告白に失敗するまで入学できません (嵯峨野広秋)
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告白のカウンター

 目の前に男子。

 わたしは今から、彼に告白する。

 きっと、うまくいく。

 だって彼とは話をしたことがないんだし、とうぜん親しい関係でもないし、わたしから〈好き〉っていうアピールもまったくしていないし。

 うん。

 成功する要素ゼロ。いける!

 

「えっと……」

 

 自信はあるのに、言葉が出てこない。

 この独特の空気のせいかな。

 人気(ひとけ)のない場所で、二人っきりで向かい合うっていう……

 どんどん、と、閉じられた扉ごしに、バスケ部がドリブルする音が低く聞こえる。

 放課後。

 右には体育館、左には学校のまわりをぐるりと取り囲む白い壁。

 正面に男子。身長はわたしと同じぐらいで、いかにも真面目そうな外見。

 

「じつは、ね……」

 

 ごくっ、と相手ののどが鳴った。

 

「ずっと好きだったんです。わたしと、おつきあいしてください!」

「まじ? おれでいいの?」

 

 ――え?

 

「やべーっ、あの白鳥さんから(こく)られてる。信じらんねー」

「あ、あの、その……やっぱりムリですよね? こんな、いきなりの告白だし……」

「ムリなわけないじゃん。オッケーだよ。じゃあさ、さっそく今週の日曜日――」

 

 さっ、と彼はスマホを出した。

 

「どっか行こうよ。連絡先を……あれ? どうしたの、白鳥さん」

「なんで……」

「え?」

「ねえ!」きっ、とわたしは彼に強いまなざしを向ける。「なんでオーケーなわけ? わたしたちってクラスもちがうし、教室も遠いし、一言(ひとこと)もしゃべったことがないのに!」

「それはさ……か」

「か?」

 

 ぎろっ、とわたしはもっと強い目を彼に向けた。

 視線を下げ、どこかもじもじとしながら、

 

 かわいいから

 

 はっきりとそう言われた。

 なんということだろう。

 みごとに告白は成功して、失敗した。一人目や二人目とちがって、今回こそは大丈夫だと思ったのに。

 

「きゃっ」

 

 つきとばされて、わたしは尻餅(しりもち)をついた。

 いたた……と、スカートをさすりながら立ち上がると、

 

「モテるオンナはつらいですね」

「あなた!」

 

 まただ。

 また、あらわれた。

 わたしの前で両手の手のひらをかざして立つこの人。

 真っ黒いフードを頭からかぶっていて、あごのあたりがかすかに見えるだけ。フードつきのスウェットっぽい服に、下はピタっとしたベージュのミモレ(たけ)のパンツ。

 体のラインや声色から判断すると、おそらく女性。年も若そう。

 ともかく、この人のせいで――

 

「かわいい目をしています。ゆえに迫力には欠けるようで。そうやって、白鳥様は(にら)んでいるつもりなのかもしれませんが」

「そこをどいて! わたしは、何があっても、絶対に〈入学〉するんだからっ!」

 

 わたしがずっとあこがれつづけた高校の正門前。身につけている服は制服。これを着たお母さんの写真を穴があくほど見た、紺色の清楚な制服だ。

 ああ……あの校舎が……こんなに近くにあるのに。

 合格するために、一日六時間も勉強したのに。

 入学式、と大きく書かれた看板が立てられ、あたりは生徒や親でにぎわっている。

 が、

 

(時間が、とまってる)

 

 そう考えざるをえないほど、一人残らず人形のように静止していた。

 なら、どうしてわたしだけが――

 

「今回も残念な結果でございました」

「え?」

「でもルールですのでご理解を」

 

 風でフードがゆれて、口元がのぞいた。

 片方の口角だけを急角度であげた、ニヤリ、のライン。

 

「何度でも言いましょう。白鳥様……あなたは、告白に失敗するまで入学できません」

「ちょっと待って!」

「すきな季節を選んでください」

 

 だめだ。

 こうなると、もう話は通じない。

 最初のときに実感したことだ。いくら声をかけても、向こうは「すきな季節を~」としか言わなくなってしまう。

 

「――春」

 

 しぶしぶ、わたしはこたえた。こたえないと、先にすすめない。

 

「けっこう」

 

 すっ、とフードの人が片手をあげた。

 

 季節はめぐる。いつも美しく。

 

 セリフのようにそう言いながら、わたしのほうに歩いてきて、

 

「あっ!」

 

 どん、と肩のあたりを押された。

 ぺたん、と尻餅。

 目の前には校舎。

 景色は変わって、あこがれの高校の校舎はもはやそこになく――

 

(はあ……また戻された)

 

 一人目は失敗、二人目も失敗、いまさっき三人目も失敗。で、最初の〈誰にも告白していない〉一年を入れたら、五回目になる。

 つまり中学七年生。

 その春の、始業式だ。

 教室に入って席につくと、いきなり両サイドに男子があらわれた。

 

「へへ……とうとう同じクラスになっちゃったな、ミカオ」

 

 さっぱりした短髪で、わたしを「ミカオ」と呼ぶ彼は、幼なじみ。なんでこんなあだ名かというと、単純に、むかしのわたしは男の子っぽかったからだ。

 

「ほんと、まさかだぜ、シラケン」

 

 すこし前髪を長くして垂らした、わたしを「シラケン」と呼ぶ彼も、幼なじみ。シラは名字の白鳥からだろうけど、ケンはどこから持ってきたのか、いまだにわからない。

 

 右手にいるのが赤井(あかい)

 左手にいるのが青江(あおえ)

 

「……にしても、ギャラリーがすげえな」

「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」

 

 二人が廊下のほうへ視線を向けているので、わたしもそっちを見た。

 うそ。

 満員電車ぐらい、窓のところで男子がぎゅうぎゅうに押し合っている。瞬間、わたしと目が合った一人の男子が、恥ずかしそうにニコッと笑った。

 気のせいかもしれないが――ほんとに気のせいかもしれないが、

 

(ひとつ前のときより、男子の数がふえてない?)

 

 いーや、きっと気のせいだ。

 わたしは、男子の集団のスキマを抜けて教室に入ってきた女子を目にして、立ち上がった。

 

「どこ行くんだよ、ミカオ」

「うるさいなぁ、(あか)ちゃん。友だちのところにいって何がわるいのよ」

 

 わたしがそう呼んだので、近くにいた男子が、はやくも「おまえって赤ちゃんなの?」とからかっている。ちがうよ、という声をうしろに聞きながら、わたしは彼女に近づいた。

 

「おはよ」

「あ、おはよう、ミカ」

「いっしょのクラスになったね」二年のときも、わたしと彼女は同じ組だった。

「うん」

 

 ああ。癒されるこの表情。

 歯を出さずに、左右の口角だけをきゅっとあげて笑いかける上品なスマイル。トモコスマイル。

 黒髪のショートカットでメガネをかけた、わたしの唯一無二の親友……いや、()親友だ。

 この、わけがわからないループ状態で、たったひとつだけ救いがある。

 それは、ふたたびこの親友に出会えたことだ。

 卒業後の進路……ほんとは同じ高校を目指していたんだけど、残念ながら彼女はうまくいかなくて、べつべつの道を行くことになってしまった。

 

「ちょっと。じーっと見るのやめてよ。気になるじゃない」

 

 ぽん、とわたしの肩をやさしくついて、彼女は椅子にすわった。

 今でも思い出す。

 卒業式の、彼女との別れを。

 あの日の涙は、ほとんどトモコともう会えなくなるつらさによるものだった。 

 また、いつでも会えると心では思っていたけれど、同じ高校を目指していたっていうことで気おくれして、わたしは卒業式のあと彼女に連絡できずにいた。トモコからメールが来ることもなかった。

 あの日を最後に……

 あれ――

 

「ほら」

 

 ピンクのハンカチがさしだされる。

 

「花粉症? でも鼻水も出さずに、きれいにつーっと泣いたね。女優向きかもね」

「ばか」と言いつつ、ハンカチは受け取る。「トモコは、ほんとにやさしいよ……」

 

 わたしは思う。

 もしもこのループが永遠につづくのだとしても、そこに彼女もいるのなら、何もつらくはないと。

 そして時は、一日、三日、一月(ひとつき)と流れ……

 

(いけない!)

 

 やっぱりダメだと思う。

 この問題は、ちゃんと解決しなきゃダメだ。このままじゃ、おだやかな日常が連続するだけ。トモコといっしょの学生生活は、そりゃあ心地いいけれど。

 解決の方法は、すでに与えられている。

 

――告白に失敗するまで入学できません

 

 告白に失敗、つまりフられればいい。

 でも前回の失敗はショック。

 ぜんぜん面識のない男子だったから、さすがにいけると思ったんだけど……。

 あれ?

 もしかして、告白って、べつに男子じゃなくてもいいのかな?

 

「これ、なんのつもりなのよ……ミカ」

 

 わたしは、あの男子を呼び出したのと同じ、体育館の横にいた。

 ちょっとした実験というか、半分、お遊びみたいなものだ。

 放課後。空はくもり空。天気予報では言っていなかったが、いまにも雨がふりそうな感じがする。

 

「なんのつもりって……告白……みたいなやつだけど」

「もう」

 

 でたトモコスマイル。この表情を見て、わたしはホッとした。

 

「おたがい、はやく帰って勉強しないと、でしょ?」

「そうなんだけど……」

「ほら」さっ、とトモコは自分のショートの髪をなでた。「受けてあげるから、はやくすませてよ」

 

 ためらうことはない。

 ダメでもともと、うまくいけばラッキー、そういう告白なんだから。

 トモコが〈女の子同士だから〉みたいな理由でことわってくれれば、そんな可能性に賭けている。

 それか、彼女がこのノリに合わせて冗談っぽくオッケーしてくれるか、二つに一つ。

 

「わたしと、おつきあいしてください!」

 

 ふー、とトモコの息をはく音。

 けっこう長い沈黙。

 ぽつ、ぽつ、と鳴りはじめ、その間隔がしだいに小さくなる。雨がふりだしたようだ。

 そして、

 

「私、前からずっと、ずーっとね」

「うんうん」と、一歩近寄るわたし。

「ミカのことが」

「うん」と、さらに一歩。

 

 かなりの至近距離で、わたしたちは目を合わせた。

 

「だいっっ~~~~~(きら)いだったのよ!」

 



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希望のエンカウンター

 そんなはずない!

 頭の中の反論ははやかった。

 でも親友のトモコの目は真剣で、言い返せないほど威圧感がある。

 

「嫌いったら嫌い。私は、ミカのことが心の底から嫌い」

「な……なんで、そんなこと言うの……?」

 

 うそ。これは夢。

 わたしはぎゅっと目をつむった。

 

(……)

 

 にっこりとほほえむトモコの顔が浮かぶ。

 身の丈に合わない高校を目指すわたしはネガティブになりがちで、ずっと彼女には(はげ)まされつづけた。

 おかげで、がんばれた。合格することができた。

 

「――っ!」

「ちょっと! どこに行くの!」

 

 わたしはトモコの顔をまともに見ることができず、背を向けて走り出した。

 悪夢だ。

 これは悪夢。

 あっというまに雨の勢いは強くなっていて、シャワーのようにふりそそいでいる。

 かまわない。

 びしょぬれになって走った。

 

「おい! 待てって!」

 

 うしろから誰かが追いかけてくる。

 

「バカ! 風邪ひくぞ!」

(あか)ちゃん……」

「わるかったよ」なぜか、幼なじみの赤井(あかい)はあやまった。「ちょうどおまえの姿が見えてさ……そばに友野(ともの)もいたし……二人でなにやってんのかな、って」

「見てたんだ」

「ああ。で、友野になんか言われたのか? なんでそんな大泣きしてんだよ……いや」赤井は空をちらっと見上げた。「話し込んでる場合じゃねーか。とにかく、屋根のあるところへ――」

 

 ぐっ、とわたしは彼のジャージのそでをひっぱった。

 

「ん?」

「赤ちゃん、大事な話があるの」

 

 もう方法はこれしかない。

 彼にはわるいけど、わたしにはこの世界はたえられない。一秒だってここにいたくない。

 

「わたしと……つきあって!」

「え」

「ずっと好きだったの。だから」わたしは幼なじみの手をとった。小学生のときはもっとやわらかかった記憶があるけど、想像よりも感触が固い。「だから……お願い……」

 

 迷う時間はなかった。

 赤井は、わたしの肩に手をおいて、それをそのまま背中に回し、抱きしめる。

 

「わかったよ。わかったから、もう泣くなって。じつはおれも、ガキのころからずっと」

 

 彼の声の最後のほうは小さくなって、雨音にかき消されて聞こえない。

 ごめん赤井。

 こんな、ウソの告白をしてごめん。ひたいから流れてきた雨が目に入って、思わずまぶたを閉じた瞬間、

 

(きた!)

 

 正面から強く押されて、体がつき飛ばされる。

 予想できていたので、両足にぐっと力を入れ、尻餅(しりもち)はつかない。

 

「また告白を成功させましたね?」

 

 黒いフードをかぶった人。

 進学するはずだった高校の、正門前。

 わたしは何も言わず、

 

 ばしん

 

 と、フードの上から平手打ちした。

 

「これはこれは……ずいぶんお怒りのようですね、白鳥様」

「トモコをあんなふうに変えたのは、あなたねっ!」

「まあ落ちついてください」

 

 ぱちん、と指をならした。

 地面から白い煙がたって、白いテーブルと、二脚の椅子があらわれる。

 

「お座りください」

「……」

 

 おたがい椅子に座って、正面から顔をうかがえる位置関係だが、どういう光のあたりかたなのかフードの下の顔はまったく見えない。

 

「まず申し上げたいのは……当方は〈審判〉のような存在でして、けして白鳥様の敵ではございません。お答えできる質問には答えますし、こちらから虚偽を申すこともありません」

「うん……あの、ごめんなさい。ちょっと……たたいたのはやりすぎでした」

 

 笑った。

 おぼろげに見える口元が、弓なりになったのがわかる。

 

「けっこう。それでは、質問はございますか?」

「トモコ――えっと、わたしの親友の友野(ともの)頼子(よりこ)が、急にわたしを嫌いになったのはどうして?」

「端的に説明しますと、あれは〈永久パターン防止〉のためでございます」

「永久パターン?」

「そうです――」

 

 時の流れがとまったような(わたしたち以外にも周囲にたくさん人間はいるが動いていない)静かな世界で、理路整然と話してくれたことを整理すると、

 

・告白に失敗すれば、あこがれの高校に入学できる

・告白に成功すれば、即刻、中学三年生の任意の季節からやりなおしとなる

・このループ状態にあるうちは、何があっても死ぬことはない(高校入学時点までの命は〈保証〉されている)

 

 つまり、もしわたしがあえて告白の成功をつづけたら、永久に生きられることになる。

 そのパターンを防止するために、

 

・親友が一日ごとにわたしを嫌いになる

 

 としたようだ。

 さらに、

 

・一回ループするたびに男子全員のわたしに対する好感度が上がる

 

 っていうのもあるらしい。らしい……じゃないよ! こんなルールがあったら、いつか手詰まりになる!

 

「ゆえに〈永久パターン防止〉でございます」

 

 納得。

 たしかに、そんな世界で永遠に生きたいとは思わない。

 そして正体不明のこの人が、冗談のように言った。

 

「100周ぐらいすれば、散歩している犬さえも欲情するレベルになるかもしれませんね」

 

 はは……笑えない。

 いや、笑おう。体の中から元気をしぼりだすようにして、くすっ、とわたしは笑ってみせた。

 心は決まった。

 やることは一つ。

 もはやこれは入学するためのループじゃなく、わたしの大事な親友をとりもどすための戦い。

 次で、絶対に成功させればいい。それで、いいんだ。

 

「ほう、目の色が変わりましたね。とても力強い」

 

 すっと立ち上がったのを見て、わたしも立ち上がった。

 指を鳴らす。

 テーブルと椅子は煙になって、風にふかれて消えた。

 

「すきな季節を選んでください」

「春」

「けっこう。季節はめぐる。いつも美しく」

 

 詩のようなフレーズをとなえながら、黒フードの人が両手をのばす。そのまま、どん、とわたしは押し出された。

 

「いたっ……」

 

 尻餅(しりもち)をつく。肩のあたりをけっこう強めに押されるので、くるのがわかっていてもバランスを崩してしまう。

 三年間……いや、それ〈以上〉の時間をすごした、見なれた中学校の校舎。

 始業式の朝。

 

 教室で席につくと、当たり前のように幼なじみの二人がやってきて、まるで台本があるかのように前のときと同じことを言う。

 

「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」

 

 と、聞きおぼえのある青江(あおえ)のセリフにさそわれて廊下を見る。

 やっぱり……気のせいじゃない。

 わたしのことをながめる男子の数が、あきらかに増えている。

 満員電車、それも通勤ラッシュの、ピーク時の混雑ぶり。

 窓ガラスにほっぺたを押しつけている男子と目が合った。恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべている。

 そして――

 

(トモコ!)

 

 そんな男子の人ごみをかき分けて教室に入ってきた親友。

 駆け寄りたい。

 でももう彼女のあんな言葉は、二度と聞きたくない。

 目をつむり、頭を左右にブンブンとふる。

 

「ミカオ、なに……やってんの?」

 

 右ななめ上から見つめてくる赤井。

 彼の顔を正面から見れない。申しわけない気持ちでいっぱいだから。非常事態だったとはいえ、ウソの告白をしてしまったことが、とってもうしろめたくて。しかも二回も。

 

「水かぶった犬っころじゃねーんだから」とニコニコしながら言ったのは左にいる青江。かなりのイケメンで、大規模なファンクラブまで存在する。「でもこーいうことするシラケンも、かわいいよな」

 

 女子にこんなにさらっと「かわいい」なんて。

 外見がよくてこれだけコミュ(りょく)があったら、モテるにきまってる。

 その日の授業中、ずっと考え続けた。

 どうしたら告白が失敗するか、言い換えれば、誰なら自分をちゃんとフってくれるのか。

 今のわたしに必要なのは、わたしを「かわいくない」ってはっきり言ってくれる男子だ。

 でも……そもそも、そんなことって本人には面と向かって言わない。

 むずかしい。

 放課後、とくに目的もなく学校の中を歩いていると、 

 

「す、好きなんですっ!」

「は?」

 

 告白の現場に遭遇(そうぐう)してしまった。

 夕方の非常階段。二階と三階のあいだの踊り場。

 とっさに、手すりのかげに身をかくした。

 そーっと下をのぞく。

 

「だからその……、前から気になってて……好き、です」

 

 告白してる(がわ)は、雑誌でモデルの経験があるっていう有名な女子だ。栗色のセミロングの髪で、サイドを編み込んだかわいらしいヘアスタイル。

 いっぽう――

 

「ったく、俺を呼び出した理由ってこれかよ、だりーなー」

 

 この、あざやかな金色の短髪。

 不良で有名な男子だ。背が高くて、高校生っていっても通用するぐらい大人っぽい。

 名前はなんだったかな、と思っていたら、

 

「キンゲツくん」

 

 あ。そうそう、めずらしい苗字で〈金月(きんげつ)〉っていうんだった。

 

「あの……それでね、とりあえず、こんどいっしょに映画でも……いきません?」

「いかねーよ」にらむような視線を彼女に向ける。「かんちがいしてんじゃねー」

「え……私の告白は……?」

「知るかよ。さっさと消えろ」

 

 涙をこらえるように一瞬顔がくしゃってなったかと思うと、女の子は階段をおりて行ってしまった。

 ひどい。

 ことわるにしても、もっと言い方があるでしょ。言い方が。 

 最低の男子。

 いくらカッコよくったって、わたし、あんな人は嫌い。

 

「……なに見てんだよ」

 

 見つかった。こっちに鋭い目つきを向けている。

 すごい敵意。

 ケンカする前の男子が、こんな感じになるのを見たことがある。

 ムカついたけど、べつに彼とケンカする理由はない。

 立ち去ろう、と手すりから完全に体を出したそのとき、

 

「おい!」

 

 大きな声。

 不覚にも、わたしは彼が怒鳴り散らしてきた次の言葉に、ゾクゾクしてしまった。

 ふつうの女子なら言われたくない言葉なのに。

 感じた。

 あの子ならわたしをフってくれるかも、って。

 

「こそこそ見てんじゃねーよ! ブス!」

 



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恋愛のマスター

 始業式の日の翌日。

 

(ふわぁぁ……)

 

 まったく、眠くてしょうがない。深夜まで〈勉強〉してたせいかな……。

 今、朝の教室に一人ぼっち。

 時刻は七時半。

 

(たぶんそろそろ――きたっ!)

