閃の軌跡Ⅲ開始時点で剣聖となる強化リィンでの再構成ものです。オリジナルな展開を入れつつ、原作を辿るように書いていければと思います。
初投稿なのでチラ裏にする程度のチキンです。
基本リィン視点で進めます。
1話あたり5000文字程度を目安に投稿予定です‼️
アンチ・ヘイトは念の為ですが、そんな展開になるときはなります。
七曜暦1206年3月、エレボニア帝国某所。
日の光も陰る鬱蒼とした森の少し開けた場所。そこで二人の人物が向き合って対峙していた。
両者の手には帝国では珍しい、剣にしては細身の刀身。実戦に使うよりも嗜好品としての趣で知られる東方由来の太刀と呼ばれるものだ。それを互いに下段に構えている。
一方は黒髪の凛々しい顔立ちをした青年。もう一方は既に老人と言っていいだろう、白に染まった髭を携えた男。ぶつかり合うには些か不釣り合いとも思える二人だが、力では勝っていると思える青年の方がどこか余裕がなさそうにしている。
「リィンよ、これが最後の試しとなる。より危うくなったその鬼の力……。見事御してみせるがよい」
「……はいっ!」
老人からの言葉に答えた青年は、集中するためか目を閉じ始める。
……まだ俺にこの力を御せるとは思っていない。だが、老師はそれでも敢えて制御しろとおっしゃっている。
脳裏に浮かぶのはつい最近のこと。北方戦役と呼ばれる帝国軍によるノーザンブリアへの侵攻。そこで町中に放たれた人形兵器から住民を守るべく解き放った鬼の力だったが、結果的に暴走を引き起こし、数日間寝込むこととなってしまい、避難誘導に加わっていたサラ教官やアルティナ、クレア大尉にも心配をかけさせてしまった。
老師は出来ないことを無理にやれと言う方じゃない。出来ると思ってくださるから言っているんだ。……なのに自信がないのは、俺に迷いがあるからか。
使った結果、また暴走するだけなら自業自得と思える。情けなくはあるがそれが今の自分なのだろう。しかし、こんな俺を後継者として見初めてくれた老師の期待を裏切る形になってしまうのは嫌だった。
そんな思いを悟ったのか改めて老師から言葉が発せられる。
「心配することはない。既にお主は内戦を通して大きく成長した。身も心もな。良き縁に恵まれたのは聞かんでも解る」
その声色は慈しみに満ちている。弟子の成長を心から喜んでいるようだ。
「だからこそ此処で立ち止まってはならんのじゃ。役目に迷うこともあろう。じゃがそれを乗り越え、自らの決意に揺るぎない芯を通すためにも、お主はそれを制御できねばならぬ」
「……っ!!」
……そうだ、そうだった。あの煌魔城でのクロウの言葉が俺達Ⅶ組の背中を押してくれた。
ただ、ひたすらに前へ──。
皆が今自分にできること、それぞれが考え答えを出した。結果として学院でのⅦ組は解散となったが、それでも俺達は繋がっている。前を向いて進んだその先に、再び道は重なると信じて。
寂しくなかったと言えば嘘になる。あの最高に輝いていた時間を取り戻すために内戦を戦ってきた。一人学院に残ったことも後悔はない。だが、心の片隅で俺の選んだ道は正しかったのか不安に思うこともあった。堂々と前を向いて歩んでいる皆に比べて、俺は流されただけなんじゃないかと。
「昔からそうやって自身に否定的なところは変わらんのぉ……。まぁ、驕れるよりかはマシじゃがな。……改めてになるがな、リィン。精神的にも成長したお主が見出だした道を不安に思うことはないのじゃ」
「老師……、ですが俺は……」
俺の心の迷いや不安など老師は容易く見破ってしまう。そこに驚きはないけれど、こうも簡単にばれてしまうのはやはり俺が未熟であることに他ならない。
「やれやれ……。ならば言い方を変えるとするかの。よいか? お主が信じる仲間が信じるお主を信じよ」
「っ!!」
……やはり老師には敵わないな。こうして迷いを抱えている俺を、いつも優しく、厳しく導いてもらってきた。……そうだよな。最後の別れの時、皆はどんな顔をしていた? 情けない俺を心配しているような顔だったか?
違う。こんな俺でも信じてくれていたから、笑って再会を約束できたんだ。そんな俺がこんな所で足踏みしてしまっては、彼らの思いを裏切るだけだろうっ!!
「老師。やはり自分はまだまだ未熟です」
「ふむ……?」
「ですが、そんな自分でも支えてくれている周りの為にも、こんな『鬼の力』程度に負けてはいけない。これに奪われていいと言えるほど、──もう、『俺』の存在は軽くない……!」
内戦以降、鬼の力の支配は強まってきている。まるで何かに求められているように、俺という存在を上書きしようとしている。
正直それでもいいと思っていた。俺が犠牲になることで問題が解決するのだろう。なぜかそんな確信めいたものを感じる。
だけど、老師の言葉が気づかせてくれた。俺が一人で犠牲になることは、俺を信じてくれた仲間に対する裏切りではないのか、と。
『人が人に影響を与え、支え合い、互いを生かし合う──』
神気合一に目覚めた時に理解した筈の境地。あの時は分かっていたつもりだったけど、それは驕りだったな。俺は守られていたけど、なにより自分を守るつもりがなかった。自分を大切にできない存在が、他の存在を守れるはずもなかったんだ。そんな大前提を理解できていなかった。
『リィン……ッ!!』
内戦を通して大事な存在となった彼女。思い返せば、不安げな顔ばかりさせてしまっている。彼女だけではない。他のⅦ組のみんなにもそんな顔させてばかりだった。
彼らが前へと進んだ原因の一つは、俺のこの考えを理解していたからなのかもしれない。一人で抱え込むバカを抑えるために、それぞれがすべきことを見つけたのだろう。守ってるつもりが、守られている。……俺はいつもこうだな。
だけど、安心してほしい。俺はもう、俺という存在を見捨てない。皆が信じてくれたリィン・シュバルツァーは、此処にいる。
「おぉぉぉぉぉっっ!!」
鬼の力に頼るのではない。鬼の力を使えるまでに鍛えた自身の身体を、精神を信じ、闘気として練り上げる。誰かを守るためだけじゃない。自分を含めた皆を守るために、『今』を奪おうとする『敵』を打ち払うために!
「はあぁぁぁぁぁっっ!!」
赤い、焔を思わせる闘気を吹き上がらせたそれは、確かに鬼の力を利用したそれよりも力強くはない。だが、力を利用したときに見られた髪や瞳の変化は見られないにも関わらず、確かにリィンの身体を強化していた。
「……見事」
老師と呼ばれていた老人が、その様子を見て頬を緩ませている。弟子の成長を何より喜んでいるようだ。
「ならば先ほどの言葉、そしてその闘気が見せかけでないことを示すがよい」
その言葉と同時に老人から清廉とした力強い威圧感が増す。
対峙したリィンに動揺は見られない。鞘に納めた太刀に手を添え、抜刀の構えをとる。
「……参ります」
宣言が終わるや否や、リィンの姿が消失する。そう見えるだけの速度で瞬時に間合いを詰めたのだ。しかし、老師には視認できているのか、下段に構えた太刀をピクリとも動かさない。攻撃に合わせて迎撃する格好だ。
《──無念無想。我が八葉……此処に煌めけ!》
「……むっ!?」
リィンの声が響いた瞬間、その闘気が膨れ上がる。あくまで姿は見えないものの、老師が攻撃を弾いたと思われる音から、リィンによる攻撃は行われている。
その強い剣閃の衝撃で大地は抉れ、それは老師を中心に蓮の花が描かれているようにも見える。
《──八葉一刀、刻閃刃っ!!》
姿を見せたリィンが太刀を翻し納刀する。同時に地に描かれた蓮の花が赤く煌めき、焔となって老師を飲み込む。それは突如咲いた蓮の花が対象者ごと再び閉じようとする姿を幻視させた。
「はぁっ、はぁっ」
自身の強化に加え、唐突にイメージできた自分なりの八葉。その技を放つにはまだ早かったのか、身体にかかる負担は大きかった。
だが、これまでに感じられなかった何かを掴んだ手応えはある。これが今の自分に出せる全力であるのに間違いはなかった。
しかし現れていた焔が消え、その中心になんともない老師の姿が現れたのは流石としか思えない。―いったいこの人はどこまで高みにいるのだろう。
「想像以上に素晴らしい技じゃった。お主の八葉、確かに儂が見届けた」
どこか誇らしげに見えるのは自分の欲目だろうか。疲労した頭では判断ができない。
「カシウスともアリオスとも違う、お主だけの八葉。鬼の力に頼らず、この技を放てたその技量。──よくぞここまで成長した」
「……ありがとうございます。何よりのお言葉です、老師」
失望させるような事態にはならなかったようで感心する。少し誉められすぎな気もするが、やはりこうして認めてもらえることは何よりも嬉しいものだ。
「何よりも、──『至った』ようじゃな?」
『理』。武の極致に触れたものはそれに至ると言われている。先ほど感じたこれがそうなのかは分からないが、これまでと違う感じ方をしたのは確かだった。
「これがそうなのか自分にはまだ分かりません。しかし、自身の剣の在り方についてはもう間違えることは無いと信じられます」
今まで靄がかかったような状態であったと錯覚するほどの冴えを感じる。この事に高揚しているのは間違いないのに、自然と穏やかな心地がする。
「よいよい。お主の立ち振舞いからもそれは感じておる。──最後の試し。これにて終了とする。勿論、結果は言うまでもないじゃろう」
最後の試し。これを合格したものは『皆伝』とされ、一人前として認められる。
そして、八葉一刀流の『皆伝』とは即ち──。
「リィン・シュバルツァー。ここに七の型、皆伝を授ける。これより『剣聖』を名乗るがよい。弟子をとるのも自由とする。──そして、いつか儂の八葉を真の八葉として完成させよ」
「っ!? ……リィン・シュバルツァー、確かに承りました!」
「老師はこれからどうなさるのですか?」
試しを終えたあとのこれからの予定を伺う。俺はこの後トールズ第Ⅱ分校の教官として赴任が決まっているため、その準備などを行わなくてはならない。急に訪れられた老師との試しが行われたために、何も用意ができていない状態なのだ。
「東方面で龍脈が荒れておっての。暫くはそちらにかかりきりになりそうじゃな。試しを強行したのもそういった事情があったのもある」
東方面か。あちらでは荒れた大地が多いと聞いているが、龍脈が影響してるのだろうか。自分ではまだその辺りは理解が及んでいないため、お力になれそうにもない。
「そうですか。お時間があればユミルに招待させていただきたかったのですが、お忙しいのであれば、無理を言うわけにもいきませんね」
決して連絡が取れてなかった言い訳をしてほしい気持ちはない。……怒ってるだろうな、皆。
「気持ちだけ受け取っておこうかの。なに、全てが終わればゆっくりさせてもらうつもりじゃ。その時を楽しみにしておるぞ」
「承知しました。老師もお気をつけて」
そうして、老師は歩いて共和国方面へと向かっていった。歩きで行ける距離では無いと思うが、どこかに交通手段でも用意されているのだろう。
老師と別れたあと、俺は移動のために鉄道を利用しようと駅に向かって歩いていた。
「俺も赴任のための準備を始めなきゃな。まずは──―っ!? この気配は!」
「──対象を捕捉。拘束します」
すっかり見慣れた戦術殻に腰掛け、最近までパートナーを組んでいた少女がこちらを睨みながら突っ込んでくる。不穏な言葉も発しているようだが、連絡できなかった自分が悪い。それに、どうやら少女だけではないようだな。
「総員、確保っ!!」
涼やかな声の号令と共に押し寄せてくるのは、鉄道憲兵隊だろう。押し通ろうとすればできると思うが、非はこちらにあるので抵抗はしない。
こちらに抵抗する気がないと分かったのだろう。押し寄せてきた隊士達もそこまで力を込めて拘束するようなことはなかった。
ここまではいい。問題は──。
「急に連絡も無く、姿をくらませたこと。それに対して弁明はありますか?」
「説明を要求します」
近づいてきたクレア大尉とアルティナ。怒りのオーラをばらまいているこの二人にどうやって納得してもらえるか、だな。
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2話
「試し、ですか。」
「はい、ユン老師が急に訪れられて、試しを行うと。急な訪問からすぐの展開だったのと、試しの期間は外部への連絡は禁止と言われたことで、連絡を行えずご迷惑をお掛けしました。」
そう言って目の前に座るクレア大尉とアルティナに頭を下げる。どうやら試しの期間中、かなりの広範囲に当たる場所を捜索したようで、その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいた。
今俺が座っているのは鉄道憲兵隊が所有する鉄道車両の一角で、このままルーレまで運んでもらい、そこからユミルへと帰るつもりだ。
「無事に試しは終え、こうして身体も問題ありませんので、どうか安心していただけると。」
そう言って心配ないことを告げたつもりだったのだが、返ってきたのは溜め息による呆れの感情だった。
「……そう簡単なことではありません。貴方は既に『灰色の騎士』としての知名度が高く、軍部以外からも注目を集めています。」
「ええ、そんな状況でリィン君が居なくなれば他国からの干渉を疑う、といったことも考えねばなりません。」
そうか、政府からの要請で派手に動いてきたからな。納得してのことだったけど、改めて随分と重たい身分と責任を負ってしまった。
「……それは、重ね重ね申し訳ありません。しかし、どうしてルーレ近郊に?俺の場所はわからなかったんですよね?」
明らかな待ち伏せができていた以上、近いうちに俺があの場所へ現れることを知っていなければ、不可能だ。――となると、老師だろうな。
俺の疑問にアルティナが答える。
「ろくな情報がないままの状態が続いていましたが、昨日謎のメッセージが情報部へと届けられました。――リィン・シュバルツァーは明日ルーレ近郊に姿を見せると。」
あの人は……。尊敬すべき偉大な人だが、時おりふざけるのが玉に瑕だ。頭を抱えているとアルティナが続ける。
「流石に鵜呑みに出来ることではありませんでしたが、これまでに有力な情報が無かったこと。今日中とそれなりに具体的なこともあって、鉄道憲兵隊の力を借りて待機していたというわけです。」
「なるほどな。アルティナにも迷惑かけたみたいだ。すまなかった。」
お礼の意味を込めて、つい頭を撫でてしまう。本人はそれを拒むこと無く受け入れてくれた、が。
「……やはり不埒ですね。」
ジト目とセットであった。そう言っても嫌がってはいないのは分かるので、少しの間撫でさせてもらった。
そんな感じで少しのお説教はくらったものの、無事が分かったことに安堵したクレア大尉は、報告のため帝都へと戻っていったが、監視という名目でアルティナはこのまま俺とユミルへ向かうようだ。俺と同じようにユミル行きのケーブルカーを待っている。
「俺は構わないが、任務は大丈夫なのか?」
「問題ありません。現在の私の任務はリィンさんから目を放さないことになってますので。」
どうやら俺に会えたなら、そのまま共にいるように命令されたらしい。まぁ、教官として赴任するまでの間だけだろう。
「因みにですが、私も第Ⅱ分校への入学が決まっています。恐らくはリィンさんが担当するクラスの生徒となるでしょう。」
「……は?」
言っている意味は理解できたが、何故そうなったのかは理解できない。政府からの要請は続くとは思っていたが、アルティナが生徒になるとの言葉は予想外だった。
「秘密にしておこうと思っていましたが、これもいい機会ですので言っておこうと思いました。どうせバレることですし。」
こちらが驚いた反応をしたことに満足したのか、少しばかり嬉しそうだ。ここ最近で感情をよく見せるようになったと思う。ミリアムに比べればまだまだ大人しいが。
「はぁ……、まぁそれは今更変えられないだろうからいいとして、だ。武器は相変わらずクラウ=ソラスなのか?」
クラウ=ソラスとは戦術殻という自律型の兵器であり、形態変化等ができたりと謎な技術で作られている。アルティナやミリアムはその戦術殻と何らかの形で繋がっているらしく、彼女たちの意志に随えように攻撃が可能だ。機密情報扱いの物だと思うが、ミリアムは堂々と見せていたし、見られても構わないと判断されたのだろうか。
「……?はい、私の戦闘スタイルはリィンさんもご存じでしょう?」
「ああ。だが、教官として言うならアルティナ自身も鍛えるべきだな。クラウ=ソラスは確かにすごいが、アルティナ自身も鍛えることによってクラウ=ソラスの戦い方にも幅が出ると思う。」
ミリアムを見たときから思っていたが、彼女たちは単純に戦術殻の性能だけで戦っている。それだけでも充分に強いのだが、扱う本人の戦闘技術が高いとは言えず、そこを狙われて劣勢になってしまうパターンも多い。
言われた本人も思い当たることがあったのか、少し顔をしかめている。
「……実際に内戦の時はリィンさん達にやられてますから、否定はできませんが。例えばどんなことをすればよいのでしょうか?」
「そうだな。クラウ=ソラスはミリアムのアガートラムと違って打撃一辺倒じゃないだろう?まぁ、ミリアムの好みの問題で打撃しかしてないのかもしれないが。とにかく、斬撃もできたよな。それなら剣の基本を覚えてその動きを再現するとか。」
今はただ振り回しているだけで、強者相手では通用しない。学院の生徒レベルなら大きく遅れをとることはないと思うが、それでも対応できる者はいるだろう。
「打撃にしても、戦術殻のパワーなら叩きつけるだけでも大抵の相手には通用する。しかし、結社の執行者などの実力者にはそれだけでは無理だ。」
「……ふむ。」
意外と真剣に考えてくれてるな。必要ないです、と一蹴されると思っていたんだけどな。
「あとは単純に体力だな。何らかの事情でクラウ=ソラスが使えないときは、君自身で状況を打開しなくちゃならない。」
「む……。」
一番自信がない部分を指摘されたためか、より苦い表情を浮かべる。そうそう無い状況だとは思うけど、例えば戦術殻や導力系武器の動作を止めるフィールドが使われたりしたら、その瞬間にお手上げだ。そのためにも自衛できる程度の体力や戦闘力はあった方がいい。
【まもなくユミル行きのケーブルカーが到着します。ご用のお客様は搭乗口までお越し下さい。】
「おっと、これに乗らないとな。まぁ、あくまでも俺なりの考えだ。アルティナはこれまでも充分にやれてきたんだし、無理強いはしないが少し考えてみてくれ。」
アナウンスに従い、ケーブルカーの搭乗口まで移動する。着いてきたアルティナは先ほどの考えを吟味しているのか、特に喋ることなく考え込んでいる様子だ。切っ掛けになればいいと思うのは間違いないが、これで悩ませてしまうのも申し訳ないな。
「なんならまずは八葉一刀流でも学んでみるか?老師からも弟子をとることは認められたし、弟子とはいかなくても多少の基礎なら教えてやれると思うぞ。」
助けになればと軽く言ったしまったことが、後の騒動に発展するとは、このときの俺には分からなかった。
ケーブルカーはその後何事もなく出発し、それなりの時間をかけてユミルへと到着した。
「やっと着いたな。アルティナもお疲れ様だ。」
駅の外へと出たことで、やっと帰って来たのだと実感する。故郷の景色はまだ多くの白い雪に包まれており、春の訪れはまだ遠そうだ。
ケーブルカーの中でも考え込んでいたアルティナは終始無言でいたが、不思議とそんな時間も悪くはなかった。
「ん……!?おぉい、リィンじゃないか!」
駅から出たすぐ近くを掃除していたラックがこちらに気づき、声をあげながら近づいてくる。
「ラック!ただいまだ。」
「おお、お帰り!お前の活躍はユミルにも届いているぞ!……まぁ、皆お前らしくないって言ってるけどな!今日はどうしたんだ?」
笑いながら気軽に話してくれている幼馴染みに内心感謝しながら、帰って来た用件を告げる。
「来月から士官学校へ教官として赴任が決まったからな。その挨拶と準備のために戻ってきたんだ。」
「……そっか。でも元気そうでよかったよ。少しはゆっくりしていくんだろ?」
「ああ、報告したいこともあるし、時間の許す限りはこっちで過ごすよ。」
ただでさえ両親には内戦の時を含めて迷惑をかけ続けた。少しは親孝行をしないとバチが当たるものだろう。
ラックに別れを告げ、擦れ違う住人に挨拶をしながら自宅へと向かう。その際にアルティナがいることに疑問を浮かべる人も多かったが、俺が同行していることもあり、問い詰められるようなことはなかった。
「…私がしたことは決して許されることではなかった筈です。しかし、どなたからも私に対して悪く言ってくることはありませんでしたね。正直、目の前で罵倒されるくらいは覚悟していたのですが。」
無言だったのはその事を考えていたせいもあるのか。あの騒ぎは色々と衝撃的だったからな。アルティナが殿下やエリゼを拐ったこと自体認識されていないのかもしれない。
「あまり気に病まないでくれ。あれはアルティナが悪いわけじゃない。」
「とは言っても、実行したのは私です。リィンさんのご両親は流石に私を覚えているでしょうし。」
これから会うだろう両親に何を言われるのか、と少し不安げな表情を浮かべている。だが、それは甘い考えだ。俺の両親なら――。
「あら?…!リィン!!」
ちょうど家の前な出てきていた母親が、こちらに向かってくる息子の姿を認めると、早足で近づいてくる。
「母さん。ただいま戻りました。」
「ええ、ええ。よく戻ってくれました。大変なお役目を務めているとお聞きしてましたが、無事でいてくれて、それだけで私は嬉しく思います。」
ノーザンブリアでの出来事を聞いてしまったのか。母、ルシアはリィンに抱きついて声が震えている。こんなにも心配をかけていたのだと改めて実感させられて、申し訳なく思う。
「……すみません、取り乱してしまって。改めてお帰りなさい、リィン。」
「はい。ご心配お掛けしました。」
改めて帰郷の挨拶を交わしたことで、母さんは俺の傍で控えるアルティナの存在に気づく。
アルティナも母さんから視線を向けられたことで、一瞬身体が強張ったが、それでもしっかりと目を合わせて――。
「は、はじめまして。リィンさ「あらあら!リィンのお客様かしら?すみません、私ったら気づかずに。すぐに主人に伝えてきますね。」―え、あの。」
アルティナの言葉を遮って母さんは家に戻ってしまう。せっかくの決心に水を差された形のアルティナはただ呆然と家に戻るその姿を見送っていた。
その後、家に着いた俺達は出迎えてくれた父さんに挨拶をし、そこで改めてアルティナを紹介した。予想通り、父さんも母さんもアルティナを責めることはなく、むしろ俺のサポートをしていたことに礼を言っていた。
「リィンは一人で抱え込んでしまう性質だからな。君のようなサポートをしてくれる者に礼は言えど、責めることなどできんよ。」
「ええ、それにあの時のことは改めてリィンから説明を受けています。こうして主人も無事でしたし、エリゼや殿下も無事だったのですから蒸し返すような真似はしません。」
本当に器の大きい両親だと思う。こういった面で俺はまだまだこの人達に敵わないと実感させられた。
エリゼにも連絡をしたらしく、今度の休日に帰ってくるらしい。説教の一つや二つは覚悟しておけ、と父さんから告げられたときは落ち込んだものだが、自分の責任なので甘んじて受け入れよう。
責められなかったことがアルティナを動揺させたが、結局『……確かにリィンさんのご両親ですね。』と謎の納得をされ、今は母さんの夕食の準備を手伝っている。
俺はというと、父さんの執務室で今回のユン老師による試しの結果を報告していた。
「そうか。遂にお前も『剣聖』か。」
「身に余る称号ですが、授けていただいた老師に恥じぬように今後も努めていくつもりです。」
「ああ、今後は教官ともなりお前の判断が生徒にも影響を及ぼす。人の命を預かる責任ある立場だ。だが、お前にならそれができると信じている。しっかりとな。」
本当の息子でない俺をここまで育ててくれた両親から間違いのない愛情と信頼を感じる。こんなことにも以前の俺は気づけなかった。もう自分だけを犠牲にして動けばいいと思うことはない。
「はい、今更ながら自分だけが犠牲になる考えが他の誰かを不幸にする。そう思い直すことができました。……俺は傲慢だったんですね。」
「その事に気付いてくれた。それだけでお前が八葉を学んでくれて良かったと心から思う。」
本当に嬉しそうに話す父さんを見て、老師の試しが行われなかったまま時を過ごしたら、きっと俺は遠くない未来、この人達を悲しませていた。そんなことが何となく理解できる。
煌魔城での戦いから強くなっていく鬼の力。これを利用して、あの人、オズボーン宰相は何かを起こそうとしている。つまり俺は利用される側だ。そして、俺を使う最大の理由。
――灰の騎神、ヴァリマール。
緋、蒼、そして灰。他にも同等の騎神がいたとしたら?既に3騎存在している以上、他があってもおかしくはない。1騎だけでもオーバースペックなのだから。
「エマなら何か知っているかもな…。」
「エマ君がどうかしたのか?」
父さんの前で考え事が口に出てしまっていたらしい。何でもないと返事を返し、その後は今までの要請の事などを話し、夕食の用意が出来たとアルティナが呼びに来る迄の間、穏やかな時間を過ごした。
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3話
夕食も終わり、温泉で疲れを癒したあとの夜。まだ眠くないということもあって、部屋の中ではあるが、太刀を構える。
思い起こすのは試しでの剣技。鬼の力に頼らない中で自身が出せる最高の技。あれを意識的に放てるようにならなければならない。流石に自己強化を使わないとまだ無理だとは思う。だが、あれだけではなく、普段使っている技にも改善できるだろうという確信が生まれた。
「昨日までは思いもしなかったのにな…。」
脳内でシミュレートしていくだけでも、改良できる点がどんどん思いつき、それは基本の型から今の自分に合った内容へと昇華されていく。
「俺だけの八葉、か。」
こうして皆伝へ至った者達は、それぞれの型に最適化した八葉の技を使うのだろう。例えばカシウス師兄は《螺旋》を極め、アリオス師兄は《疾風》を極めた。俺もこの2つ、特に集団戦に強い疾風はよく使っているが、俺の疾風と師兄達の疾風は別物となっているに違いない。
そうして、イメージの中で技の構想を固めていると、不意に扉の外に気配を感じた。
これは――。
「アルティナか?入っていいぞ?」
声をかけると控えめに扉が開けられ、予想通りそこにはアルティナが所在なさげに立っている。
「すみません。集中を乱してしまったでしょうか?」
「いや、そんなことはないさ。少し今日の試しの反復をしていただけだよ。そんな所に立ってないで、入ってくるといい。」
再び声をかけると今度は部屋の中へと遠慮がちではあるが入ってくる。
「では、失礼します。」
彼女には椅子を勧め、俺自身はベッドへ腰かける。さっき定時報告をしていたらしいから、その関係だろうか。
「何か任務でも入ったのか?」
「いえ、命令に変更はありません。このままリィンさんをサポートするように伝えられました。」
違ったらしい。では何だというのだろう。心当たりは無い…よな。
「ご相談が有って来ました。」
話を切り出した彼女からは何か強い意気込みを感じる。俺も真剣に聞く必要があるだろう。
「分かった。言ってくれ。俺にできることなら協力する。」
「はい、ユミルに来る前のお話を覚えていますか?」
ユミルに来る前だと、第Ⅱ分校へ生徒として入学することの話だろう。その事で彼女自身の戦闘力に関しても懸念点を伝えたが。
「分校の生徒として入学してくることか。」
「はい、その際にですがリィンさんから私自身の戦闘力に関して指摘されました。」
「いや、指摘ってほどでもないと思うんだが……。」
個人的に気になったことを聞いただけのつもりだったんだが、本人にはそう聞こえなかったってことか。
「善意で言ってくれたことは分かっています。リィンさんはお節介なので。ただ、自分でも納得できる改善点でした。」
貶されてるのか褒められてるのか微妙な辺りだな…。
「私はクラウ=ソラスがあれば大抵のことならば対処できると思っています。……いえ、思っていました。」
「間違いじゃないだろう。あれの性能はそれなりに理解しているし、実際凄い物だと思うぞ。」
ミリアムのアガートラムもそうだが、一個人の所有物にしては高性能すぎる。あれだけの性能であれば、使用できる者が限られるとはいえ、少数でも驚異と言える。
「ですが、私はノーザンブリアでまともにお役に立てませんでした…。他でもサポートとして来ているのに、リィンさんについていくのが精一杯で、出来たことなんて多くありません。」
「そんなことはないさ。ノーザンブリアでは避難の誘導を頑張ってくれていたし、その点はサラ教官もクレア大尉も認めてくれている。他のことも同じだ。俺にできないことをやってくれていたし、感謝してるんだ。」
ノーザンブリアなんて、俺は暴走して起きたら終わっていただけだ。市民の多くが無事だったのはサラ教官やアルティナ、クレア大尉が頑張ってくれたおかげであり、俺自身は大したことは出来ていない。
「それでもです。あのとき私は力不足を実感し、クラウ=ソラスを使った戦闘方法の見直しを行いました。」
何だ、既に手をつけていたのか。ならば俺の言ったことは完全に余計なお世話だったな。
「ですが、今日リィンさんに言われて気づきました。いくらクラウ=ソラスと連携面を強めても、私自身が戦闘の素人では限界があると。」
そうか……、自分で考えた結論ならそれは喜ばしいことだ。命令には従順だが自分で考え、それを実行する。といった行動はこれまで取っていなかったと思う。切っ掛けは与えられたとはいえ、そこから自分で考え、その上で出した結論ならば、それを支持しないわけにはいかないだろう。
「なるほどな。俺は君が自分で考えて、自分で結論を出したことを嬉しく思うよ。」
近づいて頭を撫でる。何故かアルティナにはこうした方がいいと思うのだから仕方ない。
「何でリィンさんはすぐに私の頭を撫でるのですか……。やはり不埒です。」
「はは、すまない。不埒ならもうしないよ。」
そう言って手を離そうとすると、その表情は残念そうに変化したので、元の位置に戻す。
「ま、まぁ、リィンさんの不埒の被害者を増やさないためにも、私がこうして害を被ればいいわけなので、そこは我慢します。」
「そうか、すまないな。」
「ええ、自重してください。……コホン、それでですが、確かリィンさんは八葉一刀流を教えてくれると仰っていたと思いますが、相違ないですか?」
まだ未熟の身ではあるが、弟子を取ることは自由となった。実際には弟子とまではいかないと思うが、剣術の基本はどこも大筋で変わらないため、基礎くらいなら問題無いだろう。それに帝国で主流の剣術の多くは得物が大きいこともあってアルティナには向かないと思ったのもある。
「ああ。型の基礎までには時間が足らないと思うけど、剣術の基礎的な部分なら問題無いと思うぞ。」
「むっ……、まぁいいです。では明日からお願いできますか?」
やる気があるのはいいことだ。俺としても他人に教えることで、改めて見えてくることもあるだろう。断る理由はない。
「了解だ。じゃあ明日から始めよう。」
「はい、よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げ、部屋を出ていくアルティナを見送りながら、明日からの訓練をどうこなしていくか考えながら、ユミルでの初日は過ぎていった。
それからというもの、アルティナとの剣術の特訓をしながら、教官として赴任する第Ⅱ分校への準備を進めていった。
途中エリゼの帰郷から、これまでの心配をかけたことで説教を受け、アルティナに剣術を教えていることがバレれば、自分も教えろとせがまれ、時間の許す限り付き合ったりなど、様々な出来事はあったが、これといって問題ない日々を過ごしていた。
何故かエリゼとアルティナが『被害者防止の会』という謎の交流を持ち、出会った当初に比べて異常に仲が良くなったのは疑問だったが、悪いことじゃないと思うので、特に追及はしなかった。
剣術の特訓は元々行っていたエリゼ。戦闘経験はこなしてきたアルティナ。二人ともやる気も充実しており、教えるこちらもつい力が入ってしまった。おかげで二人にはそれぞれ一つずつ八葉の型を教えることになったのは俺にとっては誤算だったが、これも彼女達が頑張ったからだろう。
剣を教えることによって俺自身にもいい勉強になった。いくつかの技は俺自身に合わせた改良を加え、ベースは同じでも性能は全く異なるものへと変えることができたからな。
そしていよいよ3月末となり、俺は生徒達よりも先んじて第Ⅱ分校が設立されたリーヴスへ向かうことになる。それに合わせる形でエリゼとアルティナもそれぞれが所属する女学院と情報局へ戻ることを決めた。もっともアルティナは一旦戻るだけで、すぐに生徒としてリーヴスに来ることになるのだが。
父さん達に挨拶をしてユミルを出発し、今は帝都に向かう列車の中でそれぞれが寛いでいる。
「アルティナさん。くれぐれも兄様の行動には注意をお願いします。」
「了解しました、エリゼさん。これ以上の被害者は増やさないように努力します。」
仲良くなったのはいいんだが、やはり会話の内容が不穏だ。何なんだ?
