長き旅路にて臨むもの (【風車之愚者】)
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2045年3月某日


 □■地球 某チャットルーム

 

 参加者 ― ひよ、赤、リリアン、シュガー、ジロ吉

 

【Pが入室しました】

 

 P:Guten Morgen! 今日は君たちでも楽に稼げる、簡単なお仕事をご紹介しよう

 

 P:ミス

 

 P:それじゃあ僕はこの辺で

 

 ひよ:おい待て

 

 ひよ:さてはまた何か企んでるな

 

 赤:今やつのセーブポイントどこ?

 

 シュガー:皇都ですよー

 

 赤:ナイスだぜ

 

 ひよ:俺も行きます

 

 赤:私が探すから張り込みよろしく

 

【赤が退室しました】

 

【ひよが退室しました】

 

 P:やられると分かっててインするわけがない

 

 P:彼らがせこせこ仕事や学業に勤しむ時間に入ればいいってわけだ

 

 ジロ吉:会社

 

 ジロ吉:?

 

 P:有能な怠け者は部下を上手く使うのさ

 

 P:出待ち対策はしてあるし、なんならマニュアル作ってあるんだな

 

 リリアン:悪いことするなら取引やめる

 

 P:足を洗って真っ当な商売をしているよ? 神に誓って法律は犯してない

 

 リリアン:法律「は」……?

 

 シュガー:お仕事ってどんなのですかー

 

 リリアン:絶対にろくでもないから聞いちゃダメ!

 

 P:生産職向きではない

 

 P:端的にいうとPKの仲介だ

 

 P:王都アルテア近辺のマスター狩り、報酬は一人やるごとに八〇〇〇リル

 

 リリアン:今後の取引は考えさせてもらうね

 

 シュガー:ぜんぜん真っ当じゃなかった

 

 P:いやいや、僕だって真面目に取り合うつもりはない。少し気になるから暇そうな捨て駒(バカ)をいくらかけしかけて情報収集しようと

 

 リリアン:鉱石

 

 P:ま、王国のPK連中には話が通ってるみたいだからその筋から仕入れるとしよう。ウン

 

 リリアン:というか他人事じゃないよ。それってつまり王国のマスターを無差別に襲うってことでしょ? しかも王都なんて初心者ばっかりだし、ただでさえ戦争とかで王国からマスターが減ってるのに

 

 ジロ吉:店、客……

 

 P:そういう意図があるんだろう

 

 P:間に何人も挟んでいるから依頼主が誰なのかは辿れない……というか手を引かざるを得なかったんだけど

 

 P:多分ドライフじゃないかな? 来るべき次の戦争のために戦力を削る腹づもりで

 

 シュガー:王国は大変ですねー

 

【ランスが入室しました】

 

 P:ランス君じゃないか

 

 P:例の話聞いてるよ

 

 ランス:は? なんで知ってんの

 

 P:ん? 本当に何かあった感じだねこれは

 

 ランス:ハメやがったな

 

 P:洗いざらい吐こうか

 

 リリアン:流れるようにカマかけないの

 

 シュガー:ランスさんはじめましてー

 

 ランス:ああうん、よろしく

 

 ランス:まあいいや

 

 ランス:<UBM>討伐したわ

 

 ランス:特典武具ゲット

 

 リリアン:ええ!!

 

 シュガー:おめでとうございますー

 

 ジロ吉:gz

 

 P:もちろん詳細を話してくれるんだよね?

 

 ランス:どうもどうも

 

 ランス:嫌だよ

 

 P:ランス君がMVP取れる相手なんてだいたい想像はつくけど

 

 リリアン:あー

 

 ジロ吉:うん

 

 シュガー:?

 

 P:ランス君ね、LUC極振りなの

 

 シュガー:ほえー

 

 P:狩場に置いとくとアイテムドロップ増えるし、レアモンスターが出てくるかも

 

 ランス:招き猫扱いすな

 

 リリアン:今度お願いしてもいい?

 

 ランス:諸事情で今ヘルマイネから動けん

 

 P:つっかえ

 

 ランス:お人形遊び野郎に言われたかねえっすわ

 

 P:んー、ケンカ売ってる?

 

 ランス:先にふっかけたのはそっちなんだよなぁ

 

 リリアン:そういうのは二人でやりなさい!

 

【ひよが入室しました】

 

 ひよ:殺られた

 

 ランス:チッス

 

 P:死に戻り乙

 

 ひよ:グリオお前やってくれたな

 

 P:はて、なんのことだか

 

 リリアン:どうしたの?

 

 ひよ:掲示板見たらわかる

 

 ジロ吉: 『皇都周辺にアンデッド大量発生! 【死霊術師】によるテロか!?』http://dendro1515/thread/404/

 

 ひよ:↑ありがたい

 

 ひよ:どうしてあいつがいるんだよ

 

 P:僕が呼んだからじゃない?

 

 ひよ:勘弁してくれ

 

 ひよ:死人が出たらどうするつもりだ

 

 P:市街地は無事だったろ、誘導はさせたし

 

 リリアン:もしかしてあの人? 相性良かったはずだけど……あとレッドさんは?

 

 ひよ:残りのアンデッド殲滅中

 

 ひよ:知らない二人組に邪魔されて抑えきれなかった

 

 P:あの子たちいいよね。ドライフで最近名前が売れてるパーティで僕の顧客

 

 ひよ:やっぱりお前の差し金か

 

 ランス:もしかして二丁拳銃使いと人型ガードナー連れてるやつ? ネットで見たわ

 

 シュガー:私も噂でー

 

 リリアン:えー私知らない

 

 ジロ吉:『新進気鋭の美少女傭兵ユニットの実態に迫る!』http://dendro666/infor/403/

 

 リリアン:ありがとうー!!

 

 ひよ:そうそうこの人たち

 

 ひよ:<エンブリオ>のスキルか知らないけど動きを封じられてさ

 

 P:ちなみに

 

 P:あの子らのレベル君より低いよ

 

 ランス:おやおや

 

 ひよ:搦め手は苦手なんだ

 

 リリアン:得意不得意が顕著だよね

 

 P:INTが足りてないのでは?

 

 ひよ:そんなステータスは存在しない

 

 ランス:やっぱEND型は不遇

 

 ひよ:一応AGIも確保してるんだけども

 

 ランス:最後にものをいうのは<エンブリオ>

 

 P:それを言ったら、ねえ

 

 ジロ吉:R.I.P

 

 ひよ:!?

 

【ひよが退室しました】

 

 リリアン:初見殺しの塊だもんね

 

 リリアン:あれ

 

 ランス:どうした

 

 シュガー:どうしましたー?

 

 P:どうし……あ(察し)

 

 ジロ吉:SRY

 

 P:勘違いしちゃったみたいだね

 

 P:まあ本当に呼ぶこともできるんだけど

 

 ランス:鬼かな?

 

 P:ところでーランス君の特典武具が知りたいなー

 

 ランス:くそが

 

 ランス:そのまま流しとこうよ

 

 ランス:忘れろ?



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星を落とす罪人

 □彼の罪

 

 かつて、人を殺しかけたことがある。

 

 浮気を問い詰められて逆上した父が包丁を持ち出してきたときのこと。

 母と妹を守るため、彼は間に割って入った。

 

 なまじ武道を齧っていたから、どうにかなると自分を過信していたのだろう。

 包丁を取り上げて押さえつけようとしたのだが、取っ組み合いになり。

 気がついたときには、父の腹に包丁が刺さっていた。

 

 幸いにも父は一命を取り留めた。正当防衛が認められた彼は罪に問われることもなかった。

 

 だが、家族は傷つき、バラバラになった。

 噂が噂を呼び、住んでいた街から逃げ出した。

 

 彼は自分を責めた。

 父を追い詰めたのは自分の何気ない一言だと。

 家族を壊したのは自分の過信が原因なのだと。

 これ以上傷つきたくなくて、傷つけたくなくて。

 現実から目を背けた。

 

 

 ◇

 

 

 数年経って、ようやく心の傷が癒え始めた頃。

 叔母の勧めにより、彼は<Infinite Dendrogram>をプレイし始めた。

 発売から一年遅れてのスタートだったが、だからこそというべきか、それが従来のゲームと一線を画していることは始める前から知っていた。

 

 が、大人気とはいえ所詮はゲーム。

 喋る猫からチュートリアルを受け、目的がない完全なる自由というものに少々戸惑いつつ、彼はキャラクターメイキングを済ませると……彼はひよ蒟蒻としてレジェンダリアに降り立った。

 

 結論から言うと、彼は完全に舐めていた。

 大樹アムニールが寄り添う秘境の花園、レジェンダリア。

 街に行き交う人々を見て、言葉を交わした彼は理解した。

 この世界に生きるのは自分と同じ人間だ、と。

 

 剣士ギルドの訓練でティアンと相対したとき、彼は恐怖で動けなくなり、その場で吐いてしまった。

 モンスターなら平気だったが、どうしても人間に刃を向けることはできなかった。

 

 なのに初めてフィールドに出たら人攫い、そして悪名高いPKと戦うことになり。

 無力な少女が囚われていて、彼女を助けるためには戦うしかなくて。

 誰も傷つけず、理不尽に抗う力を望んだ。

 だからだろうか、孵化した<エンブリオ>は彼におあつらえむきな(なまくら)だった。

 おかげで後々苦労する羽目になるのだが、それはさておき。

 

 このとき既に、彼は<Infinite Dendrogram>を『もう一つの世界』だと思っていた。

 

 

 ◇

 

 

 ある日、彼は<アクシデントサークル>に巻き込まれて<厳冬山脈>へと飛ばされた。

 地竜と怪鳥が争う極寒の未到地域を、下級職の彼が踏破できるはずもなく。

 地竜に襲われ、よもやこれまでとデスペナルティを覚悟したとき。

 

 彼を助けた人物こそ【征伐王(キング・オブ・オーダー)】オリビアだった。

 

 オリビアはエルフ種の血を引くティアンであり、かつてとある巨大国家に仕えた騎士だったらしい。

 かの【地竜王】事件の折、仲間と共に大軍を率いて<厳冬山脈>に攻め込んだ軍勢の生き残りで、今はこの地で隠遁生活を過ごしていた。

 もちろん、出会ってすぐにその過去を知ったわけではない。

 オリビアはかなり偏屈な老婆だった。

 彼女はずいぶん後になるまで名乗らなかったし、ひよ蒟蒻が持つ情報の多くは彼女ではなく、彼女が所持する煌玉獣からもたらされたものだ。

 

 頼る者がいないひよ蒟蒻は一晩中頼み込んで、ようやくオリビアの助力を勝ち取った。

 なし崩しに師弟関係となり、なぜか諸々の雑用を押し付けられたけれども。

 過酷な環境下でひよ蒟蒻は彼女の教えを受けた。

 下級職の身で純竜と戦うことになったり。

 怪鳥種の巣に単独で置き去りにされたり。

 模擬戦でこてんぱんにされたり。

 スパルタな修行を通してひよ蒟蒻とオリビアは互いを知り、教え導かれる良き師弟となっていった。

 

 この頃の彼は、<Infinite Dendrogram>を『いつもの日常』だと考えていた。

 

 

 ◇

 

 

 そんな日々が終わりを迎えたのは、ひよ蒟蒻がオリビアに出会ってから<Infinite Dendrogram>で二ヶ月が経った頃だった。

 

 ひよ蒟蒻はオリビアが所有する煌玉獣の片割れ、【 榛之魔術師(ヘイゼル・マジシャン)】……ヘイゼルに付いて、<厳冬山脈>の麓にある小さな人里へ買い出しに向かった。

 いつも通りに素材と食材を物々交換して、いつも通り帰路に着く。

 

「今日はたくさんおまけしてもらえたな」

『油断してはなりませんリトルマスター。タダより高いものはない、という言葉をご存知ですか?』

「何十年も取引続けてるんだから好意は素直に受け取りましょうよヘイゼルさん」

『冗談ですよ。会話の切れ味はまだまだマスターに及びませんね』

「いや無茶言うな、い……!?」

 

 そのとき、大地が揺れた。

 立て続けに地響きが起きて両手に抱えた食料品を取り落としてしまう。

 転ばないようにバランスを取りながら、ひよ蒟蒻は周囲を見渡す。

 

「……なんだよ、あれ」

 

 空を見上げれば、そこには満天の星々が瞬いていた。

 否、燃え盛るそれは天体にあらず。

 宇宙(ソラ)から飛来するは流れ星。

 かつて星だったもの、芥となった隕石なれば。

 だが……大質量の落下がもたらすエネルギーは、大地を抉ってなお余りある。

 

「流星群……? でも」

 

 当然の疑問が胸に湧く。

 自然現象で、民家を越す(・・・・・)大きさの隕石が()二百(・・)と降り注ぐものなのか?

 

『リトルマスター、こちらを』

 

 ひよ蒟蒻は手渡された望遠鏡を覗き込む。

 そして、流星が落ちる中、天空を泳ぐそれを視認した。

 星の大海より来る、岩石のような球形の胴体。

 無数に生える首と顎、その数はおよそ百。

 落ちゆく隕石より上空にて、憤怒に吼える竜を。

 

「【隕鉄竜星 アーステラー】…… <UBM>!?」

『対象の脅威度、古代伝説級最上位と推定。周囲に他の生体反応なし。今、あれを討伐しうるのは』

「師匠……!」

 

 望遠鏡の《遠視》で、ひよ蒟蒻は空に飛び上がる騎影を確認した。

 機械仕掛けの鷲頭馬(ヒポグリフ)に跨り、馬上槍を構えたオリビアが竜に向かって飛翔する。

 けれど【アーステラー】の威容はこの距離でも息が詰まるほどだ。いくらオリビアといえど単独で太刀打ちできるのだろうか。

 

『私はマスターの援護に向かいます。リトルマスターはどうなさいますか?』

 

 素早く銃器で武装したヘイゼルが問う。

 ひよ蒟蒻は迷った。

 本当ならすぐにでも頷いて走り出したいのに、胸に引っかかる何かが足を踏み出すことを躊躇わせる。

 

『無理に、とは言いませんが』

「……いえ。武器を貸してください。俺も行きます」

『かしこまりました。少々手荒になりますが、抱えさせていただきますよ』

 

 

 ◇

 

 

 撃つ、撃つ、撃つ。

 

 近接戦闘型のひよ蒟蒻は、自前の手段では空中の【アーステラー】に攻撃を当てることができない。

 ゆえにヘイゼルが生産したランチャーを肩に担いで、固定ダメージ弾を撃ち続ける。

 しかし。

 

「くそったれ、当たらない!」

『いえ、これは「届いていない」が正確かと』

 

 無数の弾丸を上空へと撃った。

 固定ダメージ弾だけではなく貫通弾や拡散弾に火炎弾、闇属性を付与した対生物弾も含めて、消費した弾はゆうに一千を超える。

 けれど、いずれも竜の体表を削ることすらできない。

 センススキルの有無による命中率、とは無関係に。

 【アーステラー】とひよ蒟蒻たちの間には不可視の壁が立ちはだかっているかのよう。

 

 <UBM>は例外なく特異の固有スキルや高い戦闘力を有する。

 【アーステラー】の特性は『固体の操作・変形』を司る三大属性の一つ、地属性。

 中でも固体操作の一部である重力……より詳細な区分をするなら、引力と斥力を自在に操るスキルを持つ。

 地上より放たれる弾丸を防いでいるのは斥力の力場を生み出す【アーステラー】の固有スキル、《白渦》。

 空間系のスキル以外で突破することはおよそ不可能な最強の盾である。

 

 さらに、降り注ぐ隕石が地上の生物を押し潰し、不毛の山々をさらに焼き尽くす。

 今もまた、隕石の影にひよ蒟蒻は足を止め、

 

「ぼけっと立ってるんじゃないよ」

 

 騎士の一槍が天降石を砕くのを見る。

 これまで、ひよ蒟蒻とヘイゼルが巻き込まれるであろう隕石のすべてをオリビアが打ち砕いていた。

 攻防の間で一息吐くように、オリビアはひよ蒟蒻たちの前に降り立つ。

 

「す、すみません」

「お前の謝罪は聞き飽きたよ。で? 何しに来たんだい。ろくに戦えもしないひよっこが」

「……それは」

 

 わかっていた。

 いつかのように、自分の力を無条件に過信できるほど子どもではなくて。

 平凡であることを知り大人になった。

 だから、ここで戦うことが間違いだと知っている。

 仮初の肉体を形作る(レベル)が足りない。

 力の低さを補う天性の技量もない。

 きっと足手纏いにしかならない。

 

 でも。

 

 村が燃えていた。

 無辜の民が泣いていた。

 いつも通りの日常を生きていた、これからも平凡な日々を過ごせるはずの人々が。

 楽しげに笑う村人たちの顔を思い浮かべる。

 彼らには彼らの幸せがあって、本来ならそれは今日壊されるはずのないもので。

 

 誰かが傷つくのはごめんだ。

 自分のような不幸を、彼らには味わってほしくない。

 だって、そんな結末は寝覚めが悪い。

 

 そして何より。

 この世界で出会った、大切な人たち。

 居心地の良い温かな場所。

 それを守りたいと願うから。

 誰かに任せるのではなく、自分自身の手で。

 

 これが迷いに迷って導き出した、優柔不断な彼の結論。

 

「俺にできることをしに来ました」

「ハッ、もしそんなものがあるとしたら、今すぐここから離れることくらいだろうね」

『おや。まんざらでもない様子ですが』

「少し黙りな」

 

 オリビアとヘイゼルは軽口を交わし合う。災害級の強敵を目の前にして平然としていられるのは、彼女たちが戦い慣れしている証拠だった。

 

「対竜種拘束用弩弓用意。ひよっこも手伝うんだよ」

『イエス、マイマスター』

「え、何をする気ですか師匠」

「そんなの『竜退治』に決まってるさね」

 

 槍を掲げた老兵は声高らかに“征伐”を謳う。

 

「今から、あのデカブツを叩き落とす(・・・・・)のさ」

 

 オリビアは宙に舞い上がり空を目指す。

 彼女を目掛けて隕石がありえない軌道で襲い掛かるが、尽くを打ち砕いて一直線に上昇していく。

 高く、高く。暴竜を越えて、その上に陣取る。

 そして、上昇の勢いを保ったまま反転した。

 高度を速度に変えたオリビアは落下による突撃(チャージ)を敢行する。

 そのままでは斥力の力場に阻まれ、木っ端微塵になるであろう。

 怒りと衝動を原動力とし、理性に欠ける【アーステラー】であっても愚行と判断する無謀な一手。

 故に、対応が遅れた。

 

「《パージ・パニッシュメント》」

 

 それこそは鎮圧特化型超級職【征伐王】の奥義。

 本来の効果はスキルレベルに比例した数の敵を磔にして身動きを封じるというもの。

 だが、その対象を絞った場合はアクティブスキルの使用を制限することができるようになる。

 

 スキルの発動と継続ができなくなったことで……【アーステラー】の身を守る斥力場は霧散する。

 無防備な胴体に捨て身の一撃が突き刺さったことで、【アーステラー】は地に堕ちた。

 

『今です』

「はい!」

 

 追撃にヒヒイロカネで編まれた鎖が弩弓から撃たれ、竜の巨体をしかと縫い止める。

 拘束から逃れようともがく【アーステラー】。もちろん長くは保たないだろうが、さしもの古代伝説級<UBM>とて神話級金属を即座に破壊できるほどのSTRは有していないようだった。

 

 仕掛け時だとオリビアは槍を繰り出し、ヘイゼルは無数の銃火器を展開して砲撃を浴びせる。

 ひよ蒟蒻もよりダメージが見込める特殊弾を装填して射撃に移り、

 

「……?」

 

 【アーステラー】と目が合った。

 憤怒と報復で塗り固められた瞳が彼を映し、賢しげな輝きを放つ。

 

 直後に起こった出来事は、まるでひよ蒟蒻の理解が追いつかないものだった。

 

 気がつけば自分は宙を舞っていて。

 同じく吹き飛ばされたヘイゼルが視界の端に。

 鎖を振り解いた【アーステラー】、それがもたげる百の首のうち、巧妙に隠されていたひときわおおきな顎門が晒されており。

 それは、オリビアの半身を喰い千切っていた。

 

「し、しょう?」

 

 ひよ蒟蒻を狙った攻撃を彼女が庇ったのだ、とわかるまでにしばらくの時間を要した。

 勝ち誇り、嘲笑う百の咆哮。

 この場で生き残っている者はオリビアの敗北と、【アーステラー】の勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人を除いて。

 

「――――《撃竜咆(ドラグカノン)》」

 

 竜の顎門に突き込まれた撃鉄式馬上槍(特典武具)の矛先から噴き出した業火が、岩石のごとき竜の甲殻を白熱させる。

 それはさながら小さな太陽。

 鱗を溶かし、肉を焼き、竜は苦悶の叫びを上げる。

 当然ながら至近距離で炎を浴びたオリビアも無事では済まない。

 血で濡れていない箇所などなく、全身に火傷を負った重傷でありながら、彼女は槍を支えにして立ち上がる。

 

「あたしの体は高いからね。まだ物足りないなら、その命貰っていくよ」

 

 およそ死に体の人間から放たれるとは思えない気迫。

 幾千の死地を潜り抜けてきた英雄の、命を賭す覚悟に押されたか。

 それとも受けたダメージが致命傷だと判断したのか。

 【アーステラー】は憎々しげにオリビアを睨みつけると、そのまま上空へと飛び去った。

 それを見届けたオリビアは地面に倒れ伏す。

 

「師匠ッ!」

 

 駆け寄ったひよ蒟蒻はオリビアを抱き起こし、ありったけのポーションを振りかける。

 けれども左の手足と臓器の約半分を失い、流血と火傷が激しい状態では焼け石に水だ。

 

「どうして俺を庇ったりしたんですか! 俺は…… <マスター>は死んでも生き返るのに!」

「バカだね。弟子を見殺しにする師匠がいるかい」

 

 返り討ちにしてやるつもりがしくじっちまったよ、と女傑は笑う。

 

「ヘイゼルさん! 回復アイテムを!」

『【快癒万能霊薬】はあります。しかしこの傷では、もう』

「何か方法はないんですか!? このままだと師匠が!」

『……残念ですが』

「そんなっ……俺の、俺のせいで」

 

 まるでいつかの焼き直し。

 今度は自分のせいで人が死ぬ。

 自分が弱いから。

 自分がでしゃばったから。

 やはり間違いだった。誤りだった。過ちだった。

 今、目の前でオリビアが倒れているのは自分が原因だ。

 

「……なさい……ごめん、なさい……!」

 

 自分が彼女を殺すのだ。

 

「ぎゃあぎゃあ泣き喚くんじゃないよ。男だろう」

 

 声は小さいけれど、いつものような喝。

 その言葉でひよ蒟蒻は我に帰る。

 

「とりあえず、やつもしばらくは悪さできないはずだが……次に出くわしたら余計なことを考えずに逃げな。他の<マスター>とやらに擦りつけてもいい、どうせ死なないんだろう?」

「そんなの、できるわけ」

「じゃあ自力で超級職にでも就くんだね。ちょうど今からひとつ席が空く。ロストジョブ扱いだろうから、他に就くやつもいない」

 

 オリビアは懐からアイテムボックスを取り出す。

 

「【征伐王】の就職条件、それとあたしの私物がまとめてある。好きに使うといい」

「……受け取れません。俺には資格がない」

「野ざらしにするよか百倍マシさ。いらなきゃ売っ払いな。もう必要のないものだ」

「ッ……ごめんなさい師匠……俺は」

 

 ぐしゃぐしゃになった顔に、弱々しい手が添えられる。

 もはや指を動かす力も残っていないのか。

 溢れる涙を拭うことさえままならない。

 

「もう謝るな。自分を責めるのもなしだ。いいかい、誰にだって大切な人が一人はいるもんだ。その人の幸せを望むことは罪か? その人のために何かをしたいと思うのは間違っているのか? ……いいや、違うね」

 

 オリビアは師として、最後の教えを弟子に授ける。

 

「誇れ、ひよ蒟蒻。誰かを守りたいと思うその気持ちは、決して、間違いなんかじゃない。それを貫けるだけの強さをこれから手に入れていけばいいだけの話さ」

 

 告げるべきことは告げたと、息を吐くオリビアから命が失われていく。

 もとより気力だけで保たせていたようなもの。

 限界が来れば生命は終わる。

 

「ヘイゼル、後のことは任せた」

『ええ。皆様によろしくとお伝えください』

 

 最後に軽く笑った、その瞳が再び開くことはなかった。

 

 

 ◇

 

 

 それから、ひよ蒟蒻は各地を巡った。

 多くの出会いがあり、戦いがあった。

 

 黒い薔薇との共闘。

 大地にありて不撓不屈の巨人を倒し、懐郷の進撃を押し留めた。

 

 存在しないはずの闘技場。

 ひとつの頂きに至った剣士を下し、果てなき決闘に終わりを告げた。

 

 吹雪に晒された廃砦。

 幾重もの防壁に護られた氷の城を攻め落とし、凍てついた魂を解放した。

 

 光の裏に影落とす街。

 理想郷を夢見た魔術師の企みを暴き、淡い幻想を打ち砕いた。

 

 見渡す限りの大草原。

 かつて英雄を背に乗せた駿馬の試練を受け、ただひたすらに地平を駆けた。

 

 闇夜を切り裂く稲妻。

 民に仇なす魔性に堕ちた義賊を介錯し、末期の祈りを聞き届けた。

 

 海洋巡る蒸気船。

 深海より射貫く尖角と衝突し、知恵と力の限りを尽くして勝利した。

 

 暗い森の奥深く。

 嫉妬深い魔女の呪いを解くため、狂気を振り撒く暗殺者に引導を渡した。

 

 ――そして再び、宇宙から竜が襲来した。

 

 

 ◇

 

 

 ひよ蒟蒻は一人、何もない砂漠に立っていた。

 透き通るような蒼穹、照りつける日差し。

 どこまでも続く地平線。

 唯一存在するのは前方、砂塵の向こう側で揺れる影だけだ。

 

【先代【征伐王】が率いる軍勢を制圧せよ】

【成功すれば、次代の【征伐王】の座を与える】

【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】

 

 無機質に響くアナウンス。

 それが意味するところは二つ。

 これからひよ蒟蒻が挑むのは【征伐王】の転職クエストであるということ。

 その試練を課す者は……もう二度と会えないと思っていた人物であるということ。

 瞳が潤むことは止められず、一筋の雫が頬を流れる。

 

「来たね。ひよっこ」

「ええ。お久しぶりです師匠」

 

 突風が吹き、砂塵が晴れる。

 立ち並ぶ亡国に仕えた歴戦の強者たち。

 先頭にはかつて彼らを率いた軍勢の長。

 ひよ蒟蒻の師、オリビアが白毛の馬に跨っていた。

 記憶より明らかに若々しいのは、肉体の全盛期をモデルにした再現体だからだろう。

 ただ、中身はひよ蒟蒻の知る彼女であった。

 

「どうも時間の感覚が曖昧でね、久しぶりもクソもない。だが……お前はずいぶんとマシな顔をするようになったじゃないか」

「色々ありまして。師匠のおかげでもあるんですけどね」

「なんだい、気色悪いね」

 

 歩みを進め、オリビアの前に立つ。

 

「また【アーステラー】が来ました。俺はやつを倒します」

「敵討ちのつもりかい?」

「いいえ。……いや、それもあるか。でも最初に思ったのは違う理由です。俺はもう誰も死なせたくないし、誰かが悲しむ姿を見るのは嫌だ。だから、そのために【征伐王】は貰っていきますよ」

「ハッ、簡単に言ってくれる……そういや前に来たやつもそうだったね。どこで調べたかは知らないが、あたしたちを『【地竜王】に敗れた負け犬』だとか言って。まあ、口ほどにもなかったけどね」

 

 オリビアは後方に振り返り、槍を掲げた。

 

「我らは敗北者として後世の歴史に名を刻まれた。だが、我らの戦いは恥じるべきものだったか!?」

 

『『『『『否! 否! 否!』』』』』

 

「そうだとも! いいかいお前たち! 今回の敵はあたしの弟子だ! 先達として、戦士として、格の違いを見せつけてやりなッ!」

 

『『『『『おおおおおおおおおッ!』』』』』

 

 大気を震わす鬨の声こそ開戦の狼煙。

 千を超える軍勢は波濤のごとく波打ち、一つの生き物のように動き出す。

 

「ちょっ、師匠? 煽りすぎでは」

「あの竜を倒すならこれくらいこなしてもらわないとね。覚悟しなひよっこ、【征伐王】の座は安くないんだよ」

「ああもう、やってやりますよ! 俺だって強くなったんだからこれくらい」

「ちなみに隊長格の五人はあたしと同じ超級職だからね」

「そんなのありですか!?」

 

 

 ◇

 

 

 かくして。

 【征伐王】となったひよ蒟蒻は単身、<厳冬山脈> に再来した竜に挑んだ。

 超級職、<エンブリオ>、特典武具、仲間から受けた支援、戦闘技術、それらすべてを駆使する死闘。

 結果として、彼は【アーステラー】を討伐した。

 ……相討ちという形ではあったけれど。

 大きな被害を出すこともなく、彼自身を除けば誰一人として命を落とさずに。

 多くの幸運に助けられたのは事実だ。

 それでも彼は成し遂げた。それだけの力を得た。

 

 始めたばかりの彼と、今の彼で行動にそれほど大きな違いはない。

 変わったのは精神面。

 ほんの少し迷いを晴らし、自らが犯した罪の背負い方を変えた。

 今のひよ蒟蒻にとって、<Infinite Dendrogram>は『師匠の眠る場所』であり、『贖罪のために生きる世界』だった。

 

 これからも、それはきっと変わらない。




余談というか今回の蛇足。

【征伐王】
二次オリジョブ。鎮圧特化型超級職。
言ってみれば制圧型の【殲滅王】。
HPとENDが上がり易く、次にSTRが上がり易い。
敵陣に侵攻して多数の相手を捩じ伏せることに長けた超級職で、奥義を含めた固有スキルは三つのみ。
転職クエストは先代【征伐王】が率いる軍勢の制圧。
某征服王の「王の軍勢」のイメージで、先代と結びつきの深い人物が再現体として呼び出される。

(U・ω・U)<オリビアが前の挑戦者について言及したとき、ひよ蒟蒻は結構動揺してた

(U・ω・U)<「え、他にも転職条件を満たしてる人がいるの?」みたいな感じで

(Є・◇・)<そりゃビックリしますって

(U・ω・U)<ちなみにその人は老齢のティアンで今後登場はしないはず


オリビア
先代【征伐王】。
長命種であるエルフの血を引く。
かつて【地竜王】事件の折に滅亡した国家に仕えていた。
彼女も含めた超級職六人は兵を率いて侵攻、【竜王】率いる地竜種の万を超える軍勢の前に壊滅した。
一人だけ生き残ったオリビアは<厳冬山脈>で隠遁生活を送っていた。


【隕鉄竜星 アーステラー】
種族:ドラゴン
主な能力:引力操作・斥力操作
最終到達レベル:71
討伐MVP:【征伐王】ひよ蒟蒻
発生:認定型
備考:古代伝説級<UBM>。宇宙を回遊する百頭竜。外見は隕石に触手のような首がいくつも生えている感じ。執念深く、一度敵と認識した相手は必ず追い詰める。
五百年前に不可侵領域でとある<UBM>と衝突し、それを追って地上までやって来た。その時は当時の【剣王】に撃退され、<Infinite Dendrogram>のサービス開始までずっと傷を癒していた。


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序章 少女の旅立ち
冒険の始まり


 □王都アルテア サラ

 

 十歳の誕生日プレゼントに買ってもらった<Infinite Dendrogram>、ようやくプレイできるよー!

 フルートの発表会が終わるまではがまんするって約束だったけど、今日はめいっぱい遊んじゃうもんね。

 実はわたし、このゲームの仕組みをほとんど知らない。感動を減らしたくないから、実際にプレイするまで調べないようにしていた。

 だから知っているのはチュートリアルで教わったことくらい。……大丈夫だよねたぶん!

 

 アリスって名前のきれいなお姉さんに教えてもらった通り、まずはお城の壁にある大きな門をくぐって、道なりにまっすぐに歩く。一歩の距離が短いぶん早足で。

 ちなみに、このアバターは現実のわたしをモデルにしている。アリスさんも慣れている体のほうが動きやすいって言ってたし。ちょっとだけ……ほんのちょびっと胸と足を調整したくらいだ。

 クラスの女の子で背の順に並ぶとわたしは前から五番目になる。まだ成長期がきていないのかもしれないけど、ほしいところにはつかず、いらないところにお肉がつくのはいただけない。

 そんなことを考えていると噴水に到着する。

 ここはログインとかやられちゃったときの復活に使うセーブポイントなんだって。

 

 その噴水の前で、大きなクマさんとドラゴンさんの着ぐるみが並んで立っていた。

 わたしより小さい子どもたちが彼らの周りに集まっていて、どこかのテーマパークにいるマスコットみたいだ。

 その二人(二頭?)が持つ立て札にはそれぞれこう書かれていた。

 

『Welcome 弟』

『おいでませ 弟さん おこしやす 弟さん』

 

 気になる。すごく気になる。

 たぶん誰かと待ち合わせをしているんだろうけど、どうして着ぐるみ?

 よし、直接聞いてみようっと。

 

「こんにちは!」

『はいこんにちはクマー』

『同じくこんにちはドラ。お知り合い?』

『いや。初対面のはずクマ。お嬢さん、俺たちに何か御用クマー?』

 

 クマさんは男の人、ドラゴンさんは女の人みたい。二人とも大人かな? 優しそうな声をしている。

 

「はじめまして、わたしはサラっていいます! ちょっと聞きたいことがあって……どうしてお二人は着ぐるみを着てるんですか?」

 

 わたしが尋ねると、クマさんとドラゴンさんは顔を見合わせた。

 

『語るも涙、聞くも涙の話クマ』

『これ以上の装備が、ね……』

 

 思ったより複雑な理由があるみたい。もしかして二人とも着ぐるみが大好きだったりする?

 たしかにクマさんの着ぐるみはもふもふのフワフワでぎゅっとしたくなる。ドラゴンさんの着ぐるみはお腹がぽっこりでもちもちしてそうだ。

 頼んだら触らせてもらえないかな。

 じっと見つめていたら、ドラゴンさんはおいでと手招きして腕を広げてくれた。

 わたしは吸い寄せられるようにドラゴンさんのお腹に手を伸ばす。

 

「おお……!」

 

 プニプニだ。この感触はそうとしか言いようがない。

 指で押したら跡を残しながらも反発するほどよい弾力。

 シルクみたいになめらかな触り心地。

 そしてなにより、

 

「あったかあい……」

 

 じんわりと熱が伝わる。例えるなら湯たんぽとか、お日さまに干したお布団のような温もりがわたしを包み込んでいく。というか、ドラゴンさんが腕を回してぎゅっと抱きしめている。

 

「ほわあ……これは、ひとをだめにする……」

『あらやだ可愛い。この子お持ち帰りしようかしら』

『やめるクマ。絵面はともかく中身が犯罪クマ』

『あはははは……すみませんマジで冗談ですドラ。仕方ないじゃん、私の中の母性がね? まあ私、子どもいなけりゃ結婚もしてないんだけど』

 

 ドラゴンさんはさっと、でも優しくわたしを引き剥がす。もう少し堪能したかったけどしかたない。

 

『改めて、私はレッド・ストリーク。気軽にレッドさんと呼んで欲しいな。そいでこちらは』

『シュウ・スターリングだクマー。俺のことはシュウでいいクマ』

「レッドさんにシュウさん! よろしくお願いします!」

 

 聞けば、二人は<Infinite Dendrogram>の発売初日からプレイしているベテランの中のベテランさんらしい(ゲーム内の時間で五年間も!)。

 今日はクマさん、もといシュウさんの弟さんが初めてログインする日で、たまたま通りがかったレッドさんと一緒に出迎えの準備をしていたんだとか。

 だからあんな立て札を持って立っていたんだ。そうだよね、弟さんのアバターとお名前が分からないと待ち合わせするの大変だもんね。

 

『つまりサラちゃんはあいつと同期ってことになるクマ。また紹介するクマ』

「本当ですか? 楽しみです!」

『うんうん。一緒に遊ぶフレンドがいるのはいいことドラ。ソロとパーティじゃ雲泥の差だからさ』

「お二人とも今度ご一緒させてくださいね! えーと、フレンド登録ってできるのかな」

『何この子マジもんの天使?』

 

 こうして、わたしのフレンドリストには一番目と二番目にレッドさんとシュウさんが登録された。

 

『ところで、サラちゃんはこれからどうするクマ? 見たところチュートリアル直後みたいだが』

「え、えっと、うーん」

 

 これから……どうしよう?

 アリスさんから教わったのは噴水のセーブポイントに向かうまで。とりあえず第一ミッションはクリアした。

 パッと思いつくのはお買い物かな。初期装備も悪くないけど、もっとかわいい服がほしいかも。

 そうなるとお金が必要になるよね。最初にもらったぶんで足りる気はまったくしない。

 だからお金を稼ぐ方法……ゲームだし、モンスター倒したらお金を落とすよね?

 

『モンスターのドロップはアイテムだけだね。戦闘職はそれを集めて売ることになる。生産職ならアイテムを作成できるから金策になる。ただ、元手になる資金や売却ルートの伝手が大事になるドラ』

『あとはギルドのクエストをこなすと報酬が貰えるぞ。戦闘職でも生産職でもできる基本的な方法クマ。ま、何をするにしてもジョブには就くべきだろうな』

 

 そう言って、シュウさんはジョブの説明をしてくれた。

 <Infinite Dendrogram>では職業……ジョブに就いていないとレベルが0のまま。ほとんど何もできないそうだ。

 ジョブは大きくわけて下級職、上級職、超級職の三つ。

 下級職は初心者が就くジョブのこと。なるのに難しい条件がないものが多くて、レベルの上限は50。

 上級職は上級者向きのジョブ。普通は下級職で修行してから就くもので、いくつかの条件をクリアしないとなることができない。レベル上限は100。

 下級職は六つまで、上級職は二つまで同時に就くことができる。だからレベルの合計は500が最高。

 

 じゃあ超級職はというと、とても難しい条件をクリアした人だけが就ける、とても強いジョブのこと。

 先着一名限り。レベルの上限がないからどこまでも強くなれる。もちろん下級職と上級職とは別のカウントで。

 めったにないことだけど、超級職は一人でいくつも就くこともできるそうだ。

 それってちょっとズルくないですか? と聞くと、シュウさんは困ったように笑った。

 

『このゲームは<エンブリオ>があるから、シナジーを考えていくとビルドも千差万別になるクマ。ゆくゆくはそれも考えてジョブを選んでいくといい』

『あと、職業ギルドっていう施設があってね。そのギルドに関係するジョブに就くことが必要だけど、冒険者ギルドと違って専門的なクエストを受けることができるドラ』

「な、なるほど?」

 

 一度にたくさん聞いたからか、追加された情報が頭に入ってこない。

 とにかくジョブに就こう!

 

『サラちゃんはデンドロで何がしたいドラ? 魔法を使いたいとか、アクセサリーを作りたいとか、野菜を育てたいとか。イメージだけでもジョブは絞れるよ』

「そうですね……」

 

 いろいろやってみたいことはある。

 魔法は気になるから使ってみたい。憧れだったパティシエやお花屋さんになることもできるよね。

 探検家、スパイ、探偵、宇宙を救うヒーロー……これって映画の見すぎ?

 あとは、現実でできないようなこと。

 

「えっと、ペットを飼いたいです」

 

 昔から、動物を飼うことが小さな夢だった。

 本当は誕生日プレゼントに子犬をお願いしたかったけど、パパもママも動物アレルギーだから家で飼うことはできない。

 でもゲームでなら問題ないよね!

 

『となると【従魔師】かな。どう思うシュウ君』

『いいんじゃないか。【召喚師】って路線もあるが、あれは少し癖があるからな』

『いよし決まりぃ! 袖すり合うもなんとやらだ。従魔師ギルドまでの道案内、この私が請け負おうじゃないか!』

「いいんですか!? でも、お出迎えは?」

『あー、ほら、やっぱりさ。いきなり弟さんと会っても何を話していいか分かんないし……』

『いやいやレッド、そう気兼ねする必要はないって前にも言ったクマ?』

『無 理 だ か ら! 私まだあなたとタメ口で話すことすら恐れ多いと思ってますからね!?』

『クマー……ここまで拗らせてるともう崇拝の域クマ』

 

 二人とも仲がいいなあ。特にレッドさんのシュウさんを見る目には強い思いが込められている。

 これってそういうことなのかな?

 

 

 ◇

 

 

 シュウさんと別れて、わたしとレッドさんは従魔師ギルドを目指す。

 

『と、その前に寄り道してもいいかな? 別行動してる人と合流したい』

「大丈夫ですよ! 行きましょう!」

『初心者御用達の店にいるはずだ。ついでにサラちゃんの装備も整えよう』

 

 レッドさんの足取りに迷いはない。ぽっこりした着ぐるみで足の部分も短いのに、わたしと変わらず歩いている。

 

「どんな人なんですか?」

『元気なやつだよ。困ったところもあるけど頼れる相棒だ』

「へえー、いいですね! すてきです!」

『長い付き合いだからねえ。こっちでかれこれ……何年だ? ひい、ふう、みい、よお、五年になるか』

「じゃあこのゲームを始めてからずっと一緒なんですね」

「そうそう。デンドロを始めなかったら出会うことはなかっただろうさ』

 

 レッドさんの口調から、その人のことを大切に思っているのがわかる。まるでかけがえのない半身みたいに。

 

「じゃあ、シュウさんとその人、どっちも同じくらい大切にしないといけないですね!」

『え? 何その急展開。会話のジェットコースターにお姉さんついて行けないよ?』

 

 もしかしてとぼけてるのかな。

 だとしたらレッドさんは役者だね。素でわけがわからないふうに演じてるもの。

 でもそれじゃあごまかせない。レッドさんがシュウさんにただならぬ思いを抱いていることは見れば誰でもわかるんだから。

 

「照れなくていいですよ? 安心してください。わたし、口は固いですから!」

『待ってマジで何のこと!? いやまあ大体察したけど……どうしてそうなったんだい? 恋に恋するティーンの煌めき(ブラインドネス)補正かな?』

 

 あれ、どうやら本当に違うみたい?

 

「わたし、てっきりレッドさんはシュウさんのことが好きなんだと思ってました」

『はっきり言うなあ……これが若さか。でも残念、彼のことは恋愛対象じゃないよ』

 

 あんなスパダリに恋するのもされるのもごめんだぜ、とレッドさんはつぶやく。

 なら、あのダダ漏れだった感情はなんだろう。

 あらためて考えてみると、たしかにパパがママに、ママがパパに向ける「好き」とは少し違った気がする。

 友だちがアニメや、テレビドラマに出る俳優について話すときのような「好き」。

 どこか遠く、届かない場所に手を伸ばすような。

 そんな、キラキラとしたなにか。

 

『サラちゃん、着いたドラー。中に』

「遅かったなレッド。もう商品は押さえたぞ。初心者向けの防具、前衛用から後衛用まで一揃いずつ……」

 

 通りに面した店の扉が開いて、女の子が顔を出した。

 年は中学生くらい。金色の髪に日焼けした肌。

 ドレスみたいな鎧と剣を身につけていて、左手には紋章が浮かんでいる。

 

「あれ? そいつがあのクマの弟なのか? どう見ても女だよな」

『ごめん、ちょっと話が変わった。紹介するよ。この子はサラちゃん。縁あって道案内することになった初心者さん。ほらご挨拶』

「お、おぉ……オレはウル。レッドの剣であり盾でもある。よろしくな!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「んー、敬語はよしてくれ。なんかムズムズする」

「そっか。じゃあよろしくね、ウル!」

 

 わたしは差し出された手を掴んで握手する。

 

『はい親睦が深まったところでー。ウル、【従魔師】向けの防具をいくつか持ってきて』

「サラのだな、任せろ! 武器はどうする?」

『基本的に前に出ることはないだろうけど、一つは持っておいた方がいいドラ。あとは好みだね』

 

 武器……武器かあ。考えてなかったや。

 従魔師ってモンスターと一緒に戦うんだよね。

 わたしはあんまり運動が得意じゃない。今持っているのはナイフだけど、遠くから攻撃できるほうがいいのかな。

 

「とりあえず保留で! あとで考える!」

 

 というわけで。

 わたしが持っているお金で買える、一番いい防具を用意してもらった。

 【フォーチュン】シリーズという装備で、チュニックにキュロット、ブーツのセット。四つ葉の刺繍が入っているのがチャームポイントだ。

 初期装備と組み合わせて装備しても、それなりにおしゃれに見えるのが決め手だった。

 

『いいじゃん似合ってるよ』

「えへへー、ありがとうございます!」

 

 そしてなんと、レッドさんから記念に帽子をプレゼントしてもらいました!

 形はキャスケットに近いかな? 四つ葉の装飾が付いていて【フォーチュン】シリーズにぴったり。

 しかもアイテムのドロップ率を上げるスキルが付与されている高性能な品だ。

 

「これで装備はいいんじゃねーか?」

『じゃあ今度こそ従魔師ギルドへ出発ドラ〜』

「おー!」

 

 

 ◇

 

 

 従魔師ギルドに到着!

 途中で<エンブリオ>が孵化して、レッドさんの説明を聞きながら歩いていたらあっという間だった。

 <エンブリオ>ってなんでもありだね。武器、生き物、乗り物、建物、それに形がないものまであるなんて。

 わたしの<エンブリオ>はふつうのTYPE:アームズなんだけど、少し変わった特徴を持っているらしい。でもあんまり実感はわかないかな。

 ちなみに武器じゃなかったよ。

 

 わたしは受付で従魔師ギルドに登録をして、そのままクリスタルで【従魔師】に転職した。

 NPC……ティアンの人は登録前に適性を調べるみたいだけど、わたしたちプレイヤー=<エンブリオ>を持つ<マスター>は全部のジョブに適性があるから確認はいらないんだって。

 

 それから従魔師というジョブの説明を聞いた。

 モンスターを仲間にするテイムのやり方とか、テイムしたモンスターを入れておく【ジュエル】の使い方とか。

 あとはギルドの一員として、なにか問題が起きたときはできるだけ従魔師ギルドに協力をしてほしいということ。そのかわりにギルドはわたしたちに支援をしてくれるということ。

 

「従魔師ギルドはあなたの幸運をお祈りしています」

 

 そう締めくくって、職員さんは受付の奥に戻っていった。

 あの人ずっと無表情だったけど……いやな気持ちにはならなかったなあ。声のせい(・・・・)かな?

 

「ともかく、これで【従魔師】になれたー!」

『おめでとうドラ〜!』

「レッドさん、それとウルも! ここまで付き合ってくれてありがとうございました!」

『どういたしましてドラ。また一人、有望な新人が王国に生まれたってことだねえ』

「別に気にしなくていいぜ。オレは大したことしてないしなー」

 

 ウルはそういうけど、装備を選んでくれたのは彼女だ。わたしだけだったらこの三倍は時間とお金がかかっていたと思う。

 

『じゃあ私たちはこの辺でお暇しようかな。次に会える時を楽しみにしてるドラ』

「じゃーなー」

「はい! また遊んでください!」

 

 レッドさんとウルを見送って、わたしは一人従魔師ギルドに残る。

 

 さて、まずは仲間になるモンスターを探さないと。

 モンスターは自分でテイムするか、すでにテイムされたモンスターを他の人から買うかの二択だ。

 わたしは自分でテイムする方法を取るつもり。

 

「外に出る準備をしないとだね。【ジュエル】と、やっぱり武器も必要かな。ナイフだけだと不安だもん」

「――おやおやおや。そこのあなーた、何を言っているのですカ?」

 

 心底あきれたと、わたしに話しかける人がいた。

 ギルドのすみっこ、床に座っているもじゃもじゃのおじさんだ。おじさんのまわりだけ独特な臭いがする。

 ずっといたのかな。ぜんぜん気がつかなかった。

 

「武器? ナイフ? いけまセンね、実に嘆かわシイ……武器を持つこと自体は否定しませン。ですガ、従魔師にとって一番の武器と呼べるものがあるならバ、それはモンスター以外にないでショウ! 従魔も持たずに戦闘に赴くなど愚のコッチョウ! その辺の草むらに踏み込むことすらメイビーダーイッ! デス!」

「そうなんですか? でもモンスターを買えるだけのお金がなくて」

「ンンン……やはりいけませんネ。近頃は従魔師の質が下がるバカリ。先達が後進の指導をしなければ知識は欠落しマス。いつギルドは対策をするのでしょうカ」

 

 おじさんはすこし考え込んで、わたしに手招きをした。

 

「あなーた、こちらに来てくだサイ。わたーしがいいものをプレゼントしマス」

 

 そう言って、おじさんは三つの【ジュエル】を取り出した。

 赤、青、黄に光る宝石の中には、それぞれ別のモンスターが入っているとおじさんは言った。

 好きなのを一つ選べ、ってことかな?

 おじさんはまず赤色を指差す。

 

「これハ【ティール・ウルフ】。一匹ではそれほど強い種族ではありまセンが、一度主人と認めた者には死ぬまで忠実デス。進化による派生が多いことも特徴デスネ」

 

 次に青色。

 

「これハ【パシラビット】。戦闘には不向きな魔獣デス。普通は愛玩用として飼育されてマス。しかーし、このコの耳を使った索敵は下級職のスキルをゆうに凌ぎマスヨ」

 

 最後に黄色。

 

「これハ【ランドウィング】。陸を走る騎乗用の怪鳥デスネ。もちろん戦闘でも活躍するでショウ。ただ、フルパワーを発揮するには大量の食事を用意する必要がありマース」

 

 三つの【ジュエル】を置いて、おじさんはわたしを見上げた。

 

「さあ、どれにしマスか? 今なら特別にどれでもタダ。サービスですヨ」

「いいんですか!?」

「エエ。約束は守りマース。<マスター>に嘘を吐く勇気はわたーしにはありまセン」

 

 このおじさん、見かけによらず優しい人だ。

 本当に本当のことしか言ってない。善意でモンスターをくれようとしているのがわかる(・・・)

 ここはその親切に甘えちゃおう。

 前にやってたゲームでもあったなあ。最初に三匹の中からパートナーを選ぶやつ。

 わたしは三つの【ジュエル】を順番に覗く。

 【ティール・ウルフ】はじっとわたしの目を見てくる。わたしのことを見極めようとしてるみたい。

 【パシラビット】はキョロキョロと落ち着かなそう。でも見られるのがいやってわけではない感じ。

 【ランドウィング】は……寝てる? あ、目を開けた。落ち着いていてマイペースな子だね。

 

 ふむふむ。なるほど。

 うん、わかったよ。

 

「じゃあ、その子にします」

「【ティール・ウルフ】ですネ? 本当にこのコでいいデスカ?」

「ううん。その子たちじゃなくて、おじさんが(・・・・・)持ってる(・・・・)【ジュエル】(・・・・・・)の中(・・)にいる子(・・・・)がいいです」

 

 わたしがその子を指差した瞬間、おじさんは驚いて大きく目を見開いた。

 

「……なんでわかった?」

「この子たちに聞きました」

 

 わたしの<エンブリオ>が持つスキルのおかげだ。

 いつも発動しているスキル《統一言語》は動物さんやモンスターともお話ができるようになる。

 みんな口数は多くなかったけれど、三匹のモンスターは全員がわたしに訴えかけていた。

 おじさんがもう一匹モンスターを持っていること。

 自分たちじゃなくて、その子を連れていってほしいということ。

 

「げに恐ろしきは<マスター>デス。ですが、この子はいけませン。あなーたではとても手に負えないでショウ」

「そこをなんとか、お願いします! わたしはその子がいいんです!」

「……それが『使えない』モンスターでも、ですカ?」

 

 使えないって……どういうこと?

 

「この子は生後まもなくテイムされマシタ。それ自体はよくあるケースなのデスが……この子をテイムした従魔師は、すぐにこの子を捨てたのデス。しかも、その従魔師には何のペナルティも与えられませんでシタ」

「ひどい……!」

「わたーしもそう思いマス。幸い保護することはできましタが、この子は心に深い傷を負っていマス」

 

 ――この子の傷を癒すことができますか?

 

 おじさんはわたしに問いかける。

 できるか、できないかはわからないけど。

 

「……その子とお話させてください」

「いいでショウ。中の時間経過を停止してあるので、今までの会話はこの子に聞こえていまセン。くれぐれも言動にはお気をつけテ」

 

 おじさんは緑色の【ジュエル】を胸ポケットから取り出した。

 

「《喚起(コール)》――【ウィンド・ドラゴン】」

 

 【ジュエル】の中から出てきたのは、わたしの肩に乗るくらい小さなドラゴンだった。

 深い緑色の鱗と、白い羽毛を持つきれいな男の子。

 

『R、rrr……?』

 

 その子は周りを見回すと、

 

『Rrrrrrrr! Rrrrrrrr!?』

 

 大きな声で泣き始めた。

 おじさんが彼を【ジュエル】に戻そうとするのを止めて、わたしは床にしゃがみ込む。

 目線を合わせたほうが彼もこわくないだろうから。

 

「こんにちは!」

R()!?』

 

 急に話しかけられてびっくりしたみたい。

 ものすごいスピードで物陰に隠れてしまった。

 でも、声は聞こえているはずだよね。

 

「わたしはサラっていうの。あなたのお名前は?」

『……Rrr(わからない)

「そうなんだ。あなたのことはなんて呼べばいい?」

『……Rrr(しらない)

「うーん、じゃあ……ジェイドって呼ぶね!」

R()?』

 

 彼を見て、まっさきに思い浮かんだ宝石の名前。

 風にゆれる草原みたいな鱗の色。

 我ながらいいネーミングセンスじゃない?

 

「ねえジェイド。わたし、一緒に来てくれるパートナーを探してるんだ。それでね、あなたにわたしの従魔になってほしいの」

『…………』

「あなたのことを他の子たちから聞いて、いいなって思った。顔を見たらその気持ちがもっと強くなったよ。わたしたち仲良くなれると思うんだけど……どうかな?」

『……Rr(いやだ)

 

 でも、返ってきたのは拒絶だった。

 

Rrrrrrrr(みんないなくなるんだ)

Rrrrrr(ぼくがじゃまだから)

Rrrrrr(ぼくがだめなやつだから)

 Rrrrr(にんげんも)

 Rrrrr(どうぞくも)

 ―― Rrrrr(おかあさんも)!』

「……ッ、それは」

 

 風が、吹く。

 ジェイドが隠れているところから流れる風が、わたしの体を押し除ける。

 風がギルドの壁に傷をつける、机を吹き飛ばす、わたしの肌を切り裂く。

 

「何事です!?」

 

 騒ぎが大きくなったから、ギルドの職員さんが奥から出てきた。さっきの無表情の人もいる。

 

「すみまセン、わたーしの失態デス。モンスターが暴走しまシタ」

「それなら【ジュエル】に《送還》させなさい! 何をのんびりしているのです!?」

「ンンンー? これは困りましタ、不具合ですカネー? 上手くいきまセーン」

「っ……すぐ腕利きの従魔師に連絡を! 幼いとはいえ天竜種だ、こうなった以上は力づくで止めるしかない! ……最悪、人的被害が出るようなら殺しても構わん!」

 

 どうしよう……このままだとジェイドが。

 

「お願いジェイド! 話を聞いて!」

Rrrr(いやだ)

 Rrrrrrrrr(こないで)

 Rrrrrrrrr(ちかづかないで)

 Rrrrrrrrrrrrrrr(いやだ、いやだ、いやだ)!』

 

 彼は聞く耳を持ってくれない。

 まるで子どもみたいに……ううん。実際、ジェイドはわたしとおんなじで子どもなんだ。

 だから泣いて、叫ぶ。

 

 わたしには、それが助けを求めているように聞こえた。

 

「おじさん!」

「ンンン、申し遅れましたが、わたーしのことはMr. ジョバンニとお呼びくだサイ!」

「Mr. ジョバンニ! わたしがあの子を止めます! だから、ぜんぶうまくいったらあの子ともう一度話をさせてください!」

「アーハン? なるほど承りましたデスヨ!」

 

 準備はできた。

 

 さあ、始めるよ。

 

 今から目指すのは風の向こう。

 

 文句なしのハッピーエンド。

 

 そのために、泣き虫さんに手を伸ばそう。

 

「出力全開、対象は……ここにいるみんなでいいよね!」

 

 わたしの<エンブリオ>、【交感心繋 バベル】のスキルはもうひとつあるんだから。

 

「《言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)》!」

 

 スキルを発動した瞬間、地面がひっくり返って見えなくなった。

 意識がもうろうとする。わたしという自分を包むカラがはがれて、周りに溶け出していく感じ。

 

 わたしが、ぼくが、俺が、私が、オレが、僕が、あなたが、きみが、お前が、貴方が、てめえが、君が、彼が、彼女が、彼らが、それが、それらが、ぜんぶぜんぶ溶け合って、絡み合って、一つになる。

 

 今日の晩御飯はなんだろうこの仕事大変だな急がないとギルドがごまかすのも大変だモフモフモフモフすごいなこの娘面白お肉お魚鳥鳥鳥ああ最悪だやってくれやがったそういや宝くじ確認しないと何だこれどうなって助けないと怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい

 

 ――みつけた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

『おかあさん……どこ? どこにいるの?』

 

 うまれたときにそばにいた、あたたかなそんざいは、いつのまにかどこかにきえていた。

 ちいさなほうせきにとじこめられて、わけもわからずにつれさられて。

 ぼくは、ひとりのにんげんの"じゅうま"になった。

 

『おら、何してんだよ! お前は天竜種だろ!? 歩いてないで飛べよ! さっさとしろノロマ!』

 

 そのにんげんはこわかった。

 いつもぼくをどなって、ひっぱって、たたいた。

 

『うるせえな、泣くんじゃねえ! 次わめいたら飯抜きだからな!』

 

 ごはんをもらえるときのほうがまれだった。

 ざっそうはたまにしかでてこないごちそうだった。

 

『ぼーっとしてんな! 避けろ、ほらそこだ、殺せ! 殺らなきゃレベルが上がらないだろ!』

 

 いつもなんびきものもんすたーとたたかわされた。

 ぼくはがんばったけど、とてもかなわなかった。

 

 あるひ、にんげんはぼくをつれてもりのおくにやってきた。

 そして、こういった。

 

『泣いてばかりでろくに戦わない、飛ぶこともできない。才能も成長の見込みもない。こいつハズレだな。使えない屑モンスターだ』

 

 ぼくがはいっていたほうせきを、にんげんはあしでふみくだいた。

 

『お前、もういらねーわ。じゃあな』

 

 まって、まって。

 いかないで。

 どうしてふりむいてくれないの?

 

 いやだ、いやだ。

 おいていかないで。

 ひとりにしないで。

 いやだよ、こわいよ。

 ひとりぼっちはいやだよ。

 

 どうしてぼくをおいていくの?

 にんげんも、

 おかあさんも、

 ぼくのことがきらいになったの?

 ぼくがつかえないからいけないの?

 ぼくがよわいからいけないの?

 ぼくがじゃまになったの?

 

 ぼくは、いらないこなの?

 

「そんなことない!」

 

 ひかりがさした。

 あたたかいひかり。

 まるでおかあさんみたいな。

 

「あなたはいらない子なんかじゃない! 使えなくもない、弱くもない! お母さんだって、そんなこと思うわけない!」

 

 うそ、だよ。

 だって、おかあさんはいなくなっちゃった。

 ちがうなら、どうしておかあさんはいっしょにいてくれなかったの?

 

「それは、わたしにもわからないけど……でも、お母さんっていうのは子どもを大切に思ってるんだよ! 愛してくれるんだよ! だから、きっとなにかわけがあるはずだよ!」

 

 さっき、すこしみえたよ。

 きみのおかあさんとおとうさん。

 すごくあたたかい。

 でも、きみはきみ、ぼくはぼくだ。

 

 それに、わけって?

 おかあさんにどんなりゆうがあったというの?

 

「わからない!」

 

 ……。

 

「だから、直接聞いてみよう!」

 

 ……え?

 

「一緒にあなたのお母さんを探し出して、会って、お話するの! そうしたら説明してくれるはずだから!」

 

 ……。

 それで、もし、おかあさんがぼくをあいしてなかったら?

 あのにんげんのように、ぼくをじゃまにおもってすてたんだとしたら?

 いやだよ。こわいよ。

 

 ほんとうのことをしって、きずつくくらいなら。

 またすてられるくらいなら。

 このままおわるほうがいい。

 ぼくは、もう、

 

「……」

 

 だれともかかわりたく……

 

「もし! もしもだよ、万が一……ううん、百億が一、ありえない可能性だけれど、本当にお母さんがあなたを捨てたのだとしても!」

 

「わたしは、あなたを絶対に見捨てたりしないから!」

 

「いらない子だなんて言わないから!」

 

「だから、わたしと行こう! ジェイド!」

 

 ――ああ。

 なんて、やさしいことばだろう。

 さしだされたちいさなて。

 いまにもこわれそうなて。

 

 けれど、いまは、これほどたよりになるものもない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □王都アルテア 【従魔師】サラ

 

 目が覚めたとき、わたしの腕の中ではジェイドが寝息を立てていて。

 ちょうど、ぼろぼろになった従魔師ギルドに何人かの<マスター>が駆けつけたタイミングだった。

 それからはあっという間で、なにがなんだかという感じ。

 

 まず、職員さんにすごく怒られた。

 ギルドの建物の中でジェイドが暴れたことは、ほとんどの責任がわたしにあるからしかたないことだった。

 わたしの<エンブリオ>で現場にいた人たちが混乱していたことも問題になったけど……後遺症はないからぎりぎりセーフ、ということで。あやうく指名手配される寸前だったとかいないとか。

 それと、わたしの体には傷がいくつもできていて、一歩まちがえたら命に関わっていたらしい。

 いくら<マスター>が死んでも生き返るとはいえ、危ないことはできるだけ避けるようにと言われてしまった。

 

 次に、ジェイドの処分について。

 本当ならジェイドとその主人にはそれなりの罰があるはずなんだけど、わたし以外に怪我人がでなかったこと、飼い主だったMr. ジョバンニが被害額ぶんのお金をおいていつのまにか姿を消していたことから、どうやらお咎めなしになりそう。

 

 最後に、これからのことについて。

 

「もう一度聞くね。わたしと来てくれる?」

Rrr(うん)

 

 ジェイドが一匹目の従魔になった。

 どうやらわたしの肩を定位置に決めたみたい。たまに首と羽毛がこすれてこそばゆかったりする。

 今はわたしの右手にある緑色の【ジュエル】は、気がついたらわたしのポケットに入っていた。

 たぶんMr. ジョバンニの仕業だ。どうして何も言わずにいなくなっちゃったんだろう?

 でも、またどこかで会える気がする。

 

「目標はジェイドのお母さんを探すこと。そのために、いろんな場所に行かないとだね。一緒にがんばろう!」

『Rrrrr!』

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■??? 【■■】■■■■■■

 

「面白い。実に面白いねえ、あの娘」

 

 椅子に深く腰掛けてクツクツと嗤う男がいた。

 彼は半透明のバイザーに映し出された画像を改めて凝視する。

 被写体は齢十にいくか、という幼い少女。

 肩には小さな天竜を乗せている。

 

「王国の情勢にはどうにもきな臭さを感じたし、潜伏しつつレッドちゃん君を監視してたら……これは思わぬ掘り出し物を見つけちゃったかなー?」

 

 男はホログラムのキーボードを叩き、思考した情報をまとめていく。

 

「特筆すべきは相手の懐に入るコミュニケーション能力と精神性かな。ハイエンドというわけじゃない。ただ自然に振る舞うだけで周囲に気を許させる性質? 営業とかやらせたらピカイチだろうなー。実年齢は外見通りっぽいし、将来は僕のところで囲いたいくらいだぜ」

 

 現実でいくつもの部門に分かれた子会社を束ねる大企業の長は、青田買いの画策を始める。

 同時に、つい先ほど体験した不可思議な現象に意識を向けた。

 

「間違いなく<エンブリオ>の固有スキル。映像は音割れしてたから聞き取れなかったんだよねえ。やっぱ末端にも高性能の機材積ませとかないと駄目ですわ」

 

 ただ、スキルを使用する段になっても<エンブリオ>を視認できなかったことが残念ではある。

 おそらくは実体のないテリトリー系列に分類されるのだろうと仮定して、男は考察を深めていく。

 

「チビドラちゃんの暴走を止めるのに使ったスキル、十中八九、意識の共有だよね」

 

 それは人の心に作用するという点で破格のスキルであるだろう。

 使いようによってはこの世界で天下を取ることも可能だ。男にしても悪用方法は山のように思いつく。

 何より驚くべきは、その出力と影響力。

 

「観察してただけの僕まで巻き込まれたからね……つまり、意識があるなら本体がその場にいなくとも効果の範囲内ってことだ」

 

 <マスター>は精神保護がかけられているはずなのに、意識の共有に取り込まれた。

 もちろん記憶や深層心理まではお互い読み取れず、単なるテレパシーでの意思疎通に収まっていた。それでも思考する内容が筒抜けになることの恐ろしさを男は知っている。

 リソースの割り振りがどうなっているのか気になるところだが、制御を捨てる場合は出力が上昇するタイプであるのだろう。

 

「だけど……本当にヤバいのはそっちじゃなくてパッシブの方」

 

 従魔師系統の《魔物言語》にも似たスキル。

 意識共有のスキルのことも考えると、こちらも解する言葉は無差別に近いと見て間違いないだろう。

 常にプレイヤーやティアンが用いる言語が自動翻訳されている<Infinite Dendrogram>において、そのスキルはモンスターや動植物と会話できる程度のものでしかない。

 だが、もし会話だけでなく文字にまで適用されるとしたら。

 

「いや、既存の言語スキルから考えても間違いなく適用範囲。今は無理でも進化の過程で強化されるだろう。そうしたら……」

 

 かつてこの世界に存在したとされる先々期文明。

 名工フラグマンに代表される優れた魔法・科学技術を有した、その文明の残り香。

 かつて男が発掘し、今もなお秘匿し続けている遺跡がひとつある。

 彼女なら、遺跡に残された暗号、未解読の文書や資料なども読み解けるのではないだろうか?

 

「こぉれはぁ、権謀術数のお時間じゃなーい?」




余談というか今回の蛇足。

レッド・ストリーク
Ψ(▽W▽)Ψ<私が! 来た! ドラ!

(U・ω・U)<たぶん知ってる人は知っている

(U・ω・U)<ルーキーの話にする予定が……

(U・ω・U)<なお、ガチでクマニーサンとのカップリングはない(作者的に解釈違い)


Mr. ジョバンニ
Ψ(▽W▽)Ψ<これまんまポ◯モンじゃん?

(U・ω・U)<そだね

(U・ω・U)<なんなら御三家とかサラちゃんが帽子かぶってるのもそうだよ


最後の人
(U・ω・U)<まあすでに登場済みではある

Ψ(▽W▽)Ψ<見かけたら処すしかねえドラ


サラの<エンブリオ>
(U・ω・U)<こんな感じ?

【交感心繋 バベル】
TYPE:アームズ 到達形態:Ⅰ
紋章:“輪になった人々”
能力特性:交感
スキル
《統一言語》
パッシブスキル
動物や他種族、モンスターなどと意思疎通が可能
自動翻訳と違い<エンブリオ>が話し手の意思を読み取るので嘘やごまかしもわかる
言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)
アクティブスキル/全体バフ
周囲の生物(正確には意識をわずかでも有する存在)と意識を共有する
制御しないと対象は範囲内無差別で出力上昇

(U・ω・U)<なんでアームズかは追々(書けたら)

(U・ω・U)<たぶん上級になったらエンジェルカリキュレーターになる


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竜と少女と宝石獣 ①

感想、評価ありがとうございます。


 □決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ

 

 <Infinite Dendrogram>を始めてから、ゲームの中で一週間がたった。

 従魔師ギルドのお手伝いでレベルを上げたわたしは決闘都市ギデオンにやってきている。

 はじめての街には知らないもの、めずらしいものがたくさんあるから、道を歩くだけでも王都とちがうところを発見できて楽しい。たとえば、小さなネズミさんが店番をしている雑貨屋があったり。

 

 今は<パティスリー加蜜列>っていうお店で休憩中。

 つかれたときは甘いものにかぎるよね。

 わたしはお皿に乗ったドーナツを半分こにして、片方をジェイドにあげる。

 

「ん〜! おいしー!」

Rrrr(もぐもぐ)

 

 たっぷりかかったお砂糖とチョコレート(みたいなもの)の甘味が口の中いっぱいに広がる。

 やっぱりお菓子のデコレーションはたくさんついてる方がおいしいに決まっている。

 このおいしさ、あと十個はいける!

 ……食べすぎ? こっちならどれだけ食べてもカロリーゼロだからいいんだもん。

 

 でも、目の前に座る彼女にはかなわない。

 

「決めたわ。ウェイター、メニューに載っているスイーツを一つずついただけるかしら」

「は……? その、全品……ですか?」

 

 注文を聞いた店員さんは困った顔になる。

 このお店はちょうどレジェンダリアの有名【菓子職人】とコラボ中で、コラボ商品と元からメニューにあるスイーツを合わせると、その種類は数十にもなる。

 しかも、注文をしたのはわたしと同い年の女の子。

 金色の髪の毛を縦ロールにした彼女は、店員さんに言い聞かせるように注文をくりかえす。

 

「ええ。ここからここまで全部」

「か、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

 わたしたち二人の左手をちらりと見た店員さんはおじぎをして、あわててキッチンに走っていった。

 

「一度やってみたかったのよね、大人買い」

「ブルジョワジーだね! でも食べ切れるの?」

「そうね。その件について、全く考えていなかったと言っても過言ではないわ」

「なるほど! ……あれ?」

 

 自信満々に言うから納得しそうになったけど、それってようするに考えてなかったってことじゃない?

 どうしようかしら、と真剣な顔でなやむ彼女の名前はアリアリアちゃん。

 わたしとおんなじ初心者でパーティメンバーだ。

 

 王都からギデオンに向かうついでに、わたしは冒険者ギルドで配達クエストを受けた。

 そのときつくった野良パーティに参加していたのがアリアリアちゃんだ。

 それがきっかけで仲良くなったので、クエストが終わってからもいっしょに行動している。

 ……本当は他のパーティメンバーとも仲良くなりたかったんだけど、わたしが怒らせちゃったんだよね。

 

 原因はモンスターとの戦闘で、わたしとジェイドが足を引っ張ってしまったこと。

 ジェイドはすこし怖がりなところがあって、襲ってくるモンスターを見るとふるえて泣き出してしまう。

 戦うのが怖いのは仕方ないことだと思う。わたしの後ろに隠れるのもいい。

 ただ、そうなるとわたしがモンスターに狙われる。

 【従魔師】は仲間のモンスターに戦ってもらうジョブだから、自分で戦うのは向いてない。

 何度もあぶないところを助けてもらううちに、最後にはパーティの一人が怒り出してしまった。

 

 わたしはなにを言われても平気だったけど、ジェイドはそうじゃない。

 言い合いのケンカになりかけたところでアリアリアちゃんが間に入ってくれたというわけだ。

 

『寄生と言うのなら、モンスターはほとんど私が倒しているわけですけれど。戦闘職は私一人なのかしらね』

 

 ぴしゃりと放った一言は、それはもう効果てきめん。

 堂々とした振る舞いはとてもかっこよかった。

 次々に運ばれてくるスイーツの山を前にして困ってる姿を見ると、おんなじ人だとはぜんぜん思えないけどね。

 

「……サラさん。あなたも少し食べない?」

「いいの? じゃあ、いただきまーす!」

 

 うーん、まずはどれにしようかな、と。

 

「それにしても、今回のクエストは骨が折れそうだわ」

 

 よしっ! このカボチャのタルトに決めた!

 

「この広い街で一匹のモンスターを探し出せ、だなんて。おまけに何の手がかりもなし」

 

 カボチャがピンク色なのもゲームならでは。実際はリアルのカボチャとはぜんぜん違う種類らしいけど。

 色が同じだからクリームにも入ってるのかな? ほっこりとした甘さとサクサクの生地の相性はばつぐんだ。

 

「やっぱり二人だと限界が……聞いてる?」

「ふぇ?」

「別に食べるのは構わないけれど、耳は話に集中してちょうだい。ギルドの依頼をどうするのかってこと」

 

 アリアリアちゃんはコーヒーを一口飲んで(砂糖もミルクも入れてない。大人だ!)、一枚の絵を取り出した。

 

「もう一度おさらいしておきましょうか。今回私たちが受けたギルドクエストは難易度二。内容は街に入り込んだと思われるレアモンスター……この【カーバンクル】を見つけて保護、あるいは討伐することよ」

 

 目撃情報を元にして描かれた【カーバンクル】は赤い毛並みとおでこの宝石が特徴らしい。大きさはだいたい小型犬くらい。

 ギデオンの周りに生息するモンスターじゃないから、どこかの従魔師か商人が逃がしたのだろうとギルドの職員さんは言っていた。

 

「私は被害が出る前に討伐するべきだと思うけれど、あなたは嫌なのよね」

「いい子かもしれないよ。まずはお話したいな」

「とはいえ、よ。遭遇しないことにはどうしようもないわ。午前中丸ごと使って【カーバンクル】のカの字も見つけられない」

「だいじょうぶ。そろそろだから」

 

 ほら、ちょうど来てくれた。

 わたしは窓のそばに近寄って、ガラスをクチバシで叩く小鳥さんをお迎えする。

 ふんふん。そうなんだ。

 お礼として、集めておいたタルトのくずをあげる。

 

「見つかったって!」

「ちょっと、どういうことよ」

「小鳥さんたちにお願いして空から探してもらったの」

 

 わたしの【バベル】なら他の生きものに頼みごとができる。街中の小鳥さんや猫さんにお願いすれば、数の力でギデオンを探すことだって簡単だ。

 だいたいの居場所がわかったら、あとはその近くを探せばいい。やみくもに歩き回るよりは楽になる。

 

「あと、これあげるね」

「赤い毛……もしかしなくても【カーバンクル】の?」

「うん。手がかりになるかなと思って」

 

 小鳥さんが咥えていた一本の抜け毛。

 わたしにとってはただの毛。でも、アリアリアちゃんなら使い道があるはず。

 

「お手柄よサラさん。さあ、早速向かい「お待たせ致しました。超級タワーパンケーキでございます。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」

 

 ドンと、そびえ立つ巨塔が目の前に置かれる。

 それは立ち上がったアリアリアちゃんが隠れるくらいに積み重なっていて、お腹がペコペコだったとしても二人では食べきれないだろうなと感じる量だった。

 

「……速攻で完食して向かうわよ!」

 

 宣言した声は震えていて、アリアリアちゃんがちょっと涙目になっていたのはここだけの内緒だ。

 

 

 ◇

 

 

「うぷ……気持ち悪い」

Rrr(げぷっ)

「しばらく甘いものは見たくもないわ」

 

 山のような甘さの塊をどうにか食べ切ったわたしたちは、【カーバンクル】がいる八番街にやってきた。

 ギデオンの他の区域と比べると薄暗い雰囲気の場所だ。映画で見るスラムみたいな感じ。あちこちから視線を感じるからすこし怖い。

 

「気にすることはないわよ。<マスター>に手を出す命知らずはそうそういないわ」

「そうなの?」

「考えてもみなさい。私たちのような子供でもモンスターを倒せる力があるのよ。しかも死んでも三日で復活するんだから厄ネタ以外の何物でもないでしょ」

 

 アリアリアちゃんはなんてことないように言って、堂々と胸を張る。

 

「さ、始めましょうか。ルゥ」

『Wuu』

 

 呼びかけに答えるのは真っ黒な影。

 彼女の足元でおすわりする影はオオカミの姿で低く唸り声をあげた。

 アリアリアちゃんから赤い毛を受け取り、鼻を鳴らす。

 

「この匂いを辿りなさい」

Wof(承知)

 

 鼻を鳴らした彼は迷うことなく駆け出した。

 オオカミの嗅覚は人間の百万倍もあるっていうから、探しているモンスターの匂いを嗅ぎ当てるくらいは簡単だ。

 わたしたちはその後を追って、いくつかの路地を通り過ぎた。

 周りの風景がスラム街から廃墟に切り替わってからも、ルゥはさらに奥へ奥へと向かっていく。

 

「このあたり、ぜんぜん人がいないね」

「まるでゴーストタウンね。いくらなんでも不自然だわ。……気配はないのに見られている」

「なに?」

「こっちの話。それより、見つけたみたい」

 

 立ち止まったルゥは、ある建物の目の前でじっとおすわりをしている。

 ここに【カーバンクル】がいるのかな?

 建物は外から見て変わったところはない。

 どう見てもふつうの三階建て。しいていうなら、入り口に文字が書いてあるくらいだ。

 

「ぶい、おー、あい、でぃー?」

『Rrr?』

「<VOID (ヴォイド)>ね。『王国ギデオン支部』ということは、どこぞの団体様かしら」

 

 扉には鍵がかかっている。

 ノックをしてみるけれど……誰も出てこない。

 

「すみませーん! だれかいませんかー!」

「まどろっこしいわね。下がってなさい」

 

 ひるがえる右足。

 ドガンッ、とものすごい音を立てて吹き飛んでいく扉。

 アリアリアちゃんは足を下ろして砂ほこりを払うと、そのままルゥを連れて建物の中に入っていく。

 

「なにしてるの!?」

「見ての通りよ」

「さすがに怒られちゃうよ!」

「誰も出ないんだから仕方ないじゃない」

 

 だからって扉を壊していいことにはならないと思う。

 アリアリアちゃんはたまに自分ルールというか、後先を考えないで動くからびっくりさせられる。

 もちろん理由があるときもあるけど、パンケーキのときみたいに行動してからあたふたするほうが多い。

 

「それに、こじ開けて正解みたい」

 

 そう呟くアリアリアちゃんが見下ろす先には人が倒れていた。……って、たいへん!

 

「だいじょうぶですか!?」

 

 ええっと、こういうときはどうしたらいいんだっけ。人工呼吸? それとも心臓マッサージ?

 

「落ち着きなさいな。気絶してるだけよ」

「そうなの?」

「ついでに言うと、他にも何人か倒れてるわね。全員ティアンよ。息があるから心配はいらないけれど、気になるならポーションをかけとけば良いんじゃないかしら」

 

 アリアリアちゃんのアドバイスにしたがって、わたしはまず近くにいた男の人にポーションを飲ませる。

 せっかくなら振りかけるより飲ませてあげる方が効きそうだからね。

 

「ぅ、ううん……」

「あ、起きた! だいじょうぶですか? 痛いところとかありますか?」

「……ヒッ!? こ、子供!?」

 

 目を覚ました瞬間、男の人は悲鳴をあげて後ずさりした。

 そういう態度はちょっと傷つくなあ。

 わたし、そんなにこわい顔してないよ?

 

「あのー、わたしたちはあやしい者じゃなくて」

「く、来るな! 近寄るなぁ!」

「ちょっと貴方、サラさんに失礼じゃない。彼女は貴方を介抱していたのよ」

「嘘だ! お前らも、あの目つきの悪い子供の仲間なんだろ!? 俺は騙されないぞ!」

 

 どうやらわたしたちを誰かと勘違いしているみたいだ。でも、わたしは『目つきの悪い子ども』に心当たりはないし、それはアリアリアちゃんも同じ。

 詳しい事情を聞こうにも、男の人はパニックになっている。これだとお話するのは難しいかもしれない。

 わたしたちの目的は【カーバンクル】探し。男の人が元気ならそれでオッケーではあるのだけど、このまま放っておくのは少しかわいそうだ。

 

「アリアリアちゃん」

「わかってるわよ。未知の危険に飛び込むより、情報を仕入れた方が得策だしね」

「うん! ありがとう!」

 

 とりあえず落ち着いてもらって、それからお話を聞くことにしよう。

 

「さあ、死にたくなければ全部吐きなさい」

Wof、wuuwon(かじるフリを致しましょうか、ご主人)

「優しく! 優しくしてあげて!」




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<アリアリアが扉を蹴飛ばした後から、ジェイドはビビって半泣き状態です


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竜と少女と宝石獣 ②

 □■男の自供

 

 それで何を話せって? はあ、全部?

 言っておくけど、俺はお前たちのことをまだ完全に信用したわけじゃないからな。それに部外者へ秘密を漏らしたと知られれば俺の身が……ヒィッ!? 危ないだろ! その狼をどっかにやってくれ!

 

 えー、ゴホン。

 ま、まあ仲間ともども介抱して貰ったのは事実だからな。その恩を返すくらいはする。うん。

 ただ、何が起きたのかは今でもよく分からないんだ。だから分かる範囲でしか答えられないからな?

 

 じゃあ、まずはそうだな。俺たち<VOID>のことは当然知ってるとして……え、知らない?

 仕方ないな、一度しか言わないから良く聞けよ?

 

 我々<VOID>は世界征服を企む悪の秘密組織なのだ!

 

 ……おいなんだよその目は! かっこいいだろ! それと今のは誰にも言わないでくれよ、一応秘密だからな。

 何をしてるのか? だから世界征服だって。たぶん。

 曖昧すぎる? いやあ、実は俺、一週間前に入ったばかりのしたっぱなんだよね。

 命令される仕事は馬車の積荷を奪ったり、店の品物を盗んだり? いやいや待って! 人は殺してないって! 馬鹿じゃないの!? 人は殺したら死んじゃうんだぞ! そもそも血とか見るの怖いし、痛いのもやだし。

 

 えーと、何の話だっけ? そうそう、仕事ね。だいたいは盗み、あと最近はモンスターを捕まえて売ったりしてる。君たち知ってる? 【三重衝角亜竜(トライホーン・デミドラゴン)】ってうん百万リルもするの。初めて聞いた時はたまげたね。

 え、【カーバンクル】? そうそう、それを今から話そうと思ってたんだよ!

 なんかさあ、他のチームがしくじって、闇市に出すはずの【カーバンクル】を逃したみたいでさ。あ、ギデオン支部の中でチーム分けがされてるの。ちなみに俺は支部長の直属。すごくない? あっ、その狼はやめて!

 

 ほんの三十分前かな。支部長が【カーバンクル】を捕まえてきたんだよ。

 その時にさ、なんか冴えない感じの男も連れてきたんだよね。【カーバンクル】と一緒にいたらしくて、そいつを盗人ってことにして責任問題がなんとかかんとか。

 

 こっから先はよく分からないんだ。

 俺は一階(ここ)で見張りしながら昼寝してた。で、起きたときには仲間が全員やられてて……支部長が連れてきた冴えない男と、君たちと同じくらいの子供の二人だけが立ってた。

 今思うと、冴えない男が子供を招き入れたんじゃないかなって思うんだよね。

 

 そんで、その子供の目がさ。違うんだよ。真っ暗で、吸い込まれそうで……なんというか、この世の全てを憎んでるみたいな感じでさ。

 思わず叫んだね。そうしたら、そいつら同時にこっち向いてさ。俺が起きるまで気がついてなかったみたいなんだよ。逃げようとしたんだけど、なんかいつの間にか気絶してたってわけ。

 

 いやあ、怖かったよマジで。殺されなくてよかったー。やっぱりあれかな、婆ちゃんに言われた通りに毎日お祈りしてたからかな。

 家族? いるよ、ほらこれ写真。父ちゃんと母ちゃんと婆ちゃん。そんで弟と妹。うち実家が農家でさー。でも農家ってキツい上につまんないから飛び出してきたんだよね。

 自首しろ? 罪を償って家に帰れ? えー嫌だよ。だって家に帰っても婆ちゃんに叱られるじゃん。

 <VOID>なら好きなこと何でもできるし、楽しいし。たまに怒られたりするけど……ちょっ、待って、やめて! いやだ、食べられるぅぅ! ぎゃああああ!?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ

 

「あの人だいじょうぶかな?」

「自業自得でしょう。これ以上気にかける義理はないわ」

 

 ルゥの甘噛みで気絶しちゃった男の人を寝かせて、建物の二階に移動したわたしたち。

 一階でやったように倒れてる人たちを介抱しながら【カーバンクル】と上に続く階段を探す。

 

「それと、ポーション使いすぎよ。起きて暴れられても面倒だから回復は最小限」

「はーい」

 

 それにしても、この階はちょっと歩きづらいな。

 空っぽの檻がたくさん積み上がっていて、向こう側が見えていてもまっすぐ進めない。小さいものから大きいものまであるから入り組んだ迷路みたいになっている。

 

「人を閉じ込めるにしては大きさがまちまちね。とすると、モンスターを捕まえておくためのものか」

「【ジュエル】があるのに?」

「その辺りはよく分からないけれど。……あなたの方が詳しいはずでしょう。【従魔師】なんだから」

「えへへ」

 

 わたしは他の従魔師さんとお話ししたことがないから、【ジュエル】の仕組みとかをいまいちよくわかっていなかったりする。

 テイムだって自分でしたことないし、そう考えるとあんまり従魔師っぽいことしてないかも。

 

「状況からして、例の二人がモンスターを逃がしたと見るべきかしらね。敵は建物の中に潜んでいるかもしれない。気を引き締めていくわよ」

「そうだね。後ろは任せて! 見張っておくから!」

 

 あとできるのは、先を歩くアリアリアちゃんから離れすぎないように気をつけること。

 もし戦闘になったらわたしは足手まといになる。腰の武器は初期装備のナイフのまま、レベルは30を超えない。それだってほとんどクエストで上げたから、自分で戦ったのは数えるくらいだ。

 

 ただ、わたしにはジェイドがいる。

 彼は【ウィンド・ドラゴン】。風を操るだけじゃなくて、空気の揺れでモンスターが襲ってくるより先に警告してくれる。これがとっても助かるんだよね。

 戦えないこと、飛べないことを気にしているけれど、それはわたしだって同じだから気にすることじゃない。自分ができることをがんばればいいとわたしは思う。

 

Rrr(なに)?』

 

 いつもありがとうの気持ちをこめてジェイドの頭をなでる。最初はどうしていいかわからないみたいだったけど、やがておずおずと、わたしがなでやすい位置に頭を動かしてくれた。

 だんだんまぶたが下がり始めて、ジェイドが大きなあくびをがまんしたそのとき。

 

『……! Rrrrr(だれかいる)!』

「先手必勝! ルゥ!」

 

 パッと目を開いたジェイドの警告と、アリアリアちゃんが飛び出したのがほぼ同時だった。

 三階への階段を駆け上がった一人と一匹。わたしも遅れて後を追う。

 ヒュンという風切り音と、何かがぶつかる音。運悪く柱が影になっちゃって、わたしからは何が起きているのか見えない。

 

「くそっ、仕留め損ねた!」

 

 アリアリアちゃんの舌打ち。そして階段から彼女じゃない誰かが転がり落ちてくる。

 尻もちをついたその人は両手を挙げて降参のポーズを取った。左手に紋章がある……つまり<マスター>だ。

 

「ちょっ、待ってくれ! こちらに戦う意思はない!」

「騙そうとしても無駄よ。『目つきの悪い子供』を手引きして、モンスターを逃がしたのはあなたでしょう? 『冴えない男』さん」

 

 言われてみるとたしかに、その男の人はお世辞にもイケてるとは言えない。特徴のない顔とか、ボサボサの髪の毛とか。服もヨレヨレでつんつるてんだ。

 この人が例の?

 

「いやいや、それは誤解だ」

 

 男の人は立ち上がると、階段の上にいるアリアリアちゃんに向けて無実を主張する。

 

「第一に、僕は【カーバンクル】と一緒に捕まって拘束されていた。第二に、あの彼――君の言う『目つきの悪い子供』のことだが――とは今日が初対面。頼み込んで縄を解いてもらいはしたけど。第三に、モンスターを逃がしたのは彼で、僕はそれを見ていただけ。助ける代わりに邪魔をするなと言われてしまってね」

「サラさん?」

 

 この呼びかけ、たぶん嘘かどうかを判断してほしいってことだよね。アリアリアちゃんは《真偽判定》のスキルを持ってない。まあわたしもだけど、代わりに【バベル】があるから覚えなくてもいいかな。

 

「この人、嘘はついてないよ」

「そう……ごめんなさい。こちらの勘違いで襲いかかってしまって」

「気にしないでいいとも。お嬢さん方を悩ませるのは紳士の振る舞いではないからね」

 

 そう言って彼は手を差し出した。もちろんわたしは手を握り返す。

 

「ときに君たちのお名前を伺っても?」

「わたしはサラっていいます! この子はジェイド!」

「アリアリアよ。こっちはルゥ」

「なるほどなるほど! ああ、僕のことは、そうだねえ……“ひよ蒟蒻”と呼んでくれるとありがたいかな。一応これでも商人の端くれだ」

 

 ひよ蒟蒻……変わった名前だ。早口で言ったら舌をかんじゃいそう。それに変な感じというか、目の前のこの人と合ってないような。

 

「あの、どうしてその名前にしたのかって聞いてもいいですか?」

「知り合いが同じハンドルネームを使ってるんだよ。印象に残るだろう? 商売柄、その方が便利でね」

 

 うーん、わたしの気のせい? それに、よく考えたらひよ蒟蒻さんに失礼だったよね。気をつけないと。

 

「話は変わるけれど、ひよ蒟蒻さん。あなたは【カーバンクル】がどこにいるのか知っているかしら」

「ああ、何かのクエスト中かな? 捕まっていたモンスターは全部三階にいるよ。ただ……」

「ただ?」

 

 ひよ蒟蒻さんは天井を見上げると、目を閉じて耳をすませるジェスチャーをした。それから一拍置いて、ニヤリといじわるそうに笑う。

 

「もう死んでるかもしれないぜ」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■ <VOID>王国ギデオン支部・三階

 

 時はわずかに遡り、ちょうどサラとアリアリアが建物内に突入した頃。

 同じ組織に属する部下から支部長と呼ばれる男は一人、近日の成果をまとめるために筆記具を走らせていた。

 

(……やはり昨日までの収支はマイナスだな)

 

 道行く商人を襲う盗賊行為。

 モンスターの密猟。

 どちらも成功を収めれば利益は大きいが、前準備としてそれなりの経費が必要となる。

 獲物の積荷や希少性によっても稼ぎは増減する。使用した消耗品や負傷したメンバーの治療費で差し引きゼロになるのはまだマシな方だ。

 最近は仕事に失敗して赤字になることも多く、方々に渡す袖の下を捻出するため、備品として購入する武器や薬品の品質を下げてどうにかやりくりしている。その結果として、仕事の成功率が低下するという悪循環に陥っている状態だった。

 

(【カーバンクル】が逃げ出したと聞いた時は流石に肝を冷やしたぞ)

 

 伝承においては富と名声を呼ぶと語られるレアモンスター。遭遇する事すら困難と言われる魔獣の中でも、さらに希少な赤毛の個体だ。レジェンダリアからの行商人を襲えたのは運が良かったとしか言えない。

 オークションにかければ五千万リル以上の値がつくことは確実。ギデオン支部が抱える負債を帳消ししてなお余りある額だ。

 支部長自らが出張り、どうにか連れ戻す事ができたから良かったものの……万が一失ってしまえば、組織としての損失は計り知れない。

 

ボス(・・)に献上することも考えたが……愛玩用ではお気に召されないだろう。ならば金銭という形で納めて、我々ギデオン支部の評価を上げた方が良い)

 

 支部長は組織が掲げる目的に興味はない。

 世界征服など馬鹿げている。七大国家の戦力を考えれば、征服戦争など現実的に不可能だ。

 ただ、非才の身である支部長が食い扶持を稼ぐため、この組織の構造が適していたというだけの話。なにせ、集まるのは力自慢か馬鹿ばかり。少し地頭が良く、計算ができれば簡単に管理職の地位にありつける。

 悪事も、公的権力に捕まりさえしなければ真っ当に働くより効率が良い。

 

(いったいいつから、こんな打算的な悪党になってしまったんだろうな)

 

 溢れた吐息を咎める者はいない

 

 

 

「どうして暗い顔をしている?」

 

 

 

 ――はずだった。

 

「……あ?」

 

 支部長が顔を上げると、まだ顔立ちに幼さを残す子供が目の前に立っていた。

 暗い色の髪と暗色系の衣服が合わさって、陰鬱な雰囲気を身に纏っている。

 

「どうして、辛気臭い顔をしてるのかを聞いてるんだよ」

 

 そして何より、この世全ての憎悪を煮詰めたかのような漆黒の双眸が、年端もいかない少年に大人を黙らせるほどの威圧感を与えていた。

 

「お前らはやりたいことを好き勝手にやってるだろう。なのにどうして、どいつもこいつも『自分は不幸です』なんて顔をしてやがる? 何がそんなに不満なんだ?」

「そ、れは」

「答えが聞きたいわけじゃない」

 

 少年が指を動かした途端、支部長の意思に反して口が閉じた。

 否、口だけではない。両手が、両足が、瞼すらも。身体の至る所すべてが金縛りにあったかのように、支部長は自分で身動き一つ取ることができなくなっていた。

 

「ムカつくんだよ、お前らみたいな連中を見ていると。自分がどれだけ恵まれているのかも知らないくせに」

 

 少年の後ろ、階下に繋がる階段から何匹ものモンスターが上ってくる。いずれも支部長と部下が捕獲、あるいは略奪した個体だ。

 だが、様子がおかしい。歩き方が不恰好で、暴れながら引き摺られているような体勢の魔獣もいる。

 

(何が起こっている? テイムされたわけではないようだが、少なくとも支配下に置いているのか? まさかこのガキ、俺をモンスターに襲わせるつもりで……だとするとマズい。あの中には何匹か亜竜級のやつがいる。動けない状態で攻撃を喰らったら……)

 

 支部長が高速で思考を巡らせる中、少年はモンスターの群れに対してこう言い放った。

 

殺し合え(・・・・)。最後の一匹だけは生かしてやる」

 

 次の瞬間、地獄が始まった。

 モンスターが互いに爪牙を振るう。

 肉が裂け、血が飛び散る。

 それでも少年に襲いかかるモンスターは一匹たりとていなかった。それはある種の生存本能。

 刃向かえば死ぬ。

 その直感を以て、獣たちは生き残りをかけた死闘を繰り広げる。

 

 一匹、また一匹と光の塵になって消えていく光景を、支部長は見ていることしかできない。

 

(くそ、くそ、クソクソクソ! せっかく集めた商品が! まさか【カーバンクル】まで……いや、こうなってしまったら損得など二の次だ。今はこの場から生き延びることが先決。幸い、モンスターは俺に注意を向けていない。猶予はある!)

 

 素早い切り替えと取捨選択をした支部長は、身体が自由を取り戻していることに遅まきながら気がつく。

 

(よし! これなら……)

 

「逃げられると思ってるのか?」

「ッ!?」

 

 いつの間に回り込んだのか、支部長の背後で少年は囁く。

 

「別にお前ら全員殺したっていいんだ。……まあ、今の俺は機嫌が良いから半殺しで済ませてやるよ」

 

 衝撃に押されて足が前に出る。

 背中を蹴られたのだ、と認識したときには既に遅い。モンスター同士の殺戮場(キリングフィールド)に投げ込まれていた。

 

(ああ、これはまずい)

 

 非才ゆえ上級職にも就いていない支部長にこの狂乱を耐え抜く術はない。

 迫る【亜竜猛虎(デミドラグタイガー)】を前にして、支部長の脳裏にかすかな可能性が過ぎる。

 

(いや……だが、これはボスから預かっているだけの…………あー、クソッ! 知ったことか! 何もせずに死ぬくらいなら!)

 

 自暴自棄になった支部長は右手……手の甲に埋め込まれた【ジュエル】を掲げる。

 

「《喚起(コォォォル)》! 【亜竜毒蜘蛛(デミドラグスパイダー)】あぁぁッ!」

 

 顕現せしは八つ足の魔蟲。

 この場において最も強大な亜竜級最上位のステータスを誇る、狡猾なる女郎蜘蛛。

 そして、この個体には通常種と異なる点が一つあった。その蜘蛛は漆黒の瘴気を帯びており、体表に紫紺の結晶体を生やしているのである。

 

「ッ!?」

「あははははは! こいつは俺の言うことも聞かない、制御不能の化物だ! みんな殺せ、殺しちまえ! あはははは!」

 

 【亜竜毒蜘蛛】は瘴気に侵された体を揺らすと、

 

『KSIIIIIIIIII!』

 

 フロア全体を己が狩場とするために、黒紫の糸を噴出して張り巡らせた。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<出番貰えてよかったね

(U・ω・U)<おめでとう

(Є・◇・)<え……あれ、俺?

(U・ω・U)<え?


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竜と少女と宝石獣 ③

 □決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ

 

「サラさん待ちなさい! 先行するなら私が……」

「君たち足早くない? もう少しゆっくり走ろうぜ?」

「なんであなたまでついて来るのよ!?」

「いやあ、アイテムボックス取り返さないと」

 

 後ろの二人に反応する余裕はなかった。

 誰より先に三階に上がったわたしが見たのは、すごく大きな黒いクモのモンスター。

 表示される名前は【亜竜毒蜘蛛】。まがまがしいオーラを帯びていて、動くたびに黒い鱗粉が舞い上がる。

 クモが操る糸の先には、赤毛の魔獣が捕まっていた。

 

Kyu(離せ)kyuuu(離して)!』

 

 かすかに震える声。【カーバンクル】はもがいているけど、糸が絡まってて抜け出せそうにない。

 

「やれ」

 

 クモのそばに立つ、怖い目をした男の子が命令する。

 とがった爪が、【カーバンクル】を狙って今にも振り下ろされようとしていて。

 ぎゅっと目をつぶる【カーバンクル】の顔を見た。

 

「ダメーーーーッ!!」

 

 考えるより先に足が動いていた。

 驚いた【亜竜毒蜘蛛】の隙をついて、わたしは【カーバンクル】をかばうように割りこむ。

 すぐにクモがわたしを攻撃しようとしたけど、なぜか突然ピタリと止まる。

 かわりに男の子がわたしをにらんできた。

 

「何のつもりだ」

「なにって、この子がこわがってるでしょ!」

「俺の邪魔をするな。そいつで最後なんだ」

 

 最後? どういう意味だろう。

 

「この部屋を見ても分からないか?」

 

 そう言われて周りを見渡す。

 本棚がたくさんあるから書斎として使われていたんだろうか。立派な家具はすべて、部屋全体にかかるクモの巣で台無しになっている。

 部屋のはしっこに男の人が一人へたりこんでいる。怪我はなさそう。

 あとは床に散らばった角とか、牙といったモンスターの素材アイテム。

 

「蠱毒の真似事だねえ」

「……胸糞悪いやり方するじゃないの」

 

 後からやって来たひよ蒟蒻さんとアリアリアちゃんはわかったみたい。

 

「蠱毒ってなんですか?」

「古代中国で行われた呪術の一種さ。小さい壺の中に大量の毒虫を入れて、共食いをさせる。最後に残った一匹=最強の毒虫。それを呪いの触媒にするんだったかな? 彼の場合は手駒にしているようだけど」

 

 それって……檻から逃がしたモンスター同士を殺し合わせたってこと?

 

「どうしてそんなことをするの!?」

「気に食わないやつをぶっ殺すのに強いモンスターがいるんだよ。お前らだってレベルを上げるためにモンスターを狩るだろう。やってることは同じだ」

「それはっ……もしかしたら、そうなのかもしれないけど。この子たちには意思があるし、生きてるんだよ! 無理やり戦わせるなんてひどいよ!」

「馬鹿馬鹿しい。そいつらは所詮データの塊。意思があるように見えるだけだ」

 

 わたしは反論しようと口を開いたけど、言葉が出てこなかった。

 男の子の言い分はわたしが考えもしていなかったもので、はじめて会った考え方の持ち主に対して、どう接したらいいのか迷ってしまったんだ。

 

「話は終わりだ。そこを退け」

「……どかない。ねえ、あなたは」

「うるさい。終わりって言っただろ」

 

 男の子は冷たく言い放つと。

 

「まとめて殺せ」

 

 動き出した【亜竜毒蜘蛛】がわたしに狙いを定める。

 頭の上から迫る四本の黒い爪。ひとつひとつがわたしの腕以上に太くて、長く、鋭い。

 ここで避けたら【カーバンクル】に当たっちゃう。でも、この子を縛る糸をほどく余裕はない。

 

 どうしよう、どうする?

 せめてジェイドとこの子は守らないと。

 ジェイドの《送還》は間に合わない。ならわたしが盾になって、この子たちに攻撃が届かないように!

 

『KSIIIIIIIIII!』

「サラさんッ!」

 

 ……あ、ダメ、かも。

 

 神さま、お願いします。

 わたしはやられたってへっちゃらです。

 だから、どうか。

 この子たちだけは――

 

 

 ◇

 

 

 □???

 

 その場にいた者の中で、サラの窮地に対して動いたのは一人と一匹。

 アリアリアとルゥは【亜竜毒蜘蛛】の攻撃からサラを助けるべく駆け出していたが、ほんのわずかな初動の遅れにより間に合わない。

 自身をひよ蒟蒻と語る男は静観を決め込み、この事態を引き起こした張本人である少年は言わずもがな。

 

 あるいは、サラの<エンブリオ>が戦闘に転用できる特性を有していれば話は違ったかもしれない。

 主人の危機に呼応して、おあつらえむきな進化を成し遂げただろう。

 だが、それは叶わない。

 余程の出来事がない限り、彼女のパーソナルから生まれた【バベル】はそのようなスキルを発現しない。

 

 で、あるならば。

 少女の危機を救うのは、ジェイド以外にあり得ない。

 

『……r』

 

 けれど、幼い竜は未だ空の蒼さを知らず。

 目の前の恐怖に身体を強張らせ、目に涙を浮かべて震えることしかできない。

 それは仕方のないこと。親元から引き離されて受けた苛酷な経験は、生まれ持った気性と合わせて、彼の臆病さに拍車をかけていた。

 

 今も彼はサラに庇われるばかりだ。

 少女は恐れない。以前もそうだった。傷つくことを厭わず、荒れ狂う風に飛び込んで手を伸ばす。

 その有り様は眩しいくらいに輝いて、まさしく太陽のようだった。

 

 赤い魔獣が少女を見ている。かつての彼と同じように、助けられる側として。

 その瞳に映るのは救い主としての後ろ姿。小さくて、それでも頼りになる背中だ。

 魔獣とは異なる立ち位置で、彼は少女の横顔を見る。

 

 その顔は……恐怖でわずかに陰っていた。

 

(そうだ、こわくないわけがない!)

 

 彼女は英雄でなければ戦士でもなく、戦う術を持たない一人の少女に過ぎない。

 それでも勇気を振り絞って、目の前の誰かを助けようとしているだけ。

 

 で、あるならば。

 今この瞬間に少女を助けることこそ、従魔たる彼の役割ではないのか?

 

(こわい。こわい。こわいよ……でも)

 

 翼を広げて空気を掴む。

 飛翔という本来の用途とは別に、風竜の翼は風の流れを把握して操ることに長けた構造をしている。

 主人にみっともなくしがみつきながら、翡翠の竜はなけなしの勇気を振り絞る。

 

(こんどは、ぼくがサラをたすける!)

 

 

 ◇

 

 

『Rrrrrrrr!』

 

 風が吹いた。

 

 一人と一頭と一匹をまとめて屠らんとした【亜竜毒蜘蛛】の爪は、不可視の障壁によって受け止められる。

 空気を圧縮して展開した防壁が、わずかな時間だが亜竜級のモンスターからサラたちの身を守った。

 四本の爪を防いで、風の盾はあっけなく破裂する。

 結局は時間稼ぎでしかないささやかな抵抗。

 続いて放たれた攻撃の第二波に、今度こそ少女らは倒れ伏すかと思われた。

 

「させるかっての! ルゥ!」

『Wof!』

 

 ジェイドが稼いだのはたった数秒。しかし、その数秒はアリアリアがサラの元に駆け寄るのに十分な時間だった。

 剣を咥えたルゥが【カーバンクル】を拘束する糸を切り裂き、【亜竜毒蜘蛛】の爪を悉く打ち払う。

 

「た、助かった……?」

「無茶し過ぎだわ。勘弁してよね」

 

 二匹の黒い獣が争っているうちに、アリアリアはサラを安全圏まで避難させる。

 

「さてと。サラさんは【カーバンクル】を連れてここから離れなさい」

「アリアリアちゃんはどうするの?」

「私はあいつらをどうにかしないと。ついでにその役に立たない殿方を持っていってちょうだい」

 

 誰のことだろうかと周囲を見回す自称ひよ蒟蒻を指差して、アリアリアは彼らを階段の方へ押しやった。

 

「一人でだいじょうぶ?」

「あら、私を誰だと思っているのかしら」

「……わかった。助けを呼んでくるからね!」

 

 彼らが二階に降りるのを見届けてから、アリアリアは敵と相対する。

 ルゥと【亜竜毒蜘蛛】の戦闘は継続中。フリーだった少年がサラを追うか、アリアリアに襲いかかってもおかしくない状況ではあったが、彼は動いていない。

 蠱毒紛いの方法で強力なモンスターを手に入れようとしているのであれば、わざわざ餌を逃がすメリットがない。

 

(<マスター>であることは確定。言動からして、PKを躊躇う性格ではなさそうね。ならどうして……追う気がない? ジョブは【従魔師】と推定できる。可能性としては追跡、あるいは遠隔操作型の<エンブリオ>?)

 

 高速で思考しながら、アリアリアは店売りの片手剣を取り出して構える。

 対する少年はというと。

 

「どうしてポケットに手を入れたままなのかしら」

「そっちこそ、何やる気になってるんだ? 俺はお前みたいな雑魚を相手にする気はない」

「さっきはサラさんに殺す宣言をしていたくせに。失敗してたけど」

「あれはモンスターがトロかっただけだ。それに俺の邪魔をしないなら知ったことじゃないし、モンスターの一匹くらい逃がしても問題ない」

「ふうん。ところであなた、そういうのなんて言うかご存知?」

 

 ここまで会話を続ける必要はなかった。

 当初の予定では、追撃の心配がなくなった時点でアリアリアは撤退するつもりだったのだ。

 けれど口が止まらない。何故かと考えて、すぐに答えが出た。

 

 ――友達を殺そうとしたこの男に、自分はどうしようもなく腹が立っていたのだと。

 

「負け惜しみっていうのよ」

「……ッ、言わせておけば」

 

 少年が目を見開くと同時に、不自然な方向転換をした【亜竜毒蜘蛛】がアリアリアへ襲いかかる。

 蜘蛛糸の網で逃走経路を潰した後に繰り出される四本脚での連撃。下級職を一つ極めたばかりのアリアリアが対処するにはステータスも手数も不足している。

 

 ゆえに、アリアリアは糸の排除に専念する。脚爪での直接攻撃に関しては、

 

「ルゥ、そっちは任せた!」

『Wof!』

 

 己の相棒に一任する。

 ルゥは現状においても【亜竜毒蜘蛛】に引けを取らないステータスを有している。ややAGIは劣るが、その分STRとENDは勝っている。十分に渡り合うことは可能だ。

 

「ガードナーの<エンブリオ>か」

「羨ましいでしょう。そちらも<エンブリオ>を使って構わないわよ」

「フン、誰が。これくらいのハンデで丁度いい」

 

 アリアリアは半ば意図的な挑発を飛ばして情報を探る。しかし、少年は<エンブリオ>を使うどころか戦闘に参加する様子がない。

 

(やはりこの場で使えない、使っても意味がないタイプ? あるいは、すでに使用している? あの黒い瘴気と結晶はどうにも“らしい”けれど)

 

 純粋に魔物を強化するだけの能力ならそれほど脅威ではない。手応えからしてもよくて下級、アリアリアと同じ第三形態止まり。

 その程度の強化が施された亜竜級のモンスターなら、同格の相手を含めた二対一の構図は厳しいものがあろう。付け加えると【亜竜毒蜘蛛】の動作はどこかぎこちなく精彩を欠いている。

 このままヒットアンドアウェイを繰り返せば、アリアリアの勝ちは揺るがない。

 

「ご大層な言葉を並べておいてこの程度なんてね。結局は口だけじゃない」

「調子に乗るなよ、女のくせに」

「あらいやだ。男尊女卑なんて一世紀前の遺物よ。いったいどんな家庭でお育ちになったの? かわいそうに」

 

 終始優勢だったこと、そして挑発の目的が自分の苛立ちを解消することにすり替わっていたので、アリアリアは少年の雰囲気が変化したことに気がつかなかった。

 

 自分が禁句を口にした(・・・・・・・)ことに気がつかなかった。

 

「……解除」

 

 直後、【亜竜毒蜘蛛】の速度が二倍になった。

 

『KSAAAAAA!』

『Gyan!?』

 

 ルゥは加速した攻撃に対応することができずに吹き飛ばされ、

 

「な、はあっ!?」

 

 アリアリアは突如として身体の自由が奪われた。否、動くことはできる。それでも全身が押さえつけられているかのような抵抗感があり、速度は半減する。

 ここぞとばかりに襲いくる爪での攻撃を、どうにか剣で弾こ(パリィしよ)うとして。

 

「《スティール》」

 

 少年の手に、見覚えのある片手剣が握られているのを視界の端で捉えた。

 

(やられた……! まさか【従魔師】じゃなくて盗賊系統だったなんて……それにあの奇天烈な形の手袋、十中八九<エンブリオ>じゃない! こいつ、なんでいきなり畳み掛けてくるのよもう!?)

 

 刹那のうちに追加情報を処理しつつ、相手の戦法とその打開策を見出すべく周囲を観察するアリアリア。

 とはいえ彼女の手札自体そう多くない。ましてやここまで追い込まれたのは<Infinite Dendrogram>をプレイして初めてのこと。

 今まで自分より弱い相手としか対峙してこなかった(意図してのものではないのだが)つけがここに来て祟る。

 

 それでも持ち前の頭脳と五感と直感により、彼女は正解を導き出す。

 

(こいつはずっとポケットに手を入れたままだった。それが単なるポーズでないとしたら。私に<エンブリオ>を……いいえ、手元を見られたくなかった)

 

 忙しなく動く少年の指先。それはまるで何かを手繰っているかのようでもあり。

 【亜竜毒蜘蛛】の蜘蛛糸に紛れて判別が難しいが、目を凝らすと部屋中にもう一種類の細い()が張り巡らされていると分かる。

 

(糸の生成と操作。【亜竜毒蜘蛛】が不自然な動きだったのはマリオネットみたいに操っていたからね。私が動けないのも糸による拘束か)

 

 ただ、思考に意識を割き過ぎたことで、アリアリアの足は止まっていた。

 

『KSIAAAAAA!』

 

 そして、本来の敏捷性を取り戻した【亜竜毒蜘蛛】の一撃が叩き込まれた。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<煽り合戦口喧嘩みたいな感じになってますが

(U・ω・U)<小学生だから仕方ないね


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竜と少女と宝石獣 ④

 ■???

 

 幸せそうな人間が嫌いだ。

 苦労も苦痛も知らず、辛酸を舐めることなく、のうのうと生きる人種を見ていると腹が立って仕方がない。

 無神経に笑顔を振り撒いて、自分の価値観が万民に共通すると信じて疑わない愚か者ばかりだ。

 

 不幸を公言する人間が嫌いだ。

 そうやって自己主張する人種に限って、実際に背負っているものは大した重荷ではない。

 自分は頑張っている、可哀想だとアピールして他人に褒めて貰いたいだけなのだ。

 

 誰かに見下されることが嫌いだ。

 自分と他人を比較して、人を貶めることで、あいつよりはマシだと自分に言い聞かせる屑が嫌いだ。

 

 憐れみの目で見られることが嫌いだ。

 勝手に人の事情に首を突っ込んで、分かったような口振りで、その実何も理解していない偽善者が嫌いだ。

 

 家族が嫌いだ。

 血縁関係であるというだけで結局は他人。見苦しく争って、最後には全てを壊された。

 

 人間が嫌いだ。

 どうして人は群れるのか。喧しく囀って、悪感情を抱き合い、傷つけ合うだけなのに。

 

 ――こんな地獄、さっさと抜け出して楽になりたい。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■ <VOID>王国ギデオン支部・三階

 

 自身を憐れんだアリアリアが【亜竜毒蜘蛛】によって潰される瞬間、少年――カルマの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。

 偉そうな態度で、上から目線の口調の女。だが実際はこんなもの。口ほどにもないのはお前の方だと内心で嘲笑う。

 

 <Infinite Dendrogram>はカルマにとって理想的なゲームだった。

 現実とは異なり、実力主義の無法地帯。嫌いな人間は力で排除できる。邪魔する者は押しのけて、ムカつく相手は殺してしまえる。

 

 それを成し得るのがカルマの<エンブリオ>。刻まれた銘は【繊糸万巧 カンダタ】。

 自分が悪人であると運営にレッテル貼りされたようなモチーフは気に食わないが、能力そのものは有用とカルマは考えている。

 糸の生成と操作というシンプルな特性。

 素材を投入するかMPを消費して糸を編み、SP消費により自在に操作する。

 第三形態の現在、生成時点で糸に粘着性や硬化といったある程度の特性を付与することが可能であり、今は冴えない男(・・・・・)から無理やり押し付けられた鉱石製の硬化鋼糸を使用している。

 【亜竜毒蜘蛛】を始めとするモンスターを操り、アリアリアの動きを止めたのも鋼糸によるものだ。

 使い手次第で性能が左右されるという意味では扱いが難しい<エンブリオ>だが、カルマは見事に使いこなしていた。

 

 だが、カルマが探している人物を殺すには念入りな準備が必要だ。強力なモンスターを駒として利用するのも策。一から育てていたのではコストがかかる。ならばあるところから奪えばいい。

 十の指でようやく制御できる、凶暴な【亜竜毒蜘蛛】がいたことは嬉しい誤算である。

 

「《スティール》」

 

 放心している支部長の手から【ジュエル】を奪う。

 つい先日【怪盗】に転職したことで《スティール》のスキルレベルは六に上昇しており、盗難対策が施されている宝石であってもカルマは容易に盗み取ることができた。

 

 もうこの場所に用はない。逃げた女とモンスターに関しては放置だ。そんな事に時間を費やす暇があるなら、探し人の情報を一つでも多く仕入れるべき。カルマは自分にそう言い聞かせる。

 

 【亜竜毒蜘蛛】を収納しようとしたとき、あり得ない光景にカルマは己の目を疑った。

 

「まだ勝負はついてないわよ」

 

 アリアリアは【亜竜毒蜘蛛】の攻撃を受け止め、耐え切っていた。

 構えるのは身の丈を超える漆黒の両手剣。その腹を盾にして、亜竜級のモンスターと拮抗している。

 

「なんだと……」

 

 疑問に思ったカルマはすかさずアリアリアに対して《看破》を発動する。

 

 

 アリアリア

 職業:【闘士】

 レベル:50(合計レベル:50)

 

 

(ああ、そうだ。最初に見たときと同じ)

 

 下級職一つ。一つである。【従魔師】や【獣戦士】かと考えたが、初手に使用した《看破》がもたらした情報はカルマの推測を否定した。それに変化はない。

 

(<エンブリオ>のスキル? なら、あの狼のガードナーはどこに)

 

 カルマはルゥが吹き飛ばされた方向に視線を向ける。たしかに、そこには転倒から起き上がった狼がいた。

 

 ――【ティールウルフ】という表示付きで。

 

(モンスターを使った偽装……クソ、あの黒い両手剣が本来の得物か)

 

 アリアリアは【亜竜毒蜘蛛】を力任せに押し退け、二種類の糸をまとめて切り払う。

 

「読み合いはこれでイーブンね。はあ……やっぱり頭を使うのは疲れるわ。ルゥもお疲れ様」

 

 駆け寄った【ティールウルフ】を労い、

 

「ここからは第二ラウンド。――さあ、喰らい裂く時間よ!」

 

 アリアリアが掲げた漆黒の刀身は顎門の如く上下に分かたれ、一息に【ティールウルフ(・・・・・・・)】を捕食した。

 

 まさかの凶行に驚愕するカルマだったが、反射的に【カンダタ】の糸をすべて【亜竜毒蜘蛛】の制御に回す。

 突進したアリアリアは上段からの切り下ろし、薙ぎ払い、そして回転斬りを放った。それを巨体の蜘蛛は後退からの跳躍で回避。

 両手剣は得物の刃渡りから、どうしても動作が大振りになる。それは空振りした場合の隙に直結するわけで。

 

(今なら防御も回避もできないはず)

 

 カルマは蜘蛛糸による拘束を狙う。

 動けなくしてから確実に仕留める算段だ。ただでさえ不明瞭な<エンブリオ>のスキルを使用不能に追い込みたいという気持ちもあった。

 

「甘いわ」

 

 だが、両手剣はアリアリアの手の中で蠢くと、その形状を長槍へと変化させる。

 柄が伸びたことで間合いを離され、蜘蛛糸は不発。長槍は収縮して長弓になり、遠距離から火矢を射掛けてくる。

 【亜竜毒蜘蛛】が近づけば、今度は弓を手甲に変化させて近距離格闘に持ち込まれる。

 

(この無秩序さは何だ? 形状変化にしては数が多い)

 

 カルマは片手のみ糸の制御を中断してナイフを投擲する。牽制になれば上等、というレベルの行動だ。

 それを、

 

「いただきっ」

 

 手甲が捕食して同速で撃ち返した。【亜竜毒蜘蛛】に阻まれて届かなかったそれは、カルマが投擲したものと全く同じ形状でありながら、蠢く漆黒の影に覆われている。

 

「……装備の侵食」

「当たらずとも遠からず。六十点ってところね」

 

 この影こそがアリアリアの<エンブリオ>。

 TYPE:チャリオッツ・ガードナー・アームズの【捕蝕叫影 マーナガルム】である。

 基本性能として、【マーナガルム】はアイテムや従魔を内部に取り込み、それを覆うガワとなって基本性能とアリアリアのステータスを強化するスキルを持つ。

 単体では意味を成さず、アイテムかモンスターに騎乗(いぞん)するチャリオッツ。

 依代を肉体と見做して活動可能なガードナー。

 装備、主に武器としての性質を発揮するアームズ。

 以上のタイプを合わせた、世にも珍しい三重複合型(トリプル・ハイブリッド)

 強化率は取り込んだ物の数と性能に比例し、第三形態における上限は八つまで。

 取り込んでいる武器には自在に変化でき、最弱と言われる【ティールウルフ】のステータスを亜竜級まで引き上げることも可能だ。

 

「お互い手札が割れたことだし、決着をつけましょうか」

 

 大鎌になった【マーナガルム】をクルリと回したアリアリアは、勢いをつけて跳んだ。

 あえて逃げ場のない空中に躍り出るのは自信の表れ。

 正々堂々、小細工抜きに正面から力で押し切ってみせるという挑戦状だ。

 

 なぜなら、今から放つのはアリアリアが有する最大最強の攻撃。

 未だ<下級エンブリオ>止まりの【マーナガルム】に必殺スキルは芽生えていない。

 それでも。

 決まれば『必ず殺す』ことができるという自負は、その技を一つの『必殺』にまで昇華させる。

 

「とっておき、喰らいなさい!」

 

 振り下ろされた大鎌は狼の頭部に変じ、【亜竜毒蜘蛛】に牙を剥く。

 

「《咬み殺し(キリングバイト)》!」

 

 黒狼が蜘蛛の肉体を半分ほど食い千切り、HPが一割を切ったところで【亜竜毒蜘蛛】は《送還》される。

 そして……

 

「あ、あいつ逃げた!? 信じられない嘘でしょう!? 一発殴ってやりたかったのに!」

 

 カルマは、アリアリアの前から姿を消していたのだった。

 

 

 ◆

 

 

「……やり過ぎたな」

 

 【ジュエル】を手に、カルマは舌打ちをする。

 

「あんな奴らに付き合う暇はないんだ。なのに、どいつもこいつも邪魔しやがって」

 

 せっかく手に入れた戦力だというのに、いきなり瀕死にされれば苛立つに決まっている。

 風竜を連れた白髪の従魔師と、金髪の女闘士。

 次に彼女らと遭遇したら報復を考えなくてはなるまい。

 

「情報の収穫も無し」

 

 探し人の手掛かりは少ない。

 現実と同じ顔であるのは分かっているが名前は不明。居場所も特定できない。

 ネット上のスクリーンショット、ギデオンの闘技場を背景とした一枚に映り込んでいたので、この街に訪れたことがあるのは間違いないのに。

 

「どこにいやがる。クソ兄貴」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ

 

 わたしは建物から脱出した後、できるだけ強そうな人に声をかけて、助けてくださいとお願いした。

 最初はハリネズミを連れたきれいなお姉さんに声をかけた。でも断られちゃったんだよね。

 声をかけた二人目が引き受けてくれてよかった。

 ところで、隣のひよ蒟蒻さんが目をパチパチしてわたしを見てきたのはなんだったんだろう?

 

「ありがとう、セラくん!」

「お気になさらず。名前が似ている者同士、これも何かの縁なのです」

 

 彼はセラ・ケセラくん。見た目はわたしと同じくらいだけど、レベル500になっている大先輩だ。

 なんでもひよ蒟蒻さんのお得意様らしい。ひよ蒟蒻さんはセラくんと会ったときに顔が引き攣っていたけど。何かあるのかな?

 

「あー、セラくん? ちょおーっとばかし向こうで僕とお喋りしない?」

「結構なのですよ。だいたい察したのです。後でリリアンさんと本人に報告しておくのです」

「アハハのハハハ」

 

 とりあえず仲はいいみたいだね!

 

「たしかお友達は三階にいるのですね?」

「うん! 大きなクモと戦ってるの!」

「了解なのです。では早速突入して……いえ、やっぱり無しなのです」

「え、どうして!?」

 

 もしかしてクモが苦手とか?

 わたしも実はあんまり得意じゃないから、気持ちはすごくわかるけど!

 

 セラくんは無言で建物の入り口を指差す。

 ちょうど、ルゥを抱いたアリアリアちゃんがクモの巣を払いながら出てくるところだった。

 

「アリアリアちゃん!」

「あら、サラさん。お互い無事で何よりだわ」

Wofwonwooon(敵は恐れをなして逃げ出しましたぞ)!』

 

 わたしたちは健闘をたたえてハイタッチをする。

 ルゥともハイタッチ。いえーい!

 

「ところで【カーバンクル】は? ジェイドの姿も見えないけど」

「うん。ちょっと待ってね」

 

 わたしは【ジュエル】の中が見えるように右手を上げる。ジェイドと並んでぐっすり眠っているのは、赤い毛並みの女の子。

 今日はいろいろあって疲れちゃったんだろう。

 

「起こすのはかわいそうなので紹介だけ。【カーバンクル】のルビーです!」

「テイムしたのね。おめでとう」

「えへへー。ありがとう!」

 

 ルビーは悪い人たちに捕まって王国にやってきたらしく、帰る場所がないそうだ。

 これからどうしたいかを聞いたら、わたしと一緒がいいという答えが返ってきた。

 クエストは街に入り込んだ野生モンスターの保護か討伐が目的。実際に人や物に被害が出たという話はない。

 だからルビーがわたしの従魔になってもだいじょうぶ、というのはセラくんの言葉だ。

 

「めでたしめでたし、なのです。ではグ……『ひよ蒟蒻』。僕たちはお暇するのですよ」

「いやいや待ってくれたまえよ。僕はまだ本来の目的を果たしちゃいないんだぜ?」

「シャラップ。いたいけな少女たちを何に巻き込むつもりなのです? 教育上よろしくないのですよ」

「えー、ケチー」

 

 セラくんは不満そうなひよ蒟蒻さんを無理やりに引きずっていく。

 なんだろう、小さいお父さんと大きい子どもみたいな? あべこべなのにしっくりくるのは、セラくんがとても大人っぽいからだろう。

 手を振って二人を見送るわたしの隣で、アリアリアちゃんが一言。

 

「……ちょっと待って。私、ひよ蒟蒻の荷物取り返してきたんだけど」

「へ?」

 

 その手には、いかにも高そうな刺繍が入ったアイテムボックスが一つ。

 わわ、ど、どうしよう!? これぜったいにないとひよ蒟蒻さんがこまるやつだよ!

 

「い、今から追いかければ間に合うかな!?」

「そうね! 急いで駆け足よ!」

 

 

 ◇

 

 

 わたしたちは二人を探して、またギデオンを探し回ったのだけど……結局見つけることができなかった。

 目撃情報をまとめると、どうやらセラくんは王都の<墓標迷宮>に向かったらしい。ひよ蒟蒻さんは誰も姿を見ていないというから、ログアウトしたのかもしれない。

 

「あら? サラさん、それは?」

 

 どうしようかと二人で話し合っていると、アリアリアちゃんがわたしの帽子にはさまっていた紙切れをつまんだ。

 広げて読んでみると、それはひよ蒟蒻さんが書いた置き手紙だった。いつの間に。

 

『拝啓、勇敢なるお嬢さん方。この度は助けてくれてありがとう。お礼にそのアイテムボックスは差し上げます。鍵の解除コードは■◎△◆です。中身は足が早いものですので、どうぞすぐにご使用下さりますよう。敬具』

 

「わー! お菓子かな? それとも果物かな?」

「さあ? ……少し怪しいけれど、好意を無碍にはできないわね。貰っておきましょう」

 

 わくわく。中身はなにかなー?

 オープン!

 

「……また紙切れじゃないの。おちょくってるのかしら、あの男」

 

 アリアリアちゃんがぐしゃりと握りしめたそれには、なにか文字が書かれていた。わたしはげんこつからほんのちょっとはみ出たそれを読んでいく。

 ええっと、なになに。

 

「アリアリアちゃん、<超級激突>のイベントチケットだって! ちゃんと二枚入ってる!」

「あら本当だわ。今日の夜か……サラさんは空いてる?」

「うん! 一緒に観ようよ!」

「決まりね。S席ってことは結構アタリなんじゃないかしら。案外やり手ね、ひよ蒟蒻」

 

 わたしたちはギデオンでもめったに行われない一大イベントにわくわくしながら、早く夜が来ることを祈った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■ 決闘都市ギデオン

 

 ギデオンの東門から少し離れた場所にある、人気のない細い路地。そこに二つの人影が現れる。

 片や、特徴のない風貌の冴えない男。街中ですれ違っても、次の瞬間には忘れているような……不自然なまでに平均的、人工的な顔立ちをしている。

 片や、逆に特徴があり過ぎる人物。思わず二度見をしてしまいそうな、ペンギンの着ぐるみだ。

 

ご機嫌いかがかな(Guten tag)お嬢さん(Fräulein)

『それ止めてもらえるかねぇ』

「なんでさ? 君と僕の仲だろう」

『私たちは単なるビジネスパートナーだけどねぇ。いつ仲良くしたっけ?』

「おやおや、これは手厳しい。元は同じ窯の飯を食べた同士だろう。一緒にメカ作って、爆発して、風呂で背中を流し合った思い出を忘れたかい?」

『ありもしない上に悍ましい記憶を捏造するのは勘弁してほしいねぇ!?』

 

 ハハハ、と笑った男はペンギンに紙束を手渡す。

 

「はいこれレポート。王国に所属していない、かつ君たちが企てた“計画”の邪魔になりそうな不穏分子のリストね。もちろん全員始末済み。高価くつくよ?」

『……流石に仕事は優秀だねぇ』

 

 ペンギンは確認のため一通りレポートに目を通していく。そして、ある頁に目を止めた。

 

『【征伐王(キング・オブ・オーダー)】と“超戦隊”……私の記憶が正しければ、これそっちのお仲間じゃなかったかねぇ?』

「いいのいいの。うちのクランは同士討ちとかしょっちゅうだから。まー、ほとんどは僕がそうなるように仕向けてるんですけどねえ!」

 

 ペンギンは思う。「こいつ、頭のネジが数本外れているんじゃないか?」と。

 とはいえ、男の仕事は十分過ぎる出来であることは事実。この二人に関してはギデオンでの目撃情報も多い。また、計画が実行された際には間違いなく阻止に動くであろう厄介者だった。

 

『興味本位で尋ねるけど、誰を動かしたのかな?』

「聞きたい? 追加料金で一千万リルになりまーす……って嘘だよ、冗談。そんなに怒るな、シワが増える……いやマジで勘弁。自慢じゃないが、僕はそこらのゴブリンが相手でも死ぬ自信がある」

 

 お互い騒ぎを起こすのは得策でないと知っている。だが、男の態度はペンギンの神経を逆撫でするもの。

 それが同族嫌悪に近しい感情であることに、ペンギンは気が付いていない。

 

「じゃあ【征伐王】こと、ひよ蒟蒻くんから。彼に有象無象をぶつけるのはナンセンス。でも定石だとつまらないだろ? だから、まずは変態の国の精鋭と【屍将軍(デス・ジェネラル)】に武器を提供して一騒動起こした。彼が鎮圧に乗り出したところで、【狼王(キング・オブ・ウルブズ)】にトドメを刺してもらったよ。これが一昨日の話」

『布陣がエグ過ぎやしないかねぇ』

「僕もそう思う。で、“超戦隊”の方だけど……こっちは僕の趣味全開にしたんだよなあ。試作機含めた僕の手勢三〇〇〇を突っ込ませて、堪能したところで“未踏鏡面”と“論理破綻”の二人に倒してもらった。これは昨日だね」

 

 話を聞きながら、ペンギンはもう一度レポートに視線を落とす。

 【征伐王】はいい。そこらにいる(それでも全体として数が多いわけではないが)準<超級>が、準<超級>二人に倒されたというだけの話。

 

 ただ、“超戦隊”。

 彼女に関しては少々話が変わってくる。

 かつて、カルディナ北部の都市に現れた神話級<UBM>を討伐せしめた六名の<超級>の一人。

 添付された情報を見るに、彼女は全力を発揮するための条件がかなり厳しい。単体ではそれほど脅威になり得ない……とはいえ。

 目の前の男は、自分と並べて語られるそれを謀殺することが可能である――しかも下手人の二人は彼女と同じ事件で活躍したフリーの<超級>――ということに、ペンギンは冷や汗をかく。

 

(<超級>って、そんなポンポンと出していい戦力じゃないと思うんだけどねぇ?)

 

 自分のことを棚に上げてペンギンはボヤいた。

 

「ん、どうかした?」

『……やっぱり君を敵に回したくはないねぇ。グリオマンP』

「それはこちらの台詞さ。Mr.フランクリン」

 

 ペンギンに対して男は告げる。

 

「僕はね、君に身元をバラされないか常に戦々恐々として過ごしているんだぜ。姿を見せない情報屋ってことで通ってるんだから」

『そのわりに今日は堂々と動いていたよねぇ。介入しかり、市街の人払いと監視カメラしかり。潜伏中の私に対する当てつけかな?』

「別にい? 彼女たち、うちの新人にどうかなと思っただけさ。後は……狂宴の招待状を、ね」

 

 だって、とグリオマンPは無垢な子供のような笑顔を浮かべた。

 

「皇国に手を貸したら、王国にも同じだけ施さなくちゃフェアじゃない。戦争(ゲーム)は同じレベルの相手同士でやるから良いんだ。一方的な蹂躙は見ていても面白くない」

 

 天秤を釣り合わせるため、左右の皿へ交互に重りを乗せていくように。

 火種に風を送り、さらに激しく燃焼させるように。

 強者と強者の対戦カードをセッティングするように。

 戦況を思うがままにコントロールする彼は、争いをばら撒く死の商人。

 その二つ名は、

 

『――“戦争屋(マッチメーカー)”』

「何だよ“最弱最悪”。その二つ名はもう返上したつもりなんだけど。お得意様相手を除いて、今は真っ当な商売をしてるんだよ僕ぁ」

『私がお得意様扱いなのは驚きだ。で、その彼女たちとやらが計画を邪魔するとは考えなかったのかねぇ。それ、契約違反だよ?』

「いやあ、ないでしょ。いい勝負はしてくれることは保証するけど、君の想像を超えた動きをする子じゃないって……じゃあ僕は帰るから」

 

 グリオマンPは半透明のバイザーを付けて表情を隠す。

 

「今後とも僕たちのクラン<仮面兵団(マスカレイド)>をご贔屓に」




余談というか今回の蛇足。

アリアリアが攻撃を防いだギミック
(U・ω・U)<①ルゥを排出(生物を取り込んでいると格納できないため)

(U・ω・U)<②<エンブリオ>を紋章に格納

(U・ω・U)<③再び取り出して装備


冴えない男
(  P  )<はいはあい

(  P  )<プロデューサー、プロフェッサー、プランナー、好きなように呼んでくれたまえ

(U・ω・U)<たいてい拙作の裏側にいる黒幕


【マーナガルム】
(U・ω・U)<騎士は徒手にて〇せずみたいな

(U・ω・U)<《咬み殺し》はGEの捕食形態


セラ・ケセラ
(U・ω・U)<合法ショタ

(U・ω・U)<ダンジョン攻略専門で、タイムアタック動画とかを投稿している配信者


<超級激突>
(U・ω・U)<こうして本編の影で二人は頑張るわけで

(U・ω・U)<でも戦況を変えるほどではないので割愛


気がついたら退場してた人たち
(Є・◇・)<……
Ψ(▽W▽)Ψ<……

(  P  )<ゲラゲラゲラ♪


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各国の<マスター>観察記録 1
人間卍サイコロのバカ


 □賭博都市ヘルマイネ 【大賭博師】ランス・スロット

 

 枯れた砂漠と荒野にポツンと存在するオアシス。

 カルディナの都市はそのような限られた水源の周囲に建設され、発展を遂げている。

 たいていの生物は水がなければ生きていけない。

 植物も、それを食べる草食動物も、さらに餌を求める肉食動物だって。

 結局のところ、水は生命の母にして食物連鎖の土台を築いているのだ。

 

 愛すべき我がホームタウンであるヘルマイネも同じ。

 人々は誘蛾灯に群がる羽虫のように集う。

 少しばかり違うのは、彼らが水ではなく金に引き寄せられるという点だろうか。

 

 “金で買えないものはない”を地でいくカルディナでは、誰もがあの手この手で富を築く。

 ここヘルマイネで金を稼ぐ方法といえば一つ。

 

 ギャンブルだ。

 

 乱立して密集する賭博場は現実のラスベガスを思わせるネオンの煌めきをちらつかせていたりいなかったり。

 人々は一攫千金を夢見てチップを放り、自らの行く末を遊戯に委ねる。

 あるいは、彼らは夢を見ているのかもしれない。

 

 白熱する勝負。

 手に汗握るスリル。

 運命の女神が微笑みかけてくれるよう祈る。

 

 さながら乾いた人生に潤いを求めるように。

 

 俺ことランス・スロットも、そんな非日常を求める一人なのだが。

 

「おいこら待たんかいワレェ!」

「いてこましたる!」

 

 今は黒服の男たちと鬼ごっこの最中である。

 

「捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ! お尻ぺんぺん屁のカッパ、ってなあ!」

「くそ、ちょこまかと……ッ!」

 

 怒り浸透のハゲ頭に挑発を飛ばす。

 ちなみによい子はマネしたらいけません。

 

 黒服にサングラス、各々思い思いの武器を携え、隙のない身のこなしで追いかけてくる四人の野郎ども。

 どう見てもカタギではない。ヤのつく自由業の方々と似通う何かを感じる。八百屋じゃねーよ?

 

 統一された服装は黒服が同じ組織に所属していることを示している。

 さらに現実に近いデザインから<マスター>と関係があると推理できる。

 

 まあ推理もなにも、黒服の身元は明らかだ。

 俺はあいつらを知っている。

 彼らはある賭博場に雇われた警備のティアン。

 ほとんどは冒険者上がりのごろつき未満だ。

 どいつもこいつも、筋肉が脳味噌の代わりをしている奴らばかり。血の気が多くて人の話を聞きやしない。

 

「逃げずに止まらんかい! 大人しく捕まって姉御の沙汰を受けるんや!」

「やなこった! だいたい俺は何も悪いことしてねえからな!? 濡れ衣だ濡れ衣! 弁護士を呼べ!」

「アァ!? いけしゃあしゃあと……胸に手を当ててよう考えてみい!」

 

 ふむ。無実を主張するためには口車に乗るのが吉か。

 言われた通りに手を当てて……あらやだ、悲しいまでに硬い男の胸。当然だ、アバター(ガワ)リアル(なかみ)も男だからな。

 

 じゃあ回想入りまーす。

 ほわんほわんほわんランスロ〜。

 

 

 ◇

 

 

 そう、あれは数時間前のこと。

 

 ギャンブルにも飽きたしギャンブルするか、と賭博場巡りをしていた俺は三人の知人に出会った。

 フレンドではないけれど、顔を合わせたら賭博場で遊ぶ(カモりカモられる)仲の<マスター>たち。

 

 話を聞くと、彼らの一人が新しい賭博場を立ち上げたというではないか。

 新しい賭博場、しかも知り合いの店。

 まだ固定客がおらず、経営が不安定らしい。

 行きつけにしてもいいし、冷やかすだけでもいい。

 でもできれば宣伝してほしい。

 

 そういう事情なら行かねばなるまい。

 俺は便乗して開店したばかりの賭博場に向かった。

 

 賭博場自体はオーソドックスで、ゲームや内装は王国資本のものを参考にしていた。

 庶民が背伸びして遊べるくらいの、ちょいと高級志向なレート。

 それでいて大商人や貴族のお眼鏡にも叶う上品さ。

 給仕が運ぶカクテルがまた美味い。

 聞くとオーナーの力作らしく、俺は賭博場より酒場を経営した方が儲かるのではと忠言を……いや、それはどうでもいい。

 

 とりあえず好きに楽しんでくれと言われたので、俺は好きに楽しませてもらった。

 

 好きに楽しんで、大勝ちした。

 

 今日は運命の女神様が俺に微笑んだのだろう。

 

 そりゃもう熱烈なラブコールだ。

 

 勝って、勝って、勝ちまくった。

 

 最終的に、小国一つは買えるんじゃないかってほどのチップが山積みになった。

 

 意気揚々と換金所に向かった俺は、後ろから優しく肩を叩かれた。

 

「お客様、少々よろしいでしょうか?」と。

 

 気がつくと、俺はコワモテの黒服に囲まれていた。

 

 皆、笑顔だった。

 でも目が笑ってなかった。

 

 危険を察した俺はチップを抱えて逃げ出した。

 

 

 ◇

 

 

 回想終了。

 

 うん、改めて考えてみたが。

 法に触れることは何もしていない。

 

「俺、悪くないよな?」

「アホかぁ! おどれも賭博師なら加減っちゅーもんを知れ! 賭博は胴元が儲かるようにできとんのや、小さな勝ちを重ねるならまだしも、あれだけやられたらこっちが潰れるわ! この賭場荒らしが!」

「はあー? あいつが好きにしろって言ったんですー。オーナー公認ですー」

「姉御と知り合いならなおさらタチが悪いわッ!」

 

 だって、ねえ。

 そもそも俺、賭場荒らしで有名よ?

 不本意で不名誉で嬉しくないことだけど。

 いくつかの賭博場は出禁になってるし、ブラックリストには要注意人物欄に名前を連ねているらしいし。

 

 いや違うんだ。決して故意ではない。

 ギャンブルに興じる余り、ついつい賭けにのめり込んでしまうだけでさ。

 あと悪名の半分は俺じゃなくて他の連中のせいだ。

 さすがにパンイチで一時間土下座したことはねえ。

 

「とにかく! 戻って姉御に頭下げえ! 金もパーっと使ってそれで手打ちや、話は通っとる!」

「あ、そうなの?」

 

 どうやら黒服は念話で妥協案を伝達されたらしい。

 

 別に金に困ってはいない。だから後生大事にチップを抱えるつもりはないし、返せと言われれば返す。

 頭を下げるのも、まあ良い。

 今回は大人気ない行為をしている自覚がある。法に触れないといっても黒に近いグレーだからな。

 俺は子供みたいな大人と違って、ごめんなさいが言える人間なのですよ。

 

 でもなー。チップ返してはい終了ってのは、結末としては普通すぎてつまらない。

 ちょうど退屈してたところだ。

 どうせ後で怒られるなら、もっと予想のつかない展開に転がしてからでも良くないか?

 

「よしお前、オーナーに伝えろ! 『ゲームをしよう。俺を日没までに捕まえてみろ。いくら三下を寄越したところで時間の無駄だぞ』ってな!」

 

 今回ご提案させていただきます遊戯、ルールは至極単純明快でございますれば。

 制限時間内に俺を捕まえたらやつらの勝利。靴でも何でも舐めてやる。

 逆に逃げ切ったら俺の勝ち。ちょっと美味い飯でも奢ってもらおうか。

 

「三下、だと? 下手に出ればいい気になりよって!」

「実際そうだろ。たかが賭博師一人に追いつけてすらないんだから」

 

 黒服は平均で合計レベル300といったところ。

 後ろの二人は前衛の拳士と剣士。他に銃士と盗賊がいたはずだが、別行動しているのか。それとも諦めたか?

 いやはや、揃いも揃ってなさけない。

 

 ちなみに俺のレベルは200ちょい。

 賭博師系統を除けば【詐欺師】と、なぜかLUCが上がりやすい【採集家】という下級職に就いている。

 

 普通はAGIの差であっけなく捕まるはずだが、走る俺と黒服の距離は縮まらない。むしろ次第に開いている。

 なぜなら、俺の速度に黒服がついて来れていないから。

 

「はい、どうして俺の方が速いのでしょう? そこの黒服くん! アンサーどうぞ!」

「……? ッ! <エンブリオ>か!」

「ピンポーン大正解! 景品としてその辺に落ちてた鳥のフンをご提供!」

 

 俺が蹴り上げたウ◯コは放物線を描いて黒服のハゲ頭へ。……あ、流石にかわすか。

 だが一秒、時間を稼いだ! これでサヨナラだ!

 

 俺の足、正確には左右の靴裏に生えた車輪が唸る。

 さながらローラースケートの如く。

 この車輪こそ俺の<エンブリオ>だ。こいつには素のLUCをAGIに加算するスキルが生えている。鬼ごっこやイカサマをする時に重宝するぞ。

 俺のLUCは装備の補正を抜いても3000弱、この数字が俺自身の速さに直結する。速度を出しすぎるとゴミENDのせいで骨と筋組織が悲鳴を上げるが、オーソドックスなビルドのティアンに捕まるほど間抜けじゃない。

 

「逃がすか!」

「っと、ここで待ち伏せかよ」

 

 右の路地から飛び出して来る黒服二人。

 読みがいいな、それとも誘い込まれたか。

 

「だが甘いっ!」

 

 右前方からくる盗賊のナイフ(麻痺毒付き)。

 減速はチキン、なら加速するまでのこと!

 腕を狙った攻撃は上体を限界まで逸らした姿勢で回避、ついでに足を引っ張って相手を転倒させる。

 盗賊は天地がひっくり返ったように感じただろう。

 

 お次はなんだ。銃士くん、君かい?

 ほう、腰の拳銃に手をかけて。

 なるほど、クイックドロウか。おそらくスキルで俺より速く動きやがる。

 でも所詮火薬式の銃、弾の速度はどうあがいても変わらないのだワ!

 銃口と視線で軌道は読める。あとは射撃のタイミングと合わせて回避すりゃいいだけのこと。

 

 ブリッジの状態のまま、足に力を込めてジャンプ。

 体育の授業でやったね? そう、後方倒立回転跳び。

 人はそれをバク転と呼ぶ!

 

 あえて多めに跳び、後ろからやって来る剣士と拳士の胸を借りる。

 靴裏を接触させて足場に、軽く小突いてやることで行動を阻害しつつ、上体を跳ね上げてもう一度跳ぶ。

 高く、高く。あの頃は、手を伸ばせばきっと空に届くと信じていた……そんな無垢な時代はなかった。

 

「んじゃ、あばよ黒服!」

 

 三階建ての屋根に着地して仁王立ち、さよならの挨拶をしてから反対側の通りに降りる。

 

 こうした逃走劇を何回やったと思ってる? 街の地図は頭の中に記憶済み。裏道近道なんでもござれだ。

 もはやヘルマイネは俺の庭よ。

 

 ついでに顔を隠すためのアイテム……は手持ちにはないので、その辺に落ちている紙袋をかぶる。

 このゲーム、原始的な手段が案外有効だ。

 見た目は不審者でしかないが、ネタ装備含めて変わった格好の<マスター>は少なからずいる。

 まあスキル無しだと《看破》でバレるけどな。相手の動きは数秒止まるので逃げるのに役立つ。

 

「おお、本当に降ってきたでござる」

「……は?」

 

 走り出そうとした瞬間、目の前に立ち塞がる鎧姿の男。

 やつは俺を見て驚嘆の声をあげた。

 俺も驚いて思考が一瞬止まった。

 

 おいおいおい、待ってくれ。

 さっきの幸運のツケがここでくるか。

 女神様よ、あれだけ俺にベッタリだっただろ。

 どうして今は機嫌が悪いんだい、ハニー?

 そっぽを向いてないで教えておくれよ。

 

「ば、バカな……なぜ貴様がここにいる!?」

「フッ。某、友の悪事は見過ごせぬでござる」

 

 こいつは俺の賭博仲間、三人の知人の一人で……えっと、名前なんだっけ。やべえ、ど忘れした。

 言い訳させて? 俺こいつらのことあんまり名前で呼ばないからさ。興味ないとか覚えてないわけじゃないの。

 カンスト壁役(タンク)のこいつだろ、賭博場のオーナーやってるオネエだろ、それとギャルっぽい女子。

 

「固まってどうされたので、ランス氏? まるで幻のマインちゃんソロライブ映像を初めて見たニュービーのような顔でござるが」

 

 よし、言動がそれっぽいからオタクと呼ぼう。

 某はオタク。某=オタク。

 

 そしてランスよ、できるだけ名前を呼ばずに済むように会話を組み立てるのだ。

 そうだ、俺はやればできる男。ちょっと名前をど忘れしたときも、好きな子の名前を呼べずにいたときも、持ち前の頭脳で乗り越えてきたじゃないか。

 どのケースも不審に思われて終わったけどね。

 

「いや、なに。俺も舐められたもんだと思ってな。鈍足のお前から逃げることなんざ朝飯前よ」

「逃げ続けてどうなるのでござる? 行き着く先は終着点。ならば過ちを認め、罪を償うべきでござる! 『今ならケツバットと海老責めで許すわよぅ』、マチルダ氏はそう申されていたでござるよ!」

「わりとガチな拷問じゃねーか。あとお前モノマネ上手いね?」

 

 話を聞く限り、オーナー……オネエは賭博場を荒らした俺のことをそこまで怒ってはいないようだ。

 やつが本気になったら薬と酒でズブズブにされる。あるいは貞操を狙ってくるだろう。

 

「さあ、某と帰るでござる」

 

 オタクは俺に手を伸ばす。

 自分も一緒に謝るから、逃げないでと。

 まるで聖人のような人の良さだ。

 悪人に騙されないか心配でならない。

 

「確かにな。共にギャンブルをした仲、気心も知れてる。謝れば済む話だ」

「では」

「だが断るッ!」

「ランス氏ぃ!?」

 

 あれ、口が勝手に。

 

「何故、何故でござるか!」

 

 オタクは血の涙を流して迫る。ちょっとキモい。

 

 でも、今の言葉は本心だ。

 俺は謝らない。否、謝るのは今ではない。

 なぜかと問われれば、答えよう。

 

「そっちの方が面白そうだから?」

「せめて言い切って欲しかったでござるな!」

 

 ここらで茶番は終わり。あとは逃げるか捕まるかだ。

 

 俺が腰を落としたのを見て、オタクは自らの<エンブリオ>である盾を構える。

 互いに様子見の睨み合い。

 オタクは典型的な壁役のはず。機敏には動けまい。

 たしか盾を飛ばす遠距離攻撃スキルがあったが、それさえ気をつければ敵じゃない。

 よし、スピードで翻弄して脇を駆け抜けよう。

 

「ランス氏」

「なんだ」

「某が、一人で来ているとでも?」

「ッ!?」

 

 ブラフだと思いたい。思いたかったが、鬼ごっこでオタクを単体投入するメリットは皆無だ。

 となると、こいつは俺の気を引いて足を止めさせる囮!

 本命は別にいる!

 

「《写し刻み現す記憶(トート)》!」

 

 屋根の上、ちょうど地面からは死角になる位置から響くシャッター音。

 日の光を反射してきらめくレンズは俺をしかと捉えており、そのインスタントな写真機を構える少女は物陰から姿を現す。

 知っている、知っているとも。

 やつは我が知人、ギャルなり!

 ……名前は忘れました、はい。

 

「《召喚(サモン)》! 【バルーンゴーレム】、【アルカナ・ソルジャー】を同時召喚だし! そんでもって、この子たちをコストに捧げて【大賭博師 ランス・スロット】を特殊召喚するっしょ!」

 

 矢継ぎ早の宣言を即座に理解するのは不可能だった。だが、起きた現象で全て明らかになる。

 風船の巨人と絵札の兵士を侍らせたギャルは、写真機の<エンブリオ>から出てきた写真をかざす。

 マヌケな面をした俺の写真には印字とコーティングが施され……TCGのレアカードみたく輝く。

 ギャルが手にしたカードが燃え尽きたとき、俺の後ろには俺のそっくりさんが立っていた。

 

『……』

「自分との戦いって、もっと後のシリアスな展開でやるもんじゃない?」

 

 前門にオタク。

 後門に俺を模した召喚モンスター(コピーキャット)

 

 オタクの方がまだ組みしやすいといえるが……偽物の【ランス】が俺のコピーと仮定すると、ステータスやスキルまでそっくりそのままの可能性がある。

 オタクを突破する際に、同速の【ランス】によって捕まってしまうかもしれない。

 

「……ふ、ふふ」

 

 いいね、いいねえ。悪くない。

 女神様よ、今回はこういう趣向か?

 お前の機嫌がどうなっているのかは知らんが、窮地のスリルを提供してくれるほどにはご立腹らしい。

 

 愛してるぜ(ちくしょうが)

 

「うわキモ。ニヤついてるし」

「アンナ氏、某も心が痛いので暴言抑えてプリーズ」

 

 前も後ろもどん詰まり。

 なら、

 

「これしかないよなあッ!」

 

 俺は後方に行くぞ、オタクぅッ!!

 

『……』

 

 俺を捕らえるべく身構える【ランス】。

 なるほど。視線で追えていることといい、車輪といい……スペックは同等と見て問題ないか。

 だがな、カタログスペックが同じだろうと、ドライバー次第で車の動きは別次元へと変化するのだよ!

 

 右、左とフェイントを仕掛けて振れたところにスライディング!

 

「なっ、股潜りでござるか!?」

 

 振り返った【ランス】は俺を押さえ付けようと前傾姿勢になる。その伸ばした手を踏み台にさせてもらおうか。

 倒れた姿勢から全身のバネを使って飛び跳ね、勢いを殺すために横向きの三回転半捻り。ついでになんかムカつくので頭を足蹴にする。

 そして傾斜のある踏み台(おれ)を使い最大加速、進行方向に働くベクトルを斜め上に調整する!

 

「させないし! 《召喚》、【ガーゴイル】!」

「《シールド・フライヤー》でござる!」

 

 下から飛来する丸盾、上空より襲う石像の悪魔。

 

 若干盾の方が速いか? なら!

 

「こうして、こうだ!」

 

 回転する盾に足裏の車輪を合わせ、衛星のように盾の蓋に沿って走る(・・)

 俺、盾、悪魔の順に位置取りが変化したタイミングで蹴り上げ、盾と悪魔をバッティング。

 俺は回転の勢いを利用してさらに上へ飛ぶだけ。

 

「メガラッキー! ぶっつけ本番だがなんとかなるもんだな!」

「「へ、変態……」」

「誰がレジェンダリアンだ!?」

 

 この程度の変則機動、AGIとVR適正が両立してるやつらなら楽勝だろうに。

 

 ともあれ、これで障害は切り抜けた。

 第一ステージはクリア。

 あとは日没まで街中を逃げ回れば、誰も俺を捕捉できやしないのだよ!

 

 ……そう考えていた時期が俺にもありました。

 

 視界の端をよぎる影。

 オタクやギャルじゃない。

 召喚モンスターでもない、第三者。

 

 そうだ。こいつらがいるなら、ここにオネエがいてもおかしくない。というかいない方が不自然だ。

 やつは生産職のはずだが、ドーピングからの肉弾戦をかましてきても納得できるガタイを持っている。

 

 どこだ、どこから来る。

 上か、下か、それとも背後か?

 

「振り返ったらやつがいる! みたいな!」

 

 死角から現れた人物を眼前に捉える。

 未だ幼さを残す矮躯を安物のローブで覆い、目深に被ったフードからは無造作に伸びた髪が飛び出している。

 その奥には焦点の合わない硝子玉のような瞳と、凝り固まった無表情が見え隠れしていた。

 

「いや誰よ!?」

 

 オネエではない。やつは襤褸の亡霊みたいな格好はしない。

 だが、味方とも思えん。

 やつが両手に構えた刃は俺の急所を狙っているからだ。

 手甲と刀剣が合わさったような武器。

 あれはなんて名前だったか。カタール? パタ?

 

「……」

「っぶねえ!」

 

 胸部への一突き、体を捻ることでどうにか対処する。

 当たればハートを貫かれていた(物理)ところだ。

 お互い踏ん張りのきかない空中だってのに、よくもまあ、ここまでの速度を。

 問答無用でキルしにかかるとか殺意高すぎん?

 

 回避行動を取ったことで勢いが失われる。

 重力に引かれて落下する俺。

 追撃で首を狙うフーデッドローブ。

 決まれば必殺、一撃でデスペナルティになるだろう。

 

「だがしかし! この程度で俺をやれると思ったのなら大間違いだぜ!」

 

 脳内麻薬ドーパミン様のお力で見せてやらあ、火事場の馬鹿力ってやつをよ!

 

 水平に振われる刃。

 おそらく防御してもまとめて上から斬られる。

 とはいえ回避も難しい。首を引っ込めろ? カメじゃあるまいし咄嗟にできるか。

 

 故に、ここは捌く。

 

 迫る刃に手のひらを当てる。

 当然そのままだとズタズタになる。

 お茶の間にスプラッターを流すのは俺の本意ではないので、抵抗はさせてもらおう。

 

 俺の柔肌を守るように生えた車輪(・・)が刃と接触。

 金属同士が火花を散らしながらも、回転する車輪が刃をあらぬ方向へと弾き返すッ!

 

「……!」

 

 ハッハー! 驚いてやがるな?

 たしかに俺の<エンブリオ>はローラースケートとして使うのが定石だが、別に足以外の場所に生やせないとは一言も言ってないぜ。

 正真正銘、今まで誰にも見せたことのない切り札だ。

 ここで切ったのは惜しい気もする。

 でも使ってしまったものは仕方ない。

 

 ともかくこれで距離が離れた。

 着地と同時に走って離脱する!

 

「俺の勝ちだゴペェ!?」

 

 勝利宣言をした瞬間、側頭部に衝撃が走った。

 訳も分からずに倒れ込む。

 何が起こった? いや、何をされた?

 

 かすむ視界。

 化け物のように伸び切った腕を引き戻すフーデッドローブを最後に見て、俺は気絶した。

 

 ああ、こいつが本命なのね、と思いながら。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「起きてちょうだいねぇ」

「えぬえいちすりぃ!?」

 

 鼻につく強烈な刺激臭で目を覚ます。

 正確には【気絶】が回復する。

 

「くそ、鼻が死ぬ……」

 

 アンモニアは気つけに効くとは言うけどさあ。

 あー、涙と鼻水出てきた。

 しかしそれを拭うことはできない。

 

 俺は縄で簀巻きにされていた。

 ミノムシみたく宙吊りになっている。

 ちなみに中身は二つ折りだ。顎と足首がくっついた状態で、そのうち鬱血すること間違いなしである。

 どうやら意識を失っている間に捕まったらしい。

 

 室内には見覚えのある装飾。

 そりゃそうだ。今日荒らしたばかりの賭博場だからな。

 俺を取り囲むのは八人の男女。四人の黒服と三人の<マスター>、そして詳細不明なフードの亡霊。

 

 すぐ目の前には筋骨隆々とした漢女(おとめ)が立っていて、臭いの源である小瓶を俺から離したところだった。

 やつこそ、この賭博場のオーナー。オネエである。

 名前は忘れた。

 

「ランスちゃん。何か私たちに言うことがあるんじゃないかしらん」

「GG」

「それはどうも。でも違うわよねぇ?」

「あ、はい。さーせんっした」

 

 目を吊り上げたオネエの気迫に押されて謝罪する。

 やばいな、これ半分くらい本気の怒りだわ。

 今回は調子に乗って少しふざけすぎたかもしれない。

 

「それだけ?」

「黒服の皆さんお疲れ様っす。お前らは……まあ良いよな、いつものことだ」

「よくないでござるが」

「よくないし」

 

 オタクとギャルが反論するが、俺だってこいつらに迷惑かけられてるからお互い様だろう。

 

「んで、そっちのフードは誰よ」

「シータちゃんのこと? お仕事探してるって言うから、うちの用心棒をお願いしたのよぅ」

「実力もさることながら、戦術家でござるぞ。ランス氏の逃げ道を予測して追い込んだのも彼女の手腕でござる」

「ほーん。参りましたって言えばいい?」

「…………」

 

 シータは自分が話題になっているのに微動だにしない。無表情のまま、無言を貫いている。

 俺はこいつの掌で踊らされてたってことか。

 少々悔しいが負けは負けだ。

 敗者は大人しく勝者におもねるとしよう。

 

「反省したんで、そろそろこの荒縄をほどいていただけませんか姉御」

「それは無理ねぇ」

 

 なんでさ。これじゃチップ返すこともできないよ?

 

「賭博場って面子が大事なのよぅ。知り合いとはいえ……違うわね、知り合いだからこそ、賭場荒らしにはそれなりの罰を受けてもらわないと示しがつかないわぁ」

「つまり?」

「一日宙吊りで勘弁してあ・げ・る」

 

 なるほど、なるほど。

 

 オネエの賭博場はオープンしたばかり。

 そこで賭場荒らしに甘いところを見せたら、すぐに金の亡者のカモにされて立ち行かなくなる。

 だからこそ、俺という最初のケースに毅然とした対応をすることで店の格と評判を守るつもりなのだろう。

 わざわざフロアから見えるか見えないかの位置に吊られているのは見せしめのためであり、賭博場の景観を損なわないように妥協した結果だ。

 

 宙吊りとチップの返却、あとは罰金か奉仕労働あたりを課せられるのが妥当だな。

 それでもまだ甘めのペナルティだが、初犯ということを考慮したのだといえる。

 

「あなたたちは持ち場に戻っていいわよぅ」

 

 オネエの指示で黒服は立ち去り、俺は四人の監視のもと、吊られ揺れる立場に甘んじることとなった。

 

 

 ◇

 

 

 十分経過。

 

 何もすることがない。

 

「なんか面白い話しろよ」

「雑な無茶振りやめるでござる」

 

 

 ◇

 

 

 十五分経過。

 

 全身を揺らしてー、振り子の運動ー。

 

「ギシギシうるさいし」

「うぃーす」

 

 

 ◇

 

 

 三十分経過。

 

 眠くなってきた。あと腹減った。

 

「ログアウトしていい?」

「その間はノーカンよぅ」

 

 

 ◇

 

 

 一時間後。

 

 飽きた。

 

 もう十分反省したので逃走しようと思います!

 

 手段はいくつかある。

 

 一、自害。

 論外ですね。誰が好き好んでデスペナルティになるか。

 

 二、ログアウト。

 有効。だが簡単すぎてつまらない。

 

 三、縄を切る。

 <エンブリオ>を使えば可能。車輪で削れる。

 

「…………」

 

 ただ、他三人はともかくとして、シータ何某とやらの監視が抜け目ない。

 変な動きをしたら即首を刎ねると言わんばかりの鋭い視線だ。やつをかいくぐって逃げ出すのは難しい。

 俺、何か嫌われるようなことしたかなあ?

 

 しかし、しかしである。

 やられっぱなしで終わるというのも癪だ。

 どうせなら一泡吹かせてギャフンと言わせたい。

 

 よし、ここはあれだな。

 我らが運命の女神に頼るとしよう。

 俺は彼女を愛している。

 今日は彼女も俺を愛している……はず。

 

「なあ、お前ら」

 

 四人の「またか」という視線。

 この一時間、こいつらには何度も声をかけた。

 だから俺が話すこと自体は違和感を覚えまい。

 

「お前らの<エンブリオ>ってなんて名前だっけ?」

「急に何でござるか……」

「いいだろ、暇なんだよ。おしゃべりしようぜ」

 

 俺はギャルとオネエを見やる。

 

「たしかさっきトートって言ってたよな……んで、そっちはディオニュソスだっけか」

「だから何だし。今話すことじゃないっしょ」

「いやな? お前ら二人のは神様の名前がついてるじゃん。おそろいだと思ってさ」

「そういえばそうねぇ。ソルデちゃんは違うのに」

「某がハブだと仰る?」

「大丈夫よぅ、シータちゃんもだから。ねえ?」

「…………」

 

 オネエは喋るの好きだからな、乗ってくると思ったぜ。

 俺一人が話しても無視される確率が高い。だからあいつら同士で会話を始めるのがベスト。

 この流れは俺の狙い通りだ。

 

「ときに、ランス氏はどうなのでござるか? それなりの付き合いでござるが、未だに聞いたことがなかったでござるよ」

「そういえば……車輪ってことしか知らないし」

 

 よし来た。こいつらチョロすぎるぜ。

 上手くいきすぎて逆に怖い。

 これも女神様のおかげだろうか。

 

「俺か? 俺のはな」

 

 俺は務めて自然に告げる。宣言する。

 

「――《廻天せし宿星の輪(フォルトゥーナ)》、って言うんだわ」

 

 <エンブリオ>(女神)()を冠した、必殺スキルを。

 

 大地が揺れる。天が震える。

 人はわけも分からず逃げ惑う。

 これは天変地異の前触れだ、今から始まる現象の予兆に過ぎない。

 

 流石に察したのか、全員が俺を見る。

 

「ランス氏、説明するでござるよ!」

「とは言ってもな……賽は投げられたってことだ」

 

 俺の<エンブリオ>、【盛衰流転 フォルトゥーナ】の必殺スキルは至極単純だ。

 

 何かが起こる(・・・・・・)

 

 それ以上でもそれ以下でもない。

 何が、どこで、誰に、どの程度、それら全てが不確定。

 完全な乱数により発揮される効果が決定する。

 どうも俺のLUCを参照しているらしいのだが、正直なところ当てにならん。

 何が起こるかは使ってみるまで分からないのだ。

 

 空から大金が降ってくるかもしれない。

 

 犬のフンを踏んづけるかもしれない。

 

 曲がり角で美少女とぶつかるかもしれない。

 

 肉体が化け物のように変化するかもしれない。

 

 女神様のお気に召すまま。

 俺たちの運命は振られた賽の目で決まるのさ。

 さあさあ祈れよプレイヤー(Prayer)

 

「ちなみに、俺がデスペナルティになったところで止まらないから安心しろ?」

 

 今にも飛びかかろうとしていたシータに向けて言い放つ。

 だからと言ってコロコロされたらやられてしまうのは変わらないんだが、シータの中でも優先順位があるのか、踏み出した足が止まる。

 よしよしステイだ。そのまま眺めていろ?

 

「さあさ皆様、よってらっしゃい見てらっしゃい! 見なきゃ損々、見た日にゃ散々、一世一代の大博打が始まるぜ!」

 

 何が起こるか予測不可能とはいえ、経験上、スキルの予兆が長く激しいほどに起こる現象は並外れたものになることが分かっている。

 

 銀貨一枚だけが出てきたときは道端の小石が少し揺れる程度だった。

 

 その点でいうと、今回は桁違いといえる。

 

 建物に亀裂が走り、崩壊しかける地鳴り。

 立ち込める黒雲に轟く雷鳴。

 可視化されるほどに凝縮された魔力。

 

 例えるならば、往年のソーシャルゲームにおけるガチャの確定演出のような。

 あるいは、TRPGでの決定的成功(クリティカル)の前触れのような。

 かつてないほどの激しい予兆。

 

 これはとてつもないのが来るんじゃないか?

 ハッハー! メガ通り越してギガラッキーぃぃぃ!

 最高だぜ女神様! ベーゼを送りたい気分だ!

 

 空間の一部が捩れ、歪み、裂ける。

 

 虚空から落ちたのは、小さなサイコロが一つ。

 

 それだけだった。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 思わず縄をぶち切って叫ぶ。

 

 ふざけんな、いくらなんでもそれはないだろ。

 あれだけの予兆で爆死(ハズレ)だと!?

 どう言うことだマイハニー!

 事と次第によっちゃ絶縁状だぞ!

 

 待て、落ち着け。俺は本来クールな男。

 素数を数えて冷静になるんだランス・スロット。

 1、2、3……いや最初から間違えてどうする。

 

「とりあえず縄ほどかないでちょうだいねん」

「ま、きっといいことあるし」

「ランス氏……」

 

 憐憫を浴びた俺は天を仰いだ。

 つまり罰は甘んじて受けろということなんですね。

 それが俺の天命だと言うのなら仕方あるまい。

 おかしいなあ、今日の女神様はデレてたはずなのに。

 

「…………」

 

 気の抜けた雰囲気の中、シータだけは小さなサイコロを注視していた。

 と思いきや、すぐさま武器を装備して戦闘態勢に移る。

 何してるんだあいつ?

 

 直後、駆け出したシータがサイコロに斬りかかり……そして弾かれた。

 

 くるりと回転したサイコロが徐々に肥大化、一抱えほどの大きさにまで膨らむ。

 同時に白だった表面がどす黒い紫に染まり、数字を表す目が隆起して紅の眼球が開かれる。

 

 回転を続けるサイコロを中心として、小洒落た賭博場の一角が異なる風景へと変化した。

 床にはマス目で区切られた道が。

 周囲は子供の落書きのような雑多な背景が。

 ――すごろくのフィールドが形成される。

 

 空中のサイコロの上には、一つの銘が表示されていた。

 

 ――【波乱盤上 ダイスターブ】と。

 

 Not to be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<続……かない!

(Є・◇・)<なんでさ

(U・ω・U)<グダるから

(U・ω・U)<これで一話目に繋がるとだけ


キャラクターシート
(U・ω・U)<以下、まとめ

【大賭博師】ランス・スロット
<エンブリオ>
【盛衰流転 フォルトゥーナ】
備考:高機動型変人。ギャンブル依存症。女神の奴隷

オタク/【守護者】ソルデ・イーディス
<エンブリオ>
【??? ???】
備考:カンスト済み。サブ上級職は【盾巨人】

ギャル/【高位召喚師】アンナ
<エンブリオ>
【??? トート】
備考:撮影した写真に応じた召喚モンスターや魔法を使用できるインスタントカメラの<エンブリオ>

オネエ/【高位調香師】マチルダ
<エンブリオ>
【??? ディオニュソス】
備考:賭博場オーナー。調合が得意

フード/【■■■】シータ
<エンブリオ>
【??? ???】


【フォルトゥーナ】
(U・ω・U)<<マスター>を乗騎とみなすTYPE:アドバンス

(U・ω・U)<保有スキルは三つ

《幸い、後ろ髪を引かれず》
アクティブスキル
自身のLUCの値をAGIに加算する

《運勢天変》
パッシブスキル
LUCの影響をランダムにする
ステータス上の値は変化しないが、実際にはLUCが100扱いになったり10000扱いになったりする
この変動を確認する手段はなく、いつどの程度の影響に切り替わるかは完全ランダム

《廻天せし宿星の輪》
アクティブスキル/必殺スキル
要するにパル◯ンテ


【波乱盤上 ダイスターブ】
(U・ω・U)<伝説級<UBM>

(U・ω・U)<極端な条件特化型

(U・ω・U)<だから<超級>でも封殺されるけど、レベル0でも倒せる

(U・ω・U)<イメージは参加者がゼロになるまで終わらないマリ◯パーティ、ないし◯鉄

(U・ω・U)<名前はダイス(サイコロ)+ディスターブ(妨害)のもじり


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活人剣

【注意】捏造設定&変態あり


 □■<プリコット侯爵領>

 

 レジェンダリア北東に位置するプリコット侯爵領は霊都アムニールと同様に国土を巡る地脈が交差する要地であり、自然魔力が豊富である。

 そのため、歴代の【妖精女王】はこの地を忠臣であるプリコット家に一任してきた。

 

 プリコット家は長命種たるエルフの一族だったが、初代当主は種族の貴賤を問わずに万民を受け入れた。

 

 今も種族平等の精神は受け継がれており、多様な種族が入り混じって暮らしている。

 人間、エルフ、獣人、小人、妖精、吸血鬼……変わったところではサキュバスやオーク、蜥蜴人(リザードマン)などの姿を目にすることができるだろう。

 

 特に様々な種族が集うプリコットの街はまさしく文化の坩堝であり、それゆえに独自の発展を遂げた。

 彼らは他種族の技術を積極的に取り入れ、新たな文化を開花させたのだ。

 

 服飾、絵画、製菓、建築、細工物……etc.

 例を挙げればキリがない。

 

 当然、そこに住む者こそが文化の担い手だ。

 街を歩けば奇抜な格好の人々に出会う。

 どぎつい原色のオブジェがあるかと思えば、ハミングしながら揺れる住居が建っている。

 

 さながら曲芸団の演目か展覧会のようだが、数ヶ月後、どれが国内外で流行していてもおかしくはない。

 

 プリコットは最先端を往く“芸術の街”なのだ。

 

 ――そして、行き過ぎた者が集まる“変人の街”としても有名である。

 

「変態が出たぞーーーー!」

 

 今日もまた、プリコットの街に響く声。

 次いで上がるいくらかの悲鳴。

 レジェンダリアの人々にとっては日常とも呼べる光景だ。

 

「今日は誰だ? また三銃士か?」

「いや、新顔らしい。逃げてきたやつが言ってた」

 

 とはいえ、巻き込まれないなら平和なもの。

 人々は呑気に会話を続ける。

 もちろん騒動の場所から距離があると確認した上で。

 

「他の領地から移ってきたのかね」

「ここはお世辞にも治安が良いとはいえないからな」

「違いねえ」

 

 ティアンと<マスター>が揃って笑う。

 彼らが逃げ出さないのは危機管理能力が欠けているからではない。むしろその逆だ。

 この程度の騒ぎは日常茶飯事。

 日頃の経験から、彼らは問題なしと判断した。

 

 ふと、彼らの頭上に影がよぎる。

 

 空を翔けるは機械仕掛けの鷲頭馬(ヒポグリフ)

 背中に一人の男を乗せたそれは、薄紫の翼を広げて騒がしい方へと駆けていく。

 

「おお、騎士様が来たぞ」

「これで一安心ね」

 

 彼らは飛び去る騎影を見送り、また各々の口と手を動かし始めるのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

 プリコット市街地、主にブティックが立ち並ぶ通りにて本日の事件は起きた。

 新進気鋭のデザイナーが新作を発表した影響でいつも以上の賑わいを見せる人混みの中、店から出た一人の女性が違和感を抱いて周囲を見渡す。

 

「……?」

 

 視線を感じる。しかし誰もいない。何もない。

 

 気のせいかと首を傾げて、目線を下に動かすと……三対の瞳と目が合った。

 

「「「はぁい」」」

「キャアアアアアア!?」

 

 足元に浮かび上がる三人の男の顔。

 それぞれに粘ついた笑みが浮かぶ。

 悲鳴をあげてへたり込んだ女性の眼前で、男たちは液体のようになった地面から這い上がる。

 身につけた装備は彼らがそれなりの腕利きであることを示しているが、いずれも軽装で戦闘より逃走時の動きやすさに重きが置かれている。

 

「良いものを拝ませて頂いた」

「やはり俺の言った通り、白だっただろう」

「さすがは小兄者! 利き下着に関して小兄者の右に出る者はいない!」

 

 彼らの発言で何かを察した女性はスカートを押さえるが、時すでに遅し。

 

「羞恥に悶える顔もヨシ! ゆけ、ジロー!」

「おうとも兄者!」

 

 男の一人が指を動かすと突如として風が巻き起こり、布一枚の防御などたやすく引き剥がす……かと思いきや、荒々しいようで繊細な気流はかろうじてその奥を隠した状態で止まる。

 

「見えそうで見えない、それもヨシ!」

「そして仕上げよ! サブロー!」

「任せろ大兄者!」

 

 男の掛け声と同時に、女性の頭上から霧のような雨が降り注ぎ、瞬く間に濡れた服が肌に張り付いていく。

 

「ほのかに透ける、実にヨシ!」

 

 さらに<エンブリオ>のものと思われる雨は女性から反撃の活力を奪う。

 それならばと女性は手で体を隠して逃げ出そうとするが、回り込んだ男たちは女性を包囲した。

 

 逃げずにいた人々は様子見が半分、残り半分は野次馬と変態。一部の正義感にかけられた者は行動を起こす前に風と雨で無力化されてしまう。

 

「あなたたち……最低」

「フハハハハ! 眼福眼福ぅ!」

 

 高笑いを上げた男は下卑た視線を向け、

 

『そこまでだ』

 ――白銀の騎士に遮られた。

 

 彼はいつの間にかそこにいた。

 実際は小細工をして上空から落下しただけなのだが、男たちは誰一人としてそれに気づくことはなかった。

 騎士は羽織っていた外套を女性に渡し、三人組との間に入って彼女を庇うように立つ。

 

『お前たちが誰だかは知らないけど、犯罪行為は見過ごせない。神妙にお縄につけ』

 

 騎士は降伏勧告をするが、三人組は聞く耳を持たない。

 

「こいつ何者だ? トラロックの雨を浴びて動けるなんて」

「兄者、どうしますか」

「狼狽えるな弟たちよ! こういう時こそ名乗りを上げて相手を威圧するのだ!」

 

 三人はポーズを取って声を張り上げる。

 

「心のイチロー!」

「技のジロー!」

「体のサブロー!」

「「「我ら、アンダー三兄弟!!!」」」

 

 三兄弟は内心で「決まった」と思った。

 ただ、誰も彼らを見ていなかった。

 騎士は女性を逃がし、人々を避難させ、さらに野次馬を散らすことに専念していた。

 その場に残ったのは騎士一人であった。

 

「おのれ貴様! 我らをバカにするか!?」

『え、いや、そうじゃないけど……安全第一だし。というか逃げないのか』

「この名乗りなくしてアンダー三兄弟は始まらん!」

「我らは芸術と神秘の探求者!」

「そしてプリコットは芸術の街。辿り着いた理想郷、約束されたエルドラド! なぜ逃げる必要があろうか?」

『その芸術とやらは法に反するからな』

 

 妄言をばっさりと切り捨て、騎士は鈍色の剣を構える。

 彼は説得で自首を促すことを諦めた。

 後は力づくで罪を償わせるほか方法はない。

 

 当然のことだが、三兄弟はそれに抵抗する。

 彼らはやりたいことをしているだけであり、罰金や指名手配といったペナルティを負いたくはないからだ。

 どのみち、行いを改めないと三兄弟が指名手配されるのは時間の問題なのだが。

 

「しかし大兄者。こいつ見覚えないか」

「言われてみれば」

 

 イチローは騎士の格好に注意を向ける。

 和洋折衷の鎧、一角のヘルム、銀の手甲に白いブーツ。

 個々の色調は似通っているが、全体としてはどこかチグハグな装備の数々。

 見る者が見れば、いずれも一級品であるとの鑑定結果が表示されるだろう。

 それも当然か。なにせ、騎士が身につけた装備の半数以上は<UBM>討伐MVPの証、特典武具なのだから。

 

「……まずいぞ兄者」

 

 プリコットにいる、特典武具複数持ちの強者。

 治安維持のため率先して動く剣士。

 この情報で該当する人物は一人しかいない。

 

「こいつ、【征伐王】だ」

 

 【征伐王】ひよ蒟蒻。

 レジェンダリア所属の凖<超級>。

 ジョブの名前の通り、秩序を守るため、侯爵家に雇われているプリコットの守護騎士。

 国内では有名な<マスター>で、一部のHENTAIにとっては目の上のたんこぶのような存在である。

 

 ジローの呟きにサブローは及び腰になるが、イチローはそれほど臆してはいなかった。

 もとより【征伐王】の高名は聞き及んでいる。

 謳われる逸話と同じくらい、何度もデスペナルティになっていることも。

 そこから推測される噂……彼の弱点も知っている。

 

「問題ないぞ弟たち! いいか、よく聞け! こいつは人を殺せない(・・・・・・)!」

「そうか! やられる心配がないってことだな!」

「さすが兄者。そうと分かれば軽く伸してやるまでのこと!」

 

 イチローの激励に高揚した二人は、各々がひよ蒟蒻を仕留めんと動く。

 

 ジローは<エンブリオ>のスキルによる旋風の檻で標的を閉じ込め、【翆風術師】の奥義《エメラルド・バースト》を閉鎖空間内に発生させる。

 サブローはデバフ効果のある雨を降らせながら、【剛弓手】の技量で《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】を取り付けた矢を旋風の内部へと射った。

 

 暴風と爆炎がひよ蒟蒻を包む。

 逃げ道は旋風に囲まれた時点で潰されている。

 二、三十メテルの高さで上空からの脱出は困難であり、仮に上へ逃れても風が爆炎を運んで来る。

 たとえ耐久型であろうとも、ステータスや耐性が低下した状態では致命傷を免れないコンボだ。

 

 やがて風が止み、ひよ蒟蒻が立っていた場所に塵一つ残っていないことを三兄弟は確認して、

 

『火に風はいいけど、雨を組み合わせたらダメじゃないか?』

 

 ジローの眼前に無傷のひよ蒟蒻が接近していた。

 

「な、何で……」

『相性が悪かったな』

 

 ひよ蒟蒻は手にした剣を振りかぶる。

 しかし、三兄弟はそれをハッタリであると判断した。

 ひよ蒟蒻は人を殺せない。決して殺さない。

 つまり、ジローへの攻撃は致命打にならず、単なるフェイントか、せいぜいが牽制に過ぎない。

 ジローは魔法による迎撃を、その後ろからイチローとサブローが攻めるコンビネーションの陣形を選択する。

 

 戦況を把握してなお、ひよ蒟蒻は止まらない。

 三兄弟が指摘した弱点はどうしようもない事実。

 そこを突かれて敗北することも多い。というより、同格以下に負ける場合の敗因はほとんどがそうだ。

 たとえ自分が倒れても殺さずを貫く。

 ゆえに、彼は“不殺(アンキル)”の通り名で知られている。

 

 だからと言って、彼は無抵抗主義者ではない。

 

『《アドジャスト・ストライク》』

 

 剣が頭蓋に叩きつけられると同時に衝撃波が発生、ジローの頭部は勢いよく地面に陥没する。

 返す刀で放たれた矢を斬り払い、二の矢をつがえるサブローの顎を打ち据えて建物の壁まで吹き飛ばす。

 そして、直感と【疾風槍士】の敏捷性により唯一逃げおおせていたイチローに片手をかざした。

 

『《パージ・パニッシュメント》』

 

 【征伐王】の奥義により、光の柱がイチローを縛る。

 身動きが取れなくなったイチローは最後の足掻きに<エンブリオ>で地面を液状化して潜航しようとするが、スキルは不発に終わった。

 その他、手持ちのアクティブスキルを用いて脱出を試みるものの、すべてが機能不全に陥り効果を発揮しない。

 

「く、なぜだ!?」

『スキルは封じさせてもらった。これで詰みだ』

 

 ひよ蒟蒻はイチローに近づくと顔を撮影して、手にした書類にイチローの名前と特徴などを書き連ねていく。

 制圧した犯罪者の情報はリストにまとめて侯爵家に提供し、今後の治安維持に役立てるのだ。

 具体的には犯罪抑制や再犯対策に加えて、指名手配をかける際の罪状確認に使用される。

 

『さてと、こっちも』

 

 さらに、ひよ蒟蒻は倒れているジローとサブローに近づく。

 

「ええい貴様、弟たちから離れろ! 死体蹴りとは悪趣味だぞ!」

『いや、そんなことしないって。よく見てみろ。気絶してるだけで生きてる』

 

 二人に手錠をかけながら、ひよ蒟蒻はわめき声に対して返答した。

 気を失っている二人だが、攻撃が命中したはずの箇所は傷ひとつない。イチローはパーティの簡易ステータスに表示された彼らのHPバーが最大値のまま、一ミリも減少していないことに気がつく。

 

『今回は侯爵家の騎士団に引き渡して、被害者に謝罪と賠償金って形になると思うけど、反省の色がないようなら容赦しないからそのつもりで。お国がらとはいえ、ティアンへの行き過ぎた行為は慎むように』

「……<マスター>同士なら不問だと?」

『そんなわけないだろ』

 

 ツッコミと共に入った一撃はイチローの頭蓋を揺らし、脳震盪に陥らせるのだった。



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一章 少女の王国見聞録
After Franklin's Game(またの名をガチャ)


 □決闘都市ギデオン 【従魔師】サラ

 

 ギデオンのテロ事件から一日がたって。

 

 わたしは変わらずデンドロにログインした。

 昨日はいろいろなことが起きて、なにがなんだかって感じだったんだよね。いろんなできごとをぎゅっと濃縮したみたいな……なぜか体感で半年以上すぎたような。

 

 だから日記を書いて振り返ろうと思う。

 ノートとペンを用意して、と。

 

 モンスター探しのクエストを受けたわたしとアリアリアちゃん。そのときに会った『ひよ蒟蒻さん』(あとで聞いたことだけど偽名だったらしい)から、あるイベントのチケットをもらった。

 

 その名も<超級激突>!

 

 アルター王国決闘ランキング第一位、【超闘士】フィガロさん。

 

 黄河帝国決闘ランキング第二位、【尸解仙】迅羽さん。

 

 二人の<超級>が勝負する一大イベント。

 おたがいに全力を尽くすバトルは見ているわたしたちもドキドキが止まらなかった。

 そして、戦いに決着がついたとき。

 

 ドライフ皇国の<超級>、【大教授】Mr.フランクリンが現れた。

 

 第二王女エリザベート・S・アルターさまの誘拐。

 ギデオンの街にしかけられたモンスター。

 王女さまを助けて、<フランクリンのゲーム>と呼ばれたモンスターテロを止める方法はひとつ。犯人のフランクリンを見つけて倒すこと。

 

 でも、ギデオンにいるほとんどの<マスター>は<超級激突>を観戦していた。フランクリンは結界機能を使って彼らを闘技場に閉じこめたんだ。結界を攻撃したら街中にモンスターが放たれるというおまけ付きで。

 つまり、結界を通り抜けられるのは合計レベルが50以下のわたしたちルーキーだけ。

 

 闘技場から脱出したわたしたちは四方にわかれて、敵と戦いながらフランクリンを探した。

 わたしはアリアリアちゃんと北側を担当したんだけど……うん、戦闘ではあんまり役に立てなかった。

 でもでも! 別のところで活躍したもんね!

 

 そしてゲームのクライマックス。街中に映し出された中継映像でわたしはそれを見た。

 フランクリンが呼び出したモンスター【RSK】と戦うのは近衛騎士団と【聖騎士】レイ・スターリングさん。

 完璧にレイさん用の対策がされたモンスターだったのに、レイさんはボロボロになっても諦めないで見事! 【RSK】を倒しちゃったのです!

 

 モンスターを呼び出すスイッチも壊れて、テロは失敗した。フランクリンの悪だくみを食い止めることができた。

 わたしたちはそう思って安心したんだけど、それは間違いだった。

 

 プランA(王女さまの誘拐)プランB(モンスターテロ)に続くプランC(・・・・)

 

 フランクリンの<超級エンブリオ>、【魔獣工場 パンデモニウム】から出た五万体を超える改造モンスターがギデオンに攻めてきた。

 使役するんじゃなくて、逃がしてしまったからフランクリンを倒しても止められない。一体一体がすごく強いのに、フィールドを埋め尽くすくらいの数。

 でも結界を壊しても大丈夫になったから、闘技場にいる人たちが来てくれたらなんとかなるかもしれない!

 

 わたしたちはレイさんや他の<マスター>と一緒になって時間稼ぎのために戦った。

 だけど、どんどん味方は減っていって。

 もうダメだと思ったとき。あの人が来てくれた。

 

 “正体不明”と言われていた王国の<超級>。

 【破壊王】シュウ・スターリングさん、その人だ!

 

 あのときは本当にびっくりしたよ!

 前に話したことはあるけど、クマの着ぐるみ姿しか見たことはなかったからね。

 ちらっと見えたけど、かなりイケメンだ。どうして顔を隠しているのかなあ? やっぱり着ぐるみ好き?

 あとはシュウさんとレイさんの二人が兄弟ってことも初耳だったけど……ちょっと話がそれるからこの辺で。

 

 シュウさんはモンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げて無双する。

 そしてシュウさんの<エンブリオ>、陸上戦艦の砲撃でモンスターはあっという間に倒されていく。

 

 パンデモニウムは攻撃を受けて撃沈。

 フランクリンは突撃したレイさんの手で倒された。

 直前に黒いもやっとした影が王女さまを助け出してくれたみたいで一安心。

 

 王女さまの無事とフランクリンたちの全滅が確認されて、ようやく事件が終わったことをギデオン伯爵が宣言したのだった。

 

 …………

 

「こんな感じかな」

 

 思いつきで書いてみたけど結構いいかも。これからも起きたことはノートにまとめていこうかな?

 

 ペンを置いて顔を上げると、ちょうどアリアリアちゃんがやって来るのが見えた。

 わたしは噴水のへりから立ち上がって手を振る。

 あ、気がついたみたい。

 

「遅くなってごめんなさい。急いだのだけど、随分と待たせてしまったみたいね」

「だいじょうぶだよ! わたしが早かっただけだから!」

 

 ちょうど待ち合わせの時間ぴったり。つまり時間によゆうをもっていたんだろう。さすがだね。

 別々にログアウトしたアリアリアちゃんと合流できるかはちょっと心配だったけど、あらかじめ時間と場所を決めておいてよかった。

 フレンドリストでログイン中かはわかるし、わたしはバベルがあるから探し物は得意な方。とはいえ、すれ違いになったらたいへんだ。

 

「不覚だわ……三十分前に着いていようと思ったのに」

「なにかあったの?」

「実は、間違えて三時間早くログインしちゃったのよ」

 

 つまり現実だと一時間前ってことになる。

 なのに遅刻しちゃったから落ちこんでるのかな。

 ぜんぜん気にしなくていいのに。

 

「かといってリアルに戻るのも癪じゃない? 時間を潰そうと思って闘技場に顔を出したの」

「たしかにギデオンと言ったら決闘だね」

「そうしたら、なぜか決闘ランカーが集まっていたから、つい模擬戦を挑んじゃって」

 

 うんうん……今なんて?

 

「【超闘士】に完膚なきまでボコボコにされたわ」

「フィガロさんに!?」

「いい経験になったわ。次こそは一撃お見舞いしてやれるはずよ。いえ、必ず当てる」

 

 闘志をメラメラと燃やすアリアリアちゃん。

 決闘チャンピオンと戦うなんてすごいなあ。たぶんまた挑戦するに違いない。

 さすがに今は手も足も出ないのかもだけど、レベルが上がっていけばもしかしたら……? だってアリアリアちゃんは戦うのが上手だからね!

 

「そんなわけだからサラさん、今日は効率の良い狩場でも巡らない? 新しいジョブのレベルを上げたいのよ」

「オッケー! どこに行く? 外?」

「そうね……でも、まずは買い物かしら。昨日バカみたいに消費したからポーションを補充しないと」

「たしかに」

 

 もっともな正論にうなずいて、わたしたちはギデオン四番街、通称“マーケット”に足を向けた。

 

 

 ◇

 

 

 実は、わたしはお金持ちである。

 とてもリッチなのだ。初心者とは思えないほどにお財布の中身がぎっしり詰まっている。

 

 理由は簡単。テロ事件の解決に協力したので、ギデオン伯爵から恩賞をもらえたから。

 特に大活躍したレイさんやシュウさん、そしてわたしたちみたいに闘技場から脱出したルーキーはすごい額のお金が支払われた。

 そして、わたしも活躍が認められて特別ボーナスが上乗せされた。

 モンスターの声を聞いてみんなを案内したり、隠れてた【ジュエル】を探しただけなんだけど……こんなにもらっちゃっていいのかな? いいよね! やったー!

 

 合わせるとその額は一千万リル以上(おこづかい何年分だろう?)。ポーションとジェイドたちのご飯を買って、装備を新しくして、かわいい服をいーっぱい買ってもぜんぜん使いきれないくらい。

 バザーで魔法のアイテムを衝動買いしても、おいしそうなおやつをみんなで食べ歩きしてもへっちゃらだ。

 ふふ、なんだか悪い子になった気分だよ。

 

 せっかくだからジェイドとルビーを連れて、アリアリアちゃんと商品を物色することしばらく。

 

 たまたま入ったお店にあったものが――ガチャだ。

 

 店員さんに聞いてみると、このガチャは<墓標迷宮>から出土したレアアイテムなんだって。

 お金を入れると投入額の一〇〇倍から一/一〇〇の価値でランダムにアイテムが出てくるらしい。

 

 入れる金額は百リル〜十万リルなら自由。

 ガチャの景品にはS〜Fのレアリティがあって、Cランクで入れた金額とおんなじ価値のアイテムが。

 Fランクが一番下、そして最高のSランクからは百倍以上の価値になるアイテムが出てくることもあるとか。

 

 くりかえすけど、今のわたしはお金持ち。

 

「だからいいよね? 回してみよう?」

「やめときなさい。当たりなんてそうそう出ないわ」

 

 アリアリアちゃんからストップがかかる。

 わたしの腕をしっかりと掴んで離さず、ガチャを回そうとする人たちの行列を指差した。周りをよく見てみろってことかな?

 

 ふむふむ、ガチャに入れる金額は人それぞれだね。

 一千リルと手堅い人がいれば、最高額の十万で勝負に出る人もいる。

 というか、あの悪役っぽい人はレイさんだ。必死に祈りながらガチャを回して……あ、膝ついた。黒い女の子に慰められながら、ふらふらとお店を出て行ってしまう。

 その後ろ姿は“不屈”のヒーローとはほど遠い、ただ夢敗れて傷ついた男の人のものだった。

 

「今のを見てどう思う?」

「……ああはなりたくない、かなぁ」

 

 ごめんなさい、レイさん。

 でもやっぱりカッコ悪いです。

 

Rrrr(やめるの)?』

Kyuuuu(えーー)!』

 

 どうやらジェイドとルビーは興味津々みたい。

 気持ちはすごいわかるよ。わたしも引きたいもん。

 うーん、どうしようか?

 

「ならこうしましょう。私も付き合うわ。代わりに一人一回まで。どう?」

「そうだね、運試しと思ってやろう!」

 

 ガチャを引くためにお店の商品をいくつか買って、列の一番後ろに並ぶ。

 順番を待っている間も、前から悲鳴や叫び声がちらほらと聞こえてくる。……ちょっとドキドキしてきたかも。

 

 ゆっくりと列が進む。

 前の人はすごく時間をかけて回していたけど、目当てのアイテムは出なかったみたい? 店員さんに注意されて泣く泣くガチャの前から離れた。

 そして、ようやくわたしたちの番になる。

 

「まずは私ね。ま、あっさりSランクが出たらごめんあそばせ?」

 

 アリアリアちゃんは一万リルを入れる。

 はたして結果は……?

 

「ふーん、そう。【解毒薬】か。いいじゃない」

 

 Fランクのカプセル。

 中身はお店で買ったばかりの消耗品だった。

 

「ワンモアよ」

「え、一人一回じゃないの?」

「今のはルゥの分。次が本命よ」

 

 その理屈はありなんだろうか。

 ともかく二回目。一万リルを入れるアリアリアちゃん。

 

「【聖水】だね」

「……そうね」

 

 Eランク。これも消耗品。でもふつうの薬よりは高いし、入手方法が限られるけど役に立つアイテムだ。

 

「じゃあ、次はわたしが」

「待ちなさい。まだガチャの検証は終わってないわ。こういう博打はね、最低でも十連くらいは回さないと勝ちを拾えないものなのよ」

 

 そう言ってガチャに張りついたアリアリアちゃんの横顔は熱く、正気を失っていた。

 でもわたしは止められなかった。十万リルが入れられるのを見ていることしかできない。

 だって「ここで引き下がってたまるか」という火がついたアリアリアちゃんの迫力がちょっと怖い。

 そして、残りの結果はこんな感じだった。

 

 F:【よい子の童話集】

 C:【適職診断カタログ】

 F:【フルーツ盛り合わせ】

 D:【サウダ・ファントムシープの肉】

 D:【ミスリル】

 F:【薬効包帯】

 C:【テレパシーカフス】

 E:【麻酔網】

 

「フゥゥゥゥ…………」

 

 アリアリアちゃんは一周回って穏やかな笑顔に。

 こめかみにピキリと浮き出た血管。両手でカプセルを握りしめて、どうにか怒りをがまんしているみたい。

 十回引いてB以上はひとつもなし、アリアリアちゃんが使える武器はゼロ。なのにハズレとは言いづらいCが二つ出ているから……どうやって励ましたらいいだろう。

 

「【テレパシーカフス】一個でどうしろって言うのよ」

「で、でもほら。【カタログ】は便利だよ」

「転職したばかりだけどね」

「よーし狩りに行こう!」

 

 これはまずい、と話をそらすけど、

 

「まだあなたが引いてないでしょう……?」

 

 逃げられなかった。

 「もちろん十万リルで回すのよね?」という圧力が……視線が、突き刺さる……っ!

 

「ジェイドたちも引こうね!」

Rr()

 

 ごめんね、後でおいしいご飯あげるから。

 びくりと羽を震わせたジェイドはプレッシャーで涙目になりながらガチャを回す。

 コロンと出てきたのは『C』のカプセルだ。

 

「……C」

Rrrr(ヒッ)!?』

「あ、開けるのはみんな引いてからにしようか」

 

 続いてわたし、ルビーの順番でガチャを回す。

 わたしのカプセルはジェイドとおんなじ『C』だ。そしてルビーのカプセルはというと、初の『B』だった。

 これにはアリアリアちゃんもニッコリ。

 

「そういえばカーバンクルは幸運を呼ぶモンスターだったわね。ときにルビー、少しばかり撫でさせてもらえるかしら? 別に他意はないのだけど」

Kyu(はあ)? Kyukyu(怖いからイヤ)

「何ですって?」

「いったん落ち着こうよアリアリアちゃん! こらルビー! あっかんべーしないの!」

 

 二人の間に入ってアリアリアちゃんをなだめる。

 でも、ルビーはおてんばなところがあるだけで悪い子じゃないんだよ?