 

 廊下から、ふんふーん、というかわいらしい鼻唄が聞こえてくる。

 そして引き戸に指をかける音がして、

 

「今日も今日とて教室に一番ノリなのじゃ~」

 がらり、と豪快に戸がスライドした。

「ごめんなさい。一番は、わたしなの」

「あ。白鳥サン……」笑顔が消えて、急にバツがわるそうな表情になった。「えへへ……」と、もじもじしながら自分の席へ移動する。

 獲物を追うように、わたしもそっちへ移動。

 椅子に座っている彼女が、何か御用があるんですか、という目をわたしに向ける。

 

占部(うらべ)さん」

「は、はい……なんでしょうか……」

 

 二人っきりの教室で、彼女――占部深雪(みゆき)――に話しかけたのには理由がある。

 このクラスメイトは特別な存在で、誰が名付けたのか〈告白請負人(うけおいにん)〉と呼ばれていた。

 いわく、彼女のサポートをえて成功しなかった告白は一つもないという。

 このループにとらわれる前の世界では占部さんとは一度もおしゃべりしたことなくて、親しくはなれなかったけど、ひそかに気になってはいた。おもしろそうな人だったから。

 

「それって、ゆる巻きしてる? ふわっとしたロングで、いいね」

「あはは……この毛先のうねり(・・・)は生まれつきのナチュラルで……」

「去年、何組?」

「四組です」

「占部さんは部活って――」

「ずっと帰宅部です」

 

 いけない。これじゃ、取り調べだ。こういうことをするために、早起きして〈クラスで一番登校のはやい〉彼女を待っていたんじゃない。

 早々に切り札を出すことにする。

 

「ところで――」

 

 やった。

 昨晩の〈勉強〉の成果アリ。

 彼女が心から愛しているというアニメの話をこっちからフったら、見事にくいついてくれた。

 

「あなたもですかっ!」

 

 がばっ、と両手で両手をとられる。

 ああ……ダマしているようで胸がいたい。

 でも、もう手段をえらんでなんかいられない。

 彼女の好きなアニメは、卒業文集を読んで知っていた。文字数のほとんどを使って熱く語っていたから、とても印象に残っている。

 

「それでね、占部さん。お願いがあるんだけど」

「はい! なんなりと!」

「わたしと、お友だちになってくれない?」

 

 くるっ、となぜか背中を向けてしまった。

 あれ?

 どうして?

 

「こ、この、かわいさの破壊力……おそろしいです。オンナの私でも、見つめられてこんなにドキドキ……それにくらべて、なんと見劣りする自分の顔……とても……おそばには」

「占部さん?」と、うしろに回りこむ。すると、逃げるようにふたたび体を180度回し、最初の体勢にもどった。

「すー、すー、ちょっと……息をととのえさせてください」片手で胸をおさえて、そんなことを言う。

「お友だちに……」

「それはもちろん!」

 

 でも、と、さみしそうにつけ加える。

 

「私みたいな、暗そうな(いん)キャが近くにいると……ご迷惑では?」

 

 全然、と、はっきり言い返す。

 

「じゃあ、下の名前でミユキって呼んでいい?」

「呼んで……どうぞ」

 

 少しうつむいた角度のまま、ミユキは照れたように笑った。

 この、こっちからぐいぐいいって友だちになる感じ、なんだかなつかしい。小学生のころは活発で、たしか赤井(あかい)青江(あおえ)とも、こんな流れで強引に友だちになったんだと思う。

 さあ、本題はここからだ。

 昨日の放課後の――

 

「こそこそ見てんじゃねーよ! ブス!」

 

 あの金髪ヤンキーの彼。

 わたしを「ブス」と呼んだ彼こそ、今のわたしの唯一の希望。

 もうロードマップはできている。

 あとは実行するだけ……この奇想天外なプランをスタートするだけなんだけど、やっぱり一人では心ぼそい。味方がほしい。

 

「ちょっと小耳にはさんだんだけどね、ミユキって恋愛にくわしかったりする?」

「ごぞんじでしたか」

 突然、表情に自信があらわれた。

「〈告白請負人〉の話ですね?」

「恋愛心理学みたいな知識が豊富で、かなり個人のデータも持ってるって」

「ふふふ、自慢じゃありませんが、一年から三年までの目立つ男子女子の情報はおしなべてハアクしてソーロー」 

 

 独特の言い回し。

 やっぱりキャラが濃いなぁ。

 いや……これぐらい〈クセのある〉子じゃないと、わたしとはつきあえないだろう。

 

「二年の男子で……金髪の」

 早押しクイズのように、ミユキは食いぎみに答えた。

金月(きんげつ)! 金月(あらし)くんです! 一見こわそうだけど、よく見たら美少年なんですよね~」

「そ、そう、その子」

 が? と、片っぽの眉だけ器用にあげる。

「えーと……」

 

 迷っちゃダメ。

 一刻もはやく、大の親友に嫌われてるこの世界から脱出しなきゃなんだから。

 

「もしかして……白鳥サンは、その御仁(ごじん)()れてらっしゃる?」

「ちがうの。そうじゃなくて」

 しん、と静まる。

「わたしは……彼の――」

 ミユキは次の言葉を待って、わたしをじっと見てる。

 何秒かしたあと、ついに意を決してわたしは言った。

 

「ストーカーになりたいのっ!」

「びょ、病院へ行ってどうぞ……」

 

 できたばっかりのお友だちの、心のシャッターがおりる音が聞こえた。

 

 ◆

 

 しつこい女は嫌われる。

 これ、どこで耳にしたフレーズだろう。

 わたしは、嫌われたい。

 だからなるの、しつこい女に。

 

「おい……またかよ……」

 

 舌打ちとともにあきれたような声。

 帰り道の住宅地。

 数メートル先をあるく背の高い金髪くんを尾行し、電信柱から電信柱へと移動していた。

 

「おい! そこのブス!」

 

 きたきた、これこれ~。

 なんてうれしいことを言ってくれるんだろう。録音してくり返し聞きたくなる。

 

「ブスって……」顔だけ、柱から出して彼と目を合わせた。「わたし?」

「ったりめーだろ! バカにしてんのかっ!」

「そういうわけじゃないけど」

「じゃ、なんのつもりだよ!」

「わたし……じつは、あなたの――」

 

 一瞬、トモコを思い出した。

 

「ミカはもっと意識して〈見直し〉を徹底しないとね」

 

 定期テストでケアレスミスを連発してしまったときに、彼女から言われたことだ。

 確かに、今こそ〈見直し〉しないと。

 ここでもし告白に失敗(彼がオーケーしてくれる)してしまうと、次回はさらに難易度が上がってしまうんだから。

 落ちついていこう。

 急いで、結果を出そうとしない!

 

「あなたの――髪の色ってステキだなーって」

「なんだこいつ……」

 

 まだタネをまいている段階だ。

 スッ、とふたたび電信柱に身をかくした。

 ちょっとこっちに近づいてきそうな雰囲気はあったが、舌打ち一回して、歩き出す。彼と帰宅ルートが同じなのは奇遇(きぐう)だった。しかもおたがいに徒歩。いつでも告白ができる、最高の条件といえる。

 失敗がつづいて心が折れかけたけど、今度こそは大丈夫そう。

 なぜって、彼はわたしを「ブス」って言ってくれてるし、わたしはこんなストーキングみたいなことをしてるし。

 でも……できれば、はやくやめたい。

 金月くんは、相当イライラしている。

 まとわりつかれる、ってけっこう精神的につらいことなのかも――

 

(えっ!)

 

 視線を感じて、わたしはうしろをふりかえった。

 信じられない光景。

 思わず両手で口元をおさえた。

 ずーっと向こうまでの電信柱に、もれなく一つに一人ずつ、チラ見えしてる男子たちがいる。

 ミイラとりがミイラになる――って、このこと?

 もしかして、あれぜんぶ、わたしのスト……

 

「こっちですっ!」

 

 ぐい、と手をひかれた。

 そのまま家と家のあいだのせまい道を走り、知らないマンションの自転車置き場に座り込んで潜伏した。

 

「おそろしいほどの人気ぶり……かわいい女子に対して尾行チックなことをする連中ならときどき目にしましたが、ここまでの数がいっせいにするなんて前代未聞なのです」

「ミユキ!」

 しー、と口の前に人差し指をたてる。

 指の向こうにあるピンクの唇が、ニヤリ、のラインをえがいた。

 

「なにかワケありのようですね。よければこの〈告白請負人〉がお手伝いしますよ~」

 



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追撃のブロー

 持つべきものは、お友だち。

 ほんとにそれを実感する。

 

「なるほどですね……」

 

 住宅街の中にある(かく)()的なお店。

 ミユキにみちびかれるまま入り、同じテーブルで向き合っている。

 ログハウスみたいな内装で、BGMはピアノ曲。おしゃれなカフェだ。

 話が一段落したところで、

 

「サービスです」

 

 と、白いマグカップに入ったカプチーノを手前に置かれた。

 にっ、とダンディな雰囲気の男の人が口元だけで笑う。

 そのカプチーノから男性に視線をうつし、

 

「え~、私にはないの~?」

 

 ねだるように言うミユキ。

 マスターらしき人に、ものすごいタメ口。

 かなりの常連なのかな、と思っていると、

 

「おまえは自分でやれ、深雪(みゆき)。将来、この店をつぐ練習も兼ねてな」

「またそんなことをおっしゃる~」

 

 ここ、彼女の家だったんだ。

 見下ろすと、カプチーノにラテアートがある。偶然だろうけど、わたしの名前と同じ〈白鳥〉がはばたいている絵だった。

 ずず、と一口つけたところで、

 

「いやはやなんとも……こまった事態ですなぁ」

 

 ミユキが腕を組んだ。

 入店して最初に注文したアイスミルクティーを飲みながら、わたしはすでにすべてを打ち明けている。

 つつみかくさず、全部を。

 そもそも、こんなデタラメな……じつはわたしはタイムトラベラーなんですみたいな突拍子もない内容を、信じてもらえるとは思っていない。

 でもスッキリした。心のモヤモヤがとれた。

 これで、話を聞いた彼女が「協力します」って言ってくれたら、最高だけど。

 

「協力します」

 

 最高……。

 うそでしょ? 信じられない。

 

「えっと……その、おかしいなとか思わなかった? バカな冗談だな、とか、ヤバい妄想だ、とか」

「まっ~~~たく!」首をふりながら、力強く言うミユキ。「友だちのことを信じられなくてどーしますか!」

 

 まっすぐな目で、わたしを「友だち」と言ってくれた。

 目元にこみあげてくるものがあったが、泣いてる場合じゃない。

 

「あ、あのね……」

 やっぱり、これも正直に言わないと。

「わたし……あなたが好きだっていうアニメもね、最初っから好きだったわけじゃなくて、お友だちになるために――」

 そこですっ! 指先を縦に四本そろえた、まるで〈チョップ〉のような手をわたしに向けた。

「その、うそいつわらない性格、そこにグッとくるんです」

「ミユキ」

「私なりにまとめるとですね~、今、白鳥サンがやっていることは限りなく〈正解〉に近いと思うのです」

 

 となりの椅子にのせているスクールバッグの中に手を入れ、何かを出した。

 ちっちゃい、五センチくらいのフィギュア。

 髪が金色の男の子……っていうか、男性だ。オレンジ色の、柔道着っぽい服を着ている。

 

「これが年下ヤンチャヤンキーの金月(きんげつ)氏で」

 

 もう一つ、テーブルの上に立てる。

 金色の長い髪の女性で、黒い服、頭にはロシアの人がかぶるような大きくて黒い帽子をのせている。

 

「これが超絶かわゆいJC、つまり白鳥サンです」

 

 あはは……と気まずい顔のまま、わたしはミユキの次の言葉を待った。

「これがこう」

 女性を、男性に近づけた。

「すると、こう」

 男性の人形を、さっと遠ざける。

「のような、俗に〈追えば逃げる〉と呼ばれる心理状態は、たしかにあります。恋は、いつだって逃げるほうが主導権をとれるからです。そして、このたっぷりとはなれた二人の間合いで告白――しても、ふつうならうまくいかないでしょう」

「うん」

「だが」わたしに見立てたフィギュアの体をつまんで、上に高くかかげた。「あなたは〈ふつう〉ではない」

「どうしたら……いいの?」

 むむむ、とミユキはひたいをおさえて、だまりこんでしまった。

 

 ◆

 

 一週間たった。

 のんきに花なんかを見ている場合じゃないが、もうどの桜も葉桜。

 

「しつけーな」

 

 あいかわらず、彼の帰宅時のストーキングをつづけている。

 

(しつこいな)

 

 あいかわらず、わたしもストーキングのストーカーをされていた。

 いや、うしろにくっついてきてる男子たちはストーカーっていうほどではないと思う。そんな犯罪者みたいなのじゃなくて、気になる子のあとを単純に追っかける少年……みたいで。

 

「なあ」

「きゃっ!」

 

 おどろいた。いつのまにか、目の前に金月くんが立っている。

 

「あんまり男をナメてんじゃねーよ。なにたくらんでんのかしんねーけどさ。俺だって……物陰にあんたをつれこんで襲うくらいのことはできんだぜ?」

 

 ピコン、と頭に電球が浮かぶ。

 これはチャンス。

 彼に、もっとわたしのことを嫌いになってもらえる絶好の機会。

 

(ボケるのよ!)

 

 恋愛心理学の本で読んだ。

 女性のユーモアは敬遠される傾向にあるって。

 

「え、えーと……」

「あん?」

「逆にこっちが襲うから。わたしはメスライオンだぞ、がおー」

 

 くるり、と顔が向こうに向いてしまった。

 小刻みに肩がゆれている。

 

「くっ、くっ……」

「どうしたの?」

 

 はーっはっはっ、と、彼が堰を切ったように大笑いする。

 

「こーんな弱っちぃライオンがいるかよ」

 

 はっ、はっ、とおなかをおさえてまだ笑う。

 失礼きわまりないが、表情がすごく人なつっこい笑顔だから、怒る気も失せた。

 彼氏……のようには思えないけど、年の近い弟がいたら、こんな親近感がわくのかな。

 

(ん?)

 

 背後から複数の足音。

 わたしが不良の彼としゃべっていたから、何事かと思ってやって来たのだろうか。尾行していた男子たちが。

 

「よぉ金髪くん」

 

 野太い声。

 はぁ? とイヤそうに返事した彼が、返事した瞬間――

 

「うっ!」

 

 ボディーブローをいれられた。

 なに、この人。

 髪の色とかピアスとか制服の着こなしとか、いかにも不良っていう人ばっかり。

 五人いる。

 着てるのは、ちがう中学の制服。

 逃げなきゃ、助けを呼ばなきゃ、とにかく声をださなきゃ、と思うも、

 

(こわい)

 

 わたしは何もできなかった。足がふるえているのがわかる。

 

「これ――」

 と、ごつごつした指がわたしに向く。

「おまえのオンナか?」

 地面に片膝をついている彼と目が合った。

 ここで、彼が本当にわたしのことを嫌いなら、返答はひとつ。

 そうだ、といえばいい。

 おそらく、そうなるとタダではすまないだろう。わたしが。そういう空気だ。

 

「どうなんだ? え?」

「俺がそんなブス……相手にするかよ……」

 

 誰かが、おいおい、と言った。

 

「どこがブスなん? おまえ、目がおかしいんか?」

「へっ……ブスじゃねーといやぁ……、幼なじみの〈あいつ〉ぐらいのもんさ……」

 誰のこと?

 でも、とても重要なことを口にしたような気がする。

「フられたハラいせってとこか……おまえらがどこの女にたのまれたのか知らねーが、気ぃすむまでやれよ」

 金月くんは、地面にあぐらをかいた。

 その低い角度から、射るような鋭い視線をあげて、彼はこう言った。

 

「ただし、その女には指一本さわるな!」

 



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月夜のライアー

 二つの意味であぶない。

 一つは、わたしと彼の身の危険。

 もう一つは――

 

(もしかして、嫌われていない?)

 

 金月(きんげつ)くんは、ものすごい迫力で男たちを(にら)んでいる。

 ここまで必死に……「さわるな」と叫ぶほど、わたしをかばってくれるなんて。

 まずいよ。

 もし彼に好かれてたら、なんのためのストーキングだったのか、わけがわからなくなる。

 待って待って……好き嫌い抜きで〈女〉だから助けたっていう騎士道精神の持ち主なのかも。

 うん。それが一番いい。

 どうしても彼に〈フってもらいたい〉わたしとしては、ここは騎士(ナイト)であってほしい。

 そんな願いをこめて彼を見る。ぴったり目が合った。

 

「おい、ブス!」

「は、はい……」

「なにしてんだよ、さっさといけっ!」

 

 そう言われてもね。

 たった一年とはいえ、わたしのほうがお姉さんなわけだし。

 からんできた人たちは、みんな顔をきょろきょろさせていて、わたしたち二人のどっちをターゲットにするか決めかねている感じ。

 このスキに、スマホで警察を――と思っていたら、

 

「どうかしましたかー?」

 

 前から自転車に乗ったおまわりさんが。

 た、助かったぁ。

 たぶん、同じ学校の誰かが110番してくれたんだ。

 

「ちっ! 逃げるぞ!」ボディーブローを打った男子が、となりの子の肩をつかむ。

「……へっ? あ、ああ」半開きの口でわたしの顔を眺めていた男子が、我にかえったように返事した。

 

 こういうことになれているのか、五人のヤンキー男子はべつべつの方向へ散った。おまわりさんも、さすがに一人ではこんなの追跡できない。ふう、と大きなため息をついて、こっちに駆け寄ってくる。

 

「だいじょうぶですかー?」

 

 わたしより殴られた彼を、とそっちを見ると、

 

(おみごと)

 

 金月くんはすでにそこにいなかった。

 

 ◆

 

 これはストーキングではない。

 でも、本人にないしょで遠くから観察するっていうのは、なんだか罪悪感がチクチクする。 

 

「まちがいありませんぞ」

 

 体育館の中を、窓のスキマからミユキとのぞいていた。

 窓は低い位置にあるので、〈ターゲット〉に接近されると足元しか見えなくなる。

 

「ほほう、これはまた、おいしそうな太ももで」

 

 確かに、筋肉でひきしまっていながらも、ほどよくお肉のついた……って、ダメ! これじゃ、ただの「のぞき」じゃない。

 ストーカーとかノゾキとか……どんどんいけない方向へ行っている気がする。

 窓には縦に格子(こうし)が入っていて、わたしもミユキもしゃがんだ姿勢でそれをつかんでいた。

 ぱさっ、と乾いた音。

 つづけて、どんどん、と落ちてきたボールがバウンドする音。

 

「ナイスゴールですね~」にかっ、とミユキがわたしに笑いかけた。「さすがはエース。彼女は、(じょ)バスのキャプテンにしてエースなのです」

「二年で?」

「ええ、二年で」

 

 ということは、やっぱり金月くんと同学年なのか。

 びゅう、と風がふいて、ゆるふわのミユキの髪からリンゴのいい香りがした。

 

「ところで白鳥サン、今日は〈追っかけ〉しなくていいんですか?」

 

 うん、とわたしはうなずいた。

 

「まーそーですねー、それが無難(ぶなん)かもですね。でも――これが〈押してもダメなら引いてみな〉的な恋の駆け引きだと思われてしまうと、相手の好感度が上昇しかねません」

「だから彼女が必要なの」

 

 わたしはミユキの両肩をつかんだ。

 

「金月くんが気になってるあの子から、彼にアプローチしてもらえれば、より告白が失敗しやすくなるでしょ?」

「ま、まあ……」

 

 不思議と、彼女と心がシンクロした。

 そんなにうまくいくかなぁ……と。

 わたしも、このプランは正直あんまり自信がない。

 でもやるしかない。

 積極的に手を打っていかないと。

 

「ではまた明日ですー」

「バイバイ」

 

 ミユキとわかれて、そこからわたしも部活に行った。

 始業式から一日も出席していなかったが、三年生なので注意されることもない。もともと休みがちでもあったし。あと、うちの中学のソフトテニス部はけっこうゆるい部っていうこともある。 

 そして帰宅のタイミングを合わせ――

 

「ちょっといい?」

 

 わたしは正門前で彼女を呼び止めた。

 すでにあたりは暗く、空には満月が出ている。

 

「誰?」目を細める感じでこっちを見てくる。視力がよくないのか、それともただのクセなのか。「え、ほんとに誰? 知らないんだけど」

 

 街灯の下まで移動した。

 地面が白く丸く、スポットライトのように照らされている。

 

「なんの……用?」

 

 警戒心バリバリでこちらをうかがう彼女。

 制服に着替えているが、スカートのすそからブルーのハーフパンツがチラ見えしている。

 

「サンちゃん、ね?」

 

 見ず知らずの人間に、下級生とはいえ、いきなり〈ちゃん〉づけ。

 大胆不敵。

 ふだんのわたしなら、こんなことは絶対にしない。

 でもしてる――ストーキングをやりはじめたあたりから、わたしに何かのスイッチが入っちゃったみたい。

 わたしは髪を耳にかきあげて、

 

「金月って男の子、知ってるでしょ?」

「こわ……なんなのアンタ。探偵? それともストーカー?」

 

 彼女の目を見て、はっきり言った。

 

「ストーカーです!」

 

 近くを通りかかった部活帰りの集団が、何事かと足をとめた。

 

「しつこく彼につきまとってるんだけど、なんか文句ある?」

「ヤバ……病院いきなよ」

「待って」

 

 ぐい、とわたしは彼女の二の腕をとった。

 すごい。ヘタな男子より、筋肉がついてるみたい。それが服の上からでもわかる。

 当校の女子バスケット部のエース。

 松田(まつだ)太陽(さん)。あだ名はサンちゃん。長めのボブカットの毛先が静電気を帯びているようにふわふわとただよっていて、そこがまたチャーミング。

 

「ねえ、このままでいいの?」

「はぁ?」

「金月くんの幼なじみなんでしょ?」

「アンタに……なんの関係があるのよ」

 

 ききなさい、とわたしは魔女――を演じているつもり――のようにささやく。

 

「これから毎日毎日彼にプレッシャーをかけて、どんどん精神的に追いつめていくんだから。誰にも邪魔させない。わたしの想いが届く日まで……ずっと……たとえ彼の精神が崩壊するとしてもね」

 

 きっ、と強いまなざしが向く。

 さすがミユキ。〈告白請負人(うけおいにん)〉と呼ばれるだけある。

 彼女の情報は正しかった。

 やはりサンちゃんは、

 

(金月くんが好き!)

