Troubる (eeeeeeeei)
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一話 おはよう×おやすみ

ーーーーー

 

 目が覚めた。

 

 ここはどこなんだ……

 今現在の状況は全く身に覚えがない。

 

 なんなら……自分が誰なのかすらもわからない。

 

 疑問ばかりの今、もう少し考え込みたいのだが、周りの状況がそうはさせてくれないらしい。

 

 今は車の後部座席に座っている。それはいいのだが、問題はここがものすごく暑い事だ。

 

 前を見ると、運転席の男と助手席の女は意識がないのか、ぴくりとも動かない。

 フロントガラスは割れて原型はほとんど残っていない。

 その車の先端の更に先では火が上がって、壁に車体の先端がめり込んでいるのがわかった。

 

 砕けたガラスの破片が散乱している車内。

 一通り辺りを見回したところで、シートベルトを外した。

 

 これは、いったいどういう状況なのか……

 

 ひとまず、事故を起こした車の中であるということは把握した。

 

 ちりちりと車のシートの焼ける音を聞きながら、急に嫌な予感に襲われた俺は、咄嗟に車のドアを蹴り破り外に出た。

 

 瞬間、車は爆発した──

 

 爆風に押し出されつつも車外に飛び出てアスファルトを転がる。

 

 横たわりながらもふと顔を上げて見る。

 何やら遠くに人影が見えたので、目を凝らしてみる。それは人間のように二足歩行ではあるが、頭部にすらも赤い体毛を生やした、まるで狼のような人型のナニカが立っているのが見えた。

 

 遠くからではあるが、あきらかに自分の知る人ではないナニカを見上げていると、ふと横から声がした。

 

「───大丈夫?」

 

 心配そうな、幼い声。

 

 ツンツン髪の少年と、少年の背中にしがみついて隠れながらこちらを見ているダークブラウンの髪色をした少女が目に入った。

 良かった。こっちはよく知った人間の見た目をしている。

 

 よく知った?どうやらどこかに記憶というものはあるらしい。

 

「うん、俺は大丈夫。おまえらは?」

 

 よく見ると2人の服も爆風のためかひどく汚れていた。

 

「車が爆発したんだぞ!ほんとに大丈夫なの!?あっおれはリト。結城リト。こっちは妹の美柑。俺らは大丈夫だけど、あんたは大丈夫なのかよ!?」

 

 会話をするうちに、だんだんと意識も覚醒してきた。

 記憶はいまだに曖昧だが、一般的な教養はあるみたいだ。

 

 どうやらリトと妹は獣人には気付いていないようで、単純に俺の心配をしてくれている。

 ひとまずこの子たちはこのわけのわからん獣人がいる事故現場には似合わない。

 

「だから大丈夫だって。リトは早く妹と一緒に離れたほうがいい」

 

 俺はリトと会話をしながらも、遠くに見える獣人がこちらを見ていることに気付いた。さっさとこの二人をここから離れさせないとな。

 

「わ、わかった!でも、あんたは?動けるのか!?」

 

 今だに転がった後で膝をついている体勢だったためか、なおもこちらを心配してくるリト。

 

 こいつは良いやつなんだろうな。

 

 そう思いながら、言い聞かせるように、そしてさっさと逃げないリトに少しイラついたように言う。

 

「だーかーら、大丈夫だっつの。俺は適当に逃げるから。早く行けよ」

 

 リトはようやく頷いて、妹の手を引いて走っていった。

 

 

------

 

 

 獣人は戸惑っていた。

 

 地球という惑星の住民はひどく脆く、弱い。

 

 もともとはそう聞いていたし、実際に自分たちがこの惑星についてすぐに出会ったものは、目の前の車の中で意識を失い、そのまま燃えている。

 自分にぶつかっただけの衝撃でいとも簡単に車はあのような状況になっている。

 たまたまそばを歩いていたのであろうガキ2匹も爆発でこけただけでしばらく動けなくなっていた。

 

 だが、横たわりながらも自分を見上げている"子供"からは妙な感じがする。

 みすみす二匹のガキを逃がしてしまったが、こいつが気になって動けない自分がいる。

 

 きっとイライラしているであろう自らの兄貴分に視線をやる。

 さっさと殺れとでも言うのであろう。

 もちろんそのつもりだ。

 嫌な予感を感じながらも子供へと向かって歩く。

 

 だが、自分では感じていないのか、気付いていないフリをしているのか、それとも獣らしく野生の勘が働いた事を無視しているのか、

 

 自分では気付かないが、額からは嫌な汗が出ていた。

 

 

--ーーー

 

 

「おい!さっさとそいつを殺って行くぞ!逃げたのはほっとけ」

 

 見上げる赤毛の獣人とは別方向より声がした。

 なんだ、ほかのもいたのか。

 そう思いながらも自分の近くにいる赤毛の獣人からは意識は離さない。

 

「わかってるよ」

 

 そういいながら赤毛の獣人は近寄ってくる。

 俺はそれを見ながら立ち上がり、服に着いた汚れを払う。

 汚れを払い終え顔を上げると、自分の目前にまで赤毛の獣人は迫っており、今は右腕を振り上げていた。

 

 あぁ、こいつは俺を殺す気だ。

 狼っぽい見た目をしてるし、あんな俺の顔よりもでかい手の爪で頭を抉られたら即死だろうな。

 などと考えつつも、

 俺は無意識に行動していた。

 

 振り下ろされるべき腕の空間を見つめ"結界"を生み出す。

 

 自分の頭と、自分を殺すべく振り上げられた相手の右腕の間に薄青色の半透明な立方体が突如として現れた。

 

 自分の命を奪うであろう右腕は振り下ろされることなく、薄青色の結界に阻まれ宙に止まる。

 

 自分はもともとこれができて、これを活かした職業にでもついていたのだろうか?

 そんなどうでもいいことを考えながら、右手の人差し指と中指を立て左に右手を振るう。

 突如として獣人の顔面右側に現れた薄青色の立方体は、すぐさま直方体へと変わっていく。

 伸びていく道中にあった獣人の顎先を結界が打ち抜いた時、目の前のソレから小さく声が聞こえた。

 

「えっ?」

 

 

------

 

 

「わかってるよ」

 

 なんだってこんなガキが出てきたぐらいでイラつかれなくてならないのか、たしかに2匹逃がしたが、こんな未発展の惑星の、しかもガキを2匹逃がしただけだ。そんなことを脳内で考えながら答えた。

 

 自分の怒りっぽい兄貴分である青毛の獣人を一瞬見ながらもそう答える。

 俺がガキのそばに行く頃には、ガキは立ち上がっていた。

 余裕を持っているのか、もしくは何も考えられないのか、転がり出てきたときについた服の汚れを払っている。

 

 さっさと殺るか。

 そう思い右腕を上げ、爪をだす。

 獣特有の皮を切り、肉を裂く爪を立て、目の前の子供の頭目掛けて振り下ろそうとした。

 

 だが、なぜだかわからないが、振り下ろす右腕が進まない。

 そこに壁でもあるように。

 ガキが小さく右手を振るったあと、俺は意識を手放した。

 

 

------

 

 

「おい、何やってんだ?」

 

 赤毛の獣人を片付けたので、ようやく目線と意識を青毛の獣人へと送る。

 どうやら青毛の獣人はなにがおこっているかわかっていないらしい。

 倒れ動かない赤毛の獣人を見ながら声を荒げている。

 

「おい!!クソガキ!!なにしやがった!!」

 

 俺は少し考えるそぶりをして素直に答えた。

 

「───さぁ?」

 

 仕方ない。だって俺自身もまだよくわかっていないのだ。

 答えて欲しいのならまず落ち着いた時間をくれ。

 

「クソがっ!!」

 

 青毛の獣人は吠えながら両腕に抱えていたボストンバックのようなものを道路へと投げ、こちらへと走りだす。

 どうやら時間はくれないらしい。

 次は不意打ちは厳しいだろうか?そう思いながら身構えていると後ろから声がした。

 

「──バカどもが」

 

 突然の声に驚き、咄嗟に前のめりになった。

 

「いってぇ!」

 

 直後、背中に焼けるような痛みが走る。

 歯を食いしばってそれに耐えつつ、声の聞こえた位置に振り向き様に回し蹴りを放つが、後ろにいた茶毛の獣人は後ろに飛び俺の蹴りを躱した。

 

 もう一匹いたのかよ…

 

 内心で毒付きながらも行動に移る。

 躱された蹴りの追撃に茶毛の獣人の前に人の胴くらいはある結界の壁をはり、それを急速に伸ばして獣人の体ごと弾き飛ばした。

 

「──ちっ!」

「あ、兄貴!!?」

 

 俺の結界によって茶毛の獣人を吹き飛ばし、青毛の獣人は茶毛の獣人を追って駆けていった。

 空へと向かってかなり強めに力を込めたのでわりと遠くまで吹き飛んだはずだ。

 

 背中が痛い。

 

 背中側の服が3本の線状に切れている。

 ひっかきやがったかな。あの犬め……

 そう思いながらも俺は、青毛の獣人の投げたボストンバックが気になっていた。

 

 わざわざあんなでかいもの持ってたんだ、大事なもののはず。

 かついだバックはなんとも重心が安定せず持ちづらい。

 なんなら少し動いている気がする。

 

 なんだか怖い気もしてきたが俺はバックを開けた。

 

 

------

 

 

 その日は天気の悪い日だった。

 

 デビルーク星を離れ、星間旅行に行っていた私たち双子とお姉様。

 そこで私は、獣人型の星人に誘拐された。

 

 双子の姉であるナナは無事だったのかはわからないが、お姉様の声はした。きっとお姉様も捕まったのだ。

 何かに詰められ何も見えないが、声は聞こえる。

 

 ──ドズッ!

 

「うぅ!」

 

 何かを打ち付けるような音とともに、お姉様の悲鳴のような声がした。

 

「おい、もしかしてこっちが第一王女か?」

 

「さ、さぁ?でも暴れたんで殴るのってのは当然の事だとは思わないか?」

 

「どっちでもいい。逃げられても、うっかり死んでても予備があるのはいいことだろう?」

 

 どうやら最低でもこいつらは三人はいるらしい。

 なんとも最低な事を話している。

 気付いたら私は泣いていた。

 

 怖い……これからどうなるのだろう?何をされるのだろう?…

 

 お姉様……お父様……お母様……ナナ………

 

 ───誰か……助けて……

 

 

------

 

 

 俺は困惑していた。

 開けたバックにはピンク色の髪をした美少女が入っていた。

 猿轡をされ、気を失っているが間違いなく美少女。

 ただ、髪色が……ピンク?

 こっちもヒトじゃないのか?

 

「────おい。」

 

 横から蹴りが飛んでくるが、目線だけで自らの顔面横に結界をはり防ぐ。

 

「変わってるな。これがおまえの能力か?」

 

 なにやら大物ぶった茶毛の獣人の喋り方がいらつく。

 もう戻ってきたのか。

 

「……もっかい消えてろ」

 

 俺はこの場から距離を取るように結界をはった。

 先程とは違い、弾き飛ばす事に長けた結界を生み出す。

 ついでに少し後ろにいる青毛の獣人もまとめて吹き飛ばす。

 

「くっ、またか!──」

 

 何か言いながら吹き飛んでいく2匹を見届けた俺は、もう一つのバックも開けた。

 

 目が合った。

 先程の子と同じピンク色の髪。

 こちらの子の方が髪は短く少し幼い。

 おそらく2人は姉妹か何かだろうか。

 

 こちらの子は意識があるらしい。

 怯えた目をしてこちらを見ている。

 目尻には涙の跡が見える。

 

 俺を誘拐犯と思ってたりしないかな?

 そんな事を不安に思いながら猿轡と、手足の拘束を解いてやる。

 

「───ぁ……ありがとうございます…」

 

 捕まってどれほど経っていたのかはわからないが、小さくかすれた声のため、消耗が伺えた。

 

「お礼は…助かった後で」

 

 俺はそう言いながら、いまだ意識のない子の拘束も解きながら二匹の獣人が吹き飛んだ方向を見る。

 

 車の事故から5分くらいは経っただろうか?

 そろそろ警察やらがきてもいい頃だとは思うが、生憎ここは獣人やらピンク色の髪の子やらがいる、"俺の知っている世界"と同じだとは考えない方が良い。

 

 もう一人の子の拘束も解けたところで二匹の姿が見えてきた。

 

「おまえ、地球人ではないのか?」

「てめぇ、ぶっ殺す!」

 

 2匹がこちらに向かってきている。

 

 地球人というワードに引っ掛かったが意識のある、幼い方のピンク髪の子は震えていた。

 

「あ……ぁぅ……」

 

 あきらかに怯えている。

 

 事情はわからないがこんな子供に……俺は子供好きなのだ。

 

 獣人どもになんだか殺意が芽生えてきた。

 だが、ひとまずこの子を落ち着かせてからだな。

 

「──大丈夫だ。今日は無理でも、そのうちまた笑える日が来るから」

 

 笑顔でそう伝え、俺は二匹を"殺す"べく歩き出した。

 

 

 記憶はだいぶはっきりとしてきた。 

 

 車の後部座席で目が覚める前の記憶が、この世界に来る前の記憶が──

 

 ただ今はそんな事はどうでもいい。

 

 こいつらをどうやって殺すか

 

 ただそれだけに意識を集中する。

 

「ダンマリか!?じゃあ死ね!!」

 

 雑魚のような台詞を吐きながら前傾姿勢で走ってくる青毛の獣人を見ながら、視界の隅に茶毛の獣人も入れておく。

 どうやら茶毛の獣人は動く気がないらしい。

 こちらを探っているのか、いずれにしても好機。

 動かないのなら、まっすぐに向かってくる馬鹿をハメるだけ。

 

 ノーガードな俺に突っ込んでくる青毛の獣人の顔の少し前に、拳大の結界の玉を生み出す。

 

「うごっ!」

 

 突っ込んで来ていた青毛の獣人は突如現れた障害物を避けられるはずもなく、鼻先を打ちつけ仰反る。

 

「疾ッ!!」

 

 俺はすかさず距離を詰め、腹に右足を乗せるとそのまま地面に打ち付ける。

 

「ごぶ」

 

 口から涎なのか血液なのか、薄赤色の液を垂らしているが気にしない。

 右足はそのままに、左足で顎を踏み砕く。

 

───バギャ!!

 

 骨と歯が折れる音がするが、それも気にしない。

 次は目を右足のかかとで何度か踏みつける。

 両目が完全に陥没し、呻き声も静かになってきたあたりでようやく茶毛の獣人が話しかけてきた。

 

「おまえは何なんだ?」

 

「──さぁ?」

 

 先程と同じ返答。

 

 ただ、今回は顔や体は倒れている獣人の体液で汚れ、自分でもわかるくらいに口元は歪んでいた。

 

 それを不快に思ったのか、茶毛の獣人は舌打ちをしながら構えをとる。

 

「ちっ、答える気はないか……まぁいい。そいつらと俺を同じと思うなよ?」

 

 答える気がないのでは無く、"この世界"の自分を知らないので答えようがないだけなのだが、仕方ない、俺も左半身を前に出し膝は少し曲げる。

 左手も少し曲げ前に出し、後ろ側に回した右半身に右手を隠すよう垂らし構える。

 右腕は結界や防御のため相手の視界から隠し、左肩で顎をカバー。

 前に突き出した左手は攻撃にも使えるし、相手の攻撃を迎撃することにも使える。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 茶毛の獣人は咆哮とともに上下左右に高速で移動しながら近づいてくる。

 何度も結界で吹き飛ばしたため慣れたのか、的を絞らせない。

 幾度かのすれ違いを経た後に肉薄。

 打ち出すつもりであろう引いた右手はフェイント。

 

 本命は───

 

「こっちだろ?」

 

 俺はそう答えつつ、結界で作った棍を右手に作成しており、根で右側の背後から迫る爪を防いだ。

 

「さっきから、なんなんだそれは?」

 

「さぁ?」

 

 今回はすぐに答えたが相変わらずの俺の返答に流石にイラついてきたのか、そのまま近接戦にもつれ込んだ。

 

 獣型なだけあって、かなり早く、力も強い。

 

 直撃はしていないが爪が何箇所もかすり、俺の服はいたる所が小さく避け、血が滲んでいる。

 

 早い……けど、そろそろ合うかな───

 

 そう考えながらも何度目かに茶毛の獣人が繰り出してきた左手。

 ここだ!相手の拳に沿うように、レールのよう斜めに生み出した結界で腕をそらし、体勢を崩した隙に左脇腹を斜め下から棍で打つ。

 左手を振った勢いと俺に打たれた勢いを乗せ、左足でこちらの顔面に蹴りが来るが、棍を回し蹴りに合わせてスネを打つ。

 更に根をもう半回転させ足の甲を砕く。

 

「ぐっ!」

 

 流石に効いたか、茶毛の獣人は左足を抑えて呻く。

 

「たしかに前の2匹よりは、強かったよ──」

 

 俺はそう言って足を抑えているために下がっている顔目掛けて棍を振り上げようとした瞬間、目の前の景色がぶれた。

 

 ドズッ

 

「──君らの一味って、金額の割にたいしたことなかったんだねー」

 

 俺と茶毛の獣人の間に、黒白の柄物のパーカーを着てフードを被った男がいた。

 

 横顔しか見えないが、目つきは悪く黒髪が目にかかっている。

 

 パッと見は完全に悪役顔だが普通に人間だ。

 

 ただ異質なのはそいつの持っているナイフが俺の右胸を貫いていること、嫌な音が体の内側から聞こえた。

 

「たかが誘拐もまともにできないなんてさー」

 

 そいつは俺の方を見ることもなく、そのまま俺の胸に刺さったナイフを肩まで振り上げた。

 

「あああああぁぁぁ!!!」

 

 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 なんだこれ、右腕がもがれたのか?

 痛みを通り越して、自分の体に起きている事態を正確に把握できないでいる。

 

「このガキが想定外だっただけだ!まだ依頼をしくじった訳じゃない!!」

 

 茶毛の獣人が焦ったように何か叫んでるが、俺はそれどころじゃない。

 

 こいつはヤバイ。

 

 俺を舐めてる内に殺さなきゃ殺される。

 俺は結界を刀に変え、男の死角から突き刺すべく操作するが、

 

「いやいや、もう失敗だよー。デビルーク王直々にこっちに向かってるみたいだし。もうすぐ来るんじゃない?」

 

 そいつはなんて事もないように、茶毛の獣人と会話をしながら俺の作った刀を掴み、もう一方の手に持った、俺の右肩を裂いたナイフで俺の腹を刺した。

 

「イヅゥゥ!」

 

 痛い、熱い。

 

 逃げるように転がりナイフは抜けた。

 腹に空いた穴からは血が溢れてきた。

 

「──ふーん。まっ、想定外は認めるけど、別に面白い"能力"持ってるってだけでたいした事ない"子供"じゃん?デビルーク王も力を失ったままみたいでまだ楽しめなさそうだし。もういいよ」

 

「勝手なことを!!報酬はどうなる!?」

 

「どうせ死ぬのに必要ないでしょ。───ばいばい」

 

 黒髪の男は笑顔で茶毛の獣人に向かって手を振ると、茶毛の獣人は体はそのままに頭部だけが地面に滑り落ちていた。

 

 

──どうやった?

 

──こいつはヤバすぎる。

 

──"また"死ぬのか?こんなすぐに……

 

 動けない体でそんなことを俺は考えていたが、あまりの痛みのせいか、血を流しすぎたためか、俺の意識はだんだんと薄れていった。

 

 

------

 

 

「大丈夫だよ。今日は無理でも、そのうちまた笑える日が来るから」

 

 そう言ってあの人は私たちを誘拐した獣人の方へと歩き出した。

 

 その背中は爪で裂かれたのか服は裂け血が滲んで垂れていた。

 そんな背を見送ると私はいまだ目覚めないお姉様の頭を抱いて壁に持たれる。

 本来怪力なデビルーク人だが、打たれた薬のせいだろうか、うまく力が出ない。

 あの人が獣人共に向かっていってどのくらい経っただろう?

 あの人は無事なのだろうか?

 私たちは助かるのだろうか?

 不安でどうにかなりそうになったその時に声がした。

 

「ララーーー!!モモーーー!!無事かーーーー!?!?」

 

 お父様の声。

 

 お母さまも横におり、親衛隊の姿も見えた。

 

──良かった。

 

 助けに来てくれた。

 

 私は心から安心し、お姉様もちょうど気がついた。

 

「モ、モ……?…良かった。無事だったんだね…」

 

「お姉様……はい。お父様もお母様も助けに来てくれましたよ」

 

 その後、私とお姉様は、お父様とお母様、親衛隊に救出され、私たちを誘拐した獣人三人は横たわっていた。

 

 全身に布を被されておりよく見えない。

 

 あきらかに元々の身長よりも低い気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 助かったのだとまた実感していると、そのそばで親衛隊が取り囲んでいる人が目についた。

 

 あぁ、あの人だ。

 

 私とお姉様を助けてくれたこの惑星のあの方だ。

 

 私は気を失っていたため知らないであろうお姉様にもあの方が私たちを助けてくれた人だと話し、そばに駆け寄ったが、目の前に来て一瞬息が止まった。

 

 体中血塗れ。

 

 右胸から右肩まではキレイに裂けている。

 

 腹にも穴が空いていて、もう出る血がないのか、黒く変色し固まっている。

 

──見ためでは完全に、死んでいた。

 

「この方が、2人を助けてくれたのですか?」

 

 お母様の声。

 私は泣きながら頷いた。

 お姉さまも、横で泣いている。

 

「そうですか、あなたたちの命の恩人はなんとしても助けます」

 

 だから安心して。

 と言ってお母様は私の頭を撫でてくれた。

 

 その人は私達に何かあった場合のために用意していた最新の医療カプセルへ運ばれ治療している。

 

 が、私はよく聞こえておらず気を失ったため、後からそう聞いたのだ。

 

 

------

 

 

「もう心配はありませんよ」

 

 あれから私たちはデビルーク星に帰り、私もお姉様もすっかり元通りの生活に馴染むくらいに回復していた。

 

──あの人の言っていた通り、最近は私も笑えるようになった。

 

「良かった……お母様、私お礼を言いに行きたいのですが」

 

「ダメです。あんなことがあったばかりですし、今あなた達をここから出すわけにはいきません。それにあの惑星は未発展の星。私たちのように別の惑星の住民に慣れていないのですよ」

 

「でも──」

 

 その先は言わせてもらえなかった。

 

「ダメです。もうこの話は終わりですよ」

 

「わかりました……」

 

 言葉では納得したが、気持ちでは納得できていない。

 夜、寝ている双子の姉を横に想う。

 

──あの人に会いたい。

 

 ただ、私はあの人に会いたい。

 さっそうと現れてピンチから救ってくれた。

 まるで物語に出てくる王子様のようなあの人に会いたい。

 

 名前はなんというのだろうか?

 家族は何人いるのだろうか?

 恋人はいるのだろうか?

 

 いろんな想像が浮かんでは消えていく。

 

 あの整った綺麗な顔も、長い白とも言えるくらいに明るい金色の髪も、もう一度見たい。会ってお話がしたい。

 

 あの日あの時から、私は名も知らぬあの人に恋をしたのだ。

 



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二話 テスト×今後

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……ここは……どこだ…?

 

 つい最近もこんなことあったなーなどと思いながら、いったいどれだけ寝ていたのか、うまく動かない体を無理やり動かす。

 上半身をゆっくりと起こして辺りを見渡した。

 

ーーここは、病室か。

 

 白を基調とした部屋で、ベッドの隣には小さな棚があるだけの小さな部屋。

 窓は一つあり、白いカーテンが風で少しだけ揺れている。

 棚の上にはガラスの花瓶がおいてあり、薄い緑色の花とオレンジ色の小さな花が飾られていた。

 微かに香る花の匂いに気持ちが落ち着く。

 

 今回は周りも騒がしくなく、じっくりと自分の現状を再確認することができる。

 

 まさか"また"死んで、次はここに転生したのかと思考を巡らす。

 体もようやく起きてきたのか、先程よりはスムーズに動く自分の肉体を観察する。

 千切れかけていた右肩も、腹に空いた穴も、他の皮膚と比べるとくすんだように変色して凹んではいるが塞がっていた。

 どのくらい寝ていたのだろうか、治っている傷を見て、俺の第二の人生はまだ終わっていなかったんだと確信した。

 

ーー俺は一度死んでいる。

 初めて死んだ際の詳細は省くが、確かに、確実に死んだ。

 まず死ぬ間際になって気付いたのだが、俺は後天的な”特質系”の念能力者だったのだ。

 それまでは”具現化系”として生きており、主に戦闘用に作った能力は、肉体が変わっても健在だったようでこの前の獣人戦でもその力を十分ではないが発揮できた。

 

 能力名は『六畳一間の暴王(タイニータイラント)

 

 自分のオーラ(生命エネルギー)を出せる範囲 いわゆる《円》で覆えるサイズまでの

 結界(点で繋いだ線や面)を具現化し、

 ”変化系”でその結界に硬化と弾力性といった性質を付与することができ、

 さらに”操作系”で操る能力だ。

 俺はなぜか変化形より操作系が得意だったため、簡単なパターンであればオートで操作することもできる。

 

 名前の通り元々の俺のオーラ量での《円》の範囲は六畳一間くらいが限界で、また、制約を立てていたのでより小さな結界であればあるほど強く効果を発揮する結界を生み出すことができる能力なのだ。

 だが、獣人戦での使用感で言うとこの肉体の今のオーラ量は六畳には程遠く、良くて押し入れ程度。

 さらに性質変化にあたってはバスケットボールサイズくらいがギリギリで、それ以上になるとほぼ変化せず、操作に関しても指を動かしたりといった補助がないと上手く操作できない。

 結界の具現化だけはイメージがモノを言う部分なので問題なかったことが唯一の救いか。

 

 ーーこれではせいぜい『押し入れの暴王(タイニータイラント(笑))』程度になってしまっているのは泣ける。

 

 これをうまく使えないと強化系に適性の無い紙防御な俺は食らうとすぐに死んでしまうのだ。

 獣人を倒せたのも、相手が宇宙人ということもあり念を知らなかったと言うことが大きい。

 もしも向こうも念がつかえれば今の俺では勝てなかっただろう。

 

 基本をおさらいするが、念能力のというのは

 強化系・変化形・具現化系・特質系・操作系・放出系の6系等あるのだが、基本は特質系を除く5系統に分類される。

 

 基本に分類されない特質系とは、文字通り他にはない特殊な能力。

 念能力者は向き不向きはあるが、基本的に自身の系統以外の基本系統の能力は修行さえすれば身に着けることができる。

 だが、この特質系に限っては修行による習得はできない。

 特質系であるものは2パターンしか存在せず、生まれつき特質系の性質を持っているか、何らかの影響で、後天的に自分の系統が特質系に変化するかしかなく、俺は後者だったのだ。

 

 各系統の相性は、六性図(ろくしょうず)というものがあるのだが、具現化系は次いで得意な性質は変化系のはずなのだが、なぜか俺は具現化した結界を操作する事のほうが得意だったのだ。

 その謎は俺が特質系だったため解決したが、特質系の得意な系統は具現化系・操作系なので通りで……と今更ながら思う。

 もう修行していた肉体は死んでいるのでなんだが、変化系が伸びなくなってからも費やした修行時間を返してほしい。

 

 他にも制約と誓約といった、いわゆる能力における誓いを自分にたてることによってより強力で高度な能力を生み出すこともできる。

 

 この具現化系・変化系・操作系と基本系統の3つを盛り込んだ 『六畳一間の暴王(タイニータイラント)』は今回の転生とは関係ない。これとは別に、俺が死ぬ間際に思い、発動した特質系としての能力があった。

 

就寝同時起床(ハロー・ワールド)

 

 この能力はいたって単純。

 自分が死んだ際、自分と同じタイミングで死んだ”人間”に憑依転生する能力。

 

 転生先の肉体が虫であったり、自我すら持たないものであった場合に困るので"人間"にという取り決めをおこなったのだが、問題なのはその場合俺の念の力では足りず、転生に失敗するのではないかと不安がよぎったのだ。そのため、この能力には3つの誓約を立てた。

 

 ①自ら意図しない死である場合にのみ発動する

 ②肉体は捨てる

 ③自分の死と同時に死んだ者にしか転生できない。

 

 そのため、この能力の場合は自殺、もしくは自身を殺害依頼して死んだ場合には発動しないし、これのために慣れ親しんだ肉体は捨て、魂しか転生できなくなってしまったのだ。

 

 死ぬ間際ということあり焦っていたので仕方ないとはいえ、なんとも大きな博打に出てしまった。

 

 そもそも転生先の肉体が死因は老衰の高齢者の肉体であったり、沈没した船内で溺死した肉体など、どうあがいても転生後にもう一度死ぬ状況の肉体に転生する可能性もあったのだが、

 

 俺は賭けに勝ったのだ!

 しかも男だ!

 女性になるのも死ぬ時は仕方ないと思っていたが、今まで男として生きてきたのだ。

 今から女性として生きていく覚悟は、きっと実際になってからでないとできない。

 

 もっとも、今回も狼型の魔獣や、とんでもない強さの人型だが化物に襲われいつ死んでもおかしくない状況だったのだが……

 

ーー生きててよかった。

 

 自己分析を終え、生きている喜びを噛み締めていると扉が開き、誰かが部屋へと入ってきた。

 

 

------

 

 

「ようやくお目覚めね。おはよう。七瀬 悠梨(ななせ ゆうり)くん」

 

「……おはよう、ございます」

 

 当たり前だが、見覚えのない女が入ってきた。

 今呼んだのは、まさか今回の俺の名前か?

 もう一回言ってくれないかな。

 突然だし全然聞き取れてない。

 

「私はミカド。体調は問題なさそうね。早速だけど、なにがあったか、覚えてる?」

 

 ミカドと名乗る女性は医者なのだろう。

 俺の体に不調がない事はわかるらしい。

 

 さらにこの質問、どこからの事を聞いているのか、俺の能力にすら気付いているのか、どうとでも取れる質問をしてきた。

 

ーーここは無難にさっきの願いをぶつけてみよう。

 

「いえ……なにも。ちなみに、さっき呼んだのは、俺の名前ですか?」

 

「ーーそう……ええ、あなたの名前よ。七瀬 悠梨くん。なんでもいいのだけど、何か覚えていることはないのかしら?」

 

 ミカドはそう言う。俺は『ナナセ・ユーリ』という名前なのか。

 

「いや、本当に何も覚えてません。名前も、聞いてもピンともきませんし」

 

 その後、俺は簡単なテストを受けた。

 一般教養に対する質疑応答のテストは、まぁ…無難にこなせたと思う。

 一通りの質問に答えると次は紙を渡され、一番上に名前を書いて下の質問に答えていって欲しいと言われた。

 

 俺は書こうと思ったが、下のほうにある文字?のようなものを見て固まる。

 

 

ーー言語が、違う……

 

 

 これは、まずい。

 

 俺のいた世界でも文字の読めない仲間はいたが、俺は普通に読み書きできたのだ。

 これは明らかに違う文字。とっかかりすらもなく、判別もつかない。

 質疑応答の際に国の名前も聞いたがここは日本で、この星は地球というらしい。

 日本という言葉も、地球という言葉も初めて聞いた。

 更には飛行機というものもあり、飛行船よりもはるかに速い速度で空を飛ぶ乗り物もあるらしい。

 

 もともとの俺の世界では暗黒大陸という危険地帯が人類の生存域を囲っていたため、船や空を飛べる乗り物は極端に遅かったのだ。

 

 文字の読み方、書き方を聞くたびにミカドは神妙な顔になっていく。

 

 ペーパーテストを途中断念したところでミカドは何か考えるそぶりをして、色々と俺に伝えてきた。

 

 俺は車で事故にあい、運転していた父親と母親はその時に2人とも死んだこと。

 なかば駆け落ち同然で結婚していたらしい2人には親戚らしい親戚もおらず、俺はこのまま施設?というところに送られる事になりそうとの事。

 

 俺は無感動にそうですか。

 とだけ答えた。

 

 もともとの世界でも俺は捨て子で親などいないし、孤児たちで集まって生活していたため、ここで言う施設というのも似たようなもんだろうくらいに思っていた。

 

 その後、いくつか体を検査されたが問題もないようで、1週間程経過を見たら俺は退院できるらしい。

 

 

ーーーーーー

 

 

 私は自室に戻り考える。思ってはいたが両親の事は何も感じていないようだった。

 

 本当に何も覚えていないのか、自分の今後にすら何の反応もなし。

 

 そもそも質疑応答の結果を見るとこの星とは異なった文化の知識を有しているようで、記憶喪失というよりかは、別の人格に支配されているのか?

 そこで一度思考を中断する。

 

ーーまあ、体に異常はないようだし、この子を預かる経緯も説明してくれなかったわけだし、知られたくないのかもしれない。

 一応体に異常はないのだ。

 

 問題ない。

 と、デビルーク星には報告しておくか……

 

 あ、あと面会できるようになったら連絡が欲しいと言う人もいたな。

 

ーーーーーー

 

 この病院内の移動であればある程度許されるようになった俺は初めて鏡で自分の姿を見た。

 

 前の世界での年齢は誕生日すら知らないのでわからないが18,9ぐらいだったと思う。

 

 ただ鏡に写った自分の姿は十代半ばくらい、といったところか。なるほど、ガキだの子供だのと言われるわけだ。

 たしかに幼さの残る顔つきだ。

 身長もずいぶんと縮んだもんだ。

 160あるかないかくらいしかない。

 体はそれなりに鍛えていたのか少しは引き締まっている。

 ただ、目を引いたのが髪だ。

 もともと『ユーリ』が染めていたのか、俺という人格に引っ張られているのかわからないが、もはや白に近いほどの金髪なのだが、生え際のほうは黒髪となっており、ところどころメッシュのように黒と白がまざっている。

 長さは肩まであり、かなり鬱陶しい。

 俺はもともと黒髪の短髪だ。

 ミカドにお願いしてその日のうちにひとまず切ってもらった。

 

 どこぞの喰種であり准特等捜査官のような感じなってしまったが、短くなったので気分も良くなった。

 

 ここ2、3日は簡単な検査とパソコンを使っての勉強をしていた。

 その中で弁護士という男性が来てミカドと共に色々と伝えてきたが、要は俺の両親の財産は俺のものになるが、18歳になるまでは俺は使え無いとの事。

 管理は弁護士がするそうだ。

 ひとまず、親と住んでいたらしい家の維持はしてくれとだけ伝えた。

 

 施設についても説明してくれたが、生活の時間割とやらの話以外はまったく頭に入ってこなかった。

 今まで自由にしてきた俺には考えられ無い程に徹底的に管理されている。

 

「え、施設って、え?ここって実は刑務所みたいな所なんですか?」

 

 俺は2人に質問したが、俺の思う答えはなかった。

 

 施設、めちゃくちゃ行きたくなくなった。

 

ーーその日の夜、俺はこのまま逃げてしまおうかと本気で考えていた。

 

ーーーーーー

 

 また1日、退院に近づいた。

 施設に行く前に必ず脱出しよう。

 昼食を食べながらそう心に決めた所でミカドが俺の病室に入ってきた。

 

「あなたにお客さんがきてるわよ」

 

 はて、俺は首を傾げた後に頷いた。

 客?この世界に知り合いはいないけど……

 

「良かった!無事だったんだ!!」

 

 誰かと思ったが、茶色のツンツン頭な少年、リトだった。後ろにはあの時にもいた妹もいた。

 

 あと1人、黒髪のツンツン頭の男性。2人の父親か?

 

ーーーーーー

 

 俺はその後リトとなんてことない会話をしていたが、リトの妹は相変わらず何も話さない。

 そういう時期なのだろうか?

 女の子の相手は自分よりも年上か、自分よりも強い人としか話したことがないので扱いがわからない。

 俺は無意識に何かしたのではないかとリトに聞いてみたが、わからないとのこと。

 なんだかよくわからないが俺はミカンを苦手な人のジャンルに入れた。

 リトたちと一緒にいたあの男性はやはり2人の父親だったそうで、ミカドと、施設用の資料を持ってきていた弁護士と外で話をしているようだ。

 

------

 

 そしてその日の夜

 

ーーここは…どこだ?

 

 もはや口癖になりつつあるセリフを脳内で再生している俺は、なぜか結城家の玄関前に立っていた。

 

 




ネーミングセンスが無です。。。すみません。。。


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三話 新生活×秘密

ーーーーーー

 

 どうしてこうなったんだっけ?

 

 俺は玄関で立ち尽くしているとリトに声をかけられた。

 

「いらっしゃい!ここが俺ん家だよ!案内するね!」

 

 半ば強制的に家に連れ込まれ

 

「いらっしゃい。あなたが2人を助けてくれたユウリくんね。私は林檎。リトとミカンの母親よ」

 

 小柄で可愛らしい女性に迎えられた。

 こちらも挨拶を返してリトに引き続き家の中を案内される。リビング・トイレ・風呂場等々の案内をされ最後に、

 

「ここが俺の部屋!ユウリの部屋ができるまではしばらくは俺の部屋で我慢してね」

 

「ん、わかった」

 

 返事をしながらコクコクとうなづいていると、声が聞こえた。

 

「おーい!夕飯できてるぞー!」

 

 二人でリビングへ向かう。時刻はもう19時を回っており、腹も減っていた。

 

 簡単な自己紹介も兼ねてそれぞれの話をしながら用意されていた夕食を食べた。

 話も落ち着き、本格的に食べる事に集中しながら俺は結城家へと来た経緯を振り返る。

 

 病院で俺がリトとミカンといるあいだに、才培さんは弁護士とミカドと話していたようで、施設行きには反対だったようで、ならば自分が親代わりとなり自分の家に住まわせるという話になったようだ。

 

 そんな簡単に決まるものなのかはわからないが、俺は施設嫌いになっていたので二つ返事でOKした。

 

 その後検査には3日後に来てもらえれば良いということでそのまま結城家で生活をする事になった。

 その際に才倍さんからお礼を言われていたのだが、どうやら俺がリトとミカンと別れた事故現場付近では通り魔が出ていたようで、被害者が何人もいたそうだ。

 

 おそらく俺が目覚めた時にはその場にいなかった茶毛の獣人がやったのか、吹き飛ばした位置にたまたまいた人たちを襲ったのかはわからないが。

 

 そういう事もあってか、リトは車から転がり出てきて、通り魔に襲われても死んでいない俺をゲームのキャラかなにかにでも例えているのか懐いてきており、いきなり両親を亡くし記憶もない俺を不憫に思ったのか、才培さんは俺を受け入れてくれたのだ。

 

 夕食を終え、なんてことない話や今後の話を終えて、就寝の時間に。

 リトの部屋に行き、寝ようと思ったのだが、リトはどんどん話しかけてくる。

 自分の好きなゲームの話だったり、家のこと、家族のこと。

 俺のことも聞いてくるが残念ながら答えられることが限りなく少ない。

 獣人の件もあるので、宇宙人というのはこの世界では普通なのかと思っていたが、それもどうやら違うらしい。

 そんな事を話しているうちにリトは寝ていた。

 

 起きてからいろんな話を聞いたがと俺のもといた世界とは似てはいるが、たしかに違う世界なんだと実感した。

 ハンター協会はないし、そもそもハンターがいない。

 『就寝同時起床(ハロー・ワールド)』がちゃんと発動したのは良かったがまさか別世界に飛ぶとは思っていなかった。

 

 能力発動の瞬間は成功するのか不安だったが、見事成功したら以前の世界で所属していた集団からは解放されるし、やりたいことも特にないので好きに旅でもしようと思っていたのでちょうどいい。

 リトが眠るベッドの横に敷かれた布団に入り考えていたが、俺もだんだん眠くなってきたので、リトを起こさないように小さく呟いた。

 

「ーーーおやすみ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 翌日、またミカドのもとへ行き簡単な検診を受ける。

 

 異常はないようで、この調子なら何か違和感を感じたらここに来る程度で良いらしい。

 

 記憶に関することはそのうち思い出すかもしれないし、二度と思い出すことはないかもしれないとだけ言われたが、正直『七瀬 悠梨』の記憶が蘇ることは絶対にないだろうし、俺自身の昔の記憶は既に戻っている。

 忘れていることがないとは言い切れないが……

 

 その後結城家へ帰り俺ははじめて勉強というものを行う事になった。

 

 今は世間的に夏休み。

 これがあけると俺は中学三年生らしい。

 リトは同じ中学の一年生、ミカンは小学校の二年生だ。

 

 この長期の休みが開けると学校というものが始まるので、文字の読み書きもうまくできない俺は勉強をさせられる事になったのだ。

 今はミカンと同じ、小学校二年生レベルの勉強をしている。

 数字は奇跡的に同じだったので算数は中学レベルであれ問題ない。

 

 問題は社会、この世界の地理や歴史なんて知るはずがない。

 国語にいたっては赤子の如く、まずは文字を覚えるしかない。

 

 しばらくは勉強漬けだな……

 

ーーーーーー

 

 この生活が始まり約一年が経った。

 

 いろいろとあったが、自分で自分を褒め称えたいくらいに俺はかなり頑張った。

 

 まずは勉強に関してだがはじめて学校と言うところに行った。

 同い年くらいの人間と、机に座って教師の話を聞く。

 もともと捨て子なので学校なんて行った事もなく、全てが新鮮だった。

 

 ただ、もちろん授業にはまったくついていけない。

 

 まず文字の解読から始めなくてはならないので当たり前なのだが、ノートすら取れない。

 一度面倒になってハンター文字でノートを書いていたのだが、隣の席のクラスメイトに俺のノートを見られたようでギョッとした顔をしていた。

 

 その日以降、俺はハンター文字の使用はやめた。

 

 なぜならその翌日から、なぜかいまだに戻らない白黒混じり髪色のせいもあってかクラスのやつからは謎の記号をノートに書き連ねるかなり痛いヤツと認定されたからだ。

 

 この世界の仕組み的には中学を出れば義務教育というものが終わる。

 

 つまり社会人になって職につけるのだが、才培さんからは記憶喪失のため世間一般の常識にうとい俺に

 

「高校はちゃんと行って卒業しろ。このまま社会人になったらお前のこの先が心配だ!」

 

 と言われたので必死に勉強したが、いまだ一年遅れの中学二年生の勉強をしている自分のレベルでは無謀ということはわかっていたので少し狡い事をする事に決めた。

 

 試験当日、なんとか念能力を駆使して、完全にアウトな方法だったが俺は見事に彩南高校の合格を勝ち取ったのだ。

 

 試験でも使用した念能力だが、こちらが最近は安定しない。

 

 原因はわからないが俺の魂と肉体がまだ馴染んでいないのか、前肉体の十分の一程のオーラ量となった転生初日の戦闘時よりも更に弱くなっている。

 

 もはや基本のオーラ操作も覚束ない念初心者に成り下がってしまったので、今は四大行と凝などの応用のオーラの流れを操る修行ばかり行なっている。

 オーラ量はほんの少しだが増えていってはいる。

 これは爆発的に増やせるようなものでもないので地道にやっていくしかない。

 この世界であればそこまで戦闘力は必要ないとは思うが、初日に出会った化け物もいる。

 そういうわけで完全に必要ないわけではないし俺自身、修行や自分が強くなることは好きなので日課のように行なっている。

 

 この春から、俺は晴れて高校生となりリトも中学二生。

 ミカンも小学三年生になった。

 この頃から才培さんは仕事が忙しくなってきたようで、アトリエに籠ることが増え、林檎さんも仕事で海外に出ることとなり、家には基本的に俺とリトとミカンの三人となった。

 

 リトは俺を『ユウ兄』と呼んであれから本当の兄のように懐いている。

 ただ、ミカンとは相変わらずで、いまだに名前を呼ばれたことすらない。

 三人での生活が始まってからは、より距離を置かれていた。

 

 

ーーついこの間までは。

 

 

ーーーーーー

 

 

 私はあの人が嫌いだ。

 

 初めて会った時も私は危ないので爆発した車から近づくが、リトがいくので仕方なくついていったが。

 

「ーー大丈夫?」

 

 リトが心配そうに声をかける。

 

「うん、俺は大丈夫。おまえらは?」

 

 転がったままの体勢で私たち二人を見ている。

 なぜだろう、なんだか、怖い。

 

 リトがさらに心配して声をかけているが、この人はなんでもないような顔をしている。

 そもそも今はもう私たちとは別の方向を見ている。

 遠くてよく見えないが煙の奥に見える大きな人影を眺めているようだ。

 その目に私は恐怖を感じていた。

 

 その後リトがなおも心配をして声をかけているが、最後は少し怒っているように私たちに離れるように言っている。ようやくリトも折れたようだ。

 全く、なんでこんな状況でまでお人好しになれるのか。

 そこが良いところでもあるのだが……

 

 私はリトに手を引かれてようやくこの場を後にすることができた。

 リトと家に帰った後、リトは興奮したようにお父さんとお母さんにさっきの事を話している。

 私はあの場からずっと走りっぱなしで帰ったし、今日の事は早く忘れたかったのでその日はすぐに寝てしまった。

 

 翌日、昨日のことが大事件になっていた。

 通り魔も出たそうで、被害者は20人以上。

 

 あの人も、殺されたのだろうか?

 

 私はなんだか怖くなりそれ以上考えない事にした。

 

 あれから何日か経ったあと、あの人は生きていたことがわかったそうで、お父さんがお見舞いに行くというのだ。

 私とリトとお花を持って病院に行ったが会うことはできないということだった。

 それから二週間経った頃にまたお見舞いに行き、その後なぜかこの人も私たちと暮らす事になってしまった。

 

 この人がうちに来て半年が経ち春休みになったが相変わらず私はこの人とは大した会話もしないままだった。

 夕食でお母さんがみんなに向けて話があると言って、その内容はこの4月から本格的に仕事を再開するようで、海外を拠点に働くというのだ。

 

「ユウリも高校生になるし、リトもミカンも大丈夫でしょう?」

 

 そう言ってお母さんは4月から海外に行ってしまった。

 

 最近はお父さんも仕事が忙しいみたいで、アトリエに篭り家に帰ってくることもほとんどなくなってきた。

 

ーーー全部この人のせいだ。

 

 この人がいるから、私の家族はバラバラになってしまった。私はこの人がもっと嫌いになった。

 

 三人で暮らすようになって二ヶ月もした頃、中学二年生になったリトが林間学校に行った日、その日は天気が悪かった。

 

 学校が終わり家についた頃に雨が降りだした。

 その後雨はどんどん強くなってきている。

 あの人も傘を持っていたにもかかわらずびしょびしょで帰ってきて、今はシャワーを浴びている。

 

 今日はリトは帰ってこない。

 あの人と家に二人きり。

 

 いつもよりも広く感じられるリビングで私は一人思う。

 

 なんで私はあの人が苦手なんだろう?

 何を考えてるのかわからないから?

 私の周りはわかりやすい人ばかり。

 見ているとどんな感情でいるのかなんとなくわかってしまう、いつしかわたしの得意な事になっていたのだが、あの人はわからない。

 

 それが怖いのだろうか?

 ほぼ一年間一緒に生活をしてきて、あの人が悪い人ではないことくらいとっくにわかっている。

 

 ただ、リトを取られて、お父さんもお母さんも帰ってこなくなったこの状況をあの人のせいにしているだけ。

 私がお子様なだけな事も、本当はわかっている。

 今日はリトがいないのもあり、心細さのせいと、自分の小ささに自分自身が嫌いになってしまいそうになる。

 

 瞬間、目の前が真っ白になった。ーーーそして轟音。

 

 私の悲鳴は雷の轟音に掻き消され、誰にも届いていないように感じた。

 停電もしてしまい、暗い部屋の中で、この世界に一人ぼっちになってしまった気さえしてきて、私は怖くて床に座り込み、震えながら顔を伏せたところで、背中に温もりを感じた。

 

「ーー大丈夫」

 

 声が聞こえる。

 優しい声だ。後ろから抱きしめられている。

 なんでだろう。すごく、安心する。

 

ーーー閃光

 

「きゃぁ!!」

 

 再度の落雷の轟音にまた恐怖が蘇って、自分の首に回されていた腕にしがみついた。

 

「大丈夫だから」

 

 また、優しい声。

 掴んだままの腕と、背中に感じる温もりと、だんだんと遠くなっていく落雷の音に、私はもう大丈夫だと安心していた。

 

ーーーーーー

 

「ーーユウリさん」

 

 雷雲は離れていき、今は雨音だけがしている。

 いまだ首に回された腕を掴んだまま、私は初めてこの人の名前を呼んだ。

 

「ん?」

 

「ーー今まで、ごめんなさい」

 

 後ろから抱きしめられている形なので顔は見えない。

 どんな顔をしているのだろうか。

 呆れているのか、はたまた怒っているのか。

 私は人の感情を読む事は得意なはずなのだが、ユウリさんには通じない。

 

「ーーごめん」

 

 なぜか私もあやまられた。

 ユウリさんは悪くない。

 私が一方的に嫌っていて、ユウリさんはきっとそんな私に興味もないので距離を取っていると思っていた。

 

「なんで、あやまるんですか?」

 

「ーーミカンには、嫌われてるのはわかってる。家族ってのは、実はまだよくわかんないけど、嫌いな奴とは仲良くしたくないってわかるし、俺もミカンの距離に合わせるだけでなにもしなかったから……まあリトはなんとかしようとしてたんだけどね」

 

 あと、抱きついて。

 と照れたように付け加えてユウリさんは話してくれた。

 私は勘違いしてた。

 【記憶喪失】であるユウリさんこそが、この世界にひとりぼっちだったのだ。

 

 七歳も年上なのに私と同じ勉強をしてる時はバカな人なんだなんて思っていたが、バカなのは、私の方だった。

 あの人の考えてることがわからないのではなくて、私が見ようとしていなかっただけだ。

 お父さんとお母さんがいなくなった後、料理以外の家事は全部ユウリさんがしてくれていることも、知ってて知らないフリをしていた。

 自分の小ささに気づかされる。

 

 俯いたままなにも答えない私を変に思ったのか、ユウリさんの腕が動く。

 私は掴んでいた手を離した。

 てっきり離れていくのかと思っていたが、背中の温もりはそのままだ。

 顔を上げると、ユウリさんのてのひらが上を向いており、薄い青色の光が見えた。

 

「ーーえ、」

 

 なんですか、と続きは言えなかった。

 

 よく見るとその光は薄青色に光るまんまるな玉で、ふわふわと浮いていき私の顔の前をただよっている。

 不思議な光景だった。

 

「女の子はイルミネーションが好きだって、クラスのやつから聞いたんだけど……もしかして違った?」

 

 耳元で聞こえる少し不安そうな声。

 なんだか、すごく安心した。

 自分が勝手に作っていたユウリさん像がどんどんと壊れていく。

 

「ーーいえ、合ってますよ。季節外れですけど、元気、出ました」

 

「なら良かった。ーーーこんなこともできるよ」

 

 てのひらの上にあったはいくつもに別れ、今ではいろんな大きさの光る玉が浮かんだり沈んだり、消えたり増えたりしている。

 私はそんな不思議な光景に目を奪われていたーー

 

 

 

「お」

 

 ユウリさんの呟きと同時に部屋が明るくなり、幻想的な、不思議な光景も終わりを迎え、後ろに感じる温もりもそっと離れていった。

 

「ーー今のは、ユウリさんが?どうして、こんなことができるんですか!?超能力ですか!?」

 

「なんなんだろうね」

 

 部屋も明るくなり、今は向かい合う形で座っている。

 私の質問にユウリさんは笑って答えたが、まったく答えになっていない。

 

「超能力、なのかな?よくわかんないけどできるんだよ。あ、ただでさえこの髪のせいで周りからは変な奴認定されてるから、ミカンだけの秘密にしてもらえると嬉しいんだけど…」

 

 リトはうっかり口を滑らしそうだし、と付け加えてユウリさんはちょっと困ったような顔で言った。

 

 超能力、なのかはわからないらしいけど私とユウリさんだけの秘密。

 その日は今までが嘘のように二人でいっぱい話をした。

 リトや、学校の子たちとは違い大人な話ができて私はすごく楽しかった。

 ようやく私はユウリさんを家族だと思えるようになった。

 

 この日から、私はこの人のことが、嫌いから、ちょっと好きに変わった。

 



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四話 確認×邂逅

今回は短いですが、次から原作入ります!


ーーーーーー

 

 結城家での生活が始まり1年以上経ち、この生活にも完全に慣れてきたある日の夜。

 

「ユウ兄、ちょっと話せるかな?」

 

 夕食の片付けも終え、自分の部屋で高校生ながらいまだに中学生用の問題集をやっていると、そう言ってリトが部屋に入ってきた。

 

「ん、良いよ。なにかあったのか?」

 

「俺も、家のこと手伝おうと思って。ーーユウ兄とミカンにばかり任せててごめん。ずっと考えてたんだけど、部活も辞めようと思ってるんだ」

 

 なにやら真面目な雰囲気だったので、こちらも真面目に聞き返すと、思ってもいなかった言葉が帰ってきた。

 なんだか最近悩んでるような感じはしていたが大方思春期特有の恋愛事情だと思っていたので予想の斜め上であった。

 

 もとの世界とこの世界の勝手は違う。

 俺の持っている一般的な知識や常識はテレビや雑誌、漫画から得たものがほとんどだが、18歳まで子供で、大学生であれば22歳までは子供のような扱いを受ける世界だ。

 生活環境もあるが、14歳の子供が好きな事をできないのはおかしい。

 

「サッカー、好きじゃないのか?」

 

「……好きだよ。好きだけどユウ兄とミカンにばっかり家のことやらせて、俺だけ好きなことしてるなんてーー」

 

「好きなら続けろよ。俺は家事が好きだからやってるんだし、俺の好きな事とるなよ」

 

 実際に俺は家事が好きだ。

 昔の俺には家などなく、野宿やホテル、その辺の空き家を勝手に使ったりといった生活をしていたので、掃除や洗濯をして家や衣服を綺麗にするっていうのは自分自身もスッキリできるし、最近ミカンに習い始めた料理も楽しい。

 

「俺もリトの好きなこと取らないからさ。ミカンも料理は好きだと思うし、そもそもリトも掃除とかしてるんだから、ミカンの担当の日に何か手伝えないか話してみたらいいんじゃないか?さっきも言ったけど、俺は好きでやってるから気にしなくていいぞ。」

 

「……ユウ兄」

 

「ーーリトだってまだまだ子供なんだから、気なんて使うなよ」

 

「うん。わかった。ミカンと話してみるよ」

 

「おう。それがいいと思うぞ。俺よりも、妹を助けてやらなきゃだろ。お兄ちゃん?」

 

「う、それもそうだよね。ありがとう!それじゃあおやすみ!」

 

 少しスッキリした顔をしてリトは自分の部屋に戻っていった。

 俺は問題集を閉じて、念の修行を始めるべく窓を開けて外へと飛んだ。

 

ーーーーーー

 

 好きなら続けろ。かーー

 

 ユウ兄と一緒に住むようになって、もう一年以上になる。

 この春から母親は仕事で海外へ、父親は仕事場に籠り三人で暮らすようになったが、その時からユウ兄は朝の新聞配達のアルバイトを始めた。掃除や洗濯、買い物といった家事もほとんど一人で行っている。

 料理はミカンがしているが、最近はユウ兄もミカンに習って二人でよく料理をしている。

 

 ミカンとユウ兄はずっと距離があって、二人での会話がずっとない事を俺はなんとかできないかとずっと思ってた。

 けど、林間学校から帰ってくると何があったかは聞いても教えてくれなかったが二人は仲良くなっていて、俺はそれがすごく嬉しかった。

 二人の仲が良くなったことで、家事は二人で担当日をわけて行っていた。

 俺は部活もあるし、たまに手伝ってはいるけど、二人の半分も手伝えてなくて、なんだか押し付けていると思っていたが、ユウ兄にとって家事は好きな事だったみたいだ。

 俺も、俺の好きなことをしていいんだって言われて、俺は本当に嬉しかった。

 

 

 初めてユウ兄に会った時、戦隊ヒーローみたいに爆発した車から飛び出してきて俺たちに逃げるように伝えてくれ、通り魔殺人者に襲われて大怪我を負っても生きていたり、まるで漫画に出てくる超人のように思えた。

 お見舞いに行き、話してみて、突然だったけど一緒に住む事になって、本当の兄ができたみたいで、俺はユウ兄のことが好きになっていった。

 そして今日も、本当の兄のように接してくれて、俺は明日ミカンと話そうと決めて、ベッドに入り眠った。

 

ーーーーーー

 

 リトとの話を終えて窓から外に出た俺は結界を空に具現化し、乗る。それを操作して既に閉鎖されたビルの屋上へと降り立った。

 

 この世界に来て、結城家にきてから毎日念の修行は行ってきた。

 

 この一年の修行でオーラ量は徐々にだが増えてきてはいるし、纏・練・絶・凝・円・硬を連続で行いオーラの流れも昔の感覚へと戻ってきたので系統別修行も行い始めたのだが、昔と勝手が違う。

 

 もしやと思い、水見式を試してみる事にしていたのだ。

 

 昔、初めて水見式を行ったときはグラスの中には真四角な青い小石が出現した。それで具現化系だとわかったのだが、今回は、

 

ーーーなにこれ……

 

 水の色は真っ青に染まり、葉っぱは消滅した。

 

 放出系・特質系の反応が同時に出ている。

 この反応は二つとも特質系に変化した俺の反応なのか、『悠梨』の持つ系統が混ざっているのかはまだわからない。

 

 その後は昔の感覚は捨て、一からじっくりと系統別修行を行う事に決めた。

 

 気持ちが高揚している。

 初めて念を知り、修行を始めた時のようなまっさらな気持ち。

 俺はもっと強くなれる。

 

 俺はどこぞの戦闘民族ではないが自分が強くなっていく感覚が大好きなのだ。

 結局この日は朝まで修行していた。

 

ーーーーーー

 

 また一年が過ぎた。

 もうすぐ年越しだ。

 来年から俺は高校三年生になるし、リトも俺と同じ彩南高校に入学すべく受験勉強を頑張っている。

 ミカンは最近背も髪も伸ばしており、歳の割に大人っぽくなってきた。

 

 俺はそんな中ひたすら修行を行った。

 あの水見式の後から今までの考え方を捨て、改めて一からイメージを練り修行し直した。

 修行していくうちに気づいたが、おそらく『悠梨』は放出系。

 これがかなり相性が良く、本来俺には向いていない強化系による力の向上はもちろん、特質系であり放出系である俺は純粋な操作系にも負けないほどに具現化した結界を操る事が上手くなった。

 これによって結界自体も強化系の恩恵で、より強度を上げることができたので無理やり圧縮し"滅する"こともできるし、変化形は放出系の色が出たせいかそこまでうまく使えず、今は具現化した結界の大きさの変化と粘度を加える変化のみに絞って修行している。

 

 俺本来の特質系の能力は『就寝同時起床(ハロー・ワールド)』でこの世界に来た事からもわかるが、具現化したオーラで”次元を破る"ことができる力。

 このオーラを『六畳一間の暴王(タイニータイラント)』に組み込み、新たな結界を作る事に成功した。

 通常の結界とは別の赤黒い結界。

 これは絶界と呼ぶことにした。

 この結界を使えば触れたものをこの世界から消す事ができるが、制御が難しいしオーラの消費量が半端ではないのでそこまで連発もできないのだがそこは要修行。

 あせらずじっくりとやるしかない。

 

 今日も山中での念修行を終えて帰ろうと思っていたところ、妙な感覚に襲われた。

 

ーー視線、誰かいる!

 

 ひとまず円を使うが、俺の円の大きさは昔よりも広く半径20mはいける。

 が、俺の円の探知にはかからない。

 

ーーーッ!!!

 

 かかった。

 

「こんばんは。いや、もうおはようの方がいいのかな?」

 

 白髪のセンターわけで大きめの丸メガネにロングコートを着た小柄な老人がそう言いながらこちらに近づいてきた。

 

「んー、じゃあこんばんはで。で、何のよう?」

 

「うん、スカウトに来てね。君にいい仕事があるんだけどやってみないかい?」

 

 なんとも胡散臭いが、この世界に来た日以来に出会った警戒に値する人間。

 話だけでも俺は聞くことにした。

 

「本当にいい仕事ならね。詳細を聞きたいんだけど?」

 

「それじゃあまた明日。ここに来てもらえたら詳しく話すよ」

 

 ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し差し出してきたが、妙に様になっている。

 

「松戸、探偵事務所?」

 

 うさんくさい。

 

 探偵事務所ねぇ、確かにこの老人は似合うかも知れないが、なぜ俺に?

 

「……あからさまに顔に出さないでくれるかな?詳しくは明日話すって言ったろう?」

 

「ん」

 

「じゃあ、また明日。七瀬くん」

 

 俺は適当な返事をしたが、次は言いたいことはもう言ったようで、さっさと去っていった。

 

ーーー翌日、俺はここでバイトをすることに決めた。

 



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五話 バイト×出会い

ーーーーーー

 

「ただいま…」

 

「お帰えりィーリト。ユウリさん、今日も遅くなるってさー」

 

「あっそ……」

 

 むぅ。なんだその返事は?何かあったのかちょっと気になったが、私は読んでいた雑誌をまた読み始めた。

 ユウリさんは今年に入ってから始めたアルバイトが忙しいらしく、今日は夕飯も要らないとの事だった。

 バイト先はなんと探偵事務所とのことだが、具体的に何をしているかは、「守秘義務!」と言って教えてくれないし、突然「遠征があるから!」と言って一週間も泊まりがけで帰って来ないということもある。就職先のつもりだから断れないと言っていた。

 家のことは高校に入ったリトが手伝ってくれているのでそこまで増えてはいないし、最初は料理以外全てユウリさんに頼っていたので、私もリトも全く不満には思ってはいないのだが、

 

「最近多いなぁ……」

 

 最初は話すこともなかった人だが、あの日を境に私はユウリさんとの会話も増えて行き、今では好きになっていたので少し寂しい。

 

 最近では多くなってきたリトと二人きりでの夕食を終え、私は雑誌の続きを読んでいると、

 

「ギャーーーーーー!!!」

 

 お風呂に入っているはずのリトの悲鳴が聞こえた!