「はぁ……。それはそれとして、エリゼ。」
「何でしょうか兄様?」
「一旦剣術の指導は終わりになるが、無理はするな。幸いリーヴスは帝都にも近いからな。何かあったら遠慮なく俺を呼んでくれ。」
以前よりもエリゼ自身の戦闘力は向上しているのは間違いないが、そもそも戦闘をする状況になるべきじゃない。鍛えたことによって戦うことに躊躇いがなくなってしまうことだけが不安だった。
「ご安心を。私自身決して強いとは思っておりません。剣を振るうことになるのは、あくまで自衛と姫様のためです。そのような状況にならないのが最善ですが、そういった緊急事態にならない限り、自ら剣を抜かないとお約束致します。」
本当はそういった状況でも危ない行為はしてほしくないんだが……それは干渉しすぎか。殿下に最も近い位置にいるエリゼしか対応できないこともあるだろう。ひとまずはこの約束だけで満足すべきだな。
「ああ、それでいいさ。」
帝都に到着した駅の構内。ここで列車を乗り換える俺と、駅を出るエリゼとアルティナ。女学院まではアルティナが送ってくれるらしいので安心だ。
「ではリィンさん……いえ、今後は教官ですね。リィン教官、第Ⅱ分校でお会いしましょう。」
「兄様。どうかお体に気をつけて。」
「ああ。エリゼも殿下によろしくな。」
別れの挨拶を交わし、駅を出ていく二人を見送りながら、リーヴスへ向かう列車に乗り込む。一人になったことでちらほら視線を感じるようになったが、《灰色の騎士》として顔を知られている以上仕方の無いことなのかもしれない。
「第Ⅱ分校か……。どんな教官の人達や生徒になるのかな。」
本校が軍学校へと本格的に体制が変化したことで生まれた第Ⅱ分校。本校の生徒は身分を問わない成績順となり、目的は近代における軍人養成へと変化してしまった。それ故に優秀な人材の多くは本校へと進学しただろう。
つまり第Ⅱ分校へ来る生徒は所謂"落ちこぼれ"となる。だからといって実力が劣るわけではないだろう。一点特化型や扱いにくい立場の生徒などもいるはずで、そんな生徒達が互いを生かし合えば、本校の生徒にも劣らない成果が期待できる。なんにせよ直接見ないと何とも言えないな。
【まもなくリーヴス、リーヴスへ到着致します。ご用の方はお忘れものなど無いようにお気をつけください】
まずは教官陣との顔合わせだ。リーヴスが近づくにつれて何やら嫌な予感がするのは何故か分からないが、直接害を及ぼすような人がいるとは思えないし、何とかなるさ。
何とかなる。そんなのは甘い考えだった。
トワ会長……いやもう会長じゃないか。トワ先輩、ランドルフ中尉、アーヴィング少佐。この三人はまだいい。ランドルフ中尉は政府の思惑が絡んでそうだし、アーヴィング少佐は所謂監視役の意味もあるだろう。トワ先輩はトールズ本校の体制が変わったこと辺りに思うところがありそうだ。
トワ先輩は言うまでもなく、他のお二人も少ししか話せていないが、決して悪い人達ではないし、上手くやっていけそうだと感じる。
だけど、最後に現れたこの二人は無理だ。手に負えないし、そもそも誰にも制御できないだろう。
「ここの分校長となる、オーレリア・ルグィンである。お見知りおき願おう。」
「特別顧問のG・シュミット。私は研究で忙しい。それ以外のことで手を煩わせないよう注意することだ。」
今後の教官生活に激しく不安を抱えることになった初顔合わせに、思わず深い溜め息をついてしまったのはしょうがないことだと思う。
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4話
予想外の二人の登場に思わず溜め息をついてしまった俺の反応を、オーレリア将軍は面白そうに眺め、からかうように声をかけてくる。
「おや、会って早々にその反応とはな、シュバルツァー。共に北方戦役で肩を並べたというのにいささか冷たいのではないか?」
「予想外の大物の登場に驚いただけですよ…。お久しぶりです、オーレリア将軍。北方戦役ではお世話になりました。」
俺の態度が悪かったのは確かなので、言い訳をしつつ、将軍の隣にいるシュミット博士にも声をかける。
「シュミット博士もお久しぶりです。内戦ではお世話になりました。」
「ふん。私が欲しかったのは騎神のデータであり、それの研究結果を貴様等がどう使おうと知ったことではないがな。」
相変わらずのスタンスにある意味で安心してしまう。しかし、シュミット博士が分校に赴任するとは………まさかな。
「失礼ですが、こちらに赴任したのはヴァリマールの研究を取引にでも使われましたか?それならば、博士がここに顧問として赴任するのも納得ですが。」
「ほう……?」
まるで教官陣には興味がないと言わんばかりの態度の博士だったが、俺の発言に少し興味を覚えた様子を見せる。
「少しは考えるようになったか。確かに貴様の騎神を好きに研究していい、といった条件で私は協力している。特別顧問となったのはそのついでだ。少しは生徒となる者達へ私の知識を教えてやることになるが、それも最低限だ。あくまで私の興味は貴様の騎神にある。」
博士の歯に衣着せぬ物言いに、主任となるアーヴィング少佐は頭が痛そうだ。まぁ、授業自体はしてくれそうだし、それで良しとするしかない。
「オーレリア将軍も領邦軍の管理などでお忙しい筈ですが、こちらに赴任しても大丈夫なんですか?」
「ふふ、将軍職は北方戦役が終わると共に辞した。後の事はウォレスに託したため、私自身は忙しくはない。そんな折に、ここの分校長への打診を受けてな。まぁ『敗軍の将』たる私に鈴を着ける意味も含んでそうだが…?」
そう言ってアーヴィング少佐の方へ意味ありげな視線を送る。視線を向けられた彼も居心地が悪そうにしながら、意見を述べる。
「……それは邪推というものです。今の帝国に貴女以上の人材など多くは存在しません。そんな貴女を遊ばせている余裕など無いだけでしょう。」
「ふふふ……。まぁそういったことにしておこうか。これ以上アーヴィングをつついても仕方あるまい。理解できたか、シュバルツァー。」
「ええ、……ですから先程から続いている試すような真似はやめてください。精神的にキツいです。」
そう、オーレリア将…分校長は登場してからずっと俺に向けて剣気による先読みを仕掛けてきている。気を抜くとすぐにでも襲われそうだ。…というより、指向性を持たせた剣気ってどうやってるんだか。
「全くだぜ…。俺に向いてねぇのは助かるが、威圧でどうにかなりそうだ…。」
俺の言葉にランドルフ中尉も直接被害を受けている訳ではないが、分校長から発せられる剣気に気づいていた様子で、やや疲れた表情をしている。
「……えっ!?」
「分校長……。」
「ふん……。」
他の教官方は気づいていなかった事から、一定レベルの武力を持った人物にしか感じ取れないものだったのだろう。本当にどうやっているんだか…。
「ククク。いや、すまんな。まさか少し見ない内にここまでになるとは思いもよらなんだ。試してみたくもなるだろう?」
その言葉と共に剣気が霧散する。やっと一息つけるな…。
「いや、普通はなりませんよ。」
「シャーリィみてぇなこと言うお人だな。おっかねぇ。」
ランドルフ中尉も流石にこの人の行動には呆れているようだ。…同じような人物に心当たりがある辺り、クロスベルでも苦労したのかもしれない。
「しかし、シュバルツァー。まさかとは思ったが…『至った』な?」
「っ!?」
あれだけでそこまで見抜くのか。もとから人外じみていたが…流石は『黄金の羅刹』。
「貴方相手では誤魔化せませんね…。ええ、今月始めに奥伝を授かりました。」
「ほう。八葉の奥伝、つまりは《剣聖》となったと。……ククク、これはこれは分校での楽しみが増えたというものだ。」
《剣聖》の言葉で周りの教官陣から驚く気配を感じたが、それよりも今後の分校生活で、この人の相手を定期的にやらされそうで怖い。
「と言っても時期を早めた上での奥伝です。他の剣聖の方や実力者には一歩も二歩も劣りますよ。」
「謙遜するな。八葉の頂きに昇る者は即ち《理》に至ると聞く。その若さで至ったことを誇るがよい。しかし、これは是非とも仕合ってもらわなくてはな。」
この人は……。どこまでも強者を求める姿勢、羅刹とはピッタリすぎる異名だな。
「あぁ〜と、俺はそこまで詳しくはねぇんだが、剣聖ってぇとあれか?アリオスの旦那と同レベルってことか?」
それは言い過ぎだ。彼とは経験も技量も比べるまでもない。もちろん俺が劣るという意味で。
「流石にそれはありませんよ。かの《風の剣聖》とは同じ流派の皆伝という意味で同じだけで、剣士としては彼に遥かに劣ります。」
クロスベルに限らず有名すぎる《風の剣聖》。遊撃士としてもその実力は高く、S級への昇格を何度も断っていると聞く。一度脱退したそうだが、今は復帰しているようだ。
もう一人であるカシウス師兄も既に剣は放してしまったが、それでもなお高い実力を維持している。あのレベルまでいくと得物は関係ないのだと思い知らされる。そんなお二人に比べれば俺なんてまだまだひよっこだ。
そんな俺の説明を、分校長は獰猛な笑みで、ランドルフ中尉とトワ先輩は興味深そうに、アーヴィング少佐は『剣聖だと…?改めて評価をしなおさなくては…。』なんか大変そうだな。シュミット博士は変わらず興味はなさそう。
そういったことで荒れてしまった初顔合わせだったが、アーヴィング少佐、もとい主任によってクラス編成や担当科目などの各自の分担が割り振られていく。しかし、これは――。
特務科Ⅶ組:
担当:リィン・シュバルツァー
生徒:
・ユウナ・クロフォード
・クルト・ヴァンダール
・アルティナ・オライオン
※基本科目はⅧ組、Ⅸ組と合同とする。
「おいおい……。何だよこのクラス分けは?」
「特務科って……リィン君が居るからですか?」
Ⅷ組とⅨ組を受け持つランドルフ中尉とトワ先輩からも疑問の声が上がる。三人という少ない人数に加え、敢えてⅦ組を冠する特務科。この意図は、明らかに自分を意識されて作られている。
そんな疑問に答えたのは分校長となるオーレリア将軍だった。
「その通り。このクラスはシュバルツァーを含めた四人で小隊とし、特別実習では他のクラスとは離れて特務活動を行ってもらう。なに、シュバルツァーならば慣れたものだろう。」
この発言にアーヴィング主任は重苦しい感情を込めて補足する。
「シュバルツァーには全体的な演習でのサポートを期待していたんだがな…。」
どうやら分校長から鶴の一声で決まったクラスのようだな。こうなると生徒…と言ってもアルティナはわかるので、残りの二人も特別な理由がありそうだ。
クルト・ヴァンダールはその名の通り、帝国での二大流派であるヴァンダール流の関係者だろう。昨年、これまで独占してきた皇族の守護役を解任されたが、セドリック殿下と同じ年頃の息子がいた筈だ。本校に行かなかった理由はその辺も含まれているのかもしれない。
そしてユウナ・クロフォード。クロスベル軍警学校出身。わざわざクロスベルから帝国の分校へ進学して来るとは思えないため、何らかの事情があるのだろう。ランドルフ中尉も確か軍警学校出身の筈だが、流石に年も離れているし知り合いということはないだろうが、一応聞いてみるか。
「ランドルフ中尉。この生徒について心当たりあったりしますか?」
「ん?あぁん?おいおい……なんでユウ坊が分校に来てんだよ!?」
「いや、俺もそれは知りませんが……彼女をご存じなんですか?」
軍警学校で知り合ったのだろうか。いや、もしかしたら彼が所属していた――。
「あぁ、前の職場でちょくちょく遊びに来てた子だ。軍警学校に入ったのは知っていたが…。」
かつての職場。つまり特務支援課繋がり、か。じゃあ、なおさら帝国に良い感情は持っていないだろうことは想像できるが、余計に進学してきた意味がわからないな。
「それはそうと、俺もここでは教官だからな。……どうせなら階級じゃなくて、教官って呼んでくれや。そっちがいいなら呼び捨てでも構わないぜ?」
「いえ、流石に呼び捨ては遠慮しますよ。」
思っているよりもフレンドリーに接してくれているが、眼の奥には探るような感情も含まれている。……当然だな。去年のクロスベル戦役では、所属していた部署のリーダーである『彼』と俺は戦っているわけだし。
「真面目だねぇ…。まぁいいさ。これからよろしく頼むぜ、シュバルツァー教官。」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします。ランドルフ教官。」
――その後も細々とした役割について主任が説明を行っていったが、特に問題がある内容ではなかった。
「さて、これで伝えるべきことは全てだが……分校長は何か有りますか?」
主任から声をかけられた分校長も特に言うことはないのか首を横に振る。
「では、各自明日から励んでもらいたい。――解散。」
解散を告げられ分校から出た俺は、教官陣も住むことになる学生寮へ向けてリーヴスの景色を眺めながら歩いていた。
「トリスタもいい所だったけど、ここもいい雰囲気だな。」
町の住人たちは軍の施設ができたことで戸惑いも大きいだろうが、そこは今後の活動で納得してもらえるように頑張っていけばいいだろう。
利用することが多くなる商店の場所などを記憶しながらゆっくりと歩く。明日からは生徒たちの荷物を各部屋に配置したり、分校内の設備を整えたりと忙しくなる。
今日は外食で済ませるか……。ちょうど食事処も見つけたので、これ幸いと店へと入ろうとすると、背後から声をかけられた。
「リィン君っ!」
聞きなれた声の方向に振り向けば――。
「あれ?」
視界には予想していた人物の姿が見えない。幻聴にしてははっきりと聞こえたのだが……。
「もうっ!!下だよ、下!」
その声に従って視界をずらせば、そこには先ほどまで一緒に説明を受けていたトワ先輩の姿が。
「絶対にわざとでしょ!リィン君はいつからそんなに意地悪になったのかな!?」
頬を膨らませ怒ってますアピールをしているトワ先輩。それも似合っているだけで怖くはないが、やり過ぎると後々怖いことになるので素直に謝ることにする。
「すみませんでした。ちょっとふざけすぎましたね。」
「……うんっ!素直に謝ってくれたので許してあげる!」
「はは、ありがとうございます。――所で俺に何か用ですか?」
わざわざ声をかけてきたのだから、何かしらの用事があると思うのだが。
「あ、そうそう。これからごはん食べるなら一緒にどうかなって!」
食事処に入ろうとした俺を見て判断したのだろう。こちらとしても断る理由はないので、その提案をありがたく了承する。
「ええ、こちらからお願いしたいくらいです。」
「えへへ、そっか。じゃあ、そうしよう!」
目の前の扉を開けて、空いてる席へと座り食事を注文する。程なくして先に飲み物が届いたことでまずは乾杯の挨拶。
「じゃあこれから教官としてよろしくってことで!乾杯っ!!」
「ご指導よろしくお願いします、トワ先輩。乾杯。」
久々に会ったことで話は弾み、これまでの活動や今後の展望など、時間を忘れて楽しみながら、リーヴスでの一日は過ぎていった。
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5話
その後リーヴスでの準備は順調に進み、本日めでたく生徒たちを迎えることとなった。因みにヴァリマールも既に格納庫に移され、何度かシュミット博士によるデータ収集に付き合わされた。既に淀み無く言葉を交わすようになった彼だが、記憶に関してはまだ完全ではないらしい。
グラウンドに集められた入学生は、整列した状態で教官達が現れるのをどこか緊張した表情で待っている。そして、その教官陣は現在会議室で最後の打ち合わせを終えようとしていた。
「――では以上の段取りで進めます。オルランドとハーシェルはその後各クラスでオリエンテーションを。シュバルツァーはⅦ組を連れてアインヘル小要塞で実技テストを受けてもらう。」
これに関しては生徒たちの実力を見るのと、俺自身の教官としての適正を見るためのテスト。両方の側面を持っている。
「了解です。――確認ですが、テスト後転科を希望した生徒が出た場合の処置も問題ないですか?」
以前のⅦ組でもオリエンテーションの後、それぞれがⅦ組に所属する意志を自ら固めた。今回もそれにならって各自に確認を取り、その意志を尊重したいと分校長や主任には申し出ている。
「出ないようにしたもらいたいのだが、そうなった場合でも、クラスの転科は認めよう。――それでいいんですね、分校長。」
「無論だ。言われたまま従うのではなく、己で判断したその思いを無下にすることはない。まぁ、それで残ったのがシュバルツァーだけとなった場合は、シュバルツァーの処遇を考えるべきだが。」
恐ろしいことをさらっと言ってくるが、もしそうなった場合は俺の責任であるし、大人しく受け入れよう。
「そうだな。仮にシュバルツァーだけとなった場合、私が空いている時間は常に稽古の相手を勤めてもらおうか。」
「待て、それならば私の研究にも時間を割いてもらおう。なに、生徒どもには適当に課題を与えればいい。サルでも解けるレベルで用意すれば文句も無かろう。」
この瞬間、アルティナだけは絶対に残ってもらうことを俺は決めた。すまん、アルティナ。俺の平穏のために犠牲になってくれ。
そんな俺の情けない決意を察したのか、他の教官陣からは同情的な視線を向けられた。
グラウンドに集められた際は緊張感を保っていたが、多少時間が過ぎたことで生徒達も各々近くの人物と会話したりして、やや緩んだ空気が広がっていた。
「教官達まだかよ?」
「流石にそろそろ来るんじゃない?」
「どんな人が担当なのかな?優しい人だといいなぁ。」
「仮にも軍学校だからそこは期待しない方がいいんじゃないか。」
まだ見ぬ教官達の人物像をそれぞれが思い思いに意見しあっている。
「――あ!?来たんじゃないか?」
一部の生徒がグラウンドにあるスロープ上の坂道に目を向けると、六人の男女がこちらへと向かってくるのが見えた。
「おい、あの女性は……。」
「まさか……『黄金の羅刹』……?」
「それにあの黒髪の男性は……。」
「……『灰色の騎士』…?」
現れた想定外の人物に生徒達も驚きを隠せない。しかし、そんなざわつきは正面に立った金髪の男性の一言で静まる。
「――静かにっ!!許可なく囀ずるなっ!!」
その命令とも言える口調に、緩んでいた空気が霧散する。そしてこの後、分校長からの挨拶によって此処は軍学校なのだと、改めて思い知らされることになるのだった。
『――意志無き者は今、この場で去れっ!!』
いきなり飛ばしすぎだろう…。入学式を兼ねた教官陣と生徒達との顔合わせ。分校長からの挨拶ではこの学院の生徒、教官は本校のために使い潰すための"捨石"だと早々に暴露した。
生徒からは困惑、自分を含む教官陣は呆れの感情がそれぞれ支配している。主任に至っては既に胃が痛そうだ。御愁傷様としか言いようがない。
さて、既にⅧ組とⅨ組に所属する生徒はそれぞれの担当教官に呼び出されまとまっている。未だ呼ばれてない三人の生徒は所在なさげに……いや、アルティナだけは普段通りだな。むしろさっさと来いと目線で訴えかけてきている。
エリゼと仲良くなってから、俺への当たりが強くなってきてないか?感情が豊かになってきているのは喜ばしいんだが、釈然としない。
この後の予定もあるし、彼らに声をかけてしまおう。
「そこの三人。クルト・ヴァンダール、ユウナ・クロフォード、アルティナ・オライオン、で間違いはないか?」
彼らに近づき確認のために名前を呼ぶ。
「……っ。…ええ、あたしがユウナ・クロフォードです。」
「…クルト・ヴァンダールです。」
「アルティナ・オライオン。」
全員が反応を返してくれたのはいいが、ユウナには完全に敵対意識を持たれてるな。クルトもこちらを測る素振りを隠そうともしない。
なかなかに骨の折れそうな生徒達のようだ。
――っ!?
突如得体の知れない悪寒のような気配を感じ、その方向へ振り向くと、担当教官によって移動している生徒達が見える。……気のせいか?
「ちょっと!一体何なんですか!?いきなり!」
「……?」
突然背後を振り向いたことに、意味がわからないと憤慨しているユウナと、同じくその行動に理解ができないクルト。
「リィン教官の察知能力は何処かおかしいので、気にしない方がいいかと。」
俺を知るが故に気にすることを諦めた様子のアルティナ。
「はは、すまない。改めてだが、ユウナ、クルト、アルティナ。以上三名はⅦ組特務科に配属となる。担当は俺、リィン・シュバルツァーが務めることになった。よろしく頼む。」
Ⅶ組となる三人に挨拶をしたあと、俺達は新入生のティータ・ラッセルにシュミット博士、そしてアーヴィング主任とアインヘル小要塞へと向かっている。…彼女は主計科の筈だが、早速別行動となってしまっていいんだろうか。ラッセルの名が俺の想像通りなら、彼女も学生レベルを超えた技術を持つのかもしれないが、初日からクラスメートと別行動はどうなのだろう。
一方のⅦ組の生徒は無言で付いてきている。向かっている場所がわからないから不安を覚えているのかもな。俺も博士によるテストは不安だ。不安しかない。
それからすぐに目的の場所には到着した。テストのための準備があると、シュミット博士はティータを連れてさっさと小要塞に入ってしまった。置いてけぼりとなった俺たちではあるが、主任からARCUSⅡ用のマスタークォーツを受け取り、事前の打合せ通り待機時間で操作方法の説明をしておくよう命令を受け、小要塞へと足を踏み入れる。
「さて、説明した通りマスタークォーツはセットできたな?」
改めて自己紹介を行い、先ほど渡されたマスタークォーツをそれぞれのARCUSⅡにセットさせる。それなりに早く準備しないと博士から強制的にテストを始められてしまいそうだからな。
「エニグマとは違う感じが…。」
「これが……なるほど。」
効果は実感できているみたいなので問題はなさそうだな。これで準備は問題ないだろう。
『準備はできたようだな。――ならば始めるぞ。』
『え?ち、ちょっと博士!そのレバーはダメですよっ!?』
『フン、ラッセルの娘が何を言っている。常識人振るでないわ。――さぁ、見せてもらうぞ、Ⅶ組の実力を。』
その瞬間、前にも経験した事がある感覚が押し寄せてくる。
「――全員っ!落下体勢っ!!」
指示を出したと同時に、今まで立っていた床が地下へと傾き、バランスを崩したユウナとクルトはそのまま滑り落ちていく。
「二人ともっ!体勢を立て直して着地するんだ!…アルティナは!?」
傾く床と逆方向に重心をずらし、滑らない状態を保ちながらもう一人の生徒を探すと――。
「クラウ=ソラス」
彼女は武器でもある戦術殻を呼び出し、体を抱えさせると、空中を漂いながらゆっくりと降下していく。
「心配は無用か。」
その性能に呆れながら、降りるために体を床に預け、速度が出すぎないように調節しながら滑らせる。結果として無事に降りた先で過去の自分が起こした状況が再現されていたが、クルトは言い訳もせずユウナからの張り手を甘んじて受け入れた。年の割りに落ち着いた少年である。
ユウナも若干だが落ち着きを見せたことで、お互いの武装を確認することにした。
「――では、自分から。」
クルトが率先して自らの武器である双剣を取り出し、軽く振るって見せる。その剣捌きは流れるように淀みがなく、その実力の高さを窺わせる。
「じゃあ、あたしも――。」
不承不承ながらユウナも武装を展開する。取り出されたのは見た感じではトンファーの形状をした警棒……だろうか。しかし、柄と本体の部分には何かしらのギミックが組み込まれているように見える。
「トンファーってだけじゃないな?これは?」
少なくとも見たことはない武器であるのには間違いがない。俺のその疑問に対し、少し得意気な笑みを浮かべてユウナは答える。
「ガンブレイカー。トンファータイプの警棒にガンユニットを組み込んだ特殊警棒です。ガンナーモードに切り替えることで中距離での攻撃を可能にします。」
近距離、中距離に対応させた万能型の武装か。武器の機械化が進んだ今の時代に沿った装備と言えるだろう。パーティーを組む際でも臨機応変に対応が可能な点は特務活動でも役立つに違いない。
だからといって剣より優れているとかの挑発はいただけないが。さっきの事もあるし、打ち解けるには、まだ時間がかかりそうだ。
「最後は私ですね。」
相変わらずの淡々としたトーンでアルティナは自分の武装を紹介しようとする。が、そこにユウナから待ったが入った。
「いや、ちょっと待って。気になってたんだけど、なんでこんな小さい子が士官学院にいるんですか!?」
あ、小さいって部分に少し反応したな。
「確かに……さっきは情報局に所属していたとも言っていたが、それでも戦闘は避けるべきでは?」
クルトも至極全うな意見を述べる。知らない彼等からすればそれは当然の意見だろう。
「俺としても戦闘には反対なんだけどな……。」
しかし、彼女はその点普通じゃない。
「その心配は無用です。――クラウ=ソラス。」
手を掲げ、その武装の名を告げると、彼女の最大の特徴でもあり、武器でもある戦術殻が突如出現する。
「な、な、な、なぁぁぁぁぁぁ!?」
「……は?」
初見でのその驚きはとても理解できるものだが、そもそもこれの存在は本来、機密情報なんだよな…多分。ミリアムといいその辺適当なのはいいのか?
「え?…て、帝国ってこんなのが普通なの?」
「そんなわけないだろう……。」
「細かい仕様は機密情報となるのでお話しできませんが、戦闘力という点ではそれなりのものだと自負しています。」
混乱している二人を余所に、マイペースに武装の紹介を済ませてしまう辺り、やはり何処かミリアムにも似た性格をしている。
「……今リィン教官から、不当な評価を受けた気がします。」
「気のせいだな。」
お馴染みとなったジト目を受けるが、悟られると暫く機嫌が悪くなるので誤魔化す。
「一応俺のは知っているかもしれないが、これだ。」
東方風の刀に分類される太刀を見せる。
「八葉一刀流の太刀……。」
「……アリオスさんと同じ…。あの時の…。」
それぞれが思うところがあるようだ。クルトは恐らく剣術家として。ユウナはクロスベルの遊撃士《風の剣聖》アリオス・マクレインを想起して。
「それなりには腕に覚えがあるし、君達の邪魔にはならない様に動くから、取りあえず君達がメインでテストを攻略していこう。」
俺のその言葉に挑発と受け取ったのかユウナとクルトから怒りの感情が放たれる。
「あたし達程度なら好きに動いても問題なく合わせられるってことですか!?甘く見ないでくださいっ!」
「その言葉、後悔させて見せますっ!!」
言葉の選択を間違ったかな……。そういった意図はなかったんだが。
「私はいつも通りにするだけです。」
ああ、今はアルティナの淡白さが有難い。
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6話
小要塞での実施テストは道中でARCUSⅡの機能についての詳しい内容、各々の武装による連携、放たれた魔獣に対する対処方法。一通りのものはこなしながら順当に進んでいった。
「クラウ=ソラスッ!吸引フィールド展開!」
アルティナの戦術殻によって発生させられた特殊なフィールドに、多数の魔獣が引き寄せられる。
「そこっ!!ガンナーモード!」
それを逃さずユウナの連続射撃で、まとめてダメージを与えていく。仕上げに待つのは――。
「もらったっ!はあぁぁぁぁっ!!」
クルトの双剣による薙ぎ払い。充分な鋭さを持つ斬擊を受けた魔獣の群れは、ろくな抵抗もできないまま、その存在を消失させる。
「みんな、いい練度だな。この程度では相手にならないか。」
素直に賞賛を送る。俺がしたことは戦闘開始時のちょっとした指示と、隙ができた際にこっそりサポートしたくらい。
「ふふんっ!まぁこんなもんですよ!」
「思っていたほど、強い魔獣もいないようです。この程度でしたら問題ありませんね。」
ユウナもクルトも俺の言葉に気を良くしている。先ほどティータから半ばまで来ているとアナウンスもあり、この先も進める手応えを掴んでいる様子だ。
「……ふむ。」
唯一アルティナだけは何か納得のいかない感じだが、それに対する答えを見つけられないのか、考え込む姿勢をとり続けている。
俺は既にこの先にいる大型の魔獣の存在に気付いているが、その事は告げずに先を進むように促す。
「頼もしいことだ。博士といえども君達の戦力を把握しきれていなかったようだな。まぁ危険が少ないにこしたことはない。このまま先へ進もう。」
大型の魔獣も含めた気配から、戦術リンクを使えば苦戦する可能性があるのは次の大型だけだろう。そこでは流石にもう少し戦闘に参加する必要がありそうだ。
突如現れた大型魔獣の存在に警戒心を強めた生徒達だったが、これまでの連携やARCUSⅡの機能を使えば、決して倒せない敵でないことを説明し、戦闘を開始する。
植物性の個体は複数の触手を鞭のように操り、近接武器による攻撃を防いでいく。その防御は一見強固であるが、複数のパターンで綻びが生まれるのが確認できた。
ユウナもガンナーモードを使って牽制を入れているが、それでは突破力が足らない。近接武器での大ダメージがなければ、この手の魔獣には時間がかかる。
「くっ!?間合いが掴みにくいっ……!」
クルトはまだ防御を突破する隙を見いだせておらず、回避に集中するようになっている。
まぁ、今はこんなところか……。
「緋空斬!」
複数の触手が前衛であるクルトに襲いかかろうとしたタイミングで、それらを弾き返すように衝撃波を放つ。それにより行動を妨害された相手が体勢を崩したことで、こちらに追撃のチャンスが生まれる。
「アルティナッ!」
「……ッ。追撃しますっ!!」
戦術リンクによって俺の攻撃を予見できていた彼女は、こちらの期待通りすでに距離を詰めており、大きな隙を晒している敵へ戦術殻での重い一撃を加えた。
「魔獣の防御が崩れたっ!!みんなっ!この機を逃すなっ!!」
先ほどの一撃でダウンした敵は、その防御性能が完全に停止させており、これまで行えていなかった近接武器でのダメージを与える絶好の機会となっている。
「…っ!言われなくてもっ!!」
「行くわよっ!ストライカーッ!!」
「クラウ=ソラス、ザンバーモード起動……。」
これまでの鬱憤を晴らすかのように攻撃を加えていく。足りていなかった攻撃が届いたことで、魔獣はその体力を大きく減らし、遂には全く動かなくなる。
「……ふぅ。」
「た、倒せた…。」
それを見たことで警戒を解いてしまったのか、武器を納め背後のこちらへと振り向く二人であったが――。
「警戒を緩めるなっ!!」
その瞬間、魔獣は意識を覚まし無防備な二人に向けて触手を振りかざす。
「……え?」
「しまっ……!?」
「クラウ=ソラスッ!!」
とっさに振り向く二人だったが、既にその身は迎撃できる状態ではない。アルティナの命令でクラウ=ソラスが二人の前に防御フィールドを展開させることで、なんとか最悪の事態は防げたようだ。
「リィン教官っ!」
ならば、後は俺の仕事だ。葉が落ちる一瞬に無数の斬擊を加え、納刀と同時に生まれる衝撃波が敵をさらに斬り刻む、七の型奥義の一。
「――七の太刀、刻葉!!」
最後の力を振り絞った攻撃を防がれた魔獣が、その攻撃に耐えきれるはずもなく、衝撃波が止むと同時にその姿も消失する。その一部始終を見つめていた二人からは、先ほどまで浮かべていた余裕の表情が無くなっていた。
「――敵性反応の消失を確認。」
アルティナの発言によって警戒を解く。自身でも気配を感じないことは確認できていたが、体勢が整っている状況での彼女の探査能力は高い。二人で確認できたならば間違いはないだろう。
「お疲れ様だ。アルティナは最後よく反応してくれた。クルトとユウナは警戒を緩めてしまったのは失態だったな。」
教官として言うべきことは言わなくてはならない。俺自身油断していた訳ではなかったが、少し手を抜きすぎていた自覚もあるので、あまり強くは言えないが……。
「……うっ…はい、すみませんでした。」
「無様な姿をお見せしました。恥ずべき失態です。」
二人とも自分のミスは自覚しているようなので、これ以上は言う必要もないだろう。
「いや、俺ももう少し戦闘に参加するべきだった。そういった判断の拙さは教官としてはやはりまだまだ未熟だ。」
こういったことは経験がものを言う。士官学院を卒業したばかりの俺ではサラ教官のようにはできないということだな。……見習ってはいけない部分が多い気もするが。
「だから君達にも見極めてほしい。俺という人間が教官として君達を導けるような存在なのかを。
このテストは俺の教官適正を見るためでもあるからな。俺に不安を感じるなら転科の許可も出ている。上からの指示だと言って無理に従う必要はないし、その事で君達が不利益を受けることがないことはここに誓おう。」
こちらの言葉を受けてそれぞれが真剣な表情で考え込んでいる。実際、全員に転科されてしまうと、分校長と博士によるブラック労働が始まってしまうので、なんとか残ってほしいのが本音だが。アルティナ、俺は君を信じているぞ。
『何をのんびりとしている――。このままでは基準値を下回る結果となるぞ。問題ないのなら、さっさと進むがいい。』
「――失礼しましたっ!すぐに移動します。
………さて、ちょっと長く話しすぎてしまったな。先に進もう。」
「了解しました。」
先に向けて歩き出す俺にそのまま付いてくるアルティナ。クルトとユウナはまだその場で立ち止まっている。
整理する時間もいるだろうし、歩くペースを落とすか。
博士はああいったが、ペース的には序盤がスムーズに行ったこともあって、そこまで酷い結果にはなっていないはずだし、そのくらいなら問題ないだろう。
「……助けられた…よね。」
「ああ、それにアルティナといったか。……彼女にもな。」
「あんな小さいのに…あの子、情報局にいたって。」
「戦闘経験では僕らとは比べ物にならない程度にはこなしているみたいだな……。」
それなりに自信はあった。手応えも感じた。だが、結果だけ見れば足を引っ張っただけ。
「……また…あの人に…」
「また?」
以前にも会ったことでもあるのだろうか。英雄として飛び回っていたらしいから、その事に不思議はないが。
先ほどの戦闘も彼は手を抜いていた。いや、正しくは僕達が戦いやすいように立ち回っていた、と言うべきか。最後に放った技なんてこれまでの戦いの動きではなかったし、途中何をしていたか、目で追うことすらできなかった。
「所詮は騎神頼みの英雄、と思った僕が未熟だったか…。」
認めよう。父や兄ほどではないとは言え、彼は自分よりも遥かに格上の剣士だ。
「ああ!もう!……とにかく、もうこれ以上の迷惑はかけられないわっ!」
「そうだな。それにアルティナにも負けたままではいられない。」
明らかに普通ではないクラスメート。訳のわからない機械人形を使うが、本人自身の戦闘力はそこまでではない。となると経験による差さえ埋められれば、負けない自信はある。
「そうね!……まぁ教官も俺を見極めろー、とか偉そうに言ってたし、こんなとこで立ち止まっている場合じゃないわ!!…行こう、クルト君!」
「ああっ……!!」
そうだ、まだテストは続いている。差を少しでも埋めていくためにも、戦闘できる機会は多い方がいい。なら早く追い付かなくては!!
ペースを落として進んでいると、少ししてから二人が小走りで合流してきた。その顔に不安の色はない。いい感じで気持ちを切り替えられたみたいだ。
それ以降魔獣との戦闘でもこれまで通り…いや、それ以上の集中力を見せる二人。それに負けじとアルティナも積極的に動く。連携もとれており、正直俺は要らないくらいだ。
「……と、思った矢先にこれか。」
ユウナが突出してしまい、敵に囲まれそうになるのを事前に防ぐように薙ぎ払う。既にクルトがフォローに向かってきているから、挟み撃ちの形に持っていけるだろう。
「……っ!すみません!」
「気にするな。だが、少し力が入りすぎている。君の実力ならそう難しい相手じゃないし、そう気負いすぎるな。」
「はいっ!!」
なんだか棘が取れたような気もするが、戦闘中だからかな。クルトとも折り合いがついたのか前半よりもスムーズに連携がとれている。クルトもより自然に動けているようだし、それぞれの役割みたいなものも見えてくる。
近距離のスペシャリストとしてクルト。ヴァンダール流は剛剣術による一撃の重さというイメージだが、彼の双剣術は手数で押していくタイプ。相手の攻撃は受け止めるのではなく回避することで、攻撃機会を増やすこともできている。ただ、手数にこだわるが故に一撃が軽いのが課題か。
ユウナは武装の切り替えによる制圧型。中距離から牽制をかけ、隙を見て近距離の打撃で相手を無力化する。突破力に劣るのがネックだが、そこはこれから考えていけばいい。
アルティナに関しては言うまでもなく、クラウ=ソラスが反則級に万能なため、近中遠どこでも対応できるだろう。本人自体はアーツの適正が高く、また、体力面に不安があるため、基本は遠距離での立ち回りが求められそうだ。
いいチームだな。スリーマンセルとなっても問題なく動けるだろう。流石にまだ許可は出せないが、将来的にそうなれるだけの可能性は秘めている。
『みなさん、お疲れさまでした!後はその先にある広場から地上に出られます!』
魔獣を倒しつつ進んでいると、ティータからアナウンスが入る。視界にも見える階段の先に扉があり、そこから光が漏れていた。あれが今回のテストのゴールなのだろう。
「はぁぁぁ、やっと終わりね…。」
「ああ、こんな施設をよく作ったと思うが、いい鍛練になったと思えば、悪くない。」
「少し、疲れました…。」
三人がそれぞれ感想を口に出しているが、あの博士が、こんなすんなりと終わらせてくれるだろうか。嫌な予感しかしない。
『……え?これって……!?みなさんっ!逃げてくださいっ!!』
慌てた様子のティータによる注意が飛ぶと、広場中央に内戦で経験した覚えのある気配が強くなる。
「総員、戦闘体勢っ!!」
俺の号令に慌てて三人は武装を展開する。
「これは……霊子反応増大!」
「え……?」
「それは……一体?」
何もないはずの空間から、突如現れた機甲兵に似た巨大な物体。
「これって、機甲兵っ!?」
「いや……それにしては作りが違うような…。」
武器を構えながら、現れたそれを推測する二人。正体を知るこちらとしては信じられない気持ちが強い。
「《魔煌兵》。暗黒時代に作られたと言われる魔導ゴーレムだ!――博士!?これも貴方が!?」
『ああ、そうだ。内戦の折にサンプルとして手に入れた。単体としての強度に不満はあるが、自律行動が可能であるのは悪くない。
――これを撃破することで此度のⅦ組のテストは終了とする。』
何てことを考えるんだ、あの人はっ!!新入生を試すにしても、このレベルの敵を相手にさせるなど判断基準がおかしすぎる!
