勇者(オタク)と元勇者(ギャル) (主(ぬし))
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勇者(オタク)と元勇者(ギャル)

ツイッターの妄想ツイートに反応してくださった方がいたので、その妄想を清書しました。書いてて楽しかったです。


「よくぞ魔王を倒した、勇者アイリオス」

「ははは……。初めて僕を褒めたね、エルラン」

 

 己が流した血の海に沈む青年が力なく笑った。呼吸ひとつするごとに紅色の瞳から命の輝きがこぼれ落ちていく。それを止める術はない。妖精王エルランにとって、それは初めからわかっていたことだった。神の御意思に従って幼い孤児の少年を導き、勇者としての過酷な運命を背負わせたその瞬間から、儚い人間の迎えるであろう苦難と死について、納得していた。数百年の時を生きる妖精種にしてみれば、一瞬の命に過ぎない。そんなもの、どうでもよいことだとすら軽んじていた。神に言われたから仕方なくお供をしてやったようなものだった。

 しかし……、いざ、かつての少年の死にゆく様を目の前にして……妖精王エルランは、涙を流している自分を自覚した。彼の脳裏に、アイリオスと過ごした冒険の日々の濃密な情景が次々と触れては暗闇へと過ぎ去っていく。

 

「死ぬのか……死ぬのか、アイリオス。お前、言うておったではないか。この私と北方の雄大な空を見に行くと。この私と南方に旨いものを食いに行くと。この私といつまでも一緒だと、うそぶいておったではないか。だというのに、死ぬのか。私を残して、死んでいくのか」

「覚えていてくれたんだ。それだけで僕は嬉しいよ、エルラン。君は……君は、僕にとって、家族だった。兄であり、父だった。最期まで君と共にあれたことを神に感謝したい」

 

 瞬間、エルランは激昂した。その神が、アイリオスを死に向かわせたのだ。霊素(アストラル)の身体が張り裂けそうなほどの怒りを感じて、エルランは憤怒の表情を浮かべた。彼は生まれて始めて、神に対して言葉にすることもできないほどの背信的な感情を胸に抱いた。

 

「アイリオス、来世に何を望む(・・・・・・・)

「エルラン……?」

「私からの手向(たむ)けだ。お前の魂を生命循環の輪廻から強制的に切り離し、お前の望む人生を与える」

 

 アイリオスは知る由もない。それは神の領域の所業であり、神ではないエルランには許されない禁忌であることを。しかし、妖精王である彼には可能だった。否。たとえ不可能でも、やってのけてみせた。()()のために出来ないことなど、何もないのだから。

 アイリオスは応えない。呼吸が浅くなり、頻度が少なくなる。胸郭の上下運動が見る見る弱くなっていく。瞳が淀んでいく。

 

「アイリオス!」

「……穏やかな……人生を……」

「もっと望め!もっとあるだろう!お前はそれだけのことをしたのだ!神の言うがままに人生を使ったのだぞ!」

「……自由きままで……ワガママで……深く思い悩むことなんてなんにもなくて……友だちがいっぱいで……毎日が楽しくて……キラキラしてて……そんな人生が、いいな……」

「そんなものでいいのか。もっとないのか」

 

 エルランは困惑した。アイリオスは無欲過ぎた。そのような私心のない清廉な勇者に育てたのは他ならぬエルランだっただけに、今さらになって後悔すら覚えた。

 エルランの苦悩の表情を視力を伴わない目で見上げるアイリオスが、言いにくそうに眉をひそめた。エルランは彼の傍らに膝を付き、その頭をそっと優しく抱きかかえる。

 

「まだ秘めたる望みがあるのだな」

「……君には隠し事はできないな」

「私に隠すなど300年早い。言ってみろ」

 

 アイリオスはしばし逡巡し、失血で変色した唇を震わせながら応える。

 

「来世でも、君と共にいたい」

 

 それは無理だ。神の定める禁忌をこれから破ろうとしているエルランがこの世に生を継続できる可能性は皆無だ。反射的に口から漏れそうになった否定の台詞は、しかし、出ていくことはなかった。いつもなら冷静に事実のみを伝える役割を果たす口が、事実を告げることを明確に拒否していた。

 

「ああ……また一緒に旅をしよう……我が息子(・・・・)よ」

 

