喪176+i モテないしYou●ube見る (からあつ)
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喪176+i モテないしYou●ube見る

「ふう…まぁこんなもんでいいだろ」

 這いずり回りながら徹底的にコロコロをかけた部屋を見下ろして一息つく。別にゆうちゃんとこみなんとかさんが来るだけだからいつもどおりの部屋でも問題ないんだが、加藤さん…いや、明日香に毛が落ちているのを見られてからどうにも気になってしまう。

「マジで本棚の二段目とかどうやって落ちたんだよ…妖怪おけけ散らしとか住んでんじゃねーか?」

 粘着紙で一杯になったゴミ袋をしばって台所に捨ててから、綺麗になった自分の部屋に戻る。

「さて、とりあえず掃除は終わったけど、二人が来るまでまだ時間があるな」

 あと一時間もすれば三人で勉強するわけだし、今は勉強する気になれない。ゲームするにも微妙な時間だから動画でもあさるか。

 スリープ状態のパソコンを立ち上げて、You●ubeを開いた。登録チャンネルの更新具合を見ながら、さっき台所から持ってきたアイスを頬張る。

「おっ、絵文字MK-Ⅱが新着動画あげてるな。またダンスゲーか」

 相変わらず制服のまま凄まじい足さばきを見せている。これJKが制服で配信してるから見られるけど、普通のおっさんがやってたらめちゃくちゃ不気味な動きだよな。いつも通りスカート丈がギリギリだったので、無駄だと頭ではわかっていても無意識のうちにモニターを下から覗き込んでいた。

「コミケで会ったお姉さんたちのサークルも新作のサンプルアップしてるわ」

 ヘッドホンに切り替えて音量カーソルをじわじわと上げていく。

 あー…やっぱすげぇわ。脳みその変なところ舌で犯されてる感じ。淫語のセンスもいいんだよな。ただの罵倒に終わらず、それでいてマンネリにならない絶妙なワードチョイス。あのエロそうなお姉さんだけじゃなくて相方さんのテキストも完成度高いわ。

「ふう…」

 喉の奥から汚い喘ぎ声出しそうになったところでサンプルが終わったので、ヘッドホンを外して髪をかき上げる。危ない危ない、私にちんこがあったらパンツ脱いでたかもしれん。

「しかし…こう、改めて見ると…」

 登録チャンネルに並ぶのは際どいカットも増えてきたMK-Ⅱ、くっそエロいASMRサンプルが豊富な二人のサークル、それに乙女ゲーのプレイ動画やエロゲー声優のラジオ。見事に性欲に忠実なラインナップだ。

「なんだよこれ…これが女子高生のプレイリストか? 男子中学生だってここまで貪欲じゃないぞ…」

 女子高生がどんな動画見てるかは知らんが、少なくともこんな感じじゃないだろう。最近はテレビを見なくなった代わりに話題の動画見たかが共通の話題になってるって言うし、トレンドを掴んでおかないと大学で浮きかねん。

 どうせ芸人や素人が騒ぐクソつまらん動画を見ているんだろうが、予習して適当に話を合わせておけば円滑なキャンパスライフの助けになるだろ。いくらゆりや明日香たちと一緒になれるかもしれないとはいえ、ずっと一緒の講義とは限らんしな。

 そうなると、今からちょうどよく一番参考になる相手が来てくれる。

「智子ー、お友達来たわよー」

 来た!

 私の周りでは数少ない模範的JK!

