人類最強は楽じゃない! (@ジョージ)
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設定一覧(ネタバレ注意)

ネタバレ注意。

本小説を未読の方はネタバレになるのでブラウザバック推奨します。
あとで「このキャラ誰だっけ?」ってなった時に見返す用です。

変更点...ネオスS級を十位までにしました。流石に20人は大すぎ。


・ネオス(Neo's)

 

『変革の日』以降、特殊な能力を持って生まれた人類の総称。

その能力の強力さや研究対象としての有益さなど、様々な要素から等級が決まっている。

 

等級は最上級のSから、A、B、C、そして未発現のDとなる。S級ともなると、個人で軍団もしくは一個師団と同等以上の戦闘能力を持つことが多い。

 

さらにS級には序列があり、序列一位の獅子堂敬を始め、十位まで存在する。

ちなみに、『S級に認定されている=化け物』というイメージが定着しており、事実その通りである。

 

・主人公 獅子堂敬(ししどうけい)

 

 本作の主人公。ヴァレロン国際学園1年生。

 

 目つきが悪いのと能力のせいで多くの生徒から恐れられている。そのため友達が少ない。

 人付き合いが苦手でちょっと不良っぽいが、性格は至って善良である。

 後述する能力があまりにも強力であるため、能力の使用がガイア政府から一部制限されている。

 

能力名は一方通行『アクセラレータ 』。

 

 運動量・熱量・光量・電気量・魔力量など、体に触れたエネルギーの向き(ベクトル)を任意に反射・操作する能力。

 自身に危害を加える干渉の一切を許さず、次元干渉や物体への原子レベルの干渉(核分裂、核融合など)といった複雑な物理現象も自由に引き起こすことが出来る。

 彼自身は魔力を持たないため自発的に魔術を扱うことは出来ないが、周囲に漂う微量な魔力の操作や魔術攻撃の反射・無力化は可能である。

 またこの能力を実現出来る高い演算能力を持つが、一方通行の維持にその容量の殆どを使っている。そのため能力を発動していない時のIQは110程度である。

 そして後述するソフィアにまともに対抗できる数少ない人類でもある。

 

ネオスの能力ランク分けで最上位のS級に該当し、序列は1位。

 

文字通り『人類最強』である。

 

 

 

・獅子堂伊織

 

ヴァレロン国際学園1年生。

敬の双子の妹。双子なので正確には妹ではないが、彼を「お兄ちゃん」または「兄さん」と呼んでいる。

真面目で優等生だが敬やソフィアには若干厳しく、しばしば毒舌を吐くことも。

ぬいぐるみなどの可愛いものが大好きで、寮の部屋はテディベアで埋め尽くされている。

敬が無自覚にあれこれ問題を起こすため、その対応に引っ張り回される損な役割を担っている。

 

能力名は身体活性『オーバードライブ』。

 

 人間が本来持つ能力(筋力、視力、嗅覚等)を底上げする強化系能力者に分類され、伊織はその頂点に君臨している。

 能力を使えばパンチ一発でチタン合金製重戦車を軽くスクラップにし、対戦車用バズーカ砲が直撃しても無傷で済んでしまう強靭な肉体を備える。また、四肢を切断されても数秒で元通りになる脅威的な再生能力を持つ。

 そのため小柄な体格からは想像もつかない凄まじい近接戦闘能力を誇っており、敬の見立てではBクラスのソフィアを除いた魔族全員を十分に相手できる程である。

 ただ彼女自身はこの能力を「女の子らしくない」と気にいっておらず、学園では自然治癒能力強化のみを公表している。

 

ネオスのランクは敬と同じくS級であり、序列は第七位。

 

・ソフィア=ユースティ

 

ヴァレロン国際学園1年生。

前・劫魔界大統領の姫。

魔王と呼ばれる父親から多くの才能を引き継ぎ、自在に能力を操る姿は父親を優に超え、真の天才と称される。

 

正式の名は

ソフィア=テラ=フランマソル=

サンダ=ヴァニム=アクリ=ユースティ。

 

能力は全てチート級。不死身の肉体。

四大元素をベースとした強力な魔法。

触れただけで力を奪い取る精力吸引。

そして全てを無に帰す劫魔界最凶の刃『ザルツエイン』。

 

敬が誕生していないか、もしくは彼女の誕生がもう少し早ければ世界を劫魔界が統一していたかもしれないと囁かれている。

 

敬や伊織と同時に留学生としてヴァレロン国際学園にやってくる。初日から大暴れして敬と対峙する事になるが、その一件で彼を気にいる。

 

なお、戦闘の舞台となったサン・ヴァレロン北部の巨大クレーター群は、開発されずに『劫魔界最強VS人類最強の戦地』としてそのまま観光名所となった。

 

 

 

・パーフィル

 

ヴァレロン国際学園1年生で敬のクラスメイト。

天楽園ルイトゥセル出身の見習い天使である。

正義を重んじ、不正や悪行を一番に嫌う純粋な心を持つ。そしていつか大天使になる日を目指して日々努力している。

しかし努力の方向がいつも斜め上。敬やソフィアをライバル視しており、いろんな方法で勝負を挑むも基本スペックの差で返り討ちにされる。

趣味はテレビゲームで一部のゲームではプロクラスの実力を持つ。ただ、ゲーム好きを拗らせて現実との境目が無くなる事もあり、敬を倒せば経験値が手に入りレベルアップして大天使になれると信じている。

 

と、残念な面ばかり挙げたがそれでも天使。

天使特有の相手の心を読む力や、悪しき心のみを穿つ天使の弓と矢、邪気・怨念・霊的存在を抹消する天の唄声など、天使としての能力に不足はない。

 

1-Aでは唯一敬と普通に話す間柄であり、ソフィアを含め誰に対しても臆する事なく分け隔てなく接することができる。



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序章
第一話:人類最強の苦悩


初投稿です。
よろしくです。


魔族の住む世界、『劫魔界ヘルメリウル』

 

機械生命体の住む世界、『機械帝国マキナインスーラ』

 

神、天使が住む世界、『天楽園ルイトゥセル』

 

獣人が住む世界、『大自然郷アシリ・ヤ・ワンヤーマ』

 

そして、人類が暮らす『人間界ガイア』

 

5つの世界が前触れもなく統合した『変革の日』からおよそ20年――。

 

世界は統一され、五界統合政府の下、平和を手にしていた。

 

 人間界のとある特区に設けられた人工島『新生五界都市サン・ヴァレロン』。

 その中央には、五界に住まうあらゆる種族が通う『ヴァレロン国際学園』がある。

 

 ここではちょっと特殊な出来事が日常茶飯事のように巻き起こる。

 

 これはそんな学園に通うこととなった人類最強の能力者である獅子堂敬と、彼を取り巻く少女達のドタバタ劇である。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

『ジリリリリリリ!ジリリリリリリ!』

「うーん、むにゃ」

『ジリリリリリリ!ジリリリリリリ!』

「あと五分……」

「兄さん?いつまで寝てる気?」

「………」

「顔を背けない!ほら、お・き・る!!!」

 

ドスン!!!!

 

「グハァ!」

 

腹部に凄まじい衝撃を感じゆっくりと目を開くと、敬に馬乗りになった双子の妹の制服姿があった。

 

「い、伊織」

 

獅子堂伊織(ししどういおり)。

 

肩まで伸びた黒髪ロング、横方向パッツンの前髪。身長は150あるか無いかの小柄な体格。容姿端麗で優秀な妹なのだが、兄である敬には非常に厳しい。

 

「はぁ、やっと目を覚ました」

「だからこの起こし方はやめろって言っただろ……普通の人なら臓物ぶちまけて死んでるぞ」

「どーせ兄さんは能力で衝撃を分散させるから大丈夫でしょ?」

「寝起きだと制御が狂うんだよ!」

「とにかく!早く起きてくれないと朝食に間に合わないの!今何時だと思ってるの!?」

 

部屋の時計を確認すると時刻は7:30であった。

 

「わかった、わかったからそこどいてくれ!着替えるから!」

「もう、早くしてよね。あと寝癖もしっかり治して。隣にいるの恥ずかしくなるから」

 

伊織はそう言うと敬の腹から降りる。

 

敬が今いる場所は『ヴァレロン国際学園』の学生寮である。男女で階層が分かれているのだが、起きるのが遅いと伊織は律儀にも起こしに来るのだ。

 

「それ、着替えるから部屋から出た出た」

「はーいはい」

 

伊織をあまり待たせないよう急いで準備を済ませ、食堂へと向かう。

食堂はすでに多くの生徒でごった返しており、レーンには長蛇の列が出来ていた。

 

「もうっ!兄さんが起きないせいでこんなに混んでるじゃない!」

「はいはい、悪ぅごさんした」

「何その反抗的な目、文句でもあるの?」

 

伊織がジト目で見つめてくる。

 

「別にないけどさ、なんか最近俺への当たりキツくね?」

「兄さん目を離すとすぐにトラブルを起こすから、私がしっかり真人間に育て上げるの」

「俺ってそんなダメ人間か?」

「もはや同じ人間かも怪しいレベル」

 

伊織が哀愁漂う表情で呟く。

痛い。胸が痛い。

 

「と、とにかく飯だ飯。早く並ぼう」

 

トレーを持ってしばらく並び、たまたま空いていた席に向かい合って座る。

 

「「いただきます」」

 

朝食の鯖の味噌煮を箸でつついていると、

 

「で?兄さん、入学して一ヶ月経つけど友達とか出来たの?」

「酷な事聞いてくるな……まぁ、ご覧の通りだよ」

 

敬が周囲を見渡すと、彼を怪訝な表情で見つめていた多くの生徒がサッと目を逸らす。

 

「まあ、入学式であんな事やらかしたからな。怖がられても仕方ないか」

「ただでさえ強力な能力をフル稼働するからでしょ?人工島崩壊するんじゃないかと思ったわよ」

 

 敬のこの『能力』は望んで身につけたものではない。

 

 20年前の『変革の日』以降、敬や伊織のように特殊な能力を持って生まれる人間が現れ始めた。

 

 『ネオス(Neo's)』と称された新人類は、この学園都市で等しく教育を受けながら研究対象として調査されているのだ。

 能力者の中には素質はあるものの未発現の人や、生まれた瞬間から能力が発現している人など様々。

 そして敬のように、生物の垣根すら超えかねない化け物が稀に存在したりするのだ。

 

「そういう伊織はどうなんだよ」

「私?私は昨日四人ぐらいで女子会したもん。兄さんとは違って」

「伊織が羨ましいわ。俺と同じ化け物S級のくせに」

「シッ!変なこと言わないでよ!せっかく隠してるのに!!!」

 

伊織は必死な顔で唇に人差し指を当てる。

 

「はぁ。デリカシーも足りないときたら、これはイメージアップが難しそうね」

「俺は半分諦めてるよ……」

 

周りからの痛い視線に晒されながらの朝食を済ませ、寮を出て学園へと向おうとしたその時、

 

「あら、私を置いて登校するなんて寂しいわ」

「………っ!!!」

 

突然後ろから寒気と針で刺す様な視線を感じた。

 

「おはよう、そんなに驚かなくていいじゃない」

「お、おはよう。ソフィア」

 

ソフィア=ユースティ。

 

前劫魔界大統領を父に持つ、正真正銘のお姫様。

真紅の長髪と深い蒼の瞳。魔族特有である先端が三角形の尻尾と、頭の二本のツノが特徴的である。

劫魔界最強の血を色濃く受け継ぎ、チートクラスの魔力量とそれを自由自在にコントロールする天性の才能。

生まれるのが少し早ければ五界全てを彼女一人で征服したかもしれないと言われるほどの実力者だ。

今は敬や伊織と同じ学園一年生である。

 

「なぁに?剣のある目でじろじろ見て。何か気に障ったかしら」

「そういう訳じゃないが……」

「良かったぁ。そうね、私達はお友達ですもの。昨日の夜から貴方とするお話の内容を考えていたのよ?」

「さ、さいですか」

「メロウに聞いたのだけど、貴方の様な年頃の男子は、私に見つめられるだけでも幸せと聞いたわ。どう?」

 

ソフィアの視線が瞬きすることなく、敬を覗き続ける。顔も近い。

 

(どう、と言われてもな。内面はともかく、みてくれはめちゃくちゃ可愛いんだが……)

 

「ねえメロウ?敬の反応が鈍いのだけど、満足してるのかしら?」

 

ソフィアがちょっと不快な顔をすると、

 

「獅子堂敬?姫様を不安にさせるんじゃ無いわよ!見つめられるだけでも有り難いと思いなさい!ぶっ飛ばすわよ?」

 

いきなり噛み付いてきたのは従者のメロウ。

水色の髪と尖った耳。種族はセイレーン。

水を操る能力に長けており、ソフィアによれば500mmペットポトルに純水を入れて常に携帯してるらしい。

口癖は『乾くわー』である。

やはり無理して地上にいるのだろうか。

 

「その無礼、許される物ではないわ。姫にキチンとご挨拶なさい?」

「おはようって言っただろ?」

「乾くわー。『おはよう御座います。ソフィア様』でしょうこの駄犬」

「おはよう御座います。ソフィア様」

 

メロウは下手に刺激すると死ぬ程面倒くさいので、適当に従っておく。

 

「そんな他人行儀な挨拶嫌よ?普通に『おはよう』でいいわ」

「姫が不快になってるじゃない!どう責任を取るつもりよ!」

「どうって、お前がそう言えって」

「悲しいわ、敬の心が少しずつ離れていく気がするの」

「姫を悲しませるだなんて万死に値するわ!姫の言う通りにしなさいよ!」

「どうしろと言うんだ……」

 

もう付き合ってられないと踵を返そうとすると、メロウの後ろに隠れていたもう一人の従者が『ビクッ』と跳ねる。

 

「学校に行こうとしただけだ、いちいちビビるなよ……」

「チコ、お前、怖い……」

 

そんなか弱い声で震えるのはチコ。

伊織と同じくらいの体格で、銀髪の少女である。

種族は伝説の魔獣であるケルベロスらしいが、姫に使える為に擬人化してるらしい。

 

「ごめんなさい。チコはまだ貴方の事が苦手みたい」

「流石にちょっと傷つくなぁ」

「まあ、責任はこちら側にも少なからずあるのだけどね……」

 

チコの怯える目を見て、敬はつい一ヶ月前の入学式の日の事を思い出していた。

 



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第二話:入学式

「ちょっと!これは一体どう言う事なのよ!」

 

ヴァレロン国際学園入学式直前。

多くの新入生が新たな学び舎に向かう中、その校舎前で伊織は叫んでいた。

 

そこにはソフィアとその従者のメロウとチコ、伊織、そしてソフィアの足元で血塗れになって倒れた獣人の新入生が一人。

 

「どうって、彼が私の邪魔をしたの。だからお仕置きしたのよ?」

 

「お仕置きって……少しぶつかっただけでここまでする事ないじゃない!」

 

「姫の登校を阻害した上、ろくな謝罪も無し。ここまで無礼を重ねた罪は重いわよ」

 

そう言い放ったのはメロウ。

 

「そうね、致命傷だろうけど死罪にならないだけ感謝してほしいわ。あら、制服に血がついてるわ?」

 

「姫様のお召し物を、あまつさえ血で汚すとは!!!死んで償いなさいこの駄犬!!!」

 

「ガッ!!!」

 

メロウが既にボロボロの獣人の頭を思い切り踏みつける。

 

「やめて!!!本当に死んじゃうわよ!!!」

 

伊織は獣人とメロウの間に割って入り、彼女を制する。

 

「なによ。文句でもあるの?」

 

「大有りよ!どんな神経したらこんな酷い事出来るの!今すぐやめなさい!!!」

 

「酷いこと?違うわ、これは『教育』。支配者のみに許された特権なの」

 

ソフィアはこれを教育と呼ぶ。

もちろん伊織にはその概念が理解できなかった。

 

「貴方達、頭おかしいんじゃないの?」

 

「そう思うのは勝手だけど、ちょっとお口が悪いわね。チコ」

 

「ガゥッ!」

 

ソフィアが目配せすると、チコが伊織に襲いかかる。

 

「……使うしか、ないか」

 

伊織が覚悟を決めて呟いた瞬間、

 

「お口が悪いのはお互い様だ」

 

「ガゥッ!?!?」

「兄さん!?」

 

現れたのは伊織の双子の兄である敬。

擬人化前のパワーをそのまま乗せたチコの拳を片手で受け止めていた。

 

「兄さん、どうして……」

「バレたくないんだろ?」

「……!」

「ここは俺に任せて、下がってくれ」

 

伊織は敬に従い、その場から少し離れる。

 

「あら。彼、チコのパンチを無傷で受け止めたわ?なんの変哲もない人間に見えるのだけど」

 

「チコ!手加減してんじゃ無いわよ!その男諸共ぶっ飛ばしなさい!」

 

「ガゥ!」

 

チコは体勢を整えて再度敬に殴りかかる。

その拳を彼は避ける事なく、鳩尾にクリーンヒット。しかし、

 

「ガ、ガァァァァァァ!!!」

 

突然チコが地面に倒れ伏し悶え始めた。

敬に触れた右手の指と腕の関節があらぬ方向に折れ曲がり、骨折により赤く腫れ上がっていた。

 

「あ、ヤベェ。全反射しちまった」

 

「チコ!?い、一体どうなって……」

 

突然の出来事にうろたえるメロウであったが、ソフィアは「フフッ」と笑みを浮かべ、

 

「チコにここまでの傷を負わせるだなんて。そんな事が出来る存在はこの世に何人いるかしら?」

 

そう言いながら、ソフィアはゆっくりと敬に近づいてくる。

少しずつ、でも確かに彼女の力が膨れ上がっていくのを敬は感じた。

 

「面白いわ、貴方」

 

「っ!!!いけません!姫!」

 

何かを察したメロウがソフィアを制しようとするも、時既に遅し。

 

「貴方、ダンスはお好き?」

 

敬の視界からソフィアの姿が消え、目の前に現れたかと思えばそれはソフィアの足だった。

 

 

ドカァァァァァァン!!!

 

 

およそただの蹴りとは思えない音と衝撃があたり一面に広がり、砂埃が舞い上がる。

 

「初撃が顔面蹴りかよ。姫って言われている割には荒々しい攻撃だな」

 

砂埃が消えたそこには、またしても無傷の敬と、少し後ろに下がったソフィアの姿があった。

 

「あら、おかしいわ?蹴りを入れただけなのに、反動があまりにも大きいわね」

 

ソフィアは少し考えるそぶりをした後、

 

「なるほど。貴方の能力、物理反射ね。どう?正解かしら」

 

(気付くのが早いな。物理反射は能力の一部に過ぎないが、今の蹴りが本気じゃないなら相当の実力者だ。ここで戦うのは、あまりにも危険だな)

 

「まぁ三割正解、ってとこかな」

 

「あら残念。でも、逆に言えば後七割の力を貴方は隠しているって事になるわね」

 

ソフィアの口角が少しずつ上がっていく。

 

「なぁ、流石にこの場で戦うのはやめにしないか?周りへの被害が大きすぎるんだよ。お互い引くとしようじゃないか。な?」

 

敬はソフィアを宥めようとしたが、それは叶わなかった。

 

「こんな面白そうな事、やめる訳ないじゃない」

 

またしてもソフィアが敬の胴に蹴りを入れる。

全反射でダメージはないが、威力はさっきの倍だ。当然反射により周囲に凄まじい衝撃が走る。

 

「フフフッ、物理反射なら反射できる威力の限界点がどこかにある筈。貴方はどれだけ耐えられるかしら」

 

尚もソフィアの猛攻は続く。

一撃一撃ごとに威力が上がっていき、その尽くを敬は反射していく。

 

「おいおいやめろって!校舎壊す気かよ!」

 

「姫!初日から殺めるのはやりすぎです!!!」

 

流石のメロウも制止に入ったが、それで止まるソフィアではなかった。

 

「まだやれるわよね?いい加減貴方にも踊って欲しいの」

 

「……多少手荒だが仕方ない」

 

敬は能力の上限を一部解放。

ソフィアから受けた蹴りの全衝撃を何倍にも増幅させ、エネルギーのベクトルを開発中の人工島北部へ向けて自身の体をその衝撃に乗せる。

 

「あら?」

 

蹴りを入れたソフィアが予想しなかった方角へ向かって、敬は凄まじい速度で空に吹っ飛んでいった。

 

「鬼ごっこかしら。その遊び嫌いじゃないわよ?」

 

ソフィアは体の周りに魔法陣を展開し、空に飛び上がって敬を追う。

 

半径7キロは何もない場所を狙って敬が着地すると、それに続いてソフィアがふわりと降り立つ。

 

「私と二人きりになりたかったの?意外とロマンチストなのね」

 

「馬鹿言え。こんな何もない場所、ムードの欠片もないだろ」

 

「ふふっ、それもそうね。それでは、続きを始めるとしましょう?」

 

間髪入れずにまた襲いかかるソフィア。

 

(多分彼女は人の話を聞かないタイプだ。会話で戦いを回避するのは厳しいな)

 

しかし敬の目に映ったのは、半径十数メートルはあろうかという火炎球。真っ赤に染まったそれはまさに地獄の業火と言うべきか。

 

「貴方、夏はお好き?」

 

いつの間にか空中にいたソフィアがそれを片手で支えていた。

 

「流石に物理反射でこれは防げないでしょう?熱で焼け焦げるか、酸素不足で窒息するか、どちらか選んで?」

 

ソフィアは火炎球を敬に投げつけるが、迫りくる赤一色の球体を前に彼は冷静であった。

 

「エネルギーはTNT11.8t分ってとこか。MOABミサイルクラスの破壊力を易々と使うなよ……」

 

火炎球が近づき、周囲の温度が急激に上昇する。

ただし敬の前では無意味。敬に降りかかる熱エネルギーを全て反射し、彼の周囲の空間だけを20℃前後に保つ。さらに窒息回避のために大きく息を吸い込む。

 

大気温度は摂氏2000℃以上。

敬はその莫大な熱エネルギーに触れ、制御する。

 

「そら、返すぜ」

 

そう言ったと同時に火炎球は形を変え、一本の極太レーザーのように収束してソフィアに襲いかかった。

 

「あら、熱量も操作できるの?」

 

ソフィアは正面に魔法陣を展開し、レーザーに対して斜めに当てて軌道をずらす。当たり所を失ったエネルギーはそのまま宇宙空間に消えてしまった。

 

「面白い、ほんっとうに面白いわ貴方。もっともっと貴方の力を見せて頂戴?」

 

そう言って今度は青色の魔法陣を両手に展開すると、それと同じ色の半径10メートルの魔法陣が敬を中心に現れた。

 

「夏がダメなら今度は冬ね。私はあまり好きじゃないのだけど」

 

魔法陣内の気温が急激に低下していく。

そして気温が−200℃に達しようとしたその時。

 

「氷獄なんてロマンがあっていいわよね。氷に閉じ込められる経験なんてなかなかできないわよ?」

 

魔法陣の色が明るくなったと思えば、敬の周囲から巨大な氷塊が現れ彼に襲いかかった。

それはあっという間に敬を飲み込み、巨大な氷山と化した。

 

「絶対零度(アブソルート・ゼロ)。正確にはさらに50K(ケルビン)ぐらい低いのだけど、そう呼ぶには相応しいんじゃないかしら。どう?冬は好きになった?」

 

ソフィアが氷山の中の敬に問いかけると、それに応えるようにヒビが入り始める。

 

そのヒビが全体に回り、ついに砕けた。

 

「冬は別に好きじゃない。ついでに夏も」

 

「あらそう。じゃあ何が好きなの?」

 

「俺にとってはどの季節も変わらない。肌で感じる温度は常に一定だからな」

 

するとソフィアは少し驚いた表情をした。

 

「まさか貴方、季節の違いを気温だけで考えてるの?」

 

「景色とか風情とか、興味ないんでね」

 

「可哀想。絶対人生損してるわよ、貴方」

 

「なんとでも言え。というか正直さ、やられっぱなしは性に合わないわけよ」

 

「それで?」

 

「戦いを止めるよう勧めた俺が言えた事じゃないが、いい加減ターンをもらうぜ」

 

 

反撃、開始だ。



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第三話:初日からクライマックス

ソフィアに戦いを止める気が無い以上、彼女を沈める以外敬には選択肢はない。

 

ただ気がかりなのは、火炎球や氷塊で膨大なエネルギーを消費しているにも関わらず表情一つ変えていないことだ。

 

故に彼女が本気を出していないことは明白。

敬も十分に余裕はあるが、このまま全力で戦えば人工島がどうなるかわからない。

 

(だったら短期決戦だ。周りに被害が『出来るだけ』少ない攻撃で一発でケリをつける)

 

「脳内作戦会議は終わったかしら?」

 

「0.5秒も待てないのか。せっかちだな」

 

「早く遊びたくて仕方ないのよ。私を待たせないで頂戴?」

 

「わかったよ。とりあえず、『堕ちろ』」

 

「あら?」

 

上空を飛んでいたソフィアが高度を下げて地面に降り立つ。

敬とソフィアの周囲の地面が少しずつ窪んでいき、岩などの固形物が塵と化していく。

 

「これは……重力を操作したの?」

 

「今からやる事には強力な重力が必要なんでね」

 

敬は能力で自身に干渉するあらゆる力を操作できる。それにはもちろん重力も含まれる。

さらに自身だけでなく周囲にかかる重力にも干渉し、一定の範囲内なら0Gから数千Gまで制御できる。

 

「今は約1000G、地球の重力の1000倍だ。気分はどうだ?」

 

「ちょっと動きづらいし飛べないけど、問題ないわ」

 

「問題ないのかよ。チートかよ」

 

「1000Gかけてる貴方も大概よ?」

 

「そりゃ違いない。ところでお前、『核融合反応』って知ってるか?」

 

「名前だけは聞いたことがあるけど、それがどうしたのかしら?」

 

「今からそれを見せてやる」

 

空気中に存在する水(H2O)を水素と酸素に電気分解。

さらに生成した水素に適当な気体原子から拝借した中性子を加えて原子核が陽子+中性子の重水素を合成。

その間核分裂も同時に起きるため、そのエネルギーを別個に保存。

さらに重水素の一部に中性子を加え、原子が陽子+中性子2つの三重水素を合成。

 

敬の掌で行われる高次元の物理現象を前に、

 

「このエネルギー量は、なるほど……」

 

核融合を知らないソフィアもちょっと苦い顔。

 

「さて、最後の工程だ」

 

貯蔵した核分裂エネルギーを使って重水素と三重水素をさらに合成する。

 

最終的に生まれるのはヘリウム原子と、核爆発が可愛く見えるほどの莫大なエネルギー。

 

そのエネルギーは敬の掌で球状に押し込められ、今にも解き放たんと光り輝いている。

 

「こいつを耐え切ったら褒めてやるよ!」

 

その瞬間敬は周囲の重力を一気に0Gに変更。

瞬時にソフィアの近くに移動して彼女の腹部を蹴り上げる。その際核融合によって得たエネルギーを少し拝借した。

 

「グフッ!!!」

 

姫様らしくない声を上げたと思えば、ソフィアの体は一気に上空1000メートルまで上昇した。

 

もちろん蹴り上げた方の衝撃も凄まじく、地面には巨大な地割れとクレーターが出来上がり、マグニチュード8の地震がサン・ヴァレロンを襲った。

 

「見つけたぜ」

 

そんな中敬はソフィアに狙いを定め、核融合エネルギーを閉じ込めた球体にヒビを入れる。

 

 

「くらいやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 

そのヒビから一気に吹き出したエネルギーの本流が、ソフィア目掛けて天に登る。

 

「っ!『ザルツエイン』!!!」

 

とっさにソフィアが召喚したのは真紅の大鎌。

魔王の血筋に受け継がれし、全てを無に帰す劫魔界最凶の刃『ザルツエイン』。

これを取り出したとなれば流石のソフィアも本気だ。

 

そして3秒後、ザルツエインと核融合エネルギーが衝突する。

 

 

 

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!!!』

 

 

 

 

 言葉では表現しきれない爆音とともに、彼女の周囲の雲がすべて吹き飛んだ。

 ソフィアが展開した全力の魔力障壁と核融合エネルギーの輝きが、まるで太陽のようにサン・ヴァレロンを照す。

 

 

 

 

そして光は少しずつ収束し、最後に残ったのは、

 

 

「Oh、マジかよ……」

 

 

真紅に輝くソフィアの魔法陣であった。

彼女は見事耐え切って見せたのである。

 