 そして、満面の笑みを浮かべたアイリオスは永い永い眠りについた。彼は平穏な来世を生きるだろう。彼の後に続く新たなる勇者に手本となる背中を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っていうのが、君の前の勇者(・・・・)と、ワイの曽祖父(・・・)の初代エルランの物語っちゅーこっちゃな!どや、ええ話やろ!」

「いや……泣ける話なんだけど、それ昼休みの前にする?」

 

 クラスメイトに聞かれないよう声を低めて文句を言う。エルラン(・・・・)が急にしんみりした話をしだしたから何かと思ったらめちゃくちゃしんみりした話だったから、口に運ぶ弁当の味がまったくわからなくなった。相変わらず空気を読まない妖精だ。勇者をサポートするためにいるらしいけど、唐突に勇者指名をされてからというもの厄介事しか運んでこない。

 しかも。

 

「……アイツ、なんかブツブツ独り言言ってない?」

「うわ〜、ドン引きなんですけど。アタシこわ〜い」

 

 フワフワと空中に浮かぶ小動物のような姿をしたエルランは、女子供受けしそうな容姿なのに、その姿は普通の人間には見えない。つまり、僕は周囲から、僕にしか見えない誰かと話している危ない人間に見えるわけで。

 

「勘弁してよ……ただでさえ勇者だなんて面倒なこと押し付けられてるのに、これじゃ完全にイカれた奴じゃないか」

「ケッ!魔法学院なんて大層な看板背負うとるくせに妖精のことも認識できん有象無象の集まりばっかりや!ザコなんざ気にしてもしゃあないやろ!」

「僕はそんなザコにも勝てないくらいの劣等生なんですけどね……」

「カーッ!ホンマ卑屈なやっちゃな!ワイが勇者に選んでやったんやさかい、もっと気張れっちゅーねん!」

「本当に勘弁してくれよ。僕は漫画とアニメを楽しめればそれで幸せなんだ」

 

 僕は自他ともに認めるオタクだ。魔力適正がほんの少しあったからこの学院にギリギリ合格出来ただけ。勇者になりたいなんて微塵も思ったことがない。そもそも、魔王を倒した勇者なんて、長い歴史のなかで誇張された伝説の話としか思っていなかった。エリート校と言われる学院で目立たず波風立てずに適度に学業をこなしつつ、大好きな漫画とアニメを嗜みながら3年間を過ごしたかった。無事に卒業さえすればこちらのもの。魔法技術で成り立つ現代において、魔法を専門的に学んだ人材は引く手あまたなのだ。

 一年生の時は問題なかった。オタクとして蔑まれることはあっても、可もなく不可もない容姿のおかげでイジメられることもなく、人気者になるでもなく、まさに空気のように生きてきた。でも、2年生になった直後に異変が向こうから僕を指名してきた。

 

「あん?なんや、不景気な顔して。ワイの初代勇者の話がもっと聞きたかったんか?」

「……お前との迷惑極まりない出会いを思い出してたんだよ」

 

 第4代目エルランを名乗るフワフワしたクリオネみたいな妖精が、まったくもって唐突に僕を勇者に指名したのだ。理由は「ピーンと来たんや!理屈なんかあらへん!そんなことよりコレ持たんかい!」だった。そうやって魔法剣を放り渡してきたむちゃくちゃな奴のために、僕の平和な学園生活ライフは音を立てて崩れた。

 

「しっかしなあ、自分、もう勇者になって3ヶ月やで。いまだに低級の魔物で苦戦しとったら魔王討伐なんて夢のまた夢やで。気合入れて精進しいや」

「3ヶ月前まで剣すら振るったことのない17歳にむちゃくちゃ言うなよ……」

 

 魔物。これの存在も正直、眉唾ものだと思っていた。世界が人間の手で支配されてから数百年経ち、魔物は完全に根絶されたと教科書にも記されている。むしろ絶滅した魔物を再生させられないかと贖罪をしようとすらしている始末だ。

 だから、自分が魔物と戦う勇者だと告げられても簡単に飲み込むことが出来なかった。しかし、むりやり連れられて行ってみた夜の街の廃ビルで、僕は歴史の教科書でしか見たことがない低級の魔物と遭遇することになる。傷と泥だらけになりながらもようやく斬り倒した魔物の死骸を前に、エルランは僕に告げた。「魔王が復活しようとしている。新しい勇者であるお前の力が必要だ」、と。