なら、こちらも遠慮なく使わせてもらうぞ。
「来い。灰の騎神――!」
『騎神の使用は認めない――。このレベルの相手に騎神の介入は想定していない。それではテストにならぬだろう?』
「なっ!?」
こちらがそう動くことを読んでいたように、先んじてヴァリマールの使用を制限してくる。
『無事に切り抜けたければ、貴様の《切り札》を使うか、ARCUSⅡの新機能を使うのだな。』
言うべきことは言ったとばかりに、アナウンスは切られる。ARCUSⅡの新機能、《ブレイブオーダー》は強力な一手だが、ぶっつけで試すには相手が悪い。――ならば、ここは。
「教官!何か手があるなら指示してくださいっ!!」
「確かに尋常ならざる相手のようですが、自分も手を尽くしますっ!」
諦めたくないという思いを込めて、こちらからの指示を待つ姿勢を見せる二人。アルティナも同意見なのか、声には出さずともこちらを見つめている。
「っ……はは、そうか。そうだな。俺一人で切り抜けても意味はない……か。」
老師との試しで得た境地だというのに、いざという時は昔からの悪癖たる思考が横切ってしまう。こうして生徒に気付かされるようじゃ、やっぱり、俺には皆伝は早かったですよ、老師。
「ARCUSⅡの《ブレイブオーダー》を使って、目標を撃破する!Ⅶ組総員、戦闘準備!」
「「「了解!!」」」
さぁ、ここで一つ壁を乗り越えるとしよう。
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7話
ちなみに作者は『弧月一閃』と『無月一刀』は七の型だと勝手に解釈してます。
性能良すぎ
ARCUSⅡでの新機能、ブレイブオーダーを使用しての戦闘は順調と言えた。《突撃陣》による攻撃、《防御陣》による防御、それぞれを敵の行動に合わせて適宜変更することで、魔煌兵といえども、有利に事を運べている。
また、その恩恵を実感できてからというもの、戦闘開始時点では若干の不安があった生徒達も、怖れずに向かっていけている。この事自体は一長一短だが、強敵との戦いでは間違いなく有効な一手となるだろう。
「……断ち切るっ!!」
納刀状態からの一閃で、大きく魔煌兵の体勢を崩すことに成功すると、すかさずアルティナから追撃が行われる。それにより更に体勢を崩した相手に止めの一手がユウナから放たれた。
「クロスブレイク!はぁぁぁ……喰らえっ!!」
トンファーによる雷を纏った重い一打は、大きな体を持つ魔煌兵を仰向けに転ばせることに成功した。
「よしっ、一気に攻めるぞっ!!」
その隙を見逃してやる必要はない。起き上がることもできずにひたすら攻撃を与え続けられた巨人は、呻き声のような雄叫びをあげて、この空間から消えていった。
「……はぁっ、はぁっ……」
「……ぐっ…。」
「流石に……限界…です」
膝をついて肩で息をしている三人を見つめながら、少し乱れた呼吸を整える。
『フン……、Ⅶ組のテストはこれで終了とする。基準値を大きく超えてのこの結果。次は想定よりも強度を上げても良さそうだな。』
『は、博士っ!?さっきのことといい、少しは自重してくださいよ〜!』
アナウンスからは不機嫌そうに次のテストの難易度を考えている博士と、魔煌兵なんかを出したことに怒っているティータの声が聞こえてくる。
難易度をあげるって、これ以上の敵を用意できるということだろうか。いくら博士といえどもそんな簡単なことではないはずなんだが。
……考えても仕方ないな。あの人の行動など読めるはずもない。それよりも頑張った三人に声をかけなくては。
「三人共、お疲れ様。かなりの強敵だったが、こうして倒せたこと。この事は自信にしていいと思う。実際に内戦ではあの存在に正規の軍人でも手を焼いていたくらいだからな。」
一人一人に手を貸し、体を起き上がらせる。
「……ふ、ふん!まぁ、あたしにかかれば帝国で出てくる敵なんてこんなもんですよっ!」
「いや……それはどうかと思うが…。」
「ちょっと、浮かれすぎですね…。」
褒められたが素直に喜べないユウナと、どこまでも冷静な二人。このメンバーなら、今後行っていくことになる《特務活動》も乗り越えていけるんじゃないだろうか。この後改めて転科を希望するかを聞くつもりだが、出来れば残ってほしいと思う。
「はは…さて、前にも言ったが『では、シュバルツァー。貴様のテストを始めるぞ。』―は?」
いきなり博士からアナウンスが入る。
「ち、ちょっと待ってくださいっ!俺のテストとは何ですかっ!?Ⅶ組のテストは先ほど終わったはずでしょう!?」
『――言っただろう、Ⅶ組のテストだと。あれはあくまで小隊単位でのテストだ。
これから行うのは貴様個人の戦闘データを目的とする。』
いきなりのことで頭が追いつかない。一体この人は何を言っているんだ。そんな個人の戦闘データが欲しいなら、分校長にでも相談してほしい。きっと喜んで協力してくれるだろう。
『小隊単位で計算し難易度を調整したはずだったが、想定よりもズレがある。どうやら貴様個人のデータを更新する必要があると判断した。』
「そんな勝手な……。」
どこまでも自分主義な博士らしい言い分だが、こちらにも予定がある。この後の決定次第では転科の手続きなど、調整も必要なのだ。そう思い次の機会にしようとすると――。
『面白い。やるがいい、シュバルツァー。これは分校長としての命令だ。』
更に面倒臭いお方が登場してしまう。何で其処にいるのか問いつめたいが、こうなった以上何を言っても無駄だろう。博士だけでも難しいのに、もう一人自由な人が増えてしまった。
「……わかりましたよ。」
『最初からそう言え。余計な手間をかけさせるんじゃあない。』
余りに酷い発言に、こちらを見ていたユウナ達も同情的な視線を隠さない。
「あ、あの……頑張って下さい。」
「…御武運を。」
「まぁ、さっさと終わらせてしまえばよいかと。」
『準備はいいな?』
「はい……。」
やる気なんて出るはずもない。取りあえずテストには無関係なユウナ達は地上へ出る扉の前に移動させた。
『さぁ!見せてみるがいい、シュバルツァー。《剣聖》と至ったという、今のそなたの実力をっ!!』
分校長が余計な事を言ったようだが、もうどうでもいい。自分としては早く終わらせたい思いしかないのだ。
「へ……?」
「は?」
「あ、バレたんですね。」
ユウナ達にもバレてしまったが、あとから説明しよう。今は霊的な反応が膨れ上がり、現れようとしている存在に集中するべきだ。
「――おぉぉぉぉぉぉっ!!」
赤い闘気を纏い太刀を構える。
『ほう。鬼の力ではないな。……其処にいる雛鳥達もよく見ておけ。そなたらの教官となるであろう男の実力をな。』
気配から察するに上位の悪魔クラスが出てくるだろう。何でそんなものが呼び出せるのかは知らないが、素直にデータを取らせる気はない。
悪魔の存在が場に固定され実体化を終えるのを確認した瞬間――。
「――無焔閃っ!!」
皆伝を受けた日から、自分なりに考え編み出した技の一つ。八葉では珍しい突きを利用した突進系の戦技。観の目によって敵の弱点を見抜き、疾風の高速移動で直進しながら、すれ違い様に刹那で射抜く。
手応えはあった。相対した状態からすれ違ったため、悪魔には背を向けているが、その気配は希薄していることが確認できた。もうその存在を維持することはできないだろう。
「データは取れましたか?シュミット博士。」
今できるいい笑顔で言ってやった。
『フン……、当然だ。私はこれからデータの検証に入る。後は勝手に出ていくがいい。』
あれでも取れていたのか。少し悔しいな。
まぁ、これで暫くはデータの更新は必要ないだろうし、今回だけの処置として納得してしまおう。
地上への扉の前で待機しているユウナ達に向かって歩いていき、改めてⅦ組としてやっていくかの確認を行う。予定よりも遅れてしまったが、博士が悪いという事で許してほしい。
「さて、想定外なことが起きたが、君達はこれからどうする?
Ⅶ組としてやっていくか。それとも別のクラスへ移動するか。伝えた通り、その判断で君達に不利益とならないようにするから安心してくれ。」
俺の言葉に三人は考え込むように黙っているが、その沈黙を最初に破ったのはアルティナだった。
「アルティナ・オライオン。Ⅶ組特務科へ参加します。」
「……理由は?情報局からの命令だとか、そういった理由では悪いが認める気はないぞ。」
正直、彼女にこの言葉は酷だろうと思っていた。今の彼女は俺のサポートを命じられているはずなので、それを遂行するためだけにⅦ組で活動すると判断したと思ったから。
「これ以上の被害者を増やさないためです。リィン教官は不埒ですので、近くで監視する必要があると判断します。」
……うん、この理由は予想外だったな。
「誤解を招くようなことを言わないでくれ。俺はそんなことしたつもりはないし、被害者と言われても心当たりは無いぞ。」
「自覚がないのは厄介です……。まぁ後は単純にⅦ組特務科という存在に興味があります。
……これが理由ではダメでしょうか?」
内戦の経験からⅦ組に興味を持ったのは想像できる。これまで自主的に自分の意志を伝えてこなかったことを考えれば、十分な理由だ。
「最初のだけならダメだと言いたいが、そういったことなら歓迎する。よろしくな、アルティナ。」
「はい。」
これで分校長に付き合わされることは回避できた。後は残る二人だが――。
「ユウナ・クロフォード。Ⅶ組特務科へ参加します。」
次に声をあげたのはユウナだった。俺に思うところがありそうな彼女だが、どんな理由で参加の意志を決めたのだろう。目線で続きを促す。
「この小要塞で自分の実力不足を痛感しました。戦闘中の貴方の判断や指示は的確でしたし、正直それがなかったらクリア出来なかったでしょう。
英雄としての貴方はいけ好かないですが、教官としての貴方は信用できると思ったし、私の成長にも繋がると判断します。」
「……わかった。君の参加を歓迎する。これからよろしくな、ユウナ。」
「……っ!はいっ!!リィン教官!!」
英雄としての俺でなく、教官として、か。その期待に応えられるように頑張らないとな。
「最後は僕ですか……。クルト・ヴァンダール、同じくⅦ組特務科へ参加します。」
剣士としてこちらを見定めるような目を何度か向けていたクルトだが、彼なりに納得できたということだろうか。
「彼女と似たような理由になりますが、自分も実力不足を痛感しました。これでも剣の腕には覚えはあったのですが、それも最後の貴方が見せた剣技によって打ち砕かれました。
八葉一刀流の技の冴え。今後も近くで見させていただきたく思います。」
「……君ほどの剣士にそう思われるのは光栄だな。喜んで歓迎する、よろしくなクルト。」
「はい。ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。」
これで当初のメンバー全員が参加となった。教官としてとてもありがたいことだが、それと同時に彼等を導かなくてはならない。責任は重大だ。
「では三名の参加をもって、Ⅶ組特務科を発足する。俺も教官として学ぶことが多い立場だが、共に成長していけるよう頑張っていこう!」
「「「はいっ!」」」
Ⅶ組のオリエンテーションも終わり、小要塞から出たところで、そういえばとユウナから質問を受ける。
「分校長がリィン教官を《剣聖》って呼んでましたけど、あれってどういう事なんですか?」
ああ、その説明もしなくちゃいけないか。
「俺の流派である八葉一刀流は奥伝、つまり他で言う皆伝だな。それを授けられると《剣聖》を名乗ることを許されるんだ。だからそう言ったんだろう。」
世の中には《剣匠》や《雷帝》など色々な通り名があるが、要は八葉一刀流の奥伝者は《剣聖》って決まりがあるだけだ。それでも十分に重いけどな。
「じゃあリィン教官もアリオスさんみたく《風の剣聖》みたいな呼称があるんですか?」
「はは、俺はまだ未熟だからな。自分から《剣聖》を名乗るつもりは無いよ。」
ただでさえ他の奥伝者が実力者なのだから、それと比較されては堪らない。
「そういうものですか……。あ、じゃあアルティナがたまにリィン教官みたいな技を出してたのは?まぁ、アルティナがと言うよりはあの謎の機械が出してた、ですけど。」
「その点は僕も気になりました。あの技の時だけ妙に斬撃として鋭さが違うような…。」
クルトはともかくユウナも気づいたか。隠すようなことでもないから構わないか…。
「アルティナには少しの間、剣を教えたからな。その際に一つだけだが八葉の型も教えたんだ。それを戦術殻で再現しているんだろう。」
「そうですね。もちろん、クラウ=ソラスが技を使うために調整する必要はありますが。」
吸引して敵をまとめた上での魔法属性の斬撃。あれはクラウ=ソラスだからこそ可能だろう。教えた技を自分ができる範囲で改善したあれは既にオリジナルと言っていい。
「型?」
一つ答えると複数の疑問が出てきてしまっているな。……ふむ、確か学院の地下に訓練場があったはず。
「……教室で今後の日程を話そうと思ったが、少し寄り道するか。」
「へ?」
「……いいんですか?」
たぶん問題ない。先程からこちらを窺うようにつけてきている人も含めて、どうも先程の戦闘が気になっているみたいだし、クラス内での疑問はさっさと解消してしまった方がいい。
「じゃあこっちだ。このままついてきてくれ。」
「了解しました。」
こちらの提案に戸惑いながらもしっかりとついてきてくれる三人と、向かう先を察したためか気配が強まった自由人。
最後の人はまぁ……今後も絡まれるのは防げそうにないし、諦めるしかないかな。
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8話
展開が遅すぎな気がしますね。
Ⅶ組メンバーを引き連れてやって来たのは、クラブハウス地下にある訓練場。何故ここに来たのか流石に説明していないので、それぞれが困惑するように顔を見合わせている。
「ここは…錬武場のようですが……、一体何故ここに?」
代表してクルトが質問を投げかけてくる。
「ああ、疑問はもっともだと思う。それについてだが、既に君達も理解しているかもしれないが、四人での戦闘では俺は君たちのサポートに重きをおいていたため、積極的に攻撃を行っていない。
そして、単体での戦闘は……見ていただろうがあの通りだ。」
あれだけでは俺の戦闘方法などわからないだろう。
「今後Ⅶ組として君達と共に戦うのに、俺の戦闘スタイルがわからないままだと不安だろうし、さっきのユウナの質問にも答えるためにも、一通り技を見せながら説明した方がいいと思ってな。」
それぞれが理解できたと頷いたので、説明しようと思うのだが、扉の外にいる人にも声をかけた方がいいだろうな。
「――そういうわけですから、分校長。何か用があるならまたの機会にしていただけませんか?」
「つれないことを言うな、シュバルツァー。技を見せるにも相手がいるだろう?」
扉を開けて現れる分校長。その存在に気付いていなかった三人は驚きを隠せない。
「…………えぇっ!?」
「いつの間に……。」
「全く気付きませんでした…。」
限りなく気配は消してたからなぁ。剣気は隠していなかったけど、それは前と同様に俺だけに向けていたのだろう。
「型の簡単な説明と、初歩の技を見せるだけなので、分校長にお見せするほどのものではないですよ。……近い内に模擬戦の機会を設けるので、今回は勘弁してください。」
できればこのような約束はしたくなかったが、放っておくと何をしでかすか本気で心配なため、俺が折れるしかない。
「ふむ……。八葉の技に興味はあるのだが…まぁ、よい。今日の主賓は雛鳥達であるし、言質は取った。その時を楽しみに待つとしよう。」
言いたいことを言って去っていく。あまりにも自然な振る舞いに誰も口を挟めない。
「あの人の事は、ああいう人だと理解してくれ……。」
訓練場に俺の言葉が虚しく広がった。
「さて、気を取り直してまずは八葉一刀流の型について説明しようか。」
壱から漆までの剣術で使用する型、無手で使用する特殊な捌の型。それぞれの型に特徴があり、八葉を修める者は例外無く、全ての型を教え込まれる。その過程で本人に最も合った型を探し、その型を専門的に鍛えていく。
「そこまで行けば初伝となり、それ以降は中伝、奥伝、って進んでいく。ユウナもよく知るアリオスさんなら、弐の型である《疾風》の奥伝、といった形だな。」
なかなか知る機会のない内容だけに、初めて聞くことが多いのか話を聞くことに集中していた様子を見せていた。
「へぇぇ〜。最初に特化しちゃうんですね。」
「ああ、正直それは知らなかったな……。」
八葉一刀流自体、帝国ではマイナーな流派であるし、詳しく知る機会など無かっただろう。武門に通じていれば名前くらいは聞く。そんな程度だ。遊撃士とは何故か縁が深いので、そちら方面ではやたらと有名みたいだが。
「まぁ、八葉一刀流の説明はこの辺にしておいて、技の方だが……クルト、すまないが相手もしてもらえるか?」
「っ!?……はい、八葉の妙技。光栄です。」
残る二人を下がらせ、訓練場の中央で相対する。
「相手といったがまぁ、演武とでも思ってくれ。これから順に技を出していくから、それを受けるか避けるかしてくれればいい。」
「はい、勉強させていただきます。」
「ははは……そんな大層なものじゃないんだけどな…。」
やたらと気合いが入っている様子に、少し戸惑ってしまう。気を取り直して技を繰り出すため剣を構える。それに合わせるようにクルトも双剣を構えた。
――じゃあ、いくか。
一通りの型で技をゆっくりと繰り出していき、いよいよ次で最後となる。無手による格闘術である捌の型。滅多に使うことなど無いが、老師によって徹底的に叩き込まれたため、ある意味で俺にとってはよく馴染んでいる型だ。
「――最後だ。しっかりと踏ん張れよ、クルト。」
破甲拳。単なる拳による殴打だが、剄を使うためその威力は見た目よりも遥かに高い。といっても、泰斗流などに比べれば数段劣るものだが。
「ぐっ!?」
剣の腹で拳を受け止めたクルトだが、その威力を押さえきれず、地に足をつけたまま後方へ吹き飛ばされる。
「……パンチで人ってあんなに吹き飛ぶんだ。」
「そんなわけありません…と言いたい所ですが、実際に見てしまうと否定できませんね。」
流石にこの結果には二人とも驚いている。アルティナはクラウ=ソラスで同じようなことができると思うから、そこまで驚くことではない気がする。
「これで一通りの技は見せた。基本的にはこれらを使用して戦うのが俺の戦闘スタイルだ。
――クルトも付き合ってもらって助かった。ありがとう。」
膝をついて息を荒げているクルトに手を差し出し、その身体を起き上がらせる。
「……はぁっ…はぁ。…いえ、こちらこそいい経験になりました。特に疾風…でしたか、あの高速移動からの斬撃。…直前に声をかけていただけなければ防げなかったでしょう。」
相手に防ぐ暇を与えずに斬るのが、疾風の真骨頂だからな。だが、クルトは声をかけたとはいえ防ぐことができたのだから、その反応速度は素晴らしいものがある。
「防げただけ、スゴいと思うぞ。俺が初めて見たときは、同じように老師から声をかけていただいたが反応すらできなかったからな。」
「いえ、そんなことは…。」
あくまでも謙遜を続けるクルトだが、俺の言葉に、見ていたユウナ達も同意見だと告げる。
「いやいや、クルト君スゴいって!あたしも声は聞こえたけど、どっちからとかわかんなかったよ!」
「はい、あれに反応できたことでも素晴らしいことだと。……実際、私やエリゼさんは肩に手を置かれるまで何も出来ませんでしたし。」
ああ、確かにアルティナやエリゼにも見せたが、そんな感じだったな。流石に斬る訳にもいかないので、肩を叩くだけで終わらせた記憶がある。
「俺から説明したいことは以上だ。――あとは何かあれば適宜答えようとは思う。が、その前に教室へ移動しよう。」
こちらから付き合わせたのに慌ただしくて申し訳ないが、これ以上遅くなってしまうと、他の連絡事項を伝える前に下校時刻となってしまう。
「了解です。」
「はーい。」
「では、行きましょうか。」
武器をしまい、Ⅶ組へ宛がわれた教室へ向かって歩き出す。
色々予定外なことになったが、ユウナやクルトとは最初に比べれば、大分打ち解けられた気がする。博士や分校長のおかげ……とは言いたくないが、切っ掛けになったことは感謝してもいいのかもしれないな。……いや、それ以上に振り回されそうだし、やはりこれくらいで感謝するのはやめておこう。
その後教室へ辿り着き、必要な連絡事項を伝える。その際にアルティナから剣術指導の継続を訴えられ、そこに他の二人も参加を希望した。俺としても彼らの力になれるならと、この提案を承諾する。
だが、彼等が想像しているよりも分校のカリキュラムは厳しい。それに慣れるまでは頻繁に開催すべきではないため、週に二度だけとした。その事に不満を抱いている様子を見せたが、きっと俺の提案に感謝すると思うぞ。
七曜暦1206年、4月半ば。生徒達が第Ⅱ分校へ入学して二週間が経過した。生徒達は予想よりも厳しいカリキュラムを受けて、やはりまだ慣れないのか、疲労の色が強く表れていた。今日は第Ⅱ分校では初となる《自由行動日》だ。
本校では無くなったとされる、このトールズならではの特殊な決まり。ここ第Ⅱ分校では分校長が実施に踏み切ったと聞いている。本来であればかなりの行動に許可が出る、文字通り自由に過ごせる日だが、今回生徒達には一つの制限がある。
それは、《部活》を決めなくてはならないこと。もちろん、今年から開校した分校に部は存在しない。最低二人以上の部員を揃え、部活に使用する用具などを申請すれば、正式に認められるという形だ。この費用は分校長の私財から出されると聞いているが、そうまでするとなると、あの人もトールズの卒業生として、自由行動日に何か思い入れがあるのかもな。
なお、部活を決められなかった生徒は強制的に生徒会へと入れられ、分校長の手伝いをする。となっている為、Ⅶ組のメンバーにはそうならないようにお薦めしたことは当然のことだった。
また、教官陣は15時からブリーフィングを行うために、分校の戦略会議室へ時間までに集合することとなっている。……いよいよ、この分校が持たされた役割の中でも大きなウェイトを占める《特別演習》の概要が伝えられる事となる。
それまでの時間をどう過ごすか…。部活決めに戸惑っている生徒のフォローとかは必要かもしれない。よし、街を軽く見回りつつ、校舎へ向かうとしよう。
――状況を整理しよう。何故こうなった?
街中で配達業者が困っていたから、手を貸した。問題ない。その後も学生達の部活動に対するサポート、悩んでいる生徒にはそれとなく提案したりしてその解決に努めた。これも問題ない。
では、今俺に対して武器を構えている、獰猛な獣の如くその瞳をギラつかせている分校長の存在は?――そう、問題しかない。
俺が校舎を回っている途中、分校長に遭遇した。そこで生徒のフォローを行っていると報告すれば、心当たりがあるとグラウンドに案内されたのだった。グラウンドではテニス部として活動する予定のユウナ達の姿が見えたが、それ以外には見当たらない。
「ええっと、分校長?悩んでいる生徒というのは?」
「ふむ、そやつはな…とある約束をしたはずなのに、いくら待っても相手からの誘いがないようでな。ならば自分から相手を引きずり出してしまうしかなかろう?」
こういった雰囲気には覚えがある。どうやっても俺に言うことを聞かせる時のエリゼと同じだ。つまり対象は俺で、相手は――。
「さぁ、シュバルツァー。構えるが良い。今日こそ我が相手となってもらうぞっ!」
身を越えるほどの大剣を担いだ分校長だ。つまり、そうして今の状況は作られている。
「貴女は一体何を言っているんだっ!?」
つい非難するような口調となってしまったのはしょうがないだろう。俺は生徒のフォローをしていると伝えたのに、何でグラウンドで羅刹の相手をしなければならないっ?
「おや、これでも待った方だと思うのだがな。入学式の日よりお預けを喰らったままなのだ。流石の私でも限界というものがある。」
いけしゃあしゃあと自分本意な理由を語る姿を見ると、本当にここの分校長はこの人でいいのかと疑ってしまう。
「雛鳥達もここでの生活が二週間となり、余裕がなかった最初に比べれば、こうして《自由行動日》を迎えることができた。当初気を使っていたそなたも多少は楽になったであろう。」
言葉を続けながらも、その剣気は闘気へと姿を変え、分校長の身体を強化していく。
「偶然とはいえ、そのような状況で出会ってしまったのなら――是非もなし。」
「滅茶苦茶だ…。」
だが、こうして向かい合ってしまえば解ることがある。もう、この人を言葉では止められない。
ならば――。
太刀を抜き、同様に闘気を練り上げる。格上のこの人相手に、出し惜しみなどしてる余裕などない。最初から全開でいっても、何分持ちこたえられるか。それくらい分校長とは力量差がある。
「――結構。もう言葉などは要らぬな。あとは存分に剣で語り合うとしよう。…クク、八葉の妙技、しかと楽しませてもらうぞ、シュバルツァー。」
「失望だけはさせないようにしますよ…!」
周りには既に騒ぎを聞きつけた生徒によるギャラリーが出来始めている。ランドルフ教官やトワ教官、頭を抱えたミハイル主任の姿も見える。俺は悪くないはずだが、後でお詫びとして、胃に優しい食べ物でも用意しよう。迫り来る分校長を見つめながら、俺は心に誓った。
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9話
本校?教官陣は優秀だよね。
分校長との模擬戦が始まり、既に剣を合わせること数合。その得物である大剣の見た目通り、一撃一撃が重い。太刀という武器自体も頑強な作りであるとは言い難く、このままでは押しきられるだけで終わることは目に見えている。
「フフ、八葉一刀流とはそこまで剛剣といった印象はないが、なかなかに重い。だが、それだけで終わるような事はあるまいな」
俺も分校長も戦技としての技はまだ見せていない。このまま終わってくれれば良いが、それをやったが最後、分校長は俺に失望するだろう。
何より剣士として至高とも言える存在に対して、そんなことをするのは俺自身が剣士として認められない。
「──ええ、これからが本番です」
上段に太刀を構え、振り下ろす体勢を作る。型の中でも最も威力がある参の型《轟雷》。学生の時は炎を纏った《業炎撃》として使っていたが、今回は直接打ち込むことが目的ではない。
「裂空閃・
その場で袈裟斬りに振り下ろした勢いを殺さず、逆方向から切り上げる。その軌道から生まれた二つの衝撃波が分校長に襲いかかるが──。
「──覇王斬っ!」
同様に分校長も肩口から振り下ろした刃で衝撃波を発生させる。互いにぶつかり合ったそれらは空中で霧散してしまう。だが、そんなことは百も承知だ。元から当たるなど思ってない。これから行う高速移動での接近を少しでも誤魔化す為の一手だ。
「弐の型──疾風」
「──むっ!?」
突如現れた俺からの斬撃は多少の動揺を残しつつも、あっさり避けられてしまう。本気の速度だったのだが、やはり俺では限界があるか。
「中々の速さだ。ならば今度はこちらから行くぞっ!」
言い終わるとほぼ同時に飛び上がり、逆手に持った宝剣へ力が収束していく。あれは……アーツ属性の斬撃かっ!?
「はあぁぁぁぁっ! 四耀剣っ!!」
空中から地面に突き立てられた宝剣を中心に衝撃波が伝わっていく。その名の通り、四つの属性を伴ったそれらは、どれを喰らっても異常をきたしそうな気配がする。……というよりアーツ属性の技まで持っているのか、この人は。
強化した脚力にものを言わせて技の範囲外へと距離を取れたため、ダメージは無い。技の硬直を狙ってすぐさまこちらから仕掛ける。
「無焔閃っ!」
「甘いなっ!!」
今の俺が出せる疾風よりも速い刺突での突進技。それも見極められ宝剣の腹で受け止められてしまう。これでもダメか……。
互いが近づいたことにより再び剣の応酬が行われるが、どうしても力で劣るため手数に頼る形になってしまう。一撃でこちらの防御を抜こうとして来る攻撃を、流すか避けることで反撃の機を作り出し剣を振るう。それでもなお、届かない。
一度距離を取り立て直すしかないっ……。振るわれた宝剣の軌道に太刀を合わせ、敢えて大きく吹き飛ばされる。それを見た分校長も追撃してくることはなかった。
「フフ、周りも騒がしくなってきた。楽しい時間ではあるが……次で終いとするとしようか、シュバルツァー」
「……ええ、望む所です」
息が荒くなっている俺と、まだまだ余裕な分校長。誰が見ても優勢なのは明らかだ。この後ブリーフィングもあることだし、これ以上消耗する訳にもいかない。それは分校長もわかっているため、次で終わりとしてくれるのだ。
つまり、大技同士の打ち合い。
「耐えて見せるが良い──王技・剣乱舞踏!」
「無念無想──。絶技・刻閃刃っ!!」
互いが持つ最大威力の技。それがぶつかり合った余波は、ギャラリーとなった者達へも及ぶ。
「……わわっ!?」
「ははぁ……いいねぇ……ゾクゾクしやがる」
「オルランド……自重してくれよ」
「フン、難易度を見直す必要があるか」
教官陣は流石の落ち着き? を見せる一方、生徒達は──。
「ええええぇぇぇ!?」
「リィン教官でも届かない。……あれが《黄金の羅刹》……」
「一個人の戦闘力で済ませていいものではないかと」
「ハン、英雄様は伊達じゃねぇってか?」
「……うふふ、本当に魅力的ですね」
「……シュライデンとして、あれくらいの高みを目指さなくては……!」
「いやぁ〜、ゼシカちゃん。あれは目指すものじゃない気がする〜」
「すごい、アガットさんやお姉ちゃん達みたい……」
「いやいや、あんなのと同レベルの知り合いがいる貴女もおかしいわよ」
Ⅶ組であるユウナ達は訓練とは違う、教官の本気の実力を改めて実感し、それすら超える分校長に一種の恐怖を覚える。
それ以外の生徒はそれぞれで反応は違うものの、教官や分校長の実力を思い知ることとなった。
対峙していた二人はというと、宝剣を地面に突き刺し腕を組んでいる分校長。膝をつき太刀を支えにしているリィン。対照的な二人の姿が、その結果を物語っていた。
呼吸が荒れる。身体に力が入らない。太刀が無ければそのまま倒れ込むと他人事のように理解できる。
「……ぜぇっ、ぜぇっ。……ありがとう、ございました」
「フフフ、惜しかったな?」
嫌味ではない。そんなことをする人ではないと承知している。だが、惜しいと言われることに納得は出来なかった。やっと落ち着いてきた呼吸を整え、何とか力を振り絞って立ち上がる。
「いえ、全然ですよ。……まだまだ及ばないことが多すぎます」
「いい経験になったのなら何よりだ。こちらとしても八葉の技には気付かされる事もあった」
そう話す分校長の表情には、満足げな笑みが浮かんでいる。さらに高みを目指す貪欲な姿勢に気圧されるが、これくらいでないと二大流派の皆伝など得られないかもしれないな。
「こちらも《羅刹》の剣技、学ばせていただきました。まぁ、頻繁には勘弁していただきたいですが……」
「そう言うな。私とて良き稽古相手を探すのにはそれなりに苦労する。近くにそなたという存在がいるのに、その機会を逃す意味はあるまい?」
勝手すぎる。が、俺にもメリットが無いわけではないのも事実。このレベルの剣士に稽古相手が必要なのかは疑問だが、ある程度であるなら受けるべきなのかもな。……自由な振る舞いも鳴りを潜めてくれるかもしれないし。
「はぁ……、わかりました。お相手を務めるには未熟ですが、月一程度であれば受けさせていただきます」
「結構。フフ、八葉の剣聖と定期的に仕合えるなど聞いたら、師やウォレスなどが羨ましがるかもしれぬな。最初から知っていたなら、この分校長という役割に希望者が殺到したであろう」
大袈裟な。分校長が例に挙げた方々など、俺とは比べ物になら無い程の歴戦の戦士達だ。確かに帝国では珍しい八葉一刀流ということは興味を持たれやすいかもしれないが、それだけで各々の役目を放棄して分校に赴任するなど考えにくい。
「さて、ここまで観客が増えてしまった以上、収集はつけねばなるまい。そなたは疲労もあるだろうし、ここは私に任せてもらおう」
「……え?」
待ってください。激しく不安なので、ミハイル主任を労るくらいで大丈夫です。そんな思考が浮かんだが、声に出す前に分校長は歩き出してしまう。ダメージが抜けきっていないせいで、追いかけられない。
ギャラリーとなっていた生徒や教官陣も分校長に向かってくる分校長に気づいたのか、その発言を待つために待機してしまった。それを確認して、分校長は一つ頷き声をあげる。
「まず騒がせたことについて謝罪しよう。折角の自由行動日にすまなかったな」
予想外の謝罪に、シュミット博士以外の全員が呆けている。謝罪しただけでその反応は……仕方ないか。だが、油断してはならない。この人がこのまま話を終わらせるわけなど有り得ないからだ。
「ご存じの通り、シュバルツァーは学院を卒業したばかり。つい先月までは諸君と同じ学生という立場であった」
「「「……?」」」
話の意図が掴めないと困惑する生徒達。それに構わず話は続く。
「本人の天稟もあろう。英雄としての立場があやつを成長させたのも否定はせぬ。
だが、なによりもあやつを伸ばしたのは《戦場》だ。学生には本来得られぬような経験が、否応なしに本人を成長させた。
そして……奇しくもこの分校はそれに劣らないものを諸君にもたらすだろう。日頃から研鑽を怠らず、学生としての青春も存分に謳歌するがいい」
……最悪だ。俺は内戦に大きく関わった人間として知られている。つまり、分校長はそれに劣らない経験をすることになると宣言したに等しい。それを察してしまえた生徒は震えている者もいる。
ミハイル主任の顔色が青を通り越して白くなっている様に見えた。ただでさえ入学時に"捨石"と宣言したことに対して焦っていたのに、今回のこれでは、来週末の特別演習に支障をきたしかねない。
「分校長っ!!」
「おや、アーヴィング。そなたも来ていたのか。なに、いずれ知ることになるなら今知ったところで問題はあるまい?」
気付いていたくせに惚けるとは……だが、それよりも生徒達へのフォローが必要だ。さっきまでの休日を楽しむといった雰囲気は消えてしまっている。
「トワ先輩、ランドルフ教官。一旦生徒達を離れさせましょう。……ミハイル主任、構いませんよね?」
「…………うん。みんな、食堂で飲み物でもどうかな!? 私奢っちゃうよ!」
「ああ。……ほれ、行くぞお前ら」
「……すまんが、よろしく頼む」
食堂に生徒を集めたのはいいが、その雰囲気は重く沈んでいる。レオノーラやアッシュといった気が強い面々はさして堪えてないようだが、それも一部でしかない。
「おらっ! シャキッとしろ! 分校長が言ったことは、半分脅しみてぇなもんだ。……だからあんま気にすんな」
ランドルフ教官が声を張り上げて喝を入れる。それによって多少は空気が和らぐが、やはり簡単には切り替えられない。それは俺の近くに座っているⅦ組メンバーも同様だった。
「ランドルフ教官の言う通りだ。そもそも内戦は終わったんだし、あんなことは滅多に起こらないさ」
明らかにきな臭いのだが、そんな事は言う必要は無い。俺が言うのもおかしいが、学生があそこまで介入したことが異常だ。
「そ、そうだよっ! だからみんなは安心して学生生活を送ってほしいなっ! それに、そんなことから守るために私達はいるんだからっ!」
トワ先輩もここぞとアピールする。むんっと両手の拳を握ってる姿は本人の外見も相まって微笑ましい。
「いやぁ、トワちゃんは守られる方だろうよ」
「先輩は計画、立案までなら頼もしいですよ」
ランドルフ教官が見た目の意味でからかう様に言うので、同様に軽い口調でフォローする。
「ランディさん!? リィン君まで!?」
あわあわとしている先輩を見て、生徒達からも笑い声などが漏れてくる。アンゼリカさんが溺愛しているのも理解できてしまう光景だが、ここは生徒達の為にも犠牲になっていただこう。
「ふふっ、確かにトワ教官から守るって言われても、少し不安になりますね。もちろん、戦闘力という意味で、ですが」
「そうだねぇ……。年上には見えないくらい可愛らしいお人だよ。どう見ても庇護対象だねぇ」
戦術科の生徒からも弄られ始めると──。
「いやいや〜、戦略的にはとっても頼りになると思いますよ〜? あ、でもでも〜。私達より前には出ないで下さいね〜」
「悪いとは思うんやけど、まだウチらの方が戦えそうやな」
受け持ちの主計科からもフォローはされているようで、弄られてしまう。
「なんでかなっ!? わ、わたしだって内戦経験者だし、戦えるんだよ!?」
わちゃわちゃし始めた辺りでランドルフ教官と目が合う。互いに頷いたことで、取りあえず生徒達へのフォローは一旦完了としていいだろう。
「よーし、お前ら。トワちゃんを弄るのはそこまでだ。授業内容がスパルタになっちまうぞ」
「ああ、その辺にしておかないと保護者から怒りの鉄拳が飛んでくるかもしれない」
俺達の言葉に、ざわついていた場が静まる。そんなことしないと、むすっとしてる先輩には後で謝ろう。そろそろブリーフィングの時間だ。
「俺達はこれから来週末の特別演習のブリーフィングがあるが、それがどんな内容であっても、ミハイル主任を始めとした俺達教官陣は、君達の安全を第一に考えて予定を立てる。だから君達は、君達が今出来ることに集中してくれ。……部活動が決まらないと、あの分校長の小間使いだぞ?」
それだけはごめんだと、集まった生徒達は一斉に動き始める。ここまで効果覿面だといっそ笑ってしまう。だが、食堂に来たときのような悲壮感は見られない。
「……守らなければなりませんね」
それを見ていた俺がそう呟くと、トワ先輩もランドルフ教官も頷いてくれた。
「うん。特別演習は厳しいものになると思う。けど、私達がそれをどうにか抑えられる余地はあるはずだよ」
「ああ。ミハイルの旦那もわざわざ死地に送るような真似はしねぇはずだ」
戦略会議室へ足を向けながら、来週末に行われる特別演習について話し合う。入学したばかりの生徒達だ。政府もそこまで無茶は言えないだろう。なら、そこからは俺達次第だ。
しかし、数分後に行われたブリーフィングによって俺達は思い知ることになる。第Ⅱ分校が背負わされた"捨石"という役割の重さを。
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10話
15時となり戦略会議室にはブリーフィングを行うために、分校長を含めた教官陣が集まっていた。入ってすぐにミハイル主任から生徒達のフォローを労われたが、原因である誰かは上座に座ったままだ。共に来た三人揃って肩を落としてしまうが、それ以上に疲れた表情の主任を見てしまうと、声をかけずにはいられなかった。
「あの……ミハイル主任。…あの後は…?」
その瞬間、頭を抱えてしまったので察してしまう。きっとまともに相手をされなかったのだろう。
「……聞くな。」
ただの一言に込められた思いが伝わってくる。これ以上は聞いてはならない。それが全員に共通する認識だった。
「え、えっと。もう時間ですが、まだ始めないんですか?」
話を逸らすためにトワ先輩が開始時間を迎えたことを告げる。この空気でも分校長は堂々と主任に対して質問を投げてきた。
「そうだな。定刻となったがアーヴィングが説明するのではないのか?」
「……説明役の到着が遅れているようです。もう少々お待ちを。」
キレずに説明をこなす主任。その姿に涙が出そうだ。ランドルフ教官に至っては主任の肩を軽く叩いている。
その後、少しの時間をおいて現れたのはレクター少佐とミリアム。懐かしの再会となり若干時間を使ってしまったが、そこは許してもらった。
演習の説明を受けてみれば、それは俺達の想像を超える過酷な内容。はっきり言って学生に割り振られていいレベルを越えている。"捨石"の意味が重くのし掛かってくるのが自覚できる。
安全は考慮していると言っても、それで納得できるものじゃない。トワ先輩やランドルフ教官も顔をしかめており、その表情は厳しい。
――だが、何故?