その魔法陣が消滅すると、ザルツエインも消滅してソフィアが落下する。

 

「はぁ、はぁっ、流石にっ、俺も、キツいな……立ってるのが、精一杯、だっ……」

 

鬼神の如き演算能力をフルに使ったため、敬の脳はショート寸前であった。

 

「ま、予想はしてたけど、防がれるのはちょっと悔しいな……待てよ?あいつ、もしかして自由落下してないか!?」

 

ソフィアは障壁の維持で力尽きたのか、重力に任せて1000メートルを落下していた。

 

敬は残った演算能力で落下地点を割り出し、周囲の気流を操作してその場所に急行する。

ソフィアの対空時間は26.022秒、終点での速度は156.919km/hと算出した。

 

「よし、間に合った!」

 

敬は落下するソフィアをなんとか受け止めることに成功した。

ソフィアは予想通り気絶していたのだが、制服がボロボロになっており、肌や下着が露出していた。

 

敬はこれでも年頃の男子。

露わになったソフィアの抜群のボディを直視できず、上を向く。

 

「ん、うぅ、あら?」

 

ソフィアが目を覚ました。

 

「お、おう、目を覚ましたか」

 

「……どうして私は貴方にお姫様抱っこされているのかしら?」

 

「それはお前が気絶して落下してたから」

 

「どうして上を向いてるの?」

 

「いや、それはその、制服が」

 

「制服?」

 

「………」

 

「………」

 

「見たの?」

 

「ミテマセン」

 

「見てなきゃ受け止められないわよね?」

 

「ミテマセン」

 

「見てなきゃ制服が破れてるの、わからないわよね?」

 

「ミ、ミテマセン……」

 

「み・た・の?」

 

両手から感じる、女の圧。

 

「すみません。受け止めたときに、見てしまいました……」

 

「ふふっ。ごめんなさい、からかってみただけよ。制服は直したからおろして頂戴?」

 

ソフィアを再度見ると、ボロボロになっていた制服は新品同様に綺麗になっていた。ソフィアを下ろすと「ついでに貴方の制服も」と敬の制服も触れるだけで直した。

 

「本当に驚いたわ。まさかこの私が気絶するなんて。全力を出したのなんてパパと喧嘩した時以来よ?」

 

「俺も全力出したのは久しぶりだよ」

 

「ネオスとしては間違いなく最上級のS級よね?序列は何位?」

 

「……1位だ」

 

「まぁ♪貴方は人類最強ということね!」

 

「よしてくれ、俺はただの一般人だ」

 

「無理がありすぎるわよ。私にこれだけのことをしておいて」

 

「最初に手を出したのはそっち側だろうに」

 

「それに関しては謝るわ。不本意な転入でイライラしてたの。もう決して、貴方の気に触るようなことはしないわ」

 

(イライラしてたから獣人を血祭りにあげたのか……いまいち彼女の価値観が理解できんな)

 

「あと、貴方の名前を聞いてなかったわね」

 

「敬、獅子堂敬だ」

 

「私の自己紹介は必要かしら?」

 

「ソフィア=ユースティ。劫魔界の姫君だよな」

 

「大正解。私たち、お友達になりましょう?『一般人』の獅子堂敬くん」

 

 

 

こうして、劫魔界最強の姫と、人間界最強の男は友達になった。

これが五界にとって吉と出るか凶と出るか、それは神のみぞ知ることである。

 

 

 

「それと敬」

 

「ん?」

 

「私に言い忘れてること、ないかしら」

 

「言い忘れ?……あっ」

 

ソフィアが期待に満ちた目で敬を見つめる。

 

「よく俺の攻撃を耐えたな。すごいよ、ソフィアは」

 

「ふふっ、ありがとう♫」




敬「後処理が面倒だ……」
ソフィア「私、疲れたからやっぱり寝るわ」
敬「おい!ちょ、まて!」
人工島警察「そこのお前達!獅子堂敬とソフィア=ユースティだな?署まで同行願おう」
敬「不幸だー!」


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第四話:戦後処理

話の切りが悪かったので短めです


ソフィア=ユースティと獅子堂敬の死闘は、お友達になってめでたしめでたし、とは行かなかった。

 

・問題その1……入学式の延期

 

二人が暴れ回ることで生じた巨大地震等の衝撃のせいで、校舎全ての窓ガラスが粉砕。一部の校舎が崩壊及び半壊したため、生徒が登校不能となった。

五界全ての力を借り、修復を急いでも2日かかるため入学式も等しく延期となった。

 

もちろん校舎だけでなく人工島の殆どの建物が影響を受けており、大掛かりな修復作業が必要となった。

民間人に怪我人が少し出たものの軽傷で、人工島役員の的確な避難誘導のおかげで死者が出なかったのが幸いである。

 

・問題その2……人工島北部の完全崩壊

 

戦闘の舞台となった未開発のサン・ヴァレロン北部は、数回に及ぶ巨大エネルギーの発生により幾つものクレーターが出来上がった。

また、ザルツエインと核融合エネルギーが衝突した場所は時空が少し歪んでしまい、調査のため近づいた無人機が異次元に取り込まれる事故が起きた。

元々テーマパークを建設する予定だったが、地形を平すために大幅延期となった。なお、クレーター群は一部残されて観光名所とする事が決定したらしい。

 

・問題その3……劫魔界と人間界の国際問題

 

実はこれが一番大きな問題だった。ソフィアは劫魔界の姫であり、敬は(戸籍上)一般人。そのため彼は理由はどうあれ他界の要人を傷つけた事となった。

本来であれば両界政府で協議した後敬に然るべき罰が与えられる。しかし事情を聞いたソフィアの父・元劫魔界魔王が、全面的にソフィアに非があるとして謝罪。両界政府は敬を無罪とし、劫魔界側がサン・ヴァレロンの修復費用の8割を支払う事で合意した。

 

あわや両界の戦争が起きるのかと誰もがヒヤヒヤしていたが、なんとか争いは回避できたようだ。

 

・問題その4……敬の能力使用制限

 

敬の能力は一方通行『アクセラレータ』と呼ばれ、運動量・熱量・光量・電気量・魔力量など、体に触れたエネルギーの向き(ベクトル)を任意に反射・操作する能力である。

この世のあらゆる物理現象を容易に掌握でき、学問上起こり得ない化学反応も無理矢理引き起こす事ができる。

その能力があまりにも強力であるため、ガイア政府から使用制限を掛けられていたのだ。敬にとっては邪魔な鎖でしかないが、「従わない=政府を敵に回す」なので渋々従っていた。

そして今回ソフィアとの戦いで制限を無視して能力を完全開放したため、敬は一部高官から批判を浴びる事となった。

しかし、相手が劫魔界最強のソフィアであった事、あくまで正当防衛であった事、人工島修復に助力する事などからこの件に関してはお咎めなしとなった。

 

……というのは建前で、一番の理由は別にあった。それは敬が人間界ガイア最高議会で、

 

「人間界住みにくいんだよ。お前ら政府は俺に死んで欲しかったのか?不可抗力なのに罰せられるなら人間辞めてソフィアのコネ使って劫魔界に住んでやる」

 

と脅して全議員、全高官を黙らせたからである。人間界の最高戦力が劫魔界に流れ、五界のパワーバランスが崩れる事を危惧した人間界大統領は、苦い顔で追及を取り下げたのだ。

 

そして今回の一件を受け五界統合政府も併せて協議した結果、ソフィアを牽制するため在学中に限り能力の使用制限を完全撤廃することが決定した。

 

最後に、二次災害を含めた被害総額は日本円にして500億円にも登った。

 

結果的にいろいろ丸く治ったとはいえ、敬とソフィアに対し多くの学園生と人工島住民は畏怖する事となり、まるで腫れ物のような扱いを受ける事となったのだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そして現在に至る。

 

 登校中ソフィアは敬の隣にぴったりと張り付き、ニコニコ笑顔で歩いている。どうやらあの一件で敬はソフィアに相当気に入られてしまったようだ。

 ソフィアの反対側につく伊織は「フーッ!キシャー!」と猫のように警戒している。二人が仲良くなる事は難しいだろう。

 

「どうしたの敬、顔色がくるくる変わっているけれど」

「丁度一ヶ月前のことを思い出してな」

「入学式の日の事?私も何度もフラッシュバックするの。あの興奮、多分一生忘れないわ♫」

「俺も別の意味で忘れられないよ」

「あら?敬も結構楽しそうだったじゃない」

「………」

 

敬は否定できなかった。

人間界政府の鎖で繋がれている敬は、能力を全解放した事が殆ど無かったのだ。

あの時核融合なんて危険な事をしたのも、これまでのフラストレーションを発散するためだったのかもしれない。

 

「ねぇ、今度劫魔界に遊びに来ない?人間界とは違って幾ら『運動』しても大丈夫な場所があるの」

「色々面倒臭い事になりそうなんで遠慮するわ……」

 

そして校舎に入り、ソフィア一行、伊織と別れる。

実はソフィア一行と伊織は同じクラスなのだ。そのため学園では伊織の気が安まる時がない。

 

「ねえ伊織?私は貴方とも仲良くなりたいの。一緒に教室までいきましょう?」

「結構です!一人で行きますから!」

「連れないわねぇ」

「貴方達と仲良くしたら私まで化け物と思われるじゃない!」

「あら、人間基準なら貴方も十分化け物だと思うけど?」

 

ソフィアがじっと伊織を見つめる。

伊織が持つ力を何となく感じ取っているようだ。

 

「………何の事だか」

 

伊織はムスッとした顔で一人教室へ向かった。

 

「気に障ったかしら」

「ソフィア、お前は人を怒らせる天才だ」

「そんな才能欲しくないわよ」




〜人間界ガイア政府での一幕〜

敬「在学中のみ?お前らはそうまでして俺を鎖で繋ぎ止めたいか」
人間界大統領「五界統合政府も併せて協議した結果だ。すまないが、これで妥協して欲しい」
敬「議会で真っ青になってた奴の言葉じゃないな。ソフィアはどうした。あいつは何にも縛られてないぞ」
人間界大統領「その件に関しての言及は差し控えさせてもらいたい」
敬「五界統合政府の後ろ盾があるからって強気に出やがって。言っとくがな、別にこの世界を壊す気なんてないんだよ。穏便に暮らせればそれでいい。そんでもし世界に危機が訪れれば幾らでも力を貸してやる。それでいいだろ?」
人間界大統領「………」
敬「はぁ、埒が明かない。失礼する」



人間界大統領「……力には責任が伴うのだよ、青二才が」


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第五話:(駄)天使、降臨

個人的に原作キャラはパーフィルが好きです。


「はぁ、教室までの道のりが辛い……」

 

敬のクラスである1-Aは何故か校舎の三階にある。他の一学年は全て一階なのにも関わらず、だ。

 

別に階段を登るのが辛いのではない。

 

「おいアイツって……」

「やばいやばい、粗相したら殺されるぞ」

「ねぇ、他の階段通りましょう?」

 

敬が階段を登ると登校する生徒達が彼を避けるように動いていく。同級生だけではない、先輩方や一部の先生までもがこうなのだ。

敬の元々の目つきの悪さも相まって、一層圧力が増しているのだろう。

 

(お代官様のお通りだ、控えよ控えよ!なんつって)

 

そんな冗談を考えながらも重い足取りで教室に辿り着く。しかし苦難はまだ終わらない。

 

ドアを開けるとクラスメイト達が敬を見て、

 

「やべ」

 

と言ってサッと顔を伏せるか友達との会話を再開する。実はこれが一番心にグサっとくる。

 

敬は誰にも挨拶する事なく自分の席へ向かう。救いなのは場所が窓際の後ろから二番目である事、そしてもう一つは……

 

「ほんっと、相変わらずの大不人気ですわね」

 

唯一敬に話しかけてくれる者がいる事だ。

 

敬の後ろの席に座る天使族のパーフィルである。

金髪ショートヘアの先端を指で回しながら天使族の象徴ともいえる純白の羽をパタパタと動かしている。

まだ天使としては未熟であるため、羽は肩幅に収まるくらいの小ささである。ついでに胸は控えめである。

 

「別に望んだわけじゃねぇよ」

「自業自得、ですわ」

「辛辣だなぁ。ほんとどうすりゃ良いんだ……」

「自らの過ちを認めた上で、自ら努力して信用を勝ち取らなければなりませんの。神頼みばかりでは救われないですわよ?」

「天使がそれを言いますか」

「天は自ら助くる者を助けるのですわ」

 

信者に諭すように自信満々に胸を張るパーフィル。無い胸張っても意味がn

 

「敬?今失礼な事考えましたわよね?」

 

パーフィルは天使の弓を召喚し、矢を番え敬に向ける。

 

「考えてない考えてない!その弓仕舞え!」

「本当ですの?」

「本当本当」

「……まぁ、どうせ大した事では無いでしょうから良いですわ」

 

パーフィルはやれやれと弓を下ろす。

 

どうやら天使族は相手の感情が読み取れるらしく、特に悪しき心には敏感に反応する。

 

「というか今更だが、パーフィルは俺が怖くないのか?」

「寧ろどうして皆が敬を怖がるのか理解に苦しみますわ。クラスメイトに無視されるだけで意気消沈するガラスハートの持ち主ですのに」

 

「それに」とパーフィル。

 

「私(わたくし)は在学中に貴方を倒すつもりですのよ、獅子堂敬」

 

ビシッと敬を指差してそう言い放った。

 

「は?俺を?」

「そうですわ!貴方には大天使に昇格するという私の最終目標の踏み台になってもらうんですの!」

 

その瞬間、教室の空気が凍りついた。

他のクラスメイトが「こいつ、終わったわ」と青ざめていく。

 

「ええと、俺を倒すとどんな因果でパーフィルが大天使になるんだ?」

「貴方は劫魔界最強のソフィアに匹敵する実力の持ち主。RPGで言えばラスボス……いえ、裏ボスですわ。そんな貴方を倒せば大量の経験値が手に入りレベルアップして昇格できますの!貴方に勝つ事が大天使昇格への近道なのですわ!」

 

今度は自分の席に立ち上がって演説し出した。

 

「んな訳あるかよ!もっと別にあるだろ?ほら、信仰を集めるとかさ」

「信仰を集めるより経験値を集めた方が効率がいいですの」

「効率の問題!?え、天界ってそういうシステムなのか!?」

「だってクラスレベルがMAXになるとクラスチェンジできるでしょう?」

「どこの次元の話をしてるんだお前は」

「どこも何もこの次元ですわ」

 

この時点で敬は何となく察しがついていた。

 

「おいパーフィル」

「何ですの?」

「趣味は?」

「ゲームですの」

「家帰ったらまず何をする?」

「ゲームですの」

「休日の過ごし方は?」

「ゲームしてますの」

「なるほど、やっぱりか……」

 

敬は頭を抱えた。

この天使はゲームのやり過ぎで、ゲームと現実の境目が無くなっているのだ。

敬を倒せば経験値がゲットできると本気で思ってるならもう末期である。

 

「いきなり何ですの?趣味だの休日の過ごし方だの、お見合いじゃ無いんですわよ?」

「お前だけはまともだと思ったのに……」

「貴方だけには言われたくありませんわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「敬!早速勝負ですわよ!」

 

昼休み、今日も寂しく一人屋上飯に向かう敬をパーフィルが呼び止める。

 

「勝負?昼休みにドンパチやる馬鹿がどこにいるんだよ」

「頭が硬いですわね獅子堂敬。拳を交える事だけが勝負ではありませんのよ?」

「と言うと?」

「いいから、私について来てくださいまし」

 

パーフィルが敬を連れた先は学生食堂であった。

 

「へぇ、食堂ってこんな感じなのか」

「まさか貴方、一度も食堂に来たことがありませんの!?」

「来る訳無いだろ。居心地が悪すぎる」

 

敬とパーフィルが並んで歩くとモーセの如く人混みが割れていく。

 

「人混みが勝手に捌けるから逆に歩きやすいですわ。さて敬、これを買いなさいな」

 

パーフィルが指差したのは食券機の『鍋焼きうどん』。

 

「学食の鍋焼きうどんは出来立てが熱々で、鍋が冷えにくいため最後まで熱々で食べられますの!そして育ち盛りの男子学生が満腹になる程のボリューム!ここまで言えばわかりますわよね?」

「まさか早食いか?」

「その通り!どちらが先に熱々うどんを完食するか勝負ですの!」

 

敬は膝から崩れ落ちそうになった。

 

「あら、何か不満ですの?」

「拍子抜けしただけだ……」

「失礼な。早食いでも勝負は勝負。小さな勝負の小さな勝利が大天使への確かな一歩なのですわ」

「わかったよ、買えばいいんだろ買えば」

 

早食い勝負は置いておくとしても腹は減っていた敬は、パーフィルに従って鍋焼きうどんを頼む。

席にについた二人の出来立てホヤホヤうどんからは、視界を塞ぐ程の湯気が立ち上っていた。

 

「始めますわよ?準備はよろしくて?」

「いいからはよ食わせろ」

 

二人同時に手を合わせ、

 

「「いただきます」ですわ」

 

敬は取り敢えずうどんを一口。

 

「………うまい!これは、ずずっ、中々悪くないな。ずずっ」

 

鍋焼きうどんの味を気に入った敬は熱さなど関係なく箸を進める。

 

「熱々のうどんをそのスピードで食べるとはやりますわね。それでは私も一口……うわっち!!」

 

パーフィルは「あち、あちち、ふーっ、ふーっ」

と苦労しながらも一本一本うどんを口に入れていく。

 

「熱い、熱いですわ。あちっ!でも、こんな事で挫けるパーフィルではありませんの。敬に、獅子堂敬に勝つために!あちちっ!」

「おいおい、そんな無理しなくても……ずずっ」

「無理なんてしてませんわ。これは、ずずっ、あちっ!私に課せられた試練ですの!」

 

そう言いながらうどんを頬張るパーフィルはちょっと涙目であった。

 

そして周りから生徒達の冷ややかな会話が聞こえて来る。

 

「おい見ろよ獅子堂ってやつ、女の子泣かせてるぞ」

「無理矢理天使の子に熱々うどん食べさせてるのね?流石鬼畜だわ」

「マグニチュード8は伊達じゃ無いな……」

 

どうやら周りからは敬がパーフィルを虐めてるように見えるらしい。

 

「パーフィル、食べるのはいいが苦しそうにするのはやめてくれ。周りから勘違いされちまう」

「けほっけほっ。そんなこと言って貴方、私に構ってる暇なんてありますの?って嘘、もう半分無いじゃないですの!?」

「ん?あぁ、旨いからな。ずずっ、もうそろそろ食べ終わりそうだ」

「あ、ありえませんわ!幾ら熱さに強いと言っても限度があるでしょう!」

 

敬は能力のおかげで熱量を適度に制御し、どんな熱々でも適温で食べられるのだ。

彼の力をろくに調べず挑んだパーフィルに勝ち目など存在しなかった。

 

「それでも挑んで勝たなきゃいけないんだろ?ほれ、後はスープだけだ、ずずずっ」

「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

敬はスープを飲むため持ち上げた熱々鍋をゴトン、とテーブルに乗せる。

 

「ご馳走様。俺の勝ちだな」

「こんな事って……」

 

あからさまに肩を落とすパーフィルには、未だ湯気を出し続ける熱々鍋焼きうどんが半分以上残っている。

 

「負けてしまいましたわ……しかし正義を貫く天使として、料理を残すなど言語道断!最後まで戦って見せますわ!」

「戦いの趣旨変わったけど最後まで見守ってやるよ。ガンバレ」

「ふーっ、ふーっ、ずずっ、あひゃい!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「痛い、舌が痛いですわ」

「ナイスファイトだパーフィル」

 

なんとかうどんを完食して帰還したパーフィルは教室の机に突っ伏していた。かと思えばガバッと顔を上げ、

 

「あの熱さで平然と食べるなんてどうかしてますわ。貴方、能力を使いましたわね?」

「ギク」

「図星ですわね。でも例の事件の際ソフィアが物理反射と言ってましたわね。辻褄が合いませんの」

「能力を使ったのは正解だ。実は俺の能力は物理エネルギーだけじゃなく、熱エネルギーも操作できるんだ」

「そんな事ができますの?情報不足でしたわ」

「能力使わない方が良かったか?」

「いえ、これは戦い方が悪かっただけの事。貴方の能力が及ばない範囲の戦いをすれば良いのですわ」

「まだやる気なのか」

「当たり前ですわ。次は何にいたしましょうか」

 

しばらく考えた後「そうですの!」と立ち上がるパーフィル。

 

「今日の放課後、私の部屋に来なさいな。私の得意分野でボッコボコにしてやりますわ」




ソフィア「敬ってネオスS級1位なのよね?じゃあ2位は誰なのかしら?」
メロウ「私がいくら調べても情報は出てきませんでした。S級リストも匿名です。獅子堂敬、貴方なら何か知ってるでしょう?吐きなさい」
敬「………やめとけ、知らん方がいい」


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第六話:(駄)天使、再戦

ヴァレロン国際学園の学生寮は1・2階が男子寮、3・4階が女子寮となっている。

 2・3階間の扉にはセキュリティーロックがかかっており、女子のみが持つカードキーが無ければ上がる事ができない仕様になっている。

 

「パーフィルの奴、遅いな」

 

 早食い競争を行った日の放課後、敬は学生寮2階のロビーでパーフィルを待っていた。

 男子が女子寮に入るにはパーフィルが持つカードキーが必要なのだが、彼女を待つ間敬は気が気では無かった。

 

「はぁ……女子寮ねぇ」

 

 この獅子堂敬、生まれて此の方伊織以外の女子の部屋に入った経験は皆無であり、柄にもなく緊張しているのであった。

 

 そして暫くするとパタパタと足音が鳴った。

 

「申し訳ありませんの!遅れてしまいましたわ」

 

 扉の向こうから現れたのは私服姿のオフパーフィル。ピンクと白の横縞パジャマである。

 

「掃除でもしてたのか?」

「貴方、デリカシーというものを一から学び直した方が良いですわよ?」

「伊織にも似たような事言われたな……」

「面識はありませんが、その妹さんの苦労が伺い知れますわね。こっちですわ」

 

 パーフィルの部屋は3階の一番奥に位置していた。

 

「さぁ、上がってくださいまし」

 

 部屋の広さは敬と同じく1Kであり内装は至ってシンプル。そして机や椅子など必要最低限の物以外は一切置かれていない。

 

「物が少ない、と思ったでしょう?無駄なものは置かない主義ですの」

「シンプルイズベストってやつか。あ、もしかしてあの棚は?」

 

 敬の指差した唯一の大きめの棚にはゲームハードとソフトが所狭しと並べられていた。

 

「私のコレクションですわ。そしてこれが今回の勝負内容ですの」

「なるほど、得意分野ってそういう事か」

「ゲームなら貴方に負ける気がしませんもの」

 

 パーフィルは自分が最も得意なゲームで敬に勝負を挑むことにしたのだ。

 

「古い物から最新の物までジャンルも選り取り見取り。好きなハードとゲームを選んでくださいまし」

「俺が選んでいいのか?」

「得意分野で戦うんですのよ。ある程度のハンデは必要ですわ」

「そうか、それじゃあ遠慮なく」

 

敬はパーフィルの棚を端から端まで物色する。

 

「そういえば敬、貴方はゲームをよくするんですの?」

「俺はあんまりした事ないな」

「そうですの?男子でゲームしない人って珍しいですわね」

「まあ、な」

 

そして敬はとあるゲームを発見する。

 

「あ、『ブヨブヨ』だ。懐かしいな」

「有名なパズルゲームですわね。色を揃えて消すだけのシンプルなルールですが、意外と奥が深い面白いゲームですの」

 

 『ブヨブヨ』は敬が生まれる前から存在しているパズルゲームである。二対一組の『ブヨ』と呼ばれるブロックを上から落として並べていき、四つ以上同じ色が並ぶと消滅する。また上に乗っていたブヨが落ちてきて、色が揃って消える『連鎖』を起こすことも可能だ。

 ブヨを消して相手にお邪魔ブヨを送り、相手の盤面を埋め尽くせば勝ちである。

 

「へぇ、最新のハードでも出てるんだな」

「プレイしたことがあるんですの?」

「小さい頃に何度かな」

「どうします?それにしますの?」

「おう、これにしよう」

 

 敬は『ブヨブヨ』のソフトをパーフィルに手渡す。すると彼女は「ふっふっふ……」と不敵な笑みを浮かべた。

 

「な、なんだよ」

「選択を誤りましたわね獅子堂敬。『ブヨブヨ』は私が最もやり込んでいるゲームの一つですのよ。これは勝機が見えて参りましたわ」

 

 二人はコントローラーをとり、パーフィルのベッドに座りソフトを起動する。するとディスプレイから『ブヨブヨ』の懐かしいロゴと音楽が流れ始めた。

 

「ルールはお分かりですの?」

「問題ない」

「わかりましたわ。ルールは公式戦に則り5色、2ストック制、フィーバー無しで参りますわ。準備はよろしいですわね」

 

 そして『スタート!』の文字が現れブヨが降り始める。

 

「もたもたしてるとすぐゲームオーバーですわよ!5連鎖!続いて6連鎖ですの!」

「あ、消そうと思ったのにお邪魔が」

「まだまだ行きますわよ!7連鎖!」

 

 あれよあれよという間に敬の盤面はお邪魔ブヨだらけとなり、ゲームオーバーの上限まで後3列となった。

 

「勝てる!このままいけば勝てますの!」

「もうそろそろ、かな」

「あら、奥の手でもありますの?良いですわ、見せてご覧なさい!」

「別に奥の手って訳じゃないが……」

 

敬は自分の盤面を見て現状を把握。

一方通行の維持に使用している演算能力を目の前のブヨブヨにつぎ込んだ。

 

 今の盤面とこれから降ってくるであろうブヨの色と置き方、消し方の全てのパターンを予測。そして現時点からパーフィルに勝利できるルートを導き出す。

 

「よし、そろそろ本気出すか」

「今までが本気では無かったと?」

「まあな。やっとこのゲームの全てが見えた。悪いがここからは俺の独壇場だ」

 

 敬は先程までとは変わって高速でブヨを落としていき、次から次へとお邪魔を消し去っていく。

 

「なかなか粘りますわね。ですが押しているのは私ですわ!ラストスパートですの!」

「それはどうかな」

「なっ!!!8連鎖!?」

 

敬はお邪魔が大量に乗った盤面を物ともせず、神業とも言える連鎖を組み上げた。

 

「お邪魔を大量に相殺しながらの大連鎖!?貴方本当に初心者ですの!?」

「初心者だよ。ブヨブヨは両手で数えるぐらいしかやった事はない」

「あり得ませんわ!あっ!発火点がお邪魔で潰されましたの!」

「発火点が何かは知らんが、そろそろ逆転のお時間だ」

 

いつの間にか敬の盤面のお邪魔ブヨはなくなり、ゲームオーバースレスレの高さまでブヨが積み上がっている。

 

「パーフィル、このゲームの最大連鎖数は?」

「確か18、画面外まで使えば理論上20連鎖……まさか!?」

「そのまさかだ」

 

 敬が画面外右上に落としたブヨから連鎖が始まる。

 

「13、14、15、16……」

 

 パーフィルはすでに戦意喪失し、敬の連鎖をただただ見守るのみ。

 

「それ、理論上最大20連鎖。ついでに全消しだ」

「そんな……」

 

 敬の盤面に『全消し』の文字が現れ、パーフィルには処理不能のお邪魔が降り注いだ。

 

「この私が負けた?得意分野で、初心者に?」

 

 パーフィルはコントローラーを地面に置き、ガックリと膝をついた。

 

「敬」

「なんだ?」

「まさかとは思いますが、これも貴方の能力による物ではありませんわよね?」

「まぁ、正解だ」

「一体どんな能力を?」

「俺が持つ能力は一方通行と呼ばれてるが、そもそもそれを制御するための演算能力が備わってる」

 

 一方通行の本質は『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』事である。

 身の回りの物理現象や未知の現象を解析・再定義し、能力で実現可能な法則に落とし込む事で干渉及び再現する。

 それを可能にしているのが彼のスーパーコンピュータを遥かに凌ぐ演算能力なのだ。

 

「本来一方通行の制御に割いているそれをブヨブヨに転用した訳だ」

「なるほど、単純な脳の処理能力の差。初めから私に勝ち目などなかったという訳ですわね」

「………悪い」

 