 

 それを今、確信した。

 まちがいないよ、この目。

 この手ごたえがほしかったの。

 多少、やりすぎな気がしないでもないけど……

 

(あとはどうやって彼女と彼をくっつけるか、ね)

 

「アンタ――」

「ごめんなさい。じつはね、あなたの本音が知りたくて、お芝居を」

 

 すぐに自業自得という文字が浮かんだ。

 ふりかぶるモーションが見えて、あっ、と思ったときにはもうおそい。

 思えば、わたしはこの動作を予感して、さっき髪をかきあげたのかもしれない。

 ノーガードのほっぺに、ビンタ。

 でも微妙に(はず)れて、ちっ、と指先がほほをかすっただけだった。

 敵を見るような細めた目をわたしに向け、大声で言う。

 

(きん)ちゃんには彼女がおるんやけん、いらんことせんとって!」

 



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勇気のカラー

 いよいよ最終段階に入ったといえる。

 翌朝の教室。

 まだわたし一人しかいないけど、もうすぐ……あ、きたみたい。廊下からハミングの鼻唄がきこえてきた。

 ガラッ、といきおいよく戸がスライド。

 

「残念。今日も一番のりならずです~」

「おはよう。待ってたよ」

 

 わたしは彼女に駆け寄った。

 時間がおしい。話すことが山ほどあるから。

 ミユキの席は窓際。彼女は座って、わたしはそのそばに立つ。

 

「昨日、金月(きんげつ)くんの幼なじみっていう女の子に接触したよ」

「すばらしい行動力です。して、成果のほどは?」

 

 手短に説明した。

 ミユキのデータどおり、バスケ部のサンちゃんは金月くんの幼なじみで、彼のことが好きということ。

 そして――

 

「彼女がいる、と、言ったと。それはウソですね」

「やっぱり?」

「ええ。金月(あらし)に恋人はいません!」

 

 両手を腰にあてて、ミユキは胸をはった。

 ここまで断言するのなら、きっと事実なのだろう。

 

「ひそかに〈告白請負人(うけおいにん)〉として数多(あまた)(えん)を結んできたこともあって、私には協力および情報提供をしてくれる人たちが山ほどいます。すなわち」両手の人差し指をたてて、ぴたっ、とくっつけた。「特定のパートナーがいることを隠しおおせるのは不可能と言っていいでしょう」

「じゃあ、金月くんが〈彼女がいる〉ってウソをついてて、サンちゃんはそれを信じてる……」

「そうです。で、ここからは事実と想像がごっちゃなんですが――」

 ミユキが話した内容は、だいたいこんな感じ。

 

・小学校のときにサンちゃんがべつの場所から転校してきた

・彼女はクラスになじめず、いつも一人ぼっちだった

・ある日、金月くんが彼女をバスケにさそった

・二人は仲良くなってバスケの腕も上達し、中学にあがってともにバスケ部へ

 

「ここで先輩の陰湿なイジメにあったみたいなんですよね……」

「それって金月くんのほうが……だよね?」

「はい」

 

・一年の夏、彼は先輩相手に暴力沙汰をおこして、バスケ部を退部する

・いっぽう、彼女のほうは女子バスケのエースに

・そして二人には、だんだん距離ができた

 

「実際、幼なじみちゃんが告白したかどうかのデータは持っていないので、わかりません。しかし察するに、〈こいつには自分よりもふさわしい男がいる〉みたいな考え方で、みずから身をひいたんじゃないでしょうか」

「俺には彼女がいるって、ウソをついて」

 こくり、とミユキがうなずいたとき、教室のうしろの戸がひらいた。

 

「……」

 

 トモコだ。

 わたしとしっかり目が合ったが、無言で、自分の席につく。

 ぴっぴっ、と制服のそでが引かれる。

 

「ケンカでもしてるんですか?」かなりボリュームを小さくしたささやき声でミユキが言う。

「ちがうの」

「おそろしくケンアクに見えるのですが……」

「うん……この世界ではね、彼女が一日ごとにわたしを嫌いになるから」

「それもループのルールですか?」

 

 うなずいて、そっと彼女のほうへ視線をうつす。

 ちょうど身をかがめて、スクールバッグから何かを取り出したところだった。

 トモコが机に出したのはペンケース。

 去年の誕生日に、わたしがプレゼントした真っ白なペンケース。

 

「……なんだか汚れが目立ちそうだけど」

 

 ありがとうの直後にそんなことを言ったから、わたしはチョイスをまちがえたかな、と思った。

 でも、その次の日からずっと、受験のときも、中学卒業の日までずっとトモコはそれを使ってくれた。

 

(もう少しだからね)

 

 わたしは心に決めている。

 告白に失敗して、すべてが片づいたら、あの親友とふたたび連絡をとってまた仲良しにもどるんだ、って。

 かならず……

 

(ゴリラ?)

 

 目の前に、胸をたたいて威嚇するそれのイラスト。下地は黄色。

 

「でてます、涙」

 

 立ち上がったミユキが、わたしの顔の前でハンカチをひらひらさせていた。

 

「ごめん。ありがとう……」受け取って、目元をぬぐう。

「元気だしてください」

「うん、もう泣かない。泣くのはこれが最後」

 

 眉尻(まゆじり)をさげた心配そうな表情の彼女を安心させるため、わたしは笑顔をつくってみせた。

 

 ◆

 

 むずかしいことは何もない。

 二人を――金月くんとサンちゃんをくっつけるだけだ。

 そこに、

 

「好きなんですっ!」

 

 と、わたしが横から告白したところで、

 

「うるせーよ、どっかいけブス」

 

 と、冷たくあしらわれるのがオチ。

 これがわたしが考える最高のセリフ、最高の展開。

 

(さあ、勝負に出よう)

 

 今日は夕焼けがきれい。空がどこまでも赤一色。

 放課後。

 通称、カツアゲ自販機と呼ばれるところにいる。

 ふつうの紙パックジュースの自販機なんだけど、校舎からも運動場からも死角になっていて、いつも日当たりがわるくてうす暗くて、ここで被害にあった生徒が多いからそう呼ばれるようになった。でも防犯カメラがつけられて以降、カツアゲ自販機でカツアゲされたという話は、まったく耳にしない。

 その周辺にいくつかあるベンチ。

 ハリネズミみたいにツンツンさせた彼の短い金色の髪が、背景の赤色によく映えていた。

 

「お邪魔します」

 

 大股をひろげてベンチに一人で座っている彼のとなりに腰をおろした。

 当然、何か言われるとは思ったが、第一声は意外で――

 

「昨日、俺のあとを()けてこなかったな。へっ、案外おまえって、根性ないのな」

 

 と、まるで友だちにしゃべるような柔らかい表情で言う。

 

「根性ないって、どういうこと?」

「ビビったんだろ? 他校のヤンキーに襲われそうになったからさ」

 

 にぃ、とくちびるを曲げて笑う。

 なんてフレンドリーな空気。

 コミュニケーション的にはいいことなんだけど、目的が〈特殊〉なわたしにはこの状況は喜べない。

 もっと嫌われないとダメ。

 次にどうしたらいいか、言葉をさがしていると、

 

「なあ、ブス」

 

 向こうから話しかけてきた。

 

「なに」

 

 思わず感情が顔に出てしまった。

 女子に悪口をぶつけたのに、その相手がニコニコした顔をしているなんて、さぞかし不気味だろう。

 数秒、めずらしいものを見る目つきをして、やがて金月くんはあきれたように首をふった。

 

「おまえ……かわった女だよな」

「いろいろ事情があってね」

「どんな事情か知らねーけど、おまえのせいで、こっちもいいとばっちりを受けてんだよ」

「とばっちり?」

「テニス部の三年で……すらっとしてて女に人気があるヤツがいんだろ? ちょいチャラい感じの髪型で」

 

青江(あおえ)だ!)

 

 わたしの幼なじみの一人。どこに出しても恥ずかしくないイケメン男子。

 

「ちょうど昨日の今ごろだよ。ケンカできそうもねー感じなのに俺を(にら)みつけてきてよぉ、シラケンをキズつけたらどーのこーのって……シラケンっておまえのことだろ?」

「うん。私、白鳥(しらとり)美花(みか)

 

 変なタイミングの自己紹介。さんざんストーキングをしたあとでなんて。

 すこし、笑いそうになってしまった。

 いけない。

 はやく本題に入っちゃおう。

 

「女子バスケの松田さん、あなたの幼なじみなんでしょ?」

「おいおい、今度はシンペンチョウサときたか」ぷい、とそっぽを向いてしまった。「そんな話はしたくねーな」

「どうして、あの子に『彼女がいる』なんてウソをついたの」

 

 黙秘権、とぼそっとつぶやいたのが聞こえた。

 かわいくない。

 もっと、素直になればいいのに。

 

「あなた彼女のことが好きなんでしょ?」

「……」

「自分はバスケやめたのに、サンちゃんはエースでがんばってるから、ひけめを感じてるんじゃない?」

「……」

「じつは二人って相思相愛でしょ? だったら――」

 

 すっ、と静かに立ち上がった。

 両手をズボンのポケットに入れて、初めて会ったときと同じキツいまなざしをわたしの目に。

 

「そのへんにしろや」

 

 瞬間、

 だだだだ、とこっちに走ってくる音。

 ん?

 わたしは、目をこすった。夕焼けが鮮やかすぎて、見え方がおかしいのかな……

 

「おい、ミカオに(すご)んでんじゃねーよ」 

「あ?」

 

 どこからやってきたのか、金月くんの真横に立ったのは赤井(あかい)

 わたしの、もう一人の幼なじみ。

 わたしが二回も告白して……二回とも成功してしまったことは、この世界の彼は知らない。

 それよりも、あの髪の色。

 さわやかな短髪が、真っ赤に染まっている。もちろん、りっぱな校則違反。

 

(あか)ちゃん!」

 

 呼びかけると、ミカオはだまって見てろ、と表情だけで応答した。

 そしてファイティング・ポーズ。

 地面に長く伸びたうすい影の、足の部分が小刻みにふるえていた。

 

「ケ、ケンカ……しようぜ。おまえなんか、一ミリもこわくねーから」

 



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忘却のメモリー

 自分のために男子が戦ってくれる。

 それは、すべての女子のあこがれのイベント。

 感動して、思わず好きになってしまう(かもしれない)シチュ。

 幼なじみの赤井(あかい)が、見るからにこわそうな不良を相手に立ち上がってくれた。

 うれしいけど――

 

(なんで髪の色を染めてるの?)

 

 と、そっちのほうが心配。

 彼はサッカー部。こんな髪の色にしたことがバレたら、最悪、退部だろう。

 

「気合はいってっけど」とんとん、と金髪の金月くんが自分の頭を指でたたく。「やめたほーがいいぜ。派手にしてると、すぐワルいヤツらに目ぇつけられるからよ」

「それがどうした」

 

 右こぶしを前、左こぶしをあごの先にかまえている戦闘体勢の赤井。

 

「おまえ……ミカオになんかしただろ?」

「あん?」

「最近ずっと、ミカオはおまえのあとを追っかけてる。今日だってそうさ。おまえが、彼女の弱みをにぎってるとかじゃないのか」

 あごでわたしのほうを指した。「そこのブスが俺のケツを追い回してる理由は、直接本人から聞いてみろよ」

 じゃあな、と片手をふって、ダルそうに歩いていく。

 

「おい! ミカオはブスじゃないぞ!」

 

 ぴたっ、と後ろ姿がストップ。

 ゆったりした動きで、こっちにふりかえる。

 

「取り消せ!」

 

 いいのよ(あか)ちゃん、そこは言い返さなくても。

 むしろ「ブス」って呼ばれてないと、こまるの。

 ふたたび立ち去りそうなそぶりを金月くんが見せたとき、赤井が言った。

 

「逃げんのか?」

 はっ! と蚊をはらうように顔の前で手をふった。「こんなに野郎どもの目があるとこでケンカするなんてヤだね。見世物になる気はねーよ」

 

(ヤロウどものメ?)

 

 近くに人の気配はない。

 ここにいるのは、わたしたち三人だけだと思っていたけど。

 あたりを見回した。

 校舎の窓はどれもカーテンがかかっているが、二階と、三階の渡り廊下のところ――

 

「まじか……」

 

 わたしと同じところを見た赤井がつぶやいた。

 ずらーっと横にならんでたくさんの男子がいる。中には、双眼鏡を持っている人までいた。

 

「なんか……日に日に増えてないか? ミカオのファン」

「いこう、赤ちゃん」

 

 とりあえず移動する。

 歩きながら、

 

「ありがと」

 

 と、まずお礼を言った。

 

「いいよ、そんなの」

「助かったよ」

「でもおれ……なんにもできなかったし」

 実際、わたしが金月くんにどうこうされるような場面ではなかったけど、助けようとして駆けつけてきてくれたのは素直にうれしかった。 

 照れた感じの、赤井の横顔を盗み見る。

 

――「おれもおまえが好きだ!」

 

 あっ。

 急に、彼に告白したときのことを思い出した。

 サッカーに夢中だから、きっとわたしなんか恋愛の対象として見てないだろうな、という読みが甘くて成功してしまった一回目の告白。

 ただの幼なじみとしか思っていなかったけど、いったん相手の〈気持ち〉がわかってしまうと、以前と同じようにとはいかない。

 へんに意識して、彼のことは避けるようになってしまった。

 だからこうやって二人っきりでお話しするのは、ずいぶん久しぶりだ。

 

「どうした? じーっとおれの顔なんか見て」

 

 今度はわたしが彼に横顔を向ける。

 

「その髪は何? 赤くしちゃって」

「これはその……イアツするためだよ」

「威圧?」

「金髪のヤンキーを相手にしようっていうんだから、こっちもかまさないとな」

「でも、それで部活いける?」

「あー、気にすんな。今日は休みだし、これブリーチしたわけじゃないからさ」

 

 聞けば、スプレーで一時的に髪に色をつけるものを使ったらしい。

 さらに聞けば、

 

「いつか使ってみたかったんだよ」

 

 なんて言う。

〈ついで〉だった、みたいな感じが出るから、正直に言わなくていいのに。

 それとも、赤井なりの照れかくしなのかな?

 

「イメチェンじゃねーけど、これ、けっこう気分がかわっていいぜ。自分が強くなったようでさ」

「足ふるえてたじゃん」

 

 ふざけて言ってみたけど、返事がない。

 いつのまにか、人気(ひとけ)のない場所にいた。

 運動場のすみにある、掃除用具が入ったプレハブの裏。

 

「ミカオ」

 

 え、と赤井を見ると真剣な表情。

 この雰囲気。

 まさかまさかと思っていたら……

 

「好きだ。おれと、つきあってくれ」

 

 告白されてしまった。

 ちょ、ちょっと待って。

 そんな……一回目の、つまりループに巻き込まれる前の中三のときは、積極的に(こく)ってくるそぶりは全然なかったのに。

 これって――

 

(ループのたびに好感度アップの影響!)

 

 ――に、ちがいない。

 

「ミカオ。おれ、まじなんだぜ」

「わたしは……」

「おれのこと嫌いか?」

「嫌いじゃないけど」

「おれは――ほんとうに――白鳥(しらとり)のことが――好き――なんだ!」

 

 目をつむる。

 一瞬のうちに、赤井との思い出がスライドショーのように流れた。

 いっしょに遊んだこと。

 いっしょに笑ったこと。

 どれも楽しい記憶しかない。

 そもそも、どうしてわたしは、わたしを〈好き〉ってことをわかっている彼を避けるようになってしまったんだろう。

 

 自分も、好きだからじゃないの?

 

 空は夕焼けで赤い。

 そういえば恋愛心理学の本に書いていた。告白は夕方の時間帯がベストだって。

 黄昏(たそがれ)効果っていうらしい。

 思考力が弱まって判断ミスをしやすいとか。

 判断ミスからはじまる恋愛って、あるのかな。

 

 うん

 

 と、わたしはうなずいた。

 オッケーの合図なのかどうか、自分でもよくわからない。

 たび重なるループでメンタルが弱ってて、確かな支えがほしかったのかも。

 わからない。でもずっとあとになって、言いわけするのだけは、やめよう。

 そして、ゆっくり顔をあげると、

 

(あれ……?)

 

 赤井の姿は、どこにもなかった。

 

 ◆

 

 朝からイヤな予感がした。

 教室に入ったときの、ちょっとした違和感。

 

「ねえ、だから(あか)ちゃんだってば」

「は~?」青江(あおえ)は後ろ頭をかるくかいた。「なんの話だよ。もしかしてシラケン、寝不足か?」 

 

 違和感は正しかった。

 なんど数えても、クラス全員の数から〈机が一つ足りない〉。

 

(ない!)