 

「ど、どーしたのリト!?」

 

「フ、フロ場に、ハハ、ハダカの女が……」

 

 は?何を言っているんだこの兄は。私は浴室を見渡すが、もちろん誰もいない。

 

「あ、あれ、変だな?確か今そこに…あれ?」

 

 まだリトが何か言っているが、

 

「リト……年頃なのはわかるけどさぁ、妄想と現実の区別くらいつけようね。妹として恥ずかしいから」

 

 まったく、なにを寝ぼけているのか。兄として、もう少ししっかりしてほしい。子供っぽすぎるのだ。もう一人の兄は逆で、まだ学生なのだからそこまで仕事ばっかりしなくてもいいのに……

 そんな事を思いながら雑誌の続きを見ていると、なんだか二階がやけにうるさい。

 

「リトのやつ…何騒いでんだろ」

 

ーーーーーー

 

「七瀬さん」

 

「はいはいなんすか?」

 

「見つけました。飛ばしますね。少しずれるかも知れませんがあとはご自分で」

 

「はいはい」

 

 ーーとぷんーー

 

 俺の足元に黒い渦のようなものが出現し、その渦へと飲み込まれて行った。

 

ーーーーーー

 

「この移動便利だけど、この気持ち悪いのはなんとかならんものかな」

 

 ひとり愚痴る。

 この移動は、先程俺の横にいた松戸探偵事務所の職員の一人、加賀見さんの能力の一つだ。黒い渦の中を通り目的の場所へ転送できるそうなのだが、オーラで体を守っている俺くらいにしか使えない。基本は戦闘後の瓦礫やゴミなどの無生物用であり後片付けで使っていたらしい能力だそうだ。そのせいかもあるのか、妙な気持ち悪さがあるのでちょっと苦手だ。

 なぜこんな事ができるのかと言うと、加賀見さんは吸収型の宇宙人だそうで、今までに食してきた様々な宇宙人の能力を使用することができるのだそう。見た目はウェーブがかった黒髪ロングのちょっと儚い感じの美人さんなのだが、その本当の姿は俺も知らない。

 

 かくいう俺も顔バレはしたくないのでどこぞのXIII機関に似た黒コートスタイル。前のジッパーは一番上まで上げて鼻まで隠れているし、フードを被ると顔がなぜか見えなくなるという謎仕様なので完全に正体不明の悪役キャラな格好をしている。

 このコートは松戸さんに作ってもらったのだが、松戸さんはそう言ったアイテムのコレクターだそうで、そう言ったものの解析や改良が得意なんだそうだ。

 

 ーーズルズルーー

 

 渦より這い出る。ここは見慣れた彩南町か、じゃあ今日も

 

狩猟(ハント)開始だ」

 

 夜の街を見下ろして、俺はそう呟いた。

 

 

 探偵事務所でバイトしてるはずの俺がいったい何をしているのかというと、

 

ーーーーーー

 

「ーーーと、いうわけで実際はこの地球に害をなす宇宙人達を拘束するのが主な仕事だよ」

 

「はぁ」

 

 俺は松戸さんの話を聞く前に加賀見さんが運んでくれたコーヒーに口をつける。

 

「要するに、俺はその宇宙人達を狩ればいいんすか?」

 

「その通り。僕は一応地球人だけど、加賀見くんは吸収型の宇宙人だ。戦闘能力ももちろんあるが、七瀬くんほどじゃないからね。君が適任なんだよ」

 

 探偵事務所はあくまで表向き。ただ、異能や霊能と言うものは実際にあるらしく、そう言ったオカルトチックな仕事は受けるそうだ。

 ただ、あくまでメインの仕事は宇宙人のハントだ。まさかハンターとしての仕事が出来るとは思ってなかった。なんだか前の世界に戻った気分になる。言うなれば、『エイリアンハンター』かな?

 

「その宇宙人達って、最終的に加賀見さんがみんな食べるんすか?」

 

「いや、全部じゃないよ。加賀見くんが食べるのはよっぽどな能力じゃ無いと必要もないしね。食えば食うほど強くなるってもんじゃあないんだ」

 

 ぶっちゃけなんでそんなことをしてるのか、加賀見さんを宇宙最強の生物にでもしたいのかと思い聞いてみたが、そうではないらしい。

 

「なるほどっすね。じゃあなんの目的で?ーーー別に、正義の味方をやりたいわけじゃないんでしょ?」

 

 松戸さんの眉がピクリと動いた、

 

「ーーー詮索は無しにして欲しいんだが。強いていうのなら、知りたいことがあるんだよ」

 

 どうとでも取れる言葉。あまりにも胡散臭いが、そう言った松戸さんの目を見て、俺はこの事務所で働くことを了承した。

 

ーーーーーー

 

 「狩猟(ハント)開始だ」

 

 ターゲットは、二人、あっちか。夜のビルから結界を使い空を滑るように移動する。ん?てか、ここ結城家じゃないか?二人は無事か!?

 

「こっちだ!」

「待て!」

 

 リトの声と、聞いた事ない声。たしかにリトの部屋の窓から飛び出して来た。リトは女の子の手を引いている。いや、誰だあれ?状況がまったくわからないが、ひとまずミカンの無事は確認できたのでほっとした。

 リトを追いかけなくちゃな。粘度を変えた結界を作っては空を跳ねるように飛ぶ。追いついた!空を駆ける自分のすぐ下をトラックが並走している。あの宇宙人が投げたようだが、角度的にリト達二人には当たらないようにしてるのがわかったのでトラックに乗る。

 

「邪魔をしないでもらおうか、地球人…!!」

 

 じゃあ暴れるなよ宇宙人……俺は誰にも聞こえないくらい小さく呟きながら、リトと女の子の背後からその先にいる二人の黒スーツ宇宙人を《隠》を使って、常人の目では限りなく見えない状態にした結界で殴りつける。

 

「ぐ、なんだ?」

 

「ララ様の発明か!?」

 

 どこから何で殴られたかわからず慌てる二人を尻目に、ピンク髪の子がなにかしようとしている。

 

「なんだかわかんないけど、チャンスだね!ごーごーバキュームくん!」

 

 女の子方が何か叫んでタコのような機械が現れた。

 は?女の子の方も宇宙人か。って、巨大な掃除機だなこれは。ひとまず距離をとる。吸い込み口は一箇所のようなのでタコの上へと飛び乗った。リトは……!!

 

「おいィィーーーーっ!!!」

 

 これ、止められないのか?と思ったがリトも同じ事を叫んでいた。仕方ない。俺はオーラを大量に練り込み、この世界に来てから編み出した技を行う。

『絶界』

 

 赤黒いオーラを内包した自身の顔ほどのサイズの、全てを拒絶し消し去る真四角の棺桶。ひとまず、ある程度消し飛ばせば止まるだろ!!このタコマシンの内部を絶界でめちゃくちゃに蹂躙したところで

 

  カッ!!!

 

 爆発した。リトは結界で壁をはって爆風から守り、女の子は自身で空を飛んでかわしたようだ。吸い込まれた奴らも吹き飛んじまったし、悪意があるようには見えなかった。うん。追うのは面倒だな。ただ松戸さんになんて報告しようかな……

 

 俺はその場を逃げるように後にした。

 

ーーーーーー

 

「今日のターゲット…悪意は感じないタイプだったし吹っ飛んで行ったんで放置したんすけど、良かったですか?」

 

「ーーーうん。今回はあのままでいい。それに、しばらくは仕事もお休みだ。どうやら慌ただしくなりそうだからね」

 

「慌ただしいのに、休みすか?」

 

 事務所でコーヒーを飲みながら松戸さんに報告した。最後の俺の質問は無視され、ひとまず用があればまた連絡すると言われて家に帰った。

 

 あの女の子、どっかで見たことある気がするんだけどなー

 

ーーーーーー

 

「ユウリさん、おかえりなさい」

 

「ただいまミカン。まだ起きてたのか?」

 

「なんか今日リトがおかしくて、二階で騒いでたんですけど、なぜか裸足で外から帰ってきて……」

 

「んー、なんだろな……リトもお年頃だから、かな……」

 

「ふふふ。そうですね。それ、私も今日リトに言いましたよ」

 

 理由は知ってるが、答えられないので適当に答えておいた。リトは部屋で寝ているらしく、あのピンク髪の女の子はいないみたいだし、リトは偶然巻き込まれただけって事かな。風呂に入ってそんなことを考えていたが、風呂から出ても起きていたミカンと二人でアイスを食べながらなんて事ない会話を楽しんだ。

 

ーーーーーー

 

 翌日からはバイトも休みなので家でゆっくり過ごし、

 

 と思ったが松戸さんの慌ただしくなるってのが気になっていたので、学校終わってそのまま松戸さんの所有する山の中で修行をしていた。最近はもっぱらここにいる。私有地だし、仕事中に破壊した瓦礫なども加賀見さんの能力でここに運んでいるようで、ゲームで言う滅びた国みたいな雰囲気を醸し出している。

 ミカンにはしばらくバイトが続くと説明してあるし、昨日のこともあるので鍛えるに越したことはない。リトは結局、高校に入って部活は辞めた。今では家のことを手伝ってくれているので、俺も三日に一回は家に帰っている。その三日目に、学校が終わり家に帰る途中でたこ焼きを買い食いし、公園でくつろいでいるとピンク色の髪をした女の子が見えた。あーあの子がミカンの言ってた子か。そういえばこんな時間に家に帰るの久々だから実際に見るのはあの夜以来だな。なんてついつい顔を見てたら目が合った。

 

ーーーーーー

 

「うーん。リトはどこ行ったんだろー」

 

 私はリトを探して歩いていた。地球での生活はすごく楽しい。モモがずっと地球に行きたいと行っていたのも今ならわかる。なんでモモが地球のことを知っていて行きたがっていたのかは知らないけど。

 デビルーク星では、毎日勉強勉強。宇宙の歴史だったり、王族としての礼儀作法。そして日々お見合いばかりの毎日だった。

 そんな毎日に嫌気がさして逃げ出した私と、リトは出会ったその日に手を引いて一緒に逃げてくれた。それに、ザスティンから帰るよう言われたときに言ってくれたあの言葉。

 

『自由にさせろよ!!!!』

 

 私がずっと思っていた、自分の好きなように生きたい。その気持ちを理解してくれて、リトの妹であるミカンや、学校での友達もできた。

 地球は楽しい事がたくさんあって、今までの雁字搦めな日々が嘘みたいだ。

 でもリトは、好きって言ってはくれたけど、なんで私から逃げるんだろう?本当に私のこと好きなのかな?今もこんなに探しているのに。

 ちょっと不安な気持ちになり、落ち込みそうになった時、公園のベンチに座ってる白黒頭の人と目が合った。

 

「あー!あなたユウリね?ユウリでしょー!?」

 

「………ト○ロか俺は」

 

「あれー。違うのー?絶対そうだと思ったんだけどー。リトとミカンのお兄ちゃんだよねー?」

 

「いや、合ってるよ。ーーーララ・サタリン・デビルーク、で合ってる?」

 

「あってるよ。あと、ララでいいよ!ユウリ!」

 

 なんだったっけ?地球の、丸い食べ物を食べながら答えてきた。この前見た気がする。たこ焼き?だったかな、すごくいい匂いがする。

 

 ぐぅー。

 

 そういえば、学校を出てからずっとリトを探し回っていたからお腹がすいてきた。

 

「食う?」

 

「ありがとう!いただきまーす!」

 

 二人で並んでベンチに座ってたこ焼きを頬張る。おいしい。リトとミカンのお兄ちゃん、たしかに二人に似た雰囲気がする。優しい感じ。

 

「うまいか?」

 

「うん!おいしー」

 

「ならよかった。じゃあ食い終わったし帰るか。たぶんリトももう家にいるよ」

 

「……うん」

 

 公園を出る前に言われた言葉。リトは家にいても、私を避けないかな?私がいたら迷惑なのかな?ユウリと二人で並んで公園をでて少しした頃、ずっと黙ったままがふと声をかけられた。

 

「……なんか悩みでもあんの?」

 

 少し気持ちが沈んでいたので、なんでわかるんだろうと言い当てられた私はドキリとしたが、

 

「……悩みなんて、ないよ。」

 

「そっか。……じゃあさ、今からするのはもしもの話だけど。ーーー悩むくらいなら、好きなことをまずは知ってさ、この星とか、人とか。その後は、ララが思うように好きにやったらいいんじゃないのか?」

 

 さっきとは違う意味で、ドキリとした。

 

「まずは地球を知らないとな。好きだから、ここにいるんだろ?」

 

 その通りだ。私は何を悩んでたんだろう。私は自由になりたくてきた。好きな事をしたい。好きなリトと一緒にいたい。リトともっと話しをしたい。もっとリトの事、みんなのこと、地球のことを知りたい!好きなことをするにも、好きな物と人を知らないとだもんね。私の落ち込んでいた気持ち、悩みなんて全部吹き飛んだ。勉強とは違う知識。こっちは、すごく楽しそう。

 それに、ユウリはちょっと違うけどリトと同じようなことを言ってくれた。私の自由を尊重してくれる。本当の兄弟じゃないって言ってたけど、やっぱりお兄ちゃんなんだな。リトとミカンが羨ましいなぁ。

 

「…うん。そうだね!今度は本当に悩みなんてないよー!」

 

「そっか」

 

 "お兄ちゃん"は笑顔で言った。

 私は長女だから、お姉ちゃんやお兄ちゃんって感覚がわからなかったけど、私にも、地球に来てお兄ちゃんができた。

 

 だってリトとミカンはもう私の家族だもん。私のお兄ちゃんでも、あるよね。だから、

 

「うん!ありがとう。”お兄ちゃん”!!」

 




松戸さんと加賀見さんは、見た目は一緒ですが中身は違います。
作者がこの二人が好きなので。。。


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六話 日常×非日常

ーーーーーー

 

「あ!いたいた!!」

 

 それはララが校長から一発OKをもらってこの彩南高校に通うようになってから何日かした日の昼休み。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!!」

 

 ざわざわざわーーー

 騒ぎ立つ教室。

 

 なんだあの美少女!

 髪色ピンクだ!!

 めっちゃかわいい!!

 あっ後ろの子も可愛いじゃん。

 え、?七瀬くんって彼女いたのぉ……

 いや、大丈夫よ!お兄ちゃんって呼んでるわ!!

 オイコラァァ!!なんだお前変な頭のくせに!!

 ナナセァァァ……

 ララた〜〜んはぁはぁ。

 

 男子も女子もちらちらと、こちらも見ながら好き勝手言ってくる。最後の方、誰だおい!!

 

「リトがお弁当一緒に食べないって言うの!お兄ちゃん一緒に食べよ!!ハルナも、ね!」

 

「ちょっと、ララさんっ」

 

 ハルナと呼ばれたララに手を引かれた子が困った顔をしている。

 黒髪のショートカット。前髪をピンで止めた可愛らしい子。あれ、この子って確かリトの……

 

「……あー、とりあえず、屋上で食べよう」

 

 俺はララの手を引き教室を飛び出して屋上へ向かった。

 この時のクラスの男子全員と数人の女子の光のない目と色々と聞こえる誹謗中傷悪口呪いに耐えられなかったのだ……

 

「はじめまして。えーっとーー」

 

「あ、西蓮寺 春菜です。七瀬先輩」

 

「あ、宜しくね。西蓮寺。なんで俺のこと知ってるの?」

 

「あ、いや、先輩は、ちょっと有名なので……」

 

「とにかく聞いてよお兄ちゃん!」

 

「あーわかったから。とりあえず飯食うんだろ?」

 

 西蓮寺の言う有名ってのがひっかかるが、弁当を食べる時間もなくなりそうなので一旦話を切り、食事を開始する。

 最近は俺が家の事を手伝えていないので完全に料理担当となったミカンの作った弁当を食べながら話しを聞くと、ララがリトのためを思って発明品を使っているのに、リトは怒って怒鳴ったりすると。

 

「全部リトのためを思ってやってることなのに、全然楽しんでくれないの!!お兄ちゃんはどう思う?」

 

「……西蓮寺は、どう思う?」

 

「ーーーえっ!私、ですか……?」

 

 先輩の風上にも置けない完全な投げつけに困惑する美少女。ごめん、ちょっと頼む。俺は教室に戻った後の空気に耐えられるか、どう対応するかを今考えているんだ……!

 

「え、えっと、結城くんに、素直に聞いてみたらいいんじゃないかな?」

 

「なにおー?」

 

「その、何が嫌なのかって」

 

「あーそーしよう!お兄ちゃんもそう思う?」

 

「ーーん、それがいいんじゃないか?ララにとっていいことが、リトとにとっていいことかわかんないからな」

 

 再度俺に振ってくるララ。出会った日からなぜかお兄ちゃんと呼ばれる。厳密には出会ってるのは転生初日なのだが。

 

 そう、俺は思い出していた。転生初日に獣人たちに誘拐されてた子だ。ララはまったく覚えていないようなので俺から特に何も言う気はないが、元気に笑ってはしゃぐララを見てるとなんだか気分は良かった。もしかしたら、見られなかった光景だからな。

 そういえば、もう一人いた子はどうなったんだろう?双子の妹がいるって言ってたから、妹のどっちかだったのかな。

 

 昼休みももう終わるので、ララと西蓮寺は自分たちの教室へと帰って行き、

 

 俺は意を決して、そのまま屋上で寝ることにした。

 

ーーーーーー

 

 「ーーーーーさい。起きーーーーー。七瀬さん、起きてください」

 

 誰かに声をかけられている。俺はぼんやりと目を開けると、目の前に加賀見さんが立っていた。

 

「おはようございます。七瀬さん」

 

「……おはようございます。ーー学校に来るなんて、なんかあったんですか?」

 

「先生からですが、この付近に宇宙船の反応がありました。おそらく校内にいると思われるのですが、心当たりはありませんか?」

 

「松戸さんの探知機でもわかんないんですか?」

 

「はい。ですので宇宙船の確認はできましたが、肝心のターゲットは私の"目"でも特には確認できませんので」

 

 松戸さんの作った探知機というのがあり、地球に存在しないエネルギー源を探知できる機械があるのだが、他の惑星の『生物』はこれに当てはまらないことが多く、宇宙人自体の探知は難しいのだそうだ。

 そこで普段の仕事時は探知機を使って宇宙船を確認したあたりを、加賀見さんの"目"で見て、転送してもらっている。

 加賀見さんのいう"目"というのは、実は核となる人格である加賀見さんとは別に、部位ごとに異なる人格が10人いるらしく、そのうちの一人、左眼の人格は『ベス』というらしいのだが、その能力はいわゆる千里眼のようなものらしくかなりの広範囲を透視付きで見る事ができるのだが、その"目"を持ってしても今の校内には地球人以外は発見できないようだ。

 なるほど。と言うことは見た目じゃわかんないってことか。

 

「ーー残念ながら心当たりは無いんで、ボロを出すまでは待ちですかね」

 

 ーーー!!

 

 加賀見さんの顔が真横に向いた。

 

「……いえ、ちょうど見つけました。体育倉庫、でしょうか?他にも人がいますね。ーーあと、七瀬さんの義理の弟さんも向かわれているようですよ」

 

「ゲッ、リトが?……じゃあ、ちょっと急いで行ってきます」

 

 俺はポケットに入れている黒い筒を取り出し、ボタンを押した。

 サイズ的にはうまい棒くらいのスティックなのだが、それが瞬時に広がり俺の服装が仕事着に変わる。松戸さんの作ってくれたアイテムなのだが、どこぞのヒーローの変身シーンみたいで気に入っている。変身後の見た目は悪役なのだが。

 リトも向かってるなら、さっさと片付けないとな。

 

 屋上から勢いよく飛び出し、空中で結界を蹴りさらに加速。すぐに体育倉庫に近づいたのでそのまま【円】を展開し倉庫内を確認する。

 人質の位置はーっと。お、いたいた。って、これは西蓮寺じゃないか!!

 速攻で人質である西蓮寺の横の壁を破壊し、倉庫内に侵入する。

 

「な、なんだお前は!?!?」

 

「ハンターだよ」

 

 佐清とかいったか?学校の教師に擬態してたのか。突然の侵入者である俺に驚いてわざわざ聞いてくる。あきらかに敵対者なのだから構えくらい取れば良いのに、隙だらけだ。俺は答えると同時にオーラを飛ばして牽制の攻撃を放っていたので聞こえてたかはわからないが。俺はオーラの着弾後の反撃に備えていたのだが、

 

「ギャァァーーー!!」

 

 なんの抵抗もなくそのまま反対側の壁にぶつかり気絶した。

 元々の姿なのか、紫色の小柄な宇宙人の姿となって気絶しているそいつを見下ろしながら思う。なんだこいつ……弱すぎだろ?普通に地球人でも勝てるんじゃないのか?

 まあ、リトが来てるなら、西蓮寺は任せていいだろう。

 西蓮寺を拘束しているロープのようなものを引きちぎり、宇宙人を掴んで俺は開けた穴から飛び出して屋上へと戻った。

 

「七瀬さん。お疲れ様でした」

 

「いや、全然弱かったんで特に何もしてないですよ?とりあえずこいつ、任せますね」

 

「ありがとうございます。では、私はこれで」

 

 加賀見さんはそういってエレガントにお辞儀をして去っていき、俺もそのまま家に帰ることにした。

 

ーーーーーー

 

「はぁぁぁぁ」

 

「おいおい、ため息なんかつくなよ!俺たちを呪い殺す気か!?」

 

 彩南高校三年B組の教室でもう何度目かのため息をつく。

 やかましいクラスメイトに腹が立つがそれ以上に、俺はこの状況に疲れてるんだ。

 

「うるさいよ。魔術は使えないって言ってんだろ」

 

「いやいや、お前が黒魔術で美少女の召喚に成功したのはみんな知ってるんだぞ!!」

 

 何回目だ。ララがこのクラスに来た日から俺は黒魔術で美少女を生み出した者となった。

 先日も、たまにリトといるのを見た事がある猿山という一年の男子生徒からも、

 

「俺にも美少女の召喚魔法を教えてください!!!お願いしますお兄さん!!!」

 

 と急に土下座された時は思わず頭を踏みつけてしまいそうになった。俺は耳元で殺すぞと念を込めてまで脅したが、彼はそのまま白目を向いて泡を吐き気絶した。その後、俺の前には現れなくなったが代わりに魔術で人を呪うこともできるという噂も広まった。あのガキャア…!!

 リトも…… 友達は、選べよ……

 

「もーほっとけよ俺は眠いんだ。MP切れなんだよ」

 

 俺はそもそも友達がいない。この髪色のせいもあるが、良く話すくらいの奴は何人かいるが、全て学校内だけの話で俺は家のこともあるしそれに加え三年になってから就職先にも行っているのでリトやミカン以外と外に出る事もない。

 

「認めてんじゃん!回復したら俺んちにも召喚しといてくれよ?」

 

「はいはい」

 

 適当に返事をして俺は眠りにつく。俺の学校生活は孤独ではあったが別に苦じゃなく、それなりに普通だったはずなのに……

 最後の最後でなんでこんなことに……

 

 俺の平和な学校生活はあと一年を切った今、完全に崩壊した。

 

ーーーーーー

 

 憂鬱な学校が終わって、松戸さんから話したい事があると連絡をもらったので、俺は事務所を訪れていた。

 

「七瀬くん。どうやら地球は少し厄介な事に巻き込まれて来たようなんだ。今後は少し注意をした方が良いよ」

 

「厄介な事?」

 

「君と住んでいる、デビルーク星の第一王女である、ララ・サタリン・デビルークの婚約者候補達が地球に続々と向かって来ているそうなんだよ」

 

「えぇ。ーーーなんか家でそんな事を言ってたような気がするけど、実際に現れたことは無いって言ってたんですけどね」

 

「この間学校で捕らえてくれた彼に聞いたんだよ。それに、彼もその婚約者候補の一人のようだよ。ララ・サタリン・デビルークに辿り着く前に、君が排除しているからじゃないかな」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そう言えば最近は何度か『仕事』があったな。

 

「と言うことだから、家の方を用心した方がいいかもね。狙いは君といるのだから」

 

 あのレベルのやつであれば正直何匹きても問題ないが、中には好戦的な宇宙人や、強力な力を持った宇宙人もいるとの事だ。

 今まではミカンへの言い訳にちょうどいいと、もっぱら仕事という名の修行だったのだが、最近は以前よりも『仕事』が増えている。念は戦闘によってこそ伸びる。精神力に大きく作用するので命のやり取りをするような場面でこそ開花するのだ。

 一回の実戦が百の修行に勝ることも多いのだが、今のところ苦戦するようなレベルの相手には出会えていないので大した成長はしていないのだが。

 そんな事を考えていると松戸さんが再度口を開いた。

 

「あと、話の続きだけど、仕事がある時はこちらから連絡をするよ。君は普段から彼女と行動を共にしていた方が効率が良いと思うからね」

 

「ーーーわかりました」

 

 俺はうなづいて事務所を後にした。

 

ーーーーーー

 

「なんか、こうしてみんなで出かけるの久しぶりだね」

 

 日曜日。

 今日はみんなで街に繰り出していた。

 

「そうだなー、ただーーー」

 

「その服はなんとかならんのか?」

 

 ララを見て俺は言う。

 ララはドレスフォームのため目立ってしょうがないのだ。

 もともとララの服はペケのため、何度かの失敗?を経てようやくまともな格好になった。

 それから色々と四人で回り、ララは終始驚いたり、笑ったり、目一杯楽しんでいて、今はゲーセンに来ていた。

 

「ララさん、嬉しそう」

 

「そうだな。ミカンにも取ってやろうか?」

 

「ん、私はいいですよ。今はあの二人見てるだけでお腹いっぱいです」

 

 ララはリトがゲーセンで取ってくれたぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうに笑っていた。それからそろそろ水族館に向かい始めようと歩いていると、

 

「ラ、ララ!!??」

 

 リトがララの服が無くなって来ていることに気付いた。

 ペケの充電がなくなり、服を維持できなくなって来ているらしい。

 

 ーーパサーー

 

「……」

 

 ララのスカートの下から穴だらけのパンツが落ちて来た。

 リトとミカンはパニックになっており、ララが一番落ち着いているが、このままでは全裸のララが誕生してしまう!!

 

「ひとまず、これでも着とけ!!」

 

 俺は来ていたTシャツを脱いで無理やりララに着せる。そのせいで、上裸の俺が誕生したがララがなるよりまだマシだろう。

 

 俺のTシャツは身長差もあるのでララにとってはワンピースのようになっており、肌の過度な露出はない。妹のような存在の子のあられもない姿を他人に見せるのは勘弁だ。

 

「ちょ!ちょっとユウリさん!!??」

 

「ありがとうお兄ちゃん!ーーあれ?その傷、どこかで……」

 

 ミカンは顔を赤くして驚いており、ララが俺の肩の傷跡を見て一瞬呆けているが、

 

「リト。ミカンと急いでララの服を買いにいったほうがいい」

 

「わ、わかった!!けどユウ兄は!?」

 

「通報される前に帰るに決まってるだろ!俺の事は気にせず水族館は三人で楽しんで来なー」

 

 そう言って俺はダッシュでその場から去った。

 

 ーー白黒まじった特徴的な髪色の男性が街を上裸で走り回るという事件がおきました。ーー

 

 そんなニュースが出るのはきついので、ビルとビルの間の人目のつかない場所へ飛び込むと、結界を使って、一気に屋上へ飛び上がると黒コート姿へと変わった。

 

 はぁ。ーーとんでもない目にあった

 でも、これはこれで、ちょうどよかったのかな?

 

 そう思いながら俺は携帯を取り出して画面を見た。そこには松戸さんからのメールが届いていた。

 

『君のそばに、反応は小さいが地球のものではないものが近づいてるよ。』

 

ーーーーーー

 

「西蓮寺が増えてんのな」

 

 俺はその後リト達をストーキングしている。

 小さな反応との事なので、また弱いやつなのか、それとも擬態しているのかはわからないが、どちらにしろ用心するに越したことはない。

 その後俺に変わって増えた西蓮寺を含む四人は水族館の前へと来ていた。

 

「本当にいいのかな、?その、七瀬先輩に悪い気がして……」

 

「大丈夫だよ!お兄ちゃんなんでか帰っちゃったし!」

 

「なんでかじゃなくて、ララのせいだろララの!でも、ユウ兄は絶対何も言わないし、むしろ券も無駄にならないから。ーーさ、西蓮寺も一緒に入ろうよ?」

 

「う、うん。…ありがとう。結城くん」

 

 お!リトのやつ西蓮寺となんかいい雰囲気だな。

 俺は今、【円】を展開しながらリト達の尾行を続けている。黒コート姿は目立ちすぎるので、Tシャツとキャップを買って着ており、四人から俺の【円】の範囲ギリギリである20mほど離れた位置を歩いていた。

 

 水族館の中で、ララがはしゃいでどこかへ行き、ミカンが二人から離れてこちらへと向かって来た。

 

「ユウリさん、来てたんですね。ーーー話しかけないのは、リトのためですか?」

 

「……バレてた?それにやっぱりミカンも、気付いてる?」

 

「はい、バレバレです。ハルナさんもリトに気がある感じはするんですけど」

 

「うむうむ。俺と同じ見解。流石だなーミカンは」

 

「…ん、子ども扱い、しないでください」

 

 俺はミカンを褒めながら頭を撫でている。ミカンは口では嫌がっているが照れているようだ。

 まだまだ子どもだな。

 と思ったら目つきが強くなった。俺の考えてる事を見抜いたのか、本当に、勘が鋭いな……

 

「ひ、ひとまず俺はララがやらかさないか見にーーーって、手遅れだったみたいだな」

 

 俺がそう呟いた後、ペンギンの集団がいい雰囲気のリトと西蓮寺へと突撃していた。

 

「ララさん、なにやったんでしょうか、」

 

「ま、西蓮寺にも気を使わせたら悪いしミカンはみんなと先に帰っておいて。後は俺がなんとかするさ。リトが残って手伝おうとしたりしてたら邪魔だから、適当に言っといてフォローよろしく」

 

「わかりました。でも、たまには私のフォローもしてくださいよ?」

 

「ん、じゃあ次の休みにあそこのアイスケーキ食べ行こう」

 

「約束ですからね?」

 

「おう。約束な」

 

 俺は笑顔でミカンに答える。そのまま移動してさっきから【円】の範囲に入っている小さな浮遊物を捕まえた。ララの周りばかりを気にしていたが、どうやらこいつは婚約者候補筆頭のリトを狙っていたらしい。

 小さい反応というが、それはサイズそのもののことだったんだな。そいつを胸ポケットに押し込む。ハント終了。なんともあっけない。

 

 その後逃げたペンギンを全て捕まえて、めちゃくちゃ謝罪して、こいつを渡すべく俺は松戸探偵事務所へと向かった。

 

ーーーーーー

 

「うーん……」

 

 今日のお出かけは楽しかった。お兄ちゃんもいたらもっと楽しかったのになー。

 でも、あのお兄ちゃんの身体についていたいくつもの傷跡。あれを見たときに、罪悪感に襲われた。なんでだろう。なぜだかわからないけど謝らなきゃって思ったけど、お兄ちゃんはそのまま帰っちゃった。

 私たちが家に帰ったときには出かけているのかいなかったが、ミカンが用事ができたらしいから遅くなるんだってと言っていた。

 さっき帰って来たけど、疲れたって言ってすぐに寝ちゃった。

 

「私、なんであやまらなきゃなんて思ったんだろう?」

 

 お兄ちゃんは不思議な人だ。初めて会った時から、初めて会った気がしない。お兄ちゃんも言ってたし、お兄ちゃんの事も、もっと知りたいな。

 

 そんな事を考えながら、新しくできた宝物の、リトに取ってもらったぬいぐるみと、お兄ちゃんにもらったTシャツを抱きしめて眠った。

 

 




評価と感想を初めて頂きすごく嬉しいです。ありがとうございました。この先も楽しんでいただけたら幸いです!


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七話 台風×義妹

ーーーーーー

 

「ーーただいまー」

 

「台風の、バカーーーーーーーー!!!!」

 

 家に帰って来たところで叫び声。

 ララか。今度はなにがあったんだ?

 

「ただいま。なんだ、どうした?」

 

「ユウリさん、おかえりなさい。それは……」

 

「お兄ちゃん!台風って、本当になんとかならないの!?」

 

 ミカンが何か言おうとしていたが、突然ララが抱きついてきて俺の顔を見上げてくる。

 あー、この顔には弱いんだよなぁ……

 兄性ホルモンがあるのかは知らないが、刺激されまくりだ。

 

「あー明後日から臨海学校だっけ?そう言えば台風が近づいてたな……」

 

「やだやだ!すっごい楽しみにしてたのに、なんとかしてーー!」

 

「ララ、ユウ兄に言ってもしょうがないだろ!俺も楽しみだったけど…」

 

「明日には中止なら連絡があるんだって」

 

 リトとララ、明らかに二人とも落ち込んでいる。

 ミカンは今の状況を説明してくれる。

 俺はララの背中をあやすように叩きながらミカンの方を見ると、ミカンも今はどうしようもないという顔をしていた。

 そーだよなぁ……

 ララをあやしたまま顔を動かして、ちょうどやっていた台風の進路と今の位置を見る。

 なんとか、なるのか?まーやるだけやってみるか。

 

「ララもリトも、元気出せよ。なんとかなるって」

 

「ほんとに!?すごーい!!お兄ちゃん大好き!!」

 

 さらに抱きしめてくるララ。

 念で身体を強化している俺だが普通に痛い。リトはいつもこれに耐えてるのか??あいつ、念もないのにすごいな……

 

「ユウ兄、なんとかって、なんとかできるようなもんじゃないでしょ!?」

 

「甘いなリト。俺は学校の奴らからは黒魔術師とも言われてるんだぞ。今日は一際強く祈っておいてやろう」

 

「……ユウリさん、何言ってるんですか……」

 

「祈ったらいいの?じゃあ私も祈る!」

 

「ユウ兄……」

 

 呆れた顔のミカン。

 ニコニコしたララ。

 困った顔のリト。

 

 三者三様でこちらを見る、血の繋がりのない弟妹たち。

 

「ま、臨海学校も明後日からだろ?今日明日ゆっくりしてろよ。たぶん、進路はそれるだろ」

 

 俺はそう言い放ち、夕飯の準備にミカンと取り掛かることにした。

 

「リト、良かったね。楽しみだねーじゃあ明日は買い物に行こうよ!あ、今日は祈らないと!」

 

「……う、うん。あぁ、そうだな!落ち込んでても仕方ないもんな」

 

 リビングで二人でキャッキャしてるのをキッチンから見ているが、隣のミカンは小声で言ってくる。

 

「……危ない事は、しないでくださいね」

 

「しないよ。こっから毎日二人の落ち込んだ顔見るのは嫌だからな。心配してくれてありがとな」

 

「それは私も嫌ですけど、本当にどうにかできるんですか?できなかった時のほうがララさん凄いことになりそうですけど…」

 

「そん時は、フォローしてくれよ?」

 

「それは、嫌ですよ。そこは頼れる"お兄ちゃん"でいてください」

 

 ミカンは俺が念を使える事を知っている。厳密には超能力だと思っているようだが。それでなんとかする気ではないのかまで気づいて、それでいてリトとララには気づかれないようにこうして心配までしてきているのだ。

 

「頼れるミカンに頼られるってのはハードル高いからな。せいぜい頑張るよ」

 

「ふふふ。リトはああなんで、せめてユウリさんは、そうであってくださいね」

 

 悪戯っ子のような笑みを俺に向けてくる。最近はどんどん大人っぽくなってきており、とても小学生には見えないミカン。その妙な色気に少しドキリとした自分の心を必死に隠した。

 本当に高いハードルだが、せいぜい頑張ろう。

 

 それに、試したいこともあるしな。

 

 みんなで夕食を食べて落ち着いたので、俺は自分の部屋に戻ると窓から外と飛び出した。

 

ーーーーーー

 

「夜遅くにすみません。それに、貴重な道具も貸してもらっちゃって」

 

「なんだか君がそんな事をしようとするとはね。無駄なことはしないタイプだと思っていたけど。これをあげるのは構わないよ。貸すといってもどうせ壊してしまうんだろう?あげるよ」

 

 松戸さんはニヤニヤと笑みを浮かべてはいるが、俺の頼みを聴いてくれた。

「ありがとうございます。でも、俺もこうみえて家ではお兄ちゃんしてるんですよ」

 

「君は大概あの山にいるからね。そう思うのも仕方ないだろう?」

 

 俺はその言葉に苦笑するしかなかった。

 

「七瀬さん。こちらです」

 

「加賀見さん、ありがとうございます」

 

 俺は"ソレ"を加賀見さんから受け取り、改めて二人にお礼を言ったところで、加賀見さんに言われる。

 

「良かったら、飛ばしましょうか?」

 

「いいんですか?助かります」

 

「いえ、いいんですよ」

 

 加賀見さんは笑顔でそう言うと、黒渦を出現させた。俺は足元に出現した黒渦に飲み込まれていく。その途中で松戸さんの声が聞こえた。

 

「……死なないでくれよ?」

 

 既に口まで埋まっていたので、俺は右手を上げて答えた。

 

ーーーーーー

 

 ユウリのいなくなった事務所で松戸は呟く。

 

「加賀見くん、頼めるかい?」

 

「はい。先生」

 

「うん。よく見ておいてくれよ?彼が、『アレ』に届きうるかを」

 

 加賀見も消え、誰もいなくなった事務所でソファーに座ったまま松戸は一人、笑みを浮かべていた。

 

ーーーーーー

 

「おーーーこれが台風か。間近で見るとやっばいなこれ」

 

 海上を蹂躙しつつこちらへと進んでいる台風。そこから数キロ離れた小さな無人島の上空で俺は結界の上に立っている。

 

 俺には試してみたいことがあった。

 この世界に来てからの俺自身のオーラが変わった事により、使い勝手の変わった結界。主に鍛え上げた強度と粘度の変化率の上昇。強化系の力も得た事による純粋なパワーの上昇。

 今まで俺の選択肢になかった事もどんどんとイメージし、単純に修行は楽しかった。

 そこで思いついた技。山中でも試してはみたが、全力では放っていない。

 

 故に試したいのだ。

 今、俺の出せる『絶界』とは違う、物理的な威力最高の技を。

 

 ここは台風のすぐそば。絶えまなく襲いかかる暴風と暴雨に耐えながらも、俺は自身の前に結界を具現化した。さらにその先に最初の結界よりも一回り大きな結界を具現化。それをどんどんと続けていき、最後の結界は20mはあろうかというサイズ。俺からは50m近く離れている。

 その結界の、俺から最も離れた位置の中心に松戸さんから受け取った道具を取り付けている。

 

 その道具は、受けた衝撃をそのまま吐き出す単純な物だが、規模を数十倍に増やしてくれるのだ。

 例えば、壁をただ殴っただけでは拳一つ分の穴しか開かないが、この道具を取り付けて殴れば、壁全体に穴が開くというようなものだ。

 残念なのは、このフラフープくらいはあるサイズ且つ、取り付けなくては意味のないせいで戦闘では使い物にならない。また、威力に耐えるだけの強度はないので一撃で確実に壊れてしまうところだが、使いどころによってはすごいチートアイテムを松戸さんは普通にくれた。

 

 

 加賀見さん、見てるんだろうな。

 

 松戸さんと加賀見さん。いまだに真の目的はわからないが、俺の力を試している節がある。

 そのために、台風をどうにかするなどという、向こうにとっては至極どうでもいい俺の頼みを聞いたのだろう。

 念能力者の対決では、能力を一度でも見ているか見ていないかで雲泥の差がある。

 だが彼らは念能力者ではないし、もしかしたら敵に回るかもしれないが今はいい。

 この世界に来てから新たな念に目覚めている俺はまだまだ成長期だ。

 

 逆に見せてやる。"今"の俺の力を。

 あの二人がどんな能力を隠しているかはしらないが、負けるつもりもない。俺は今よりも強くなる。

 まぁ、敵に回らないのが一番なんだけどな。

 

 

ーーー下準備はできた。次は、体内に残る潜在オーラを集中して練り上げる。

 

 【練】集中し練り上げたオーラを一気に放出し増強する。

 次に【凝】で、右拳へとオーラを集中させる。

 そして【絶】で右拳以外に微量に流れているオーラを閉じ、完全に右拳のみにオーラが集まる。

 更に【纏】で、右拳から溢れ出て漏れてしまうオーラを留める。

 

 【硬】の完成だ。

 残る潜在オーラを全て注ぎ込んだ最強の一撃。

 

 俺はゆっくりと構える。左足を前に出し、右足の膝を限界まで曲げる。上半身を思いっきり捻り、前に出た左手は曲げた右足に触れるくらいに降ろし、後ろに下がった右腕は肘を曲げ高く上げる。

 気を抜けば溢れ出し、弾けてしまいそうな右拳のオーラを【纏】で無理やりに押さえ込んでいるので、相当にきついが、今から放つ技のイメージを浮かべると思わず顔がにやけてしまう。

 

 ぐっと右膝を更に曲げて溜めをつくり、身体の捻りを解放して右足の溜めを解き放つ。左手は身体の捻りの解放で生み出される遠心力を増幅するように背中へ向けて速く回す。右腕を円を描くように振り回しながら曲げていた肘を突出し、的目掛けてアッパーとフックの中間のような軌道を描く。増幅された遠心力をそのまま活かした最強の一撃を目の前の結界へと叩き込む。

 

暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)!!!』

 

 全身の全てを使い、潜在オーラ全てをも注ぎ込んだ右拳が己の結界を撃ち抜く。

 結界を駆け抜ける衝撃は結界内で振動し増幅する。

 増幅した衝撃は結界を破壊しながらも更に次の結界へと襲いかかり更に増大していく。

 衝撃の増幅の連鎖が巨大な結界へと繋がっていく。

 

 その衝撃は一瞬で装着した装置を結界ごと破壊するが、最後にその役割を果たしてくれた。10m四方の結界から、道具を伝わり解き放たれた力の規模はもはや自分の視界には収まりきらない程あろうかという規模だ。

 

 暴風と暴雨を襲う『暴王』

 

 真っ直ぐに台風に襲いかかり、なおもその勢いを失うことはなく、台風を突き抜けた。

 それでも止まらない『暴王』は海上を爆進していった。

 

 台風は規模を小さくし、『暴王』に従うように、その道筋をなぞるようにゆっくりと後退していった。

 

「…は、ははは…やったぁ」

 

 それを見届けて、俺は気を失った。

 

ーーーーーー

 

「お兄ちゃんって、すごいよね」

 

「そうですか?」

 

 私の部屋で布団に入ってる状態のララさんが不意に話しかけてきた。

 

「すごいよー。私、学校でも台風ってどうにかならないのかって聞いたんだよ?そしたらね、みんな絶対無理だーって。でもお兄ちゃんは、そうじゃなかった。」

 

「…ユウリさんにも、どうにもできないと思いますよ?」

 

「それでもだよ。お兄ちゃんだけはなんとかなるって、なんとかしてやるって。私すごい嬉しかったな。どうにもならなかった時は…悲しいかも知れないけど。今はすっごく嬉しい気持ちだよ」

 

「ララさん…そうですね。明日起きた時には進路も逸れてるかも知れませんね。…臨海学校、きっと行けますよ」

 

「うん、そうだね。ありがとうミカン」

 

 言い終えるとララさんから「ふわぁ」あくびが聞こえた。

 

「…そろそろ、電気消しますね。おやすみなさい、ララさん」

 

「うん。おやすみミカン」

 

 電気を消し、私も布団に入る。

 なんとかしてやる、とは言ってなかった気がするけど、今のララさんの気持ちに水を差すべきじゃない。

 ほんとに嬉しそうだ。でも確かに、なんとかしてしまいそうな気がしている。

 

 二年前に見た、忘れられない不思議な光景。ユウリさんと私だけの秘密。

 

 ユウリさんは超能力者。

 そうだとしても、台風相手に人間がどうこうできるとは常識では思えなくて、少し不安になる。無茶してないといいけど。

 そう思いながらも、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

「かっこいい白か金みたいな髪の人でさ!爆発した車から颯爽と転がり出てきて無事だったんだよ!なんかすごい人だったなー。な!ミカン」

 

 リトがお父さんとお母さんに話している。

 今よりも小さなリトの言葉を、否定もしなければ肯定もしない私は、ただそこに立っているだけ。

 

「その人は、大丈夫なのか?どうしたんだ?」

 

「え、それは、俺たちに逃げろって、速く行けって言ってさ。俺も心配はしたんだけど、大丈夫だからって元気に言われたから」

 

 お父さんとお母さんはその人の心配をしている。

 

 今は朝となっており、私はテレビを見ていた。

 朝のニュースが、一方的に話してくる。

 

「昨日、彩南町○$#のあたりで事故があり、付近には通り魔が現れ、街は騒然となりました」

 

 昨日のニュース。これ、見たことある気がする。

 

「重症者%€名。意識不明の重体$÷名。死亡者3名。」

 

「死亡者は、

 七瀬 ○○さん #°歳

 七瀬 ○○さん ¥°歳

 

 七瀬 悠梨さん 14歳」

 

 最後だけ、やけにはっきり聞こえた。

 私は手に持っていた牛乳を床へと落として茫然としている。

 なんだこれ。見たくない聞きたくない。

 でもテレビは、なぜか続きを、私に見せる。聞かせてくる。

 

「結城 美柑さん、ちゃんと見てくださいよ?これがあの日の七瀬 悠梨さんですよ?感謝もしない、なんなら嫌ってすらいるあなたを、わざわざ逃して、死んでしまったユウリさんですよ?」

 

 そう言ってくるテレビのアナウンサーの顔は、私だった。

 画面には、目、鼻、口、肩、腹、腕、背中、足、あらゆる箇所から血を流したユウリさんが、人形のように壁にもたれていた。

 

 

ーーーーーガバッ!!!!

 

「夢。だよね……?」

 

 最悪な夢。私の中の消えない罪悪感。

 

 はぁ、汗、かいてるな。

 ララさんは、あれ?いない?リトの部屋かな。

 ひとまず、顔を洗ってサッパリしよう。

 

 階段を降り、顔を洗い、私は自分の部屋へ、

 ではなく、ユウリさんの部屋の扉を開けた。

 

「ユウリさん、いますか?」

 

 部屋は真っ暗。返事もない。

 ベッドと机と棚があるだけのシンプルな部屋。

 棚には小学一年生から高校三年生までのドリルと漫画、多くの本が並んでおり、その上にはリトと私がプレゼントした観葉植物が飾ってある。

 その部屋の主はおらず、ベッドの上は膨らみもなくペタンとした布団だけが寝ていた。

 

ーーーぼふっ

 

「また、行っちゃったんですね」

 

 私はユウリさんのベッドに横たわり呟く。

 

 私は知っている。ユウリさんはよく夜に家を出ている。なにをしているのか気になるけど、聞かない、聞けない。

 うざい女だと、子供みたいになんでも聞いてくる女だと、そう思われたくない。

 

 ユウリさんの匂いがする。

 枕に顔を埋めると、安心する匂い。

 

 私の周りは子供ばっかり。学校でも、家でも。

 でも、ユウリさんだけは違う。話していて楽しい。

 気持ちを汲み取ってくれるし、子供扱いはしない。それが私は嬉しいし、そもそも私は、

 

ーーユウリさんのことが好きだ。

 

 あの日から、私の中でのユウリさんはどんどん大きくなっている。

 

 悪い夢を見たせいか、安心したせいか、私はいつのまにか眠っていた。

 

ーーーーーー

 

「とんでもないな。これなら『アレ』にも届きそうだ」

 

「そうですね。消耗しきって気絶してしまいましたが、あの威力だと全ての"私"を消し去れますね。……当たれば、ですが」

 

 加賀見くんからの視界の共有。そこで見た台風を押し返す人間。

 これならば届きうる。僕の目的まで。だが、今はまだだ。

 彼はきっと、他人に興味がない。

 そう思っていたが、自分に近いもの以外に容赦が、それに対する感情がないだけか。

 身内には菩薩のように、他人には悪魔のような。

 

「七瀬さんは、どうしましょうか?」

 

「彼のベッドにでも送っておいてあげてくれないかな?仕事着もボロボロだ。直しておいてあげようか」

 

「はい、先生」

 

 加賀見くんは七瀬くんを抱き上げ夜空へと飛び出した。

 

ーーーーーー

 

 

ーーーんん。

 

 なんだがくぐもった声が聞こえる。

 右手にあたる何かを掴む。

 

ーーーあ、はぁ、ん。

 

 まただ、なんだ?というかここはどこだ?

 何かを、抱きしめてるような?

 

ーーーユウリ、さん。

 

 俺の名前?ぼんやりと目を開けると、

 目の前にミカンの顔があった。

 

 は?…え?なんだこの状況?ここは、俺の部屋?でもなんでミカンが?

 

ーーーんんっ!

 

 右手に掴んでいたのはミカンのおしり。俺は驚いて少し強く握ってしまったようだ。

 

ーーーパチ。

 

 ミカンの目が少しだけ開き、目があった。

 

「また、夢、かな?…今度は、いい夢」

 

 そう言って首に抱きついてくるミカン。唇は触れ合うほどに近く、ミカンの息が顔に当たる。お互いの前面は密着していないところの方が少ない。俺の鼓動が早くなるのがわかる。顔も、きっと赤くなっている。

 ど、どうしよう……?

 

「ユウリさん……」

 

 寝ぼけているのか、寝返りどころではなく、体の上に重なるように乗っかって俺の胸に顔をうずめている。胸に感じるミカンの呼吸。

 

「…ミ、ミカン?」

 

 俺はそっと声をかける。

 

 ……ちゅ。

 

 首筋に唇がついて離れた。あぁ、これはヤバイ。本気でヤバイ。

 理性が……ミカンはまだ小学生だぞ?そして、俺の義妹だ。

 

「……ミカン?」

 

 さっきよりも大きな声で呼んでみる。

 

「ん、ちゅ……ユウリさ…ん」

 

 ミカンの唇が首から頬へと上がり、今度は頬に唇の感触。そのまま徐々に顔の中心まで移動してきて、そして、

 

「……………ん?」

 

 唇と唇が触れる前に俺はミカンの肩を掴んで止めた。

 

「おはよ、ミカン」

 

 きちんと言えただろうか?顔はきっと赤いままだが、言葉はちゃんと出せたはずだ。

 心臓が飛び出しそうなほど大きく鳴り響いている。

 

「えへへ。おはよー。…………ん?……え、あれ、私!ご、ごごごめんなさい!」

 

 最初はミカンらしくないふにゃっとした笑顔でおはようってゆってくれたのだが、鼻先が触れ合うほどの位置なのですごく恥ずかしい。だんだんと意識が覚醒してきたのか、ミカンは飛び起きて、俺の腰にまたがった体勢のまま凄い勢いで謝ってきた。

 

「いやいや、俺もミカンが寝てるなんて気付いてなくてさ。ほんとさっき起きたんだ。起こしてごめんな」

 

「え、あぅ。いや、これは、そのですね。私は、」

 

「ーーぷっ。あははは」

 

「な、なんで笑うんですか!?」

 

「ふふふ、いや、ごめんごめん。ミカンのそんな顔初めて見たからさ」

 

 顔を赤くして慌てるミカンなんて普通は見られるもんじゃない。

 

「素のミカンって感じ。かわいいよ」

 

「ううぅ……。その、この事は…」

 

「うん。誰にも言わないよ。また、ミカンと俺だけの秘密だな」

 

 俺も上半身を起こしてミカンの頭を撫でてやる。

 

「はい、ありがとうごさいます。……間違っても、リトには絶対言わないでくださいよ」

 

 ミカンはそう言って顔を真っ赤にしたまま俺の部屋を後にした。

 

 かわいい、な。

 いや、ミカンはかわいい、妹だ。

 自分でもよくわからないこの感情を心の奥へと押し込んだ。

 

 

 

 

 そういえば、どうやって帰ってきたんだっけ?

 

ーーーーーー

 

 後日、

 

「気絶されておりましたので送っておきましたよ。義妹さんが眠ってらっしゃいましたが、なにか問題ありましたか?」

 

 と全く悪気のない顔で加賀見さんに普通に言われた。

 



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八話 臨海学校×彩南町

ーーーーーー

 

「だから、なんでお前は俺のベットに入ってくるんだよ!!」

 

「なんで怒鳴るの!?リトは私のこと嫌いなの!?」

 

 二階からリトとララの怒鳴り声。

 またか。もはや慣れたものである朝。

 

 先程、いつもの朝とは違い寝ぼけたミカンとのやりとりがあったので、本来なら二度寝をしているはずだが今日は眠れるはずもなかった。

 

 ミカンとの一件もあるが、ほんの数時間前に数年ぶりに全身全霊の一撃を放ったために、俺は今オーラを使い果たしている。

 しかもありとあらゆる体の部位が筋肉痛に襲われており、一度起きた後はその痛みにずっと耐えているのだ。

 

 二人の怒鳴り声がした時、俺はリビングでコーヒーを飲んでおり、ミカンは朝食の準備をしていたが、リトの怒鳴り声の後にミカンの肩がびくりと震えたのを、俺は見ていないフリをした。

 

 しばらくして、二人が降りてきた。

 

「……おはよ」

 

「おはよー!」

 

「「おはよう」」

 

 疲れた感じのリトと元気なララの朝の挨拶に俺とミカンは同時に返事を返す。

 

 リトとララは朝からギスギスしている。おい、買い物行くんじゃなかったのか?さっさと仲直りしろよ。

 と思いつつ横目でミカンを見るとミカンはミカンで俺との距離を測りなおしているのかぷいっと視線をそらされた。

 そんな微妙な空気の中みんなで朝食を食べていると、

 

「お兄ちゃんなら、怒鳴ったりしないよね?好きな人と一緒に寝てたって平気だよね?」

 

「「ーーーッ!」」

 

 普段はそんな事言わないくせに、タイムリーすぎるララの質問に俺はびっくりしたが、平静を装い、普段通りに言葉を返す。

 

「んー、どうだろうなー。少なくとも、嫌な気はしないんじゃないかな?」

 

「ねー!そうだよね。嬉しい気持ちになるよね?」

 

「ユウ兄にはわかんないよ!」

 

「いや、そりゃ免疫のないリトからしたらそうだろ」

 

 思わず俺にまで当たってくるリト。

 そもそも二人の問題だ。二人で話すのが筋だろう。

 

「ララも、地球に住んでる以上、地球の文化にはある程度でいいから慣れろ。どんだけ好きな子でも、女の子に裸で潜り込まれたら変態以外のほぼ全ての男は混乱するよ。リトもリトで、慣れろとは言わないが、宇宙人であるララを受け入れてるんだから、もっとララの事も知れ。つまりは二人できちんと話をしろ」

 

「そうだねー。リトは女の子への免疫はゼロだもんねー」

 

「そ、そんなことないぞ!俺だって……!」

 

「うーん。地球の文化かぁ。お兄ちゃん、いっつも言ってるもんね」

 

「『郷に入っては郷に従え』って言葉があってな。簡単に言ったら住むとこに合わせろって事だ。俺は従え、とは言わないし、合わなきゃ合わせる必要もないと思う。だけど、知りもしないってのは失礼だろ?」

 

「……はーい。わかったよ」

 

「本当にわかってんのか?」

 

 少し考えるそぶりのララと、怪訝そうなリト。

 

 

「あ!テレビ!ニュース見て!」

 

 ミカンが急に声を出してテレビを指差した。そのテレビのニュースでは、

 

『本日の明朝、超大型の台風○*号が突如規模を縮小し、進路を変えるという事が起きました。原因はわかりませんが、これは専門家の見解では………』

 

 ちょうど台風の大幅な進路変更のニュースをしていたようで、テレビの中の台風の進路図は台風のマークがまるでヘアピンカーブを曲がるかのように180度も進路を変えていた。

 

「え?なになに、どういう事?」

 

「マジかよ!ララ、これで臨海学校なくなんないぞ!」

 

「え!やったーーー!やったね、リトーーー楽しみだね!」

 

 ミカンは俺の方をチラリと見てきたので、小さなサムズアップで答えておいた。

 理解できていなかったララには、リトが説明をいれ、その後リトとララの仲は一瞬で改善した。

 

「良かったな二人とも。明日から楽しんでこいよ」

 

「うん!お兄ちゃんがやったの!?すごいすごい!ありがとー」

 

 ララはわざわざ席を立ってまで俺に抱きつこうとするので、

 

「いや、違う!!俺じゃない!みんなの想いの力だ!!だからララ、今は、ちょっと、……待て!!」

 

「お兄ちゃん、本当にありがとー!」

 

ーーーギュ!!!

 

「イッデェェーーー!!」

 

 全身筋肉痛だし、体を守るオーラも枯渇している今、デビルーク星人の鯖折りに耐えるのは無理だった。

 

「ユウリさん!?」

「ユウ兄!?」

 

「……あれ?」

 

 俺は義弟妹たちの心配する声と、妹のような存在の気の抜けた声を最後に、そのまま意識を手放した。

 

ーーーーーー

 

「まったく、あの二人はほんとに……」

 

 リトとララさんには買い物に行ってもらった。

 心配だから、と二人も残ろうとしていたけど私が無理に行かせた。

 言っては悪いけど、あの二人がいない方がきっとユウリさんは休めるから。

 

 いつも平気な顔してるのでわかりづらいが、きっと台風の進路を変えたのはユウリさんで、無茶なことも、きっとしたんだろう。

 無事に帰ってきてくれたので許すけど、危ない事はしないって言ってたのに……そこは減点対象ですよ。

 

ーーーさらっ

 

 ほんと、綺麗な顔してるなぁ。

 今朝まで自分も一緒に寝ていたベットで眠っている義兄の、最近は黒が多くなってきた気がするが、白いメッシュが入ったような特徴的な髪を指でとかしながら思う。

 

 この髪のおかげで減っているのだと思うが、ユウリさんは実は少しモテる。

 去年も、一昨年も、バレンタインに数名の女子が家の前でユウリさんを待っており、チョコを受け取っていたのは知っている。

 

 あの人たちには、なんて答えたんだろう?

 彼女のいるそぶりはまったく見えないので、きっと断ったんだろう。

 

 私の事はおそらく、嫌いと言う事はない。贔屓目もあるかも知れないが好きでいてくれてるとも思う。

 

 でもそれは、妹として?それとも、結城 美柑として?

 できれば後者であって欲しいな。

 

 なんて、ね。

 

 

 自分の思考をそこで切り、棚の中の、最近はめっきり増えなくなったドリルの代わりに、今も増え続けているユウリさんの本の中から古いものをひとつ手に取る。

 

 本当に多いなぁ。

 絵本からはじまり、漫画、その後は小説であったり実用書であったり、ジャンルも哲学・歴史・社会・科学・自然・芸術・文芸。

 片っ端に、といった感じだが、記憶をなくしたあと、必死で知識を手に入れようとしているのが伺える。

 ユウリさんの中で、知識の探究は今も続いているようだ。

 

 手に取った本を開く。

 それは絵本。

 私がまだユウリさんを嫌いだった頃に、リトと一緒に、という体で誕生日のプレゼントとしてあげた絵本。

 

 なんて事ない、内容。

 

 もともと嫌いあっていた二人の子供が、事件に巻き込まれて、なぜか恋に落ち、最後は結婚する話。

 

 もちろん最後はいつまでも幸せに暮らしました。で終わる。

 

 奇しくも、今の私と似たようなお話。

 願わくば、この先も同じであったら。

 

 そう思いながら、

 今朝の続きを期待してなのか、

 部屋の主が目を覚ますまで、私はなぜかこの部屋から出ようとはしなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「じゃあ、いってくるね」

 

「……ねー。ほんとにお兄ちゃんとミカンは来ないの?」

 

「だから、俺らは行けないの。……いいから、目一杯楽しんでこいよ」

 

「リト、気をつけてね。いろんな意味で……!」

 

「わ、わかってるよ」

 

 今日から二人は臨海学校へ行く。

 ララは最後まで俺とミカンも来るように勧めてきていたが、そう言うものではない。

 

 ミカンの発言は何処かへ出かける人へ向けた、通常の挨拶のようなものと、ララの発明品によるトラブルと、リトの周りで最近起きている『ラッキースケベ』なるものと、言った通りのいろんな意味が込められている。

 

 かくいうミカンの顔は少し強張っていた。

 なぜなら昨日のラッキースケベの被害者だからだ。

 

 なぜか何もないところでつまずき、ソファーでうつ伏せに寝転んでくつろいでいたミカンのおしりに顔を埋めていた。

 ミカンは怒り狂っていたし、リトは悪気はなく、事故だとしてもきちんと謝る事ができる男なのでひたすら妹に謝り倒していた。

 

「ほらミカン、本当はもう怒ってないんだろ?数日は会えないんだから」

 

「むぅ。……リトもララさんも、気をつけてね。いってらっしゃい」

 

 今のミカンは笑顔だった。

 そんなミカンの笑顔を見てか、リトとララも笑顔で言った。

 

「「うん!いってきます!」」

 

 

ーーーーーー

 

 

「……いっちゃいましたね」

 

「そうだなー。きっと、最低でも五回は事件が起きるな」

 

 ユウリさんは笑ってそう言った。

 

「その見積もりは、あまそうですけどね。ーーひとまず、私たちも準備しますか」

 

「ん、そうだな」

 

 そう、今日は二人でデートだ。

 

 だいぶ気が早いとも思ったが、リトの誕生日プレゼントを選ぼう。という名目で買い物に誘ったらOKしてくれた。

 

 いつもよりも長めに、バッチリと整えてと、、よしっ準備完了。

 ユウリさんは、もうできてるみたい。

 

「じゃ、行こうか」

 

 そう言って私たちも家を出る。

 

 目的地である大型のショッピングモールに到着した。

 中には多くの人がおり、周りのカップルたちはみんな手を繋いで幸せそうに歩いている。

 

 それを見て、私は少し躊躇しながらも手を出してみる。

 昨日の朝で、私の気持ちは既に気づかれているはずだし、自分の顔が赤くなっている気がする。

 拒絶は、されないよね?

