴だぞ、ラギー」

「そこまで口が回るなら大丈夫そうッスね!」

くっそこの野郎。

「約束は約束なんだゾ! 3日間寝泊まりさせろっ!」

「チッ……。少しでも騒がしくしやがったら3日経ってなくても即座に外に放り出す。わかったな」

「あいあい……」

「ホッ……とりあえず野宿は免れたんだゾ」

ホッと一息つく。あー、動いたから汗臭い。寝る前にシャワー借りて、ついでにグリムも丸洗いしてやろう。

そのあとは明日からの事を考えないと。アズール達の事だ、一筋縄じゃ行かないのは目に見えている。妨害があることも視野に入れておかないとな。

「……笑うよな」

俺はアズール達にとってカモの1人でしかない。それは理解した。

それでもまだ、俺は3人への情を捨てきれないでいる。

モストロ・ラウンジで過ごした日々を、嘘だとは思いたくなかった。

 




ユウ
アズールと取引し契約することにした監督生。
なんだかんだ言いたいことも腹立つこともあったが、グリム達が大切。情が深い方。
最近あんまりお腹が空いてない。


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Ep13.童顔系腐男子監督生の期末テストと黄金の契約書【転】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・3章【深海の商人】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。




 

何かが軋む音がする。

重い瞼を持ち上げると、見慣れない天井が見えた。驚いて飛び起きれば、暖色を基調とした調度品が目に飛び込む。

どこだ、ここ。と立ち上がりかけて部屋の中から聞こえるグリムのものとは違う寝息に、昨夜からレオナの部屋に泊まっていたことを思い出した。

「はぁ~~……びっくりした……」

枕元に置いていたスマホを手に取る。液晶に表示されている時刻は朝の5時。

最近本当にこのくらいの時間に起きるようになったんだよな。俺も若くないってことなのか……?

いやいやまだピチピチの21歳だし。確かにこの学校の奴らよりは年上だけど、十分若いし。

二度寝したら起きられなくなりそうだ。薄手のブランケットにくるまって寝ているグリムを敷布団の上から避けて、布団を畳んで部屋の隅に寄せる。

開放感しかない大きな窓……いやこれ窓っていうのか? 外との境がブラインドしかないんだけど。まぁいいか。

外は既に日が昇り、ブラインドの隙間から日の光が差し込んできている。

さてどうするか。あんまり他所の寮をうろつくのもどうかと思うし、何よりあんまり顔を合わせたくないのもいる。

けどこのままじっとしてるのもな~……。

ぐるりと部屋を見回す。脱ぎ散らかされた衣服に、積み上げられすぎて雪崩れた本の山。クローゼットと引き出しはどちらも半開きで、中から服が飛び出している。

き、汚い……。こりゃラギーも愚痴るわけだ。

「……」

そわそわする。ここ3ヶ月間オンボロ寮の片付けをずっとやってきたからか、こうも散らかっていると片付けたくて仕方がねぇ。

いやでもほらあれだ、俺達がここに泊まらせてもらう条件のひとつにレオナの身の回りの世話があったし。やっても文句は言われないだろう。多分。

とりあえずあちこちにぶん投げられている衣服を集めて色物やらシャツやらに選り分けておく。

クローゼットと引き出しから飛び出ていた服を畳んだりハンガーに掛け直し、雪崩れた本は積み直す。

……これ、何時間で元の状態に戻るか見ものだなぁ。

「ウィーッス! はよッス!」

「ラギー。おはよう、早いな」

「あれ、起きてたんスか。……って、あれ? レオナさんの部屋が……」

「貴重品には触らないようにしたんだけど……まずかったか?」

部屋を見回したラギーが無言でこちらへ歩み寄ってくる。

え、え、やっぱ勝手に色々触るのはまずかったか。

……それともあれか? これはオレの仕事なのに!!! っていう嫉妬?

レオラギ? それともラギレオなの? どっちだとしても美味しいから話を詳しく聞きたいんだが……。

戸惑う俺の手をラギーががしりと握った。

「マジ助かるッス!! ったくレオナさん、何回言っても服脱ぎ散らかすのやめてくれねーし……」

「お、おお……。ほら、身の回りの世話しろって言ってたし……」

「レオナさんに委縮しないで動ける奴って少ないんスよねー。ユウくん、このままオンボロ寮に帰れなかったらサバナクローくれば? オレは大歓迎ッスよ!」

「ラギー……。……それ、自分が楽できるからだろ」

「シシシッ。当たり前じゃないッスかぁ」

お得意の意地の悪そうな笑みを浮かべたあと、ラギーは迷わずレオナが寝ているベッドへと近づいていく。

BL漫画によくありがちな寝ぼけて相手をベッドの中に引っ張り込むイベントが発生するんじゃないかと期待して見ていたが、ラギーに数度肩を揺らされたレオナはぐるるる、と低く唸ってブランケットの中へもぐっただけだった。つまんね。

「ユウくんもグリムくん起こして。間に合わなくなるッスよ」

間に合わなくなるって何にだ? とは思ったが、サバナクローにはサバナクローのルールがあるだろうし、大人しくラギーの言葉に従ってグリムを起こすためにブランケットを剥いだ。

「ほーらグリム、朝だぞ~」

「むがっ、もう朝? ……って、まだ6時なんだゾ!」

「サバナクロー寮はマジフトの朝練があるッスよ。君達もこの寮に来たからには参加してもらうッス」

「えぇ……それって強制?」

「もち」

うぇえ……。朝練とか何年振りだよ。朝練だけで今日一日分の体力使い切りそうな気しかしないんだけど。

まだ眠い、と駄々をこねるグリムを宥めながら朝練後の自分の姿に思いを馳せる。

一限目ってなんだっけ。魔法史だったらワンチャン寝るわこれ。

「レオナさん! ほら、二度寝しないでください!」

「ラギーのヤツ、子分のくせに親分の足掴んでベッドから雑に引きずりだしてるんだゾ」

「え? うわマジだ……」

グリムが指し示した先では、レオナの両足を抱えたラギーがレオナをベッドから引きずり下ろしているところだった。

それでもまだ起きないとか寝汚いにもほどがあるだろ。

「ほら、ユウくんさっさと顔洗って着替える! 時間は有限なんスから!」

「はぁい。ほら行くぞグリム」

「ふなぁ……」

ラギーから借りたフェイスタオルをグリムの分と合わせて2枚持ち、事前に教えてもらっていた洗面所へと向かう。

寮全体で行う朝練ということもあり、既にほとんどの寮生が起きてきているようだ。

慎重に周囲を確認しながら進んでいると、後ろから肩を叩かれて思わず身体がビクついた。

「うわっ!? ……ってジャックか~。はよ」

「お、おお……。おはよう。何やってんだ……?」

「顔洗いに行こうと思って。ジャックもまだなら一緒に行こうぜ」

「……ああ」

ジャックがいるならまぁ大丈夫だろ。さっさと顔洗って着替えないと。

 

:  :  :

 

「もう無理……動けない……」

壁にべたりと背を付けて座り込む。いや朝からこんなに動いてケロっとしてるサバナクローのやつらすごいな……?

グリムは朝練が始まる前まではぐだぐだと文句を言っていたが、始まってしまえばテンション高く動き回っていた。くっそ裏切り者め。

「ユウくん体力無さすぎじゃないッスか?」

「……るせぇ……」

「ありゃ。これは重症ッスね」

あっつい……。いくら11月とはいえ、運動した後は体温が上がる。他の奴らみたいに運動着の袖や裾を外してしまえばいいんだろうけど、それはちょっとできない事情がある、見せられるものじゃないしな。

今にも溶けそうな顔をしていたら、見かねたラギーが水が入ったボトルを手渡してくれた。ありがてぇ。

「んぐっ……ぅえ、ごほっ、」

「あーあー。勢いよく飲むから。大丈夫ッスか?」

「お、おう……」

「ユウくんも上脱げばいいのに」

「……知ってるだろ、お前」

「まぁ、そッスけど。っていうか、なんでそんなに嫌なんスか? グリムくんは置いといて、あの2人なら……」

「それが嫌なんだよ。……保証もないしな」

「……ふぅん。ま、オレはもらえるモンもらえればそれでいいんで、いつでも連絡待ってるッスよ」

「言っとけ」

シシシッ、と笑うラギーを手を振って追い払う。色々と考えなければいけないことはあるけど、今一番重要なのはアズールとの契約をどうクリアするかだ。それ以外全部後から考えよう。

「ユウ、朝練終わったんだゾ! 朝メシ食べに行くんだゾ!」

「その前にシャワー浴びてくぞ」

メシ~! と暴れるグリムの首根っこを掴んで連行する。毛が多い分汗を流さないでそのままにしておくと雑巾みたいな匂いするからな。

サバナクローのシャワールームは混みそうだし、校舎の方の使うか。

「ジャック、俺達校舎の方でシャワー浴びてくわ」

「わかった。なら準備出来たら食堂の前で待ち合わせるか」

「……おう。そうだな」

一瞬宇宙猫顔しちまった。どうやらジャックの中で俺達と一緒に朝飯食べるのは決定事項らしい。

これ、どっちかと言えば俺がジャックに攻略されてるのか……? ときめきサバナメモリアルじゃない……?

ジャックが主人公の乙女ゲーム……? 攻略対象は俺様系メインヒーローのレオナに頼れる(?)先輩のラギー、高嶺の花のヴィルかな。俺は現在の好感度を教える友人Aポジションでいいよ。

「ユウ~! さっさと行くんだゾ! オレ様もう腹ペコなんだゾ!」

「はいはい。わかったから大人しくしてろよ」

一度レオナの部屋に戻って着替えと風呂道具とグリムを抱えてサバナクロー寮を出る。

朝練後とはいってもまだ登校時間まで時間はあるからか、校舎へと続くメインストリートは閑散としていた。

「あ゛―……これあと2日もあんの? 無理なんだけど……絶対明日筋肉痛で動けねぇよ」

「だらしない子分なんだゾ。そんなんで来年どーすんだ」

「来年?」

「来年こそエキシビションじゃなくてちゃんと寮としてマジフト大会に出るんだゾ!」

「ああ……」

そういやなんか言ってたなぁ。

……来年か。来年の自分がどうなってるかわからないから、グリムの決意に言葉を返すことができなかった。

元いた世界に帰る方法が見つかって帰っているのか、それとも見つからずここに残っているのか。

もし元の世界に帰る方法が見つかったとして。それが急を要さない方法であるのであれば、せめてグリムがナイトレイブンカレッジを卒業するまでいてやりたいんだけど……。

帰らなきゃいけなくなったその時は、エースとデュースにグリムを託すか。あの2人なら途中でグリムを放り出すことはしな……しない、よな……?

……リドルにも先に話を通しておくか……。

「朝に身体を動かすの気持ちよかったし、オレ様達も今度から朝練するんだゾ!」

「やぁだよ。俺は朝から動きたくない。やりたいならゴーストのおやっさん達とやってろ」

校舎のシャワールームに着いてもブーブー文句を言うグリムをシャワーで丸洗いしてタオルで雑に乾かした後、俺も手早くシャワーを浴びる。

髪の水気をドライヤーで飛ばして制服に着替えながら脱衣所にかけられた時計に目を向ける。……グリムが暴れるから思ったより時間がかかったな。

先に一旦サバナクロー寮に戻って登校準備してから食堂に向かったら遅くなるかな。グリムも抱えてるし。

先にメシ食って、ジャックにグリム預けて俺だけ取りに戻ったほうがいいか。

「よし、行くぞ~グリム」

「待ちくたびれたんだゾ!」

ちらほらと生徒の姿が見え始めた廊下を、荷物とグリムを抱えて早足で進む。

大食堂の扉が見えたところでぎくりと足を止めた。

大食堂の前には、ジャックがいる。が、何故かレオナとラギーもいる。

……え、俺これからこの面子でメシ食うの?? 緊張……はしないけど。レオナとラギーだし。

ただこれ、悪目立ちしそうだよな~……はぁ。

「おーっす、待たせたな」

「おせぇ」

ぐるる、と唸るレオナをラギーが宥め、サバナクローの3人と連れ立って食堂へと足を踏み入れる。

朝の早い時間だからかまだ人は少ないが、それでもやはり他の生徒から注目を集めているようだ。

「レオナさん、何食べます?」

「肉」

「適当に野菜も盛って来るんで食べてくださいね~」

「おい、ラギー ……チッ」

朝から濃厚なレオラギを浴びてもうすでにお腹いっぱいなんだが???

なんでこいつら息をするようにいちゃつくの? わっかんねぇ……。

「ユウ! オレ様達もメシを取りに行くんだゾ!」

「はいはい、焦るな焦るな」

グリムにせかされてビッフェに並び、あれもこれもと欲張ろうとするグリムを諫めながら皿に食事を盛りつけて席へと戻る。

ジャック、俺、グリムの順で横に並んで食事を取り始める。向かい側はレオナとラギーだ。

「そういえばお前ら……なんであのタコ野郎と取引なんて馬鹿な真似しようと思ったんだ。おかげで俺の部屋が狭くなっただろうが」

「部屋をちゃんと片付ければ広くなると思うぞ」

「あ?」

「こらこらユウくん、朝っぱらからレオナさん煽んないで」

「つい……。で、アズールと契約した理由だよな。まぁ、そこのイソギンチャク狸を見てもらえればわかると思うんだけど……」

ガフガフと朝食を掻き込んでいるグリムの方にちらりと視線を向けながら昨日一昨日とあったことをかいつまんで説明していく。

その途中、耐えきれなくなったようにレオナが笑い出した。

「ハハハ! コイツはいいな。背筋が寒くなるぜ」

「うるせぇ。俺だってバカ共はほっときたかったわ」

「しっかし、ユウくんいいんスか? 確かアンタアズールくんのところでバイトしてるでしょ」

「……………………契約する前の日に、クビになった」

「は?」

「俺だってわけわかんねぇよ……。俺が気付かないうちに、なにかやらかしたんだとは思うんだけど……」

「……ふーん」

ラギーが考え込むようにして黙り込んだ。なにか心当たりと言うか、実はアズール達から相談されていたりとか……?

もう前のような関係に戻れるなんて都合の良いことは思ってないけど、俺が何か不快な思いをさせていたのならちゃんと謝りたい。

「ラギー。なにか心当たりとかあるのか?」

「いや? むしろなんでユウくんクビにしたんだろって考えてるんスよ。理由がないよなって」

「でも理由がないことなんてしないだろあいつら」

「そうなんスよねぇ~……」

「だから、やっぱり俺が気付かないうちになんかやらかしてたんだよ」

「そーなんスかねぇ……」

納得いかない、といった表情を浮かべていたラギーだが、レオナが皿に盛られた野菜を端に避けるのを見て、そちらの方へと意識を向けた。

……やっぱ、そう都合良く理由知ってるわけないかぁ。そうだよな。そりゃそうだ。何を期待したんだろうな、俺は。

「そういえば、2人とも今回の試験でアズールとは取引しなかったんスね。レオナ先輩とか、一番楽したがりそうなのに……あっ」

口が滑った、と言わんばかりにジャックは慌ててなんでもないと言いなおした。

「そうかぁ? レオナは面倒くさがりだけど、頭はいいだろうし必要ないだろ」

「まぁ、そりゃそうだけどよ……」

俺達の会話を聞いていたレオナがぴくりと眉を上げて、そのあと軽くため息を吐いた。

「ばーか。誰が好き好んであんなインチキ野郎と何度も取引するか」

「何度もってことは、前にも……ああ、マジフト大会の時のか」

「……背に腹は変えられなくて取引したことはあるが……毎度ロクな条件じゃなかった」

レオナは苦虫を噛み潰したような表情で不機嫌そうにぐるる、と喉を鳴らした。どうやら俺に負けず劣らず無茶な条件を出されたようだ。レオナの言葉にラギーもうんうんと頷いている。

「ちょっと無茶なお願いもホイッと叶えてくれるし実力がある魔法士なのは確かなんスけど」

「あいつそんなすごい奴だったのか……」

「逆にユウくんはアズールくんのことなんだと思ってたんスか」

「え? ……顔が綺麗で頭が良い上司兼友達……?」

そのどっちも、もう失ってしまった関係の名前だけど。

「そもそも取引ってのは、欲しいものがあるほうが不利に決まってる。頭の回らない草食動物が軽い気持ちで契約すりゃあの手この手でカモられるのがオチだ」

「カモで悪ぅござんしたね」

「わかってんじゃねぇか。それでどういう達成条件なんだ? 話のタネに聞いてやる」

「えぇと……なんか、3日後の日没までにアトランティカ記念博物館とやらから写真を盗ってこい……って……」

「「……………………」」

「えっなに。なんだよ、その『ご愁傷さま……』みたいな顔!」

レオナもラギーも、うわぁ……と憐れむような眼をこちらへと向けてきた。ラギーだけじゃなく、レオナもそういう顔するってことは、ロクなもんじゃないんだろう。

どういうことだ、と2人を問い詰めるも要領を得ないというか……いや違うな。これ、面白がられてんな?

「俺マジで困ってんだけど……?」

「ならこんなところで油売ってないでさっさと行動を起こせ。時は金なり、だぜ?」

「いや、お前らが微妙な反応するから、行動しようにもめっちゃくちゃ不安になってきてんだけどぉ!?」

美術品でもなんでもない記念写真を盗ってくるならなんとかなるんじゃないかという楽観的な考えは砂と化した。なんせあのレオナとラギーがこの表情をしているのだ。絶対なにかしら困難な問題があるんだろう。

知ってることを吐け、とレオナ達に詰め寄る前に、グリムとジャックが「早く行くぞ」と席を立った。

「あっ、ちょっと待て、クソ!」

「いってらっしゃ~い」

ラギーの愉快そうな声を背に受けながら、エースとデュースの元へと向かうグリム達を追いかけるべく駆け出した。

 

:  :  :

 

エース達を無事に確保し、5人で鏡の間へと向かう。闇の鏡の前まで来て、4対の目は俺の手のひらに乗せられた蛍光黄緑に輝く瓶へと向けられていた。

「このアズールがくれた魔法薬、本当に水の中で呼吸出来るようになるのか?」

「多分……でもやな色してんなぁ……」

蛍光色に光る薬って、アメリカのお菓子じゃあるまいし。口に含むのに物凄い抵抗がある。

「疑ってても始まらねぇ。とりあえず飲んでみるしかねぇだろ」

「んじゃ、せーのでいきますか。せーのっ!」

エースの音頭で、それぞれ魔法薬を口に含む。

まず感じたのは、強烈な生臭さ。そして次に土の味。単体でもきつい味が口の中で混ざりあっている。

つまり。

「ぅおぇえええ~~~~~ッ、ま、まっずい……!!!」

吐き気を必死に堪える。口に手を当ててないと胃液ごと全て戻してしまいそうだ。

「うげぇぇ~~干しガエルと腐ったキノコを混ぜたみたいな味がするんだぞ!」

「どんな例えだ。食ったことあんのか、それ」

そこまで言って、ジャックが嘔吐いたように息を吐き出した。

「魔法薬のマズさって割と深刻な問題だと思うんだけど、なんで大人はみんな放っとくんだろーね」

「味より効き目のが大切なんだろ。ん……なんだ?」

ぐ、と苦し気な声を出してデュースが口元を抑える。

未だ酷い味が後を引いてそちらにばかり気を取られていたが、じわじわと息苦しさを感じ始めてきた。どうやら薬を飲んだ全員が同じように感じているらしい。息をするのもやっと、という雰囲気だ。

「闇の鏡よ! 俺達を珊瑚の海へと導きたまえ!」

ジャックが絞り出すような声を上げて、闇の鏡へと念じる。途端、闇の鏡の中心が波紋のように揺らめき、光輝き出した。

空気を求めるように鏡面へと身を投じれば、一瞬の眩しさのあと、どぷんと身体が水中へと落ちた。

「っ……!!」

まずい、息が! と思ったのも束の間の内。かぽりと開いた口から泡が飛び出す。……苦しくない。

「マジで水の中で息が出来てるんだな」

「だな……この薬は本物ってわけか」

半分ほど中身が残された瓶を軽く振る。こんな魔法薬を作れるなんて、わかってはいたけれどアズールは相当優秀な魔法士らしい。

「うわ、一面の珊瑚礁、すっげー眺め! ケイト先輩が見たら「マジカメ映え~」とか言って撮影しまくりそー」

「わかるわ~。連れてきてやりたかったな……とりあえず撮っておくか」

そんな場合じゃないことは重々承知しているが、一面の珊瑚礁を海底から見るなんて 滅多に出来る経験ではない。マジカメで撮影しようとポケットに手を入れたところで、はたと気付く。

水中ってことは、機械類まずくね?