 それを聞くとパーフィルは姿勢を直し、2ゲーム目が始まろうとした画面を一時停止する。

 

「悪いなんて事はありませんわ。ただ、一つ気になる事がありますの」

「気になること?」

「貴方、あまりゲームを楽しんでいらっしゃらないように思えますの」

「………」

 

図星であった。

敬にとって殆どのゲームはシステムを理解して仕舞えばただの作業。圧倒的な演算予測により確率論すらねじ曲げるため、同格以上の演算能力を持つ者以外に負けた事は一度もないのである。

 

故に能力を使えば「チート」と言われ、使わなければ「手加減」と言われる。そんな状態でゲームを楽しめる筈もなかったのだ。

 

「わかりましたわ獅子堂敬。残りの1試合、能力を使って全力できなさいな」

「いや、でもさ」

「負けるに決まってる、でしょう?確かにそうかもしれませんわ。ですが、私はゲーマーとして勝負を投げ出すつもりはありませんし、手加減される気もありませんの」

 

パーフィルはコントローラーを再度手に取り、ゲームを再開する。

 

「そうかよ。全力でいいんだな」

「天使に二言はありませんわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほい、20連鎖だ」

「お邪魔一つ送れませんでしたわ……」

 

 パーフィルのストックは0になり彼女の敗北が決定した。

 

「はぁ、負けましたわ。ここまで完敗だと逆に清々しいですわ」

 

パーフィルはパタン、とベッドに横たわる。

 

「俺が勝っちまったが、これからどうするんだ?」

「このまま勝つまで挑むつもりでしたが、貴方がゲームを楽しめていないのはゲーマーとして由々しき事態。予定変更ですわ」

 

 パーフィルはブヨブヨのソフトを停止し、棚から新たなゲームを取り出した。

 

「ゲームでの勝利がほぼ不可能と分かった以上、無駄に時間を割くわけにも参りませんわ。ならこれからの時間は貴方にゲームを楽しんでもらいますの」

 

 彼女の手にあるソフトは「人生逆転ゲーム」。

 人が生まれてから死ぬまでの一生を双六(すごろく)で決める、運100%のゲームである。

 

「人生逆転ゲームか。名前は知ってるが一度も手を出した事はないな」

「そうだと思いましたわ。運以外が介在する余地のないゲームなら問題ない筈。始めますわよ」

 

 ゲーム開始と同時に初期ステータスが決まり、双六のスタート地点に二つの駒が置かれて互いにサイコロを振って進めていく。

 

「げっ!『車が事故を起こした!被害者への慰謝料と車の修理費で1000万円支払う』だと!?もう金は残ってないぞ……」

「人生とは得てして上手くいかない物。手形を発行するしか無いですわね」

「いよいよ借金か。仕方ない」

 

 初めは淡々としていた敬も、ゲームが進むにつれて少しずつ良い反応が出るようになった。

 

「サイコロの目は6ですわ。やりましたわ!『購入した宝くじが当選!2000万円もらう』ですって!」

「くっ、調子がいいみたいだな。なら俺も……目は3。おっ、『会社の業績が好調。ボーナスとして1200万円もらう』だ。悪く無いな」

 

そして双六は続いていき、人生の終わりがやってくる。

 

「サイコロの目は2、『沢山の家族に見守られながら最後の時を過ごす』。やっとゴールだな」

「私もゴールですわ」

 

最終的な所持金額はパーフィルが2億3500万円、敬が2億1000万円。僅差でパーフィルの勝利となった。

 

「僅差ですが私の勝ちですわね。敬、このゲームをやって見てどう思いました?」

「まぁ、運ばかりで勝敗が決まるのはちょっと尺だけど、面白かったのは確かだよ」

「そう言ってもらえてなによりですわ。っと、もう時間ですわね」

 

部屋の時計を見ると時刻は夜10時前。

男子は女子寮に夜10時以降居てはならない決まりがある為、敬はそろそろ帰らなくてはならない。

 

素早く帰る支度をした敬は玄関へ向かった。

 

「勝負は負けてしまいましたが、ゲームの楽しさが少しでも伝わったのであれば本望ですわ」

「ああ、ありがとな。それじゃあまた明日な」

「ええ、また明日」

 

敬は踵を返し玄関を出た。しかし二、三歩離れたその時、

 

「け、敬!」

 

パーフィルが敬を呼び止める。

彼が振り返るとパーフィルが玄関のドアを開いて、少し顔を赤らめながら立っていた。

 

「今日は、その、勝負云々を抜きにして私も楽しかったですの。だから、また一緒にゲームで遊んでくださいませんか……?」

 

 なんとか言葉を捻り出したパーフィルは真っ赤になって下を向いていた。

 

「おう、俺も楽しかった。また誘ってくれればいつでも相手するよ」

「ほ、本当ですの!?約束ですわよ!」

 

 そう言うパーフィルの輝くような笑顔は、敬の目には少し眩しく映った。




パーフィルの良さを分かってくれると私も本望です。


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第七話:記憶喪失の破壊神

ヒロイン全集合まで後二人……


敬が学園に入学して一ヶ月半が経った。

 

この頃になると既に学内、クラス内では幾つかのグループができ始める。同じ種族や性別、趣味趣向など理由は様々だ。

 

そんな中敬は未だ現状維持であった。

ソフィアは一応『友達』だが、胸を張って友達と言えるかは疑問である。パーフィルとは普通に会話したりゲームする仲になったが、彼女は敬を討伐対象か何かとして見ている可能性がある。

 

「友達、空から降ってこねぇかな」

 

その日、敬は自室の窓から夜空を見上げていた。綺麗な満月が寮の中庭を淡く照らしている。

 

サン・ヴァレロン上空は非常に空気が綺麗な為、月明かりに合わせて多くの星々を眺める事が出来る。

敬はその中に一つ、他の星とは離れてポツンと赤く光る星を見つけた。その光はとても強く、しかし何処か寂しそうに見えた。

 

「赤い星は珍しいな。赤色巨星かな」

 

赤く眩しい光に、目を細める。

 

「そろそろ風呂に入るか。……ん?」

 

窓を閉めようとしたその時、赤星の光が強まったような気がした。それからしばらく眺めていると、その星は次第に大きくなっていく。

 

「待てよ?あれ、本当に星か?」

 

敬は目をゴシゴシと擦り再度夜空を見上げる。

更に大きさを増したその物体は、『ゴゴゴ……』という鈍い音を立てながらこちらに近づいてきていた。

 

「おいおい隕石かよ!しかもこっちに向かってきてるじゃねーかぁぁぁ!!!」

 

数秒後、敬の部屋の窓から数メートルの地点に落下。その衝撃が中庭の地面や寮の壁を炸裂音とともに吹き飛ばしていく。

敬は両腕で顔を覆い、能力で衝撃を反射してその場に踏みとどまった。

 

「ゲホッゲホッ。嘘だろ?一体何が……」

 

敬は完璧に破壊された壁を跨いで中庭に向かった。落下地点と思われるクレーターの中央には何者かが倒れていた。

 

「誰かいるのか?」

 

そう言って近づいた敬が見たのは青みがかった銀髪ツインテールの少女であった。肌面積の多いパイロットスーツの様な物を身に纏い、その近くには彼女が乗ってきたと思われる宇宙船(?)が転がっていた。

 

謎の女はその場でむくりと起き上がると、周囲を見渡してからぬぼっとした目で敬を見た。

 

「おい、何のつもりだよ。これは」

「………」

 

その問いに対し彼女は眠そうな目と無言を返すばかり。

 

「見ない顔に服装だな。学園の生徒じゃなさそうだ。何者だ」

「………???」

 

何を聞いているのか?と言わんばかりにコテンと首を傾げる少女。

 

「何者かって聞いてんだよ、不思議そうな顔をすんな」

「………私は、コホンッ」

 

彼女は一度咳払い、

 

「我が名は破壊神・クルル……この世に終わりを告げに来た」

 

敬にとって予想外の返答が来た。

 

「は、破壊神?」

「そう。我は破壊神クルル……だと思う。たぶん」

「多分って何だよ多分って」

「すみません、ここは何処ですか?」

「ここは人間界ガイア、ヴァレロン国際学園学生寮だ」

「親切な方、ありがとうございます」

 

ペコッと頭を下げる破壊神(?)。

 

「もう一つ質問があるのですが」

「なんだよ」

「私は、一体誰ですか?」

「さっき自分で言っただろ。『破壊神・クルル』って」

「破壊神……ごめんなさい。名前しか思い出せないの。破壊神・クルルって何?教えて」

「俺が聞きたいよ!!!」

 

敬が彼女の扱いに困っていたその時。

 

「あらあら、めちゃくちゃにしちゃって。今度は寮を破壊するつもりかしら?」

 

後ろから現れたのは学生寮長の卦法院紗月(けほういんさつき)さん。彼女は見るも無残な中庭の様子に「はぁ」とため息をついた。

 

「俺は何もしてないですよ!!!こいつがいきなり庭に落ちてきたんですよ!!!」

 

敬はクルルの首根っこを掴んで紗月さんに差し出す。当のクルルは「え?私の事ですか?」と首を傾げている。

 

「あら、その子誰かしら?」

「我が名は破壊神・クルル。この世に終わりを告げに来た。たぶん」

「で?」

 

流石はあらゆる種族が住う学生寮の長。クルルの意味不明な自己紹介に対して少しの動揺も見られない。

 

「ごめんなさい。何も思い出せないの」

「まあいいわ。話は部屋でゆっくり聞かせてもらうから」

 

そう言って紗月さんはどこから取り出したのか手錠でクルルの両手を拘束し、紐をつけて引っ張る。

 

「まって、痛い、手錠、痛い」

「すぐ外してあげるから、こっちに来なさい」

 

何か危機を感じ取ったのか、ガタガタと震えながら寮長に連行されるクルル。

 

「獅子堂くん、ちょうど他の部屋に空きがあるから、修理が終わるまでそちらで寝てくれる?」

「わかりました」

「た、たすけて。この人、目が怖い」

 

まるで奴隷の如く悲痛な顔で、寮の奥へとクルルは消えていった。

 

「……………………………………風呂入って寝るか」

 

敬は意外と切り替えが早い方だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日、朝のホームルーム。

雑談に花を咲かせる生徒たちを一蹴したのは1-Aの担任教師で天使族のミリエルであった。

 

「ほら、ホームルーム始めるわよ。いい加減静かにしなさい。天罰喰らわすわよ」

 

彼女がバチバチッと掌で放電を起こすと、生徒全員が大人しく椅子に収まる。

ミリエルは天使らしくも教師らしくも無い言動が多いものの、パーフィルと違って抜群のスタイルとエロに寛容である事から男子生徒からの評判は高い。

 

「全く毎日毎日騒々しいわねあんた達は。さて実は今日皆にお知らせがあるのよ。さぁ、入ってらっしゃい」

 

ガラガラッという音の方向に敬が目をやると、昨日彼の部屋を破壊した張本人が立っていた。

 

「うっそだろ」

 

学園指定の制服を纏った破壊神・クルルが先生の横までテクテクと歩いて来た。

 

「えー彼女は今日からこのクラスの新しいお友達になります。はい、自己紹介」

「破壊神・クルルです。よろしくお願いします」

 

破壊神、という単語にクラスメイトがざわめき出す。

 

「え、えーと、クルルさんは機械帝国出身で、もともと貴方達と同じく入学する筈だったんだけど、諸事情で一ヶ月程度遅れてしまったのよ。それと、破壊神って言うのはなんと言うか、彼女はどうやら記憶喪失みたいで、自分が破壊神だと信じ込んじゃってるみたいなの。だから、あまり気にしないで接してあげてね?」

「…………」

 

破壊神である事を否定されたにも関わらず、クルルはぼーっと虚空を見つめたままであった。

 

この瞬間全てのクラスメイトがこう思った事だろう。

 

 

『第二の問題児がやってきた』と。

 

 

「そして席だけど、そうね。獅子堂の右の席でいいわ。そこ、席を交代してあげて」

「俺の隣!?ちょ、先生!?」

「それじゃあ決めたからね。クルルさんはまだ学園に慣れてないから、皆色々と教えてあげてね。他に報告する事とかないからホームルームは終了。それじゃね〜」

 

そう言ってミリエル先生はクルルを残してそそくさと教室から退散した。

 

「あの先生、俺に面倒事押し付ける気だ」

「あの……」

 

その声に振り返ると、いつの間にか敬の隣にクルルが移動していた。

 

「な、なんだよ」

「昨日はごめんなさい」

 

彼女は敬に向かって深々と頭を下げた。

 

「部屋を破壊したことか?」

「うん。本当に本当にごめんなさい」

 

彼女はどこか虚な目をしながら何度も謝っていた。

 

「なんか目に力無くなってるぞ?寮長と何があった」

「怒られた。凄く怒られた」

 

それだけで何が起きたか、敬には察するにあまりあると言う物だ。

 

「獅子堂くんにちゃんと謝るようにって言われたから」

 

見るからに縮こまってションボリとするクルル。

まるで飼い主に叱られた子犬のようだ。

 

「反省してるならこれ以上はとやかく言わねぇよ。そもそも転校生だったとは驚きだな。荷物とかどうした?」

「生活必需品は送り主不明で一式送られてきたよ。でもね?カーテンが足りないの」

「カーテンぐらい買い足せばいいだろ」

「お金は持ってません」

「これからどうやって生活する気だよ」

「寮でバイトする事になったけどお金は殆ど紗月さんに返すために消えていくの」

「部屋の修理費か。いくらだ?」

「25万円」

 

一銭も持たずに学園に来た挙句、借金まで背負う羽目になるとは何とも不憫な破壊神である。

敬の部屋を破壊した張本人だが、彼にはクルルが少し可哀想に思えた。

 

「カーテンが無いんだったな。実家から二つ持ってきて余ってるからやるよ」

「いいの?」

「そのくらいしかできないけどな」

「その優しさは本物?信じていいの?」

「人間不信にも程がある」

「人間の闇を見てしまった後遺症だよ」

 

どうやらクルルは紗月さんに相当絞られたらしい。本気の寮長ほど恐ろしい物は無い。

 

「まずいよ敬くん。このままだとこの世に終わりをもたらすと言う目的を果たす為の資金が稼げないよ」

「そこは自分で何とかしろよ。所持金マイナスになったのは自業自得だろ」

「これはコスパよくこの世を終焉に導く方法を見つけないといけないね。いろいろ考えてみるから後でアドバイスとか貰えない?」

 

クルルのクリクリっとした目は敬の目を捉えて離さず、無視する事を許さない凄みがあった。

 

「はいはい分かった分かった」

 

やれやれと軽く返事をした敬だったが、この判断が間違いであったとすぐに後悔する事になったのだ。




伊織「私の出番少なくない?」
ソフィア「ヒロインが出揃うまでの辛抱よ」
パーフィル「一体後何話になるのやら……」


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第八話:人類滅亡計画

破壊神クルルの襲撃から2日。

敬の部屋はすっかり元通りになった。

 

そしてとある放課後。

友達の少ない敬には特にその後の予定などあるはずもなく、一人寮の食堂で夕食を食べていた。

もちろんそこにはその他多くの学生が居るのだが、例に漏れず敬は『熱い』視線に晒されていた。

 

「いただきます」

 

両手を合わせて夕食にありつこうとしたその時、

 

「相席、いいかな」

 

そう言って向かいの席に座ったのはクルルだった。片手に数枚のフリップを抱え、何やら自信に満ちた表情をしている。

 

「構わないが、晩飯食わないのか?」

「今はそれどころじゃないんだよ敬くん」

 

クルルが一枚のフリップを敬に向ける。

そこにはお世辞にも綺麗とは言えない文字で、

 

『はかい神クルルの人るいめつぼう計かく』

 

と大きく書かれていた。

 

「人類滅亡計画?」

「そう、私の抱える計画のアドバイスをもらおうと思って」

「あ?あー、そんな約束したな。ここじゃなきゃダメなのか?」

「今すぐ敬くんに聞いてもらいたいの」

 

クルルは鼻息荒く敬に詰め寄る。

 

「わ、分かった分かった。飯食いながらでいいなら聞いてやるよ」

「ありがとう。ちょっと準備するね」

 

彼女は脚立を机の前に設置し、紙芝居風にフリップを乗せた。

 

「まず最初に敬くん、生物が生きるために最も必要な物って何だと思う?」

「そうだなぁ、パッと思いつく物なら食料だろうな」

「そのとおりだよ敬くん。どのような生命体であっても、食事からエネルギーを供給できなければいずれ死に至る。五界のあらゆる種族に刺さる弱点だよ」

「世界中の食料を枯渇させて滅亡を狙おうってか?あまり現実的には思えないな」

「心配ご無用だよ。それを実現させるための崇高なる計画を既に練ってあるんだよ」

「へぇ、そりゃあ気になるな」

 

自信満々に胸を張るクルル。

彼女は五界統合政府や各界政府全てを相手にしてなお、滅亡に追い込める手段があるというのだ。

立場上五界のあらゆる裏事情に詳しい敬にとっては興味をそそられる内容であった。

 

「これを見て欲しいんだよ」

 

クルルがフリップを一枚めくると、

 

「………なんだこの絵は」

 

フリップ一面がクレヨンか何かで雑に緑色に塗りつぶされており、その右下では青いバケツ(のような物)を持ったクルル(と思われる絵)が水を撒く様子が描かれていた。

 

「見てわからない?」

「すまん。さっぱりだ」

「これはね、毒を撒いてるの」

「どこに?」

「田畑(たはた)だよ」

「田畑?そんなの絵のどこにある?」

「緑色で書いてるよ」

「………」

 

訳の分からない説明に思考停止した敬を他所に、クルルは指示棒を取り出しビシッと絵を叩いた。

 

「食料を枯渇させるには、今ある食料を無くすよりも先に収穫できないようにするのが確実だと思ったんだよ。だから田んぼや畑など食料が取れる場所に毒を撒いて、二度と収穫できないようにすればいずれ食糧難に陥るという作戦だよ」

 

フリップをさらに一枚めくると、今度は茶色一面に塗りつぶされた場所で「お腹が空いたよー」と苦しむ敬の姿が描かれていた。

 

「そうして食料が少なくなると、愚かな人々は残った食料を求めて戦争を起こし、殺し合う」

 

次のフリップでは剣や銃を持った敬とその他の棒人間が、灰色の世界で殺し合っていた。

 

「そこまでいけば愚かな人類は勝手に数を減らし、人類滅亡を達成することができるんだよ」

 

最後のフリップには地面に大量に建てられた十字架の前で嘆く敬の姿があった。

 

「どうかな?良い作戦だと思わない?」

 

褒めて褒めて、と言わんばかりにキラキラとした目で敬を見つめるクルル。

 

「はぁ。まぁ、こんな事だろうと思ったよ……」

 

計画のあまりの杜撰さに肩を落とす敬。

一応適当にアドバイスはくれてやる事にした。

 

「まず、クルルの計画には大きな二つの欠陥がある」

「ふむ」

「まず一つ目は資金だ。クルル一人で世界中の田畑に毒を撒くのでは、どう考えても時間と労力がかかりすぎる。機械帝国にでも頼むなりしてロボット等を用意する必要がある。また、そもそも大量の毒を購入するお金も必要だ。さらに言えばその計画が政府にバレて妨害されない為の隠蔽工作にもお金がかかる。幾ら挙げてもキリがないぞ。お前にこれだけの資金が調達できるか?」

「バイトでなんとか」

「なる訳ないだろ」

「うぅ、敬くんが辛辣だよ」

「二つ目は人類滅亡を成し遂げる目的だ。なぜ人類を根絶やしにしたいのか、人類を滅亡させる事でクルルにどんなメリットがあるのか。その目的がはっきりしていない」

「私は破壊神。人類滅亡こそが目的であり、私の生きる理由だよ」

「じゃあ仮に人類滅亡を成し遂げたとして、その後クルルはどうするんだ?」

「その後?」

「誰もいない一人ぼっちの世界で生き続けるのか?人類と一緒に死を選ぶのか?他の世界を見つけて滅ぼしに行くのか?そういう事を一度でも考えたか?」

 

それを聞いたクルルは「うーん」と暫く考え込んでいた。

 

「分からない、分からないよ敬くん。私に残った記憶は世界に終わりを告げるという目的だけなんだよ」

「ならばまず最初に最終目標を考える事をお勧めする。この五界が滅びれば飯は食えなくなるし、友達もいなくなる。そういうデメリットも併せて考えると尚良しだ」

「確かに盲点だったよ。目的がはっきりすればやる気が出る気がするよ。ありがとう敬くん」

「おう」

 

すると周りの生徒達が、

 

「おいおい聞いたか今の」

「人類滅亡計画ですって。私たち滅亡されるのかしら」

「しかもあの女、どうやら破壊神らしいぞ」

 

と、恐れ慄いた目で二人を見つめていた。

 

「あ、やべ、他の生徒いるの忘れてた」

「やったね敬くん。これで私たち一蓮托生だよ」

「別に俺は人類滅亡させる気はないぞ!?」

「同じクラス、隣の席、そして人類滅亡計画の正式メンバーの獅子堂敬くん。これからよろしくね」

 

この瞬間、ヴァレロン国際学園に後に「獅子堂勢力」と呼ばれるグループが誕生する事となった。

そもそもソフィアの件で悪名が広がっていたにも関わらず、人類滅亡を企てているという事で敬の株は更に落ちたのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ここに来るのも久しぶりか」

 

 

無理矢理人類滅亡計画のメンバーにされた次の日、敬は人工島南端のとある施設を訪れていた。

 

大型野球ドーム二個分の広さを誇るその施設の名は『サン・ヴァレロン超常研究解析機構』。

Neo’sを始めとする五界のあらゆる超常現象に関する研究を行なっている国際組織である。

敬の通う国際学園にも研究者が数人派遣されており、生徒から収集したデータを元に能力の開発を手助けしている。

 

この施設では公に出来ない極秘な研究が多く行われており、たとえ人工島住民であっても一般人は立ち入りが固く禁じられている。

そのため施設の周囲は巨大なコンクリートの壁で隙間なく囲まれ、一つの門からのみ出入りが可能となっている。

 

その様相は研究所と言うより刑務所、というのが敬が初めてここを訪れた際の所感であった。

 

「休日だけど、誰かいるかな?」

 

敬が門に備え付けられたインターホンを押すと、女性の受付が音声で対応する。

 

『どちら様でしょうか?』

「獅子堂敬と言います。見学に来ました」

『見学ですね?こちらに手をかざして頂けますか?』

 

インターホンの左にある手形が書かれた装置が赤く点滅し、敬はその上に掌をかざした。

 

『生体情報一致、ようこそいらっしゃいました。獅子堂敬様。解錠いたします』

 

ガタンと大きな音を立て重厚な二枚扉がゆっくりと開いた。

 

「もうそろそろ来る頃だと思ってたよ、獅子堂君」

「お久しぶりです、水瀬所長」

 

門を潜ってすぐに出迎えたのは、白髭を蓄えた白衣姿の初老の男性であった。

名は水瀬博(みずせひろし)、超常解析研究機構の現所長である。

Neo’s研究の世界的権威でありながら、敬が能力を発現した時から担当研究員としてずっとお世話になっていた先生でもある。また、「一方通行(アクセラレータ )」の名付け親である。

 

「所長自らお出迎えですか。驚きました」

「まあ、用件が用件だからな。運悪くあの場所に入れる権限を持つ者が私しかいなかったのだよ。お陰で休日出勤だ」

 

水瀬は「年寄りは労ってほしいね」とわざとらしく腰を叩く。

 

「埋め合わせは今度させてもらいますよ」

「それは楽しみだ。ではさっさと済ませてしまうとしよう。今日は『第二位』に会いに来たのだろう?」

 

「はい。遥(はるか)に会わせてください」



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第九話:変革の日

水瀬が敬を案内した先は研究所の地下施設であった。

 

「何度見ても物騒ですね……」

 

二人の歩く通路の脇には、謎の生物が格納されたガラス製の円筒がずらりと並べられている。

 

「前来た時より増えてません?」

「最近大自然郷の地脈エネルギーが荒れていてな。今まで確認されていなかった異形の生物が増え始めたのだよ。お陰で研究所はサンプルだらけだ」

 

この研究施設ではNeo’sの研究だけでなく、地脈エネルギーなどの影響で突然変異を起こした動物の研究も行なっている。

五界のあらゆる場所で発生する危険性の高い生物は国際機関が駆除チームを派遣して討伐し、遺体もしくは無力化した個体が研究所に送られてくるのだ。

そうして突然変異個体を分析する事で発生の原因の究明、解決の役に立っているのだそうだ。

 

「キメラなんて作ってないですよね」

「そんな訳無いだろう。それは生命に対する最大の侮辱であり、倫理違反だ。第一そんな事をすれば研究所諸共私はこうだ」

 

水瀬は指を伸ばした手を首元に添える。

 

「ははは、すんません。物語とかでよくあるじゃ無いですか、マッドサイエンティストがツギハギのキメラ作るやつ」

「風評被害も甚だしい。私は世の為人の為に研究し、結果も出しているというのに、それを上層部はなかなか理解してくれなくてね」

「歳だけ重ねた頭硬い奴らばっかですからね」

「全くだ」

 

そんな軽口を叩き合いながら目的の部屋へと辿り着く。銀行の巨大金庫の様な重々しい扉が二人を出迎えた。

 

「第二位はこの先だ。私が扉をあげるから、君一人で入ると良い」

「水瀬さんは?」

「私は第二位にあまり好かれていなくてね。部屋に入った瞬間扉の外に飛ばされる」

「強制転移ですか……わかりました。扉を開けてください」

 

水瀬がカードキーで開けた扉を抜け、敬は金属のみで構成された無機質な部屋を進む。

 

薄暗い部屋を照らす青白い光に導かれた先には、先の化け物入りより一回り大きな円筒の水槽が置かれている。

 

中には一糸纏わぬ少女が一人。見た目は13〜4歳程度。その首元には幾つもの管が繋がれ、足元まで長く伸びた黒髪が水中を揺らめいている。

 

「久しぶりだな、遥」

 

水槽の手前で敬がそう言うと、少女は目を開け、ゆっくりと下降し敬の前へ移動する。

 

 

 

「待ちくたびれたよ、敬」

 

 

 

ネオスS級第二位、星間遥(ほしまはるか)。

『変革の日』以降人類最初の能力者にして、敬を軽々と超える人類最高の演算能力を持っている。

その能力の全貌は把握されておらず、汎用性は多岐に渡り、次元移動や時間移動すら理論上可能と言われている。

 

「ごめんな、入学してから顔を出せなくてさ」

「ホントだよ。ボクはこんな檻に閉じ込められて動けないのに、キミは学生生活を謳歌なんて羨ましいね」

 

遥はぷくぅっと頬を膨らませる。

 

「悪かったって。それに残念ながら謳歌なんて出来てないよ。それより、体の調子はどうだ?」

「調子?20年前から変わってないよ。強いて言うなら、前の大規模衝撃の所為でちょっと気分悪くなったぐらいかなぁ」

「うっ、マジすんませんでした……」

「ハハハ!大丈夫大丈夫!島が揺れたぐらいなんて事ないさ!ボクの命に別状はなかったよ、安心して?」

 

遥は見た目が中学生並みであるが、実年齢はすでに30歳を超えている。しかし体がそれに追いついていないのは、とある理由があるのだ。

 

 

 

 

20年前、遥は元々病弱体質で病院生活を余儀なくされ、余命幾許もなかったそうだ。

 

その時『変革の日』が訪れ、異なる世界の扉が開かれた。人類の叡智では測り切れない存在や力が流れ込み、人間界は混乱の渦に巻き込まれた。

 

そんな中遥は能力に目覚めた。最初はベッドの周りにある小物を浮かせる程度であったが、その力は次第に大きくなっていった。

 

触れずに物を動かし、掌から炎が上がり、触れた物を氷付かせ、終いには人の心まで読めるようになってしまった。

 

それに興味を持ったのが世界中の研究者達だ。

遥を研究し、利用しようと競って手に入れようとした。

 

だが残念ながら遥には時間が無かった。

持病の癌は身体中に転移し悪性化、もう半年持つかどうかであった。

 

そこで日本政府が秘密裏にとあるプロジェクトを立ち上げた。各国政府と手を取り合い、遥を延命させて超能力研究を行う事にしたのだ。

元々国際的な研究施設として用いられていた日本近海の小さな人工島「サン・ヴァレロン」に彼女を移し、世界最高峰の医療技術と研究者達を結集させる計画であった。

 