 

 

「え? You●ube?」

 死んだ目で山のような単語帳を机に積み上げながら、ゆうちゃんが聞き返してきた。

「うん、ゆうちゃんも見るでしょ? どんな動画見てるの」

「うーん、あんまり見ないけど…かわいいペットの動画とかはたまに見るかな。あと中学生のころ見たアニメのオープニングなんかは懐かしくて聞きたくなる時があるよ」

 滑り倒す素人の動画は女子高生も見ないもんなのか? でもゆうちゃんビッチだけど元は私と同じ陰の者だからなぁ。

 ちらりと斜め向かいに目線を向けると、ちょうどノートから顔を上げたこみさんと目が合った。

「いや、こみなんとかさんはいいや。どうせ野球がどうとか言うし」

「なんだよそれ。いや、そうなんだけどさ」

「えっと、こみちゃんはどんな動画が好き?」

 ゆうちゃんがいつもの困り顔で問いかける。

「まぁその日の試合のハイライトなんかは時間を気にしないで見られるから助かってるよ。録画はしてるけど活躍したシーンだけダイジェストで見られるのはやっぱりいいね。あと最近は珍プレー好プレー集を消化してるところかな」

 めちゃくちゃ早口で喋るな。ゆうちゃん困ってんぞ。本当に見たいのはちんこ好きのプレーなくせに。

 それ以上会話を膨らませてこみさんのオススメとか見せられても困るので、適当に遮って勉強を始める。私は英語の長文読解、こみさんは政経の過去問、ゆうちゃんはひたすら単語帳をめくり続けた。お昼はコンビニで適当に済ませて、少し息抜きにゲームをはさみつつ、ゆうちゃんの頭から煙が出始めた4時ごろに解散した。

 しかしこみさんには元々期待してなかったけど、あんまり有用な情報は手に入らなかったな。ゆうちゃんが見せてくれたペットの動画も別に面白くはなかったし。

 週明けにはまた学校だし、他の奴らにも聞いてみるか。

 

 

「え? You●ube? 普通に見るけど」

 リュックをロッカーにしまいながらネモは答える。

「やっぱり声優さんの動画見ることが多いかなぁ。あと最近はバーチャル配信者をチェックしてるよ」

「バーチャルって…あの美少女の3Dモデルでゲームしながら奇声あげてる人たち?」

「また偏見じゃん」

 否定はできないけど、と苦笑しながらネモは私の後について席に戻る。

「バーチャルの中の人たちって、たぶん結構な割合で声優とか演技で売ってる人なんだよね。だから喋り方とかリアクションが勉強になるところもあるなぁって」

 相変わらずオタクコンテンツに対する目の付け所が違うな。そういう勉強熱心なやつじゃないと声優みたいな職業で生き残れないのかもしれないけど。

 ネモと話している間にゆりが登校してくる。

「田村さんはどんな動画見てる?」

「動画? 何で?」

 そういえば確かに何でそんなこと聞くの? とネモも言うので改めて二人に説明する。

「まだそういうの気にしてたんだ。大学でもぼっち極めるのかと思ったよ」

「ゆりちゃんは親知らず抜く動画とか10円玉磨く動画見てそう」

「見てないけど」

 真顔で返しながらゆりはスマホを何度かタップする。

「私は好きなアーティストのMVがほとんどかな。動画見るより勉強中に音楽流すために使うことのほうが多いし」

 ちらりと覗かせてもらうと、確かに見たことない歌手の動画がプレイリストに並んでいた。

「真子は料理動画とか参考にしてるって言ってたよ。レシピ本読むより工程がわかりやすいんだって」

「へー、やっぱ真子ちゃんは女子力高いね」

 何というか全体的に動画サイトを情報として活用してる…まぁゆりは私と同じで趣味のためなんだけど。

「というか田村さんっていつも音楽聴いてるのに何が好きか知らなかったけど、こういうの聴いてたんだね」

 ゆりからスマホを受け取ったネモがプレイリストをスワイプする。

 砂嵐や般若心経聴いてるわけじゃなくてよかった。

「うん、まぁ」

「あ、そういえば一緒に通話しながら勉強した時も歌ってたもんね。一人の時もあんな感じ…いてぇ!」

 ゆりが頬を赤く染めて勢いよく立ち上がったと思ったら、肩の一番痛いところを思い切り殴られた。

 

 

「え? You●ube?」

 体育が終わってアップにした髪を下ろしながら、明日香が不思議そうな顔をする。何で汗かいた後なのにこんないい匂いがするの? 脇から香水出るの?