 

 ……だけど、正直、人選ミスだとしか思えない。先代勇者アイリオスは天才的な剣と魔法の才能を持っていたらしいけれど、僕にはその両方もない。事実、3ヶ月間、人知れず魔物を駆逐しても成長した様子は見られない。

 僕は勇者には向いていないんだをそう、僕はただの───

 

オタクくん(・・・・・)さあ〜、一人でなに沈んでんの〜?ちょー辛気くさ〜い」

「わあっ!?」

 

 唐突に背中に感じる、ふにゅりとした2つの柔らかさと温かさ。それに次いで耳元に吹きかけられる間延びした同年代の少女の声に、心臓が跳ね上がる。振り返れば、まず目に入るのは染められた金髪と派手なリップを塗りたくられたプリプリの唇、そしてマスカラで縁取られた大きな瞳。金髪ロング、紺色のニットカーディガン、ミニスカート、濃いめの化粧、サバサバして、あっけらかんとして、底抜けに明るい性格。クラスメイトであり、陽キャのギャル(・・・)。僕が一番苦手なタイプだ。

 

「オタクくんさあ、最近めっちゃ元気ないじゃ〜ん。目の下にクマも出来てるしさぁ、ゲームで夜ふかしし過ぎなんじゃないの〜?」

 

 そう言って自分の目の下をちょんちょんと指差す。柔らかそうなほっぺに派手なネイルを塗った爪先がぷにゅっと食い込んで、白いお餅みたいだ。彼女が動くたびに、シャンプーと柔軟剤の華やかな香りと花のような甘い匂いがふわっと漂ってきて、訳も知らず胸が勝手に高鳴る。

 

「えっと……あの……」

 

 陽キャのギャルのくせに、彼女は何故か僕にしつこく絡んでくる。パッパラパーな言動なのに、これでいて魔法やらなんやらの成績は僕と同じ中の上を維持しているのだから、かなり素地が良いのだろう。羨ましい。

 僕が女の子慣れしていないオタクそのまんまのムーヴでキョドキョドしていると、唐突に、彼女の赤みを帯びた瞳にキラリと真面目な色が差した気がした。

 

「夜ふかししてゲームするのはいいけどさ、自分のレベルに(・・・・・・・)あったゲーム(・・・・・・)にしとかないと、ヤバい目にあっちゃうよ?」

「えっ?それって───?」

 

 ケバケバしい見た目からは想像もできないほどの深みを魅せる瞳は、思慮深い大人の雰囲気を秘めているように見えた。そのセリフには表面上だけではなく別の意味が隠れているような気がして、僕はハッとして思わず椅子から立ち上がりかける。

 

「な〜〜んてねっ!」

(イッ)!?」

 

 しかし、その動きは背中を手のひらで思い切り叩かれた衝撃によって封じられた。

 

「んじゃね、オタクくん!誰かさんとのひとりごともほどほどにしときなよ!傍から見てるとめっちゃキモいから!」

 

 そう言って、彼女は片手をヒラヒラと振るうと、教室のすぐ外で彼女を待つ友人たちのもとへと楽しそうに駆けていく。嵐のような勢いでやってきたかと思ったら嵐のような勢いで去っていく。相変わらず、何を考えているのかわからない、不思議な女の子だ。

 

アイリーン(・・・・・)、おそ〜い!またあのオタクと話してたの?」

「あんなオタクのどこがいいのよ?趣味わるぅ!」

「う〜ん、放っておけない(・・・・・・・)ところ?」

「どこがよ〜」

 

 お淑やかさとは無縁なゲラゲラとした笑い声が遠ざかっていく。アイリーンさん。いつも明るくて、幸せそうで、楽しそうで、そんなキラキラした性格だから陽キャの同級生みんなから好かれている。学園カースト上位に間違いないはずの彼女はどうして、カースト最下層の僕なんかに絡んでくるのか。むしろ僕のほうが聞いてみたい。

 