 

 スマホに保存してある彼の画像をさがすが、出てこない。

 彼がいたはずの場所が、そういう加工をしたように、自然な感じで何もない。

 クラス名簿にもない。

 大の仲良しだった青江の記憶にもない。

 わたしだけが、彼をおぼえている。

 

「赤井……?」

「そう、ミユキ。よくおもいだして」

 

 ふるふる、と彼女は首をふった。遠心力でゆれる髪からリンゴの甘い香り。

 

「ごめんなさいです……」

 

 昼休み。

 もう残り時間は数分しかない。

 昨日の放課後、突然消えた幼なじみの男子。

 早く告白に失敗しなきゃという自分がおかれている状況も忘れて、朝からずっとそのことを考えつづけている。

 

「ただ、私なりに思うところがあって」

 

 えっ、とミユキに顔を寄せた。

 廊下から(そそ)がれる男子たちの視線を避け、反対側の窓のそばに二人で立っている。

 

「お話をうかがったところ、消失のキーポイントはその赤井氏の情熱的な告白かと。そこに、以前うちのお店で話していただいたことをすり合わせると、おのずから説明がつきそうな気もするのです」

「教えて!」

「あのですね――」

 

〈永久パターン防止〉。

 

 ずっとループをつづけて永遠に生きてしまうことをふせぐ対策。

 ミユキは記憶力がよくて、説明も明快だった。

 最後に彼女はこう言った。

 

「おそらく……白鳥サンが、誰かと相思相愛になってしまうことを禁じられているんです」

 



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金色のアイラブユー

 大切な幼なじみが一人、いなくなった。

 でもたしかな予感がある。

 必ず取り戻せる、って。

 わたしが告白に失敗して、このループから脱出できれば、きっと赤井(あかい)も帰ってくる。

 

「それより白鳥サン……外からの視線が熱いです~」

 

 片方のほっぺを手でかくすようにして、ミユキはわたしのそでを引いた。

 廊下の人だかり。

 一人の例外もなく、わたしたちのほうを見ていた。

 

「大丈夫。あのたくさんのギャラリーも、今日までだから」

「へっ?」

 

 あんなふうになってるのはループするたびに男子の好感度が上がるっていうルールのせい。

 ループはもう終わる。

 だから気にしなくていい。

 すべてが終わったら、彼らもわたしに強い興味を持っていたことは、きれいさっぱりと忘れるだろう。たぶん。

 

(うん。いい風)

 

 窓に顔を向ける。

 天気は晴れ。

 サーッとすずしく吹いて、わたしの髪がゆれた。

 

「こっ、これは! きゃ、きゃわわ――最高にきゃわわなのです……」

「きゃわわ?」

「小首をかしげたその表情もっ!」

 

 ミユキはなんだか楽しそうだ。

 きゃわわ、ってよくわからないけど、彼女がよろこんでくれるのならいいか。

 本当に、いろいろ助けられた。

 これから告白しようと思っている〈彼〉のデータを教えてくれたり、幼なじみの女の子の偵察につきあってくれたり。

 でもやっぱり一番大きいのは、わたしとお友だちになってくれたこと。

 親友のトモコに嫌われているこの世界で、それでも心が折れずにがんばれたのはミユキのおかげ。

 

「……今までありがとう。これからも、仲良くしてね」

 

 お願い。

 これからも――未来の、高校生になった〈わたし〉とも、ね。

 

「ふぇっ⁉」

 

 ループが終われば、彼女の記憶もなくなると思う。

 わたしたちが友だちだったこともきっと……

 ハグ。

 わたしは、彼女の体をぎゅーっとした。

 友情の押しつけっぽいけど、どうしても忘れてほしくなくて。

 

「ああ……私、天国へいって、どうぞ……」

「ミユキ?」

 

 ピンク色に上気(じょうき)した顔。

 わるいことしたかな、とすぐに彼女から体をはなす。

 まさかのまさかだけど、ループで好感度がアップするのって、男の子だけだよね?

 

 ◆

 

 放課後。

 決戦のときはきた。

 

「これは……どーいうことだよ、ブス!」

「ほんとよ。ちゃんと説明しなさいよ、ストーカー!」

 

 ひどい言われようだ。

 ふつうの女の子なら、泣き出しているかもしれない。

 わたしは二人を学校の近くの公園に呼び出していた。

 手紙っていうアナログなやりかたで。

 ボブカットのスポーツ女子、サンちゃんのほうは、

 

「 金月(きんげつ)くんのことで話があるの 」

 

 というシンプルな文面にした。

 彼女なら、それで来てくれると思ったから。

 むずかしかったのは金月くんのほうで、こっちは正攻法じゃダメだと予想した。

 あれこれ頭をひねったが、結局、もーどうにでもなれ、と、

 

「 生意気だからボコってやんよ! 」

 

 そんな手紙を送りつけた。

 我ながらヤバい女子だと思う。

 まあ……来てくれたわけだから結果オーライかな。

 

「じゃあ、今から理由を説明します」

 

 空はくもっていて、ときどき強く吹く風が肌寒い。

 サンちゃんは上はジャージだけど下はハーフパンツでちょっと寒そうだ。

 はやく、すませちゃおう。

 

「あなたたちは、とてもお似合いだと思うの」

 

 あ? と片方の目を細める彼を無視してわたしはつづける。

 

「っていうか、あなたたち二人は、つきあうべきだから!」

「な、なに言ってんの」

 

 サンちゃんがとまどいの色を見せる。

 わたしはそのスキを見逃さず、

 

「彼のことが好きなんでしょ?」

 

 と言った。

 二秒か三秒の沈黙があったが、

 

「それは、まあ……」

 

 うつむき気味の彼女の口からそんなセリフが出た。

 ほらほら、すごくいい感じ。

 あとは、彼がこの気持ちにこたえてあげるだけ。

 

「くだらねえ」金髪にさっと手櫛(てぐし)をいれる。「おめーもこんな茶番にのるんじゃねーって」と、人さし指でサンちゃんをさした。

 

 いやな流れ。

 ――と、思っていたら、

 

「たしかに好きだよ」

「あぁ?」

「バスケを教えてくれたことは感謝してるし、私、(きん)ちゃんのことを友だち以上だと思ってるし……」

 

 勝手に話がすすんでる。

 もはやわたしの出る幕もないぐらいに。

 頭の中に、真横にのびるゴールテープが見えた。

 ながかったループもやっと終わるのね。

 待っててトモコ。かけがえのない親友。

 待ってて、あこがれの高校!

 

「おいおい」

「金ちゃんは」名前の呼び方のイントネーションがかわった。「どうなん? 私のこと、好き?」

「俺は…………ねーよ」

 

 なに?

 声が小さすぎて、きこえない。

 もう、男の子でしょ。もっと勇気をだして。

 

「なんて……()うたん?」

「おめーのことを嫌いだったことは、ねーよ!」

 

 すてき。

 すこし強がった感じの、男子のツンデレ。

 さあ、わたしも勇気をだそう。

 

「あのっ! あのさ、お邪魔するようだけど、ちょっといい……?」

「ああ?」

 

 ぎろり、と鋭いまなざしを向けてきたが、彼のバックにぞうさんのすべり台があるので迫力も半減。

 

「えっと……」

 

 自信はある。あとは言葉を出すだけ。

 

「わたしとおつきあいしてくれませんか」

 

 棒読みで一気に言った。

 世界一()のわるい告白じゃないだろうか。

 カップル成立寸前のところで、横入(よこはい)りの告白なんて。

 びゅっ、と強い風が吹いた。

 

松田(まつだ)、おめーはもう行ってくれ」

 

 金月くんが彼女に体を向ける。

 次の瞬間――

 

「カレシによろしくな」

 

 え?

 え?

 えーーーーーーーっ⁉

 

「さて、と」

 

 小走りで去っていくサンちゃん。一度もこっちをふりかえらない。

 

「おい、ブス。今、なんて言った」

「わたしとつきあって、って」

「どんなタイミングで言ってんだよ……まったく……」

 

 にぃ、と片っぽの口角をあげるほほえみ。

 

「おまえ、なんか……いろいろあぶなっかしくて、ほっとけねー女だよ」

 

 ほっといて! と、わたしは心で悲鳴をあげた。

 もう、頭の中にゴールテープは見えない。

 

「いいぜ。つきあってやるよ」

 



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思惑のシースルー

 いい声の「いいぜ」が頭の中でループする。

 照れの仕草なのかわからないけど、鼻の下を曲げた人さし指でこすっている彼。

 

「そんな……」

「おい美花(みか)、どうしたんだよ、うれしくないのか?」

 

 ああ、もう呼び捨てに。

 恋人には甘々(あまあま)になるタイプと見た。

 

「どうして……サンちゃんのこと、好きじゃないの?」

「好きさ」彼女が去った方角に、遠い目を向けた。「だが聞いたとおりだ。あいつにはもうオトコがいる」

「それって、いつから?」

「三日前だよ。コクられたんだけど、って、しなくてもいいのに俺に報告しにきやがって」

 

 三日前!

 

「モテるってゆーのを、自慢したかったんだろうな」

 

 ちがう。

 なんか彼女の女心が手にとるようにわかる。

 伝えたのは、きっと――

 

(やめろ、って言ってほしかったんだ)

 

 でも、そのときはまだ金月くんが「彼女がいる」っていうウソをついてる最中(さいちゅう)だったから、たぶん逆に、背中を押すようなことを言ったのだろう。

 つまり、わたしの計画は三日おそかった。

 体が押された。

 今までいた世界から押し出され、わたしは尻餅(しりもち)をつく。

 

(……)

 

 立てない。

 なんか、足に力が入らなくて。

 

「とても、おしかったですね」

 

 す、と黒いフードをかぶった人がわたしに手をのばす。

 その背後にはわたしが通うはずの高校。正門の入ってすぐのところに一本の大きな桜。

 

「大丈夫ですか」

 

 心配そうな声につられて、あやうく弱音がこぼれ出るところだった。

 こんなときこそ……根性を見せないとね。そうでしょ? 金月くん。

 トモコをとりかえすまでは、もう弱さも涙も見せない。

 

「大丈夫!」

 

 自分におまじないをかけるように、あえて強い声で返事した。体の中の元気という元気をあつめて。 

 さしのべられた手をとる。

 わ。やっぱりこの手触りは女の人だ。か細くて、少ししっとりとしてて。

 

(あれ?)

 

 そのまま、その人のほうに倒れこんでしまった。

 立ちくらみを起こしたのかもしれない。ちょうど、ショックなことがあったばっかりだし。

 

「あ……ご、ごめんなさい……」

「いいえ」

 

 やさしく体を抱いて、わたしを支えてくれた。

 疑ってたわけじゃないけど、この触り心地は完全に女性。

 それに、なんともいえない、なつかしい感触だ。いつかどこかで、こんなふうに抱き合ったことがあるかのような。

 

「そろそろ、おはなれになってください」

「あ」

 

 あわてて身をはなす。

 

「心労のほど、お察しいたします」

 

 フードの上の部分をつまみ、ちいさく頭を下げた。

 

「また……最初からやり直し、か」

 

 ひとりごとのつもりだった。

 そもそも、このフードの人はずっとロボットみたいで、感情らしいものを見せたことはない。

 

「次がございます。まだあきらめてはいけません」

 

 棒読みだったけど、かすかに〈はげまし〉の心を感じて、ちょっとおどろいた。そして、

 

「……ありがとう」

 

 素直にうれしい。

 そうだよ、はやく次にいこう。

 落ち込んでてもいいことはないよ。

 

「じゃあ……」わたしは以前のやりとりを思い出し「季節を選べばいいんだっけ?」と尋ねる。

「お待ちを」

 

 手をパーにしてつきだしてきた。

 

「この時間にかぎって、私は白鳥様の質問に答えられます。何か、ききたいことはございませんか?」

 

 願ってもないことだ。

 知りたいことは山ほどある。

 でも……どうして急に……

 

(こんなに協力的になったんだろう。もしかして、同情してくれてるのかな)

 

 とにかくこのチャンスは大きい。

 

「まず――赤井(あかい)が消えたことは」

「問題なく生きております。前にも申しあげましたように、白鳥様の一年にかかわる人間の命はすべて〈一年保証〉されておりますので」

「わたしが告白を失敗させたら、元どおりになるのね?」

「いいえ、その必要すらなく――」人差し指の先を左右にふる。「次のループが開始すれば、また彼も現れます」

「そうなの?」

「ええ。しかし、もちろん記憶はありませんが。白鳥様以外の皆様の記憶はひとしなみに〈一回目〉のものでございますゆえ」

「それって……ループする前の中三の一年ってことだよね?」

「はい」

「かりに――」いけない。こんな弱気な言葉じゃなくって「絶対にクリアはするけど、そのとき、みんなはどうなるの?」

「ご想像のとおりでございます」

「〈一回目〉の記憶になるってことね?」

「かりに」わたしが言いかけたワードを真似するように使った。「白鳥様が物を壊したりした場合は、それはそのまま残存することでしょう」

「物……」

 

 何か大事なことのような気がする。

 でもモヤモヤして、はっきりした形にならない。

 

「ほかに……あと一つだけ質問をどうぞ」

 

 もうラスト?

 今後のために、もっと聞いておきたいのに。

 

「ございませんか? では、これにて――」

「まって!」

 

 えーとえーと。

 とりあえず、告白に不利にはたらくような要素ってなんだっけ?

 あ!

 

「男子の好感度アップ!」

「それが?」

「あれって、実際どの程度の影響があるの? あれの効き目がありすぎちゃうと、わたしは……」

「ご心配なく。効き目には個人差があります。とりわけ」右、左とグーにした手を顔の前にあげた。「幼なじみのあのお二人には、ほとんど影響が出ておりません」

「ほんと?」

「時間です。すきな季節を選んでください」

 

 ◆

 

 さわやかな十月の風がふいた。

 

「あなたが中森(なかもり)くんね?」

 

 わたしは屋上に一人の男子を呼び出していた。

 大事な話をするために。

 

「……」

 

 口元がうごいたが、何を言ったのかわからない。

 遠目には、ショートカットの女子に見える。

 髪は耳が出るくらいには短いが、あごのラインや、肩と顔の大きさのバランスや、全体にただよう空気感が彼を中性的に見せているのだろう。

 ある意味、女の子よりも女の子している。

 屋上のはしっこに立つ彼に歩み寄りながら、わたしは考える。

 今回の作戦を。

 告白を失敗にもっていくロードマップを。

〈わたし〉という条件を抜きにしたとき、どういう男子なら告白をことわるのか?

 

・女の子が嫌い

・男の子が好き

・一人でいるのが好き

 

 ここまでノートに書き出して、わたしはふと思った。

 もし、この〈三つ〉がそろっていればカンペキじゃないか、と。

 

「……どうして、ぼくを呼び出したの?」

 

 かなり耳をすます必要のある小声。

 

「知りたい?」

 

 ちょっと! これじゃ魔性の女じゃない! と、胸のうちで異議をとなえる自分を無視して――

 

「それはね、お姉さんが中森くんの秘密を知っているからなの」

「え?」

 

 この演技もプランの一つ。

 わたしは、ループをぬけだすために、(あく)になるの。徹底的に。

 

「キミは、好きな人をだれにも打ち明けていないでしょ?」

 

 あとずさった彼と、背筋を伸ばしたまま距離をつめるわたし。

 

「そりゃあ……言えないわよね。だって」

「やめろっ!」

 

 つかみかかってきた。

 女の子っぽいとはいえ、やっぱり腕力は男子。

 あえなく押し倒されてしまった。

 

「どうして……そのことを……だれにも言ってないのに……」

 

 そう。

 この時点では、まさにそのとおりだ。

 しかしわたしはループによって、このあとの出来事を知っている。

 この二年生の中森くんが、わたしの幼なじみの青江(あおえ)に告白したことを。

 

「シラケン!」

 

 わたしを変なあだ名で呼ぶテニス部のキャプテン。女子から絶大に支持されるイケメン。

 彼の大きな声が、屋上全体にとどろく。

 

「てめー! なにしてやがるっ!」

「た、助けてっ!」と、これは演技。ときどき自覚しないと、ほんとに性悪(しょうわる)の女になりそうでおそろしい。「この子がいきなり、わたしに」

 

 ばん、と馬乗りになった彼をつきとばす。

 今のところ、筋書きどおりだ。

 不慮のアクシデントとはいえ、ちょうどああいう体勢になったのもラッキー。

 追い風だ。

 五回目のループはうまくいきそう。

 そう考えたときだった。

 

「……なるほどね」

 

 不敵なつぶやき。

 中森くんがすっと立ち上がって、ズボンのホコリをはらい、前髪をかきあげた。

 

「ぼくはあなたを嫌いにならない」

 

 くっきりした二重の、りりしいまなざし。

 ひそかな女子人気があるのも納得だ。

 そんなことより、なにこのセリフは。

 まるでわたしが〈本〉になって読まれてしまったかのような感覚。

 狙っていることがスケスケで、ズバリと見抜かれているような。

 

「たとえ、あなたが……どんなにぼくに嫌ってほしいとしても」

 



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黄昏のアクター

 一を聞いて十を知られた。

 今度の告白こそは、と思ったのにはやくも向かい風。

 計算外すぎる。

 

(なんで、わかっちゃうの?)

 

 まるで裸を見られたみたい。

 トドメをさすように、しっかりわたしの顔を見つめて「図星ですね」なんて言う。

「え、えーと……」とまどうわたし。

「ぼくに嫌ってほしい……そうなんでしょ?」

 

 ひたいに指先をあてて話すその様子は、まさに〈名探偵〉。

 ととのった顔立ちに、ユニセックスなルックス。

 風が吹いて、ふわっ、と細い毛質の前髪があがった。

 

「この屋上にぼくを呼び出して挑発的なことを言う」すっ、とわたしに横顔を向けた。視線の先には青江(あおえ)がいる。「そしてぼくたちが()めはじめたところに先輩がくる……」

「おいジュン!」

「先輩」

 

 駆け寄ってきた青江に、中森(なかもり)くんは顔をそむけるような仕草。

 彼らは同じテニス部の先輩後輩。

 

「おまえ、シラケンになにしてたんだよ。答えによっちゃあ、いくら後輩でもぶん殴るぞ」

「やめてください……先輩の口から、そんな野蛮な言葉はききたくありません」

 

 片手で耳をおさえるようにして、そのまま彼は出口に向かう。

 

「待てよ!」

「いいの、(あお)くん。追わないで」

「けど……」

 

 教室にもどる途中、青江は何度も何度も「何もされてないよな?」とわたしに念を押した。

 

 ◆

 

 放課後。

 今年の春――つまり一学期――から秋になり、あきらかに風景は変わっている。

 花壇にコスモスが咲いているとか紅葉(こうよう)とか、そういう季節的なことじゃなくて……

 

(カップルが多い!) 

 

 もっと言えばイチャイチャが多い。

 およそ校内に置かれたベンチというベンチはすべて、男女のペアで埋まっていた。二人とも前を向いておしゃべりっていう純情っぽいつきあいかたの人たちもいれば、ちょっ! そんなとこに手をあてちゃダメでしょ……っていう、目のやり場に困る人たちも。

 学校内のカレシ、カノジョ持ちが増加……激増といってもいい。

 わたしは、この理由を知っている。

 みんなの恋愛が成就したのは、彼女のおかげだということを。

〈告白請負人(うけおいにん)〉だ。

 

「ちょっと! まだなのぉ? 次は私の番なんだから」

「待って待って! もうちょい。――で、で、彼が好きなのは、ほんっとーに私っていうことでいいのね?」

 

 はい~、とのんびりした声が聞こえる。

 声だけで、彼女の姿はまわりを囲んでいる大勢の女子で見えない。

 

(今のミユキの声……なんだか、なつかしいな)

 

 なつかしい、ってこともないか。実際の時間でいうと一週間ぐらいなんだから。

 告白に成功(わたしにとっては失敗)したあの日から……今日までは、ね。

 廊下も大盛況。

 わたしを見にきた男子と、占部(うらべ)深雪(みゆき)に恋愛相談をしたい女子で。

 

(ミユキの力をかりたいんだけど)

 

 この特殊な状況での唯一の理解者にして協力者。

 当然、彼女が味方のほうが心強いし、じつはそれより……

 

「友だちがほしいの……」

 

 ふーっとため息とともに、誰にも届かないボリュームでつぶやいた。

 ループのせいで親友のトモコとは絶交状態。

 これがけっこうつらい。

 

「あれ? 白鳥さん、まだ帰らないの?」

「うん、もう帰るよ」

「また明日ねー」

 

 バイバイ、とわたしは声をかけてきた子に手をふった。

 こんな感じで、ふつうの会話をするぐらいの子なら、わたしにも何人かいるの。

 でも――お友だちっていうか……なんていうか……

 さっきも〈さん〉を付けて呼ばれていたように、どうも壁があるようで、親しい関係とは言いがたい。

 あれ?

 そういえばミユキも、わたしのことを「白鳥サン」って呼んでなかったっけ。

 わたしは「ミユキ」って呼んでたのに。

 じゃあ次に仲良くなったときは、

 

「ミカ」

 

 そうそう、こんな感じで親しげに呼び捨てて――

 って!

 

「ぼくと、いっしょに帰ろうよ」

 

 幻覚をうたがって目をこすり、幻聴をうたがって耳元の髪をさっと払った。

 でもリアル。

 まぼろしではない。

 

「どうしたの? さあ」

 

 あっ。

 反射的に、さしだされた手をとってしまった。

 きゃあ、と女子のみじかい悲鳴があがる。

 これは一体……

 

(どうして教室に中森くんがいるわけ? しかもタメ(ぐち)で名前呼び捨てで、しかも下校のおさそいなんて)

 

 しかも彼は下級生。中学二年生の男子だ。

 よくこれほどまでに、上級生のクラスで堂々とふるまえるものだと、すこし感心してしまう。

 ただものではない。

 負けてなるものか。

 ループを突破するためだったら、なんだってできるんだから!