意味もなくこんな演習をさせるわけがない。この分校の演習のために、かなりのミラが使われているはずだ。結社や猟兵が動いていたとしても、学生に割り振るくらいだ。サザーランドに駐在している軍の規模であれば、片手間でやっても対処は可能だろう。
だが、仮に想定よりも重い事態となれば?動きが遅れた分だけ被害は大きくなってしまう。結社という存在は軽く見ていいものではない。つまり、事態が急変しても対応可能と政府は確信している。軍が出るような事態になっても、分校にある戦力で充分と判断できるだけのモノ。
「――ああ、なるほど。何かあれば《要請》を出せばいい。そう結論付けましたか。」
ヴァリマール。《灰色の騎士》を動かすということか。
「へぇ……?」
「っ!?」
「あー、そういうことかー。オジさん達も回りくどいねー。」
俺が出した結論に、レクターさんは興味を、ミハイル主任は驚愕を、ミリアムは少しの怒りをそれぞれの表情に浮かべている。
「そんな……また、そうやってリィン君を…?」
「聞いたことだけはあるな。《灰色の騎士》を動かせる唯一の手段ってやつか。」
《要請》の内容をどこかで聞いたのか、悲しそうに俯くトワ先輩。ランドルフ教官は詳しいことは知らない様子を見せる。
「ククク、それは流石に疑いすぎってやつだぜ、シュバルツァー。」
相変わらずの肝の太さで、その内心を悟らせないレクター少佐。分校長相手でもそれは変わらない時点で、やはりこの人も化け物だ。
「最新の機甲兵に、装甲列車。内戦の旗艦で指揮を執った才女、経験豊富な戦術教官、そして《灰色の騎士》であり《剣聖》となったお前。それだけの装備、人材が揃っているんだ。多少生徒が足を引っ張った所で、問題ねぇだろうよ。」
…………嘘は言ってないようだが、彼の言葉に裏があったとしても俺では読みきれない。もう少し揺さぶれれば結果は違ったかもしれないな。レクター少佐に意識を向けていると、ミハイル主任が心苦しそうに話し始める。
「……もちろん、私としても生徒を無闇に危険に晒すつもりはない。」
分校主任である以上、当然の選択だったが――。
「しかしこれこそ分校の設立が認められた理由と言ってもいいのも事実。我々はそれに答える義務があるのだ。」
軍人でもある主任の判断は間違ってはいない。命令を拒否するなど軍に所属している人間、それも左官クラスがしていいことではないからだ。
「ま、精々気張ってくれや。」
話の締めとして軽く告げられたはずの言葉が重く会議室に響いた。
「ここまでとはね…。上の連中は何を考えてやがんだ?」
伝えられた演習の内容に静かな怒りを見せるランドルフ教官。
「結社に猟兵。どちらか一つでも厄介なのに、その対処に入学したばかりの生徒達を使うなんて……。」
「ええ、規模感などを何処まで掴んでいるのかまではわかりませんでしたが、多少の犠牲で済むなら良し。そんな考えを上層部は持っている印象を受けますね。」
結社に猟兵。障害になると判断されれば、あちらは問答無用でこちらに対して牙を向くだろう。そんな状況に入学したての生徒を"実戦"に投入した結果など考えたくもない。
「予想よりも斜め下にクソったれた内容だったな……。シュバルツァー、明日の機甲兵教練だが、最低でも模擬戦が出来るくらいには持っていかねぇと、話にならねぇぞ。」
「…はい。全員が、とはいかないでしょうが、勘のいい生徒であれば実戦レベルまで慣れるかもしれません。最終的に他の生徒はサポートに回してでも鍛える必要があるでしょうね。」
全員を平等に扱いたいが、時間が足らない。見込みのある生徒を優先して鍛えるしか、取れる手段が思い付かない。
「主計科もそれぞれの役割を決めてしまって、それを重点的に覚えてもらうしかないかなぁ…。幸いその子に向いてそうな役割は、ある程度出来てるからなんとかなると思う。」
整備、運用、索敵など、主計科に求められる役割は多い。既にトワ先輩は各々の特性を把握しているようだ。それならば期待できる。
特別演習までの日数を考えると頭が痛くなるが、やるしかない。安全を守ると彼らに約束した以上、俺達が働かなくては。
「……ごめんね、リィン。ボクもこんな内容だとは思ってもなかったよ。」
演習の計画をたてた情報局に所属する一員としてミリアムは申し訳なさそうにしている。
「ミリアムのせいじゃないさ。……時間があるなら分校や街をを案内しよう。
トワ先輩もランドルフ教官も、明日から改めてよろしくお願いします。」
沈んでいるミリアムはらしくないので、彼女が好きそうなことを提案する。とにかく、今日はやれることは少ない。それならば残った時間を彼女に使ってもいいだろう。
「了解だっ!ガキどもには悪いが、これもあいつらの為だ。精々嫌われ役として頑張ることにしようぜ。」
「うんっ!リィン君も無理しないでね?ミリアムちゃん、会えて嬉しかったよ。」
別れの挨拶をして、二人は離れていく。さて、俺らはどうしようか。案内すると言っても全部回るには時間が足らないな。
「じゃあミリアム。見たい場所とかあるか?」
「うーん…あ、どんな子達がいるかはみたいかなっ!アーちゃんもいるんでしょ!?」
そうすると寮が確実だが、まだ校舎に残っている生徒も多くはないと思うが、ゼロではないだろう。見回りもかねて順次見ていくとするか。
「はは、わかった。じゃあ校舎の中から見ていくとするか。」
「はーいっ!!」
こんな時、彼女の明るさにはこちらも元気をもらえる。本人はそんなこと思っていないだろうが、彼女の雰囲気に助けられることもあった。ユーシスもそんな所を理解しているから彼女を邪険に出来ないのだろう。
「そういえばユーシスとは会っているのか?」
「もっちろんっ!この間もね――。」
旧友の話題で盛り上がりながら歩みを進める。落ちた気分を少し回復させながら、とある人からの連絡が来るまで、穏やかな時間を過ごした。
『では始めるぞ。小要塞レベル1だ。』
――既視感を覚えるな。こんな状況にはつい数時間前に遭遇した気がする。
事の始まりは学院内からリーヴスの街へ繰り出し、カフェであるルセットで休憩していたアルティナを見つけたことだったか。そこでミリアムとアルティナが会話しているのを見守っていた時、ARCUSⅡに連絡が入ったんだったな。発信元はシュミット博士。その内容はミリアムを連れて小要塞まで来いというもの。
この時点で不穏な気配は読めていた。しかし、彼の実験に協力しないと、問答無用で分校から立ち去ることは目に見えているため、断るという選択肢は最初から存在しない。
幸いミリアムは乗り気であったし、対抗心からかアルティナも同行することとなった。二人を連れて小要塞へ来てみれば、告げられた内容はこれからテストを行うというもの。自由すぎる。こちらの予定など一切考慮していない。
前回同様に最奥を目指すのは変わらないが、そこに至るまでには様々なトラップが仕掛けられているらしい。当然魔獣も放たれている。それもより強力な個体であるとのことだ。
「……はぁ。」
「どーしたのさ、リィン。テンションあげてこー!!ガーちゃんも頑張ろーね!」
「この戦力であれば特に問題はないかと。」
一緒に攻略することになった二人からは緊張などいったものは感じられない。ミリアムはまだしも、アルティナは入学式の時を覚えているはずなのだが。姉であるミリアムを意識してることが関係してるのだろうか。
「……リィン教官が考えているようなことは有り得ません。」
「いや、なにも言ってないぞ。」
「二人ともー!早くいこうよー!!」
考えが読まれたのは何故なのだろうか。エリゼにもよく読まれるし、以前のⅦ組の仲間にも読まれていた気がする。前を行く二人を追いかけながら考えていたのはそんなことだった。
正直もう少し苦戦すると思っていたが、予想以上に二人が張り切っているためか、トラップやルートが面倒なだけで魔獣相手の戦闘は楽なものだ。
「おー!?アーちゃんもクーちゃんも強くなってるねー!これはボクたちも負けてられないなー!」
「最新個体である私が負けるはずありません。ミリアムさんは無理せずにいれば良いかと。」
最新個体……二人は隠そうともしてないが、やはりそういうことなんだろうな。
以前から話に出てきた《黒の工房》といったか。内戦の最後に結社から彼に取り込まれた謎の技術を持つ組織。戦術殻や人形兵器なども彼らによって作られたと聞く。そして、彼女達も――。
「リィン教官?」
「どーしたのー?」
「……いや、なんでもない。先に進もう。」
そうだ。彼女達の生まれがどうあれ今、俺が接しているのはミリアムとアルティナという、歴とした意思を持つ人間だ。ならそれでいいじゃないか。
「んー?ま、なんでもないならいっか!」
「状況を再開します。」
エレベータから降りた際に感じた空気の流れからしてもう少しで奥に着くだろう。博士の事だ。最後にとんでもない相手が待っていても不思議じゃない。気を引き締めて進もう。
「―トランスフォーム。スラッシュモード!!」
「ガーちゃん!!分身ーー!!」
最奥で現れたのは俗に言う悪魔と呼ばれる存在だった。それも以前俺が戦った個体よりもより強力な。
「行きますっ!――月凍陣!!」
「テラ・ブレイカーーーーー!!」
だが、それすら彼女達を止めることは出来なかった。俺はこの戦闘でもまともに参加はしていない。事前に二人から要望があったからだ。
新たな技を試したいというアルティナと、それなら自分も大技を出したいと騒ぐミリアム。何かあれば介入すると約束して任せてみたが、これならばその心配すらいらなかったな。
「アーちゃんアーちゃん!!今のなに今のなに!?なんかリィンみたいな技だったよー!!」
戦闘後の興奮そのままに、テンションが上がりきっているミリアムがアルティナに詰め寄っている。
「当然です。リィン教官に教えたもらった技ですので。」
確かに教えたが……。
「以前は違う形で使っていたはずだな?」
そう、入学式のテストではクラウ=ソラス単体でどうにか使っていた覚えがある。体力的に劣るアルティナでは、個人で技を出せるまでに至らなかったのだ。
「はい。しかし私が実際に剣を振る方が、やはり威力は出るようです。なのでクラウ=ソラスと私自身をシンクロさせてみました。想定よりも良い結果となりましたね。」
満足そうなアルティナとは対照的に、ミリアムは不機嫌になっている。
「ずーるーいー!アーちゃんだけなんて贔屓だー!リィン!ボクにも、ボクにもー!!」
「ミリアムさんはこれから任務でしょう。そんな時間はありませんね。」
『子兎どもが五月蝿いようだが、終わったのならさっさと戻るがいい。』
俺にしがみついてせがむミリアムと、それを諌めるアルティナ。さっさと帰ってこいと要求する博士。二人の戦術殻は騒ぐ持ち主の後方でふよふよと佇んでいる。困っているように見えるのは俺の欲目だろうか。
分校長との模擬戦に始まり、衝撃的な内容だった特別演習の計画案。最後には博士のテストへの協力と、やけに濃い一日となった自由行動日になってしまった。
――第Ⅱ分校、やはり大変な職場みたいだ。
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11話
読んでくださっている皆様ありがとうございます。
拙い文章で申し訳ない。
原作でいう第一章のメインにやっと入ります
自由行動日を終えて、今週末に特別演習を控えた週始めには、Ⅶ組、Ⅷ組、Ⅸ組全てのクラスを交えて機甲兵教練が実施された。
Ⅸ組では主に整備や運用の方法をシュミット博士とトワ先輩によって説明を受け、残りのⅦ組、Ⅷ組では実際に操縦を行い、生徒全員が二種類の機体の特徴を学んだ。
幸いと言っていいのか、優秀な生徒が多く、模擬戦を行えるレベルまでは持っていけることができ、これなら仮に実戦となっても戦いにはなるだろう。ランドルフ教官も同意見であった。
軍の最新機体である機甲兵に触れた生徒達の興奮は激しく、その熱が冷めないまま特別カリキュラムとして行われる内容を説明を受けたのだった。地方への演習という特殊な内容に心踊らせる者、不安に思う者様々だったが、少なくとも演習自体を否定する雰囲気ではないことが救いだ。
──そして本日金曜の夜、クレア少佐によって分校に受け渡された装甲列車《デアフリンガー 号》に乗り込み、第Ⅱ分校は帝都南部サザーラント州へ向けて出発する。
「──諸君ら全員が一回り大きくなって帰還することを期待する!!」
分校長による出発前の激励。その気迫に多くの生徒は心を震わせる。気合いも入っただろう。
その一方、俺達教官陣は──。
「くっ……厄介な……」
ミハイル主任が厳しい表情を浮かべている。それを見ているしか出来ない。
出発前に判明した分校長と博士の同行拒否。戦力の計算に含まれていたはず。それも反則レベルの切り札として。この無茶な演習内容でも彼女の存在があれば対応は可能だという判断も有ったのだろう。それが覆された。
生徒を預かる責任者であるミハイル主任としては納得できかねるに違いない。
「流石に同情しちまうな……」
「ええ……。ただこれに関しては俺達の認識が甘かったとしか……」
そもそもあの二人が大人しく言うことを聞くはずがないのだ。誰が彼女達に鈴をつけられるというのだろう。それこそ、至高の武を持つ者と至高の技術を持つ者。それらを同時に用意する。そんな事でもない限り、積極的な協力は得られないかもしれない。
まぁ、なんにしてももう決まってしまったことだ。後は俺達が協力して対処するしかない。最終確認も済んだようだし、列車に乗り込むとしようとした所で、話題の人物が近づいてきた。
「ハーシェル、オルランド。雛鳥たちの事、よろしく頼む」
声をかけられた二人はそれぞれ頷きを返し、返事をする。
「はいっ! お任せください!」
「まぁ、やれるだけの事はやりますよ」
その返事に満足そうな様子を見せる分校長。そして俺の方へ振り返って続ける。
「シュバルツァー。北方戦役より続いていた『凪』は終わった」
「っ……」
「そなたも感じているだろう? これより先、この国がどう動いていこうとしているか、そなたなりに見極めてくるがいい」
「……了解です」
凪……か。分校長は事態が動くと確信している。その理由を聞いても答えてくれはしないだろう。やっぱり気が抜けない演習となりそうだ。
列車内でのブリーフィングも終わり、今はそれぞれが就寝まで自由に過ごしている。俺も車内最後尾に積み込まれた相棒の前に来ていた。
「悪いな。いつもいつも狭い場所で」
『ふふ、もう慣れっこというものだ。気にする必要はない』
片膝を立てた状態で待機しているヴァリマール。俺の謝罪にも気を悪くすることなく、悠然と構えている。しかし、本当に流暢に喋るようになったな。
『……む?』
「どうした?」
何か疑問を覚えた様子を見せたヴァリマール。彼は地脈や霊力などの特殊な力の流れなどを察知することに長けている。もちろんそれを利用することも可能だ。内戦の時には多いに助けられた。
『向かっている方角で何か、地脈に揺らぎを感じた。──今はそれも無くなっているようだが』
「そうか……」
安定しない様な事態があったのか、只の偶然か。不穏な動きが想定されるような演習の方面で、ヴァリマールも何かを感じた。気に留めておく必要があるだろう。
「不足の事態があればお前にも出てもらうつもりだ。──その時はよろしく頼む」
『うむ、遠慮なく呼ぶがいい。お主の力となるために私はいるのだからな』
頼もしい限りだ。だが、彼に負担ばかりかけてもいけない。俺は俺でもっと精進しなくちゃな。
そんなことを考えていると、トワ先輩による社内放送が入る。……確かにそろそろいい時間だし、俺も割り当てられた部屋で寝るとしよう。相棒にその事を告げ、俺はその場を後にした。
──早朝。列車はサザーラント州へと無事に辿り着き、少しの補給時間をおいて、演習予定地へと到着した。それぞれが慣れない拠点の設営をなんとかこなしている中、俺達Ⅶ組の面々は教官陣を含めて、今回の演習で行うという特殊なカリキュラムの説明をミハイル主任から受ける。
「──という訳で、Ⅶ組の与えられたカリキュラムは《広域哨戒》と《現地貢献》ということになる。この二つを合わせた活動を《特務活動》と我々は定義している」
成程、確かにこれは《Ⅶ組》だ。まだ理解が完全でないユウナ達は、軍らしくない活動を含んだカリキュラムに疑問を抱いている。まぁ、そうなるよな。
「へえ? こりゃまた、なんつーか懐かしくなってくるな……」
一緒に説明を受けていたランドルフ教官も心当たりがある内容だった様子を見せる。──そうだった、そういえば彼の前の職場も。声をかけようとも思ったが……いや、よそう。俺が何か聞ける立場じゃない。彼らの居場所を奪ったクロスベル戦役に俺も関わっていたのだから。
とにかく説明は終わった以上、こちらも動くべきだろう。
「活動内容は理解しました。まずは現地の責任者てあるハイアームズ侯と面会でしょうか?」
俺からの質問に答えてくれたのはクレア少佐。そういえば大尉だと思い込んでいたが、昇格して少佐だったようだ。以前、分校に来る前に会ったとき指摘されなかったから気付かなかった。
「ええ、流石にお話が早くて助かります。セントアークにいらっしゃるハイアームズ侯爵閣下からも、いつでも伺っていいと了解を得ていますので、まずはそちらに」
多くはないが何度か面識はある。パトリックの父親で四大名門でありながらとても雰囲気の良いお方だ。
「侯爵って……そんな偉い人と会うの?」
「偉いなんてもんじゃないさ。帝国でも最大貴族である四大の内の一家だ」
ユウナ、クルトはまさかそんな大物と会うことになるとは、と衝撃を受けているが、全く意に介していない者もいる。まぁ、アルティナなんだが。
「四大で唯一、当主が表に出ている方ですね。彼の人であれば、少々の無作法は不問としてくれるのではないかと」
率直というか直球というか、オブラートに包むことをせずに言葉にした彼女に対して、誰も突っ込めない。どうもユウナに向けて言ったらしいが……。それはフォローなのだろうか。
「ま、まぁ、俺も知らない人ではないから大丈夫だ。
──では、これからセントアークに向かいます」
「……くれぐれも失礼のないようにな……」
釘を指してくる主任に背を向けて、列車から出る。どうやらクレア少佐もこの後、侯爵閣下と打ち合わせがあるようで、セントアークまで同行することとなった。
道中、魔獣との戦闘やアルティナによる迂闊な発言は有ったものの、特に問題なく目的地へと到着する。【白亜の旧都】セントアーク。帝都と同じくらいの歴史を持ち、時の皇帝が遷都した都市。当時白く輝いていたと言われる街並みは、くすんだ灰色へと姿を変えているが、それでもなお流麗な街並みを誇っている。
それらに見惚れているユウナ達に微笑みを浮かべていると、クレア少佐から提案を受ける。
「侯爵閣下は北西区画の奥にある城館でお待ちです。よろしければ案内しましょう」
「ええ、よろしくお願いします」
既に何度か足を運んでいると思われるクレア少佐からの提案に、断る理由はないためお願いする。案内に従って町中を進み、辿り着いた城門前で見張りをしている衛兵に要件を告げ、俺達は城館へと招かれた。
「よく来てくれた。私がサザーラント州を治めている、フェルナン・ハイアームズだ」
執務室に案内され中に入った俺達を、侯爵閣下は席を立ちながら迎えてくれた。こういった態度が取れるからこそ、このお方は住民にも支持されているのだと理解できる。
それぞれ自己紹介を行った後、演習活動の開始を報告し了解を得られたことで、早速だが今回の演習での要請を伺うこととした。
執事であるセレスタンさんが侯爵閣下から指示を受けて、要請をまとめた書類を差し出してくる。
「──拝見します」
受け取った要請には、過去俺達Ⅶ組が行ったような、住人からの要請などが記載されている。
そして、重要調査案件として書かれている内容に目を通すと、それは"謎の魔獣"の調査となっていた。
「これは、一体?」
俺からの疑問に、最もだと頷いた侯爵閣下は説明をし始める。その事をまとめると、"金属の部品で出来た魔獣"であり、"歯車が回るような音"がした、とのことだ。
この説明で俺はとある存在を思い浮かべる。恐らくアルティナとクレア少佐も同じことを思っているだろう。明らかに、内戦で使われたあの人形兵器の特徴だ。
「……確かなんでしょうか」
「わかりません……。ですが、報告は複数件寄せられています」
俺からの質問にセレスタンさんが答える。確実ではない。しかし、無視できるものではない。当然、閣下も領邦軍を使って調査は行ったらしいが、軍の縮小もあった影響で調べきれないというのが現状のようだ。
「よ、よく分かりませんけど、変な魔獣が彷徨いているってことですよね! 困っている人もいるだろうし、無視できることじゃないですね」
ユウナの意見に俺も同意し、侯爵閣下へ伝える。
「ああ、当然だ。──必ず、突き止めて見せます」
「ありがとう。よろしくお願いする」
その後、侯爵閣下との話し合いをするクレア少佐に別れを告げ、部屋を辞する。エントランスへ出たことを確認し、少し場を借りて改めてⅦ組のメンバーに特務活動の説明を行うことにした。
「さて、これが俺達が行うことになる《要請》の内容だ」
まとめられた書類を彼らに見せると──。
「猫の捜索……?」
「……任意と必須の二種類があるな」
「パルムでの依頼も有りますね」
各々の内容を吟味しているようだが、共通しているのは困惑した表情を浮かべていること。なぜ自分達がこれをやるのか理解できない。そういった様子だ。
「少し説明すると、《必須》ではない《任意》の要請は必ずしもやる必要はない。
そして、おれは教官として君たちの行動は見守るが、どの依頼をやるのかは君たちに決めてもらう。ただ、重要事項案件である"謎の魔獣"の調査ポイントの三ヶ所は今日中に回るつもりでいてくれ」
俺の言葉に頭の中でスケジュールを考えたのか、全員顔を曇らせた。
「それ、結構ハードなスケジュールになりますよね……」
「ああ。ここだけじゃなく、パルム方面にも行く必要があるからな」
「《任意》なんですし、やらなくてもいいのではないかと」
それぞれが意見を出しながら、どの依頼をこなすか話し合っている。──当時を思い出すな。ケルディックで初めて行った特別実習。あの時もお互いに意見を出しながら、結局全部回ったんだったか。無謀な挑戦だったが、それに見合った充実感は得られた。この子達もそういった経験が出来るといいが、まずは城館から出た方がいいな。
「まぁ、よく話し合って決めてくれ。──それでは、Ⅶ組特務科。これより《特務活動》を開始する。
他のクラスの生徒にいい報告が出来るよう頑張ってくれ」
最後の台詞を挑発と受け取ったのか、三人とも少し顔をしかめた。
「……っ、ええっ! やってやりますよ!!」
「ヴァンダールの名に恥じぬよう、全力で挑むだけです」
「行動開始、ですね」
煽ったつもりはなかったが、やる気が出たならいいとしよう。空回りだけ気を付けてやらないとな。
こうして始まった特務活動だが、初日から早速不穏な情報が出てきている。想像通りならこの情報の背後には彼らがいるのだろう。そうなった時、俺は三人をどうするべきなのか。その事を考えながら、前を歩く生徒達に付いていった。
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12話
そろそろオリジナルな展開が入ります。メイビー。
城館を辞した後、特務活動を開始したⅦ組。記念すべき初の要請は【猫の捜索】が選ばれたようだ。難易度もそう高くなさそうだし、取りかかりとしてはいいと思う。話を聞きに依頼者の元を訪ねれば、いなくなったのは仔猫。飼い主である女の子が涙ぐみながら必死に説明してくれた。
そんな姿を見てしまったユウナの気合いがスゴいことになっている。クルトやアルティナもそれにつられた訳ではないだろうが、必ず探し出す、といった様子を見せた。
捜索の過程で、空港付近で出会ったワイルドな服装の女性。纏う雰囲気が一般人のそれとは異なっていたが、上手く隠しているためか生徒達がそれに気づくことはなかった。…まぁ、警戒だけはしておこう。
無事に迷い混んだ場所を突き止め、飼い主である女の子にも協力して貰って依頼は達成された。
直に感謝を伝えられたことにやりごたえを感じたのか、その後もハイペースで任意の依頼を片付け、今は大聖堂からの依頼である《エリンの花 》を集めるため、採取場所であるという《イストミア大森林》に足を踏み入れた所だ。
「うわぁ…雰囲気ある所ねー!」
「僕もここまで来たことは初めてだが…これはスゴいな」
「何かが出てもおかしくなさそうですね」
それぞれが感想を出しあっているが、この気配は……油断できそうにもないな。
「どうやら、上位属性が働いているようだ。こういった所では魔獣も普段より強力になっていることが多い。各自、気を付けて進むように。」
俺からの忠告に、上位属性が働くという言葉に覚えがない様子を見せたクルトから質問を受ける。
「その、上位属性が働くとは?七耀の属性に当てはめれば、時空幻のことを指しているのはなんとなく理解できますが、それがこの場所にどう作用していると?」
ユウナも疑問を持ったらしく、クルトの言葉に同意するように頷く。それに答えようとするが――。
「所謂、霊的な力が働いている空間のこと。と言われていますね。普通では考えられない現象などが起きやすく、幽霊のような存在も確認されることがあるようです。」
アルティナが代わりに答えてくれた。幽霊という言葉にユウナが怯えを見せたが、目標である花は奥に咲いているらしいので、我慢してもらうしかない。
「それは……もしかして、調査対象の謎の魔獣に原因が?」
それは違うと思う。謎の魔獣の正体は十中八九、人形兵器だと思うが、あれにはそんな能力はないはずだ。
「いや、この森自体がそういった場所なんだろうな。魔獣が強力になった原因は謎だが、 例の魔獣とは無関係だろう。」
「……断定しますね。となると、教官は例の魔獣の正体に"当たり"がついている。ということですか。」
流石に鋭いな。その通りだが、今、ここで話すことじゃない。先にやるべきことを済ましてしまうべきだ。
「……一応はそうだな。だが、今はそれよりも依頼を遂行するために先へ進もう。」
依頼を優先するように促すと、俺と同じく心当たりがあるアルティナ以外の二人は少し不満そうだったが、言われたことも理解できたのかで大人しく指示にしたがってくれた。
凶暴化した魔獣といっても、これまでの三週間近くを、俺と訓練を重ねた生徒達が苦戦するような事態には遠く、大司教から教えられた群生地と思われる場所までそう時間はかからなかった。
青く色付いたラベンダーの香りが漂っているが、どこかで覚えのある匂い。これは……クロチルダさんの香水と同じ?この花から作られているのか。
「教官?」
足を止めて考え込んだ俺に、アルティナが声をかけてくる。
「ああ、すまない。依頼にあった花で間違いないだろう。早速採取を――。」
それぞれで分担し、採取を行ってもらおうと指示を出しかけた所で、周りの気配が一変する。
「その前に――総員、戦闘準備。」
離れた場所から草を掻き分けてこちらへ向かってくる音がする。それも複数。かなりのスピードだ。俺からの警戒指示に三人の緊張も高まる。
それぞれが武器を構えた時、現れたのは大型の蜘蛛を模した魔獣。俺達を囲むように陣取っていることから、知性も高いと推測できる。
「蜘蛛ぉ!?」
「かなりの数だな……どうしますか?教官。」
「問題ない、このまま迎撃だ。――各員、背後には気を付けて、各個撃破に務めてくれ。」
「了解。――迎撃を開始します。」
多少手強いとは思うが、今の彼らの力量であれば問題なく対処できるだろう。
予想通り、魔獣の迎撃は問題なく完了した。その事を労り、今は依頼物である薬草の採取を行ってもらっている。俺は念のためとして、周りを警戒する役目だ。もう心配はないと思うが、上位属性が働いている以上、油断は出来ない。
「よしっ!!採取完了!」
「ああ、こんなものだろう。」
「ミッションコンプリートですね。」
手早く行動を済ませた三人が戻ってくる。
「お疲れ様だ。じゃあそろそろ――」
セントアークへ戻ろうと提案しようとした瞬間のことだった。胸の鼓動が急に激しくなる。これは……『鬼の力』が反応している?一体なぜ?