 

 

 私の手が重力に逆らって自分に向いている事に気付いたユウリさんは、何も言わずに手を繋いでくれて、私の顔を見て笑顔で話題を振ってくる。

 

「人多いなー。ひとまず、あそこの店にでも行って見てみよっか」

 

 そう言って手を引いて、私の歩幅に合わせてくれる。

 

 きっとリトなら何か余計な一言を言いつつも繋いでくれるだろう。

 でも、そういう時の余計な一言はほんっとうに不要だ。

 大人なユウリさんはやっぱり女心がわかってるなぁ。

 

 なんて思いながら、ユウリさんと二人で、色々と話しながらする買い物は予想どおり、いや思っていたよりもずっと楽しかった。

 

 自分でもわかるくらいに浮かれていると思うが、今日はそれでもいいと思った。

 

ーーーーーー

 

「じゃあ…俺はアイスコーヒーと、このバニラアイスで」

 

「私は、アイスミルクティーと……」

 

 買い物も落ち着き、今は一息つくために二人でカフェへと入っていた。

 

「このチョコがけのやつをお願いします」

 

 ちょっと浮かれすぎてたからね。大好きなアイスで少し熱を覚ます。

 でも覚ましすぎるとこの高揚感も、アイスと同じく溶けて無くなってしまいそうなので、少しでも冷たすぎないものを、と私は迷った末にチョコがけアイスにした。

 

「んー色々見たけど、やっぱりアレにしよっか?」

 

「そうですね。ゲーム以外のリトの趣味はアレくらいしかありませんし」

 

 ユウリさんと色々と見て回ったが、リトの好きな植物が少し大きくなっているので、植え替え用のかわいい鉢にする事にした。

 

「じゃあ最後に予約注文して帰ろっか」

 

 私はいくつか服と小物を買い、ユウリさんもこれからくる秋用に落ち着いた灰色のシャツを買っていた。

 

「そうですね。リトの誕生日まではまだ期間もありますし、荷物も少し増えてきましたしね」

 

「うん。ミカンはもう見たいとこはないのか?」

 

 大きなショッピングモールなので、全部は回れていないが、一通り回れたし、全部回っていないので、この言葉を言える。

 

「はい、今日はもう大丈夫です。まだ見れてないところは、また一緒にいけたら、いいですね」

 

 今日の私は浮かれている。もう次の『デート』に布石を置いた。

 

「そうだな。こんなに広いからな。また、来ような」

 

 無事に次の『デート』の約束を取り付けることができた。

 既にアイスも食べ終え、ドリンクも残りわずかとなったところで、

 

 

 

「あれっ?七瀬くん?」

 

「ん?」

 

 誰だろう?

 顔は、綺麗な人だ。感じは良くないけど……

 学校の人?かな。

 

「妹さんのお守りかな?大変だね」

 

 どうやらそのようだ。しかも、

 

「妹さんも、七瀬くんに迷惑かけちゃダメだよ。七瀬くん、何回遊びに誘っても来てくれないんだから、かわいそうでしょ?」

 

 私を邪魔者としか見ていない。

 なぜそんな事を言われなくてはならないのか?

 そもそも誰?

 なにより、せっかくのこの気持ちが、台無しに……

 

「全然!お守りじゃないし、俺よりしっかりした子だよ?ーーそれに、急に現れて人を小馬鹿にしてくるお前の方が、よっぽど迷惑じゃないか?」

 

「ひ、ひどいよ。私は七瀬くんがかわいそうと思って、そんな事言わなくても」

 

「誰がかわいそうなんだよ、お前が勝手に俺を決めんな。

 

 ーーーそもそも、誰だっけ?」

 

「ーーーッ!!な、なんでもない!もういいわ!」

 

 なんだか言い過ぎな気もしたけど、

 全部私が思った事と同じ事を言っていたのでちょっとスッとした。

 

「ごめんなミカン。誰なんだろーな、あの失礼な奴は」

 

「いえ、私は大丈夫ですよ。それより、学校で気まずくならないんですか……?」

 

「全く。俺はそもそも学校で空気だからな。さっきのやつも同じクラスかどうかもわかんないし」

 

 そう言ってカラカラとグラスを回して氷をぶつけている。そのまま残り少なくなったアイスコーヒーを飲み干していた。

 

 すぐさま出た私への謝罪の言葉。

 私のために怒ってくれたのだと、そう思うと、不思議と嬉しい気持ちが盛り返してきた。

 

「じゃあ、さっきのは忘れて、行こっか」

 

 そう言って手を差し出してくれるユウリさん。

 

 私はその差し出された手を握り返した時、落ち込んでいた気持ちはすぐに無くなっていった。

 

 

ーーーーーー

 

 色々あったが肝試しも終わり、臨海学校の宿の部屋へと戻ってきた。

 

友達の籾岡 里紗と沢田 美央、通称リサミオとララさんの四人部屋。

 

「いやぁ、それにしても、臨海学校って面白いねー!」

 

「そうだね。肝試しは怖かったけど……」

 

「肝試しも結局ゴールしたのはララちぃとハルナと、結城だけだもんねー」

 

 うぅ、本当に怖かった。お化けなどの類は本当に苦手なのだ。

 肝試しでゴールした人がどうなるかの話は聞いたし、結城くんと、ゴールできたのは嬉しいけど、ララさんと三人で……これは、どうなるんだろう。

 

「これも全部お兄ちゃんのおかげだよー。明日も楽しみだな」

 

「でた!またララちぃのお兄ちゃんお兄ちゃん」

 

「そりゃあそうだよ。台風だって、なんとかしてやる!って言ったら翌日本当にそうなってたんだもん。すごいんだよ。お兄ちゃんは」

 

「ララちぃの半分は結城とお兄ちゃんでできてるもんねー。でも私も先輩の感じはけっこー好きだけどなー噂が噂だからなー」

 

「んー、七瀬先輩って、かなりいろんな噂があるもんね。確かに顔はかっこいいけど、近寄りがたいっていうか……」

 

 リサミオは七瀬先輩の噂のことを言ってる。

 

 私も聞いたことはある。

 実は黒魔術師だとか、

 実はすごく有名な不良だとか、

 実は暴走族の人だとか、

 昔あった、通り魔事件での生き残り、

 であり、実は犯人だった、

 

 とかの根も葉もない噂。

 

 私はオカルトチックな話は苦手なので、"中学生の時"は、実は七瀬先輩の事は全く知らないのに苦手だった。

 でも屋上でララさんとお話した時の感じは、そんな冷たい人じゃなく、ララさんを諭すように話す、大人びた良い人だったと思う。

 無茶振りされた気はするけど……

 

 でも、実はそれよりも前に、私は七瀬先輩と出会っている。

 

 

ーーーーーー

 

 

 中学三年生の時、

 その日は少しクラブが長引いてしまったので、いつもより遅い時間に飼い犬であるマロンの散歩をしていた夜。

 

 ちょうど人気の少ない道に入った時だった。

 

「コラァ!若い子がこんな時間に……それぁ誘ってるようなもんだぞぉ」

 

 大学生くらいの、かなり酔った人に絡まれてしまった。

 

「いえ、あの、急いでるんで……!」

 

 私は急いで逃げようとするが、通り過ぎる時に腕を掴まれた。

 

「キャァ!!」

 

「お前から誘ってんだろぅがぁ!オラ、こっちこい!」

 

 怖い。まだそこまで遅い時間じゃない、大きな声を出せば、誰かが、

 

「ーーーやかましいぞ酔っ払い」

 

「なんだぁ、お前?」

 

 白黒まじりの特徴的な髪。

 

「お前がちょっとこっちこい」

 

 先輩はその人の、私の腕を掴んでいた腕を掴んだ。

 

「いってぇ!」

 

 私を掴んでいた男の人の手が離れる。

 

「ーーーほら、行っていいよ。こいつはほっといていいから」

 

「え、は、はい。ありがとうございます…」

 

「ほら、酔い覚ませバカ」

 

 そう言いながら男の人の腕を引っ張っていき、私はその反対へとマロンと駆ける。

 

 怖かった。

 でも、あの人って中学一年の時に三年の先輩にいた、たしか…七瀬先輩?

 当時から変な噂のある人だったし、特徴的な髪色のせいで有名だったので覚えていたが、

 優しい人だった。

 

 噂は、当てにならないな。

 

 もう一度、心の中でお礼をいい私は家へと急いだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

 でもララさん、本当に七瀬さんのこと好きなんだな。

 私はお姉ちゃんしかいないから、お兄ちゃんってわからないけど、

 

「七瀬先輩、頼りになるもんね。ララさんの事、本当に大事に思ってると思うし」

 

 頼りになるお兄さんがいて、ララさんが、少しだけ羨ましかった。

 

 



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九話 彩南祭×殺し屋

ーーーーーー

 

「七瀬先輩。こっちもお願いします」

 

「…………」

 

「七瀬せんぱ〜い」

 

「わかったっての。ちょっとこっち落ち着いたら行くから」

 

 俺はそう言って机やら椅子やらを運んでいる。

 

「はーい。待ってますね」

 

 はぁ。どうして俺がこんなことを………。

 

「はぁ。終わった。次は二年B組だったかな」

 

ーーーーーー

 

 

「おい七瀬。授業終わったら職員室に来てくれ」

 

「……ん?俺ですか?」

 

 呼び出されたので仕方なく職員室に行くと、

 俺はわりと授業をサボっているので、卒業したいのなら文化祭の実行委員を手伝えとの話しだった。

 

 めんどくさい。

 しかし、卒業できないのも困る。才培さんとの『約束』もあるので仕方なく手伝うことにした。

 

 実行委員の集まりに参加した際、一年の猿山が俺を見て一瞬気絶しかけていたが、俺のせいじゃない。……はず。

 

と、いうわけで俺は彩南祭の準備まわりを手伝うことになった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あ!七瀬先輩、それはこっちにお願いします」

 

「はいはい。……なんか、このクラス用の物異常に多くないか?」

 

「あはは、それはたぶん天条院さんが個人的に用意してる物が多いからですよ」

 

「天条院?」

 

「え、知らないんですか?天条院グループの娘さんで、ある意味七瀬先輩より有名だと思いますけど……」

 

「人を勝手に有名人にするなよ。まーなんでもいいけど……これ全部入るのか?」

 

 俺はまだまだあるこの教室用のものらしい段ボールや、大道具用の材木やらを見て呟いた。

 

 

「こんなもんか?」

 

「お、いい感じです」

 

「じゃあ終わり、だな」

 

 俺や他の実行委員。もともとこのクラスのやつで数時間かけてようやく完成した。

 たしかに立派だ。昆虫喫茶だったか、森林をイメージしたようでかなり作り込まれている。

 

「ふぃーじゃあ俺は解放でいいよな?先生にはちゃんと手伝ったって報告しといてくれよ?」

 

「ありがとうございました。もちろんですよ。噂と違って、先輩も良い人でしたし」

 

「噂じゃ人はわからんだろ。ーーーじゃ、明日は楽しめよ」

 

 また噂。どうでも良いので基本スルーしているがこうやって話してみると、中には良いやつもいるもんだ。

 

 クズは問答無用で嫌い。

 仲間は大切。

 子供はかわいい。

 それ以外は、至極どうでもいい。

 

 今思えばすごく単純な世界にいたもんだ。

 

 殺しなんて普通。

 なんなら天空闘技場なんていう、この世界の視点で考えると狂人としか思えないような施設すらあった。

 

 まずは知ってから。なんてララには偉そうに言ってるからな。

 俺も、もう少し、他人との付き合い方でも考えてみるかな。

 

 

ーーーーーー

 

 

 彩南祭当日、俺は今日も駆り出され、一日風紀委員に入れられている。

 

 午前中にあらかた見回り、午後は各自でぶらついていると、見知った顔がいた。

 昨日の考えの実行だ!と西蓮寺へ話しかける。

 

「よう、西蓮寺」

 

「あ、七瀬先輩」

 

「どうだー楽しんでるか?」

 

「あ、えっと、はい」

 

「今から休み?」

 

「そうなんです。私の担当は終わったので、今からはお客さん側ですね」

 

「じゃあ、回ってきたらいいじゃん。ーーーリトでも誘って」

 

「え、ゆ、結城くんですか、?」

 

「あれ、嫌だったか?」

 

「え、あぅ、それは、嫌じゃないですけど」

 

 おっ。この感じはやっぱり脈アリそうだな。

 俺はその場で自販機のジュースを二つ買って、

 

「ほら、じゃあこれ、リトと西蓮寺の分。リトには西蓮寺から渡しておいてくれないか?」

 

 俺からジュースを受け取った西蓮寺は少し間を開けて、俺とは目を合わせずに、下を向いたまま聞いてきた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 七瀬先輩。

 

 たぶん、私が結城くんの事が好きだって気付いてる。

 今も、私が結城くんを誘いやすいように誘導している。

 

 だから、意を決して聞いてみることにした。

 

「……七瀬先輩は、ララさんより私を結城くんと、その……。ララさんも、結城くんの事、好きなんですよ?ーーーどっちを、応援してるんですか?」

 

「ん?どっちって、俺はリトの味方だぞ」

 

 結城くんの。

 どういうことだろう?じゃあ、結城くんも、私を?え、違うよね?

 思わず顔を上げて七瀬先輩の顔を見ると、

 悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 

「ま、やりたいようにやれよ後輩。ララはいつだってやりたいようにやってると思うぞ」

 

 そうして七瀬先輩は去っていき、

 私は結城くんにジュースを渡した後、二人で文化祭を回る事ができた。

 

 七瀬先輩は結城くんの味方。やっぱり、血の繋がりなんてなくても兄弟なんだな。

 ありがとう、結城くんのお兄さん。

 

 私はやっぱり結城くんが好き。

 

 今度、誕生日プレゼントは何がいいか、お兄さんに聞いてみようかな?

 もし他の人と被ったら、嫌だもんね。

 

 

ーーーーーー

 

 

 彩南祭も無事に終わり、リトの誕生日は才培さんも帰ってきてくれて楽しく過ごせた。

 

 俺とミカンのプレゼントも喜んでいたし、ララのプレゼントは、この家の番犬ではなく番植物となっているが……。

 

 ミカンは気付いてるみたいだが、西蓮寺からのプレゼントもちゃんともらったようで、めちゃくちゃ喜んでたなーリト。

 

 

 その後はリトが風邪を引き、ララが風邪を引いたりとあったが、概ね平和な日々が続いている。

 

 

 俺のオーラもすでに完全に戻っており、今も技の研鑽を積んでいる。

 

 学校も終わり、仕事という名の修行に行こうとしてる途中で、河原に座り込むララを見つけた。

 

「何してんだ?」

 

「あ、お兄ちゃん……」

 

「どうかしたのか?一人でいるなんて珍しいな」

 

「リトは、やっぱり私の事好きじゃないのかな?」

 

 またリトとの言い合いで喧嘩をしたそうで、

 ペケはララ様には不釣り合いだの言っている。

 珍しく、落ち込んでるな。

 

「お兄ちゃんは、私の事好き?」

 

「俺か?俺は、好きだぞ」

 

「ほんとに?私の、どんなところが好き?」

 

「本当だって。どこって、全部じゃないか?ララが好きなんだから」

 

「え!それは嬉しい……けど、嫌なところは、ないの……?」

 

 一瞬パッと明るい顔をしたが、また不安そうな顔にもどるララ。

 

「ララの嫌なところ?どーだろな?それはきっとあるけどわかんないな」

 

「んー……それが聞きたいのに」

 

「俺は嫌なとこ見ないんだよ」

 

「あはは。それはずるいよー」

 

「好きなもんってさ、慣れちゃうんだよ。でも嫌いなものはずっと目に付くから、俺は見ないの」

 

「好きなものに、慣れる……?」

 

「そ。だから、一回見直すのも手だな」

 

 少し遠くからこちらへ向かって歩いている人影を見る。

 ん?あれは、西蓮寺か?

 

「まぁ、友達とゆっくり話してみるのもいい手かもな。ーーあとはララの思うようにしたらいいさ」

 

 そう言ってララの頭を撫でてやりその場を後にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 その後、修行を行おうと思った時に連絡が来た。

 

『七瀬くん、一度事務所に来れないかな?そちらに加賀見くんを送るから、一緒に戻ってきて欲しい』

 

 断ることも無いし、俺は加賀見さんと事務所へ戻る。

 

「やぁ七瀬くん。今回は、少し様子を探ってきて欲しいんだ」

 

 珍しいな。様子を?どういう事だろう。

 話を聞くと、宇宙一の殺し屋として有名なやつが地球に来ているらしい。

 

 刺激したくは無いが、目的がわからないので一旦探りを入れろとのことなので、了承する。

 

「加賀見さん、時間かかってもいいので、すぐそばに飛ばしてくれませんか?視界に入ってるのがベストですね」

 

「わかりました。七瀬さんが使える移動方法、と思わせたいんですよね?」

 

「はい。もう、いつ飛ばしてもらっても大丈夫なんで」

 

 話がはやいな。

 宇宙で有名って、規模がデカ過ぎてもはやよくわからないので、相手が勝手に俺の手札と思ってくれたらいいなと言うくらいだが、やらないよりはマシだろう。

 

 久々の、命のやり取りの予感。

 集中しろ。今の俺は万全だ。

 話し合いで終わらない可能性の方が高いだろう。

 何しろ相手の肩書きは宇宙一の『殺し屋』。

 

 いずれにせよ、こいつを知ることで俺はこの世界で上位の実力者の強さを知る事ができる。

 

「じゃあ、行きますよ」

 

「………はい」

 

 いつも通り、俺は黒い渦へと飲み込まれていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ーーーーッ!!!何か、ようですか?」

 

「こんばんは。逆に聞きたくてね。あの『金色の闇』が、わざわざ地球に何用で?」

 

 うーん。

 どう見ても、ミカンくらいの歳の女の子。

 ただ、宇宙一というのは伊達じゃ無いらしい。

 

 出てきた瞬間でもガードされたかな。

 【凝】で見るも、オーラの流れは見えない。

 ただ、素の身体的能力値が俺よりもはるかに高い。

 

「……私を知っているんですか、私も有名になったものですね」

 

「いや、俺は知らなかったよ。知ってる人に教えてもらっただけ」

 

「そうですか、ここへはもちろん依頼で、ですよ」

 

 話してる間も隙は見えない。

 厳密には隙だらけなんだが、攻撃が入る気がしない。

 直感でしかないが、こういう時の直感は頼りになる。

 ひとまず、最初の依頼通り情報を探り出すか。

 

「へぇ。ちなみに、ターゲットは?知ってたら教えてあげられるし、俺も別にアンタと戦いたいわけじゃないし」

 

「まぁ、情報は必要ですね。私のターゲットは『結城 リト』と言う者です」

 

ーーー!!!!名前が聞こえたと同時に俺は臨戦態勢に入る。

 

「その依頼、取り下げらんないかな?」

 

「……私と、やるきですか?依頼は既に受けているので、無理ですね」

 

「そいつは、殺らせない……!!」

 

 瞬間、俺は体全体から強力なオーラを吐き出し。念弾を撃ち出す。

 見えていないだろうが【隠】も使っている。

 

「ーーーッ!!……何をしたのかはわかりませんが、どうやら、本気のようですね…」 

 

 直撃の瞬間躱された。

 俺は足元に粘度の高い結界を念弾を撃ち出すのと同時にはっていたのでそれを踏み抜き、跳ね飛ぶ。

 

 一瞬で肉薄し、俺は広げた両腕に小太刀のような結界を作り握りしめる。

 そのまま首を切断せんと素早く両腕を閉じる。

 

「疾ッ!!」

 

 金色の闇はその交差する青色の刃を紙一重で躱す。そして超至近距離までつめきてなおも攻撃モーションに入らない。それを不審に思いながら防御を固めたところで、金色の髪がいくつもの腕に代わり連続の拳打。防御体制は既に整っている。俺は結界で攻撃をいなし、【堅】で漏れ出る衝撃を受ける。

 

 髪が、自由に形を変えるのが能力か?

 

 夥しい数の拳によるラッシュの僅かな隙間を縫って青色の棍を突き出すが、寸前で察知されたのか、髪の拳で掴まれた。

 そのまま俺は棍を消し、逆の手に再度生成。高速で横に薙ぐが、次は本物の腕で止められる。そこには盾が生み出されていた。

 俺と似た能力か?

 またも棍を消し、迫りくる髪の拳部分を全て結界で囲い、同時に回し蹴りを放つ。しかしいつのまにか金色の髪の拳は刀身にかわっており、俺の結界は切り裂かれ俺へと刃が伸びている。

 

「ラァ!!」

 

 俺は回し蹴りをそのまま高速で振り抜き、その場で全身を高速回転させて髪の刃を弾く。追撃で念弾を乱射。

 たまらず金色の闇は距離を開けると、口を開いた。

 

「……なかなか、やりますね」

 

「なぜ、結城リトを狙う?結城リトはデビルークの王座になど興味はないぞ」

 

 こいつは、強い。俺の【堅】の持続時間は、通常でも70分程度。結界の使用量にもよるが、このままだと、あと30分もつかどうか。

 

 まだ戦るなら、短期決戦に持ち込むしかない。

 が、こいつとは、なぜか話したくなった。

 

「……逆に、なぜあなたはあんな最低な者を殺させたくないんですか?」

 

「最低?結城リトがか?もしそれが理由なら、結城リトを調べてみろ。お前の思うような人間ではない」

 

 それに、

 

「本気で結城リトを殺すと言うなら、俺がなにをしてでもお前を殺す」

 

「……そこまで、ですか…いいでしょう。私がターゲットを殺すのは依頼内容と合致しているかを確認してからとします。………あなたは、何者ですか?」

 

「ハンターだよ」

 

 俺が答えると、彼女は夜の闇へと消えていった。

 

 



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十話 宇宙一×たい焼き

ーーーーーー

 

 

 『金色の闇』との小競り合いのあと、事務所へと戻る。

 

 いつものように加賀見さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら松戸さんに、先程までの内容を報告したところで、不意に聞かれた。

 

「ーーーどうだった?宇宙一の殺し屋の実力は」

 

「いやー、全然本気じゃなかったっぽいですからね。ただ………本気でやりあってたら、たぶん負けてました」

 

 今のは本当だ。勝ちにこだわるなら、加賀見さんの協力がいる。『ベス』さんに見てもらってから加賀見さんに黒渦のゲートを開いてもらい、そこに遠距離で念弾を打ち込むって感じの不意打ち戦法しかないか。

 まーそのゲートは今日見せちゃったから、次はどうなるかはわからんが。

 

 あとは、相手の隠し球もなにがあるかわからないけど、俺も絶界は使ってない。探り合いと見せかけて相討ち上等でどこかの核を削り取るしかないかなと思っている。

 地球人と違って宇宙人だし、変化能力もあるならどこが核かもわからないし、そもそもあるのかもわからないのでかなり分が悪い勝負になりそうだが。

 

 つまり、真面目にやったら負ける。

 

「まさか狙いが君の義弟だったとはね。ーーー同情はするよ」

 

「いや、どーですかね。意外と依頼やめると思いますけど」

 

「理由を聞いても?」

 

「勘です」

 

 勘か、と呟く松戸さんだが、俺は半ば確信すらしていた。

 

 あのタイプは殺しが好きなわけじゃない。

 たぶんだけど、それしかする事が、それにしか存在意義がなかったんだろう。

 

 俺と、同じで。

 

 理由があるから殺るだけで、理由がなくなれば……

 

「でも、少女の姿とはね。噂はやはり当てにならないね」

 

 もともと金色の無生物のような生命体だの、

 髪が金色に変わるタイプの筋肉質な野菜系の星人だのと聞いていたので、

 正直、目の前で見た時は普通に驚いた。

 

 加賀見さんも先に見てたんだから教えてくれたらいいのに……

 

「まぁ、またしばらくは様子見だね。君の勘が当たることを僕も祈っておくよ」

 

「最悪、依頼主が誰かわかれば先にそいつを狩ったほうが早いですね。目的がなくなれば、やめると思います」

 

「そうだね。僕の方でも調べてみよう」

 

 あまり当てにはしないでくれよと、付け加えられる。

 それはそうだ、加賀見さんは元々宇宙人とは言え、地球に住みついて数十年は経っているらしい。今の宇宙事情にはそこまで詳しくないのだ。

 

 俺はお礼を言いつつも昼間のララの様子が気になったので加賀見さんに聞いてみると、学友の家にいるとの事。

 

 どうやら俺と別れた後に出会った西蓮寺の家にいるみたいだな。

 リトも街を走り回っているらしいが、ララを探してるのか、まああの二人の問題だし、いい薬になるだろうと放っておくことにした。

 

 その後いくつかの世間話をしながらもコーヒーを飲み干して事務所を出た。

 

 

ーーーーーー

 

 

 宇宙一。殺し屋という肩書のなかではあるが、あれが宇宙一。

 

 この世界では念能力者であってはじめて宇宙人との戦闘が成り立つ。

 念は念能力者以外には見る事もできないのはかなりのアドバンテージがあるが、それを持ってしても身体能力の高さで簡単に覆されてしまう。

 念のおかげで、身体能力ではるかに劣る地球人となんら変わらない俺が宇宙人とやり合えるし、念は奥が深い。

 身体が強い宇宙人でも、使いようによっては圧倒できるだろう。

 

 逆にララのような、デビルーク星人のようなもともとの強さが異常な星人が念を覚えたら……恐ろしすぎて考えたくもない。

 

 先程、念は念能力者しか見る事ができないとは言ったが、基本的に俺の結界は具現化しているので通常の人間でも見える。が、【隠】を使って見えないようにすることもできる。

 

 元の世界でよく使っていた、どうしても強化系に劣る接近戦を補うために覚えた武器術。

 今では棍、刀剣類、トンファーなどを好んで使っているがこれを使う時は元は結界なので全て青色だが、念を使えないものにも武器が見えてしまう。

 もちろん見えなくすることもできるが、そのままにしてるのはもはや癖のようなものもあるが、目まぐるしく変わる接近戦での戦い、更に昔の俺の紙防御では接近戦にもつれ込んだ時点で【隠】にオーラを使うくらいなら結界強度に集中した方が遥かにマシだったからだ。

 もう一つ、戦闘が長引いた時にしか使えないが武器は見えなくする事ができないと思わせるための布石の意味もある。

 

 『金色の闇』、髪が自在に形を変え、腕から盾を生やしたりとしていた。

 念は使っていないが、オーラではなく体の形状を変化させる事ができる、変化系能力者のような力。

 というのが俺の見解だ。しかも、その変化量は体の体積には比例しない。

 あきらかに髪の拳や刃はでかくなるし、盾は文字通り生えていた。その時に他の体の部位が縮んでいる様子もない。

 

 つまり、どこまで大きくできるのかわからない。

 限度が無い可能性すらある。

 

 身体能力もかなり高く、俺が念を使って届く領域のまだ上にいる。

 身体能力の高さというのは戦いにおいてシンプル且つ最強ともいえる力。俺にとっては強い宇宙人は、体のみではあるが、みんな強化系を極めた存在に等しいのだ。

 

 一通り先程の戦いを分析して思う。

 

………強い……けど、届かないわけじゃない。

 

 もっと、強くならないとな。 

 

 

 

 結果その後は朝まで修行した。

 

ーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん、おかえりなさい」

 

 私が家に帰ったあと、しばらくしてお兄ちゃんが帰ってきた。

 

「おーただいま。ララ」

 

 お兄ちゃんも、もしかして私を探してくれてたのかな?

 ミカンが言うには仕事で泊まりになるって事だったけど……

 でも、お兄ちゃんは私がハルナの家にいたって知ってそうだな。

 本当、不思議な人。

 

「あのね…お兄ちゃんの言う通りだったよ」

 

「ん?なにが?」

 

「もー、昨日話してくれた好きなところと嫌いなところの話だよ」

 

 私はあれからハルナの家に泊まって、

 二人で話して、

 うちに帰ってきて、

 リトの事を聞いて、

 リトを見て。

 

 私はやっぱりリトが大好き。

 

 嫌なところがあっても、好きなところをみよう。

 慣れちゃわないように、大事な気持ちを大切にしよう。

 

 私を心配して夜中探し回ってくれていた大好きなリト。

 怒鳴ったり、怒ったりもするけど、それも私の大好きなリト。

 

 そう思えば、嫌な事はきっとすぐにどこかへ行っちゃう。

 

「そっか」

 

 お兄ちゃんは一言呟いて、私の頭を撫でてくれて、リトと同じく寝てしまった。

 

 いつもありがとう。

 お兄ちゃんの事も、大好きだよ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリさん、たい焼き買いませんか?」

 

「おっ。いいな。リトとララにも買って帰ろうか」

 

 あれから数日経ち、俺はミカンと買い物に来ていた。

 以前のショッピングモールに行き、今は帰り道の途中だ。

 

「うまいなー焼きたてかな?」

 

「そうですね。あったかくて、美味しいです」

 

 たい焼きを六個買って、そのうちの二つを夕方の、広めの公園のベンチに二人で並んで座って食べていると、

 ん、あれは、もしかして、

 

「ーーーーゲッ……!」

 

「…ユウリさん、どうかしたんですか?」

 

 視線の先に、金色の長い髪を靡かせた少女が歩いている。

 頭の左右に黒い髪留めが付いており、肩を出した黒色のドレス。

 

 間違いなく、『金色の闇』

 

「キレイな子ですね………ユウリさん、もしかしてあの子に見とれてたんですか……?」

 

「いや、違うよ。なんだかララたちみたいな、地球人じゃない感じがしてさ」

 

 ミカンの視線が痛い。

 今言った事も嘘ではない、どう見ても一般人ではない、見るものが見ればわかる強者のみが纏う空気感。

 まさかこんなところで合うとはな。

 

「そうですか?でもたしかにキレイな子ですもんね。ララさんもレンさんもすごくキレイな顔してますし」

 

 レンって言うのはララと同じどこかの星の王子だそうで、彩南祭の準備中にララに追いかけ回されてるのを見ただけなのでよくは知らないが。

 

 ミスったな。俺とミカンが見すぎたせいか、こっちに気づいたようだ。だんだんと近づいてくる。

 

「…………」

 

「あ、すみません、悪気があって見てたわけじゃないんです」

 

「…………あなた達は、『結城リト』について、なにか知っていますか?」

 

「え……?それは、私の兄ですけど。な、なにか迷惑をかけたんですか!?」

 

 ミカンと金色の闇が話している。

 あの夜話した通り、リトについて聞いてまわってるのか?

 随分と律儀な殺し屋だな…

 

「……兄、ですか。迷惑はかかっていませんが、どういった人物なのかを聞いていまして」

 

 キョトンとしてるミカン。

 このままだと、話しが進まないな。

 

「とりあえず、たい焼きでも食う?」

 

「…たい焼き、ですか?」

 

 ひとまず手渡す。

 おそるおそる、といった感じだが一口かじり、

 

「……おいしい、です…」

 

 その後はミカンがリトについて話しており、本当は何かしでかしたのでは?と謝罪も込めて丁寧に話している。

 会話の内容は置いておいて、側から見たら年の近い友人同士の会話にしか見えない。

 俺は変に感づかれるのも嫌なので極力会話には入らないようにするが、ちょくちょくリトのフォローを入れておくのは忘れない。

 

「……身内の話という事もありますが、やはり聞いている人物像とは一致しませんね……やはりあのハンターとかいう男の言ってる事の方が…」

 

「ハンター?」

 

「……黒ずくめのコート男です」

 

「…その人は、知らないですね。ヤミさんはその人も探してるんですか?」

 

 急にハンターとか言うなよ。思わず反応しそうになるが、なんとか何食わぬ顔で二人の会話を眺めている。

 ミカンも名前を聞いてはじめは『金色の闇さん』と呼んでいたのだが、面倒になった俺が、長くないかというと、色々あってヤミと呼ぶことをあっさりと受け入れた。

 

「いえ、そちらは探していませんよ。ミカン、ありがとうございました。私も、もう少し調べたら依頼人に確認することにしましょう」

 

「…ユウリも、たい焼き、おいしかったです」

 

「お、気に入ったのか?じゃあ残りも全部やるよ」

 

「……いいんですか?」

 

 表情は変わらないが、もし尻尾があったなら振り回すほど嬉しそうに見えた。

 

「ここで嘘ついてどうすんだよ。いいよなミカン?」

 

「もちろんです。リトが悪いことしたのかもしれませんし、ヤミさん、ごめんなさい」

 

「……いえ、二人の言う結城リトであれば、私のターゲットではないです…もしまた情報が必要になれば、会いましょう」

 

 そう言って『金色の闇』あらため『ヤミ』は去っていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「殺し屋…って本当なんですかね?」

 

「んー、本当じゃないかな?宇宙は広そうだしな。いろんな人がいるだろ」

 

 ヤミさんと話した後、ユウリさんと家に帰る道を歩きながらさっきの話を思い出していた。

 

「……リト、大丈夫ですよね?…ヤミさんは、良い人そうでしたし…リト、殺されたりなんて、しないですよね……?」

 

 思わず繋いだ手を、ユウリさんの手を強く握る。

 あまりに現実味がなかったのでなんともなかったのだが、急に不安が込み上げてきた。

 きっと、最後の方は声も震えていたと思う。

 

 リトがいなくなる。

 

 考えた事もなかった。

 怖い。嫌だ。

 いつか見た夢を、夢でのユウリさんをリトに置き換えて想像してしまう。

 

ーーーギュ

 

 強く握りしめいた私の手を、ユウリさんも力強く握り返してくれた。

 

「大丈夫」

 

 優しい声。

 あの時と同じ。

 

「大丈夫だから」

 

 たったそれだけで、不安な気持ちが、怖い感情が薄れていく。

 

「俺は一応、リトの兄でもあるからな。リトとミカンは、俺が守ってやるよ」

 

ーーードキッ!

 

 思わず、心臓が跳ねた。

 

 笑顔でそういうユウリさん。

 

ーーー俺が守ってやるよ。ーーー

 

 脳内でリピートされる。

 

 もちろん、今はリトの方が優先だけど、きっと本当に守ってくれる。守り通してくれる。

 

 頼りになる兄として。連れそうパートナーとして。

 

 私が勝手に思っているだけだけど、

 どちらとも受け取れてしまうその言葉。

 

 安心していく心とは逆に、

 なぜか早くなっていく私の心臓の鼓動。

 

 矛盾する二つの心に上手く頭が働かなくなるが、

 不安や恐怖はもうなくなっていた。

 

「……はい。…もう大丈夫です」

 

「おう。任せとけ」

 

 そう言い切るユウリさん。

 きっと聞こえないだろうと思うけど、私は思わず、小さく呟いた。

 

「ずっと、守ってくださいね」

 

 きっと聞こえていないけど、私の手を握るユウリさんの手の力が、ほんの少し強くなった気がした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「まさか、武器化も出来るとは。彼は本当に器用だね。あの力、『真弓』は、どう思う?」

 

「……血液操作は関係ないでしょう。おそらくは身体エネルギーを使って結界を生成しており、その技の応用でしょうか?」

 

「血液でもないか。身体エネルギーとはまた難しいな。霊力だと言われた方がまだ調べやすい」

 

「先生……七瀬さん本人に聞いてみても、教えていただけると思うのですが?」

 

「いや、彼はまだ僕を完全に信用してないし、誤った知識をなすりつけられても困る。戦闘時ばかり見ていたからね。膨大な時間量だとは思うが、彼の修行時の映像を見たいんだが、『沙世子』と『ベス』にお願いできるかな?」

 

「……はい、先生」

 

「あの力、何としてもモノにしたい。この松戸平助一世一代のショーのために……」

 

 



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十一話 闇×空

ーーーーーー

 

 

「リト、ちょっと金下ろしてくるから待っててくれ」

 

「うん。わかった。そのへんにいるよ」

 

 今日は親父の仕事道具を買いに頼まれていたのでユウ兄と二人で来ている。

 ユウ兄はお金を下ろしてくると言って銀行に入っていった。

 今は、親父が世話になってるし、家に来ると言っていたザスティンにとさっき買ったたい焼きを一つ食べながらどこかに座るところはないか探していたんだけど、

 

………じぃーーーー。

 

 謎の黒い、ちょっとへんな格好をした長い金髪の女の子に見つめられていた。

 

 ん、誰だろう?

 

 俺を、見てるのかな?

 もしかして、このたい焼きを食べたいのか?

 このまま見続けられるのもなんだし、話しかける事にする。

 

「あ、良かったら、食べる?」

 

「……いただきます」

 

 ぱくっとたい焼きをかじる女の子。

 不思議な子だな。

 でも、美味しかったのかな?

 表情は変わらないけど嬉しそうな感じがする。

 

「……やはり、ユウリと似てますね」

 

「え…?」

 

 ユウリって、ユウ兄の知り合いなのか?

 似てる、かなぁ?

 俺は全然似てないと思うんだけど……

 

「……結城リト、確かに、聞いている情報よりも、現地の情報の方が正しいようです」

 

 ん?なんでこの子は俺の名前を?

 情報ってなんだろう?

 それを聞こうと思わず一歩近づこうとしたところで、

 

「う、うわあぁ!」

 

 なぜかつまずいてつんのめる。

 

 思わず目を瞑り、来るであろう衝撃と痛みに備えるが、いつまでたっても固いアスファルトの感触はこず、顔はやわらかいものに止められており、大地を掴むはずの手も、やわらかい何かを握っている。

 薄ら目を開けると、顔は女の子の胸に埋もれており、両手でお尻を握りしめていた。

 ま、またか……でも、それにしては顔のやわらかさはいつもよりは少ない気が

 

「…と、思いましたが……やはり、依頼人から聞いていた通りの人物かも知れませんね…!!」

 

「ご、ごめん!って、なに!?うおおぉーー!?」

 

 なんだ、宇宙人か!?手が、剣!?

 紙一重で避ける事ができたがTシャツの胸部分は横一文字に切れ目が入っている。

 

「……えっちぃのは、嫌いです!!」

 

「うぉわあぁーー!」

 

 強烈な振り下ろし、これもギリギリで避けたが、地面が裂けている。

 やばい、逃げなきゃ、殺される!!

 

 ユウ兄を待っていたことも忘れて、俺は走り出していた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「リト……いない?」

 

 俺は混んでいたATMからようやく金を下ろして外で待ってるはずのリトを探すも、いない。

 優しく律儀なあいつのことだから、出入口から見えるところにはいると思うんだが。

 

 あたりを見回すと、

 なんだあの人だかり?あの中に混ざって野次馬でもしてるのか?

 

ーーーッ!!

 

 人だかりの先を見ると、アスファルトがきれいに裂けているのを見つけた。

 

 誰かに襲われた?

 少なくともこの状況で【円】にかからないってことは、この周囲にはいない。

 

 ひとまず、急いで探さないと。

 人混みを抜け、人気のないところへと行くと、俺は黒コート姿へと変わった。

 

 昼間っからはこの姿は嫌だけどそうもいってられない。

 アスファルトを裂いていたんだ、目立つ事に躊躇はない。騒ぎがあるところにいるはず。

 

 リト、無事でいろよ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ーーー見つけたっ!」

 

 騒ぎの元を追いかけようと空を移動していたが、騒ぎの範囲の広がりが速く、少し焦ったがようやく追いついた。

 

 急ぎ参戦しようと思ったが、様子がおかしい。

 あれだけの騒ぎを起こしていてたのに、今の状況は膠着しており、会話をしているようだったので様子を見る事にした。

 

 リトの無事は確認済み。あとはララとヤミがいる。

 あとは見た事ないのがもう一人、今ラコスポって言ったか?あいつがヤミの依頼主ってやつか。

 

 その後、カエルに似ているがかなりでかい宇宙生物が出てきて戦闘が開始したが、たいした事はなさそうだ。

 

 ヤミがカエルの吐き出した液を浴びるも、衣服が溶けるだけで体には支障は無いようだ。

 

 衣服のみを溶かす液……戦闘時にいるかそれ?

 

 そのまま見ていると、かなり大きめの溶解液をヤミへと吐き出すカエルだったが、ララがヤミの前へと飛び出した。

 

ーーーララ、庇うのはいいがお前が裸になるのも良くないだろ。

 

 俺は見ておくだけのつもりだったが、【隠】を使った、不可視の結界を使う。

 

「え、!?なんだ!?これはいったい!?」

 

 カエルの上で騒いでるラコスポだが、

 まー、びっくりするだろうな。噴射された液体は空中で全て見えないコップに入った水のような形で浮かんでおり、その後弾けて地面へと落ちていく。

 

「クソーーーッ!これなら!!」

 

 吠えるラコスポ。カエルは溶解液を乱射するが全て空中で四角いコップに注いだような状態で止まり、その場へ落下する。

 

「…これはあの時の……ハンター?」

 

「すごい!これもヤミちゃんの力?ありがとー!」

 

「…違います、プリンセス。私ではありません…!」

 

 ヤミにはバレたな。あたりを警戒してる。見つかるとややこしくなりそうだし、そうなる前にもう少し離れるか。

 もう、この一件は大丈夫だろう。

 

 案の定、距離を開けている最中にララがラコスポに高速でラッシュを叩き込み、吹き飛ばしていた。

 やっぱララも強いな。あのスピードとパワーで来られると俺でもキツイ。

 

 今回はきっと俺がいなくてもリトは無事で、なんの問題もなかったはずだし、俺はいらなかったかもな。

 

 俺はそのまま吹き飛んだラコスポを回収して事務所へ向かい松戸さんへと引き渡した後で家に帰った。

 

 

ーーーーーー

 

 

 その後、俺は家に帰ると、しばらくしてリトとララも帰ってきた。

 リトは家に帰ってきて早々、黙っていなくなってごめん!と俺に謝るが、ズタボロの服で謝られても、絶対に何かあったとしか思えないし、そもそも理由は知っているので特に怒ることもない。

 そうするとリトは逆に怒らない俺にお礼を言ってくる。

 

ーーーやっぱりすごいやつだな。

 

 普通なら、義理とはいえ兄がそばにいたのだ。助けにも来ないし、なんで先に家に帰っているんだと愚痴の一つも言うだろうに……

 

 その後は夕食の最中にリトへの殺しの依頼は無くなったが金色の闇は地球に残るらしいという話しを聞いて、ミカンは安心していた。

 その後夜も更けてそれぞれの部屋へ戻る。

 

 みんなが寝静まったであろう時間になり、俺は窓を飛び出していた。

 

 ビルの屋上の端に、黒コート姿で腰掛けて街を見下ろす。

 

 リトは、すごいやつだ。

 自力で金色の闇の猛撃から逃げ切るとは、俺なんていなくても、今までも案外どうにかなっていたかもな。

 俺はもともと存在しないはずだし、最初からいなくても結城家にはリトとミカンがいれば良かったんだろう。

 

 そもそも、守ってやるなどと偉そうな事を言いつつ、今日の俺はなにもできていない。なんなら今回の事件自体、俺が他の婚約者候補を排除しすぎた事によって、警戒したラコスポが金色の闇を雇ったのかもしれない。俺がいなければ、もっと簡単に収まっていたのかもしれない。

 

 やっぱり、俺はあいつらとは一緒にいない方が良いのかもしれないと思っていた。

 

 

 来年で高校も卒業し、晴れて社会人に、大人になるんだ。

 

 才培さんとの約束では、無事に就職したら家を出る話になっている。結城家に来た時は、高校に入る際に出るつもりだったのだが、リトとミカンの面倒を見てやって欲しいと、中学生の勉強をしていた俺に言ってくるもんだから正直困惑したが、今覚えば俺のためだったのかもな。

 

 そして無事にうさんくさいが就職先も決まっている俺は卒業後に結城家を出るつもりだ。

 『七瀬 悠梨』のために残した両親の財産も、俺が使えるようになるが、正直使うつもりはない。

 

 これから、松戸探偵事務所での修行と戦いの日々へと入るんだ。あいつらに起こるであろうトラブルも、あいつらなら平気だろうと思う。

 

 結城家にお世話になる時から決めていたことだ。

 さっきまで、自分は必要ないと、自分に言い聞かせるように思っていたのに、この愉快で楽しい日々を終わらせる事になると思うと、まだ一緒にいたいと思う自分もいる。

 

 俺はどうしたいんだろう?

 

 

 今後の生活に想いを馳せ、自問自答をしていると、

 不意に、展開していた【円】の範囲に、見知ったやつが入ってきた。

 

ーーーーーー

 

 

「ーーーまた、会いましたね」

 

 私は黒ずくめのコート男、ハンターの横に立ち話しかける。

 返事も反応も返ってはこないが続ける。

 

「あなたの言う通り、結城リトは依頼内容とは合致しない人柄でしたので、依頼はやめましたよ。まだ、私のターゲットである事に変わりはありませんが」

 

「そうか」

 

 まるで造られたかのような(・・・・・・・・・・・・)声でこちらを見もせずに答えるが、フードをかぶっているのでそもそも顔は見えず、口元すらもコートのチャックで隠れているので見えない。

 まだターゲットだ、と言うのにも反応しない。

 

「今日の一件、あなたもいたんですね」

 

「……必要なかったとは思うがな」

 

「あなたの、名前はなんと言うのですか?」

 

「……殺し屋が、殺し合うかもしれない相手の名を聞くのか?」

 

「プリンセスが、相手の事を知るのは良いことだと」

 

 やたらとそう言ってきたプリンセスを思い出す。

 

ーーーお兄ちゃんが言ってたんだけどねーーー

 

 それから私は、知識を欲した。地球を知ろうと思った。まずは本を読むと良いと、プリンセスが絵本を貸してくれた。

 もとはユウリのものだそうだが。たくさん持っているそうなので、また貸りるつもりだ。

 

「そうか……相手を知るか、確かにそれは良い事だな」

 

 見えないはずの口元はなぜか笑っているような気がする。

 

「…ハンターが、名前ではないでしょう?」

 

「まぁ、な。名前なんてないが、なんて呼ばれていたかはわかるぞ」

 

「………?」

 

「カラ」

 

「カラ、ですか?」

 

「からっぽだから、カラ。呼ばれていたから名乗っていただけ。それに俺はもうからっぽじゃないし、昔の話だ」

 

 不意に、フードの奥の暗闇がこちらを向く。

 

「……お前の『ヤミ』と同じようなもんさ、金色の闇。ーーじゃあな」

 

 そう言ってビルを飛び降りていった。

 

 『からっぽ』、この男も、私と同じなんだろうか?

 名前もなく、勝手についた呼び名を名前として扱っているだけ。

 自ら使う事などないから、呼び名がいつしか名前に変わった。

 

 私も、からっぽだ。

 

 ただ、あの男はもうからっぽではなくなったらしい。だからこの男は結城リトを殺すと言った私に対して怒り、ラコスポからプリンセスを守ったのか、からっぽじゃ無いから。

 

 何者なのだろう?少なくとも、もう敵対をする事はないだろうと思う。

 会うのは二度目のはずなのに、もう何度か会っているような。そんな気さえする。

 

 自分に似た境遇であろうあの男が、なぜ変われたのか。

 カラに、もう一度会いたいと、そう思っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 俺は、何を言ってるんだろうな。

 昔の名前なんて、もう二度と使わないと思っていたのに。

 

 金色の闇に、過去の自分を重ねたのか、

 あの子にも、満たされて生きて欲しいと思ったのか。

 

 最初は、ずっと一人で生きてきた。

 俺はからっぽだ。からっぽだったんだ。

 他の人間と出会うようになって、なにもできなかった俺が考えたコミュニケーションの取り方。

 本で見た事、人に聞いた事、それを実践し、口に出し、表情だってそれに合わせて作る。

 笑ったフリをして、怒ったフリをして、驚いたフリをする。

 だって俺にはなにも無いから。

 生きていくにつれ、それはどんどん上手くなった。

 

 それからだんだんと、人と話すようになり、一緒に過ごすようになり、自分という器がなにか温かいもので満たされていく事を感じてきた。

 そんな時に、俺を死が襲った。その時に思ったのだ。

 

 まだ死にたくない。ようやく俺がはじまったのに。

 

 そう思っていたら、念の力で運良く俺はこの世界に辿り着いた。

 

 この世界に来てからは、

 

 リトと、ミカンと、ララと、

 

 あいつらと出会って、一緒に生活するようになって、

 心から楽しいと思えて、作ってない笑顔ができた。

 心を伝えようと思えて、決められていない言葉を出せた。

 

 今の世界は楽しい。

 前の世界でも、その後も生きていればこんなにも楽しかったのかもしれないとさえ思った。

 誰かといる事で人の心は満たされる。だから、俺はもうからっぽじゃない。

 

 だからヤミ、きっと、お前も一人でいるべきじゃない。

 

 ここにいれば、あいつらが満たしてくれる。

 嫌がったって無駄だ。問答無用で巻き込まれるんだから。

 俺はもう充分な程もらったから、次はお前がもらったらいい。

 

 

 先程の自問自答の答えは、もう出ていた。

 

ーーーーーー

 

 

 

「先生、あれは契約通り解放しました。あれ自体には大したモノもなさそうでしたし、問題もないでしょう」

 

「あぁガーマ星の王子くん、彼自体にはなんの情報も興味もなかったが、随分と良いモノをくれたものだ」

 

 彼を解放する代わりに彼の飼っていた宇宙生物を全て奪った。

 その中で、良いモノを見つけた。

 

「これならばきっと、僕にも使えるはずだ……」

 

 さぁ、研究に取りかからなければ…



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十二話 前夜×聖夜

ーーーーーー

 

 

「悪いな。待ったか?」

 

「ハルナお待たせーー!」

 

「いえ、私もさっき来たところですから」

 

「そうか?ならよかった。それじゃ行こっか」

 

 今日、私はララさんと七瀬先輩と買い物に行くことになっている。

 どうしてこんな事になったのかは覚えてないけど、明日のクリスマスパーティーのプレゼントを選ぶのを七瀬先輩にララさんと私が手伝ってもらう事になったからだ。

 

 外はまだお昼過ぎだと言うのに肌寒く、七瀬先輩は寒いのが苦手だそうで、ロングコートにマフラー姿。ポケットに封印されているかのように手が突っ込まれており、ララさんが腕をひくも決して出そうとはしない。

 

「にしても、正直プレゼントなんて俺に聞かれてもわかんないぞ」

 

「えー、お兄ちゃんに聞いたら間違い無いってリサミオが言ってたよー」

 

「いや、そもそもリサミオを俺は知らねーよ」

 

「リサミオは友達だよー!」

 

 ララさんと七瀬先輩は仲良さそうに話している。

 私、いない方がいいんじゃ……と思うと。

 

「プレゼントねぇ……西蓮寺は何かイメージしてるものとかはあるのか?」

 

 私に話を振ってくる。本当に全体を見てると言うか、置いていかれそうになると引っ張られる。

 

「あ、私は一応考えてるのがーーーーー」

 

 

 

 

 その後、街中をいろいろと回っていると、後ろを歩いていたはずのララさんがいない。

 

「わーキレイなものがいっぱい!」

 

「おーい勝手に行くな。はぐれるぞ。落ち着けよ」

 

 止める七瀬先輩の声も届いておらず、アクセサリーショップへと入っていく。

 

「わぁーかわいい」

 

 そういうララさんはガラスのケースに入ったアクセサリーを見ていた。

 七瀬先輩と私も続いてお店に入り、七瀬先輩はララさんと話している。私もせっかくなのて店内を見ていると、白い、雪が舞っているような髪留めが目に入った。

 キレイだなぁ。

 あ、でもちょっと高いなぁ。

 

「ハルナ、次はあっちも見てみようよ!」

 

 と、見ていたのだが、急に声をかけられてララさんに手を引かれた。

 

「西蓮寺。少しトイレ行ってくるから、悪いけど入った店後で教えてくれないか?」

 

「わかりました、ちょっとララさん、ちょっと待って……」

 

 私はララさんに連れられてその後もいろいろとお店を回り、七瀬先輩ともすぐに合流して無事にプレゼントも買う事ができた。

 

 

「あー楽しかった!でも、良いもの買えたね!良かったねハルナ!」

 

「うん。七瀬先輩も、ありがとうございました」

 

「いや、ほぼララのお守りしかしてないよ。てか、西蓮寺も疲れてないか?少し喫茶店でも入って休もうか」

 

 良かった。正直ちょっと疲れていたので嬉しい申し出だった。

 ララさんはいつでも元気なので違和感はないが、七瀬先輩も疲れたと口では言ってるけど平気な顔してる。わたしに気を使ってくれたのかな?私もテニス部で体力ある方だと思ってたんだけどな……

 

 結果、私は手袋を買って、七瀬先輩は結城くんでも入るように見てやるよってサイズを見てもらった。ーー結城くん用なんて言ってないんだけどな。

 ララさんはなんだか不思議な置物を選んでおり、七瀬先輩はいつ買ったのか紙袋を持っている。何を買ったのかは見ていなかったのでわからないけど。

 

 そう言えばと思い私は頼んだミルクティーを口にした後で聞いてみた。

 

「明日のパーティーには七瀬先輩は来ないんですか?」

 

「ん、行かないけど?」

 

「ハルナもそう思うよねー?お兄ちゃんは呼ばれてないから行かないんだって。サキはそんな事気にしないと思うって言ったんだけど」

 

「普通呼ばれてないのに行かないだろ。それに、そもそも明日は予定アリだ」

 

 七瀬先輩、来ないんだ。

 なんとなく来るものだと思っていたので、正直意外だった。

 

 

 喫茶店での会話も落ち着き、今は三人で家に帰る最中だ。

 この最後の交差点で、私は別方向になるのだが、七瀬先輩が横に並ぶ。

 どうしたんだろう?

 

「……今日は振り回して悪かったな。一日早いけど、クリスマスだし、今日のお礼がメインだからさ」

 

 そう言って紙袋を渡された。

 

「え?…ちょっと七瀬せんぱ…」

 

「じゃあなー明日楽しんでこいよ!メリークリスマス!」

 

「ハルナまた明日ね!」

 

 一方的に渡して去っていく。

 この強引なところは、ララさんにも似てるような……

 

 

 

 家に帰って、もらったプレゼントを開けると、私が見ていた、白い髪留めが入っていた。

 

 あの時私が立ち止まって見ていた事に気付いてたのか。

 本当に、周りを見てる人だなぁ。今日で何回思ったかわからないけど。

 

 ひとまずプレゼントも買えたし、言われた通り、明日は楽しもう!

 

 

ーーーーーー

 

 

「じゃあ、いってきまーーーす!」

 

「リト、ひとんちの別荘壊さないようちゃんと見とけよ」

 

「……流石に、それは大丈夫だと思うけど」

 

「なんの話してるのー?」

 

「ララの話だよ」

 

「えーなになに?」

 

 今日はクリスマス。

 リトとララさんは天条院さんの開くパーティーに呼ばれており、今から向かうところだ。

 ユウリさんが念のためか、ララさんの行動が度を超えないように!とリトに釘を打っているが、肝心のララさんはやっぱりなにもわかっていないみたい。

 

「なんでもないよララさん。いってらっしゃい」

 

 長くなると時間に遅れるかもしれないので、私はそう言って話を終わらせ、二人の出発を見送った。

 

 

「ーーーじゃあ、俺らも用意するか」

 

「そうですね。用意できたら声かけますね」

 

 リトはパーティーなのに私たちはいつも通りもなんなので、と言ってユウリさんが食事に誘ってくれていたのだ。

 クリスマスディナー、楽しみだな。

 

 支度が終わり、まだ夕方とはいえ既に薄暗くなったころ、私たちも()()()()()()()へと向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あ!ヤミさーん!」

 

「ミカン、ユウリ、すみません。待たせましたか?」

 

「うんん、私たちもさっき着いたの」

 

「……変じゃ…ないですか?」

 

「うんん、すごく似合ってるよヤミさん」 

 

「…ありがとうございます…ミカンも、似合っていますよ」

 

 ヤミさんはいつもの黒い服、ではなく黒を基調としたドレスを着ており、ドレスの上にも黒いコートを羽織っている。

 かくいう私も薄い青色のドレスを着ている。ドレスの丈は長く、シンプルな物。ドレスの上にはヤミさんとは対照な白いコートを着ており、髪は今日は結ばずにおろしている。

 ユウリさんも完全にフォーマルな格好で、濃いグレーのスーツに茶色のコートを羽織っていた。

 

 ヤミさんは、この前ララさんの婚約者候補?との一件での話を聞いてから、ユウリさんの絵本を借りに良く家に来るようになった。

 それから話をするようになり、すぐに友達になれた。

 クリスマスディナーの話が出た時、「ヤミも誘うか」ってユウリさんが言ったときは素直に嬉しい気持ちだった。

 ほんの少しだけ、二人きりに期待してた私がいるのは内緒だけど。

 

「二人とも似合ってるって。じゃあ行こうか」

 

 ユウリさんが笑顔で褒めてくれた私たちの着ているドレスだが、ヤミさんをディナーに誘った後、探偵事務所の人に用意してもらったらしい。いったいどういう人達なんだろう?レンタルかと思ったが、ユウリさんも「なんか、くれるんだってさ」と苦笑いしながら言っていたのを思い出す。

 

 そうして慣れないドレス姿に少し恥ずかしい気持ちで歩いていると、お店に着いたらしい。

 その頃には、あたりはもうすっかり暗くなっていた。

 ドレスコードがあるくらいのお店だと想像はしていたけど、本当に良いお店だった。

 

「すごいですねぇ。でも、少し場違いじゃ、ナイですか……?」

 

「……ユウリ、本当にここですか?私たちのような人は他に見当たりませんが……」

 

 そこは川沿いに建つ大きなビルの最上階にあるレストランだった。

 下に停まっていたのは高級車ばかり。最上階まで行くと周りはスーツ、ドレス姿のおじさまやおばさま、明らかに上流階級のような人達がウロウロとしている。

 そんな中に、ユウリさんと私とヤミさんが入るのは少し抵抗があったが。

 

「全然場違いじゃないよ。入っちゃえば大丈夫大丈夫!ほら、行くぞー」

 

 そう言って私たちの背中を押してぐいぐい入っていくユウリさん。

 

 ほら、受付の人が、なんか小馬鹿にした様子でユウリさんを見てる。

 

()()()()お客様ですか?」

 

 あきらかに予約してないと思ってるな…

 受付のおじさんは少し強めにユウリさんに言うが、

 

「はい、松戸で三人、アルコールは無しで予約してるもんすけど?」

 

「松戸 様のご紹介の方でしたか。それは、大変失礼を致しました。すぐにご案内を致しますね」

 

「ありがとうございます」

 松戸って、探偵事務所の所長さんの名前だよね?予約までしてもらってたんだ。

 確認が取れるとすんなりと、丁寧に私たち三人のコートを受け取ってくれた。

 そこから席まで案内されたのだが、

 

「わぁーすごい!」

「キレイですね…」

 

 私とヤミさんは思わず声を出す。

 そこは川沿いからの夜景を一望できる広めの個室だった。

 

「来て良かっただろ?」

 

 ユウリさんはニコニコと笑ってそう言った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ほらなーどうせ個室なんだから、気にするだけ損なんだよ」

 

「ヤミさん、それはね、こうやって…」

 

「ヤミ、それにはこれつけて食べるんだよ。ほら…その方が美味いだろ?」

 

「ヤミさん、美味しいね」

 

 席につき、注文を終えると、

 頼んだ料理が続々と出てきて、二人が次々と私に話しかけてくる。

 

 嫌な気持ちは、無い。

 じゃあこの気持ちはなんなのだろう?

 わからない、けど心地よい。

 

 その後も地球の話を聞いたりして、最後にケーキを食べた。

 クリスマスにはケーキを食べるのがお決まりらしい。

 

 今は食事も終えて、ユウリはコーヒーを、私とミカンは紅茶を飲んでいる。

 

 そうしてそろそろ店を出るのかと思ったところで、

 クリスマスプレゼント、と言ってユウリが片手で持てるほどの包みをくれた。

 

「ヤミさん、開けてみなよ」

 

 ミカンに促され、包みを開けると、

 中身は、絵本だった。

 

「…ありがとうございます。ミカン、ユウリ…」

 

 プレゼント、私のための。

 これがきっと、嬉しいという事なのだろう。

 そこで気付く、

 

「…私は、何も用意してません…」

 

「いいんだよ。それ、サンタからだし、俺たちからってわけじゃ無いし」

 

 ユウリもミカンも微笑んでいる。

 きっと、私も笑えているんだろうと思った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ヤミさん、嬉しそうでしたね」

 

「そうだな。ーーーミカンは、ヤミの事好きか?」

 

 ヤミさんと別れ、今は二人で夜道を歩いて帰っている最中だ。

 年齢のせいでそうは見えないかもしれないが、いまは二人ともドレスコードもバッチリな大人な格好。

 もしもこれが十年後なら、ユウリさんは28歳で私は21歳。きっと若い夫婦にも見えるだろうな。

 

 その時の私は、身長ももう少し伸びていて、胸も…きっと大きくなっているハズ……

 

 ユウリさんはもっと大人っぽくなっているんだろうな。 

 最近は白い部分はもう毛先ぐらいしかなくて、ほぼ黒髪になりつつあるユウリさん。

 

 何気なく家で聞いた時に言っていたが、もともと白に近い程の金髪だったのが、事故の後遺症で黒い部分ができて来始めて、その後どんどん黒になってきているらしいのだ。

 

 じゃあ、二人の子供は私とユウリさんに似て落ち着いた色の髪になるのかな?それとも、元のユウリさんのような髪になったりしてーーー

 

 

「あれ、ミカン?」

 

 おっといけない、考えが飛躍しすぎていた。自分の服装と、クリスマスという特別な日のせいかな。

 

「はい、好きですよ。家に来る時もお話ししますし、私は友達だと思ってます」

 

「そうか、たぶん、ララとは別の方向だけど、まだ人付き合いの勝手がわからないんだと思う。仲良くしてやってくれよな」

 

「ユウリさんに言われなくても、ですよ」

 

 ユウリさんはいつものようにそっかと言ったあとで、風が吹いてきた。

 

「少し、冷えてきたな」

 

 ユウリさんがそう言うので、私はユウリさんと腕を組む。

 ユウリさんが寒がりだって言うのは知ってるし、この方が、あったかいよね?

  

「これだと、どうですか?」

 

「ん、あったかいゾ」

 

 照れてるのかな?声が少し上擦った気がする。

 

「あれ、ユウリさん、なんだか顔が赤くなってませんか?」

 

 ちょっといじわるに言いながら、私はユウリさんの顔を覗き込んでいると、

 

 

ーーーードンッ!!