 

「あら、ずいぶん華奢な手ね」とった手を少しひねるようにして吟味する。「こんな手で、女性を危険からまもれるのかしら?」

 

 ほんとうにこの脚本を自分が書いたのかというセリフがすらすら。

 

「ぼくはミカを、どんな危険からもまもってみせるよ」

 

 きゃあきゃあ、と悲鳴のレベルがあがった。注目もされている。

 いや、なんなのよ……ほんとに……どうしてこんなことになった?

 わたしは彼に嫌われるため、今日の昼休みに屋上に呼び出した。

 なのに彼は名探偵みたいにわたしの計画を見抜いて、かつ、「ぼくはあなたを嫌いにならない」の宣言。

 ということは、

 

(逆! 嫌ってほしいわたしの逆だ! 彼は、わたしのことが好き――)

 

 と見えるようにふるまっている。

 なんという性格。まあ……ひとのことは言えないけど。

 きっとこれは中森くんなりの復讐なんだ。

 わたしのせいで青江に嫌われるようなことになったから。

 

「……わかったわ。ではお望みどおり、いっしょに帰ってあげるから」

 

 立つと、アイラインはほとんど変わらない。わたしのほうが少し高いのかも。

 座席から出口にかけてみんなが左右にわれて、ぱーっと道ができた。

 

「十分もあればじゅうぶん」

 

 わたしにだけ聞こえる声で彼がささやいた。

 

「それだけあれば、ぼくはあなたという人間を底の底まで見抜けますから」

 

 こわっ。

 どうやらわたしは完全に、この探偵くんを敵に回してしまったようだ。

 リップでも塗ってるのかというぐらい、ピンクでしっとりした彼のくちびるがうごいた。

 

「とても楽しみだよ」

 

 ああ不安!

 ちょうど女子の人垣(ひとがき)のスキマから、ミユキの顔が見えて目が合った。

 

(?)

 

 という表情。

 まあ、そうだよね。

 この世界では、一度もおしゃべりしたことないっていう関係性だし。

 イチョウの葉がたくさん落ちた道を歩いて正門を出た。

 

「ミカ、手をつないでもいい?」

 

 タイミングをはかっていたかのように言う。

 調子にのっている。

 女の子みたいな中性的な顔なのに、グイグイきちゃって。

 

「そろそろ、許してくれない? もう誰も見てないんだし」

「本気だよ」

「えっ」

 

 スキあり、とばかりに強引に右手をとられた。

 夕日でできたわたしたちの細長い影は、彼のほうが背が高い。

 

「ぼくは本気だ……本気で……青江先輩が好きなんだ」

 

 まつ毛の長さまでわかる近距離で、中森くんはこう言った。

 

「ぼくに……協力しろ」

 



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恋慕のリレー

 どうやらわたしは方向音痴らしい。

 修学旅行の自由行動でトモコに指摘されて、はじめて気がついた。

 

「ほら、いま私たちが向いてる方向、わかる?」

「んー、西……かな」

 

 東、と言ってトモコは笑った。

 楽しかったなぁ、修学旅行――そんな思い出にひたってる場合じゃなくて、どこなのここ?

 見たことない景色の、歩いたことのない道。

 かすかにチャイムが聞こえてきた。

 ということは、それほど学校からははなれていないようだ。

 

「地図を読むのが苦手だね」

 

 どきっ。

 また一つ、わたしの内面を見抜かれてしまう。

 なにもの?

 もしかして中森(なかもり)くんは心を読む超能力者?

 

「表情に不安があらわれてる。それに……頭の中で、たどってきた道を逆にたどろうと必死に努力している様子もうかがえる」

 

 わたしは三年で彼は二年。

 中学生の一年なんて大人から見たらたいしたことないんだろうけど、年上なのは事実。

 ここは――なんとしても〈お姉さん〉の余裕を失ってはいけない。

 不敵なまなざし(のつもり)を彼に向け、髪に手を流して肩のうしろに整える。

 

「あざやか。正解よ」

「主導権をとられまいと、余裕を見せる戦略に出るんですか?」

 

 あー、もうっ!

 こんなふうにいちいち見透かされてたら、会話なんかできるわけないでしょ!

 

 ――と、心の声のつもりだったが、モロに口から出てしまったみたいで……

 

「ご、ごめん……なさい……」

 

 立ち止まり、急にシュンとしてしまった。

 

「こんなにはっきり言われたの……はじめてだ」

「あ、わたしこそ、ごめんね」

「いいえ、いいんです。むしろ、ありがたいぐらいです。気をつけてはいるんですけど……」

 

 ほんとかしら、と心の中でツッコミ。

 とにかく……なんか、突然しおらしくなってしまった。別人のように。

 放課後の教室で強気にぐいぐい押してきた彼と今の彼、どっちがほんとの顔なんだろ?

 

「ぼく、むかしから気弱な性格で……イジメにもあって……いつのまにか他人の顔色をうかがうクセがついて……」

「その結果、名探偵になったのね?」

「はい」

 

 否定しなかった。

 おそろしい子。

 

「感覚的にわかるんです。相手が考えていることや、やろうとしていることが。でも、わかっても――」

 

 なんの役にも立ちませんけどね、と、ほぼ直角に視線を下げてしまった。

 うーん、どっちかっていうと、さっきまでみたいにタメ口で押しが強い彼のほうがよかったかな。

 なんていうか、生き生きしてたっていうか……

 

「……? ぼくの顔に、何か?」

「いや、ごめん」

 

 無意識に、じーっと凝視していた。

 きっと母親似で、きっときれいなお母さんね、という彼の顔立ちに思わず見とれてしまって。

 話題をかえなきゃ。

 

「中森くんの家はこっちなの?」

「ムリでしたね」

 

 微妙に話がかみ合ってない。

 

「あきらめてくれるかな、って思ったんですけど」ぴっぴっ、と指をふった。その先には道路工事の看板。「先輩! 足が出てますよ!」

 うしろ頭をかきながら看板から姿を出したのは、青江(あおえ)

 

「バレたんならしかたねえ」たたた、とダッシュして接近。「帰ろうと思ったら、おまえらの姿を見かけてな。おいジュン、シラケンをどこへつれてく気だよ」

「シラケン……ああ、ミカのことですか」

 

 あ。

 やばい。

 こんなふうに耳がピクピクするのは、(あお)くんがキレる前兆。

 

「ミ、ミカだと……」

「ぼくたちの仲、気になりますか?」

 

 挑発的に言う中森くん。

 もしかしてヤキモチをやかせる作戦?

 

「ちっ。いくぞ、シラケン」

 こいこい、と手をふる青江。テニス部はもう引退してるはずだけど、まだ手はマメだらけだ。

「……いってください」

「いいのね?」

 

 聞き取れるギリギリで中森くんは「はい」と言った。

 少し向こうを歩く青江には届かず、わたしには届く、という絶妙なさじ加減のボリューム。

 青江が地獄耳だったら、いったいどうするつもりだろう。

 

「先輩は、あなたのことが好きなんです」

 

 ◆

 

「ぼくは、あなたのことが好きなんです」

 

 似たようなセリフを昨日の放課後にも聞いた。

 場所もたぶん、このへんだ。あそこに道路工事の看板があって、一車線の車道、白いガードレールと歩道、右手に木の茂み、反対側は建物がたつ前みたいな更地(さらち)。方向音痴だけど記憶力はいいんだから。

 そして人気(ひとけ)はない。

 告白にはもってこいといえる。

 いや、されてどうするのよ!

 

「中森くん? また、なにかの冗談?」

「いえ告白です。愛の告白です」

 

 なんという男らしい断言。

 見た目は完全に草食系なのに。

 

(ちょっと待って……)

 

 めまぐるしい放課後だ。

 じつは、ここへ来るまでにすでにべつの告白をお受けしている。

 したのは、青江。

 

「返事は、いいよ」

 

 と、去りぎわの彼はまるで返事が聞きたくないようにも見えた。

 

「気持ちをおさえておけなくてな」

 

 夕日に照らされながら真剣に思いを告げる顔は、女子人気ナンバーワンも納得の、堂々たるイケメンだった。

 かっこよかったけど、わたしにとっては今さらだ。

 飽きるほど青くんの顔は見てきたんだから。

 だからその告白で、今までの関係が変わるってわけじゃないんだけど……

 

「ほら、サッカーボールがありますよ」

 

 そう言って、茂みのほうに入っていってしまう。

 いいの? ここってなんか、神社の境内っぽいけど。怒られない?

 

「なつかしいな……」

 

 ボールを見つめて、何やら思い出にひたっている。

 正直、このスキに逃げようかと思ってしまった。

 はっきり言って、今日は中森くんの相手をしている余裕がない。

 

「放課後、空き缶を二本たてて、その間をとおったらゴールっていうミニサッカーみたいなことをしました」

「偶然。わたしもよくしたよ」

 

 赤井(あかい)青江(あおえ)の三人で、ね。

 

「ゴールしたしてないでケンカにもなって……」

 

 わたしたちにも、あった。

 

「空き缶にまだジュースが残ってて、スニーカーがびしょぬれになったり」

 

 あったあった。

 

「時間を忘れて遊んでいたから、だいたい、誰かの親が呼びにきて終わりっていうのが多かったんです」

 

 あった……って、

 いくらなんでもシンクロしすぎじゃない?

 

「ねえ中森くん」

「はい?」

「その話、青江がキミにしゃべったの?」

 

 目をつむって首をふった。

 目があく。

 無言でわたしを見つめる。

 まぶたがひらくとき、やけにスローモーションに感じた。

 彼の女の子みたいな顔が、一瞬、文句なしのイケメンになった気がした。

 

「本音をいうと……ぼくはサッカーなんかより、あなたが目当てだった。あなたといたかったから、塾も習い事もほうりだして、いっしょに遊んだんだ」

「え……」

「おまえにカレシができたとこなんて、死んでも見たくねえ」

 

 口調がかわった。

 何かおかしなことが、わたし……いや、彼の身に起きている。

 

「うっ!」

 

 つらそうな声とともに体がよろめいて、片ひざをついた。

 あわてて駆け寄る。

 

「頭が……、ああ、もう大丈夫です……ちょっと電気が走ったような感覚があって……」

「大丈夫? 病院とか……」

「平気です」

 

 とりあえず肩をかして彼の体をささえる。

 至近距離。男子とこんなに――って、緊急事態だからしょうがないか。

  

「ぼくが、伝えたいことは、もう伝えました。こんなところまで歩かせて申し訳なかったですが、ぼくにかまわず家にお帰りになってください」

 

 よわよわしい微笑を浮かべながら言う。

 

「体調が落ちつくまで、いっしょにいてもいいけど」

「いえ……」

 

 わたしから視線をはずして、ゆっくり体をはなした。

 

「お気をつけて」

 

 それはキミでしょ、とツッコミたくなる。

 いろいろありすぎてパンクしそう。

 たて続けに二人から告白されたっていうだけでも負担が大きいのに。

 ん?

 二人?

 ちがうちがう、中森くんのほうは、まじの告白ではない。

 

「ひとつだけ、最後に確認させて」

 

 ひたいに手をあてた彼が、こっちに向いた。

 

「中森くんは――青江のことが好きなんでしょ? 本気で好きなんだ、って言ってたよね?」

 

 強い風がふいた。

 両手でスカートをおさえる。

 中森くんは、風なんか吹いていないみたいな静かな顔。

 

「さっきもおっしゃってましたが……〈アオエ〉って誰のことですか?」

「え」

 

 わたしたちの間に小さなつむじ風ができて、一枚の枯れ葉をくるくると回している。

 

「テニス部の青江よ青江。三年でもう引退してるけど、部長だったじゃない。それも演技?」

「知りません」

 

 らせん階段を一気にかけのぼるようにして、枯れ葉は大空たかく舞い上がった。

 

「テニス部にそんな名前の先輩はいませんよ」

 



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激情のトリガー

 わけわからなく、なくもない。

 えっと、つまりね……わかってるんだけど、わかりたくないというか……。

 

「ほら」

 

 中森(なかもり)くんがスマホを差し出した。なにげに最新機種。

 

「これ――テニス部の部員一覧です」

 

 ここまでしてくれなくても、とは思ったが、一応確認する。

 彼が警察手帳のようにわたしにつきつけるスマホの画面に指でタッチし、ぐーっ、と下までスクロールする。

 うん。ひととおりチェックしたけど、やはり青江(あおえ)の名前はどこにもない。

 この事実が意味するところは、わたしだけが知っている。

 

(うそでしょ)

 

 すなわち赤井(あかい)と同じ現象。

 ループするこの世界で誰かと相思相愛になったら、その相手が消える……いや、実際――相愛っていうほどじゃなくても、お互いに「いいな」って思い合うぐらいでそうなるような気はしてた。

 

「赤井」

 

 の、ときにそうだったから。

 たぶん、わたしのほうに、ふかい恋愛感情がなくても――って、

 

「えっ? まさか(あか)ちゃんがいるの?」

「赤ちゃん?」

 

 想像以上に、彼はおどろいた。

 初対面のときから冷静沈着だったイメージで、こんな〈びっくり顔〉を見たのははじめてだ。

 

「あ、赤ちゃんがいるって……どういうことですか……脈絡もなく変なことを言わないでください」

「だって、キミが『赤井』って言うから」

 

 あたりを見回したが、どこにも彼の姿はない。

 中森くんは抗議するように声を張り上げた。

 

「ぼくは『赤い』っていったんです!」

 

 スマホをにぎった手の、人差し指だけがにゅっと伸びる。

 その先にはカーブミラーがあった。

 見上げると、そこには少しゆがんで映るわたしと彼がいる。ほっぺは確かに少しピンク色になっていたが、どちらかというと、中森くんのほうが()()だった。

 

 ◆

 

 今はスポーツの秋。

 わたしの中学は体育祭のあとに学年別の球技大会がある。期間は三日。一年、二年、三年という順番で。

 ダブル告白された昨日は一年生、で、今日は二年生の日なんだけど……

 

「きゃーっ‼」

 

 という黄色い声援がすごい。

 開放された窓からさわやかな風とともに次から次へと教室にとびこんでくる。

 運動場からだ。

 もう五時間目もそろそろ終わる。

 と、いうことはちょうど決勝戦あたりね。

 もりあがるのも当たり前か、と授業に集中しようとしたとき、

 

「中森くーーーん‼」

 

 はっきり聞こえた。

 女子なのにすごい大声……じゃなくて、え? このさわがしい応援の中心にいるのは、彼なの?

 おお、という重低音の男子のどよめき。

 ひときわ大きくなる女の子たちの声。  

 ホイッスル。

 映像を()なくても展開が手にとるようにわかる。

 中森くんがいるクラスが、優勝したんだ。

 

(そんなに運動神経がよさそうなタイプに見えないけど……)

 

 テニス部とはいえ、体のセンが細いし。

 今、みんなが外でやってたのはサッカー。

 テニス部なのにサッカーも得意なんて、まるで――

 

「先輩からガチで勧誘されたんだけどよ……おれはテニス部にしたぜ。べつに――シラケンと同じ部に入りたかったから、とかじゃ……ないぞ? まじで」

「同じと言えば同じだけど、わたし、軟式のほうだよ?」

「え」

 

 あのときのおどろいたようなガッカリしたような青江の表情は忘れられない。

 あれは一年生の春……もうずいぶん前みたいに感じる。

 鈍感なわたしでも、今ならあの表情の意味がわかる。

 鈍感でごめん、と、当時の彼にあやまりたいぐらいだ。 

 

「わっ」

 

 放課後になったと同時に、見知らぬ女子が一人、教室に入ってきた。

 六時間目の授業をぬけ出してずっと廊下で待ってたんじゃないかっていうレベルの早業(はやわざ)

 ミユキがおどろいた声をあげたのも、ムリはない。

 

「あなたは確か……」

「いいの。占部(うらべ)さん。私が狙ってた彼のことはもう忘れてよ。それより――」

 

 ほかのみんなは、誰も気にしていない様子。

 わたしは、すすす、とさりげなく近づいた。

 

中森(なかもり)(じゅん)くん! あの子のことが知りたいのっ!」

「は、はぁ……」

 

 女の子の熱意とは対照的に、ひき気味のミユキ。

 

「ね、中森くんって誰か好きな子とかいる?」

 

 いない、または、わからない。

 そうこたえるはずだ――と、わたしは全神経を耳に集中していた。油断すると聞き逃すほど、放課後直後の教室はさわがしい。

 

「い……います」

 

 えっ?

 予想外の答え。

 急にドキドキしてきた。

 

「誰?」

 

 誰なの? とわたしもミユキに心の中で同じ質問をした。

 すーっと指を伸ばした手をおでこの下、眉毛の高さにあてる。

 どこかしら、と何かをさがすジェスチャーだ。

 きょろきょろしているミユキが誰をさがしているのか、なんとなくわかってきた。わたしだ。

 目が合った。

 

「あちらにいるお嬢さまで……」

 

 と、手のひらを上に向けた両手でわたしを指す。 

 

「え? どの人よ、あ――」目が合った。「はい終わった終わった。あきらめまーす」

 

 勝ち目なさすぎでしょ~、とひとりごとにしては大きな声でつぶやきながらその子は教室を出ていった。

 チャンス。

 今、ミユキのそばには誰もいない。

 話しかける口実もある。

 

(いこう)

 

 一歩ふみだしたのと同時に、ぬっ、と突然わたしを通せんぼするようにあらわれたのは、

 

(あか)ちゃん……」

 

 幼なじみ。

 

「話がある。ちょっとつきあってくれ」

 

 一瞬、彼の髪の毛が赤く見えたのは、さしこんだ夕日のせいだった。

 そっか、もう赤井も部を引退してるから、放課後はフリーなんだっけ。

 これも引退の影響なのか、少し長く伸びてる彼の髪。

 わたしは……前みたいに〈スポーツ刈り〉っていうぐらい思いっきり短いほうが似合ってると思うんだけど。

 

「いい……よな?」

「告白するんじゃないよね?」

 

 思わぬことを口走ってしまった。

 ぴゅう、と口笛。誰よ、もう。

 

「しねーけど……ミカオってそんなに自意識過剰だったっけ?」

 

 ほんとだよ、と反省。

 昨日、青江に告白されてあんなことになったから――という正当な理由があったとしても、女子のほうから確認することではない。 

 

「もしかして、最近、誰かにコクられたのか?」

 

 するどい。

 赤井のくせに。

 運動一筋で、こういう男女の微妙な感情にはうといと思ってたけど。

 

「あ、あの……みなさん……順番におならびになって、どうぞ……」

 

 ミユキの声。

 そっちを見ると、すでに大行列。外の廊下にまで伸びている。

 さすがは〈告白請負人(うけおいにん)〉だ。今月の終わりには文化祭があるから、それまでにパートナーが欲しいという心理だろうか。ならんでいるのは女子が多いけど男子もちらほらいる。

 

「占部さまさまだろーな」

「えっ?」

「コクったりコクられたりしてうまくいったヤツらだよ。神様みたいに思ってんじゃね?」

 

 神様か。

 そんなワードで頭に浮かんだのは、なぜかあのフードの人。

 正体はさておき、一人の人間をループする時間の中にとじこめるなんて、ほとんど神様みたいなものだ。 

 

「で、誰にコクられたんだよミカオ。クラスのやつか?」

「まだその話する気?」

「教えてくれって」

 

 とりあえず教室を出た。

 スクールバッグを肩でかつぐように持って、赤井もあとについてくる。

 しばらく廊下を歩く。

 盗み見るように、一瞬、うしろをふりかえった。

 

(あか)ちゃんも、けっこう人気があるって聞くけど)

 

 それとなく本人に(たず)ねても教えてもらえないが、女子のネットワークを甘くみてはいけない。

 今年に入って、すくなくとも三人には想いを伝えられているはずだ。

 それをことわった理由は――ループ後に色々あったせいで、今ならはっきりとわかる。

 

「で、どこに行く気だよミカオ。先に『話がある』って言ったのは、おれのほうなんだけど」

 

 あきれたようにボヤく赤井。

 たしかにこの状況でわたしが主導権をとるのはおかしい。

 校舎を出て、運動場につづく屋根つきの通路に入る。けっこうスペースが広くて、雨の日はここは運動部の筋トレでびっしりになる。

 

「おい、あれ……」

 

 横にならんで彼が言う。

 人だかりができていた。

 

「なんかヤバそうだな」

「うん」

 

 ケンカという雰囲気ではなく、ケガ人や病人が出たときのような空気。 

 そのまま様子を見守っていると、先生がタンカを手にしてやってきた。

 

「大丈夫だといいな」

「うん……?」

 

 のどに物がつまったような返事になってしまった。

 見物(けんぶつ)の人たちのスキマから、彼の顔が見えてしまったからだ。

 視線を下げて目を伏せるようにした、中性的な顔立ち。

 

「どうかしたのか?」

 

 ぶんぶん、と首をふった。ダメ押しでもう一回、ぶん、とふる。

 胸さわぎがする。

 昨日、今日の〈これから〉を(うらな)う一言を、彼の口から予告されたような気がするから。

 とにかく、ここからはなれたほうがいい。

 

「行こうぜ、ミカオ」

 

 赤井がわたしの手をにぎった。

 っていうか、さわっただけっていうぐらい弱い。

 小学生のときは、いっしょにサッカーをやってもっとはげしい接触もあったから、べつにイヤとかじゃないんだけど……。

 

(わっ)

 

 体に電気が走った――実際、それは危険な引き金(トリガー)だった。

 ダダダダダ、と走ってくる音。

 まさにタンカではこばれようとしてた人間が、たてられる足音じゃない。

 

「てめー!」

 

 細身の中森くんが、自分より数センチ高くて体格もいい赤井の胸倉をつかんだ。

 そのはずみで、つながっていたわたしたちの手ははなれる。

 

「アカ! 勝手にカレシ(づら)してんじゃねーぞ! おれはまだ消えてねー! ここにいる!」

「アカ……? おまえ、どうしておれの名前を知ってるんだ?」

 

 ぐいいっ、と力任せに赤井の顔を引き寄せ、にらみ合う。

 

白鳥(しらとり)を好きな気持ちは、絶対におれのほうが上だ!」

 

 



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救難のキッカー

 特別な世界で、さらに特別なことが起きている。

 過去の時間にもどされてタイムループっていうだけでも大変なのに。

 鼻の先数センチという近さで顔をつき合わせている二人。

 一人はわたしの幼なじみで同級生の赤井(あかい)

 もう一人は、彼とは面識がない年下の男の子……のはずなんだけど。

 

「アカ……ボケるのも、たいがいにしとけよ」

 

 あの口調は、まるで青江(あおえ)

 演技してるとは思えない。

 だって、みんなの記憶から青くんのことは綺麗さっぱり消えてるはずだから。

 じゃあ――どうして?