「……えっ、これ、どういう状況なんだろうな……?」

「なにが?」

「いやぁだってさ、魔法薬で息は出来るようになったじゃん。でも、服とかスマホとかはそのままじゃん……」

「「……」」

確かに、と誰かが呟く。見る限りだと俺達が着ている服は水で濡れてぐっしょり、という様子はない。闇の鏡に飛び込む前と同じだ。エースとデュースの目元のスートも健在だ。

「……細かいこと考えるのやめよーぜ」

「そうだな」

早々に考えるのをやめた。この辺気にしたら深淵を覗く気がする。

深淵を覗くとき、また深淵もこちらを覗いている。無駄にSANチェック受けて発狂したくない。俺は何も気付かなかった。うんうん。

水を掻き分けながら進んで行くと、やがて遠くに大きな建物のような影が見え始めた。

「あれ、アトランティカ記念博物館じゃね?」

「そう……だと思う」

紫がかった白の、一見して見ると城のような建物の周辺には、下半身が魚の尾びれの形をした奴らがたくさんいた―――人魚だ。

「人魚……か? マジで水の中で生活してる奴らがいるなんて」

ジャックが驚いたような声音で呟く。ジャックだけではなく、エースもデュースも物珍しそうな表情で海の中を泳ぐ人魚を見つめていた。

俺が居た世界では人魚と言えば想像上の生き物だったけど、こっちでもそうだと思われてた感じなのかね。

「さて……」

博物館の入口らしき場所には警備員だと思われる男性の人魚の姿が見える。ここに侵入して、写真を盗むのか。中には博物館の客もいるだろうし、どうするかなぁ。

ゆらり、と黒く長い影が2つ。俺達を追い越すように頭上を通った。

え、と上を見上げようとして、ちょうど博物館を背にしてその黒い2つの影の正体が俺達の前を塞ぐように降りてきた。

「あ~~~~♡ きたきた、小エビちゃん達」

「ごきげんよう、みなさん。いかがです? 海底の世界は」

聞き覚えのあるその声と呼び名。けれどその姿は馴染みがなく、最初何が起きてるのか脳が理解をしなかった。

「フ、フロ……イド……? ジェイド……?」

「正解で~す」

暗いターコイズカラーの尾をゆらゆらと揺らしながら、目の前の人魚達は愉快そうに笑った。

髪と目の色は、そのままに。肌は顔と胸元だけ青白く染まっており、それ以外は尾と同じ色をしている。耳があった場所にはヒレのようなものが突き出していた。

「おま、えら……まさか……人魚だったのか?」

「そうだよ~」

「え、でも、足が……」

「地上にいる時は魔法薬で姿を変えているんです。この尾ビレでは陸を歩けませんからね」

「ってか、めちゃくちゃ長!? 身長……いや、全長何メートル!?」

「ウミヘビかなにかか!?」

「残念、ウツボでぇす」

ウツボォ!? とデュースが叫ぶ。俺も叫びたい―――「ウツボがそんな緑色してるか!」と。

……オーケーわかってる。これは現実逃避だ。ツッコミどころはそこじゃない。いや、まぁ、新事実だからそれでもいいとは思うんだけど。

そんなことより。

「オマエらなにしにきたんだゾ!」

俺の気持ちをグリムが代弁して叫ぶ。流石俺の相棒だ。

グリムの言葉に、フロイドが声を上げて笑った。どうにも嫌な予感しかしないし、最低な予想しかできない。

「そんなの、オマエらの邪魔しにきたに決まってんじゃん」

だよなぁ……。それ以外でここに2人が来る理由がない。

こうやって契約条件達成の確率を下げに来る。アズールがインチキ野郎と呼ばれてる理由にも納得いったわ。

「そう簡単に条件をクリアされては困りますから」

「あーそうかよ……」

ガシガシと頭を掻いたあと、身構えた。それと同時にエース達が胸ポケットからマジカルペンを引き抜く。

エースの魔法が水を切り裂きながらジェイドとフロイドへ飛んでいったのを皮切りに、戦闘が始まった。

勢いよく炎を吐こうとしたところで、自分の炎魔法はアズールに取られていたことを思い出して慌てふためくグリムを抱き寄せて、少し離れた位置まで退避した。

魔法の撃ち合いになれば、俺に出来ることなんて何もない。マジフト大会の時の、砂煙舞う中リリアに言われた言葉を思い出す。

魔法が使えないのであれば、下がっている他ない……わかってはいるけど、しょうがないとは思うけど、悔しくて情けない。

「いでよ、氷よ! せやっ!」

「そんな魔法じゃ、全然当たんないよ~」

デュースが放った氷塊は目標であったフロイドから大きく逸れる。続けて放たれたエースの攻撃も、ジェイドには届かない、どころか変な方向へと逸れた。

「嘘っ。オレがあんなハズしかたするなんて……」

「チッ、どいてろ。俺がやる! オラァ!! ……なにっ!?」

ジャックの攻撃も、やはり見当違いの方向へと飛んでいく。それを見たジャックが驚いたように目を見開いた。

「アイツらに魔法が当たる直前で、勝手に軌道が変わってる!?」

「へぇ、ウニちゃんは良く見えてんじゃん」

「やはり、陸の獣は目がいいんですねぇ」

フロイドとジェイドが楽しそうに嗤う。

「……ユニーク魔法、か?」

「小エビちゃんあったりぃ~。オレのユニーク魔法『巻きつく尾』は……お前らの魔法が失敗するように、横から邪魔出来ちゃう魔法なんだー。面白いでしょ」

ちっとも面白くねぇ! と俺の腕の中に居たグリムが小さな拳を振り上げて怒鳴った。

つまり、だ。どれだけ魔法を撃とうがフロイドがユニーク魔法を使っている限りは全て逸らされるってことか。ジェイドの口ぶりから、気分で精度にムラがあるようだが……今は絶好調ってところか。チクショウ。

「一旦引くぞ!」

3人も同じことを思ったのか、俺の言葉に頷いて身を翻し、来た道へと駆け出していく。

フロイドもジェイドも追ってくる気配はない……追う必要もないと思ってるんだろう。俺が条件を達成するにはあの2人の後ろにある博物館に入らなければならない。それすら、今は出来ていないんだから。

「くっそぉ、これでもくらえ!」

「アハハ、何度やったって同じだよ!」

エースが悔し紛れに放った魔法さえもフロイドは逸らし……え。

「ユウッ!」

「ッ、!」

フロイドによって逸らされた魔力の塊は、故意か偶然か俺の方へと飛んできた。避けようとして、水中でうまく身体が動かず避けきれない。ゴリ、と嫌な音がして左肩に激痛が走る。

「がッ……!?」

「ユウ、しっかりしろ!」

かくんと膝から力が抜けた俺の身体をジャックが支える。そしてそのまま脇に抱えるようにして走り出した。ジクジクと痛む肩越しに後ろをちらりと振り向けば、大きく目を見開いたままのフロイドが見えた。

その顔が迷子の子供のようで。何か声を掛けようか、と口を開いたところで、ざばりとジャックが鏡面から飛び出した。

一瞬にして景色が水中から鏡の間へと様変わりする。どうやら学校に戻って来れたようだ。

「はぁ、はぁ……お、お前ら無事か?」

「なんとかね……。って、そうだ、ユウ!」

「俺もヘーキ。さっきのは掠っただけだし」

「平気なわけないじゃん! 見せろよ、手当してやるからさ」

エースの手が俺のブレザーにかかった。

 

「やめろッ!」

 

バシン、と乾いた音が鏡の間に響いた。手を払い除けられたエースが目を丸くして俺を見つめている。エースだけじゃなく、デュースもジャックも驚いたようにこちらを見ていた。

「あ……、わ、悪い……」

「……びっくりした~……そこまで拒否んなくてもいーじゃん」

「悪かったって! ちょっと驚いて。……エースったらいきなり脱がせようとするから……!」

わざとしなをつくって恥じらうような動きをして見せれば、げぇ、とエースが嫌そうな表情を浮かべた。

「気持ちわりぃからやめろって! ……マジで大丈夫なの?」

「おう。掠っただけって言ったろ。もう痛みもだいぶ引いたし」

「ならいいんだけど……」

よしよし、上手く誤魔化されてくれたようだ。ジャックは物言いたげに鼻をひくつかせてるけど、ま、保健室に行くって言えばそこまでうるさく言わないだろ。

「ま、念の為保健室には行っとくわ」

「付き添うか?」

「大丈夫。それより3人はこれからどうするかの対策先に立てといてくれる? 正面突破は難しそうだし」

「そーね。じゃ、こっちは自称情報通のケイト先輩とかにも話聞いてみるか」

「俺もサバナクローに戻ってラギー先輩達に相談してみるか」

「じゃあ、ジャックちょっとグリム預かっててくれよ」

「わかった」

それじゃあ、と鏡舎へと向かう3人+1匹と別れて、俺は保健室の方へと足を向けた……ま、行かないんだけど。

 

:  :  :

 

「はぁ……、ッ、」

鏡の間から充分離れたところで、空き教室の中へと身体を滑り込ませる。ブレザーの内ポケットに入れておいたピルケースから錠剤を一粒取り出し口に含んだ。

水が欲しいところだが、生憎と持っていない。口の中に広がる苦みに顔を顰めながら、無理やり飲み込んだ。

「……あ゛~……」

心配してくれていたみんなに嘘を吐いた罪悪感と、熱を持った痛みと、知られたくないというプライドがごちゃ混ぜになって思考を掻き乱す。

「どーっすかな……」

壁に背をつけてズルズルと座り込んだ。窓の外からはグラウンドで行われている体力育成の授業に勤しむ生徒達の声が聞こえてくる。

おそらく、だけど。

ある程度監視はされているんだろう。じゃないといつ来るか分からない俺達を博物館の前で待ち伏せているのは効率が悪い。

鏡の間の近くに1人寮生を伏せさせて俺達が来たら連絡をさせて自分たちが向かった方が楽だろうしな。

水中に入ってしまえばあの双子の独壇場だ。多少の時間差なんてすぐに埋められる。

ぎしりと軋む音がした。

バァン、と大きな音を立てて、突然空き教室の扉が開く。すわ何事かと扉の方を向けば、スラリとした長身のシルエット。

「フロイド……?」

珊瑚の海で会った時とは違い、人間の姿をしたフロイドは、俺の姿を視界に入れるとほんの僅かに顔を顰め、開いた扉を乱暴に閉めるとズカズカとこちらへ歩み寄って来た。

はは、足が長いから逃げる暇すらねぇ。

「なにやってんの」

「作戦練ってる。どーやりゃお前ら出し抜けるかなって」

「……ふーん」

フロイドはつまらなさそうに俺を見下ろし、深くため息を吐いて頭をガシガシと掻く。そしてそのまま無言で俺の右隣へと腰を下ろした。

……え? なんで?

「……小エビちゃんさぁ」

「お、おう……?」

「…………ソレ、痛くねーの」

「ソレ……? ああ、肩か。薬飲んだし、そもそもそこまで深手じゃねぇよ」

そう言うと、フロイドはきゅっと引き結んでいた口元を少し緩めて、「そっかぁ……」とどこか安心したような声を出した。

気にしてたのか、コイツ。まぁ、どんだけ態度がアレでも図体でかくても、まだ17歳だもんな。

「お前のせいじゃないよ、フロイド。だから気にすんな」

座っているからいつもより近くなったフロイドの頭を右手でガシガシとやや乱暴に撫でる。

「よしよし、フロイドは心配してくれたんだよな~。いいこいいこ」

「ちょ、やめろって……!」

口では文句を言うものの、怪我人である俺に気を遣ってか手は出してこない。

1分ほど文句を言われながらも撫で続けていたら、そのうち諦めたのかされるがままになっていた。こうしていると、ウツボの人魚っていうか大型犬みが強いよなぁ。

「……小エビちゃんはさぁ」

「ん?」

髪の毛さらさらで羨ましいな~と思いながらしばらく撫で続けていると、ふいにフロイドが口を開いた。異なる色彩の瞳がじっと、何かを探るような目でこちらを見つめる。

「オレ達といるの、嫌だった?」

「……は?」

何を聞かれたのか、最初わからなかった。どうして今そんなことを聞くんだろうか。

その意図がわからない。

フロイドの顔は真剣だ。少なくとも、コイツの中では今のこの状況に関係する質問なんだろう。なら、疑問こそあれど、その質問には素直に答えるべきだろう。

「嫌なわけないだろ。楽しかったよ、お前らといるのも、モストロ・ラウンジで働くのも」

楽しかった、と過去形を使ってしまったのは少し嫌味たらしかっただろうか。けど、実際過去の事であるのは確かだ。あの場所に戻ることはもうないだろうから。

フロイドは俺の言葉を聞いて顔を明るくして、しかしすぐに不満そうに口をへの字に歪めた。

「じゃあ、なんで辞めたの」

「…………へ?」

今度こそ、思考が停止した。今、なんていった?

「……俺、自分から辞めるなんて言ってない、けど……?」

「え?」

「俺、なんかアズール達の不興を買うようなことやらかして、だから辞めさせられたんだと思ってたんだけど」

「は? 冗談きっついよ。だってジェイドに服返したんでしょ」

「服……?」

なんのことだ、と記憶の中を漁って、試験後にアズールからもらったオクタヴィネルの寮服を直してもらうためにジェイドの渡したことを思い出した。

…………ちょっと待て。まさか、それか?

「いや、確かにジェイドに服は渡したけど……」

「ほら! 小エビちゃんの嘘つき!」

「待てって! 返したつもりはない! あの服、でかかったんだよ!」

「……は?」

「主に腰回りがゆるくて、ヴィルにも指摘されたし直したかったんだけど服の直し方なんて知らないし。だからアズールに任せるのがいいかなって思って、そのつもりで渡したんだけど……」

「……それ、ほんとぉ……?」

「嘘ついてどーすんだ……ぅおあ!?」

言い切る前に、フロイドがガシリと俺の腰に両手を回した。そして顔を顰める。

「確かに……小エビちゃん、前より細くなってんね」

「だろ? ……いや、まさかそんな風に勘違いされてたとは……」

てっきりあれだけの会話でわかってもらえたのかと思ったけど、よくよく考えればそんなわけがなかった。

俺のために作った服を突き返された時のジェイドの心情を想像すると、申し訳なさしかない。これはいらない、と言われたようなものだ。そりゃ、辞めるんだって勘違いするのもわからなくもない。

……ああ、なんだ。全部俺が悪かったんじゃないか。俺の言葉が足りなかったせいで、今、こんなことになってるんだ。軋む音がする。

「なぁんだ、アズールとジェイドが勘違いしてただけぇ? じゃあ小エビちゃん、戻って……」

「それは出来ない」

「……あ゛?」

フロイドが言い終わる前に食い気味に言葉を重ねれば、フロイドの機嫌がわかりやすく下降する。その落差たるや。人を殺せそうな眼力に怯みそうになるが、ここははっきり言わないといけない。

だって俺のせいだから。

「……戻れねぇよ、もう。俺は、グリムやエース達を助けるって決めたから。だから、……お前は、お前達は俺が打ち砕かなきゃいけない”敵”だ」

すっとフロイドの顔から感情の色が消える。食堂で俺に声を掛けてきた時と同じ目だ。捕食者の目。その目の色が恐ろしくて、視線を床に落とした。

「ふぅん」

地を這うような声が響く。ぶわりと肌が泡立つ。本能がここから逃げろ、と警鐘を鳴らしていた。

「オレらの敵って言うならさぁ―――ここで絞められても、文句ないよねぇ?」

「フ、フロ……ぅぐ、ッ、ッ、!?」

フロイドの右手が伸びてくる。避けるよりも早く、その右手は俺の喉を潰すように首へと掛けられた。長い指が気道を絞め上げる。ぎちりと軋む音がする。

ちかちかと視界が明滅する。遠ざかる意識の向こう側に、何かを見た、気がした。

自分の部屋、散らかったテーブルの上、投げ出されたスマホ。窓の外にちらつく雪。ああ、これは……。

「……なんで、……」

フロイドが喉から絞り出したような声音で呟く。

急に息苦しさが消えた。一気に空気が肺へと入ってくる苦しさでじわりと涙が滲んでくる。

酸素不足でぐらぐらと揺れる脳内に耐えきれず、身体を丸めるように蹲る。ドスドスと怒ったような足音が遠ざかり、続いて乱暴に扉が閉じられた。

「ッ、はっ、はっ……」

耳に残っているのはさっきの声。泣きそうな声だった。フロイドを傷つけた。

追いかけて、謝って、許されなくても謝り続けて。それすら出来ない。

手を差し伸べようとしていたのを、拒絶したのは俺だ。勘違いでも何でもない、俺が選んだ。俺のせいだ。謝る権利なんてない。

意識的に深呼吸して、息を落ち着ける。いつの間にか窓の外は日が傾き、空の端がオレンジがかってきている。

「……戻らないと」

選んだ場所に。

 

:  :  :

 

 