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

 後ろから、ララさんの声が聞こえた気がする。

 そして、ユウリさんの顔がどんどん私に近づいて来て、私の唇に、何かが触れたーーー。

 それが何かを理解した時に

 

 世界が、止まったように感じた。

 

 脳内では、何度も行っていたはずの行為なのに、

 実際は、こんなに、こんなにも素敵な事だったなんて。

 暖かく、柔らかな感触。

 頭の芯が痺れる。こんな感覚は知らない。

 体の力も入らなくなる。

 

 唇と唇が触れ合う。

 たったそれだけのはずなのに、押し寄せる幸福感に包まれた。

 

「…ん……」

 

 思わず漏れ出た声。

 もう、私の声なのか、ユウリさんの声なのかもわからない。

 目の前に、ユウリさんの、灰色の瞳が輝いてる。その瞳の中には私がいる。

 きっと、私の瞳の中にもユウリさんが写ってる。

 今だけは、この世界に二人きりしか存在しないみたい。

 

 意識はかろうじて戻ってきた。

 でも、離れられない。離れたくない。

 

 そんな幸せな時間は、不意に終わりを告げた。

 

「…ぷはっ……」

 

 きっと一瞬だったはずだけど、数十秒にも、数時間にも感じられた幸せな時。

 

 

 

「…ミカン…だ、大丈夫…か?」

 

 

 少し顔が離れた事により、今はユウリさんの顔が見える。

 ーーー赤い顔。それはきっと私も。

 

「えっ、お兄ちゃん?ミカン?あれ……?」

 

 呆けている私に、きっとユウリさんの背中を押したララさんが心配しているのか声をかけてくる。

 

 ようやく、私は動けるようになっていた。

 

「……だいじょうぶ、ですよ」

 

 私を抱きしめる格好だったユウリさんは、未だ力が入っていない私を抱きとめていてくれる。

 この幸せな時間は、延長できたみたい。

 

「ララ!雪も積もってきてるんだし、走ると危ないぞ!」

 

 リトは今きたのかララさんを注意しており。

 そんなララさんは、

 

 

 

「じぃ〜〜。いいな〜〜ミカン」

 

「は?何言ってるんだよ?」

 

「リト!ララ!寒いし早く帰るぞ!

 ミカン、本当に、その、大丈夫か…?」

 

 ララさんには、見られちゃってたのかな。

 初めてだったのに、相手以外にも見られてるなんて……急に恥ずかしくなる。

 

 でも、羨ましがってるのは、リトとしたいって事だよね…?

 ………まさかとは思うけど、違うよね?

 

 ララさんはリトが好きだと明言してはいるが、一抹の不安が頭をよぎり、

 

 私は嘘をついた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ミカン、その、なんというか…」

 

 いまだに顔の近いミカンに小声で話しかける。

 

 どうやら足をくじいた(・・・・・・)ようで、今はいわゆるお姫様だっこの状態で俺の腕の中へと収まっている。

 足をくじくような状況ではなかった気もするが、先程の事が頭から離れない俺は頭が回っていないし、罪の気持ちでいっぱいになっていた。

 そんな俺の気持ちを察したかのようにミカンは言う。

 

「ユウリさん、私は、その……大丈夫ですよ?」

 

「え…?」

 

 今はリトとララは部屋を暖めておけと言って無理矢理先に帰らせており、二人だけで、ゆっくりと帰っている。

 

「本当は、すごく嬉しかったんですけど、これはクリスマスだけの限定だと思う事にしました」

 

 俺は、なにも言えない。どういう事かわかっていないから。

 

「んー、もしかしてわかってないですね……?」

 

 自分よりも一回りも二回りも小さいこの子は顔を歪ませて、ちょっと拗ねたようにそう言う。

 そして、顔を見られたくないのか、俺の胸に顔を押し当てて、呟くように話す。

 

「返事はいいです。これは私のヒトリゴトだと思ってください」

 

「ん?」

 

「……今度はこんな事故じゃなくて、その、ユウリさんから、して欲しいな」

 

 

 そう言った腕の中の顔は見えないが耳の赤い小さな女の子が、今まで出会った人の中で誰よりも可愛く見えた。

 

 




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十三話 新年×変化

ーーーーーー

 

 

「…さみぃ」

 

「仕方ないよ、冬だし」

 

「あそこで短いスカートではしゃいでる宇宙人は寒くねーのかな?」

 

 年も明け、学校へと向かう最中。

 肌を刺すような冷たい風に襲われて、指がかじかまないようにポケットに手を突っ込んだままのそのそと歩く。

 

 寒いのは苦手だ。

 前の世界では俺の活動範囲だけかもしれないが、ここまで寒くなることはなかった。そのためたいして厚着をしたこともなく一度目の人生を過ごしてきたので、この世界でいうともうすぐ4歳児な俺は未だにこの季節には慣れていない。

 

 リトは前を元気いっぱいに歩くララをちらりと一瞥したあと、言葉を返す事はせず苦笑いで返す。

 

「はぁーやだやだ、はやく春が来ないかな」

 

「……でも、春になったら、ユウ兄は出て行くんでしょ?」

 

「ん?そーだけど、なんだ今更?やっぱり寂しいのかー?」

 

「そんなこと…!」

 

「じゃあいーじゃんか。何度目だよ?俺もずっと結城家に世話になり続けるわけにもいかないし、就職先も近いんだから、別にこの街から出ていくわけでも、二度と会えないわけでもないんだぞ?」

 

「でも、やっぱりそれだったら尚更出て行く必要なんて…」

 

「この話は終わり。もう散々話したろ?ララに聞かれてまた泣かれるのも叩かれるのも勘弁だ」

 

「………うん、わかったよ」

 

 

 

 年末に才培さんと林檎さんが久しぶりに揃って家に帰ってきた。

 ララの存在で一悶着あったが……主にララの体を弄り倒していたのと、リトとの関係に突っ込んでいた。

 

 もろもろ落ち着いた後、そこで俺はみんなの前で就職先の話と、卒業も決まってる話をして、この結城家での居候生活に終わりを告げる話をした。

 

 ララとミカンと、まさかのリトも猛反対だったのだが、才培さんと林檎さんの後押しもあり、俺は結城家を出る事になっている。

 

 その日は大変で、

 

ララは泣きながら、

なんでなんで!?お兄ちゃんのバカバカバカバカー!!

と強烈な力でボカボカと叩くし、

 

ミカンは、

私は遊びだったんですか…?通い妻になればいいんですか……?

などと意味深な事を何度もいってくるし、

 

リトは、

迷惑なんて思った事ない。だから、まだ一緒に住もうよ!

と何度も説得を試みてくるのだ。

 

 それが毎日のように続いたのだが、毎度毎度根気よく話をし、つい先日、十日程かけてようやく鎮火する事ができたのに、また蒸し返してくる義弟。ちょっとしつこいぞ。

 

 

「大丈夫だって。世界はお前を軸にまわってんだよ」

 

「…ユウ兄、なに言ってんの?」

 

「お前が結城家の長男だって事だよ。俺も元偽長男としてフォローはするからさ」

 

 そう言ってリトの肩をはたいたのだが、

 

「ユウ兄…って、うわあぁ!」

 

 え、今のでなんでこけそうになるんだ?蚊がギリギリ殺せるくらいのつもりではたいただけなのに。

 

 よろけてるよろけてる。家でもたまに見るがあの動きは独特だ。大胆かつ滑らかに、滑るような移動方法。

 そして吸い寄せられるように黒髪ロングな女子へとダイブした。

 

「キャアァァ!!」

 

 しかも、女子の胸に顔を押し付けて、膝を倒れた女子の股に差し込むのを忘れない。

 本当、ウチの義弟は色々とオカシイ。

 

「うわぁ!ご、ごめん!わざとじゃないんだ!」

 

「ハ、ハレンチな!あ、あなた!A組の結城くんね!!」

 

 相手が悪かったようだ。

 それはもうめちゃくちゃに怒られてる。

 これは、仕方ない、俺のせいもあるしな……

 

「ごめんな。今のは俺が叩いて足を滑らせたみたいなんだ。本当ごめん。悪いことしたな」

 

 とりあえず横から割り込んで俺は素直に頭を下げる。

 

「そ、それなら今回は許してあげるけど、」

 

「本当か?助かるよ。ありがとう。俺からもリトには注意しておくから」

 

 そう言ってリトに手を貸して立ち上がらせると、

 リトがきっちりと頭を下げた。

 

「本当ごめん!気をつけるから」

 

 こう言うところがやっぱりリトの良いところだよな。

 

 そう思い二人で歩き出すと、何故か呼び止められる。

 

「あ、あの…」

 

「ん?どした?怒りが戻ってきたのか?」

 

「いえ、七瀬さんですよね?風紀委員の?」

 

「七瀬は合ってるけど、風紀委員って?」

 

 風紀委員って?俺は入ってないけど、髪色も文化祭の時とはだいぶ変わったし誰かと勘違いでもしてんのかな?

 

「あの、文化祭の時に、兄がお世話になりました!あの時はすみません」

 

 文化祭の時、と言うので思い出した。そういえば一日風紀委員をやらされていたな。

 

「あぁ確かに風紀委員やったな。一日限定だったけど。で、兄って?」

 

 一つ謎が解けたのでスッキリしたので、あとは歩きながら話を聞くと、

 彩南祭の日の見回り時に所謂不良がやたらと多くおり、委員長から「君がなんとかしろ!似たような頭してるだろ!」とかなり失礼な事を言われ腹もたったので、殺気を込めた念で少し脅して完全に排除したのだが、その連中はこの【古手川 唯】の兄にボコボコにされた恨みで来ていた、らしい。

 

「あれから兄もあまり絡まれる事もなくなったみたいで、ありがとうございました!」

 

「いや、その話だと俺は全然直接関わってないし、なんだかよくわからんが…」

 

「なにしてるのリト!遅刻しちゃうよ?」

 

 リトの背後からひょっこりと顔を出し覗き込むようにリトへと話しかけるララ。

 

「うわっ!びっくりするだろ!」

 

 リトが驚いて振り向くが、振り向きざまに回転した腕で、俺に頭を下げていた古手川の背中を押す。

 

「えっ?キャァ!」

 

 頭を下げていた古手川がそのまま前へとつんのめり俺の胸に収まりそうになる。

 さっきのさっきだぞリト…それは流石に気まず過ぎるだろ……

 

 仕方ないのでこちらに倒れかけている古手川の右肩を左手で押し上げ、同時に右足を古手川の股の下に入れ、重心のかかっていない方の足を前へと狩り出す。

 

「よっと」

「わっ!」

 

 と、ここまでやれば無理やり前に出さされた足に重心がしっかりと移り、こける事なく、セクハラ紛いのことをする事もなく切り抜けた。

 

 ただ、なぜか古手川が少したたらを踏むもんだから、今は顔が触れ合うくらいの超至近距離に立っている。

 外の寒さのためか、古手川の顔は赤く、白く見える息も俺の顔に触れる。

 

 しかし、肩を押し上げた左手も股下にいれ左足も今は触れていないし、今はどこにも触れていない。

 そっと一歩下がって声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

「ハ…」

 

「ーーー?」

 

「ハレンチです!!」

 

 ハ、というので何が言いたいのかと首を傾げていると、叫びながら左頬にビンタされた。

 避けようとも思ったのだが、なぜか女性のビンタは避けてはいけないと、神に言われた気がして、甘んじて受けた。

 

「……今のは、ハレンチ、なのか?」

 

 極力触れずにこけないようにしたつもりなのだが。ハレンチとはいったい……

 

 顔を赤くしたまま、ズンズンと学校へと歩いて行く古手川を呆然と俺は見送る。

 顔を赤くした女の子にビンタされるってなんだか俺がフラれたような、痴漢でもしたかのような絵面にリトも呆然としていた。

 

 一体なんなんだあいつは?

 

「………謝るんじゃなかったな。おいリト。あいつには容赦なくダイブしていけよ。上からでも下からでもいいぞ。俺が許可する。ガンガンいけ!」

 

「いや、ユウ兄が許可って、それに俺だってわざとやってるんじゃないんだよ……」

 

「ねーねーお兄ちゃんはなんであの子にビンタされたの?」

 

 リトにヤツへのセクハラOKの許可を出したところで、ララは俺が一番知りたい事を聞いてくるので答えてやった。

 

「それは俺が聞きてーよ!!!」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 今年に入ってすぐに、俺の髪は完全に黒色になった。

 

 俺は結城家に来た後も、ちょくちょく悠梨とその両親が住んでいた家に行っている。基本的には、庭に建ててもらった悠梨の両親のお墓と言いつつ俺の中では悠梨もはいっている、立派なお墓。と家の中を掃除しに行っているだけなのだが、飾ってある写真を見ると、悠梨の母親は外国人だったようで、二人ともかなり明るい金髪。父親は黒髪だった。

 

 ミカンに聞かれたときは、事故のショックではないかと言っておいたが、きっと俺が悠梨に馴染んでいなかっただけ。

 今年に入り、完全に俺と悠梨は一つになった。

 

 そう確信できるほどに、オーラが馴染む。

 もしかしたら、あの技も形にできるかもしれないな。

 

 そうして修行していたのだが、

 

「ーーーなっ!!これは!?」

 

 突如として足元に現れる黒渦。

 間違いなく加賀見さんの能力。

 だがなぜ?連絡もなしに、こんな事は初めてだ。

 抜け出すこともできるが、今は乗ってみることにする。

 殺す気であれば、俺への不意打ちはもっとやりようはあるしな。

 

 結界を展開し、何が来てもいいように、自分の周りに薄く絶界を発動させて、黒へと沈んでいく。

 

 

ーーーなんか、嫌な予感がするな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「七瀬さん、急ですみませんが急ぎ先生を見て頂きたくお連れしました」

 

 出てきた場所は、いつもの事務所、ではない。

 周りは薄暗く、壁につけられているいくつかの小さな明かりくらいしかない。

 

 目の前で加賀見さんが松戸さんを見て欲しいと言っているが、今は無視だ。俺はひとまず絶界を解き全力の【円】を使う。

 悠梨と完璧に馴染んだ今の俺なら半径50mはいける。

 

ーーーここは、地下か?

 部屋が二つ。ここは小さい方で、奥に大きい方がある、地上への出口は、エレベーターが一基あるだけの空間。

 【円】の範囲がギリギリ地上に届いたくらいなので約50m程の深さにいる。

 

 こちらの部屋ではない、大きな方の部屋で横になっている松戸さんの姿を確認したところで俺は驚愕する。

 

 加賀見さんを無視して、一気に奥の部屋まで駆け込んだ。

 

 そこには、全身の精孔(しょうこう)を開き、生命エネルギーを全身から吐き出している松戸さんがいた。

 

 

 

「…なんでだ?どうしてあんたが?」

 

「これは、みっともないところを見られたね」

 

「……答えろよ。どうやって精孔(しょうこう)を開いた?」

 

精孔(しょうこう)?というのはわからないが、これは研究の成果だよ……ただ、止め方がわからなくてね。困っていたんだ……」

 

「……どうして、欲しいんですか?」

 

「それは、まだ死にたくはないからね。助けて欲しいんだが………」

 

 明らかに消耗している。このまま放っておけば確実に死ぬだろう。

 それはそうだ、生命エネルギーが湯気のように噴き出してるんだ。止めなくては、そのまま命をも噴き出して死ぬだけ。

 

「私からもお願いします。先生を、助けてください」

 

 加賀見さん………この人達を、何がここまでさせる……?

 

「………始めて事務所に来た時の質問に答える事。もうひとつは俺の周りには何があっても手を出さない事、それとーーーーーー」

 

「……その三つが、条件かい?」

 

「いや、契約だ。ーーー誓え。誓うならあんたを助けよう。質問の答えによっては『念』を教えても良いと思ってる」

 

「七瀬くん、君の質問に答えるし、君の周りにも危害を加えるような事はしない、最後のひとつは……」

 

「先生が宜しいのなら、私はかまいませんよ」

 

「そうか、ならば誓うよ。この僕の『魂』にかけても……」

 

「ーーーーッ」

 

 加賀見さんがなぜか少し反応したが、松戸さんは言葉を続ける。

 

「君と契約を結ぼう」

 

 信じよう。

 この事務所に来てからの事を振り返り、そう決めた。

 

「契約成立」

 

 そう言って、松戸さんを結界で覆い俺のオーラを練り上げて込める。

 

「誓いを破れば報いを受ける。その時はーーーーー俺がサクッと殺してあげますよ」

 

 無表情のまま言い放った俺に対して松戸さんは憔悴した顔をニヤリと歪めて

 

「もちろんだ」

 

 頷いた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「ーーーそうです、それが【纏】。これができないとさっきみたいに生命エネルギー、まあオーラと呼んでますが、それを出し切って死んでましたね」

 

「なんだか、ぬるい粘液の中にいるみたいだな…」

 

「そのイメージを常に持ち続けてください。慣れてくれば寝ていようが纏を維持できるので」

 

「…これが【念】…だが君はオーラを出していないように見えるのだが…?」

 

「出してますよ?纏を最小で行なっているのと、見えづらくしているだけなので……見えるようにしましょう。これなら体を薄く覆うオーラが見えますか?」

 

 彼の体を1cmに満たないほどに薄いオーラがまとわりついてるのが見えた。僕のオーラは着ぐるみを着ているほどのサイズなのに対して。

 そうしてみようと試みるも、うまくオーラは動かない。

 これが【念】か。彼の力の発端に触れた気がしたのだが、

 

ーーークスッ。

 

 考えてる事を読まれたのか、七瀬くんが笑う。

 

「松戸さん、こんなのはまだスタートラインにすら立ってませんよ?」

 

 そう言って、彼は人差し指を立てて上に向ける。

 指先からオーラが立ち昇る。そのオーラは立ち登った先で、先端がどんどんと膨らんでいき、空中に髑髏を描いた。

 

「【念】は奥が深い」

 

 そう言って薄く笑うと、オーラの髑髏は爆発したかのように弾けて花になった。

 

 

 七瀬くん、どうやら君は羊の皮を被った狼…いや、狼などとは生温い…悪魔だったようだね。

 だがそうでないと、君を引き入れた意味がない。ヤツには届かない。

 

 この力、なんとしてでも使いこなす。僕の目的(・・・・)のためにーーーーーー

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「なのでまぁ、まずは纏を安定させるところからーーー」

 

 

ーーーピ………ン。

 

 なだらかで、力強いオーラ……そしてなにより静かだ。

 

「年の功、ですかね?纏はいい感じですよ」

 

「伊達に長く生きてはいないよ。それは、次のステップへ進めるという事かな?」

 

 恐ろしいジイさんだな。

 ただ、彼の目的のためには生半可じゃあ意味は無い。せいぜい強くなるだけなってもらおうじゃないか。

 

「じゃあ、基本の四大行からーーー」

 

 結論から言うと、このジイさんは侮れない。

 【念】に目覚めてまだ数時間だが、【纏】【絶】は初めからできていた。【練】はまだ練り上げたオーラを外へと放つも、増大どころか明らかに練り上げたオーラよりも少なかった。ーーーまぁ、さっきまで消耗していたのだし、【練】を使いこなすのも時間の問題だろうけど。

 

「だいぶいい感じですね。正直このペースは異常ですよ」

 

「じゃあ次は、【発】か?」

 

「発はまだ早いですね、あれは特別ですから。まだしばらくは意識せずに纏を行い、練の強さをあげる方が先です」

 

 それに、俺が来るまでの間どれほどのオーラを垂れ流しにしたのかは知らないが、そろそろ枯渇寸前だ。

 

「消耗したオーラが回復してから練を行った方が良いです。明日のこの時間ごろまでは休んだ方がいいかもしれませんね」

 

「そうか、君が言うのならそうだろうね」

 

「もしこの先も続ける気であれば、念は使わずに、心を一つに集中し、己を見つめ自己を高める、意志の修行をするのがいいですよ」

 

 時刻はちょうど朝の5時。

 ここで切り上げて俺は帰ることにした。

 

 加賀見さんが案内してくれるそうで、二人でエレベーターにて地上へと向かった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 地上へと上がるエレベーター内部にて。

 

「加賀見さん、」

 

「なんですか、七瀬さん?」

 

「加賀見さんも、松戸さんと同じ考えなんですか?」

 

「そうですね。同じだと思いますよ」

 

「そうですか。じゃあリイサ(・・・)さんは、それで幸せなんですか?」

 

「………きっと、これからそうなるんですよ。あなたのおかげで、可能性も見えて来ましたので」

 

「ーーーそっすか」

 

「……私にも、【念】は使えるものなんですか?」

 

「どうですかね?生命エネルギーは生きてさえいればあると思うんで、使えるとは思いますよ。ただ、今の(・・)加賀見さんの体に精孔(しょうこう)があるのかどうかはわかんないんで、有るなら起こし方もわかるんですけど、無い場合は自分で目覚めるしか無いですね」

 

「じゃあ、私にも、試していただけませんか?」

 

「…………」

 

「ダメなんですか?」

 

「いえ、そう言うわけじゃありませんが、どうなるかわかりませんよ?」

 

「かまいませんよ。最悪私の中の誰か(・・・・・・)を失っても仕方ないと思っていますし、それに見合った力もあると思っていますから」

 

「………まぁ、とりあえずはまた今夜って事で」

 

「わかりました。ではまた、お迎えにあがりますね」

 

 

 会話が終わり、ちょうどエレベーターは地上へと到着した。

 

 




今更ながら事務所の二人組の補足ですが、

・松戸平助
本家リスペクトもあり、このパラレル世界では平介ではなく平助としてます。

・加賀見リイサ
上記と同じ理由でもじりたかったのですが、籾岡里紗と被るのでリイサとしてます。


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十四話 授業×休息

ーーーーーー

 

 

 

「二人とも、合格点ですね」

 

「じゃあ、いよいよ【発】をするのかい?」

 

「そうです。【発】というのは、この先【念】を使い、オーラを操る上での集大成。後で説明しますが、オーラという物は六つの系統に分類されるので、自分の系統にあった能力を見つけ、造り、発現するのが【発】だと思ってください。なんでまずは自分のオーラの系統を知る必要があるので、二人とも試してみましょっか」

 

 あれから2週間が経過していた。

 結論から言うと、加賀見さんにも【念】を使うことができた。

 しかし、加賀見さんは生物として不安定だからなのか、潜在オーラの量がかなり少ない。

 増やすことも可能だが、こればっかりは純粋な(・・・)地球人ではない加賀見さんはやってみなければわからない。

 しかし、この二人の上達スピードは異常だな……

 

「じゃあ、系統の説明からしますね。六性図(ろくしょうず)と言うものを見てもらってーーーー」

 

 と、基本のおさらいをした後に水見式をそれぞれ試すことにする。

 

「ーーーー僕のは、葉っぱが揺れているね?」

 

「松戸さんは操作系ですね。加賀見さんのは?」

 

「………私のものは、何も変わりがありませんが、オーラ量が少ないからなのでしょうか?」

 

 松戸さんのコップの葉はたしかにゆらゆらと揺れているのだが、加賀見さんの方は何一つ変化がない。

 何も変化がないと言うことは、俺は加賀見さんのコップの水に指をつけ舐める。

 

「少しですが、苦味がありますね。加賀見さんは変化系です」

 

 操作系と変化系。

 具現化系、放出系、特質系を経験した俺とはまた違う系統か。

 

「先生と私は、その六性図で見ると対局の位置にいますね」

 

「そうっすね。不得意を補い合えるんでバランスは良いですよ。じゃあ自分の系統がわかったところで、次はそれを意識し、強く発現する修行ですね。こっからは松戸さんは葉っぱが自分の思い通りに動きドリフトするくらい、加賀見さんは深煎り焙煎したコーヒーくらい苦くなれば合格です」

 

「クッ。この歳になって人に教わり、授業を受ける事になるとはね」

 

「いいじゃないですか。老体に鞭打つのもいいもんでしょう?」

 

 いかにも悪役な笑みを浮かべた松戸さんに軽口を叩きつつ、その日の授業は終わった。

 

 

 

 

 

 その二週間後に呼び出しを受けたので来たのだが、驚いた。

 

「すごいっすね、こんな短期間で」

 

 松戸さんの葉っぱはほんとにドリフトしているように回り続け、

 加賀見さんの水は深煎り焙煎しすぎてもはや炭化したのかってくらいに苦かった。

 

「これでようやくスタートラインですね」

 

「あぁ、ここに来てようやく七瀬くんの力の発端が微かに見えて来た気がするよ」

 

「そうですね。纏を覚えたくらいでそう思われるのも癪だったもので。あの時はすんませんね」

 

 意外と、あの時の地下室での一件を根に持っていたのかな……

 

 ここからは、四大行以外の凝・堅・周・硬を行いオーラの総量を増やしつつオーラの流れを素早く、滑らかにする修行を並行して行ってもらう事にした。最後に、発の修行。

 

「肝心の発ですけど、こればっかりは自分で考えるしか無いっす」

 

 軽く言う俺にじとーという目を向ける松戸さんと加賀見さん。

 いや、本当にこればっかりは自分に合ったものでしかないのだ。

 

「ーーー自分の、自分だけの能力、か」

 

「……七瀬さんは、なぜその能力に?」

 

「俺っすか?俺は具現化系なんで、まずは物をイメージするところからだったんですけど、具現化系ってわかった時に、真っ先に頭に浮かんだのがなぜか箱だったんですよ」

 

「箱、ですか?」

 

 そう、箱。

 なぜか、は嘘だ。自分ではわかっていた。

 

 俺が捨てられた際に入れられていた箱。

 子供がまるまって横に入るくらいの薄く青い箱。

 物心ついた時から、そこが俺の家であり寝床だった。

 そんな小さな箱こそが、誰にも侵されることの無い俺だけの空間であり、俺だけの世界だった。

 故に、結界。

 

 そしてそれは、驚くほどすんなりと具現化できた。

 

 

「そう、箱です。でもそのフィーリングが大事なんですよ。俺の場合は箱のイメージがだんだんと鮮明になっていって、気付いたら箱が目の前に出現してたって感じです。要はイメージとフィーリングです。別に今すぐ決めるようなもんでも無いですね」

 

「そうですか……」

 

「焦ってやるような事ではないですよ。それに、反復練習の四つですけど、中でも凝に至ってはこのくらいの速度と精度を目指してください」

 

 右拳を突き出し、インパクトの瞬間にオーラを拳に集中させる。

 

「このオーラの移動を【流】とも言います。俺が動かしたのは大体七割のオーラを右拳に集中したって感じですね。割合の集中はまだ先で、今は流を意識しただけの凝で良いんで。

 

 まーとはいえ実感湧かないっすよね」

 

 俺はもはや庭と言っても過言ではない山中の崖の前に立つ。

 

 右拳に硬でオーラを集中し、ノロノロと音がしてもおかしくないほどにゆっくりと崖の岩肌に拳を当てた。

 

ーーービシィィイッ!!!!ーーー

 

「「!!!」」

 

「これが硬のみの力です。これに本来のスピードとパワーが乗れば、このくらいの崖なら壊せます」

 

 岩肌へヒビが入り、拳の当たった部分は完全に粉々と化している。

 

「このくらいの事ができるようになるにはお二人でも一年はかかるでしょうが、念を使いこなすことができればオーラだけで十分過ぎるほどに闘えます。だから、発は補助として使ってもいいし、必殺技として使ってもいいし、俺みたいに足場に使ったりとかの汎用性の高い物にしてもいいし。ぴったりな物じゃないと威力は発揮できないんで、パッと浮かばなければゆっくり考えた方がいいですよ」

 

「いざできた能力が、ぴったりじゃなかったら、どうなるんだい?」

 

「うーん、おそらくイメージ通りの事はできないでしょうね。あとは、使って行くうちにどんどん自分自身で違和感が生まれて、使えない能力になってしまうと思いますよ」

 

「そうか、それは困るな」

 

「他には、しない方がいいとかはあるのでしょうか?」

 

 めっちゃ聞いてくるな。最初は揶揄してるのかと思ったが、これじゃ本当に授業だな。

 

「注意としてですが、あまり系統を絡めない方がいいです。複雑になればなるほど扱いが難しいし、加賀見さんは変化形なので、例えば体から離れたところへオーラを飛ばして動かす。とかは放出、操作系が絡む事なのでそれだけでかなり威力も精度も落ちます。得意な系統かつ、シンプルで最強。と思えるものが理想系ではありますね」

 

 俺は二人にじゃあ今日はこの辺で、と言うと松戸さんに呼び止められた。

 

「あぁ七瀬くん、ちょっと待ってくれ。ーーーこれは、卒業祝いだよ。君の家族も連れて行くといい」

 

「へ?」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

カポーーーーン

 

 夕陽に照らされた水面はオレンジ色に輝いている。その明るい色とは対照に風は冷たく顔を撫でるが、火照った顔にはちょうど良い風だ。

 

「あー露天はきもちいいなー」

 

「ユウ兄の就職先の人って、金持ちなの?」

 

「さぁなー謎が多い人だから。あと、今回は仕事の話は無しだ。癒しの旅行なんだから」

 

 俺とリトは今、温泉に浸かってだらしなく手足をのばしている。

 彩南高校を卒業する俺へのお祝いだとかで、温泉旅館に招待してくれたのだ。

 

「うっ、ごめんごめん。でも、そういえばユウ兄と風呂なんて、はじめてかも」

 

「お前が女の子とばっか入ってるからだろ」

 

「なっ!ちがうよ!あれはララがっ!」

 

「ほらほら、リラックスリラックス。わかってるから、ムキになるなよ」

 

 リトが謝った後、俺の傷跡をまじまじと見てるのがわかった。

 見せるのは久々だったが、なぜかあいつは傷跡を見るたびに罪悪感を抱くのか微妙な顔をするので話をそらしたのだが、ムキになってしまったので、話したかった事を切り出すことにした。

 

「……西蓮寺とは、何か進展あったか?」

 

「な、なんで春菜ちゃんが、俺と、」

 

「隠すなよ。見てたらわかる。なんか悩んでんなら聞くぞ?」

 

 なんでバレてないと思ってるのか、非常に分かりやすいのだが、こういうのは当人にはわかんないもんなのかな。

 ただ、すぐに観念して話してくれた。

 

「悩んでは、ないよ。ただ、何度か告白しようとはしてるんだけど、いつもうまくいかなくてさ……」

 

「そっか。ーーー普通に呼び出して、告白はできないのか?なんか凝ったことでもしようとしてんの?」

 

「いや、凝った事したいなんてところにすらいかないよ。その普通ができなくて困ってるんだから。なんでかいっつも嘘だろってくらいの邪魔が入ってさぁー」

 

 これは、重症だな。リト目線の話を聞く限りなので良くはわからんが、かなりの高確率でララ。次点でレンとルンって子?三位はリト自身の不運だな。本当にどういう星の下に生まれたらこんな事になるのか。

 

「でもさリト、もしも告白が成功したら……ララにはなんて言うんだ?」

 

「………それも、わからないんだ。俺はずっと春菜ちゃんが好きだったんだけど……」

 

「ララも嫌いじゃない……むしろ好きかも、か?」

 

「好きかは、わからない。……最低だよね。春菜ちゃんの事が好きなのに、ララの事も浮かんできたりして、俺は……」

 

「最低ではないだろ。なんならごく普通だと思うぞ」

 

「…俺の、この気持ちって、普通なの?」

 

「好きな物は全部自分の物にしたいって思うのは普通だろ?」

 

「え?」

 

「嫌いな人は何人いてもいいのに、本当に好きな人は一人しかダメ!って、普通好きなもん多い方がいいだろ!って思わないか?常識だの法律だのってのが邪魔してくるだけでさ」

 

「…ぷっ。あははは!ユウ兄、それは仕方ないよ。法律と常識に文句言うなんて、めちゃくちゃ子供じゃん。ーーーでも、ユウ兄もそんな事思うんだなー」

 

「俺だってララもミカンもかわいいと思ったりするさ。なんたって気持ちはまだ4歳児だぞ?」

 

「………。」

 

「おい、笑うところだぞ」

 

「記憶喪失の自虐ネタは笑うに笑えないよ!……でも、なんだか少しだけど楽になった気がするよ。ユウ兄、ありがとう。

 ーーーやっぱり俺は春菜ちゃんが好きだ。告白したいと今でも思ってる。でも、ララが浮かんでくるのも否定は出来ないし、この気持ちも俺の物だから。もう少し、考えてみることにするよ」

 

「良いと思うぞ………お前がどっちを選んでも、どっちも選んでも、俺はお前の味方でいてやるから」

 

「いや、どっちもって……」

 

「デビルーク星の常識は知らないからわからないけど、ない話じゃないだろ?」

 

「それは………」

 

 言葉に詰まり、その先を言えないリト。

 少し、急ぎすぎたな。

 

「……リト、顔赤いぞ。のぼせたんじゃないか?」

 

「え、そういえば、そうかも…。」

 

「先に上がってていいぞ。慌てるのはいいけど、焦ったってろくなことにならないからな。じっくりでいいんだ。また話聞かせてくれよ」

 

 真面目なリトには、全て罪悪感になるのかな?思いつめすぎというか、とは言え俺も正直恋愛経験などないので人の事は言えない。思った事を伝えることしかできないけど、ちょっとくらいは助けになれてやれたら。

 

 温泉から出る頃には、夕陽はもう沈んでおり、水面は暗くなっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ごくごくごくごく。

 

「あーうま」

 

 やっぱり風呂上りはコーヒー牛乳一択派だな、俺は。

 異論も反論も認めるが。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「おーララ。いい湯だったなー」

 

「うん、すっごい気持ちよかった。私温泉大好き」

 

 浴衣姿のララは嬉しそうに笑う。

 湯上りの肌は艶っぽく顔もほんのりと赤い。髪も後ろで一つにまとめ上げておりのぞくうなじには色気が漂い思わず見惚れてしまった。

 

「そっか。それは良かった。ララは浴衣も似合うんだな」

 

「え、ほんとに?嬉しいな」

 

「あぁ、ホントだよ。思わず見惚れるくらいかわいいしな。

 ッ!ーーーララもコーヒー牛乳飲むか!?」

 

 何も考えず、思った言葉が口から出た。しかもめちゃくちゃ恥ずかしいセリフ。

 咄嗟にコーヒー牛乳を勧めてごまかした。温泉につかりすぎてのぼせているのか、頭がちゃんと回ってない。

 

「あ、アリガトォ…」

 

「お、おう」

 

 そのお礼は、容姿を褒められたことに対してか、コーヒー牛乳に対してか、俺にはわからなかったが、

 少し冷めたはずなのに、相変わらずララの顔は先程の湯上りで火照った、艶っぽく赤い顔をしていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あ、ユウ兄。あれからも割と入ってたんだね。大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。ララと一緒になってな、コーヒー牛乳飲んでたんだよ」

 

「リトー、どうかな?」

 

「は?なにが?」

 

 私はリトの前で一回転したのだが、リトはなにも言ってくれない。

 むぅー。お兄ちゃんは褒めてくれたのにな……リトのケチ。

 

「な、なんだよ?」

 

「なんでもなーい」

 

「ユウリさん、私たちにはコーヒー牛乳無いんですか?」

 

「おーあるけど、牛乳もあるよ。どっちがいい?」

 

「私もコーヒー牛乳にします」

 

「…私は、牛乳をください」

 

「じゃあミカンとヤミはコレな」

 

「「ありがとうございます」」

 

 お兄ちゃんとミカンはいいなー。いっつも仲良さそう。最近はヤミちゃんもお兄ちゃんの家に行って一緒に本読んでるらしいし。

 

「リトー今飲むか?飲まねーなら冷蔵庫いれとくけど」

 

「あ、じゃあ後でもらうよ」

 

 優しいし、怒らないし、怒鳴ったりもしない。最近一人暮らしを始めたお兄ちゃんとこんなにも一緒にいるのが久しぶりだからか、意図せず目で追ってしまっている自分がいる。

 

 それと、クリスマスパーティーの帰り道、ミカンとの事を思い出すと………

 

 きっと、寂しくなっただけだよね。このモヤモヤする気持ちは。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリ、これが鍋ですか?」

 

「そうだけど、まだ待ちだから蓋は開けるなよ。ミカン鍋奉行様の指示を待て」

 

 今は部屋に夕食も運ばれ、ミカンがぐつぐつと音を立てて煮える鍋を見守っているためか、ミカンを飛び越え俺に聞いてくるヤミ。

 ミカンとヤミが隣同士で、ヤミの正面にリト、その隣にララが座り机を囲っており、俺だけミカンとララ側に誕生日席のような位置に座っている。

 

 

「もう良さそうですね」

 

 そう言ってミカンが鍋の蓋を取ってよそってくれた。

 

「はい、ユウリさん」

 

「あぁ、ありがとうミカン」

 

 浴衣姿で、ララと同じく長い髪を後ろでまとめ上げたミカンが俺に小皿を渡してくれた。いつもと違う服装と髪型ってだけなのに、新鮮で艶っぽく見える。女の子はすごいな。

 

「はい、ヤミさんも」

 

「ありがとうございます。ミカンのは、私がとってもいいですか?」

 

「もちろんだよ。ありがとうヤミさん」

 

 微笑ましい光景。まるで姉妹のようだ。

 ヤミも随分と地球になれたもんだ。少し前から一人で住んでいるマンションに帰ると本棚しか置いていない部屋のソファーに腰掛けて本を読んでいる事も多い。買いあさってるから種類も数も豊富だからな。最近はそこにミカンもおり、ミカンはなぜか寝室でベッドに寝転がっている時もあるのだが……

 

「じゃあリトのは私がよそうよー」

 

「ラ、ララ?ちょっと盛りすぎじゃないか!?」

 

 ララの手にある小皿にはかき氷のようにこんもりと具が山となっている。おーい、具材たちの第一陣はみんな出払ってしまったぞ……

 ララが具材を全滅に追い込む前にすかさず残りをかっさらい、キープをしておいた。

 

「はい、リト!いっぱい食べてね!」

 

「いや、多すぎだろ!?」

 

 よくつげたなというくらいの量。

 リト、頑張れ。

 

「あ、なくなっちゃった」

 

 ようやく自分の取り分がないことに気づいたようだ。

 ミカンはせっせと野菜とお肉を鍋に足して第二陣の準備を進めている。

 頼れる義妹とは対照的に世話の焼ける義妹だな。

 

「ほら、ララ」

 

「あ、ありがとうお兄ちゃん!」

 

「次からは、あんだけつぐなら自分の分くらいは確保しとけよ」

 

 笑顔で受け取り食べはじめるララ。

 みんな美味しそうに食べてるな。リトだけ、少し微妙な顔してるが。

 

「おいしいね!」

 

 そうだな。

 ミカンとヤミが楽しそうに話してる。

 むせるリトと、その背中をさすってるララ。

 

 久しぶりの、楽しい時間だ。

 

 

ーーーーーー

 

 

 夜も更け、私たちの部屋には月明かりひとつ入らない。ふすまひとつ隔てた先ではユウリと結城リトが眠っている、はずなのだが、どうにも一人分しか気配がない。不思議に思ったが、どうやら窓際の小部屋にも気配を感じたので、おそらく一人はまだ起きているのだろう。

 すやすやと、隣で穏やかに寝息を立てているはじめての友達とプリンセスを起こさないように、ゆっくりと私は部屋を出る。

 眠っている結城リトだけがいる部屋。先程までこの部屋で鍋を食べ、談笑していた部屋。障子越しにわずかに部屋へと差し込む月明かりは、椅子に座っているであろう人の形に欠けていた。

 

「ーーー眠れないのか?」

 

「…そういうわけではないです」

 

 ゆっくりと障子を開けて小部屋へと入る。そこは月明かりしかないはずなのに、随分と明るく感じた。

 

「お前みたいだよな」

 

「ーー?」

 

「金色の闇。夜の闇の中の月明かりと似てる」

 

「……違います」

 

 突然なにを言い出すのか。

 ユウリは不思議な男だ。

 ………そういえば、私をヤミと言い出したのもこの男だった。

 

『さっきから、【こんじきのやみさん】ってめんどくさいからヤミでもいいんじゃね?ダメ?』

 

 あれから、ミカンも、プリンセスも、結城リトも、みんなが私をヤミと呼ぶようになり、私が『金色の闇』と呼ばれる事はほとんどなくなった。

 

「月の明かりは太陽とは違って優しい光。ヤミみたいだと思うんだけどな」

 

「……私が、優しい?」

 

 訳がわからない。

 

「リトを殺す気は、もうないんだろ?」

 

「……そんな事は、ありません」

 

 嘘だ。本当はもう……

 

「ミカンといて、楽しくないか?」

 

「……ミカンは、友達ですから」

 

「じゃあ大丈夫だ。優しいヤミは、ミカンの兄ちゃんは殺さないはずだよ」

 

「友達の家族だからといって、わかりませんよ」

 

「いいんだよ、俺がそう思えてさえいれば」

 

 きっと、私は結城リトを殺す事はないだろう。

 ユウリとミカンと出会い、結城リトと出会った。三人とも家族として毎日を楽しそうに生きていた。

 家族とは、なんなのだろうか?

 本を読んでも親友と家族の違いはよくわからなかった。

 

 だから、少し聞きたくなった。

 

「……家族と友達は、どう違うのでしょうか?」

 

 ユウリは少しだけ、ほんの少しだけ考えるそぶりをして答えた。

 

「どうだろうな。俺にも"本当の"家族はいないからな。ヤミにも家族ができた時にわかるんじゃないか?」

 

「……家族ができたら、」

 

 そういえば、ユウリは両親を失った日に記憶も失っていたのだった。でも、本当の家族…私にも、できるのだろうか?

 

「ヤミにも、いつかできるよ」

 

「……そう、ですか」

 

 心を読まれたようで少しドキリとしたが、私にも家族ができる、ユウリがいうのなら、できるのだろうと思った。

 

 窓から見える月は、たしかに冷たくも感じるが、優しく明るく、金色に私を照らしているような気がした。

 

 

 



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十五話 王×娘

ーーーーーー

 

 

「これで、全部かな」

 

「じゃあ、これでユウリさんはもう、うちに来る事も……無くなるんですね……」

 

「だから無くならないって。仕事が落ち着いてたらだけど、呼ばれたら全然行くし、ミカンもたまにうちに来てるんだからいいだろ?」

 

「はい!また行きますね!」

 

「ん。了解」

 

 ようやく結城家の荷物を全部運び出す事ができた。

 とはいえ大して物は無かったし、メインは使わせてもらっていた部屋を元通りに戻した、という作業だったが。

 ちなみにベッドなどの家具類は全て置いていっている。これはもともと結城家にあった物なので、俺は置いていく事に決めていた。

 

 今は残っていた荷物を鞄に詰めたところだ。

 あとは最後に部屋の掃除をしたら、本当に終わり。

 

「でも、ユウリさんがうちに来たら、また使う部屋ですよね?」

 

「いや、俺は使う気はないよ。お客さん用の部屋とかでいいんじゃないか?」

 

「私は嫌ですよ。……ここは、ユウリさんの部屋なんですから」

 

 約四年間過ごした部屋。今はベッドとシンプルな机と空の本棚が一つあるだけの部屋。こんなにも長く同じ家で過ごしたことなどなかったから感慨深いものがある。

 ミカンはそう言うが、俺はこの部屋を使う気は、まったくなかった。

 

 掃除も終えたところでミカンがコーヒーでもというので、今はリビングのソファーに座って入れてもらったコーヒーを飲んだいたのだが、ミカンが雑誌を片手にすぐ横にちょこんと座ってきた。

 

「ユウリさん、キッチンの物ってまだでしたよね?私はこれなんてどうかなって思うんですけど、どうですか?」

 

 引越しをはじめた時からそうだったのだが、俺の新居の物をミカンは自分の好みで固めようとしている節がある。

 

「んーそうだな。まぁ、おいおい集めていくよ」

 

「もー。またそう言ってなかなか買わないじゃないですか。キッチンの物がもっとちゃんとあれば私がご飯作りにいきますよ?」

 

「こらこら、そこまでやらせられんよ。簡単なものはもうあるんだし、また買いに行く時は言うから、そん時一緒に見てくれたらいいよ」

 

「もちろんです。任せてくださいよ。私達の(・・・)家ですもんね」

 

「…まぁもう突っ込まないけど。リトもララも料理できないからそうなるのが不安なんだよ」

 

「そうですよねぇ…料理は私とユウリさんに任せっぱなしでしたからね。ララさんはそもそもキッチンに立たせるべきではないですし……」

 

 俺はうんうんと頷く。

 一度ララが料理を振る舞ってくれた事があるが、あれは拷問に近かった。ミカンは一口で脱落し、リトはゆっくりとだが気合で完食。俺は速攻で全てを口に放り込み水で流し込んだためミカンの物も食べる羽目になったのだ。あの時はかなりの絶望感を味わったものだ。

 ミカンも同じ事を思い出していたのか、俺にあの時はすみませんでしたというジェスチャーをしている。

 

「もしララが料理に興味を持ったら、リトは、この先もたないかもしれないぞ」

 

 容易に想像がつくので、ミカンには俺の家に住む着くのは禁止。来るならみんなで、もしくは二人に食事の提供がある日と取り決めた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ミカンと別れ新居へと帰ってきた。

 荷物の整理も終えて、ベランダの一角を占める観葉植物に水をやっていると、急にポケットから電子音が流れ俺は携帯を取り電話に出た。

 

『七瀬くん、どうやらデビルーク王が来ているようでね。自分の娘がいるから大丈夫とは思うが、正直どう動くのかはわからない。今は、彩南高校にいるようだ』

 

「なるほど、ララの父親、ですか…しかも学校って、暴れてるんですか?」

 

『今のところは、女子高生を追いかけ回してテニスコートを破壊したくらいだね』

 

「え、なんすかそれ?本当にデビルーク王、なんですか?」

 

 なんだそのエロガキみたいな行動は。テニスコートを破壊ってのも、なんでそんな小規模な暴れ方なんだ?目的がわからん。

 

『……あぁ。相手は宇宙の王で間違いはない。君の弟妹に聞いた方が早いと思うが、何が起きるかわからないのでね』

 

「了解です。一旦見に行きます。情報も引き出せそうだったらなんとかしますね」

 

『それは、可能ならでいい』

 

 俺は電話を切り黒コート姿に変わる。

 

 宇宙の支配者であり、ララの父親。

 ヤバイとは思うが正直見てみたい好奇心の方が勝っていた。

 果たしてどんなやつか、どんな次元の強さを有しているのかを想像しながら空へと飛び出す。

 

 この時は、まさか戦闘になるとは思っていなかった。

 

 

ーーー

 

 

「いたいた」

 

 いつも通り大空を結界を使って飛び跳ねて学校の遥か上空へとついた。

 学校の屋上で、ララとリトとザスティンと、なぜか西蓮寺。それともう一人、ララと同じような尻尾を生やした子供がいる。ザスティンが跪いてるって事は、あれがデビルーク王か。

 ララは母親似なんだろうな。

 

 すかさず凝で確認したが、

 あぁ、ありゃバケモンだな。

 念では無いが、身体エネルギーがもの凄い。ただ随分と弱々しい感じだった。これならやりようはあるかもしれないが……

 

「!!!!」

 

「…………れば……地球をツブす」

 

 会話はよく聞こえないが、最後は聞こえた。

 

 異常な力の高まり。大気が震えている。

 街でも吹き飛ばす気か、いきなりこんな事になるとは思っていなかったが、やるしかない!

 

「フッ!!」

 

 顔程もある念弾を指先から放つ。数は五つ。全て【隠】も使い感知される可能性も下げる。五方向から同時に迫る念弾だ、さぁどう捌く?

 

ーーードドドドドォォォン!ーーー

 

「…………」

 

 全て直撃するも、無傷。それは予想していたのでいい。微動だにすらしないのは軽くショックだぞ……

 

「……どうやら、ハエが飛んでるみてぇだなぁ」

 

「パパ!!?」

 

 一直線。瞬間両手にトンファーを生成。

 

「なんだぁテメェは?」

 

「地球を破壊しにきたのか?」

 

 質問に質問で返すが答えない。繰り出される拳の先端にトンファーを回し当て、軌道をずらす、ずらす、ずらす!短い手足から繰り出されているとは思えないほどに早く、重い!ただ、リーチが短いのが幸いしトンファーによって間合いには入れさせない。

 

「なんだあの黒コート!?」

 

「ララさん、知ってる人…?」

 

「私も知らないよ!ザスティン!あれは誰なの!?」

 

「わ、わかりません!ですが王の敵は!!」

 

 ち、リト達にまで姿は見られたか。だがそれよりも、ここでザスティンも混ざる状況は避けたい。

 

「余所見とは、随分と余裕だな」

 

 やっぱ、そう思うよな!

 屋上を見下ろす形で視線を向けたためにできた俺の頭上の死角。そこにくる攻撃は予測済み。誘いに乗っかり俺を叩き落とすべく放たれるかかと落とし。身長のせいでもはや体全体だが。

 相手の動きの軌道上、攻撃の起点、関節をいくつもの小さな結界で固定する。

 

「こんなもんでッ!」

 

 一瞬で破壊される結界群だが、動きはほんのわずかに止まった。

 俺を見下ろす位置に飛んでいるデビルーク王に向かい両手のトンファーに【周】で更に念を込め、地面に向かって全力で振り下ろす。

 

「落ちろッ!!」

 

ーーーズド…ン!!ー

 

 逆に俺が叩き落としてやった。

 グラウンドに落としたので砂埃がひどく姿は見えないが、

 

「貴様、何者だ!?」

 

 ザスティンも屋上から飛び上がり目前に迫るが、お前が死角からの攻撃にめっぽう弱いのは知ってるんだよ。

 トンファーを消すと同時に乗っていた結界の粘度を高めトランポリンの要領で更に空へ向かって飛び、新たにザスティンの背後に結界を生成して強襲。

 

「な、なんだとーーー」

 

 足場の結界を生成して着地、案の定直撃し落ちていくザスティンを意識から外し、再度デビルーク王に…!!

 

「ーーッ!!」

 

 勘で蹲み込んだことで頭上を拳が通り抜けた。

 

「いい勘してるな。マジでなんなんだテメーは?」

 

「ハンターと、名乗ってはいるよ。地球をツブされるのは困るんだが……ッ!」

 

 話しかけてきておいて会話をするつもりはないのか、デビルーク王はなおも攻めてくる。

 デビルーク王の拳が弾幕のように襲いかかってくるが、こちらも負けじと両拳のオーラを40%ずつにして迎撃。武器を作る暇もない。かと言ってこれ以上オーラを弱めるとヤバイ。相手の拳が俺の拳以外に当たれば俺は即死だが、そうも言ってられないジリ貧な状況。

 俺とデビルーク王の起こす余波だけで屋上に立つリトと西蓮寺は倒れ込んでいた。

 

「ハッ!まさか地球にお前みてーなヤツがいるとはなぁ!!」

 

 会話の隙に足場の結界を解除。重力により落下をしながら尚も拳をぶつけ合う。

 

 拳の弾幕の間、息を吐く要領で口から小さな念弾を放ち眼球を狙う。

 

「ちっ!さっきからなんだそりゃあ!?」

 

 今!!!

 

「疾ッ!!」

 

 ダメージなどは皆無だが不可視の念弾が当たり瞬きをした一瞬の間に右足に【硬】を、かけてデビルーク王の左側頭部を蹴り抜くも、咄嗟に腕でガードされる。しかしこちらも拳の時とは違い100%のオーラを込めた【硬】による蹴り。カウンターをもらうわけにはいかないため、ガードの上から無理やり振り抜く。

 

「オッッッラァ!!」

 

 吹き飛ぶデビルーク王を視界の端に収めつつも、グラウンドに激突する寸前にオーラを体全体を均一に覆う【堅】の状態に戻して前まわり受け身の要領で着地。そして【円】を、展開、相手の位置を把握。即座に目の前に大中小の結界を生成するも、速いな。三個が限界だ。

 

「今のは痛かったぞ!!コラァァァァア!!」

 

 拳を突き出しての突進。明らかに、今までで一番力が込められてる。

 だが、それはこっちも同じ。俺のも今までのとは桁が違うぞ!!

 

暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)ォォォオ!!!!」

 

 【硬】によって全てのオーラを込めた右拳を結界に撃ち込む。即座に三つ並んだ結界を破壊し尽くし、増幅された衝撃波とデビルーク王の拳が交わる。

 

ーーーカッ!!!ーーーー

 

 力の奔流の衝突の中で、デビルーク王は確かに力を抜き、そして微笑を浮かべたように見えた。

 

 再度吹き飛んでいくデビルーク王。

 なぜ、力を抜いた…?

 

「王!!ーーー貴様ァ!!」

 

 ザスティンが復活したようだ。

 不味いな、デビルーク王も今のじゃ当然致命傷にはなってはいないだろう。

 勝つにはアレを使うしかないが、デビルーク王の隙を突く事すら厳しいのに、二対一ではもはや隙などできないだろう。

 ひとまずザスティンの意識を狩り取る事に専念するが、デビルーク王にそこを狙われ横槍が当たれば、俺は死ねるな。

 

「ザス、やめろ。」

 

「は、お、王!無事でしたか!」

 

「当たり前だろ。俺が地球なんぞでやられるかよ。オイ、ハンターとか言ったな。テメーは一体なんなんだ?」

 

 今度こそ話し合う気になったらしい。正直助かった。さっきの状態は恐らく詰んでいた。ーーただ、なんて言おう?後でリトたちと話してややこしくならなそうな物は……あれしかない!!

 

「ーーー地球防衛軍!……みたいなもんだ」

 

 妙案だとは思ったが、自分で言ってて途中でなんだそれ?と恥ずかしくなったので声がだんだんと小さくなってしまった。だが今はしょうがない。これでデビルーク王に今後地球を監視されたとしても、正にそんな事をしてるのであながち間違いでは無いはず。変に探偵って言っても絶対伝わらないし、それこそリトに気づかれる。

 

「なんだそりゃ?」

 

「言葉の通りだ。悪意ある宇宙人の来訪は歓迎していない。そうじゃないなら俺はもう消える。その前に、俺からもひとつ質問だ。ーーーを知ってるか?」

 

「ふーん。……テメェじゃ勝てねぇぞ?」

 

「そうか。……居場所はわかるのか?」

 

「居場所は知らねー」

 

「そうか。あんたらが地球に危害を加えないのなら、俺もこれ以上プリンセスの父親と殺り合う気はない」

 

「俺もはなから娘の恩人と殺り合う気はねーよ」

 

「………」

 

「三年、いや四年前か?あの時の死にかけてたガキだろ、お前は?」

 

 俺の事に気付いていたか。というか、そもそもあの日デビルーク王なんていたっけ?

 あ、俺が殺されかけて気絶した後の話か。

 

「………さぁ?」

 

「けっ、とぼけんなよめんどくせー。今だにモモは……」

 

 モモって、確かララの妹か。あの時の意識のあった方の子の事だとは思う。まだデビルーク王が話している最中だったのだが、

 

「パパッ!!!」

 

 ララの声に遮られ、他のみんなも集まってきた。視線の感じから、俺は完全に敵キャラみたいになってるんだけど……

 やっぱり俺の早とちりだったのか?

 

「私、リトとは結婚しない!!」

 

「あぁ、かまわねーよ」

 

「「「「え?」」」」

 

 デビルーク王以外の元々屋上にいた四人の声が揃った。

 

「こいつをモモと結婚させて、こいつに俺の後を継がせる。戦闘力も、まあ及第点だしな」

 

 デビルーク王はそう言いながら俺を指差しており、全員の視線も再度こちらへと向く。

 いやいや、何この状況。完全に逃げるタイミングを間違えた。最悪だ、もう一言も発したくない。

 

「王、では、ララ様は……」

 

「あぁ、俺もすまなかったな、ララは結城リトと結婚する気になったらしたらいい。その時は結城リトが後継者だが、モモはこいつに惚れてんだし、そっちの方が早いかもしれないだろ」

 

「パパ!!ありがとう!!」

 

 デビルーク王に抱きつくララを見ながら、今がチャンスとこの場を見ているはずの加賀見さんに転送するように合図を送る。

 即座に足元に黒渦が出現した。

 

ーーーとぷんーーー

 

「の、飲み込まれてる?なんだ!?助けないと!!」

 

「近づくな。俺以外が触れれば死ぬ。さっきから話はわからんが、地球に手を出さないのなら俺は消えるよーーー」

 

「おい、テメーが俺の後継者候補第一位だ」

 

 リトが助けてくれようと手を伸ばすが、ハッタリと勢いだけで動きを止める。この得体の知れない俺を助けようとするか普通?まぁそこがリトの良いところであり悪いところなんだが…

 俺は黒渦に完全に飲み込まれて、最後に不穏な言葉が聞こえながらもその場から見事に逃げ出した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「アイツ、あんな事もできんのか……!」

 

「パパ、あの人は誰なの?」

 

「あ?覚えてないのか?お前もモモと一緒にあいつに助けられたんじゃないのか?」

 

「……え?」

 

 私とモモが?誘拐された時?あの時のことは、正直ほとんど覚えていない。

 けど、あの人が……?あれ、あの時、モモが泣いていて、私を連れて、あのボロボロの………

 

「ーーあ。」

 

 思い出した。あの時の光景を。

 どうしてお兄ちゃんを見て、お兄ちゃんの傷跡を見て、あんな気持ちになったのか。お兄ちゃんが、助けてくれてたんだ。でも、あの人がそう?じゃあ、あの人はお兄ちゃんなの?

 

 頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。

 

「まぁ、俺はもうデビルーク星に戻る。ザス、お前は引き続きここに残れ」

 

「パパ、モモが、結婚するの…?」

 

「…あいつはずっと地球に来たがってたからな。確実にハンターが目当てだろう。俺が言えば、すぐにでも結婚するはずだ」

 

 モモと、お兄ちゃんと、ハンターが結婚??

 ダメだ。頭が全然うまく働かない。

 

「じゃあな」

 

 そんな今も混乱中の私を置いて、パパは帰っていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「はぁーーーしんど!」

 

「七瀬さん、お疲れ様でした」

 

 戻ってきて早々大の字で寝転がる七瀬くん。

 

「まぁ、この星をめちゃくちゃにする気は無いそうですよ。あと、アレの存在は認識してましたね」

 

「デビルーク王も知っていたか」

 

「そうですね。ーーー俺じゃ勝てないらしいんで、殺るならやり方考えた方が……」

 

「それはいい。アレは僕の獲物だ。君とて手を出すことは許さん」

 

「わかってますよ。でも手伝いはしますよ。標的には手は出しませんし、給料もらってるんで周りの片付けくらいしますよ。まぁ居場所は知らないそうなんで動きようは無いですけどね」

 

 そうか、今の七瀬くんでは勝てないか。

 それは果たして、何に対して言っているのか……

 だが、【念】とは非常に面白い。やりようなど、いくらでもある。

 

「あぁ。それがわかっているなら構わない。今はまだ、その時ではないからね」

 

「えぇ。じゃあ俺はこの辺で」

 

「送りますよ七瀬さん」

 

 七瀬くんは加賀見くんのゲートへと沈んでいった。

 

「加賀見くん、じゃあ今日も始めようか」

 

「えぇ、先生。私の方は、かなり形になってきましたよ」

 

「そうだな。僕の方も、ね」

 

 

 【念】は奥が深い。正にその通りだ。

 

 僕は別に戦闘狂ではない。

 勝つなどと、勝負事のような事を言う気もない。

 どんな形であれ、ヤツを殺せれば、それだけでいい。

 

 




誤字報告ありがとうございました!
諸々、修正させて頂きました。
感想、評価、お気に入りもありがとうございます。
次からもお楽しみ頂ければ幸いです。


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十六話 記憶×愈愈

ーーーーーー

 

 

「はぁーーー疲れた」

 

 ヤミと軽くやりあって以来の格上との戦闘を終えて自宅のマンションに帰ってきた俺は直ぐにソファーに横になった。

 

 デビルーク王との死闘。

 向こうはお遊びだったかも知れないが、こっちはオーラを集中させた場所以外に一撃でも喰らったら終わりの状況だったのだから、俺の中では死闘で合ってるはずだ。

 【堅】で発せられるオーラ量がこのままじゃ足りない。

 潜在オーラを活かし切れていないのが今回で完全に露呈した。今後あのクラスの奴と戦うなら顕在オーラを高めない限り、一発も喰らわない戦いが前提になってしまう。

 

 潜在オーラは文字通り自分の体の内に残っているオーラ量。その潜在オーラを一度に体外へ出せるオーラ量が顕在オーラ。

 簡単に言えば潜在オーラは最大MP、顕在オーラは消費MP。今の俺は最大MPはゲーム終盤くらいに高いのに初期呪文しか覚えてないような状況だ。

 

 ゲーム終盤と例えたが、俺の潜在オーラは自分で言うのもなんだがかなり高い。悠梨の肉体との完全な融合を果たした為に爆発的に増大した。そのため、今現在の潜在オーラ量は以前の世界でもトップクラスに高いと思う。

 問題は顕在オーラの方。その余りあるオーラを全然使い切れていない。長期戦は可能になったが、この世界では種族差で最初から負けているので、求めているのは持久力よりもパワーだ。

 逆にこの顕在オーラを今よりも高めることさえできれば、単純な攻撃力、防御力は数段上がり、できていなかった事もできるようになるかもしれない。

 

 『テメェじゃ勝てねぇぞ』

 

 あのセリフが頭から離れない。しかも手を抜かれた相手に言われたのだ。

 ムカつく。軽くあしらわれる程に弱い自分に腹が立っていた。

 

 今よりも、もっと強くなる必要がある。もっと、修行がいる。

 幸いまもなく卒業だ。これからは学校でやっている簡単な物ではなく、濃密な鍛錬の時間を過ごせるはず。

 

 それと、先程までの会話の事を思い出す。

 

 俺、と言うかハンターが後継者候補第一位って、なんだ?

 モモと結婚って、あの子の名前もララから聞いて知ってるだけで、あれから一度も会ってないのに結婚ね……

 無茶苦茶な話だな。と思ったが義弟が似たような状況だったのを思い出した。

 

 もしかしてデビルーク星の女の子の結婚って、それが普通なのか?

 

 でもララはあの時リトと結婚しないって宣言していた。屋上で乱入する前の会話の流れが全くわからないのでなぜそんな事を言ったのか、答えは出ないがずっと気になっていた。

 

 

ーーーピンポーンーーー

 

 チャイムの音で、今までの思考は中断される。

 

 誰だろう?

 

 既にあたりは暗くなっており、時計をみると時刻は午後九時を指している。

 俺には家に来るような友人などいないし、そもそもこの時間に誰かが訪ねて来る事は今までで一度も無かった。

 

 不審に思いながらもインターフォンに出る。

 

「ーーーどちらさん?」

 

「お兄ちゃん……私だけど」

 

「ララ?ーーー今開けるな」

 

 ララ、だけ?一体なんのようだ?リトと喧嘩しただけならいいが、今日の一件でもしかして、黒コートが俺だって気づいたってのは、無いよな?……

 

 

ーーー

 

 

「ただいまー」

 

 ん?ララにとってはもうここも自分ちになったのか?

 

「おかえり?どうした急に?」

 

「うんん。なんだか急にお兄ちゃんの顔見たくなって」

 

 元気な声で入ってきたものの、表情は明るくなった。

 本当に何があったんだろう?