 

「いやまじで、おまえ誰なんだよ」

「アカ! おれのことがわからねーのか!」

「え……?」少し頭をひき、しっかりと相手を確認する。「えーと……どっかで、おれと会ったことがある……のか?」

 

 ぶっちーん、と青江の中で何かがキレてる。

 あいつが感情を爆発させる数秒前にはかならず耳がピクピクするんだけど、それがさっきからずっと動きっぱなし。

 

「そうかい、忘れたっていうんだったら、思い出させてやる……ぜっ!」

 

 こぶしをひいて、大きくふりかぶった。

 赤井と青江って一度もなぐりあいのケンカとかしたことないはず。

 それほど怒ってるってことなのかもだけど、とめなきゃ。

 

中森(・・)くん! ダメっ!」

 

 自然に口から出ていた。

〈体のもちぬし〉に呼びかけるしかないって、瞬間的にひらめいたから。

 中森(なかもり)くんにブレーキをかけてもらおう。

 とにかくあのパンチをとめないと。

 とま……った?

 

「この――」

 

 青江、いや中森くんが何か言おうとした。

 何を言おうとしたのかはわからない。

 ブーメランのようにもどってきた自分のパンチで、自分をノックアウトしちゃったから。

 

 ◆

 

 ここに入るのは身体計測のとき以来だ。

 意外と広い部屋で、壁際にベッドが4つならんでいる。カーテンの色は左からブルー、ブルー、ピンク、ピンク。男子と女子で色分けしてるみたい。そして、現在それぞれひとつずつが使用中。

 わたしはベッドと逆方向に向いたソファーにすわっている。

 

「あれ」

 

 という小さな声がうしろから聞こえた。

 保健室の先生がシャッとカーテンをあけ、中の中森くんにいくつか質問する。

 盗み聞きするつもりはなかったけど、どうやら親に迎えに来てもらうということで話がついたようだ。 

 わたしが気になっていたのは、たった一点。

 

(よかった……中森くんのほうだ)

 

 青江として目覚めやしないだろうか、というところだった。

 その場合、おそらくこの世界の誰も、彼が言っていることを理解できないだろう。なぜって、もう〈青江〉は存在しないことになっているんだから。

 最悪、頭がどうにかなったかと思われちゃう。

 それを防止するために、わたしは自分をグーでなぐって倒れた中森くんが起き上がるのをずっと待っていた。だいたい一時間ぐらいかな。あの場に居合わせた赤井も保健室までついてきたけど、「また明日説明するから」と言って、先に帰ってもらうことにした。

 

 おだいじに、と先生がベッドのわきから移動する。

 

 デスクにもどる途中、わたしのほうをチラッと見て、パチッと片目をつむった。

 白衣を着た、お母さんよりちょっと上ぐらいの世代の女の人。

 わたしと彼をふかい関係だと思ってのサインだ。よかったね、がんばってね、そんなふうに読み取れた。

 

「ミカ! じゃなくて……白鳥さん」

「今さらでしょ。もうミカでいいよ」

「ぼくに……何が起こってるんですか?」

 

 おや、という先生の顔が視界のすみっこに見えて、わたしはあわてて彼に「しーっ」と指を立てる。

 聞かれてこまる話じゃないけど、すすんで人に聞かせたい話ではない。

 中森くんの体を青江がのっとっていたなんて、ファンタジーな話は。

 どうしようと思っていたら、さすがの頭の回転のはやさを見せる。

 

「えーと、昨日のドラマ、寝落ちしちゃって……内容を教えてほしいんだけど」

「いいよ」というと、先生は興味をうしなったように机に向かった。

「サッカーの試合の前あたりから、記憶がないんだ」

 

 つまり、球技大会開始前に、彼には青江が入ってたってことか。

 

「次に目が覚めたらほけんし――病院のシーンで」

「あれはね」すこし、声のボリュームを落とす。「あの男の子の中に、ある男の子が乗り移ったからなの」

「……つづけて下さい」

「その男の子は〈青江〉っていって、サッカーが得意で女子にも人気で……うん、学校の球技大会でも大活躍だった」

「それだけじゃないはずです」

 

 強い瞳。

 女の子っぽい顔立ちなのに、テコでもひかないという意志を感じる。

 

「信じられないと思うけど、その子――」先生にわからないように、わたしは中森くんの胸を指でさした。「は、青江のことが好きだったの。告白もした。それぐらい好きだった」

「なるほど……」

「でね、青江はある理由で消えちゃって、誰も彼のことをおぼえていないの」

「ねじれたリンク、なのかもしれません」

「え?」

「つまり、青江さんには好きな人がいて、男の子は青江さんが好きだった。青江さんが消えたとき、どういう理由かその〈好意〉ごと男の子の体に入ってしまった」

 

 おもしろそうな話ねぇ、と先生が会話に入ってきた。

 あはは、とわたしは愛想笑いをかえす。

 中森くんの表情はシリアス。

 まさに名探偵の名推理中といった様子だ。

 

「そもそも……一人の人間が世界から消えるなんて……いったい、ミカの身には何が」

 

 あー、だめだめ!

 ミカって言っちゃってるし。

 わたしはスマホを出して、

 

「今度、くわしくね」

 

 と文字を入れて彼に見せた。

 明日とか今度とか、どんどん問題を先送りしてる気がするけど。

 先生が立ち上がった。

 こっちにくるのかと思ったら、窓際の、女子用のベッドのほうへ向かう。

 

「どう? もう、よくなった?」

「あう~」

 

 この声。

 ミユキだ。

 

「あれだけ教室の前に大行列ができてたら、大人だってしんどいわよ。えーと、恋愛相談の告白仕事人みたいなヤツだっけ?」

「うー、自称……〈告白請負人(うけおいにん)〉ですぅ……」

「気分がわるくなるぐらいですんでよかったけど、占部(うらべ)さん、もうやめたらどう?」

「いえ……我が使命ですので」

「じゃあ、せめて負担を小さくしましょう? あなたが相手をする人の数をへらすように、友だちに協力してもらって」

 

 長い()のあとに、ミユキの沈んだ声が聞こえてきた。

 

「友だちは、一人もいないのです……」

 

 あっ。

 瞬間的に、胸がしめつけられた。

 気がつけば、ジャンプするようにミユキのところに移動していた。

 

「わたし!」

 

 きょとん、の顔が二つ。彼女と先生と。

 

「わたしは、なにがあってもミユキの友だちだから!」

 

 忘れない。

 金月(きんげつ)くんに告白したときに協力してもらったことを。

 でもミユキは忘れている。

 

「え、えーと……お気持ちはタイヘンうれしいのですが……」

 

 ボサボサの髪が恥ずかしいのか、ミユキはかくすように片手を頭にあてている。

 

「私みたいな(いん)キャには、白鳥サンは……まぶしすぎて」

 

 固定電話が鳴った。

 トーンの高い声で先生が何回か返事をすると、がちゃりと受話器が置かれた。

 

「中森君。今、お迎えがきたって。駐車場で待ってもらってるから。場所はわかる?」

「はい」

 

 立ち上がって、彼のクラスメイトにもってきてもらったスクールバッグを手にとると、そのままふりかえりもせず保健室を出ていった。

 

「では、私も……」

 

 と、ミユキも帰ってしまった。

 いっしょに帰りたかったけど、友だち友だちとわたしから押しかけるのは、やっぱり迷惑だろう。

 時刻は六時前。すでに日は沈んで、あたりはうす暗い。

 ふいに頭の中に、ミユキが好きなアニメのエンディング曲が流れた。

 スローなメロディで、歌詞が英語の女性ボーカル。

 ネットでその曲をさがしてスマホで再生。ワイヤレスのイヤホンで聴きながら、帰り道をあるく。

 

(明日から、どうなるのかな)

 

 目的を見失ってしまった。

 当初の、中森くんにわたしをフってもらうという計画は、完全に頓挫(とんざ)している。

 どうしたらいいんだろう。

 やっぱり、原点にもどって、わたしにまったく興味のなさそうな男の子をさがすしかないか。

 

(……?)

 

 イヤホンをはずして、うしろをふりかえる。

 誰もいない。

 

(おかしいな)

 

 なんか、気配がする。あとをつけられてるような。

 気味がわるい。

 ちょうど人気(ひとけ)のない道だし。

 こういうときにかぎって、犬の散歩も、ウォーキングをする人もいない。 

 走ろう。

 

(きてる!)

 

 正体がバレるのもおかまいなし。

 うちの学校の制服を着た男子が、わたしに一直線で走ってくる。

 

「あっ」

 

 つまずいた。

 地面に横向きに倒れる。

 左右に家はあるけど、どこにもあかりがついていない。

 

「何」わたしはせいいっぱい、大きい声をだしたけど、思った以上に大きくない。「誰?」

「ああ、白鳥さん。あなたは美しい。あなたは魅力的すぎる。ぼくはあなたに夢中なんだ」

 

 顔をはっきり見た。

 同時に、記憶がよみがえる。

 

――「……にしても、ギャラリーがすげえな」

――「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」

 

 始業式の日。

 満員電車みたいに窓のところでぎゅうぎゅうに押し合っていた彼らの一人。一瞬だけわたしと目が合って、恥ずかしそうに笑った男子。

 

「もうぼくは、自分で自分がとめられないんだ。一日一日、君への想いはつのるばかりさ」

 

 凍りついた。

 制服の中からとりだしたのは、ナイフ。ぶ厚くて長いサバイバルナイフ。

 

「好きすぎて、こうなってしまった」

「待って……いやっ!」

 

 助けが呼べない。

 ナイフがせまってくる。

 

「これで、やっと君をぼくだけのものにできるよ」

「……なわけねーだろ」

 

 え?

 今言ったのは誰?

 彼の顔の横に、ぬっとスニーカーが出てきたと思ったら、そのつま先がほっぺたにめりこんだ。

 きれいなハイキック。サッカーだったらナイスシュート。

 ナイフをにぎったまま体を丸めて寝転んで、起き上がってこない。

 

「ミカ、大丈夫か」

 

 手をさしだしたのは、中森くん。

 あんな豪快なキックをしたとは思えない、小柄で華奢な体つき。女の子に見まちがえてしまう外見。

 

「どうして――」

「車に乗るのはことわったんだ。ギリギリのとこでな」

「じゃあ……」

 

 にっ、と見なれた笑顔をつくって、わたしに言った。

 

「おれは、おまえがよく知ってる男だ。おれは、どこにもいかねーよ」

 



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瞬間のスナイパー

 追いかけられて、さらに刃物まで出されて動揺しない女の子はいない。

 うん。

 そう、これはただの〈吊り橋効果〉なんだから、深く考えちゃダメ。

 不安と恐怖のドキドキを、恋愛のドキドキとまちがえそうになっただけなんだから……。

 

「どうかしましたか?」

 

 となりに座っているのは、年下の名探偵。

 

「青江さんのことを考えているんですね」

 

 今日も冴えわたる、いちどもハズしたことのない名推理。

 冴えわたるといえば、空はみごとな秋晴れ。

 今日は三年生の球技大会の日。

 男子はサッカー女子はバレーだけど、わたしのクラスはどっちも早々に敗退して、みんな観戦に回っている。勉強熱心な子は、教室にもどって自習しているみたい。

 昼の二時ごろ。

 体育館の横にある階段に座って、ボーッとしてたら中森(なかもり)くんがあらわれた。サラサラのショートカット(ふつう男子にはこんな表現しないけど)を風になびかせた立ち姿は、どこか物語の主人公のようで、この子がもし主人公だったらわたしとちがってどんな問題でも解決するんだろうなと思った。

 

「部屋をひっくり返してみたんですが……その〈青江〉っていう人に関するものは、なにも出てきませんでした」

 

 横顔を向けたままで言う。

 ほんと、こうして近距離のバストアップで見てると、女の子よりも女の子している。

 ふと、彼が制服姿なのに気づいた。

 しかも、今ちょうど授業中じゃないの?

 

「大丈夫ですよ。今日は欠席ということにしています。昨日あんなことがあったばっかりだから、誰も疑う人はいないでしょう」

 

 さらっとテレパシー会話。

 中森くんのこういうトコにも、けっこうなれてきたかな。

 

「でも、同じクラスの子に見つかったら……」 

「堂々としていればバレないものです。こそこそ隠れるほうが、かえって怪しまれますから」

 

 そういうものなの?

 まるで悪事(あくじ)をはたらいたことがあるかのように口にした点が、どこか可笑(おか)しい。

 

「ぼくたちの会話を聞いている人間はいません。いい機会です。おしえてください。白鳥さんの身に何が起こっているかを」

「だから、もうミカでいいってば」

 

 ――と、言い返したとき、かすかな違和感があった。

 もしかして、わたしは彼に名前で呼んでほしいんじゃないか、と。

「白鳥さん」と言われたとき、一瞬、ほんとに一瞬、F1のクルマみたいな速さで胸の中をさびしさが横切った。 

 これは……見抜かれてはいけない!

 

「キミ、友だちからはなんて呼ばれてるの?」

 

 急ハンドルで話題をかえた。

 

「中森、です」

「あ……そうなんだ……」

 

 予想どおり、話は広がらない。でもオーケー。楽しいおしゃべりをするのが目的じゃないから。

 

「そんなことより確認したいんですが」ぴっ、と人差し指をたてた。「気がつけば白……ミカに手をひかれていたのは、あれって、どういう状況だったんですか?」

「あのね――」

 

 昨日、夜道でヒーローのように活躍したあと、中森くんから急に青江が出ていってしまった。だからわたしは彼の手をひいて、人通りのある道まであわててダッシュした。

 

「ふつうに大事件じゃないですか!」

「声、声」

 

 近くを歩いていたカップルが同時にこっちに向いた。

 しかも二組。合計四人。

 やはりこの学校は恋愛ブームの最中(さなか)だ。そしてブームの火付け役はミユキ。今日も登校してるけど、保健室であんな姿を見たから、彼女の体調が心配でしょうがない。

 

「それで、警察には?」

「逃げるのでせいいっぱいだったから」

「でも顔は見たんでしょう?」

 

 きっ、とりりしいまなざし。

 

「見た……かな。こわかったから、あまりおぼえてなくて」

 

 いや、事実はちがう。ばっちりピントの合った状態で彼の顔が心に残っているから、学年もクラスもわからないけれど、さがそうとおもえば簡単にさがせる。

 

「この学校にいるのは、まちがいないんですよね?」

「うーん……いいの、いいの。半分以上、わたしのせいみたいなものだから」

 

 髪を耳にかきあげた。

 ふいに男子の視線を感じて、そっちを見る。信じられない。校舎の屋上から、ちっちゃい双眼鏡でわたしを見ている男の子がいる。

 

「お知り合いですか?」

 

 屋上を指さす中森くん。

 

「ううん」と、首をふる。

「おどろきましたね」

「だよね? あんな場所からなんて――」

「ちがいます」指さした手を、そのまま口の近くにもっていって、いかにも推理っぽいポーズをつくった。「ぼくがおどろいたのは、あんな遠いところからの視線を感じたミカのほうに、です。ふつうは気づきません。つねに要人(ようじん)の狙撃を警戒するシークレット・サービスでもない限りはね」

「そんなことないでしょ。ほら、キミだって気づいてるんだし」

「ぼくはミカの視線を追いかけただけだよ」

 

 聞きようによってはロマンチックなセリフ。

 こんなの、(あお)くんじゃ絶対に言えないだろう。

 

「遠くの〈目〉を察知できたのは、ミカの自意識が敏感になっているからです」

「ジイシキがビンカン?」

「わかりやすくいえば……何かをおそれている状態にある」

 

 そこから――わたしは中森くんに説明した。不可思議なループ状態にいたった状況と、これまでの経緯を。

 途中、ウソですよね、とわたしの話を疑うようなことを一言も口にしなかったことに、おどろく。

 あらためて、

 

(彼は信頼できる)

 

 と思った。

 両腕を組んで考え込んでいる彼を、横から見守る。

 まだかまだか、とわたしは彼の口がひらいて何を言ってくれるものか、待ちきれない。

 

「どうだろう……」

 

 ささやくような声。

 そして中森くんは立ち上がった。

 

「やってみる価値はあるか……ミカ、ぼくに告白してください」

「え?」

「はやく!」

 

 横に顔を向けた。

 その視線の先には、背広姿の先生。

 まっすぐこっちに歩いてきている。

 

「あの人は、ぼくの担任です。タイミングがよすぎる……きっと、屋上のあいつか、ぼくたちを監視していた他の誰かが、告げ口したんだ」

「どうするの?」

「向こうがその気なら、こっちもその気ですよ」

 

 えっ、と思うまもなく、強引に手をひっぱられる。

 

「ちょっ……中森くん?」

「いいから、ついてきて!」

 

 運動場に入り、人ごみにまぎれこむ。

 ちょっと身を潜めて、しばらくしたら移動して、をくり返し、みごとに先生をふりはらった。

 

「ちょうどノドがかわいたところだったんです」

 

 気がつけば、自販機の前。

 あまり生徒の寄りつかない、通称カツアゲ自販機の前だ。

 

「でもジュースを飲んでいる場合ではないですね」

 

 くるっ、と私の一歩前をゆく彼が軽快にターンした。

 

「さ、ミカ。はやくぼくに告白を――」

「うるせーなぁーーー」

 

 のっそりと起き上がる黒い影。

 赤いベンチに同化するような赤いTシャツを着ていたから、気づかなかった。

 三年生が球技大会をしている中、校舎の死角にあるカツアゲ自販機そばのベンチに寝そべっていたのは――

 

「ったく、ヘンな夢をみたぜ。はは……でもなんか、ほっとけねー女だったな」

 

 金髪の男子。

 大股をひらいてベンチに座り、うしろ頭をしゃかしゃかとかく。

 あれ? という表情を浮かべたのは、たぶんお互いさまだろう。

 わたしは「なんでここに?」と思い、おそらく彼も「なんでここに?」と思ってるっぽい。

 

「そこのブスは……」

 

 立って、ばっ、と両肩をつかまれた。

 

「美花? おまえ、白鳥美花か?」

「あ……うん、ごきげんよう、金月(きんげつ)くん」

 

 とっさのことで、お嬢様な挨拶が出てしまう。

 ていうか、さっさと「ごきげんよう」して、この場から去らないと。

 

「金月……って、さっきの話の中で出てきた彼のことですよね。まさか以前のループの記憶がもどってるんですか?」

「んだ、このチビ」

 

 わたしの肩から片手をはなし、どん、と中森くんの胸をつく。

 もう、あいかわらず暴力的なんだから。

 

「おまえ、カレシとかいないんだろ? なら俺とつきあえよ。大事にするぜ」

 

 なんでそんな急展開になるの。

〈この世界〉じゃ、わたしたちはまだ知り合ってもいないはずなのに。

 また……なんかおかしな現象が起きてるの?