サバナクロー寮に戻る頃にはもう日が暮れていた。周囲を警戒しながら鏡舎の鏡をくぐって、談話室へと急ぐ。

「ユウ!」

「やっと戻ってきたんだゾ~!」

「悪い悪い、保健室で爆睡してたわ。んで、どうよ?」

「それが……」

ジャックが眉間に皺を寄せる。その向こう側ではレオナとラギーがにやにやと口元を歪めていた。あ、うん、なんとなく察したわ。

「あの2人はジェイドとフロイドのこと、知ってたってことか」

俺の問い掛けにジャックは頷いた。だから食堂であんな反応したってことか。

教えてくれればよかったのに……とは思うが、マジフト大会の意趣返しだとしたら、まぁ、黙るしかないわな。

「相変わらず意地が悪いヤツらなんだソ!」

「まぁまぁ、落ち着けよグリム。怒りは思考を鈍くするだけだぞ」

俺がグリムを宥める一方、ジャックは悔し気に拳を握り、そこにはいないアズールを睨みつけるように眦を吊り上げた。

「アズールのヤツ、最初から邪魔するつもりで契約を持ちかけたってことか?」

「当たり前だろーが」

ハッ、と笑って吐き捨てたのを、ラギーが拾って続ける。

「リーチ兄弟はアズールくんの手下で、契約者から担保と代償をきっちり取り立てることで有名ッス。契約の達成条件をクリア出来ないよう邪魔をしてくるって噂もね。……ユウくん、あそこでバイトしてたのに知らなかったんスか?」

「俺はほとんどキッチンから出ることなかったしなぁ」

「なんて卑怯なヤツらなんだゾ! うぅっ……。ユウが負けたら、オレ様ずっとアズールにこき使われちまうのか?」

イヤなんだゾ! とグリムが半泣きで縋りついてきたのをひょいと抱えてあやすように小さい背中を撫でてやる。毛並みがゴワゴワだ。全身をスポンジみたいにしながら皿洗いしてたもんな。

「大丈夫だ、グリム。俺がなんとかしてやるから」

「…………」

「レオナさん?」

いつの間にかにやにや笑いをやめたレオナが何かを考えるような表情でじぃっと俺へと視線を注ぐ。ラギーがその様子を見て不思議そうに声を上げた。

「アズールのユニーク魔法は『黄金の契約書』」

「へ、」

「『特別な契約書にサインを取り付ければその対象から能力を1つ取り上げられる』。しかも、契約違反が生じた場合、違反者はアズールに絶対服従状態にされちまうって話だ」

「発動条件が難しい魔法ほど、効果は大きいって言うけど……タチ悪いッスよね~」

「……」

「取り上げた能力は契約書に封印されていて、アズール本人はいつでも使えるらしい」

つらつらとアズールのユニーク魔法に関して話し出すレオナとラギーに、警戒心がふつふつと沸き始める。これが他の奴だったらまだ素直にへぇ、と受け入れられたかもしれないけど、相手はレオナとラギーだ。なにか裏があるとしか思えない。

「!! じゃあ、アズールが難易度の高い魔法を何種類も使いこなしてたのは、まさか……」

ジャックは俺と違ってレオナ達の言葉を素直に受け入れ、驚愕している。うーん素直。そのままのお前でいてくれ。

「十中八九、契約者から担保として奪った能力でしょーね」

「なんて奴だ! なにからなにまでインチキってことじゃねぇか!!」

「ユニーク魔法自体が超レベル高いんで、全部インチキとも言い切れないッスけど」

「俺も能力を担保に取引したことがないからどういう理屈かはよくしらねぇが」

「え、ならレオナはなにを担保にしたんだ?」

「え? それなら、レオナ先輩はなにを担保に取引を?」

俺とジャックの声が重なる。レオナは不機嫌そうに唸り声を上げて「思い出させるな」と言った。その表情から見るに、これ以上追及したら機嫌を損ねそうだ。

「……で、だ。その特別な契約書がある限りアイツとの契約は継続する。だからアズールは、言葉巧みに契約を持ちかけ……」

「達成不可能な条件でサインをさせる……ってわけッス」

「アズールに勝つ一番の方法は、”契約しない”ってことだな……ハッ」

馬鹿にしたように鼻を鳴らすレオナ。なぁるほどな。つまり俺達の、いや、俺の勝ち目は限りなく低いってことか。

……それでも、俺はこの状況を、アズールをどうにかして打ち破らなければならない。

どうしよう、と俺の腕の中で目を潤ませる相棒を助けてやらなきゃいけないからな。

……いやぁ、まぁ、コイツの場合自業自得だからそこまでする必要も無いかもしれないけど。

とにかく。もう賽は投げられた。あとはどうにかこうにか進んでいくしかない。

「……契約を達成するには、アトランティカ記念博物館から写真を取って来るしかない。けど、博物館は海の中だし、水中ではジェイドとフロイドにはどうしたって勝てない……」

「ユウ?」

ジャックの心配そうな呼びかけには応えず、ぶつぶつと呟きながら今まで起きた出来事を並べ立てていく。視界の端でレオナが再び愉しそうに目を細めた。

「契約の達成条件をクリアすること自体が物凄く難しい……なら、契約そのものをどうにか破棄すれば……?」

「そうだなァ。もし俺がお前の立場だったら、まずなんとかして契約書を破る方法を考えるぜ」

「ああそうか。契約魔法自体は契約書を土台にしてるから、それを破っちまえばいいのか」

「でも、あの契約書は無敵なんだゾ!?」

「はぁ……お前ら、本当に脳みそがちいせぇな」

「他人のなりすましとか、詐欺にあっさり引っかかるタイプッスねぇ」

「現にグリムは詐欺というかアズール達に引っかかってるだろ」

「そうだったッスね」

「ふな゛っ! ユウはオレ様とレオナ達、どっちの味方なんだゾ!?」

「事実を言ってるだけだろ。……っていうか、なんでグリムもジャックも契約書が絶対破れないって思ってるんだ?」

そもそもそこが疑問だったんだよな。

ジャック曰く、攻撃が効いてなかったという。ふむ、それは俺がブチ切れてモストロ・ラウンジから出てったあとの話か。俺が知らなくて当たり前だ。

けど……とジャックが言い募る前に、ラギーがハッタリの可能性を指摘した。

ま、多分そうだろうな。リドルにせよレオナにせよ、完璧なユニーク魔法なんてない。どこかに隙はあるだろう。

「あの『黄金の契約書』にも必ず弱点はある……。海の中でリーチ兄弟に挑むより、地上で契約書の”弱点”を暴くことを目指したほうがまだ勝算は高い……ってことか」

「そういうこと。ま、地上でもあの3人に付け入る隙があるかっつったら、あるとは言い切れねぇけど」

「でも、なんかそれって反則くせぇな」

「向こうの妨害だって反則みたいなもんだろ」

「そうだな。大体、アイツらはなにも知らない草食動物を騙して、身ぐるみ剥ごうって悪党だぜ。遠慮する必要がどこにある? 卑怯だろうが場外乱闘だろうが、契約が無効になりゃこっちの勝ちだろうが」

ふふん、と笑みを浮かべるレオナを、ラギーが「骨の髄まで卑怯者!」と褒め……それは褒めてるのか? いやでもレオナは満更でもない顔してるし、ラギーは笑ってるし、この2人の間では誉め言葉なんだろう。

「お前ら、さては前回の反省してないな?」

「言ったろ? 俺はいつだって全力を尽くす、ってなァ」

「わっるい顔。手段は問わないってか」

「……目には目を、歯には歯を、か」

よし、とジャックは腹を括ったらしい。残り2日で、どうにか契約書を破れればいいんだけど、レオナもラギーも協力して動いてくれないみたいだし。引き続きエース達と一緒にアズールを監視してチャンスを狙ってってとこか……。なんとか……なるかぁ?

 

:  :  :

 

「おいユウ、これなんだかいい匂いがするんだゾ!」

もう寝る、というジャックに合わせて、俺達は部屋の主よりも先にレオナの部屋へと戻ってきて寝る準備をしていた。とは言っても布団を敷くだけだけど。

……なんで朝片付けたのに、また散らかってんだ……? 赤ちゃんかアイツ……。

しょうがない、と朝と同じように服をまとめたり本を積み直したりしていると、グリムがどこからか琥珀色の液体が入った瓶を持ってきて匂いを嗅いでいた。

「おいグリム、あんま勝手にいじるなよ。あとで怒られるのは俺なんだからな」

「これだけいっぱいあれば、ちょっとくらい飲んでもバレないんだゾ!」

「おい馬鹿、やめろって!」

制止も聞かず、グリムが手近にあったグラスに液体を注いで舐めた。ら、ぶっ倒れた。

「グ、グリム!?」

きゅう、と目を回しているグリムに駆け寄り小さな身体を揺さぶる。なにかやばい魔法薬とかだったらどうしよう。

「大丈夫か、おい、グリム!」

「へへへ……なんだかいい気分なんだゾ……」

「……は?」

マジでなに飲んだんだ、とグラスに鼻を近付ける。ふわりと香る芳醇な匂い。おい待て、これ、嗅いだことあるぞ?

中に入っていた液体を舐めるように口に含む。口の中に広がるアルコールの辛さとほのかな果実の甘味。

これ…………ブランデーだ!!!

「しかもうっま……!」

上級者は甘みをまろやかな口当たり、とかいうらしいが、まさしくこれがそうだ。

久々に飲んだワイン以外の酒に頭が一気に馬鹿になる。とくとくと瓶の中身をグラスに移し、ぐびぐびと飲んでいく。

わかってる、ブランデーはこういう飲み方するもんじゃないって。香りと味を楽しむものだって。

でも、久しぶりにブランデーにテンションが上がった。

「っくぅ~~~~~めっちゃうめぇ……」

「そうだろうなァ。夕焼けの草原の一級品だからな」

「なぁるほど、どおりで美味いは……ず……」

「どうした?」

ひぐっ、と喉が鳴る。いつの間にか部屋の主であり、このブランデーの持ち主であるレオナが後ろに立って、獲物を前にした獣の目で俺を見下ろしていた。

「俺のものに手を出すたぁ、いい度胸じゃねぇか」

「え、えーと。ははは……」

どうやってこの場を収めるか。味見とか興味がわいて、とかそんな言い訳は出来ない。なんせ今しがた自分で注いで一気飲みしたところだ。レオナがどこから見ていたかわからない以上、下手なことは言えない。

助けを求めるようにレオナから視線を外したところで、オンボロ寮から持ってきた自分の鞄が目に入った。

あ。

「悪かった! 代わりにこれで手を打ってくれないか?」

鞄の中に手を突っ込んで目当てのものをレオナの前へと突き出す。

リリアからもらった、珍しいワインだ。タルトを盗んだらタルトを返す。酒を盗み飲んだら酒を返せばいい。……と、思ったんだけど。

「あ? ……おい、なんでテメェがこんな上等な酒持ってやがる」

「これはリ……知り合いにお土産でもらったんだよ」

リリアからもらった、と言いかけて、そういやコイツマジフト大会の時リリアに盛大に煽られてたなと思い出して咄嗟に誤魔化した。

ここでリリアの名前を出してへそを曲げられるのは俺にとって非常によろしくない。

上手く誤魔化せたかはわからないが、レオナはワインの瓶をまじまじと見つめた後、ため息をひとつ吐いて俺の手から瓶を取り上げた。

よかった、どうやらこれで見逃してくれるようだ。

「おい、なにぼさっとしてやがる。こっちに来い」

「は?」

「イケるクチなんだろ。付き合えよ」

レオナはワインの瓶と自分用のグラスを持って、窓際にある椅子にどかりと腰を下ろし、小さめの円形テーブルを挟んだ向かい側の椅子を顎で指し示した。

一緒に飲め、ってことなんだろうか。

「さっさとしろ」

「わかったよ……しかしお前、一応学生だろ。いいのかよ」

「ここじゃ俺が法律だ」

「あっそぉ……」

もーいいや。レオナがいいって言ってんだし。酔い潰れたグリムを布団の上に置いてから、指し示された椅子に座り持っていたブランデーをグラスに注いだ。

「乾杯しとくか?」

「気色わりぃ」

とか言いつつ、レオナはグラスを掲げる。チン、とガラスとガラスがぶつかる高い音が薄暗い室内に響き渡った。

口の中を湿らせる程度に飲んだブランデーは、元居た世界でも飲んだことがないくらいまろやかな口当たりで、いくらでも飲めてしまいそうだ。これ、いい気分になってぱかぱか飲んでたら危険だな。

同じようにワインを口に含んだレオナは軽く眉を上げている。尻尾がゆらゆらと揺れてるのを見るに、どうやら口にあったようだ。ゆるりと細められたエメラルドの瞳が俺の方へと向けられる。

「……で?」

「は? なにが?」

「その肩、どうした」

「……なんのことだ?」

「ハッ。俺の鼻を誤魔化せると思うなよ」

「まぁ、そうだよなぁ……。魔法の流れ弾でちょっとな」

「鈍くせぇヤツ」

「うるせぇ」

レオナが空になったグラスを差し出してくる。へいへい、お酌しろってか。

「どっちにする?」

「ワイン」

「オッケー。ブランデーもうちょいもらっていいか?」

「好きにしろ」

自分のグラスにもおかわりを注ぐ。ここまでちゃんと飲むならなにかおつまみ用意すればよかったな。……いや、本当は明日に備えて寝るつもりだったんだがな。

ぽつぽつと他愛のない会話をしながらグラスを傾ける。リリアと飲む時とは違う、静かな雰囲気。こういうのもたまには悪くない。

「にしても、どういう風の拭き回しだ?」

「え? なにが?」

「今回の件だ。テメェには直接関係ないだろう」

「あー、まぁね。最初はさぁ、俺も見捨てるつもりだったよ。他人の努力の上澄みだけ掬って楽しようとする奴らなんか、大嫌いだ」

「……」

ぎゅ、とグラスを握りこむ。琥珀色の液体に映った自分は酷い顔をしていた。

グリムへもエースへもデュースへも、許せない気持ちはまだある。でもそれ以上に情がある。本当に困ってて心から俺に助けを求めるのであれば、答えなければいけない。俺はあいつらよりも年上で、大人だから。大人は子供を手助けするものだ。

「……でも、ま。あいつら友達だし。だから……」

「本当にそれだけか?」

「へ……?」

レオナの鋭い眼光が俺を射貫く。ドキリと胸がいやにざわめいた。

含むところなんてないのに、レオナはなにかを探ろうとじっと俺を見つめてくる。

なにもない、なにもないはずだ。だって。俺は。

ぷかりと泡みたいに脳内に浮かび上がったとある気持ちを追い払うように、グラスに残っていたブランデーを一気に飲み干した。アルコール度数が高い酒を一気飲みしたことで酔いが勢いよく回り、ぐらりと視界が揺れる。

「ぅ……」

「おい馬鹿、なにやってる」

テーブルの上に突っ伏しそうになった俺の身体を、間一髪で伸びて来たレオナの腕が支えた。あぶない、あぶない。

「わ、るい。たすかった」

「酒が零れたらどうしてくれる。誰が掃除すると思ってんだ」

「……ラギーだろぉ……?」

「ったく……。オラ、立て!」

無理やり立たされて、敷いておいた布団の方へと引きずられていく。途中苛立たし気な舌打ちが何度か聞えてきた。ああ、これは明日の朝めちゃくちゃに怒られるやつだなぁ。とどこか他人の事のように考えていた。

「意外と面倒見がいいよな……あれか、甥っ子がいるからか……」

「グルル……それ以上喋んな」

「はは、照れてんのかぁ? 可愛いところもあるじゃん……。レオナは卑怯だし性格悪いし横暴だし傲慢だしもっとしっかりしろよって思うけど……」

「喧嘩売ってんのか?」

「レオナは、」

何かを、言った気がする。でも覚えていられない。ゆらゆらと酩酊した意識が深いところへと落ちていく。

やけに冷静な頭の一部が囁いた。そのまま、目を逸らし続けろと。自覚したらきっと、後悔すると。

わかってる。だから、わざと一気に飲んだんだ。誰にも、自分にも知られないようにするために。

 

“――――――――。”

 

ぎしりとなにかが軋む音がした。

 

:  :  :

 

状況を、整理しよう。昨日寝る前になにをしたか思い出そう。

確か昨日は、うん、レオナの部屋でブランデー見つけて。そんでもって成り行きでサシ飲みすることになった。ここまではきっちり覚えてる。

問題はそのあとだ。

途中から記憶が曖昧になってる。何か言われて、ブランデー一気して酔いが回って崩れ落ちた、ような、気がする。多分。

「……おれぇ、夢小説は専門外なんだけどぉ……?」

がっしり肩に回された褐色のたくましい腕。頭の上で聞える規則的な寝息。

これ、うん、あの、うん。どう解釈してもレオナの抱き枕にされてるな……?

いやいやいやいや。マジでなんでこうなった。どうした。俺にやることじゃないだろう。ラギーにやってくれ。そしたら心の底から「朝チュンじゃん!」って喜べるんだ。

このままじゃやばい。起こしに来たラギーに誤解される。

「ぐぬぬぬ……この、」

レオナの腕を持ち上げようとするけど、鍛え上げられた腕はなかなか持ちあがらない。

筋トレ、始めるかなぁ……。ははは……。

あまりの自分の非力さに遠い目で現実逃避を始めた俺の耳に、扉が開く音が届いた。

「はよーッス。レオナさん、ユウくん、グリムくん。朝ッ……」

まん丸に見開かれたスカイブルーの瞳が、ベッドの上の俺とレオナを捉える。

しばらくの沈黙のあと、ラギーが口を開いた。

「えぇと、腰、朝練に支障ありそうッスか?」

「誤解だッ!!!」

ラギーの協力でなんとかレオナの腕の中から抜け出て、誤解だ、何もなかったと訴える。俺のあまりの必死さに、ラギーは信じてくれたようだ。俺は俺じゃなくて、お前とレオナがデキてて欲しいんだよ!

起きてきたレオナに昨日の質問をしたら、とんでもなく微妙な顔をしたあと目を逸らされた。いや、俺マジでなにやったの?