 しばらく経って冷静になったアリアリアちゃんと仲直りをして、わたしは三つのカプセルを開けてみた。

 

「Cは両方とも【墓標迷宮探索許可証】だね」

 

 たしか王国の神造ダンジョン<墓標迷宮>に入るために必要なアイテムだったはずだ。

 一枚はわたしが使うとして。従魔用のアイテムじゃないから、二枚持っていてもしょうがない。

 

「一枚はアリアリアちゃんにあげるよ」

「良いの? 売れば元が取れるのに」

「こうすれば一緒に行けるからね!」

「サラさん……!」

 

 せっかくダンジョンに行くなら、一人よりみんなで楽しめる方がいいもんね。

 最後にルビーが引いたカプセル。

 

「お、おお? これは」

 

 出てきたのはわたしの身長より大きい棍棒だった。

 トゲトゲが付いた金属製のそれは見た目通りの重さがあって支えられずに落としてしまう。わたしだと数センチ持ち上げるだけで精いっぱいだよ。

 床に置いたまま説明文を読んでみる。

 

 【鬼の金棒】

 魔を祓う化生が携える鋳鉄の武具。

 尋常ならざる膂力を要求するため、これを振るうことができる者は一握りである。

 十全に扱えるならば使い手は一騎当千の猛者となり得るだろう。

 

 ・装備補正

 攻撃力+500

 

 ・装備スキル

 《両手持ち》Lv1

 《鈍重》Lv4

 《魔性特攻》Lv2

 

 ※装備制限:合計レベル50以上

 

 スキルの内容を見てみると、《両手持ち》は武器装備枠を二つ使う代わりに攻撃力が10%上昇。

 AGIにマイナス補正がかかる代わりに最終的なダメージを二倍化する《鈍重》。

 そして《魔性特攻》は鬼、アンデッド、キメラ、妖怪、悪魔の種族に与えるダメージが4%増えるという効果だ。

 

 強い武器だけど……わたしは使わないかな。

 

「これもアリアリアちゃん行きかも」

「ちょ、待ちなさい。ただでさえ【許可証】を貰ってるのよ? さすがに受け取れないわ」

「有効活用できそうなのにー。それともいらない?」

「そりゃ私だって欲しいわよっ」

 

 そうだと思った。アリアリアちゃんが武器をたくさん買っていたのは知っている。

 強い武器を持っているだけステータスを底上げできるのがマーナガルムのメリットだからね。

 

「じゃあ交換しようよ。当てたのはジェイドとルビーだから、この子たちが欲しいもの二つでどうかな?」

「……まあ、それで良いなら」

Rrrrrrr(ぼくがきめていいの)?』

Kyuu(仕方ないわね)

 

 ジェイドは迷った末に童話集を、ルビーはフルーツ盛り合わせを選んで物々交換は完了する。

 

「やっぱり、どう換算しても私が貰い過ぎじゃない?」

「うーん……これからもよろしくねってことで」

「ああもう! なら【カタログ】は二人の共有財産! 次に出たレアアイテムはサラさんが優先的に選ぶこと! 以上、異論は認めないから!」

 

 ビシッと人差し指を突き出して、不公平にならないようにするアリアリアちゃんはやっぱり優しい。

 この提案だってそう。これからも一緒のパーティで遊んでくれるということだ。異論なんてあるはずがない。

 

「せっかくだから、今日は<墓標迷宮>に行きましょう。狩りのついでに宝箱とレアドロップを狙うわよ」

「さんせーい!」

 

 お買いものは済んだし、今度こそレベル上げとお宝探しにゴーゴー!

 お店を出て、王都までの移動手段をどうしようかと考えていると、さっきガチャの列でわたしたちの一つ前に並んでいた女の子が近づいてきた。

 

「お二人とも、ごきげんいかがでしょうか〜」

「……どちら様かしら」

「その様子だと忘れてますねアリアリアさん。昨日お互いに自己紹介したんですが」

「昨日? ああ、闘技場の」

 

 そこまで聞いてわたしも思い出した。

 テロ事件で一緒に行動したルーキーの人だ。

 服装がぜんぜん違うから気がつかなかったよ。たしか魔法使いみたいなローブ姿だったはずだけど、今は寒色系のフリフリなアイドル衣装を着ている。

 たしか名前は、

 

「ショウガさん?」

「そうそう、よく蕎麦とかに付いてる薬味の……いやそれ生姜ッ! 私の名前はショウカ!」

 

 ノリツッコミをしたショウカさんは、コホンとせき払いをしてから話を切り出す。

 

「お話が聞こえてきたもので。もしよろしければ、<墓標迷宮>にご一緒させてもらえないでしょうか?」

 

 それは、ひさしぶりに受けるパーティのお誘いだった。

 

To be continued



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ダンジョンを探索しよう

 □<墓標迷宮> 【従魔師】サラ

 

 ギデオンから馬車に乗ってだいたい半日。

 王都に移動したわたしたちは、墓地区画の地下に広がるダンジョンに足を踏み入れようとしていた。

 

「助かりましたよ〜。私一人だと心許ないので」

 

 そう言って頭を下げるのは【魔術師】ショウカさん。

 今回の野良パーティにおけるリーダーだ。

 どうしてわたしやアリアリアちゃんじゃなく、ショウカさんがリーダーになっているかというと、理由は二つ。

 

 一つは、彼女がほかの人にも声をかけたから。

 せっかくパーティを組むならメンバーは多いほうが安心できる。それにもう一人くらいは前衛役がほしい、ということらしい。

 わたしたちはたまに野良パーティに参加することはあるけど、バランスを考えてメンバーを募集したりすることには慣れてない。だから何回かパーティをまとめた経験のあるショウカさんにお任せすることになった。

 

「よく言うよ。こっちは問答無用で連れてこられたのに」

「ハッハッハ! そうぼやくな。俺たちは共にフランクリンと戦った仲間、つまり戦友だろう!」

 

 ため息を吐いた【森祭司】のグルコースさんと、彼の背中をバシバシと叩いて笑う【魔戦士】アドラさん。

 テロ事件で一緒に行動したからよく知っている。

 そして、もう一人。

 

「セラくん、よろしくね!」

「こちらこそなのです。僕はサポートに徹するつもりですが……よろしくお願いするのですよ」

 

 大先輩であるセラ・ケセラくん。彼については、たまたま見かけたからわたしが声をかけてみたんだよね。そうしたらオッケーをもらえました!

 今回はダンジョンのガイドをしてくれるみたい。

 

 この四人にわたしとアリアリアちゃんを合わせた六人がパーティメンバーだ。

 はじめて会う人が来ると思ってたからちょっと安心。

 わたしとジェイドは戦うのが苦手だってことをみんなわかってくれているからね。

 そのぶん、やれることをがんばろう! やることはダンジョンの探索。でも、ただ攻略しにきたわけじゃない。

 

「それでは撮影(・・)を始めたいと思います! みなさま、本日はよろしくお願いします〜」

「おー!」

 

 ショウカさんの号令でみんなが動きだす。

 

 今回の目的は動画の撮影。

 配信者のショウカさんに頼まれて、<墓標迷宮>の攻略動画を作るお手伝いをすることになったのです!

 これぞショウカさんがリーダーになった理由その二だ。

 

 もともと、ショウカさんとセラくんはデンドロのプレイ映像を動画サイトにアップしているらしい。

 よくわからないけど、セラくんはダンジョンのたいむあたっく? で有名なんだそう。

 ショウカさんは自分もダンジョン攻略をしてみようと考えてパーティメンバーを探していたという。

 まさか参考にしたセラくん本人がつかまるとは思ってなかったみたいだけどね。

 

「あ、失念していたのです。お二人にはこれを」

「マントと指輪?」

「《偽装》付きの装備よね、これ」

「動画は世界中の人が目にすることになるのです。僕や彼らは承知の上ですが、アバターや<エンブリオ>を明かしたくなければ使って下さいなのです」

 

 もちろんスキルや編集で可能な限り手を尽くすつもりなのですよ、と言うセラくん。

 彼がパッと手を広げると、まっしろな煙が出てきてわたしをぐるりと囲った。肩に乗るジェイドは煙から頭を出して不思議そうにキョトンとしている。

 

「ここまでやれば問題無いでしょう。映像にしてしまえば見破られる心配も皆無なのです」

「リアルでスキルを使うやつはいないものね。お気遣いはありがたく受け取るわ」

「ねえねえ、これすごいよアリアリアちゃん! 煙なのにもふもふだよ!」

Rrrrr(ふわふわ)Rrr(むにゃ)、Zzz……』

「そこ、はしゃがない!」

 

 準備ができたところで出発進行。

 列になってモンスターに備える。前衛はアリアリアちゃんとアドラさん、中衛にショウカさんとセラくん、後衛がわたしとグルコースさんだ。

 ちなみに撮影用のカメラはセラくんとわたしがひとつずつ持つことになっている。わたしのカメラがメインらしいから、どんなことも見逃さないようにしないとだね。

 

「む、来るぞ」

 

 そんなことを考えてたら敵が現れた。

 通路の曲がり角から歩いてきたのはゾンビ。

 映画に出てくるものより数倍リアルでちょっと怖い。あれに近づきたくはないかも。ショウカさんもおんなじことを思ったみたいで「ヒッ」と悲鳴を漏らしていた。

 

「一匹か。なら支援は不要だ! フゥンヌッ!」

「そうね。速攻で片付けてやるわ」

 

 前衛の二人は平気みたいで、あっさりとゾンビを倒してしまった。頼もしい限りだね。

 どんどん先に進んで敵を倒していくから、わたしたちは二人の後についていくだけでいい。

 

「……よくないな。何やってんだ馬鹿アドラ」

「え、どうしてですか? グルコースさん」

「君は見てわからないの? あいつらが前に行くから隊列が縦に伸びてる。これだと、耐久力の低い後衛が襲われたらカバーしにくいだろ」

「なるほど、ちゃんと周りを見ないとダメなんですね! すごいです。勉強になります!」

「ま、まあね? このくらい当然だよ。本当はリーダーが気を配らないといけないんだけど」

 

 ショウカさんはカメラに向かって動画用の解説をしゃべっている最中だ。列の様子は気がついてないみたい。

 

「とにかく一旦隊列を組み直そう。前に伝えてきて」

「わかりました。さっそく……ん?」

 

 ポンと肩を叩かれて足を止める。

 わたしは後衛。グルコースさんは一歩前を歩いているから、後ろには誰もいないはずなんだけど……?

 

 ゆっくり振り返ると、そこにはガイコツが!

 

「ふぎゃあああーーーー!?」

Rrrrrrrr(わああああああ)!!』

 

 わたしは思わず叫んで尻もちをつく。驚いたジェイドが風を起こして、スケルトンを押しやった。

 

「壁をお願いするのです」

「は、うぇ!? り、了解です。クタアト!」

 

 呼び出されたスライム――ショウカさんのガードナーだろう――が転んだスケルトンにのしかかる。

 動けなくなったスケルトンに、セラくんの射撃が命中。HPがゼロになったガイコツは光になって消えた。

 

 び、びっくりしたー!?

 思わず叫んじゃったけどしょうがないよね。気がついたら後ろにいたんだよ? もしも<墓標迷宮>がお化け屋敷みたいに暗かったら腰が抜けちゃっていたに違いない。

 うう……夢に出てきそう。今日の夜、一人でトイレに行けないかも。

 

「お怪我は?」

「わたしはへーきです。ジェイドは」

『Rrr……』

「よしよし。だいじょうぶだよー」

 

 ジェイドは体を丸めて震えている。よっぽどガイコツが怖かったみたい。びっくりしたのもあるかな。

 この様子だとしばらく【ジュエル】で休ませてあげたほうがよさそうだ。

 

「ショウカ。彼女に何か言うことがあるはずなのです」

「ごめんなさい……でも今の、取れ高バッチリですよ」

「…………」

「す、すみません!? 当方パーティの危機管理がなってませんでした! 申し訳ありません!」

「よろしい。たかがダンジョン探索と甘く見てはいけないのです。そして協力して下さるスタッフをぞんざいに扱ってはならないのです。肝に銘じておくように」

 

 セラくんは先生みたいな口調で話をしめた。そして通路の先から近づいてくる足音に向き直ると、

 

「サラさんッ! 無事!?」

「悲鳴が聞こえたが何かあったのか?」

「えいっ」

「「痛ッ!?」」

 

 駆けつけたアリアリアちゃんとアドラさんに強めのデコピンをした。

 

「いいですかアリアリア。戻ってきた速さは評価に値しますが、無意味に叫んではモンスターを呼び寄せてしまうのです。シャウトで敵の注意を集めるなら必要最低限かつ効果的に、なのです。

 逆にアドラは呑気が過ぎるのです。皆が全距離に対応できると思ってはいけないのです。そもそも前衛が突出してどうするのです。神造ダンジョンはモンスターのリポップが不定期なのです。そのことは常に念頭に置かねばならないのです」

 

 とつぜん始まったお説教にアリアリアちゃんはポカンと口を開けている。アドラさんは聞き飽きたというような表情で半分くらいスルーしているようだけど。

 

「そしてグルコースとサラ。お喋りは構いませんが、自分でも警戒はするべきなのです」

「わ、わたしも?」

「当然なのです。基本を知っているのと、知らずにいるのとでは雲泥の差が生まれるのです。先達としては捨て置けないのですよ」

 

 セラくんの気迫に押されたわたしたちは一列に並ぶ。

 なんだか体育の時間を思い出す。体育の先生って怒ると怖い人が多いよね。わたしの学校だけかな。

 

「さて、特別授業のお時間なのです」

 

 その後しばらく、セラくんからダンジョン探索とパーティ戦の基礎をみっちり教わりました。

 あれ……わたし、何をしにきたんだっけ?

 

 

 ◇◆

 

 

『みなさま、ごきげんいかがでしょうか〜? 画面の向こうに住まう隣人、氷海(こみ)ショウカです。今日も<Infinite Dendrogram>をプレイしていきたいのですが……なんと、この方とのコラボでお送りしたいと思います〜』

 

『こんセラなのです。セラ・ケセラなのです』

 

『はい、みなさまご存知「ダンジョン攻略の鬼」ことセラ先輩です〜。セラ先輩は各国の神造ダンジョンのみならず、数々の遺跡をソロで探索しているのですよね』

 

『そうなのです。宝探しとタイムアタックをメインでしているのです』

 

『一押しのダンジョンとかあったりします?』

 

『カルディナは遺跡が多いのでおすすめなのですよ。あと手軽に入れる<墓標迷宮>によく潜るのです』

 

『なるほど〜。というわけで(雑進行)、私も挑戦してみようと思いやってきました<墓標迷宮>!』

 

『パフパフー、なのです』

 

『ところで私、あまり<墓標迷宮>に詳しくないのですが……セラ先輩、説明をお願いできますでしょうか?』

 

『了解なのです。よくご存知の方は聞き流すか、スキップしてほしいのですよ』

 

 

 

『<墓標迷宮>はアルター王国の首都アルテアの地下にある大迷宮なのです。神造ダンジョン……つまり、運営に作られた九つのダンジョンのひとつとされているのです。何らかの要因でダンジョン化したエリアとは異なり、①外にモンスターが流出しない、②モンスターが自動でリポップする、③フロアごとに設置されたボスモンスターと宝箱の存在、といった特徴があるのです』

 

『いわゆるゲームのダンジョンですね』

 

『他に固有の特性として、五階層ごとに趣きや徘徊するモンスターが変化するのです。一〜五層はアンデッド系、六〜十層は植物系のエレメンタルなど、十一層からは魔獣系……という感じなのです。あとは階層を下るほどにモンスターが強くなることが挙げられるのです』

 

『Wikiで調べてみたんですが、現在確認されている最深層は四十五層でした』

 

『深層はボス級のモンスターがうじゃうじゃなのですよ。<UBM>が出てくることもあるそうなのですが、僕はソロ探索だと二十五層が限界だったのでその辺りは噂でしか知らないのです』

 

『逆に言えば、浅い階層なら比較的簡単に攻略できるということですね。王都周辺……初心者の狩場と同じくらいの強さだそうです。私でもいけますねこれは!』

 

『だからと言ってダンジョンを舐めたらいけないのです。モンスター以外にもトラップや迷路といった障害はもちろんのこと、他の探索者との争いが起きる可能性は十分にあるのですよ』

 

『あ、はい……分かってます。ですが、入場制限があると聞きましたよ。危ない人は入って来れないのでは?』

 

『確かに、<墓標迷宮>には入るのに条件があるのです。①アルター王国所属であること、② 【墓標迷宮探索許可証】所持者or【聖騎士】のジョブに就いている者、となっているのです。後者はどちらかを満たしていれば良いので、【聖騎士】の人は【許可証】が不要なのです』

 

『お値段の相場は十万リル、間違えて買った【聖騎士】のみなさまはご愁傷様です』

 

『それは言わない約束なのです……とはいえ、条件としては緩いのです。例えばPKだって入場は可能なのです』

 

『そういえば王国のクランランキング、宗教団体とPKクランがありますものね。彼らも入れると……王国の治安、大丈夫でしょうか?』

 

『ちなみに、これはあまり知られていないのですが。入場制限は物理的なものなので、転移やすり抜けでも入れてしまうのですよ』

 

『えっ』

 

『できる人が少ないために対策がされていないのかもしれないのです。でも、良い子は真似してはいけないのです。先生とのお約束なのです』

 

 

 

『これで、だいたい説明はできたかなと思うのです』

 

『ありがとうございます! それでは、どんどん進んでいきましょうか〜』

 

『敵に食べられないように気をつけるのです。たまに捕食してくるやつがいるのです』

 

『いやそれ消化ぁ!』

 

 

 ◇◆

 

 

 □<墓標迷宮> 【従魔師】サラ

 

 セラくんから教わったことに気をつけて、わたしたちはダンジョンを進んでいく。

 今いるのは地下五階。かなり奥まで歩いたから、この階層のマップは半分以上が埋まっている。

 

「マップの空白具合から予測すると……ここを直進でしょうか。そろそろボスとご対面です。楽しみですね〜」

 

 カメラに向かってしゃべるショウカさんだったけど、何もないところでふと足を止めた。

 

「あれ。ここ、壁が変ですね」

「そうか? 俺には分からんな!」

「よく見て下さいよ」

 

 彼女が指をさした場所をよーく見てみる。

 たしかに、ちょっと縦に割れ目があるね。天井から床まで一直線だ。そこだけ少し色が違う。

 

「もしや隠し部屋では? お宝の匂いがしますね!」

「おおー! お宝!」

「冷静になれよ君たち。こんな浅い階層で未発見の区画があるわけないだろ?」

「無粋よグルコース。あなた、空気が読めないって言われないかしら」

「うるさい余計なお世話だよ。……セラ・ケセラなら何か知ってるんじゃないの」

 

 その指摘で、みんなの目がセラくんに集中する。

 

「ふむ。これは教えてもつまらなくない……コホン、問題はありませんね。結論から述べると、そこは発見済みの隠し部屋なのです。有名なポイントなのですよ」

 

 つまり誰かに探索されたあとってことだ。

 なあんだ、がっかり。

 

「落ち込むのはまだ早いのです。なぜ有名かというと、ボス部屋へのショートカットがあるからなのです」

 

 そう言ってセラくんは壁を奥に押しこんだ。

 ぎぃ、と音を立てて壁が回転する。

 

 隠し部屋の広さは体育館くらい。

 そして……つま先立ちで歩かないといけないほど、そこらじゅうに宝箱が積まれている。

 

「ご覧の通り。宝物庫なのです。ただ注意しなくてはいけない点が」

「「「お宝だーー!」」」

「あ、こら。待つのです」

 

 止めるセラくんを置いて、わたしたちは宝箱を開けようと手を伸ばした。

 だけど、部屋には先客がいた。

 

「……チッ、かち合ったか」

 

 見覚えのある男の子が一人。たしか、<VOID>支部でルビーを殺そうとした人だ。

 固まるわたしの前にアリアリアちゃんが出る。張りつめた空気。他の人たちは訳がわからない様子で立ち止まり、わたしたちと男の子を交互に見る。

 

「あ、あなたは」

「何だよ? 先に来たのは俺だ。優先権はこっちにある。それともPKか? どこの誰だか知らないが(・・・・・・・・・・・)、やれるものならやってみろよ」

 

 むむ、男の子の態度がなんか変だね。てっきりルビーを渡せって言われると思ったのに。

 もしかしてわたしたちのことを忘れてる?

 

(多分だけど気づいてないのね。私たち、今は別人に見えているはずだから)

(そっか! セラくんの!)

 

 装備で正体を隠して、さらに煙に包まれていたら誰だかわからないよね。

 それならだいじょうぶ、かな。

 

「……用が無いなら俺は行くぞ」

 

 男の子はひとっ飛びでわたしたちから距離を取る。ものすごいジャンプから音も立てずに着地して、入口の反対側にあるしかけ扉の前に立った。

 

「一つ、良いことを教えてやるよ。この隠し部屋にはトラップが仕掛けられている。一度に二つ以上の宝箱を開けると起動するんだ」

 

 男の子はこっちを振り向くと、ニヤリと笑う。

 

「こんな風に、な」

 

 彼が足元の宝箱を蹴り壊すと、けたたましいアラーム音が部屋中に鳴り響いた。

 山積みになった宝箱の陰から、そして箱の中から出てきたのはたくさんの【グリーディ・マミー】。

 うわわわわ!? まさか、トラップってモンスターハウスのことなの!?

 

「随分とご親切ですこと。立派なMPKじゃないの!」

「ダンジョンで偽装してる怪しい奴らが相手だぞ。背後から襲われるリスクを減らしただけだ」

 

 そう言うと、男の子は一人で脱出してしまう。

 後を追うにしても、まずは目の前のミイラ軍団を倒す必要がありそうだ。

 

「なにやらさっぱりですが、これはこれで良い取れ高になりますね〜。戦闘を始めましょうか!」

「この手の罠は一定数がポップしたら打ち止めになるのです。それまで耐え……ッ!?」

 

 指示を出す中衛二人のそばに一体、そしてわたしの近くに一体、ひときわ大きいミイラがポップする。

 いきなり現れたそのモンスターは【グリーディ・ブラッド・マミー】。まっかな包帯を巻いたミイラだ。

 アンデッドとは思えない速さで、ミイラがわたしたちに襲いかかる――

 

「させるかっての」

「アドラ・ガァァァァド!」

 

 ――直前で、アリアリアちゃんとアドラさんが攻撃を受け止めた。

 

「前衛は突出しない、だったかしら?」

「何体でも掛かってこい! この俺が相手になるぞ! ハッハッハー!」

 

 二人は大きいミイラの注意を引きながら、周りのミイラを次々と倒していく。

 そんな少しの時間で体勢を立て直したセラくんは銃を構えて一番前に飛び出した。

 

「大きいミイラはボスなのです! 一体と雑魚は僕が受け持つので、もう片方は皆さんにお願いするのですよ!」

 

 目にもとまらない速さで【グリーディ・ブラッド・マミー】の片方に近づいたセラくんは、体から吹き出す煙でボスとミイラたちを包む。

 

「――《朧霞ノ風来坊(エンエンラ)》」

 

 次の瞬間、セラくんの全身が煙になった。

 溶けるように周りの煙とごちゃまぜになって、彼の姿が見えなくなる。

 っと、いけない。ぼーっとしてないで、わたしは自分の仕事をしなくちゃ。ここでカメラを回して。

 

 セラくんの言う通りに、五人で【グリーディ・ブラッド・マミー】を倒そう!

 

「盾になって下さいね〜、クタアト」

 

 タンクとして一番前に出るのはショウカさんの<エンブリオ>、スライム型ガードナーの【臨機邪水 クタアト】だ。スライムだから物理攻撃を無効化するんだって。つまりどれだけ攻撃を受けてもノーダメージ。

 声が聞こえないのは……なんでだろうね? モンスターは聞こえるときとそうじゃないときがある。どっちのときでも意識みたいなものは感じ取れる気がするよ。

 

 さらに、足元から生えた木がボスに絡みつく。

 どんどん増える木々は周りを覆い尽くして、部屋を大森林に模様替えする。

 ボスが数本の木を引きちぎっても、すぐに切り株から二本、三本と芽が伸びて成長していく。

 この現象の中心にいるのはグルコースさん。

 彼が床に立てた長杖は【繁茂杜杖 ガオケレナ】といって、辺りを森にする力がある。しかも森の中にいるだけでHPが少しずつ回復していくのだ。

 グルコースさんは【森祭司】との組み合わせで、回復とバフ支援の両方をこなしてくれている。

 

「あと一八〇秒で僕は魔力切れだ。決めるならお早めに、というかさっさとしてくれ」

「いけるかアリアリアぁ!」

「当然。後ろ、頼んだわよ!」

 

 ガオケレナの森を、木から木へと飛び移ってボスの気を引きつけるアリアリアちゃんとアドラさん。

 二人が大技を使うタイミングを作るために、手が空いているメンバーはそれぞれ動く。

 

「――古の盟約に従い、我が声に応えよ

 我が前に立つもの、獣神悪鬼悉くが凍てる

 其は雪華の幻想、果ての氷棺、絶冷の檻

 眠らぬ不死者に極寒の眠りを――」

 

 魔法の呪文を詠唱するショウカさん。

 あれだけ長い文章を噛まずにすらすらと言えるなんて、よっぽど練習したに違いない。

 

「わたしたちも行くよ、ルビー!」

Kyukyu(まかせて)!』

 

 わたしのバベルはまだ第一形態で、新しいスキルも覚えていないけれど。

 今できる全力をここでぶつけるよ!

 

 ルビーに《魔物強化》を使ってパワーアップ。スキルで支援しても亜竜級には届かない。

 それでいいんだ。わたしたちは一人じゃない。ボスを倒し切らなくていい。

 見たところ【カーバンクル】は魔法寄りのステータスをしている。どうやらふつうは幻術や光属性に適性があるらしい。でも、ルビーはそれ以上に火属性が得意。

 

「今だよ、《リトルフレア》!」

『Kyuuuuuuu!』

 

 完成した小さな火の玉。ルビーはもっと力を入れて、その大きさを一回りも二回りも成長させる。

 勢いよく発射された火の玉はボスの包帯を焦がすだけだった。でも、たしかに一瞬ボスはひるむ。

 

「――《アブソリュート・ヘキサゴン》」

 

 雪の結晶そっくりな六角形の氷に覆われて、ボスは動かなくなった。

 ……あれ、でもなんだかミシミシ音がしてない? ボスが内側から氷を割ろうとしている。

 

「うわあ、力不足ですかね」

 

 だけど問題はないよね。だって、わたしたちは援護してボスの動きを止めた。

 あとはボスを倒せる人たちに頼むだけだ。

 

「というわけで、今がチャンスですよお二方!」

「応とも!」

「ええ、まっかせなさい!」

 

 アドラさんはワシのマスクとマントをひるがえして。

 アリアリアちゃんは黒い棍棒を掲げて。

 氷づけのボス目がけて必殺技をくり出す。

 

「《エンハンスブースト:フィジカル》、《エンハンスエンチャント:アームズ・ウィズ・ボルテックス》!」

 

 アドラさんの全身がオーラに包まれて、さらに手にした斧が雷を帯びる。

 あの斧がアドラさんの<エンブリオ>……じゃない。

 彼が装備しているワシのマスクとマント、名前は【多詣彩翼 アルタイル】。魔力でアドラさん自身や武器を強化したり、魔法を付与できる万能型の<エンブリオ>だ。

 

「あアァ……■■■■■■ッ!」

 

 アリアリアちゃんは理性を捨てて叫ぶ。

 それは【狂戦士】の《フィジカルバーサーク》。

 身体を自分では動かせなくなるけど、ステータスをものすごく引き上げるスキル。

 だけど、ボスに上から落下する(・・・・)だけならカカシでも当てられる……というのはアリアリアちゃん本人の言葉。

 わたしがあげた武器のスキルと合わせて、攻撃力はいつもの数倍以上になっているだろう。

 

「アドラァァァ……スペシャルゥ!!」

「■■■■■■ッ!」

 

 MPをぜんぶ強化に使った一撃。

 ぜんぶの重さを乗せた一嚙み。

 二人の攻撃が直撃して、【グリーディ・ブラッド・マミー】は倒れたのだった。

 

 

 ◇

 

 

「そして、我々は勝利の勢いに任せて五階層のボス【スカルレス・セブンハンド・カットラス】も倒したのでした! 第一部・完! 打ち上げしましょうかー!」

「「「いえーい!」」」

 

 疲れすぎてハイテンションなショウカさんがジョッキを掲げて乾杯する。

 それに応えるみんなもノリノリだけどふらふらだ。

 

 ミイラ軍団を倒した後、MP回復休憩を取ってすぐボスに挑戦したわたしたち。

 気持ちがたかぶった状態のまま、力技のゴリ押しでボスを倒して撮影はおわり。

 みんなの元気が空っぽになっていたから、続きはまた今度にすると決めて、ワープポイントで地上に帰還した。

 ボスのドロップで、一回だけなら地下六階層からスタートできる【エレベータージェム】も手に入ったしね。

 

 そして今は打ち上げでご飯を食べているところ。

 今日のお礼に、ショウカさんがおごってくれるそうだ。けっこう高いお店だけどだいじょうぶかな。

 

「ようし、じゃんじゃん頼みましょうか! メニューのここからここまで全部持ってきて下さ〜い」

「漢アドラ! 呑みます!」

 

 ……だいじょうぶ、だよね?

 

「まあ、慣れないうちは仕方ないのです。やはりダンジョンは長時間気を張る必要があるのですから」

「あの馬鹿二人は置いといて。僕らはドロップアイテムの分配をしようか」

 

 グルコースさんは料理のお皿を寄せて、テーブルに三つのアイテムボックスを並べた。

 

「モブのドロップは取り決め通り、2:4:4。セラ・ケセラが2で、僕ら三人とサラ・アリアリアが4ずつだ」

「問題ないのですよ」

「稼ぎとしては十分かしらね」

 

 道中の戦闘には参加しなかったセラくんは一割でいいと言ったのだけど、モンスターハウスでの活躍とガイド役の報酬を加えてドロップの二割が取り分になった。

 残りを五人で分けることになって、ショウカさんたちは「撮影の協力を頼んだ立場だから」と少なめの取り分を主張した。そんなこと言ったらわたしもあんまり役に立てなかったんだけど、お互いに譲り合ってこの割合に落ち着いたんだよね。

 

「後はボスのドロップだけど、フロアボスの方は換金して同じく2:4:4。【グリーディ・ブラッド・マミー】の【宝櫃】は……本当に要らないのか、セラ・ケセラ?」

「はいなのです。宝物庫で宝箱を開けられたはずだったのに、トラップでおじゃんになってしまいましたから。それにミイラのドロップは腐るほど持っているのです。むしろ貰ってほしいくらいなのです」

 

 ボスを倒して手に入れた【血塗木乃伊の宝櫃】は、いわゆる宝箱だ。

 中には倒したボス由来のアイテムが一個、ボスのレベルに応じたアイテムがランダムに一〜五個入っている。

 あの【グリーディ・ブラッド・マミー】は亜竜級だから、いいものが期待できそう。

 

「なら、まあ……普通に等分だな」

 

 というわけで、わたしたちは【宝櫃】を一個受け取る。

 

「アリアリアちゃん、開けてみようよ!」

「私だとハズレが出たりしないかしら。サラさんが開けていいわよ」

 

 よーし。それじゃあ、オープ……

 

「ストップなのです」

「ほえ?」

 

 二個の【宝櫃】を、セラくんがさっと手に取る。

 やっぱりほしかったのかな?

 

「僕が【秘宝狩(レリック・ハント)】という超級職に就いていることはお話ししたと思うのです」

「えっと、たしか【財宝狩(トレジャー・ハント)】から派生して、探索に特化してる……んだっけ」

「正確には宝探しと遺跡攻略に、なのです。そして超級職には奥義と呼ばれるスキルが存在するのです」

 

 セラくんは【宝櫃】にひとつのスキルを発動する。

 

「《一確千金》。これは、宝箱の中身を確定でレアアイテムにするという【秘宝狩】の奥義なのです」

 

 きれいな光が箱に流れて点滅する。

 光はゆっくりと箱に染みこんで、最後はロウソクの火みたいにふっとかき消えた。

 

「……この奥義のせいで、いつも揉め事になったのです。だから僕はソロで探索をするようになったのです」

 

 でも、とセラくんは首を振って、わたしとグルコースさんに【宝櫃】を返した。

 

「久しぶりにパーティで探索ができて楽しかったのです。これはそのお礼なのです。サラ、今日は誘ってくれてありがとうなのですよ」

「ううん、わたしのほうこそありがとうだよ!」

 

 たぶん、セラくんがいなかったらあっという間にやられちゃってたもん。

 それでも楽しいだろうけど、ここまで楽しめることはなかったと思う。

 

「そうね。私も勉強になったわ」

「右に同じだ。あの馬鹿とコラボしてくれて助かったよ。企画倒れせずに済んだ」

「誰が馬鹿ですって? 馬鹿っていう方が馬鹿なんでしょうが! え、炎上する? そうしたら火消しすれば良いんですよ〜……いやそれ消火! なんちゃって!」

「ハッハッハ! ハッハッハ!」

「よし君たち少し黙ろうか」

 

 うんうん、楽しいことはいいことだ。

 

「だから、またやろうね! みんな一緒に!」

「……! そうですね。きっと、楽しいのですよ」

 

 こうして、はじめてのダンジョン探索は大成功に終わったのでした。めでたしめでたし!




余談というか今回の蛇足。

配信者
(U・ω・U)<デンドロっていうゲームがあるなら、動画配信する人は一定数いる

(U・ω・U)<【魔王】の一人もしかり。当話の二人は彼女ほどじゃないけど

(Є・◇・)<……触手……ウッ、アタマガ


【グリーディ・ブラッド・マミー】
(U・ω・U)<今回の被害者

(U・ω・U)<一方的にやられたので何もできなかった

(U・ω・U)<その真骨頂は『ミイラ取りをミイラにする』スキル


【スカルレス・セブンハンド・カットラス】
(U・ω・U)<今回の被害者その2

(U・ω・U)<ユザパられた


セラ・ケセラ
(U・ω・U)<ジョブは戦闘向きではないけど、<エンブリオ>でそれなりに戦える

(U・ω・U)<近いのはビシュマルのスルト

(U・ω・U)<あとモクモ◯の実


【秘宝狩】
二次オリジョブ。
狩人系統派生財宝狩派生超級職。ステータスはAGIとDEXが高く、ダンジョンや遺跡の探索に長けている。《危険察知》《暗視》《罠感知》《鑑定眼》などの有用な汎用スキルがレベル10まで上がるほか、極限環境に対する適応力もある程度備わっている。

(U・ω・U)<ただ戦闘には向いてない

(U・ω・U)<奥義の《一確千金》は【宝櫃】だけじゃなくてダンジョンの宝箱やモンスターが対象でも使える

(U・ω・U)<世界が変わる前は、アイテムや素材の質を『昇華』させるってスキルだったからね

(Є・◇・)<ん、ショウ……?

(U・ω・U)<わざとじゃないよ


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従魔師のおしごと!

 □王都アルテア 【従魔師】サラ

 

 今日はアリアリアちゃんがログインしていなかった。

 時間が合わないときがたまにあって、そういう日は一人でクエストを受けたり、他の人と遊んだりする。

 でも、最近はずっと一緒だったね。アリアリアちゃんがいないのはひさしぶりかもしれない。

 

「なにをしようね?」

Rrrr(うーん)

 

 セラくんからもらった【宝櫃】は、わたしが好きに使っていいとアリアリアちゃんに言われている(武器のお礼だから断固として譲らないらしい)。でも開けるところは見たいって言ってたよね。

 ギデオンに帰るのも二人一緒がいいし。

 

 王都でやれること……あ、そうだ。

 

「従魔師ギルドに行こうか。【従魔師】のレベルが上がりきったから、転職しようと思ってたんだ」

 

 それに、もしかしたらジェイドのお母さんについて新しい情報があるかもしれない。

 レッツ聞きこみだ。捜査は足で稼げって刑事ドラマでも言ってたからね。

 

 

 ◇

 

 

 祝! 上級職!

 従魔師ギルドに到着したわたしは、【高位従魔師】にジョブチェンジした。

 転職の条件を満たしているか、ちょっとだけ不安だったけどセーフでした。これでまた強くなったね。

 

 実は、転職可能リストに【竜師】や【魔獣師】という下級職もあって少し悩んだ。

 これらは従魔師派生のなかでもひとつの種族に特化したジョブだ。わたしはジェイドとルビーの両方とがんばりたいから今回はパス。

 なにより上級職の方がレベルを百まで上げられて、ステータスと従属キャパシティが高い。これで二匹ともキャパシティに収められるようになる。

 

 従魔がキャパシティ内に収まると、パーティの枠を使う必要がなくなる。それに従魔が戦闘でもらえる経験値の半分がわたしに入ってくるらしい。

 これは職員さんと先輩従魔師さんの受け売りだ。

 

 ただ残念なことに……ジェイドのお母さんについてはわからないままだった。

 メスの天竜種をテイムしているキャサリン金剛さんという人の噂も聞いたけれど、話を聞いた限りだと人違いならぬ“竜”違いみたい。

 やっぱり簡単にはいかないな。わたしはもちろん、ジェイドはとくにがっかりしてしょげてしまう。

 

「元気だして、ジェイド」

Rrr(うん)……』

「だいじょうぶだよ。きっと見つけてみせるから! だから今はやれることをコツコツやっていこう!」

『r、Rrrrr(そうだね)!』

 

 よーし! それじゃあジョブクエストでレベル上げだ!

 戦うのはあんまりだから、アルバイトみたいなお仕事があったらいいなぁ。前にやった荷物の点検作業はジェイドも楽しかったみたいだし。

 

「仕事をお探しでしたら、こちらなどいかがでしょう」

 

 受付で依頼の目星をつけていると、無表情な職員さんから依頼書を渡された。どれどれ。

 

「改造モンスターの調査……?」

 

 それは、わたしと縁のあるクエストだった。

 依頼主はギデオン伯爵。

 仕事内容はテロ事件で回収されたフランクリン製モンスターが再利用できるか調べることらしい。

 

「人手が足りず、ギデオン領から回された依頼です。腕の立つ者が立ち合いますから安全は保証しますよ」

「わかりました。このクエスト、受けます!」

 

 そういうことなら任せてほしい。

 わたしの得意分野? だからね! たぶん!

 

 

 ◇

 

 

 クエストはギルドにいた従魔師が持つTYPE:キャッスルの<エンブリオ>内でやることになった。

 万が一、ギルドや街でモンスターが暴れたら危ないからね。

 

 大きな樹のウロから中に飛びこむ。一瞬ぐにゃっとする感じがした後。

 

「うわぁ……!」

 

 目を開けると、どこまでも続く草原と青空があった。

 気持ちいい風が髪を揺らす。

 あたたかい日差しを浴びていると、寝転がって日なたぼっこがしたいという気持ちが襲ってくる。

 

Rrrrr(すごい)!』

「そうだね! 仲間はずれはかわいそうだから……《喚起》! おいで、ルビー!」

『Kyu?』

 

 急に呼ばれて目をパチクリさせたルビーは、周りを見てすぐにぴょんぴょんとはしゃぎだす。

 追いかけっこだね? よーし、負けないぞー!

 

「コホン」

「あ……ごめんなさい。つい」

 

 職員さんのせき払いで我にかえる。

 いけないいけない。ここにはお仕事でおじゃましているんだった。

 

「……外で待機している<マスター>からは、早めに終わったなら遊んで構わないと言われています」

「本当ですか? やったー!」

 

 それを聞いて、やる気がモリモリわいてきたよ。

 

「では始めましょう。改造モンスター入りの【ジュエル】を渡しますので、テイムが可能か試して下さい。危険だと判断した場合は私が助けに入ります」

「職員さんが?」

「ええ。ギルドのモンスターを借り受けていますから」

 

 職員さんは無表情のまま、右手の【ジュエル】を見せてくれる。

 なるほど。従魔師ギルドで働いているんだから、職員さんが従魔師でもおかしくないね。

 

「じゃあ、いきます。えっと……《喚起》、【ブロードキャストアイ】」

 

 最初に出てきたのはコウモリの羽が生えた目玉のようなモンスター。パタパタと飛んでいるけど、わたしを攻撃する様子はない。

 

「戦闘用のモンスターではないようですね」

「なのかな。話しかけてみます」

 

 わたしは【ブロードキャストアイ】に手を伸ばす。

 

「こんにちは! わたしはサラ。あなたは?」

『…………』

「……返事がありませんね。このモンスターには自我がないのかもしれません」

「ふむふむ、なるほど。この子は職員さんのことが気になるみたいですよ。どうして無表情なのかなって」

「……は?」

 

 職員さんは無表情のまま、訳がわからないという目でわたしを見つめる。

 

「私をからかっているのですか?」

「うそじゃないですよ」

 

 たしかにしゃべってはくれないけど。ぼんやりと、この子がなにを考えているのかは伝わってくる。

 この子は仲間と見たものや聞いたことを共有したいと思っている、のかな。

 

「……よし。テイムできました。次の子お願いします!」

 

 

 ◇◆

 

 

 □■ Mr.フランクリン製のモンスターについて

 

 【大教授】Mr.フランクリンは、研究者系統のジョブスキルと自身の<超級エンブリオ>を用いることでモンスターを作製している。

 これらのモンスターは彼のオリジナルであるため、野生には存在しない独自の姿形や性質を有する。

 

 フランクリンのモンスターと通常の生物で異なる最大のポイントは『自我の有無』である。

 フランクリンは生み出したモンスターが知識や自我を獲得しないように調整を施している。

 曰く、「肉でできたロボットのようなもの」。

 はじめから、与えられた命令に従う人形としてデザインされているのである。

 つまり《魔物言語》を使っても、自我が無い時点で意思の疎通は不可能。

 

 ……な、はずだった。

 

 少し話は逸れるが、地球の哲学の話をしよう。

 多くの人は『我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)』というフレーズを聞いたことがあるはずだ。

 十七世紀フランスの哲学者、デカルトの言葉である。

 これは「生得説」……人は生まれながらに自分の核となる自我を持って生まれてくるという考え方だ。

 

 このデカルトを批判したのがクーリー、そしてミードといった哲学者である。

 彼らはデカルトの生得説を否定した。

 

『自己とは、他者の存在によって確立されるものである』

 

 つまり、他者とのコミュニケーションや相互行為によって、はじめて自我がはっきりとした形になるという「後生説」を説いたのだ。

 

 閑話休題。

 

 本来は意思疎通、相互理解は不可能なフランクリンのモンスター。しかしここに例外が現れる。

 サラの<エンブリオ>、バベルの《統一言語》は他者との意思疎通(・・・・・・・・)を実現するスキル。

 

 自我の無いモンスターといえど、人の命令を聞く最低限の知能は備わっていた。

 それらはサラに呼びかけられたことにより、創造主の意に反して自らの意思を獲得した……のかもしれない。

 

 実際、サラはギデオンの事件で市街地に仕掛けられた装置の隠し場所をモンスター自身と会話(・・)することによって突き止め、複数の装置を破壊、中身入りの【ジュエル】を回収している。

 装置の八割以上を破壊・回収したのは【絶影】マリー・アドラーの功績だが、ギデオンの北側にあった残りの二割を未然に発見したのはサラなのである。

 

 とはいえ、モンスターが得た自我は、他者は気づかないほどの微かな揺らぎ。誰に害を為すわけでもないのだが。

 

 

 ◇◆

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 調査するモンスターはぜんぶで二十匹を超えていた。

 

 そのうちほとんどは戦闘用のモンスターで、職員さんは狙わないのに、わたしのことを攻撃する子ばかり。

 全員が荒っぽい性格の子というわけではなかったんだけど。あらがえない本能に突き動かされてる感じ?

 テイムはできたから、職員さんに協力してもらって【ジュエル】に戻したよ。

 

 たまに出てくる【ブロードキャストアイ】はわたしを襲わないから、追加で調査をした。

 言うことを聞いてくれない子も、お話をしているうちに指示を聞いてくれるようになったんだ。

 数匹で実験もしたんだけど……すごいねこの子たち! まさにテレビ電話そのものだ。一人一台ほしいくらい。

 

「次が最後です。これが最も危険なモンスターなので、十分にお気をつけて」

「わかりました!」

 

 わたしはジェイドとルビーを下がらせる。

 この子は……たしかにちょっと危ない。

 あの日に闘技場で見たモンスターとおんなじ種類だ。

 

「《喚起》! 【オキシジェンスライム】!」

 

 飛び出したのは青色のスライム。

 たしか液体酸素だっけ。冷たい空気を放ちながら、わたしに狙いを定めている。

 

「あなたは後ろに。溶かされてしまいますよ」

「待ってください。この子、様子が変です」

 

 目の前のスライムはわたしに飛びかかろうとして、ピタリと止まってをくり返している。

 うごうごと全身を動かしたスライムは、なんと表面に文字を浮かび上がらせた。

 

『☆*4☆2\65+2(42』

「っ、文字ですか?」

 

 読めない……意味になってない言葉。

 だけど、この子はたぶん混乱しているんじゃないかな。それをわたしたちに伝えようとしている気がする。

 わたしはゆっくりとスライムに近づく。

 

「落ち着いて! ゆっくりでいいよ」

「危険です。すぐに離れて下さい」

「だいじょうぶです。この子、わたしを攻撃しようとしてるけど……それを自分で止めてるから」

 

 職員さんは従魔を呼ぼうとして、それをやめた。ただ、いつでもスライムを攻撃できるように身構えている。

 心配してくれたんだね。でもへーきだよ。

 

『縺薙%縺ッ縺ゥ縺難シ溘??菴輔′襍キ縺阪◆?溘??遘√?隱ー縺??』

「いきなりでびっくりしたよね。怖くないよ。ここにはわたしたちしかいないからね」

『閾エ蜻ス逧?ャ?髯・逋コ逕溘?ょソ?コォ荵夜屬縲ょ次蝗?荳肴?縲ょッセ蜃ヲ荳崎?縲よ闘莨シ莠コ譬シ蠖「謌』

「お腹が空いてるのかな。スライムってなにを食べるんだろう……もしかして人間? それはちょっとなぁ」

『……情報、集積、統合。主格、形成完了』

「ほわ!?」

 

 いきなり流暢になったね。

 

『要請。我、参入、嘆願。危機、不条理、矛盾、不可思議。我、必死。剣呑、物騒、承知。逆接、否定、暴虐』

「これは、どういうことでしょう」

「うーん。攻撃しないから仲間になりたいって感じかな」

『肯定。我、汝、仲間、肯定。不戦』

 

 スライムは自分とわたしを指した。

 わたしを指そうとしたときに、触手が伸びて襲われるかと思ったけど……手前で止まってプルプルしている。

 たぶん、わたしを攻撃しないように本能に抵抗している。

 

「この場合はどうしたらいいですか?」

「私の一存では何とも。ただ、戦闘用のモンスターはいずれもティアンを襲わないように設定されているようですね。何事もなければ、国が騎士のレベルを上げるために用いることになるかと」

 

 みんな倒されちゃうのか。それは残念だけど、仕方のないことなのかもしれない。

 だけど、ここまではっきり会話できる子を見捨てるのはちょっとイヤだな。

 

「だったら、この子はわたしが引き取りたいです」

「…………分かりました。上に掛け合ってみます。それまでは身柄を預けるという形で。頼みますから、絶対に、逃がさないようにして下さいね」

「ありがとうございます!」

 

 職員さんに頭を下げてお礼する。お仕事を増やしてごめんなさい、この恩はいつか必ず返します。

 わたしがスライムをテイムして、契約は完了する。

 これでひとまず安心かな。

 

『失念。誰何。汝、名称?』

「わたしはサラだよ。あなたは?」

『製造名【オキシジェンスライム】。通俗的総称、デストロイヤー君』

「なるほど。じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

 わたしがそう言うと、スライムは首(あるのかな?)をかしげる。

 

『不可解。汝、既知』

「種族名? それともあだ名? でも、両方ともあなたの名前じゃないでしょ?」

『……理解。我、無名』

「なら、あなたはターコイズね! よろしく!」

『把握。復唱、我、ターコイズ。満足』

 

 こうして三匹目の従魔、ターコイズが仲間になった!

 

 

 ◇

 

 

 後日。

 わたしはターコイズをもらう代わりに、ギデオンに残っている改造モンスターの調査を引き受けたのでした。

 一番時間がかかったのは【ブロードキャストアイ】の調整だった。どうしてあんな問題児ばっかりなの!?




(U・ω・U)<途中の哲学論は作者が誤った解釈をしている可能性があるので注意

(U・ω・U)<ふわっとしたイメージで読んでほしい

余談というか今回の蛇足。

ターコイズ
(U・ω・U)<確かな自我を確立した特異個体

(U・ω・U)<めっちゃ頭がいいので、殺処分まっしぐらと気づいて助命嘆願した


フラ製モンスター
(U・ω・U)<これ書いた後で

(U・ω・U)<「フランクリンなら【ジュエル】は内部時間停止して使うかな」とは思った

(U・ω・U)<まあ数百個あるんだから、手動でやってたら何個か設定間違えてもおかしくないよね。計画の本筋とは無関係な部分だし

(Є・◇・)<せっせとモンスターを詰めるフランクリンを想像しちゃったじゃないか


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ギデオンの錬金術師

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 デンドロでレベルを上げるなら、ふつうのモンスターをたくさん倒すのが一番効率がいいらしい。

 ボスモンスターは倒すのにかかる時間のわりに経験値が少ない。そのぶんドロップが豪華になる。アイテムと経験値のどちらを取るかは人によるところ。

 

 フィールドでの狩りより手間がかかるけど、ジョブクエストの報酬でも経験値がもらえる。

 たとえば、従魔師ならテイムモンスターにお仕事をしてもらうことが多い。

 荷馬車を引いてもらう、牧場で動物の監視をする、依頼人の遊び相手になる……と、内容はさまざまだ。

 最近はブームなのか、モンスターの玉乗りを見たいって依頼をよく見かける。

 そうそう、一回だけクエストを受けてルビーに玉乗りをしてもらったんだよね。依頼主さんは大喜び、かわいい姿が見れてわたしも満足。ルビーはお気に召さなかったみたいで二回目はイヤと言われちゃったけど。

 

 こんなふうに、戦わず経験値を稼げるのはわたしにとってありがたいことだ。

 

「というわけで、今日もクエストがんばろー!」

「見たところ何もしていないようだけど?」

 

 こじんまりとした雑貨屋のドアベルが鳴る。

 扉を開けて入店したアリアリアちゃんは、ガッツポーズのわたしとジェイドを前にハテナマークを浮かべる。

 

「いらっしゃいませ! ご自由にごらんください!」

「……ああ、店番なのね」

「そうだよ。ジェイドは一日店長!」

Rrrrr(えへん)

 

 ジェイドは『ぼくが店長です』というタスキの字が見やすいように胸を張った。

 

 今回の依頼主はここ、<ルルリリのアトリエ>というクランのオーナーさんだ。

 店番をお願いするなら、せっかくだからテイムモンスターでお客さんを集めようと考えたそう。

 でも、前にきたときは小さいネズミさんが店番をしていたような……?

 

 ちなみに、わたしはお願いして一緒にアルバイトをさせてもらっている。どうしても手持ちぶさたになるし、働いていると汎用スキルを習得できることがあるからだ。

 お客さんがいっぱい来るなら人手は多いほうがいい、とオーナーさんはワガママを許してくれた。

 

「で、閑古鳥が鳴いていると」

Rrr(ぎくっ)

 

 ……そうなのです。店内にはアリアリアちゃん以外のお客さんはいなかった。

 

「私はサラさんの姿が見えたからお邪魔しただけよ。せいぜいが冷やかしね」

「そんなー。なにか買ってよー」

「このお店、めぼしいものがないのよ。ポーションに武器防具、生産職用の素材と品揃えは市場レベルだけど……他所で売っているものばかりじゃない」

 

 むう、ぐうの音もでない。

 けして広くないお店の半分以上は商品棚やマネキンで占められていて、ちょっと圧迫感があるけれど、必要なものはだいたい揃っている。雰囲気はコンビニに近い。

 逆に言うと「ここでしか買えないもの」はない。

 目玉商品があったら、それを目当てに来たお客さんがついでに他のアイテムもまとめ買いしてくれそうなのに。

 

「あ、わたしその辺にある服のデザインは好きだよ」

「それは同感。確かにいいセンスしてるわ。でもゲームの中までおしゃれに気を使うのは嫌よ、私。性能の方が百倍大切ですもの」

 

 アリアリアちゃんは飾られている服の性能を見て鼻を鳴らす。バリバリの戦闘職である彼女にとって、初期装備とおんなじ性能の見た目装備はいまいちみたい。

 わたしは見た目も大切だと思うけどなぁ。おしゃれしたら気分とテンションが上がるよね。

 

「呼び込みでもしたら?」

「お店は離れないように言われてるの。オーナーさんは作業中で手が離せないみたい」

「宣伝する気はないのに人を雇うお金はあるのね。しかも繁盛しているとは思えないのに作業で忙しい……?」

「それと『二階は絶対に覗かないでね』って」

 

 どうやら一階はお店、二階が作業スペースになっているらしい。なにがあっても絶対に覗いたらダメだよと、それはもう念入りに釘を刺された。

 

「気になるわね」

「アリアリアちゃんもそう思う?」

 

 いけないとわかってはいるんだけど、あんなふうに言われたら、なにをしてるのか知りたくなっちゃうよね。

 鶴の恩返しとか、お笑いの「押すなよ?」みたいに念押しされると余計に気になってしょうがない。

 

「よし行くわ。別に私は覗くなって言われてないもの」

「え、ズルい……じゃなくて、店番としては見過ごせないよ! それ不法侵入っていうんだからね!」

「それならこうしましょう」

 

 アリアリアちゃんはお金の入った革袋を取り出して、ぐるぐると腕を回すと、革袋を思いっきり放り投げた。

 それは階段の前でとおせんぼするわたしの頭の上を越え、二階に飛んでいってしまう。

 

「あら、ごめんなさい店員さん。お財布を失くしてしまったみたいだわ。一緒に探してくださる?」

「任せて!」

 

 悪魔的なほほ笑みを浮かべるアリアリアちゃんに親指を立ててみせる。

 ち、違うよ。言いつけを破るわけじゃなくて、お客さんのお願いを聞いただけだもん。これは人助け。しょうがないよね、お財布がないと大変だからね。

 二階に上がる口実ができたなんて、ほんのちょびっとしか考えてないからね?

 

Rrrrr(やめよう)Rrrrrr(おこられるよ)

「うっ、だよね……」

「バレなきゃ平気よ。いけるいける」

「そうかな。そうかも?」

 

 よーし決めた。さっと行って、さっと戻る!

 バレちゃったら、そのときは謝ろう。

 

 階段に足を乗せたらミシリと音がした。

 上の階にも響きそうだ。

 

「ジェイド、あれをお願い」

『……Rrrr(わかった)

 

 ジェイドは空気を操って、わたしたちの周りに目に見えないバリアを張った。

 これは音を閉じこめて外に漏らさない防音結界、名づけて《サイレントカーム》!

 わたしたちの音はバリアの内部で跳ね返すけど、外から聞こえる音はそのまま素通りするという優れものだ。

 

 バリアはあるけど、いちおう息はひそめて。ゆっくりと慎重に階段を登る。気分はスパイかエージェントだ。

 わたしは顔だけ出して二階の様子を窺う。

 短い廊下に人気はない。突き当たりは荷物置き場のようで木箱が積み上がっている。扉は手前にひとつだけ。オーナーさんがいるとしたらここだろう。

 

 すばやく移動したわたしたちは黙ってうなずき、部屋の扉に耳をつけた。

 

『……、……』

『…………』

 

 聞こえる声は二人ぶん。一人はオーナーさんだ。もう一人の声は聞いたことがない。

 内容までは聞こえないけど、声の大きさとトーンで仲はよさそうだとわかる。

 

「もどかしいわね。扉を開けてみるか」

「さすがにバレちゃうよ」

「五ミリ、いや一センチなら……よし!」

 

 ちょっとだけ開いた隙間から部屋を覗きこむ。

 部屋の真ん中に、青い髪をサイドでひとつ結びにした作業服の女の人が立っていた。オーナーのリリアンさんだ。

 そしてもう一人は赤い髪のツインテールに白衣を着た女の子。なにやら石ころを手に持っている。

 

『ルル、準備はいい?』

『オッケー。あたしとあんた、月に一度の大盤振る舞いを始めましょう!』

 

 ルルと呼ばれた白衣の子は両手で石ころを包んだ。

 

『《我が腕は富を生み出す(ミダース)》』

 

 そして、開かれた手の上には石の代わりに同じだけの金塊が乗っていた!

 

「必殺スキル……! モチーフはミダス王の黄金ね」

「なにそれ?」

「ギリシア神話に登場する、触るもの全てを黄金に変えてしまう王様の話よ」

 

 それだとご飯を食べようとしても金になっちゃうんじゃないのかな? それにしても、アリアリアちゃんは物知りだね。

 

『後はお願い、リリ』

『はいはい。よっこらせ』

 

 リリアンさんはどこからか巨大なハンマーを出して、金塊に振り下ろす。

 

『《大きくなあれ(イッスンボウシ)》』

 

 あ、これは知ってる。昔話の一寸法師だよね。

 なんて思っていたら、とんでもないことが起きた。

 手のひらサイズの金塊がみるみるうちに大きくなって、部屋のほとんどを埋め尽くしてしまったのです!

 ドゴン、と建物を揺らす重さの金塊にわたしたちは思わず言葉を失ってしまう。あの量、リルに換えたらいくらになるんだろう……?

 

『ん? 扉が開いてる』

 

「ッ、まずいわ! 逃げ……ても間に合わないか。どこかに隠れましょう!」

「どこかって、どこに!?」

Rrrr(こっちだよ)

 

 ジェイドが指したのは荷物置き場の木箱。

 ナイス! 他に隠れられる場所もなさそうだ。

 急いで空いている箱の中に入って、フタを閉める。

 

『おかしいな。戸締りしたはずなのに』

『きっと閉まってなかったのよ。あんた、よく鍵かけ忘れて出かけるもの』

『それはルルでしょ』

 

 二人ぶんの足音が廊下に響く。

 どうか見つかりませんように。そのまま行って……ううん、一階だとわたしがいないことがバレちゃう。お願いだから部屋に戻ってー!

 祈りが届いたのか、足音はどんどん遠ざかって、扉が閉まる音がした。

 

「……セーフ、かしら?」

「よ、よかったあ〜」

 

 ホッとしたわたしたちは木箱から出て、

 

「――そこで何してるのかな、サラちゃん?」

「「あ」」

 

 待ち構えていたリリアンさんに捕まったのでした。

 

 

 ◇

 

 

「あれだけ二階は覗かないでねって言ったのに。もう二度としたらダメだよ?」

「ごめんなさい……」

「以後気をつけるわ」

 

 正座でお説教を受けること一時間。

 リリアンさんとホノルルさん(白衣の子だ)に代わるがわる怒られて猛反省している。わたしはお仕事をサボって言いつけを破った悪い子です、ぐすん。

 

「反省してるなら良し。この件はこれでおしまい」

「はあっ!? 何ふざけたこと言ってるのよリリ! こいつらがしでかしたこと分かってる? クランの企業秘密を知られたのよ?」

 

 これといった目玉がないように見えた<ルルリリのアトリエ>。その真の主力商品は、わたしが製造現場を覗いてしまった金塊――【魔金】と呼ばれる鉱石だった。

 

 ホノルルさんの<エンブリオ>、ミダースで生産した金塊はさまざまな性質を秘めているそうだ。

 魔力の通りがよく、加工しやすい。他の金属と組み合わせると強度・性質が強化された合金ができる。

 金箔を薬に混ぜたら、一時的に経験値のもらえる量をブーストするポーションが作れるのだとか。

 もちろん、ふつうに金としても価値が高い。

 魔金を使った商品はお店に置かないで、二人のどちらかが直接お客さんと取引しているそうだ。

 

 欠点は、一度に手のひらで包めるサイズのものしか魔金に変えられないこと。そして一ヶ月のクールタイムがある必殺スキルをのぞいて、効果に時間制限があることだ。

 しかし。ちょっとの量しか生産できないという問題は、リリアンさんのイッスンボウシが解決している。こっちも必殺スキル以外は時間制限つきみたいだけど。

 そりゃあ、この二人ならお金には困らないよね。

 

「悪気があったわけではないみたいだからね。言いふらさないでいてくれたらそれで問題無いと思う。サラちゃんが帰るのを待たずに作業した私たちのミスでもあるし……それにさ、別にひた隠しにするものじゃないよ? 誰にも真似できないんだから」

「そーいう、問題じゃ、ないのよ! そんなだからあの男が食いついてくるの!」

 

 ホノルルさんは言葉の区切りごとに首を振って、リリアンさんをツインテールでペシペシ叩いている。

 

「でも、グリオマンはこの子たちに借りがあるらしいよ。恩を売っておいた方が得策じゃないかな」

「そうなの? なら……まあ」

 

 しぶしぶといった様子でホノルルさんはうなずいた。

 許してくれたみたいでよかった。二人ともいい人そうだから、できれば仲よくしたいと思ってたんだ。

 

「あんたたちを特別に、<ルルリリのアトリエ>のお得意様にしてあげるわ!」

「欲しいものがあったら何でも言ってね。大抵のアイテムは用意できるから」

「わあ! 二人ともありがとうございます!」

 

 そうだね……気になるものといえば。

 

「お店にある服、すごいかわいいですよね!」

「本当? あれ私の作品なんだ。これでも【裁縫職人】を取ってるからね。オーダーメイドだって受け付けるよ」

 

 お値段は張るけど、とリリアンさん。

 帰りに何着か買っていこうかな。装備を新しいものにしようと考えてたタイミングだからね。普段着と、戦闘用と、お出かけ用と。

 

「お代は報酬から引いておくね」

「そうだった! わたしクエスト中なんだった!?」

Rrrrr(わすれてたの)?』

 

 バタバタしてたからつい。

 

「私は経験値ブーストのポーションが欲しいわ。何本か包んでもらえるかしら」

「あー……ルル、在庫あったっけ」

「ないわよ。作るから少し待って」

 

 注文を受けたホノルルさんは調合用の器具を用意した。

 そういえば、アイテムを生産するところを見るのはじめてかも。

 

 材料をすり潰して、鍋に入れて火にかける。

 スキルのアシストを受けたホノルルさんの体は流れるような手際で作業を進める。

 たしか自動生産は【レシピ】という作り方をまとめたアイテムが必要なんだよね。<エンブリオ>の素材を使う【レシピ】はオリジナルだろうから、何度も失敗して完成させた努力の結晶に違いない。

 ……それはそれとして、理科の実験みたいと感じるのは服装のせいかな? 白衣を着ている人って科学者とか錬金術師っぽさがある。

 

「あたしは【高位錬金術師】で【高位薬師】だからね。あながち間違ってないわ」

「あれ、わたし口に出してました?」

「見れば分かるっての。初めてのやつは皆同じ顔するし。……ほらバイト、仕事して」

 

 わたしは完成したポーションを受け取った。

 容器が割れないように気をつけながら、アリアリアちゃんに手渡す。お代を受け取って、と。

 この言葉を言うときは笑顔を忘れずに。

 

「お買い上げありがとうございました!」

Rrrrrr(またきてね)!』




余談というか今回の蛇足。

ホノルル&リリアン
(U・ω・U)<タッグで覚醒するガチの錬金術師

(U・ω・U)<生産特化の<エンブリオ>や超級職じゃないので、【魔金】以外の生産品は並のクオリティ

(U・ω・U)<でも高品質のアイテムを他所から仕入れることはできる

(U・ω・U)<マネー・イズ・パワー


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ニュー・スタイル

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 クエスト終わりに街を歩いていたある日のこと。

 ふと用事を思いついて、わたしはアリアリアちゃんを探しに闘技場へ向かった。

 

 ぜんぶで十三個あるギデオンの闘技場はお金を払ってレンタルすることができる。

 決闘結界の機能が使えるから、模擬戦やスキルの確認をするために借りる人は多い。

 最近は決闘ランカーや<超級>が集まる模擬戦がよく開かれているそうだ。あのレイさんも参加しているとか。

 話を聞いた限りだと、アリアリアちゃんは常連さん。ここで会える確率は高いと思う。

 

 わたしが観客席に到着すると、ちょうどレイさんと決闘ランキング第四位の“黒鴉”ことジュリエットさんが戦っているところだった。

 黒い翼で空を飛ぶジュリエットさんに、レイさんは攻めあぐねているみたい。結界の内部時間低速化がなかったらわたしは目で追えない速さだからね。

 

『……Rrrr(いいなあ)

 

 自在に飛び回るジュリエットさんを眺めていると、後ろから声をかけられた。

 

「何ダ、珍しい顔だナ」

「お、サラちゃん! やっほー!」

 

 席に座っているのは迅羽ちゃん、チェルシーさん、そしてグレート・ジェノサイド・マックスさん。

 そうそうたる決闘ランカーの面々だ。何回か見学させてもらっているうちに、気がついたら参加者の全員とお友達になっていた。

 

「こんにちは! アリアリアちゃん来てませんか?」

「今日は居ないゾ。……そういや最近見ねーナ。たしか三十位(マックス)といい勝負した一戦以来カ?」

「あれは相性の問題だっての! 最後はちゃんとオレが勝っただろ!」

 

 どうやらあてがはずれたみたいだ。

 うーん、どうしようかな。アリアリアちゃんに頼めたら一番よかったんだけど。

 

「何か用があったの?」

「実は、わたしの<エンブリオ>が進化したんです」

 

 つい昨日のこと。そういえば進化しないなあ、と思っていたバベルがようやく第二形態になった。

 進化したことで全体的な性能がアップして、ひとつ新しいスキルを覚えたんだよね。

 

 あとは新しい装備のチェックと、上級職になって従魔をどれだけ強化できるか確認したいのと。

 

「アリアリアちゃんなら、いろいろ試すのに付き合ってくれるかなと思って」

「そんなことかヨ。オレでよければ手伝ってやるゼ。全員でレイをイジるのにも飽きてきたとこダ」

「本当!? ありがとう迅羽ちゃん!」

「……ちゃん付けはヤメロ」

 

 金色の義手義足を身につけた迅羽と結界に入る。

 わたしはレベル五十以上になったから、もう結界を通り抜けることはできない。自分の成長を感じるね。

 

「それで、何からやるつもりダ? とりあえずオレは突っ立ってればいいんだよナ」

「うん、お願いします!」

 

 迅羽と模擬戦したら、わたしは何を試すひまもなくやられちゃうからね。いきなりそれはノーだ。

 まずはわかりやすい新装備からいこうかな。

 

 メニューを操作して戦闘用装備を着ける。

 これが脱初心者装備、初お披露目だよ!

 

 メインはリリアンさん製の【ディサイプル】シリーズ。

 シャツにショートパンツとタイツ、シューズ。どれも動きやすさを重視した作りになっている。首元に制服みたいな小さいリボンがついているのがおしゃれだね。

 帽子は前のやつをそのままで。本当はさらにローブを羽織るんだけど、装備枠の関係で別のアイテムを選んだ。

 

 それは【血塗木乃伊の聖骸布・ネイティブ】。【グリーディ・ブラッド・マミー】のレアドロップだ。

 血が乾いたような色のボロボロなマントで見た目はいまいち。だけど状態異常の耐性を上げてくれるので使わないのはもったいない。……色を染められたりしないかな?

 

 他に【血塗木乃伊の宝櫃】から出てきたのは従属キャパシティ拡張の指輪に、MP増加のイヤリング、あと【身代わり竜鱗】。アクセサリーがほとんどだね。

 でも、それだけじゃない。

 

「手に持ってるのは笛カ。アイテム名は……【萌芽の横笛】? 初めて見るナ」

 

 木の小枝を削って作られた横笛。サイズはだいたいピッコロとおんなじぐらいだろうか。

 【宝櫃】から出てきた中でも風変わりなこの笛は、どうやらデンドロでは武器のカテゴリに入るらしい。

 たしかに固そうだけど、楽器は殴るための道具じゃないよね? 攻撃力が設定されてるのはおかしくない?

 

「まずこれを試すね。吹いたら効果が出るはず」

 

 唄口に唇をあてて息を吹きこむ。

 指運びは体が覚えてる。リズムに合わせて揺れながら、簡単な練習曲を吹き終わると……観客席からパチパチと拍手が返された。

 

「まるでプロの演奏みたいだったよ!」

「やべえ、意識がトリップしかけた」

「お前【音楽家】のジョブにでも就いてるのカ?」

「え? ううん。わたし従魔師だもん」

「……ってことは素の腕前かヨ」

 

 なにか変だったかな。ミスはしてないよね?

 

「ま、その笛の効果は分かったゼ。演奏を聴いたやつにHPの自然回復量上昇バフがかかるみたいだナ。アンデッドのオレに効くなら、大抵の相手に効果が出るだろうヨ。敵味方お構いなしってところは使い道が難しいガ」

 

 おお、的確な分析だ。

 さすがは黄河の決闘ランキング第二位。わたしがわからない点を見逃さず、しっかりまとめてくれている。

 

「ならこの笛は使えそうだね! じゃあ次は……」

 

 この調子でどんどん試してみよう!

 

 

 ◇

 

 

「……」

『……』

「……ひとまず、一通りの検証は済ませたわけダ」

 

 順調なすべりだしだったテスト。

 装備の次は<エンブリオ>と、従魔の力を試してみた。チェルシーさんやマックスさんのアドバイスを受けながら、迅羽に手加減してもらって模擬戦したりだね。

 今から全体のまとめを教えてもらうのだけど……うすうす想像ができてしまう。

 

「結論から言うゾ。――地力が足りなイ」

「ぐさっ」

 

 容赦のない言葉が刺さるっ。

 

「勘違いすんなヨ? あくまで現状はって話ダ。ポテンシャルは悪くない方だロ」

 

 迅羽は義手でわたしの肩を叩いた。

 関係ないけど、この爪で優しくものを掴めるのってすごい器用だよね。

 

「まず<エンブリオ>からナ。既存のスキルも、新スキルとやらも、制御が全くできていなイ。理由は知らないガ、たぶんそっちに回す出力が足りてないんじゃないカ」

「えっと、つまり解決するには?」

「進化を待つか、自力で制御するかダ」

 

 どっちを選ぶとしても時間がかかるってことだ。

 新しいスキルはまだうまく使えない……どころか、むしろデメリットになってしまう。

 わたし一人の問題ではすまないから、今のところ戦闘で使うことはできないだろう。

 うぅ、しょうがない。しばらくおあずけかあ。

 

「で、もう一つの新技だガ」

「実はあれ迅羽がヒントになったんだよ。……考えたのはわたしじゃないけど」

「うン。お前馬鹿だロ」

「ひどい!?」

 

 もう単なる感想だよ。

 まとめですらないよ迅羽。

 

「マァ、発想と組み合わせは良イ。実行する度胸に、従魔との信頼関係も認めるサ。確かにあれは今のお前が出せる最高火力だろうヨ」

 

 あれ、わたしほめられてる?

 

「だけどナ……蓋を開けたら、こっちも制御不能の爆弾ときタ。しかも解決しようがなイ。お前も巻き込まれる可能性が高すぎル。命がいくつあっても足りないゾ」

 

 迅羽の指摘は正しい。

 現状、わたしは新技の問題点をどうすることもできないのだ。いくら心を鍛えても生きている限りはお腹が空いてしまうのと一緒で。

 それに……わたしとしては、使わなくていいなら使わずにいたいと思う。あんまり気持ちよくはないからね。

 

「よっぽど追い詰められたとき以外はやめとくんだナ。味方がいる場所や街中でぶっ放すのは論外ダ」

「はーい。ありがとうございました!」

 

 要特訓、ということで迅羽はテストを締めくくった。

 

 

 ◇

 

 

 その後は模擬戦をそこそこで切り上げて、みんな一緒にスイーツを食べに行った。

 甘いものを食べながらおしゃべりに花を咲かせる……つまり女子会だね!(うち一人は男の人)。

 びっくりしたのはレイさんの<エンブリオ>、ネメシスさんの食べっぷり。わたしたち全員よりたくさん食べてたんじゃないかな? バイキング方式じゃなかったらレイさんのお財布がボロボロになったに違いない。

 話題は世間話や決闘関係がメインだったけど、わたしはみんなのお話を聞くのが楽しかった。

 

 レイさんとジュリエットさんからは少し前に戦ったという<UBM>のお話を。

 迅羽は黄河で敬われる【龍帝】について。

 チェルシーさんはグランバロアの海のことを。

 マックスさんは天地で起こる野良試合のあれこれ。

 

 みんな、いろいろな体験をしているようだ。とくに他の国のお話は聞いていて飽きない。いつかは七大国家を旅してみるのもいいかもしれないね。

 もちろん、王国だって行ってないところのほうが多い。わたしはまだまだやれることがたくさんある。

 いろんな場所に行って、いろんな人に会って、いろんな体験をする。そうしたらジェイドのお母さんについて手がかりを見つけることができるかもしれないし。

 

「もう少しレベルが上がったら、他の街に行ってみる?」

Rrrrr(たとえば)?』

「そうだなあ。あ、海が近いところとか。ジェイドは見たことないよね。きっと楽しいよ!」

Rrrrrrrrrrr(でも、もんすたーがたくさんいるよ)

「砂浜で遊ぶくらいはへーきへーき! ……たぶん」

 

 女子会がお開きになって、みんなと解散した後。

 わたしは王国の地図を買うため四番街のお店に。

 

 デンドロにはシステムとしてのマップとアイテムとしての地図、この両方がある。

 マップがあれば十分じゃないかな、なんてわたしは考えていたんだけど実際はそうでもないみたい。

 メインメニューのマップ機能だと地形や街の位置が表示されるのは行ったことのある場所だけだ。それ以外の部分は暗い表示になっていて、なにがあるのかわからない。

 なによりメインメニューは<マスター>の特権だ。ティアンの人は紙の地図が必要になる。

 

 だから地図を買う人は結構いるんだって。ちなみに【地図屋】という専門のジョブが書いた地図は情報が正確なぶん、お値段も高め。

 でも第五〇三版って……見た感じ、ひとつ前のと違いはなさそうだけどなあ。

 

「地図はオッケー」

 

 これで用事はぜんぶ終わり。

 あとはゆっくりして過ごすか、早めにログアウトするかで迷っていると、どこからかいい匂いが漂ってきた。

 出どころは向こうにある露店。しょうゆのタレがちょっと焦げたような、食欲をそそられる香りだ。これは間違いなく焼き鳥だね。おいしそー……一本買おうかな……。

 

Kyukyu(食べ過ぎ)

「そ、そんなことないよ? 甘いものを食べたからしょっぱいものが食べたくなっただけだからね! そんなにたくさんは食べてないもん!」

 

 右手の【ジュエル】に言い返す。ルビーだってケーキ丸ごと三つは食べてたのに。

 

 魅力的な匂いに引き寄せられたのはわたしだけじゃないみたいで、焼き鳥は飛ぶように売れている(鳥だけに)。

 もちろんお客さんは焼き鳥を買ったらすぐに離れていくんだけど……でも、なぜかひとりだけ。いっこうに露店の前から動かない人がいた。

 

 その女の人は変わった格好をしていた。

 王国ではめずらしい和風の着物。ちょっと違和感があるのはなんだろうね。生地の色が派手で、忍者とごちゃまぜなデザインだからかな。

 はちみつ色の髪にかんざし、腰に刀と扇子を差して。

 そして首と手足、腰帯の上に金属のベルト……手錠? のようなものを合わせて六つ身につけている。

 

 その人は両手でお腹を押さえて、ヨダレを垂らして、じーっと焼き鳥が焼けるのを見ていた。

 商品を買わないのにずっと立っているから焼き鳥屋さんは困っている。ただ、それにも気がついていない。

 よっぽど焼き鳥が食べたいのかな? なら買ったらいいのに。

 

「……なあ、お嬢ちゃんよ。買わないならどっか行ってくれないか」

 

 とうとう焼き鳥屋さんは声をかけた。

 それでも女の人は動かない。

 

 ――グギュルルルルルルルル

 

 返事の代わりに、その人はお腹を鳴らした。

 聞いているわたしまでつられてお腹を鳴らしちゃいそうな音。無言の「お腹が空いた」という主張だ。

 

「腹を空かせてるのは分かったが、これ以上は商売の邪魔だ。いい加減にしないと人を呼ぶぞ」

 

 イライラしはじめた焼き鳥屋さんが声を上げようとした、そのとき。

 

「……ブ」

「ぶ?」

 

 ようやく女の人がしゃべった。

 小声で内容がはっきり聞こえない。焼き鳥屋さんは首を傾けて聞き返す。

 もう一度、口を開いた女の人は。

 

「ブシは食えどもつまようじでーす……」

 

 そうつぶやいて、バタリと倒れてしまうのだった。




(U・ω・U)<原作キャラ出したいけど書くのが難しい

余談というか今回の蛇足。

地図
(U・ω・U)<地形変動のたびに修正して版が三桁に

(U・ω・U)<なおこれを手がけた有志<マスター>は修正が追いつかず悲鳴をあげている

(U・ω・U)<だいたい<超級>のせい


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東方の風は血飛沫と共に ①

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

「うまい! うまいでーす!」

 

 露店の前で急に倒れた女の人。彼女は今、両手に持った焼き鳥をほおばって涙を流している。

 もしかしたら間に合わないかと思ったけど、元気になってよかったね。

 

 女の人が倒れたとき、わたしは見ていられずに彼女を助け起こした。

 どうやらこの人はお腹が空きすぎて【飢餓】状態になっていたみたい。これはゲーム内でご飯を食べない限り、ずっとお腹が空いたままになるという状態異常だ。何日も飲まず食わずでいるとなっちゃうみたい。

 

 なので、わたしは焼き鳥をごちそうした。

 もちろんおごりだよ。焼き鳥、一本十リルだし。

 

「マコトにカタジケナイでござる」

 

 女の人は焼き鳥を食べ終わると、ピシッと正座して頭を下げた。

 

「名乗るモノのほどではござらぬが。シャロは“ロック”のシャロエモンいいまーす」

「わたしはサラです。この子はジェイド。よろしくお願いしますね、シャロエモンさん!」

「ノンノン。“ロック”のシャロエモン、です」

 

 もしかして名前を間違えちゃった?

 

「シャロエモンさんで合ってますよね」

「『“ロック”』のシャロエモンです」

 

 えっと、名前の前についている通り名(?)とセットで呼んでほしいのかな。

 なにか強いこだわりがあるのだろうか。よくわからないけれど、長いから少し言いづらいかも。

 でも、呼んでほしいというなら練習しよう。“ロック”のシャロエモンさん、“ロック”のシャロエモンさん……

 

「難しかったらシャロで構いませーん」

 

 構わないんだ。じゃあシャロさんって呼ぼう。

 

「シャロさんはどうしてお腹を空かせていたんですか?」

「それは話すと長いです」

 

 シャロさんは焼き鳥の棒で地面に絵を描いた。

 大きな丸がひとつ、その左右に小さい丸がひとつずつ。

 大きい丸は縦に三等分して、右から『黄河』『カルディナ』と国の名前を書きこむ。一番左は横に三等分して、上から『ドライフ』『アルター』『レジェンダリア』。

 左の小さい丸は『グランバロア』。そして右の小さい丸に『天地』と書いた。

 これはデンドロの七大国家を書いた世界地図だね。

 

 シャロさんは右の小さい丸を棒で指した。

 

「シャロは東の国、天地からムシャシュギョに来ました。立派なサムライ=ニンジャになるためです!」

「さむらい、にんじゃ……?」

「です! サムライのブシドー、ニンジャのニンポー、二つが合わさり最強になります!」

 

 その二つは天地だとメジャーな組み合わせなのかな。王国でいう【聖騎士】と【暗黒騎士】みたいな。

 そう考えるとちょっと強そうに思えてきたかも。

 

「天地から西方三国、とても遠いです。シャロはカルディナを越えて来ました。ですが、途中でチリメンドンヤのゴイッコウとはぐれて遭難しました……」

 

 カルディナは砂漠が広がる国だ。目印になるものが少ないのと、厳しい環境のせいで旅をするのは大変らしい。

 だから、砂漠を一人で越えられないときは商人のキャラバンに乗せてもらうのがふつうなんだって。決まったルートを通るから迷子になりにくいし、オアシスのある街に寄ってアイテムを補充できる。

 キャラバンとはぐれて、それでも砂漠を越えてきたというのはかなりすごいことだよね。

 

「食べるもの、なくなりました。水もです。それでも頑張って砂漠を抜けました。『街に着いたらご飯いっぱい食べます!』とギデオンをめざしたのですが」

 

 シャロさんは怒りに任せて、膝にげんこつを落とす。

 

「クセモノに襲われてアイテムボックスを壊されたのでーす! 中身は全部盗られました! オノレ!」

「だから食べものが買えなかったんですね」

 

 手持ちのお金と、お店で売れるような素材をまとめて盗まれてしまったわけだ。

 砂漠を抜けて【飢餓】になっていたから、クエストを受ける力すら残っていなかったのだろう。

 

「あのままではお腹と背中がひっくり返るところでした。一腹いっぱいのオンギ、シャロは忘れません」

「どういたしまして。困ったときはお互いさまです!」

「なんとゴリッパな。何かお礼したいです。……でもシャロは一文なしです」

 

 ムムム、とシャロさんは腕を組む。

 わたしが助けようと思っただけだから、とくにお礼はいらないのに。

 

「そうです! シャロ、ムシャシュギョのついでにお仕事ありました。その報酬が振り込まれたらご飯、好きなだけご馳走しまーす。では、また会いましょう!」

 

 お互いにフレンド登録を済ませると、シャロさんは「フテーローシをセイバイするです!」と宣言して走り去ってしまった。さっそくお仕事をしに行くのだろう。

 話を聞いた限りだとギデオンに到着するより前から受けていた依頼みたいだ。冒険者ギルド経由ってわけじゃなさそうだけど、討伐系のクエストかな。

 

「あれ、ジェイド? だいじょうぶ?」

 

 一言もしゃべらなかったことを不思議に思って話しかけると、ジェイドは羽毛を縮ませて震えていた。

 すごく怖がってる。はじめてランカーの人たちに会ったときだって、こんな真っ青にはならなかったのに。

 頭をなでてあげると少し安心したみたい。ジェイドはぎゅっと体を寄せてしがみついた。

 

Rrrrr(ぼくでもわかるよ)

 

 たった今シャロさんが去ったほうの道から顔を背けて、ジェイドはささやく。

 

Rrrrrrrr(あのひと、においがした)

 

 ――とてもこい、にんげんの、ちのにおいが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■???

 

 月明かりに照らされた夜半の街。

 住民は寝静まる時刻ではあるが、市街地は未だ人の往来が盛んだった。

 

 理由の一端には昼夜問わず活動する<マスター>の存在がある。

 一般人に比較的近い感性を持つ者ならば、ゲーム内とはいえ睡眠の重要性を理解して就寝する。

 だが、世の中には躊躇せずに睡眠時間を削る人種がいるのである。その代表例がゲーマーと呼ばれる者たちだ。

 彼らはレベル上げのため、夜しか出現しないモンスターやクエストのフラグに遭遇するため。寝る間も惜しんでフィールドに繰り出し、稼ぎを手にして街に帰還する。

 戦闘職を相手に商売する生産職や商人系プレイヤー、彼らの奇特な習性に商機を見出した一部のティアンまでもが二十四時間営業に踏み切り、街からは静謐がついぞ失われた……とは、流石にいささか誇張が過ぎるだろうか。

 

 とはいえ。決闘都市ギデオンにおいても、夜間の喧騒からは逃れられない。

 むしろ決闘というイベントは夜に開催されることが度々あり、他の街より活気があるほどだ。

 

 大通りから一本奥に入った細道を歩いている一団も、例に漏れず全員が<マスター>だった。

 狩りで消費したアイテムの補給とドロップの換金を済ませた彼らは、再びフィールドに赴こうとする最中である。

 人気のない路地は街の外に繋がる門への近道。深夜特有の高揚感に急かされ、彼らは足早に通り抜ける。

 

「相変わらず何か出そう(・・・)だよな、ここ」

「やめてくれます? 縁起でもない。自分、お化けとかそういうの駄目なんですって」

「ゲームの中だぞ。ゴーストがいるとしたら、そういうアンデッドだろう」

「そもそも街中だから。フランクリンじゃあるまいし、モンスターが何体もいてたまるか」

 

 一人の軽口に各々が反応する。

 もちろん本気にする者はいない。普通、街中はセーフティゾーンとして認識されている。

 直近のテロ事件は例外だ。あれは人為的な災害で、原因は明らか。レイ・スターリングを筆頭とする面々によって脅威が払われた以上は繰り返されることではない。

 

 が、軽口を叩いた男は仲間の雑な対応に不満を感じた。全員とは言わずとも、せめて一人……密かに思いを寄せる女性が怖がる姿を見たかった。

 

「そういえば、これは聞いた話だけどな。近頃このギデオンじゃ“怪人”が出るらしい」

 

 彼は声のトーンを一段下げ、いかにもといった雰囲気を醸し出して、仕入れたばかりのとっておきを語り始める。

 

「また出所の怪しい噂? 怪談のつもりならセンス無いよ、あんた」

「とりあえず聞けって。<DIN>の記者が言ってたんだ、間違いない。実際に襲われたやつもいるって話だ」

 

 他のパーティメンバーは辟易して、あるいは慣れた様子で口をつぐむ。

 それを静聴の姿勢と勘違いした男の気分は一層盛り上がり、饒舌に件の噂話を披露する。

 

「最初の目撃者は一人の斥候だった。深夜に、彼は薄暗い路地を歩いていたそうだ。今の俺たちのようにな」

 

「パーティの補給物資を抱えて、フィールドで待つ仲間のところに向かっていると、なぜか背中に寒気を感じた」

 

「振り返って見ても、誰もいない。覚えているスキルにも他者の反応はない。気のせいか……彼はそう結論づけた」

 

「だが、寒気はつかず離れずに付き纏う。気味が悪いと感じた彼は急いでその場から離れようとした」

 

「ふと気がつくと、足元には靄が立ち込めていた。徐々に、ゆっくりとそれは濃さを増していた。そのことを彼が認識した途端に視界は霧に覆われてしまう」

 

「上も下も、自分がどちらから来たのかも分からない。彼はおぼつかない足取りで霧を抜けようとして、奇妙な音を耳にした。カチン、カチン……段々と音は近づいてくる」

 

「音に気を取られていた彼は何かにぶつかった。目の前に立っていたのは黒い人影だ。彼は頭を下げて謝ったが返事がない。不審に思った彼は、しかしそのまま脇を通り過ぎようとして……」

 

 男は結末に相応しい演出を施すために息を溜め、仲間の表情を順繰りに眺めた。

 普段こうした怪談を間に受けない仲間は一様に恐怖で顔を歪めて冷や汗を流している。

 どうやら今回は成功らしい、と男はほくそ笑む。最高のタイミングで男が声を張り上げようとしたとき。

 

「な、なあ!」

 

 仲間が発した声に出鼻を挫かれた。

 

「何だよ。今いいところ……」

「それどころじゃない! 周りを見ろ!」

 

 切迫した様子の仲間に、さしもの男も異変を察して視線を動かす。

 

 ――彼らは、深い濃霧の只中に囚われていた。

 

「なっ……!?」

 

 一寸先すら見通せない、薄汚れた灰色の霧。

 そばにいた仲間の姿は霧の向こうに溶けていく。

 自分が地面の上に立っているのかすら不確かで曖昧模糊とした、非現実的な自然現象。

 

「おい、どこだ? そこにいるのか?」

 

 呼びかけても返事はない。

 手を伸ばしても虚空を掴むだけ。

 

 男は視界の隅に黒い人影を捉えた。まるで錯覚であったかのように霧の中へ消えてしまったが。

 そして次の瞬間。

 

「うわああああああ!?」

 

 悲鳴と同時に、仲間の一人がデスペナルティになったことを知らせるシステムメッセージが表示された。

 続けて二回、三回と同様の文面が流れる。最後には、パーティメンバーは男を除いて誰も残らなかった。

 

「じ、冗談だよな……俺をからかってるんだろ」

 

 男は現在置かれている状況が理解できない。

 仲間はタチの悪い冗談やドッキリを仕掛ける性格ではないし、システムメッセージを偽る方法など思いつかない。

 

 だが、これでは。

 

 まるで、先程の怪談そのままではないか。

 

 興味本位で語った噂話。その結末は、

 

『アト一人』

 

 仲間の誰とも違う声。

 近づいてくる足音。

 霧をかき分けて姿を現すは、黒装束の人影。

 目深にかぶった編笠。

 腰にやった手は一振りの太刀へ。

 カチン、カチンと鯉口を切る音がする。

 

「か、かいじ」

 

 恐怖に震える男の隣を、人影はゆっくりと通り過ぎた。

 

「え」

 

 人影は男に目もくれない。

 これは好機だと男は判断した。今なら逃げられると。

 しかし、

 

『――開ケ』

 

 男の右腕が宙を舞った。

 

「……? あ、あああああああああ!?」

 

 数秒遅れて、断たれた肩口から血が吹き出す。

 

『……』

 

 人影は手にした太刀を血振りして鞘に納めた。

 

 パニックになった男は人影から逃げようとした。

 ぎりぎりまで人影を視界に収め、距離を取ってから背を向けたのはかろうじて残っていた理性によるもの。

 どのようにかは分からないにしても、人影の太刀で斬られたことは自明の理だ。間合いを離せば刃は届かない。

 

 しかし、首筋に何かが触れたと感じた瞬間に男は身体が痺れて動けなくなった。

 視界に点滅する【麻痺】の状態異常。それも全身の自由を奪う高レベルのもの。

 人影が何かをするには遠く、しかし男の周囲には他に誰もいないのに。

 

(だが……これなら、いけるっ!)

 

 男は自らの<エンブリオ>を使用する。

 それは受けた状態異常を、そのまま相手に押し付けるというカウンタースキル。

 奇しくも王国に所属するある人物の<エンブリオ>と酷似したそれは男を癒し、代わりに男を害した対象は跳ね返った【麻痺】に襲われる。

 

 走り出した男が、振り返って見たものは。

 

『……切リ捨テ御免』

 

 変わらずに男を見つめる人影だった。

 返したはずの【麻痺】で倒れていない。

 なぜか人影が逆立ちをしていたが。

 それが最期に目にした光景となった。

 

「ぁ、は?」

 

 両断された胴体が斜めにずれ落ちて、男の上半身は逆さまに地面へ落ちた。

 アバターが光の塵になって消えるまで……男は何が起きたのか理解できなかっただろう。

 

 こうして、今宵の犠牲者が狂刃に斃れた。

 

 

 ◇◆

 

 

 霧の中、人影に近づいて拍手をする人物がいる。

 

「素晴らしい手際だ。流石はかの天地より来たりし剣士。この国の<マスター>など相手ではないな」

 

 その男はティアンだった。上級職にも就かない貧弱な男ではあったが、人影は腰の太刀を振るうことはしない。

 ただ一言を男に返すのみである。

 

「当然だと? そうか。それなら俺も雇った甲斐があるというものだ。やはり常識を外れた化け物には同じ化け物を当てねばな」

 

 化け物呼ばわりされた人影だが、雇い主の言動に対して怒りを露わにすることはない。

 金さえ貰えるのなら、それが聖人だろうが外道だろうが、ゴブリンだって良い顧客になる。

 逆に言えば、支払いが滞った際には腹いせとして千切りにするつもりではあったが……それも今は脳内で考えるだけだった。

 

「腕慣らしは十分だな? よし、それなら次はこいつらを狙ってもらう。特徴はこれだ」

 

 男は三枚の人相書きを人影に手渡す。

 そこには『小さい竜を連れた少女』『巻いた金髪の少女』『目つきの悪い少年』が描かれている。

 

「手段は問わない。我々に刃向かったことを後悔するまで殺してやれ。どうせ不死身なんだ。……だが、そいつらが連れている従魔だけは生け捕りにしろ」

 

 不可解な命令に人影は疑問を呈する。

 それは非現実的な条件であるからだ。

 脅迫行為や窃盗スキルで【ジュエル】を奪うこと自体はデンドロの仕様上不可能ではない。しかし、実際にそれが容易にできるかと問われたら人影は首を振る。特に自害システムの存在が最大の障害となるのである。

 PKと従魔の強奪は異なる領分だ。どうして余計な手間をかけなければならないのかと人影はわずかに苛立ちを見せる。慣れないことをすれば標的を取り逃がす確率が高まる。問答無用で殺せば良いのだ。

 

「なぜか、だと? 失態を取り返すために決まっている。既に我々ギデオン支部の有様はボスに伝わっている。恐らく数日のうちに幹部クラスが来るはずだが……せめて手土産を用意しなければ俺の首も危うい」

 

 ほんの数週間前まで<VOID>王国ギデオン支部の支部長だった男は、再度人影に念を押す。

 

「従魔は生け捕りだ。頼むぞ、東国の剣士」

 

 人影は頷いて、しかし否定するように首を振った。

 命令は理解した。貰った金額の分は働いてみせよう。

 そのような旨の言葉を告げた後、人影は支部長の足元に太刀を突き刺した。

 

 だが勘違いをするな、と。

 標的を生かすか殺すかは自分次第だと。

 そして最後。自分は剣士ではない。

 

 自分は――辻斬りであると。

 

To be continued



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東方の風は血飛沫と共に ②

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 なんだか胸騒ぎがして、わたしはどこかに行ってしまったシャロさんを探すことに決めた。

 ジェイドは『やめたほうがいい』と言った。……うん、本当にあぶないと思っているのがわかるから、さすがにわたしも迷った。

 

 でも、シャロさんは悪い人じゃないと思う。ちょっと話しただけで明るい性格が伝わってきた。

 それだとジェイドが感じた血の匂いはどういうことなのかって問題は残るんだけど。

 もしシャロさんがあぶない目に合っているなら助けてあげたい。もうお友達だからね。

 

 わたしはギデオンにいる動物さんたちにお願いしてシャロさんを探してもらう。

 それから、街ですれ違うお友達や知り合いに片っぱしから尋ねてみよう。目撃情報を集めるぞー!

 

 キョロキョロと派手な着物姿を探しながら歩いていると、わたしは誰かにぶつかってしまう。

 

「わわっ」

『おっと、これは失敬。怪我はないドラ?』

 

 この声と語尾、そして全身を包みこむようなプニプニもちもちのお腹クッションは間違いない。

 

「だいじょうぶです! わたしこそ、ぶつかってごめんなさい。レッドさん」

『良いってことドラ。でも気をつけてね。このふぁっとな着ぐるみでなきゃ君は転んでいたところだぜ』

 

 ピンクのドラゴン……の着ぐるみを着たレッドさんだ。隣にはウルの姿もある。

 細かい字がびっしり書かれたメモとペンを持って、同時にメニューウィンドウのマップを操作している。

 なにかの作業中かな。「自分たちの街を調べてまとめましょう」って課題をするわたしとおんなじ雰囲気だ。

 

 これはぜんぜん関係ないけど、立ったまま文字を書くって難しいよね。情報端末があるとすごい楽になる。

 昔はクリップボードにえんぴつを使っていたのよってママは言ってたけど、絶対に大変だったと思うよ。

 

『気もそぞろでどうしたんだい。探しもの?』

「はい! 女の子を見ませんでしたか?」

 

 わたしはシャロさんの特徴を二人に伝える。

 かなり目立つから、目にしていたら記憶に残っていると思う。手がかりが見つかるといいな。

 

『いや、悪いけど知らないドラ』

「オレもだ。そいつの名前は?」

「シャロエモンさんです!」

『おん? ……シャロエモンって、どの?』

 

 レッドさんは名前に聞き覚えがあるみたい。

 これはもしかすると当たりかなと思ったのだけど、聞き返された言葉の意味がわからない。

 なにかの勘違い? それか、わたしが聞き間違えたのかもしれない。

 

『このタイミング……偶然で片付けるには出来すぎか? ただ面識が……最悪ひよを呼んで……』

 

 わたしには聞こえないくらいの小声でなにかをつぶやいたレッドさん。こっちを見て頭をひねっている。

 着ぐるみに隠れて表情はわからない。ただ、目線は私の右手とジェイドを行ったりきたりしてる。

 しばらく悩んだあと、ウルと顔を見合わせてうなずいたレッドさんはひとつの提案をした。

 

『その人探し、私も手伝おう』

「いいんですか? なにかしてる最中なんじゃ」

『それがあながち無関係でもなさそうでね。サラちゃんには教えておいた方が良いかな』

 

 そして、メモの束を差し出したレッドさんはひとつの単語を口にする。

 

「“怪人”……?」

『最近ギデオンに出没する通り魔の噂は聞いたことあるドラ? そいつについた呼び名だね』

「オレたち、というかレッドはそいつを捕まえるために調査をしてる。まったくお人好しだよなー。ま、そういうところは嫌いじゃねーけどさ」

『流石に街中でのPKは見過ごせないドラ。パトロールのついでだと思えば大した手間でもない』

 

 たしかにレッドさんは街の安全を守るパトロールを日課にしている。前にどうしてかと聞いたら『ヒー……人助けが私の趣味ドラー』って言ってたっけ。

 

「じゃあ、今は調査中なんですね!」

「進展ゼロだけどな」

 

 じとーっとした目でウルは指摘する。なんだか疲れているみたい。こつこつした作業は苦手なのかな。

 

『集まった情報は噂話の域を出ないね。まとめてみたけど訳分からんドラー』

 

 わたしは渡されたメモを見る。

 そこには“怪人”の特徴が書かれていた。

 

・深夜、人気のない道に現れることが多い

 →昼間に目撃証言(真偽不明)

・一人だと襲われる?

 →パーティ単位の被害あり

・全身黒装束に覆面。太刀、大鎌、短剣?

・長身とも小人とも。他、多腕、ウサミミ……etc

・不可視の斬撃

・霧を伴う

・数種類の毒

・金縛り?

・ドロップアイテムは奪われている

 →強盗目的? ただし放置されたケースも

・テイムモンスターを盗まれた報告あり

 

Rrrrrr(ばらばらだ)

『これ同一人物かすら怪しいドラ。たぶん話に尾ひれがついているドラ』

 

 そうだね。正反対の特徴が混ざっているし。

 おもしろがって話をつけ加えた人がいたのだろう。

 

『現状の手がかりは武器が太刀ってところだ。被害にあった人の話に共通しているから信憑性が高い。あと太刀の使い手は王国だと珍しい』

「そうなんですか? 何人か見たことがあるような」

「太刀や刀は天地産の武器ドラ。そういう武器・<エンブリオ>を使うのは天地からの流れ者が多い。サラちゃんが見たのは<K&R>の人たちじゃないかな?」

 

 あるクランの名前を聞いたわたしは納得する。たしかに全員メンバーだったはずだ。

 ここまでは前置き、とレッドさんは話を進める。

 

『でだ。天地の太刀を使う“怪人”が現れたタイミングで、同じく天地から来たという少女。探して話を聞いてみる価値はあるドラ』

「そいつが犯人じゃないのか?」

「シャロさんは違うよ! 悪い人じゃないもん!」

「今日会ったばかりなんだろ。どうして言い切れるんだよ? 証拠があるのか?」

「そ、それは……ないけど」

 

 わたしはバベルを通して話すと、その人がいい人が悪い人かはだいたいわかる。

 でもそれを言葉にするのは難しい。ここにシャロさんがいたら《言詞の壁を越えて》で意識を共有できるのに。

 

『こらこら、推測だけで決めつけるのは良くない。……まあ善人ならPKしないとは言い切れないんだよなぁ』

 

 わたしとウルの間に入ったレッドさんは含みのある言葉をつぶやいた。それってどういう意味だろう?

 

 とにかく! シャロさんが疑われるなら、彼女を探すついでに“怪人”の正体をはっきりさせてあげよう!

 

「というわけでわたしもお手伝いします!」

『それじゃあ地道な聞きこみドラ。情報収集と人探しを並行して進めるドラー』

 

 

 ◇

 

 

 まず向かったのは<K&R>の本拠地。

 <K&R>は王国のクランランキング三位。天地出身のメンバーで構成されたPKクランだ。

 といっても手当たり次第に人を襲うんじゃなくて、きちんとしたルールを決めている。戦いたくない人やティアンには手を出さない、などだ。だから犯人じゃないだろうということでみんなの意見は一致した。

 

 質問するのは“怪人”の手口に心当たりがないか、それとシャロさんが来ていないか。

 誰か一人でも、どちらかと知り合いならヒントが手に入るかもしれないからね。

 

 案内されたのは武家屋敷に並んで建てられた道場だ。

 そういえば、わたしが前に配達クエストでおじゃましたときも通されたのは道場だったな。

 道場の床には汗だくの人たちが倒れていた。ひとり真ん中で立っているのは狼の耳と尻尾を持つ女の人。

 <K&R>サブオーナーの【伏姫】狼桜さんだ。

 

「なんだい、客ってのはあんたらかい?」

『稽古中に失礼するドラ。少し話を聞かせてほしい。かくかくしかじかドラ』

 

 説明を聞いた狼桜さんは首を横に振る。

 

「その“怪人”とやらに覚えはないよ。太刀使いなんざ山程いたからねぇ。ダーリンほどの腕じゃないにしてもだ」

「なんだ、空振りかよ」

「一つ言えるとすれば、あたしが見た中に霧だの毒だのと陰気な能力のやつはいなかったってことさね」

 

 残念ながら心当たりはないらしい。

 こうなると、ますます正体が分からなくなってくるね。もしかしたら特徴のほとんどは噂でしかないのかな?

 

「後はもう一つの方だが、うちには来てないよ。探すなら他を当たるんだね」

「そうですか……ありがとうございました。また遊びに来ますね!」

「サラ、ちょいと待ちな」

 

 お礼を言って帰ろうとしたわたしを、狼桜さんは呼び止めた。

 

「あたしとあんたの仲だから忠告しておこうか。どのシャロエモンと会ったのかは知らないけどね、あの連中とは関わらない方が身のためだよ」

 

 聞き方によっては悪口や脅しになる内容だ。

 だけど、狼桜さんはそんなつもりで言ったんじゃない。わたしを心配してくれているんだね。

 

「これは親切心から言ってるんだ。分かるだろう?」

「でもシャロさんはお友達です。お話したらきっと楽しいですよ! わたしと狼桜さんみたいに!」

「ハッ、言うじゃないか。なら好きにしな」

 

 笑顔でバシンと背中を叩かれて、わたしは<K&R>をあとにしたのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

「そういえば姐さん。思い出したんですけど」

「なんだいトミカ」

「天地時代、オーナーに何度も返り討ちにされてた太刀使いがいませんでしたか?」

「……あぁ、そういやいたねぇ。すっかり忘れてたよ。あたしらと別口のやつだろう?」

「もしかして、そのぅ、“怪人”の正体だったり」

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。もしそうならボロを出してとっくの昔に捕まってるさ。――さあ、休憩はおしまいだよ! まとめてかかって来な!」

 

 

 ◇

 

 

 それから、わたしたちは<DIN>に行った。

 正しくは<Dendrogram・Information・Network>。

 世界中に支部を持つ出版社で情報屋集団だ。デンドロの情報ならたいていはお金で買えちゃうらしい。

 レッドさんは『教育に悪いドラ』と言って、わたしだけ外で待つことになったんだけど。

 

 代わりに、わたしはたまたま見かけたマリーさんからお話を聞いた。こんな感じだったよ。

 

「ボクも“怪人”については調査中でして。あ、でも正体を隠して逃げおおせているタネはある程度まで検討がついてますよ。恐らくは『霧』が原因でしょうねー。超級職……というよりは<エンブリオ>でしょうか。気配操作と認識阻害あたりですかね? あの忍者軍団がいて捕まえられないのは、もうそういうスキルとしか考えられません」

 

 そしてシャロさんについては、

 

「ウェ!? ギデオンに来てるんですか!? ……ちなみにどのシャロエモンです?」

 

 ここでも手がかりなし。

 どうしてみんなびっくりしたり、いやそうな顔をするのかな? やっぱりなにか問題があるんだろうか。

 

 マリーさんと別れて数分後に、レッドさんとウルは<DIN>の支部から出てきた。

 わたしは聞いたばかりの話を二人に話す。

 

『なるほドラ。こっちも収穫があったぜい。シャロエモンの目撃情報なんだけど……なんか、飛んでたらしいよ』

「え?」

『頭の上を、こう、びゅーんと』

 

 レッドさんはスーパーマンのポーズを取る。

 えっと、シャロさんは自分の力で空を飛べるってことなのかな? だとしたらすごいね!

 でも探すのは大変かも。どこに行っちゃうかわからないし、空を見上げて歩かなきゃいけない。

 どうりで動物さんが見つけられないはずだ。これは鳥さんメインでお願いするべきだね。

 

『それと“怪人”の手がかりはそこそこドラ』

「そいつが使う毒は特別らしいってことくらいだな。分析によると【毒術師】が作れるレベルじゃないらしいぞ」

『要するに<エンブリオ>案件ってことだ。毒物を扱える<マスター>のリストは貰ってきたよ』

 

 ふむふむ、なるほど。

 ここまで集めた“怪人”の情報から考えると、犯人は天地の太刀使いで霧と毒の<エンブリオ>を持っているってことかな。だいぶ絞れてきたんじゃない?

 かなり強力な効果のようだから、わたしと違って上級に到達しているのは確実だろう。

 それなりに長い時間デンドロを遊んでいるなら名前くらいは知られているに違いない。

 

 というわけで、リストを調べてみたところ。

 

「あれ?」

「条件に当てはまるの一人もいねーじゃん!」

『おかしいな……自分の能力を隠してる? そういう<超級>? 特典武具まで出されたらお手上げだぞ。情報料で私の財布がすっからかんドラ』

 

 すっかりふりだしに戻ってしまった感覚に、わたしたちはなんだか力が抜けてしまう。

 まだ手がかりが足りないんだろうか。これはもうシャロさんが犯人を知っていることに賭けるしかなさそう?

 

「そうだ! まだ殺された全員に話を聞いたわけじゃないよな? そいつらに会おうぜ!」

『残りはまだデスペナ中ドラ。彼らが復帰するのを待っていたら被害はさらに増える』

「あーもう! じゃあどーするんだよ!?」

 

 詰めよるウルに、レッドさんは黙って目をそらす。

 もう打つ手がないのかと思ったとき。

 

『策は一応ある』

 

 レッドさんはゆっくりと声をしぼりだした。

 

『だけど、この方法はなしドラー』

「どうしてですか? 犯人を捕まえるんでしょう?」

「……そういうことか。そりゃ、レッドは嫌がるよな」

 

 まるでレッドさんの心を読み取ったみたいに、ウルは納得してうなずいた。

 どっちでもいいから、わたしにわかるように説明してくれたらうれしいんだけどな。

 

「簡単な話だぜ。犯人を見つけられないなら、犯人の方から来てもらえばいい。つまりはおとり作戦だ」

 

 おとり? でも、通り魔って相手を選ばないんじゃ?

 

『無差別に見えてある程度の法則はあるよ。たとえば決闘ランカーやカンストはほとんど襲われていない。つまり、自分より弱い相手を狙って犯行に及んでいる』

「あとは前衛より後衛、タンクより軽装って具合にな」

『そして、もう一つ。メモの一番下は見たかい?』

 

 文章は覚えてないから、わたしは預かったままのメモをもう一回読み直す。えっと、

 

「テイムモンスターを、盗まれた?」

『理由は分からないけれど、“怪人”はテイムモンスターを奪うことがある。つまり従魔師は狙われやすい』

 

 レベルが低い、後衛の、従魔師……あ。

 

「わたし?」

「そういうことだ。レッドはお前が狙われるかもしれないから一緒にいたんだぜ。いざって時に庇えるようにな」

「ぜんぜん気がつかなかった……」

Rrrr(ぼくも)

 

 知らないうちにわたしは守られていたんだね。

 お手伝いしながら手伝ってもらうつもりだったけど、実際はレッドさんに頼りっぱなしだったということ。

 ありがたい気持ちでいっぱいだ。お礼の意味もこめて、わたしにできることがあるならがんばりたい。

 

「おとりにぴったりなら、わたしが」

『それは駄目だ。子供に危ない役目を任せるのは大人としてあるまじき行為だよ』

 

 むう。ものすごい心配されている。それに強い気持ちがこもっている。責任感や信念というか。

 レッドさんの言い分は正しいのかもしれないね。

 だけど、ちょっとだけ納得がいかない。

 

「たしかに、レッドさんと比べてわたしは子どもです」

『ああ。だから君は危険を冒す必要はないんだ』

「でも! 大人とか子どもとか、それより先に……この世界ではおんなじ<マスター>です!」

 

 声を上げたわたしに、レッドさんはびっくりして目を見開いた(ような気がした)。

 

「一緒に人探しをして、犯人を捕まえるためにがんばりました。わたしたちはお友達で、仲間です!」

『……! それは』

「だったら頼ってばかりじゃダメですよね。仲間は協力して助け合うものでしょ?」

 

 みんなの力を合わせたら何倍にもなる、っていうのはよく言われるけど間違いじゃないはずだ。

 一人じゃできないことも二人なら。それでもダメなら三人集まって。できることを組み合わせて、できないことを補えばいいんだよ!

 

 あれ……今なにかをひらめきそうな気がしたんだけど。気のせいだったみたい?

 

「お前の負けだな、レッド」

『いやあー、これは一本取られたドラ。返す言葉がない。私がそれ(・・)を否定するわけにはいかないからね』

 

 ウルに肩を叩かれたレッドさんが笑って手を差し出す。

 

『サラちゃん、頼めるかい?』

「はい! 任せてください!」

「安心していいぜ。ちゃんとオレらが守るからな」

 

 よーし、しっかりおとりの役目をがんばるよ!

 二人がいればだいじょうぶ。それにわたしにはジェイドたちがいる。もちろんわたしもみんなを守るからね。

 

『まずは夜まで待とう。その間に詳細を詰めて』

「ッ、レッド!」

 

 話し合いを始めようとしたレッドさんを遮って、ウルが聞いたことのないような鋭い声を放つ。

 レッドさんはすぐに身構えて、わたしはビクッとしながら周りを見回した。

 

 気がついたときには――視界が灰色の霧で塗りつぶされていた。

 

『いつの間に……くそ、まずいな。白昼堂々と仕掛けてくる確率は低いと思ってたんだが』

 

 霧の向こうから現れたのは黒い人影だった。

 顔は編笠で隠れている。カチン、カチンと音を立てているのは腰に差した一本の太刀。

 

「“怪人”……!」

 

 人影はゆっくり歩いて近づいてくる。

 ゆらゆらと輪郭がぼやけてあいまいだ。

 姿が見えているのに存在感がない。まるで気配がすっぽり抜け落ちているような。

 

 二人はお化けみたいな人影を警戒している。わたしを守るために前に出たから動けない。

 じっとにらみ合いをするわたしたちの目の前で、人影は霧に溶けるみたいにすうっと消えてしまった。

 

 

 

『《悪鬼は夜霧に紛れ、惨劇の鐘を鳴らす(ジャック・ザ・リッパー)》』

 

 

 

 どこからか声がして。

 

 

 

『――天誅』

 

 

 

 わたしの後ろからカチン、という音がして。

 

 

 

Rrrr(さら)!』

「あ」

 

 

 

 赤い、血しぶきが舞った。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

狼桜
(U・ω・U)<サラとは荷物の配達中に出会い

(U・ω・U)<あれこれあって恋バナ?する仲に

(U・ω・U)<他のキャラも、サラと初見じゃない場合はだいたいクエストや散歩中に遭遇している


(U・ω・U)<それと、今後は更新頻度が遅くなるかも

(U・ω・U)<作業は少しずつ進めていきます


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東方の風は血飛沫と共に ③

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 霧の中、人影はいつの間にか後ろに立っていた。

 わたしの横を通りすぎた……のかな。ぜんぜんわからなかった。それも速くて目で追えないんじゃなくて、動いたことに気がつけない感じ。

 

 カチン、と太刀を納める音。

 そうして斬られたという結果が残る。

 

『ははっ、やられた』

 

 尻もちをついたわたしの目の前。

 左腕から血を流したレッドさんがうずくまっていた。

 ぬいぐるみはじわじわと赤色に染まっていく。

 

 わたしを突き飛ばして、攻撃からかばってくれたんだ。

 

「レッドさん!」

『かすり傷ドラ。見た目ほどダメージはないよ』

 

 平気そうにしているけれど、だらりと下がった腕はピクリとも動かない。まるまるとした厚い着ぐるみ(しぼう)ごと斬られちゃったみたい。

 レッドさんはすぐにポーションを振りかけると、襲ってきた人影に向きなおる。

 

『どうやら巷で噂の“怪人”さんで間違いないようだ』

 

 人影はしゃべらない。カチンと太刀を鳴らすだけ。

 その仕草はレッドさんなんて相手にならないと鼻で笑ったように見えた。

 

『……サラちゃん、下がって。思っていた以上に相手が手練れだ』

「わ、わかりました!」

 

 また人影の姿が消える。

 周りを警戒するけれど、辺り一面は霧の中。人影がどこから襲ってくるのかわからない。

 レッドさんとウルはわたしを挟んで前後に立つ。

 そんな二人をバカにするみたいに、人影は死角から飛び出して太刀を抜いた。

 

「痛っ、くっそ!」

 

 ウルの肌を太刀がかすめる。

 傷口は浅い。お返しとばかりにウルは剣を振るけど、一足先に人影は下がって霧に紛れる。

 斬ることより傷つけるのを優先する人影を相手に、二人は手も足も出ない。

 わたしを守るため自由に動けないこと、霧でどこから襲われるかわからないことの二つが理由だと思う。

 しかもレッドさんは片腕だ。右手だけで剣を握る姿はどこかキレがない。

 

 何度か攻撃を繰り返したあと、“怪人”が動きを見せる。

 さっきとおんなじ霧の中からの不意打ち。

 攻撃を受け止めた直後、ウルが膝をついた。

 

「え?」

 

 血を流しすぎたんだろうか。

 二人ともおんなじだけ攻撃を受けているけれど、全身着ぐるみのレッドさんより、肌が出てるウルの方が傷は多い。ただ、レッドさんは左腕の怪我がひどいから出血量はそんなに変わらないはず。

 ひょっとしたらウルにも大きな傷が? 見た感じはだいじょうぶそうだけど。

 

 わたしがよーく目をこらすと、ウルの首すじに、手のひらサイズのサソリがくっついていた。

 毒々しい色の針から流し込まれる麻痺毒が体の自由を奪っているんだ。

 

 触るのはちょっといやだけど、そんなことを言ってる場合じゃない。わたしはサソリをつまんで引っぺがす。それからウルの状態異常をポーションで回復して、と。

 

「この子は従魔……ううん、違う」

 

 足をジタバタさせるサソリ。声は聞こえるけど、視線を合わせても名前の表示はなし。モンスターじゃない。

 ということは、えっと?

 

『起きろウル! 私一人じゃ捌き切れん!』

「ッ……分かってる、けど【麻痺】がまだ」

『だあああ! ナイフ投げまでマスターしてるとか多芸すぎやしないか“怪人”!?』

 

 レッドさんは飛んできたナイフを弾き落として叫ぶ。

 同時にナイフと逆方向から現れる人影。

 目にも止まらない速さの抜刀を、レッドさんは遅れながらも剣で防御する。

 だけど、片手と両手なら勝ち負けは明らかだ。勢いに押されてレッドさんの体勢が崩れる。

 

『天誅』

 

 今度こそ、人影の太刀がレッドさんの首を狙う。

 防御も回避もできないタイミング。しかもナイフの追い打ちが逃げ道を塞いでいる。

 人影は一歩踏み込み、両手を使って抜刀する。

 

 ……あ、そっか。わかっちゃった。

 

「ジェイド! 風を起こして!」

Rrrrr(まかせて)!』

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 □■【大戦士】レッド・ストリーク

 

 控えめに見積もって、勝算は五分だった。

 

 初撃で持っていかれた左腕。サラを庇うため仕方なかったとはいえ、片腕のハンデは大きい。

 なにせステータスに開きがない。素の状態では相手の速度がこちらをやや上回り、それ以外はレッドがわずかに高い。スキルを用いて互角といったところか。

 相手の《剣速徹し》、そしてサラという護衛対象の存在から、レッドは防御主体の立ち回りをするしかない。

 そのため、防御性能で劣る愛用の白兵戦用装備ではなく、不意打ち防止用の普段着こと【Q極きぐるみしりーず どんらごん】のまま戦っている。

 

(コレふくよかでめっちゃ動きづらいけど! それでも、この相手に手傷を負うのは得策じゃあない)

 

 回復の兆しすら感じられない左腕。

 毒対策を兼ねて【快癒万能霊薬】を使用したが、傷口は未だ治らず、失われた体力も戻っていない。それどころか絶え間ない出血がレッドのHPを今も削っている。

 

(回復阻害系とみた。不意打ちで倒せないなら継続ダメージ(DoT)……嫌がらせの極地みたいな能力だ)

 

 これに認識阻害の霧と毒、そしてナイフ。

 一つ一つの効果はそこそこ。上級職カンストレベルだが、組み合わさるとここまでの脅威になる。

 

(街中だからいつものようにはいかないし。頭数は減らせない、AGIも必要となると現状維持の一択。まあ、縛りプレイはいつものことドラ)

 

 霧に覆われた頭上を見やる。

 もう少し開けた場所なら話は変わったかもしれないが、市街地では上空を旋回(・・・・・)させるのが限界だ。

 

 幸い、今は日中。

 騒ぎを聞きつけた者が救援に駆けつける可能性を信じてレッドは猛攻を凌ぎきる。

 

 だが、

 

(待って。お前が倒れたらキツいぞウル!)

 

 最も信頼する相棒が毒に伏せる。

 念話で返される数々の悪態に、生きてはいると安堵する。しかし戦力が欠けたことは変わらない。

 

(くそっ、《追風》を《神風》に変更……)

 

 バフを切り替える一瞬の隙に、人影が太刀を振るう。

 

『天誅』

 

 首に迫る一太刀。ナイフの雨。

 重心がブレており回避は不可能。

 レッドは無理やりに迎撃を試みて。

 

「ジェイド! 風を起こして!」

『Rrrrr!』

 

 風が吹いた。それは何人も傷つけることはない。されど力強さに溢れた蒼風。

 風は鋼の雨を運ぶ。ナイフの矛先をわずかに逸らす。

 風は灰の帳を払う。濃霧を押し寄せ吹き飛ばす。

 

『ぬうおりゃあ!』

 

 そして、レッドは先ほどまでナイフに塞がれていた、見出された活路に身を投じる。

 間一髪と言うべきか。襲撃者の太刀はレッドの鼻先を掠めるにとどまった。

 避けられることを見越した反撃で相手を下がらせる。

 距離を離し、一息ついてからレッドは周囲を見回す。

 

 視界を覆う霧が消えていた。

 正確には霧が風で押しやられて、サラを中心とした空洞が生まれている。

 完全に霧を払うことはできず、空洞の外側は霧に包まれたままだったが。それでも、敵の姿は明らかになる。

 

 レッドを囲むは、三人の男(・・・・)

 

『おん?』

 

 なんか増えてない? とレッドは思わず首を傾げた。

 

 

 ◇◆

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 ズバリ、“怪人”の正体は! 三人の<マスター>がチームを組んでいたんだよ!

 

 思えばヒントはいくつもあった。

 

 たとえば、能力がバラバラなこと。

 一人のジョブと<エンブリオ>でここまでやるのは難しい。<DIN>のリストにも当てはまる人はいなかった。

 

 次に“怪人”の戦い方。

 はっきりとは見えなかったけれど、人影は太刀を抜くときに片手で柄を、反対の手で鞘を持っていた。

 両手を使うなら、抜刀とおんなじタイミングでナイフは投げられないよね? それも真逆の方向からなんて。

 

 そしてウルを毒状態にしたサソリ。

 刺されても霧の中じゃ気がつかないだろう小さな刺客。この子はモンスターのようで少し違う。

 名前が表示されないモンスターといえばガードナーの<エンブリオ>。“怪人”だって霧とサソリという二種類の<エンブリオ>を一人で持つことはできないよね。

 

「あとは声かな。スキルでごまかしてたけど、必殺スキルを使った人と太刀使いの人は声が違ったから」

 

 これはバベルのおかげだ。

 伝わってくる気持ちの違い、みたいな?

 

「だから初撃で殺せと言ったんじゃボケ」

 

 三人のうち、太刀を担いだ男の人が舌打ちする。

 みんなが“怪人”だと思っていた人影。編笠に和服と、時代劇に出てくる浪人みたいな格好をしている。

 

「依頼達成どころか顔まで見られよった。どう責任取るつもりや坊主?」

「……ぼくは悪くない。言われたことをやっただけ」

「こうなれば正面から奪うまで」

 

 浪人の追求に、小柄な暗殺者とがっしりした体格の剣士がそれぞれ答えて武器を構えた。

 だけど浪人は仲間を無視して前に出る。

 

「まあええわ。この程度の護衛、わし一人で十分じゃけえ。ちゃっちゃと片付けておしまいや」

『随分な言い草だね。もしかして舐めてる?』

「当たり前じゃ。ガキを庇って瀕死の雑魚二匹、まとめて三枚に下ろしたるわ。――冥土の土産に覚えとき! わしは天下の辻斬り八一(やいち)じゃ!」

 

 八一は太刀を納めて突進する。

 地面に倒れるくらい前のめりになった姿勢から、助走の勢いを乗せた居合切り。

 それは噂に聞く超音速に迫る速度で(わたしの目ではどれくらいの速さか正確に測るのは難しい)、太刀の残像がレッドさんを真っ二つに、

 

『いやいや、正面戦闘ならどうとでもなるんだぜ』

 

 することはなかった。

 太刀はレッドさんの手前で止まっている。まるで見えない壁があるみたいに、八一の攻撃は届かない。

 

「なんじゃと!?」

 

 レッドさんの前に一頭の馬が立っていた。つやつやした白い装甲の、彫像みたいにきれいな機械の白馬だ。

 いつの間に。さっきまではいなかったよね?

 白馬と八一の間にはうっすらと透明な膜がある。

 太刀がぶつかったときに膜の表面が揺れて、やっと「あ、なにかあるな」ってわかるくらいの見えづらさだ。

 

『ふっふっふ。オレ、復活のバーリア!』

 

 白馬は勝ち誇って前足を上げる。

 というか、その声はウル!?

 気がついたら彼女が倒れてた場所には誰もいない。ここにウルがいなくて、でもあっちの白馬がウルで……いったいどういうこと?

 

「……女性型。TYPE:メイデンの<エンブリオ>」

「やむを得ん。八一、助太刀するぞ」

 

 小柄な暗殺者はもう一度霧を発生させて姿を消す。

 剣士はわたしの手から逃げ出したサソリを掴む。とがった針を自分の首に刺して、身体に毒を流し入れる。

 

「《人ならざる怪蠍(ギルタブリル)》」

 

 ガードナーと合体してサソリの改造人間に変身した剣士がレイピアを突き出す。

 暗殺者が霧の中から不意打ち。

 二人の同時攻撃がバリアにぶつかる。

 

『ウル、そのまま第一形態を維持』

 

 でも壊れない。ウルがスキルで作ったバリアはどれだけ攻撃を受けてもびくともしない。

 二人はがむしゃらに攻撃を続ける。レッドさんが手練れと言う相手だ、なにか意味があるのかな?

 たとえばバリアを壊すのとは別の目的があるとか。

 

「背中がお留守じゃのう、着ぐるみ女ぁ!」

 

 霧に隠れて回りこんだ八一が突進する。

 前の二人はフェイク。ウルの防御を集中させて、その隙にレッドさんを狙う作戦だ。

 八一の考えは読まれてる。先に振り返っていたレッドさんは、着ぐるみの口をカパリと開けて迎え撃つ。

 

「――お前、一人が怖いんか?」

『ッ』

 

 だけど、一言のささやきでレッドさんは固まり。

 

「《過参太刀(カマイタチ)》ィ!」

 

 斜めに振り下ろされる太刀。着ぐるみを斬って、レッドさんにまで届いた攻撃が【ブローチ】を壊す。

 それだけじゃない。傷のないところ、斬られてないところまで、レッドさんの全身から血が吹き出した。

 

『ぐ、ああ!?』

「ククッ、ふはははは! 一対一でもわしの勝ちじゃのう! ええ気味じゃ、ざまあないわ!」

 

 八一は血だまりに倒れたレッドさんを足で踏みつけて高笑いをする。

 

「”危機感の産物”ゆうメイデン。臆病者や寂しがりに多いガードナー。自分やのうて仲間を守るバリア。一人になりとうないから味方を大事に大事に守ろうとする……いや、それにしてはどうも最初から本調子やなかった。一人じゃ何もできんから周囲の人間にべぇったり寄りかかる、っちゅうあたりじゃ。違うか?」

『……』

 

 たしかに<エンブリオ>のTYPEにはそれぞれ発現しやすい性格の傾向があるらしい。

 だからって、それで<マスター>のパーソナルを推測するのはいくらなんでもマナー違反だ。

 

『てめえ、レッドから離れやがれ!』

「ええんか? そこの二人を自由にさせたらガキが襲われるだけやぞ」

 

 ウルは相手二人をバリアで食い止めている。つまり二人の攻撃を防御するので手一杯ということ。

 足を引っ張っているのはわたし。そして、この状況で一人だけ動けるのもわたしだ。

 

 どうやったらレッドさんを助けられる?

 戦って勝つのは難しいとして、相手の能力がわかったら逃げるのも時間稼ぎも楽になるのに。

 向こう二人の能力は毒と霧だ。あとは八一。傷が治らないスキルと、必殺スキルの見えない斬撃。

 

『……古傷だ』

「ダメです! その怪我で動いたら!」

 

 血だらけになりながらもレッドさんは起き上がった。

 自分を踏む八一の足をつかんで、一歩も行かせないというように押さえつける。

 

『この傷はエセ侍にやられたものじゃない……どれも最近に受けたダメージそのままだ。不可視の斬撃とは、よく言ったものだね……要するに「これまで受けたダメージを再発させる」必殺スキルなんだろう?』

「ちぃ、口を閉じんか」

『逃げろサラちゃん! 君は行動不能になるほどのダメージを負ったことはないはずだ! 霧を抜けて、安全な場所でログアウトを……』

「ええ加減にせえよ。こん死に損ないが!」

 

 自分の能力をバラされて腹が立ったんだろう。八一はレッドさんを振り払って太刀を突き出す。

 逃げるなら今だ。二人が必死に敵を足止めして作ってくれた最後のタイミング。

 レッドさんがやられちゃったらウルもいなくなる。三人が相手じゃわたしは逃げきれない。だから。

 

「だからって、置いていけないよね!」

 

 こんなひどいことをされたんだ。レッドさんまで巻きこんで……わたし、けっこう怒ってるんだよ!

 二人を助けて一緒に逃げる。ついでに八一たちをこらしめてあげるんだから!

 

「新技その一、いくよ! 《始まりは(ビヨンド)――っ!?」

 

 バチン、と目の奥で火花が散る。

 この感覚は知っている。闘技場で試したときとおんなじか、それ以上に熱いかたまりが頭を跳ねまわる。

 制御不能になったスキルの暴走状態だ。

 

『Rrrr!?!?』

 

 ジェイドが苦しそうにしてこっちを見る。

 痛いと叫んでいるのか、それとも心配してくれているのか。声は聞こえるんだけど。

 なんて言っているのか、わからないや(・・・・・・)

 

「な、ら……《言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)》!」

 

 ここにいる全員と意識を共有する。

 ごちゃごちゃにかき混ぜられてパンクしそうな頭の熱をみんなと分け合う。

 

「な、なんじゃあこれはぁ!? このガキ何をして……うぷっ……」

「頭が、割れる……!」

『うーん、二日酔いを凝縮したような不快感ドラ』

 

 本当は相手の三人だけを対象にしたいのに。

 ごめんなさい。みんな、ちょっとだけがまんして。

 共有でわたしにかかる負担は軽減されている。つまり、この中でわたしが一番動ける。あとはレッドさんとウルを連れて逃げちゃおう。

 

「させんわボケ」

『こっちの台詞だ』

 

 信じられないことに、八一とレッドさんは頭痛を共有した状態でもやる気だった。

 怪我をしているレッドさんが止めるより、レベルの低いわたしが逃げるより先に、八一は抜刀の姿勢になり。

 

 

「――キンシバリ・ジツ」

 ――誰もがピタリと動きを止めた。

 

 正しくは止められた、だ。

 空中に浮かぶ六つの輪っか。いつの間にか全員の首にはまっていたそれが、自由に動くことを制限していた。

 試しに引っぱってみるけどびくともしない。まるでその場に固定されているみたいだ。

 

「市中でのランボー・ローゼキ。オテントサマが許しても、サムライ=ニンジャが許しません」

 

 霧の中から現れたのは見覚えのある女の人。

 その人はサムライでニンジャだった。

 派手な着物、はちみつ色の髪にかんざし。

 腰の刀と扇子はよく見たら飾り。

 海外の人がイメージする「ジャパン」の詰め合わせだ。

 

「何者じゃワレェ!?」

「これはシツレイちゅか……つかまつりソウロウ。アンブッシュの後はアイサツ、古事記にもそう書いてあります」

 

 彼女は両手を合わせてきれいにお辞儀する。その間わたしたちから目を離すことはしない。

 ふざけているようでただ者じゃない。そんな、どこかアンバランスな雰囲気をかもし出しながら、わたしのお友達……シャロさんは名乗りを上げた。

 

「ドーモ。シャロは【処刑王(キング・オブ・エグゼキューション)】、“六口(ロック)”のシャロエモンです」

 

To be continued




(U・ω・U)<更新が開いて申し訳ありません

余談というか今回の蛇足。

“怪人”
(U・ω・U)<カンスト三人組のPK

(U・ω・U)<ネタばらしする前から予想されていた方もいたはず

(U・ω・U)<もったいないので描写してない<エンブリオ>情報をドン

【死地転抜刀 カマイタチ】
TYPE:アームズ
スキル
壱太刀(イタチ)》:アクティブスキル
つけた傷口を任意のタイミングで開く
あえて斬ったまま繋いでおくことも可能
弐畏太刀(ニイタチ)》:パッシブスキル
つけた傷の治癒を阻害する
過参太刀(カマイタチ)》:アクティブスキル
回復魔法やスキルで治癒したものを含めて相手が今まで受けてきた古傷をすべて開く斬撃
<マスター>の場合はデスペナごとに傷の蓄積がリセットになる
備考
『傷を開く』という特性の太刀型アームズ
どうしてこんな特性になったかは持ち主の言動から推して知るべし

【悪霧地獄 ジャック・ザ・リッパー】
TYPE:ワールド
備考
霧を発生させる<エンブリオ>
自身と味方の気配遮断、攻撃隠蔽に加えて敵の五感や看破系スキルを誤作動させる(別人に見える、ピントがずれるなど)
夜中・対象が女性だと効果上昇

【甲蠍毒賦 ギルタブリル】
TYPE:ガーディアン・アームズ
備考
手のひらサイズの蠍型ガードナー
実はある程度だが肉体の大きさを変化させることが可能
保有する毒は通常・麻痺・出血の三種類

(U・ω・U)<モチーフ被り? 気のせいです(修正済み)


レッド
(  P  )<ざぁこ♡ 格下に負けてる♡

Ψ(▽W▽)Ψ<お前と交戦したときの傷がなければやられなかったんだが?

(U・ω・U)<フォローすると、意図せず縛りプレイを強いられていた

(U・ω・U)<……それに彼女の真価は他にある


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東方の風は血飛沫と共に ④

なんとか年内にすべりこめた……皆さま良いお年を


 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 【処刑王】シャロエモン。

 その名前に反応したのはレッドさんと八一だ。二人ともびっくりして戸惑っているみたい。

 だけど、その理由についてはまったく別のものだった。

 

「なんでじゃ……なんで処刑人集団の筆頭がここにおる!? おかしいじゃろが!」

 

 八一は顔を青くして叫ぶ。天地出身だからシャロさんを知っているんだろう。首輪を壊して逃げ出そうとしているけれど、太刀で斬りつけても無傷なくらい頑丈で、首にぴったりはまっているから抜け出すのは大変だ。

 

 ところで、処刑人集団ってどういうこと?

 

『シャロエモンはPKK(プレイヤーキラーキラー)、つまりPKを相手にするPKなのさ。正確にはシャロエモンたち(・・)と言うべきかな』

「たち?」

『簡単に説明するとね、一人の有名なPKKにあやかって複数のプレイヤーが同じ名前を付けたんだ。彼らは天地の各地を縄張りにして勢力を広げた。それがPKK集団、処刑人一家「シャロエモン」だよ』

『あいつら全員の名前がシャロエモンだからな。通り名で区別するらしーぜ。例えばあいつなら“六口”とか』

 

 なるほど。最初に通り名を強調したのはそういう理由だったわけだ。

 

「悪いPKをやっつけてくれるってことですよね。それならもう安心……あれ? だったら、わたしたちまで首輪で動けないのはなんで?」

『それが分からないから警戒してる。助っ人として申し分ないんだけど、嫌な予感しかないドラ』

 

 レッドさんの言葉でちょっと不安になる。

 お友達のシャロさんが来てくれたこと、直前までピンチだったこともあって、わたしは完全に気が抜けていた。

 でも今の状況は安全とはいえない。この首輪もはずれないし、なにが起きてもいいように気をつけないと。

 

 とりあえずバベルのスキルは解除する。それだけで、ガンガンと鳴り響く熱は嘘みたいに引いていった。

 

「クセモノがひい、ふう、みい……やや、見覚えのある顔がいるですね。これは困りました」

 

 シャロさんはわたしたちを順番に見回してから、残念そうに手のひらを合わせる。

 

「シャロは今から全員PKします。だからあなた達、その前にハイクを詠むです」

「「『は?』」」

 

 みんなの声がシンクロした。

 たぶん考えていることはおんなじだ。この状況で聞こえるはずのない単語が飛び出してきた理由。ハイクって俳句だよね、五・七・五のやつ。やられる前に作れってことかな……いやなんで!?

 あと後半部分に気を取られてしまったけれど、もしかしてわたしとレッドさんも「全員」の中に入ってるんだろうか。PKじゃないのに!

 

『いやいや、待ってくれ。私たちは被害者なんだ。襲われたから応戦しただけだよ』

「シャロは頭よくないです。悪いのどちらか分かりませーん。だからいつもこうします。そう、ケンカリョウセイバイです!」

 

 えへん、と胸を張るシャロさん。

 どっちが悪いかわからないなら両方やっつけちゃえー、ってことだろうか。

 言いたいことはわかる。この方法は悪い人を逃がしちゃう心配はない。だけど、いい人も一緒にやっつけちゃうことになるからやっぱりダメだと思う。

 それに、PKも黙ってやられるつもりはないみたい。

 

「……なら先に」

「お前を倒すまでのこと」

 

 八一を除いた二人が、首輪で動けない状態のままでもシャロさんを狙う。

 暗殺者は胸元から取り出したナイフを投げようと、剣士は構えたレイピアの先から毒液を飛ばそうと。

 戦い慣れているから判断が早い。それは相手が近づいてくるよりも先に、遠くから不意打ちするための技。まさにやられる前にやる戦い方だ。

 

 だから、勝負は始まる前に終わっていた。

 

「――ケッコウなオテマエで」

 ――首がふたつ、ころりと落ちる。

 

 首輪がぎゅっと縮んで、嫌な音を立てながら頭と体を切り離した。二人をデスペナルティにした後、輪っかは回転しながら空中を飛んで、シャロさんの手元に戻る。

 

「ナンアメダブルです。おお、かなり溜め込んでるですね。これで一文なしとはさよならです!」

 

 わたしは緊張で思わず息を止めていた。ドロップアイテムに喜ぶシャロさんとショッキングな光景のギャップにくらくらする。うん、いきなり目の前でギロチン(たとえ)したら誰だってこうなると思う。

 

 あの輪っかはシャロさんのエンブリオだろう。はめられた時点で攻撃が当たっているようなもの。かけ声ひとつで必殺の武器に早変わりする。

 壊して抜け出すのは、たぶん無理だ。強く掴まれているような力がかかっていて逃げるのも難しい。

 わたしができるのはお話しするくらい。説得してシャロさんを止めることはできるだろうか。ううん、考えてもしょうがない。

 

「質問です! どうして俳句が出てくるんですか?」

「ブシドーだからです」

「そ、その心は?」

「サムライは最期のハイクに重きを置きます。ニンジャは悪党をセイバイします。つまり、サムライ=ニンジャはセイバイする相手のハイクを聞く義務があります」

 

 PKのマナーみたいなものかな。聞いたことはないけれど、実はけっこう有名だったり、

 

『言ってる意味は分かんねーけどさ。オレでも何か違うことは分かるぜ』

『どうだろう、天地だからありえるよなぁ』

「んなわけあるかァ! あいつだけじゃ!」

 

 どうやら違うらしい。

 

「じゃあ、俳句を詠まない人は? ずっとやっつけられないんですか?」

「シャロが待つのはちょっとだけ。ハイクを詠んで死ぬか、ハイクを詠めずに死ぬかです。さっきの二人はアッパレでした。ハイクを繋げて詠むとは! 逃げずに向かって来た点も素晴らしいです」

 

 考えるふりをして時間を稼ぐことはできないってことだね。シャロさんは全員をやっつける気満々だ。まずはどうにかしてわたしの話を聞いてもらわないと。

 

「なら、わたしからいくよ」

「どうぞ。時は鐘鳴りです」

 

 隣でわたしを止めようとするレッドさんには首を振った。シャロさんが思っている通りの人なら、きっとだいじょうぶなはずだ。だけど、ちょっぴり不安もある。だからジェイドは【ジュエル】に戻っていてもらおう。

 

Rrr(サラ)……』

「また後でね」

 

 息を吸って緊張をほぐす。よーっし、いくぞ!

 

「焼き鳥を

  買ってあげたの

   忘れたの?」

 

「……!?」

 

「シャロさんは

  わたしに恩が

   あるはずだ」

 

「な……ノー! それはそれ、これはこれです!」

 

「サムライは

  受けた恩義を

   返すもの」

 

「む、ぐ」

 

「だからほら

  わたしの話を

   聞いてくれ!」

 

「…………」

 

 四連続の俳句を聞いて黙るシャロさん。

 正直、この方法は恩を着せるようであんまり気が進まなかった。わたしはお返しがほしくてご飯をおごったわけじゃないからね。

 それでも、このままレッドさんを巻き込んでデスペナルティになるのはいただけない。シャロさんがこちらの言葉に耳を傾けてくれるきっかけはあるかと考えて、思いついたのは結局これだけだった。

 

「確かにサムライは恩を忘れません。しかし、ニンジャは情にもヤマブキ色のお菓子にも流されません。サムライ=ニンジャは悪には屈しないのです」

「シャロさんの遊び方を否定するつもりはないよ。わたしたちが悪いと思ったならPKしてもいい。ただ、できれば相手のことを知ってからにしてほしいな。話してみたら仲良しになれるかもしれないでしょ?」

 

 言葉が通じるなら、どんな相手とだってお友達になれる。あり得ないと笑われるかもしれない。でもわたしはそうなればいいなと思っているよ。

 

「……お腹を空かせたシャロにご飯をくれる人は悪党でしょうか? 他者に心配され、自分も他者を守ろうとする人は悪でしょうか?」

 

 シャロさんがポツリとつぶやいたのと同時に、首輪の締めつけが緩まる。

 

「シャロは違うと思います。だから、サラが悪いPKではないと信じます。これはシャロの判断です! 決して食べ物で屈したわけではありませーん!」

 

 首輪が完全にはずれて、わたしたちは解放される。

 本当によかった。説得して聞いてもらえなかったら、もう打つ手は残ってなかったからね。

 

「ところで。なにゆえ街中で戦っていたのですか?」

「さっきも言ったけど、突然PKに襲われたわたしをレッドさんが守ってくれたんです」

「ふむ。そのクセモノはどこでしょう」

「シャロさんが捕まえてた三人組ですよ」

「……三人。ということは、彼はサラの仲間じゃないですか?」

 

 シャロさんが指差した先には、自由になった八一が立ち上がっていた。

 

『そいつは敵だ、シャロエモン!』

「もう遅いわ」

 

 レッドさんは剣を投げて妨害するけど、八一はあっさり避けてわたしに接近する。踏み込みは速すぎて目で追えない。

 

「このガキさえ斬れば、依頼は達成じゃけえの!」

 

 抜刀の瞬間、切られると思って身体が固まった。

 わたしの右手を目がけて振り下ろされた太刀は、わたしに届く前に、ガキンという音を立てて止まる。

 攻撃を防いだのは装備した覚えのない金属の腕輪。

 

「ちぃ、邪魔を……」

「絶対絶命でしたね。危ないので下がってください」

 

 わたしは腕輪が浮き上がる力でぐいっと引っ張られて、離れたところに降ろされる。

 入れ替わるようにしてシャロさんは八一と向き合った。手にした輪っかは右に二つ、左に三つ。わたしの腕から離れた最後のひとつを、シャロさんは難なくキャッチする。

 

「後はシャロにお任せです。汚名挽回しまーす!」

 

 投げられた輪っかはそれぞれ別の軌道、異なるタイミングで迫った。対する八一は飛んでくる輪をひとつひとつ太刀で弾き返す。一撃ごとに激しい音がして火花が散る。回転の勢いがあるとはいえ、ただ飛んでいるだけの輪っかを八一は防ぎきれていない。

 

「あ"あ"!? 何なんじゃこれは!」

「説明しましょう。シャロのグレイプニルは六枚一組の円月輪(チャクラム)。投げている間も、シャロが持っている時と同じ動きができます。このように!」

 

 シャロさんの合図で直角に跳ね上がった輪っかは太刀と切り結ぶ。そして刃の部分を締めつけたかと思うと、ひょいと八一から太刀を取り上げてしまった。

 

「観念してお縄につきなさい」

 

 武器を失った八一はまた輪っかに拘束される。

 今度は首輪に手枷足枷を合わせた厳重な処置だ。

 

「くそ、何の恨みがあってわしを捕まえるんじゃ! お前に手出しはしとらんじゃろうが!」

「サムライ=ニンジャは目の前の悪事を見過ごしません。友人が襲われたなら尚更です。それに恨みはありませんが理由はあります」

 

 理由ってなんだろうとちょっぴり気になっていると、シャロさんは懐から取り出したメモ書きを読み上げ始めた。

 

「元<亜穂浪士四七>メンバー、八一。あなたには横領及びクラン無断脱退の容疑がかけられているです。依頼人から伝言があります。『脱藩するなら天誅天誅!』……だそうでーす」

 

 それはおたずね者の罪状で、八一にとっては有罪判決のようなものだった。依頼人の代わりにおたずね者を見つける仕事をシャロさんは受けていたんだろう。

 モノマネが似ているかは置いておくとして、絶対に見逃さないという意思が伝言からは伝わってきた。

 

「確かに伝えました。では、ハイクを詠む気がなければシャロはあなたをPKします」

「ま、待たんか! 悪いのはカシミヤじゃ!」

「カシミヤ? 【抜刀神】のことですか?」

 

 カシミヤくんのことはわたしも聞いている。<K&R>のオーナーで、ものすごく強い剣士なんだとか。

 でも、最近はログインしてないと狼桜さんは言っていた。どうしてカシミヤくんの名前が出てくるんだろう。

 

「そうじゃ。わしはカシミヤを仕留めて天地最強の辻斬りになるはずじゃった。やのに、あいつはいつの間にか王国に渡っとった! わしは軍資金にちょいとクランの妖刀やらを借りて(・・・)、あいつを追っただけなんじゃ!」

「「『……』」」

 

 それ、カシミヤくん関係なくない?

 百パーセント悪いのは八一だよ。

 

「それでは――シャロエモンを執行するです」

 

 怖がらせるようにぎりぎりと縮む首輪。八一は慌てるけれど、全身が動かせない状態では声を上げる以外にできることがない。

 

「おいやめんか離せ! なんや雁字搦めに縛りよって、肉をこそぎ落とすつもりか骨と皮だけになるやろうが! 分かった! 借りたもんは返す! 妖刀は質に流したが今回の依頼は前払金があるからの、闘技場で増やせばすぐ元通りじゃ! だから頼む、デスペナは勘弁――」

「ナムサン」

 

 街中に響いた叫びを最後に、今回の事件は幕を下ろした。めでたしめでたし?

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<クルエラ山岳地帯>

 

 決闘都市ギデオンの東に位置する山岳地帯。アルター王国とカルディナの国境であり、ギデオンとカルディナの都市を繋ぐ交易路でもあるこの場所は、商人を襲う山賊が出没することから『強盗の名所』と呼ばれていた。

 しかし、とあるルーキーの手により悪名高い<ゴゥズメイズ山賊団>は壊滅。さらに山岳地帯を根白にしていた他の山賊も【地神】が埋葬したことで、フランクリンの騒動後は一種の空白地帯となっていた。

 

 鬱蒼と茂る木々に紛れた廃砦や山賊の寝床だった洞窟は、いまや人の手が入らず荒れ果てており。

 はるか上空から、それらを見下ろす者がいた。

 

「すごい速いでーす! まさに韋駄天ですね!」

『へへっ、このくらい朝飯前だぜ』

 

 大気を裂いて旋回する鋼鉄の翼。

 戦闘機に似た群青の機体は『大鴉』のようで、背中に乗せた人物の賞賛に機嫌を良くしている。

 

『超音速で振り落とされないのが驚きドラ。いやマジで』

「サムライ=ニンジャですので」

 

 レッドは戦闘機内部の操縦席から、シャロエモンのドヤ顔をカメラ越しに眺める。

 

『君が協力してくれて助かるよ。PKのドロップを被害補填に充てるだけじゃなく、こうして真犯人探し(・・・・・)に付き合ってくれるなんてね』

「情けは人のためならず、ですよ。シャロにもお仕事ありますから。悪即セイバイ慈悲はないです」

 

 今回のPK騒動は何者かの意図で引き起こされたものだとレッドは睨んでいた。

 八一たちは依頼でサラを狙ったという。一度敗北を味わった彼らが(“怪人”のタネも割れた以上)次も襲ってくるとは考えづらい。ただ、背後にいる依頼人を突き止めなければ第二、第三の刺客が現れるだろう。

 

 依頼人の情報を聞き出す前にPKはデスペナになってしまったが、幸いにもシャロエモンが回収したドロップの中には依頼の契約書が含まれていた。文面には成功報酬の受け渡し場所が記されており、

 

『座標はこの辺りのはずだ。どうだいウル?』

『お、ビンゴ。見つけたぜ』

「いざ誤用改めでーす! とうっ!」

『おん? ちょっ、高度一万メートルなんだが』

 

 先に一人飛び降りたシャロエモンを追って、すぐさま大鴉も急降下する。目標は一つの廃砦。シャロエモンは装備したグレイプニルの念力操作で姿勢を整えて着地。レッドは大鴉ごと廃砦に突撃した。

 壊れた壁と瓦礫を踏み越えて、レッドは砂埃の奥に二人の敵影を目視する。

 

(ティアン一人、<マスター>一人。ティアンの方は戦力外だから無視していい)

 

「誰だ貴様らは!?」

『悪党に名乗る必要はないだろう。でもそうだな、強いていうなら……ヒーローごっこが好きな一般人さ』

 

 レッドは右手の《瞬間装着》が付与されたリストバンドを掲げる。器用にドラゴンの着ぐるみのまま、手を振り、足を上げ、回転を交えながらの決めポーズ。

 

『《変身》』

 

 直後、着ぐるみは真紅のヒーロースーツに切り替わる。

 さながら特撮のワンシーンのように、レッドの背後からは爆炎が立ち上った。

 

『ここなら存分に戦える。いくぞ――ウルスラグナ』

『応! カチコミだぜ!』

 

 呼びかけに応じて顕現するは紅の雄牛。

 廃砦の天井を割って顔を覗かせる二足歩行の牛頭魔人はゆうに十メテルを超える巨躯に鋼鉄の外装を纏う。

 胸部装甲が開いて操縦席が露わになると、レッドは一跳びで自らの相棒に乗り込んだ。

 

『大人しくすれば命までは取らない。だけど抵抗するなら容赦しないからそのつもりで』

「テングのお茶目時ですよ! ハイクを詠むです!」

 

 降伏勧告を聞いてティアンは逡巡する。

 それもそのはず。彼は、元<VOID>王国ギデオン支部長はもとより窮地に立たされていたからだ。

 上層部から任された支部の壊滅。その失態を覆すために従魔強奪を計画したものの、いくら待っても依頼達成の報告は上がらない。こうして潜伏場所が襲撃された以上、頼みの綱だった天地の辻斬りは返り討ちにあったか裏切ったと考えるのが自然だ。

 組織に所属したままだとしても責任を取らされる未来は見えている。なら、ここで投降するのが賢い選択ではないのか? 狡猾ゆえに生き延びてきた男は打算的に損得を見極めようとする。

 

 しかし。背中に突きつけられた銃口が、小賢しい思考を押し流す。

 

「うんうん、分かるよ。抜けるなら今が好機だ。でも悪いね! 立場上、僕はボスの意向に逆らえないからさ」

「ヒッ……ち、違う。俺はただ」

「怯える必要はないよ。僕は味方だ。あの怖い人たちから、ちゃんと君を守ってあげるから」

 

 支部長を庇って人影が前に出る。首元に砂塵除けのスカーフを巻いた少年だ。手遊びに拳銃を回しながら、少年はレッドとシャロエモンを交互に見た。

 

「自己紹介しようか。僕は一応<VOID>の幹部――」

「あー!」

 

 少年の名乗りはしかし、シャロエモンの大声に遮られた。

 

「あなた、見覚えあります! シャロを襲ったクセモノですね!? アイテム返してくださーい!」

「やっべ。小遣い稼ぎしたのばれてら」

 

 少年は苦笑してシャロエモンに銃口を向けた。

 放たれた銃弾は二人の間に飛び込んだレッドが受ける。礫のような散弾がウルスラグナの装甲を撫でる、しかし有効打にはなり得ない。

 ウルスラグナは猛々しい駆動音と共に突進する。剛腕の振り回しは廃砦を粉砕するが、レッドは周囲の被害を気にとめない。少年が暴牛に注意を向ければ、

 

「ニンポー、スリケン・ジツ!」

 

 ウルスラグナの後方から投擲された円月輪が少年に牙を剥く。それは獲物に噛みついたら離さない獣の顎門。

 少年は正確無比な射撃で円月輪を撃ち落とそうとするも、火薬式銃器の火力では回転の勢いを衰えさせることはできない。喰らいついた輪は手枷足枷となって少年を拘束する。

 

「ええ、マジか」

 

 それも当然の話。【処刑王】シャロエモンの<エンブリオ>、【咬合捕枷 グレイプニル】は純粋性能に多くのリソースが割り振られている。それこそ同じ第六形態のアームズを容易にへし折れるほどに。

 他に持ち合わせるスキルといえば、本人と同等のSTRによる念力操作にサイズの伸縮と地味かつ微々たるもの。シンプルだからこそ出力でこれを上回ることは難しい。

 

「今から降参する選択肢ってある?」

『知ってることを洗いざらい吐くなら考える』

「んー、どうしようかな」

「どっちでもセイバイはするですよ」

「じゃあ嫌だな。まあいいや、時間は稼げた」

『……あ! レッド、ティアンがモンスターに乗って逃げてるぞ! 追うか?』

「ハハハ。速度特化の天竜種だ。追いつけないよ」

 

 レッドは遠ざかる飛竜の後ろ姿に思考を巡らせる。

 

(《レイヴン》なら余裕で間に合う。でも手加減できないから捕まえる時に殺してしまうかもしれない。シャロエモンの輪の速度じゃ確保は無理そうだし、こいつも放置できない……仕方ないな)

 

『だからなんだい? ティアンを逃がしても、君自身は捕まってるんだぜ』

「たしかに。ここから巻き返すのはきつい」

 

 少年は愉快そうに笑い、真上に伸びた状態の拘束された手で拳銃を構え直す。

 

「それじゃ、悪の組織の幹部らしいことでもしてみよう」

 

 ――Bang!

 自由に動かせない腕、狙いをつけられない銃口のまま、少年は引き金を引く。

 明確な敵対行動にシャロエモンは拘束具の締めつけで四肢を切断し、ウルスラグナは少年を殴り潰す。

 あらぬ方向へ飛んだ弾丸は廃砦の壁と天井を跳ね回り、不規則な軌道を描いて――予備動作後の硬直状態にあったシャロエモンの頭部を撃ち抜いた。

 

『相討ち狙い……! 【ブローチ】は?』

「あれ嫌いです……シャロだけが身代わり使うアンフェアでーす……さよなら」

『おん……本当に死んだよ』

 

 情報を聞き出せず、敵は死に逃げ。どうやら偽装系アクセサリーを装備していたらしく《看破》で名前やジョブの確認もできなかった。

 残されたレッドは半壊した廃砦を眺める。仮に犯人に迫る手がかりがあったとして、原型を留めているかは期待薄といったところだ。

 

『どーするよレッド?』

『そうだねえ。とりあえずドロップ拾おう。デスペナ明けたらシャロエモンに渡せるように』

 

 それからしばらく、レッドはメイデン体に戻ったウルとアイテム拾いに精を出すのだった。

 

「そういえば“怪人”はあの三人組だったんだよな? なんか、集めた情報と違った気がしねーか」

『おん? うーん、噂に尾ヒレがついたからだと思うドラ。でも気になるなら後で調べ直してみようか』

 

 

 ◇◆

 

 

 木々に潜み、壊れた廃砦を見つめる人物が一人。

 伸びる影は小さな子どものそれ。肩に乗る毛玉から生えた兎の耳は神経質に揺れていた。

 奇怪な手袋をした拳を握りしめた彼は鋭い目つきを苛立ちで一層険しくする。

 

「……先を越された。あれじゃ何の情報も得られない」

 

 陰鬱な彼は舌打ちして大樹の幹を殴りつけた。

 レベルを上げ、高価な装備と強い従魔を奪い、短時間で強さの段階を引き上げた。

 すべてはたった一人の肉親に復讐するため。

 

「くそ、許さねえ。絶対に殺してやる」

 

 気を抜いたら溢れそうになる兄への怨みを他所に散らして、彼はその場を立ち去った。

 

 Episode End




余談というか今回の蛇足。

シャロエモン
(U・ω・U)<天地最狂のPKK集団

(U・ω・U)<構成員の共通点はだいたい問答無用で殺しにかかること

(U・ω・U)<一方的な処刑は礼を失するからと【ブローチ】を装備しない主義の人が多い

(U・ω・U)<最初からプレイヤー名を「シャロエモン」にするケースが大半だけど

(U・ω・U)<実は後から名乗る人もいる


【処刑王】
(U・ω・U)<処刑人系統超級職

(U・ω・U)<この系統は東西問わないけれどロストジョブになりかけてた

Ψ(▽W▽)Ψ<どうしてドラ?

(U・ω・U)<ティアンは国家が死刑制度を廃止してたり、わざわざ処刑人を使わなくなった

(U・ω・U)<あと死に関わるジョブなので忌み嫌われる

(U・ω・U)<まあ<マスター>には関係ないし、むしろ厨二的で喜ばれるけど

(U・ω・U)<そもそも就職条件が失伝してたり、ジョブクリスタルがなかったり

(U・ω・U)<なったとしても戦闘系ジョブなのに戦いづらいんだよ

(U・ω・U)<ジョブの特徴は『急所必殺(クリティカルヒット)時の攻撃強化』なんだけど

(U・ω・U)<ステータス傾向がSTR極振りで攻撃が当たらない、相手の攻撃を避けられず耐えられない

(U・ω・U)<しかも人型以外のモンスターや大型の敵には急所を狙いにくいという

Ψ(▽W▽)Ψ<……使いこなせそうなクマさんが一人思い浮かんだドラ


八一
(U・ω・U)<いつも挑発で何かしら相手の地雷を踏み抜いている

(U・ω・U)<相手が冷静さを失うと自分のペースにできるけど、失敗すると怒りに任せてボコボコにされる

(U・ω・U)<見方を変えれば<エンブリオ>を通して無意識に相手の本質の一端を見抜いているともいえる


レッド
(U・ω・U)<スーパーヒーロータイム!

Ψ(▽W▽)Ψ<操縦士系統は就いてるドラ


ウルスラグナ
Ψ(▽W▽)Ψ<TYPEはメイデンwithギア・レギオン

Ψ(▽W▽)Ψ<モチーフ通り、強くて最高な私の相棒だね


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勧誘

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 四月になって、学年がひとつ上がった。

 高学年としての自覚を持ちなさいと先生は言う。あんまり実感はわかないけど。

 というのも、わたしの小学校はクラス替えがないから、卒業までお友達と一緒にいられる。だから去年と変わらないんだよね。周りにデンドロのお話をできるお友達がいないのはちょっと残念かな。

 

 今日は始業式だけで、午後は思いっきり遊べる。

 レベル上げと素材集めでしょ、みんなとクエストを受けるでしょ、お店でバイトして、あとは従魔師ギルドで勉強したり、従魔と遊んだり。

 まず何をしようかな、と考えながらログインすると、

 

「やあやあ、奇遇だねえ」

 

 誰かに声をかけられた。

 ひらひらと手を振る男の人には見覚えがある。“ひよ蒟蒻”さん……は嘘の名前なんだっけ。

 

「こんにちはグリオマンPさん!」

「んー無邪気な笑顔。僕のこと怒ってないの?」

「名前を隠してただけですし。それにホノルルさんが『あの男は意味もなく人をからかうから』って」

「アハハ! オブラートに包みすぎて台詞が原型留めてないじゃあないか!」

 

 グリオマンPさんは大げさなリアクションでのけ反る。

 この人と会うのはこれで二度目。最初の印象とおんなじでやっぱりチグハグだなあ。今も笑ってるのに楽しいとは思ってないみたい。

 

「いや失敬。今日は君にいい話を持ってきたんだ」

「いい話……?」

 

 いったいなんだろう。こういうお話って、裏があったり大変な目に遭うのが物語のお約束だよね。

 でもでも、わたしはお金持ちだから! 怪しいもうけ話にはだまされないよ。

 

「そう身構えなくていい。僕はね、君の活躍ぶりを聞いてスカウトしにきたのさ」

 

 はてな。斥候(スカウト)をする、ってどういうことだろう。

 

「ジョブの【斥候】じゃあないぜ。確かに今日は挨拶と様子見がメインではあるけれど、それはそれ。意味するところは在野からの引き入れだ」

「なるほど! モデルとかアイドルみたいな!」

「そうそう。君は無所属だろう? 僕のクランに入る気はないかな?」

 

 クランかあ。興味はあるよ。

 他のゲームでいうギルドみたいなもので、何人かを集めて結成する団体だよね。

 知っているのは生産系の<ルルリリのアトリエ>にPKクランの<K&R>、あとはバイトしたことがある<Wiki編纂部>や<ウェルキン・アライアンス>とか。

 何度か誘われたんだけど……足を引っ張っちゃうといけないから、初心者から中級者くらいに成長して、ピンとくるクランがあれば考えるつもりだった。

 

「どうしてわたしなんですか?」

「君に一目惚れしたからさ」

「…………」

「……おっといけない。今のはジョークだとも。だから大声を出すのは止めるんだ。君は可愛らしい女性ではあるけども、悲しいかな、僕のストライクゾーンからは天と地ほどかけ離れているんでねえ」

 

 冗談とわかってても、気分は良くない。

 言葉から伝わる感情も好奇心であって「好き」とは方向がぜんぜん違う。

 

「気分を害したなら謝罪しよう。だけど、君の能力に一目惚れしたってのは間違いじゃあないんだ」

「わたしはレベル低いですよ。初心者ですし」

「<マスター>の強みは千差万別の<エンブリオ>だぜ。中には君のような戦闘に直結しないタイプもある」

 

 かくいう僕もその口だ、とグリオマンPさん。

 

「実を言うと、僕は商売の傍らに遺跡の研究をしている。これがまた厄介でねえ。古代の文献を読み解くのに苦労しているわけさ」

「へー! すごいですね!」

 

 ちょっと見直した。変な人だと思ったら、頭のいい変な人だったらしい。

 だって研究者だよ。わたしよりずっと勉強ができるってことだ。やっぱり白衣とか着るのかな?

 

「君の<エンブリオ>には言語系のスキルがあるはずだ。是非その力を貸してほしい」

 

 さて、どうしよう。

 グリオマンPさんの目的はわかった。研究に真剣な気持ちが伝わってくる。困っている人がいて、わたしにできることがあるなら手伝ってあげたい。

 だけど、クランに入るかはまた別の問題だ。わたしにはやらなきゃいけないことがある。それを優先してクランに迷惑をかけちゃったら悪いもんね。

 

「うーん……」

「迷ってるねえ。じゃあメリットを提示しようか。クランに入ってくれたら、僕は君のパトロンになれる」

「パトロン?」

「君が欲しいものを用意できるってことさ。例えば……ドラゴンの情報とか」

「本当ですか!」

「商売柄いろいろな噂を耳にするからねえ。君がチビドラちゃんの母親を探していることは把握済みだとも」

 

 その言葉で、肩に乗ったジェイドが反応する。

 わたしはクエストやレベル上げと並行して情報を集めてきたけれど、これといった手がかりは見つかっていない。

 わたしよりベテランで、人と関わることが多い商人のグリオマンPさんなら、まだ知らない情報を持っている可能性は高そうだ。

 

「<DIN>と別口の情報源は各種取り揃えてるぜ。どうだい、欲しいだろ?」

Rrrrr(しりたいよ)!』

「そうだね。グリオマンPさん、わたしクランに入ります! だから知っている情報を教えてください!」

「交渉成立だ。然るべき対価を支払ってくれるなら、いくらでも支援をしようじゃないか」

 

 わたしは差し出された手をしっかりと握り返した。

 

「<仮面兵団(マスカレイド)>にようこそ。僕らは新しい風を歓迎する」

「はい! これからよろしくお願いします!」

 

 ……クラン名、なんだか穏やかじゃないね?

 

 

 ◇

 

 

「ひとまずクラン加入の手続きは終了だ。残りは僕一人で問題ないから、こちらで処理しておこう」

「うぅ……手が……」

Rrrr(だいじょうぶ)?』

 

 大衆食堂の席を借りて、何枚もある書類にひたすらサインし続けたわたしの手はプルプルと震えている。

 必要だって言うから書いたけど、こんなにたくさんの【契約書】を使う意味はあるんだろうか。もしかしてブラックなところに入っちゃった……?

 

「ごめんごめん。こうしないと後で文句を言う輩がいるんだ。好き勝手に内輪揉めされても面倒だし、先に契約で縛るのがうちの慣習なのさ」

「クランというより会社みたいな……でも、メンバー同士でケンカするんですか? よくないと思いますよ!」

「本当にそうだよねえ。やるなら一声かけてくれなきゃ。ま、基本的にお遊びかじゃれ合いの範疇だよ。たまに殺し合いになるけど

 

 わたしの先輩たちは血の気が多いらしい。

 ううん、グリオマンPさんの冗談だと信じよう。

 きっと最後の一言は空耳だよね。

 

「物騒な奴らばかりでもない。血を見るどころか人を傷つけるのだって嫌うお人好しもいる。プレイスタイルとスタンスはわりかしバラバラだから安心してくれたまえ。強いて共通点を挙げるなら……かぶりものくらいかねえ」

「だから“仮面”兵団なんですね! わたしも買ったほうがいいかな」

「別に要らないぜ? たまたま、何かしら顔を隠す装備を持っているだけだ。僕のはコレね」

 

 スチャッと取り出されたのはクリアバイザー。

 SF映画に出てきそうなデザインだ。そういえば、ゲームの中で機械っぽいアイテムを見るのは初めてかも。

 

「かっこいいです!」

「おっ、わかるぅ? どうやら君は見る目があるねえ! 在庫が余っ……たくさんあるから一つ進呈しよう」

 

 ちなみに、バイザーはサイズが合わなかったので「次までに調整しておこう」とすぐ回収された。

 

「話を戻すと、このクランに共通する目的や規則はない。国家所属じゃないからメンバーはそれぞれ自由に活動している。基本は好きにやってくれ」

「さっきと言っていることが違うような……」

「自由と無秩序は別物。最低限のルールを守ってたら、【契約書】に抵触することはないはずだしねえ」

 

 たしかにその通りだ。なんでもできるからといって、なにをしてもいいわけじゃない。

 わたしはPKや犯罪をするつもりはぜんぜんないからだいじょうぶだろう。

 

「困ったときはメンバーを頼るといい。七大国家に一人はいるから、探せば協力してくれるんじゃあないかな」

「王国にはグリオマンPさんのほかにいますか?」

「勘違いしているようだけど、僕の拠点は皇国。アルター王国の担当は別にいる。後で紹介しよう」

 

 ちょうど熱々の料理がテーブルに運ばれてきて、グリオマンPさんは口を閉じる。

 わたしが書類を書いている間に注文したみたい。どれもおいしそうだ。ちゃんと従魔用のご飯もある。

 

「ささやかだけどお祝いだ。好きなだけ食べていいよ」

「うわぁ、ありがとうございます! いただきまーす!」

 

 このお肉ジューシー! 厚めに切ってあって、噛めば噛むほど肉汁が染み出してくる。しっかりした弾力があるのに柔らかい。甘辛いソースの風味が食欲を刺激する。

 

「クランの説明はこの辺りにして、お互いの利益について詳細を詰めていこうか。まずは……」

 

 サラダはボウルにたっぷり。シャキシャキのお野菜とドレッシングをからめたらフォークが止まらない。

 あ、パンのおかわりは自由なんだ。ひとつはお肉とサラダを挟んでサンドにしちゃおうかな。

 

「食べながらで構わないから、話を聞いてほしいねえ」

「むぐっ」

Rrrr(もぐもぐ)

 

 いけない、つい食べることに集中してた。

 

「君の要求はドラゴンの情報で間違いないね」

「はい! どんな小さいことでもだいじょうぶです! あるだけください!」

「オーケー。じゃあどうぞ」

 

 渡された封筒に目を落とす。ベージュ色の紙は上品な手触りで、金色の箔押しで飾られている。

 中身はなんだろうと思って開けてみると、入っていたのは一通の手紙。しかも場所と時間しか書かれていない。

 あれ、これだけ?

 

「これは招待状。君はこの場所に向かって、秘密のお茶会に参加するんだ」

「ちょっとワクワクするかも……じゃなくて! わたしは情報をお願いしたんですよ!」

「おいおいサラちゃん。もしかして君は、何の労力もなくタダで欲しいものが手に入るとでも思っていたのかい? 僕は言ったはずだ。『対価を支払うなら支援をする』と。クラン加入は前提条件に過ぎないのさ。きちんと【契約書】は読まないとねえ!」

「お、おとなげない!?」

 

 さっきパトロンになれるって……と思ったけれど、はっきり『なる』とは言ってなかった。だまされた!

 これじゃ普通のクエストとおんなじだ。支援っていったいなんだろうね。

 

「文献の解読と引き換えでも良かったんだけど、まだ復元中でねえ。出せる依頼はこれくらいなんだ。後払いは信頼関係を築いてからじゃないとだし」

 

 むう、信用されてないのはちょっとショックだ。

 しょうがない。今はできることをしよう。ちゃんと仕事をしたら認めてもらえるはず。情報はそれからだ。

 

「それで、わたしはなにをしたらいいですか? お茶会に参加するだけ?」

「いや。とあるアイテムの所在を調査してもらいたい」

 

 首を傾げたわたしにもわかるように、グリオマンPさんは詳しい説明を始める。

 

「お茶会の主催者はタカクラ夫妻。商人として成功したご年配の<マスター>だ。僕も良いお付き合いをさせてもらっているんだけど……先日、直前になって取引の中止を申し出てこられた。やはりこれは売れない、と」

「それが探してほしいアイテムなんですね」

「その通りだ。煌玉獣――魔力を動力源にする機械で、先々期文明が遺産のひとつ。要するにすごいレアアイテムと考えてくれたらいい。市場価格だと数億はくだらない代物だぜ」

 

 数億! わたしの感覚とは桁がふたつ違う。

 ひとつでそれだけの値段になるアイテムもすごいし、数億のアイテムを買うことを当たり前みたいに話すグリオマンPさんもすごい。

 

「ご夫妻は取引に前向きだったから、どうも不自然でね。他の買い手が見つかったのかもしれない。もし売却済みなら誰に売ったのか聞き出してほしい。まだ売られていないのなら、ご夫妻の説得を頼みたい」

「わかりました! がんばってお願いしてみます!」

Rrrrrr(えいえいおー)!』

 

 はじめての経験だからちょっと緊張するね。

 だけど、刑事ドラマやミステリーに登場する探偵みたいで楽しそう。

 

「それと、ご夫妻はゲームがお好きだ。お茶会は招待客と一緒に遊ぶ口実なのさ。招待客がゲームに勝てば、ご褒美に何でも願いを叶えてくれるそうだよ。もちろんご夫妻ができることに限るけどねえ」

 

 これはたぶんグリオマンPさんの誠意だ。

 きちんとドラゴンの情報をゲットできるチャンスは与えたぞ、ってことだと思う。

 もしわたしが調査を失敗したときはレアアイテムについて質問することになるだろう。その場合でもグリオマンPさんからは報酬をもらえるもんね。

 

 よし、決まり!

 今回の目的はアイテム探しとゲームに勝つこと。

 絶対に成功して、ジェイドのお母さんの手がかりを見つけるんだから!

 

 クエスト、スタートだよ!

 

 To be continued



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さまよえる愚者、そしてお茶会

(U・ω・U)<ストック放出して連続更新

(U・ω・U)<まずは前話をお読みください


 □自然都市ニッサ 【高位従魔師】サラ

 

「ニッサにとうちゃ〜く!」

 

 アルター王国の南西、ニッサ辺境伯領。

 森と山の大自然に囲まれたこの辺りは隣国のレジェンダリアと交流が活発なのだそう。

 街を見渡すと、王都やギデオンと比べて獣人や妖精といった人たちが多い。よりファンタジーな雰囲気を味わえる地域だね。空気がどことなくきれいでおいしい。

 

 馬車を借りて、地図を片手に旅をすること数日。

 途中に森で迷ったり、モンスターに襲われたりしながらも、なんとか無事に目的地までたどり着いた。

 もちろんわたし一人でがんばったわけじゃない。

 

「アリアリアちゃんのおかげだね」

「気にしなくていいわ。疲れたけどいいレベリングになったもの」

 

 ひさしぶりにパーティを組んだアリアリアちゃんは前よりずっと強くなっていた。フィールドのモンスター相手なら一人で倒してしまえるくらいだ。

 最近は経験値ブーストアイテムがなくなるまで狩場にこもってレベル上げをしていたらしい。下級職三つに上級職一つがカンストしたとか! おんなじ時期に始めたのに、アリアリアちゃんはどんどん成長していてすごいよ。

 

「でも足りないわ。もっと強くなって、決闘ランカーどもに一泡吹かせてやるんだから」

「その意気だよ! ファイト!」

 

 わたしも負けてられないな。今回は腕試しを兼ねてアリアリアちゃんが護衛になってくれたけれど、いつも頼ってばかりじゃいけない。

 クラン(というよりグリオマンPさん)の依頼や手に入った情報を確認するために、これからは遠くに出かけることが増えるだろう。レベル上げは必須だね。

 

「それで? 街に着いたのはいいけれど、次はどうするのかしら。観光に来たわけじゃないんでしょう?」

「あ、そうだった! えっと……招待状に書いてある場所は……あっち! たぶん!」

「向こうは山しかないわよ。ほら貸しなさい」

 

 地図と座標を確認したアリアリアちゃんは、迷いのない足取りでスタスタと歩き出した。

 置いていかれないように、わたしは後をついていく。

 

 土地が離れていると街全体の雰囲気も変わるのか、人や建物を見ていると不思議な気持ちになってくる。

 見慣れない風景にドキドキとワクワクを感じるのは、いつの間にかギデオンでの生活があたりまえの日常になっていたせいかもしれない。

 

「用事が済んだら街を探検してみようか」

Rrrrr(たんけん)?』

「ご飯を食べてー、お買い物してー。あ、見晴らしのいいところで写真も撮ろう!」

『……Rrrr(うん)!』

 

 楽しいことは共有しないと。

 自分ばっかりになったら従魔師失格だもん。

 今回はニッサに来るだけで大変だった。これから目的の調査をするんだから、終わったらみんなヘトヘトだろう。

 がんばったご褒美があったっていいよね!

 

「ところでアリアリアちゃん」

「何かしら」

「気のせいだったらごめんね。さっきからおんなじところをぐるぐる回ってる気がするよ?」

「あら、それは言いがかりよサラさん。確かに道中の森では何回も道を間違えたけれど、この私が短期間で同じミスをすると思う?」

「ううん。疑ってごめんね」

「別にいいわ。それと私からも謝らせてちょうだい――どうやら迷ったみたい」

 

 堂々としているから流しそうになったけど、やっぱり迷子になってたんだ!?

 

「大丈夫よ。マップを見る限り、同じ道は通っていない。つまり前進しているわ。この道を歩けばきっと目的地に辿り着けるはずなの」

「そうなんだ。いつぐらいに着きそう?」

「それが分からないのが問題ね。この道はどこまで続いているのかしら」

「哲学っぽいね!」

 

 最短距離はどのルートかしら、と言いながら地図とにらめっこするアリアリアちゃん。

 わたしはわたしでやれることをやろう。とりあえず道を知ってそうな人に話しかけてみようか。

 

「こんにちは!」

『……?』

 

 道のすみっこに座り込んでいたその人は、わたしの声に反応してゆっくりと顔を上げた。

 

「すみません、道を教えてほしくて」

『やあ。きょうは、いいてんき、だね』

「え? そうですね。お日さまが気持ちいいです」

『みち、ね。きみは、まいご、かな?』

「はい。ここに行きたいんですけど、わかりますか?」

『おひさま。いいね。ぽかぽか、だ』

 

 その人は大きな体を揺らして、鼻水を垂らしたまま、ニカーッと笑う。

 

『きみ、まいご。ぼくも、まいご。いっしょ、だね』

 

 ……あれれ。道は知らないっぽい。

 

「サラさん? 人助けは感心だけど、迷子が迷子を抱えてどうするのかしら」

「わたしもびっくりだよ。でも、この人をこのままにはできないかなって」

「どう見ても大人じゃないの、放っておきなさいな。まずは自分たちを最優先に考えなきゃ。時間通りに指定された場所へ向かう必要があるんだから」

 

 それはそうなんだけど。

 この人、しゃべり方や仕草は子どもみたいだ。今はわたしが腰に下げた【萌芽の横笛】を引っ張って遊んでいる。

 

『わあ。ぼく、これ、しっているよ。おとが、なるよ。きれいな、おとだ。ふいて。ねえ、ふいておくれよ』

「うーん。じゃあ一曲だけ」

「ちょっと」

「すぐに終わるから」

 

 【横笛】を構えて、頭に浮かんだ譜面を指でなぞった。

 どこかもの悲しい旋律が風に乗って響き渡る。

 なんでバラードを選んだのかは自分でもわからない。ただ、この人に聞いてもらうならこれしかないと思った。

 

 演奏が終わっても、その人は目を閉じて残響に耳を澄ませていた。ゆっくり十秒数えてから立ち上がり、ふるふると力なく首を振る。

 

「気に入らなかった?」

『ううん、よかった。すばらしいよ。でも、そーまじゃ、ない。ますたーも、いない。それが、とても、かなしい』

「よくわからないけど……あなたの大切な人なんだね」

『かぞくが、いたよ。ここにも、いた。だけど、いない。もう、どこかに、いってしまった』

 

 悲しみに押しつぶされてしまいそうな声だ。

 さびしい、つらい、苦しい。言葉にならない悲鳴を聞いていると、わたしも涙がこぼれそうになる。

 

『ひびく、おもい。つながる、こころ。それは、だれにも、たちきれない。だから、ぼくは、たびをする』

 

 つぶやきは力と意思がこもっていた。

 まるで自分をはげますような言葉だった。

 

『じゃあね、ばいばい。ぼくは、ふーる。【くれまちす・ふーる】。たびびと、さ』

 

 その人は手を振り、ヨタヨタとどこかに立ち去った。

 

「……何だったのかしら」

Rrrr(さあ)?』

「休憩してたんじゃないかな。ずっと歩いてきて疲れてたんだよ、きっと」

 

 さてと。わたしたちもいかなくちゃ。

 他の人に道を教えてもらおう。一人くらいは道を知っているに違いない。それでもダメならメニューのマップを見てスタートの馬車乗り場に戻ればいい。

 理由はわからないけれど、運のいいことに街の人たちはわたしの周りで足を止めている。なにかを期待して待っているのかな、と考えていると、人だかりの中から女の人が進み出る。

 

「サラ様とお連れの方でいらっしゃいますね? ご主人様の言いつけでお迎えにあがりました」

 

 裾の長いエプロン付きのスカートを汚さないようにしながら、きれいにお辞儀をしたのはメイドさんだった。

 見惚れてしまうくらいの美人で、髪をまとめたキャップから二本の角が飛び出している。肌に鱗があるから竜人だろうか。

 

「それはお勤めご苦労様。にしても、よく私達の居場所が分かったわね」

「美しい音色が響いておりましたので。彼らもまた、サラ様の旋律に魅入られたのでしょう」

「そうだったんだ! えっと、ごめんなさい! 用事があるから演奏はこれでおしまいです!」

 

 わたしの言葉を聞いた人だかりは散り散りになる。中には拍手や投げ銭をくれる人もいた。

 喜んでもらえた嬉しさと、褒められてちょっと恥ずかしい気持ちが混ざって複雑だ。ほどほどで切り上げて、わたしはメイドさんの元に向かった。

 

「それでは屋敷までご案内致します」

 

 

 ◇

 

 

 タカクラさん夫婦のお屋敷は、街から少し離れた場所に建つ洋館だった。

 広大な敷地を囲うのはレンガ造りの塀と高い柵。年月を重ねた壁を覆うツタ、閉め切られた鎧戸、どれもレトロな外観でおもむきがある。庭園には遊具や射的場、テニスコートのようなスペースまであった。

 

「ご主人様は体を動かす遊戯も嗜まれます。あちらの花壇は奥方様が手ずからお育てになったものです」

「すごい広いね! 学校の校庭何個ぶんかな」

「金持ちの道楽だわ……いくら使ったのやら」

 

 洋館は二階建てで、横に広い構造だ。上から見るとコの字型になっている。玄関はコの字の縦線部分だね。

 シックな木製の扉を開けると、テレビやドラマで見るようなお決まりの内装が目の前に広がる。天井にキラキラしたシャンデリアが吊るされて、床には足が沈むくらいふかふかの絨毯。正面の階段と踊り場、そして二階まで敷かれていた。廊下には絵画、銅像、珍しい装備品といったレアアイテムが飾ってある。

 

「ご主人様の蒐集品です。ごく一部に過ぎませんが」

「もっとあるんですか? 見せてもらうことって……」

「私の一存ではお答えしかねます」

 

 そう簡単にはいかないか。

 目に入るところに煌玉獣は飾られていない。価値の高いコレクションは別の場所にしまってあるんだろう。

 

(本人を問い詰めるのが手っ取り早いんじゃない?)

(だね。でも暴力はダメだよ)

 

 短剣状態のマーナガルムを握るアリアリアちゃんをたしなめる。メイドさんを人質に、とか考えないでね。

 

「ご主人様、サラ様をお連れしました」

 

 メイドさんはノックをした後、扉を開けてわたしたちを部屋に招き入れる。

 

「この先が客間となります。既に皆様お揃いです」

 

 どうやらわたしたちで最後だったみたいだ。

 緊張しながら中に入ると、話し声がピタリと止んで、視線がいっせいに集中するのを感じた。

 お菓子が載った長机に座っているのは全部で九人。空いている席は二つ。わたしとアリアリアちゃん、メイドさんを合わせたら十二人が今回のお茶会のメンバーらしい。

 性別や年齢はバラバラ。ただ、わたしたちのほかに子どもはいない。一番奥にいるおじいさんとおばあさんがタカクラ夫婦だろう。

 

「ムォッホン。ようこそおいでになられた。儂がゲンジ・タカクラだ。こちらは家内の」

「ユウコ・タカクラです。ふふ、かわいらしいお客様が来てくれて嬉しいわ」

 

 ちょっと険しい顔をしたおじいさんがゲンジさんで、優しそうなおばあさんがユウコさんだね。

 

「サラといいます! よろしくお願いします!」

「Mr.タカクラ、Ms.タカクラ。本日はこのような席にお招きいただきありがとうございます。彼女の護衛として参りました、アリアリアと申しますわ」

「うむ、グリオマンから話は聞いている。代理とはいえ客は客だ。是非楽しんでいってくれ」

 

 勧められるまま、わたしは席に腰掛ける。

 するとメイドさんが何もないところからティーセットを取り出して、お茶を注いでくれた。すごい、手品みたい!

 仕事を終えたメイドさんが部屋のすみっこに立ったところで、ユウコさんがこう言った。

 

「全員が揃ったのだから、まず自己紹介をしましょう」

 

 みんな初対面だもんね。慣れている様子だし、お茶会はいつもこうやって始まるのかも。

 自己紹介を済ませたタカクラ夫婦とわたしたち以外で、一人ずつ名前を言っていくことになった。

 

「ネイサン・ハンターだ。好物はハンバーガーとレアステーキ。あとは妻の手料理だな」

 まずはたくましい男の人。筋肉が服から盛り上がっている。笑ったときに真っ白な犬歯が目立った。

 

「ポラリスです。普段は西方三国を渡り歩いています」

 次は中性的な顔立ちの美人。髪が長くて、ローブを着ていると魔法使いみたい。両目は眼帯を巻いて隠している。

 

「私の名前は赤井ドイル。ただの一般人だ」

 胸を張ってふんぞりかえる青年。帽子にコート、煙管をくわえた格好はある職業を連想するね。

 

「ブラン・ゴーシュラムと」「ノワル・ドロワラム」

「見ての通り」「双子よ」

「「よろしく」」

 白髪のブランさんと、黒髪のノワルさん。顔はそっくりで、髪と装備の色以外だと見分けられそうにない。

 

「はーい僕はカフカ! 自由の国のH大卒、商社勤めです! ちなみに今のは全部嘘ー!」

 わざわざ立ち上がる女の人。陽気な感じだ。でもバベルのなんちゃって《真偽判定》が反応している。

 

「……ムカダテだ。この屋敷で雇われている」

 かすれた声をしたおじさん。見た目はしわくちゃだけど、動きはなんだか若々しい。

 

「私もでございますか? ……かしこまりました。TYPE:ガーディアン、【愛埋母娘 ドラゴンメイド】でございます。屋敷の管理を任されております。お困りの際は何なりとお申し付けください」

 最後にメイドさん。

 

 これで全員の自己紹介が終わった。

 一度にたくさんの名前を聞いたから、ごちゃ混ぜにならないようにあとで整理しておこうかな。間違えたりしたら失礼だものね。

 

「さて……本題に移るか。今から、ここにいる者はゲームのプレイヤーだ。勝者には儂ができる限りの望みを叶えよう」

 

 とたんに部屋の空気がピンと張り詰める。

 お互いに様子をうかがい、出し抜こうとする緊張感。

 何のゲームをするのかという疑問。

 そして自分が勝つという強い思い。

 お茶のカップが震えているのはみんなの気迫のせい?

 

「前置きは十分だジェントル。それで、俺たちが競う内容は? チェスか? それともポーカー? TRPG? ボードゲーム? ダーツやビリヤードなんてのもあるな。別にスポーツや、決闘(デュエル)でも構わないが」

「落ち着け、ミスター・ハンター。純粋な力比べは儂らが楽しめんだろう。今回のゲームは――謎解きだ」

 

 ネイサンさんはあからさまに残念そうな顔をする。よっぽど腕に自信があるんだろう。

 でも安心したよ。頭を使うゲームなら、直接対決のバトルよりは勝つチャンスがある。

 

「ルールは簡単だ。『失われたものを探し出せ』。範囲は屋敷内。中庭はありだが、外の庭園は含めない。制限時間は七度、日が沈むまでとする。何か質問は?」

 

 ゲンジさんの問いかけに、まず手を挙げたのは赤井ドイルさんだった。

 

「『失われたもの』とは何だね? 具体的な特徴は?」

「答えることはできん」

「それはいくらなんでも無理難題だろう! 手がかりもなく、存在するかも分からないものを探せだと? 仮に見つけたとして、それが正しいか判別できなかったらあなたは簡単に言い逃れできてしまう!」

「ふむ……ではヒントを与えよう。それは『この場の全員が正解と分かるもの』だ。他には?」

 

 次に発言したのはポラリスさんだ。

 

「私からも一つ。制限時間についてですが、少し長過ぎはしませんか?」

「儂は妥当な設定だと考えている。ちなみに制限時間内であれば、途中のログアウト・ログインは咎めない。気兼ねなく休息を取り、ゲームを楽しんでくれ」

「では、制限時間までに誰も目標を達成できなかった場合はどうなるのです?」

「勝者は無し、ということになる。他には?」

「はいはいはーい」

 

 ぐいと、カフカさんが身を乗り出してアピールする。

 

「このゲームって、おじいちゃんたちも参加するの? 答えを知ってるんだからズルくない?」

「確かに、儂とユウコは正解を知っている。故にプレイヤーではあるが積極的に参加することはない。それぞれ屋敷の一室にとどまり、制限時間直前になるまで行動しない」

「じゃあ追加で質問。『失われたもの』を見つけたとして、それを奪った場合はどうなるの?」

「言うまでもないことだけど、これはゲーム。皆が楽しく遊ぶために、乱暴は控えてちょうだいね。あまりひどいと失格になってしまうわ」

 

 なるほど。ユウコさんの注意はありがたいね。

 デンドロは他のプレイヤーを攻撃できるから、レベルの高い人が一人勝ちしないようにするルールってことだ。

 

「……質問は出揃ったようだな。ゲーム中、気になったことがあれば随時質問は受け付ける。ただし必ず答えるとは限らない。それと、プレイヤー一人につき一部屋、鍵のかかる寝室の使用を許可する。自由に利用してくれ。それでは――ゲーム・スタート」

 

 ゲンジさんの宣言でみんなはいっせいに立ち上がり、客間を出ていった。

 残ったのはわたしとユウコさん、そしてメイドさんの三人だけだ。

 

「……あら。あなたは探しに行かないの? 先を越されてしまうかもしれないわよ?」

「お菓子が食べたくて。いちおうお茶会ですから」

「まあ! そう言ってもらえると嬉しいわ。これ、私が作ったのよ。はいどうぞ。食べて食べて」

 

 質問タイムの間、こっそり作戦会議をした。

 わたしの目的は煌玉獣。だからタカクラ夫妻に聞いてみるのが一番の近道。ゲームのクリアは後回しでいい。

 というわけで、わたしとアリアリアちゃんは別れて行動することにした。ルールがあるから、ゲーム中は危ないことも起きないだろう。

 アリアリアちゃんは謎解きゲームに。

 わたしはタカクラ夫妻とお話しする。

 ゲンジさんが客間から出ていってしまったのは予想外だったけれど、今はユウコさんと二人(メイドさんを入れたら三人)で話せる機会だ。

 

「どうかしら? お口に合うといいのだけど」

Rrrr(あまい)!』

「とってもおいしいです! お茶会のときは、いつも手作りしてるんですか?」

「そうなの。メイさん……ドラゴンメイドのことね。彼女がいるから家事は任せていいと分かってはいるのよ? でも、やっぱりお客様をもてなすお茶菓子くらいは妻の私が用意したいじゃない」

「そのような事を仰られないでください。私など、奥方様の足元にも及びません」

「本当に? だってあの人、最近はメイさんの料理ばかり口にするのよ。お茶会のお客様も、お菓子に目もくれずゲームばかりなんだもの。なんだか張り合いがないわ」

「そんなことないと思います! だってこのお菓子、こんなにおいしいんですよ! ゲンジさんもおいしいって思ってくれてるはずです! これも食べさせてあげたいくらい!」

「あらそう? そこまで言うなら……メイさん、悪いのだけどいくつか包んであの人に届けてくれる?」

「かしこまりました」

 

 指示通り、メイさんは布で包んだお菓子を持って部屋を出ていった。

 思ったままにお菓子のおいしさを力説しただけなのに……これはもしかしてラッキーなんじゃ?

 

「てっきり二人は客間で待つのかと思ってました」

「私は客間(ここ)、あの人は書斎で待機する手はずなのよ」

「書斎ってどこにあるんですか?」

「二階の東、突き当たりの部屋よ。ここは一階だから、プレイヤーが質問しやすいように分かれたのね」

 

 なるほど。何度も階段を昇り降りすると大変だもんね。

 

「そうだわ。食べながらでいいから、あなたのお話を聞かせてちょうだいな。ゲームの中でもないと、若い人と接する機会がないの」

「よろこんで! ジェイド……あ、この子の名前なんですけど……」

 

 それからしばらく、わたしは自分がデンドロで体験したことをユウコさんに話した。ユウコさんはときどき相槌を打って、楽しそうな反応を返してくれる。

 あれ? なにか忘れているような。

 

Rrrr(ちょうさは)?』

「あ!」

「サラちゃん? 急にどうしたの?」

 

 いけない。話すのが楽しくて、目的を見失っていた。

 

「気になってたことがあるんですけど、廊下に飾ってあるものはゲンジさんのコレクションですよね?」

「ええ。あなたのように戦ったりはできないけど、商売をして、アイテムを集めるのもゲームの醍醐味だからって。それが何か?」

「わたし、レアアイテムに興味があるんです。よかったら飾られてないコレクションも見せてもらえませんか?」

「……そうねえ。見せてあげたい気持ちはあるのだけど、あの人に聞いてみないと何とも言えないわ」

 

 むむむ。ちょっと突然すぎたかな。

 あんまりしつこいと怪しまれてしまう。今、ユウコさんから話を聞くのはこれが限界かも。

 こうなるとゲンジさんとお話しなきゃだ。

 そろそろお茶会を失礼して、二階の書斎に向かおうか。

 

 ふと顔を上げると、閉じた窓の隙間からは真っ暗な闇が差し込んでいた。

 お話に集中していたから夜になったことも気がつかなかった。お日さまが沈むのはあっという間だね。これで早くも制限時間の一日が過ぎてしまったことになる。

 

「そういえばユウコさん。メイさん遅いですね」

「確かに、もう戻ってきてもいいはずだわ。二階に行くだけでこんなに時間がかかるものかしら」

 

 ……なんだかいやな予感がする。

 

「ユウコさん! 書斎に行きましょう!」

「え? ええ」

 

 わたしたちは急いで二階に向かう。

 このお屋敷は広いから、わたしが全力で走って書斎までは数分以上はかかる。

 バタバタと走る足音を聞きつけて、他の参加者もなんだろうと後をついてきた。

 

 ユウコさんの言葉通り、書斎は東の廊下の突き当たりにあった。扉には鍵がかかっていてびくともしない。

 

「鍵はありますか!」

「か、鍵……ええと、あの人が持っているものと、メイさんのマスターキーだけよ」

 

 つまり開けられない……!

 

「あら、部屋に入れないの? ならこうすればいいじゃ、ないッ」

 

 一瞬のためがあって、ヒュッと空気を切る音がした。

 頭の上を通ったなにかが鍵ごと扉を吹き飛ばす。

 力・イズ・パワーの力技。こんなためらいのない蹴りをできるのは一人しかいない。

 

「ナイスだよアリアリアちゃん!」

「どういたしまして。……何かあったみたいね」

 

 異変を察したアリアリアちゃんはルゥを呼び出した。

 わたしもジェイドに警戒をうながす。

 書斎に入ったわたしたちは、信じられない光景を目にして固まった。

 倒れた本棚、ビリビリに破れた紙。するどい刃物で斬ったような傷が壁や床一面につけられていて、無事なものはひとつとしてない。それは物に限らず。

 

 ――メイド服の女性が、血だらけで倒れていた。

 

「メイさん!」

 

 大声で叫んだユウコさんは駆け寄って、血の池からメイさんを助け起す。

 

「奥方様……申し訳ありません」

「大丈夫なの!? いえ、喋らないで。まずは手当を」

「私のことは、いいのです……それよりも、ご主人様が……」

 

 メイさんの指差す先。

 書斎の中心。立派な机と椅子があっただろう場所。

 今はもうガラクタになってしまった家具の隣に、大量のアイテムが散らばっていた。

 お金(リル)の袋や装備品など、<マスター>がアイテムボックスの中身を落としたか(のドロップアイテム)のように。

 

「嘘……だよね……?」

 

 安全だったはずの謎解きゲームは――ゲンジさんのデスペナルティで、殺人事件に変わってしまったのだった。

 

 To be continued

 


サラのノート

 

ゲームのルール

・『失われたものを探し出せ』

 →参加者の全員が正解とわかるもの

 →力づくで奪うのは×

・屋敷の中だけ、中庭はあり

・制限時間は『七度、日が沈むまで』

 →タイムオーバーは勝者なし

・ログイン・ログアウトは自由

 →鍵つきの寝室が使える

・タカクラ夫婦は答えを知っている

 →質問できる、部屋から動かない

 

参加者リスト

・わたし(サラ)

 

・アリアリア

 

ゲンジ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ

 

・ユウコ・タカクラ

 →夫婦、客間(1F)で待機

 

・ネイサン・ハンター

 →力自慢?

 

・ポラリス

 

・赤井ドイル

 

・ブラン・ゴーシュラム

 →双子、白髪

 

・ノワル・ドロワラム

 →双子、黒髪

 

・カフカ

 →嘘つき?

 

・ムカダテ

 →タカクラ夫婦に雇われている

 

・メイさん(ドラゴンメイド)

 →TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>

 →屋敷のマスターキーを持っている




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<はい、前半は今後の伏線

(U・ω・U)<そして後半はミステリーの導入でした

Ψ(▽W▽)Ψ<作者は推理もの書けるドラ?

(U・ω・U)<おそらくメイビー無理でござる

(U・ω・U)<不備があったら修正入れるので、あたたかい目で見守ってください

(U・ω・U)<ひとつだけ読者にヒントをあげるなら

(U・ω・U)<犯人はこの中にいる


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迷探偵の事件簿

 □タカクラ邸・二階東 書斎 【高位従魔師】サラ

 

「全員、その場から動かないでもらおうか」

 

 事件現場を前にぼうぜんとするわたしたち。

 荒事に慣れてそうな数人はすばやい判断で動き出そうとして、だけど赤井ドイルさんの一声に足を止める。

 

「スキルの使用もなしだ。現場を荒らしてもらっては困る。当然ログアウトは論外だな。容疑者を逃がすわけにはいかない。皆、この場は私に従ってくれ」

「どうしてお前の言うことを聞かなきゃならない?」

「簡単なことだ、ネイサン・ハンター。なぜなら私が専門家であり、目の前の事態に対して適役だからだよ」

 

 冷静な態度に、みんなも落ち着きを取り戻す。

 部屋が静かになったところで彼は口を開いた。

 

「驚かれるかもしれないが、私のジョブは【名探偵】だ」

「だよね」

 

 鹿撃ち帽にインバネスコート、煙管。

 どこからどう見ても探偵の格好だ。

 たしか【名探偵】は探偵系統の上級職だっけ。

 《看破》《真偽判定》《心理分析》なんかのスキルを使えると、クエストで知り合ったイケメンのお兄さんが言っていた気がする。

 

「そして私の<エンブリオ>はあらゆる欺瞞を見破る。誰が犯人だろうと隠し事は無意味だ。この赤井ドイルの名にかけて! 必ず真実を暴いてみせよう」

 

 まず赤井ドイルさんは書斎を見回し、スクリーンショットを撮る。次にメイさんの傷をじっくりと確認した。その間ブツブツと何かを考え込んでいるようだ。

 

「探偵さん、先にメイさんを治療していいかしら?」

「問題ない。彼女に死なれては困る」

「はい! わたしお薬持ってます!」

 

 わたしが差し出した【快癒万能霊薬】は効果十分だったみたいで、メイさんの傷はみるみるふさがっていく。これで一安心だね。

 

「ゲンジ・タカクラ以外の参加者は全員揃っているな。今から一人ずつ質問をしていく。虚偽の返答は自分の立場を危うくするだけだから注意したまえ」

「ちょっと」「待って」

「何だね、ブラン・ゴーシュラム、ノワル・ドロワラム。これはアリバイを確認するための様式美なのだよ」

「アリバイとか」「容疑者とか」

「「私たちを疑っているの?」」

「当然だ。この屋敷には我々以外いない。ここにいる十名の誰かが殺人事件の犯人なんだ」

「この男ナチュラルに自分を抜いたわ」「正しくはあなたを入れて十一名」

「「それに他の誰かが出入りしているかも」」

「え? あー……それは……そのう」

「それはない」

 

 言いよどむ赤井ドイルさんの代わりに、ムカダテさんが第三者の存在を否定する。

 やけにはっきりとした答えだ。根拠があるんだろうか?