 

「いてっ」

 

 目にもとまらぬ早業。

 きれいなハイキックが、わたしの肩をつかむ金月くんの手にヒット。

 と、いうことは、

 

「きたない手でミカにさわるな!」

 

 やっぱり青江(あおえ)だ。

 あれ?

 なんか、急にほっぺのあたりにカーッとくるものが……。

 ま、まあ季節の変わり目だし、ね。気のせい気のせい。

 それより、ここは退散したほうがよさそうね、と考えたとき、

 

(――えっ)

 

 わたしの中の一人が出した、わたしの提案。

 なんでそんな急展開になるの、とさっきの言葉をくりかえす。

 でも、一瞬でひらめいたにしては、完璧なプランだ。ものすごく可能性を感じる。

 突破できるような気がする。

 すべてを終わらせられる狙い撃ち(スナイプ)、やってみる価値はある。

 

「中森くん!」

 

 ぴたっ、とまさに彼につかみかかろうとする金月くんと、小柄な後輩男子にのりうつった幼なじみの体が同時にとまる。

 

「わたし……中森くんのことが(・・・・・・・・)好き(・・)! おつきあいしてください!」



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散策のコスプレイヤー

 秋が深まってきた。

 わたしはなぜかシンデレラのコスプレをしている。魔法がかかる前ではなく、魔法()の華やかなほう。

 ドレスの胸元があきすぎだと何度も担当者に抗議したが、「女の子はデコルテをきれいに見せるものよ」という、それこそ魔法のような説得で押し切られてしまった。

 はあ……仕方ないか。

 白いシャツが中から見えるっていうのもカッコわるいし……。

 結果、つねにデコルテに片手をあてつづけるという、いかにも心配性なシンデレラができあがってしまった。

 

「まだ落ちこんでるんですか?」

「そりゃ……落ちこむよ……」

 

 あれから一週間。

 あの失敗から一週間。

 やはりヘタな期待などするものではない。裏切られたときのダメージが大きいから。

 

「でも、おもしろいアイデアでしたね。ぼくの中の〈青江(あおえ)さん〉に向かって、〈中森(なかもり)くん〉が好きという告白をする……もし中身が彼だったら、『ダメだ』と一蹴して、見かけ上は告白の失敗になっていたでしょう」

「うん……あいつだったら、そう言ってくれたと思う」

「ぼくで、すみません」

「いいよ」中森くんの肩に手をおいた。「勝手に思いこんだわたしが悪いの。まさか、キミが空手の初段なんて想像できなかったから」

 

 ああ。なんて皮肉っぽいことを言ってるんだろう。自分がいやになる。

 話題をかえて、気分もかえよう。

 

「ところでそれ……なんのキャラなの?」

 

 すこし前かがみになって、彼の姿を下からのぞきこんだ。

 

「やっぱり気になりますか」はあ~、というふかいため息と競争させるように早口でそう言った。「アニメのキャラらしいのですが、そのへんは(うと)いのでよくわかりません」

「あんまりアニメとか見ないんだ?」

「はい」

 

 水色のボブカットのカツラをかぶり、ウェットスーツのようにピタっとした、ところどころ黒いラインの入った白いひとつなぎの服を着ているけど――思い出した! ミユキと仲良くなるために鑑賞したあのアニメの〈彼女〉だよ。

 そのとなりを歩くわたしは、アップにした髪に金色というよりは黄色く見えるヘアカラーのスプレーをかけて、うすい青の華麗なドレスを身にまとっている。自惚(うぬぼ)れだと言われそうだけど、かわいい。でも、自分にとって自分がかわいいっていうのは、べつにおかしなことじゃないでしょ?

 

「お互いこんな格好ではありますが、今日も一応やっておきますか」

「うーん……」と、私は気がのらない。「もういいよ。たぶん、失敗しないから」

 

 結果から言って、中森くんへの告白を失敗させることはできなかった。

「いやです」「ダメです」「おことわりします」「あなたとはつきあえません」など、さまざまなバリエーションで断ってもらったが、なんの変化も起きなかった。

 じつはうまくいってて、このまま時が流れたら高校に入学できるのかもしれないけど……なんというか、まったく〈てごたえ〉がない。

 やはり不発とみるのが妥当だろう。

 中森くんもそう思っているみたいで――

 

「口裏を合わせるとアウト」

「告白のフレーズが正確じゃないとアウト」

「特定の時間帯、日付じゃないとアウト」

 

 では? と、いろいろ仮説を出してくれた。

 なかでも、

 

「告白した相手が、本気で断らないと失敗とみなされないのでは?」

 

 というのが、もっともそれっぽく、説得力がある。

 それはつまり裏返せば――

 

「ぼくは、あなたのことが好きなんです」

 

 先日の彼の告白が、やっぱりウソじゃなかったんだということ。

 青江(あおえ)め……と、消えた幼なじみがうらめしい。

 わたしへの〈想い〉を、中森くんに引き継がせるなんて。

 そういえば、最近、青江はあらわれない。彼の体を借りて、わたしの前に出てこなくなった。縁起でもない表現だが、もしかして成仏してしまったのだろうか?

 

(会いたい、とかじゃないよ)

 

 まじで。ほんとに。

 ただ、ちょっと文句は言いたいかな。ややこしいことをされたわけだから。あ、でも……お礼も言わないとなのか。ナイフで襲われそうになったときに助けてくれたわけだし。

 

(今だったら、びっくりするだろうな)

 

 笑いがこみあげてきた。

 

「シラケン……会いに来たぜ、って――なんだよこの格好っ!」

 

 と、あわてふためく青江の姿を想像したら、おかしい。

 くすっとしたとき、中森くんがうしろをふりかえった。

 

「ちょっと増えてますね」

「?」わたしは首をかしげる。

「ミカのファンです」すずしい目をわたしに向けた。わっ。赤のカラコン入れてる。文化祭のコスプレでそこまでする?「おとなしく、ファンのままでいてくれればいいのですが……」

「どういう意味?」

「ストーカーになったり、最悪、ボートになるかも」どうして急に船の話をするのかと思ったら、そっちじゃなかった。「暴徒(ぼうと)です。暴徒化すると、収拾がつかなくなってしまう」

「こわいこと言わないでよ」

 

 その三秒後、

 

「おう!」

 

 と、ドスのきいた声が背後から。やばっ、と中森くんのほうを見ると、

 

「まいったな……」

 

 眉間に指先をあてて、首を左右にふっている。

 

「ダッセー格好だな、中森!」

「うるさいな。どこかへ行けよ、金月(きんげつ)

 

 ふぁっ? という表情をしてしまった。意表をつかれたから。

 ど、どうして、いつのまに二人は名前を呼び捨てあう関係になってるのよ。

 どっちも二年だけど、二十センチは身長差がある。

 中森くんにとってははるかな高さから、彼の頭に手をおかれ、わしわしとさわられている。

 

「こんなカツラとっちまえよ」

「だめだ。義務だからな。クラスで最低一人、仮装をして校内を歩き回る決まりだ」

「仮装ねぇ……おい、これもそうか?」自分の金髪を指さす。

「それはただの校則違反だ」

 

 なんて挑戦的なセリフを、と思ったが、予想に反して金月くんは怒る様子もなくニコニコしている。

 かなわねーな、と一言(ひとこと)つぶやいて、わたしたちの少しうしろをついてくる。

 

「さっきの話ですが」

「……ん、えーと、なんだっけ?」

「ボートです」

 

 通りかかった教室の中にあるテレビが、偶然、どこかの湖を悠々と走る船を映しているのが見えた。

 

「いいですか? 真面目にきいてくださいよ……雪崩(なだれ)というものは、ほとんど前ぶれもなく、ささいなきっかけで発生するものなんです。気をつけて気をつけすぎるということはない」

「よぉ、なんの話だよ?」

「まだいたのか……ついてくるな」肩ごしにふりかえり、冷たく言いはなつ中森くん。

「いいじゃんよ~、なあ、美花」

 こっちは上級生、かつ疎遠(のはず)なのに、下の名前の呼び捨て。

 ま……わるい気はしないけどね。

 まんざら知らない間柄(あいだがら)でもないし。

「白鳥さん、だろ。無礼なヤツだ」

「そーいやぁー、それもそうだよな……なんで、おれ……」まじまじとわたしの顔を見つめたかと思うと、立ち止まって、腕を組み首をひねった。

 ほっといていきましょう、とうながされて、ふたたび歩き出す。

 といっても、とくに目的地はない。

 歩くことが、目的だから。

 

「何かしたほうがいいんでしょうか?」

 

 しばらくしたあと、急に中森くんがそんなことを言った。

 

「何かって?」

「パフォーマンスというか……うーん、ブスっとしているよりかは、笑顔を浮かべてたほうがよさそうですけど、ミカはどう思う?」

「キミの場合は、無表情でいいのよ」

 

 まだ午前中で、天気がいい。

 ふと、彼が足をとめた。

 

「歩くのにもつかれたし、室内展示でも見ますか」

 

 教室の引き戸の、目線の高さに貼り紙がある。

〈コトバの楽園へようこそ‼〉。文芸部の出展スペースのようだ。

 正直、それほど心ひかれるものはないが、彼はスタスタと中へ入ってしまった。

 無人だ。誰もいない。

 コの字に机が配置されていて、等間隔で冊子が置かれている。

 

「オリジナルの小説のようですね」

 

 ぱらりとめくって、中森くんが目を通している。

 わたしも近くにあるのを手にとって、冒頭のあたりを読んだ。

 ファンタジー……かな?

 ゲームのRPGの世界観をベースにしてて、わたしはゲームをしないから、よくわからない。

 

「あの――」

 

 冊子に目をすえたまま、こっちに声だけかけてくる。

 

「ミカは部活動って……」

「わたしはソフトテニス部だけど」

「ですよね……文芸部に知り合いとかって、いますか?」

 

 どきっ、とした。イヤな予感のどきっ、だ。

 

「これは……信じられない……ほとんど、今のミカと同じ状況です」

 

 廊下側の窓に、シンデレラのわたしがいる。

 シンデレラじゃない、ふだんのわたしの姿も、なぜかそこに重なって見えた。

 

「見てください」

 

 つきだした手につかまれている、白い紙の冊子。

 そのタイトルを、わたしと彼でぴったり同時に読み上げた。

 

「告白に失敗するまで入学できません」

 



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決死のランナウェイベイビー

 笑い声にビクっとした。

 一人二人のものじゃない、大勢の人の爆笑。

 そんなはずはないが、わたしたちが発した言葉に反応したような絶妙の()だった。

 

「となりの教室ですね」

「となり?」と、声のしたほうを指さす。「なんかやってたっけ?」

有志(ゆうし)による落語発表会みたいですよ」

 

 ははは、とまた聞こえてきた。

 けっこう上手な人が上演しているらしい。

 

「それよりミカ、これを」

 

 中森(なかもり)くんが冊子を見開きの状態にして机の上に置いた。

 ベタっとした水色のショートボブのカツラをつけ、下手したら白い全身タイツっぽくも見えちゃうヘンな衣装を着ているのに、この真剣な態度。わたしもわたしとてシンデレラのコスプレをしているが、今は気にしてる場合ではなさそう。

 

「あらすじ……中学三年生の女子が、高校の入学式の日にいきなり時間をもどされて、タイムループに閉じこめられてしまう。ループ脱出の方法はただ一つ。男子に告白して、それを失敗させること。すなわちフられて失恋すること……」

 

 一ミリの狂いもなく、現在のわたしの状況と一致。

 

「主人公の名前は――白川(しらかわ)浩子(ひろこ)。文中の容姿の描写などを考え合わせると、おそらくミカがモデルでしょう」 

「え? 中森くん、まさかもう全部読んだの?」

「いえ……残念ながらぼくは小説の速読はできないんです」自分の髪のように、耳元の水色の髪をかるくかいた。「ハードカバー一冊読むのに二、三か月かかるタイプです。パラパラ目を通したところに、たまたまあっただけですよ」

「何が?」

「超絶かわゆいJC……って」

 

 このタイミングでこそ欲しい、となりからの笑い声。

 なんでシーンとしちゃってるわけ?

 静かだと気まずくなるじゃない……。

 

「ちょっとごめん!」

 

 机の上の〈小説〉をとりあげた。

 わたしも速読なんかできないが、とにかく内容を知りたい。

 とくに――その結末を!

 

「こんなとこにいたのか!」

「わっ」

 

 突然の大声におどろいた。

 手の力が抜けて、もはやお宝にもひとしい冊子がすべり落ちる。

 とっさに、昔やってたサッカーの名残りが出て、足でどうにかしようとしてしまった。失敗。

 つま先にあたったそれが、カーリングのように床をつーっとすべってゆく。くるくる回転しながら。

 

「――ん?」

「ん? じゃないよ! それ、ひろって! はやく! お願い!」

 

 入り口に立つ幼なじみの赤井(あかい)――の足元を抜け、廊下に出ていってしまった。

 何が何やらという表情の彼。なぜかサッカー部のユニフォームを着て、文化祭のパンフレットらしきものを片手に持っている。

 

「……どうしたんだよ、ミカオ。そんなにマジになって」

 

 もともとさっぱりした短髪だったのに、いつのまにか自然に分け目がついてしまうほど伸びている。心なしか、身長も少し伸びたのかな。これでメガネでもかけて、体育会系じゃなく文化系のカッコよさを追求していっても、けっこういい感じになるかも……あー、そうじゃなくて、小説、小説だってば!

 

「確かに、本は逃げませんよ」

 

 わたしがあわてている様子を見て、中森くんが冷静に言う。

 

「わかってるけど」入り口へいそぐ。「なんかイヤな予感が……して――」

 

 ぱっ、と視界が暗くなった。

 背の高い男子がつくった影がわたしの全身をつつむ。二人。サンドイッチするように、赤井の両サイドに立っている。

 

「ごめんなさい。ちょっと通ります」

 

 と、一歩ふみだしたものの、相手によけるそぶりが微塵(みじん)もない。

 

「すげーいいオンナ……ウワサどおりだぜ」

「な? なんか見てるだけで、たまんねえよな?」

 

 この人たち、やばい。

 それを感じ取るのが、一秒おそかった。

 

「やっ、ちょっと、はなしてください!」

 

 かわす()もなく、二の腕をつかまれてしまう。

 学校の中では見たことない顔だ。私服だし。もしかしたら高校生かもしれない。

 あらためて、やばい。

 今日は関係者じゃなくても学校の中に入れる特別な日だった。

 と、いうことは、ほぼ無差別に男子の好感度アップの恩恵……いや、呪い(・・)を受けているわたしにとっては、

 

(もっとも危険な日じゃない!)

 

 望まずとも、シンデレラのように王子様に追いかけられる可能性が。

 それを理解するのが、一日おそかった。

 

「はっ!」

 

 するどいかけ声。

 電気ショックを受けたように、腕をつかんでいた手が一瞬ではなれた。

 正拳突きの姿勢。

 みごとな一撃だ。

 

「これは……よくないですね……」

 

 なんで? きれいに命中したのに、と中森くんのほうを見ると、いつも冷静沈着な彼らしくない(けわ)しい表情。

 

「やめろって、おい!」

 

 やや反応のおくれた赤井が、サッカーのブロックのように両手で前に出てこようとする二人を制止している。

 が、

 

「うわっ!」

 

 雪崩(なだれ)が起きた。

 赤井が後ろの集団に押され、将棋倒しになった。しかも一番下に。っていうか、どこからこんな人数が?

 

「ちょっ! (あか)ちゃん! 平気⁉」

「いってー」

 

 声の感じでは、大丈夫そうだ。後頭部が見える。

 体をもぞもぞ動かして、どうにか()い出ようとしている。

 

(おーも)いっつーんだ……よっ!」

 

 ずぼっ、と赤井の上半身が脱出できた。

 安心――と思うヒマもなく、

 

「ミカ!」

 

 手をとられて、引かれた。

 

「逃げよう! 外へ!」

「でも……」入り口付近は、まだ大混雑だ。倒れて、まだ起き上がってない子のほうが多い。

「踏んで!」

 

 なんて大胆な。

 とはいえ、逃げるにはそうするしかない。

 ごめんね、と念じつつ、わたしは上履きで彼らの背中をどっしどっしと踏む。

 

「ミカ! 立ち止まるな!」

「確かこのあたりに……」

 

 あるはずなのに、あの小説が。

 寝そべっている男子たちの体に隠れて、見つけられない。

 

「あきらめましょう。まずは、身の安全を」

「そうよね……」

 

 廊下を走った。

 あーもう、ドレスのすそって、ものすごく走るのに邪魔。絵本や映画のシンデレラはどうやって走ってたっけ。こんなので階段なんか走ったら、つまずくの不可避だよ。

 注目もすごい。

 イベントか何かだと思って、すれちがったみんながスマホを向けてくる。

 

「とりあえず、女子が多い場所へ移動しましょう。そこなら、男は動きをとりづらいはずですから」

 

 どこかでカツラが脱げてしまい、今の中森くんの頭は黒髪だ。

 わたしも、髪の留め具がはずれて、アップにしてもらったのが台無しになっている。

 

「じゃあ……体育館は? 男子のバンドがライブやってるはずだけど」

「いいですね」

 

 早足で校舎を出て、連絡通路から体育館へ。

 うるさいかと思ったら、意外にしっとりとした音楽。ソロで、ギターの弾き語りをしている。

 最後尾のパイプ椅子にならんで座った。

 ふー、と一息つく。

 

「どこかで着替えて……もうミカは帰宅したほうがいい。着替えはありますか?」

「部室にあるの。だから、いったんクラブハウスまで行かないと」

「こんなときに、なんですが――」

 

 判断はおくれなかった、と思う。

 よけなくていい、と決断したのかもしれない。

 動かそうとすれば動かせたはずの、わたしの手。

 ひざの上の左手に、中森くんが右手をのせた。

 赤いカラコンの、まっすぐな瞳。

 

「ぼくはあなたのことが好きです」

「え?」

 

 ずるい、と思った。

 彼のことじゃなくて、自分が。

 しっかり聞き取れたのに、聞こえなかったような返事をするなんて。

 昔のわたしは、もっと感情にストレートだったはず。

 好きなら好き。きらいならきらい。

 あいまいになんて、したくない。

 

「ごめん、中森くん。わたしは――」

 

 わっ、と歓声があがった。

 ステージに対してではない。

 体育館の両側にある六つの扉が、いっせいに開放されたことにだ。

 館内は暗くしてあるから、扉のそばは逆光。

 恐怖を感じるほど、びっしりと人が立っている。

 

「いよいよ強行手段か。相当な執念だな……」

「出口が……ない?」

 

 演奏がとまった。

 ステージのほうも騒然としている。先生を先生を、という緊張した声が聞こえてくる。

 逃げようにも道がない。

 扉のあたりに立つ人たちが不動だから。

 

「駆け抜けるしかないのか……しかし、危険すぎる。ぼく一人ではミカを(まも)り切れない」

 

 イスから立ち上がったものの、どうしていいかわからない。

 ――と、

 

「……んだよ、行く場所もねーから聴いてやってたのに」

金月(きんげつ)!」

「おう中森」バスケットゴールのうしろ、二階の高さにある通路で片手をあげる。「と、ブスか」

「ミカをわるく言うな!」

 

 合図らしきものはないのに、同時に行動を開始した。

 体育館を取り囲んでいた彼らが、だーっ、とわたしたちのほうに走って来る。

 

「なんだぁ、こいつら?」

「金月、手をかせ! こいつらは彼女を狙ってるんだ!」

「だりーから、パス」くるっ、と背中を向けた。「勝手にやってろ」

 

 わたしに手が伸びてくる。

 一本二本三本。

 中森くんが突きや蹴りでさばいていたが、多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)

 

「だめだ……これ以上は」

「そんなにいいか~? このブスってよぉ」

 

 えっ。

 瞬間移動のように、目の前に金月くんがワープしていた。

 とびおりたんだ、あの高さから。

 

「ぱっと見、そんなにケンカなれしてるヤツもいねー。中森、こんなヤツらに苦戦してんなよ」

 

 足元に一人、踏みつけている。まさか、とびおりたついでに、倒しちゃったの? 強すぎでしょ。

 わたしと目が合った。

 へっ、と音がつくような、憎たらしくもかわいらしい、そんな微笑を浮かべる。

 

「まー、ブスでも女は女だ」

 

「女」と発音したところで、ばんばん、と二発パンチを打って、速攻で二人をK.O.(ケーオー)しちゃった。

 押せ押せでわたしに迫ってきてた集団の空気が、これであきらかに変わった。ひいている。申し訳ないけど、わたしもひいている。まったく……この子を敵に回さなくてよかったよ。

 

「ほら……逃げんなら今のうちだぜ、おまえたち(ベイビー)

 



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誓約のスリッパ―

 いろんなことが頭を駆けめぐった。

 逃げんなら、ってどっちに言ったの? 彼らに? それともわたしたち?