その事を病室で聞かされた遥は、人工呼吸器を無理やり外し、掠れた声でこう言い放ったそうだ。

 

 

『ベッドの上で天井を眺め続けるだけの人生はもう懲り懲り。でも生きたい。生きた証が欲しい。たとえボクの見る景色が何も変わらなくても、どうせなら何かの役に立ちたい』

 

 

この言葉が皮切りとなり、プロジェクトが本格的に開始された。

 

人工島の研究施設に大規模な地下施設を作り、医療スペースと研究スペースを確保。

 

遥を戸籍上故人とみなし、彼女に関するあらゆる情報を公から消し去り隠蔽した。幸か不幸か彼女の両親は数年前に亡くなり天涯孤独であった。

 

準備ができたら遥を人工島に輸送した。彼女が死ぬ前に水槽型の最新生命維持装置を取り付け、癌の進行を抑える事に成功した。

 

それと同時に人工島周囲をさらに埋め立て大幅に拡大。研究職員のための居住スペースやスーパー、娯楽施設などが建設され、まるで一つの町のようになった。

 

もちろん能力研究もトントン拍子で進み、Neo’s研究の礎となる学術理論が誕生した。遥以外の人類からも能力者が生まれ始めたこともあって、研究はさらに加速した。

 

その間も遥の能力は覚醒を続け、外に出なくても施設外部の状況を視認できるようになり(千里眼と呼ばれた)、生命維持装置を通じてネットワークに侵入し始めたりした。

 

そして能力の覚醒は衰えを知らず、遥自身が演算装置となりコンピュータと一体化。人工島の制御や近海の地脈エネルギーなどの観測、分析、制御を行うようになった。

 

最終的に人工島「サン・ヴァレロン」は、遥の脳となり、手足となり、遥そのものとなったのだ。

 

その後人工島の成り立ちを知らない一般人がカモフラージュとして住むようになり、能力研究の一環としてヴァレロン国際学園が建てられたのだ。

 

この一連の歴史を知るのは各界政府や五界統合政府の上層部と数少ない研究者や関係者、そして敬のみである。

 

敬が遥に出会ったのは彼がS級第二位認定されてすぐの事だった。当時敬は事情を知った時あまりの生々しさに酷く混乱したものの、遥が宥めて落ち着かせた。それ以来時々人工島に来ては話をするようになったのだ。

 

序列に関しては元々遥が一位だったが、表立って動ける敬が一位である方が都合がいいという事で勝手に昇格させられた。

遥の能力はあくまで人工島の設備によって初めて活かされるという事もあり、純粋な個人としての能力の価値は敬の方が高いという考え方もある。

純粋な戦闘力はもちろん敬が上なので、「人類最強」のレッテルも間違いではない。

 

 

そして件の遥は現在敬との久しぶりの会話を堪能していた。

 

 

「ていうかさ、敬はボクのこの姿を見ても何も思わないわけ?」

「どういう事だ?」

「どういう事だ?じゃないよ!色々丸見えなのにキミってば全く反応ないんだもん!」

「色々って……てか逆に聞きたいけど、なんで男の俺の前でそんな堂々としてんの?」

「ええええええええええ!?それを聞く!?それ聞いちゃう!?乙女心わかってない!サイテー!とーへんぼく!」

「そ、そこまで言わなくてもいいだろ」

「言うよ!言いたくもなっちゃうよ!で?理由は?」

「体がストライクゾーン外だから」

「…………………………………………………」

 

遥はガックリと肩を落とした。

 

「あのさ、その言い方さ、同じような質問をボク以外の女の子にされた時絶対言わないでね。いかに敬と言えど死ぬよ?ってかボクの知覚範囲内で誰かにそれ言ったらボクがキミを殺す」

「怖!わかった!誰にも言わない!約束する!」

「忠告したからね?はぁ、どーせならもっと成長してボインボインになってから成長止めたかったなぁ」

 

遥の体は癌の進行を抑える副作用で成長自体が止まってしまっている。

側から見れば老化を防ぐ夢のような技術だが、凄まじい規模の実験施設とエネルギーを消費する上に、生命維持装置を外した瞬間死んでしまうため実用化には程遠いのだ。

 

「でも今日は珍しいね、敬一人でここまで来たの?」

「いや、水瀬さんに付き添ってもらった」

「あのおじさんかぁ。あの人嫌いなんだよなー。第二位第二位って、ボクの事ぜんぜん名前で呼んでくれないんだもん」

「多分研究者として遥に情が湧かないようにしてんだよ。わかってやれ」

「えぇ!?あの人ボクみたいなのが趣味なの!?やだー!」

「ちがうちがう、可哀想とか思わないようにってことだよ」

「なーんだ。でもそれも酷くない?」

「そうでもしないと人の体使って研究なんて出来ないよ。心の安定を保つためにも重要なんだ」

「ふーん。でも納得できないなぁ」

「納得する必要はないさ。理解すれば良い」

 

そんな話を小一時間続けていたら、敬の滞在可能時間があと僅かになってしまった。

 

「悪い、もう戻らなきゃだ」

「そうなの?寂しいなぁ、またすぐに遊びに来てね?」

「人工島に住んでるし、すぐに来れるさ」

「やったぁ!約束だよ?あ、最後に敬に一つ言っておかなきゃいけない事があったんだ」

「何だ?」

「ほら、敬の学園ってもうそろそろ生徒会選挙が始まる頃でしょ?実は選挙活動の一環として毎年大自然郷でレクリエーションをするんだよ」

「へぇ、そうなのか。初めて知ったよ。でも、それがどうしたんだ?」

「実は最近大自然郷のあちこちで地脈エネルギーの暴走が確認できてるんだよ。キミは大丈夫かもしれないけど、何が起きるか分からないから気をつけてね」

「水瀬さんも同じこと言ってたな。ありがとう。それじゃあもう時間だから俺はいくよ。また今度な!」

「うん!またね!」

 

そうして敬は遥と別れ水瀬の元へ向かった。

 

「どうだった?第二位の様子は」

「相変わらず元気で安心しましたよ」

「そうかそうか。では地上に戻るとしよう」

 

敬と水瀬は地上へのエレベーターに乗り込んだ。

 

「あと水瀬さん、遥が『第二位』呼びはやめて欲しいって言ってましたよ?」

 

そんな敬の忠告に水瀬は、

 

「そうか」

 

と一言返すだけだった。

 



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第十話:獣の意地

やっと、やっとヒロイン全員揃った!!!
長かった………


「………どうしたもんかな」

 

とある平日の昼下がり。

昼食の焼きそばパンを片手に学園の屋上にやってきた敬は途方に暮れていた。

これまで昼休みには誰もいなかった唯一のオアシスは、日を追うごとに人が増え、今やベンチが全てリア充共で埋まってしまったのだ。

 

「場所を変えるか」

 

出来るだけ人のいない場所を探して彷徨っていると、学園の中庭にたどり着いた。

十数メートル四方の広場に幾つかベンチが置かれ、その中央には広場全体を覆うほど巨大な木が植えられていた。

幸運にも人気はなく、昼食を取るには絶好の場所であった。

 

木陰に入り幹を背に座ると、微かな木漏れ日と緑の匂いが敬を包み込んだ。

 

「うん、雰囲気悪くないな。いただきまーす」

 

焼きそばパンの封を破りかぶりつこうとしたその時。

 

「おい貴様、何故そこにいる」

 

いつの間にか敬の周りに数人の影が集まっていた。彼が顔を上げると、頭に獣耳がついていたり、尻尾が生えたり羽が付いている男達が敬を見下ろしていた。

 

「獣人?俺に何の用だ?」

 

獣人とは五界の一つ『大自然郷アシリ・ヤ・ワンヤーマ』に住む種族である。獣人と言っても犬の特徴を持つワーウルフ、猫の特徴を持つケットシーなど様々な種族がおり、簡単に一括りに出来るものではない。

その中で敬に声をかけたのは、中央の黒い獣耳の男だった。敬より体格が一回り大きいその男は明確な怒りを持って敬を睨みつけていた。

 

「そこは俺達のナワバリだ」

「ナワバリ?何それ」

「この中庭と大樹はファウラの姉御率いる群れのものだ。お前の様な余所者が近づいて良い場所ではない。さっさと退け、痛い目を見たくなければな」

 

本来、無駄な争いを避けたい敬としては大人しく身を引いていただろう。しかし、いかにも自分を見下した言い方に敬はちょっとムカついた。

 

「どうした。退けと言っている」

「正直獣人のことはよく知らんし、群れとかナワバリのシステムもよくわからん。だけど、この中庭はお前達のものである前に学園のものだろう。であれば俺がここで飯を食う権利はある筈だ」

「だから俺達のナワバリだと言っているだろう」

「そんなこと知るかよ。てか飯食うぐらいでカリカリすんなよ。焼きそばパン食い終わったらすぐ退くからさ」

 

敬は獣人の事など気にせずパンを口元に持っていく。

 

「さっさと退けと言っているだろう!」

 

バシィ!

 

「は?」

 

今まさに敬の口に入ろうとしたパンを獣人が蹴り飛ばした。

周囲に焼きそばを撒き散らしながらパンは綺麗に放物線を描き、石畳に無惨に叩きつけられた。

 

「次はお前の頭を同じようにするぞ。これが最後の忠告だ。そこを退け!」

「…………………………………………」

 

敬は獣人に蹴り飛ばされた昼食に視線を移す。

一人の時間を邪魔されただけでなく、数量限定早い者勝ちのプレミアム焼きそばパンを失ってしまった。

 

「どうした!答えろ!」

「なぁ。俺さ、こんな事でキレたくないんだわ」

「何?」

「確かにお前たち獣人にとってはナワバリは重要なものかもしれない。でも俺は人間だ。今お前達は他人に自分の価値観を無理矢理押し付けてんだよ」

「それこそ俺達の知った事じゃない。ナワバリはナワバリだ」

「聞く耳持たず、か。その頭の三角は飾り物か?」

「話をはぐらかすな!退くか退かないか、どっちだ!」

 

獣人は敬の胸ぐらを掴み上げる。

だが敬は顔色ひとつ変えず、目の前の獣人を真っ直ぐ見つめる。

 

「退くかよ、断る」

「そうか、ならば死ね!」

 

獣人は持ち上げた手を離し、敬の頭めがけて回し蹴りを放った。

 

「オラァッ!!!!」

 

蹴りは見事に敬のこめかみにクリーンヒット。

しかし、

 

「何っ!?」

 

『ガンッ!』という岩でも蹴った様な音が中庭に響き渡り、しかし獣人の足は敬の頭で止まったままだった。

 

「な、貴様何をした!」

「教えても理解できねぇよ。てかお前今の威力、本気で殺る気だっただろ………!」

「っっっっ!!!!!」

 

敬が獣人達を睨み返すと、何かを感じたのか彼らは数歩後ずさった。

 

「ギャレオさん、こいつ、やばいっすよ!俺の本能がそう言ってるっす!」

 

隣の鳥の様な羽を持った獣人がそう呟く。

どうやら敬を蹴った獣人はギャレオと言うらしい。

 

「むぅっ……しかしここは俺達の、強いてはファウラの姉御のナワバリ!たとえ命をかけてでも守る義務がある!オラァァァァァァ!」

 

再び襲いかかるギャレオ。

しかし敬に一度恐れを成したからか、先の鋭さは無くなっていた。

 

「仕方ない。ナワバリとは関係ないが、お前に一ついい事教えてやる」

 

敬は迫る拳をヒラリと躱し、指をデコピンの形にしてギャレオの額に当てる。

 

「他人を殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ」

 

パァン!

 

「ゲボァァァァァァァ!!!!」

 

ギャレオはデコピンで思いっきり吹っ飛び、そのまま中庭の壁に頭から衝突した。そして彼は地面に倒れ伏し、気絶してしまった。

 

「ギャレオさん!!!」

 

鳥の獣人が気絶したギャレオの元へ向かう。

 

「殺しはしてない。気絶してるだけだ」

「ただのデコピンでこの威力!?お前、何者っすか?」

「何者も何もただの人間だ」

「ふざけるな!ただの人間がギャレオさんに勝てるわけないっす!」

「現に勝ててんだろ」

「この野郎!調子に乗りやがって!」

 

 

 

 

『お前達!!!!!そこまでだ!!!!!』

 

 

 

 

「「!!!!!!!!」」

 

突然中庭に響いた女性の声に、敬と獣人の両者がピタリと動きを止める。

そこに現れたのは狐の様な耳と尻尾を持つ茶髪の女獣人だった。

 

「フ、ファウラさん!?」

「ファウラって、こいつが?」

 

ファウラと呼ばれたその獣人はツカツカと敬達の元へやって来る。

 

「バキ、これは一体どう言う事だ。説明しろ」

 

ファウラが鳥の獣人に尋ねる。

バキと呼ばれたその男はファウラに向かって、

 

「こいつが、この男が俺達のナワバリで飯食ってたんすよ!それを俺達でとっちめようとしたら、反撃されたんすよ!」

 

バキが敬を指差してそう叫ぶ。

しかしファウラは顔色ひとつ変えなかった。

 

「そうか、で?この男にどうやってナワバリだと説明した?」

「どうって、普通にナワバリだからそこ退けってギャレオさんが言っても聞かなかったんスよ」

「そういうことを聞きたいんじゃない。彼は人間だ。獣人のルールを知らないと考えるのが普通だろ。それを突然、何の脈絡もなく退けと脅し、襲いかかったんじゃないのか?」

「うっ……」

「多種族が通うこの学園では、種族同士の価値観の違いで争いが起きる事がある。だからもしナワバリだと知らずに入ってきた奴がいれば、きちんと説明した上で納得してもらえと言ったのに。難しかったか?」

「め、面目無いっす……」

 

バキはファウラの前でシュンと小さくなった。

まるで母親に叱られた息子のようだ。

 

「しかも襲った相手がよりによってこいつかよ。ついてないな」

 

ファウラは敬を見つめて困った顔をした。

 

「あ、姉御!こいつの事知ってんですか!?」

「当たり前だ!入学式の日、劫魔界のお姫様が暴れ回った事件を覚えてるか?」

「はい、俺達の仲間をボコボコにして、そのあといきなり来た男ととんでもない戦いしてた……まさか!?」

「そのまさかだよ。こいつは獅子堂敬。あのソフィアとか言う化け物中の化け物とタイマン張ってた人間だ。群れが束になっても敵いっこねぇよ」

「……………………………………」

 

バキは空いた口が塞がらなかった。

 

「そりゃギャレオがのされるわけだ。喧嘩売って殺されなかっただけ良かったよ。さてと……」

 

ファウラはバキから視線を移し、敬を真剣な目で見つめる。

 

「獅子堂敬、うちの仲間が粗相したみたいだ。群れの長として謝罪する。本当にすまなかった」

 

ファウラはペコリと敬に頭を下げる。

 

「いやいや、俺もちょっと熱くなりすぎたっていうか、ん?」

 

堂々としたファウラの姿に少しの違和感を覚えた敬が彼女の手を見ると、汗が滲み、微かに震えていた。

敬という自分よりも格上の存在に対して本能的に恐怖しながらも、群れの前で面子を保つため必死に表に出さない様にしているのだ。

 

「獅子堂敬、どうかしたか?」

「なんでもない。とにかく、知らなかったとはいえ無断でナワバリに踏み込んだ俺にも非はある。こちらこそ悪かった」

「いや、お前は悪くねぇよ。きちんとした説明もしないで……なぁ、あの地面に転がってるパンはなんだ?」

 

ファウラが敬の後ろにある焼きそばパンの残骸を指差す。

 

「食べようとした焼きそばパンを蹴り飛ばされたんだよ。お陰で今日は昼飯抜きだ」

「………バキ?」

「ちちちちちち違うっすよ!それやったのギャレオさんっすよ!」

「どっちでも一緒だ!後でお前らが片せよ。参ったな。今は手持ちがないんだ。どうするか」

「別にいいよ。昼飯ぐらい我慢するさ」

「流石に申し訳が立たないな……そうだ、獅子堂敬、明日の昼は空いているか?」

「ああ、大丈夫だけど」

 

元々敬は昼は一人派だ。予定など無い。

大事な事だからもう一度、一人派だ。

 

「それは良かった。昼休みにここにまた来てくれないか?昼飯を作ってくるからご馳走させて欲しい」

「え、いいのか?」

「もちろんだ。口に合うかどうかわからないけどな」

「獣人の料理は気になるな。お言葉に甘えさせてもらうよ。それと、俺の事は敬でいい」

「そうか、敬。あたしのことはファウラと呼んでくれ」

 

そのあと教師がやってきて事件の後処理がなされた。

ギャレオが吹っ飛んで壊れた校舎の壁はすぐさま工事がなされて修復された。

クルルの時の様に請求が来るかと敬はヒヤヒヤしたが、学生同士の争いで生じた欠陥なら一定額まで学園が負担してくれるらしく、支払いはなかった。

ちなみにクルルの場合は入学前にやらかしたので対象外だったらしい。つくづく災難である。

 

そんなわけで翌日の昼飯はファウラと共にする約束となった。家族以外の初の女性の手料理である。

あくまで謝罪の気持ちという事で特別な意図があるわけでは無いが、ちょっと楽しみな敬なのであった。



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第十一話:ちょっとした異文化交流

「何ニヤニヤしてますの?気持ち悪いですわよ」

 

ファウラと約束をした日の翌朝、着席した敬に見習い天使の冷ややかな言葉が降り注ぐ。

 

「パーフィル、俺の事か?」

「他に誰がいますの。口角上がりっぱなしですわ」

「まじで?自覚無かったわ」

 

敬はペタペタと自分の頬を触る。

さっきまで彼の頭の中にあったのは昨日の約束の事ばかりであった。どうやら自分が思っていた以上に楽しみだったらしい。

 

「でしょうね。何かいい事でもありましたの?珍しく気持ちがふわついてますわよ?」

「ちょっとな」

「その含みのある言い方は何ですの?まぁ、朝っぱらから辛気臭い顔を見せられるよりはよっぽどマシですわ」

 

そういえば、と敬が今朝の事を思い返す。

一緒に登校する伊織とソフィアの口喧嘩もあまり聞こえてなかったし、廊下を歩いてて陰口叩かれるのも全く気にならなかった。

 

「あれ?もしかして俺って、相当チョロい!?」

「敬くん、もしかして人類滅亡計画に進展がーー」

「ある訳ないだろ」

「あいたっ」

 

敬は右隣のクルルの脳天にチョップを入れる。

 

「おはよう変わりのチョップとはご挨拶だよ」

「お前が変な事言うからだろ?人類滅亡計画に加担する気はねぇよ」

「甘いね敬くん。アドバイスした時点で既に片棒を担いでいるよ」

 

そんな感じで敬がホームルーム前の談義に花を咲かせていると、

 

「すみません!獅子堂さんはいますか?」

 

教室のドアから敬を呼ぶ声がした。

振り返ってみれば、そこに居たのは昨日一悶着あった獣人のギャレオとバキだった。

 

「あら敬、お友達ですの?」

「違う。ちょっと訳ありでな」

「新メンバーかな?やるね、敬くん」

「お前は何でもかんでもそれに結びつけるのやめような」

 

敬は二人を置いてドアへと向かう。

ギャレオは頭に包帯を巻き、顔に何箇所かガーゼを貼っていた。

そして何故かバキも体をあちこち包帯巻きにされ、顔が一部腫れ上がっていた。

 

「朝早くに失礼します。自分、ギャレオと言います。要件は昨日の事です。目を覚ましたあと姉御とバキから話を聞きました。相手の言い分を聞かずに怒りに任せて殴りかかり、折角の昼飯を足蹴にするなんて、自分のやった事を今思い出しても恥ずかしい限りです。本当に、すんませんでした!」

「すいませんでした!」

 

二人はビシッと気をつけし、深々と頭を下げた。

突然の出来事に教室がざわめき始める。

 

「わ、わかった。わかったから頭を上げてくれ!こんな所皆に見られたら敵わねぇよ!」

「はっ!俺はまた相手の立場も考えずに!すんませんでした!」

「すいませんでした!」

「だぁぁぁぁ!二人ともちょっと来い!!!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

敬は二人を階段の踊り場に連れ出した。

 

「ええと?つまり俺に謝りに来た、って事でいいんだよな?」

「はい。己の未熟さを痛感し、謝らずにはいられませんでした」

「同じく、自分もっす」

「………」

 

獣人は遺伝子レベルで刻まれた性格として喧嘩っ早いところがある。

 

昨日敬が獣人に関して軽く調べてみた所、彼らは強い者こそが正義である、という価値観を持っている事が分かった。

たとえ相手が年下だろうと、一度拳を交えて負けたら敬うべき対象となり得るのだ。

 

それを考慮すれば敬に強気に出ていたギャレオがここまで萎縮する理由もわかる。

ただ人間の敬からすれば「変わり身早すぎだろ」と違和感を覚えてしまうのだ。

価値観の違いとは何とも面倒臭いものである。

 

「それはお互い様だ。俺だってナワバリと知らずに勝手に踏み込み、獣人にとってのナワバリの大切さを考えずに最初から退こうとしなかった。お互いの価値観のズレが産んだ事故みたいなもんだ」

「獅子堂さん……」

「ま、初対面の相手に対する言葉遣いは考えたほうがいいかもな」

「はい、返す言葉もありません……」

 

すると『キーンコーンカーンコーン』と始業のチャイムが鳴った。

 

「時間だ、この話はもうここまでにしよう」

「許してもらえるんですか?」

「許す許さないじゃない。喧嘩両成敗だ、いいな?」

 

ギャレオとバキはお互いに見合い、頷いた。

 

「わかりました!獅子堂さん、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

二人は再び頭を下げ、その場から立ち去ろうとした。そんな二人を「ちょっと待って」と敬は呼び止める。

 

「なんでしょうか?」

「最後に。ギャレオは俺がぶっ飛ばしたけど、バキに手を出した覚えはないんだ。何で怪我してるんだ?」

「それはその、あの後姉御にーー」

「わかった、皆まで言うな」

 

 

 

その後、遅れて教室に戻った敬の頭上に大天使の雷が落ちたそうな。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

その日の昼休み、敬はファウラとの約束通り中庭へと向かった。既に待たせていると思い中央の木の下へ向かうも周囲に人影はなかった。

 

「約束の場所はここの筈だよな?」

「来たか、敬」

 

声のした方を見れば、木の上に登ったファウラが敬を見下ろしていた。その手には白い包みが二つ握られており、香ばしい匂いが周囲に漂っている。

 

「気配を消すのが上手いな。気づかなかった」

「あっはは。自然に身を隠し、気配を消すのは獣人の十八番(おはこ)だ」

 

ケラケラと笑うファウラからは、昨日のような怯えは感じられなかった。

 

「ひとつ変なこと聞いていいか?」

「何だ?」

「ファウラは、俺の事が怖いか?」

「………」

 

ファウラは少し考え込んだ後、木の上からサッと飛び降りて敬の前に立った。そして更に近づき彼の顔をゼロ距離で覗き込む。

 

「ファ、ファウラ?」

「うん。やっぱりな」

 

数度鼻をヒクヒクさせた後、ファウラは体をゆっくりと離す。

 

「怖いか怖くないか、と聞かれれば怖いさ。ただ、お前が悪い奴じゃないって事は匂いでわかる」

「匂い?」

「そうだ。獣人は人間より何千倍も匂いに敏感で、五感の殆どを嗅覚が占めてるんだ。敬からは……力強くて、優しい匂いがする」

「それってどんな匂いなんだ?」

「言葉では説明できねーよ。そう感じるって、それだけだ」

 

そう言うファウラはと包みを一つ敬に手渡す。

 

「これがこの前のお詫びだ。受け取ってくれ」

 

敬が受け取った包みを開くと、中には分厚いカツが挟まれたサンドイッチが入っていた。

 

「良い匂いだな。カツサンドか?」

「御名答。特製ソースの香辛料が強めだから、人間は好みが分かれるかも知れないけどな」

「大自然郷の料理は何度か食べた事あるから多分大丈夫だ。それじゃあ遠慮なく、いただきます!」

 

敬はカツサンドに思い切りかぶりついた。

 

「!!!!!!!!!!!!!!」

「ど、どうだ?」

「………まい」

「敬?」

「うまーーーーーーーーーい!!!!」

「うおっ!どうした!?」

「どうしたもこうしたもない!めちゃくちゃ美味いぞこれ!」

「そ、そうか?」

「ああ!冷えているのにジューシーさを失わないカツと、絶妙なスパイスが良く合っている!店で出されても違和感無いレベルだ!」

「そんなにか?喜んで貰えたなら、なによりだ」

 

敬のあまりの勢いに気圧されたファウラは後退るも、褒められて嬉しいのか顔を赤らめて尻尾をブンブンと振っていた。

 

「正直毎日食べたいぐらいだ!」

「毎日!?」

「あ、いや違う。毎日作ってこいって言ってるわけじゃない。それぐらい美味いって事だ」

 

その後再度木の上に登ったファウラと一緒にカツサンドを食べた。

どうやら獣人は他人に食事をしている所をあまり見られたくないらしい。そのため幹に背を預けながら頭上のファウラとたわいも無い話をしていた。

 

「そういや、今朝バキとギャレオが直接謝りに来たんだ」

「そうなのか?」

「そうなのかって、ファウラが謝るように言ったんじゃないのかよ」

「あたしは何も言ってないぞ?でもそうか、あいつらちゃんと謝罪しに行ったんだな」

 

ファウラは「うんうん」と満足したように頷く。

 

「そうだ敬、ここのナワバリについて話しておきたい事があったんだ。あの事件の後群れで話し合ったんだが、特例として敬がナワバリに入る事を黙認する方針になった」

「え、俺ファウラの群れの一員になんの?」

「あたしが敬を気に入ったから、客人として迎え入れたいんだ」

「気にいられるような事をした覚えは全く無いんだが」

「何をしたとかじゃ無い。お前の心が気に入ったんだ。ソフィアとタメ張れる程の力を持ちながら、力に溺れずに優しい心を持っている。それは中々できる事じゃ無い」

 

ファウラは敬を真剣に見つめる。

 

「まぁとにかくだ。カツサンドを気に入ってもらえたようで良かったよ。機会があれば………また作ってこなくも無い」

「マジか!?ありがとう!」

「お、おう、そこまでか。流石に照れるな」

 

そうして敬はファウラと別れた。

教室に戻る道中、彼はファウラに言われた事を思い出していた。

 

 

 

『敬からは、力強くて、優しい匂いがする』

『力に溺れずに優しい心を持っている』

 

 

 

「力に溺れない、か。別に最初からそうだったわけじゃ無いさ。元を辿れば俺だって、ソフィアと何も変わらない化け物だ」



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第一章:蒼雷の貴公子と深紅の姫君
第一話:クラス対抗戦


ヒロインが揃ったので新章スタートです。


 

ーーAM6:00ーー

劫魔界の姫君の朝は早い。

 

 学園寮の一番奥には、とある一人の生徒の為に特設された20畳程の部屋が存在する。

 内装は豪華絢爛。部屋中の家具は一つ残らず最高級品で揃えられている。

 

「起床のお時間です、姫」

 

 キングサイズのベッドに横たわるソフィアは、メイドモードのメロウの声で目覚めてゆっくりと上体を起こす。

 

「おはよう、メロウ」

「おはようございます。体調は如何ですか?」

 

ソフィアは頭の後ろで腕を組み、軽く伸びをする。

 

「絶好調よ。よく眠れたわ」

「それは何よりで御座います。それではまず、身嗜みを整えさせて頂きます。チコ!」

「ガゥ!」

 

 チコが制服や化粧道具などが載せられたカートをベッドの近くへ運び出す。ソフィアを椅子に座らせたメロウは櫛やアイロンを巧みに使って紅髪を整えていく。

 

「ねえメロウ、今日はとても良い夢を見た気がするの」

「気がする、ですか?」

「ええ、敬が夢に出ていたのは覚えているのだけど、詳しい内容までは思い出せないの」

「獅子堂敬が……」

 

メロウの手が一瞬止まる。

 

「どうしたの?メロウ」

「いえ!なんでもありません!夢を忘れてしまうと言うのはよくある事で御座います。オホホ……」

 

実の所、メロウは敬の事を良く思っていない。

魔族は純潔こそ至高という価値観を持つ彼女にとっては、ソフィアが敬と仲良くするのが許せないのだ。

しかしその思いは届かず、ソフィアは口を開けば敬の事ばかり。更には夢に出る始末だ。

 