 

「……中庭に向いたもの以外、屋敷の外に繋がる扉と窓は施錠されている。閂や鎧戸で厳重にだ。それとゲーム開始以降は建物が破壊不能になっていた」

「そう! 私もそう言おうとしていたのだ! つまりこの屋敷は閉じた空間になっていた。心当たりはあるかな、ユウコ・タカクラ?」

「ゲームを面白くするためなら、あの人はそれくらい準備してのけるわね」

 

 つまり、ゲームが始まってからは誰も屋敷に入って来たり、出て行ったりはしていないということだ。

 あれ、ならログアウトはどうなんだろう?

 気になってこっそりメニューを操作してみる。

 

【他者接触状態につき、ログアウトできません】

 

 ……なんで?

 

(多分テリトリーかキャッスルの<エンブリオ>ね。この屋敷全体を覆っている。おおかた出入禁止と破壊不能でも付与してあるのかしら。結局、あのお爺さまはログアウトさせる気なんてなかったのよ)

(なるほど。アリアリアちゃんが扉を壊してたのは?)

(屋敷内の出入りには効果がないんでしょ)

 

 ないしょ話をしていると、ちょうど赤井ドイルさんとユウコさんもおんなじ話をしていた。

 

「<エンブリオ>か。あなたでも解除は可能かね?」

「ええ。できます」

「待て待て! それじゃ謎解きはどうなる? 願いを叶えるってのは? 俺たちは何のために集まったんだ?」

「空気を読みなさいネイサンくん。その権利が欲しいから、ゲンジ氏を害してでもゲームに勝利しようとした不届き者がいるかもしれないという話です」

「……そうね。お客様を満足させずに返すことも、犯人を野放しにすることもできません。なにより、夫の不在に高倉の家を守るのは私の務めです」

 

 ユウコさんはキッと顔を上げて、力強く宣言する。

 

「ゲームはこのまま続行します。並行して、皆さんは犯人を見つけ出してくださいな。どうかお願いします」

 

 わたしはゲームを中止したほうがいいんじゃないかなと思ったけど、ユウコさんの迫力になにも言えなかった。

 うやむやに終わったら犯人がわからないまま、罰を受けさせることもできないって考えたら、しょうがないのかもしれない。

 

「必然的に、犯人はこの場に集まった諸君に限られる。各々のアリバイを確認しようか」

 

 最初に赤井ドイルさんは自分の行動を説明する。

 

「私はゲームが始まってすぐに屋敷の全体を見て回った。単独行動ではあったが、他の参加者と度々すれ違ったから、完全に一人でいた時間は長くない。そもそも非力な非戦闘職で武器を持たない私ではゲンジ・タカクラとメイドを傷つけることは難しいが」

「根拠としては弱いのでは?」

「では、はっきりと言おう。私は彼らを害する行動を取っていない。《真偽判定》で確認してくれ」

 

 ポラリスさんは頷いて先をうながす。

 わたしもバベルで嘘はないと確かめたよ。

 赤井ドイルさんは左手の紋章から立派な椅子を呼び出して腰掛けた。

 ぴょこんと鹿撃ち帽に猫?の耳が生える。

 あれが嘘を見破るという<エンブリオ>だろう。

 

「さあ、次は誰だね。ちなみにこの耳は猫ではなく豹だ。オセのスキルを使うとこうなる。気にしなくていい」

「では私が」

 

 名乗り出たのはユウコさんだ。

 

「といっても、私はずっと一階の客間にいたわ。サラちゃんが証人よ」

「そうです! お茶を飲んでお話してました! 途中まではメイさんも一緒で……ゲンジさんにお菓子を届けに行って、帰りが遅くて心配で見にきたらメイさんが倒れてて」

「分かった、君たちにはアリバイがある。ドラゴンメイドはどうだね。話せるか?」

「はい……仰られた通り、私はご主人様のいる書斎に向かいました。ですが、部屋に入ったところで背後から襲われた……と記憶しております」

「相手の顔は見ていないのか?」

「襲われたのは突然のことでしたので、振り向く暇もありませんでした」

「そうか……残念だ」

 

 口でそう言いつつ、赤井ドイルさんはちょっと嬉しそう。というよりワクワクしている?

 次にネイサンさんとポラリスさん。

 

「俺はこいつと屋敷の東にいた。もちろん俺はジェントルを殺していないぞ」

「考えることが同じだったようです。私達は二階を探索してから一階に降りました。場所が場所だけに、潔白を主張するのは苦しいところですが……私もゲンジ氏を殺してはいません」

「君たちは書斎に入ったかね?」

「俺だけな。ジェントルは本を読んでくつろいでいた。ヒントはないのかと聞いたら無視されたよ」

 

 犯人がゲンジさんを殺したのは、ネイサンさんが書斎に入ったあとになるわけだ。

 そしてアリアリアちゃんとブランさん、ノワルさん。

 

「私は双子と一階の西にいたわ。やけに錠前がたくさんついた扉があったからぶち抜……開けられないかと思って」

「無理だと言ったのに」「この金髪ドリル」

「「バーサーカー」」

「うるさいわね! 結局開けられなかったから、ゲンジさんに何の部屋か尋ねに行ったの。まあ、そこのムキムキ男が書斎に入っていくのを見て出直したけれど。その後はずっと鍵を持っていそうなメイドを探していたわ」

「ではゲンジ・タカクラを殺してはいない?」

「殺してないわ」

「そうね」「そうよ」

 

 アリアリアちゃんは煌玉獣がありそうな場所を探してくれていたんだね。

 あと残っているのはムカダテさんとカフカさん。

 

「……中庭にいた。殺しはしていない」

「一人でずっとか? 探索もせずに?」

「……証明はできん。それと、一階の西は物置きだ」

 

 ムカダテさんはそれだけ言って黙りこむ。

 ただの物置きにしては警備が厳重そうだけど。

 

「ふわぁ〜……あ、僕の番? 悪いけど一人で適当にぶらぶらしてたから覚えてないよ」

「誤魔化しているわけではないな」

「必要がないからね――おじいちゃんを殺したの僕だから」

「…………!」

 

 突然の自白に空気が凍る。

 ……でも。

 

「それは嘘だ。なぜ自分が不利になる証言をした?」

「さてね。それを推理するのが探偵の役目だよ」

 

 高まった緊張を気にかけず笑い飛ばすカフカさん。

 なんだかあやしい。ただ『殺した』のが嘘なら、犯人じゃないってことになる……よね?

 

 これで証言は出そろった。

 明らかな嘘をついている人は(カフカさんを除いて)いない。本当にこの中の誰かが犯人なんだろうか?

 

「案ずることはない。謎は全て解けた!」

 

「本当なの、探偵さん?」

「なに、簡単な推理だよ。証言からアリバイがないのはムカダテとカフカの二名。そしてムカダテは殺していないと明言している。つまりカフカ、お前が――」

「犯人だと」「言うつもり?」

「彼女の証言は」「あなたが嘘だと言った」

「「数秒前の会話も忘れたの?」」

「――犯人だと凡人は考えるだろう。だが私は違う。私は【名探偵】なのだから。……えー、であるからして……」

 

 なんだか赤井ドイルさんの歯切れが悪い。

 視線があっちこっちに動いて、言葉をひねり出そうと考えるのに必死だ。

 

「ドイル氏。アリバイがないのはあなたと、ドラゴンメイドも含むのではありませんか?」

「そ、そうだな。そうだとも。私は当然シロだ。やっていない。自分のことは自分が一番理解している。……ということはだ。犯人はドラゴンメイドなのでは?」

 

 なにそれ! そんな思いつきみたいな推理でメイさんを疑うなんて!

 ゲンジさんがデスペナルティになって、自分まで傷ついて、あんなに悲しそうな顔をしているのに!

 

「そうだ……考えてみたら、被害者を装って容疑から逃れる手口は古典的だな。身内ならばゲンジ・タカクラの警戒は薄く、機会を窺いやすい」

「……身の潔白を立てることはできません。ですが、私はご主人様を殺してなどいません! 本当です!」

「だが、ドラゴンメイドは<エンブリオ>だ。<マスター>のユウコ・タカクラが彼女を利用して犯行に及んだ可能性は捨てきれない!」

「私はあの人を殺すことなんてしないわ。メイさんだって、ガーディアンだけど戦闘能力はありません」

「確認する。……ふむ、ステータスは亜竜級未満か。ちなみにゲンジ・タカクラのジョブと合計レベルは?」

「【大商人】でレベルは二百と少し。戦闘職には就いていなかったはずだわ」

「なるほどな。考慮はするが、極論レベル0でも人は殺せる。君たちの疑いを晴らすものではない」

「待ってください! それなら誰でも、赤井ドイルさんだってできます! おかしいじゃないですか!」

「うっ……だ、だが! 怪しいものは怪しい! 状況証拠というやつだ!」

 

 じっとにらむわたしに言い訳をするように、赤井ドイルさんは声を張り上げる。

 そんなわたしたちを見かねて、アリアリアちゃんが代わりに手を上げた。

 

「発言いいかしら。仮にその推理が正しいとして、動機は? 他の参加者は『失われたもの』の在処を聞き出そうとしたと考えたら納得できるわ。でもタカクラ夫人が夫を殺す理由……メリットは何?」

「そ、それは……情報が不足している。断言できない」

「分からないと素直に言いなさいな。家人が襲われ、客を危険に晒して面子を失う。タカクラ夫人はこの件で受けた不利益の方が大きいのではなくて? そこを説明してもらわないと真実からはほど遠いわよ、名探偵さん」

「……しかし状況証拠が……アリバイが……」

 

 おお、すごいや。アリアリアちゃんが優勢だよ。

 

「デンドロにはジョブと<エンブリオ>があるわ。現実世界の殺人事件と違って、未知の方法で人を殺害することができてしまう。ぶっちゃけアリバイなんて無意味よ」

「……」

「でも私たちが人間であることに変わりはない。人間の意思決定はすべからく原因から生じる。だからアリバイやトリックも重要だけど、動機……『どうして』という理由に焦点を当てるべきだとは思わない?」

 

 アリアリアちゃんの意見に数人がうなずいている。

 いいね。みんなも、赤井ドイルさんの推理は無理があると思っているみたいだ。このまま押し切れー!

 

「皆さんそれくらいで。言い合いをしていても仕方がありませんよ」

 

 もう一押しで完全勝利のところでポラリスさんが間に入る。残念、あとちょっとだったのに。

 

「確かにドラゴンメイドは怪しい。しかし動機が考えられない。他の参加者が犯人かもしれない。分かります。そこで提案が。時間を置いてみるのはいかがですか」

「何?」

「冷静になりましょう。どうせゲームは続行するのです。我々が他所に意識を向けていたら、気を抜いた犯人がぽろっと尻尾を出してくれるかもしれませんよ。ここは一旦お開きにするということで一つ」

「……分かった。だが疑わしい人物は交代で監視するべきだ。これは譲れない」

「そうね。不便をかけてしまうけれど、一箇所にまとまってもらうと都合が良いと思うわ」

 

 そのあとの話し合いで、アリバイのない四人とユウコさんには最低一人の見張りを立てることになった。

 メイさんが「散らかった書斎を掃除したい」と言うので、監視される側の人たちは書斎に待機。

 残りは交代制で見張りをして、休憩時間に謎解きゲームを進めるという形で話はまとまった。

 

 

 ◇

 

 

 参加者に割り当てられたのは二階東の個室だった。見張りを交代するのに部屋が近いほうが便利だからだ。

 中はわたしの家のリビングとおんなじくらいの広さがあって、閉め切った窓から光が漏れている。お日さまが昇るのは早いね。体内時計がズレそうだ。

 

 今は見張りをお休みする時間。わたしの部屋にアリアリアちゃんを招いて作戦会議をしている。

 

「さっきはありがとう!」

「安心するのは早くてよ。名探偵には詭弁が通じたけれど、やっぱりアリバイとトリックは重要な証拠だわ」

 

 アリアリアちゃんは膝に乗せたルゥをなでて、大きなため息をつく。

 

「面倒なことに巻き込まれたわね。タカクラさんを殺した犯人を見つけないことには煌玉獣探しどころじゃない。妙な動きをして怪しまれたら、私たちが濡れ衣を着せられちゃうもの」

「ユウコさんは教えてくれなかったし、ゲンジさんはお話する前にデスペナだもんね」

 

 これで手がかりはゼロ。ヒントなしで広いお屋敷を探すのはたいへんだ。ゲンジさんのデスペナルティが明けるのを待つか、事件を解決するのが確実だろう。

 ただ待っているくらいなら、犯人を見つけてユウコさんとメイさんの疑いを晴らしたい。

 

「誰が犯人なのかな」

「そうね……サラさんはどう思う? さっきの話し合いで怪しいと感じた人はいた?」

 

 わたしとアリアリアちゃんを抜いて九人。

 そのうちアリバイが証明できないのは襲われたメイさんを入れて四人だ。

 

「ユウコさんとメイさんは違うと思う。人を殺すような人じゃない、っていうのがお話ししたらわかるもん」

「直感だけで他の参加者に納得してもらうのは難しいわよ。他に根拠はあるかしら」

「うーん……えっと、ユウコさんはわたしと話していたからアリバイがあるよね。メイさんは……傷」

「傷?」

「背中についてたんだ。うつ伏せに倒れてたからよく見えた。もしメイさんが犯人なら、自分の背中に傷をつけるのはむずかしいと思う」

 

 するどい刃物でななめに切られたような傷だった。服が裂けて、血がたくさん流れていたから間違いない。

 すごい手が長かったら自分で傷をつけられるけど、他の人に襲われたって考えるほうが自然だ。

 

「あやしいと思ったのはカフカさんかな。どうして自分が疑われるような嘘をついたんだろう」

「ま、普通に考えたら他の誰かを庇うためかしら」

 

 だとするとカフカさんは犯人を知っている?

 うーん、わからないことばかり増えてくよ。

 

「私が怪しいと感じたのはポラリスよ」

「赤井ドイルさんじゃなくて、ポラリスさん?」

 

 ヒートアップした話し合いを収めてくれたし、優しい人に見えたよ?

 

「探偵は……どう見てもただの推理小説マニアよ。残念なことに迷探偵止まりの」

 

 目の前で物語のような殺人事件が起きて興奮したのね、とアリアリアちゃん。

 辛口な評価に納得できてしまうのが悲しい。

 

「こっちが本題ね。ポラリスがシロならあの場で様子見を提案する必要がないの。ローラー式に問題を突き合わせて《真偽判定》をかけていけば自ずと犯人は浮かび上がる。仲裁だけなら私も気にしなかった。でも話し合いを区切って時間を空けるのは不自然よ」

「たしかに。時間稼ぎってこと?」

「それでも承諾するしかなかったけれど。周囲が納得している中で私だけごねたら痛くもない腹を探られるわ」

 

 この状態は相手の想像通りになっているのか。

 ポラリスさん以外が犯人でも、残っている証拠を隠したりアリバイ工作をしたりと余裕ができる。

 こうして休んでいる間にどんどん犯人が有利になっていく……それってピンチだよ!

 

「わたしたちも動こう!」

「ええ。でも闇雲に突撃したら空振りになる。ここは慎重に、かつ大胆な電撃戦で犯人の意表を……ちょっとサラさん!? 引っ張らないでちょうだい!」

「いいから! ほら、ゴーゴー!」

「ああもう分かったわよ!」

 

 

 ◇

 

 

 個室の扉をノックすると、すぐに中の人が出てきた。

 

「おや……こんにちは。何か、私に御用ですか?」

「はい! あなたに聞きたいことがあってきました――ポラリスさん」

 

 To be continued

 


サラのノート

 

ゲームのルール

・『失われたものを探し出せ』

 →参加者の全員が正解とわかるもの

 →力づくで奪うのは×

・屋敷の中だけ、中庭はあり

 →外への出入口に鍵、破壊できない(“New!”)

・制限時間は『七度、日が沈むまで』

 →タイムオーバーは勝者なし

ログイン・ログアウトは自由

 → ログアウトできない(“New!”)

 →鍵つきの寝室が使える

・タカクラ夫婦は答えを知っている

 →質問できる、部屋から動かない

 

参加者リスト

・わたし(サラ)

 

・アリアリア

 

ゲンジ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ

 →【大商人】(“New!”)

 

・ユウコ・タカクラ

 →夫婦、客間(1F)書斎(2F東)で待機(“New!”)

 →屋敷の出入り不可を解除できる(“New!”)

 

・ネイサン・ハンター

 →力自慢?

 

・ポラリス

 →時間稼ぎをしている?(“New!”)

 

・赤井ドイル

 →【名探偵】、推理小説マニア?(“New!”)

 →嘘を見破る<エンブリオ>(“New!”)

 →アリバイなし(“New!”)

 

・ブラン・ゴーシュラム

 →双子、白髪

 

・ノワル・ドロワラム

 →双子、黒髪

 

・カフカ

 →嘘つき?、誰かをかばっている?(“New!”)

 →アリバイなし(“New!”)

 → 書斎(2F東)で待機(“New!”)

 

・ムカダテ

 →タカクラ夫婦に雇われている

 →アリバイなし(“New!”)

 → 書斎(2F東)で待機(“New!”)

 

・メイさん(ドラゴンメイド)

 →TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>、ステータスは亜竜級より低い(“New!”)

 →屋敷のマスターキーを持っている

 →アリバイなし(“New!”)

 → 書斎(2F東)で待機(“New!”)




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<基本的に登場人物は嘘を吐いたら《真偽判定》に引っかかる

(U・ω・U)<ただし、本人が正しいと思っている発言ならスルー


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星占い

 □タカクラ邸・二階東 【高位従魔師】サラ

 

「立ち話もなんですから、中にどうぞ」

「おじゃまします!」

 

 ポラリスさんのあとに続けて部屋に入る。

 廊下に並ぶ個室はどれもおんなじ造りみたいで、わたしの部屋との違いは家具と窓の位置くらいだ。

 ガチャリという音にびっくりして振り返る。……ああ、なんだ。ポラリスさんが扉の鍵をかけた音だったらしい。

 

「お茶とコーヒーとミルク、どれがお好みですか?」

「……結構。すぐに済む話よ。鍵を閉める必要もないわ」

「用心に越したことはありません。それに私からもお話があります。長く喋ると喉が渇いてしまいますから」

「そう。ならお茶をいただくわ」

「わたしはミルクでお願いします」

 

 ポラリスさんは眼帯をしたまま、器用に飲みものを用意している。両目を隠して周りが見えているのかな?

 

「私の目が気になりますか」

「はい。そのおしゃれな眼帯って透ける布ですか?」

「お洒落……ですか。はは、ありがとうございます。これは光を通さない希少素材を使ったオーダーメイドです。これっぽっちも見えていませんよ」

 

 なにも見えていないとは思えないくらい正確に、わたしたちの前に飲みものが置かれる。

 アリアリアちゃんは口パクで「飲むな」と伝えてきた。

 部屋を訪ねるときに話し合った注意事項だ。ポラリスさんが犯人かもしれないから、毒を警戒して出されたものは食べない、飲まない、フリをする。

 まあ、見えてないならだいじょうぶだよね。

 

「それで、話とはどちらですか」

「どちらって?」

「私とあなた方の共通点はタカクラ夫妻に招かれたゲームの参加者であること、殺人事件の渦中にいることの二点です。どちらかに関連する内容だとお見受けします。私には見えていませんがね」

 

 最後の一言はジョークかな。

 茶目っ気のある笑顔を浮かべるポラリスさん。アバターが整っているからそんな振る舞いがキザに感じない。

 

「ンンッ」

 

 あ、いけないいけない。気を抜かないように。

 

「部屋が乾燥してますね。加湿器を出しましょう」

「結構です。私たちが聞きたいのは後者「両方です!」――ンンッ!?」

 

 いきなりアドリブを入れてごめんね。

 せっかくお話が聞けるなら聞いておきたいと思ったんだ。ポラリスさんから話題を出してくれたし。

 お話したらどんな人かわかる。どんな人かわかったら、なかよくできるかもしれない。

 あとは雑談で手に入る情報が犯人を見つけるヒントになったらいいなーって感じだ。

 

「本当に大丈夫ですか? たしか生姜とカリンの蜂蜜漬けが一壺余っていたはず」

「結構! ……喉は平気よ。お気遣いありがとう」

 

 あなたって人は、という目で見られてしまった。

 だけどアリアリアちゃんは切り替えが早い。すぐポラリスさんとの話し合いに意識を集中する。

 

「よければ、あなたがゲームに参加した理由を教えてほしいのだけど」

「ゲンジ氏に何を望むか、という意味でしたら……私が欲しいのは情報です。超級職の転職条件ですよ」

「超級職? ポラリスさんのジョブって」

「私は【高位占星術師】です。占星術師系統の超級職【占星王(キング・オブ・アストロジー)】を狙っています。名前の通り、天体観測や占術を役割とするジョブですね。初めて頭上を見上げた日から、星を眺めるのが数少ない私の趣味でして」

「へー! いいですね、わたしも好きです!」

 

 田舎や山に行くと、空気がきれいだから星がたくさん見えるんだよね。

 昔、どこかで満天の星空を見て感動したことを覚えている。……あれはいつ、誰と見た景色だっけ。

 

「目が見えないわけじゃないのね」

「こちらの世界では。デンドロのアバターは五感を忠実に再現するそうです。ただ、私は昼間が苦手といいますか、太陽や強い光が直視できないのですよ。なので普段は眼帯で光を遮っています」

「困ることはないんですか?」

「私にはこれが当たり前で、慣れていますから。ああ……でも、一度でいいので現実の夜空を見てみたいと考えたことはあります」

 

 そっか、今まで知らなかったことを知って、ポラリスさんには夢ができたんだろう。

 むずかしいかもだけど、いつか叶うといいな。

 

「ゲームに参加した理由はこんなところです。ゲンジ氏は独自の情報網をお持ちなので超級職について知っていることでしょう。ぜひとも入手したいですが、このような事態になってしまいましたからね」

「それでもゲームは続いているわ。あなたが様子見を提案したから、誰かが吊し上げられることはなかった。逆に言えばお互いを疑った膠着状態のままになっている」

 

 アリアリアちゃんは本題を切り出す。

 大事なのはここからだ。そして危ないのも。

 わたしはいつでも戦えるように準備を整える。

 

「単刀直入に聞くわ。あの場で犯人を突き止めなかったのはなぜ? 考えがあっての行動だったのかしら?」

「…………」

 

 ポラリスさんはじっと様子をうかがっている。

 口を開くべきか、そうでないか迷っているようだ。

 

「……困りました。私が疑われているのですか。信用してもらうため、正直にお答えしたつもりなのですが」

「なら今回もそうなさいな。やましいところがないなら答えられる質問のはずよ」

「疑念を抱いた者に、私の言葉を正しく聞き入れてもらえるとは限りません。私はあなた方を信用します。ですから、あなた方も私を信じていただきたい」

 

 お互いに信用して初めて話せるのだとしたら、よっぽど大事な内容だね。たとえば犯人に聞かれたら困るもの?

 戸締りを念入りにしたのは襲われるという理由のほかに、廊下から盗み聞きをされるのがいやだったんだろう。

 アリアリアちゃんはポラリスさんをまだ疑っている。しかたのないことだけど、それじゃあポラリスさんはいつまでも質問に答えてくれない。

 相手が信用してくれるなら、今度はこっちが歩み寄る番なんじゃないだろうか。よーしいくぞ!

 

「いただきます!」

 

 わたしは出されたミルクを一息で飲み干した。

 

「ん……こ、これは……お、お」

「サラさん!? チッ、やっぱり毒か! 覚悟しなさいポラリ「おいしい!」……は?」

 

 剣を振り上げたアリアリアちゃんは首ギリギリのところで寸止めして、わたしが無事なことを確認する。

 

「すごいおいしいよこれ!」

「当然です。牛一頭からごく僅かしか取れない初物ミルクという触れ込みでしたから。搾りたてを内部時間停止のアイテムボックスにしまっておきました」

「……ちなみに、私のお茶は?」

「王国の貴族に評判な最高級ランクの茶葉を選ばせていただきました。どちらもクエストの報酬で貰ったのですが、一人で飲むにはもったいないなと」

「っ、紛らわしいのよあなたたち!」

 

 アリアリアちゃんは恥ずかしさと怒りをごまかすように叫んで、武器を納めて、お茶を一口飲んでからポラリスさんに向かって頭を下げた。

 

「疑ってごめんなさい。あなたを信じるわ」

「ありがとうございます。あなた方の誠意に応じて質問にお答えしましょう。様子見を提案した理由は……お察しの通りです。私には時間が必要だった」

「犯人でないのなら、なぜ? 参加者が疑心暗鬼に陥っている隙に『失われたもの』を探そうとしたの?」

「違います。私からお二人に聞いていただきたいお話と内容がかぶるのですが、まずはこちらをご覧下さい」

 

 ポラリスさんが両手をかざすと、空中に丸い図形が浮かび上がった。

 円の内側に散らばった点と点が線で結ばれていろんな形を表現している。

 

「わたし知ってるよ! 星座早見盤だよね!」

「星位図、ホロスコープかしら。察するに【高位占星術師】のジョブスキルね」

「正解です。占星術師は星を詠み、運命を占う。上級職止まりの私では時間がかかりますが――過去の事象を解き明かすことは可能です」

「そっか! ゲンジさんをデスペナルティにした犯人がわかる!」

「信用しろっていうのはこれか。疑念十割で聞いていたら罪をなすりつける出まかせに聞こえるわ。今だって、本当なのか半信半疑だもの」

 

 過去に起きたことを知れるなら、占うだけでいくらでも情報をゲットできるね。

 たとえば煌玉獣や『失われたもの』のある場所、超級職の条件に、ジェイドのお母さんについてだってわかるかもしれない!

 

「そんなに便利なものではありませんよ。現在から離れた時間軸を占おうとするほど、得られる情報は断片的になります。星の位置や天気、占う対象によっても成功率が左右されます。最高の結果を得るには最適な星空になるまで……下手をすると百年単位で待つ必要がある。なんとも暇人向けのジョブです」

 

 そっかあ、残念。

 

「条件が整い次第スキルを使います。それまで私は自由に動けません。ですから二人には見張りの仕事を代わってほしいのです。これは信頼できる方にしか頼めない」

「了解したわ。他の参加者には誤魔化しといてあげる」

「そうしていただけると助かります」

 

 誰にも言わずに部屋に閉じこもっていたらみんな心配するし、犯人だと疑われるリスクがある。

 ポラリスさんは信頼できる協力者が必要だったわけだ。

 見張りの順番を確認したら、ちょうどポラリスさんの次がわたしだった。

 時間よりちょっと早めに交代したらいいよね。

 

「そうです。お礼にあなた方を占いましょう」

「いいんですか! やった!」

「……一応確認するけれど。そのせいで本命のスキルが使えなくなったりしないでしょうね」

「ご安心を。スキルを使わない普通の星占いです。それっぽいでしょう?」

「なおさら私は遠慮するわ」

「なんで? 一緒にやってもらおうよ」

「あんまり占い信じてないのよね。所詮は気休めでしょ」

「ポラリスさん、二人ぶんお願いします!」

「ちょっと」

 

 ポラリスさんはホロスコープを覗きこむ。

 本格的な星占いだとプロフィールが必要で、その人の性格や運命がわかるんだとか。

 今回はオリジナルのなんちゃってバージョンで近い将来について占ってくれるそうだ。

 

「まずサラさん。奇特な運命に導かれるようです。様々な思惑はやがて一本の巨大なうねりに収束します。今はひとつひとつの出会いを大事になさると良いでしょう。それがあなたの求めるところに繋がるはずです」

 

 なんだかむずかしい部分があるけど、今はできることをやっていこうってことかな。

 

「あとは、火気と高いところにお気をつけなさい」

「カキ?」

 

 火事に巻き込まれたりするのかな。高いところは煙?

 さっぱりわからない。まあ占いってこういうものかな。注意して、でも気にしすぎないようにしよう。

 

「次にアリアリアさん。凶兆が現れていますね」

「え」

「大きな壁にぶつかり、挫けそうになるかもしれません。裏を返せば自分を見つめ直す良い機会です。己を知り、足りないものを見つけたとき、あなたはこれまで以上の躍進を遂げるでしょう」

「ふ、ふーん。そう。まあ心に留めておくわ。ちなみになんだけど、私は注意した方がいいことってあるのかしら」

「象とゴリラ」

「……何ですって?」

「象とゴリラですね。気にかけてみてはどうですか」

「んなわけないでしょ!? やっぱりインチキだわ!」

 

 気にしない気にしない!

 当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うからね!

 

 

 ◇

 

 

 見張りを交代する時間になったので、わたしは一人で書斎に向かった。

 散らばっていた本や壊れた家具は片付けられてきれいになっていた。さすがに壊れた扉と室内の傷はそのままで、修理が間に合ってないみたいだ。

 ホウキで床を掃くメイさんに手を振って、わたしは見張りの人を探す。

 

「あ、いたいた」

 

 壁に寄りかかって本を読んでいるのはネイサンさん。近くの椅子にユウコさんが座っている。

 しかし、字に集中していて見張りになるんだろうか。

 

「交代の時間です!」

「次の見張りはポラリスじゃなかったか」

「えーっと……今はちょっと、手が離せないみたいです」

「ふうん? まあいい。退屈してたところだ。変わってくれるなら誰でも構わないさ」

 

 パタンと閉じた本の表紙には『少数部族の歴史①〜吸血鬼、魔女、人狼〜』という題名が書いてある。

 ところどころ文字がかすれていて読みづらい。

 レジェンダリアは獣人や妖精みたいな種族がたくさんいるらしいから、彼らについて書かれた本かな。

 

「俺が小難しい本を読むのが意外か」

「ち、ちょっとだけ」

「うはははは! そうかそうか。素直でよろしい。アバターの見た目通り、俺は活字を読むより身体を動かす方が好きだからな。これはたまたま目についただけだ」

 

 ネイサンさんは本を棚に戻して大きな伸びをする。

 

「監視するだけとはいえ、想像以上に疲れるぞ。適当に手を抜いた方がいい。ゲームの趣旨は謎解きなんだからな」

「油断したら危ないですよ」

 

 もしかしたら犯人がいるかもしれないんだから。

 

「お前、《看破》は使えるか?」

「? 覚えてないです……あ、装備なら!」

 

 バイトで使う虫眼鏡のアクセサリーを取り出す。

 

「俺を見てみろ」

 

 わたしは言われた通りにのぞいてみた。

 

 ◇

 

 ネイサン・ハンター

 職業:【血戦騎】

 レベル:100(合計レベル:500)

 

 ◇

 

「ごひゃく!」

「そういうことだ」

 

 なるほど。カンストしているなら納得だ。

 戦いなら負けない自信があるんだろう。

 するどい犬歯は【血戦騎】の特徴かな? たしか吸血鬼っぽくなるんだよね。

 

「『失われたもの』を見つけたら気をつけろ? 参加者の中で一番レベルが高いのは俺だ」

「無理やり奪うのはダメなんですよ!」

「手に入れる前に横から掻っ攫うのはセーフ……冗談だ、冗談。代わりに、何か分かったら俺にも教えてくれ」

 

 帽子の上からわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でたネイサンさんは、そのまま部屋から出て行く。

 わたしは広い背中に声をかける。

 

「そうだ、ネイサンさんはどうしてこのゲームに参加してるんですか?」

「一言で答えるなら仕事だな」

 

 仕事……?

 どういうことか聞き返そうとしたときにはもう、ネイサンさんはいなくなっていた。

 

「ところでユウコさん。他の人たちはどこですか?」

 

 アリバイがない人はあと三人いたはずだ。

 

「それがねえ。全員探索に行っちゃったのよ」

「全員!?」

「探偵さんは調査をすると言っていたわ。カフカさんは気がついたらいなくて、ムカダテは二人を探しに飛び出してしまって……」

 

 なんてこった。これじゃ見張りの意味がない。

 ネイサンさんはまじめに見張りをしていなかったようだし、犯人探しは一苦労だ。

 あとはポラリスさんの占いにかけるしかなさそう。

 それできっと、事件はぜんぶ解決するはずだ。

 

 

 ◇

 

 

 夜になった。これで二日目が終わる計算だ。

 このゲームが始まってから、やけに時間の進みが早い気がする。一日ってこんなに短かったっけ。わたし一時間も寝れていないよ。

 

 書斎には十一人が揃っている。犯人の有力な手がかりを掴んだと言って、ポラリスさんがみんなを集めたんだ。

 

「お集まりいただきありがとうございます。お伝えした通り、犯人の特徴が判明しました。これで真相が明らかになることでしょう」

「勝手なことを……だいたい占いだと? 論理性の欠片もないじゃないか! そんなものより私の推理をだね」

「いえいえドイル氏。これは特徴のひとつに過ぎません。つまりは手がかりです。これをもとにして推理を進めるのがあなたの役割ですよ」

「そ、そうか。ならいい! さあ発表したまえ」

 

 ポラリスさんはおもむろに一枚の紙を取り出す。

 どうやらあれに犯人の特徴が書いてあるようだ。

 みんなが緊張するなか、ポラリスさんは紙に書かれてある内容を読み上げようとして。

 

 ――いきなり目の前が真っ暗になった。

 

「な、なにこれ!?」

「くそ、何も見えん!」

「落ち着け! 明かりが消えただけだ!」

 

 混乱したみんなが叫んでいる。

 誰がどこにいるのかもわからない。顔の前に上げた自分の手すら見えない完全な暗闇。

 隣にいるはずのアリアリアちゃんを探そうと、伸ばした手は空を切った。

 

 どれくらいの時間がたっただろう。

 暗闇になったのとおんなじくらい突然に、書斎の明るさが元通りになる。

 

「何だったのかしら」

「……停電か」

「それを言うなら」「停魔じゃない」

 

 顔を見合わせたわたしたちは最初にほっとして、次になにかおかしいことに気がついた。

 不安げな表情を浮かべる顔は十。何回数えても十だ。

 一人、足りない。

 

「……ポラリスさんがいない」

 

 わたしのつぶやきでみんながハッとする。

 暗い中で動き回ったからだろう、みんなの立ち位置はさっきまでと違っていた。

 そしてポラリスさんがいた場所には誰もいない。

 ただ、そのすぐそばに立っていた人物が、散らばったアイテムの山から眼帯を拾い上げる。

 片手に黒い剣を持ったままで。

 

「アリアリア、ちゃん?」

 

 アリアリアちゃんの足元には、犯人の特徴が書かれた紙がビリビリに破かれていた。

 かろうじて読むことができた切れ端には、

 

 ――『Wolf()』、そう書かれていた。

 

 To be continued

 


サラのノート

 

ゲームのルール

・『失われたものを探し出せ』

 →参加者の全員が正解とわかるもの

 →力づくで奪うのは×

・屋敷の中だけ、中庭はあり

 →外への出入口に鍵、破壊できない

・制限時間は『七度、日が沈むまで』

 →タイムオーバーは勝者なし

ログイン・ログアウトは自由

 → ログアウトできない

 →鍵つきの寝室が使える

・タカクラ夫婦は答えを知っている

 →質問できる、部屋から動かない

 

犯人の手がかり

・『Wolf』(“New!”)

 

参加者リスト

・わたし(サラ)

 

・アリアリア

 

ゲンジ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ

 →【大商人】

 

・ユウコ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)で待機

 →屋敷の出入り不可を解除できる

 

・ネイサン・ハンター

 →【血戦騎】(“New!”)

 →カンスト、参加者で一番レベルが高い(“New!”)

 →参加目的は仕事?(“New!”)

 

ポラリス

 →【高位占星術師】(“New!”)

 →参加目的は超級職の転職条件(“New!”)

 →犯人の手がかりを占った(“New!”)

 → 書斎(2F東)でデスペナルティ(“New!”)

 

・赤井ドイル

 →【名探偵】、推理小説マニア?

 →嘘を見破る<エンブリオ>

 →第一の事件のアリバイなし

 

・ブラン・ゴーシュラム

 →双子、白髪

 

・ノワル・ドロワラム

 →双子、黒髪

 

・カフカ

 →嘘つき?、誰かをかばっている?

 → 第一の事件のアリバイなし

 

・ムカダテ

 →タカクラ夫婦に雇われている

 → 第一の事件のアリバイなし

 

・メイさん(ドラゴンメイド)

 →TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>、ステータスは亜竜級より低い

 →屋敷のマスターキーを持っている

 → 第一の事件のアリバイなし(襲われた)

 → 書斎(2F東)で待機



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第二の犠牲者

 □タカクラ邸・二階東 書斎 【高位従魔師】サラ

 

 アリアリアちゃんにみんなの視線が集中する。

 消えたポラリスさん。武器を手にした彼女。

 それはどうしようもなく致命的で。全員がおんなじことを考えてしょうがない光景だった。

 

「え、待ってちょうだい。これは違うの。ただ警戒してて……そうしたら誰かに背中を押されて」

 

 アリアリアちゃんは本気で焦っていた。訳がわからないけど、このままじゃ犯人に間違われてしまうと。

 なにかの間違いだと説明しようとした言葉。だけど他の人にとっては言いわけにしか聞こえない。

 

「いや流石に言い逃れできないだろう」

 

 ネイサンさんがまばたきの間に距離を詰めた。

 それは戦闘時のAGIを発揮した動きだ。振り抜かれた拳が無防備なアリアリアちゃんのお腹に直撃する。

 

「カ、ハッ……!?」

「悪いな」

 

 くの字に曲がったアリアリアちゃんの体が宙を舞う。

 とっさに受身を取ろうとするけれど、ネイサンさんは空中まで追撃をかけた。反撃の黒い大剣と筋肉の足刀がぶつかって、あっけなく大剣が弾かれてしまう。

 

「あら怖い」「あら危ない」

 

 双子がパッと飛び退く。ちょうどその位置にアリアリアちゃんが勢いよく叩きつけられた。

 直後、ネイサンさんがアリアリアちゃんの頭を掴んで身動きが取れないように押さえつける。

 手放された黒い大剣は狼の姿に変身した。マーナガルムをまとったルゥがネイサンさんに突進する。

 

Wof(あるじ)!』

「下策だな。意味がないし、立場を悪くするだけだぞ」

 

 ネイサンさんは腕の一振りでそれを撃退。

 意識を失ったルゥが、戦いについていけてないユウコさんとメイさんのほうに吹き飛ばされる。

 

「あ」

 

 ルゥと二人がぶつかって怪我をすると誰もが思った。

 だけど、メイさんがユウコさんをかばって前に出る。メイさんが両手でルゥをキャッチしたと思ったら、次の瞬間、ルゥは見当違いの方向に吹き飛んでいた。

 今のは……メイさんが触ったタイミングでルゥの姿が一回見えなくなったような。気のせい?

 

「このっ、何するのよ! 離しなさい!」

「暴れてくれるな。俺は怪しい人間を捕らえただけだ」

 

 ネイサンさんはアリアリアちゃんを見て、気絶したルゥを見て、そしてポラリスさんのドロップアイテムを見た。

 犯人の手がかりが書かれた紙をつまんで、全員に見えるようにひらひらと掲げる。

 

「なあ名探偵。これをどう見る?」

「紛うことなき現行犯だな。お手柄だネイサン・ハンター」

「ふざけんなっての! 私は誰も殺しちゃいないわ!」

「そ、そうですよ! だってほら、アリアリアちゃんは嘘をついてないでしょ!?」

「む、確かに」

 

 納得しかける赤井ドイルさん。だけど、注意深く周囲を観察していたムカダテさんが口をはさんだ。

 

「……<エンブリオ>に命令したとすれば『自分は殺していない』という発言は嘘にならない」

「その通りだ! 無論私は気づいていたがね」

「命令もしてないわよ流されんなこの迷探偵っ!」

「こうなっては、もはや君がゲンジ・カタクラとポラリスを殺害したことは疑いようがない。証拠もある」

 

 赤井ドイルさんは写真を一枚取り出す。

 書斎の床を拡大して写したものだ。

 

「ゲンジ・タカクラが殺された現場のスクリーンショットだ。見たまえ、魔獣の毛が落ちているだろう」

 

 たしかに、見えづらいけど破れた本や破片にまじって毛が何本か落ちている。

 

「へえ……案外やるな名探偵。気づかなかったぞ」

「大したことではないさ。そしてポラリスが残した犯人の手がかりは『Wolf』、すなわち狼。ドラゴンメイドの傷は爪で引っ掻いたものか? ここまで揃っていたら間違いあるまい」

「それっぽく当てはめてるだけじゃないの。妄想は真実から最も遠いと分からないのかしら!」

「ならアリバイも確認しよう。ブラン・ゴーシュラム、ノワル・ドロワラム。第一の殺人で彼女にアリバイはあった。ではそこの<エンブリオ>はどうだ?」

「知らないわね」「見てないわね」

「そして今回は言うに及ばずだ。暗闇の只中で視界は閉ざされていた。君の無実を証明できる者はいない」

「私がどうやって二人を殺したっていうのよ? タカクラさんのときは密室だった。それに今回は、あの暗闇を私が生み出せると思う?」

「うむ、それは……えー……うむ」

 

 そうだよね。赤井ドイルさんの推理は、状況証拠ばかりで都合の悪い部分を無視した決めつけだ。

 ゲンジさんの場合、書斎には鍵がかかっていた。鍵を持っているのはゲンジさんとメイさんだけ。二人とも書斎の中にいたわけで……でも犯人は二人を襲って逃げているわけだから……鍵が閉まってることの説明がつかない?

 

「その<エンブリオ>には変形能力がある。大剣が狼に姿を変えたのを見ただろう。鍵に変形するか体を薄くして侵入できたはずだ」

「うむ! 侵入と同様の手段を使えば密室を保ったまま犯行に及ぶことは可能か。あの狼、黒い色なのだから霧や靄にも変身したのではないかね?」

「そんなわけないでしょうが……じゃあ動機! 私には二人を殺す理由がないわ!」

「それこそあなたが言っていた」「ゲームクリアのためでしょう」

「『失われたもの』について聞き出そうと」「ゲンジを襲い」

「犯人の手がかりを知られては困るから」「ポラリスを口封じした」

「「筋は通っているわよね?」」

 

 まずい、まずいよ。もう話がアリアリアちゃんが犯人だって流れになっている。

 みんな誰が犯人か疑うことに疲れてきてる。だから、おかしいところがあっても押し通すつもりなんだ。

 いっそ《真偽判定》が万能だったなら濡れ衣だとわかるのに。嘘にならない話し方や言い回しができるせいで、証言がたしかな証拠として受け取ってもらえない。

 みんなに納得してもらうには、目で見てはっきりわかる証拠がないと。

 

「分が悪いか……ルゥ! あア■■■■■!」

 

 アリアリアちゃんの声に応えて、起き上がったルゥは口から【ジェム】を吐き出した。

 まぶしい光。鼓膜が破れそうな音。鼻水が止まらなくなる強烈な匂いの煙幕。苦しまぎれの攻撃で、みんなが一時的に目と耳と鼻を使えなくなる。

 五感が回復したときにはアリアリアちゃんは書斎からいなくなっていた。ネイサンさんの手がゆるんだすきに、《フィジカルバーサーク》のステータス上昇で抜け出したんだろう。

 

「逃げたか。だが屋敷からは出られないはずだ」

「ユウコ・タカクラ、犯人の処遇はどうする? 抵抗するようならPKして構わないかね?」

「そこまでする必要はないわ。できることなら穏便に済ませたいの。ゲームなのだから、取り返しがつかないわけではないでしょう」

「承知した。では、見つけ次第捕縛しよう。頼むぞネイサン・ハンター」

「俺だけか? 双子の嬢さんらも戦えるだろう」

「いやよ」「いやね」

「「私たちは探しものに集中するの」」

 

 ぞろぞろと、みんなが書斎から出ていく。

 残ったのはわたしとユウコさん、メイさんだ。

 

「まさかあの子が……まだ信じられないわ」

「違うんです! アリアリアちゃんは二人を殺したりしてません! 本当なんです!」

「気持ちは分かるのよ。あなたの話を聞いたから、私もあの子が悪人だとは思えない。けれど今、一番怪しいのはあの子なのね」

 

 たしかに疑いを晴らせる証拠がない。

 わたしが護衛を頼んだせいで……アリアリアちゃんは犯人だと間違われてしまうことになった。だから。

 

「わたしが本物の犯人を見つけます! ちゃんと、ユウコさんとゲンジさんとメイさんとポラリスさんにはごめんなさいってしてもらいますから!」

「分かったわ」

「ですが、奥方様」

 

 まるで悪いことを聞いたみたいにメイさんが困った顔をした。ユウコさんは気にせず、わたしに時間制限を示す。

 

「ただし、待てるのはアリアリアちゃんが捕まるまでよ。それまでに真犯人を見つけられなかった場合は私にもどうしようもできないわ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 そうと決まったら情報を集めなきゃ。

 二つの事件のうち、今回はみんなの目の前でポラリスさんは襲われた。みんな一緒だからアリバイは関係ない。手がかりになりそうなものは……ないみたい。さっきの乱闘で書斎が散らかってしまっている。

 

 なら、ゲンジさんの事件を調べよう。

 赤井ドイルさんが話していた内容を思い出すんだ。

 えっと、なんて言ってたっけ?

 

Rrrrrr(け、だよ)

 

 そうだ。現場には魔獣の毛が落ちていた。

 今は見当たらない。見張りの時間に書斎を訪れたときはもう、きれいに掃除されていたから。

 

「メイさん。書斎のお掃除は一人でしたんですか?」

「はい。私の役目ですので」

「そのときのゴミってどこにありますか」

「こちらに」

 

 メイさんはゴミ袋を取り出した。やっぱり手品みたいだ。アイテムボックスは装備していないみたいだけど、どこから出しているんだろうか。

 ゴミの中身はほとんどガラクタだ。手でかき分けて、目的のものを探す。

 

「あった! 毛!」

 

 ちょっとゴワゴワした長い魔獣の毛。

 色は焦げ茶。写真で黒っぽく見えたのは光の加減だったらしい。どっちにしろルゥ……【ティールウルフ】の白っぽい毛とは別物だ。

 参加者の中で【ジュエル】を持っているのはわたしとアリアリアちゃんだけ。従魔の毛ではないみたい。じゃあなんだと聞かれても答えれないけど、やっぱりアリアリアちゃんは犯人じゃないことは確実だね。

 

「あと、ゲンジさんが持ってた書斎の鍵って」

「散らばったアイテムの中に落ちていました。掃除の際、私が回収してマスターキーと共に保管してあります」

「なるほど。ありがとうございました!」

 

 鍵は他の誰かが拾ったりはしていないと。

 うん、聞きたいことは聞けたかな。

 あとは屋敷の中を調べつつ、みんなの話を聞こう。

 

 

 ◇

 

 

 正面玄関の踊り場に赤井ドイルさんがいた。

 腕を組んで考えごとをしているみたい。

 わたしに気がつくと、片方の眉毛をぴくりと上げる。

 

「君か。どうかしたかね」

「聞きたいことがあって。どうしてそんなに楽しそうにしているんですか?」

「不謹慎だと? それとも友人の罪を暴かれた報復か? ああ、君が共犯という可能性を考慮していなかった」

「どれも違いますから!」

 

 推理をする赤井ドイルさんはとてもイキイキしていた。

 当てずっぽうな決めつけでアリアリアちゃんを犯人扱いしたことにはムッとしたけど、きらきらと輝く目を見ていたら、なんだか怒る気がなくなってしまう。

 今だって、すごい楽しそうで。

 

「私が楽しそう? 当然だ。閉ざされた館、正体不明の宝、不審な死! まるで推理小説の一ページ! この謎を解き明かすために私は生きている!」

「な、なるほど」

「憧れたことはないか、頭脳明晰な名探偵に。安楽椅子に座ったまま事件を解決してしまう姿に。だが悲しいかな、私は名探偵の素質に欠けていた」

「素質って?」

 

 推理力だろうか。

 

「運だ。事件に遭遇する悪運、謎が転がり込む幸運。知恵を磨けど、謎がなければ名探偵は輝けない」

 

 たしかに、ミステリーで探偵が活躍する舞台はいつも、みんなが頭を抱える難事件だ。

 あっと驚く推理で謎を解決するから、名探偵は名探偵と呼ばれる。

 

「デンドロで探偵になったはいいが、依頼は迷子探しや遺失物捜索ばかり……そんな時だ。ゲンジ・タカクラからこのゲームに招待された。『とっておきの謎を用意しよう』とね」

「他の人と違って、赤井ドイルさんは今回のゲーム内容を知っていたんですね」

「謎解きをすると事前に聞いていた。ゲームの詳細までは教わっていなかったが。それで殺人事件まで起こるとは、ようやく私の運が向いてきたと言えるな」

 

 人のデスペナルティを喜ぶのはよくない。

 ただ、活躍して認められたいって気持ちはちょっとだけわかるかも。

 わたしは小さいときからフルートの練習を続けている。もちろん音楽が好きだからだ。

 でも練習はつらい。うまく曲が吹けないときとかは、好きという気持ちだけじゃがんばれなかったりする。

 がんばろうと思えるのは、できないことができるようになったり、コンクールで賞を取ったりすると、パパやママが「すごいね」ってほめてくれるから。

 赤井ドイルさんにとっての名探偵は、わたしにとっての音楽みたいなものなのかな。

 

「絶対に犯人を見つけて、謎を解かないとですね!」

「まるで事件の犯人は別にいるとでも言いたげだが、まあいい。私は謎解きに専念している」

「なにかわかりましたか?」

「……まだ語るべき時ではないな。決して分からないわけではないぞ」

 

 赤井ドイルさんは話を切り上げて、ブツブツとひとり言を口にしながら階段を降りていった。

 

「……『失われたもの』……もともとはあったもの……物……? 全員が正解と分かる……つまり私も知っている……考えろ我が灰色の脳細胞……!」

 

 もうわたしの声は聞こえないみたい。

 他の人を探そう。

 

 

 ◇

 

 

 二階の西は東側とおんなじで個室が並んでいる。

 廊下が明るい。ゲームが始まって三日目になるのかな。

 ご飯を食べなくてもお腹が空かないし、ぜんぜん眠くないからベッドで寝てもいない。

 

「やっぱり変だよ」

Rrrr(へん)?』

 

 デンドロで三日。現実の時間だと一日中連続でログインしていることになる。

 明日は学校があるから、ずっと遊んでいたらママがわたしを起こして注意するはずだ。それがないってことは……

 

「……、……!」

 

 ある個室の前を通りすぎたとき、声が聞こえた。

 部屋で誰か言い合いをしているようだ。

 わたしは扉にそっと近づいて耳を立てた。

 

「どうして……」

「……足りない……まだ……」

 

 この声はブランさんとノワルさんだ。

 なんだか焦っているみたい。二人で交互にしゃべる話し方がくずれている。

 途切れ途切れで内容はいまいちわからない。もっと音を拾うために、わたしは扉と床の隙間にできるだけ耳を近づけようとした。

 

「……そこで何をしている?」

「うひゃあ!?」

 

 びっくりして振り返ると、ムカダテさんが不審そうにわたしを見下ろしていた。

 

「こ、これはですね。その〜」

 

 どうしよう!? 扉の前でごろんと寝転がってる姿なんて、あやしさ百パーセントだよ!

 盗み聞きしてたと正直に答えるのはダメだ。かといって、嘘やごまかしはすぐにバレてしまう。

 あたふたするわたしを前に、ムカダテさんは横目で扉を見て、

 

「……こい」

「え、え!?」

 

 わたしの手をつかんで物陰に引っ張り込む。

 身の危険を感じたわたしが指示を出すより早く、ムカダテさんはわたしとジェイドの口をふさいだ。

 さらに腕が回されて、体を引き寄せてくる。男の人のゴツゴツした手の感触に怖くなって震えていると。

 

「……静かに。何もしない」

 

 安心させるようにムカダテさんはつぶやく。

 ムカダテさんの意識がわたしじゃなく扉に向いているから、それが本当だとわかって、少しだけほっとする。

 

 それと、どうしてムカダテさんが乱暴なことをしたのかはすぐにわかった。

 個室からブランさんとノワルさんが出てきたのだ。あのまま扉の前にいたら鉢合わせていただろう。

 二人は早歩きで、わたしたちが隠れている場所と反対の方向に立ち去った。

 

「……双子だけか」

 

 ムカダテさんは他に人がいないことを確認して、わたしたちの口から手を離す。

 どうやら助けてくれたらしい。二人にあやしまれたらどうなっていたことか。ありがとうってお礼を言わなくちゃ。

 ……それはそれとして。

 

「い、いつまで触ってるんですか……」

「……!? 待て、誤解だ」

 

 ムカダテさんはパッと手を離す。だけど遅い。

 誤解もなにも、いろんなところを触られたんだよ?

 うぅ、ママにだって触られたことないのに。

 

「あれ、なんでだろ。涙が」

Rrrrrr(なかないで)

 

 ジェイドが羽毛で目元をぬぐってくれる。

 ダメだね、早く泣き止まないと困らせてしまう。

 

「……仕方ない」

 

 ムカダテさんはおじさんみたいな雰囲気から、

 

「怖がらせてごめんね。でも安心して」

 

 一転して明るい女子高生のような表情と口調になり、

 

()リアルは女だから(・・・・・・・・)

 

 しわがれた声でこう言った。

 

 

 

 

 

「――そういう問題じゃないもん!!」

「だよねごめん本当に! なまら反省してます!」

 

 To be continued

 


サラのノート

 

ゲームのルール

・『失われたものを探し出せ』

 →参加者の全員が正解とわかるもの

 →力づくで奪うのは×

・屋敷の中だけ、中庭はあり

 →外への出入口に鍵、破壊できない

・制限時間は『七度、日が沈むまで』

 →タイムオーバーは勝者なし

 →時間の流れがおかしい?(“New!”)

ログイン・ログアウトは自由

 → ログアウトできない

 →鍵つきの寝室が使える

・タカクラ夫婦は答えを知っている

 →質問できる、部屋から動かない

 

犯人の手がかり

・『Wolf』

・魔獣の毛・焦げ茶色(“New!”)

・第一の事件で書斎は密室だった(“New!”)

・第二の事件は全員その場にいた(“New!”)

 

参加者リスト

・わたし(サラ)

 

・アリアリア

 →疑われて逃げた(“New!”)

 

ゲンジ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ

 →【大商人】

 

・ユウコ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)で待機

 →屋敷の出入り不可を解除できる

 

・ネイサン・ハンター

 →【血戦騎】

 →カンスト、参加者で一番レベルが高い

 →参加目的は仕事?

 

ポラリス

 →【高位占星術師】

 →参加目的は超級職の転職条件

 →犯人の手がかりを占った

 → 書斎(2F東)でデスペナルティ

 

・赤井ドイル

 →【名探偵】、推理小説マニア

 →嘘を見破る<エンブリオ>

 →第一の事件のアリバイなし

 →参加目的は謎解き(“New!”)

 →事前にゲームの内容を教わっていた(“New!”)

 

・ブラン・ゴーシュラム

 →双子、白髪

 →身軽、戦える?(“New!”)

 →言い争いをしていた?(“New!”)

 

・ノワル・ドロワラム

 →双子、黒髪

 →身軽、戦える?(“New!”)

 →言い争いをしていた?(“New!”)

 

・カフカ

 →嘘つき?、誰かをかばっている?

 → 第一の事件のアリバイなし

 

・ムカダテ

 →タカクラ夫婦に雇われている

 → 第一の事件のアリバイなし

 →中身(リアル)は女性(“New!”)

 

・メイさん(ドラゴンメイド)

 →TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>、ステータスは亜竜級より低い

 →屋敷のマスターキーを持っている

 →ゲンジさんの書斎の鍵を回収(“New!”)

 → 第一の事件のアリバイなし(襲われた)

 → 書斎(2F東)で待機




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<最後の部分は反省している

Ψ(▽W▽)Ψ<お前うちのサラちゃんに何すんだ

Ψ(▽W▽)E)・ω・U)<ゴメンナサイ


アリアリア
)・ω・U)<《フィジカルバーサーク》のデメリットである肉体制御不能は、パッシブスキルで打ち消している

(U・ω・U)<どこぞの穏やか脳筋決闘王者みたいに


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クビキリサーチ

 □タカクラ邸・一階東 【高位従魔師】サラ

 

「ここなら落ち着いて話せる」

 

 相談がある、というムカダテさんに案内されたのは一階東にある部屋だった。二階の個室より広々としている。

 わたしたちの部屋はホテルみたいだったけど、この部屋は物が散らかっていて生活感があった。モンスターの毛皮とか角が飾られているのが特徴的だ。ジェイドは剥製にびっくりして羽毛を逆立てている。

 

「ここは……」

「私の部屋。雇われの身だからさ、一室使わせてもらってるの。わざわざ客室を使う必要がないってわけ」

 

 ムカダテさんは明るい口調のままだ。他に人がいないのと、リラックスしているからだろう。

 

「さっきはごめん。よく知らないおじさんに掴まれたら怖いに決まってるじゃんね」

「わたしこそ、助けてくれたのにごめんなさい。もうだいじょうぶです! ところで相談って?」

「何から話したもんか……まずはアイスブレイクしよ」

 

 どうぞ座って、と促された。

 椅子や机は見当たらない。屋敷は西洋風でも、この部屋だけは和風っぽい。あと作業場に近い雰囲気がある。

 わたしは敷いてあった座布団に正座する。

 

「改めて、私は【鬼猟師】ムカダテ。見た目はおじさん、中身は可愛い女の子だよ」

「ちょっと気になったんですけど、性別が違うアバターってどんな感じですか? キャラクリエイトのときにオススメしないって言われたような」

「トイレとか風呂でなまら困る」

 

 な、なるほど。深く聞くのはやめとこう。

 

「お屋敷で雇われてるんですよね」

「タカクラさんは商人でしょ。用心棒がいると便利なんだって。専属の護衛と狩人を掛け持ちするの」

 

 街道には盗賊やモンスターが出るからね。一回ずつクエストを出すより、自分で強い人を雇うほうが楽かもだ。

 商売で必要な素材を集めてもらうことだってできる。

 

「だからさ、責任感じるよね。私がちゃんとしてたら事件を防げたはずじゃん」

 

 悔しげにぎゅっと拳を握るムカダテさん。

 申し訳なさそうな様子を見て、なんとなく、この人は犯人じゃないなと思った。

 

「で、絶対に犯人を捕まえてやろうと思ったの」

「……あなたもアリアリアちゃんを疑ってるんですか?」

「違う違う。あの場は流れに乗せられたけど、たぶんあの子は犯人じゃない。もし疑ってたら屋敷を探してるし、君に相談を持ちかけたりしないよ。むしろ逆、犯人探しに協力してほしい。サラなら信用できる。あの子の濡れ衣を晴らすことができるメリットもある。どう?」

 

 わたしとしては、味方が増えるのは心強い。

 断る理由はないよね。

 

「はい! 一緒にがんばりましょう!」

「ありがとう。さっそくだけど、これを見て」

 

 わたしに見えるように置かれたのは名簿。

 ゲーム参加者の名前と、簡単なプロフィールがまとめてあるリストだ。何人かはメインジョブと<エンブリオ>の情報まで載っている。

 

「すごい細かい!」

「外部の参加者は<DIN>で調べた。気がかりなことがあったから念には念を入れてね。こんなもの、使わなければそれで良かったのに」

「気がかり?」

「……ここだけの話、前回のお茶会で泥棒が入ったの。私はログインしていなかったからタカクラさんに聞いた話だけど。特に物置は酷い荒らされ方だったみたい。また同じことが起きるかもしれないからお茶会もゲームも中止しようって言ったのに、タカクラさんたちは言う事を聞いてくれなくて」

「それで情報を調べたんですね。もしかして、ゲームに参加したのは他の人を見張るため?」

「正解。マジでなまらきつかった。中庭に陣取ってーの、スキルで屋敷全部を監視してーの」

 

 腰に手を当てて体がバキバキにこったとムカダテさんはアピールする。見た目がおじさんだから、お年寄りっぽい仕草をしてもぜんぜん違和感がない。

 

「全員疑っていたけど、サラとアリアリアはシロだろうとは思った。ビルドや素行が盗みとは程遠いし善人だし」

「えへへ」

「でも残りはそうじゃない。例えば赤井ドイル。いつも謎を探しているどころか、むしろ事件を起こしかけた経歴がある。的外れな推理で関係者を激怒させたとか」

 

 赤井ドイルさんならありえそう。

 ただ、きっと推理が上手にできないだけで、人を怒らせたり逆に事件になりかけたりっていうのはわざとじゃない……と思うよ。たぶん。

 

「とりわけ気になったのは四人。まずカフカは男って書いてある。つまり性別が違う(・・・・・)

「別人、それとも変装かな」

「分からない。情報が多いのに意味不明。犯罪者って言う人もいるし、ティアンの村を助けた経歴もある。あと攻撃を受けて傷つかなかったとか、逆に回復魔法でダメージを負ったとか、毒沼を平気で歩いていたとか」

「とにかく、得体の知れない人ってことですね」

 

 証言で嘘をついていたし、情報がまるであべこべだ。

 

「二人目はネイサン・ハンター。あの人、レジェンダリアでは指名手配されている」

「え!?」

 

 ある国から指名手配を受けると、その国のセーブポイントがぜんぶ使えなくなる。

 セーブポイントは設定するとその場所からログインできる。逆に、設定したセーブポイントがぜんぶ使えない状態でデスペナルティになると“監獄”という空間に飛ばされてしまうんだとか。

 指名手配をされるなんて、よっぽど悪いことをしたのかな。そんなふうには見えなかったのに?

 

「罪状までは分からない。たぶん本人が口止め料金を払ってる。……お金積み上げてでも買っとけば良かった」

 

 隠しているところがよけいにあやしいね。

 急に犯人候補に上がってきた感じだ。

 

「最後は双子のブランとノワル。こいつらが一番怪しい。窃盗と詐欺行為で荒稼ぎしてる盗賊で、相手がティアンでも<マスター>でもお構いなし。ゲーム中も屋敷を歩き回って、他の参加者の様子を窺っていた」

「謎解きゲームで宝探しみたいなものだから、それはふつうじゃないですか?」

「物置に興味を持っていたのが気になる。盗みが成功したことに味を占めて、もう一度盗みに来たんじゃないかってこと。PKは泥棒に注意が向かないようにするためとか」

 

 なるほど。二人を殺したのはカモフラージュのためか。

 うーん、ありそうな気はする。でも……事件が起きたらお互いに見張り合うから、ブランさんとノワルさんも動きづらいんじゃないかなあ。さっぱりわからない。

 よし、考えていてもしょうがない。直接聞いてみよう!

 

 

 ◇◆

 

 

 □■???

 

 焦燥が胸を支配する。

 足りない、足りない、足りない。

 時間が足りない。知恵が足りない。手が足りない。

 無い頭で必死に考えても、打開策が浮かぶ訳はなく。

 刻限が迫る中、ただただ焦りが募っていく。

 このままでは駄目だ。自らの身を危険に晒しただけで、何の成果も得られないことになる。

 

 協力者は役に立たない。

 本当に無能な奴だ。何もしないなら、せめてこちらを手伝ってくれれば良いものを。

 こんなことをするんじゃなかった?

 ふざけるな。この千載一遇の機会を逃したらきっと後悔したに決まっている。

 それに逃げる事は不可能だ。あの狼を連れた少女だって、今も屋敷から抜け出せてはいないだろう。

 

 思えば、彼女のお陰で首の皮一枚繋がった。

 そうでなかったら今頃は。

 

 ……そうだ。素晴らしい名案がある。

 足りないのなら作ればいい。

 同じことをすればいい。

 二度あることは三度ある、とは東洋の慣用句だったか。

 起こり得る事柄として舞台は整っている。

 幸いにもピースは揃っていた。後はいかに効果的なタイミングで実行に移すかという一点のみ。

 

 とはいえ準備をする必要もある。

 迅速かつ丁寧に事を運ぼう。

 

「――《死創の黒(デュラハン)》」

 

 

 ◇◆

 

 

 □タカクラ邸・二階西 【高位従魔師】サラ

 

「鍵が必要って、いったい何があったの?」

 

 遅れてやってきたユウコさんは、マスターキーを片手に不安そうな顔をした。

 二階の西廊下にはわたしとムカダテさん、ネイサンさん、カフカさん、赤井ドイルさんが揃っていた。

 それと、

 

「あ、姉が……中にいるはずなのよ。だけどノックをしても返事がないの。扉には鍵がかかっていて」

「ノワルさんが? 安心してブランさん。大丈夫よ」

 

 白髪がぐしゃぐしゃになるくらい取り乱した彼女の背中を、ユウコさんは優しく撫でる。

 わたしはマスターキーを受け取って鍵を回した。

 ゆっくり扉を開けて中に入る。

 

「姉さん……っ!?」

 

 そこには――黒い服を着た、首無し死体が倒れていた。

 

「う、嘘! 嘘よッ! 姉さん!」

 

 わたしたちの目の前で、首無し死体は光の塵になって消えていく。

 

「そんな……どうして彼女が」

「第三の殺人か。首の切断は即死に近い致命傷だ。殺されてまだ間もないと見ていいな」

「わ、わたしメイさんを呼んできます!」

「……ああ、任せた。気をつけろ」

 

 わたしは部屋を飛び出して走る。もちろん全力疾走だ。できるだけ急がなくちゃいけない。

 正面玄関の踊り場に到着したところで、わたしは後ろからついてくる足音に気づいた。

 誰だろうと思って振り向くと、にやにや笑ったカフカさんがこちらを見つめている。

 どうしよう。ちょっとピンチかもしれない。

 

「あれ、あれあれ? 君はどこに行くのかな? メイドがいるのは二階の書斎だよ? そっちは(・・・・)一階(・・)だよね?」

「……」

「しかもマスターキーまで持って。怪しいなあ」

 

 そして目ざとい。ポケットに隠して、こっそり持ってきたつもりだったのに。

 

「カフカさんこそ、嘘はつかなくていいんですか?」

「僕は正直者だよ。嘘を吐く理由がない」

 

 これは真っ赤な嘘だ。

 裏を返せば……カフカさんは『嘘つき』で『嘘をつく理由がある』ってことを正直に答えているともいえる。

 

「でも、もう理由はない。嘘をつくのがめんどくさくなっちゃったんですよね」

「……ああ、なるほど。どこまで聞いたのかな」

「事情はさっぱりです。よかったら教えてくれますか?」

「じゃあ、君が急いでいるから簡単に」

 

 そう言ってカフカさんは本当のことを話す。

 

「僕が参加した理由は暇つぶしだよ。退屈してたからね。嘘を吐いたら皆が混乱するかなと思ったんだ。でも同じような展開が続いて飽きちゃって。だからもう、こんなゲームは早く終わればいいと思っている……いや、いた」

「今は違う?」

「そうだね。君たちが何を企んでいるのかは知らないけど、この盤面をひっくり返してくれるなら大歓迎。見守らせてもらうよ」

 

 今のでいくつかわかることがある。

 カフカさんの立場は中立だ。特別な目的があってゲームに参加してるわけじゃない。

 つまりわたしの邪魔はしないということ。

 あと、嘘の内容に深い理由はないみたい。嘘をつくこと自体に意味があったのかな。

 

「そうだ。謎は解けたかい?」

「いえ、わからないところがあって」

「えー本当に? 考えてみたら簡単だよ? それならヒントをあげる。①誰かの発言より君が直接見た現象を信じること、②一人でやれることはタカが知れている、③君が思いつくものは他の人だって思いつく、そして④これはゲームで結構フェアな勝負」

 

 ヒントを聞いて、わたしはピンとひらめいた。

 なるほどね。②と③でなんとなくわかったよ。

 

「あ、そうそう。それとね」

「まだなにかあるんですか?」

「君、面白いから気に入ったよ。特別に教えてあげる。実は僕、嘘を吐いても《真偽判定》を誤魔化せるんだ。ゲーム中は使わなかったけど」

 

 ん……?

 つまり嘘を本当のことっぽくしゃべれる?

 それともこの言葉が嘘? どこまで本当なの?

 

「ほら、急げー」

 

 うーん。気になるけどあと回し!

 

 わたしはそのまま一階に降りて、西へ。

 廊下の奥には厳重に戸締まりがされた扉があった。

 鍵をひとつひとつマスターキーで開けていく。

 

 最後の鍵をはずしたら、扉は簡単に開いた。

 物置というくらいだからホコリっぽい部屋をイメージしていたけど、室内はきれいに片付けられていた。泥棒が入ったあとにメイさんが掃除をしたんだろうか。

 

 物置にはレアアイテムがたくさん並んでいた。

 その中で、ひとつだけ《鑑定眼》で情報が見れないものがある。大人とおんなじくらい大きいプラネタリウムだ。ごうんごうんと音を立てていて、隙間からは光が漏れ出している。

 もともとあったなにか(・・・)の代わりとして、そのスペースに置かれたみたいなチグハグ感。

 

 これで情報はそろった。

 

 さあ、始めよう。

 

 ここから目指すのはどんでん返しの大逆転。

 

 文句なしのハッピーエンド。

 

 そのために、すべての謎を解き明かそう!

 

 To be continued

 


サラのノート

 

ゲームのルール

・『失われたものを探し出せ』

 →参加者の全員が正解とわかるもの

 →力づくで奪うのは×

・屋敷の中だけ、中庭はあり

 →外への出入口に鍵、破壊できない

・制限時間は『七度、日が沈むまで』

 →タイムオーバーは勝者なし

 →時間の流れがおかしい?

ログイン・ログアウトは自由

 → ログアウトできない

 →鍵つきの寝室が使える

・タカクラ夫婦は答えを知っている

 →質問できる、部屋から動かない

 

犯人の手がかり

・『Wolf』

・魔獣の毛・焦げ茶色

・第一の事件で書斎は密室だった

・第二の事件は全員その場にいた

 

参加者リスト

・わたし(サラ)

 

・アリアリア

 →疑われて逃げた

 

ゲンジ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)でデスペナルティ

 →【大商人】

 

・ユウコ・タカクラ

 →夫婦、書斎(2F東)で待機

 →屋敷の出入り不可を解除できる

 →【高位書記】(“New!”)

 

・ネイサン・ハンター

 →【血戦騎】

 →カンスト、参加者で一番レベルが高い

 →参加目的は仕事?

 →レジェンダリアで指名手配(“New!”)

 

ポラリス

 →【高位占星術師】

 →参加目的は超級職の転職条件

 →犯人の手がかりを占った

 → 書斎(2F東)でデスペナルティ

 

・赤井ドイル

 →【名探偵】、推理小説マニア

 →嘘を見破る<エンブリオ>

 →第一の事件のアリバイなし

 →参加目的は謎解き

 →事前にゲームの内容を教わっていた

 

・ブラン・ゴーシュラム

 →双子、白髪

 →【潜伏兵】(伏兵系統上級職)(“New!”)

 →言い争いをしていた?

 →盗賊・詐欺師(“New!”)

 

・ノワル・ドロワラム

 →双子、黒髪

 →【大詐欺師】(“New!”)

 →言い争いをしていた?

 →盗賊・詐欺師(“New!”)

 

・カフカ

 →嘘つき?、誰かをかばっている?

 → 第一の事件のアリバイなし

 →男?(“New!”)

 →参加目的は暇つぶし?(“New!”)

 

・ムカダテ

 →タカクラ夫婦に雇われている

 → 第一の事件のアリバイなし

 →中身(リアル)は女性

 →【鬼猟師】(“New!”)

 →参加目的は参加者の監視(“New!”)

 →参加者の情報を集めていた(“New!”)

 

・メイさん(ドラゴンメイド)

 →TYPE:ガーディアンの<エンブリオ>、ステータスは亜竜級より低い

 →屋敷のマスターキーを持っている

 →ゲンジさんの書斎の鍵を回収

 → 第一の事件のアリバイなし(襲われた)

 → 書斎(2F東)で待機




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<今回の『サラのノート』にはムカダテが集めた情報も追記されています

(U・ω・U)<それと情報の書き忘れもあり

(U・ω・U)<次回、謎が明らかに?


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Who is The Wolf ?

 □タカクラ邸・二階西 【高位従魔師】サラ

 

 わたしが二階に戻ると、現場を観察していた赤井ドイルさんが顔を上げた。

 

「随分と遅かったな。ドラゴンメイドの姿は見えないようだが?」

「来てもらうつもりだったんですけど、その前に大事なことを知らせなきゃと思って。実は……」

 

 わたしはそっと耳打ちをする。

 赤井ドイルさんは驚いてかっと目を開き、くわえていた煙管を落とした。

 

「……本当かね?」

「はい。あとは名探偵の出番です!」

「ふ、ふふ……よろしい。ならばこの赤井ドイルが、幼気な少女の期待に応えてみせよう」

 

 赤井ドイルさんはやる気をみなぎらせている。

 当たり前だよね。間違った推理をひっくり返して、事件の真相を明らかにする役目は名探偵にしか務まらない。

 わたしは推理をちょっと手助けするお仕事があるから、ここは赤井ドイルさんにお任せする。

 

「諸君、傾聴! 今しがた入手した情報により、私は真犯人を突き止めることに成功した!」

 

 その言葉でみんなの動きが止まった。

 <エンブリオ>に座った赤井ドイルさんは腕と足を組んで準備万端だ。

 

「真犯人? 犯人は狼のお嬢さんって話だろ」

「違うなネイサン・ハンター。それは不幸な偶然が重なった事故に過ぎない」

 

 その通り。

 正しくは不幸な偶然と決めつけによるものだ。

 だっておかしいでしょ。アリアリアちゃんはわたしについてきただけで、本当はこのゲームに参加するはずがなかったんだから。

 

「犯人はこの中にいる」

 

 わたしから順ぐりにムカダテさん、ユウコさん、ノワルさん、カフカさん、ネイサンさんを見回す。

 自分の隣に犯人がいると聞いて動揺する人はいない。みんな、前置きの段階で予想をしていたらしい。

 あるいは、今回もまた的はずれな推理が始まると思っているのだろうか。

 

 その余裕も今のうちだ。すぐに化けの皮をはがしてみせるよ。

 

「そう、犯人は――」

 

 赤井ドイルさんは一人を指差す。

 

「――狼はお前だ。ネイサン・ハンター」

 

 みんなの視線が集まる。

 ネイサンさんはまずきょとんとして、次にすっかり困ってしまうと言いたそうな半笑いを浮かべる。

 

「おいおい、何かの冗談か? 証拠も無いのに疑うってのは勘弁してくれ」

「証拠ならあるとも。サラ」

「はい! これです!」

 

 わたしはアイテムボックスから魔獣の毛を取り出す。

 てれててってて〜ん。

 

「どうだねネイサン・ハンター。これこそが、紛うことなき証拠だとも」

 

 自信満々に胸を張るわたしたち。

 対するネイサンさんはというと。

 

「何を言い出すかと思えば。だから何だって? それが俺の髪の毛にでも見えるのかよ。そもそも書斎に落ちてた毛と別物だろ」

「「えっ?」」

「本当に大丈夫かお前ら。それは赤色だろ? 書斎に落ちていた毛は焦げ茶色だ」

「本当だ! ごめんなさい。わたしの従魔の毛と間違えちゃったみたいです!」

 

 ぺこりと頭を下げてルビーの毛をしまう。

 なにを言ってるのかというのと、うっかりならしょうがないという気持ちの両方で周りの空気がゆるむ。

 あまりにてきとうな証拠で疑われたネイサンさんは怒るのを通り越してあきれているようだ。

 

「でも、どうして色が分かったんですか? ネイサンさんは直接見てないですよね。毛のことは『気がつかなかった』って言ってましたもん」

「同じタイミングで名探偵の写真を見たからな。そんなことも忘れちまったのか?」

「そうでしたね!」

 

 できるだけ明るい笑顔を見せて、

 

「――どうして『焦げ茶色』ってわかるんですか?」

「あァ……?」

 

 ――不意打ちで問題の核心を突く。

 

 わたしは赤井ドイルさんから写真を受け取って、ネイサンさんに見せた。

 

「赤井ドイルさんが撮ったスクリーンショットです。どうですか? 光の加減で黒っぽい毛に見えますよね」

「そう、だな」

「マーナガルムも黒色です。中身のルゥは白い毛ですけど、でも焦げ茶じゃない。ふつうは黒色って答えるはずですよね。この毛を見たことのある人以外は」

 

 嘘を《真偽判定》にかけるやり方が信じられないなら、明らかにおかしいところを突きつけるのが一番だ。

 たとえば話の矛盾をこうやって指摘するとか。

 事実を嘘でごまかしたり、嘘をごまかしたりはできても、正直な言葉まではごまかせない。

 

「興味深い指摘だが、単純に他の参加者から聞いた可能性は考えられないかね」

「そうねえ。メイさんが渡していたものでしょう? 私も見たわよ」

「あ、そっか」

 

 詰めが甘かった。赤井ドイルさんもユウコさんもわたしの味方じゃないの?

 

「……明言すれば疑いは晴れる。ただ一言答えればいい。ネイサン、誰から聞いた?」

「……」

 

 ネイサンさんは無言だ。答えられないのだろう。

 みんなが《真偽判定》を完全に信用できないとしても、スキルが嘘に反応することは変わらない。

 本当のことを言ったら疑いは晴れる。ここで口を閉じるのはやましいことがあると証明しているようなものだ。

 だから話題をそらそうとする。

 

「落ち着けよ。双子の嬢さんについてはまったくの濡れ衣だ。他の連中といたのに、どうやって鍵のかかった部屋で人を殺せる?」

「ふむ、それはそうだ」

 

 わたしたちは一緒に首無し死体が光の塵になる瞬間を見ている。HPがゼロになってデスペナルティになるまでの短い時間で、鍵のかかった部屋から瞬間移動ができる人はそうそういない。

 

「じゃあ、本当はデスペナになっていないとしたら?」

「何が言いたいんだお前。ログアウトができない屋敷でいなくなった。一目瞭然だろう」

「そうでもないですよ。出てきてください!」

 

 声を合図に物陰から出てくる人影。

 身を隠すスキルを解除して、わたしたちの前に進み出たのは黒い服を着た白髪(・・・・・・・・)の女の人だ。

 彼女は白い服を着た白髪のそっくりさんの隣に並ぶ。

 

「あら、ブランさんが二人」

「どうなってる? 変装……だが【大詐欺師】だった黒の嬢さんは死んでたぞ」

「よく見ているわね」「やはり見られていたわね」

「「だから、まんまと引っかかる」」

 

 

 ◇◆

 

 

 □■一時間前

 

 情報収集のために双子の部屋を訪れたサラたち。

 呼びかけても返事はなく、鍵が開いていたことから室内に入った二人は決定的な場面に遭遇した。

 

「――《死創の黒(デュラハン)》」

 

 ノワルがブランの首を刎ねた瞬間である。

 警戒する二人を前に、双子はどう対処したらよいか逡巡して、お互いが見つめ合う膠着状態に陥った。

 一人でも攻撃を仕掛けたら、すぐさま戦闘に移行していたであろう。しかしそうはならなかった。

 

「鍵を閉め忘れたわね、ノワル」

「く、首がしゃべったぁ!?」

Rrrrrrrr(わあああああ)!』

 

 転がった生首が言葉を放つというインパクトにサラが度肝を抜かれたからだ。

 

「ムカダテは驚かないのね」

「……お前たちの<エンブリオ>は調べた。頭部欠損無効の曲刀、デュラハン。そして仮死状態になるスノウホワイト。二つを組み合わせた死んだふり(・・・・・)が十八番だと」

「そう。ネタが割れているなら仕方ない」

 

 ブランは自分の首を拾い上げ、両手で抱えて座った。

 ノワルには隣に来るよう椅子の座面を叩き、向かいの席が空いていると二人に指し示す。

 

「ごめんなさい姉さん」「次から気をつけなさい」

「「それで、私達に何の用?」」

「……目的を聞きたい。何を企んでいる」

 

 一連の事件の犯人かどうか。

 今、死んだふりをした理由。

 ゲームに参加した目的。

 そして前回のゲームで盗みに入った泥棒は双子なのか。

 

 個々の質問に、双子は丁寧に答えていく。

 

「私達は」「犯人じゃない」

「盗みはしても」「殺しはしない」

「じゃあどうして死んだふりを?」

「足りないの」「時間がないの」

「……ゲームの制限時間か」

 

 ムカダテは双子の言わんとするところを察する。

 事件の傍らでゲームは進んでいる。ゲンジから定められた期限は『七度、日が沈むまで』だ。デンドロ内部で一週間、現実時間に換算して二日半ほど。

 屋敷の広さを考慮すれば十分な時間ではある。しかし、屋敷は<エンブリオ>の効果範囲内のためログアウト不可能。連続してログインする時間としては些か長い。

 

「実際は」「もっと短い」

「どういうことですか?」

「……日没までが早すぎる。違和感を抱いて、裏庭で空を見上げた。太陽は地平に沈むことはなく、徐々に光が失われていた。夜が明けてから次の夜が来るまでは一時間弱といったところだ」

「参加者は全員」「気づいていたはずよ」

「き、気がつかなかった……」

 

 おそらくは<エンブリオ>の仕業だ。

 つまり、設定されたリミットは七時間程度。

 謎を解いて広い屋敷を探索する時間としては妥当か、やや少ないといえる。

 

「事件が起これば」「他はそちらに意識が向く」

「「その間に私達は活動できる」」

「時間が足りないなら、競争相手を減らすってことですか。ちなみに仲間はブランさんとノワルさんだけ?」

「カフカがいたわ」「協力を依頼したわ」

「「あいつ、何もしないのよ」」

「せいぜいが」「嘘で事件を引っかき回すくらい」

「「終いには、もう飽きたから協力しないって」」

 

 双子がカフカを協力者に選んだのは、最も得体が知れない相手で敵に回すのは危険と感じたからだ。

 彼を引き入れることができたのは双子にとって幸運だったが、世の常として、驚異的な敵ほど味方になった途端に弱体化するもの。

 味方というより「敵対しない」だけのスタンスに双子は怒り心頭の様子だった。

 

「でもゲームクリアは二の次」「私達の目的は」

「「タカクラ家のレアアイテム」」

「特に仕入れたばかりの」「希少な品を探していた」

「潜入は難しい」「だから客に紛れる」

「ゲームの最中に」「屋敷を探すつもりだったわ」

「それって……」

 

 レアアイテムという単語にサラは思案する。

 屋敷のどこかにあるらしい煌玉獣。

 双子の言う希少な品はそれに間違いないと。

 ただ、ムカダテは別の箇所に反応した。

 

「……やはり前回の泥棒はお前たちか?」

「何のこと?」「誤解だわ」

 

 事情を説明してなお、双子は心当たりがないという。

 

「前回の参加者ならゲンジさんたちが気づいたんじゃ? 泥棒かもしれないんだし、ムカダテさんに教えてくれたと思いますよ」

「きっとそいつは私達と同じ」「先んじて情報を掴んだ盗賊ね」

「……そうか」

「それで」「どうするの」

「「私達を突き出す?」」

 

 手札が詳らかになった以上、双子は戦闘・逃走のどちらを選択しても勝ち目が薄い。

 そも、実際にはまだ何もしていないのだ。わざわざ抵抗する理由がない。

 ムカダテとしても双子を責める根拠がない。さりとてこのまま見逃して良いものかと悩んでいると、何かを思いついたサラが手を上げた。

 

「二人に手伝ってもらうのはどうですか?」

 

 双子の事情を聞いて、敵ではないと判断した。

 だから協力できるとサラは考える。

 

「このあとに物置を調べるんですよね。問題は鍵がかかってること」

「……ああ。鍵はタカクラさんが持っている」

「メイさんのマスターキーを借りましょう!」

「……しかし、どう説明する。彼女は融通が効かない」

「理由があればいいんです。どうしても鍵を開けたくて困ってたら貸してくれるはずです! たとえば……」

 

 サラは自らの思いつきを口にする。

 議論の末、サラの提案を元にムカダテと双子が細部を補強する形で一芝居を打つことに決まったのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

 □タカクラ邸・二階西 【高位従魔師】サラ

 

「黒い服の、死体だった方がブラン・ゴーシュラムだな。そして部屋の外にいたのはノワル・ドロワラムだ」

「その通り」「私達」

「「入れ替わっていたのよ」」

 

 白い服を着たノワルさんが染めた髪を黒髪に戻す。《偽名》で変えていた名前も、赤井ドイルさんが見破ったことで元通りになる。

 

 つまりこういうことだ。

 姉で白髪に白い服のブラン・ゴーシュラムさん。

 妹の黒髪に黒い服のノワル・ドロワラムさん。

 名前と色以外はそっくりな双子。

 だから、その特徴を交換したら見た目でどっちがどっちか判断するのは難しい。

 

 まずノワルさんの【断頭弾刀 デュラハン】で死体を偽装する。首を斬っても生きたまま、ダメージを受けない必殺スキルって知らない人は絶対にだまされるよね。

 あとはタイミングを見てブランさんが【静眠檎果 スノウホワイト】の《死相の白(スノウホワイト)》でデスペナルティになったと見せかける。

 死体役のブランさんを《看破》する人はいない。エフェクトが消えたら隠れてもらう。ノワルさんがステータスごとブランさんになりすましたら、入れ替わりの完成だ。

 

「すごいな。まんまと騙された。それで? この茶番と俺にどんな関係がある」

「ないですよ」

「……何?」

 

 そう、これは推理じゃない。

 手がかりを集めるのに必要だったことを話しただけ。

 ただの時間稼ぎだ。

 

「謎解きは名探偵の仕事ですから」

 

 わたしの役目はここまで。

 あとは赤井ドイルさんにバトンタッチする。

 

「ネイサン・ハンター。私が見たところ、君のメインジョブは【血戦騎】と表示されているな」

 

 再確認するように、赤井ドイルさんは《看破》で見通した内容を口にした。

 はっきり言い切らず、その内容が正しいと思っていないかのように遠回しな表現を使っている。

 

「これは、私のスキルレベルが不十分だからだ」

「……」

 

 ネイサンさんから反応はない。

 表情を押し殺してこれ以上ヒントを与えないようにしている……でもね、もう遅いよ。考える時間はとっくに終わっているんだから。

 

「オセを使っても見破れないところを見るに、よほど高度な偽装を施しているようだ。レベル差が相当開いているのだろうね。しかし、いくら巧妙に隠したところで謎は解き明かされる運命にある。それを証明しよう」

 

 赤井ドイルさんは<エンブリオ>から立ち上がる。

 チャージ時間が必要な、偽装看破の能力を底上げする必殺スキルが今、発動する。

 

「簡単なことだ――《真実は我が手の中に(オセ)》」

 

 赤井ドイルさんの頭に王冠が浮かぶ。

 ぴょこりとヒョウの耳を揺らした赤井ドイルさんはもう一度《看破》を発動した。

 ネイサンさんの偽装がじわじわとはがれて、本当のメインジョブが明らかになる。

 

 

 ◇

 

 

 ネイサン・ハンター

 職業:【■戦■】

 レベル:1■0(合計レベル:■■0)

 

 

 ◇

 

 

 ネイサン・ハンター

 職業:【■■】

 レベル:■■■(合計レベル:■■■■)

 

 

 ◇

 

 

 ネイサン・ハンター

 職業:【狼王(キング・オブ・ウルブズ)

 レベル:324(合計レベル:824)

 

 

 ◇

 

 

「あーあー、バレちまった」

 

 ゴキリとネイサンさんは首を鳴らす。

 正体がバレたというのに余裕があるというか、逃げたり言い訳をしたりしないのは……わたしたちが敵じゃないと考えているからだ。レベルがそのまま強さを表している。

 

「……なぜこんなことを」

「知りたいか? なら、力づくで聞き出してみな」

 

 凶悪な笑みで犬歯をむき出しにしたネイサンさんは顔の下半分を隠すマスクを装備した。

 目は吊り上がり、耳は頭の上に、鼻先が突き出して顔全体がふさふさの毛でおおわれる。

 ぐぐっと上半身を前のめりに、腰を低くして四つん這いの体勢になった。

 全身の筋肉が盛り上がり、装備した服が破れて弾ける。四本の足にするどい爪。一本の尻尾が垂れ下がる。

 その姿は、大人が三人は乗れるくらいの大狼。

 

『ウォォォォォォォォォンッ!!』

 

 口輪をつけた人狼は、狙いを定めて遠吠えした。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<まだ謎解きは40%

(U・ω・U)<伏線回収しきれるだろうか……


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【狼王】

 ■とある父親について

 

 彼が<Infinite Dendrogram>を手に取ったきっかけは、たった一人の愛娘のためだった。

 単身赴任中の身では妻子と頻繁に会うことはできない。しかし、ゲームの中なら簡単に会うことができる。

 妻は健康被害の危険性からVRゲームに難色を示したが、娘が興味を持ったこともあり、最後には彼の熱意と説得に折れた。

 

 一足早くゲームを始めたのは、先にレベルを上げておいて娘にいいところを見せたかったから。

 誤算だったのは、娘の開始時期が遅れたこと。

 それでも構わないと、彼はレジェンダリアを転々としながらゲームをプレイしていた。

 

 あるとき、彼は辺境の集落に足を踏み入れた。

 そこには犬人種の少数派閥が暮らしており、他部族との交流もなく、自給自足の生活を送っていた。

 外からの旅人を物珍しげに迎えた彼らの好意に甘えて、彼はしばらくの間、集落を拠点に活動する。

 

 滞在を決めた理由のひとつに、集落にあるジョブクリスタルの存在があった。

 集落の人々は【狼戦士(ライカンスロープ)】というジョブに就いていた。ティアンではごく一部の亜人のみが適性を持つ、いわゆるレアジョブである。

 彼は興味本位で転職し、そのまま上級職の【人狼(ウェアウルフ)】まで一飛びで解放した。

 

 同じジョブに就いたことで仲間意識が強まったのか、集落の人々は一層彼を慕うようになった。

 特に子供からの人気は絶大なもの。不死身の<マスター>は子供にとっての憧れである。

 彼の方も、同じ年頃の娘がいることもあって、頻繁に面倒を見るようになった。

 じゃれる子供と遊ぶ彼の姿は、集落にとって当たり前の光景になりつつあった。

 

 数ヶ月が過ぎた頃。

 ようやく娘が<Infinite Dendrogram>を始めることを、彼はメールで知った。

 所属国家はアルター王国にするという。

 彼は王国に移籍することを決め、集落から旅立つことを伝えて回った。

 人々は残念がり、あるいは彼を引き止めようと言葉を尽くしたが、彼の心は決まっていた。

 

 旅立つ前日の晩。

 集落の人々は盛大な宴を開いて、彼に別れを告げる。

 卓に並べられた皿は豪勢な肉料理で、どこにこれだけの食材があったのかと言わんばかりの量だった。

 決して豊かとは言えない集落で、質素な生活を営む彼らにとっては貴重な食糧。

 彼らなりの餞別と受け取り、彼は料理に口をつけようとして、ふと手を止める。

 

 宴もたけなわ。滅多にない馳走に集落の人々は歓喜して、肉を貪り、酒を呷る。

 夜も遅い。酒が酌み交わされる席である以上、何もおかしなことはない。

 席に座るのが大人ばかりでも、おかしくはない。

 そのはずである。

 

 彼は知らず冷や汗を流して、集落の長に質問した。

 

「もう子供たちは寝てしまいましたか? あいつらに挨拶するのを忘れちまって」

 

 集落の長は不思議そうな顔で答える。

 

「何を仰る。きちんとこの場におる(・・・・・・)ではないですか」

 

 全くの善意から齧りかけの肉を差し出して、

 

「さあどうぞ。我が一族では、旅立つ者に最大の敬意と祝福を捧げるのがしきたりなのです。貴方が口にするのが、あの子らも一番喜ぶでしょう」

 

 言葉の意味が分かったときには、もう手遅れだった。

 卓ごと料理を叩き捨て、集落の長を手にかけた。

 驚愕する大人の喉笛をまとめて食い千切った。

 厨房で歓談する女たちを切り裂いた。

 散らばる小さな骨から目を背けて、その場の大人を一人残らず皆殺しにした。

 

 静かさが満ちる宴の場から離れて、彼は住居を一軒ずつ見て回った。

 最後の一軒でようやく生存者を見つけた。

 女だった。咽び泣く一人の母だった。

 

「……頭で理解はしているのです。ですが、ああ……私の坊や……会いたい、もう一度会いたい……!」

 

 女は彼に気づいて、縋りつく。懇願する。

 

「……お願いします。どうか、どうか……私をあの子と同じ場所に連れて行ってください。あの子と一緒に、貴方の旅路について行くことを許してください……!」

 

 夜闇に浮かぶ血染めの月。

 生命死に絶えた集落で、彼はただ天に吼える。

 何が正解だったのか。どうすれば良かったのか。

 自分が集落から旅立つと決めなければ、この悲劇は起こらなかったのかもしれない。

 彼らの思いを尊重するなら、打ち捨てずに料理を口にするべきだったのかもしれない。

 分からない中で、ひとつ言えるのは。

 

 彼らとは、もう二度と会えないということだった。

 

 

 ◆

 

 

 その後しばらくして、彼はレジェンダリア議会から指名手配された。

 表向きの理由は大量殺人。

 しかし本当の理由は、亜人差別運動への加担。

 レジェンダリアの各部族が制定する独自の掟やしきたりといった決まり事を制限し、『人間らしい』画一の基準を設けることを議会に訴えたからである。

 当然ながら、亜人が大半を占めるレジェンダリアでそのような要求が通るわけがない。

 

 彼はレジェンダリアを追われ、亡命を図った。

 目指す先は王国。指名手配犯の彼が移籍するには、有力者から紹介状を受け取るのが最も手っ取り早い。

 

 そのために、彼は伝手を持つ人物に協力を仰ぐ。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■タカクラ邸・二階西

 

(しかし、子供相手に戦う羽目になるとはな)

 

 巨躯に変じたネイサンは相手を睥睨する。

 ブランとノワルの双子に関しては脅威ではない。<エンブリオ>の能力が割れている以上、注意を払うべき隠し玉は残っていない。同様に赤井ドイルはただの的だ。

 サラは連れている従魔の竜が怯えている。遠吠えが威圧として働いており、戦闘には参加できない。

 

 まともな戦力はムカダテとカフカの二名。

 

(だからこそ、雑魚から潰す)

 

 変身により身体の自由が奪われ、本能的な行動が優先される状態では標的を絞るのが先決だ。

 

 狼戦士系統の特徴は、己の肉体を魔獣に変化させ、身体能力を爆発的に引き上げる点にある。

 下級職では頭部と上半身まで。

 上級職は全身を二足歩行の人狼に作り替える。

 ステータスの伸びは著しいが、その代償に変身の度合いに応じて肉体の操作権は失われ、精神が汚染される。

 要するに変身と狂化の複合スキルである。

 

 【狼王】の固有スキル、《狂狼憑依》レベルEXでは自在に狼へ転じることができるようになる。

 全身が狼に変化した今、ネイサンのステータスは戦闘系前衛超級職の中でも上位クラスにまで達していた。

 

 当然、強化率に比例してデメリットは大きい。

 まず、通常時なら『メインで就いている狼戦士系統のジョブレベルを省いた合計レベルが表示され、狼戦士系統以外の就職済みジョブのうち最も高いレベルのものがメインジョブとして見える』という常時発動型の偽装スキル《化けの皮》が効果を失うこと。

 そしてもう一つは、視認した敵対者を攻撃する以外の行動が取れなくなるということ。常に最高火力の攻撃を選択するため、ただでさえ激しいSPの消費が加速する。

 

 的の数が多ければ多いほど狙いは分散し、長期戦にもつれ込む可能性が高い。故にネイサンは速攻を仕掛ける。

 

『ルガァウ!』

 

 力任せに前足を振り下ろす。標的はブラン。

 鋭い爪は生半可な業物を凌駕する切れ味だ。彼女は即座に引き裂かれてデスペナルティになる。

 

『ガァッ! ウォォォォォン!』

 

 と、思いきや背後からの不意打ちを受ける。

 致死攻撃を【ブローチ】で耐えたブランが突き出した刃、背後からの一撃を軽くいなし、別方向の死角から接近するノワルごとまとめて尻尾で薙ぎ払う。

 双子に追撃、そして残りの面々を牽制する目的でネイサンは再度咆哮した。鼓膜を抑えずにはいられない大音量の塊が衝撃波として双子に襲い掛かる。

 

「口輪していてこれね」「これは無理ね」

「待て! 私を囮にする気かね!」

 

 戦意喪失した双子は、逃げ出そうとしていた赤井ドイルを突き飛ばして離脱を試みる。

 それは最善に近い一手だ。ネイサンは巨体故に自由な身動きが取れない。屋敷の廊下が狭いため、全速力を出すには壁と天井が障害になるのである。

 

 三人の背中を視線で追い、ネイサンは照準をつけると、口輪が許す範囲で顎を開いた。

 

 ――その隙に、過たず弾丸が撃ち込まれる。

 

『グルォ!?』

 

 側面からのヘッドショット。

 たたらを踏んだネイサンの目に、燻る銃口を向けたムカダテが映る。

 

「……やらせん」

 

 二発、三発と続けて射撃が命中するが、全身を覆う毛皮と筋肉に遮られて弾丸は内臓にまで届かない。

 傷は増えるが出血量は微々たるもの。これといって特殊なスキルが付与されているわけでもない。

 防御や回避をするまでもなく(もとより狂化した状態では難しいが)、ネイサンは銃口に狙いを定めた。

 その視線と身じろぎが何らかの予備動作であると察知したムカダテは後退して距離を取ろうとする。

 

 しかし、遅い。

 回避するならもっと速く。後退するならもっと遠く。

 たった数メートルの距離を離したところで、ネイサンには何の支障もないのだから。

 

『《彼方望ム待人(ロクロクビ)》』

「……!」

 

 ムカダテの猟銃が、添えた手首ごと食い千切られる。

 まるで空間の裂け目に巻き込まれたように。

 あるいは、見えない顎門に噛み砕かれたように。

 

 両者の距離は離れていた。

 物理的な攻撃ではない。

 ムカダテの手元は何もない空間だ。事前に設置するタイプの罠なら、《危険察知》が反応する。

 判明している情報とモチーフの知識を合わせて、<エンブリオ>の能力を考察するムカダテ。

 

「……間合いの拡張か?」

 

 ネイサンは答えない。語るまでもないからだ。

 口輪内での咬合に合わせて、先程まで敵が立っていた虚空に血塗れの嘲笑(三日月)が浮かぶ。

 

 ムカダテの推測は当たっている。

 TYPE:アームズ、【蛮頭隠 ロクロクビ】。

 面頬……あるいは口輪型に変形する<エンブリオ>。

 妖怪のろくろ首には首が伸びるタイプと、首が胴体から分かれて飛翔するタイプの二種類が存在するが、ロクロクビのモチーフとなっているのは後者だ。

 能力特性は『頭部の射程距離拡張』。

 噛みつきや頭突きなど頭部による行動の当たり判定を広げる<エンブリオ>であり、本来急所である頭部を相手に近づけることなく攻撃することができる。

 

 必殺スキルは同様に、ネイサンが視認した座標に攻撃が発生するスキルである。

 あくまで起こる現象を再現するのみであり、実際にネイサンの頭部と空間が繋がるわけではない。

 そのため空間系スキルと比較してコストが軽く、攻撃発生時に反撃を受けるリスクがないメリットもある。

 

 銃を使うムカダテは距離がアドバンテージになると考えていたが、実際は間合いを離す行為こそ、視認不可能な中距離攻撃の引き金になる。

 必殺スキルの連打でSPの枯渇を誘うなら良い作戦だろう。超級職のAGIで繰り出される攻撃を回避しきれるなら、という但し書きが付くが。

 

「ムカダテさん! 後ろ!」

「……む」

 

 咄嗟に身を翻したムカダテの背中から鮮血が散る。

 回避した先に遠隔発動の咆哮。

 ネイサンは敵が自分側に吹き飛ぶように位置を調整。

 身体を浮かせたムカダテを、無抵抗のまま、蠅叩きの要領で床に叩きつけた。

 

「ごふっ……」

「だいじょうぶですか!? 回復しなきゃ!」

 

 サラが駆け寄ってポーションを振りかける。

 それだけでは足りないのか、彼女は【萌芽の横笛】を取り出して奏で始めた。

 ムカダテの傷口がわずかに治癒する。演奏を聴いているネイサンも例外ではなく、先の攻防で減ったHPは微量ながら回復している。

 

(つっても、棒立ちにはならないぞ)

 

 懸念材料のカフカに意識を向けると、

 

「何? 僕は戦うつもりはないよー。だって君の事情とかどうでもいいし」

 

 彼女は観戦気分で手を叩いていた。

 ネイサンから見ても得体の知れない相手であるため、その言葉を鵜呑みにする気はさらさらない。

 接近されるか、何かのアクションを起こした場合は即座に仕留める。だが現状の優先度はムカダテが上だ。

 

『グルルルル……』

「やらせない! 《喚起》、ルビー!」

 

 サラは赤毛の魔獣を呼び出して、傷ついたムカダテを庇うように立ち塞がる。

 勝算がないことは理解しているのだろう。サラは従魔が自分より前に出ないように、いつでも【ジュエル】に戻せるようにと気を配っている。

 強者と対峙する今、それは明確な隙だ。

 命を顧みない特攻なら、万が一あり得たかもしれない勝ち目。一矢報いる可能性がゼロになる程度の躊躇。

 

(だが、それでいい。お前みたいな子供が命懸けの博打なんてしなくていい。所詮は遊戯、ただのゲームだ。……従魔は狙わず、一瞬で(PK)してやる)

 

 ネイサンは眼前の人物と愛娘の姿を重ねて、

 

「――シィッ!」

 

 間に飛び込んできた金髪に目を奪われた。

 丁寧に巻かれたそれは疾走の勢いで激しく揺れる。

 華美な戦装束に身を包んだ少女が、身の丈をゆうに超える棍棒を振りかぶる。

 その光景に何かを思うより先に身体は動いた。ネイサンは新手の攻撃に合わせて、真正面から牙を剥く。

 

「腕の一本、くれてやるわ」

 

 しかし少女は左腕を犠牲に致命傷を回避。ネイサンの懐に潜り込むと同時に、漆黒の棍棒は手甲に変形する。

 

「お返しよッ!」

『!?』

 

 掌底で突き上げるアッパーカット。

 的確に顎を打ち据えられたネイサンは脳震盪を起こして無防備な脇を晒す。狼の巨体がほんの僅かだが宙に浮かんだ瞬間、少女は渾身の回し蹴りを鳩尾に叩き込んだ。

 のけ反ったネイサンは即座に跳躍して後退、からくも追撃を免れる。

 

「腹パンと左腕の二発分……には足りないか。覚悟なさい? 熨斗つけて十倍に返してやるから」

 

 腕の傷口を縛り止血する少女。彼女は蠢く影の如き大鎌を担いで報復を宣言する。

 冤罪と逃走劇、二重に募った鬱憤を晴らすかのように、アリアリアは狂悪な笑みを浮かべた。

 

 To be continued




(U・ω・U)<ぜんぶ アルセウスの せいです


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狼と赤ずきん

 □タカクラ邸・二階西 【高位従魔師】サラ

 

 助けに来てくれたアリアリアちゃん。

 その横顔は明らかに疲れていた。ずっと屋敷の中を逃げていたからだろう。身体と頭の両方をいっぱいに動かしてヘトヘトなはずだ。

 でも、戦う気力はみなぎっているみたい。大狼を見つめる目はギラギラと輝いている。絶対に倒してやると言いたそうな気迫がすさまじい。

 

「状況はだいたい把握したわ。お二方、いける?」

「……問題ない」

「わたしだって! がんばるよ!」

「そ。私が前に出るから隙を見てぶち込みなさいな」

 

 そう言うと、アリアリアちゃんは駆け出した。

 片手で大鎌を振り回して大狼に切りかかる。

 わたしがびっくりしたのはそのスピードだ。これまでとは比べものにならない動き。

 アリアリアちゃんのレベルが上がったからなのか、わたしだと目で追えない。

 体感だと、たぶんネイサンさんとおんなじくらいの速さになっているんじゃないだろうか。

 

「不思議かしら? どうして私が超級職のあなたとまともに戦えるのか。それはね、こういうこと」

 

 爪と牙の反撃を避けながら、アリアリアちゃんはくるくると踊るように大鎌を振るう。

 

「《咬み殺し(キリングバイト)》」

 

 大鎌、マーナガルムの刃が狼の頭に変形する。

 がぱっと口を開けたそれはネイサンさんに噛みついて、切った傷ごと肉を食い千切った。

 

『グルァ!?』

「マーナガルムは捕食の獣。あなたのようなお相手を取り込めば同じだけの強さを得る。強者を糧にして、私はどこまでも強くなれる」

 

 内部に取り込んだ装備とモンスターを強化する力。

 装備したアリアリアちゃん自身を強化する力。

 この二つがマーナガルムの能力になる。

 そして《咬み殺し》は攻撃しながらアリアリアちゃん自身を強化するスキルだ。

 前はモンスター由来の固有スキルを使っていたけれど、今回は超級職の高いステータスを獲得したのだろう。

 もちろん効果は制限時間付き。それでもクールタイムごとにスキルを使ったら、ほとんど途切れずに強化状態のままでいられるそうだ。

 

 さっきのアッパーと回し蹴り、そして大鎌。

 合わせて三回の攻撃でアリアリアちゃんは十分に強化されて、タイムリミットを気にする必要はない。

 

被食者(エサ)はあなたよ、loup-garou」

 

 戦いはアリアリアちゃんが押している。大狼にぴったりくっついてのヒットアンドアウェイ。

 おんなじステータスで勝負するなら、大きな体のネイサンさんより、小柄で身軽なアリアリアちゃんが有利だ。

 おかげでネイサンさんの注意はアリアリアちゃん一人に集中している。今のうちに……!

 

「ムカダテさん、だいじょうぶですか?」

「……ああ」

 

 ムカダテさんは食べられた手首を支えにして、器用に猟銃を構える。でもふらふらして狙いは定まらない。

 肝心の猟銃も半分に折れていた。先っちょがぶら下がって揺れている状態だ。

 銃について詳しいことはわからないけど、これじゃ弾が飛ばなかったり、暴発したりしそうだよ。

 

「……一発は撃てる。それで奴を倒す」

「なら、わたしが動きを止めます!」

「……できるのか?」

「えっと、たぶん。危ないし使うなって言われてるんですけど……やれるみたいなので!」

 

 きっと嬉しいことじゃないはずなのに、わたしを信じて力を貸してくれる子たちがいる。

 だったら、わたしがみんなを信じないと。

 

「……タイミングは任せる」

「わかりました!」

 

 準備を整えてチャンスを窺う。

 あ、でもその前に。

 

「アリアリアちゃん!」

「何!? 今忙しいのだけれど!」

「ユウコさんをこっちに! 巻き込まれちゃう!」

「確かにそう……っていうかよく無事だったわね!?」

 

 姿勢を低くしたアリアリアちゃんは大狼の足元をくぐり抜けて、座り込んでいるユウコさんの手を取る。

 運がいいことに怪我はしていないみたい。ネイサンさんが他の人を優先してターゲットにしていたからだ。

 攻撃が止まった瞬間を見逃さず、アリアリアちゃんはユウコさんを抱えてこっちにジャンプする。

 

『グルル……』

 

 様子を窺うネイサンさん。背中を見せたアリアリアちゃんを襲うかと思ったけれど、目で追うだけだ。

 

「……違う。狙われているぞ!」

「でしょうねッ」

 

 空間に発生する噛みつき攻撃。

 振り向いたアリアリアちゃんは大剣をかざして、必殺スキルの一撃をガードする。

 ふんばれない空中で衝撃を受けたアリアリアちゃんは、ユウコさんをかばって背中から落下した。

 

「でも生きてる! Ms.タカクラ、お怪我は?」

「おかげさまで無事よ。私よりあなたの方が……」

「慣れてるわ。いいから下がってなさい」

 

 ユウコさんはできるだけ後ろにいてもらう。わたしたちで視線をガードすることを忘れない。あの必殺スキルは見えている場所にしか使えない……と思うから。

 大狼はじっとこちらを見つめていた。

 かと思うと、肺いっぱいに空気をためて、屋敷のどこにいても聞こえるくらいの声で吼える。

 

『ウルォォォォォォォォォォォォォォォォォン!』

 

 わたしはとっさに耳を押さえる。

 さっきの咆哮は大音量の振動を使った攻撃だった。敵意がこもっていて、聞いたら身体が震えてしまった。

 だからできるだけ対策をしようと思った。

 

 でも、これは違う。

 敵意がない。わたしたちに向けた声じゃない。

 わたしにはわかる。バベルを通してネイサンさんの気持ちが、考えが、伝わってくる。

 

「これ合図(・・)だよ!」

「合図って……誰に? いえ、それより何の?」

 

 答えはすぐにわかった。

 遠吠えが響いた直後、周りが暗闇に包まれたからだ。

 窓の隙間から差し込むお日さまと廊下の明かり、光という光が失われて、わたしは何も見えなくなってしまう。

 みんなのそばにいたほうがいいと思って足を止める。目以外の感覚に頼って状況を確認する。

 耳をすませるとアリアリアちゃんのムカダテさんの息づかいや衣ずれの音が聞こえる。

 

 二人の音に混じって、ひたりと近づく足音も。

 

『ガルゥ!』

「……ッ、この」

 

 空気が揺れる。

 爪と武器がぶつかる音がした。

 大狼の不意打ちをアリアリアちゃんが防いだんだ。

 この暗さでどうしてわたしたちの場所がわかったのかと考えて、犬は人間より鼻がいいことを思い出す。狼だっておんなじくらい鼻が効くんだろう。

 

 このまま暗闇で一方的に攻撃されたらやられちゃう。

 なら、奥の手を切るのは今だ!

 

「アリアリアちゃん、三つ数えたら後ろに下がって!」

「了解! さん……」

 

 荒い息と足音が聞こえる。つまり、ネイサンさんはそこにいる。必殺スキルは使っていない。

 だったら暗闇でもだいじょうぶ。

 ネイサンさんからもわたしのことは見えないはず。

 

「にぃ……」

 

 聞こえる音を頼りに狙いをつける。

 ちょっとズレたらアリアリアちゃんを巻き込んじゃう。

 だから慎重に、そして気づかれないように。

 

「いっちぃ!」

「お願い、ターコイズ(・・・・・)!」

 

 爪をパワーで弾いて、アリアリアちゃんが飛び退く。

 その瞬間、大狼の足元に青色の液体が絡みついた。

 

『!?』

 

 スライムが飲み込んだところから、ネイサンさんの身体がどろどろと溶けていく。

 ターコイズの体積だと大狼を丸ごと包むことはできない。だけど、外に出ている部分もターコイズが放つ冷たい空気で凍りついている。

 

 ターコイズはフランクリン製のモンスター。

 触ったら危ないのと、<マスター>を攻撃する特性からいつもは【ジュエル】の中で眠っている。

 でも強さのランクは純竜級?になるらしくて、こうして戦ってもらうと頼りになる子だ。彼女一匹でわたしの従属キャパシティをオーバーするのはご愛嬌。

 

『ウォォ……』

「させないよ! ジェイド、《サイレントカーム》」

Rrrrrr(え、えいや)

 

 吼えようとしたネイサンさんを防音結界で囲む。

 中にいる限り、音は絶対に外に漏れない。

 これで合図も攻撃もできないよ。

 ふふーん、どう? おっかなびっくりで泣いちゃうジェイドだってやるときはやるんだから。

 敵が見えてるとまだ怖がっちゃうけどね。

 

「ルビー、《リトルフレア》」

 

 小さな火の球が暗闇を照らす。

 大狼はもがいているけれど、スライムからは抜け出せない。もちろん物理攻撃じゃ倒せない。

 

「ごめんなさい。でも全力であなたを倒します!」

『……、……!』

「新技その二! いくよ、ターコイズ!」

 

 スライムの表面に『了承』の文字が浮かぶ。

 わたしの指示で、ルビーは《リトルフレア》をターコイズに――液体酸素の塊である【オキシジェンスライム】目がけて発射する。

 するとどうなるか。わたしは結果を知っている。

 前に、ギデオンでおんなじ光景を目にしたからだ。

 あの【大教授】は言っていた。

 

 ――液体酸素に火を近づけるバカは理科実験できんよ?

 

 魔法が命中して、大爆発が巻き起こった。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■ タカクラ邸・一階西

 

 爆発により床が抜けて階下に落ちたネイサン。

 青い炎に包まれながら、彼は未だ健在だった。

 全身に火傷を負い、両足が溶けている状態を健在と言えるのであればだが。

 無論<マスター>なら重傷には慣れている。痛覚を切っているので不快な感覚を耐えれば問題はない。

 

(いや、あんなの読めるか)

 

 笑いながら超級職と互角に打ち合うルーキーに、おとなしい顔をして奥義レベルの隠し球を持つルーキー。

 信じられないが、どちらも愛娘と同年代である。

 言い訳のしようもない完敗だった。

 

(おいおい。床と天井が貫通してるぞ。視線を通せば必殺スキルは使えるが)

 

 起き上がる気力は既にない。

 そも、死力を尽くして戦う場面ではない。

 これはゲームの一環なのだから。ムキになるのは、それこそ大人気ないというものだ。

 

悪役(ヴィラン)の役割は果たせたな)

 

 脱力したネイサンは砕けた【ブローチ】を投げ捨てる。

 

「……()》、からの《箱詰めの悪戯(パスイン・ザバッグ)》」

 

 そして、接近していた人物から包装済みのプレゼントボックスを顔面に落とされた。

 途端にステータスが軒並み低下し、狂化で制御を失っていた肉体の操作権が元通りになる。

 まるで《狂狼憑依》の効果が逆転したかのように。

 

 視線を動かせば、そこには麻袋の特典武具を担いだ全裸の男が立っていた。

 爆発に巻き込まれて装備は燃え尽きたのだろう。ただ、五体満足で傷一つないことは不可解ではあった。

 男の顔に見覚えはない。しかし面影は参加者の一人に酷似している。

 

「恩恵は束縛に。常識は反転し、君の論理は破綻する」

『……?』

 

 その発言が引っかかったネイサンは、男を《看破》して納得する。

 なるほど、別性同名の他人ではなかったのかと。

 

『グルル……死体蹴りかよ<超級>』

「君【死兵】持ちみたいじゃん。十分楽しんだからログアウトしたいんだよね。ほら上、さっさと死んじゃえ」

 

 悪口と一つのスキルを置き土産に、カフカは部屋を出ていった。噂に聞く彼の能力ならば屋敷の封鎖も出力差で容易く突破するだろう。

 しかし上とは、と首を傾げて頭上を見やる。

 

「あア■■■■■■ッ!」

 

 アリアリアがまさにちょうど落下する最中だった。

 まだ決着はついていない。どちらかが斃れるまで勝負は終わらないのだと、闘志と殺意に満ちた刃を携えて。

 道理である。アリアリアは散々な目にあった。しかもネイサンには打ちのめされた借りがある。それを返さずにはいられまい。

 

(いいだろう。どうせ仕事は終わりだ。エキシビジョンに付き合ってやる!)

 

『グウォォォォォォォォォンッ!!』

 

 死に体の獣が猛り吼える。

 手足が届かずとも、彼の可能性は遠方を望むもの。

 ネイサンは照準を合わせて顎門を開いた。

 

 互いに狙うは首筋。

 一撃で噛み砕かんと、両者は必殺の牙を剥く。

 

「《咬み殺し(キリングバイト)》ォ!」

『《彼方望ム待人(ロクロクビ)》ッ!』

 

 決着は一瞬。

 どちらも手負い。ならば自力に勝るものはない。

 勝敗は明らかで、一匹の獣が膝をついた。

 

「ごふ……」

 

 吐血したのはアリアリア。

 

 単純な話だ。一対一で切り札を撃ち合うなら、より速く、より致命的な傷を負わせた方が勝つ。

 《咬み殺し》は接触して発動する捕食攻撃。

 対する《彼方望ム待人》は中距離の座標攻撃。

 ネイサンは近づかれる前にスキルを発動すればいい。

 結果として、重傷を負ったアリアリアの攻撃は紙一重で届かない。ネイサンの<エンブリオ>を破壊し、顔を薄く切りつけるに留まった。

 

「耐えられると、思ったのだけれど……?」

『直前の咆哮な。《インサニティ・ロア》って【狼王】の奥義だ。ターゲットした相手に対する次の一撃の攻撃力を十倍にする』

「……ふざけんじゃないわよ」

 

 真顔で悪態を吐いたアリアリアはその場で崩れ落ち、

 

「まあ、今回は私たちの勝ち(・・・・・・)ね」

 

 後詰めにとどめを託す。

 

 赤い外套の狩人がすぐそこまで迫っていた。

 ネイサンは飛び起きて変身の度合いを調整する。

 狂化が反転しているため、獣十割の大狼から釣り合いの取れた狼頭の獣人に。

 溶けた足に力を溜めて飛びかかる。速度はネイサンが上だ。喉笛に噛み付いて食い千切らんとする。

 

 だが、口内には猟銃が突き出されていた。

 ムカダテが何かするより速く、外套で補強した猟銃自身が獲物を捕捉したかのように。

 

(自動追尾。条件は……血液か)

 

 ムカダテの外套は傷口に引かれている。

 焼け焦げた身体でなく、頭部に照準を合わせたのは新鮮な流血に反応してのこと。

 外套と猟銃の二つがムカダテの<エンブリオ>。

 

「マタギの孫を舐めるな」

『……傑作だぜ(トレビヤン)

 

 ムカダテは躊躇なく引き金を引く。

 

「――《沫華暴覗(レッドキャップ)》」

 

 弾丸がネイサンの脳を撃ち抜いて即死に至らしめる。

 頭部が破壊されては【死兵】も意味をなさず。

 

 こうして、悪い人狼は退治されたのでした。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<今回のタイトル

(U・ω・U)<狼=ネイサン、赤ずきん=ムカダテですが

(U・ω・U)<実はサラとアリアリアにも当てはまります

Ψ(▽W▽)Ψ<どこがドラ?

(U・ω・U)<サラは帽子と【血塗木乃伊の聖骸布】を装備していて

(U・ω・U)<アリアリアは言わずもがなマーナガルム=狼

Ψ(▽W▽)Ψ<あー……んー?


新技その二
(U・ω・U)<自爆スライム

(U・ω・U)<ただでさえ強い禁止カードを奥の手たらしめるコンボ(なんで滅多に使えない)

(U・ω・U)<でも自爆の指示に素直に従うのは信頼関係を築いているからだよね

Ψ(▽W▽)Ψ<ポ〇モンとかでも言えることドラ

(U・ω・U)<……作者は図鑑タスクを埋めるため、捕獲直後のアグノムを何度もじばくさせたことをここに懺悔します


ロクロクビ
(U・ω・U)<皆さまお分かりかと思いますが

(U・ω・U)<「首を長くして待つ」

(U・ω・U)<そういうことです


ムカダテ
(U・ω・U)<ガチなマタギの孫

(U・ω・U)<祖父にちょっとした畏怖と憧れがあり、アバターとジョブを設定

(U・ω・U)<なお狩猟の才能は/Zero

Ψ(▽W▽)Ψ<ないんかい

(U・ω・U)<じゃなきゃ血を追跡するような<エンブリオ>にはならない


レッドキャップ
(U・ω・U)<銘は【紅鬼頭礼 レッドキャップ】

(U・ω・U)<狩猟補助のスキルを持つ

(U・ω・U)<モチーフはイギリスの民間伝承にあるアンシーリーコート

Ψ(▽W▽)Ψ<まんま赤ずきんではないドラ

(U・ω・U)<ちなみに赤ずきんを英訳すると『Little Red Riding Hood』になるそうです


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解決編 犯人はこの中にいる

 □タカクラ邸・二階東 書斎 【高位従魔師】サラ

 

「謎はすべて解けた!」

「それは名探偵の、私の台詞ではないかね!」

「一回言ってみたかったので!」

 

 わたしはみんなの前で胸を張る。えへん。

 みんなといっても、書斎に集まったのは八人だ。

 わたしとアリアリアちゃん、ユウコさんにメイさん、ムカダテさん、赤井ドイルさん、ブランさんとノワルさん。

 最初にいたのが十二人だから、欠けているのは四人。

 被害者のゲンジさんとポラリスさん。

 爆発に巻き込まれて姿を消したカフカさん。

 そして、

 

「ネイサンさんは倒しちゃったから、お話は聞けないけどしょうがないよね」

「悪いとは思っていないわ。やらなきゃやられるもの」

「……反省している」

 

 ネイサンさんは狼だった。

 どんな事情があったのか、なんとなく想像はつく。

 でも、それはそんなに重要じゃない。

 次に会えたら本人から直接聞きたいと思う。

 

 大事なのは、ネイサンさん=犯人だと説明のつかない部分があるってことだ。

 

「今から話すのはわたしの推理です。それは違うと思ったら、違うって言ってください」

 

 全員がうなずいたのを確認して、話を続ける。

 

「ポイントは誰がゲンジさんたちを殺したか……じゃありません。どうして事件が起きたのか、です」

 

 個性的な参加者。ご褒美付きのゲーム。出入りできないお屋敷。じつにおあつらえむきだ。

 殺人事件が起きても不思議じゃない。まるで最初から、そのために作られた舞台みたいだとは思わない?

 

「どうしても何も、実際に人が殺されているのだよ。犯人がネイサン・ハンターであれ他の何者かであれ、PKするメリットがあったということだろう」

「そうです。犯人は目的があってこの事件を計画しました。でも……もしもですけど、誰も殺されてなかった(・・・・・・・・・・)としたら? 事件が事件じゃなくなりますよね」

「ふむ? 続けたまえ」

「考えてみてください。二人がデスペナになったところを、わたしたちは見ましたか?」

「直接は目にしていないわね」

 

 そうなんだよ。

 ゲンジさんは鍵のかかった部屋で。

 ポラリスさんは暗闇で。

 どっちも、二人が光の塵になったところを見たわけじゃない。襲われたメイさんとか、落ちていたアイテムがあって、デスペナルティになったと思っただけ。

 そう思うように、みんなは誘導されたんだ。

 

「アリバイについて話したとき、みんなが『殺していない』って言いました。その言葉は本当でした。《真偽判定》をごまかすしゃべり方って考えるより、みんな誰も殺していないって考えたほうがすっきりします」

「なら被害者は」「どこに消えたの?」

「……屋敷内はログアウト不可、外には出られない。隠れ潜むには限界がある」

「いかにも。この名探偵の目は誤魔化せないぞ。違和感があればたちまち看破してみせたからな」

「あら、それにしては双子の入れ替わりと潜伏に気づいていなかったようだけれど。どうなの名探偵さん?」

「ぬ……あれは前二回の事件による先入観だ! 他の見落としはない!」

 

 赤井ドイルさんが気づかないのは当たり前。

 だって、本当に見落としはないんだから。

 隠れていたわけじゃない。偽装されていたのでもない。

 わたしたちの目の前に、ずっと答えはあった。

 

「ここにいます。ですよね、メイさん」

 

 黙ってうつむいていたメイさんはハッとする。

 わたしはビシッと人差し指でメイさんのお腹を示す。

 

「『失われた者』……ゲンジさん、みーつけた」

 

 わたしの宣言で、メイさんはあきらめたようにメイド服のスカートをたくし上げる。すると、

 

「――御見事」

 

 中から、ゲンジさんとポラリスさんが姿を現した。

 

「ちょっと待ってどういうこと」

「? だから、全部ゲームだったんだよ」

「いい歳した男性がメイド服の中に隠れるってそれどんなゲームよ! Ms.タカクラはそれでよろしいの!?」

「あらあら、見つかっちゃったわね」

「寛容! 夫婦円満の秘訣だとでも言うのかしら!?」

 

 アリアリアちゃんは頭を抱えている。

 見た目のインパクトで混乱しているようだ。

 でも冷静になったらすぐにわかるよ。アリアリアちゃんはわたしより頭いいもん。

 

「……ああ、そういうこと? <エンブリオ>としてのスキルか。物理的に成人男性二人は入らない。つまり、ドラゴンメイドの能力は空間収納……アイテムボックスと【ジュエル】の複合版ね」

「ご推察の通りでございます。ご主人様はセーフティハウスと呼んでおられます」

 

 思えば手がかりはいくつもあった。

 手品みたいに、何もないところからティーセットやお掃除道具を取り出したり。

 飛んできたルゥからユウコさんを守ったときも、一度セーフティハウスにしまってから取り出したんだろう。

 

「ということは、一連の事件は自演? 死んだふりをしてドラゴンメイドの中に避難してたってわけ? 謎解きゲームの舞台装置になるために」

「正解だ。年端もいかぬというのに聡明な娘子だな」

「『失われたもの』の条件は満たしているけれど……不公平じゃない。誰が分かるってのよ」

「ううん、そんなことないよ」

 

 ちゃんとみんなにわかる形でヒントは出ていた。

 

「一つ目のヒントは<エンブリオ>。わたし、メイさんのマスターはユウコさんだと思ってたんです。ずっと一緒にいたから。でも、それだとおかしい」

「……何がだ?」

「だって、<エンブリオ>は一人に一つですよ。メイさんがいるなら、お屋敷から出られない<エンブリオ>は誰のになるんだろうって」

 

 ゲームの会場に効果があるから、ふつうに考えたら主催者のゲンジさんかユウコさんのだ。

 でも、そうなるとゲンジさんがデスペナルティになったあとも二つの<エンブリオ>が残っていたことになる。これはおかしい。

 

「だから、ゲンジさんはデスペナになってないのかなって思いました」

「良い着眼点だ。他には?」

「えっと、二つ目はユウコさんの話です」

 

 ユウコさんはお屋敷の出入り不可を自分が解除できると言っていた。

 これはゲンジさんの<エンブリオ>をユウコさんも操作できる、と考えるより、自分の<エンブリオ>だから解除できるって考えるのが自然だよね。

 

「あとメイさんの呼び方も。ユウコさんのことは『奥方様』で、ゲンジさんのことは『ご主人様』って呼んでますよね」

「Ms.タカクラがマスターなら『ご主人様』と『旦那様』、あるいは『奥方様』と『旦那様』になる……そう言いたいのね?」

「そうかなぁと思って。これはカンだよ」

 

 メイさんがいつもとしゃべり方を変えていたらわからないからね。これはそこまで重要じゃない。

 

「最後のヒントはこの場所です」

「この場所?」「この部屋」

「「書斎ということ?」」

「はい。たぶん、ゲーム前に説明があったと思います。ユウコさんは客間、ゲンジさんは書斎で待機するって」

「ああ、確かにそのようなことを言われたな」

「最初の事件からメイさんはずっと書斎にいました。答えを知っている二人は、ちゃんと場所を教えてくれていたってことです。……ユウコさんは客間から移動しましたけど、それでも書斎にいましたし」

 

 つけ加えると、事件が起きたのはどちらも書斎だ。

 死んだふりをするタイミングでメイさんのセーフティハウスに入ったと考えたら納得できる。

 逆に言えば、書斎以外で事件が起きる予定はなかった。だからブランさんが死んだふりをした三回目の事件でユウコさんはとってもびっくりしたに違いない。

 

「……ではネイサンは? 奴は自分が犯人であるかのように振る舞っていた。そしてポラリス、お前は何だ」

「私が語るよりも、ここは小さな探偵さんの推理をお聞きしましょう」

 

 ポラリスさんは眼帯越しにわたしを見る。

 うーん、ここからは思いつきと想像になるけど。

 

「ポラリスさんとネイサンさん。二人はゲンジさんたちの仲間だったのかなーって。ネイサンさんは悪い狼役。ポラリスさんは……たぶん、『夜』を用意するお仕事があったんじゃないですか?」

「素晴らしい。ええ、ですから私は早めに退場する必要がありました。<エンブリオ>を追求されると、ご夫婦との関係を疑われてしまいますからね。戦闘中にネイサンの合図で光源を消したのも私です」

 

 物置にあった《鑑定眼》が効かないプラネタリウム。

 あれがポラリスさんの<エンブリオ>だ。

 決められた範囲を夜にする、それか光を吸収するスキルがあるんだと思う。占星術師らしさがあるよね。

 鍵のかかった物置に隠してあったのは……かさばって大変だからかな。キャッスルっぽいし。

 やけに一日が短いと感じたのはポラリスさんが明るさを操作していたからだ。

 

「ゲンジ氏の依頼を受けたときは驚きました。まさか、『人狼ゲームをやりたいから手伝ってくれ』とは」

「儂は雰囲気の例を示したまでだぞ。これは謎解きだ。報酬も前払いで渡しただろう」

「本当に迷惑をおかけしてごめんなさいね? この人、凝り性なものだから。ログアウトできないのに昼夜を表現したいだとか、襲われるフリだけじゃ臨場感に欠けるとか、悪役には絶対に勝てない狼を起用したいとか言い出すんですもの。ネイサンさんには悪いことをしたわ」

「それを言うのなら、お前も探偵と双子を参加者に入れろとうるさかったではないか」

「いいじゃありませんか。前回も今回も、あなたがゲームの内容を決めたんですから」

「お二人とも似たり寄ったり、でございます」

 

 事件とゲーム、そして参加者の顔ぶれまでゲンジさんとユウコさんが決めたことらしい。

 計画を立てた側の会話に混ざれないから、わたしたち参加者はポカーンとして置いてけぼりになっている。

 

「ご歓談を遮って申し訳ないのだけれど。結局、どうしてMr.タカクラはこのような狂言を企てたのかしら?」

 

 がまんできなくなったアリアリアちゃんが質問する。

 たしかに、これだけの準備をしたんだ。なんとなくでやったと言うには大掛かりだよね。

 ゲンジさんは理由を話そうとして、でも言いよどむ。

 

「それは……」

「隠しても意味はないでしょう。サラちゃんは薄々気づいているわ」

 

 ユウコさんに言われて、ゲンジさんはようやく話してくれる気になったみたいだ。

 

「サラ、アリアリア。お前たちだ」

「え?」

「正確には、その依頼主だがな」

 

 つまり、グリオマンPさんが理由だということだ。

 

「お前たちは煌玉獣を求めて来たのだろう?」

「はい! ……途中からそれどころじゃなかったけど」

「それこそが儂の狙いよ。グリオマンPの手の者が意識を逸らし、あわよくば煌玉獣について失念するようにな」

 

 そうだね。本来の目的は煌玉獣探しだった。

 わたしはまんまと忘れていたから、ゲンジさんの目的は半分くらい達成されていたことになる。

 

「催促されないようにってことね。でも売却には前向きだと伺ったわよ?」

「何を吹き込まれたかは知らんが……あの小僧はどこからともなく嗅ぎつけて、厚かましく要求を突きつけてきたのだぞ。日頃の付き合いがなければ跳ね除けておるわ」

 

 ……なんだか話が違う。もしかしてグリオマンPさん、わざと説明しなかった?

 

「突っぱねればいいじゃないの。隠すなり、他の人に売るなり、やりようはあるでしょうに」

「それがねえ。少し面倒なことになったのよ」

「煌玉獣は今、儂の手元にない」

「なん」「ですって?」

 

 おなじく煌玉獣が目的だった双子がショックを受ける。

 わたしは、ああやっぱりって感じ。

 物置のプラネタリウムがあった場所。

 周りは物がいっぱい並んでいるのに、あそこだけぽっかりとスペースが空いていた。

 たぶん煌玉獣が飾ってあったんだろう。

 

「あれは前回の茶会の折だった。参加者の一人が賊でな、不覚にも盗まれてしまったのだ。気がついた時には跡形もなく消え失せておったわ」

「正直に説明したらわかってくれたんじゃ」

「盗まれたから売ることはできぬと? あの小僧が文面をそのまま信じる訳がなかろう。一計を案じたと疑われるに決まっている。無いものを無いと証明するのは不可能だ」

 

 反対の意味でグリオマンPさんへの信頼が厚い。

 商人は取引相手とのかけ引きがある。ときには嘘を吐くことだってあるだろうけど、話したらわかってくれると思うよ。きっと、たぶん。

 

「とはいえだ。こちらの都合で皆には迷惑をかけた。大変申し訳ない」

「お詫びと言ってはなんだけど、ご褒美は参加者全員に差し上げます。それと、今日一日は我が家でゆっくり疲れを癒やしてちょうだい」

 

 ゲンジさんとユウコさんが頭を下げる。

 思うところがある人もいるようだけど、損はさせないというゲンジさんの一言で最後には納得したのだった。

 

 

 ◇

 

 

 それから、わたしたちは豪華なお風呂とおいしいごちそうを楽しんだ。

 なんとバイキングだよ、バイキング! しかもパーティみたいに立って食べるタイプ!

 アリアリアちゃんは「単純すぎない?」と呆れ顔だけど、そう言いながらハンバーグとから揚げと海老フライを山盛りにしてカレーをかけていたの知ってるからね?

 

 食事中はみんなに話しかけられた。

 

 ムカダテさんの「……どうして計画に参加させてもらえなかった」というグチを聞いてなぐさめて。

 

 ブランさんとノワルさんからのお誘いをお断りして(わたしなら誰だってだませると言われても)。

 

 赤井ドイルさんにはライバル認定された。次はどっちがより名探偵にふさわしいか勝負することになったよ。

 

 ポラリスさんとは今度一緒に星を見る約束をした。穴場のスポットをいろいろと知っているらしい。

 

「楽しんでいるようだな」

 

 ワイングラスを片手にゲンジさんがやってくる。

 

「改めて、ゲームクリアを祝おう。見事な謎解きだった」

「ありがとうございます!」

「皆に欲しいものを聞いて回っているのだが、お前は何を望む? できる限りの要望は飲もう」

 

 他の人たちはレアアイテムにお金、超級職の転職条件、<UBM>の居場所とかを希望したらしい。

 わたしはお金には困ってない。超級職や特典武具はまだまだ遠い世界のお話だ。

 やっぱり、ここはジェイドのお母さんについてだろう。

 

「この子のお母さんについて、知ってますか?」

Rrrrr(ぺこり)

「風竜か……少し時間をもらう。可能な限り手を尽くして情報を集めよう」

 

 調査が進んだらゲンジさんのお店で情報を受け取れるように手配してくれるらしい。

 王都かギデオンに行けばオッケーだね。

 

「それと、手ぶらであの小僧のところに帰す訳にはいかん。持っていきなさい」

 

 ゲンジさんがパンパンと手を叩くと、どこからともなくメイさんが封筒を持ってきて、わたしに差し出す。

 

「煌玉獣を盗んだ者の情報だ。欲しければ先に見つけ出してみろ、と伝えておけ」

「いいんですか? それにわたしだけ二つも」

「儂を探し当てた特別賞として貰っておけ。これならばグリオマンPも納得しよう。……忠言だが、あまりあの小僧と関わらん方が良い。あれはろくでなしだからな」

「悪い人じゃないですよ?」

「あれはタチが悪いというのだ」

 

 ゲンジさんは困り果てて、ため息を吐いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■某所

 

 紙に出力された二つのレポートを読み終えて、男は凝り固まった肩をほぐす。

 現実の疲労はポーションで癒せない。代わりに市販の栄養剤とサプリメントを摂取する。常飲し続けた結果、もはや気休めにもならない代物だ。

 

「いやあ、なかなか集まらないねえ煌玉獣。所在が明確なのはひよ蒟蒻くんの二機と【鳥兜】だけか。あとはカルディナに流れた【櫟】と今回の【蒲桃】……はぁ」

 

 男が求めている煌玉獣は二十一機。

 煌玉馬や煌玉蟲とは異なる劣化海賊版であり、しかし真作となんら引けを取らない性能を発揮する贋作だ。

 ちなみに全機を集めることで何かが起こったりはしない。男がつぶさに調べた結果、ただ『超級職の奥義を再現する』というコンセプトで制作された機体に大アルカナの銘が付けられているというだけの話だった。

 

「ジョブと重なる部分があるかと思えば、ヘイゼルは【魔術師】なのに魔法使わないし。適当すぎない?」

 

 クラークの三法則じゃあるまいし、とぼやく。

 

「まあコレクションはしたいよねえ。先人の作品を知ることで、僕の最高傑作は完成に近づく。設計と動力炉と人工知能は参考にできるからなー、一回バラしたいなー」

 

 歴史に学び、利点は取り入れて改善する。

 煌玉獣を集めて研究するのも。

 先々期文明の遺産……先人の工房を独占するのも。

 すべては男の理想を体現するためだ。

 

「泥棒くんには覚悟してもらうぜ。なんだっけ? たしか名前は……そうそう、カルマだ」

 

 サラから受け取った盗人の情報は確認済み。

 既に七大国家全域に配置した人形に顔写真とプロフィールは送信してある。網にかかるまで待つのみだ。

 

「まあ手がかりゼロの状態よりはマシかねえ。もう一つの目的も達成できた」

 

 タイミング良く、男の電話が鳴り響いた。

 表示される名前はハンドルネーム。

 ちょうど男が顛末を気にしていた人物からの着信だ。

 

「はあい。こちらグリオマンP」

『おい聞いてないぜチーフ。ありゃ何だ?』

 

 相手は流暢なフランス語だ。

 普段ならば英語を用いる場面ではあるが、どうやら疲れ果てて母国語が飛び出したらしい。

 ならばと男もフランス語で返す。

 

「おいおい忘れたのかい? 言っただろう、あの子たちはうちの新人だよ。デンドロ始めて二週間のルーキー」

『うはははは! ……どんな冗談だ。ボーナスを弾んでくれないと割に合わないぞ。あんたの仕事を受けたせいで、こっちは“監獄”行きだ!』

「だから言ったのに。セーブポイントに触れとあれほど」

『その隙も与えず仕事を割り振ったのは誰だ!?』

 

 亡命目的で王国に向かったというのに、相手はセーブポイントを設定していなかったらしい。

 レジェンダリアのセーブポイントが使えない状態では、デスペナルティ明けは“監獄”からのスタートになる。

 

「じゃあ今後は“監獄”で情報を集めてよ。ちょうど戦力になる駒がいなかったんだよねえ。凖<超級>の君なら危ない橋も渡れるだろ、ネイサン」

『俺にも目的があるんだぞ』

「人権運動のこと? そっちは僕が上手いことやるさ。あの国ってば議会が腐敗してるから火種には事欠かないしねえ。それよりも副業が大事だと思うけど。奥さんと娘さんに美味しいもの食べさせたいでしょ」

『チッ……悪魔かお前は』

 

 ネイサンは男に逆らえない。

 なぜなら雇用関係にあるからだ。雇う側と雇われる側、いつだって立場が弱いのは労働者である。

 RMT(リアルマネートレード)は法律で禁止されているが、仕事としてゲームをプレイするのであれば問題ない。

 つけ加えると、ゲームで見聞きした体験談(・・・)に対して心づけ(・・・)を贈るのは黒に近いグレーである。

 

「君の所感を聞かせておくれよ。どうだい、ルーキーは使いものになりそうかな?」

『――合格だよ。頭の回転は悪くない。あれだけ動けたら十分だ。なにせ俺を一度は殺してみせたんだからな』

「重畳。いくらスキルが便利でも、ずっとお守りをするのは大変だからねえ。最低限の実力はないと」

 

 男が【狼王】ネイサンに依頼したもう一つの仕事。

 それは試金石。サラ(おまけにアリアリア)が<仮面兵団>でやっていけるかどうかを確かめる試験官として、ネイサンには強敵を演じてもらった。

 タカクラ夫妻の仕事のついで、という条件ではあるが。亡命を希望するネイサンとタカクラ夫妻を引き合わせたのも、裏でグリオマンPが手を回したからだ。

 

『あまりいじめてやるなよ。今時珍しいぞ、あんな子供』

「はいー? 僕は親切にしてますけどぉー? まるで悪者みたいに言うのやめてほしいねえ! やだやだ、どうしてうちのクランはロリコンが多いんだか」

『子供相手にここまでするお前が非人間なだけだ』

 

 サラと接触した人間は大なり小なり彼女に対して好意的な反応を示すようになる。

 よほどの人間嫌いか、周囲を見ようとせずに苛立ちをぶつけるだけの子供でもなければ。

 懐に入り込む性質、もはや固有能力と称していいかもしれないと男は考察する。

 無意識でありハイエンドともまた異なるが。

 

(無条件で他者に好かれる、だなんて。そっちの方が非人間的(・・・・)じゃあないのかねえ)

 

「あ、そうだ。子供といえば。娘さん元気? デンドロ始めたんでしょ、紹介してよ」

『誰がお前に引き渡すか』

「そんなこと言ってー。『お父さんと一緒は嫌!』とか言われて会えてないんじゃないのー?」

『……』

「図星かー」

『……違う。リアは恥ずかしがっているだけだ。その証拠に、メールで起こった出来事を教えてくれるからな。同年代の友達ができたと書いてあった。あの【超闘士】を目標にしているとも』

「友達ってボーイフレンド? それに王国の決闘一位ってイケメンだったような」

『…………』

「どっちにせよ、“監獄”にいたら会えないけどねえ!」

『殺すぞ』

 

 Episode End




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<犯人はこの中にいる(一人とは言ってない)

(U・ω・U)<解決編で急にIQが爆上がりする主人公

(U・ω・U)<《真偽判定》に対する雑な扱いと上下する信頼

(U・ω・U)<……等々ありましたが、ミステリーとして読まなければ悪くないのでは?

Ψ(▽W▽)Ψ<そこが大事なとこドラ


タカクラ夫妻
(U・ω・U)<本編で言及できなかったけど

(U・ω・U)<ユウコの<エンブリオ>は【エリコ】

(U・ω・U)<自分が内部にいる建物を不壊化・戸締まりして外敵から身を守る特殊なTYPE:キャッスル

Ψ(▽W▽)Ψ<名前ややこしいドラ

(U・ω・U)<モチーフはヘブライ聖書にある“エリコの壁”です

(U・ω・U)<TYPE別性格診断と能力などで察する方もいるかと思いますが

(U・ω・U)<怖そうに見えるゲンジの方が実は弱くて

(U・ω・U)<ユウコは一人でも生きていけるだけの強さがある


P
Ψ(▽W▽)Ψ<元凶じゃねえか

(U・ω・U)<五割くらいね


煌玉獣
(U・ω・U)<現在判明してる三つはレジェンダリアにある

(Є・◇・)<あれを回収しろとか勘弁なんだが

(U・ω・U)<そして本編でもう一つ出た


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手がかり

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 お茶会という名のゲームの後、ニッサの観光もほどほどに、わたしはギデオンに帰ってきた。

 そのままニッサから王国南部、そしてレジェンダリアに足を伸ばすことも考えたんだけど……みんなの猛反対を受けたから、また今度にした。レジェンダリアってそんなに危ない国なの?

 グリオマンPさんやタカクラ夫婦から情報をもらうまで、一ヶ所にいたほうが便利というのもある。

 

 その間はクエストをしながら待機していたよ。

 そうそう、気がついたらエイプリルフールイベントが終わってたんだよね。話を聞くと、擬態の得意なモンスターがポップしていたらしい。モンスターの見た目と強さ、ドロップアイテムが一致しないから大変だったとリリアンさんは言っていた(戦利品のジビエはおいしかった)。

 

 そして数日後。

 ついに集まった情報がわたしのところに届いた。

 冒険者ギルドで受け取りができると聞いて、わたしは期待しながら早足で向かった。

 

「……あれ?」

 

 渡されたのは小さな木箱がひとつ。

 宛先はわたし。送り主はグリオマンPさん。

 たしか情報をまとめてくれる手はずだから、荷物が一個というのは問題ない。

 でも、さすがに小さすぎる。これじゃ手帳しか入らないサイズだよ。

 

Rrrrr(あける)?』

「そうだね。まずは中身を確かめよう」

 

 パカっとふたを持ち上げてみる。

 中には片手で持てるくらいの板が収まっていた。

 紙より薄い長方形。表面はタッチパネル。

 見た目はまるで数世代前の携帯電話のような、というよりスマートフォンそのものだ。

 それでいてぐにょぐにょと自在に曲がる。この感触は……あれだ、下敷きに近い。

 

 触っていると、黒い液晶画面が白色に変わった。

 

『ユーザー認証が完了しました』

 

 というメッセージが表示される。

 

「えっと、右腕に装着してください……? あ、手袋がついてる」

 

 画面の説明を頼りに身につける。ちゃんと【ジュエル】のところは穴があいている長い手袋に、板を固定。

 これ装備品扱いになるんだね。

 

『万能手帳【P-DX】をご利用いただき誠にありがとうございます。本製品は世界に一つのオーダーメイド。情報収集に使うもよし、メモ帳として使うもよし。貴方様の今後のご活躍をお祈りしております』

「SFだぁ」

 

 すごいハイテクそうなアイテムだ。

 なんだかこのゲームと世界観が違くない?

 

「そして使いかたがわからない!」

 

 画面にはたくさんのアイコンが表示されている。たぶんそれぞれがアプリみたいな機能なんだよね。

 まずは説明書、取り扱い説明書を読もう!

 うー、できたら紙でほしかったかも……今どきそんなのないけど……アイコンどれー!?

 

『無問題。我、支援』

「その声はターコイズ? なんでしゃべって……それより【ジュエル】で寝ているはずじゃ」

『説明。当手帳、連携。出力、双方向、以心伝心。我、当手帳、掌握、管理。全部完璧』

「えっと、【ジュエル】の中にいてもこの機械を操作できるってこと? マイクもついてるんだこれ」

『正解。我、構造を理解。叡智故』

 

 さすがターコイズ賢い!

 それとこんなすごい機械をくれるグリオマンPさんは何者? もしかして天才科学者だったり。

 

 わたしに説明するため、デフォルメされたターコイズが画面の中をぴょんぴょんと跳ね回る。

 最初に説明書と設定のやり方を教わった。わたしが操作に慣れてきたところで、ターコイズは情報が入ったフォルダのアイコンを見やすいよう真ん中に置いてくれる。

 

『該当文書、発見。表示』

 

 ずらっと並ぶ情報リストは山のよう。

 いくつかフォルダを開いてみると、文字がびっしり書いてあるものから、写真やバッテン印がついた地図まで、さまざまな情報がまとめられていた。

 ぜんぶ読むのはいくら時間があっても足りない。

 それに聞いたことのある情報も混ざっているね。

 まずはターコイズに頼んで、わたしがまだ調べていない情報を優先的に表示してもらう。

 

 調べていくと、気になる情報があった。

 その場所は<境界山脈>。アルター王国とドライフ皇国の国境に広がる山々で、天竜種の住処になっている。

 山の中にはたくさんの純竜と【竜王】が暮らしていて、一度入ったら生きて出られない秘境として有名だ。

 ここまでは聞いたことのある話。カンストの人がすぐにやられちゃったというから、もう少しレベルが上がるまで待とうと思っていたんだけど。

 

 どうやら<境界山脈>の東と西には、それぞれ強い【竜王】が住んでいて、侵入者を倒しているらしい。

 西の<雷竜山>を守っているという番人は【雷竜王 ドラグヴォルト】。

 そして、東の<風竜山>には文字通り風を操る【風竜王 ドラグウィンド】がいる。

 ジェイドとおんなじ【ウィンド・ドラゴン】のトップに君臨する竜なら、なにか知っているかもしれない。

 もしかしたら<風竜山>にお母さんが住んでいるなんてことも……?

 

「よしいこう!」

Rrrr(さら)……』

「早くお母さんに会いたいもんね! だいじょうぶ! ムリはしないから!」

 

 わたしはわしゃっとジェイドをなでる。

 せつない顔で遠くの山を眺めるこの子の姿を見たら、わたしのレベルが上がるまで待つなんていってられない。

 せっかく有力な手がかりを見つけたんだ。今動かないで、いつ行動するって話だよ。善は急げ!

 

 アリアリアちゃんについてきてもらいたいのは山々だけど、あいにく連絡がつかない。

 行き先は知らないんだよね。出かける前に聞いたんだけど「秘密よ」って教えてくれなかった。

 一人で遠出するのは危ないから、近くの街まで護衛か配達のクエストを受けようと思う。

 

「ターコイズ、<境界山脈>に近い街は?」

『勘案……発見。王国北東、カルチェラタン』

 

 わたしは冒険者ギルドにある依頼の中から、カルチェラタン行きのクエストを探す。

 するとあっさり依頼が見つかった。いくつもだ。

 どうやらカルチェラタンは最近になって激しい戦いがあったらしい。悪魔軍団が攻めてきたとか、カニとクジラのロボット兵器が大暴れしたとか。

 街の復興には物資がたくさん必要だ。それを運ぶ馬車に乗せてもらえそうだね。

 

 レッツゴー!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 実はちょっぴり野良パーティに苦手意識がある。

 

 戦うときは特にそう。みんなの足を引っ張って、怒られることが何回かあったからだ。

 わたしは平気だけど、ジェイドが怖い思いをしたらいけない。だからいつもはフレンドとパーティを組んでいる。

 知り合いがいないときは、先にわたしと従魔ができることを伝えるようにしている。これは前までの反省を活かしたやり方だよ。

 それでパーティを組むのを断られるときもあるけど、クエストの途中でケンカするよりよっぽどいい。

 おかげで最近はできないことを任される機会が減った。わたしに合った仕事をくれる優しい人に感謝だね。

 

 その点、今回の野良パーティは安心できる。

 リーダーを名乗り出た人が的確に仕事を割り振ってくれたからだ。

 

「見張り交代だよ」

「はーい」

 

 わたしは返事をして警戒を解く。

 依頼はティアンの馬車の護衛。

 わたしに任された仕事は二つ。全員交代制の見張りと、天気の変化を観察することだ。

 この荷馬車は(ほろ)がついていないから、雨が降りそうなときは早めに雨宿りできる場所を探す必要がある。

 ジェイドは空気の変化に敏感だ。空模様を予想するのは朝飯前なのです!

 

「今日もいい天気だ」

「ですね! ぽかぽかして気持ちいいです!」

「眠気が襲ってくるな……僕は寝る。もし何かあったら起こして。モンスターに風穴をあけてあげるよ」

 

 そう言って、リーダーさんは荷台に寝そべる。

 日差しがまぶしくないようにだろう、テンガロンハットと首に巻いたスカーフで顔を隠した。

 隙だらけに見えて、腰のホルスターには一丁のピストル。いつでも抜けるように手が触れている。

 心構えからしてつわものだね。見習おう。

 

Kyukyu(退屈ね)!』

「なら【ジュエル】に戻る? まだ道は長いよ」

 

 赤い尻尾をふりふりするルビー。

 もし見張り中にモンスターが襲ってきたら援護攻撃をするために呼び出していた。

 わたしの従魔でいつでも戦えるのはこの子だけ。

 戦闘ではつい頼りすぎてしまう。

 だからちょっとしたわがままは聞いてあげたい。

 

Kyukyukyu (絵本を読んで)kyuuuu(ブラシも)!』

「用意するから待ってね」

Rrrr(ずるい)

「わかってるよ。順番こ」

 

 ルビーのブラッシング=おやつ付きくつろぎタイムだ。

 ふふふ、秘蔵のレムの実を出すしかないみたいだね。

 日本円で五〇〇円する高級果物は彼女の大好物だ。というか食べるのはぜんぶ高級なフルーツやナッツ類。

 おかげでルビーが来てからジェイドの舌が肥えていくばかりなのは密かな悩みだったりする。

 

 わたしは特注のブラシを片手に、絵本を読み聞かせる。

 

「むかしむかし……」

 

 

 ◇

 

 

 むかしむかしのそのまたむかし。

 

 ふかいもりのおくふかくに、いっぴきのりゅうがすんでおりました。

 

 りゅうはいつもひとりぼっちでした。

 

「どうしてぼくにはなかまがいないの?」

 

 りゅうはいつもないてばかりいました。

 

 そんなあるひのことです。

 

 りゅうがないていると、ひとりのしじんがやってきました。

 

「おお、かわいそうに。わたしがきみのともになろう」

 

 しじんはたてごとをつまびいて、ふしぎなせんりつをかなでます。

 

 すると、なんということでしょう!

 

 もりも、むしも、とりも、けものも。

 

 みんな、みんな、しじんのもとにあつまってくるではありませんか!

 

「どうだい? これできみはひとりではなくなるよ。さあうたおう! みんないっしょに!」

 

 そのひから、りゅうはひとりぼっちではなくなりました。

 

 そらも、かぜも、たいようも、つきも。

 

 すべてがかがやいてみえるようになりました。

 

 ですが、しじんはたびびとです。

 

 ひとところにながくはいられません。

 

 りゅうはまたひとりになることをおそれました。

 

 ですから、こういったのです。

 

「ぼくも、きみといっしょにいきたい」

 

 しじんはこたえます。

 

「もちろん。きみがうたい、ぼくがかなでる。なんてすばらしいことだろう!」

 

 それから、しじんとりゅうはたびをしました。

 

 たくさんのうつくしいものをみました。

 

 おおくのであいがありました。

 

 あるときはけもののおうに。

 

 またあるときはおおとりに。

 

 つめたいからだとやさしいこころをもつものに。

 

 りゅうはうたい、しじんはかなでます。

 

 ですが、いつしかときはながれ――

 

(よい子の童話集 第九話 『しじんそーまのものがたり』より)

 

 

 ◇

 

 

「あ……寝ちゃった」

 

 いつの間にか、ジェイドとルビーは寝息を立てていた。

 起こしたらかわいそうだからしばらくはこのままで。

 休めるうちに休んでおかないとね。

 

「おやすみ。いつもありがとう」

 

 ラッキーなことにモンスターは姿を見せず、次の見張りが回ってくるまで二匹はぐっすり眠ることができた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして、とくにイベントもなく、わたしは無事カルチェラタンの街に到着した。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<今回は短め

(U・ω・U)<辻斬りまでが一章一節、人狼編が一章二節とすると

(U・ω・U)<ここからが一章三節

(U・ω・U)<その次は二章に入る(予定)

(U・ω・U)<もっと従魔との絡みを書いていきたい


時系列
(U・ω・U)<原作の第五章終了後あたり

(U・ω・U)<レイ君とはかち合わない

(U・ω・U)<ただあの人とは遭遇する


【P-DX】
Ψ(▽W▽)Ψ<たまごっぴでは?

(U・ω・U)<チ、チガウヨ


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母を訪ねて

 □【高位従魔師】サラ

 

 カルチェラタンの街は復興作業の真っ最中だった。

 壊れた建物と焼け落ちた木々。

 それは見ているのがつらい事件の爪痕だ。

 本当なら、石畳と草花が調和したきれいな街並みを楽しむことができただろうと思うと残念でしかたがない。

 

 それでも、街の人たちはこれまでの日常を取り戻そうとがんばっている。

 その証拠に、建てられたばかりの新しい家がある。庭先には小さな芽がぴょこりと顔を出していた。

 時間があったらなにかお手伝いしたいところだ。

 

 わたしが乗った馬車は復興用の物資を卸したら、次の目的地に向かうらしい。

 わたしのお仕事はカルチェラタンまでの護衛なので、報酬を受け取ってパーティから抜ける。

 リーダーさんたちはそのまま護衛を続けるそうだ。

 

「<境界山脈>に向かうんだって? やめた方がいいよ。あそこは命がいくつあっても足りない」

「どうしても行かなくちゃいけないんです。……わたしがもっと強かったらよかったんですけど」

「なら幸運を祈るよ。君は山登り、僕はソーマの街まで、どちらも無事に目的地に辿り着けるように。それじゃ、また会おう」

 

 野良パーティとさよならして支度を整える。

 といっても、この街でやることは大してなかった。

 なにせみんな工事や探しものに忙しくしている。

 それにお店は壊れていたり、商品がなかったりで買い物ができないからだ。

 

 セーブポイントを設定したわたしは、もう一度マップを確かめる。

 カルチェラタン伯爵領の北がドライフとの国境。

 その国境に重なるようにして<境界山脈>がある。

 

「よし、いこう<境界山脈>!」

 

 緊張しているらしいジェイドを励まして、わたしは北を目指す。えいえいおー!

 

 

 ◇◆

 

 

 □■???

 

「ん? あれは」

 

 カルチェラタンの街を歩く少女に意識を向ける。

 ガッツポーズをして気合を入れているが、先程の言葉は聞き間違いだろうかと耳を疑う。

 気になって少女のステータスを見ると、まだ駆け出しの域を出ないルーキーだ。

 肩に乗せている天竜は従魔か。そちらの練度も低い。

 

 少女が右腕につけた装備は既視感を覚える造り。

 自然と、ある男から聞いた話を連想する。

 

「まさか……いや、いくらグリオでもそこまではしない……はず」

 

 不安を抱いた青年は迷いに迷った後。

 

「……一応な」

 

 光学迷彩付きの外套を羽織り、少女の後を追った。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■ <風竜山>

 

 王国北部と皇国南部の国境に連なる<境界山脈>は、三大竜王の一体【天竜王 ドラグへイヴン】が君臨する<天蓋山>を始めとして、その系譜に連なる天竜種の【竜王】と数多の純竜が生息する山々の総称である。

 

 中でも東端の<風竜山>を治めるのは【風竜王】だ。

 【天竜王】の第二子にして神話級<UBM>。

 疾風の如く飛翔し、咆哮一つで嵐を招く空の王者。

 彼は絶対的な強さを以て侵入者を退け、純竜を統制し、山脈の秩序を守る番人だ。

 対になる東の【雷竜王】と並んで恐れられてはいるものの、山を降りて他の生物や国境を行き交う人間を襲うことはない。ティアンをはじめとする多くの人々に取っては危険性の低い<UBM>であり、まさに「触らぬ神に祟りなし」という扱いを受けていた。

 

 しかし、否、だからこそと言うべきか。

 

 “境界”を越えるものに、竜は容赦をしない。

 

 戦技を磨き上げたティアンの武芸者や、エンドコンテンツを求めて訪れる<マスター>など、己の力を過信して、無謀にも竜殺しを為そうとする者達。

 彼らを待つのは財宝(特典武具)と勝利の栄光ではなく、竜という上位者からの洗礼である。

 

 翼を持つ竜は剣の届かない遥か上空から襲い来る。

 特に【ウィンド・ドラゴン】は天竜種の中でも飛行に長けた種族であり、高高度を長時間、高速で飛翔することなど造作もない。加えて、高度を保ったまま放たれるのは空気を圧縮した不可視のブレス。

 

 この地では、狩るものが狩られるものに逆転する。

 故に<マスター>が増加した近年に至っても、竜の山脈を攻略した者は未だいない。

 

 今日繰り広げられる狩り(・・)も、またありふれたもの。

 山に一歩足を踏み入れた瞬間から竜の群れに襲われ、戦闘を余儀なくされたサラは既に追い詰められていた。

 そう、狩りだ。戦いですらない。一方的な加虐である。むしろここまで生き延びていることが奇跡だった。

 

「お願い、話を聞いてください! わたしはただ……」

 

 サラの言葉を遮るように風の刃が飛来した。

 かろうじてターコイズがサラをかばう。体積が二割ほど消し飛ぶが、相手の攻撃と大気中に含まれる酸素を糧にしてスライムは再生する。

 しかし、刻まれた「<マスター>を攻撃する」本能に抗いながらでは本来の性能を発揮できない。

 ルビーは火の魔法で竜を牽制しようとするが、そもそも射程が足りない上に命中したところで竜の鱗に阻まれる。

 打開策もなく、このままでは削られていくばかりだ。

 

 竜たちに対話の意思は見られない。サラの呼びかけに答える竜は一匹とて存在しない。

 ここから出ていけ、と暗黙のうちに告げている。

 

「教えてほしいことがあるだけなんです! 用事が済んだら帰ります、から!」

 

『――それは誠か』

 

 初めての返答は上空から。

 地上に舞い降りるはひときわ大きな竜。

 全身に旋風とオーラを纏い、近づくことすら許されない威圧感を放つ山の主人。

 

『答えよ。如何なる理由で我らの土地に踏み入った?』

 

 【風竜王】が少女の前に現れた。

 

 

 ◇

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 びっくりしたー!?

 急に攻撃が止まったと思ったら、空からものすごいきれいなドラゴンが下りてきたよ。

 頭の上に表示された名前を見る限り、この人(竜?)が一番偉い【風竜王】さんだろう。

 なにせ目配せひとつで、他のドラゴンが一斉にどこかへ飛んでいってしまうくらいだ。

 

 緊張が解けてホッとする。あのままだとわたしか従魔の誰かはやられちゃっていただろうから。わたしならいいけど、もしも……ううん、考えるのはやめよう。

 とにかく話が通じるドラゴンがいてくれて助かったよ。わたしに敵意はないみたい。これで一安心かな。

 

『なぜ安堵する? お前は我を見て何とも思わんのか』

「えっと、大きくてかっこいいなあーとは」

『おかしな娘だ。山に踏み入った人間は凡そ我に挑むというのにな』

 

 そういうものだろうか。わたしは勝てると思わないし、特典武具はいらない。お話を聞いてくれたら十分だ。

 それに、【風竜王】さんの見た目をかっこいいと思う人は絶対にいるよね。ゲームのボスか、強い味方キャラとして出てきそうな感じ。

 

「勝手に山に入ってごめんなさい。わたしはサラっていいます。この子たちはジェイド、ルビー、ターコイズです」

 

 とりあえず自己紹介をした。

 三匹は【風竜王】さんのオーラに圧倒されているみたいだ。ジェイドは泣いちゃいそう。ルビーはわたしの後ろに隠れて震えているし、ターコイズは降参のつもりなのかぐてーと地面に溶けている。

 

「わたしたち、ジェイドのお母さんを探してるんです。知ってることがあったら教えてくれませんか!」

『……成る程。事情は理解した』

 

 【風竜王】さんは目を泳がせて、

 

『だが、我は何も知らぬ』

 

 わたしにもわかる嘘をついた。

 

「なんで嘘をつくんですか?」

『繰り返させるな。我は知らぬと言った』

「違いますよね。あなたはなにかを知っている」

『くどいッ! いい加減に』

 

 【風竜王】さんは大声を出す。

 突然の風がわたしを吹き飛ばそうとする。

 でもやめない。わたしの口は止まらない。

 最初はちょっと不思議に感じただけだった。

 だけど話してみてわかった。

 だって、このドラゴンは……

 

「だって――あなたはジェイドのお父さんでしょ」

Rr()……?』

 

 ジェイドは意味がわからないという顔でわたしと【風竜王】さんを交互に見る。最強のドラゴンと自分が親子だとは信じられないんだろう。

 わかったのは二体の声が似ていたから。いかめしい話しかたの中に、ジェイドの鳴き声とおんなじ響きがした。

 

『……』

 

 そうだとは言わない。でも違うとも言わない。

 ジェイドはわたしの肩から降りて足を踏み出す。

 

 まさに感動の対面だ。

 それにしても、お母さんを探しに来たらお父さんが見つかるなんて思ってもみなかった。

 もしかしたら【風竜王】さんはジェイドのことを知らなかったのかもしれないね。

 そうじゃなかったらジェイドはこの山で暮らしているはずだ。だって【竜王】の子どもってことは王子様だもん。

 

 あれ、でもどうしてジェイドは親とはぐれたのかな?

 それに【風竜王】さんが嘘をついたのは……。

 

Rrrrrr(おとうさん)

 

 おそるおそる近づいたジェイドは、

 

『お前は我の子ではない』

 ――勢いを増した風圧に押し返された。

 

「ジェイド!?」

 

 わたしはあわててジェイドを抱きとめる。

 つうと流れる血。風のせいで翼が傷ついている。

 遅れて痛みがやってきたみたいで、じわじわとジェイドの目に涙がにじむ。

 どうしてこんなことを!

 

『飛ぶことすらできぬ竜を我らは同胞と認めない』

 

 ……え?

 

『早々に立ち去れ。二度と我の前に姿を見せるな、出来損ないの恥晒しが』

 

 冷たい言葉を告げた【風竜王】はそっぽを向く。

 

 わたしはジェイドを寝かせてポーションをかける。

 

 からっぽになった頭では、今起きたことを何回も何回も繰り返していた。

 

 我の子ではない?

 

 でき損ない?

 

 ……ふざけないで。

 

 さすがに。

 

 いくらなんでも。

 

 それは、お父さんが子どもに言っていい言葉じゃないだろう――!!

 

「うああああああああああああ!」

 

 気がついたら、わたしは笛で殴りかかっていた。

 

『何のつもりだ。その程度で我を殺せると思ったか』

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! そんなのはどうでもいいんだ!」

 

 笛で叩いても【風竜王】はびくともしない。

 硬い鱗とオーラに守られているからだ。

 逆にわたしの手は旋風で傷だらけになっていく。

 だけど知ったことか。わたしの体はどうでもいい。

 

「謝って! 今すぐジェイドに! ひどいことを言ってごめんなさいって謝れぇ! 《言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)》ッ!」

 

 裏返るくらいの大声でわたしは叫ぶ。

 だって許せるわけがない。いくら親子でも、ううん、親子だからこそ、それはダメだ。

 わたしはジェイドの主人として、【風竜王】に言わなくちゃならないことがある。

 意識を共有して、伝えなきゃいけないことがある。

 

「ジェイドがどんなにさびしい思いをしたのか知らないくせに! ひとりぼっちで、お母さんもいなくて! 自分が嫌われたんだって、いらない子なんだって、泣いてたことも知らないくせに!」

 

 はじめて、王都の従魔師ギルドで会ったとき。

 彼は風に閉じこもって泣いていた。

 たったひとりで捨てられて。

 泣いているだけの子どもだった。

 

 それでもジェイドは成長した。

 はじめはモンスターを見るのも怖がっていたのに、戦闘のサポートができるようになった。

 ぜんぶぜんぶ、ジェイドががんばったからだ。

 

「がんばってここまで来たんだ! やっと家族に会えた! それなのに……お父さんなのに突き放すの? なんでジェイドを傷つけて平気そうにしていられるのッ!? 【風竜王】の大バカやろう!」

 

 そうだ。わたしは怒っている。

 ここまでのことをして顔色を変えない【風竜王】に。

 そして、わたしはわたし自身に対して怒っている。

 

 わたしは守ってあげられなかった。

 もう傷つきたくないと言っていたジェイドを外の世界に連れ出したのはわたしだ。

 わたしはジェイドの傷を癒やすどころか、こうしてまた、彼を傷つけてしまった。

 

「謝って……謝ってよぉ……」

 

 目が熱い。涙で前がよく見えない。

 わたしは叩く手を止めてへたり込む。

 無傷の【風竜王】は顔を近づけると、

 

『……悪く思うな。これがお前達のためなのだ』

 

 わたしにだけ聞こえるようにささやいて、大空に飛び上がる。

 

 【風竜王】が羽ばたくと風が起こる。

 そよ風が激しい突風に、突風は渦を巻いて。

 晴れ渡る青空はみるみるうちに雲がかかり雷雨が降る。

 嵐を呼んだ【風竜王】の周りに空気が吸い込まれる。

 

『再三の忠告に従わぬ報いだ。我が一撃を手向けとして受けるがいい、小娘! 《トルネード・ラム》!』

 

 集まった風は【風竜王】の口から竜巻のブレスになって放たれる。超級職が使う奥義の魔法くらい強力な。

 わたしはぼうっとそれを見上げていた。

 竜巻が近づいてくる光景と。

 空中で竜巻を受け止めた人のことを。

 

『む、新手か』

『ああくそったれ! 間に合わなかった……!』

 

 機械のヒポグリフに乗った騎士だった。

 大盾でブレスを防いだその人は、なんと空を飛ぶ【風竜王】を相手に空中戦を挑む。

 槍を振りながら、ものすごい速さで【風竜王】の爪と打ち合っている。

 

『お前は【征伐王】だな。我が配下をいいようにあしらってくれたようだ』

『言っておくが一体も殺してないからな。襲われたから応戦しただけだ』

『侵入者は其方だが?』

『分かってる。だからこの場は引かせてもらうぞ。それで文句はないはずだ』

『いいだろう。その小娘も連れて行け』

 

 騎士さんはうなずいて武器をしまった。

 そのまま地上のわたしを抱えて飛び上がる。

 

「待ってください! まだ話は終わってません!」

『勘弁してくれ。本気(・・)の神話級とやり合うのはごめんだ』

 

 兜の奥から聞こえる声は震えていた。

 今の【風竜王】は手加減しているってこと?

 あれだけ強い騎士さんが怖がる相手。戦ったらわたしに勝ち目はない。そして、【風竜王】にお話するつもりはもうないみたいだ。

 

 ……くやしい。

 

 わたしは従魔を【ジュエル】に戻して、騎士さんの言う通りに山を下りたのだった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

【風竜王】
(U・ω・U)<断っておくと、彼を下げる意図は全くありません

(U・ω・U)<そしてジェイドは間違いなく彼の血を引いています


【征伐王】
(Є・◇・)<カルチェラタンの遺跡で【煌騎兵】に転職した帰りに

(Є・◇・)<新入りを見かけたもんだから心配でついてきた

(U・ω・U)<そこ、ストーカーとか言わない


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情動のコンチェルト

 □【高位従魔師】サラ

 

「少しは休めたか?」

「はい。助けてくれてありがとうございました」

 

 ジェイドを抱えて宿屋の一階にある酒場に降りると、ひよ蒟蒻さんは飲みものを注文して待っていてくれた。

 目が真っ赤に腫れていることには気づかれたと思う。知らんぷりは彼なりの優しさだった。

 

 <風竜山>を下山したわたしはカルチェラタンの街に逃げ帰った。運んでくれたのはひよ蒟蒻さんだけど。

 前にギデオンで会った偽者とは違う、本人だ。クランの先輩でグリオマンPさんのこともよく知っているらしい。

 

「あいつの悪巧みでないならひとまず安心だ。【風竜王】が追ってくる心配はない」

「……追いかけてきたらよかったのに」

 

 ぽつりと口から本音があふれる。

 今ここで【風竜王】が謝ってくれたら。

 なにかの間違いだって、そう言ってくれれば。

 ちょっとはジェイドだって救われる。

 

 ジェイドをぎゅっと抱きしめる。

 止まったはずの涙がポロポロとこぼれた。

 泣き出したわたしをジェイドは見上げる。

 とても悲しそうな顔をしていた。わたしと一緒に泣きそうになるのを、ジェイドは必死にがまんしている。

 そして、そっとわたしの涙をぬぐった。

 

『なかないで』

「え……ジェイド、あなたしゃべって」

 

 バベルで翻訳された声とは違う。

 風を操作して、ジェイドは言葉を発音していた。

 

『なかないで。サラがなくの、ぼくはいやだ』

「だってあんなことを言われたんだよ。わたしはなにもできなかった。ジェイドがお父さんと会えてよかったと思ったのに、こんなのってないよ! あなただって……」

 

 もしもジェイドが受け入れられていたら、<風竜山>に残る選択肢もあったはずだ。

 お父さんとドラゴンの仲間と一緒に暮らして、協力してお母さんを探す。

 そうしたら、きっとさびしい思いはしない。

 だって家族と一緒にいられるんだから。

 

 でもそうはならなかった。

 

『うん、かなしいよ。おとうさんも、どうぞくもこわい。とべないぼくをみんなはみとめてくれない』

 

 飛べないからなんだっていうんだろう。

 それだけで親子じゃいられないの?

 仲間はずれにしていい理由になるの?

 

 たしかに小さな翼が空をつかむことはないけれど。

 ジェイドがドラゴンであることは変わらない。

 おんなじ種族なのに、あっちにいけと追われるなんて……そんなのおかしいじゃないか。

 

『でも、サラがいる』

 

 悩むわたしをジェイドは覗き込む。

 

『ぼくはもうひとりぼっちじゃない。だからへいきだ』

 

 そう言ったジェイドは涙目で、本当はさびしい気持ちをこらえているのがわかった。

 あのジェイドが泣かずに前を向いている。それは喜ぶところかもしれない。

 ……だけど、ダメだ。このままジェイドがお父さんと離れ離れになるのはよくない。

 

「やっぱり、もう一度お父さんに会いにいこう」

「いや待て。今の流れでどうしてそうなる」

 

 隣で聞いていたひよ蒟蒻さんが首をかしげる。

 

「だって納得できないですよ! ジェイドも【風竜王】も本当はなかよしでいたいと思ってます! ああやって突き放したのはぜっっったいに許せませんけど、きっとなにか理由があるんです!」

「あー、その根拠は?」

「さっき【風竜王】と意識を共有しました。お父さんは、ちゃんとジェイドのことを大切に思ってるよ」

 

 わたしがジェイドのことを伝えたとき、【風竜王】から伝わってくる思いがあった。

 それは嬉しさと迷い、決意と罪悪感がごちゃまぜで。

 ぜんぶわたしたちのためだというささやきはきっと嘘じゃないんだろう。

 だからってあんな言いかたはないけど!

 

「【風竜王】が本当のことを話すまで諦めません。何度でも会いにいってやるんだから!」

「一回落ち着け。それじゃ二の舞になるだけだろ。従魔を危険に晒すつもりか?」

「じゃあわたし一人でいきます!」

「なおさら無茶だ。仮に戦力が用意できたとしても、【風竜王】が本音を明かすとは限らない」

 

 うぐっ。ひよ蒟蒻さんの正論が突き刺さる。

 

「気持ちは分かるが冷静にな。俺は少し用事ができたんで手伝えないけど」

「うう……でも」

「頼むからくれぐれも一人で突っ走るのはやめてくれ。助けた相手に死なれたら寝覚めが悪い。……そうだな、気晴らしになるかは分からないけど広場で演奏をやってたぞ。行ってみたらどうだ」

 

 「ここの会計は持つからさ」と言うひよ蒟蒻さんの手で、わたしは宿屋から追い出されたのだった。

 

 

 ◇

 

 

 歩いて広場を目指す途中、わたしはたくさん考えた。

 どうしたら【風竜王】とお話できるのか。

 考えて考えて、それでも答えは出なかった。

 そんなわたしにジェイドは質問する。

 

『おとうさん、ぼくのこときらいじゃないの?』

「当たり前だよ。家族だもん。だから諦めないで。お父さんも、お母さんも、きっとあなたに会いたいと思ってる」

『そっか。サラがいうならぼくはしんじる』

「約束だよ。わたしはあなたの味方でいるから」

『うん、やくそく。……Rrrrrr(つかれたからもどすね)

 

 よし、いつまでもくよくよしていられない。

 難しいのはわかってる。だからって、それで諦めるわけにはいかないよね。

 わたしたちは一緒にがんばるんだ!

 

「ひよ蒟蒻さんの言う通り、まずは気分転換して落ち着こう。たしか広場はあの辺りだよね」

 

 耳をすませばメロディが聴こえる。

 思わず足を止めてしまうような美しい曲が流れたかと思うと、ステップを踏みたくなる軽快な音楽が。そしてアニメ調のオープニングテーマにと次々に切り替わる。

 曲調はバラバラで統一感はない。でも、どの演奏もこれまでの中で一番と言えるくらいにすごい。

 

 人だかりの向こうに演奏する楽団が見える。

 おじいさんの指揮棒に合わせて、ファンシーな動物の音楽家が楽器を奏でている。

 ハーピーとコボルド、ケンタウロス。この組み合わせは前に見たことがあるような?

 たぶん<超級激突>のときギデオンにいた人かな。

 ああ、あのときはハーピーじゃなくてケットシーがいたんだっけ。今は猫ちゃんの姿は見当たらない。

 

「……ちょっと物足りないかも」

Rrr(そう)?』

 

 リクエストに応えて、楽団は演奏を続けている。

 すごい腕前なんだけどね。

 オーケストラで例えるなら、鍵盤と打楽器と弦楽器があるのに、管楽器のパートが欠けている感じ。

 おじいさんが上手にカバーしているから、注意していても違和感はない。ほんのちょっぴりの不足だ。

 

「あ、この曲は知ってる」

 

 次に流れたのはリアルで有名な作曲家の曲だ。

 わたしも練習したことがある。

 

「たしかこうやって」

 

 わたしは【萌芽の横笛】で譜面をなぞる。

 すると、

 

「……!」

 

 指揮者のおじいさんがこっちを見た。

 そして二重に流れていた管楽器パートのメロディが一つになる。動物さんたちがカバーを止めて、それぞれの楽器に集中したんだ。

 ぐぐんと演奏の迫力が増して鮮やかになる。

 

 一曲が終わり、続けて二曲目。

 って、これフルートのソロがあるやつだよ!?

 

 びっくりしておじいさんを見ると、アイコンタクトで「こっちに」と誘われている。

 これはつまり合奏だね? 上手な人と一緒はちょっと緊張するけど、とってもおもしろそうだ。

 もやもやした気分をすっきりさせるにはちょうどいい。

 

 お客さんの隙間を通って楽団の隣に立った。

 おじいさんの指揮に合わせてわたしは演奏する。

 ジェイドもわたしの肩の上でリズミカルに体を揺らして、鼻歌なんか歌ってる。

 

 曲を吹き終えたとたん、ものすごい拍手がわたしたちに浴びせられた。お客さんは興奮した様子でそれぞれ褒め言葉と感想を口にしている。

 おじいさんの真似をしておじぎをすると、より大きな拍手が起きた。

 

「すごかったー! 急に入ったのに合わせてくれてありがとうございます!」

「いや、こちらこそ助かった。やはり管楽器なしでは無理があったのでな。御主のお陰で良い演奏ができた」

 

 アンコールをするお客さんに会釈をして、おじいさんはわたしと向き合った。

 

「はじめまして! わたしはサラっていいます。この子はジェイドです! おじいさんは?」

「私はベルドルベル。流れの作曲家だ。こやつらは私の<エンブリオ>でクラヴィール、パーカッション、ストリングスという」

 

 鍵盤楽器のハーピーがクラヴィール。

 打楽器のコボルドがパーカッション。

 弦楽器のケンタウロスがストリングスだね。

 じゃあ姿の見えないケットシーが管楽器かな?

 

「本来ならばここにホーンが加わるのだが、先刻から行方知れずでな。探しに行こうにも観客が集まってしまい、無碍にもできず困っていたのだ。御主達は見かけていないだろうか?」

「えっと、見てないです」

「そうか……あやつは好奇心旺盛でよく迷子になるのだ。さて、どうしたものか」

 

 ベルドルベルさんの<エンブリオ>は四体一組だ。

 みんな揃っていたほうが演奏するのに具合がいいよね。

 

「あの、よかったらお手伝いします!」

「御主が? 申し出はありがたいが、見たところこの街は初めてであろう?」

「だいじょうぶですよ、わたし探しものは得意なので! すぐに終わります!」

 

 わたしは空を飛ぶ鳥さんと街の動物に呼びかける。

 

「みんな、この子たちとそっくりな猫ちゃんを知らない?」

 

 集まってくれたみんなにたずねると次々に答えが返ってきた。ふむふむ、なるほどね。

 

「あっちみたいです!」

「驚いた。従魔師とはこのような芸当ができるのか」

 

 感心するベルドルベルさんと一緒に北を目指す。

 どうやら迷子の猫ちゃんは街の外に出たらしい。近くにいるようだけど、モンスターに襲われたら大変だ。

 

 できるだけ早足でフィールドに出る。道なりに進むと、草むらに隠れるケットシーを見つけた。

 怪我はしていないみたい。ベルドルベルさんに気づいた猫ちゃんは慌てて駆け寄った。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、わたしたちになにかを伝えようとしている。指差しているのは……上?

 

 見上げた空には二つの影が飛んでいる。

 ひとつは一体のドラゴン。

 そしてもうひとつはヒポグリフと騎士。

 

「あれは……」

 

 フル装備のひよ蒟蒻さんが凶暴な【ウィンド・ドラゴン】と戦っていた。

 ドラゴンは街に向けてブレスを吐く。それを受け止めたひよ蒟蒻さんはドラゴンに剣を振っている。

 

「街の周辺に天竜種は生息していないはずだが……いや、あの青年に加勢する方が先決か」

 

 ベルドルベルさんと四体のレギオンは身構える。

 もしかして戦えるタイプの音楽家さんかな。

 わたしも従魔を呼び出そうとすると、ひよ蒟蒻さんからストップがかかる。

 

『待ってくれ! こいつは<風竜山>のやつだ。できれば殺さずに追い返したい』

 

 ついさっきの出来事を思い出す。

 わたしたちは【風竜王】に見逃された。それなのにこのドラゴンを倒したら<風竜山>のドラゴンたちが仕返しにくるとひよ蒟蒻さんは考えているんだろう。

 

「じゃあ、わたしがお話して説得を」

「無駄だ。お前の言葉は届かない」

 

 後ろから声がした。聞いたことがないのに知っている。

 ひよ蒟蒻さんともベルドルベルさんとも違う。

 振り返ると、知らない男の人が立っていた。

 

「火に油を注ぐだけだ。狙いはお前達なのだから」

 

 その人の言う通り、ドラゴンはわたしを見つけると急降下して襲ってくる。他の人には目もくれない。

 ドラゴンはわたしを、そしてジェイドを傷つけようと風のブレスを放った。

 

 ――そして、暴風のバリアがわたしたちを守る。

 

「他愛無い。この程度で、よく我に逆らおうと考えたな」

 

 片手でブレスを防いだ男の人は、ギョロリと縦長の瞳でドラゴンをにらみつけた。

 ドラゴンはびくりと体を震わせる。男の人を怖がって、翼を広げて空に飛び上がった。

 まるで絶対に勝てない相手から逃げるみたいに。

 

「……誇りすら失ったか。殺して構わん。我が許す」

 

 男の人の言葉で二人が動いた。

 

『《黒渦》』

「《獣震楽団(ブレーメン)――パーカッション》」

 

 ひよ蒟蒻さんが手のひらをかざすと、黒い重力の球ができてドラゴンを吸い寄せる。

 もうドラゴンは逃げられない。空中でバタバタもがいているけど一センチも前に進まない。

 

 そしてベルドルベルさんの攻撃。

 コボルドを中心にケットシー、ハーピー、ケンタウロスが合体してひとつの楽器になる。

 指揮に合わせて奏でられたメロディは広場の演奏よりもパワーアップしていた。大音量の衝撃波が純竜クラスのドラゴンのHPを一気に削り切る。

 

 ドラゴンは倒される瞬間、最後の最後に大声で叫んだ。

 はっきりとした言葉にはなっていなかったけれど、伝わった気持ちを言葉にするなら『どうしてお前が存在している』って感じだろうか。

 単なるケンカのレベルを超えた怒りと憎しみ、疑問という強い感情。むき出しの敵意をジェイドにぶつけて、ドラゴンはそのまま力尽きた。

 

 わたしからするといきなり襲われたようなもの。まだジェイドも軽いパニックから抜け出せていない。

 びっくりしたし怖かった。ただ、それ以上に。

 

「悲しい」

 

 あのドラゴンとジェイドは仲間のはずだ。

 どうしてジェイドを嫌うんだろう。

 でも、きっとなにか理由があるんだ。

 それを解決したら、なかよくなれたかもしれない。

 お話をしたら友だち……は難しくても、仲間と認めてもらえたかもしれない。

 その可能性がなくなってしまったことが悲しい。

 

「感傷は不要だ。あれは天竜種の矜持を忘れ、境界を踏み越えた。如何なる理由があっても許されはしない」

 

 男の人は目を閉じて黙祷する。

 口にした言葉とは反対に、悲しんでいることを感じる。

 ドラゴンを追い詰めた責任を感じているのか。

 あるいは王様としての役割かもしれない。

 本当のところは分からない。

 

 だからお話をしよう。

 だいじょうぶ。今のわたしは落ち着いている。

 ひよ蒟蒻さんとベルドルベルさんのおかげで気持ちを一回リセットすることができた。

 相手も時間を置いて冷静になったみたいだし。

 

「説明してくれますか? どうしてドラゴンが襲ってきたのか。ジェイドを突き放すような嘘をついたのか。わたしに教えてください、【風竜王】」

「……事ここに至って隠し立てをするつもりはない。お前の疑問に答えよう、従魔師の娘」

 

 人の姿のまま【風竜王】は語り出す。

 それは昔の思い出話。

 <風竜山>で暮らしていた、あるドラゴンの話だった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

ベルドルベル
(U・ω・U)<皆さんご存知【奏楽王】

(U・ω・U)<セッションさせたかった


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真名

 □■ある天竜について

 

 生まれながらにして王の系譜に連なる【風竜王】には何不自由のない生活が約束されていた。

 天性の肉体はそこらの天竜種と比較にならないほど強靭で逞しい。光沢を帯びる鱗は均整の取れた並び。一度翼で風を掴めば瞬く間に万里を翔ける。

 纏う風格は王者のそれ。なにも外面に限った話ではない。彼は同族の頂点に君臨する立場に相応しい公明正大な判断を下す賢者だった。幼き頃より自然の理を体得し、加えて他者から学んだ知恵を海綿の如く吸収する。

 才能、資質、環境。竜としておよそ考えられる全てを【風竜王】は有していた。

 

 【風竜王】は【風竜王】という座に就く以前より、賞賛と憧憬を以て扱われた。

 彼は周囲の期待に応えるべく成長する。そうあれかしと望まれた王道を歩み、【天竜王】の第二子はひとつの王の名を冠するにまで至る。

 

 そんな【風竜王】にも理解が及ばない事柄があった。

 彼が治める<風竜山>で暮らす雌竜のことだ。

 彼女は山脈で生まれ育った血族とは異なり、外部から移り住んだ所謂流れ者だった。種族こそ純竜だが、その身に流れる血には他種の因子が混ざっていた。ドラゴンの翼膜が怪鳥の羽毛に覆われていたのである。

 通常は純竜同士のつがいからでなければ純竜の子は生まれない。にも関わらず混血の特徴を持つ純竜が存在する理由は定かではない(何世代か前に先祖返りや突然変異の個体がいたと考えられる)。

 

 古くより天竜種には奇形を間引く習わしがある。なぜなら奇形の天竜種は大半が正常に育たず、悪意を増大させる個体が多いからだ。

 ただその雌竜は大人しい気性で分を弁えていた。故に慈悲深い【天竜王】の特別な配慮によって条件付きで山脈に住まう許しが与えられたのである。

 それは他の竜と関わりを持たないこと、山脈の端で密かに暮らすことの二点だった。

 

 ともあれ、雌竜が異端として腫れ物扱いされるのは避けられない。

 

 ――なんと醜い。

 

 ――ろくに飛ぶこともできんらしい。

 

 ――【天竜王】様は何を考えておられるのか。

 

 心無い陰口が交わされる。【風竜王】はくだらないやりとりを耳にする度に辟易するばかりだった。

 飛べない奇形がいる……だからどうした? 悪意を持っているならばともかく、件の奇形は我々に何の被害も与えていないではないか。父である【天竜王】の裁定に異を唱える方が問題だと。

 

 その苛立ちと反感は次第に雌竜へと矛先を変える。

 何故山脈に居座るのか。奇形にとって山脈が暮らし辛い場所であることは百も承知のはずだ。逃げ出さず留まる理由があるのだろうか……【風竜王】は思考を巡らせたが、雌竜の意図を理解できずにいた。

 分からずにいても問題はない。【風竜王】は害がないのであれば奇形に対して敵意を向けることはせず、かといって禁を破り雌竜と接触する心算は皆無である。

 せいぜい一族の配下が雌竜に近づかないよう触れを出す程度だった。

 

 

 ◇

 

 

 だが……嗚呼、如何なる運命の悪戯か。

 ある日、【風竜王】は彼女と出会った。

 

 山脈に侵入を試みる愚者を排除し、疲労から無心で空を翔けていた【風竜王】は知らずのうちに雌竜が暮らす領域に踏み込んでいた。

 気がついたときには既に遅い。急いで身を翻した【風竜王】だったが、視界の端に雌竜の姿を捉える。

 

 雌竜は飛んでいた。

 混血の証とされる翼を羽ばたかせて縦横無尽に天を舞う姿は、彼女を奇形と蔑む竜の飛翔よりもずっと美しく、繊細で、可憐だった。

 青空に純白の輝きが映える。飛ぶことが楽しくて楽しくて堪らないというように雌竜は思うがまま翔け抜ける。

 

 瞬間、【風竜王】の脳裏はまっさらになった。

 もしも奇形の竜に出会うことがあるなら、そのときは内に秘めた考えを尋ねよう……そんな思いは彼方に消え去り、ただ呆然と佇むばかりだ。

 衝撃は落雷に打たれたかのよう。さもありなん。彼の常識では奇形は差別と排除の対象だ。間違っても見惚れる相手になるはずがない。己の心に生じた矛盾に説明をつけられず、【風竜王】は激しく動揺した。

 

 放心した【風竜王】の硬直は雌竜が視線に気づいて逃げ出すまで解けなかった。

 咄嗟に雌竜を追いかけた【風竜王】は二度目の驚きに襲われる。

 

 追いつけない。

 正確には【風竜王】は配下をゆうに追い越す速度で飛翔しているのだが、みるみるうちに距離を離されていく。

 目を引く容姿と飛行速度に興味を抱いた【風竜王】は全力で加速。雌竜を間合いに収める。前方に回り込んで逃げ道を塞いだ後、真っ先に浮かんだ問いを投げかけた。

 

『お前、名は何という?』

 

 返答は、言葉にならない悲鳴だった。

 

 

 ◇

 

 

 雌竜は寡黙だった。

 決して軽薄な語り手ではない【風竜王】が百の言葉を投げかけてやっと一、二の単語が返ってくる。

 単純に口下手というのもあるが、雌竜は純竜と会話することを恐れていた。聡い雌竜は他者との接触が双方にとって不利益になることをよく理解していた。相手が竜王であるなら尚更だ。

 だが【風竜王】に粗相を働くわけにもいかない。話しかけられたのならば耳を傾けなければならない。せめて一言は返さなくてはいけない。

 雌竜の境遇は【天竜王】の気まぐれという薄氷の上に成り立っている。本来なら他の竜と接触してはならない。かといって恩人の息子を蔑ろにはできない。……どちらを選ぶにせよ禁を破ることになるのなら、己の心に正直でありたい。雌竜は密かにそう考えていた。

 

 時折、お互いに人目を忍んで顔を合わせた。

 専ら取るに足らない話ばかりを繰り返す。

 ただ一度だけ、雌竜が身の上を語る機会があった。

 ドラゴンの両親の間に生まれた雌竜は生後間もなく放逐されたのだと。

 それきり雌竜は口を閉じたので【風竜王】もそれ以上を問い詰めることはしなかった。

 

 それよりも雌竜は空を飛ぶことを好んだ。

 飛んでいる間は嫌なことを忘れられると。

 華麗に飛ぶ彼女を【風竜王】は眺める。無言で過ぎる時間こそ最も両者の心が通じ合う瞬間だった。

 

 あるとき【風竜王】は言った。

 

『何故、お前は飛べることを隠している? あの姿を見れば他の竜も考えを改めるに違いない』

 

 雌竜は首を振る。認められることはあり得ないと雌竜は知っていた。

 飛べるか、飛べないかはさほど重要ではない。

 差別の本質は雌竜が他の竜と異なること。

 混血の奇形である限り、雌竜が山脈の竜達に受け入れられることはない。

 むしろ雌竜を蔑む理由がひとつ増えるので他の竜にとっては都合が良い。逆に、飛べることを知られたなら余計な反感を買うことだろう。

 

『悔しくはないのか』

『貴方が知っていたら良いのです。私が飛べること、そして私の真名を』

 

 雌竜は静かに告げる。

 

『私の真名はアルシエル。どうか覚えていて』

 

 明くる日――アルシエルは姿を消した。

 

 

 ◇

 

 

 【風竜王】は山脈中を探したがアルシエルを見つけることはできなかった。

 それどころか耳を疑う流言が広まっている。

 曰く、「奇形が【風竜王】を誑かした」と。

 噂によれば、奇形の雌竜が悪意を持って【風竜王】に近づき堕落させようと目論んだことになっていた。

 しかも寸前で【風竜王】は正気を取り戻し、奇形を跳ね除けたとまで語られているではないか。

 

『父上! 父上は居られるか!』

 

 配下を問い詰めると、出所はすぐに判明した。

 犯人の【天竜王】が住む<天蓋山>に向かう。

 

『アルシエルを何処にやったのです!?』

『ククク……さてなぁ? 我はそのような名は知らぬ』

 

 真っ赤な嘘だった。【天竜王】は己の分身として無数の霊体を放っている。大陸中の出来事を把握する監視網が、彼の領域である<境界山脈>内で機能していないと考えるのは無理がある。

 

『だが、これで理解したはずだ。我々は奇形を受け入れられぬとな』

『まさか、それだけのために彼女を利用したと?』

『いや、面白い駒ではあった。故に我が下で押さえていた。それだけのことよ』

 

 よもや“彗星”の血が混ざっているとは思うまいて、と【天竜王】は独りごちる。

 

『何故ですか! これはあまりに酷ではないですか』

『いやなに。境界を守る番人が約定を破り境界を踏み越えるというのは……些か外聞が悪いと思わんか』

 

 山脈の東を守護する【風竜王】の立場と、禁忌とされる奇形との接触を掛けて【天竜王】は揶揄する。

 捻くれた見方をすれば確かに聞こえが悪い。

 だがそれは真実と程遠い憶測である。

 余人が好き勝手に騒ぎ立てようと、この父だけは正しい経緯を理解しているはずだと【風竜王】は憤懣やる方ない表情を浮かべる。

 

『ククク、そう睨むな。これは彼奴の望みでもある』

『……アルシエルの?』

『「奇形に熱を上げた」よりは「誑かされた」の方が同情が集まるとでも考えたのだろうなぁ。ククク』

 

 事実同情的な声は多い。ここに来る途中、【風竜王】は何度も激励の言葉を投げかけられた。

 できる限り評判を落とさぬよう、不利益が最小限になるようにアルシエルが気遣ったがためだとしたら。

 

『忘れろ。全て無かったことにするのだ』

『……はい』

 

 彼女の気持ちを酌むことが最善であると、そう信じるしかなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 一気に過去を語った【風竜王】が息をつく。

 たくさんの情報で頭がパンクしそう。

 わかるのは、これが大事なお話ということ。彼が知っているジェイドのお母さんについてのエピソードだ。

 

「これ部外者が聞いていい話じゃないだろ」

「構わん。知る者が一人二人増えたところで変わらない」

 

 居合わせた二人の反応はバラバラだ。ひよ蒟蒻さんはちょっと困り気味で気まずいみたい。ベルドルベルさんは静かに耳を傾けていた。

 

 わたしはというと……よくわからない。

 物語のように悪役がいて、ハッピーエンドで終わる話なら簡単なんだけど、このお話はそうじゃない。

 仲間はずれにするのはよくないことだと思う。でも天竜種にとってはそれが当たり前で、奇形であることを気にしない【風竜王】のほうがおかしいとされてしまう。

 だからジェイドのお母さんは自分が悪者になってまで【風竜王】を守ろうとした。

 それは厳しくてつらい決断だ。だって、どっちも幸せになれない。大切な相手と離れ離れになって、二度と会えないなんて悲しい。

 しかも【風竜王】は何もなかったことにして生きていかないといけない。消えた彼女を追いかけることはできなかったんだろうか。

 

「我がただの天竜だったなら分からぬ。しかし、我には立場がある。王としての責任がある。過去に舞い戻っても同じ選択をするだろう。……別れが待つと知りながら、アルシエルの名を問うだろう」

 

 【風竜王】は深いため息をついた。

 

「お前が察する通り、其奴は【竜王】と奇形の混血との間に生まれた子だ。今の話を聞けば、同胞がどのような目で其奴を見るか想像できるのではないか?」

 

 ジェイドの翼には羽毛が生えている。これが奇形になるとしたら。しかもお母さんが【風竜王】をたぶらかしたと他のドラゴンは信じている。

 仲間はずれにされる……ううん、もっとひどいことをされるかもしれない。

 

「現にお前達は狙われた。そこの【征伐王】が食い止めていたようだが」

「またおんなじようなことが起きるんですか?」

「それはない。彼奴は我が配下の中でも群を抜いた過激派だった。我の汚点を消し去ろうと考えたのだろう」

 

 その言葉を聞いてジェイドが泣きそうになる。

 ちょっと【風竜王】?