治まるどころか、より激しくなる鼓動につい胸を押さえて膝をついてしまう。それを見た生徒達からは心配する声が上がるが、答える余裕がない。
『……おや、結界に反応してしまったようじゃの。』
――遠ざかる意識の隅で、女性の声が聞こえる。
『ふむ……。聞いていたよりも支配が強まっているようじゃ。』
聞いていた?支配?古めかしい口調の女性から無視できない言葉が紡がれる。だが、それを問い質そうとしても声が出ない。顔を上げれば、生徒達は時が止まってしまったように、不自然な体勢で制止している。視界は赤く染まっており、何もかもが異常な様子となっていた。
『しかし、同時に安定もしているというよくわからん状態じゃな……。何かしたのかお主?』
腑に落ちないといった表情を浮かべるのは、金の髪に赤い瞳を持つ少女にも見える女性。見えるというのは、確かに見た目は少女なのに、その存在感はまるで人ではない様に感じたせいだ。それこそお伽噺に出てくる《吸血鬼》と言われても違和感がないと思えるほどに。
『まぁよい。――此れより先はまだ早い。いずれ合間見えようぞ《灰の
言葉が終わると同時に不思議な感覚が終わる。視界も元に戻り、いつの間にか胸の鼓動も治まっている。
「……リィンさんっ!」
近くでアルティナが焦ったように声をあげている。クルトやユウナも俺の急な変調に慌てている様子がうかがえた。
「…すまない。もう、大丈夫だ。」
俺のある事情を知ってしまっているせいか、普段では考えられないほどに動揺しているアルティナを落ち着かせるために、俺は声をかける。
立ち上がり笑みを浮かべる俺を見て、心配そうな様子は消えないが、少なくとも落ち着きはしたようだ。それを確認できたので、残りの二人にも同じように心配をかけてすまない、と謝罪した。
「ま、まぁ、大丈夫って言うなら取りあえず信じますけど……。無理はしないでくださいよっ!?」
「何らかの事情がある様子。……自分では力になれるかわかりませんが、ご相談していただけたら。」
二人とも俺の事を思ってくれて言ってくれているのがわかる。いずれ話すことになると思うが、もう少し時間が欲しい。
「ああ、ありがとう二人とも。もちろんアルティナもな。」
「……リィン教官のサポートが私の任務ですので。」
アルティナにも改めて礼を述べた後、少し時間を置いて森林を出るため動き出すことにした。俺は直ぐにでも動こうと言ったのだが、生徒達がそれを頑なに認めず、小休止を取る様に強制されたためだ。……心配かけてしまったのは教官として失格だな。気を付けよう。
イストミア大森林を抜け、大司教に依頼物を届けにセントアークへ戻った俺達を迎えたのは、教会から響く弦楽器の旋律。
「うわぁっ、素敵な音色ね〜〜!」
ユウナがその旋律に自然と笑顔を浮かべる。
「教会から聞こえてくるが、何処かの楽団でも来たのかもしれないな。」
「見事なものですね。」
クルトやアルティナも素直に感心している。俺はというと、聞こえてくる華やかな響きに、実習前に通信で会話した旧友の姿が思い浮かんだ。
「教会に行くことに変わりないし、そのついでに演奏も聞いていこうか。」
提案には文句ないようで、生徒達はこの演奏をしている者に対する純粋な興味。俺は懐かしい再開となることをどこか確信した歓喜。それぞれの思惑は異なるものの、全員が少し足早になりながら教会へと入っていく。
結果として予想通りの人物が、観客を魅了する演奏を行っている。その姿を確認し、こちらを振り向いたアルティナだが、俺は首を横に振ることで知らなかったことをアピールする。偶然ではないと思うけどな。
やがて演奏は終わりを迎え、盛大な拍手に包まれながら演奏者は観客に対して深々と礼をする。その際にこちらに気づいたらしく、目があった時に片目を瞑って合図をしてくる。不思議と様になっているが、俺がやったら失笑ものだろう。ふと、そんなことを考えていると、合図に気付いたクルトから質問が飛んでくる。
「今のを見る限り、あの人も教官のお知り合いですか?」
あの人も。というのはセントアークでヴィヴィにも既に会っているからだろう。相変わらずの性格だったので、彼らは少し面食らったようだが。
「ああ。だけどヴィヴィと違って、彼は二重の意味で君達の"先輩"と言えるな。」
「へ……?」
俺の答えに意味がわからないと疑問を浮かべるユウナ。まあ、この意味が理解できるのはこの場ではアルティナだけだろう。俺の意を汲んだように説明を行ってくれる。
「彼はトールズ卒業生という意味ではあの女性と同じですが、同時にリィン教官が所属していたクラスである《Ⅶ組》のメンバーでもありました。二重というのはそういうことでしょう。」
「Ⅶ組の……。ちなみにお名前は?」
アルティナからの説明に納得の表情を浮かべたクルトは彼の名前を聞いてくる。
「彼の名は『エリオット・クレイグ』。最近帝都でデビューした天才演奏家って評判の人物だよ。俺の友人であり、かけがえのない仲間の一人さ。」
少し誇らしげに言ってしまったが、まぁ本当の事だしな。これくらいはいいだろう。
エリオットには場が少し落ち着いたのを見計らって挨拶をした。アルティナ以外は初めての会合となるので自己紹介も簡単に。こちらも活動の途中であり、彼もこの後に子供達に演奏方法を教えるらしいので、あまり時間は割けなかったからだ。既に教会の部屋からは子供の楽しそうな声と拙い旋律が響いている。
俺達も大司教に依頼物を納品したことで、セントアークでの依頼は完了となる。残るは重要事項案件である魔獣の調査だけ。そこで俺はクルトとユウナに"謎の魔獣"の心当たりについて共有しておくことにした。
「さて例の魔獣だが、恐らくは《人形兵器》と呼ばれる物だろう。」
存在を知っているかどうかはともかく、その性能については多岐にわたり、下手な魔獣よりも遥かに危険な物であることも伝えていく。そして、それらをよく利用する組織について。
「き、聞いたことあるかも…。クロスベルにも出たって……。でも、そうだとすると《結社》が絡んでるってことですかっ!?」
「少しですが兄達から聞いたことがあります。凄腕が集まり暗躍している犯罪組織…でしたか。内戦に関わっていたとも。」
クロスベルでは例の大樹事件にも関わっていたから、それならばユウナも知ってておかしくない。クルトもミュラー大佐など軍上層部なら誰でも知っている重要事項なので、話題として触れていても当然だろう。
「ああ。ただ、今回の事に奴等が関わっているとは断言は出来ない。内戦の時に放たれたのが稼働しているという報告もあるらしいからな。」
「そのようですね。更には、闇のマーケットに兵器を売り捌いている噂まであります。」
俺の考えにアルティナが追加で情報を補足する。
「な、何て迷惑な奴らなのよ……。」
「……想像以上に厄介な存在のようですね。」
思っていた以上の規模感の組織だったことにげんなりとした雰囲気を出すユウナ。クルトは自分が考えていたよりも悪辣な組織らしいと思い直したようだが、多分それでもまだ甘い気がする。ブルブランとかいるしな。
断言は出来ないと説明したが、引っ掛かっていることはある。空港出口付近で遭遇した女性。只者じゃないのは間違いないはずだが、仮に彼女が結社の関係者であるなら――。
「君達に確認しておく。この調査の結果次第では、それこそヴァリマールを使うことすら視野にいれる必要が出てくる。そんな事態になった場合、俺はこれまでのように君達のフォローをする余裕は無いだろう。」
一度言葉を切る。いきなり大きくなった話に全員が真剣な表情で俺を見つめている。
「それでも、俺と行動を共にするか、離れて待機するか。
――半端な覚悟では、命を落とす。良く考えて決めてくれ。」
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13話
――覚悟を求めた。入学して一月も経っていないというのに、こんなことをさせてしまうのは申し訳なかった。だが、分校の演習計画に上層部の思惑は感じ取れる。
あくまで俺の考えだが、明け透けに言えば被害を受けることを望んでいるのだろう。それも未来有る子供であるなら、なお良し。それを大義名分として各方面に争いの種をばら蒔く。それをメインとして、仮に演習を達成できるならそれはそれでOK。帝国にとってはどちらでもいいのだ。
だからこそ教官陣は若く実績がある者を登用し、装備も最新鋭を優先している。フォロー体制は万全だったが、敵対勢力がそれを上回った。そうなれば、数で勝る帝国軍での蹂躙が始まる。各地に戦禍は広がり、結果的に帝国民は安寧を得られるだろう。彼により流される『鉄と血』の犠牲の上で。
教官である以上、俺が考えるべきは担当する生徒の安全。今でこそ簡単に己の命を捨てることは認められないが、いざというときにそれを懸ける覚悟など、とっくの昔から出来ている。そして、その決断を迫られる事が起きやすいというのが"偽りの英雄"である俺の役割。生徒をそんなことに付き合わせるわけにはいかない。
しかし、相手はそんなこと考慮してくれる存在ではないのも確かである。分校のカリキュラムを消化している、まさしく今のような状況で強襲を受けることも有り得る。俺と行動を共にするということは、そういうことだ。
それを受け入れられるか。言葉にするのは簡単だ。しかしそれが現実となった時、動けないようでは話にならない。厳しいようだが、その程度の覚悟なら居ない方がましなのだ。そして、その方が俺としても望ましい。危ない橋を渡る必要など無いのだから。
半端な覚悟は許さない。そのため敢えて俺は生徒達に向けて殺気を飛ばす。今、彼らは死地にいるのだと理解させるために。
「……っ、それは…」
「これが……教官の…っ」
ユウナとクルトは足がすくんでしまっている。まぁ、この歳でそこまで決意が固まっている者は何処か壊れている。過去の俺が良い例だ。この中でそれに該当してしまいそうなのはアルティナだが――。
「……ふぅ。本当にどうしようもない人ですね。」
ジト目をした本人からそんなことを言われた。
「「「……は?」」」
これには俺を含めた三人が同じ反応をしてしまったが、そんなことお構いなしに話は続けられる。
「リィン教官がわざとそのような態度で、私達を危険から遠ざけようとしているのは理解しました。――あまり、舐めないで下さい。」
彼女は珍しく怒りの感情をのせた声色で俺を非難する。
「そもそもが今更な話です。分校長により実戦に巻き込まれることは示唆されてました。その後もⅦ組で話し合ったりしましたが、結論は変わりません。」
アルティナの言葉に後押しされたかの様に、ユウナとクルトも顔を見合わせ、互いに頷き合いこちらを向く。
「そうですっ!アルティナに聞きましたけど、教官は"要請"が有ったら、それを優先しなきゃいけないって。」
「その時に僕達は置いていかれる可能性があるとも。しかし、演習が最初からこのように不穏では、その度に教官だけ別行動は非効率ですよね?」
俺の事情を理解しているとはな。まぁ、要請が来た後に伝えていたら、それはそれで文句言われていたかもしれないな。
「ですので、何があっても教官に付いていくことは決定事項です。多少慣れない内は目を瞑っていただけると…。」
「あはは……。そ、そこはまだ学生だからってことでっ!」
「精進を重ねます。」
少し弱気な部分もあるが、慣れ…か。簡単じゃないが、過去の俺達もサラ教官には無理言ってきたし、ここで否定してはどの口が言う、だな。
「……わかった。ただし、俺の指示には従うこと。これが約束できないなら連れては行けない。」
流石にこれは譲れない点だが、そこは理解しているようで全員が素直に頷く。
「よし。なら、俺も約束しよう。仮に"要請"が有ったとしても、君達を無視して置いていくことはしない。必ず声はかける。」
「…………そこは必ず連れていく。というべきだと思うのですが。」
アルティナから文句が来るが、こればっかりは仕方ない。離れていた方が動きやすいケースもあるさ。きっと。
今後の小隊としての在り方を改めた確認したことで少し時間を使ってしまったが、北サザーラント街道での確認ポイントへ足を進めている。
結社の関与を匂わせたことで、少し警戒心が強くなりすぎているようだが、油断するよりもずっと良い。と放置していたが、流石にこの状態を続けていると、午後の活動に差し障りが出る。
「みんな、少し力が入りすぎだ。それだと後半キツいぞ。余計な力みは動きを鈍くする。教えたはずだな?」
忠告を受けたことで一瞬身体を強張らせたが、すぐにそれもなくなりなんとか力を抜こうとしている。その様子を見て少し笑ってしまう。
「あー!!笑いましたねっ!?」
笑われた事が不服と代表してユウナが文句を言ってくる。しかしこれは不可抗力だと主張したい。
「はは、すまない。そんなつもりじゃなかったんだが……取りあえず、だな。現時点で俺を除けば、索敵はアルティナが抜きん出ている。なら、君達がやるべきことは何だ?」
要は適材適者だ。全員が全員同じことをする必要はない。
「……索敵をするアルティナを僕が護衛して、ユウナがガンナーで開いた距離から牽制…でしょうか。」
「まぁ、そんなところだろう。少なくとも今ほど気を張る必要はないだろう。」
奇襲を防ぐ意味では俺が背後から付いているし、索敵に引っ掛かったら、既に態勢を整えている二人で迎撃すれば良い。
「うーん、それだとアルティナだけが大変じゃない?」
「……私は別に構いませんが。」
「僕ら二人の索敵は課題だな。もう少し早く敵の気配を察知できるようになれば、アルティナも負担が減るさ。」
それぞれ今後の事を話し合っている姿からは、先程の緊張は見られない。しかし少ない人数とはいえ仲良くなるのが早いな。これはユウナのムードメーカーとしての能力かな。いつかリーダーとか任せてみても良いかもしれない。
そうこうしている内に調査ポイントと思われる場所につく。
「…ここで間違いなさそうですが。」
「気配はありませんね。予想通りならそもそもそんなもの無いでしょうけど…。」
辺りを見回している彼らだが、俺の耳に複数の機械音が届く。
「――予想通りみたいだな。総員、戦闘準備!」
俺の号令に素早く全然が武装を取り出す。すると間も無く前方から三体の人形兵器が姿を見せる。
「き、聞いてはいたけど……何なのよ、あれは!?」
「自律した戦闘兵器…何て技術力だ。」
「【ファランクス】。人形兵器の中でも攻撃に優れたタイプですか。」
「ミサイルに気を付けろ!――迎撃開始!」
「「「了解っ!!」」」
――戦闘はそれほどの時間をかけずに終わった。問題はその後、飄々とした中年の男性が人形兵器が現れた方向からこちらに向かって来たからだ。
曰く、《狩人》なようなもので、魔獣は専門ではないが、報酬次第で引き受ける。今回はこの人形兵器を調べに周辺を調査していたとのこと。切り上げようと思っていた所で、俺達の戦闘音を聞き付けて近付いてきたらしい。壊れたもんに用はないとすぐに去っていった。
立ち去る姿から見ても、戦闘の達人という雰囲気ではない。だが――。
「……彼が来た方向を調べる。全員付いてきてくれ。」
「えっ?……まぁ、良いですけど。」
「何か不審な点でも?」
「体格は良かったですが、そこまでの驚異は感じませんでしたが…。」
指示に疑問を抱いている様子だ。予感が正しければ……彼は普通じゃない。
調べてみれば彼が現れた方向は崖であった。崖下には先程の【ファランクス】が襲ってきた数の倍以上。全てが煙をあげていることから、まだ壊されてから時間は経っていない。
「……う、嘘…。これって、さっきのおじさんが?」
「ああ、決して弱い兵器じゃなかったはずだが……。」
「教官はこの事を?」
「…彼から得体の知れない何かを感じた。言ってしまえば唯の勘だけどな。」
猫の捜索での時の女性と、若干だが同じような感覚を受けた。それだけだったのだが、これは。
「……セントアーク方面の調査はこれで終わりだ。パルムへ移動するためにも一度戻ろうか。」
「ええっ!?脱線事故ですか?」
セントアークへ戻ってきた俺達に待ち受けていたのは、列車の脱線事故による運休。
「そうみたいなんだよね。私も今来たところだから詳しくは聞いてないけど。」
それを教えてくれたのはヴィヴィ。復旧にかかる時間次第だが、パルムへは歩きで向かうことになるかもな。
結局の所、そうはならなかった。列車の事故を聞き及んだ侯爵閣下が俺達のために馬を用意してくれたのだ。セレスタンさんによって用意された馬達は良く調教されており、見知らぬ俺達を乗せても大人しく言うことを聞いてくれた。
手綱を握る人、後ろに乗る人で若干揉めたが、これでパルムに向かうのは問題ないだろう。
「先に演習地に寄ろう。報告したいこともあるし、列車事故の情報もあるかもしれない。」
俺と同じく馬を操作するクルトに声をかける。
「了解です。」
「いやっほぅーー!!クルト君、ゴーゴー!!」
「いやっほーう」
後ろに乗る二人のテンションがおかしいことになっている。というよりユウナだけか。アルティナは……無理にノラなくていいぞ?
「そう……人形兵器が…。」
「それもだが…そのおっさんはやべぇだろ。」
主任は列車事故の調査に足を運んだようで、演習地に俺たちが着いた時には既にその姿はなかった。トワ先輩とランドルフ教官には現時点での調査結果を伝える。
「ええ、油断はできません。……その事でランドルフ教官にお聞きしたいことがあります。」
「俺かぁ?なんだよ?」
質問がくるとは思ってみなかった様子を見せるが、答える姿勢はとってくれた。
「はい……申し訳ないですが《猟兵》の視点で答えていただけると助かります。」
「……んだと?」
だが、俺の言葉に明らかに不機嫌そうに顔を歪めた。
「ち、ちょっと!リィン教官っ!!」
「リィン君っ!失礼だよ!?」
彼の過去を知っているためか、トワ先輩とユウナから俺に対する非難が上がる。
「失礼なことは百も承知ですが、どうしても必要なことなんです。」
譲らない俺の姿勢に、ランドルフ教官は大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせた上で答えてくれる。
「いいぜ……言ってみな。ただし、下らねぇことだったら答える気はねぇぞ。」
こちらを睨むその迫力に、知り合いであるユウナでさえ顔を青くしている。クルトやアルティナも固唾を飲んで見守るしかできない状態だ。
「ありがとうございます。お聞きしたいのは一点。《狩人》を呼称する魔獣相手の専門でない仕事。情報に精通し、報酬次第では専門外の仕事も受ける。そして、その実力は正式な武術などの戦闘技術に依存しない。これは《猟兵》の定義に当てはまりますか?」
「…………答える前に確認だ。今のお前さんの質問。それは全部報告に有ったおっさんが言ってたんだな?」
「ええ。その通りです。」
俺が彼の質問にそう返せば、ランドルフ教官は片手で顔を押さえて溜め息を吐く。
「確かにそれならそいつは《猟兵》だろうな。それも人形兵器の存在を知ることが出来て、それを片手間に屠るなんざ、高位の団の隊長クラスだ。」
ランドルフ教官の答えに全員が衝撃を受けている。しかし、あの男性が猟兵であるなら、もう一人の似た空気を持つ女性も同様の可能性が高い。
「トワ先輩。その男性と同じような空気を持つ女性もいました。その人の特徴を伝えるので、なんとかそこから調べられないか試してもらえますか。」
「う、うん。詳しく教えて。」
俺の言葉に驚いているのは、生徒達。心当たりなど猫捜索の時の女性しか考えられない。
「あ、あの人もそうだって言うんですかっ!?」
「全身黒レザーの奇抜な格好ではありましたが……。」
「タトゥーも派手でしたね。」
生徒達がその女性の姿を思い返していると、それを聞いたランドルフ教官が再び声をあげる。
「…シュバルツァー。その女、人喰い虎みてぇな奴じゃなかったか?」
虎?…確かに言われてみれば、一瞬見せたこちらを探るような眼には、隠しきれない獰猛さが浮かんでいたが。その事を伝えると、今度は両手で頭を抱えて天を仰ぐように上を向いてしまう。
「最悪だ……トワちゃん、シュバルツァー。結社の介入が確定しちまった。」
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14話
もう少し上手くまとめられるよう精進します。
ランドルフ教官によると、セントアークで出会った女性は《結社》の執行者となった人物で、彼の従妹だそうだ。
「つまり《赤い星座》も関わっている可能性が高いと?」
俺からの質問に頭を掻きながら答える。その顔は苦渋に満ちていた。
「ああ。あいつ──シャーリィは執行者であると同時に、星座の副団長も兼ねているらしい。あいつがいる以上、団として動いていても不思議じゃねぇ……」
「執行者が来ているなら、結社がこの地で何かを起こす可能性は高いよね。……午後からの演習はミハイル主任と相談しなきゃだね」
一気に剣呑となった報告を兼ねた話し合いだが、俺達もそろそろ動き出さなきゃならない。パルム方面での調査もこうなった以上、今日中に片付けておきたいからな。
「他の生徒達はお任せしっぱなしで申し訳ないですが、よろしくお願いします。
──俺達もパルム方面へ急ごう。残りの調査ポイントは今日中に片付けたい」
席を立ち教え子達に声をかける。異論無しと全員が頷き準備を整える。
「シュバルツァーの見立てでは、中年オヤジはシャーリィよりやべぇとなると、今度出会った時どうなるかわからねぇ。ユウ坊、クルト、アル吉も気を付けろよ」
「みんなっ! 無理だけはしちゃダメだからねっ!」
二人から激励をもらい、列車の外に出る。これからパルムに向かったとして、夕方までになんとか終わらせたいところだな。
馬を繋いでいる場所まで歩いていると、アルティナが顎に手を当てて考え込んでいることに気がついた。
「アルティナ?」
「いえ、ランドルフ教官から言われたアル吉とは私のことなのかと思いまして……」
確かに最後生徒達を呼んでいたときそう言っていたが、クルトだけ普通だったな。
「あぁ、ランディ先輩は勝手に渾名つけちゃうのよ。いくら文句言っても変えてくれないのよね……」
彼をよく知るユウナから補足が入るが、まぁ女の子に坊や吉はなぁ。彼の気安い雰囲気が許しているのかもしれないな。
馬に全員が乗ったことを確認し、改めて午後の段取りを伝える。
「今日の夕方までには、残りの調査二件を含め依頼を片付けることを目標に頑張ってみてくれ。ギリギリだがなんとか終わらせられるはずだ」
「は、ハードだ……」
「まぁ、それくらいじゃないと演習の意味が無いのかもしれないな」
「……体力が心配ですね」
馬をパルムへ向け走らせる。この時、結社の動きのことばかり考えていた俺は、遠くの丘の上に立つ二人の存在に気がつけなかった……。それを後悔するのはまだ先の事となる。
パルムはクルトがそれなりの年月過ごしてきた町ということで、彼に案内を任せながら情報を収集する。その途中でミントという俺の同窓生からもたらされた情報によれば、三体の飛行する人形兵器らしき存在を見かけたらしい。
午前中に遭遇した【ファランクス】とは明らかな別タイプ。本格的に、結社は何かをこの地で進めていることは疑いようがなくなってきたな。
閉鎖されたというヴァンダールの道場からは、威勢の良い声が聞こえてきたこともあって、中を覗いてみると、数人の門下生が稽古に励んでいた。
クルトがその事を疑問に思い、訳を聞いてみると、凄腕の臨時師範から教えを受けるために数日前から復帰しているとのこと。だが、クルトにはその臨時師範に覚えがないようで、その事を聞こうと思ったようだが、タイミング悪く話の内容が変わったことで、結局聞くことができなかった。
「いったい誰が……?」
道場を後にした今もそこが気になるようだが、そこまでクルトに覚えがないならば、恐らくはヴァンダール流の人物ではないんじゃないかと思う。地図を確認すると、ここパルムはレグラムともそれなりに近いようだ。──ふむ。
思い浮かぶのは凛とした雰囲気を持つ嘗てのクラスメート。ヴァンダール流とアルゼイド流は二大流派とも知られていることから、交流自体は少なくはないのではないだろうか。確か皆伝を認められたはずだし、可能性は高そうだな。
「まぁ、調査の帰りにでももう一度訪ねてみよう。留守ということだったが、その時は帰っているかもしれないしな」
「……そうですね。時間に余裕があれば、ですが」
クルトもその提案には不満はない様子を見せる。
「じゃあクルト君のためにも頑張って終わらせようっ!!」
「凄腕の臨時師範という人物は気になりますね」
ユウナとアルティナもその事に拒否感はない。気持ちが先行しすぎて、彼らの行動が雑にならないように気を付けるか。
ミントから得た情報によれば、人形兵器らしきものを見かけたのは【アグリア旧道】の高台。人の通りもない場所のようだ。
地図を確認しつつ、その場所と思われる地点に辿り着く。窪地になっているそこには、精霊信仰の名残と思われる石碑がポツンと残されている以外に目立つものはない。
「う〜ん……。ミントって人の話だとこの辺よね?」
ユウナの言葉を受け、アルティナが地図を確認する。
「パルムから東に50セルジュ……地図上でもここに間違いはなさそうです」
「何か兆候でも掴めれば……」
生徒達も辺りを確認しているが、やはり石碑があるだけ。その石碑に全員で近づいてみると──。
「ぐっ……!?」
イストミア大森林でも有った、心臓の鼓動が急激に高まる現象。思わず胸を押さえるが、それはすぐに治まりを見せ、何が起こるわけでもなかった。が、生徒達には胸を押さえている所を見られてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「大森林でも急にそのような感じになったようですが……」
「……例の、ですか?」
慌てて声をかけてきてくれる彼らに問題ないことを伝えようとするが──これはっ!?
「総員、戦闘態勢っ!!」
号令をかけながら背後を振り返り、太刀を抜く。突然の教官の動きに彼らも戸惑いながら武装を展開する──そのすぐ後のことだった。
突然空間に歪みが生じ、瞬間移動してきたかの様に空中に漂う二体の人形兵器らしきものが顕現する。
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「なっ……!?」
いきなり何も無い所から現れた二体に、経験の無い二人は驚きを隠せない。
「拠点防衛型の重兵器【ゼフィランサス】……!」
「午前に戦ったものより遥かに厄介なタイプだが、数は多くない。全員でかかり殲滅するぞっ!」
「「「了解っ!!」」」
俺からの指示に全員が答える。だが、"一体"足らないのに嫌な予感がするな。
「そこだっ! ──ラグナ・ストライクッ!!」
「やぁぁぁぁっ! ──クロスブレイカーッ!」
「クラウ=ソラスッ! ブリューナク照射!」
クルトの必殺技が炸裂し、それに巻き込まれた二体は大きくダメージを受け、そこを逃さず二人の追撃が入ることで、その活動は停止を余儀なくされる。大きな損害もなく、戦い方も危なげはない。──が、詰めが甘かったな。
肩で大きく息をしてしまっている生徒達の背後に、先程二体が現れた時と同じ空間の歪みが発生する。態勢が崩れてしまっている生徒達では、既に人形兵器から放たれようとしている熱線を避けられない。
まぁ、そんなことさせないために俺がいる。瞬時に彼らの前に移動して、攻撃を行う寸前の人形兵器と向き合い、瞬時に抜刀し技を放つ。
「遅い──終ノ太刀、暁」
刃に纏った炎を太刀を横に振ることで消失させ、納刀する。鍔と鞘がぶつかり合って音を鳴らした時、人形兵器に斬線が刻まれ、その傷からは炎が噴出する。
充分な威力をもって放たれたそれは、人形兵器といえど耐えきることは不可能であり、間も無くその活動を停止させる以外に出来ることはなかった。
「…………はぁっ?」
「……あれを……一撃……か」
「……まだまだ……ですね」
見ていた生徒達からは呆れと悔しさが混じった何とも言えない感情が伝わってくる。少しは教官らしかっただろうか。とはいえ反省はさせねばならない。
「……報告に有ったのは"三体"の人形兵器だ。もう一体がいなかったことを考えれば、あの戦闘で力を出しきって態勢を崩したのは良くなかったな」
「「「……うっ……」」」
バッサリと言い切られた言葉だが、反論の言葉を見出だせず、ばつが悪そうにしている。だが、そんなことを考えられる程、余裕のある敵でもなかったのも事実。反省はしてもらうが、良くやったと言える戦果だろう。
「しかし、あれを相手に終始優勢に進められたのは誇って良い。"次"に繋げてくれ」
「「「? ……っ! ……はいっ!」」」
誉められると思ってなかったのか、最初は言葉の意味を理解できていなさそうだったが、少しの間をおいてその意味を理解できたらしく、その返事には多少の嬉しさがこめられていた。
戦闘の反省はこの位にするとして、──防衛拠点型が現れたか。やれやれ、何をするつもりなんだかな。
「最後の調査ポイントもこうなってくると、それなりに厄介なタイプが配置されているかもしれない。気を抜かずに行くとしよう」
「……わ、わかってますっ!」
「今度は同じ轍を踏みません……」
「……次は【パルム間道】でしたか。一度パルムに戻ってから、ですね」
町へと戻り、残っている依頼がないかを改めて確認し、準備も整えた。ただ、パルム間道での手掛かりは得られなかったため、ここからは手探りでの調査となる。
その事実を告げると、それぞれ疲れた顔を見せるが、刻限である夕方が近いこともあり、黙って間道の調査を開始した。
調査を進めていくと、コンテナによって塞がれている横道を発見する。
「廃材置き場……なのかな?」
「どうだろう……子供の頃から有った気もするが……」
「ふむ……迂回できるルートがあればいいんだが……」
ザイルなどは持ってきたいないため、コンテナを避けて進むには少し骨が折れそうだ。
各自頭を悩ませていると、アルティナが一歩前に出る。そして、現れるクラウ=ソラス。ってまさかっ!?
「ブリューナク」
躊躇いなど一切持たずに放たれた光線が、積まれたコンテナを破壊する。けたたましい音と共に崩れていくそれらを確認して、この現状を作り出した彼女は静かに頷いた。
「進路クリア」
少しの砂埃が晴れた先には、道を塞いでいたコンテナは壊されており、俺達が通るには十分なスペースが作られている。
「えぇ〜〜とっ……。た、助かった……よね?」
「通れるようになった……という点だけ見ればそうだろうね……」
問題はこのコンテナを壊してしまったことによる責任。仮にこれが何らかの理由をもって、他者を近付けさせないために置かれていたのだとしたら、壊したことによる責任は重いのではないだろうか。クルトもその事に気付いているから、俺を見ているのだろう。
「アルティナ、そういうことは許可を得てからだな……」
「時間的なロスを省いたまでです。夕方も近いですし、調査に必要なことだと言ってしまえば、文句も出ないかと」
結果よければ良し、といった態度を見ると……何て言うか、ミリアムに似てるよなぁ。
「はぁ……まぁいい。何か言われても責任は俺が持つ。このまま奥の調査を進めよう」
「「……了解です」」
「調査を再開します」
肩を落としながら絞り出すような声で指示を出す俺を見て、気の毒そうにする二人と、しれっと調査を再開するアルティナ。さて、何が出てくることやら。それ次第で八つ当たりぎみに攻撃をしてしまいそうだ。
横道の奥で俺達が見つけたのは、更に奥へと進むための山道らしき道。そしてそれを塞ぐように作られたゲート、といったものだった。
「……厳重に鍵が掛けられているな」
鍵を確認したが、頑丈な作りをした物が使われている。鍵穴から見ても、鍵の形は複雑な物だろう。ただの山道を塞ぐには大袈裟すぎるな。
「……? 何度確認してもこの先には何もありませんね」
アルティナが不思議そうに何度も地図を見返している。
「ゲートに何か書かれてますね。
『崩落により危険なためこの道を封鎖する』
……随分とあっさりしてるな」
「え? でも、この先は何も無いのよね? それっておかしくない?」
崩落した山道を封鎖するのは理解できるが、先に何もないなら、ここまで厳重に封鎖する意味がない。この先には元々何かがあって、それを知る人達が万が一進まないように、ということか?
各々が考え込んでいると、そもそもここに来た理由を思い出す。──左側からか。
「総員、戦闘準備を」
「「「……っ……」」」
指示を受けた三人は一旦思考を切り替え、人形兵器の襲来に備える。
木々の合間を縫って目の前に現れたのは、これまで二度戦ってきたタイプとは更に異なっており、その見た目はまるでピエロの様だ。
「な、な、な、なぁぁぁぁっ!?」
「こ、これも……人形兵器なんですかっ!?」
二人が驚くのも無理はない。特殊なタイプだし、これまでのものとは系統が違いすぎる。
「奇襲・暗殺用の特殊型【パランシングクラウン】ですっ! 警戒をっ!」
「麻痺や毒に注意しろっ! ……迎撃開始っ!」
「「り、了解っ!」」
これは少しばかり攻撃することを増やさなきゃダメかもな。
トリッキーな攻撃を繰り出す相手に、流石に経験が足らない三人は防戦する展開が続いた。それでも粘り強く戦い、隙を見つけては攻撃を繰り出すことで、何とか勝利を手にする。
「……ぜぇっ……ぜぇっ……。な、何とか……倒せた……」
「…………どこまでだ……《結社》というのは……」
「……た、体力が…………限界近い……です」
疲労困憊といった様子の三人。一日依頼をこなしながらの身体に、この戦闘は流石に堪えたようだ。しかし身体に鞭を打ち、すぐに周りを警戒し始めた。些細なことだが、失敗を繰り返さない姿勢に頬が緩む。
しかし、体力面も課題だな。すぐにつくような物ではないが、別で訓練メニューを考えてもいいかもしれない。
──―今後の訓練内容を考えていた所で、逆側から機械音を察知する。読み違えたか。
「すまない。これは俺のミスだな」
「「「……えっ?」」」
突然の俺の謝罪に困惑する生徒達。だが、それもすぐに理解させられる。
先程よりも個体数を増やし、再び同じタイプの人形兵器が目の前に続々と姿を表す。それもこちらの逃げ道を塞ぐ形で。
生徒達に戦う体力は残っていない。ここは多少の無理も──いや、
「君達は下がっていろ。──すまないがこんな状況だっ! 俺が足を止めるから、止めを頼むっ!!」
突然大きな声で誰かに対して声をかける俺を、不思議そうに見つめる生徒達。だが、もう一人にはそれで十分伝わったようだ。
「──引き受けよう」
暫くぶりとなるのに聞き間違いようのない、彼女らしい強い意思がこもる声色。あれから実力を更につけただろう。そんな彼女に失望されないためにも、この程度の相手に苦戦など出来るはずもなかった。
エリオットに比べて優遇されてる?知りませんねぇ
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15話
不快になられたらすいません
ラウラの助力が得られる以上、俺が無理することはない。恐らく彼女一人でも対処は可能だろうが、そこは男の意地って奴だな、うん。
「秘技――裏疾風っ!」
通常の疾風による高速移動からの斬擊に加え、更に衝撃波による追撃を行う、弐の型でも習得までの敷居は高い分、トップクラスの威力を誇る秘技。俺の力量ではそこまでの範囲を持たないが、大型の人形兵器相手なら十分だろう。
実際に技を受けた相手の動きはかなり鈍っている。そんな隙を彼女が見逃す筈もなかった。
「砕け散れっ!――獅子連爪!」
瞬時に間合いを詰めて飛び上がり、上段から豪快に叩きつける彼女らしい剛剣による一撃。
弱った人形兵器がそれに耐えきれる道理はなく、その身を爆散させていく。それが治まった時、既に目の前に陣取っていた人形兵器の群れはその姿を消していた。
「………へ?……」
「…アルゼイドの……絶技…」
「…リィン教官もですが、以前と戦闘力が違いすぎるような……」
それぞれが起きた現実に対して理解しきるのに精一杯であるのに対して、現状を作り出した俺と彼女は武器をしまい、互いに距離を縮めていく。
「久しぶ――」
こちらから声をかけようとしたのだが、それは突然の彼女からの抱擁によって遮られた。
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
それに一番驚いたのは俺ではなく、ユウナだった。いや、ちょっとラウラさん?
戸惑っている俺の気配を察したのか、抱擁は解かれなかったものの、この行為に対する説明を始めてくれた。
「この程度は我慢するがよい。文を交わしていたとはいえ、こうして顔を合わせるのは久しいのだから。…しかし、正直見違えたぞ。」
「はは、すまない。でも君も凛とした雰囲気は変わらないが、とても綺麗になった。」
心からの言葉だったのだが、言われた本人は嬉しさと諦めの感情が混じっているように見える。
「……なるほど、そこは変わってないようだな。まさしくリィンだ。」
そう言って、抱擁を解いてくれる。俺は変なことを言ってしまったのだろうか。学生の頃から似たような視線を送られることが多くなったが、未だに良くわからない。
ぶつぶつと何かを呟いているラウラと見つめ合っていると、放置されていた生徒達から声がかかる。
「あ、あの〜。この人はリィン教官のお知り合いってことでいいんですか?」
「…お噂はかねがね。」
「お久しぶりです。…早速ですが先程の行為についてエリゼさんに報告するので、弁明をお聞きしましょう。」
それを聞いて、一つ咳払いをした彼女は彼らに向き合って返事を返す。……アルティナが何かおかしいことを言っているが、誰も突っ込まないのか。俺は聞いても無視されるから諦めた。
「フフ、見知った顔もいるが改めて名乗らせてもらおうか。
レグラム子爵家が息女、ラウラ・S・アルゼイドという者だ。そこの朴念仁とは以前のⅦ組でのクラスメートでもある。見知りおき願おう、後輩殿達。
……ああそれと、アルティナだったか。この件に関しては許可を得ているゆえ、エリゼ嬢に報告は必要ないぞ。」
簡単な自己紹介を後輩となる彼らに行ったのだが……だから最後は何なんだ?俺の知らない所で独自の連絡網があるみたいだ。
その後パルムのヴァンダール道場へ戻り、現時点でお互いが知り得たことを共有する。
「そうか……結社がな。」
「ああ、何かしようとしているのは間違いないと思う。それが何なのかはまだ掴めていないが。」
彼女も結社の厄介さは承知している。内戦でも随分と振り回された。
「相変わらずか。奴等の厄介な点はそこであろうな。事が起こらぬと、その目的すら不明なままだ。」
「確かに謀略に関しては情報局並みですね。」
しれっと自分が所属していた部署が謀をしていると暴露している。実際にはまだ所属はしたままな気もするな。
「……アンタねぇ…」
「君がそれを言うのか……」
クラスメートの二人も、アルティナの暴露癖には慣れ始めてきているが、やはり急に言われると驚きが先に来てしまうようだ。
あらかたの情報は伝え終えたところで、ラウラは稽古の指導に戻り、俺達も演習地に戻るために道場を後にした。
「ここから演習地まで徒歩で二時間くらいでしょうか?」
「ああ。馬なら30分かからないくらいで着くだろう。」
「日没前には戻れそうねー。お腹すいたなー。」
初めての特務活動は無事に一日目が終了。人形兵器を相手にしたのだから、疲労も相当のものだろう。繋がれた馬の元に着いたときには、みんな気が緩んでしまっている。
「今日は夕飯を取って早めに休むといい。
――ただし、今日の特務活動の内容をまとめたレポートを提出してから、だが。」
スパルタだとブーイングがあがるが、協力してやればそこまで時間はかからないはずだ。頑張ってもらいたい。
午後8時。夜営の準備を生徒主導で行い、それぞれが割り振られた役割を全うしている中、俺たち教官陣は、活動初日の振り返りを行っている。
成果としては上々であり、なにより《結社》が何かの思惑をもって行動しているのが判明したのは大きいだろう。
「全く厄介な……」
ミハイル主任も事態が大きくなったことに愚痴を思わず溢してしまっている。
「結社が絡んでいる以上、この戦力だけで対処は難しいと思います。ここは応援を要請するべきでは?」
俺からの提案に、トワ先輩やランドルフ教官も同意見のようだ。
「シャーリィがいるとなると、星座の連中も待機してると思うべきだぜ。ガキどもには手に余る。」
「通信網の構築は完了しています。今なら領邦軍や正規軍司令部ともコンタクトは可能です。」
それぞれ結社の厄介さを知るからこそ、応援の必要性を訴える。だが、主任の判断は異なるようだ。
「展開された人形兵器の数も少数。その目的も解明していない状況で応援は呼べん。」
あくまで第Ⅱの戦力で事を済ませるつもりらしい。
「そんなっ!?あの組織はそんなに甘く見ていい相手じゃありませんっ!」
「ハーシェルの言うことも理解できる。……だが、そのための第Ⅱであるというのも弁えてもらいたい。」
トワ先輩の抗議にも理解は示すが、その姿勢は崩さない。機甲兵や装甲列車を擁し、演習地を構築した今の状況は、生徒達が未熟といえどそれなりな戦力となっている。その事を説明した上で主任は言葉を続けた。
「国際規模とはいえ、所詮は犯罪組織風情。対処は容易い――」
《アハハ、それはどうかなぁ……?》
主任の言葉を遮るように唐突に響く女性の声。これは昼間の――!?