「ユウ、ぼーっとしてどうしたんだゾ?」

「えっ、ああ。今日は流石に授業に出ないとなって」

「えーッ!」

「文句言わない。ジャック、また昼休みな」

「おう」

ぶうたれるグリムを荷物ごと抱えて教室へと向かった。まだ早い時間だからか教室内にクラスメイトの姿はない。後ろの席を自分の分とエース達のぶんキープしておく。

なんとなくだが、あの2人今日遅くなりそうな気がするからな。

予想通り予鈴ギリギリに教室に飛び込んできたエースとデュースを、取っておいた席に座らせる。

何か言いたげな2人を制止して「昼休みに」と言えば同時にコクリと頷いた。

眠気を噛み殺しながら授業を耐え、昼休みを告げる鐘が鳴ると同時にエース達を引っ張って教室の外へと出て、昨晩の話を聞かせる。

エースもデュースもなるほど、と頷いていた。語尾に「卑怯だけど」と付いてはいたけど。

「うるせ~! もう卑怯だとか言ってる場合じゃねぇんだゾ!」

「手段を選べるほど俺達に余裕はないからな」

「それに、卑怯って言うならアズール達だって同じだろ。最初から邪魔するつもりで海の中に写真を取りに行けっつってきたんだ。レオナ先輩は確かに卑怯者だけど、頭はキレる天才司令塔だ。チャレンジして見る価値はあると思う」

「なんか卑怯って言葉が飽和してきたな……」

デュース、お前飽和って言葉知ってたんだなと言いかけて飲み込んだ。

「リーチ兄弟はウツボだったけど、アズールも海の中ではあんなカンジなんかな」

「そういえばレオナ先輩はアイツをタコ野郎って呼んでたような」

「ってことは……アズールはタコの人魚か? ……タコって、魚か?」

「さぁ……?」

「それより、契約書ってどこにあるんだろうな」

「ああ、それならなんとなく検討はついてるぞ」

え、と見開かれた目が4対、俺の方へと向く。

何度か足を踏み入れたことがある、VIPルーム。十中八九あそこだろ。今思い返せばアズールが商談と言ってたのは生徒達との契約の事で、その時もVIPルーム使ってたしな。

大切なものなら持ち運びする際のリスクを極限まで無くしたいだろう。俺ならそうする。

「モストロ・ラウンジのVIPルームだ。あそこに金庫あったろ」

「言われてみれば……確かに怪しいな」

昼休みであれば人もいないだろう、と満場一致で校舎を出て鏡舎へと向かうことになった。周囲を警戒しながらオクタヴィネル寮の鏡へと入っていく。

ここからは一番慣れているヤツが先導するべきだろう、と主張し先頭を買って出た。

この中の誰よりも通ったこの場所が、もう懐かしい。オクタヴィネル寮に来るのはこれで最後になるといいんだけどな。

「右よし、左よし。野郎ども、オレ様に続くんだゾ!」

「まだ誰もいねぇみたいだな」

「……」

あんまりにもあっさり着きすぎて、拍子抜けだ。てっきり見張りくらいは立ててるかと思ったんだが。……落ち着かないな。

「金庫は暗証番号と鍵の二重ロックか。かなり厳重だ」

「流石に俺も暗証番号まではわからないからな」

「……!! 誰か来る!」

突然ピン、と耳を立てたジャックが短く警告を口にした。

他寮に忍び込んでいるなんて言い逃れができない状況だ、来ているのがアズールじゃないとしても、隠れる必要がある。

でもこの部屋に隠れる場所なんて……あそこくらいしかないか。

「こっちだ!」

3人を引っ張って、大きな執務机の後ろへと身を滑り込む。ガチャリとドアが開く音がするよりも早く、それでもギリギリのタイミングで全員が身を隠すことが出来た。

「さてと……」

入ってきた人物が漏らした声は、1日振りに聞く声だった。アズールだ。

机の陰からこっそりとその背を盗み見る。アズールは金庫の前にいくつか手元で操作したあと金庫を開いた。

そして、中から取り出した『黄金の契約書』を数えてほくそ笑んでいる。

青年誌に出てくる悪徳金融会社の社長みたいなことしてんな、アイツ……。

しばらく数えた後、満足したらしい。再度契約書を金庫へ戻してVIPルームを出ていく。

アズール、アイツまさか昼休みごとにこんなことしてんのか?

「………………フゥ~」

執務机の裏から這い出して、一息吐く。見つからなくてよかった……。

「……待て! 見ろ、テーブルの上に1毎契約書が置きっぱなしになってるぞ」

「マジか、ラッキ~♪ 拝借して、破けるかどうか試してみようぜ」

……そんな、都合の良いことあるか? あのアズールが、そんなミスするか?

あり得ない。

「ッ、待て! それ罠だ!」

止めるよりも先に、俺を除いた面子の手が契約書に触れた。瞬間、閃光が飛び散った。

「「あばばばばばばばばば」」

「あぁ~……言わんこっちゃない……」

どうやらアズール以外が触れたら電流が流れるようになっていたらしい。

……もしくは。

「おやおや、電気ナマズの攻撃でもくらったように震えて……。無様ですねぇ、みなさん」

当たりか。VIPルームにアズール、そしてジェイドとフロイドが踏み込んできた。

3人とも隙無くマジカルペンをこちらに向けている。

「てめーら、気付いてたのか!」

「当たり前でしょう。机の下から丸見えでしたよ、そのフサフサの尻尾がね」

あっちゃあ……。ジャックの尻尾をしまうのを忘れてたか。いや、それがなくてもアズールはきっと俺達に気付いていただろう。と、言うよりは俺達が忍び込むのを予測していたと言った方が正しいか。

「どうやら君たちは契約書を盗もうとしていたようですが……実は、僕以外が触れると電流が流れる仕組みになっているんです」

残念でしたね、とアズールが笑う。本当か、それともハッタリか。

オクタヴィネルの3人は顔にこそ笑顔を浮かべているが、その目は笑っていない。

ここで捕まってしまえば、リミットである明日まで拘束される可能性すらある。なんと隙作って逃げねぇと……。

後ろ手で執務机の上を漁る。ちょうど書類の束が指先に触れた。

「……お、らぁッ!」

迷ってる暇なんてハナから与えられていない。書類の束をひっ掴んで、ボールを投げる要領で振りかぶってアズール達の方へと投げた。

俺達の方へと足を踏み出したジェイドとフロイドの前に舞い散る書類。

攻撃力に期待はしていない。一瞬でも隙が出来て、ついでに目くらましにでもなれば。

「―――今だッ!」

俺の意図に気付いたジャックが胸ポケットからマジカルペンを引き抜き、アズールへ向けて魔法を放つ。それが合図となり、魔法の撃ち合いが始まった。

今度は巻き込まれないように、出来る限り壁際に寄る。魔法が使えない俺の優先度は低い。ジェイドがちらりと視線を寄越したが、すぐに逸らされた。

その時の目が、まるで憐れまれているようで。

知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。俺だって、俺だって魔法が使えれば。

「クソッ、召喚魔法は得意じゃねーけど……出でよ、大釜!」

「おまっ、僕の真似するな!」

エースがマジカルペンを振り、デュースのように大釜をフロイドに向けて召喚する。

「昨日も言ったじゃん。そんなん当たんねーよ! 『巻きつく尾』!」

フロイドが打ったユニーク魔法は、大釜を確かに逸らした。が、逸れた大釜はまさかの金庫に打ち付けられた。みしりと金庫が大きく揺れた。

「フロイド!! どこに向けて魔法を打ってるんだ! 金庫に向けて逸らすやつがあるか!!」

アズールの怒号が飛ぶ。平常時の慇懃無礼な敬語ではなく、素の怒鳴り声だ。

余程金庫に傷を付けられたのが癇に障ったらしい。

「あ、ごめーん」

対するフロイドはまったく気にしておらず、軽い調子で謝罪を口にした。

しかしアズールはそれを無視して金庫に駆け寄りダイヤルや蝶番をチェックしている。

……これは、もしかするとチャンスかもしれない。

くい、とジャックの制服の裾を引く。

「もしかしたら、このあと隙が出来るかもしれん。俺はグリム抱えるから、エースとデュース引っ張ってって」

「……! わかった」

いつでも動けるように身構えておく。

金庫を確認し終わったアズールがフロイドを激しく叱責した。……今だな。

「ジャック、行くぞ!」

「おう!」

「「えっ?」」

予定通り俺はグリムを抱えて、ジャックは両手でそれぞれエースとデュースの手を引きVIPルームを飛び出す。

すぐに追いかけてくるかと思ったが、遠ざかるVIPルームの入口からはアズールの怒鳴り声が聞えてくるだけだ。

鏡面から転がるように飛び出た時、全員の息が上がっていた。

「はぁ、はッ……ここまで来れば……」

「大丈夫だろ……」

それでもこの場に留まり続けるのは危険だ。小鹿の様にガクガクと震える足を叱咤して、校舎の方へと歩を進める。

「ふぅ、ヒヤッとしたな」

「もー。ジャックがデカいから」

「なっ……お前らより鍛えてるだけだろうが!」

「はいはい。今日はここまでにしようぜ」

「貴重な1日を棒に振っちまったんだゾ」

「夜にもう一度レオナ達に相談してみるか……あんま期待しない方がいいだろうけどな……」

落胆するグリム達を宥めながら校舎へと戻る中、ふと感じた違和感に内心首を捻っていた。

なんだろうな、この喉に小骨が引っかかったような感じ。もうちょっとで、わかりそうな気がするんだけど。

 

:  :  :

 

「いてて……ったく、手加減くらいそろそろ覚えろよ……」

冬の日没は早い。放課後グリムと一旦別れてから野暮用を済ませていたら、いつの間にか外は暗くなっていた。

さっさと帰らないと……と駆け足で進み、寮が見えてきたところで気が付いた。

「あー……クセでこっち来ちまった……」

目の前に聳え立つのは仮宿であるサバナクロー寮……ではなく、オンボロ寮。急いでいたからか無意識にこっちの方に来てしまったようだ。

遠くから見るオンボロ寮には灯りが灯っている。おそらく、オクタヴィネル寮の奴か哀れなイソギンチャク共が寮の中を片付けているんだろう。ゴーストのおやっさん達、無事だといいんだけど……。

「あと1日、か……」

いつまでもサバナクロー寮にはいられない。なんとしてでもあの場所を取り戻さなければ。

「ん……? なんだこれ」

気付くと黄緑色の光が周囲をふわふわと舞い踊るかのように飛んでいた。

蛍……にしては季節が外れすぎてないか?

「…………ん? お前は……」

「あれ、ツノ太郎」

ざり、と石畳を踏む音が背後から聞えて、振り返れば見覚えのある奴がそこにいた。

烏の濡れ羽色、という言葉がぴったりな黒髪に不健康そうな肌の色。

マジフト大会前に出会った、顔がめちゃくちゃ良いディアソムニアの厨二病くんだ。

「ツノ太郎? ツノ太郎とは、……まさか僕のことか?」

「あ、やべ。……好きに呼べっつったのはそっちだろ」

「それは……そうだが……。ふっ……ふふ、ははは!」

ぎょっとしていた顔をみるみるうちに崩して、ツノ太郎は笑い出した。

お気に召した、というよりは予想外過ぎて思わず笑ってしまったって感じか。

「この僕をツノ太郎とは! 本当に恐れを知らないとみえる」

こいつ、さては「おもしれ―女」って言って√に入るタイプのキャラだな? だから夢小説や乙女ゲームは専門外なんだけど俺。

「まあいい。好きに呼べと言ったのは僕だ。その珍妙なあだ名で僕を呼ぶことをお前に許す」

「えっいいのかよ。じゃあ今度廊下とかで会ってもそれで呼ぶから、怒るなよ?」

「もちろんだ。僕はそこまで狭量ではない」

それなら遠慮なく呼ばせてもらおう。あっ、そういえばリリアにツノ太郎のこと聞くの忘れてたな。本名とか学年くらいなら知ってるだろうし、次に飲み会した時こそ聞くか。

「……ところで、ここ数日寮の中が騒がしいようだが、お前達の他にも寮生が入ったのか?」

「あ、あー……まぁ、ちょっと色々あって……」

「ふむ。なんだ、話してみろ」

俺が言いづらそうにしているとツノ太郎は「早くしろ」とせっついてきた。どうやらコイツの中で俺達の事情を聞くことは決定事項らしい。

身内の恥を晒すようで情けないが、ちょっとやそっとじゃツノ太郎は引かないんだろう。

「……実は、」

これまでにあったことをところどころ端折りながらツノ太郎に説明していく。

ふんふん、と相槌を打ちながら俺の話を聞いていたツノ太郎は、全部を聞き終えるとしばらく考え込むようなそぶりを見せた。

「なるほど……そうか。では、きっと明日の日没後にここはアーシェングロットの所有物となり騒がしい生徒達の社交場となるだろう」

「いや、いやいやいや! まだ達成出来ないって決まったわけじゃねぇからな?」

なんでこいつ俺が負ける前提で話してんだ! そりゃ、まぁ、負ける可能性の方が今は高いし、打開策や解決策は何一つ持ってないのは事実なんだけど。

「…………。ところで、この寮の壁には、見事な彫刻のガーゴイルがあるな」

「は??」

いきなり何の話だ? 天然の人か? ガーゴイルとか今この場では世界一どうでもいいんだけど?

「ガーゴイルというもは、一見禍々しい姿をした怪物の彫刻に見えるが、実は、雨水が壁面を汚さぬように作られた雨どいの一種なんだ」

「あ、続けんのね」

真顔で話すから、これが冗談でガーゴイルの話を始めたのか本気で話してんのかわかりづらいんだよなぁ……。

「見た目こそ恐ろしいが、あれらは屋敷を大切に慈しむ存在……ということだな」

「ふーん。見た目の割に良い存在、ってことか?」

「目に見えるものとその実態は時として真逆なこともある。……この場所が毎夜騒がしくなるのは僕も遠慮願いたい。せいぜい足掻いて、寮を守ってみせるがいい」

だったらお前も協力してくれよ、と言う前にツノ太郎は前と同じようにファンタジックな効果音をさせながらその姿を闇夜に溶かした。

マジで……なんだったんだ……?

首を傾げながら、オンボロ寮に背を向けて鏡舎の方へと歩き出した。

 

:  :  :

 

「ただいま~」

「おかえりユウくん。遅かったッスね。早速だけど、働いてもらうッスよ!」

サバナクロー寮まで戻って来たところで、鉢合わせたラギーに引きずられてレオナの部屋へと連行される。

朝振りに入ったレオナの部屋はそれはもう散らかっていた。待て待て。俺今日の朝にも一回片付けてるはずなんだけど?

「毎度毎度……なんで1日と経たずにこんな散らかせるんだよ」

「ユウくんもっと言ってやって」

「うるせぇ。宿代分、きっちり働け」

「アズールにもこき使われ、レオナにもこき使われ……オレ様、もうボロボロなんだゾ。とほほ」

「元はと言えばグリムがアズールと契約したからだろ。ほら、あとからブラッシングしてやるから。ツナ缶も買ってきてあるぞ」

「ユ、ユウ~~!」

部屋中に散らかっている脱ぎっぱなしの服を回収して、ラギーが持ってきた洗濯カゴに片っ端から突っ込んでいく。色物とか白物は後からラギーが分けるだろうから、特に気にせず入れる。それが終わったら無造作に投げ捨てられてる本を拾って本棚へ収めていく。

「にしても、なんでツノ太郎はあんな話し始めたんだ……?」

思い返してみれば、あれはツノ太郎なりのアドバイスだったのかもしれない。じゃなけりゃ手に負えない天然ってことになる。…………その可能性もなくはないけど。

目に見えるものと、その実態は真逆なこともある。

なんだか引っかかる。そう、今日の昼にモストロ・ラウンジから逃げ出したときに感じたものと同じだ。

「こーら、ダメ。それはオレが狙って……じゃなかった。なくなったら、すぐにバレるんスからね」

ラギーの声が聞えて、そちら側へと視線を向ける。どうやらグリムが机の上に無造作に放り出されてた高価そうなアクセサリーを盗もうとしたらしい。

あ、あいつ……。後から教育的指導だな。

「レオナさんも、貴重品を出しっ放しにするのやめろっていつも言ってんのに。盗られてからじゃ遅いんスよ!」

「るっせぇな。俺のおふくろか、テメェは」

おふくろっていうか奥さんじゃない? はー、こんな時までレオラギ見せつけてきますわ……。切羽詰まった状況じゃなきゃ、心行くまで妄想するのに。

「別に盗まれたって大したもんじゃねぇし。どうだっていいだろ。俺から盗む度胸があるヤツは、盗めばいい」

「大したもんだから言ってんスよ!」

レオナにとっては大したものじゃなくても、ラギーから、というか世間一般的に飛んでもない金額がするアクセサリーなんだろう。

貴重品なんだから、簡単に盗めるようなところに…………。

…………。

「……待てよ?」

アズールの契約書は、絶対破れない。その上、アズール以外が触れたら電流が流れる仕組みになっている。

嘘か真かはわからないが、それがもし本当であるのであれば。

見かけと実態は真逆。

「あ、あ、ああーーーーーーーーーッ!!!」

「うわっ!」

「びっくりしたんだゾ……。ユウ、どうかしたのか?」

「金庫なんて必要ないんだ!」

「はぁ……?」

「あの黄金の契約書、アズール以外が触れないし破れないんなら、金庫にしまう必要なんてない! 盗めないんだから!」

「……ハッ! ハハハ! そうか、なるほどなァ!」

俺の言葉の意味をいち早く理解したレオナが笑い声を上げる。

「テメェ、面白いこと考えるじゃねぇか」

「レオナが貴重品放り出しっ放しにしてるおかげで違和感の理由がわかったわ!」

「おい、それは褒めてんのか、それとも貶してんのか?」

何の話だ、と目を丸くしてるグリムとラギーにレオナがかいつまんで説明した。

最初は怪訝そうな表情をしていたが、説明が終わるころには2人とも「なるほど」と膝をたたいた。

「無敵の契約書の弱点がわかった今、さっそくオクタヴィネルに殴り込みに……」

「問題がもう1つあるッス」

「ふなッ?」

「ユウくんの予想が当たってたとしたら、リーチ兄弟が必ず妨害してくるはず。正直、金庫よりすげー攻略が難しいと思うんスけど」

「ああ、それについては既に作戦思いついたからいけると思う。なっ、レオナ!」

我ながらさわやかな笑みを浮かべていると思うのだが、俺の笑顔を見たレオナは物凄く嫌そうに顔を顰めた。失礼な奴だな。

「オイ。お前が今なにを考えてるかだいたいの予想がつくが……俺は、絶対に手を貸さねぇぞ」

「ふぅん。お前にも関係があることだし、利益だってあると思うぞ?」

「あん?」

レオナを手招きして呼び寄せて、焦げ茶色のふわふわの耳にヒソヒソと耳打ちする。途端、レオナの表情が一変した。

例えるなら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。いつも余裕そうな奴がこういう顔をするのを見るのは、気分がいい。

声は最小限に、かつ距離を取ったからか聞えなかったらしく、ラギーとグリムは不思議そうん表情を浮かべている。

「な。協力してくれるよな、レオナ?」

「テメェ……」

グルル、と怒りで喉をならしてはいるが、それ以上の言葉は飛んでこない。

頭の良いレオナならおそらく乗ってくるはずだ。

にぃ、と口の端を吊り上げる。今の俺は、ナイトレイブンカレッジの生徒に相応しい悪い顔をしていることだろう。

「さて、作戦会議しようぜ!」

 




ユウ
なにか思いついた監督生。
サバナクローに来てから乙女ゲーみたいなイベントが度々発生してることに頭を悩ませている。
俺はBLが好きな腐男子なの! と声高に叫び出したい。


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Ep14.童顔系腐男子監督生の期末テストと黄金の契約書【結】

※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・3章【深海の商人】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



 

灰色の夢を見た。

一面の灰色に塗りつぶされた景色は、よくよく見れば自分の部屋だった。

元の世界の、21歳の大学生の”俺”が住んでいた部屋。

ローテーブルの上や床に散らばった500mlのアルミ缶。脱ぎ散らかされたコート。出しっ放しのおつまみ。

あの日の部屋を、俺は廊下からぼんやりと見ている。

ぎぃ、と蝶番の軋む音が聞こえた。玄関からだ。誰かが部屋へ入ってきたようだ。

女の声が背中にぶつかった。

 

 

『私は悪くない。ゆうくんのせいだよ。ゆうくんが全部悪い』

 

 

ああ、わかってるよ。―――×××。

知らない名前を呼んで、振り返る。そこにいたのは、……彼女じゃなかった。

薄く紫がかった銀色の髪が揺れている。天上の蒼がレンズの奥から俺を射貫く。

「……ァ、ズ、」

白い手袋に包まれたしなやかな指が俺を指さした。

ずざ、と後退る。

やめろ。やめてくれ。

ほかの誰でもない、お前の口からその言葉は聞きたくない!