おそらく今のところは良いお友達感覚なのだろうが、もしも恋愛に発展してしまったら……と思うと気が気で無いのである。

 

「本当に勿体無いわ。彼の顔を見れば思い出すかしら」

「そ、そうかもしれませんね……」

「ガゥ?メロウ、なんだか顔色がわるいぞ」

「そうねぇ。体調が悪いなら休んでもいいのよ?」

「ご心配なく!問題ありません!」

「そう?それならいいのだけど」

 

それから3人はメロウの作った朝食を取り、食堂で食事を済ませた敬と伊織を寮の出入り口で待ち伏せる。

 

「おはよう、敬。今日もいい天気ね」

「おはよう。今日も律儀に待ってんのな」

「私がそうしたいからそうしてるのよ。迷惑だったかしら?」

「迷惑っつーか、なんつーか」

「私にとってはいい迷惑よ、全く……」

 

敬の後ろからひょこんと現れた伊織が溜息と一緒に言葉を吐き出す。

 

「おはよう伊織。伊織は最近とやかく言わなくなったわね」

「言っても無駄だと分かっただけ。貴方と揉めるとこっちが一方的に疲れるのよ」

「うふふ。その調子で教室でも仲良くしてくれると嬉しいのだけど」

「うっ」

 

伊織は入学から一ヶ月以上経った今でも、他のクラスメイトのいる教室では頑なにソフィアと関わろうとしていなかった。

やはり初対面のインパクトが悪すぎたのか、彼女への嫌悪感が拭いきれないのだ。

 

「確かに第一印象は最悪だったかも知れないけれど、これでもいい子にしてるつもりなのよ?」

「まぁ、これといった問題は起こして無いけども……」

「今日はイベントもある事だし、クラスメイトとして協力しましょう?」

 

「ぐぬぬ……」と伊織は苦い顔。

 

ソフィアの言ったイベントとは、「ドッジボールクラス対抗戦」である。

一学年4クラスの勝ち残り方式で、初戦で勝ち上がった2クラスで決勝戦を行って勝つと優勝となる。

 

優勝候補は人類最強の敬が所属する1-Aか劫魔界最強のソフィア率いる1-Cである。

ちなみに獣人のファウラは1-Bで、彼女の群れの多くがそのクラスだ。

1-Dには際立った面子は見られないが、各種族バランスよく所属している。

対戦カードは既に決まっており、1試合目はC-D、2試合目はA-Bである。

 

優勝したクラスには景品があるが、詳細は明かされていない。1-A担任のミリエルによれば「皆が羨むような超豪華な景品」との事である。

 

「姫様がいれば百人力、いえ百万人力!1-Cの優勝は決まったも同然でございます!このメロウも全力を尽くします!」

「ガゥ、チコもがんばる」

 

どうやらお付きの二人はやる気のようである。

 

「ありがとう二人共。そうね、敬には一度負けているから、優勝を賭けて挽回するいい機会かしら」

「おいおい、Aクラス対Cクラスで決勝やる前提かよ。他のクラスとも戦うんだぞ」

「他は有象無象よ。私が貴方以外に負けるわけないし、貴方が負ける姿なんて想像できないもの」

「自信満々なこった。今回は他の生徒もいるんだから、くれぐれも本気を出すなよ?冗談抜きで死人が出る」

「ええ、善処するわ」

「それ一番信用ならない返事だからな?」

 

ソフィア一行が前向きな姿勢を示す傍ら、伊織は浮かない顔をしていた。

 

「ドッジボールやりたくないなぁ」

「あら、どうして?」

「気が乗らない。参加するとしてもじっとしてた方がマシ」

「ーーそう言えば貴方、体育の授業ではいつも隅にいるわよね。もしかして運動が苦手?」

「苦手っていうか、運動そのものが嫌いなの」

「ちょっと獅子堂伊織、姫様のクラスメイトとして、貴方は優勝に貢献する義務があるのよ?ミジンコのように非力でも、壁になる位はできるでしょう?」

「たとえ壁役になってもあんた達を守るのは御免よ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

敬が教室に入った時には既にクラスは対抗戦の話で持ちきりであった。入学後初の大型イベントである事も相まって皆浮かれているのだ。

 

「はいはいあんた達。楽しみなのは分かるけど、ホームルーム始めるわよ」

 

そんな彼らをミリエルが窘めて着席させる。

 

「えー知っての通り、今日の午前中はドッジボールクラス対抗戦よ。優勝したクラスにはご褒美があるから、皆気張って試合に臨みなさい。運動が苦手な人もいるだろうから、そこは得意な人がカバーしてね?」

 

続いて彼女は対抗戦のルールを説明した。

内容をまとめると以下のようになる。

 

試合開始時にお互いのクラスから外野が一人選出される。

試合ごとに10分の制限時間が設けられ、どちらかの内野が全滅するか、時間切れまでにアウトになった人数で勝敗が確定する(アウト数が同じ場合は延長)。

攻撃手段は原則ボールのみ。ただし魔力や能力でボールの威力を強化するのは有りになっている。もしもボール以外の手段で相手を攻撃及び妨害した場合は即刻退場になる。退場人数は1アウトとしてカウントする。

 

「使用するボールはガイア界の特殊な技術によってとても頑丈に作られているから、能力や魔力を込めても割れる心配はないわ。思う存分体動かして優勝を目指しなさい。まぁうちのクラスには最終兵器がいるし、負ける事は無いでしょうけどねぇ?」

 

ミリエルが意味深に言うとクラス全員の視線が敬に集まる。

 

「確かにそうだ。普段は怖いけど、味方なら頼もしいかも………」

「俺らのクラスでC組のソフィアに対抗できるのってあいつだけだよな?」

「獅子堂君だけで優勝できるんじゃない?」

 

クラスメイト達が淡い期待を抱き始めると、クルルが敬の肩をポンと叩いた。

 

「責任重大だね、敬くん」

「お前も頑張んだよ、クルル」

「全部敬くんにお任せだよ」

「それじゃクラス対抗の意味が無いだろ。おい、パーフィルからもなんか言ってやってくれ」

「良い機会じゃありませんの。A組の優勝と人気向上の両立、まさに一石二鳥ですわ。諦めて尽力なさいな」

「そんな御無体な」

「私は運動苦手ですの。ファイト、ですわ」

 

敬一人で戦う事になりそうな雰囲気になった所で、ミリエルが「パン」と手を叩いて場を制した。

 

「はいはい、敬の言った通り一応これはクラス対抗戦だからね?勝つ事も重要だけど、一番は楽しむ事よ。敬にいいとこ全部持って行かれないように一人一人が頑張りなさいよ?」

 

彼女のその一言でホームルームは終了した。その後はすぐに体操服に着替えて運動場に集合となっている。

 

「この対抗戦で敬くんの人気が上がれば、計画のメンバーも集めやすくなるよ。どうやって敬くんをより活躍させるか、それが問題だね」

「お前先生の話聞いてたか?」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 一限が始まる時間となり、運動場にクラス毎に並んだ一年生を前に先生からの開会宣言や注意事項などのお話があった。生徒の前に立つのは1-Cの担任である女魔族の先生である。

 

『それではこれより第一戦を開始します。CクラスとDクラスはグラウンドの中央のコートに集まってください』

 

 出場する生徒はコートへ、それ以外の2クラスは周囲に設置された簡易テントの観客席へ向かう。

 

『試合はジャンプボールで開始します。お互いのクラスから一人ジャンパーを指定し、センターラインに来てください』

 

 Cクラスからはスレンダー体型の男魔族が、Dクラスからは身長2メートル以上ある筋骨隆々の熊の男獣人が選ばれた。

 

「おい、Cクラス。劫魔界の姫がいるからといって、簡単に勝てるとは思わない事だな。我々は勝利のためにクラス一丸となってコンビネーションを磨いてきた。勝つのは我々だ」

「勝手に言ってろ。お前達の努力が如何に無駄であったか、姫様が直々に教えてくださるだろう」

 

『それでは試合、開始!』

 

開始のブザーが鳴ると、獣人がボールを自陣に渡すために飛び上がる。しかし、

 

「なに!?」

 

対するCクラスの魔族はボールを追う事なく自陣に帰っていった。

 

「先手はやるよ。そう言う指示だからな」

「貴様ら………舐めやがって!!!」

 

ボールはDクラスに渡り、人間の男が受け取る。

するとボールの色が次第に薄くなり、終いには見えなくなってしまった。

 

「ふふふ……俺にボールが渡ってしまうとは不運だったな。俺は触れた物体を能力で透明にできるんだよ。劫魔界最強と言えど、見えなければ避けようが無いだろ!くたばりやがれ!!!」

 

 男は大きく振りかぶってソフィア目掛けて全力投球した。ボールは視認できないが、フォームからして中々の速度は出ている筈である。

 

「馬鹿ね、貴方」

 

 ソフィアが片手で何かを掴む仕草をすると、そこには能力が解けて見えるようになったボールが握られていた。

 

「なに!?ボールは見えない筈だろ!?」

「折角見えないのに狙いを言ってしまったら意味が無いでしょう?」

「あ…………」

「それに、ボールの位置を確認する手段は視覚だけじゃ無いのよ?空気の流れ、音、貴方の視線や体の動き、あらゆる情報がそれを教えてくれるわ。避けるまでも無いの」

 

そう言うとソフィアはボールに魔力を込め始める。

魔力を感知できない種族でも視認できるほどの禍々しいオーラがボールを纏っていく。

 

「貴方達程度では不十分よ。さっさと終わらせて敬と戦いたいの」

 

ソフィアはお世辞にも綺麗とは言えないフォームでボールを投げた。

 

「「「ギャーーーーーー!!!!!!」」」

 

もはや兵器と化したそれは周囲に衝撃波を撒き散らし、Dクラスの生徒全員を場外にふっ飛ばしながら運動場の端まで直進していった。

ボールが通った後に残ったのはグチャグチャになったコートと死屍累々の生徒達であった。

 

「あら?十分に手加減したのだけど、強すぎたかしら。手加減って難しいわね」

「お前、卑怯だぞ………!」

 

辛うじて意識を保っていた一人の生徒がソフィアに抗議する。

 

「卑怯?何のことかしら」

「一体、ボールにどんな細工をした!」

「人聞きが悪いわね、細工なんてしてないわよ。魔力を纏って単純に強化しただけ。ルールの範囲内よ?」

「なんだと?それだけでこの威力……俺達の、努力は……」

 

そう言い残すと彼も意識を手放してしまった。

 

『えー、Dクラスが全員戦闘不能となったのでC組の勝利とします。処理班は倒れた生徒を医務室まで運んで、コートを再整備してください。終わり次第次の試合を開始します』

 

試合時間は実に20秒。Dクラスは1アウトすら出せないまま即敗北が決定した。

 

その光景を目の当たりにした観客席は騒然としておりお通夜モードで、敬はというとソフィアの傍若無人っぷりに頭を抱えるしかなかった。

 

「ソフィアの奴、手加減しろって言ったのに……」

「あれでも手加減してるつもりのようですわね。恐ろしいものですわ」

 

『只今準備が終わりました。続いて第二戦、Aクラス対Bクラスとなります。出場選手はコートへ移動してください』

 

「はぁ、やるしかないか」

 

 生徒達の混乱を無視して、先生は淡々と進行していく。短時間ですっかり元通りになったコートに向かうため敬は重い腰を上げた。



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第二話:全身全霊

少し長め、かな?


ーークラス対抗戦一週間前ーー

【Bクラス】

 

 放課後、ファウラは自分の席の周りにバキやギャレオを始めとしたBクラスの群れの仲間を集めていた。

 

「成程な、初戦がAクラスか………」

 

 彼女は対抗戦の詳細が書かれた用紙を片手でひらひらさせながら、物憂げに呟いた。

 

「獅子堂さんがいるんスよね?でもドッジボールなら身体能力がモノを言うでしょうし、俺らのパワーでゴリ押せば」

「馬鹿言うんじゃねぇ、バキ。その敬にギャレオがデコピンでぶっ飛ばされたんだろ?どう言う理屈か分からないが、あいつは獣人を遥かに超える身体能力を持ってる」

「そ、そうでした。人類が持ってる能力、確かネオスってやつでしたっけ」

「それで間違い無いだろう。恐らく筋力の超強化だろうな」

 

 実際、敬の持つ能力は身体能力強化などという枠に収まるモノでは無い。だが遠巻きから見た入学式の騒動と、ギャレオを一撃で気絶させた事実の二つしか情報の無いファウラが勘違いするのは仕方ない事であった。

 

そして今度はギャレオがファウラに問う。

 

「姉御、何か獅子堂さんに勝てる良い策はありませんか?」

「正直、難しいな」

「「「えぇ!?」」」

 

 彼女を取り巻く獣人全員が目を剥いて驚いた。腕っ節一つで群れのボスにまで上り詰めた姉御の弱気な言葉など、今まで一度も聞いたことがなかったのだ。

 

「だが敬に一方的にやられる事はないだろう」

「そうなんですか?一体どうすれば?」

「単純だ。極力敬と戦わなければいい」

 

その一言に全員が首を傾げた。

 

「戦わないって、獅子堂さんも確実に参加するんですよね?コートに入ったらそうも言ってられませんよ」

「本当に言葉通りだ。恐らく敬は対抗戦で本気を出してこないだろう」

「それって手加減するって事ですか?」

「そうだ。だがそれはあたし達に配慮してのことじゃ無い。あいつの心の問題だ」

「???すんません、話が見えてこないです……」

「悪い悪い、説明を端折りすぎたな。あくまであたしの憶測だが、敬は能力のせいで他人から恐れられる事を恐れている可能性がある」

 

 ファウラがその予測に至った理由は、カツサンドを振る舞う直前に彼に言われた一言だった。

 

『ファウラは、俺の事が怖いか?』

 

 その時の敬からはほんの一瞬だけ、人類最強の男とは思えない怯えの様なものを感じたのだ。その時の事を皆に話すと、

 

「あ、あの獅子堂さんがそんな事を!?想像できないです!」

「だろうな、正直あたしも驚いたよ。恐らく過去にトラウマか何かを抱えてるんだろうさ。だからあいつは多分、ゲームを一人で傾ける程のパワーを出す事は無いと考えている。あいつの投げるボールは死ぬ気で躱して、必ず敬以外の、それも敬から出来るだけ離れた生徒を狙う」

「でも獅子堂さんが手加減しなくなったらどうするんですか?」

「まぁ、負けそうになったら間違いなく本気を出すだろうな。だが試合終了まで3分以内、何とかそこまで持っていければ……あいつに対抗できるかもしれない策がある」

 

 ファウラは席から立つと教室全体を見渡し、クラスメイト全員に聞こえるように言った。

 

「このクラスにいるのは獣人だけじゃないだろ?相談したい事がある!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

AクラスとBクラスそれぞれの面々がコートに着くと進行係のアナウンスがなされた。今度のアナウンスはAクラスのミリエル先生だ。

 

『それでは第二回戦、Aクラス対Bクラスの試合を開始します。お互いのクラスから一人ジャンパーを指定し、センターラインに来てくださーい』

 

「あたしが行こう」

 

Bクラスからは代表としてファウラが名乗りを上げた。

対してジャンパーを指定していなかったAクラスは誰にするかとざわめき始める。が、クラス中の視線は敬に向いていた。

 

「え?俺?」

「どう考えても貴方が適任ですわね」

「頑張って、敬くん」

「パーフィルにクルルまで……わかった、行ってくるよ」

 

敬は渋々コートの中央に移動し、そこで待つファウラと対峙する。

 

「よう、やっぱり選ばれたか。敬」

「少しはクラスの役に立たないとな」

「人類最強様が何を言ってんだ。やろうと思えばお前一人でも勝てるだろ?」

「これはあくまでクラス対抗戦だ。俺ばかり活躍しても意味がない」

「一人で勝てるってとこは否定しないんだな」

「…………」

「ま、お互い頑張ろう」

 

『それでは試合、開始!!!』

 

開始のブザーと共にボールが十数メートルと高く打ち上げられる。

 

「っらぁ!!!」

 

ファウラは体中の筋繊維のバネを稼働させて飛び上がりボールを追う。

それに続いて敬は軽く地面を足先で突き、得た反発力を爆発的に増幅させてファウラの倍以上のスピードで上昇する。

離陸はファウラが先だったものの、結果としてボールを取ったのは敬であった。

 

「先行もらい」

「はははっ。やっぱり化け物だ」

 

敬が弾いたボールは人類の女子生徒の手に渡った。

 

「え、え!?私が投げるの!?え、ええぃ!」

 

彼女の投げたボールは勢いなく放物線を描き、容易く相手に渡った。

 

「ボールが甘いな、そらぁ!!!」

「ぎゃん!」

 

犠牲になったのはたまたま近くにいたタヌキがベースと思われる女獣人であった。

 

『Aクラス、1アウト』

 

「ううっ、こういう時いつも自分が最初にやられるっす。つくづく運が悪いっす……」

 

その女子はぶつぶつ文句を言いながら外野へ向かった。

 

その後ラリーは続いていき、人類、獣人、魔族、天使それぞれが得意な方法でアウトを取り合っていく。

ファウラ達の作戦により、できる限り敬以外を狙う事で彼にボールが回る回数を減らして人数的にもなんとかイーブンに持ち込んでいた。

 

そしてコートの人数が半分に近づいた時、

 

「獣人ばかりに活躍されてたまるか!魔族の力を見せてやる!」

 

Bクラスの魔族がありったけの魔力をボールに込め、一般人なら目で追えない速度で獣人めがけて投げつける。

 

「取れるか?いや、無理だ!」

 

受けるのが不可能と判断した獣人はギリギリでそのボールを躱すことに成功する。しかし、

 

「っ!しまった!!!」

「………え?」

 

その射線上にいたのは、運動が得意では無い為コートの後ろにいたパーフィルであった。

彼女は反応が追いついておらず、ボールが顔面に真っ直ぐ吸い込まれていく。

 

「パーフィルさん!!!!」

 

Aクラスの誰かがそう叫んだものの、もはや助けられる猶予は無かった。

 

ただ一人を除いては。

 

 

(ボールは時速400km、パーフィルの顔面直撃まであと0.11秒。当たったら病院送り、最悪即死だ。流石に助けよう)

 

 

コートの最前線にいた敬は地面を蹴ると即座にボールに追いつき、パーフィルの鼻先5ミリのところで掴んで直撃を阻止する。

 

「お返しだ!」

 

そしてボールの威力を一気に上げて投げ返した。

 

「獅子堂!?いつの間に!?ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ボールを腹に受けた魔族は後方の生徒五人を巻き添えにして場外まで吹っ飛んだ。

 

『えー、Bクラス六人戦闘不能。再出場は……え?無理そう?無理そうなので6アウトとしまーす』

 

場外で転がる生徒達が救護班によって担架で運ばれていく。

 

「あの、敬?」

「パーフィル、怪我は無いな?」

「えぇ、貴方のお陰で無傷ですわ。一瞬走馬灯が見えましたの……」

「ワンチャン死んでたからな、無事ならよかった」

「獅子堂」

 

敬がパーフィルの無事を確認すると、先程ボールを避けた獣人が近寄り、頭を下げた。

 

「ボールを防いでくれて助かった。危うく彼女に大怪我をさせる所だった。ありがとう」

「気にすんな。クラスで協力するのが対抗戦だろ?」

「ーーそうか、どうやら俺はお前の事を誤解していたらしい」

 

敬を含めAクラスの面々が安堵する一方で、Bクラスは今の出来事に戦慄していた。

 

「ファウラの姉御。今の見えましたか?」

「いや、あいつの動きもボールも目で追えなかった。底が知れないし、残り人数もごっそり減った。これは切り札を早めに出さなきゃダメだな」

「残り五分ですけど、持ちますか?」

「持たせるさ、やるしかない」

 

『それでは試合を再開してください、Bクラスボールからです』

 

「お前ら!集合だ!」

 

係員からボールを受け取ったファウラは残った獣人の群れメンバーを計六人集める。彼らは一人一人が左右の手を取り合い、円陣を組んだ。

 

「何をする気だ?あいつら」

 

その謎の行動に敬は首を傾げる。

するとその円陣の中央に一人の女魔族が入った。

 

「ファウラさん、皆さん、本当に宜しいですか?」

「構わない。やってくれ」

「姉御の力になれるなら、どんな苦痛も耐えてみせるっす!」

「いつも我らは姉御と共にある。それを体現するのだ」

 

全員の意思を確認した後、彼女は円陣の下に魔法陣を組み上げる。

 

「うまくいくか分かりませんが、やってみます!術式展開、収束、開始!」

「うっ、がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

魔法陣が光輝き始めると、獣人達が全員苦痛に顔を歪める。

 

「まだだ、耐えろ!耐えるんだ!!!」

「あぁぁぁぁ!!!」

「姉御の、為にぃ!!!!」

 

するとファウラ以外の獣人が一人、また一人とその場に倒れていく。

 

「もしかしてこの術式って生命収束じゃない?」

「嘘だろ!?それを獣人で、しかも七人分でやってるのか!?」

「め、メチャクチャじゃねぇか……」

 

今彼らに何が起きているのか分かっているのか、他のクラスの魔族達の顔が青ざめていく。

 

「姉御、あとは、頼みます……」

 

そしてファウラを除く最後の一人が倒れた。

 

「術式収束、解除。せ、成功しました……すごい精神力……」

「ハァッハァッハァッ………」

 

一人コートの中央に立つファウラは、肩で息をしながら地面に落ちたボールを拾う。

 

「敬、お前と同じステージに立つには一人の力じゃ足りなかった。だから集めた、みんなの力を」

 

ファウラの全身の毛が逆立ち、目が赤く光り輝く。

離れていてもビリビリと感じる重圧感がAクラス全員を襲う。

 

「ファウラ、お前………」

「安心しろ、倒れてるみんなは重度の疲労になってるだけだ。じきに目を覚ます」

「いやいやいや!そこまでしなくてもいいだろ!」

「そこまでするさ。どんな勝負でも、勝つ為には出来る事は全てやる。これが獣人の意地だ」

 

『え、ええと、Bクラス六人戦闘不能、アウトとみなします……あれ?これ逃げた方がいい?』

 

倒れた獣人達が運ばれた後、ファウラは投げの態勢を取る。

 

「こっちは全身全霊だ。避けたりはしないだろ?」

「っ!全員俺から離れろ!!!!!」

 

彼女の手からボールが離れた。

 

 

『ズガァァァァァァァァァァァァァァン!!!!』

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ギャーーーーー!!!!」

 

ミサイルが着弾したのかと疑う爆音と共にコートの砂が舞い上がる。衝撃に耐えられなかったAクラス数名が場外に転がっていく。

 

他のクラスが固唾を飲んで見守る中、砂埃から現れたのはボールを片手で掴む敬の姿であった。

彼の手中では未だボールが回転を続け、摩擦による煙が上がっていた。

 

「驚いたな、中々の威力だ」

「片手で……まだ足りないのか!?」

「いやいや、ここまで威力を出せれば十分凄いぞ」

 

敬はボールを強く掴んで回転を止める。

 

「全身全霊、獣人の意地、ね。流石にここまでされたら、答えないわけにはいかないか」

 

敬がお互いのクラスの生徒にコートの端に移動するよう促すと、外野を含め皆即座に左右端の後ろに集まった。

 

「け、敬?大丈夫ですの?」

「敬くん、私達死なない?」

「大丈夫大丈夫。出来るだけ衝撃行かないようにするからさ」

 

敬はボールを構え、ファウラに狙いを定める。

 

「それっ!」

『パァン!』

 

甲高い破裂音とともに敬の手から放たれたボールは真っ直ぐにファウラへ向かった。

 

その初速、実にマッハ1.5。

 

「!!!!!!!!!!!」

 

ボールを視認したファウラが胴に直撃する前に両手で掴むと、先と同等の衝撃が発生する。

 

「ぐっ!!!うぉぉぉぉぉ!!!!」

 

ファウラの体は掴んだボールに押され、コートの後端ギリギリで耐えた。

 

「くはぁ!ハァッハァッハァッ………」

 

彼女の掌からは血が滴り、体操服のあちこちが破れかけていた。

 

「マジか、本当に耐えた。その身体能力はもう物理限界を超えてるぞ。ネオスなら間違いなくS級だ」

「まだ………まだだ!!!」

 

ファウラがコートの端から助走をつけてボールを投げる。その威力は落ちるどころか先ほどよりも更に上昇していた。

 

「衝撃反転」

 

敬は自分に迫るボールに触れ、刹那の内に運動エネルギーのベクトルを反転。エネルギーロスによる周囲への衝撃を最小限に留めてボールを弾き返した。

 

「返しが早過ぎる!?くっ!!!」

 

ファウラは即座に体勢を立て直し、両手で捕球する。

もはやこの時点で彼女は手の痛みなど気にしていなかった。

 

ファウラが投げ、敬が反射し、ファウラが後退りながら受け、また投げる。

 

それを十数回繰り返した時、ついに限界が訪れた。

 

「あっーーーーーー」

 

敬がボールを返す直前、疲労に耐えられなくなったファウラの精神の糸が切れた。

彼女がその場に倒れたのを確認した敬はボールを反射せずに掌に収めた。

 

『び、Bクラス、一人戦闘不能。1アウトとみなします……』

 

そのアナウンスの後、係員が即座にファウラに駆け寄る。

 

「き、救護班、救護班!急いで!!!」

「これは酷い……すぐに担架を!!!」

「い、いらねぇよ。自分で立てる………」

「ファウラさん!?」

 

意識を取り戻したファウラは係員の肩を借りてゆっくりと立ち上がり、医務室へ移動する。その途中、

 

 

 

「敬」

「なんだ?」

「自分の力を恐れる必要はねぇよ。お前は、本当に凄い奴だ」

 

ファウラはそう言うと運動場の外に消えていった。

 

 

 

『えーと、試合時間があと1分ぐらい残ってます。Bクラスの残り三人、まだ続ける?』

 

「「「降参しまーーーーーーーす!!!」」」

 

『Bクラスが降参したので、第二回戦勝者はAクラスとなります。次は決勝戦、Aクラス対Cクラスです。………学園、崩壊しないと良いな』

 




ちなみに運動エネルギー(ボールの威力)は速度の2乗に比例します。
なのでボールの速度が2倍になると威力は4倍になるんですね。


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第三話:決勝戦・前編

遅くなりました


『進行は引き続き私、ミリエルが務めます。只今コートの整備が終わりました。これより決勝戦、Aクラス対Cクラスの試合を開始します。それぞれのクラスはコートに集合し、ジャンパーを指定してください。なお、ボールは非常に高い耐久性能を持っておりますが、限界もあります。先程までの試合では警告しませんでしたが、ボールは一つしか用意していないので、破壊されると試合が強制終了となります。誰とは言いませんが、気をつけてください』

 

 人類最強率いるAクラスと、劫魔界最強率いるCクラスの決勝戦が始まる。運動場の騒ぎを聞きつけてか、二・三学年の生徒や先生も授業を中断して観戦しに来ていた。

 

 Aクラスのジャンパーは前回に続き敬が務める事となった。彼が中央線へ向かうと、それに応える様にソフィアが前に出る。

 

「やっとこの時が来たわね。待ちくたびれたわ」

「悪いが、お前の好きにはさせないからな」

「そうこなくてはね。精々私の邪魔をして頂戴?」

 

 ソフィアの体を深紅のオーラが纏う。劫魔界という一つの世界を統べた前魔王と同等か、それ以上と言われるソフィアの膨大な魔力が溢れ出し、凝縮され、可視化しているのである。

 対する敬はその魔力の奔流を前にしても涼しい顔を貫いている。

 

『準備は宜しいでしょうか?それでは決勝戦、開始!』

 

ブザーの音と共にボールが高く打ち上げられた。

 

敬とソフィアは地面から弾かれる様に飛び上がり、空中のボールを挟んで睨み合う。

 

「まずは力比べね」

 

お互いの右の掌がボールを捕らえる。

ソフィアは魔力によって超強化された身体能力で自陣へ押し込み、敬は『一方通行』で運動ベクトルを反転させる。

 

ソフィアが自身を纏う魔力を増大させると、敬が反射の倍率を引き上げる。それに対抗するようにソフィアが反射された以上のパワーで押し返す。

設計時の想定を超える応力に晒されたボールは、今にも破裂しそうな程に潰れていた。

際限なく跳ね上がっていくエネルギーのぶつかり合いにより、二人の間にスパークが迸る。

 