「――この声はっ!」
声に反応し、席を立ち上がった瞬間のことだった。空気を裂くような飛行音が聞こえて来たと思えば、すぐ後に爆発音が続く。
「これはっ!?」
「――《
急いで外に出てみれば、砲撃によって煙をあげている機甲兵。列車にも損害が出ている。
「――危ないから、機甲兵から下がって!!」
近くにいる生徒達へトワ先輩が指示を出す。生徒達は突然の事態に理解が追い付いていないのか、行動できずに立ち竦んでいる。
襲撃者の姿を探す俺達だが、俺が気付くとほぼ同時にランドルフ教官もその存在を見つける。
演習地から少し離れた場所の丘。その頂上に二人の人影が確認できた。一人は昼間出会った女性――彼女がシャーリィとランドルフ教官が呼んでいた人物。そしてもう一人は内戦でも遭遇した女性剣士。パルムの宿酒場で聞いた淑女風の女性は彼女のことだったか…!
「シャーリィ!てめぇ!!」
「あははっ!久しぶりだねぇ、ランディ兄…!」
ランドルフ教官が怒鳴り付けた女性は、それを意に介さず、まるで普段通りのように挨拶を行う。片手に持っている対戦車砲が、この襲撃の実行犯であることを物語っていた。
「あんたは――。」
「久しぶりですわね――《灰の
《身喰らう蛇》が第七柱直属、《鉄機隊》筆頭隊士のデュバリィです。」
そこで言葉を区切ると、全員を見渡すように一瞥してから言葉を続けた。
「短い付き合いになると思いますが、第Ⅱとやらに挨拶に参りましたわ。」
それを受けて、隣にいる女性…シャーリィも同様に己の紹介を始めた。
「執行者No.XVII――《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランド
よろしくね、トールズ第Ⅱのみんな」
場違いにも自己紹介など始めたが、こちらはそれどころではない。ランドルフ教官は更に従妹であるという彼女を問い詰める。
「てめぇがいるってことは…まさか、叔父貴も来てんのかっ!?」
「やだなぁ…こんな楽しい仕事、パパに譲るはずないじゃん。少し戦力は借りたけど、あくまで個人的な暇潰しかなぁ。」
楽しい?暇潰し?――なんだ、それは。
「問答無用の奇襲、一体どういうつもりだっ!?」
声が荒ぶってしまう。だが、こちらの感情など知ったことではないといった態度で、彼女達は俺からの質問に答える。
「――決まってるじゃん」
シャーリィと呼ばれた女性が対戦車砲を放り投げ、赤に染められた武装を取り出す。先端の楕円形をした部分についた刃が、唸りをあげながら高速に回転を始めた。あれが彼女の武器か。
「《テスタロッサ》…!」
ランドルフ教官は流石にその武器を知っているようだが、その表情は暗い。強力な武装であることがそれで理解できた。そこにデュバリィが言葉を続ける。
「勘違いしないでください。私達が手を出すまでもありません。」
彼女が剣を掲げると、その場に現れたのは今日の演習で戦った人形兵器の群れ。演習地入り口からも続々と侵入してくる。
「ここに来たのは挨拶と警告――。
あなた方に"身の程"というものを思い知らせるためですわっ!!」
「あははっ!それじゃあ、歓迎パーティを始めよっか!」
心底楽しそうに笑っている紅の戦鬼。
「我らからのもてなし、せいぜい楽しむといいですわ!」
常にこちらを見下す態度を変えない筆頭剣士。
なんなんだ、アンタ達は。
――身の程を知れ?パーティを楽しむ?何を言っている。
Ⅷ組はランドルフ教官が既に指示を出している。Ⅸ組の担当であるトワ先輩も同様だ。それぞれの生徒が必死に恐怖を隠しながらも、与えられた指示を全うしようと努めている。
「リィン教官っ!!」
「僕たちはどうすればっ!?」
クルト達も俺の指示を待っている。何をすればいいか?そんなものは決まっている。Ⅶ組であれば遊撃が妥当だ。彼らを率いてⅧ組、Ⅸ組をフォローするように動けばいい。
そうだ、やるべきことは理解している。ならばそれを実行するだけ。
「ちっ……どこからここまでの戦力を…。」
ミハイル主任も全体を見渡して、的確に指示を出している。
「Ⅶ組は遊撃をっ――?シュバルツァー!何を突っ立っているっ!?」
Ⅶ組にも指示を出そうとした主任が、動こうとしない俺に対して罵声をあげる。
「リィン教官ってばっ!!」
「教官っ!僕たちも加勢しないとっ!」
「……あ…」
生徒達からも再び催促の声があがる。だが、今の俺の思考はそれどころじゃなかった。
――黙って聞いてれば、勝手なことを。そちらの都合で好き勝手に犯罪行為を繰り返し、訳のわからない計画とやらの予定に邪魔ならば、問答無用の襲撃。それでいてこちらを無知の存在であるかのように見下す。自分達が強者であることを疑っていない。
――
どれだけアンタ達は偉いんだ?その計画とやらは無関係な人を巻き込んでまで達成しなきゃいけないことなのか?この理由も話もせずにただ受け入れろと?こんなことをされて楽しめ?暇潰し?身の程を知れ?
――ああ、そうか。なら、こっちも思い知らせてやる。アンタ達が思っているほど……アンタ達は強くないってことを!
だから、
何が原因で俺の身に宿ったのかはこの際どうでもいい。俺を支配しようとしても構わない。
その上で俺はお前の支配を拒絶する。してみせる。みんなが信じてくれた俺という存在を、お前ごときが簡単に奪えると思うな!
「神気合一っ!!」
瞬間、俺を襲う圧倒的な狂気。今まで抑圧させていた分、その反動は大きいようだ。
――だが、それがどうした?
そんなもの、生徒達やこの地に住む無関係な人々の尊厳が汚されてしまうことに比べれば、大したことじゃない。その程度なら、大人しくしていろ。
さあ、覚悟してもらおうか、結社の二人。八葉一刀流、漆の型《奥伝》――リィン・シュバルツァー、参るっ!!
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16話
ご気分を害してしまいましたら、申し訳ございません。
黒い髪は全てを燃やし尽くした後の灰のように色を変え、理性的な輝きを保っていた瞳は、怒りに支配された焔の赤へと変貌する。それが、力を利用した姿を見た人が抱く感想だった。
急に姿を変えた存在に、分校生徒も驚きを隠せない。まぁ、不気味だよな。だが、敵を前にその隙は致命的すぎる。……何も伝えずに使った俺が悪いんだが。
まずは、この人形兵器達を片付けてしまうことにしよう。高台にいる二人はその後だ。
「──灰ノ太刀、滅葉」
納刀音が不自然なほどに大きく響く。辺りに展開していた敵個体は、その全てが同時に爆発音をあげてその機能を停止させた。
「……うわっ!? ……な、何だ? 急に爆発しやがった……」
「……こっちもよ……」
相対していた生徒達は何が起きたのか理解できていないようだ。技が見えていなかったのなら、その反応は当然だろう。
「……なっ!?」
「へぇ……?」
高台に立つ二人には流石に見えていたようだが、呆けている場合じゃないぞ。
「アルティナ。後始末は頼む」
「……っ……、了解です」
傍にいるアルティナにこの場の後始末を頼んで、俺はあの二人のもとへ駆ける。
「……っ! 来ますわよ!」
「あははははっ! 楽しくなってきたなぁ!」
それを確認して、武器を構え直す二人だが──遅い。既に回り込んだ二人の背後から先制を仕掛ける。
「七の型──飛燕」
「な、後ろっ!?」
「うっそ!?」
地を這うように回転しながら足元を薙ぎ払う。不意を打ったといっても、相手も実力者だ。この程度、避けられるのはわかっている。しかし、上に避けた二人に次の攻撃を避ける手段はない。回転の力を利用して飛び上がり、叩き付けで追撃する。まともに攻撃を受けた二人は大きく体勢を崩す。だが、まだ終わりじゃないぞ。
「螺旋擊っ!!」
俺が放てる中でも一撃の威力は断トツに高い、螺旋の型の一つ。二人の姿勢からではそれを防ぐことはできず、踏ん張りも効かないため、その身体は大きく吹き飛ばされた。少なくないダメージを負わせた感触。
「終ノ太刀──暁」
ならばと容赦なく攻撃を続ける。二人はもう致命傷を避けることで精一杯といった様子だ。最もまともに反撃させるつもりなど持ち合わせていない。言葉通り"身の程"を知ってもらおう。
「……ここ……まで……とは」
「……これ……やば……」
展開は一方的となったが、ここで手心を加える必要など無い。死にはしないだろうが、この地での目的達成は諦めてもらう。
「これで終わりだ──閃技、秋―」
止めの技を放とうとした時、背後から抱き止められた。良く見れば太刀を持つ手にも、誰かの手が置かれている。これは──。
「──そこまでにしておくが良い」
「ん。ちょっと怖いよ、リィン」
「あはは……珍しく切れちゃってるね」
かつての仲間達が文字通り身体を張っていた。流石にこれを無理矢理振りほどいて攻撃することは躊躇われる。
「ラウラ、フィー、エリオット……どうして?」
彼女達の行動が理解できない。なぜ止める。こいつらは今までも好き勝手にやってきた。なら返り討ちに遭っても、仕方ないじゃないか。
「らしくないぞ、リィン。……今のそなたは、学生の時に一番忌み嫌っていた姿ではないのか?」
「ま、敵の勝手な理由で生徒達が狙われたからっていうのは、リィンらしいけどね」
「確かに。でも……ちょっとやり過ぎかな。ほら、みんな怯えちゃってるよ」
別に怒りに身を全て任せた訳じゃない。不思議と心は落ち着いていたし、むしろ制御はできていたと思う。だが結局、俺がやったことは力による暴力での支配。
……そうか、俺はまた間違えたのか。
鬼の力が解除されていくのを感じると共に、とてつもない疲労感が襲う。少し、解放しすぎたようだ。あのまま止めてもらわなければ、以前のように鬼化したままとなっていたのかもな。どこか他人事のようにそう思う。
《奥伝》を授かっておきながら、俺はまだこんなにも情けない。……申し訳ありません、老師。
「……すまない……ここを……任せていいか……」
俺からの弱音を聞いた彼らは、少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「うん、少し休むがよい」
「ん。後のことは適当にやっとく」
「安心して休んでよ」
ああ、何も疑ってないよ。ありがとう……止めてくれて。
「──さて、そなたたちはどうする? まだやると言うのなら、今度は我らが相手となろう」
「リィンが削った結果のおこぼれって感じだから気が進まないけど、仕掛けてきたのそっちだし」
ラウラとフィーがダメージが抜けてない結社の二人に対して武器を構える。
「……不覚を取ったことは認めましょう」
「アハハ、お姉さんとも妖精とも遊びたいのは確かだけど……ちょっと無理かなぁ……」
両者は傷ついた身体に鞭打って、こちらとの距離を開ける。流石にこのまま続けはしないようだ。
「フン……どのみち、この地を叩くのは今夜限りです。残りの期間は大人しく引きこもって演習とやらを進めればよろしいですわ。
──この地で起こる、一切のことに目と耳を塞いで、ね」
「……負けたくせに偉そう」
フィーがボソッと呟いたのが聞こえてしまったのか、女性剣士は顔を険しくして続ける。
「うるさいですわよ! 小娘っ!!
ハッ!? ……コホン、それでは第Ⅱ分校のみなさま、ごきげんよう。
──リィン・シュバルツァーは覚えてやがれっ、ですわ!」
「はぁっ、しまらないなぁ。じゃあね、第Ⅱ分校のみんな。"戦争"じゃなくてよかったね?」
それぞれの足元に浮かび上がった転移陣によって、どこかに移動したのだろう。二人の姿はこの演習地から消え去っていた。
それを見ていることしかできなかった俺は、太刀を地面に刺し、それを支えに何とか倒れ込むことだけは回避している状態。といっても片膝はついてしまっている。
「──リィンさんっ!!」
そこにクラウ=ソラスに乗って空中を移動してきたアルティナが近づいてきた。力を使ったことで起きた、あの時の事を思い出しているのかもしれない。その表情は普段では考えられないくらいに感情が現れている。
「……大丈夫とは、言っても無駄か」
「当然ですっ! 何でこんな無茶をっ―いえ、それは後にしましょう。まずは身体を休めないと……」
彼女の戦術殻が近づいてくる。このまま俺を運ぶつもりのようだが、そこまでして貰うわけにはいかない。
「いや、歩くくらいなら問題ない。──後始末はどうなってる?」
「……ミハイル教官とトワ教官が主導して、人形兵器の残骸の処理や鎮火作業などを行い始めたところです」
流石に動きが早い。各クラスで忙しいはずだし、俺もⅦ組に指示を出さなきゃな。
「クルトやユウナは? 他のクラスと行動してるのか?」
先に指示が出ているなら、それに従ってもらおう。あちらの状況がわからないため、そっちのが間違いがない。
「いえ、二人もまもなく──あ、来ましたね」
アルティナが見てる方向を向くと、話題に出した二人がこちらに向かって走ってくる。
「リィン教官っ!!」
「……ご無事ですか?」
かなり急いできたのだろう。だいぶ息が上がっている。……それぐらい心配かけたってことだな。改めて自分の行動が間違っていたことを意識させられる。
「怪我はないさ。──見たと思うが、少々"特殊"な体質でな。体力の消耗が激しいから、なるべく使わないようにはしてたんだが……驚かせてしまってすまない……」
二人には初めて見せることになったので、戸惑いも大きいと思う。それに、自分達の教官がこんな体質では不安にもなるだろうから。
「そ、そんなことないですよっ!」
「……僕たちは混乱するだけで何も出来ませんでした。教官がああしてなければ、被害は増えていたかもしれません」
気を使わせてしまっているな。……他の生徒達も見てしまっただろうし、説明が必要になるかもしれない。
少し気まずい雰囲気となってしまった所で、黙っていたラウラが声を出した。
「……色々と話すことは多いだろうが、一旦戻るとしようか。ここにいてもどうしようもなかろう」
それに真っ先に同意したのはフィー、続いてエリオット。
「そだね。リィンも休ませなきゃだし」
「まずは、負傷者の治療かな」
率先して演習地へと足を進める三人の背中を見ながら、俺も生徒達に声をかける。
「ラウラ達の言う通りだな。──俺たちも戻ろう」
それに黙って頷く彼らだが、アルティナだけは早く休めと目で訴えてきている。──これは、機嫌を直してくれるまで時間がかかりそうだ。
演習地に戻って最初に動いたのはエリオットだった。
「うーん。やっぱり怪我人の治療が間に合ってないね。じゃあ、早速──」
持っている魔導杖をヴァイオリンに変形させる。前から思っていたが、その変形って自由すぎないか?
「響いて! レメディ・ファンタジア!」
奏でられる音色が演習地全体に広がる。それは範囲内にいる者、全てを癒す旋律。彼が得意とする回復支援だ。
「こ、これって……」
「広域回復……だが、この演習地全て……だと?」
心地よい演奏が終わると、傷を負っていた生徒達も、それが無くなっていることに気付き、周りの作業に加わろうと動き出した。
「うん。こんなところかな」
その結果に本人も満足そうな様子だ。多分、状況を理解できなくて、取りあえず作業に加わったって感じだと思うが。
「相変わらず面妖な……」
「ん。Ⅶ組でトップクラスにエリオットの技が意味不明」
「ええぇっ!? ふ、二人ともそれは酷いよっ!」
呆れる二人に本人は抗議の声をあげる。すまん、エリオット。俺も君の技だけはよく分からない。オーバルエネルギーを使っているとは聞いているんだが。
「でもでもっ! スゴいですよ、エリオットさん! みんな元気になってますし!」
ユウナがフォローに入る。彼女としてはそんな気持ちはなく、純粋にそう思っているだけかもな。
演奏に気がついて、こちらに近寄ってくるのは分校の教官陣。口火を切ったのはやはりと言うか、知り合いでもあるトワ先輩。
「エリオット君。ありがとう、助かったよ! ……それに、ラウラちゃんにフィーちゃんも久しぶりだね!」
声をかけられた三人も嬉しそうだ。
「お久しぶりです会長」
「かいちょーは変わんないね」
「ご無沙汰してます」
それぞれが挨拶を交わしているなか、俺は謝罪と報告のために、ミハイル主任に声をかける。
「勝手な行動を取り、申し訳ありません」
「……いや、あの状況では正直助かった。シュバルツァーの行動により、生徒達の被害はかなり軽減されたと言っていい」
思ってもいなかったことを言われたので、少し拍子抜けしてしまう。その態度が気に入らなかったのか、不機嫌そうに言葉を続けた。
「何だ、私に文句でも言われると思ったか?
……今回の襲撃、結社を舐めていた私のミスでもある。いうなればミスをカバーしてもらったのだ。文句など言うわけがないだろう」
「いやぁ〜、初日から仕掛けてくるのは読めねぇでしょうよ。こればっかりは防ぎようが無かったと思いますがね」
主任の言葉にランドルフ教官がフォローを入れる。俺も彼の意見と同意見だ。そして、恐らくはそこを結社は狙ったのだろう。
演習初日の夜。誰もが一日を無事に終えられそうだ、と少し気が緩む。そこに奇襲をかければまともな対応など出来はしない。そう読んだんじゃないだろうか。
ともあれ、やつらは去り際に再び演習地を襲うことはないと言い切った。その事を含めての報告を行う。
「忌々しいっ! ……とにかく事態を収拾して、生徒達は早めに休ませねばなるまい。シュバルツァー、旧友に手伝って貰うのは構わんが、あまり馴れ合わないように」
それを受けて主任は苛立ちを隠せずにいたが、それよりも優先すべきなのは、この現状を回復させることと判断したようだ。忠告を残して、場の片付けを行っている者達へ指示を出すために戻っていった。
「やれやれ……難儀だねぇ、あの人も。
──そういや、お前さんは大丈夫なのか? あの化物娘どもを一方的に攻めてたにしては、相当消耗してたみてぇだが。何か変身してたしよ」
ランドルフ教官から質問を受けるが、彼はあの力を使った場合の事情を知らないのだから当然の疑問だ。
「まぁ……大丈夫って訳でもないですが、あれは言ってしまえば俺の"異能"です。身体能力などを跳ね上げる代わりに、かなり体力を使います。普段は使わないようにしてるんですが、頭に血が昇ってしまって……まだまだ未熟ですね」
簡単にだが説明をする。俺自身、まだよく分かっていないのもあるため、うまく説明ができないのだ。
「おいおい……分校長とやりあえるだけでもやべぇのに、更に上があんのかよ。帝国ってのは恐ろしいねぇ」
「ハハ、そちらこそ。……まだ上はあるでしょう?」
上手く隠してはいるが、ランドルフ教官も奥底に閉じ込めている何かがある。それが何かは知らないが、それを解き放つことは無いんじゃないかとも思えた。
「……油断ならねぇな。ま、お互い頑張ろうや」
見抜かれたことを少し悔しそうにしていたが、彼も指示を出すために、担当する生徒達が集まる場所へ戻っていく。
それから俺もⅦ組へ指示を出し、早く休めと苦情を受けながら事後処理を見守る。傍には手伝いを終えたラウラ達もいる。
「──事態が動き始めてしまったな」
「そうだね……」
「それも全貌が全く見えない。嫌な感じ……」
三人とも各地を回りながら、何かが裏で動いているのは察知していたようだ。そして結社が去り際に仄めかした、この地で何かが起こるという言葉。
「ああ。──明日は少し忙しくなりそうだ」
『凪』は終わった──分校長から言われた言葉が脳裏に甦る。その言葉の意味を俺はようやく理解させられたのだった。
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17話
限定版買ってない作者が悪いんですけどね…。
昨夜の事後処理を見届けたあと、事情を知るみんなから、無理矢理ヴァリマールの中で休まされた。少しでも消耗を回復させろと言われてしまい、俺に拒否権は無かったからだ。
『──目覚めたか、リィン』
「ああ。すまないな、マナをこんなことに使わせてしまって」
搭乗者の傷を癒す効果は、彼が貯めたマナを消費する。力を存分に振るうためにはその存在は不可欠。それをつまらない理由で使わせてしまったことを謝る。
『フフ、気にすることはない。活動回数も減っているためか、今回使った分を考慮してもまだまだ余裕がある』
それならば良かった。彼を使おうとしてもマナがなくて無理、といった展開は避けられそうだ。使わないにこしたことはないんだけどな。
「俺も回復したし、今後のこともみんなに相談したい。……そろそろ降りるとするよ」
実はヴァリマール側からロックが掛けられてしまい、許可なく出れないのだ。満場一致で決まった処置に少し傷ついた。
『うむ、確かに回復はしているようだ。──よかろう』
搭乗口のハッチが開き、そこから飛び降りる。最初はこの高さに少し躊躇いもあったが、慣れてしまえばどうってことはなかった。
『起きたら伝えてほしいと言われたことがある。──目覚め次第ブリーフィングルームまで、とのことだ』
「……了解だ。すぐに向かう」
窮屈そうな態勢で待機をしている彼に振り向き、伝言の事を含めて改めて礼を言ったあと、列車のブリーフィングルームがある車両を目指して歩き出す。
間もなくして着いた先では、各教官陣の他に壁を背に寄りかかっている人物が目に入った。朝早くからご苦労なことだ。
「──来たか、シュバルツァー」
待機していた中から代表して、ミハイル主任が声をかけてくる。
「ええ。昨夜は申し訳ありませんでした。──お待たせしてしまいましたか?」
結構な時間を待たせてしまったなら、無理矢理起こしてくれても良かったのだが。
「ううん……少し前にみんなに指示を出したところだから、そんなに待ってないよ」
「ユウ坊達には簡単な指示ですませといた──この話し合い次第で取る行動も変わるだろうからな」
それは助かった。彼らだけ待機となっては居心地も悪かっただろう。仕事を振ってくれたランドルフ教官に礼を告げる。
簡単に教官全員に挨拶を済まし、本題とも言うべき人へ振り向き声をかける。
「おはようございます、レクター少佐……結局、こうなったわけですか」
意地の悪い言い方になってしまったが、それも仕方ないと思ってもらおう。
「意地悪いこと言うなよ──俺だって来たくて来た訳じゃないんだぜ?」
おどけるように言う少佐だが、実際にはこれも想定の範囲内だったはず。──どこまで読んでいるのやら。
「? ……よくわかんねぇが、さっさと話を済ましちまおうぜ。──はっきり言う、応援を呼ぶべきだ」
ランドルフ教官は、レクター少佐がここにいる理由が理解できていないようだが、それはトワ先輩やミハイル主任も同じだろう。いや、ミハイル主任は打ち合わせ済かもしれないが。
「──それはできん」
苦い表彰でランドルフ教官の提案を蹴る主任。それを受けてトワ先輩も抗議する。
「そ、そんなっ!? せめて、鉄道憲兵隊だけでも動かせないんですかっ!?」
「それは流石に笑えねぇな……。サザーラントを火の海にするつもりか?」
ランドルフ教官がキレそうな様子を見せている。猟兵だったからこそ、その怖さを知っているためだろう。
──だから、さっさと情報を出してほしい。俺の視線に気付いているはずのレクター少佐を改めて睨む。俺のイラつきを感じた彼は、肩を落として、ようやくその口を開いた。
「怖いお兄さんが睨んでくるからもう言っちまうが、アンタが言うような事態にはならない。──星座の本隊は別のヤマに当たってるようだからな」
レクター少佐の言葉にミハイル主任も続く。
「昨夜報告をあげたが、それを受けても領邦軍と第Ⅱの現有戦力で事足りる。そう判断したようだ──エレボニア帝国政府がな」
政府の決定、つまりギリアス・オズボーン宰相の意向。赤い星座の本隊は合流せず、結社もそこまでの戦力を投入していない。ならば問題などない、そう言いたいのか。
「……くそがっ…………」
「で、でもっ……」
利用されないため自分なりに選んだ道だったが、それすらもあの人の掌ということなのかもな。いいだろう、だったら利用された上で何が目的かを推測するだけだ。
何とか状況を変えようと思案する二人を横目に、俺はこの雰囲気を変えるためレクター少佐に向き直る。
「──
発言の意図が読めない教官陣。だが、これで彼には通じるはずだ。
「……へぇ。だが、いいのか? ──北方戦役で懲りたと思ったが」
「貴方達のやり方に納得することはないでしょう。ですが、迫る危機に対して何か出来ることがあるなら、俺はそれを見過ごすことはできない。──トールズ出身者であり、何よりⅦ組の一人として」
敢えてこの状況を作ったことは、理解できた。何故俺であるのかは不明だが、これもあの人が戯れに与えた試練なのだろうか。──この程度、乗り越えて見せろと。
その先に何が待っているのか、そんなものはわからない。圧倒的に情報が不足している。ならばいっそ、踊ってしまえ。糸で操られている最中で見えてくるものがあると信じて。
「ククッ……上等だ。じゃあ昨年末以来だが、"儀式"を始めようか」
少佐から出た"儀式"という単語で、周りも気が付いたようだ。これから何が行われるのかを。
「【灰色の騎士】リィン・シュバルツァー殿。帝国政府からの"
──この地で進行する《結社》の目的を暴き、これを阻止せよ」
「その"要請"、しかと承りました──」
突き出された帝国政府からの要請書を受け取り、了承する。……やってやるさ、俺は一人ではないのだから。
それを見つめていた教官陣はそういうことか、と納得している。
「ヤバくなったら"要請"って形で解決させんのか……。この状況で断れないのも計算の内かねぇ?」
「ええ……。いつも要請の時は、こういった状況を突きつけられていたみたいで……」
「これが、【灰色の騎士】を動かせる政府唯一の……」
こうなってしまうと、分校の教官としてではなく、個人として動くことになるからな。ユウナ達はどうすべきか……連れていくって言ってしまったし、置いていくわけにはいかないか。と、すると昨日みたく特務活動の延長として活動していく感じがベストか。
今後の予定を頭の中で組んでいっている時、ブリーフィングルームと車輌を繋げる扉が開いた。
「その"要請"。我らも手伝わせてもらおう」
そこに現れたのは、昨日再開したかつての級友達。もしかしたら、あのまま演習地に泊まったのかもしれない。……よく許可が降りたな。
しかし、三人が協力してくれるとなると心強い。生徒達も共に行動することで得られるものもあるだろう。
だが、その提案に待ったがかかる。
「……待て、部外者は遠慮して貰おうか」
ミハイル主任はどうやらそこまでの介入は許すつもりはないらしい。だが、その言葉にフィーが言葉を返す。
「これは政府からリィン個人への要請のはず。なら、貴方の許可は必要ないよね」
「……ぐっ……」
真っ当すぎる意見だった。……あのフィーが、そこまで。成長したんだな。
「何らかの思惑で正規軍も動かしたくない様子。それではリィンも大変でしょうし、僕たちがフォローしますよ」
「まぁ、そもそも情報局や鉄道憲兵隊の少佐殿に、我らの行動を制限する権限などないがな」
エリオットもラウラも結構言うなぁ。言われっぱなしの主任は……何ていうか、御愁傷様だな。本人としては軍人である以上、一般人である彼らの介入を嫌っただけなんだと思うが。
「確かに、止められる権限はカケラも持っちゃいないなぁ……」
こちらの少佐は飄々としたものだ。ここで何を言っても、離れた場所で合流されたら止められないし、早々と諦めたのだろう。‥最初から止める気など無かった可能性も高い。
「みんな……だが、いいのか? 予定とかもあるだろう?」
再開できたことには作為的なものを感じるが、それはあくまでも顔を会わせることが目的だと思っていた。
「何を言っているのさ。僕たちがここに集まったのはこの為なんだよ?」
「理不尽な要請を独りで成し遂げてきた我らが"重心"。学院に残り続けたそなたを皆、気に掛けていたのだ。
それぞれが納得して決めたこととは言え、独りにしてしまったのは我らだからな……」
「因みに、第Ⅱの演習地と日程はとある筋から教えて貰った。そこで都合がつくメンバーが集まった感じ」
とある筋というのは俺の想像している人で間違いないだろう。あの時から俺たちの繋がりは絶えていない。その事実が、何より嬉しかった。
「ありがとう、三人とも。……政府からの要請。ヴァリマールを使うことすら視野に入れる必要がある案件だ。
──みんなの力を貸してくれ」
俺からの協力要請に、彼らは力強く頷いてくれた。
「──っと、そういやユウ坊達はどうすんだ? 第Ⅱ分校としちゃ、カリキュラム優先なのかね?」
「う〜ん、やっぱり危ないから、こっちでみんなと演習の方がいいですよね」
……まずい。俺は悪くないのだが、間違いなくそれを伝えたら俺が責められる。どうしたものかと悩んでいる俺を救ってくれたのは、意外にもミハイル主任だった。
「……いや、Ⅶ組はシュバルツァーに同行させる」
「えっ? いいんですか?」
流石にトワ先輩もこれには驚いたようだ。
「ユウ坊達には悪いが、荷が重いと思いますがね」
顔見知りであるユウナをわざわざ危険な場所に連れていくことに、ランドルフ教官も少し不満があるようだ。
「特務活動の一環として同行し、今回の要請で行った内容を偽りなくレポートとしてまとめさせ、提出して貰う」
要は監視として同行させる、ということだろう。まぁ、これは断れないな。聞いたランドルフ教官は呆れているが。
「また分かりやすいことで……」
「フン、これくらいはしてもらわねばな。異論無いな? シュバルツァー」
「ええ、承知しました」
ラウラ達と共に列車から出ると、すぐにユウナ達が近づいてくる。ずっとこっちに注意を向けていたのかと思うくらい反応が早い。
「リィン教官っ!!」
「……会議は終わったようですね。それで、今日の予定は?」
「……アランドール少佐がこのタイミングで来たということは、例のアレがあったのだと推測します」
それが朝から気になっていたらしい。まぁ、アルティナは気付くよな。
「その通りだ。俺はさっきレクター少佐から政府からの要請を受けた。……今日は教官としてではなく、個人として動くことになる」
「「「……っ……」」」
個人として動く。つまりⅦ組の活動はないということだ。それを理解したからこそ、彼らはなにも言えないでいる。決定的な言葉を聞きたくないのだろう。
「……ミハイル主任から連絡事項がある。
『Ⅶ組特務科は、リィン・シュバルツァー一行に同行し、その活動内容をレポートとして提出せよ』──以上だ。悪いがすぐにでも出発したい。急いで準備をしてきてくれ」
「へ?」
「……ということは?」
「了解です……準備をして来ます。ユウナさん、クルトさんも行きましょう」
アルティナが二人の手を取り、引っ張るようにして列車へ向かっていく。クラウ=ソラスを使っているわけでもないのに、その足取りは力強い。
「ふふっ。アルティナちゃんだっけ? 随分懐かれてるじゃない」
エリオットがからかうように言ってくるが、本人に聞かれたら叩かれるぞ……クラウ=ソラスで。
「どーせ、リィンがあれこれ構ったからだと思うけど」
「昨日会った時の会話から察するに、エリゼ嬢とも親しいようだな。……一度、彼女を含めて話し合いの場を持たねばなるまい」
もう気にしないことにした。きっと俺には理解できない事だろうから。
「それは置いておくとして、まずは情報を集めたい。何か良いアイディアとかあるか?」
今後の動きを決めるためにも、どこかで情報を集める必要がある。そんな俺の質問に答えてくれたのはフィーだった。
「なら、まずセントアークに行こう。良い場所を知ってる」
心当たりがあるらしい。そういえば彼女の進路は──。
「成程、フィーの就職先の施設ということか」
同じように検討をつけたラウラが言葉をこぼす。確かにそこなら普通では手に入らない情報があるかもしれない。
「お待たせしましたっ!」
元気よくユウナが駆けてくる。他の二人は少し早足という程度だが、それでも普段よりは急いでいる様子だ。
さて、じゃあまずはセントアークだな。……問題は馬二頭に対して人数が七人いることだが、それはどうにかしよう。
結社の思惑、昨日遭遇した謎の男性。まだまだわからないことばかりだが、これまで通り全力で立ち向かうだけだろう。それがきっと道を切り開く唯一の道になると信じて。
こうして不穏な雰囲気が漂う、特別演習の二日目が幕を開けたのだった。
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18話
正直オリジナル要素がほぼないなら、ダイジェストでもっと飛ばしていい気がしてきた。
セントアークまでの移動。それは結局何とかなった。……クラウ=ソラスが生徒達をまとめて運んでくれたからな。最初は空中を移動するそれにおどおどしていたユウナなんかは、途中から見事にはしゃいでおり、フィーがそれを見て興味を持ってしまった程だ。巻き込まれたクルトは心底げっそりとしていたが。
フィーの案内により着いたのは、セントアークに設置された《遊撃士協会》の仮支部。簡単な設備のみが設置されているが、行動が制限されてしまう帝国内ではこれが限界だったそうだ。
「フィーさんって、既に正遊撃士なんですねっ!」
「ぶい。」
最年少での正遊撃士資格を得た事実を知ったユウナは尊敬の眼差しでフィーを見ている。彼女も満更ではなさそうだ。
その後トヴァルさんと通信が繋がり、結社の動向に関しての現状を共有し合い、今ある情報の中で推測を重ねていく。
(随分親しげだけどトヴァルさんって誰……?)
(データではB級の遊撃士となってますが、実績的には"A級"でもおかしくないとされている方ですね)
(そんな人とまで繋がりがあるのか……)
俺たちの邪魔にならないよう遠慮しているのか、こそこそと喋っている生徒組。別に遠慮する必要はないんだぞ。
最終的に《結社》は奪われたとされる《幻焔計画》とやらを取り戻すために動いている。だが、この地で大きく事を構える気はない。そして、昨夜の人形兵器の量からして、どこかに拠点となる場所を確保しているのではないか。といった結論となり、当面の目標はその場所を探し当てることとなった。
そこに突如登場した赤髪の青年。トヴァルさんが助っ人として手配した人のようで、既にフィーは面識を持っている様子だ。
「アガット・クロスナーってもんだ。リベールから一時的に帝国のギルドに出向している。ちょっとは話も聞いてはいるが――よろしく頼むぜ、トールズⅦ組とやら。」
フィーから紹介されたアガットさんは凄腕の遊撃士らしく、ランクは既にA級。つまり、サラ教官と同等の実力者ということになる。そんな人がわざわざ協力をしてくれるのなら、こちらに否など有るわけがない。協力に感謝を告げる。
「こっちこそ、《剣聖》にアルゼイド流の皆伝者といった人物と会えて光栄だ。」
握手を交わし、先程まで話し合っていた内容を共有する。彼も拠点の存在は気にかけていたらしく、昨日の活動を通して心当たりはないか質問を受けた。
「……怪しいと思える場所は複数有りましたが、どこも決定的な要素は有りませんね。」
そもそもサザーラント州は自然のままで保たれた場所が多く存在し、拠点となりそうな場所なんて数えきれない。演習地に仕掛けてきた事を考えると、それほど遠くない場所だとは思うんだが。
「うーん、やっぱり正規軍の情報は知っておきたいよね。」
それぞれが足がかりとなりそうな情報はないかと思案している時に、突然エリオットがそんなことを言い出した。
それはその通りだが……座視すると言っても、結社の動向を静観しているだけなんてことは有り得ないだろうし、何かしらの情報は持っているだろう。領邦軍はまともに動けていない現状を考えても、何かしらの備えはしているはずだ。
「…そだね。協力とまではいかないかもだけど、何かしらの情報は得られるかもしれない。
――行ってみよっか?【ドレックノール要塞】に。」
フィーもこのまま闇雲に動くよりは、少しでも可能性がありそうな道に懸けた方が良いと判断したようだ。しかし、アガットさんはそう思わないのか、疑問の声をあげる。
「待て待て、軍が民間の言うことなんざ聞くわけねぇだろ。門前払いされるだけなんじゃねぇか?」
その疑問は最もだと思う。しかし、エリオットがそんなことも考えずにあんな提案をしたとは思えないんだよな。話を聞いてくれる確信でもあるのか?