「かーっ!お前も隅に置けん奴やな!なんやあんなべっぴんの卵と付き()うとったんかい!」

「ち、違うって!そんなんじゃないよ!」

「誤魔化さんでもええって!ワイとお前の仲やないか!こう見えてワイも女妖精の一人や二人をヒイヒイ言わせてきたプレイボーイやさかい、童貞坊主に助言したるのもやぶさかじゃあ───あん?」

 

 不意に、エルランの表情が険しく歪んだ。それを疑問に覚えると同時に、僕自身もこめかみを左から右に走り抜けるような強烈な気配を感じて肉体を強張らせる。ハッとして見下ろせば、腕の体毛が一斉に逆立ち、皮膚がザワザワと鳥肌を立てていた。直感が、第六感が、本能が、良くない(・・・・)と訴えている。

 

「……坊主、今夜はちっと気合い入れなアカンで」

「ど、どういうことだよ」

 

 聞いたこともないほど低いエルランの声に声が上擦る。その答えを、僕の本能は知っているけれど、理性が知りたがろうとしない。だけど、エルランは僕の迷いを案ずることはしてくれない。

 

「今度の魔物は、上級や」

 

 

 

 

 

 “自分のレベルに(・・・・・・・)あったゲーム(・・・・・・)にしとかないと、ヤバい目にあっちゃうよ”。どこかで聞いたセリフが頭の隅で聞こえた気がしたけれど、次の瞬間に叩きつけられた巨大な尻尾の一撃によってそれは跡形もなく霧散した。コンクリートの壁に衝突したと同時に「かはっ!」と肺からすべての酸素が叩き出され、一気に酸欠状態に陥る。身体中が怪我だらけだ。口の中に鉄の味がする。歯を食いしばり続けたせいで歯茎が熱を持っているように痛む。

 

「これが現代の勇者の実力か。弱い、実に弱い。低級の連中を相手にして、自分が強いつもりでいたのか?」

「ぅ、うう……」

 

 二足歩行をする恐竜のような姿かたちをした魔物が廃ビルの床をズンズンと踏みしめて迫りくる。人語をこんなに流暢に操る魔物なんて初めてだった。魔法剣が通用しない相手も初めてだった。身長が軽く2メートルを超えるだろう巨大な魔物。にわか仕込みの僕なんかではとても太刀打ちできる相手じゃない。明滅する視界のなか、手をうごめかせて魔法剣の感触を探すけれど、手元には見つけられない。さっきの攻撃で弾き飛ばされたらしい。どこに跳んでいったのか見当がつかない。あれがなければ、僕は無力以下だ。

 

「坊主、逃げるんや!今のお前じゃ勝てへん!出直して勝機を探るんや!」

「エルラン!?」

 

 いつもの軽薄な空気を脱ぎ捨てて、小さな妖精が僕の目の前に敢然と立ちはだかる。その表情は必死だ。だけど、敵とのサイズ比はまさに象と蟻に等しい。

 

「よよよ、妖精王エルランを始祖に持つこの第四代目エルランがお前の相手をしたる!こここ、光栄に」

「どけ、汚らわしい裏切り者の末裔めが」

「んぎゃっ!」

 

 勝負にもならなかった。羽虫を払うように指先一つで弾かれたエルランがそのままの勢いで僕に向かって跳んでくる。僕にはもうエルランを受け止める力は残っていなかった。野球ボールほどの大きさのエルランが、まるで砲弾のような衝撃を伴って僕の胴体を打ち据えた。痛みを痛みと捉える余裕すらなく、目の前があっという間に真っ暗になる。

 視野が暗転する直前、嗅いだことのあるシャンプーと柔軟剤の香りがした。

 

 

 

 緑色の血液が大量に飛び散る。次いで廃ビルを埋め尽くす、おぞましい悲鳴。ゴトリと音がして転がったのは、肩口から寸断された魔物の腕だった。噴水のように出血する肩の傷口を抑え、全身から脂汗を噴き出す魔物が激しく動揺する。

 

(何が、何が起こったのだ!?)