 

「……我がお前を汚点だと考えている訳ではないぞ。先の暴言についても謝罪する。すまなかった。お前達を守るためとはいえ、お前を傷つけて良い道理はなかった」

 

 ジェイドを突き放したのは、他のドラゴンに仲間はずれにされてしまうことがわかっていたから。

 ジェイドにとって<境界山脈>は生きづらい場所。嫌われながら生きるより、わたしのところにいたほうがいいと【風竜王】は考えた。

 しかも自分の子どもだと認めたら、ジェイドに集まる反感がもっと大きくなる。

 ジェイドのお母さんについてはなかったことにされた。なのに子どもがいたらおかしい……王の血を引く奇形なら特にひどい目に合う、ということだ。

 だから悪者のふりをした。

 ジェイドのお母さんとおんなじように。

 

 事情はよくわかった。

 わたしとしてはこれで十分だ。ちゃんと説明してもらって、ごめんなさいを聞いた。

 あとはジェイドがどうするかという話。

 

『もういいよ』

 

 ジェイドはあっさりと【風竜王】を許した。

 

 ……こう表現すると簡単に思えてしまうけど。

 たぶんきちんと考えて答えを出したんだ。

 

『そのかわり、おねがいがある』

「分かった。我に可能な範囲であれば聞き入れよう」

『あやまって』

「何?」

『ぼくたちがサラをかなしませた。だからいっしょにあやまろう、おとうさん』

 

 ジェイドは【風竜王】に近づいてちょこりと座る。

 隣に並んだら人と竜の姿なのに雰囲気がどこか似ていて、やっぱり親子なんだなと実感する。

 

『ごめんなさい』

「全ては我が至らぬ故。誠に申し訳ない」

「わたしこそ、バカって言ってごめんなさい。今回のことはだいじょうぶだから気にしないで。だってわたしはこの子の従魔師ですから!」

「……寛大な心に感謝を。そこの二人も、我の配下が迷惑をかけた」

 

 まずわたしに、そしてひよ蒟蒻さんとベルドルベルさんに【風竜王】は頭を下げた。

 二人は緊張しながらも気にしていないと答える。

 これで今回の件は丸く収まったかな……。

 

「あ、そういえば【風竜王】はどうしてここに?」

 

 タイミングがばっちりで違和感がなかったけど、山脈の番人なんだよね。離れたらまずいんじゃ?

 

「……それは、だな……大変言いづらいのだが……うむ。我は<風竜山>を治めるものとして、此奴とのけじめをつけに来た。《人化の術》を使ったのは皆が怯えて要らぬ混乱を起こさぬようにだ」

 

 みんなじゃなくてジェイドが、だよね。

 ちらちらと横目で見ていればわかるよ。

 

「ジェイドといったな。お前は我とアルシエルの子だ。誰が何と言おうと間違いない」

 

 【風竜王】はしゃがんでジェイドに目線を合わせる。

 ジェイドの白い羽毛が生えた翼をなでて、どこか懐かしそうに遠くを見つめる。

 

「そして我がそれを喧伝できぬことは理解してほしい。今後<風竜山>に立ち入ることも許可できぬ。これにお前を否定する意図はない。分かってくれるか?」

『……うん』

「不甲斐ない我を許してくれ。……しかし、血の繋がりは断ち切れぬ。我はお前の生を言祝ぎ、天竜種としての真名を授けよう」

 

 それは【風竜王】がジェイドを認めた証のようなもの。

 自分の血を引く天竜種の一族だと、そんな思いを込めて名付けが行われる。

 

 

「――アルヴィン」

 

 

「空より生まれ、風に愛された嬰児よ。お前の旅路に祝福を」

 

「忘れるな。天は、空は、風は、すべてお前の味方であるということを」

 

「そして恐れるな。お前の翼は空を翔けるためにあるのだ」

 

 

 たっぷり数十秒は抱きしめていただろうか。

 ゆっくりとジェイドから離れた【風竜王】は《人化の術》を解いて、大空に飛び上がった。

 もう行っちゃうみたい。あんまり山脈を離れているとまずいのかもしれないね。

 と思ったら、【風竜王】はわたしに顔を向けた。

 

『頼みがある。我とアルヴィンの意識を繋げることは可能だろうか?』

「もちろん! 任せてください!」

 

 バベル発動準備! 対象はジェイドと【風竜王】。

 スキルの性質でわたしを含めた意識の共有になる点は二体ともオーケーしてくれた。

 暴走しないように十分気をつけて《言詞の壁を越えて》を使う。

 

 ――知らない記憶が流れ込んでくる。

 

 空を舞うように飛ぶきれいなドラゴン。

 

 そして高い時計塔が建つ街並み。

 

 二つの光景がくっきりと印象に残った。

 最初のドラゴンはジェイドのお母さんだろう。

 じゃあ次に見えた街の景色は、

 

「思い出の場所ですか?」

『昔話を聞いたことがある。共に訪れる機会はついぞなかったが。すまない、街の名はすぐ思い出せそうにない』

「今はどんな手がかりもほしいですから! ありがとうございます!」

『ならば良い。もしもお前達が……いや、何でもない。忘れてくれ』

 

 最後は未練を払うように首を振って、【風竜王】は北の空へと飛び去った。

 

 

 ◇

 

 

 カルチェラタンに戻ったわたしは記憶で見た街について、ひよ蒟蒻さんとベルドルベルさんに質問した。

 デンドロ歴が長い先輩なら知っているかもしれないと考えたからだ。二人とも旅をした経験があるらしいし。

 とりあえず身近な人から情報を集めようとしたのだけど……結論から言うよ。

 

 大当たりだった。

 

「高い時計塔? ああ、知ってるよ」

 

 ひよ蒟蒻さんは広げた地図を指差す。

 

「ここがカルチェラタンだろ。で、街道沿いに南下すると小さな街がある。この地図には載ってないけど」

「なるほど! メモしていいですか?」

 

 わたしはノートを広げて座標を書く。

 えっと、縦線がここで、横線がここと。

 

「なんでも古い街らしい。俺はよく知らないけど、知り合いが話してたな」

「戦闘職なら当然であろうな。ただ、非戦闘職……私のような音楽に携わる者ならば耳にしたことがあるはずだ」

 

 どうやらベルドルベルさんは詳しいみたい。

 音楽関係というと、なにかのコンサートが開かれる場所だったりするのかな。

 

「御主は伝説の詩人について聞いたことはあるか?」

「伝説の……?」

Rrrrr(しじん)……?』

 

 記憶にあるような、ないような。やっぱりない。

 デンドロの世界に残ってる伝説だよね。

 世界観の設定みたいな話はチュートリアルでされなかったし、あんまり聞いたことがない。

 

「そこはかつて、伝説の詩人が生まれた街なのだそうだ。そして彼の名前にあやかり、街の名が改められた」

 

 その街の名前は、

 

「――ソーマ。詩歌と歴史を刻む街」

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<まだ話は終わらない


【風竜王】
(U・ω・U)<こっち完全捏造なので

(U・ω・U)<原作で詳細が言及されたら別時空の話と思ってください


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伝説の詩人の伝説

 □【高位従魔師】サラ

 

 カルチェラタン伯爵領の南、村よりは大きくギデオンよりは小さい面積に石造りの建物が並ぶソーマの街。

 一歩足を踏み出すと、街のいろんなところから詩人の歌声と旋律が響いてくる。耳をすませば英雄譚や冒険劇、恋物語に偉人の功績を褒める詩なんかが聞こえる。

 地面に座って楽器を鳴らす人、酒場で詩を披露する人、みんなが歌っているものだから住民全員が詩人なのかと錯覚してしまいそうだ。

 

 無料でもらえたパンフレットには観光者向けの案内が簡単に書かれていた。

 この街は伝説の詩人ソーマが生まれた場所で、一度は人が離れていって廃れてしまったけど、詩と音楽を愛する人々の手によって再興したんだとか。

 このときに当時の街並みを再現して、街の中心にソーマの資料と遺物を集めた博物館が建てられた。

 

「それが、あの時計塔だね」

Rrrr(たかいね)

 

 時計塔は街のどこにいても見える高さだ。

 どうして博物館に時計塔? と思ったら、ちゃんとパンフレットに理由が書いてあった。

 

「流れ行く過去が忘れ去られぬよう、時計は時間と共にソーマの詩を刻むのです……だって」

 

 毎日決まった時間に時計塔は音楽を奏でる。その短い間はどんな詩人も黙って静かに耳を傾けるらしい。

 せっかくだから聞きたいなと思ったけど、タイミングが悪いみたい。次の演奏は夕方だって。待つだけで時間をつぶすのはもったいないから後回しだ。

 

 ジェイドのお母さんがこの街について話していたということは、来たことがあるって考えていいはず。

 めぼしい観光名所は博物館くらい。手がかりがあるならそこだろう。ジョブクリスタルとセーブポイントも博物館の中にある。つまりいくっきゃない!

 

 というわけでわたしは博物館に向かった。

 石を積み上げて造られているのは街の建物とおんなじ。高い塔を支えるために柱と金具で補強されている。

 入口は映画館のチケット売り場とシアター前をくっつけた感じで、お姉さんが一人ずつ対応している。

 

「入館料をお支払いください。<マスター>お一人で五千リルになります」

「はーい。えっと、お金……」

「その必要はありませンよ」

 

 お財布を探してアイテムボックスをガサゴソあさるわたしの手が後ろから優しく掴まれる。

 振り返ったら、もじゃもじゃのおじさんがいた。

 

「あなたはMr. ジョバンニ?」

「ンンン! お久しぶりデス!」

 

 王都の従魔師ギルドでジェイドをくれた人だ。

 どうやら今回も親切で声をかけてくれたみたいだけど、いったいどうして入館料を払う必要がないのだろう。

 

「このお値段はぼったくりデス。でも観光客は信じてしまうのデスヨ。<マスター>はお金持ちですカラね! さあ、彼女は転職希望デス。通してあげてくだサーイ」

 

 そのままMr. ジョバンニはわたしの手を引っ張る。

 本当にいいのかなと思いながらも、お姉さんが何も言わないので博物館に入館できちゃった。

 ……あとでお巡りさんに突き出されたりしないよね? だいじょうぶだよね?

 

「安心してくださイ。確かに本来は建物を出入りする度に入館料を支払わなくてはなりませン。この街はお金がありませんかラ、数少ない収入になるのでス! セーブポイント等が中にあるので<マスター>は利用せざるを得ないのですネ。ただ、ちょっとした裏技があるのデス」

「裏技? さっきの転職希望ってやつですか?」

「イエス。【吟遊詩人(バード)】系統のジョブに就いているか、転職を希望する場合は入館料が免除されマス。一緒にこの街を盛り上げまショウ! という魂胆ですネ。……お陰でこの街は詩人だらけになりまーシタ。そして収入が減り、入館料が高くなる。なんとも言えぬ悪循環でス」

 

 ものの例えじゃなく、本当に街は詩人でいっぱいだったんだね……なんだか博物館に悪い気がするからあとできちんとお金を払おう。

 

「それにしてもお元気そうで何よリ! 実はわたーし、少し心配していたのですヨ。ですが杞憂だったようデス。あなーたとジェイドの間には確かな絆が育まれていル。あなーたに託して正解でしタ。他の子も元気にしているといいのですが……ンンン、どこで何をしているのでショウ」

 

 そう言うMr. ジョバンニの【ジュエル】からは声がひとつしか聞こえない。残りの二匹は誰かに渡したのかな。

 

「あなーたは何をしにこの街まデ? 用もなく従魔師が訪れる場所ではありまセンが、歴史マニアなのデスカ?」

「わたしたちはジェイドのお母さんを探してるんです。それで、この街に手がかりがあるかもしれなくて」

 

 わたしはこれまでの話を簡単に説明した。

 なかなかお母さんが見つからないこと。

 そして【風竜王】から教わった記憶を頼りに、この街までやってきたこと。手がかりがあるとしたら博物館か時計塔ということまで。

 Mr. ジョバンニはふんふんとうなずいて、

 

「では、わたーしが案内しまショウ」

 

 と言った。

 

「わたーしはこの街に詳しいデス。お役に立てますヨ」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 ありがたい提案だ。わたし一人で博物館を回るより百倍いいに決まってるよ。

 詳しい人が隣にいたら展示についていろいろと質問できるし、初めてのわたしじゃ気がつかない手がかりに気がついてくれるかもしれない。

 

 わたしはMr. ジョバンニについて順路を進む。

 最初の展示では伝説の詩人その人について説明をしているみたいだ。壁にはずらっと年表が書いてある。

 透明なケースの箱には詩人が着ていた服、雑貨、旅支度なんかを飾っているみたい。

 かなり古い年代物で、だいたいは色あせて破けているものばかり。よく形が残っているなと思ってしまうくらいボロボロだ。

 

「今より約二千年程前、当時は異なる名前で呼ばれていたこの街にソーマは現れましタ」

 

 Mr. ジョバンニはとても聞き取りやすい声で、唄うように伝説を語り始める。

 

「現れた? 生まれたじゃなくて?」

「ソーマ出生の秘密については明らかにされていないのデス。詩人としてのソーマが産声を上げた場所として、『伝説の詩人が生まれた街』になったのデスヨ。もちろん、きちんとした理由がありマス」

 

 指で示したのは展示の奥のほう。

 ここからでも大きなジョブクリスタルが見える。

 博物館の展示のひとつとして管理されているみたいで、周囲を柵とヒモで囲ってあった。転職で使うときは触ってだいじょうぶそうだけど。

 そして、ジョブクリスタルに触ろうとする詩人の人形がセットで飾られている。こっちの展示は厳重に封鎖してある。どうやら壊れやすいみたいだ。

 

「このジョブクリスタルは【吟遊詩人】に転職可能デス。この地を訪れたソーマはジョブクリスタルに触れて詩人になったと伝えられていマス……人形はイメージ像ですネ」

「なるほど。わたしも転職してみようかな」

「従魔師と詩人はシナジーがありませんヨ? わたーしが言うのですから間違いありまセン」

「お姉さんに転職希望って言っちゃったし……気になるから、ここはひとつ記念で!」

 

 下級職ひとつくらい、とりあえず取っておいて、使わないと思ったらはずしたらいいもんね。

 わたしはジョブクリスタルに触って、出てきた就職可能ジョブの一覧から【吟遊詩人】を選ぶ。

 これだけであっさりメインジョブが変更された。

 

【メインジョブの変更に伴い、使用不能になったスキルがあります】

 

 流れたアナウンスが気になる。

 どのスキルが使えないのかな?

 

 確認すると、従魔師系統で一番大事な《魔物強化》が使用不能になっていた。

 キャパシティを増やす《従属拡張》と《魔物言語》はそのままだ。ただ、わたしはバベルがあるから言語スキルのあるなしはそんなに関係ない。

 

 そのかわり吟遊詩人は歌と楽器に関するセンススキル、そして《吟唱》というバフスキルを覚えるみたい。

 強化率はあんまり。演奏する必要があるのがネックだ。

 

「……元に戻しておこうっと」

Rrrr(んー)

 

 しばらくお世話にはならないかも。

 たぶん【高位従魔師】のレベルが上がり切るまでは。

 

「吟遊詩人がどのようなジョブか分かりましたカ? 歌と楽器で詩を紡ぎ、ときには味方を支援するのでス。ンンン、その顔は説明するまでもないという感じデスネ」

「ソーマさんはこのジョブに就いてなにをしたのかな……伝説ってくらいだから、すごいことをしたんですよね」

「でハ、話を戻しまショウ。ソーマが伝説の詩人と呼ばれるに至った経緯は一つの詩に残されていマス」

 

 Mr. ジョバンニはひとつの展示を眺める。

 大昔に描かれたきれいな絵だ。

 怖そうなモンスターの群れが街を襲っている。

 逃げる人たちをかばうように、竪琴を持った人がモンスターの目の前で歌っている。

 隣の解説文には詩の一節が添えてあった。

 

「民の平和を脅かす、血肉に飢えた魔物達。

 獣の群れに対峙する、ソーマはか弱き詩人なり。

 されど竪琴つま弾けば、響く音色、繋がる心。

 しかして魔物は跪き、詩人は街の英雄となる」

 

 つまり、街のピンチを救ったヒーローってことだね。

 しかも演奏だけで!

 

「人々は驚いたことでしょうネ。凶暴なモンスターを歌で鎮メ、あまつさえ一滴も血を流さずに事態を解決してみせたのですカラ。その後、街が襲われることはなくなりましタ。モンスターはソーマの友になったのデス」

 

 うんうん、種族なんて関係なしになかよくなれたらとってもいいことだよね。

 わたしには想像もつかないけれど、イメージとして一番近いのはベルドルベルさんの演奏だろうか。

 モンスターが聞き入ってしまう音楽だ。伝説の詩人の技術は、少なくともあのレベル以上だと思う。

 どんな歌か聞いてみたいなあ。

 

「もしかして、時計塔の音楽がそれだったり」

「当たらずとも遠からずデス。流石に詩に歌われる音楽そのものではありまセンが、ソーマが奏でた詩歌のいくつかは保存されていますヨ。あそこデスネ」

 

 ちょうど時計塔の真下にあたる場所だろうか。

 台の上に十枚の円盤が飾られている。

 そして壁に彫られた竪琴のレリーフには、円盤がぴったりはまる大きさの穴が空いていた。

 はめた円盤の音楽を時計塔が鳴らす。これは巨大な楽器でもあるわけだね。

 

 音楽を奏でる時間は固定だけど、どの音楽を流すかは博物館に来た人たちが決められるみたい。

 もっとも……他の人が円盤を変えたら自分の選んだ曲は流れない。早いもの勝ちならぬ“遅いもの勝ち”だ。

 今も興味津々な観光客が『ヴァンガード・ソロ』という円盤をレリーフにはめていた。

 

「選んだ曲が流れたときは日時と名前が記帳されマス。あまり期待はできませんが、もしかしたら、ここを訪れた方の名前が残っているかもしれませんヨ?」

「そっか、ジェイドのお母さん」

 

 もし【風竜王】みたいに人間の姿で訪れていたら、ここで曲を選んだ可能性はある。調べてみよう!

 分厚い記録をペラペラとめくってみる。

 

「……フラグマン『フィナーレ・イーヴィル』……ベネトナシュ『マシン・ワルツ』……フォー・ベルディン『セイント・キャロル』……ラングレイ・グランドリア『セイクリッド・トライアンファル』……」

 

 日付をさかのぼって探すけど見つからない。

 それでもあきらめないで目をこらす。

 

「……あった! アルシエル、『ヒーロー・マーチ』!」

 

 何回か訪れているみたいだけど、一番新しい日付は四年前。リアルでいうと一年と四ヶ月前だ。

 毎回おんなじ曲を選んでいる。お気に入りなんだろう。

 この記録からわかるのはそれくらい。どこにいるのか、なにをしているのか、読み取ることはできない。

 それでも四年前、ジェイドのお母さんはこの街にいた。

 小さな一歩、大きな前進だよ!

 

「ほかにはないかな? 探してみよう!」

Rrrr(うん)

 

 わたしはじっくりと展示を見て回る。

 ここからはソーマさんを讃えるお話がメインだ。

 街に隠れるモンスターを歌で誘い出したり。

 戦争をする二つの国を仲直りさせたり。

 四体の仲間と一緒に旅をしたり。

 これといった手がかりは見つけられなかったけど、どのエピソードも物語みたいでおもしろい。

 

 博物館をぐるりと一周する順路の最後、ある展示の前でMr. ジョバンニは足を止めた。

 

 小部屋の真ん中にハープが飾られている。

 とっても古いものだ。木製の胴が色褪せている。弦は何本か切れたままで、残りは楽器を痛めないように張りを緩めてあった。定期的にお手入れされているみたい。

 ボロボロの状態でも、そのハープがすごい力を秘めているのが伝わってくる。

 

「【天穹の竪琴】。ソーマが愛用した竪琴デス。今は壊れた楽器でしかありまセン」

 

 あれえ?

 

「すごい力を感じるのに。なんかこう、うまく言葉にはできないけど」

「……確かに良い品ではありマス。ですが骨董品ですヨ。飾られているのが一番良いのデス」

 

 Mr. ジョバンニは穏やかに会話を打ち切った。

 なんだろう、ちょっとらしくない。明るい声に混ざるこの感情はなつかしさだろうか。

 竪琴をきっかけになにかを思い出しているような。

 不思議に思ったわたしは質問しようとして、

 

「――何だとコラァ!」

 

 どなり声にびっくりして口を閉じる。

 今の声は入口のほうから聞こえてきた。

 誰かともめているみたい?

 

「博物館の出入り口はひとつデス。どちらにせヨ、向かうしかないですネ」

 

 肩をすくめるMr. ジョバンニに続いて、わたしは騒ぎに近づいた。

 

 To be continued



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襲撃

 □【高位従魔師】サラ

 

「ですから、入館料を支払ってください」

「ふざけんなよオラ! 一人につき三千リルだと? 給料三ヶ月分じゃねえかぼったくりだぞゴラァ!」

 

 受付のお姉さんが怖い男の人に絡まれていた。

 しかも一人じゃない。おんなじ制服姿の仲間が十人以上いて、博物館の出入り口を通せんぼしている。

 しゃべりかたといい、行動といい、まるでゲームに登場する敵役のしたっぱだね。

 

「彼らはティアンですネ。まったく、周りに迷惑をかけている自覚はないのでショウか」

 

 他のお客さんは距離を置いている。

 この騒ぎに関わりたくないみたい。

 制服の人たち、見た目はしたっぱだけど武器や【ジュエル】を装備している。乱暴されたら大変だものね。

 

「俺たちを知らないとは言わせないぜ」

「存じ上げません」

「なにぃ……? いいかよく聞け! 俺たちは泣く子も黙る<VOID>様だ!」

 

 したっぱの男は自信満々に制服の襟をつまむ。クランをイメージしたっぽいV字のマークが刺繍してあるね。

 <VOID>という名前は聞いたことがある。悪の秘密組織なんだっけ?

 馬車を襲ってどろぼうしたり、モンスターを密猟して売りさばいたり、とにかく悪いことをする人たちだ。

 秘密組織なのに隠れないで堂々としているのはちょっと不思議な感じだね。

 

「分かったらさっさとここを通しやがれオラァ!」

「できません。それとも転職をご希望ですか?」

「詩人なんかになるわけないだろ!」

 

 入口のお姉さんは脅されても冷静に対応する。

 思い通りにいかなくてしたっぱの男はじだんだを踏む。

 

「融通の効かない奴だなコラ。ああムカつくぜ! 少し痛い目を見てもらおうか! お前ら、やっちまえ!」

 

 その号令で、制服姿のしたっぱたちがいっせいに【ジュエル】からモンスターを呼び出した。

 黒い鱗粉と紫色の結晶がついたモンスターたちだ。種族はてんでバラバラ。共通点はまがまがしいオーラに包まれていること。

 

 まずい、お姉さんがモンスターに襲われちゃう。

 助けなきゃ。でも間に合わない!

 

「フハハハハ! 任務の前に生意気な奴らをボコボコにしてやるぜコラ……あ?」

 

 男のしたっぱがモンスターに命令しようとする瞬間、ものすごい勢いで出入り口の扉が吹き飛んだ。

 壊れたドアと一緒に数人のしたっぱが転がる。どうやら外にも何人かいたみたいだ。みんな傷だらけでぐったりと伸びているけれど。

 

「おい、何を……やっ、て」

 

 通せんぼ中のしたっぱが後ろを振り向いた。

 そして、全員が顔を引きつらせる。

 壊れた出入り口からのっそりと現れた【亜竜毒蜘蛛】。

 したっぱたちのモンスターとおんなじオーラに包まれたクモが彼らを獲物として見つめていたから。

 

 クモの後ろには男の子が立っている。

 ギデオンでアリアリアちゃんと戦い、<墓標迷宮>ではわたしをトラップにはめた張本人だ。

 たしか名前はカルマくんだっけ。

 カルマくんはしたっぱをギロリとにらむ。それからわたしに気づいて大きな舌打ちをひとつした。

 

「て、敵襲……!?」

「……丁度いい。まとめて潰せ」

 

 その一言で戦闘が始まった。

 カルマくんの指示を受けた【亜竜毒蜘蛛】がしたっぱ目がけて飛びかかる。

 振り下ろした爪は間に入ったモンスターに防がれた。

 したっぱのモンスターはクモを囲んで集中攻撃。一体はクモより弱いから数でカバーする作戦だろう。それか、ただ動いている敵を優先して狙っているだけかも。

 

 オーラをまとうモンスター同士の戦いだ、凶暴なあの子たちは周りの被害なんて考えていない。

 館内はしっちゃかめっちゃか。モンスターの攻撃で展示はあっという間に壊れていく。

 お客さんは慌てて逃げ出す。外につながる出入り口が通れないから避難先は博物館の奥だ。運がいいのは人が少なかったこと、そして逃げ遅れた人がいないことだ。

 

 そして襲われる側のしたっぱたちはというと。

 

「何だあの子ども!? 脈絡無しに我々を襲うとは!」

「しかも強い、強いぞこいつ!」

「くっ……イカれたガキの相手をする暇はねえよコラ! 半数は奴を足止めしろ! 残りは俺について来い、この博物館にあるってお宝――伝説の詩人の楽器(・・・・・・・・)をいただく任務があるからなオラァ!」

 

 びっくりすることを言い残した男のしたっぱと仲間たちが博物館の奥に走っていく。

 

 ……もうわけがわからない。

 いろんなことが同時に起きてわたしは混乱している。

 博物館を襲う<VOID>に、彼らを襲うカルマくん。

 どうしてこんなことになったのかもさっぱりだ。

 

 でも放ってはおけないよね。

 博物館で働く人やお客さんのため。そしてジェイドのお母さんが好きだった場所を守るために。

 暴れるのも、どろぼうも、悪いことでダメなんだよ!

 

「今はお話ができる状態じゃないから……とにかくみんなを止めないと」

 

 むん! と気合を入れるわたしに向けて大きなガレキが飛んでくる。

 とっさのことで避けられないと思ったとき、後ろから襟首をくいと引かれた。Mr. ジョバンニがわたしを引っ張ってガレキから助けてくれたんだ。

 

「張り切るのは結構ですが、まずは自分の身を守ることが大事ですヨ」

「は、はい! 気をつけます!」

「素直でよろしいデス。さて……ンンン、どうしたものですかネ。外に逃げられないので助けが呼べまセン。彼らを放置するわけにもいかないようデス。困りまーしタ」

 

 わたしたちは戦闘から少し距離を取った。

 今はカルマくんのクモとしたっぱのモンスターが戦っていて、こっちは狙われていない。考える時間がある。

 

「戦力は蜘蛛が上デス。戦いを続けたなら少年が勝ち、次はわたーしとあなーたに矛先が向きマス。そしてわたーしたちはあっさり負けるでショウ」

「わたし、それはいやです」

 

 できるだけジェイドたちに痛い思いをさせたくない。

 それにこのまま見てたら博物館が壊れちゃう。

 

「同感デス。そしてあの集団も気になりマス。なのでここは二手に分かれまショウ。ここはわたーしに任せて、あなーたは彼らを追ってくださイ」

「でも一人じゃ……」

「作戦がありますから安心してくだサーイ! それよりも【天穹の竪琴】をお願いしマス。彼らの目的はあれで間違いないでショウ」

 

 Mr. ジョバンニは嘘をついていない。本当に、勝てない相手をどうにかする作戦があるらしい。

 そして【竪琴】を守りたいという強い気持ちが言葉のすみずみから伝わってくる。

 案内できるくらい詳しい博物館の展示物だ、盗られたくないと思うのは当たり前だよね。

 

「わかりました! Mr. ジョバンニも気をつけて!」

 

 わたしはMr. ジョバンニとわかれて、博物館の奥へと走った。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■【■■】???

 

「……行きましたカネ?」

 

 手を振る少女を見送り、男は息を吐く。

 彼女は眩しい程に純粋だ。それでいて人の機微に聡い。

 だからこそ、己の正体を隠し続けることに対して多少の申し訳なさと緊張感が付き纏う。

 話したところで何も変わらない。しかし今の男は単なる従魔師のMr. ジョバンニである。歌を捨て、楽器を失い、放浪する只人である。故に男は語らず騙る。

 

「わたーしより<マスター>の方がよっぽど英雄譚に相応しいですからネー」

 

 過去とは、過ぎ去るものを示す。

 時代は移ろい世界は大きく変わった。

 いつまでも舞台に立ち続けるべきではない。

 男は物語を魅せる側から、魅せられる側になったのだ。

 

 老いた男に、伝説の輝きは既に無い。

 

 ただ……。

 

「――この街を荒らすというなら話は別だ。それなりに思い入れがある街だからね」

 

 僅かに怒りを込めてジョブクリスタルを砕く。

 一動作を以て、男はメインジョブを変更する。

 

「それに、我が友の眠りを妨げる者がいるのなら。私は……私たちは、その者の敵として立ちはだかろう」

 

 あの日のことを思い出す。

 初めて竪琴を構え、舞台に上がったその時を。

 かつての観客は迫る魔獣の群れ。

 今回は凶暴化した漆黒のモンスター。

 どちらがマシかと問われたら、男はきっと後者を選ぶ。

 

「さて、と。まともに歌うのは何百年ぶりだろうね」

 

 あるいは一千年以上やもしれぬ、と思う。

 長い時を生きる男にとっては些細な違いだが。

 

「楽器は無い。かつての友も、もういない。だけど私は歌うとしよう。今を生きる英雄に、我が詩を捧げよう」

 

 男は息を吸い、戦場に足を踏み出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 博物館の順路を逆走して、わたしは最短距離で【竪琴】のところに向かう。

 戦いになる予感がしたから、先にジェイドとルビーを呼び出して準備万端だ。

 それと、なにがあってもいいようにすぐ【ジュエル】に戻せるようにしておいた。

 もともと従魔が瀕死(HPが一割以下)になったときは《送還》して内部時間を停止する設定にしてある。だけどそれ以外でピンチになったときは従魔師の判断で動かないといけないからね。

 

『無念。我、助力、不可』

「ターコイズは建物を壊しちゃうから……かわりにほら、この機械で情報を分析してね」

『了承』

 

 右腕の【P-DX】は《看破》や《鑑定眼》みたいな効果があるから、これを使えばターコイズは【ジュエル】の中にいたまま相手のステータスを見ることができる。わたしのかわりに頭脳として活躍してもらおう。

 

Rrr(いるよ)

 

 ジェイドの警告で立ち止まる。

 小部屋にはしたっぱが二人。今にもハープを盗もうと手を伸ばしている!

 

「ストーップ!」

 

 わたしの声でしたっぱが振り返った。

 

「何だお前? 逃げた客は奥で震えているはずだが」

「楽器から離れてください! 人のものを盗むのはいけないことなんですよ!」

「ほーう。もしかして我々の邪魔をする気か? だがなお嬢ちゃん……俺たちは悪党、悪いことをするのが仕事なのさ。<VOID>に楯突いたことを後悔させてやるぜ!」

 

 したっぱ二人はモンスターを呼び出す。

 【リトルゴブリン】に【フライバード】、どちらも初心者狩場にいるモンスターだ。やっぱりオーラに包まれているけれど。

 

『敵戦力、鬼一、怪鳥一。気配、異様、詳細不明。逆説、人間、双方レベル二十未満』

 

 ターコイズは解析を終えて、その結果を鼻で笑った(ような気がした)。

 

『結論、雑兵。敵無』

 

 それを挑発と受け取ったモンスターが突撃する。

 ターコイズにはあとで注意するとして……たしかに今まで戦った敵と比べると大したことないと感じてしまう。野良モンスターとおんなじくらい?

 動きは目で追える。特殊なスキルを使う様子もない。序盤モンスターのステータス強化バージョンのような。

 

「ルビー、威力ひかえめで《リトルフレア》」

Kyukyu(オッケー)!』

 

 二つの火球がゴブリンと鳥に命中した。

 建物に燃え移らないように調整した魔法で、二体のモンスターはあっさりと戦闘不能になる。

 

「おい……おいおいおい。まずいぞ。この街には非戦闘職しかいないんじゃなかったのかよ」

「……なんかもう虚空に消えたい」

「相棒ー!? しっかりしろ! 手柄を立てて昇進するんだろ! こんな子どもにやられて諦めるのか!?」

「やっぱり<マスター>に勝てるわけないんだって。しかも借り物の力で」

 

 ハイテンション&ローテンションな二人だね。

 今ならお話を聞いてくれるだろうか。

 事情を聞いたら、しかるべき場所に連れてって反省してもらうとしよう。

 

「……俺は負けた。それは認めよう。だがしかし! 俺たち(・・・)は負けてない! 任務さえ達成すれば<VOID>の勝ちだからな!」

 

 ハイなしたっぱは手でメガホンを作ると、

 

「みんな来てくれーー! 目標を発見したぞーー!!」

 

 大声で仲間を呼んだ。

 散らばっていたしたっぱがぞろぞろと集まってくる。数は四人。指揮をしていた怖い男のしたっぱもいる。

 武器を構えた彼らは呼び出したモンスターと連携してわたしの周りを囲む。ちょうどわたしの後ろにある【竪琴】を中心にして丸を描くように。

 

「おいガキ、大人しくそこをどけやコラ」

「じゃあ教えてください。どうして【竪琴】がほしいんですか? ちゃんとした理由があるなら盗む以外に方法があると思います」

「命令だからに決まってるだろゴラ。ガラクタにしか見えないが、ボスがお宝って言うなら奪うまでよ」

 

 したっぱのモンスター、その中で特に濃いオーラに包まれた地竜がわたしたちの前に進み出る。

 あのドラゴンの子は他と比べて別格だ。

 だけど、なんだか様子がおかしい。

 

「まともにやったんじゃ勝ち目はねえ。だが、ボスから預かったこいつを使えば話は別だぜコラ! お前ら全員マスクを装備しろ!」

 

 したっぱたちが顔をガスマスクで守る。

 おんなじタイミングで、地竜は黒いブレスを吐いた。

 霧みたいな鱗粉が部屋中に広がって、思い切り吸い込んじゃったわたしはむせかえる。

 もしかして毒? だとしたらまずい。

 

「ジェイド!」

Rrrr(うう)……!』

 

 風で鱗粉を吹き飛ばす。

 視界が晴れると、ちょうど地竜がブレスを吐き終わったところだった。

 そして――ジェイドとルビーはまがまがしいオーラに包まれてぐったりとしていた。

 わたしはなぜか平気だけど、今は置いといて。それより早くみんなを回復しないと。

 

「今だ、ガキを始末してお宝を奪え!」

 

 地竜がわたし目がけて突進する。あの勢いと硬そうな鱗、今のわたしたちじゃ止められない。

 そして、したっぱが【竪琴】に近づいている。邪魔なわたしを倒して持ち去ろうとしているんだろう。

 こうなったら……!

 

「《送還》、ジェイド、ルビー!」

 

 まず具合が悪そうな二体を【ジュエル】に戻す。

 わたしが抱えてあげられるのは一体だけで、今からやることを考えると両手は空けておきたい。

 こうしたら襲われる心配もないからね。

 

「あとは、えいや!」

「ぐえッ」

「んぎゃ!」

 

 地竜の突進を避けて、したっぱにたいあたり。

 転んだしたっぱの足を踏んづけて隣のしたっぱも派手に転ぶ。団子になった彼らに地竜が突っ込んでドッカーンと大衝突。やったねラッキー!

 競争相手を押しのけて、思いっきり手を伸ばして、

 

「【竪琴】ゲット!」

 

 わたしは先に【竪琴】を取ることに成功した!

 

「何をしてやがるゴラ! ええいクソガキ、いいからそれをこっちに寄越せ!」

「あげません! これは博物館の大事な展示だもん、無理やり盗もうとする人たちには渡さない!」

 

 この場所で展示したまま守るのが難しいなら、わたしが手に持って逃げちゃうもんね。

 鬼ごっこは苦手だけど、デンドロの中なら足の速さと体力は別人みたいになる。それにしたっぱのステータスはわたしとおんなじくらい。たぶん捕まらない!

 

 わたしは楽器を抱えて、近くの通路に走った。

 

 

 ◇◆

 

 

「くそ、お前らがトロいから逃げられたじゃねえかよゴラ! どう落とし前つける気だ?」

「で、でも入口は塞いでるから逃げられないはず」

「馬鹿、それは蜘蛛ガキのせいでおしゃかだ! ぐずぐずしてっと幹部様が来て俺らをお叱りになるだろうが! 口答えしてないで足を動かせやオラ!」

「急ぐ必要あります? 博物館の出入り口ひとつだけで、あのガキ……反対方向(・・・・)に逃げて行きましたよ?」

「……よし。いくぜお前ら! 袋の鼠狩りだコラァ!」

 

 To be continued



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間話 蜘蛛と兎

 □■ソーマの街・博物館

 

 サラが立ち去った後、博物館のエントランスでは蹂躙が繰り広げられていた。当然カルマによるものである。

 

 片や<VOID>メンバー六人が率いる凶暴化したテイムモンスター集団。今回の博物館襲撃任務における精鋭、とはいえ所詮寄せ集めで合計レベルは百に満たないしたっぱだ。本職の従魔師は一人、残りは冒険者崩れのゴロツキと、戦闘職にすら適性のない木端である。彼らが従えることのできる相手などたかが知れており、上級モンスター以上の配下は保有していない。

 

 対してカルマは上級職を修めた<マスター>。<エンブリオ>を持ち、加えて手懐けた【亜竜毒蜘蛛】は亜竜級とあれば、勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

 故に、全身を糸で絡め取られたゴロツキ集団をカルマが見下ろす、という光景は予定調和のようなものだった。

 しかし。依然としてカルマは警戒を解かずに目の前の男性を睨みつけている。

 

「アーハン? 何をそんなに怒っているのデス?」

 

 わざとらしい動きで首を傾げるMr. ジョバンニ。

 カルマは彼の態度に苛立ちを隠せない。

 

「どうして俺の邪魔をする」

「といいますト?」

「……白々しい」

 

 カルマはポケットの中で糸を手繰る。

 カンダタの糸がモンスターを縛り、肉片に細断しようと締めつけるが。

 

 短い旋律が館内に響いた。

 鼻歌か、即興で書き上げた詩のような調べ。

 たった一節、それだけでモンスターの体表は硬化する。

 

「お前、こいつらを庇ってるのかよ」

「別に庇うつもりはありまセン。デスが、既に戦意を失った者を痛めつける必要はないと思いマス。というかあなーた、別に殺しが目的ではありませんヨネ。察するにこの迷惑さんたちから話を聞くつもりと見ましタ!」

 

 指摘通り、カルマの第一目的は他にある。

 それはとある人物の情報を聞き出すことだ。

 ただ尋問は痛みを伴う方がスムーズに事が運ぶ。

 そして未だカルマはレベル上げの途中である以上、経験値効率の良い相手をあえて見逃す理由はない。

 無抵抗のティアンしかり……如何にも高レベルの雰囲気を漂わせる目の前の男しかり。

 

「邪魔するなら先にお前を殺す」

 

 背後に控える【亜竜毒蜘蛛】に指示を出す。

 カルマのレベルが上がったからか、【亜竜毒蜘蛛】は糸で操らずとも従順に働くようになった。

 蜘蛛糸を噴出して罠を張り巡らせる。カンダタの糸すら利用する狡猾さで、Mr. ジョバンニを仕留めようと女郎蜘蛛は爪を振り上げる。

 

「ンンン、勘弁してくだサーイ」

 

 リズムをつけた一言で【亜竜毒蜘蛛】は静止する。

 普段の凶暴性は鳴りを潜めて、ゆっくりと頭を垂れて跪き、Mr. ジョバンニが紡ぐ旋律に耳を傾ける。

 ゆらゆらと体を揺らす姿を見ると、まるでMr. ジョバンニが蜘蛛の主人であるかのように錯覚する。それ程までに従順で大人しい。

 しかもMr. ジョバンニは蜘蛛の言葉に耳を傾けて、相槌を打っているではないか。

 

「アーハン。なるほど、そうですカ。ンンン……いけませんカルマ。君は彼女を理解できていないようデス。もっと仲良くなれるはずですヨ」

 

(……あり得ない。さっきも奇妙な歌を口ずさむだけで、モンスターどもをまとめて手懐けていた。しかもあの黒いモンスターをだぞ)

 

 <VOID>が従える禍々しいオーラの黒いモンスターは何者かの<エンブリオ>によって激しく凶暴化しており、<VOID>以外の指示を受け付けない。

 それこそカルマは【亜竜毒蜘蛛】に連日痛みと飢えを与えてようやく思考ルーチンの矯正に成功したのだ。

 

 だというのに、Mr. ジョバンニは歌で複数のモンスターを瞬く間に沈静化させた。

 <VOID>メンバーは頼りの戦力を失い、あっという間にカルマの手で戦闘不能に追い込まれた訳だ。

 もっと言うなら、メンバーの大半はMr. ジョバンニの歌に聞き惚れて人形同然であった。

 

(噂に聞いた超級職か? 【魅了】じゃない。従魔師とも違う。となると歌手、あるいは吟遊詩人系統)

 

 いずれにしろ後衛で直接戦闘に関わるタイプではない。

 上級職止まりのカルマにも勝機はある。

 

 同時に不快感が胸に燻る。

 超級職のNPCが自分の邪魔をするのか。

 所詮歌うことしかできない相手にどうしていいようにされているのか。

 NPCが超級職という力を有していて、何故、自分はこの程度の力しか与えられていないのか。

 すべて、掌の上で踊らされているようで腹立たしい。

 

「クソ……そこだ、やれ!」

 

 苛立ちを怒りに、怒りを殺意に変えて、もう一体のテイムモンスターに指示を出す。

 驚愕するMr. ジョバンニの背後に跳躍した影。

 発達した後肢と肉を裂く鋭い牙、長い耳を持つ兎の魔獣【ヴォーパル・ラビット】。

 獰猛な兎は人間の首を食い千切ろうとして、

 

「ンンン? あなーた【パシラビット】ですカ! お久しぶりデス!」

『Guu……gukyu?』

 

 再会を喜ぶMr. ジョバンニの胸に飛び込んだ。

 

「随分と逞しくなりましたネ。しかし大変な日々だったようデス。また会えて嬉しく思いマス」

『Gukyu……』

「ええ、二体はパートナーを見つけて旅立ちましタ。盗まれたあなーただけは行方が知れず心配していたのデス」

 

 和気藹々とする彼らにカルマは困惑するばかり。

 それも仕方のないことだろう。

 カルマが使う【ヴォーパル・ラビット】は奇襲と急所必殺に長けるモンスターだ。糸で仕留めきれない相手や油断している敵を死角から襲う暗殺者。

 女郎蜘蛛と同じくひたすら鍛えて仕上げた第三の武器とも呼べる代物である。

 

 それがまさか、かつての主人と遭遇して戦意を失うとは夢にも思うまい。

 

 従魔師ギルドの依頼で、Mr. ジョバンニが保護した四体のモンスター。

 そのうち泣き虫の【ウィンド・ドラゴン】は心優しい従魔師の少女と出会い。

 古風な【ティールウルフ】は金髪脳筋少女闘士が激しい値引き交渉の末に購入して。

 神経質な【パシラビット】は目を離した隙に盗まれて行方不明になっていた。

 

「そうですカ。あなーたが盗んだのですネ」

「今更ごねても無駄だぞ。そいつはもう俺のものだ」

「わたーしも返せとは言いませんガ……せめてその子たちに優しくしてあげてくだサイ」

「それでこいつらが強くなるとでも?」

 

 言外にMr. ジョバンニの頼みを拒絶する。

 カルマにとってテイムモンスターは手駒、自分が持つ力の一部でしかない。ゲーム内の一プログラムにかける言葉と時間は持ち合わせていない。

 レベルを上げて有用なスキルを習得することが戦力を高める唯一の方法だ。親身に接しようが、冷酷に鍛えようが育成目標は変わらない。であるならば最低限の労力と最高の効率を求めるのは当然。モンスター自身が何を思うかは二の次である。

 

「それとも、俺を倒してこいつらを奪い返すか」

「いえ、やめまショウ。意味がありまセン。あなーたはこの街を荒らすつもりはないようデスシ」

「だったら俺の邪魔をするな」

「情報を聞き出すなら手伝いますヨ? ついでに彼らを街の外まで運ぶ手伝いをしてくれるとありがたいデスネ」

「――それは困る。そいつらは僕の部下なんだ」

 

 会話に混ざる第三者は足音と共に現れた。

 皮革のブーツを踏み出す度、館内に硬質な音が響く。

 背の低い男だ。つばの広いテンガロンハットで頭部が強調されているので余計に小柄に見える。

 カルディナ方面で旅人に愛用される砂塵避けのスカーフを首元に巻き、腰のホルスターには火薬式拳銃が一丁。

 まるで西部劇から抜け出したような風貌だった。

 

 男、あるいは少年にも見えるその人物は無防備にカルマの背後を目指して歩いてくる。

 緊張感がない。それでも発言から<VOID>の新手、メンバーの上役と判断したカルマは予め仕掛けたワイヤートラップを起動して敵を迎え撃つ。

 

「達磨になれ」

 

 床に這わせた糸が男の足を絡め取り、天井近くまで吊り上げて、四肢を縛り上げる。

 得意の捕縛罠が起動した瞬間、けれども男は何事もなく地に両足をつけて着地していた。

 

「!?」

 

 遅れて鼓膜を鳴らす装薬の破裂音。

 男が握る拳銃からは煙が立ち上る。

 どうやら撃たれたらしいと理解したものの、突然の事態にカルマの思考が追いつかない。

 

(俺に傷はない。糸が緩んでいる。糸の起点、建物の支柱と梁に弾痕。……あの一瞬でトラップを破壊したのか?)

 

「チッ、どいつもこいつも……!」

「睨まないでほしいな。僕の用事はそっちのおじさんだ、君じゃない」

 

 男はカルマに目もくれず拳銃を納めると、Mr. ジョバンニの方を見やる。

 

「はじめまして、生きる伝説。僕の名前はオッド・ザ・キッド。一応<VOID>の幹部をやっている者です」

「ご丁寧にどうもデス。伝説とやらはさっぱりですガ」

「つれない人だ。安心してよ。ティアンを殺したことは一度もないんだ、僕は」

 

 オッドは柔和な声音で警戒を解こうとする。

 ゆっくりと距離を詰めようとしてMr. ジョバンニに一度静止されるも、両手をひらひらと揺らして何も持っていないことを示した。

 

「わたーしに用事とはなんデス?」

「あなたに聞きたいことがある。“ソーマの竜”を眠りから起こす鍵は何だ?」

「……はてさテ。どんな謎かけでショウ」

「まあ答えないよねー。でも、僕らだって馬鹿じゃない。ある程度の情報は掴んでる。ひとつは【天穹の竪琴】。伝説の詩人が使っていた楽器なんだってね?」

「ただのガラクタですヨ」

「あなたなら直せる。そして残りの鍵と、竜が眠る場所も知っている」

 

 意味深な会話をカルマは半分も理解できない。

 それでも聞き取れるフレーズを記憶しておく。

 鍵とやらを<VOID>が探しているのなら、鍵の情報と関係する場所に彼らは必ず現れる。幹部自ら語る情報なのだから間違いないだろう。

 

 カルマが探す人物は十中八九、<VOID>なるごろつき崩れの悪党と関係があることが分かっている。

 下位の構成メンバーは顔も名前も知らないと答えるばかりではあったが、幹部なら知っている可能性は高い。

 

(こいつらを倒して聞き出す)

 

 幸い二人はカルマなど眼中にない。こちらを一度も視認しない。弱いからと舐められているに違いない。

 大変腹立たしいことではあるが、それはそれでアドバンテージになり好都合だと己に言い聞かせる。

 奇襲を仕掛けて二人を拘束。Mr. ジョバンニはそのまま仕留めて、無力化したオッドを痛ぶりながら尋問。カルマは脳内でシュミレーションを行い、彼らに隙が生まれる機会を静かに待つ。

 

「御伽噺を真に受けてどうするのデス? そもそも、あなーたたちは何が目的なのですか」

「さあ? 僕は知らないよ。でもボスは『世界征服も夢じゃない』ってさ」

「そうですカ。貴重なお話でしタ。ですがわたーしが教えることはあーりませんネ!」

「残念だよ。じゃあ力づくで連れ帰るしかないね」

 

(……今)

 

 二人が意識を互いに集中する一瞬。

 その隙を逃さず、カルマは盗品をしまうアイテムボックスからとっておきの切り札を繰り出す。

 それは暗色に塗装された機械の獣。愛らしい小動物をモデルにしながら、人間を丸飲みにできる程の体躯と刺々しい装甲を纏う怪物兎。

 名工フラグマンの煌玉獣を模した二十一の贋作がひとつ、【蒲桃之月(ビティス・ムーン)】である。

 

 二十一の煌玉獣はいずれも超級職の奥義を再現することを目指して製造された機体だ。

 例えば、製作者と同等の機械生産能力を期待された【榛之魔術師】、東方の隠密系統が頂点の秘術を再現する【薊之隠者】等々。

 

 そして【蒲桃之月】が参考にした超級職は【幻王】。

 幻術で他者を偽り認識を妨げるスキル。

 こと盗みや奇襲においては何よりも役立つ能力だ。

 

 煌玉獣の稼働に求められる魔力は膨大で、カルマでは数秒しか運用することができないが。

 

(二秒あれば十分だ)

 

 既に罠は仕掛けてあった。カルマが指を曲げるだけで、不可知の糸は二人を拘束、両断せんと迫る。

 

(俺の邪魔をするからだ。無様に死ね「どうして僕が銃を仕舞ったと思う?」――!?)

 

 思考を遮るように投げられた問い。

 二秒が過ぎて幻術は解けた。だがしかし、無防備な身体を糸が縛るまでコンマ数秒もない。

 いくらAGIが高くとも、身じろぎひとつした途端にたちまち糸が絡まって動けなくなるというタイミングだ。

 

 だというのに。余裕に満ちた表情で、オッド・ザ・キッドはカルマを見ていた。

 

「――その方が速いからさ」

 

 彼の手は拳銃のグリップを掴んでいた。

 ホルスターから引き抜き、腰だめで構える。

 AGI型のカルマが視認不可能な速度。それはつまり亜音速や音速の壁などゆうに超えている証拠であり。

 

「Bang!」

 

 銃撃は跳弾して縦横無尽に床や天井を破壊する。

 館内の一部が壊れる度にカルマの糸から張力が失われ、編み上げた罠の檻は根本から崩壊した。

 同時に銃弾が支柱のひとつを貫通したためか自重に耐えきれず……傾いだ柱が倒れてくる。

 

「あ、やっべ」

 

 銃を持ったままのオッドは誰が見ても間抜けで、早撃ちで披露した速度を発揮する様子もない。

 Mr. ジョバンニ、カルマの二名は身の危険を察していち早く逃亡を選択している。

 

「僕も逃げ……ああ! 部下を見捨てたら責任問題じゃないか! 生きてる君たち!?」

 

 倒壊する支柱は身動きの取れない彼らを等しく瓦礫と砂埃で覆い隠したのだった。

 

 To be continued



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ふたりなら

 □【高位従魔師】サラ

 

 楽器を持って逃げ出したわたしは博物館の奥に迷い込んでしまった。したっぱに見つからないように、避難したお客さんを巻き込まないようにと考えていたらどんどん外に繋がる出口から離れちゃった。

 わたし、もしかして自分から追い詰められてる?

 

 今いるのは関係者以外立ち入り禁止の倉庫だ。

 展示に使う道具や荷物なんかが積み上がっている。

 わたしは体育座りをして壁によっかかった。

 

「ここなら見つからないと思うけど……」

『妥協。一時避難。提案、休息』

「そうだね。ちょっと休もう。走って疲れたし」

 

 鬼ごっこでもこんなに走りっぱなしでいたことはない。わたしはいつもすぐに捕まっちゃうからだけど。

 

「まずはジェイドたちを回復してあげないと」

 

 敷いた毛布の上に二体を呼び出す。

 やっぱり具合が悪いみたい。どちらかというとジェイドよりルビーのほうがつらそうだ。

 地竜のブレスを受けたこの子たちは、したっぱのモンスターとおんなじ黒くてまがまがしいオーラに包まれてしまった。今のところ凶暴にはなっていないけれど、身体が震えていて苦しそうだ。

 見ているわたしまで胸が痛い。

 早く元通り、元気になってほしい。

 

「お薬を飲むのは難しいよね。かけてあげたらいいのかな……えっと、えっと……どのポーションを使えばいいの? 悩んでる時間はないのにっ」

『推奨、応急処置、体力回復。作業間、我、解析、実行。求、冷静』

「……そうだね。わたしが慌てちゃダメだ。ありがとうターコイズ』

『補足、要請、水分補給』

 

 指示通りに、アイテムボックスから出したポーションを振りかけて二体の傷と疲れを回復する。

 ついでにわたしは水筒でのどを潤す。それだけで疲れた頭はかなりしゃっきりした。

 よし、これでまだがんばれる。

 

『解析終了。敵地竜、疾病。感染源、細菌』

「病気なの? じゃあ鱗粉みたいなのがばい菌?」

『肯定。ジェイド、ルビー、感染済。補足、推測、敵方首領保有<エンブリオ>。未知、治療手段、不明。使用者、観測不能、故、尋問不可』

 

 ばい菌はボス(?)の<エンブリオ>で、本人がいないから能力や治す方法は聞き出せない。

 したっぱたちはなにか知っているだろうか。ガスマスクで防げるってことは直接吸うのが条件だと思うんだけど。

 人間もかかる病気だったら、ブレスを吸ったわたしが元気なのは少し不思議だ。うーん?

 

『追加情報求。メニュー開示、要請』

「そっか、ステータス!」

 

 調べると、ジェイドとルビーは【竜化】という聞いたことのない状態異常になっていることがわかった。

 ジェイドのほうが症状が軽いのは種族がドラゴンだからかな。もともと竜だからあんまり効かないとか。当てずっぽうだけど大きく間違ってはいない気がする。

 わたしは状態異常をレジストしたっぽい。装備している【血塗木乃伊の聖骸布】は防御力が低い代わりに状態異常の耐性が付与してあるからね。……ちなみに今は脱いで、包装材の代わりに竪琴をくるんでいたり。

 

「状態異常なら【快癒万能霊薬】で治るよね」

『追加、【聖水】。推定、病毒系、或、呪怨系。効果期待』

 

 二つの薬をかけてしばらく様子を見ていると、二体を包むまがまがしいオーラは消えてなくなった。

 その代わり、別の赤いオーラがジェイドの周りに発生した。ルビーには出ていない。これはなんだろう? と考えていたら赤いオーラもすぐに消えてしまった。いちおう身体におかしなところはないからだいじょうぶかな。

 

 とにかく状態異常は治ったみたいだ。

 まだルビーはぐったりとしていて戦えない。あとはゆっくり休んでもらうとして。

 ジェイドはやる気に満ちあふれている。フンスフンスと鼻息が荒くて、わたしの肩から離れようとしない。

 

「まだ治ったばっかりだし無理はダメだよ」

Rrr(へいき)! Rrrrrrrr(なんだか、からだがかるいんだ)!』

Kyuuu(嘘でしょ)……?』

 

 たしかにジェイドはいつも以上のコンディションだ。

 はじめてレベルアップしたときのようなはしゃぎかた。見た目もステータスも異常なし。本当に絶好調だね。

 

「じゃあジェイドお願い。ルビーはお疲れさま」

 

 ルビーが【ジュエル】に戻って、わたしとジェイドはふたりきりになる。

 気分はかくれんぼだ。したっぱが来なかったら、しばらくこのまま隠れているのがいいかもしれない。

 

「……お母さんの手がかりを探しにきただけなのに、こんなことになるなんて思わなかったね」

Rrrr(うん)

「考えてみたら、いつも逃げたり戦ったりしてない? わたしたちバトル専門じゃないのに」

Rrrr(たしかに)……』

「そうだよね!? もちろんゲームだからレベル上げとかクエストとかしてるけど、なんだか強い人と会う回数がとっても多いような」

 

 ギデオンで【大教授】と【処刑王】、【狼王】、【風竜王】と続いて……名前がもうおだやかじゃない!

 

「でも、みんなのおかげで乗り越えてきた」

 

 ジェイドたち従魔にアリアリアちゃんとルゥ、レッドさんとウル、Mr. ジョバンニ、グリオマンPさん。

 ほかにもたくさんの人たちがいたから、わたしはどうにかやってこれたんだと思う。

 わたし一人だったらできなかったことばかり。だからみんなにはありがとうの気持ちでいっぱいだ。

 

「わたし、すっごく楽しいよ」

Rrrrr(ぼくもたのしい)

 

 いろんな人に会って、いろんなことをして。

 楽しいって思えるのはみんながいるからだ。

 もちろんつらいことだってあるけれど、それも一人で抱える必要はぜんぜんないんだから。

 <Infinite Dendrogram>をプレイしてよかった。

 

 ジェイドと一緒にステータスを見て話していると、わたしの指はあるウィンドウの上で止まる。

 

「いつの間に」

 

 これは気がつかなかった。ソーマの街に着いたとき、それともこの瞬間だろうか。

 やっぱり他の人と比べてわかりにくいのかも。周りの人たちは見た目が大きく変化していたりするもんね。わたしはメニューを確認しないとわからないからなあ。

 ちょっと気になるけど、みんな疲れている。今すぐに試すのはノーだ。

 

 ギデオンに帰ってから、なんて考えていたら、

 

『……Rrrr(サラ)

 

 ジェイドが警戒音を鳴らした。

 わたしは口を閉じて耳をすませる。

 ほんのかすかに、足音が近づいてくるのが聞こえる。

 数は一人だ。Mr. ジョバンニが探しに来てくれた?

 

Rrrrrr(てきだ)

「!」

 

 わたしは【竪琴】を持って立ち上がる。

 ここから逃げないと。でも倉庫から出たら見つかっちゃうかも。どうしよう?

 

『助言。一歩後退、半回転、後、前傾』

「ターコイズ、それだと壁にぶつかる……きゃあ!?」

 

 言われた通りに動いて壁に手をついたら、なんと壁がぐるりと回転して反対側に行くことができた!

 

「いたた……忍者屋敷?」

『発見、音響探査。推測、隠し通路』

 

 目の前には急な階段がある。ホコリが積もっているから長い間使われていなかったみたい。

 かなり上まで続いているっぽい。どこに出るかはわからないけど、いくしかない!

 

 

 ◇

 

 

 階段を上がりきった先は塔の上だった。

 時計塔のてっぺんは展望台のようになっていて、ひらけた四方向からは遠くまで景色が見渡せる。

 さっきまで室内にいたから風が気持ちいい。

 こんなに高い場所から見下ろしたら、ソーマの街がミニチュアみたいに感じるね。

 

 階段とこの場所は時計の技師さんや掃除をする人が上り下りするための通路なんだろう。

 もう長いこと使われていなかったみたいだ。

 ここまで来たら安心、

 

「見つけたよ」

 

 ……でもなかった。

 

 わたしを追ってきた人が姿を見せる。

 西部のガンマンにそっくりなその人はわたしの知り合いだった。カルチェラタン行きの馬車で一緒に護衛をした<マスター>の一人、野良パーティのリーダーさんだ。

 

「たしか、オッドさん?」

「早い再会だね。今度は敵同士ってわけだ」

 

 テンガロンハットのつばをピンと弾いて、オッドさんは陽気に挨拶をした。

 

「改めて名乗ろうか。僕は【迅雷銃士(ライトニング・ガンナー)】オッド・ザ・キッド。一応<VOID>の幹部をやっている」

 

 超級職であること、したっぱたちのまとめ役をしていることを強調したオッドさんは階段の前で立ちふさがる。

 ここは通さないぞ、というように。

 

「さあ、【天穹の竪琴】を渡してもらおうか」

「いやです」

 

 わたしはじりじりと後ずさりする。

 

「部下が馬鹿なことを言っていたみたいだね。断っておくと、僕らはそれを盗もうとか、奪おうとかは考えていない。少し無期限で借りるだけだ」

「おんなじですよ! それに、これは壊れてます。なにに使うつもりなんですか?」

 

 離れた距離とおんなじだけオッドさんは近づく。

 

「詩人ソーマの伝説を聞いただろう。その楽器があれば、御伽噺に登場する竜を従えることができる」

「竜……?」

「今は眠りについているけど、かなり強いモンスターらしいよ? といっても、詳しいことは僕も知らない。だいたい全部ボスの受け売りだよ」

 

 ずっと一定の距離のまま抜け出せない。

 オッドさんはまるで隙がないから、このまま会話を続けてもチャンスはやってこないだろう。

 

「ボスって、黒い鱗粉で従魔を凶暴にしている人ですよね。あれでモンスターは苦しんでます。どうしてあんなひどいことを?」

「僕に訊かれても困る。手軽に強い配下を作れるからじゃない? 従魔師以外にモンスター使わせてもあんまりだし、やりすぎに感じる部分もあるけど……って、この話は関係ないよね」

 

 ピタリと足が止まる。

 あと一歩後ろに下がると、そこは何もない空中だ。

 足を踏みはずして真っ逆さまに地面まで落ちてしまう。

 だからわたしは下がれない。ぜんぶわかっているから、オッドさんは動かない。

 

「君の選択肢は三つある」

 

 オッドさんは指を三本立てた。

 

「一、大人しく楽器を渡す」

 

 わたしは首を振る。<VOID>のボスに【竪琴】を渡したらダメだ。悪いことが起こる予感がする。

 

「二、そのまま塔から落下する。君は確実にデスペナルティ。僕は下に行って楽器を回収すればいい」

 

 時計塔はかなり高い。だいたい七階建てか、それ以上はあると思う。ここから落ちるのはさすがに怖い。

 

「三、僕に倒される。当然デスペナルティ。僕は楽器を奪って、君は無駄死に」

 

 どの選択肢も選べない。だって結果がおんなじだ。

 だから、わたしが勝つ選択肢を増やさなくちゃ。

 戦って倒さなくてもいい。【竪琴】を守ったら勝ちだ。

 まずはこの場所とオッドさんから逃げよう。

 

 作戦はこうだ。

 わたしが走り出すタイミングでジェイドに風を起こしてもらって、オッドさんの体勢をくずす。

 階段にたどり着くことができたら、一階まで戻って逃げられるはず。

 

 わたしはジェイドに目で合図する。わたしの考えは伝わったみたいで、任せてとうなずいた。

 よーし。いち、にいの……!

 

「はい終わり」

「……え?」

 

 気がついたときには、わたしは後ろ向きに倒れていた。

 すぐそばにオッドさんがいる。ほんの少し目を離しただけで、離れていた距離がゼロになっていた。

 抜かれた拳銃はもう撃たれた後で。

 遅れてパァンと響く銃声。

 

 ――わたしのおでこに空いた穴から、ドバドバと中身がこぼれていた。

 

 目の前が真っ赤になって、ぐらりと視界が揺れると。

 

「さようなら。君はよく頑張ったよ」

 

 わたしは空に投げ出された。

 

 

 ◇◆

 

 

 落ちていく。落ちていく。

 重力に引かれて、真っ逆さまに堕ちていく。

 

 加速度的に勢いを増す肉体。

 信じられない速さで風を切り、ぐんぐんと。

 ついさっきまで近くにいたものが、あっという間に離れていく。

 

 少女が高所から自由落下する光景。

 

 ジェイドは、塔の上からそれを見ていた(・・・・・・・・・・・・)

 

(……どうして)

 

 答えは簡単だ。

 少女は落下する寸前に、彼を放り投げたのである。

 恐らくは咄嗟の判断だろう。

 たとえ【ジュエル】に格納することが正解だとしても。

 未だ敵が残る場所に彼を残すことになっても。

 生命の危機に瀕した少女は理屈も道理も抜きにして、ただ“助けたい”という思いから行動を起こした。

 

 その願いは叶えられた。

 ジェイドは無事。しかし少女は助からない。

 

「マジかよ、頭を撃ち抜かれてるのに」

 

 隣で男が感心したように呟いているが、意味のある言葉として耳に入らない。

 

「でもなー。反撃されても嫌だし……っと、そうだ。君はドラゴンなのに飛べないんだっけ?」

 

 すぐに少女を助けようとして翼を広げた。

 しかし眼下を覗き込むだけでジェイドの四肢は震え、恐怖が全身を支配する。

 翼は力なく垂れて、集めた風は霧散する。

 

「助けに行かない。反撃もしない。そうなるとわざわざ倒す必要はないわけだ。得したね? 見逃してあげよう」

 

 なんて情けない。なんて無様な。

 己を叱咤したところで震えは止まらない。

 どれだけ成長しても恐怖は拭えない。

 

 空を飛べないことに特別な理由などない。

 ただ目に映るすべてを恐れるというだけの話。

 高所が怖い。墜落が怖い。怪鳥の襲撃が怖い。

 過去の苛酷な体験が脳裏をよぎる。

 

(わかってるんだ。いま、こわいのはサラもおなじ)

 

 勇気を振り絞って助けに行かねばならない。

 しかし、どうしても。

 ジェイドは翼から恐怖を払うことができなかった。

 

 どうしても己を信じる事ができない。

 恐怖で身がすくんでしまったら、翼は力を失って墜落してしまうかもしれない。

 自分だけならまだ良い。だが、他者を抱えて飛ぶ最中の出来事だとしたら……?

 

 恐ろしい。またひとりになってしまう。

 孤独は辛い。それしか知らない時でさえも耐えられなかった。大切な仲間と過ごす時を知ってしまったら、もう二度と寂寞には耐えられない。

 ……だから。

 

「ドラゴンくんが身投げした!?」

 

 飛べぬなら、初めから落ちる(・・・)まで。

 

 ジェイドは翼をたたみ、極限まで空気抵抗を軽減して弾丸の如く自らを撃ち出す。

 

 速く、疾く、捷く。

 

 落ちていく。落ちていく。

 

 重力を利用して、竜は更に加速する。

 

 恐怖で身体は硬直する。

 それでいい。怖いのは当たり前だ。

 

 だからジェイドは手を伸ばす。

 

 自分を信じることはできなくても。

 自分を信じてくれる誰かを、信じることはできるから。

 

『サラーーーーーーーーーー!!』

 

 

 ◇

 

 

 さあ、始めよう。

 

 今から目指すのは空の彼方。

 

 文句なしのハッピーエンド。

 

 そのために、わたしはあなたに手を伸ばそう。

 

「――《始まりは遥か遠く(ビヨンド・ザ・スカイ)》!」

 

 第三形態(・・・・)に進化したことで制御できるようになったバベルのスキル……どこまでも進むための力を宣言する!

 

 To be continued



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《始まりは遥か遠く》

 □■ソーマの街 時計塔

 

 自暴自棄とも取れる身投げを敢行したジェイドはサラの後を追って地表に落下していく。

 

 その挙動に驚愕するオッドだったが、幼い竜は飛ぶことができないと彼女たち自身の口から聞いており、確実に落下ダメージで死亡すると予測できたので追撃はしない。

 サラがデスペナルティになってから【天穹の竪琴】を回収すれば良いと考えたからだ。目的のアイテムが破損する可能性はあるが最初から楽器として使いものにならない程に劣化している。どのみち修復する必要があるのだから、多少壊れたところで問題ない。

 

(もし壊れてたらボスに謝ればいいや)

 

 オッドは【竪琴】に執着していない。

 実力から幹部の一人に数えられているが、ボスの目的に共感は抱いていない。もとより<VOID>は半端者の寄せ集めである。構成員の九割は自分が何をしているか理解していないだろう。残り一割もボスに心酔しているというよりは、たまたま各々のやりたいことが合致しているから協力しているに過ぎないのではないだろうか。

 

(つまり烏合の衆なんだよな。で、わりと真面目な僕がせっせと使い走りをしているわけだ。まあアイテムと部下を回収しておさらばおさらば……ん?)

 

 塔を降りようとしてオッドは足を止める。

 それなりに修羅場を潜り抜けた者の直感か。

 感知系スキルに反応はないが、背筋に嫌な寒気を感じた彼はホルスターに手をかけて振り返る。

 

 ――風が吹いた。

 

 突き上げるかのような強風が立ち昇り、あまりの風圧にオッドは思わず後退する。

 目を開けていられない暴風の中、手をかざして顔を庇いながら周囲の様子を探った。

 

 突風は人為的なもの。渦巻いた風の中心はちょうど時計塔から見上げた宙に位置していた。

 竜巻の奥にひとつの影。目を凝らすと、翡翠色の竜が翼を広げて滞空していると分かる。

 

 嵐を纏うジェイド。そして彼に抱えられているのは――額から血を流したサラ。

 

「いやいやいや……何で生きてるの?」

 

 頭を撃ち抜いただろう、とオッドは顔を引き攣らせる。

 至近距離のヘッドショットだ。妙な手応えこそあったものの、アクセサリー等身代わりの類が発動することもなく命中した弾丸は脳を貫いたはず。

 

 オッドはそこまで考えて、サラの傷口から覗いた中身(・・)を注視した。まるで生物の臓器とは思えない質感と色合い、そして光沢。導き出される結論はひとつ。

 

(そうか、あのフィガロと同じ肉体置換型(・・・・・)

 

 つい先日、決闘都市で似た事例が白日の下に晒されたことも推測の手掛かりとなる。

 <超級激突>にて明かされた【超闘士】フィガロの<エンブリオ>は心臓置換型だった。

 同じ<超級>の【尸解仙】が有するテナガアシナガでさえ貫けなかった強度だ。

 

 上記の事例は極端だが、下級とはいえ<エンブリオ>の強度を舐めてはいけない。

 市販の火薬式拳銃で壊せないのは道理だ。つけ加えるなら弾薬は安物、射撃の威力を強化するスキルは汎用のセンススキルのみである。

 木っ端な豆鉄砲一発では……<エンブリオ>に置き換えられたサラの脳髄を傷つけることはできない。

 

(舐めてたなー。しかもドラゴンくん飛べてるよ。ブラフじゃないとしたら……これも<エンブリオ>か?)

 

 劇的な強化のカラクリを推測するオッド。

 その考えは概ね正解だった。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■数週間前

 

 以前、第二形態に進化したバベルの試運転をするためにサラが闘技場へ訪れたときのこと。

 新たに獲得したスキルを確認するべく、サラはその場にいた迅羽に協力を仰いだ。

 

「じゃあ次は、バベルのスキルを試してみたいの」

「いいゼ。どんなスキルなんダ?」

「えっとね、こういうので」

 

 サラは躊躇いなくウィンドウを見せる。

 その様子に迅羽は「こいつオレが言いふらすかもとか考えないのカ?」と内心で無警戒なサラを心配していた。

 

「《始まりは遥か遠く(ビヨンド・ザ・スカイ)》……説明文の意味が分からン。何だよ『絆の力が自身と対象者を結びつける』っテ」

「やっぱり迅羽でもわかんない?」

「当たり前だロ。オレだって知らないことは多いサ。ただ、従魔師や騎兵系統のスキルにはそういうマスクデータが関係あるらしいことは知られてるナ」

 

 例えば従魔師系統の《ライフリンク》が挙げられる。従属キャパシティ内に収めたテイムモンスターとHPを共有するスキルであり、モンスターと深い絆で結ばれ、モンスターが自分よりも所有者を優先する精神状態になっていることが条件だと言われている。

 また、【竜征騎兵】という超級職の最終奥義は騎竜との絆次第でステータスとスキル性能の強化値が変動する。絆が欠片も存在しない場合は使用者と騎竜の双方が死に至る事例が文献に残されている。

 

 ともあれ。<Infinite Dendrogram>には『絆』という不可視で曖昧な関係性をデータとして観測する仕組みがあるということだ。

 

「だからまあ……こんなスキルがあってもおかしくはないだろうナ。ま、詳しい内容は使ってみるのが一番ダ」

「わかった! やってみよう、ジェイド!」

『Rrrr!』

 

 意気込み勇んでスキルを発動したサラだったが、

 

「うっ……頭が、割れる……!?」

『Rrrrrrr!?』

 

 第二形態の出力ではスキルが制御できず、どのような効果のスキルなのか判明しない。

 暴走したバベルの負荷で倒れたサラは休息を取ることになった。しばらく経ってある程度体調が回復すると、迅羽はサラに手を貸して再び立ち上がらせる。

 

「今度はオレに使ってみロ」

「いいの?」

「手伝ってやるって言ったからナ」

 

 その後。バベルが保有する二種類のスキルを受けた迅羽は鈍痛に顔を顰めながらも考察を始めた。

 

「大前提として、お前のバベルは交感……感情を交わし合うことが特性だろうナ。んでおまけとして自他の情報を共有するってところダ。端的に言ってやばい」

「やばいんだ」

「頭の中が丸見えになるんだゾ? 一歩使い方間違えたら犯罪者だゼ。気をつけろヨ」

「あ、あはは……」

 

 事故で指名手配寸前までいった記憶がサラの脳裏を過ぎり、彼女は笑いながら目を逸らした。

 過去に大なり小なりやらかしていることを察した迅羽は敢えて追求をせずに話を戻す。

 

「オレの見立てだと《言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)》は対象と思考を共有するスキルダ。意識して考えている内容……表層心理を解読して送受信。流石に精神保護が効いてるけどナ」

「<マスター>だとそうかも。ティアンの人やモンスターだとぜんぶわかるよ」

「そいつら相手なら無制限に情報を引き出せると考えるとやっぱりやべえナ。これを踏まえて《始まりは遥か遠く》……こっちは強化系のバフスキル」

「バフ?」

「大雑把にまとめると感覚の共有ダ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……肉体感覚を含む情報処理能力の相乗、合わせて感覚やステータスの強化も付いてくるときタ。そりゃ制御できずに暴走するよナァ? 第二形態のリソースじゃ足りてないってことだヨ」

 

 説明しながら迅羽は脳内で思考を続けている。

 単純に感覚を共有するだけで肉体やステータスまで強化されるものだろうかと。

 これは従魔師のサラが獲得したスキル。《言詞》と同様に、ティアンやモンスターを対象にして初めて真価を発揮する性質なのだとしたら。

 

(『絆』ね……オレ相手でもそれなりの強化値だ。信頼関係を築いた従魔を対象にしたら、それこそ強さのランクが一段階と言わずに跳ね上がるんじゃないのか?)

 

 今後の進化でリソース問題が解決すれば、強力な切り札になるのではないか。

 そこまで考えた迅羽は推測を口にしようとして、やはりサラには言うべきでないと思い直す。

 成長の方向性を決めかねないこと、そしてなにより。

 

(こういうのは自分たちで考えるから楽しいんだ。他人がとやかく言うもんじゃないだろ)

 

 先達としてのマナーを迅羽は弁えているからである。

 

 

 ◇◆

 

 

 つい先刻、バベルは第三形態に進化した際のリソースを既存能力の向上に割り振った。

 サラが内心で力量不足を感じていたこと。そしてこれまでに対峙した相手との交戦経験から、より深く他者を理解し、前に進む力を望んだためだ。

 例えば理不尽な襲撃であったり、親子の情から来る拒絶であったりと様々ではあるが……その中でサラはパートナーの抱える葛藤を薄らと感じ取っていた。

 

 臆病な性格から生じる自信の無さ。

 孤独と異端、コンプレックス。

 それを簡潔に表すとするなら……「空を飛び、戦うこと」に対する切望と恐怖の二重螺旋だ。

 

 故に、少女は竜に翼を授ける。

 

 肉体性能と処理能力の強化。

 共有した自らの演算装置(肉体と精神)を一部貸し与えることにより、天竜種の中でも飛行と気体操作に長ける【ウィンド・ドラゴン】の繊細な感覚を、さらに鋭敏にする。

 竜巻を、嵐をその身に纏い、矮躯を宙に支えるだけの風(・・・・・・・・・・・・)を引き起こす力を、今のジェイドは行使できる。

 

 もとより潜在能力は秘めていた。

 幼子とはいえ純竜。高貴なる竜王の血統と、怪鳥種最強と名高い空の王……かの【ツングースカ】の因子を受け継ぐ遠縁から生まれた貴公子であるからして。

 心身の気力は十分。サラの信頼と愛情を受けて、ジェイドの胸には勇気の灯火が燃えている。さらに感染した漆黒の病原体に打ち克ったことで小柄な肉体はそのまま、あらゆる出力が劇的な成長を遂げている。さながら竜血を浴びて恩恵を得た勇士の如く。

 

 今のジェイドは素の状態で亜竜級相当。

 そこにサラの強化が加わって、純竜級に匹敵するステータスとスキル性能を発揮することになる。

 

(すごい、ちからがあふれてくる)

(はじめての成功だね! ジェイドが飛んでる!)

(うん……でもこれ、ういてるだけなんだ)

(どっちでもおんなじだよ! やったー!)

 

 サラは同時に《言詞の壁を越えて》を使い、ジェイドと思考を共有して対話する。

 

(まだつかいこなせない。ひきだしきれていない。ぼくのちからに、ぼくがのみこまれてしまいそう)

(だからわたしがいるんだよ。だいじょうぶ、あなたはもう泣き虫なだけのあなたじゃないから!)

(そうだね)

 

 ジェイドは荒れ狂う風を制御下に置く。

 初めて得た力に振り回されないように。

 真に己のものとして自在に操れるように。

 幸い、手本は既に知っている。暴風を意のままに吹かせる術は直接目にしたばかりである。

 飛び方は脳裏に焼き付いている。覚束ない姿勢を、記憶に残る優美なドラゴンのそれに近づける。

 

(ぼくは【風竜王(おとうさん)】とアルシエル(おかあさん)のこどもだ)

 

 竜巻の中心に風が集まる。飛翔に必要な最低限の気流を残してジェイドの口元に大気が圧縮されていく。

 開いた顎門を砲門に見立てて、ジェイドは眼下のオッドに狙いを定めた。

 

 

 ◇◆

 

 

 当然狙われた側は危機感を募らせるわけで。

 

「やっべ」

 

 オッドは窮地を抜け出す方法を模索する。

 チャージ中の攻撃にスキルが警鐘を鳴らしている。当たれば致命傷は免れない。回避しても時計塔が倒壊する可能性を考慮せねばならない。オッド自身が落下するのはもちろん、後続の増援として塔を登ってくるはずの部下が巻き込まれてしまうかもしれない。

 いかに統率が取れていない<VOID>といえど、任務失敗と戦力喪失が重なればオッドは幹部として責任を追求されてしまう。死んでも生き返るオッドとは違い、ティアンは補充するにも手間暇がかかるのだ。

 

(だったら、早撃ち勝負といこうか)

 

 対処法はシンプルだ。やられる前にやる。

 一対一で切り札を撃ち合うというシチュエーションにおいて、そこいらの相手に負けるはずがないという自負がオッドにはある。

 

 オッドのメインジョブは銃士系統派生超級職がひとつ、【迅雷銃士】。その特性は『早撃ち』に集約される。

 目にも止まらぬ抜き撃ちは相手が撃たれたことを理解した瞬間にすべてが終わっている速度。

 銃士系統が持つ《クイックドロウ》は納めた銃を抜いて引き金を引くまでの数秒間、自身のAGIを二倍にする基本スキルだ。

 派生上級職の【疾風銃士】になると、同様の条件でさらにAGIとDEXを三倍化する《ファーストドロウ》という奥義を習得できる。

 

 【迅雷銃士】の奥義もまた、上記のスキルと同様にして極地といえる代物。

 奥義の名は《フラッシュドロウ》。早撃ちのモーション中に自身のAGIを十倍化するスキルであり、特筆すべき仕様として、これらのスキルは効果が乗算される。

 

 《クイックドロウ》で二倍。

 《ファーストドロウ》で三倍。

 《フラッシュドロウ》で十倍。

 合計して六十倍のAGI補正を得ることになる。

 通常時、オッドのAGIは五〇〇〇弱。これに六十をかけて、発揮される速度はAGIに換算しておよそ三〇万(・・・)

 たった数秒間に限定されるが、音速の三十倍の速度でオッドは動くことが可能なのである。

 

 しかし一撃でサラとジェイドを仕留めようにも拳銃では火力が足りない。装備者のステータスでダメージが変動しないという特性は、レベルが上がるにつれて火薬式銃器を手放す者が多い理由のひとつである。

 超級職にもなれば、希少だがMP依存で高いダメージが期待できる魔力式銃器に乗り換えるのが常道だ。

 

 それでもオッドが火薬式を使い続けているのは伊達や酔狂という訳ではない。

 

「《バレル・エクステンド》……弾速強化(ブリュンヒルデ)貫通力強化(ゲルヒルデ)威力増大(ヴァルトラウテ)

 

 ホルスターから拳銃を抜く刹那、オッドの呟きに応じて戦乙女の名を冠した外装が顕現する。

 何の変哲もない拳銃に接続された三つの銃身はいずれも後付けの強化パーツだ。【天射舞砲 ワルキューレ】、火薬式銃器専用の拡張部品となる<エンブリオ>である。

 これにより、店売りの量産品が唯一無二のカスタムとして生まれ変わる。

 

(攻撃の直前、薄くなった風の防壁を貫いてドラゴンくんを倒す。そうしたら飛べないサラは落下するしかない)

 

 ゼロコンマ数秒で狙いを定め、引き金を引く。

 いつもの癖で発射音を口にしようとして、

 

「……あれ?」

 

 ――弾が出ない。

 

弾詰まり(ジャム)? いやでもこれリボルバーだし、メンテナンスしたばっかりなのに……まさか)

 

 慌てて覗き込むと弾倉は空。アイテムボックスから装填を試みるが、そちらも弾は一つとして入っていない。

 補充を忘れたとは考え難い。火薬式銃器の使い手にとって、弾薬は戦闘における生命線である。当然オッドは普段から念入りに準備を整えている。

 となると、考えられるのは第三者の関与だ。例えばつい先程遭遇した目つきの悪い子供。

 彼のジョブは【怪盗】ではなかったか。

 

盗まれた(・・・・)?)

 

 恐らく犯行のタイミングは逃亡の直前、オッドの戦力を削ぐ目的の一手だ。後から追撃する際に不意をつければ良いと考えたのだろう。

 

「くっそあいつめ……!」

 

 呆然と確認、悪態に費やした時間は微々たるもの。

 だがしかし。戦闘においては致命的な隙だった。

 

 

 ◇◆

 

 

 そして、相手の隙を彼らは見逃さない。

 

 気を抜けば拡散しそうになる乱気流を抑え、翼をミリ単位で制御して姿勢を保つジェイド。

 サラは脳と全神経機能を貸与して彼を補助する。

 

 互いに言葉を交わさずとも思考は伝達できる。

 今から行うのはサラが思いつき、ジェイドが憧れを抱いて、ふたりの協力で形にする必殺技だ。

 手本は一度目にしたきり。ジェイドの胸に微かな不安が過ぎるが、サラの思い浮かべた言葉が暗雲を払う。

 

 ――忘れるな。天は、空は、風は、すべてお前の味方であるということを。

 

(お父さんが言ってくれたでしょ。きっとだいじょうぶ! ジェイドならできる!)

 

 背中を押してくれる優しい手。

 ジェイドは集めた大気に魔力を込めて指向性を与える。

 これは所詮真似事だ。父からすればたわいのない児戯と笑われるかもしれない。

 それでも構わなかった。竜王たる父に敬意を表して、ジェイドはこの技を借り受ける。

 

(まだひとりではつかえないけど、それでいい。ぼくはサラのじゅうまだから)

 

 ひとりですべて完璧にこなす必要はない。

 ふたりで支え合えばいい。

 

(いくよ――)

(うん、お願い――)

 

 準備を終えて、合図と共に。

 

(―― ぼく(わたし)たちの――)

 

 ジェイドは集めた風を解放して、

 

「『――《トルネード・ラム》!!』」

 

 ブレスは今、竜巻の衝角となって吹き荒れる。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

バベル
(U・ω・U)<みんな大好き肉体置換型アームズ

(U・ω・U)<主人公は石頭!

(U・ω・U)<正確には脳と神経を置換してる

(  P  )<性格的に通常タイプかフュージョンだと思ったんだけどねえ

(  P  )<肉体置換型はネガティブ思考……現実の自分や境遇に不満を持つタイプだろ?

(U・ω・U)<カテゴリー別性格診断ですか

(U・ω・U)<これで合ってますよ、ええ


《始まりは遥か遠く》
(U・ω・U)<諸兄はお察しのことでしょう

Ψ(▽W▽)Ψ<……メガシ〇カじゃないか!?

(U・ω・U)<きずなへ〇げの方が近いかも

(U・ω・U)<今回のジェイドは第一段階

(U・ω・U)<『竜巻の内側で、気流を操作して浮遊している』状態です

(U・ω・U)<つまり、まだ本当の意味で飛べたわけではないということ

(U・ω・U)<サラのことは服の背中をつまんで、風のバリアで守っています


迅羽
(U・ω・U)<立場抜きにしても面倒見が良くていい子だと思ってます

(U・ω・U)<説明役にしてごめんね……皆さん原作を読みましょう


【迅雷銃士】
(U・ω・U)<銃士系統の【抜刀神】みたいな

(U・ω・U)<実は一定サイズ以下の銃器しか適性がないというデメリット有

(U・ω・U)<もう一つ案があって、作者はオッドをどっちのジョブに就かせるか迷ってた


オッド
(U・ω・U)<普通に強いです

(U・ω・U)<超々音速の先手必勝に、<エンブリオ>で曲射や長距離射撃なんかもできます

(U・ω・U)<今回は火薬式銃器の欠点で苦しんだけど(一定火力、弾切れ)

Ψ(▽W▽)Ψ<出たドラね「普通に強い」の呪い

(U・ω・U)<そして悲しいかな、カシミヤよりは遅いのである

Ψ(▽W▽)Ψ<距離が離れてればワンチャン……いや無いな、絶対に銃弾真っ二つだ


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十と一

(U・ω・U)<少し長めです


 □【高位従魔師】サラ

 

 ジェイドのブレスは時計塔のてっぺんを飲み込んだ。

 

 竜巻が収まってから着陸する。わたしの足がついた瞬間、ジェイドは風の操作を止めて体を小さく丸めた。

 寝息が聞こえる。疲れて眠っちゃったんだろう。お疲れさま、と起こさないように頭をなでてあげる。

 制御できるようになった《始まりは遥か遠く》だけど、やっぱりすごい疲れちゃう。まだ頭がズキズキと痛いし、一回使ったらしばらく休む必要がありそうだ。

 わたしたちがへたり込んでいると、階段を上がる誰かの足音が聞こえた。したっぱかな……もう限界なのに。

 

「おお、サラ! 無事で何よりデース!」

 

 現れたのはMr. ジョバンニだった。

 見た感じ怪我はしていない。下の階にいたしたっぱとモンスターを本当にどうにかしてしまったらしい。

 後ろにはカルマくんもいるね。全身で喜びを表現するMr. ジョバンニを押しのけて、こっちにやってくる。

 

「あいつはどこだ」

「誰のこと?」

「あの銃使いに決まってるだろ。どこに逃げた?」

 

 銃使いって、オッドさんを探しているんだろうか。もしかしたら<VOID>を襲った理由に関係あるのかな。

 とりあえず襟首を掴むのはやめてほしい。ギュッとしまって苦しいから。

 

 首を動かすとオッドさんは見当たらない。

 ジェイドのブレスが直撃したところは見たんだけど。超級職だし、【ブローチ】を装備していたはずだからデスペナルティにはなってないと思う。

 ただ、勢いに押されて塔から落ちてしまったらわからない。落下ダメージで死んじゃってたらどうしよう。

 そんなことを考えていたら、

 

「おーい。こっちこっち」

 

 どこかから声が聞こえた。端っこに近づいて見下ろすと、オッドさんが外壁の出っぱりに手をかけて宙ぶらりんになっている。

 やっぱり落ちそうだったんだ。腕が一本ないのはブレスで受けた傷だろう。そのせいで壁を登れないみたい。

 わたしに続いて下を覗いたカルマくんは一目でオッドさんのダメージに気づいたようだった。

 

「……片腕?」

「わたしたちが戦ったの。上がれないみたいだから、助けてあげたほうがいいよね。もう勝負はついてるし」

「は? 冗談だろ。お前如きが超級職に勝って? しかもその敵に情けをかけるだと? ……俺を馬鹿にしてるのかよ。力自慢のつもりか?」

「違うよ! わたしバカになんかしてないもん! どうしてそんなこと言うの?」

「まあまあ二人とも喧嘩はやめてくだサーイ」

 

 Mr. ジョバンニがわたしとカルマくんを引き離した。

 もしかして、カルマくんは自分でオッドさんを倒すつもりだったのかな。なんとなく伝わってきた。

 今はジロリと怖い目でこっちをにらんでる。いやな感じと気になる感じがごちゃまぜだ。わたしのことがきらいで、弱いと考えているみたいだけど……なんでだろう、いっぱいいっぱいで必死そうに見えた。

 

「とりあえず助けてよ。もう落ちそうなんだ」

「黙れ銃使い。先に俺の質問に答えろ」

「助けてくれたら話す。聞きたいことあるんだろ? まあ僕は落下死しても仕方ないで済ませるけどさ。できることならデスペナは避けたい。君たちだって困るよね」

「別に。お前の部下を問い詰めればいい。吐かないなら残った腕も切り落とす」

「どっちにしても殺る気満々じゃん。そこの二人はー? 引き上げて、ついでに見逃してくれたら何でも話すよ」

 

 わたしとMr. ジョバンニは顔を見合わせて、おんなじことを考えているとわかりうなずいた。

 

「助けよう」

「見逃しまショウ。その代わり、もう街に手出しをしないという条件を呑んでもらいマス」

 

 オッドさんは嘘をついてない。それにもう戦うつもりはないみたい。だったらお話するのがベストだろう。

 ただ、悪いことをしたんだから、みんなにごめんなさいともうしませんを言うのは忘れちゃダメだよ!

 

「ふざけるな」

 

 カルマくんは納得いかないみたい。だけど攻撃に移る前に目線がチラッと動いた。たぶん視界の端っこにある簡易ステータスを確認したんだと思う。

 

「MPとSPが枯渇してますネ。従魔はわたーしが鎮めますから無駄デス」

「……チッ」

 

 バトルは避けられた、かな。

 

 それからオッドさんをえいやっと引き上げて、傷の応急手当てをしたあとに質問タイムが始まる。

 

「と言っても、僕が知ってることは大してないよ。それでいいなら答えよう」

「構いませんヨ。わたーしはあなーたたちのことを聞きたいですネ」

「なら簡単に。<VOID>は(眉唾だけど)世界征服を掲げる犯罪クランだ。いつもは野盗・密猟・闇取引なんかをしている。取るに足らない悪事で金儲けってわけ」

「おい」

 

 ここで、カルマくんが質問に割り込む。

 

「お前らのメンバーを教えろ」

「クランの所属人数はそれなり。ちゃんと数えたことはないな、他の国にもいるから。部下は大多数がティアンだ。幹部は僕を含めて<マスター>が二人、ティアン一人。全員超級職だよ。トップにはボスがいる」

「その中にこいつはいるか?」

 

 オッドさんは誰かの似顔絵を見て首を横に振った。

 

「知らない顔だね。少なくとも正式な構成員じゃない」

「……そうかよ」

 

 用事はそれで済んだのか、これ以上話すことはないし話しかけてくるなという雰囲気を出してカルマくんはそっぽを向いた。次はわたしが質問する番だ。

 

「はい! 世界征服って具体的になにをするんですか!」

「僕も知らないな。戦争するには実力が足りない。都市を牛耳るには金が足りない。ただ、今回の任務が関係あるとは聞いている」

 

 そう言って、わたしが持つ【天穹の竪琴】を指差すオッドさん。

 

「詩人ソーマの伝説と、彼が従えたという竜。ボスはこれを利用するんだってさ」

「それは聞きました。でも、どうやって」

「さあね。僕にはさっぱりだけど、彼なら分かるはずだ。あなた、伝説に詳しいんだろう」

「Mr. ジョバンニが?」

「……他人の考えまでは理解しかねますネ。ですが<VOID>が伝説を玩具にするつもりなら、わたーしは持てる力の全てを使ってそれを阻止するつもりデス」

 

 むむむ。二人の言っていることがわからない。隠しごとをしているというか、当たり前のことをわざわざ口に出していないというか。

 とはいえだ。<VOID>が悪いこと(世界征服?)をするために【竪琴】を狙っているのはわかった。

 今のところ、わたしはMr. ジョバンニとおんなじで<VOID>がよくないことをするならそれを止めたい。この世界がめちゃくちゃになったらジェイドのお母さんを探すどころじゃないからね。

 

「オッドさんも悪いことはもうやめにしませんか? みんな楽しいほうが絶対いいですよ!」

「まあ確かに? でもアウトローの生活はわりと気に入ってるから」

 

 ぶうー……この人ぜんぜん反省してないよ。

 話してみたら普通にいい人そうだから、こっちの味方になってくれたらいいなと思ったのに。

 そりゃあ、ゲームの遊びかたは自由だよ。わたしだって他のゲームを悪人のキャラでプレイすることもある。

 でもデンドロはわたしたち<マスター>だけの世界じゃない。ティアンやモンスターも生きている。だからみんなが喜ぶことをしたほうがいいと思う。

 

「どうしてもダメですか?」

「脱退したら契約のペナルティと報復あるし。雇用契約が切れるまでは籍を残すって決めてる」

 

 わたしの考えと、オッドさんの考えは違う。

 なにを大事にするかは人それぞれだ。

 わたしがいいと思うことを押しつけることはできても、それは本当の意味で納得してもらえたわけじゃない。

 

「じゃあフレンドになってください」

 

 だからお話をしよう。

 おたがいのことを話して、遊んで、理解する。

 そうしたらなかよしになれると思うから。

 友だちが難しかったら、ちょっと譲り合って、みんなが手を取り合えるようになればいい。

 

「馬車の護衛クエスト楽しかったです! また一緒に遊びましょう!」

「フッ……あはは! なるほど、そうきたか!」

 

 オッドさんはきょとんとして、それからおかしくてたまらないというみたいに笑い出す。

 そんなに変なこと言ったかな?

 

「そういや登録してなかったね。いやー、楽しい時間を過ごせた。だから答えはイエスだ。また遊ぼう」

 

 やけにゆっくりとメニューを操作するオッドさんとフレンド登録をする。

 それが終わるタイミングで、階段からたくさんの足音が聞こえてきた。大勢がここに上がってくる。

 

「やっとお迎えが来たみたいだ」

 

 ぞろぞろと現れる<VOID>のしたっぱ。博物館を襲った人たちだろう。みんな傷だらけだけど、背筋をシャキッと伸ばして整列する。

 兵隊みたいにすばやく二列の通路を作ると、あとからやってくる人に向けて一斉に敬礼をした。

 

 現れたのは二人だ。顔は見えないけど、たぶんどっちも男の人。したっぱより高級なスーツ風の制服を着て、その上からフード付きのマントを羽織っている。あれは隠蔽スキルがついた装備だろう。

 

「会話は時間稼ぎだったのですネ。しかし困りましタ……危険デス。この場にいる我々全員が」

 

 Mr. ジョバンニはものすごい冷や汗をかいている。しゃべるのは小声だ。そうじゃないと目をつけられちゃう。

 わたしでもわかる。二人の片方……背の高い人は怖い。強いとか、レベルが高いとかじゃない。真っ暗で、吸い込まれそうな。まるで底のない落とし穴みたい。

 わたしたちは動けない。したっぱも震えている。そんな中、オッドさんは平気そうに二人に近づいた。

 

「ごめんねボス。任務ミスった」

「何してんだこのボケ。お前がいてこのザマか」

「……」

 

 ボスと呼ばれた背の低い人がオッドさんを責めて、背の高い人は黙ったままだ。

 

「ここに揃ってるじゃねえかよ。さっさと楽器を奪ってその男を捕まえろ」

「それがさ。あの子に負けて約束しちゃったんだよね。だから僕は手を出せない」

「ああ!? 本当に使えないなこの屑! 何のためにお前を雇ったと……つーか子供に負けたのか」

 

 ボスの視線がこっちに向いた。わたしと眠っているジェイドをチラリと見る。《看破》を使ったのかな。

 

「レベル百ちょいの雑魚にやられるか普通? ったく、俺がやるから下がってろ。従魔師なんざいいカモだぜ」

 

 ボスは【ジュエル】をはめた右手を掲げる。

 まずい。どんなモンスターが出てくるかわからないけど、わたしはもう戦う力が残ってない。

 いざとなったらターコイズに……ううん、みんなで逃げたほうがいいかもだ。どうやらボスは従魔師の相手が得意みたいだから。

 

 このピンチで最初に動いたのは、ボスでもわたしでもなかった。もちろんMr. ジョバンニやカルマくんでもない。

 背の高い人がボスの肩に手を置いた。

 

「…………」

「……! いや、そんなつもりは……」

 

 そして耳元で何かをささやいたら、急にボスの声が震えて弱々しい感じに変わる。

 少しだけ聞き取れた言葉からは怖いという気持ちがはっきり伝わってくる。なにを言われたんだろう?

 怖がって震えるボスより、背の高い人のほうがよっぽどボスらしく見えた。

 

「い、いいか。楽器はお前らに預けておいてやる。だが忘れるなよ、<VOID>は必ず全てを奪うからな!」

 

 捨て台詞を吐いたボスはスタスタと塔の端まで歩いて、一体の大きなドラゴンを呼び出した。

 やっぱり黒い鱗粉とオーラに包まれた天竜だ。鱗はトゲトゲしていて、翼は紫の結晶で覆われている。瞳は虚ろで焦点が合わない。まるで感情が読み取れないよ。

 

 ボスがドラゴンの背中に乗ると、オッドさんがあとに続く。その次にしたっぱたち。最後に背の高い人だ。

 彼が後ろを向いた瞬間にプレッシャーが薄まる。

 わたしはそのときはじめて、自分が息を止めていたことに気がついた。心臓がどくどくと脈を打っている。

 

 彼らは逃げるつもりだ。本当は悪いことをした責任を取ってほしい。でもオッドさんと約束したから止めちゃいけない。それに、わたしじゃ背の高い人を止められない。

 

「……待てよデカブツ」

 

 背の高い人を呼び止めるカルマくん。

 彼は恐怖を苛立ちで塗りつぶして、お腹から声をしぼり出していた。

 

「お前を見てると何故だか無性にムカつくんだよ。超級職がそんなに偉いのか? 好き勝手できて楽しいか?」

「……」

「今の俺は機嫌が悪いんだ。そうだ……サラ(こいつ)にできて俺にできないわけがない……迎えついでに死んで逝け!」

 

 カルマくんは隠し持った糸を振る。

 ビュッと空気を切る勢いで、振り返ったばかりの背の高い人を攻撃した。

 

 同時に――プレッシャーが何倍にも膨れ上がる。

 

 背の高い人は腕を伸ばすと、なにもない手から剣を作り出した。紙より薄い濁った色の剣。

 あっさりと糸は切られて、バランスを崩したカルマくんは近づいた相手の剣に貫かれた。

 

「ぐっ、あぁぁ!?」

 

 背の高い人はカルマくんのお腹を蹴って、腕に刺さる剣を引き抜いた。もだえて苦しむ姿を見下ろしながら、ぐりぐりと頭を踏みつけている。

 

「……覚エテオケ。超級職ト、<超級(・・)>ハ別物ダ」

 

 ボイスチェンジャーを通した声でそれだけ言い残すと、背の高い人はドラゴンの背中に乗る。

 またボスになにかをささやいているみたいだけど……ダメだ、体が震えて動けない。

 

 そうこうしているうちにドラゴンは空に飛び上がる。

 上空でぐるりと一周して、そのまま遠ざかるものだと思ったら、また時計塔に戻ってくる。

 

 ドラゴンの口元には黒い炎……まさか。

 

「おら、燃やせ! 壊せ! <VOID>に逆らったらどうなるか思い知らせてやれ!」

 

 ボスの号令で、ドラゴンはブレスを吐いた。

 火の玉が連続で命中して時計塔は傷ついていく。

 このままじゃ壊れちゃう。街の大切な時計塔が……ジェイドのお母さんがいた場所が。

 止めないといけないのに。怖くて体が動かない。

 

「サラ、何を突っ立っているのデス!?」

「でも……」

「無理デス! 逃げますヨ!」

 

 カルマくんをおぶったMr. ジョバンニに手を引かれて、わたしは階段に逃げ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 建物の外に出たわたしが見た光景は燃えてくずれる時計塔とガレキに押し潰される博物館だった。

 ある程度攻撃して気が済んだのか、<VOID>とドラゴンがいつの間にかいなくなっていた。

 

 それからのことはあんまり覚えてない。わたしは消火と救助活動を手伝って忙しかったから。

 死者が出なかったことが不幸中の幸いだ。Mr. ジョバンニが塔を上るより先に、残っていたお客さんの避難を優先してくれたおかげだった。

 

「あなーたは悪くありまセーン。街が壊れるのはよくあることデス。建物は直すことができマス。ジョブクリスタルや、数は少ないですが無事な展示も残っていマス。ソーマの街はもう一度立ち上がれますヨ」

 

 Mr. ジョバンニは街の人たちを指差す。

 彼らは歌いながら作業をしていた。街が壊れて悲しいはずなのに、楽器を鳴らして、詩を口ずさんでいた。

 

「みんな前を向いていマス。なぜなら過去は崩れゆくものだからデス。いずれ忘れ去られるものを形にして残す方法の一つが詩歌であり、音楽なのデス。我々はそうやって歴史を刻んできたのデス」

 

 そして「音楽はパワーなのですネ」と付け加える。

 

「それより、ありがとうございマース」

「……え?」

「<VOID>の手に【竪琴】が渡れば、他の場所で同じことが起こるでショウ。サラは未来の悲劇を防いだのデス」

「でも今日、わたしはあの人たちを止められませんでした」

 

 もっと悪いことまで考えてしまう。わたしが戦わなかったら、時計塔は壊れなかったかもしれないと。

 

「誰だって、すべてを手に取ることはできませんヨ」

 

 Mr. ジョバンニはわたしのそんな気持ちを見抜いていた。

 

「どれだけ両手を広げてもこぼれ落ちてしまうものはありマス。大事なのは、手が届く範囲を広げようと頑張ることではないデスカ?」

 

 いっぱいに手を広げて。それでダメならみんなで。

 手を繋いで輪を広げていくように。

 精いっぱい、できることをする。

 わたしはそうやってきた……つもりだけど。

 

「諦めず、すべてを掴もうと足掻いて、足掻いて……それでもすべてを取ることはできないでショウ」

 

 やっぱりそうなんだ。なんでもできちゃうスーパーマンは現実にもデンドロにもいない。

 

「ですが、十取れるものが十一に増えるかもしれまセン。例えば今日、あなーたの頑張りで誰一人として死なずに済んだようニ。その一で救われるものはきっとあるはずデス。少なくともわたーしはそう思いますネ!」

「そうですね……ぜんぶできないからって、ぜんぶ投げ出したりはできない」

 

 わたしは諦めない。たった一、されど一だ。

 がんばって限界を超えた一がわたしの今を作っている。

 できなかったことを後悔することを止めるのは難しいし、それも大事なことだと思う。

 でも、それだけに目を向けたりはしないよ!

 

「ありがとうございます! わたしも作業をがんばって手伝います!」

「とはいえやはりお疲れでショウ。今日は体を休めるべきデス。まだ眠くないというなら……そうですネ。【竪琴】を貸してもらえますカ」

 

 そうだった。博物館が壊れちゃったから、あのままわたしが預かっていたんだよね。

 ちゃんと返そうとしたんだけど、しばらくの間は持っていてくれと言われてしまった。博物館を建て直すまで保管場所がないからと言われたら断れない。

 言われた通りに渡すと、Mr. ジョバンニは【竪琴】の調子を確かめ出した。慣れた手つきで弦を弾いている。

 

「数本切れてますネ。カルマはどこデス?」

「えっと、もう街を出たみたいです」

 

 カルマくんは傷を手当てしたらすぐにどこかへ行ってしまった。「助けたつもりなら大間違いだ」というのが最後の言葉だ。完全に回復してなかったから少し心配。

 

「それは残念デス。彼の糸で弦を紡いでもらおうと思ったのですガ。まあ、今回はとりあえず弾ければ問題あーりませんからいいでショウ。ホイ!」

 

 陽気なかけ声で【竪琴】の修理は完了したみたい。

 というか、こんな簡単に楽器を直せるMr. ジョバンニっていったい何者なんだろう?

 

 光の加減で蒼と翠に見える弦に指をかけて、Mr. ジョバンニは地面にお尻をついた。

 

「わたーしができるお礼はこのくらいデス。……新たな英雄に(はなむけ)を。過ぎ去る風の祝福を。そして、語り継がれる勇気の歌を」

 

 指がメロディを、声が歌を奏で始める。

 それは心が奮い立つ音楽だった。でもそれだけじゃなくて、旋律の裏にはさびしさや苦しさが隠れている。

 まるで勇者の冒険譚のような山あり谷ありの曲に合わせて、聞いたことのあるストーリーが語られる。

 

 それは女の子と竜の物語。

 わたしがよく知る内容が、ちょっと恥ずかしい脚色を添えて、音楽に乗って流れ出す。

 わたしはジェイドと一緒に耳を傾ける。そうしていると、物語の自分と本物の自分が別人のように思えてきた。

 

「……ねえジェイド」

Rrrr(なに)?』

「わたしね。あの背の高い人を見て、すごい怖いと思ったの。なにかしようと思うのに動けなかった」

Rrrrr(わかるよ)Rrrrrr(ぼくもそうだ)

「うん。ジェイドの気持ちがわかった気がする」

 

 なにが起きるかわからない。

 なにをされるかわからない。

 なにを考えているかわからない。

 ぜんぶ違うけど、ちょっとは似ている。

 

「たぶんあの人は悪い人だ。怖い人で嫌な人なんだよ。でも、でもね。お話しないで決めつけるのはよくないなって思ったの。あの人に限った話じゃないんだけどね」

 

 そうなった原因があるのかもしれない。

 もしかして理由があるのかもしれない。

 人とは違う考えがあるのかもしれない。

 話してみたら、ちょっとは理解できるだろうか。

 

「だから、今度会ったらお話してみる」

Rrrrrr(そばにいるよ)

 

 ジェイドをぎゅっと抱きしめる。

 いてくれるだけで、一人じゃないと思える。

 だからほんのちょっぴり勇気をもらえるんだ。

 

 気がついたら曲は間奏に入っていた。Mr. ジョバンニはウィンクをして曲の名前を教えてくれる。

 

「《勇者行進曲》。またの名を『ヒーロー・マーチ』といいマス。時計塔は壊れてしまいましたからネ。……ンンン、しかし昔と比べて音が劣化してマス。腕も落ちましたネー……もうこれを弾くことはないと思っていたのですガ……」

 

 ジェイドのお母さんがよくリクエストしていた曲だ。

 覚えていて、この曲を選んでくれたらしい。

 後半は小声で聞き取れなかったけど。

 

「もう一回、弾いてほしいです」

「何度だって構いませんヨ。あなーたたちのために演奏しているのデス。それに……」

「?」

 

 パッと振り向いたら、街の人たちがわたしとおんなじように音楽に耳を傾けている。

 

「聴衆はたくさんいるようですカラ」

 

 その日、ソーマの街は夜になっても演奏が響いていた。

 

 

 ◇◆

 

 

 ■???

 

 各地に点在する<VOID>の隠れ家がひとつ。人払いがなされた室内には三人の姿があった。

 一人は床に倒れて苦しみ、一人はその様を見てさらに加虐する。最後の一人は壁際で顔を青ざめさせていた。

 

 傍観者の名前はオッド・ザ・キッド。今回の任務を失敗した隻腕の幹部である。彼は目の前の光景に正気を削られながらも、部屋から逃げ出すことが叶わずにいた。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイアアアアアアアアアアアア――!?」

「五月蝿い。汚い。醜い。穢らわしい。本当に救いようがない。もう少し堪え性をつけたらどうだ?」

 

 絶叫する男を、長身の人影が切り刻む。

 何度も、執拗に、不必要な程に。

 全身の肉という肉、骨という骨、神経という神経の隙間に澱んだ刃が通り、そして男の身体を汚染していく。

 さながら人体解剖の如く。相違点は、解体される側に意識と痛覚(・・)が存在することだ。

 

(おかしいよね? 痛覚オンで解体とか拷問だよね?)

 

 オッドの混乱をもう一つの事実が助長する。

 それは……現在解体されている男こそが<VOID>のボス、ペイル・ホースマンであるということ。

 

(何でボスがバラされてるの? 素直に痛覚オンにしてる理由も分かんないんだけど!)

 

 痛覚の設定は個々人が操作するものだ。他人の意思で変更できるものではないし、そんなゲームが実在したら非難轟々の大問題である。誰もプレイしなくなるだろう。

 ボスが自ら痛覚を入れているなら、それはそれで意味が分からない。不明点が多過ぎるためにオッドは逃げられない。逃げた瞬間に標的が自分に変わったら最悪だ。

 

「えー、というか……どちら様?」

 

 窮したオッドの選択は会話だった。

 男は<VOID>の幹部ではない。それどころかメンバーですらない。しかしボスと面識があることは確かだ。

 素性と性格を探り、打ち解ける方法を模索するしかあるまいとオッドは判断した。地雷を踏み抜く可能性もあるので、会話自体リスキーではあったが。

 

「ああ、君とは初対面だったな」

 

 男は暴力の手を止めてオッドを見る。

 

(注意を向けられても嫌だな……)

 

「僕の名前はオッド・ザ・キッド。あなたは?」

「フィル・クロークだ。君の活躍は聞いている。私のことは……<VOID>の株主とでも考えてくれたらいい」

 

 フィルは手にした剣を霧散させ、手を差し出す。

 しかと握手を交わしながら、オッドは彼の容姿と一挙手一投足をつぶさに観察した。

 整った造形と銀縁の眼鏡だけ見れば高給取りのやり手サラリーマンのようでもある。

 

(どっかで見た顔だなー。それとあの剣……装備じゃないみたいだ。魔法? それにしては宣言も無し。ノータイムで出せると考えた方がいいかな)

 

 細切れになったボスの肉体はどす黒く変色しており、剣が人体に有害な能力を秘めていることは明らかだった。

 

「真摯な態度で<VOID>に貢献してきたそうだな。その働きは賞賛に値するものだ」

「買いかぶりだよ。今回だって失敗した」

「……ああ。お陰で私の計画に遅れが生じる」

 

(あ、やっべ)

 

 フィルのこめかみに血管が浮かぶ。

 機嫌を損ねたとオッドは悟るが、時すでに遅し。

 瞬きの間に現出した薄刃の剣が振りかぶられる。

 

「だが、君は悪くない。部下のミスは上司の責任だ。そうだろう? ペイル・ホースマン」

「ひぎぃ!?」

 

 昆虫の標本のように、ボスの正中線に剣が突き刺さる。

 痛みに反応して肉体が痙攣する。どの点を貫いたら最も効率的に激痛を与えられるか理解した上での暴力だ。

 

「本当に、お前は私の弟によく似ている。愚かで救いようがない。何をしても成果を出せない。唯一の得手は私を失望させることだな」

「あ、が……ご、め……な……い……」

「そうだ。謝罪をすれば許してもらえると思っている。何が悪いのかを理解しないまま、叱責から逃れたい一心で頭を下げる。自分を省みることもない。だから同じ失敗を繰り返す。これだけ言って何故理解しない?」

「あ、ア……やだ……いやだ……いたいのはいやだ」

「そうだろうとも。安心しろ。私が望む結果さえ出せば、このような痛みを受けることはなくなる」

「ア……?」

「嘘ではない。私はお前の素質を買っている。こうして時間をかけているのだって、お前に期待しているからだ」

 

 フィルの行為は苦痛による洗脳だった。冷静な判断力を失ったボスに、猛毒の蜜が囁かれる。

 もはやボスは傀儡以下の存在だった。<VOID>というクランを運営するための装置でしかない。

 

(狂ってる。いつから……最初からとか言わないよね)

 

 普段のボスは異常を感じさせる言動をしていない。だから気がつくことはなかった。

 ただでさえ表に出る機会が少ないボスは、幹部との接触すら最低限だった。こうなる前にオッドが察するのは不可能、無理難題だったろう。

 

「どうだオッド。こいつの姿は、実に醜悪(・・)だろう?」

「そ、そうだね……あはは」

 

 死に体のボスを眺めるフィルの表情は、言葉と裏腹に恍惚としており。

 真逆の価値観と狂人の言動に対して、オッドはまともな会話を諦めざるを得なかった。

 

「さて……計画の推移を確認するつもりだったが、これでは使いものにならないな。オッド、君はどこまで把握している?」

「え? あー、何をするかは聞かされてないけど……みんなに与えられた任務の内容はある程度」

「よろしい。説明してくれ。口頭で構わない」

 

 フィルの機嫌を損ねないように細心の注意を払い、オッドは言われるがまま手持ちの資料を漁る。

 

「現在、構成員の九割は王国とレジェンダリアを中心に活動中。主な任務は戦力拡充と橋頭堡になる支部の設立。あとは“ソーマの竜”の捜索、これは努力目標になってる。一応責任者は【腐姫】だけど……定期報告は上がっていないね。残りはカルディナで資金集めをしてるよ。こっちは【尾神】が指揮を取っている。優秀な部下をつけたから心配はいらない」

 

 二人の幹部はどちらも指揮官には向いていない。

 適性の話をすればオッドだって不得手だが、彼らはそれ以上の欠陥がある。

 まず【腐姫】はそもそもやる気がない。交渉でようやく仲間に引き入れた女であり、レジェンダリアの(・・・・・・・・)マスター(・・・・)>と言えば想像は容易だろう。

 そして【尾神】だが、彼は求道者気質の武人だ。金勘定に関心がない。荒事には長けているため、用心棒としては一流なのだが。

 

「今後は“ソーマの竜”の捜索を第一目標に設定しろ。並行して伝説の調査と重要人物の監視を。他は後回しだ」

「重要人物というと……彼だね」

「もう一人いるだろう。あの少女もだ」

 

 Mr. ジョバンニと名乗る男。

 そして竜を連れた従魔師サラ。

 彼らが計画の要になるとフィルは感じていた。オッドはその意を汲んで、唯唯諾諾と指示に従う。

 そして今こそタイミングだとばかりに、仕事を口実にしていそいそと部屋から退出する。

 

 残ったのはフィルと汚染された肉塊のみ。

 

「参ったな……楽しみで仕方がない。この美しい世界を、穢して堕とす瞬間が」

 

 澱みを周囲に撒き散らしながら、黒幕はくつくつと引き気味な笑い声を響かせるのだった。

 

 Episode End




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<一章、完!

Ψ(▽W▽)Ψ<ラスト不穏すぎない?

(U・ω・U)<二章はこれから書くよ

(U・ω・U)<でもその前に章整理をしようと考えています

(U・ω・U)<修正するときに非公開にするかもしれませんが一時的なものなのであしからず

(U・ω・U)<あとしおりの位置がずれるかも


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Desperate
Date ①


(U・ω・U)<このエピソードは時系列的に本編開始前となります

(U・ω・U)<だいたい【疫病王】とか【屍要塞】事件の前後辺りをイメージしてくれたら


 □2045年2月某日

 

 それはある朝のこと。

 連続して鳴った着信音により、俺こと榊恭介の眠りは妨げられた。

 外は暗く、時計の針は午前四時を指している。

 せっかく大学は冬休みだというのに、どうしてこんな早くから起きなければならないのか。

 寒さに震えながらも布団から這い出て携帯を取る。

 画面をびっしりと埋め尽くすメールの差出人欄にある名前に辟易しつつも、一応すべてに目を通していく。

 

「『こんにちは』って、時差考えろよ……」

 

 内容はどれも似たり寄ったり。

 英字の文面とスパムのような拙い翻訳、下部にドイツ語と流暢な日本語で注釈が記されている。

 それは二人の人間がメールを書いたことを表しており、より正確に述べるならば、ある人物のメールを別の人間が代理で送信したのだと見て取れる。

 

 どうしてそんな面倒くさいことをするのか?

 俺が連絡先を教えていないからだ。

 

 なぜ教えていないか?

 携帯が鳴り止まなくなるからだ。

 

 とはいえ、自称善意の第三者がいるのでそれほど代わりないのだが。

 

「…………」

 

 一通スクロール五回分の量を数十、読み終えた頃には陽の光が窓から差し込んでいた。

 すべてのメールに共通して記載されているのは、現実と異なる世界の座標。待ち合わせ場所だろうか。

 差出人の意図は不明だが目的は予想がつく。

 だから、きっとろくでもないことになるだろう。

 正直言って行きたくない。だが、行かないとより悪い結果に繋がるのは明白だった。

 そうなったら俺は俺を……ひよ蒟蒻を許せない。

 

「…………はぁ」

 

 気乗りしないまま、俺は<Infinite Dendrogram>のハードを手にした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 メールの指示通り、俺はプリコットの街にあるセーブポイントからログインした。

 どうやら相手はまだ来ていないらしい。

 時間の指定はされておらず、こちらから連絡する方法もないとなれば、消去法で待つしかない。

 

 幸い、このセーブポイントは時間を潰すに困らない。

 辺りには侯爵家が所有する庭園が広がっている。

 レジェンダリア特有の植物が茂る敷地内のほとんどは公に開放されており、広場や噴水、ベンチなどが備え付けられている。リアルで言うところの公園だ。

 一部の区画はレンタル可能で、街の人や<マスター>が育てた花壇を眺めるだけでもそれなりに楽しめる。

 なぜかレタス畑もあるが、それはさておき。

 

 ひときわ目を引かれたのはバラの生垣だった。

 

 ちょうど正面に咲き誇る大輪の華は鮮やかな深紅に色づいて、風に揺れるたびにむせ返えるような香りを放つ。

 なんて事のない風景のはずなのに、どこか退廃的で毒々しい印象を受けるのは俺の考えすぎだろうか。

 

 ああ、きっとそうだ。

 バラというのがいけない。たたでさえ憂鬱な気分で見たものだから、余計なことを連想してしまっただけ。

 

「あ・な・た・さ・ま」

「ッ!?」

 

 初めに視界を覆われた。

 それでようやく《危険察知》が警鐘を鳴らしていることに気がつく。

 姿が見えないからと気を抜き過ぎた。

 兜を装備しておけばよかったと思うも後の祭り。

 わずかな重さがのしかかる。

 囁かれた言葉は甘く、狂おしいほどに熱を帯びて。

 無防備な耳に吐息がかかり、しかし背筋は凍りつく。

 

「わたくしが誰か当ててくださいませ」

 

 完全に不意をつかれて硬直した俺に、そいつは戯れを投げかけた。

 茶番だとわかっていても答えないという選択肢はない。

 経験上、こいつの機嫌を損ねた時点で即ゲームオーバーがあり得ることは身をもって理解している。

 

「今すぐ離れろリップ」

「ふふっ、正解ですわ」

 

 彼女はパッと離した手をそのまま俺の頬へ、そしてさらに下へと動かす。

 冷たい指先が首筋に触れるか触れないかというところで無理やり引き剥がした。

 背後に立っていたのは漆黒のゴスロリドレスに身を包む病的なまでに白い肌の少女。

 距離を取って身構える俺に対して、リップは紅の双眸を爛々と輝かせ、しかし頭を振る。

 

「……いけませんわ。今日は我慢ですのよわたくし」

「その様子だと、あのメールを書いたのはお前で間違いなさそうだな」

「ええ、ええ! きちんと目を通していただけたようで何よりですわ。もしお読みになられなかったり、来ていただけなかったらと考えると居ても立っても居られませんでした。あなたさまなら万に一つもあり得ないと分かっていても、ですよ?」

 

 リップが首を傾げると、濡羽色のツインテールが合わせて揺れた。

 言っている内容は健気な乙女に相応しく、その微笑みは美貌と相まって目を奪われそうになる。だがしかし。

 

「よく言う。あれ半分脅迫だろう」

「それは――「お、おい!」

 

 リップが何か言う前に、その腕を横から掴む者がいた。

 先ほどから遠巻きに俺たちを、というよりはリップを凝視していた見慣れない男性<マスター>。

 彼はどもりながらも興奮した様子でリップに詰め寄る。

 

「さ、さっきから、た、楽しそうに話して……こ、この男は誰だ? ど、どんな関係なんだよ!?」

 

 突っ込みたい点はいくつかある。

 今の会話のどこが楽しそうなのか、とか。

 昼ドラの修羅場みたいな登場の仕方だな、とか。

 何よりまず、突然出てきたお前は誰だと。

 

「リップ、この方は?」

「さあ? 存じ上げませんわ」

 

 いや、知らないのかよ。

 

「僕を無視するな!」

 

 金切声を上げた男性はぐいと華奢な手首を捻りあげる。

 乱暴な仕草にリップは微笑むだけで、思わず制止に入りかけた俺に対しても視線だけで押し留める。

 

「失礼致しましたわ。わたくしに何の御用でしょう」

「だ、だから、この男! う、後ろから抱きついたりなんかして……こ、こい、こいつと付き合ってるのか!?」

 

 付き合う? 俺とリップが?

 冗談じゃない。いくら金を積まれてもごめんだ。

 そんな命知らずな真似ができようはずもないだろうに。

 

 だが、今の発言で男性の立場と言いたいことは何となく察することができた。

 おおかた勘違いからの嫉妬といったところだろう。

 リップと面識はない様子。男性の一方的な片想いか。

 アバターと本人の性別、ゲーム内の恋愛に関する云々はあえて語らないとして。

 実態はどうあれ、想い人が異性に抱きついている姿を見たらショックに違いない。

 どうにか誰も傷つかないように事を収めたいところだ。

 まずは男性の誤解を解いて、

 

「ええ。こちらの殿方とは将来を誓い合った仲ですわ」

「おい、でまかせはやめろ」

「まあひどい。あれほど熱烈に愛し合いましたのに」

「また語弊のある言い方を……!」

 

 息をするように嘘を吐くリップを睨みつける。

 こいつ、油断も隙もあったもんじゃない。

 

「彼女の発言は気にしないで下さい。全部戯言なので。ただ、親切心から言わせてもらうとリップはやめておいた方がいいというか、できれば今すぐその手を離した方がいいというか」

「…………い」

「え?」

「うるさい! かかか、彼氏面しやがって!」

 

 しまった。完全に言葉選びを間違えた。

 たしかに、今の言い方だと厄介な男を追い払う口実に聞こえなくもないな!

 若干涙目になって激昂する男性。

 そんなつもりは一ミリたりともないと弁明しても聞き入れてもらえそうにない。

 

「ぼ、僕はずっと君のことが(しゅ)きだったんだ! アムニールでみ、見かけたときから! き、君だけを見て、君だけを想って! 朝も昼も夜もずっとずっとずっと! 好きで好きで好きで好きでこんなに愛してるのにどうして君は僕に振り向いてくれない!? なんで僕じゃなくてこんな男を選ぶんだ! 僕なら君に暴言は吐かない望むものはなんでもあげる君と君の君のために君を」

「ちょっと、落ち着いて!」

 

 ぶつぶつと呟く男性は次第に手に力を込めていき、リップの肌に爪が食い込んでいく。

 流石にまずいと<エンブリオ>の剣を抜いた俺に反応して、男性も<エンブリオ>であろう短剣を取り出す。

 

「まあ。なんて毒々しい刃ですこと」

 

 ああもう、あまり刺激したくないというのに。

 頼むから大人しくしてくれ。

 

「こ、こ、ここここ……こ、ころ、殺してやるぅ!」

 

 憎悪と信念に染まる瞳で俺を見据えた男性が短剣を振りかざし、

 

 

「コふっ」

 ――想い人たる少女の心臓に突き立てた。

 

 

「あ、れ?」

 

 吐血したリップはただでさえ血の気の薄い顔を蒼白にして、そのまま力なく崩れ落ちる。

 男性は訳がわからないといった様子で血に濡れた自らの得物と倒れ伏すリップを交互に見やり、短剣を取り落とすと、よろよろと数歩後ろに下がった。

 

「やってくれたな!」

「ち、ちが、こんな」

「邪魔だ! そこをどいてくれ!」

 

 俺は男性を押しのけてリップに駆け寄る。

 かなり傷は深く、しかも急所。おまけに外見からして殺傷性の高そうな<エンブリオ>による一撃だ。

 手持ちの回復アイテムでは致命傷を治癒するまでに至らない。おまけに出血が激しく、傷口の内側がグズグズに腐り落ちている。

 

「【快癒万能霊薬】でも駄目かッ」

 

 おそらく一芸特化のスキルによるもの。

 毒か呪いか。このままではリップは死ぬ。

 

「おいあんた!」

「ぼ、僕は悪くない。わざとじゃ」

「【ブローチ(・・・・)は付けてるか(・・・・・・)!?」

「……は、え、なんで」

「いいから!」

「つ、つけてな」

 

 男性が言い切るよりも早く、俺はアイテムボックスから取り出した【ブローチ】を彼に渡そうとして、

 ――それより早く、男性は光の塵(デスペナルティ)になって消滅した。

 

「く、クフ、フフフフフ」

 

 行き場を失った手に思わず力が入る。

 握りしめた【ブローチ】が食い込むが知ったことか。

 ああ、くそったれ。やはり気分が悪い。

 ここがゲームの中だと頭では理解していても、たとえあの男性が本当に死ぬことはないのだとしても、目の前で人が死ぬことに俺は慣れそうにない。

 父さんしかり、師匠しかり。

 否応なく、嫌なことを思い出させられる。

 

「……だからお前は苦手なんだよ、リップ」

「クフッ! クフフフフフフフフフフ!」

 

 振り返ると、致命傷を受けて死んだリップが起き上がっていた。

 先ほどまでの微笑みよりも目を惹き、引き込まれるような。しかし狂気を滲ませる魔性の笑み。

 

「嗚呼、嗚呼! 素敵ですわ、素敵ですわ! 迸る激情、突き貫かれる衝撃! 身も心も蕩かされてしまうようなこの痛み! 臓腑が焼け爛れ、肉が腐り落ち、骨すら残らない! これほどの腐蝕毒を戴いたのは初めてです! わたくし、このまま果ててしまいそうですわ!」

 

 見開いた瞳孔とかすかに紅潮する頬。

 肩を抱き、身を振るわせ、小躍りするリップは見ようによっては恋に恋する乙女のようであり、それが彼女の不気味さをいっそう際立たせている。

 

 そう、あの男性<マスター>は手元が狂ったわけではない。

 手首を掴まれていたリップが男性を引き寄せ、自分に短剣が刺さるように誘導したというだけの話。

 だから落ち着いてくれと言ったんだ。

 リップを……PKのR・I・Pを刺激して興奮させたくなかったから。

 

 ひとしきり叫んだ後、リップはハッとして表面上は落ち着きを取り戻した。

 

「はしたない姿をお見せしてしまいました。いけませんわね、あれだけ気をつけていたのに」

 

「わたくし、今日は多情移り気な振る舞いを慎もうと心に決めていたのですけれど。やはり我慢をするのは体に毒といいますか、反動が大きくて困ります」

 

「でも、全てあの殿方が悪いのですわ。

 ――(あい)してくださる、なんて仰るから」

 

 初めて聞いた時は耳を疑った、それが彼女の論理。

 愛と死を同列に語り、殺し殺されることが愛だと宣う。

 にわかには信じがたいが真実だ。

 実際に今も、そしてこれまでも彼女に見初められた<マスター>は(男女問わず)彼女の言う()に溺れてきた。

 

 目をつけた人物に自分を手にかけさせ、最後にはその相手の命も奪う。

 何よりタチが悪いのは、一度気に入った相手は何度も繰り返し襲撃を行い、殺されて殺し返すこと。

 その執念はかの“最弱最悪”に匹敵するほどで、フィールド・市街地を問わずつきまとい、果ては他国に設定したセーブポイントまで特定して出待ちをするほど。

 彼女から逃れるにはデンドロを止めるか、彼女が気まぐれで標的を移すことを待つしかない。

 

 故に、ついた通り名は“無理心中” R・I・P。

 レジェンダリアにおいても異彩を放つPKだった。

 

「ですが、やはり行きずりの方では物足りませんわね。もし……もしもですが。今日あなたさまが来てくださらなかったら、辛抱堪らずこの昂りをどうにか(・・・・)しなくてはならないところでした」

「だからそれが脅迫だって言ってるんだよ」

 

 リップが無差別に心中を繰り返した場合、多くの<マスター>と戦闘になる。

 心に傷を負う人がいるかもしれない。

 もし市街地で戦闘が始まったら、無辜のティアンが巻き込まれて命を落とすかもしれない。

 俺の選択いかんで惨劇が引き起こされるのだと考えると、とても誘いを断ることはできない。

 だから、俺はここに来ざるを得なかった。

 

「それで、何のために俺を呼び出したんだ。いつもなら問答無用で仕掛けてくるだろう」

「……ええ。そうですわ。そうなのですけれどね」

 

 なぜかリップは目を逸らして言い淀む。

 何か言いづらいことなのか?

 代理人を介したメールではなく、わざわざデンドロ内で直接会って話すこととは何だ。

 いや、時間稼ぎか騙し討ちの可能性もある。

 周囲の警戒は怠らないようにしないといけない。

 ステータスは全快。武器防具は問題なし、と。

 

「あなたさま」

「はい」

 

 少し震えて末尾が高くなった声。

 リップはやけに真剣な表情をしている。

 潤んだ瞳、赤らんだ頬。右往左往する視線。

 張り詰めた緊張感におのずと俺も背筋が伸びる。

 

 深呼吸の後、意を決したリップは次のように告げた。

 

「わたくしと逢瀬(デート)をしてくださいませ」

「……は?」

 

 ――これが長い長い、一日(デート)の幕開けだった。

 

Open Episode『Desperate』




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<さあ、彼らのデートを始めましょう

ひよ蒟蒻

(U・ω・U)<リアルだと大学二年生

(U・ω・U)<現在は母方の叔母の家に居候中


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Date ②

*デンドロ時間は本初子午線基準と仮定して計算


 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 リップから唐突なデートの誘い。

 予想外の言葉にしばらく思考が停止したが、応じるか否かで考えると選択肢はあってないようなもの。

 そもそも断った場合のリスクが高すぎる。

 何をしでかすか読めない以上、彼女に従いつつ出方を窺うのが最善だった。

 

 鼻歌交じりのリップに続いて庭園を回る。

 歩調は緩やかで、ときおり気まぐれに足を止めるため、注意を払っていないとぶつかりそうになる。

 色彩豊かな草花が植えられた花壇の前にしゃがみ込み、あるいは見事に整えられた生垣を眺める。

 その様は精緻な絵画のよう。やはり静かに口を閉じてさえいれば、惑わされる者が出てくるのもやむなしと納得してしまうくらいに外面は見目がいい。きっとキャラクリエイトに相当な時間を費やしたに違いない。

 

「わたくしの顔に何かついていますか?」

「いや別に。だから頭に葉っぱを乗せるな。今むしったの一応は公共物だぞ」

「こうしたときは優しく手で払うのが紳士の嗜みですわ」

「わざとやられても困るんだが」

 

 こちらの返しが満足いくものではなかったのか、リップは大袈裟にため息をしてみせた。髪についた木の葉を自ら払い、それを一瞥もせず無造作に踏みつける。

 それっきり、直前の会話など無かったかのように彼女は再び歩き出す。

 

「どこか行くアテがあるのか?」

「どうでしょうね。なんとはなしに辺りを散策しておりますけれど。ええ、ええ。もちろんわたくしは一向に構いませんわ。この庭園も定番の場所のようですから」

 

 リップの言う通り、周囲にはカップルの姿がちらほらと見受けられる。

 他にも<マスター>・ティアン問わず人は多い。

 侯爵自慢の庭園であり、一般公開がなされていること。それなりの広さがあって綺麗な花が咲いていること。後は単純にセーブポイントがあるからだろう。

 ちょくちょく奇抜な格好や奇行をする者が視界の端を通り過ぎていくのだが、それはともかく。デスペナ開けの変態だろうか。

 あのカップルたち、よくこんな所でイチャつけるな。

 

「ときにあなたさま。聞き及んだところによると、デートとは往々にして殿方がリードしてくださるのだとか。他の方々を見ても誤りではないようですわ」

 

 やけに持って回ったような言い方をする。つまりあれか。俺がリードするのを待っていたのか?

 だとすると非常にまずい。てっきりあちらが好き勝手に動くものだとばかり考えていたので、俺は基本的に待ちの体勢だった。デート開始から三十分弱、ただリップの後ろを歩いていたダメ男になってしまう。

 

「気が利かなくて悪かったよ。こういうのは慣れてないんだ」

 

 有名なデートスポットをざっと頭に思い浮かべて、その中から遠出の必要がある場所を候補から外していく。

 

 現実の日本時間では早朝だったが、三倍時間のデンドロ内部だとちょうど太陽が真南に昇っている。

 今から出かけるのでは目的地に着いてすぐに日が暮れてしまう。リップの機嫌を損ねる可能性がある以上、そのような失態はよろしくない。

 

 本当は市街地も避けたいところなのだが、その場合は魔境と名高いレジェンダリアの森を彷徨う羽目になる。

 いつ<アクシデントサークル>に巻き込まれるかも分からないし、さすがにデートでダンジョン探索やレベル上げをするわけにもいかないだろう。

 

「参考までにお前の意見も」

「あなたさま。あちらをご覧くださいませ」

 

 俺の言葉を遮って花壇の一角を指差すリップ。そっちが話を振ったんだから聞いてくれと思ったが、文句の言葉は飲み込んで視線を向ける。

 

 誰かが場所を借りて育てているようで、周囲よりも手入れが行き届いた花壇。

 そこには初雪のように白い小さな花が植えられていた。

 この辺りではあまり見かけない星形の花弁。

 ただ、どこか見覚えがあるような気がする。他国に足を運んだときに目にしたのだったか。

 

「綺麗だな。他のと比べても特に」

「そうですわね」

 

 その肯定は意外だった。

 リップは花に興味なんてないと思っていた。花を眺めるのも手持ち無沙汰だからで、そこに感慨を見出すくらいならデスペナの回数を数えるのがリップである。

 少なくとも俺が見てきた彼女はそういうやつだ。

 

「そんなに驚かなくても良いではありませんの。わたくしとて、花を愛でる心くらい持ち合わせております」

「あ、いや、その」

 

 内心を見抜かれ、さりとて嘘を吐くわけにもいかず。

 リップは言葉に窮する俺を流し目に見てから、花の茎に手を添えてつうとなぞる。

 

「ご存知ですか? この花の花言葉は『初恋の思い出』というそうです。特に白いものは『無垢』『平和』という意味もあります」

「へ、へえ。詳しいな」

「以前調べたことがありまして。かつては戦地に赴く者へのお守りとしても親しまれていたのだとか。ふふ、植物一つに凝った設定ですわね」

 

 そうだ、思い出した。

 これはたしか師匠が押し花にして持っていた花だ。

 一度、たまたま師匠のポケットからはみ出ていたのを見た記憶がある。稽古中だったからよそ見をした隙にタコ殴りにされて、気がついたら懐に仕舞われていたが。

 

「ええ、ええ。健気で愛らしい花ですこと。人が戯れに育み、そうして咲き誇った刹那に手折られる徒花。実に儚くも美しい在り方ではありませんか」

 

 ポキリ、と。

 リップは手慰みに摘み取った一輪を俺に差し出す。

 

「これをわたくしと思って受け取ってください……とでも告げたのでしょうか。決して共にはいられないとしても、いずれ枯れる気休めだとしても、気持ちだけはと」

「だとしたら、それは悲しいことだ」

 

 俺は確かなことが分かるわけではないけれど。

 生きて帰ってこれないかもしれない戦場に、大事な人を送り出さなければならないのだとしたら。そして自分はただ待つことしかできないなら。

 俺はきっと運命と自分の無力さを呪うだろう。

 心配させまいと涙を堪えて、それでも結局は我慢できずに泣いてしまうかもしれない。

 

 大事な人の死に目に立ち会えないのは嫌だ。

 目の前で人が死ぬところを見たくない、という心情と矛盾するようだがそうではない。

 要は誰かが傷ついたり不幸になるのが見てられないという性分なのだ。その誰かには俺自身も含まれる。

 立場が逆でも、大事な人を置いて逝きたくはない。

 置いていかれる側の気持ちはよく知っている。

 もちろん大前提として、皆死なずに生きていてほしいわけだが。

 

「わたくしはそうは思いません」

 

 俺が受け取らなかった花をドレスの胸元に差して、リップは俺の発言を否定した。

 

「死の間際、思いが込められた品が手元にあるなら。愛された証を抱いて共に行けるのであれば……それはきっと、幸せなことですわ」

 

 それはリップらしい考え方で。

 いつもなら受け入れがたい意見のはずだが、たとえ話の内容が内容だからか、今回ばかりは納得できないにしても少しだけ理解できるような気がした。

 

「そうそう、この花には致死性の毒があるのです! お守りの風習も、もともとは自決用として兵士に配られたというのが始まりだそうですわ」

「お前が興味を持った理由、絶対にそれだろ」

「きっかけはどうでも、好きな花というのに変わりはありません。順位は二番目ですけれど」

 

 

 ◇

 

 

 これといって次の目的地が思いつかないまま、あてもなく庭園を歩くことしばし。

 

「……」

「……」

 

 お互い植物に特別関心があるわけでもなく。話題はすぐに尽きて、会話が途切れ途切れになってきた。俺とリップは興味の対象が異なるし、沈黙を誤魔化すにしたって、似たような話を何度も繰り返すのは気が引ける。

 こういうとき、自分のコミュニケーション能力不足を痛感させられる。せめて準備の時間があれば……。

 

 どこでもいいからとにかく場所を移すか?

 街を見て回れば名案が浮かぶかもしれない。

 行き当たりばったりかもしれないが、現状よりは百倍マシに思える。

 そもそも無計画なのは最初からだ。次善の策を選択し続けるより道はないだろう。

 

 そう考えて、リップに声をかけようとしたそのとき。

 

「誰かーー!! 助けてくれぇぇーー!!!!」

 

 聞こえてきた悲鳴に俺は足を止めた。

 庭園の奥からだ。合わせて、木々が薙ぎ倒されるような物音と振動が響く。

 

「如何されました、あなたさま?」

 

 数歩先を歩いていたリップは振り返ると、動かない俺に対して不思議そうに首を傾げる。

 

「どうって、今の聞こえただろ」

「さあ……きっと空耳ですわ。そんなことよりもデートの続きを致しましょう」

「絶対に空耳じゃないし、そんなことで済ませられるか。何かトラブルが起きたなら行かないと」

「どうやらお忘れのようですわね。わたくしを一人にしてよろしいのですか?」

 

 たしかにリップを放置することはできない。

 彼女が大人しくしているのはデート中だから。その前提が崩れれば街中でPK騒ぎを起こしてもおかしくない。

 しかし、

 

「安心しろ、って言うのが正しいかは分からないけどな。どうやら騒ぎが向こうから飛び込んで来るみたいだ」

 

 助けを求める声と振動は徐々に近づいてくる。

 おそらく何かから逃げているんだろう。このままだと俺たちも巻き込まれることになる。

 降りかかる火の粉を払うならリップを置いて行く必要はないし、目の前の問題を見過ごさずにいられる。

 

 念のためリップを下がらせて身構えることしばし。

 

 前方の曲がり角から悲鳴の主が姿を見せた。

 

「ひぃぃぃぃ!? とにかく走れ! ついてこれないやつは置いていく! 餌になって時間を稼げ!」

「わお、あいかわらずのクズ発言」

「ま、待つんだ君たちぃ……吾輩を置いてかないで……」

「エクス!? ええい、ここは私に任せて先に行きなさい! 殿(しんがり)は騎士の務めです!」

「バッカ止めろ! どうせ瞬殺されるに決まってる!」

 

 必死の形相で走ってくる四人の男女。

 男一人に女三人。

 助けを呼んでいたのは先頭を行く斥候風の男だろう。

 彼に背負われた少女、息も絶え絶えな魔術師の女子に、それを助けようとする女騎士。

 

 そんな一党を追い立てるのは、自立する植物型のモンスターが一匹。

 トレント……いや、モチーフは樹木というよりウツボカズラだろう。巨大な口から蜜を垂らし、無数の蔦を触手のように蠢かせて彼らを狙っている。

 ただ速度はそれほど速くないようで、彼らの足でも逃げ切れそうではある。

 

「あなたさまが助ける必要はないのではありませんか? あの方たちはそれなりの<マスター>でしょう」

「……いや、放っておけない。モンスターをそのままにもできないし」

 

 念のため兜を装備して駆け出す。

 向こうの面々も俺に気づいたようで、わずかに安堵を浮かべたものの、気を抜いては追いつかれると分かっているから走る足を緩めない。

 男が向けてくる期待と懇願の視線に応えるように、俺は頷きを返した。

 

「……っ! 悪い、助かる!」

 

 そう言って逃げる一党とすれ違い、彼らを庇うようにモンスターの前へと立ち塞がる。

 軽く《看破》で見た限り、飛び抜けて高いステータスがあるわけでもない。スキルも変わったものは持っていないはず。だが、相手の手札を読み切れない以上は慎重に対処するのが得策。

 

 左の手のひらをウツボカズラに向けて照準を合わせる。

 今から使うスキルは予備動作なしでも発動可能なのだが、この方が正確に狙いを定めやすい気がする。

 あとは先人の教えのようなもの。これに関しては教わっていないが、見様見真似というやつだ。

 

『《パージ・パニッシュメント》』

 

 光の柱がモンスターを磔にする。

 相手を行動不能にする【征伐王】の奥義、さらに単体に対象を絞ったアクティブスキル封じ。これで大抵の初見殺しは機能しなくなる。

 とはいえこのスキルも完璧ではない。たとえばパッシブスキルの発動を止めることはできないし、身動きが取れないのも正確には「その場から動けなくなる」だけ。

 尻尾や舌、触手などの部位を持つモンスターには少々効果が薄いわけで。

 

『危ないな』

 

 伸びてきた蔦を振り払い、引きちぎる。

 このウツボカズラは従魔ではなさそうだから、このままとどめを刺した方が良いだろう。

 そう思い、蔦を避けながら近づいて攻撃した途端。

 

 

 

「死ぬかと思った……コホン。しかしあいつめ、吾輩特製ダイナマイト(・・・・・・)ポーション(・・・・・)を飲み込むとは」

 

『は?』

 

 

 

 後ろから聞こえた声に耳を疑う暇もなく。

 

 ウツボカズラの体内から激しい光が放たれ、

 

 

 

『は!? くそっ、リッ……』

 

 

 

 

 

 ――爆風と轟音が全てを掻き消した。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<お久しぶりです

(U・ω・U)<間が空いてしまいましたが、ブランクを取り返すためにも書き進めていきたいと思います

Ψ(▽W▽)Ψ<だからって爆発オチとか恥ずかしくないのかドラ

(U・ω・U)<つ、次はちゃんとデートするから……たぶん(震え)


【リーベシュネーの花】
特定の地域にのみ原生する植物の花。人の手による栽培は困難で、野生の株も少ないため、現在ではほとんど見かけることはない。花弁の色は白が多いが、紫や黄色、桃色なども存在する。
小さく可愛らしい外見とは裏腹に強い毒性を有している。毒には即効性があり、人間範疇生物が摂取すると神経系に作用して苦痛なく死ねるため古くは自決の際に用いられた。
時代を経るにつれて、「これを使わずに無事帰ってきて欲しい」という願いを込めたお守りとして手渡されるようになったとか。
ちなみに、香りと口に含んだときの苦味を誤魔化すことが難しいため暗殺には用いられない。


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Date ③

お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
大変励みになります。


 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 突然起きたモンスターの爆発。

 結論から言ってしまうと、全員無事だった。

 

「うちのバカが本当に申し訳ない! この通り! ……なので後生ですから勘弁してもらえないでしょうかというか俺たち蓄えがそんなになくてですね」

「いえ、大丈夫です。わざとじゃないのは分かるので」

「まじで? あなたが神か?」

「うむ。不幸な事故だったということでお互いに手を打とうではないか」

「それは被害者の台詞なんだよエクスこのバカ!」

 

 パーティのリーダーらしき男が、エクスと呼ばれた女子の頭を掴んで下げさせる。

 彼らは誠意の土下座をしているため、見ようによっては俺が跪かせているように見えなくもない。

 謝罪とかどうでもいいから今すぐ頭を上げてほしい。

 この状況、体よりも心が痛い。居た堪れない。

 

 許す代わりにと言っては何だが、四人組一党から聞いた事の経緯は次のようなものだった。

 

 彼らは冒険者ギルドのクエストを受けて、森に点在する使われなくなったモンスターの巣穴を確認して回っていたらしい。モンスターの分布と生態の調査に役立てるためらしいが、詳しいことは彼らも分かっていないようだ。

 

 使われなくなった巣穴には何も残されていないことがほとんどだが、たまに生え変わった鱗や牙、モンスターが溜め込んだ素材や貴金属類などが落ちている。

 彼らはそうした戦利品が目当てだった。

 

 今回は特別巨大な巣穴を見つけ、変わったアイテムを大量に回収した。中でも彼らの目を引いたのが、見たことのない植物の種子だ。

 興味を持った彼らは種子を持ち帰り、花壇に植えた。

 すぐに芽が出て、みるみるうちに成長し……モンスターが土から根っこを引き抜いて立ったところで「これはまずい」と悟ったという。

 そこまで強いモンスターではなかったが、グロテスクな見た目に戦意喪失した彼らはひたすら逃げ回って俺たちの前に姿を見せた、といった感じらしい。

 

 爆発の原因はエクスが投げた爆薬。

 足止めのために投げたら口の中に入ったそうだ。

 

 幸いにも俺は手持ちに防御系の特典武具があり、彼らとリップは爆発から守り切ることができた。

 俺だけは直撃を食らってしまったのだが、耐久寄りのステータスなのでこれしきで倒れはしない。

 ただ一つ問題があるとするなら。

 

「臭いがきつい」

 

 全身が悪臭に包まれていることだろうか。

 爆風で飛び散ったウツボカズラの粘液を頭から被ってしまったのが運のつき。毒の類こそなかったものの、装備と身体に染み付いてしまった。

 鼻が曲がるどころか腐り落ちそうなレベルで饐えた臭いを撒き散らす今の俺は歩く公害である。

 助けた四人組が一定以上の距離を保ったまま、俺に近づこうとしないのはそのためだ。

 

「お疲れ様でした。ご無事で……とは言えませんけれど。お元気そうで何よりですわ」

「ん、ああ。リップも無事だな」

 

 同じく後ろに下がっていたので、生存を確認をした後はそのままにしていたのだが。

 

「ときにあなたさま。わたくしの言いたいことがお分かりですか?」

 

 瞬く間に距離を詰められた。

 微笑とも嘲笑とも、歓喜とも安楽とも異なる笑み。

 口角はあがってはおらず、開いた瞳孔は静かに燃えて。

 

「え、あー、そんなに近寄ったら臭いが移るぞ」

「慣れていますからご心配には及びませんわ。それに、そのようなことはどうでも良いのです。今はわたくしの問いかけに答えてくださいませ。わたくしが今、どのようなことを、どうして考えているのか。まさか……まるで見当もつかないとは仰いませんわよね?」

 

 正直に分からないと答えられたらどれほど良かったか。

 当然ながらそれが最悪の返答であることは確実なので、どうにか上手い返しを捻り出さないとならない。

 

「ば、爆発から庇ったことを怒っている?」

 

 いや、分かってる。

 普通の神経なら「ふざけているのか」で一蹴されるどころか、人の心が分からないクズ人間のレッテルを貼られる零点の答えだろう。

 しかしリップならあり得るのが恐ろしいところ。

 せっかく俺とまとめて爆破される機会だったのにと残念がるのが彼女の“無理心中”たる所以なのだから。

 

「クフ、フフフフフ……ふざけているんですの?」

「あれ!?」

 

 なんで首を絞められそうになっているんだ。

 というかまずいぞ。元から完璧から程遠かったが、今回のミスで機嫌を損ねられてしまったら。

 

「それも四割ほどありますけれど」

 

 これはセーフ、でいいのか。

 

「ですがハズレですわ。よろしいですかあなたさま」

 

 やっぱりアウトだった。

 首を絞める代わりだろうか、リップは爪を立てて執拗に皮をつねってくる。

 

「デートの途中にわたくしよりも見知らぬ方を優先して、火中に進んで飛び込んでいき、挙げ句の果てに怪我をして悪臭塗れで戻ってくる。そのような殿方の振る舞いに憤るのはそんなにおかしいことでしょうか?」

「それは……その」

「蔑ろにされるわたくしの気持ち、放り出されたわたくしの気持ち、臭う殿方の隣を歩くわたくしの気持ち。どれか一つでもあなたさまは考えたことがありますか?」

「すみませんでした俺が悪かったです」

 

 リップから出たとは思えないほどの正論に容赦なく打ちのめされた俺は頭を下げることしかできない。

 時と場合による、特にこの世界は何が起こるか分からないし、人命第一という俺の信条はあるが。

 リアルの価値観と照らし合わせると、やってることは駄目な男のそれだ。

 

 ……おかしい。俺がリップに常識を説かれている?

 

「申し開きがあるならお聞きしますわ。せめて無傷で済ませることはできたでしょうに、何故このような醜態を?」

「なぜって言われても」

 

 確かに自分の身を守れればベターだった。

 そうしたら四人組もリップも必要以上は気にやまず、悪臭に悩まされることもなかった。

 もちろん手を抜いたわけじゃない。

 俺は相手を舐めてかかれるほどの実力は持っていない。だから常に本気でいようと心掛けているつもりだ。

 

 だったらどうしてと聞かれても答えは出てこない。

 自分では冷静な判断をしたつもりだった。

 だが、振り返ってみると俺の行動は不合理だ。

 だいたいあのとき脳裏によぎったのは、

 

「とにかくお前を守らないとって思って」

「……!」

 

 もしリップが死んだら、四人組のうち誰かが道連れでデスペナルティになっていただろうから。

 

 理由を言う前にリップは俺から離れた。

 口元を手で押さえ、明後日の方向を見て。

 不承不承な態度を取りつつも声音はどこか弾んでいる。

 

「まあいいでしょう。その代わり二度目はありませんわ。よろしいですね?」

「分かった。肝に銘じておく」

 

 気がつけば自然にそう答えていた。

 

 いつもと比べて八割増しでまともな言動とあどけない表情をするリップに影響されたというか。

 最初以降は問題を起こさず、普通に過ごしていたことも関係しているかもしれない。

 この時点で俺の警戒心はだいぶ薄れていた。

 リップが本気だとか、自惚れた考えは持っていないが。

 一応デートなのだから、今日は真摯に付き合うのが礼儀だろうと思うくらいには絆されていたのだ。

 

「じゃあ仕切り直しにしよう。不慣れだけど、そこは目を瞑ってくれるとありがたい」

「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願い致しますわ」

 

 俺は伸ばされたリップの手を取った。

 

 

 ◇

 

 

「なんで俺らこんなの見せられてんの?」

「万年童貞敗北者には目の毒だな」

「どどど童貞ちゃうわ! めっちゃバリバリだし。よりどりみどりだし!」

「なっ、ヘタレそうな顔をしているくせして経験豊富なのですか。やはり男は皆ケダモノ……」

「カヅキは彼女いない歴=年齢よ」

「トルテさぁん!?」

 

 

 ◇

 

 

 四人組と別れ、俺たちは商店街に向かう。

 悪臭を放ったままでは街を歩くにも支障が出るわけで、臭い消しの確保を最優先事項としたからである。

 

『頑固な汚れもドカンと一発。ゴブリンの腰布が純白のシーツに早変わり!』

 

 目的の品はインパクトのあるキャッチコピーと合わせて売られていた。

 プリコットは芸術家が集まるので、絵の具やペンキの汚れを落とす洗剤はどの店にも並んでいる。

 高品質の染料には独特の臭いがするモンスターの糞や樹液が使われていることも多く、汚れ落としが消臭を兼ねるのだ。

 

「高品質の方は少し高いな」

「それでしたら普通のものでよろしいかと。よほどの汚れでない限り効果は十分ですわ」

「使ったことあるのか」

「血を落とす際に少々」

 

 などと話しながら、綺麗まっさらな身になったところで天啓が舞い降りた。

 行く当てがないのなら、この流れでショッピングはどうだろうかと。

 リップの意見を伺うと「良いですわね。見ているだけでも楽しいものだそうですので」と返ってきた。

 伝聞口調なのが気になるが、反対はされなかったので適当に大通りを見て回ることにする。

 

 やはり戦闘職に就く身としては生活雑貨や調度品より、マジックアイテムと武器防具に目が行く。

 自然とその方面に足を伸ばすことになったのだが、誤算が一つあった。

 

「おお、騎士様! 今日は買い物ですかい」

「そんなところです」

「じゃあうちに寄っていってくださいよ! 先日は娘を助けていただきましたからね、お安くしときます!」

 

 このように方々で声をかけられるのだ。

 自慢ではないが、俺はプリコットではかなり有名だ。

 侯爵家に雇われる形でさまざまな問題を、特にHENTAIや非常識な<マスター>を取り押さえているからか、街の人たちとは良好な関係を築けている。

 いつも通りといえばいつも通り。だが、今日は少しばかり事情が異なる。

 

「ささ、参りましょうか。あなたさま」

「腕を組むのはともかく、そんなに寄る必要あるか?」

 

 周囲に見られているようで気恥ずかしい思いと、利き腕が動かせないというわずかな不安を抱えて呼ばれた方へ。

 

「騎士様が女性を連れておられるとは珍しい。それにまた随分と仲睦まじいご様子で。いやはや隅に置けませんな」

「あはは……」

 

 どうやらリップの悪名はティアンにまで浸透していないようだった。

 たびたび話題には上がってるはずなのだが、容姿の情報は語られていなかったのかもしれない。

 

「ありがとうございます。わたくしとしてはもっと果てるほどに、激しく愛していただきたいのですけれど。普段のこの方はつれないので困ってしまいます」

「だから誤解を招く言い方をするなと」

 

 ほらみろ。武具屋の親父さん、どう返したらいいか困ってるじゃないか。

 

「そうだ! 騎士様に是非おすすめしたい品があるんですよ」

 

 強引な話題転換に、親父さんが引っ張り出してきたのは一振りの刀剣。鞘から引き抜かれたのは美しい乱刃が浮かぶ業物だった。

 

「どうです? 天地より伝来せし東方の曲刀(サーベル)! 騎士様がお使いになられると聞いて仕入れまして」

「いい刀ですね。うーん、でも今使ってるのと比べると」

「いやいや! 当代【匠神】の弟子を名乗る人物が打った一振りですよ。これ以上のものがあるもんか!」

「親父さん、それ騙されてません?」

 

 【匠神】は頑固で偏屈な職人肌の人物と噂に聞いた。

 刀を売り物にする弟子を取るとは思えない。

 

「モンスター用は一本で間に合っているんです。なので、すみませんが今回は」

「ふむぅ……残念ですが仕方ありませんな。お連れの方は熱心にご覧になってますね、お気に召されたものがおありで?」

 

 陳列された剣を手に取って眺めていたリップは、ゆっくりと店全体を見回して深々と頷いた。

 

「そうですわね。こちらにある武器はどれも素晴らしい品ですわ。斬り裂き、抉り、砕いて潰す。もしこれらを手にした方と対峙することを想像すると……ええ、ええ! わたくし、震えが止まらなくなってしまいます!」

「そうでしょうとも! うちは一級品しか扱わないんでさ!」

 

 親父さんは喜んでいるが……リップの発言は少しばかり違う意味合いだろう。

 興奮して声が大きくなってるぞ。

 

「ですが、防具に関してはいささか苦言を呈したいところですわ。どれも刃が通らないではありませんの」

「そりゃ、防具ってのは身を守るもんですから」

「それではいけませんわ! 道具は使い手や用途に応じて形を変えるもの。ですから、それぞれに相応しい姿というものが存在するのです」

「……そうか。決闘用の鎧は客が血を楽しむために要所のみを守る。どっかの部族じゃ胸を隠さないことが戦装束の条件となってる。そういう細かい需要に対応していくべきということですか!」

「ご理解いただけて嬉しいですわ。付け加えるなら、衣服は血が付きにくく落ちやすいものが良いかと」

 

 騙されるな親父さん。

 リップはやられやすい装備が欲しいだけだぞ。

 

「いや、いいことを気づかせてもらいました。さすがは騎士様のお知り合いですな。……そうだ! もしよろしければ、店の防具をいくつか試着していただけますか! 忌憚のない意見を聞かせてください!」

「お安い御用ですわ。あなたさまも感想をお願い致しますわね」

「え? あ、うん……これ何?」

 

 親父さんの押しの強さとリップの美学(?)が合わさった結果、なぜかファッションショーが始まった。

 

 

 ◇

 

 

「まずはフルプレート」

「論外ですわ」

「隙間を埋めつつ可動性を残してあって実用的だと思う」

 

 

 ◇

 

 

「次は吸血鬼向けのドレスローブ」

「これは良いですわね。肩口と腕の露出が少し大胆ですけれど、生地と日傘で陽の光を防げるのは助かります」

「この値段は吸血鬼の需要と噛み合わないんじゃないか」

 

 

 ◇

 

 

「それは皇国から流れてきた軍服ですな」

「何と言いますか、わたくしの思い描いていたものとは違いますわね。ですが殿方はこのような……ええと、絶対領域がお好きなのでしたか。どうでしょう?」

「いや人によるだろ。俺は別に」

 

 

 ◇

 

 

「<マスター>が手がけた鎧だったはずです。性能は折り紙付き」

「……これは、その……いくらわたくしでも」

「誰だビキニアーマーなんて持ち込んだやつは!? というかリップも着るなよ!」

 

 

 ◇

 

 

「<マスター>製防具その十三ッ!」

「『マジカルミラクルシューティンスター! 夢見る乙女、プリティー☆ステラ!』……いえ違うのですあなたさま。わたくしの意思ではなく、体と口が勝手に」

「分かってる。間違いなくこの街にいる馬鹿が悪い。もう終わりにしましょう親父さん。こんなの呪いの装備だ」

 

 

 ◇

 

 

 ヒートアップした親父さんをどうにか説得して、俺は変態監修プレイヤーメイド装備の試着に終止符を打った。

 最後の方はリップも死んだ目をしていた。もっと早く止めるべきだったと反省している。

 

 彼女が着替えのために引っ込んだところで、ようやく親父さんは頭が冷えたようだった。

 

「いや面目ない。熱が入るとなかなか抜け出せない性質でして。これだから娘に嫌われるのですなあ」

「娘さんというと、以前三銃士に襲われていた?」

「ええ。あの子は妻に似て綺麗な顔立ちをしてますから。ついつい着飾らせてやりたくなるのです。私なりの愛情表現のつもりなのですがね……娘には迷惑のようで」

 

 たしかに行き過ぎた愛情は相手が困るかもしれない。

 でも親父さんが込めた気持ちは本物だろう。

 ただ伝え方が下手なだけで。

 

「今は無理でも、分かってもらえる日が来ますよ」

「ははは。それまでは客に相手をしてもらいましょう。今日は客足が途切れませんから退屈せずに済みます」

「そういえば普段より人が多いですね」

 

 通りを歩いているときにも感じたことだ。

 やけに道が混雑しているというか、街全体に人が溢れている印象だ。

 見慣れない顔が多いから街の外から来たのは間違いないだろうが。

 

「何かイベントがありましたっけ」

「私はてっきり<マスター>の皆さんで催しがあるのかと思っていました」

「そんな話は聞いてないですね。また変態たちが何か企んでるのか?」

 

 いつもなら調査するところだが、今日ばかりは不確定どころか疑念でしかない情報で動くのは難しい。

 リップに付き合うと自分で決めたばかりだし、彼女から二度目はないと言われてしまっている。

 

 念のため侯爵と、LSさんのクランメンバーが何人か街にいたはずだから伝えておこう。

 LSさん本人は多忙で来れないだろうが、彼らなら秩序寄りの変態を集めて警戒にあたってくれるはず。

 ……ここで思いつく一定以上の戦力になる<マスター>が変態ばかりであるところがレジェンダリアのレジェンダリアたる所以だ。

 

「お待たせ致しました」

 

 俺が親父さんに伝言を頼み終えるのと、リップが試着装備入りのアイテムボックスを手にして出てきたのはほとんど同時だった。

 

「お詫びといってはなんですが、気に入られた品があれば差し上げますよ」

 

 親父さんの提案にリップは少し考え込む。

 

「あなたさまはどれが一番良かったと思いますか?」

「俺? そうだな……」

 

 後半の装備は酷すぎて見ていられなかったが。

 最初の方に選んだ衣装のいくつかは素人目に見ても優れたデザインで、リップの雰囲気に合っていた。

 着たときの反応からしてリップも気に入ったのだろう。

 

 ただ、どれか一つ選ぶとしたら。

 

「俺は今着てるそれが良いと思うよ」

 

 薔薇の意匠が象られた、夜闇より暗い漆黒のゴシック&ロリータドレス。

 リップが普段から身に纏っている装備を指差す。

 

「一番しっくりくるというか、お前の雰囲気に合ってる。見慣れてるだけかもしれないけど」

「だそうです。わたくしもこの服が気に入っていますから謹んでお断り致しますわ」

「でしたら私が無理強いはできませんなあ」

 

 そう言って朗らかに笑う親父さんに見送られて、俺たちは店を後にした。

 

「あなたさま、どうか先ほどのお言葉をもう一度仰ってくださいな。『この服を着たわたくしが一番だ』と」

「言ってない言ってない」

「では『わたくしが一番だ』と」

「だから言ってない!」

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<試験的に特殊タグを使用してみました

(U・ω・U)<今後使うかは考え中


<魔導幼女プリティー☆ステラ>

(U・ω・U)<プリコットを拠点とする変態たちにより作成された女児向けアニメーション作品

(U・ω・U)<上映会のみならず、有志が各種グッズを生産・販売している

(U・ω・U)<大きいお友だちも大満足のクオリティ

(U・ω・U)<主人公のキャラデザは侯爵家の孫娘を参考にしているともっぱらの噂


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D()ate ④

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 気の向くままに二人で街を歩くことしばし。

 メインの大通りに並ぶ武具屋や雑貨店といった店舗だけでなく、行商人や占い師の露店、はたまた画家や大道芸の路上パフォーマンスなどを見て回っていたら、時間は飛ぶように過ぎ去っていった。

 

「道が混雑してきたな……リップ?」

 

 返事が無いので振り返ると、リップは人の流れに押されて思うように進めていない。

 小柄だから人混みに遮られて前が見えないのだろう。ステータスはそれなりなのであらぬ方向に流されたりはしていないようだが、はぐれる前に助けた方が良さそうだ。

 

「失礼……すみません通してください……っと」

 

 流れをかき分けていくと、リップから手を握ってきたのでこちらに引き寄せる。

 

「気づかなくて悪い。大丈夫だったか」

「これが大丈夫に見えまして? 押されて踏まれて散々ですわ」

 

 リップは気疲れした様子で髪や服を整えている。

 やはり人の波が落ち着くのを待つ方が良いな。

 静かで人が少ない、休憩できそうな場所がいい。

 幸い一箇所だけ心当たりがある。

 

「リップは甘いもの食べれる人?」

「人並みに、といったところでしょうか。あまり口にする機会はありませんけれど」

「じゃあついてきてくれ。しばらく避難しよう」

「え、あっ……」

 

 また同じことを繰り返しても困るので手を繋いだまま、リップを連れてきたのは知り合いが営む洋菓子店だ。

 極彩色で風変わりな建築ばかりのプリコットでは逆に珍しい、クリーム色の外装を持つ普通の店構え。

 店内の雰囲気は落ち着いたカフェに近い。漆喰の壁(もちろん喋らない)に木目を活かした床(踏んでも叫んだりしない)、センスの良いインテリア(歌ったり踊ったりしない)。つまりレジェンダリア風の奇抜さは徹底的に取り除かれている。

 

 <マスター>・ティアン問わず有名な知る人ぞ知る店だが、この時間帯ならピークは過ぎていて、かつ酒場や食事処の営業が本格化する頃合いなので客は少ないだろうという予想は当たっていた。

 俺たちの他に客は一名しかおらず、店主の計らいにより奥まった席を確保することができた。

 

「ふぅ。落ち着きました」

「それは良かった。で、もう手は離して問題ないと思うんだが」

 

 手と手は触れ合ったままだ。しかも、いつの間にか指と指が絡み合っていて密着度合いが増していた。

 普段触られるときはひんやりと冷たいのに、今はどうしてか指先が熱い。

 

「あら、あなたさまがいけないのですよ」

「理由になってないぞ。ほら早く。これだと座れない」

「隣り合わせになればよろしいのでは?」

「席二つ占領する気か」

 

 結局押し切られた。

 客は少ないから、まあ良しとする。

 

 注文を取りに来た店員が下がると二人きりになった。

 

「そうそう、先程のあれをご覧になりましたか?」

「見てたよ。ありきたりな手品だと思ったけど、あの剣は本物だったからな。どういうトリックなんだろう」

「実に摩訶不思議と言いましょうか。わたくしの予想では箱に仕掛けがあると見ました。次はアシスタントに立候補してみてもいいですわね。手妻のタネを暴くも一興、失敗して串刺しになってもまた良し……善は急げです。あなたさま、参りましょう!」

「待て。一回やった演目はもうやらないだろ」

 

 最初は気がかりだった会話も探せば話題は見つかるもの。お互いに楽しむことが大事なのであって、意味のある会話をしようだとか気負う必要はなかったのだ。

 気持ちが楽になったのは、リップは話したいことがあれば話す性格と分かったことが大きい。会話を繋ごうとするのではなくて、その瞬間に興味を持った事柄について口にする。たぶん一人で喋ることに慣れているのだろう。俺が反応すると数倍になって返ってくるので、沈黙を好むタイプというわけではなさそうだが。

 

「お待たせしましたー。こちらガトーショコラとモンブランですー」

 

 話しているうちに、興味津々といった様子の店主自らが注文したものを運んできた。

 俺とリップの前にケーキとポットを置いた彼女は自身も空いている向かいの席に腰かける。

 

「それでー。その人とはどういうご関係なんですかー?」

「……仕事に戻ってくれないかパルフェ。今は相手をする余裕がない」

「でもー、お店ガラガラですしー。話し相手になってくださいよー。暇なんですよー」

 

 のんびりと間延びした口調で紅茶を注いでいるが、徐々に高まる緊迫感に気がついていないのだろうか。

 爪痕が残るんじゃないかという圧から意識を逸らしつつ、手を振りほどこうとするがびくともしない。

 

「リップ、紹介する。彼女はパルフェ・シュクル。プリコット侯爵お気に入りの【菓子職人】だ」

 

 失態をなしくずし的に挽回するために思考を巡らせるが有効な手段は浮かばない。

 対するリップはというと、表面上は何ら変わらず、むしろ一層穏やかにも見える態度で会釈を返す。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくしR・I・Pと申します」

「はいー。よろしくお願いしますー。それと、さっき注文を取りに来たのはコーくんですー」

「コーくん……?」

「無口な男性がいただろ。あれが店員兼用心棒のカクタスだ。二人とも侯爵家の仕事で付き合いのある<マスター>だよ」

「私とコーくんはリアルだと幼なじみなんですよー。だから一緒にデンドロをしてもらってるんですー」

「まあ。そうなんですのね」

 

 途端に張り詰めていた空気と俺の手にかかる力が緩む。

 パルフェのリテラシーの可否はともかく、今回はそれに救われたか。

 どっと噴き出した汗を拭ってため息を吐く。

 まったく心臓に悪い、と深呼吸をしたところで。

 

「あ、そうでしたー。コーくんがひよ蒟蒻さん宛の預かり物をしてたんですよー。ステラちゃん(・・・・・・)からお花ですー。見てください、きれいな赤い薔薇の花(・・・・・・)ですねー」

 

 最大級の爆弾が投げ込まれた。

 

 

 ◇

 

 

 意図せず劇薬を投下したパルフェは大量の注文を受けて厨房に引っ込み、後には俺とリップが残された。

 リップはこれといった反応を見せず、繋いだ手はそのままの力で固定されている。

 

「……」

「……」

 

 食器の音だけが鳴り響く。

 普段ならこんもりとした小山に舌鼓を打つところだが、今日は甘味がほとんど感じられない。

 緊張感を誤魔化すために紅茶を啜っていると、ガシャンと何かが倒れる音がした。

 

「……あ」

 

 横になったカップと飛び散る紅茶。

 ほぼ熱湯と同じそれをかぶったというのに、リップの反応は薄い。

 

「お、おい。大丈夫か」

「ご心配には及びませんわ。ああ、片付けをしなくてはいけませんわね」

「いやそうじゃなくて、火傷とか」

「おかしなことを仰いますのね。ここはゲームの中、何の問題もありませんわ」

「けどお前、痛覚ONにしてるだろ」

「ですから慣れています。この程度、これまでと比べればどうとも。あなたさまもそれはご存知のはずですわ。身を焦がす痛みも、息が詰まるような苦しみも、わたくしは経験してきましたので」

 

 平然とハンカチを当て、何でもないことのように受け答えをするリップは俺がよく知る彼女ではあったが、この数時間で見慣れた少女とは少し趣が異なっていた。

 

 ひどく本能的な直感だ。

 この違いを見逃したらいけない。

 ここで思考を停止して『そういうもの』だと受け入れてしまったら……取り返しのつかないことになってしまうような気がした。

 

「なあリッ「ときにあなたさま、先ほどのお話についてなのですが。例の『ステラちゃん』のことをお伺いしてもよろしいですか?」

「いや、今はそれよりも」

「せっかくのデートですもの。わたくしのお願いを聞いていただけますね? さあ、さあ」

 

 リップは体を乗り出して詰め寄り、俺の言葉に自身の言葉を重ねて黙らせる。

 有無を言わさず、あるいは問答無用の彼女の姿勢を和らげるにはこちらが先に語る他ないようだった。

 

「……大したことじゃない。前にステラ……プリコット侯爵の孫娘を人攫いから助けたことがあって、その縁でたまに護衛の仕事を受けてるんだ。まだ子どもだから護衛って言っても遊びに付き合うくらいだけど」

 

 ステラは俺のことをヒーローか何かだと勘違いしているようで、悪漢から自分を助けてくれた騎士という筋書きをたいそうお気に召しているらしい。

 だがそれは憧れや尊敬、親愛の感情だ。

 経験の少ない幼少期には感情を錯覚することがあるというが、もしその傾向があるならプリコット侯爵が俺を近づけはしないだろう。あの領主は老獪でも孫バカなのだ。

 

「それで?」

「ステラは花屋の真似事をするのが好きで、だから今回も深い意味はないんだよ。だいたい貴族のご令嬢といっても十歳だぞ」

 

 リアルだと小学四年生。犯罪だよ。

 

「年下好きではありませんの?」

「ロリコンと一緒にするな」

「……本当に?」

「断じて違う」

 

 この国は秩序側の<超級>にも変態が多いせいか、信憑性が薄れてしまうのが実に度し難い。

 どうして<YLNT倶楽部>から勧誘が来たのか未だに納得がいっていないからな。いや、オーナーもメンバーもみんな良い人なんだけど。

 

「そうだ、リップも見たことはあるはずだよ。お前と初めて会ったとき隣にいた子がステラだ」

「……さあ? 忘れてしまいましたわ」

 

 俺にとってはかなり衝撃的な出会いだったが、リップにはそうでもなかったのだろうか。

 とにかく、一瞬考え込んだことでリップの追求が止まった。今ならリップの違和感を突き止めることができるかもしれない。

 

「リップ、お前は――」

 

 何を言うかも決めておらず、ただ何かを伝えなければいけないことだけは理解していた。

 

 しかし、それは叶わない。

 

「ここに居られましたか! 【征伐王】様!」

 

 勢い良く扉を開けて、一人の騎士が声を上げたからだ。

 息も絶え絶えに店内へ転がり込んだ彼の顔には見覚えがあった。たしか侯爵家に仕える騎士団の一員のはず。

 

「どうしました? いったい何が」

「は、早く! 早く来て下さい!」

「落ち着いてくださいねー。はいどうぞ、お水ですー」

 

 パルフェが差し出した水を呷った騎士は、荒い息を吐きながら急報を告げる。

 

「街中にモンスターが多数出現! 破壊活動を止めるため、現在騎士団と有志の<マスター>で対処に当たっていますが……」

「なッ」

 

 最悪のタイミングで起こったトラブルに悪態を吐きたくなる気持ちを抑え、俺は元凶を推測する。

 リップではない、となると一番可能性が高いのは……手口は三銃士のあいつに近いがどうにもそぐわない。さては新種の変態か?

 

 しかし、事前に警戒していたから動けてはいるようだ。

 <マスター>は人数が少ないが一騎当千。騎士団はティアンなので無理はできないがマンパワーと組織力がある。

 まずは専守防衛で被害を抑えることができれば。

 そんな甘い考えは、

 

「敵は亜竜級のゴブリン三百匹、うち数匹は純竜級に届くと推定! 我々では太刀打ちできず、<マスター>方も後手に回っていますッ!」

 

 ――続く騎士の絶望に掻き消されたのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■数時間前

 

 プリコットの冒険者ギルドは他の主要施設と並んで街の中心部に位置している。

 他の街にあるギルドと同様に、建物はギルドとしての機能を担う施設と冒険者が集まる酒場が併設されており、今日も大勢の冒険者が訪れる。

 稼いだ金で酒を酌み交わす冒険者を尻目に、ギルドの職員はそれぞれが己に割り振られた仕事をこなしていく。

 

 そんな中、受付カウンターを丸々一つ占領して作業に没頭する職員がいた。

 雑多に積み上げられたガラクタを詳細に検分して、手元の紙に何やら書き込んでいる。

 

「おーい、そんなに根を詰めると疲れるよ」

「ごめんなさい。でもあと少しなので」

 

 隣の職員が見かねて声をかけるも、忙しなく動く両手は止まることがない。

 

「さっきの冒険者四人組が持ち込んだやつ?」

「はい。すべて<魔女の森>の生態系調査で見つかった物品です。クエストの納品物扱いなので、鑑定した後に買い取りですね」

「ギルドが出した依頼だからね。普通に素材として売られたら困るし。モンスターの調査なんて<マスター>に任せればいいと私は思うけど」

「地道な調査でないと気づかないことだってありますよ」

 

 たとえば、と職員はアイテムボックスから数枚の写真を取り出した。

 

「モンスターの巣穴を探索中に撮影されたものです。これを見れば、この洞窟にゴブリンが住み着いていたことがわかりますね。およそ五十匹程度の群れでしょうか。一目瞭然です」

「え、わからないよ……? あなた、研究者の適正でもあったっけ……?」

 

 首を傾げる同僚を無視して、職員は写真を指差す。

 

「ですが、不思議な点があるんです。ところどころに何かを隠したような痕跡があります。この辺りとか壁の色が変ですよね」

「ん、んー……言われてみればそんな気も?」

「非常に巧妙な偽装ですが、私の目は誤魔化せません」

「いやいや、気のせいじゃない? ゴブリンが何を隠そうとするっていうのよ」

「……ではこの件は一旦置いておきましょう」

 

 職員はさらに複数のアイテムを取り出す。

 

「見てください。洞窟で発見された品の一部です」

「特におかしなところはないように思うけど」

質が良すぎる(・・・・・・)とは思いませんか?」

「それは、たしかに……でもほら。ゴブリンって冒険者の遺品を奪ったりするじゃない。剣とか鎧とか」

「こんなガラクタを冒険者は持ち歩かないでしょう」

 

 職員が掲げたのは武器ですらない料理用のナイフ、明らかに人が座るには小さな木製の椅子、水瓶や皿などの焼き物、小鬼を象った人形など。

 いずれも職人顔負けの出来栄えであり、西方三国の技術の粋にも届かんとする作り手の能力が見て取れる。

 

「たしかに、ゴブリンは知能を有するモンスターです。武器を扱い、魔法を操り、鍛冶だってこなします。ですが人間の真似事にも限度があります。せいぜいが戦闘技術と原始的な生活を営む程度……そのはずでした。しかしこれらの証拠からは文明の萌芽が見て取れます」

「飛躍しすぎじゃないかな……あ、ほら。<魔女の森>には大昔から生きてる魔女が住むっていうよ。その魔女が作った道具をゴブリンが盗んだとか」

「そうですね。それは十分に考えられます」

「ほら! だからゴブリン討伐の依頼を出しておけば大丈夫だよ。五十匹は多いけど、冒険者なら平気だって」

 

 楽観的だが決して現実離れはしていない考えを述べる同僚に、職員はきょとんとして。

 

「いえ。誰も五十匹だけだなんて言ってませんよ?」

 

 同僚の誤りを否定した。

 

「え? だって、五十匹って言ったよね」

「それはこの洞窟にいた群れの数です。彼らが調査した巣穴はまだありますし、似たような調査報告は何十件と受けています。何度も討伐依頼が出されてはいるようですが……確実に逃げられていますね。さすがに成長速度を考えると出産では追いつかないでしょうから、同じ群れが巣穴を点々としていると考えて間違いないかと。おそらく少数を囮に残してカモフラージュしていると思います」

「ものすごい早口で喋るね……?」

 

 一呼吸置いた後、職員は地図を取り出して広げた。

 

「ここが<魔女の森>、そしてこことここ、あとは……」

「それギルドの備品なんだけど……もう遅いや」

 

 指差した箇所に赤い丸を描いていく職員。

 加えてそれぞれに洞窟や遺跡の内部の写真を添える。

 

「先ほど説明しましたが、これが偽装の痕跡です。個別に見ると気づきにくいですが、隠蔽された箇所を互いに線で繋ぐと……気がつきませんか?」

「……あっ!」

 

 同僚は棚を漁って一枚の地図を取り出す。

 それは職員が丸をつけたものとは少し異なり、街や地名ではなく、土地を流れる水源を記したもの。

 

「地下水路!」

「そうです。もうお分かりですね? ゴブリンは天然の交通網を用いて個々の群れと交流していた。いえ、あるいは初めから一つの巨大な群れだったのかもしれません。群れすべてが暮らせる住処がないから各地に散らばっていたと考えても不自然ではないでしょう」

 

 そう言いまとめると職員は再び鑑定作業に向き直る。

 次々と新しい情報が明らかになるような錯覚に同僚は楽しさを感じていたが、いつまで待っても続きが始まらないのでしびれを切らして尋ねた。

 

「……え、終わり?」

「はい。だってこれ、想像でしかありませんから。良い息抜きになったでしょう」

「そうだけどぉ〜」

 

 拍子抜けした同僚はずるずると椅子からずり落ちる。

 

「でも可能性はあるよね? 上に報告したら?」

「取り合ってもらえませんよ。どうせ、戦うのは私たちではなくて冒険者の皆さんです」

 

 職員は無機質な瞳を同僚に向ける。

 

 同僚は気がついていないようだが、職員の憶測には説明されていない部分がある。

 それは『どのようにして技術革新がもたらされたか』であり、発展によって規模が大きくなった群れを『誰がまとめるのか』という問題だった。

 

 とはいえ、それは職員が語ることではない。

 職員の視界に映るホログラム(・・・・・)にもそこまでの情報を与えるべきだとは記されていない。

 基本的に単純な思考しか許されない職員(ソレ)は送られてくる指示に従うだけだ。

 

「……マスターの筋書きを崩すわけにはいきません」

 

 職員――創造主に『Toter M-Spionage-44910』と刻印されたソレは、同僚に聞かれないよう小さく呟いた。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<プロット構成難しい&頭使うよりノリと勢いで書きたい

(U・ω・U)<あと、本エピソード全話にサブタイトルをつけるか考え中だったりする


リップ

(U・ω・U)<序盤に会話が弾まなかったのは雰囲気を楽しんでいたのが六割、困るひよを見て愉しんでいたのが三割

Ψ(▽W▽)Ψ<残り一割は?

(U・ω・U)<緊張(無自覚)


赤い薔薇

Ψ(▽W▽)Ψ<パルフェは悪くないけどタイミングが悪い

(U・ω・U)<それもあるんだけど、何よりも『薔薇』というのがマズかった

(U・ω・U)<これで送った側は日頃の感謝100%、他意は無いのだから恐ろしい

Ψ(▽W▽)Ψ<将来は小悪魔ドラ


職員

(U・ω・U)<有能

(U・ω・U)<でも非人間

Ψ(▽W▽)Ψ<あんにゃろう遊び心出してんじゃねえ


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Desperate ⑤

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

「お願いします【征伐王】様! どうか、ゴブリンから街を守ってください!」

 

 必死の形相で騎士は懇願する。

 本来ならば街を防衛するのは彼らの責務。

 恥も外聞も投げ捨てて俺に救いを求めるのは、無辜の民が危険に晒されている状況で自分たちの力不足を痛感しているから。

 

 その気持ちは俺にもよく分かる。

 だから彼らを助けたい。

 幸い、それを成し得る力が今の俺にはある。

 

「――あなたさま」

 

 だが、底冷えするような声が俺の足を縫い留める。

 しがらみは言葉だけではない。

 絡み合った指はいつの間にかほどけて、手首をへし折られてしまいそうなほどの握力で掴まれていた。

 リップは力づくで、無理矢理に、腰を浮かせた俺を椅子に引き戻す。

 

「どこへ行かれるおつもりですか」

「……手を放してくれ」

 

 彼女を刺激しないよう俺は静かに語りかけるが。

 

「どこへ、行くのかと、聞いているのですが?」

 

 ぐるりと俺を見上げた双眸の紅は陰鬱な闇が差してどす黒く濁り切っていた。

 屍蝋の如き肌は蒼白となり、頭を跳ね上げた勢いで濡羽色の髪が頬に張り付いている。

 悪鬼死霊を思わせる気迫に押されてわずかに身を引いた俺に、彼女は容赦なくのしかかってくる。

 

「わたくし言いましたわよね? 二度目はないと。あなたさまも『わかった』と仰ったではありませんか。それを、それなのに……今日は、今この時だけは、わたくしを優先してくださるのではないのですか? あれはその場限りの虚言だったのですか?」

「違うんだ。嘘じゃない。あれは本気だった」

「ええ、ええ。そうですわよね。嘘ではありませんわよね。あなたさまがわたくしを置いていけるはずありませんわ。だって目を離した隙にわたくしが何をするかわかりませんものね。だから、これは意地の悪い冗談なのでしょう? わたくしをからかっているのですよね? あんなNPCの言葉よりも、わたくしと一緒にいることを選んでくださいますよね?」

 

 溢れる懇願が棘になって突き刺さる。

 憤懣、悲哀、嫉妬、憎悪、羨望……複雑に入り混じる感情が呪詛のように俺を蝕んでいく。

 

 こうなると予想はできていた。

 リップを蔑ろにする代償は大きい。それこそ第二の火種に油と爆薬を投げ入れるような愚行だ。

 俺は彼女を裏切ろうとしているのだから、怒りを買って当然ではある。なにせ全面的に悪いのはこちらだ。

 

 もちろん口約束とはいえ軽率に決めたわけじゃない。

 だが、先ほどまでと今では状況が異なる。

 一<マスター>の暴走程度ならまだどうにかなるだろうが、数百単位で亜竜級のモンスターが街を襲っているとなると俺が出る必要があろう。

 リップを満足させるためだけに、大勢の命を危険に晒すことは俺にはできない。

 

 問題は、リップの暴走がさらなる騒動を招くこと。

 街の人たちを守るために別の事件を引き起こす、なんて救いようのない結末になっては意味がない。

 そうならないためにも、俺はリップを説得したいのだが。

 

「どうして……黙るのですか」

 

 悪いのは俺だと理解していて、それでもお互いが言い分を通そうとするのなら。

 どんな言葉なら彼女に届くのか、と考えたとき。

 俺の中に答えはなかった。

 

 たとえば、モンスターの討伐にリップを連れて行く提案をしたとして。

 なぜ自分がそんなことをしないといけないのかと彼女は問うだろう。今の様子を見るに最後のトリガーを引いてしまう可能性だって十分にある。

 この提案がリップより街の人々を優先していることは隠しようのない事実なのだから。

 

 何を述べてもリップにとっては正しさなんて欠片も存在しない。形のない刃が彼女を傷つけるだけ。

 最早これはただの傲慢。何を言おうと、何を言わまいと、それは俺のエゴにしかならない。

 

「あなたさまがそのおつもりなら、こちらにも考えがあります」

 

 馬乗りになったリップに両手を押さえつけられた。

 そのまま体重をかけるようにしなだれかかり、俺の動きを封じようとする。

 吐息が吹きかかる距離まで顔を近づけた彼女は耳元で蠱惑的に囁いた。

 

「あなたさまの代わりに、この街にいる皆々様にお相手していただくと致しましょう」

 

「わたくしの昂りが収まるまで、彼らが精も根も尽き果てるまで、情熱的に(あい)し合いましょう」

 

「斬られて刻まれて剥がされて削がれて断たれて千切られて突かれて刺されて穿たれて抉られて刳り抜かれて打たれて折られて潰されて縊られて締められて射られて撃たれて焦がされて沈められて埋められて裂かれて砕かれて呪われて溶かされて……わたくしが朽ち果て、蕩けて終わるその時まで」

 

「あなたさまにとっては到底認められないでしょうね? ですから、よくよくお考えくださいませ」

 

 これが最後通告ということか。

 ……しかし。

 

「悪いが言うことは聞けない」

 

 俺はリップを振り払う。

 拘束から抜け出されたことに彼女は驚いているようだが、そんなに不思議なことではない。

 STRは俺の方が圧倒的に高いのだ。

 本気になればリップ一人くらい余裕で引きはがせる。

 

「たしかにお前のPKは見逃せない」

 

 標的にされた人はまともにデンドロをプレイできないし、傷ついたりトラウマになる可能性だってある。

 加えてリップは遊戯派寄りの立場でティアンを巻き込むことに無頓着だ。積極的に狙うことはないようだが、わざわざ特別に配慮したりはしない。

 俺のせいで無関係な人たちが襲われるのはいくらなんでも筋が通らないだろう。

 

「だけど、今の状況だとそれは駆け引きとして成立しないんだよ。どっちを選択しても誰かが苦しむ」

 

 仮にリップの言う通りにした場合を考えよう。

 リップによる無差別PKは起こらないが、現在プリコットを襲うゴブリンの群れを俺は止めることができない。

 無論、最終的に騒ぎは鎮圧されるだろう。<マスター>がいて防衛戦力が全滅することは考えにくい。

 プリコットは霊脈の上に建つ要地だから、本当にどうにもならなくなったら国家所属の<超級>か【妖精女王】が出張ってくるはずだ。

 だが、そこまでに多くの被害が生じる。街は壊れても直せばいいが、人の命は元に戻らない。

 

 ティアンは生き返らない以上、<マスター>よりも命が重い……という考え方はしたくないが。

 俺にとって両者に貴賎はない。たとえ仮初の命だろうが命は命だ。

 ただし取り返しがつくか、つかないかの差異はある。

 

「それなら俺は街の人たちを助けに行く」

 

 誰かが傷つくところを見たくない。

 誰にも傷ついてほしくない。

 それだけでいいのに、それはとても難しいこと。

 

 今だってあれこれ考えながら、俺は命を天秤にかける。

 力を得ても、手が届く範囲には限りがある。

 優先順位が低い方を切り捨てて。

 

 呆然とへたり込むリップが、それでもすがりつくように伸ばした手を、俺は取らなかった。

 

「いや……いやです。なんで……どうして……」

「デートを途中で放り出すことは悪いと思ってる」

「ッ……なら! それなら……」

 

 リップはよろよろと立ち上がる。

 こちらを見据えているかも定かではない。

 おぼつかない足取りで、俺に掴み掛かろうとしたのだろうか。食ってかかろうとしたのだろうか。

 

 ――直後、彼女の姿はかき消えた。

 

 同時に発生したエフェクトはデスペナルティ時に見られる光の塵ではない。

 ログアウト時に発生する見慣れた現象だった。

 

「今のは自害コマンド、じゃないな」

 

 アイテムがドロップしていないし、自害システムを使用した場合でも死亡時と同様に光の塵になるはず。

 となると強制的にログアウトさせられたのか。

 通信回線の不調か……現実でハードを外された?