『あー、それなら大丈夫かもしれんな。今の要塞を預かっている将軍は、最強と名高い第四機甲師団長――《紅毛》のオーラフ・クレイグらしい。』
トヴァルさんからの情報で、俺の疑問は解消された。そうか、だからエリオットは。
「……あれ?確かエリオットさんもクレイグ、でしたよね?」
彼の家族構成を知らないユウナがエリオットのフルネームを思いだし、素直に疑問を口にする。
「……おいおい。どうなってんだⅦ組とやらは。」
今いる面子だけでも、《灰色の騎士》である俺、アルゼイド流の後継者。そして遊撃士に将軍の息子、それも息子はデビューしたての演奏家だ……今更だが濃い面子だな、他含めて。アガットさんの呆れ顔も当然と言える。
「まさか、エリオットさんがあの"紅毛"のご子息とは……ちょっと想像つきませんね。」
ヴァンダール家であれば、将軍と顔を合わせたこともあるかもしれない。クルトはその記憶の人物とエリオットが結び付かないらしい。そこは本人も自覚しているため、頬を掻きながら事情を説明する。
「あはは、去年ぐらいからそうなっててね。こっちでの巡業が終わったら会う約束もしてるから、不在ってことはないと思う。」
確かにあの人であれば話を聞くくらいなら出来るだろう。方針は決まりだな。
アガットさんは俺たちとは別方向での足を使っての調査となり、仮支部を出たところで別れた。そして移動距離の問題を解消するために、厚かましくも侯爵閣下にお願いさせてもらい、馬をもう一頭借りることができた。アルティナは引き続きクラウ=ソラスでの移動となる。
ドレックノール要塞に向けて馬を走らせるが、やはり少し距離があるためか、魔獣との戦闘も全てが避けられるわけではなかった。
それでもこの戦力では問題など起きるはずもなく、順調に進んでいく。途中、戦闘終わりにラウラから質問を受けるまでは。
「そういえば、リィン。何故『神気合一』による消耗があそこまで激しいのだ?」
「……確かに。内戦の時は普通に使えてたはず。」
やはり聞かれるか。生徒達がいる前で喋る内容でもないが、これもいい機会なんだろうか。
「ええっと…。そのシンキ?なんちゃらって何ですか?」
「…『神気合一』とのことですが、察するに昨夜の?」
「…………ぁ……」
まだ彼らに"あの力"のことについて、詳しく語ったことはない。使うつもりも無かったんだが、昨夜のように生徒達に危険が及べば、躊躇なく使うだろう。そして第Ⅱ分校の役割的に、可能性は考えたくないが高い。ならどうせ話すことになるだろう。遅いか早いかの違いだけだ。
「ああ。昨夜も言った通り、俺は"特殊"な体質で、その力を引き出すのを『神気合一』と呼んでいる。」
詳しくは俺にもわかっていない力なので、簡単に身体能力が跳ね上がること、見た目が変わることを説明した。
「ここまではラウラ達も知っている通りだ。明らかに変わったのは昨年の《北方戦役》に参加してからになる。」
「……っ…………」
アルティナが俯いてしまっている。別に彼女が気に病むことなど何もないのに。
「《北方戦役》……。リィンが辛そうにしてたから僕も詳しく聞くことは遠慮していたけど…何があったの?」
エリオットの質問に、あの時の事を思い出しながら、その内容を伝える。
「ああ。――あれこそある意味で一番、今の帝国の在り方を示している出来事だったのかもしれない。」
――当時、俺は月に一度くらいのペースで政府からの様々な"要請"をこなしてきた。そして最後にして最大の要請が《北方戦役》への協力だった。
内戦の時に実行された《北の猟兵》によるケルディックへの焼き討ち。それの責を巡っての事が発端だったらしい。結局、猟兵達とどこからか導入された大型の人形兵器。それらが守りを固めてしまったことで、遂に戦端は開かれてしまった。
「戦力として投入されたのは正規軍ではなく、オーレリア将軍とウォレス准将が率いる最新鋭の機甲兵師団。大義名分は自治州を不当に支配してきたテロ集団『北の猟兵』の制圧…。」
「……馬鹿な。あれは暴走した貴族の独断と…………っ!?まさか……」
やはりクルトは鋭いな。考えている通りだ……つまり、政府も最初からこうなることを望んでいた。
「戦いが激化するなか、俺はアルティナや後から合流したサラ教官、クレア少佐率いる鉄道憲兵隊の人たちと協力して、何とか市民を避難させていった。」
「そんな場所にアルも一緒にいたんだ」
「はい…………?あのユウナさん。アル、とは?」
なんだろうな、ユウナがいるとシリアスになりきれない。そこが彼女のいいところでもあるのだが。
話を戻そう、その避難誘導しているときのことだ。――放たれていた数千にも及ぶ人形兵器が暴走を始めた。逃げ遅れた市民達がその攻撃に曝されようとしているの見た時、俺は迷うことなくヴァリマールを召喚して、"神気"を全力で解放した。
「最後の人形兵器を斬った所までは覚えている。だが、そこで意識を失った俺の身体は"神気"を解放した状態から戻らず、相当衰弱していたらしい。」
「……らしいではなく、していました。まるで、自分の命を燃やし続けているように。」
アルティナから訂正が入る。反論は認めないと目で訴えいるのがわかる。はい、認めます。
「三日後だったかな。目を覚ました俺に伝えられたのは、自治州全土の占領は完了し、ノーザンブリアが帝国に併合されたという事実だけ。」
それが、俺の知る《北方戦役》。これに対して事実を知る"貴族派"は文句も言えず、政府としてはノーザンブリアを労せず手に入れた。領邦軍に手柄を譲ることで彼らに貸しを作りながら。
「そこからは老師の導きによって、何とか制御することは再び出来るようになった――代償として抑え込むのに相当の体力と気力の消耗を必要とするけどな。」
昨夜のように使うこと自体は出来る。だが、昨夜解放したことで、更に支配は強まってきているのを感じた。恐らくだが次に使えば、昨夜よりも短い時間しか抑え込めない。
「……成程な。」
全員が痛ましい表情をしている。させてしまったのは俺なんだけど、そう悲観しないでほしい。使わなければいいのだから。
「幸い"神気"を使わなくても、身体は強化できるようになったからな。基本的に使う気はないよ。」
なるべく前向きな感じで言ってみたが、その反応は様々だった。
「だが、そなたのことだ。そうは言っても、いざとなれば使うことに躊躇いはすまい……我らがいる内はどうやっても使わせぬがな。使おうとしたら……覚悟することだ。」
「ん。正直、戦闘力って意味ではだいぶ離されたっぽいし、リィンがそんな状況まで追い詰められたとき、止められるかわかんないけどね。取りあえず、みんなで囲んでボコればワンチャン?」
「剣聖だもんねぇ……。やっぱりそうなったら、睡眠効果のあるアーツとかぶつけるとかかな?」
頼もしいのか恐ろしいのか、級友ともあって遠慮がない。一方で生徒達は――。
「あたし達が頑張らないと……!」
「ああ。せめて、昨日のような状況でも自分達で打破できるようにならないといけないだろう。」
「ですね。旧Ⅶ組の方達だけに負担をかけるわけにもいきませんし、普段近くにいるのは私達ですから。」
気負いすぎるのはよくないが、やる気になっているし、下手なこと言うと睨まれそうだ。
それに全員が俺のためを思って言ってくれているのは確かだし、その気持ちが嬉しくないわけがない。だから、俺から言うことは一つだけ。
「みんな……ありがとう。」
感謝を告げることだけだろう。
多少時間を使ってしまったが、俺達はあれからも目的地に向けて順調に進んでいき、遂に要塞前まで辿り着くことが出来た。
「すごい……。クロスベルでも【ガレリア要塞】は見たことあるけど、ここもそれに負けてないくらい大きい…。」
「ここまで近くに来たのは初めてだな…。」
「ここを攻略しようとするなら、かなりの損害が出るでしょうね。」
生徒達がそびえ立つ要塞の威容に気圧されている。気持ちはわかるが、時間も惜しい。
「まずは門衛に問い合わせてみるとしよう。」
「そうだね。父さんがいてくれれば話くらいは聞いてくれると思う。」
すんなりといってくれればいいが……。この時はそう考えていたのだが、俺達はあっさりとアポイントを取ることができた。
同窓生であるアランや途中から案内を買って出てくれたナイトハルト中佐との再開。そして、通された部屋で待ち受けていた将軍が最初に行った行動は――。
「よ〜く来てくれたぁぁ。エ〜リオットォォオオ!!」
愛息子への抱擁だったのは言うまでもないだろう。
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19話
ハーメルが最後に名前だけ登場
作者だけかもですが、遊撃士の設定忘れられている気がします。めっちゃ国に介入してますよね…
世界の危機だからセーフなのかな
将軍閣下の熱き抱擁を華麗に避けたエリオットは、いい笑顔で要件を告げた。俺やラウラなどの旧知ではよく知った光景であるため、苦笑いする程度だが……初めてとなるユウナやクルトにとっては、衝撃的なことだったらしく驚きの表情を浮かべている。
ひとつ誤魔化すように咳払いをしたあと、クレイグ将軍は俺達を見渡し、厳しい表情を作り出す。
「──本来は招かれざる客だが、まずは話を聞くとしよう」
それはⅦ組の関係者か、それとも《灰色の騎士》である俺にか、どちらに向けての言葉だったかは分からない。だが、少なくとも軍人としての彼にとって、俺達の訪問は歓迎できない事のようだ。
「……我らがここに来た目的をおおよそ察せられているようですね」
「……無論だ。この地の安寧を守ることは正規軍の義務だからな。善からぬ輩が彷徨いているとなれば、調査は当然のこと」
やはり、正規軍は既に結社の動向を掴んでいる。なら、何故動かないのか。既に領邦軍は治安維持も満足に行えない程に縮小されてしまっている。正規軍が動かなければ──!? まさか……それが狙いか? 頭の中で欠けたピースが埋まっていく。
「此処に来てやっと腑に落ちました。軍……いや政府は待っているんですね? ──貴族勢力が根を上げることを」
俺から飛び出した言葉。その内容に全員が反応する。将軍と中佐は驚愕、仲間達は呆然と、それぞれで異なったものだったが、将軍達の反応を見る限り当たりか。
「もはや治安維持すら成り立たない領邦軍に、この地で起きる問題まで対処できる余裕はない。結局、最後は正規軍を頼ることになる。──領地を守れない領邦軍はその存在を疑問視されるでしょう」
ここまで言ってしまえば、他のみんなも納得した様子を見せ、俺の言葉を先読みしたように続けた。
「間違いなく市民からの反発は高まるであろうな。只でさえ内戦で貴族勢力の評判は悪い」
「ま、領邦軍の縮小は更に進むね。そしてそれは、そのまま領地の責任者である貴族にも影響が出る」
「最終的には貴族の存在そのものまで、疑問視されることになるかもしれないね」
立て続けに言葉を続けた三人。ほぼ俺と同じ結論まで一気に持っていく。足掛かりとなる情報さえあれば、このくらいは慣れたものだ。
「……す、すごい。あっという間に……」
「これが……"Ⅶ組"……」
「……経験値の差を痛感しますね」
生徒組はその手際や経験の差といったものを、自分達と比べてしまっているようだが、俺達もいきなり出来た訳じゃない。特別演習を通して成長させてもらった賜物だろう。
こちらの考えを否定しない将軍。やはり、帝国に生きる者として、どこか後ろめたさがあったのかもしれない。敵対してしまったとはいえ、元々は領邦軍も帝国の地を守る同胞なのだから。
将軍も同様のことを仰っている。それでも"軍人"である我らは勝手に動くことは許されないのだとも。
ならばせめて情報だけでもというラウラの主張にも、反応は芳しくない。……妙だな。思えば侯爵閣下は穏健派で、現政府とも足並みを揃えている。そんな彼を追い詰めるメリットなど政府にはないんじゃないか?
自分の考えを言葉にしながら、考えをまとめていく。積極的な姿勢を見せない正規軍や鉄道憲兵隊。政府の思惑もあるのだろうが、それ以上に、このサザーラントには何かがある。
「──恐らくは結社が敷いた拠点の場所こそが問題で、手が出しにくい。そんな理由があるんじゃないですか?」
俺の出した結論に、将軍は感嘆の声をあげる。
「流石は《灰色の騎士》と言うべきか。一年に及ぶ政府からの要請は、お主の見識を広めたようだな」
確かに色んな経験を積ませてもらった。それが全て自分にとって良いものだったかは疑問が残るけどな。
「……多くの事件で表と裏を見てきたのは事実です。ですがそれ以上に、トールズで、Ⅶ組で学んだことが自分の視野を広げてくれました」
二年。言葉にしてしまえばそれだけの期間。だがそこでの経験は、これまで生きてきた人生の何倍も密度の濃い時間だった。今でも鮮明に思い出せる、入学式でのヴァンダイク元帥による祝辞。
それはトールズ出身者であれば誰もが知る理念。
「"世の礎たれ"──多くの矛盾や対立を抱えながら変わろうとしている帝国ですが、進む道は険しいでしょう。そんな中でも良い未来を掴むための支えとなる。……そんな意志を貫くためにも、どうか俺達に"道"を示してはもらえないでしょうか?」
俺の言葉に衝撃を受けたかのように将軍の表情が固まる。帝国を憂う気持ちは彼も同じはず。明らかに軍拡を強めている政府の姿勢。それが意味することを考えれば、それは帝国だけではなく、大陸を巻き込んだ騒動に発展しかねない。
「……思えばもう二年となるのか、お主達Ⅶ組との付き合いも。当時から比べて、この場にいない者を含めても……何と頼もしく、眩しくなったものだ」
「……同感です、閣下」
届いたのだろうか、俺達の思いは。
「わかった──そなたらに"道"を示そう」
将軍が中佐に指示を出したのは、それからすぐのこと。どうやら何かしらの書類のようだが。とにかく感謝を述べなければならないだろう。
「感謝いたします──閣下」
「礼には及ばぬ──しがらみにばかり捕らわれていた自身の不甲斐なさを痛感した所だ。やはり、ヴァンダイク元帥や"彼"のようにはいかんな」
彼……? 誰のことだろうか。少し気になったが、ナイトハルト中佐が将軍に羊皮紙のような書類を渡したことで、それを聞く機会を逃してしまう。
将軍がなにやらを記述している姿を見ていると、ナイトハルト中佐から説明を受けた。
「──結社がこの地に築いた拠点。恐らく帝国でも最高レベルの"国家機密"に関わる場所だ」
「…………っ! そこまでですか……」
衝撃的な事実に全員が言葉を失う。何て場所に拠点を……って、それ遊撃士であるフィーが知ってもいいのか?
「ちょっと待ってください。……フィー、遊撃士としては、このケースはどうなんだ? 確か『国家権力への不干渉』って規約が有ったはずだが」
「あ…………」
指摘されて初めて気付いた、といった様子のフィーは、これまでにないくらい真剣な表情で考え込んでしまった。なんかぶつぶつ言っている。
「……クラウゼルはその場所に入らぬ方がよいかもな」
中佐も考えたようだが、只でさえ帝国では行動を制限されている遊撃士だ。この上で国家機密を知ってしまうのは、今後の活動に支障が出るかもしれない。
そんな心配をしていたところで、考えがまとまったのか、フィーが顔をあげる。
「ん。多分アウトだけど、私はリィン達と一緒に行くよ」
「……フィー……、それは……」
折角、最年少で正遊撃士になれたのに、俺のせいで──。
「勘違いしないでね、リィン。確かに遊撃士として活動してきて、楽しかったし、やりがいもあった。──でも、Ⅶ組とは天秤にかけられない。私は、私に居場所をくれたトールズⅦ組として動きたい」
これは説得は無理だな。俺も同じような立場なら悩みはするが、最後にはⅦ組を選ぶだろう。そんな俺が何を言っても説得力がない。
「……すまない、フィー」
せめてもの気持ちと謝罪をするが、それを受けてフィーは首を横に降る。
「違うよ、リィン」
こちらを見てくる彼女は何かを待っているような態勢──ああ、そうか。
「ありがとうな、フィー」
感謝の気持ちを述べながら、彼女の頭を撫でる。学生時代はたまにやっていたことだ。彼女も懐かしくなったのかもしれない。
「……ん」
だってその顔は、後悔なんて見られないほど穏やかな笑顔だったのだから。
「──あー、良い雰囲気のところすまんが、閣下がお待ちだ」
中佐から声をかけられて、慌てて将軍へ向き直る。待ちぼうけとなった彼だが、その視線は優しかった。
「──良い仲間を持ったようで何よりだ」
「ええ、Ⅶ組は俺の"誇り"です」
俺には勿体ないほどな。そんなこと言ってしまうと叱られてしまうので、口には出さない。
そして将軍が渡してくれたのは一通の許可証。何でもその場所に立ち入るには、サザーラント州の最高責任者二名の許可がおりて、初めて可能となるということらしい。
「ドレックノール要塞司令、オーラフ・クレイグの名をもって、許可証をしたためた。これを持って、もう一人の責任者を訪れるがいい。
セントアークにいるサザーラント州統括、ハイアームズ侯爵閣下の元へな」
"道"は開けた。それをどう活かすかは俺達次第だ。まずは侯爵閣下にお会いして、国家機密と言われる場所の立ち入り許可も貰う。できればそこの情報も。だがその前に──。
「ううっ……あたし達完全に空気だったわね……」
「仕方ないさ、僕たちはまだまだ未熟。今は教官達の行動から学ばせて貰うしかない」
「……教官達も二年前は私たち同様、学生になったばかりのはず。追い付けないとは思いません」
彼女達をどうするか、か。学生の身に国家機密レベルの情報を与えてしまうことが、後にどんな影響が出るか。いっそ、ここで演習地に──。
「何を考えておるのか何となく察しはつくが、やめておくが良い」
俺の考えていることを察知したラウラから忠告を受ける。しかしだな。
「いやいや、ここで解散とかしたらあとが怖いよ? リィン。──僕たちも結構な無茶してたんだし、その経験を教官として導いてあげるべきじゃないかな」
「ん。ここまできちゃったら面倒見るべき」
俺以外はみんな賛成か……こうなると無理に戻させるのも苦労しそうだ。仕方ない、いざとなれば《灰色の騎士》として、今後の不利とならないように、頼んでみるしかないな。
「……ところで、フィー。そなた先程は上手くやったではないか」
「……なんのことかな。別にラウラやミリアムみたいに、再会のハグができなかったことなんて気にしてないよ?」
「……あははっ! リィンも相変わらず大変だねぇ」
いや、笑い事じゃないんだが。俺達から見れば戯れと分かっていても、剣呑な雰囲気を出す二人に、生徒達が真に受けてしまっている。だから、いつもの二人に戻ってくれ。
ドレックノール要塞を後にし、セントアークに戻ろうとしている道の途中、馬上で結社の拠点として怪しそうな場所を共有した。
ラウラと再会したパルムの南にある場所。あのときは詳しく調べなかったが──。
「確かに……やけに厳重でしたね」
「ああ、私も怪しいと思う。……まぁ、それを調べるためにも、まずは侯爵閣下から許可を貰わねばなるまい」
ラウラの言葉にごもっともと返して、馬を加速させる。いったいこの地で何が起きたのか、それを知ってしまうのが少し怖いと何故か思ってしまった。
セントアークに着いた俺達は、ハイアームズ侯爵閣下にお目通りを願い、それが受け入れられたため、一日ぶりとなる再会を果たしていた。
将軍より受け取った許可証を差し出し、事情を説明する。その説明を受けた侯爵閣下からは大きなため息が溢れた。
「まさか"あの地"を拠点にしていたとはな──いや、我々にも手が出せない彼の地だからこそ、か」
「……閣下……」
その表情は痛ましいもので、普段の穏和そうな雰囲気は消え去っている。閣下のその様子にセレスタンさんから心配そうに声がかかる。
「こ、侯爵閣下でも手が出せないって……」
「……かなりヤバイ事情みたいだね」
重くなった場の雰囲気に呑まれかけている生徒を一瞥し、改めて閣下へと質問を投げる。
「できれば、事情を説明していただけませんか? ──生徒を含め、この場にいる全員が覚悟は出来ています。そうだな?」
「「「っ!? ……はいっ!!」」」
「無論だ」
「ん」
「うん、大丈夫」
俺の言葉で、気持ちを切り替えることが出来た様子の生徒達。級友達は最初から問題ない。
そんな俺達の様子を見て、侯爵閣下は気を重そうに言葉を発した。
「ひょっとしたら、君達も耳にしたことがあるやもしれぬな──"ハーメル"という名前を」
……俺は覚えがないが、他のみんなはどうだろうか。エリオット、ユウナ、アルティナは俺同様に覚えがない様子だが、他の三人は少し異なるらしい。
「父から聞いた覚えがある。災厄が不幸にして起こった、と」
「私も……どこでだったかな? ……団長からだったかも」
「……兄から聞いた気がします。愚かな者達の被害者だと」
共通しているのは、その名前を持つ場所で不幸が起きたことだけ。それを聞き終わったところで 侯爵閣下は説明を続ける。
「パルムを南下した先に、封鎖された廃道がある。……"ハーメル"とはその先にあった村の名前だ」
村に不幸があった、ということだろうか。しかし、それだけでは終わらない気がする。何となくだが、これは帝国の闇に繋がる話なのだと不思議と理解できてしまった。
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20話
でも分校生はさすがにダメだと思います。
ティータファンの方には先に謝っておきます。
【ハーメル】という過去に在った村の名前。侯爵閣下がいうには、その村は十四年前に起きた山津波に巻き込まれ、全滅したことに
突然発生した山津波に村が呑み込まれたと思えば、その直後に他国への侵略。最終的にリベール王国と帝国での講和条約が結ばれ、戦争は終結した。そして、この時に講和へと尽力した人物こそ──ギリアス・オズボーン。後の宰相となる彼が明確に台頭してくるのはこの時からだったはず。まさか……これすらも?
俺の疑問をよそに、ラウラが侯爵閣下へ自信の疑問をぶつける。ハーメルの説明の際に違和感のある言い回しがあったからだ。
「……村が山津波によって全滅。しかし、"事になっている"とは?」
その疑問に答えは返ってこなかった。侯爵閣下 から聞けたことは、語ることができないというもの。中佐からは最高クラスの国家機密になると言われ、事情を知ると思われる侯爵閣下からは、話すことはできないと答えられた。この事は帝国史の"影"であり──それはあまりにも忌まわしく、哀しいものだとも。
その後セレスタンさんによって用意された、廃道の鍵を受け取り、侯爵邸を後にする。
ハーメルの件に関しては、高位の遊撃士ならおおよその事情は知っているらしい。だが、知った事実を決して公・巷間にしないこと。場合によっては、国家反逆罪に問われかねないと伝えられた。
無用に話すつもりはないだろうが、生徒達にもきつめに言い聞かせる。学生が知り得ていい情報ではないからな。……やはり、これも俺が言っても、説得力がないのは言うまでもない。
「だけど、おかしくないですか? ……ランクが高い遊撃士なら国の裏側にも詳しいかもですけど、今回のこともそっちに聞けって言うのは……何て言うか、丸投げって感じが」
ユウナはそれがずっと疑問だったのだろう。侯爵邸を出て少し離れたらすぐに声をあげた。
「……恐らくだが、名称程度ならギリギリ許容範囲で、その真実を他者へ漏らすことは許されないんだろう。だからこそ閣下は、遊撃士と敢えて言ったのさ」
「……? ……??」
生徒達に限らず、ラウラ達も俺の答えに理解できていない様子だな。まぁ、周りに気配もないし構わないか。
「閣下はフィーが遊撃士となったことをご存じのはず。あの場で高位の遊撃士なら知っていると言ったのは、フィーを通して問題解決のために遊撃士を頼れということ」
一度言葉を区切る。上手く説明できているかわからない上に、この考えが合っている保証もない。だが、あそこで急に遊撃士の存在を話題に出したのは少し不自然だ。遊撃士に喋らせてもいいなら、他の方法で俺達に内容を伝えることはできるはず。
ここまで言ったことで、フィーが合点が言ったと納得の声をあげる。
「そっか。この地を統括する責任者からの指示なら、民間人の保護や地域の平和を最優先する遊撃士は、国家権力に対しても介入が可能になるはず」
「ああ。なら、その過程で協力者に情報を話しても、解決のために必要だったと言える。……かなり強引な手段だが、これなら俺達に事情を説明しても許される。そんなところだろう」
かなりこちらに都合よく解釈してしまっている上に、万が一の場合は閣下にも迷惑をかけてしまうことになるのが申し訳ないが。
「……そんな意図が……」
先程の会話がそこまでの意味があったことを把握できなかったことに、ショックを受けているクルト。だが、そこまで落ち込む必要はない。元々鋭い視野を持つ彼のことだ。少し経験を積めば、これくらいのことは出来るようになる。それに合ってるかわからないぞ。
「……私もこういったことはまだまだ勉強不足だな。どうにも言葉の裏を読むような謀の類いは苦手だ」
ラウラは真っ直ぐだからな。こういったことには根本的に向いてない。それこそが彼女らしいのだから、そのままでいてほしいと思うのは俺の我儘か。
「とにかく、まずは演習地に戻ろう。事が事なだけに、一度報告はしておきたい」
俺の提案に全員から了承の言葉が返ってくる。報告が終われば、すぐにでもあの廃道へ向かうつもりだ。準備だけは万全にしておかないとな。
馬を走らせ演習地に戻ると、それに気付いたトワ先輩とミハイル主任が近づいてきた。探す手間が省けたか。
「リィン君っ! 要塞から戻ってきたんだね!」
「わざわざ戻ったということは、なにか進展があったか?」
「ええ、お話しします」
どうやらⅧ組は哨戒を兼ねた機甲兵訓練に出たらしく、ランドルフ教官の姿は見当たらなかったが、現状の情報を二人に伝える。
「ハーメル……前に何かの資料で読んだことがあった気がする」
「フン……よりにもよってあの地に拠点を築くとはな……」
ミハイル主任は事情を知るようだな。可能であればこの場で聞きたかったが、語る権限がないと言われてしまった。ただ、パルムに赤毛の遊撃士が向かったらしく、その人物に聞けとのことだ。
「アガットだね。こっちに来たんだ」
彼はA級なので確かに知っているのかもしれない。……ミハイル主任は知っていることを確信している感じなので、きっと何かあるのだろうな。
それよりも──。
「……普段行動を締め付けている割に、こういう時だけ遊撃士を頼るのはどうかと思いますが……」
「…………言うな。その代わりと言っては何だが、この件で上層部からの謀略はないと保証しよう。……我々軍人、いや、政府でさえもあの地の事を語るわけにはいかんのだ」
ここまで頑なだと、真相は想像以上に深刻なものが潜んでいそうだな。百日戦役……その発端が開かれる直前に起きたとされている山津波。存在が抹消された村。厳重すぎるまでの村へ繋がる道の封鎖。
──まさか、な。状況から考えていくと、一つの仮説が浮かび上がるが、これが当たってしまった場合、帝国の業は計り知れない。
「……? 教官?」
「いや、何でもない。ミハイル主任、トワ先輩、もしもの時はヴァリマールを使うことも想定していますので、その時はよろしくお願いします」
結社の拠点に侵入する以上、昨夜よりも厳しい戦いが予想される。彼らもこちらが黙っているとは思っていないはずだ。戦力は整えているだろう。
「まかせてっ! みんな、無理だけはしないでねっ!!」
トワ先輩はみんなに声をかけており、少しみんなの目がそちらに向いた隙に、ミハイル主任だけに小声で話す。
(……ティータ・ラッセルに気をつけてください。先程、ハーメルの名に少しですが反応していました。下手すると口に出してしまうかもしれない)
(ラッセル候補生が? ……なるほど、了解した。ハーシェルにも後で伝えておこう)
やはり彼女も何か事情があるのだろう。ハーメルに反応したことに驚きはないようだった。そうなると、彼女もリベールで何かに関わっていたと見るべきか。
まぁ、これ以上は考えても仕方ない。行動を再開しようとすべく、先輩と話している一行に声をかける。
「さて、報告すべき事は終わった。アガットさんが向かったらしいパルムへ俺達も急ごう。あまり悠長にもしてられなさそうだ」
「「「了解です」」」
「ああ……!」
「らじゃ」
「うん、行こう」
馬を使えば三十分位で着く。アガットさんとすれ違うことはないだろう。
たが、結局パルムで彼と会うことは叶わなかった。既に彼の姿はパルムには無く、俺達は情報が得られぬままハーメルへ続くという廃道の入り口へと辿り着く。
「……ここ?」
昨夜と変わらず、厳重に鍵がかけられたゲートを目にしたフィーが尋ねてくる。
「──ああ、まずは鍵を外してしまおう」
「あ、手伝いますよ」
鍵は複数かけられており、外すだけでもそれなりに苦労しそうだが、生徒達が率先して手伝ってくれたおかげで、なんとか全て外すことが出来た。
「……やはり、ここに繋がりやがるか」
ゲートを開いた時、後ろから男性が近づいてくる。
「アガット、来たんだ」
既にパルム方面へと向かったと言われていたアガットさんが姿を表す。俺達と違って馬とか使っていないだろうに、体力の消耗は見られない。さすがは高ランクの遊撃士というべきか。
「ああ。タイタス門方面からこっちに向かって、大量の人形どもを運んだ形跡を見つけてな。侯爵から仕入れた情報の裏付けにはなるだろ」
なるほど、それは確かに重要な情報だ。これでこの場所の先に奴らが拠点として構えているのは、ほぼ間違いない。
「弱体化した領邦軍の目を盗んで拠点にしたんだね……」
「この場は何かしらの"禁忌"に触れるようだしな。《身喰らう蛇》──要らぬ知恵だけは働くようだ」
「ロイドさんからも聞いてはいたけど、厄介すぎるでしょ……」
「国際犯罪組織、でしたか。あれほどの手練れと技術力なら納得ですね……」
それぞれが奴らの手腕を嫌々ながら認める。実力は高いんだよな……性格の面で問題がありすぎるのと、手段が褒められたものではないので、結局理解は出来ないが。
「ああ……厄介な連中だぜ。昔からな」
彼も心底同感なようで、その表情は苦い薬を飲んだかのように歪んでいる。
「……ぬけぬけとこの先の場所を利用するとはな」
ミハイル主任の言った通りか。彼はこの先に在ったというハーメルのことを知っている。
「失礼ですがアガットさん。自分達はここの情報をまるで知りません。……どんなことがあったのか、ご存じでしたら教えてもらえませんか?」
「それは……しかしな」
俺の提案に渋る様子を見せる。これは話せないという感じではなく、話したくないといった感じだ。
「……俺はここに来るまで、手に入れた情報から一つの仮説を立てました。それを聞いて訂正してくれるだけでも構いません」
そう言うと、彼を含めた全員が興味深そうにこちらを見てくる。
「……いいぜ、言ってみな」
では、と前置きして演習地で思いついてしまった仮説を言葉にしていく。
「この先に在ったと言われているハーメルという村。山津波によって全滅したと言われましたが、これは違う。……帝国による何らかの手段で存在を消された可能性」
「…………え? ……」
「馬鹿なっ!!」
「そんなっ……!」
驚きの言葉があちこちで上がったが、アガットさんは続きを目で促している。
「何らかの災厄が起き、それを相手によるものと訴え、侵略を行う。……俺は一年程前に、似たような経験をしています。ノーザンブリアが併合された《北方戦役》で」
「……あ…………」
話に聞いた百日戦役の開戦の流れ。経緯は違えど、それはあの北方戦役の流れと酷似している。
「あれがとある貴族の暴走ということは、内戦関係者なら誰もが知っていること。だが帝国政府は、ケルディック焼き討ちの実行犯である猟兵、そしてそれを匿う自治州へ責任を求めた」
当然、自治州は反発し賠償金は払わない。だが、それを待っていたかのように投入された機甲兵団。戦力差はどうしようもなく、首都ハリアスクを皮切りに次々と占領され、最終的に自治州は帝国へ併合された。
「同じように、帝国政府はハーメルであった何かの責任をリベール側に求めたのでは? 当然断られる事を想定して。目的である、侵略を開始する大義名分を得るために」
「……なんという……」
ラウラがあまりの非道さに呆然としてしまっている。勿論これが当たっているという保証はないし、むしろ当たっていないでほしいと思う。だが、それも期待薄かな。事情を知るはずのアガットさんから否定の言葉が返ってこないからな。
「……あのおっさんはさすがに桁が違うだろうが、八葉一刀流の剣聖ってのはみんな頭が切れるのか?」
カシウス・ブライト師兄か。老師に一と七の型を伝授され、最終的には一の型を極めた兄弟子。今は剣を捨ててしまわれたそうだが、それでもなお、各方面の武人から注目されている。軍に復職されたと聞くが、その事も大きいのだろう。
それはそれとして、アガットさんは俺の仮説に対して補足をいれる。
「大体は合ってる。俺も聞いた話だがな」
そうして語り始めてくれたのだが、確かに俺の仮説は大体はあっていた。だが、それでも詳しい内容となると、帝国が犯した罪の重さに胸が痛くなる。
この事件を契機に一気に台頭し、今なお帝国の実権をほぼ手中に収めている彼は、いったい帝国をどうしたいのか。
――胸の痣が大きく脈動したように感じた。
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21話
そろそろ展開が怪しい。
アガットさんが語ってくれたハーメルの真実。彼自身も又聞きとなる内容とのことだが、それはあまりにも醜悪で、哀しいものだった。
手柄を焦った一部将校によるマッチポンプ。ミラで雇った猟兵を使い、"生け贄"として選ばれてしまった村への虐殺を行い、それをリベール王国の策略と言い張り、侵略を仕掛けるための一手とした。
「……なによ…………それ……」
「国家機密なのも当然だな……」
「ええ。これが公になったしまった時の騒動を考えれば、政府が箝口令をしくのは当然かと。……自業自得な上に、勝手な言い分ですが」
侵略を開始した帝国は、その戦力差から優位に場を進めていく。リベールが防衛に専念したとしても、それは一時しのぎにしかならなかっただろう。それくらいの差が両国には存在していたはずだ。
「──だが、そこで帝国軍は思いもよらない状況に追い込まれる。王国軍の智将、カシウス・ブライト大佐の作戦によって」
軍用飛空挺が初めて使われた事でこれは有名な話だ。この作戦によって優位に進めていたはずの帝国軍師団は分断され、各個撃破されたという。
「エレボニアは大国だ。軍も更なる兵力を投入しようとした時、突如として王国と帝国の間に停戦条約が結ばれることになった。
──戦争の発端となったハーメルの虐殺。それを未来永劫、闇に葬る条件でな」
真実を語る彼は、少し疲れた様子を見せる。肉体的な疲れではなく、精神的な疲れだろう。それほどまでにこの事実は重い。特に帝国に籍を置くものにとっては、簡単に受け入れられるものではない。
「……そういえば、団長が言ってた。一つの村を滅ぼした外道たちが、しばらくして皆殺しにされたって」
「……陰謀が発覚して口封じされたんだろうな。事を企てた貴族派の将校も同様だろう」
ミラだ雇われたとはいえ、そのような事をしでかす連中だ。生かしておいてもデメリットしかない。当然、元凶である将校も。
「ああ、極秘の軍事裁判にかけられて極刑を受けたらしい」
そして停戦が結ばれた後、ハーメルに関しては徹底した情報工作が行われ、"山津波"が起きたということで、地図上からも姿を消した。
──これが、ハーメルの真実。帝国が起こしてしまった悲劇。そして、それから十数年で再びケルディックだ。どこまでも業が深い国民性と言われても否定できない。
しかし、何故ここまでエレボニアという国は愚行を繰り返す? まるで、裏から何かに操られているような……いや、都合よく考えすぎだな。どんな事情があろうと、許されることではない。
語り終えたと思われたアガットさんは、最後に一つ付け加える。
「リベールの女王陛下はこの提案を受け入れるか相当悩んだそうだぜ。このような非道を隠すことは正しいのかとな。
──最終的には国民の安全と平和を取った」
苦渋の決断だったろうな。国を守るため、相当な覚悟を持って決めたのだろう。
帝国の影、それを知ってしまった俺達だが、ここでずっと立ち止まっているわけにもいかない。この廃道の先には、結社の拠点があると思われるのだから。
「色々と考えることはあるだろうけど、先に進もう。結社の企みは止めなきゃいけない」
先を促すと、全員ゆっくりとだが足を動かし始める。精神的に危うい状態だが、それでも前を向いて歩いてくれる級友たち。だが、生徒達は異なっていた。
呆然としたまま、ただ歩くだけのクルトとユウナ。アルティナはそれほどでもないが、最近になって感情を表し始めた彼女だ。二人を気にかけつつ、自分の心の整理をつけるには精神的に幼すぎる。
「クルト、ユウナ、アルティナ。その精神状態では戦いにならない。ここで引き返すか?」
敢えて厳しい言葉をかける。
「……ま、さすがにガキどもには辛い内容だったか」
アガットさんはそもそも生徒がいることに反対のようだな。連れてきてしまった原因が俺だと知ったら怒られそうだ。
ここまで言われては三人も頭に来たらしく、先程までの暗い表情を消して、俺達に強い視線を投げてくる。
「か、勝手なこと言わないでくださいよっ! ここまで来て戻るなんて、絶対に認めませんからっ!!」
「未熟なことは承知ですが、そこまで言われては黙ってられません……!」
「教官のサポートとして、ここでの離脱は認められません」
強がりだったが、それでも前を向いて歩き始めた姿を見て少し笑ってしまう。アガットさんも俺と同様、懐かしいといった様子で笑っていた。
「無茶すんのはガキの特権だが……見守る方はたまんねぇよな」
「ですね。ですが、それをするのが教官の仕事でもありますから」
違いねぇと声を出して彼も再び歩き出す。今の俺と似たような事が過去にあったのかもしれないな。何だかんだで面倒見は良さそうだし。
さて、こうなれば生徒達にはもう一つ大事な役目を任せてもいいかもな。重要な役目でもあるが、彼らならこなしてくれるだろう。……どうやらおいたをしたらしい、誰かさんを含めて。
彼らに声をかけ、役目の内容を伝える。……反発はあったが、生徒達だけの行動となることにやる気を見せる。すぐに行動に移っていき、ここで彼らとは別行動となった。
「リィン……いいの?」
心配しているのはエリオット。ラウラやフィーも同じではあるが、これまでの同行中にある程度の実力は見抜けているようで、彼らなら出来ると太鼓判を押してくれた。
ハーメルへ向かう山道はあまり見かけないタイプの人形兵器が哨戒を行っており、数回の戦闘を余儀なくされた。あくまで哨戒用だったためか、多少の厄介さはあれど苦戦することは特に無く、順調に足を進めている。
途中、あまり見かけない種類の山百合が咲いている場所があったので、献花として少し摘ませて貰うことにした。これもきっと過去に村の人達が世話していたのだと思うと、心が痛い。だが、謝る資格など俺達には無いだろうな。
そこから少しして、朽ちてはいるがハーメル村とギリギリ読める看板が立っている場所まで辿り着く。
「……存在を消した割りに看板は残ってるんだね?」
フィーが疑問を覚えてつい口に出してしまったようだが……ふむ。
「罪の意識からかもしれないぞ。許されないことをした事は間違いないが、敢えて全てを残すことで、忘れてはならないと戒めているのかもな」
そうだったらいいと、俺の願望が混じった考えだ。ハーメルの全てを抹消したのに、こんな看板が残っているのはせめてこれだけでも、といった気持ちがあったと信じたい。
この考えに疑問を発したフィーも頷いてくれた。ラウラとエリオットも。……アガットさんはあまっちょろい考えだと一蹴したが、決して彼も否定しようとはしなかった。
村の入り口に着くと、俺達を出迎えたのは朽ち果てた建物の残骸。営みを忘れ、哀しみに満ちたこの場所は、何故か安らぎを感じさせる。
「美しい邑だったのだろうな……。この穏やかさは、この地に眠る魂が今は安らいでいる証拠かもしれぬ」
「ああ。……実はハーメルには生き残りがいてな。その内の一人が一度里帰りしたこともあって、安心したのかもしれねぇ」
「そうですか……。そんな方が」
互いに村の様子を口にしながら、奥にあるという慰霊碑を目指す。ちなみに先程の生き残りというのは、リベールの若手遊撃士の一人だそうで、かなりの有望株だとか。もう一人いたようだが、その人物は亡くなったらしい。
「──そいつはこれから会うだろう奴らと無関係じゃねぇ。執行者No.Ⅱ、《剣帝》と呼ばれた男だ」
「なっ!?」
「……サラが言ってた気がする。凄腕の執行者達の中でも圧倒的な強さを持つ人がいたって」
「内戦の時にも聞いた覚えがあるな……」
剣帝、か。恐ろしく腕が立ったのだろう。劫炎が火焔魔人と化した際に、言葉にしていた人物。彼を退屈させなかっただけでも、単独での実力はとんでもないものだったに違いない。
「実際、奴の実力はずば抜けていた。何よりもその覚悟……いや、執念と言った方がいいか。その身を修羅と堕としてまで磨きあげた技は、届く気がしねぇと思っちまうくらいだった。
──最後には笑って逝っちまった馬鹿野郎だがな」
面白くなさそうに喋っていたが、節々に彼への敬意が感じられた。素直じゃないんだな。
「アガットのツンデレとかめんどくさいね」
フィーがどストレートに言い放ったが、彼はそれに少し文句をつけるだけ。照れているのだろう、結構分かりやすい。
そんなことを話していると、奥まった場所に人影を見つける。……あの二人だ。慰霊碑らしきものの前で、祈りを捧げているように見える。
こちらを警戒してるわけでもなさそうなので普通に近寄ってみると、俺たち同様の場所で摘んだと思われる花があった。フィーが他にも摘んだ跡があると言っていたのはやはり、彼女達の事だったか。
こちらに背を向けていた二人は、ほぼ同時に道を空けるように左右に別れる。
「──さてと、お待たせ」
戦鬼と呼ばれていた女性がこちらに振り返り、軽い口調で話しかけてくる。昨夜襲ってきたとは思えないほどの気軽さだ。少し呆けてしまっていると──。
「何をグズグズしてますの? 待っていて差し上げますから、花を捧げてしまいなさい」
神速と呼ばれる女性からも声がかかったため、お言葉に甘えて、先に花を捧げることにした。
慰霊碑には似つかわしくない折れた剣が刺さっている。……これは先程言っていた剣帝の?