 屋上で何があったのかが余計に気になるが、俺からボロを出すわけにはいかない。

 普段であれば一番可能性が高いが、恐らく違うであろう事を言った。

 

「なんだよそれ?ーーー俺はてっきりリトと喧嘩でもしたのかと思った」

 

「えーしてないよ!」

 

「じゃあ、何かあったのか?」

 

 ララは、少し躊躇しつつも話し始めてくれた。

 

「………今日ね、私のパパが地球に来てたの」

 

「パパって、宇宙の王様が?」

 

「そうだよ。デビルーク星の王様。それもリトと私の結婚を認めるって話だったの」

 

「じゃあこれで晴れて親公認だな。リトと、結婚するのか?」

 

「うんん。その理由が、自分が王位から解放されて遊びたいってだけだもん」

 

 あぁ、なるほど。なんとなく読めてきた。

 おそらくデビルーク王は王位から速く解放されたくてリトとララの結婚を認めて、リトに王位を譲るとでも言ったのだろう。

 ただ、屋上には西蓮寺もいたからな。了承しないリトに対しての怒りが爆発したタイミングで俺が割り込んだって流れが妥当かな。

 

「でも、なんでそれでリトと結婚しないになるんだ?父親に反発したいわけじゃないだろ?」

 

 気になっていたことが予想でしかないが見えてきたのでスッキリはしたが、気になるのはララの気持ち。あれほど好きだと言っていたのに、ここに来ての心境の変化は、おそらく……

 

「私、なんとなく気づいてたんだ。私がいくら好きって言っても…リトの本当の気持ちは私の方に向いてないってことに。ーーーでも、リトは優しいし、みんなといる地球の生活は楽しいから……私は今のままでもいいやって思ってた」

 

 思ってた。ーーー過去形ってことは、今は違うって事だよな。

 やっぱり、西蓮寺とまではわからなくても、リトの好意が自分以外に向いていることに気付いたようだ。

 ララはさっきまでの少し落ち込んだ顔から、決意したような顔に変わっていた。

 

「ーーーで、今はどうしたいんだ?」

 

「私……リトを振り向かせたい!振り向いてもらえるように努力したい」

 

 なんだか輝いて見えた。ピンク色の長い髪を揺らして顔を上げただけなのに。これが宇宙のプリンセスか。

 こんな子にここまで言わすなんて、リトは……

 

「ーーーあとね、私、本当はみんなの記憶を消して、ゼロからみんなとの関係をやり直したいって思ってたんだ」

 

「……記憶を、消す?…」

 

「そう、ばいばいメモリーくん。使った人の記憶を地球のみんなから消せるの……もう使う気はないんだけど」

 

 そう言いながらデダイヤルから取り出した翼のついたファンシーなリモコンみたいな物を持っているララ。

 こんな物まで作れるのか。地球ってことは、使った惑星限定に効果が発揮されるって事か?どっちにしろすごい道具だが。

 

「そうか。ーーーリトを振り向かせるのは、きっと大変だぞ?」

 

「うん。わかってる。でも私はリトが宇宙で一番好きだから、いくらでも頑張れるよ!」

 

 良い表情になった。吹っ切れたような、スッキリしたような。

 ララは、俺が割り込んでうやむやにならなかったら本当は記憶を消すつもりでいたって事かもな。

 

「なら、大丈夫だな。ララは、ララのやりたいようにやったらいいさ。もしも悩んだり、立ち止まったりしたら話くらいは聞いてやるよ」

 

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

 

 ララは、リトとの仲を再確認したかったのと、誰かに話してスッキリしたかったのか、決意表明をしたかったのか。いずれにせよその相談相手に選ばれたってわけだな。予想していた話とも違ったので俺はホッとした。

 

 話も落ち着いたので、なにか飲むかと、今はララに紅茶を、自分用にコーヒーを入れている。

 

「チョコかクッキーならあるけど、何か食べる?」

 

「うんん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

 紅茶とコーヒーの入ったカップをそれぞれの手に持ち、ララの座るソファーの空いてる部分へと座った。

 二人掛けのソファーのため、お互いの距離は近い。

 

「というか、帰らなくて大丈夫か?そろそろいい時間だぞ?」

 

「うん、実はまだ、話したい事があるの」

 

「ん。いいぞ?」

 

「……あのね…」

 

 急に俯く。ララらしくもない。

 

「どうした、まだなにか不安な事でもあるのか?」

 

 なにか言いたそうな、でも言いたくなさそうな、そんな表情。

 さっきまでに逆戻りだ。

 

「お兄ちゃんは、私のこと、覚えてる?」

 

 心臓が大きく鳴った。

 きっと、デビルーク王が何か言ったのか、自分で気づいたのか。

 今の、俺のいつもより大きな鼓動は聞こえていないだろうか?

 必死に普段の表情を作り、答える。

 

「いつの話だ?公園でたこ焼き食べた時の事か?」

 

「うんん。たぶん、お兄ちゃんが記憶を失った日。あの日に、私と妹のモモに、お兄ちゃんは会ってるはずなの」

 

「あの日は、傷だらけで転がってたって事を後で知っただけだからなぁ。地球に来てたのか?」

 

 あぁこれは、ララは完全に思い出してるのか。悲しそうな顔をしている。そりゃあそうだ、誘拐なんて事件、トラウマになってもしょうがないだろう。

 

「私ね、誘拐されて、地球に来た事があるの。私は暴れちゃったから、気を失ってて、気づいた時にはパパとママに助けられてた。だけど、モモがお兄ちゃんに助けてもらったんだって、うぅ…血だらけで倒れてるお兄ちゃんの前で…ひっく……この人が助けてくれたんだって……くぅぅ……私、そんな事、そんな大事な事忘れちゃっててごめんなさい!!」

 

 だんだんと嗚咽が混じり、次第にポロポロと涙を溢しながら謝ってきたララの頭を、思わず胸に抱きよせた。ララの涙で、徐々に胸に湿り気ができているのがわかる。

 

「俺は覚えてないんだから、いいんだよ。むしろ、俺のせいで怖かった記憶を思いださせちゃったな、ごめんな。」

 

「うぇぇぇ……」

 

「だけど、どうせなら謝るんじゃなくて、お礼がいいな。俺じゃなくて、記憶を失う前の『悠梨』にね」

 

「うわぁぁぁぁぁん!ぁ、ありがとう。ひっぐっ…私、ホントに、今まで何にも覚えてなくて!あんなボロボロになってまで助けてもらったのに!」

 

 ダムが決壊したかのように泣き出してしまうララ。

 

「大丈夫だから」

 

 わんわんと声を出して泣くララを、泣き疲れて眠るまで抱きしめていた。

 

 

ーーー

 

 

 眠ってしまったララをそっと抱き上げ、寝室のベッドにゆっくりと寝かせる。ミカンに、ララが疲れて眠ってしまったので今日はウチに泊まるとだけメールを送り、ベランダへと出た。

 

 夜の闇はララが家に来た時よりもいっそう深くなり、冬の鋭い冷たさが肌に刺さるが今はちょうど良い。

 

 ララがあんなに、声を出して泣くなんて、らしくない。

 いや、らしくないんじゃなくて、今までできなかったのかもしれない。王族の第一子として生まれ育ったララが、歳の近い誰かに『甘える』事なんてできなくて、だから地球で、リトとミカンの兄代わりだった俺を、ずっと求めていたであろう『兄』と重ねたのかも知れない。そんな『兄』への罪悪感が爆発してしまったんだと思う。

 ハンターと俺が同一人物という事にもララはきっと気付いてる。気付いていて、言わなかったんだ。俺が言わないから、だから聞かないんだ。

 

 優しすぎるよ、ララ……

 

 そんなララに対しても、今だに秘密を抱えており、言う気もない俺にはそんな優しさを向ける価値なんてないのに……

 

 松戸さんと加賀見さんの目的を聞いた上で、探偵事務所に所属することを決めた俺が、他の人を巻き込むわけにはいかない。

 こればっかりは、デビルーク星もなにも関係ない、手伝う事を決めた俺の問題だ。

 

 

 使わないなら、借りててもいいよな?

 

 俺の手には、リビングに置かれたままだった、己に似合うはずもないファンシーな『ばいばいメモリーくん』が握られていた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「お父様!それは本当ですか!?」

 

「あぁ、あの時のやつは生きていたぞ。ハンターって名だ。黒ずくめの陰気なヤローだったけどな」

 

 ハンターさん、不思議なお名前。

 あの方とお会いして、1297日目にしてついにお名前を知る事ができた。

 私はあれからあなたを忘れた事などありませんでしたよ♫

 

「ハンターさんはお変わりはなかったですか?」

 

 私はお父様に聞いてみる。

 

「あぁ。あと、モモの地球行きも認めてやるし、ハンターとの結婚も許す」

 

「ーーー!!!」

 

 どうやらお変わりは無いようだ。

 黒ずくめ、格好は、なにかミステリアスな感じですね。

 お変わりは無いとしても、きっとお会いした時よりも大人っぽくなってて、あのお顔も凛々しくなられてるんでしょう。あの白く輝く金色の髪は今はどのくらいの長さなのでしょうか。

 幾度となく想像してきたあの方の顔が浮かんでは消えていく。

 

 それに、結婚♡

 ずっと思い描いていた未来。頭の中で何度となく愛し合う二人の光景が、ついに現実に……

 

「だからハンターを後継者として連れて帰ってこいよ」

 

「ーーーーえ?」

 

 脳内に広がっていた世界が音を立てて崩れていった。

 

 後継者?それは違う。私とあの方の生活は二人きりで緑の多い植物に囲まれた場所で過ごすと決まっている。私とあの方だけの世界で。

 

 それが、後継者?デビルーク星の王になどなってしまえば私はお母様のような激務に、あの方は王としての仕事が……

 

「お、お姉様の婚約者候補である結城リトさんはどうなったんですか!?後継者は結城リトさんではなかったのですか!?」

 

「あ?ーーそれはララがまだ結婚しないってよ。結城リトも俺の脅しを込めた問いにも答えなかったからな。ララの説得には時間がかかる。あと、ハンターの方が戦闘力もあるし、恐らく頭も回る。あいつの方が適任なんだよ」

 

 違う違う違う。それは私の望む未来じゃない。

 

「じゃあ、お姉様と結城リトさんの結婚の方が早ければ、後継者は結城リトさんですよね?」

 

「それはそうだな。後継者の方で言うとハンターの方が適任ではあるが、ララが第一王女だからな。俺は解放されりゃ早い方でいいぞ」

 

「それがわかれば安心です♫」

 

 これでお父様の了承は取れた。

 

 早く会いたい気持ちもありますが、私はもう少しなら待てます!

 二人の未来のために、まずはお姉様と結城リトさんを早くくっつけて、結城リトさんには後継者になってもらわなくちゃ。それには、まず地球に行って、状況を把握しなくてはいけませんね……

 

 もう少しだけ待っててくださいね。ハンターさん♡

 



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十七話 平穏×不穏

ーーーーーー

 

 

「ほら、遅刻するぞ、ララ」

 

「ん、んん……」

 

「ララー起きろー!」

 

「あ、うんー。あーお兄ちゃん。おはよう」

 

 お兄ちゃんが起こしてくれたんだ。でも、あれ、ここどこだろう?

 ひとまず身を起こして被っていた布団から出て、周りを見てみると、ここには、ベッドしかない、他は何もない部屋。引越しを手伝った日から何も変わってない、お兄ちゃんちの寝室。あ、私、昨日……

「あぁ、おはよう。って!うぉ!ペケ、起きろ!仕事してくれ!」

 

 なんでかお兄ちゃんが少し焦ってる。あ、私裸だ。お兄ちゃんが布団を私の頭から被せる。むぅ。これじゃ前が見えないよ。

 

「おはようございます。ユウリ殿」

 

「おはようペケ。早いとこララに着られてくれ。ララも朝飯つくったから、顔洗ったらこいよ。歯磨きも新品出してるからそれ使って」

 

「え、あ、うん」

 

 お兄ちゃんは部屋から出て行き、ペケがパジャマフォームになってくれた。

 

「ねぇペケ。私昨日って………」

 

 ペケと昨日の事を話して、顔を洗ってリビングに行くと、お兄ちゃんはちょうどキッチンに立っており、焼けたトーストをお皿に乗せていた。

 焼きたてのトーストのいい匂いがする。

 

「簡単なものしかできなくて悪いな」

 

「うんん。おいしそー!ありがとうお兄ちゃん」

 

 トーストと目玉焼きとサラダ。

 トーストも目玉焼きも焼きたてであったかそうな湯気が出てる。

 地球でのご飯は温かいし、味も美味しい。

 

「いただきまーす」

 

 二人で朝ごはんを食べながら、昨日の事を思い出す。私、昨日あのまま眠っちゃったのか、あんなに泣いた後で…。ペケが言うにはお兄ちゃんがベッドまで運んでくれたみたい。じゃあお兄ちゃんは、どこで寝たんだろう?

 

「ごちそうさま!」

 

「美味かった?」

 

「うん。おいしかったよ。ありがとう」

 

「ならよかった」

 

「あのね、昨日はありがとう、あと…お兄ちゃんはどこで寝たの?」

 

「いや、いいんだ。俺の方こそ、ありがとな。俺はソファーで寝たよ。疲れた時たまにソファーで寝ちゃうから気にしなくていいぞ」

 

 お兄ちゃんは、優しい笑顔でそう言った。

 ご飯を食べ終えて洗面所に向かおうと思ったら声をかけられた。

 

「ララ、制服は…そう言えばペケがいるから大丈夫か。じゃあ、俺は先行くから、鍵渡すからかけたらポストに入れといてくれ。ララも遅刻しないように出ろよ」

 

「あ、お兄ちゃん……!」

 

「いってきまーす」

 

 そう言って、お家の鍵を渡して出ていっちゃった……

 でも、時計を見たら確かにそろそろ出ないとな時間。

 

 昨日、結局聞けなかったな。

 あの黒コートの人、お兄ちゃんじゃなかったとしても、きっと無関係じゃないと思う。

 でも、お兄ちゃんから言わないのなら、聞かないでほしい事なのかな。

 なら、私は待ってるね。お兄ちゃんが打ち明けてくれるまで。

 

 いつも聞いてくれるばかりだから、次は私が聞いてあげるね。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウ兄!!」

 

「おーリト。おはよう」

 

「昨日はララが、ごめん!ちょっといろいろあってさ…」

 

 学校の校門に着いたあたりでリトに話しかけられる。

 いろいろ、ね。まぁそうだろうな。

 

「ララから聞いたよ。大変だったみたいだなー」

 

「あれっ?ララは一緒じゃないの?」

 

「あぁ、起きるのが遅かったからな。先に出てきたんだ」

 

「そうなんだ。でも大変でさ、いきなり後継者とか言われてもだし、その後黒いコート姿の人が割り込んできてさ…」

 

 リトは、気付いてなさそうだ。靴も履き替え廊下を歩きながら昨日の俺について語っている。かく言う俺は、へぇーとかほぉーとか相槌だけで答えていた。

 

「結城ーーーーッ!!」

 

「ん?」

 

 なんだか叫びながら水色の髪をした奴が廊下を走ってくる。

 なんだあいつはと思ったが、そう言えば、宇宙人のレンってやつか。ララがどーだとリトに噛みついてるが、本当にリトの周りはやかましいのが多いな。

 

「ちょっと、廊下で喧嘩は……」

 

 ゲッ!俺の苦手な女、古手川唯だ……

 取っ組み合う二人を止めようとしている。

 

「ま、まずい……ふぇっ…ふぇっ」

 

 でも、レンってのは、くしゃみを堪えているような、まずいって言ったけど、何がまずいんだろう?

 

「へっきし!!」

 

ーーーボンッーーー

 

「きゃ!」

 

 突然の煙幕。

 後ろに倒れ込む古手川を抱えて飛び退く。

 なんだ、攻撃されたのか?こいつも確か宇宙人だったよな?

 煙もはれてきてその中には、

 

「………リトくん!」

 

 男子の制服を着た水色の髪をした女の子がいた。

 

「きゃはっ♡」

 

「うわっ!ルン!!」

 

 何がどうなってるんだ…全くわからん。

 ひとまず腕の中の古手川を見ると

 

「な…ななな……」

 

「なんなんだろうな?性別変わってるし。本当変な奴だなぁ」

 

 古手川は真面目な奴だし、今回は『ハ』じゃなく『な』って言ってるし俺と同じ感想なんだろう。

 支えていた手を離して俺は話しかけたのだが、なんだかワナワナと震えている。

 

「なんて、ハレンチな!!」

 

ーーーバシンッーーー

 

「…………なんで?」

 

 なんて、が付くのかよ。またも俺にビンタを喰らわし、俺の質問すらも無視して廊下をズンズンと歩き去っていく古手川の背を呆然と見送っていたら、水色髪の女の子に言われる。

 

「あれ。リトくん!この人がお兄さんのユウリさん?ーーーハレンチな人なの?」

 

 ……一体なんなんだこいつらは……!

 行き場のない怒りが溢れ出る。

 

「……おい、リト。お前のせいだぞ」

 

「え!?今のは俺は悪くないじゃん!!」

 

 リトへの八つ当たりをした後、レンって奴の女版、ルンにジト目で見られる。

 

 朝から憂鬱な気持ちで俺は教室へ向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリ、ここの本を借りたいのですが、どうしたらいいですか?」

 

「………」

 

「……ユウリ、聞こえないんですか?」

 

 ざわざわとし始める教室。

 

 そりゃあそうだ。今は授業中。なのに俺の横には金髪の美少女が立っており、話しかけてきている謎の状況。

 

「聞こえてるけど、一応今授業中だから……」

 

「授業?と言うのはわかりませんが、ダメなんですか?」

 

 また、美少女召喚してるぜあいつ

 なんなんだあいつばっか

 髪色戻して調子乗ってんじゃねぇぞ

 なんか朝も一年の女子にビンタされたらしいよ

 七瀬くん、ロリコンなの?

 俺にも召喚してくれよー!!

 ダメなわけないだろ!よし!俺が案内するよ!

 金髪美少女、はぁはぁ……

 

「よし、行こう!」

 

 周りの好奇な目と、勝手な発言にうんざりする。

 最後の方のヤツはいったい誰なんだ!?

 

 前もこんな事あったなと、授業中にも関わらず教室を出た。

 

「……迷惑、でしたか?」

 

「いや、大丈夫だ。どうせ卒業だし、問題ないよ」

 

 ヤミと図書室に行き、貸し出しカードを取る。

 

「ほら、コレが俺の貸し出しカード。コレを受付に借りたい本と一緒に渡せばいいよ」

 

 俺も本を読みあさっているので慣れ親しんだ図書室で、もう何枚目かもわからないカードをヤミに渡した。

 

「……ありがとうございます」

 

「あ、あとさ、旧校舎があるんだけど、そこにも図書室があって結構本が残ってんだよ」

 

「……そんなところもあるんですか?」

 

「おう、場所教えるし、行ってみるか?」

 

「……はい」

 

 

ーーーーーー

 

 

「この、建物ですか?」

 

「そうそう中はかなり痛んでるから気をつけてな」

 

 そのままユウリに案内され旧校舎へとたどり着いた。

 木造建ての建物で、確かに中の床板や壁板は腐敗しており、簡単に抜けそうな箇所が多い。

 3階まで上がり廊下を二人で歩き、不意にユウリが立ち止まった。

 入口の上には図書室と書かれたボロボロの札がついていた。

 

「ここここ。ちょっと埃っぽいけど、結構あるだろ」

 

「……そうですね」

 

「あと、一個注意事項があって、ヤミは問題ないと思うけど、静かにしてあげてくれよな」

 

 そう言ってユウリはどこかを見つめている。

 ?ーー何もないが、何か思い入れでもあるのだろうか?

 不思議に思ったが特に何も聞かなかった。

 

「ユウリは、ここへはよく来るのですか?」

 

「まぁまぁだな。ガッコサボってる時は大概ここに来てたな」

 

「……そうですか」

 

「ーーーなんか、変わったな。ヤミ」

 

「……私が、変わった…?」

 

「あぁ。ミカン以外とも話したりしてるの見るし、もう寂しくはなさそうだ」

 

 寂しい?私が?そんな事は……ない。

 

「寂しくなど…ありません…」

 

「感じ方は人それぞれだけどな。ーーー知ってたか?俺とミカンなんか初めて会ってから一年くらい口聞かなかったんだぞ」

 

「え?ユウリと、ミカンが、ですか……?」

 

 思わず聞き返す。

 誰が見ても、ユウリとミカンは仲が良い。それは本当の兄妹と言っても過言ではないほどに。

 初めて出会った時も二人でいて、その後も、二人はいつも仲良さそうにしているのに…?

 

「あの時は、俺も人ってのがよくわかんなくてさ。たぶん、俺も変わったんだと思う……良い方向に。ヤミも、きっとそうだと思うよ」

 

「……そうですか」

 

 ユウリは変わった、私も変わる?

 カラの言葉が頭の中に甦る。私も、もうからっぽではなくなってきているのだろうか?

 

「俺も、あいつらといて一人じゃなくなったんだ。ヤミもあいつらはお構いなしに巻き込んでくるから、覚悟しておいた方がいいぞ」

 

 そう言って、悪戯っぽく笑うユウリ。

 記憶喪失と言うものは私にはわからないが、きっとユウリもからっぽだったのだろう。

 私も巻き込まれて、変わる、か。

 

「じゃあ、俺仕事あるから、そろそろ帰るな。ーーじゃあな」

 

 カラと同じような別れの言葉、なぜか、一瞬姿も重なって見えた……

 ユウリは出ていったのだが、微かに、誰かと話しているような声が聞こえた。

 

 

「俺はもう卒業だから、ここに来る機会はかなり減ると思う。ーーあの子は大丈夫だよ」

 

 

 内容は聞こえないが、誰と話していたんだろう?

 

 相変わらず不思議な男だ。

 

 でも、ここは確かに埃っぽい。いつものビルの屋上で読もう。

 良さそうな本と、本校舎の図書室で借りた本を持って、私も窓から飛び立った。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ヤミと別れ、旧校舎の地下奥にて、はぐれ宇宙人と話していた。

 【円】で確認したが、ヤミはもう出て行ったようだし、こいつらがバレる事はないだろう。

 

 こいつらは元々は故郷の星や、所属していた組織をリストラされた宇宙人達。その後、あてもなく宇宙を放浪し地球に流れ着いた連中。

 俺がここで本を読んでいると襲ってきたのだが、純粋に地球人と同じような、もしくはそれ以下の弱小宇宙人たちで、一度ボコボコにしたら大人しくなり、いつしか仲良くなった。その後は食料の提供の代わりに情報をもらっている。

 

「静かにしておくように言ったし、大丈夫だって」

 

「ほんとっすか?まぁ、ユウリさんが言うなら信じるっすけど……」

 

「不気味な見た目して何小さいこと言ってんだよ」

 

 三つ目で、肌はピンク色。頭には鬼のようなツノが二本生えており、身長は2m近くもある中級悪魔みたいな見た目のやつに向かって言う。一応ここで一番の古株らしく、基本はこいつと話をしてる。

 

「不気味ってひどいっすよ。これでも地元じゃモテたんっすよ。」

 

「悪い悪い。でも、本当に大丈夫だって。お前らも地下にいりゃ良いし、あの子も静かにしてるから問題はないだろ。あと………なんか情報は入ったか?」

 

「………最近来た新入りがいるんすけど、もともと下っ端やってたみたいっす」

 

「へぇ……ちょっと話聞かせてよ」

 

 新入りだそうで、筋肉質で赤い一つ目で一本ツノの生えた、サイクロプスみたいなやつに話しかける。

 

「はい、俺も入ってた、というか入る直前で逃げたんですけど、何かを頭に入れられそうになって、俺は逃げ出したんです。ソレを入れられたやつを見たんですけど、完全に人形みたいな、抜け殻みたいになっててーーー」

 

 色々と話してくれたが、有力な情報はない。松戸さんが調べ上げている情報と似たり寄ったりだった。なので、俺がずっと気になっている質問をぶつけてみる事にする。松戸さんは知らないらしいが、あの時の言動を思い出すと、いるはずなんだ。

 

「ふーん。………ちなみにさ、地球人の俺と似たような見た目で、黒白の斑模様みたいなパーカー着てる奴っていた?」

 

「ーーー服装は、違いますが、たぶん、言ってる、奴は、いました……」

 

 歯がガチガチと震えている。恐怖が蘇っているのか、途切れ途切れで聞き取りづらい。

 

「…俺の、仲間達を、気持ち、悪いなって、笑いながら、そいつが、みんなを……殺して…俺だけ、離れたところにいたから……」

 

 歯を震わせながらボソリボソリと喋るが、俺が欲しかった情報は得られた。

 そうか、いるのか。松戸さん、やっぱり俺の狙いもいるみたいですよ。

 

ーーーこっちは、俺の獲物だ。

 

 少しだけ、殺気とオーラが漏れた。

 

ーーーゾクッーーー

 

 全員が目を見開き俺を見る。その全員が、震えていた。

 

「ゆ、ユウリさん?」

 

 すっと漏れ出たオーラと殺気をおさめて笑顔で答える。

 

「あー悪い!!別に脅したわけじゃないんだ。つい、な。サイクロくんも、思い出したくない事話させちゃってごめんな。良い情報だったし、次は多めに食料持ってくるな」

 

「………俺らは、ユウリさんが探り入れてんの誰にも言わないんで大丈夫っすよ。こうしてよくしてもらえるのもユウリさんだけなんすから…死なんでくださいね……」

 

「そうか。……ありがとな。お前らも、新しい仕事見つかると良いな。じゃあな」

 

 何だか妙な関係になってしまったな。ただ、悪い奴らではなく、俺も純粋に付き合いやすく、良い奴らだった。

 そう思いながら、俺は旧校舎を後にした。

 

 

ーーー

 

 

「ーーー?」

 

 

 旧校舎を出た後、事務所に向かって歩いていたのだが、不意に妙な視線を感じた。

 

 なんだ?殺気は感じないが……

 【円】の範囲にも入っていない。遠隔で監視されているような気配……

 

 ただ、ここで気付かれる時点で加賀見さん以下だし、気にはなるが手を出してこない限りは無視を決め込む事にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「お姉様の周りの人間関係は、なんとなく見えてきましたね」

 

「なーモモ。どーすんだよ?」

 

「ふふふ。結城リトさんの、お姉様への愛を確認するんですよ」

 

「まーそーだよなーなんか弱そうだし、あんなので本当に姉上を幸せにできるのかなぁ」

 

 ナナが何か言っているが、お姉様が結城リトさんを好きなのは確実。

 あとは、結城リトさんの方だけ。

 

 舞台は、お姉様のラボで見つけたモノが使えそうですね。

 これで、確認ではなく証明をしてしまえば。

 

 待っててください、もう少しです。今、私たちは同じ星の空の下、こんなにも近くにいるんですよ。ハンターさん♡

 

 

 

 でも、あの七瀬 悠梨さんの顔は……でも、髪色が全然違う。

 もしかしてハンターさんの偽者?あの方を騙る偽者だとしたら、それは……

 

 オシオキをしなくてはいけませんね♫

 

 

ーーーーーー

 

 

「はぁはぁ……」

 

 翌日になり、今日は朝から修行に来ていた。

 顕在オーラ量も少しは増えたが、練り込むのに時間がかかりすぎる。

 新技を試しているのだが、上手くいかない。もう少し、もう少しのはずなんだけどな……

 

 いつもの修行場である山中で、両膝に手を付き、荒くなった呼吸を整える。

 

「七瀬さん、もう一度やって見せましょうか?」

 

「いや、一回イメージ練り直します。ちなみに、加賀見さんは転送の時って手順的なものあるんですか?」

 

「私の場合は、右眼で見た座標と、左眼(・・)で見た座標を繋ぎ合わせる流れで行っていますよ」

 

「座標か、じゃあ、座標を設定しなければ繋げられないんですか?」

 

「そうですね、この能力は出口が必要なので、入口のみ作って、と言うことはできないですね」

 

「……入口と、出口……作る………!!!」

 

 俺は作る事に拘ってたんだ。俺は加賀見さんのように見えない場所に何かをしたいわけじゃない。だから、作るんじゃなく、こじ開ける要領で………!!!オーラをこれでもかと練り込み、イメージを現実に映す。

 何かを掴むように指を軽く曲げた状態で右手と左手の甲を合わせ前へと突き出し、鍵のかかった引き戸をこじ開けるように両手を開いていく。

 

「………できた…」

 

 思っていたものよりも随分と小さいが、できた!後は修行と慣れだ。一度できたものはイメージを膨らますだけ。

 

「これは……やりましたね。七瀬さん」

 

「いや、加賀見さんのおかげですよ。ありがとうございます。

 これは、『堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)』って名前にしようかな」

 

「名前、ですか?」

 

 加賀見さんが何言ってんのみたいな目で見てる。違うんです。中二病っぽいけど、理由があるんです。俺は至極当然の事を語るように答えた。

 

「えぇ。【念】はフィーリングとイメージって言ったじゃないですか。それの延長線です。技にも名前をつけて、別に声に出しても出さなくてもいいんですけど、名前でイメージを引き出すって感じですね」

 

「では、私も能力に名前をつけた方が強力な技になる可能性があるんですか?」

 

「可能性ですけどね。でも名前があるとイメージしやすいのは確実ですよ」

 

「そうですか。先生にも、話してみますね」

 

 ぐぅ〜〜

 

 俺の腹が鳴った。

 時刻は既に午後一時。朝からずっと加賀見さんと修行していたので流石に腹が空いた。

 

「あ、すみません……」

 

「ふふ。お腹空きましたね。一度戻りましょうか」

 

 そう言って、俺と加賀見さんは黒渦に飲まれていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「デビルーク王が地球に行ったらしーね」

 

「あぁ。理由はわからんが、俺たちの狙いとは関係ないだろう」

 

「ふーん。でもさ、その理由興味あるなー」

 

『オレが見てこようか?』

 

「いーの?じゃーさ、面白い能力使う奴いたら教えてよ」

 

『面白い能力?』

 

「そ!身体エネルギーをオーラにして体にまとわりつかせてた、かな。会ってすぐに俺が殺したんだけど、なーんでか生きてるっぽいんだよねー。強くなってたら遊びたいなって」

 

「………地球には、あまり長居はするな」

 

『なんで?』

 

「今の奴とは別に、厄介になりかねない奴がいる」

 

『オレが、様子見でしくじるとでも?』

 

「…いや、大丈夫だ。だが、長居は無用だろう。あそこは大した惑星じゃない」

 

『デビルーク王が行っていたって事は、何かがあったか、今もあるかだろ』

 

「そーそー。じゃーいってらっしゃーい」

 

 

 適当な惑星経由して行っても、オレなら一日ありゃ到着できる。

 地球ねェ。面白そうなヤツと、厄介そうなヤツって言ったか。

 見物ついでに、ちょっと遊んでやろうかな。

 

 



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十八話 考察×下僕

ーーーーーー

 

 

「そ、名前です」

 

 午前中の修行で腹が減ったので、加賀見さんと事務所に帰ってきて、お昼ご飯に唐揚げ弁当を食べていた。オカルトな依頼も受ける事務所なだけあって、周りにはやたら気味が悪い置物などがあるので雰囲気は最悪だが。

 

「能力名、か。確かにイメージが大事な【念】にとっては必要な事かも知れないね」

 

 加賀見さんと午前中の授業の時の話を松戸さんとしていたら、加賀見さんと同じく名前に食いついてきた。

 答えるべく口に含んでいたお米を胃に流し込む。

 

「そうですよ。あとは精神面に大きく左右されます。喜怒哀楽はもちろん、恐れや自信だったり、感情によっても色々変わりますね。だから、常に安定した威力を出す為に技名をつけて言葉として発する事をルーティーンとして使えますからね」

 

「恐れがあったり、自信を失っていたら技の精度が落ちる、というのをルーティーンを作る事で少しでもその落ち幅を少なくするって事か」

 

「その通りです。後は死にかけの時とか激痛の時もそうです。イメージできないような精神状況でも立て直すための一つの方法ですよ」

 

 話が早いからほんと助かるな。中二病患者だと思われなくてよかった。

 それよりも松戸さんのオーラ、かなり力強くなってるな。

 そこで修行の成果を聞いてみる事にした。

 

「ちなみに、今の【堅】の持続時間はどんなもんですか?」

 

「僕は一時間程度だけど、」

 

「私は10分持たないですね」

 

「加賀見さんとやり合った事ないんでわかんないですけど、防御が自前で行けるなら、オーラは能力に絞った方が良さそうですね」

 

「加賀見くんの事は、もう十分わかっているだろう?」

 

「いや、聞くのと見るの、更には戦うのは全然違いますよ」

 

 そんな話をしていると、誰か事務所に入ってきたようだ。

 

「お客様、ですね」

 

 依頼人かな?滅多に来ないけど。基本はメールで依頼が来て現地合流だしな。実際、午前中は松戸さんはそっちの依頼で除霊グッズを売ってきたらしいし。

 

「七瀬さんのお知り合いだと思うので……」

 

加賀見さんが話し合える前に小さな人影が飛び出してきた。

 

 

 

「おい!七瀬悠梨!なんでお前学校行かないんだよ!!」

 

「は?」

 

 突然怒鳴り込んできたのは、随分と可愛らしいお客様だった。

 ララを小さくしたような感じで、ララよりも目が少し釣り上がっており、ピンク色の髪はツインテールにしている。怒鳴った際にはチラリと八重歯が見えた。

 

「だーかーら!なんで学校行かないんだよ!」

 

「…お前は俺のママなのか?」

 

「何言ってんだよ!いいから、学校行けって!机を見ろ!私がモモに怒られるじゃないか!」

 

 学校っつっても、もう自由登校みたいなもんだし面倒だな……

 

「七瀬くん。今日はもう仕事はいいよ」

 

 ギャーギャーと騒ぐ子供にうんざりしたのか、松戸さんはやれやれと言った顔をしているし、加賀見さんは最初から無視を決めこんでいる。

 助け舟は無し。それはそうか、逆にこの静かな仕事場で始まって以来の声量で話してるもんな。迷惑かける前に出るか。

 

「ほら、言ってくれてるぞ!」

 

「あーわかったから。松戸さん、加賀見さん、すみません。お先に失礼します」

 

 そう言うと右手を掴まれ、引きずられるように事務所を後にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「で、誰?」

 

 姉上が兄上と呼ぶこの七瀬悠梨だが、私がせっかく招待状を学校の机に入れてやったって言うのに学校に来ないとはどうなってるんだ。

 私だって王族の勉強だったり、礼儀作法の勉強頑張ったのに……

 なんて不真面目な奴なんだ。

 

「デビルーク第二王女ナナ・アスタ・デビルークだ」

 

「そうか。なんでララの妹が俺を学校に行かせたいんだ?」

 

「それは、行けばわかる!」

 

 いいから早く手紙を見ればそれでいいのに。

 

「ナナ・アスタ・デビルークも発明だったりアイテム作るのか?」

 

「ナナでいい。あたしは姉上のような発明は出来ないけど、生まれつき動物の心がわかるんだよ。テレパシーみたいに。宇宙中に色んな動物の友達がいるんだぜ」

 

 あ、思わず言っちゃったけど、地球人がそんなの信じるわけないよな……

 

「へぇー。すっげーなそれ!」

 

 さっきまでのやる気のなさが消え、灰色の瞳には熱が篭ったように見える。な、なんなんだこいつは…

 

「動物って、どういう分類なんだ?鳥とか虫とかもいけんのか?」

 

 なんだかすごい聞いてくるし、でも、私も悪い気分はしなかったので色々と答えてやった。喋りすぎたせいか、なんだかお腹が空いてきたな。

 

ーーーぐぅぅ〜ーーー

 

「ん?腹減ってんのか。なんか食いに行くか?」

 

「本当か!?よしっ行こう!どっちだ?」

 

 七瀬悠梨。良いやつだ!流石姉上が兄上と呼ぶだけはあるみたいだな。それに、話しやすいし、私の事にも、私の友達の事にもすごい興味を持っていた。

 

 なんだかいい気分。私も、兄上が欲しくなったかも……

 

ーーーーーー

 

 

「これ!すっごいおいしい!!」

 

「そうか。良かったな」

 

 ナナ・アスタ・デビルーク。俺が唯一会ったことのなかった三姉妹の真ん中。

 結局、彩南高校に向かってる最中でお腹が鳴っていたので、その辺のファミレスに入り、今は俺の目の前で大盛りのパスタを完食寸前だ。

 

 でも、動物と心を通わせるって、なんか良いな。

 色々と読んできた漫画だったり、小説だったりであるような主人公特性というか。

 【念】でも再現不能そうな能力だし、素直に感動していた。

 

「ユウリ!これも頼んで良いか?」

 

「ん、いいよ。すんませーん!」

 

「私はこの苺のティラミスってやつを!」

 

「俺はブレンドのお代わりで」

 

 デザートも食べれるのか。こんな小さな体の一体どこに入っていってるのか……

 というか、今更だが学校行けってあれだけ言ってたのにもういいのかな?

 

「そう言えばさ、俺に何をさせたかったんだ?」

 

「あ!忘れてた!」

 

 事務所に乗り込んできてあんなに騒いでたのに忘れるって……

 そう言えば、学校で何かしろっていってたな…あ、

 

「ーーー机見ろって言ってなかったっけ?」

 

「そうだよ!もーいっか、この予備で」

 

 なんだかよくわからんが懐から封筒を取り出して俺に渡してくる。

 わりとしっかりした封筒だが、宛名もなければ送り主の名前も書いていない。

 

「なにこれ?開けたらいいのか?」

 

 ナナはちょうど苺のティラミスをスプーンで救い上げたところだったのでそのまま口の中へとスプーンをいれ、コクコクとうなずいている。

 まぁ、開けろって事だよな。【凝】で確認するも、特になにも感じはしないが……俺は封筒を開けると、中には、

 

【招待状】このカードを開いてください

 

 とだけ書かれている二つ折りのカードが入っていた。

 どっからどう見ても怪しさ満載。

 

「これ、開かなきゃダメか?」

 

 今度は三口目を口に入れた瞬間だったため、またしても人形のようにコクコクと頷いていた。

 はぁ、全く気乗りしない。実はさっきから嫌な予感がしており、俺の頭の中で警鐘がガンガン鳴っている。

 

「ほら!いいから」

 

 渋り続けている俺のカードを取り上げたナナは俺に向けてカードを開いた。

 

 俺は視界にカードが入ると【堅】を展開し、同時に、光に包まれた。

 

 

ーーーーーー

 

 

【七瀬ユウリがエントリーしました!】

 

 謎のポップアップがまぶたの内側に浮かんでいるように表示される。

 

 エントリー?なんだそりゃ。光に包まれた後から【円】を展開しているが、今のところなにも感じられない。

 と思った瞬間に、地面を感じ、壁を感じる。ここは、建物だな。でかい…城か?

 前から何かくるが、これは、人なのか?

 

「ふふふ。私がこの大魔王城の主であり大魔王のマジカルキョーコよ!」

 

 見た目は、魔女?何かが頭に引っかかっているが……あー!ララがハマってたテレビの主人公か。

 今は【凝】で見ているが、どうやら実態はないのか、電気信号の塊のように見える。

 

「そしてあなたは私の、魔王の下僕よ!!!」

 

 俺が何も話さないからか、勝手に話出す自称大魔王。アニメみたいにしっかりポージングもしている。

 それを無視しつつここに飛ばされたアイテムであろう側に落ちているカードを拾い、見ると

 

【これは体感RPGです。クリアするまでは元の世界へ戻れません。】

 

 ゲーム、ね。壁や地面の感じは本物ではない、電脳世界の中か?しかし【念】は使えるし、服装も変わりない。生命エネルギーであるオーラを出せると言うことは、肉体は少なくとも本物。では衣類はと思ったが、ポケットに入っていたものもそっくりそのまま入っていた。じゃあ電脳世界内に肉体を存在させているって事なのか。その辺はよくわからないが、この肉体が意識だけではない事は確かなようだ。

 

 この状況で真っ先に思い浮かんだのは、【グリード・アイランド】。ハンター専用で念能力者にしか遊べないゲームソフトの存在を思い出した。たしか、ゲームを起動すると肉体ごと消えるって話を聞いたことがある。似たようなものか?

 

 あとは、クリアすれば戻れる。戻れるってことはクリア以外でも何らかの条件を満たすことができれば、戻れる可能性もあるが、【念能力】で作られた空間ではないから制約と誓約と言った厄介な条件や術者がいるわけではないだろう。純粋にクリアするしかない可能性が高い。

 

「ちょっとぉー!聞いてるの?あなたは私の下僕なのよ!!」

 

「大魔王様。下僕はちょっと考え事してるんで後でもいいですか?」

 

 耳元でキャーキャーと騒ぐ大魔王様を適当に流して状況分析を進める。

 俺を下僕と呼ぶ、と言う事は少なくとも俺とこいつは敵対していない。ある程度おちょくって確かめるか。

 

 【円】の範囲内には見知った人間が何人か確認できている。

 

 眠っているのか、横になっているララ。

 そのララのそばに二人、片方はナナ。と言うことはもう片方がモモかな?

 城内の一階に天条院と、その取り巻き二人と、くしゃみの男女宇宙人もおり、今は女の方のようで、ルンか。

 最後に、なんだ、校長?

 

 この城内にいる人間は俺を含めると計九名。

 リトがいないのが腑に落ちない。

 

「ちょっとぉ〜!お願いだから話を聞いてよぉ〜〜〜!!」

 

「もうちょっと静かにしてて。大魔王様」

 

 この呼ばれてる人間がどうやって選ばれたかは謎だが、ナナが配っているのは確定済み。モモも配っているのかもしれないが、今の城のメンツ的には、ララに近しい人間が選ばれているはず。

 にも関わらずリト、ミカン、西蓮寺がいないのはおかしいし、校長レベルでいる中でヤミがいないのも疑問だが、あいつが素直に招待状を開くかは怪しい。そもそもヤミは肉体もあるこの世界では完全にチートキャラ。そもそも呼んでいない可能性もあるな。

 

 それに、ここは大魔王城だ。ゲームで言えば最終目的地。と言うことは今ここにいない、リト・ミカン・西蓮寺・ヤミ?が勇者一行って事かな。もしかしたらザスティンとかもいるかもしれないが、おそらくこちらの悪役メンツに対してヒーローが過剰になるからそれはないだろう。

 

 ただクリアというのは何が条件か、誰の思考上でクリアの判定が出るのか。

 大魔王を倒す。がクリア条件であれば俺が今コイツを消せばクリアだが、俺の初期位置をここにして、俺は敵キャラ。おそらくコイツが俺を攻撃しないように、俺からの攻撃判定もないだろう。実際、電気信号の塊を消すには絶界を使うか、『堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)』を使うかしかないが、それが攻撃扱いになるのかも微妙だな…

 ならば、大魔王を倒す人物は決まっているし、クリアの鍵は間違いなく『ララ』だ。

 と言うことはゲームのクリア条件と、俺にとってのクリア条件はおそらく……

 

「もぉいい……」

 

「じゃあ俺にとってのクリアはリト達一行にララの前でぶちのめされれば良いのか?」

 

 ひとまず導き出した答えを伝える。

 

「えぇぇ〜!!私が説明して驚かしたかったのに!!可愛くない下僕!!」

 

「まぁ、ちょっとスッキリしたんで、寝ますね。大魔王様」

 

 そう言って俺は玉座の脇にある椅子に座り目を閉じた。

 これだけおちょくっても攻撃をしてこないって事は、俺はこいつの中で味方と見て間違いはない、かな。

 目を薄く開けるとワナワナと震えている大魔王の姿。それを確認した後、再度目を閉じて、寝る。

 

 一応警戒を解くわけではないが、少しでも体力を回復させておきたい。

 何だか、嫌な予感がする。せめて修行後のこの体が本調子まで上がればいいんだが……

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「どうかしたの?結城くん」

 

「いや…ララとユウ兄はいないかと思って」

 

「あの招待状、やっぱりララさんじゃないんじゃないかな?」

 

「俺もそんな気がする…ララだったら、すぐ姿を見せそうなもんだし」

 

 リトとハルナさんが考察しているが、私もそう思う。ララさんじゃない誰かの仕業。それにメンツ的にユウリさんがいないのが少しおかしい気がするが、あれで用心深いから手紙を開けなかったのかな?

 

「こんな世界に連れてこれるくらいだから、宇宙人の仕業だとは思うけど…」

 

 こんな世界。

 今から6時間くらい前。私は小学校に登校した後、机の中に手紙を見つけた。何だろうと思って開いたのだが、もう少し注意すれば良かったと後悔している。

 そこからはなぜか開けた平原にいて、近くの街でハルナさんと出会った。

 そこからはリトと古手川さんと合流して、ゲームの世界で転職をして冒険が始まったのだが、今は夕方になりヘボンの街というところに着いたところだ。

 もう5時間近く冒険をしているから流石にみんな疲れていた。

 ここまでで、

 

 私は【魔導士】Lv.4

 リトは【花屋】Lv.4

 ハルナさんは【勇者】Lv.5

 古手川さんは【武闘家】Lv.5

 

 まで成長したが、普通のゲームを考えてもこれだけの時間をかけてレベルが一桁代は厳しい。

 戻れる条件はクリアになっていたが、何レベルくらいで魔王を倒せるのかもわからない。

 正直、ちょっと不安だ。

 

「だ、大丈夫さ!いざとなったら俺が皆を守ってみせる!!」

 

「【花屋】が頼りになればいいけど。でも、頼れるで言うと、ユウリさんとヤミさんがいないのは、わざとなのかな?」

 

 そう、ヤミさんもいない。ユウリさんとヤミさんという頼れる二人がいない事を、口に出してみんなに意見を求めてみる。

 

「……七瀬さんが、頼りになるわけないじゃない!あ、あんなハレンチな人!」

 

 え?ーーー古手川さんに、ユウリさんはハレンチな事をしてるって事?そんなわけがない。ユウリさんはそんな人じゃない。

 

「ミ、ミカン!宿屋があったぞ!ようやく休めるな〜!」

 

 私が口を開こうとしたら、あからさまに割り込んできたリト。今は、邪魔しないで欲しい。なんでそう言えるのか、私は聞きたい。

 さっきまでの疲れはもう消えている。今は宿屋も、後でいい。

 

「米川さん、一体ユウリさんのドコがハレンチなんですか?」

 

「ちょっ、ミカン!」

 

「古手川よ!私に、抱きついてきたり、してるからよ!」

 

 抱きつく?ユウリさんが?この人に?

 ーーーなぜ?

 それは、ありえない。

 

「それは勘違いだと思いますよ。ユウリさんが意味もなくそんな事をするなんて、絶対にありえません」

 

「な、なによ…?」

 

「七瀬先輩は、私もそんな人じゃないと思う」

 

「古手川、あれは事故だし、どっちかと言うと助けたんだと思うんだけど…」

 

「………」

 

 ハルナさんとリトも古手川さんに反論してる。

 

 良かった。今の古手川さんから感じるのは、罪悪感。

 私がユウリさんと話せるようになった時、罪を認めて、悪いと感じれるのは優しい事だって、罪悪感って、別に悪いものではないよって教えてくれた。

 

 ーーーなんだかギクシャクしちゃった。

 

 私もまだまだ子供だな。つい、ムキになってしまった。少し反省しなきゃ。

 古手川さんは、大袈裟に言っているだけ。たぶんいろんな意味で損をしている人なんだろうな。

 

「古手川さん、ごめんなさい。思い方は人それぞれだけど、ユウリさんはそんな人じゃないから、ちゃんと見て欲しかっただけなんです」

 

「私も、ごめんなさい。……でも、七瀬さんとは、どういう関係なの?」

 

 どういう関係、ちゃんと考えた事なかったかも知れない。

 義理の兄?でも私の思いは……

 

「俺とミカンの兄ちゃんみたいなもんだよ。この間まで一緒に住んでたから。俺もミカンと同じ気持ちだし、ユウ兄に会った時はもう一回ちゃんと見て欲しいな」

 

「わかったわよ。確かに、あなたの方が相当ハレンチな事してるしね」

 

 今は古手川さんとリトがなにか言い合っているが、私のザワついた感情はもう戻っていた。

 

「ミカンちゃん、もう落ち着いた?」

 

「ハルナさん、すみません。なんだか変な空気にしちゃって」

 

「うんん。大事な人を悪く言われたら、誰だってそうだと思うよ」

 

 ハルナさん、良い人だな。リトにはもったいないくらいだけど。

 

 そうして私たちはベッドが三つしかない宿屋でまたも一悶着あったがようやく休めたのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ほら、下僕。起きなさい」

 

「起きてるよ。大魔王様」

 

「そろそろこちらも動き出すから、早く着替えなさい!」

 

 着替える?ん?

 

「マジカルチェーンジ!!」

 

 俺の服装が、変わる。

 

「よわそー何これ?」

 

「いいじゃない!似合ってるよぉ〜〜」

 

 ニヤニヤと俺を見ている大魔王。

 俺の格好は完全に雑魚キャラ。ショッカーの覆面無し版のような……

 ボディラインのわかるぴったりとした上下黒い服に黒いグローブと黒のロングブーツ。ベルトのバックルが異常にでかく顔くらいあり、大魔王の帽子の太陽と同じデザインが刻印されていて、胸の部分には骨のようなデザインの銀色の線が描かれている。

 

「雑魚キャラじゃん。まー良いけど。で、どっか行くのか?」

 

「ふふ。気付いてるみたいだから教えるけど、結城リトくんがちゃーんとお姫様を助けてくれるかどうか、確かめてくるの♡」

 

 電脳世界のくせにワープはできないのか、キャラを守っているのか、ホウキに跨り城を出て行く大魔王。

 

 俺の目の前に浮かぶポップアップには、

 

【偽者 Lv.1 HP10】

 

 そう表示されていた。



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十九話 棺桶×開戦

ーーーーーー

 

 

「どうやら来たようね」

 

 大魔王であるマジカルキョーコがそう呟いた。

 流石はゲームのキャラクター、この城に勇者一行が入ってきた事には気付いてるのか。

 

 ペケがこっそり場外に脱出している事には気付いていなかったのか、放置したのかはわからないが、ペケが逃げ出すって事は、ララは状況を知らされてはなかったようだ。

 どうやら勇者パーティーは予想通りリトとミカンと西蓮寺とヤミ。

と、なぜか古手川までいる。アイツ苦手なんだよな……

 

 それと、ヤミはやはりゲームの中でも変身能力(トランス)を使えている。押し寄せるモンスターをことごとく粉砕して突き進んでいるのがわかる。

 アイツを勇者一行にいれたらこうなる事は予想できたと思うが、それも何かの狙いがあるのか?

 ナナのあの感じだとそう言った事は考えてなかっただけってのもあるか。そうなるとモモの考えが読めないな。ララやナナと同じでどこか抜けてるって線が濃厚か。

 

「大魔王、下僕の出番は、まだなんすか?」

 

「ふふふ。もう少ししたら、ね♡」

 

 ララが目覚めているのも確認済みだし、確かにもうすぐ、だな。

 NPCではなかった城の者たちは戦うまでもなく敗走しており、ルンに至っては校長に追いかけ回されている。

 

 ーーー出番ね。せいぜい無様に負けてやるか。

 一晩たったので体の調子は戻っているが、この嫌な感じはなくならない事に若干の不安を抱えながらも玉座の間の、豪華な大魔王の椅子の脇にある普通の椅子に腰掛けて、その時を待っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「答えは決まりましたぁ?」

 

 宿屋でヤミが倒してくれた中ボスから出てきたアイテム【キョーコの導き】を使って大魔王城の目の前まで飛んできた。そこでペケと合流してララの元まで一直線に突き進み、と言ってもほぼヤミの変身能力(トランス)で短期突破したのだが、ようやく玉座の間までやってきた。

 

 昨日の夜の答えを聞きたがってるのか。

 

 昨夜、宿屋で寝ている俺へキョーコが言った、ララを見捨てて、俺がキョーコの彼氏になれば元の世界に戻れる。ララを選ぶか、キョーコを選ぶか。

 

 キョーコを倒しても戻れるけど、キョーコのHPは無限で実質倒すことは不可能。

 それでも、俺の答えは決まってる。

 

「そんなの考えるまでもねー!!ララを返してもらう!!」

 

「それってつまり、リトくんはララちゃんが好き……って事かな?」

 

「な、なんの話だよ!」

 

「だってそんなに必死になってんだもん。今ここでハッキリさせてよ。このコの事…どう思ってるの?」

 

 玉座の間の赤地に金色の刺繍が施された大きなカーテンが僅かに開き、中からララと、覆面を被った小柄な二人が出てきた。

 は?今ここで、春菜ちゃんの前で、ララに俺の気持ちを……

 

「リト……」

 

 ララ、俺は、俺は、ララの事を、

 

「どーなのリトくん?このコの事…好きなの?」

 

「な、なんでそんな事!」

 

「それが一番大事なんですよぉー。ちゃーんと答えたらぁ、ラスボス特権であなた達みんな元の世界へ返してあげちゃうかもですぅ〜〜」

 

「な…なんですって!?」

 

 古手川の声、そうだよな、帰りたいよな。ミカンと、春菜ちゃんはなにも言わない。

 俺は、どうする……?どう答えればいい……?実際のとこ、俺はララの事をどう思ってる…?

 

 

 

「その前に、俺が出よう」

 

ーーーえ?

 

「ララも来たし、タイミング的には別に良いだろ大魔王様?」

 

「…お兄ちゃん?」

 

「んー、まぁいいよぉー!」

 

「な、なんでユウ兄が…!?」

 

 なんだか大量に湧いて出てきそうなザコキャラみたいな格好をしたユウ兄が、俺に向かってゆっくり歩いてくる。

 ララもユウ兄に近づこうとしたが、覆面二人に阻まれたようだ。

 

「ユウリさん…!?」「……ユウリ?」

 

 ミカンとヤミも驚いており、ユウ兄へと問いかけるが

 

「リト、お前が決心つくまで、俺でもボコって考えろ」

 

 いったい、何を言ってるんだ?

 

「な、なんでリトがユウリさんを…」

 

「俺のゲームでの立ち位置は大魔王の下僕で職業は偽者」

 

 偽者?下僕?話に全くついていけない。

 

「まぁ、ともかく俺のキャラ的なクリア条件はここでお前に負ける事。だから、なんて答えるか考えながらで良いから俺を倒してくれ」

 

 

ーーーーーー 

 

 

 やれやれ、随分と面倒だな。

 

 ナナとモモの狙いは、リトからララに告白させるって事か。

 そして全然攻めてこないリト。まぁ、そんな気はしていた。

 このまま動かなければ大魔王がなんかちょっかいかけてきそうだな。

 

「リト、お前はお前の思っていることを口に出せば良い。そんなすぐに答えられるほど器用じゃないだろ?こうゆう時は、変に作らず本音ぶちまけりゃいいんだよ」

 

「ユウ兄……」

 

 世話が焼ける義弟だな。

 どうせ答えなんて出さないのに無理に答えを求めすぎるんだよリトは。とはいえ、困惑していた顔も、決心した顔に変わったようだ。

 これで、リトの返事の道筋は決まったかな。

 じゃあ後は、さくっとやられますか。

 

「もう、決まったみたいだし、誰でも良いぞ。そういえば古手川いるし、お得意のビンタで仕留めてくれ。俺はLv.1でHPも10しかないから」

 

「な、お得意って、そんな…」

 

 さっさとして欲しい。そもそも、やられたら俺は先に帰れるのかな?

 そう思いながら古手川と息がかかるほどの距離まで近づく。ミカンがジト目で見ているが、誰もやらないんだから仕方ない。

 

「キャァー!」

 

 左頬に何かを感じた後、目の前が真っ暗になった。これで、いいのかな?

 

 

ーーーーーー

 

 

 んー、思い描いていたものとは、全然違います。

 もっと無様に、近しい人たちの前でやられて欲しかったのに。

 これじゃあたいしたオシオキにはなっていないですね。

 

 私は棺桶に入った七瀬ユウリさんを見ながら思う。

 でも、声が、似ている気がする。

 あの時に、安心させてくれたあの人の声に。

 声まで似ているのか。お父様の話じゃハンターさんは地球人とは思えない程の強さを持っているはず。

 やっぱり、顔だけじゃなく声まで似せている偽者よね。

 

 結城リトさんも、ここまでお膳立てしたのに、お姉様の事を【好きかもしれない】なんてそんな中途半端な返事じゃなくて、はやくお姉様と結婚してもらわなくちゃいけないのに。

 

 あーぁ。大魔王マジカルキョーコの最後の、全員がゲームオーバーになるまで全てを燃やし続ける炎も結城リトさんの、花屋のジョウロにプログラムしていた究極技【ライトニングシャワー】でやられてしまったし、仕方ない……

 諸々、次の機会ですね。

 

「あ〜れ〜〜」

 

 これで大魔王も消滅し、終わりになっちゃった。次はどんな……

 

ーーバヂバヂバヂーーー

 

『ア、アアアアァァァァァァアアアア!!』

 

 突然の電気のスパークのような音と共に叫び出すマジカルキョーコだった物。あれ、これは、プログラムの問題?じゃないはずだけど……

 

『なんで、デビルークの王女が勢揃いしてるんだ?』

 

 マジカルキョーコの顔が能面のようになり、二つあるはずの目は一つの大きな漆黒の穴となり、こちらを向いている。聞こえる声は電子音のような不快な音を奏でている。

 

『まぁいいや、デビルーク王が来てた理由はコレだったみたいだな。とりあえず、三匹とも拐っていくか』

 

 手が震えている、手だけじゃない、体全体が震えている…

 これは、恐怖だ、この感情を、この感覚を私は知っている。あの時と同じ……

 

ーーードガァァァァァァン!!ーーー

 

 

 直後、何かが爆ぜた。

 

「…………何だ、お前は?」

 

 声が聞こえ、爆音と爆風で閉じていた目を開けると目の前に、黒コートでフードを被った男が私達を守るように背を向けて立っていた。

 

 

ーーーーーー

 

「「「ハンター!?」」」

「………」

「え、この方が、ハンターさん……?」

 

 デビルーク王との戦いを見ていたリトとララ、西蓮寺の三人が叫ぶ。

 ヤミは無言で俺を見ていた。

 モモの反応はイマイチわからないが今は無視だ。

 状況を掴めていないだろう他のみんなは呆然としている。

 

 ゲーム内で死ねば職業もリセットされるようで、服装が戻ったのはラッキーだったな。棺桶の中で自らのジャケットのポケットから黒い筒を取り出し、黒コート姿へと変わったは俺は右腕にオーラを集中させ【硬】の状態にして地面を殴り、衝撃で棺桶ごと破壊して脱出したのだ。

 ただ、爆音の出どころが棺桶だった事をヤミには気付かれていたかもしれない。

 それにしても、豹変したマジカルキョーコを【凝】で見ても、先程と変わりないが、感じる殺気は本物。纏う空気感も完全に違う。

 

 ヒュ!!

 

 空気を裂く音と同時にヤミがマジカルキョーコの背後に周り変身能力(トランス)した腕の剣で斬りつけるも、実体が無いようにすり抜けた。どうやら物理攻撃は効果がないようだ。

 

『金色の闇か、お前じゃ俺は殺れねェよ』

 

 電気の集合体、もしくは集合体ではなく、体こそが電気で出来てるのか?

 

「……やってみなければ、わからないでしょう?」

 

 ヤミはその後も幾度となく斬りつけるもやはり効果はない。突如ヤミが飛び退いた。

 

「くっ………!」

 

 飛び退き膝をつくヤミ。感電したのか、金色の髪からはパリパリと少しだけスパークが見える。

 

『お前についた賞金もついでに貰っとくかぁ』

 

「ヤミ、全員を逃せ。お前じゃ相性が悪い」

 

 尚も挑もうとするヤミを手で制した。

 こいつは、わかる……俺が一人で……

 

「カラ、あなたは……」

 

『身体エネルギー、あぁ。お前が神黒(カグロ)の言ってた面白い奴か』

 

「……お前は何だよ?」

 

 カグロ、それがアイツの名か……

 

『俺か?俺は……』

 

 マジカルキョーコの体が突如ゲームのバグのように、バチバチと音をたてて段々と変わっていく。

 

 そして、現れたのは、真っ直ぐ伸びた金色の髪を胸のあたりで切り揃えている男。その髪は顔の前すらも覆っているが、大きな青色の一つ目が宇宙人である事を物語っている。長袖の白のジャケットを羽織ってはいるが、丈が異常に短くヘソの上ほどまでしか無いし、ジャケットの前は開けており中には何も着ていないので透き通るように白い肌の、筋肉質な体が見える。手に持ってるのは、棍よりも細い、ビリヤードのキューのような武器。白い靴に白いピッタリとしたズボンを履いている。

 黒ずくめのロングコートである俺とは逆のような格好をしていた。

 

黄透(キスク)様だ、よ!』

 

 キスクと名乗る男はビリヤードのキューのような武器をふるい、眼前に六つの光球を作り出し、キューでそれを打ち出した。

 

 ーーーピキィンーーー

 

 何か仕込みがあるかも知れないが…全ての光球の真上に巨大な結界を生成。それを一気に圧縮させ、光球目掛けて落とす。

 

 ドンッ!!

 

 全て地面に叩き落としたが、核のようなものが入っていたようで地面が球の形に凹んでいた。

 

『……やるじゃねェか』

 

 電気の中に核、これがなにかはわからないが普通の人間であれば容易に穴が空いてたな。

 そして、その核もそのまま霧散した、と言う事は電気の塊ってところか。空気は電気を通さない。あのレベルの電力であれば、先程のサイズで空気ごと圧縮した結界であれば絶縁破壊は起こしても叩けるって事か。

 

 それにしても、六つの球。狙っていたのは、

 俺、ヤミ、リト、ミカン、西蓮寺、古手川

 

 デビルーク三姉妹以外は、いらないって事ね。

 

 はぁ、やっぱり、久々に会うホンモノのクズか……

 なんだかんだ、この世界の初日以降はヤミとデビルーク王のようなまともな奴か、せいぜい小悪党しか相手にしてないもんなぁ。

 初日は青毛の獣人の顔面を踏み砕いたくらいで、後は俺が死にかけてたしな。

 

 【円】で確認するも、みんなはまだいるか。早く逃げてくんないかなぁ……

 左手で他の者には暗闇にしか見えない顔を覆う。

 これからの事を思い、見えないとはわかっていても、歪んだ口元を隠すように。

 

 早く逃げてくれないと………

 

 

 

 ーーースイッチ、ハイッチャウダロ……

 

 一瞬、体からオーラが吹き出す。

 

『ははははははは!!』

 

「………」

 

『なんだぁ、同類かよ!!お前はなんて名だ?』

 

 突如笑いだすキスク。同類?オレがお前と?