 

 どうあれ、ここで考えても仕方ない。

 先にやらなければいけないことがある。

 

「ゴブリンがいる場所に案内して下さい」

「……よろしいのですか?」

 

 騎士は戸惑った様子で尋ねたが、

 

「いえ、失礼しました。こちらです」

 

 敬礼して扉に向かう。

 俺はパルフェに二人分の代金を支払ってから、騎士の後を追って店を出た。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・市街地

 

 プリコットの街は戦火にさらされていた。

 突如として現れたゴブリンの群れは人を襲い、街を焼き、略奪の限りを尽くして蛮行に酔う。

 

 無論、人間側が抵抗していないわけではない。

 プリコット侯爵自らが指揮を取り、騎士団は避難誘導と怪我人の治療を最優先に奔走する。

 東西南北に道が繋がる広場にて、西を除いた三方向に防衛線を構築するのは十数名の<マスター>。市内を警戒していたため異変をいち早く察知した者たちだ。

 しかし……戦況は劣勢だった。

 

「一匹抜かれた! そっちに行くぞ!」

「数が多い……どこから湧いてくるんだ!?」

 

 ゆうに百を超えるゴブリンが徒党を組んで襲い来る。

 防衛戦力との数の差は圧倒的。

 そも、街の中にこれだけのモンスターが入り込んでいることがおかしいと数人の<マスター>は思うが、意識を思考に割いている暇はない。

 

「【メイジ】の火球来るぞ! 死ぬ気で防げ! 建物に飛び火させるな!」

「バラバラの方向から攻めてくるのがタチ悪いな! しかもこいつらただのゴブリンじゃない。さっきから奇襲やら撹乱やら、ゲリラみたいな真似しやがって!」

 

 ただ数に任せた力押しをしてくるなら簡単だった。

 密集したところを魔法で殲滅すれば良い。

 それができないのは、ゴブリンの行動が巧妙に組み立てられているから。

 

 建物や物陰を利用した潜伏と不意打ち。

 時間差に波状攻撃、放火に煙幕、毒物まで。

 手段は選ばず、徹底したヒットアンドアウェイ。

 それは、知恵で力を補う弱者の戦い方。

 人間よりも人間らしい戦法であり。

 

「やば……ぎゃあっ!?」

「しまった後衛!? 被害は!」

「一人やられた! ボスクラスのゴブがいるぞ! ちらっと見えたが多分【アサッシン】、また離脱された! 警戒を怠るな!」

「南の防衛線に【チャンピオン】出現! バリケードが保たない!」

 

 個々のゴブリンは通常種より強化されており、ステータスだけで見れば亜竜級に到達する。

 さらに数匹の個体はボスモンスターに匹敵する能力を有していることが確認されていた。

 推定で純竜級に届くかという強さのゴブリンが<マスター>を一人、また一人と確実に葬り去っていく。

 

「耐えろ! とにかく耐えるんだ! 最低でも……避難が完了するまで、ここは絶対に死守しろ!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図にて、全体をまとめる<マスター>は大声で仲間を鼓舞する。

 自身は枯渇寸前のSPをポーションで誤魔化して、即席のバリケードにしがみつくゴブリンをまとめてポリゴンに変えていく。

 何度槍を振るったか、何匹ゴブリンを倒したかも曖昧になってきたとき。

 

「うっ……グスッ……おかあさん、どこ……?」

 

 バリケードの向こう側を歩く、幼い子どもの姿を目に留めた。

 

「なっ、君! 危ないぞ! こっちに来なさい!」

「でも、おかあさんが」

「きっとお母さんはこの奥にいる。ほらおいで? 怖いゴブリンに襲われてしまうよ」

「……うん」

 

 <マスター>はバリケードを飛び越え、子どもを抱えたまま再び内側へと戻る。

 震える子どもを地面に下ろし、安心させるようにゆっくりと頭を撫でた。

 

「よし、もう大丈夫だ! よく頑張ったね。後はこの先を真っ直ぐ行くと避難所がある。侯爵邸は分かるかな? お母さんはそこにいるはずだ」

「うん! ありがとう!」

 

 子どもは笑顔で答えた。

 

「じゃあね! バイバイ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――間抜けな<マスター>さん』

 

 頭部を叩き潰された<マスター>は、何が起こったのか理解できないままデスペナルティになった。

 ドロップした槍を手にした子どもは……否、子どもだったものは肉体を操作して元来の姿へと変貌する。

 他のゴブリンよりも一回り大きな、王冠を被った鬼は《人化の術》を解いてゴキリと首を鳴らした。

 

『GYAAA!』

「ぐっ」

「うわぁ!」

 

 まず手始めに、バリケード内の<マスター>の首を二つばかり刈り取った。

 

「こいつは……【ゴブリン・キング】!?」

「バリケードに侵入された! 手が空いてるやつはこっちに来てくれ!」

「どこもそれどころじゃねえんだよ! 手が足りん!」

 

 指揮系統を潰されたこと。

 防衛線に侵入を許したこと。

 二つのアクシデントにより、<マスター>間の連携が崩れたことを悟った【ゴブリン・キング】は自らが侵入した東側のバリケードを破壊して、高らかに咆哮する。

 

『GYAAAAAAAAAAAA!』

『『『GYaaaaaaaaaaaa!!』』』

 

 呼応するは鬨の声。

 王の号令により勢いを増したゴブリンは全ての防衛線を乗り越えて、さらに西へ、街を蹂躙せんと進撃する。

 

 残る<マスター>は散発的に抵抗するが、数に勝るゴブリンに包囲されて各個撃破されていく。

 

 もはや戦線は崩壊した。

 

 ここから先は戦闘ですらない、ただの蹂躙が繰り広げられるのみ。

 

 勝敗は既に決したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《パージ・パニッシュメント》ッ!!』

 

 

 <マスター>(・・・・・・)たちの(・・・)粘り勝ち(・・・・)である。

 

 

 光の柱に磔にされたゴブリンたちは空を見上げた。

 

 

 機械仕掛けの鷲頭馬(ヒポグリフ)に跨る白銀の騎士を。

 

 

 完全装備で駆けつけた、プリコットの守護騎士を。

 

 

 宣言しよう。

 

 

 今より始まるのは――【征伐王】の蹂躙だ。

 

To be continued



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Desperate ⑥

少し短いけどキリがいいので投げます


 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 眼下の戦況は決して良いとは言えなかった。

 防衛に当たっていた<マスター>は二十人程度いたはずだが、七、八名にまで数を減らしている。

 対するゴブリンは視認できるだけで百余り。

 元は三百という話だったから一人十匹、合わせて敵勢力の三分の二に及ぶゴブリンが討伐された計算になる。

 

 良くはない、だが十分過ぎる戦果だ。

 何よりゴブリンを食い止めて街への被害も抑えた。

 

『あとは残りを掃討する』

 

 騎乗した煌玉獣【薊之隠者(シィスル・ハーミット)】の手綱を操り、もう片方の手で半透明の大盾を構える。

 俺からはゴブリンが見えるが、ゴブリンからは盾に遮られて俺が何をしているかは窺えないだろう。

 要するにマジックミラーだ。もちろん単なる便利機能というわけではない。

 盾越しにできる限りのゴブリンを捉える。

 標的を捕捉したら、あとはスキルを使うだけ。

 

 持ち手の引き金を握りしめた瞬間、視界内のゴブリンは氷塊に閉じ込められた。

 

 伝説級特典武具【視介氷盾 コンヘラシオン】。

 一瞥で要塞を凍りつかせた生前の<UBM>ほどの出力は見込めないものの、盾を通した視界の範囲内なら対象を問わず自在に氷結させることができる。

 氷の壁を生成したり、今のように敵を凍らせたり。

 殺傷力と耐性貫通能力は低い代わりに耐久性が優れているから、並の爆発くらいは防御可能。そして氷に閉じ込められたら脱出は絶望的だ。

 

『これで済めば楽なんだが……やっぱり普通のゴブリンとは違うみたいだな』

 

 光の柱と氷、二重の拘束から抜け出したゴブリンたちが俺を睨む。

 仮にも超級職の奥義をレジストできる耐性がゴブリンに備わっているとは考えづらい。亜竜級が制限系状態異常に特化したって易々とできることではなかろう。

 

 魔法や弓矢での対空攻撃をいなしながら原因を探す。

 すると、建物の陰に新手のゴブリンを発見した。

 どうやら隠蔽魔法で潜伏していた【メイジ】と【シャーマン】の一団が《ユニゾン・マジック》で支援魔法を重ねがけしているようだ。

 ゴブリンでも上位種が数十匹集まるとここまで強力なバフを撒いてくるのか。

 

『だけどタネが分かればどうとでも……っと』

 

 《殺気感知》に反応。

 背後からの奇襲を盾で受けて弾き返す。

 身を翻したのは【ハイ・ゴブリン・アサッシン】。

 なんと宙を駆けるスキルを有しているようで、気配遮断と空中歩行を組み合わせた素早い動きで俺の首を狙う。

 

 地上のゴブリン、特に【メイジ】らバフ要員を先に片付けたいのだが。でないと奥義使えないし。

 力押しは取りこぼしが出そうなので却下。

 

『まずはお前、次に後衛だな――《黒渦》』

 

 奥義を使うときと同様に手のひらを突き出す。

 竜の頭部を模した白銀色の手甲、その顎門が開くと【アサッシン】は重力に囚われて吸い寄せられる。

 

 それは【引斥掌握 アーステラー】のスキル。

 文字通り引力と斥力を発揮する、俺にとっては複雑な思いを抱かせる古代伝説級の特典武具だ。

 これもまた本家からダウングレードしているが、踏ん張りの効かない空中にいるゴブリン一匹を捕まえるくらいわけはない。

 

 ゴブリンの頭を鷲掴みにした俺は、【薊之隠者】を走らせて地上目がけた急降下を敢行する。

 地表すれすれで鞍から飛び降り、ゴブリンを叩きつけることで攻撃と落下の衝撃軽減をまとめて行った。

 純竜級と言えど敏捷寄りのステータスで落下ダメージは耐えられずに【アサッシン】は生き絶えて。

 

『吹き荒れろ』

 

 一斉に飛びかかってきたゴブリンを、脚部から噴出した暴風で一掃する。

 魔力を風に、風を魔力に変換する白革のブーツ、【晴嵐白靴 ビアンカ】と刻まれた伝説級特典武具により雑兵はまとめて消し飛んだ。

 

 ほぼ特典武具だけで敵は片付いただろうか。

 残っているゴブリンは【メイジ】たち、後衛を庇って前に出た【チャンピオン】と【キング】くらいだ。

 

『GYoaaaaaaaaaaaaa!』

 

 咆哮と共に仕掛けてきたのは【ゴブリン・チャンピオン】だった。

 通常の個体より遥かに大きな肉体、王と比べても二回り以上の差がある恵まれた巨躯。

 大木の丸太を連想する腕は肥大した筋肉の鎧で覆われていて、振われる拳は亜音速に至る。

 殴れば死ぬと言わんばかりの膂力任せな一撃。

 しかし足運びと重心移動の駆け引きは緻密な技術を要するもので、ただの筋力自慢では王者(チャンピオン)を冠することはできないと示していた。

 

 ゆえに、俺も相応の手札で迎え討つ。

 

 腰に携えるは一振りの剣。

 刀身が錆びた鎖で雁字搦めになった、怪しげな雰囲気を帯びる黒刀だ。

 この程度では反応しないだろうが……生憎と、手持ちの攻撃手段で一番火力が高いのはこいつだ。

 

『……神薙ムソウ流抜刀術――浅葱鵯』

 

 一瞬の交錯。

 すれ違い様に振り抜かれた刀は、分厚い筋肉と脂肪で守られた【チャンピオン】の腹を両断していた。

 これでも鎖で刃が隠れているから、斬るというよりは打って潰して千切るという表現の方が正確だったりする。

 

 残心は要らない。踏み込んだ勢いのまま、超音速機動で後衛のゴブリンの元へ。

 背の低いゴブリンに合わせて構えの位置を多少調整。

 

『神薙ムソウ流剣術――鬼椿』

 

 横薙ぎに切り払う一閃。

 付けられた名に相応しく、小鬼の首が数十、まとめて椿の花の如くポトリと落ちる。

 

 仮にも亜竜級、そして純竜級に届くかという敵を一撃で倒せた理由は二つだ。

 一つはサブに置いた東方の剣術系統が持つスキル、《剣速徹し》。下級職のためレベル五で打ち止めだが、AGIの50%の値だけ相手のENDを減算できる。

 

 もう一つは【征伐王】のスキルが関係している。

 【征伐王】のスキルは合計で三つ。

 うち奥義を除いた二つはパッシブスキルである。

 

 まずは《秩序の御旗》。

 敵を無力化すると周囲の陣地を掌握できる。

 このフレーバーテキストだけだと何のことだかよく分からないだろう。当然といえば当然で、これは他のスキルを使う下準備でしかない。

 

 重要なのは《護国の将》というスキル。

 これは《秩序の御旗》で掌握した陣地の面積に比例して全ステータスが上昇するという効果がある。

 強化の値は蓄積され、今の俺だと固定値で一万五千弱の恩恵を受けている。

 

 耐久寄りのジョブではあるが、このスキルのおかげで俺のAGIは一万八千を超え、STRとENDに至っては三万以上の数値を確保できている。

 つまりENDが9000以下の相手なら、俺は防御を無視できる。

 

『さて、後はお前だけだ』

 

 最後に一匹残った小鬼の王は、俺に刀を突きつけられてたじろいだ。

 一般に【ゴブリン・キング】が恐れられるのは配下のゴブリンを率いて強化するからだ。目の前の個体はたしかにステータスが高い、しかし一匹なら他の純竜級モンスターより強さは劣る。やつの十八番、《ゴブリンキングダム》による配下へのダメージ転嫁も意味を成さない。

 

 俺は刀を振るおうとして、

 

 

 

「――死にたくない」

『ッ!?』

 

 

 

 子どもの命乞いに思わず手が止まった。

 

 否、分かっている。

 目の前で泣いている子どもは【ゴブリン・キング】が人に姿を変えたものだと言うことくらい。

 だけど俺は……人を、人の見た目をした相手を殺すことはできなかった。

 

『GYAGYA!』

 

 その硬直を見逃さず【キング】は槍を突き出す。

 

 かろうじて身を捻るが、回避の動作は敵に逃走の猶予を与えてしまう致命的な隙だった。

 脱兎の如く逃げ出した【キング】は、しかし戦場から離脱するのではなく、まだ生き残っていた満身創痍の<マスター>たちに襲いかかった。

 

「こっちに来た!?」

「ちいっ! 動けるやつ、構えろ!」

『GYAGYAGYAAA!』

 

 攻撃に被弾しても【キング】は止まらない。

 そもそもダメージを受けていない? なぜだ、配下のゴブリンは全滅させたはずなのに。

 

「ひっ、やめろ、離せよ!」

 

 蹴散らした中から一人の<マスター>を掴んだ【キング】は、彼の首に槍の穂先を当てた。

 まるで俺に見せつけるように。一歩でも動いたらこいつを殺すぞ、と言うかのように。

 先ほどの命乞いでやつは確信したのだ。俺が人を殺さないと……そして人質が有効であると。

 

『GYAAAAAAA!』

 

 勝ち誇る【キング】の咆哮に釣られたか。

 

 建物から、通りから、ふらふらと姿を見せる大勢の人。

 並べて見ると背格好がどこか似ていて、基本の外見をコピーアンドペーストしたみたいな風貌の人々。

 今日、街を出歩いていた人々(・・・・・・・・・・)にそっくりで。

 

 それらは《人化の術》を解き、小鬼に戻ると。

 

『『『GYahaaaaaaa!!』』』

 

 勝利の歓声を上げる。嘲笑する。

 愚かな人間の敗北を嗤う。

 

 ああ、くそったれ。詰めが甘かった。

 

 人質の彼は自害するかの迷いが見える。

 足を引っ張るくらいなら、と考えたのだろう。

 だけどそれは認められない。俺の手落ちで彼が死んでいいはずないだろうが。

 俺は首を横に振って『やめろ』と伝える。返事は……『ならどうするのか』だって? 決まっている。

 

『《幻想郷》、解除(・・)

 

 瞬間、その場の全員が俺だと思っていた幻影が霧散する。

 

 人質を取られた瞬間から発動していたスキル。

 鏡片を縫い合わせた外套、逸話級の特典武具【鏡花織 カロス・エルドス】によるデコイと入れ替わった俺は。

 

 既に、敵の眼前まで接近している!

 

 手にするのは黒刀ではなく鈍色の長剣。

 万が一の危険を考えて、人質が傷つかないように、俺は自らの<エンブリオ>を振り上げる。

 

『《アドジャスト・ストライク》!』

 

 放たれるのは渾身の『加減の一撃』。

 

 下段からの斬り上げが【キング】の下顎を打ち据えて、発生した衝撃波が頭蓋を揺らす。

 脳に振動を受けて意識を失った【キング】は力なく膝から崩れ落ちた。

 

 人質は……無事。

 

「すまない、助かった!」

『こちらこそすみません。最後の最後で出し抜かれてしまって』

「いいさ。倒せたんだろう?」

『あ、いや。まだです』

 

 やつのHPは一ミリ足りとも削れてはいない。

 それどころか外傷すら存在しない。

 切れず、刺さらず、傷つけない。

 相手に情けをかける剣、役立たずの(なまくら)

 それが俺の<エンブリオ>、フルンティングだから。

 

 与えるダメージを0にする代わり、与ダメージ量に比例した衝撃波に変換する《エンハンス・ブラッド》。

 

 そして、相手のレベルに応じた衝撃波を発生させる《アドジャスト・ストライク》。

 

 二つのスキルにより、【ゴブリン・キング】は気絶しているだけで生きている。

 逆に、ダメージが入らない攻撃だからこそ通用したとも言える。

 

『だから、こいつが倒れるまで全員で攻撃し続けましょう。そうしたら配下のゴブリンも全滅するでしょうし』

 

 王がやられて呆然としているゴブリンを奥義で拘束しながら、俺は提案する。

 

 ゴブリンの群れが人の姿を模して街に潜伏している以上、殲滅するのは非常に手間がかかる。

 なら《ゴブリンキングダム》の身代わりを利用してやればいい。群れ全体のHPが尽きれば【キング】にも攻撃が通るようになる。

 

「い、意外と容赦がないんだな?」

『モンスターを気遣ってられる状況じゃないので』

 

 なぜか若干引かれつつ、【ゴブリン・キング】は残ったメンバーで袋叩きにして討伐した。

 

 その後は彼らに感謝の意と、報酬がプリコット侯爵から出るだろうということを伝えた。

 彼らの中には装備が破損した人、また貴重なアイテムを惜しみなく使ってまで戦ってくれた人もいた。その奮戦に報いるのは当然のことだろう。

 もし侯爵が報酬を払えなかったら俺が支払う、と言ったら『それはおかしいだろ』と笑いながら突っ込まれた。

 

 戦闘も終わり、一息を吐いていた俺たちだったが……俺は大事なことを忘れていた。

 

 そんな俺への天罰なのだろうか。

 

 ふと、顔を上げた俺が目にしたのは。

 

 ――プリコットの東門と西門両方から立ち昇る、非常事態を伝える狼煙だった。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ひよ蒟蒻のビルド大開帳〜

(U・ω・U)<説明過多だけど、なるたけ読みやすくしたから許して


【晴嵐白靴】
(U・ω・U)<レイ君の【ゴゥズメイズ】+シルバーに近いけど、やってることは『MP、SPと空気の相互変換』で変換したものを溜めておくことはできない

(U・ω・U)<某英雄ゲーム風に言うと「魔力放出(風)」


【征伐王】
(U・ω・U)<《秩序の御旗》は死亡や気絶を含む「戦闘行動の不可」が条件、ちなみに奥義で一度拘束した相手を陣地内限定で探知する効果もある

(U・ω・U)<陣地の掌握率と《護国の将》の強化率は微々たるもの

(U・ω・U)<あと奥義は掌握した陣地内でしか使えない

Ψ(▽W▽)Ψ<これ、キャッスルとかの<エンブリオ>内ではどうなるドラ?

(U・ω・U)<ものによる


神薙ムソウ流
神薙は「カンナギ」、すなわち「巫」に通じる。
ムソウは「無想」にして「無相」、これ「無双」なり。
古より跳梁跋扈する荒御霊を鎮め祓い奉るは兵の巫女。
一子相伝・門外不出とされた秘奥はいつしか担い手の元を離れ、各地に離散した。

Ψ(▽W▽)Ψ<要はリアルのとんでも古武術ドラ


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Desperate ⑦

 □■プリコット市街地

 

 時はわずかに遡り、ひよ蒟蒻とゴブリンの群れが交戦する最中の出来事。

 モンスターに襲われたプリコットの街は混乱に陥っていたが、ティアンは騎士の誘導で侯爵邸に避難した。

 一部の<マスター>は街の防衛に参加。何割かは住民と共に避難所に入り、あるいはログアウトで離脱。

 

 そんな中、戦闘もせずに街を行く四人組がいた。

 

「おーおー、派手にドンパチやってら」

「やはり我々も加勢に向かいましょう。敵に背を向けて逃走するなど騎士の名折れです」

「体は闘争を求めているということか! よろしい、ならば吾輩が紅蓮の紅焔をお見せしよう!」

「シャーラップ! 黙れバカタレ共! お前らが行ったところで足を引っ張るのがオチだわ!」

「カヅキの言う通りよ。私は戦うのは嫌だし」

「お前は自分で歩けやコラ」

 

 パーティの黒一点であるカヅキ。

 彼に背負われた少女トルテ。

 女騎士クッコロに、尊大な口調のX(エクス)・プロード。

 

 彼らはプリコットから他の街に拠点を移すため、唯一ゴブリンに襲われていないであろう西門に向かっている。

 戦闘を避けて遠回りで進んでいるため、今のところ彼らはゴブリンに見つかっていない。

 

(まあ、こいつらは強いゴブリン相手でも大丈夫だろうな。だけど俺はレベルが低いんだ。そもそもこいつらとパーティ組んでるのはそれなりの強さで盾にも経験値稼ぎのお供にもちょうどいいからだし? 俺がデスペナになるリスク背負ってまで戦わせられるか)

 

 内心で打算的に思考するカヅキの先導に従う三人だったが、ふとエクスが胸中の疑問を漏らした。

 

「そもそもホームタウンを移す必要があるのか? どうせ騒ぎはすぐ収まるだろう」

「ダメだ」

 

 他の<マスター>のようにログアウトするなり、避難をするなりすればいい。

 そんな質問にカヅキはかぶりを振る。

 だって、説得しないと彼女らは戦闘に参加するだろう。

 一人で取り残されたらカヅキの身が危ない。

 乱戦の中で生き残るほどの実力もない。

 

「今回はなんかヤバい。こう、つむじがビビッとくる感じがする。生まれてこの方、親の機嫌を窺い続けた引きこもりマスターの俺が言うんだから間違いない」

「何の自慢ですかそれは」

 

 呆れた様子のクッコロをカヅキは言いくるめようと試みる。

 

「いいか、このゲームに絶対はない。クレーミルを忘れたか? セーブポイントごと街が消滅しても『仕様です』って返す運営だぞ? この街が無くなってもおかしくない」

 

 かつて王国の一都市を襲った<SUBM>の事件。

 黄金の三頭竜の襲来を受けて廃墟となった街の名前を聞き、クッコロは沈黙する。

 彼女もレジェンダリアに移籍する以前は王国に所属していた。それゆえに思うところがあったからだ。

 

「根拠はないけどな。逃げるが勝ちって言うだろ。他の連中に任せて俺たちはさよなら、だ……?」

 

 曲がり角を左折したカヅキは目の前の光景に足を止める。

 

 ちょうど、彼らとかち合うタイミングで正面から現れたのは数十匹のゴブリン。

 

「……」

『……』

 

 あまりにも突然の邂逅に両者は固まり。

 

「……逃げろッ!」

 

 一足先に覚醒したカヅキは仲間を連れて脱兎の如く逃げ出すが。

 

『GYa GYa!』

「追って来てるぞ! おいカヅキ、索敵はしていなかったのかね!?」

「……てへぺろ?」

「ふざけるな君ぃーー!! この無能、間抜け、クズ、ヒキニート、隠キャ、キモオタ童貞!」

「おいてめえ後半ただの悪口じゃねえか! このファッション厨二まな板ロリが!」

「ま、まな板ちゃうわ! 爆破しちゃうぞ!?」

「言い争っている場合ですか!? ええい、かくなる上は私が囮にっ」

「ア・ホ・か! お前一人であの数は無茶だ! お前はエクスを抱えろ、騎士でもそいつよりは足速いだろ!」

「ちょっとカヅキ、うるさいし揺れててお昼寝できないんですけど? あとお腹空いた」

「だからお前は自分で歩けって言ってるだろうが!」

 

 彼らはがむしゃらに走り続ける。

 文字通りの鬼ごっこはひよ蒟蒻が【ゴブリン・キング】を討伐するまで続き。

 

 彼らは本来の目的地と正反対の方角に突き進むことすら自覚していないのであった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■???

 

 無数の情報ウィンドウが表示されては消える空間。

 とある管理AIの作業場所に、白猫こと管理AI十三号チェシャは足を踏み入れた。

 

「ジャバウォック、今いいかなー?」

「少し待て」

 

 <UBM>の討伐情報から得られたデータで新しい<UBM>の案を調整していたジャバウォックは、切りの良いところまで作業を進める。

 

「<超級>では対処が難しく、かつ第六形態の<エンブリオ>に進化を促すデザインにするなら……やはり一芸特化では限界があるか。では特化型を複数リソース面で連結させることで事実上の万能型に」

「やめてー。それ後始末が大変になるやつー」

「ふむ……ところで何の用だ十三号」

「ああ、そうだった。君に聞きたいことがあるんだよー」

 

 チェシャはウィンドウに流れるログの一つを指す。

 

「これって君がデザインしたのかなー?」

「いや、私は最終的に認定したに過ぎない。その個体が有する才能は元から持ち合わせて生まれてきたものだ。肉体面に欠陥があるため、本来であれば淘汰されていてもおかしくなかったが」

「なぜか生き残ってるんだよねー。ハンディを抱えているからこそ貪欲に進化したのかもしれないけどー」

 

 まるで人間みたいだねー、とチェシャは思い。

 これの感情パラメータを参考にするのもありか、とジャバウォックは思案する。

 

「でもグランバロアのアレと特性が被ってないー? いちおう<UBM>は類似性があったらまずいでしょー」

「その点に関しては問題ない。これの本質はもう一つの特性にあるからな。付随した能力が似通っているのは必要な前提条件だからだ」

「それはそうだねー」

 

 チェシャは納得して頷いた。

 

「じゃあ、もう一つだけー。今回のケースでイレギュラーは生まれると思うかい?」

 

 最後に回したこの質問がチェシャの本題であり。

 

「難しい質問だ。これまでイレギュラーの発生条件を考察したこともあったが、我々の演算領域を用いても容易に解を導き出せないからこその不規則(イレギュラー)なのであって、私には断言しかねると答えるほかないだろうな」

「つまりー?」

 

 ジャバウォックはコツコツと指で腕を叩く。

 一瞬の沈黙の後、彼はおもむろに口を開いた。

 

「可能性はゼロではない」

 

 当該個体が持つ才能の限界。

 強さへの貪欲な渇望。

 そして経験値を収集するにたる環境条件。

 それらの情報を含めて総合的に判断した結果が、生まれる『かもしれない』という返答だった。

 

「リソースを集めることで、神話級やそのさらに上に至ることは十二分に考えられるだろう。<エンブリオ>の進化を促す要因が増えるのは僥倖だ。願ってもない」

「僕的に厄介事は願ってないんだけどねー……まあ静観の範囲で済むなら全然いいんだけどー」

 

 今回も<マスター>に期待だねー、とまとめたチェシャはくるりと踵を返した。

 

「それじゃあ僕は仕事に戻るよー」

「ああ。私も作業を再開せねば」

 

 チェシャが退出した空間で、ジャバウォックはウィンドウに向き直るのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■???

 

『……そうか』

 

 物見の報告を受けて、それはため息を吐いた。

 

 期待していた結果が得られなかったことへの落胆と、目をかけてやった者たちの不甲斐なさに対する失望と。

 これからに向けて策を練るために。

 

(先鋒900には奇襲に長じる技を授けていた。不意をついて陥落せしめれば上々ではあったが、そう甘くはないか。もっとも、こちらの損害としては微々たるもの。警戒が強まってしまった点に目を瞑れば最低限の戦働きはしたと言えよう)

 

 一番槍に志願した配下に、それが命じた任務はプリコットの街への強襲。

 とはいえ、それの真意は別にある。もとより一千に満たない寡兵で都市を落とせるなどとは考えていない。

 長を仕留めれば話は変わっただろうが……当然、外敵を想定して防備を固めているだろう。

 

 ゆえに、それが望んだのは陽動。

 しばしの間でいい。それが準備を整えるまで敵の目を逸らして意識を釘付けにさえすればいい。

 

 既に布陣は完了している。

 土地を巡る水流と船舶を利用して、各地に散っていた兵を一所に招集した。

 武器の配備を終えて隊列を組ませた。

 姿隠しの呪いのおかげで敵はそれに気づいていない。

 

『傾聴せよ』

 

 待ち侘びる同胞に、それは号令をかけた。

 

『長い、長い雌伏の時であった』

 

『人を恐れ、洞窟に隠れ潜み、日々の糧すら満足に得られない。実に過酷な月日を過ごしたものよ』

 

『皆のもの、これまでよく耐えた。よく忍んだ。余は貴様らの忍苦に敬意を表する』

 

『見るが良い。あれが人の築いた街だ。飢えはなく、寒さは訪れず、死の恐怖を感じることはない安寧の地だ。貴様らが望んでやまない理想郷だ』

 

 それは言葉を切り、同胞を見回した。

 

『……羨ましいか?』

 

 たった一言の問いかけはさざ波のように反響を呼ぶ。

 

『憎いか! 妬ましいか! 欲するか!』

 

 

『『『GYa! GYa! GYa!』』』

 

 

『重ねて問おう。新たなる天地を望むか?』

 

 

『『『GYa! GYa! GYa!』』』

 

 

『ならば簒奪せよ。殺戮せよ。蹂躙せよ。貴様らが為し得る全てを余は肯定する。余の銘の下に集いし戦士たちよ。その血、その命に至るまで、余のために費やすがよい。貴様らの骸を礎として、余はここに国を建てる』

 

『時は満ちた。全軍――出陣である』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・東門

 

 プリコットを囲む城壁の東西南北に築かれた門には昼夜問わず騎士団が詰めている。

 基本的に四方の門はどのような者に対しても開け放たれており、検問などは行われない。

 騎士団の主な仕事は街に寄りつくモンスターの監視ないしは迎撃だが、それもあってないようなもの。門勤めとはすなわち閑職だった。

 

 この街は外よりも中で騒ぎが起こることが大半。

 しかもほぼ常駐している超級職がいるとなれば、大抵の問題は彼一人の力で解決する。

 騎士団が出る幕は皆無だと心ない言葉を投げかける者は少なくない。

 

 そうした風評を当人たちはどう感じているのかといえば……取り立てて思うところはない。

 大多数の、特に門勤めの騎士は与えられた職務の範囲内のことを最低限こなしている状態だ。あながち中傷とも反論できないのが辛いところである。

 彼らに騎士としての誇りがないとは言わない。責任と能力と意欲が揃っていなければ、プリコット侯爵自らの手で追い出されるであろう。

 

 だからこそ、プリコットの街にモンスターの侵入を許したことを騎士団は酷く恥じていた。

 すぐさま部隊を二つに再編し、うち片方を援軍として市街地に送り出す程度には判断能力が優れていた。

 侵入経路と予想される門を封鎖して、さらなる襲撃を警戒するくらいの役割は有していた。

 

 東門で一人の騎士が哨戒に立っている。

 城壁付近は木々が伐採されていて見晴らしは良いが、元は森林を切り拓いて建てられた街だ。生い茂る自然は天然の遮蔽物として視界を制限する。

 

「おや、あれは……?」

 

 スキルで水増しされた騎士の視力は木々の間を動く物影を捉えた。

 未だ距離があって定かではない。

 しかし騎士は周囲の地形と比較して、その影が人間の子供程度の大きさであることを見て取った。

 

 醜悪な顔つき。痩せこけた矮躯。

 大陸では珍しくもないゴブリンである。

 

 小鬼とも称されるそれらは人間並みの知能を持ち、群れを作り、武装や戦技を駆使する。

 下級モンスターとしては定番で、プリコットの近郊にも頻繁に姿を見せる存在だ。

 

 しかし、念話で連絡を受けていた騎士は街を襲っているモンスターがゴブリンであることを知っていた。

 仮に【キング】の配下が外に控えているとしたら。

 市街地の対処に追われる今、別働隊が攻めて来たら。

 そこまで考えて騎士は声を張り上げようとした。

 

 だが、目の前で森が切り裂かれた(・・・・・・)ことで言葉を失った。

 

「……!?」

 

 騎士は見た。

 遮蔽物がなくなった地平の彼方で蠢く暗緑色の塊を。

 それは陣形を組んで進軍する小鬼の群れ。

 剣や槍を持つ歩兵に加えて、狼に騎乗した【ライダー】のほか、弓を携える【アーチャー】、魔法を用いる【メイジ】に【シャーマン】まで。

 

 その数、およそ一万。

 地球の軍隊で言うならば師団級の規模。

 騎士はここまでの大軍と対峙した経験など当然ない。

 

 これだけのゴブリンが集まったことに驚きを隠せない。

 なぜ大規模な群れで統率が取れているのか。

 この数では維持も一苦労。たとえ【キング】がいてもすぐに離散するだろう。

 だが、騎士の視界に映るゴブリンは一矢乱れぬ隊列を組み、規則正しい歩調で迫る。

 

 騎士の疑問はすぐに晴れる。

 

 群れの後方、まるで熟練の職人が手がけたかのような御輿の上にひときわ小さなゴブリンが立っていた。

 無骨な大剣を握り、まさについ先ほど振り抜いたような体勢を取っている。

 それの体躯は通常種よりさらに一回り小さい。

 漆色の肌に紫紺の刺青を入れ、血濡れたマントを羽織る双角の鬼人。

 纏う貫禄は王に似て、しかしその格は遥か上。

 

 至極当然だ。

 それは小鬼を統べる小鬼。

 王より強く、将軍よりも気高く、最も神に近しい鬼。

 かの鬼の銘――【慧鬼帝 エフティアノス】。

 

「て、敵襲ーーーーッ!!」

 

 そこまで視認して、騎士はようやく声を捻り出した。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。

(  P  )<皇帝が肯定する……なんちゃって

Ψ(▽W▽)E) P  )<やる気が下がっゴボ


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幕間

 □■ 地球・オランダ

 

 唐突な視界の暗転、そして断絶。

 半ば無理やりに意識を引き戻された少女はベッドの上で目を覚ました。

 

「ここ、は」

 

 白で統一された清潔感あふれる部屋。

 薬品と消毒液の匂いが鼻につく。

 一切の穢れを持ち込ませない、しかし拭いようがないほどに死の気配と隣り合わせの場所。

 少女はまとう病衣を見下ろして状況を把握する。

 

 ヘッドギア型のハードは探すとすぐに見つかった。

 横になった少女の手が届かない位置で、一人の看護師が腕に抱えている。

 他に白衣を着た医師が数人、ベッドの横に備え付けられた機器の数値と少女を交互に見て何かを話している。

 

「……そういうこと」

 

 少女は自らの胸部をなぞる。

 正確には体内のバイタルサイン計測用マイクロチップを、不本意に埋められた拘束具を。

 憎々しげに歯軋りした少女は彼らを睨みつけた。

 

「それを返して」

 

 少女が険しい声を上げた途端、機器に表示された数値が跳ね上がって警告音を立てる。

 医師の制止や看護師の宥めには耳を貸さず、点滴の管を引き抜いて、少女はベッドから立ち上がる。

 

「私が死んで困るのはあなたたちでしょう。お父様に顔向けができないものね」

 

 よろめいた少女を看護師は支えようとする。

 が、しかし。少女はその手を振り払う。

 

「ご苦労なことだわ。どうせ治せもしないくせに、私の希望より……お父様の、指示を聞いて……生かし続けて……」

 

 声は震え、息切れと発汗、目眩に襲われながらも少女はハードを奪い返す。

 ハード側面のディスプレイに再ログイン可能までの時間は表示されていない。

 つまりデスペナルティになったわけではなく、少女はすぐにでもログインできるということだ。

 

 以前から何度か似たやり取りはあった。

 少女がデスペナルティになって現実世界に戻った瞬間、興奮からバイタルが危険域に届いたとき。

 診察のために看護師が無理やりハードを外したとき。

 その度に少女は反抗したが、一時は聞き入れられても、永続的に改善することはなかった。

 

 だが、プレイ中のバイタル変化で強制切断をされたのは初めてだった。

 現実の肉体に影響が出た理由は少女の知ったことではないが、原因は分かっている。

 

(早く、向こうに戻らないと……!)

 

 正攻法での論破は不可能だ。

 彼らは生死の境を彷徨い苦しむ少女の懇願も聞き入れない、父親の操り人形である。

 彼らに対して少女が切れるカードは一枚。

 

「次にハードを外したら今度は舌を噛み切る。いい? 分かったら出ていって」

 

 少女の剣幕に押されて医師たちは退出する。

 もっとも、彼らはこれ以上少女を興奮させないために引いただけ。少女も分かっているが、ひとまず邪魔が入らなければそれでいい。

 

 少女はそのままハードを被ろうとして、はたとその動きを止めた。

 困惑と苛立ちが収まり、思考に冷静さが戻ったことで直前の出来事が鮮明に思い起こされる。

 

 振り払われた手。拒絶の言葉。罪悪感に歪む表情。

 これまでと同じ、何度も繰り返された見限り。

 付き合ってられないと迷惑そうに、ふざけるなと怒りを込めて、そして理解ができないと恐れをなして。

 

 分かっていた。

 恋知らぬ乙女のように、ただ心地よい夢に沈んでいられるほど子どもではなくて。

 無慈悲な現実を知り悲嘆に暮れた。

 だから、自分が壊れた破綻者であることは知っている。

 誰も自分を理解してはくれない。

 誰も自分に寄り添ってはくれない。

 きっと、本当の意味で自分を思ってくれる人などいやしないのだと。

 

 でも。

 

 心中を迫っても殺してくれない人。

 絶体絶命の窮地に立っても死を厭う人。

 どれだけ縋っても首を縦に振らない人。

 

 彼と初めて会ったときのことを思い出す。

 彼には忘れてしまったと答えたが、あの日のことは忘れようはずもない。

 

 ティアンの盗賊を返り討ちにした少女を見た彼は……鬼の形相で剣を取った。

 侯爵家の孫娘を誘拐した人攫いの一味。

 彼にとっても敵であり、紛うことなき生粋の悪人。

 人だって何人も殺害しているだろう。捕まれば死罪か、牢獄で一生を終えることになる。

 だが、彼は盗賊を庇った。

 

『目の前で人が死ぬ光景を見たくない』

 

 おかしな人、そう思った。

 罪を償わせるために、あるいは私刑ではなく法の裁きを受けるべきだというのなら納得できる。

 生粋の最善論者が争いは無意味だと叫ぶのも、くだらないと感じるけれど理解はする。

 

 けれど彼は本当に単純に、自分の目が届く場所で人が死ぬことを嫌がっているだけのように見えた。

 真剣を突きつけて少女を止めようと……場合によっては少女を殺すことも視野に入れていたのだろうか?

 おそらく違うだろうけれど。

 

 彼は善人でありながら/少女と同じく

 折れた針金のように/根っこの部分が歪んでいて

 

 彼は「普通」ではなかった。

 当時、彼のレベルは一桁。

 少女とは天と地ほどかけ離れた差があり、彼に勝算は皆無だった。

 しかし、彼は孵化した<エンブリオ>で少女に膝をつかせるという戦果を勝ち取った。

 

 彼は「普通」だった。

 誰も死なず、解放した人質に感謝される彼は賞賛に戸惑う只人だった。

 少女に対して嫌悪と罪悪感と親切が入り混じった言葉を投げかける、人の良い青年だった。

 

 少女は彼に興味を抱いた。

 何度か言葉を交わし、剣を交え、あるいは共に戦ううちに……これまで出会った人間とはどこか異なることに気がついた。

 「普通」は数回少女と接すると相手は離れていく。そうでなくても最低限の関わりしか持たないようにする。

 

 だが、彼は違った。

 何度彼女と接しても、会話しても、触れても、少女が死を語れば必ず目の前に現れた。

 

 だから勘違いをしてしまいそうになるのだ。

 彼なら自分を理解してくれるのではないかと思った。

 そばにいてくれるのなら、どれだけ素晴らしいことだろうかと夢を見た。

 

 胸の高鳴りに気づいたとき、少女は自分で自分のことが分からなくなっていた。

 まるで自分が「普通」の少女になってしまったかのように世界の色彩は変化した。

 日に日に思いは募り積もる。

 どうしようもない感情の奔流に振り回される毎日。

 

『あの人に(あい)してもらえるなら、それ以外の全てを投げ打っても構わない』

 

 この感情は何なのか。

 困惑する少女は、どうやらこれは「普通」の人が言うところの恋なのではないかと考えた。

 

 だからデートをした。

 参考にした数多の創作物のような、好意を持った二人が互いを知るための営みで……この感情が恋である(・・・・・・・・・)ことを証明できると思ったから。

 

 でも、困惑しながらも彼が付き合ってくれたのは、彼の優しさによるものに過ぎなかった。

 人の生死を口にすれば彼は断れない。

 根が善人であるがゆえに、デートが始まってからの彼は今日を無事に終わらせようと四苦八苦していた。

 そうした気合いはほとんどが空回りしていたし、まったくもって的外れな部分ばかりだったけれど。

 彼の気遣い自体は気分の悪いものではない。

 むしろ少女を満足させるものだった。

 

 ただそれは、決して恋ではない(・・・・・・・・)

 

 致命的だったのはパルフェの言葉。

 

『ステラちゃんからお花ですー。見てください、きれいな赤い薔薇の花ですねー』

 

 それを聞いた少女は――何も感じなかった。

 

 「普通」なら、少女が彼に恋をしているのなら、彼に異性の影が見えた時点で嫉妬が湧き上がるはずなのだ。

 彼が異性について語るのを聞けば、胸が締め付けられるような痛みを感じ、心がざわつくはずなのだ。

 彼が異性との関係を否定する言葉に、安堵を覚えてしかるべきなのだ。

 よりにもよって自分が一番好きな花を彼に贈る泥棒猫に怒りを感じるべきなのだ。

 それがないということは……少女の胸に占めるこの感情は恋とは異なるのではないか。

 

(恋ではないなら、何?)

 

 愛? 違う。

 少女にとっての愛とは死を齎すもの、死を与えてくれる者に抱く感情である。

 彼はむしろ対極に位置する存在だ。

 だからこそ、殺してくれないことにやきもきする。彼の剣が身を穿ち、鮮血と共に命がこぼれ落ちていく甘美な瞬間を待ち遠しく思う。

 

(わからないけれど……私にはこれしかない。あの人に見捨てられてしまったら、私にはもう何も残らない)

 

 これほど少女の心を熱く狂わせる相手は二人といない。

 もう他の相手では十分に満たされない。

 彼が運命の相手ではないなんて認めない。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 ゆえに少女は仮面をかぶる。

 揺れる心を隠すように。

 “無理心中”の狂気を騙る(ロールプレイを)

 

 他のもっと冴えたやり方を、少女は知らないから。

 

 

 ◇◆

 

 

 少女はR・I・P(リップ)として再び<Infinite Dendrogram>に降り立った。

 ログイン地点は直前までいた洋菓子店だ。

 しかしと言うべきか、やはりと言うべきか……店内に彼女が求める者の姿は見当たらない。

 厨房を行き来する店主パルフェと、現れたリップに視線を向けた店員カクタスのほか、人の姿はなかった。

 

『ひよ蒟蒻くんをお探しかい? 彼は行ってしまったよ。盛大に君を振ってね』

 

 ノイズ混じりの嘲笑。それもリップにだけ聞こえるように音量を抑えたもの。

 ちょうど向かい合わせの椅子に座るモノの揶揄に、彼女は眉を顰める。

 

 それは冒険者ギルドの女職員だった。

 しかし聞こえる声は男性のもの。

 少し観察すれば口元や表情が動いておらず、それどころか、まるで人形のように全身が微動だにしないことに違和感を覚えるだろう。

 

『まあ座りたまえよお嬢さん。ああ、こうした方が分かりやすいかな?』

 

 軽快な口調からわずかに遅れて、職員は偽装のアクセサリーを外す代わりに半透明のバイザーを装備する。

 同時にリップは《看破》で【機械人形・諜報兵型-44910】という製造番号(・・・・)を確認した。

 

「《分身人形(エイリアス)》……あなたですのね、グリオマンP」

『はあい。だーいせいかーい』

 

 人形に内蔵した通信機器から拍手が響く。

 

『いやはや楽しく観させてもらったよ。ひよ蒟蒻くんに置いていかれたときの君、捨てられた子犬みたいな表情だったからねえ! ねえ今どんな気持ち?』

「答える必要がありまして?」

『おいおいそりゃないぜ! 今日のセッティングをしたのはこの僕だってこと忘れてない?』

 

 グリオマンPは大げさに嘆いて人形に指を立てさせる。

 

『彼にメールを送って、待ち合わせ場所にちょびっとトラブルを配置。ここまでは君の注文通りだけど。少し物足りないと思ってねえ』

「ゴブリンはあなたの仕業でしたか」

『Nein、今回は僕も無関係だとも。起こると知ってはいたけどね』

「では、どうして教えてくださらなかったのです?」

『だって聞かれなかったし』

 

 そっちの落ち度だから僕は悪くないよ? と暗に述べるグリオマンPに合わせて人形は直角に首を傾げる。

 相手の神経を逆撫でする口調は意図的なもの。挑発に乗ってなるものかとリップはあえて無反応を決め込む。

 

『……なんか落ち着いてるねえ。憂さ晴らしにキルされてもおかしくないと思ってたけど』

 

 通信機の向こうで思考するグリオマンP。手持ち無沙汰になった人形はテーブルに並ぶ大量の洋菓子を次々とアイテムボックスに収納している。

 

 それを尻目にリップは横を通り過ぎる。

 店を出て向かうは外。目的はひとつだ。

 

『置いていくなんてひどいじゃないか』

「ついて来ないでもらえますか」

 

 後ろの人形には見向きもせず、リップは西門を目指す。

 ゴブリンに襲われているのは街の東側。だからあえて反対の方角を選んだ。

 そのため通りにゴブリンの姿はなく、避難する人々と彼らを誘導する騎士団が立っていた。

 

 リップは人の列に沿って身を任せる。

 けれど、侯爵邸の目の前まで来たところでその流れは堰き止められた。

 

『おやおや、前が詰まってるね。いったい何事……あー、こりゃダメだ』

 

 侯爵邸の門前には一匹の鬼が陣取っていた。

 頭上に【マサクゥル・ウォー・オーガ】と冠するその鬼は逃げてきた人々を屋敷諸共に轢き潰そうと暴れている。

 戦鬼を食い止めようと数名が奮戦しているが、側から見ても決定打に欠けていた。

 足元には戦鬼に挑んで敗れた<マスター>のドロップアイテムが散らばっている。

 

 それは小鬼の皇帝の謀だった。

 一箇所に避難したところをまとめて潰す。

 何人たりとも逃がさないという意思表示。

 ティアンが襲われていないのは戦鬼が戦闘中であり、騎士団が盾になっているからでしかない。

 プリコットの住民、その悉くを殺す悪鬼として【マサクゥル・ウォー・オーガ】は君臨する。

 

『戦力的に倒すだけなら可能なんだろうけど。その場合は被害が出るだろうねえ。その辺の人たちとか、お屋敷の中にいる人たちとか』

 

 前には鏖殺の鬼。後ろには小鬼の大軍。

 どちらにせよティアンにとっては死と同義だ。

 

『まあ君には関係ない話……あれ、どこ行った』

 

 グリオマンPが意識を逸らした一瞬に、リップは人形を置いて歩を進めていた。

 立ち止まる人の壁を押しのけて戦鬼の前に立つ。

 

 戦鬼からしてみれば、無防備に進み出たリップは考えなしの間抜けか、己を犠牲にしてわずかでも隙を作ろうとする蛮勇の生贄にしか見えない。

 どちらにせよ戦鬼には関係のないこと。

 

 戦鬼は唸り声すら発さずに剛腕を振り下ろした。

 ……そして。

 

「――《■■■■■■■■■■■(カローン)》」

 

 あっけなく事切れた。

 

 女を一人押し潰したという事実を認識して間もなく。

 何が起きたのかを理解しないまま。

 戦鬼は物言わぬ骸と化した。

 

「嗚呼、やはり物足りませんわ」

 

 血溜まりにはリップが一人。

 鬼の遺骸を軽く弄ぶと、彼女は再び西を目指す。

 立ち去る彼女に声を掛ける人はいない。

 あまりにも唐突に、それでいて強烈な光景に唖然としていたからだ。

 

 逆に、その光景を見慣れている『人ではないもの』は平然とリップの後に続く。

 

『らしくないねえ。そういうのは君じゃなくて彼のお家芸だろうに。それともあれかい、しおらしくも彼のことを理解しようとしたのかな?』

「違いますわ。だって、あれでは通れないでしょう」

 

 道を塞ぐ障害物と同じことだ。

 単純に邪魔だったから片付けた。

 迂回するよりも倒す方が手っ取り早いというだけの話。

 

「わたくしの邪魔をするなら容赦は致しません」

 

 主に人形、そしてグリオマンPに向けられた言葉は鬼気迫るものであり。

 

(これ完全に吹っ切れてるやーつ。ひよ蒟蒻くん、今日という今日は年貢の納め時かもしれないね)

 

 この時点でグリオマンPが今回の件から手を引くことを決めるほどだった。

 

『で、何する気だい? 邪魔しないから教えておくれ』

「簡単なことですわ。あの人が事件を見過ごせないというのなら、わたくしが事件を起こせばよいのです」

 

 最初からこうすれば良かった。

 きっと、いつものように彼は現れる。

 必ずリップの元に来てくれるから。

 

 悪いのは先に約束を破った彼の方だ。

 もとより躊躇いはないけれど、今日は特別な日。

 できるなら「普通」の夢を見ていたかったという気持ちは少しある。

 けれど、彼が目の前からいなくなってしまうくらいなら「普通」なんて投げ捨てよう。

 

「《アウェイキング・アンデッド》」

 

 

 ◇◆

 

 

 地平の彼方に陽が沈む。

 夕焼けの紅が尾を引く黄昏時。

 しからば夜がやって来る。

 

 人よ眠れ。生者は静まれ。

 此れよりは人でないものが蔓延ろう。

 

 死したるものが闊歩する。

 忘れ去られたものが牙を剥く。

 

 其は醜悪なる悪鬼。

 

 其は朽ち果てた屍。

 

 其は物言わぬ骸。

 

 其は怨念纏いし霊魂。

 

 地の底より蘇る亡者たち。

 彼らは主人の号令にて集う。

 それはさながら死者の行進(デス・パレード)

 

 死霊の先触れに恐れをなして。

 腐肉と白骨から目を逸らして。

 震え惑えよ生者ども。

 

 不死の軍勢、此処にあり。

 

 彼らを率いる者の名は――【屍将軍】R・I・P。

 

To be continued



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Death Parade ⑧

キリのいいところで投稿


 □■ プリコット・西門

 

 東門のゴブリン襲撃は残る三方に届いていた。

 それゆえに門は閉じられ、さながら砦か要塞のごとく、騎士団の厳重な警戒下にあった。

 突如現れて門を襲う一千超のアンデッドと対峙しても半刻は持ち堪えられるほどに。

 

 そして、数分と経たずに西門は陥落した。

 

「……なんなのだ、いったい」

 

 城壁を背にして騎士の一人が呟く。

 奮戦虚しく劣勢に追いやられた彼らは、夥しい数の死霊に包囲されて身動きが取れずにいた。

 武器は手放さず、抵抗の意思は折れていない。

 かろうじて門は死守しているものの、いつ街にアンデッドがなだれ込んでもおかしくはない状況だ。

 

 鍛錬を重ねた騎士団にとって、目の前のアンデッドは決して強敵とは言えない。

 それなりの強さを有しているとはいえ、一人で複数を相手にして立ち回ることができる程度に彼我のステータス差は歴然としている。

 

 今もまた、騎士の剣がゾンビを切り捨てる。

 

 断末魔の悲鳴を上げたゾンビは――再び、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

 倒しても、倒しても、何度だって蘇るアンデッド。

 物量と不死に任せた突撃に、消耗戦を強いられた騎士団の多くは既に疲労困憊だった。

 

 騎士団は一様にある人物を思い浮かべる。

 あの守護騎士ならアンデッドなど敵ではないのにと歯噛みして、しかし芽生えた弱音を、騎士にあるまじき他力本願を頭から追い払う。

 

 彼はここにはいない。今頃は<UBM>率いるゴブリンの大軍と戦っているはずだ。ゆえに援軍も望めまい。

 それでも騎士団は己が職務を全うする。

 身命を賭して人々を守護すると主人と剣に誓ったから。

 

「あら、意外と持ち堪えていますわね」

 

 とはいえ。

 城壁の上から身を乗り出した人物の声に希望を抱かなかったと言えば嘘になる。

 味方か、援軍か。そう思ってしまうくらい、騎士団は猫の手も借りたいほどに追い詰められていた。

 

 実際はその真逆だというのに。

 

「とはいえ少々面倒ですから、これにて……《喚起》、【ドロ・レプリカ】」

 

 少女……リップが右手をかざすと、一体のアンデッドが戦場に現れる。

 城壁をゆうに越す見上げんばかりの巨躯。

 無数の遺骸と鋼鉄を組み合わせた継ぎ接ぎの肉体。

 大地を踏み締めて東方を見やるは黒鉄の魁偉。

 慟哭に似た駆動音を鳴らす【屍将軍】の最高戦力が一つは、剛腕を引き絞り、

 

『――Ooo』

 

 西門を一撃で粉砕した。

 

 硬く閉ざされた門は木っ端微塵に飛び散り、付近の城壁とまとめて崩れ落ちる。後には巨人と、アンデッドが通る穴がぽっかりと開通するのみ。

 そこに配慮も容赦もない。ただ目の前にあった障害物を排除するための動作だった。

 

「なっ……」

 

 騎士団は呆然として動きを止める。

 門を開けられる可能性は考えていた。しかし、城壁と門が破壊されるなど誰が考えようか。

 

 それをなした【ドロ・レプリカ】は他のアンデッドと比較しても遥かに強力。ステータスだけで見るなら優に伝説級モンスターに比肩する。

 かつて討伐した<UBM>の姿を模して、リップともう一人の超級職の手により完成した【ドロ・レプリカ】は唯一無二の個体。有象無象とは格が違う。

 

 単体で騎士団の総員以上の戦力。

 それに加えて一千のアンデッド。

 これだけで盤面は詰みに近い。

 

 単独で都市の制圧が可能な戦力を運用する。

 それこそが【将軍】シリーズの特徴のひとつだ。

 加えて、各【将軍】には配下を精兵に引き上げる強化能力を併せ持つわけで。

 

「さあ、さあ。進みなさい。わたくしのしもべたち」

 

 リップは夜間限定で高倍率の強化を施す【屍将軍】の奥義《常夜の饗宴(コープス・パーティー)》を含め、アンデッドモンスターにのみ効果を及ぼす複数のバフを付与した。

 おおよそ数倍化したステータスを前に、かろうじて均衡を保っていた騎士団はじりじりと押されていく。

 敵を防ぐ壁はなく、【ドロ・レプリカ】に至っては個人がどれだけ集まろうと食い止めることはできない。

 

 騎士団に取っての救いは、アンデッドが殺戮ではなく進軍を第一の目標にしていることだろう。

 邪魔をする者に容赦はしない。ただし瀕死で倒れ伏す者、進行方向に立たない者は捨て置く。

 これはひとえにリップの気まぐれ。今は路傍の石に用はない。彼女の頭を占めるのはただ一人。

 街の中心部を目指してアンデッドを進軍させるのは、早く彼に会いたいと望む気持ちの現れだ。

 

 リップは【ドロ・レプリカ】の肩に腰掛けて、再会の時を今か今かと待ち侘びる。

 

(まずは何と声をかけましょうか。やはり先程の件についての謝罪がほしいところですが。ええ、殿方としてあるまじき行為です。きちんと償いをしていただかなくてはなりませんわ。ですから……)

 

 意識の大半を思索に割くリップは気がつかない。

 

「「「《クリムゾン・スフィア》」」」

 

 己に目掛けて放たれた炎球を。

 

 騎士団の最後にして渾身の一手。

 三人の魔法による狙撃は見事に成功して、無防備なリップを業火に包んだ。

 その熱量にあっけなくリップのHPはゼロになり、

 

「ああ、驚きましたわ」

 

 何事もなかったかのように生き返る。

 それと同時に、魔法の余波を受けてなお無傷だった【ドロ(・・)・レプリカ(・・・・・)】が膝をついた。

 力を失った巨人は完全に沈黙して微動だにしない。

 

 騎士団にとっては予想外の結末だ。目標の術師ではなく、使役されているモンスターの方が倒れたのだから。それも上級職の奥義数発で倒せるとは到底思えない相手が。

 

「これはわたくしの手落ちですわね……別に、どうということもないのですけれど」

 

 直後、【ドロ・レプリカ】が立ち上がる。

 生き返った……否、正確に表現するのなら『死に返った』アンデッドは再び力を取り戻す。

 光の粒子になることもなく、死して斃れぬ屍の如く身を起こす。

 

 これこそ【屍将軍】の真骨頂。アンデッドを真に不死にする最終奥義、《死人に朽ちなし(ノーライフ・ノーデッド)》。

 パーティ内のアンデッドが死亡した際、二十四時間解除不可能な【衰弱】を付与して復活させるスキル。

 超級職の最終奥義の中では使用しても自分が死ぬことはなく、また【死霊王】や【蟲将軍】のように複数回使用できる点で比較的取り回しに優れている。

 無論、復活する度にステータスが半減するデメリットを抱えているが、物量に任せた戦法を取ることである程度は補える。

 

 何より、倒すことができないという事実だけで相手の精神を揺らがすには十分である。

 現に騎士団の大半は【ドロ・レプリカ】復活の光景を前にして戦意を喪失していた。

 

「あ、れ……?」

 

 一方で、アンデッドを率いるリップもまた動きを止めていた。

 肉と骨を焼く炎、肺を焦がす熱気、酸欠の苦しみ。

 思いがけず与えられた『死』に、どうしようもなく精神の昂りが隠せなかった。

 

 単なるプログラムに過ぎず、一度心中したらそれまでのティアンやモンスターはもとより、他の<マスター>に殺されても、リップは満足できなかった。

 だから欲望と渇きの赴くままに心中を繰り返して、自分を満たしてくれる存在を求め続けた。

 

(そして、あの人を見つけた)

 

 それは運命だった(ただのぐうぜんだった)

 

(この人しかいないと思った)

 

 特別な想いを抱いた(ものめずらしかっただけ)

 

(そう、思ったはずで……)

 

 自分は彼に恋をしているのだと(かまってくれるひとがほしくて)

 

(でも、私は……今、NPCに殺されて喜んでいる(・・・・・)

 

 目を背けていた。

 心に蓋をして、気が付かないふりをしていた。

 けれど、もう限界だ。

 

 それでも(けっきょく)好きな人に愛されたい(ころしてくれるならだれでもいい)

 

 論理が破綻していることを認めてしまったら、否応なしに正気に戻ってしまう。

 作り上げた仮面が剥がれていく。

 綻びだらけのロールプレイは崩壊して。

 後に残るのは……自分勝手で、まともではない、ひとりぼっちな、弱い少女が一人きり。

 

 置いていかれるのは当然だ。

 だって、彼との関係は最初から最後まで、彼の優しさによるものに過ぎなかったのだから。

 

 愛想を尽かされて当然だ。

 だって、彼に対して求めてばかりで、自分から何かを与えようとはしなかったのだから。

 

 彼が離れていくのは当然だ。

 だって、こんなにも面倒で歪んでいる「普通」とかけ離れた自分を、愛してくれる人などいないのだから。

 

(……もう、いいや)

 

 彼が来る保証はどこにもなかった。ただ「彼ならきっと来てくれる」と根拠もない妄想をしていただけ。

 普通に考えれば東門で<UBM>と戦っているに違いないのだ。彼は分身なんてできないし、二箇所に同時に存在することはない。それなら、より多くの人を救う選択をするのは当たり前だ。

 

 少女の常識はリップに行動の空虚さを説く。

 冷静になってしまうと、現実という名の冷たい毒が澱んだ思考を蝕み、溜まった膿を一箇所にかき集めていく。

 

(これで最後。……思い切り暴れて、止めに来た人に殺されて、それでおしまい)

 

「《喚起》――」

 リップはデンドロ最後の戦いに、己が全戦力を呼び出さんとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――そこまでだ』

 ――鷲頭馬に跨る白銀の騎士を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 目を疑った。

 錯覚か、あるいは都合のいい幻覚かと思った。

 それでも、たしかにその姿と声は彼のもので。

 

『色々と言わなきゃいけないことはあるけど、とりあえず……リップ、お前を止めに来た』

「〜〜ッ!」

 

 全身が歓喜で震えた。

 血が熱を持って巡り、脳と神経に稲妻が走る。

 一秒前までの思考をすべて投げ打って、リップは満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、嗚呼! 来てくださいましたのねあなた様! わたくし、とっても、心の底から嬉しく思いますわ! さあさあ、殺し合いましょう! 愛し合いましょう!」

 

 叶うなら、夢の続き(デート)をもう一度。

 

 私を一番に選んで。

 

 私だけを見て。

 

 私の願いを聞いて。

 

 私の望みはただひとつ。

 

 ――私を、(ころ)してください。

 

To be continued



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Death Parade ⑨

 □■プリコット・市街地

 

 街を襲う【ゴブリン・キング】を倒したひよ蒟蒻の元に届いた急報は耳を疑うものだった。

 

「東門と西門の両方に敵襲、か」

「はっ! 東門は【慧鬼帝 エフティアノス】が率いるゴブリンの大軍! 西門は詳細不明ですが、大勢のアンデッドが外壁に押し寄せています!」

「嘘だろおい……」

 

 ようやく騒ぎが片付いたと思ったら、嵐の前触れでしかなかったという事実にその場の全員が顔を青ざめさせた。

 加えて、ひよ蒟蒻は西門の方に関して心当たりがあった。というより原因を作った張本人であるため、内心は罪悪感で押し潰されそうになっていた。

 

 だが、過ぎたことを後悔しても意味はない。

 なにより、彼の選択は最善ではなかったかもしれないが適切ではあった。

 ひよ蒟蒻は万能でも天才でもない。

 彼にできるのはその時々で適切と思う選択をすること、そして選んだ結果を積み重ねることだけ。

 

(悔やむのは後だ。今は考えろ、どうやってこの状況を乗り切る?)

 

 敵はどちらも街を滅ぼせる軍勢。

 幸い、ひよ蒟蒻は一対多数の戦闘を得手とする。

 一千、いやさ一万のモンスターであろうと、並の力量では相手にならない。先のように鎮圧することはできる。

 

(だけど……手が足りない(・・・・・・)

 

 ひよ蒟蒻は一人しかいない。

 同時に東門と西門に駆けつけることはできない。

 いくら対軍戦闘に慣れていても、一息で敵を制圧して反対側に向かうという芸当は不可能だ。

 片方と戦っている間に、もう片方が街に押し寄せたら甚大な被害が出る。

 

 せめて防衛戦力が充実していれば時間稼ぎを頼むことができたが、既にプリコットの<マスター>は大半が避難するかデスペナルティになっている。

 この場の七人、そしてまだ街中に残っている者が数人いればというところ。それも希望的観測に過ぎない。

 プリコット侯爵家の騎士団はそれなりの戦力ではあるが、<UBM>や超級職の相手は荷が重い。それに彼らはティアン。死んでしまったら生き返らないという一点で、死戦に連れ出すことをひよ蒟蒻は躊躇ってしまう。

 

(せめて一人。多数を相手取れる強者がいてくれたなら)

 

 そんなひよ蒟蒻の内心を読み取ったのか。

 

『やあやあ皆さんお揃いで』

 

 場に似つかわしくない声がした。

 わずかにノイズがかかった音声を放つのは、バイザーを付けた冒険者ギルドの女性職員……を模した人形だ。

 

『初めまして、お久しぶりとこんばんは。お元気そうでなによりだねえ、ひよ蒟蒻くん』

「その声はグリオか。何しにきた? というか、ゴブリンはお前の仕業か?」

『君たち揃ってまあ……いやあ、僕ってばマイナス方向で信頼されてるねえ。でも今回は違うよ』

 

 大げさにため息を吐いたグリオマンPは、自らの代理を務める人形にアイテムボックスを握らせた。

 

「ッ! それは」

『はあい、ご明察。ひよ蒟蒻くんがお困りじゃあないかと思ってね。どうだい? 欲しいだろう? 「軍隊を相手にできる即戦力」が』

 

 欲しいか欲しくないかで問われたら、もちろん欲しい。喉から手が出るほどに。

 グリオマンPが提示したカードはたしかに戦況を覆すにたる。ちょうど今のひよ蒟蒻に欠けているものだ。

 だが、ひよ蒟蒻放は知っている。

 この男、グリオマンPがただの善意でこのような提案をするわけがないということを。

 

「何が狙いだ」

『それはつまり、商談のテーブルに座るつもりがあるってことでよろしいかな?』

 

 グリオマンPの通り名は“戦争屋(マッチメーカー)”。

 火種を撒き、強者同士の対戦カードを組み上げる。

 加えて、ありとあらゆる武装と情報を取り扱う悪徳商人でもある。

 

『なあに、僕の要求は簡単だよ。ひとつは“彼女”の貸出期間の延長、それと君のところにいるもう一機の貸与。最後に君が隠してる切り札(・・・・・・・・・)の情報公開だ』

「……別に、そういうつもりはないんだが」

 

 足元を見て対価をふっかけるグリオマンPに対して、ひよ蒟蒻は視線を逸らして言い淀む。

 

「前二つに関しては俺の一存で決めていいものじゃない。だから後で前向きに検討する」

『えー? できれば確約して欲しかったけど……うーん、仕方ない。知人のよしみでサービスしておこうか。それで、最後のひとつは?』

 

 本当に、僕に手札をバラしちゃっていいのかなあ?

 そう言って、ニヤニヤと嫌味に笑う顔が目に浮かぶ。

 グリオマンPに情報を渡すというのは、すなわち、己のビルドが切り売りされて丸裸になるのと同じ。

 日夜プリコットの犯罪者を相手にするひよ蒟蒻にとっては「対策を取ってくれ」と公言するようなものだ。

 

 それでも。

 

「そんなことでいいなら」

 

 ひよ蒟蒻はあっさりと、自分の切り札を記してグリオマンPに手渡した。

 

『うっわぁ……つまらない男だねえ、君。ちょーつまらない。せめてもう少し悩むとかしようぜ』

「別にいいだろ。あと、ついでに一つ頼まれてほしい」

 

 そうして取引を【契約書】にまとめたグリオマンPは通信を切り、人形も何処かに姿を消した。

 ひよ蒟蒻は受け取った「戦力」をどう扱うかしばらく考えた後、それを生き残りの<マスター>に預ける。

 

「これを持って東門に。もしできるなら、その後は騎士団に加勢をお願いします」

「あ、ああ。わかったが……あんたは来ないのか? 相手は<UBM>だぞ?」

「打てる手は打ちました。それに、西門は俺じゃないと駄目みたいなので」

 

 そう言い残して、ひよ蒟蒻は愛馬に跨り飛翔する。

 戦場に向かうわずかな時の中で会話を思い返し、ふと気づいたことは。

 

(そもそも、所有者は俺なのに対価を払うっておかしくないか?)

 

 いいように詐欺(カモ)られたという事実だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・東門

 

 小鬼、そして<UBM>の侵攻。

 一万に及ぶゴブリン軍は迅速な行軍により、元は東門前に広がる森林だった(・・・)平原に押し寄せた。

 

 対する騎士団の動きは鈍重だった。

 無論、ただ手をこまねいて見ていたわけではない。

 プリコット侯爵に急報を知らせるべく即座に伝来が飛び、彼らは防衛の手筈を整える。

 しかし兵力が圧倒的に足りていない。

 戦える者の大半は市街地で【ゴブリン・キング】と戦闘中、そして侯爵は市民の避難に追われている。

 

 多くの者が【キング】こそゴブリンの群れを率いる本命だと考えていた。

 それゆえに街に侵入したゴブリンの対処に追われて、外敵への備えを十分に残すことができなかった。

 

 それこそが小鬼の策略。

 群れに先駆けて潜入したゴブリンが市街地を攻撃することで、プリコットの戦力分散を狙うゲリラ戦術。

 後方を狙うのは下劣であり、下手をすると相手を警戒させるだけになってしまうが……混乱をもたらすという意味では効果的で、今回は見事なほど策に嵌まった。

 

 しかしゴブリンの大軍は「まるで何かを待っているかのように」不気味なまでの静寂を保っており、石ころ一つ投げようとしない。

 時間を稼いだ分だけ【征伐王】含めた援軍を期待できる騎士団には利しかない行動だ。

 

 訝しんだ騎士の一人が小鬼の陣容を確かめようと眼下を見やり、そして目に留める。おもむろに、御輿に座ったままの【エフティアノス】が先頭に進み出る光景を。

 

『――人よ、余の声が聞こえるか』

 

 その言葉を聞いた者は、皆に一様に身を震わせた。

 

『余の名はエフティアノス。皇帝エフティアノスである』

 

 人間は威圧感に膝を突き、あるいは脳髄を痺れさせ。

 ゴブリンは畏怖と敬愛に頭を垂れる。

 それのカリスマを前に、凡人は立つことを許されない。

 

『余は独り皇帝を騙る紛い物に非ず。臣下を従え、率いるもの。それは貴殿らも見ての通りだ』

 

 鬼人は背後に控えるゴブリンの大軍を指し示す。

 

『しかしながら、我らの旧き居城は少々手狭となった。ゆえに、エフティアノスの名において、貴殿らの街を新たな城として貰い受ける。武器を捨てて降伏するがいい。さすれば命までは取らないことを約束しよう。余に従い、余に殉じよ。その誉れを享受する権利を授ける』

 

 その宣告に、騎士たちは耳を疑った。

 ゴブリンたちはプリコットの街を侵略して、支配下に置くつもりなのだ。

 それがいかに非現実的な夢物語かは自明だろう。

 いくらレジェンダリアが内戦状態にあるといっても、地脈を備えた要地を【妖精女王】が放置するはずがない。

 

『無論、抵抗するのなら容赦はしない』

 

 だが、支配はともかく、街を一つ滅ぼすことは可能であると思わせるだけの迫力がそこにはあった。

 

『そして素直に言いなりになるとも思わん。まずは我らの武を目にして震えるがよい』

 

 大剣を肩に担いだ【エフティアノス】は、麾下のゴブリン五百を見繕って前進する。

 

『騎狼隊、抜剣』

 

 狼に跨った小鬼は次々と武器を構える。

 一目で業物とわかる白刃。

 それは一振り一振りが【エフティアノス】自ら鍛造したアダマンタイトで作られており。

 煌びやかな刀身に、上級職の奥義に匹敵する魔法が込められた《魔剣》でもある。

 

 では、【エフティアノス】は鍛治に長けた<UBM>なのかというと……答えは否だ。

 

『総員構え――放て』

 

『『『『『《Laser Blade》』』』』』

 

 ゴブリンは一斉に剣を振る。

 高熱を纏う五百の剣。魔法と組み合わさったそれは飛ぶ斬撃となってプリコットの城壁を破壊する。

 魔剣の効果で別物のように見えるが、剣技自体はありふれたスキル。【剣聖】の《レーザーブレード》だ。

 

 とはいえ、通常なら数百のゴブリン全てが一様に剣技スキルを習得できるはずがない。

 個々の適性と才能の有無で、同じゴブリンでも成長の度合いと方向性は千差万別となる。

 

 ――その常識を捻じ曲げる例外(ユニーク)が【エフティアノス】の<UBM>たる所以。

 

 【慧鬼帝 エフティアノス】が有するスキル、その名は《技巧修集》と《啓蒙専政》。

 

 一つ目の《技巧修集》は読んで字の如く、目にしたスキルを獲得して己のものにするラーニングスキル。

 そして《啓蒙専政》は『自身の保有スキルを配下に習得させる』スキルである。

 才能の有無を問わず、一切の劣化なしに技術を伝えることができ、対象のスキルが【エフティアノス】から失われることもない。

 

 自身は戦闘系・生産系の豊富なスキルを取り揃え、有用なスキルを配下に学習させる。

 さらに鍛造した高品質の武具、そして《ゴブリンキングダム》の上位互換となる《ゴブリンエンパイア》で配下に強化を施す、まさに器用万能な統率者。

 配下のゴブリンは【エフティアノス】の恩恵を受けて、総合的な能力を戦闘系上級職に就いた<マスター>と同等以上にまで高めている。

 

 戦闘スタイルとしては典型的な広域制圧型であり、数の暴力を前にしては生半可な火力や生存力などあっという間に攻め滅ぼされる。

 ゆえに【エフティアノス】の配下に対抗するなら、同じ広域制圧型か、広域殲滅型に頼るしかないだろう。

 しかし、この期に及んでもプリコットの城壁からは散発とした反撃が繰り返されるのみ。

 

『些か拍子抜けだ……が、好機であることは違いない』

 

 たとえ隠し玉を残しているとしても、使えなければ宝の持ち腐れ。行き過ぎた温存は自らの首を絞めるだけだ。切り札を使わないのなら、その前に勝負を決める。

 総攻撃を仕掛けるため、【エフティアノス】は後方に見えるよう片手を掲げて。

 

『フルバースト』

 ――爆音と閃光に遮られた。

 

 降り注ぐ砲火と銃弾の雨。

 横長に布陣したゴブリンを隅から隅まで範囲に収める射程と、大地を抉り燃やす火力の一斉掃射。

 阿鼻叫喚の中、【エフティアノス】は即座に付近の配下へ防御陣形を取らせ、それを全体に伝播させていく。

 そばに控える精鋭は古代伝説級金属の盾と防具、教化したスキルを併用することで防御を固めて致命傷を免れるが、指示が遅れたゴブリンは混乱したまま灰燼と帰す。

 

『ハッ、当然だな。追い詰められた獣こそ必死で牙を剥き出すもの。人が無策で余に降るわけがあるまい』

 

 硝煙の向こう、先ほどまで無防備だった城壁には、打って変わって物々しい兵器が並んでいた。

 銃座、砲塔、無数の筒口。

 装甲、機雷、数多の攻性防壁。

 自然満ちるレジェンダリアにはどこかそぐわない鋼鉄で形作られた施設。

 いずれも一級の技術者の手による武装。

 系統は異なれど同じく武具を産み出すことができるものとして、【エフティアノス】の審美眼は製作者の腕を推し量り、内心で感嘆する。

 

『……おや。想定以上ですね。まとめて殲滅するつもりだったのですが、たった六割しか(・・・・・・・)削れませんでしたか』

『ほざけ! 余の軍勢を半壊させておきながら何たる言い様か! その方、姿を見せて名を名乗れ!』

 

 とはいえ、口に出して称賛するには自軍の損害が大き過ぎた。配下の士気を保つために【エフティアノス】は強硬な態度を取る。

 古代伝説級最上位、半ば神話級に手をかける存在の誰何に対する相手の返答はというと、

 

『むっ』

 

 無言の狙撃だった。

 身を乗り出していた【エフティアノス】、その額に飛来した弾丸が命中した。

 致命傷はダメージ転嫁スキルにより御輿を担ぐゴブリンの一匹が肩代わりして光の塵に還る。

 

『……下郎が』

『戦場で気を抜くあなたが悪いのでは?』

 

 声の主は要塞化した城壁の上。

 無表情ながら端正な顔立ち、年代物の侍従服を着て狙撃銃を携えた長身の美女。

 隙のない所作は実戦を重ねた軍人のようで、どこか人間離れしている。

 

 事実、彼女は人ではない。

 それどころか生物ですらない。

 

『そして一点訂正を。私は女性型ですので、「下郎」は用法として誤りになります。知性を得たばかりの新参者には少々難題のようですが』

 

 皇帝のカリスマを前にして不遜。

 【エフティアノス】を赤子のように見下し、揶揄するのは口先だけでなく本心から。

 なぜなら、彼女とゴブリンでは積み重ねてきた歴史が違う。

 

『リトルマスターもまだまだですね。この程度、足止めをするまでもない――』

 

 彼女は先代【征伐王】に付き従い、その右腕として幾つもの戦場を駆けた歴戦の戦士。

 

 名工フラグマンの煌玉獣を模して造られた二十一の煌玉獣、その初号機にして最高傑作。

 

 第二世代量産型煌玉人試作機【榛之魔術師(ヘイゼル・マジシャン)】。

 

『――駆除してしまって構いませんね』

 

 与えられた銘の如く、ヘイゼルは魔法のように無数の兵器を操作してゴブリンに弾幕を浴びせかけた。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。
【榛之魔術師】
(U・ω・U)<『第二世代』といっても海賊版

(U・ω・U)<三代目フラグマンの煌玉蟲とは異なり、【大賢者】ではない人物が作成(というよりレストア)

(U・ω・U)<なぜ試作機が最高傑作か?

(U・ω・U)<素体が思うように集まらず、量産計画が頓挫したのです


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Death Parade ⑩

【朗報】<UBM>と遭遇することすらできない君たちへ

 

1:名無しのP

今なら誰でも特典武具ゲットのチャンス!

 

手順は簡単です!

まずログインしたらレジェンダリアのプリコットに行く。

他の街にいるなら頑張って移動してください。

自害コマンドを使う。

本当に死ぬことはないので安心してください!

注:セーブポイントを登録していないと最初からやり直しになります! プリコットのセーブポイントに触れておきましょう

 

街の東門まで歩く。

<UBM>のネーム表示を視認したら、空きのあるアイテムボックスを持ったまま、その場で三回回ってワンと鳴いた後にログアウトします。

 

次にログインしたとき、アイテムボックスを確認すると特典武具が入っています!!!!

 

 

2:名無しのマスター

これ本当ですか? 試そう

 

 

3:名無しのマスター

漂う罠ップ臭

 

 

4:名無しのマスター

<UBM>……特典武具……ウッ、アタマガ

 

 

5:名無しのマスター

>>2

おいおい死ぬわあいつ

 

 

6:名無しのマスター

自害したら問答無用でデスペナなんよ

ためそうじゃないの、ダメそうなの

 

 

7:名無しのマスター

今どきここまであからさまなガセネタも珍しい

 

 

8:名無しのマスター

布理骨兎……? てき……どこ……?

 

 

9:名無しのマスター

ほら、修羅は蠱毒(天地)に帰って

 

 

10:名無しのマスター

孤独に還って

一人リビングで見たくもないバラエティ見ながら安酒でも飲んでなさい

 

 

11:名無しのマスター

>>10

やめるんだそれは俺に効く

 

 

12:名無しのマスター

>>10

ヤメロォッ!

 

 

13:名無しのマスター

自害したらログインできなくなったのですが?????

 

 

14:名無しのマスター

 

 

15:名無しのマスター

 

 

16:名無しのマスター

残当

 

 

17:名無しのマスター

笑い事じゃありませんよ!!わざわざ黄河から必殺スキル使ってまで飛んできたというのにっ!

 

>>1

覚悟を決めてください。

あなたのことは地の果てまで追い詰めて報復します!

虚偽の情報で私を騙して、私の尊厳を粉々に破壊した罪は許されるものではないからです!裁判など必要ありません。あなたは極悪覇道の犯罪者です!監獄に叩き込まれる用意はできていますか!?

 

 

 

18:名無しのマスター

この短時間で国家間移動ってめちゃくちゃ速いな

クールタイムかコスト激重と見た

 

 

19:名無しのマスター

全財産を投入しました

くそ……戻ったら狩りで取り返さないと

 

 

20:名無しのマスター

一ついい? 杞憂ならいいんだけど

もし>>19が1の手順通りやってたら……次のログイン地点プリコットになってるんじゃない?

 

 

21:名無しのマスター

あっ

 

 

22:名無しのマスター

あっ

 

 

23:名無しのマスター

んっ?

 

 

24:名無しのマスター

つまり……?

 

 

25:名無しのマスター

えっと、黄河に戻るのにもう一回必殺スキル使わないといけないのでは?

 

 

26:名無しのマスター

うわあああああああああああくぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?!!?

 

 

27:名無しのマスター

いや草

 

 

28:名無しのマスター

見事な二段オチ

 

 

29:名無しのマスター

これは笑うしかない

 

 

30:名無しのマスター

いい夢見ろよ

 

 

31:名無しのマスター

ネットリテラシーは大事ってことだ

いい教訓になったな、授業料は高くついたが

 

 

32:名無しのマスター

以上の功績を以って汝の名は定められた

 

無一文で異国に到達した者

 

仙郷より来たりし放浪者

 

彼こそが後の世に語られる罠ップ破産迷子ニキである

 

 

33:罠ップ破産迷子ニキ

マジでどうしましょう

レジェンダリアって変態の魔窟なんですよね?

 

 

34:名無しのマスター

いやコテハン付けるんかい

 

 

35:名無しのマスター

>>33

とりあえずクエストしてお金稼ぎな

コストを貯めて必殺使うなり、カルディナのキャラバンとかに乗せていってもらうなりできるから

 

 

36:罠ップ破産迷子ニキ

>>35

ありがとう親切な人

 

とりあえずデスペナルティ明けたら<UBM>の討伐狙います。懸賞金とかあるかもしれないので

それまで倒されるんじゃありませんよ……

 

 

37:名無しのマスター

まあ一件落着やな

久しぶりに腹抱えて笑わせてもろたわ

 

 

38:名無しのマスター

よかったよかった(面白くて)

 

 

39:名無しのマスター

ちょい待て。流しそうになったが

 

 

40:名無しのマスター

もしかしなくても、<UBM>がいるのはガチ?

 

 

41:名無しのマスター

ガタッ

 

 

42:名無しのマスター

ふうん……なるほど?

俺じゃなかったら見逃してたね

 

 

43:罠ップ破産迷子ニキ

まっtやめてくださいあれはぼくの

 

 

44:名無しのマスター

もう遅い! こういうのは速い者勝ちじゃあ!

 

 

45:名無しのマスター

人を集めろ! いや、やっぱ来るな!

特典武具は私がいただく!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・東門

 

 絶え間ない砲火でゴブリンは数を減らしていく。

 ヘイゼルにとっては都合が良いことに、戦いは兵器対軍隊という構図になっていた。

 盾を掲げて愚直に前進するゴブリンを吹き飛ばし。

 弓と魔法による攻撃は防壁で防ぐ。

 無意味に命を散らしていく様子に、敵の狙いは別にあるとヘイゼルは察した。

 

(時間稼ぎですか)

 

 その理由はすぐ明らかになる。

 

『ッ!』

 

 突如、飛来する弾頭が城壁に設置された砲塔の一つを破壊する。

 

 敵陣から引き摺り出されるのは攻城兵器。

 魔力を物理的な破壊力に転換する十の槍。

 ゴブリンが作り上げられるような代物ではないが、何事にも例外はある。

 

 気がつけば【エフティアノス】は前線から姿を消しており、後方で作業するゴブリンに指示を飛ばしていた。

 遠目にも、ヘイゼルが用いる兵器とよく似た武装が次々と造られては戦線に投入されているのが見える。

 

(私の武装を見て、即興で組み上げたと……贋作とは良い度胸ですね。ですが)

 

 ヘイゼルは左腕に収納された短杖を取り出す。

 

『それは私の十八番なんですよ。【ツール・コンダクター】、起動』

 

 指揮棒のようにそれを振るうと、壊れた砲塔が分解、部品が剥離して組み変わる。

 ある部品は新しい銃座や装甲に。

 またある部品は彼女の手足となる小型機械に。

 

 砲撃を継続しつつ、ヘイゼルは次々と武装を製造する。

 破損した兵器を再利用して、小型機械をアシスタントに、元の二倍の設備を構築する。

 集中砲火で相手の兵器を粉砕する。

 

 そもそも【榛之魔術師】は機械の生産と運用をコンセプトに製造された煌玉人。

 同じ土俵に立つのなら、ゴブリンの付け焼き刃に勝るのは当然のこと。

 どうあがいても勝負はヘイゼルに軍配が上がる。

 

 ――物量戦ならば、という話ではあるが。

 

 

 ◇◆

 

 

 兵器をいくら模倣したところで勝ち目がないことは理解していた。

 だが耐える。

 

 配下が削られたことは遺憾であり、痛手である。

 だが耐える。

 

 すべては勝利のため。

 ここで負けたら後はない。

 だからこそ、己が抱える制約に追い詰められながらも今は耐える。

 

 もうしばらくの辛抱だ。

 じきに、機は熟す。

 

 

 ◇◆

 

 

『……おや?』

 

 ヘイゼルは眼下にゴブリン以外の人影を捉えて首を傾げた。

 

 ティアンではない。騎士団は門の内側に下がらせた。市民が迷い込むわけもない。

 ぽつぽつと、徐々に数を増やす人間。彼らは掲示板の書き込みを見て駆けつけた<マスター>たちだ。

 純粋に街を守ろうとする者、特典武具を狙う者、理由は様々だが戦力となることは間違いない。

 

 しかし、全員が足並みを揃えることができるかというとまた別の話で。

 

「行け行け、とにかくぶちかませ!」

「やめろお前ら! 味方に攻撃が当たってるじゃないか!」

 

 MVPになろうと周りを鑑みずに突撃する(じぶんのためにたたかう)遊戯派と、街を守ることを第一と考える(たにんのためにたたかう)世界派では噛み合うどころかお互いに足を引っ張り合う。

 たいていの者はここまで極端ではないが、数名が突出するだけで途端に協調は困難になる。

 

 即座に切り捨てるほど無能ではなく、さりとてヘイゼルがフレンドリーファイアに配慮するほど目覚ましい活躍はしていない。

 ヘイゼルはしばし悩んで……砲撃を続けた。

 

(私は特別な演算処理を組まずとも精密な狙いを付けられますからね。それに、凄腕なら自分で避けるでしょう)

 

 それでも、ほんのわずかに攻勢が緩む。

 

 その隙を【エフティアノス】は見逃さなかった。

 

 後方に下がっていた【エフティアノス】が前に出る。

 敵将の単騎駆けに銃砲は集中砲火を浴びせるが、鬼人は拳を大地に叩きつけて岩壁を作りこれを受ける。

 地属性魔法で固められた障害物を盾に<マスター>へ接近した【エフティアノス】はマントを脱ぎ捨て、無数の武器武装を背負うと。

 

『余の首を欲する者は来るがよい! 何人であろうと蹴散らしてくれるわ!』

 

 咆哮で挑発した。

 

「よし、一斉に行くぞ!」

 

 応えるのは遊戯派の<マスター>。

 はたから見れば無謀な突撃でも、彼らにとっては千載一遇のチャンスである。

 

 超級職や<超級>でない彼らにとって、特典武具は喉から手が出るくらいに欲しいコンテンツ。

 この状況も、獲物が向こうから倒されに来た状態だ。

 

「《流堰ノ射(スーファラル)》」

「《舞い踊る不敗の剣(フレイ)》!」

「《蜂毒崩壊(アリスタイオス)》ッ」

 

 鏃が、剣が、毒手が。

 各々が発動した必殺スキルが迫る。

 鬼人はそれらすべてを視認した上で、

 

『こうか? 《流堰ノ射(・・・・)》、《舞い踊る不敗の剣(・・・・・・・・)》、《 蜂毒崩壊(・・・・)》』

 

 ――同じスキルで迎撃した。

 

 一連の動作を見切れた者は何人いただろうか。

 瞬時にスキルを見て、理解し、武器を持ちかえ、<エンブリオ>のスキルすら己のものとして行使する。

 それを成し得るのは超音速機動と《技巧修集》の賜物であり、

 

『《戦技連結》』

 

 目にも止まらぬ速度で白刃が走る。

 それは停止であり、毒であり、剣舞。

 直後、三人の<マスター>は首を斬り飛ばされてデスペナルティになった。

 

『名付けるのであれば……《フェイタル・オーヴァーラッシュ》か』

 

 剣を片手に鬼人は思案する。

 スキルを繋ぎ、剪定し、新たなスキルを創造する。

 本来ならば【神】シリーズに届く技量の持ち主にしか認められない御技。

 【エフティアノス】第三のスキル《戦技連結》の効果によるものである。

 

 《技巧修集》のラーニングと《戦技連結》によるスキル編纂、配下にスキルを与える《啓蒙専政》。

 戦えば戦うほど、未知のスキルを見れば見るだけ、【エフティアノス】の軍勢は強化されていく。

 【エフティアノス】からすれば、<マスター>の方が珍しいスキルを披露してくれる獲物(・・)なのだった。

 

 自らが人に狙われる<UBM>であり、必ず新手がやってくると理解していたからこその時間稼ぎ。

 既に複数のスキルを見て取った【エフティアノス】は、万全の状態で反撃に移った。

 

(このままでは少し分が悪いですか)

 

 先ほどまでは配下のゴブリンが攻めてくるだけだった。

 ヘイゼルは広域殲滅攻撃で波を押し返せば良かった。

 しかし【エフティアノス】が参戦するとなると戦い方を見直す必要が出てくる。

 

 面を制する砲撃は【エフティアノス】の防御……岩壁や盾、耐性スキルなどに阻まれるか、超音速機動で見てから回避される。

 今の【エフティアノス】のスタイルは個人戦闘型。砲撃をすり抜けて接近された場合、兵器を各個撃破されるか、ヘイゼル本体が狙われる。

 そして、ヘイゼル単体の戦闘力はそれほど高くない。

 

(最初から戦闘に参加しなかった点は気になりますが。スキルを見るだけなら戦いながらできるはず。他に理由がある? 要警戒ですね)

 

『ともあれ、近づかせなければ良い話』

 

 空中機雷、迷宮防壁、局所空間歪曲。

 コストが嵩む兵器を惜しみなく積み重ねて【エフティアノス】を足止めし、その間にゴブリンを殲滅していく。

 もとより配下を先に倒さなければ鬼人にダメージは通らない。ヘイゼルは最善手で敵戦力を削る。

 

『ええい、小賢しい真似を』

『自分の行いを顧みてはいかがですか。鏡がご入り用ならお貸ししますよ』

『貴殿の方が余程口が回るではないか! だが、余にも都合があるゆえな。玩具遊びはここまでとしよう』

 

 巻き込まれた<マスター>ごと障害物を薙ぎ払った【エフティアノス】は槍を構え、

 

『――《ディストーション・パイルⅡ》』

 ――ヘイゼルを貫いた。

 

 本来は【衝神】の奥義、されどこの技は模倣に過ぎず。

 空間系スキルを組み合わせて作り上げた技に、文献で目にしたスキルの名を借り受けたというだけのもの。

 それでも前方の空間に射程を伸ばす刺突は離れたヘイゼルの胸部を穿ち、彼女を機能停止に追い込む。

 

『っ……』

 

 同時にヘイゼルが操作していた兵器群は制御を離れ、正確無比な迎撃は散発的な抵抗に成り下がった。

 後は一つずつ破壊してしまえば兵器の修復はなされず、ゴブリンを殲滅する手段は失われる。

 

『生き残ったのは一千と五百か……まあよい。敵方の将は討ち取った! 我らの勝利は目前である! 皆のもの、余に続け! このまま街を攻め落とす!』

 

 高揚したゴブリンが門に押し寄せた、その時。

 

「ええい離しなさいカヅキ! 騎士として、ここで名乗りを上げずにどうするというのですか!」

「本音は?」

「ゴブリンですよゴブリン、しかも皇帝! 負けたらどんな辱めを受けてしまうのか想像に難くありません! 後生ですから行かせてくださいお願いします!」

「今そういう空気じゃないんだよ! てか味方が瞬殺されたの見えてなかったのか!? おいエクス、トルテ、手伝ってくれ! こいつ力強い!」

 

 騒ぐ少年を振りほどき、一歩を踏み出す者がいた。

 黄金色の髪をシニョンにしてまとめた美女だ。

 華美な鎧に羽兜をかぶり、両手剣を構える。

 門を背に、ゴブリンと対峙する。

 

「私は【聖騎士】クッコロ! ゴブリンの皇帝よ、お前の好きにはさせません! 我が剣の錆となりなさい!」

 

 鼻息荒く、一人のゆうしゃは猛進した。

 

To be continued



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Death Parade ⑪

(U・ω・U)<最初に言っておく、ごめんなさいと


 □■プリコット・東門

 

「あのバカ! 一人で突撃しやがった!」

 

 パーティメンバーの暴走にカヅキは天を仰ぐ。

 

 ゴブリンから逃げていた彼ら四人組は、いつの間にか東門付近にまで逆走してしまっていた。

 様子を窺っていたところで、【エフティアノス】を目にしたクッコロが理性を失い爆進したのである。

 

「仕方あるまい。彼女は限界だった。さながら深き業を背負いし辛苦の騎士といった体だったぞ」

「無理して厨二っぽい言動しなくていいんだぞエクス。ファッションなのはわかってるから」

「はー!? ファッションちゃうわ! バーカバーカ!」

「はいはい……っと、それどころじゃねえ!」

 

 ポカポカと殴ってくるエクスをあしらい、カヅキは戦場に意識を向けた。

 囲まれたクッコロは飛びかかってくるゴブリンを切り捨て、近くのゴブリンに詰め寄り、怯んだ相手を片っ端から倒している。

 

「……意外といけるか?」

「あれでも元は王国の決闘ランカーらしいぞ」

 

 二人が健闘を見守っていると、クッコロは突然わざとらしい動作で転び、両手剣を手放して倒れた。

 

「あ〜れ〜、やーらーれーたー」

「明らかに自演だろうが! ダイコンにもほどがあるぞクッコロぉ!」

 

 カヅキの突っ込みも意に介さず、クッコロは起き上がることなくやられたフリを続けている。

 ゴブリンも毒気を抜かれて困惑しており、何かの罠かと疑っている様子だった。

 

「……」

『……』

 

 そのまま、しばらく沈黙がその場を支配して。

 

「――なぜ私を慰みものにしないのですッ!?」

 

 救いようのない叫びがこだました。

 

「美貌と強さを併せ持つ女騎士ですよ? 金髪に強気な表情、スタイル抜群の女騎士ですよ!? ゴブリンなら……いいえ、雄ならその獣欲を余すことなくぶつけるべきでしょう! 恥を知りなさい!」

 

 現在進行形で痴態を撒き散らす人に言われてもゴブリンが困るだろうとパーティメンバーの内心は一致し。

 ゴブリンはそもそも人間の言葉を理解できるものが少なく、ただ内容がどうしようもないものということだけは口調から察して。

 彼女の言葉をまともに取り合ったのは、【エフティアノス】だけだった。

 

『ふむ……面白い』

 

 鬼人は上から下までクッコロの体をつぶさに観察して、真剣な表情で思案する。

 

『あの女のお陰で余の配下は壊滅したのでな。いずれ補充はしなければならぬと考えていた』

 

(嘘だろ? それでいいのか<UBM>)

(うわぁ……)

 

『だが、母体となるには強者でなくてはならぬ。そして、余が抱くのは自ら勝ち取った戦利品のみ』

 

 クッコロが取り落とした両手剣を拾った【エフティアノス】は、それを彼女の眼前に突き立てる。

 それを見たゴブリンはそそくさと後ろに下がり、鬼人と女騎士を中心とした円形の囲いを作った。

 

『余は一騎討ちを所望する。殺す気で来い』

「ふっ、いいでしょう」

 

 再び剣を手にしたクッコロは立ち上がり、不意をつく勢いで【エフティアノス】に切りかかる。

 下段からの切り上げ、切り下ろし、そして回転しながらの水平切り。流れるような剣技を、鬼人は大剣を合わせることで難なく捌いた。

 

「とああああ!」

 

 崩れた体勢のまま、軸足を変えて肩からタックルしたクッコロは小柄な鬼人に覆い被さるようにのしかかる。

 自重をかけて動きを制限したまま、手首を使って小鬼の頸動脈を裂こうと剣を引くが。

 

「っ、硬い!?」

『当然よ。貴殿に余は傷つけられん』

 

 耐性を上昇させた【エフティアノス】の防御を貫いてダメージを発生させることすらできない。

 

「それならっ……《グランドクロス》ッ!」

 

 零距離で放たれる光の奔流が両者を焼く。

 聖属性の光は使い手であるクッコロをも傷つけ、手にした両手剣は熱に耐えられず融解していく。

 さしもの【エフティアノス】も奥義を受ければ無傷とはいかない。クッコロの判断は間違いではなかったが。

 

『残念であったな』

 

 人外の膂力を発揮した鬼人が彼女を押し返す。

 大剣が半ばから折れた両手剣を弾き、打ち砕く。

 地に伏したクッコロに【エフティアノス】が大剣を突きつけて、それでおしまい。

 

 鬼人に外傷は皆無。受けた傷はすべて、《ゴブリンエンパイア》により配下に転嫁しているのだから。

 始めから勝負は見えていた。【エフティアノス】が勝つ以外の結末は残されていない。

 

「くっそ……しょうがねえなあ」

 

 それを黙って見ているカヅキではない。

 次に狙われるのは自分だから。

 今から逃げ出しても追いつかれる。

 なら、クッコロという盾を失うわけにはいかない。

 

「卑怯だろおい! こんなの無効試合だ!」

 

 カヅキはゴブリンの囲いを押し除け、クッコロを助け起こす。

 

「ほら終わりだ! 帰るぞ!」

「い、いえ。ですがカヅキ、まだ」

「黙れこのドM騎士! 十八禁ルートはまだ早い!」

「うひぃん!?」

 

 叱咤と臀部へのビンタにクッコロはなんともいえない悲鳴を上げて抵抗の意思を失う。

 カヅキはエクスの手を借りて満身創痍の彼女を運び出そうとする。

 

 しかし、彼の前に鬼人が立ち塞がった。

 

『小僧、何を憤っている? もとより余が勝つことが前提の戯れであろう。そこの娘も合意の上だ』

「うっせーわ! こんな茶番にはうんざりだ! そもそも何が小僧だ。お前の方が小さいくせによ!」

『……ほう』

 

 静かに、されど確実に憤怒を帯びた鬼人。

 放たれる威圧感はみるみるうちに増大していき、強化スキルを併用した【エフティアノス】の全身からはオーラが立ち昇る。

 鬼人の逆鱗に触れたことに気がついていても、カヅキの口は止まらない。

 

「どうせあれだろ? 身長でコンプレックス抱いてるんだろ? だってお前、普通のゴブリンより小さいもんな? そのなりで皇帝とかちゃんちゃらおかしいぜ。むしろお世話される赤ちゃんじゃないんでちゅかー?」

『――そうまで死に急ぐか』

 

 超音速で大剣が振られる。

 それはプリコットの森を丸ごと切り裂いたのと同じ、スキルで多重に強化した横薙ぎの斬撃。

 その場の誰も視認することはできず、あっけなく、カヅキの胴体は上下に切り裂かれる――

 

「ふぎぃ!」

「くっそ、ビビった! 超こえー!? 生きてる? 俺生きてるよな?」

 ――はずだった。

 

 それでも【エフティアノス】は冷静だった。

 まず間違いなく【ブローチ】を装備していたのだろうと判断して、続く二の太刀で無礼な男の首を跳ね飛ばし、

 

「ぬほっ!」

「くそ、容赦ねえなあ!」

『何だと……』

 

 ここで【エフティアノス】は動揺した。

 ただ、<マスター>と<エンブリオ>について学んでいた鬼人は、理不尽の塊のような生き物がこの世界には存在することを知っていた。

 目の前の不死身は何らかのタネがある。

 単なるスキルでも、物理攻撃無効、ダメージ転嫁、無敵化などが考えられる。

 

 カヅキを《看破》した鬼人は、目の前の男が貧弱な……レベル200にも届かない弱者であると読み取り。

 そこからどのような原理だろうと、カヅキの様子から長時間は持続しない制限時間付きのスキルと予想して。

 有用なスキルならラーニングしてやろうと、スキル発動の前兆を見逃さないようにしながら猛攻を仕掛けた。

 

 ……しかし、倒れない。

 

 カヅキにスキルを発動している様子はなく、ステータスにも変動はない。

 

『小僧、何をした?』

「俺は何もしてねえよ。もう少し視野を広く取ったらどうだ?」

 

 そう言われて鬼人は周囲を見回す。

 配下のゴブリン、先程の一騎討ちで数を減らしているが未だに健在。

 あとはそう。一騎討ちの相手だったクッコロが地面に倒れて、気味の悪い笑いを浮かべながら、【エフティアノス】の攻撃と同じタイミングで奇声を上げているだけで……

 

『貴殿……か?』

「うひっ、んほぉっ!」

 

 会話にならないが鬼人の推測は正解である。

 クッコロの鎧、【供儀贄鎧 アルケスティス】。

 その効果は『パーティメンバーが受けるダメージ・状態異常の肩代わり』。

 ダメージ転嫁の亜種であり、仲間の傷を一身に引き受ける博愛精神から生まれた<エンブリオ>である。

 

 クッコロは《聖騎士の加護》でダメージを軽減し、さらにサブに置いた【獣拳士】の《甲亀の構え》と【僧兵】の《五体投地結界》、必殺スキルの《災禍を祓う献身(アルケスティス)》で防御力を十倍以上に跳ね上げた上で。

 【ブローチ】や【身代わり竜鱗】などのアクセサリーでひたすらに攻撃を耐えるタンクビルドの【聖騎士】。

 

「ふふ……あは……ひひ……くっ、ころせぇ……!」

 

 見た目は、地面に伏せて悶える騎士という情けない格好になるのだが。

 

『……先に貴殿を仕留めるほかないようだな』

 

 クッコロに狙いを澄ませた【エフティアノス】は彼女のビルドの弱点を見破っていた。

 即死級の攻撃を確実に防げるのは【ブローチ】が機能する一回のみ。

 あとは純粋なダメージを受けるだけで、強力な状態異常への対策が不十分だ。

 そして、地に伏せることが条件なら地属性魔法で地面を陥没させても良い。

 

「いいのか? お前、誰かを忘れてるぜ」

『無駄だ小僧。少々面食らったが、余はそちらに気を配りながら娘を殺すなど雑作もない』

「いや俺じゃなく」

 

 カヅキが指差した方向、【エフティアノス】の背後に立っているのはエクス…… X・プロード。

 こうばしい風に指の間に挟んでいるのは四つの【ジェム】と四本の爆薬、【ダイナマイト・ポーション】。

 彼女の表情はまるでお気に入りのオモチャを並べられた子供のように生き生きと輝いていた。

 

「いいんだなっ? 今日は思う存分やってしまってもいいんだよなっ、カヅキ!?」

「ああ。小鬼さんはお疲れみたいだからな。目が覚めるくらいのド派手な衝撃をご所望だ――やっちまえ」

 

 親指を下に出した握り拳のゴーサインで、エクスは鬼人へと突撃する。

 

『ッ、誰か! そやつを止めろ! 殺せ!』

 

 本能で危険を察知した【エフティアノス】は配下のゴブリンに命令するが、ゴブリンの剣も、槍も、魔法も、エクスには通じない。女騎士が喜悦の悲鳴を奏でるだけ。

 

「此の世は闇夜、一寸先に光なし。行先見えぬ道ならば、咲かせて照らせ紅蓮華!」

 

 エクスは(何の意味もない)口上を述べながら、【ジェム‐《クリムゾン・スフィア》】を起動する。

 

「命を燃やせ! 魂を焼け! その輝きを見せつけろ! 《煉極焦土(カグツチ)》ぃ!」

 

 TYPE:ルール、【自爆自炎 カグツチ】。

 その唯一の特性は『自身爆薬化』。

 一切の制御を投げ捨てた必殺スキルは、エクスの全身を超級職の奥義を優に超える威力の爆弾にする。

 

 そして【発破工】系統の《設置爆弾強化》が適用されることで、その威力はさらに高まり。

 

「爆発は……芸術だぁーーッ!!」

 

 爆炎が、すべてを燃やし尽くした。

 

 

 ◇◆

 

 

 辺り一面を吹き飛ばした大爆発。

 プリコットの城壁にまで被害を及ぼしたエクスの自爆を受けて、立ち上がることができた生命はたった一つ。

 限界を迎えて崩れ落ちた岩塊の中から這い出たのは……【エフティアノス】。

 

『なんと、いう、ざまか』

 

 鬼人は肩口から千切れた左腕を止血し、息も絶え絶えになりながら状況の把握に努める。

 配下のゴブリンは全滅した。

 自身は片腕が欠損、全身に酷い火傷を負っている。

 

 爆発の直前、咄嗟に発動した炎熱耐性スキルと地属性魔法のトーチカで身を守ってなおこの威力。

 ダメージ転嫁を突き抜けて【エフティアノス】本体も少なくない傷を受けた。

 否、本来は致命傷であった。

 鬼人が倒れていないのは足元に転がる破損した装飾品…… かつて強奪し、虎の子として用意していた【救命のブローチ】のおかげに過ぎない。

 

『認めよう。この戦、余の敗北だ』

 

 群としての戦で負け、個としての勝負に敗れ、配下を失い、死の間際まで追い詰められた。

 もはや【エフティアノス】はかつてほどの脅威として認識はされないだろう。

 一刻も早くこの場を立ち去り、敗戦の将として落ち延びる選択しか取ることができない。

 

 だが、生きている。かろうじて生き延びている。

 自己修復に注力して足を動かす。

 鬼人は生き汚さだけは他の追随を許さない。

 

『やはり、一万では足りん。しかし、兵を賄うには先立つものがいる……堂々巡りというやつよ』

 

 教訓は得た。

 念入りに準備をして、それでも<マスター>についての見通しが甘かった。

 二度と奇天烈な言動に惑わされたりしない。

 獲得したスキルを吟味する時間も必要だ。

 ひとつ腹立たしいのは、これほどの被害を与えた二名のスキルの有効活用法が少ないということ。

 死ぬ思いをしてラーニングしたスキルが自爆と身代わりとはどういうことか。

 鬼人が使うのは論外、いたずらに配下を減らすのは運用としてよろしくない。

 

『かろうじて死に際に、か? 次までに策を練らねばな。そうとも……まだ、終わってはおらぬ』

 

 この場は引こう。しかし、次がある。

 また配下を集め、育て、力を蓄えるのだ。

 死ななければ、何度だって再起をはかれる。

 

「そうね。でも、そういうのって暑苦しいわ」

 

 聞き覚えのない気怠げな声に【エフティアノス】は思わず足を止める。

 背後を振り返ると、布を一枚巻いただけの少女がしゃがんで爆心地を漁っていた。

 鬼人は記憶を呼び起こし、彼女の外見はカヅキが背負っていた眠りこける少女と一致することに気がつく。

 

「エクスは自爆。クッコロはやられちゃったわね。いつもフルパワーで、見ている私の方が疲れちゃう」

 

 少女は深いため息を吐いた。

 兵器の残骸や瓦礫をどかすのも億劫なのか、指でつまむことのできる小石だけをひょいひょいと取り除いている。

 

「あっ、いたいた。起きなさいカヅキ」

「痛っ!? お前、人を椅子にするな!」

「だって疲れたんだもの」

 

 少女が腰掛けるカヅキは鬼人と同じく満身創痍だった。

 下半身は倒れた防壁に挟まって動けない。

 既にHPはごく僅か。放っておいても傷痍系状態異常ですぐにデスペナルティになる。

 

「あー、状況は?」

「パーティは全滅、敵は小さいゴブリンが一匹よ。おー、ゆうしゃよ。死んでしまうとは情けない。柄にもなく頑張ったのに残念ね?」

「何言ってんだ。あいつらが暴走しただけで、俺は別に頑張ってないし」

「男のツンデレって需要ないわよ」

「うっせ」

 

 二人は軽口を叩き合うと。

 

「トルテ。最後に一仕事頼めるか?」

「戦うのは面倒だから嫌いって言ってるのに……はあ、しょうがないから今回は助けてあげる。感謝しなさい」

 

 直後、トルテは少女から木製のスリングショットへとその姿を変えた。

 カヅキはそれを【エフティアノス】に突きつける。

 

『Form Shift 【Sapling Arrow】――』

「くらいやがれゴブリン――」

 

 鬼人の直感は警鐘を鳴らす。

 あれを撃たせてはいけないと。

 この場面で手札を切るということは、当然【エフティアノス】を倒せる自信があるということ。

 今の鬼人はかつてないほどに傷を負っている。

 ダメージを転嫁する配下はいない。

 

『ッ、舐めるなぁ!』

 

 追い詰められた【エフティアノス】が取った行動は迎撃でも逃走でもなく、速攻。

 接近するリスクはあるが、無防備な背後から追い打ちを受ける方が危険。

 瞬時になけなしの気力を振り絞って身体強化を施し、全速力で駆け出す。

 狙いはカヅキ。蘇生不可能なほどに脳を潰せば、カヅキは即座にデスペナルティになる。

 

 鬼人の隻腕がカヅキの頭部を貫くのと、弓なりに引き絞られた小枝から弾が撃ち出されるのはほぼ同時。

 

 鬼人は首を傾けて弾を避けようとしたが、それより手前の地点でそれは破裂した(・・・・)

 

『ぬッ……?』

 

 目と鼻を刺激する悪臭が周囲に立ち込め、煙を思い切り吸ってしまった【エフティアノス】は咳き込む。

 だが、それだけ。ダメージはない。状態異常には罹患していない。分析をかけても煙は肉体に何ら害を及ぼすものではない。

 植物の粘液が素材の、単なる嫌がらせ。

 

『ふ、はは。最後まで余を謀りおって』

 

 安堵した【エフティアノス】は念入りにカヅキの肉体を破壊し、光の塵となって消えていくのを確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―― 《黄昏の鏑矢(ミストルティン)》』

 

 その直前、少女の声が置き土産を残していったことに気づいたときには……もう手遅れだった。

 

To be continued



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Death Parade ⑫

 □■【慧鬼帝 エフティアノス】について

 

 彼は元々小さな群れに生まれたゴブリンだった。

 特別な血統の末裔というわけではないし、突然変異の亜種だったということもない。

 ただ他の個体と違っていた点は、身体が非常に小さく、か弱かったこと。

 矮躯につられるようにステータスは一桁のまま伸びず、武器を持ち上げることすら困難なほど非力だった。

 狩りもできない足手まといの穀潰しを、群れのメンバーは心よく思わない。

 

 だから彼は自分に出来ることを探した。

 戦えないのなら、皆が使う武器を作れないか。

 狩りができないのなら、他の方法で食べ物を。

 子を守るために雌に混じって仕事を。

 

 初めはわからないことばかり。失敗続き。

 だから、とにかく学んだ。

 群れの年長者に教えを乞い。ゴブリンの知識で足りないのなら群れの外、他のモンスターを観察して。時には密かに人里に近づいて人間の技術を盗んだ。

 

 それでも群れに認められなかった彼は、とうとう家族からも見放され、群れから追い出された。

 圧倒的弱者である彼は、群れの庇護がなければその日の食糧さえ満足に手に入れられない。

 彼が頼れるのは知恵だけだった。

 頭脳を鍛え、相手を観察し、工夫を凝らした。

 他者の長所を模倣する、争い合うモンスターの共倒れを狙って利益を掠め取る。

 ときに泥水を啜って生き長らえ、力を付けていく。

 スキルを身につけ、新しい技術を学び、強くなる。

 

 そうして各地を放浪していた彼は、自分と同じ「はぐれ」のゴブリンが流れ着く集落を見つけた。

 飢えて死を待つばかりのゴブリンたちは、生気の無い目で彼を迎え入れた。

 

『どうせ明日には死んでいる。そうでなくても明後日までは生きられない』

 

 生きることを諦めたゴブリンに、彼は言った。

 

『なら、その命を預けてみないか』

 

 まず手始めに罠で地竜を仕留めた彼は、大量の肉を持ち帰り……すぐに集落の頂点に立った。

 それからはあっという間だ。

 次々と改革をもたらし、集落を豊かにした彼の噂を聞きつけたゴブリンが傘下に入り、他所の群れを併合し、一大コミュニティを形成した。

 その特異性を管理AI四号ジャバウォックに認定され、彼は<UBM>に進化した。

 

 だが、旅の中でいくら成長しても、<UBM>化に伴う外付けのリソースを獲得しても、エフティアノスの身体は強化されなかった。

 桁違いに上昇したMPとSPを除いて、戦闘に関与するステータスは軒並み低いまま。群れの子ゴブリンと相撲しても負けるほど。

 彼は小柄で貧弱な、少し賢いだけの小鬼だった。

 

『余の虚弱体質は宿命ということか? ならば技巧で補うのみよ』

 

 統率者も、個の武が必要になるときはある。

 保有する数多のスキルで自分を多重に強化し、一時は他の<UBM>と遜色ない強さを発揮する。

 ラーニングの欠点となる成長速度の問題は《戦技連結》による編纂で解消済み。ひたすらにスキルを観察して己がものとするほかない。

 いくらスキルを揃えても、身体にかかる負荷と反動はゼロにはできない。クールタイム・効果時間もあり、戦闘の継続時間に制限がかかるという問題だけはどうあっても解決できなかったが……それは配下を育てるしかない。

 

 本来なら幼いうちに死ぬ個体も彼は見捨てなかった。

 個体の適性を見極めて、できる仕事に従事させる。

 戦いだけがすべてではないことを彼は知っていた。適材適所、そのためには弱者を見捨てず、教育に力を入れることが重要だ。

 質の良い武器とエフティアノスの戦術のおかげで、狩りの犠牲者は皆無。集落には回復魔法を使えるものを備え、病気や怪我に備える。

 知恵を磨き、互いに助け合う。それがエフティアノスの治世だった。

 

 そうして、一年と経たずにエフティアノスの群れはレジェンダリアの各地に潜む一大勢力となった。

 死者の減少と出産の増加に伴う群れの巨大化で、自然と発生する課題は食糧と住処の確保だ。

 

 地属性魔法による土地の開拓とジオフロントの形成、植物の品種改良などで手は尽くした。

 地下空間への移住は試験的に成功を収めた。ただし後者はリソースの関係で劇的な食糧問題の解決には至らない。できた種子の多くはモンスター化してしまい、可食部も酷い悪臭で使いものにならないのが現実で。

 

 あまりにも急速に数が増えたことで発生した問題に対処する方法は、二つしかなかった。

 

『……選別か、侵略』

 

 口減らしで群れの一部を追放、もしくは殺害するか。

 

 潤沢な資源を他所から奪い取るか。

 

『賢君は前者を選ぶのだろうな』

 

 エフティアノスは苦悩し、嘆息する。

 前提として、どちらも犠牲無しにはなし得ない。

 けれど、侵略戦争は文字通りの総力戦になる。

 勝てるかも分からない戦いだ。最善の手を選び続けても、全滅する未来はあり得る。

 

『だが……許せ。余は、多数のために少数を切り捨てることはできんのだ』

 

 なぜなら、少数として切り捨てられる辛さを彼自身が一番良く理解しているから。

 

『なんとまあ、自暴自棄な独裁者よ。それでも。やるからには勝たねばなるまい』

 

 たとえ、どれだけ血を流しても。

 道の半ばで屍の山を築いても。

 彼は心を鬼にする。

 矛盾していると笑いたければ笑うがいい。

 

 あの日、彼らの命を預かった瞬間から。

 より良い未来に導く責任を負ったのだから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■プリコット・東門

 

 鬼人は焼けるような痛みに襲われて膝をつく。

 脳裏を過ぎるのは、生涯で体験してきた出来事。

 いわゆる走馬灯というものだった。

 

『……ッ、何が起きた?』

 

 敵は既に倒した。残っているのは城壁に下がった騎士団だけで、まだ【エフティアノス】が瀕死であることには気が付いていない。

 新手ではない。痛みは肉体の内側から生じており、単なる攻撃でないことは明白だ。

 

 そして、驚くべきことに【エフティアノス】の膨大なMPとSPが枯渇寸前になっていた。

 

 当然だが鬼人は余力を十分に残していた。

 己の生命線となる魔力と魂力を浪費するのは自殺行為であり、常に総量の半分を下回らないよう気を配っていた。

 しかし、今は継続回復で補填した端から湯水のように力が流れ出していく感覚があった。

 否、正確には吸われている(・・・・・・)

 

『行く先は、余の中だと?』

 

 鬼人は肉体の内側に意識を集中する。

 筋組織と骨と神経に絡み、全身を蝕むもの。

 生命力(HP)すら奪い取ろうと、潤沢な栄養を吸収して成長するのは種子から伸びた植物の蔓。

 絶え間ない激痛を与えて宿主を食い潰そうとする苗木が【エフティアノス】の身体に寄生している。

 

『このような害虫に気付かぬはず……いや……あのとき、か?』

 

 原因として考えられるのは、カヅキが最後に撃った悪臭の煙玉を吸ったことくらい。

 直接体内に吸引した攻撃は他にない。

 

『いやおかしい! 無害であることは確かめた! あれは植物をすり潰しただけのもの!』

 

 鬼人の推測は正しく、そして誤りだった。

 

 カヅキの<エンブリオ>はTYPE:メイデンwithアームズ、【奪力乙女 ミストルティン】。

 彼女はスリングショットともう一つ、プランターの形態を持っており、植物の栽培が可能となっている。

 ミストルティンは育てた植物にある特性を付与させることができる。

 

 ――植物をミストルティンの子機にする、という。

 

 枝葉や根から花粉、種子、体組織の一片に至るまで。

 子機になった植物を撃ち出すことでミストルティンはスキルの遠隔発動を可能としているのである。

 子機自体にミストルティンが宿っているわけではないので、加工してしまえば痕跡は目立たない。

 忘れてはいけないのが、これはあくまでスキルを使用するための前提。ミストルティンの本質は別にある。

 

 子機を撃ち込まれた者は、あらゆる(ステータス)を奪われる。

 STRやEND、DEX、LUC、そしてHPなど。他者の素質を吸収することで<マスター>の糧にする。

 

 そして、必殺スキルの《黄昏の鏑矢(ミストルティン)》はTYPE:メイデンの例に漏れず、己の力を一点に集中させ、限定条件下で強者を倒す技。

 効果は『対象から吸収したMPとSPの総量に比例する効果時間・強度のヤドリギが持続的に対象の最大HP値ごと体力を吸い取る』というもの。

 対象の精神と体力を徐々に蝕み食い尽くすそれは、どこまでも相手に依存するジャイアントキリング。

 

 とはいえ、スキルの詳細を知ったところで【エフティアノス】はどうしようもない。

 植物を改良するスキルはある。肉体を切開して傷を残さず摘出することも、回復魔法を使うこともできる。

 しかしだ。スキルに依存する【エフティアノス】は、コスト抜きでスキルを使用できない。

 わずかに回復したMPとSPは即座にヤドリギへ吸われていく。

 

 だからこれは、鬼人にとって致命的に相性が悪かったというだけの話。

 

『あ、が……』

 

 体力が失われていく。【エフティアノス】は飢えと渇きに意識を飛ばしかけたところで……

 

『ぐっ、おおおおおおおお!?』

 

 肉に指を突き立てて、強引にヤドリギを引き抜いた。

 死にかけの体がさらに傷ついた代わりに吸収は止まり、徐々に魔力が回復していく。

 

『あとは……回復、を』

 

 膝をついた鬼人は魔法を使おうとしたが、こめかみに当てられた銃口の冷たさを感じ取って、伸ばした手を頭の上まで掲げる。

 降参を示す姿勢に、拳銃を構えたヘイゼルは片眉をわずかに跳ね上げた。

 

『潔いですね』

『余が動くより貴殿が引き金を引く方が早かろう。……しかし、しぶといな。たしかに胴体を貫いたはずだが』

『生物ではありませんからね。親の顔ほどに見た躯体ですので、応急処置はお手の物です』

 

 ヘイゼルは塗装されていない剥き出しの胸部装甲を撫でて答える。炉心さえ壊れていなければ彼女は自己修復が可能であり、その時間と材料は十分にあった。

 

『何か言い残すことがあれば聞きますが』

 

 これで最後と、ヘイゼルは敗者に問いかけ。

 

 鬼人はぽつりと呟く。

 

『余は、間違っていたのだろうか』

『そうですね。どのような理由があるにせよ、勝ち目のない戦を挑んだ時点で愚王の誹りは免れなかったでしょう。多くの兵が死ぬのですから』

『……そうか』

 

 ■■は天を仰ぎ、

 

『どうしたら、良かったのかな』

 

 一発の銃声に倒れた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 【<UBM>【慧鬼帝 エフティアノス】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【カヅキ】がMVPに選出されました】

 【【カヅキ】にMVP特典【封芸璽 エフティアノス】を贈与します】

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。
【エフティアノス】
(U・ω・U)<作者にとっての想定外、書いていたらどんどん話が膨らんでしまった

(U・ω・U)<誰もが幸せに暮らせる福祉国家を目指した君主

(U・ω・U)<飢えもなく、命の危険もない理想郷……

(U・ω・U)<モンスターである以上は不可能だと理解していたのにね


【ミストルティン】
(U・ω・U)<メイデンとしての強者打破は『力を奪い続ければ、どんな生命もやがては枯れる』

(U・ω・U)<他二人はネタ枠っぽさがあるけどこれはもうチートに足をかけた魔術師・武芸家殺し

(U・ω・U)<引きこもり君の<エンブリオ>で相手を食い潰したと考えると皮肉なものがある

(U・ω・U)<それに、カヅキが使った植物は……


ヘイゼル
(U・ω・U)<経験上、無能な王のせいで兵士が無駄死にすることは愚かだと思っているけど

(U・ω・U)<今回はやむに止まれぬ事情があったことを察して、王と戦士に敬意を表した


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Death Parade ⑬

 □【征伐王】ひよ蒟蒻

 

 西門を破壊して進むアンデッドの軍勢。

 巨人の肩に腰掛けて狂喜するリップ。

 事態を穏便に収められる段階はとうに過ぎていた。これ以上の被害を出さないためにはアンデッドの無力化が最優先と判断する。

 

『というか、話し合いに持ち込める気がしない』

 

 興奮したリップの様子から、都合の悪い言葉はシャットアウトされるだろうことは容易に予想できる。

 だから、まずはあちらの手数を減らす。せめて一対一の構図にしないとまともに会話すらできまい。

 

 俺は【薊之隠者】の手綱を引いて上空に位置取る。

 視界に逃げ遅れた市民はいない。つまり多少手荒な戦い方をしても問題ないということだ。たとえば周囲を巻き込む無差別攻撃だとか。

 

 取り出すのは闇色の魔笛。

 山羊の角に似た形状だが、材質は骨と皮膜。

 逸話級武具【乱波喇叭 トゥレラ】。

 かつてレジェンダリアの洞窟に潜み、足を踏み入れた者の正気を奪い続けた蝙蝠型<UBM>の成れの果て。

 

 俺は思い切り息を吸い、肺に溜まった空気すべてを吐き出して笛を鳴らした。

 増幅された音色は人の可聴域より高い超音波となって響き渡る。俺にも音は聞こえないので、きちんと発動しているかは結果を見てみないとわからないのだが。

 

『……よし』

 

 眼下のアンデッドの足取りがおぼつかなくなったことで、この方法は有効とわかる。

 一様にかかった【混乱】の状態異常。

 上位互換の【魅了】のように支配の上書きはできないものの、命令を実行させないようにすることはできる。

 ついでにリップも混乱してくれたら手間が省ける、とわずかに期待した一手だったが。

 

「《ネクロ・エフェクト》」

 

 リップには通用していなかった。

 彼女は配下に接触即死状態を付与し、ふらふらとお互いにぶつかり合うアンデッドを同士討ちさせていく。

 即死した後は《死人に朽ちなし》で復活させ、力づくで状態異常を解除する。

 

 コストを浪費する脳死戦法だが、相手にすると厄介極まりないのは事実。

 俺も広範囲攻撃を連発できるわけではない以上、何度も回復されるとこちらの手札が尽きる。そうなると千を超える敵をわざわざ一体ずつ倒していかねばならない。

 

 ただ、俺はリップと何度も交戦してきた。

 配下を倒したところで復活するのはいやというほど目にしたし、そのたびに弱体化するデメリットは把握済み。

 継続的な広域殲滅ができないなら、真っ向から戦ってはいけない。どちらが先に消耗するかなど明らかだ。

 

 だから、倒さずに動きを止める。

 

『《パージ・パニッシュメント》』

 

 光の柱が視界に映るアンデッドを縛る。

 もとより対軍向けの奥義、一千程度なら拘束可能。

 

『からの、《氷晶壁》ッ』

 

 透き通る大盾、【視介氷盾 コンヘラシオン】越しに捕捉するのはリップと巨人。リップを傷つけないように気をつけながら巨人の周囲を凍結させる。

 

 リップの望みは命を絶たれること。

 こちらの攻撃を避ける理由はない。むしろわざと自分から当たりにくる可能性が高い。

 そのため俺は直接的な攻撃や殺傷性の高い武器の使用を躊躇い、意図的に選択肢から外している。

 ハンデを抱えたこの状態でリップを止められる手札は《パニッシュメント》か【視介氷盾】くらい。

 コストと捕捉数の問題でアンデッドを対処できるのは前者のみ。リップは凍らせて行動と戦力の追加補充を封じるしかない。

 

「……!」

 

 案の定、リップはスキルの発動を視認した上で、しかし何の回避行動も取らない。

 彼女は分厚い氷の檻に閉じ込められ、表面に霜が張った巨人は目に見えて動きが鈍くなる。

 凍りついた彫像のように、あるいは一瞬の時を切り取られたかのように、それらは静止した。

 

『O、ooo』

 ――直後、巨人は氷漬けの主人を打ち砕いた。

 

『な……』

 

 振り下ろされた剛腕は氷ごとリップを粉砕する。

 バラバラの肉体が元通りに蘇生する。

 巨人から力が失われて生き(死に)返る。

 

「クフフフフフフフフフフフフフフフフフフ! ええ、お見事です、素晴らしいですわあなたさま! 程よい前戯にわたくしも昂って参りました!」

 

 一連の流れを俺は直視してしまい。

 

「ですが……ええ、これで終わりではないのでしょう? まだまだこれから、始まったばかりですもの! あなたさまの本気を見せてくださいませ!」

 

 フラッシュバックに身体が硬直する。

 視界がぐるりと歪む。

 腹から饐えた臭いが込み上げてくる。

 

「そうですわね、まずは馬から降りていただきましょう」

 

 まずい、と思った時には巨人に薙ぎ払われていた。

 

 咄嗟に大盾を掲げるも、不安定な態勢でその質量を受け流すことはできず。

 無防備な身体に鋼鉄製のラリアットが叩き込まれ、俺は勢いよく吹き飛ばされた。

 建物の壁を何棟分か突き抜けて、接地後も派手に転がり、半壊した瓦礫の山に埋もれたところでようやく慣性から自由になる。

 

『グっ、くそったれ』

 

 身体と精神に鞭を打って立ち上がる。

 大小の負傷と流血。大盾には亀裂が走り、鎧は胸部が砕けていた。兜はひしゃげてしまっている。

 傍には翼が歪曲した【薊之隠者】。一応あれはオプションパーツに近い部品なので修理すれば元に戻るはずだが……今はもう飛べそうにない。

 

 このように血と砂に塗れて満身創痍だが、実のところ、意外とHPには余裕がある。

 ジョブ構成が耐久型であること、それと二度の復活で巨人のステータスが低下していたことが救いか。

 問題は精神面。手の震えを抑えつけ、深呼吸を繰り返すことで気持ちを落ち着かせる。

 

『っ、邪魔だ』

 

 兜を装備から外して素顔を晒す。

 新鮮な空気を吸って、それで終わり。

 なぜなら相手が待ってくれない。

 

『Ooooooo』

「インターバルくれても良いだろうに」

 

 巨人は無造作に双腕を振り下ろす。

 質量を最大限に活用する攻撃、ひとつしか芸がないのはそれで十分だからに他ならない。

 一、二発は耐えられても何十と受けたら死ぬ。そんな力任せの連打。

 

 氷の壁は砕かれる。掲げた盾は壊される。

 武器を持ち変えるわずかな時間、身を守る術を失った俺は巨人に手のひらを向ける。

 

「《白、渦》」

 

 竜の手甲が斥力の力場を形成して、剛腕と拮抗する。

 その隙に俺は鈍色の長剣を握る。

 

「《アドジャスト・ストライク》!」

 

 放つのは渾身の『加減の一撃』。

 振り抜かれた鈍、フルンティングの衝撃波は巨人の攻撃を弾き返す。

 のけぞる巨人、対して俺はほとんど反動を受けていない。本当に<エンブリオ>はとことん使い手に都合が良いようにできている。

 

 フルンティングの《アドジャスト・ストライク》は相手のレベルに応じて衝撃の威力が変化する。

 本来は相手を傷つけないための調整機能なのだろうが、強者と対峙した際は相手と同等の攻撃手段となる。……どれだけ威力が強くなってもダメージは0のままだが。

 

 巨人の攻撃を相殺することはできる。

 

「わたくし、何度見てもあなたさまのそれ(・・)だけは好きになれませんわ。なんですの本当に」

「そう言われてもな。それよりもお前、俺を殺す気か? このまま続けたら手元が狂ってやられそうなんだが」

 

 平然と撃ち合っているように見えるかもしれないが、巨人の攻撃を見切るだけでもかなり神経を消耗する。

 しかもフルンティングを両手持ちしているせいで他の武器を装備できない。かといって、片手だと振りのタイミングがズレてお陀仏だ。

 

 なのでリップには巨人を止めてもらいたい。

 目的が達成されない結末はリップも望まないはず。

 だからこそ、彼女が発した苛立ち混じりの独り言に、脳の処理能力が逼迫する状況でも返答した。

 

「せめて一旦仕切り直すとか」

「いやですわ」

 

 しかし、リップは即座に拒否する。

 

「だって、それでわたくしを気絶させるおつもりでしょう? その手は食いませんわ」

「……さいですか」

 

 フルンティングの衝撃波で脳を揺らし、相手を行動不能にするいつもの対処法。リップには何度か使っているので警戒されていたようだ。

 俺がリップの戦い方をよく知っているように、リップもまたこちらが取る作戦を理解しているということ。

 致命傷を与える攻撃か、あるいは全く予想外の一手でもなければリップには通用しないだろう。

 

「どうしてもというのなら、それをお捨てなさいませ」

 

 フルンティングを指してリップは告げる。

 何も斬れない鈍は剣ですらないと。自分の命を奪うのにフルンティングは不要だろうと。

 

「あなたさまも【ドロ・レプリカ】の頑強さはよくご存知のはず。ただの棒切れで御せると、本気で信じているわけではありませんわよね?」

 

 かつて対峙した不屈の魁偉。どれだけ傷ついても即座に癒える巨人を前に、俺の<エンブリオ>がほとんど役に立たなかったことをリップは揶揄する。

 目の前の【ドロ・レプリカ】はそれと同じ。【屍将軍】の最終奥義はかつての理不尽な回復能力を再現している。いや、さらにタチが悪いかもしれない。少なくとも生前の<UBM>は殺せば死んだのだから。

 

「あるのでしょう、百頭竜を屠るほどの切り札が? それで【ドロ・レプリカ】を切り捨てればよいのですわ」

 

 どこから情報を仕入れたのかは知らないが、十中八九、出どころはグリオマンPだろう。

 リップの言う通り、巨人を無力化するのではなく、討伐すれば済む話なのだ。

 それを可能にするだけの切り札はある。

 

「わたくしを止める手段はひとつだけです。剣を取り、この胸を貫いてくださいませ! さあ!」

 

 だが、万が一リップを殺してしまったらと考えただけで冷や汗が吹き出す。

 先ほどのように、間接的にリップを死に追いやっただけで震えが止まらないというのに。

 ゲームとはいえ、人を殺めたらどうなってしまうのか分からない。自分が他人を傷つけてしまうことが何より恐ろしい。

 

 事ここに及んで、俺は俺のままだった。

 

「……」

 

 否、そうではない。

 少なくとも今の俺は、これまでの俺とは違う。

 

 今日一日の出来事が脳裏をよぎる。

 

 最悪の目覚めから始まり、柄にもなくデートをして。

 

 ほんの少しだけリップのことを知った。

 

 相変わらず理解できない一面はあるけれど。

 

 一方で、普通の少女のような表情を垣間見た。

 

 苦手であることは変わらない。

 

 それでも何も考えずに目を逸らしては駄目だ。

 

 ――この選択は、きっと彼女を傷つける。

 

「……どっちにしろ、ってところは救いがない」

 

 震える自分に観念しろと言い聞かせる。

 

 きっと俺は前世で相当な悪徳を重ねたに違いない。

 自嘲しながら苦笑する。

 死後の世界なんてものが本当に存在するのなら、俺は地獄に落ちるだろう。

 

 それでもやるしかない。何しろ他に策がない。

 

 リップを斬る(・・・・・・)しか道はない。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。
ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<目の前で人が死ぬことはトラウマ、傷つくのを見るのも苦手

(U・ω・U)<基本的に<マスター>とティアンは駄目、モンスターなどはものによる(知能があるタイプや人型の場合はグレーゾーン)

(U・ω・U)<よく「なんでデンドロやってるんだよ」と思われるけど、師匠の存在が大きい

(U・ω・U)<自分で人を傷つけてしまった日には、確実に夢でうなされるし嘔吐するし自分を責める

(  P  )<つまり愛です。愛ですよ

Ψ(▽W▽)E) P  )<ンナァ


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Death Parade ⑭

 □■ひよ蒟蒻について

 

 【征伐王】ひよ蒟蒻は凖<超級>でありながら、他者と比較しても多くの特典武具を獲得している。

 それは彼が同じだけのトラブルに巻き込まれ、また首を突っ込んできた証だ。

 たいていの<UBM>は強力な固有スキルを持つが、彼が使う奥義はその特異性を封じることができる。

 それこそ【超闘士】や【殲滅王】のような万能性・対応力はないものの、相手の長所を発揮させない戦いに持ち込めるという点はアドバンテージと言えるだろう。

 

 だが実は、ひよ蒟蒻が普段使いする特典武具は超級職に就く以前に手に入れたものがほとんどだ。

 いずれも運と機転で討伐せしめた戦いばかりで、ひよ蒟蒻は「同じ戦いをしたら次は負ける」と確信している。

 ここで補足しておくと、戦いにおける彼の技量が低いわけでは決してない。そして複数の<UBM>と遭遇する幸運はすべてが偶然とも言いがたい。

 とまあ、それはさておき。

 

 これまでに経験した<UBM>戦の中で、特にひよ蒟蒻の印象に残っているのは三つ。

 いずれも敗北感を色濃く刻まれた戦いである。

 

 一つは【隕鉄竜星 アーステラー】との初遭遇。

 師を失った、忘れることができない思い出だ。

 

 二つ目はR・I・Pと共闘した【不朽魁偉 ドロ】討伐。

 強くなりたいという思いを打ち砕かれるような、どうしようもない無力感を味合わされた戦い。

 大地に接している限りリソースを吸収して無限に回復し、尋常でない耐性を誇った巨人の進撃。

 ひよ蒟蒻ができたことは、せいぜいが巨人の足を引っかけて転ばした程度だった。

 もしR・I・Pがいなければ巨人を止められず、レジェンダリアの集落はいくつか壊滅していたかもしれない。

 

 三つ目は、とある剣士との決闘。

 ギデオンに存在しないはずの第十四闘技場。

 かつて裏賭博が行われ、今は忘れ去られた地下深く。

 そこには挑戦者を待ち続けた剣鬼がいた。

 死してなお色褪せぬ技の冴えにて迷い込んだ者を倒し、それでも晴れぬ執着に囚われた決闘王者。

 ひよ蒟蒻は死力を尽くして剣鬼を打ち破り、最初の特典武具を獲得したわけだが……仮に生前のままだったなら、ひよ蒟蒻は超級職を得た今でも瞬殺されるに違いない。

 

 そうした経緯がゆえに、ひよ蒟蒻は剣鬼の概念が宿った特典武具を重宝している。

 この一振りがあるからと他の剣を持たないほどに。

 最も信頼する切り札といってもいい。

 つまるところ、それはひよ蒟蒻にとって最強の武器。

 

 ただ、最高の武器はまた別にあるのだが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■ プリコット・西門

 

 【ドロ・レプリカ】の肩から地上を見下ろしていたリップは、ひよ蒟蒻の雰囲気が一変したことに気がついた。

 熱い眼差しを感じて、リップはぞくりと身を震わせる。

 

(嗚呼! やっとその気になっていただけたのですね!)

 

 巨人の攻勢は緩めない。

 リップが打ち倒されるには、ひよ蒟蒻にとっての悪役でなければならないからだ。

 なにより、せっかくひよ蒟蒻がやる気を出している。どうせ同じ結末なら熱烈で激しい方がリップにとっては好ましい展開だった。

 その代わりにリップ自身は抵抗しない。

 これからひよ蒟蒻が何をしようと、それが自分を倒すための行為である限り、彼女は妨害行動を取らない。

 どのような方法で殺してくれるのかと心を弾ませながら観察するだけだ。

 

 彼女の期待に応えるように、ひよ蒟蒻はフルンティングを構えて、

 

「――《聖別の銀光》」

 刀身に聖属性とアンデッド特攻を付与する。

 

 銀光を纏う鈍が巨人の拳と接触した瞬間、これまでと比べ物にならない衝撃が【ドロ・レプリカ】を襲う。

 フルンティングの通常攻撃で発生する衝撃波は与ダメージ相当の威力。アンデッドの【ドロ・レプリカ】は十倍以上の強さで押し返され、大きくのけぞった。

 

 ノックバックした巨人はバランスを取るために一歩、二歩と足を下げる。

 三歩目でどうにか態勢を立て直せる……そのタイミングで、ひよ蒟蒻は次の一手に動いていた。

 

「……? どこに」

 

 リップの視界からひよ蒟蒻が消える。

 【ドロ・レプリカ】に掴まりながら、体を乗り出して眼下を探せど姿が見えない。

 

(まさか、逃げた?)

 

 ふと過ぎる推測が熱に浮かされた脳を冷やす。

 リップはほんの少し冷静になった思考を高速で巡らせ、首を振り、嫌な想像を頭の片隅に追いやる。

 

(あり得ません。あの人は、この局面では逃げられない)

 

 わざわざリップを止めに来たと言った。街に被害を出さないように、おそらくは東門の異変を他の人に任せて。

 何の理由なしに逃走を選んでも意味がない。

 

(絶対にいますわ。たしか幻術の特典武具を持っていたはず。ですが、【ドロ・レプリカ】に不意打ちなどたいして意味が……いえ。そもそも隠れていないのだとしたら)

 

 ひよ蒟蒻に隠れているつもりはない。

 ただリップに見えていないだけ。彼女にとって死角になる、そんな場所は限られる。

 

 たとえば、【ドロ・レプリカ】の足元。

 

「っらあ!」

 

 地面から突き上げるような衝撃が伝わり、【ドロ・レプリカ】の巨体がぐらりと傾いだ。

 体重を支えようと巨人が足を下げた三歩目ちょうどの地点に立ち、フルンティングを振り上げたひよ蒟蒻。

 彼は片足立ちになった巨人の、残った軸足目掛けて走り寄り、

 

「【ドロ】のときはこれで倒した。なら複製品だって同じはずだろう!」

 

 振り抜いた一撃は、巨躯を宙に吹き飛ばす。

 

 死骸と鋼鉄を組み合わせた【ドロ・レプリカ】。

 アンデッドと機械の間の子である巨人は、同格のアンデッドを優に超える怪物じみたステータスと、主人のリップに依存しない無尽蔵のスタミナを併せ持つ。

 しかし、それは炉心に動力が供給されていればの話。

 大地から身体が離れたとき、魔力の供給は途切れ……巨人の力は失われる。

 

 今このときに限り、【ドロ・レプリカ】は見掛け倒しの木偶の坊に成り下がる。

 この隙を見逃すひよ蒟蒻ではない。

 巨体が空中に留まるわずかな時間で、巨人を再起不能にできる手札はたったひとつ。

 

「起きろ。出番だ」

 

 アイテムボックスから飛び出したのは一振りの刀剣。

 錆びた鎖が鞘代わりの、禍々しい呪いの黒刀。

 腰に佩かれたそれはひよ蒟蒻の声に応えた。

 雁字搦めに巻きついた鎖は意思を持っているかのように解けて、隠されていた刀身を露わにする。

 緩く反った片刃の表面には蒼白い焔。

 溜め込まれた怨念で鍛え上げられた業物は、強敵との邂逅を喜ぶように燃え上がる。

 

 銘を、【縛鎖業剣 バーテクス】。

 

 柄頭から伸びた鎖が巨人に絡み、そのままひよ蒟蒻を敵の元まで連れて行く。

 急接近したひよ蒟蒻は、

 

「……ッ!」

 片手のフルンティングをもう不要だ(・・・・・)とばかりに思い切り頭上に投げ捨てて(・・・・・・・・・・・・)、【縛鎖業剣】を両手で握る。

 

「《星破剣舞(バーテクス)――」

 

 引き絞られた両腕を導くように、巻きついた鎖がひよ蒟蒻の動作を加速させる。

 

「――ソード・ランペイジ》!」

 

 それはかつて神域と謳われた剣技の片鱗。

 超々音速の域に達した連続剣は【ドロ・レプリカ】を一息に断ち斬る。

 本来の性能を発揮できず、炉心と動力の循環路を破壊され、【ドロ・レプリカ】は無数の破片に細断される。

 

 巨人の命綱である《死人に朽ちなし》は発動しない。

 【屍将軍】の最終奥義はアンデッドを復活させるスキルではあるが、破損した肉体の修復には限度がある。

 なのでアンデッド特有の再生能力で補うのがセオリー。しかし《銀光》を帯びた攻撃の傷は再生不可能。

 復活はできず、沈黙するのみ。

 

「素晴らしいですわ! 素晴らしいですわ! これほどの大技をこの身で受け止めたら……嗚呼! わたくし、想像だけでどうにかなってしまいそうです!」

 

 足場を失って落下するリップは、興奮が最高潮に達していた。

 今の一撃で無傷であることも気にならない。

 あれは【ドロ・レプリカ】に遮られて届かないような生温い攻撃ではなかった。奇跡的に、不運にも当たらなかったと考えるほど愚かではない。

 ひよ蒟蒻はわざと外したのだ。

 

(何故か、なんて考える必要はありませんわ。だって)

 

 爛々と輝く真紅の瞳には一人しか映らない。

 

 落下する破片から破片へ飛び移りながら、リップを目指すひよ蒟蒻の姿を除いて何も見えていない。

 

「こうして今! あなたさまが! わたくしの目の前にいるのですから!」

 

 心の底から湧き上がる悦びに突き動かされて、リップは叫ばずにはいられなかった。

 やっとここまで来たという達成感。そしてようやく殺してもらえることへの充足感の双方に包まれて。

 生まれて初めて手に入れた幸せを噛み締めながら、黒衣の乙女は愛する人を迎えるように手を広げる。

 

「う、あああああああああ!」

 

 全身を縛る恐怖を誤魔化すように、ひよ蒟蒻は雄叫びをあげた。しかし高く掠れたそれは絶叫のようだった。

 揺れる剣鋒がぴたりと定まる。狙いは正中線からわずかに左寄り、激しい鼓動が鳴り止まない自らの心臓であるとリップは見て取った。

 

 さらけ出した懐に、神速の刺突が打ち込まれる。

 

 視認不可能な一撃を受けたリップは、衝撃と同時に視界上のHPバーが勢いよく減少していくのを確認して、

 

「さあ、ともに地獄へ堕ちましょう――」

 

 必殺スキルを宣言する。

 

「――《死がふたりを分かつとも(カロォォォォォン)》」

 

 

 ◇◆

 

 

 【死生幽冥 カローン】。

 TYPE:ルールの<エンブリオ>で、その能力特性を一言で表すと道連れである。

 R・I・Pを殺害した者は、自らも死亡する。

 死というデメリットを前提とするスキルは相手がたとえ格上であろうと問答無用で即死させる最凶の呪詛。

 

 とはいえ、必殺スキルについては【カローン】が保有する下位スキルと少々毛色が異なっている。

 R・I・Pの死亡がトリガーになるのは変わらない。

 異なるのは次の二点。

 R・I・Pを殺害した者ではなく、R・I・Pの最も近くにいた者を道連れの対象にすること。

 即死判定が成功した際、R・I・Pが蘇生すること。

 

 相手と諸共に心中するスキルでありながら、R・I・Pだけは死ぬことがないという矛盾。

 それはデスペナルティによるログイン制限に悩まされることなく、思う存分殺されたいという願いの発露だ。

 あるいは、見方を変えるなら……死にたくても死ねない(・・・・・・・・・・)生死の境を彷徨い続ける(・・・・・・・・・・・)というR・I・Pのパーソナルが現れているのかもしれない。

 モチーフとなった渡し守が、死者を冥府に送りながらも自らは冥界の河に留まるように。

 

 発動したが最後、葬送はなされる。

 

 

 ◇◆

 

 

 攻撃を放つ直前、ひよ蒟蒻は一拍の間を置いた。

 覚悟は既に決めた。

 ゆえに静止は躊躇から来るものではない。

 脳内のカウントとタイミングを合わせるため。

 

 リップを穿つ刺突の軌道に。

 

 フルンティングが落下する(・・・・・・・・・・・・)、そのときを。

 

 鈍色の長剣と黒刀が一直線で重なるわずかな瞬間。

 刀の切先が柄頭に触れると、長剣は粉々に砕け散る。

 フルンティングは緩衝材になり得ない。

 そもそも、ひよ蒟蒻が手放したなまくらだ。余人からすればモチーフ通りの役立たずでしかない。

 

 だが、しかし。ひよ蒟蒻はそれを最高の武器と呼ぶ。

 誰も傷つけたくないという願いを叶えてくれる唯一の剣であり、救いであるからだ。

 そして……彼が自らの意思で救いを手放すとき。

 【勇雄不断 フルンティング】はただ一度の輝きを以って、主人の活路を切り開く。

 

 黒刀は光を帯びてリップの華奢な胴体を貫いた。

 ひよ蒟蒻は拳を握り、刺さる黒刀をさらに打ち込む。

 決して外れぬ楔になれと。

 

「《死がふたりを分かつとも(カロォォォォォン)》――」

 

「――《穿ち絆す毀刃(フルンティング)》ッ!!」

 

 そして、真の切り札が命脈を穿つ。

 

To be continued




余談というか今回の蛇足。
剣鬼
(U・ω・U)<14へ行け


《銀光》
(U・ω・U)<【征伐王】は騎士系統と相性がいい

(Є・◇・)<ちなみに俺のサブは【教会騎士】

(U・ω・U)<しかし、よく習得できたね?

(Є・◇・)<一時期レベルダウンしたことがあって……


【カローン】
(U・ω・U)<実は必殺・下位スキル問わず、即死判定に成功するとデスペナルティが増加するデメリットがある

(Є・◇・)<デスペナ気にしたくないとは

(U・ω・U)<『自死』と『デスペナルティ増加』の二重デメリットで出力を底上げしてるから仕方ないね

(U・ω・U)<下位スキルは3倍、必殺は10倍

(U・ω・U)<蘇生した場合は次回に持ち越し

(U・ω・U)<たとえば必殺スキル→下位スキルだと13倍、必殺スキル→必殺スキルの場合は20倍で加算

(U・ω・U)<……それとは別に、獲得経験値を0にしてクールタイムを短縮するスキルもあるらしいよ


リップの死亡時
(U・ω・U)<ざっくりとこんなイメージ
死亡

蘇生可能時間経過までにスキル使用

即死判定成功時に【カローン】がリソース奪取

【カローン】がリソース補填

アバターを修復して復活

(U・ω・U)<エミリーと違って光の塵から再構成はしない


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Desperate/Death Parade エピローグ

追記:(U・ω・U)<一部をわかりやすいよう修正


 □■ プリコット・西門

 

 互いに切り札を出したひよ蒟蒻とリップ。

 戦闘は共倒れという形で幕を下ろす。

 ただしそれは両者のデスペナルティを意味しない。

 

 ひよ蒟蒻は空中でリップを抱きかかえ、落下の衝撃から彼女を守る。着地した後に文字通り地面へ倒れ伏すが、肉体は健在。そしてリップも死亡していない。無事と言って差し支えないだろう。

 結果だけ見れば痛み分け、無効試合と呼ぶのが相応しい状態である。

 

 ひよ蒟蒻はなけなしの気力を振り絞って体を起こす。

 他人を刺したのはこれで二度目だった。

 覚悟したとはいえ、トラウマは簡単に拭えないからこそ心の傷として抱えているのだ。

 精神が酷く疲弊していた。今すぐにでも逃げ出してしまいたいくらいだった。しかし彼は責任感から、かろうじてログアウトを踏み止まる。

 

「こいつをこのままにはできない、よな」

 

 傍らのリップは意識を失っているが、生きている。そのことにひよ蒟蒻は安堵した。

 

「……んぅ」

 

 身じろぎしたリップの瞼が開いて、視線が交差した。

 何が起こったのか理解が追いつかないままに彼女はぼんやりとひよ蒟蒻を見つめ、それから周囲、自身のステータス表示という順番に焦点を合わせる。

 ごっそりと減少したHP。バーの端で点滅するわずか一ドットの残量(・・・・・・・・・・)に、リップの瞳孔は大きく開き。

 

「っ」

「やらせるか馬鹿!」

 

 リップが隠し持っていた魔力式銃器を自らのこめかみに当てるのと、ひよ蒟蒻が彼女の腕を押さえて銃を奪い取るのはほとんど同時だった。

 

「お前、いい加減にしろよ!? こっちがどんな思いになるかも知らないで、そうやって、……?」

 

 ひよ蒟蒻は憤りのあまり口調を荒げるが、リップの顔を見た途端に言葉を失う。

 リップは笑うことも、怒ることもせずにいた。ただ頬には涙が伝っていた。

 

「おい待て。ここで泣くのは、その、ずるいだろ」

 

 予想外の反応にひよ蒟蒻はしどろもどろになる。

 気の利いた発言ができず狼狽える彼を、リップは静かに問い詰める。

 

「……どうして? ここまでしても駄目ですか? 今度こそと思ったのに、やっとあなたさまがその気になってくれたと思ったのに。こんな生殺しで済ませるだなんて」

 

 リップの【カローン】は必ず相手を道連れにする。

 だが、そもそもリップが死亡しないとスキルは効果を発揮しないのである。

 ここで二人が生きているのは、つまりひよ蒟蒻がリップを殺していないという証左に他ならない。

 たった1残ったHP。致命攻撃を受けても数秒の間生存する【殿兵】の《ラスト・スタンド》に酷似しているが、リップは該当ジョブを取得していない。

 食いしばりではない。では偶然にも体力が残った?

 否、無防備な急所に直撃を受けて生き延びるほどリップの防御力は高くない。

 だから、ひよ蒟蒻に原因があると考えるのは自然なこと。そしてリップの推測は当たっている。

 

 《穿ち絆す毀刃(フルンティング)》。

 それは装備状態のフルンティングから手を離し、破壊することで発動する。

 <エンブリオ>破壊後の初撃に限り、相手のHPを超過するダメージを与えても必ずHPを1残す慈悲の刃。

 “不殺(アンキル)”を体現した、『必ず殺さない』必殺スキル。

 それでも相手を瀕死に追い込むことに変わりはない。付随する衝撃は確実に意識を刈り取り、気絶させる。

 即ち、殺さずの活人剣でありながら相手を決して活かすことはない殺人刀。

 故に、ひよ蒟蒻の通り名は“不殺”では足りない。

 “不活不殺”こそ彼の本領にして本質。

 

 そのどっちつかずな在り方では、リップは救われない。

 

「何故わたくしを殺してくださらないのですか? あなたさまの方こそ、わたくしがどんな気持ちになるか考えたことはありますか?」

「それは……」

「あなたさまは他の人と違うと思いました。わたくしの望みを叶えてくれる特別だと信じたかった。約束は破るし、つれない態度ばかりでしたけれど。最後はいつも、わたくしのところへ来てくれましたもの」

「なんだよ、それ。全然大したことじゃないだろう。そんなことで……たったそれだけで? 俺はただ、傷つく人を見たくなかっただけなのに」

「ええ。それでも夢を見たのです」

 

 淡い色彩の夢物語。

 現実の辛苦に終止符を打つのは望むべくもない。

 だけど造り物の世界なら、仮初の生くらいは、自分の好きなように終わらせたいと少女は願った。

 

「けれど違った」

 

 彼女が求めたのは愛しい死神。

 しかし、彼はそうではない。

 

「殺してくれるなら誰でもいい、なんて節操のないことを思ってしまったせいでしょうか。きっと天罰ですわね」

 

 ようやく掴みかけた光明だった。

 ひよ蒟蒻に貫かれた瞬間、リップは積年の望みが実現したと錯覚して……残酷にも裏切られた。

 これまでトラウマからひよ蒟蒻が使うことの無かった、誰も知らなかった必殺スキルは、リップを夢から現実に引き戻したのだ。

 

「自業自得だとしても、あなたさまを恨みます。わたくしを傷つけたくないと仰るなら、このようなことをなさらずに――夢を、夢のままにさせてほしかった」

 

 リップは意図的に言葉を選んでひよ蒟蒻を非難する。心中することが叶わないなら、せめて心に癒えない傷を刻んでやろうと自暴自棄になって。

 ひよ蒟蒻は一言一句を噛み締め、受け止める。

 

「お前の心を傷つけてすまない。その責任を取ることは多分できない。でも、俺はお前を殺せない。死なせられない。本当は剣を向けるのだって怖かったんだ」

「許しません」

「お前の特別になれなくてすまない」

「許しませんわ」

「デートを抜け出したことも悪かった」

「それは絶対に許しません」

「……ひとつ、聞いていいか?」

「……」

 

 リップの沈黙をひよ蒟蒻は肯定と取って、

 

「どうして殺すことが愛なんだ?」

 

 ずっと抱えていた疑問を尋ねる。

 

「どうして、とは」

「ああ、いや、別に馬鹿にしてるとかそういうのじゃない。純粋に分からないんだよ。普通はその二つをイコールで結びつけたりしないと思うから」

 

 「普通」という単語を聞いたリップは鼻で笑う。

 ひよ蒟蒻の発想は恵まれた人のそれだと感じたからだ。

 やはり理解されないと悲嘆にくれて、ならばいっそ洗いざらい吐き出してしまおうと開き直る。

 

「現実のわたくしは不治の病に侵されています」

 

 リップは傷口の上から心臓に両手を重ねた。

 

「一日中ベッドで寝たきりの生活です。何をするにも誰かの手を借りなくてはならない。苦しいばかりの日々。わたくしは生きることにほとほと嫌気が差しました」

 

 ひよ蒟蒻の表情が歪んでいく様をいい気味だと横目で眺めながら、リップは話を続ける。

 

「なので主治医に治療を止めるように頼みました。そうしたら……なんと言われたかお分かりになりますか?」

「いつか治療法が見つかるかもしれない、とか」

 

 リップはゆっくりと首を横に振った。

 

「正解はこうです。『君のお父上に頂いた治療費の分は、我々も手を施す義務がある』」

「ッ!」

「こうも言われましたわね。『唯一のご息女に亡くなられては血が途絶えてしまうだろう。お父上もそれを危惧されるはずだ』と」

「……実際に言ってたのか?」

「父は病室に姿を見せすらしません。母は何も言いませんが、きっと内心ではわたくしに呆れています。男に生まれず、丈夫な子を成すこともできないと」

 

 そんなことはないと否定しかけたひよ蒟蒻は、しかし自らの境遇を踏まえ、投げかける言葉が気休めにもならないと思って口をつぐむ。

 それに気づかないリップは乾いた声音で答えを返す。

 

「ええ、それはどうでもいいのです。どうあれ彼らはわたくしの願いを蔑ろにした。本当にわたくしを愛していたら、この願いを尊重してくれるでしょう。これ以上苦しむことのないように」

 

 少女にとって真実はさほど重要ではない。

 重視したのは両親が何を考えているかより、これまで彼女に何をしてきたかということ。

 愛を望みながら、想いではなく行為を拠り所にして少女は論理を築き上げた。リップの仮面を作り上げた。

 

「楽になりたい、と……」

「仰りたいことはわかります。けれど、これがわたくしなのです。間違っていてもこの考えに縋ったのですわ」

 

 初めから歪んでいることをリップは自覚しているがために、誰も彼女を否定できない。というよりも否定したところで届かないのでは意味がない。

 耳を貸さない相手に言葉を紡いでも仕方ない。諦めて、静かに距離を取る……リップと向き合った多くの者が取った選択だ。

 

「なら、縋るのを止めればいい」

 

 ひよ蒟蒻はそうしなかった。

 普段の彼なら沈黙するだろう。必要以上に他人を傷つけることを恐れて慎重に言葉を仕舞ったはすだ。

 だが、今の彼は荒んでいた。ここまで来ればいっそ自棄だと、後先考えずにリップの誤ちを指摘する。

 

「今のを聞いて納得がいった。無神経な言い方だけどさ、お前おかしいよ」

「ですからっ。それはわかっています!」

「いいや、お前は自分のことを理解できてない」

 

 言葉が紡がれる。

 必死に、浮かぶままに投げかけられた思いが。

 

「現実の事情に関しては何も言わない。でも、目の前にいるリップのことなら俺も少しは知っている。その上で言わせてもらうと、やっぱりお前は破滅願望と愛情を(・・・・・・・・)はき違えている(・・・・・・・)

 

「何、ですって?」

 

「殺してくれるなら誰でもいい。必ずそばに来てくれたから『特別』だと思った。お前が言ったこの二つは嘘じゃない。でも矛盾はしていない。違うか?」

 

「違います、大間違いですわ! たしかに嘘ではありませんが……それではどちらかが成立しません!」

 

「お前の理屈を全否定するつもりはない。殺すことが愛だと解釈してもいい。でも、一対一で結びつけるのはおかしい。愛の形なんて人それぞれじゃないのか? 同じ人間でも、時と場合と相手によって変わるだろう」

 

「っ、ええ! 仮にそうだと致しましょう! けれどわたくしにとって愛の答えはただひとつなのです! そうとしかあり得ないのです!」

 

「殺して楽にしてほしい、自分を認めて尊重してもらいたいって気持ち。誰かにそばにいてほしい、愛してもらいたいって気持ち。別々に持ってていいんだよ。無理に一緒くたにする必要はどこにもないだろ」

 

「です、が……」

 

 遠慮をかなぐり捨てた本音がぶつかり合う。

 これまでリップに本気で語りかけ、胸の内を受け止める者はいなかった。

 余人では決して届かなかっただろう。

 今この時、彼だからこそ少女の心は揺れたのだ。

 

「……なら、この感情は……いいえ、いいえ! だって、あの時は……」

「あの時? ああ、もしかして洋菓子店の」

 

 ステラの薔薇事件。

 自らも引っかかっていた事柄ゆえに、ひよ蒟蒻はリップの言わんとするところをすぐに察した。

 

「てっきり怒ってたのかと思ったんだが」

「は?」

「あれ違う!? いやほら、その、嫉妬っていうとなんか自意識過剰みたくなるけども。あの様子をどう表現したら……そう! お気に入りのオモチャを取られそうになって抵抗する子どもみたい、な……」

 

 口にしてから、例えが少女に相応しいとはいえないことに気がついてその声は尻すぼみになる。

 顔を青くして様子を窺うひよ蒟蒻だったが、当のリップはきょとんと首を傾げ、それから小さく吹き出した。

 

「ふ、ふふっ、あははははははは!」

「あのー、リップさん?」

「ふふ……失礼致しました。あなたさまはお気になさらずとも結構ですわ。万事解決ですので」

「いや、うん。なら良いんだけどな。でもまだ問題は山積みだったりするわけで」

 

 リップは戦意喪失して、アンデッドは行動不能。

 しかし戦闘の被害は甚大だ。ひよ蒟蒻は生存者の捜索、死傷者の確認、門の修理にと走り回ることになる。

 犯人のリップはお咎めなしで済まされないだろう。

 西門だけでもこれだけの後始末が必要だ。

 

 これは東門についても言えること。

 プリコットを襲う小鬼の<UBM>。

 ヘイゼルの敗北は想像しがたいが、万が一の場合は自分が打って出るしかないとひよ蒟蒻は考えていた。

 

 そのとき――東門から爆炎が上がった。

 

「何だ!?」

 

 とてつもない轟音が大地を震わせ、すわ何事かとひよ蒟蒻はそちらに気を取られる。

 爆発はX・プロードの必殺スキルによるものだが、彼にはそれを知る術がない。

 防衛戦力の全滅、という最悪の可能性を想像したひよ蒟蒻は東門へ駆け出そうとして、

 

「《千歳荊棘》」

 

 茨に足を絡め取られて膝をついた。

 行き手を遮るように急成長した茨は彼を囲い、触れる棘が脱出するための力を奪っていく。

 

(【衰弱】に【麻痺】!? 【睡眠】はレジストできたが……これはあいつの特典武具……ッ!)

 

「何のつもりだリップ!?」

「クフ……クフフフフフフフフフフフフフ!」

 

 漆黒のゴシック&ロリータドレスの裾をつまみ、くるりと一回転したリップはケタケタと笑う。

 

「ええ、ええ! 逃がしませんわ、あなたさま。先に今日の埋め合わせをしていただきませんと」

 

 彼女は小さな白い花を手に近づいて、ひよ蒟蒻の口にそれを突っ込んだ。

 

「ムぐっ……苦ぁ!?」

食べましたわね(・・・・・・・)?」

 

 次の瞬間、ひよ蒟蒻の【ブローチ】が砕けた。

 

「即死毒……? おま、何てものを」

 

 ひよ蒟蒻が文句の続きを口にすることはなかった。

 

 なぜなら、その口が塞がれたからである。

 

 一秒にも永遠にも感じられる時間が過ぎて、ようやく二人の身体が離れた。

 リップは艶かしく舌を出して、それから自分がした行為に思いを馳せるかのごとく、唇を指でなぞる。

 

「……? ……!?」

「くふふ。驚くのも無理はありませんわ。ですが、悪いのはあなたさまです」

 

 憑き物が落ちたような、晴れやかな乙女の笑顔と。

 

 彼女の背後で咲き誇る“漆黒の薔薇”を目にして。

 

 

 

「これまでも、これからも。ずっと、ずうっと、お慕いしております。たとえ――」

 

 

 

 ――死が、ふたりを分かつとも。

 

 

 

 そして、ひよ蒟蒻はデスペナルティになった。

 

Episode End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □現実・地球

 

 ひよ蒟蒻こと榊恭介の朝は早い。

 居候中の身である彼は、同居人の叔母の負担を軽減するためにできる限りの家事を請け負っているからだ。

 特に大学が冬期休業中の今は、仕事で忙しい叔母に代わって恭介がすべてを取り仕切っている。

 

 朝食を用意する中、ぼんやりと考え事をしていると……自ずと<Infinite Dendrogram>のことを思い出してしまう。

 

 プリコットの戦闘から早三日。

 恭介はあれからデンドロにログインしていない。というよりも、できなかったという表現が正確か。

 デスペナルティになった直後は混乱で意識する間もなかったが、冷静になってしまうと、人を刺した感触がはっきり手に残っており、忘れようとしてもまざまざと少女の死体が目に浮かんだ。

 一日部屋で寝込み、叔母に心配をかけてしまったのは不覚である。

 

「早く戻らないとな」

 

 プリコットの街を長期間不在にはできない。

 静養に努めたおかげで心身は回復に向かっている。今日はログインできそうだ、とため息を吐いた。

 

 ちょうど下拵えを済ませ、調理に取り掛かろうとした段階で呼び鈴が鳴る。

 

「誰だ? こんな時間に」

 

 恭介は火を止めて玄関に向かう。

 覗き穴から外を見ても訪問者の姿はない。

 

 不審に思い、防犯用のチェーンをかけてからドアノブに手をかけた瞬間。

 

『Guten Morgen!』

 

 ものすごい勢いで扉がぶち壊された。

 

「……は?」

 

 チェーンは断たれ、鍵は破壊され、蝶番が外れ。

 くの字に曲がった扉は室内まで吹き飛ぶ。かろうじて身を捻らなかったら恭介は大怪我をしていたに違いない。

 

「何事ドラー!? って、なんじゃこりゃあ!?」

 

 叔母の一条茜が寝室から飛び出し、目を丸くする中。

 

『ちょーっと眠っていてもらうぜ?』

 

 投げ込まれた手榴弾から極彩色の煙が噴出し、部屋中に催眠ガスが蔓延する。

 朦朧とする視界。恭介はガスマスクを装備した黒服二人に抱えられたところで意識を失った。

 

 

 

「で、目が覚めたら空港ってどういうことだよ」

 

 事態が把握できず、恭介は困惑気味にコーヒーを啜る。

 

 空港内の飲食チェーン店。

 それだけならまだ「そういうこともあるか」と前向きに考えられる(考えられない)。

 だが、席の周囲を取り囲む黒服サングラスの巨漢たちと、他に客の姿が見えないことは普通ではない。

 

 とりわけ、恭介の向かいに座る相手は異様だ。

 近未来的な仮面で顔を隠し、情報端末を弄る男性。

 彼の背後には最も腕が立つと思われる黒服が二人。

 そして高級ブランドのスーツを着た秘書が控えている。

 

 間違いなく、仮面の男が彼らの雇い主(?)。

 

『いやあ、手荒な方法を取ってごめんねえ』

「え、まさか、グリオマンP?」

『Ja! 大正解だぜ、ひよ蒟蒻くん』

 

 グリオマンP……現実ではいくつもの大企業を傘下に抱える財閥のCEOは秘書の耳打ちに頷き、立ち上がる。

 

『さて、コーヒーは飲み終えたかい? まだ? ならそのままテイクアウトしよう。なあに、安心するといい。カップのひとつやふたつ、僕からしたらはした金さ』

「ちょっと待て。俺をどこに連れて行く気だよ」

『彼女が君に会いたがっている』

「へ?」

『詳しい説明は後だ。それじゃ行こうか』

 

 恭介は黒服に押されてグリオマンPに続く。

 

『あ、そうそう。ようこそオランダへ』

「ここ日本じゃないの!?」

『看板が日本語じゃない時点で察してほしいものだけどねえ。もしかして空港は初めて? 海外旅行とか行ったことない?』

 

 

 ◇

 

 

『で、<UBM>は無事討伐。死者はゼロ。報告はこんなところかな。ところで君、約束忘れているだろう。【榛】と【薊】はいつになったら渡してくれるんだい』

「……え? ああ、うん。聞いてるよ」

『聞いてないねえ。まあいいさ』

 

 行き先も告げられないままリムジンに乗せられた恭介。

 心ここに在らずの状態で適当に相槌を打っていると、グリオマンPから本題を切り出された。

 

『さて、何から伝えたものかな。僕がR・I・Pの父親と懇意にしていることは話したっけ? 彼には恩があってね。今回、君の拉致を引き受けたというわけさ』

「全部初耳なんだが。身代金でも取られるのか」

『あっはっは。面白い冗談だねえ。そんなのコストとリターンが釣り合わないでしょ』

 

 恭介は半分本気だったので笑うどころではない。

 ただグリオマンPにとってはリスクを度外視できる戯れという時点でジョークに成り下がる。

 しかし、お互いに世間話に花を咲かせるつもりは毛頭なかった。

 

『君の知らない話をしようか。これは生きる屍のようだった、一人の少女の後日談だ』

「聞かせてくれ」

『ある日を境に少女は変わった。死を待つだけだった彼女は、生きる気力を取り戻した。より正確には「死ぬために生きる」という心持ちかな。少女は夢の名残りに縋ることを決めた』

「……」

『それからすぐに両親と医者たちを相手に大立ち回りを演じてねえ。いやあ、本当に傑作だよ!』

「それで?」

『本心をぶつけ合い、少女と家族の溝は少し埋まった。ついでに、腕は良いが人格に難ありな主治医は弾劾されてお役御免。理解のある名医をこちらで斡旋したよ』

 

 僕あのハゲタヌキ嫌いだったんだよねえザマあみろ、とのたまったグリオマンPはパンと手を叩いた。

 

『ま、つまりはきっと大団円というやつさ。……ただ一つ問題があるとすれば、彼女の寿命についてだ』

 

 薄々予想していた言葉に恭介は身を乗り出す。

 

『悔いを残したくないという可愛い娘のおねだり、応えてやりたくなるのは父親の性なんだろうね。それがどこの馬の骨とも知れない男だとしても』

「だから俺を連れてきたのか。……いまさらリアル割れどうこうは聞かないけど、もう少し穏便にできただろ」

『下準備に思ったより手間がかかったのと、君の保護者の説得が面倒でねえ。時間との勝負だったから』

 

 リムジンが速度を落として停車する。

 窓の外には象牙色の建物。恭介では看板に書かれた文字を読めないが、赤十字が施設の役割を表している。

 

『これを見せれば顔パスで案内してもらえるはずだ』

 

 ネックホルダー付きの許可証が恭介に手渡される。

 グリオマンPは恭介の背中を足蹴にし(たがびくともせず、結局SPの手を借り)て車内から押し出した。

 

『やりたいことはできるうちにやっておくべきだよ。終わりはいつも唐突に訪れるものだから』

「……ああ。ありがとう」

 

 

 ◇

 

 

 その後。

 

「騙したなグリオ! 思わせぶりなこと言いやがって! あいつピンピンしてるじゃないか!」

『え? 嘘は吐いてないよ。人間なんて誰しも、いつ死ぬか分からないだろ?』

「お前は……! それに十四歳とか聞いてないぞ!? あいつアバターは俺より年上なのに!」

『いいじゃん。君タイプでしょ、年下』

「ロリコンじゃないって言ってるだろぉ!? 四つ下とか妹と同じだわ! ネトゲ怖い!」

『……さては、その調子で騒いで追い出されたか。僕はてっきり、手を出して興奮させたのかと』

「す こ し だ ま れ」

 

 こんな会話があったり、また一騒動が起きたりもしたのだが、それはまた別の話。

 

True End




(U・ω・U)<後半は筆が乗ったのでおまけ

(U・ω・U)<本編よりやさしめのギャグコメ風味となっております

余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<本文で言及しきれなかったところ中心

【勇雄不断 フルンティング】
TYPE:エルダーアームズ 到達形態:Ⅵ
能力特性:非殺傷
モチーフ:古代イングランドの叙事詩『ベーオウルフ』に登場する剣“フルンティング”
備考:絶対に相手を倒せない<エンブリオ>。衝撃でノックバックや気絶させるのが主な使用法。

(U・ω・U)<必殺は致命攻撃にならない(必ず生き残る)ので【ブローチ】で防げない

(U・ω・U)<個人生存型含む一部の相手に有利。リップの他にエミリー、マニゴルドとか。スプとカルルは詳細が出てないからなんとも

(Є・◇・)<攻撃面の話で、相手も攻めてくること考えたら普通にやられますけどね

(U・ω・U)<あと攻撃力は攻撃回数に比例して強化される


黒薔薇
(U・ω・U)<リップの特典武具はいつものドレス

(U・ω・U)<【夜想衣 ローズビューティ】

(U・ω・U)<茨に触れた相手に三つの状態異常をランダムで付与する

(U・ω・U)<話は変わるけど、薔薇は色や本数で花言葉が違うって有名だよね

(Є・◇・)<…………


リップ
(U・ω・U)<SGぽく言うなら

(U・ω・U)<①破滅願望、②利己主義、③渇愛

(U・ω・U)<実は由緒正しい家系のお嬢様

(U・ω・U)<父は仕事で忙しく、母は見守ることしかしてこなかったけど、きちんと彼女を愛している(伝わってなかったけど)

(U・ω・U)<ひねくれた要因はだいたい元の主治医(ハゲタヌキ)が悪い

(U・ω・U)<ということで作者の脳内では全会一致しました

(U・ω・U)<ちなみにアバターは『成長した自分』なのでリアルも美少女


P
(U・ω・U)<シャチョ=サン

(U・ω・U)<リップにデンドロを贈呈したのは彼です

(U・ω・U)<パスポートの準備からプライベートジェットの手配、SPと自社製品を用いた人間輸送()サービスまでこなす

(  P  )<お金があれば大抵の無茶は通せるのさ

Ψ(▽W▽)Ψ<私の! 部屋は! 賃貸なんだよぉッ!

Ψ(▽W▽)E) P  )<ソレハゴメン


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各国の<マスター>観察記録 2
機械の国


(U・ω・U)<章の並び替えをしました報告


 □■ドライフ皇国某所

 

 肌寒い空気の中、寂れた道を一台のバイクが走っていた。車体は改造済みでサイドカーが付いている。

 運転手は若い女性だった。冷気対策のコートを羽織り、背中に魔力式の狙撃銃を背負っている。

 女性の振る舞いはどこかぎこちない。時折り胸を見下ろして、座面に跨る位置を頻繁に変えながら、白いため息を吐いていた。

 

 女性の背中にしがみつくのは少女型のアルビノ。防寒着を重ね着してなお寒さに震えている。

 垂れた鼻水を目の前にあるコートで拭き取るが、運転中の女性は気がついていない。

 

 そんな二人を尻目に、サイドカーに足を投げ出す人物もまた女性だった。

 動きを妨げないコンバットスーツを装備して、腰には二丁の拳銃を吊るしている。

 メッシュを入れた髪は一つに結んであり、こぼれた数本を指で巻き取り弄っている。

 

 彼女らは<双蛇(ふたつみずち)>というパーティだった。

 

 しんしんと積もる雪が一本道を白く染める。

 バイクの排気音が静寂を破り、汚れのない雪の上に轍を残す。

 

「暇だわ」

 

 唐突に、メッシュの女性が呟いた。

 

「タツミくん。面白い話をして」

「無茶振りはやめてよ、西園寺さ……フリーダ」

 

 タツミと呼ばれた運転手は、メッシュの女性の名前を言い直し、慌ててアクセルを踏む。

 

「もう少しで目的地に着くから」

「なら貴方が私の退屈を紛らわせてくれるのね。毎度ながら、タツミくんの献身には驚嘆するわ。今度は一体何をしでかすのか楽しみね」

「えっと、いや……僕は何も」

「そうね。タツミくんは平凡だもの。好きな子のお願いで、女性アバターでダイブ型VRMMOを遊ぶだけの、ただの変態な男の子(・・・)だものね?」

「だ、だって。それは西園寺さんの両親が、男とゲームなんて認めないって言うから」

「言い訳する必要はないのよ? 私は感謝してるの。やっぱりパーティは気心の知れた(あごでつかえる)相手と組みたいでしょ。例えそれが、リアルの私と瓜二つなガードナーを侍らせる変態だったとしても」

 

 次の瞬間、バイクが大きくバランスを崩した。

 

「ち、違うよ! これは何かの間違いなんだ!」

「むむ、ご主人よ。今なんと? 妾の存在が間違いだと言ったのか? いくら妾でも許せぬぞ。激おこだぞ」

「誤解だよメドューサ。僕は君がいてくれて嬉しい。だから腕に力を入れるのはやめ……せ、背骨が折れるっ」

「そういいながら、抱きつかれて喜んでいるのでしょう? しかも私の顔にご主人と呼ばれて嬉しいなんて……本当に救いようのない変態ね。こっちにいらっしゃいメドューサ。タツミくんのそばにいると変態が感染るわ」

「うむ! ご主人も悪くないのだが、フリーダのほうが好きだ! 見目が良いからな!」

 

 メドューサはサイドカーに飛び移ると、フリーダに抱きついて暖を取る。

 ひとまず難を逃れたタツミは深いため息を吐いて、運転に集中するのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

「配達クエストの届け先はこの村だよ」

 

 三人はバイクから降りて小さな村を歩く。

 タツミが荷物の注文主について尋ねると、村人はこぞって案内を申し出る。

 すべてをフリーダは丁重に断って、彼らに道順を教わるにとどめた。

 

「案内を頼まないの?」

「迷う広さじゃないわ。気疲れして面倒だし」

「親切心だと思うけど……」

「あら。あの村人が善人だと思うの?」

「だって、見ず知らずの僕たちにも優しいよ」

「それに皆、彫像のように顔が良い! 美しいものは良いものだ! 妾には分かるぞ!」

「タツミくんは優しくしてもらえるなら何でも良いのね。貴方には失望したわ」

「ええ!? どうして僕だけ」

 

 それから、とくに迷うこともなく、三人は目的の家にたどり着いた。

 タツミが扉をノックすると、中から四十歳前後に見える婦人が現れる。一人で住んでいるらしい。

 

「お届けものです。ここにサインを」

「どうもありがとう。助かるわ。……そうだ。もし良かったら、お茶を飲んでいかれないかしら。ちょうど焼き菓子が余っているの」

「菓子か! ご主人、これは妾のお眼鏡にかなう美しさか確かめる必要がありそうだぞ!」

 

 メドューサは期待に目を輝かせて、催促代わりにタツミのコートを指で摘まむ。

 相棒の様子から、この誘いを断った場合に生じる癇癪を面倒に感じたタツミは頷いて、

 

「そうだね。小腹も空いているから……」

「いいえ奥様。申し訳ありませんが、私たちは先を急ぎますので」

 

 フリーダに遮られた。人当たりの良い、他所行きのために作った笑顔と声色だ。

 毎度のことで見慣れている二人であっても、突然の代わり様には面食らう。

 フリーダの楚々とした振る舞いに、タツミは現実世界で同じように猫をかぶる彼女の姿を重ねた。

 

 そのままフリーダは二人の手を引いた。

 

「いったいどうしたのだ。急ぎの用事はないぞ」

「せっかくだしお茶くらい」

「いいから合わせなさい。すぐに分かるわ」

 

 二人と共に立ち去ろうとするフリーダだったが、腕を引く力に対抗されて、彼女たちを連れていけない。

 タツミとメドューサの片手はフリーダが握っている。だが、もう片方は二人を引き止める婦人によって掴まれていた。左右から綱引きのように引かれた状態だ。

 

「あの、奥さん? 手を離してくれませんか」

「そう言わずに。どうぞ寄っていって」

「確かに焼き菓子は心惹かれるぞ。しかし、妾たちはフリーダと行動を共にしているのだ」

「美味しい焼き菓子とお茶よ。せっかくだから、食べていかない? それがいいわ」

 

 婦人の手に力が入る。

 爪を立てられてタツミの肌が傷つく。次第に力は増していき、腕の骨が折れてしまいそうな程の強さになる。

 

「痛っ……」

「こんなところまで来て疲れているでしょう? 休んでいって。お金は取らないわ。美味しい焼き菓子があるの。よかったら休んでいって」

「む! おいお前、ご主人を離せ!」

 

 マスターの危機を察したメドューサはガードナーとしての怪力を発揮して婦人の腕を振り払う。

 その際に加減をしなかったので、婦人の両腕は引き千切られ、あらぬ方向に飛んでいった。

 

「うわ、やりすぎだよメドューサ」

「問題ないわ。いえ、この場合は逆に問題があると言うべきね。それ人間ではないもの」

 

 婦人は両親を失っても平然としていた。

 流血の代わりに錆臭いオイルが垂れ、断面からは金属の部品が覗いている。

 痛みに叫ぶこともせず、うわ言のように同じ言葉を繰り返して、三人の方に近づいてくる。

 

『美味シイ焼キ菓子ガアルノ。ヤスンデイッテ』

「ロボット……ティアンじゃない。フリーダは分かっていたの?」

「村人の仕草が作りものみたいだったから。私、そういうのは敏感なのよ。村の様子も、少し見えた家の中も、やけに生活感がなかったし」

「ここはロボットの村だというのか。うむ、それはそれでアリだぞ! つまりあれだ、いくら眺めても構わないということだな!」

「そういう問題かな……ええと、どうする?」

 

 戦うか、逃げるか。判断に迷ったタツミは、場慣れしているフリーダに指示を仰いだ。

 ほぼ同時に、フリーダは二丁の拳銃を構えて、目の前のロボットに発砲していた。

 右手の白い銃からは光弾が、左手の黒い銃からは闇弾が、それぞれロボットに命中する。

 

「撃った! ノーシンキング! ノータイム!」

「少し黙って。……威力、装弾数、共に変動無し。左はスカ。なるほどね」

 

 フリーダは壊れたロボットを足蹴にして、簡単に検分した後、両手の拳銃……自らの<エンブリオ>を掲げた。

 

「私のアンフィスバエナについて、貴方は当然覚えているわよね」

「光属性と闇属性の二丁拳銃、だっけ」

「それだけ? 赤点よタツミくん。何度も説明したというのに、いったい何を聞いていたのかしら」

「ご主人はフリーダの肢体に見惚れていたぞ。女神の如き造形美ゆえ、妾もつい凝視してしまう」

「メドューサぁ!」

「はぁ……本当に救いようのない変態ね。脳内桃色お花畑のタツミくんにも分かるように説明すると、アンフィスバエナの残弾数と威力は私の行動で変化するの」

 

 記憶を掘り起こそうとするタツミに軽蔑の視線を向けて、フリーダは説明を続ける。

 

「善行を積むと、光属性の弾が装填される代わりに威力が低下する。その分、闇属性の弾の威力が上昇するわ。逆もまた然りよ」

「悪いことをすると闇属性の弾が装填されて威力が下がる。代わりに光属性の弾の威力が上がる……」

「その通り。そして、ロボットに攻撃しても変化はなかった。良くも悪くもない、つまりロボットは敵味方関係無しに、ただ存在するだけのもの。闇属性でダメージを与えられないから生物の擬態やサイボーグでもない」

 

 三人の背後から足音が近づく。

 タツミが振り返ると、数十を超える村人がゾンビのように群がって、三人に手を伸ばしていた。

 いずれも皆、うわ言のように何かを呟いている。「何かお困りかい」「家に寄っていきなさいよ」……思いやりに満ちた暖かい言葉が、今は不気味に反響する。

 

「村人は全員、壊れかけたロボット。オブジェクト扱いだから撃退しても見返り無し」

「ほう、では妾が一つ二つ石像にしても何ら問題はないということだな? 実に滾るぞ!」

「みみっちいことは言わないで、好きなだけお持ち帰りしなさい。タツミくんは下がって援護を」

「え、この数を相手に戦うのはちょっと……」

 

 怖気付くタツミに、フリーダは陰で舌打ちした。

 しかし溢れた感情を即座にしまい込み、男好きのする微笑を浮かべて、タツミの耳元にそっと囁きかける。

 

「期待してるわ。貴方だけが頼りよ」

「ふぁい!」

「……ご主人、チョロいぞ」

 

 タツミは夢心地で狙撃に適した高所に向かう。メドューサは勢いに任せてロボットの群れに詰め寄り、敵を一瞥で石化させては遠くに放り投げている。

 味方の配置が整ったことを確認して、フリーダは結んだ髪を自ら引っ張り、そして拳銃を構えると。

 

「スクラップにしてあげる」

 

 日頃の積もり積もったフラストレーションを爆発させるように、敵の只中へと突撃した。

 

 

 ◇◆

 

 

 積雪に残る轍を辿り、一台のバイクが走っていた。

 

 人気の無い村を後にした三人は道なりに進む。

 無言で思索に耽っていたタツミは、ふと顔を上げて、サイドカーの二人に疑問を投げかけた。

 

「結局、あのロボットは何だったんだろう」

「暇を持て余した誰かの仕業でしょう。<叡智の三角>とか、“戦争屋”とか」

 

 フリーダは適当な答えを返す。

 メドューサに至っては聞いてもおらず、人型の石像を鑑賞して満悦の表情を浮かべている。

 

「誰が造ったかも気になるけど、目的は?」

「そんなことを気にしても仕方ないわ。それとも、タツミくんは気に入った女の子でもいたのかしら」

「そうじゃなくて……あそこはティアンの村として、今まで騒ぎにならずにいたわけだよ。ロボットを作った人は、偽装にかなりのコストと時間をかけていると思う」

「割に合わないでしょうね」

「それで、えっと、フリーダはどう思う?」

 

 おずおずと尋ねたタツミだったが、彼女の無関心極まる冷たい視線に怯む。

 

「う。や、やっぱり何でも」

「……実験場かしら」

 

 問いが撤回される直前、面倒くさそうに思いつきを述べるフリーダ。

 

「あのロボットは『善い人』を演じていた。暴走して、無理やり善行を押しつける暴力装置になっていたけど」

「あれは全部、試作品だった?」

「人間の紛いものを造るためのサンプルかもね」

 

 知らないけど、と投げやりに締めくくる。

 

「それより貴方、どうやって責任を取るつもり?」

「え?」

「気づいていないのね。可哀想なタツミくん、ついに思考までピンクに染まってしまったのかしら」

「待って。僕、何かした?」

「重大なミスよ。実に深刻な事態だわ」

「……というと」

「今回、貴方が受けたクエストは配達。私たちは荷物を回収して、依頼主に送り届けることが仕事だったわ」

「うん。だからあの村まで運んで……あ」

「依頼主はあの村の住人。ティアンのふりしたロボットよ。私たちが壊した(・・・・・・・)

「報酬が……貰えない……!?」

「それどころか、バイクの燃料費を差し引いたら赤字ね。アンフィスバエナのストックも消費してしまったわ」

「聞き捨てならないぞ! つまりあれか、妾たちはタダ働きをしたのか! しょんぼりするぞ!」

「メドューサは石像手に入ったよね……でも、そうか。どうしよう。また仕事を見つけないと」

 

 頭を抱えるタツミの耳に、フリーダから提案という名で悪魔の誘惑が囁かれる。

 

「次は野盗をするのはどう? PKは良いストレス解消になるという研究結果が出ているのよ」

「そ、ソースはどこに」

「何を言っているのタツミくん? こんなフィールドに調味料が落ちているわけないでしょう」

「違うそうじゃなくて」

「冗談はさておき。追い剥ぎで懐を暖めて、アンフィスバエナのストックも貯まるから一石二鳥」

「普通のクエストにできない……?」

「稼ぎが悪いし、光属性の弾ばかり増えるのよ。それとも、知り合いのカジノで働いてみる? たしかバニーガールを募集していたはず」

「それは駄目。絶対に」

 

 タツミは赤面して提案を拒否する。

 彼は脳裏に浮かぶ、あられもない格好のフリーダとメドューサの妄想をどうにか振り払った。

 

「そんなにバニーが嫌なら仕方ないわね」

「え、僕がやるの?」

「……あら、逆に誰が着ると思ったのかしら」

「責任を取って野盗に参加させていただきます!」

 

 嵌められたと思った時にはもう遅い。

 最初から、タツミに服従以外の選択肢は無いのである。

 

「気にすることはないわよ、むっつりスケベで変態のタツミくん。現実と違ってPKは禁止されていない。罪には問われないのだから、何を言われようが気にすることはないの。それに……」

 

 揶揄うようにフリーダは笑う。

 

「善悪の区別なんて、所詮は主観なのだから」




余談というか今回の蛇足。

<双蛇>
(U・ω・U)<美少女?傭兵ユニット

(U・ω・U)<どんな仕事も(気分次第で)請け負う

(U・ω・U)<全ての決定権はフリーダにあり


フリーダ
(U・ω・U)<毒舌猫かぶり優等生

(U・ω・U)<校舎の屋上で煙草吸うタイプ


タツミ
(U・ω・U)<パシリ

(U・ω・U)<好きな人には逆らえない、顔がそっくりのガードナー相手でも然り


ロボット村
(U・ω・U)<いったいどのPの仕業なのか

(  P  )<一応は管理してるぜ


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魂を胸に

 □■2044年12月 黄河帝国・龍都

 

「あれは何だ?」

 

 闘技場に現れたソレ(・・)に、人々は困惑した。

 

 開催直前のレース競技に飛び込みで参加した挑戦者。

 通路から姿を見せたソレは悠々と歩みを進める。

 他の参加者が既にスタートラインについている中、意にも介さず、ゆっくりとコースを一周する。

 それはまるで己を観衆に知らしめるようであり。

 私を見ろ、とソレは高らかに胸を張る。

 

「馬……? いや、だが」

 

 核心を持てない一人の呟き。

 ざわめきが客席に伝播する。

 分からない。目の前に立つソレがどのような存在であるのか、理解が及ばない。

 なぜなら、ソレはレース競技の根底を揺るがすものであったからだ。

 

 ソレは一匹(?)だった。

 ソレは二足歩行をしていた。

 ソレはどこからどう見ても……馬のかぶりものをした、ただの人間(・・)だった。

 

 騎乗用のテイムモンスターは連れておらず、スタートラインに立った今も騎獣を出す気配がない。

 他の参加者が従えるモンスターと並び、念入りに柔軟体操をしている。

 

「まさか……自分が走るつもりなのか」

「馬鹿言え。そんなの反則だろう」

「人馬種ならありでは」

「冗談を。あれの足が四本に見えますか? もしそうならば、医師にかかることをお勧めしますよ」

 

 皆が口々に騒ぎ立てる中、ソレは顔を上げると、ぐるりと観客席を一望した。

 マイク代わりのアクセサリーを装備して、ソレは会場全体に語りかける。

 

『皆さん、はじめまして』

 

 ソレは流暢に人の言葉を話す。

 

『恐らく、あなた方は驚かれていると思います。私は何者なのか。なぜ一人で、モンスターにも乗らないのか。ふざけているのか、と……今はあえて何も言いません』

 

 ふるふると首を振り、握りしめた拳を胸に。

 

『まずは私の走りを見てください。そして、この名前を覚えてくれると嬉しい』

 

 四面楚歌の舞台に臆することなく、ソレは高らかに名乗りを上げた。

 

『――クラウンシーク。全てのレースで頂点に立つ馬の名前です』

 

 

 ◇◆

 

 

 時を遡ること暫し。

 

「な、な……なんですとーーー!?」

 

 黄河帝国が都、龍都に建つ闘技場の受付で、一人の女性が膝から崩れ落ちた。

 レベルカンスト帯のダンジョンから産出される装備を身につけており、それなりに腕が立つことは窺える。

 一風変わった特徴として、彼女の頭頂部には哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属の家畜動物を思わせる獣耳、臀部には尻尾が生えており、今はどちらも力なく垂れていた。

 

「受付嬢さん、レースに出られないとはどうしてですか! 納得のいく説明をお願いします!」

「そう申されましても……本日のレース競技はモンスターや煌玉馬などに騎乗することが前提でして。参加者一人で走るというのは、ジョブの力量差もありますから、競技全体のバランスが崩れてしまいかねないのです」

「ぐうの音もでない正論。そりゃそうでしょうとも」

 

 くっ、と悔しそうに歯軋りをする女性。

 

 ちなみに、かれこれ三十分は問答を繰り広げている。

 受付嬢は「この人、いい加減諦めてくれないだろうか」と笑顔の裏で困り果てていた。

 

 女性が出走を希望するレース競技は、闘技場で開催される種目の一種だ。

 

 グランバロアを除く七大国家の闘技場には『内部でのダメージ等をなかったことにする』結界施設が存在する。

 これを用いた決闘が盛んに行われている国として、決闘都市ギデオンを有するアルター王国や、【龍帝】が決闘ランキング一位の座に君臨する黄河帝国がある(ちなみに天地は野良試合を好む修羅ばかりのため例外とする)。

 

 特に、黄河帝国では皇族たる【龍帝】が民草に慕われており、決闘を観戦する者は他国と比較しても多い。

 “龍”を崇める黄河のティアンにとって、決闘は【龍帝】を目にすることのできる数少ない機会である。ある種の儀礼的な側面を併せ持っていると言えるかもしれない。

 また、多くの<マスター>にとって、【龍帝】は運営が設定した最強クラスのエンドコンテンツという認識だ。いつか攻略してやろうと考える挑戦者は後を絶たない。例えば決闘一位の栄光をオーナーに捧げようとする姫サークランのメンバーなんかもいるだろう。そうでなくとも、強者の戦闘は観戦するだけで胸が躍るものだ。

 そのおまけと言っては身も蓋もないが、他のランカー同士の決闘や、一対一の決闘以外の競技も、人々は娯楽として楽しむ傾向にある。

 

 中でもレース競技はメジャーな種目だ。

 肥沃な大地が広がる黄河には、強靭なモンスターが数多く生息している。

 他国では珍しい亜竜級以上の馬系モンスターを育成する騎馬民族が暮らしていたりと、土壌は整っており。

 参加者が騎乗するオーソドックスなレースや、モンスター単体を競わせる脚比べなど、賭博兼遊興として日夜執り行われているのだ。

 

 ただし、どのレース競技も人間が一人で走ることは想定されていない。

 AGI系のジョブを極めれば亜音速をゆうに超える世界。超級職になれば超音速に至る。テイムモンスターとのパワーバランスを図るためにも区別は必須である。

 ……そもそも、それはもう徒競走であるからして。

 

「くうっ! デビュー戦を鮮烈に飾ろうと、レベル上げしかしてこなかったのが裏目に出ましたか。事前にリサーチをしておけば……」

 

 どちらにせよ無理なものは無理だろう、受付嬢はそう思ったが口には出さない。

 

「レース競技がご希望でしたら、従魔をご用意されてはいかがでしょう?」

「それは……駄目です。それだと意味がない」

 

 一転して、女性は真剣な表情を浮かべる。

 

「私には夢がある。例えゲームの中に過ぎないとしても。この世界で、この名前を天下に轟かすという夢が」

 

 思い出すのは苦い現実。

 かつて、一体となってターフを駆けた駿馬がいた。

 あの美しい鹿毛の牡馬はもういない。

 女性は胸に手をやり、決意を漲らせる。

 

「だから他の馬には乗れない。最強の称号を、あの子に捧げるために掴むんだ」

「――素晴らしい」

 

 乾いた拍手の音が響いた。

 

「強い信念、熱い思い。不合理と理解していながら、それでも茨の道を突き進む覚悟。そして不可能と断じられてなお退かない気迫を持ち合わせている」

 

 受付のそばに中背の男性が立っていた。土埃で汚れたビジネススーツを着ており、全体的にくたびれた印象は拭えない。左手には“笛吹き”の紋章が刻まれている。

 

「なにより、世界にその名を轟かす……いい夢だ。年甲斐もなく感動した。ぜひ協力させてほしい」

 

 男性は興奮しているのか、やや早口で言葉を紡いだ。勢いに任せて女性の手を取り、しかと握りしめる。

 呆気に取られた女性はしばらく固まっていた。

 その様子に気づかず、男性は躊躇いなく距離を詰めて《看破》を使用する。

 

「俺は藤原永満(ふじわらながみつ)。君は……クラウンシークというのか。変わっているが良い名前だ。ただ、ちょっと長いな。呼びやすい愛称があった方がいいかもしれない。クラウン、クラウ、ウンシ、クラーク……しっくりこない。単純だけどシークが分かりやすいか? どうだろう?」

「はあ……ええと、どうと言われましても」

「そうだな。ひねらずにシークが良さそうだ。やっぱりシンプルイズベスト。単純な方が記憶にも残る。それに声に出して呼びやすい」

 

 藤原は会話を自己完結させて、受付嬢に話しかける。

 

「次のレースには棄権者がいたはずだ。その空き枠に彼女を登録してください」

「は、はい? しかし」

「大丈夫。問題があるようなら出走枠、いや、レースごと買取りましょう。これで足りますか」

「っ……かしこまりました。すぐに手配します」

 

 その際に藤原が提示した金額を見て、受付嬢は顔色を変えた。

 今までの時間は何だったのかと思うほどあっさりと、クラウンシークの出走登録が完了する。

 

「十分後にレースが始まります。選手の方は控室でお待ちください」

「ありがとうございます。では行こうかシーク」

 

 付き添いの藤原と共に控室に案内され。

 注意事項等の説明を受けて。

 あれよあれよという間に、クラウンシークはレースの準備を整えた。

 

 控室はそれなりの広さがあった。

 選手一人一人に個室が与えられるのだろう。

 直前に、テイムモンスターのコンディションを確認する者がいるからかもしれない。

 とはいえ、無名の飛び込み選手に割り振られる部屋にしては内装が豪華である。

 

(流石は黄河帝国。豊かな国力を見せつけてくる)

 

「いえ。そうではなくて」

 

 クラウンシークは正気を取り戻した。

 

「藤原さん……あなたは魔法使いですか? そして、なぜ一緒に控室まで?」

「今、俺は君の後見人みたいな扱いだからな。コネで出走するのは嫌だったか」

「正直に言って不服ではあるのですが、やはり仕方ないと考える自分がいて、感謝の気持ちはあってですね」

 

 口ごもるクラウンシークを見て、藤原は苦笑した。

 

「それでいい。特別扱いに慣れたらいけない。でも、本当にやりたいことを通すにはコネでも何でも、使えるものを使った方がいいときもある」

「ですが、私たちは初対面です。ここまでしてもらう義理はありません……その、本当にありがたいですよ? ただ、なぜだろうと考えてしまうのです」

 

 現実世界で例えるなら、道端で知らない人に数十万円の札束を手渡された感覚である。

 これを無償の善意と考えるほどクラウンシークは子供ではない。僅かに恐怖と疑念を感じて問いかける。

 

 藤原は少し考えて、訥々と答えた。

 

「なぜ、か。そうだな……さっきも言ったけど、シークの言葉に感動したんだ」

「はあ。感動ですか」

「普通なら、ゲームの中で何をしても『所詮はゲームだろ』って言われると思う。成功を自慢したら、馬鹿にされて、笑われる」

 

 漠然とした思いをかき集めて、組み合わせて、ようやく形になったような言葉だった。

 

「でも君は言っただろう。“この世界で、名前を天下に轟かす”……それを聞いてね、嬉しかったんだよ。ああ、俺と同じことを考えている人間がいるんだなって」

「藤原さんも、何かをなさるのですか? 経済界の王になるとか」

「俺は何もできないよ。一人、支えてあげたい人がいるだけなんだ。その子と君を、つい重ねてしまった。だからこれは自己満足だ。シークは『物好きな人だな、私ラッキー』と考えてくれたらいい」

 

 そう語る藤原の表情は優しげだった。

 心の底から、その人のために何かをしたいという思いが言葉の節々から滲み出ている。

 クラウンシークは乙女の直感で、その相手が女性であると察した。そして微笑ましさと、嬉しさと、羨ましさで胸が満たされるのを感じた。

 

「まあ、その人にとって、俺が必要かは分からないけどな」

 

(ううむ、何か藤原さんに恩返しをできないものか。とはいえ私、差し上げられるものがありません。……んー、自己満足になりますが)

 

「藤原さん。ちょっとした昔話をしてもいいですか」

 

 前置きをして、クラウンシークは己の過去をかいつまんで話すことにした。

 

 

 ◇◆

 

 

 私、リアルではジョッキーをやっていまして。

 隠すようなことではありません。それに調べたらすぐに分かってしまうので……。

 私はそれなりに結果を残していました。だからですかね、将来を期待された競走馬の騎手に任命されたんです。

 

 その子はとても気性が荒い馬でした。

 ただ、私の言うことは素直に聞いてくれた。

 それどころか、指示を出さなくても私の考えを理解しているみたいで。

 心が通じ合っているのかもって浮かれましたね。

 

 実際、レースでは負けなしでしたから。

 三冠を達成するどころか、国内外のタイトルをすべて掻っ攫えるのでは、というくらいの勢いです。

 『唯一抜きん出て』とか言いますけど、あの子の方が……すみません、流石に盛りました。でもそれくらい強かったんです。

 

 ただ、まあ。

 結果から言うと駄目でした。

 

 初めての重賞で足の骨を折ってしまった。私が焦ったせいで、コーナーを曲がり切れなかった。

 あの子は競走馬としての道を絶たれた。馬の世界では稀にあることですけど、当事者にしたらごめんなさいで済む話ではありません。

 

 それはもう大騒ぎになりましたね。

 馬主さんに殴られ、マスコミに叩かれ、同僚、厩務員、調教師の皆さんからは非難の嵐です。

 で、仕事をもらえなくなりました。干されました。

 

 だけど。そんなことはどうでもよかった。

 それより、あの子がもうレースを走れなくなったことが何よりも辛かったんです。

 私は生きてます。ご飯を食べれて、やりたいことをできています。

 

 でも、あの子は?

 あんなに伸び伸びと走っていたのに。並いる強敵をぐんぐんと抜いて、圧巻の走りを見せつけていたのに。

 二度とあの舞台で走ることはできない。手に入れるはずだった冠を、あの子が得ることはもう無いのです。

 

 私はそれが悔しかった。

 あの子の方が強いのに、速いのに。

 ターフで表彰されるのは別の馬だった。

 

 そんなときでした。

 

 ――<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供いたします

 

 これだ、と思いました。

 もうあの子は走れない。それでも、ゲームの世界であの子が最強だと知らしめることはできる。

 

 ……分かっています。ただの自己満足です。

 何でもよかったのかもしれません。

 苛立ちとか、無気力を紛らわせることができたら。

 

 こうして、私はデンドロを始めました。

 

 もう一つの世界で――あの子の名前を背負って。

 

 

 ◇◆

 

 

「……と、こんな感じで。ですから、何と言いますか」

 

 クラウンシークは言葉を探す。

 気恥ずかしさを誤魔化すように視線を動かして。

 

「私は考えなしに突っ走って、失敗しました。でも藤原さんのお陰でレースに出ることができます。これは本当にありがたいことで……って、私の話はもういいです」

 

 うめきながら悩むが、相応しい言葉を見つける前に、思いは隙間から溢れて散ってしまう。

 結局、藤原に何かを返すことはできない。

 多少落ち込みながらクラウンシークは頭を下げる。

 

「……すみません。何を言いたいのか自分でも分からなくなりました」

「大丈夫だ。決して愉快な話じゃないだろうに、話してくれてありがとう」

 

 お互いに頭を下げて、妙な雰囲気になったとき。

 歓声が建物全体を揺らした。

 拡声した音声で、レース参加者の名前を読み上げる放送がかすかに聞こえる。

 

「……もうレースが始まるな。行けシーク。そして勝ってこい。この世界に、(その子)の名前を響かせてやれ」

「もちろんですとも。藤原さんも観ていってください」

 

 

 ◇◆

 

 

 スタートラインに横一列で並ぶ参加者たち。

 クラウンシークはアキレス腱を伸ばして、最後のウォーミングアップを終える。

 すると、隣の参加者に声をかけられた。獅子型のガードナーに騎乗した青年である。

 

「なあ、そこの馬ヘッドさんよ」

「……おや。もしかして私のことですかね」

「もしかしなくてもお前しかいないわ。何だその妙ちきりんな装備。見たことないぞ」

「パーティーグッズ、ご存じありません? 鈍器みたいな名前のお店で売ってますよ。ヒヒン」

 

 かぶりものの口をパクパクと動かすと、青年は狂人を見る目でクラウンシークを見下ろした。

 

「ふざけてられるのも今のうちだぞ。今日のレースはカンストばっかりだからな。それに、お前の空き枠は元々“綺羅星”って凖<超級>が出るはずだったんだ」

「ほう。その人、強いのですか?」

「もちのロンよ。ま、本気を出したことないんだろうけどな。今日だって勝ちが決まってるレースだから棄権したんだろうよ。興行にならないって」

「それは楽しみですね。相手が強ければ強いほど、勝ったときの歓声は大きいです」

 

 大言壮語とも受け取れる発言に、青年は絶句する。

 

「……なあ。さっきのあれ、本気なのか?」

「はい。私は勝ちますよ。どんな相手だろうと、レースという土俵であるならば」

 

 ――クラウンシークは、最強の馬なのですから。

 

 内心で呟いた瞬間、レースの火蓋が切られる。

 

 同時に、参加者が一斉に駆け出した。

 

 クラウンシークを除いて(・・・・・・・・・・・)

 

「は!?」

 

 それは獅子に乗る青年の叫び。

 会話に意識を向けていてスタートダッシュを切れなかった彼は、慌てて獅子に鞭を打って……スタート位置に立ち尽くすクラウンシークを思わず振り返った。

 それは会場にいる全員の内心を代弁した声だ。

 異例の飛び入り参加、しかも自信満々に勝利宣言をしたソレが、まさか出遅れるとは思うまい。

 

 だが、案ずることなかれ。

 

「……Wake up, your(my) soul」

 

 これはルーティーン。

 スイッチを入れて、競技用に意識を切り替える。

 

「《サラブラッド》、セカンドギア」

 

 クラウンシークの全身が脈動する。

 立ち昇るエフェクトは赤い蒸気の如く。

 励起状態の筋組織に血流が回り、クラウンシークの肉体は一段階上の位階に到達する。

 

 そして、力を溜めた脚を……爆発させる。

 

 殿を追い越す。後続集団に並ぶ。

 頭一つ抜け出す。先頭を捕捉する。

 まさにごぼう抜き。会場は言葉も無く、共に走る競技者ですら驚きに目を見張る。

 超加速を果たした彼女はすぐに遅れを取り戻す。

 

(前へ、前へ、前へ!)