疑問に思っていると、アガットさんが神速に話しかけ始めた。
「この折れた剣は……あいつのか?」
「ええ。魔剣《ケルンバイター》……盟主から授かったようですが、その力はもう失われています」
懐かしそうに話す神速。どうやらそれなりに付き合いはあったらしいな。
「《剣帝》レオンハルトかー。滅茶苦茶強かったらしいね。……火焔のお兄さんも気に入ってたみたいだし」
あの人に気に入られるのは苦労しそうだな。いきなり焔が飛んでくるとか有りそうで嫌だ。
「……終わったようですわね?」
余計なことを考えてしまったが、この地に眠る魂に祈りは捧げた。同じ帝国人として許しては貰えないかもしれないが、それでもどうか安らかにと。
──ここからは気持ちを切り替えなければならない。
「聞きたいことは山ほどあるが……まずはここから移動しないか?」
だが、この静謐な場を乱すのは御免だったので、移動の提案をする。全員がそれは思っていたようで、村手前の広場で対峙することとなった。
その際に戦鬼が気になることを言っていたが、今は余計なことを考えている場合じゃない。どうにかして彼女達から目的を聞き出し、それがどのようなものであれ防がねばならない。
広場へと出てきた俺達は、改めて向かい合って対峙する。……二人? いや、これは──。
「単刀直入に聞こう。──この地で何をしようとしている? 何故、よりにもよってこの地を利用した?」
真っ直ぐなラウラらしい問い掛けだった。死者を悼む心と礼節を持ちながら、この地を利用したことが許せないようだ。
「……こういった里は、別にこの地だけに限りませんわ。帝国以外でも野盗崩れに滅ぼされた集落など少なくありません。……私の故郷のように」
ぼそっと最後に付け加えていたのが聞こえたが、それが事実なら、この地を利用することを躊躇いそうなんだけどな。
少しそっちに気をとられていると、戦鬼は戦鬼で猟兵らしい価値観を披露していた。刹那の喜びと安らぎを感じながら死んでいく世界か。まさしく戦いだけに生き甲斐を感じているようだ。
「それじゃあ、始めようか?」
戦鬼の彼女が距離を開けて武装を取り出したタイミングで、少し離れた場所から気配を感じる。
「っ! ──狙撃だっ!!」
俺の言葉に反応した四人がその場から飛び下がる。そのすぐ後、先程まで俺達が立っていた場所に銃弾と矢が突き刺さった。
「あはははっ! さすがに当たんないかぁ」
「昨夜の事でそちらに対する認識は改めました。特に……シュバルツァー。貴方は他と分断させていただきます」
神速がそう言うと、転位の術により新たな人影が現れる。それは瞬時に俺と距離を詰め、持った得物で斬りかかってきた。それを避けることは難しくなかったが、それによってみんなとの距離が離れてしまう。
「リィン!」
「アルゼイドの貴女と重剣は私が相手を務めさせて貰いますわぁ!!」
「くっそがっ! 舐めんなっ!」
共に重量武器である大剣を使う二人は、スピードで翻弄する神速に距離を詰められている。
「さぁ!! 楽しもうか、妖精!!」
「こっちも今回は届かせてもらう……」
「フィー! サポートするよ!」
猟兵として接点が有った二人も戦闘を開始している。エリオットはそれぞれのサポートに回るつもりだろう。
そして、俺はというと──。
「お初にお目にかかる。我が名は《剛毅》のアイネス。音に聞こえし八葉の剣聖、会えて光栄だ。是非ともお相手願おう……」
「私も初めましてね、剣聖さん。《魔弓》のエンネア。よろしく頼むわね」
二人の後ろには白銀色をした重装の人形兵器。
「神速と似た甲冑姿……察するに鉄機隊のメンバー。それとその専用機か」
二人が合流を阻むようにコンビネーションで攻めてくる。その合間には人形兵器からの攻撃。みんなと合流は難しいか。
「いいだろう。──なら全力で立ち向かうまでだ!」
特別演習、二日目。ついに結社と相対した俺達は、帝国の闇であるハーメル跡地でこの地での活動の佳境を迎えようとしていた。
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22話
行き当たりばったりで書いてるとこういう所で無駄に苦労するんだと思い知りました。
ラウラ達の戦況も気になるが、俺は俺で戦いに集中しなくてはならない。鉄機隊の二人に専用機、決して油断できる相手ではないのだから。
「フンッ!!」
「そこっ……!」
重量武器で大ダメージを狙ってくるアイネス。攻撃を避けることは正直容易い。しかし、そこから反撃に移行しようとする絶妙なタイミングでエンネアによる弓での狙撃。二人とは独立して動く専用機も鬱陶しい。
「まさか、俺相手に三人……二人と一機でくるとは思ってなかったな……」
俺の力をそこまで評価するとは。昨夜襲ってきた二人は確かに返り討ちにしたが、撤退の様子から見ても不意を打たれなければ問題ないと思ってそうだったのにな。俺が溢した言葉を耳で拾ったアイネスが疑問に答えてくれた。
「フフ、デュバリィはこの対応に不満だらけだがな。それでも貴殿の実力は認めていたのだろう。
──我らの目的の前に私情は無用。筆頭殿のリベンジは後に回してもらったのだ」
答えながらも攻撃の手は緩まない。専用機の攻撃も苛烈になってきた。……さて、まず対処するべきはあちらからだな。
闘気を纏わせ、身体能力を強化する。鬼の力は使わない。仲間と約束したことを早速破るわけにもいかない。
「その目的とやらが何かは知らないが、易々と達成されるわけにはいかないな」
仕掛けられる長物の攻撃をギリギリの間合いで見切り、彼女の死角となる方向へ踏み出す。攻撃体勢から戻っていない今、絶好の反撃機会だが──。
「させないわよ?」
当然、エンネアによる攻撃が飛んでくる。だが、分かっている攻撃を喰らう道理はない。そもそも、彼女から攻撃させるのが目的だ。既に足に力は溜めている。
「──無焔閃」
俺が持つ最速の突進技。彼女の矢と同様に、俺自身が一本の矢と化し、離れた場所で狙撃している彼女を狙い穿つ。相手は連続で矢を射れるとは思うが、それをしながらでは俺の攻撃は避けれない。
「……しまっ!? ──―きゃあっ!!」
「エンネアッ!?」
彼女の持つ弓の中央部分で突きを咄嗟に受け止めたようだが、その程度の耐久で防ぎきれるほど温くない。
衝撃を殺しきれなかった彼女は、背後の壁に全身を叩きつけられて起き上がれない。武器も壊れてはいないだろうが、弓は精密な武器だ。少しの歪みが射撃精度に大きく影響する。復帰してもこれまでのような援護は出来ないだろう。まず一つ。
こちら側を振り向き動きを止めているアイネス。距離が離れているというのもあるだろう。だが、今の俺にとってこの程度の距離は一息の間で詰まるものだ。
「仲間をやられて動揺したか? ──隙だらけだ」
「っ!! 【スレイプニル】!」
突如背後に現れた俺の気配に驚きながらも、彼女は専用機を盾に飛び下がる。盾とされた専用機も防御体勢をとるが、関係ない。……スレイプニルというのか。
「蒼き焔よ、我が剣に集え──斬っ!!」
スレイプニルと呼ばれた専用機ごと一刀のもとに斬り捨てる。が、彼女はその攻撃の余波を利用して相方の方へ飛ぶ。合流することを優先したか……。
「最新のスレイプニルすら歯が立たぬか……。エンネア、無事か?」
「……ええ、なんとかね」
互いに距離が開いてしまったか。すぐに詰められる距離とは言え、今の状態なら他のメンバーとも合流できる。そう思いそちらに目を向けると──。
「そらそらそらぁっ! 遅いですわよっ!!
──ええ、理解はしましょう。しますともっ! ですが、それで納得できるかは別問題ですわぁっ!!」
「なんという気迫……っ!」
「くそっ! 速さに付いていけねぇ!」
神速が荒ぶっていた。大柄な武器を使う二人をその速度で圧倒している。あれでは二人も大きな一撃を与えられない。それほどまでに今の神速はその名に恥じぬ動きを見せている。
「所詮は傍流と我流の剣……至高の存在であるマスターから指導を受けた私の剣に、貴方方ご・と・きが敵うはずないと知りなさいなっ!!」
その言葉を受けた二人もさすがに頭に来たようだ。目に見えて気が昂っている。
「言ってくれるではないか……! ならば、その傍流と蔑んだアルゼイドの真髄、その身に刻むがよいっ!」
「我流だろうが何だろうが、勝ちゃいいだけだろうがぁ!!」
…………盛り上がってるなー。さて、フィーとエリオットの方はいうと。
「あははははっ! いいじゃん、いいじゃん! 妖精も楽士のお兄さんも、楽しませてくれるねぇ!!」
「……こっちは全然楽しくない」
「この娘のリズム、荒れ狂い過ぎて上手く掴めないなぁ……」
温度差が酷い。それに所々から入る銃撃に少し手間取っている様子だ。しまったな、さっきエンネアと距離を詰めたとき、そちらにも一撃入れておくべきだったか。
「灰のお兄さんとは楽しめなかったけど、やっぱり戦いは楽しくないとねぇ!! もう少し付き合ってもらうよぉ!」
彼女は拮抗してる者との戦いを楽しむタイプか。二人を相手にしても互角以上に戦える自信があるからこそ、ああやって楽しめていると。
「リィンと楽しめなかったからって、こっちを付き合わせないでほしい」
「うーん、これ僕らはとばっちりじゃない?」
どうも昨夜の戦闘のせいで、ラウラ達もフィー達も相手が昂りすぎているようだった。いや、襲ってきたのはそっちだろうに。
「余所見とは甘く見られたものだ……!」
彼らを横目で見ていた俺に、距離を詰めてきたアイネスがその得物を上段から振り降ろす。それを敢えて太刀で受け止めることで、俺は想定通り身体ごと吹き飛ばされる事になった。ラウラ達がいる方向へ。
「? ……ちっ! ……デュバリィ!」
狙いが読まれたのだろうが、もう遅い。俺は吹き飛びながら姿勢を変え、既に技を放つ準備は完了しているのだから。
「裂空斬・連」
二つの衝撃波が神速、戦鬼のもとへ向かう。避けられはするだろうが、一時の時間さえ稼げればいい。
「ちょっ!? アイネス、エンネア! 何やってるんですのっ!?」
「ととと……。あぁ〜あ、灰のお兄さんが来ちゃったか……」
分断させての各個撃破が当初の作戦だったようだが、合流してしまえばそらは破綻する。
「みんな、無事かッ!?」
声をかければ、全員が揃って頷きを返す。ただ、ラウラとアガットさんが不完全燃焼気味で、戦いを中断されたことに不満を持っているようだ。……いや、目的違いますからね。
「チッ、仕切り直しか……」
苛立ちを隠そうとしないアガットさんが悪態をつく。あちらも距離をとって全員が合流していた。銃による狙撃はあの男性からか。それはそうと、あちらはあちらで神速が騒いでいるのが窺える。何を怒鳴ってるんだ?
「ふむ……リィンと戦えないことに不満があったようだからな。譲ったにも関わらず、押されていたことに怒っているのではないか?」
「ありそう。何かスゴい声で騒いでたし」
ああ、マスターの指導がどうとか言っていたな。彼女達がその人から指導を受けての結果なら、あらゆる武に精通しているのだろう。三人が全員違う武器だしな。
「まぁまぁ、神速のお姉さんもその辺にしときなよ。あっちもまだ様子見みたいだし……さぁて、改めて五対五のチーム戦って所かなぁ」
戦鬼が武器を構え直す。様子見? 先程も本命がいるような口振りだったし、俺達が知らない情報をあっちは持っているのか?
「っ〜〜〜!! あーもう! こうなったら、シュバルツァー! 貴方をぶちのめして、この苛立ちを解消させてもらいますわよ!」
「あはは、リィンは敵とも仲良くなるよねぇ。いったい何を話せばそうなるのさ?」
神速の言いがかりというか、身勝手な言い分を受けて、エリオットが抜けたことを言い出す。……いや、どう見ても嫌われていると思うが。
──それはともかく、そろそろいいタイミングだが、あの子達は出てこれるかな。
──少し前。俺は生徒たちを揃えてある指示を出した。
「君たちはここから別行動だ」
俺が告げた言葉に、ユウナが真っ先に反応する。
「ちょっと、教官! あたし達も付いていくって言いましたよね!」
他の二人も言葉にはしないが、その指示は不服と表情に出ている。わかってるから落ち着いてくれ。
「話は最後まで聞くように。別行動と言ったのは遊撃としてだ」
「遊撃……ですか?」
指示の意図が理解できず、クルトが疑問を口に出すが、これはアルティナもユウナも同じ。
「風の流れとかで何となく地形は理解できた。ここからハーメルの手前まで道らしい道は一本だけだろう。
だが、獣道なら話は別だ。君たちには敵の背後を強襲する役目を与えたい」
恐らく二人とは再び戦闘になるだろう。その時に援軍がないとは言い切れない。そうなった場合に不意をつける存在はあるに越したことはないはずだ。
俺の説明には納得できるが、それがどうして自分達になるのかがわからない。そんな様子の三人。真意を聞くべく、代表してアルティナが質問を投げた。
「事情は理解しました。……ですが、何故私達を? そういった意味ではフィーさんや、アガットさんなどの遊撃士の方々が適役な気がしますが」
もちろん、彼らの方が柔軟に動けるのは間違いない。それでも彼らではなく、生徒達に任せる大きな理由。言ったら怒るだろうが、言わなきゃ納得しないだろう。
「これを言うのは心苦しいが……君達は相手から驚異と見られていないからだ」
「……そ、そんなはっきり……」
「確かにぐうの音も出ませんが……」
「……実際に言われるとキツいですね」
怒るよりも落ち込む方が先に来たか。ここまで同行してきたことで、何か思い当たることでもあったらしい。
「だが、警戒されていないならそれを利用する。君達が姿を見せなければ、敵は君達が潜んでいるとはほぼ間違いなく考えない。そんな状況なら不意を衝くにはもってこいだ」
勿論、充分に警戒して行動する必要があるが、アルティナがいるならそれも容易い。クラウ=ソラスを持つ彼女なら得意分野だろう。
「うぅ……納得できるんだけど……できるんだけどー!」
ユウナが憤慨しているが、クルトとアルティナはそうでもない。
「仕方ないさ……役割があるだけ良かったと思うしかないだろう」
「ある意味でこれは私達にしか出来ないかと」
少なくとも二人がこの様子なら暴走することも無さそうだ。タイミングを誤れば、迎撃される危険な役だが、彼らならやりきれると信じている。
「仕掛けるタイミングは……アルティナ、君に任せる。自分の判断で決めてくれ」
「……了解しました。クルトさん達の事はお任せください」
経験なら二人に比べ、確実に上である。リーダーといった役割ではないが、常に冷静を保つ彼女は、チームでも頼りになる頭脳となるだろう。
「ああ、それと……どうやら尾けてきている問題児がいるみたいだから、そいつも拾ってやってくれ。たぶん分校生だ」
「「「……は? ……」」」
誰が尾行してきていたかはわからないが、教官陣を出し抜いてここまで来れているなら、足を引っ張ることはないだろう。…………許す気はないが。
さて、そろそろ戦闘が再開されてしまいそうだが……出てこれないなら、それも良し。次回があるかは知らないが、その時に活かしてくれればいい。
そして戦鬼が足に力を込めて、それを爆発させようとした瞬間の事だった。
『ハッ……貰ったぜっ!!』
結社側の背後にある森から、機甲兵が飛び出してきた。
「へぇ……?」
「お嬢……!」
星座の二人に対しての攻撃だったが、それはあっさりと回避されてしまう。
……あの声は戦術科のアッシュだな。機甲兵まで持ち出すとは……ヴァリマールで空中散歩でもするか。ランドルフ教官とのコンビで戦闘指導でもいいな。後で相談しておこう。
「今です……!」
「──承知!!」
「やあぁぁぁっ!!」
機甲兵とは違う方向、ちょうど鉄機隊の三人が機甲兵へ振り向いたその背後から、クルトとユウナが強襲をかける。
「ムッ……!?」
「あら……?」
その攻撃はダメージを与える事は叶わなかったが、相手は迎撃準備が整っておらず、反撃に出ることは出来ない。
「雛鳥ごときが……! 痛い目を見たいよ──っ!?」
生徒二人を見ながら、剣を構えようとする神速。そうはさせじと、空中からアルティナを乗せたクラウ=ソラスがその大きな腕を振り回す。
「
「お久しぶりですね。リィン教官に返り討ちにされたポンコ……神速、でしたか」
「喧嘩売っているんですのっ!? 買ってやるから降りてきやがれですわっ!!」
煽ることはしなくて良かったんだが。しかし、あの人は簡単に挑発に乗るな……。今後相対したときに使えるかもしれない。とにかく、生徒達の奇襲によって相手の体勢は崩れた。彼らは自分達の役割を十全にこなしたんだ。
なら、教官としてそれに応えてやらなきゃな。
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23話
この小説擬きを読んでくださっている方々なら理解していただけると勝手に信じます。
生徒達による活躍で、相手側の臨戦態勢は崩れた。ならば、ここで呆けている場合ではない。
「──先に行く」
「ん。またとないチャンス。私も行くよ」
足がある俺とフィーが先行する。あとの三人もほどなく動き出すだろう。相手側はというと、機甲兵と相対している星座の二人は、迂闊に身動きがとれずにいるらしく、アッシュが上手く場を支配しているように見える。
鉄機隊の三人は、Ⅶ組生徒に挟み撃ちにされるように陣取られた事と、牽制が得意なエンネアの武器である弓が損傷したことで、実力差がある相手にも関わらず攻めあぐねているようだ。生徒達三人も無理に攻めようとはせずに、包囲を破られないことを念頭に動けているのが大きい。
機甲兵が相手では、星座の二人でもそう簡単には破ることは出来ないはず。ならば、先に制圧すべきは鉄機隊。そう判断し、速度を上げて距離を縮め終わろうかとなった瞬間──。
「シャーリィ・オルランド!! もういいのではないのですかっ!?」
神速が焦れたように大声をあげる。
「ん〜〜、もうちょっと殺り合いたかったんだけど……まぁ、これだけ場が暖まってるならいけるかな?」
そう言うと、戦鬼は懐からスイッチのようなものを取り出す。何かのトラップか!?
『おおっと! 妙な真似はやめてもらおうか、イカした姉さん』
それを見たアッシュが彼女に武器を突きつけ牽制する。構えからもいつでも踏み込んでいけるように集中しているのがわかる。優秀な生徒とは思っていたが……場馴れしている気がするな。
「……へぇ、生徒にしては機甲兵に乗っていても油断はしてないし、胆力もありそう。パパ辺りが気に入りそうな子だね
──でも、ちょっと引っ込んでてくれないかなぁ……」
戦鬼は武器を突きつけられている状況に怯みもせず、躊躇いなく手元のスイッチを押す。機甲兵相手でも遅れをとることはないと、自信に裏付けられた根拠が、その行動を後押ししたか。
『てめぇ……! ──ッ! 何だっ!?』
明らかに舐められていると判断したアッシュは、感情を昂らせる。今にも斬りかかりそうな雰囲気だが、それは叶うことはなかった。
何故ならその背後から、機甲兵を遥かに超えるサイズの人形兵器……いや、あれはどちらかと言えば《騎神》に近いものを感じる。とにかく、そのような存在がアッシュの乗る機甲兵を薙ぎ払ったからだった。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた形のアッシュと機甲兵は動く気配はない。気を失ったか、機体に異常でもでたのだろう。
たが、これは何だ? 重量級であった【ゴライアス】を遥かに超える大きさ。こんなものを結社は開発していたのか?
「……結社の《神機》。クロスベル独立国に貸与され、第五機甲師団を壊滅させたと聞きました」
「エステル達が戦ったって奴か……。だが、あれは《至宝》の力無しでは動けねぇと聞いていたが……」
あちらの戦意が解けたことで、奇襲を行った生徒達もこちらに合流し、その巨体を見上げる。想定外の物の登場に、動揺を隠せない。結社の目的はこれだったのか?
「あははっ! 見事成功だねぇ!」
「後はどこまで機能が使えるかのテストですが……っ!?」
させるわけないだろう……! クロスベル独立国で使われたというのであれば、あの空間を抉るような手段を取れるかもしれないってことだ。内戦時に見たガレリア要塞の姿。あんなことをこの地で試そうというのか。
そんな事は認められない。だが、それを阻む為にこちらのとれる手段はたった一つ。"彼"に頼るしかない。
「来い、ヴァリマール!!」
すまないが、力を貸してくれ。
──同時刻、演習地。
己の起動者に助けを請われた"騎士"は、その願いに答えるべく行動を開始する。
格納されていた列車の天井は、それをサポートするように開いていく。誰が操作するでもなく、勝手に開かれたそれは、お伽噺で出陣する"騎士"を見送るための道を作り出す民衆の姿を思い起こさせる。
「おいおい……どうなってやがる?」
勝手に動き出した兵器とも言える存在に、ランドルフ教官を始め、そこにいる者達はただ見ていることしかできなかった。それに慣れていた一人を除いて。
「ヴァリマール!! リィン君から呼ばれたの?」
『うむ、尋常ではない相手が現れたようだ。この場所からは離れてはいるが、念の為そなた達も気を付けるがよい』
トワ教官とヴァリマールの会話に、生徒達の脳裏には昨夜の光景が思い浮かぶ。また、あんな思いをする可能性があるのかと。それほどまでに昨夜の体験は、実戦経験の無い生徒達に恐怖を植え付けていた。
『それとそなたらが探していた行方不明の生徒だが、どうやら同じ場所にいるようだ』
「え?」
「……何だと?」
『これを乗り切った際には、他の者と共に戻るだろう。安心するがいい。
──では、私はリィンの元に向かう』
ヴァリマールの言ったことに問い質したい事がある様子を見せる教官陣だが、その前に彼は飛び去ってしまう。
「なんつーか、とんでもねぇな」
「あれほどの機動性を持つとは……」
《騎神》が動くのを初めて見た生徒達は、先程思い出した恐怖を忘れたように興奮している。その存在感だけで周りを鼓舞したという意味では、やはりあの存在は《英雄》に相応しいのかもしれない。
「ミハイル主任! ランディさんも! ──TMPと領邦軍に連絡をっ!!
──この場をお任せして、私達も現場に向かいましょう!」
トワがその外見にしては大きな声で提案を行う。尋常ではない敵と聞いて、結社と対峙しているであろう同僚と友人達。生徒達もいる。彼らを心配するがゆえの提案だった。
ランドルフは乗り気であったが、それに異を唱えたのは、この場の責任者であるミハイル。
「──ハーシェル。主任として、その提案は認められない」
「ッ!? そ、そんな……何でですか!?」
助けとなりたい一心で食い下がるトワ。ランドルフも呆れ顔だ。こんな状況でも動かないのかと。
だが、彼にも動けない理由がある。
「忘れているようだな……。あの場に行くということが、どういう意味であるのかを」
「……それは…………」
事情をまだ聞いていないランドルフは不思議そうな顔だが、リィン達が向かった場所の事情を一緒に聞いていたトワは俯いてしまう。
「私とて助力したくないわけではない。だが、あの場所を知ってしまえば、生徒達に不便を強いる可能性がある。それは君とて本意ではないだろう?」
「……はい……」
会話の内容から、戦いの場所はかなりヤバい事情を抱えているようだと当たりをつけたランドルフ。それも下手すると監視がつくレベルで。不便を強いるとはそういうことだ。
生徒の事を考えれば、ここであの場所に向かうことは得策ではない。だが、それではリィン達の助けになれない。二つの思いに挟まれたトワは自分の力の無さを呪いたくなってしまう。
「だが命令無視の上、単独行動を取った候補生の一人を無視することはできんな。
──オルランド。私が責任を持つ。【ヘクトル】で愚か者を連れ戻してくるがいい」
そんなトワに考慮したのか、ミハイルがそんな指示をランドルフに出す。
「…………え……」
「……了解だ。あのバカにお灸を据えてきてやるよ」
ミハイルの真意を悟ったランドルフは、嬉しそうに拳を合わせる。勝手な事をしたアッシュに思うところは山ほどあるのだ。普段から舐め腐った態度のガキに大人の怖さを教えてやると息巻いている。
「君なら一人でもシュバルツァー達に十分な援軍となるだろう。──ハーシェル、これでいいな」
「は、はいっ!! ありがとうございますっ!」
ぺこりと音が鳴りそうな程、勢いよく頭を下げるトワを見て、さっさと仕事に戻れと手で合図するミハイル。
それを遠巻きに見ていた生徒達に気付き、殊更大きな声で彼らに指示を出す。
「貴様等っ!! 何を呆けている!? さっさと持ち場に戻れっ!!」
「「「イ、イエス・サー!!」」」
この後、パワー型の機甲兵であるヘクトルに乗り込み、リィン達が向かったと思われる場所の詳細を聞いたランドルフが、勢いよく演習地を出発して行ったのだった。
──舞台は再び戦場に戻る。ヴァリマールはその機動性を存分に活かし、起動者であるリィンの所まで辿り着いていた。
「あははっ! あれが噂の《騎神》かぁ……!」
「まぁ、想定済みですわ。テストの相手としては格好の相手とも言えるでしょう」
騎神の性能を知った上で、この余裕。神機とやらに絶対の自信があるのか、それとも……。機体に乗り込んだリィンは結社の思惑を探るが、どのみちその思惑がなんであれ、この神機は倒さなくてはならないのだ。
「まずは様子を探る。──久しぶりの戦闘だ。頼むぞ、ヴァリマール」
『ふむ、確かに尋常ではない相手のようだ。だが、そなたと私であれば叶わぬ相手などそうはおるまい。──征くとしよう、我が起動者よ!』
ゼムリア製の太刀を手に、神機と呼ばれる機体との距離を詰める。あれだけの巨体だ、それほど素早くは動けないだろう。攻撃手段は拳による打撃だと思う。ならば、その間合いの内側に入ってその巨体を足枷にしてやる。
相手の戦闘力自体はそう問題ではない。確かにその質量からくる打撃は重いものがあるが、避けられない程ではないし、攻撃に転じることも容易い。
しかし、妙な力の流れがあり、それがこちらの攻撃を防いでいるように感じる。
「おかしい……。ここまで刃が通らないのは妙だ」
『うむ。何かしらの力の流れが働いているようだ。それがこちらの攻撃の殆どを防いでいる』
ヴァリマールも同じ見解らしい。さて、どうするか……ひとつ思いついたが、これはどうなんだろうか。他に思いつかないし、やってみるか。
「……ヴァリマール。ちょっと無茶な動きをする。すまないが、耐えてくれ」
『む? ……フフ、成程。そういうことか。だが、その考え嫌いではないぞ。さぁ、存分にやるがいい!』
「フン、いかに騎神といっても、さすがに力を使える神機には敵いませんか」
「無理もあるまい。"至宝"の力の一部だけとはいえ、使えるだけで反則だろう」
「そうねぇ…………あら?」
鉄機隊の面々が苦戦する騎神を見て、少々拍子抜けと言わんばかりに漏らしているが、その時に騎神の様子が変わったことにエンネアが気付く。
「お? 灰のお兄さん、何かやるみたいだね」
同じく戦いを見ていたシャーリィも動きが変わった騎神が何かを仕掛けると予測する。
一方でリィンの仲間達は、同じく苦戦する騎神の戦いを見て、疑問を感じているようだった。
「解せぬな……」
「そうだね。ゼムリアストーンの太刀があそこまで通じないのは変」
「とすると……煌魔城の時以上の相手ってことかな?」
それほどには驚異を感じないからこそ、疑問を感じざるを得ない旧Ⅶ組の面々。何しろあの武器はもう一つの騎神相手でさえ通じたのだから。
「見た感じは押しているんだがな……」
「ええ。機動性で明らかに上回っている上に、教官の巧みな操作に付いていけてないですからね」
「相手がインチキすぎるんじゃないの?」
見も蓋もないことをユウナが言うが、それぐらいしか原因が思いつかないのもあり、誰もその言葉を否定できない。何しろ相手はそういったインチキには定評があるのだ。高すぎる謎の技術力は時に魔法を凌駕する。
「……! リィン教官がなにか仕掛けますね」
アルティナがそう言ったことで、全員が改めて騎神の動きに注目する。何か対策を講じたのだと期待して。
「おぉぉぉぉぉぉっっ!! 螺旋撃っ! 龍炎撃っ! 天衝剣っ!! 閃光斬っ!!」
俺が選んだ手段。それはゴリ押しだった。力業だが、こういった謎の現象はそれ以上の力で粉砕すれば大体何とかなる。太刀が通らないわけでもないなら、意外といけるんではないか。そう考えたのだ。
「……は?」
「あはははははっ!! そ、そんな手を取る人だったんだ!」
この光景に神速は呆然とし、戦鬼は爆笑している。単純明快な手段は彼女の琴線に触れたらしい。
勿論、味方側の反応も様々だ。
「ふむ、嫌いではない。むしろ、好ましいな」
「アルゼイドの嬢さんもそう思うか。シュバルツァーもやるじゃねぇか」
「ラウラもアガットも脳筋だからね」
「まぁまぁ、効いてるみたいだしいいんじゃない?」
俺の手段に肯定的な大人組がいれば──。
「そ、そんなのあり?」
「あれほど荒々しく動いているのに、神機には攻撃する隙を与えていない……?」
「……滅茶苦茶ですが、効いてますね」
呆れている面が強い生徒組。
だが、取った手段は意外と間違いではないことは、先程よりもダメージが目に見えて増えている神機を見ればわかる。現に相手の巨体が大きく揺らいだ。
「ヴァリマール!!」
『応っ!!』
ヴァリマールで使える唯一の七の型。むしろ、自分の身で使うよりも先に使えるようになった気もするが。だが、その威力は高い。今でもヴァリマール単体で放つ最高威力を誇る。
「──夢想覇斬っ!!」
確かな手応え。この一刀は確実に神機とやらの力の流れを乗り越え、その核となる場所まで刃が通った。
その結果、神機の活動を停止させることに成功したのだった。
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