「勉強の合間の息抜きに見ることもあるけど…どうしてそんなことを?」

 さて、なんて返したらいいものか。

 大学で交友関係を広げたいって正直に言ってもいいんだけど、「私が一緒にいればそれでよくないかな?」とか返されたら一生明日香の引力から抜け出せなくなってしまいそうだし…大学進学を前向きに考えていると好意的に取ってくれるかもしれないけど、分の悪い賭けは避けよう。

「うん、私も勉強の合間の息抜きで見始めたんだけどさ、何見ていいかわからなくて検索に手間取っちゃうから、みんなのオススメを聞いてるんだ」

 この言い訳はアリだろ。

「みんなって田村さんや根元さんとか?」

「えっ、うんまぁ」

「成瀬さんにも聞いたの?」

 何でゆうちゃんの名前がピンポイントで出てくるの!? 怖いんだが。

「う、うん。聞いたけど」

 明日香は何も言わずじっとこちらの目を見つめてくる。

 明日香は感情穏やかじゃないときは顔に出るような気がするけど…今はどっちだ?

「ふふ、嬉しい。私も頼ってくれて」

「へ、へへ…」

 怒っているわけじゃないとわかった安堵でとっさに言葉が出ず、にちゃりと湿っぽい愛想笑いを返してしまう。

「私の場合はメイクの方法とかヘアアレンジのやり方を教えてくれる動画を参考にすることが多いよ。でも勉強の合間に見るのはこういうのやつのほうが多いかな」

 明日香が見せてくれた画面には、スポーティな格好をした女性が手足を伸ばしたりトレーニングをする動画が再生されていた。

「ヨガとかストレッチ、あとは部分的なトレーニング方法。どうしても座りっぱなしだと上半身が凝るし、下半身の血流も滞るじゃない? だからリフレッシュのために自分でもやってるの」

 それに美容のためにね、と明日香は自分の脇腹を両手でなで上げた。

 なるほど、頭だけじゃなく体もリフレッシュさせるってわけか。ネモのアニメ研究の時も思ったけど、この人も美容に対する姿勢が並じゃないよな。モデルになろうってわけでもないだろうに。私もそっち方面への興味が少しでもあれば、こんな小賢しい手段を使わなくてもモテるかもしれないのに…

 そんなことを考えながらも、私の視界は完全にストレッチを続ける動画の女性に奪われていた。

 ピッチリした服装、上気した顔と若干上ずった息遣い。そしてリスナーの需要を知り尽くした舐め回すようなカメラワーク。

 エロいな…

 いや、くっそエロいなこれ…

 カメラワークなんて下手なイメージビデオよりきわどいし、服を着てるところが逆にフェチ心をくすぐりそうだ。こんなもん私が見てる動画よりよっぽどエロいわ。

「どう? 参考になったかな?」

 私の手からスマホを受け取りながら明日香がほほ笑む。くそっ、気を取られすぎてチャンネル名憶え損ねた。

「あっ、うん、ありがと。えへへ…私も体硬くなったらやってみようかな」

 男だったらもう一部だけ固くなってるところだけどね、とか言うのは自重しておこう。

「本当? だったら今度ホットヨガとか行ってみる? 美帆や風夏が行ってみたんだって」

 ホットヨガか…ぶっちゃけ全然興味ないし普通のヨガと何が違うのかはよくわからないけど、明日香のヨガスーツ姿が見られるチャンスだぞ。

「うん、ちょっと気になる…かな。成田さんたちはどうだったって?」

「美帆はすごい汗かいて『絶対痩せた!』って喜んでたよ。風夏は思ったより運動強度が足りないとかで二駅走って帰ったって」

 何というかもう、マジでメスゴリラだな。

「そうだ、風夏にもどんな動画見てるか聞いてみようか?」

「あ、いや、大丈夫」

 LI●Eを立ち上げようとする明日香を手で静止する。あいつ妙に詮索してくるし、万が一魂胆がバレたら面倒だ。

 