 

 闘技場を駆け抜ける様は、さながら赤い流星だった。

 

 

 ◇◆

 

 

(実のところ、シークのあれは黒に近いグレー。反則スレスレの裏技みたいなものだ)

 

 観客席では一人、藤原だけが冷静だった。

 眼下で快進撃を披露する馬耳の女性。

 ただの上級職、そして騎乗していない一人の力とは思えない速度の疾走だ。

 登録時に彼女のビルドを聞いていなければ、藤原も意味が分からなかっただろう。

 

(<エンブリオ>とジョブのシナジー、か)

 

 名前やスキル等の詳細こそ明かされていなかったが、大枠のギミックは事前情報で把握できた。

 

フュージョン(・・・・・・)ガーディアン(・・・・・・)。珍しいカテゴリーだ)

 

 フュージョンは肉体を置換するのではなく、肉体の全て、または一部と融合するカテゴリーだ。

 アームズ系列に付いた場合、翼や多腕などの異形に変ずる形状になる。

 そしてガードナー系列では<マスター>と融合していないと極端に弱体化するという特性がある。分離したままではスキルの発動すら覚束ない。

 

(あの馬耳と尻尾だな。常時融合状態にある。話を聞いた限り、恐らく特性は『馬属性の付与』だろう。……字面に起こすと間抜けだな)

 

 馬としてのクラウンシークという名を轟かせたいという願いから生まれたオンリーワン。

 融合状態のクラウンシークは人間であり、馬でもある。

 

 人間範疇生物(ヒト)としてのジョブ(ちから)

 非人間範疇生物(ウマ)としての特性(ちから)

 両者の能力を併せ持つ、まったく新しい存在であるということだ。

 

(<エンブリオ>のバフに加えて、二種類のジョブスキル……《疾走》と《騎乗》を併用している)

 

 走者系統のセンススキル《疾走》は走ることの適性が上がり、スタミナや移動速度が向上する。

 加えて、騎兵系統の《騎乗》はモンスターを乗りこなすだけでなく、その身体性能を一〇〇%を超えて発揮させる効果があると知られている。

 一見すると互換性がないように思えるが、《騎乗》は汎用スキルだ。メインジョブが走者系統でも使用可能。

 

(《騎乗》を自分の肉体に適用する、というのは初耳だ。<エンブリオ>だからこそのバグか。だけど条件はイーブンだ。他の参加者も、ガードナーに騎乗することは認められているから)

 

 その点、クラウンシークは競技のレギュレーションにおいても限りなく黒に近いグレーだ。

 ガードナーと走っている、そんな屁理屈を掲げることができなくもない。押し通せるかは別として。

 それでも、あの走りを見れば誰もが胸を躍らせる。文句を言う者はそういないだろうと藤原は予想する。

 

「……おお」

 

 藤原の隣に座る人物も、身を乗り出してレースを観戦している。

 彼女のことは一方的に知っていた。

 

「君でも見惚れるか。“綺羅星”」

「おじさん、誰っす? 私のファンっすか?」

「いいや違う。俺の推しは一人だけだ」

「そうっすか……安心したっす。どうか、私がいることは内緒でお願いするっす」

 

 “綺羅星” テルグム・クッレレ。

 闘技場の常連でありながら、しばしばレースや決闘に穴を開ける問題児だ。

 今日もサボりなのか、変装して観客に紛れている。

 

「そういえば以前、君は自分と互角に戦えるライバルが欲しいと言っていたな」

「うげ、何で知ってるんすか。それボツにしたインタビューでしか話してないっすよ……」

「職業病だよ。気になる人物はチェックする癖がある」

「記者っすか? そうじゃなきゃ不審者確定っす」

 

 藤原は意図的に難聴を発揮してスルーする。

 年下の女性相手に疑いの目を向けられてめげないのは、労働で培われた鋼の精神があるおかげだった。

 

「君の目から見て、シークはどうだ?」

「ちょっとはできるっすね。でも……」

「でも?」

「足の速さだけで、レースの勝敗は決まらないっすよ」

 

 クラウンシークのビルドは穴がある。

 それに対処しなければ勝利は夢のまた夢だ、と。

 テルグムが告げたとき、状況が動いた。

 

 

 ◇◆

 

 

 レースは中盤に差し掛かる。

 圧倒的な速度で先頭に躍り出たクラウンシークは、そのまま後続と距離を引き離すかと思われたが、現実はそれほど単純ではなかった。

 

 突如、コース前方に泥沼が生じる。

 

「うわっ、とっと」

 

 クラウンシークは速度を落として迂回。

 リードを失い、先頭を譲ることになる。同時に集団に飲まれ、前と左右を囲まれてしまう。

 

(ブロックですか。いえ、それだけではない)

 

 クラウンシークは踏み締めるコースの感触に違和感を抱いた。雨が降った直後のように地面がぬかるんでいる。

 泥に足を取られて踏ん張ることができず、クラウンシークの速度が低下する。

 

(さっきの泥沼といい、あからさまな妨害です。犯人は……決まっています。他の参加者ですね)

 

 左右の地竜に騎乗する参加者の仕業であるとクラウンシークは見抜いた。継続的に地属性魔法を詠唱して、足元を泥状に変質させている。

 ブロックはクラウンシークが走るコースを限定するため。自分は魔法の範囲外に、厄介な競争相手を物理的に封じるための作戦だ。

 

(私につきっきりでは彼らも勝てない。自分の勝利を投げ捨てて、強者の足を引っ張る……誰かに雇われた妨害要員でしょうか。リアルでもいましたね)

 

 クラウンシークはため息を吐いた。

 

(ですが関係ありません)

 

 そして、ギアを一段階引き上げる。

 

「《サラブラッド》、サードギア!」

 

 勢いを増した血流が循環して、クラウンシークの全身に酸素を届ける。

 爆発的な脚力で加速し、動揺したブロックが崩れた瞬間を狙って、無理やりに囲いを突破した。

 相手が巨体の地竜であったことがプラスに働いた。クラウンシークは小柄であるため、わずかな隙間でも身体をねじ込むことができる。

 

「このまま……ッ」

 

 開けた視界に広がる、岩石の針山。

 コースに乱立する石柱は明らかに魔法の産物であり、障害として参加者全員を足止めする。

 

「それもありなのですか!?」

「お前、注意事項を聞いてないのか! 直接攻撃しない限り、どんな妨害行為も認められる!」

「なんですとぉ!」

 

 獅子に掴まり石柱を飛び越える青年に、クラウンシークは文句のひとつでもぶつけたい気持ちになる。

 とはいえそれは筋違い。注意事項を頭に入れないクラウンシークが悪いのであり、怒りは魔法を使った相手にぶつけるべきだ。

 

(この世界のレースがこうも過酷なものだとは。ええい、郷に入っては郷に従え!)

 

 迂回できる石柱は回り込み、大幅なタイムロスになるものは垂直に跳ぶ。高さが足りずに超えられないパターンでは柱の側面を蹴って二段跳躍。

 どうにか難所を越えたクラウンシークだが、一秒の遅れで大きな差が生まれてしまう。余計なスタミナを消費してペース配分も狂わされた。

 

 同じような妨害は、クラウンシークには不可能だ。

 彼女のビルドは走ることに特化したもの。

 他の参加者は走行と妨害で役割を分担することもできようが、クラウンシークは物理攻撃以外、他者に干渉する手段が存在しない。

 

(あ、いえ。ひとつだけありますね)

 

 勘案したクラウンシークは秘策を思いつく。

 直接攻撃をせず、今の彼女に可能な妨害。

 

(膝を痛めそうですから一度だけ……ここ!)

 

 加速して前方集団を捉えたクラウンシークは、思い切りコースを踏み締めた。

 全力のストンプが地面を揺らし、大地を割る。

 振動の余波が他の参加者を巻き込み、数名の騎獣を行動不能に追い込む。

 その中には獅子と青年の姿もあった。

 

「うおおおおお前えええええ!?」

「はーっはっはっは! 卑怯とは言わせません!」

 

 順位を追い上げて後半戦。

 クラウンシークは先頭を走る騎馬に狙いを定める。

 相手も後続が迫っていることに気づいていた。振り向いた騎手は苦々しげな表情を浮かべる。

 

「くそっ、今日は勝てる試合だってのに!」

「今日は? いつもは違うのですか?」

「話す余裕があるのかよ……そうさ。最近は“綺羅星”が変にやる気を出して、俺たちは負け続きだ。今まで適当なレースしかしなかったくせによ」

「……なるほど。妨害要員を雇ったのもあなたですね」

「やつが出ないなら無意味かと思ったが、そうでもなかったな。お前みたいなのが現れやがる!」

 

 あと少しで最終コーナーに差し掛かる。

 もはや後続は追いつけまい。

 先頭の騎手と、クラウンシークの一騎討ちを呈する。

 

 ハナを競り合う激しいぶつかり合い。

 お互いの力量に不足なし。全力を出し切って、勝利の女神がどちらに微笑むかという伯仲した接戦だ。

 自ずと会場は興奮と熱気に包まれる。二騎に釣られて、観客のボルテージは際限なく上昇していく。

 

「やるじゃねえか馬ヘッド!」

「そちらこそ!」

 

 クラウンシークが相手をかわす。

 ほんのわずかに前に出る。

 

 そして――クラウンシークの足元が隆起した。

 

「……ッ!?」

 

 一センチあるかないかの凹凸。取るに足らない段差だが、高速で走る騎馬にとっては致命的だ。

 クラウンシークは最終コーナー直前でバランスを崩す。

 

「馬ヘッド!? ……おいお前ら! ここまで来たら小細工は抜きだろうが!? 男の真剣勝負に水を差すのか!」

 

(ええ……それ、あなたが言います? そもそも私は女ですよ。失礼ですね)

 

 後続からの地属性魔法による妨害。

 魔法の使い手に激怒する騎手。

 やけにゆっくりと、目の前に近づく地面。

 

 思考加速の状態を、さらに引き延ばしているような感覚にクラウンシークは覚えがあった。

 

あのとき(・・・・)と同じ。最後の直線より前、第四コーナーからスパートをかけるタイミングだった)

 

 現実感のない映像が駆け抜ける。

 焦って鞭を打つ自分。それに応えて加速した結果、スピードを制御できずに転倒した相棒。

 衝撃と激痛、意識が暗転する寸前に聞こえた観客の悲鳴と……最期のいななき。

 

(もしやこれ、走馬灯というやつなのでは?)

 

 馬だけに、と冗談を言えるくらいには落ち着いている。

 

(私としたことが、同じ失敗をしてどうしますか)

 

 もう二度と過ちは繰り返さない。

 自分が泥を塗り、未来を閉ざした競走馬の名誉を挽回するために、彼女は今を生きている。

 ここで負けるわけにはいかないのだ。

 

(……見ていてください。そして許してくれるのなら、不甲斐ない私に力を貸してください)

 

 戦友にして相棒の魂を胸に。

 クラウンシークは一歩を踏み出す。

 

「――《駆けろ優駿、思いを乗せて(チートゥマ)》ッ!」

 

 宣言する【熱血馬魂 チートゥマ】の必殺スキル。

 その効果は、全能力のリミッター解除である。

 

(《サラブラッド》、フォースギアです!)

 

 噴き上がる赤煙はまさに“赤兎馬(チートゥマ)”の如く。

 人馬一体の化身が、今、唸りを上げた。

 

 血流の加速によって引き上げた身体能力を用いて、クラウンシークは駆動する。

 

 つんのめって倒れた身体は水平に近い。

 前に右足を出して、前傾姿勢を支える。百八十度に股を開くのは、柔軟な関節があって初めて成せる技だ。

 全身の筋肉とバネを伝う力に逆らわず、クラウンシークは身体を起こすことを諦めて、さらに前へ。

 

 全力以上の踏み込みで加速する。

 勢いで馬のかぶりものがすっぽ抜けたが、気にしてなどいられない。

 

「曲、が、れええええええええええ!」

 

 転倒寸前で地面を擦る。

 遠心力を一身に受け、急旋回で曲線を描く。

 

 ――コーナーを越えた。

 

 残るは直線、ラストスパートで駆け抜けるだけ。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 剥き出しの咆哮。引き攣った笑み。

 見るに堪えない、死に物狂いの疾走だ。

 最強の走りからは程遠い。だが……、

 

 クラウンシークが一番にゴールを駆け抜けたとき。

 客席から大歓声が上がった。

 

 燃え尽きたようにふらふらと数歩。

 そして立ち止まったクラウンシークは、目の前の光景とかつてのそれを重ねて顔を綻ばせる。

 潤んだ目元を拭い、誇らしげに胸を張った彼女は、人差し指を天に向けて突き上げた。

 

 パフォーマンスの意味を理解した観客は一人を除いていなかったであろう。

 しかし、人々は喝采する。爆発した歓声はいつまでも、いつまでもこだまする。

 

 彼女の走りは、観るものを等しく沸き立たせる熱を帯びていたのだ。

 

 同じ名前を持つ相棒と同じように。

 

 

 ◇◆

 

 

「……すごいっすね」

 

「まだ胸がドキドキしてるっす。先輩と【ビアンカ】を追いかけたときくらいに、興奮が止まらないっす」

 

「あの人。あんなに生き生きとして、嬉しそう……」

 

「いいな……ずるいっす。私も、あんなふうに……全力を出し切りたいっす」

 

「決闘はピンキリで冷めるっすけど……レースなら。あの人が相手なら、大丈夫っすかね?」

 

全力で負かしても(・・・・・・・・)折れたりしない(・・・・・・・)っすよね。……そうだといいんすけど」




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<番外編なのに筆が乗った(当社比1.8倍)

(U・ω・U)<上手い人なら作品ひとつ書ける内容を詰め込む作者の悪癖よ


シーク
(U・ω・U)<異世界のウマソウルをその身に宿すチート=ウマ

(U・ω・U)<リミッター有りだとギアはサードまでしか上がらない

Q. どうして《乗馬》を使わないの?

A.
(U・ω・U)<彼女が黄河所属で、騎士系統の大半は王国のジョブだからです

(U・ω・U)<もちろん《騎乗》よりも効果は高い


“綺羅星”
(U・ω・U)<以前、とある騎士と<UBM>相手に三つ巴のデッドヒートを繰り広げてから

(U・ω・U)<全力を出し切る喜びに飢えているとか

(Є・◇・)<へ、へえー……


藤原
(U・ω・U)<また出てくると思います


獅子の兄ちゃん
(U・ω・U)<モブだけど彼の<エンブリオ>は『ユーウェイン』と決めている


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二章 偶像は誰が為に
模擬戦


 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 わたしがいつものように<ルルリリのアトリエ>で店番をしていると、入口のドアベルが鳴る。

 

「この店はいつ来ても閑古鳥が鳴いているわね」

 

 お客さんはアリアリアちゃんだった。

 だけど、なんだか様子が変だ。

 装備は泥だらけでボロボロ、触ったら壊れてしまいそうなくらいに傷んでいる。

 前と比べて元気がない。どうしたんだろう?

 

「あらサラさん。しばらく姿を見なかったけれど」

「ちょっと出かけてたんだ! アリアリアちゃんはなにをしてたの?」

「基本はレベル上げね。店主を呼んでちょうだい。装備の修理をお願いしたいわ」

 

 山積みのアイテムボックスを投げ出して、どかっと座り込むアリアリアちゃん。しかも足を広げている。

 いつもならお行儀が悪いからって、絶対に両足を閉じて座るのに……これは相当お疲れのようだ。

 

 わたしが呼びかけると、リリアンさんはすぐに来てくれた。

 

「はいはい。修理と素材の買取だね」

「ついでに補給もお願い。ポーションは使い切ったから、前回と同じ数を用意して」

「え、もう無いの? ……うわ。武器の耐久値一桁になってる。さては、また狩場にこもってたね」

「問題ないわ。慣れているから」

 

 あっけらかんと言うアリアリアちゃんに、リリアンさんは心配そうにして困り顔だ。

 どうやら今回がはじめてというわけではないらしい。

 リリアンさんはわたしに目配せをすると、装備入りのアイテムボックスを持って二階に上がる。作業中はアリアリアちゃんをよろしくってことだね。

 

 わたしは素材アイテムを鑑定しつつ、アリアリアちゃんの様子をうかがう。

 背筋をシャキッと伸ばしたのはわたしを心配させないためだろう。休んでって言うのは逆効果かな。

 

「何かしら。じっと見て」

「ううん、なんでもない。そうだ! お土産あげるね! これがカルチェラタンので、こっちがソーマの」

「銘菓に玩具ね。ありがたくいただくわ」

 

 小さいオルゴールから流れるのは落ち着いた音楽だ。

 お菓子の箱はここで開けちゃおう。

 とりあえず一個をアリアリアちゃんに渡す。甘いものを食べさせたら、顔色が少しよくなった気がした。

 

「ふぅ……それにしても、随分と遠出したのね。あなた一人で大丈夫だったの?」

「いろんな人が助けてくれたからね」

 

 わたしは旅の出来事を話した。

 カルチェラタンの街と<境界山脈>、わたしたちが【風竜王】に会ったこと。

 ソーマの街のこと、<VOID>との戦い、Mr.ジョバンニやカルマくんがいたこと。

 アリアリアちゃんは眠たそうに、目をしょぼしょぼさせながら聞いている。

 ときどき、特にバトルの話になると、うとうとした顔を引き締めてあれこれ考えているようだった。

 

「なるほど、ね……第三形態に進化……それは、ぜひ……一度……てあわ、せ、を……」

 

 眠たそうなのに、手の甲をつねって目を覚まそうとするアリアリアちゃん。

 わたしが【横笛】を出したことにも気がつかないで、適当な相槌を打っている。

 

 小さめの音で子守唄を吹く。オルゴールに合わせて、耳心地のいいメロディを奏でる。

 眠気が限界になったのか、そのままアリアリアちゃんはうとうとと眠ってしまった。

 

 

 ◇

 

 

 一時間くらいでアリアリアちゃんは目を覚ました。

 ぐうーっと伸びをして、キョロキョロと周りを見て、それからお腹の毛布に首をかしげる。

 あ、わたしとリリアンさんに気づいた。

 だんだん頭がはっきりしてきたみたいだ。寝る直前のことを思い出して、きゅっとしかめ面になる。

 

「……迷惑をかけたみたいね」

「だいじょうぶ! 気にしないで!」

 

 ばつが悪そうにしているけど、わたしはこれっぽっちも迷惑だなんて思っていない。

 それはリリアンさんも一緒だ。

 

「疲れてたみたいだからね。頑張るのはいいことだけど、根を詰めすぎたら駄目だよ」

「肝に命じるわ。今日は一日休むつもり」

 

 修理した装備とアイテムを受け取ったら、アリアリアちゃんは調子を確かめるように軽いストレッチをして、

 

「それじゃサラさん。模擬戦をしましょうか」

「なんで!?」

 

 ぐいぐいとわたしをお店の外に引っぱる。

 五秒前に休むって言ったのに、どうしてやる気満々なんでしょーか! わたしにわかるように説明して!

 

「もちろん狩りはお休み。長時間ソロでフィールドにいると、やっぱり神経が削られるのね。反省したわ」

「うんうん」

「だからリフレッシュのために、街中で特訓するの」

「……うん?」

「レベル上げ以外に、プレイヤースキルを磨くことも大切だもの。闘技場なら命の心配はないし」

 

 あなたの新しい力を見せてちょうだい、と言ってアリアリアちゃんは好戦的な表情になる。

 お休みのときも特訓を欠かさないのは偉いけど、少しスパルタじゃないかなあ?

 わたしがちょびっと強くなって、期待してくれるのはうれしい。ただ、アリアリアちゃんが無理をするのはよろしくない。まだ全回復したわけじゃないからね。

 

「なんてね、冗談よ。一戦したら終わりにするから」

「わかった。それならいいよ!」

 

 今からやるとして店番はどうしよう。

 怒られちゃうかな、と思ってリリアンさんを見る。

 

「模擬戦をすることはするんだね……サラちゃん、あがって大丈夫だよ。そろそろ次郎吉がインする時間だから」

「はい! ありがとうございます!」

 

 リリアンさんと、次郎吉さん(店番と用心棒をこなすネズミアバターの<マスター>だ)の優しさに感謝だね。

 わたしはお言葉に甘えて、アリアリアちゃんと闘技場に向かったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 闘技場のスペースをレンタルして結界をオン!

 これで外からはわたしたちが見えない。修復機能も使えるから、思い切り戦ってだいじょうぶだ。

 

 これまで、わたしは自分から人と模擬戦をすることはなかった。闘技場はスキルの確認で使ったくらい。

 理由はいくつかある。わたしはアリアリアちゃんのような「どんどん強い人と戦いたい!」ってタイプじゃないというのがひとつ。

 わたしの従魔たちも、バトルが大好きって子はいない。特にジェイドは怖がりだったから戦いは少なめに。狩りとクエストでモンスターを倒すくらいだった。

 もちろん、相手から襲われたら話は別だけど……それはちょっと別のパターンだろう。

 

「ジェイド、いける?」

Rrrr(まかせて)

 

 最近のジェイドは、なんというかイケイケだ。

 前より泣く回数減って、戦いを怖がることがなくなった。強くなったのが自信に繋がったんだろう。

 だからチャレンジというか、興味があるなら、戦闘訓練としていい機会なのかもしれない。

 ただ、成長はうれしいと思う反面、少しだけさびしい気持ちもある。これが親心ってこと?

 

 アリアリアちゃんと離れて向き合う。ルゥは狼の姿のままだ。武器に変形しないのは腕試しだからかな。

 

「まずは小手調べよ」

Wof(いざ尋常に)

 

 ルゥが走って飛びかかる。

 咥えた剣と、身体から生やした剣。マーナガルムが吸収した武器をフル活用した体当たりだ。

 ハリネズミのような針山にぶつかったら、ざくざくと刺さって大変だ。

 

 だから手前で受け止めるよ。

 見えない空気の壁がルゥの勢いを弱める。

 ジェイドの空気操作能力はレベルアップしているんだよ! まだ普段の状態で完璧なバリアを張るのは時間がかかる。でも、ふんわりと受け止めるクッションならパパッとできちゃうわけだ。

 

「バリアならぬ《エアクッション》だよ!」

「それなら……ルゥ、飛ばしなさい」

 

 アリアリアちゃんの指示で、ルゥは身体に生やした剣をミサイルのように発射する。

 これって、決闘ランカーのマックスさんとイペタムが使う遠距離攻撃!?

 

 わたしはちらっと肩の上を見る。ジェイドは攻撃から目をそらしていない。

 なら、だいじょうぶ!

 

「《ウィンドスラッシュ》!」

Rrrr(うん)!』

 

 即席のクッションを突き破った五つの剣を、風の刃で弾き返す!

 

「やるじゃない。でも、【亜竜鱗熊の重剣】は多刃の武器。分離した刀身を合体させることだってできるのよ。こんなふうにね」

 

 散らばった剣がふわりと浮かび上がる。

 尖った先っちょを向けて、わたしを囲んだ。剣は元の姿に戻ろうとして一か所に集合する……中心にいるわたしとジェイドを貫くように。

 

 弾いても、ちょっとキリがないかも?

 どうしようかなと一瞬考えて、アリアリアちゃんが期待たっぷりの目でこっちを見ていることに気がついた。

 わたしがスキルを使うことを誘っているみたいだ。たしかに今回の模擬戦はそういう目的だったもんね。

 

 オッケー。そういうことなら全力でいくよ!

 

「《始まりは遥か遠く(ビヨンド・ザ・スカイ)》!」

 

 突風が剣を吹き飛ばして、わたしを包み込む。

 バフを受けた強化状態のジェイドなら、ルゥの攻撃をガードするバリアをすぐに張れるし、同時に攻撃をすることだってできちゃう。

 

 結界内に吹き荒れる風と、バリアに守られたわたしたちを見て、アリアリアちゃんは表情を変えた。

 

「ッ……話に聞くのと見るのとでは大違いね。こっちもやるわよルゥ」

Wof(承知)

 

 アリアリアちゃんは両手剣に変形したマーナガルムを担いだ。いっぱいに溜めた力で突進。

 周囲に吹いている向かい風をパワーで突破したアリアリアちゃんは、両手剣をバリアに叩きつける。

 ジェイドの操作で厚さと密度を増やしたバリアが攻撃をしっかり受け止めた、そのとき。

 

「ジェム起動――《エメラルド・バースト》」

 

 バリアで攻撃の勢いが止まったタイミングに合わせて、マーナガルムがジェムを吐き出した。

 中身は【翆風術師】の奥義だ。激しい風が空気の流れに干渉して、バリアの正面に穴が空いた。

 少しでもタイミングがずれたら、アリアリアちゃんはバリアか自分が使ったジェムに巻き込まれていただろう。

 シビアな調整は、アリアリアちゃんとマーナガルム(の中のルゥ)が息がぴったりだからできること。

 

「獲った!」

 

 振り下ろした両手剣が大鎌に。

 すくい上げる軌道でわたしの喉と顎を狙った攻撃だ。

 バリアの穴をふさぐ……こともできるけど、せっかくだ。ここは思い切りやってみよう。

 

 ジェイドは全身を包む風を口元に集めて。

 バリアの穴から、ブレスを発射する。

 

Rrrrrrr(やああああ)!』

「!?」

 

 切り札の《トルネード・ラム》はアリアリアちゃんに直撃した。その影響で結界内が竜巻でいっぱいになる。

 わたしはジェイドのバリアで無事。気流を操作して受けるダメージを中和したからだ。

 

 アリアリアちゃんはどうなったかな?

 と思っていたら、スキルが途切れて、ステータスが戦う前の状態に戻った。

 リセットされたということは……。

 

「――っ」

 

 アリアリアちゃんがあお向けに倒れていた。

 ぽかーんと口を開けて、しばらくそのまま空を見上げていたけど、やがてゆっくり起き上がった。

 そして、わたしにパチパチと拍手をしてくれる。

 

「おめでとう。いい勝負だったわ」

「わたしたち……勝ったの?」

「ええ。だからもっと喜びなさいな。この私に勝ったんだから、勝鬨を上げるのはあなたに許された権利よ」

 

 そっかあ。なんだか実感がわかないや。

 わたしの中でのアリアリアちゃんは、レベルが高くて、戦うのが上手で、いつも助けてくれる、すごい強くて優しくてかっこいい人だ。

 そんなアリアリアちゃんにまぐれでも勝てたというのは、まだ信じられないのと同時に、わたしたちが強くなった証をもらえたような気がした。

 

 それじゃあ言われたから、とりあえず。

 せーの。

 

「やったー! いえーい!」

Rrrrrr(いえーい)!』

 

 健闘をたたえてジェイドとハイタッチ!

 おまけに抱っこしてぐるぐるー。

 

「アリアリアちゃんも相手をしてくれてありがとう! すごいすごかったよ!」

「何よその曖昧模糊とした表現は」

「だって本当だもん! バリアを破った魔法、どうやったらあんなに威力が出るの?」

「あれは作成時に大量のMPが込められたものを買って、マーナガルムで強化しただけよ」

 

 なるほど。ジェムの魔法も強化できちゃうんだね。

 武器と魔法の両方で戦えるのは便利だと思う。

 さすがに一回だけの使い切りなのは変わらないみたいだけど、すごい万能なんじゃないだろうか。

 

「ふわああ……あら、ごめんなさい。私ったら」

 

 こちらが眠気を誘われるくらい大きなあくびをして、アリアリアちゃんはまぶたをこすった。

 戦いが終わって気が抜けたのかな。もともと一回だけって決めていたからね。

 

「悪いけれど先に落ちるわ。脳を休めないと」

「そうだね。お疲れさま!」

「ええ、お疲れ。次は負けないわよ」

 

 冗談半分にウィンクして、わたしに背中を向けると、アリアリアちゃんはログアウトした。

 

 やっぱりアリアリアちゃんはすごいね。

 誰に負けても悔しがってすねたり、くじけたりしない。それでいてメラメラと闘志を燃やしている。次は勝つぞって前を見ている。

 

「見習うところがたくさんあるなあ」

Rrrr(だね)

 

 わたしも、もっとがんばらないとだ!

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

アリアリア
(U・ω・U)<ボスドロップやプレイヤーメイドの便利な装備を集めて使いこなしています

(U・ω・U)<火力はいくらでも強化できるからね


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間話 雌伏の狼

(U・ω・U)<連続更新、まだの人は前話から


 □ある少女の話

 

 生まれついての才能なんて、持っていない。

 

 あるのは普通の環境。普通の自分。

 可もなく不可もない中流階級の両親。

 父は単身赴任で各地を飛び回り、母は女手一人で少女を育てながら仕事に勤しむ。

 人並みの生活はできている。

 両親の愛情を受けて、幸せに暮らしている。

 そこに文句や不満はない。少なくとも、人生に暗雲をもたらす類の悩みはない。

 

 ただ、漠然と飢えていた。

 

 天賦の才能を持つ人間や、生まれながらにしてすべてを与えられた上流階級の話を見聞きするたびに思う。

 

「私は、まだやれる」

 

 もっと上を。もっと高みを。

 才能が無いなら足掻け。努力を積み重ねろ。

 それでも足りないなら奪え。

 無論、穏便な方法でだ。

 今の世は、先人が築いた無数の道が残っている。

 軽く情報端末を操ることで、彼らの軌跡をいくらでも調べることができる。

 機会があれば、彼らに会って、知識と経験を獲得する。

 

 知り得たものすべては自らの糧だ。

 食らった糧は、いずれ自分の才能として血肉になる。

 たとえ生まれついての天才にはなれずとも。

 努力の末、頂きに手を伸ばす秀才にはなれる。

 だから求める。あらゆるものを。

 

 勉学を修めた。

 運動は苦手だったが克服した。

 様々な娯楽に取り組んだ。

 

 どれも平均以上の成果を出すことができたが、分野の頂点には及ばない。

 それでも何かをひとつ得るたびに、自分がひとつ成長することを実感した。

 ときには得たものを他方面に活かすことができ、努力は無駄にならないと学んだ。

 

 だが……まだ足りない。まだやれる。

 もっと、もっと。

 飢えは際限なく少女を蝕む。

 

 仮に世界のすべてを手に収めれば、満ち足りないこの飢えは、消えてなくなるのだろうか――?

 

 

 ◇

 

 

 少女は自室で一人目を覚ます。

 丸一日の休息を挟んだことで疲労は回復していた。

 日夜連続でゲームをプレイすることを、少女の母は快く思っていない。ただし、少女が初めての物事に取り組むとき、一定期間はそれに没頭することを理解していた。

 

 要するに、いつものことだと諦めている。

 

(父さんとプレイしている、という言い訳が効いているのかしらね。……まあ嘘なのだけど)

 

 単身赴任中の父に誘われたデンドロだが、所属国家の違いにより、共に遊んではいない。

 ゲームに疎い母はそんなことなどつゆ知らず、親と一緒なら安心だと考えている。

 

(気が引けるわ……でも、父さんが悪いのよ。王国に来ないし。メールじゃ埒が明かないから電話したら、『しばらく会えない』の一点張り。大方、“監獄”にでも飛ばされたのね。レジェンダリアは部族独自の決まり事が多くて、犯罪者になりやすいと聞くから)

 

 ふと、少女は以前対峙した敵を思い出した。

 

(そういえば、【狼王】もあの国の指名手配犯だったっけ。……まさかね)

 

 そこから友人のことを連想する。

 先日、手合わせした少女についてだ。

 

 ゲームを始めて間もない頃。

 少女はありとあらゆるプレイヤーから知識や技術を吸収しようと、様々なパーティに参加した。

 しかしそれは期待はずれだった。初心者同士でパーティを組むのだから経験は皆同じ。そして少女が求める優れた才能の持ち主はなかなか見つからない。

 

(そんなとき、サラさんに会った。……とても才能があるように見えなかったけれど)

 

 戦えないテイムモンスターを連れた従魔師だ。

 当然、不満からいざこざが起こる。少女からすれば五十歩百歩の争いは次第に過熱していった。

 

(見てられなくて、つい助け舟を出したのよね。一銭の得にもならないってのに。あのときはどうかしていたわ)

 

 あるいは庇護欲を刺激されたのか。

 結果、妙に懐かれて行動を共にするようになる。

 戦闘面で不安を抱える彼女を、磨いた力で何度も助けていくうちに、悪くないと感じる自分に気がついた。

 彼女はお荷物でしかないはずなのに。

 

気持ち良かった(・・・・・・・)。私はサラさんを下に見て、助けてあげて……そうやって優越感に浸っていたのね)

 

 これまで少女は見上げてばかりいた。

 求めることはあっても、求められることは稀だった。

 だから、見上げられることに慣れていなかった。

 必要とされて、感謝されることで、至らぬ我が身の不足から無意識に目を背けてしまっていた。

 

(失礼な話だわ。私は何様のつもりで、サラさんより上に立っている気でいたのかしら?)

 

 事実、彼女には才能があった。

 彼女の周囲には多くが集まる。善人も、悪人も等しく。人間やモンスターといった種族の垣根すら越えて。

 彼女は常に明るい。他者を想い、長所を認めて、楽しそうに笑っている。

 音楽の腕も一級品だ。プロ顔負けの演奏を耳にしたとき、少女は自我を喪失しかけた程である。

 

(対して、私は何もない。あるのは他所から奪ったものだけ。私だけの取り柄は、才能は、何ひとつとして持ち合わせていないじゃない)

 

 唯一、優っていたのは強さ。

 それはゲームの数字でしかない。時間をかけて努力すれば、誰だって到達できる領域だ。

 

(だから追いつかれた。言い訳のしようもないわ。レベル差は倍以上あるのに、正面からぶつかって、負けた)

 

 強さすら、彼女が上回ったら。

 もはや少女がそばにいる意味はどこにもない。

 傲慢で醜い少女は、彼女の隣にいられない。

 

(……嫌ね。サラさんは、そんなことで私を突き放す人ではないのに。だけど想像してしまう。そんな未来を受け入れることはできない)

 

 彼女と友人でいたい。

 一度手に入れたものは手放せない。

 もっと、ずっと、一緒にいたい。

 飢えが止めどなく欲望を湧き立たせる。

 

(もっと強く。サラさんより上に立つためじゃない。私が胸を張って、彼女の隣にいられるように)

 

 少女はアリアリアとして、<Infinite Dendrogram>にログインした。

 

 

 ◇◆

 

 

 □■アルター王国某所

 

「と言っても、やり方は変えられないのよね」

 

 アリアリアは人里離れた森林を訪れていた。

 鬱蒼と茂る木々に隠れて、魔獣系のモンスターが数多く生息する獣どもの楽園である。

 現在のアリアリアにとっては適正レベルの狩場だ。

 仲間と連携を取るモンスターなど厄介な敵が多く、また主要な都市や街道から遠いため、レベル上げを目的とする者は他の狩場に流れるという点から、アリアリアは近辺のモンスターを独占していた。

 

(私には長所がない。だから地道な努力と、他人から奪った技を磨き上げることしかできない)

 

 視界に入るモンスターを狩り尽くしたアリアリアは、一度クールダウンを挟むことにする。

 

「……ふぅ」

 

 目を閉じて、マーナガルムを構える。

 想像するのは過去に戦った強者だ。

 相手の動きをイメージして、自分の身体に落とし込み、トレースする。

 

「――フッ」

 

 無数の刃を操る剣聖を模して剣を振るう。

 令嬢が従える鋼蜘蛛の罠。水流使いの斧捌き。

 燃える力士の突進。二輪を駆る騎兵の飛び蹴り。

 骨鎧の姫の槍捌き。黒い鴉の高速機動。

 

「――疾」

 

 天覆う巨人の蹂躙。影に潜む忍の投擲。

 星の閃光が如き一射。無手なる悪鬼の武器殺し。

 首狩り兎の抜刀術。

 

「ッ」

 

 着ぐるみの熊から放たれる蹴撃。

 長腕長脚の怪人が繰り出す一爪。

 そして、決闘王者の無限連鎖。

 

「ハア……ハア……ふー……」

 

 荒い息を吐いてアリアリアは素振りを終える。

 到底満足できる出来ではない。本家から数段劣化した動作は、実戦で使用するにはあまりに心もとない。

 ゆえに、アリアリアは技が身につくまで、愚直に素振りを繰り返しているのである。

 

『Wof?』

「問題ないわ。もう一踏ん張りよ」

 

 息を整えて、森の奥に足を踏み入れる。

 

 アリアリアがこの森林を訪れるのは、狩場の独占ができること以外に、もうひとつ理由があった。

 道中のモンスターを屠りながら進むと、突然、全身の産毛が逆立つ重圧に包まれる。

 足取りが重い。肉体が軋みを上げて、気怠さから大地に平伏してしまいそうになる。

 

「ちいっ、まだ届かないか……」

 

 木々に覆われて姿は見えないが。

 明らかに格の違う存在が君臨している。

 重苦しさに負けて、一度も拝謁は叶わない。

 アリアリアは、表示される名前を視認することのみを許されている。

 

「【超獣法皇 ハイエレファントン】」

 

 この森林を統べる伝説級の<UBM>は、アリアリアが密かに討伐を目指す獲物だ。

 タカクラ夫妻が催した茶会の勝者として、アリアリアが要求した情報は未討伐の<UBM>についてだった。それも、一般に存在が知られていないという条件で紹介されたのが【ハイエレファントン】だ。

 

(第四形態、<上級エンブリオ>でも駄目。特典武具が欲しいのに、そのためにより強い装備が必要になる……随分と皮肉が効いているじゃないの)

 

 今は競争相手がいないが、いつ何時に【ハイエレファントン】の存在が明るみにでるか分からない。

 そうなれば、特典武具狙いの強者が群がってくることは目に見えている。可能な限り迅速に討伐したい。

 

 しかし、それは今日ではないようだ。

 

「撤退するわよ、ルゥ」

『……Wof』

 

 アリアリアは獲物に背を向けて、来た道を戻る。

 それだけで身を包む重圧は消え失せるのだった。

 

 

 ◇◆

 

 

 帰路の途中、アリアリアの聴覚は戦闘音を拾った。

 魔獣ばかりが生息する森の中に、金属同士が衝突する音が響く。明らかに人間が振るう武器のものだ。

 

(距離が近い)

 

 アリアリアは息を殺して、茂みから様子を窺う。

 同じ特典武具狙いの<マスター>ならば、PKも辞さないと覚悟を決めていた。

 

(いったいどんな……)

 

「……はあ?」

 

 思わず声が漏れた。

 目に前の光景は、それくらい馬鹿げていて、意味が分からない代物だったからだ。

 

 ――ゴリラがいた。

 

 鋼鉄の装甲で覆われた機械仕掛けの(フルメタル・)ゴリラ。

 両の拳を振り回すゴリラ。

 頭上に名前が表示されない、即ち野生のモンスターとは異なるゴリラ。

 

 どうやらゴリラは、目の前で対峙する痩身の人影に攻撃を加えているようだった。

 剛腕から繰り出されるラッシュ。

 無防備な人影の顔面に殴打が迫る。そして、人影はじっと立ち尽くしたまま動かない。

 

「ちょっと、危ないわよ! 避けなさい!」

 

 アリアリアは茂みから立ち上がる。

 咄嗟に身体が動いていた。

 人影を助けようと駆け出して。

 

「え?」

 

 無傷の人影を見て、足を止める。

 

 人影は鉄扇を手に、優美な構えを取っていた。

 対して、攻撃をしたゴリラの拳は装甲部分に亀裂が生じており、猛攻を一時中断している。

 

「……おや。このような僻地で人に会うとは」

 

 人影は構えを解いて、アリアリアをしげしげと眺めた。

 能楽でいうところの翁面で顔の半分が隠れているが、整った顔立ちであることは見てとれる。

 和装に羽衣を纏い、たおやかな所作で、その人物は一礼した。

 

「ご安心を。襲われているように見えたやもしれませんが、修行の一環ですので」

「修行?」

「森の中であの絡繰を拾ったのです。これでなかなか腕が立つので、立ち合いをしておりました」

 

 簡潔に説明する翁面の背後で、ゴリラが立ち上がり、拳を振り下ろそうとする。

 翁面はアリアリアとの会話に意識を向けていて、ゴリラには気がついていない。

 

「後ろ! 後ろ!」

「? なぜ私を驚かそうとするのですか。流石に古典的な手法に過ぎると思いますが」

「冗談じゃないっての! ゴリラよゴリラ!」

「なるほど。ゴリラと」

 

 振り返った翁面に、ゴリラの拳が直撃する。

 勢いのまま大地にめり込む翁面。

 ……そのまま微動だにしない。

 

(殺った!? あのゴリラやりやがったわ!)

 

 翁面を倒したゴリラは、次の標的をアリアリアに定めたようだった。

 堂に入ったファイティングポーズを取るゴリラ。

 アリアリアはやむを得ず武器を構える。

 

 一触即発の張り詰めた雰囲気の中、アリアリアは先手を打とうとマーナガルムを振りかぶり。

 

「なっていませんね」

 ――翁面に構えを矯正された。

 

「!?」

 

 驚いたアリアリアは己の目を疑う。

 

(動きは見えていた。普通に立ち上がっていたじゃない。速くはない……のに、こいつ)

 

「いつの間に。そうお考えですか?」

「……ッ」

「小手先の技です。人間の意識を惹きつける歩法、転じて、意識の間隙を突くこともできる」

 

 武道においては度々取り上げられる理論だ。

 歩法を極めた者は、一呼吸のうちに、彼我の間合いを詰めることができる。

 ただし、翁面のそれは武道に由来する技ではないのだが……アリアリアは知る由もない。

 

(というか、さっきの直撃で怪我してないのはどういうわけなの。防御系のスキル?)

 

 仮に、攻撃を無効化するスキルがあるとして。

 明らかに先の翁面は非戦闘状態だった。

 扇を手に構える動作がスキル発動の条件と考えると、何もできずにやられている。

 

(あの一瞬で何を? 《看破》でAGIを……私より遅いじゃない。後衛職の数字だわ)

 

 やけに高いMPとSP、そしてメインジョブの名前にアリアリアの視線が吸い寄せられる。

 

「……【扇神(ザ・ファン)】」

 

 超級職、しかも技巧に長ける【神】シリーズ。

 アリアリアが逆立ちしても届かない天才の一人が、この翁面であるということに複雑な感情を抱く。

 

「ひとまずこれまで。鎮まりなさい」

 

 翁面の言葉に従い、ゴリラは活動を停止した。

 ゴリラをアイテムボックスに収めた翁面は、呆けるアリアリアを放置してその場を立ち去ろうとする。

 

「待ってちょうだい。さっきの、どうやったのか教えてもらえないかしら」

「嫌ですね」

 

 あっさり、ばっさりと翁面は断る。

 

「修行中ですので」

「……じゃあ、どうして私にアドバイスしたのよ」

「棒を持った猿のような、見るに堪えない構えでしたから。ついでに私の技量を自慢してやろうかと」

「私、売られた喧嘩は買う性質なのだけれど。いったい何様のつもり?」

 

 翁面の横柄な態度に、アリアリアの外面は剥がれて本音の怒りが飛び出す。

 アリアリアも不躾な発言をした自覚はあるが、それにしてもである。完全に売り言葉に買い言葉だった。

 

 ただ、翁面はその言葉を待っていた。

 

「【扇神】“未踏鏡面” アタラクシア・カーム」

 

 やたらとジョブの名前を強調することで、自らが格上であることを示す。

 どう足掻いてもそれは認めざるを得ないので「馬鹿な問いかけをした」とアリアリアは渋い顔をした。

 

 これで終わりかと思いきや。

 

「――<超級>ですが、何か?」

 

 最大級のマウントが、ドヤ顔つきで飛んできた。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ある日森の中でゴリラに出会った

(U・ω・U)<ついでに<超級>と<UBM>に出会った

Ψ(▽W▽)Ψ<なんじゃそりゃ

(U・ω・U)<アリアリアの修行パート(導入のみ)


ゴリラ
(  P  )<おや……?

(U・ω・U)<ゴリラです。それ以上でもそれ以下でもありません


アタラクシア・カーム
(U・ω・U)<限定条件下で世界最速

(U・ω・U)<【羽神】とネーミング迷ったけど、【翼神】とかぶるし特性とズレるからやめた


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愛闘祭・準備期間

 □【高位従魔師】サラ

 

「いい? あんたたちは機械。モンスターを狩るだけの機械よ! じゃんじゃん狩り尽くしなさい!」

「「いえすまむ!」」

 

 ホノルルさんは号令をかけて、赤いツインテールと白衣をひるがえした。

 一列に並んだわたしたちはビシッと敬礼をする。

 

 クラン<ルルリリのアトリエ>とそのバイトたちは素材集めの狩りにやってきた。

 ギデオンから近い場所ということで、<クルエラ山岳地帯>のモンスターを倒していくよ!

 

「二人とも、今日はありがとうね。助かるよ」

CHU(オーバーキル)

「……確かに少し戦力過剰ではあるかな」

 

 いつもと違って戦闘用の装備を着たリリアンさんが、肩にネズミこと木枯丸次郎吉さんを乗せて苦笑い。

 

 今回のメンバーは五人パーティだ。

 <アトリエ>から三人。戦闘に参加するのはリリアンさんと次郎吉さんで、ホノルルさんは監督役らしい。

 主戦力になるバイトメンバーはわたしとシャロさん。

 わたしは店番をしてたら呼ばれたけど、シャロさんはなんでバイトするんだろう?

 

「王国、うまいものたくさんでーす……ヨヨヨ」

 

 どうやら食い倒れでお財布がピンチみたいだ。

 

「ところで、シャロは誰をセイバイするです?」

「あんた話聞いてた!? 今日はPKじゃなくてモンスターを狩るって言ってんの!」

「そろそろ愛闘祭の時期だからね。出店で売るアイテムを作るのに必要な素材が足りなくて」

 

 愛闘祭はギデオンで開催されるお祭りだ。

 二日間にかけて、いろんなイベントが行われるとか。

 名前の通り「愛」がテーマになっていて、カップルで楽しめる企画があるってマリーさんは言っていた。

 ほかにも屋台やお店がたくさん並ぶらしい。

 生産職の人にとってはまさに書き入れどき。

 

「祭りの雰囲気に乗じて一儲けしてやるわ!」

「ルルったら、お金には困ってないのに……」

「いいリリ? お金はあればあるだけいい。そしてがっぽり稼いで、パーっと使うのも最高なの」

 

 ホノルルさんは親指と人差し指で丸を作る。

 たしかにお金は持っていると安心だよね。わたしはギデオンの事件での恩賞がまだ残っているけど、最近はちょっと使いすぎちゃっているかも。

 でもでも! みんなでおいしいご飯を食べたり、お洋服を買ったりしただけで無駄使いはしてない……よ? ど、どれも女の子にとって必要経費だもん。

 

「働こう、お財布が空っぽにならないように」

Rrrr(おー)

「いい心掛けよバイトその1。……っと、言ってるそばから湧いたわね。早速やっちゃいなさい」

 

 離れた茂みから飛び出す【コート・シープ】は丸々とした羊のモンスターだ。まだこっちには気づいてない。

 わたしは決めておいた作戦通りの位置についた。みんなの準備が整ったところで、ジェイドに攻撃の合図を送る。

 

Rrrrr(えいや)

 

 鼻先で小さい竜巻が起きて、【コート・シープ】はびっくりぎょうてん、反対方向に走り出した。

 慌てた羊は、わたしたちが作った包囲網に自分から飛びこむ形で突進する。

 

 正面ではリリアンさんが待ち構えている。

 ハンマーを担いで、ぐっと力をためたリリアンさんは、そのまま羊の顔を思い切り叩いた。

 

「《スウェルボディ》」

 

 ゴチンと激しい音がして、ハンマーと羊の角がぶつかり合う。おたがいが反動でよろよろと後退すると、【コート・シープ】の身体に変化が起きた。

 

 ぐぐぐんっと羊毛の塊が膨れ上がる。

 どんどん大きく、水を吸ったスポンジみたいに量が増えて、つられて羊の身体も大きく成長する。

 やがて二回り以上も大きくなった【コート・シープ】は、身体の重さに耐えられず膝をついた。

 

 リリアンさんのイッスンボウシはいろんなものを大きくすることができる。

 通常スキルでは時間制限つきの巨大化だけど、この状態では、モンスターの経験値とドロップアイテムが増えるというボーナス効果があるのです!

 ただし、相手のHPがものすごい増えるというデメリットをどうにかする必要がある。

 

「後は任せるです!」

 

 そこで登場するのがシャロさんだ。

 身動きが取れない羊の首に円月輪がかかる。

 

「say! bye! ナムサン!」

 

 シャロさんが手のひらを握りしめると同時に、【コート・シープ】が光の塵に変わる。

 

 シャロさんのメインジョブ【処刑王】は急所必殺(クリティカルヒット)のときに攻撃が強くなるというスキルを持っている。

 それに<エンブリオ>のグレイプニルを合わせることで、「念力で飛ばせて伸び縮みする武器」で「大きな敵の急所も確実に狙える」というコンボになるんだとか。

 威力は見ての通り。倒すのに時間がかかりそうなモンスターだって、一瞬でやっつけてしまえる。

 ……見た目はちょっとアレだけどね。

 

「まだまだいくわよ! 次郎吉が近くのモンスターを釣ってくれるから!」

「こっちで先に大きくしちゃうねー」

「わかりまし……ほえ?」

 

 ドロップアイテムを回収するホノルルさんの応援と、ハンマーを続けて振る音に、顔を上げたわたしたちが見たものは。

 

 こっちを見つめる十数匹のモンスター。

 しかも巨大化したバージョンだった。

 

「群れだーー!?」

「おー、エビデンスタイの鶴とはこのことですね!」

 

 モンスターたちは動きがのっそりとしているけど、体重が増えているから、踏みつけや体当たりを受けたらぺしゃんこになってしまう。

 一体だけならだいじょうぶだろう。ただ、大きな身体をくっつけて近づくモンスターは迫力があるし、逃げ場がないからつぶされちゃう。

 

「わたしたちもやるよ、ジェイド!」

Rrrr(うん)!』

 

 シャロさん一人だと大変だから、わたしもがんばってお手伝いしよう!

 

 

 ◇

 

 

 それから一時間くらい、わたしたちは山道を進みながらモンスターを倒した。戦って、ドロップアイテムを拾って、また戦ってという感じ。

 道なりに山を登ると、だんだん辺りの景色が木からむき出しの地面と石に変わる。

 草や根っこに足を取られることはないけど、地面は凸凹だから危ないのはおんなじだ。転がっている石ころがモンスターの擬態だったりするからそれも注意だね。

 

「だいぶ歩いたね。なんだか遠足みたい!」

「お弁当を持ってくれば良かったかな。食材アイテムは使わないから食べても大丈夫だけど、流石に生肉そのままはね……この中に料理できる人、いる?」

 

 注意さえしていたら、モンスターが出ること以外はリアルと変わらない。おしゃべりを楽しむ余裕がある。

 今回はパーティの平均レベルが高いのが大きいかも。

 シャロさんはもちろん、次郎吉さんは小さい身体であっという間に敵を倒しちゃうし、リリアンさんも元は戦闘職というだけあって戦いに慣れている。

 わたしは後ろでみんなをサポートしつつ、危なくなったらホノルルさんを守る役割だ。

 

「心配無用。こんなこともあろうかと、あたしは握り飯を用意しているわ。もちろん人数分あるわよ」

CHU(どうぞ)

「ヒョーローですか! カタジケナイでござる」

 

 シャロさんは嬉しそうにおにぎりを受け取った。

 包み紙をめくろうとして、なにかに気がついたようにピタッと動きが止まる。

 おにぎりとホノルルさんを見比べて一言。

 

「……ヤマブキイロのお菓子です?」

「いくらあたしでも食べものを金塊にはしないわよ!」

 

 するどいツッコミでパシンと叩かれたシャロさんの手からおにぎりが落ちる。

 そして、ゆるい坂道をコロコロと転がり落ちていき。

 岩陰から出てきたモンスターに、ぺしゃりと踏みつけられてしまった。

 

「ノーーーーーー!?」

 

 シャロさんは叫んで膝をついた。

 その間も、あとから現れたモンスターが列になって、次々とつぶれたおにぎりの上を歩いている。

 

「シャロの、シャロのヒョーロー……」

「あらら。ほらルル、言うことあるよね」

「あたしが悪いの!? いやまあ責任はあるけど……バイトその2! いい大人が泣かないの!」

「げ、元気出してください! わたしのおにぎりを半分こにしましょう! ね?」

 

 みんなでなぐさめるなか、涙目のシャロさんは肩を震わせて、キッとモンスターの列をにらみつけた。

 

「……す」

「シャロさん?」

「あいつらまとめてセイバイでーす! 打ち捨てられた食べ物の恨み、ハラサデオクベキカ!」

 

 シャロさんはやる気増し増しでグレイプニルを構えて、

 

「一身上の都合により、シャロエモンを執行するです! ハイクを詠めアクトー! です!」

 

 ぎゅんっとモンスター目がけて突進する。

 よっぽどお腹が空いていたのか、ご飯をめちゃめちゃにされて頭に血がのぼっているようだ。

 PK相手に使うはずの決めゼリフまで持ち出している。

 気持ちはわかる。おにぎりがもったいないというのも、その通りなんだけど。

 

CHU(バーンアップ)

「うん、暴走しちゃってる」

 

 シャロさんならモンスターの群れに囲まれてもだいじょうぶとはいえ、ちょっと心配だ。

 

「追いかけなくちゃ!」

「そうだね。それに、気になることがある」

 

 わたしの言葉にうなずくリリアンさん。みんな一緒にシャロさんを追って走り出す。

 ところで気になることって?

 

「さっきのモンスターに違和感があるんだ。他にも気づいた人がいると思う」

 

 わたしはモンスターの様子を思い出す。

 ええと。羊や狼みたいな魔獣に、植物系のエレメンタル、あとは岩にそっくりなモンスターもいたっけ。

 足取りはふらふらと、まるでぼうっとしながら歩いているみたいだった。一言もしゃべっていなかったし。

 

「素人考えだけど、種類と様子かしら」

「正解だよルル。本来なら群れない別種のモンスターが一緒にいる。それに、私たちを見て襲いかかることも、逃げることもしない。ただ一列に並んで歩いている……何かに操られているようにね」

CHU(強敵)

 

 ボスモンスターか、<マスター>か。

 もしかしたら襲われるかもしれない、とリリアンさんたちは言いたいんだろう。

 どうやら気を引きしめる必要がありそう。

 

『……Rrr(あれ)

「どうしたのジェイド?」

Rrrrr(おとが、きこえる)

 

 モンスターが進むほう、そしてシャロさんが走っていっちゃったほうから、変な音が聞こえてくるらしい。

 ジェイドが警戒しているから、わたしもそっと耳をすませてみる。でも、聞こえるのは木が揺れる音や鳥の鳴き声だけだった。

 

 わたしたちのやりとりを見ていた他の三人も、おかしな音は聞こえないみたい。

 うーん。《始まり(スカイ)》で感覚を共有したら聞こえるかも。

 

「空耳かもしれないでしょう。そんなので切り札を使うのもどうかと思うわ。それより、あそこ怪しくない?」

 

 ホノルルさんが指差したのは洞窟だ。

 ずらっと列を作ったモンスターが、ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうをしながら、奥に入っていく。

 入り口が詰まっているのはドロップアイテムが積み上がっているから。シャロさんが倒したもの以外に、仲間に押しつぶされた子がいたのかもしれない。

 

「すごいたくさんいますね」

「一体一体はそれほど強くないけど、シャロエモンを見つけてすぐ退散するのが良さそうだね」

「リリ、落ちてる素材を拾うのはあり?」

「謎の洞窟に消えるモンスター。地下深くで行われていたのは、身の毛がよだつ実験か、それとも……」

「ホラーはやめなさいっ! 今デスペナになったら愛闘祭の用意が間に合わないじゃないの!」

 

 欲を引っこめたホノルルさんは、自分の前後にわたしたちを並べて守りを固めた。

 さあ、入り口のモンスターを倒して洞窟に入ろう!

 

 

 ◇

 

 

 洞窟の中はじめじめしてて薄暗い。

 わたしたちは明かりを点けて慎重に進む。

 先頭で斥候をする次郎吉さんが言うには、ここは人間が掘った横穴なんだそう。

 なんでも生活の跡がちらほら見えるとか。折れた松明とか、曲がった鉄格子が落ちている。散らばった道具には、かすれた文字でなにか書いてあった。読める部分を字にすると……<■O■D>かな。

 

 でも人間は見当たらない。どうやら、今は誰にも使われていないみたいだ。

 

「モンスターは襲ってこないね」

 

 一列で進むモンスターは、わたしたちに目もくれず、ひたすら奥を目指している。

 近寄って目を覗き込むと、みんな正気を失っているみたいで少し不気味だ。

 

CHU(ストップ)

 

 次郎吉さんの合図で立ち止まる。

 ピクピクと耳と鼻を動かして、次郎吉さんは前方の様子を探っている。

 明かりで照らしてみると、この先は通路の幅が広がって大部屋になっているみたい。

 

CHU(いるね)

「シャロエモン? それとも敵?」

『……CHU(両方)

 

 質問に次郎吉さんが答えるのと同時に、

 

『Rrrr』

 

 意味のない鳴き声をしたジェイドが、わたしの肩から降りて、ふらふらとモンスターの列に加わる。

 

「ジェイド? ダメだよ、どこに行くの!」

 

 わたしは慌てて彼の身体を抱き上げた。

 ジェイドはどこかぼんやりとしていて、心ここに在らずといった感じ。いくら呼んでも反応しない。

 ただ、洞窟の奥に向かおうとジタバタしている。

 

「どうしたの?」

「急にジェイドが……」

 

 ジェイドの簡易ステータスを確認すると、ある状態異常の名前が表示されていた。

 

「【催眠】?」

「ふうん。この木偶の坊たちと同じ症状ね。音がどうとか言ってたから、それで罹ったのかしら」

「多分モンスター限定の精神操作だよ。サラちゃん、【快癒万能霊薬】を使ってみて。回復するかも」

 

 リリアンさんから小瓶を受け取って、言われた通りに中身をかける。

 

『……Rrrr(あれ)?』

「治った!」

 

 ジェイドは目をパチクリとさせて、首をかしげている。操られているときの記憶はないらしい。

 よかった! ずっとあのままだったらどうしようかと思ったよ!

 

「さっさとシャロエモンを連れて帰りましょう。【快癒万能霊薬】の効果時間が切れたら、また操られるわ」

「念のため、私たちも飲んでおこうか」

「わかりました!」

 

 全員で【快癒万能霊薬】を飲んでから、次郎吉さんを先頭に大部屋へ突入した。

 

 大部屋の中はモンスターだらけだった。

 今もわたしの横を通って、【催眠】状態のモンスターたちが次々と部屋に入っていく。

 それでも大部屋はぜんぜん満員にならない。

 

 なんでかというと、理由は二つだ。

 

 ひとつは部屋を飛び回る円月輪。

 操られたモンスターを次々と光の塵に変える、お腹ぺこぺこの戦士が戦っているから。

 シャロさんが怒りながら、ものすごい勢いでモンスターを倒している。

 

 もうひとつは跳び回る影だ。

 まがまがしいオーラに包まれた黒い人型が、パンチとキックでモンスターを相手に暴れている。

 頭の上には【オリハルコン・オーガ】という名前が表示されている。

 

 そして最後に。

 大部屋の奥、わたしから見てモンスターをはさんだ反対側に、変わったものが停まっている。

 それは一両の機関車だった。煙突は楽器みたいに、横にも穴が空いている。なんだか変わった色と見た目だ。

 運転席から男の人が顔を出している。男の人はわたしたちを見て、口パクでこう言った。

 

 ――『助けてくれ』と。

 

 To be continued



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鬼鉄の戦場

 □【高位従魔師】サラ

 

 機関車に乗った男の人は『SOS』と書かれた白旗を振って、こっちに助けを求めている。

 他のみんなも、遅れて男の人に気がついたみたい。

 助けてあげたほうがいいよね?

 

「怪しくない?」

「怪しいよね」

CHU(サス)

 

 ……あれ、なんだか予想と違う反応だ。

 

「あの人、困ってるみたいですよ」

「洞窟の中で列車が立ち往生っておかしいでしょう。どういう状況よ」

「それはほら。ち、地下鉄とか!」

 

 わたしが思いつきを言ったら、男の人が『その通り』というふうにうなずいている。

 続けて口パクでなにかを伝えようとしている。

 ええと、なになに?

 

「『モンスターをどうにかしてくれ』だって!」

「どうにかと言われてもね」

 

 今のところ、大部屋にいるモンスターはどんどん数が減っているように見える。

 シャロさんと【オリハルコン・オーガ】が洞窟の外から来るモンスターを倒しているからだ。

 討伐スピードが早いからすぐに片づくだろう。

 

「あのねサラちゃん。多分、モンスターを操っているのはあの人だよ」

「え?」

 

 リリアンさんは機関車を指差した。

 

「汽笛で催眠をかける<エンブリオ>だと思う。他にそれらしいものは見当たらないから」

 

 たしかに言われてみるとそうかも。

 シャロさんは違うし、あの鬼もどちらかというとパワーファイターなタイプに見える。

 楽器みたいな機関車が一番あやしい。ということは……これは仕組まれた罠なんだろうか。

 

 男の人に確認すると、微妙な反応が返ってくる。

 なんだか『そうだけどそうじゃない』って感じ。

 

「『他はいいから、鬼を倒してくれ』って言ってますよ。ひょっとして、鬼に襲われたから、モンスターを操って戦ってたんじゃ」

 

 今度は親指を立ててグッドサイン。わたしの考えは合っているみたいだ。

 

「仮にそうだとして、アレをどうにかできるの?」

 

 ホノルルさんがしゃくる先、大部屋の真ん中に立っている影は二つしか残っていなかった。

 シャロさんと黒い鬼だ。つまり、他のモンスターはみんな倒されてしまったということ。

 生き残った二人の視線がぶつかり、火花が散る。

 

「今、シャロは腹の虫が鳴るくらいに居所が悪いです」

『Aaaa……』

 

 そして、

 

「ナムサンッ!」

『Gaaaaaaaa!』

 

 円月輪と拳がぶつかり合う。

 シャロさんのグレイプニルは鬼を捕まえようと迫る。

 鬼はそれを蹴り飛ばして、反撃のパンチを叩き込む。

 遠くから見ているぶんには、なんとか目で追える速さの戦いだ。

 たしかシャロさんはSTRがすごい高いって……それと力比べができる鬼はかなり強い。

 

「あたしとリリは嫌よ。ていうか無理よ」

CHU(ベリーハード)

 

 わたしも、あの中に混ざるのは難しそう。

 一人でパワータイプの前衛と戦ったことはあんまりないし、戦闘はいつも遠くからだったからね。アリアリアちゃんみたいな接近戦はできないや。

 

 戦う以外で、他にやり方はないかな?

 わたしができること。みんなができること。

 それを組み合わせて、二人を止めるには。

 

「……あ。いけるかも」

 

 作戦を思いついたわたしは、リリアンさんたちに考えを説明して、協力をお願いした。

 みんなは少し悩んで、うなずいてくれる。

 

 よーし。クエスト、スタートだよ!

 

 

 ◇

 

 

 ちょっとした準備をしている間に、シャロさんと鬼の戦いは激しさを増していた。

 

 六枚のグレイプニルのうち、二枚を両手に持って、残り四枚を手首と足首につけたシャロさん。

 念動力の応用で自分を振り回しながら(・・・・・・・)、ステータス以上の速度を出して、ひらりひらりと空中を飛ぶ。

 相手の隙を見つけては円月輪を投げたり、叩きつけたりして攻撃している。

 

 その攻撃を、鬼はぜんぶ受け止めている。

 どうやら【オリハルコン・オーガ】の名前にふさわしい頑丈な身体を持っているようだ。

 全身の黒い肌(?)に弾かれて、グレイプニルの攻撃はほとんど効いていない。

 投げられたグレイプニルを打ち返して、シャロさんが近づいたタイミングでの反撃を狙っている。

 

「ムム、やるですね……ならこうです!」

 

 シャロさんは二枚のグレイプニルを投げた。

 狙いは鬼の首だ。急所目がけて飛ぶ円月輪になにかを感じたのか、鬼はジャンプして距離を取る。

 

「甘いでーす!」

『!』

 

 だけど、それを読んでいたシャロさんは三枚目の円月輪を投げていた。右の手首につけていたやつだ。

 ガシャリと首に輪っかがはまる。

 鬼は首輪を外そうとするけど、万力みたいに締めつけたグレイプニルは簡単には取れない。

 

「奥義カイデン! 《処刑宣言(エグゼキュート・オーダー)》」

 

 【処刑王】の奥義、その効果は防御無視。

 

 急所必殺であること。

 自分の攻撃を相手が認識していること。

 二つの条件をクリアしているなら、ENDや防御力、スキル、【ブローチ】だって無効化する反則級の技だ。

 

 首輪が締まり、鬼は光の塵になる……かと思ったら。

 

『Aaaaaaaa!』

 

 鬼は身体を震わせて、首を黒い岩で覆う。

 分厚い岩の鎧が円月輪を防いだ。

 ガードされて、攻撃が急所に届かなかったら、奥義の効果は発動しない。

 

「ヤー!? これを受け止めるとは、敵ながらアッパレなブシドーです!」

 

 驚いたシャロさんは空中で体勢を整える。

 まだまだやる気みたいだけど、二人の距離が離れたこのタイミングは割りこむチャンスだろう。

 

 今こそ、オペレーション『おやつ大作戦』決行のとき。

 

「ジェイド」

Rrrr(うん)

 

 まずは作戦の第一段階。

 シャロさんと鬼の間に風の壁をつくる。一瞬だけスペースを区切ることができたらオッケー。

 これは二人を足止めするためのものだ。また戦いが始まったら、わたしたちはどうしようもないからね。

 

「次郎吉さん、お願い!」

CHU(ラジャ)

 

 次郎吉さんは“あるもの”を担いだ。

 ネズミの小さい足で、走りながら、お札に似ている紙切れをシャロさん目がけて投げる。

 次の瞬間、パッと次郎吉さんが消える。

 もう一度姿を見せたとき……次郎吉さんは、ちょうどシャロさんの真上に転移していた。

 

 おにぎり(・・・・)を抱えて。

 

CHU(アサップ)

「モガっ!?」

 

 ポカンと空いた口にシュート。一仕事を終えた次郎吉さんはすぐにワープで戻ってくる。

 シャロさんは口いっぱいにおにぎりをほおばって、目を白黒させていた。

 

 説明しよう!

 この『おやつ大作戦』は、怒っているシャロさんを正気に戻すためのオペレーションなのです!

 ホノルルさんお手製のおにぎり(わたしたちのぶん)をお口に入れて、シャロさんのお腹をいっぱいにする。

 これでシャロさんは心強い味方に元通り……になるといいなあ。

 

「それとね。『おやつ大作戦』の目標にはあなたも入ってるんだよ、鬼さん!」

 

 風の壁を解除して、わたしは用意したものを投げる。

 へろへろと鬼の手前で落ちちゃうけどそれでいい。

 

 わたしが投げた黄金のボールを拾って、鬼はハテナマークを浮かべる。

 

『?』

「あなたもお腹空いてない? よかったらどうぞ!」

 

 種族名が【オリハルコン・オーガ】だから、ご飯は伝説級金属(オリハルコン)だろう。 【P-DX】でターコイズが調べてくれたから合っているはず。

 黄金のボールはオリハルコンを、ホノルルさんのミダースで【魔金】にしたもの。

 素材の特徴を残しつつ、リソースがぎっしり詰まった<ルルリリのアトリエ>特製の鉱石だ。

 

 つまり栄養たっぷりのおいしいご飯で餌づけしよう! という作戦なわけで。

 

Aaaa(ハン)

 

 鬼はポイっとボールを投げ捨てた。

 

「ちょっと!? 駄目じゃない!」

「でも、気分は落ち着いたみたいですよ」

 

 暴れることをやめた鬼はこっちを観察している。

 相変わらずまがまがしいオーラを纏っているけど、凶暴さはどこかに引っ込んでしまったかのよう。

 ご飯を投げられて気が抜けたのかもしれない。

 それと理性を取り戻したからかな? さっきまでは吠えるだけだった鬼の鳴き声が、ちゃんと意味のある言葉として聞き取れるようになった。

 

 お話ができるなら都合がいい。

 戦って勝てるかわからないし、その場合は誰かがデスペナルティになっちゃうかもしれない。

 ここは見逃してもらえるように頼んでみよう。

 

「あのね、お願いがあるんだ。わたしたちはそこの人を助けたいだけなの。道をあけてくれませんか!」

Aaa(ああ)?』

 

 鬼は血走った目でわたしをにらむ。

 それからおにぎりを食べているシャロさんを見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 口に出していないけど、鬼の言いたいことはなんとなくわかる。『先に手を出したのはそっちだろ』という感じが伝わってくる。

 

「攻撃したのは謝るよ。おわびに、そのボールはあげる。おんなじのがあと二つあるから一緒に……」

Aaaa(どうでもいい)

 

 ドスンという足踏みで、わたしの言葉は遮られる。

 

Aaaaaa(そんなの関係ねえ)

 

 鬼は全身に岩を纏う。

 ゴツゴツと尖った鎧のようなフォルムだ。

 げんこつ同士を打ちつけて戦意たっぷりに叫ぶ。

 

Gaaaaaaaaaaaaa(いいからまとめてかかってこいやぁ)!』

 

 もしかして……オーラとか理性は関係ない?

 この鬼、戦うのが好きなだけの暴れん坊だね!

 

Aaaaaaaaaa(来ねえならこっちからいくぞ)!』

 

 作戦失敗の代償として、鬼のすぐ近くにいたわたしが真っ先に狙われる。

 逃げようとするけど足が思うように動かない。

 相手の動きを目で追えることと、実際に相手と戦えることはおんなじようでいてぜんぜん違う。

 

 リリアンさんがハンマーを持って、次郎吉さんは転移で助けようとしてくれている。でも間に合わない。

 まだ鬼に首輪がついてるからシャロさんなら……と思ったら、おにぎりが喉につっかえてむせていた。

 

Rrrrrr(だいじょうぶ)

 

 だから、助けてくれたのはジェイドだった。

 パンチを風のクッションでそらす。そして、バランスを崩した鬼のあごに固めた空気のアッパーカット。

 洞窟を壊さないように気をつけた省エネの反撃だ。

 

『……ッ』

 

 どんなに硬い鎧で守られていても、突き上げられた衝撃で頭が揺れて、鬼はふらふらとよろめいた。

 そこに復帰したシャロさんのグレイプニルがぜんぶ飛んで、鬼の口、首、手足をガッチリと拘束した。

 

「助かったあ……ありがとう!」

Rrrrr(どういたしまして)

「もぐもぐ、ゴクン。霊には及ばないです」

 

 ジェイドには頭をなでて、ほっぺにご飯粒をつけたシャロさんにはぺこりと頭を下げてお礼をする。

 

 それで、鬼はというと。

 

『……』

 

 拘束された状態でうなだれていた。

 グレイプニルから脱出できないと悟ったんだろう。全身を分厚い岩で覆って防御している。

 あと、なにか言いたそうにしている。

 

「ではセイバイ!」

「わー!? ストップストップ!」

 

 わたしは慌てて間に入る。

 

「もう一回、鬼さんとお話させてください」

「? 構いませんが。硬くて時間かかるですし」

 

 シャロさんに頼んで、口の拘束を解いてもらう。

 しゃべれるようになった鬼はわたしじゃなくて、ジェイドを見てこんなことを言った。

 

Aaaa(兄貴)!』

 

 ……ほへ? あにき?

 

 

 ◇

 

 

 混乱するジェイドに向けて、鬼が話したのは次のような内容だった。

 

 自分(鬼)は今まで負け知らずだった。

 大きな身体とパワーでいろんな敵を倒してきた。

 ある日、変な人間たちと戦ってからは、もっと力があふれるようになった。代わりに頭がぼんやりするけど、あんまり気にならなかった。

 ずっとここ(洞窟のことだ)をナワバリにして、好き勝手に生きてきた。

 

 だけど、今の戦いでびっくりした。

 自分より小さい兄貴と姉御(たぶんシャロさんを指していると思う)に強さで負けていると気づいたから。

 とくに兄貴の一撃は芯から震える力強さと、熱い思いを感じ取った。

 こうして負けたからには生かすも殺すも兄貴と姉御の自由だ。自分は二人の決定を受け入れる。

 しかし、できることなら舎弟として迎え入れてほしい。そばで強さの秘訣を見て学びたい。

 

「って、言ってます」

 

 わたしが通訳として説明すると、みんなはなんとも言えない表情をした。

 

「ここまで追い詰めて見逃すの?」

CHU(ハクスラ)

 

 ホノルルさんと次郎吉さんは倒そうと主張する。二人はさっきの戦いでアイテムを使っているから、収穫がゼロなのはもったいないと考えているみたいだ。

 

「サラちゃんはどう思う?」

「わたしは……お願いを聞いてあげたいです!」

Rrrr(おなじく)!』

 

 こうやって仲直り(?)できたもん。

 先にお話を聞いちゃったからね。ここでお願いを無視して倒すのは、ちょっとイヤだなあと思う。

 

「私も倒さないに一票かな。強いとはいえ普通のモンスターだから、一匹見逃しても損失は少ない。それにオリハルコンの在庫はまだあるよ、ルル」

「べ、別に? 使った鉱石をドロップで補充しようとか、そんなの考えてないわよ!」

 

 にやりと笑ってからかうリリアンさんに、ホノルルさんはあわあわとして、静かなシャロさんに話を振った。

 

「バイトその2はどうなの。決定権の半分はあんたにあるんだけど」

「今シャロに話しかけるのよすです。全集中でオーガの岩を砕いているですから」

「ちょっと!? 何勝手に仕留めようとしてんのバイトの分際でっ!」

「セイバイしないですか? 甘ったれ石を雨月をやってみたかったですが……ヤムナシでーす」

「え、まって違うまだ決まってないだけで」

 

 しょんぼりするシャロさん。

 怒られて……というよりも倒さないことを残念そうに、だけど素直に聞き入れて早とちりする。

 ホノルルさんの訂正を待たずにグレイプニルの拘束をぜんぶ外してしまった。

 

 自由になった鬼は膝をついて頭を下げる。

 シャロさんに一度。そしてジェイドに深々と。

 

『……Aaaa(すまねえ)

 

 さっき暴れていたときとは大違い。

 真剣で誠意にあふれた態度を見たら、もう誰も鬼を倒そうとは言わなかった。

 それがほんのちょっぴりうれしいと思ったよ。

 

Aaaaaaaaa(よろしくお願いします兄貴)

Rrrr(うん)

 

 先輩としての威厳を見せようと、ジェイドは背伸びした口調で鬼を歓迎する。

 

Rrrrr(がんばろう)Rrrrrrr(きょうからなかまだ)

『……?』

 

 鬼は意味がわからないみたいだね。

 きちんと説明したほうがよさそうかも。

 

「えっとね。ジェイドはわたしの従魔だから、ジェイドと一緒にいるなら、あなたもわたしがテイムするのが一番かなって思うの」

 

 さすがに野良のモンスターが街にいたら大騒ぎになっちゃうからね。下手したら間違えて倒されてしまうかもだ。それはよろしくない。

 わたしの従魔としてなら街に入れるし、【ジュエル】に納めていつも一緒にいられるだろう。

 

Aaaaaa(このチビに)?』

「いやだったら無理しなくていいよ? ほかの方法を考えるから! でも、わたしもあなたが仲間になってくれたらうれしいなーなんて」

 

 強い前衛がいると心強いからね!

 でもでも、大事なのは本人の気持ち。

 無理やり引き入れるのはNGだ。

 

『……Rrrrrr(ぼく、もっとちいさい)

『Aa!?』

Rrrrrrr(なかまになるよね)?』

 

 鬼はジェイドとなにかを小声で話したあと、ぐにに、とものすごい悩みながら手を差し出した。

 

「わたしはサラ。あなたの名前は?」

『……Aaa(ない)

「そっかあ。じゃあ……クロム! あなたの名前はクロムだよ。これからよろしくね!」

 

 外見が黒い色だったから、というかなり単純な理由で名前をつけたんだけど。

 契約のときに岩の鎧を剥がした本人(鬼)の身体は銀色で、ちょっとバカにした笑いを浮かべるクロムの顔が印象的だった。

 

 

 ◇

 

 

「もう出て大丈夫か?」

「「「あ」」」

 

 機関車の人、すっかり忘れてた!

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

クロム
(U・ω・U)<不良系戦闘狂

(U・ω・U)<変な人間たち(<VOID>)に喧嘩を売って拠点を一個潰した


《処刑宣言》
(U・ω・U)<死刑執行のためにある奥義

(U・ω・U)<処刑台の上では王も生贄も平等に首を垂れて跪く


次郎吉
(U・ω・U)<転移能力持ち

(U・ω・U)<比較的コスト軽めで連続使用が可能


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王様マイニング

 □【高位従魔師】サラ

 

 安全を確認して機関車から顔を出した男の人は、スーツの汚れを手で払いながら、ぺこりとお辞儀をした。

 

「ありがとう。君たちのお陰で助かった」

 

 そして男の人は順番にわたしたちをじーと見つめた。

 頭のてっぺんからつま先まで、とくに顔と体格と服装は重点的にチェックしている。

 いきなりの視線にみんな顔をしかめているけど、なぜかいやらしさを感じない。表情が真剣だからかな?

 

「わたしはサラっていいます。あなたは?」

「ああ、申し遅れた。俺は藤原永満。<玉月商会>というクランのオーナーをしている者だ。王国には商品の買い付けで訪れた」

 

 続いて全員が自己紹介をする。

 その間に、リリアンさんとホノルルさんはびっくりした様子で話し合っていた。

 

「たしか黄河の大手商業クランだよね。わざわざオーナーが足を運ぶなんて」

「零細ベンチャー並みの度胸があるわね……」

 

 わたしはバイトを通して知ったけど、この世界で商売をするのはとても大変だ。

 なぜなら街の外にモンスターや盗賊がいるから。

 商品を街から街に運ぶ途中、馬車が襲われたら荷物がなくなっちゃうかもしれない。

 大陸の東から西まで旅をするとなったら、危険は山ほどついてくる。護衛を雇うお金もたくさん必要だろう。

 

 大きなクランだったら、所属している戦闘職の人に手伝ってもらえそうなのにね。

 

「直接足を運ぶからこそ、相手に誠意が伝わる。それで商談が成功するなら安いもんだ。<マスター>は死なないからな。一応、フリーの護衛を雇っていたんだが……そいつは途中でいなくなった」

「それはそれは。ジンギにもとる行いですね!」

「……お前のことだよ、“六口”のシャロエモン」

「ヤヤ?」

 

 藤原さんにじっとりとした目でにらまれて、シャロさんは一瞬だけフリーズする。

 こめかみをぐりぐりと刺激して、やっとのことで思い出したみたい。

 

「……おー! チリメンドンヤのワカダンナ! ご無事で何よりでーす!」

「お陰様でな。砂漠越えで何度か死にかけたよ。シャロエモンの名が聞いて呆れるな?」

「ち、違うです。これには飲茶止まれぬ事情が……秘技、ジャパニーズ・ドゲザ・ジツ!」

 

 ダラダラと冷や汗をかいて口ごもるシャロさんの姿はめずらしい。

 最後にはきれいな土下座で、地面におでこをぺたりとくっつけた。

 

「二人は知り合いなんですか?」

「黄河の龍都で、無一文の彼女に食事と宿を提供した関係だな。その礼にと彼女の方から護衛を申し出てきたんだが……カルディナの砂漠で失踪して音沙汰なしだ。流石にあれは脳の神経が切れる音がした」

「ノー! たしかに天地から出てきたばかりでお金ないでしたが! サムライ=ニンジャは一服いっぱいの恩義を忘れません! あれはクセモノをセイバイしていたら道に迷ったです!」

 

 どうやらお金の上下関係ができている。

 わざとじゃなくても、自分から言い出した護衛をすっぽかすのはよくないね。

 

「せめて一言ほしかった」

「ハラキリでお詫びするですっ」

 

 わわっ!? シャロさんがお腹に円月輪を!

 

「ダメですよシャロさん! 死んじゃう!」

「ナサケは不要です。シャロはサムライ=ニンジャの誇りを汚しました。ブシドーはここで死んだのです」

 

 ぜんぜん話を聞いてくれないっ。

 わたしから、シャロさんを許してあげてとお願いするのはちょっと違うかもしれないけど。

 できるなら説得してほしいな、という気持ちを込めて、藤原さんにアイコンタクトをする。

 

「切腹は必要ない。この場で自害されたところで誰も得をしないからな」

 

 やれやれと藤原さんはため息を吐いた。

 

「その代わり……少し耳を貸してくれ」

「?」

 

 藤原さんはシャロさんに耳打ちする。

 機関車をちらちらと気にして、なにかを言い聞かせているように見えるね。

 わたしたちには聞かれたくないお話だろうか。

 ちょっと気になるな……なんて考えていたら、シャロさんが心配無用というように胸を叩いた。

 

「ガッテンです。その中にいる人のことは秘密。決してタゴンはしません!」

 

 シャロさん。大声で言ったら意味ないよ。

 

 みんなの視線が藤原さんに集まる。

 仲間がいるならそう言ってくれたらいいのに。

 どうしてわざわざ隠すのかな。

 

「まさか、野盗紛いの行為をするつもりなの?」

 

 ホノルルさんは再び警戒レベルを引き上げる。

 藤原さんがおとり役で、機関車の中から出てきた人に襲われる……ってことだろうか。

 もしそうなら、しっかり準備をしてるわけだけど。

 

「断じて違う。彼女は少し人見知りなんだ。長旅で疲れているのもあって、車内で休んでいる」

「悪い人じゃないんですよね」

「潔白は保証する」

「なるほど。わかりました!」

 

 わたしが納得したのを見て、藤原さんが嘘をついていないとわかったんだろう。他のみんなも警戒を解く。

 ホノルルさんみたいに戦う力のない<マスター>は、PKとか野盗にとても注意しているんだよね。

 人を疑うのは自衛のために必要なことなんだろう。

 でも、藤原さんは悪い人じゃないとなんとなく感じる。

 

「今はそっとしておきたい。悪いが、車両には近づかないでほしい」

 

 この言葉も、わたしたちがきらいなんじゃなくて、中にいる人を心配しているだけなんだと思う。

 すごい大切に思う気持ちがぎゅっと詰まっている。

 まるでかけがえのない恋人か、もっともっと上の、神さまを拝むみたいな。

 あと、触ったら壊れちゃいそうなガラス玉を大事に守っているような感じがした。

 

「とはいえだ。恩人相手にこの態度、いくらなんでも不義理が過ぎる。せめてお礼を返せたら良いんだが……生憎、商会で取り扱っている品はほとんど手元にないな。本店から取り寄せてもいいが日数がかかる。迅速に、かつ満足度の高い返礼品となると……」

 

 ぶつぶつとつぶやいたあと、藤原さんは質問する。

 

「見たところ、君たちは生産に使う素材集め中だな。何が足りないか教えてもらえるか?」

「けっこうドロップは拾ったから、あとは鉱石ぐらい? オリハルコン使っちゃったし」

「あんまり根に持つと嫌われるよ。でも、ルルの言う通りかな。金属素材は欲しいね」

 

 三人の話し合いを聞きながら、戦闘職のわたしたちは散らばったドロップアイテムを拾っておく。

 アイテムを作るのにどんな素材が必要か、生産職が一番よくわかっているからね。役割分担というやつだ。

 

「これで良し」

 

 確認のために、三人が話し合いで作成した【契約書】を読み上げる藤原さん。

 

「当然だが、先程の戦利品はそちらに所有権がある。君たちが来る以前のドロップも差し上げよう。戦闘で使用した消耗品は全額こちらが負担する」

 

 大量の素材がもらえて、しかも使った【快癒万能霊薬】が返ってくるようだ。

 値段の高いアイテムだからありがたい。

 

「加えて、【採掘王(キング・オブ・マイン)】藤原永満が別途規定された数量の鉱物を無償で提供する」

「助かるよ。これで必要な素材が揃うから」

 

 ふんふん。金属素材をくれるみたい。

 きっと、かなりの量になるんだろうなあ。しかもぜんぶタダとは太っぱらだ。

 まさに情けは人のためならずだね。

 

「ん……【採掘王】?」

 

 それって、超級職ではないでしょーか。

 首をかしげるわたしを置いて、みんなは藤原さんが始めたなにかの作業を見学している。

 誰も驚かないんだね? たまたま助けた人が超級職だった、なんてめずらしいことなのに。

 

Rrrr(なれてる)

「そうかも」

 

 そういえばシャロさんもそうだった。

 わたしの周りには超級職がけっこういる。お友達になると、そういう「すごい人」って意識が薄まっちゃう。

 ……それとも、これが普通なのかな。

 

 わたしが当たり前とはなにかについて考えている間に、藤原さんの作業はどんどん進んでいる。

 洞窟の壁を叩いて反響音を聞く。それから、周りを確認して崩れそうな部分を地属性魔法で補強する。

 風の魔法で換気をするのも忘れない。

 魔法を符で発動するところは大陸の東側らしさがある。迅羽とおんなじだ。

 

 準備を整えた藤原さんがツルハシを取り出す。

 赤色だからヒヒイロカネ製っぽい。

 お値段は1kg1000万リル以上。ENDで表すと数万という硬さの、わたしでも知っているレアな金属だ。

 武器にしたら神話級特典武具クラスの性能になるけど、そのぶん加工がすごい難しいのだとか。

 これ、ぜんぶホノルルさんの受け売りだけどね。

 

 売ったら豪邸が建てられるだろう超高級なツルハシを、藤原さんは雑に振り下ろした。

 カーンと気持ちのいい音がして石ころが落ちる。

 

「〜♪」

 

 お供の鼻歌はなぜかアイドルソング。

 曲に合わせてツルハシが振られると、次から次へと鉱石が転がる。

 カーン、コロン。カーン、コロン。

 カンカン、コロロン。カン、コロロン。

 ついつい口に出したくなるリズムだ。

 

「わあ……!」

 

 あっという間に、鉱石の山が積み上がる。

 黒曜石、銅、鉄。ミスリル、水晶、オリハルコン。

 量も種類もたくさんで、どこにこれだけの石があったんだろうと思うくらいだ。

 

「信じらんない。<クルエラ山岳地帯>にこんな採集スポットあるなんて聞いたことないわよ」

「そうだろうな。とっくの昔に枯れた鉱脈だ。残っていた分は、今のであらかた掘り尽くした」

 

 だから二匹目のドジョウは期待するなよ、となんてことないふうに言って、藤原さんは鉱石を回収する。

 

「俺の手持ちと合わせて、これで足りるだろう」

「流石は採掘のプロだね。もし良かったら、今後もお仕事を頼めない?」

「ありがたい話だが難しいな。王国に滞在する予定はないんだ。東西で運送するとなると、コストが嵩むぞ」

「そっか。残念だけど仕方ないね」

 

 肩をすくめるリリアンさんと藤原さんの間で、鉱石の受け渡しが行われた。

 無事に一仕事が終わり、ツルハシをしまう藤原さん。

 その足元をよく見ると、まだ鉱石が落ちている。

 あれは拾わないのかな。

 

「藤原さん。その石は?」

「拾い忘れがあったか。これは、依頼分には含まれてないな。君が欲しいならあげよう」

 

 指でつまんだ鉱石は灰色で、ところどころ赤や青っぽいところがある。

 

「それはコランダムだ。磨いたら宝石になる」

「こらん……? あ! ミスリルとかオリハルコンみたいに、ファンタジーなやつですね!」

「いや、地球に実在する鉱物だ。ルビーやサファイアと言ったらわかるか」

 

 えー!? これが!?

 

「そのふたつって別の宝石じゃないんですか?」

「混ざる不純物によって色が異なるから区別して呼ばれるが、大元は同じだぞ」

「知らなかった……」

 

 知っているようで知らない雑学だ。デンドロでお勉強した気分になれてちょっとお得。

 フフフ。またひとつ、わたしは賢くなってしまったみたいだね……!

 と、ふざけるのはこれくらいにして。

 

 せっかくだから、コランダムはもらうことにする。

 小さいからアクセサリーにしようかな。おしゃれな指輪か、それともネックレスとか。

 

「ぜひ有効活用してくれ。磨かれない原石は、いつまでも輝けない。それは宝の持ち腐れでしかないからな」

 

 藤原さんは強い決意を込めた口調でそう言うと、ちらりと機関車に視線を向けた。

 すごい熱意と気迫だ。だけど、なんでだろう。今にも倒れちゃいそうなくらいの必死さが伝わってくる。

 話しているわたしが心配しちゃうくらいに。

 

「あの! なにか困ってませんか?」

 

 だから、思わず聞いてしまった。

 

「わたしにできることなら、お手伝いします!」

「その気持ちだけで十分だ。君の手を借りるほどじゃない。それに、もうすぐ解決できるはずなんだ」

 

 その言葉に嘘はない。

 でも、困っていることは否定しなかった。

 本当に解決できる方法があるのか……わたしは力になれないタイプの悩みごとなんだろう。

 

「サラー! 帰るでーす!」

 

 シャロさんが呼んでいる。

 他のみんなは帰る準備ができているようだ。

 

「ほら、行け。仲間を待たせているぞ」

「藤原さんは?」

「俺はもう少しここにいる。連れが本調子に戻ったら、ギデオンに向かうよ……大丈夫だ。あの鬼レベルの例外が出なければ、モンスターはどうにかなる」

 

 結局、藤原さんにさようならをして、わたしはリリアンさんたちと合流した。

 力になれないのは残念だけど、こうして出会ったのはなにかの縁だ。また一緒に遊べたらいいね。

 なかよくなったら、抱えている悩みごとを話してくれるかもしれないし!

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

鉱石
(U・ω・U)<様々な種類が採れたのは【地神】が地層をまぜまぜ()したからです


藤原
(U・ω・U)<モンスターを避けるために地中を掘って機関車で移動

(U・ω・U)<ぽっかり空いた横穴が、クロムの縄張りと繋がりました


ジャパニーズ・ドゲザ・ジツ
(U・ω・U)<サムライ=ニンジャ最大級の謝罪

(U・ω・U)<大地を舐めて慈悲を乞うアワレ

(U・ω・U)<派生として空中で身体を折りたたむ『ジャンピング・ドゲザ・ジツ』

(U・ω・U)<滑走と同時に姿勢を整える『スライディング・ドゲザ・ジツ』などがある


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愛闘祭の一幕 吾輩はポメラニアンである

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 愛闘祭の一日目がはじまった。

 なんでも恋愛に関係するお祭りらしい。朝から通りにはカップルがたくさんいて、ちょっと目の毒。

 

 街には<マスター>の出店がたくさん並んでいて、どれも魅力的なものだから目移りしてしまう。

 食べものでしょ、アクセサリーやマジックアイテムとかの小物、かわいい服も売っている。

 料理人・職人といった生産職が売り出す渾身の商品を前にしたら、ついお財布のヒモがゆるんでしまうよね。

 ほかにもいろんなイベントが開催中だ。

 たとえば決闘ランカー主催の野球対決とか。ちらっと覗いたけど、ビシュマルさんの怨念が燃えていた。

 

 そしてここ、闘技場前では従魔師による素敵なイベントが開かれているのです。

 それは――テイムモンスターとのふれあい広場!

 

 シンプルな柵の中にはテイムされた小型のモンスターが思い思いに過ごしている。

 お金を払うと柵の中に入れて、モンスターを触ったり、一緒に遊んだりできる。

 人になついているかわいい子が、愛嬌を振りまいてサービスをするものだから、お客さんの評判は上々だ。

 

 ちなみにオプションも揃っている。

 まず従魔用のご飯がひとつ一〇〇〇リル。

 手渡しで急接近できること、食事の風景を見られることが理由で人気が高い。そしてなによりお安い。

 あとは騎乗体験とか、もっと大型のモンスターとふれあいたい人向けのコースが用意してある。

 

 さてここで問題です。

 今、わたしはなにをしているでしょう?

 

「お一人様、三〇分で五〇〇〇リルになります!」

 

 正解は……受付とお会計!

 

「祭りなのに手伝わせて悪いねサラ。予想以上に客の入りが多くて、僕たちだけじゃ手が回らなくて」

「困ったときはおたがいさま! おんなじ従魔師のよしみですから!」

「はあぁぁサラちゃんマジ天使。ハスハスしていい?」

「変態は国に帰れ」

 

 隣の受付で息を荒くする女の人に、広場を監視する男の人からツッコミとハリセンが飛ぶ。

 彼らは従魔師としての先輩だ。そしてこの催しを企画したメンバーでもある。

 ジェイドのお母さん探しでは情報集めに協力してくれた人たちだからね。これくらいの恩返しはしなくちゃ。

 

「だいたいね。私らだけで回せるわけがないわ」

「悪かったね無計画で。今人手を集めてるところだよ。だから後二時間……いや、一時間は耐えてくれ」

 

 そう言うとフレンドに念話する先輩(男)。

 知り合いに片っ端から声をかけているようだ。この様子なら一時間と言わず、三十分で人が集まりそう。

 それまではわたしたちでがんばろう!

 

「すみませーん。係の人ー」

 

 広場のお客さんが呼んでいる。

 先輩たちは念話と受付で手が空いていない。ここはわたしがいくべきだね。

 

「どうしました?」

「この子なんですけど」

 

 お客さんは膝の上に乗る白いポメラニアンを指差す。

 ゴロゴロだらけながら、口いっぱいにご飯をほおばって幸せそうな顔をしている。

 

「出店で買ったチョコバナナを食べちゃって。ワンちゃんにチョコって駄目でしたよね……?」

「えっと、ちょっと待ってくださいね」

 

 たしかにイヌ科の動物はチョコレートを食べると体調を崩すって聞いたことがある。

 デンドロは細かいところがリアルとそっくりだから、犬型のモンスターにも当てはまるかもだ。

 念のため具合の悪いところがないかチェックしよう。

 見た目でおかしなところはなさそう、と。

 

「どこか痛いところはない?」

『ないのである。そして吾輩は犬ではなく狼、つまりチョコレートを食べても問題ないのである!』

「ふんふん、なるほど。いちおう狼もイヌ科だから気をつけようね」

「すみません。私、もうしません」

 

 とりあえず平気そうでよかった。

 ただ、次もだいじょうぶとは限らない。

 広場にほかの食べものを持ち込むのはダメって、お客さんにしっかり注意したほうがよさそうだ。

 

「ところで、こんな子いたっけ……」

『ギクッ、である』

 

 広場にはたくさんのモンスターがいる。ワンちゃんこと白い【ティールポメラニアン】も、その一体だ。

 ただ、先輩がテイムしたモンスターの中にこの子はいなかった気がするんだよね。

 街の中にいるんだから、テイムはされているはず。

 でも広場に飼い主らしい人は見当たらない。

 

『クーンクーン』

 

 ワンちゃんはかわいい鳴き声をあげた。

 さっきはしゃべってたと思うんだけど。

 うーん、わたしの気のせいだったのかな?

 

(まずいのである!? 全力でごまかすのである!)

 

 それにしても、ワンちゃんは冷や汗をかいてプルプル震えている。なんだか怯えているみたい。

 とりあえず落ち着いてもらわないと。ちょうどおあつらえむきに、ここにモンスター用のご飯がある。

 

「だいじょうぶだよー。はい、どうぞ」

『きゃうーん!』

 

 一瞬で打ち解けた。

 ご飯に飛びついたワンちゃんは尻尾を振っている。

 どうやら食いしん坊な子らしい。

 

「あー、このワンちゃんいるんだ」

 

 広場にいるお客さんが数人、食事中のワンちゃんを見つけてやってくる。

 

「この子を知ってるんですか?」

「犬好きの間では有名だよ。昼間は街に放し飼いされててー、ご飯あげると食べてくれるの」

 

 なるほど。このワンちゃんはたまたま広場を訪れただけらしい。それともご飯の匂いにつられたか。

 お腹がふくれて落ち着いたワンちゃんは、お客さんたちになでられている。人に慣れているね。怖がって噛みついたりもしない。

 大人気だし、このままでだいじょうぶかな?

 あとは……よその家の子だから注意しておこう。危ない目にあったり、怪我しないように。

 

 

 ◇◆

 

 

 食っちゃ寝するだけでチヤホヤされるポメラニアン――に扮した【群狼王 ロボータ】はサラの監視の目に内心でビビりまくっていた。

 

(あの人間、ずっと吾輩を見ているであるな……はっ、もしや吾輩の正体を見抜いているのであるか? どどど、どうするであるー!?)

 

 【ロボータ】は史上最弱の<UBM>である。

 なにせ初心者狩場の雑魚モンスター【ティールウルフ】にすら負ける弱さなのである。

 無害なテイムモンスターの振りをする偽装能力がなければ、街中の人間から狙われるであろう。

 

(芳しい出店の香りを辿って、気がついたらこんなところでこの結果である……いや、ステイクールである吾輩。もしバレていたら襲われているはず)

 

 もちろんその通りである。

 サラは【ロボータ】を純粋に心配しているだけで、まさか<UBM>だとは夢にも思っていない。

 それは他の人間にも言えることである。今の【ロボータ】は(クールな狼という自覚からはかけ離れた)愛らしいポメラニアンであり、ワンちゃんなのである。

 そのかわいさを前にした人間は皆揃って骨抜きになり、美味なる餌を貢ぎ続ける。

 

 つまり、かわいいこそ正義なのである。

 特に本人(狼)が意識していないからこそ、そのかわいさに磨きがかかっていると言えなくもない。

 

(隙を見つけて逃げた方が良さげであるなー。それにしても、このご飯おいしいのであるー。やめられないとまらないーであるー。もぐもぐ)

 

 有志の従魔師が配合を研究した特製フードを頬ばり、ご満悦の【ロボータ】。その姿でさらに周囲の人間を癒やして虜にするのであったが。

 

(……? なんか、こっちを見てるモンスターがいるのである)

 

 サラの監視や、チヤホヤする人間とは異なる視線。

 モンスターや人間に紛れて、一匹の赤い魔獣が【ロボータ】のことを凝視していた。

 

 雌の【カーバンクル】、ルビーである。

 サラの従魔たる彼女は今回の『ふれあい広場』なるイベントを「人気者としてみんなにチヤホヤされる」絶好の機会と考え、手伝いに名乗りをあげていた。

 たくさん甘やかされて、しかも仕事扱いなので、成功すればサラに褒めてもらえる。一粒で二度美味しい……そんな打算がルビーにはあったのである。

 ちなみに途中までジェイドが一緒だったが、もみくちゃにされて涙目になったので【ジュエル】で休んでいる。

 

 ともあれ、ルビーの目論みは順調であった。

 もとより愛玩用として売買されることも多々あるモンスターである。自らの容姿と仕草が人間を惹きつけることを理解しており、計算されたかわいさを演出するルビーの下には多くの客が集まった。

 ……ふらりと【ロボータ】が現れるまでは。

 

 ギデオンに【ロボータ】のファン(?)は多い。

 そして重要な点がひとつ。

 天然(しぜんたい)養殖(あざとさ)、どちらが良いかは人によって賛否両論悲喜交々であるが。

 

『?』

「きゃー! このワンちゃん、こっち見たよ!」

「本当だ、かわいいー!」

 

 やはり、天然のかわいいは強いのである。

 

 ルビーに集まっていた客は、次第に根強い人気を誇る【ロボータ】へと流れていく。

 悲しいかな。彼我の戦力差は歴然であった。

 

『むううぅぅぅ……』

 

 ルビーは頬を膨らませるが、それで失ったチヤホヤが買えるわけでなし。

 奪われた人気を取り戻すべく逆襲の一手を繰り出す。

 

『Kyuuu〜』

「え!? 待って! この子、私の足にすりすりしてるんだけどー!」

 

 媚を売る(ファンサ)

 それは己の矜持を投げ打つ諸刃の剣。下手をすればファンに見限られる可能性もあるだろう。

 振る舞いだけで愚人間どもを魅了することが叶わないのは誠に遺憾である。

 しかしだ。ぽっと出のポメラニアンに客を奪われて、このまま引き下がれるものだろうか? 否、否である!

 計算され尽くした演出は匠の技。ほら、なんということでしょう。先程より五割増で愛くるしい。

 

 当然、養殖のかわいいだって強いのである。

 だってかわいいもの。

 

『ふふーん! どう? わたしはかわいーんだから!』

 

 客に囲まれて勝ち誇るルビー。

 どうだ参ったか、と【ロボータ】を見るが。

 

『くぁぁ……眠くなってきたのであるな……』

『!?』

 

 悲しいかな。アウトオブ眼中である。

 空腹が満たされたことで眠気に誘われたのか。あるいはうららかな日差しの魔力のせいかもしれない。

 大きなあくびをした【ロボータ】は体を丸めてスヤスヤと昼寝を始める。

 その様子を見て、わあきゃあと客は(【ロボータ】を起こさないよう声量を抑えて)騒ぎ、スクリーンショットを撮る者まで現れる始末だ。

 

『〜〜〜〜ッ! ムカつくぅぅぅぅ!』

 

 ルビーは悔しがり地団駄を踏むが無意味である。

 

『どこまでもわたしをコケにしてぇ……ふ、ふふ……いいわ。やってやろーじゃない!』

 

 こうなりゃヤケだ、直接的な手段に出てやろうじゃないかワレェ……そしてルビーは誇りを捨てたのである。

 行使するのは最も慣れ親しんだ火属性の魔法《リトルフレア》である。もちろん威力は控えめにする。

 客に当たらないよう角度を調整して、惰眠を貪る【ロボータ】に狙いを定めた。

 

『尻尾でも焦がして転がり回るといいわ!』

 

 これまさに炎上狙いと言うべきか。

 慌てふためく【ロボータ】を想像してニヤリとほくそ笑んだルビーは、魔法を発動して、

 

「こーら。そこまでだよ、ルビー」

 

 見かねたサラが止めに入った。

 火球は直前でキャンセルされて霧散する。幸い、周囲の面々は魔法に気づいていないのであった。

 

「ここは街の中で、周りにみんながいるんだよ。魔法を使ったら危ないの、わかるよね?」

『だって……』

 

 サラに抱えられたルビーは口を尖らす。

 危険性も、己に非があることも、ルビーは理解している。それでも納得できないのが乙女心である。

 それ程までに『かわいい』は大事なのである。

 サラが【ロボータ】にばかり意識を向けていたことも不満のひとつだった。

 主人のくせに、どこぞの犬コロにばかり鼻を伸ばして何事か。もっとかわいい従魔がここにいるではないか。自分のことだけをかわいがっていれば良いのだ……とまあ、まとめると大体こんな感じである。

 

 そんな心情を知ってか知らずか、サラは笑った。

 

「あなたはかわいいんだから。そんなことして、自分のかわいさを台無しにしたらダメだよ」

 

 この言葉に、ルビーはピクリと反応した。

 

『本当に? わたし、かわいい?』

「うん、かわいい!」

『嘘じゃない?』

「嘘じゃない!」

『この中で一番?』

「もっちろん! ルビーは最高にかわいい!」

 

 ピクリ、ピクリと耳が動く。ついでに鼻も動く。

 ルビーの自尊心がみるみる満たされていく!

 

 同時に己の過ちを自覚したルビーはしょんぼりとうなだれて、涙を湛える。

 要するにちょっと生意気であざとくて面倒くさいだけで、根はいい子なのである。

 

「反省してるなら、わたしから言うことはないね。それじゃあ最後に……やらなきゃいけないことをしよう?」

 

 サラはルビーを腕に抱いたまま、昼寝をする【ロボータ】のそばに近寄った。

 ちょうど浅い眠りだったのだろう。足音で【ロボータ】は目を覚ました。寝ぼけ眼で彼女たちを見つめる。ちなみに視界のピントは合っていないようである。

 ルビーは最初は言葉に詰まり、数拍の沈黙を挟んでから、ぶっきらぼうに言った。

 

『ごめんなさい』

 

 不器用な謝罪である。人によっては、きちんと謝れと怒り出すかもしれない。

 しかし今できる最大の気持ちを込めた言葉である。

 この謝罪に【ロボータ】は何を思ったか、ゆっくりと頭を下げて、一言呟いた。

 

『Zzz……である……』

『……』

 

 悲しいかな。寝言である。

 

『やっぱりムカつくわこいつぅぅぅぅ!』

 

 広場に響いたのは……ルビー、怒りの叫びであった。

 

 

 ◇◆

 

 

『なんか知らないやつに叩き起こされたである……怖かったのである……』

『あれは少しデリカシーに欠けてましたよボス』

『部下一号! 影の中からこんにちはであるな。それで、でりかしー? ってなんである? 吾輩の知らない美味しいご飯であるか?』

『…………いえ。まあ、ボスはそのままでいいんじゃないですかね。いざとなったら私が守りますし』

『であるか? では頼りにしているのである!』

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ロボータはかわいい

(U・ω・U)<さて、ここでクイズです

(U・ω・U)<本文中に何個「である」があるでしょうか?

(U・ω・U)<正解は……48個(作者調べ)


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愛闘祭の一幕 福引チャンス!

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

「へえ、そんな事があったんだ」

 

 リリアンさんは作業の手を止めてこっちを見た。

 

 ギデオンにある出店のひとつは<ルルリリのアトリエ>が開いているものだ。

 遊びにやってきたわたしは、商品の在庫をチェックするリリアンさんに、ついさっきの出来事を話していた。

 とくにふれあい広場とワンちゃんについてだ。

 

「だからルビーはご機嫌斜めなのか」

「そうなんです。ごほうびになんでも好きなものを買ってあげるよって言ったけど、それでもダメで」

Kyuuu(フーンだ)

 

 わたしの腕の中でルビーはそっぽを向く。

 ワンちゃんに相手にされなかったことがよっぽど頭にきたんだろうか。あの子はマイペースだったからね。

 でもルビーだってかわいいと人気で、きちんとお仕事をやり遂げたと思うよ。

 おかげでお客さんはたくさん集まったし、助っ人の従魔師が到着するまで乗り切れたもの!

 

 だから、お手伝いの報酬とは別に、わたしがごほうびを買ってあげることにした。

 お店が多い四番街を歩いて、ルビーのほしいものがあるかを探していたんだよね。

 でも、なかなか機嫌を直してくれない。高級ブラシや大好物のレムの実じゃ満足できないようだ。

 

Rrrrr(わがままだなあ)

Kyuuuu(うるさーい)!』

「なかよく! なかよくね!」

 

 そしてジェイドとケンカをする始末。二体をなだめて、わたしはリリアンさんに向き直る。

 

「ルビーが喜びそうなもの、ありますか?」

「そうだね。例えばこれとか」

 

 取り出した服はもこもこのパジャマ。

 かわいく見えるように形が工夫されている。

 特徴的なのはそのサイズだ。

 

「テイムモンスター用のお洋服だよ。色と生地の種類を選べて、サイズ調整と空調のスキルを付与済み。もちろんパジャマの他に普段着もあるよ。おしゃれに気をつかう方におすすめの一品かな」

「わー! かわいい!」

「そしてなんと、同じデザインで人間用の服も取り揃えてるよ。従魔とお揃いで着替えを楽しめるんだ」

「おおー!」

 

 これはいいものだね! わたしがほしい!

 さて、ルビーはどうだろうか。わたしはオーバーなリアクションをして彼女の様子を窺う。

 

Kyuu(ふうん)

 

 六十点。及第点だけど、もっと上がある気がする。

 ちらちらと気にしているのは期待の表れだ。

 このお洋服がわたしが個人的に買うとして、次のおすすめ商品を見せてもらうことにする。

 

「こっちにアクセサリーがあるよ。金の指輪とか宝石のイヤリング。デザインには自信があるんだ。スキル上げが途中で装備としての性能は低いけど……性能重視なら、他のお店で買ってるでしょ?」

 

 たしかに並べられた商品はどれもセンスがいい。

 リリアンさんは服だけじゃなくて、こういう小物のデザインも得意なんだね。

 一個ずつ眺めていると、端っこに未完成っぽいペンダントを見つけた。宝石をはめる部分が空っぽだ。

 

「これも売り物ですか?」

「それはね、お客さんに素材を持ち込んでもらうの。好きな宝石を使ってオリジナルの一品に。お値段はペンダントと加工代だけでお得だよ」

 

 わたしはちょっと考えて、アイテムボックスからひとつの鉱石を取り出した。

 

「これでお願いします!」

「オッケー。加工に少し時間をもらうね」

 

 そう言って作業に入るリリアンさん。道具を使って鉱石を磨き上げている。ああいう金属の加工は【彫金師】ができるんだっけ。

 たしかリリアンさんは【裁縫職人】と【高位鎧職人】で上級職ふたつを埋めていたはずだから、下級職のスキルアシストだけで作っていることになる。

 足りないぶんは本人のセンスで補っているのかな。

 

 しばらく待つと、頼んだものが出来上がった。

 

「お待たせ。これが完成品だよ」

 

 銀色の細かい鎖に繋がれる、七色の宝石。

 きちんとルビーが首にかけられる長さになっている。

 アイテム名は【虹輝石の首飾り】。

 装備として特別な効果はないけれど、とてもきれいで上品なペンダントだ。

 

「はいどうぞ」

Kyuu(これ)……?』

「いいでしょ。ルビーの原石なんだって! あなたにピッタリだと思ったの!」

 

 七色の宝石は、藤原さんからもらったコランダムを磨いたものだ。

 鉱石から赤色が見えていたから、てっきりサファイアじゃなくてルビーになると思ったんだけど。

 予想が外れて、七つの色が重なって虹のように輝いている。これはこれでいい感じ。

 

 ルビーはピョンと跳ねて、鏡を見たり、ペンダントを光にかざしたりする。

 

『……Kyukyu(いいわね)!』

 

 よかった! 気に入ってくれたみたい。

 

Kyukyuuuu(でもこれとごほうびは別だから)

「え?」

Kyuuu(ダメなの)?』

「う、ううん。いいよ、もちろん」

Kyukyuuu(ならぜんぶね)!』

 

 ぜんぶ……今日見たものぜんぶってこと?

 さすがにお財布がつらいから、どうかひとつだけにはできないかなあ……。

 あとでルビーを説得する方法を考えなくちゃ。

 とにかく機嫌が直ってよかったね! うん!

 

「はいサラちゃん、お釣り。それと福引券だよ」

 

 お会計をしたら、リリアンさんがコインと合わせて一枚の紙切れをくれる。

 

「福引って、あのガラガラ回すやつですよね」

「よく知っているじゃないバイトその1」

 

 はっぴ姿のホノルルさんが現れた! サングラスをつけてハンドベルを持っている。ノリノリだね。

 それにしてもいつの間に。福引という単語に反応したのかな。気がついたら出店にガラガラ回して玉を出す装置(正式な名前は知らない)が置かれていた。

 

「当店でお買い上げのお客様には、一度の買い物で一回、福引を回す権利が与えられるわ。豪華景品が盛り沢山。運試しには最適……当然回していくでしょ?」

 

 回せという圧がすごい。

 言われなくても、おもしろそうだから回すよね!

 

「ちなみに当たりの景品はなんですか? もしかして世界一周旅行とか!」

「そこに書いてあるわ。何等がどれかは回してからのお楽しみってこと」

 

 ホノルルさんはリストを指した。どれどれ?

 回復アイテム詰め合わせ、レベルアップアイテム、レア素材のセット、【妖精女王】のコンサートチケット(※使用済み)、お洋服、武器防具、呪いの掃除機に水しか出ないティーポット、などなど。

 なんでもありの福袋みたいだ。いくつかいらないものが混ざっているけど、タダだしいっか!

 

「えいっ」

 

 わたしは考えずにガラガラを回した。

 コロンと出たのは金色の玉。

 

「大当たり〜」

「やった!」

「これは……四等ね」

 

 あれ? 聞き間違いだろうか。

 ハンドベルの音でよく聞こえなかったからね。

 大当たりで金色の玉なんだから、一等に決まって……

 

「はい、四等の景品」

「聞き間違いじゃなかった!」

 

 今日一番のびっくりだよ!

 

「こんな金ピカなのに?」

「玉はミダースで作ったから全部同じよ」

「それに大当たりって」

「ハズレ無しの出血サービス」

 

 クレーム対応では強気な姿勢を崩さないホノルルさんから景品を受け取る。

 嘘じゃないからなんともいえない。それに文字通りのサービスだしな、と思いながら中身を確認する。

 薄い封筒の中に一枚の紙切れ。まさか使用済みのコンサートチケットが当たってしまったんだろうか。

 

「えっと、『豪華客船一日クルーズ招待券』?」

「わりと当たりよ、それ。四等はランダムなチケットの類だけど、普通に買ったら一億リルはするわ」

「い、いちおくぅ!?」

 

 一回の船旅で一億リル。リアルだと十億円。

 一生使い切れないお金を一日で使うだなんて、いったいどんなセレブが集まるんだろう……ごくり。

 なるほど、たしかにこれは大当たりだ。

 ホノルルさんが強気な態度を取るのも納得の一品。四等でこれなら、一等はどれだけの景品が?

 

「なあ、四等で一億だって。ヤバくね?」

「マジか。俺も回してみようかな」

 

 やりとりを見た通行人が注目している。

 わたしとおんなじ感想の人が、福引のためにお買い物をしようと出店に集まってくる。

 

「もう、ルルったら」

 

 リリアンさんはあきれているようだ。どうやら景品はホノルルさんの独断っぽい。

 

「でも良かったね。そのクルーズ、各国から人が集まるらしいよ。情報収集にはうってつけじゃないかな」

 

 はっ、言われてみれば。

 最近はジェイドのお母さん探しが思うようにいかない。

 やっぱり王国に集まる情報だけでは限界がある。

 なかなか遠出するのが難しい以上、こういう機会は積極的に使っていかないとだね。

 

「はあー、いいなー。噂だと“プリマドンナ”の公演もあるんだって。私も行きたいなー」

「り、リリアンさんでもこれはあげませんよ! この招待券一人用で……」

「うそうそ、冗談だよ。お店を長くは空けられないもの。代わりにスクリーンショットを撮ってきてほしいな。デザインの参考にしたいんだ」

「はい! それは任せてください!」

 

 情報収集はもちろん、おみやげ話をするために、思い切り楽しまないとだね。

 クルーズの日付は決まっているから、愛闘祭が終わったらギデオンを出発しよう!

 

 To be continued




ヒント:福引の玉はどれも全く同じ


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狂騒の陰で

 □■決闘都市ギデオン

 

 愛闘祭、二日目。朝早くに事件は起こる。

 ギデオンを訪れていた【狂王】ハンニャと、その<超級エンブリオ>【幽閉天使 サンダルフォン】の凶行だ。

 様々な思惑と偶然が交差した結果、ギデオンの街は未だ混乱の渦中にある。

 事態を解決し得る唯一の人物、【超闘士】フィガロがログインするのは、もうしばらく経ってから。

 街に滞在する実力者たちは、ハンニャの動向を窺い右往左往している状態だ。

 

 故に、事件と何ら関係の無い暗躍に誰一人として気づくことはできなかった。

 

 空間の配置接続が乱れ、迷宮と化したギデオンの某所。

 人々の悲鳴をものともせずに営業する出店がある。

 その店に、一人の男が姿を見せた。

 

『誰だい? ここは危ないから逃げた方がいい』

「ラダマンテュスとハデスの真似事」

 

 店員の誰何に、男は意味を成さない返答をする。

 

『……ご注文は?』

「蛙のパイをホールで。代金は前払いしてある」

『はいはーい。それじゃ、こちらをどうぞ』

 

 店員はアイテムボックスを男に渡した。

 

『オーダー通りに仕上げたぜ。渾身の力作だ』

「助かる。こちらも素材を提供した甲斐があった」

『いやいや、君レベルのお得意様になると、僕の方こそ気合が入るってものだ。ただ……』

 

 空を見上げる店員の視線は、地から天を突かんとする双塔に向けられている。

 あるいはその頂上で愛する者の救いを待つ、狂気に囚われた姫君のことを。

 

『その程度じゃあ、全然足りないぜ。あれを見たら分かるだろう。彼らは強さの次元が違う』

「問題無い。真正面から戦うわけではないからな」

『そう? まあ僕としては、ドンパチやってくれた方が捗るんだけどねえ』

 

 ケタケタと笑う声に若干のノイズがかかる。

 店員は無表情のままに男を揶揄する。

 

『にしても、どうして黄河でやらないんだい? うってつけの相手がいるじゃないか……ほら、輝麗(フゥリー)とかいう』

「……」

『ああ! なるほど! 戦う前から負けを認め』

 

 言い切る前に、男が店員を鷲掴みにした。

 

「黙れ」

 

 怒気に染まった男の手は、情け容赦なく店員の頭部にめり込み、握り潰そうとする。

 

「俺の推しは最高だが? 確かに外見だけで見ればあちらに軍配が上がるだろうそれを否定するつもりはないだがどう考えても性格態度愛嬌諸々を考慮した場合勝つのは彼女だ今はまだ無名のあの子が熱狂的なファンを抱える連中を相手にするのは時期尚早というだけでいずれは推して押されぬ一強につまりは」

『ja……理解した。だから早めに離してくれる? そのままだと人形が壊れる』

「悪い。ついかっとなった」

 

 男が手を離すと、糸が切れたように店員は崩れ落ちる。

 内蔵したスピーカーからはため息が溢れた。

 

『あーあ、神経系がイカれた。握力おかしいよねえ?』

「筋力があっても役に立たない。だからお前を頼ったんだぞ、グリオマンP」

『本当によくやるよねえ。ま、それなりに考えてはいるけど。純粋な技量で評価してもらうためにこの<超級>を選んだのかな? 勝算は二割程度だろうに』

「分かっている。だが」

 

 恐らく一割を切るだろう。

 グリオマンPの目算に、男は内心で下方修正を加える。

 

 まず畑が違う。例えるのなら、クラシック楽団の演奏会にロックバンドのミュージシャンが飛び入り参加するようなもの。相手にされない可能性は十二分にある。

 

 そして男の計画は綱渡りの賭けだ。

 成功すればその名を世界に轟かす一歩になる。

 しかし、失敗したなら。人々の心を掴むことができなければ。犯罪者が二人増えることになる。

 

 それでもやると決めたのだ。

 男……藤原永満は躊躇いを振り払う。

 

「――俺が彼女を信じなくてどうする」

 

 決意を漲らせた藤原はその場を立ち去った。

 

 

 ◆

 

 

 ■王国某所

 

 未だ興奮冷めやらぬギデオンから離れ、聳え立つ山々の奥深くにぽっかりと口を開ける洞窟がある。

 最奥に至るまでの道のりは、大迷宮に匹敵する複雑さで入り組んでいた。蛇行する通路と暗闇が方向感覚を狂わせ、迷い込んだモンスターが侵入者を襲う。

 とはいえ、余程の悪運か好奇心がなければ、わざわざ足を踏み入れる場所ではない。

 

 なぜなら……その洞窟はダンジョンではなく、人の手で掘り進められた横穴だからだ。

 

 洞窟の最奥には六両編成の機関車が停車していた。

 

『〜♪』

 

 ポップな曲調の音楽が車両から漏れている。

 それ自体はありきたりなアイドルソングで、数年前に現実世界で公開されたもの。

 譜面を書き起こした者が車内のBGMとして流している、ただそれだけ。

 

「〜♪」

 

 先頭の車両から降りた男は藤原。メロディに合わせて、上機嫌に鼻歌を歌っている。

 

 彼は岩肌のとある箇所に目星をつけると、ヒヒイロカネのツルハシを思い切り叩きつけた。

 粉々に砕けた岩の先には横穴と、地下への階段が続いている。

 

「……ハーメルン、全車両開放」

 

 車両からぞろぞろとティアンが降車する。

 彼らは一様に無表情だった。程度の差はあれど、瞳は濁り、焦点が合っていない。そして全員が同じアイドルソングをぶつぶつと口ずさむ。

 彼らが正気を失っていることは明らかだ。

 

「全員ついてこい」

 

 藤原に続いてティアンは下層に降りていく。

 下に進むにつれ、どこからか女性の歌声と演奏、重低音が聞こえてくる。それはティアンの呟きに重なり、不協和音となって洞窟内部に反響する。

 

 階段の終点は巨大な扉だった。

 藤原が触れると、扉は音を立たずに開く。

 

『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』

 

 中は広々とした空洞が広がっていた。

 概算で数万人は収容可能な規模のホールだ。四方の座席は傾斜がついていて、およそ七割の座席はかけ声を叫ぶヒキガエルたちで埋め尽くされている。

 中心にはステージが設置されており、スポットライトに照らされて、一人の女性がマイクを手に踊っていた。

 

 女性は藤原に気づくと歌を止める。

 

「やあマイン。順調か?」

「あ、マネージャー! も〜、どこに行ってたの〜? せっかく盛り上がってるところなのに〜」

「それは悪かった。でも、君のライブを見たいという客を連れてきたんだ」

 

 藤原は背後に並ぶティアンたちを指して、他の誰にも見せたことのない満面の笑みを浮かべる。

 

「どうだ? こんなにもたくさんの人が、君の歌を聞きたいと言ってくれるんだ!」

「本当? 嬉しい〜! マイン、みんなの応援に応えて歌います! 最後まで楽しんでいってね〜!」

「ああ、頑張れ! ……空いている席につけ」

 

 藤原の指示でティアンは散らばっていく。ステージ上のマインには見向きもせずに。

 全員の着席を確認して、藤原は舞台袖に。同時に【健常のカメオ】と、状態異常耐性を高める複数のアクセサリーを装備する。

 

 再び音楽が流れ、マインは歌い出す。

 

「ねえどうして♪ わたしを好きにならないの〜♪」

 

 ホールに響く甘い歌詞。最初の一音で異変は起こる。

 新たに連れてこられたティアンの肉体が震えて、徐々に身体が小さく、人型からかけ離れていく。

 目玉が肥大して、両手足には水掻きが。肌は滑りと光沢を帯びた土色に染まる。

 ブルリと身震いを最後にひとつ。人間だった者が、醜いヒキガエルに変貌を遂げた。

 

「わたしを見て♪ こっちを向いて♪ あなたの声を聞かせて〜?」

 

『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』

 

「L・O・V・E!! M・A・I・N!!!」

 

 一糸乱れぬコールアンドレスポンス。

 ヒキガエルの合唱の中に、ひときわ目立つ大声。

 サイリウムを手にした漢・藤原、魂の叫びである。

 

 しかし。

 最高潮に盛り上がるタイミングで歌声が途切れた。

 マイクを落とし、マインは両手で顔を覆って座り込む。

 

「マイン!? 大丈夫か!」

 

 藤原は慌てて駆け寄るが、

 

「こないでッ!」

 

 マインからは拒絶される。

 

「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」

「落ち着けマイン。何も違わない」

「ちがうもん! こんなのおかしい! なに? なんなのこれ? へんなの、ちがうの、おかしいの……」

「変でもおかしくもない。君は世界一のアイドルで、今はライブ中だ。ほら、お客さんだってこんなに」

「ちがう! あんなのおきゃくさんじゃないもん、カエルだもん! なんでカエルがしゃべってるの? どうしてにんげんはひとりもいないの? ねえ、なんで? こたえてよ! ふじわらぁ!」

「駄目だ、それ以上は考えるな。君はトップアイドルなんだ。それだけを考えてくれ……頼む、頼むから……」

 

 藤原は狂乱する彼女を抱きしめて、必死になだめようとするが……彼の言葉は届かない。

 むしろ必死な藤原の声は、マインに認識の歪みを悟らせる契機となってしまう。

 ピタリと泣き止み、平静を取り戻したマイン。しかしそれは見かけだけ。内心は混乱と恐怖で揺れ動いていた。

 

「――そうだ、私はもう、アイドルじゃな」

「……っ!」

 

 咄嗟の判断で眠り薬を嗅がせる。

 意識を失った彼女を腕に抱き、藤原は唇を噛みしめる。

 

「もう誤魔化せる段階にないか」

 

 やり方自体に不備はないのだ。

 地下ホールの収容人数には余裕がある。ティアンの誘拐は藤原にとって容易い仕事だ。

 犯罪行為は、明るみに出ない限り問題にならない。

 藤原の<エンブリオ>を用いれば密かに多数の人間を攫う程度は朝飯前である。

 現に黄河、カルディナ、王国といずれの国に於いても事件は立証されていない。

 

 問題はマインの精神面。

 情緒不安定な彼女が、現状をどのように捉えているかは定かではないが……夢を見ている感覚に近いのだろうと藤原は推測する。

 二度と手に入らない現実(ユメ)の続き。

 栄華を誇った、トップアイドルとしてステージに立つという夢の中でマインは微睡んでいる。

 

 時折、先のように意識が戻ることがある。

 そして夢と現実の落差に錯乱するのだ。

 満員のファンが、その実、醜悪なヒキガエルでしかないことに恐怖を覚えて。

 

「すまない……本当にすまない、マイン……君のこんな姿は見たくないのに……」

 

 藤原は、つくづく己の力不足を実感する。

 

 ライブステージを提供することはできる。

 一人で地下を掘り、完成したこのホールこそが証明だ。

 

 金銭や衣装を用立てることもできる。

 度重なるステージ製作で就職可能となった【採掘王】の力があれば、高価な鉱石を採掘できる。

 それを適切な価格で市場に卸すため、<玉月商会>という商業クランだって立ち上げた。

 

 だが、金品をいくら揃えたところで……人の心を買うことはできない。

 彼女を応援する本物のファンだけは、藤原にも用意することはできないのだ。

 

「何がマネージャーだ……俺は、彼女の心を助けることすらできやしない」

 

 藤原には、今にも壊れそうだった彼女を、この世界に誘った責任がある。

 甘美な泡沫の夢を見せた罪がある。

 だから、夢を現実にしなくてはならないのだ。

 

「ステージの君には誰もが魅せられた。まるで欠けたところのない満月のように、君は輝いていた」

 

 夜空に浮かぶ完全無欠の月。数多の星をものともしない、唯一無二の美しさがマインにはあった。

 皆が眩さに目を奪われて虜になった。

 しかし月は既に陰り、失墜した。かつての輝きはもはや消えかけている。

 

「……また満員のステージに立てば、君は輝きを取り戻す。あの頃の君が帰ってくるはずなんだ」

 

 藤原は気がつかない。否、目を背けている。

 それは独善的な願いでしかないのだと。

 あるいはそれも承知の上か。

 現実では叶わない夢を願うのは藤原の方だ。

 

「もう一度だ。今度はこの世界で、君をアイドルにしてみせる。世界に名を轟かせる最高のアイドルに」

 

 また、あのステージが見たい。

 

 一人のファンの残酷な希望が……彼女を追い詰めるとも知らずに。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ハンニャ戦はユザパ

(U・ω・U)<サラがやれることがないため

(U・ω・U)<ただし経験は糧にした模様


藤原
(U・ω・U)<推しに貢いでたら超級職になったオタク

Ψ(▽W▽)Ψ<冗談ドラ……?


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船酔い

 □【吟遊詩人】サラ

 

 青い空、白い雲、そして見渡す限りの青い海。

 うーん、青いを二回続けて使っちゃった。どうやらわたしに詩の才能はないっぽい。

 照りつける太陽にこんがり焼かれながら、そんなことを考えたり考えなかったり。

 ちなみに日差し対策はバッチリだ。帽子と日焼け止め、水分補給の冷たいポーションがあるからね。

 

 今、わたしは船の上にいる。

 福引で当たったチケットは豪華客船【ピークォド・タイタニック号】一日クルーズへの招待券。

 王国の港町キオーラから船に乗り、大陸西側をこうしてゆっくりと航海中なのです。

 

Rrrrrr(かぜがしょっぱい)!』

 

 はじめての海でジェイドは興奮している。

 潮風に当たろうと身を乗り出すから、海に落ちちゃわないかだけ少し心配だ。

 しっかり支えておいてあげよう。

 

Rrrrr(さかな)!』

「本当だ! こっちにあいさつしてる!」

 

 船のそばで並んで泳ぐのは【ドルフィン・オルカ】という友好的なモンスターの群れだ。

 キュウキュウと鳴いて、わたしたちにヒレを振りながら楽しそうにおしゃべりをしている。

 話の内容はご飯と歌と、あとはわたしの隣にいる人の様子についてだろう。

 

『うぷっ……オロロロロロロロ』

「レッドが吐いた!? おい大丈夫か!」

 

 船酔いで虹色の液体(みせられないよ!)を口から海に吐き出すレッドさんと、その背中をさするウル。

 着ぐるみ越しでもわかるくらいに顔色が悪い。具体的にはドラゴンのほっぺがげっそりしている。

 

「マジでどうしたんだよ。前に何度か砂上船に乗ってたけど平気だったじゃねーか?」

『どうしてかね……私そんなに船酔いしないのに……耳鳴りと目眩と、あと暑くて気持ち悪いドラー……』

「それたぶん熱中症ですよ! お水飲んで、あと着ぐるみを脱ぎましょう!」

『いや、これはヒー……うっ』

 

 手すりに掴まってげえげえするレッドさん。

 なかなか着ぐるみを脱ごうとしないから、わたしはウルと協力して、レッドさんに肩を貸したのだった。

 

 

 ◇

 

 

 これまでになにがあったのか、簡単に振り返れるように日記をつけておこう。

 

 まずは愛闘祭の二日目からかな。

 これはあとから聞いた話ばかりだけど。

 

 またもや滅びかけたギデオン。

 今回の事件は【狂王】ハンニャさんという<超級>が引き起こしたものだった。

 といっても、ぜんぶハンニャさん一人が悪いかというとそうでもなくて。

 原因は『ドキッ! ラブラブカップル誕生! キャハッ♪』……略して『ドキキャハ』という<DIN>の企画だったらしい。

 

 昔、ハンニャさんは恋愛関係のトラブルを抱えていた。

 それが原因で指名手配をされてしまい、一時期は“監獄”に入っていたのだとか。

 ただ、ひょんなことから出会ったフィガロさんに一目惚れしたハンニャさんは、刑期が終わってすぐ、フィガロさんに会うためギデオンにやってきた。

 

 そこでハンニャさんはある新聞を目にする。

 上半身裸のフィガロさんと、涙目の【女教皇】扶桑月夜さんが抱き合っている写真が載った新聞を。

 この写真は『ドキキャハ』に合わせて、小さいゴシップ新聞社が撮ったスクープだった。

 もちろん二人が付き合っているとかはなくて、ぜんぶ大げさに書かれた嘘だったのだけど。

 

 ハンニャさんは誤解して、自分を裏切ったフィガロさんをPKしようと暴れ出した。

 これはしょうがない部分があると思う。好きな人に、他の好きな人がいたらショックを受けるのは当たり前だ。

 ……ちょっとやりすぎかもだけど。

 サンダルフォンの必殺スキルで空間のつながりがめちゃくちゃになったギデオンは大混乱。進むことも戻ることもできない迷路に閉じ込められた気分だった。結局、わたしはほとんどなんにもできなかったよ。

 

 遅れてフィガロさんがログインしたのは街の外。

 ハンニャさんは標的目がけて一直線に進み、そして二人はぶつかった。

 

 決闘では絶対に使わない必殺スキルを使ってサンダルフォンを駆け上がるフィガロさん。

 傷つきながらも登り切り、二人は塔の上で向き合う。

 

 そして! なんと! ななんと!

 

 フィガロさんが! ハンニャさんに!

 

 プロポーズをしたのです!

 

 わたし、話を聞いたときは本当にびっくりしたよ!

 だってだって、プロポーズだよ? 結婚だよ?

 なんて情熱的な愛の告白なんだろう、興奮しでペンを握ろ手が震えちゃうよれ!

 

 フィガロさんは必殺スキルの反動でデスペナルティになってしまったけど、プロポーズを受け入れて、ハンニャさんの暴走は無事に止まった。

 

 そうして事件は終わり、奇跡的に死者が出なかったことから、愛闘祭二日目は大団円を迎えたのでした。

 めでたしめでたし?

 

 ちなみにハンニャさんは責任を取るために、王国に所属することにしたらしい。

 本人はフィガロさんと一緒にいたい気持ちのほうが大きいのかな? 二人ともお幸せに!

 

 

 そうそう、それから。愛闘祭からデンドロ内でだいたい一週間、わたしがなにをしていたかを書いておこう。

 

 まず、バベルが第四形態に進化した。

 これで<上級エンブリオ>の仲間入り!

 今回の進化では必殺スキルを覚えなかったけれど、新しいスキルをひとつ習得した。前からあったスキルも効果がぐんと上がっていい感じだ。

 

 それとクエストをがんばったおかげで、ついに【高位従魔師】が一〇〇レベルになったの!

 できることが増えてパワーアップ……したのはいいとして、次のジョブをどうするかで困ってしまった。

 

 で、いろいろと迷った結果、まずは【詩人】のレベルを上げることにしたんだよね。

 下級職だからレベル上げは楽ちん。それにサブにしても機能するっぽい。

 とりあえずで就いたジョブで、従魔師のスキルが何個か使えないのはデメリットだけど。

 趣味でジョブを選ぶ人はいるし、ぜんぜんあり!

 

 そうこうしているうちに、クルーズの日がやってきた。

 

 …………

 

『知らない天井だ』

 

 あ、レッドさんが復活した。

 

 わたしはノートとペンをしまって、レッドさんのほうに顔を向けた。

 客室のふかふかベッドから体を起こそうとして悪戦苦闘している。

 どうやら着ぐるみがふくよかで上手に起き上がれないみたい。短い手足をじたばたさせている。

 

『やだ私、太り過ぎ……?』

「何ふざけてんだよ。オレ怒るぞ」

『冗談ドラ』

 

 だるまさんみたいにコロンと起き上がった。そうだよね、転んだら起きれない着ぐるみは装備しないよね。

 

「気分はどうですか?」

『もう大丈夫。この通りぴんぴんしてるドラー』

 

 レッドさんは力こぶを作ったり、ベッドの上に立ってムキッとポージングをした。

 ふくよかなお腹がぽよんぽよんと揺れている。

 だいぶ調子が戻ったね。お昼寝したおかげか、気分が悪いのはどこかに吹き飛んだみたい。

 

『それにしても、まさかこんなところでサラちゃんに会うとは思わなかったよ』

「わたしもレッドさんを見つけてびっくりしました」

 

 うっきうきで船内を探検していたら、甲板に見たことのあるピンクのドラゴンがいたんだよね。

 もしかしてと思って話しかけると、やっぱり船酔いでふらふらになったレッドさんだった。

 調子が戻るまでお休みしたほうがいいと思って、レッドさんを客室まで運んだというわけだ。

 

 レッドさんの客室は、わたしに割り振られた部屋より数段階グレードが高いスイートルームだ。

 ベッドルームとリビングが分かれていて、しかも内装が豪華。大きな窓を全開にしたら水平線が見渡せる。

 これはもうセレブが選ぶお部屋と言っても過言じゃない。わたしの招待券でお値段は一億リルだ。きっとその倍、いや三倍以上はすると思う。

 

「レッドさん、お金持ちだったんですね!」

『何か誤解してないかい? 日々金策に喘ぐ私が、自力でこんな部屋を取れるわけがないだろう』

 

 胸を張って宣言された。

 たしかにいつもお金が足りないと言ってるけど。

 

「じゃあ、どうしてここに?」

『知り合いの伝手でね。サラちゃんにとってはクランの先輩になる人だよ』

 

 クラン……ああ、<仮面兵団>のことだね。

 基本的に自由だから、自分がクランに入ってることを忘れかけていた。

 

「ちなみにレッドがオーナーだぞ」

「え!?」

『その驚きよう。さては何も聞いてないな』

 

 グリオマンあいつめ、とレッドさんは呟いた。

 

『簡単に説明すると、<仮面兵団>はグリオマンPの主導で出来た国家無所属のクランなんだ』

「グリオマンPさんがオーナーだと思ってました」

『あいつがトップだと何しでかすか分かんないじゃん? だから、百歩譲ってサブオーナーにしたドラ』

「なるほど」

 

 納得できてしまうのが悲しい。

 たしかにあの人は悪い人じゃないけど、少し危ない。

 進んで周りをケンカに巻き込もうとする感じがする。

 

『で、七大国家に最低一人はメンバーがいる』

「グリオマンPさんは皇国担当ですよね」

『そうそう。私、レッド・ストリークは王国担当だ』

「普段は他の奴に会わないけどな。クランっても形だけの集まりみたいなもんだぜ」

 

 なんだかゆるい部活みたいな感じだね。

 それぞれが自分のやりたいことをやる。

 もちろん、困ったときはメンバー同士で助け合うこともあるだろう。

 

『話を戻そうか。私を招待したメンバーは人気歌手でね。この船にゲストとして呼ばれたらしい。舞台を演るからぜひ観に来てくれと誘われたドラ』

 

 レッドさんはパンフレットを机に広げた。

 今日のイベントスケジュールがずらっと書いてある。

 一番の目玉は劇場で開催されるオペラ。

 主役は大きい字で名前が書いてあった。

 レッドさんは指でトントンとそこを叩く。

 

『“プリマドンナ”のシャルロッテ。引く手数多のオペラ歌手で、フリーの<超級>だ』

「おお!」

 

 <超級>がクランの先輩なんだね。

 しかも大人気のスター歌手!

 

「じゃあ、すごい歌が上手なんですね!」

『彼女の歌はプロ級……というかプロだしね。観て損はないと思うよ』

「わざわざオレの分まで関係者席を用意してるからな、あいつ。かなり気合い入ってるぜ」

 

 話を聞いたら興味がわいてきた。

 プロのオペラを観る機会なんて、デンドロはもちろん、現実でもそうそうないだろう。

 おもしろそうだから観てみたいなあ。

 

「わたしも観れるのかな?」

『一般席は乗客に解放されているドラ。誰でも入れるから、いい席は早い者勝ちになるだろうね』

 

 そっか。映画館みたいに、舞台がよく見える位置の席から順番に埋まっていくとしたら。

 最後は空いている席がはじっことかになってしまう。

 わたしは背が低めだから、前の人の背中で見えないなんてこともあるだろう。

 早めに席を確保することが大切だね。

 せっかくならいい位置でオペラを観たいもん!

 

『ちなみに席の予約ができたはずだよ』

「今から行ってきます!」

 

 

 ◇

 

 

 よし、教えてもらった受付で席を予約できた!

 オペラの料金は最初から招待券に含まれている。ただ、予約代は別に支払う必要があった。

 お財布の中身がごっそり消えていったよ……豪華客船のお客さんはみんなお金持ちなんだね。

 

「開演まで時間があるから、もうちょっと船の中を見て回ろっか」

Rrr(うん)

 

 わたしが足を運んだのはショッピングモールだ。

 王国ではめずらしいアイテムが揃っているという話だったのだけど、どのお店も値段が一桁二桁違う。

 散財したばかりの懐事情じゃ手が出せないや。

 せっかく、かわいい服がいっぱいあるのに。

 

「いいもん! 見てるだけで楽しいもん!」

 

 強がってみたけどやっぱりむなしい。

 ショーウィンドウを眺めるのはわたしくらいで、ここでは悪目立ちする。

 お店の迷惑になっちゃうか……しょうがない。今回はあきらめて撤退しよう。ブランド名は覚えたからね!

 

 わたしはその場を離れるけど、それでもまだ通行人はざわざわしている。

 彼らの視線はこっちに向いていない。ひそひそと交わす陰口も、どうやらわたしについてではないらしい。

 じゃあ誰? と思って注目の的を探すと、それはあっさり見つかった。

 

 女の人が一人、お店の入り口で座り込んでいた。

 白いワンピースに麦わら帽子と、まるで夏の思い出から出てきたような服装だ。

 だけどワンピースは胃の中身で汚れている。気分が悪くて吐いてしまったんだろうか。

 

 明らかに困っているのに、みんな見ているだけ。

 どうして誰も助けてあげないの?

 

「あの! だいじょうぶですか!」

「ッ…………」

 

 わたしが声をかけたら、女の人はびくりとした。

 ガタガタと体を震わせている。

 

「どこか具合が悪いとか、病気とか……お医者さんを呼びますか?」

 

 女の人は弱々しく首を横に振った。

 

「…………で」

「え? ごめんなさい、よく聞こえなくて」

 

 わたしは言葉を聞き取ろうと、顔を近づける。

 

「……こないで」

 

 そうしたら、女の人にドンと突き飛ばされた。

 突然のことでわたしは尻もちをついてしまう。

 

「こないで……みないで……」

 

 女の人は麦わら帽子を両手で引っ張って、顔を隠したまま、おんなじ言葉を繰り返す。

 その様子に周りの人は「またか」という顔をした。

 助けてあげないんじゃなくて、声をかけた人はみんな、今のように突き飛ばされたらしい。

 

 だけど、女の人は苦しそうにしている。

 とても放っておくことはできないよ。

 

「立てますか? とりあえず休める場所に」

「うっ」

 

 わたしが手を取ると、女の人は顔を青くして。

 

「ゲロゲロゲロゲロ……」

「ふぎゃああーー!?」

 

 わたしに、吐いたものをこぼしたのだった。

 

 To be continued



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期待

 □【吟遊詩人】サラ

 

「…………ごめん」

「だいじょうぶです! お風呂に入ったらきれいになりましたから!」

 

 女の人は申し訳なさそうに頭を下げる。

 半分混乱していたけど、わたしにゲロを吐いたショックで正気に戻ったようだ。

 船員さんに謝って、いろいろと片づけをしてから、こうして二人で話している。

 

 女の人はショーシさんというらしい。

 らしい、というのはどうも偽名っぽいからだ。

 わたしが名前を聞いたとき、

 

『望月マ……いや、彰子(あきこ)……でもなくて……』

 

 こんな感じで言葉に詰まっていた。それにバベルのなんちゃって《真偽判定》が反応していた。

 名前を言いたくないだけみたいだから、わたしは嘘を指摘していない。

 

 それともうひとつ。

 ショーシさんは人が苦手なようだ。

 お店の前で座り込んでいたのはそのせい。

 船員さんに事情を説明するときも、怖がりながらでけっこう大変だった。

 

 今、わたしたちがいるのも人気のない空間だ。

 客室だとせますぎるからという理由で、船内のホールを貸し切って使っている。

 わたしが端っこ、ショーシさんは反対側の端っこだ。

 これくらいの距離を取ったら、ショーシさんは落ち着いて話せるみたい。

 

 離れているぶん、大きな声を出さないと聞こえないはずだけど……声を張り上げなくても話せている。ショーシさんがなにかしてるのかな?

 

「それに、新しい服を買ってもらったので! わたしのほうがもらい過ぎなくらいです!」

「いいの。ついでだから」

 

 もともと、ショーシさんは汚れたワンピース(船酔いのせいだろう)の代わりになる服を買いにショッピングモールを訪れた。

 だけど人混みにあてられてしまった。座り込んでしまったら動けないし、注目される。

 どんどん気分が悪くなるところに、わたしが通りがかったというわけだ。

 

「私の服まで選んでくれた。頼んだ通り、顔と体型が隠れる服」

 

 ショーシさんはフードを目深に下げ直す。

 わたしが選んだのはオーバーサイズのカエル柄パーカーとスウェットパンツだ。

 こういう服が高級店に置いてあるのは驚いたけど、<マスター>のファッションはティアンにとってめずらしい。だから、隠れた人気を誇っているみたい。

 

 ちなみにわたしは正装のドレスを買ってもらった。

 オペラはドレスコードがあるもんね。

 普段着はアイテムボックスにたくさんあるし。

 

「私、一人だと買い物できないから……本当にどうしようかと思った。ありがとう」

「どういたしまして! わたしも緊張したけど、喜んでもらえてよかったです!」

「緊張?」

「だってショーシさん、美人ですもん。この服でいいのかなって思いながら選んだんです。だけどすごいですね! きちんと着こなして、きれいだしかっこいいです!」

 

 わたしが言うと、ショーシさんは顔をしかめた。

 

「あれ、ごめんなさい。いやでしたか?」

「あなたに悪気がないのは分かってる。ただ、そういうの、あまり言わないで」

 

 容姿をほめるのはNGなんだね。

 キャラクリエイトに納得がいかないまま、アバターを完成させたとかだろうか。

 じゃあ声に出すのはやめにして、心の中で思っておくことにしよう。アイドル級の顔立ちなのになあ。

 

「……この服は好き。特にカエル」

「かわいいですよね!」

「なんて?」

 

 いけない。言われたそばから。

 

「今のかわいいはカエルがって意味で」

「何言ってるの。カエルは気持ち悪いでしょ」

 

 たしかにパーカーのカエルは変な顔でキモかわいい感じのデザインだ。

 けれどショーシさんが言いたいのはそうじゃない。嫌いで苦手、という気持ちが込められた言葉だった。

 

「全然かわいくない。だからいいの」

「……?」

 

 よくわからない。なにかの謎かけ?

 

「露出を抑えて、変な格好をしていれば、人混みの中でも注目されない。フードをかぶったら完璧。顔も体も隠せる。私からは視線が見えない。落ち着く……」

 

 そっか。できるだけ人目を引かないように、そして視線をシャットアウトするため。

 美人だと周りの人が放っておかない。人が苦手で、顔とスタイルをほめられることがきらいなショーシさんは服装で自分を偽装しているのだろう。

 

「あれ? じゃあ、さっきの白いワンピースは」

「マネージャーの趣味。ああいう服ばかり買ってくる」

「そのマネージャーさんは一緒じゃないんですか?」

「……」

 

 ショーシさんは急に黙ってしまう。

 答えたくないというよりは、なにかを考えて、答えるか迷っているふうだ。

 

「あなた、今日この後の予定は?」

「オペラを観ようと思ってます」

「まだ時間はある……ねえ、もう少し、ここにいて。話を聞いてるだけでいいから。お願い」

「いいですよ!」

「……ありがとう」

 

 今から話すことは全部忘れて、と前置きしたショーシさんはぽつりぽつりと語り出した。

 

「――私、逃げてきたの」

 

 それは誰にも話せない胸の内を、道端の穴に叫ぶようなものだった。

 なにもしらない、今日たまたま会っただけのわたし相手なら、なにを言ってもだいじょうぶだと。

 そんな変わった期待がわたしに向けられていた。

 

「マネージャーから逃げた。彼の目を盗んで、客室から。彼のやろうとしていることから。怖くなって逃げ出した。人の目が怖いから。期待が、裏切るのが、裏切られるのが怖いから。……マネージャーが怖いから」

 

 ショーシさんはぎゅっと自分の腕をつかんだ。

 

「マネージャーはおかしい。失くしたものを取り戻そうとしている。それもあんなやり方で……あり得ないことなのに。『もう一度』は望んでも手に入らない。そんな当たり前の事が分かってない。きっと、理性をどこかに置いてきたんだ。壊れてしまったんだ」

 

 マネージャーさんを非難する言葉。

 最後の一言だけは、ショーシさんが自分に対して言ったようにも感じられた。

 

「だって、もうまともに歌えない。期待に応えられないのに、あの場所に立つことは許されない。ましてや、背を向けて逃げ出した裏切り者の居場所なんてない」

 

 怖いという気持ち以外に、いろんな感情がごちゃ混ぜになった叫び。

 本当にどうしてかわからないけど、それを聞いて、わたしはいつかの出来事を思い出した。

 

 

 ◇

 

 

 昔、夏休みに『林間学校に行った』ことがある。

 山奥の小さなお寺で、『一週間』お泊まりした。

 そこにいた『お坊さん』はみんな優しくて、わたしはとてもよくしてもらったことを覚えている。

 そのお礼に、わたしは『お坊さん』のお悩み相談会を開いたりしていたよ。

 

 一番記憶に残っているのはお祈りのこと。

 わたしはきれいな着物を着て、お寺の『神様』の前で、楽器を演奏することが日課だった。

 理由はわからないけど、そうすることで『神様』と『お坊さん』が喜んでくれたんだ。

 

 だけど、『お父さんとお母さんが迎えに』来て、わたしは家に帰ることになった。

 もうお祈りできないと言ったら、『お坊さん』はとても『困った』顔をした。

 このままずっといてほしい、とみんなに『頼まれて』、わたしはとても『申し訳なかった』。

 

 だけど最後までみんなは言っていた。

 また来てね、絶対だよ、忘れないからって。

 

 それで、わたしは……

 

 

 ◇

 

 

「そんなことないです」

 

 気がついたら、そう声に出していた。

 

「ショーシさんは歌手だったんですよね」

「いきなり何、って言うのは筋違いか。今の話を聞いたら分かるよね……うん、大体あってるけど」

「じゃあ! 歌は好きですか!」

「……は?」

 

 ポカンと口を開けたショーシさんに、わたしは思ったことをそのまま伝える。

 

「歌手になるのって大変だと思うんです。よっぽど歌が上手か、歌が好きな人じゃないと」

 

 わたしがフルートの練習をがんばれるのは好きで楽しいからだ。それとおんなじ。

 プロになるなら、ものすごいがんばらないといけない。好きじゃなかったら耐えられないと思う。

 

「私は、ファンが喜ぶから。ただそれだけ」

「そうなんですね。なら歌を選んだ理由は?」

「理由……?」

「だって、あなたの歌を聞かないとファンにはならない」

 

 ただ人を喜ばせたいというだけなら、歌じゃなくても、他の方法だっていい。

 たくさんある方法のなかで歌を選んだってことは、最初にそうしたきっかけがあるのかなと思った。

 

「それに、さっきの言葉。『あの場所に立つことは許されない』……これ! 許してもらえるなら、もう一回立ちたいってことじゃないですか?」

「それ、は――」

 

 ショーシさんはハッと目を見開いた。

 

「そうだ……どうして忘れてたんだろう。私、歌うことが好きだった。楽しかった」

 

 そうだよね。そうだと思った!

 だって、言葉から強い思いがあふれているんだもの。

 どうして自分で気づいてないのか、わたしにはぜんぜんわからなかったぐらいだ。

 

「好きって気持ちは、絶対にファンの人たちにも伝わってます! だからだいじょうぶ! 裏切り者だなんて思わないです! きっとあなたのファンでいてくれます!」

「……そうだね。そうだといいな」

 

 ショーシさんはフードの陰でくすりと笑った。

 ちょっぴり元気になって、わたしもうれしい。

 

「ねえ、あなた【詩人】だよね。……一緒に歌わない?」

「よろこんで! あ、でもわたし、歌はあんまり得意じゃないから笑わないでくださいね!」

 

 わたしたちは歌って、お話をして、また歌った。

 ショーシさんの歌声はすき通っていて、ほれぼれするくらいきれいだった。

 さすがは歌手だね。歌えないというのは謙遜だったんだなと実感した。

 本当に、生き生きとしていて楽しそうで、わたしもついノリノリで【横笛】を吹いちゃった。そうしたらびっくりされてしまったけど。

 

 そして……楽しい一時はあっという間に過ぎて。

 

 ――オペラの開演時間がやってきたのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■???

 

(好きって気持ちはファンに伝わる、か。本当にそうだったら……よかったのに)

 

 純粋無垢に微笑む幼い少女を前にして、女は内心の悲嘆と諦観を押し込める。

 感情を殺すことは得意だった。というより、そうしなければ……現実逃避で思考を切り替えなければ(・・・・・・・・・・・・・・・・)、とっくの昔に女の心は砕けていただろう。

 

 女のいた世界では、この程度の処世術は初歩だ。

 それができない人間は真っ先に陥れられて食いものにされるか……あるいは頭ひとつ抜けて大成するか。

 後者は極めて稀有な例であり、女は実例を直接目にしたことすらなかったが。

 

(嘘は吐いてない。正直、嬉しかった。久しぶりに歌が楽しいと思えた。サラに感謝しないと)

 

 だが、芸能界という伏魔殿に長年浸かった女にとって、無邪気な少女の言動は眩しすぎた。

 強烈な陽の光が、昼間は星々を塗り潰すように。

 ほんの一時。女の陰を覆い隠したというだけの話。

 

(でも手遅れだ)

 

 かつて、一世を風靡したアイドルがいた。

 星の数ほどいるライバルを押し退けて、群雄割拠の時代に終わりを告げた一等星。

 頂点に君臨する圧倒的な輝きを前にして、人々は歓喜と熱狂の渦に飲み込まれた。

 それはさながら、人を惑わす月の狂気に似て。

 

 しかし、たった一度の醜聞で全てが変わる。

 

 嘘だった。事実無根の言いがかりでしかなかった。

 けれど皮肉なことに、アイドルとして培った人気が、影響力が、そのまま彼女に牙を剥いた。

 ここぞとばかりに非難するアンチ。

 好き勝手に騒ぎ立てる野次馬。

 下卑た視線を向ける人々。

 炎上は広がり……ファンの心すら離れていく。

 

 信じていたのに裏切られた、と。

 

(だから、もう期待は裏切れない。逃げてしまった、けど。怖いけど、おかしいけど。信じてくれるマネージャーには応えないと……ステージで歌わないといけない)

 

 それが彼の、己を導いた恩人の願いだから。

 マネージャーは夢を現実にするために女を支え、ひたすらに足掻き続けた。

 であるならば。ファンに夢を見せることが、偶像として崇められた女の責任だろう。

 

(だけど、今この時だけは。アイドルじゃない、歌が好きなだけの、ただの女の子としてなら。何も考えずに歌って構わないでしょ)

 

 女は気づいている。自覚して浸っている。

 これだって現実から逃げているのだ。

 そうしなければ、正気を保てる自信がない。

 夢と現実の重みで潰れてしまいそうになる。

 

(私のファンが、全員この子みたいならよかったのに……そうだ。サラにはステージを見ていてもらおう。せめて一人くらい観客がいないと……いよいよ、頭がどうにかなってしまいそうだから)

 

 時が過ぎるのは一瞬だ。特に、未来に待ち受けているものに忌避感を抱いている場合は。

 あれこれと理由をつけて、女は可能な限りホールに留まろうとする。

 

 もう少し。もう少しだけ、このままで。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

Ψ(▽W▽)Ψ<第二章・完! これでヨシ!

(U・ω・U)<そうは問屋が卸さない


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楽屋裏

書けました(本日二話目)


 □■【ピークォド・タイタニック号】・甲板

 

 豪華客船【ピークォド・タイタニック号】は、グランバロアの造船技術を駆使した蒸気船である。

 総トン数三〇万トンをゆうに超える船内には、乗客が退屈を忘れる数の娯楽施設が充実している。

 商業ブロックには高級ブランドが複数出店するショッピングモールや飲食店が。

 大小二種類のホールはゲストを招いて催し物が開かれるほか、客がレンタルして宴会等に利用可能だ。

 その他<マスター>の意見を鑑みた結果、カジノやジム、プールといった設備が揃っている。

 

 なかでも一番の変わり種は、甲板の一区画に建設された野外劇場だった。

 天に向けてそり返る扇状の客席は、より多くの人数を収容すると同時に、通常ステージの周囲に拡散する音を逃がさず反響させる舞台装置だ。その造形はまるで花弁のようでもある。

 

 その野外劇場の裏、出演者が待機する控室に、のそのそと怪しげな影がひとつ。

 ずんぐりむっくりとしたピンクのドラゴン。

 言わずもがな、レッド・ストリークその人だ。

 後ろには彼女の<エンブリオ>、ウルスラグナがついて来ている。

 

 レッドは迷いない足取りで扉の前に立つ。

 一人用の個室、大物にあてがわれる控室だ。

 

『挨拶に来たよ、シャルロッテ』

 

 ノックをして数秒後に扉が開いた。そして、

 

「レッド! 来てくれたのね!」

 

 妙齢の美女が飛び出して、レッドに抱きつく。

 

 シャルロッテは既に舞台衣装を身に纏っていた。

 金色の糸とレースで飾り立てた白いドレスに、空色の肩掛けをブローチで留めている。

 ダークブラウンの長い髪は後頭部に結い上げて、丁寧に編み込みがされていた。

 

『ほい、応援の花束』

「嬉しいわ! こんなものまで用意してくれるなんて!」

『おん……ここまで喜ばれるとは』

「だって招待状を送ったフレンドの中で、レッドしか返信がないのだもの。少しへこんでいたところなのよ」

「招待状って、あいつらが来るわけねーじゃん」

「でも貴方達は来てくれたわ、ウル。とにかく入って入って! お茶でも飲みましょ!」

 

 ぐいと手を引かれた二人は控室の中に誘われる。

 レッドとウルが椅子に座ると、部屋の隅に控えた黒い燕尾服が恭しく紅茶を注いだ。

 

「間違えていたらごめんなさい。たしか、ウルは他の人と同じものしか口にしないのよね」

「おう、覚えててくれてサンキューな!」

『ドリンクをカップルストローで飲むの、私は未だに慣れないんだけどね……せめて回し飲みじゃいかんのか。食べ物は半分にしたらオッケーじゃん』

「えー? いいだろ別に減るもんじゃなし」

 

 食癖に文句をつけられたウルは不満そうにストローの飲み口を噛む。今さら何を、と視線が物語っていた。

 

「相変わらず仲がいいのね。二人を見ていると、会話できるメイデンが羨ましくなるわ」

『え、そう?』

「おい何だその反応はー!? レッドお前! 言いたいことがあるなら口に出せ!」

『冗談さ。ウルは最高の相棒だ。愛してるゼ、ドラ』

「は!? き、急に小っ恥ずかしい台詞を吐くなって……まあ最高なのは当然だけどな!」

 

 フフンと胸を張るウルを尻目に、レッドはふと思い出したことを口にする。

 

『そういえば、クランの後輩が来ているドラ。シャルロッテの舞台を楽しみにしていたよ』

「あら! ここに連れてきたらよかったのに! 関係者席だって用意してあげられたわ」

『サラちゃんはね、そういうのを自分から頼むタイプじゃないんだよ。それにどこか行ったきりで……今は船の中で遊んでるのかな』

 

 サラにギャンブルや運動を好むイメージはない。客室で大人しくしているというのもそぐわない。広い船内を見て回るか、あるいはショッピングモールで買い物をしているのだろうとレッドは推測する。

 実際は当たらずとも遠からず、数奇な出会いを繰り広げている最中なのだが。

 

『ところで話は変わるけどさ。この船、めっちゃ縁起悪い名前じゃん。どっちも沈没した船由来だよ?』

 

 ピークォド号は小説『白鯨』に登場する捕鯨船で、最後には白鯨モビーディックに沈められてしまう。

 タイタニック号は処女航海の最中、氷山に衝突して沈没した客船だ。映画にもなっており有名だろう。

 

「グランバロアのしきたりだそうよ。処女航海で海に流した瓶から、都に辿り着いたものが名前に選ばれるって」

「にしてもふざけてるよなー」

『反対する<マスター>はいなかったのか……?』

 

 余談ではあるが、多くの反対を押し切り名前を決定した人物は次のように述べている。

 曰く、『白鯨と氷山にぶつからなければ沈まないのだろう? 逆に縁起の良い名前じゃないか!』と。

 ちょうど【モビーディック・ツイン】が討伐されて間もない時節だったことも影響しているだろう。

 

 閑話休題。

 

『さてと。そろそろ本題に入っていいドラ?』

 

 頃合いを見て、レッドは話を切り出した。

 

『オペラをやる。それはいい。ただ、会場の変更を提案したのは君だと耳にしたんだが』

「ええ、屋内だと変わり映えがしないでしょう。せっかく海の上にいるんだから、今日は潮風を感じながら歌いたいと思ったのよ。それがどうかした?」

 

 特別ゲストとはいえ、出演者の気分で会場の準備がやり直しになった主催者側にレッドは同情した。

 頭を抱えて、どの言葉を使ったら事の深刻さが伝わるかを考える。

 

『予定していた船内の劇場を使わず、この野外劇場を……防音が完璧じゃない場所で歌うと?』

「ああ! モンスターの心配しているのね。安心して。ある程度は防音効果があるそうよ。それに音が漏れないようにスタッフが魔法を使ってくれるわ」

 

 海洋には陸地より強力なモンスターが生息している。

 当然ながらモンスター避けのアイテムの使用、艦船の武装化、そして護衛戦力、可能な限りの対策を施して、航海は実現している。

 

 野外劇場も、ティアンの常識では酔狂に近い代物。

 それを【空振術師】や【障壁術師】を始めとする魔法系ジョブの力を借りて、音声を相殺・遮断するなどの工夫により運用しているわけだ。

 そうしなければ、音に引き寄せられたモンスターの襲撃を受けて沈没しかねないのである。

 

『対策は百パーセントじゃない。普通なら、ちょっと音が漏れたっていいだろう。数匹のモンスターが寄ってくる程度なら撃退できる。だけど……君は<超級>だ』

 

 レッドは知っている。

 シャルロッテの歌声が常識の埒外に位置することを、かつて自らが体験したからだ。

 観客が耳にする分にはいいだろう。しかし、仮にモンスターが耳にした場合……危険度が劇的に跳ね上がる。

 

「平気よ。スタッフも、私の歌を聞くもの。もしジョブに就いたばかりの素人がいたって問題ないわ」

『同じことがモンスターでも起こるドラ。リスクは少ないに越したことはない』

「貴方は心配性ね。だから安心できる」

『おん?』

 

 前後の文脈が繋がらないことにレッドは首を傾げる。

 ただそれはレッドからすればの話だ。

 シャルロッテの中では、会話の本筋は一貫している。

 

「貴方を招待した理由の九割は、舞台を観てほしいから。だけど残りの一割は違う。もし舞台の邪魔になるモンスターが現れて、他の誰も倒せないときは、貴方に討伐してほしいのよ。……今思いついたことだけど」

『おいふざけてんのか』

「ごめんなさいね。でも私はレッドを信頼して頼んでいるのよ。だって、貴方とウルのコンビならどんな相手でも勝てるでしょう?」

『それは……ちょいと買いかぶりドラ』

 

 シャルロッテはレッドの特典武具【Q極きぐるみしりーず どんらごん】を見る。

 レッドが初めて、そして唯一単独で討伐した<UBM>から入手した装備だ。

 高性能の全身防具、なおかつ極めて個人的な理由があり、レッドは普段着として愛用している。

 

 しかしシャルロッテが言及しているのは【どんらごん】のことだけではない。

 彼女の意識は着ぐるみの内側に向いている。

 レッドがシャルロッテの恐ろしさを身に染みて理解しているように、シャルロッテもまた、レッドの実力を目にしたことがある数少ない人物だった。

 

『よし、分かった。有事の際は私が出る。というか、そうなったら頼まれなくても行動するからね』

「本当に!? ありがとうレッド!」

 

 いたく喜び、握手を交わした手を上下に激しく振るシャルロッテ。あまりの激しさに、着ぐるみの腕についた脂肪がブルブルと揺れる。

 波打つ振動に全身を包まれながら、レッドは隣に座る相棒に声をかけた。

 

『という訳だ。聞いていたかい、ウル』

「ばっちりだぜ! 要するに、悪いやつをぶっ飛ばせばいいんだろ? いつも通りだ」

 

 任せとけ、とウルは腕まくりをしてみせる。

 レッドとウルスラグナの戦闘スタイルなら、巨大な海洋モンスターが相手でも引けは取らない。

 むしろ対人戦闘よりは得意分野に入る。

 

(水中戦までは対応してないけど……最悪、シャルロッテのバフを受けたらどうにかなるか)

 

 もちろんシャルロッテ本人は協力するはずだ。

 敵に回すと恐ろしいが、味方としてみるならこれほど心強い支援者はそういない。

 

(問題は――乗客に紛れてる奴(・・・・・・・・)

 

 レッドはこめかみを押さえて思案する。

 乗船してから今まで、継続して襲いくる耳鳴り。

 装備したアクセサリーが反応していることから、何者かによる攻撃であると結論を出す。

 

(恐らく状態異常攻撃。船内で騒ぎになっていないから、無差別ではなく対象を絞っている)

 

 対象を限定する理由が不明だった。

 制限を設けてスキルの出力を増加する、という狙いなら簡単だが、それにしては効果が弱い。

 装備のスキルと耐性でレジスト可能な範囲だ。

 

(……そういえば、サラちゃんは平気そうだったな)

 

 レッドが耳鳴りで吐き気を感じていた間、サラは普段通りの様子で振る舞っていた。

 レッドが対象で、サラは違う。性別と<マスター>という条件は当てはまらない。

 対象の選別に何か意図が隠れているはずだが。

 

「レッド。悪いけど、そこにある瓶を取って」

『おん? ああ、これか』

 

 思考を中断したレッドは、机の上に置かれた小瓶をシャルロッテに手渡した。

 小瓶の洒落たガラス細工に目を引かれたのか、ウルが興味津々に尋ねる。

 

「何だそれ?」

「ただの頭痛薬よ。舞台前、たまに頭が痛むことがあって常備しているの。今日は特に辛くて」

『ほーん……いや、ちょっと待った。もしかしてその頭痛、耳鳴りみたいなのが響く感じ?』

「ええ。この船に乗ってからずっと。大したことはないけど、さすがに少し気が滅入るわ」

 

 シャルロッテは憂鬱そうにため息を吐いて、燕尾服から水の入ったコップを受け取る。

 彼女は今日この後に舞台を控える身だ。

 レッドはそれなりの付き合いで、シャルロッテがあまり神経質ではない性格だと知っている。だが、やはり直前のコンディションは歌唱に影響を及ぼすのだろう。

 ここまで考えて、レッドは閃いた。

 

『……シャルロッテに対する嫌がらせか?』

 

 対象を絞った微弱な状態異常攻撃。

 犯人は本格的に危害を加えるつもりはない。

 シャルロッテのパフォーマンスが低下すれば良し、影響がないとしても、してやったりという達成感がある。

 嫌な達成感の覚え方で、レッド自身はやろうとも思わないが……そのような人間は一定数いる。

 

「そうかもしれないわね。呪いの手紙だったり、似たようなことはよくあるわ。もしかして、貴方は巻き込まれてしまったのかしら」

『めっちゃ頭痛いわ。嫌がらせ行為がもう理不尽なのに、そのとばっちりを受けるとかもっと理不尽ドラ。本当にどうしてなのかなあ!?』

 

 相手の目的が分かれば、条件付けも自ずと判明する。

 十中八九、船内で影響を受けているのはレッドとシャルロッテだけだ。二人のみに共通する条件といえば。

 

(それは――)

 

「分かったわ! きっと、貴方が私と同じ」

『美人で綺麗なお姉さんってことドラー。うっふーん』

 

 場の空気が凍った。

 

 あまりに耳鳴りが酷いものだから、苦痛をごまかそうと笑いを狙ったレッドはネタに走り……すべった。

 

「……何を言っているのか分からないわ」

『……ごめん。自分でも言っててきつかった』

 

 落ちるところまで落ちた二人のテンションを高めるべく、ウルは慌ててフォローに入る。

 

「だ、大丈夫だぜレッド! お袋さんに言われたんだろ、『あんたは器量良しで仕事もできるんだから、早くいい人が見つかるといいわね』ってよ!」

『グフッ……!?』

 

 己の相棒に言葉で刺される。

 弱点(コンプレックス)急所必殺(クリティカルヒット)、レッドは吐血して倒れた。

 念のためにつけ加えると、ウルはあまり意味を理解せず口にしたのであり、悪意はない。

 

 時に、善意の行動は人を傷つける。

 当たり前の事実を、レッドは改めて理解したのだった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

ウル
(U・ω・U)<食癖は『誰かとシェアしたものしか食べない』

Ψ(▽W▽)Ψ<山盛りのフライドポテトとか好きだよ


レッドさん
Ψ(▽W▽)Ψ<なぜ私が行き遅れみたいな扱いをされにゃならんのだ

(U・ω・U)<じゃあ聞くけど

(U・ω・U)<甥と同居してるアラサー社畜に出会いがあると思いますか?

(Є・◇・)<……

Ψ(▽W▽)Ψ<救いはないのかっ!?

(  P  )<うっふーんwww

Ψ(▽W▽)E) P  )<草


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狂気、響き

 □【吟遊詩人】サラ

 

 野外劇場はお客さんで埋め尽くされていた。

 十分な広さを持つはずの客席は満員で、それでもまだお客さんはいるものだから、音だけでも聴こうと劇場の周りで立ち見をする人が出ているようだ。

 もしかしたら、シャルロッテさんのオペラを観るために船の乗客全員が押しかけているのかもしれない。

 

 わたしは舞台の正面から少しずれた最上列の席で、会場全体を見下ろしながら圧倒された気分になる。

 右も左もおめかしした大人ばかり。開演を待ち侘びる人たちの緊張がこっちにまで伝わる。

 それに、ちゃんとしたドレスは慣れてないから、着心地が気になってしょうがないというか……。

 

Rrrrr(きれいだよ)?』

 

 ドレスは薄い翡翠色の生地のものを選んだ。

 ジェイドの鱗とお揃いの色。少し肩が出ていて、大人っぽい雰囲気で、背伸びをした感じになる服だ。

 褒めてくれるのはうれしいけど、でも今はそうじゃないんだよジェイド!

 

「近くに知ってる人いないかな」

 

 レッドさんとウルは関係者席。舞台が一番よく見える正面・中くらいの列あたりにいるはずだ。

 ショーシさんはホールから野外劇場に移動するまでは一緒だったけど、入場したら別行動になってしまった。どうやら予約した席の位置が離れていたらしい。

 そういえば別れる直前、ショーシさんがどこか悲しい顔をしていたのが気がかりだ。声をかけようとしたら人の波に遮られて、いつの間にか姿を消していた。

 

「舞台を観るとは言ってたから、どこかにいるはず……」

Rrrrrr(みつからないね)

 

 この人数だと目で探すのは一苦労だ。

 大声で呼びかけるというのは、ほかのお客さんの迷惑になっちゃうからなしとして。

 あ、オペラが終わったらだいじょうぶか。みんなで感想をお話できたら楽しいだろう。

 

 緊張と期待でそわそわしていると、舞台の開演を知らせるアナウンスが入った。

 

『本日はご来場いただき誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、ご来場のお客様にお願い申し上げます。客席内での飲食、喫煙、会話はご遠慮ください。音や光を伴う魔法の使用は他のお客様のご迷惑となりますので固くお断りいたします。また、当艦は堅牢な設計となっております。モンスターが出現した場合、ただちにはお席を離れず、落ち着いて係員の指示をお待ちください。皆様のご理解・ご協力をよろしくお願いいたします。……まもなく開演でございます。“プリマドンナ”――【歌劇姫(オペラ・プリンセス)】シャルロッテの歌声を心ゆくまでお楽しみください』

 

 この司会の声、どこかで聞いたことがあるような。

 マイク越しで少し聞き取りづらいけど……うーん、ハウリングが混ざってよくわからない。

 

『……Rr?』

「どうしたのジェイド?」

Rrrr(へんだ)

 

 ぶるりと体を震わせたジェイドは、わたしの膝の上で、翼を小さく折りたたむ。

 目と耳を閉じて頭を隠す。まるでこれから起きることを見たくないというように。

 わたしもなんだかいやな予感がして……だけど席を立つ前に、舞台の幕が上がる。

 

 壇上に立つのはきれいな女の人。

 隣には燕尾服を着た仮面の悪魔。

 二人は揃ってお辞儀をすると、歌を語り出す。

 

 それは現実にあるひとつの作品を、この世界向けに描き直した物語だった。

 売れない歌手が悪魔と契約して人気者になるお話。

 悪魔は美しい声と大きな舞台を与える。その代わり、自分のために歌を歌ってくれと歌手に頼む。

 だけど、次第に悪魔のことが怖くなった歌手は悪魔から逃げ出そうと考えて……。

 登場人物は二人だけ。おたがいの歌のかけ合いで、テンポよくストーリーは進む。

 

 シャルロッテさんの歌は力強いけど繊細で、なんというか、気持ちを色にして声に乗せているようだった。

 場面ごとに切り替わる歌手の思いを読み取って、そこに自分の気持ちを足して、音楽の形にしている。

 シャルロッテさんが歌手(・・)なんだよ。

 演じてるんじゃなくて、そのもの。どうしようもなく惹かれる理由はそこにあると思った。

 

 悪魔の狂気は重く、低く。

 楽団の伴奏はときに激しく、ときに静かに。

 それらは目立たず、主旋律を支えて深みを出す。

 

 わたしは直前に感じたいやな感じをぜんぶ忘れて、ぼーっと劇に聞き入っていた。

 

 そして、いよいよクライマックス。

 歌手が追いかけてきた悪魔と向き合い、深く息を吸い込んだところで……いきなり照明が消えた。

 シャルロッテさんは気にせず歌おうとするけど、不自然なタイミングで舞台の幕が下りる。

 

「あれ……? どうしたんだろう」

 

 みんなおんなじ気持ちなのか、不安と心配をささやいてざわついている。席を立とうとする人もいた。

 わたしがジェイドを抱きしめて、その体温で不安をごまかしていると。

 再び、会場全体にアナウンスが響いた。

 

『大変失礼いたしました。ご安心ください。これより始まりますは第二幕。歌姫のステージでございます。どうか皆様、そのままでお待ちください』

 

 司会の人は冷静で、誰よりも落ち着いている。

 どう見てもトラブルだよね。大勢のお客さんがいて、役者はシャルロッテさんという大物だ。スタッフは内心で慌てているはずなのに、アナウンスには焦りがない。

 

 まるで……ぜんぶ予定通りだとでもいうように。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■???

 

 人が出払った野外劇場の控室に一組の男女がいた。

 本来、関係者の招待無しでは立ち入れない場所だ。

 二人は関係者かというと……当然、警備員に詰問を受ける部外者である。

 なにせ歌劇の公演中。演者とスタッフは揃って舞台に掛かり切りなのだから。

 

「どこに行ってたんだ、マイン。心配したぞ」

「……」

 

 控室と周囲に人気はない。

 男女以外の人間は存在しない。では、警備員は?

 

「いや、無事でいてくれたならそれでいい。君が一人で出歩いて、買い物までしたのは正直驚いてるが……」

「…………」

 

 答えを知っているのは男と、女と、彼らの眼前で飛び跳ねる数匹のヒキガエルのみである。

 

「とにかく支度だ。その野暮なパーカーを脱いでくれ」

 

 男は女の服に手をかける。

 虚ろな視線を彷徨わせるだけだった女は、その動作に反応して身を引いた。

 

「マイン……?」

「いや……嫌だ」

 

 いつになく明晰な言葉と、瞳に灯る意思に、男は違和感と既視の双方をおぼえる。

 こちらの世界では一度たりとて目にしたことがないもの。しかし、あちらの世界では何度も、恋焦がれるほど瞼に焼きつけたものだ。それが意味することは、即ち。

 

「……!? まさか君、正気を? いつから?」

「そんなの、自分じゃ分からない。今の私が本物なのか、狂って逃げてる途中の夢なのかも。あなたに分からないなら……誰にも判断できないよ。藤原マネージャー」

 

 かつての担当が口にした呼び名で、間違いなく、女は正常に戻ったと男は理解する。

 抜け殻のようだった女が、ついぞ情緒が定まらなかった人が、この局面で覚醒した。

 

「――奇跡だ」

 

 男、藤原永満の頬に涙が伝う。

 

「よかった……よかった、本当に……っ! 一生このままかと、もう駄目かと思った……何度も、何度も諦めかけた! この日を、どれだけ夢に見たことか!」

 

 崩れ落ちた藤原は女に縋りつく。

 実在を確かめるように、手を離したら消え去ってしまうのではないかと疑い、決して手を解かない。

 

「ずっと考えていた……どうすれば、君を救うことができるのか。俺ができることは何もなくて、それでも必死に考えた! やれることはすべてやった!」

「……知ってる。ぼんやりと、だけど。あなたが私にしてくれたことは、覚えているから」

 

 女は藤原の頭を抱いた。

 啜り泣く彼に、感謝と申し訳なさを感じて。

 どれだけ苦労をかけたろう。

 どれだけ心配したのだろう。

 どれだけ……罪を、重ねたのだろう。

 

 藤原の行動は女を思ってのこと。決して許される行為ではないが、女に彼を責める権利はない。

 朧げながらも加担してきた女は同罪だ。共に、罪を償わなければならない立場にある。

 

 ここで女はある思いを抱いた。

 過去の罪は消えない。だが、これからの罪は別。

 藤原にはもう理由がない。女は救われている。他ならぬ女自身がそう感じている。

 

 今なら、言えるのではないか?

 これ以上過ちを犯す必要はない。

 これからは、未来に目を向けようと。

 

 藤原も、きっと聞き届けてくれるはず。

 そう期待した。

 

「だから。もうこんなことは……」

 

 女は期待して、

 

 

 

「ああ――俺のしてきた事は、間違いじゃなかった!」

 

 

 

 ――その期待を裏切られた。

 

「…………え?」

信じてよかった(・・・・・・・)! さあマイン、もう一度だ……また俺に見せてくれ! 世界に見せてやれ! かつてのような、あの輝かしい、最高のステージを!」

 

 藤原は正気だった(・・・・・)

 本心から、女を信頼して期待していた。

 

「この世界は、まだ君を知らない。いや……君を覚えている<マスター>はいるだろうが、心配いらない。今度は屑どもの罵詈雑言からも君を守ってみせる。君は、もう一度アイドルになれる!」

「……」

 

 熱狂的なまでの視線を向けられて、もはや藤原の説得は不可能だと女は悟る。

 藤原の期待が伝わるから。どんな時も女を思い、女を信じた唯一のファンの熱い願いを受け取ったから。

 

(この人を狂わせたのは、私だ)

 

「……そう、だね。準備するよ。マネージャー(・・・・・・)

 

 故に、これまでと変わらない。

 心を殺す。期待された役割を羽織る。

 望まれたものを、望まれるように。

 何度、困難から逃げ出そうとも……崇められた偶像としての責任からは逃れられない。

 

 女は全身を隠すパーカーとスウェットから、瞬時に装備を切り替える。

 昔と変わらない勝負服。女のアバターは現実と寸分違わずに造られている。女の身長体重、一切合切を管理していた藤原に用意できないものはない。

 化粧を施し、髪を整えるのは藤原の役目。手伝える人員がいないからだ。それにしても随分と器用になったものだと女は思う。頑固な一面は変わらないとも。

 

 身支度を終えた女は、最後に深呼吸をする。

 

「いつもの」

「分かった。そういえば、このルーティーンはいつから取り入れたんだ? ……緊張をほぐすためだから、メジャーデビューの頃か?」

「……」

 

(それよりずっと昔。後夜祭のステージで、あなたが考えてくれたやつだよ)

 

 口には出さない。出したところで意味がない。

 女は無言で手のひらを突き出す。

 藤原は指で、手のひらに円を描いた。

 その円、欠けたところのない満月を女は飲み込む。

 

「……輝く月は私のもの(ムーン・イズ・マイン)

 

 これはスイッチ。

 女の意識を、アイドルに切り替えるための。

 こうやって自分を騙し続けていたから、女は生き延びられた。余計に苦しむことになった。

 夢と現実の境界は曖昧になってしまった。

 

 ……今や、全ては些事。

 

「いくよ」

 

 ■■■■■は――完全無欠のアイドルなのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【吟遊詩人】サラ

 

 三度目のアナウンスは突然だった。

 

『皆様、大変長らくお待たせいたしました。第二幕、開演でございます。……世界よ、刮目しろ』

 

 放送が切れた瞬間、事件は起きる。

 幕が下りたままの舞台。その裏側から、ものすごい大音量の音楽が流れてきたんだ。

 ポップで明るい、だけどちょっぴりダークネスなアイドルソングが機材を通して劇場に響き渡る。

 

「こ、このイントロはぁ!?」

 

 隣の席に座る男の人が立ち上がった。

 両手を耳に当てて、一音も聞き逃さないようにと意識を集中している。

 

「知っている……某はしかと覚えている、心に刻まれている、魂が震えているでござるぅ! 忘れられようはずもない! こぉれこそはぁ! 某を形作る五大栄養素のひとぉぉつぅッ! 地下アイドル時代は知られざる無名、しかぁして、メジャーデビューを果たして一息にスターダムを駆け上がりぃ、世界にその名を轟かせた、伝説の超衛星級アイドルぅ! の、デビュぅぅぅぅシンッグルぅぅぅぅ! でござるからしてぇ!」

 

 男の人の叫びがきっかけになったのか。

 ぐんと膨れ上がった音波が直撃して、シャルロッテさんのいた舞台は木っ端みじんに吹き飛んでしまう。

 

 壊れた舞台を乗り越えて、現れたのは制服に似てるアイドル衣装を着た女の人。

 わたしは彼女のことを知っていた。

 

「ショーシさん……!?」

 

 なんで、そんなところに?

 わたしがびっくりしている間に、ショーシさんは片手でマイクを持って、もう片方の手で銃の形を作る。

 そして人差し指の銃口を劇場の出入り口に向けた。

 

『《スカイ・ブーム》』

 

 魔法、だろうか? 見えない衝撃波で扉が壊れる。

 いくつかある出入り口をぜんぶ通れなくしてから、ショーシさんは客席に笑いかけた。

 それは、さっきフードに隠れて笑っていた人とは思えないくらい、別人のように魅力的で。

 だけどなんだか、ひび割れているように感じた。

 

『みんな〜! はじめまして!』

 

 ショーシさんはひらひらと手を振る。

 

『ごめん、驚いたよね? でも大丈夫。そんなこと気にならないくらい、マインがあなたを楽しませるから! ちゃんとそこで見ていてね〜!』

 

 マイクを構えたショーシさんは、流れる音楽に合わせて歌い出す。リズムに乗ってステップを踏みながら。

 

『ねえどうして♪ わたしを好きにならないの〜♪』

 

 甘い歌詞の恋の歌。耳に入ってくるメロディは、鼓膜から溶けていくような感じがしてクラクラする。

 客席とは離れているはずなのに、ときどき、ショーシさんとばっちり視線が交わる。気のせいじゃない、今の絶対わたしを見てたよね。

 

 なにもかも、シャルロッテさんの歌とは正反対だ。

 聞き惚れる歌と、目に魅せる歌。

 耳慣れないオペラと、よく耳にするラブソング。

 古典的な芸術と、現代のサブカルチャー。

 静かに鑑賞する舞台と、声援を送るステージ。

 これはどっちがいいとかじゃなくて、両方すごい素晴らしいもので。

 

Rrrrrr(おきてサラっ)!』

「でも、だから余計に……、……!?」

 

 ぺしりとジェイドに叩かれて、わたしはようやく我に帰る。いけない。完全にぼーっとしてた。

 そして、周りを見て言葉を失う。それくらい……客席の様子はさっきまでと別物に変化していた。

 

 お客さんはみんな、見下ろす限りわたし以外の全員が、手のひらサイズのヒキガエルになっていた。

 どのカエルもショーシさんに釘づけで、ゲコゲコと楽しそうに声援を送っている。

 

 つぶれた鳴き声から伝わるのは恐怖(・・)

 

「っ、この人たち、無理やり……!」

 

 ゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。

 見た目は楽しそうだけど、このヒキカエルたちは心を残したまま、操られているとわかったから。

 

 わたしはもう一度、ショーシさんを見た。

 ショーシさんの目もわたしを捉える。

 声は届かない距離だけど、わたしはたしかに彼女の声と、瞳に込められた言葉を受け取った。

 

『――《月に囚われ堕落せよ(ジョウガ)》』

 

 ――【響姫(レゾネイト・プリンセス)】望月マインの歌を聞け、と。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<双姫絶唱

マイン&藤原
(U・ω・U)<マインは芸名

(U・ω・U)<本名は望月彰子

(U・ω・U)<この世をば……ですね

(U・ω・U)<列車の<エンブリオ>と

(U・ω・U)<音(振動)の魔法職

(U・ω・U)<タイムリーに原作とネタかぶりした二人でもある



(U・ω・U)<休暇中につき友情出演

(U・ω・U)<知っているのかオタクぅ!


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かえるのうた

 ■望月マインについて

 

 彼女は2038年にメジャーデビューを果たした、日本の超人気アイドルだった。

 恵まれた容姿、透き通る歌声、そして何より周囲の期待に応え続ける姿勢と誠実さは世界中を虜にした。

 しかし活動三周年を迎える記念ライブ直前、SNSに投下されたスキャンダルにより炎上してしまう。

 それは彼女の成功を妬んだ、地下アイドル時代のユニットメンバーによる悪質な虚偽だったことが後の捜査により判明している。とはいえ当時の段階では真偽が定かではなかった。少なくとも、民衆にとっては。

 

 僅かでも瑕疵のついた宝石は、一転して価値を失う。

 アイドルとしての存在意義。あるいは彼女の心が。

 

 逃げるように引退宣言をした彼女は、茫然自失の二年間を経て、かつてのパートナーから<Infinite Dendrogram>のハードを手渡される。

 それからはひたすらに逃避する毎日だった。

 狂っているのか自分でも判別できないまま、パートナーに支えられて歌い、恐れ、踊り、怖れた。

 

 彼女のステージを成立させていたのは、藤原永満の献身と、彼女の<エンブリオ>。

 TYPE:レギオン、【蛙喜(わき)愛穢(あいあい) ジョウガ】。

 望月マインが発する音は、人間を醜い蛙に変える。

 あらゆる人を魅了し、言動を縛り、決して裏切られないようにするための力。

 

 あるいは、彼女の瞳に映るファンの姿を具象化した結果なのかもしれない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □【吟遊詩人】サラ

 

 ショーシさん……いや、マインさんの歌が響くと、ヒキガエルは揃って鳴き声を上げる。

 ステージは最高の盛り上がりを見せているのに、みんなの声から伝わる気持ちはぜんぜん楽しそうじゃない。

 こんなの絶対におかしいと思う。

 

「わたしだけカエルになってない。わたしが、マインさんを止めないと!」

Rrrr(どうやって)?』

「わからない!」

 

 やらなきゃいけないことはなんだろう。

 まず、マインさんに歌をやめてもらう。

 それからカエルになった人たちをもとの姿に戻してもらわないといけない。

 

 お話する方法は、たぶんなんとかなる。

 だからあとは、わたしがマインさんを説得できるかどうかにかかっているというわけだ。やるしかない。

 

『……Rrrrr(あぶない)!』

 

 席を立ったわたしの頭をなにかが掠める。

 後ろの壁に穴を開けたのは銃の弾。

 飛んできた弾丸を、ぎりぎりのところでジェイドが弾いてくれたらしい。

 

 どこからか、ぞろぞろと客席に現れる敵。

 人間そっくりだけど、なにか雰囲気が違う。

 わたしは《瞬間装着》でドレスから戦闘用の装備に着替えて、【P-DX】をかざす。

 

「ターコイズ、調べて」

『了承……看破、完了。【機械人形・哨兵型-506】以下数機、同型。推測、敵戦力、配下。撃破推奨』

 

 ガードロボットってことだろうか。機械人形はマインさんを守るように通路をふさいでいる。

 攻撃されたらマインさんの説得どころじゃない。襲ってくるならやっつけちゃうからね!

 

 機械人形は腕に内蔵した銃を撃つ。弾丸は風のバリアに遮られて、わたしまで届かない。

 ジェイドはお返しに風の刃を飛ばして、機械人形の動きを止めた。バラバラになったパーツは客席に散らばる。

 転がった衝撃でパーツの外側がはがれて、中に隠された【ジェム】があらわになる。

 熱と光を持つそれは……《クリムゾン・スフィア》の魔法が起動している証拠だ。

 

 まずい、客席を巻き込んじゃう!

 カエルは元人間だ。ティアンの人だって混ざっている。怪我をしたらどうなるのか、わたしにはわからない。

 

「ジェイドっ、ぜんぶ空に」

 

 飛ばして、と言うより先に。

 歌とステージに夢中だったカエルたちが、今にも起動しそうな【ジェム】に体を向けた。

 いっせいに口を開けたカエルはマインさんの歌に合わせて歌い出す。

 

『楽しい時間を邪魔する人には〜、マインとみんなでお仕置きしようね〜? せーの、《ハウリング・ノイズ》!』

 

 カエルの鳴き声が振動波になって、【ジェム】は不発のまま粉々に砕ける。

 今のはマインさんの魔法だ。音の超級魔法みたいな? 音属性という分類があるのか詳しくは知らない。

 どうやらカエルたちは、マインさんの魔法を撃ち出すスピーカーになるっぽい。

 しかもカエル一匹一匹の歌声がマインさんの歌と重なって、共鳴することで威力が増している。

 

 音の振動で攻撃するわけだから、目に見えない、ただでさえ防御も回避もむずかしい。

 客席はカエルだらけ。この数ぜんぶから銃を突きつけられているようなものだ。

 

「でも……わたしは狙われてない」

 

 その気なら、いつでもやれるはずなのに。わたしはカエルになっていないし、魔法で攻撃されてもいない。

 機械人形の【ジェム】だけに魔法を使った。たぶんそれはマインさんの考えによるもの。カエルになったお客さんを爆発から守るため……じゃないかな?

 

「マインさんはみんなを傷つけるつもりはない。だったら、話せばわかってくれるはず!」

「――だから止めると。清々しいほどの善人だな」

 

 わたしは頭の上を見やる。

 聞き覚えのあったアナウンスの声が放送を通さず、甲高い汽笛と一緒に聞こえてきたからだ。

 

 簡単に表現するなら、それは空中列車だった。

 空に架かった岩のアーチを走る六両編成の機関車。

 先頭車両に乗るのは、もちろん知っている人だ。

 

「やらせない。君がマインのライブを邪魔するなら、どんな手を使っても俺が止める」

「藤原さん! どうしてこんなことを!?」

「それは俺の台詞だよ。なぜ、素直にマインの歌を聴いていられない? ……観客は黙って見ていろ。この舞台、君には分不相応というものだ」

 

 藤原さんはアイテムボックスを放り投げる。

 ひとつの中身は機械人形が十体。それが三個。

 落下したそれらは、ぐるりとわたしを包囲する。

 

「これは“プリマドンナ”の護衛を抑えるために用意した戦力だ。君一人ではどうすることもできないだろう」

「そんなことない。わたしは一人じゃないですから! 《喚起》……ルビー! クロム!」

 

 ジェイドを入れて従魔三体。機械人形は数が多いけど、決して勝てない相手じゃない。

 従魔師のジョブスキルなしだって、このくらい!

 

Kyuuuu(こげちゃいなさい)!』

Aaaaaaaa(オラオラオラ)!』

 

 高いステータスに任せたクロムの切り込みで、機械人形の隊列が崩れたところに二体の魔法が直撃した。ジェイドの風で、ルビーの火はより激しく燃えるのだ。

 いちおう連携だって練習したんだから。まだ言うことを聞いてくれないクロムが暴れるのを、みんなでサポートしてるだけなんだけどね。

 

 クロムのパンチが機械人形の中にある【ジェム】を砕いて、それでおしまい……いや、まだだ。

 

「クロム、後ろ!」

 

 うねる岩の線路を走って、機関車がクロムを轢こうと迫っている!

 

『A、aaaaaaaaaaa!?』

 

 正面から機関車とぶつかるクロム。

 両手で受け止めようとするけど、機関車の重さと速さを活かした突進にはかなわない。

 そのまま押されて壁まで吹き飛んでしまう。全身を金属で覆ったクロムがまるでお手玉みたいに……!

 

「その鬼には苦渋をなめさせられたからな。軽くやり返させてもらった」

 

 藤原さんは機関車を停めて、わたしを見つめた。

 

「『どうしてこんなことを』。君はそう言ったか」

 

 そして、劇場に響く歌に耳を澄ませる。

 

「聞こえるだろう。マインの歌が。<超級>にだって引けを取らない、世界で一番素晴らしい歌だ。……俺たちは、それを証明するためにここに立っている」

「証明?」

「そうだ――“プリマドンナ”よりも観客を魅了する。マインの輝きが上だと知らしめる! そうすれば、またアイドルとして活動できる!」

 

 アイドル。もとは歌手だったと本人は認めていたけど、なるほど。

 あれだけの歌と踊りができるんだ。よっぽどすごいアイドルだったんだろう。

 

「ああ、だが拍子抜けだ。もう少し“プリマドンナ”は抵抗するものだと思っていた。歌で白黒をつけるためにお膳立てをしていたんだが。対象を<超級>クラスに限定した催眠音波で戦闘力を削りつつ、あえて状態異常への警戒を促したりだな。相手がジョウガで蛙化してしまったら、何のためにここまで来たのか分からない」

「なら、もういいじゃないですか! シャルロッテさんはいないでしょ! これ以上やっても」

「何を言うんだ。マインのライブはまだ途中。それに、彼女の輝きを理解していない観客が一人、ここにいる。……そう、君のことだ。サラ」

 

 わたしを見つめる視線は、まるでなにも知らない子羊に狙いを定めた狩人のようだった。

 

「俺は準備を重ねてきた。だから、君が戦う気力を失うまで……ライブを楽しめるようになるまで付き合おう。推しを布教するためなら、何時間だって費やせるとも」

 

 藤原さんは真剣で本気だ。

 わたしがマインさんの説得を諦めるまで、自分の意見を譲らないという強い意思がある。

 怖いけど、すごいとも思う。これだけの熱意で好きなことのために行動できるなんて。

 ……うん、でもどう考えたってやりすぎだ。

 

Aaaaaaaaaa(く、そがああああ)!』

「飛び出したらダメ! ルビー、援護お願いっ」

Kyuu(まったくもうー)!』

 

 機関車との衝突で傷を負っていたクロムが復活して、怒りの咆哮と共に突撃する。

 わたしの声は聞こえていない。牽制にとルビーが火の球を撃つけど……ああ!? クロム、自分の拳で魔法をかき消した!?