「このままだとボールが壊れる。引いてくれないか?」

「それはこっちの台詞よ。敬が引いたらどうかしら?」

 

ボールからミシミシという音が上がる。

限界が近い。

 

「俺としてはこのままボールを壊してゲームを終わらせても良いんだけどな」

「………仕方ないわね」

 

ソフィアは観念してボールを手放した。

敬はボールを自陣に軽く放り投げ、Aクラスの生徒に渡す。

 

試合序盤は両クラス拮抗した状態であった。

Cクラスは魔族が8割という強力な魔法使い集団だったものの、AクラスのネオスA.B級の能力者や身体能力の高い獣人がなんとか魔族の猛攻を押さえていた。

 

そしてソフィアにボールが渡れば、

 

「さあ敬、受け止めてくれるわよね?」

 

と言って確実に敬だけを狙ってくる。

澄ました顔から放たれる凄まじい威力のボールを、敬は他の生徒へ被害が出ないように補球しながら慎重に立ち回っていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

(試合時間あと5分、長いなぁ……)

 

 

そんな激戦の最中、Cクラスの伊織は常にコートの端に寄ってじっとしていた。狙われてしまったら魔族の後ろに隠れてやり過ごし、同じ場所に居続ける事でヘイトを溜めないように数十秒毎に左右の端を行き来していた。

そしてクラスの勝利に貢献していない事を後ろめたく思いながら、必死にボールを投げ合う同級生達の姿をじっと眺めていた。

 

(これ、逆に適当な所で当たった方がいいかも……主に私の精神的に)

 

外野に出れば狙われる必要は無く、ボールを受け取っても投げるのが得意な人に渡せばいい。罪悪感も少しはマシになる。

内野の数が減ってくると逆に目立つと判断した伊織は、わざとボールに当たるために歩き出した。

 

「ちょっと!獅子堂伊織!!!」

 

コートの中央に向かって2.3歩進んだ所で怒気を含んだ声に引き止められる。振り返れば、声の主はメロウであった。

 

「あんたさっきから何やってんのよ!」

「何って、私も動こうかなって」

「その前よ。試合が始まってから隅っこでじっとしてばかり、少しは試合に貢献する気はないの!?」

 

自分の事など誰も気にしていないと伊織は思っていたが、何故かメロウに目をつけられていた。

 

「今朝言ったでしょ、私運動嫌いなの」

「知ってるわよ。なら得意な奴の壁になりなさいよ」

「それも嫌だって言わなかったっけ?」

「我儘言ってんじゃないわよ。Cクラスは全員、姫様の勝利に貢献する義務があるのよ?壁でもなんでも馬車馬の様に働きなさいな」

「訳分かんない義務を押し付けないで。私は貴方の奴隷じゃないの」

「この、獅子堂敬の妹だからって調子に乗って……!」

「兄さんは関係ないでしょ!貴方こそソフィアさんの従者だからって調子に乗ってるんじゃないの?」

「はぁ!?い、言ってくれるじゃない!ここまで躾のし甲斐がある人間は初めてよ!」

「それはどーも。お褒めに預かり光栄です」

「褒めてないわよ!」

 

二人の口論は激化していき、次第に両クラスの注目を集めていく。それに目をつけたAクラスの外野にいる獣人が、「隙あり」と二人に狙いを定める。

 

「どうやら姫様への忠誠心と根性を一から叩き直す必要があるみたいね」

「余計なお世話です!ほっといてよ!」

「あんたのその態度が気に食わないのよ!今まで兄に甘やかされて育ってきたんでしょうね?入学式の時のように!」

「………」

 

メロウがそう言い放つと、伊織が急に黙り込む。

 

「どうなのよ!」

「だから………」

 

獣人が伊織目掛けてボールを全力投球する。

狙いは完璧。当たれば病院送り必至の豪速球が彼女に直撃したと誰もが思った、その時。

 

「ほっといてって言ってるでしょ!!!!!!!」

 

伊織は反射的に左手を振り上げ、そして迫るボールをノールックではたき落とした。

 

瞬間、大きな破砕音がコートを襲う。

突然の衝撃にメロウは魔導障壁を展開してなんとか持ち堪えた。

 

「ケホッケホッ。一体、何が……」

 

視界がはっきりした後視線を伊織に戻すと、彼女の足元にボールがしっかりとめり込んでいた。

 

伊織はしばらくその場で呆けていたが、「ハッ!」と目を見開き、見る見るうちに顔が青褪めていく。そしてメロウに辛うじて聞こえる程度の音量で呟いた。

 

「やっちゃった、最悪。ほんっとに、サイアク」

 

驚きで硬直するメロウには目もくれず、伊織はそそくさとコートを後にした。外野にたどり着くと顔を伏せ、膝を抱えて丸まってしまった。

 

『えーと、何が起きたのかよくわかりませんが、審判の情報によると彼女の左手がボールに当たっていたそうです。Cクラス1アウトです』

 

「うふふ、私の予想通りね」

 

騒然とする両クラスの生徒を他所に、ソフィアが地面に埋まったボールを取り出す。

 

「手加減しないとボールが運動場から出ていくからどうしようかと思っていたのだけど、丁度いいキャッチャーがいるじゃない」

 

ソフィアがボールを構える。

狙いは敬でもAクラスの他の生徒でもない。

 

「私の相方に相応しいか、見極めてあげる」

 

踏み込んだ左足が地面を抉り、魔力が込められたボールがソフィアの手から放たれた。しかし、

 

「悪いな、こればっかりは邪魔させてもらう」

 

伊織を狙ったボールは、突如射線に現れた敬に遮られた。彼は能力でボールの運動エネルギーを0にし、周りへの衝撃を最小限に抑えた。

 

「釣れないわね。過保護は良くないわよ」

「今のは人に向ける威力じゃないだろ」

「あら?私の見立てでは十分補球できると思ったのだけど、見当違いだったかしら」

「………見当違いだ」

「はぁ、仕方ないわね。そう言うことにしておいてあげる」

 

ソフィアは心底つまらないという表情をしていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『試合時間残り3分です。アウト数はイーブンです』

 

両クラスの残り人数は5人まで減っており、Cクラス側はメロウとチコも残っていた。試合の行方は10人の精鋭達に託された。

 

………なんて事はなく、もはや試合は最強同士の独壇場と化していた。

 

「うふふ、私のボールから他の生徒を守れるかしら?」

 

ソフィアは他のAクラスの生徒を狙うと敬が間に入るのをいい事に、ボールの威力を釣り上げながら攻め続けていた。

 

(ソフィアの奴、痛いところ突いてくるな。ボールが直撃すれば他の生徒じゃアウトで済まないし、かと言って外野が受けとれる威力じゃない)

 

ソフィアはAクラスの内野とCクラスの外野を人質に取る事で敬に勝負を強制していたのだ。

もう仕方がないと思った敬は、Aクラス他の4人に棄権するよう申し出た。

少しは反発が出ると思ったが、自分達が足手纏いだと気づいていたのかあっさりと引き下がった。

 

「面白いじゃない。一対一、頂上決戦といきましょう?」

 

その様子を見たソフィアも他の味方全員を棄権させる。

 

『棄権を認めます。試合時間残り2分、両クラス残り人数は1人です』

 

コートに残るのは敬とソフィアの二人だけ。

ボールはソフィアの手にある状態である。

 

「残り2分、敬なら力尽きずに楽しませてくれるわよね?」

「安心しろ、そんなに長く戦うつもりはないさ」

 

敬は「ふぅ」と一息つき、小声で呟いた。

 

 

「頼む遥、やってくれ」

 

 

その瞬間、運動場のコート全体を半透明の直方体が包み込み、敬とソフィアを外界から隔離した。

 



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第四話:決勝戦・後編

 

ーークラス対抗戦前日ーー

 

「また会おうって言ったけど、こんなに早くボクに会いにきてくれるなんて!嬉しいなぁ!」

 

ドッジボール大会を明日に控えた夜、敬は遥の元を尋ねていた。

 

「ちょっと頼み事があってな。明日のドッジボール大会の件だ」

「大会がある事は知ってるけど、もしかしてソフィアと戦う時加勢してほしいって事?敬って不正とかする性格してたっけ」

「早まるなよ。頼みたいのはそんな事じゃない。もし俺とソフィアが一騎討ちになった時ーー」

 

敬が頼み事の内容を伝えると、

 

「うん、それくらいならできると思うよ。ボクの知覚範囲だし、建物や島に影響出ても困るしね」

「全部俺が対処できれば良いんだけど、ソフィアと戦いながらそこまで気を配れないわ」

「いいっていいって、他ならぬ敬の頼みだもん。寧ろボクは島より敬の方が心配かな」

「そこはなんとかするよ。死ぬ事は、無いと思うけどね」

「一番心配していることをサラっと言わないでよ。もし危ないと思ったら止めるからね?」

「おう、その時は頼むわ」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「これは、結界かしら?」

 

敬と一緒に紫の結界に閉じ込められたソフィアは、物珍しそうに辺りを見回し、結界の端まで歩いて手を添える。

 

「なんて濃密な、強固な結界………私でも破れるか分からないわ。敬、貴方がやったの?」

「いや、ちょっと知り合いにな。これなら気兼ねなく戦えるだろ?」

 

遥に頼んだのは、コートを囲む次元障壁。

ただの物理的な壁ではなく、7次元以上の空間を何層にも重ねて圧縮することで生み出されている。

遥の人類最高の演算能力と次元干渉能力があるからこそ成せる技である。

 

「こんな事ができる人間がいる事にも驚きだけど、私と戦うためにこんな場を作ってくれるなんて。嬉しいわ」

「お姫様には定期的に息抜きしてもらわないと。フラストレーション溜まって暴れられるのも困るしな」

「ありがたいわね。なら、遠慮なく!」

 

ソフィアがボールを投げた。

『投げる』というより寧ろ『打ち出す』に近い形で放たれたボールは、初速マッハ10を超え、敬との間を一瞬で詰める。

 

「倍返しだ!」

 

敬がボールに触れると、運動エネルギーを増大させ、ベクトルを逆向きにして弾き返す。

 

「貴方の力はそんなものじゃ無いでしょう?」

 

対するソフィアも難なく捕球し、受け取った以上のエネルギーを込めて投げ返す。

 

マッハ30、マッハ40、マッハ50。

ボールが往復するたびに速度が上がっていく。

 

観客はボールや高速で動く二人の姿を視認できず、結界の中から聞こえる炸裂音をBGMに見守ることしか出来なかった。

 

「ボールがそろそろ壊れそうね、反則だけどちょっと細工しようかしら」

 

ソフィアはボールの周囲に結界を張り、強度を底上げした。

 

マッハ80、マッハ100、マッハ120。

まだまだボールの速度は上がる。

 

「あははは!私、今とっても楽しいわ!」

「そーですかい。余裕そうで何より、だ!」

 

敬もソフィアに負けじとボールを返し続けるが、マッハ150を超えた辺りから運動エネルギーの反射にロスが出始め、敬の掌に鈍い痛みが走る。

 

マッハ150は時速換算で約18万km/h。

20メートルのコートを0.0004秒で横切っていた。

 

(演算に遅れが出ている。マッハ300ぐらいが限界だな。それまでにソフィアが力尽きてくれると嬉しいんだが……)

 

「どうしたの?動きが鈍っているわよ、敬!」

 

その期待も虚しく、嬉々として調子を上げるソフィア。彼女の顔には未だ余裕が見える。

 

そしてボールの速度はマッハ200を超え、既に敬はボールを目で追えなくなっていた。

頼みの綱はソフィアが投げるモーションから予測される軌道と速度。この情報から瞬時にボールの到達地点を割り出さなくてはならない。

 

(一騎討ちなんてやるんじゃなかった。下手したら負けるな……俺)

 

ゼロコンマ数%のズレも許されない極限の世界で、ソフィアと敬は踊り続けていた。

 

「流石の敬も限界が近いみたいね。ラストスパートと行こうかしら!!!」

 

ソフィアが纏う魔力が更に増大し、速度威力共に大幅に上昇する。

 

「嘘だろ!?まだギアが上がるのかよ!?」

「正真正銘の全身全霊よ。受け取って頂戴!」

 

ついに速度はマッハ300に到達した。

 

(速い!重い!同じ威力で弾き返すので精一杯だ!)

 

何百回と繰り返した高速演算の代償により、脳の演算回路がショートし始める。

これ以上はジリ貧だと、体が訴えているのだ。

 

(仕方ないか。まぁ頑張ったよな、俺)

 

相手は刧魔界最強のお姫様。

その彼女が全身全霊だと言ったのだ。

 

(ここで俺が負けたとしても、文句を言う奴はいないだろうさ)

 

敬はキリのいいところで負けるため、力を抜こうとした。その時、

 

 

 

「頑張れ!!!獅子堂!!!」

 

 

 

結界の外から、誰かの声が聞こえた。

 

「ソフィアを倒せば優勝だ!頑張れ!」

「あと少しだ!獅子堂!」

「魔族に負けるな!」

「何が起きてるかよく分からないけど、ファイト!!!」

 

それは敬が予想もしていなかった、クラスメイトからの声援であった。

 

 

「人類滅亡計画メンバーの意地を見せよう、敬くん」

「ここまで来たなら勝ってしまいなさいな!獅子堂敬!」

 

 

(クルル、パーフィルまで………)

 

Aクラスの声援が結界の壁を超えて敬に届く。

 

(期待されてる、という事でいいんだろうか)

 

ちょっとだけ、嬉しかった。

声援に後押しされる様に、敬の視界と演算回路が次第にクリアになっていく。

 

 

「応援してるAクラスには悪いけれど、これで、終わりよ!」

 

 

ソフィアが本試合最大級の魔力を込めてボールを放つ。その速度はマッハ400オーバー。

敬の反応速度を超え、勝敗を決める必殺の一球。

勝敗は決したとソフィアは確信する。だが、

 

「なっ!!!」

 

ボールを投げた直後、まだ体勢が傾いているソフィアの眼前には既にボールが迫っていた。

 

「嘘、速すぎる……」

 

ソフィアは咄嗟に顔の前を両手で覆って受け止めるが、足の踏ん張りが効かなかった為にボールに押し込まれ、結界の壁に衝突する。

 

「かはっ!!」

 

ソフィアは背中を強打し、肺から乾いた空気が押し出される。

ボールは落とさずに済んだものの、彼女の両手は赤く腫れ上がり、衝撃によって全身が痺れていた。

 

「まだ、限界では無かったと言うの?敬」

 

コートの中央に佇む敬の周囲の空間が、蜃気楼の様に歪んでいる。

 

「限界だった。でも、ちょっとばかし頑張ってみようと思ってな。皆が負けるのを許してくれないらしい」

「応援のお陰って事ね」

「そうだな」

「うふふ、貴方は期待に応えられるかしら?」

 

先程と同じ威力のボールが敬に再び迫る。

 

(速く、とにかく速く。あのソフィアが反応できないくらいに。強く、とにかく強く。ソフィアが補球できないぐらいに)

 

自分で無意識のうちに定めていた限界を超え、弾き返した最高速度は、マッハ940。

真の意味で敬が出せる限界であった。

 

「ダメね、これは流石に取れないわ」

 

ソフィアが自身にまっすぐ向かって来るボールを紙一重で躱す。

ボールは結界に衝突して壁の一部にヒビを入れ、数秒高速回転した後に地面に転がった。

 

 

『Piーーーーーー!!!!』

 

 

ここで試合終了のホイッスルが鳴った。

 

『し、試合終了です!両クラス残り人数、アウト数ともにイーブンです。この場合、ルールによりサドンデスが適応されますが………』

 

司会進行のミリエルが他の先生と話し合う。

サドンデス制となった場合、お互いどちらかのメンバーに1アウトが出た時点で勝敗が決まる。

だが既に試合は1対1。今更サドンデスにしても何も変わらないのである。

 

「ちょっと、敬」

 

司会席に注目していた敬にソフィアが話しかける。

 

「どうした?」

「結界を解いて頂戴、言いたい事があるの」

「?……わかった」

 

『遥、解いてくれ』と敬が念じると、コートを覆っていた結界が消え、ソフィアはミリエルの元へと向かった。

 

「ちょっといいかしら」

「あ、あら、何かしらソフィアさん」

「この勝負、私の負けでいいわ」

 

ソフィアがそう言い放った瞬間、観客席が大きくざわめいた。

 

「先生は貴方がボールに当たったかどうか分からないし、他の先生も判断できていないわ。棄権しなければ試合を続けられるのよ?それでもいいの?」

「構わないわ。敬のボールを受け止めずに逃げてしまった時点で負けた様なものよ。悔いはないわ」

 

ソフィアは少しも悔しがる様子はなく、清々しい表情をしていた。

 

「………そう、わかったわ」

 

ミリエルは司会席に戻り、アナウンスを再開する。

 

『先程、ソフィアさん自身から棄権の申し出があり、それを受理しました!試合終了!!!クラス対抗戦優勝は、Aクラスです!!!』

 

運動場が歓喜の渦に包まれた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

間も無くして、閉会式が開かれた。

第一学年全員がクレーターだらけの運動場に並ぶ。

 

『対抗戦優勝、Aクラス。代表、獅子堂敬』

 

司会のミリエルに呼ばれて敬は表彰台へと上がった。

 

「よくやったわ獅子堂。優勝おめでとう。間違いなく対抗戦MVPね」

「ありがとうございます」

「何よ、ちょっとは喜びなさいよ」

「すみません、疲れてそれどころじゃなくて」

「まぁいいわ。とにかく受け取りなさい。賞状と景品よ」

 

敬が賞状と一緒に受け取ったのは、大きめの紙封筒であった。数十枚のチケットの様なものが入っている。

 

「先生、これは?」

「景品は一ヶ月食堂利用無料券よ。人数分あるわ」

 

それを聞いた瞬間、Aクラスの生徒が沸いた。

 

「マジかよ!!!」

「一ヶ月食べ放題ってこと!?」

「太っ腹すぎるだろ!」

「獅子堂ありがとう!」

 

皆口々に喜びの言葉を述べていた。

 

「食堂利用券、ですか」

「あら、あまり嬉しそうじゃないわね」

「嬉しいですよ。でも食堂殆ど利用しないので」

「そうなの?勿体無いわね。折角だから使い倒しなさい?」

「はい、そうさせて貰います」

 

敬が表彰台から降りるとクラスメイトが集まり、敬を讃えた。中には「今まで怖がってごめん」と謝る者もいた。

 

こうして、ドッジボールクラス対抗戦は敬の大活躍で幕を閉じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「うふふ。また負けてしまったけれど、今日は本当に楽しかったわ♫」

 

放課後、ソフィアはメロウとチコと一緒に寮の部屋へ向かっていた。

 

「姫様、申し訳ありません。私共の力足らずで、最後までご助力できませんでした」

「ガゥ。敬、強かった」

「別に気にしていないわよ。貴方達がいつも全力で私に尽くそうとしているのは知ってるもの。これからもずっと私のそばに居てくれれば、それでいいの」

「姫様……ありがとうございます。全力でお仕えさえて頂きます」

「チコも、がんばる」

 

そして部屋に辿り着き、メロウが手早く着替えの準備を始める。すると、

 

「ガゥ?これ、てがみだぞ」

 

チコがソフィアに青い封筒を手渡した。

 

「あら?どこにあったの?」

「ドアのちかくにおいてあったぞ」

「気づかなかったわ。誰からかしら」

「姫様?どうかなさったのですか?」

 

支度中のメロウが近づき、三人で封筒を確認する。

 

「もしかして、敬からのお手紙かしら」

「獅子堂なら手紙を使わずとも直接言いに来ると思います」

「何よメロウ。釣れないわね」

「も、申し訳ありません」

 

そしてソフィアが封筒を裏返すと、糊付け部分に水色の蝋のシールが貼られていた。

 

鷲の様な鳥が両羽を広げ、その周りに幾つもの稲妻が放射状に走っている、特徴的な模様。

 

「姫様、こ、この家紋は」

「ロイセス家……」

 

対抗戦の余韻で緩み切っていたソフィアの表情は瞬く間に陰り、眉間に皺が寄る。

 

ロイセス家とは、刧魔界前魔王であるギルヴァス=ユースティ、もといユースティ家に代わり、魔王の座に着いた一家である。

 

「一体、姫様に何の用が?」

「とにかく、開けてみましょう」

 

ソフィアは封を開け、便箋を取り出した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

親愛なる姫君 ソフィア=ユースティへ

 

 君が刧魔界を旅立ち、二ヶ月の時が経った。人間界での暮らしは如何だろうか。慣れない土地で、苦労していると思う。

 君を守る為とは言え、まさか実の父親が刧魔界から君を追い出すとは思わなかった。僕がその事を知ったのは、あの事件から一週間後だった。

 君の居ない日常はとても寂しく、静かで物足りない。ふと赤い空を見上げては、思い浮かぶのは君の事ばかりだ。

 何故僕達はこんな思いをしなければいけないのだろうか。狭く、退屈な世界で日々を浪費していくであろう君を思うだけで胸が張り裂けそうだ。

 更に此度の件で、現魔王派と旧魔王派の軋轢が深まってしまった。議会は完全に二分化しており、混乱が広がっている。

 事は一刻を争う。この問題を解決するには、僕と君が二つの勢力の架け橋となる他無い。

 近いうち、君を迎えにいく事が決まった。すぐに連れ出すのは難しいから、少しそちらに滞在する事になる。詳細は後で追って連絡する。

 刧魔界に戻って、婚約を果たそう。今度は僕が君を守って見せる。

 

メレク=アーク=ロイセス




第一章、本編スタートです。


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第五話:妹だって楽じゃない

「ん、うーん」

 

対抗戦の翌朝、敬は自室のベッドでゆっくりと目を覚ました。カーテンの隙間から陽の光が差し込み、小鳥の囀りが聞こえる。

 

「あれ、今何時だ?」

 

寝ぼけて視界が悪いため、敬は両手をバタバタさせながら目覚まし時計を探す。

 

「あった。ええと……………は?」

 

時計の短針が『8』を指している。

敬は目をゴシゴシと擦り、再度時計を確認する。

 

やっぱり短針は『8』を指していた。

 

「遅刻だぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

敬は勢いよくベッドから跳ね起き、寝癖も直さずに制服に着替えて部屋を飛び出した。

食堂へ向かうと、すでに寮長が食器を片付けていた。

 

「あら?獅子堂くん、もしかして今起きたの?」

「紗月さん!朝食は!?」

「もう片付けちゃったわ。ごめんなさい」

「そんな………」

 

敬は膝から崩れ落ちた。

朝飯抜きが確定してしまったのだ。

 

「というか、朝食取る暇あるの?もう遅刻するわよ?」

「そ、そうだ!!!すみません紗月さん!行ってきます!」

「はーい、気をつけてね」

 

彼を見送った紗月は作業に戻り、そして一人呟いた。

 

「そういえば、今日は妹さんやソフィアさん達も見なかったわね。偶然かしら?」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

敬は毎朝伊織とソフィア一行を連れて登校していたが、今日は敬一人。遅刻の危機である。

陸路で急ぐと周りの建物を破壊してしまうと判断し、敬は空路で登校する事にした。

能力で周囲の気流を操作して自身の体を浮かせ、校舎に向かって一直線に飛んでいく。

 

(なんで伊織は起こしてくれなかったんだ!?ってのは言い掛かりが過ぎるか。どんな理由があろうと寝坊した俺が悪いな)

 

しばらくすると登校する生徒達がちらほらと見え始める。間に合った事に安堵した敬は校舎の屋上にふわりと降り立ち、急いで教室へ向かった。席についたのはホームルームが始まる3分前だった。

 

「あら珍しい。遅刻ギリギリですわよ?敬」

 

後ろの席のパーフィルが、チョンチョンと敬の背中を指で刺す。

 

「おはよう。寝坊したんだ、焦ったよ」

「対抗戦が終わって気が緩んでいるのではなくて?先生の雷が落ちても知らないですわよ」

「ミリエル先生怒ったら怖いもんな。気をつけるよ」

 

パーフィルが言った『雷が落ちる』は比喩ではなく、ミリエルは怒ると本当に電撃を放つ。

授業中に居眠りをすれば電気を纏ったチョークが飛んでくる事もある。敬は電子運動のベクトルを操作して感電を避けられるが、まともに受ければ種族関係なく悶絶する『死なない程度』の威力になっている。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

午前の授業が終わり、昼食の時間となった。敬はいつも購買でパンを買って済ませるのだが、クルルとパーフィルと食堂へ向かい、戦利品の無料券を使う事にした。

クルルは山盛りのカレーを注文し、ここぞとばかりに頬張っていた。

 

「ちょっとクルル、そんなに急いで食べると喉につっかえますわよ?」

「もぐもぐ……本当に敬くん様様だよ。万年資金不足の私にはこの一皿が生命線だよ」

「お前、本当にお金なかったのな。と言うかクルルは機械帝国出身だろ?機械生命体に食事って必要なのか?」

「生命も機械も全て、活動を維持する為にエネルギーを必要とする。当たり前の事だよ、敬くん」

 

そう言うとクルルは再びカレーを掻き込む。

妙にはぐらかされた気がした敬だったが、これ以上は突っ込まなかった。すると、

 

「あ、そうそう。ちょっと気になっていたのですけど、妹さんの方は大丈夫ですの?」

 

突然箸を止めて敬に問いかけるパーフィル。

 

「妹?」

「そうですわ。対抗戦でボールに当たった後、青い顔をして外野で膝を抱えていましたわよね?」

「あ、あ〜その事か。今日は朝から一度も会ってないから分からないんだよな」

「そうですの?着弾時に爆発を起こしていましたし、どこか怪我をしているのでは?」

「伊織が怪我………ねぇ。一応連絡してみるよ。というか、なんで俺の妹って知ってるんだ?面識あったか?」

「いつも一緒に登校しているではありませんの。過去に何度か見かけていたのですわ」

「なるほど、それで覚えていたのか」

「そうですわ。ちなみに、妹さんはどんな能力を持っているんですの?Neo'sに遺伝が影響するかは知りませんけど、貴方の妹ともなればとんでもない能力だったりするのかしら?」

「そうでもないさ。伊織の能力は自然治癒能力の超強化だ。切り傷や打撲、最悪骨折してもその場で治るんだ」

「あらそうなの?じゃあ怪我の心配はないようですわね。良かったですわ」

 

そして昼食を済ませて一行は食堂を後にした。

敬は途中で二人と別れ、伊織に電話を掛けてみる事にしたのだが、

 

『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか』

「うーむ、出ないな」

 

二、三度掛け直しても電話に出なかった。

 

その後一年Cクラスに向かったが、やはり彼女の姿は無かった。仕方なくそのクラスにいた女生徒に話を聞いてみると、今日は欠席しているとの事だった。

 

「ちなみに休んだ理由はわかるか?」

「今日は無断欠席みたいです。ちょっと心配で………」

「そうか、わかった。引き止めて悪かったな」

 

(伊織が無断欠席か。あとで部屋に行ってみるか)

 

敬は放課後の予定を固めつつ、Aクラスに戻るのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

【放課後】

 

敬は寮長に事情を伝え、同伴の元で伊織の部屋に向かうこととなった。

 

「すみません紗月さん。付き合ってもらっちゃって」

「いいのよ、規則なんだから。実は今朝食堂で見なかったのよね。ご飯食べてるのかしら」

「そうなんですか?何か持ってくるべきだったかな……」

「軽い間食ぐらいなら作ってあげるわよ。着いたわ」

 

敬が部屋のインターホンを押すと、

 

『はい』

 

少し覇気の無い伊織の声がスピーカーから聞こえてきた。

 

「俺だ。今日学校休んだらしいが大丈夫か?」

『おに、兄さん?もしかしてお見舞いにきたの?兄さん一人?』

「紗月さんも一緒だ」

「伊織ちゃん、中に入ってもいいかしら?」

『あ、ええーと、そうですね………』

 

伊織は紗月の声を聞いた途端にバツが悪そうな声を上げる。そして10秒程沈黙した後、

 

『紗月さん、すみません。入るのは一旦兄さんだけにしてもらえませんか?』

「構わないけど、どうして?」

『それは事情があると言いますか、とにかく少し兄さんと二人きりで話をしたら大丈夫なので』

「そう?わかったわ。それじゃあお兄さんにお任せしようかしら」

「え、いいんですか?そんなあっさり」

「確かに伊織ちゃんの事は心配だけど、兄妹(きょうだい)にしか話せない事もあるでしょう。そのかわり、話が終わったら顔ぐらいは見せてもらいますからね?」

『はい、ありがとうございます。兄さん、鍵は空いてるから、入ってきて』

 

紗月には一旦寮長室に戻ってもらい、敬は伊織の部屋に入る。

シンプルな1Kの間取りの廊下を抜けると、浮かない表情で伊織はベッドに腰掛けていた。

ふと側にあるテーブルに目を向けると、その上には割れた陶器のコップの破片が散乱していた。

 

「また制御できなくなったのか?」

「うん。昨日の対抗戦がトリガーになったみたい」

 

伊織はそっと立ち上がると、コップの破片を一欠片拾って軽く握り込む。その手を開くと破片はサラサラとした粉に変わってしまった。

 

「触っただけでコップとかフライパンをダメにしちゃうし、ジャンプするだけで床が抜けそうになるし、迂闊に動けないの。ほんっとゴリラみたい。この能力大嫌いよ」

 

 

 

ネオスS級第七位、獅子堂伊織。

能力名、身体活性【オーバードライブ】。

 

人間が本来持つ能力を生物学における理論上の限界を超えて発揮できる様になる『強化系能力者』に分類され、伊織はその頂点に君臨している。

伊織は筋力と肉体強度、そして自然治癒能力が劇的に強化されている。

 

拳を振れば10tトラックが回転しながら宙を舞い、対戦車ミサイルの直撃を無傷でやり過ごし、腕や足の部位欠損程度なら数秒あれば完全再生。Neo’s研究の第一人者である水瀬からの評価は『歩く重装戦車』である。

 

ただ伊織はこの能力を『女の子らしくない』と心底嫌っており、血の滲むような努力の末に無能力者と同レベルまで力を抑える事が出来る様になった。学園では本来の能力を隠し、自然治癒能力の強化のみを公表している。

 

そして稀に力を長い間抑え続けると何らかのきっかけにより暴発し、制御できなくなってしまう事がある。今回はメロウとの口喧嘩でリミッターが外れてしまったのだ。

 

「治るまでどれくらいかかりそうなんだ?」

「多分今が峠を越えたぐらい。明日には登校できると思う」

「そうか。着替えや風呂は自分でできるか?」

「出来るわよ!!!じ、時間をかければ。お兄ちゃんのエッチ」

「手伝うつもりはないぞ!?俺はお前の心配をしてだな!?」

「冗談よ。ありがと」

 

すると、何処からともなく『キュルル』と可愛らしい音が部屋に響いた。

 

「飯食ってないのか?」

「実は朝から食べてないの」

「やっぱりか。紗月さんが簡単な食事を作ってくれるらしいから、頼んでおくわ」

「本当!?夕食の時間過ぎちゃったから、今日はお腹空かせたまま寝るつもりだったの………」

 

そして数分話した後、あまり紗月を待たせる訳にはいかない敬は素早く伊織の部屋を片付け、

 

「紗月さんには風邪だって伝えとくよ。部屋に来たら今も少し体調が悪いって事にしといて、ベッドから出ないようにな。くれぐれも怪我させないように」

 

そう言って伊織の部屋を後にした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

十数分後、紗月が土鍋にお粥を盛って部屋にやってきた。

 

「伊織ちゃん、風邪だって聞いたわよ?体調は大丈夫?」

「はい、明日には登校できると思います。心配かけてしまってすみません」

「いいのよ。寮生の管理は私の仕事だから。お粥は好きな時に食べて頂戴?何かあったら内線で呼んでね?」

 

そう言い残し紗月が部屋を出たのを確認すると、お腹をすかせていた伊織は即座に机の側に移動して蓮華を手に取った。しかし、

 

バキッ!!!