 

 思わぬ反撃にあったのかと勇者を睨みつけるが、情けない人間の子どもはぐったりと伸びて意識を失っている。妖精も言わずもがなで、勇者の下敷きになっている。では、これはいったい誰による攻撃なのか。注意深く周囲の様子を探る魔物のすぐ背後で、ヒュンと空を切る鋭い音がした。刀身にへばりついた緑色の血を払い飛ばし、魔法剣が本来の煌めきを放つ。恐る恐る振り返った魔物は、自分が見ているものを信じることが出来なかった。

 染められた金髪と派手なリップを塗りたくられたプリプリの唇。マスカラで縁取られた大きな瞳。金髪ロング、紺色のニットカーディガン、ミニスカート、濃いめの化粧。

 

「な、あ……!?」

 

 いかにも普段から遊び呆けていると言わんばかりに派手な身なりの少女が、彼女の肢体には不釣り合いに大きな魔法剣を片手で軽々と構えていた。無骨な剣と少女のギャップがありすぎて魔物の認識力が圧倒的に追いつかない。絶句する魔物をまるで路傍の石のように涼しげに見据える少女の瞳が、すっと赤い光を放つ。そこに強者の波動を感じ、己と少女との実力差を感じ、訪れるであろう死の冷たさを感じ、魔物は恐怖のあまり叫び問うた。

 

「お前はいったい、何者だ───!?」

 

 魔物は、その首が胴体と別れる最期の最期まで、自分が見ているものを信じることが出来なかった。

 魔物の肉体が黒い霞となって空気に溶けていく。それに一瞥すら与えること無く少女は颯爽と踵を返し、背中で応える。

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「坊主、ワイはお前のことをナメとった!すまん謝る!この通りや!」

「い、いや、本当に僕が倒したんじゃ……」

「謙遜せんでもええ!ホンマモンの主人公っちゅーんは土壇場でバシッと覚醒してキメるもんなんや!ワイはお前に惚れ込んだで!」

「だ、だから……」

 

 興奮したエルランは昨晩から一向に僕の話を聞こうとしない。エルランは僕があの上級の魔物を倒したと思いこんでいるのだ。昨晩、僕が痛みを引きずりながら廃ビルで目を覚ますと、目の前には魔法剣が突き立っていた。そこら中の壁や天井には緑色の血液が飛び散っていて、それらが黒い霞となって消滅している。不思議に思って呆然とそれを見ていると、エルランがはっと目を覚まして、「アイツを倒したんか!やるやないか!」と飛び上がって喜んだ。そのまま今に至るわけだ。

 本当に僕が“勇者の力“に覚醒して倒したのなら嬉しい限りだけど、目を覚ましたときには頬にコンクリートの冷たさが残っていたし、こうして学校に登校するのも苦労するくらいにダメージが残っている。休み時間になっても立ち上がる体力すらなく、ぐったりと机に突っ伏すことしか出来ない。僕が倒したとは到底考えられない。それじゃあ、あれはいったい、誰が───

 

「やっほー、オタク君!」

「うわあっ!あ、アイリーンさん!?」

 

 まったく気配を感じさせること無く忍び寄ってきたアイリーンさんが僕の背中にむぎゅっと胸を押し付けてくる。

 

「オタク君さぁ、ずいぶん傷だらけみたいだけど、カツアゲにでもあったのぉ?なっさけな~い」

「ち、違うよ!えっと、ちょっと階段で転んだだけだよ」

 

 ありがちな嘘をついてしまった。相変わらずオタクな反応でキョドキョドと目を泳がせる僕を、面白いものを見るようにアイリーンさんは見つめる。ほんのりと赤みを帯びた瞳は、まるで僕の嘘なんかお見通しであるかのようなミステリアスで大人びた光を讃えている。

 

「ふ〜ん。ま、いいけどさ。次は気絶なんか(・・・・・・・)しないようにね(・・・・・・・)。風邪引いちゃうよ。んじゃね、オタク君!」

「う、うん」

 

 言いたいことをまくし立てると、彼女は僕の背中をトントンと労るように優しく叩く。そして、いつものように友だちの輪の中に飛び込んでいった。嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく。自由きままで、ワガママで、深く思い悩むことなんてなんにもなくて、友だちがいっぱいで、毎日が楽しくて、キラキラしている。本当に、陽キャのギャルを体現するような女の子だ。どうして僕なんかを気にかけてくれるのか、さっぱり謎だ。

 

 

 ……あれっ?なんで僕が気絶したことを知ってるんだ?




TSはいいぞ


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