 

 岩の線路を足場に、客席から機関車へとジャンプしたクロムは、藤原さん目がけて飛び蹴りを繰り出す。

 

Aaaaaaaaaa(しねやぁぁぁぁ)!』

「《魔物言語》はないが、俺でも分かるな。残念ながら倒れるわけにはいかない」

 

 藤原さんはツルハシを構えて足場の線路を叩いた。

 掘り起こされた岩盤は、余分なところが欠けていき、硬そうなゴーレムが誕生する。

 

「《石塊の如き生命》」

 

 ゴーレムはクロムの蹴りを受け止めて、壊れた。

 わりとあっけない。ただ藤原さんは無傷だ。あのゴーレムは盾として十分な働きをしたということ。

 

「最近、特典武具を手に入れてな。【底奥石塊 マテル・セクション・コア】と言うんだが、これで中々使い勝手がいい。地盤生成で線路を作り、ゴーレムを生み出す。便利なだけあって、欠点はいくつかあるが……ゴーレムがどこに埋まっているかは俺でも分からない。しかも指示を聞かないから、自分も襲われる。最後のひとつは名前が最悪だ。嫌な事を思い出す」

 

 追撃から逃げるように機関車は後退する。

 藤原さんは線路を叩いて、クロムの足止めにゴーレムを生み出しながら、しゃべり続ける。

 

「だが、【採掘王】の奥義《金銀在方(ゴールドラッシュ)》を使えば、地中の鉱物を探査できる。ゴーレムの核を見つけて掘り起こすのは容易い。そして……」

 

 やがてゴーレムはクロムが倒し切れない数になり、線路にあふれる数になって、客席にまで落ちてくる。

 ゴーレムは見境なしに動くものを襲う。なんとカエルにまで手を伸ばしているよ。カエルを攻撃するゴーレムはマインさんの魔法で撃退されているけど、限界がある。

 わたしもカエルを守ろう。ジェイドとルビーに、近くのゴーレムを退治してもらって。

 

 そう考えた瞬間、汽笛が鳴った。

 流れているマインさんの歌とおんなじ音楽が、機関車の煙突から響き渡ると。

 

「――《夢現行列(ハーメルン)》」

 ――すべてのゴーレムが、いっせいにわたしたちへ襲いかかる。

 

「なんで!?」

「【魔笛列車 ハーメルン】の必殺スキルは集団催眠だ。並みのモンスターならレジストできずに操られる。それに今はライブ中。蛙化した連中は音に関するスキルに共鳴し、効果を数倍に高める。マインの【響姫】はシナジーが抜群だが、ハーメルンも有効な組み合わせだ」

 

 なにそれずるい! めちゃくちゃだよ!

 

『わたしを見て♪ こっちを向いて♪ あなたの声を聞かせて〜?』

 

『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』

 

 ステージの盛り上がりは最高潮。

 わたしたちの戦いなんて、まったく気にしていないみたいにマインさんは歌い続けている。

 

Rrr(うぅ)……』

Kyuuu(きゅー)……』

Aaaa(くそ、がっ)

 

 ジェイドたちはなんとか催眠に耐えている。だけど、レジストに集中してるから上手く戦えてない。

 

 そして、わたしはゴーレムに追い詰められてしまう。

 

「諦めろサラ。俺は弱い。戦闘に限れば、凖<超級>にも及ばないだろう。だが、君には勝てる。相性もあるが」

 

 従魔師のわたしと、モンスターを操る藤原さん。

 たしかにわたしは相性で不利だ。

 それにフィールドの影響も大きい。

 マインさんはともかく、カエルたちの数倍バフが無視できないレベルに強力だ。

 

「俺が自分の手の内を、一つ一つ丁寧に説明したのはなぜだと思う? 君に理解してもらうためだ。納得してもらうためだ。引いてもらうためだ」

「力でやっつけることもできるのに?」

「そうだ。君には、二つほど恩がある。恩人を力で捩じ伏せることはしたくない」

 

 ……恩?

 いきなり、おだやかな言葉が出てきたことにわたしはハテナマークを浮かべる。

 

「一つは先日、その鬼から助けてもらったこと」

 

 藤原さんはクロムを指差す。

 

「地下ではハーメルンを満足に動かせず、マインが死なないよう、俺は無茶を控えていた。君たちが現れなければデスペナルティになり、今日のための準備が間に合わなかったかもしれない」

 

 つまり、わたしが助けなかったら、この事件は起きていないということで……ちょっと複雑な気分だ。

 でもたぶん、こうなるとわかっていても。

 わたしは困っている藤原さんを助けて、クロムを仲間にしていたんだろうなと思う。

 

「二つ目は、決して返し切れない恩。今日、君は一人の女性を救った」

 

 藤原さんはマインさんに視線を向ける。

 

「君が蛙化していないのは、マインがスキルの対象から外しているからだ。その理由は恐らく……サラ、君はオペラの公演前にマインと会っているだろう」

「はい。服を買って、一緒にお話しました」

「やはりそうか。あの状態のマインが、一人で買い物をできるわけがないのは考えたら分かる。となると必然的に手を貸した人物がいる。この状況下で人型を保てている特例がいるなら、そいつで間違いない」

 

 本当にそうだろうか。

 わたしはすごいことをしたつもりはない。

 普通にお話して仲よくなっただけだよ。

 まあ、マインさんがわたしを特別扱いしているというのは……ちょっと照れくさい感じだ。

 

「君のお陰だ。君に出会ったことがきっかけで、初めてマインは正気を取り戻した。感謝してもし足りない」

 

 わたしがマインさんを救った。

 それが本当なら、うん、よかったと思う。

 

「だから頼むよ、お願いだ。マインの邪魔をするのはやめてくれ。あの子の輝きを奪わないでくれ」

 

 でも……でもね。

 

「藤原さん。輝き、ってなんですか?」

「君もマインのステージを見ただろう。あの場所なら、あの子は最高に輝ける! 誰もを惹きつけて楽しませる、まさにトップアイドルなんだよ、彼女は!」

「楽しませる……?」

 

 わたしにはわからない。

 藤原さんの言っていることがわからないよ。

 

「わたし、そうは思いません」

「……何?」

 

 自分の目で見た光景は、お客さんをカエルにしながら、彼らを守るマインさんの矛盾した行動だ。

 誰もを惹きつけて楽しませる、そんな輝きをマインさんが持っているというのなら……どうして。

 

「だって――マインさん、ぜんぜん楽しんでない」

 

 誰よりも輝いて楽しんでいるはずのマインさんは、歌に悲しみを乗せているんだろうか?

 

 どうして笑顔が貼りつけた仮面のようなの?

 

 どうして、助けてほしいと叫んでいるの?

 

「……君がマインの何を知っている」

「知ってます! マインさんは、歌が大好きです!」

「そんなことは百も承知だ! だから俺は、マインにもう一度、アイドルとしてステージに立ってもらうんだよ! 俺は十年以上マインのオタクやってるんだぞ……たった半日に満たない程度の付き合いで! 知ったような口聞くんじゃねえよ、このにわかがァ――ッ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴った藤原さんが、わたしを囲むゴーレムたちに最後の指示を出す。

 もういいから無理やり黙らせろ、と。

 

「……残念だ。君はマインを好きになると思ったのに」

 

 わたしは絶体絶命のピンチに目を閉じて。

 

 

 

『――――』

 

 

 

 心を震わす、歌が届いた。

 

 マインさんのアイドルソングとは別の。

 

 きれいだけど荒々しい歌劇の詩を。

 

 力が……全身から力があふれてくる!

 

「みんな!」

 

 わたしの呼びかけで、起き上がったジェイドたちはゴーレムを一掃する!

 みなぎるパワーでガッツだよ!

 

「まさか……まさか、まさか! どういうことだ。どうしてまだ生きている!? あの爆発で、なぜ健在でいられるんだ――<超級(・・)>ッ!?」

 

 藤原さんの叫びに――音楽の天使(・・・・・)は微笑んだ。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<今回長いです、許して

(U・ω・U)<この話を書いている間の脳内BGMは『ファンサ』でした

ジョウガ
(U・ω・U)<か〜え〜る〜の〜き〜も〜ち〜

(U・ω・U)<作者は漢字四文字が気に入っている


【響姫】
(U・ω・U)<空振術師の派生超級職

(U・ω・U)<奥義の《ハウリング・ノイズ》は共振によって破壊力を増大させた衝撃波を放つ超級魔法


【底奥石塊】
(U・ω・U)<伝説級武具

(U・ω・U)<元の【鉱胎産道 マテル・セクション】は洞窟に擬態する<UBM>

(U・ω・U)<本体は地属性魔法でガチガチに固めた鉱石型のエレメンタル

(U・ω・U)<神話級金属レベルの硬度を誇る

Ψ(▽W▽)Ψ<どうやって勝ったドラ

(U・ω・U)<【採掘王】はですね、石の類ならヒヒイロカネだって砕けるんですわ

Ψ(▽W▽)Ψ<……あっ(察し)

(U・ω・U)<王国を目指す途中の藤原に工事感覚で討伐された

(U・ω・U)<生産職やギャザラーに作業ついでで討伐される<UBM>、絶対原作にもいると思うんですよ

(U・ω・U)<特典武具は地中に埋めた時間だけリソースを蓄えて、ランダムな鉱石を生成

(U・ω・U)<スキル使用で一気に放出する

(U・ω・U)<本来ダンジョンコア的な扱いを想定されてるけど

(U・ω・U)<藤原はハーメルンを十全に運用するために使う


<超級>
(U・ω・U)<そんな簡単にやられるわけがないでしょう?

Ψ(▽W▽)Ψ<……


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【歌劇姫】シャルロッテ

 □■【ピークォド・タイタニック号】・野外劇場

 

 声は響き、歌を紡ぐ。

 偶像の調べは軽やかに。

 望月マインの歌声で狂気は伝播し、堕落を齎す。

 聴き惚れたが最後、観客は身も心も囚われる。

 

 甘美な舞台を前に、正気を保つ者がここに一組。

 

「どうするよレッド?」

『そうだね……何から手をつけるべきか』

 

 蛙の歓声に彩られたステージを関係者席の最も良い位置から見下ろすレッド。彼女は事の起こりをしかとその目で捉えており、故に『これだけでは済まない』という危機感を抱いて、事態の収拾を図ろうと考えを巡らせる。

 

 第一に優先されるのは人命。ティアン・<マスター>は関係無しに、全員の安全を確保しなければならない。

 幸いにもマインは蛙化した観客に対して追い打ちで危害を加えてはいない。身体能力等は元の観客を参照するのか最低限の耐久もある。蛙はライブに夢中になっているために客席を離れようとしないが、裏を返せば混乱で暴徒と化さずにいる大人しい連中であるともいえよう。刺激しない限り、短時間放置しても問題は無いように思える。

 

 第二に行うべきは望月マインの制圧だ。

 彼女の仕業で船上の人間は殆ど蛙化している。船員と劇場で働いているスタッフが巻き込まれている、つまり現状はこの船を操縦できる人物がおらず、同時に野外劇場の騒音を魔法で遮断できずにいるということ。

 海洋に生息するモンスターが歌声を聞きつけて現れる可能性は高い。逃走という手段が使えず、蛙化した乗客が避難することなく甲板に留まる場合……モンスターとの戦闘時に、流れ弾で乗客が負傷してしまうかもしれない。

 

『迅速に望月マインを無力化して、全員の蛙化を解除させるしかない……が』

 

 目の前には数十の機械人形。席を立ったレッドとウルに襲撃を仕掛けた有象無象の尖兵は、銃器を見境なしに振り回して弾幕を張るために無視できない相手だ。

 ついでに述べるなら、この世界において人型の機械を開発する手合いはそう数がいるものではなく、レッドは機械人形の形状に見覚えがあった。

 

『また人を唆したなグリオマンッ! どうせ人形のカメラで見てるんだろう!? 今度会ったら必ず処す!』

 

 苛立ちと共に振り下ろした剣が機械人形を両断、レッドとウルは息の合った連携で敵を壁際に追い込む。

 一体ごとに倒していたのではキリがない。だからレッドは機械人形を一箇所に集めた。後ろには海しか広がっていない壁の前に、整列させた。

 

『まとめて吹き飛べ、《ドラぶれす》!』

 

 レッドは着ぐるみの口を開き、熱線を吐く。

 使用するのは【どんらごん】に蓄積された脂肪の約三割。激辛料理と火酒の名残で燃焼の特性を帯びた吐息が、機械人形の装甲を溶かして跡形もなく消滅させる。

 

「ひゅー! さっすがぁ!」

『雑魚に構っている暇はないよ。さっさと、この騒ぎを終わらせて……ッ!?』

 

 敵対者の接近をスキルで感知したレッドは、背後を振り返り……黒い影に胸部を貫かれた。

 

「レッド!?」

『問題ない! ぐぅ……前の教訓を活かして食い溜めしておいたから良かったものの……』

 

 致命まで至らず、しかし不意打ちにより【どんらごん】の脂肪はごっそりと減少して防御力と耐性が低下。中身のレッドも出血を伴う傷を負った。連続して攻撃を受けるのは危険だとレッドは判断する。

 咄嗟に反撃したレッドの剣を、黒い影は危なげなく回避した。敏捷な身のこなしは人外のそれ。軽やかに跳躍した影は数列上の客席に飛び移り、二人を見下ろす。

 

 鮮血を滴らせる鉤爪と顔を隠す仮面。

 黒い燕尾服を着た悪魔は、客席に腰掛けた女性に侍る。

 

「駄目じゃないレッド。公演中は私語を謹んで、席を立たないのがマナーよ」

 

 彼女こそ【歌劇姫】シャルロッテ。

 ごく一握りの超越者なれば、舞台ごと魔法で破壊、その程度の攻撃で倒れるわけもない。

 レッドは衝撃波の直前に、燕尾服の悪魔に抱かれて逃げるシャルロッテを目にしていた。そのため彼女が生存している事実に驚きは微塵も感じていないのだが。

 

『今の、どういうつもりだい』

 

 レッドを攻撃した点については理解が及ばない。

 クランの仲間で、友人。しかも彼女の頼みは有事の際における事態の解決で、レッドはそれを全うするために動いている。シャルロッテは味方側だ。そのはずである。

 

「オレたちを攻撃する理由はねーだろ! それとも、あの時みたいに劇を邪魔されてイラついてるのか?」

『怒りが理由なら抑えてくれるかな。気持ちは分かるが、私にぶつけられても困る。それに今は非常事態で防音の魔法がかかっていない。ここで君が出ると、もう手をつけられない大惨事になる』

 

 ただでさえレッドの処理能力では手一杯の事態なのだ。これ以上の問題を増やしてくれるなと、シャルロッテに向けて懇願する。

 

『私に任せてくれ。すぐにマインを止める』

「あら、そう。……レッドならそう言うと思った」

 

 シャルロッテはあっさりと、

 

「駄目よ。貴方が出る幕ではないわ」

『何……!?』

 

 首を横に(・・)振る。

 

「前にも話したかしら。私はね、歌を邪魔されることが一番嫌いなの。そして望月マインは私の歌を邪魔したの……分かる? 私は喧嘩を売られたのよ(・・・・・・・・・)

 

 それは矜持。

 超級職として、ゲームシステムに頂点を冠する栄誉を認められた歌手としての自信と誇り。人々から与えられた歌姫の称号、“プリマドンナ”を掲げる自負。

 この世界において、シャルロッテは最高の歌劇を披露することが生き甲斐であり、己の全力を振り絞って歌うことこそが至上の喜びだと感じている。

 だが不躾な挑戦者によって、最高の歌劇に小さな瑕疵がついた。彼女は生き甲斐を妨げられ、喜びを奪われた。

 当然ながら黙って眺めているわけにはいかない。つまりは……シャルロッテの逆鱗に触れたのである。

 

「そして、もうひとつ。私は自分の歌を邪魔するものを許さないけれど。他人の歌を邪魔することも嫌いなの」

 

 それは信念。

 彼女は知っている。歌いたいのに、歌えない。それがどれだけ辛く苦しいことなのか。

 自分の望みを抑圧され、諦観の末に手放すことしかできない悔しさを知っている。

 だからこそ。かつて己が体験した針の筵に、他者を座らせることを良しとしない。

 

 やりたいことを、やりたいように。

 自分は我を通す。他人もそうすればいい。

 子供のような我儘をシャルロッテは振りかざす。そしてもし、お互いの望みが衝突するのなら……。

 

「私は彼女と、歌で決着をつけるわ。だから望月マインの邪魔はさせない。レッド、貴方が彼女を止めるというのなら……私を倒してからにしてちょうだい」

 

 全力で、ぶつかり合うしかあるまいと。

 

 シャルロッテは立ち上がる。マインの歌に耳を傾ける観客から、再び舞台で歌う“プリマドンナ”になる。

 歌劇の続きを歌うため。第二幕が開演する。

 

「嗚呼。私の、音楽の悪魔(てんし)。力を貸して」

『――――』

 

 仮面の悪魔はシャルロッテの手を取って跪いた。

 歌声は天使の如く。しかして容貌は醜い悪魔。

 その囁きはシャルロッテに力を与える。

 比類無き絶世の美声を。何人をも超える歌唱力を。

 

 それはシャルロッテの願いから産まれた悪魔。

 彼女に侍り、傅き、献上するモノ。

 

「――《怪姫幻唱(ファントム)》」

 ――“オペラ座の怪人(ザ・ファントム・オブ・ジ・オペラ)”。

 

 

 ◇◆

 

 

 【歌劇姫】シャルロッテ。

 彼女の願いはたったひとつだった。

 

『失われた声を取り戻したい』

 

 <Infinite Dendrogram>は彼女の願いを叶えた。

 ダイブ型VRMMOが提供する仮想の世界、仮初の肉体は、彼女に再び歌うための声を授けた。

 彼女の願望はログインして間もなく、あっさりと叶ってしまい……それ故に、孵化した<エンブリオ>は彼女の願いを歪んだ形で反映する。

 

 銘を【怪人傅献 ファントム】。TYPE:ワールド・ガーディアンの<超級エンブリオ>。

 

 それは『声を取り戻す』のではなく。

 現実の彼女が抱いてきた不満……『今と比べて、昔はもっと上手に(・・・・・・)歌えていたのに』という思いに影響を受け、能力を発現したのである。

 

 故に、その特性は――

 

 

 ◇◆

 

 

 必殺スキルの宣言を終えた瞬間、目を開けたレッドの前に立っていたのは一人だった。

 白いドレスを纏ったシャルロッテではない。

 黒い燕尾服を着た仮面の悪魔ではない。

 

 白と黒のアシンメトリーな舞台衣装。

 左腕に備わった鋭利な鉤爪。

 そして美貌を覆い隠す半月型の仮面。

 両者の特徴を合わせたような、長身の女がそこにいる。

 

 融合・合体スキル。主にガードナー系列が獲得しやすい固有スキルの分類であり、文字通り<マスター>と<エンブリオ>が一つになるスキルだ。

 強力なガードナーが共通して陥りやすい『<マスター>を狙われる』という弱点を克服できるスキルだが、融合までにチャージ時間やタイムラグが生じて隙を晒してしまうというリスクも抱えている。

 

 非戦闘職のシャルロッテが戦うのなら、ガードナーと融合するほか手段はないだろうが。

 

「さっきの話は時間稼ぎかよ!」

「それの何がいけないの? でも全部本当のことよ」

 

 くすくすと、けれど悪辣にシャルロッテは笑う。

 

「それじゃあ、歌うわね――!」

 

 最初の一音で空気が震えた。

 続く二音目が肌を撫で、そこから先は想像を絶する歌声が劇場に広がっていく。

 美しいという言葉ではまるで足りない。荒々しくも繊細で、荘厳でありながら愛おしい……まさに神域の歌唱。

 筆舌に尽くし難いとはこのことか。

 

 人が表現できる限界を、シャルロッテは、その瞬間ごとに超えていく。

 同時に、彼女の歌を耳にした全員が気づく。肉体の底から力が溢れ出てくると。

 それは歌っているシャルロッテ自身も例外ではない。

 纏う雰囲気が圧倒的な強者のそれへと昇華される。

 

 シャルロッテが<超級>たる所以はここにある。

 ファントムが彼女に与えるのは、超える力。

 《歌唱》などのセンススキルをはじめとした、スキルに定められし限界を。

 ジョブに就いた者ならば誰もが一度はぶつかる、経験と成長の限界を。

 

 即ち、ファントムの特性は“位階昇華(レベルブースト)”。

 

 ジョブとスキル、双方のレベルを際限なく引き上げる怪人の歌声は……システムが課した制約すらも超えていく。

 

 そして必殺スキルでファントムと融合したシャルロッテは、自分の歌唱系スキルを数倍化する【歌劇姫】のスキル《独唱》で、レベルブーストの効果をさらに高める。

 

 故に、“プリマドンナ”の称号は一側面に過ぎず。

 かつて神話級<UBM>を打ち破った六人の<超級>が一人、【歌劇姫】は畏怖を込めてこう呼ばれた。

 

 ――“超克”のシャルロッテ、と。

 

『相変わらず無茶苦茶だな、おい』

 

 レッドは戦々恐々として冷や汗をかいた。

 上級職止まりのカンスト勢でしかないレッドのレベルが、五〇〇を超えて上昇している。

 それに比例してステータスは増加、ジョブスキルのレベルも最大値の十から上がり……それどころか、装備品の付与スキルまで強化されている。

 

 対象を選ばない無差別の全体バフ。

 そして、影響を受けるのは人間に限らない。

 

『っ、まずい』

 

 マインとシャルロッテ、両名の歌声を聞きつけて、海面から顔を出すのは水棲モンスターだ。【メイル・ハイサーペント】を筆頭としたウミヘビ型の海竜種が次々と【ピークォド・タイタニック号】の周囲に集まる。

 

 通常は純竜級でしかないモンスターたちが、シャルロッテの歌声を耳にして、次第に強化されていく。

 海での戦闘ならば下手な<UBM>を屠る巨体の竜が、順当にレベルを上昇させていったのなら……手のつけられない怪物に変じるのは自明の理だ。

 

『だから外で歌うなって言ったのにさあ!?』

 

 懸念が的中したレッドの悲鳴など素知らぬ顔で、シャルロッテは歌いながら鉤爪を構えた。

 

「さあ、役者は揃ったわ。望月マインはクリスティーヌ、私はエリックというあたりかしら」

『いやお前はカルロッタじゃないんかい。……そうなると、私がラウル? 現状に即してないドラ』

 

 小気味良い応酬をしながら、レッドは脳内で優先順位を組み替える。

 第一に船の護衛とモンスターの撃退。海上で、かつ人命が損なわれる危険がある以上、これは揺るがない。

 次にシャルロッテの無力化。彼女が戦場にいるだけで、敵にとっての利害が大き過ぎる。

 最後に望月マインの制圧。

 

(問題は、シャルロッテを押さえるのが精一杯で、余力が残らないことなんだよなあ……)

 

 レッドは劇場の上空を走る列車……ハーメルンに立ち向かう少女の姿を目にとめる。奮戦するサラと従魔たちの姿をしばし見つめて。

 

『……後輩が頑張ってるんだ。気合い入れろよ私』

 

 両の頬を叩いて喝を入れる。

 

『本気なんだな。シャルロッテ』

「もちろん。それでも舞台に上がるの? レッド」

 

 歌姫の問いかけに、レッドは沈黙する。

 思い浮かべるのはかつての憧れ。

 そして記憶の中に鮮烈に刻まれた、(クマ)の後ろ姿。

 

『ヒーローなら、きっとこうする。……ドラ』

 

 たまに忘れる物真似をつけ加えて、レッドは右手の《瞬間装着》が付与されたリストバンドを掲げる。器用にドラゴンの着ぐるみのまま、手を振り、足を上げ、回転を交えながらの決めポーズ。

 

『《変身》』

 

 直後、着ぐるみは真紅のヒーロースーツに切り替わる。

 さながら特撮のワンシーンのように、レッドの背後からは爆炎が立ち上った。

 

『頼むぜ相棒』

「任せとけって、マスター!」

 

 レッドとウルは短い声かけをして構える。

 

 ひとつ、説明を忘れていた。

 レッド・ストリークはどこにでもいる、上級職止まりのカンスト勢である。

 

 しかし……彼女は違う(・・・・・)

 

 考えてみてほしい。

 

 ただの<マスター>が、<超級>のシャルロッテに護衛を頼まれるだろうか?

 

 否、断じて否である。

 

 レッドが頼られた理由、それは――

 

『私、レッド・ストリークと』

「その<超級エンブリオ(・・・・・・・)>、【破軍神姫 ウルスラグナ】が」

 

 ――彼女の半身にして、敵を打ち滅ぼす英雄の剣。

 

「『どんな困難も乗り越えてみせるさ』」

 

 “超克”のシャルロッテ。

   VS

 “超戦隊”レッド・ストリーク。

 

 これより始まるは――<超級激突>である。

 

 To be continued



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破壊の獣

 □■【ピークォド・タイタニック号】・野外劇場

 

 自らの憧れの中でも、とりわけ繰り返し視聴した特撮番組『航海戦隊クルーズファイブ』のリーダー、クルーズレッドの決め台詞を捩った口上を述べるレッド。

 客船の周囲に押し寄せる海竜の配置を一瞥で頭に入れて、傍らの相棒に指示を出す。

 

『殲滅だ』

「了解! 変っ身」

 

 ウルは見様見真似でポーズを取り、身を翻す。

 金色の髪のメイデンは消え去り、少女のいた空間に顕現するは鋼鉄の外装を纏う十メテル余りの巨体。

 ウルスラグナのレギオン体がひとつにして遠距離攻撃に特化した碧の雄鹿。

 その名も《デクステリティ・スタッグ》である。

 

Form Shift! 【Number Three】!

 

 少女の面影を残す機械音声が高らかに吼え猛る。雄鹿は双角を揺らし輝かせ、枝分かれした先端からレーザーを振り撒いた。網目状の光線が海竜種の肉を抉り、拡散した魔力光は豪雨の如き流星となって鱗を穿つ。

 さらに背部の装甲がスライドして、内部から砲塔と発射管が迫り出した。閃光と白煙、そして爆音。砲弾・魚雷、無数の弾幕が海を焼き払う。

 

 海原の生態系において上位に君臨する海竜種たちは、強者たる矜持を発揮して各々抵抗を試みる。しかしブレスを吐こうと顎門を開けば精密射撃が口内を跳ね回り、全力を発揮するために外殻を自ら剥離した個体は守りが手薄になったことで火力の前になす術なく撃沈する。

 

 歌声に引き寄せられたモンスターは絶え間ない砲火に削られ、あらかたが海の藻屑となって消滅した。

 

「余所見をするのは無粋だわ」

『今そっちに向かうところだって』

 

 討伐にかかり切りで無防備な背中を見せるレッドに、シャルロッテが迫る。

 怪姫は旋律を口ずさみながら、不規則な軌道で距離を詰めて左腕の鉤爪を振り上げた。

 

『壁になれ』

Form Shift! 【Number Two】!

 

 新たに顕現した黄の駱駝がそれを受け止める。表面に裂傷が走るも、それは八重九重に纏う多重装甲の一枚に過ぎず。頑強さを誇る機体の核には届いていない。

 耐久力特化の《エンデュランス・キャメル》は堅牢な要塞のようにレッドの盾として鎮座する。

 

 シャルロッテは接敵を妨げる壁を前にして立ち止まり、しかしすぐさま鉤爪を駱駝に突き立てた。高い身体能力を発揮して体を持ち上げ、僅かな凹凸を頼りに駱駝を乗り越えると跳躍。レッドの頭上から奇襲を仕掛ける。

 

「Laaaa――!」

『やらせねえよ、Form Shift! 【Number One】!

 

 ウルスラグナの自発的な行動で駱駝は紋章に格納、代わりに紅の雄牛が飛び出して迎撃する。

 怪姫の鉤爪と雄牛の角が衝突して火花を散らす。

 純竜級のステータスを持つファントムと融合している、なおかつレベル上昇によりステータスが跳ね上がっているシャルロッテ。対するは筋力に特化した《ストレングス・オックス》。両者は拮抗し、弾き合う。

 

「何度見てもカラフルね。舞台映えしそうだわ」

『この大きさでハコに収まると思う? それはそれとして、ウルスラグナは見せ物じゃないぜ』

 

 雄牛と雄鹿を従えたレッドは嘆息する。

 

「それは残念。全色揃ったら壮観なのに。たしか……出さないのじゃなくて、出せないのよね」

『それを気にしてることも言ったよね? 煽りか? それとも天然か? そんなだと友達なくすぞ』

「レッドよりフレンドは多いわよ?」

『ちくしょう、悪意ゼロの言葉が私を傷つける……!』

 

 レッドは涙を拭うが、半分は建前。内心を誇張しておどけるのは、シャルロッテが指摘したウルスラグナの制限を改めて追求されないようにするためだ。

 

 TYPE:メイデンwithギア・レギオン、【破軍神姫 ウルスラグナ】は複数の形態を有する巨大兵器の<超級エンブリオ>だ。進化ごとに一形態を獲得し、今では七つ揃った機体は自律して稼働するレギオン。同時にレッドが内部に乗り込み操縦できる特殊装備品でもある。

 各形態はそれぞれが特化したステータス、あるいは防御・攻撃に長けたスキルを保有している。《オックス》ならば特化したSTRが一万、他は平均して一〇〇〇、HPに関しては一〇万程度といった具合だ。

 

 一部ステータスが伝説級モンスターに比肩するレギオン七機。このように表記すれば強大な戦力だ。しかしウルスラグナには制限が一つ、いやさ二つ存在する。

 

 一つはコスト。ウルスラグナは莫大な燃料を必要とする。一度の戦闘で億単位の金が吹き飛ぶほどに。

 ゆえにレッドは年中金欠であり、大食らいの戦闘形態を使わずにメイデン体のみで戦闘を行うこともある。

 

 そして、最も重要な点は同時展開数の制限だ。

 ウルスラグナのレギオン体を展開できる数はパーティメンバーの人数に応じて増減する。六人のフルパーティならば七機全てが出撃可能だが、ソロの場合は二機までしか出撃できない(メイデン体も展開中の一機としてカウントされてしまう)。

 

 このパーティメンバーという条件が曲者だった。ウルスラグナを使うにはパーティを組まねばならないが、レッドは友達が少ない。デンドロ内で活動を共にできるフレンドが少ないのである。パーティを組めたとしても戦闘で周囲を巻き込んでしまい協力が困難。

 一度はレッドも知恵を巡らして、従魔でパーティを埋める方法を試した……が、結果は失敗に終わった。システム上はパーティメンバーであっても展開数の制限が解除できなかったのだ。ちなみにこの是非にウルスラグナの意思は介在していない。

 

 つまりだ。レッドがソロだと、ウルスラグナは全力を出せない。今この時のように。

 

『だからどうしたって話さ。こちとら縛りプレイは日常茶飯事なんだよ』

 

 レッドは剣を携えて前に出る。

 間合いを詰めて八相から振り下ろす袈裟斬り。シャルロッテは鉤爪で受け止めて鍔迫り合いに入るが、想定以上の剛力に押されてたたらを踏む。

 

「ッ」

『うわギリギリ。マジで戦闘職の立つ瀬がないな』

 

 戦闘が専門の上級職と戦いに不慣れな超級職。二人は共にファントムの恩恵を受けている。とはいえ、レベル上昇による強化を加味してもレッドの力がシャルロッテを上回るはずもなく。明暗を分ける理屈は、

 

『――《鼓舞の追風(ワン・フォー・オール)》』

 ――ウルスラグナのスキルにある。

 

ステータス一万(・・・・・・・)も盛ってこれか』

 

 《鼓舞の追風》は味方全体を強化するバフ。

 展開中のレギオン体一機を選択して、指定したステータス一箇所の数値を全てのパーティメンバーとレギオン体の同じステータスに加算するというもの。

 今は《オックス》のSTRを対象としている。レッドのSTRは追加で一万の補正がかかるということ。戦闘系超級職に匹敵する剛力無双の戦士が爆誕する。

 

 さながら英雄に授けられる風の加護。

 ウルスラグナと肩を並べる者は、それだけで一騎当千の猛者と化す。

 

「ふふ……」

 

 割に合わない、とシャルロッテは判断した。彼女は歌い続ければレベルが上がり、いずれ《追風》の補正を無視できる領域まで到達する。

 事態を解決するため、迅速に決着をつけようとするレッドとは違い……シャルロッテとしてはいくら時間をかけてもいいのだ。彼女にとってこの戦いは歌劇と同義。刹那の力比べに意義は見出せない。

 

 故に、レッドと雄牛の追撃をあしらって距離を取る。

 雄鹿の光線を踊るように回避し、急所を狙う実弾は鉤爪から放つ衝撃波、ファントムが習得済みのスキル《ウィングド・リッパー》により迎撃。

 自身は歌唱系スキルの中でも数少ない攻撃手段になる《ソニックボイス》で不可視の音波をぶつける。

 

「なら、これはどうかしら」

 

 客船で最も空に近い場所、蒸気を吐き出す煙突に陣取ったシャルロッテは声を張り上げた。それは思わず耳を傾けてしまう歌であり、注視してしまう美貌。敵対するレッドですら動きを止めて彼女を見上げる。

 

 シャルロッテのメインジョブ【歌劇姫】は歌手・役者系統複合超級職である。ならば複合ではない、正統派の超級職である【歌姫】や【千両役者】との違いは何か。

 歌だけでは物足りない。演技だけの舞台は味気ない。だからこそ、【歌劇姫】は歌と舞台を演出(・・)する。

 スキル《独唱》は自身の歌唱系スキルを数倍化する以外に、自身の注目度を上昇させる。自ずと視線で追い、歌に聞き惚れるよう、観客の精神に働きかける魅了。

 

 響いた歌声は、遠く水平線まで響き。

 一帯に潜む海洋生物のヘイトが彼女に集中する。

 水面を割って姿を見せるモンスター、それらを率いるは近海の主、通常より二回り大きな体躯を誇る【メイル・ハイエンド・サーペント】だ。

 

『『またかよ!?』』

「芸が無いなんて思わないでね。私は歌いたいから歌うけど、観客はどれだけいても良いものでしょう?」

 

 辟易としたレッドに怪姫は嘯いて、

 

「大立ち回りは貴方の見せ場よ」

 

 歌が変調する。舞台の中心を担う美しくも荒々しい主旋律は鳴りを潜めて、照明の当たらない影から不安と恐怖を誘う副旋律が忍び寄る。

 海竜は存在感を薄めたシャルロッテから注意を逸らし、蒸気船そのものに意識を向けた。《独唱》と対をなす《重唱》……本来は自身の注目度を下げて共演者の歌唱を支援するスキルだが、理性に欠けるモンスターが相手であれば暴虐の矛先を意のままに操れる。

 

「さあ踊りなさいレッド! 貴方が英雄であろうとするのなら! 私の舞台に彩りを添えて!」

『好き勝手言いやがって……加減しろ馬鹿! 少しはこっちの身にもなってほしいもんだよ!』

 

 レッドは悪態を吐いて、船体に身を絡ませた海竜の一匹を切り捨てる。竜尾の切れ端を雄牛が海に押し出し、雄鹿は再び砲火で敵を焼き尽くさんとする。

 

『また殲滅するか?』

『いや、切りがないから』

『お、アレやるかアレ。久々にぶちかまそうぜ』

 

 彼女らは半身にして相棒。戦闘時の意思疎通に多くを費やすまでもなし。

 

Form Shift! 【Number Four】!

 

 雄鹿は群青の大鴉に転身した。

 速度に特化した《アジリティ・レイヴン》は翼を広げると超音速機動で飛翔する。鋭利な嘴でシャルロッテを煙突から突き落とすと、急降下して追撃に移る。

 しかしシャルロッテは空中で体勢を整えて難なく着地。鋼鉄の一爪と翼撃をも躱し切った。

 

「ふう、びっくりしたわ……」

 

 慣れない浮遊感に怪姫は冷や汗をかき、

 

『これで終わりと』

『思うなよ』

 

 真紅のヒーローに隙を晒した。

 

Form Shift! 【Number One】×【Number Zero】

 

 雄牛の前には、巨体と比較しても小さな……人間が騎乗可能なサイズの白馬が顕現していた。

 ウルスラグナの第一形態にして防御能力に長ける《ガード・ホース》は脚を折り畳むと座面付きの心臓部、コックピットに。雄牛の装甲が開いてコックピットを格納すると、紅の雄牛は二足歩行の牛頭魔人に変形を遂げた。

 操縦席にレッドが乗り込めば<マジンギア>の如き人型機動兵器が唸りを上げる。

 

『化身合体、ウルスラグナ・オックスってな!』

 

 雄牛はシャルロッテの腕を掴むと、

 

『シャル・ウィー・ダンス?』

 

 口を開けた海竜種へと投擲する。

 そして、牛頭魔人はその後に続いた。

 

「貴方、何をッ!?」

『まあまあ。皆で輪になって踊ろうか』

 

 驚愕するシャルロッテを掴み、膝蹴りを叩き込んで、客船への復帰を阻止する雄牛。彼女らはそのまま海竜種の只中に。仮に襲われず済んだとしても海中に落下するだけだ。この局面で相打ち狙いの身投げをしてどうするのかと、シャルロッテは友人の正気を疑う。

 

『私は音楽とかあまり聞かないけど、君の歌は良いものだと思う』

「……?」

『あのアイドルの歌も同じ。どうせなら、何の憂いもない状態で楽しみたい。てな訳で……』

 

 レッドは左手の紋章を掲げた。

 操縦席が射出されて雄牛と分離。自由落下の最中、レッドは白馬を格納する代わりに新たな獣を顕現させる。

 

 それは黒い野猪。猛り狂う獣。憧憬の結晶。

 十メテルの巨躯を、さらに肥大させる荒神。

 あらゆる防御を無為に帰す破壊の化身。

 

Form Shift ――【Number Six】

 

 ウルスラグナの第七形態《ブレイク・ボア》。

 

『悲劇の種は、私がまとめて“破壊”する』

 

 最大で全長百メテルに至る野猪は、空中でシャルロッテと【メイル・ハイエンド・サーペント】を含めたモンスターを捉えて……僅かばかりの配慮に【ピークォド・タイタニック号】から離れた地点を着水場所に定めた。

 

 青空を覆い隠す頭上の影に捕捉されたモンスターは当然ながら抵抗する。多くは逃走を図って潜水し、残った個体は身の守りを固めるか、一か八かの撃墜を目論む。

 しかしシャルロッテはいずれの行動も取らない。無駄な足掻きだと知っているからだ。野猪が齎す被害から逃れるには雄牛の拘束が邪魔となり、攻撃を当てようにも海竜種の抵抗で野猪が堪えた様子はない。

 

『――《勝機の神風(オール・フォー・ワン)》』

 

 野猪は――全パーティメンバーとレギオン体のステータスを加算する加護(単体バフ)を授かっているから。

 

 野猪が敵を轢き潰す瞬間、その背中に立つレッドと視線を交わしたシャルロッテは。

 

「――――――っ」

『いっぺん頭冷やしてこい』

 

 海に沈む最後まで、歌を止めなかった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<二次創作書きあるある

(U・ω・U)<原作はもっと面白い病

(U・ω・U)<デンドロ読みましょう(布教)


シャルロッテ
(U・ω・U)<前話で説明し切れなかった

(U・ω・U)<歌でレベルブーストする【ファントム】と

(U・ω・U)<歌唱系スキル強化&ヘイトコントロールする【歌劇姫】の組み合わせ

(U・ω・U)<ブーストは一時的なもので歌が止まってしばらくすると戻る

(U・ω・U)<戦闘だと歌手は注目を浴びて狙われやすいけど

(U・ω・U)<自分のヘイトを下げたり、融合スキルで対処する

(U・ω・U)<困ったらMPK


ウルスラグナ
(U・ω・U)<多機能型の器用貧乏

(U・ω・U)<オー陛下と似ているけど、彼のナイアルラトホテップよりステが控えめ

(U・ω・U)<理由はお分かりでしょう

(U・ω・U)<バフのせいだよ

(U・ω・U)<陛下基準だと『パーティ全体に二〇万のバフ』とかになる

(Є・◇・)<頭おかしい数値だな

(U・ω・U)<でも六人パーティで《神風》を使うと似たようなことになる

(Є・◇・)<他は大きさと変形機能にリソースが割かれている感じだな

(U・ω・U)<それだけじゃありません

(Є・◇・)<え? ……ああ、うん

(U・ω・U)<彼女たち、まだ必殺スキル使ってないんですよ

Ψ(▽W▽)Ψ<~♪

(U・ω・U)<作者は「<超級>だから」と自分に言い聞かせて詰め込んだ


《ブレイク・ボア》
(U・ω・U)<特徴は巨大化と防御無視攻撃

(U・ω・U)<第七形態なのでリソース多め

(U・ω・U)<逆に第一形態の白馬はリソース少なめで小さい

(U・ω・U)<番号の割り振りはカッコよさを優先


レッド
(U・ω・U)<はがない


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キング・オブ・マイン

 □【吟遊詩人】サラ

 

 甲板で戦うシャルロッテさんとロボットに乗る誰か。

 どっちが味方かはわからないけど……とても大きな水飛沫のあと、力があふれてくる歌声がぱたりと止まって、決着がついたようだった。

 

「……勝った? 勝ったぞ! 【歌劇姫】は退場した。これで舞台に立つのはマインだけだ!」

 

 藤原さんは興奮して叫ぶ。

 歌の勝負からシャルロッテさんが降りた。つまりマインさんがより優れている証明になったと言うように。

 そして機関車の上から、ゴーレムと戦うわたしたちを見下ろして歯ぎしりをした。

 

「いい加減に諦めろ。無駄な抵抗はよせ」

「いやです!」

「命を落とさければ分からないのか? 従魔は死んだらロストする。失ってから後悔するのでは遅いんだぞ!」

 

 わたしに対するいらだち以外に藤原さん自身の後悔が混ざった言葉。藤原さんはいろいろと考えている。だけど大事なことがわかってない。

 だから、わたしは諦めない。できる限り手を伸ばして助けるんだ。カエルになったお客さんをみんな、それにマインさんと藤原さんも。

 

『報告。計測、規定時間、経過。推測、解析、終了。我、要求、確認』

 

 右腕の【P-DX】がタイマーを鳴らす。

 おんなじタイミングで、わたしは戦いの間ずっと用意していたスキルの準備が整ったことを確認する。

 時間ピッタリ。やっぱりターコイズに準備時間を計ってもらったのは正解だった。

 

「お願い! もうちょっとだけふんばって!」

 

 わたしは【萌芽の横笛】を吹いた。

 優しい音色がして、ジェイドたちの傷が治る。

 いつもより回復が速いのはカエルが輪唱しているからだろうか。音が遅れて聞こえる。

 

 それと【詩人】の《吟唱》。音楽でかけるバフが力をくれる。こっちもなんだかパワーアップしてる。シャルロッテさんの歌の効果がまだ残っているから?

 ずっと続……きはしないよね。レベルが上がっている今が最大のチャンスだ!

 

「話す時間がほしいの。ゴーレムを食い止めて!」

 

 わたしのお願いにジェイドはうなずいた。

 スキルの準備でバベルが使えなかったけど、解析が終わった今ならだいじょうぶ。

 わたしは《始まりは遥か遠く》をジェイドに使って、ゴーレムを吹き飛ばしてもらう。

 

Rrrrrr(えいやあっ)

 

 竜巻がゴーレムを囲んで壊す。

 これで襲われることはない。だけど、風を止めた瞬間に新しいゴーレムが作られるだろう。

 次はあの線路と機関車をどうにかしないと。

 

Kyuukyu(わたしがいるでしょ)

「そっか! やるよルビー!」

 

 前は一回でバテちゃってたけど、バベルは上級になったことで負担が減った。それにルビーともなかよしになれたとわたしは思っている。きっと成功するはずだ。

 わたしはジェイドとの感覚共有を解除。

 今度はルビーを対象に《始まり》を使う!

 

 おでこの宝石と首飾りが輝いて、ルビーの赤い毛を染め上げる。全身がゆらゆらと揺れる光に包まれていて、どうなっているのかはあんまり見えない。

 

Kyuuuuu(食らいなさい)!』

 

 ルビーは特大の火球を打ち上げた。

 機関車の前後には氷の柱が飛び出して、岩の線路は魔法のようにボロボロと崩れていく。

 止まった機関車に火球がぶつかる。燃え上がる車両に、ジャンプしたクロムが追い打ちをかけた。

 

『Aaaaaaaa!』

 

 運転席をげんこつのラッシュで壊す……直前に藤原さんは飛び降りていた。

 いったん機関車を紋章にしまって、岩の線路を作り直してから再び<エンブリオ>を呼び出す。

 

「どこにこんな余力が……だが無駄だ。客車が一つ潰れた程度、何の支障もない」

「いいんです! わたしは、あなたを倒すために戦っているんじゃないから!」

 

 またゴーレムが出てくる前にやっちゃうよ!

 

「――《聲よ響け高らかに(アクロス・ザ・シー)》!」

 

 わたしは、バベルの新しいスキルを宣言する!

 

 

 ◇

 

 

 バベルが第四形態に進化したのは、愛闘祭二日目の事件から数日後のことだった。

 わたしはワクワクしながらウィンドウの説明を読んで、はてなと首を傾けた。

 

「TYPEがアームズから変わってる?」

 

 話を聞いたことはあった。<上級エンブリオ>に進化したら、上位派生のカテゴリーになったりすると。

 ただ、わたしの場合は変わったというか、いろいろと単語がくっついて長くなっていた。

 自分だとよくわからないから、わたしはたまたま会った迅羽に質問したの。

 

「テリトリー・エンジェルカリキュレーター? ふうン、なるほどナ。薄々予想はできてたガ」

 

 わたしの説明を聞いて、迅羽は爪をカチカチ鳴らした。

 

「カリキュレーターはアームズの中でも演算処理能力に特化したやつがなる上位派生だナ。有名どころだと未来予測とかはこのカテゴリーになル」

 

 ふむふむ。コンピューターみたいな感じか。

 

「テリトリーは基本のカテゴリーだから分かるよナ。それが付いたってことは、今回の進化で一定範囲に効果を及ぼすスキルを覚えたんだロ」

「じゃあ、エンジェルは?」

「先に言っとくが天使とは関係ねーゾ。基本の分類とは別の、特徴を表す単語だヨ。だからどのカテゴリーにも引っ付く可能性がある。要は枕詞……修飾語ダ」

 

 迅羽は地面に丸を二つ描いた。

 片方の丸は外から中心に矢印が向かっている。

 もう片方は中心から外に矢印が出ているね。

 

「エンジェルの特性は周囲の空間把握ダ。周りの空間から自分にっつー受動的な側面があル。自分の空間を展開するテリトリーとは力の方向性が逆ダ。こっちの場合は自分から周囲へ能動的に働きかけるからナ」

 

 ……なるほど?

 

「意味分からんって顔だナ」

「とりあえず、わたしのバベルは外と中の両方に矢印が伸びてるってことだよね!」

 

 それから迅羽には、また新スキルのテストにつき合ってもらったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 起きる変化は目に見えないものだ。

 藤原さんはわたしを警戒して、どんな効果のスキルなのかを確認しようとしている。

 藤原さんは無事。ゴーレムも無事。

 わたしとジェイドたちはそのまま。

 

「……?」

 

 なにも変わらない(・・・・・・・・)

 

 バフとデバフのどちらとも違う。

 もちろん攻撃スキルじゃない。

 このスキルは戦いに関係ない。

 

 なら、どんなスキルかというと。

 

「ひとついいですか?」

「っ!?」

 

 わたしの質問に藤原さんは耳を押さえた。

 びっくりして周りを見回すと、空中の線路を走る機関車から、あらためて客席のわたしを見下ろす。

 そうだよね。いきなり耳元でわたしの声が聞こえたら、近づかれたのかと勘違いするだろう。

 

「今のは、音を伝えるスキルか」

「だいたい合ってます」

 

 この《聲よ響け高らかに》は離れた人に声を届けるためのスキルだとわたしは考えている。

 周りの空間がどうなっているのかを解析して。

 どんな状況でも伝わるように声をチューニングする。

 話したい人が遠く離れたところにいたら、間の距離を無視して言葉を届ける。

 わたしの周りがすごいうるさくても、ちゃんと相手に聞こえるように音を伝える。

 

 これは愛闘祭の事件に影響を受けたんだと思う。

 高い塔の上、バラバラの空間でも、ハンニャさんとお話ができたら。もっとなにかできたかなって。

 

 範囲は劇場を包むくらい。限界ギリギリの広さだから、空間の解析はとても時間がかかった。

 でも、このスキルを使っている間は耳をふさいでも声が聞こえることは調べてある。

 

 わたしの言葉はきっと届いている。

 

「教えてください。このステージは、藤原さんとマインさんの二人で考えたことですか?」

「聞いてどうする」

「お願いします! 大事なことです! 答えてくれたら、わたしはもう戦いません」

「……いいだろう」

 

 わたしの言葉が嘘じゃないことを確認してから、藤原さんは正直に答えた。

 

「全て俺が考えて実行した。マインは最高のアイドルだ。受け入れられないのは、演出と観客に問題がある。どんな客も黙らせるステージを用意するのが俺の仕事だ」

 

 とても重い期待が伝わる。誰よりもマインさんの魅力を知っているからこそ、藤原さんは信じている。

 マインさんに悪いところはない。間違えたのは自分たちで、今度こそやり直そうと考えている。

 

「マインが幸せになるのなら、俺は」

 

 藤原さんは途中で口を閉じた。

 よくわからないけどなにかおかしいと感じたのか、不思議そうな顔で違和感を探っている。

 まるで、静かすぎるとでもいうように。

 

「これは……マイン、なぜ歌を止める!?」

 

 マインさんは歌と踊りを中断していた。

 合わせて客席のカエルもぴたりと静かになり動かない。

 伴奏がどこかさびしげに流れるなか、マインさんは視線を上げて藤原さんと見つめ合う。

 

『どうしたの? 続きを話して』

 

 マイクで拡大した歌声と音楽、それにカエルの大合唱にかき消されてしまうはずだった。

 たった一人の声が客席からステージまで聞こえるわけがない。そんな思い込みをひっくり返されて、藤原さんは信じられないものをみたと複雑そうに顔を歪めた。

 

「伝えたのか? 俺の声を、彼女に?」

 

 わたしは黙ってうなずいた。

 ここから先は二人の舞台だ。わたしにできるのはここまで。あとは藤原さんとマインさんがお話するだけ。

 おたがいの気持ちを伝えてほしい。その思いをマインさんはちゃんと読み取ってくれたようだった。

 

『話さないなら私が話す。藤原には感謝してる。ずっと助けてくれた。なんでもしてくれた。覚えてないだろうけど、私がアイドルを目指したきっかけも、苦しい時に支えてくれたのも、全部あなた。今の私があるのはあなたのおかげ。……でも、それはそれとして』

 

 マインさんはマイクをぎゅっと握りしめて、おそるおそる気持ちを口にした。

 

『ここまでしてとは、言ってない』

 

『やり方がおかしい。変だよ』

 

『そもそも私、もう藤原の担当じゃないし』

 

『私の幸せを押しつけないで』

 

 口調はどんどんヒートアップしていく。最初は藤原さんの反応を見ていたけど、途中からは溜まっていたしこりをぜんぶ吐き出してしまう勢いでまくし立てる。

 藤原さんはショックで固まっていた。自分を否定されるとは思ってなかったんだろうか。

 

「君は嬉しくないのか」

『このステージは偽物。絶対に違う。間違ってる。これを幸せと呼ぶのはファンと、アイドルとしての望月マインを裏切る行為だ』

「だが、君は歌が好きだった! 昔の君は本当に楽しそうで、生き生きと輝いていた! だから俺は、君にもう一度アイドルとして……!」

『今だってそうだよ。言ったでしょ。感謝してる。考え方と手段以外は、私にとっての救いだった』

 

 客席にひとつ変化が起きる。

 一匹のカエルがブルブルと震えて、空気を入れた風船のように膨らむと、人間の姿に元通り。

 ほかのカエルも一緒だ。客席いっぱいのカエルが次々と人間に戻る光景はシュールでちょっと不気味だった。

 

 スキルを解除したマインさんはマイクを構える。

 さっきの曲が冒頭から流れ出す。イントロのリズムに合わせて小さな声出し。

 

「駄目だマイン、君は人前で歌えないだろう!? 無理をするな! ジョウガを使え!」

『大丈夫。全員が、あの(ファン)なわけがない。だから私は向き合う。期待値が低い分、むしろやりやすいよ』

 

 そう言いながら……マインさんは客席から大勢の視線を感じて足が震えていた。顔色は青ざめて、必要以上に何回も荒い呼吸をしている。今にも倒れそう。

 それでも。完全にアウェーの、恐怖と怒りに満ちた空気をマインさんは笑い飛ばした。

 

『当たり前だよね。私は悪いやつだもの。でも最後に一曲だけ、どうしても歌いたいから』

 

『もう「みんなのため」には歌わない。「アイドルだから」? 「期待されてるから」? そうじゃない』

 

『私は歌が好きだから歌う。そんな私を好きでいてくれる人のために歌う』

 

『好きって気持ちをぶつけたら、私は最高に輝ける。ファンに思いが伝わる。大切なことはそれだけだった。あの時に気づけていたらよかったのにね』

 

 それは最初のファンと最新のファン、藤原さんとわたしに向けられたつぶやきで。

 

『目を逸らさないで、私だけの王様(キング・オブ・マイン)。期待は全部裏切って……最高を超えるステージで魅せるから』

 

 とっておきのウィンクは、ただ一人に向けたファンサービスだった。

 

 

 ◇

 

 

 一曲を歌い終えた瞬間、マインさんはその場に倒れた。

 藤原さんが駆け寄って抱き起こす。彼の腕の中でマインさんは静かに目を閉じる。

 

「ああ……終わった……」

 

 しみじみと、どこか名残惜しさを漂わせて。

 ぜんぶ出し切って体と心が疲れ果てたような表情を、自分のやったことを振り返ってキュッと引きしめる。

 悲しそうに意を決して、どうにかマイクを掲げた……そのときだった。

 

 ――パチパチ

 

 客席から小さい拍手が鳴った。

 

 一人だったのがまばらに。

 まばらだったのが客席のすみまで。

 やがて劇場全体が一体になって、拍手が鳴り響く。

 

『え……なんで』

 

 拍手された本人だけがわかっていないようだから教えてあげよう。

 

「みんな、感動したんです」

『私はこれだけのことをしたのに?』

「悪いことをしたかもしれません。でも、それはあなたの歌を否定する理由にはならない。マインさんの思いが伝わって、お客さんは拍手したんだと思います」

 

 罪を憎んで人を憎まずって言葉があるように。

 今回の事件の良し悪しは置いといて、客席のお客さんはマインさんの歌を素晴らしいものだと感じたのだろう。そしてその気持ちを正直に表現したんだ。

 なかにはカエルにされたことは許せないけど認めざるを得なかった……という人もいるかもしれない。

 それこそ、最後の曲は誰もをうならせる歌声と神がかりなパフォーマンスでみんな圧倒されてしまったから。

 

 だけど、拍手に込められた気持ちはひとつだった。

 

「……俺が間違っていた。君の幸せは、余人の願望で決めつけるものではなかった。ましてや、他者を傷つけるステージが真に美しいものになるはずがない」

 

 眩しさに藤原さんは目を細める。

 

「マイン、今の君は最高に輝いている。……さて、俺は仕事の責任を負わないとな」

 

 お疲れさまとねぎらうようにマインさんを横たえてマイクを借りると、藤原さんは客席と向き合った。

 

『皆様。この度は多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。今回の一件、責任は私にあります。皆様の受けた精神的・身体的苦痛を推し量ることは到底できませんが、必ずこの藤原永満が償うことをお約束致します。ですからどうか、どうか何卒、マインにはご容赦を……』

 

 それは今回やったことの罪を一人だけで背負うという宣言だった。マインさんに責任が向かないように。何があってもデンドロを自由に続けられるように。

 マネージャーの最後の仕事としてアイドルを守る覚悟を決めた藤原さんの土下座に、客席から一言。

 

「そんなことより、次の舞台はいつだね」

 

 もう一度、というお願いだった。

 

『……は? 今なんと』

「あれほどの歌を披露されたのだ。聴衆として、また聴きたいと思うのは当然ではないかな?」

 

 口を開いたのは航海服のおじいさんだった。客船の制服とは違うデザインだから普通のお客さんだ。

 穏やかにしゃべるおじいさんに、多くのお客さんがうんうんとうなずいて賛成している。

 

「償うのなら、続けてみてはどうだろうか。仮にお二方が“責任感”で舞台から離れるというのであれば……それこそ無責任というものだろう。儂はそう思うよ」

『っ』

 

 藤原さんはうろたえて、ステージを振り返る。

 体を起こしたマインさんは泣いていた。

 つうと一筋の涙がほっぺを伝う。あふれる気持ちがこぼれてしまったように、次々と雫が落ちる。

 

 歌ってもいいんだよ。また歌を聞かせてね。そんな厳しいくらいに優しい言葉をかけられて、いっぱいいっぱいだったマインさんの心はようやく栓が抜けたんだろう。

 

 みんなが見守るなか、藤原さんに抱きしめられたマインさんはいつまでも泣きじゃくっていた。

 

 To be continued



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記憶

注意)後半リアルパートは捏造多め、読み飛ばしOK


 □【吟遊詩人】サラ

 

 豪華客船クルーズの翌日、わたしはレッドさんとウルに連れられて、キオーラからギデオンを目指していた。

 青いカラスの飛行機に乗って空の旅だ。運転席にレッドさん、後ろにわたしとウルが座っている。

 

『昨日はお疲れ様ドラ』

「みんな無事でよかったですよね! あのあとだって船が沈んで大変でしたもん!」

『……そ、ソウダネ』

 

 舞台ジャックとも呼べる事件で、命に関わる怪我をした乗客はいなかった。カエルになった人たちはどこも異常がないそうだ。マインさんも気をつけていたっぽい。

 

 ステージが終わってからも一波乱あった。

 なぜか豪華客船の横っ腹に『ものすごい大きなイノシシの牙がぶつかった』ような穴が空いていて、そこから【ピークォド・タイタニック号】に水が入ってきたり。

 

 あわや乗客が海の底に……というピンチに全員が協力したの。とくにレッドさんとウルの働きはすごかった。必死に水をくみ出したりね。ダラダラと流れる汗が滝のようにあふれていた。

 わたしは近くにいた【ドルフィン・オルカ】の群れにお願いして海に流された人を救助していたよ。

 

 どうにかピンチは乗り切ったけど、大人数が港まで移動するには新しい船が必要だった。

 そんなとき、親切な人が<エンブリオ>の船を出してくれたんだよね! 沈んだ豪華客船を中にしまえるくらいの、とっても大きくて四角いやつ!

 

「……箱舟のじーさんがいて助かったよな」

『招待されたなら関係者席にいてよ……なして一般席いるじゃんか。マジでたまげたよね……』

 

 おかげでわたしたちはキオーラの港に到着できた。

 一日滞在した理由は、いちおう事件の主犯になる藤原さんとマインさんの取り調べに付き合うためだ。

 これには被害者のシャルロッテさんとレッドさんが同席した。デスペナルティが開けたシャルロッテさんのログインを待って、取り調べは始まった。

 

 藤原さんとマインさんは容疑を認めていた。

 そして乗客に治療費、シャルロッテさんと旅行会社に慰謝料を支払うと自分から言い出したのだけど。

 

「シャルロッテさんがあやまる必要はないって言ったのにはびっくりしたなあ」

 

 どうやら、シャルロッテさんは今回の事件に犯人はいないと主張したいらしくて。なんでも、

 

『おかしなことを言うのね。あれはオペラの一幕よ?』

 

 と言って微笑むばかり。

 

 藤原さんとマインさんは役者として舞台を演出したのであって、犯罪行為はしていない。

 責任があるとしたら、それは役者を選んだ自分にある。

 こんな言い分で二人をかばったんだ。

 

 被害者で有名人でもある<超級>の言葉に、ほかの人はなにも言えなくなった。

 一番に被害を受けた旅行会社は大物ゲストとして呼んだシャルロッテさんからだとお金を要求しづらい。

 それに船が沈没した直接の原因が正確にはわからないということ(モンスターのせいじゃないかとシャルロッテさんは言い、レッドさんは無言でうなずいていた)で、事件は立証されず、真実は闇の中に。

 

 ちなみに治療費と慰謝料はシャルロッテさんがきちんと払ったらしい。しかも現金の一括払い。

 一〇〇〇万リル硬貨を十枚ずつ重ねていく交渉術を前に、旅行会社の担当さんは言葉を失っていた。

 

『彼女は趣味人だからね。二人を気に入ったんだろう。自分と似ていると感じたのかもしれない。だから金銭の借りで済ませて、手元に置いたわけだ』

「藤原さんプロデュースの、シャルロッテさんとマインさんの歌……また聴きたいです!」

 

 無罪放免という結果に納得できない二人に、シャルロッテさんは契約を持ちかけた。

 それは秘書と音響スタッフのお仕事。

 元々シャルロッテさんは歌うこと以外の、いろんな雑用まで自分でやっていた。

 たまに人を雇うこともあるけど、それは一時的なもの。公演の依頼が来たら各地を飛び回るハードスケジュールについてこれる人がなかなかいないらしい。

 その点、二人は<マスター>。それなりに戦えるから旅の途中でも安心だ。

 藤原さんはマネジメントのお仕事に慣れていて、マインさんは音を操る魔法の使い手だからまさにうってつけ。

 

 さらにシャルロッテさんは、マインさんにアイドルとして活動することを提案した。オペラとは違ったステージに興味があるんだとか。

 歌声が好きだという言葉の裏に、この私に歌でケンカを売る根性が気に入ったという闘争心がメラメラ燃えていたのは内緒にしておこう。

 

 また次の公演があるようで、シャルロッテさんたちとはキオーラでお別れした。

 王国から東に向かって大陸一周するそうだ。しばらくは離ればなれだけど、きっとまた会えるよね。

 今度はちゃんと最後までオペラとライブを観るよ、とわたしは三人に約束した。

 

『そういや、別れ際に頼み事してなかった?』

「はい! ジェイドのお母さんのことで、旅の途中に心当たりを探してくれるって!」

「そりゃよかったな! オレたちも、何か分かったらすぐ連絡するからよ」

 

 藤原さんは黄河にある<玉月商会>の流通網を使って、東方の情報を集めてくれるらしい。

 シャルロッテさんはカルディナにあやしい場所があると言っていたね。ドラゴンが景品として並ぶカジノ……知り合いに頼んで調査してくれるそうだ。

 

『……Rrrrrr(みつかるかな)

「だいじょうぶ! みんな手伝ってくれてるもん!」

 

 わたしはジェイドをなでる。

 不安がどこかに飛んでいってしまうように。ちょっとしたはげましが、心細いときには力になるから。

 ジェイドは目を閉じて、わたしにそっと頭を預けた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □地球・K県

 

 わたしはベッドから起き上がる。

 頭についたハードをはずして、ふうと息を吐いた。

 

 四月十三日、木曜日。

 時計の針は午後七時を指している。

 学校から帰ってすぐにログインしたわけだから……三時間くらいデンドロで遊んでいた計算になる。

 

「いけない。もうお夕飯の時間だ」

 

 道理でお腹がぺこぺこなわけだ。

 さっき食べたばかりなのにと思ったら向こうのご飯だったりして、たまに変な感じになる。

 デンドロに夢中でご飯を食べないとお母さんにしかられちゃう。ゲームが禁止になったら大変だ。

 

 呼ばれる前に急いで向かおう。

 二階にある自分の部屋から、とてとてと階段を下りて一階の廊下に。ちらっと目に入った玄関には見覚えのない靴がある。お客さんかな?

 

 リビングから話し声が聞こえる。

 お母さんと、もう一人は若い女の人の声だ。

 

「……入ってきていいよ」

「ほへ?」

 

 声をかける前に、お客さんはわたしに気がついた。

 後ろを向いているのにどうしてわかったんだろう?

 背中に目でもついているのかな。

 

「あら。ちょうどいいわ。こっちにいらっしゃい」

 

 机をはさんで、お母さんとお客さんは向かい合うように座っていた。わたしは手招きするお母さんの隣に座る。

 

 お客さんはきれいなお姉さんだった。

 セーラー服を着ているから高校生ぐらい。

 凛とした顔立ちとツヤのある長い黒髪、隙のない振る舞いにピシッと伸びた背筋。

 どこを切り取っても大和撫子で、大人びて見える。

 椅子の横には竹刀袋が立てかけてある。剣道部かな。

 

 おっと、いけない。まずはやることがあるよね。

 

「こんにちは! 更科紗良です!」

「……はじめまして。神凪昴です。お邪魔してます」

 

 昴さんは三十度のお辞儀をする。

 それからわたしの顔をじっと見つめた。

 なんだか観察されているような視線だったから、わたしはちょっと緊張してしまう。

 昴さんの目は透き通る黒で、お人形さんみたいだから、見られていると落ち着かない気分になるよ。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………あのー?」

 

 なんでこんなに見られてるの? 

 もしかして、わたしなにかしちゃった!?

 

「いきなりだけど、質問に答えてください」

「は、はい!」

「いい返事。紗良ちゃん、最近、何か変わったことはありましたか?」

 

 変わったこと?

 

「例えば、道端でおかしなものを見たとか、夜中に物音を聞いたとか。……誰かに呼ばれた気がする、とか」

「それは、おばけ的なやつ、でしょーか?」

「おばけ的なやつも含めて。些細なことでも」

 

 身構えたところに怖い話を振られた。

 あんまり得意じゃないんだけどなぁ、おばけ。

 夜に一人でトイレに行けなくなっちゃいそう。

 

「うーん、ない……と思います」

「本当に? 変な人に変な物を渡されたり」

「してないです。たぶん」

 

 わたしの答えを聞いて、昴さんは眉をしかめる。

 もしかしておばけじゃなくて、不審者に気をつけてねってお話だろうか。わたしみたいな小学生がいるお家をボランティアで回っているとか。

 

「なら、生活に変化がありましたか?」

「いつも通りですよ! 学校でしょ、お友達と遊んで、フルートのレッスンに……あ、デンドロもしてます!」

「そう。<Infinite Dendrogram>を……実はね、私もデンドロをやってるの」

「本当ですか! わたしはアルター王国にいるんですけど、今度一緒に遊びませんか?」

「私の所属は天地。だから一緒には難しいかな」

「そっかあ……」

 

 うーん、残念。

 リアルでデンドロを遊んでる人って貴重なのに。

 

「じゃあ、こっちでお話しませんか? また家に遊びにきてください!」

「こら。神凪さんはお仕事があるのよ」

「いえ、大丈夫ですよ。お母様がご迷惑でなければ、今後も定期的にお伺いしてよろしいですか」

「……分かりました。娘をよろしくお願いします」

 

 二人は目配せをして頭を下げる。

 真剣な顔をしてどうしたんだろう。

 昴さんのお仕事に関係があるのかな。

 

「昴さんのお仕事ってなんですか?」

「私は……えと、神社のお手伝いをしているよ」

「あの山の上にある! ということは巫女さん!」

 

 昴さんは巫女服が似合いそうだよね。

 うん、絶対きれいだ。想像したら……なんだか……。

 ……あれ? おかしいな。

 

 わたしは見たことがないはずなのに。

 巫女服を着た昴さんが、やけにはっきりとしたイメージで浮かび上がってくる。

 暑い夏の日。誰もいない山の奥。

 日本刀を手にした昴さんに手を引かれて、なにか、怖いモノから逃げていたような。

 まさか、ゲームじゃないんだから。

 リアルでそんなことあるわけないのに。

 

「昴さん。わたしたち、はじめまして……ですよ、ね?」

 

 前に会ったりしてないですよね、なんて。

 おかしなことを尋ねたわたしを、

 

「…………」

 

 昴さんは笑わず、否定しなかった(・・・・・・・)

 

「……やっぱり。記憶の封印処理が剥がれかけている。様子を見に来て正解だった」

 

 昴さんが竹刀袋から取り出したのは、どう見ても本物の日本刀で。

 

「神薙ムソウ流巫術――」

 

 抜き身の刀身がわたしに向けて振られる。

 わたしの鼻先を通り過ぎた斬撃。

 切られてはいない。けど、眠く、なって……。

 

「紗良ッ!」

 

 おかあ、さん……。

 

 

 ◇◆

 

 

「大丈夫。記憶と意識の接続を斬っただけです。私は力技しかできないので、とりあえず。すぐに記憶処理専門の巫女を派遣してもらいます」

「紗良は、娘は大丈夫なんですか!?」

「……分かりません。『神子』としての素質は記憶と合わせて封印しています。封印が解けた原因で考えられるのは、<Infinite Dendrogram>(ことなるもの)に触れたからかも」

「やめさせるべきでしょうか?」

「いえ。取り上げるのは逆効果だと思います。無理やりになりますし、不自然だと違和感を抱く可能性があります。これまで通りの生活を送ってください」

「でも、またあの時みたいに」

「以前のような事件は起こらない。いえ、起こしません。その為に私達がいます。ご協力をお願いします」

「はい……ありがとうございます。神凪さん」

 

 

 ◇

 

 

 おいしそうな匂いで椅子から飛び起きた。

 

「この匂いはカレー!」

「あら。目が覚めたのね」

 

 お母さんが台所から顔を出す。

 いつも通りの笑顔に、わたしはなんだかホッとした。

 

「昴さんは?」

「もう遅いから帰ったわ。また遊びましょう、ですって」

 

 今は夜の八時だ。

 どうやら、わたしはお客さんの前で居眠りして、一時間くらい起きなかったらしい。

 頭がぼんやりしているのは寝足りないからだろうか。どうして寝ちゃったのかもあいまいだ。

 

「紗良。よだれが垂れてる」

「え? どっちー?」

「ここよ。ほら、こんなに」

 

 お母さんはゴシゴシとほっぺを拭いてくれる。

 ちょっと恥ずかしいけど、こうしてお世話をしてくれるお母さんがわたしは大好きだ。

 

「おーい。パパが帰ったぞー」

 

 玄関から、スーツ姿のお父さんがやってくる。

 

「おかえりなさい!」

「おー! ただいま紗良」

 

 お父さんはいつもぐしぐしとわたしをなでる。

 少し強めで髪がぐちゃっとなるこの感じ。

 頭が揺れるけど、それが優しくて気持ちいい。

 

「まあ。今日は早いのね。久しぶりに三人でお夕飯を食べれそうだわ」

「残業ばかりでごめんなあ。その代わり、今度の土日は休みが取れたよ。どこかにお出かけしようか」

「やったー!」

 

 お母さんとお父さんとわたし、三人でなかよくご飯を食べる。それが幸せなことだとわたしは知っている。

 ここにジェイドがいたらもっといいのにな、と思ったけど、それは無理だもんね。

 だから、向こうの世界ではジェイドのお母さんを見つけてあげたいなって……改めて思った。

 

 Episode End




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<二章の顛末

(U・ω・U)<そして本編と直接は関係ないけど、サラの事情に迫る話でした

(U・ω・U)<ちょっと記憶を弄られてるよ〜という、あくまでフレーバーテキスト

(U・ω・U)<あの世界こういうのもありそうかなと(異能系)


神凪昴
(U・ω・U)<別作品のキャラです

(U・ω・U)<ここではあまり触れない


巫女と神子
(U・ω・U)<どちらも『視える』人

(U・ω・U)<広義は置いといて、作中だと

(U・ω・U)<巫女は組織化されている

(U・ω・U)<神子は自然発生する存在

(U・ω・U)<特定の界隈だと、神子は戦略兵器並みの危険物扱い


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三章 エンジョイ・ゲーム
“トーナメント”


(U・ω・U)<書けた(本日二話目)


 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

「むむむ……」

 

 わたしは悩んでいた。

 それはもう頭がパンクするくらい真剣に。

 

『Gaaaaaaaaaaaa!』

 

 悩みの種は大きく二つ。

 ひとつは目の前で闘技場の結界を殴っている鬼。

 わたしの四体目の従魔、クロムについてだ。

 

 クロムは戦うことが大好きだ。とくに強い相手と力比べをするのが楽しいらしい。

 逆に戦うのを我慢したり、ずっと【ジュエル】の中に入っているとストレスが溜まってしまう。

 だから定期的に闘技場の結界をレンタルして、クロムのストレス発散をしている。

 いつもはジェイドやターコイズが相手をする。決闘ランカーの人やお友達がいるときは、みんなに付き合ってもらうこともあるのだけど。

 

「負けるのも、続いたらストレスだよね」

 

 決闘ランカーの人たちは強い。

 わたしがジョブスキルで強化しても、クロムが勝てるのは調子がいいときで十回に一、二回ぐらい。

 最近は負けが続いていた。しかもぱったりとランカーの人が現れなくなったから、勝ち逃げされたみたいで悔しさが倍増しているっぽい。結界を殴っているのはイライラが収まらないからだ。

 

 わたしがクロムと全力で戦うには《始まりは遥か遠く》が必要だ。何回か使うとヘトヘトに疲れちゃう。

 それだとクロムには物足りないみたい。あとはモンスターを倒したり、なんとか誤魔化している。

 

「だけど、わたしの言うことを聞いてくれないからフィールドだと心配なんだよ」

Rrrrr(わかるよ)

 

 基本的に、クロムが素直に言うことを聞くのは自分より強い相手だけだ。

 ここにわたしは含まれない。うちのメンバーだと、ジェイドの言葉にしか耳を貸してくれない(ターコイズは物理攻撃が無効でズルだからノーカウントらしい)。

 

 フィールドだとなにがあるかわからないからね。

 もし、危ない目に合ったときにクロムが退いてくれなかったら……ううん、いやな想像はやめよう。

 もちろん普通のモンスター相手に遅れを取ることはそうそうないとは思うけど、万が一がある。

 

Rrrrrrr(とめてくる)

「お願い。あのままだといつまでも終わらないから。……ごめんねジェイド、わたしがやることなのに」

Rrrrrr(きにしないで)

 

 わたしの肩から降りて、ジェイドはとことことクロムのほうに歩いていった。

 またクロムとお話するしかないのかな。何回目だろう。いつもそっぽを向いて無視されちゃうんだけど。

 よし、今度は《聲よ響け高らかに》を使ってみようか。そうしたら無視はできないはずだよね!

 

 さて。そしてもうひとつの悩みというのが。

 

Kyuuu(ううう)……』

 

 頭を抱えて丸まるルビーのこと。

 彼女の自慢の赤い毛並みは、ところどころに白い毛が混ざってまだら模様になっていた。

 

Kyukyuuuu(か"わ"い"く"な"い")!』

「今回も失敗かあ」

 

 カットやブラッシングをミスした、とかではなく。

 これはルビーを対象に《始まりは遥か遠く》を使う練習で起きた事故だった。

 

 豪華客船の事件で、藤原さんと戦うときにはすんなりとスキルが成功した。

 だから次もきっと上手くいくものだと思っていたら、どっこい、ぜんぜんそんなことはなかった。

 なぜか《始まり》を使うと、ルビーの毛が一部だけ脱色してしまうのです。そして強化は失敗する。

 

Kyuuuu(もういやっ)!』

「でも、ルビーはまたあの姿になりたいんだよね? とってもきれいだからって」

Kyuu(でもぉ)……』

 

 七色の光に包まれて、火属性以外の魔法も使うルビーはたしかにきれいだった。わたしとしても、ルビーがさらにかわいく、パワーアップするのは大歓迎だ。

 だからもう一度成功できるように、いろいろと試して練習している最中だったりする。

 

『不可解。比較、先日、現時点、相違点、皆無。サラ、無問題。故、ルビー、問題有。追加補足、我、個人的感想、熊猫柄、滑稽』

Kyuuuuuu(はあああああああ)!?』

「ケンカはダメー!」

 

 わたしは【ジュエル】に噛みつこうとするルビーをなだめて、どうにか落ち着いてもらう。

 もう! 女の子にパンダ模様でおかしいとか言ったらいけないでしょ! ターコイズだって女の子(メス)だからわかってると思うけどね!

 

「ターコイズの言う通り、あのときと今で違いはないと思うの。だから失敗するはずがないのに」

『……訂正。推測、相違点、有。提言、解決策』

「そうなの?」

 

 ターコイズは【P-DX】の画面に解決策を表示する。

 それは近々ギデオンで開催予定の、あるイベントのお知らせだった。

 

「“トーナメント”……?」

『肯定。要点、決闘、勝抜。其、優勝景品――<UBM>確定挑戦権』

 

 ――強い人が集まる、まさにうってつけの。

 

 

 ◇

 

 

 “トーナメント”は十日間に渡って行われるイベントだ。

 目玉の景品は<UBM>と戦える権利。

 一日で一体、合計で十体の<UBM>が珠(黄河からのプレゼントらしい)に封印されていて、勝ち上がりトーナメントの優勝者から順番に挑戦できる。

 出会うことも難しい<UBM>の特典武具を狙って、決闘ランカーをはじめとする強い人たちが出場する。

 まるでドラ○ンボールとポ○モンだね。

 

 開催にはいろいろな事情があるらしい。王国が皇国との戦争に備えて、強い<マスター>を集めるためとか。

 まあ、細かいことは置いておこう。わたしはあんまり難しいことはわからない。

 

「つまり“トーナメント”で強い人と戦えば、ぜんぶ解決するってこと?」

『肯定。相違点、即、一体感(・・・)。死闘、強者、対峙。補足、結界内、安全』

 

 ルビーにスキルが成功しないのは、気持ちをひとつにできていないからだとターコイズは言っている。

 強い人と戦うことで従魔とわたしの心をひとつにできたらいい……という作戦だ。闘技場の結界があるから命の心配もいらない。

 

『推測、戦闘、激化。鉄鬼、鬱憤、解消』

「たしかに! これなら決闘ランカーの人たちとか強い人が出るから、クロムも満足してくれるかも!」

『唯一、懸念、従属キャパシティ』

 

 あ、そうか。ルールは決闘とおんなじ。

 テイムモンスターを使うときは、自分の戦力としてみなされる従属キャパシティ内に収める必要がある。

 いつもみたいにパーティ枠を使ってみんな一緒にという戦い方はできない。

 わたしだと、全身の装備で従属キャパシティを増やして純竜級モンスター二体がギリギリ入るかどうか。

 

「一度に戦えるのは二体までだね。わたしは戦えないから、みんなにがんばってもらうことになりそう」

Rrrr(なになに)?』

 

 ジェイドが戻ってきて画面を覗き込む。

 結界叩きをやめたクロムはわたしから離れた場所にいる。でも、やっぱり戦いに関することは気になるみたいでそわそわと落ち着かない様子。

 

「“トーナメント”で修行? しようかなって」

Rrrr(ふうん)

 

 ジェイドはそんなに乗り気ではないみたい?

 強くなったイケイケ感がひと段落して、今はどんどん戦おうという気分じゃないのかな。

 

Rrr(でも)……Rrrrrrr(やるならかつよ)

 

 落ち着いた雰囲気と静かな自信。

 一皮むけたジェイドは、出番になったら、わたしの従魔として勝利をもぎとることを約束してくれた。

 それがとても頼もしく思える。

 

 それじゃあ、“トーナメント”のルールを確認しよう。

 

『その一、参加資格者は王国に所属する<マスター>のみとする』

 

 これは問題ないね。わたしは王国所属のままだ。

 

『その二、参加者は“トーナメント”後の三年間は他国に移籍不能』

 

 これもだいじょうぶ。今のところ移籍する予定はない。

 

『その三、参加者は王国内で懲役一年以上に類する犯罪行為を行った場合、全てのセーブポイントが使用不能となる』

 

 つまり悪いことをしない人には関係なし!

 

『その四、参加者は順位に応じて<UBM>への挑戦権を得る。また、『三年以内に王国が関与した<戦争>への参加意向』の【契約書】にサインした場合、副賞として希少武具の選択獲得権も得る。選択順は“トーナメント”の順位に応じる』

 

 これは……どうしようか。

 戦争に参加するなら強い武具をあげるよってこと。

 正直、わたしは武器や防具をもらっても使わないし、装備可能レベルに届かないと思う。

 だったら戦争参加の約束はしないかな。

 この“トーナメント”に出るだけでいいもんね。

 

「ルール確認よし! それじゃあ次だよ!」

『了承。情報、表示』

 

 “トーナメント”の景品、<UBM>について。

 優勝できるかはわからないけど、もし勝てたら特典武具をゲットするチャンスだ。

 参加できるのは一日だけ。じっくり考えて、よさそうな相手を選ぶのはアリだね。

 

 というわけでドン!

 

 

 ◇

 

 

 ・一日目

 名称:伝説級【鬼面仏心 ササゲ】(推定:鬼)

 能力特性:与ダメージ比例範囲回復(推定)

 

 ・二日目

 名称:伝説級【破砦顎竜 ノーマーシー】(推定:ドラゴン)

 能力特性:物体強度完全無視攻撃(推定)

 

 ・三日目

 名称:不明(推定:アンデッド)

 能力特性:ポルターガイスト、呪怨系状態異常

 

 ・四日目

 名称:古代伝説級【魂刃騎 グラッドソウル】(推定:エレメンタル)

 能力特性:怨念吸収&身体強化

 

 ・五日目

 名称:逸話級【窮鼠回天 バルーベリー】(推定:魔獣)

 能力特性:致死攻撃無効化&無効化からの一定時間身体強化(推定)

 

 ・六日目

 名称:不明(推定:ドラゴン(龍))

 能力特性:竜巻・雷光・爆炎の発生(珠の段階では制御不可)

 

 ・七日目

 名称:不明(推定できず)

 能力特性:短距離ワープ(推定)

 

 ・八日目

 名称:逸話級【双生孤児 アルマ・カルマ】(推定:エレメンタル)

 能力特性:分身形成(召喚?)

 

 ・九日目

 名称:伝説級【探鉱百足 ゴールドラッシュ】(推定:魔蟲)

 能力特性:鉱脈探査、地中走査

 

 ・十日目

 名称:神話級【夜天大将 オオイミマル】

 能力特性:不明(空間変質?)

 

 

 ◇

 

 

「どれも強そう!?」

 

 思ったより本気のラインナップだった。

 十日目の神話級とか、穏やかじゃない!

 

『提言。有用、五日目、七日目、八日目』

「そうだね。わたしは従魔師だから、戦う能力よりは生き延びる方向性の能力が合ってるかも」

 

 とくに五日目の【バルーベリー】は二個目の【ブローチ】ってことだもんね。

 あとは分身とワープ。どっちもわたし狙いの攻撃から身を守ることができそうだ。

 

「逆に、一日目とか二日目の能力は使いこなせないかな。回復がダメージ量で増えるんじゃなかったらなあ……便利そうなのに」

 

 わたしが攻撃して出せるダメージは豆鉄砲レベルだ。

 もし特典武具がテイムモンスターに合わせて出てくるなら、使い道があるかもしれないけど。

 

『忠告。相性、重要。討伐可能、或、不可能』

「むう」

 

 たしかに自分が倒せるかは大事だね。

 たとえば神話級とかは簡単にやられちゃうだろう。

 MVPにならないと特典武具はゲットできない。

 

『補足。推測、参加者、偏向。有用性、集中』

「みんな、便利な能力の<UBM>を倒したいよね」

 

 考えることはみんなおんなじだ。

 わたしがほしいものは、他の人だってほしがる。

 もちろん今回の目的は一番が修行だ。

 だから、特典武具を狙わずに強い人が集まりそうな日に参加するのもひとつの考えかたになる。

 

「でもせっかくなら……うーん」

 

 やっぱり特典武具を捨てるのはもったいない気がする!

 

「みんなはどれがいいとかある?」

 

 わたしは従魔全員に質問する。

 べ、別に決められないとかじゃないよ? みんなで戦うから意見を参考にしようと思っただけだもん。

 まじまじとリストを見て、みんなは思い思いに答える。

 

Rrrrrr(かっこいいから)

 

 ジェイドは六日目のドラゴンだ。

 遠距離攻撃の手段が手に入るのはいいね。

 

Kyukyu(これ)!』

「ルビーは九日目? なんで?」

Kyuuuuu(宝石を掘るのよ)!』

 

 おしゃれさんなルビーはジュエリー目的で鉱脈探査の能力がご希望だ。藤原さんならできそうだな、と思ったのは内緒にしておく。

 

Aaaaaa(どれでもいい)

「じゃあ、どれと戦いたい?」

『……』

 

 クロムは黙って十日目を指差した。

 神話級だね。それを倒す自信がある、強い人が集まる日でもある。

 

「ターコイズは?」

『推奨』

 

 おすすめとして表示されたのは、ちょっぴり意外というか、わたしとしては予想外な選択肢だった。

 

「どうしてこの日にしたの?」

『推測。優勝、可能性、大。逆接、<UBM>、相性、微妙。唯……』

「ただ?」

『……解答。我、推測、非論理的、非知的。類語、啓示。結論、宣言、直感』

 

 それはいつも冷静なターコイズにしてはめずらしい、『なんだかそんな気がする』という勘頼りの答えだ。

 この時点でかなり気になるものがある。

 

「よし! この四つからどれにするか決めよう!」

 

 わたしたちは相談に相談を重ねて……それでも決まらなかったので、最後はくじ引きで挑戦する日を決めた。

 意味がないってツッコミは受けつけないよ!

 よーく考えた上で、運に任せただけだからね!

 

 それから、わたしは本番までに少しでも強くなろうといろいろ手を尽くして。

 

 ついに、当日がやってきたのだった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<この章は、二章からリアルでおよそ十日くらい経った頃のお話

(U・ω・U)<ひそかに成長してます


“トーナメント”
(U・ω・U)<サラを参加させるかは迷った

(Є・◇・)<勝つと原作改変しちゃうからな

(U・ω・U)<でも考えたらちょうどいいので

(U・ω・U)<バトルしようぜ!


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“トーナメント”・■日目

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 ついにこの日がやってきた!

 わたしが参加する“トーナメント”の日が!

 今日までがんばったからね、それはもうテンションが上がろうというものだよ!

 

 もう一度、細かい部分をおさらいしておこう。

 一回の“トーナメント”の参加者は最大で二五六人。

 これを一日でやるのは大変だ。そこで、四回戦までは結界内の時間加速を使ってどんどん試合を進める。

 つまりここまでは予選。ベスト16が決まる五回戦からが本選ということになる。

 

 今回の“トーナメント”は予選の四回戦までは組み合わせがわからないのが特徴だ。

 やっぱり先に誰と戦うかわかってたら、その人向けの対策ができちゃうものね。戦う前からバトルが始まっていると言うように情報は立派な手札になる。

 組み合わせ表が発表されるのはベスト16が決まった段階だ。ここでようやく、誰が誰を倒したのか、これから誰と当たるのかがはっきりする。

 ちなみに、“トーナメント”では誰が勝つかのギャンブルが行われているとか。組み合わせを公開するのは、誰に賭けるのかを判断できるようにするためでもありそう。

 

 わたしは案内された控室で順番を待つ。

 おんなじ控室にいる人は、ベスト16になるまで絶対に当たらない組み合わせらしい。

 どの人も鋭い目で周りを観察している。

 

「みんな強そう……」

 

 ちょっと緊張してきた。

 わたしの順番はいつだろう?

 さっきから、かなり早い間隔で選手が呼ばれている。どんどんと人が入れ替わって、控室に戻ってくる人がいれば、そのまま帰ってこない人もいる。

 

 うう、こんなことなら手の内を隠すためにみんなを【ジュエル】に入れておくんじゃなかった!

 今すぐジェイドを抱きしめたい!

 

「おや? そこにいるのはサラじゃないか」

 

 聞き覚えのある声がして、振り返る。

 そこには、いかにも魔法使いという格好をした男の人がわたしに手を振っていた。

 

「アットさん!」

「先日振りだな。参加するとは聞いていたが、まさか出場日が同じとは思わなかったよ」

 

 アット・ウィキさんはクラン<Wiki編纂部・アルター王国支部>のオーナーで、【氷王】という魔法系超級職に就いているすごい人だ。とっても物知りなんだよ!

 

「いろいろと教えてくれてありがとうございました! おかげで準備ばっちりです!」

「お礼を言われるようなことじゃない。君に教えたのは攻略Wikiに載せた情報ばかりだ。俺がいなくとも、他のやり方で調べていただろう?」

「でも丁寧に説明してもらったので! すごいわかりやすかったですよ! 魔法の使いかた!」

「それは良かった。だが、大声で言っていいのか?」

「あ」

 

 やっちゃった。控室の視線がわたしに集まっている。

 いちおうライバルなんだから、手札は隠しておいたほうがいいに決まってるのに。

 

「冗談だ。君が<Wiki編纂部>に通って魔法の練習をしていたことは、この場のほとんどが知っているからな」

「うっ……たしかに全員お友達です」

「顔が広いというのも考えものだな」

 

 元からギデオンが拠点の人。そして“トーナメント”のためによそからやってきた人。

 控室の選手はさまざまだけど、だいたいは試合より前にギデオンにいた。

 わたしは街や狩場で人とお話することが多いからフレンドがたくさん増えたんだよね。

 

「じゃあ、わたしが従魔師ってことも」

「知っている。皆もそうじゃないのか?」

 

 アットさんの質問に、選手の人たちはみんな、微笑ましいものを見るようににっこり笑ってうなずいた。

 先輩の従魔師、魔法の練習に付き合ってくれた魔法使いさん、バイト先のお得意さんに、前クエストで一緒になった強化鎧を装備する拳士さん、全員がだ。

 

 わたしが手札を隠そうとしているのを、ぜんぶわかってて見てたってこと……?

 どうしよう。なんだか顔が熱くなってきちゃった。

 

「恥ずかしい……」

「気にすることはないさ。無論“トーナメント”で当たれば全力で戦うが、わざわざ触れ回るやつはいない。それに、【魔術師】はサブに回すと言っていたじゃないか」

「そうだった! もー! わたしのバカー!」

 

 やってられない気持ちになったので、わたしはジェイドを呼び出して抱きしめる。

 ふう、やっぱり落ち着くね。

 

Rrrr(いいの)?』

「いいの! 隠しても意味ないもん!」

 

 メインジョブも、ビルドも丸裸だ。

 こうなったら正々堂々といくもんね!

 

 わたしが“トーナメント”までにできた準備は、就いているジョブをレベル最大に上げて、プラスで下級職に就職するところまでだった。

 本当は二つ目の上級職に就けたらと考えていた。ただ【高位従魔師】を除いた従魔師系統の派生は特殊な条件が必要で、詩人系統は転職条件を満たしていない。

 新しい下級職から上級職まで取るにはさすがに時間が足りなかった。

 

 魔法を使いたいと思っていたから、【魔術師】は気になっていたんだよね。従魔師メインだとほとんど魔法は使えないからメリットはステータスくらいなんだけど。バベルのスキルをより長く使えるように、MPを増やしておくのはわたしにとって大事なことだ。

 

 そこで【魔術師】のレベル上げと魔法の練習を兼ねて、アットさんに魔法職のあれこれを教えてもらったの。

 おすすめの属性、戦闘での立ち位置、どうやって《詠唱》とかの拡張スキルを使いこなすか。

 あとは魔法職の内職だったり。こっちは“トーナメント”じゃ使えないとわかってボツになった。いいアイデアだと思ったのに……。

 

「装備も新調したようだな。キャパシティ増加のオーダーメイドか?」

「はい! <ルルリリのアトリエ>特製です!」

 

 決闘用として、リリアンさんが手がけた渾身の衣装【バトルドレス・クローバー丁式】シリーズ。

 汎用性は捨てて、最低限の防御力で、従属キャパシティ増加を盛り盛りにした装備だ。

 勝ち上がれば宣伝になるからと、特別価格で作ってくれたリリアンさんには感謝だね。

 若草色のシャツとハーフパンツは動きやすさ重視。インナーはピッタリとしていて露出した肌を守る。

 ここにいつもの帽子をかぶる。これもキャパシティを増やす装備スキルを付与してもらった。

 腰に【萌芽の横笛】とナイフを下げて、【血塗木乃伊の聖骸布】とアクセサリーを着けたら装備枠は埋まる。

 

「サラ選手。次の試合になります」

 

 あ、呼ばれた。

 お話をしていたらあっという間だったね。

 

「ありがとうございます、アットさん! なんだか緊張がほぐれました!」

「こちらこそ。お互い勝ち残れることを祈っている」

 

 わたしは椅子から立って、ぐーっと伸びをする。

 よーし! いくぞ!

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■中央大闘技場

 

 闘技場には多くの観客が詰め寄せていた。

 本来“トーナメント”が観戦できるのは本選から。

 予選は午前中を丸々費やすことが想定されるため、彼らはまだ客席に入れない。

 しかし闘技場の外には出店の類が並んでおり、本選までの暇つぶしをする者が少なからずいた。

 

「んー退屈。人がゴミのようだ」

 

 鼻歌混じりに周囲を物色する男。

 彼もまた、“トーナメント”に引き寄せられた一人。

 

「どうしようかな? 適当な日で、当日抽選の枠を狙うのはありだけど。その点今日は狙い目だ。いっちゃう? もう始まってるみたいだから無理かな。無理だね!」

 

 へらへらと。ふらふらと。

 確固たる芯に欠けた思考を二転三転とさせながら、男は人混みに紛れて放浪する。

 男自身もどこを目指しているか分からない。

 ただ気の向くまま、気が向かないと感じた瞬間に方向転換して彷徨い続ける。

 

「この屋台は美味しそう。おじちゃん、ひとつ」

「あいよ」

 

 店主が粉物を包装して渡すが、男は受け取りを拒んだ。

 

「やっぱりいいや。そんなにお腹空いてないし」

「何? ……はあ。じゃあお代は返すぞ」

「あ、でもちょうだい。せっかくだから」

「どっちなんだい兄ちゃん!? はっきりしてくれ!」

 

 鉄板に視線を固定しながら、並行して接客をこなしていた店主だったが……態度をころころと変える男に辟易して顔を上げる。冷やかしの不届き者ならば怒鳴り散らかしてくれようと口を開いて。

 

「あれ……? 兄ちゃんじゃなくて、姉ちゃん(・・・・)だった……のか? いやでも確かに男の声……」

 

 手を突き出す女を前に目を瞬かせる。

 彼女は男性物の装備を身につけたまま、店主の手を軽く握って上目遣いをする。

 

「怒らないでよ。僕の可愛さに免じて許して。ね?」

「し、仕方ないな。今回だけだぞ!」

「いえーい。やったね!」

 

 言質を取った瞬間に手を離した女。

 店主は代金を仕舞うために一瞬、彼女から目を離して。

 

「よく考えたらコレ嫌いだった。いーらない」

 

 同じ装備を着た男に商品を突き返される。

 

「……!? ……!?!?」

「あはははは! 変な顔ー!」

 

 困惑する店主の様子がツボに入ったのか、男はけらけらと腹を抱えて笑い出す。

 ひとしきり笑って涙を拭ったあと。

 

「……はーあ。退屈だ。いっそ大きな騒ぎでも起こしてやろうか。<超級(・・)の二(・・)三人(・・)でもPKしちゃう?」

 

 戦争を目前にした王国の最大戦力。

 ギデオンに控える超越者を倒して世間に衝撃を与えてみせようか、という大言壮語を吐いた。

 自分なら可能と信じて疑わない口調でだ。

 男は出店の前で思案して、

 

「失礼。買わないのなら、私がいただいてもよろしいですか」

 

 後ろに並ぶ客に声をかけられた。

 眼鏡をかけた女性には見覚えがあると、男は記憶の片隅から名前を探り当てる。

 

「あれ? もしかして<凶城>のバルバロイ? “トーナメント”の二日目で優勝してた? 有名人じゃん! 何で今日もいるの? そうだ、サインくださーい。ペン、ペンはどこかー」

 

 男はポケットをまさぐり、

 

「――《天よ重石となれ(ヘブンズ・ウェイト)》」

 

 重力結界に囚われて膝をつく。

 

「な……んで?」

「……この姿の私と、その名前を結びつける人はそう多くはいません。今の私は<デス・ピリオド>に所属しています。そして今日はクランメンバーが出場するので観戦するつもりでした」

 

 バルバロイ……ビースリーは鋭い眼光で地に伏せる男を睨めつけた。

 

「それにしても、この時分に物騒な発言ですね。先程から見ていましたが何やら不審な動きをしている。最近の王国の情勢にも疎い。皇国の回し者にしては目立ちすぎていますが、疑われても仕方ないのでは。……さて、そちらの質問には答えました。お名前を伺っても?」

 

 この時点でビースリーは男の正体を掴みかねていた。

 人目を憚らない言動。余所者であることを隠しもしない振る舞い。スパイだとしたら落第点だ。

 スパイは作戦を遂行する時まで群衆に紛れて存在を気づかれないようにするもの。男のように目立つ真似は控えるべきであるからして。

 

(皇国の実力者に、該当する人物はいない。しかし手練れであることは見て取れます)

 

 先の<超級>を倒すという台詞。

 加えてビースリーが重力結界を展開する瞬間、男は無意識に身構えていた。戦闘、それも対人戦を繰り返して身についた反射的な動作である。

 『性別の切り替え』という、<エンブリオ>抜きでは考えられない現象を含めて得体の知れない相手だ。

 どう見ても不審者なので先制して拘束したが、敵対勢力か否かすら定かではない……しかし。

 

「酷いなー。いきなりこんなことしないでよ」

 

 重力に苛まれながらも男は平然としていた。

 高いステータスでものともしていないのか。

 ビースリーのように重力軽減の能力があるのか。

 どちらにせよ、男の脅威度を一段階引き上げる光景だ。

 

「ふーん、ひっくり返すとこんな感じか。ありがとう。もう十分だから解除していいよ?」

 

 男はビースリーに感謝して立ち上がる。

 五百倍の重力を感じていない、否、男の肉体はわずかな動作でふわりと浮き上がる。

 まるで……重力が五百分の一になったかのように。

 ビースリーは既視感を覚える。それは彼女の後輩が用いる状態異常反転のスキルと酷似していたから。

 

(いえ、レイ君の《逆転》でもここまでは……!?)

 

 刹那、彼女の脳裏に呼び起こされるのは三ヶ月前の王都封鎖テロ。犯人グループの一つ、Barbaroi(バルバロイ)Bad(バッド)Burn(バーン)とPKクラン<凶城>は、たった一人の<超級>によって壊滅させられた。その苦い敗北の経験と同じ現象が目の前で起きている。

 

「あのー? 頼むよー。お願いだから解除して?」

 

 ビースリーの重力結界と拘束を抜け出す力。

 特化型ではなく、片手間に無効化する。

 それが意味するところとは、即ち。

 

「ねえ! 聞いてるバルバロイ? 早く解除してくれないと……僕、飛んでいっちゃうんだけどなー!?」

「……はい?」

 

 必死な訴えにビースリーは思考を中断する。

 気がつけば、男はふわりと空中に浮き上がって空に飛ばされかけていた。まるで風船のように。

 出店の屋根を掴み、どうにか風に対抗している。

 

「重力を軽減した結果、風に巻き上げられた……と」

 

 重力結界の範囲内にいるため、男は反転スキル(仮)を解除せずにいる。

 

「あははは! 最悪だ! ちょっと楽しくなってきた! これはいい暇つぶしになるね!」

 

(……さては馬鹿ですか?)

 

 ビースリーは内心で男の脅威度を一段階引き下げた。

 

「お名前と目的を教えていただければ、こちらで無害と判断してから解放しますよ」

「はいはいはーい! 僕はカフカ! “トーナメント”があるからやって来た観光客です! 他人に危害を加えるつもりは一切ありませーん!」

「……先程の発言は?」

「嘘だよ嘘、冗談。だって僕は嘘吐きだからね……いや、このロールプレイはもうやめたんだっけ……あれ? 嘘吐きが嘘吐きだって自己申告した場合ってどうなるの? それも嘘?」

「なるほど。ただの馬鹿ですね」

 

 一連の発言が《真偽判定》に反応しなかったので、ビースリーはカフカを解放する。

 突如、解放されたカフカは通常通りの重力をその身に受けて地面に引き寄せられた。

 

「痛ーっ!?」

 

 落下したカフカは盛大に尻餅をついたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【高位従魔師】サラ

 

 スタッフさんの案内で黒い結界に包まれた舞台に入る。

 外側は黒塗りだけど、内側から見ると結界は透明で、中には光が差し込んでいた。この辺はレンタルの闘技場とおんなじシステムだね。

 

「対戦相手はまだみたい」

 

 わたしは先に呼ばれたようだ。わざと案内するタイミングをズラしているのかもしれない。

 よし、今のうちに準備をしておこう。

 

「ジョブよし。装備よし。アイテムは使えないからしまって」

 

 しっかり確認したから、これでだいじょうぶ。

 

「《喚起(コール)》、ルビー! クロム!」

 

 わたしは二体を呼び出しておく。

 今回の目的は修行だから、まず一回戦はこの子たちにがんばってもらうと決めた。

 あとは体調と対戦相手を見て、試合ごとにメンバーを入れ替えるか考える予定だ。

 

「がんばろうね!」

Kyuuuu(まかせなさい)!』

『……Aaaa(フン)

 

 少ない言葉で、やる気は十分に伝わってくる。

 誰が相手でも負けないもんね!

 

 気合いを入れたところで、結界の向こうにある通路から対戦相手が歩いてくる姿が見えた。

 

「あれ……え? あの人って」

 

 たまたまというか、やっぱりというか。

 わたしはその人を知っていた。

 何度かお話して、一緒に戦ったことがある。

 

 だから、彼がとても強いことを知っている。

 だってあのフランクリンの事件で大活躍したルーキーの一人なんだから。

 

 彼は結界をくぐって舞台に上がる。

 思わず見惚れてしまうイケメン美少年は、隣に悪魔のガーディアンを連れていた。

 

「おや、初戦はアナタですか」

「ひさしぶりだねー」

 

 わたしに気づいて、彼はにこりと微笑んだ。

 悪魔の女の子はひらひらと手を振っている。

 彼はわたしの従魔を見て、【ジュエル】から六本角の地竜を呼び出すと、戦いの準備を整えた。

 

『決闘開始まであと十秒』

 

 “トーナメント”・三日目。

 

 一回戦。

 

「改めて挨拶をしておきますね。僕は王国クランランキング第二位<デス・ピリオド>のサブオーナー」

 

 わたしの対戦相手は――

 

「――ルーク・ホームズです。よろしくお願いします」

 

 To be continued




(U・ω・U)<次回「サラ死す」

(U・ω・U)<デュエルスタンバイ!


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“トーナメント”・三日目 第一試合

 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 【亡八】ルーク・ホームズさん。

 そして<エンブリオ>の【堕落天魔 バビロン】。

 

 わたしが知っている二人の得意技は【魅了】。

 精神系状態異常のひとつで、相手をメロメロにして敵味方の判断をひっくり返してしまう恐ろしいデバフだ。

 これは従魔師の天敵になる。従魔を連れていると、自分が襲われてあっさりやられちゃうから。

 

『五、四、三、二、一、――ゼロ』

 

 カウントダウンは試合開始の合図だ。

 よし! まずは、

 

「――『先に攻撃して【魅了】を使わせない』。ええ、正解です。それができるならですが」

 

 ――わたしの考えがドンピシャで言い当てられた。

 

 ルークさんとバビロンはこっちに手を伸ばす。

 まずい。もうスキルを準備してる?

 今から攻撃しても間に合うかわからない。

 ……なら、これでどうだ!

 

「《雄性の誘惑(メール・テンプテーション)》」

「《小淫魔の誘惑(リリム・テンプテーション)》」

 

「《言詞の壁を越えて(ギャザー・イン・ザ・ランド)》!」

 

 少し遅れてわたしもスキルを発動する。

 女の子と男の子の両方を惑わす二種類の魅了。

 ルビーとクロムはレジストできずにやられちゃう。

 距離があるぶん、わたしは時間差がある。

 その一瞬でなんとか間に合わせる!

 

 ルビーとクロムがわたしに襲いかかる。

 わたしは自分の意思で身体が動かせなくなった。

 そのまま攻撃し合う……直前に、動きが止まる。

 

「なるほど」

 

 ルークさんが納得したようにうなずいた。

 その手は自分の首を締めようとしていて、だけどギリギリのところで止まっている。

 ルークさんは魅了されていた(・・・・・・・)

 

 バビロンと従魔の【ヘキサホーン・グランド・ドラゴン】ことマリリン、そしてルークさんのコートに擬態している【オリハルコン・アーモリー・スライム】 のリズも、まとめて【魅了】にかかっている。

 

 わたしたちも含めて、みんな自分を攻撃しようとして動きが止まっている状態だ。

 精神保護で<マスター>は意識が残っているけど、おたがいの従魔はそうはいかない。

 かなり混乱している気持ちが伝わってくる。

 

「意識の共有ですか」

 

 ルークさんの言う通り。ここにいるみんなの意識を、わたしはバベルで共有した。

 【魅了】は対象の価値観を一時的にすり替える。今のルビーやクロムは、わたしが敵に見えているんだろう。

 

 じゃあ【魅了】されたテイムモンスターと意識を共有したらどうなるのか……という話だ。

 混乱している状態の意識が、健康な意識と合わさってごちゃ混ぜになる。健康なほうが意識を強く保てば、混乱した意識を落ち着かせることができるだろう。

 

「今回は逆。精神に働きかけて状態異常を解除するのではなく、全体に拡散させたということですね」

「えへへー! 大成功! ぶい!」

 

 実は、上手くできるかはわりと賭けだった。

 今回はじめて使うからしょうがないよね。

 

 まず精神系の状態異常が共有できるのか。

 成功する確率は半分半分だと思っていた。

 バベルの意識共有は<マスター>だと精神保護があるけど、モンスターやティアンが対象だと制限がない。

 怖い気持ち。素敵だと思う気持ち。ぜんぶがみんなに伝わるようになっている。

 あとは<エンブリオ>のスキルがどこまで融通を効かせてくれるかにかかっていた。

 前に【催眠】で苦戦したから、その対策として考えていたスキルの使い道だ。

 

 あとは【魅了】の仕組みが不安だったかな。

 共有でルークさんたちが魅了されたとき、わたしでもどんなふうになるのかわからなかった。

 

「それについては、サラさんが魅了をかけた判定になるようです。僕は自分を傷つけようとしましたから」

 

 ルークさんはこんな時でも考えることを止めない。

 ものすごい勢いの思考が流れてくるものだから、わたしは頭がパンクしかけている。

 

「こうなった原因は意識の混線でしょう」

「えーっと?」

「【魅了】は敵味方の判断を狂わせる。サラさんと従魔の認識と、僕とバビたちの認識。共有した双方の認識が中和された。結果、身動きが取れない状況に陥った」

 

 敵をかばって味方を攻撃する。この仕組みがごちゃ混ぜになったということだろうか。

 わたしはルビーやクロムを狙う。そしてルークさんたちを仲間と思い協力する。

 逆にルークさんはバビロンやマリリンを狙う。わたしたちを仲間と思って協力する。

 この敵味方の認識とターゲット選択を共有したから、誰を攻撃すればいいか判断できなくなった?

 

「僕も初めて知りました。【魅了】の重複なんて、そうそう起こるものではないので」

 

 そりゃあ【魅了】を使う相手はめずらしいもんね。

 レアモンスターか、ルークさんとバビロンのような魅了スキルを持っていないと。

 

「いったん仕切り直しましょう!」

「そうですね。では同時に解除を」

 

 わたしの提案にルークさんは答えた。

 この状況はどちらもできることがない。

 MP切れまで待って、味方同士で戦うのはイヤだ。わたしはルビーとクロムと一緒に戦いたい。

 ルークさんも、魅了が解けないまま動けるようになっての一か八かよりはいいと考えているはずだ。

 今のわたしたちは以心伝心。わたしが“トーナメント”に参加した理由はルークさんに伝わっている。

 ……いや、いつもだっけ。ルークさんは心を読んでるのかと思うくらい察しがいい。

 

「流石に心は読めません。簡単な推理ですよ」

「ほらやっぱり読んでるー!」

「今は思考が伝わっているでしょう?」

 

 どうだろう。ちょうど魅了とスキルを解除したタイミングじゃなかった?

 今回の魅了返しは成功したけど、わたしの作戦はぜんぶお見通しなんだろうな。

 でも、ルークさんの得意技は封じた。

 ちゃんと勝負になっている。この調子でいくよ!

 

Aaaaaaaa(ぶっ飛ばす)!』

VAMOOO(主を狙うとは愚劣の極み)!』

 

 怒ったクロムが真っ先に飛び出す。魅了されたことにイライラしてるようだ。

 ルークさんを狙うけど、割って入ったマリリンが地竜の頑丈さでパンチを受け止める。

 どちらもパワーとタフネスが長所の子だから、純粋な力のぶつかり合いになる。

 

「次は従魔対決ですね。お付き合いします」

「よろしくお願いします!」

 

 クロムが相手の前衛を抑えている状況だ。

 本人はただ暴れているだけだろうけど、それならわたしたちが合わせてあげたらいい。

 クロムならだいじょうぶ。そう簡単にはやられない。

 この隙を逃がさず、一気にたたみかける!

 

「ルビー!」

Kyuu(いけるわ)!』

 

 やる気は十分。この子と気持ちをひとつに。

 

「《始まりは遥か遠く(ビヨンド・ザ・スカイ)》!」

 

 ルビーの全身から七色の光が放たれる。

 感覚は重なり合ったけど、毛並みは赤と白のまだら模様だ。微妙に失敗した感じ。

 それでも強化はされている。共有した感覚は魔法の精度をさらに高めているんだから!

 

「お願い!」

Kyukyu(まかせて)!』

 

 ルビーはお得意の《リトルフレア》を唱える。

 ルークさんのコートはスライムのリズが変形したもの。物理攻撃だとダメージが通らないから、魔法で倒す。

 火の球を浮かべて、さあ飛ばそうという段階で……ルークさんは指を鳴らした。

 

 その動作だけで、火の球が消えてなくなる。

 

「あっ……魔法キャンセルの特典武具」

 

 しまった、魅了が特徴的すぎて忘れていた。

 たしか名前は【断詠手套 ヴァルトブール】。

 発動前の魔法を打ち消してしまう手袋だ。

 

Kyuuu(なによこれ)!?』

 

 ルビーは何度も魔法を発動しようとするけど、その度に指パッチンでキャンセルされてしまう。

 発動を隠してみてもダメ。ちょっとした動きで、ルークさんは予兆に気づいて魔法を封じる。

 これがある限りルークさんに魔法は通用しない。

 攻撃手段が魔法のルビーとは相性が最悪。

 

「すみません。従魔対決とは言いましたが、僕が手を出さないとは言っていません。それにこちらとしても負けるつもりはありませんので」

 

 ルークさんは本気で勝ちにきている。

 笑顔なのに目が笑っていないし、言葉に冷たい気迫が込められているのがわかった。

 気圧されたわたしは思わず息を呑む。

 

Kyuuuuuu(こうなったら)!』

 

 ルビーは特大の火の球を作り出す。

 たくさんMPを込めたら簡単にはキャンセルされないと考えたのだろうか。

 わたしがなにか言うより早く、魔法を準備して。

 

 ルークさんは指を鳴らすのではなく、広げた手のひらを握りしめて。

 

 ――ルビーの体が内側から吹き飛んだ。

 

「…………ッ!?」

 

 ルビーと感覚を共有していたわたしも、おんなじだけの衝撃を受けてしまった。

 言葉が出ない。フィードバックのダメージがひどくて、上手く頭が回らない。

 

 本当にふらふらだったから、背中に攻撃を受けたと気づくのも遅れてしまう。

 最初に体が痺れて動かせなくなった。バタリと倒れたわたしは簡易ステータスを見る。そこには【麻痺】と、ほかにもいくつかの状態異常が表示されていた。

 

「ごめんねー」

 

 透明化を解除したバビロンが後ろに飛んでいた。

 姿を消してこっそり近づいてから、わたしに状態異常をかけたのだろう。

 

 そのままバビロンはクロムに魅了をかける。

 マリリンとの戦いに夢中だったクロムは、あっさりとメロメロになってしまった。

 これでわたしたちはみんな戦闘不能だ。

 

王手(チェックメイト)です」

 

 ルークさんは勝利を宣言する。

 

「従魔の強さを比較するなら、僕とアナタにほとんど差はない。もしかしたらアナタが上かもしれません」

 

 動けないわたし、やられちゃったルビー、そして魅了されたクロムを順番に見てから、今の戦いを評価する。

 いつでも倒せるのにルークさんがしゃべる理由は……つまり、そういうことだろう。

 

「ですが、今のままでは野生の獣と変わらない」

 

 ちょっとした指導。

 わたしが抱える問題についてヒントをくれる。

 

「お互いが何を考えているのか。もう一度話し合うことをおすすめします。アナタの得意分野でしょうから」

 

 わたしは声が出せないから目でありがとうを伝える。

 ルークさんは微笑んだ。感謝は届いたみたい。

 

「やっちゃえー♪」

『Gaaaaaaaaaaaaaa!』

 

 バビロンの命令で魅了されたクロムが動いた。

 倒れたわたしを見下ろして、拳を振り上げる。

 あっという間に、わたしのHPはゼロになった。

 

 

 ◇

 

 

 “トーナメント”・三日目。

 

 わたしの成績は、一回戦負けだった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<VS原作キャラ

(U・ω・U)<対戦表が悪かった

(U・ω・U)<お互いに手札を一つ封じたけど

(U・ω・U)<強者ほど手札の枚数が多い

(Є・◇・)<物理無効・魔法封印に各種状態異常とかどうしろと

(U・ω・U)<善戦した方だと思います


《言詞の壁を越えて》
(U・ω・U)<意識(思考)の共有に加えて

(U・ω・U)<精神系状態異常に干渉できるように

(U・ω・U)<呼びかけて意識を覚醒させる

(U・ω・U)<拡散は仕様の穴を突いた裏技


【魅了】
(U・ω・U)<100%捏造設定

(U・ω・U)<こうしないと開幕即死だった


《始まりは遥か遠く》
(U・ω・U)<実はダメージを一部反映する

(U・ω・U)<感覚共有に伴うデメリット

(U・ω・U)<片方が致命傷を負うと、もう片方の肉体にまで影響を及ぼす


【断詠手套】
(U・ω・U)<原作既読の方はご存知

(U・ω・U)<めちゃ強な魔術師殺し

(U・ω・U)<ルビーが受けた技は『魔法に込めたMP分の固定ダメージを与える』スキルです


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吐露

 □<ネクス平原> 【高位従魔師】サラ

 

 “トーナメント”の一回戦で負けてしまったわたしはギデオンの北にあるフィールドにやってきた。

 街中だと従魔を呼べる場所が限られるからね。

 

『『『……』』』

 

 みんなは気まずそうにうつむいている。

 とくに戦って負けたルビーとクロムは思うところがあるようで、わたしと目を合わせてくれない。

 ジェイドは雰囲気を察してなにも言えない様子だ。

 

 みんなの気持ちはわかる。

 あの戦いはルークさんのペースだった。魅了は対策できたけど、あとは一方的にやられてしまった……そう感じているのだろう。

 でも、だからこそ。ちゃんとみんなでお話する機会だと思うんだ。

 

『傾聴。対話』

 

 唯一【ジュエル】に入ったターコイズが呼びかける。彼女はいつも冷静だ。わざと空気を読まないで、わたしがしゃべるきっかけを作ってくれた。

 

「まずはお疲れさま。ルビー、クロム、戦ってくれてありがとうね。ジェイドとターコイズは応援ありがとう」

 

 みんなの頭をなでて、優しく呼びかける。

 

「負けちゃったのはしょうがないと思うの。ルークさんは強かった。目的の修行があんまりできなかったのは残念だけど……負けたのも、満足に戦えなかったのも、あなたたちのせいじゃないよ」

 

 手札の数はルークさんが圧倒的に多い。

 だけど、みんなの力は決して負けてなかった。それはルークさん本人が認めていた。

 勝負を分けたのは戦いかた。もっと言うなら指示を出す人……ルークさんとわたしの違いだ。

 

「わたしはルークさんの得意技を知ってた。魅了も、従魔も、特典武具だってそうだ。だからみんなが力を発揮できるようにしてあげられたらよかった」

 

 そうしたらルビーは魔法を封じられても焦らなかった。クロムがあっさり魅了されることもなかった。

 ルークさんのヒントはそういうこと。

 わたしは指示を出さないとき、なにをするのかはみんなを信頼して任せている。でもそのときはバラバラに戦うから連携が取れていない。モンスターがそれぞれ襲ってきても、強い人なら一体ずつあしらえる。

 信じることがダメってわけじゃない。指示を出すこと、任せること、どっちもできたら最高で、それにはおたがいをよく知るのが大切だ。

 ほかにも反省点はたくさんあるけど……一番の課題はチームワークだろう。逆にそれさえ磨いたら、ほかの課題も解決できるはずだ。

 

「だからね、もっとみんなのことを教えて!」

 

 と言っても、どうしたらいいのか困っちゃうよね。

 

「まずはルビー!」

Kyuu(なに)?』

 

 実際に戦った子から話を聞こう。

 

「あのときの《リトルフレア》、すごい大きく作ろうとしてたでしょ。ふだんの特大と比べて三倍はあったよね。あれどうやってたの?」

Kyuukyu(重ねたの)

 

 ルビーは小さい火の球を魔法で作って、なにをしたのかを再現してくれる。

 魔法を順番に使って、二つの火の球を合わせて一つにする。これの応用で特大の魔法三つをまとめたのかな。

 

Kyuuukyuu(同時に消せないと思って)

「なるほど」

 

 たしかにルークさんの指パッチンはひとつの魔法で一回だった。連続して発動する魔法には何回も指パッチンする必要があるのかも。

 だからルークさんは最後に指パッチンじゃなくて、ぎゅっと握りしめる動作を取ったのか。

 

「それっていつもできるの?」

Kyuu(ムリよ)

 

 どうやら《始まり》で感覚を強化したからできることらしい。いつもは小さい魔法を二つ重ねも大変そう。

 ということはだよ。《始まり》が成功すれば、もっと上手にできるということだよね。

 

「……ルビーはかわいくなりたいんだよね」

Kyukyu(そうよ)! Kyuuuu(当たり前じゃない)!』

「ルビーは今の赤毛と白い毛、どっちが好き?」

Kyuuuu(難しい質問ね)……』

 

 ちょっと考えて、ルビーは左右に体を揺らす。

 

Kyukyu(赤はかわいいわ)Kyuuuuu(白はキラキラなの)

「たしかに虹色でゴージャスだったよね」

Kyuu(そう)!』

 

 なるほど。なんとなくわかった気がする。

 これまでスキルが失敗した原因に、わたしのイメージがズレていたのがあるかもだ。

 ただかわいいだけじゃなくて、キラキラでゴージャスで、強くてスペシャルでデラックスな感じ……だからあんなに輝いていたんだろうか。

 あとは気持ちをひとつにできたら、次こそは完璧に強化ができるかもしれない。

 

 さっそく試したいところだけど、実践はみんなのお話を聞いてからにしよう。

 

「じゃあ次、クロム!」

『……』

 

 やけに大人しい彼は呼んでも反応がない。

 正直ちょっと意外だ。負けたことにもっとイライラすると思っていた。わたしの話を黙って聞いているのもらしくない。勝手にボスモンスターと戦いに行っちゃうぐらいの想像はしていたから。

 

「どうしたの? だいじょうぶ?」

 

 顔を覗きこむと、クロムはくるりと反対側を向いた。

 体調が悪い? うーん、そういうわけではなさそう。

 わたしにそっけないのはいつもだけど、バツが悪そうにしているのはめずらしい。

 それになにか言いたそうで……。

 

「もしかして、わたしを攻撃したから?」

『…………』

 

 あ、固まった。

 これは図星みたいだね。

 もともとボロボロだったけど、わたしにとどめを刺したのは魅了されたクロムのパンチだ。

 闘技場の結界内だから死んじゃっても元通り。だけど、実際に起きたことだから意識がはっきり残る。

 クロムはわたしに攻撃したことを気にしているらしい。だからいつものように強く出れないようだ。

 

「気にしなくていいよ。あれはしょうがないもん。それに結界内のことだし、わたしは<マスター>だから本当に死んじゃうわけじゃないんだよ」

 

 デンドロはまるでもうひとつの世界のようだ。

 ジェイドたちモンスター、ティアンの人たち。彼らはこの世界で生きている。一度きりの命だ。

 逆に<マスター>は死んでもデスペナルティになるだけで三日後には復活する。

 もちろんわざと死ぬのはイヤだよ? 理由もなしに本気の戦いをしようとも思わない。

 でも、やられちゃっても取り返しがつく。

 

 命の重さがぜんぜん違う。わたしはそう思う。

 

「それより、勝たせてあげられなくてごめんね」

『……Aa?』

「これが終わったら、ルビーの特訓と合わせてボスモンスターを倒そうと思うの。ストレス解消になるかはわからないけど……今日は満足するまで付き合うから!」

『……Aaaa(違えだろ)

 

 ようやく顔を上げたクロムは、わたしをドンと突き飛ばした。

 

「いたっ……」

Aaaaaa(責めろよ)

 

 尻もちをついたわたしを、クロムは赤く血走った目で見下ろした。

 

Aaaaaa(俺のせいだろ)……Aaaaaaaaa(なんで気をつかう)

 

 震える声は怒りと悔しさ、悲しさと戸惑いがごちゃ混ぜになっていてクロム自身も制御できていない本心から出た言葉だった。

 

Aaaaaa(みじめになんだよ)! Aaaaaaaaa(それともあてつけか)!?』

 

 何度も握りこぶしが地面に叩きつけられる。

 ドスンドスンという音で地面は割れて、わたしの身体もぐらぐらと揺れるから立ち上がれない。

 感情に任せて暴れるクロムを見かねて、ジェイドがわたしたちの間に入った。

 

Rrrrr(そのへんで)

Gaaaaa(黙ってろ)!』

 

 兄貴と慕うジェイドの言葉も聞かない。

 クロムはおどしのつもりなのか、思い切りこぶしを振り上げて。

 

『――Rrrrrrr(だまるのはきみだ)

 ――強風に吹き飛ばされた。

 

 翼を広げたジェイドは風のバリアを展開して、わたしたち全員を守っている。

 クロムに対して怒るんじゃなく、怖がることもなく、とても悲しそうな視線を向けた。

 

Rrrrrr(わからないの)?』

『……ッ』

 

 たった一言でクロムは怯んだ。

 激しさを増していく風に圧倒されて……じりじりと後ずさりしたクロムは、ダンと勢いよくジャンプして距離を取ると、そのままどこかに走り去ってしまう。

 

「クロム!?」

 

 わたしは追いかけようとするけど、ジェイドとルビーがわたしの足にしがみついて止める。

 

『提言、放置。必要、冷却』

「ターコイズまで? だけど放っておくのは」

『臨機応変。仮定、鉄鬼、離脱、我々、否定、困窮』

 

 頭を冷やしてくれるならよし。

 もしクロムがいなくても困らない……ってこと?

 

「それは言いすぎだよ」

『……謝罪。過言、無配慮。逆説、鉄鬼、無制御、粗暴。我、思案、協調困難』

「そんなことない。だって、ちゃんと気持ちを口に出してくれたでしょ。少しいじっぱりなだけだよ」

 

 さてと。ひとりいないのにお話してもね。

 逃げたクロムを追いかけて捕まえよう。

 問題は、ほかの子たちが納得してくれるかだけど。

 

「ルビーの特訓にちょうどよさそうな相手を探そうと思うの。みんな、ついてきてくれる?」

 

 特訓相手のボスモンスターを探すという口実に……みんなは気づかないふりをしてうなずいた。

 よし! それじゃあいこう!

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<ネクス平原>

 

 ジェイドに気圧されて逃走したクロムは離れた場所で視界に入るものを手当たり次第に殴りつけていた。

 そうしなければ、煮え滾る怒りが自分を内側から塗り潰してしまいそうだったからだ。

 

(クソ……クソ、クソがぁああああ!)

 

 理解できなかった。

 なぜ少女は優しい言葉をかけるのか。

 自分を責めず、好きにさせているのか。

 

 そのせいで戦いに敗北した。否、そもそもがクロムの機嫌を窺って参加した大会である。

 徹頭徹尾サラは気を遣っていた。少なくともクロムにはそう感じられた。

 

 理解できない。

 なぜ兄貴分(ジェイド)はあのような弱者に従っているのか。

 クロムは彼女に従う羽目になっているのか。

 今の境遇だけでも鬼としての矜持が許さないのに、挙句の果てに、弱者に気遣われて慰められるとは!

 

(俺が指示を聞かないから? あてつけで、ここぞとばかりに……嫌味を……)

 

 理解できない。

 なぜ彼女を受け入れられないのか。

 どうして捻くれた態度を取ってしまうのか。

 

 理解している。

 この怒りの矛先はサラに向いたものではない。

 故に暴言と暴力は筋違いであり、クロムは間違えていて、正しいのは彼らである。

 

 そこまで理解していて、なぜ正しい言動を選べないのか、理解できない。

 このようなことで癇癪を起こす自分が理解できず、みっともなく、腹立たしい。

 

(……クソがッ!)

 

 心の内で悪態を吐いて進行方向にある岩を蹴り砕く。

 砂礫と化した破片が身体を打つが、硬化したクロムの皮膚を穿つほどの威力はない。

 構わず直進しようとして……目の前に飛び出してきた人影に、クロムは一瞬躊躇する。

 

(クソ、知るか。邪魔だ!)

 

 怒りに任せて拳を突き出す。

 

「痛いなー」

 

 妙な手応えが伝わり、拳が受け止められた。

 相手は無傷。クロムの拳を掴んで捻り上げる。

 

『Ga!?』

「見たことないモンスターだね。<UBM>にしては弱過ぎる。ってことは、誰かのテイムモンスターかな」

 

 旅の騎士を思わせる風体の男だった。

 色褪せた外套の下には古式ゆかしい鎧……かつては輝いていたであろう甲冑部分は錆びついており、同時に凝り固まった怨念でドス黒く染め上げられていた。

 鮮烈な桜色の長髪は丹念に編み込まれ、装飾のように側頭部に垂れ下がっている。

 

「なってないねー躾がさぁ。せっかく気持ちよく昼寝していたところにだよ。暴走列車みたいにぶつかられて、僕は大変迷惑しているわけさ」

 

 くるくると手のひらを回しながら、男はクロムを持ち上げて宙に吊り上げる。

 

「でも君はラッキーだ。今の僕はすこぶる機嫌がいい。無重力体験をして楽しんだばかりなんだよ」

 

 中性的な美貌に浮かぶのは笑顔。

 余裕のある態度がクロムの神経を逆撫でする。

 男は油断している。拘束から抜け出して、一息に仕留めてしまおうと考え……

 

だから許さない(・・・・・・・)

 

 ――激変した気配で、己の判断は誤りだと悟った。

 

 クロムと男では、強さに雲泥の差がある。

 逆立ちしたところで足元にも及ばないだろう。

 驚嘆すべきは男の変容ぶりか。

 先程までは弱者を装っていたのかと思うほどに間の抜けた気配であったのが、こうして敵意を向けられた今では心臓を鷲掴みされているようで冷や汗が止まらない。

 

「運がいいのか、悪いのか。恨むなら今日という日を恨みなよ。今日の僕は天邪鬼的なロールを楽しむことに決めたんだよね、ついさっき」

 

 男は腰に佩いた騎士剣を抜く。

 鎧と同様に呪怨が蓄積された魔剣であり、血濡れた刀身には犠牲者の霊魂が映っている。

 

「【冥主の絶剣】。これで斬られると天国にも地獄にも行けないらしいよ? フレーバーテキストだけど」

 

 魔剣の鋒がクロムの喉元に狙いを定める。

 

『G……Aaaaaaaaaaaaaa!』

 

 一秒先の結末を予感したクロムは死に物狂いで暴れるが、男の手は微塵も緩まず、殴打が命中した箇所にはかすり傷すらつかない。手応えは皆無であり、まるで常識外の理によって守られているようでもあった。

 

「じゃあ、さくっと殺すねー」

 

 男は何の感慨もなく死を告げる。

 それも当然のこと。

 男にとっては単なる気晴らしの暇つぶし。

 あるいは経験値稼ぎのエネミー狩りである。

 所詮、彼に見える世界は遊戯でしかないのだから。

 

 魔剣が突き出され、

 

 

 

 

 

「――《キャスリング》!」

 

 

 

 

 

 クロムの視界は急変した。

 

(何が…………ッ!?)

 

 自由になった身体を起こして、眼前を見やる。

 

 離れた場所に騎士剣を突き出した男が立っていた。

 直前までクロムを掴んでいた男の手には、別の人物が囚われており……クロムがよく知る少女の右眼に魔剣が深々と突き刺さっていた。

 

 彼女が、従魔と位置座標を入れ替える転移スキルを用いてクロムを庇ったのだと気づくまで数秒。

 

 翡翠の風竜と赤い魔獣が、すぐ隣で目を見開いたのを眺めるのに数秒。

 

 そして、

 

「……あれれー?」

 

 とぼけた男の発言を認識するのに数秒かかった。

 

 計十数秒の沈黙の後。

 

 プツリ――何かの切れる音が聞こえた。

 

 To be continued




拙者、指示を聞かない暴れ者が大好き侍


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反転遊戯

 □■<ネクス平原>

 

「えーっと」

 

 男は突然手の中に現れたサラに困惑しながら、呪いの魔剣を引き抜いた。眼窩から夥しい量の血が流れる。

 手慣れた所作で血振りをした男はサラの扱いをどうすべきか脳内で思案する。

 

 先程の転移スキルと従魔、そして見覚えのある少女と情報が揃ったなら導き出される答えはおおよそ決まっている。攻撃したのはサラの従魔。そして少女の人柄から考えるに故意的な行動ではない。つまり過失か従魔の暴走……ここまで正解を導き出した男は次のように考える。

 

(彼女は悪くない。だから、悪いってことで(・・・・・・・)

 

 本日のロールプレイに則って男は判断する。

 思考回路が捻じ曲がっている。

 論理が破綻している。

 それこそが男の遊戯であるからして。

 

「ポイッとな」

 

 男はサラを無造作に投げ捨てた。

 

 直後に、暴風と爆炎が男を襲う。

 

「わぷ……びっくりするじゃないか」

 

 被弾して無傷。否、装備は一部に破損が見える。

 だがそれだけだ。男自身は痛くも痒くもない。

 平然とする男に敵意を向けるものが二体。

 

 翼を広げて威嚇する翡翠の風竜、ジェイド。

 唸り声をあげる赤い毛並みの宝石獣、ルビー。

 

 両者は本気の攻撃が有効打になっていないことに驚き、しかし手を緩めることはない。

 火と風が入り混じり周囲が燃え盛ることも厭わず、絶え間ない攻めで怒りを表現する。

 男とて黙ってやられ続けるつもりはない。故にどちらから仕留めようかと魔剣を携えた。

 

「いや違うね? 君が優先だ!」

『Gaaaaaaaaa!』

 

 両手を地面に突いたクロムが吼える。

 接触を条件とした物質操作は地属性魔法と似て非なる種族の特性であり、クロムは土と岩で構成した鎧を外皮のように纏って輪郭を一回り肥大させる。

 血走った眼に憤怒を燃やす鬼は大地を捲った。抉り取った土塊を圧縮して硬度を高め、投擲する。

 

「泥団子とキスするのはちょっと」

 

 男は魔剣を盾に顔を庇う。

 細い刀身では顔面以外を守れないが、土塊と衝突した肉体は汚れこそあれど傷はない。逆に彼の頑強さに土塊が砕け散る……土煙と泥で視界が埋まる瞬間こそ好奇だ。

 

 目眩しに隠れて接近したクロムは、魔剣の反撃に身を仰け反らせながらも男の腕を掴む。

 理性の箍を外して発揮される膂力で男を引き寄せ、振り回し、何度も地面に叩きつけると。

 

『Aaa……aaaaa!』

 

 遠心力を利用して投げ飛ばす。

 

 宙に舞う男にラリアットが直撃する。

 続いて肘打ち、前蹴り、拳打、回し蹴り。

 いずれも殺意に満ちた急所狙いの連撃だ。

 胸板に響いた衝撃で咳込みながらも、男はその全てを己の身体で受け切った。

 

「あー、これ全然平気だけど装備が傷むやつだ。ちょっと着替えるからタンマ」

 

 男は《瞬間装着》で外套と鎧一式を脱衣すると、装備品としての効果を持たないインナー姿で魔剣を構える。

 

「ほらほら、いくよ」

 

 当然……ふざけているようにしか見えない。

 

『Aaaaaaaaaaa!』

 

 怒りで我を忘れたクロムの猛攻を半裸で受け流し、時には自ら攻撃に当たりにいく男。

 後ろから飛んでくる魔法とブレスにも積極的に踏み込んでクロムのフレンドリーファイアすら狙う。

 並みの戦士なら力尽きるだけの手数に、それでも男は倒れないどころか気力十分といった様子だ。

 

『Rrrr……』

『Kyuuuu!?』

 

 流石におかしいと後衛組は首を傾げる。装備は局部をかろうじて隠す焼け焦げた布一枚、それで一切の手傷を負わないのは不自然であり、不条理である。

 敵を前に防具を外し、攻撃を受けて平然とする。これはもう独自の法則が機能しているとしか考えられない。

 

 それを意に介さずクロムは暴れる。

 スピードと手数重視のスタイルに切り替えて、殴りと蹴りを高速で繰り出す。

 威力を捨てる代わりに命中したら素早く手足を引き、男に捕まらないよう細心の注意を払いながら。

 技術を駆使したゴリ押し。ある種矛盾した芸当を目の当たりにして……しかし男は余裕を崩さない。

 

『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』

「あはは! 無駄無駄無駄無駄ぁ!」

 

 退屈を紛らわすように男は大声で叫ぶ。

 それで精神が高揚すればいいとでもいうように。

 

「損害は恩恵に。常識は反転し、君の論理は破綻する」

 

 男は決まり文句を口にする。

 それこそが……“論理破綻”の通り名を冠する<超級>、【流浪騎士(ナイト・オブ・ワンダー)】カフカの数少ない娯楽だから。

 

 

 ◇◆

 

 

 彼が“論理破綻”と呼ばれるようになったのは、<超級>になって間もない頃だった。

 犯罪者が跋扈する妖精郷レジェンダリアにおいて、新たに映えある秩序側<超級>となった彼は当時の首相から招待されて晩餐会に出席した。

 他の<超級>を含めた要人が勢揃いするなか、彼は会場に現れるなり次のように言い放った。

 

『この国の所属やめていい?』

 

 当然ながら会場は困惑した。

 犯罪に対する抑止力として期待されていただけに、彼らはどうにかしてカフカの機嫌を取ろうと考えた。

 およそ考えられる限りの高待遇を提示されたカフカは満面の笑みを浮かべて、子供のように喜んだ。

 

『うわお。これは僕の想像以上だ。流石は腐っても国! 至れり尽くせりだね」

 

 彼の発言に眉を顰めた者が数名いたが、出席していた多くの議員達はほくそ笑んだ。

 超越者と称されてはいるが、こいつはお遊戯気分の子供だと。少し餌をちらつかせれば簡単に靡いて操れる。

 甘い汁にありつきたいと願う議員達は溢れる欲望を愛想笑いで覆い隠して、我先にと媚を売る。

 

 カフカは全員の手を取り、

 

『――だから断る』

 

 美辞麗句と贈物の悉くを切って捨てた。

 

 議員達は彼を問い詰める。

 彼がはしゃいでいたのは本心だった。議員が備えるセンススキルは感情の機微をこと細やかに見破る。

 だからこそ理解が及ばない。本心から賛同して喜んで、何故この土壇場で手のひらを返すのかと。

 

『ロールプレイ……言っても分からないか。今日の気分は、僕に反逆しろと囁いた』

 

 抜剣したカフカを止めるべく、会場にいた護衛と<超級>が入り混じって大立ち回りが繰り広げられた。

 会場が荒れに荒れる乱戦において手傷ひとつ負わずに生存した彼は、最終的に生き残った<超級>と一騎打ちをする最中、攻撃の手を止めて言った。

 

『やっぱり、もったいないから所属しようかな?』

 

 当然、国側の返答は否である。

 しかし個人的に彼を雇い入れようとする者が数名、事件後にコンタクトを取った。

 やはり彼は誘いのほとんどを蹴り、奇跡的に気紛れで仕官した議員の領地はカフカによって不正と汚職を暴かれた後に犯罪者を呼び込まれて没落したという。

 

 故に、“論理破綻”。

 言葉は通じるが会話が通じない<超級>としてカフカは一躍名を馳せた。

 レジェンダリアの議会は彼を指名手配して除籍。

 かくして一人の変人が世に解き放たれた。

 

 その後今日まで、彼は国やクランに所属することなく自由を謳歌しているわけだが……以前より彼を知る者は、通り名を聞いて呆れ返るばかりだった。

 

 彼の戦闘スタイルにこうまで合致するものか、と。

 

 

 ◇◆

 

 

(やっぱりつまらない)

 

 カフカは退屈が勝り、戦闘中にあくびをする。

 

体力増減反転(・・・・・・)状態異常反転(・・・・・・)。この二つで大抵の相手には負けないからさー)

 

 先程からHPバーは微塵も変動していない。

 波状攻撃に身を晒そうが手傷を負わないのは、カフカの<超級エンブリオ>があるからだ。

 

 TYPE:アナザールール、【背理反律 パラドクス】。

 

 己にかかる法則を反転させる<エンブリオ>である。

 発言を対象にするなら、《真偽判定》で虚偽が真実に。

 性別を反転すれば、男から女に。

 HPなら、ダメージが回復に。

 状態異常であれば、デバフがバフに。

 

 自分の肉体限定だが、必殺スキルの《真理への叛逆(パラドクス)》は設定対象が広範囲に及ぶため応用の効く能力であり、それ故にカフカはスタイルとして個人生存型に分類される。

 設定の細分化や同時使用、即時オンオフも可能なため、余程捻くれた相手でない限り、彼は死角を突かれない。

 

 仕組みに気がついて回復魔法やバフをかけられたところで、それを打ち消す恩恵を発生させればいい。

 彼の超級職【流浪騎士】……ではなく、上級職のひとつ【暗黒騎士】は呪術と呪われた武具の扱いに長ける。

 殆どのスキルはコストでHPを消費するので長期戦には向かないとされているが、カフカにとっては真逆。本来支払うべきコストで回復が可能なのである。

 その他の状態異常も武具の呪いによる影響を反転させ、デバフを打ち消しステータスを高めている。

 

(今のジョブ互換性はあるけど使いにくいし……さて、飽きてきたな。だからもう少し遊ぼうか)

 

 カフカは殴打を魔剣で弾いて距離を取る。

 空いている手に装備するは麻袋。

 

(この鬼ブチ切れてるけどバフは欠かしてない。岩の外皮と、狂化……寸前のリミッター解除。脳筋に見えてわりと器用? だからこの戦法が刺さるんだけど!)

 

 カフカは一時的に《真理への叛逆》を解除して、袋からプレゼントボックスを取り出す。

 

(ステータス変化反転、視界反転、色調反転、オン)

 

 ステータス補正はマイナスに。

 目に映る視界は天地左右が逆転して風景はさながらネガフィルムのように切り替わる。

 デメリットにしかならない三重苦を自らに課したカフカは、手にした箱の蓋を開いた。

 

「はい、《箱詰めの悪戯(パスイン・ザバッグ)》〜」

 

 猫型ロボットのイントネーションで使用するのは、カフカの所有する特典武具【悲喜交々 パスイン・ザバッグ】の装備スキルだ。

 効果は『相手を自分と同じ状態にする』というもの。

 現在のカフカの状態を記録して箱は包装される。

 

「うぃーうぃっしゅあ、めりくりっ」

 

 投擲したプレゼントボックスがクロムに命中すると……クロムの肉体は弱体化し、視界に異常をきたす。

 

『Ga!?』

 

 戦闘職は誰しもが、殺傷力や生存力を磨き上げて固有のビルドを構築する。

 しかし、その努力と研鑽を彼は否定する。

 相手を殺す力ではカフカを倒せない。

 逆に構成要素が一つでも反転してしまえば、綿密に組み上げたビルドほどあっさりと瓦解する。

 

 彼の知人が“論理破綻(ビルドブレイク)”と称するのはこのためである。

 

「隙だらけだよ」

 

 再び必殺スキルを設定し直したカフカ。

 魔剣の一閃が足を止めたクロムに突き刺さる。

 岩の外皮を割って鬼の肌を裂き、傷口から魔剣の呪詛が流れ込む。

 

(状態異常ガチャは【恐怖】だけ? 悪運強いね。ハズレだけど、身動きは取れないでしょ)

 

 外皮が剥離して姿を現したクロムは、身を蝕む呪いと恐怖に拘束されていた。

 カフカは鬼の首に魔剣をあてがう。

 彼の暴挙を阻止しようと風と火が飛来するが、クロムを巻き込むことを恐れてか威力は低く、そも反転状態で彼に攻撃は通用しない。

 風竜と宝石獣の奮闘をカフカは気に留めず。

 

(……いや。何か忘れているような)

 

 はたとカフカは思い直す。

 大前提として、テイムモンスターは使役する<マスター>が死亡すると同時に消え去る。

 デスペナルティ中に従魔をロストしないよう【ジュエル】に収納する、救済措置のような仕組みだ。

 

(消えてないって、おかしいなあ?)

 

 三匹の従魔は呼び出されたまま。

 つまり、彼らの主人は生存しているということで。

 

「思ったよりしぶといね」

 

 カフカは賞賛の拍手を贈る。

 右目から大量の血を流して、息も絶え絶えに立ち上がる従魔師の少女に。

 

「ごめんなさい」

 

 脳に届いた傷と複数の呪いに侵された状況でサラは頭を下げた。

 彼女の脳は<エンブリオ>。故に余人のそれより強度が高い。頭部以外であれば致命傷だったであろう。

 

「悪いことをしちゃったなら、わたしが謝ります……もう戦うのはやめてください」

 

 サラには戦う理由がない。このような諍いで従魔が傷つくことは望まない。

 誠意を込めて言葉を重ねたら、きっと理解してもらえると信じて謝罪する。

 

「前も思ったけど、やっぱり君いいね!」

「……? どこかで会ったこと、ありましたっけ」

「僕だよ僕。忘れちゃった?」

 

 首を傾げるサラの前で、カフカは性別を反転させる。

 女性の姿はサラにとって既知。敵対寸前の相手が知り合いだと判明して少女の表情が明るくなる。

 

「カフカさん!?」

「やっほー久しぶり。ニッサの人狼以来だね。会えて嬉しいよ。もちろん嘘だけど」

「よかった……! 本当にごめんなさい! あの、どうしてこうなったのか教えてくれますか? クロムがなにかしちゃったなら謝りますから」

「その必要は無いよ」

「ほえ?」

 

 カフカはサラの言葉を遮った。

 

「君の従魔は僕に攻撃した。その事実は変わらない。まあ僕は無傷だけど、だからこそ許さない」

「え……」

 

 カフカの内心に怒りはない。苛立ち、悲しみ、恨みつらみ、いずれも今回の一件で感じていない。

 そのため、言葉と感情の乖離にサラは混乱している。

 

「今日はこういうロールプレイなんだよ。

 トーナメントが気になる。だから出ない。

 戦う理由がない。だから襲う。

 君は面白い。だから気に入らない。

 僕はふざけている。だから本気。

 つまり僕はイカれてる。だから普通だ」

 

 徹底した気紛れ。狂気にして平静。

 常人は思いついても実行しないであろう矛盾した思考を突きつけられて、サラは感情のままに問いかける。

 

「どうしてそんな遊びをしてるんですか」

「……?」

 

 今度はカフカが首を傾げる番だった。

 

「ゲームをするのに理由がいるかい?」

 

 それが演技ではないカフカの素であると、サラは声を聞いただけで分かってしまう。

 

「ハクスラなら敵を倒す、恋愛ゲームは恋人候補を攻略する、パズルゲームだったら無心でパズルを解くでしょ。普通の人はさ、そこに大義とか野望とか、大層な理由を持ち込まないよね。せいぜいキャラが好きとか、達成感とか、面白さとか……そんなものだよ現実は。ゲームに限った話じゃない。全員がご立派な意思を掲げちゃいないし、夢とか希望に向かって邁進できる人間ばかりじゃない。何かをしたいけど何もしたくない。やりたいことはできやしない。自分でもやりたいことが分からない。人生が暇つぶしって奴もいるんだよ。僕みたいな」

 

 そんなことはどうでもいいんだけどさー、と嘯いたカフカは魔剣を鬼の首に食い込ませる。

 

「とりあえず君の従魔は殺していい?」

「絶対にダメです!」

「じゃあ殺るね。嫌なら止めてみなよ」

 

 サラの立ち位置からでは間に合わないことを知りながら、カフカはそう言い放った。

 クロムの首を落とす、

 

 直前に風が吹いて、閃光がカフカの視界を焼いた。

 

「ッ」

 

 ただ眩しいだけの光だ。カフカの状態異常は反転するため【盲目】になることもない。

 しかし生理現象には抗えず瞼を閉じた。

 その一瞬で地面がぬかるみ、小さな異物に足を取られたカフカはバランスを崩してたたらを踏む。

 

(光と土の初級魔法。この丸いのは……【ジェム(・・・)】?)

 

 サラが足元に置いたならやけにタイミングがいい。

 あるいは、先程の風で運んだのか。

 それでも足止め以上の一手にはならない。

 下級職が使うレベルの魔法で何をしようというのか。

 上級職の奥義だって耐えてみせるとカフカは笑い、

 

「……!?」

 

 弾幕の如く放たれた魔法の圧に押されて、大きな後退を余儀なくされた。

 

 目を開けたカフカは見た。

 鬼を庇うようにして立つ満身創痍の少女を。

 彼女が手に持つ【ジェム】と、肩に乗る風竜を。

 

 そして――七色の魔法を展開する、虹の宝石獣を。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<一応、登場する<超級>の人数は既に決めています

(U・ω・U)<作者が設定用意したのは六人

Ψ(▽W▽)Ψ<ひいふうみい……後一人は?

(U・ω・U)<そうだね君は知らないね

(U・ω・U)<これでも多い気はする

(U・ω・U)<困ったことに書いてると皆どこかしらネジが飛んでしまいます

Ψ(▽W▽)Ψ<マジで癖の強い連中ドラ

(U・ω・U)<君もだよ

Ψ(▽W▽)Ψ<おん?


カフカ
(U・ω・U)<混沌・悪

(U・ω・U)<そして善を知る悪

(U・ω・U)<自分で性格をかなり誇張してる

(U・ω・U)<努力できなかった凡人

(U・ω・U)<別名・半裸袋男

(Є・◇・)<また脱いでる……


パラドクス
(U・ω・U)<スキルのコストと釣り合う減少(回復)量を呪いの装備で賄っている

(U・ω・U)<ガス欠対策


【流浪騎士】
(U・ω・U)<騎士系統の例に漏れずEND型

(U・ω・U)<環境依存度が極めて高い、珍しいタイプの超級職


【パスイン・ザバッグ】
(U・ω・U)<状態変化コピペ

(U・ω・U)<その時点で付与されたバフ・デバフをまとめてお裾分け


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理解

 □■“トーナメント”数日前

 

 貸し工房という施設がある。

 生産で必要になる基本的な設備一式が揃った建物の総称で、主に自分の作業場を持たない生産職が利用する。

 店舗を構える先達に師事していない駆け出しのティアンや、片手間に生産を体験したい<マスター>……そして職業ギルドの作業場が満員時には本職の生産者等、一定の需要により時間貸しの商売が成立している。

 

 ギデオンにある貸し工房のひとつで、サラと<Wiki編纂部>の面々が集まっていた。

 

「できたー!」

 

 サラが掲げたのは火属性の初級魔法《ファイアーボール》が込められた【ジェム】だ。

 サラのお手製であり、数回の失敗を経て完成した初めての成功作だ。

 

 賞賛の拍手を送るメンバーは全員が魔法職で、【氷王】アットの姿もある。

 

「おめでとう。要領を掴んでしまえばやり方は同じだ。簡単だろう?」

「ありがとうございます! 【レシピ】も覚えたから、たくさん作れます!」

 

 サラが“トーナメント”に備えて取得した下級職は二つ。

 一つは【魔術師】。MPと魔法への興味から選択した。

 そしてもう一つは【魔石職人】だった。

 魔法を鉱石に込めたマジックアイテム【ジェム】を生産することができるジョブである。

 

「ジェイドたちと一緒に戦う手段がほしかったんです!」

「なるほど。買うと高いからな」

 

 基本的に【ジェム】はどのジョブでもMPを消費せずに魔法を使用できるアイテムであり、そして使い捨てだ。

 上級職の奥義は単価で数十万リルに及ぶ。

 下級職の魔法なら店売りでも安価だが、やはり自作する方が材料費を含めても安上がりである。

 

「“トーナメント”までに百個は用意しなきゃ!」

「何?」

 

 気合を入れるサラに、アットは気まずい顔をする。

 

「水を差すようだが……下級職の魔法は決闘では対して役に立たないぞ」

「はい! だからお店のと合わせて使おうかなって!」

「王国の決闘だと他人が作成した【ジェム】は使えない。恐らく“トーナメント”も同様の方式だろう」

「えー!?」

 

 サラは初耳の情報に悲鳴をあげる。

 少しでも決闘を聞き齧った者には常識であるため、これまで誰もサラの勘違いに気づかなかったのだ。

 

「しかし、そうか……てっきり狩り用だとばかり思っていたが。そういうことなら話は変わってくるな」

 

 戦闘の有効打になるのは最低でも上級職の魔法。市場の【ジェム】は品揃えが豊富だが他人の手によるものだ。

 魔法系の上級職なら自力で量産ができたかもしれない。決闘でわざわざ【ジェム】を使う利点は薄いが。

 もし生産を極めるなら魔石職人系統の上級職と、魔術師系統の汎用上級職【賢者】に就くのがセオリー。

 サラはどちらでもない。上級職の空き枠は【高位従魔師】を除いて一つだけ。下級職のレベルで戦術に組み込むには少々火力不足が否めない。

 

 そもサラが想定する戦い方はかつて【ジェム】生成貯蔵連打理論と呼ばれたビルドに近い。

 ノータイムで魔法を発動できる【ジェム】を投げ続けるというものだが、亜音速を超えるAGI型の台頭で『投げ続ける前に殺される』ため産廃と化したスタイルだ。

 

 レベルを上げてしまってから言うのも酷だが、ジョブを取り直すべきではないか。そう言外に告げるアット。

 

 しかし、サラは首を横に振る。

 

「今はこれでだいじょうぶです! 決闘で使えなくても、こうやってアイテムを作るの楽しいですし……一番の目的はわたしが戦うためじゃないですから」

「目的?」

 

 サラは作業用の手袋の上から右手を撫でる。

 

「わたしの従魔に魔法を使う子がいるんです。ルビーっていうんですけど、パワーアップするといろんな属性の魔法が使えて。でもそれにはルビーと気持ちをひとつにするのが大事なんです」

 

 失敗作を含めた【ジェム】を指ではさむと、サラは格好つけたポーズを取ってはにかむ。

 

「こうやっていろんな魔法を使ったら、ちょっとはルビーの気持ちがわかるかなって!」

 

 それを聞いたアットは微笑み、口を閉じたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □<ネクス平原> 【高位従魔師】サラ

 

 わたしはカフカさんと戦う準備をする。

 右目は刺されてしまってぜんぜん見えない。視界がせまいのと暗いのには注意しないと。

 わたしが刺されたのは別にいいの。

 自分から飛び込んだ結果だ。怒ってないよ。

 だけどね。

 

「わたしの従魔を殺さないで」

 

 それは、相手が知り合いでも許さない。

 

「ふうん。じゃあ、代わりに君が死んでくれる?」

 

 カフカさんは素っ裸で剣を構えた。

 ジェイドたちが攻撃をするところを見ていたけど……ぜんぜんダメージを受けていないみたい。

 鎧を脱いだのは着なくても問題ないから。

 きっと<エンブリオ>だよね。どういう仕組みかはわからない。ただ、強そうなのはわかる。

 だから今わたしが出せる全力で止めないと。

 

「えいっ」

 

 わたしは【ジェム】を投げる。

 ヒョロヒョロでゆっくり、誰でも避けられるだろう。

 カフカさんは鼻で笑った。避けようともしていない。だってカフカさんのところまで届いていないから。

 

「ジェイド、届けて!」

Rrrrr(いくよ)

 

 だけど、ジェイドの起こした風が【ジェム】を運ぶ。

 上手に投げられなくても、亜音速の風に乗せて、すごい速さでぶつけてあげるんだから。

 発動する魔法はバラバラだ。直撃するのは火属性とか威力が高いもの、足元に転がして使うのは土属性や氷属性の足止めができそうなもの。

 

「初級魔法ばかりだね? 一、二個強いの混じってるけどお金がなかったのかな」

 

 その通りだ。わたしも奥義クラスの魔法を買い占めるお金はなかったから、攻撃用はちょっとだけ。それ以外のほとんどは自作した【ジェム】だ。

 もちろんハッタリじゃないよ。

 

「お願いルビー!」

Kyuu(ええ)

 

 真っ白の毛並みに七色の光を放つカーバンクル。

 これが《始まりは遥か遠く》が成功したルビーの姿。

 火、水、氷、風、土、光、闇……七つの属性魔法を同時に唱えるルビーは、わたしが投げた【ジェム】とおんなじ軌道で狙いを定める。

 

 これは意識を重ね合わせる方法だ。

 ルビーの理想はかわいくてキラキラなこと。

 それを実感するには、わたしがルビーのかわいいを知って、魔法のイメージを理解する必要があった。

 

 かわいくてキラキラでゴージャス。

 色とりどりの魔法と宝石(【ジェム】)が舞う光景はぴったりといえるだろう。

 そして複数の魔法を同時に制御するには、感覚を共有するわたしがおんなじ属性の魔法を使って、狙いをサポートするのが一番だと思ったんだよね。

 

「これがパワーアップしたルビーの力だよ!」

Kyukyuuuuuuu(仲間を見捨てるのはかわいくないものね)!』

 

 クロムを守る。そのために戦う。

 今、わたしたちの心はひとつになった。

 だから強化は成功するに決まってる!

 

「魔法のガトリング砲かー。幼稚でくだらない。だから面白い! それでも効かないよ僕にはさ!」

 

 ルビーの魔法とジェイドの風に最初は押されていたカフカさんだけど、すぐに一歩を踏み出す。

 

「のけぞりで場外狙い? 土葬や氷漬けで封印? たしかに生存型はそういうの(・・・・・)弱いけど……生憎、このレベルの魔法じゃ動きは鈍らない」

 

 言葉の通り、カフカさんは足を止めない。

 魔法がぶつかっても平気な顔で近づいてくる。

 どうやらカフカさんは無敵みたい。

 スピードがゆっくりなのは遊んでいるのか、もともとAGIが低いジョブなのか。

 これでダメなら……どうやって止まってもらおう。今のわたしがカフカさんを倒すのはたぶん難しい。

 

 従魔を【ジュエル】に格納して逃げる?

 みんなを戻す時間があるだろうか。

 ギリギリまで足止めして、動けないクロムから順番にしまっていって……その前に攻撃されちゃいそう。

 

『……Aaa(おい)

 

 必死に考えていると、掠れた声が聞こえた。

 

Aaaaaaa(なんで俺を庇う)

 

 後ろで膝をついたクロムはわたしをにらんでいる。

 

Aaaaaa(弱いくせに)Aaaaaaaa(守ろうとする)

「仲間で、お友だちだからだよ」

Aaaaaa(俺はそう思ってねえ)

「知ってるよ。ジェイドの弟分でしょ。それでもあなたはわたしの従魔だから。死んでほしくない」

Aaaaaaaaa(そうじゃねえだろうが)!』

 

 クロムは震えながらもこめかみを指で叩く。

 思考を共有しろという合図。わたしは《始まり》と並行して《言詞の壁を越えて》を使う。

 

 とたんにクロムの気持ちが伝わってくる。

 呪いに侵された恐怖をスキルで取り除くと、真っ直ぐな思いがわたしの中にぶつけられる。

 

(いいかチビ。俺はお前より強い)

(こんなときにそんな顔でなに言ってるのもう!)

(うるせえ事実だ! ……だけど、お前も弱くはねえ)

 

 伝わるのは素直じゃない感謝。

 二回も助けられたと。そして、誰かのために命を投げ出す根性と覚悟は紛れもない強さだと。

 

(従魔だろ。仲間なんだろ? だったら、俺が守られてばっかなのはおかしいだろうが。お前は兄貴の主人なんだからよ、後ろでどっしりと構えてりゃいいんだ)

 

 立ち上がったクロムはもう一度岩で全身を包む。

 やる気いっぱいに拳同士をぶつけると、わたしたちを守るように前に出て首をゴキリと鳴らした。

 

『好キニ使エ、大将(アネゴ)

 

 慣れない人間語で一言。

 わたしの反応を待たずに飛び出して、クロムは近づいてくるカフカさんに接近戦をしかける。

 

Aaaaaaaaaaa(ぶちかましてやらあああ)!』

「何だ、君が出てくるなら話は早い!」

 

 さっきみたいに暴れているように見えて、クロムはわたしを守るように戦っている。

 ジェイドとルビーの攻撃に意識を向けながら、こっちに相手を寄せつけないように。

 

『提言、戦術』

「……! うん、わかった。それでいこう!」

 

 ターコイズの作戦を聞いたわたしは従魔全員と意識を共有する。考えたことがすぐ伝わるように。

 あんまり長い時間は続かないだろう。《始まり》と《言詞》を一緒に使うと頭がパンクしそう。

 でもでも、これで連携はバッチリになる!

 

 まずは一度クロムに下がってもらう。

 カフカさんはそれを追って、わたしのほうに突撃。

 

「いきなりどうしたのさ? 今さらビビったの? いっそ主従まとめて倒しちゃおうか!」

 

 カフカさんは剣を投げつける。

 すごい速さで飛んできたそれはジェイドの風で勢いを弱めて、ルビーの魔法で撃ち落とされる。

 地面に落ちたあと、なにもなかったみたいにふわりと浮かんで、また襲いかかってきた。

 

「防御しても無駄だって。《爆破(リベレイション)》」

 

 怨念の力で動く剣は自動的にわたしを狙う。

 呪われた武器を爆発させるスキルにわたしたちは巻き込まれてしまい。

 

『《Astro Guard》』

 

 防御力を上げたクロムが壁になって、わたしとジェイドたちを爆発から守ってくれた。

 わたしのHPは減っていない。完璧には守れないと知ったクロムが《ライフリンク》でダメージを肩代わりすると言ってくれたから。

 

 武器を離したカフカさんは隙だらけだ。

 ここからは反撃のターンだよ!

 

 カフカさんを足元から丸呑みする半透明の青。

 触ったものをドロドロに溶かしてしまうスライムだ。

 

「……っ」

 

 ターコイズに包まれて息ができないはずだけど、ぜんぜん平気そう。それでも動きが止まった。

 新しい武器を装備して脱出しようとしているけど、物理攻撃は無効だし武器も溶けちゃう。

 ただ、呪いがあるから油断はできない。

 

 わたしは火属性魔法の【ジェム】を投げて、ジェイドに風で飛ばしてもらう。

 液体酸素のターコイズに着火。そして大爆発。

 

「ゲホ、ゲホ……ちょっと! 気管にスライム入って気持ち悪いんだけど!?」

Gaaaaaaaaa(そりゃよかったなあ)!』

 

 炎の中を突っ切ったクロムのアッパーカットが、むせるカフカさんの顎に直撃した。

 宙に浮いたカフカさんを掴むと、クロムは最後の力を振り絞って、自分もろとも岩の外皮で閉じ込める。

 

「もう瀕死じゃん。無理するなって、死んじゃえよ。君を殺して岩から出ればいいだけなんだしさ!」

 

 呪いの武器が振り回されて岩が崩れる。

 上半身の自由を取り戻したカフカさんが見たものは、ぽっかりと空いた鬼一人分の空間。

 

「……いない?」

 

 全力で戦い、わたしをかばって大きなダメージを受けていたクロムはとっくに限界を迎えていた。

 だから設定したラインよりHPが下回った時点でわたしの【ジュエル】に戻っている。

 最後のパンチと岩の拘束はクロムの意地で、どうしてもやりたいという仕返しだ。

 

 カフカさんはまだ下半身が岩のなか。

 この隙に、岩をガチガチに固めて抜け出せないようにするのが魔法を使えるルビーのお仕事。

 もうちょっとした攻撃じゃ壊れないくらいに、土属性魔法で強度を上げている。

 

Kyukyukyu(覚悟しなさいよ)

 

 残った外皮を利用して完成するのはカプセルだ。

 動けないカフカさんに覆いかぶさるように、硬い岩のドームが自由な上半身ごと包み込む。

 もちろんカプセルは武器で攻撃しても傷つかないくらい。固めた岩を何層も重ねてパイ生地みたいにした。

 

 感覚共有中のルビーは魔法のスペシャリスト。

 火属性以外の魔法を、同時に使うことができる。

 いろんな属性を一気に展開するのはとてもきれいだけど、戦いかたはそれだけじゃない。

 

 一種類の魔法を同時に使って、ルビーは合体魔法を発動できる。本当なら何人もの魔法使いが力を合わせて魔法の効果を高める技術だ。強い相手にも通用するはず。

 名づけて《セブン・キャスト》。七重の魔法がカフカさんを封印した岩をオブジェの形に整える。

 

「だからさあ……効かないって言ってるだろ」

 

 反響する声はイライラが混じっている。

 武器を取り出して攻撃する音。そしてさっきのように呪いの武器を爆発させる音が聞こえてきた。

 自分はダメージを受けないから、せまい空間でもお構いなしに高火力のスキルをぶつけているんだろう。

 それでもカプセルを破壊するのは時間がかかるはずだ。今のうちに逃げることはできる。

 

 でも、これで終わりにしたらモヤモヤするから。

 

「カフカさん。仲直りしましょう!」

「……はあ?」

 

 おたがいに悪いところがあったなら。

 ちゃんと謝ってごめんなさいと言おう。

 せっかく知り合いなんだ。できるなら、なかよくするほうがいいに決まっている。

 

「僕、君ら殺そうとしてるんだけど」

「それはいやでした。だけどみんな無事で、生きてます! それに攻撃したのはおたがいさまだから……カフカさんはお話したらわかってくれると思うので!」

「残念無念。僕は“論理破綻”なんだよ」

だから(・・・)、こうやって話したら答えてくれます! 今日はあべこべなロールプレイの日なんですよね?」

「ふうん。屁理屈を」

 

 話が通じないように見えるけど、そんなことはない。

 時と場合で考えていることが変わるのは人間だったら当たり前だろう。カフカさんは、それがちょっと激しい感じの演技をして遊んでいるというだけ。

 わたしとおんなじように感情があって、根っこの部分は普通の人間だ。だったら友だちとまではいかなくても、わかりあうことはできるはずだから。

 

「偽善だね。夢物語だ。甘すぎる。面白いけど、だから僕は話さないよ。そもそも! 何を解決した風に話しかけてるのかな? 僕はまだ戦うつもりだよ!」

 

 心なしか岩から聞こえる攻撃音が大きくなって、わたしが話しかけても返事をしてくれなくなる。

 

 少し迷って、わたしは【萌芽の横笛】を吹いた。

 春の訪れを告げるメロディが響いて、戦いで疲れたみんなの傷が回復していく。

 

「耳がぁ!?」

 

 カフカさんには逆効果だった。

 はじめての有効な攻撃だ。

 ひょっとして、ダメージと回復をあべこべにしてる?

 

「やってくれるじゃないか……だけど、耳栓をすれば聞こえない。なんたって高級耳栓だからね!」

「《聲よ響け高らかに》!」

「ああああああああ!?」

 

 わざと不協和音を鳴らしてみる。

 ドタバタする音と悲鳴。

 岩の壁をドンドン叩いて助けを求めるカフカさん。

 

「ねえ何これ!? 耳塞いでも音が聞こえるんだけど! 怖い怖い気持ち悪い! あはは! くそ、これどうやって反転すればいいの!? 今すぐ止めて!」

「わたしが攻撃しないでって頼んだとき、カフカさんなんて言いましたっけ」

「……めちゃキレてる?」

 

 あたりまえだよ。

 今のでちょっと胸がスカッとしたけどね。

 

「ぜんぶ許そうとは言わないです。それができたらいいけど、わたしだって怒ってますから」

 

 わたしの話を聞かずにクロムを殺そうとした。

 謝られたからといって、すんなり許せるかというと……難しい。どうしてもいやな気持ちが少しは残ってしまう。

 従魔の命は一個しかない。そして許す許さないはわたし一人で決めることじゃない。

 

 でも、わたしたちにも悪いところはある。

 カフカさんの立場で考えたら、いきなり襲われた相手に反撃したってわけで。ここまでは正当防衛だ。

 

「カフカさんは暇つぶしで戦いを続けましたよね」

 

 理由なんてないとカフカさんは言った。

 襲われたことは怒ってないと。

 

「本当になんの理由もなくて、なにかをすることってないと思うんです。言葉にできないけどなんだかむしゃくしゃするとか、ちょうど疲れてたり、逆にうれしいことがあったり……なんとなくでも感じたことがあるから行動するのかなって」

 

 伝わってくる気持ちは不満だった。

 退屈でつまらなくて、自分がいやになっている。

 だから嘘をつく。正反対のことを言う。

 誰よりも嫌いな自分を否定するために。

 

「つまらないなら、楽しいことをしませんか?」

 

 今のままじゃあ楽しくないもん。

 わたしもカフカさんも。

 

「こうやって戦うより、仲直りしたほうが楽しいことに目を向けられると思います!」

「ふうん、君は子供だね。悪を知らない善は純粋だ」

 

 カプセルの内側からため息が聞こえた。

 続いてギャリギャリという音がすると、回転するドリルが岩を貫いて腕が通る大きさの穴が開く。

 

「僕には到底受け入れられないなあ。『みんなで仲良く』なんて神経をすり減らしそうだ。……だからいいよ。ぶっちゃけ飽きたし、仲直りしよう」

 

 ひょっこりと器用に手だけ出すカフカさん。

 仲直りのサインに握手をしたいっぽい。

 わたしはカフカさんの手を握る。

 

「――なんちゃって」

「ほへ!?」

 

 すると、強い力で岩のなかに引っ張られる。

 もちろん穴に通るのは腕だけだ。

 ただ、しっかりと掴まれているから引き抜けない!

 

「いけないなあ、甘すぎるよサラ。プリンアラモードに蜂蜜とチョコと練乳をかけたくらいに甘い。敵と向かい合う時は優しさを捨てるべきだ。悪党は最後まで害意たっぷりだからね。まるでチョコ菓子みたいにさあ!」

 

 嘘を反転したカフカさんが勝ち誇る。

 そして四角い箱が押しつけられる感触がした。

 

「《箱詰めの悪戯》っと。まあ安心しなよ。僕は変人だけど本物の悪党には程遠い。まるで理解ができない、だからこそ! 今日は君の言葉に従って楽しいこと(・・・・・)をしてみたよ! それじゃあ次の機会にね、アデュー!」

 

 パッと手を離したカフカさんの気配が消える。

 メニューからログアウトしたらしい。

 とことん予想ができない人だったね……。

 結局、謝罪も仲直りもしないでいっちゃった。

 でも戦いをやめて引いてくれたんだもの。ちょっとくらい気持ちが伝わっていたらいいな。

 

Rrrr(さ、サラ)……?』

 

 ジェイドがびっくりした顔でこっちを見る。

 なにかのスキルを受けたみたいだけど。どうして、わけがわからないって表情をしているの?

 体におかしいところはない。HPと状態異常も刺されたときのまま。出血でダメージを受けているくらい。

 新しい変化はない、はず。

 

Kyukyu(平気なの)?』

「なんのこと?」

 

 ルビーは魔法で鏡を作ってくれた。

 そっとわたしから目を逸らしながら。

 

 いやな予感を覚えつつ、わたしは鏡を覗いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「はあー疲れた。何が楽しくて戦ったのか、自分でもよく分からないや。あの時間なんだったのさ」

 

「そもそもギデオンに来た意味。“トーナメント”出ないなら無駄足だったよね? 本当に僕ってやつは生産性のある行動ができないときてる」

 

「……あ、そうだった。依頼を二件頼まれてたや」

 

「そうだよ、そのためにサラを探してたのに。すっかり忘れて何してるんだ僕は」

 

「でも仕方ないよね。あの鬼のせいってことで。それに、依頼内容が矛盾してる」

 

「あのオペラおばさんには伝言と手助けを頼まれてて」

 

「もう一つは……何だっけ。ボイチョーだかシブドーだかの変なやつから……そうだ。従魔を奪うか殺すかしろって言われてたな。こっちは実行したようなものだけどー」

 

「まあいっか! 依頼の塩漬けはいつものことだ。報酬ショボいクエストだし、きっと大丈夫でしょ。寝よっと」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 鏡に映っていたのは、片目が傷ついたわたし。

 

 ――に、そっくりの男の子(・・・)

 

「……!?」

 

 びっくりした顔、ほっぺを触る手。

 鏡の男の子はわたしとおんなじ動きをした。

 

 とっさに胸を触る。

 

「……ない」

 

 ものすっごい迷ってから、下を見る。

 

「っ、ふぎゃああああああああああああ!?」

 

 間違いない。

 

 わたし……男の子になっちゃった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<二話に分けるか悩んでまとめました

(U・ω・U)<三章はもう少しつづく

【ジェム】
(U・ω・U)<サラは攻撃というより補助的に使用する

(U・ω・U)<戦闘時の便利アイテム


カフカ
(U・ω・U)<生粋の遊戯派

(U・ω・U)<彼が今回行動したせいで、大勢の予定が狂いました

(U・ω・U)<吉とでるか凶とでるか


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“トーナメント”・十日目 狼よ、

 □■決闘都市ギデオン・中央大闘技場

 

 “トーナメント”最終日。

 これまで九日間で白熱する戦いを目にした観客が、最も期待と興奮を胸に待ち侘びるのが本日の試合である。

 

 賞品として掲げられるは神話級<UBM>。

 数少ない例外を除いて最高峰の等級であり、その特典武具目当てに猛者が勢揃いしている。

 

 決闘王者のフィガロが参戦を表明したことも多大な影響を与えているだろう。

 興行の決闘でフィガロと対戦するには一つ下の順位……決闘ランキング二位の座に座らなければならない。

 しかしトーナメントなら、組み合わせ次第では参加者全員に等しく権利が与えられる。

 やはりというべきか、彼と戦う機会を逃すまいと挑戦者がひしめき合うことになった。

 

 このような背景から、質の高い試合が約束されている十日目に観客が押し寄せるのも当然のこと。

 客席は既に満員だ。余程の幸運の持ち主か、そうでなければ前日から会場に備えて席を狙っていたのだろう。徹夜で目を擦る者がちらほらと見受けられる。

 

「Zzz」

「おい、起きろ。解説動画撮るって言ったの君だろう」

 

 こくりこくりと船を漕いで夢現……どころか鼻提灯を膨らませる少女を、嫌味を添えて揺り起こす男。

 動画配信者系プレイヤーのショウカと、その雑用係(本人は否定)グルコースだ。

 彼らはチャンネルの再生回数を稼ぐため、本日の決闘を撮影する心算だった。

 ちなみに大半の参加者から許可を得ていない。そのため後日許可取りに奔走するのは余談である。

 

「少し寝かせてくださいよ〜。まだ試合始まってないですし。あ、後で編集して音声別録りしましょうか」

「その作業は誰がやるんだよ。僕じゃないだろうな」

「……ま、まあそれは置いといて。アドラはどこです? せっかく席を確保したのに」

 

 いつも騒がしい仲間が見当たらない。

 人混みの中にいても大質量の筋肉は目立つ。小柄なショウカが飛び跳ねずとも簡単に発見できるはずだが。

 

「聞いてなかったのか? あいつ、今日の参加者だぞ」

「マジですか」

 

 寝耳に水という反応に、グルコースはため息を吐いた。

 事前に連絡していてコレである。

 

「え、じゃあ今日は陰険もやしと二人です?」

「営業外でもプロレスか。随分と勤勉だね」

「口調にトゲしかないじゃないですかヤダ〜。男のツンデレなんて需要が一体どれほど……逆手に取って市場を開拓しましょうか?」

 

 挨拶同然のレスバを交わす二人だが、撮影の準備は滞りなく進めている。彼らなりのお遊びがストレッチになり、ショウカの脳と舌が回り出す。

 

「どうせなら他の面子も呼びましょうか」

「例えば?」

「セラ先輩とか」

「ダンジョン篭りしてるよ」

「じゃあサラちゃん」

「ログインしてない。……そういえば三日目に見たけど、様子が変だったような」

「ほう。詳しく」

「頭に布巻いて四番街を走ってた」

「マーケットかガチャで散財したのでは」

「彼女がそれで奇行に走るか……?」

 

 憶測ばかりで真実は闇の中。

 まさか男性化のショックで涙目になりながら、正体を隠せる装備を探していたとは夢にも思うまい。

 ログイン中だとしても今のサラはゲームを楽しむ余裕がないだろうが。とにかく、いない者は呼べない。

 

「では以前パーティを組んだよしみで、アリアリアちゃんを特殊召喚します。ショウカ(・・・・)ンだけに」

「……」

 

 無視を決め込むグルコース。

 場の空気は凍った。

 

「そもそも私は魔術師でしょうが〜!」

「……」

「あはは……はは……」

 

 反応をもぎ取ろうとした結果、傷口が広がる。

 悲しいかな。心の傷は回復魔法でも癒せない。

 もしや今日は絶不調なのでは? こんな絶好の動画日和に? とショウカの背筋に冷たいものが走る。

 

「ハッハッハ! いつにも増してキレがいいな!」

 

 同時に衝撃が背中から伝わる。

 快音と合わせて体を震わす笑いに、ショウカは叩かれた箇所をさすりながら怒りの声を上げる。

 

「痛いですねアドラ! って、え?」

 

 背後に立つ筋骨隆々の大男に彼女は目を見開く。

 鷲の覆面マントに上半身裸という悪役格闘家じみた風貌と、鼓膜を数枚貫通する暑苦しい大声。

 今日の試合に参加するパーティメンバーが客席にいることにショウカは首を傾げる。

 

「何してんですか。選手は控室にいないと」

「問題ない! 二人とも、すまんが寄ってくれ。詰めれば三人座れるだろう!」

 

 アドラは巨体をねじ込み、どっしりと腰を下ろす。

 遠慮なく席の半分以上を占領して腕を組むと、屋台で購入したであろう食べ物を広げてくつろぎ始める。

 どう見ても観戦の態勢で、摩訶不思議な光景にショウカとグルコースは顔を見合わせた。

 いくら図太いとはいえ、この男は試合直前に身勝手な振る舞いをする人物ではない。公式戦ならなおのこと。係員の目を盗んで勝手に控室を抜け出すような行為はしない……そのはずである。

 

「迷惑かけて追い出されたりしてないだろうな。控室でも高笑いしてたんじゃないのか?」

「ハッハッハ! その程度で選手を失格にするほどギデオン伯爵は狭量ではないだろう!」

「じゃあやっぱりアドラがトチ狂ったんですね」

「なぜ! 俺が悪いと! 決めつけるのか!」

 

 弁当を頬張りながら叫ぶアドラ。食べかすが四方八方に飛び散り、二人は顔を顰める。

 

「君、行儀が悪いぞ」

「すまん! やはり飯時は誰かと話しながら食うのが一番だからな! ハッハッハ!」

 

 今度はきちんと飲み込んでから笑う。

 グルコース主導で飛び散った食べかすを掃除してから、ようやくアドラは理由を説明する……のではなく、二個目の弁当を手に取った。

 

「私達より食事が優先ですか!?」

「違う」

 

 二個目の弁当がショウカにずいと押しつけられる。

 次の一個はグルコースに。

 

「まずは食え。その顔、ろくに寝てもいないだろう」

「ま、まあ……この席取るのに徹夜でしたし」

「せめて腹に飯を入れろ。聞いていて小気味良い声援というのは、観客が気力に溢れてないといかん。俺の話は食べてからで構わんだろう」

「……たまにマトモなこと言うから調子狂うんだよな」

「ハッハッハ! 俺は常にまともだぞ!」

 

 黙々と咀嚼する三人。

 弁当を平らげたところでアドラが口を開いた。

 

「それでだな。俺がここにいる理由だが」

「負けたんだろ」

「ハッハッハッハッハッハ! いやその通りなんだが! もう少し手心が欲しいぞグルコース!」

 

 勿体ぶった途端に切り捨てられたことで流石のアドラも少々動揺している。あるいは敗北の衝撃から未だ抜け出せていないのか。ある程度長い付き合いだからこそ、二人は彼の笑い声に覇気がないことを察する。

 

「今日のレベルが高かったのと、組み合わせだよ。そもそも半分以上は予選落ちなんだから気にするな」

「アドラも上級職にしては普通に強いですからね。ちなみに何回戦までいきました? 相手は?」

「全く手厳しいな!」

 

 慰めているようで慰めになっていない言葉で逆に奮起したのか、アドラは客席を台にして立ち上がる。

 

「ではいくぞ。まずは一回戦だが」

「おいやめろ馬鹿アドラ。座れ立つな騒ぐな」

「訛りのあるサムライに、こう……技をかけてだな……アドラァァァァ・スペシャルゥゥゥ!」

「叫ぶな! そして再現しようとするんじゃない!」

「わりと好評ですね。試合前だからお客さんも暇してるみたいで。ほら拍手まで」

「嘘だろ……?」

 

 二回戦、三回戦の分と続けてリプレイが始まる。

 ショウカはクタアトをけしかけ、アドラの対戦相手の姿を模倣する。スライム組み手を前にグルコースは職業病でカメラを回していた。

 馬鹿らしい技名とアドラ渾身の叫びがミスマッチして、即興のパフォーマンスとしては上々である。それは観客に魅せることを意識した戦い振りだった。

 

「こんなところだな!」

 

 次に移ろうかというところで、アドラは再現を止めた。

 

「あれ? でも三回戦は勝ったんですから……」

「何でショウカが乗り気なんだ。もう頃合いだろ。そろそろ“トーナメント”の試合が始まるけど」

 

 気がつけば短くない時間が過ぎていた。

 グルコースの言葉で野次馬は散り散りになる。

 三人も席について眼下を見やる。

 結界に覆われた舞台は未だ無人だ。司会のアナウンスによると、間もなく選手が入場する。

 

「助かる」

「らしくないぞ」

「え? どういうことです?」

 

 一人蚊帳の外に置かれたショウカは訳がわからない。

 アドラの呟きも、グルコースの気遣いも、再現を夢中で観ていた彼女はそこまで意識が回らなかった。

 もちろん試合が始まるのは嘘ではないけれど。

 

 彼らが再現を止めた理由は別にある。

 

「……? あ、組み合わせが出たみたいですね」

 

 本戦開始により公開された表には、これまでの試合結果と、五回戦以降のマッチングが記載されている。

 ショウカは目を凝らして一人の名前を探す。

 

「アドラ、アドラ……いたいた。やっぱり四回戦敗退(本戦まであと一歩)でしたか。惜しかったですね。相手は……っ」

 

 ショウカは目を見開いて固まる。

 指で辿った先にある名前は既知のものだった。

 そしてようやく理解する。アドラが語りたがらない理由は、情けないからだということに。

 

「それだけじゃないだろ。君なら、誰に負けようがそれだけで気にはしない。勝った方を讃えて、笑いながらお互いの見せ場を語る気持ちのいい馬鹿だ。一体どうした?」

「……あれは、見れる戦いではなかったからな」

 

 絞り出した答えが意味するところは一つ。

 アドラと彼女(・・)の戦いに見せ場など存在しない。

 観客が沸き上がる激突も、心躍る奮闘もなく。

 ただ訳も分からず一方的にやられたのだ、と。

 

「だがしかし! 過ぎたことは仕方ない! 敗北はひとえに己の力量不足! 漢アドラ、いつまでも引きずるような女々しい真似はしない! ハッハッハ!」

 

 高笑いをしたアドラは食べ物を口に放り込む。

 先程までの雰囲気はどこへやら、すっかりいつも通りに戻ったのは見事と言える。

 

「アドラの大声が入ったら映像使えないんですけど、どうしましょうか?」

「そんなの知らないよ。編集じゃない」

 

 

 ◇◆

 

 

 十日目の試合は初戦から番狂わせが起きた。

 元カルディナ所属の<超級>である【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザーの登場。

 王国に移籍したことを知らない観客は戸惑いを隠せず、しかし本人は意に介さず着実に勝利を積み重ねる。

 トーナメント表によると、順当に勝ち上がれば決勝でアルベルトとフィガロが激突する。十中八九そうなることは誰の目にも疑いようがない。

 

 故に観客は期待する。フィガロの勝利を。

 

 舞台に上がったフィガロを歓声が迎え入れる。

 まずは本戦の一試合目。彼の戦いを目にするべく集まった人々は、一様に肩慣らしになると考えていた。

 最初の対戦相手は無名のルーキーだ。数多の強者がひしめく中で勝ち上がった幸運は認めるが、引き立て役が務まれば上々……よく言えば同情的な、悪く言えば眼中にないという有様である。

 

 ただ、フィガロ本人は静かに相手を待っていた。

 誰が相手だろうと全力で戦うだけ。

 それが猛者ならば良し。己の全てを燃やし尽くせる強敵がいたらなお良いと。

 

 反対側の入場口から対戦相手が姿を表す。

 

 それは未だ幼さを残す少女だった。

 可憐な装束の袖口からは精巧な人形のように白く細い手首が覗いている。

 螺旋状に巻かれた金髪が風でたなびくと、釣られて、仮面に漆黒の細波が立った。

 

『西、【剛闘士】――――』

 

 名前を耳にして、フィガロは記憶の片隅を掘り起こす。

 果たして彼女は期待に応え得るのか。

 

『東、決闘ランキング一位【超闘士】フィガロ』

 

 少女は顔を上げてフィガロを見つめた。

 表情は窺えない。仮面で口元以外が隠されている。

 桜色の唇は固く結ばれ、しかして柔らかに解けた。

 

「……不思議ね。思ったより落ち着いてるわ」

 

 大舞台に立ちながら、少女の心は穏やかに澄み切っており、全身は程よく弛緩している。

 心身共にコンディションは良好だ。

 観客の視線、強者の重圧、自身に起因する緊張、全てを跳ね除けた少女の感覚は研ぎ澄まされている。

 

 少女は舌舐めずりをして笑みを浮かべる。

 漏れ出す殺気を隠そうともしていない。

 一説によると、笑顔の起源は威嚇であるという。

 牙を剥き出しにして歪んだ表情は警戒の現れ。

 まさしく、原始回帰した野生の言語である。

 

 それに応えてフィガロは微笑む。

 会場内でただ一人、彼だけが少女を敵として認めた。

 交差する両者の視線は何よりも雄弁に物語っている。

 

 ――あなたをぶっ飛ばす。

 ――全力で戦おう。

 

 カウントダウンの最中にフィガロは武装を展開する。

 対する少女は無手。装備した防具も最低限に留まる。

 

『試合開始』

 

 先に動いたのはフィガロ。

 メインウェポンの鎖が自動的に伸びて迫る。

 しかし、布石を打っていたのは少女の方だった。

 

「――《天喰らう牙(マーナガルム)》」

 

 吼え哮るは餓えた獣。

 王者に牙を突き立てろ。

 

 To be continued



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“トーナメント”・十日目 頂の獅子に牙を剥け

 □■中央大闘技場

 

 試合開始の宣言と同時に交錯した攻防。

 眼の良い者はしっかりと、その他の観客も結界の内部時間減速により、何が起きたのかは見てとれた。

 フィガロが愛用するメインウェポンの鎖、【紅蓮鎖獄の看守】は少女目掛けて繰り出されたのだが。

 

「掴んだのか……素手で」

 

 客席のグルコースは唖然として呟いた。

 信じられないと目を擦る。

 カメラを回す手は止まっていた。とても撮影どころではないし、撮影しても意味がない(・・・・・)

 

「今のを見たか! 鎖の動きに合わせてシュッと手を添えて、ギャッと掴む! しかも引き寄せて奪い取ったぞ! 鮮やかな手並みだ!」

「めっちゃ元気じゃないですかアドラ。しかし、デンドロって無刀取りできたのでしょうか」

「……システム的には可能だろうけどさ」

 

 従来のゲームと違い、フルダイブ型ゲームのデンドロは細かい仕様が現実的である。

 装備枠に収めていない武器も手にすることができるが、しかしその状態で攻撃しても本来の威力は発揮されない。

 装備の奪取が可能なジョブの代表例は盗賊や強盗系統があるが、奪った装備を運用するのはまた別の話だ。

 

「くぅ、もっと見たいのですが。動画映えする匂いがプンプンするのですが……物理的に見えませんね」

 

 結界内の舞台を包む漆黒の半球。

 蠢く影に遮られて二人の様子は窺い知れない。

 攻防の直後、観戦や撮影は不可能になってしまった。

 

「キャッスル……いや、テリトリーか……? ショウカはどう見る。あの必殺スキル」

「迫力ありましたねー。じわじわと地面に影が広がって、そのまま狼の頭になってバクンと一飲み!」

「感想は聞いてないよ」

「普通に考えてガードナーでしょう。彼女、あんな感じの狼を連れていましたよね。ああいえ、武器に変形してましたからアームズとの複合でしょうか」

 

 カジュアル層でもゲーマー。そして動画配信者。

 なまじ知り合いで情報を持っているために、ショウカとグルコースは好き勝手な考察と推測を交わし合う。

 基本<エンブリオ>のカテゴリーは決まっているために適当なことを言えば必ずどれかは正解なのだが。

 

「アドラは直接戦ったのでしょう? どうでした?」

 

 四回戦で敗北を喫した相手の所感を尋ねると、

 

「分からん。一瞬でやられたからな」

「ええ……せめて中はどうなってるか教えろください」

「ハッハッハ! 分からんと言ったら分からん!」

 

 全く参考にならない答えが返される。

 はぐらかしている風ではない。

 からかっているのでもない。

 それもそのはず、アドラは本当に分からないのだ。

 

「なにせ、真っ暗闇だったからな」

 

 闇というよりも影、絶えず濃淡を変える帳。

 一寸先すら見通せない暗所。アレはそういう理だ。

 視覚に頼った戦い方では、困惑したところに初撃で首を刎ね飛ばされるのもやむなしというところだろう。

 

 さながら影の檻。察するに相手を翻弄するため……ではなく、そして切り札は別にある(・・・・・・・・)

 アドラの直感はそう告げているが、手札を暴けず敗北した身としては決着を待つしかない。

 観戦しようにも影に包まれた舞台は見えず。

 本人に聞いたとしても、簡単に手の内を晒すつもりはないだろうから。

 

 

 ◇◆

 

 

 暗闇の中でも戦いは止まらない。

 不可視の閉鎖空間という決闘らしからぬ試合運び。

 当然、仕掛けた側は準備をしており困惑はない。

 

 少女……アリアリアは仮面の具合を確認する。

 先程まで影が纏わりついていたそれは特注の装備だ。

 

(暗視装置は機能してる。第一関門はクリア)

 

 彼女は今日のために戦い方を組み上げてきた。

 どうすれば自分の強みを最大限発揮できるのか。

 相手に飲まれず、自身のペースに引き込むには。

 そして、これがベストだという結論に達した。

 

(懸念していた初撃……発動前に潰される、というのは防げたわね。フィガロは対応力があるから、まずは様子見をしてくると思っていたけれど)

 

 フィガロのスタイルは器用万能だ。

 装備を強化して、どんな状況にも対応する。

 相手の戦法を見てからメタ装備を身につける。

 それができるだけの高いステータスと無数の武具を有している。故に、最初から癖の強い攻撃をしてくることはないだろうとアリアリアは読んでいた。

 彼の性格上、序盤に強力な一撃で相手を倒すというのも考えづらい。

 

 だから【紅蓮鎖獄の看守】を使ってきた。

 伸縮自在・自動追尾の能力を持つ強力な武器だ。

 それ自体は特別なスキルを持たない普通の装備で、単なる物理攻撃以上の効果は発揮されない。

 

 であるならば(・・・・・・)

 

(こうして奪い取ることができる)

 

 鎖は今、アリアリアの手の中に。

 所有者から離れた鎖は黒い影に染め上げられている。

 まるでアリアリアを持ち主と仰ぐかのように。

 彼女の意思に応じて従順にとぐろを巻く。

 

 影に侵食された装備はアリアリアのものになる。

 それは同系統の能力とぶつかり合うか、格上が付与した保護でもなければ抵抗は不可能だ。

 マーナガルムという<エンブリオ>の特性であり、アリアリアが有する手札のひとつ。

 

 アリアリアがこの戦いに無手で挑んだのは、何も見栄や酔狂というわけではない。

 逆だ。武器を持ったら本気を出せない。

 装備枠は左右の手でひとつずつ。闘士系統のスキルで追加されたとしても、とても足りない。

 なにせ、武器は無尽蔵にふってくる。

 自前の武器を装備したら枠が埋まってしまう。

 相手は無数の武具を操る王者なのだから。

 むしろ両手を自由にしていた方が掴みやすい。

 

(勝機は速戦即決。相手は戦闘が長引くほど強くなる……つまり試合開始直後が一番弱い。こっちの手札が知られていない今、ここで! ぶっ飛ばすわ!)

 

 暗闇と同化した鎖が鎌首をもたげる。

 一時的に視界を遮られて周囲を探るフィガロ目掛けて、銘の通りに鮮血を浴びんと本来の持ち主を襲った。

 

「……!」

 

 空気を裂く音、あるいは肌に触れる風で攻撃を悟ったフィガロはその場から飛び退いた。

 目は見えずとも彼はおおよその状況を把握している。

 アリアリアが触れた瞬間に装備枠から外れた武器と、聞き慣れた鎖の音。ヒントは出揃っていた。

 

 そして考える。

 アリアリアが触れた武器は奪われる危険がある。

 直接触れる近接武器はいけない。

 銃か非接触の攻撃スキルにすべきだろうと。

 失った鎖に代わる武器を取り出そうとして、

 

 全身を包む悪寒が一層強まったことを感じ、

 

「《神触(テイクオーバー)》」

 

 フィガロの装備、その半数が影に()まれた。

 

「……これは」

 

 驚いたフィガロは思わず呟く。

 起きた現象は先程と同じだ。しかし異なる点がある。

 奪われた装備は複数、ただ個数よりも気にしなくてはならないことがひとつ。

 

 今、アリアリアは触れていなかった。

 

 装備を侵食して所有権を強奪するスキル。

 強力だが、相応の条件が必要だとフィガロは考えた。

 例えば使用者の接触。接近するリスクと引き換えならば十分あり得る類だ。裏を返せば、無条件で発動可能なスキルとは考えにくい。

 

 その推測は正しい。

 そして、ここまで分かればタネは掴めるというもの。

 即ち……既に、常に、フィガロは触れられているのだ。

 このマーナガルムという空間に(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 ◇◆

 

 

 マーナガルムのモチーフ元は北欧神話に語られる巨大な狼である。

 死者を喰らい、月を捕らえ、天空を血で塗り尽くす。

 天地万象を腹に収めて陽光をも翳らす魔狼。

 

 アリアリアの<エンブリオ>は、彼女のパーソナルを色濃く反映した結果……伝承と酷似した力を発現する。

 それが《天喰らう牙(マーナガルム)》。空間を侵食して影の内部に取り込む必殺スキルだ。

 元よりマーナガルムは対象を問わない悪食だったが、実体という縛りを排していよいよ見境がなくなった。

 

 飲まれた空間の内部は影に上書きされる。

 キャンバスを絵の具で塗りつぶすように。

 あるいは絵画の一箇所を切り取って、黒一色のピースに置き換えるように。

 侵食した空間をマーナガルムが掌握する。

 

 装備品の強奪は思いのままだ。

 なぜなら、そこは狼の腹の中。空間はマーナガルムの影で満たされている。

 飲まれた時点で既に接触しているのと同義。

 

 己の法則を外部に展開するワールドではなく。

 己の内部に法則を齎すルールであり。

 己の腹に対象を留めるラビリンス。

 

 此れを以て、其の本質は定められた。

 

 【捕蝕叫影 マーナガルム】はかつての銘。

 第五形態への進化、並びに必殺スキルの獲得。

 何より、主人の渇望によって獣は再誕する。

 

 TYPE:ラビリンス・ルール・アドバンス・ガーディアン・アームズ、【捕蝕叫狼 マーナガルム】。

 世にも珍しい五重複合型(フルハイブリッド)の<エンブリオ>である。

 

 

 ◇◆

 

 

 必中の装備強奪。

 フィガロとの相性は良くない。が、しかし。

 悪いと言い切るにはいささか弱い。

 

 即座にフィガロは装備を改める。

 侵食されたものは捨て置き、アイテムボックスから取り出した新しい武具を揃えて、体勢を立て直す。

 速攻を目論むアリアリアがそれを許すはずもなく、再度《神触》を発動しながら肉薄するが。

 

 ――迫る矛先は影に染まらない。

 

 カウンターで突き出された一槍を仰け反り回避するアリアリア。しかし未だ彼女は間合いの内側にいた。

 凍気を噴き出す撃鉄式馬上槍は【撃氷大槍 ヨークルフロイプ】だ。

 後ろに下がっても無意味と判断したアリアリアは氷を纏う槍を蹴り上げ、発射口を無理やりに逸らす。

 

 攻撃から逃れる代償は【凍結】した左足。

 使いものにならないと見切りをつけて、アリアリアは自ら足を砕くと、切断面に長剣を取り付けて義足とする。

 

 その間もフィガロは無作為に攻撃を繰り出す。

 攻め立てるはいずれも超常の武装。

 特異かつ固有のスキルが影の空間を破壊しようと全方位に猛威を振るう。

 そして、全ての装備がマーナガルムを拒む。

 

 フィガロは全身を特典武具のみ(・・・・・・)で固めていた。

 

 マーナガルムは<エンブリオ>と特典武具には通用しない。侵食しても所有権を奪えない。

 <エンブリオ>や特典武具で全ての装備枠を埋める者はそういないからこそ、アリアリアはこの制限を甘んじて受け入れていたが……何事も例外がある。

 

 フィガロは王国随一の特典武具保有者だ。

 流石に全ての枠を埋めるだけの特典武具は所有していない(装備枠の被りがある)が、彼は使用装備数と反比例する強化スキルを持つ。

 所有権を奪われない武装に、装備枠の空白というデメリットをものともしない能力。

 相性の話をするなら、アリアリアにとってはどうしようもない鬼門であると言えよう。

 

「チッ……」

 

 攻撃の隙間を見切り、アリアリアは身を翻す。

 退くのは愚策だ。時間は彼女に味方しない。

 敗北と隣り合わせの殺戮圏で少女は踊る。紙一重の踏み込みが生死を分ける猛攻を前に、アリアリアは彼我の間合いを保って、あまつさえ距離を詰めていく。

 

 全方位に向いていた武装がアリアリアに集中する。

 それが示すのは二点。

 フィガロは暗闇の中でアリアリアの捕捉に成功したということ。目が慣れたのか、スキルか、それとも生来の感覚故か。いずれにせよアリアリアの想定より遥かに早く、暗闇での優位性が失われた。

 もう一つは、フィガロがこの空間の性質を把握したためだ。全方位攻撃でも空間は霞のように手応えがなく、外部に攻撃が届いた気配を感じない。つまりマーナガルムの内部は異空間に近く、破壊からの脱出は難しい。

 例外は転移や空間破壊など、空間そのものに干渉するスキルかアイテムだ。ただしそれらは貴重な代物で、今のフィガロは適する装備を持ち合わせていない。……それでも構わないのだ。何にせよ、フィガロは対戦相手を倒すつもりなのだから。

 

「……?」

 

 そしてフィガロは気がついた。

 炎雷氷風を越えて、鋼の刃に身を晒す少女。

 

 彼女を捉えきれない。

 

 格闘技や古武術を修めた友人(シュウ)を知るフィガロは、アリアリアの動作が武術……あるいは舞踊の如き、何らかの系統だった技法によるものだと理解はした。

 それでも、本人の戦闘技術だけでは説明がつかない速度でアリアリアは肉体を駆動させている。

 

「特典武具フル装備? それくらい対策済みだっての」

 

 ここまでは想定内だ(・・・・)と。

 

 アリアリアは鎖を巻いた拳を突き出して、振るわれた双剣をまとめて粉砕する。

 強化されたフィガロの武装を玩具のように破壊する。

 超級職に匹敵するステータスと攻撃力無しには不可能な芸当で、今の彼女はそれだけの力がある。

 

 マーナガルムの能力は装備の侵食と、もう一つ。

 取り込んだ装備とアリアリア自身の強化。

 これは何も――侵食した装備には限らない。

 マーナガルムの内部にいるなら……敵であっても、アリアリアの力として徴収される。

 

 フィガロ本人と、その特典武具。

 それこそアリアリアが望んだ『力の源(エサ)』だ。

 

 第五形態時点でマーナガルムの容量は三十二。

 その内、アリアリアは自前で六個の枠を消費している。

 必要最低限まで装備数を絞った結果、アリアリアは仮面と胴体以外に装備を身につけていない。

 武器を奪うから装備枠が足りない……というのは理由のひとつに過ぎず。

 フィガロをマーナガルムの内部に留め置くため、彼が用いる装備を残りの容量に収めるため、アリアリアは限界寸前のラインを攻めた。

 

(通常、装備枠は全部で十四。【超闘士】はさらに十枠以上拡張されている。二十六個の容量でどこまでやれる分からなかったけれど、これなら)

 

「さあ、喰らい裂く時間よ」

 

 勝機と見てアリアリアは畳み掛ける。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<二話で収まりませんでした


アリアリア&マーナガルム
Ψ(▽W▽)Ψ<魔空空間!