 馬鹿言うな、別に俺は殺しがしたいわけでも快楽殺人者でもない。

 オレはただ、お前がしてきたであろう事を、全部お前にしてやりたいだけ。

 

 

 顔を覆っていた左手をダラリと垂らし、棒立ちになる。

 

「名前なんか……無ぇよ」

 

 先程漏れ出たオーラは既に両足に凝縮されており、それを地面へと放った反動で肉薄。

 地面を蹴ってすらいないのでキスクは初動を捉えられていない。その中途半端な長さの武器とさっきの技、それに、斬り刻むヤミへのカウンターすら行わなかった動き。と言う事は、得意レンジは中・遠距離で、接近戦は電気の体任せで攻撃は、どうせ苦手なんだろ?

 

 余程、電気の体に自信があるんだろうな。ニヤけた顔には余裕も見えるしな。

 その顔が苦痛に!苦悶に!歪んだところがミタインダヨ!クソガ!!

 

 殴る瞬間に拳を絶界で覆う。

 キューを持つ右肩を殴り、腹に穴を開け、左肘、右太腿を殴り、蹴り、左足以外の四肢の繋ぎ目を消し去ってやったところで、キスクの姿がブレる。

 と思ったら一瞬で10mは移動しており、壁際まで下がっていた。その姿はさっき迄と変わりない。電気の体か、削り切れば消えるのか?

 

『なんだ……テメェ、何しやがった!!」

 

 感じるのは、怒りと困惑。

 ナンダ、痛みは無いのか、ツマラナイナ。

 お前が今までやってきたであろう事を全部与えてやりたいのに。

 その時のお前の、死ぬしか無い未来への絶望と過去への後悔に塗れた顔がミタイダケナノニ……

 

 

ーーーーーー

 

 

「プリンセス、ここから出る方法はわからないのですか…!?」

 

 ヤミは珍しく焦っていた。

 相手の強さ、纏う空気はどれも一級品。

 更に、アレは何度か見た、無駄な殺しすらも楽しむタイプだ。自分はまだしも、他の者は一刻も早くここから離れるべきだと判断していた。

 

 通常の戦闘時であれば総合的に見てもヤミのほうが上だ。

 しかし、攻撃が通らない事を攻略する糸口が全く見えない。

 

 このまま他の者とハンターとアレの観戦を続けるわけにもいかず、そばにいれば戦いの余波で無駄に死人が出てしまう。

 最悪、人質に取られる可能性もある。

 今この場でアレに対抗出来るのはハンターしかいないだろう、とヤミは分析していた。

 

「カラが、ハンターがアレの相手をします。私達は早く離脱を……!」

 

 

 

黄透(キスク)様だ、よ!』

 

 その瞬間。

 ヤミは……いや、ここにいる全員が同時にそれを感じた。

 先程までのアレの、キスクの殺気が、明らかに異常とも呼べる程に増したのを。もはや姿すらも変わっている。

 

「あ、アレって…」

「なに、なんなのあの、球……?」

「………いけない!みんな逃げて!」

 

 ハルナが気付き、古手川が空中に浮かぶビリヤードの球のような物を指差して、ララが叫ぶ。

 

 その時、ヤミは見た。と言うよりも宇宙一の殺し屋と言われるほどかつては戦場に身を置いていた彼女だけが気づけた。

 上空に現れ、縮みながらも高速で落下する青い結界を。

 

「アレ…?嘘……」

 

 ミカンが愕然としている。その理由を知るのは、ミカン本人と、今ここにいない彼女の兄代わりだけ。地面へと減り込み消えていった青い結界は、彼女と彼だけの秘密だったからだ。

 自分たち目掛けて打ち出されていた光球は眼前で叩き落とされ、地面に穴を開けていた。

 

「ミカン、ボーッとするな!速く逃げるぞ!ララ!案内してくれ!」

「こ、こっちだ!姉上!メインコントロールルームへ!!」

「あの方を、またあの方を置いていくなんて!絶対にできません!私も何かお手伝いを…!」

 

 リトが叫び、ミカンの手を取り走りだす。

 ララではなく、覆面の片方、赤色の球をつけた方が答え、もう一方の緑色の球をつけた方は残るべきだと叫ぶ。

 

「……あなたはバカですか?あなたたちプリンセスはいるだけで邪魔になるんですよ……!」

 

 ヤミは緑色の球をつけた覆面姿のモモを掴み、赤色の球をつけた覆面姿のナナへと投げつけ、ナナは自身へと飛んでくるモモを掴み走りだす。

 

ーーーーざわーーーー

 

「!!!」

 

 ヤミは先程のキスクの時とは別の、むしろそれとは比べ物にならない程の禍々しいナニカを感じとったが、それは一瞬で消えた。

 

『ははははははは!!』

 

『なんだぁ、同類かよ!!お前はなんて名だ?』

 

 不快な電子音の笑い声が耳から入るが、どうやらキスクはハンターへと興味が集中したらしい。

 

「名前なんか……無ぇよ」

 

 直後ハンターがキスクに襲いかかる。その隙に、全員は玉座の間を全速力で後にした。

 

 最後に、殿を務めていたヤミだけが、ハンターであり、カラであり、ユウリである男の変化に気付いていた。

 

 



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二十話 昔昔×決別

ーーーーーー

 

 

「姉上!ここが、メインコントロールルームだ!」

 

 目的地へと到着し、宇宙規模で見ても天才的頭脳を持ち、発明家でもあるララが仰々しい機械の前へと行きモニターを見ながらコンソールを高速でタイピングする。

 

「プログラムが、凄い勢いで書き換えられてる!?」

 

「どうりで転送システムが使えないわけだ」

 

 恐らく電脳世界の住人であるキスクが乱入と同時にプログラムを攻撃したのだろう。電脳世界の住人であれば元々プログラムであるマジカルキョーコの姿で現れ、ヤミの斬撃を全て無効化できた事にも説明がつく。

 ララの言葉を聞き、デダイヤルのような物を操作していたナナは元の世界に帰るためのアイテムが使えなかった理由がわかったようだ。

 

「そんな、どうにかできないのか!?」

 

「大丈夫!ウィルスが入ったみたいだけど、私が修復するから順に元の世界に!」

 

 リトが焦ったように言うが、ララは問題ないと見ていた。

 

 その一番の理由は、キスクが現在戦闘中だという事。モニター上で見てもプログラムへの攻撃は止まっており、ララは会話中であろうともタイピングの手が休まることは無い。

 

「良かった!これで、帰れるんだな!」

 

 ララの言葉に全員は安堵し、ヤミとミカン、デビルーク三姉妹以外はその場に座り込んだ。

 

「というか、自然の流れで一緒にいるけど、二人は誰なのよ?」

 

 古手川が、覆面は既に外しており、素顔を晒しているピンク髪の二人へと尋ねる。

 

「あ、そうだったな。デビルーク星第二王女のナナ・アスタ・デビルークだ」

 

「第三王女のモモ・ベリア・デビルークです。今回は、皆さんをこんな事に巻き込んでしまってすみません…」

 

 二人は名乗るが、状況が状況のため二人とも声に元気はない。

 ララの双子の妹という事で、リトとミカンは元々ララとユウリの会話から知っており、ヤミは自分で気付いていた。

 モモは謝罪して、この【とらぶるクエスト】に皆を招待したのは自分たち二人で行った事だと話した。

 

「ごめんね、妹達が迷惑かけちゃって」

 

「……プリンセス、玉座の間以外の場所にいる人間を返すように設定はできますか?」

 

「え、できるけど……あ!そうか!」

 

「そうですね。でなければあのキスクという者まで出てきてしまう……ただ、それだと…」

 

 ヤミの忠告によりララは気付き、モモも理解したようだ。

 ただ、モモはハンターも戻って来れないという事を理解しており、どうにかできないかを模索している。

 

「モモ。ハンター、さんはきっと大丈夫だよ。パパと喧嘩できるくらい強いんだから」

 

「お姉様……」

 

 命の恩人を再度見捨てたような形になって落ち込んでいる妹を気遣い声をかけるララ。

 モモも、姉の意図を理解して、気持ちを立て直していた。

 

「よしっ、これでオッケーだよ!うん、バッチリ!あと5分で自動的に皆元の世界へ転送されるよ!ナナとモモは戻ったら、どうしてこんな事したのかちゃんと説明してね!?」

 

 流石は、天才ララ。メインコントロールに付きわずか数分で電脳世界の住人のウィルスを破壊し、元の世界に戻るプログラムを完成させた。

 ナナとモモは、姉の言葉にうなずいていた。

 

「…そういえば、七瀬先輩はどうなったの?」

 

「古手川がビンタで倒しちゃったもんな」

 

「あ、あれは仕方ないでしょ!七瀬さんが望んだ事だし、あんな近くに……立たれたら誰だって……」

 

「ゲーム内で死んだ場合はスタート地点に戻るから、城の前にいるはずなので大丈夫ですよ」

 

 ハルナの疑問にリトが同意したところで、古手川は顔を赤くして答えた。

 疑問への答えはモモが行ったが、モモが答えた事は間違いではない。

 ユウリが教室の机に用意されていたユウリ用の(・・・・・)招待状を使っていたら、ユウリのこの世界でのスタート地点は、確かに城の前の予定だったのだから。

 勇者一行用ではなく、敵キャラ用の予備の招待状を渡したナナも、プログラムには全く関わっていないため、とらぶるクエストに来たユウリのスタート地点が玉座の間だった事など、わかるはずもなかった。

 

 

 

 それとは別に、あと5分とのララの発言から、メインコントロールルームを出た者が二人(・・)いた事には、安堵していた皆は気付いていなかった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

『ちっ、認めろよ。お前もオレたちと同じで狂ってんだろ?一緒に来いよ。オレから言ってやるから』

 

「オレは、狂ってない…」

 

 嘘だ、きっと俺は狂ってる……

 だから、みんなには絶対に知られたくないと思ったのだから…

 

 

ーーー

 

 

 初めは、挨拶だと思ってたんだ。そうする事が当然なのだと。

 

 箱で育ち、言葉もしゃべれず、何をどう表現したらいいかもわからなかったオレは、まだヒトになれていなかったんだ。

 

 殴られようとも、蹴られようとも、それが自然なやり取りなんだと思っていた。

 

「ったく!殺したいスイッチ入っちゃうだろ(・・・・・・・・・・・)

「ほら、血だよ血、俺は血が見たいんだよ(・・・・・・)

「この、クソが(・・・)!」

「このガキもう動かねぇぞ、つまらないな(・・・・・・)

「死体が見たいだけなのに(・・・・・・・・)、なんで生きてんだよ」

 

 己に吐き捨てられる言葉を少しずつ覚えていく日々。

 

 痛かった。辛かった。死にかけたことも何度もある。

 でもその度に、何日後であろうがやったやつを探しだし、同じ事をやり返した。それが当然の事のように。

 オレにしてくれた事を、オレもしてあげようと思っていたから。

 そうしていくうちに、自然と苦痛を表す言葉を知り、次に謝罪の言葉を知った。 

 

 ある程度の言葉を覚えた頃に、オレと同じ目に合っている捨て子を見つけた時は、オレが代わりにやり返してあげた。

 前の世界でも、本の世界であれ、映像の世界であれ、主人公は敵にやられても諦めず、最後には必ずやり返して勝つ。もう二度とされないように。

 

 そんな事を何度も繰り返している内に、最後にそいつらが見せてくれる、絶望と後悔に塗れた顔を見るのが好きになっていた。

 だって…本で見た、映像で見た、悪役の最後と同じだったから。

 

 ヒトになれなかったオレは、それを見るたびに自分も主人公だと信じてやまなかっただけだ。

 

 

 ……やり返す事が、不可能だった、あの人に出会うまでは。

 

 

ーーー

 

 

 あぁ。そうだ、これがオレだったんだ。

 

 この世界に来て、人であった昔の自分の記憶は全て取り戻していた。

 ただ、ヒトですらなかった時の記憶は、たった今思い出した。

 

 純粋に、みんなを巻き込みたく無いって気持ちももちろんある。

 でもそれ以上に、ハンターとして狩を行なっていく内に、ヒトでは無い頃のオレに戻るかも知れないって気持ちが、意識できない心の奥底にあったのかも知れない。

 

 俺はこうなるって、わかってたんだな。

 

『やりたいようにやればいいだけだろ?何を躊躇してんだか。まぁ、そんなに嫌なら殺してやるよ…

 ーーー【栄光(えいこう)白い槍(しろ  やり)】』

 

 棒立ちの俺を、自己の中で葛藤しているように受け取ったのか、苛立ったように言うキスク。

 

 最後のセリフと共に、手に持っていたキューが、槍と盾が一体になっているような形に変わった。

 槍の先端には先程の数倍の大きさはある光球が輝いている。

 

「………」

 

 攻防一体のガンランスのようなもんか。あきらかに、絶界を警戒してるな…

 

 赤黒い結界を二つ生成し、自身の周囲をバツの字に旋回させる。近付いてくる、オレが脅威と認識したものへと襲い掛かるように自動(オート)操作のオーラも込めている。

 

『ハ!何にしろ、お前じゃオレは殺せねェよ!!』

 

「殺せない、ね」

 

 薄々予想はついていた。余裕があるのはわかるが無防備すぎた。先程消し飛ばしてやった時も、恐怖の感情は見て取れなかった。

 やっぱ、ツマラナイナ。

 

 放たれる光弾。まるで光速で突っ込んでくる自動車みたいだ。絶界で地面を消し、潜る事で躱す。足元に粘度を高めた結界を生成し、飛び跳ねたところで、狙っていたのか、空中のオレへと光弾が向かって来ているが、頭上に結界を生成し蹴り上げることで急降下して躱す。どうあっても、近づかせたく無いらしい。

 地面に降り立ちキスクを見ると、周りには先程と同じサイズの光弾がいくつも浮かんでおり、それは、今もなお数を増やしている。

 

『死ななかったら、【黒蟒楼(こくぼうろう)】に連れ帰っといてやるよ』

 

「そうか」

 

 【黒蟒楼(こくぼうろう)】か、松戸さんの目的の組織。

 一気に本拠地に乗り込むのもいいけど、今はまだ無理だ。

 

 これは、躱すのは、やりようはあるが面倒だな。それよりも、連れて帰る、ね。

 

『つっても、こいつを喰らって生きてた奴は、まだいねェんだけどな!【(せい)なる金色の旗(きんいろ  はた)】!!』

 

 一斉に光弾がオレへと向かってくる。

 それは、まるで煌めく旗のように。

 完全に飲み込まれ全身が大きな布に包まれるように絡まり、電撃が襲い続ける。

 ようやく電撃も収まり、金色の旗が消えたところで、黒コートごと体もズタボロになったオレは地面へと転がった。

 

『……死んだか?』

 

 

 流石に、キツイな。

 絶界は何度か見せたから違和感を持たれたくなかったので、【堅】の防御と旋回させていた絶界のキューブで直接的な破壊力のある電撃の塊だけを消したのだが、撃ち漏らしが多く、かなりのダメージを喰らってしまった。

 自信満々な技だけはあるな……実際、意識が飛びかけた。

 それに、用心深い。まだ近づいてこないか…

 

 仕方ない、余りしたくはなかったが、

 オレは【念】を体内で操作し、心臓を押しつぶし鼓動を止める。

 

 ぐ、ぅぅぅ………

 

 後は、オートで、オレに触れたら心臓を再圧迫するようオーラを込めて……

 

 

ーーーーーー

 

 

 どうしても気になって、元の世界に戻れるっていうのにこの玉座の間へと戻って来てしまった。

 

 そこで見たはじめの光景が、ハンターと呼ばれる黒いコートの男の人が、金色の壁に飲み込まれていくところだった。

 圧倒的な電撃、まるで旗か何かのように揺らめきながら、最後は包むように黒いコートの人を飲み込み、消えた。

 

 眩しさのあまり閉じていた目を開けると、上半身を全て隠していたコートは千切れ飛び、右肩の、お腹の、背中の傷痕。それに、今や見慣れた黒髪は露わとなっていた。

 

「………ユウリさん…?」

 

 いつか見た夢が、フラッシュバックした。

 

「イヤァァァ!!!」

 

 ダラリと転がり動く気配がない。

 駆け寄って揺さぶっても、力の入っていない、人形を揺らしている感覚。手をとっても、脈は無く、近くで見ると、目は空いてるが、瞬き一つしない。肌は何箇所か焼け焦げたようになっていた。

 死んでる……?嘘だ、死ぬはずが無い。私と、リトを守ってくれるって!約束したんだ!!

 

「嫌だ!!死んじゃ嫌だよ!起きてよユウリさん!!」

 

『死んでるか。まぁそうだろうな』

 

 不快な音がする。なんなんだこいつは、コイツが、ユウリさんを…!!

 

「お前が、お前のせいで!!」

 

『はいはい、オレが殺ったのは確かだけど、仲良く殺してやるから許してくれ』

 

 こちらへとゆっくり近づいてくる。

 私は、殺されるの?

 

 ユウリさん……

 

 ーーーえ?これは、なんだろう?

 ユウリさんを包んでいる、このオーラみたいな、もやもやしてるのは……

 

 もう一度ユウリさんの顔に手を当てると……

 

 

ーーーーーー

 

 

 来たな!

 心臓をオーラが無理やり動かし、止まっていた血液は再び動き出し、体全体に血を巡らす。

 

 これでぶち込んでや……あれ?ミカン?なんで?

 

『はいはい、オレが殺ったのは確かだけど、仲良く殺してやるから許してくれ』

 

 キスクがこちらへ歩いて来ている。

 作戦的には成功してるが……

 どうする?でも、やるしかない。ここでしくじれば恐らく逃げられる。

 頭ではわかってるのに、決断できない。オレがミカンに知られるのが怖い。

 もう会えなくなる気がする。もう名前を呼んでもらえなくなる気がする。

 それでも、コイツは今ここで消さなきゃ、ララ達が……

 困惑し、動き出せなかった俺の頬に、

 

 ミカンの手が触れた。

 

ーーーそれだけで、満たされたーーー

 

 ミカンと、リトと、ララと、みんな。頭の中に、この世界で出会った人達が浮かんでくる。

 

 オレのやり方はどうやら違ったらしいんだ。

 今まで悪かったな。俺はオレに頼ってたんだ。

 狂ったわけじゃなくて、俺の心を壊さないために、主人公なオレは俺を守ってくれてたんだよな。

 大丈夫。この世界は、こんな俺にも優しくしてくれるんだ。

 だからもう寝てていいよ。

 

 一生分の楽しみを、この四年足らずで貰えているんだ。

 だからもう、嫌われてもいい、軽蔑されてもいい。

 コイツは……俺がここで消す。

 

 心臓へと凝縮させていたオーラを体外へと出し、練り上げる。

 もう、キスクは射程に入っていた。

 

「バカが、のこのこ近づいて来たな」

 

『なっ!!』

 

 寝転がったまま、右手と左手を、空気を掴むように軽く握り、こじ開ける。

 

堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)

 

 既に捉えた。電気であろうが、もう逃げられない。

 呆然としているミカンの手を優しく退けて、俺は立ち上がった。

 

『な、なんなんだコレは!?テメェ!なにを…!!』

 

 空間が裂け、その奥は、次元の歪み。

 様々な色が揺らめき、万華鏡のように無限に姿を変える出口の無い亜空間が覗いていた。

 

「殺せないなら仕方ない。今は生かしておいてやるよ。これから先は、一生一人で孤独に生き死ね。

ーーー最後に、お前の絶望に歪む顔が見せられなかった事が、残念でならないけどね」

 

『ふざけ……』

 

「………おやすみ」

 

 

 開いていた亜空間への扉を閉じた。

 



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二十一話 体験×帰還

ーーーーーー

 

 

「……ユウリ、あなたが、カラだったんですね」

 

「…………ああ、そうだよ」

 

 既にあれから5分以上が経ち、誰もいなくなったとらぶるクエストの中で、魔王城に三人だけが残っていた。

 

「…ミカンは、気を失っているのですか?」

 

 それは、俺も気になっていた。

 俺の頬に触れたあとから、ミカンは気を失っている。

 あの時ミカンから感じたのは……オーラのように思えたのだが…

 

 今はオーラも出ておらず、わからないが、呼吸はしており脈もある。死んでいない事はわかっていた。

 

「…恐らく、ね」

 

「……カラ、いやユウリに色々と聞きたいことがあります…」

 

「そう、だな。カラはもういない。カラにすらなれなかったやつとも、さっき別れたよ」

 

「…そうですか……あなたの目的は、何なのですか?」

 

 まぁ、そうなるよな。俺がヤミだったら、敵か味方か知りたいしな。

 

「【黒蟒楼(こくぼうろう)】って知ってるか?」

 

「…聞いた事はありますが……実在するんですか?」

 

 やっぱり、普通は御伽話の類とでも思われてるんだな。

 デビルーク王は知っていたが、やはりあのクラスまでいけば、当然か。

 

「実在するし、さっきのやつはそこの一員だ。俺の、というか俺の世話になってる人の目的が、黒蟒楼の本来の主に寄生してる奴を狩る事だよ。俺は話を聞いて、理由は、その人の個人的な事に関わるから言えないけど、俺も手伝う事を決めたんだ」

 

「たしか……星を喰い、永遠に生きるという巨大な蟒蛇(うわばみ)がいる。その蟒蛇が住む黒に覆われた世界の名前が黒蟒楼。最後には宇宙中の星が蟒蛇の腹の中に入り、この世は黒蟒楼となる……という御伽話だったと思いますが………そんな物が、本当に…?」

 

 ヤミの赤く輝く、双眸が俺を捉える。

 適当な嘘でもついてるんじゃないかと思ってるのかな?

 安心しろよ。もう、嘘も隠し事もやめだ。

 リトにあんだけ偉そうなこと言ったんだし、どう思われようと俺の事は全部ぶち撒ける事に決めていた。

 

 それで、今の関係が壊れるとしても…

 

「俺も最初聞いた時は半信半疑だったんだけどな。そこから逃げてきた奴らとかにも話を聞いてさ……まーとはいえ居場所がわかんないから、こうしてやって来た奴を返り討ちにするしか、今のところはやりようがないんだけどね」

 

 どうやら信じてもらえたようだ。

 

「……そうですか。ではもう一つ……

 なぜ、言ってくれなかったんですか…?」

 

 鋭かった眼光は弱々しく変わり俺の眼を見つめている。

 

「…私は、ユウリと出会って、変わったと思います。ユウリが、一人じゃなくなったって言ったんですよ…?巻き込まれるって、じゃあなんで私を、巻き込まなかったんですか…?」

 

「………それは、知られて、また昔に戻るのが怖かったから、かな…それに、俺の個人的なもんだしな…」

 

 ヤミのこんな感じは初めてだ。怒ってるのか……?

 最近は笑う、というか微笑むくらいであれば少しは見れるようになったし、リトや校長の魔の手に怒る事もある。だけど今のヤミの感情はそのどれとも違って、さっぱりわからなかった。

 

 しばらく沈黙が続く……

 あれ?なんかミスったのか…?

 と心配していたら、全く予想だにしていなかった言葉が聞こえた。

 

 

 

「……ユウリ、私と、家族になりませんか?」

 

 

ーーーーーー

 

 

「………は?」

 

 目の前にいる、呆けた顔をした男。

 

 ミカンがメインコントロールを出ていった事に気づき後を追ったのだが、玉座の間に入ろうとした時、空間に穴が開いた。そこへと飲み込まれていくキスク。その後空間は閉じ、床に倒れているミカンを介抱し始めたユウリが座り込んだところで話しかけた。

 

 その前の戦いが壮絶だった事を物語っており、いつもの黒コートはボロボロに朽ちていて、もはや上半身は裸同然。

 フードの暗闇の奥の素顔は、なんとなく予感していた通り、見知った顔の男だった。

 体は見た事は無かったのだが、いくつもの傷跡があり、特に右肩を裂かれたであろう傷と腹の穴を塞いだような傷跡が一番目を引いた。

 

 今は地面に胡座をかいており、胡座の上にミカンを寝かせ、右側の太腿にミカンの頭を乗せて右手で優しく頭を撫でている。

 左手は床へと投げ出されていて、恐らく骨でも折れているのか、二の腕が赤黒くなっており、異常な程に腫れていた。

 肋骨もいくつか折れているようだし、左のスネも砕けているのか青黒く変色している。

 

 見える肌は何箇所も火傷のように肌は爛れ、顔も数カ所爛れている、どこをどう見ても満身創痍なこの男。

 

 あの、玉座の間を離れる前に感じた、この世の悪意を具現化したかのような禍々しいナニカを発したのも、この男だと思う。

 カラにすらなれなかった、と言うのが何を意味しているかはわからないが、それが理由なのか、今はどこかスッキリした顔をしていた。

 

 なにがユウリをそうさせていたのか、なぜ私に言ってくれなかったのか。

 言葉を発した後に自分でも不思議な感覚になった。なぜそんな事を言ったのか。

 正体を隠していた事に不満を?

 あんな連中とやり合う事を黙っていた事に不満を?

 たぶん、どちらでもない。

 

 あんな禍々しい物を溜め込むまで相談しなかった事に不満を感じていたのかも知れない。ユウリと一緒にいたいと思ったから、思いを共有したいと思ったから、あんな言葉が出たんだろうか。

 

 何度恋愛小説を読んでも理解できなかった、いくら想像してもわからなかった、恋愛という感情。

 ユウリといれば、それがわかりそうな気がしたから。

 

 だから、家族になりたいと思えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ここは、何処なんだろう?

 

 さっきまで玉座の間にいたはずだ。

 ユウリさんが殺されてしまったのだと、自分でもわけがわからないくらい頭はグチャグチャになっていたのだが、ユウリさんを包むもやもやが気になって、頬に触れたら、ここにいた。

 

 また、ゲームの世界なのかな?

 それとも、私も死んでしまったのだろうか?

 

 周りはガラクタのゴミ山ばかりで、新しいゴミなのか、山の天辺あたりにはカラスが群がっている。体に悪そうなガスもそこかしこで発生していた。

 ユウリさんが心配だったけど、最後に触れた時に、なぜか大丈夫だと確信していたので、正直、そこまでの不安は無かった。

 

「ガァぁぁぁぁあ!!!」

 

 突然、叫び声がした。獣の様な、呻き声にも聞こえる。

 怖いはずなのに、自然と足が向かってしまう。

 

「ーーーッ!」

 

 子供…?まだ5歳にもなっていないくらいだろうか?

 黒髪で、灰色の眼の焦点は合っておらず、歯を剥き出して叫ぶ口元は涎に塗れている。

 

 そんな子供が、自身の二倍はあろうかという、いかにもガラの悪い大男に向かって飛びかかっていた。

 

「ぐぁぁぁぁあ!イデェェェエ!!このガキ!やめろコラァ!!」

 

「ク、ソガ!コロ!」

 

 言葉を、話せないのだろうか?

 カタコトでなにかを言おうとしているように思えた。

 目の前の光景は、正真正銘の獣が人間に襲いかかっているようにしか見えない。

 ただ、どことなくその子供に誰かの面影を感じる……

 

 

 

「え……?」

 

 突如場面が変わる、灰色一色で、地面は無いのか、自分も浮かんでいる感覚。

 何なのだここは……よく見たら、私の手も透けている気がする。右手には、何これ!?

 

「キャア!!」

 

 右手を振り回すも取れる気配はない。少し透けており、これはいったい……さっきからずっと付いていたのかな?何も、起きないけど、

 でもよく見ると、可愛い、のかな?右手を覆うモヤモヤは、丸っこくて、そこに三つ窪みがある。

 顔、に見えない事もないな。

 

『対象にまだ触れています。続きを再生しますか?』

 

「え?今、喋った……?私に、話しかけてるの……?」

 

『対象に触れている間、その対象の体験を観る事ができる。それが私、【小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)】の能力です』

 

 ワンダー、グラフ?能力?何のことかわからないが…

 これは、ユウリさんの過去ってこと?

 だとしたら、黙って見るなんて悪いとは思うけど、何でこんな事になったのか、私は知りたい。

 

『続きを再生しますか?』

 

「……うん、お願い」

 

 

 

 またも場面が変わり、さっきまでのゴミ山に帰ってきた。

 

 やっぱり、あの子供はユウリさんだったんだ。

 でも、ここはいったい何処なんだろう?少なくとも、日本にはこんな場所は無いはずだけど……

 ユウリさんも、ララさんと同じく宇宙人だったの?

 

 右手の子の顔の三つの窪みは、左から順に

 

 【◀︎◀︎】 【▶︎】 【▶︎▶︎】

 

 となった。ビデオと同じなのかな?試しに右の三角二つ並びを押してみると、場面が速く動き出した。左の三角二つ並びを押すと、場面が巻き戻る。真ん中の一つの三角を押すと動き出し、もう一度押すと止まった。やっぱり、操作はビデオと一緒のようだ。

 

 さっきよりも大きくなった子供が、大人達に何度もボロボロにされても仕返しに行っている。

 何度も、何度も、それを繰り返している。

 怪我をしても、箱の中で眠るだけ。ゴミを食べ、また怪我をさせられて、またやり返して。

 なんて生活をしているんだろう。少しづつ、言葉を話すようになり、落ちている漫画を好んで見ているようだ。

 

 その後、まだ3歳にもなっていないであろう子供を殺した人に殴りかかっているが、一方的にやられてしまった。そしてまた這いずって箱へと帰る。それを、もう何度も繰り返してる。

 

 もう何十回目かの挑戦で、またも地面に這いつくばり動かなくなったユウリさんを、その男性は連れ帰った。

 

 それからは、ユウリさんは寝起きは変わらず箱のようだが、その男性に付いて回っていた。

 決して、楽しそうでは無いが、人間としての振る舞いを覚えようとしているように見えた。

 

 ユウリさんは、笑っているし、言葉も話せるようになって言った。

 でも、なんだろう…全部、不自然だ。

 笑っているというよりかは、口角を上げて口を開けて、声を発しているような、全部作業的だし、話す時も急に芝居染みた話し方になったり、女性のような口調になったり。

 一番目についたのは、死にかけの時に笑ったり、相手を殺した時にも、笑っていた事……

 

 ゴミ山に埋もれた漫画や、男性の小屋にあるテレビで見た事を実践しているだけなのかも知れない。見た目はもう8歳くらいにはなっただろうか。でも、中身は物心ついた子供以下のようで、やってる事は獣と同じだ。

 

 気付いたら、私は泣いていた。

 なんでユウリさんは、笑えているんだろう…こんな目に、合っていたのに。なにが、ユウリさんを変えたんだろう…

 

 

『対象が離れました。発動条件を満たしていないため【小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)】は解除されます』

 

「え?」

 

 またも、場面が変わった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「よかったぁー!みんな無事だよね?あの、キスクは……」

 

 呆けていた俺の前にララが現れる。

 ヤミも驚いており、さっきの答えは後で、とでも言うように顔を逸らしていた。

 

「あぁ。無事だよ。キスクはもちろん倒してやったぞ。だいぶやられはしたけどな。ララはどうしてここへ?」

 

「私だけじゃ無いよっ!」

 

「ユウ兄!ミカン!ヤミ!無事でよかった!!」

「みんな無事だったんですね」

「おいユウリ!心配させるなよ!」

「私のビンタで、いなくなったなんて、言われたく無かっただけだから!生きてたのなら、早く帰ってきなさいよ!」

 

 リト、西蓮寺、ナナ、古手川が声をかけてくる。

 

「……その、傷は……」

 

「ん?」

 

 モモだけはなぜか俺を見て震えており、

 

「ごめんなさい!!あなたが、私の…」

 

「いってぇ!!!」

 

 抱きついてきたのだが、左手は折れてんだよ!デビルーク星人の力で来られると、流石に痛い!

 

「ご、ごめんなさい!………あの、私を、覚えていますか?」

 

「あぁ、もう握るなよ。そっち折れてんだから。あと、覚えてるよ。お互い無事でよかったな」

 

 モモは、俺を覚えてたんだな。

 

「はい!私は忘れた事などありませんでしたよ!でも、あの綺麗な髪が……どうして…」

 

 髪?あぁ、そういえば黒に戻ってるから……

 

「ユウ兄!ミカンは、ミカンは無事なのか?」

 

「あぁ。気を失ってるだけだ。大丈夫だよ」

 

「良かった…って、ユウ兄もボロボロじゃんか!?大丈夫なのかよ!?てか、ユウ兄がハンターで、なんで!?」

 

「一回落ち着け。落ち着いたら、全部説明するから。ひとまず、戻ろうか。ララ、元の世界には戻れるんだよな?」

 

 リトが気を失ってるミカンに焦り、無事を確認すると次は混乱して俺へとまくし立てる。マジで落ち着いくれ。体も精神も割と限界なんだよ。

 

「うん。大丈夫だよお兄ちゃん。これで、みんな元の世界へ!」

 

 はぁ、かなり疲れた。松戸さんと加賀見さんとも話さなきゃな。

 あとは、ミカンのオーラの件も気になるし、ヤミの発言もうやむやで終わってしまったし、リトとララとモモはいろいろ聞きたそうにうずうずしてるし、古手川はなんだかよくわからんがチラチラ見てくるし、ナナは戻ったらご飯を食べに行こうと誘ってくるし、やる事はいっぱいだ。

 西蓮寺だけが普通に微笑んでくれており、普通体験しないような危機的状況だったってのに。なんか癒されるな……リトが惚れるのもわかる。

 

 慌ただしくも騒がしい、でも楽しげな空気の中、このゲーム世界に入ってきた時と同様に、光に包まれた。

 

 この連中に囲まれて、幸せな気持ちで満たされていた。

 

 

 

 光が落ち着く前までは……

 

 

ーーーーーー

 

 

「戻れたのは良いけど、何でこんなところなんですのぉーーーっ!!!」

 

 光が無くなると、そこはジャングルだった。

 

「校長がワニに!!」

 

 最初に聞こえたのは、天条院の声か、次のは取り巻きの九条凛、だったかな?

 【円】を展開し、側にはやはりもう一人の取り巻きである眼鏡をかけた藤崎綾とルンも確認できた。

 あと、九条凛の発言の通り、確かに校長がワニに食われているが、たった今ワニにすらペッと吐き出されたようだ。あの人って、実際何者なんだろう?

 

「あ、リトくんのお兄さんも、ララのせいでここに!?」

 

「まぁ、そうみたいだな。ルン、そこの開けたところにいろ。変に森に入る方が危ないから」

 

「え、あ、はいっ!!」

 

 森にはかなりの動物がおり、毒性のありそうな蛇とクモは確認できたからな。あんまり逃げ回られた方が守りづらい。

 

 俺の服装も体もボロボロのままだ。

 【円】の範囲に入っているのは永遠にジャングル。ただ、近くに川があり、そっから辿れば村くらいあるか。

 魔王城にいた敵メンツだけジャングルに返すって、何の嫌がらせだよ、まったく。

 

「キャ、キャァァーーーーッ!!」

 

「「沙姫様っ!!」」

 

 校長を吐き捨てたワニが天条院に食らいつこうと大口を開けている。

 取り巻き二人の悲痛な声に、ルンも目を伏せるが、

 

「ふっ!」

 

 右足で結界を踏み抜き飛ぶ。

 そのまま開いたワニの上顎を掴んでさらに飛ぶ。

 ワニは後方宙返りをしたように飛び、そのまま川へと投げ込んだ。

 

「ほら、もう大丈夫だ」

 

 尻餅を付いている天条院の腕を取り立たせた。

 が、なんか顔が赤く無いか?恐怖のあまり、かな。

 

「わ、私のために、そんなボロボロになってまで……」

 

「え?いや、これは違くて…というか、三人もルンと同じところにいろ。バラバラになられると、守れない」

 

「ーーーキュン♡」

 

 天条院の様子がおかしい気がする……

 そんな事はお構いなしに怒り狂ったワニと、その仲間たちまでもがこちらへと戻ってきた。

 

「さ、流石にこれは……」

 

 九条凛が前に出て構えを取ってるが、何か武術の経験でもあるのかな?

 まぁ、さっきまでの相手と比べたら、なんとも無いレベルだから大丈夫。オーラを放出し、ワニたちを覆う。

 

「オイ。来るなら殺すぞ…」

 

 野生の動物なら、これだけ殺気を込めたオーラで脅せば……

 ーーー案の定、みんな逃げていった。

 

「な、ワニたちが逃げていく…?」

「す、すごい…」

 

 藤崎綾とルンが逃げていくワニ達をみて呟いたところで、またも体が光に包まれる。よく見ると周りのみんなも包まれていた。

 

 はぁ。これで、無事に帰れたら良いんだが。

 

 ……流石に今度こそ帰れるよな?

 



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二十二話 白状×居場所

ーーーーーー

 

 

「はぁ、ようやく帰って来れたか」

 

 ゲームの世界での戦いも終わったと思ったらジャングルへ飛ばされ、そして、今度こそ日本の彩南町に帰って来れた。

 ララの発明、いつもどっか抜けてるから危険極まりないな……

 他の奴らも転送された地点に戻ったのかな?

 

 俺が戻ってきたそこは、ナナと食事した喫茶店の前だった。

 

 色々とやる事はあるが、一番気になってる事を確認するために、流石に着替えて結城家へ向かう。

 

「ただいまー」

 

「おかえり!ユウ兄!」

「お兄ちゃん、ごめんね!あれは……」

「お姉様!!言わないでくれる約束では!?」

 

 結城家に到着し、家に入ったところで三人が押し寄せてきた。

 モモとララのやり取りはよくわからんが……

 

「ん。俺はとりあえず大丈夫、だけど他にジャングルにいた奴らにはちゃんと謝っとけよ」

 

「お兄ちゃん、ジャングルじゃなくて、アマゾンだよ」

 

「そこはどうでもいいよ…。ーーそんな事より、ミカンは?」

 

「いえ、まずは病院で傷を…」

 

「ユウ兄は宇宙人だったんだよな!?御門先生に診てもらいにいかなきゃ!」

 

「ちょっと待て!先に知りたいんだ。ミカンは気がついたのか?」

 

 それが、ずっと気になっていた。

 

「……ユウリさん…おかえりなさい」

 

「…あ、あぁ…ただいま」

 

 ゆっくりと玄関から見える位置に現れたミカンの顔を見ると、泣き腫らしたのか、目が腫れていた。

 そして、体からは薄くだがオーラが発していた…

 

「ミカン、気分悪く無いか?大丈夫か?」

 

「…うん、大丈夫だよ。ユウリさんの方がボロボロだよ。病院に行った方がいいよ…」

 

 静かに、だが強く言われた。

 【纏】は既にできているが……

 試しに体から出したオーラを数字の1から9まで左右に出してみるが、視線の変化も無いためオーラを認識している様子はなかった。

 これは、無自覚、半覚醒状態か?であれば、オーラの枯渇も無いはずだし、すぐにどうこうってわけでは無いが…

 

「ならいいんだけど……絶対に無理はするなよ?じゃあ、ひとまず病院行ってくるな」

 

「うん。私は平気だから」

 

「そうか。無理はしないようにな。ーーリト、ミカンに何かあったらすぐ俺に連絡しろ。俺が万が一出れなければ俺の事務所に連絡しろ」

 

「え、うん。わかったけど、なんでユウ兄の仕事先に……?」

 

「なんでもだ。じゃあいってくるな」

 

「ちょっと、そんな怪我で一人じゃ危ないよ!私も行く!ミカド先生に診てもらおうよ」

 

「もちろん、私も行きますね」

 

「……まぁいいけど、リト!ミカンの事、頼んだぞ」

 

 

 

ーーー

 

 

 リトにミカンの事を念押しして家を出たのだが、左右をデビルークの第一王女と第三王女にはさまれている。

 別に逃げる気とかはないんだが……

 

「お兄ちゃん…」

 

 不意に、真面目な顔をしてララが話しかけてくる。

 何を言いたいのかはわかってしまった。だから、その先は言わせられない。俺から、言わないとな。

 

「ララ、俺から言わせてくれ。ーーー黙っててごめん。本当は、言う気なかったんだけど、今日の奴とやり合ってる時に色々あってさ。あの夜、言い出せなくてごめんな。気づいてたもんな、ララは」

 

「……うんん。私は大丈夫だよ!お兄ちゃんも、あの時よりもすごいスッキリした顔してるもん!」

 

「隠していたのは仕方ないですよ。地球防衛軍の方なんですもんね?やはり地球的には秘密の組織なんでしょうか?」

 

 あ、そう言えばそんな謎設定を口走った気がするな……

 

「ま、まぁそんなところかな?この仕事を秘密にしたかったのは俺の意志だったんだけど、それももう大丈夫。けじめはつけたから」

 

「うん。話してくれてありがとうお兄ちゃん!」

 

 そう言って右手に腕を絡ませてくるララ。抱きつかないのは、流石に学習したのか?肘に当たる胸の感触が心地良いが、変な気になったらどうする気なんだ。こういうのはリトだけにしろよ……

 他の奴にもしてるんじゃ無いかと不安になる。

 

「ちょ、ちょっとお姉様!!お姉様にはリトさんがいるじゃないですか!?」

 

「えーリトはリト。お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」

 

 ララとモモが騒ぎ出す、俺は怪我人だというのに騒がしいままに学校へとたどり着いた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「左腕のとう骨と尺骨は完全骨折。上腕骨亀裂。肋骨3カ所完全骨折、亀裂骨折12カ所。左足の脛骨と腓骨が完全骨折。打撲と火傷が合計28カ所。

ーーーよく平気な顔して歩けてるわね」

 

「まぁ、鍛えてるんで」

 

 そう言ってニコリと笑う。顔はいいので普段なら様になるのだろうが、今はおでこと左頬にガーゼが2箇所。左手はギプスをつけ吊っている状態なので全然様になっていない。

 

「褒めたんじゃないけど。ひとまず全治半年はかかるわよ。普通の人間ならだけど」

 

「そっすか」

 

「左足は、ギプスをした方が良いのだけど、本当にそれだけで良いの?」

 

「つけると歩きづらいんで、このままで良いです。」

 

 左足もギプスで固定をしたかったのだが、痛くないから、歩きにくいからの一点張りで今はきつく縛って固定しかしていない。

 この子の体からは何か強いエネルギーのようなものを感じるが、それが理由かしらね。

 あのデビルーク王とお遊びとは一戦交えたみたいだし、この怪我も確実に戦闘でのもの。

 傷の集中箇所からして恐らく、左半身を捨てたのね…

 

 王女達はあまりに騒いでいたので七瀬くんが追い出してしまった今、この保健室には二人だけ。

 久しぶりに、この子と話したな。

 他人の事をなんとも思っていなかったような子が、随分と変わったものね。

 

 

「ーーー七瀬くん、変わったわね」

 

「そっすか?」

 

「まぁ良いわ。ひとまず、当分は安静にしておくこと。もう入院は嫌でしょ。七瀬くん?」

 

「わかりましたよ。ありがとうミカド先生」

 

「フフッ」

 

「ん、なんすか?笑って?」

 

「私の事、初めて呼び捨てじゃなかったわね」

 

「いや、あん時は記憶が…まぁ色々ありまして…」

 

「実は面白い薬があるんだけど…」

 

「面白さは求めてないっす。失礼しましたー!」

 

 あ、逃げられちゃった。

 

 でも、本当に変わった。作ったような態度ではないし、自然な振る舞いだ。

 地球はこの子にとって良い環境だったみたいね。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「怪我の具合は、どうだったんですか……?」

 

「ん、全然平気。全治二ヶ月だってさ。俺ならもっと早く治るかもな」

 

 良かった。ユウリさんの怪我は二ヶ月もすれば治るようだ。

 日も落ちかけており、今は夕陽に照らされたオレンジ色の道をお姉様と三人で学校から歩いてリトさんの家、お姉様がお世話になっている家へと帰っている。

 それはいいのだが、さっきからお姉様のユウリさんへの距離が近すぎる気がする……。

 

「大した事なくて良かったね!」

 

「こら、俺は怪我人なんだからくっつくなよララ」

 

「えー!今大した事ないって言ってたよー!」

 

「そー言ったのはお前だ。俺は言ってないぞ」

 

 私も本当はもっと甘えたいのに、でもここで焦ってしまえば、ユウリさんが後継者になってしまう……うぅぅぅ、ここは我慢!あれだけ待ったのだからもう少しだけ。もう少しだけ待っててくださいね。二人の未来のために!

 

「そーいえばさ、なんで俺ジャングルに戻ったんだ?またなんかミスったのか?」

 

「うんん。今回はモモがね、オシオキだって言っ…」

 

「お、お姉様!!??」

 

「あ、内緒にしてって言われてたんだった」

 

「オシオキって……俺なんかしたか?」

 

「な、なんでもないんですよ!」

 

 お姉様、言わないでくれるって言ったのに……これもナナが私の独り言を勝手に聞いた上によりにもよってお姉様の前で言うから……

 

「姉上に兄上、それにモモ!なんで私を置いて行くんだよ!」

 

 噂をすればナナが現れた。置いて行くって、あなたが勝手にいなくなったんでしょうに…それより、兄上?

 

「ちょっとナナ、兄上って?」

 

「姉上の兄上なんだから、私にとっても兄上だろ?それより兄上!またあの甘いやつが食べたい!」

 

「ん、またいつかな。それより夕飯だな。ミカンが体調悪そうだから、今日は何か買って帰るか」

 

 私も、お兄様って呼んだ方がいいのかしら。しかも私よりも仲が良さそうに……

 それに食事?私はプログラムを一生懸命組み直していたのに、ナナは招待状を配って回って遊んでて、ユウリさんと食事していたって、どういう事……!!

 

「どうしたモモ、なんかあったか?ほら、行くぞ?」

 

 でも、急に立ち止まった私の事も気にかけてくれる…やっぱり、想像していた通りの優しい人ですね。ユウリさん♡

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「全治、二ヶ月……?」

 

「らしいよ。まぁ一ヶ月ありゃ治るだろ」

 

 今は結城家に帰ってきた。

 もう日も落ちており、外は暗くなっていた。

 半年なんていうと絶対騒ぐので適当に2ヶ月と言っておく事にしたのだ。ララとモモを保健室から追い出したのは正解だったな。

 

「骨も全部ヒビが入っただけだし、騒ぐようなことじゃないよ」

 

「良かったぁぁ」

 

 リトがめちゃくちゃ安心してくれてる。こうゆう所にみんな惹かれるのかな?

 

「夕飯は買ってきたから、食べようか。」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「寿司っていうのか!これも美味いな!」

 

「もうナナ、はしたないですよ。でも美味しいです。ありがとうございますお兄様」

 

「いつから俺はデビルーク家の兄ポジションになってんだ…」

 

 ララの双子の妹って言うけど、みんななんか性格が違うような気がするな。

 まぁ俺とミカンもだいぶ違うし、そんなもんか。

 

「ーーーミカン、食べれるか?」

 

「うん。大丈夫。でも食欲はないから、少しだけ」

 

 ユウ兄はゲームの世界から帰ってきてずっとミカンの心配をしている。

 

 

 その後はなんて事ない話を終えて夕飯も食べ終え、リビングでみんなでまったりしてる時に、ユウ兄が話し出した。

 

「ミカン、もう少し、大丈夫か?」

 

「え、うん。大丈夫だよ?」

 

「そうか……」

 

 またミカンを気にして、話し出す。確かに、俺もミカンの目が腫れているのは気になるけど、気にしすぎじゃないかな。何か、あったのかな……?

 

 

 

「ーーーちょっと、聞いて欲しくてさ。今日見てもらった通り、俺があの黒コートの中身だよ。みんな黙っててごめんな」

 

「ユウ兄……それは良いけど、ユウ兄も、宇宙人なのか?」

 

 黙っていた事も、理由があるんだろうし俺は聞かないって決めていた。

 でも、ユウ兄が宇宙人なのかは、大した問題ではないけど、気にはなっていた。

 

「いや、俺は宇宙人ですらないかな。違う世界からの精神体、とでも言った方がいいのかな…」

 

「ッ!!!」

 

「え、それは、どうゆう事?」

 

 ミカンはなぜかビクリと反応して、ララが理解できていないようで、詳細を求めている。

 もちろん俺も混乱していて何がなんだかわかっていない。

 

「順を追って説明するな。俺はもともと死人だ。こことは違う、地球という概念すらない所で死んだ俺が、この世界の地球で、同時に死んだであろう七瀬悠梨に精神だけが入ったって感じだ。だから記憶喪失というか、この世界のことを、七瀬悠梨の事を忘れていたわけじゃなくて、元から知らなかったんだ…」

 

 そこからユウ兄が話してくれた事は、ハンターとしての力は元の世界では使える人は何人もいたと言う事と、元の世界で死に、なぜかこの世界にきて、文字すらも違うから自分はバカだったんだと話してくれた。

 

「……お兄ちゃんは、元の世界に戻りたいの…?」

 

 それが俺も、たぶんみんなも気になっていた事。

 ミカンだけは、顔を伏せており表情が見れないけど…

 

「いや全然。未練なんか無いしな。俺がいたところはロクな所じゃなかったし、殺し殺されが日常茶飯事で実際俺も何人も殺してきた」

 

「………」

 

「そう、この世界で言う殺人鬼なんかよりももっと多くの人を殺してきたんだ。だから、ここは俺の居場所には相応しく無い。……お前らとはもう一緒にいるべきじゃ無いと思う。今まで、騙しててごめんな……」

 

「勝手だよ!」

 

 気付いたら、叫んでた。

 

「ユウ兄は、この家を出るって時もそうだし、今もそうだ!自分一人で全部決めんなよ!そんなに俺は頼りないか!?俺は、この家に来て、一緒に生活してきたユウ兄しか知らない!他の世界だの、昔のどうのこうのなんて知らないんだよ!」

 

「リト……」

 

「他の人が何て思おうと、俺の兄ちゃんはユウ兄なんだから、そんな事、言うなよ……」

 

「……私も、リトと同じ気持ちだよ。ユウリさんは、ユウリさんだよ」

 

「ミカン……」

 

 ユウ兄は俯いて、静かにごめんと呟いた後に、

 

「…俺はまだ、一緒にいて良いのか………?」

 

 初めて見た、泣きそうな顔をしてるユウ兄に、全員が笑って頷いた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……ユウリさん。話、できないかな?」

 

 みんなが寝静まっている真夜中に、私はリビングで寝ているはずのユウリさんに声をかけた。

 起きているのは、わかってたから。

 

「…うん、いいよ」

 

 ユウリさんが座っているソファーの横に腰掛けて二人で並んで座る。

 ゲーム世界で、ユウリさんの過去を見て、目が覚めたらみんなと一緒に家にいた。

 そこにはなぜかユウリさんはいなくて、私はあの夢のせいか、部屋に戻って一人で泣いていた。

 

「ごめんなさい…」

 

「え?どうして…謝るんだ?」

 

「私、なんだかわからないけど、ユウリさんが昔の世界にいた時の事を見ちゃって……」

 

 私に何が起きたのかはわからないけど、あの【小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)】ってので見た事は、ユウリさんの話を聞いて、夢じゃなかったんだと確信した。

 

「勝手に覗き見て、ごめんなさい……でもなんで、なんでユウリさんはあんな目にあってて、笑っていられるんですか…?」

 

「ミカンと、リトのおかげだよ」

 

「私と、リトの……?」

 

「うん。俺は、見たからわかると思うけど歪んで育ったから、ずっと日陰の世界で生きてきた。俺にはこの世界が、二人が眩しすぎて離れようとずっとしてたんだけど、こんなに明るくて楽しい場所を知っちゃったから、離れられなくなったんだ。なんなら、死んで良かったって思える程にね」

 

 死んで良かったわけなんてないけど、あの子供の頃のユウリさんの、作った笑顔じゃない、ちゃんとした笑顔で答えてくれた。

 

「死んで、良かったわけないですよ」

 

「そう、思える程に二人といて楽しかったんだからしょうがないだろ。最初の一年以降は、だけどね」

 

 次は悪戯っぽく笑う。

 

「もぉ、そんな昔の話しないでくださいよ」

 

「ミカンがしてるのも、そう言う話だよ。リトとミカンが言ってくれたんだろ?俺は、七瀬悠梨だって」

 

 そう言って、右手で頭を撫でてくれた。

 この人は、ずるい。

 これだけで、悩んでた自分がいなくなっていく。

 

 昔の話、か。そういえば、

 

「ユウリさんって、本当は何歳なんですか?」

 

「んー。……24,5くらいじゃないか?生きてきた年数だけで言うとだけど。ただ、気持ちと体は18歳だ!」

 

 胸を張って言うが、その仕草が子供っぽくて、不覚にも可愛いとすら思えて、気づいたら私は笑っていた。

 

「フフッ…それじゃあ子供にしか見えませんよ?」

 

「それはそれでいいんだよ。七瀬悠梨は4歳なんだから」

 

 今度は乱暴に頭を撫でられたが、それが不思議と心地よかった。

 どんな理由であれ、この世界に来てくれて、一緒にいてくれて、私は嬉しいですよ。ユウリさん。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ちなみにさ、ミカンはこれ見えるか?」

 

 ミカンとの話が落ち着き、ミカンは俺の過去を見たと言った。

 どうやら、念能力に目覚めているようだ。他者の記憶に干渉できるなんて聞いた事がない。

 恐らくは、特質系。

 今はまだ無自覚のようだが、俺は【念】を教えるかどうか、悩んでいた。

 

 とりあえず認識の確認で右手の指からオーラで数字の2を出してみる。

 

「……指以外は、何も見えないです」

 

 目を凝らし、俺の指へと顔を近づけるミカンだが、どうやら見えないらしい。

 

「そうか。たぶん、ミカンが見た俺の過去は、俺の超能力と同じような力だ。ミカンだけのね。……それを、使いこなせるようになりたいか?」

 

 まだ、オーラの認識はやはりできていないようだ。できればこのまま、普通に生きてほしいと思うが、聞いてみることにした。ミカンは子供じゃない。自分で考え、決める事ができると信じていた。

 

「私は、使えなくて良いです。だって、守ってくれるんですもんね?」

 

 そう言って、こちらを見るミカン。

 俺と、オレを助けてくれたんだ、当たり前だろ。

 

「そうだな。宇宙の脅威からだって守ってやるさ」

 

 そう言ってミカン肩に右手を置いて抱き寄せた。

 

「ん、お願いしますね。ユウリさん」

 

 どのくらいこうしていただろう。

 話して安心したのか、ミカンは腕の中で眠っている。

 

 その寝顔を見て思う。

 今度は、影から守ろうなんて言わない、真正面から守り切ってやる。

 宇宙の伝説になる程の蟒蛇だろうが、今なら勝てる気しかしなかった。

 

 

 



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二十三話 家族×義理

ーーーーーー

 

 

 まだ日も出ていない夜明け前、松戸探偵事務所のソファーで、室内なのにコートを着た小柄な老人である松戸と、ソファーに座らず、近くの椅子に腰掛けている加賀見さんへと報告に来ていた。

 

「……というわけで、一匹狩りました。昨日はそのまま医者に行ってたんで遅くなってすみません」

 

「いや、構わないよ。それにしても、黄透(キスク)か……聞いた特徴からして、幹部だね」

 

「そうなんですか?っても、見ての通り俺も相当やられたんで幹部じゃないとしたら結構ヤバイ組織だとは思いましたけど」

 

「あぁ、やつらの幹部には名前に色が入るらしい。こいつは黄色だ。そして、君の狙いは黒だったんだろう?」

 

「………へぇーそうなんすね。ちなみに、幹部は何人いるかわかってるんですか?」

 

 神黒(カグロ)ね、確かに黒色がついてるな。そこまでわかってるのなら、全員とは言わないが何人かは把握してるだろ。

 

「僕が調べた範囲だと、碧と銀と黄がいたが、黄色はもういない。わかるだけだと、君の狙いと僕の狙いを入れても、4人以下という事はないね」

 

「なるほど。まぁ、俺がやったのは斥候みたいなもんでしょう。電脳世界の住人のようだったんで、移動速度はまさに化物でしたし」

 

「そうだな。銀は戦闘部隊、碧は情報部隊な事は分かっている。あとは、数人の幹部ぐらいはいるだろうとは見てるよ」

 

「なるほど。一匹やっちゃったんで、地球へ来ますかね?」

 

「いや、仮に幹部は来ても、本命はここには来ないだろう」

 

「……わかるんですか?」

 

「勘だよ」

 

「勘ですか…ま、頼りにしときます」

 

「それより、その傷治そうか?」

 

「いや、遠慮しときます。操作は流石にされたくないんで」

 

「クッ。そんな事今更する気はないよ。それに【念】は使わない。加賀見くんの血は使うがね」

 

 まぁ、本当だろうな。二人ともオーラに揺らぎはなかった。

 契約もあるが、それ以上に念能力に目覚めてくれたおかげで腹の読み合いはかなり楽になった。

 相当経験を積まなければ、感情と精神に作用するオーラの揺らぎを一定に留めるのは難しい。もちろん揺らぎはわずかだが、日陰者として生きていた俺はそういった部分を見抜く事には慣れている。 

 

 お互いに信用はしているが、信頼はまだできない。俺とこの二人の関係はそんな感じだ。

 

「なら、お願いしようかな」

 

「では七瀬さん、傷口を見せてください。治すといっても、回復を早くするだけですが」

 

「それで十分ですよ。ここでいいですか?」

 

 顔の左頬に貼られたガーゼをとる。火傷の後なので、ベリベリと新しくできかけていた皮膚も一緒に剥がれ、血が滲み出てきているのがわかるが仕方ない。

 そこに直接加賀見さんの指が触れ、少し押し込まれる。オーラを解いてるので普通に痛いし、体内に何かが入ってくる気持ち悪い感覚がする。

 

「……これで、俺の行動も筒抜けっすか?」

 

「そうだね。加賀見くんの一部が君の中にいるのだから」

 

「真弓は喜んでますよ」

 

 血液が喜ぶって表現はよくわからないが、少し微笑んで言う加賀見さんにしかわからないものがあるんだろう。

 普段ならミステリアスなクール美人の微笑みなんて絵になるが、俺からすると頬の傷口に指を軽く突っ込まれながらなんで、かなり恐怖だな……

 

「ま、もともと見られてるんだし今更気にしないですよ」

 

「電脳世界は盲点だったからね」

 

「ええ、流石に見る事はできませんでした。でもこれで、大まかな位置はわかりますよ。……あと、四六時中見てるわけではないですから安心してくださいね」

 

 なるほどな。まぁ逆に俺が異次元に閉じ込められた時の脱出方法の一つにはなる可能性はあるし、メリットにもなるか。

 最後のは妙な含みを感じるが……ミカンとの事言ってるのか?

 

「あ、最後にひとつあるんですけど、最悪の場合は金色の闇に依頼かけてもいいですか?」

 

「………理由は?」

 

 オーラが揺らいでるな。眼鏡の奥に見える目も鋭さが増す。まぁ隠す気はないか。

 

「時と場合によりますけど、今回クラスのやつが複数で来た場合キツいのと、その傀儡軍団の数が気になってます。お二人の能力もあるとは思いますが、俺の予想は一対一での即殺狙いの能力か、相互協力型(ジョイントタイプ)の能力にしようとしてると思ってるんで、前者だと広範囲の殲滅力が低い。その点ヤミは広範囲の攻撃手段もあるし、最悪幹部一人くらいなら相性にもよりますが任せられるかと」

 

 能力の予想を言ったところでもオーラが揺らぐ。まぁそうだよな。目的は知ってるんだ。予想は立てやすい。

 

「なるほど、だが彼女が僕の元へと割り込む可能性は?」

 

「ないっすね。本命潰すときは出向きますよね?あくまでも地球が戦場の場合のみです。仮に地球が戦場になったとしても、周りの雑魚の掃除はアイツが適任ですよ。その場合は俺の周りの警護依頼をかけますが。あと、変にほっとく方が割り込んでくる可能性が高いんで、依頼としてターゲットを指定した方が早いです」

 

「………手綱は、握っておいてくれよ」

 

「もちろん。彼女も俺の近しい人間なので。間違っても、手は出さないでくださいね?」

 

「……あぁ」

 

「まぁ依頼する事は無いとは思うんですけどね。じゃあ、これで失礼しますね」

 

 ほぼほぼ本音だ。最近のヤミの行動は読めない。今回の場合は相性が悪く初めは引いたが、ミカンがいたとはいえ勝てないであろう相手がいる場に戻ってきたのは普通に考えるとありえないからな。今はあいつも損得無しに動く可能性があるし動きが読めない分、ある程度の手綱を握りたいのは俺も同じ。

 あとは、俺も予想しない状況で乱入してきた時の松戸さんへの牽制目的がほとんどなので依頼をするつもりなど、最初から無い。

 

 

 そういえば、ヤミとも話さないとだな……

 

 事務所から出ると、太陽がまもなく昇りきるところだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「ヤミ」

 

「……ユウリ」

 

 日が完全に出てくる前、空が青一色になる直前。

 ビルの屋上の端に座っていた私の元に、空から男が舞い降りてきた。

 

 黒いコート姿だが、フードは背中へと垂れていて、いつも口元まで覆っていたジッパーは鎖骨まで降ろしており、いつも暗闇に隠れていた顔は、見慣れた、焦がれた男の顔。

 

 この感情は、わからない。

 なぜ、顔を見ただけで、会っただけでこんな気持ちになるのだろう?

 これが、恋愛という感情なのだろうか?

 やはり、私にはまだ理解できない。

 

「……傷は、もう癒えたのですか?」

 

「いや、顔見ろよ。まだボコボコだろ?」

 

 そう言いながら、私の隣に腰掛けて額に貼ってあるガーゼを指さしている。左の頬には、火傷で爛れた皮膚の下に真新しい傷のようなものも見える。

 ただ、顔の事を言っているのではない。

 左腕と左足、地球人レベルであれば平気でいられるはずは無いと思うのだが……

 

「ん?あぁ。腕と足は、俺の能力で固定してるから平気だよ。まだ治ったわけじゃないけどな」

 

 私の視線に気がついたようで、プラプラと左足をバタつかせて見せる。

 

「…そうですか」

 

「とりあえず、たい焼きでも食う?」

 

「……いただきます」

 

 ミカンと、ユウリと初めて公園で出会った時と同じセリフ。

 紙袋に入ったたい焼きと、ご丁寧にあたたかい茶まで用意していた。

 二人で朝日を見ながら、話すことなくたい焼きを食べる。

 何をしにきたのだろう?あの時の返事を言いに来たのではないのだろうか?