 

「あ」

 

唯一の食事手段である蓮華は手の中で真っ二つに折れてしまった。

 

「最悪。どうやって食べろって言うのよ………」

 

そして、食事にありつこうとする伊織の長い夜が始まるのだった。



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第六話:ソフィアのお願い

遅くなりました


翌朝、無事能力の制御に成功した伊織は敬を起こし、一緒に登校していた。

しかし寮の入り口で待っている筈のソフィア一行の姿はそこに無かった。

 

「今日はソフィアさん達居ないんだ。珍しい」

「なんだ伊織、寂しいのか?」

「まさか。居なくて清々するわ」

「毎朝一緒だったのに辛辣だな………」

「あの人達と一緒にいると疲れるの。というか昨日ソフィアさん達と登校したの?」

「一人で登校したぞ」

「そう?どうせ寝坊して置いていかれたんでしょ」

「いやいやそんなことは」

「本当に?紗織さんに確認しても良いんだけど」

「すんません、寝坊しました」

「はぁ、兄さん相変わらず朝には滅法弱いんだから」

 

伊織の言う通り、敬はとにかく朝に弱い。

目覚ましをかけてもアラーム音を無意識に不快な物として反射してしまい、全くもって役に立たないのだ。

そのため子供の頃からずっと伊織は敬の目覚まし変わりになっている。

 

「もう子供じゃ無いんだし、いい加減一人で起きれる様になってよね」

「善処します」

「それ絶対治らないやつだから」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その日の放課後、寮の食堂で夕食を済ませた敬は一人自室のベッドで横になっていた。

 

「こんな所伊織に見られたら、『ご飯の後に寝たら豚になる』って言われるな」

 

そう敬が呟いた瞬間、

 

『ドカン!!!!』

 

という破壊音が部屋に響き渡った。

 

「ガゥ?とれた。なんじゃくなドアだ」

「獅子堂敬、いるんでしょう?出てきなさい」

 

玄関のドアを根元から剥がして現れたのはメロウとチコであった。

 

「待て待て!何の用だお前達!ドアぶっ壊すなよ!」

「鍵をかけてるからよ。中に入れないじゃない」

「中に入れない様にかけてるんだよ!」

「かかってたのか?ちょっとひねったらあいたぞ?」

 

チコはそう言いながら右手に持ったドアを玄関外に放り投げる。

 

「ドアごと壊せば鍵は関係ないだろうよ……」

「しっかし、質素でつまらない部屋ね。人間の男の部屋って全部こんなものなの?」

 

いつの間にか土足でリビングに上がり込んでいたメロウは、舐めるような視線で部屋中を見渡していた。

 

「余計なお世話だ。あまり物を置かない主義なんだよ。で?もう一度聞くぞ、何の用だ?」

「姫がお呼びよ。今から私達と一緒に来てもらうわ」

「ソフィアが?何処に?」

「姫のお部屋に決まってるじゃない」

「お部屋って、女子寮かよ」

「何か問題でも?私達が同行すれば寮則には引っかからない筈よ」

 

学生寮では寮間の移動は異性か寮長の同行が原則となっている。そのためメロウとチコが同行するのであれば問題はないのだが、行き先はあのソフィアの部屋である。敬はどうしても気乗りしなかった。

 

「問題大ありだ。俺だって忙しい」

「嘘ね、さっきまで寝転がってた癖に」

「俺に拒否権は無いのかよ」

「無いわ。これは姫の勅命よ。死んでも連れて行くわ」

 

目の前の二人はーー特にメロウはソフィアに対して狂信的な程の忠誠心を示している。敬はそれをこれまでの学園生活でよく知っていた。

ここでソフィアの誘いを断ったとしても、メロウは敬を連れて行くまで部屋に居座り続けるだろう。

 

「あ〜分かった分かったよ。行けばいいんだろ?」

「最初からそう言いなさいな。さぁ、行くわよ」

「れっつごー」

 

そうして敬は二人に同行、もとい強制連行され、ソフィアの部屋に向かうのだった。

 

その道中、

 

「姫と敬が?納得できない………」

 

メロウが苦虫を噛み潰したような顔で、小さくそう呟いていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「こんな遅くにごめんなさいね。よく来てくれたわ、敬」

 

案内された扉を開けると、そこには敬の質素な部屋とはまるで真逆の、豪華絢爛な空間が広がっていた。

 

キングサイズのベッドやカーペット、カーテンは赤を基調とした色で統一され、絵画や装飾品が所狭しと並べられている。そしてリビングの中央には高そうなテーブルセットが置かれ、ソフィアが既に向かいに腰掛けていた。

 

「なんかこの部屋広くないか?」

「学園に頼んで増築してもらったのよ。さ、座って頂戴」

 

促されるまま椅子に座り、目の前にソフィア、左右のすぐ後ろにメロウとチコが立っている構図となった。

 

「私は周りくどいのは嫌いなの。だから単刀直入に言わせてもらうわ」

 

一体何を言われるのかと身構えた敬であったが、開口一番ソフィアから飛び出したのは予想外の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「敬、貴方の事が好きよ。私とお付き合いして欲しいの」

 

 

 

 

 

 

ソフィアの鋭い眼光が敬を真っ直ぐに貫く。

部屋にはとても告白シーンとは思えない、謎の緊張感が漂っていた。

 

「ええと、どこまでお付き合いすれば?」

「惚けないで頂戴。私は真剣なの」

「わ、悪い。それは恋人として付き合うということか?」

「そうよ」

 

突然の、人生初の告白に驚く敬とは対照的に、照れる様子一つなく真顔で彼を見つめ続けるソフィア。敬の額に一滴、冷や汗が流れる。

 

敬はこれまでソフィアに対し好かれる様な事をした覚えは無く、彼女がその様な素振りを見せた事は一度もなかった。

 

敬は確信した。間違いなく裏がある、と。

 

「………何が目的だ?」

「あら、いきなり冷たいじゃない。これでも初めて殿方に告白したのよ?私、結構優良物件だと思うのだけど、どうかしら」

「どうって言われてもな」

 

その後十数秒の沈黙が続き、それに耐えかねたソフィアが口を開いた。

 

「はぁ、これで頷いてくれれば楽だったのだけど、流石にそう上手く行くわけないわよね」

「どう言う意味だよ、ちゃんと説明してくれ」

「うふふ、ごめんなさい。ちょっと先走りすぎたみたい。メロウ、チコ、敬にお茶を出して」

「「かしこまりました」」

 

ソフィアが指示をすると二人は即座にキッチンへ引っ込んだ。すると直ぐに紅茶の良い香りが部屋に漂い始める。

 

「何処から話そうかしらね」

 

ソフィアは両肘を机に付き、組んだ手で口を隠す様にして思案する。普段のソフィアからは想像もつかない、少し憂鬱な表情をしていた。

 

「改めて言うわ。私と付き合って欲しいの。いえ、付き合う『振り』をして欲しいの」

 

ソフィアの話を簡単にまとめるとこうだった。

彼女はとある理由により、父親に刧魔界からガイア界に追い出され、この学園で三年間を過ごす事になった。

しかし、刧魔界には勝手に決められた婚約者がおり、その婚約者が自分を連れ戻しに学園へやってくるのだと言う。

ソフィアはその婚約者をあまり気に入っておらず、自分との婚約を諦めさせるために恋人役をやってほしいとの事だった。

 

「ちなみに、その婚約者ってのは誰なんだ?」

「名前はメレク=アーク=ロイセス。現魔王の息子よ。9年前、私のパパが五界大戦を起こした責任をとって魔王の座を降りた後、後任に選ばれたのがロイセス家と言う貴族の当主なの。その時魔王が勝手に私と彼の婚約を決めたのよ」

 

ーー『五界大戦』

 

当時刧魔界大統領、通称魔王であったギルヴァス=ユースティが、魔族軍を指揮して他の四界に攻め入った事件。

大型魔獣や強力な魔術師を連れて各地で暴れ回り、あわや刧魔界vs四界の全面戦争になりかけたとんでもない黒歴史である。

その終戦後に結ばれた平和条約によりギルヴァスは失脚。ソフィアも魔王の娘という立場を失う事になったのだ。

 

「別に好きでも無い相手と結婚なんてしたくないでしょう?殿方を好きになった事はないけれど、もし結婚するのであれば結ばれる相手ぐらい自分で選ぶわ」

「それが刧魔界のトップが決めた政略結婚でもか?」

「当たり前じゃない。まぁ、立場上我儘を言ってるのは理解してるわ。元々ユースティ家とロイセス家は何世代にも渡って犬猿の仲だったから、家同士の橋渡しの意味も込められていたのでしょうね」

「その魔王の息子がどんな奴かは分からんが、刧魔界では相当良いとこのお坊ちゃんだろ。一体何が不満なんだ?」

「彼、私より弱いもの」

 

敬は空いた口が塞がらなかった。

ソフィアはどうやら男の価値を強さで測っているらしい。まるで獣人である。

 

「じゃあ何か?もし結婚するならお前より強い奴がいいってか。条件キツすぎだろ」

「自分を棚に上げておいてよく言えるわね。私に二度も勝った男が」

「いや、まぁ、確かにそうだけどさ……….」

「姫、お茶をお持ちしました」

 

敬が返答に困っていたところで、メロウとチコが丁度良く紅茶を運んできた。口に含むと、芳醇な香りと微かな甘味に包まれていく。

そして束の間のティーブレイクを挟んだ後、ソフィアが切り出した。

 

「勿論タダで協力しろとは言わないわ。もし彼を諦めさせた暁には……そうね。何でも一つ、言う事を聞いてあげる」

「姫!!!」

 

ソフィアが報酬を提示したその瞬間、カップを回収していたメロウが会話に割って入った。

 

「姫!そのような事、冗談でも!!!」

「黙りなさいメロウ。私は彼と話をしているの」

「しかし、やはり私は納得できません!姫は刧魔界一、いえ五界一高貴な御方。ギルヴァス様の意志を継ぎ、未来の魔王と成られる方で御座います!それが、このような異界の猿と仮とは言え恋人など!」

「そう、それなら敬に負けた私は猿以下と言うことね」

「そ、そのような事は申しておりません!ただ、我慢ならないのです!姫にはこの男より相応しい方がいる筈で御座います!」

「貴方の意見は聞いていないわ。下がりなさい」

「しかし姫ーー」

「メロウ!!!」

 

突如ソフィアが声を荒げたと思えば、部屋の温度が急激に低下し、メロウの後ろにある陶器が幾つか粉々に砕け散った。

彼女の放つ怒気をまともに受けたメロウは青い顔をして汗を滝のように流し、足をガクガクと震わせていた。

 

「三度目は無いわ。下がりなさい」

「はぃ………」

 

メロウは震える手をなんとか抑えながらカップを二つ回収し、チコに支えられながら千鳥足でキッチンへと下がった。そしてリビングに残ったのはソフィアと敬のみとなった。

 

「………」

「………」

 

二人の間にまるで永遠のような無言の時間が流れる。敬は気まずい状況で上手い事を言えるほどのコミュニケーション能力を持ち合わせていない為、ただソフィアの言葉を待つ事しか出来なかった。

 

「メロウが失礼な事を言ってしまったわね、ごめんなさい。主人として謝罪するわ」

「このくらい構わないさ」

「優しいのね」

「いや、悪口は言われ慣れてるから」

「そう………」

 

ソフィアは一息ついて、言葉を続けた。

 

「話のまとめだけど、メレクが学園にいる間、私の恋人の振りをして欲しいの。彼が私を諦めたら、何でも一つ言う事を聞くわ」

 

敬は両腕を組み、しばらく思考する。

そして十秒ほど経った後、結論を口にした。

 

「悪いが、その話を受ける事はできない」

「………理由を聞いてもいいかしら」

「俺がソフィアと仮の恋人になった場合、間違いなくユースティ家とロイセス家の関係性は悪くなる。当然だ、息子の婚約を邪魔されたんだからな。そしてその怒りの矛先は間違いなく俺に向かうだろう。これは刧魔界への内政干渉となり、最悪ガイア界と刧魔界の関係性悪化に繋がる可能性がある。俺も政府預かりの人間で、ネオスS級序列一位という肩書きがある以上、下手な真似は出来ない」

「確かにそうね、私自身の利益だけ考えて、貴方の世界に及ぼす悪影響を考慮していなかったわ。私とした事が、情けないわね」

「あくまで可能性だが、そんなリスクを犯してまで恋人の振りをするのは得策ではないと考えてる。折角の申し出だけど、断らせてもらう」

「ええ、貴方の考えを尊重するわ。話を聞いてくれてありがとう」

「いいんだ。あと誤解があったら不味いから念のため言っておくが、メロウの事は断る理由に含まれて無いからな。もしメロウに仕置きをするつもりなら、やめてやってくれ。もう十分反省してる筈だ」

 

二人がキッチンの方を見ると、メロウが震えながら入り口から顔を覗かせていた。

 

「分かったわ。貴方に免じて、この件に関してメロウへ罰を与えないと約束するわ」

 

それを聞いたメロウは、ヘロヘロとその場に崩れ落ちて大きく息を吐いた。

 

「あら、もうこんな時間」

 

ソフィアの視線の先にある時計は既に九時半を指していた。異性の部屋にいられる時間は寮則により十時までと定められている。

 

「長くはここに居れないな。自分の部屋に帰ってもいいか?」

「ええ。チコ、敬を女子寮入り口まで案内して頂戴」

「ガゥ、わかった」

 

敬はチコに連れられてソフィアの部屋を後にした。部屋に残るのはソフィアとメロウの二人だけである。

 

「メロウ」

「!」

 

ソフィアが名を呼ぶとメロウの体がビクッと跳ね上がる。

 

「何か言う事は?」

「も、申し訳ありませんでしたーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

メロウはソフィアの前に即座に移動し、膝をつき、額を床に擦りつけた。

 

「貴方の行為は私を思っての事だと思うわ。でもね、もう少し節度というものを持ちなさい」

「はい…………!!!」

「本来ならキツく躾けるところだけど、敬に宣言した通り、今回は御咎めなしとするわ」

「姫の寛大な御心に感謝申し上げます!本当にありがとうございます!!!」

「その言葉は私じゃなくて敬に言って。貴方を赦したのは彼よ」

「はい、明日改めて謝罪に向かわせて頂きます!」

「そうして頂戴。それにしても、残念ながら断られてしまったわね」

 

メレクがソフィアを迎えに来るために学園へ来るのは二日後、しかも教育実習生という立場で急に決まってしまった。

 

「しかもわざわざ私のクラスに赴任するなんて。彼、本気みたいね」

 

ソフィアはメレクから送られた便箋を手に取り、ロイセス家の紋章をじっと眺める。

 

「パパは権力を失って隠居、私はその代わりに成って旧魔王派の操り人形。更には政略結婚なんて。本当に面倒臭い、もう刧魔界も魔族も纏めて滅ぼしてやろうかしら」

 

彼女の掌から炎が上がり、便箋が灰に変わる。

 

「何もかも五界大戦から狂ってしまったわ。私は一体これから、どうすればいいの」

 

ソフィアの呟きは煙と共に虚空に消えた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「はぁ、一時はどうなる事かと思ったわ」

 

一方自室に戻った敬は再びベッドに横になっていた。

 

「しかし五界大戦か、久しぶりにその言葉を聞いたな」

 

事が起きたのが九年前と言うこともあり、その時の事はまだ敬の記憶にも新しい。

 

「………そうか、多分俺の所為だ」

 

正確には敬と『もう一人』だが、間違いない。

 

「あの時俺とアイツが魔族軍を壊滅させたからだ。だから責任を取ってギルヴァスは失脚した。ソフィアは政略結婚するハメになった」

 

別に魔族に悪いとは思ってないし、後悔はしていない。

人類を守るため、仕方なくやった事だ。

そしてその事を恐らくソフィアは知らない。

知っていたら恨まれてもおかしく無いからだ。

 

「俺が落とし前つけろって事かよ、神様」

 




次回、ちょっと過去編入ります。


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第七話:『ユースティ』の盛衰

すみません、内容が古いものになっていたので更新しました。
矛盾点があったので………


『刧魔界』

 

ガイア界では魔族と呼ばれている種族が暮らし、高度に発達した魔法文明が存在する世界。

 

その世界の由緒正しき貴族である『ユースティ家』にソフィア=ユースティは生を受けた。

 

父は刧魔界魔王、ギルヴァス=ユースティ。

たった一人で強者が跋扈する刧魔界の殆どを纏め上げ、実質的な独裁者としての立場に立っていた。

 

刧魔界随一の実力と権力を合わせ持つ者の血を引いたソフィアは、生まれた瞬間から権力闘争に巻き込まれる事になった。

赤ん坊の頃から他勢力に暗殺者を仕向けられるのは日常茶飯事。彼女は父親譲りの圧倒的な魔法の才能を駆使してその悉くを返り討ちにした。

 

そして五歳の誕生日、ソフィアは新たな名を授かった。

 

その名は『ソフィア=テラ=フランマソル=サンダ=ヴァニム=アクリ=ユースティ』。

 

元の姓名の間に連なる六つの姓はユースティ家を支持する有力貴族を示している。彼らはソフィアを『姫』と呼び、次期魔王となる事を期待していた。

同時に仲の良かったメロウ=アクリと言うセイレーン族の名家の娘と、擬人化した大型魔獣のチコが正式に側付きとなった。

 

八歳の時には学園の生徒や教師すら誰も魔法でソフィアに敵わなくなっていた。一応魔法学院に在籍してはいたが、授業には全く出席せず、あらゆる権力とコネを使って学園を私物化していた。

彼女の行動を邪魔する者がいないのを良い事に、敷地内に城を建てる等好き放題過ごしていた。

 

その頃、刧魔界ではある問題が起きていた。

それは後にガイア界や大自然郷などと呼ばれる異世界との関係の悪化だった。

 

突如として刧魔界に四つの異世界と繋がる空間の穴、『ゲート』ができたのはソフィアが生まれる前の出来事で、人間界では『変革の日』と呼ばれたその日から、十年もの間異世界に住む種族との交流が続いていた。

 

五つの世界が繋がった当時はギルヴァスが刧魔界で自勢力の地盤固めをしている真っ最中で、とても異世界の事に首が回る状態では無かった。

だから異世界の種族との争いはなるべく避け、交流をしていた。

 

だがギルヴァスが魔王として刧魔界を統一してからは、ユースティ家の対抗勢力に向いていた矛先が異世界に向けられた。

刧魔界を征服した次は異世界の征服だと豪語した魔王は突然態度を豹変させ、ガイア界・天楽園・機械帝国・大自然郷全てに同時宣戦布告。

 

刧魔界政府は十年かけて各界から得た情報を元に作戦を立て、四界に進軍した。

勿論敵軍の強い抵抗はあったが、都市一つを一体で制圧できるほどの力を持つ最上級魔獣や、魔王を含めた優秀な魔術士の力で強引に戦線を切り開き、暴れ回った。

 

しかしその頃、ソフィアは戦争には全くの無関心で、メロウとチコと一緒にお茶をしながら逐一上がってくる戦果報告を聞き流すだけだった。

そこで軍上層部が魔術士として高い実力を持つソフィアに何度も協力を要請したが、

 

『私が力を振るうのはあくまで私自身の為よ。パパみたいに血に飢えている訳でも無いし、戦争なんてする暇があったらメロウやチコと遊んだ方がまだ楽しいわ』

 

と言って参戦を拒み続けた。自分が好き放題できる刧魔界という世界があるソフィアは異世界には全くの無関心。征服が完了したら少し遊びに行こうかしら、ぐらいの感覚であった。

 

そしてついにガイア界へ本格的な侵攻を計画。

外交によって得られた情報から人間界には『ネオス』と呼ばれる強力な能力者がいる事が分かっていた為、刧魔界政府は大自然郷等を侵攻した時よりも戦力を増強する事にした。

第一陣で用意されたのは最上級個体5体含む30体の魔獣と、10000人の精鋭魔導士。ギルヴァスが統一する前の刧魔界であれば、国一つなど余裕で落とせる戦力。この第一陣には魔王は諸事情で参加せずに第二陣で参加する事になっていた。

最上級魔獣であるチコにもこの戦いに収集がかかっていたが、遊ぶ相手が減るのが気に食わなかったソフィアがそれを拒否した。

 

 

 

但し、ガイア界はそれを指を加えて見ているだけでは無かった。

この頃には刧魔界には多くのスパイが潜入しており、戦力や侵攻日時、更にはガイア界における侵攻ルートまで、あらゆる情報が筒抜けになっていたのだ。

ガイア界の対抗作戦は単純で、『ゲートを通って現れた魔族軍をその場で叩く』というもの。

 

そこで戦力として送られたのは国連軍でも核搭載無人機でもなくたった2人の『新』人類、しかも当時8歳と9歳の少年少女であった。

少年はあらゆる魔法や物理攻撃を威力を増大させて反射し、加えて大規模な竜巻や地割れを連続的に発生させて軍を圧倒した。

少女はサイズが変わる黒い立方体を自由自在に幾つも操り、大型魔獣や魔導士を大勢纏めて切り裂き、押し潰した。

 

結果、侵攻初日に2人と会敵した10000人の魔導師と30体の魔獣は抵抗虚しく、死体すら残らず殲滅されることとなった。

 

そして未曾有の大損害により、刧魔界における魔王の立場は一気に悪化する事になった。

この戦いで魔族側が得た情報は殆どなく、敵の数やその詳しい能力や姿は生存者が居なかった為に不明のままであった。

そして魔王を信じて応援していた権力者や民は掌を返した様に責任を追求し、デモや反乱が立て続けに勃発。刧魔界は一夜にして大混乱に陥った。

それにより軍事拠点との連携が取れなくなり、刧魔界以外の四世界連合軍により侵攻を受けて撤退を余儀なくされた。

魔王は信用を回復させる為に何度か異世界に侵攻を試みたものの、連敗。

ゲートを通じて刧魔界に侵攻され始めた所で連合軍の要求を飲み、刧魔界は降伏宣言した。

 

 

 

 

平和条約締結がガイア界のサン・ヴァレロン島で行われ、以下の事項が決定した。

 

・刧魔界魔王ギルヴァス=ユースティの政権剥奪

・賠償金請求

・各界政府の上層部により構成された最上位統治機関、『五界統合政府』の設立

 

その他五界の平和を守る為の様々な取り決めが為され、戦争は終結を迎えた。ギルヴァスの政権放棄は刧魔界で大きな騒動となったが、その後継としてとある上級貴族の名前が上がった。

 

その名は『ロイセス家』。

当時ユースティ家に次ぐ権力持っていた貴族であり、現当主であるレイン=アーク=ロイセスが多くの貴族の賛同を得て新魔王となった。

 

ロイセス家は刧魔界統一前からユースティ家の暴力的な支配行動を批判し続けており、ギルヴァスが統一に首っ丈になっている最中に異世界との交流を担っていたのもこの一家であった。

ユースティ家とロイセス家は昔からの犬猿の中であり、今回の戦争も外交担当のロイセス家の静止を振り切ってギルヴァスが異世界を侵攻した事から溝はさらに深まっていた。

この事により刧魔界の勢力がユースティ家を支持する『旧魔王派』とロイセス家を支持する『新魔王派』に二分化した。

 

そんな中、刧魔界に更なる衝撃のニュースが流れた。ユースティ家当主のギルヴァスが全権をソフィアに一時的に移譲したのである。

権力も家臣からの信頼も失い疲れ果てたギルヴァスはソフィアを当主代理とし、田舎に小さな家を建てて隠居するに至った。

 

それを受けた旧魔王派はギルヴァスを見限ってソフィアを本格的に次期魔王候補として祭り上げた。更には政権を握るロイセス家当主レインが両家の友好の為に息子とソフィアの婚約を発表。こうして彼女は見事政争の操り人形と化した。

 

今まで住んでいた刧魔界最大級の城『紅魔級』を追い出され、自由も娯楽も奪われて魔王になるための教育を受け続ける日々。さらに婚約の時期を様々な理由をつけて送らせてきた。

ソフィアは何度も反発しようとしたが、『父の無念を晴らす為』『再び自由を手にする為』と多くの家臣に説得され、自分を殺して努力を重ねた。

 

そうして政権を奪還できぬまま9年の時が流れ、ついにソフィアに限界が訪れた。トリガーとなったのはロイセス家の婚約の強行であった。

これまでの我慢と怒りを全て世界にぶつける様に、ザルツェインを片手に暴れ回ったのである。

流石の非常事態に隠居していたギルヴァスは重い腰を上げ、刧魔界最大級の親子喧嘩が勃発。

島を五つ、山脈を二つ、湖を三つ地図から消した所でソフィアは力尽きた。

 

その後目を覚ました時、彼女は既に刧魔界を追い出され、メロウとチコと共にガイア界に移動していた。ギルヴァスはソフィアを無理やり政争から引き離したのである。

そしていつの間にかガイア界の国際学園への入学が決まっており、何もかもが嫌になっていたソフィアは流れるままに入学した。

 