 

「おい弟」

 隣の部屋から物音がしたので、勉強を一段落させて思い切り扉を開け放つ。

 エナメルバッグから教科書を机に出していた弟は、露骨に舌打ちをしてきた。

「なんだよ、勝手に入ってくるなよ」

「ちょっとYou●ubeの閲覧履歴見せて」

 ベッドの上にぽんと置かれたスマホを指差しながら問いかけた。女子高生たちの傾向はだいたい読めたから、最後はリアル男子高校生の履歴を確認しようという魂胆だ。

 いくらサッカーバカのこいつでも、少しは年相応の動画は見てるだろ。

「はぁ? 嫌に決まってんだろ」

 しかし今まで私の無茶振りに応えてきて、私という存在に適応した弟でもさすがに予測できなかったのか、珍しく声を荒げる。

「なんだ反抗的だな。もしかしてちょっとエッチな動画必死になって探したりしてるのか? 春●のパンチラとか不知火●の乳揺れとか必死に探してるんだろ」

 再び舌打ちが返ってくる。

「いつの時代の小学生だよ…ほらよ」

「渡すんなら最初っから素直に渡せよ。どれどれ…」

 閲覧履歴にズラリと並ぶサッカースーパープレー集、練習法レクチャー動画、海外サッカーハイライト、メッシテクニック集…こいつにはがっかりだよ。

「本当につまんねー男だなお前は」

 床にスマホを投げ捨てると、さすがにカチンと来たのかクッションを投げつけてきた。

「お前マジで自分の部屋に戻れよ!」

「いや、言っとくけどマジでお前の閲覧履歴こみなんとかさんと同レベルだぞ。姉として悲しいわ」

「あれと…」

 弟はそう呟くと、椅子に腰掛けてぼんやりと窓の月を眺め始めた。

「そうか、あのレベルか…」

 さすがにショックだったのかそのまま動かないので、部屋に戻って勉強を続けることにした。

 

 

「あーあ、今日の勉強はこんなとこかな」

 シャーペンをノートの上に放り出して、椅子にもたれるように大きく伸びをする。夕飯を食べてお風呂に入って、日付が変わる直前の今までやったなら十分だろ。

「あんまり眠くないし、1時くらいまで動画でも見るか」

 You●ubeを開き、自分の欲望を鏡写しにしたかのようなトップページから見たい動画を見繕う。

「今からはRTAちょっと重いな。さっくり見られて面白そうなの…いや、これでいいか」

 コミケで会ったお姉さんたちの添い寝動画をクリックして目を閉じる。囁くようなセリフは以前聴いたエロ関係とはうって変わって、妙に冴えてしまった頭をいい感じにリラックスさせてくれた。

「結局、誰の話も参考にならなかったな」

 誰に聞いてみても、私と同じように自分の好きなものを好きなように見ているだけだ。別に誰かと仲良くなるために娯楽を消費しているわけじゃない。

 そもそも考えてみたらリアルで動画サイトの話してくる奴と仲良くしたいとは思わないわ。私も誰かに合わせようとしないで、今まで通り自分の好きなものだけ見てればいいや。

 一つ大きなあくびをしてから、動画をスマホで再生し直してベッドに潜り込む。

 大学ではぼっちでスタートするわけじゃない。ゆりはあんまり当てにならないと思うけど、明日香や絵文字は社交的だし、緒にいれば自然と交友関係も広がっていくだろう。

 でも、できれば、こんな小細工しなくても素の私と仲良くなってくれる人が大学にもいればいいな。

 …あいつらみたいに。

 少しだけ不安に取り憑かれそうになったが、耳元で聞こえる寝息につられて、いつの間にか眠りに落ちていた。



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