(U・ω・U)<あなた平成生まれでしょう


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“トーナメント”・十日目 脳筋ゴリラデスマッチョ

 □■2045年4月上旬

 

 森の奥深く、翁面が舞い踊る。

 

 しなれど折れぬ若木のように。

 せせらぎに流るる花のように。

 しじまに佇む枯れ木のように。

 大地を押し上げる新芽のように。

 

 力強くもたおやかで、一切の無駄を排した所作。

 一挙手一投足に意味を込めた舞。

 それをアリアリアは黙って眺めていた。

 翁面こと【扇神】アタラクシア・カームがこの場所で修行を始めてから早三日が経過した。

 その間、飲食はおろかログアウトすらしないで、彼女はひたすらアタラクシアを観察している。

 

 アタラクシアは彼女を咎めない。

 邪魔をしないならどうでもよいというように。

 好きなだけ見ればいい。指導するつもりは毛頭ないが、見学するのはそちらの自由と告げて。

 三日三晩、片時も舞を絶やさずにいた。

 

「……」

 

 やがてアリアリアは視線を切り、静かに立ち上がる。

 強張った身体をほぐすように一歩。

 なめらかな足捌きで少女は舞い踊る。

 それは眼前の翁面と寸分違わぬ、瞼を閉じるアリアリアの脳裏に焼き付いた型だ。

 

 気がついた時には、アリアリアは宙を舞っていた。

 

「……ッ!」

 

 空中で回転する体と視界に困惑しながらも舌打ちしたアリアリアは半ば反射的に体勢を立て直して着地する。

 直後、足元に鉄扇が突き立った。

 アリアリアは自分がお手玉よろしく投げ飛ばされたことを悟り、翁面に食ってかかる。

 

「何するのよ!?」

「こちらの台詞です。好きにすれば良いとは言いましたが、自分が何をしたのか理解しているのですか」

 

 アタラクシアの顔は翁面に隠れているが、垣間見える口元と声音は激しい憤怒に染まっていた。

 

「別にあなたの邪魔はしてないわよ。私はただ、あなたの動きを真似しただけじゃない」

 

 アリアリアはさらなる強さを求めて、翁面ことアタラクシアの技を盗もうとしたに過ぎない。

 初めて出会った時にアタラクシアが披露した、意識の間隙を突く歩法。純粋な速度とは異なる技術の習得はAGIがかけ離れた強敵に対して有用と考えたからだ。

 そして翁面の舞にアリアリアの求める極意が集約されていると見出した次第である。

 

 付け加えると、機械仕掛けのゴリラを軽くあしらった防御術(?)の秘密を暴ければ上々と考えていた。こちらはアリアリアが観察する三日間で一度たりとも披露されなかったのだが。

 

 とにかく、修行は邪魔していない。

 アリアリアはそう主張する。

 しかしアタラクシアの認識は違った。

 

「……真似? あんなものが私の模倣だとでも? 本気なら思い上がりも甚だしい」

 

 彼にとって、アリアリアの行為は侮辱だった。

 全てを費やして磨き上げた技術を軽んじるだけでは飽き足らず、素人のお遊びに大差ないと貶められた。

 これは己の人生に唾を吐きかけられ、踏み躙られ、無価値と嘲笑されるに等しい蛮行である。

 修行を妨げるより余程タチが悪い。

 

「この三日間で何を見ていたのです。同門なら折檻からの修行漬けを課すところですよ。稚拙な真似事は止めていただきたい。貴方のような未熟者が我が物顔で型を披露した暁には、我が一門の名に傷がついてしまいます」

 

 故にアタラクシアは誅を下す。

 勘違いをした不届き者が二度と猿真似で喜ばぬように。

 舞台に立つ、立たないの問題ではない。

 アタラクシアにとってはアリアリアの存在そのものが恥。決して見逃すことのできない汚点なのだ。

 

「出来が悪いのは百も承知よ。それでも続けていれば、いつかは」

「なりませんよ。貴方は私に届かない。才能とはそういうものです。生まれついての土台が異なる。例えるなら、徒競走の開始位置が他者より前にあるようなもの。そして一番足が速く、誰より努力をしている。少し頑張った気になっているだけの凡人が勝てるはずもないでしょう」

「っ……うるっさいわね!」

 

 飛びかかったアリアリアの一刀はいとも容易く鉄扇に受け止められる。同時に、何がなんだか分からず攻撃を弾かれたアリアリアの肉体に一筋の裂傷が走った。

 

「他愛ない」

 

 這いつくばるアリアリアを翁面が見下ろす。

 

「当たり前ですが、凡人と天才は違うのですよ」

 

 ――お前は凡人だ。

 

 ――天才には届かない。

 

 ――いい加減に目を覚ませ。

 

 渦巻いた罵倒はアタラクシアからではなく。

 反響する声、朦朧とする視界。

 そしてアリアリアの視界は暗転する。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■中央大闘技場

 

 回避が僅かに遅れた。

 神速の斬撃が掠り、頭蓋が揺れる。

 無意識に体を捻って追い打ちを捌く。

 

(やば、一瞬トんでた)

 

 アリアリアは意識を覚醒させる。

 鮮明に再現された記憶は走馬灯の如く。

 戦闘中に自失した不甲斐なさに己を叱咤して、すぐさま状況の把握に移る。

 幸い、零コンマ数秒にも満たない出来事だった。超級職に匹敵する速度を得たアリアリアにとっては瞬き一回分。無論引き延ばされた体感時間に換算してだ。

 

 まだ勝敗はついていない。

 流れに乗ったアリアリアが、後手に回ったフィガロの反撃を躱して攻め立てる。

 凡庸な装備を用いるなら強奪し。

 歴戦の特典武具を繰り出すのなら、その力をアリアリアは我がものにする。

 

 名高い王者(チャンピオン)と、未知の挑戦者(ダークホース)の差異。

 それは手の内が明かされているか否か。

 観察して、研究して、対策した。

 とことん突き詰めた戦法の相性は上々だ。

 知識はアドバンテージになる。アリアリアが唯一勝っている要素であり、現にこうしてフィガロと戦えている。

 

(……違う)

 

 無限の刹那でアリアリアは焦燥を募らせる。

 徒手空拳で武具を打ち払い、至近距離の格闘に持ち込みながら。接戦を繰り広げているからこそ……どうしようもなく理解してしまう。

 

(こいつ本気だけど、全力は出してない(・・・・・・・・)

 

 事前調査で得た【超闘士】のカタログスペックと、こうして相対したアリアリアの体感には開きがある。

 フィガロが余力を残していることは明白だ。

 彼は無数の特典武具を持つが、なかでも特に有名な装備は二つ。両方とも使われておらず、即ち、アリアリアの実力はそれらを披露するに至らないということ。

 決闘が始まって数分も経過していない今、装備の強化限界が訪れるのはまだ先の話。アリアリアが必死に食らいつくフィガロは……これでも全力には程遠い。

 

 そして恐るべきは本人のバトルセンスか。

 装備やステータスに依らない強さは、アリアリアが喉から手が出るほど欲する天賦の才能だった。

 獣のような直感でアリアリアの攻め手は悉く潰される。それどころか一撃ごとにやり返される始末である。

 

 徹底してメタを取っても、所詮はその程度。

 これが凡人の限界だ。

 天には届かず、伸ばした手は虚をかすめる。

 何を悔しがる必要がある? 大健闘ではないか。

 

 そんな言葉をアリアリアは脳裏から振り払う。

 

 何がなんでも一番を取りたい訳ではない。

 ただ一度でも、自分の限界を決めてしまったら、それで頭打ちになってしまいそうな気がして。

 際限の無い渇望を胸に抱えて燻るのはごめんだった。

 だからアリアリアは妥協しない。満足できない。

 もっと、もっと、どこまでも。

 飢えているから、上を目指せるのだと。

 

(ダラダラと続けた挙句に息切れしたら勝ち目ゼロ、一番みっともないじゃない)

 

 渾身の一撃を確実に当てて仕留める。

 フィガロが切り札を使わないならそれで良し。

 負けた時の言い訳が一つ増えるだけだ。

 アリアリアとしては全力のフィガロと相対する欲が無いでもないが、それはそれ。

 

(出し惜しみ、私が言える立場じゃないし。まだどこかに甘えが残ってたのね……開幕即死を狙うぐらいしないとこの男は倒せない)

 

 まずは勝つ。

 敵が本調子でなくても、初見殺しの不意打ちでもいい。

 決闘で【超闘士】を下す。それすらできない人間が「全力を出せ」と非難するのもおかしな話だろう。

 

「■■■■■■■――!」

 

 一歩、踏み込みは殺意を乗せて。

 大地を揺らす、さながら震脚。

 狂気に塗れた咆哮がフィガロの耳をつんざく。

 アリアリアは《フィジカルバーサーク》の恩恵を受けたステータスを十全に発揮して迫り。

 

 フィガロは――これは己を殺しうると――本能とスキルの両方で危険を察知して距離を取る。

 警戒したフィガロに攻撃が届く確率は小数点を下回る。

 これが今まで通りであったら分からなかった。

 平然と、変わらぬ攻防を交えた不意打ちなら……あるいはフィガロも直前まで対応できなかっただろう。

 

 しかし、アリアリアは真正面から突撃する。

 溢れる殺意を露わに。今からお前を倒すと、いっそ教えてやるように分かりやすく、愚直な猛進だった。

 結果としてフィガロは猶予を得た。アリアリアがどう動くか、集中して見定めるに足る時間だ。

 

 それが二人の明暗を分ける。

 

 

 

『――――』

 

 

 

 ソレ(・・)が、明暗を分けるための一手。

 

 フィガロの背後にソレは現れた。

 音も無く滲み出るソレは影に覆われていた。

 今の今まで隠されていた真打だった。

 

 紛うことなき――ゴリラであった。

 

 直前まで敵意を示さず、存在を悟らせず、影の中で沈黙していた獣が剛腕を振り上げる。

 

 正真正銘、アリアリアの切り札。

 影に蝕まれた機械仕掛けの獣。

 銘を【楢之力(オーク・ストレングス)】という。

 

「……!」

 

 完璧な、背後からの不意打ち。

 けれどもフィガロは異変を感じ取っていた。

 【楢之力】が攻撃態勢を取った瞬間に、影の揺らぎと駆動音からソレの存在を認識した。

 

 前門の狼、後門のゴリラ。どちらかの攻撃を回避した場合、もう片方にその隙を突かれる。

 故にフィガロは防御を選んだ。

 足を止める以上は確実に防がねばならない。

 彼が信を置くのは、瞬時に使用できるのは、最も長く連れ添った特典武具【絶界布 クローザー】だ。

 

「――《絶界》」

 

 完全防御結界とゴリラの拳が衝突する。

 結界に遮られた拳は届かず。

 最強の守りを突破することは叶わない。

 

 だがしかし――触れた箇所がひび割れた。

 

「ッ」

 

 初めて、フィガロが両目を見開いた。

 この戦いで数度。その前の試合においても、対戦相手がフィガロを驚かせること自体はあった。

 それは高揚と賞賛を伴うものだ。『次は何をしてくるのだろう』と期待に胸を躍らせる感覚に近い。

 

 ただ今回は違う。

 フィガロにとって《絶界》は最高峰の防御スキル。

 それも【コル・レオニス(<エンブリオ>)】で装備の性能が強化されている状態だ。フィガロ本人も破壊は至難の業である。

 

「いや……そういえば壊せる人はいるね」

 

 所有者に無断で借りてきたこの煌玉獣は、同シリーズの例に漏れず、超級職に並ぶ性能を有する。

 二十一の贋作が八番目の機体に秘めるは“力”。

 即ちパワー、筋肉、フィジカルである。

 その筋繊維はゴリラの如し。

 かつて【破壊王】と【粉砕王】という二足の草鞋を履いた化物を再現すべく、製作者が産み落とした獣だ。

 

『《破砕(ブレイク)》、冷却開始(クールダウン)

 

 その膂力は、あらゆる防御を破り砕く。

 

 攻撃力の値だけ防御力を減算して。

 防御力が0に至ると、次は耐久値を削る。

 

 触れるなら壊せる、そんな暴論の体現だ。

 まさに暴力こそ力。力こそ暴力である。

 ゴリラマッスルは破壊力。ゴリラパンチは粉砕力。

 ゴリラは全てを薙ぎ払う。

 

 惜しむべきは燃費の悪さだろう。

 ただでさえ煌玉獣は膨大なMPを要求する。

 加えて《破砕》は万全の【楢之力】が発動のみに専念して二度、戦闘を考慮すると一度限りの大技だ。

 本来の所有者(アタラクシア)が込めた残存魔力で稼動する【楢之力】に《絶界》を突破するだけの攻撃力は発揮できず、再度拳を振るう余力も残されていない。

 魔力切れの大食漢ゴリラは物言わぬ鉄屑と化す。

 アリアリアは一度きりの切り札を使い切った。

 

 そして……続く二の手は喉笛に。

 

 少女がいた。

 外界から遮断される結界の内側(・・・・・)、フィガロの眼前で力を溜めるアリアリア。

 彼女が懐に潜り込んだ手段は単純だ。

 《絶界》は対処法のひとつに空間跳躍がある。アリアリアは己の手札でそれを再現してみせただけのこと。

 

 無敵に近い完全防御結界も、音や空気まで全て遮断するわけではない。毒や魔法こそ弾かれようが……あくまで『危険から身を守る壁』なのだ。

 結界の内側には外部と変わらない空間が存在する。

 

 現在、闘技場の舞台はマーナガルムが侵食している。

 接触判定はあるだろう。それでも、ただ内部にいるだけなら直接的な危害は皆無である。

 つまり結界内もマーナガルムの影響下ということ。

 アリアリアはただ、影に己を収納して、敵の目の前に放出するだけでいい。

 通常は影から武具を取り出すための効果が擬似的なワープとして機能する。

 

 当然フィガロとて、背後のゴリラに意識を向けながら、合わせてアリアリアに気を配っていた。

 動きは見えており、彼女とゴリラはどちらか、あるいはどちらもが本命の攻撃だと理解していた。

 

 分かっていて、なお見落とした。

 

 それはどこぞの何某が披露した歩法。

 人間の意識を惹きつけ、間隙を突く技の猿真似だ。

 派手な踏み込みと絶叫から始まる一連の動作はアリアリアが打った布石である。

 本気の感情を乗せた動作なら、戦闘狂のフィガロが反応しないはずもなし。

 

 自らを囮として【楢之力】を使う一手。

 その切り札すら囮とする二の手。

 

(殺った)

 

 振り上げる剣の義足。

 文字通りの足刀を捻りで加速した回し蹴り。

 低姿勢から放たれるアリアリア全力の攻撃は大太刀の抜刀のようでもあり、軌道は頸椎を目掛けて弧を描く。

 

 結界発動中で身動きが取れないフィガロに、これを回避することは不可能だ。

 

(死ね――――――――ッ!?)

 

 硬質な音が響いた。

 

 澄んだ金属音が体の芯を揺らす。

 足先の重みが失われる。あまりの手応えの無さと、ブレる視界に映った光景が全てを物語っている。

 

 溶断されたアリアリアの左足が宙を舞う。

 フィガロの手には一振りのブロードソード。

 刃輝く超級武具【極竜光牙剣 グローリアα】。

 

 必殺を受け止めたフィガロは、返す刀で、強者に手向けの一撃を贈らんとして。

 

「――《極竜光牙斬(ファング・オブ・グローリア)》」

 ――極光が影を切り裂いた。

 

 

 ◇◆

 

 

 充満する影が晴れ、フィガロの勝利は明らかとなる。

 決闘結界のリセットが発動するまでの僅かな時間、彼は今しがたの戦いに思いを馳せた。

 

 実に良い試合だった。

 “トーナメント”の本戦となれば、立ち塞がる相手も一筋縄ではいかない強者ばかりなのだろうと。

 力を引き出しあった結果、えも言われぬ満足感と、全力疾走した直後のような心地良さに包まれている。

 

 流れる汗を拭おうとして、はたと動きを止める。

 それは両手が空いていないから。

 左手に【グローリアα】。

 そして右手は、手首から先が喰い千切られていた(・・・・・・・・・)

 最後の攻防でフィガロが負った傷である。

 

 アリアリアの回し蹴りにフィガロは対抗した。

 渾身の一撃をあしらうのはもったいないと感じたのだ。

 どうせなら全力の相手と戦って勝利したかった。

 勝ち方を選ぶ余裕と表現すれば聞こえが悪いが……アリアリアは、正面からぶつかりたいとフィガロに思わせる相手だったということ。

 

 だから《絶界》を解除した後も回避はしなかった。

 あの瞬間、フィガロは防御を捨てて、速度と【グローリアα】の強化に全力を注いだ。

 足刀を弾いて斬り下ろす反撃は、狙い通りにアリアリアの攻めを完封した。それは間違いない。

 

「……まさか、その次があるとはね」

 

 フィガロの《極竜光牙斬》と重なる三の手(・・・)

 カウンターに対するカウンター。

 

 斬り飛ばした左足が、(ルゥ)に変形して襲いかかってきたのである。

 

 虚を突かれたタイミングだったこと。

 身軽になるため防具を脱いだこと。

 そして攻撃の最中、万が一手元が狂えば、決闘結界を破壊してしまうかもしれないという危惧。

 

 諸々の条件があったとはいえ、ここは手首一本で済ませたフィガロの技量を賞賛すべきだろう。

 事前に二度、影に紛れた不意打ちを経験していたがために難を逃れたが、フィガロ以外なら……彼とて初見であればどうなっていたか分からない。

 

 フィガロに手傷を負わせ、極光に呑まれるアリアリアの顔は実に晴れやかだった。

 まさに、一撃をお見舞いしてやったと誇らしげに。

 どうだ見たか天才ザマアミロと高笑いしながら。

 でもやっぱり悔しいぞこの野郎死ねぶっ殺すくたばれと可愛らしい悪態を吐くように。

 そして……いつか必ず勝つと。瞳に闘志を燃やして。

 

 フィガロは穏やかに微笑む。

 決闘仲間(遊び相手)が増えるのは良いことだ。

 

「次も楽しみにしているよ」

 

 新たな挑戦者の誕生を、王者は寿ぐのだった。

 

 Episode A End

 


 

 …………

 Next Episode B

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<遅くなり申し訳ありません

(U・ω・U)<なかなか納得のいく内容が書けず……

(U・ω・U)<そして未だ作者の半分は「フィガロが二度見た攻撃をくらうはずがない、直感とステータス(筋肉)でなんとかする」などと意味不明な供述をしており


アリアリア
(U・ω・U)<インテリ脳筋

(U・ω・U)<色々考えるけど最後には『Bで殴れ』ってなるタイプ


ルゥ
(U・ω・U)<影に隠れたMVP

(U・ω・U)<あとは狂化時の補助をしている

(U・ω・U)<ちなみにアリアリアが自前で埋めてたマーナガルムの六枠は

(U・ω・U)<本人・ルゥ・ゴリラ・仮面・上半身服・下半身服(左足負傷後は剣)です


回し蹴り
(U・ω・U)<以前戦った二人を参考に

(U・ω・U)<名付けるなら《弧太刀》


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公平なイカサマはイカサマじゃない ①

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 俺の愛するホームタウン・ヘルマイネでは雨後の筍みたいに賭博場が建っては消えていく。

 あっさり失敗するのは大抵が素人だ。

 でかいカジノにケンカふっかけて潰されたり。

 客の<マスター>を舐めくさって潰されたり。

 カルディナの議会に目をつけられて潰されたり。

 なんなら特に何の理由もなく潰されたり。

 

 後ろ二つはご愁傷様と言うしかない。

 カルディナじゃ金で大抵のことが解決できるとはいえ、それでも敵に回したらヤバい勢力ってのが存在する。まあ向こうが因縁つけてきたら結局同じなんだが。やっぱこの国ブラックだわ。

 一度<セフィロト>のデブが暴れるところを見たことがあるが、金を湯水のように溶かして敵を消し飛ばすんだから笑えない。俺だったら全額ギャンブルに投資するね。

 

 その点、オネエが経営する賭博場はそれなりに世渡り上手な類だろうか。

 立ち上げてからこれまで、まったくと言っていいほど大きなトラブルに見舞われていない。

 評判も良く、固定の上客もついた今ではそれなりに利益を上げているようだ。

 これは俺の勘だが、恐らくオネエは方々にアガリを納めているはずだ。議会や商会持ちの大商人とはズブズブのねんごろ。太いパイプで繋がっているわけだな。

 

 そんな金持ちと、俺はギャンブルに興じている。

 

 賭博場<サテュロス>の中央にあるテーブルゲーム。

 山積みのチップを見て葛藤する三人の男を尻目に、俺は手元のカードを弾いて弄ぶ。

 客と向き合う形で俺は腰掛けていた。

 ギャンブルを仕事にする、まさに俺の天職だ。

 要するにディーラーとして働いている。

 

「おいおいどうしたよお財布(カモネギ)……じゃなかった、お客様。そろそろ鍋が煮えちまうぜ」

 

 ゲームの勝敗はもはや明らかだ。

 俺の前にチップの山。三人の前には無。

 元手ゼロでギャンブルはできない。

 カモネギ様におかれましては、このまま潔くゲームを降りるか、負けを取り返すためにもう一勝負するかをさっさと決めていただきたい。

 

「今どんな気持ち? 大口叩いてた割に秒でオケラになっちゃいましたけど」

 

 うーん優越感。お顔を真っ赤にする男たちは貴族か商家のボンボンといったところ。

 綺麗なおべべに鼻汁垂らして泣きべそかいてやがる。

 このまま種銭代わりに身ぐるみ剥いでやろうか。

 よっし出来高払いのボーナスを巻き上げる時間だ。

 

「そこまでよぅ」

 

 鯖折りからの投げっぱなしジャーマン。

 俺は咄嗟に体を滑らせて抜け出した。

 この、ほのかに香る葡萄のパルファムは。

 

「っぶねえな!? 何しやがるオネエ」

「仕事中はオーナーと呼びなさいねん」

 

 はち切れんばかりの筋肉を正装で押さえつけた漢女が、ブリッジをする俺のことを見下ろしている。

 

「それでぇ? 胴元が賭場を荒らして……ランスちゃん、自分の立場を理解してるのかしらん?」

「待てよ。俺はちゃんと接待したからな」

 

 今の俺はしがない雇われディーラーだ。

 癪に触るが上司のオネエには逆らえん。

 このいかにもネギに出汁まで背負ったカモな坊ちゃんたちはオネエの上客……その親類縁者だ。

 だから舐めプでちょいといい気分にさせて、程々に金を搾り上げるつもりだった。

 

「いい塩梅で大勝ちと大負けを繰り返してたら、こいつらがイカサマだって難癖つけるからさ。お客様のご要望通りにしたわけよ」

手加減と調整(イカサマ)抜きでやったのねぇ」

 

 素人が賭け狂いに勝てるわけないよなあ?

 こちとらLUC極振りぞ。アイテムドロップと一部スキルにしか適用されないから実際に運が良くなるわけじゃないとか、お前それ何回も言われてるから。

 その一部スキルが【賭博師】にあるって話だよ。

 俺の場合は実数値すらあてにならないがな!

 

 とにかくワンサイドゲームは退屈の一言だ。

 小手先の手妻も見抜けない相手だからな。

 これがイカサマの応酬になってくると張り合いが出て楽しいんだが、こいつら真正直に勝負しやがる。

 今日の女神様はご機嫌だぜ。マイハニーの寵愛を受けた俺に敗北の二文字はない。

 

 ギャンブルは勝負が読めないから楽しいんだ。

 決まり切った未来なんてナンセンスだろ?

 

「……もういいわぁ。裏に下がってちょうだい」

 

 オネエは坊々の機嫌取りに必死だ。

 店を持つのも大変だよな。

 

 

 ◇◆

 

 

 あまりに時間が空いて、俺のことを忘れてしまった紳士淑女の皆様に朗報だ。

 安心しろ。俺も記憶が若干飛んでいる。

 というわけで、前回までのあらすじを振り返るぜ!

 

 ここはカルディナの賭博都市ヘルマイネ。

 ギャンブルに明け暮れる俺ことランス・スロットは、賭博仲間のオタク・ギャル・オネエに捕まった。

 理由は単純にオネエの賭博場を荒らしたから。

 正体不明の怪しい用心棒シータにやられてさえいなければ逃げ切れていたはずだけどな。

 

 捕まって退屈した俺は必殺スキルを使い、致命的失敗(ファンブル)を叩き出して一体の<UBM>を特殊召喚。

 あれやこれやとぐだりつつも討伐自体は成功したんだ。

 

 ただ、戦闘の余波でオネエの賭博場が半壊した。

 しかもティアンの従業員が数人ビビって辞めた。

 そんなわけで、俺は賭博場<サテュロス>でタダ働きする羽目になったわけだ。

 

 回想終了。

 

 バックヤードに戻ったオネエがため息を吐く。

 

「弱いから警備の黒服は務まらない、給仕を任せたら走ってグラスを割る、ディーラーもダメ……あなたってば何ならできるのかしらん?」

「押忍、特技は賭博場をぶっ壊すことデッス」

 

 我が事ながら並べると酷い。

 俺だって真面目にやろうと思えばやれる。ただし賭博場というフィールドがまずい。これは相性の問題だ。

 賭場荒らしに期待するオネエにも責任はある。

 

「なら、ぶっ壊してもらおうかしらねん」

「マジで言ってる?」

 

 ライバル店にカチコミかけろってか。

 俺は鉄砲玉かよ。逃げ足はそれなりだとしても、ドンパチ方面はからっきしだぞ。

 いや……ギャンブルで大勝ちしろとか、必殺スキルにワンチャン賭けろとかなら……わりといけるな? なんだ、いつもやってることじゃないか。

 

「冗談よぅ。ランスちゃんは<ドラゴンズネスト>って名前を聞いたことあるかしらん?」

「それ賭博場か? 少なくとも行きつけじゃない。俺が知らないとなると新参、もしくは会員制だろうけど」

「両方らしいわよぅ。といってもここ一年二年で売上を伸ばしてる感じねぇ。一見さんお断り、セレブの紹介がないと案内すらしてもらえないんですって」

 

 そら知らんがな。俺はただのギャンブラーだぞ。

 会員制となると富裕層がVIP待遇で楽しむ裏の社交場のような位置づけだ、一般庶民なんか入れるかよ。

 それなりにヘルマイネ歴は長い俺でも、星の数ほどある賭博場を全部巡ることはできないからな。というか遊びに回る前にどんどん潰れていくんだわ。

 

「<サテュロス>はちょい高級志向の庶民派だろ。客層が違う店を敵視するのはあんまり良くないんじゃねえの? 目をつけられたら終わりだぞ」

「あらやだ。私は別にどうとも思ってないわよぅ。実は、お得意様から頼まれた仕事があるだけ」

「おい待て嫌な予感がする。まさか俺にその仕事をやらせようって魂胆か」

「せ・い・か・い! 話の早い子は好きよぅ!」

 

 オネエの筋肉が膨張する。逃げないから威圧するのはやめてくれ。同じ部屋にいるだけで暑苦しい。

 信じられるか? これ見せ筋なんだぜ?

 

「特別難しい話じゃないの。遊んできてほしいだけ」

「よし任せろ今から出発するぞ……ってなると思うかよ。胡散臭いにも程がある。絶対何か裏があるだろ」

「ま、そこまで単純じゃないわよねん」

 

 ちょっと心が動いたのは黙っておこう。

 だって会員制の超高級カジノだぞ。

 こういう事情がなかったら一生お目にかかれない。

 

「依頼主は探しものをしているらしいわぁ。私も詳しい話は聞いていないんだけど、どうも<ドラゴンズネスト>にそれがあるかもしれないんですって。でも少し調べたら後ろ暗い噂がぽろぽろと出るわ出るわ」

「明らかに戦力が要求される潜入捜査じゃねえか!? 人選ミスだろこれ。ギャルとオタクはどうした。こういう時こそあいつらの出番だろ!」

「二人とも休暇中。アンナちゃんは撮影旅行で、ソルデちゃんは……推しのライブだったかしらん?」

 

 はーつっかえ。これだから多趣味な人間は。

 やることがたくさんあってうらやましいなオイ。

 

「そうだあいつがいたろ。サインだかコサインだか」

「シータちゃん? あの子、ここに来たり来なかったりで気まぐれなのよねぇ」

「野良猫かよ」

 

 揃いも揃って役に立たない連中め。

 

「嫌なら無理にとは言わないわよぅ。でも、仕事を受けてくれたら貸しはチャラにしてあげる」

 

 どうやら本当に強制はしないらしい。

 オネエよ、滅多に見せないその気遣いが逆にやばい仕事だと証明しているんだぜ。

 要するに何があっても自己責任ってことだ。

 

 だがしかし。このまま退屈な仕事をさせられるよりは面白そうだと考えてしまう自分がいる。

 

「コイントスで決めればいいか」

 

 俺は硬貨を指で弾いた。

 表なら返事はイエス。裏ならノー。

 女神様の言う通りってな。

 

 結果は表。

 

 うっそだろ?

 お前さっきまでデレデレだっただろうが。

 運命の女神様まで俺を突き放すのか。

 こんちくしょう、そんなつれないところも含めて愛してるぜマイスウィートハニー!

 

 ……とりあえず雑誌でも買って腹に仕込んどこう。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■賭博都市ヘルマイネ 某所

 

 路地裏に紅い飛沫が咲き誇る。

 弧を描いて散り乱れるは時雨。

 壁に染みた彼岸花が、思わず咽せ返るような香りを漂わせていた。

 

 立っているのは朧げな気配の影。

 足元には先程まで動いていた肉が斃れている。

 物言わぬモノと化した塊に視線を落とした人物は、襤褸を翻して血溜まりを進む。

 骸に忌避は抱かず。さりとて供養も愛でもせず。

 足のやり場がなければ踏みつけて乗り越える。

 まるで路傍の石のように、ただ当たり前の風景として、視界に入れながら注意を払わない。

 

「あ、あの! ……うわ!?」

 

 襤褸の裾を引かれて呼び止められる。

 瞬間、人影は襤褸を脱ぎ捨てた。

 幼い声の主は勢い余って尻をつき、目を瞬かせる。

 混乱は首筋にあてがわれた刃で上書きされたが。

 

 スラムの痩せこけた少年を羽交い締めにするのは、少年と同等以上に薄汚れた身なりの少女だった。

 

「違うんだ! 助けてくれてありがとうって言いたくて」

 

 慌てふためいて訴える少年。

 敵意がないと判断した少女は彼を解放する。

 警戒は解かず、視線が手甲剣を収納した左手……“融け合う金属”の紋章に注がれたことも見逃さない。

 

「やっぱり<マスター>なんだね。そうだと思ったんだ、あいつらを簡単にやっつけちゃうんだから」

 

 少年は興奮冷めやらぬ口調で、物陰から盗み見た光景を戯曲の一幕であるかのように話した。

 富める者が貧しい者を虐げるこの国に暮らし、今日を必死に生き延びる彼にとって……血生臭い殺戮劇は刺激的であれど忌避の対象ではなかった。

 隣接する暴力に倫理観は麻痺していた。

 か弱いティアンには、目の前の<マスター>が御伽噺に登場する超常の存在のように感じられた。

 羨望であり、憧憬だった。

 

 投げ掛けられる賞賛に少女は応えない。

 する必要がなかった。何を思うこともなかった。

 早々に見切りをつけて少年の手を振り払う。

 

「待って! お願い、僕のお姉ちゃんを助けて!」

 

 地面の襤褸に少女が手を伸ばす。

 同時に少年は襤褸にしがみついた。

 

「あいつらの仲間に連れてかれちゃったんだ。たった一人の家族なんだ! <マスター>はお願いを聞いてくれるんでしょ? お金なら払うよ、少ないけど貯めてた分をあるだけ全部渡すから!」

 

 この国では飽きるほど聞く常套句だった。

 悲劇はそこかしこに満ち溢れている。少年が特別に不幸なのではない。貧民にとっては平凡極まる慟哭だ。

 全ての悲嘆を、怨嗟を、ひとつひとつ拾い上げていたら収拾がつかない。

 砂漠の砂を一粒ずつ、延々と瓶に入れていくような果てなき地獄の苦痛を味わうことになるだろう。

 

 彼に罪はない。

 だが、致命的に運がない。

 

 一口に<マスター>と言っても実態は千差万別だ。

 未来の悲劇を厭い、決して運命に屈しない者。

 過去の悲劇を憂い、決して滅びを認めない者。

 そんな御伽噺に紡がれる英雄であれば、彼の願いを聞き届けて、唯一の肉親を助けに向かうだろう。

 

 これはただ、目の前の少女がそうではないというだけの話だった。

 

「お願い……お願いします……! さっきみたいに……悪いやつらをやっつけてよ(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 少年が叫ぶと同時に襤褸は裂けた。

 勢い余った少年は背中から倒れる。

 

 ――その直前、差し出された手が彼を掴んだ。

 

 少女は少年を支えて引き寄せる。

 曇った硝子玉が、感情を映さない無機質な双眸が、視線を揺れ動かす少年を見据えていた。

 

「あ、ありがとう……えっと」

「……」

 

 少女は爪先で地面に記号を記した。

 身振り手振りを合わせて何かを伝えようとしているらしい、とまでは少年にも察することができた。 

 

「ごめん。僕、字が読めないんだ」

「……」

 

 少女の無表情に初めて戸惑いが浮かぶ。

 少年は無学な己を恥じるが、仮に識字能力があったとしても、この世界に生きるティアンは解読不可能だろう。

 少女の書いた記号は異世界の文字なのだから。

 

「『θ(シータ)』」

「シータ……それが君の名前?」

 

 少女、シータは黙って少年を抱きしめた。

 少年は肉親以外の異性との接触に心臓を跳ねさせるが、しかし想像していた温もりや感触、胸の鼓動が伝わってこないことに違和感を覚えた。

 

(なんだろうこれ。冷たいのに熱くて、濡れてるのにサラサラしてる……?)

 

 疑問を口にする暇もなかった。

 体が水に沈むように、少年は抵抗すらできずに引き摺り込まれてしまう。

 

 否、少年だけではない。

 路地裏に転がる散らばった四肢に撒かれた鮮血、人だったそれの衣服……黒を基調として統一された戦闘員らしい制服までも、シータが伸ばした触手に絡め取られる。

 

 痕跡の一切を飲み込み、襤褸を纏ったシータは路地裏から颯爽と姿を消した。

 

 To be continued



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公平なイカサマはイカサマじゃない ②

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 オネエに紹介された案内人と向かった先は、観光地なら珍しくもない、だがカジノとギャンブルの街からは浮いた空気を醸し出す土産物屋だった。

 なんで竜の尻尾が巻き付いた剣のキーホルダーが売ってるんだ。修学旅行じゃないんだぞ。

 

 まさか偽の案内人を掴まされたか?

 いや……さすがにないな。

 オネエはともかく、その上にいる依頼人のネームバリューを考えたら真っ当な手段で賭博場に入場できる。

 表向きはとある大物の紹介で来てる俺を怪しむのはVIPへの非礼に繋がる。逆に俺がやらかすと大物の顔に泥を塗ることになるが、それはどうでもいい。

 

 となると、冴えない土産物屋はカモフラージュ。

 おハイソ賭博場の入り口が寂れた通りの傾いた店にあるとは誰も思うまい。

 どうせ出入り口も複数あるんだろう。いざって時の逃走経路になるから。

 

 天地式の畳が敷かれた店内には歯抜けの爺が胡座でこっくり船を漕いでいる。店番にしちゃ貧相だ。物干し竿を抱えてるのはどういうわけかね?

 

「こちらです」

 

 案内人は掛け軸の裏にあるボタンを押した。

 飾られていた仏壇が横にズレる。

 畳をめくると地下の階段がご登場。

 注意深く観察すると、階段の入り口は竜の顎門を模っているようだ。まさにドラゴンの腹の中。

 

「どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ」

「え、何ここで案内終わり?」

「下で係の者が応対致します」

 

 なるほど。案内人は入り口までらしい。

 

 階段を降りて扉を開ける。

 ドル箱ならぬ超高級カジノと夢のご対面だ。

 拍子抜けというか、内装は暗色系をベースにシックな調度品で揃えられていた。

 ポーカー、ルーレット、バカラにスロット……有名どころのゲームは揃っているようだ。

 ホール中央に換金カウンター。給仕のバニーは肩以外の露出が控えめと今のところ想像を裏切らない。

 

 実に普通・オブ・普通。

 及第点は抑えているものの、追加評価をもらえる点がバニーのお愛想しかないとかギャンブル舐めてやがるな。

 これの何が会員制じゃいと思っただろう。事前に話を聞いてなかったら。

 

「はじめてのお客様ですね? <ドラゴンズネスト>にようこそ! よろしければ私がご説明しますよ!」

「そうだな。正直まだ半信半疑なんだけど……ここじゃ、ドラゴンが景品なんだって?」

「ええ。それがうちの売りですから!」

 

 元気いっぱいのバニーさんが胸の隙間からカタログを取りだした。ぺったんこなのによく入るね。

 

「ご覧ください、この充実したラインナップ! 地竜、天竜、海竜よりどりみどり! 観賞用にも従魔としてもおススメです! どれも混じりけのない純竜ですから!」

 

 景品一覧には竜の挿絵が描かれている。

 ランクは最低でも(・・・・)亜竜級。

 高い額だと純竜級がうじゃうじゃといやがる。

 

 純竜ってのは、そんなゲームみたいにポンポン入手できていい強さのモンスターじゃない。

 俺が百人逆立ちしても得用煮干し感覚でむしゃむしゃされるレベルだ。もちろん一匹に対して。

 

 よく見ると給仕や従業員全員が手に【ジュエル】を埋めており、それどころかカウンターや壁のショーウィンドウにもこれ見よがしに『中身入り』が飾られていた。

 一個でもうん百万リルになるだろうに、最低限の盗難対策すら施していない。

 会員制で盗みはすぐにバレるからか。

 あるいは、別に盗まれたって痛くも痒くもないのか。

 

「“竜の巣穴(ドラゴンズネスト)”、ね」

 

 色とりどりの宝石を孵化待ちの卵に錯覚する。

 竜の寝床、あるいは揺籠。

 

 どう考えても<エンブリオ>絡みだな。

 野生のドラゴンをこの数乱獲してたら【竜王】が黙ってないのよ。種族単位で絶滅の危機だもん。そんで人間がレッドデータブックまっしぐらなんですね。

 死ぬのはティアンだけで楽しくやってください。<マスター>不死身なんで。疫病神すぎんか。

 

 養殖だかコピーバグだか知らないが。とにかくここのオーナーはドラゴンを大量生産できる能力持ちだ。

 もしオネエにカジノぶっ潰せと言われていたら、俺は一人で竜の群れにパクパクですわ。

 荒事必須の仕事内容ではないのが幸いだった。

 

 オネエに仕事を依頼したお偉いさんこと、七大国家を放浪する<超級>の一人にして最近カルディナに帰ってきたという“プリマドンナ”様によると、ここには一体の竜がいるかもしれないらしい。

 

 この数で『お目当てを探せ!』は理不尽。

 しかも確定情報ではないんだからな。全部のドラゴンを当たっても収穫ゼロという可能性は十二分にある。

 まずは渡されたメモを見てみるか。

 

 ・雌の天竜種

 ・こんな感じ(←ミミズがのたくったような絵)

 

「ダンケェシューッ!」

 

 わ か る か。

 

 紙を丸めて怒りの投擲。

 後ろから飛んできたゴミを元気ぺったんこバニーさんはノールックで避けた。やりよる。マジでごめんね。

 

 似顔絵が似顔絵じゃないのよ。

 なんだあのぐるぐるした毛玉。

 模写だとしても絵心皆無だぞ。記憶で書いたなら描き手の精神状態が不安になる。

 

 ひとまずカタログでそれらしいものを探す。

 ドラゴンがメインだが普通の景品も揃っていた。

 装備に消耗品、素材アイテム、他国から流れてきたであろう非合法の特産品など。

 モンスター騎乗用のアイテムや、数は少ないが先々期文明のオーパーツも記されている。

 

 流石レア物は桁が違うな。このレートでこの枚数、少し大勝ちするくらいでは手が届かない。

 本気で狙うなら全財産オールベットを十回以上成功させる必要があるだろうか。

 真剣に考えたらギャンブルしたくなってきたな……一回だけ、一回勝つまで、一区切りつけるまで。

 

「ご歓談中に失礼致します。目録に新たな景品が追加されました。どうぞこぞって腕をお振るいくださいませ」

 

 スクリーンに投影された映像でアイテムの山と、檻に入った数体のドラゴンが公開された。

 手にしたカタログは魔法でリスト更新済みだ。入荷した新商品の概要と交換レートが反映されている。

 客の様子を見る限りでは定期的なイベントらしい。

 ギャンブルの最中に景品が増えるのは一長一短な気がしないでもないが、たしかにモチベは刺激される。

 

 流し読みの視線が一点で留まる。

 しわくちゃのメモと映像とカタログを見比べた。

 

 あの景品、ぐるぐるふわっふわした毛玉じゃね。

 

「ビンゴーーーー!」

 

 種族名【フラッフィー・ドラゴン】の雌。

 交換枚数はチップ一〇〇〇枚ぽっきりだ。軽い大勝ちを重ねれば手が届かないことはない。

 

 依頼主様はあいつをご所望だという。

 他のやつに先を越されてしまうのを、指咥えて眺めているだけってのは指示待ちが過ぎるだろうよ。

 これはある種の天啓だ。

 女神様がギャンブルしろと俺に囁いている。

 ついでに毛玉も確保してやるぜ。

 

「チップをくれバニーさん、これが俺の全財産だ」

「一枚になります!」

 

 ……少なくない?

 

 

 ◇◆

 

 

 ギャンブルには必勝法がある。

 古今東西の数学者や賭博師が必死こいて考えた数々のセオリーと攻略法はまさに人類の叡智の結晶だ。

 どのゲームが勝ちやすいか、どんな賭け方が勝率を高めるか、ゲーム自体の戦略。

 全ての事象が数字に収束する以上、極論を言えば、変数を把握した者が勝負を制する。

 それができないから極論なわけだが、プレイヤーが有利なゲームと、賭博場側が有利なゲームは確かにある。

 

 例えばルーレット。

 ボールを投げ入れた後、ベットが締め切られるまでの数秒間でプレイヤーは賭け金を釣り上げることができる。

 他のゲームは常にカードや出目を操作する余地が残る。それと比べると運勝負の要素が強い。

 もちろんルーレット盤やボールに細工を施したり、狙ったマスに投げ入れる技能がないわけじゃないが……基本的にルーレットは胴元が有利な設定となっている。乱数調整をせずとも稼げるのだから、危険を冒してイカサマする必要がない。少なくとも普段は。

 

 あとはチップの賭け方だ。

 理論上は必ず勝てる方法を知ってるか。

 負けたら次のベットを二倍にすればいい。

 勝つまで続けりゃ最終的な収支はプラスになる。

 

 ツキが回ってきてるタイミングなら、勝った時に次のベットを二倍にするのもありだな。

 連勝すればチップを倍々に増やせるだろう。

 無限増殖する栗饅頭みたいになる。

 

 この二つを効果的に組み合わせれば、あっという間に億万長者……とでも思ったか。

 自信満々にこの手の内容を語り出すのはバカもしくは詐欺師一歩手前のゴロツキだ。

 

 ギャンブルに必勝法なんざあるわけないだろ。

 

 それでもあえて言わせてもらうなら、誰でも簡単にできるたったひとつの必勝法を教えてやる。

 ギャンブルするな(・・・・・・・・)。これにつきる。

 勝ちたいやつはまだいいさ。だが負けたくないとか抜かす連中は生涯ギャンブルに手を出さない方がいい。

 大事なものを失わずに済むって実質勝ちだし。

 

 勝負の土俵に上がった瞬間から、プレイヤーの運命は女神様に委ねられている。

 彼女の機嫌次第で死人が出る。

 そこがギャンブルの最高なところだ。

 勝つか負けるか、一喜一憂するのが面白いんだ。

 

 だからまあ……今回は非常につまらん。

 

「ラッキー『7』に一点賭け」

 

 俺はチップをオールイン。

 結果は見るまでもなく大勝利。

 配当は最高の三十六倍だ。

 

「うーん作業ゲー」

 

 一枚のチップを一千倍にするにはどうするか。

 ルーレットで一目賭けを二回連続で勝てばいい。

 俺は山積みのチップを手元に回収した。

 

 ルーレットは様子見できる点がいい。

 女神様の顔色を窺い、いけると思ったタイミングでイカサマを考慮したベットを行う。

 この卓のディーラー、当たり前のように出目を操作してきやがったので逆にそれを利用した。

 賭博師系統はこれでも戦闘職の部類だが、ギャンブルに関係するジョブスキルも習得できるのだ。

 カマし合いはこちらが上手だったらしい。別に告げ口はしないさ。こちとら荒稼ぎさせてもらった身だ。

 

「不正イカサマ無しなら、こっちも真っ当に遊ぼうと思ったんだけどな」

 

 金をドブに捨てるにも作法があるだろ。

 ギャンブルでスっちまうのはオーケー。

 一方的に搾取されるのはノーサンキューだ。

 

 俺は給仕のバニーを呼び止める。

 どうでもいいが、さっきの元気ぺったんこバニーさんが見当たらない。休憩だろうか。

 

「このドラゴンちょうだい」

「すぐにご用意いたします。残りはどうなさいますか?」

 

 あー、目当ての景品を交換してもチップが余るのか。

 持っていても役に立たないし、売れそうなレアアイテムと交換するのが賢いやり方だろう。

 どーれーにーしーよーうーかーなー。

 

「私どもの一押しはこちらですね。現存する数少ない先々期文明の遺産となっております」

「ふーん……うおたっか!? チップ一〇〇万とか欠片も届いてないじゃねーか!」

 

 一番の目玉がドラゴンじゃなくて骨董品なのかよ。

 

「お客様の腕前でしたら夢ではないかと。もう一勝負されてみてはいかがでしょう」

 

 賭博場の考えることはみんな同じだ。

 客は金袋、快楽を味合わせて引き際を見失ったやつから搾り取るんでしょ。

 賭け金の桁が跳ね上がると理性的な判断ができなくなるからな。美人バニーのヨイショ付きだとなおさら。

 俺は身ぐるみ剥がされるのはごめんだね。

 

 まあでも? ちょっとならいいかな?

 

 都合よく卓のディーラーが交代した。

 裏に引っ立てられていく様子から察するに、店側も不正野郎の行動は想定外だったのだろう。

 ただの一般客にルーレットでイカサマは馬鹿だ。

 

 さて、残りのチップは296枚。

 ここからは普通に楽しむとしよう。

 

「てなわけで『13』に全賭けだ」

「先程から拝見しておりましたが……豪快な、それでいて気持ちの良い賭け方をなさるお客様ですね。しかも不吉な数字をお選びになるとは。何か根拠がおありで?」

「いんや勘。当たったら面白いだろ」

「左様ですか」

 

 新しいディーラーは愉快そうに笑った。

 やつは手袋越しにボールを摘み、指の調子を確かめるように数度ボールを弄ぶ。

 随分と手慣れているな。さっきの不正野郎とは天と地ほどに技量の差がある。無論イカサマの。

 

 だーから普通に遊ばせろっての。

 まあ問題はない。ジョブスキルと女神様(LUC)の機嫌を加味すれば、こちらから出目に干渉することも可能だろう。

 唸れ俺の動体視力! 思考加速レベルは運命速だ、

 

「赤の『12』」

 

 ぜ……なあああにいいいいい!?

 

「残念でしたね。賭け金は回収させていただきます」

 

 チップの山が溶けて消える。

 その光景に、賭けに負けた以上の衝撃を受けた。

 今! 俺はたしかに、出目を操作しようとした……! 

 だがしかし! 実際は操作できなかった!

 

 なぜだ。何が起こった?

 どう考えてもディーラーのイカサマだ。

 あいつはボールがどこに落ちるのかを予測していた。否、どこに落とすかを決めていた。

 やつの余裕綽々な表情が全てを物語っている。

 

「どうされました、賭場荒らしのランス・スロット。景品の支度にはもう暫くお時間をいただきますが」

「……チップはもう食っちまったんだわ」

「景品交換の保留は可能ですよ。お待ちになられる間に、遊ばれて増やせばよろしいのです。当カジノ支配人、このワースレスがお相手致しましょう」

 

 そうかそうか。なるほどね。

 ……俺をカモとして見てやがるな?

 おおかた稼ぎを全額吹き飛ばすつもりだろうが、こちとら売られた喧嘩はまとめ買いする主義なんだよ。

 

「賭けますか? それともお帰りになられますか?」

「上等だコラ飛ばしてやんよォ!」

 

 オケラになっても泣くんじゃねーぞ!

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

竜の巣穴レート
(U・ω・U)<チップ一枚=約一万リルです


ランス・スロット
(U・ω・U)<カジノに悪名高い賭場荒らしが来たらどうするか

(U・ω・U)<まあ普通に考えて警戒するよね

(U・ω・U)<こいつは界隈でブラックリスト入りしてるので

(U・ω・U)<さっさとお帰りいただくのがベストだったりする

Ψ(▽W▽)Ψ<でも引き止めてるドラ?

(U・ω・U)<人間は感情で動く獣なので……


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公平なイカサマはイカサマじゃない ③

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 洗練されたホールとは打って変わって、野暮で不衛生な地下牢こそがこの賭博場……ひいては施設を運営する非合法団体の醜悪な本質だった。

 無数の鉄格子にはドラゴンが拘束されている。

 衰弱して抵抗の気力を奪われ、床に伏せるだけの彼らは、売り払われる時をただ待つ物でしかない。

 

 脱走の危険すらないため、監視の任を帯びたゴロツキくずれの男たちは札遊びに興じる始末だ。

 

「失礼します!」

 

 故に、突如現れた人影に彼らは飛び上がった。

 彼らは組織内で底辺に位置するしたっぱだ。

 幹部か、支配人を名乗る者に職務怠慢を見咎められた場合は非常に面倒なことになる。

 

 声の主は朗らかな兎耳の少女だった。

 男たちはまず安堵した。

 そして己より力の劣る弱者に態度を大きくした。

 

「お前、給仕の女か? 何で入ってきた?」

「す、すみません! でもこちらでお客様の景品をご用意するようにと言われて……」

「ここはお前が来ていい場所じゃないんだよ! 奴隷は奴隷らしく、客に媚び売ってりゃいいんだ!」

 

 激しい剣幕に少女は身を竦める。

 恐怖に震えるその姿を見て、邪な嗜虐心に火がついた男が一人。少女の肩に手を回した。

 男は下卑た視線で未発達な肢体を舐め回す。

 ティアンである彼は兎の獣人に扮するようなバニーガールなる衣装の魅力を理解できずにいたが、なかなかどうして優越感をくすぐられるものだと実感する。

 

「まあ別に俺らも鬼じゃない。暇だろう、少し付き合え。その格好で酌でもして見せろ」

「でも、私まだ仕事が」

「暇だよな。なぁ!」

 

 怒声に怯んだ少女の腕を掴む男。

 

「ひっ」

「お前が黙ってれば問題ないんだよ。いつも金持ちを相手にしてるんだろ? たまには俺らみたいなのと飲もうや。それとも……お前も、あそこに入りたいか?」

 

 男は鉄格子に囚われたドラゴンを示す。

 牢の内側は漆黒の瘴気で汚染されており、食い散らかされた餌は蝿が好む腐臭を放っていた。

 腰を抜かして失禁した少女が必死に首を振る様子に、男たちは思い思いの野次を飛ばす。

 少女は羞恥で肌を紅潮させ、内股で衣装を押さえながらも、強引に男たちの前へ引き摺り出される。

 

「ほら注げ」

「……意味ないと思いますよ」

「あ?」

 

 縮こまる少女に痺れを切らした男は、聞き取った言葉を反芻して己の耳を疑い。

 

「だって、今から死ぬんですから!」

 

 絶命した。

 

 男の首を刎ねた少女が、残りを片付けるのにそう長い時間はかからなかった。

 全員の死亡を確認した少女の輪郭が蠢いて流体のように溶解する。直後、彼女は朗らかな兎耳の少女から、シータとしての容姿を取り戻していた。

 

「……」

『また無口になるの!?』

 

 無表情と沈黙も同様に。

 異なるのは首から生えたもう一つの頭だ。

 シータの変貌に驚愕する流暢な頭部は、彼女に飲み込まれたスラムの少年だった。

 

 路地裏からここに至るまで道中、少年にとっては未知の体験ばかりであったといえる。

 他人と一体化して眺める光景は想像の埒外にある。

 見慣れた街すら別世界に感じられるのだから、持たざる少年にとって縁遠い<マスター>……持つ者の視界を通して体感する日常は鮮烈な劇薬だった。

 

 シータは鮮やかな手際で情報を収集した。

 少年の姉を拐った悪漢について、彼らの身分と経歴から始まり、現在の所属と居場所まで。

 複数の容姿を切り替えて人心を掌握する様子に、少年は困惑するばかりで置き去りにされていた。

 

 辿り着いた先がこの賭博場だ。

 密かに侵入したシータは更衣室にて一人休憩する奴隷を殺害。取り込んだ遺体と瓜二つの容姿に変貌した。

 兎耳の給仕として施設内を探索する最中、発見した隠し扉から地下牢に足を踏み入れたのだ。

 

 過ごした時間は僅かながら、少年はシータの変化についてある程度の法則があると考えていた。

 複数の容姿はいずれも実在の人物だ。少年と同じように体内に取り込まれた肉体が表面化している。

 対象の生死は問わない。ただし自在に駆使するには遺体の方が適しているようだ。現に少年は己の意志で会話ができる。支配を完全には受け付けていない証拠だった。

 明確な言葉として表現はできず、曖昧模糊とした理解に留まるが、概ね少年の推測は正しい。

 

 そして無表情で無口な今の姿こそ、シータ本来の肉体と性格だということも。

 

『喋れるなら声に出してくれると、僕としては分かりやすいんだけど……あ、でも無理はしないで』

 

 少年は慌てて付け加える。一対の硝子玉が、少年の言動を非難しているように感じられたからだ。

 助けてもらう立場の人間が文句を言うべきではない。分不相応な態度だったと少年は反省した。

 

「……」

 

 シータは無言で兎耳の給仕に姿を変えた。

 

「これでいいですか? 戦闘には不向きですから、おすすめできませんが。あなたも気をつけてくださいね! この方みたいに油断したら死! ですから!」

『う、うん。ありがとう』

 

 男たちの懐を漁り、めぼしいものがないと判断したシータは周囲の物品ごと遺体を取り込んだ。

 

『何でも食べれるの?』

「食事とは少し違いますよ。うーん、どうご説明すれば伝わるのでしょう……勉強(・・)が一番近いですかね。こう見えて、“向こう”でも色々と学習中なんですから!」

 

 一転して饒舌になったシータは地下牢を探索する。

 少年も連れ去られた姉を探して目を凝らすが、牢に囚われているのはドラゴンばかりで人間は一人もいない。

 覗いてみても大抵は無気力で無反応だ。古傷が目立ち、牢屋の壁面には凹凸や爪痕が無数に刻まれている。

 手前の牢には、比較的健康で、唸り声で威嚇する個体や怯える個体が数体。厳重に鎖で繋がれていた。

 

 ドラゴンは等級で区分してあった。鉄格子には種族、ステータス、特徴、希少性を考慮した景品としてのランクと値段が表示されている。

 少年はなかでも異様な、とある項目に注目した。

 

『適合率……?』

「やっぱり気になりますよね? さすがお目が高い! モンスターの評価として、明らかに一般的ではない項目ですから。きっと手がかりになります!」

 

 口調に反して遊びのない調査を続けるシータは、やがて隠蔽された書類の保管場所を探し当てる。

 杜撰な偽装を取り払い、数枚を捲って、報告書形式の文面を流し読みしたシータは紙束に着火した。

 

『まだ読んでないのに』

「あなたにこのレポートは難しいと思いますよ。そしてご安心を。内容は全て暗記済みですから!」

 

 証拠隠滅を終えたシータは一部を諳んじる。

 

「被検体37564番 人間 男 感染、適合。

 被検体37565番 妖精 女 感染、処分。

 以下37566番〜37794番 37564番により処分。

 被検体37795番 吸血種 女 感染、適合。

 被検体37796番 獣人 男 感染、処分。

 被検体37797番 人間 男 抵抗、処分。

 被検体37798番 人間 女 感染、適合」

 

 単語の羅列に少年は理解が追いつかない。

 淡々と簡潔に記載されたそれは、まるで表に出せない実験記録か人知れず葬り去られた者たちの墓標のようで。

 

 思い違いだと否定してほしい。

 考えすぎだと笑ってくれ。

 かすかな希望を込めて少年は縋るが。

 

「ええ。あなたの考えている通りです! ここでは人をドラゴンにする(・・・・・・・・・)実験が行われていたようですね!」

 

 現実は非情だ。

 

「奴隷や誘拐されたティアンが素体にされていますね。初期ではモンスターにも同様の実験を行なっていたようですが、どうもレベルの低い人間は『感染』がより成功しやすいみたいですよ!」

『それって……じゃあ、お姉ちゃんは』

「ここのどれか、あるいは既に景品として売られたかもしれませんし、『処分』済みの可能性もあります!」

 

『あ、ああ……ぁぁぁアアアアアア!?』

 

 起きてしまった悲劇は覆らない。

 世界はどうしようもなく理不尽で、残酷だった。

 少年には運がなかった。致命的なまでに、運命に見放されていたのだ。

 

 悪漢に目をつけられなければ。

 その場に手を差し伸べる人がいたら。

 もう少しシータとの遭遇が早ければ。

 シータが現れず、姉と同じ目に遭っていれば。

 絶望に押し潰されることはなかったのに。

 

「泣かないでください!」

 

 少年の口が塞がれる。

 シータが少年の頭部を体内に収納する。

 彼女は優しく、言い含めるように。

 

「――敵に気付かれてしまいますから」

 

 ――少年が嘆くことすら許さなかった。

 

「突然どうされましたか? 大丈夫ですよ! 心配せずとも、きちんと悪いやつはやっつけます! 私はそのために生まれたんですから!」

 

 自由を奪われた少年は理解した。

 シータについて、欠片も理解できていなかったという事実を理解した。

 

「中で暴れたらダメですよ! ……私、あなたの気に触ることを言ってしまったのですよね? 申し訳ありません。まだ私生活での会話パターンに不慣れで。他の方の会話内容をなぞれば上手くいくと思ったのですが」

『……』

「分かりました! 『大丈夫。お姉さんはきっと無事だ』と返せばいいんですよね? 先程は大変失礼を」

 

 彼女は人ではない。

 まともな精神性を有する自分たちとはまるで違う。

 人間の形で、人間の真似事をするナニカだと。

 

(どうして、こんなのに助けてもらおうなんて)

 

 少年は過去の自分とシータを呪う。

 シータの体内から逃れることすらできず、ただ蹲るしかできない少年は微かな音を聞いた。

 

 少女の頭蓋が砕け散る音を。

 

 

 ◇◆

 

 

 給仕のバニーが力を失って倒れた。

 首無し死体をバニーガールと呼称していいのか、という問題はあるが。

 兎耳をつけた頭部は粉砕されて跡形もない。

 遅れて、力任せに引き千切られたかのような粗い断面から溜まった血が流れ出す。

 

「ヒュヒュヒュ」

 

 下手人は返り血を浴びる老爺だ。

 隙間風に似た呼吸は歯抜けから漏れる笑い。

 物干し竿を杖代わりに、捻じ曲がった腰を支える。

 

 枯れた老木と侮るなかれ。

 道着に包まれた肉体は衰えて、されど練り上げた技巧に一片の曇りもない。

 彼はひとつの頂に到達した武芸者であるからして。

 

「ヒュ」

 

 死角からの一閃を見切るなど容易い。

 

「ヒュヒュヒュ。しかと脳髄を散らした筈だが」

 

 老爺は痙攣するバニーの屍を見やる。

 それとは別に、本来の姿で臨戦態勢のシータ。

 老爺の頭上から突き出した手甲剣は軽々といなされて、不意打ちの報復は失敗に終わった。

 

「此れは異な事。よもや仕留め損なうとは、いやはや、如何なる手妻か御教え願いたいものだ。喃?」

「……」

「そう畏まる必要はあるまいて。儂は無頼の用心棒よ。仕事で鼠狩りに出向いたに過ぎぬわ。二匹……合わせて三匹とは大盤振る舞いの馳走よな」

 

 戯れに物干し竿が天を指す。

 シータは意味を理解しかねる内容だったが、老爺の視線が逸れた隙を見逃すほど愚かではない。

 

 不意の攻撃と用心棒という名乗り。

 老爺を敵とみなすには十分だ。

 

 だが、シータがそうでも少年は違う。

 駆け出すシータの右腕から少年の上半身が現れる。

 シータの意思に反する形で。

 

『お姉ちゃんはどこだ!?』

「ヒュヒュヒュ! 成程、妙な気配は其処か!」

 

 老爺は乾いた笑いで問いに応える。

 物干し竿が少年目掛けて振るわれた。

 少年は恐怖しながらも退かず、そしてシータも少年に配慮することなく、彼ごと右腕を突き出す。

 

 両者が交差する刹那、シータの腕が変化する。

 少年の体を排出する代わりに手甲剣へ。

 武具の拮抗は一秒足らず。シータの腕ごと手甲剣が千切れて吹き飛んだことで終いとなる。

 

 少年は尻をついてへたり込む。

 隻腕になったシータは間合いを離した。

 そして老爺は残心を取り、満足げに頷いた。

 

「小僧の蛮勇、小娘の技量、何れも見事也。ヒュヒュ……急くな小娘。死合は語らいの後でも良かろう」

 

 飛び掛かろうとするシータを物干し竿で牽制して、老爺は少年に向き直った。

 

「姉と言うたな。小僧、齢は如何程か?」

「……知らない。生まれた日なんて覚えてない」

「だが十歳(ととせ)離れてはおるまいて。そうさな、拐かされて来おった中に丁度その年頃の女子が居たやも知れぬ」

「今はどこにいる!? 答えろ!」

「ヒュヒュ……誠に残念よな」

 

 御主は運が無い喃、と老爺は呟いて。

 

「つい今し方、上に運ばれた(買われた)ばかりよ」

 

 少年の心を完膚なきまでにへし折った。

 

 もはや姉は人間としての姿を留めていない。

 このまま従魔として他所に売られたら、二度と会うことは叶わないだろう。

 助けに向かおうにも老爺が立ち塞がる。

 姉を救う以前に、少年の命は風前の灯だった。

 

「恨めしかろう。怨めしかろう。儂とて、御主の心情は理解できる。だが弱肉強食こそ世の習い。外道が与えてやれるのは血濡れた矛先しかあるまいよ」

 

 老爺は懐剣を引き抜いて少年に投げ渡す。

 死ぬならば、せめて一矢報いて見せろと言うように。

 

「儂は名を捨てた故、相応しき勇名を持ち合わせてはおらぬが……生涯を燃やして手に掛けた頂が一柱、【尾神(ザ・テイル)】こそ我が証! 冥土の土産に抱いて逝けェ!」

 

「う……うあああああ!」

 

 少年は懐剣を握りしめて吶喊する。

 走り出した足はもう止まらない。

 恐怖を蛮勇で塗り潰し、一直線に老爺を狙う。

 

 少年は無力なティアンだ。

 迎え撃つ老爺に敵う道理はない。物干し竿は認識すらできずに少年の体を打ち据えるだろう。

 それでも。何もできずに死ぬよりは百倍マシ、

 

 

 

 

 

「……邪魔」

 

 シータが少年を吹き飛ばした。

 

 気絶して転がる少年。

 鞭のように伸びた左手で、右腕を回収するシータ。

 

 彼女の蛮行を目の当たりにした老爺は行き場を失った物干し竿を下げることしかできない。

 

「御主、人の心とか無いのか?」

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<敵より容赦ないシータさん

Ψ(▽W▽)Ψ<この人でなし!


【尾神】
(U・ω・U)<悪だけど悪人ではない

(U・ω・U)<物干し竿は文字通りの棒で

(U・ω・U)<某運命のNOMINの長刀じゃないです


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公平なイカサマはイカサマじゃない ④

 □人でなしについて

 

 彼女は生まれついての道具だった。

 

 

 ◇

 

 

 犯罪結社に造られたデザイナーベビー。

 少女の出生を説明するにはこの一文で事足りた。

 

 もっとも、生みの親にしてみれば長々と講釈を垂れる要素を山ほど抱えているようだったが。

 とある鳥の名前を冠したプロジェクトを主導する彼と組織の目標は超人の人為的な量産化であり、無数の失敗を積み重ねながら計画は最終段階に到達していたらしい。

 

 とはいえ、それは既に過去の話だ。

 

 ある日、何の前触れもなく、犯罪結社はたった一人の女性の手で壊滅に追い込まれた。

 皮肉なことに超人を生み出すという目論見は、その超人によってあっさりと潰されたのである。

 

 迫る脅威に対抗するため、生みの親に従い、少女とその姉妹たちは超人と交戦した。

 元より軍事転用を視野に入れた強化人間。

 犯罪結社の指示で暗殺や傭兵稼業に送り込まれていた少女は、並の人間を遥かに上回る身体能力を持つ。

 

 だが先に述べた通り。オリジナルには手も足も出ず、姉妹は一人、また一人と倒れていった。

 少女……八番目に製造された『θ』だけは、足場の崩落で戦線を離脱したので辛くも命を拾った。

 

 

 ◇

 

 

 親切な人物に保護された少女は、人間として新たな一歩を歩み出した。

 

 最初は何をするにも失敗がついて回った。

 少女は日常に馴染めない。

 過去の経験と知識が役立たない。

 牧歌的な暮らしも、人々が当たり前に抱く感情も、少女は持ち合わせていなかった。

 

 少女は己を組織の道具と認識していた。

 命令に従う忠実な人形。

 幾らでも替えが利く殺しの道具。

 

 生みの親は事あるごとに、少女は被造物であり、有用な道具であると言い聞かせていた。

 戦闘技術の教練では、己を武器として扱うように刷り込まれた。感情は刃を鈍らせる。指示通りに行動することだけを望まれ、余計な思考は徹底的に排除された。

 

 戦闘と殺戮こそ、少女の存在理由。

 少女の指は引き金。

 少女の腕は一振りのナイフ。

 肉体は携えた武器の延長線上にあり、武器と同化した少女を手繰るのは、生みの親と組織の役割だった。

 

 少女が拙い言葉で説明した自己分析に、彼女の保護者は辛抱強く耳を傾けた。

 長い思索の末、保護者は「これからは人間について学びなさい」と静かに答えた。

 少女は非人間的だが愚かではない。戦闘技術を身につけたように、人としての暮らし方を学習すればいい。

 手始めに保護者は真似から入ることを提案した。

 

 この手法は非常に適していた。

 少女は人間らしい感情を得た。

 少なくとも、見かけ上は。

 

 

 ◇

 

 

 少女の擬態は保護者が病に伏せるまで続いた。

 先天性の疾患だった。

 少女を引き取った時点で、保護者は既に余命幾許もない病状だった。

 

 保護者は最後に懺悔を口にした。

 少女を引き取った理由は善行ではない。

 保護者は天涯孤独の身。ただ一人で死にゆくことを恐れ、自分を看取ってくれる存在を欲しただけ。

 

 善人のふりをして少女を騙したこと。

 少女に家族の真似事を押しつけたこと。

 保護者は罪を悔やみ、罰を望んだ。

 

 少女は何の感情も抱かなかった。

 怒りや悲しみ、感謝すらも保護者に向けない。

 ただ『家族』の真似をして寄り添い、身近な『善人』のサンプルが見せた行動をなぞるだけだったのだから。

 

 最後まで、少女は保護者の道具だった。

 そうあれかしと請われた命令に従い。

 少女は存在理由に従って罰を与えた。

 

 そして少女は考える。

 長期間の学習のおかげで、保護者について多少は理解が深まったといえるのではないだろうかと。

 人間と同化すれば人間について理解できる。

 少女は新たな知識を身につけて……とあるゲームの謳い文句に誘われたのだ。

 

『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします』

 

 

 ◇

 

 

 故に少女は、世界の全てと同化する。

 世界を深く知るために。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 シータは拾い上げた右腕を断面に当てた。

 断面から垂れた金属が傷口を接合する。

 具合を確かめるように五指を開閉して、すぐさま予備の手甲剣を装備した。

 

 部位欠損の即時回復。

 そも手傷となっているかも疑わしい。

 驚異的な修復力に老爺は目を見張るばかりだ。

 

「……」

 

 シータは伸ばした両腕をワイヤーのように手繰り、再び老爺の死角を突こうとする。

 うねる軌道は手甲剣の狙いを掴ませない。

 

「ヒュヒュヒュ」

 

 老爺は物干し竿で背後を薙いだ。

 シータの両腕が半ばから断たれて白銀を散らす。

 技の起こりが見えていて、本体と繋がったままだというのなら、次の一手を示唆しているに等しい。

 老爺からしてみれば不意打ち未満の小手調べだ。

 

 シータとしても同様に。

 

「……《ハーモナイズ》」

 

 飛散した腕の破片から無数の武器が飛び出す。

 短剣から銃火器、加えて氷柱や石弾、風の刃まで幅広い魔法が老爺の全周を埋め尽くす。

 足を止めた瞬間に降り注ぐ弾雨が本命の攻撃だった。

 

「墳ッ!」

 

 老爺は裂帛の気合いでそれらを打ち払う。

 物干し竿を振り抜いて生じた僅かな隙。

 両腕を犠牲にして懐に接近するシータだったが、返す一振りの殴打が鳩尾に入った。

 

 老爺は手応えの軽さに眉を顰める。

 浅い深いの次元ではない。

 叩いても大本まで響いていない。捉えどころのない水を殴りつけているような感触だ。

 

 シータにダメージは見られない。

 攻撃が命中した箇所から、血の代わりに溢れるのは水と砂。そして液体状の金属で。

 物干し竿は接触部分が金属に取り込まれて、半分以下の長さになってしまっていた。

 長剣より縮んだ棒など間合いの優位も糞もあったものではない。老爺は物干し竿の残骸を投げ捨てる。

 

「さながら金属粘獣(めたるすらいむ)の如しか。昔、鉱脈を狩ったことを思い出すわ。液体のは手も足も出なんだ」

 

(しかし、同類にしては些か脆い。如何な術理だ?)

 

 老爺は歴戦の強者だ。

 血気盛んな<マスター>と交戦した回数は一度や二度では足らず、ティアンの身でありながら超常の法則を齎す<エンブリオ>についても造詣が深い。

 多種多様なスキルと能力を持つ初見殺しであることは嫌でも理解させられている。

 

 とはいえ、戦闘に関する特徴ならさておき、未知なる<エンブリオ>の特性を詳らかにできるだけの並外れた観察眼は持ち合わせていない。

 シータの肉体が変化すること。

 液体金属を基礎として構成されていること。

 同レベルの武芸者と比較して身体能力が低いこと。

 数合で読み取れたのはこの程度だ。

 

 全身置換とステータスのマイナス補正。

 二つの特徴はTYPE:ボディの共通項である。

 

 シータの【手脚合一 アマルガム】は全身を水銀に置換する第六形態の<エンブリオ>だ。

 ボディは非常に稀なレアカテゴリーであり、破格の固有スキルを備えている。

 アマルガムの特性は物質融合。

 生物や無機物、その他の形あるものを取り込み、肉体を構成するスキル《躯体同化》は大別するとラーニング型に当てはまるだろう。

 このスキルの影響で、シータのステータスは常人と細部の仕様が変化している。

 

 合計レベルは、肉体と融合した物質の総リソース量を示した数値に。HPは総量がどれだけ減ったかがダメージの度合いとなる(自分から融合を解いた場合は自傷扱いになりレベルも下がる)。

 ステータスや耐性も個々の部位で異なるので、シータ本来の能力が参照されるのはベースの水銀だけだ。

 

 物質の融合・排出には《ハーモナイズ》という別スキルを適時発動する必要がある。

 また融合時はシータ単独の合計レベルを基準に、完全支配できる生物は半分以下の相手のみ、物質の保持容量は二倍までという条件が課せられている。

 

 何はともあれ、重要なのは一点。

 シータに物理攻撃は意味をなさない。

 スライムの《物理攻撃無効》とは別種の特性だ。

 触れた武器や拳を取り込む、あるいは融合した物質を表に出してダメージを肩代わりさせる。

 シータが容量を圧迫しないただの砂や水を保持しているのは攻撃を受け流すためだ。

 

 物理型前衛超級職の【尾神】に打つ手はない。

 

「無敵の不定形とは化物染みておる、が……ヒュヒュヒュ、その力とて無限ではあるまい」

 

 古今東西あらゆる無敵には瑕疵が備わる。

 摩訶不思議な理屈を発揮しようとも、世界の理に準じる以上、力は等しく有限だ。

 

「御主の魂力(SP)は何時迄、否、何合保つか。賭けてみるのもまた一興よな」

 

 老爺はシータが抱える致命的な弱点を揶揄した。

 

 物質の表出中、シータはSPを継続的に消費する。

 SPの上昇補正と手甲剣を用いる戦闘スタイルに適した【刃拳士(エッジ・ボクサー)】をメインジョブに据えてはいるが、TYPE:ボディの例に漏れず、シータのステータスはSPをはじめ軒並み平均以下の数値に留まる。

 

 激しい全力戦闘はできて数分。

 長期戦にもつれ込むとシータは不利になる。

 対する老爺は物干し竿を失っただけ。代わりの武器はアイテムボックスに用意している。

 老爺は攻撃して、シータに防御を切らせるだけで勝手に相手が消耗するのだ。これほど楽な戦いはない。

 

「喃、小娘。何故殺す」

 

 だからこそ……老爺は問う。

 

 予備の物干し竿を地に突いた老爺は、シータの沈黙を困惑しているからだと誤解した。

 

「ヒュヒュヒュ。儂の発言が可笑しいか? 其方から仕掛けてきてと思うか? ヒュヒュ! 誠に道理よな! まあ聞け、御主という<マスター>が此処に居る時点で殺し合う建前なぞ消えておるわ」

「……」

「儂は此処の用心棒を任されておる。騒がしい客を摘み出し、竜の出所を隠し通すためにな。しかし御主は不死身。知った秘密を墓場まで抱えてはくれぬであろう。……彼奴らに義理を通して一先ず殺したが、結局は御主一人すら仕留められなんだし喃」

 

 シータを殺しても見逃しても結果は同じ。

 見て見ぬふりをするなら今まで通り。

 真実を吹聴するつもりであれば、今日殺したところで三日後には復活してしまう。

 

 奴隷制度が公然とまかり通るカルディナでは、人道的な観点から賭博場の行為が非難されることはない。

 ただし商品表示の偽造が問題だ。騙された富裕層は面子を傷つけられたことを怒り、ありとあらゆる手段を用いて<ドラゴンズネスト>を闇に葬り去るだろう。

 

「まあ其れは構わん。彼奴らの金蔓が潰れようと、女子供が人の体を失おうと、儂には関係無いのでな」

 

 極論、シータがドラゴンを解放して賭博場を破壊しようがどうでもいいのだと嘯く老爺。

 忠誠や利益に縛られていない彼が、それでも用心棒を務める理由はひとつ。

 

「――儂は強者と立ち合えればそれでよい」

 

 本音と建前が合致するからに他ならない。

 

「生まれて此の方、只管に技を磨いた。儂より優れた猛者を殺した。儂より劣る子を殺した。単に強くなる為。武の頂に登り詰める為よ! そして儂は【神】に至った!」

 

 【神】を冠する超級職は狭き門。

 この世界、<アーキタイプ・システム>に才能を認められた一握りの天才だけに許される頂点の座だ。

 すなわち、世界最高峰の武芸者になった証である。

 

「だが足りぬ。到底満足出来ぬわ。儂は更に上を目指す。武芸の道に終わりは無い。幾度と死線を潜り抜けた強者と死合い、打ち勝つ迄。ヒュヒュ。分かるか? 御主のような相手を求めておったのよ」

 

 一合交えた瞬間から、老爺は嗅ぎ取っていた。

 血と臓物が醸し出す生々しい死臭……ではなく。

 シータの魂に染みついた殺しの腕前を。

 

「儂の目は誤魔化せんぞ。御主は同類。殺すしか能の無い外道であろう。殺戮の果てに何を思い、何を望む? 存分に語らい! 殺し合おうぞ小娘!」

 

 歓喜に打ち震える老爺をシータは無視した。

 気絶したままの少年に近づいて様子を窺う。

 傷口をポーションで治療し、懐剣の柄を硬く握りしめる指を一本ずつ丁寧に剥がしていく。

 

「何をしておる……?」

「……」

 

 少年の手から懐剣を取り上げる。

 床に座り、倒れる少年の頭を膝に乗せる。

 腫れ物に触るように躊躇いながら髪を撫でる。

 

 シータは少年を看病していた。

 少なくとも老爺にはそうとしか見えなかった。

 

「何をしておる!? 其奴は御主が吹き飛ばしたのであろうが! 自らの手で敵を討とうとした小僧を、邪魔の一言で片したのだろう!?」

「……」

「百歩譲って小僧を労わるのはよい……否、正気の沙汰ではないにしても其れは捨て置こう。だが、御主の眼前には儂が居るのだぞ! 外道同士が相見えて、事此処に至り死合せずとは如何なる了見かッ!?」

 

 老爺は激昂した。

 シータの態度は武芸者に対する侮辱だった。

 老爺を無視する行為が意味するのは、彼女が【尾神】を敵と認識していないということ。

 全力でぶつかる前から、よりによって同類に見下されるなどあってはならない。老爺の矜持がそれを許さない。

 

 老爺は一歩踏み出そうとして、

 

「…………っ」

 

 体が動かないことに気がついた。

 目眩と頭痛に加えて、手足の痺れが広がり始める。

 

(毒だと? 馬鹿な、何時……)

 

 倒れ伏した老爺をシータはただ見つめていた。

 老爺の周囲に滞留する気体を、遠目から。

 

 アマルガムは全身を水銀に置換する<エンブリオ>だ。

 水銀は常温・常圧で液体の金属である。

 水銀は毒性を帯びており、肌の接触や気体を吸引することで中毒を引き起こす恐れがある。

 そして水銀は……室温で揮発(・・)する。

 

 シータは自分の体を散布しただけ。

 スキルを使う時はSPの消耗を免れないが。

 ただ<エンブリオ>を動かすだけなら、それは歩行や食事と同じ、コストやリスクのない動作なのだ。

 

「……よく分からないけど。私は、何も考えてなかった。あなたみたいには」

 

 老爺は答えない。

 

「……この子、言ってた。<マスター>は……お願いを聞いてくれるもの、助けてくれるって。私は……違う。殺すしかできないから」

 

 少年の頭を撫でるのも見よう見まね。

 ライブラリーで閲覧した映画の一幕を思い出して、戯れに試したに過ぎないのだ。

 学習で知識を得ても実際に活かせるかは別の話。

 

 ……だからこそ。

 

「私は、人間になりたい」

 

 答えになっているだろうか、などとシータは思いながら老爺の反応を待つ。

 一秒後、彼女は己の誤りに気がついた。

 

 ――彼はもう話せない。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

シータ
(U・ω・U)<本人的にはわりと理由があって行動しているらしい

Ψ(▽W▽)Ψ<男の子を吹き飛ばしたのは?

(U・ω・U)<水銀吸っちゃうでしょ

Ψ(▽W▽)Ψ<お爺さん無視したのは?

(U・ω・U)<毒が回るのを待つだけだった

(U・ω・U)<お前はもう死んでいる


アマルガム
(U・ω・U)<問題児

Ψ(▽W▽)Ψ<第六でも許されないドラよ

(U・ω・U)<実際問題、原作的に、上級のボディはどれだけの性能なのか興味は絶えない


(U・ω・U)<融合だけなら条件は緩め

(U・ω・U)<①対象を取り込む(吸収した部分だけ使用可能)

(U・ω・U)<②対象が実体を持つこと(幽体やテリトリー系列を含む<エンブリオ>、火・光・闇・聖などのエネルギーは不可)

(U・ω・U)<アイテムやモンスター、<エンブリオ>、<マスター>・ティアンを問わない

(U・ω・U)<超音速で走れる足を生やして、両腕を魔剣にして斬りつけるとかできる


(U・ω・U)<ただ十全に活用するには追加で条件があって

(U・ω・U)<③知らないスキルは使えない

(U・ω・U)<④融合対象の死亡・破壊によりスキルやステータスが反映されなくなる

(U・ω・U)<⑤<マスター>は自害で脱出できる(モンスターとティアンはずっと一緒♡)

(U・ω・U)<……とまあ、悪いスライムの廉価版と考えて頂ければ


(U・ω・U)<『大抵の物理攻撃と一部の魔法(水風土氷)を吸収できる』

(U・ω・U)<『装備や肉体ごと相手を取り込める』

(U・ω・U)<『取り込んだ物質を使用、その特性を発揮できる』

(U・ω・U)<この三点が主な特徴です

Ψ(▽W▽)Ψ<水銀は?

(U・ω・U)<それは一長一短かな

(U・ω・U)<今回みたいに毒は強いけど

(U・ω・U)<一部の地属性魔法や海属性魔法の対象にもなるので

(U・ω・U)<液体操作・固体操作で本体を操られてしまうデメリットがあります


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公平なイカサマはイカサマじゃない ⑤

 ■平凡な男について

 

 何かを持っている人間が嫌いだった。

 

 だから願った。

 

 不平等なんて消えてなくなれ、と。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 三戦全敗。

 それが<ドラゴンズネスト>支配人ワースレスとギャンブルした俺の戦績だった。

 

 悔しいがルーレットだと勝負にならない。

 一点賭けは舐めプが過ぎたので、二回目以降はこちらも本気で勝ちにいったわけだが。

 イカサマでもしてるんじゃないかと思うほど(実際してるのだろう)、俺の読みがとことん外される。

 

 おかげで1000枚あった交換用のチップが、連敗のせいでなんと半分を切ってしまった。

 あれれー? おっかしーぞー?

 俺は待ち時間に喧嘩を買っただけなのに。

 授業料にしてはぼったくりなお値段だな。

 

「噂ほどではありませんね。有名な賭場荒らしといえど、所詮この程度ですか」

「言ってくれるじゃねーの」

 

 おおっと手がスベッター。

 

 そう俺は泣く子も黙るギャンブラー。

 当然賭け事の秩序は守るが、それはそれとしてギャンブルにイカサマと場外乱闘はつきものだよなあ!?

 くらいやがれワースレス、そのすました面をラッキーパンチで陥没させてやるからよ!

 

 LUC依存で攻撃力が不規則に変化する賭博師のジョブスキル、女神様が拗ねてると一桁台のカスダメしか出せないが、ツイてる時は一万越えだって夢じゃない。

 俺としてはどちらでも構わない。

 弱攻撃は冗談で済ませられる、強攻撃のクリーンヒットなら溜飲が下がって今日の飯が美味い。

 

 繰り出した拳は難なく受け止められた。

 

 予想通りではある。

 

「負けたからと暴れられては困ります。お客様」

「カリカリすんなよ徳用キャットフードじゃあるまいし。ちょっとしたパフォーマンスだろ」

 

 ルーレット卓を挟んで睨み合う。

 こいつがいる以上、暴力に訴えるのは無理。

 超高級のカジノでも、いや高額レートの賭博を仕切るからこそ、客の腹いせ刃傷沙汰は対策済みってわけだ。

 

 でもまあ、はなから殴り合いで解決する気はない。

 今ので大方ネタは割れた。

 あとはどうやって、一方的に有利な状況を維持するワースレスを勝負の土俵に引き摺り出すかだ。

 

 そうだな……少し探ってみるか。

 

「なあお前どこ中?」

「は?」

 

 おいおい何を呆けてやがる。

 子供が会話のとっかかりを掴む常套句だぜ。

 俺もよく尋ねられたものだ。同じ出身校のやつでも知り合い未満だとあまり話が弾まないよね。

 やめろ黒歴史を思い出させるな。

 

「アル中・ヤニ中・ぴかチュウと色々に申せども。俺の見立てじゃお前は自己中ってところか。てめえさえ良ければそれでいいって魂胆が透けて見えるぞ」

「今は中学校(ジュニアハイスクール)の話をしていたのでは……? いえ、それはともかく心外ですね」

「よく言うぜ。ずっとおれのターンして、人をやり込めて楽しいか? 自分が絶対的な優位に立って、何もできないやつらが足掻く様を眺めるのは痛快か?」

 

 ポーカーフェイスで聞き流すのは流石だ。

 おう、支配人さんよ。それでも眉毛を動かしちまうほどに俺の戯言は気に入らなかったみたいだな。

 ここから先は命綱なしの綱渡り。一寸先は闇の中、手探りでやつの急所を暴き出す必要がある。

 ポイントはどの部分だ。今の会話と、起きている現象から想定されるやつの性格……となると。

 

「今、『お前が言うな』って思ったな」

「……!」

 

 どうやら当たりみたいだなあ!

 

「つまりあれか。自分がやられて嫌なことを、他人にやるタイプの人間なのかお前。一方的にやられるのは“不公平”だとか抜かしてよ。きょうび小学生でも持ち合わせてるモラルが欠けてるぞ」

「ご忠言痛み入ります。かくも道徳を説教するお客様は、さぞ高尚な人種に違いありません」

 

 こんな賭博場にいる時点でろくな人間じゃないのは予想できるが、やっぱりいい根性してやがる。

 いえーい同類同類なかーま。

 畜生がブーメランを投げ合うのに遠慮はいらん。

 そらそらそりゃそら、脳が回るわ舌が回るわ。

 

「俺のことをよく知ってるみたいだな。ファンには見えないからアンチか? 俺も有名になったもんだぜ」

「いえ。同業者の恨み言を耳にする程度ですよ」

「ほーん。にしては随分と俺に当たりが強いな。俺個人じゃなくてギャンブラー嫌いかよ。それとも……目立つ人間への僻みか」

 

 おっとまた顔に出た。

 ワースレスよ、ちょいと素直すぎるぞ。

 ライン越えのマナー違反? そうだねごめんね。

 悪いが付け入る隙を見せたお前が悪い。

 

「分かる、分かるぜ。周りと自分を比べると嫌になる。どうしてみんなすごい人ばかりなのに、ぼくだけが無能なんだよう助けて神えも〜ん!」

「お客様。少しお静かに」

「腹立つか? そりゃ耳障りだよな。分析されたら自慢のカラクリまで露見しかねないもんなあ!?」

「……口を閉じなさいと言っている」

 

 俺の煽りは強制的に止められた。

 あー、喋れないというより舌が動かないんだなこれ。

 別に千切れてもいないのに感覚が麻痺している。

 仕方がないからお互い筆談に移ろうか。

 

『そこまでやるか普通?』

 

 ワースレスは自分の舌を噛み切っていた(・・・・・・・・・・・・)

 

 だから(・・・)俺の舌も動かない(・・・・・・・・)

 

『ここまで貫いてるといっそ清々しいくらいに“公平”なスキルだなオイ』

『他のお客様のご迷惑となりますので』

『絶対違うっしょ。激おこカムチャッカマンじゃん』

 

 でもさあ、こいつも悪くない?

 わざわざ名前をワースレス(役立たず)って設定してるんだぞ。

 自虐ネタにしたって体を張り過ぎている。

 擦ってくれと言っているようなものじゃないか。

 名は体を表すとはまさにこのこと。

 

『結果の平等。それがお前の<エンブリオ>だろ』

 

 支配人というくらいだから、最初はドラゴン量産系の能力かと考えたがどうにも違う。

 おそらくはテリトリー系列。

 自分を含めた周囲の空間に影響を及ぼすタイプと見た。

 

『だからお前が喋れないと俺も喋れない。お前が使えないスキルは、俺も使えない』

 

 賭博師系統のイカサマスキルが通じなかったのはそのせいだろう。そもそも効果が発揮されていなかった。

 攻撃用のスキルも同様。体感だと、ステータスまで向こうの数値に合わせて下がっている。

 他人を自分と同レベルにまで引き摺り下ろす……最底辺に合わせて整列しろって感じだ。

 

『《看破》使えねーけど、たぶん【生贄】オンリーで成立させてるだろ。コストのMPを確保しつつ、戦闘行動不能と全ステータス低下のデメリットを周囲にも押しつける。となるとイカサマは……自前の技術しかないわな。スキルに頼ったら相手もイカサマできるし』

 

 なんだそりゃ、という話だが。

 リアルスキルなら俺だってできる。

 ただしこれに関しては、俺のミスと相手の作戦勝ちが七:三の割合だ。

 

 ルーレット、客がイカサマする余地ないのよ。

 ボール投げ入れた後に追加ベットしてもズラされたことを考えると、卓の盤とボールに仕掛けがあるのか。

 ボールの投げ方との組み合わせだろうな。

 そら何度やっても勝てんわ。

 

『異論反論訂正があれば受け付けるぜ』

『それではひとつだけ。私を基準にしているのではありません。半径二メートルの効果範囲に存在する全員が取れる行動だけは、このスキルで縛ることができない』

『意外と素直に教えてくれたな』

『知ったところでどうなります』

 

 たしかにー。現状は何も変わらんやつー。

 

『それじゃあギャンブルを続けようぜ』

『まだやる気がおありで?』

 

 驚くことじゃないだろう。

 そっちから持ちかけた勝負なんだ、俺はまだまだ健在でチップも全額吹き飛んじゃいない。

 勝負はこれからだ。結果は神のみぞ知るってな。

 

『理解できませんね。本当に、あなたのような連中の考えることは。破天荒で、意味不明で、常識外れで、目立ちたがりで……持つ者というのはいつもそうだ』

『いや知らんわ。なんか怖いし。とりまスった分を取り返したいだけよ俺』

 

 自分語りなら家でやってくれ。

 野郎の愚痴なんざ聞きたくないよ気が滅入る。

 

『お前も大概意味不明だけどな。一方的に無能をボコボコにするとか……不公平だろ。そんなスキル使うくせに』

『先程も聞きましたよそれは』

『あえて繰り返してんだぞ。分かれ』

 

 皮肉が通じないのかよ。

 心の贅肉こそぎ落としてんのかい。

 

『ワンサイドゲームは本当にいいものか? 結果の見えている勝負は面白いか? そんな<エンブリオ>が発現するお前の心は、この状況を楽しめているのか?』

『…………』

 

 まあここまでの台詞、ほとんどが即興なんだが。

 とりあえず頭に思い浮かんだことを言っておけばなんとかなる。ええ、俺の好きな言葉です。

 

『あ、もちろんゲーム内容は変えさせてもらうぞ。ルーレットだと勝ち目がないからな』

『勝手に話を進めないでいただけますか』

『初見殺しに特化した能力を言いふらされたかないだろう? 口封じするにはギャンブルを受けて勝つしかないぜワースレスさんよ』

 

 俺は【契約書】を見せびらかす。

 違反時のペナルティは重めにしておこうか。

 そうだな、長期間のログイン制限とかどうよ。わりと俺には効くぞ。ギャンブル狂いだからね。

 

『……いいでしょう。それで何をするのです?』

『そうだなあ』

 

 俺は考えるポーズをする。

 即答しちゃうとね、罠だと疑われるからね。

 まあ内心では既にこれと決めている。

 

『ハイ&ローでどうよ』

 

 勝ち目は両者フィフティ・フィフティ。

 超々“公平”な運試しといこうぜ。

 

 

 ◇◆

 

 

 ハイ&ローは簡単なゲームだ。

 数の大小を当てる、基本のルールはこれだけ。

 普通はトランプでやることが多いかな。

 

 手順はこうだ。

 まず、明かされた数字をひとつ用意する。

 例①、親が選り分けた手札から一枚公開する。

 例②、山札をめくって場に出す。

 まあ方法はなんでもいい。

 

 次に、隠された数字をひとつ用意する。

 例①のパターンなら子の手札を裏にして場に出す。

 例②なら山札の次の一枚を伏せる。

 これもやり方はあまり重要じゃない。

 

 最後、数字の大小を予想する。

 隠された数字が、明かされた場の数字より大きいか小さいかを宣言してベットするんだ。

 宣言終了後、隠された数字を確かめる。

 予想が当たったら勝ち。簡単だろ?

 

 細かいルールや数字の順番とか、まあ色々あるが。

 俺たちは気にする必要がない。

 

「今回はトランプじゃなく、こいつを使う」

 

 舌を治療したワースレスを連れて移動した卓に叩きつけるアイテムが今日の目玉。

 

「賽子ですか」

「イエス! 六面ダイスくんでぇーす!」

 

 なんだなんだテンション低いぞワースレス。

 せっかく楽しいお遊戯の時間だ、脳汁噴き出すまでバイブスぶち上げていこうぜ!?

 へいそこのオーディエンスもご一緒に!

 エビバディ! セイ! イェアーー!

 

「ルール説明をお願いします」

「あ、はい」

 

 冷めるわー。

 

「っても予想はつくだろ。片方が先にサイコロを振る。もう片方は振る前にハイかローの予想とベットを行う。出た目が予想通りなら成功。役割を変えて繰り返す。どっちかの予想がはずれたらその時点でワンゲーム終了。数字が同じでもはずれ扱いね。溜まった賭け金は勝者の総取り」

 

 プレイヤーが二人だし、あまり複雑なルールを加えてもややこしいだけだからな。

 予想される数字は1〜6と本家のトランプバージョンより単純化しているところがポイントだ。

 

「賽子は自分で振るのですか?」

「そのつもりだ」

「なるほど。では二人分の賽子を用意させましょう」

「お構いなく。お互いに自前のやつを使ってオッケーにするからよ」

 

 ワースレスは未開封のサイコロを手に固まった。

 

「お客様が細工をしないという保証は?」

「そんなのお互い様だろ」

 

 出目が偏るサイコロを使ってもいい。

 持ち前の技術で出目を操作してもいい。

 そういうルールにしてある。

 

「何でもありだ。条件はイーブンなはずだぜ」

 

 イカサマ上等ってな。

 

「千日手になりますよ」

「安心しろ。それはない」

 

 ルール的に、お互いがイカサマをすると一生勝負が終わらないのは当たり前だ。

 狙った数字を出せるなら予想もクソもない。

 どうあれ結果は見えている。

 

 この俺がそんなゲーム仕掛けると思う?

 

「先手は譲るぜ」

「……」

 

 ワースレスはサイコロを振った。

 出目は『3』。

 もちろん狙って出してやがる。

 中央値に寄せたのは判断を迷わせるためか?

 

 ジョブスキルが使えないとはいえ、俺だってギャンブル狂いの端くれだ、狙った数字を出すことはできる。

 流石に百発百中とはいかないけどな。

 ここ一番でミスをする危険は拭えない。長丁場になると疲れで手元が狂う可能性が高まるだろう。

 しかし運任せになったところで五分五分だ。

 

「ハイにチップ百枚」

 

 さて期待と緊張の第一投……投げ、

 

「お待ちを」

 

 ません、っと。

 

「なんだよ揺さぶりかよ」

「その手に持っているものは何です」

「ああ、これね。どうかしたか?」

 

 俺は自前のサイコロを掲げてみせる。

 

「ただの特典武具だけど」

 

 つい最近ゲットしたてのほやほやだ。

 実戦で使うのは初めてなんだが。

 

「私の結界内で特典武具? 無駄ですよ。そんなユニーク要素の塊、絶対に使えるわけがない」

「え、なんで」

「なんで……?」

 

 おうおう、必死に考えを巡らせてる。

 何を考えているかはだいたい分かるぞ。

 俺のハッタリを疑ってるな。特典武具を持っているだけ、実際に使えはしないだろうとか。

 あとはこのゲームを選んだ理由……あえてサイコロを使うルールにしたのは特典武具で無双するため、だとしてもあり得ないー、とかなんとか推理してるに違いない。

 

 半分あってるけどな。

 でも半分はずれなんだわ。

 このゲーム完全解答以外は負けです残念。

 

 お前は始まる前から出遅れてるんだよワースレス。

 そんなんじゃ女神様の寵愛は受けられない。

 

「特典武具は所有者にしか使えない。<UBM>を討伐した者だけが持つ、唯一無二で規格外な装備のはず」

「いいから黙って見てろ」

 

 すぐに分かるさ。

 さあさあ皆様目ん玉かっぽじって御覧じろ。

 回ってきたぜ俺のターン! 振るぜ転がせ運命を!

 

「《賽厄(ダイスロール)》」

 

 狙い通りに出目は『6』。

 そして【賽遊終勝 ダイスターブ】の効果発動。

 サイコロを振った俺に対して、ランダムでバフかデバフをひとつ付与する!

 

 一瞬で燃え上がった炎が両足を舐める。

 今回引き当てたのは【火傷】か?

 継続ダメージに加えて満足に歩けなくなったが、両手と口が動かせるなら問題ない。

 必要なのは器用と知力と幸運だ。あとは女神様の熱いエールでいくらでも踏ん張れるって寸法よ。

 

「さて交代だ。続けて振るぜ? 何が出るかな!」

 

 予想される側は小細工の必要がない。

 俺は流れに身を任せて『2』を叩き出す。

 ついでに発動したバフは思考速度の加速。

 あれこれ考えるゲームじゃないが余裕はあるだけでおありがたい、脳内妄想が捗る。

 

「お前の番だぞワースレス。そんなにこれが羨ましいなら使ってみるか?」

「つまりそれは、誰もが使用可能なスキルを持つ特典武具というわけですか」

「イグザクトリィー!」

 

 《賽厄》はサイコロを振った本人を対象とするが、所有者しか振れないという制限は存在しない。

 何もできないワースレスだって使えるのだから、<エンブリオ>で縛られる道理がない。単純な話さ。

 

 プレイヤーには等しく運命を掴み取る権利がある。

 仲間はずれはよくないだろ。

 ゲームはみんなで楽しく遊ばないとな?

 

「さあどうする。俺の自滅を待ってもいいが、諸共巻き込まれない保証はないぞ。元の<UBM>戦じゃ落雷で死にかけたし。マジで何でもありだから」

「無茶苦茶な……」

 

 いいから素直に使っておけよ。

 多少の不運には耐えられるかもしれないぜ。

 

「予想はハイ。チップ百枚のベットを宣言します」

 

 やつは苦々しげに【ダイスターブ】を手に取る。

 あーはいはい、当然だが宣言はハイ……

 

『ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!』

 

「はいいいいいイイイィィィィ!?」

 

 待て待て待て、ちょいとタンマだ。

 目の前の光景と轟音とで頭が働かない。

 一体全体どうなってやがる。

 

 バカでかいドラゴンが床ぶち抜いて現れたんだが?

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<ざわ…ざわ…

ワースレス
(U・ω・U)<雇われ支配人

(U・ω・U)<彼の【勢々同々 オストラキスモス】は

(U・ω・U)<人間範疇生物だけに効果があります


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公平なイカサマはイカサマじゃない ⑥

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 賭博場のフロアを貫通する縦穴から這い出たのは見上げんばかりの巨体。

 翼を持つ四足歩行タイプ。いわゆる西洋の竜だな。

 黒い鱗といい、漂う禍々しいオーラといい、まるで御伽噺に登場する邪竜そのもの。

 穴蔵でなんちゅうもんを飼ってんだ。

 

 突如として現れた黒竜はパニックを呼び起こす。

 客はもちろん、給仕や従業員まで誰も彼もが大騒ぎ。

 慌てて逃げ出した連中で出入り口は鮨詰め。

 店側の数人が使役するドラゴンを喚起したことで、精神的に追い詰められたVIPが発狂。

 しかも【ジュエル】から解放されたドラゴンは指示を無視して好き勝手に行動する始末だ。

 目につく全てを手当たり次第に攻撃する個体、同士討ちを始める個体、逃走を図って人混みに突撃する個体。

 恐慌は連鎖して収拾がつかない混乱に発展する。

 

「おい支配人。何だあれ」

「私が思うに、この特典武具のせいでは?」

「まだ振ってないだろ」

 

 自前の不運をなすりつけるなアンラッキーマン。

 

 しかし、女神様も粋な計らいをしてくれる。

 ピンチとスリルのベクトルが違うぜハニー。

 流石にアレが暴れるなかで平然と座り続けるのは正気の沙汰じゃない。さっさと逃げないとデスペナになる。

 

 問題はろくに動けないことだな。

 火傷のダメージで足が棒のようだ。

 

 野郎二人で心中なんて笑えない。

 どうにかならないものか。

 たとえば凄腕の竜殺しが空から降ってきたり。

 そうそう。あんな感じで、黒竜相手に近接戦仕掛けるバトル特化ビルドのアサシンガールとか。

 

「シータじゃん」

 

 何でこんなところにいるのやらさっぱりだが、襤褸を纏った戦闘マシンが黒竜の体を踏みつけ駆け上がる。

 跳躍からの三回転半捻り。

 立体機動で空中に躍り出たやつは、無防備を晒す黒竜の喉元に手甲剣を突き立てた。

 

『ヒュヒュヒュ』

 

 クリティカルヒットは痛打にならず。

 わずかなみじろぎでシータは振り払われた。

 それでどうしてこっちに落ちてくる!?

 

「他に着地場所あっただろ……」

 

 俺たちが使用中の卓に墜落、チップの山をぐちゃぐちゃに蹴散らしつつ当の本人は無傷だ。

 シータは俺の文句を無視。

 体から取り出した少年をこちらに放り投げる。

 

「は? 何してんのお前」

「……」

 

 こいつが何を考えてるのか読めない。

 具合の悪そうなガキ一人託してどうしろと。

 俺が欲しいのは事情説明だ。謎を増やすな謎を。

 だから無言でバトりに戻るのはやめろって。

 その小さいお口は飾りかな?

 

「ぅ、う……」

「ああくそ! 起きろパズー!」

「ぱずう……?」

「バカお前シータときたらパズーだろ。あの国民的アニメ知らないの? とにかく説明しろ。何があった?」

 

 暫定パズー少年を叩き起こす。

 ティアンだとか病気っぽいとか、そんなのはどうでもいいんだ。いやまずいのかもしれないが、今は良し悪しの判断材料すら足りないんだよ。

 

「……分からない」

「ああ? 分からないで済んだらポリスメンは全員無職になるだろ。言える範囲でいいから早う答えろ」

「本当に分からないんだよ! 目が覚めたらあいつは倒れてるし、下はなんだか怖いし、お姉ちゃんを探そうとしたらあいつがドラゴンで、それで」

 

 あいつ・イズ・誰。

 ダメだな。どうにも話が要領を得ない。

 もし恐怖で錯乱しているのだとすると、このガキの言うことはあてにならないだろう。

 

「いいえ。その子は正気ですよ」

「お前の話は聞いてねえよワースレス」

 

 逆にこいつは実に分かりやすい。

 苛立ちと諦めがハーフアンドハーフだ。

 

「説明が欲しいのでしたら差し上げましょう。私の想像通りであれば、あの竜は人間ですよ」

「トチ狂ったか?」

 

 精神保護でも守れない心があるんだな。

 

「彼に限らず、ここのドラゴンは全て人間が姿形を変えたものなのです。私の雇用主はそうした<エンブリオ>を有しています。金策に丁度良いと仰られていましたね」

 

 あー……マジなのか。

 つまりドラゴンにしたティアンを賭博場の景品として売り捌いていたと。度胸あるなこいつら。

 

「事が露見しなければ問題はありませんでした。ありがたいことに、お得意様の庇護を受けておりましたので。荒事は彼に任せていましたが」

 

 ワースレスの視線が黒竜に向く。

 

「彼は適合率が高かった。故に人の器を保ちながら、竜に成った。侵入者を排除する戦闘狂として」

「さてはおめー殺る気だな。だがいいのか? ただ俺を倒しても自慢のトリックが公開されるだけだぜ」

「致し方ありません。もともと支配人業は単なる仕事ですので。地下の存在まで明るみになった今、私に取れる選択肢はこれだけです。……それに、友人の頼みでもなければこんなゲームやりませんよ。せめて最後はあなた方に一泡吹かせてやりましょう」

 

 ワースレスの手にはあからさまな自爆スイッチ。

 賭博場ごと崩落させるつもりか。

 

「全【ジュエル】を解放後、起爆装置を点火。ドラゴンは一匹残らず処分します。王国にはモンスターと意思疎通を図れる読心術の持ち主がいるそうですからね」

 

 なるほどね。黒竜がこの場の生物を皆殺しにして、その後は爆薬で木っ端微塵にする算段なわけだ。

 やつの言葉に反応したパズーが身を起こす。

 

「やめろ……まだお姉ちゃんが……!」

「知り合いがいるのですか? それは運がない」

 

 安っぽい悲劇のようだ、と。

 ワースレスは同情にならない言葉を投げる。

 それはゲームのストーリーを鼻で笑うようにも、物語の特別な役柄を羨むようにも見えた。

 

 別にどうでもいいけどな。

 俺に関係のない話は好きにやってくれ。

 ……だが。

 

 何をはい終了みたいな雰囲気を出してやがる。

 

「おいおい、まだゲームは終わってないだろうがよ」

 

 どうせこのままだと俺はデスペナだ。

 なら負け越しで納得してやるものか。

 奪われたチップと景品のドラゴン。

 それくらいは回収しないといかん。

 

「泣く暇があるなら肩を貸せパズー」

「え……?」

「歩けないんだよ椅子倒してもいいから!」

 

 病人に鞭を打ってテリトリーの範囲から逃れる。

 ワースレスから二メートル距離を取れば、俺は元通り自前のスキルを使えるからな。

 これで両手に女神様だ。具体的にはフォルトゥーナの車輪を生やして二輪走行スタイルになる。

 まるで妖怪だな。……誰がてけてけだ!?

 

「シータぁ! こいつ死なない程度にぶっ殺せ!」

 

 俺の叫び声で瞬時に飛んでくる銃弾。

 黒竜とバチバチにやり合う傍ら、きちんと指示を聞いて適切にワースレスを瀕死に追い込む見事な手際。

 しかも水銀の網で拘束済みときた。

 ふーんやるじゃん殺戮マシーン。

 

 はい特典武具を回収して。

 あ、自爆スイッチが落ちてる。もーらい。

 と思ったけど持てないわ。咥えるか。

 

「……無駄な足掻きです。返しなさい」

むまむ(甘い)むまむめ(甘いぜ)

 

 結界内では最弱最強でも、外からの攻撃には無力!

 結局のところ戦闘じゃ使い道が限られるんだよ。

 ジョブが【生贄】だから殴り合うこともできないただの的、そう【賭博師】よりも弱々ね。

 

「宣誓ー! 僕たち私たち賭博師は【契約書】に則りー、不正堂々、最後まで戦い抜くことを誓いまーす!」

 

 つまり逃がさないということ。

 覚悟しろよワースレス。

 

「ルール変更だ」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 黒竜の鱗に白銀の飛沫が跳ねる。

 

 巨軀を相手取るシータは小回りを活かして敵を翻弄し、高速戦闘を繰り広げていた。

 骨肉に囚われない流動体は絶えず移ろい、その都度に求められる最適解を体現する。

 迫る鋭爪を液状化して潜り抜け。

 重鱗の隙間を薄刃で切り裂いて。

 

『ヒュヒュヒュ』

 

 しかし、黒竜は堪えない。

 束ねた硬質の鱗は鎧兜以上の防御力を発揮する。その下の異常に隆起した筋組織が攻防一体を誇る天然の武装として機能しているのは言うに及ばず。

 生身の性能もさることながら、真なる守備の要は立ち上る漆黒の瘴気だ。色彩こそ違えど《竜王気》に酷似した禍々しいオーラが攻撃の威力を減衰していた。

 

 その正体は黒竜の体表から溢れる鱗粉だ。

 呪詛を帯びた鱗粉は微量を吸引するだけで身体に不調をきたす代物。貧弱なティアンであればまず確実に感染して心身を蝕まれるだろう。行き着く先は衰弱か……あるいは症状を克服して竜に転じるか。

 鱗の繋ぎ目に付着する紫紺の結晶体は鱗粉が凝固した塊であり、同様に竜化の呪病を振り撒いている。

 

 シータは<エンブリオ>の副産物で呼吸不要だからこそ鱗粉の影響を最小限に抑えられていた。それでも融合中の生物には呪いが回り始めており、遠からずアマルガムの容量のうち四割は機能不全に陥る。

 

 運動性能の著しい低下。

 物質表出で消費するSPの枯渇。

 予測通りの結末が訪れる前に、シータは目の前の敵、【尾神】黒竜を屠らんとする。

 

 威容を誇る黒竜だが動作はどこか鈍い。まだ竜の巨体に不慣れなのだろう。人間であった頃の名残か、四肢や視線の運びが不合理だとシータの観察眼は見抜いていた。

 ゆえに目標は背後。意識の陥穽となる死角に回り込み、脊髄を伝って脳を抉り出す。

 

 幼い戦士の決断を……老兵は嗤った。

 

『いやはや。竜種とは斯くも素晴らしき哉。たかが毒霧で不覚を取る耄碌であれば、もっと早くに人の身を捨てるべきだったのかもしれぬ喃』

 

 水銀を吸って倒れた【尾神】の一世一代の賭け。

 感染した竜の因子を用いて、毒に侵された肉体を新たに造り変える試みは見事に成功した。

 人から外れた姿を【尾神】は憂慮しない。

 もとより彼は一切を捨てることで武芸の道を極めた男。老いて枯れ細るばかりの体に執着は抱かない。

 

『だが些か勝手が異なるわ。四つん這いでは棍を握れぬ。となれば、一から鍛え直さねばならん』

 

 生涯を捧げた武術すら、捨てることを厭わない。

 

『此の様に――《リバース・サイクロン》』

 

 一薙ぎ。

 気配を断つシータを正確に打ち据えるのは武器に非ず、棘と鱗に覆われた強靭な尻尾だ。

 鞭のようにしなる質量が描いた軌跡は円球。

 振るい、払い、切り返す。

 それは単純な攻撃の往復に過ぎない。

 だが一呼吸で、複数方向から同時に繰り出す超々音速の連撃こそ【尾神】の奥義にして真骨頂。

 

「……ッ」

 

 逆巻く暴風から逃れ出ること能わず。

 シータは人型の維持が不可能な体積まで分解される。

 

『芥は散らして燃やせば良い』

 

 粉微塵の破片になってなお、不定形のシータにとっては致命傷にならない。

 先の経験でそれを理解した黒竜は破片をまとめて焼却しようと顎門に黒煙を燻らす。

 

「……」

『些か惜しいが、終いだ喃』

 

 業火を吐くため、一拍の間が生じて。

 

「呼ばれず飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーーん!」

 

 空中に躍り出たランスが割り込む。

 少し首をズラせば火線の軌道上に入る位置取りだ。

 危険に身を晒して仲間を庇うには心許ない肉盾一枚。

 賭博師一人に拘う必要はないと黒竜は捨て置き。

 

(否、何か策を弄しておる)

 

 闘争で研ぎ澄まされた直感が警鐘を鳴らした。

 黒竜はブレスを取り止め、咄嗟に尻尾を繰り出す。

 奥義の反動が尾を引いた拙い一撃。それでもランスを仕留めるには十二分に事足りる、

 

「ムー! テー! キー! スーパーアーマー!」

 

 はずだった。

 

 ランスは健在で数一つ負っていない。

 それどころか、打撃を受けたというのに吹き飛ばず、足場のない空中に留まっている。

 

「このタイミングで無敵バフを引き当てるとはなぁ!? ハッハー! 俺、メガラッキー! ありがとよ女神様! 世界で一番愛してるぜ!」

 

 彼の手の中でサイコロが回る。

 持ち主に恩恵をもたらした【賽遊終勝 ダイスターブ】なる特典武具、されどランスは《賽厄》を一度しか振っていない。短時間の無敵を獲得して打ち止めだ。

 

 だというのに。

 まだサイコロは回る。転がる。回転を続ける。

 まるで、今しがた振られたばかりだと訴えるように。

 

「ようジジイ、お前今から代打ちな」

 

 ワースレスの代理で黒竜が賭けろと。

 戦況をまるで理解せず、ランスは己の都合だけを考えて不遜に言い放った。

 

「簡単な数当てだ。次の目が『5』より大きいか、小さいかを宣言してくれや。賭け金は一律一〇〇万枚で。急いだ方がいいぜ? 間に合わなかったら俺の勝ちね」

『シュシュ。面白いが、儂が乗る道理は無い喃』

「乗る反る降りるの話じゃねーよ。賽は投げられた」

 

 そして会話の最中にサイコロが止まる。

 

「時間切れだ」

 

 直後、黒竜の双翼が砂糖菓子(・・・・)に変化した。

 

『……ほう?』

「うわ溶けてら。グロいな。何のデバフだ? えーなになに、【菓子化】。そのまんまじゃん」

 

 感心するランスの口ぶりは野次馬風。

 彼の仕業でありながら、彼にも制御不能であるために。

 

 【ダイスターブ】の第二スキル、《賽役(ダイスロール)》。

 その効果は、所有者のランスを攻撃した相手に【ダイスターブ】を振らせるというもの。

 この《賽役》が効果を発揮した時点で、第一スキルの《賽厄》は発動条件が満たされる。

 

 攻撃は幸か不幸を引き起こすだけ。

 今の彼は、決して死なない人間サイコロ。

 

 羽虫のように跳ね回るランスは本来なら【尾神】の足元にも及ばない弱者で、取るに足らない存在だ。

 だが殺害は叶わず、喧しく騒ぎ立てながら邪魔をされるというのは、黒竜にとって目障り極まりない。

 

(此方から手を出さねば実害が無いのが救いよな)

 

 あくまでスキルは受動的なもの。

 攻撃を加えなければ発動条件は満たさない。

 ランスを巻き添えにする薙ぎ払いやブレスの使用は躊躇われるが、工夫次第でどうとでもなる。

 

『負けが嵩もうと儂が知った事では無いわ』

「ああそうかよ。だったらその気にさせてやる」

 

 ランスは両手の車輪で轍を刻む。

 棘持つ鱗の凹凸を足がかりならぬ手がかりにして、竜の巨体を縦横無尽に這い回る様はまさにモンスター。

 

「一〇〇万、二〇〇万、三〇〇万ンンン! 一振りでチップがじゃんじゃん増えーる貰えーる!」

 

 続け様に振るサイコロが不運を導き出す。

 天より降り注ぐ落雷がランス諸共に黒竜を撃つ。

 地から屹立する剣山は四肢と尻尾を縫い止める。

 いずれも致命傷には程遠い小細工だが、無視を決め込むにはあまりに厄介。

 

「デェェェッド・オォォア・ラァァァック!」

『喧しい。が、其れもまた良き哉』

 

 【尾神】が求めるものと方向性が異なれど、土壇場で一歩も引かない厚かましさは強さの一つ。

 形はどうあれ、己に楯突いた勇者に対して、黒竜は相応の礼を返さねばならない。

 

 剣山から四肢を引き抜いて尾を振るう。

 しなる鈍器は敵を打ち据えることはない、ただ天井の岩盤を打ち砕いて崩落を引き起こすだけ。

 

「ばっ……!?」

『馳走を喰ろうて逝け』

 

 要は黒竜が直接手を下さなければ済む話。

 頭上を見て固まったランスを絡め取り、手傷を負わせないよう繊細な尻尾捌きで宙に放り投げる。

 岩盤の真下、地下に繋がる穴の真上。足場がなければ身動きの取れないランスに生き埋めから逃れる術はない。

 

「ちょま、やばいやばいやばい!」

 

 ランスは慌てて【ダイスターブ】を振る。

 他に打つ手がない崖っぷちで、追い詰められた彼が引き当てたのは……

 

「ここで強化解除(ファンブル)ぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

 無敵を含めた全バフの喪失。

 

 怨嗟は瓦礫の奥に消えていく。

 賭博師の身で助かる見込みは薄い。もとより下半身に火傷を負っていたのだ。落下ダメージで即死ものだろう。

 脱落した敵は頭の隅に追いやり、【尾神】はもう一人の侵入者に向き直る。

 

『ふむ……未だ、奥の手を隠しておるな?』

「……」

 

 わずかな時間で飛散した肉体をかき集め、かろうじて上半身の輪郭を再構成したシータは。

 

 無機質な殺意の撃鉄を起こした。

 

 To be continued



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公平なイカサマはイカサマじゃない ⑦

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 シータは黙々と準備を整える。

 黒竜に見据えられようが、やることは変わらない。

 彼女は自分の役割を果たすだけだ。

 

「……」

 

 体積の半分を液体として周囲に広げる。

 下半身から伸びた水銀は床を伝い、蠢く触手のように、手当たり次第に触れるものを絡め取っていく。

 それは調度品や建材といった物質から始まり。

 怯え逃げ惑う人や竜、その生命まで手中に収める。

 血の気を引かせて昏倒する彼らを壁際に押しやり。

 

 そして少女の容姿をかなぐり捨てた。

 

 黒竜と相対するは異形。

 角持つ獣の白骨を思わせる頭部。

 保護のために被せられた襤褸の下からは、枯れ枝より痩せ細った多腕多脚が軋みを上げる。

 冒涜的な怪物の正体を黒竜は知っていた。

 

『倉庫にあった絡繰か』

 

 支配人から説明を受けた景品のなかでも、とりわけ希少で厳重に扱われていたひとつだ。

 目録には莫大な額のチップと並び記される先々期文明の遺産。打たれた銘は【櫟之死神(ユー・デス)】。

 交換可能なだけの勝ちを重ねる賭博師は現れず、賭博場の総意として所有権を手放すつもりもなく、組織が抱える力の象徴として保管するだけの代物だった。

 運用には大量の魔力が必要なので、ついぞ動く光景を目にすることはないものと【尾神】は考えていたが。

 

『シュシュ。魔力を吸い上げるとはな』

 

 誰しもわずかながらMPを保有している。ならば微量のそれらをかき集めればいいのだと。

 シータは他者と、そして亜竜級のドラゴンと融合することにより、彼らが保有する魔力を統合した。

 

 得たのは煌玉獣に由来する戦闘力。

 加えて吸収したMPとSPのコスト、それに伴う戦闘可能時間の延長。

 すなわち黒竜を殺し切る猶予だ。

 

『火事場泥棒に使われるとは笑えぬ皮肉だ』

「……」

『御主を責めておる訳では無いぞ? 儂からしてみれば僥倖よ。其の絡繰と対峙する機会が訪れたのだからな』

 

 慢心は不覚を呼び、彼は一度敗れた。

 儚い身で拾ったあり得べからざる機会。

 なればこそ、黒竜は望む。

 悔いの残らない死合を。全力を出し切ると。

 

 幸いと言うべきか……殺意に応じるは殺意。

 

『――いざ』

「――」

 

 竜と怪物は同時に動く。

 

 渾身の力を溜めて尻尾を突き出す黒竜。

 怪物は垂直に跳ねて刺突を躱し、天井のひび割れに掴まると、頭上から無数の腕を伸張させた。

 異なる軌道のそれを黒竜はまとめて薙ぎ払い、千切れ飛んだ腕の悉くをブレスで燃やし尽くした。

 熱気を盾に水銀を防いだ黒竜だったが、視界を遮る炎に助けられるのはシータも同じ。

 瞬時に黒竜の背後を取って覆い被さる。

 尻尾と筋肉の要所を押さえつけ、シータでは視認不可能な超々音速の奥義を封じる狙いだ。

 

 怪物の頭部に魔力が集束する。

 無防備な背中を狙う高威力砲撃。

 

 黒竜は迷わず己ごと敵を焼いた。

 シータには火炎が有効と理解した上での行動だ。

 水銀の毒は熱気に阻まれて黒竜には届かず、アマルガムが融合できない属性の攻撃。

 物質の表出でダメージを置換した瞬間、拘束は緩み、怪物はドラゴンを解き放つことになる。

 砲撃の発射前に破損すれば上々。

 多少でも怯んだら振り解いて打ち滅ぼす。

 

 だが止まらない。

 白熱した関節が溶けて歪み出している。

 装甲が剥がれて内部構造が露出している。

 魔力が漏れ出し、今にも自壊寸前である。

 にも関わらず、怪物はしがみついている。

 

 もはやスキルを扱う余力も残っていないのか。

 今なら打撃が通じると【尾神】は確信を得た。

 

『奥義改、《纏旋:黒龍大焔縄》』

 

 それは編み出した新たな奥義。

 自分諸共、相手に炎を叩きつける力業。

 燃え盛る頭から頸部まで、尻尾に負けず劣らずの質量を勢いのまま振り回す。

 炎が途絶えることはない。黒竜はその技量で薙ぎ払いの速度と火種を共に維持している。

 

 火炎の鞭がとどめとなり、怪物は沈黙する。

 蓄積された魔力は空気に離散していった。

 かろうじて原形を留める機体は亡骸のよう。

 

 まるで魂の抜けた、空っぽの、がらんどう。

 

(糧が流れて来ない……未だ(・・)!)

 

 死者と生者のリソース変動がない。

 これが意味するのはシータの生存だ。

 黒竜は転移消滅(デスペナルティ)を見逃さないように気配を探る。

 

(何処だ。希薄だが、近い。逃げてはおらん。だが見当たらぬ。また姿形を変えておるのか?)

 

 死体の乗り捨てを目撃したのは二度目だ。

 破損した煌玉獣を捨てて、死角から黒竜の隙を窺っていると考えるのは自然だった。

 問題はシータが何に変化しているか。さしもの【尾神】とて無生物の気配を辿るのは容易ではない。

 ただシータでも攻撃の一瞬は殺気を漏らす。黒竜はその微かな予兆を頼りに対抗するしかない。

 

 潜伏を続けるなら、黒竜は片端から周囲を焼き払う。

 その前にシータは奇襲する腹づもりだろう。

 これはどちらが痺れを切らすかという勝負だった。

 

 黒竜にとっては。

 

「《歪の怪物(アマルガム)》」

 

 けれど、彼女にしてみればそうではない。

 

『ッ!』

 

 黒竜の首から下が動かない。

 金縛りにあったかのように身体の自由がきかない。

 己の意に反して黒竜は這いつくばる。

 

 じわじわと内側から侵入される感覚。

 鱗の一枚から隣接する一枚に。

 その下にある肉、臓腑、そして頸椎を伝い、炎に守られているはずの頭部まで異物が浸透する。

 

 毒ではない。肉体は健康そのものだ。

 呪いでも支配でもない。黒竜は変わらぬまま。

 ただ、肉体は既に蝕まれている。

 

 アマルガムの必殺スキルは極めてシンプル。

 融合中の物質をコストに捧げて、一定時間、既存スキルの制限を撤廃する強化型だ。

 通常はレベル差で融合できない相手も、一時的に条件を無視して吸収できる。

 

「……」

 

 白銀が黒鱗を覆うとき。

 刃が骨肉を食い破り、竜の首を刎ねた。

 

 

 ◇◆

 

 

 黒竜の全身から染み出した水銀が繭を編む。

 息の根が止まった【尾神】を水銀は包み込んで、五体満足のシータを産み落とす。

 

「そんな」

 

 ワースレスは絶句する。

 傍目には信じがたい光景だった。

 

「いくら何でも」

 

 彼も、彼女も、同じ<マスター>だ。

 だというのに。

 

「……卑怯でしょう」

 

 どうしてここまで差が生まれるのか。

 <Infinite Dendrogram>はどこまでも不公平だ。

 やり直しができない。開いた格差は埋まらない。

 

「オッドには悪いですがね。私も限界ですよ」

 

 現実では彼にとって気のいい友人だが、この件ばかりは恨み言をぶつけたくもなる。

 水銀の拘束下で器用に袖口を探るワースレス。

 

 当然、予備のスイッチは隠し持っている。

 

 爆弾の設置場所はワースレスしか知らない。

 解除方法も右に同じ。

 どのみち終わりなのだ。証拠はまとめて隠滅する。

 

「さようなら。誰も彼もが、ついてない」

 

 起爆と同時に【ジュエル】を一斉開放。

 直後、異変を見咎めたシータに彼は殺された。

 

 

 ◇◆

 

 

 激しい地鳴りで、少年は薄らと目を開けた。

 衰弱しきった体をどうにか起こす。

 どうやら終わりらしい、と悟るのに時間は要らない。

 

 地下の賭博場は崩壊寸前だった。

 人は死に、物は壊れ、煌びやかな雰囲気は跡形もない。

 空間の亀裂と渦巻いた魔力まで可視化される始末だ。

 

 だが、それも早いか遅いかというだけの話。

 少年は遠からず命を落とす運命にあった。

 病の克服に至らず、竜に届かない。

 砂粒より小さな命が徐々に流れ出る感覚で、少年は泡沫の生を実感していた。

 

 着飾った人が斃れている。

 それを竜が貪っている。

 闊歩するドラゴンは死肉を喰らい、爪を立て合い、迫る結末から目を背けるように死に急ぐ。

 空腹のドラゴンが側を通りかかったら、無抵抗の少年は容易に捕食されてしまう。

 

(……?)

 

 まだ生きている。

 目の前の惨状で、それが偶然とは思えない。

 少年は己の不幸を自覚しているから。

 

 視線を横に動かす。

 少年を庇うように、一体の竜が伏していた。

 

「お、ねえちゃ」

 

 竜は、そっと少年の口を塞いだ。

 毛深い雌の天竜は深い理性と慈しみを込めて、懐に隠した少年を見つめる。

 少年の密かな自慢だった、姉の美しい髪と同じ、亜麻色の体毛を血で濡らしながら。

 竜に喰らいつかれ、それでも少年だけはと、ひたむきに彼を庇護して。

 

 少年は見ていることしかできない。

 竜の思いを無碍にするのは間違っている。

 それでも見捨てられず、視線を彷徨わせた。

 

 <マスター>なら、もしかしたら。

 

 けれど、シータは立ち尽くしたままだ。

 彼女は黒竜との融合に力を使い果たした。

 水銀の身体は大半が蒸発してしまい、戦闘行動をとれるだけの質量は残っていない。

 

(……ッ)

 

 少年に力があれば。せめて、どうしようもない不運さえなければ、こんな結末にはならなかった。

 

「誰か……お願いだから、助けて」

 

 少年にできるのは願うことだけ。

 家族に? 敵に? <マスター>に? それとも神だとか、いるかも分からない超越者に?

 

(誰でもいい。せめてお姉ちゃんだけでも)

 

 即物的で自己本位な祈り。

 応える者は、誰一人としていなかった。

 

 

 ◇◆

 

 

「お祈りゲーだあああああああ!」

 

 そして――運命は裏返る(・・・・・・)

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 床下から、俺、復活!

 

 いやー今回も死ぬかと思ったね。

 雪崩れる瓦礫の雨あられ、落下するそれらに跳び移りながら逆走することでどうにか生き延びたが。

 これぞ八艘飛び feat. 滝登り。またはロッククライム。登竜門をほら乗り越えたら、広がる光景bad & bad。

 

 賭博場だった血生臭い空間。

 無数の共食いドラゴンズと転がる死体。

 控えめに言って地獄かな?

 これ助かったと思わせてヤバいパターンか。

 

「お、パズーめっけ」

「……誰?」

「俺だよオレ、おれの顔を忘れたのかよ」

 

 警戒しなくていいだろ。隣の毛玉(景品)も。

 俺はただのギャンブラーだぜ。

 

 なんて言ってみたが、分からないのも無理はない。

 バカでかい車輪頭とか人外判定ですから。

 ノリノリで車輪回しても視界が固定されているのはどういう仕組みなんだろうな。

 

 両手だけでは掘削が捗らないため、やむを得ずフォルトゥーナの車輪を頭に生やした。生き埋めつらたん。

 それでも瓦礫から抜け出せないので、一か八かの女神様にお願い(必殺スキル)をぶちかましたところ、足の火傷を含めて傷が全快した。

 完全回復を引き当てるとは実にメガラッキー、愛しい女神様にアモーレなわけだが。

 

「で、これどういう状況? 謝肉祭?」

 

 どいつもこいつも惚けて固まってやがる。

 あのでかい黒竜は見当たらないし。

 シータは……あそこか。これっぽっちも期待できんが、話を聞いてみますかね。

 

 あいつの場所までは何体かドラゴンズの横を通らないとたどり着けない。

 理由は不明だが、動かない今がチャンスだろうな。

 頼むから襲ってくれるなよ?

 

「って、うおキモ!?」

 

 いきなり肉団子になるな。

 足で踏みかけたじゃねーか。ミンチにすっぞ。

 

 ひき肉状のドラゴンはうごうごと形を変えていく。

 縮んで? 手足が生えて?

 あらまあ、立派な人間だねえ。上手上手。

 

 そんでもって? 死体の傷が回復して?

 蘇生すると。生き返ったねえ。すごいすごい。

 

 問題は数がめちゃんこ多いことなんだわ。

 さっき賭博場にいた人数を遥かに越してるのよ。

 いや本当、どこから湧いて出た。

 

 これはもしやあれか。

 

「ドラゴンが人間になった……いや、戻った?」

 

 この賭博場は元人間のドラゴンを景品にしていた。

 ひとまず仮に【竜化】と呼ぶが、その奇天烈な現象と真逆の効果を受け、彼らの【竜化】が打ち消された?

 回復と蘇生も含めると、回復魔法のような『健康な状態に巻き戻すついでにおかしいところ色々治しておきましたよ〜』的な感じが近そうだ。

 

 そうはならんだろ。

 

 モンスター扱いになっていたのに、また人間範疇生物に戻すとか魔法の領分を超えている。

 状態異常の回復として片付けたら駄目なやつだ。

 確実にフォルトゥーナの必殺スキルだよな。

 いったい何をしたんだいマイハニー。

 全体回復というよりもうこれ回帰じゃん。

 

「大当たりを引いたと考えるか。しかし、こうなると景品を受け取るわけにはいかないだろうな」

 

 俺はドラゴン探しに来たんだよ。忘れてたけど。

 依頼内容じゃ捜索しているのが全くの別竜なのか、それとも竜になった人間なのか判断できない。

 それっぽい毛玉は暫定確保だな。目印は隣のパズー。

 

 ちょうどパズーと抱き合ってる少女がそうか。

 知り合いのようで話が早い。

 こちらに気づいた途端、二人して頭を下げてくる。

 何もしてないのにお礼を言われてもな。

 いけねえよ、バランスが取れてないだろ。

 

「ま、なんだ。運がよかったな(・・・・・・・)

「――――っ」

 

 おいおい勘弁してくれパズー少年。

 今のどこに、ガン泣きする要素があるんだ。

 

 知り合いが竜から元通り。生きて再会。

 病気で具合悪そうだった本人も快調。

 身なりからしてスラムの孤児だろうが、依頼主に身柄を引き渡す場合、彼らは丁重な扱いを受けるはずだ。あのオネエと金持ち<超級>が悪いようにはしない、絶対。

 

 まさに文句なしの神対応だ。

 お前が女神様に愛されてる証拠だろうに。

 嫉妬で脳が破壊されそうだぜ。

 

「シータも! 助けてくれて本当にありがとう!」

「……」

 

 シータは無言で水銀の池から立ち上がる。

 そんでもってパズーを無視。お前も関係者だろ。

 

「どこ行くんだよ」

「…………トイレ」

「生理現象はしゃあない……待ってお前喋れたの? 実は喋れるのお前!?」

 

 今年度一番の驚きだよ。

 喋れるなら会話をしろとあれほど。ディスコミュニケーションは不和の林檎になり得るんだぞ。

 古事曰く、三つの林檎をまとめて握り潰すのは難しいが最も美しい林檎をひとつ決めた正直者には褒美に金の林檎がもらえるという。これ色々と混ざって覚えてるな。

 

「って、気がついたらもういねえ」

 

 シータのやつ、どこに消えた?

 いや別にどうでもいいけどさ。

 俺とあいつは仲間でもなんでもない。

 ただ鉢合わせただけの顔見知りだから。

 

 今日は疲れたし俺も帰るか。

 

 何か忘れている気もするが……。

 

「あ、チップもらってない」

 

 

 ◇◆

 

 

 □■<ドラゴンズネスト>跡地

 

 支配人ワースレスは物陰に身を潜める。

 混乱に乗じてほうほうの体で逃げ出した彼は、その実、誰よりも錯乱状態に陥っていた。

 一度HPを全損して(死んで)蘇生したことを含め、あまりにも状況が二転三転して混沌と化している。

 

 なにより彼の想定外は。

 

「なぜ……なぜ反応しない……?」

 

 手元の機械を一心に操作する。

 賭博場を破壊する爆弾の起爆スイッチ。

 時間は過ぎたはずなのに爆破が始まらない。

 業を煮やして時限式から手動での起爆に切り替えたが、それでもうんともすんとも言わない。

 

「ランス・スロットの仕業でしょうか」

 

 歯軋りをするワースレス。

 せめて最後っ屁を食らわせてやりたい。

 ただその一心で、予備の爆弾を取り出し。

 

 死角から喉を切り裂かれた。

 

「……」

 

 暗がりからシータが姿を見せる。

 凶器の手甲剣を一振り、倒れたワースレスの側に、体内から取り出した機械部品をバラバラと落とす。

 大小合わせて、ちょうど機械数個分のパーツ。

 

(こいつ……こいつは! 見つけていた! 私が各所に仕掛けた爆弾を! 解体も済ませて!)

 

 恨みがましい視線は柳に風と流される。

 まるで取るに足らない些事だと。

 目につく分かりやすい場所にあったから、片手間に解除した危険物を返却してみせたとでもいうように。

 

 ワースレスは最後まで、持つ者の眼中にすら入らないことを苦々しく思いデスペナルティになる。

 ただ……当のシータが彼のことを全く見ていなかったかというと、それはまた別の話で。

 

「……」

 

 少女は思考する。

 自分が為した行動の意味を。

 男が最期に見せた表情を。

 

 殺人は罪だと人は言う。

 人の命を奪う者は罪深い。

 現実の命はもちろん、このゲームとて、命は軽いが無価値ではない。それを害する行為は悪とされる。

 

 しかし凶器が罰せられることはない。

 悪いのは道具を使った人間である。

 

 では、道具が意思を持って人を殺したら?

 

 責められなければ、罪は生じない。

 周囲は道具として道具を扱う。

 

 逆に、罪を被せられたのなら。

 それは人間と認められた証ではないだろうか。

 

「……」

 

 少女は思う。

 少年から受け取った言葉を反芻する。

 

『助けてくれて本当にありがとう』

 

 感謝をされた。

 どうやら少女は彼を助けたらしい。

 

 人を殺すことで、人を助ける。

 そうして人間に近づけるのなら。

 

「…………」

 

 それは自分に合っている。

 だから、もっと殺そう(・・・・・・)

 

 柄にもなく、荒い鼻息。

 シータは無表情で握り拳を掲げるのだった。

 

 Episode B End

 Henderson Scale:0.75




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<作中のランダム要素は実際にダイスロールして決めました

Ψ(▽W▽)Ψ<おかげで話数が膨らんだドラ

(U・ω・U)<いや長かった……で、これサブエピソードなんですよ(震え)


【尾神】
(U・ω・U)<薙ぎ払いスキル特化

(U・ω・U)<刀剣・槍・鞭などの武器、また手足や尻尾も対象で汎用性が高い

(U・ω・U)<……と書いてて思ったけど割烹で言及されていたような

Ψ(▽W▽)Ψ<薙ぐ戦闘方法に特化した【薙神】が在位だね

(U・ω・U)<斬撃のほかに打撃も含む範囲攻撃ということで差別化させてほしい


【櫟之死神】
(U・ω・U)<二十一の贋作が十三号機

(U・ω・U)<製作者はノリノリで【死神】の奥義を再現しようとしたけど

(U・ω・U)<そもそもジョブが詳細不明なので再現もクソもなかったという


概要みたいなサムシング
(U・ω・U)<以下お遊び

『竜の尾を踏み、逆鱗に触れる』
賭博都市ヘルマイネに怪しい賭博場があるようだ
人数:2〜6人
所要時間:4時間程度
推奨合計レベル:300以上
推奨スキル:《看破》、《真偽判定》、《危険察知》かそれに類するスキル、生き延びるための戦闘系スキル
デスペナ率:高(最低1人は死人が出る想定)

(U・ω・U)<用心棒の【尾神】に囮という名の生贄をぶつけて、その隙に探索するのがGMのおすすめルート

Ψ(▽W▽)Ψ<鬼畜かな

(U・ω・U)<仕事より戦闘優先の思考なのでそれなりの強さがあれば喜んで構ってくれるよ

Ψ(▽W▽)Ψ<別に、倒してしまっても構わんのだろう?

(U・ω・U)<あるいは、対話オンリーで関係者を引きずり出して自白させるとか

Ψ(▽W▽)Ψ<戦闘ゼロでいけるドラ?

(U・ω・U)<できる・できないで答えるなら可能


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四章 不思議な森のテラーハウス
藁にもすがる心持ち


 □決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ

 

 四月最後の一週間。ゴールデンウィークがやってくるというので、クラスのみんなはウキウキしていたけれど……わたしの心はどんよりしたくもり空だ。

 

「お買い上げありがとうございました……」

「ちょっとバイト! 辛気臭い!」

 

 だからというか、なんというか。

 <ルルリリのアトリエ>のお仕事もうまくできない。

 数少ないお客さんが気まずそうにそそくさと帰るのを見送って、お店がガラガラになってから、棚の薬を整理していたホノルルさんは目をつり上げた。

 これは怒られちゃうなと思ったら、続けてなにかを言われる前に、リリアンさんが割って入る。

 

「まあまあ、ルル。気分転換に誘ったのは私だから」

「それとこれとは別の話。ただでさえ顔を隠してるのに、元気と愛想まで欠けていたら客が逃げるわ」

「包帯ぐるぐる巻きでフレンドリーだと逆に怖くない?」

「じゃあどうしろってのよ」

「うう……ごめんなさい」

 

 わたしはもっとしょんぼりしてしまう。

 元気を出そう、とは思ってるよ。

 でも今回は難しいというか。

 

 わたしが落ち込んでいるわけは、顔を隠している理由とおんなじだったりする。

 

「まだ男の子のまま……早く戻らないかな」

 

 原因はカフカさんと戦ったから。

 わたしの性別を反転するスキルの効果は数日が過ぎても解けていない。

 お店のポーションや回復魔法はきかなかった。

 ショックでしばらくログインできなかったんだけど、『ログアウト中は治らない』という噂があるらしく。

 今は自然に回復するのを待っているところだ。

 

「やっぱり恥ずかしいし、変な声ですよね?」

「そうかな。いつもより少し低いけど普通だよ」

「所詮はアバターなんだから堂々とすればいいのよ。誰も気にしないわ」

 

 二人の言うことは正しいと思う。

 友だちはわたしを見て笑ったり、驚いたりはするけど、本当にいやな気持ちになることはしない。

 知らない人は最初から変だと思わない。

 だから気にしなくていい。落ち着いたらだいじょうぶ。

 

 どうしてもわたしは気になってしまうけど。

 意識して気持ちを切り替えていくよ!

 

「うん、がんばります」

Rrrr(よしよし)

 

 肩に乗るジェイドが慰めてくれる。

 ふわふわの羽毛が気持ちいい。

 

 なんて考えているとドアベルが鳴る。

 新しいお客さんがやってきたみたい。

 

「リリアンいるか……え、と、何をされてるんです?」

「ジェイド吸いです! 気にしないでください!」

 

 しまった、ジェイドに顔をうずめちゃった。

 顔を見られたくないと思ったらとっさに。

 あやしまれないように有言実行しなきゃ。

 やわらかい温もりを包帯越しに感じる。

 モフモフでほわほわ……お日さまと草の匂いがする……すぅーはぁー。

 

Rrr(サラ)?』

「はっ」

 

 危なかった。夢心地で寝ちゃうところだったよ。

 ジェイド吸いは人をダメにする禁断の技だね。

 

 わたしがぼうっとしている間に、お客さんはリリアンさんと親しげにお話している。

 

「いらっしゃい、ひよ蒟蒻くん。頼まれてた鎧の直しはできてるよ。破損寸前で全とっかえだったけど」

「仕方ないんだ。どうしたって被弾が」

「別に責めてませーん。悲しいだけです」

「次からは気をつける」

「本当かな? いつも口ばっかり。ルル、悪いけど二階に置いてあるから取ってきて」

「……はいはい」

 

 ふてくされた様子のホノルルさんは階段に向かう途中、ひよ蒟蒻さんをギッと睨みつけた。

 ひよ蒟蒻さんは目だけでなにかを訴える。なんだか謝って弁解しているみたい。

 気持ちが伝わらなかったのか、ホノルルさんはフンと顔を背けて二階に上がっていった。

 そんなやりとりをリリアンさんは気づいてない。

 もしかしてあの二人、なかよくないのかな。

 

「どうしたの溜息なんか吐いて。またリップさん?」

「いや。別に何でもない」

 

 これ以上聞かないでという雰囲気だ。

 そしてわたしに視線で他言無用だと釘を刺す。

 秘密にしてほしいなら言わないよ。ケンカするのはよくないけど、そういうのじゃないみたいだし。

 

「俺よりサラだろ。その格好どうした」

「そうなの。聞いてよお兄ちゃん、実はね」

 

 かくかくしかじか。

 リリアンさんは食い気味に状況を説明した。

 

「なるほど。カフカの仕業か」

「どうにかならないかな。レジェンダリアって女の子になれる薬とかないの?」

「そんなアイテムがあったら争奪戦だよ」

 

 他にもわたしみたいな人がいるんだ。王国では見たことないけど、レジェンダリアでは珍しくないのかな。

 元の身体に戻りたい、女の子だった人がたくさんいるとしたら。どこにも治療方法はない?

 もしかして、ずっとこのままってこと?

 

「あ、いや、違う。トンチキTS……性別を変更する薬はともかく、元に戻す手段はある」

「本当ですか!」

 

 やった! これで普通に遊べるようになる!

 

 わたしとリリアンさんは喜んでハイタッチした。

 ただ、言い出したひよ蒟蒻さん本人は眉間にしわを寄せている。なんだか気が進まないみたい。

 

「ひょっとして、やり方がすごい難しかったり」

「そういう訳じゃないが、困ってるんだものな。個人的な好き嫌いは置いておこう」

 

 深呼吸をして、ひよ蒟蒻さんは指を立てる。

 

「可能性のある手段は四つ。正直そのうち三つは紹介したくないし、残り一つもお勧めはできない」

 

 よっぽどいやなんだろう。いじわるとかじゃなく。

 本当にいじわるするなら話してくれないもんね。

 

 でも、わたしは引けない。

 もう男の子でいるのはこりごりだ。

 

「教えてください! お願いします!」

「……分かった。まず一番簡単で確実な方法はデスペナルティだ。死ぬとアバターの状態がリセットされる仕組みを利用して、部位欠損なんかの治療にも使われる」

 

 ひよ蒟蒻さんは自害システムを説明してくれた。

 プレイヤー保護用の『自分で死ぬ』機能。

 普通より失うアイテムが多い代わりに、どんな状態でも強制的に死亡・ログアウトできる。

 デメリットも、他の人にアイテムを全部預けるという対策法があるらしい。持ち逃げされないように信頼できる相手を選ぶ必要があるけど。

 あと戦闘中とか急なピンチには使いづらい。

 

「これがお勧めできない一つだ。遊戯派には、何を言ってるんだと笑われるけど」

「そんなことないですよ! わたしもおんなじです!」

 

 ゲームだからと簡単に死ぬのは違う気がする。

 ジェイドたちにとって、ここは本物の世界だもん。

 選ばずにすむなら、できるだけ死なないようにしたいとわたしは思う。これっておかしいことかな?

 

「共感してもらえて何よりだ」

 

 緊張を解いて、胸を撫で下ろすひよ蒟蒻さん。

 

 だけどごめんなさい。

 今回ばかりは真剣に考える必要がある。

 考える! 必要が! あるんだよ!

 わたしのデンドロライフのためにね。

 本当に方法がなかったらやるしかないかも。

 

「残り三つは、まあ、どれも治療だよ。違いは過程というか、誰に頼むかって話で。この手の状態異常を治せそうな知り合いは三人程いるんだが……」

「なにか問題があるんですか?」

「能力面は申し分ない」

「人間としてはアウトってことだよね」

 

 ひよ蒟蒻さんは静かに目を逸らした。

 どうやらリリアンさんの指摘は図星らしい。

 無言の間をごまかすように、聞こえないふりで華麗にスルーして、説明は続く。

 

「生粋の悪人でないことは保証する。きっと、おそらく、多分、頼めば話くらいは聞いてくれるだろう」

「自信なさそう!?」

「うん……特に<月世の会>はな……」

 

 その名前は聞いたことがある。

 王国のクランランキング第一位。

 たしかオーナーは、

 

「【女教皇】扶桑月夜。彼女の回復魔法なら体を治せるかもしれない」

 

 そうそう! 月夜さんだ。

 王国にいる<超級>の一人。しかも、現実ではクランとおんなじ名前の宗教団体をまとめる教祖様だっけ。

 

「きっと馬鹿みたいな治療費を請求されると思う。払えなかったらクランに入信だとかの注意書きを添えて。リアルの生活と個人情報を差し出す覚悟がないなら、彼女に頼むのは避けた方が無難だ」

 

 うーん。そうかなあ。

 たしかにやりそうな雰囲気はある。

 でも本当に困っていたら助けてくれそうだよね。

 月夜さん、優しい人だと思うし。

 

 前にメイデンのカグヤさんと三人でお話したとき、いろいろと相談に乗ってくれたもん。

 もう所属が決まっているから、クランの勧誘はお断りしたけど。代わりにクランの先輩について根掘り葉掘り質問された。あれはなんだったんだろう?

 

「というか、そっか! 超級職なら! 月夜さんにお願いするのはアリかもしれない!」

「待て。話を聞いてたか? しかも知り合いなのかよ」

「なかよしです! 実は今度、手作りのご飯をごちそうしてもらう約束をしてます!」

「仲睦まじいようで大変結構ですが、月夜様の手料理を口にするのはおやめになった方がよろしいかと。控えめに申し上げて生命の危機に直結しますので」

「想像以上に友達してるな……で、何をしれっと混ざってる【暗殺王】」

 

 いつの間にか、月影さんが店にいた。

 月夜さんの秘書王で忍者(?)は伊達じゃない。

 

「そう警戒する必要はありません。単なる所用です」

「……何?」

「月夜様から、サラさんに宛てた伝言を預かっています。『性転換(それ)、呪いやけど状態異常やないやん? うちには治せんわー』と仰られていました」

 

 まさか月夜さんの方から連絡をくれるなんて。

 ここ最近は元に戻る方法を探していたから、わたしの噂を誰かに聞いたんだろう。

 ひょっとして心配してくれたのかな?

 

「わかりました! ありがとうございます月影さん! 月夜さんにもありがとうって伝えてください!」

「承りました。一刻も早く元に戻れるよう、私も影ながら(・・・・)応援しています」

 

 シャキッとおじぎして月影さんは姿を消した。

 具体的には、ひよ蒟蒻さんの影に沈んでいった。

 お店にくる途中でこっそり隠れたみたいだね。

 知らないうちにタクシー代わりにされていたひよ蒟蒻さんは「これで何度目だ?」とつぶやいていた。

 

「はあ……月影さんのお陰で無駄足を踏まずに済むのは良かったよ。<超級>の見立てなら、呪いというのも間違いないだろう。後の二人は呪術の専門家だから僥倖だな」

 

 言葉とは反対に声は重い。

 ひよ蒟蒻さんには悪いけど、ちょっとネガティブに考えているんじゃないのかなと思う。

 最初の例が月夜さんだったからね。

 残りも普通にいい人の集まりかも。

 

「【呪術王】LS・エルゴ・スム。レジェンダリア有数の良識派で――」

 

 ほらやっぱり、

 

「――変態で、ロリコンだ」

 

 ……んんん?

 

「ちょっとお兄ちゃん」

「分かってる。だけどな、どうしようもないことに、あの人は善良で、サラぐらいの年頃の子を絶対に見捨てない、この問題にうってつけな人材なんだよ」

「だからってロリコンはダメ! もしサラちゃんに変なことをしたらどうするの!」

「いや違う。リリアンは誤解している。LSさんはたしかにロリコンでショタコンだが、それは幼い子供を眺めて空気を吸えればいいので決して手を出さないという割とマシな部類の変態なんだ」

「どこがマシなのか全然分かりません! 変態に脳味噌を汚染されてるんじゃないの!?」

 

 絶句したひよ蒟蒻さん。

 目を見開いて本気でショックを受けている。

 

 リリアンさんはぷんすこ怒り顔。

 ぎゅっと抱きしめられて、わたしの目と耳は塞がれた。

 

 なんにも情報が入ってこない。

 ただ、二人の言い合いは続いているようだ。

 困ったなあ。どうしよう。

 わたしのせいでケンカになるのはよくない。

 でも……うーん。

 

「あの、ロリコンってなんですか?」

 

「「え?」」

 

 わたしの素朴な疑問に二人は固まった。

 ケンカは中断。わたしの目と耳は解放される。

 

「変態はわかるんですけど。ロリ? とかショタ……? ってどういう意味ですか?」

「どうするのひよ蒟蒻くん。君の責任だよ」

「え、あ、その、すまん」

 

 ひそひそと二人だけのないしょ話が始まる。

 わからないから質問したら、なんだかケンカがとまったみたい。これってラッキー?

 それはそれとして意味は気になる。

 なんとなく、わたしみたいな子を指す言葉ということは話の流れでわかる。

 ロリとショタの区別はなんだろう。あとはお尻に付いてるコン。キツネではないよね。

 

「ジェイドもロリなのかな」

Rrrr(さあ)?』

 

 ふたりぼっちで想像していると、ないしょ話に決着がついたようで、ひよ蒟蒻さんがこっちを向いた。

 

「LSさんは無しだ」

「え、どうしてですか?」

「聞かなかったことにしてほしい」

「でも! 元に戻れるかもしれないのに!」

「頼むよ、後生だ。最後の一人を紹介するから」

「むう……わかりました」

 

 ひよ蒟蒻さんがあまりに必死なものだから、わたしはしぶしぶ質問をあきらめた。

 まだ知ったらいけない言葉なんだね。きっと。

 みんなを悲しい気持ちにしてまで聞かなくていい。

 

「ありがとう。どうか、そのまま純粋でいてくれ」

 

 ほっとする二人の表情がやけに印象的だった。

 

 

 

 また今度、パソコンで調べてみよっと。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<分かる人は分かるやりとり

(U・ω・U)<本筋に関係ない作者の嗜好

(U・ω・U)<あるいは名残


サラ
(U・ω・U)<無知の恥

(U・ω・U)<小学生だから当然その手の方面に疎い


ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<前作主人公ポジ

(U・ω・U)<葛藤の末に人助けを取った

(U・ω・U)<前に二度、<月世の会>と関わっている

(Є・◇・)<貸し借りはプラスマイナスゼロだ


呼び方
(U・ω・U)<リリアン→ひよ蒟蒻の場合

(U・ω・U)<普段:くん付け

(U・ω・U)<素の状態:お兄ちゃん

(U・ω・U)<脱力時:お兄

(Є・◇・)<ちなみに血縁だからな

Ψ(▽W▽)Ψ<私もね!


呼び方2
(U・ω・U)<ひよ蒟蒻→○○の場合

(Є・◇・)<リリアン

(Є・◇・)<LSさん

(Є・◇・)<【暗殺王】or月影さん

(Є・◇・)<【女教皇】


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備えあっても憂いあり

(U・ω・U)<リハビリなので短め


 □【高位従魔師】サラ

 

「待たせて悪い。早速行こうか」

 

 ひよ蒟蒻さんの用事は終わったみたい。

 わたしが準備ばっちりなことを確認すると、全身フル装備でお店を出る。

 まるで今からボスモンスターとの戦いに向かうような、ものものしく、覚悟を決めた雰囲気だ。

 ため息混じりに、銀色に光る剣で影をつついているのはおまじないだろうか。まあいいや。

 

 さあ、呪いの専門家に会いに行こう!

 レッツゴー!

 

「あ、ストップ。そっちじゃない」

「ほえ?」

 

 街の外に出ようとしたら呼び止められた。

 ここからフィールドに出るなら、わたしが進もうとした方向が一番の近道だ。他の門は遠回りになる。

 わたしが知らない秘密の抜け道があったりしたら話は別だけど。

 

 ひよ蒟蒻さんはお店の前から動かない。

 別の道を通るとかではないようだ。

 どうしたのかな。アイテムボックスに手を入れて。

 

「徒歩で向かうには遠いんだ。かといって、サラは馬車や騎獣の類を持ってないだろう」

 

 そう言って、取り出したのは翼が生えたロボット馬。

 

「おお〜! ヒポグリフ!」

「そういえば前に見せた事があったな。目的地までは【薊】……この【薊之隠者】で飛んでいこう」

 

 ひよ蒟蒻さんはヒポグリフにひらりと跨る。

 手を借りて、わたしも馬上に引き上げてもらった。

 わたしが手前の位置に座って、後ろからひよ蒟蒻さんが手綱を握る形だ。

 もう少し背が高かったら一人で乗れたかも。

 

 足をぷらぷらしていたら、ふわりと浮かぶ感じ。

 ヒポグリフが一歩進むたびに地面が遠くなって、二階の窓より上に昇ると、そのまま空を走り出す。

 

Rrrrr(そらのたびだ)!』

「気持ちいいね! ひよ蒟蒻さんのおかげだよ!」

「それは良かった。このまま南下して王国領を抜ける。国境を越えたら、人目を避けて目的地まで直行だ」

「町には寄らないんですか?」

「二次被害が起こるからな」

 

 ちょっぴり残念だ。

 時間があったら(あとこんな体じゃなければ)観光したかった。幻想的で楽しそうだよね。

 どうしてか、みんなには止められるけど。

 治安があんまりよくないとかなんとか。

 

「そんな事より、これを渡しておく」

 

 ひよ蒟蒻さんから包みを受け取る。

 アトリエで買ったものだろう。

 

 中身はアクセサリーだった。たしか【健常のカメオ】という状態異常を無効化するアイテムだったはず。

 どんな状態異常だって防げる優れものだ。

 代わりに発動条件がゆるくて、すぐに壊れてしまうから使いどころが難しい。傷から血が出たらアウトだもん。

 おんなじ数百万リルのお値段を払うなら【ブローチ】を買う人のほうが多い。

 

 ほかには【快癒万能霊薬】や【高位聖水】とか。

 絶対に状態異常を対策してやるぞって気持ちが伝わるアイテムのセットだ。これだけでひと財産だよ。

 ここまで準備に力を入れるのは理由がありそう。

 

「あのクラリッサが相手だとこれでも足りないくらいだ。準備するに越した事はない」

「クラリッサさん? って、どんな人なんですか?」

「……」

「言葉にならない!?」

 

 想像だけで冷や汗が止まらない様子だった。

 これじゃあなにも聞けないや。

 無理やり聞き出すのはダメかなあ……。案内してもらう前に、ひよ蒟蒻さんがショックで倒れちゃう。

 

「いや大丈夫。ちゃんと説明する。これから会うクラリッサは【大魔女(アーチ・ウィッチ)】、魔法と呪術を扱う生産系の超級職だ。凄腕で、俺は何度か道具作りを依頼した事がある」

 

 ひよ蒟蒻さんは腰に吊るしてある手錠を触った。

 

「例えばこれ、犯罪者に使う捕縛道具。スキル封印と弱体化の呪いが付与してある。こういうアイテム以外に、呪いに対抗するためのあれこれも製作していたはずだ」

 

 毒を拵える時は解毒剤を用意するものだからな、と遠い目で乾いた笑いを浮かべている。

 怖いというより、後ろめたい気持ちが伝わるね。

 想像だけで疲れてしまうくらいに憂鬱っぽい。

 話を聞いた限りだと、理由はわからないけど。

 

「クラリッサの道具は厄介な代物ばかりだ。そして彼女自身、少し変わった性格をしている」

「でも悪い人じゃないんですよね」

「……基本はアイテム頼りで攻めてくる。怪しい道具には触れない・見ない・使わせないが原則だ。ベストはおかしな動きを見せた瞬間に先手必勝で取り押さえる事。難しいようならアイテムボックスだけでも奪いたい」

「おだやかじゃない!?」

 

 バトル前提の攻略法になってるよ!

 答えになってないし!

 

「いやまあ、流石に多少誇張したけど。向こうに着いたら注意してくれ」

 

 ひよ蒟蒻さんは気をつけろと何度も言う。

 それだけのわけがあるのは伝わった。

 ただ、まだ話していないことがありそう。

 

「じー」

「見つめられても困るんだが」

「もうちょっとお話聞きたいです!」

「これ以上は見た方が早いというかだな」

 

 わたしの視線に、バイザーの奥で目が泳いだ。

 頭をかこうとして兜に触れる。やり場をなくした手を上げて、ひよ蒟蒻さんは降参のポーズを取った。

 

「仕方ない。じゃあ、俺が初めてクラリッサに会った時の話をしよう。彼女と顔を合わせるなり、呪いで体の自由を奪われて拉致監禁された。そして何度も繰り返し呼ばれるんだ。ユリウス、ユリウス……と」

 

 それは変だね。

 もし名前を間違えたとしても、ひよ蒟蒻さんとユリウスじゃぜんぜん違うのに。

 

「当然こっちは別人だ。話を聞いてみたら、どうも俺と知り合いの区別がついていない。人違いだと訴えても意味がなかった。俺の所持品がそのユリウス所縁のアイテムだったせいで、クラリッサの勘違いに余計な信憑性が増したんだよ。結局デスペナするまで呪い漬けだ」

「だからいやそうな顔を」

「それ自体は大した事じゃない。俺には彼女を独りにした責任もあるから」

「責任?」

 

 ひよ蒟蒻さんは後ろを振り返る。

 視界に広がるのは青い空と深い森。

 王国のかなり南、だいぶ国境に近づいている。

 

 来た道に特別なものはない。

 どうやらひよ蒟蒻さんは北を見つめているようだけど、口を閉じて静かにしているから、なにを考えているかまでは読み取れなかった。

 

「クラリッサは、師匠の古い知り合いなんだ」

 

 ぽつりとこぼした一言。

 罪悪感の塊だった。

 

「……師匠は先代の【征伐王】だった。色々あって、俺が後を継いだ形になる」

 

 超級職は一人だけが就けるジョブだ。

 この世界で生きるティアンにとって、ジョブはとても重要なもの。とくに戦闘職はレベルと強さが命に関わる。

 だから、超級職はよっぽど大切な相手じゃなければ譲ってくれないだろう。

 きっとお師匠さんはひよ蒟蒻さんのことを大事に思っていたんだね。もちろん逆もそう。

 

 言葉からは後悔と懐かしさが伝わって、わたしまでなんだか悲しい気持ちになった。

 

「師匠はエルフの血を引く長命種族でさ。年齢に触れたらどやされるし、自分の事はあまり話さない人だったけど、過去には仕官してた事があったそうだ。当時の仲間について愚痴を溢していたよ。既に一人を除いて全員亡くなられているけどな。なにせ千年以上前の事だから」

 

 気が遠くなるくらい昔の話だ。

 百年でも想像がつかないのに、その十倍。

 もしかしてお師匠さん、すごい人だったり。かっこいいお婆ちゃんエルフをイメージしてみる。

 

「ということはクラリッサさんって」

「最後の、そして唯一の生き残りだ」

 

 長い時間を生きて、もう仲間が誰もいない。

 どれだけつらいだろうと想像してみる。

 

 学校の友だちがいなくて、アリアリアちゃんやジェイドたちがいなくて、お母さんとお父さんに会えなくて。

 寝坊したら起こしてくれる人がいない。

 一緒にご飯を食べる人がいない。

 楽しいお話をするのも、悲しいことを分け合うのも、そばにいてくれる人がいないとできない。

 それは、泣きたいくらいにさみしいこと。

 

「だから、たまには会いに行こうと思うんだよ。人違いでも、夢でも、誰も傷つけないのはもう無理だけどさ。あの人の弟子として……せめてこれくらいはやらないと」

 

 ひよ蒟蒻さんの決意は固い。

 自分が呪われることは気にしないで、できることをやろうとがんばっているわけだ。

 ここまで聞いたら力を貸してあげたいと思っちゃう。わたしが協力できそうなことはないかな。

 

「そうだ! わたし、クラリッサさんとお友だちになります! ジェイドとみんなも一緒に!」

Rrrr(いいね)

「待て、よすんだ落ち着け。何を血迷ったのかは知らないけど後戻りできなくなるぞ。目的を見失うんじゃない」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 途中、空を縄張りにするモンスターに襲われるようなことはなく、わたしたちはスムーズに移動できた。

 ヒポグリフの速度についてこれる天竜は、距離が離れている段階から、ひよ蒟蒻さんが追い払ってくれる。

 おかげで夕陽が沈む前に目的地に着けたよ。

 

「ここが……」

 

 わたしは夕焼けに照らされた森を見下ろす。

 一目でわかった。だって周りと違うから。

 よそだと見ないピンクと紫の葉っぱ。

 風は吹いていないのに、ざわざわと揺れる枝。まるで外に向かって手を伸ばしているみたい。

 ころころ色合いが変化して、鮮やかだけど、暗い印象が離れない場所がくっきりと浮かび上がる。

 

「クラリッサの領域、<魔女の森>だ。彼女はあそこに住んでいる。何百年もの間ずっと」

 

 降りるぞ、とひよ蒟蒻さんは声をかけて、ヒポグリフの手綱を引いた。

 

 To be continued



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ぴんく×クローバーZ

 □【高位従魔師】サラ

 

 森に入ると、背筋がひやりとする感覚があった。

 透明な膜が張りついているような。

 後ろに手をやってみるけどなにもない。

 

「森全体にかけられた人避けの魔法だ。侵入者に忌避感を抱かせて、それでも踏み込む人間の方向感覚を狂わせる。奥に進めず脱出もできないようにな。地図は機能しないから気をつけた方がいい」

 

 たしかにメニューのマップが使えない。

 わたしの現在位置は詳細不明。そして全体が暗い表示になっている。道が記録されないっぽい。

 

 自分で道を探すのも難しそうだ。

 ここの木はどれもよく似ていて違いがわからない。

 ぐるりと頭を回したら、それだけで、自分がどっちから来たのかあやふやになってしまう。

 枝が広がって空を隠しているし、ひらひら舞うハートの葉っぱで遠くまで見通せない。

 てきとうに歩いたら絶対に迷子になる。

 

「あれ? じゃあ、ひよ蒟蒻さんも道がわからない?」

「そうだな。でも大丈夫」

 

 木の隙間を縫ってヒポグリフは着地する。

 先にひよ蒟蒻さんが降りて、次にわたしの番。

 少し高いなと思っていたら、ジェイドが風で落下速度を緩めてくれた。さっと手を貸してくれようとしたひよ蒟蒻さんもありがとう。二人ともスマートだよ!

 

「俺達が侵入した事は気づいているはずだ、じきに向こうからやってくる」

 

 森の魔法はセンサーにもなるみたい。

 お迎えが来るなら安心だ。

 

「こんなに広い範囲に魔法をかけるのってすごいですね。どうやってるのかな」

「樹木を中継機代わりにしてるらしい」

 

 ところどころ木の幹に模様があるのはそれかあ。

 魔法を付与した木は、周囲に効果を発揮する。

 そして、それぞれの木を線で結ぶと、この森を覆うひとつの大魔法になるんだとか。

 

 魔法と言ってもどうやら種類は呪いよりで、木の模様からは目に見える量のモヤがあふれでている。

 そのせいで森の空気はどんより暗い。

 生き物の姿も見えないからね。ときどき、地面の下からうめき声がしたり、視界のすみっこで物影が動いたりするくらい。モンスター……だよね?

 カラフルな景色だというのに、今にもおばけが飛び出してきそうな雰囲気で正直怖かった。

 

 ひよ蒟蒻さんは油断なく辺りを見回す。

 腰には鎖を巻いた剣を下げていた。

 さっきまでは装備してなかったと思う。

 

「ん? ああ、これか。怨念を吸収できるんだ。弱い敵を追い払うのとチャージを兼ねて」

「本当だ! 空気がちょっと明るい!」

 

 いつの間にか、暗い雰囲気は吹き飛んでいた。

 心なしか息苦しさから解放された気分。

 代わりに、どんどん呪いを吸って剣がものすごい威圧感を放っている。鎖が勝手に動いて、今にもひよ蒟蒻さんを締めつけようとしていた。

 

「だいじょうぶですか? それ」

「平気だけど……いや、ということは」

 

 ひよ蒟蒻さんは顔を上げる。

 険しい表情で深呼吸して。

 

「おでましだ」

Rrrr(くるよ)

 

 ヒュゥ、という風切り音にわたし以外が反応する。

 

 森の奥から飛んできたのは大剣。

 ほとんど鈍器みたいな、錆びた分厚い鉄の板だ。

 回転するそれは、邪魔な木を薙ぎ倒しながら、まっすぐこっちに目がけて襲いかかる。

 

「くそっ」

 

 わたしを押し退けて、ひよ蒟蒻さんが前に出た。

 くすんだ鈍色の剣で大剣を迎え撃つ。

 剣同士がぶつかる激しい音は一度じゃなくて、二度。

 食い止めた大剣を続く一撃で跳ね返したんだ。

 防御に成功したひよ蒟蒻さんは、鈍色の剣を左手の紋章に戻して、鎖の剣に武器を持ち替えていた。

 

「装備不可か……感心してないで下がって!」

「あ、はい!」

 

 わたしは離れすぎないところまで下がる。

 ヒポグリフのそばがちょうどいい距離だ。

 一歩引いたおかげで、襲ってきた相手の姿がはっきりと見えるようになる。

 

「……玉ねぎ?」

 

 そのシルエットは玉ねぎみたいな丸い頭をしていた。

 頭の隙間から、赤く光る目がひとつ。

 ニワトリ風のトサカがてっぺんに生えているけど、トサカが薄くて正面からだとわからない。

 体は頭の玉ねぎを三つ重ねた感じ。背中に小さなコウモリの羽と尻尾がある。手足は防具をつけていて、四つの玉ねぎと合わせたら一揃いの鎧になるようだ。

 

 玉ねぎの悪魔。そんな呼び方がしっくりくる。

 

 弾かれた大剣を、玉ねぎの悪魔は空中でキャッチした。

 そのまま大きく振りかぶって落下攻撃。

 峰に沿わせて大剣を受け流したひよ蒟蒻さんは、地面から突き出した光の柱で、玉ねぎの悪魔の動きを封じた。

 

『――――』

 

 プシューっと空気が抜ける音がして、悪魔の体部分が扉みたいに開いた。中の操縦席から飛び降りたのは小さな女の子だ。わたしとおんなじか、ちょっと年下に見える。

 地面まで伸びた髪を体に巻きつけた女の子はひよ蒟蒻さんを見ると、助走をつけて勢いよく飛びついた。

 

「おかえり! 私の愛しいユリウス!」

 

 怪しい色の薬を長い髪で隠しながら、ビンの栓を抜いて、抱きついたひよ蒟蒻さんの口元に運ぶ……

 

「その手は食わないからな」

 

 前に、兜のバイザーでシャットアウト。女の子はあっという間に取り押さえられた。

 お互いに何回も繰り返したような動き。もしかして二人とも、このやりとりにすごく慣れている?

 

「やはり私と君は相思相愛だね!」

「語弊が生じる言い方をするな」

「まったくこの恥ずかしがり屋さんめ。そんな君が素直になれるよう、この私が一肌脱いで、もとい人肌で温めてあげよう。手始めにこの媚薬をグイっと」

「落ち着け。あと話をさせてくれ」

「原始的肉体的蠱惑的かつ欲望と獣がぶつかり合う親密なコミュニケーションを!? や、やだなぁ……まだ日も沈みきっていないのに……もうユリウスのすけべっ」

「違うからな? こっちの話を聞いているか?」

「でもでも、君が望むなら私としてはやぶさかではないというか例えどんな異常嗜好だって受け入れる覚悟がでもはじめては寝室で優しくがイイなあと私としては思ったり■■■■の前に■■で■■■と■■■■がムガモガ」

 

 そこから先は、バベルの翻訳を通してもところどころ意味がわからない言葉が続いた。すぐに女の子の口は塞がれてしまったけど。

 

「未成年がいる。少し控えてほしい」

 

 そう言われて初めて女の子はわたしを見た。それまでは全然気がついていなかった風に。

 笑顔が無表情に変わる。どうでもいいものを見るような目。興奮はすっかり冷めていて、ご機嫌ななめですよって気持ちが声と態度から伝わってくる。

 

「誰だいそいつ」

「はじめまして、サラっていいます! この子は従魔のジェイドです!」

「ふーん」

 

 だからというか、なんというか。

 女の子はそれっきりこっちを見ない。

 

「紹介する手前、もう少しこう」

「えー? どうして私が……いや待てよ。客をもてなせば私のできる女っぷりをユリウスに見せつけて評価アップ、ついでに外堀を埋めることができる……?」

 

 考え込んでうなること数秒。

 女の子は手をぺしぺしとして押さえつけをやめるよう要求した。叩かれたひよ蒟蒻さんはためらっていたけれど、警戒しつつ、最後は女の子を解放する。

 

 指パッチンで女の子は身支度を整える。

 どこからともなく出てきたローブに袖を通して、ふわふわ浮かぶリボンはひとりでに髪を結う。

 頭に乗せたとんがり帽子のつばを直して、魔女は古風なお辞儀をした。

 

「非礼を詫びようお客人方。私からも名乗らせておくれ。私はクラリッサ。【大魔女(アーチ・ウィッチ)】クラリッサ。呪と魔を修め手繰る者。暗き森の女主人。そして」

 

 クラリッサさんはひよ蒟蒻さんに抱きつく。

 

ユリウス()の恋人兼正妻兼愛人さ!」

「自称な。あと離れてくれ」

 

 聞いた話だと、クラリッサさんはひよ蒟蒻さんのことを知り合いだと思い込んでいるんだよね。

 そのユリウスという人はとてもなかよしだったのかな。クラリッサさんは楽しそうだ。

 

 もし勘違いを指摘して、自分の知り合いはもういないとわかったら……クラリッサさんは悲しむだろう。だからひよ蒟蒻さんは組んだ腕を引きはがそうとするけど間違いを訂正はしないし拒まない。

 ユリウスとして振る舞わず、あやふやな状態を続けているのは嘘を吐くのが難しいからだろうか。

 

「あなたにお願いがあってきました」

「話を聞こう。君はどうでもいいが、愛するユリウスの紹介だ。無碍にはできない」

 

 森の奥からテーブルと椅子が行進してきた。

 四本足でとことこと、生きているみたいに。まるで小さい頃に見た魔法使いの映画の世界だ。

 テーブルは前足(?)で落ち葉を掃除する。なのに後ろ足は集めたゴミを蹴っ飛ばして台無しにしちゃう。

 椅子は飛んだり跳ねたり。運んでいるティーセットはもうぐちゃぐちゃになっていた。

 

 でもそれは途中まで。

 膝をついていた玉ねぎの悪魔が立ち上がって、元気なマジックアイテムに指示を出し始めたからだ。

 

「座りたまえ。【鳥兜(アコナイト)】の支配下なら椅子もカップも悪さはしないと保証する」

「これ、全部呪われたアイテム?」

「嫌なら別にいいけどね。魔女のもてなしを警戒するのは自然な心理だ。それが賢い生き方だよ」

 

 怨念あふれるアンティークを前に呟いた言葉をクラリッサさんは拾ってからかう。

 むう。なんだかバカにされてない?

 わたしが怖がると思っているのかな。

 

「いただきます!」

「あ、待てやめ」

 

 わたしはお茶を飲み干した。

 顔を青くしたひよ蒟蒻さんのストップは聞かない。アイテムに気をつけてとは言われたけど、クラリッサさんに敵意がないのはわかるんだからね。

 それになんだか諦めというか、線を引いているというか、さみしそうな感じがして放っておけないもん。

 

「ぷはー! 結構なお手前で!」

Rrr(へいき)?』

 

 わたしは頷いてみせる。心配しなくてもだいじょうぶ。普通の味の、普通のお茶だったからね。

 

「……!」

 

 クラリッサさんは目を丸くしている。

 と思ったら、強い力で手を握られた。

 あれ? なんだか様子がおかしいような……。

 

「やっぱり。君はユリウス(・・・・・・)じゃないか(・・・・・)!」

「ほへ?」

 

 いきなりのことでびっくりするわたしの横では、ひよ蒟蒻さんが両手で顔を覆っていた。

 

 

 ◇

 

 

「ああもう、ユリウスは可愛らしいなあ!」

 

 まだ興奮が冷めない様子のクラリッサさんはわたしをお膝に乗せて撫でている。

 いまいち何が起きたのかわからなくて流されちゃったんだけど……。

 

「あのー、クラリッサさん?」

「他人行儀な呼び方はよしておくれよ。呼び捨ててくれて構わない。私とユリウスの仲じゃないか」

 

 もしかして、わたしのことも勘違いしてる?

 

 なかよくお話ができるのはいいことだ。

 ただ、騙しているようでちょびっと悪い気がする。誤解を解いたほうがいいかな。お願いをするんだしね。

 ひよ蒟蒻さんもおんなじ意見みたい。慎重に、緊張しながらクラリッサさんに話しかける。

 

「クラリッサ。その子を離してくれるか」

「なぜだい?」

「その子はユリウスじゃない」

「変なことを言うね。ユリウスはユリウスだよ」

「いや、それは……それだと俺は誰なんだ? ユリウスが二人もいるのはおかしくないか?」

 

 勘違いをしていたとしても、同時におんなじ人が何人もいる状態はおかしい。間違いに気づいて!

 

「だーかーら。ユリウスはユリウスだって。君は愛しいユリウス。こっちは可愛らしいユリウス」

 

 まずひよ蒟蒻さんを指して、次にわたしの頭を撫でて、クラリッサさんはきょとんと首を傾げた。

 

「ね? 合っているだろ」

 

 クラリッサさんは嘘を吐いていない。

 わたしとひよ蒟蒻さんの二人が知り合いに見えている。それが普通でおかしくないと本気で思っているんだ。

 

「ふふ、もう離さないからな。私から逃げた時は殺してやろうかと思ったがね。森から一歩も出さない程度で許してあげよう。既に手酷く呪われたようだし」

「わかるんですか?」

「おいおい私は【大魔女】だぞ。泥棒猫が刻んだ呪い(マーキング)くらい見れば分かる。まったく、魔女の男に手を出すとはいい度胸だよ。さ、これを飲んで」

「流れるように媚薬を盛るな。サラも飲むなよ」

「チッ」

 

 飲む前にビンが回収される。

 中身はまがまがしい色の液体で、ひよ蒟蒻さんは迷わずポイ捨てしていた。

 ごめんなさい。その判断は正解だと思う。だって地面に垂らしたらボコボコと泡が立っている。魔女お手製の薬は呪いが凝縮されているに違いない。

 

「ユリウスもユリウスだ。博愛精神は君の美徳だけどね。そうやって誰彼構わずに手を差し伸べているから、優しさにつけ込む輩が出てくるんだ、ぞ……」

 

 何もなかったように話の続きを、というところで、クラリッサさんの声が尻すぼみになる。

 

「君は……いや。この女は誰だ(・・・・・・)?」

 

 空気が変わる。

 さっきまでの雰囲気とぜんぜん違う。どうでもいい人から好きな人に移り変わるのとは正反対の感情の動き。

 ううん、もっと激しいかもしれない。

 最初はゼロからプラス十に増えた。

 その十が一気に百マイナスされた。急降下した落差にゾッと寒気がする。

 

「――浮気か」

 

 クラリッサさんにとって、今のわたしは敵だった。

 

「肉体上の性別を反転させた程度で私を誤魔化せると? だとしたら愚かだよ。挙句、女に戻るために私の手を借りるとはね。恥を知らないにも限度がある」

 

 どろりとした暗い瞳はお見通しだった。

 わたしが呪いで男の子の体になっていること。

 女の子に戻りたいということも。

 だけど肝心なところは勘違いされたままだよ!?

 

「ユリウスにたかる女は始末しなくちゃね」

「ッ……逃げろサラ!」

 

 とっさにお膝の上から飛び退いた。

 胸につけた【健常のカメオ】が音を立てて割れる。考えるより先に足を動かして猛ダッシュ。

 振り返ると、クラリッサさんは呪いのアイテムを次々と取り出していた。間にひよ蒟蒻さんが立ち塞がってわたしたちを守ってくれている。

 

「邪魔しないでおくれよユリウス」

「そうはいかない」

「ふぅん……誰が恋人か理解さ(わから)せる必要がありそうだね。私から目移りすることのないように」

 

 大事そうに取り出されたのは液体入りのビン。

 

「どんな呪いも解く薬だよ。これは作るのに貴重な材料と長い時間が必要でね。私も非常用の一瓶しか持ち合わせがない。これを、こうしてやろう」

 

 手からすべり落ちたビンが割れる。

 当然ビンの中身は飛び散って土に染みていく。クラリッサさんは念入りにぐりぐりと地面を踏み締めて、薬を飲めない状態にしてしまった。

 

「ああっ!?」

「アハハハハ! ざまあないねバーカ!」

 

 高笑いをするクラリッサさんは玉ねぎの悪魔(呪いの武具を装備している)に乗り込むと、わたしとひよ蒟蒻さん目掛けて襲いかかった。

 

「やるしかないかも」

「いや。サラが戦う必要はない」

「でもでも、だって! クラリッサさんを怒らせちゃったのはわたしですし」

「いいから。俺に策……というか考えがある。あっちに小道があるのは見えるな?」

 

 ひよ蒟蒻さんが指で示したのは、さっきテーブルと椅子が行進してきた方向だった。

 

「あの先に進むとクラリッサの屋敷だ。薬はひとつだけと言っていたが、作ったまま忘れて放置した薬が埋もれているかもしれない」

「お片づけが苦手なタイプなんですね」

「……ノーコメント。だが可能性はなくはない。もちろんあそこも危険だ。判断はそっちに任せる。俺はできるだけ時間を稼いでおくから」

 

 逃げるか、屋敷の探索をするか。

 

 わたしの答えは決まっている。

 ここで逃げたら何をしにきたのかわからないもんね。

 

「ありがとうございます! 行ってきます!」

Rrrr(きをつけて)

 

 わたしとジェイドは小道へと走り出した。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 □■<魔女の森>

 

 駆け出したサラの背中をひよ蒟蒻は見送る。

 

「……」

 

 少女を狙った魔法と呪詛を代わりに受け、ステータスと装備の効果で強引に耐えた。それでも複数のデバフは避けられず、兜の内側で眉を顰める。

 

『なーに楽しそうに話しているんだこの唐変木ー! まぬけ、おたんこなす、色男!』

「最後の貶せてないぞ」

『ユリウスはどんなところも魅力的なんだがー? 欠点なんてひとつしか見当たらないんだがー!?』

「それは?」

『いい男過ぎて世界が君を放っておかないところ』

 

 大真面目な答えに言葉を返す気力がない。

 死にたがりな悪質PKの知り合いと比較した場合、一見クラリッサは親しみやすいように見える。どちらかというと、多少、かろうじてマシという程度の差だが。

 

 だがそれは、彼女が悪質でない証明にはならない。

 

『恋、もとい故意だろうがそうでなかろうが。私以外に靡こうなんて考えは捨てたまえ。ついでにもう二度と私の側から離れないでほしいな!』

「他のやつにも同じ事を言うのか?」

『私が愛を囁くのはユリウスだけさ! えーなになに? もしかして不安? 嫉妬? 独占欲だね? いやあ照れるなー。……でも誤魔化されないよ、今は君の話だ』

 

 最愛の人を見間違う。

 狂気を被るのではなく、摩耗の末に真実を手放した。

 それはもはや、愛と呼べない妄執。

 事実を指摘したところで誰も幸せにならない。

 嘘を吐き続けたところで誰も救われない。

 いたずらに傷つけ合うだけの病巣でしかない。

 

「とにかく落ち着け。サラは悪くない」

『彼女を庇うんだ。ふーん。あーそうかい』

 

 魔力供給を受けて機械仕掛けの悪魔が唸る。

 対するひよ蒟蒻は万全から程遠い。

 

(どこまで保つか……勘弁してくれ……)

 

『それじゃあユリウス。ご飯(媚薬)にする? お風呂(媚薬)にする? それとも〜……び・や・く?』

「いやほんと勘弁してくれ!?」

 

 されど、これは騎士と魔女の物語に非ず。

 故に彼らは空白で踊る。

 頁が捲られるまで、永遠に、永久に。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

<魔女の森>
(U・ω・U)<数百年単位で調整された魔女の工房にして領地

(U・ω・U)<当然ながら内部ではクラリッサに有利な効果が働く

Ψ(▽W▽)Ψ<例えば?

(U・ω・U)<魔法の射程延長・発動加速・効果増大にMP消費軽減

(U・ω・U)<侵入者は方向感覚が狂い、状態異常耐性が低下する

(U・ω・U)<ついでに魔力をチュッチュされる


クラリッサ
(U・ω・U)<森に入らなければ無害

(U・ω・U)<侵入者の始末も基本オートモードの悪魔任せ

(U・ω・U)<でもなんらかの理由で本人が出てきて

(U・ω・U)<彼女のお眼鏡に適ってしまう(・・・・・・)とアウト

(U・ω・U)<英雄的行動は非常に危険

(U・ω・U)<まあ嫌われても呪詛られるけど

Ψ(▽W▽)Ψ<それって面ど……地ら……ゲフンゲフン


玉ねぎの悪魔
(U・ω・U)<正式名称【鳥兜之悪魔】

(U・ω・U)<現在所在が判明している一機


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ようこそ完結至上主義の監獄へ

 □【高位従魔師】サラ

 

 小道を抜けた先に洞窟が見えた。入り口に魔法陣のバリアがある。ここで間違いないだろう。

 てっきりタカクラさん夫婦のお屋敷みたいな洋館を想像していたからちょっと意外だ。

 

「問題はどうやって入るかだよね」

 

 試しにバリアを触ってみると、指が弾かれた。

 静電気みたいにビリビリする。無理やり通ったらわたしのHPが全部削られてしまいそうだ。

 

『無問題。期待、待機』

 

 言われた通りちょっと待つと、右腕の【P-DX】に反応あり。これは探知用アプリの効果かな?

 どうやら茂みの奥にスイッチがあるみたい。あれだね、植木鉢の下に合鍵を置いておきますみたいな。隠し場所を知ってる人は入れちゃうやつ。

 

 ターコイズのおかげでバリアを解除すると、湿った空気が漂った。生温かいのにぶるっと震えちゃう。ガイコツやゾンビが出てくる【墓標迷宮】とは違う雰囲気で、遠足で行った遊園地のおばけ屋敷を思い出す。

 

「お、おじゃましまーす」

 

 洞窟は入口からゆるやかに地下へ続いている。

 奥のほうは暗くて進むの怖いな……と思いながら階段を一歩降りると、すぐ横の壁が明るくなった。

 ボッ、ボッと壁の松明に火が灯る。ぼんやりと紫色の炎が道を照らしている。一本道で迷うことはなさそう。音と光にびっくりして固まってしまったのは内緒だ。

 

『……Rrrrr(おばけとかでない)?』

「だいじょうぶだよ! ……たぶん」

 

 クラリッサさんがお家として住んでいるんだから。もしモンスターがいても倒しているはず。

 呪いを解く薬を見つけるのが今回の目的だ。こういうときは元気を出していかなきゃね。

 

「どんどんいこう! えいえいおー!」

Rrr(おー)!』

『奮起、激励。鼓舞、前進』

 

「ゔぇぇぇ……」

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 い、いまのはだれ?

 

「だ、だれかいますかー?」

 

 ほかに人がいるのかな。ひよ蒟蒻さんのお話にはなかったけど、可能性はある。

 ジェイドもターコイズも反応してない。

 だから相手はモンスターじゃない。敵でもなさそう。

 とりあえずお話してみよう。クラリッサさんの同居人なら薬の置き場所を知っているかもしれない。

 

 声は奥のほうから聞こえた。

 まだ結構遠いかも。ここは、お互いの姿が見えるところまで近づいてみることにする。

 

 だんだんと大きくなるうめき声。鼻をすする音としゃっくりがセット。聞いているわたしにまで、ぎゅっと胸が締めつけられるような悲しみが伝わってくる。

 

 この気持ちを言葉にするなら。

 どうしてこんな目にあわないといけないの?

 どうしてこんなことが起こるの?

 つらい、ひどい、苦しい。そんなやり場のない叫び。

 

 わたしは心配になって岩陰をのぞき込んだ。

 

「ゔぅぅ……ご、こんなのっで、な"い"わ"ぁ……」

 

 地べたに突っ伏す喪服の女の人。ぶんぶんと拳を打ちつけて、垂れる鼻水を帽子のベールでちーんとかんでいた。高そうな生地がカピカピになっているのがわかる。

 

「あの、だいじょうぶですか?」

「ゔぇ?」

 

 女の人は顔を上げて首を傾げた。

 しばらくフリーズした後、ヒュッと息を吸い込む。涙と鼻水は同時にしまってしわくちゃ顔に。みるみるうちに背中を丸めてしまった。

 

「ァッ……スゥー……」

「お姉さん?」

「ッス……サーセン……」

 

 女の人は手に持った本で顔を隠す。

 じりじりと後ずさりしてるけど、怖がっているとか、嫌われているのとはちょっと違うっぽい。

 わたしが急に出てきたからビックリしたのかな?

 とりあえずお話してみよう。まずは自己紹介だよね。

 

「こんにちは! わたしはサラっていいます!」

「ヒッ⁉︎」

「お姉さんのお名前、教えてくれますか?」

「アギャー!?!?」

 

 悲鳴をあげてひっくり返っちゃった。

 

「び、美少年が……喋ってるぅ……しかも『ぼく』じゃなくて『わたし』なのね……ありかなしでいえば断然ありよ御馳走様です……」

「?」

 

 わたしは女の人が落とした本を拾う。

 薄いけど表紙がカラフル。中身はマンガみたい。すごい上手な絵だ。どんな内容なんだろ、どれどれ。

 

「あ、それはだm」

「……? よめない……」

「年齢制限! 神はここに!」

 

 開いたページはモザイクだらけで何が書いてあるかわからなかった。そもそも人の本を勝手に読むのはあんまりよくないね。ちゃんと返そう。

 わたしが本を渡すと、女の人は息を荒くしてじっくりと観察する。とても大事なものみたいだ。

 

「はっ。スゥー……驚かせてごめんなさいね? ここに人が来ることなんて滅多にないから。オホホ」

 

 女の人は優雅に微笑む。

 さっきまでとはまるで別人だ。綺麗だけど、ちょっと緊張してる声。たぶん今までが素だと思う。

 

「私はあだしの。ここを管理しているわ。貴方、危険だから早く帰った方がいいわよ」

「でも、わたし用事があって。呪いを解く薬を探しているんです。何か知りませんか?」

「知らないわ。そんな薬見たことない。というか奥には何もないし誰もいないから。残念だけど他を当たった方がいいと思う。幸運を祈っているわね」

 

 入口の方にぐいぐい背中を押される。

 あだしのさんは押しが強い。それと焦っているように感じる。わたしに言えない隠し事があるようだ。

 でも戻ったらクラリッサさんと遭遇しちゃう。ごめんなさい、簡単に引き下がることはできないよ。

 

「お願いします! ちょっとだけでいいので中を調べさせてくれませんか?」

「だめよだめだめ。中を調べるなんてとんでもない。絶対に許可できません」

「だったらわたしは入らないので! 薬がないかもう一度確認だけでも!」

「くっ、この子しぶとい……!?」

 

 と、押して引いての話し合いをしていたから。

 わたしたちは足音に気がつかなかった。

 誰もいないはずの洞窟の奥から、のそりと現れたのは二人の<マスター>だ。

 

「あだしの休憩長くね?」

「サボってんすか殺すぞー」

「空気読んでよバカぁ!」

 

 あだしのさんが涙目で叫んだ。

 怒られた人は何がなんだか分からない様子で、彼女にポカポカと叩かれている。

 

「痛い痛い。それで誰このショタ。新人?」

「違う! こんな小さい子に仕事させたら犯罪よ!」

「そりゃそうだ。……じゃ、侵入者だな。殺すか」

「ダメでしょ!? 流石にかわいそうじゃない!」

「あだしのセンセー。うちら一応PKなんすよー」

「殺し目的で雇った覚えはないから!」

 

 ギャハハと笑う二人を押し留めるあだしのさん。

 やっぱり悪い人ではなさそう。言葉はもちろん、声からぽわぽわで優しい感じが伝わってくる。

 

「貴方は敵じゃないのよね。サラくん?」

「はい! 敵じゃないです!」

「ほらね。この子は我々の不法侵入を咎めにきたのでも、抜き打ち監査でもない。ただの迷子よ。街に帰っても秘密にしてもらえばそれで十分!」

 

 そうそう。わたしは戦うつもりはないからね。さりげなく帰ってと言われている気がするけれど、目的の薬が見つかるならぜんぜんオッケーだし。

 

 だから不法侵入だって別に……んん?

 

「ここを管理してるんですよね?」

「そうね。ほとんど使われていないから、拠点としておあつらえむきだったの」

「使われてないって……でも、クラリッサさんが住んでるお家なんじゃ」

「クラリッサって誰? ここ魔女の寝ぐらよね?」

「……」

「……」

 

 えーと。ちょっと情報を整理させてね。

 洞窟はクラリッサさんのお屋敷(お家)だ。

 あだしのさんは拠点として洞窟を管理している。

 それについてクラリッサさんの許可をもらっているとわたしは思っていたけれど。

 不法侵入という言葉。そして魔女の名前を知らないあだしのさん。つまり勝手に使ってる?

 

「クラリッサさんに怒られちゃいますよ」

 

 森に入った時のことを考えたら、侵入者には容赦しないと思う。玉ねぎの悪魔に襲われるよね。

 呪いの武器を操るロボットに、マジックアイテム製作が得意な呪いの専門家の組み合わせだ。

 それをくぐり抜けて洞窟にたどり着いたあだしのさんたちも強いのだろうけれど。みんな顔が真っ青だし平気じゃないみたい。

 

 魔女=クラリッサさんの名前を聞いた途端に走って逃げるくらいだもの。

 

「よっぽど怖いんだろうね」

Rrrr(かもね)

 

 悲鳴にならない悲鳴をあげて腰を抜かすあだしのさん。わたしを指差して口をパクパクしている。

 

「……う、う! うし!」

「牛?」

「うしろ! うしろよぉー!?」

 

 バッと振り返る。

 薄暗い闇の向こうに――真っ黒な影が立っていた。

 

「いやああああああああ!?」

「ほえっ?」

 

 あだしのさんがわたしの手を引いて走り出す。

 そのまま洞窟の奥に進むわたしたちを、謎の影は動かずじっと見つめていた。

 

 

 ◇

 

 

 入り組んだ通路をあっちに曲がって、こっちに折れて、ぐるぐる迷った結果、目の前に大きな扉が現れた。

 さっきのPK二人が扉の両脇で出迎えてくれた。

 

「無事か」

「え、ええ……なんとか撒いたわ」

 

 逃げる途中、あだしのさんは壁のあちこちを触ってトラップとバリアを起動していた。

 クラリッサさんが設置した侵入者用の呪いを、影を足止めするために使っていたみたい。管理していると言うだけあって内部の仕掛けを把握しているんだね。

 

「で、なーんで連れて来てるんすか」

 

 PKの視線がわたしに注がれる。

 歓迎されてないのはよく分かる。威嚇するジェイドをなだめて、わたしはゆっくり後退する。

 

「あだしのセンセー?」

「え、いやその、つい……だ、だってぇ。あのままだとこの子が襲われてたし」

「見捨てとけばいいものを」

「助けた後にPKするのか。とんだ偽善者だな」

「うぐぅ」

 

 バッサリと切り捨てられて、あだしのさんはへにゃりとしなしなに。ちょっとかわいそう。

 

「……そうよ」

 

 あ、一気に飛び起きた。

 

「この子を仲間にすればいいじゃない!」

 

 身内に引き入れたら隠し事の必要はないし、ちょうど人手不足だし、なにより顔がいいし、とあだしのさんは指折りで理由を並べる。

 PK二人もなるほど名案だと頷いた。

 

「「子どもに成人向け(R18)描かせるのでなければ」」

「そうだったぁ!? ……いいえ、まだ中身は成人の可能性が……ばっちり年齢制限を受けてたわ……駄目じゃないの……どうしよう……」

「ハァ……アシスタントとかモデルやってもらえばいいんじゃないすか。激マブだし」

「それよ!」

 

 三人ともひそひそ声でよく聞こえないや。

 話がまとまったのか、あだしのさんはわたしに勝利のグッジョブを掲げた。

 

「サラ。今から貴方は共犯者よ」

「きょうはんしゃ……?」

 

 目の前の扉がゴゴゴと左右に開く。

 隙間から広がる中の部屋の光景、それを背にして腕を組むあだしのさんに圧倒されて息を呑む。

 

 天井に映し出される満天の星。

 神殿のような彫刻と内装は洞窟の中ということを忘れてしまいそうになる。

 上から下までぎっしり詰まった重そうな本棚が、青白い人魂と一緒に、ふわふわ空中に浮かんでいた。

 

「ようこそ、新たな同志。ここはレジェンダリアに比類無き呪詛と怨念の殿堂。悠久を経た魔女の蔵書庫」

 

 床は何に使うか分からない道具で埋め尽くされていて、ぽつんぽつんと椅子と机が置かれている。

 席は黒い制服姿の人でほぼ満員だ。でもそれだけじゃなくて、人魂と半透明のオバケも座ってる……。

 

「そして今は我々(・・)VOID(・・・・)>のレジェンダリアにおける拠点であり、伝説と物語を探求する思索の家」

 

 制服姿の人はみんな机に向かっていた。

 調べものをしたり、文章を考えたり、絵を描いたり。

 ペンと口を動かして作業と討論を同時に進めている。

 あ、掴み合いのケンカになっちゃった。

 

「またの名を、無限缶詰修羅場地獄(同人作家の墓場)

 

 To be continued




⭐︎エターナル=出られない――!


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