両手で耳を塞いで目を固く閉じる。これは夢だ。あの部屋にいるわけない。だから、夢だ。

 

 

 

“――――――――。”

 

 

 

 

:  :  :

 

「~~~ッ、あ……はぁ……あ……?」

きょろりと周りを見回す。木製のブラインドから僅かに差し込む朝日に照らされた部屋にはある種の民族的な柄のタペストリーや絨毯が置かれている。

ここは、あの、灰色の部屋じゃない。

「はっ……はっ……はぁ……」

ドクドクと暴れる心臓を押さえつけて、大きく息を吸い込んで、吐く。そのまま何度か深呼吸すれば、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。

「なんだってんだ……」

ぐしゃりと汗でべたついた前髪を掻き上げる。

いつもの、元の世界の夢。けど、今日は少し違った。夢に出てきた、あいつは……いや、やめよう。考えたところで、もう、元の関係になんて戻れないんだから。

ぱしんと両頬を叩き意識を切り替える。今日が契約の最終日、失敗なんてできない。

「レオナを起こすにゃちょっと早いか……先にシャワーでも浴びてくるかぁ。この時間なら多分、誰もいないだろうし……」

タオルと着替えを抱えて音を立てないよう忍び歩きでレオナの部屋を出る。

まだ日が昇ったばかりのサバナクロー寮は静かで、夜の騒がしさとは大違いだ。やっぱ夜行性の動物がベースの獣人の方が多いのかね。

ラギーに教えられた道順で共同浴場へと歩を進めていたところで、廊下の向こう側から数人のサバナクロー寮生がやって来るのが見えた。

「……っ!」

思わず、立ち止まる。出来ればこの寮の中で会いたくなかった奴らだ。

……ここで回れ右したところで、多分、追いつかれるよなぁ……。さてどうやってこの後のことをレオナ達に誤魔化すかな。

そんなことを考えながらそのまま歩を進めると、寮生達はぎくりとした様子で足を止め、苦虫を噛み潰したような表情で俺をひと睨みしたあと踵を返して去って行った。

な、なんだぁ……? いつもなら嬉々として絡みに来るのに。

いや、俺としては絡まれない方が良いのは確かなんだけど、何か企んでるんじゃないかと身構えてしまう。

「……ま、いいか」

作戦前に余計な怪我が増えなかっただけ良かったと思おう。

共同浴場に無事に着き、烏の行水の如く手早くシャワーを済ませてレオナの部屋へと戻る。

「……ふぁ~……。グルル……んん゛……」

レオナもグリムもまだ夢の中にいるようで、唸り声のような寝息が膨らんだ2つのブランケットからそれぞれ聞こえてきていた。

「ったく……コラ、グリム起きろ~」

「ふ゛な゛ぁ……まだ眠いんだゾ……」

「はいはい、起きる起きる」

グリムを敷布団から転げ落として畳んで部屋の隅に寄せたあと、ブランケットを被って丸まっているレオナの肩を軽く揺さぶる。

「おーい、起きろレオナ~」

「あぁ? ……なんだ、もう起きてやがんのか」

「そりゃ朝だし」

「こっちはテメェらのせいで寝不足なんだよ……」

「作戦会議は大事なことだろ」

ガシガシと頭を掻きながらレオナがむくりと身体を起こす。尻尾が不機嫌そうに若草色のマットレスを叩いた。

「チッ……今日が約束の3日目だからな。結果がどうあれ、日没後はここからテメェらを叩き出す」

覚悟しておけよ、とレオナが凄む。……その髪の毛が寝ぐせでぐしゃぐしゃになってなけりゃあ、もうちょい迫力あるんだけどなぁ。残念ながらバリバリ寝起きです、みたいな様子じゃ迫力も三割減だ。

……ていうか、その髪、自分でやるのか? 昨日はレオナを起こした後シャワーを浴びに行って、戻ってきたらもういつもの身支度が整えられていたから見てないんだけど……、待て……もしかして、このあとラギーが来てやるのか? は? 見たいんだが?

「レオナさんはよーッス! お、今日はちゃんと起きてるんスね!」

「ふわぁ……。起きてちゃ悪いのかよ」

少ししてレオナの部屋にズカズカと入ってきたラギーが、まだベッドの淵に座ってぼんやりと微睡んでいるレオナの髪を高級そうなブラシで梳かし始めた。

はぁ~~~~~~~そうそうこれだよ! これが見たかった!!

ラギーもうお嫁さんじゃん……学校に通いつつ何時でも嫁げるように花嫁修行してんのか? ってくらいレオナの世話焼いてんじゃん……。

……待てよ。こいつら獣人だよな? ってことは、こう……舌で直接グルーミングし合ったりとか……するのか……!?

なにそれ見たい。俺レオナの部屋の壁になりてぇ。

「ユウくんもはよッス」

「おはよ、ラギー」

「今日が最終日ッスねぇ。昨日話し合った作戦があるとはいえ……大丈夫なんスか?」

「まぁやるしかないだろ。やるだけやってみて、それでも駄目なら、その時はその時だろ」

やる前から不安になってたって事態が好転するわけでもない。まずは出来る限り足掻いてみてからだ。駄目だった場合は……まぁ、リリアのところにでも転がり込んでやろう。

レオナの身支度をしているラギーと軽口を叩き合いながら俺は俺で自分の荷物をまとめる。とは言っても元々持ってきたものなんて少ないんだけどな。

「……レオナ、ラギー。今回は世話になった。ありがとな」

荷物をまとめ終わった後、姿勢を正してサバナクローの2人へと頭を下げる。

「い、いきなりなんスか……なに企んでんの?」

「企んでるとか酷いな。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」

「テメェと親しくなった覚えなんてないんだが?」

「一緒に呑んだ仲だろ。……それに、行く当てがなかった俺達を、どんな理由があれ、追い出さずに置いてくれたのは事実だろ。感謝して当たり前だ」

そう言うと、レオナもラギーも何故か嫌そうな表情を浮かべた。

「これ……あれッスねぇ……ユウくんマジなんでナイトレイブンカレッジにいるんスか?」

「それは俺のほうが知りてぇ」

「気色悪い奴だな」

「レオナのそれは悪口でしかないからな!?」

「ユウはいつもこんな感じで変なヤツなんだゾ!」

「待て待て待て、グリム、お前くらいは俺の味方でいてくれ!?」

みんな揃ってなんなんだ! そんなに俺が素直に礼を言うのが変だって言うのか?

……そういやこの学園、根性ねじ曲がった奴が多いんだったっけな。もしかしたら、素直に感謝する奴のが珍しいのは、あるのかもしれない。

「ったく……。今日、頼んだからな」

「ふん」

レオナは不機嫌そうに尻尾をゆらりと揺らしてそっぽを向いた。結果的に俺の作戦に乗らざるを得なくなったのが気に食わないんだろう。

けど、もう俺には後がない。レオナの機嫌が悪くなろうとなんであろうと、使える駒は全部使って、賭けられるチップは全部賭けなきゃ勝負にすらならない。

「―――おい」

「どうしたレオナ?」

「理由をちゃんとはっきりさせておけよ」

「は? どういう……」

「テメェみたいな弱っちい草食動物が理由もはっきりさせずに何かをなそうとすると、簡単に潰れるぞ」

「いやだから、なに……」

「……本当にわからねぇなら、いい」

「……???」

いや、マジでレオナが何を言いたいのかわからねぇんだけど。

理由をはっきりさせろ? そんなの決まってるじゃん。グリム達を助ける為だ。

それ以外に理由なんて、ない。

ふと、一昨日、レオナとサシ飲みした時のことが記憶の底から泡のように浮かび上がる。あの時レオナが俺に問いかけてきた言葉を振り払うように頭を数度振って、まとめた荷物を抱え上げた。

「じゃあ俺らそろそろ行くわ。世話になったな」

「二度と来るな」

「そういうこと言うなよ。また飲もうぜ」

「……良い酒持ってきたら、考えてやるよ」

「えっ今回のワイン以上に良い酒手に入れられるとは思えないんだけど」

「じゃあ飲みは無しだな。残念だったなぁ?」

「ぐっ……! 絶対手に入れてやるから、そしたらマジで付き合えよ!」

「ハッ、いつになることやら」

にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるレオナの横で、ラギーが呆れ顔になった。

「……いや、なに堂々と飲酒宣言してるんスか2人とも……」

 

:  :  :

 

「………………お前、本気か?」

全ての授業が終わった後、中庭へエース、デュース、ジャックを呼び出して今日の行先を告げれば、信号機のような三色の瞳が見開かれた。

「本気も本気。今日はこれからアトランティカ博物館に行くぞ」

「いやいやいや。海の中に写真取りに行くのはリーチ兄弟がいるから無理ゲーって話になってたじゃん!?」

行くぞ、と歩き出したところでエースが俺の腕を引いて止める。やっぱちゃんと説明しないとダメか。反応とかでバレたくないから、出来ればこいつらには最低限の話しかしたくなかったんだけどな。

仕方ない。これで協力してもらえなかった場合、俺とグリムだけでジェイドとフロイドの足止めをするのはそれこそ無理ゲーだからな。

「さすがの僕も、無謀すぎると思うが……」

ちらりとグリムが俺に視線を送ってきた。うちの猫ちゃんは今日も可愛いな。……じゃなくて。いいぞの意味も込めて頷く。

「チッチッチ……いいかオマエら、まずはオレ様達の作戦を聞くんだゾ!」

「作戦?」

デュースがこてんと首を傾げる。うん、100点。デュースのこういう、たまに幼げな反応するのすっごい良いと思うんだけどどう思うよエースくんジャックくん。……そういやこの並び、エスデュとジャクデュじゃん。最高か? このままゴーストカメラで写真撮りてぇ。

「今日の作戦を説明してやる。いいか……」

グリムが大筋を説明して、俺が補足する。大まかに昨日考えた作戦を説明し終わるころには、さっきとは違った驚きがそれぞれの目に浮かんでいた。

「マジかよ、それ。お前ら思い切った行動に出すぎでしょ」

「こんくらいしねーとあいつらは出し抜けねぇよ」

あの3人は俺が「契約を達成できない」と舐め腐ってるだろうけど、それだけで油断してくれる相手じゃないことはわかっている。やるなら徹底的に、だ。

「しかし、本当にそれでうまくいくのか……?」

「うまくいく、いかないじゃなくて、うまくやるしかない。もう時間も無いことだしな」

「そうだな。ここまできたら、もうユウのアイデアに賭けてみるしかないだろ」

「確かに、なにもしないで日没を待つのはヤだしね」

エースとデュースのイソギンチャク組は俺の作戦に乗ってくれるようだ。元々この2人は何があっても引っ張っていくつもりだったからすんなり納得してくれてよかった。デュースがいるから、力づくで連れて行くのは面倒そうだしな。あとは、ジャックなんだけど……。

ちらり、とジャックを伺う。腕を組み何か考えるように眉間に皺を寄せていたが、俺の視線に気付くと小さく息を吐いて腕組を解いた。

「……わかった。ここでウダウダしててもなにも始まらねぇ。お前の作戦とやらに乗ってやるよ」

「サンキュな、ジャック」

「別に、お前の為じゃない。……あの人達も動くなら、俺も従うだけだ」

そう言って、ふとジャックの表情が緩んだ。

「ユウ、お前、本当に腹を決めたら一直線な奴だな」

「ちょっと思い切り良すぎなとこあるけど」

「エースは一言余計だっての。腹括ったら、もう進むしかないだろ。そういうことだよ」

後からこうしておけばよかった、なんて悔いるくらいならなりふり構わず持てる者全てを注ぎ込んだほうがいい。

ズキリと肩が痛んだことに気付かないフリをして、5人で頷き合う。

「よっし。んじゃ、行きますか!」

「アトランティカ記念博物館に、写真を取りに出発! なんだゾ!」

周囲を気にしつつ素早く鏡の間へと移動を始める。最終日だから鏡の間に行くまでの間で妨害が来る可能性も考えたけど、多分それはないな。人目が多すぎる。

校内でなにかしら騒動を起こしたら、まず先生方が来るしな。だから、妨害するなら珊瑚の海の中……と、思ったんだけど……。

「なーんか、めっちゃあっさり着いちゃったんだけど……」

「この前みたいな妨害が来るかと思ったんだが……妙だな……」

相も変わらずクッソマズい魔法薬を飲み干して闇の鏡に飛び込み、アトランティカ記念博物館を目指す。前回は博物館が見えてきたところで人魚姿のジェイドとフロイドに邪魔去れて進めなかったけれど、今回は妨害もなく入口が見えるところまで来れてしまった。

「最終日だから油断してる……のは無いはずなんだよな。アズールは運とかそういう不確定なものは嫌いだから、確実にこっちの可能性を摘みに来ると思ったのに」

「おい、あれ見ろ!」

ジャックが博物館の入口を指をさす。まさか既に中に入ってスタンバイしてたのか……!? と思ったが、違った。けれど予想斜め上のものが見えて、別の要因で頭を抱えたくなった。

博物館の入口に掛けられていた札。そこには大きく「休館日」と書かれていたのだ。

「「「休館日!!??」」」

「おいおい……間が悪すぎるだろ」

「今日は一切リーチ兄弟からの追撃は無かったが、まさか、これを知ってて?」

「あり得るな……」

アズール達の口ぶりだと、博物館には足を運んだことがあるようだった。今日が休館日だと知ってても可笑しくはない。もしかしたら3日という期限も、それを見越して設定したのか……?

……だとしたら、少し拙いかもしれない。あの2人が追って来なきゃ、意味がないってのに……!

「いや~……それはどーだろな」

「どういうことだ? エース」

「ん~……」

ちょいちょい、とエースが俺だけに手招きをする。なんだ、と思いつつも近寄ると、エースは他の3人に聞こえない程度の声で話し始めた。

「あのアズールって奴、どうしても写真取ってきてほしいみたいじゃん?」

「え? お、おお……」

「でもさ、この前見たけど、結構この博物館盛況みたいじゃん? 美術品じゃないにしても、誰にも見られずに備品を勝手に外して持ってくなんて無理っしょ」

「それは……確かに……。記念写真は入口に飾ってるんだっけか……」

「でしょ? で、休館日なら警備員とかしか中にいないわけじゃん。どうにか忍び込みさえすれば、取りやすい状況だろ」

そこまでエースに言われて、ピンと来た。

写真も手に入れて、俺達の妨害もするのであれば、今日という日はない。

「俺達に写真を手に入れた上で、帰りにそれを奪えば、契約を達成したことにはならない……」

「そういうこと。だから多分、来るならこのあとだと思うけど……どーすんの?」

「なにが?」

「それでも忍び込んで取りに行くの? ってこと。ここで待機してるだけでも、充分時間稼ぎになるとは思うけど」

エースにそう言われて、少し悩む。博物館に忍び込んで、見つかったらどうなるかなんてわからない。学園内であれば学園長に無理言ってなんとかなるかもしれないが、ここは生憎と学園の外だ。しかも未知の世界である海の中。盗人がとういう扱いをされるかなんて予想がつかない。

それでも。

「行く。もし……もしも、レオナの気が変わって協力してくれてなかったら、結局、お前らのイソギンチャクを取る方法は写真を渡すしかないだろ」

「……ま、そーだけどさ、」

「ユウ、エース! なにやってるんだゾ?」

エースが口を開きかけたところで、グリムが俺達を呼ぶ。エースとの内緒話はおしまいだ。どうやって博物館に忍び込むか、皆で考えないと。

俺とエースが話している間に、デュースとジャックが人目につかない程度の距離でぐるりと博物館回りを見て来てくれたらしい。裏口があって、そこから入れそうだということ、そして正面玄関には2人の人魚の警備員が立っていると報告してくれた。

「どうする。正面からカチコむか?」

「……ちょい待ち。オレに考えがある」

「考え?」

「うん。オレが警備員の気を引くから、残りで裏口から忍び込んできてよ」

「1人で大丈夫なのか?」

エースの提案に、ジャックが心配そうに問いかける。確かに、何かあった時、1人で2人を相手にして逃げるのは難しそうだしな。

いやでも……ジャックもデュースも、人を騙して言いくるめるの、絶望的に向いてないだろ……。あとは俺、だけど……グリムを1人にするのは恐い。美術品燃やしそうだ。

と、なるとやっぱりここはエースに任せるしかないか。

「適材適所ってやつだな……けど、やばいと思ったら俺達は気にせず逃げろよエース」

「わーってるよ。お前らも変なことしないで、写真取ったらすぐ戻ってこいよ」

エースは岩陰からごく自然に歩き出して、博物館の前でわざとらしく声を上げた。なんだなんだと入口前にいた人魚たちが寄って来て、エースの話を聞いている。……しばらくしたら、雑談で盛り上がり始めた。あいつ、マジで詐欺師とかになれるんじゃねぇかな……。

「よし今だ、いくぞ」

 

:  :  :

 

ぐるりと大きく回って、裏口へと辿り着く。裏口にはもちろん鍵がかかっていた。まぁ、だよな。

「どうするんだ?」

「そうだな……ん」

裏口のすぐ近くに窓があった。海底だからだろう、そこには窓ガラスははまっていない。人一人通るのは難しいだろうが……人よりも小さいものなら、いけそうだ。

「ジャック、そこの窓にグリム投げ入れて。グリム、窓から入ったらなにか踏み台でも探して鍵を開けてくれ」

「わかったんだゾ!」

「おう……ただ、俺だけだと届くか少し微妙だな……デュース、俺の上に乗れ」

ンッッッ!!! それってもしかしてきじょ……ゲフンゲフン。

「肩車だな!」

「デスヨネ」

「?」

うーん、俺の脳みそはほんと取り返しがつかない事になってるみたいだな。いやいや、でも、突然誤解しそうな言い方するジャックも悪くね?