 

 

 

『五界対戦から全てが狂ってしまった』

『自由を奪われた』

『あらゆる物事が煩わしい』

『このつまらない世界で時間を浪費するのか』

 

 

 

ソフィアがそう思いながら迎えた入学式。

一人の獣人が彼女の肩にぶつかる。

 

「チッ」

 

獣人は謝罪も無く舌打ちして立ち去ろうとしていた。

 

「待ちなさい。そこの駄犬」

「あぁん?」

「今、私にぶつかったわよね?謝罪は無いのかしら」

「テメェがノソノソ歩いてんのが悪いんだろうが。しかも俺の事を駄犬だと?喧嘩売ってんのか?」

 

自分との実力差も分からずソフィアを睨みつける獣人。

 

「嗚呼、貴方って愚かね」

「はぁ?」

「身の程を弁えなさい」

 

 

気がつけば獣人を血祭りにあげていた。

周囲の者たちは恐れ慄いた目でソフィアを眺めている。

 

 

『そう、私は支配する側になるべき存在』

『何故今まで単純に力で支配しようとしなかった?』

『恐怖が最も効率的に支配できるって、パパが証明してくれたじゃない』

 

 

「や、やめて、、、くれ、、、たのむ、、、」

「丁度いいわ。暇潰しにこの学園を支配してしまおうかしら」

 

ソフィアが獣人に再び手をかけようとしたその時。

 

 

 

「ちょっと!これは一体どう言う事なのよ!」

 

 

 

一人の少女が立ち塞がった。



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第八話:蒼雷の貴公子

かなり時間が空いたので文字多めです。


季節は既に春を過ぎ、初夏に差し掛かった。

生徒はようやく学校生活に慣れ始め、グループを作って人間関係の基盤が出来上がる頃である。

 

「突然ですが、今日はクラスの皆さんに紹介したい方が居ます」

 

一学年Cクラスの朝礼にて、女魔族の担任であるリーシャは緊張した面持ちで教壇に立っていた。

 

「こんな時期に転校生!?」

「先生!男ですか?女ですか?」

「カッコいい人だったらいいなぁ」

「可愛い女子だったら大歓迎だ!」

 

勝手極まりない憶測や願望が教室中を飛び交っていく。紹介したい人と聞いて生徒が最初に思い浮かべるのは勿論『転校生』である。

 

「み、皆さん落ち着いて下さい。違います、転校生ではありません。新しくこのクラスに教育実習生の方がいらっしゃいます。お待たせするわけにもいかないので、早速お入り下さい!」

 

教室のドアがガラリと開くと、スーツ姿の若い男が現れた。

 

ツヤのある紺色の短髪に碧眼、まるで人形の様に整った顔立ち。そして特筆すべきは、ソフィアとよく似た頭の角と尻尾。

物腰柔らかな印象を受けるその男が教壇に立つと、クラスの女子ーー主に女魔族から黄色い声が上がった。

 

「本日から教育実習生としてCクラスに赴任する事になった、メレク=アーク=ロイセスだ。短い間ではあるが、皆と楽しい時間を過ごしたいと思っている。宜しく頼む」

 

 そう言ったメレクが微笑むと、教師であるリーシャを含めた女性陣がさらに騒ぎ出す。その後我に帰ったリーシャが「ごほん」と一息ついて話し出す。

 

「すみません、紹介が遅れてしまいました。魔族の生徒は知っているとは思いますが、この方は刧魔界の現魔王レイン=アーク=ロイセス様の嫡子であります、メレク王子でございます。ガイア界の視察を兼ね、この学園の教育現場を是非間近でご覧になりたいとの事で、お越しいただくこととなりました」

 

 メレクは魔王の息子ということもあり、魔族からの知名度はソフィアと並びトップクラス。そのルックスも相まって、人類の女性の中にも顔を赤くする者がいた。対する男子生徒は『可愛い女子の転校生』と言う希望が消え去り、お通夜状態であった。

 

 そんな中伊織は机に頬杖をつき、教室の騒ぎを他人事のように眺めていた。すると隣の席の女子が彼女に話しかける。

 

「ねぇねぇ伊織ちゃん!!!あの人めっちゃカッコよくない!?」

「あー、うん。カッコいいよね」

「そうだよねそうだよね!私このクラスで本当に良かったと心から思うよ!」

「そ、それは良かったね」

 

興奮する友達に対して、伊織は素っ気無く返答した。

 

(確かに顔はかなり良いと思うけど、なーんか胡散臭いんだよね。でも皆騒ぎまくってるし、そう感じるのは私だけなのかなぁ。ソフィアさん達はどうなんだろう………あれ?)

 

 伊織がソフィアの様子を確認すると、彼女は騒ぐどころかメロウと共に気難しい表情をしていた。チコは何が起きているか分からないと言った顔でキョトンとしていた。

 

「賑やかなクラスですね、リーシャ先生」

「申し訳ありませんメレク様。すぐに静かにさせますので」

「構いませんよ。それと、教育実習生である私にとって先生は先輩に当たるのですから、この学園では『様』は要りません」

「ええと、流石にそれは………」

「まぁ、それは追々という事にしましょう。それと、今回の訪問にはもう一つ目的がありますから」

 

メレクは壇上から降り、ある生徒の席へ向かう。

刧魔界の元王女であるソフィアの元へ。

 

「久しぶりだね、『ソフィ』」

「………本当に来たのね」

「当たり前さ。ガイア界に来て、一番に君の顔を見たかった。私の婚約者である君のね」

 

メレクはそう言いながらソフィアの頬に手を伸ばす。しかし、彼女はそれを片手で払い除けた。

 

「気安く触らないで頂戴。それに、私は婚約なんて認めてないわよ」

「ハハハ、ソフィは素直じゃないなぁ。まぁ、それが君の可愛いところなんだけどね」

 

そしてメレクはその後ろの席にいるメロウに視線を移す。

 

「君も久しぶりだね、メロウ。二年前にアクリ家に挨拶しに行った時以来かな?」

「こちらこそご無沙汰しております、メレク様。お変わり無い様で何よりで御座います」

「相変わらず君は硬いなぁ。短い付き合いじゃ無いんだし、もう少し気楽にしてくれても良いのに」

「王子に対して失礼があってはなりませんので」

「そうかい。ついでにそこのペッ………チコも元気そうだな」

「うん、チコ、げんき」

 

 この一連の会話を、クラス全員が大人しく聞いていた。事情を知る魔族達は少し気まずい表情で、人類や獣人等は『婚約者』というワードに驚いていた。

 

「そうだソフィ。今日の昼休みに時間を貰えないかな?二人きりで話したい事があるんだ」

「私はあまり貴方と話したく無いのだけど」

「そう言わないでくれ。大事な話だ」

 

メレクは真剣な表情でソフィアを見つめる。

 

「ーーはぁ、仕方ないわね。わざわざ刧魔界からガイア界まで出向いてきたのだから、話の一つぐらいは聞いてあげるわ」

「それで十分だ。ありがとう、ソフィ」

 

そうしてソフィアと約束を取り付けたメレクは再び壇上へ戻る。

 

「突然内輪話をして申し訳ない。とにかく、これから私は暫くこの学園に世話になる。教員として直接授業を行う機会は少ないだろうが、教育実習を通して、異文化交流を含め様々な事を学ばせて貰いたいと思っている。改めて、これからよろしく頼む」

 

クラスの皆が盛大な拍手で彼を迎える中、ソフィアは両腕を組み、伊織は頬杖をついたままだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 Cクラスにメレクが来たその日の昼休み、食堂で昼食を済ませた敬、パーフィル、クルルの三人は教室へ向かっていた。その道中、

 

「そういえば敬、Cクラスに教育実習生が来たという話を聞きました?」

「そうなのか?初耳だな。Cクラスって事は伊織とソフィアのクラスか。こんな時期に来る事なんてあるんだな」

「私も驚きましたわ。しかもその当人はなんと、刧魔界魔王の息子、つまりは王子という話ですわ!」

「何だと?」

 

その言葉に敬は歩みを止める。

刧魔界魔王の息子、それは紛れもなくソフィアの話にあったメレクの事である。

 

「ふふっ、流石の敬も驚きを隠せない様ですわね。更にその王子はソフィアと婚約関係にあるらしいですわ!彼女に婚約者がいたなんて、初めて聞いたときはひっくり返りそうになりましたわ」

「そうか、教育実習生として来たのか………」

「もしかしてご存知でしたの?」

「あぁ、ソフィアから少し話は聞いていた」

「そうでしたの?つまらないですわ。敬の心底驚いた顔を拝めると思っていましたのに」

 

 そんな話をしながら再度歩き始めると、中庭の周囲に多くの人だかりができていた。

 

「凄い人の数ですわね、何かあったのかしら」

「人がいっぱいだね敬くん。酔いそうだよ」

「酔うかどうかは別として、尋常じゃない騒ぎだな。ちょっと見てみるか」

 

そうして敬が中庭に近づいたそこには、不安げな表情の見知った顔があった。

 

「ファウラ?」

「敬、お前も来たのか」

 

 中庭をナワバリとする獣人グループのリーダー、ファウラであった。また、ギャレオやバキ等その他の獣人も多く集まっていた。

 しかしファウラを含めた彼らは一向に中庭に入ろうとせず、険しい表情で立ちすくんでいるだけである。

 

「これだけの騒ぎがあったら流石にな。何かあったのか?」

「あぁ、見てみろ」

 

 敬はファウラの指差す先に視線を移す。

 

「あれは………」

 

 広い中庭の中央、大樹の近くに簡易的に丸い机と椅子が建てられていた。そこにはソフィアと、彼女に向かい合う様に座る紺色の髪の男。そして椅子に座るソフィアの後ろにはメロウとチコが立っていた。その異様な光景を中庭の外から多くの人が見守っていたのだ。

 

「もしかして、あの男は?」

「お前も噂で聞いてる筈だ。ソフィアの婚約者、メレクって奴だそうだ」

「あいつがそうなのか。というか、ここはファウラ達のナワバリだろ?ほっといて良いのかよ」

「良い訳あるかよ!だが、それでもあいつらに近づけねぇんだ。足が前に進まないんだ。他の皆も、同じだろうさ」

 

ファウラの言葉を聞いた敬が周囲を見渡していると、ギャレオとバキが敬に気づき慌てて駆け寄った。

 

「獅子堂さん!来てくれたんですか!」

「ヤバいっす!大変なことになってるっす!」

 

二人は敬に縋るように話しだす。

 

「そうだ!獅子堂さんなら!」

「獅子堂さん!なんとかしてくれないっすか!?」

「いや、流石に俺もあそこに飛び込むのは無理。気まずすぎる」

 

 中庭ではソフィアと彼女の婚約者であるメレクが、何やら真剣な表情で話し合っている。その雰囲気はどう見ても談笑には程遠い。その真っ只中に単騎で突っ込んで、『お前ら、そこで何してる!』なんて言える勇気は彼に無かった。

 

「で、でも、このままじゃナワバリが!」

「やめないか、二人共」

 

 敬を説得しようとするギャレオとバキを止めたのはファウラだった。

 

「ナワバリはナワバリを主張する者が自分達で守るものだ。ナワバリを守る理由のない敬に頼るのは筋違いだ。みっともない真似するんじゃねぇよ」

「す、すみません姉御………」

「とは言っても、それを言うあたしがビビってるんじゃ説得力が無いな。あの二人を見てると、自然と毛が逆立ってくるんだよ。別に殺気を向けられている訳でもないのに、あいつらに近づくなって、心が、体が、全力で訴えかけてきやがる」

 

彼女の言葉の通り、ファウラや他の獣人の尻尾の毛が逆立ち、普段の何倍ものサイズになっていた。本能でソフィア達の危険性を察知しているのだ。

 

「あの〜、敬?お話の途中申し訳無いですが、そろそろこの方に紹介して下さらないかしら?」

 

すると、突然敬の後ろからパーフィルとクルルが現れた。

 

「おっと、ずっと放置して悪かったな」

「なんだ、敬の友達か?」

「まぁ、そんな感じだ」

「友達なんて生優しい物じゃないよ。私達は同じ目的を背負った運命共同体だよ」

「おいクルル、余計な事を言うな。話が拗れる」

「そうですわ。敬は私のライバルであり、乗り越えなくてはならない壁なのですわ!」

「パーフィルまで………」

「お、おう、なんだか騒がしい奴らだな」

 

突然の運命共同体宣言、ライバル宣言に若干顔が引き攣るファウラ。

 

「取り敢えず紹介するよ。こっちの天使はパーフィル、そしてこっちは機械帝国出身のクルルだ」

「パーフィルとクルルか。あたしはファウラだ。見ての通り、大自然郷出身の獣人だ。にしても、天使は羽が生えているから解るが、そっちのクルルは機械帝国出身、つまりは機械って事だろ?あたしには機械に見えないけどな」

 

ファウラはクルルの周囲を一周し、彼女の顔をまじまじと見つめる。その様子にクルルは全く動じる事は無かった。

 

「私が機械であろうと無かろうと、意志を持ち、その意志を入れる器さえ有れば、定義としては生命体の範疇なんだよ。『生きる』と言う事の概念によっては左右されるけどね」

「んん?悪いな、そう言う難しい事はよくわから無いんだ。まぁいいや、二人共これから宜しくな」

 

ファウラは二人に手を差し出し、握手を交わす。

 

「こちらこそ宜しくお願いしますわ。確か貴方、対抗戦で敬と一騎討ちしてましたわよね」

「結局負けちまったけどな」

「いえ。その意気や良し、ですわ。是非見習いたいものですわね」

 

 そうしてファウラと敬の友人(?)が親交を深めていた所に、更に近づく一人の影。

 

「兄さん!!!」

 

そこに現れたのは伊織であった。

 

「伊織、どうしてここに?」

「中庭で騒ぎが起きてるから、また兄さんが何かしたんじゃないかって心配になって来たのよ」

「お前、俺を何だと思ってんの?」

「………」

「そこで黙るな。頼むから」

「と、とにかく、兄さんが原因じゃないみたいで良かった」

 

 伊織は中庭に目を向けると「あぁ、やっぱり」と納得の声を漏らした。そして敬の周りを取り囲む女生徒達に目を向ける。

 

「で、兄さん。この人達は?」

 

敬は伊織にパーフィル、クルル、そしてファウラの三人を紹介した。

 

「へぇ、兄さんに友達が。しかも女の子ばっっっかり。へぇ〜」

 

三人の紹介を聞いた伊織は目を若干細め、ニヤニヤしながら敬に詰め寄る。

 

「何だよ」

「なーんでもなーい」

 

そしてクルッと三人の方に向き直ると、ペコリと頭を下げた。

 

「パーフィルさん、クルルさん、ファウラさん、兄さんと仲良くしてくれてありがとう。兄さんが色々面倒をかけてしまうかもしれないけど、よろしくお願いします」

「あら、敬の妹だからどんな方かと思っていましたけど、とても誠実な方ではありませんの!気に入りましたわ、貴方とは仲良くできそうですわ!」

「敬くんの妹………新メンバーに相応しい」

「あはは、どっちかと言うとあたし達の方が迷惑掛けてんだけどなぁ」

 

 

 

『おい!終わったみたいだぞ!』

『やべぇこっち来る!ずらかるぞ!』

 

 

 

突然、何処からかそんな声が聞こえてきた。

敬が中庭に視線を移すと、話が終わったのかソフィアとメレクは席を立っていた。それと同時に中庭を取り囲んでいた野次馬が一斉に離れていく。

 

「どうやら終わったみたいですわね」

「そうだな。俺達も早く教室に戻ろう」

 

そうして敬が踵を返したその時、

 

「敬、貴方も見に来ていたのね」

「ゲ」

 

背後からソフィアの声に捕まってしまった。

ソフィアはさっきまで婚約者と話していたにも関わらず、躊躇う事なく他の男()の元へ一直線に向かう。

 

「『ゲ』とは何よ。失礼ね」

「お前、わざとやってんのか?」

「何のことかしら」

「協力しないって言っただろ」

「あら、『お友達』に話しかける事の何が悪いのかしら。さっきまで貴方はそこの彼女達と仲良くお話していたくせに」

 

ソフィアはパーフィル、クルル、ファウラの三人をチラリと見遣る。

 

「お前とは事情が違うんだよ。下手な誤解を産むと不味いんだ。もう一度説明が必要か?」

「まさか、私だけ友達では無いって言うのかしら。それは、とても悲しい事だわ」

 

ソフィアの表情が途轍もない速度で曇っていく。

それも、今にも泣き出しそうな程に。

 

更には教室に戻り切れていなかった野次馬達が『何だ何だ』と集まり、敬達を取り囲み始める。

 

「おいおい、やめろって!まるで俺が泣かせてるみたいじゃないか!」

「だって実際そうじゃない。仲間はずれは誰だって寂しいわ………」

 

ついにソフィアの目から涙が一雫、溢れ落ちる。

 

「初めて貴方と遊んだ後、お友達になった筈なのだけど、あれは嘘だったと言うのね?一人で勝手に勘違いして、勝手に舞い上がって。なんて馬鹿な女なの?私は」

「やめろ、やめろやめろ泣かないでくれ!お、おい伊織、何とか言ってくれ!」

 

敬は最も信頼できる肉親である伊織に助けを求めた。しかし、

 

「兄さん、例えソフィアさんであっても、女の子を泣かせる男ってどうかと思うよ」

「いおりぃぃぃぃ!!」

 

現実は非情であった。

 

「ぱ、パーフィル!」

「恋を司る天使にとって、女を泣かせるのは男の甲斐性に含まれませんの。とっとと仲直りしなさいな」

 

「クルル!」

「仲直りしたらメンバーに誘ってね、敬くん」

 

「ファウラ!」

「あたしはノーコメントだ」

 

そんな事をしている間にも、ソフィアの嗚咽が大きくなっていく。

 

「あぁぁぁぁ!わかった!わかったから!友達でいい!友達でいいから!!!」

「ほ、本当?」

「あぁ!だから泣き止んでくれ!頼むから!」

「貴方に………いつでも話しかけてもいいの?」

「いいから!話しかけてもいいから!」

「そう。わかったわ」

 

敬が友達認証したその瞬間、泣いていた筈のソフィアの声のトーンが元に戻る。

 

「ーーーーーおい、ソフィアさん?」

「メロウ。録音できた?」

「はい、出来ております」

 

メロウが胸ポケットから四角い機械を取り出し、ボタンを押す。

 

『あぁぁぁぁ!わかった!わかったから!友達でいい!友達でいいから!』

『ほ、本当?』

『あぁ!だから泣き止んでくれ!頼むから!』

『貴方に………いつでも話しかけてもいいの?』

『いいから!話しかけてもいいから!』

 

中庭にソフィアの泣き声と、敬の叫び声が木霊する。

 

「言質、頂いたわよ」

「お、お前、まさか」

「あと、目が乾いて仕方なかったから、使い過ぎてしまったわ。代わりにこれを捨てておいてくれない?」

 

ソフィアが敬に向かって何かを放り投げる。

 

「これは、目薬!」

「うふふ。これで何時如何なる時でも、例え誰かさんに勘違いされても、気兼ねなく貴方とお話し出来るわね。嬉しいわ」

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

 

「あら、昼休みが終わってしまったわ。貴方も急いだ方がいいんじゃない?私の大事な『お友達』の獅子堂敬君」

 

ソフィアはそう言い残すと、メロウとチコを連れて颯爽と去っていった。

 

「は、ハハハハハハハ。やりやがった。あいつ、やりやがった!俺が女性経験無い事見越して、泣き落としやがったぁぁぁ!!!」

 

 

 

人類最強の男の弱点は、女の涙であった。

 



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第九話:中庭会談

話なかなか進まない………
誤字ってたらすみません。


【ソフィアside】

 

 メレクが教育実習生として国際学園にに赴任した当日、ソフィアは校舎の中庭で彼と向かい合っていた。

 

「約束通り来てくれてありがとう、ソフィ」

「前置きは要らないわ。早く要件を話しなさい」

 

 机にはメロウが淹れた紅茶が湯気を立てているが、二人は一向に手をつけようとしない。中庭には婚約者同士の話合いとはとても思えない緊張感が漂っていた。

 

「要件は無論、先日手紙で送った内容に関してだ。読んでくれたかい?」

「ええ、読んだわ。送られてきたタイミングは最悪だったけれど」

 

 青い便箋がソフィアに届いたのはクラス対抗戦の終了直後。

 お友達の敬とたっぷり遊んでホクホクしていた彼女を不快感のドン底に叩き落としたのである。

 

「お陰様で次の日は事実関係の確認のために学園を休む事になったわ」

「それはすまなかった。何せ、こうでもしないと君と直接話す事は叶わなかったものでね。劫魔界の現状は手紙に書いていた通りだ。ロイセス家が政権を得て以降、新魔王派と旧魔王派では未だ争いが絶えない。もはや予算案すらまともに通らない始末さ」

 

 劫魔界の統治機関である最高議会では、たった一つの政策を決めるだけでも『派閥が違うから』という理由で新旧魔王派で反発し合い、国政がまともに機能しなくなっているのだ。

 

「だからこそ、ロイセス家とユースティ家の不仲を私達の代で終わりにしたい。前魔王ギルヴァスの娘である君と、現魔王の息子である私が手を取り合う事で友好の証としたいんだ。どうか、婚約を受けてくれないだろうか?」

 

 二人の間に暫しの静寂が訪れる。ソフィアはゆっくりと目の前のカップに手を伸ばし、そのまま紅茶を一気に飲み干した。

 

「友好の証ですって?笑わせないで。嫁を寄越すぐらいで仲直りする間柄なら、派閥を作って何百年も争ってないわよ」

 

 ソフィアはわざとらしく『カタン』と音を立ててカップを戻す。

 

「彼らは私に従っているのではなくて、貴方達が政権を握っているのが気に食わないだけよ。私を次期魔王にと祭り上げるのも単にパパの代わりが欲しいだけ。私がロイセス家に貰われるくらいで埋まる溝では無いわ」

「それでも旧魔王派の象徴となっている事に変わりはない。ギルヴァスが政権を完全に放棄した今、派閥を大きく動かす力を持っているのは君だけなんだ。友好の証だけで足りないのなら、各貴族を一つずつ説得していくしか無い。たがそれは私や父上の力では足りない。君の力が必要なんだ」

 

 五界大戦が終わって以降、ギルヴァスは政治の表舞台に立つ事は無くなってしまった。

 実質的に派閥のトップが娘のソフィアにすり替わってしまった以上、有力貴族に意見してコントロール出来るのは彼女だけになってしまい、ロイセス家はそれに頼るしか無い状態なのである。

 

 劫魔界の安定の為に、とソフィアに協力を仰ぐメレクであったが、返ってきたのは冷たい言葉であった。

 

「争いたいなら、勝手に争っていればいいじゃない。面倒臭くなったのよ。期待されるのも、期待に応えるのも。私は私の思う様に楽しく生きたかっただけ。でも今の劫魔界には障害が多すぎるのよ。大体、どうして私があの時配下に反発したか解ってるの?」

「旧魔王派の有力貴族が君に期待と責任を押し付け、次期魔王となる為の教育をし続けた事に対してだろう?しかし、もう君がギルヴァスの代わりになって全てを背負う必要は無いんだ」

「少し違うわね。私は政治の道具として扱われている自分が気に食わなかったのよ。教育を受け続けた事だけじゃ無い、貴方と無理矢理婚約を結ばされそうになった事も含めてね」

「道具だなどと、そんな事は考えていない!」

 

メレクは机を叩き、椅子から立ち上がる。

そんな彼に対しソフィアは冷ややかな視線を向け続けるだけだった。

 

「じゃあ何?貴方私の事が好きなの?」

「勿論だとも。ひと目見た時から君に惚れていた。美しさだけではない、何者にも犯されない強さにも!君は道具ではない!」

「そう思っているのは貴方だけよ。更に言わせて貰えば、婚約の理由として最初に『協力してくれ』なんて言っている時点で貴方も同じよ」

 

 派閥同士の友好の証として、息子や娘を他派閥の者と結婚させる。

 それは劫魔界に限らず全ての世界の歴史において、政治的な意図をもって数多く行われてきた事である。

 

 そう、それはソフィアが最も嫌う政治の道具、操り人形として。

 

「それに、私は当分劫魔界に帰るつもりはないのよね」

「何を言ってるんだ?少なくともガイア界に追放されたのは、君にとっては不本意な事だった筈だ。ギルヴァスの事なら私と父上が説得すればどうにでもなる。この世界で3年間、無駄に時間を浪費するつもりなのか?」

「確かに初めはすぐにでも劫魔界に帰りたいと思っていたわ。でも、今は帰りたくない理由が出来てしまったの」

 

 

ーー帰りたくない理由。

 

 

 それは彼女に畏怖する事も、利用しようともしない、政治的な立場関係も無い、純粋な『力』でも大きな差が無い、そしてある世界において『最強』であると言うソフィアとの共通点を持つ存在。

 

 彼女がこれまでで初めて出会った、真の意味で対等に接する事ができる男、獅子堂敬である。

 

 自分と少し似た境遇を持つ彼に対し、親近感に加えて『この男の事をもっと知りたい』という興味が湧いてしまったのだ。

 

 

「ふふふっ、他の世界なんてつまらないと思ってたけれど、案外楽しめそうなのよね」

 

 獅子堂の事を頭に思い浮かべるだけで、自然とソフィアの顔に笑みが浮かぶ。

 

「まさかこの世界に君をそこまで惹きつけるものが………それは一体何だい?」

「さぁ?すぐに解るんじゃないかしら?とにかく私の気持ちは伝えたわ。これで十分でしょう?」

 

 

 ソフィアはそう言うと席を立った。

 

 

「それでも尚私の力が欲しいと言うのなら、文字通り『力づくで』従わせてみせなさい。出来るのなら、ね?」

 

 

 時刻は既に昼休み終了10分前。

 教育実習生としてこの学園に赴任したメレクは急ぎ職員室へ戻らねばならない時間帯である。

 

「分かった、今日はここまでとしておこう。だけど、決して諦めた訳ではない。それだけはわかって欲しい。失礼する」

 

 メレクはソフィア達を置いて職員室へと向かっていった。

 するとメレクとソフィアの会話中ずっと口を閉じていたメロウがソフィアの元へ歩み寄る。

 

「………姫」

「何かしら、メロウ」

 

 メロウの体は小さく震え、腕に血管が浮き出る程に強く両の拳を握りしめていた。

 

「私、何も解っておりませんでした。あの時姫が御乱心召され、心身共に傷ついておりましたのに。私は相も変わらず『姫は魔王になるべき存在だ』と言い続けました。それが今の姫にとって枷(かせ)になる言葉であるとも考えずに…………!」

 

 メロウの拳からポタリ、ポタリと赤い液体が滴り始める。

 

「いいのよ、メロウ」

 

 ソフィアはそんなメロウの手を取り、手拭いでそれを拭き取っていく。そして治癒魔法で傷を治してしまった。

 

「お、おやめください姫!姫の所有物を私の血で汚す訳には!」

「あのね、私は別に魔王になる気が無い訳じゃないの」

「え………」

「色々疲れたから、今はちょっと休もうと思っただけ。かれこれ九年間縛られ続けたのよ?ちょっと長すぎるかもしれないけど、休暇が欲しいわ。だけどこれまで通り帝王学等の勉強は続けるつもりよ。だからこれからもよろしくね?メロウ、チコ」

「はい!私はいつまでも姫について参ります!」

「チコもがんばるー」

 

 そしてメロウとチコは机とティーセットを片付け、ソフィアの作り出した異空間に収納する。

 

「しかし、いつの間にこんなに人が集まったのかしら」

「どうやらかなり注目を集めていた様ですね。いい時間ですし、教室へ戻りましょう」

「そうね………あら?あそこに敬がいるわ?」

 

 ソフィアの視線の先には敬と、その周りを取り囲んで楽しそうに話す四人の少女がいた。

 

「丁度いいわ。メロウ、『あれ』をやるわよ」

「ええ!?本当にやるんですか!?」

「当たり前じゃない。口実作りには最高のタイミングよ。これに成功すれば、婚約破棄という目標に一歩近づくわ。準備はできてるわよね?」

「は、はい、一応………」

 

 

 気乗りのしないメロウを他所に、目薬をスカートのポケットから取り出したソフィアは意気揚々と敬の元へ向かうのであった。



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