 

「なぁヤミにも言っときたい事があって、実は俺さ、ーーー」

 

 紙袋に4つ入っていたたい焼きの二つ目を食べ終わったところでユウリが話し出した。ユウリはひとつ目を食べ終えたところで、まだ袋にはひとつ残っている

 

 話されたのは、ユウリの昔話。

 いや、ユウリのではないな。カラと、カラになるまでの話。

 

 話を聞いて、地球人離れした強さは理解できた。それと、カラでの人生と、その意味も。そして、結城リトとミカンとの絆も……

 

「カラは、私と似てますね」

 

「いや、全然似てねーよ。俺はバカだから、死ぬちょい前に気付いたからな。ヤミは、まだまだこれからだろ?」

 

 まだまだこれから、と言うのはわからないが、確かに私は死ぬつもりはない。空はすっかり青くなり、太陽は完全に顔を出している。この寒がりの男は少し風が吹いたためか、ゴソゴソとジッパーをアゴまで上げていた。

 

「だからさ、結局家族ってのは、俺にもわかんないんだ」

 

 これが、あの時の返事か。

 私とは、家族になれない。

 お互い知らないもの同士が傷の舐め合いのように家族ごっこをするのは、嫌だと言う事だろうか。

 それとも、結城リトとミカンがいる中に、私は入れないと言う事だろうか。

 ここにユウリが舞い降りてきた時のあたたかい気持ちは消えて、残り一つのたい焼きと同じようにどんどん冷めていっている。

 

「……だからさ、俺と一緒に住まないか?」

 

 そう言ってこちらを見るユウリの灰色の瞳が、私を捉えたように離さない。

 確かに、私とは違う。似てなどいなかった。私には、他人にこんな感情を抱かせる事は、きっとできない……

 でも、

 

「嫌か?お互い知らないもの同士、家族ってのを体験してみないか?」

 

 そこまで言わなくても、答えは決まっていたのに…

 

「……まぁ、ユウリがそこまで言うのなら、仕方ないですね…」

 

「おい、ずるいぞ!言い出しっぺはヤミだろ!」

 

 なにやら騒ぐユウリを無視して私は最後のひとつのたい焼きをとりかじりつく。

 

「あ、それは俺の最後の………ん?顔赤くないか?もしかして照れてんのか?」

 

 ニヤニヤと笑って私を見てくる。

 意外と意地が悪い……

 

「…違います…たい焼きが熱いからです…」

 

 すっかり冷めたはずのたい焼きを、思ったよりもあたたかく感じたのは、私の顔が熱いせいでは無いはず……

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 ヤミと一緒に住む話をした後。

 二人で俺の家に行き、空いてる部屋を掃除して合鍵を渡したので、ヤミは今の住居である、宇宙船ルナティーク号から荷物を移すと言って出て行った。

 邪魔になってもと思い、その後俺は学校に向かっていた。

 あと一ヶ月も経たないうちに卒業だ。この道を通る事ももうほとんど無くなるんだなと、少し感傷に浸りながら歩く。

 思えばリトが高校に入った夏、ララが現れてからはトラブルの連続だ。

 うさんくさい御伽話がどんどんと現実を帯びていき、その幹部を倒し、過去の自分との決別も果たした。

 

「……さむ」

 

 二月の冷たい風が吹き、肌寒さからマフラーを鼻まで上げてもそもそと歩いていると、前方に初々しいカップルにも見える二人が歩いているのが見えた。急に二人同時に顔を見合わせて立ち止まる。その後すぐに男の方はバタバタと手を振って焦った様子だが……何してんだあいつは?

 

「……今日は晴れらしいぜ!」

 

「見りゃわかるだろ。なに言ってんの?」

 

「あ、七瀬先輩。おはようございます」

 

 思わずつっこんだところで、赤いラインの入ったピンク色のマフラーをした西蓮寺が振り向いて挨拶をしてくれた。

 

「おはよ西蓮寺。リトは、どうかしたのか?」

 

「な、なんでもない!」

 

 なんだかソワソワしてるが、もしかして告白したかったのか、な?

 そう思った時に、やってしまったと後悔した。

 

「二人の邪魔して悪かったな。じゃ、俺は寒いからコーヒー飲んで行くわ」

 

「え、学校には行かないんですか?」

 

「二人の邪魔って…!!」

 

「いーんだよ今更。逮捕とかされない限りは卒業できるんだから。西蓮寺、リトがおかしな事言ってるからよろしくなー」

 

「よ、よろしくって……」

 

 申し訳ないことしたなと反省しつつ、路地を曲がり、自販機でホットコーヒーを買った。

 

 少し、時間潰して行くか。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ったく、ユウ兄はほんと自由だよなー」

 

「ふふっ。ああゆう思った事を実践できるところはララさんにも似てるよね。もちろん結城くんにも、ミカンちゃんにも似てるけど」

 

 七瀬先輩が急に現れて、急に去っていった後から、結城くんとは普通に話せている。でも、よろしくって言った後のあの笑い顔は、少し悪戯っぽくニヤけていたようにも見えた。

 

「確かに…俺には似てないと思うけど、ララに似てる。やっぱ宇宙人と異世界人だと共通するものがあるのかな?」

 

「そんな事ないと思うよ。宇宙も異世界も関係ないよ。あの二人の、持って生まれたものじゃないかな?」

 

 結城くんにも似てるよ。優しいところも、頼れるところも。

 私は声には出さないけど、そう思ってる。

 

「そっか。そうだよな。そんな事で括れないよな」

 

 七瀬先輩が異世界から来た人だって話はさっき聞いた。

 でも、私はそんな事は気にしていない。

 確かに、ゲームの時は怖かったけど、私達を守るために出てきてくれたんだし、あのララさんのお父さんの時もそう。

 きっと、私たちと変わりなんてないんだと思っていた。

 

 そうして、結城くんとお話ししていたら、渡したいものを渡さないままに、いつのまにか学校へと着いてしまっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 学校に来たはいいものの、なんかうるせーな。

 走り回る音と、ギャーギャーと喧しい騒ぎ声がする。

 でも、なんか様子が変だな?

 またララの発明か、宇宙人が悪さしてるのか?後者であれば、危険な事もありうるか。

 即座に【円】を展開し、学校を覆えるだけ覆うが、男が女を追いかけ回したり、その逆だったり、同じ性別同士でもしている。あと、普通に抱き合ったりもしてる。なんだこのカオスな状況は……

 

 【円】の範囲を少し変えると、体育倉庫に座り込む西蓮寺が確認できた。

 あの子、前もここに捕まってたな……

 内心で思いながら体育倉庫へと駆け、扉を開けると、

 上気したように赤い頬、潤んだ瞳、指を少しくわえる仕草もあってか、やけに色っぽい西蓮寺がいる。地面に座り込み、少し開いた股の隙間からは下着がわずかに見えていた。

 

「結城くん……結城くん、好き……ガマン…できない…!」

 

 ーーーは?

 色んな事が頭を駆け巡っていたのだが、とんでもない事を口走ったので正気に戻る。そして西蓮寺はそのまま走って出ていった。

 なにこれ?全くわからん。もしかして俺が知らないだけで、地球人には十年に一度くらいの発情期でもあるのか…?

 

 もういいや。【円】で確認しても、命に関わりそうな事はおきてないし、もうほっとこう……

 

 そうして、俺は考えのをやめた。

 

 

ーーー

 

 

 教室への道中、何人かに迫られるものの【隠】を使った不可視の結界で壁を作り寄せ付けない。

 集団催眠かと思いつつ歩くと、どっかで見たことあるような巻き髪が……

 

「沙姫様、先程ララからもらったチョコはお食べになったのですか?」

 

「まさか!あんなものとっくにその辺にいた校長にあげてしまいましたわ。凛、綾、あなたたちもさっさと捨ててしまいなさい」

 

「……はい」

 

 天条院たち三人組か。どうやらまともなようだな……

 というか、ララのチョコってのが引っかかる。

 

「あ、あなたは……!!」

 

「どうやら三人はまともみたいだな。今なにが起きてんのかわかるか?」

 

 今まですれ違った奴とは違い、まともな会話をしていたので一応聞いてみた。

 

「あ、あの…あなたは…」

 

「天条院くん〜〜〜〜♡好き好き〜〜〜♡」

 

 何か言おうとする天条院に、突如現れたパンツ一丁の校長が抱きつく。が、二人が元々こうゆう関係なのかは知らないのでとりあえず放置してみるが……

 

「な、この方の前で、離してください!!それになんで裸なんですのぉ〜!?」

 

 あぁ、嫌がってるのか。

 じゃあ校長引っ剥がすか。

 

「流石に犯罪っすよ。こーちょー?」

 

 抱きつく校長と天条院の間に右腕を差し込み結界を生成。さらに結界のサイズをどんどんと大きくしていき無理やり引き剥がし、さらに不可視の結界で軽く押しつぶし動けないようにする。

 

「三人とも逃げたほうがいいぞ。今校内はこんな奴らばっかりだ」

 

 二人の取り巻きの方を向き、声をかけるが、いまだにボーゼンとしている。倒れている天条院の腰を持ち、無理やり立たせると二人はようやく動き出した。

 

「すまない!」「あ、ありがとうございます!」

 

 二人とも天条院を受け取ってくれたのはいいが、天条院はなぜか動かない。

 

「あ、あの……あなたがなぜ、学校に…?」

 

「俺?それは……ん?」

 

「て、天条院、くーん……♡」

 

「ひっ!!?」

 

 ゾンビ化したような校長が、たいして力は込めていなかったとはいえ俺の結界を持ち上げながらも起き上がる。

 ほんと、何者なんだこの人?

 

「一応、後輩だしな……」

 

 リトとララもパーティーやらなんやらで世話になってるし、助けてやるか。結界を解き、校長の腕を掴んで一緒に窓から飛び降りる。着地前に結界を生成。そのまま結界を経由して地面に着地。そして校長を地面に転がるように放り投げる。

 随分と面倒な事になってるし、教室へ行くのも面倒に感じたところで、そういえば昨日からほぼ寝ていない事を思い出した。

 

 騒ぎが落ち着くまで、旧校舎で寝てよ……

 

 

ーーーーーー

 

 

「ふーん。まぁ、ララのせいってかそれはミカド先生のせいだな」

 

「そーだよー私だってリサミオに追いかけまわされたんだから」

 

 帰り道、リトとララに出会って三人で帰る。

 あれから旧校舎に用意してある寝床で寝ていたのだが、結局学校終わりまで寝ていた。おかげでかなりスッキリした。

 そこで今日起きていた事の顛末をリトから聞いたのだが、ララが手作りチョコを片っ端から配ったようで、それにはミカド先生のレシピ通りだったそうな。

 というか話を聞いて思い出したけど、今日バレンタインデーだったんだな。

 

「でも効果時間短くて良かったな。俺は地球人特有の発情期でもあるのかと思ったぞ」

 

「そんなのないよ!俺だって大変だったんだから…」

 

「へぇー、それって、西蓮寺絡みかなぁ?」

 

「な、なんで!?西蓮寺が関係あるんだよ!!?」

 

 あの後どうなったのか、今更思い出して気になったので弄ってみると、案の定顔を真っ赤にして慌てふためいていた。

 西蓮寺のあの様子だと本当に何か起きてないかとも思ったが、この初々しさでは一線は超えてなさそうだ。

 

「別に、試しに言ってみただけだよ。じゃ、俺はここで。またな」

 

「あ、待って!お兄ちゃんにもチョコ作ったんだよ!はい、チョコ」

 

 そう言って渡されるがさっきの話を聞いた直後だから、なんか抵抗があるな。それを悟られたのか、ララが続けて話し出す。

 

「これはお兄ちゃん用の特製だから大丈夫だよー!あとねーこれはリサミオからで、これはハルナからで、これは誰だったかな?渡してって言ってたやつで…」

 

 めっちゃ出てきたけど、義理ばっかり。まぁ、悪い気はしないので快く全部受け取る。

 

「そうか。ありがとなララ。リトも気をつけて帰れよ」

 

 そうしてリトとララと別れ、一人家に帰った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ただいまー」

 

「…おかえりなさい」

 

「ん、ただいま」

 

「ユウリさん、おかえりなさい」

 

「あ、ミカンも来てたのか。ただいま」

 

 ヤミさんから、ユウリさんと住むって聞いた時は衝撃だった。

 なんでもユウリさんからどうしてもと言われ仕方なくとヤミさんは言っていたが…

 きっと違うんだろうとは思っている。

 あの時のヤミさんは私に目線を合わせないし、なにかを隠している気がしたから。

 

「ユウリさん、なんでそんなにヤミさんと一緒に住みたかったんですか?」

 

「え?なにそれ?あ、ヤミまた俺のせいにしたろ。ヤミが言い出しっぺだよ。家族を知らなかった者同士、勉強してみるかって感じかな」

 

「………」

 

 やっぱり。

 友達であり、今日からライバルになってしまった。

 少し顔を赤らめてそっぽを向く友達を見て思う。

 

「それより、なんでミカンが?」

 

「ヤミさんの引越を手伝ってたんですよ」

 

 そう。学校終わりに突然現れて、ユウリさんと住む事になったと言われ、普通の部屋には何がいるのかを聞かれた事から始まった。

 

「お、じゃあ部屋できたのか?見てもいい?」

 

 ヤミさんの部屋、実は椅子くらいしかない。

 寝る時も横になる必要はないって言ってまだ衣類くらいしかなかった。

 そのままユウリさんは部屋を見たあと、リビングへ戻ってきて、

 

「なんもないじゃん?」

 

 まぁ、そう思うよね。

 その後、ベッドや机などの家具をユウリさんの読書部屋の本を三人で見ながら、といってもほぼ私が決めながらまた三人で買いに行く約束をする。

 そろそろ、夕飯を作りに戻らないとな時間。

 まだ渡したいものも渡せていない。タイミングを計りすぎたかな…

 

「ユウリ、その紙袋はなんなんですか?」

 

 ユウリさんが帰ってきた時にリビングへと置いていた紙袋を指差してヤミさんは言う。

 

「ん、チョコだよ。全部義理で、しかもララからもらったんだよ」

 

 そう言ってカラカラと笑うユウリさん。

 

「ミカンは帰らなくて大丈夫か?」

 

 むぅ。やっぱり、意外ともらってるし、いくつか本命っぽいのも見受けられる。でも時間も無いし、ここしか無いな。

 

「私も、チョコレート作ったんです。どうぞユウリさん」

 

「うん。ありがとなミカン」

 

 ユウリさんが来た初年度以降は毎年あげていたので、普通に受け取ってくれた。だから、念をおしておこっと。

 

「それじゃあ、私は夕飯作らなきゃなので帰りますね。それじゃあまた。ユウリさん、ヤミさん。

 

 ちなみに、私のは義理じゃないですよ」

 

「え、?」

 

 そう言って、私は玄関から出ていった。

 

 

 

 



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二十四話 三巴×狼煙

ーーーーーー

 

 

 綺麗に片付いた、と言うよりかはシンプルな部屋。

 四人掛けの少し小さめのダイニングテーブル、二人掛けのソファーとその前にガラスのローテーブル。窓際には観葉植物が置いてあり、あとはテレビ台の上に乗ったテレビがあるだけのリビング。

 ユウリがこの家に住み始めた頃から何度も本を読みに来ていた。

 その時から、特に何も変わっていない家。

 変わったのは、空き部屋だった何も無い部屋の主人が私になった事。

 

 私は、ミカンに選んでもらった緑色の少し大きめなパジャマを着ている。夕食も終え、すでに入浴も済ませてリビングでテレビを見るでもなく、眺めていた。

 

「ほれ、コーヒー。甘めにはしといたぞ」

 

「………」

 

 ユウリも既にお風呂から出ており、湯気が立ち昇るマグカップを二つ持ってキッチンから歩いてきた。

 あれから数日程しか経っていないのに、顔の傷はすでに少し痕を残すだけで、ほとんど治っており、折れた手足や肋骨の腫れもないので、見た目は健康体にしか見えなかった。

 

「いらなかったか?紅茶は昨日きらしたんだよな…明日買っとくな」

 

「いえ…いただきますよ」

 

 私が何も言わなかったので不要だと思われてしまった。

 そうして笑顔で差し出されたマグカップを受け取って、口をつける。

 確かに、口当たりはわずかに甘い。後から来る苦味もそこまで強いものではなく、香りもいいし、おいしい。なによりも、あたたかかった。

 

「…あたたかい」

 

「寒いからなー。体の芯からあったまる感じするよな」

 

「…えぇ。そうですね」

 

 あたたかい。もちろんこのコーヒーもそうだが、なによりも心があたたかかった。

 私がここに住むようになってまだ数日しか経ってはいないが、ユウリは、いつも優しい。

 食事を振る舞い、家事をこなして、こうして団欒の場を作る。

 

 でも、私は何もしていない…すべて与えてもらうだけで…

 ただ、何をすればいいのかもわからない。

 

 カラの時の話を聞き、ユウリの両手も過去に血に塗れている事を知った。

 ユウリは、命を奪う事を罪だと呼んでいた。

 ならば私たちは二人とも背負いきれぬ程の罪を抱えているだろう。少しずつ降ろせばいいと、私には、兵器として生きるなと言う。

 

 ではなぜ、カラではなくなったユウリは未だに戦場に身を置く?

 

 そんな事を思っていたところで、ユウリが立ち上がった。

 そろそろ、いつもの台詞を言うのだろう。

 

「じゃあ俺はそろそろ寝るな。おやすみ。ヤミ」

 

「えぇ、おやすみなさい。ユウリ」

 

 一人では決してすることの無かったおやすみとおはようの挨拶をする事が、日課となっていた。

 

 

 おやすみ、といいつつもまた……ユウリの部屋から微かにだが、力強い、エネルギーの高まりのようなものを感じる。

 ユウリの能力、体から発するオーラを使った力で、色々と行なっているとは言っていたが、正直よくわからない。

 ただ、この修行というのもユウリは日課のように行なっている。

 欠かさない事も大事らしく、ユウリの部屋では何が起きてても修行だから気にするなと言われているので、放っておいてはいる。

 以前の、ハンターとしてのユウリと戦った時とは比べ物にならないくらいユウリは強くなっている。あの時は、正直続けていれば私がハンターを斬り殺していただろう。

 

 でももし、今度戦う事があればどうなるかはわからない……

 

 そんな事……ありもしない事だと考える事をやめ、私も部屋に戻り眠る事にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 街の明かりも消え、あたりは夜の闇に完全に包まれている。

 そんな深夜の暗闇の部屋に、愛しい人の寝室へとワープで移動する。

 ただ、このワープ装置は衣類ごとワープすることができないため、私は全裸だ。

 でも、この人の前では恥ずかしさよりも、喜びが圧倒的に勝っていた。

 

「ふふふ♡ユウリさんが、いけないんですよ……」

 

 あの日から、ずっとあなたを思っていた。

 誘拐によって地球に来たことすらあなたと出会う為に起きた事だとすら感じる。

 もう、随分と待った。待ち焦がれた。

 勘違いはありましたけど、やっぱりあなたは私が思っていた通りの人。

 私は眼下に眠る、想い続けていた愛しのユウリさんに跨り、シャツのボタンを全て外した。

 あらわになった胸に軽く口づけをして、舌を這わせる。

 

「ちゅ…っ…ちゅっ…」

 

 部屋に着いたと同時に散布した、この子の花粉のおかげで今も眠り続けているユウリさん。

 

ーーーキレイな寝顔。

 初めて見た日から思い描いていた白く金色にも輝く髪は、艶のある黒髪へと変わっていた。でも、今は閉じられているが、彼の灰色の瞳は黒髪の今の方が映える。黒い髪もお似合いですよ♪

 その前髪を指でとき、おでこに口をつける。そして左頬へ。

 このキレイな顔は、数日前までボロボロだったのに、今は少し痕を残す程度まで回復していた。でも、このお顔に痕など残らないように、私は毒素を吸い出すように何度も口付けをする。

 

「ん…ちゅる…はぁ…」

 

 そして鍛えられた、一度力を込めれば鋼にもなるだろうが、今は柔らかい胸に顔を埋めて深呼吸。

 

「ん〜〜♡」

 

 胸からお腹へ、また胸に、そして肩へと、私を守ってくれた際に出来た傷に舌を這わせる。私の傷、私のためにできた傷。だから私が癒してあげますね。

 

 耳のそばに口づけをすると躰が少し震えているのがわかった。

 フフッ♫

 感度の良かった耳を舐め、耳たぶを軽く口に含む。

 

「…ん…はむっ…♡」

 

 そのまま私の手はどんどんと下の方へと行き………あ…ここが、お好きなんですか♡

 

 でも、こんなにも私が想っているのに……ユウリさんが、悪いんですよ。私の…私の方が、ミカンさんよりも…ヤミさんよりも…もっと、ずっと早くユウリさんと出会い、こんなにも想っているのに…

 

 なんで他の方なんかと…!!

 

「……っ!!」

 

 いけないいけない、今日はここまでですね。ユウリさん♡

 

 お姉様とリトさんが婚約してしまえば、私たちは、この先ずっと二人きりで生きていけるんですよ。

 それとも、このまま二人でどこか遠い星へと逃げてしまうのも、いいかもしれませんね♪

 

 

 そうして私は、この部屋から消えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

ーーーバンッ!!

 

 勢いよく扉を開け、この部屋の主人の名を呼ぶ。

 

「ユウリ……!」

 

 飛び込んだ部屋からは、先程までは微かに気配がしていた。殺気のような、怒気も感じたが……今は全くしない。

 今までしてなかっただけでユウリの修行の一環なのかはわからないが…

 

 部屋に入ると妙な匂いが充満しているのがわかる。眠くなるような、意識が少し薄れてくる。

 

「………どうやら無事のようですね」

 

 ユウリの髪を撫で、顔を見るが、ただ眠っているだけのようだ。

 規則正しく胸は上下しているが、着ていた服ははだけ、上半身はあらわになっており、下半身は……っ!!!!

 

「……どんな夢見てるんですか…あなたは…」

 

 ユウリの下半身を視界におさめて、見ているかもしれない夢を想像してしまったため少し妙な気分になる。

 この匂いのせいか、寒いが仕方ない。換気のために窓を開けてユウリのベッドに腰掛ける。

 

 この匂いのせいか、無事を確認し安心したためか、気付かぬうちに私も意識を手放していた。

 

 

ーーー

 

 

 誰もいない、一人きりの暗闇の中で、金色の髪に黒い衣装の少女が泣いている。

 寂しさのせいか、虚しさのせいか、誰もいないその場にしゃがみ込み、涙を流して嗚咽を溢している。

 不意に、一陣の風が吹き、少女が顔を上げると、

 

 其処には黒い衣装に包まれた男。顔は無く、永遠に続いていそうな程の暗闇。男は振り返り少女に背を向けると、前には大量の暴徒が蠢いていた。

 

 男は少女に背を向けたまま、獣のような咆哮をあげて暴徒の群れへと向かい次々と殺戮の限りを尽くし始めた。

 

 ボンテージに身を包んだ宇宙人の女の細首を握りつぶし、体からこぼれ落ちたその女の頭はボールのように地面を跳ねている。

 

 スーツを着た男性の四肢を切り飛ばし、その男性だったものは達磨のように地面でコロコロと揺れている。

 

 そのまま暴徒の群れの中心へと飛び込むと、群がるもの達の体を手刀で千切り、眼球を指でくりぬき、拳で腹に穴を開け、どんどんと死体の山を築いていく。

 

 ただ、聞こえる獣の咆哮は、寂しそうにも聞こえた。

 

 泣いていた少女である、昔の私が振り返ると、そこにはみんながいた。

 地球に来てできた、初めての友達。友達の兄であり、私の標的(ターゲット)。デビルーク星の王女たち。結城家の住民を中心とした面々が、怯え、震え、しゃがみ込んでいる。

 だがそこに、なぜか一人だけ、見知った顔の男がいない。

 

 そう思い、振り向いていた顔を戻すと、いつのまにか、殺戮を行なっていた獣の頭部を覆っていた暗闇は晴れていた。

 ようやく見えたその男の顔は、先程いないと思っていた一人の男。

 その顔を歪ませ、涙を零しながらも殺戮を続けている男。

 

 その男へと、みんなは恐怖しているのだろうか。

 胸が、痛くなる。

 男が殺している者たちは、過去私が殺した者たちだ。

 

 あの男は優しいから、私の代わりにやってくれているだけなんだ。

 大事な人の為に、自らを傷つける事をかえりみない男なんだ。

 永遠の暗闇にも思えたかもしれないが、その男の本質は、私の闇を照らすほど、眩しい光なんだ。

 

 もういい。

 私も手伝うから…

 この手は既に血に染まり、汚れている。私もあなたと同じなんだ。

 私は立ち上がり、その男の背に抱きつき、名前を呼ぶ……

 

「…もう、一人で背負わなくていいんですよ……ユウリ」

 

 私の罪と、カラの罪。

 どちらが重いかなどわからない。

 二人で背負いましょう。今は、家族なんですから…

 

 

ーーーコンコンーーー

 

 

 突如二度鳴った音で目を開けると、そこには先程まで夢で抱きついていた男の顔が眼前にあり、私はユウリに包まれるように抱きしめられている。そして私の手も、男の背へと巻きついている。

 つまり、抱き合っていた。

 

 

「……$#○*€☆♪〆°?」

 

 誰かに声をかけられたような、でもわからない。

 声のような音が聞こえた方を向くと、目があった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

ーーーヤミが夢から醒める少し前。

 

 今日は土曜日で学校はお休み。

 前々から約束していた、ヤミさんと買い物に行く為、ユウリさんの家へと向かう。

 

 いつものようにチャイムを鳴らすこともなく、合鍵を使ってマンションへと入る。

 この部屋の鍵を持っているのは、家主であるユウリさんと、私。それと、最近この家の住民になったヤミさんの三人だけ。

 

 

「ヤミさん、来ましたよー?」

 

 玄関を開けて家に入るが、どうやらまだどちらも起きていないらしい。

 玄関から見えるリビングの扉のガラスからは光が漏れておらず、カーテンも閉めているのか暗いままだった。

 

 めずらしいな……

 

 もともとユウリさんの朝は早い。

 家事をこなしていた事もあり、結城家では誰よりも遅く寝て、誰よりも早く起きる事の方が多かった。

 

 昨日は、仕事ないって言ってから起きてると思ったんだけどな。

 

 ヤミさんの部屋には、誰もいない……

 もしかして、と思いながら、ユウリさんの寝室をノックして扉をゆっくりと開けると………

 

 

 

 

「………なに、してるんですか?」

 

 抱き合って眠る二人。

 いや、ヤミさんは起きている。なぜなら目があったからだ。

 だが、私の問いには答えない。

 まだ寝起きではっきりと目が覚めていないからか、ヤミさんも予期せぬ事態だったからかはわからないが、ただただ呆然としている。

 

「なに、してるんですか?」

 

 もう一度問う。

 

「ミ、ミカン……これは違うんです…!」

 

 ようやく覚醒したのか、飛び起きて私へと昨日の出来事を語り始めるヤミさん。

 

 殺気を感じてこの部屋へ、妙な匂いがして、急な眠気に襲われて、換気のために窓を開けた為おそらくユウリさんが寒くて抱きついてきた、と。

 

 

ーーーふーん。

 家族って、そういう意味でヤミさんは言ってたんですかね?

 いまだに寝ている家主は置いておいて、

 ちょっと、詳しくお話ししましょう。ヤミさんーーー

 

 

ーーーーーー

 

 

 黒に覆われた、闇の住民たちの世界。

 そこで、日本にある城のような建物が並ぶ、まるで江戸時代の城下町のような場所。

 その中でも最も大きな城の天守閣。

 そこで、城下を見下ろすように、黒髪の男が柵へと寄りかかっていた。

 

「ま、死んだんじゃない?アイツよわっちーもんな」

 

 柵に寄りかかったままの男へ、白く真っ直ぐな髪を胸元まで伸ばし顔に大きな傷痕のある男が話しかける。

 

「…… 神黒(カグロ)、お前でもわからないのか?」

 

「この世にいないって事はわかるよ。ただ、死んだってか消えたっぽいねー。お得意の電脳世界であろうが死んだら俺にはわかるし」

 

「……俺の方か、お前の言っていた方がやったのだろう。別に黄透(キスク)がいようがいまいが特になにも変わらない」

 

 白髪の男は振り返り、城の奥へと戻ろうとするが、

 

「じゃ、俺がちょっと行ってみよっかなぁー」

 

 立ち止まり、振り向かないままに声を発した。

 

「ダメだ。それは許可しない。お前はここにいろ」

 

「許可とかカンケーなくない?俺はあんたの部下でもなんでもないぞ?それに、あんまりうるせーと奥で寝てんの俺が殺しちまうぞ?」

 

 白髪の男の長い髪が重力を無視したかのようにくしゃくしゃになって揺れ動き、もはや大気ごと震わせる。

 神黒の方を向くその顔は、あまりの怒りのせいか元々の端正な顔を悪鬼のような形相に変えている。

 

「その前にお前を殺すぞ……!!!」

 

 黒と白の間の空間に亀裂が入りそうな程の気と気のぶつかり合いが起きるが…

 

「冗談だって、何マジになってんだよー。そんな事しないって」

 

 張り詰めていた気は一気に霧散した。

 

「ただ、さっきのも半分は本音。俺はおまえに止められる筋合いはねぇよ」

 

 白髪の男は肩をすくめ、少しため息をついた。

 

「……仕方ない。黄透を殺れる奴がいると言うし、目障りではあるしな。時間はかかるが、このまま地球に向かう」

 

「ならオッケー」

 

「…ただ、その前にーーーー」

 

 黒いもやに包まれた、大きな惑星程もあるなにかが地球へと動き出した。

 

 



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二十五話 女神×悪魔

ーーーーーー

 

 

「今日は、なにすんの?」

 

 いつもの朝。

 ユウリの作った朝ごはんを食べ終えて、私は紅茶を、ユウリはコーヒーを飲んでいる。出掛ける前の大抵の光景。

 そして、ユウリはいつもなにをするのかと予定を聞いてくるので、いつものように今日考えてる事を伝える。

 

「…今日も、学校に本を読みに行こうと思います」

 

「そうか。意外とオススメなのはあの奥の方にある歴史系が俺は好きだったな。ちょっとボロいのが残念だけどわりと面白かったぞ。………じゃあ、行ってくるな」

 

「…はい、いってらっしゃい」

 

 おすすめの本を紹介して、残っていたであろうコーヒーを飲み干し、仕事へと向かうユウリを見送る。

 ユウリは先月高校を卒業したので、働いている職場へと出かけていった。ハンターとしての仕事、悪さをする宇宙人を狩るのが仕事だそうだが、そんなに頻繁に起こる事なのだろうかとも思う。私が知らないだけで、他の事務的な作業もあるのかも知れないが。

 

 一月以上前に起こった、私が、ユウリと抱き合って寝ていたことで…ミカンにはかなり詰められてしまった。

 あの時のミカンの目は、銀河大戦当時の戦士にも匹敵する怖さを持っていたと思う…

 ただ、起きてきた当のユウリはまったく覚えていないし、何とも思っていなかったらしく、そのままミカンを宥めきってしまったので、その時は、ものすごく感謝をした。

 

 あれからも、たまに似たような事態が起きる事はあるが結局原因はわからない。最近では、ユウリの部屋からあの妙な匂いがする間隔が、どんどんと狭くなっている。

 ユウリの部屋に、張り込むのもいいかもしれない…

 

 

 でも、今でもたまに、ふと思う。なぜ私はあんな夢を……

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「そろそろ、【発】で作った能力教えてくれません?」

 

 俺は事務所につき、松戸さんと加賀見さんの【念】の修行を見ながらも、今までほっておいたことを口に出して聞いてみた。

 

 半年先か、十年先か、はたまた明日か。

 いずれ来る決戦の時に味方である二人の能力を知らないままでは不安が残る。

 

「……それは、ようやく僕らを信用したってことかい?」

 

 よく言う。

 俺は信用してる。あなたは俺を捨て駒なり当て馬に使いたいのはわかってる。隠さなくてもいい。

 

「いえ、割と前から信用はしてますよ……信頼にレベルアップしたいだけです。お互いにね。俺は全能力をさらけ出してもいいですよ」

 

 顔を少し下げたため、メガネが事務所の電気の光を反射し、松戸さんの目を伺えなくする。だが、オーラの反応は……

 

「……いいだろう。だが、大方君の予想とあっていると思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ここで、協力関係を結べるのは大きい。

 任せられる部分は任せたいし、俺だって死にたくはないが、それ以上に死なせたくない物の方が多くなってしまったから、助けられる可能性は1%でも上げておきたい。

 松戸さんは、裏切らないでくださいね。

 

「僕の能力は加賀見くんの補助でしかない。加賀見くんの事は、以前話した通りだが、それについては詳しく調べたかい?」

 

「…ヘスティア、でしたよね。ギリシア神話に出てくる、炉の女神で合っていれば、本の知識程度なら有りますね」

 

 

『それは、合っている事は少なく、間違いは多くある』

 

 ずっと黙ってこちらを見ていた加賀見さんが、前へと出て話す。明らかに、雰囲気も口調もいつもとは違う。声すらも、違っていた。

 

『私は父であるクロノスに飲み込まれた。合っているのはここだけだ。』

 

 ギリシア神話、俺が読んだ物では、ヘスティアはクロノスの第一子。予言で子孫に討たれると出たクロノスが、我が子を恐れて飲み込んだ。と言う話だったと思う。

 その後唯一飲み込まれなかった末子のゼウスに討たれたクロノスが飲み込んでいたゼウス以外の兄弟を吐き出し、最後に出てきたのがヘスティア。炉の女神として、炉から離れることができない神。おっとりとした、呑気な性格だったとか。オリュンポス十二神の席すらも甥のディオニューソスに譲るくらいの慈愛の心のある女神だったと書かれていたが……最初すら違うのか?と言うか、本当に、神なのか?

 

『そもそも私が飲み込まれたのは予言の前だ。クロノスの目的は、全宇宙での神々の戦争でできた己の魂の傷を、全て私に擦りつける為に私を永らく腹に入れたのだ……ゼウスに腹を裂かれたクロノスの体からようやく出てきた私は、自由に動くことすらままならない体に変えられていた。ゼウスに処女を誓っただと?ゼウスこそが私を愛した者たちを私から遠ざけ、私の体を治そうともしなかった。それを炉の神だのと称して……

 あの虫ケラの如き卑しき者共が!!!

 この私を!!何が女神だ!!オリュンポス十二神の座をディオニューソス如きに譲るはずがないだろう!!そのせいで、なんの肩書きもない私は、いまや魂を啜る悪魔だ!!!』

 

 加賀見さんは顔を歪め、腕や足、体はボコボコと音を立てて人間ではないような、異常な変化を見せ始める。その異形へと変わりゆく体からは、ドス黒い瘴気(しょうき)が大量に漏れでていた。

 

 悪魔…神々…そんなものが本当に?と思っていたが、目の前のコレと、漏れ出している、オーラではない、瘴気を見ると、思わざるを得ない…これは、本物だ…

 

 『闇のソナタ』、魔王が作曲したとされる独奏曲。聞いたものは呪いを受けるなどと言うオカルト話は昔の世界でも在ったが、これを見た今、それもあながち怪談話ではなかったのかも知れないとすら思える。

 

「契約違反だ。そんな言葉使いは許さん。君はあくまでエレガントに、美しくなければならない。その体から、出て行ってもらうぞ」

 

『………はい、先生。』

 

 そう言った加賀見さんの身体はしぼんでいき、いつもの綺麗な姿へと戻っていた。立ち振る舞いも言わずもがなエレガント。

 だが、声は相変わらず違ったままで、ニヤァと音がしそうな程に上がりきった口角は不気味に見える。瘴気が無くなってもなお、魔の者の纏う雰囲気は消えてはいなかった…

 

 元々、松戸さんの教え子で合った加賀見リイサさんの魂と器を狙っていたヘスティア。だが、ヘスティアは己の意思で動く事ができなかった。

 その、ずっと見ていた加賀見リイサさんは殺され、そこで現れたのが松戸さん。

 その時の加賀見リイサさん殺害の理由は知らないが、殺ったやつを殺すことが松戸さんと加賀見さんの目的。

 

 ヘスティアは、最後に自分のものになるはずだった加賀見リイサの美しい魂と器を壊した者へと恨みを抱き、松戸さんと契約を結んだ。

 

 松戸さんは愛していた、とは言わなかったが、教え子である加賀見さんを殺された恨みと、自身の恨みもあり、そのために悪魔と契約をして加賀見さんを形成したのだ。

 

 俺が【念】を教えるためにした契約で聞けた事は、二つ。

 

 一つは松戸さんの目的と理由。それは先程のことでわかる。恨みを晴らす事。

 

 もう一つが加賀見さんの正体と能力。

 結果、吸収型の宇宙人なんかではなかった。

 今の加賀見さんは、リイサさんを含めた十人の死体の部位を混ぜ合わせて松戸さんが作った肉人形。残りの九人がなんだったのかは知らないが、人と悪魔と宇宙からの来訪者だとは言っていた。とはいえ、もちろんそのままでは動くはずもない、そんな事は完全に人間の領域を超えている。

 だから、そのつぎはぎの体と、それぞれの体に宿っていたバラバラの魂の残りカスを繋ぎ合わせて、今の加賀見さんを形成しているのが悪魔ヘスティア……

 

 

「じゃあ、ヘスティアの事を知ったところで、僕らの能力は……」

 

 

 

 

 

 …とんでもないな。

 まさか自力で制約と誓約に気付くとは……

 それに、女神であり、悪魔……味方であれば、これ程頼りになるものもない。

 

 ただ……たぶん長くは持たないだろうな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「なぁ、兄上。今日はどこに行くんだ?」

 

「ん、中華とかにしてみようかと思ってるけど、嫌なら変えようか?」

 

「うんん、嫌じゃない。行こー!」

 

「チューカ、なにか不思議そうですけど、楽しみです。お兄様。ありがとうございます」

 

 兄上の仕事は今日は休みだったから、約束通り昼のご飯を食べに行くのだが、モモも付いてきた。

 そしてさっきからずっとこの態度、まーたいい子ぶってる…

 

「それにしても、もうお怪我は治ったのですか?」

 

「ん、治ってるよ。一ヶ月もあれば治るだろ。それよりモモ、あんまりくっつくなよ。胸があたっちまうぞ」

 

「おいモモ、兄上も嫌がってんだろ。離れろよ」

 

「ナナだと、あたる事はないですものね」

 

 むっ。コイツ自分がちょっとあるからって……あたしだって…

 

「兄上は、ミカンやヤミと仲良いし、大きいやつは嫌いなんだぞ!」

 

「…え?そんな事ないですよね!?お兄様!?」

 

「別にどっちでもいいよ。そいつに似合ってれば。大半の男はおっきい方が好きだとは思うけどな。ただ、モモは自重しろ」

 

 大半は置いておいて、兄上は胸の大きさは気にしないのか!よし!

 ん?なんであたしは今喜んだんだ?

 

「そ、そうですよね!良かったです♡」

 

 でも、モモのさっきの焦りよう…

 デビルーク星でも、父上に地球行きを許されてからはハンターハンターってずーっと言ってたもんな。モモは、ハンターである兄上が、好きなんだよな…?

 

 なんで、あたしはこんな気持ちに…?

 気のせいか。お腹すいてるからかな。

 

 地球のごはんはおいしいから、楽しみだなー!

 

 

ーーーーーー

 

 

「これなんで机回るんだ?」

 

「中華料理って、色々と取り分けるからな。みんなが取りやすいように、ここを回して好きなの取るんだよ」

 

「へぇーー。あっ!兄上それとって!」

 

「だから、そーゆー時に回すんだっての」

 

 キャッキャと子供のようにはしゃぐナナ。

 王宮で礼節を学んでいたはずなのに……

 落ち着きのない双子の姉を見ながら思う。

 

 ユウリさんはそんなナナにも色々と教えてあげている。

 優しい人だから。

 異世界人だって言うのには驚いたけど、私の気持ちは変わらない。

 今晩も行こうかしら……

 でも、そろそろヤミさんが張り込んでいそうな予感がするので、ガマンしなきゃいけませんね……

 

「モモ、食べないのか?辛いの苦手だったらこれならいけるだろ?」

 

 考え事をしていたので箸が止まっていた私に、ユウリさんが点心という種類の小籠包というものを取ってくれるが、

 

「ありがとうございます♫でも、これはどうやって食べるのですか…?」

 

 銀色のスプーンにマルっとした白い薄い皮に包まれたもの。箸で割って食べるのだろうか?

 

「そのまま一口で行くんだよモモ。さっき言ってたのに、聞いてなかったのか?」

 

「一口でなんて、そんなわけないでしょうナナ」

 

「いや、合ってるよ。中に入ってるスープもうまいから」

 

 え?本当だったんだ。ユウリさんが言うのならそうなんだろう。意を決して少し大きく口を開けて口に入れるが…

 

「……ただ、熱いから気を付けろよ」

「ーーっ!!」

 

 ちょっと遅いですよお兄様!!口に入れた後に言わないでください!!熱くて少しむせてしまった…はしたなく…

 

「あはは!おべっかモモの素が出たな!」

 

「ははは、わりーわりーちょっとわざとだったけどさっきナナには言ってたんだぞ?」

 

「もー、ひどいですよ…お兄様」

 

 イジワルはされたが、王宮とは違う、自由な、楽しい食事だった。

 そこにユウリさんがいて、ナナがいて、お姉様たちもいたら、もっと賑やかになるんだろうな。

 

 ユウリさんの住む地球はいいところですね。

 

 ユウリさんの過去は聞いた。この世界の方ではない事も。

 それでも、やっぱり私はあなたが好きな事は変わりません。

 二番や三番は嫌です。私が1番でないと。

 

 わがままかも知れませんが、私だけを見てはくれませんか?

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「食べたー!」

 

「ナナ、はしたないですよ。ご馳走様でした。お兄様♡」

 

「うん、じゃあ出るか」

 

 俺たち三人は食事を終えて、二人を家に送る。

 家と言っても、ララのラボと一緒で結城家に異次元空間をくっつけており、そこが住居スペースなんだそう。

 

 特に何事もなく向かっていたのだが、視線を感じ【円】を展開、見知った、と言うか何度か見かけたやつがこちらを伺っているのがわかった。

 

 用があるのは、まぁ俺だろうな……

 

「悪いな。ちょっと用事ができてさ、俺はここで!じゃあな」

 

「あ、お兄様」「ちょっと、兄上!」

 

 二人に手を振り、路地を曲がる。

 待っているであろう人通りのない路地まで来たところで、ようやくご対面できた。

 

「どうした?外に出てるなんて、なにか合ったのか?」

 

「……ユウリさん、助けて…ください…」

 

 そう言って、俺の元へと来た奴は倒れた。

 どうやら気絶しているだけのようだが……

 

 

ーーーざわーーー

 

 怒りで、心がざわつく。

 なにがあったかは知らない、わからないが……

 

 どこの誰かは知らないが、俺のツレに手を出すって事がどんな報いを受けるか、教えてやろう。

 

 気絶した、小さな子を腕に抱き、黒コート姿に変わると空を駆けた。

 

 




結界師から名前を拝借してる陣は色々と独自設定で変わっておりますが、パラレル世界という事で、ご理解と容赦頂ければ……


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二十六話 噂調査×暴走

ーーーーーー

 

 

「………ここが……さすがに長いこと使われていないだけあって、ボロボロですわね」

 

 暗い廊下の中を、三人の女性がひとつの懐中電灯の光を頼りに恐る恐る歩いている。

 長い黒い髪を額で左右均等に分け、ポニーテールにしている女性、九条凛が、長い金髪をドリルのように巻いている女性であり自らの主人でもある天条院沙姫へと提案をする。

 

「沙姫様…やはり、もう戻りませんか?」

 

「何を言うの凛!」

 

 だが、その提案を沙姫は否定する。

 

「言ったはずですわよ。この学校の女王(クイーン)たる(わたくし)がこの学校で知らない事などあってはならないと…ウワサの真相を確かめるまでは戻りませんわ!!」

 

「でも…」

 

 自称、この彩南高校の女王(クイーン)である天条院沙姫に二言は無い。

 九条凛はなおも止めようとし、もう一人の従者である、丸メガネを掛け、黒髪は腰まで伸ばしているが、前髪は眉毛の上で切り揃えている藤崎綾も同意する。

 

「そうです!沙姫様にもしもの事があったら……」

 

「も…もしもの事って何ですの!!」

 

 

ーーーザザザザザザザ!!

 

 何かが這い寄るような音が床の方からしたかと思うと……

 

「キャアァアァアァア!!?」

 

 悲鳴とともに、三人の姿は廊下から消えた。

 

ーーーーーー

 

 

「おーい、幽霊さんいますかー?」

 

「ラ…ララさん、別に呼ばなくても……」

 

 人の滅多に入ってこない旧校舎を、5人の男女がびくびくとしながら歩いている。先頭を行くデビルーク第一王女だけは全くびくついておらず、堂々と散歩しているように歩いているが。

 なぜこんな事になっているかは、旧校舎にでる幽霊のウワサ話を本当かどうか確かめにきた。という至極学生らしい理由だった。

 

「キャーーーー!!!!」

 

 その中でも最もビクビクとしていた、西蓮寺は足元をネズミが走っただけなのだが、恐怖のあまり叫び声を上げた。

 

 そんな事をしながらも奥へと進み、図書室でリトがセクハラをしつつもヤミと合流した。

 同じクラスである、リト・ララ・ハルナ・リサ・ミオを立ち入り禁止である旧校舎に入っているので注意するために追ってきた古手川も合流した。

 

ーーー

 

 

 そんな少年少女たちの様子を遠巻きに見る者たちがいた。

 

「くそ、まさかここにこんなに地球人が来るなんて……ユウリさん呼びに行ったやつはまだか!?」

 

 ユウリと親交のある、ピンクの肌で三つ目に三本ツノが特徴的な中級悪魔のような見た目をした宇宙人、ベンドットは苛立ったように叫ぶ。

 

「あいつ、昨日落ちてきた床に潰されてボロボロだったからなぁ…」

 

 なんでそんな奴にいかせたんだと思うが、もう遅い。

 

「仕方ない、少し驚かして帰そう。地球人に手を出したら俺たちがユウリさんに皆殺しにされちまう」

 

 自分たちを唯一知る人間である七瀬ユウリに説得して出て行ってもらおうと思ったが、ここまで踏み込まれては自分たちの寝床である地下にすらたどり着きかねないので、いつものようにちょっと怖がらせることにした。

 

 

ーーー

 

 

 

「クソッ!!まずいぞ、透明も、チビたちもばれた!!こうなったら地下に籠城するしか……」

 

 はぐれ宇宙人達は焦っていた。驚かして恐怖を煽り追い出すつもりが、こちらの正体を次々と見破られ、向こうはズンズンとこちらへと進んでくる。

 透明になれるものと、体が小さなものが、それぞれ人体模型や、その辺のものを動かしたり投げたりしてポルターガイストのように振る舞っていたのだが、どちらもバレて逃げ帰ってきていた。

 

「あの、いつも本を読みにくる金髪の子がやばいよ!あれはもはや地球人かどうかも怪しーよー!!」

 

 逃げ帰ってきた透明人間の言葉に、地球人って実は凶暴だったんだと知り焦っている宇宙人たち。

 しかし、一人だけ焦っていないものがいた。

 

「ぐふふふふふ。俺が止めてこよう。殺さなければいいんだろう?」

 

「おぉ!!新入り!任せたぞ!よしっお前らは俺についてこい!地下にバリケードを作るぞ!」

 

 紫色の巨体を揺るがし、タコのような一つ目の宇宙人は殿を務めるべく、まずは凶暴な金髪を止めるために動き出した。

 

 

ーーーーーー

 

 

 旧校舎が見えた。

 隕石の如く、上空から地面へと斜めに落ちるように飛ぶ。

 

 旧校舎は、あの子とコイツらの家。破壊はしたくない。

 

 地面にも粘度の高い結界を生成。落下スピードによる加速エネルギーの方向を無理やり変えて、弾丸のように旧校舎入口から突入、同時に【円】を展開し、全てを把握する。

 

 旧校舎内の一階に、なぜかリトの仲良し一行。地下には天条院たち三人組。そしてリトたちと天条院たちの間にはぐれ宇宙人たちがいる。はぐれ宇宙人たちは地下へ向かっているようだが、あいつらなら天条院にも手を出す事はないだろう。

 

 見た事のない紫色の巨大なタコが、その多くの足で、ヤミとララと古手川となぜかリサミオだけはセットで同じ足で捕らえており、近くでは西蓮寺が壁に持たれて座り込むように気を失っている。

 そんな巨大なタコに、無謀にもリトがフライパンで襲いかかる瞬間だった。

 

ーーーコイツが、原因か……!!

 

 弾丸のようなスピードは落ちてきており、地面を一度蹴りさらに速度を落とす。殺さない程度に、ぶちのめす。

 

「うおおおおっ!!」

「おっっらぁっ!!」

 

 リトのフライパンがペチンと当たり、

 同時に俺の蹴りがズドンとタコに減り込む。

 

「ぐぼおぉぉぉおっ!!!」

 

 旧校舎は壊さない。俺をタコごと結界で囲み、タコは吹き飛ぶこともできず、勢いのついている俺はタコの体内に腹まで埋まり、止まった。

 

「結城くん、すごい……」

「結城、こんなに強かったの?」

 

 俺とは逆側の足に掴まっていた古手川とリサミオのリサは、リトのフライパンの威力かと思い、感嘆の言葉を漏らす。

 緩むタコの手から落ちる五人を粘度を高めた結界でそれぞれ受け止めるべく生成。

 

ーーーぼよんーーー

 

「……ユウリ」

「お兄ちゃん?」

「た、助かったの!?」

「「何これ!?」」

 

 全員無事のようだな。

 この気絶していたはぐれ宇宙人の子も壁際に寝かせる。

 

「おいこら、寝てんじゃねぇ。覚悟は、できてんだろうな?」

 

 そして動かないタコのデカい目の上に手をかけ、下に足を掛けて瞳を無理やり開きながらも脅す。もちろん殺意を込めたオーラで囲みながら。

 だが、返事を聞く前に別の方向から叫び声がする。

 

「な、なんなんですのぉ〜〜〜〜!!?」

「沙姫様早く!」

「キャアァアァア!」

 

 天条院たち三人がこちらへと走ってきており、

 

「ユ、ユウリさん、違うんです!そいつは俺たちの……」

 

 その後ろには、ベンドットたち、見慣れたはぐれ宇宙人たちがこちらへ走ってきている。

 

「さ…西蓮寺!」

 

「う…う〜ん……結城くん…?私…どうして…」

 

 気絶していた西蓮寺が起きたようだ。

 ちょうど西蓮寺の前を天条院たちが通り過ぎ、西蓮寺の前にはベンドット達がいる。

 

「へっ!?」

 

 西蓮寺はリトの腕を掴み、そのままリトを、まるでヌンチャクのように振り回し始めた。それも、

 

「キャーーーーー!!!いやあぁあぁあぁあ!!!来ないで〜〜〜!!!」

 

「ギャァァアアア!!」

「ウワァァアアア!!」

 

 ベンドット達に向けて。

 

 リトを武器として使い、逃げ惑う宇宙人達をなぎ倒す西蓮寺。

 振り回す速度が速すぎて、もはや薄っすらと見えるリト。まるで西蓮寺がリトをドレスとして纏って踊っているかのようにすら見える。

 

ーーーキレイだなーーー

 

 やべ。見惚れてる場合じゃない。遠心力と衝撃で、リトが死ぬ!!

 高速回転しているリトを無理やりに受け止める。

 

「うげっ!!!」

 

 突如遠心力から解放されたリトから呻く声が聞こえたが、大丈夫そうだ。回転が止まったためかリトはそのままフラフラとヤミの胸にダイブしていた。

 リトは置いといて、いまだ暴れそうな西蓮寺の両腕を掴み、顔を覗き込む。

 

「落ち着け!!ーーー大丈夫だから」

 

 少し大きな声と、腕の力を少し強めて焦点の合っていない目をしている西蓮寺を覚醒させる。

 

「あ……あ、私…」

 

「大丈夫だから。落ち着け、ほらリトがヤミに殺されそうだ。介抱してやってくれ」

 

「え、あ、はい!」

 

 はぁ。西蓮寺もようやく落ち着いたか。これで全箇所一旦落ち着いたかな。いや、あの紫のタコ野郎を……!

 

「ユウリさん!すみません!コイツは新入りなんすよ!殺さないで!」

「あ、貴方様は!!お名前を……」

「卒業したのに、なんでお兄ちゃんが学校にいるのー?」

「なんでララちぃのお兄ちゃんが……それに何その格好…?」

 

 また、面倒な……重力加速の方向を変えた時の衝撃でフードが後ろに取れていた。

 

「とりあえず、ベンドットからだ!このタコは仲間か?」

 

 うんうんとはぐれ共全員が頷く。

 勘違いから起きた事か。紛らわしい事するなとタコを小突く。

 

「ラ、ララのお兄さま、ですってぇぇえぇえ!!?」

「そーだよーお兄ちゃんはユウリって名前だよー」

 

「そんな、この聡明で誠実で美しくて…そして優しくて……それが、ララのお兄様………み、認めませんわーーー!!!」

 

「「沙姫さまーーー!」」

 

 後ろで天条院が叫んで、三人で走っていったが…とりあえずほっとく。一個ずつ片付けよう。

 

「こいつらは、宇宙のはぐれもの達だ。居場所がないからここにいる。見なかった事にしてやってくれ」

 

「…なるほど、七瀬くんが宇宙人たちを匿っていたのね」

 

 みんなに向かって行ったのだが、後ろから声がした。

 

「まぁ、そうっすね」

「御門先生!」

 

 なぜかミカド先生が現れ、ララが呼ぶ。そのミカドという名前を聞きベンドット達はドクターミカドだとざわついているが、なに?有名人なの?

 話を聞くと宇宙でもかなり有名な医者らしい。俺を治してくれたのもミカド先生だったし、凄腕だったんだな。

 

「にしても、あなた達、この子たちに手を出してよく無事だったわね」

 

 ララが銀河大戦の覇者の娘という事と、ヤミが金色の闇という事を知り震えている。

 

「まさか、今まで来ていた子が、こ、金色の闇だったなんで……ユウリさん!そんな事を黙ってるなんて人が悪いっすよ!!」

 

「いや、でも今までなにも起きなかったろ?」

 

 その後はワイワイとしたムードになり、ミカド先生がみんなに仕事を紹介してくれるとなってベンドットたちは大喜びしていた。

 

 なんだかそれを見て俺も嬉しかったのだが、なぜか、サイクロくんの様子がおかしい。ワナワナと震えており……

 

 ーーーっ!まずい!!

 

「グゥオ……アァァ…アァアアア!!!」

 

「な、なに!?」

「キャア!?」

「おい、いったいどうしたってんだよセドカン!?」

 

「ーーちっ!」

 

 小さな結界をいくつか生成し、サイズを大きくする事で、叫びだしたサイクロくんことセドカンから全員を押し出し距離を取らせる。

 

 即座に部屋ほどのサイズの結界を何重にも生成し、外からは中が見えなくした。

 その部屋のような結界の内側には俺、ベンドット、ミカド先生と、セドカンだけがいる。

 

ーーバァン!!!

 

 地面に力一杯両腕を打ち付ける。地面は今結界なので貫くことはできなかったようだが、打ち付けた自身の腕は、ところどころ骨が飛び出しており血も吹き出していた。明らかに重傷だ。

 

 仕方がないのでセドカンを結界で囲い、身動きが取れないほどの大きさに縮めていき動けないようにした。

 

「グ、クググガ、」

 

「おい、いったいどーしちまったんだよ!?セドカン!?」

 

 ミカド先生は顎に手を当てて考えているようだ。

 

「……先生、治せますか?」

 

「…無理、ね。もっと早ければどうにかなった可能性はあったでしょうけど……おそらく寄生している種のようなものが脳幹に根を張っている…外せば死ぬしかない…」

 

「そうですか」

 

 コイツは、運良く逃げれたんじゃなかった。埋めて置いて、わざと逃したのか……

 

 全てを理解したのか、ベンドットが泣きながらお願いをしてきた。

 

「…ユウリさん、治らないなら、もう楽にしてやってください……こいつの一族も、黒蟒楼(こくぼうろう)に、入ろうとするくらい元々は凶悪なタイプの種族ですから…気には、せんで……いいですから…」

 

「……お前も俺の結界で滅してやる。そして、同じ場所にお前の一族の仇も送り込んでやる。だから、まずは腕直して、爪研いで待ってろ………」

 

 彼を囲っていた結界に触れる…そして、

 結界を絶界へと変えて、塵ひとつ残さずこの世から消し去った。

 

 今までは、どうでもいいやつばかり殺してきた。

 ムカつくクソばかり殺してきた。

 

 こんな、殺りたくもないのに誰かを殺すのは、初めてだ……

 

ーーーゾクッーーー

 

「七瀬くん…」「ユウリさん…」

 

「大丈夫。さっき言ったのは嘘じゃない。黒蟒楼の奴らは俺が消してやる」

 

 クソが、胸糞悪い事させやがって……

 

 

ーーーーーー

 

 

「……お兄ちゃん…」

 

 どうなったんだろう……?

 

「………」

 

 ヤミちゃんは、青い壁を睨むように見ている。中で何が起きてるのか、わかってるのかな……?

 

「しっかし、さっきの格好といい、この訳わかんない壁といい、結城のお兄ちゃんも宇宙人なの?」

 

「いや、ユウ兄は…」

 

よかったですね…皆さんお仕事が見つかって…

 

「え?」

 

 今のは、誰の声だろう?

 リサがリトと話しているのは聞いていたけど、急に聞いたことのない声がした。

 

 声のした方を向くと、なんだかぼやけてて見えないなー?

 

これで、私も静かに過ごすことができます。どうもありがとう。

 

 綺麗な着物を着た女の子がいる!周りに浮いてる火みたいなのはなんだろ?

 あれ?みんな、どうしてボーとしてるんだろう?

 

あ、申し遅れました。私、400年前にこの地で死んだお静といいます♪

 

 

「ギャ〜〜〜

 ホントに出た〜〜〜!!

 うわぁあぁ〜〜〜!!!」

 

 みんな、走ってどこかへ行っちゃった。

 でも、なんだか透けてるし、不思議な子だなぁー。

 

あれ…皆さんなんで…?ユウリさんのお友達なんですよね…?

 

「あれ?お兄ちゃんの事わかるのー?」

「なぜ、ユウリの事を?」

 

え、ユウリさんは、私の唯一のお友達ですから

 

「えー!お兄ちゃんの友達なら、私も友達だよー宜しくね!お静ちゃん!」

 

ーーーパァンーーー

 

 お静ちゃんと友達になったところで、突如青い壁が消えて、中にいたはずの、さっき変な声を出していた大きな宇宙人の人がいなくなっていた。

 御門先生と、ピンク色の宇宙人の人と、怖い顔をしたお兄ちゃんだけ…

 

「……ユウリ」

 

あ、ユウリさん!妹さんもユウリさんに似てすごく可愛らしい方ですね!

 

「………おぉ。静ちゃん。ーーーいや、顔から髪から全部似てないだろ。ちなみに、義弟の方には会ったか?」

 

 良かった。怖いお兄ちゃんからいつものお兄ちゃんに戻ったみたい。

 ホントに、なにがあったんだろう…

 

おとうとさん、ですか?いえ、お会いしてないと思いますけど……あのいなくなられた方の一人ですかね?

 

「ん、確かに、みんないない。そうか、みんなお静ちゃんにビックリしちゃったんだな……まぁ、あいつがいると周りはうるせーけど楽しいから、静かに飽きたらリトんとこ行ってみなよ」

 

 そのままお静ちゃんと宇宙人さんにばいばいして、どこかへ行っちゃったみんなのところに戻ろうとしたんだけど…

 

「…ユウリ、中でなにが…」

 

「また、夜話すよ」

 

 ヤミちゃんが聞いてるのに、お兄ちゃんは途中で遮ってしまった。

 

「仕事の報告に行ってくる……じゃあな」

 

 そう言って、行っちゃった。

 ヤミちゃんは唇を噛み締めて俯いていた。

 とても、悲しそうに見えた。

 

「ヤミちゃん、お兄ちゃんも夜話してくれるって言ってたから、そんなに悲しそうにしなくても大丈夫だよ」

 

「……私の、今のこの気持ちは、本当の家族なら生まれないものですか…?」

 

 本当の家族、偽物の家族、そんなものは無いよ。

 私はお兄ちゃんの事を本当の家族のように思ってる。

 

「うんん。そんな事ないよ。でも、お兄ちゃん、全部自分でやろうとするところあるからなー。よしっ!ヤミちゃんのためにも今度私の発明で…」

 

「金色の闇さん、デビルークの王女様!!」

 

 もともとここに住み着いてたって言う宇宙人の人が、土下座をしてる……しかも、三つの目全てから涙を流しながら……

 

「ユウリさんを、助けてやってください!!」

 

 そう言って、中で何があったか、お兄ちゃんの目的も全部教えてくれた。でも、中であった事以外はほとんど知ってたけど、目的の、地球人のような宇宙人って言うのが、わからなかった。

 パパに、聞いてみようかな…?