グリム、デュース、ジャックのコンビネーションプレイで裏口の扉は無事開いた。警報とか、盗難対策されてるかと思ったけど、そんなことはなかったようだ。不用心だな。

裏口に繋がっていたのはスタッフルームのようで、見慣れないものはいくつかあれど事務所のようだ。こういう時じゃなければバックヤードなんて珍しいから見て回りたいけれど、エースの為にさっさと目的を果たそう。

博物館側へと繋がる扉から出てみれば、なるほど、博物館だ。ただ……なんかこう、こういうの見た事ある気が……あの、どこぞの……うん、考えないようにしよう。

「……アズールが指定した場所はここだな」

順路を逆走していき、エントランスホールへと辿り着く。そこには様々な写真がずらりと貼られていた。へぇ、人魚って色んな種類がいるんだな。

「10年前のリエーレ王子の来館記念写真は……あったぞ、これじゃないか?」

デュースが指さす先に飾られていた写真は、『リエーレ王子、ご学友とご来館』と説明書きが付けられた、子供の人魚がずらりと並んだ写真だった。

どこの世界も小学校でこういう場所に遠足に来るのは変わんないんだな。

「エレメンタリースクールの遠足の記念撮影みたいだな」

「ちっせー人魚がいっぱい映ってるんだゾ」

「アイツ、なんでこんなものを取ってこいと指定したんだ?」

「さぁ……?」

俺とジャックが首を傾げている間に、デュースが写真を額縁ごと壁から外した。警報機が鳴るかも、と一瞬身構えはしたが、杞憂に終わった。

本当に、何の変哲もない、ただの写真のようだ。

「……ん? お前達、そこでなにをしてる!?」

「ふな゛っ!? やべぇ、警備員だ!」

目当ての物を手に入れて一息ついたところで、2人組の人魚が先程俺達が来た方向からやって来た。やっぱ、流石に見回りくらいはいたか!

「気は乗らないが仕方がねぇ。少しの間、眠っててもらうぜ!」

「ユウはこれを持って下がっててくれ!」

デュースに写真を手渡され、素直に一歩引きさがる。こういう状況になった時、魔法が使えない俺は無力で、足手まといだ。だから、しょうがない。

ぎゅう、と手に抱えた写真を握りしめる。額縁に入っててよかった。ただの写真だけだったら、握り潰していたかもしれない。

「……ん?」

ふと写真を眺めて、見覚えのある柔らかな銀髪をその中に見つけた。強い意志が秘められた天上の青。

「もしかして……?」

「ユウ! 片付いたぞ!」

「早く逃げるんだゾ!」

「え、ああ、わかった!」

ぼんやりと写真を眺めている間にグリム達が2人組の人魚をのしたらしい。人魚の頬に打撲痕があるのは……うん、多分デュースだろうな。あいつ相変わらずすげぇな……。肉体言語最強じゃん……。

心の中で名も知れない人魚達に詫びながら、元来た道を戻っていく。あの2人が目を覚ませば、一番危ないのは、同じ制服を来て正面玄関で見張りの気を引いているエースだ。急いで戻らないと。

裏口から飛び出して、入口の方へと回る。見れば、エースはまだ見張りの人魚達と話に花を咲かせていた。いやもう本当に凄いよお前。

見張りの人魚達には見えない角度でエースに合図を送る。すぐに気付いたエースは上手く話を切り上げると人魚達に手を振りながらこちらの方へと走って来た。

「そっちの首尾、どうだった?」

「写真はゲットしてきた! 楽勝だったんだゾ♪」

「けど、中にいた見回りの人魚には見つかった。あいつらが起きる前にさっさと学園に戻ろう」

「だな……ユウ、」

「ん。今のところ姿は無いようだけど、警戒するに越したことはないな」

「2人で何の話をしているんだ?」

周囲を警戒する俺とエースを見、デュースが不思議そうな顔をした。博物館に侵入する前にエースと話したことを説明しようとしたところで、ジャックが「待て」と短く叫んだ。

途端、ゆらりと波打つ2つの黒い影。ああ、出来ればもう見たくはなかったんだけどな。

「あ~~~……いたぁ♡ 小エビちゃん」

「ごきげんよう、みなさん。また性懲りもなく海の底へいらっしゃったのですね」

俺達の行く手を阻むかのように、人魚姿のジェイドとフロイドが立ち塞がった。

ジェイドはいつもと変わらない笑顔だが、フロイドの方は今日はやたらと機嫌がよさそうだ。

「出たな、ウツボ兄弟」

写真を持っている俺を庇うように、ジャックが一歩前に出る。はぁ~~~メインヒーローの動きじゃん……でも俺残念ながら夢属性ないから、「ジャックの尻尾もふもふだぁ」くらいの感想しか出ねぇ。

「どうやら写真を手に入れられたご様子」

「偉いねぇ。いい子いい子」

2対のオッドアイが、俺の手の中にある写真へと注がれる。

「でも……それ、持って帰られると困るから、オレ達と日没まで追いかけっこしよっか♡」

やっぱりか。エースと話したことが正解だったようだ。それはこちらにとって、ものすごく………………好都合だ。

「で、ユウ。こっからどうする気だったわけ?」

「お前のことだから、考えナシに来たわけじゃないんだろ?」

「あったりまえだろ。むしろ、ここからが本番だ。……写真を守りつつ、しばらく逃げ回るぞ。あとは……レオナ次第だ」

最後だけ、ジェイドとフロイドには聞こえないよう小さく呟く。なにも手放しで信じているわけじゃない。もしかしたら途中で気が変わって、今、この時サバナクロー寮の自室で惰眠を貪っている可能性だって、ある。

けど、今俺が信じられるのはレオナが”動く”ということだけ。

俺はいつだって自分の信じたい人を、ことを信じて生きてきた―――それで、手ひどい裏切りに傷つけられたとしても。

魔力もない力もない俺が持てるものはそれだけしかない。

前衛にジャックとデュース、真ん中に立つエースが全体を見つつフォロー、グリムが俺の方に飛んでくる魔法をいなすという布陣でジェイドとフロイドの猛攻をかろうじて凌いでいく。

追いかけっことは行ったが、要は写真さえ奪えればいいのだ。攻撃魔法を打ちながらも抜け目なく俺の腕の中の写真を狙ってくる2人にじわじわと追い詰められていく。

「もうそろそろ厳しいのではないですか?」

「痛いの嫌ならぁ、さっさと降参しちゃってもいいんだよぉ?」

「くっ……ぅ、」

ジェイドとフロイドはまだまだ余裕ありげにその尾びれを揺らす。ぐぅ、と腹の底から湧き上がる感情に、咄嗟に口を手のひらで塞いだ。まだだ、まだ……!

フラッシュのように激しい光が1度、瞬いた。突然のことに、ぎょっと全員の動きが止まる。

「……ん? あっ! デュース、お前、頭のイソギンチャクが消えてんぞ!」

「ハッ! 本当だ!」

「オレ様のも、エースのも消えてるんだゾ!」

3人の頭の上で卑猥に揺れていた鮮やかな色のイソギンチャクが、影も形も失くなっている。その光景を見て、ジェイドとフロイドがぴたりと攻撃をやめる。

 

 

 

―――――――――ああ、もう。我慢の限界だ。

 

 

「くっ……ふふ、はは、ははははははッ!」

 

:  :  :

 

「……ダリィ」

「じゃあ行くのやめます?」

寮生達を引き連れて先頭を歩くレオナが唸るように呟けば、一歩後ろを歩いていたラギーがからかうような声色で問うてきた。

レオナは短く舌打ちし、濃いチョコレート色の髪を掻きあげる。

彼らサバナクローの面々がいるのは乾いた風が吹く自寮ではなく、対極に位置する水……否、海の中。オクタヴィネルの寮の中を、モストロ・ラウンジ目指して歩いていた。

この場所にいるのはもちろん理由がある。オンボロ寮の監督生である草食動物もといユウが立てた作戦の一環だ。

始めは協力する気なんか更々なかったレオナだったが、ユウに囁かれた一言がその気持ちを覆した。

『マジフト大会の時の契約、破棄したくないか?』

そう囁いてにんまりと笑うユウは、正しく闇の鏡が選んだナイトレイブンカレッジの生徒らしいものだった。「善意しか持ってないです」みたいな顔しかしない男だと思っていたのだが、こんな表情もするのかと少し驚いた。

思えば、この3日間あの監督生には驚かされっぱなしだった。言うこともやることもレオナの予想を越えてきた。何が一番予想外かと言えば、ユウのいる日々を「案外悪くない」と思ってしまっていることだ。

おかしいとは思っている。レオナ達サバナクロー寮の計画は、あの草食動物とハーツラビュル寮に潰された。そのことで未だ恨みを持つ寮生がいるのも知っている。元々知り合いだったらしいラギーは置いておくとして、レオナもそうあるべきだ。

しかし、そうはならなかった。気に食わない部分も多々あるが、それでも傍に置いておくには悪くはないと思ってしまった。そんな自分が、信じられなかった。

「無駄口叩いてんじゃねぇ。やめるって言ったところでテメェは文句言うだろ」

「そりゃあもちろん。だってレオナさんの奢りでモストロ・ラウンジでタダ飯ッスよ? 今更やめます~なんて言わせないッスよ」

「ったく……。ヘマすんなよ」

「誰に言ってるんスかァ?」

「ふん」

かつん、と靴音が鳴る。モストロ・ラウンジの扉には「営業中」の札が掛けられており、入口にはアテンドのスタッフが立っていた。突然やってきたサバナクローの団体に、誰も彼も目を丸くしている。

「よォ。邪魔するぜ」

「えっ、あ……!」

オクタヴィネル寮生のスタッフが言葉を発する前に、レオナはズカズカとラウンジの中へと踏み入れる。ぐるりと見回してみれば、厄介な双子の姿もアズールの姿もない。ユウの予想通り、双子は珊瑚の海に、アズールは奥のVIPルームにいるのだろう。

(あの草食動物の思惑通りってか……)

レオナが空いているソファ席に腰を下ろしたのと同時に他の寮生達も空いている席へと腰かけ、次々に注文を飛ばしていく。そこからは大混乱だった。主にオクタヴィネル寮生が。

ラギーが上手く煽って、普段よりも過剰に野次を飛ばしたりスタッフへと絡みにいく寮生達。矢継ぎ早に飛んでくる注文に追いつかなくて慌ただしく駆け回るオクタヴィネル寮生。何もかも、いっそ退屈になるほど作戦通りにことが進んでいた。

しばらく経って、ラウンジの奥の扉が開かれ寮服姿のアズールが飛び込んできたのが見えた。人混みを掻き分けてもめ事が起こっている場所へと移動しようとするのも、その途中でラギーとぶつかるのも、全て。

「ハッ……首尾よくやったみてぇじゃねぇか」

するりとVIPルームへ続く扉の中へ身を滑り込ませたハイエナの姿に、レオナは満足に鼻を鳴らして立ち上がり、自身もその後ろ姿へと続く。

VIPルームの中に入れば、既に金庫を開けてその手に契約書の束を抱えたラギーがいた。相変わらず、行動の早い奴だとレオナは笑みを深めた。

「シシシッ、ユウくんの言った通りッスよ」

「だろうな……ラギー、さっさと行け。すぐにタコ野郎が戻ってくんぞ」

「ウーッス。……あ、でも、全部持ってっちゃっていいんスかね。ユウくんのお望みはグリムくんエースくんデュースくん3人分の契約書だけッスけど」

「構わねぇだろ。探してる間に戻って来られたら面倒だ」

「そりゃそうッスね。じゃ、レオナさん。表で待ってますよ~」

ラギーから渡された金庫の鍵を受け取り、ラウンジにあったものより上等なソファの背に軽くもたれ掛かる。気がかりなのはこの部屋とラウンジを繋ぐ廊下でラギーとアズールが鉢合わせしないかという事だが、ラギーのことだ。そうなっても上手くやるだろう。

手の中の鍵を弄んでいると、扉の外からバタバタと足音が聞こえてきた。

(―――来たな)

乱暴に開かれた扉から、焦った顔のアズールが飛び込んできた。いつもの澄まし顔が散々に歪んでいるのは、見ていて非常に愉快な気分になる。笑みを噛み殺しながら、レオナは「よぉ」とアズールに声を掛けた。

「レオナ・キングスカラー……!」

「どうした? いつもすましたお前がえらく慌ててるようだが」

「あなたには関係ありません」

一瞬で表情を固いものへと変化させたアズールがぴしゃりと言い放つ。その変化すらレオナにとっては笑いの種だ。

「それより、あなたはどうしてここに?」

「どうしてって……この鍵。お前のじゃねぇか?」

ちゃり、と鍵を見せれば、目に見えてアズールの目の色が変わる。

「さっきそこで拾ったんだが、お前のモノだった気がして、届けにきてやったんだ」

「そ、それは!」

「やっぱりビンゴか」

「か、返しなさい。窃盗は重大な犯罪ですよ!」

「はっ。親切で届けにきてやったってのに泥棒扱いかよ。……いいぜ、返してやるよ。ホラ」

鍵をアズールの手の中に落としてやれば、ほぅ、と安堵の溜息が聞こえた。

(返したところで、もう金庫の中身は空だけどな)

知らぬはなんとやら、だ。安心したように鍵を握りしめるアズールにひらりと手を振って、レオナはVIPルームを後にする。

未だ阿鼻叫喚の渦の中にあるラウンジからも出て、水の青を映した廊下を進みオクタヴィネル寮の外へと出た。入口近くの柱に寄りかかっていたラギーが、レオナの姿を確認しぱっと駆け寄ってくる。

「シシシッ。上手く持ち出せましたね」

「フン、お前の手癖の悪さには恐れ入るな」

「絶対取られたくないなら、ポケットにもしっかり鍵掛けとかなきゃ。……にしても、この契約書の量すごいッスね。5,600枚はありそう」

「フン。この学園に入るずっと前から悪徳契約を繰り返してコツコツ溜め込んでたんだろうぜ」

ラギーから契約書の束を受け取る。ズシリとした重みに、レオナは顔を顰める。この中からたった4枚の契約書を見つけるだなんて、正気か。全部砂にした方が早いし手間もかからないだろう。

「これで契約書はVIPルームの外に持ち出せた。後は……」

魔力を溜めながらユニーク魔法を発動させるための詠唱を唱える―――と。

「待ちなさい!!」

「……おっと、もうおでましか。それ以上こっちに近付くなよ。契約書がどうなっても知らないぜ」

ぱしりと契約書の束を叩けば、レオナ達の方へと走ってきていたアズールがぐぅと唸って足を止めた。

「か、返してください……それを返してください!」

「おいおい、少しは取り繕えよ。おすましごっこはもうやめたのか? ……その慌てぶりを見るに、アイツの予想は当たってたらしいな」

「アイツ……? ……、……ッ、まさか、ユウさんが……!?」

信じられない、とアズールの目が見開かれた。思っていたのと少し違うアズールの表情に、レオナはほんの僅かな違和感を覚えた。

「なぜだ……なぜ僕の邪魔ばかりしてくる!? イソギンチャク共にはあんなに怒っていたくせに、どうして!」

「そりゃ、アズールくんが勝手にクビにしたからじゃないんスか?」

「…………えっ?」

ラギーの言葉に、アズールが呆けた声を上げた。そんなこと考えてもみなかった、というように目を瞬かせている様に、ラギーはあきれたように溜息を吐く。

「ユウくんになんか落ち度があってクビにしたんスか?」

「そ、ういうわけでは……」

「なら、やっぱそれしか理由はないでしょ。落ち度がないのに無理やり辞めさせられたら、嫌がらせのひとつもしたくなるって」

「……ユウさんが僕に対して嫌がらせでこんなことを仕組んだ、と?」

ニィ、とラギーが口の端を吊り上げる。完全に嬲り甲斐のある獲物を見つけた肉食獣の顔をしていた、のを見た瞬間、レオナは気付いた―――ラギーのこの一連の台詞こそが、アズールへの嫌がらせであると。

何がどうラギーの毛を逆撫でしたのかはわからないが、笑っているように見えて、隣にいるこのハイエナは怒っていた。

いつの間にそこまで情をかけるようになっていたのかはわからないが、しかし思い出してみればマジフト大会前にハーツラビュル一派とサバナクローへ押し掛けてきた時、ラギーとユウはそこそこ近い距離間で会話をしていた気がする。あの時は草食動物に興味がなかったのではっきりとは覚えてはいないのだが。

(ったく……簡単に絆されやがって……)

思うところは様々あるが、レオナは何も言わず静観することにした。理由はひとつ、いつも澄ましたアズールの顔が歪んでいるのが面白いからだ。

「逆にさぁ、アズールくん。なんでユウくんが邪魔しないって思ってたんスか?」

「それは……、……」

ラギーに問われ、アズールは口元を押さえて黙り込んだ。自分でも何故ユウが邪魔をしないと思い込んでいたのかわからないようだ。ラギーといいアズールといい、ユウに付与された「猛獣使い」という称号はあながち間違いではないらしい。

くぁ、と大きく欠伸をする。普段であればこの時間は寮の自室か植物園で昼寝をしている時間帯だ。アズールの百面相を嗤うのもいいが、そろそろ終わらせるか。

 「嫌がらせたぁ哀れだな、アズール。そうだな……カワイソウなお前と取引してやってもいいぜ」

「……は?」

お得意の取引を持ち出せば、アズールの目の色が変わった。視線がレオナの持つ契約書へと注がれる。

「この契約書をお前に返したら、お前は俺に何を差し出す?」

「な、なんでもします。テストの対策ノートでも卒業論文の代筆でも、出席日数の水増しでも、なんでもあなたの願いを叶えます!」

「なるほど、実に魅力的な申し出だ」

早口で列挙された交換条件は、確かに魅力的だ。最後の一つはどうやるんだ、と少しの興味もある。アズールのことだからきっと何とかするのだろう。だが、それでも。

「なら―――!」

「だが……悪いが、その程度じゃこの契約書は返してやれそうにねぇなァ」

「……えっ?」

返してもらえると思ったのであろう、差し出された手には、契約書は乗っていない。契約書の束は未だレオナの手の中だ。

「俺はな、今、ユウに脅されてんだよ。契約書の破棄に協力してくれなきゃ、俺の部屋にある秘蔵モノ全て叩き割るってなァ」

「は……?」

そんなもので、とアズールが口の中で呟く。嘘だ。ユウは一言もそんなことを言ってはいない。むしろ「叩き割るだなんて勿体ない! それくらいなら俺が呑む!」くらい言いそうだ。

「アイツらにサバナクローから出て行ってもらうためにも、契約書は破棄させてもらうぜ」

「ま、て……そんなことで……!」

「……アイツの悪党としての才能を見抜けなかった時点で、お前の負けだ」

「う、うそだ……ユウさんが……、そんな……。……やめろ!」

「―――さぁ。『平伏しろ! 王者の咆哮』!」

会話中もずっと溜め続けていた魔力を、一気に契約書へと流し込む。詠唱の完成とともに、レオナのユニーク魔法……万物を砂へと帰す『王者の咆哮』が発動した。

「やめろぉぉおおおおおおおお!!!!」

断末魔のようなアズールの叫びも虚しく、600枚はあろうかという契約書が、いま、砂と化した。

 