 そもそもベイビーって何? ダサくない? それとも一周まわってカッコいいの?

 逃げるっていってもどこから? 体育館の六つの出入り口には、一般入場と思われる私服の男の人がたくさんいるし。

 

「なんか……ヤバくない?」

「出よう、出よう!」

 

 イスに座っていた女子たちが動いた。

 どどど、とすごい勢いで出口の一つに集中。

 おっ、と迫力におされた彼らも左右に割れ、逃げる女子を通せんぼできない。

 人の流れができた。

 

「あれに乗りましょう」

 

 と、ちょうどバスが来たみたいなトーンで言う中森(なかもり)くん。

 

「……うん」

 

 目を見ずに返事した。

 感情を読まれないようにそうしたつもりだけど、

 

「気にしないでください」

 

 やっぱり彼にはバレる。

 ほんの少し前に、中森くんは不意(ふい)うちの〈再告白〉をして、わたしはそれを受け入れなかった。

 フったといってもいい。

 となると、もはや彼にはわたしなんかに関わる理由がなくなった――はずだ。

 

「それでもぼくはミカを(まも)ります」すうぅー、と音がするので見ると、細いあごと小ぶりな唇をトガらせるようにして、空気を吸いこんでいた。胸いっぱいに吸いこみ、一拍の()のあと、彼の口がひらく。「ミカのためなら、なんだってします!」

 

 突然の大声に、何事か、と体育館の中のほとんどすべての人の動きが止まった。

 

「今です!」

 

 私より背のひくい騎士(ナイト)に手をつかまれる。

 

「おう! 威勢がいいな、中森! そのブスをちゃんと助けてやれよ。下手ぁうつんじゃねーぞ!」

 

 ばたん、と床に倒れる音。連続で三回。目で確認できてないけど、倒れたのは九割九分、金月(きんげつ)くんではないだろう。おらおら、とある種よろこんでいるような声が遠くから聞こえてくる。

 中森くんに導かれて一瞬で女子のかたまりの中に入り、もう体育館の様子は見えない。

 そのまま人の波を泳ぐように移動。

 

(ごめん)

 

 彼の横顔を見ながら考える。

 異性から告白されたことは、何回かある。わたしはそれを、全部ことわってきた。ことわる、っていうのは精神的につらいものだ。もちろん告白した子のほうが傷ついてるとは思うけど、こっちだって平然とできるわけではない。少なくとも、わたしにはできない。

 告白された日の夕食は、いつも半分ものどをとおらなかった。

 今日もそうだと思う。

 

「すみません、いつまでも――」

 

 ぱっ、とにぎられていた手がはなされ、手のひらが風でスーッと冷やされる感覚。二人分の手汗のせいだろう。

 

「ここは……大丈夫そうですね」

 

 クラブハウスの周辺に、生徒はあまりいない。

 ずいぶんな距離を走ったせいか、もう追ってきている気配もない。

 わたしたちは女子ソフトテニス部の部室に移動した。三階にある。ほかの校舎とちがって、ここは土足で入れる……といっても、いま履いているのは校内用の上履きだけど。

 

「じゃあ、外で待ってます」

「うん」

 

 みじかいシンデレラ生活も終わった。

 いつもの制服に(よそお)いを変える。

 三分くらいしかかかってないと思う。かなり急いだほうだ。

 

「いいよ。とりあえず中森くんも中に入る?」と、ドアの外に呼びかける。ドアの上のほうがすりガラスになっていて、彼の頭だけが見える。もちろん頭は部屋のほうを向いているはずもなく、後頭部。

「……」

「中森くん?」

「いえ、なんでもありません」

「まだ外はあぶない人がウロウロしてるだろうし、少し時間をつぶさない?」

「……」

「中森くんってば」

「いえ」はっ、と息をのんだ。「なんでもありません(・・・・・・・・・)

 

 なんでもなくない!

 部屋の外で何か起こってる。よくないことが。

 そういえばクラブハウスの中は無人じゃないのに、いやに静か。考えてみれば、おかしい。誰かのおしゃべりの声すら聞こえてこないなんて。

 

(どうしたらいいの?)

 

 窓を見た。でもその外はベランダも何もなくて、脱出ルートはない。

 横の部屋につづくドア――もない。各部室は独立しているから。

 

「うっ‼」

 

 ガラスの向こうで彼が頭をおさえている。

 

「どうしたの! ねえ、中森くん⁉」

「だめだ……今、あなたが出てきてはいけない……あなたじゃなくて、ぼくがミカを助けるんだ……」

 

 あなた?

 それは、わたしのことじゃない。きっと青江(あおえ)のことだ。

 

「110番……しましたよ、ミカ。警察のかたは優秀です。あと少しの間、そのまま閉じこもっていれば、あなたは安全だ」

「誰かいるの? わたしを狙ってる人たちが、すぐそこまできてるんじゃないの?」

「ミカ、お願いがあります。これからぼくに何があっても――しっかりとドアを閉めていてくだ――」

 

 ふっ、と彼が見えなくなった。

 がちゃがちゃがちゃ、とドアのレバーが動いている。ガラスごしに、誰か知らない人の首元がある。

 恐怖で体が動かない。

 意味もなく上履きの先端を見つめる。

 

「――残念。ガラスのくつじゃないんだ」

「ちょっとトモコ! 勝手にドレスをめくらないでよ!」

 

 まだわたしがループに(とら)われる前の、最初の文化祭。中学最後の文化祭。

 教室の風景。

 前日か前々日の、衣装合わせのときだったと思う。

 

「ま」と、やっとドレスから手をはなす。「どっちも同じ、スリッパだけどね」

「なんのこと?」

「シンデレラのガラスの靴って、英語でグラース・スリッパーっていうのよ。で、ミカが履いてる上履きも英語だとスリッパーってわけ」

 

 さすがトモコね、と感心したら、えいっ、とまたしてもドレスをはね上げられた。で、教室の外まで追いかけていったんだよ。そのとき、追うわたしに肩ごしに見せたトモコのいたずらっぽい笑顔ときたら……大切な思い出のワンシーンだ。

 

(結局、この世界でも、トモコに声をかけれなかったな)

 

 親友なのに。

 だんだんわたしのことが嫌いになるなんて、残酷すぎるよ。

 

「ぐあっ!」

 

 中森くんだ。

 すごく痛そうな声。

 外からレバーを動かしていたのが、いつのまにか止まっている。

 まるで――

 

(助けたければこのドアをあけろ、っていうのね)

 

 無言でそう要求されているようだ。

 迷ってない。

 覚悟は決まった。

 

「やめて!」

 

 いっせいにわたしを見た。一目でカウントできないほど、男子たちがいる。うちの学校の制服を着てる子もいる。誰のだかわからないが、香水の匂いもする。

 

「もどるんだミカ! 出てきてはいけない!」

 

 声のほうを見るが、そっちには開けっ放しの窓があるだけ。

 え?

 もしかして……

 

「くるなっ!」

「すぐ助けるから!」

 

 窓の(さん)に指をひっかけて、今にも落ちそうな彼の姿。

 誰がこんなひどいことをしたの? こんなひどいことができるの?

 どうして誰も助けようとしないの? 助けてくれないの?

 

「ワナだミカ! 落ちようとしているぼくが、あいつらが仕掛けたワナなんだよ!」

 

 背後で人が動いたのがわかる。

 わたしを……とりおさえる気だ。

 彼らにとりおさえられたあとのことなんか、絶対に想像したくない。

 

「ミカ。すまない。ぼくがもっとうまく立ち回っていれば……」

 

 あやまらないで。わたしのほうこそ、巻き込んでごめんなさい。

 ゆっくり、中森くんの指が滑っていくのが見える。

 彼はもう限界だ。非力なわたしがつかんだところで、引き上げられるかどうか。その前に、うしろの男たちがわたしに触るほうがはやいだろう。

 こうなったら、わたしもいく。

 これが、唯一の解決策。

 

「中森くん……わたし」

 

 彼の手をとって、そのまま建物の外に飛んだ。

 空中で、どっちが上か下かもわからない状態で、わたしは彼と見つめ合った。

 

「あなたが好き! つきあってください!」

「ありがとう、ミカ。ぼくも大好きだ……よろこんで、つきあうよ」

 

 にこっ、と浮かべた彼の微笑は、さみしそうだった。

 

「地面に落ちる前に……ミカがどこかへ行ってしまう前に……ぼくは約束する」

 

 雨なんかふるはずない、いい天気。

 わたしの目元から、小さな水滴が二滴、三滴、青い空に向かって落ちてゆく。

 

「次のループでも、ぼくは必ずミカを助けます!」

 



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新緑のトランスファー

 ぽふっ、と尻餅(しりもち)をついた。

 あの落下速度がうそのような、ソフトな着地。

 

(はあ……)

 

 わたしは目をつむった。

 自分で選んだこととはいえ、みごとに告白が成功して、すべてが水の泡だ。それどころか、ループごとに男子の好感度が上がるっていう話だから、次はさらにハードルが高くなる。

 

(大丈夫! ポジティブにいこう! いけるいける!)

 

 小さい自分がポンポンを持ってチアアップしているイメージが頭に浮かんだ。

 うん。がんばるしかない。

 地面に手をつき、よいしょ、と立ち上がった。

 

「なんだよ。こけるとか、らしくねーな、シラケン」

「バカ、アオ。おまえがとりにくいパス出すからだろ」

 

 えっ。

 なんだか、聞き覚えのある声。

 ふりかえりつつパンパンとスカートのホコリをはらうと……

 

(スカートじゃない)

 

 はいているのは短パン。丈みじかめの半ズボン。ピンク色。せっかく買ってくれたのに「こんな女の子っぽいの、いらない!」とお母さんに猛抗議した服。体が成長して着れなくなって、今はもうない服。

 その短パンをかくすように、上にはぶかぶかのナイロンジャージを着ている。黒い、有名なスポーツメーカーのヤツ。こっちは、家のタンスに今もまだある。

 あれ……なんなの、これ? 

 真っ赤な夕焼け空。

 夕方のにおい。

 目に入るものすべて、セピア色をかけたように見える。

 

「ミカオ、どうした? 気分でもわるいのか?」

 

 下から心配そうにのぞきこんでくるのは、昔の赤井(あかい)

 

「え……まじかよ。おれのせいか?」

 

 同じく下から、赤井を押しのけるようにして言う、青江(あおえ)

 二人とも、小さい。

 声変わりもしていない。

 夢?

 たぶん、自分もふくめて小学校の高学年なんだと思うけど。

 

「ねえ、(あか)ちゃん。今、何年生?」

「え……五年、だけど」

(あお)くん、ここどこだっけ?」

「おいおい、しっかりしろよ、シラケン。頭うったようには見えなかったぜ~?」

 

 と、おどける感じで言う彼を見下ろしていることに気づいた。

 わたしより背が低い。赤井も青江も。

 そっか、小五のころといえば……まだわたしのほうが背が高かったっけ。

 

(ここって――)

 

 まわりを見わたした。

 小学校の近くの空き地だ。よく、みんなといっしょにミニサッカーをして遊んだ場所。

 

(何かのはずみで過去に飛ばされたのかな……夢にしては妙にリアルだし……)

 

 現実の世界では、もうこの場所にはマンションが建っている。建っていないということは、現実の世界ではないということだ。

 

(そうでしょ? 中森(なかもり)くん)

 

 彼みたく、口先にかるく手をあてて、わたしも〈名探偵〉してみた。

 そんなに大それた推理でもないけどね。

 

「な、なんだよ……あやまれって言いたいのか?」

 

 いけない。

 小五の青江がかわいらしすぎて、ついじーっと顔を見つめてしまった。なるほど、この子が数年後には女子たちの憧れの的になるのか――とか言って、すでに当時から人気はあったけどね。

 

「まあまあ、楽しくやろうぜ、楽しく」

 

 赤井も、このときはほとんど丸坊主みたいな髪型で、とてもキュートだ。

 ふわ、と風がふいた。近くのどこかの家は、今日の夕飯はカレーらしい。

 

「まだ時間、大丈夫だろ?」

「うん」と、赤井に向かってうなずく。すると彼もうなずき返して、ダーッと走っていってしまった。足元にサッカーボールを転がしながら。

 わたしも、それについていく。

「あ、あのさっ!」

 うしろから青江が声をかけてきた。

「べつに、どうでもいいことなんだけど……」

「何?」

「おれは『青くん』で、アカのヤツは『赤ちゃん』って呼んでるだろ?」

「そうだね」

「じゃあ、なんで……あいつだけ下の名前で呼んでんの」言うと、ぷいっ、と顔を(そむ)けてしまった。そのまま、わたしを追い抜いて走っていく。

 

(あいつ?)

 

「おーい!」と、遠くから元気な声。空き地のはしっこのほう。片手をぶんぶんと振っている。「パスパス!」

「おう!」地面をころがすパスを、声のほうへ送った赤ちゃん。

 

(え? もう一人いる……)

 

 この時期、いっしょに遊んでた男の子って誰だったかな。

 距離が遠くて、顔がぼや~っとしか見えない。

 緑のチェック柄のシャツに、チノパン。

 髪の毛は、くるくるした天然パーマで、まるでヘルメットをかぶっているような輪郭。体は大柄。ここにいるみんなの中で一番背が高い。

 

「よし! ほらほら赤井に青江よ! オイからとってみぃ!」

 

 あの豪快な感じ。

 

「こいつ!」

「左右から同時につっこむぞアカ! このバカを調子にのらせんな!」

 

 ばーっと三人のまわりに砂埃がたって、ますます姿が見えなくなったが、思い出した。

 リョーマだ。

 緑川(みどりかわ)竜馬(りょうま)

 小五の夏に転校してきて、小五の冬には転校していってしまった、かつての友だち。

 

(なっつかしー! あいつって、どんな顔してたっけ)

 

 そっちに向かって一歩ふみだすと、

 

「いたっ」

 

 反対方向に体を押され、ぺたんとお尻から地面についた。

 目の前には、あこがれの高校の校舎。自分の体に視線を落とすと、着てるのはその学校の制服。

 ――と、いうことは、

 

「残念でございましたね」

 

 黒フードの人がいる。相変わらず、フードの奥の顔はすこしも見えない。

 

「……今の、なんだったの?」

「今の……と、申されますと?」

 

 とぼけている感じではない。

 まあ、表情がわからないから、そもそも読み取りようがないんだけど。

 とにかくこれ以上質問しても無意味だろう。実際、ただの夢だったのかもしれない。

 

「さて、また何か質問はございますか?」

「うーん」

 

 いろいろあったせいで、頭が回らない。

 とくに、直前の〈飛び下り〉がインパクトがありすぎて。

 

「それでは、好きな季節を――」

「待って!」

「なんでしょう」

「季節っていうのは、四季だけ? たとえば……初夏とか晩秋みたいなのはないの?」

 

 現時点、やりたいことは一つ。

 文化祭で文芸部が展示していた、あの小説の確認だ。内容と、作者と。

 しかし、あんなこと――大勢の男子に追い回され、追いつめられた――があった以上、もう〈秋〉にはもどれない。選んだら、また危険な目にあう。

 晩秋もしくは初冬、ぐらいがいいんだけど。

 

「白鳥様が選べるのは……春……夏……秋……冬」

 

 やっぱりそうだよね、と思ったとき、意外にもフードの人が言葉をつづけた。

 

「そして……もう一つの春(・・・・・・)、以上、五つの選択肢がございます」

「もう一つの春?」

「はい」

「それって何?」

「実態は把握しておりません。ただ――『あなたの願いが反映された世界』とでも申しましょうか」

「わたしの願い? そこではトモコが親友にもどってたりするの?」

 

 フードの左右にしわが寄った。たぶん首をふったんだろう。

 行かないとわからない、ということか。

 ふつうなら〈冬〉をえらぶところだろう。あの小説が、今後において大きな手がかりになりそうだからだ。

 

「はあ」

 

 ため息をついた。

 

「……いったいどうしたのよ、わたし」

 

 自分で自分に疑問符。

 あのとき、口が、べつの意思を持ったように「もう一つの春!」と動いてしまった。

 季節はめぐる、いつも美しく、とお決まりの文句をつぶやいたのを聞くと、わたしの体は次のループの世界に移った。すなわち〈今・ここ〉だ。

 見なれた中学の校舎に入り、教室の自分の席についた。

 えーと、とりあえず文芸部にいってみれば、何かわかるのかな。たとえ、あの話がまだ未完成だとしても。

 

「へへ……とうとう同じクラスになっちゃったな、ミカオ」

「ほんと、まさかだぜ、シラケン」

 

 幼なじみの二人があらわれた。

 どっちもしっかり声変わりずみ。

 

「……にしても、ギャラリーがすげえな」

「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」

 

 そっか好感度アップの件。

 また増えてるわけか。

 おそるおそるそっちを見ると、

 

(え)

 

 あんまり増えてない。

 っていうか、減ってる。

 さだかではないが、一番最初の始業式の日が、これぐらいだった気がする。ギャラリーがすごいといっても両手で数えられる程度だ。

 

(べつに、がっかりとかしてないから!)

 

 ぶんぶんと頭をふった。

 そう。これはこれでいいこと。とても望ましいこと。

 ん? 願いが反映される、ってこういうことなの?

 

「ほら席につけ」

 

 先生が教室に入ってきた。 

 ささいなことだが、入ってくるタイミングがいつもより早い。いつもなら八時半に入ってくるのに、まだ八時十五分。

 

「えー、転校生を紹介する」

 

 教室がざわついた。

 数秒後、ざわつきが悲鳴に変わった。おもに女子の。

 

「みなさん、よろしくお願いします」

 

 鬼に金棒、といわんばかりのイケメンのイケメンボイス。キャー、のギアが一段階あがった。

 しかも、ぺこっ、と下げた頭の位置が、そばに立つ先生より高い。

 確実に180はあって全体的にスリムで、みごとなモデル体型。

 とんでもないスペックの男の子だ。

 え?

 ちょっと待って、あのヘアスタイルは。そこだけ、大きさもそのまんま、〈小五のあいつ〉からすりかえたようなモフモフの天然パーマ。

 まさか……

 

「緑川竜馬です」

 

 やっぱり!

 みじかい間だったけど、よくいっしょに遊んでた、あいつじゃない!

 先生がなだめて、やっと女子の歓声も少し落ちついてきたところで、リョーマがクラスメイトをぐるりと見回して言う。

 

「みなさん、よろしくお願いします。ただ、二人(・・)だけは別ですが――」

 

 二人? 二人って何? と、またザワザワしはじめる。

 八時半のチャイムが鳴った。

 チャイムの大音量の反動で、すっと静かになる教室。

 と、思ったら、その静寂は唐突に破られて、

 

「赤井に青江ぇ!」

 

 教室全体がふるえるような大声を出した。

 

白鳥(しらとり)をもらいにきた! くやしかったら、オイからとってみぃ!」

 



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