 

「あ、ああ……あああああ……!!!」

 

:  :  :

 

「くっ……ふふ、はは、ははははははッ!」

堪えきれなくなった笑いが口の端から漏れ出して、我慢できずに写真を抱えたまま大笑いした。俺の様子が変わったことに気付いたジェイドとフロイドが、それぞれ驚愕と不審の眼差しを向けてくる。

「流石だな、レオナ! ラギー!」

「……なんですって?」

「どーゆーことだよ、それ」

「いやぁ~……よくもまぁ、こうも綺麗に上手くいくとは思わなかった! あははははッ!」

レオナ、と出てきた名前に2人の目が剣呑な色へと変化する。

痛快だ。立てた作戦が、綺麗にハマって成功して、ついでにジェイドとフロイドに一泡吹かせられそうで、とても、とても―――気分がいい。

「全部、ぜぇんぶ罠だってことだよ。俺達の今日の本当の目的は写真を取ってきて契約を達成することじゃない。契約者である俺を囮として、モストロ・ラウンジからお前ら2人を引き離すことだ」

―――昨日の夜。レオナ達と立てた作戦だ。

まずは俺を囮としてジェイドとフロイドをモストロ・ラウンジから引き離す。そしてレオナが寮生全員を引き連れてラウンジに行き、わざと店内が混雑した状況を作り出したうえで、軽い騒動を起こす。

元々主な働き手であるイソギンチャク共は慣れていない。かなり高い確率でアズールをVIPルームから引きずり出せるはずだ。アズールが出てきたら、混雑に乗じてラギーが鍵をスッて金庫の中からグリム達とレオナの契約書を拝借する。

最後にレオナのユニーク魔法で契約書自体を砂にしてしまえばいい。

博物館が休館だと知った時は流石に焦ったけど、結果的に全てのピースが上手くはまり、こうしてグリム達のイソギンチャクは取れた。

「本命は俺達じゃなくて、モストロ・ラウンジに向かったレオナ達ってことだ」

 「はあ? いつもトドみたいにダラダラ寝てばっかのアイツが、お前らに協力なんてするわけないじゃん」

一通りネタばらしをしてやれば、フロイドが怪訝そうな表情を浮かべて俺の説明に噛みついて来た。トドって……いや、わからなくもないけど。茶色いし。

「彼は同じ寮長であるアズールと揉めることは避けたかったはず。一体どんな手を使ったんです?」

「手もクソもねぇよ。俺は懇切丁寧にお願いしただけだぜ? ……まっ、レオナにも破棄したい契約があったみたいでな? 快く協力してくれたよ」

にたりとワザとらしく口角を上げて嗤う。契約、と口の中で小さく呟いたジェイドがハッと顔を上げた。どうやらレオナが俺に協力する”理由”に思い当たったらしい。

「……! マジフト大会の……!」

「大正解♡」

流石ジェイドは察しがいいな。

そう、俺がレオナを引っ張り込むことができたのは、レオナもアズールとの契約を破棄したかったから。マジフト大会の時、観客達全体にラギーのユニーク魔法を掛けるため、魔力増幅薬を手に入れた際に交わした契約。そのことを引き合いに出せば、レオナは渋々首を縦に振った。まじでどんな契約したんだろうな。ちょっと気になる。

「グリムとエースとデュース、3人のイソギンチャクを外せた。俺の目的は達成できたし、そんなに欲しいならこの写真はやるよ」

ほら、と煽るような笑みを浮かべて額縁を差し出す。だがジェイドは写真に一瞥もくれず、ぐるりとその長大な身体を反転させた。

「戻りましょう、フロイド。彼らの頭のイソギンチャクが消えたということは……」

「うん。なんか、ヤな予感」

学園へ戻ろうと尾びれを揺らした双子へ、エースとデュースが戻った魔法を放って行く手を阻む。状況は一転した。愉快なくらいに、俺達の優位だ。

「おっと待てよ。こちとらやっと本調子なんだ」

「すぐ帰るなんてつれないこと言わないで、もう少しオレ達と遊んでけよ」

「うるさい小魚だな。秒で片付けてやる」

簡単に挑発に乗ったフロイドが首を鳴らしながらこちらの方を向く。見開かれた目に確かな怒りの色が見える。普段の俺であれば本能的な恐怖を感じていただろう。けど、今は作戦が成功したことによる昂揚で、恐怖は一切感じない。むしろその怒りすら愉快な気分になるスパイスのようだ。

「ここは引き上げましょう、フロイド。彼らと遊んでいる場合ではありません」

「チッ……わかったよ、行こう」

向かってくる、という直前でジェイドがフロイドを引き止める。歯を剥き出しにして俺達を睨んでいたフロイドは、数瞬黙り、そして大きく舌打ちをして再びぐるりと反転した。

そのまま泳ぎ去る2人の後ろ姿に、小さくガッツポーズを取る。あとは、戻るだけだ。

「俺達も学園へ戻るぞ。その写真をアズールに叩きつけて完全勝利だ!」

「「「おう!!」」」

あっという間に見えなくなったジェイドとフロイドの後を追って、学園へ戻るために珊瑚の海に設置された転移用の鏡へと水を掻き分け駆け出す。

……ざぶざぶと進む内に、ハイになっていた頭が段々と冷静になってくる。それと同時に、自分の中で「これでよかったのか?」という疑問がムクムクと湧いてきた。それがなにか、何故かはわからなかった。ただ、なんとなく、「不味い」ような気がしていた。

それが所謂虫の知らせのようなものであったとわかったのは、オクタヴィネル寮の鏡へと飛び込んだあとだった。

 

:  :  :

 

「な……!?」

オクタヴィネル寮へと続く鏡に飛び込んでまず目に飛び込んで来たものは、あの美しい海中ではなく。どろりとした粘着質の紫が、青く澄んだオクタヴィネル寮の海に上書きされている、そんな光景だった。

周囲に響き渡るのは悲鳴と、そして狂ったような笑い声。その中心にいるのはアズールだ。持っている杖を振るたびに、逃げ惑う生徒達からナニかモヤのようなものが引きずり出され、アズールへと吸収されていく。

「げっ、なんだこの騒ぎ!?」

「アズールが暴れてる……のか!?」

エースとデュースが不安そうに周囲を見回す。……この雰囲気を、俺は、俺達は知っている。ハーツラビュル寮の庭園と、サバナクロー寮のマジフト場。2回も居合わせたのだ。

「レ、レオナ! お前なにやったんだ!?」

「俺のせいかよ。お前が契約書を砂にしろっつったんだろ」

「言ったけど……でも、たった4枚でこうなったのか!?」

「あー……」

ラギーが言いづらそうに手を挙げる。

「探すの面倒だったんで、全部砂にしたんスよね……」

「………………………………………………………………えっ?」

我ながら間抜けな声が出た。全部って……全部? もしかしたら今回の件に一切関係なさそうな契約書とか、そういうの、全部?

ひくりと頬がひきつる。

そんなこと、望んではいなかった。ただ、グリム達3人を助けられれば、それでよかった。それ以上をアズールから奪うつもりなんて、なかったのに。

「ジェイド、フロイド、ああ、やっと戻ってきてくれたんですね!」

感情が爆発する一歩手前の、震えた声でアズールが双子の名前を呼ぶ。安心したような笑みを浮かべて、アズールは2人へと手を伸ばした。

「そこのバカのどものせいで、僕の契約書が全て無くなってしまったんです。……だから、あなた達の力も僕にください」

アズールは笑う。天上の青の瞳は光を無くして濁り切り、美しかった笑みは狂気にまみれている。

ぐぅと胸が締め付けられるように痛い。あんな顔をさせたいわけじゃなかった。こんな状況に貶めたいわけじゃなかった……………………本当に?

「アズール! やめろ! このままじゃ……!」

「うるさい! ……ああ、ユウさんにとってはいい気味でしょうねぇ……。どうです? ご自分が仕掛けた嫌がらせが成功した気持ちは!」

「……ッ、」

言葉が続けられなかった。そんなつもりじゃない。そんなつもりじゃなかった。……こんなの、言い訳だ。何もかも目の前に提示された結果が全て。

 

俺は、俺が、アズールが大切にしていたものを踏みにじって、奪ったのだ。

 

ジェイドとフロイドが一歩前へ出る。ジェイドの必死の制止も聞かず、いやいやをするようにアズールは俯いて頭を振る。

「このままじゃ昔の僕に戻ってしまう!」

「……あのさー」

間延びした声が響く。焦った表情のジェイドとは正反対に、フロイドの表情は凪いでいた。

「今のアズールって、昔のアズールよりずっとダサいんだけど」

空気が凍った。双子へと伸ばしていた手が、だらりと下げられる。

ふるふるとアズールの肩が震える。それは怒りか、それとも拒絶された悲しみか。下を向いていたアズールの顔が上がった。そこに張り付いていたのは、自虐的な笑顔だった。

「どうせ僕は1人じゃなにも出来ないグズでノロマなタコ野郎ですよ。だから、もっとマシな僕になるためにみんなの力を奪ってやるんです。美しい歌声も、強力な魔法も、全部僕のものだ! 寄越しなさい、全てを!」

魔力が渦巻く。世界を浸食するようにアズールの足元から黒い液体が染み出して、じわじわと広がっていく。

「ジェイド、フロイド! アズールを止めろ! ……オーバーブロットする!」

躊躇っている場合なんかじゃない。加害者である俺にはアズールを止める資格なんて無いかもしれないけれど、でも、オーバーブロットは放ってはおけない。

リドルの時もレオナの時も、一命は取り留めた。だからといってアズールもそうなるとは限らないのだ。

渦巻く水流に逆らいながらアズールの方へと手を伸ばす。

「あーっはっは! あーーーっはっはっはっ!」

「っ、ぅ、ぐあッ!?」

伸ばした手は届かなかった。狂気的な高笑いと共に水が一層渦を巻き、黒い液体を巻き込んでアズールを包む。

水流に弾き飛ばされた俺の身体は二転三転と海底を転がり、近くの柱にぶつかって止まる。

「ッ、うぎ、ぃッ……!」

ぶつかった拍子に左肩を強打し、一昨日の傷が開いたのが感覚的にわかった。

「ユウ!」

「お、れはいい……! アズ、ルを……!」

視線の先には顔が黒く欠落したタコ足の魔女のような影を背負った、正気を失い元のタコの人魚へと姿を変えたアズールがいる。俺の怪我なんてそのうち治る。けど、アズールは今この瞬間にでも止めなければ、どうなるかわからない。

グリム達は俺の言葉にほんの少し迷った後頷いて、既にアズールを止めようと動き出したジェイド達の方へと混ざっていく。……何度経験しても、この瞬間の悔しさには慣れない。俺が悪いんだから、俺の所為なんだから自分でカタをつけたかった。だけど俺は、魔法は使えない。皆の様に正面から立ち向かうことが出来ない。

ガクガクと痛みで痙攣する身体に鞭を打って身体を起こし、制服の内ポケットに入っている錠剤を飲み下した。痛みで明滅していた視界が徐々に落ち着いていく。

「……っし、」

薬で無理やり痛みを抑え込んで、立ち上がる。後悔も反省も自己嫌悪も何もかも後回しだ。頭を切り替えろ。役立たずを嘆いてたってアズールは救えない。

どうするか……。上手く隙を作ってやればあとはレオナ辺りがなんとかしてくれるだろう。問題はどうやって隙を作るかだけど……。

今度は魔法の流れ弾に当たらないように注意しながらアズール達の戦いを観察する。アズール自身が魔法を撃つ、というよりも後ろの影が持つ三叉槍が主な攻撃手段のようだ。強大な体躯に合わせて三叉槍のサイズも大きく一撃の攻撃範囲が広い。それ故に近付くことも出来ず、遠距離から魔法を撃ってもあの三叉槍に振り払われてしまっているようだ。

「……ん?」

よく観察して見ていれば、あの三叉槍、アズールの手の動きに合わせて動いているような……いや、三叉槍というより、影全体がアズールの動きと連動してる……? 目を凝らして見てみれば、アズールの腕から染み出した黒い煙のようなものが後ろの影に繋がっているように、見える。

リドルやレオナの時はどうだったっけ、と思い出そうとしたけど、あの時は最前線に立っていて必死だったからよく覚えていなかった。

「……もしかして」

あの煙のようなもので繋がって動いているのなら、アズールの動きをなんとか封じればあの影の動きも同じように止まるかもしれない。ダメだったら、まぁ、俺が怪我するだけだしな。

抱えていた写真を柱の陰に置き、アズールの背後へと大きく回りこみながら少しずつ距離を詰めていく。途中、ぱちりとレオナと目が合った。ぐわりとエメラルド色の瞳が見開かれる。言うな、と指を立てて口元に持っていけば、レオナは不機嫌そうに鼻を鳴らして視線を逸らした。俺が何をする気なのか、頭の回るアイツならある程度察して……いや、察してくれてるだろう、はダメだな。それで痛い目を見たばっかりだろ。

俺から視線を逸らしたレオナは持っていたマジカルペンを杖へと変え、石突で強く地面を突く。途端に魔法で圧縮された風の塊が撃ち出され、影にぶつかっていく―――今だ!

レオナの魔法で影が怯んだタイミングで駆け出し、横からアズールに飛びついた。

「アズール、もう止めろ!!」

「うるさい! うるさい! お前も僕を馬鹿にしているんだろう!」

考えた通り、アズールを後ろから抱きかかえるように押さえつければ、影の動きも止まる。しかし思ったよりも抵抗が激しい。細いのにどこにこんな力があるんだ。このままだと振り払われる。

「今のうちに早く!」

「いやユウ、お前そこにいたら巻き込むぞ!」

エースのツッコミもごもっとも。今の俺はアズールにしがみついているから、影狙いで魔法を撃った場合でもまず間違いなく衝撃やらはあるだろう。だけど、それがどうした。

「いいから! アズールがどうにかなるよか安い!」

「なっ……あーもう、怪我してもオレ知らねーかんな!」

大怪我を負おうと構わない。元々ボロボロの身体だ、怪我ぐらい今更だ。それに……ここまで、オーバーブロットするまでアズールを追い詰めたのは俺の予想が甘かったから。つまりは俺が悪い。自分自身の行動によるしっぺ返しを受け入れるのに、何をビビる必要がある。

「ーーーーーーやれッ!」

俺の叫びに、全員がそれぞれマジカルペンを向け魔法を放った。動かない巨大な身体は良い的になったようだ。魔法は外れることなく影へと次々に当たり、炸裂する。着弾の衝撃は激しく、羽交い締めにしていたアズール諸共吹き飛ばされた。

 

:  :  :

 

咄嗟にアズールを庇うように身体を半回転させて地面へと転がる。ゴリ、と嫌な音と、次いで熱を持った痛みが背中全体に広がった。視界が白くチラつく。奥歯が砕けるくらいに噛みしめて叫び出しそうなのを耐えた。

「や……っ、たか……?」

断末魔の悲鳴が不協和音の歌のように響き渡る。大量の魔法を一度に食らった影がゆらり海に溶けるように消えていく。暗く澱んでいた風景は、影が溶けてくのと同時に薄れていき、やがて澄んだ青色が戻って来た。

どうやら、なんとかなったみたいだ。

「アズール! ユウさん!」

珍しく表情を崩し焦った様子のジェイドとフロイドがこちらへと駆けてくる。俺の腕の中で気絶しているアズールは、顔色は悪いものの大きな怪我もなく、呼吸も安定していた。……よかった……。

「小エビちゃんめっちゃ転がってたけど大丈夫なの?」

「おう。意外と頑丈だからな……俺の事より、ほら、」

いつの間にか人魚の姿からいつもの見慣れた寮服姿に戻ったアズールを差しだせば、フロイドは僅かに表情を硬くして、何かを言いかけた後、軽々とアズールを抱き上げた。…………フロアズもいいな。

ジェイドもフロイドも、多少の傷はあれどアズールが無事であることに安堵し、優しい目を向けている。

戦っている最中もそうだったけど、2人ともアズールにできる限り怪我をさせないように魔法を使っていた。普段の言動がどんなんであれ、3人は本当にお互いを信頼しあって、大切にしているんだろう。

……いいなぁ。羨ましい。俺にはそんな奴、もういないのに。

「ユウ~~~!」

「ぅお、グリム。どうした?」

グリムを先頭にエース、デュース、ジャックが俺の元に駆け寄って来た。腕の中に飛び込んできたふかふかの毛玉を宥めるようによしよしと撫でてやる。

「どうした、じゃないでしょ。なんで自分から攻撃に当たりに行くワケ!?」

「ユウの根性キマったところは尊敬出来るが、防御障壁も張れないのに無茶しすぎだろう」

「よけらんない防げないって分かってるお前に向かって魔法撃ったオレの気持ちも考えろよな!」

「だいたい、丸腰で突っ込むのはどうかと思うぞ」

 「い、いやでも……ほら、なんとかなったじゃん? 怪我してないし」

 へらりと笑って手をひらひらと振って怪我はありませんアピールをして見せたが、エースとデュースは安心するどころか眦を釣り上げて俺への説教を再開した。

 助けを求めてジャックを見れば、諦めろと言わんばかりに首を横に振った。レオナとラギーは愉しそうにニヤニヤしてるし、ここには俺の味方はいないのか!

 「わ、悪かったよ……。無茶はもうしない。これでいーだろ?」

 「無理だね」

 「無理だな」

 「なんでだよ!!!」

 「ユウってばまた似たようなことになったら無茶するでしょ」

 「エースに同感だ。ユウは絶対にする」

 「なんで俺こんなに信用ねぇの? そこまで無茶してなくない……??」

 「マジフト大会前にスカラビアの寮生助けた時とか」

 「ぐぅ……」

 そこを持ち出されると弱い。いやでも、目の前で危険な目に遭ってる奴がいたら助けるだろ? ……いや、ここの生徒ならそんなことはないかもしれない。

 「ま、まぁ、ほら、あれだよ。怪我はしてないし……」

 じとっとした視線を複数感じて振り向けば、ジャックと、少し離れた後ろにレオナとラギー。獣人三人組の嗅覚の鋭さには本当に驚かされる。ジャックはまだ近いからいいとして、レオナとラギーはそこそこ離れてるのになんで血の匂いわかるんだよこぇえよ……。

 「おい、ユウ……」

 「大丈夫大丈夫。これくらい慣れてるから」

 「けどよ、」

 「そうそう、ユウくん打たれ強いッスもんね」

 顔を強張らせたジャックが声をかけてきたが、わざと遮るように言葉をかぶせる。それでもなお話を続けようとするのを、今度は俺とジャックの間にするりと入ってきたラギーが留めた。

 助かった……と思ってラギーに目を向ければ、とても良い笑顔を浮かべて親指と人差し指で丸を作って向けてきた。…………うん、知ってた…………。

 「とにかく俺は大丈夫だから。な?」

 「……ユウがそう言うなら」

 まだ納得していないような顔でジャックは渋々頷いた。頭のてっぺんにある耳がぺたりと伏せられていて、まるでしょぼくれた犬の様だ。いや、狼なんだけど。

 「よ~しよしジャック。心配してくれてありがとな~」

 手を伸ばしてジャックの髪をかき混ぜるように撫でるてやる。新感覚だ。グリムのふわもこな手触りともフロイドのさらっといた手触りとも違う。

 「なっ……おい、止めろ! ガキ扱いすんじゃねぇ!」

 「かといって~~満更でもないんじゃないッスか~? ジャックくんってば、尻尾揺れてるッスよ~?」

 「ラッ、ラギー先輩!」

 マジフト大会後に何があったかは知らないけれど、どうやらジャックはラギーに頭が上がらないというか、あまり強く出れないようだ。……ジャクラギ、か……!? 強面後輩×童顔先輩はよく見るカップリング傾向だな。ほんと、サバナクローの商業BLみの高さなんなの? 最高じゃん……。

 「オイ! アズールが目を覚ましたみたいなんだゾ!」

 グリムの声にオクタヴィネル3人組の方を見れば、言う通りアズールが起き上がって、ぼんやりと周囲を見回していた。ほぅ、と安堵の息を吐く。よかった。血色も良くなってるみたいだし、遠目から見る限り後遺症とかもなさそうだ。

 「文句言ってくるんだゾ!」

 「あっおいグリム!」

 腕の中からぴょんとグリムが飛び出して、アズール達の方へと向かって行く。追いかけようとして、足を止める。どんな顔して声を掛ければいいんだろうとか、そもそもアズールは俺の顔なんか見たくないんじゃないかとかがぐるぐる頭の中を回る。だって、アズールの契約書を、関係のないものまで全部台無しにしたのは、俺だ。

 「いって……!?」

 迷って立ち止まっている俺の背中を、レオナが平手で思いっきり叩いた。びりびりと痛みが駆け巡る。

 「何すんだよレオナ!」

 「シケた面してんじゃねぇ」

 「……だってさぁ……」

 「テメェ、俺の時には能天気に話しかけてきただろうが」

 「いや、まぁ、うん……」

 「アイツにゃ腫れモノ扱いした方がよっぽど気に障るだろうよ」

 「それはそうかもしれないけど」

 「ならごちゃごちゃ余計な事は考えるな。お前みたいなのは何も考えないくらいが丁度いい」

 「レオナ…………もしかして、励ましてくれてるのか……?」

 「……あ゛?」

 グルゥ、とレオナの喉が不機嫌そうに鳴る。照れ隠しのつもりか? いやでもこういうのは俺じゃなくて他の奴にやってくれって何回も言ってるだろ。俺は攻略対象にも主人公にもなる気はない。ただのモブA、それが俺の立ち位置に相応しい。

 レオナに後押しされ、そろりとアズール達の方へと近付く。アズールは自分がオーバーブロットで暴走したことが信じられないようだ。

 「ま、コツコツ集めてきたモンを台無しにされたらそりゃ怒るッスよね。オレだって、ずと貯めてる貯金箱を他人に割られたら絶対許せないと思うし」

 驚愕して震えているアズールに、ラギーがフォローを入れる。大事なものを壊されて怒らない人間なんていない。その通りだ。

 「でも、やっぱ悪徳商法はダメなんだゾ。反省しろ」

 「その前に、お前らは他人の作った対策ノートで楽しようとしたことを反省しろ!」

 「ジャックの言う通りだな。グリム、次やったら流石にもう助けないからな」

 エースもデュースもだぞ、と睨みをきかせれば、2人とも気まずそうに目を逸らした。……マジでこれで同じことをやったら、俺がオーバーブロットするわ。魔力ないけど。

 「……アズール」

 「……なんですか」

 返事の声音は固い。そりゃそうだろうな。アズールにとって俺は加害者みたいなもの……というより、加害者そのものだ。わかってる。散々考えてきた。もう前みたいな気安い関係には戻れないってことくらい。……そもそも、俺が一方的に思い込んでいただけで、元々アズール達はオンボロ寮が目当てで近付いて来たんだろうし……あっやべ、思い出したら泣きそうだ。でも、俺は楽しかったし、今でも3人のことは大切な友達だと思ってる。これからも、ずっと。

 「……お前はすごいよ」

 「……え?」

 何を話せばいいかわからなくて、つい口をついて出た言葉がそれだった。

 「あの対策ノートもさ、自分で過去分分析してまとめたんだろ? 普通、そこまで自分の力で出来ないよ。それに……契約書だって。あそこまで集めるのに、時間も掛かっただろうし、願いを叶えるために色々努力だってしてきたんだろ? だから……うん、やっぱりアズールはすごいよ。よく、頑張ったな」

 「…………。フン。貴方にそんなことを言われても……。そんな慰め、嬉しくもなんともありませんよ」

 「……そうだよな。ごめんな?」

 やっぱりだめだ。上手く話せない。俺、そこまでコミュ障じゃなかったと思うんだけど、どうにも上手くいかないな。うぅんと考え込んでいる間にアズールがなにやらフロイドとジェイドに揶揄われていた。ああ、よかったな。身体を張った甲斐があった。この、3人が仲良さそうな光景を取り戻せただけで、怪我なんて安いもんだ。

 「ああ、そうだ。アズール、これ」

 柱の陰に置いておいた写真をアズールへと差し出す。リエーレ王子の来館記念の写真だ。せっかくここまで持ってきたんだし、詫びとまではいかないけれど欲しい奴が持っていた方がいいだろ。

 「なんだ、この写真? ……人魚の稚魚どもがわらわら写ってるだけじゃねぇか」

 「エレメンタリースクールの集合写真……ッスかね? なんでこんなのが欲しかったんスか?」

 俺が差し出した写真を、左右からレオナとラギーが覗き込んでくる。……距離、近くね? 2人ともネコ科とネコ科に近い獣人だからパーソナルスペースバグってんのか?

 「俺もわからんけど……アズール写ってるし、思い出に欲しかったとかじゃねぇの?」

 「えっ」

 ぎょっとしたようなアズールと面白そうなものを見た顔をしたジェイドとフロイド。それぞれの視線が俺に突き刺さる。……え。なんか変なこと言ったか。

 「よくわかったね小エビちゃん。うっわ懐かしい。これ、オレ達が遠足の時に撮った写真なんだよね」

 「そうなのか。ってか王子とクラスメイトだったのか?」

 「そうだよ~。えっとぉ……あ、ココにオレとジェイドが写ってる。そんで……一番隅っこに写ってるのが、昔のアズール!」

 「「えっ!?」」

 「やっぱりそうだよな」

 写真を覗き込んでいたラギーがのけ反る。どれどれと覗き込んできたデュースとグリムもフロイドが指し示した場所に写っている人魚の稚魚を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべた。

 「うわあああああああ! やめろ!!! 見るな! 見ないでください!」

 慌てて写真をもぎ取ろうとするアズールを。ジェイドがニコニコと笑いながら押さえつけた。完全に面白がってるだろ。

 「どれどれ?」

 「隅って……」

 デュースとラギーの反応に興味を引かれたのか、エースとレオナもきょろりと写真の上に視線を這わす。

 「もしかして、控えめに見ても他の人魚の2倍くらい横幅がありそうなタコ足の子供……」

 「アズール、オメー昔こんなに丸々と太ってたのか!」

 「シッ! グリム! 丸々とか言うなよな!」

 アズールが呻きながらべしゃりと崩れ落ちた。うーんこれはちょっと……だいぶかわいそうだ。太っていた昔の自分の写真をこの世から抹消したいっていうのはよく聞くしな。

 「くそぉ……! モストロ・ラウンジの店舗拡大と、黒歴史抹消を同時に叶える……完璧な計画だと思ったのに~~~っ!」

 うーん、やっぱり俺というかオンボロ寮最初から狙われてたっぽいな。テスト前にフロイドが「アズールに相談してみれば?」とか持ちかけてきたのも、俺に契約を結ばせる為だったんだろう。思い返してみれば、目が合っただけで必死にボドゲ部に引き込んできたのも、そう言うことだったのかなぁ……。

 じわり、と滲みそうなになった涙を皆に見えないように拭い、”いつも通り”の表情を浮かべる。これは俺の勝手な感傷だから。他に見せる必要はない。

 「それにしても……ユウさんよくこれがアズールだとわかりましたね」

 「わかるだろ。髪の色だって同じだし……それに、この目だな。綺麗な目の色なのに、『お前ら絶対見てろよ』みたいな感じがアズールだなって……」

 「……わかるか?」

 「全然……」

 エースとデュースがひそひそと囁き合って、信じられないものを見るような目で俺を見てくる。えっ……いや、わかるだろ……?

 

:  :  :

 

 ……アズールのオーバーブロット事件から、数日後。

 俺達はもう2度と訪れることはないと思っていたアトランティカ記念博物館にやってきていた。きっかけは騒動のあとジャックが「盗みはしたくない」と言ったこと。アズールを説得し、あの時の面子(レオナとラギーは除く)で遠足がてら写真を返すために遥々珊瑚の海へとやってきた。

 ちなみにこの遠足、出席をつけてもらっていたりする。今回の騒動で経緯は違えど学園長のお願い通りに生徒を無事解放したご褒美として脅……強請ったら快くOKをもらえた。サンキュークッロ。この調子で教科書とか運動着もよろしくな!

 ジェイドとフロイドが朝迎えに来た時は少し身構えてしまったが、こうして無事に、今度は真正面から博物館に足を踏み入れることが出来た。

 「うわー、すげぇ。中はこんな風になってんだ」

 「伝説の海の王の像か……海の魔女以外にも海底にはいろんな偉人がいたんだな」

 「この王様、なかなか鍛えてるじゃねぇか」

 前に来た時は玄関で警備員を引き付けていたエースが感心したように声を上げ、デュースはふむ、と海底の偉人が列挙された表を見つめている。ジャックは……なんでお前像の筋肉見て感心してんだよ……。

 でもこうして見るとホント、まだまだ子供だなこいつら。

 「みなさん、ようこそアトランティカ記念博物館へ」

 受付でなにやら手続きをしていたアズールが、俺達に気付いて近付いて来た。元の人魚姿に戻っているジェイドとフロイドとは違い、今日もアズールは人間の姿のままだ。

 アズールの話では、今日はモストロ・ラウンジの研修旅行という名目で博物館を貸し切っているらしい。勝手に持って行った写真をこっそり戻しに来たんだし、他の客の目を無くすためだろう。

 自由に館内を見て回っていい、と言う言葉に、グリム達は物珍しそうに歩き出した。ジェイドとフロイドがガイドの代わりで色々と説明しながら進んでいく。

 「……貴方は行かないんですか?」

 俺は、その場に残った。見て回るのも楽しそうだったんだけれど……アズールと2人きりになるには、もう、このタイミングしかないだろうから。

 「まぁ、な。アズールがちゃんと戻すか心配でな」

 「疑り深いですね。ちゃんと戻しますよ」

 やれやれと肩を竦めて、アズールはその手に持った写真を元あった場所へと掛け直した。これで、なにもかも元通りだ。

 「……昔の写真を全て消去すれば。僕がクズでノロマなタコ野郎と馬鹿にされていた過去も消えるような気がしていたんです」

 「…………うん」

 「海の魔女は、悪行を働いていた過去を隠すことはせずその評判を覆す働きをして人々に認められた。僕は、彼女の様になりたいと言いながら……」

 ぐ、とアズールが拳を握り、俯く。身長も体躯も俺とそう変わらないのに、

その背中は小さく見えた。

 「結局、過去の自分を認められず、否定し続けていただけだった」

 「……そんなもんだろ、普通。誰だってそうだ。過去の辛い記憶を肯定的に受け入れられる奴のが少ないよ。……でも」

 「?」

 「それでも、さ。否定していたとしても、お前は過去に負けないように努力していただろ?」

 「努力……僕が?」

 「なんだ、自覚ないのかよ。……馬鹿なイソギンチャク共を見てればわかると思うけど、努力し続けるって結構難しいんだぜ。上手く結果が出ないと気持ちは萎えるし、先が見えないと不安になってやめたくなる。お前はそれを乗り越えて、今までずっと頑張り続けてきたんだろ? ……すごいよ、ほんと」

 自分の求める結果を得るためにひたすらに努力をする奴は、好きだ。ほんの3ヶ月くらいしか交流は無かったけど、俺は知ってる。アズールがいつだって苦手なものを努力で克服しようとする姿を。……運ゲーで確実に勝つためにダイスの目を自在に出せるようになろうとするのまでは、ちょっと笑ってしまったけど。

 「……ふっ。勝手に美談にするのはやめていただけますか? 僕はただ、僕をバカにした奴らを見返してやりたかっただけですから」

 アズールは困ったような、それでいて満更でもないような笑みを浮かべる。その澄んだ空の青のような目は、あの写真に写っていた頃と変わらない。綺麗だと、好ましいと強く感じた、目だ。

 ……やっぱり、これっきりだなんて、嫌だ。アズールだけじゃない。ジェイドもフロイドも、もっと一緒に居たい。これからも、俺が元の世界に帰る時が来るまでずっと、一緒に働きたい。例えオンボロ寮が目的だろうが、利用されていようが、俺が気にしなければいい話だ。

 フロイドと話して、アズールとジェイドを誤解させてしまっていたことはもうわかっている。今回の契約書の件と合わせて謝って、謝り倒して、許しを乞えば、もしかしたら戻れるかもしれない。元の場所に。

 「アズール、あのさ……ッ!」

 ヒュッと喉が鳴る。口から出かけていた言葉は体内へと押し返された。

 アズールの、後ろ。離れた位置に人がいる。ナイトレイブンカレッジの制服ではない、季節にそぐわない夏服の、女。

 その顔は黒いクレヨンでグチャグチャに塗りつぶされたかのように見えない。

 すっとその白魚のような指が持ち上がり、真っ直ぐに俺を指さす。なんで、どうして、誰だ、なんでここにいるんだ、違う、俺の、俺のせいじゃ……!

 

 ”――――――お前のせいだ。”

 

 頭の中に声が響いた。いつのかの夢の様に、その声は、アズールの声だった。

 いや違う、これはアズールじゃない、だってアズールは、俺の目の前にいる。何かを言いかけて動きを止めた俺を見て、不思議そうな顔をしている。だから、違う。

 「ぅ……」

 「ユウさん? ……どうかしたんですか?」

 口元を押さえて蹲った俺を見て、アズールが慌てたように膝をつき、俺の肩に手を置いた。落ちた前髪の隙間から見えたアズールの顔は、焦っていて、その表情が、あの日を思い出して。

 「……ああ……」

 ずっと目を逸らし続けていることに、向き合ってしまった。レオナが月夜の晩酌で言っていた意味を、ようやっと、自覚した。

 「……ちょっと、眩暈がして」

 「大丈夫なんです? それ」

 「実は遠足ってやつは久々だから楽しみで、恥ずかしながら昨日あんまり寝れてなくてな。……さ、写真も戻したことだし俺達も館内回ろうぜ。案内してくれるだろ?」

 震える足を押さえて立ち上がる。俺はいまきちんと笑えているだろうか。アズールが何も言ってこないってことは、ちゃんと笑えているんだろうな。よかった。

 ……こんな気持ち、アズールだけには知られたくない。

 「いいですが、僕の案内は高くつきますよ?」

 「出世払いで頼むよ」

 「おや、出世する予定でも?」

 「ひっどいな」

 軽口を叩き合いながら、順路へ進む。……もう、わかったから。今だけは。

 

:  :  :

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(暗転)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

:  :  :

 

※この先嘔吐表現あり。

 

 

 

 オンボロ寮に帰り着いた直後、グリムとゴーストのおやっさん達を言いくるめてみんなで購買へと買い物に行かせた。こんな姿、誰にも見せたくない。

 「ぅ、ぉえ……ァ、ぐぅ……ッ、あッ……」

 むかむかとした不快な感覚がせり上がってくる。トイレに転がり込んだところで耐え切れず、胃の中身を便器の中へとぶちまけた。喉が胃酸で焼ける。口の中いっぱいに広がった酸っぱさが、吐き気を増長させる。

 吐き出されていく消化物に、もったいないとどこか他人事のように思った。せっかく気が向いたフロイドが作ってくれた飯だったのに。せっかくジェイドが振舞ってくれた紅茶なのに。そのすべてを吐き出してもまだ吐き気が収まらず、胃液を延々と吐き続けた。

 「うう゛~~~~ッ……くそッ……」

 ゴン、と便器に頭を打ち付ける。気付きたくなかった。でも、思い返してみれば、ジェイドとフロイドと相対した時からずっと抱えていた。いや、その前からだ。

 俺は、悔しかったんだ。理不尽に奪われたことが。だから、奪いたかったんだ。本当は、きっと、ずっと。

 ジェイドとフロイドが罠に掛かった時。アズールが暴走しているのを見た時。

 俺は、「ざまあみろ」って、思ったんだ。俺から理不尽に奪おうとするからこうなるんだって、俺は悪くないのに裏切るような真似をするからこうなるんだって、思っていたんだ。

 レオナは言った。理由をはっきりさせろってじゃないと簡単に潰れるって。

 こういうことだったんだ。俺は、俺の中の怒りの感情に向き合ってなかった。目を逸らして、あくまで『グリム達のために』って他人を言い訳にしていた。

 違う。そうじゃない。俺だ。俺は、自分の中の怒りを鎮めるために、あの3人を、アズールを貶めたかったんだ。

 「ぅ……ぐ、ぅ……」

 どの面下げて、まだ一緒にいたいとかほざける。俺が選んで精神的な苦痛を与えたんだろう。俺が、俺の、せいで。アズールはオーバーブロットした。

 もしかして、を夢想する。あのタイミングでモストロ・ラウンジを辞めさせられてなかったら。俺はグリム達じゃなくてアズール達の味方をしただろう。今回のことなんて企てなかった。もしかしたら、グリムの自由を盾にオンボロ寮の使用権を求められたかもしれないけど……その時には、こちらからも条件を出して、積極的に関わったかもしれない。

 でもそうはならなかった。俺は自分の言葉足らずが原因で辞めさせられて。それに無自覚な怒りを抱いてアズール達に刃を向けて。

 ぎしり、と軋む音がする。

 「全部……俺が悪いんじゃん……」

 

 ”――――――そうだよ。ゆうくんが悪いんだよ。”

 

 背後から囁き声が聞こえてきた。

 そうだな、わかってるよ、×××。

 




ユウ
すごいナチュラルに嘘を吐く。自分の悪性感情に気付いて嘔吐した。
様々なトラウマやストレスが積み重なった結果、不定の狂気:幻覚を付与された。



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