 何か私も、お兄ちゃんの助けになれたらいいな。

 

「勝手に話して、呆れた人ね。まぁいいわ。さ、みんなも昼休みも終わりよ。教室に戻りなさい」

 

 御門先生に言われて、私は教室に、居なくなったみんなのところへと戻った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「その前に、なによ?」

 

「近くにいる種を地球で暴れさせる」

 

「へぇー。そんな遠隔で動かす事できんだ?」

 

「距離があると撒いてる種から種へと伝達させる命令になる。単純な事しかできんがな」

 

「ふーん。ま、暴れろでも壊せでもいーしね」

 

「そうだ。……あと、お前の言う面白い奴の情報が欲しい。黄透にはわざと少ししか話さなかったな?」

 

「ははは。別に全部話したつもりだけどなー。まぁ今どんなことできるかまでは知らねーけどね……でも、取るなよ」

 

「いいから、話せ」

 

「はいはい。身体エネルギーを体に纏わりつかせてて、それを武器化できるってくらいだよ。棍と、刀みたいなん。あとは、そのエネルギーのおかげで貧弱な星人の中ではだけど、かなり硬いってくらいだよ」

 

「……本当だろうな?」

 

「俺が、嘘ついたことあった?」

 

「………」

 

 

ーーー

 

 

 よーやく行ったか。

 ま、信じてないわな。

 とはいえ、本当のことなんて言うわけないだろ。

 

 身体エネルギーじゃなくて生命エネルギーだもんな、言ったら欲しがるに決まってる。

 手に負えない俺より、手に負えるやつのが楽だもんな。

 

 でもな、俺のおもちゃなんだから、遊ぶのも、壊すのも俺だけなんだよ。

 

 



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二十七話 クロ×誤解

ーーーーーー

 

 

 旧校舎での一件後、松戸さんの事務所に行って報告したが、正直わからないとの事になった。

 頭に何かを埋め込んで傀儡にする能力ってのは聞いていたが、なぜ、この地球にいるセドカンが暴走したのかの理由はわからない。

 

 楽観的に考えれば、ばら撒いてた傀儡を適当に間引いただけで、たまたまそれがセドカンだった場合と、セドカン自体になんらかの原因があった場合。ただ、これは可能性が低い。セドカン自体の理由の有無は無いとも言い切れないが、幹部を倒したこのタイミングで、偶然暴走する事の確率の方が著しく低いと思うのが自然。

 

 可能性が高いのは、地球が狙いの場合。

 幹部を倒した可能性があるから傀儡で様子見…程度であればマシだが、傀儡を地球に集めてる可能性すらある。もっと最悪なのは本陣すらもここに来ている場合。

 その場合、どうするのが最善か……

 答えは、俺の中では今のところ出ていなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ただいまー」

 

「…おかえりなさい」

 

 ヤミが、出迎えてくれた。

 表情は、うーん。思った通り、暗いな。

 

 あーぁ。いっときの感情でヤミに話すのを後回しにしたのが不味かったなぁと、後悔した。ヤミは家族、というか兵器じゃなく、人としての生き方を理解しようと、近づこうとしている。それを俺が距離を置く事でまやかしの家族ごっこと思わせた可能性が高い。

 でも、あの時はベンドットもいたから、できればあれ以上セドカンの話はしたくはなかったしなぁ。

 

 自分より二回りは小さな少女になんて話しだそうかを迷っている自分を客観視するとめちゃくちゃダサいな。

 

 よしっ!普通に話そう!

 

「ヤミ、今日さ…」

 

「聞きました」

 

「え?」

 

「ベンドットという宇宙人が、何があったのかを全て話してくれたので、すでに知ってます」

 

 あの野郎……余計なことしやがって……俺のさっきのしょうもない葛藤を返せ。

 

「そ、そうか。ごめんな。初めてでさ、仲間って言えるヤツを消すのって。なんて言えばいいか、迷ってたんだ」

 

「…あなたは、なぜクロ(・・)を狙うのですか?」

 

 ……あぁ、そこまでも、話したのか。しかも、ヤミはカグロの事を知ってるのか…

 

「ヤミは、知ってたのか?」

 

「……私を作り出した組織を壊滅させた後に、会ったのが最後ですね。かなり、強いですよ…」

 

 そりゃそうだよな。俺でもまだ、勝てないと思う。それ程にあの時の衝撃が強く、俺の中での殺されたというイメージが拭えない。

 

「強いのは、わかってる。あとは、なぜ…か。まぁ自己満足だな」

 

「自己満足…?」

 

「あぁ。間接的だけど、七瀬悠梨と両親を殺されたんだ。理由はそれで十分だろ?」

 

「…復讐、ですか」

 

「いや、はじめましてが死体だったからな。別に復讐…って程ではないけど、流石にこの肉体の仇は取りたいかな。あと、俺自身も殺されたようなもんだ。ミカド先生とモモのお陰でなんとか生き延びただけ。だから、リベンジも理由の一つかな」

 

 ヤミは何か考えるそぶりをして、その言葉を飲み込んだように思えた。

 

「…そうですか」

 

「そうだよ。ーーーそろそろ、夕飯にしよっか」

 

 そう言って、夕飯の準備に取り掛かる事にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリと夕食を食べて、いつものように過ごして部屋に戻る。

 ミカンの選んでくれたベッドに座り、ミカンとユウリにもらった多くの本の一つを手に取り、読もうとしたのだが、今日の事を思い出していた。

 

「ユウリさんを、助けてやってください!!」

 

 そう言ってきたあの宇宙人、ユウリにすごく感謝をしていた。

 それに、あのお静という幽霊も…

 

 私があの旧校舎に案内された時、廊下で話していたのがお静だったようだ。

 静かにしてあげてくれ……

 というのは、どちらにも向けてのお願いだったんだな。

 

 不思議な男。

 こうして一緒に住んでいても、知らない事ばかりだ。

 プリンセスの言う、全部自分でやろうとすると言うのもわかる。私も、そうだから…

 ユウリを助ける……依頼以外で動く事は、基本はないのですが、仕方ないですね。

 

 

 それに、まさかクロが仇とは……彼がどこかの組織に属するとは思えないし、地球人を殺すような依頼を受けることもないとは思う。

 でも、今よりは弱かったとはいえユウリを一方的に倒せるような者など宇宙でも少ない。

 

 

 殺し屋クロ、あなたも変わったんでしょうか……

 

 

ーーーーーー

 

 

「……大きな宇宙船の反応があるね」

 

 今日も事務所の三人で修行中、松戸さんがモニターのようなものを見て言った。

 

「ただ、近くで停まっているようだ。まだ地球には入ってきていないな」

 

 という事は暴走傀儡ではないって事なのかな?

 チラリと横目で加賀見さんを見るが、俺の視線に気づき首を横に振った。

 まだ、見えないって事か。

 

「とりあえず、ほっておこう。入ってくるようなら相手をすればいい」

 

「まぁ、そうですね。加賀見さん、また教えてください」

 

「わかりました。七瀬さん」

 

 そう言って頷いてくれる加賀見さん。

 二人の能力は知った。あとはそれを伸ばしていくことだが…

 この二人の能力は、ここぞという場面以外では使わない方がいい。

 

「じゃ、模擬戦でもしますか」

 

「君と、僕らでかい?」

 

「そーですね、一回、念能力者同士の戦いの勘も取り戻しときたいですし。お二人も俺のオーラの動き見ててもらえたら、刺激になるかもしれませんよ?」

 

「いいだろう」

 

「但し、二人の能力は使うのは無しで、オーラ操作のみにしましょう。俺ももちろん結界は使わないんで」

 

「えぇ、わかりました」

 

 

ーーーーーー

 

 

「まぁ、こんなもんでしょうね」

 

「クッ。老体を労ろうとは思わないのかい?」

 

「…やはり、お強いですね、七瀬さん」

 

 ものの数分で二人に膝をつかせた。

 加賀見さんがマジになったらどうなるのかとも思ったが、通常の状態だと、そこまで力を出すと肉体が耐えられないそうだった。

 

「いや、二人のオーラのおかげですよ」

 

「オーラの?」

 

 そう、流れが、ぎこちない。意識しているところも、これからなにをしようとしているかも手に取るようにわかる。

 

「相手にオーラが見えなきゃいいですけど、オーラの流れのぎこちなさからやりたい事全部わかるんで、守るのも楽だし、攻めるときは打撃ポイントずらせば、結果こうなりますね」

 

「それは、つまり……」

 

「オーラを視認できて、戦闘経験のあるやつ相手だと、同じことになりますね」

 

「それは…そうだな。だがこれを直すには…」

 

「経験と実戦あるのみです。なんで、今後は【練】を限界まで行なった後に、俺と模擬戦しましょう。枯渇寸前の方が少ないオーラを意識して使えるでしょうから」

 

 そう、この世界は正直なんでもありだ。いろんな事を想定しておかなくちゃならない。

 別に、念を使える奴がいても全然驚きはしない。

 松戸さん自身、生命エネルギーを発する宇宙生物を解剖し、調べあげて、喰う事によって念を開花させた。

 そもそも、オーラを纏う生物がいる時点で、どこかにそんな人間がいてもおかしくないからだ。

 

「松戸さんは、【練】を5,6時間くらいは行けるようにならなきゃ、格上や同レベルの相手との戦闘は安心はできないですね」

 

「私は、どうしたらいいでしょうか?」

 

「正直、加賀見さんの潜在オーラ量を増やす事は望み薄なんで、操作性の向上と、その能力の精度上げるしかないですね…」

 

「その修行で扱うオーラが無いのですが……あ、七瀬さんのオーラを貰えませんか?」

 

「あぁそうですね。吸収型宇宙人って偽ってたのもそういえば伊達じゃなかったですね」

 

「ふふ、嘘をつく時は真実も混ぜ合わせると効果的ですからね。吸収といった行為は右の肺にいるシェリーがもともとそう言う子だったんですよ」

 

 すごい綺麗な笑顔で、ブラックな事と常人では意味不明な事を言ってるな。

 元々の設定の通り、加賀見さんの能力で確かに吸収はできるそうだが、実際は吸収といっても能力を吸い取るようなものではなく、ゲームで言うと食事でHPとMPが回復するようなもの。つまり、俺のオーラを呼吸するように吸って、そのオーラで修行するという感じ。

 確かにその方が効率はいいし、俺も【練】でオーラの総量を増やす修行にもなるし、悪くはないな。

 

「そうですね。いーっすよ」

 

 この後で、ちゃんともっと考えて返事をすればよかったと後悔した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あと、これと、これもいりますね」

 

「はぁ。そーすか」

 

 なんでこんな事になっているのか……

 今は加賀見さんとデパートに買い物に来ていた。

 修行中にそろそろ買い物に行く時間になったのでついてきて欲しいとなり、コーヒー豆などの消耗品から日用品の買い出しと、予約していた物?を取りに行くとの事だったのだが、コーヒーは普段俺もかなり飲んでるし、断れなかったのだ。

 

「七瀬さん、あとはあそこにも寄りたいのですが?」

 

「はぁ。いーすよ」

 

 加賀見さんに手を引かれ、なんだかすごく高そうなアンティーク調の綺麗なお店に入る。

 そう、手を引かれて……事務所を出てからは、ずっと手を繋いで二人で歩いていた。なぜかと言うと…

 結局、加賀見さんのオーラ量の無さから普段は満足にオーラを扱う修行をできていなかったそうで、最初は俺の【堅】のオーラを呼吸のように吸っていたのだが、今は手から直接オーラを吸われている。

 これが呼吸よりも断然多く吸い取られるのだが、潜在オーラ量には自信があるのでまだまだ大丈夫だけど、高校卒業したての若造な俺と、美人で大人っぽいが年齢不詳に見える、いわゆる良い女な加賀見さんとが手を繋いで歩いている方が、周りの目が凄いので大丈夫じゃなかった。

 

 と、俺の羞恥心はお構いなしにお店を出て歩きながらも修行は続く。

 

『あそこのマスコットです』

 

『変化のスピードが遅いですね。あとは、輪郭部分がぼやけてるので、細部にもオーラを行き渡らせるようにしないと』

 

 今のはオーラで文字を作り筆談で話している。加賀見さんはデパートの壁に貼ってあるポスターのキャラクターにオーラを変化させて絵を描いていた。

 今は買い物で歩き回りながら、目についたものにオーラを変化させ形作る修行を行なっているのだが、加賀見さんは変化系だけあってかなり筋がいい。めちゃくちゃ複雑なものでもほぼできているが、オーラを均一に変化させるのがまだ甘いのと、速度が遅い。

 これはイメージしたものに変化させるので確かに難しいのだが、少し考えすぎな気がした。

 

『少し考えすぎじゃないですか?イメージした物をぱんって感じでいいんですよ?』

 

『これでどうでしょうか?』

 

 おぉ。普通に上手い。さっきより単純な物ではあったが、スピードは少しだけ早くなったくらいだが、何よりも細部が綺麗だった。

 

「いいですね。すごく(細部まで)綺麗ですよ」

 

「ありがとうございます。七瀬さん」

 

 あとはオーラの流れ、【流】をごく自然に、そして早くしていくのが大事なので、【纏】【練】【絶】【凝】【円】【硬】の順に高速でオーラを操作し続けてもらう。

 

 オーラの消費が早いな。

 潜在オーラは少ないのに、顕在オーラは多い。

 もったいないなぁと思いながらもそのまま二人で歩いていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あら?…七瀬先輩と……え?彼女さん…かな?」

 

 七瀬先輩が、誰が見ても美人な黒髪ロングの大人な女性と手をつないで歩いてる。

 

「ハルナーなにしてんの?」

 

「え?うんん!なんでもないよ!」

 

 なんとなく、隠した方がいいと思ったんだけど……

 この友達二人には気づかれちゃったみたいだ。

 

 

「……すごく綺麗ですよ」

 

「ありがとうございます。七瀬さん」

 

 あ……

 

「え、お兄さんじゃん」

 

「彼女なのかな?すっごい綺麗な人に綺麗ですよって言ってる!!」

 

「ちょっと話しかけにいこーよ!」

 

「ダメだよ。邪魔しちゃ悪いよ」

 

 私は止めたのだが、

 

「おにいさ〜ん♡」

 

「凄い綺麗な人ですね。彼女さんなんですか?」

 

 あ、七瀬先輩すごく嫌そうな顔してる。

 

「おぉ。リオミサだっけ?彼女じゃねーよ」

 

「ちょっと!私は籾岡里紗!」

「私は沢田未央です。手まで繋いで、本当に彼女さんじゃないんですか〜?」

 

 あ、もっとすごい嫌な顔してる。

 

「ほら、二人とも!邪魔しちゃ悪いよ。七瀬先輩と、あの…」

 

「もー卒業してるし、元先輩だよ。あと、加賀見さんだよ。俺の仕事の上司で、事務所の備品の買い出し中だ。手を繋いでたのは、まぁいろいろあるんだよ!」

 

『加賀見さん一旦修行は中止!!』

『もしかして照れてるんですか?』

 

 二人は見つめあってるようにも見えたけど、目を見てると言うよりかは、どこを見てるんだろう?でも、ぱっと手を離しちゃった。

 

「加賀見リイサです。七瀬さんのお友達さん、ですかね。確かに、七瀬さんと私はまだ(・・)恋人という間柄ではないですね」

 

 優しそうな笑顔でそう言った加賀見さんは、凄く綺麗だった。

 ん?……まだ?

 

「変な含みでからかわないでくださいよ。ま、お前らが思ってるような関係じゃないって事だ。じゃあな学生ども。せいぜい勉強に追われてろ」

 

 そう言って二人は歩いて行ったけど、最後に会釈をしてくれた加賀見さんは、とても上品で、素敵な振る舞いだった。

 

「んー、お兄さん、遊ばれてんのかな?」

 

「でも、素敵な人だったね」

 

 リサは相変わらずだけど、ミオも私と同じ事を思ったみたい。

 

 翌日、リサがみんなに言いふらしてるのを見て、七瀬、さんに少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリさん…」

「お兄様…」

 

「…なんだよ?」

 

 加賀見さんとの買い物をした日の翌日、家に帰るとヤミと、なぜかミカンとモモがいた。

 

「仕事場の人と、付き合ってるんですか!?」

「私をほっておいて、どういう事なんですか?お兄様♫」

 

「ヤミ…なにこれ?どういう状況?」

 

「………」

 

ーーーぷいっ

 

 あ、顔を逸らした。ちょっと怒ってるみたいだし、なんだこれ。

 

「ヤミさんに助けを求めないでください!本当に恋人なんですか?というかモモさんはなんで?」

 

 ミカンもそう思ったようだ。モモがなんでそんな事気にするんだ?

 

「私は、お姉様のお兄様であるユウリさんが変な女に弄ばれてると聞いてですね…」

 

 あの加賀見さんのからかいのせいか…それを面白おかしく誇張したのはリサミオのどちらかだな。あの時の会話の態度的にはリサのほうか…

 

 この後、二人と、聞き耳を立てているのかずっと近くにいたヤミに向けて説明して、信じてもらうまで修行より疲れた。

 買い物、了承するんじゃなかったな……

 

 

 それにしても、女の子の考えてる事は、いまだによくわからない……

 

 

ーーーーーー

 

 

 地球近辺の宇宙船内で、複数の宇宙人が会話をしていた。モニターに映し出されている地球の様子を見ながら……

 

 その中でも、リーダー格の男が呟く。

 

「これで、ある程度把握できたな」

 

「それでは、どうしますか?」

 

「明日、予定通り、コトをすすめる。お前ら、しくじるなよ」

 

「待っていろ…………」

 



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二十八話 梟×お嬢様

ーーーーーー

 

 

「加賀見さん、もー他のやつの前でからかうのやめてもらっていーすか?あの後だいぶ面倒だったんすから…」

 

 事務所に出勤して開口一番、文句を言った。

 

「ふふふっ。あれくらい別にいいじゃないですか。それとも、今までそう言った方はいなかったんですか?」

 

 こういうところは誰の人格が影響してるのかわからないが、たまに少女のような事をする加賀見さん。普段なら気にしないが今回は被害者なので文句の一つも言いたかったのだが、まさかのカウンターを喰らった。

 

 そう言った方ね…

 前の世界じゃ、恋人、彼女、嫁、そんな相手などいようはずもなかった。女であろうと殺してきたし、周りにいた女性とも、そんな関係になどなる事はなかった。何度か殺されかけたことすらある。つまり、性別など意識した事が無かった。

 

 では、今の自分の周りの女性関係について考えてみるが、

 

 まず、ララはリトが好き。俺の事は、相談相手的な意味でのお兄ちゃん呼びだと思う。

 

 ヤミは俺と一緒で恋愛経験など無いだろうし、そう言った感情を理解できないと思う。全く持って俺と一緒だ。ヤミは可愛いし、一緒に住んでいて、良い子だとも理解しているが、ヤミとどうこうなりたいというのは今のところは、わからない。

 

 西蓮寺は良いやつだ。リトが好意を抱くのもわかるし、ララの事もあるが、好きなもの同士応援してやりたい気持ちは強い。間違いなく俺には恋愛的な好意などないだろう。

 

 古手川は……苦手。アイツもきっと俺の事は嫌いだと思う。というか、コイツもリトを好き、もしくは気になってるような気がする。ただの勘だけど。

 

 モモは、好意なのか憧れなのかはわからないが、少なくとも嫌われてはいないはず。昨日の一件で、もしかしたらなんていう思いもあったが、自惚れは良くない。

 ナナもララと一緒で、お兄ちゃん的な扱いだし、こちらも俺には恋愛的な好意はないだろう。

 

 こう思うと、周りはみんな魅力的で可愛い子ばかりだ。そんな目で女の子を見ることがくるなんて、前の世界じゃ考えられないな。

 

 最後に、意図的に考えないようにしてたミカンとの事。自惚れじゃないが確実に好意を持ってくれている。チョコの件もあるし、事故だったがキスすらしたことあるし……

 俺自身、ミカンの事は好きだ。でも、妹、なんだよな…俺は、どうしたいんだろう?

 

「──七瀬さん?」

 

「あーすみません。いないっすよ。経験もないっす」

 

 ちょっと考えすぎた。でも、好きになった後って、漫画とか小説だとすぐ結婚したり、それがゴールでその後は描かれてない事の方が多かった。だからこそ、もしも今後、俺がミカンか、他の誰かと付き合ったとして、結局何をどうするのかがわからない。

 

「そうなんですか。七瀬さんも、容姿は(・・・)良いのに、勿体無いですね」

 

「なんすかその他はダメみたいな言い方…」

 

「一昨日、一方的に私を殴った事お忘れですか?──ミンメイは怒ってましたよ」

 

 ミンメイって、たしか髪の毛の人格の人だったかな…まー髪は女の命ってゆうから、そういう事なのかな?

 

「いや、あれは組み手みたいなもんじゃないですか…」

 

 なんか、真弓さんの一部を入れてからの加賀見さんの対応が随分と変わった気がするな…

 

 その後、今日も松戸さんと組み手をして、加賀見さんにオーラを吸わせていると……

 

──ッ!!──

 

 突然、加賀見さんが反応したようだ。

 

「───来ましたね。全員お揃いの格好…何かしらの組織でしょうか?」

 

「衣服の統一か。組織だろうね。見たところ見た目が全員一緒というわけではなさそうだしね」

 

 加賀見さんと視界共有をした松戸さんも組織だという事を肯定する。

 一昨日の宇宙船がようやく動き出したらしいが、様子見がこれだけ長かったって事は、何かしらを調べてたって事だよな。

 

 加賀見さんクラスの遠視であればここも見られてる可能性があるが……

 

「ここには来ていませんね。ただ、この街には降りました」

 

 目的は、俺たちではないか。

 

「まぁ、適当に一匹狩って来ます。離れてるやつがいればそこに飛ばしてもらえると」

 

「わかりました」

 

 さて、やるか。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ──と、言うことで、早速一匹狩ってきて松戸さんに引き渡す。

 

 その後、何をしたかは聞かないが、相手の目的なんかを洗い出したようで話を聞くと、どうやらミカド先生が狙いの宇宙でのマフィア組織【ソルゲム】という集団らしい。リーダー格はケイズというもので、こいつらは黒蟒楼とは関係ないと。

 

「まぁ、潰しちゃいましょうか?」

 

「いえ、人質を取られているようですね。倉庫でしょうか?この間お会いした、七瀬さんの学友さんと、もう一人いますね」

 

 なるほど、ミカド先生の周りを調べてたってことか……

 それにしても、もしかしなくてもまた西蓮寺かな?

 義弟の思い人であり良い奴だもんな、急いで行くか。

 

「すぐ、飛ばしてもらっていいすか?」

 

「えぇ、行きますよ。」

 

 そう言って、黒渦に再度飲み込まれた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ふひひひ、いい眺めだなァ」

 

「ん…はぁ……」

「あっあっ」

 

 スライムに拘束され、苦悶の声を洩らしている、西蓮寺と古手川。

 手足を拘束され、恥部の方にまでスライムの触手が伸びていた。

 

「この娘達、本当にミカドを説得できたら解放するのか?」

 

「まさか!どっちも上玉だ。いくらでも商品価値はあるだろ……」

 

「ふざけんなぁーーーっ!!!」

 

 リトは叫びながら手に持った角材を振りかぶり、話し合う宇宙人二人目掛けて振り回した。

 

ーーーーーー

 

 

 到着したが、【円】で確認したところ、リトとヤミが既にいた。

 人質であったであろう西蓮寺と古手川の二人の拘束は解かれているし、四人いる宇宙人達のうち二人は既に転がっていた。問題ないだろうと去ろうとしたところで、【円】の範囲に何かが入り込んできた。

 

「鳥、いや、馬鹿でかい梟か!?」

 

 メンフクロウのような、能面のような顔をした、翼を広げると2メートル以上あろうかという梟が飛んできた。

 突如、俺目掛けて羽が飛んでくる。結界で防いでみるが、散弾銃のように撃ち込まれる一発一発が、わりと重い。普通の人間なら貫けるな。

 

「ユウリ!」

 

 ヤミがこちらに気づいたようだ。

 

「ヤミ、コイツは俺がやるから、三人連れてミカド先生んとこ行け!」

 

 また羽が飛んでくる。交わしても良いが、万が一みんなに当たるのは避けたい。結界で全て防ぐが、防戦一方は、柄じゃないな。

 

「鬱陶しいな。叩き落として、その羽毟り取ってやるよ!」

 

 結界で梟の前に壁を作り、その上に飛ぶ。

 念弾で叩き落とそうとした瞬間。

 

───キィィィィィーーーン!!!───

 

「ぐっ!!」

 

 耳がイカれた。血も出てるが、鼓膜は無事か。それにしても超音波か?頭の中まで掻き回されたように気持ち悪い。

 

「ユウ兄!」「七瀬さん!?」「七瀬先輩!!」

 

 下で三人が何か叫んでいるが、今は良く聞きとれない。

 気持ち悪さを飲み込み、念弾を放ち梟を狙うも躱された。

 梟は視力よりも聴力に依るところが大きいと本で見た。コイツはメンフクロウにも似てるし、左右の耳の大きさも位置も違うのだろう。左右から音を時間差で捉える事によって、立体的に音を聞き音源の場所を探る事ができる。

 それによって、風を切る念弾の位置を把握されたのか…

 突っ込んで、翼をもぎ取るか──

 

「…これが、鬱陶しいですね」

 

 こちらが突撃したタイミングで、梟の両翼が切断された。

 背後にヤミが現れて、刃に変えた髪の毛で切り裂いたのだ。

 こちらが仕掛ける前の、絶妙なタイミング。

 

「消えろ」

 

 そのまま結界を生成するつもりで溜めていたオーラを絶界として生成。梟の体を削り取るように操作する。

 

「ギィィィィイ!!」

 

 断末魔をあげながら失った羽を動かそうとジタバタと踠いている。そのまま体の三分の二も削ったところで声は聞こえなくなり、最後には全てを消し去った。

 その頃には、俺の聴力もだいぶ回復していた。

 

「ヤミ、ナイスタイミング!ありがとな!」

 

「…これは、同じ組織のもの、ですか?」

 

 戦闘が終わり、索敵の為に展開していた【円】の範囲に加賀見さんと松戸さんが入った。手には頭部のない、人のようなものを掴んでいる。

 

「いや、こっちはミカド先生とは関係ないな。俺の方だ。少し、様子を見たい場所ができた。────リト!ミカド先生に二人は無事って伝えてやりな」

 

「ユウリ、私も…」

 

「ヤミにはリトたちを任せたい。お願いできないか?」

 

「……わかりました」

 

 ヤミが付いてくれるなら、安心できる。ひとまずあの二人と合流しよう。

 結界で跳び、空へと駆けた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 松戸と加賀見がユウリの【円】に触れる少し前。

 

「妙な者がいますね」

 

「うん。人の、これは皮のようなものか…監視者とでも言おうか。七瀬くんに興味津々のようだね」

 

「そうですね」

 

「これは、持って帰ろうか。──アイツへの報告もさせてはやらん」

 

 松戸と加賀見はそのまま人皮を被った人間ではないもののところへと向かう。

 

 

ーーー

 

 

「あれは、なんだ……?削り取っているのか?でも、削れたものはいったいどこへ消えている…?あの黒ずくめの男と、金色の闇…二人掛かりとはいえ白羽吾(しらはご)がこうも簡単にやられるとは…」

 

「──やあ」

 

「……ッ!!」

 

 な、なんだコイツは!?いつ、現れた!?

 クソッ!ここは、引かなければ…!

 

「簡単に逃すつもりなら、わざわざ話しかけなどしないよ」

 

 黒髪の女が俺の背後に立っている。挟まれたか……ッ!!

 

「……ぐぅぅぅ!!」

 

「おや、君も捨て駒みたいだね。その頭の中の物、取ってやろうか?」

 

 この老人は、何を言っている!?何!?なんだ!?頭が、割れる…!!

 

「取ってやろうとも思ったが、出てくるか。──加賀見くん」

 

「──はい、先生」

 

 黒髪の女の左腕が伸び、俺の頭を掴む。

 その後は、何も分からなくなった。

 

 

ーーー

 

 

「──来たか」

 

「えぇ。加賀見さんが持ってたの、何だったんすか?」

 

 俺の【円】にわざと触れたのはわかっていた。気になっていた事を伝えると、松戸さんは手に持った何かの皮のような物を俺へと投げ渡す。

 

「どうやら、人の皮だね。これで地球に潜り込んでいた。頭には蟲も埋められていたし、どうやらこの蟲が傀儡の条件だ」

 

 なるほど。蟲を埋め込んで操ってんのか。人の皮というのは…

 

「もしかして、これだと…」

 

「えぇ。私でも、妙な行動を取らないかぎりはわかりません」

 

 なるほどな。地球に入れ込んで暴走させる魂胆ってことか。

 と思ったが、その考えを読み取ったのか、松戸さんに言われる。

 

「コイツの場合は、君の戦闘を監視していた。どうやら報告でもするつもりだったようだね」

 

「蟲から、情報も吸い出せるって事ですか……」

 

 そうなると、埋め込まれてる可能性がある奴は逃すわけには行かないな。全部消し去るか、頭を潰して出てくる蟲をも殺す必要がある。

 人皮に関して、監視者を送り込んできた敵の意図に関しての意見交換を一通り終える。

 わざわざこんなことまでするってことは、やっぱり地球が気になっているんだよな。ここが決戦の地になる可能性があるなら、色々と考えなきゃいけないが、まずは…

 

「松戸さん、作って欲しいものがあるんですけど─────」

 

 松戸さんに頼み事をして、家へと帰った。

 

 

ーーー

 

 

 家に帰り、ヤミにあの後の話を聞いた。

 結局人質を失ったリーダー格のケイズもララにやられ、ミカド先生からもお仕置きを受けて、ザスティンに引き渡したらしい。

 

「そうか。でも、今日は助かったよ。ありがとうな」

 

 ヤミが翼をもいでくれたので、かなり楽に倒せた。何かを守りながらってのは色々と制約が生まれるから、今回ヤミのおかげで瞬殺できたのは助かった。

 

「ユウリの方は、様子というのはどうだったんですか?」

 

「……ちょっと、いや、だいぶ面倒な事になってる。地球人の皮を被った、黒蟒楼の奴らが紛れ込んでる可能性がある」

 

「…つまり、見分けは…つかない」

 

「その通り。もちろん俺もやれる限りの方はするんだけど、もしもの時は、ミカンたち地球人を守ってやってくれないか?」

 

「…それは、依頼ですか?」

 

「違うよ。俺からヤミへのお願い。嫌ならいいんだ。ヤミにも危険なことをしてほしい訳じゃない」

 

「……そうですか。構いません。何かあれば、私はミカンは助けますから」

 

 依頼じゃなくて、お願い。

 ミカンは、か。やっぱりヤミの中でミカンはかなり大きな存在なんだな。まぁ、それは俺にとってもだけど……

 

 

ーーーーーー

 

 

 翌日、事務所に着くと昨日頼んだものができていたので受け取る。本当に仕事がはえーな。その後、念の修行中にリトから電話がかかってきた。

 珍しいな。何のようだろう。

 

「すみません。ちょっと電話出ますね。

 

 ──もしもし、どした?

 いや、抜けれる事は抜けれるけど……

 今すぐ学校に?

 まぁ、渡したいものもあったし、すぐ行くよ。

 じゃあ、またー」

 

 なんのようかは結局わからなかったが、ひとまず行くか。

 松戸さんと加賀見さんから了承をもらって、久しぶりに学校へと向かった。

 

 

ーーー

 

 

「──で、リトはいないと。何がしたいんだあいつは……」

 

 学校の中庭に来て欲しいと言われて、来たはいいもののリトがいない。

 呼び出しといていないのはどうかと思うが。

 

「キャ」

 

「ん?」

 

 女性の悲鳴が小さく聞こえたので振り返ると、天条院がいた。

 

「あ…あの」

 

 モジモジとしており、視線も左右に泳いでいる。

 

「て…天条院沙姫ですわ」

 

「うん。俺は七瀬ユウリ。リトやララががいつも世話になってるみたいだね。ありがとな。──それで、俺になにか用だったか?」

 

「あの…っ。私、その……」

 

「ギャーーーーーッ!!!み、水〜〜〜〜!!」

 

「ん?」

 

 リトが全速力で走ってくる。天条院目掛けて。

 

「キャーーー!」

 

 はぁ。リトと天条院との間に入りリトを受け止める。

 が、リトの力が想像よりも遥かに強い。コイツ…舐めすぎた、押し負けるっ!

 

「ぐ…っ!」

 

 倒されるも、顔がものすごく柔らかい物に包まれた。良い匂いもする。

 

「………」

 

「あ、わわ、悪い!!」

 

 気付いたら、天条院の胸に顔をうずめていたため飛び起きて謝る。

 

「………」

 

 ずっと、黙ったままの天条院。俺は起きたが向こうは倒れたまま。膝を立てているため、スカートはめくれ、薄紫色の下着が見えていた。

 

「み、見てないから!」

 

 即座に天条院に背を向ける。

 

「……よ、よくもユウリ様の前で……今日という今日は許しませんわーーーッ!!」

 

 

 そのまま、天条院と取り巻き三人はリトを追いかけてどこかへ行ってしまった。

 

 結局、なんのようだったんだあいつは。

 渡したいものもあったのだが、冷静になって怒りが込み上げてきたし、もう、どうでも良くなってきた。

 

 ひとまず、俺の用事はまたの機会にするか。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ようやく、下校の時間になった。

 今日は、最低な日だ。

 憧れのあの人に、あんな姿を見られるなんて…

 結城リト…絶対に許さないですわ。

 今日は、早く帰って休みたい気分。校外に停まっているリムジンに向かおうと、校門を出ると…

 

「──あっ。天条院、さっきはごめん」

 

 ユウリ様が、いた。

 私と目が合うなり、謝罪をしてくださり、頭を下げる。

 

「コレ、口に合うかはわからないけど…本当にごめん」

 

 そう言って、私に綺麗に梱包された包みを渡してくださった。

 

「ユウリ様…ありがとうございます。でも私はこの学校の女王(クイーン)。怒ってなどいませんわ」

 

 キョトンした顔をされている。綺麗な灰色の瞳に私を映して。

 

「それと…私の事は沙姫とお呼びください…!」

 

「あぁ。サキ、ありがとな。リトとララには、ちゃんと聞くかはわからないが良く言っておくから。──じゃあ、またな」

 

 そう言って、去っていかれるユウリ様。

 あぁ。やっぱり、私の思っていた通り、優しい方だった。

 

「──沙姫様、ユウリ様は素敵な方でしたね」

 

「えぇ。そうですわね」

 

「でも、あのお方が、あのララと結城リトのお兄様だなんて、考えられませんが…」

 

 凛の言う通り素敵な方。でも、綾の言うことも一理あるとは、先程までは思っていましたが、

 

「いいえ、綾。な・な・せ、ユウリ様ですわ。お優しいあの方の事ですから、きっとおバカなお二人の面倒を見てあげているだけに決まっていますわ!!ホホホホホ!!!」

 

 小鳥が青空へとはばたくようなこの想いは、やっぱり本物の恋!

 先程まで最低な日だと思っていましたが、最高の日になりましたわ!!

 

 



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二十九話 宇宙×霧中

ーーーーーー

 

 

「……行きまふよ?」

 

「まふって…食いながら喋るなよ。かわいいけど、ガキっぽいぞ?」

 

「ん………私が…かわ…いい?」

 

 口に含んでいたたい焼きを飲み込み、目を見開いて、頬を赤く染めて、さらに小首を傾げる、たい焼きを手に持った宇宙一の元殺し屋。

 

「あん?なにを今更──ほら、行くんだろー?」

 

 そんな元殺し屋の様子を気に止めることもなく、先に行こうと促すが、何かぶつぶつと呟きながら動かない。

 

「……プリンセスと同じ事を…まさかユウリに…」

 

「ぶつぶつなに話してんだ?どーかしたのか?」

 

 なおもこちらの世界に戻ってこないので、少女が手に持っていた、たい焼きの入った袋を奪うと空いた手を引き歩き出した。

 

「…なっ!なにを…?」

 

「あぁ。ごめん。ミカンとは良く手ぇ繋いで歩くからさ」

 

 繋いだ手をぱっと離し、素直に謝る。

 

「あっ…」

 

「とりあえず、待ってるだろうし行くぞー」

 

 情緒のおかしなヤミが少し気になりながらも、目的の場所へと二人で向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「結城リト……いつもワザとやってないですか…」

 

「い…いえ…」

 

 ありのままに、いま起こったことを言うと、

 ヤミと結城家に来たのだが、庭から話し声がするので庭のほうに向かい、角を曲がった瞬間、

 リトがヤミのパンツに両手を添えて、顔を股間に近づけていた。

 

 なにがどうなったら、こんな事になるのか…

 

「そうですか」

 

 という事で変身(トランス)能力で髪を大きな靴に変えてリトを踏みつぶしたところで、聞こえてきていた話を整理する。

 

「ヤ…ヤミさん!」

「あ、お兄ちゃん!」

 

「ミカン…今日はおそろいではないんですね」

 

「えっ」

 

 突然関係のない話をするヤミ。お揃いって何?二人じゃなきゃわからんなんかがあるんだろうか。

 

「結城リト、ムダ死にはやめてください」

 

「…なっ!」

 

「話、聞こえてきてたから。調子の悪いセリーヌのために必要なものを取りに、Sランクの危険惑星で薬の(ハント)だな。──俺、宇宙って初めて行くなー」

 

 あらかた話は聞こえてきてた。

 リトの誕生日にララがプレゼントした植物であるセリーヌの様子がおかしく、どうやら病気のようで、惑星なんとかってとこで薬になるラックベリーを取ってくれば良いんだよな。

 セリーヌとも、もう一年くらいの付き合いだし、番犬ならぬ番植物として家を守ってくれてたし助けてやらないとな。

 

「ユウリ、行く前提で話をしないでください…!」

 

「ユウ兄、そうだよな!セリーヌは家族だ!!見捨てるわけにはいかねーよ!!」

 

「うん。ララが連れてきてくれた、結城家の一員だし。後は足の問題なんだけど、ヤミの宇宙船は何人乗れんの?」

 

「……はぁ…わかりました…そこまで言うならこの私も行きます。ルナティーク号ならこの人数でも乗れますから」

 

「ありがとー!!ヤミさん!!」

「さっすが!!」

 

 渋々引き受けてくれたヤミ。だったが、ミカンとララからお礼を言われ、照れているのか少し頬が赤い。

 

「………では、船をここに」

 

 そう言って何か端末を操作するヤミ。ピッという軽い電子音がすると、漆黒で少し金色の装飾が入った宇宙船が空に現れた。

 

「わーーっ。これがヤミちゃんの宇宙船かーー!」

 

「…はい。共に幾多の死戦を乗り越えた相棒(パートナー)です」

 

 さて、これで行けるのだが、その前に少しだけ保険をかけときたい。

 

「ミカン、今日ララが西蓮寺と古手川を呼んでるはずだから、二人にコレを渡しといてくれ。あと、コレはミカン用だ」

 

 そう言って、黒い携帯ストラップのようなものを渡す。

 

「なんですか?──ん?コレ、ボタン…?」

 

 受け取ってくれたミカンがストラップについたボタンのような丸い部分を押すと…

 

──ブンッ──

 

「わっ!え?何、何ですか!?」

 

 ミカンが黒コート姿に変わる。俺と同じもので、違うのはサイズと襟裏にボタンがついてる事。フードも被っている状態なので顔は全く見えず、ミカンとは見た目ではわからない。

 顔の見えない悪役のような格好をした小柄な者が可愛らしい声を上げながらあたふたとする絵面はなかなかに面白い。

 

「ふふっ。俺の仕事着と同じもんだよ。ただ緊急のボタンが襟の内側についてるから、危険があればそれを押せ。かなり固いから気をつけてな。それは俺にも伝わるから、すぐに飛んで行く」

 

「あ、ありがとうございます……ふふ。ヤミさんの次はユウリさんとお揃いですね」

 

「…ヤミの次ってのはわかんないけど、まぁそうだな。あとは良く人質にされてるし、あの二人にも渡しておいてくれ。普通の服より耐久やら耐火性がかなりあるから、何かあれば直ぐに纏うようにな。あと、リトとみんなの分も一応あるから渡しとく」

 

「すごーい!お兄ちゃんとみんなでお揃いだねー!!なんか、リトがしてたゲームのキャラみたい」

 

「確かに。──まぁ完全に敵の機関だったけどな……でもありがとうユウ兄!」

 

 最後に、ぴょんぴょんワープくんDXの据え置き型を地球にセットしてルナティーク号に持ち込んでおく。

 これで、保険はかけれたかな…

 

「じゃ、セリーヌを頼むぜミカン」

 

「うん!気をつけてね」

 

「ミカンもな。じゃあ、行ってくるな」

 

 そうして、惑星ミストアへと向かうため、ルナティーク号へと乗り込んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「へぇーこれが宇宙!先が見えないし、広いなぁ!それにルナティークの移動速度半端ないな!本当に外で息できないのか?」

 

「あったりまえだろォ!俺は宇宙一はやいぜ!あと、宇宙空間に酸素はねぇぞニイちゃん!」

 

「やっぱそーなんだなぁ!!にいちゃん呼びは、俺がヤミちゃんの兄ちゃんって事?それともキャラ?もしくは俺もルナティークのお兄ちゃんを襲名したのか?」

 

主人(マスター)をヤミちゃんって!!あと質問多いなお前!?」

 

「気になると知りたくなるんだよ。ヤミちゃんって呼んでみろよルナティークも。俺は呼んだことないけど」

 

 ルナティーク号の人工知能とずっと楽しそうに話してるお兄様。

 でも視線は時折……

 

「………」

 

 お兄様とは対照的に、リトさんはどこか元気がない。

 そんなリトさんへと視線を向けるお兄様はリトさんが心配なんでしょうね…

 ルナティークとの話が落ち着いたのか、リトさんの横に腰掛けたお兄様。

 

「リト、あんまり思い詰めんなよ。セリーヌは助かる。もちろん俺らも無事でな」

 

「ユウ兄…そうだな。助かるんだもんな!」

 

「まぁ、お前がいつものようにドジっても俺が助けてやるから」

 

「な、なんだよいつものようにって!流石に危険惑星でこけないって!」

 

 リトさんは、お兄様と話をしたあとは思い詰めたような顔から、やる気に溢れた顔になった。お兄様は、セリーヌさんも、リトさんの事も、みんなのことが大切なんですね……

 

 

ーーーーーー

 

 

「モモ、そのラックベリーってどんな物かはわかったりするのか?」

 

 着陸後の行動の話すらしていない。

 植物と言えば、モモなので目的のものくらい知っておきたかった。

 

「見た目は、地球のリンゴのような物なのですが、果実を図鑑でしかみた事がないような希少種ですので、どこにあるかまでは……」

 

「そうか。見た目がわかるだけでも十分だよ」

 

「着陸後は、私が植物たちの声を聞いていこうと思います」

 

 モモは植物と心を通わすことができる。確かに、それが最優先か。とは言え何が起きるかはわからない。植物にも、心があるんだ。きっと良い心も、悪い心も…

 

「なら、ここから先はモモ頼りだな。でも無理はするなよ?」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございますお兄様♫──必ず助けましょうね。セリーヌさんを」

 

 ピンク色の癖っ毛を指で弄びながら、返事をしてくれる。

 そうだな。何が起きるかはまだわからんが必ず、助けようと思った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「随分と、霧が濃いな…みんな慎重に動けよ」

 

 惑星ミストアに着陸した。その前に、霧の影響により発生している強力な磁気によって予定の侵入経路を変えていたので、ある程度予想はしていたが、確かに濃い。

 今は俺とリトだけ黒コート姿に変わっている。

 俺はジッパーだけ口元まで上げて、顔の上半分しか出ていない状態になる。

 

──ゾワ──

 

「!!」

 

 ん?モモの様子がおかしい。

 

「どうしたの?モモ」

 

「──モモ!!」

 

 モモの様子がおかしかったのでララが声をかけた時、モモの側にあった花が突如膨らんだのを確認できたので、叫ぶ。だが、少し遅かった。

 

「きゃっ」

 

 花粉が吹き出し、モモにかかるがその場からモモを押し飛ばした。

 

「吸い込むな!呼吸を止めろ!」

 

 俺もコート越しとはいえ少し吸ってしまった。

 

「ケホケホッ」

 

 くそ!モモはモロに吸ってしまったか。毒ではなさそうだが…どんな効果があるかはわからない。

 次は──【円】で確認したところ、ツルがリトに迫っている!なんなんだこの星は!これが危険度Sって事か──

 

「うっ」

「リト!?」

 

 リトの足に植物が絡まり、ララが叫ぶ。

 天高く放り投げられそうになる前に、既にリトの元へと飛んでいた。

 

「疾ッ!!」

 

 リトの足に絡まる植物を結界の刃で切り裂き、リトの足を俺が掴みみんなの元へと投げた。

 

「ん!?」

 

 なぜか、結界を解いたつもりもないのだが手に生成していた具現化の刀が消える。それに、俺の体の動きが遅い。オーラも普段通りに練れない…まさか、体力とオーラを削られたのか?

 

 そのまま他のツルに絡みつかれ投げられる。

 

「くっ!!全員固まって動け!俺は別行動する!!」

 

「お兄様!!」

 

 モモが落ちていく俺を呼びながら掴み、飛んでくれようとするのだが…

 

「く、うぅ〜〜…」

 

 俺と同じで、力がうまく入らないのか?

 

「モモ!俺を離せ!自分だけなら飛べるだろう!?」 

 

「い、嫌です!!──あっ!反重力ウィングが…っ!」

 

──パッ──

 

 モモの翼が消える。この花粉か、霧が電気機械にも作用するのか!?

 

「くっ、掴まってろ!!」

 

 背中を掴んでいたモモの手を払い。振り向いて抱きしめる。

 

「お兄様!!」

 

 底が、霧で見えないが、おそらくはかなり深い。初めの【円】の範囲では底がわからなかったので最低でも50m以上穴が続いているのは確かだった。

 

「キャーーー!!」

 

「大丈夫だモモ。しっかり掴まってろよ。ったく、無理すんなって言ったろ…」

 

 モモの頭を抱きしめて、俺で包む。後は、上手く練れないオーラで【堅】を行い、衝撃に備えて落ちていく、途中。

 花弁を広げた巨大な鳳仙花の花のような物が目に入った。しかも、それは壁中に生えていた。

 

「こ、これはキャノンフラワー!!でも、大きすぎる!?」

「大丈夫だから。舌噛むぞ」

 

 種なのかなんなのか、開いた花弁の中央から、機関銃(マシンガン)のように種子を撃ちだしてきており、ボウリング球のような物が高速で、更にあらゆる角度から俺とモモに向かってきているのがわかる。

 

 これが宇宙Sランクの危険惑星ね。

 認識を改めると共に、オーラを今出せる最大限まで高めた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 なんだろう。頭を撫でられてるのかな。

 ──安心するような、気持ちいい。

 

「ん…んん……」

 

「お、起きたか」

 

「あ……ユウリさん♡──また……私の為に…」

 

 私は気を失っていたようだ。目を開けるとお兄様のお顔。

 でも、またところどころお怪我をされてるように見え、顔も血を拭ったような跡が見えた。

 

「ん?ユウリさん?まぁ別にいいけど……体は平気か?どこかおかしなところとか無いか?」

 

 それなのに、私の事ばかり…こんなにも心配してくれる…

 

「あ…はい。私は大丈夫で……あれ?」

 

 かくんと、自分の意思ではなく膝が曲がり、その場に座り込む。

 

「モモも、力が上手く入らないのか?」

 

「え、えぇ。先程の、『パワダの花』の花粉のせいだと思います。極度に体力を消耗させるもので、たしか効果は一時的だったはず…」

 

「そうか。毒性なものじゃ無いなら大丈夫か。ひとまずこの近辺でラックベリー探すか」

 

「え?お姉様たちと合流しなくても…」

 

「大丈夫だろ。上にはララもヤミもいる。俺たちの方が弱体化しちゃってるから、上は任せて、この辺りをひとまず探そう。──よっ」

 

「キャッ!お、お兄様…!?」

 

 突然、私の体を持ち上げておんぶしてくれたお兄様。

 

「ここは水辺に近すぎる。動ける動植物がいたら、この辺りに来そうだから移動した方がいいかなって。そういう植物もいるだろ?」

 

 言う通りだ。今いるのは、湖のような場所の上に生えている、リュウキンカに似てはいるが、比較にならないほど大きな葉の上にいたようだ。

 

「そう…ですね。大型のものも多いようですから、移動した方が良いとは思います。でもお兄様は…」

 

「俺の方が吸い込んだ花粉の量は少ないから平気だよ。岸まで移動して少し見て回るか」

 

 お兄様の背中…広くて大きな背中。

 すごく、安心する──

 

 そう思いながら、森の中で、お兄様に背負われて歩く。

 大きな木の幹を足場に、上下左右に縦横無尽に歩いているが、お兄様の背中はあまり揺れない。気を使わせているのが痛いほどにわかる…

 

「……すみません。足手まといになってしまって…」

 

「気にすんな。俺がもっと速く反応してれば良かったんだが…」

 

「そんな事は…!」

 

「悪かったな。なんだか悪意を感じる森だし──こっから警戒は最大限だ」

 

 お兄様、私のように森の声を聞けるわけでもないのにわかるのか…やっぱり特別な人なんだ…

 話を終えた後のお兄様は、話に聞くオーラというものを展開しているのか、上手く言えないが力強く暖かい何かが広がっていく感じがした。

 少し無言になっていたからか、急に話題を変えて話し出すお兄様。

 

「…でもさ、凄いよな。ララは発明の天才。ナナは動物と、モモは植物と心を通わせる事ができる。──それって、みんな生まれつきなのか?」

 

「そうですね………」

 

 少し、昔の話をした。王室での勉強や、ナナとの喧嘩も数多くしてしまっていた事、お姉様は昔から変わらず、私とナナは手を焼かされていた事などなど。

 私の昔の頃なんて話す気はなかったのに、お父様とはまた少し違う包容力というか、なんだか話しやすくてつい喋ってしまった。ユウリさんに、私の恥ずかしい昔の話なんて…

 

「ははっ。楽しそうでいいじゃないか。──でも、ララの事は、ちょっと舐めすぎだぞ」

 

「え?──お姉様を舐めすぎ、と言うのは?」

 

「ララは、その辺の奴なんかよりもよっぽどしっかり者で、底抜けに優しく、純粋だって事」

 

 あの子供っぽいお姉様が、しっかり者?天真爛漫でいつも騒がしくて、落ち着きのないお姉様なのに…純粋で優しいって言う事はわかるけど、

 

「ララの事、好きか?」

 

「──もちろん、大好きですよ」

 

 考えていた私に、突然の質問。お姉様の事、そんなの、もちろん好きに決まっている。

 

「なら、いいんだ。ララも、地球に来たときに自分にはしっかり者の妹が二人いるって言ってたから。ララの真意は俺の憶測だから、あとは自分で考えな」

 

 お姉様の、真意?王宮で騒ぎをおこしたときは、発明品の失敗と、暴走した時……そういえば、私がナナと言い合いしていた時は決まって暴走だったような……

 

「少し、おっしゃりたい事がわかった気がします……お姉様は、お兄様に本当に心を開いてるんですね」

 

「そうだと嬉しいけど……モモは、まだ俺には心を開いてくれないのか?」

 

「──え?」

 

「気を使ってるのかなんなのか、俺に対するモモは何かを隠してる気がしてさ。図々しいのはわかってるけど、ずっと気になってる」

 

 隠し事、というか私は、あなたのことが…

 もう、散々我慢した。四年も待った。初めて会った時から、ずっと私の気持ちは変わらない。このまま、デビルークの後継者になってしまうのは嫌だけど、抑えきれない私の想いを伝えようとしたところで、

 

「お兄様…いいえ、ユウリさん、私は……!!」

 

 急に、お兄様の背中が強張った……

 

「──モモ、気を付けろ。何か、来る…!」

 

 そう呟いて少しすると、霧の中に何かの影が見えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「モモーーー!!兄上ーーー!!」

「お兄ちゃーーーん!!」

「モモーーーー!!!」

 

 不気味な、霧の深い巨大な森の中に幼さの残る男女の声が響き渡るが、探し人からの返事は聞こえない。

 

「だめだ───いない!」

 

「……少し、危ないかもしれませんね」

 

 ナナが返事が無いことに不安そうに叫び、ヤミが花粉を吹き出し、今はしぼんでいる花を見て呟く。

 

「な、何が!?」

 

「図鑑で見た事があります。これはパワダの花ですね。この花の花粉は生物の体力を著しく低下させる効果があったはず…」

 

「それじゃあ、ユウ兄とモモは!?」

 

「ユウリはどうかわかりませんが、プリンセス・モモは確実に吸い込んでいました。おそらく今の彼女は地球人以下の動きしかできないでしょう…」

 

「なら!今すぐ助けに行かなきゃ!!」

 

 今の二人の置かれた状況をヤミが説明するが、焦ったように騒ぎ出すリトだが、また別の方向から焦ったような声が聞こえた。

 

『ララ様、この霧のせいか…き、機能が…テ…イ…シ…』

 

「ペケ!?」

 

 ララの着ていた衣服がブレる。そうして、ペケは機能を停止して衣服から通常の状態に戻り、ララの纏う衣服は消えて、産まれた時の姿へと変わった。

 

「ラ、ララ!!?」

 

「ペケの機能が、停止してる…」

 

「姉上!兄上からのストラップを!ケダモノに襲われちゃうぞ!」

 

「あ、そうだね!」

 

 こうしてララも黒コート姿へと変わり、ペケを胸元に抱える。

 ララの思うケダモノとナナの言うケダモノは一致していないようだが。

 

「よし!じゃあ早くユウ兄とモモを…!」

 

「そう簡単にはいかないようです。──それに、ユウリが付いているのならプリンセス・モモは心配いりません」

 

「「「ギギギギ!!」」」

 

──ザザザザザザ──

 

「なんだこいつら!?」

 

 食虫植物を巨大にし、根は外に出ているのか自身で動くことのできる植物たちに囲まれる。花の中央には牙が生えており、不気味な声とヨダレを垂らして辺りを囲うように展開していた。

 

「な!こいつら、俺たちを食べる気か!?あんなの一口でお陀仏だぞ!!?」

 

 植物の不気味な声と、リトの焦った声が森に響いた──

 

 



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三十話 夢中×未知

ーーーーーー

 

 

「お兄様!?」

 

「大丈夫。悪意は感じない…」

 

 それに、どうやら意思を持った植物は生命力の塊ともいえるのか、オーラが見えるのでなんとなく精神状態はわかる。

 この先にいるやつは………

 

「ピイィィィィ!」

 

 タマネギ?もしくは剥き出しの球根のような見た目の、デパートにたまにいる着ぐるみみたいな、そんな奴が走ってくる。モモを背負った状態なので、とりあえず躱すが…

 

「……モモ、歩けそうか?」

 

「は、はい。もう大丈夫です」

 

「こいつ、だいぶ弱ってるな…」

 

「ピィィィ…」

 

 ベシャリとその場に倒れた。その胴体と顔を担っているだろう丸い体はだいぶ萎れているし、頭の葉には元気がないのか、葉っぱは乾いたようにくしゃっと乾燥しているように見える。

 

「み、水……。──と言っていますね…」

 

 やけに再現度が高い感じで言うモモ。こんな一面もあるんだなと思いつつも話を進める。

 

「やっぱそうだよな。よし、さっきのとこに戻るか」

 

「え?これは、私も見た事がないコですので…もしかしたら何か危険なコかも知れませんよ…?」

 

「いや、コイツはたぶん大丈夫だし、モモも植物好きだろ?戻るついでに次は反対側見に行こう。それに、仮に暴れられても俺が抑えるよ。この状態にはもう慣れた」

 

 オーラが練りにくい状態だったが、それにも慣れた。体力が減っていようが俺の潜在オーラが減ったわけじゃない。

 疲れてもないのに極度の疲労状態でのオーラ操作に最初は戸惑ったが、もうそれには慣れていた。

 

 モモは、何も喋らなかったが、歩くくらいには回復しているようで、俺はコイツを背負ってそのまま水辺まで戻ってきた。

 背中から降ろして水につける。

 

「これで、いいのか?」

 

 しおしおだった体と葉っぱは随分と潤ったようだ。

 この球根の三枚しかなかった葉っぱ部分は、今は木のようにその葉の数を増やしていた。

 

「お、元気になったっぽいな。もー死にかけんなよー元気でな。じゃあ、行こっか、ん?──モモ?」

 

 モモは、うつむいて何も言わない。なんだか様子もおかしいような。

 

「…お兄様は、誰にでも優しいんですね……」

 

「──え?」

 

「私は…他の人に優しくして欲しくないです。私を一番に見て欲しいです。誰にもあなたを渡したくない…」

 

 様子が、変だな…俯いたままで表情は読み取れないが、拳は強く握られておりぷるぷると少し震えている。

 

「……モモ…?」

 

「私は…初めて会ったあの時から、ずっとあなたと添い遂げる事だけを考えてきました…ミカンさんより、ヤミさんより、お姉様よりもずっと…ずっと早くから!!私は、あなたの事が……」

 

 俯いていた顔を上げたモモは、怒っているような、泣きそうなような顔で語尾を大きくしていった。

 モモ、俺は……

 

──ゴポゴポ──

 

 モモが最後のセリフを言いかけたところで、水音がする…【円】の範囲を広げて探知すると、正体がわかった、かなり巨大な、コンブの塊か?

 

──ビュ!!!──

 

 出てくると同時に伸びる触手。けど…遅いな。

 狙いは、モモか。

 

 

ーーーーーー

 

 

 また、邪魔が入る。

 私は、こういう星の元に生まれてしまったのだろうか?

 ユウリさんと添い遂げる、それは、叶わないことなんだろうか?

 そうして、半ば呆然と自分へと伸びてくる触手を見ていると、急に、触手が消えた。

 

「──邪魔だ」

 

 声が聞こえた。

 何処からかはわからなかったけど、目の前に浮かぶ赤黒い、全てを拒絶するような、ユウリさんの結界。

 いつもの綺麗な青空のような色ではない。

 

「フッ!!」

 

 気付いたら、巨体の目の前にいて、両手を突き出している。それだけで、リトさんの家ほどもありそうな巨大な水生植物は吹き飛んでいき、見えなくなった。

 

「…ユウリさん」

 

 驚き竦み上がっている助けたコの頭の葉を撫でて、私の目の前まで、歩いてくるユウリさん。

 

「──俺もモモの事好きだよ」

 

 嘘……じゃないよね?目は開いてるはずなのに、目の前が真っ白になったような気がする。

 

「でも、恋愛感情ってものが、俺はそもそもわからないんだ」

 

「──えっ?」

 

「モモの言う通り、ミカンもヤミもララもナナも、モモの事も大好きなんだ。そこに順番なんか無くて、兄と呼んでくれたり、一緒にいてくれるみんなを、初めてできた家族だと思ってる」

 

 そんな…そんなの……

 

「だから、もう少し、待ってくれないか…?俺も勉強するからさ。今はまだ、みんなといるだけで幸せなんだ」

 

 思い描いていた、憧れて私が勝手に作り上げていた、ユウリさん像と、今目の前にいるユウリさん像はあまりにもかけ離れている。

 颯爽と現れて、傷だらけになりながらも私を助けてくれる最高の王子様。ゲームの主人公のような、なんでもできる人だと、勝手に想像して妄想して作り上げていたユウリさん。

 でも、違った。地球に来て、異世界人だと言うことを知って、みんなの前で泣きそうな顔もしてたり……会うたびに、話すたびに私の中のユウリさんをどんどんと修正していって、でも、変わらず私はユウリさんが好き。

 

「フフッ」

 

「あ!何笑ってんだよ?めっちゃ真面目に答えたのに」

 

「答えたも何も、私まだ何も言ってませんよ?」

 

 待ちますよ。

 ここから、スタートなんですね。

 会った順番なんて関係なかった…私も勉強しますね。ユウリさんの事を。この想いは本物だって事を。

 

「〜〜〜!」

 

 顔を真っ赤にしてるユウリさん。

 ふふふっ。私の想像のユウリさんではありえない姿だけど、凄く可愛いと思えた。

 

「ふふふ♫…私()、ユウリさんの事好きですよ?」

 

「……はいはい。気ぃ使わなくていいよ。先走って勘違いした俺が悪い…」

 

 不思議な人。あんなに、落ちていた私の心が、今は飛び跳ねている。

 私の恋は、想像のユウリさんから本物のユウリさんへと変わり、今からまた始まるんだ。やっぱり、私はあの日から、ずっとあなたに夢中ですよ。

 

 今度は絶対に、私が一番って言わせて見せますね。ユウリさん♫

 

 

ーーーーーー

 

 

「あ!ユウリさん!このコ!!」

 

 俺史上最大に恥ずかしい勘違いをかました後なので、心が抉られている俺にモモは大声で何か言っているが、モモに背を向けて座っている俺の頭に入ってこない。

 

「もぉ、ユウリさん、機嫌直してください。ほら!命の恩人だから、持っていってくれって!」

 

「キーキー!」

 

「ん?この実、リンゴみたいな…って事は!?」

 

「はい♡これがラックベリーです。食べてみてください♫」

 

 本当に、最初は三枚しかなかった頭の葉っぱは数を増やし、木のように伸びていた。そこにはいくつも実がなっており、モモは既に両手に一個づつラックベリーを持っていたので、一個もらってかじってみる。

 ん、美味い。──あれっ?

 

「これは…」

 

「はい。どうやら、パワダの実の効果を打ち消す力もあるようですね。こんな効果もあるなんて、調べがいがあります」

 

 体力と力が戻った。これで、いつも通り動けるな。

 モモは図鑑でも実の部分しか載っていなかったらしいラックベリーに興味津々で話しており、その実もいくつも貰っていた。

 その話もひと段落したところで、みんなの元へと戻ることにする。

 

「ありがとなラックベリー!助かったよ。また世話になるかも知れないし、元気でやれよー」

 

「これで、セリーヌさんを助けてあげられますね。カレカレ病とはいえまだ一日くらいの猶予はあるはずですが、早いに越したことは無いですから」

 

「あぁ。じゃあ急いでみんなと合流するか!って、モモは飛べるか?」

 

 そういえば、機械が動かせないのは霧のせいだったんだったよな?

 一応聞いてみるが…

 

「いえ、やはり半重力ウィングは、作動しませんね…じゃあ、お願いしますね♡」

 

 そう言って俺の胸に飛び込んできたので受け止める。お姫様抱っこのような格好になった。腕は首に巻きついており顔が異常に近い…からかわれてんのか?

 ただ、悪戯っぽく見上げてくるモモがめちゃくちゃ可愛く見えて、妙に意識してしまう。

 

「はいはい。──舌噛まないようにね。お姫様」

 

 そんな自分を隠すように、軽口を叩きながらも結界を生成し、巨大な樹に沿って飛び上がった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「キャハハハハハハ!!!」

「ニュルニュルは……キライです」

 

 手足を蔦に拘束されて体をくすぐられているナナ。

 粘液を垂らす、ヌルッとした長いモノに身体をまさぐられているヤミ。

 

 この状況になる少し前。ユウリとモモがこの惑星の底とも言えるような穴へと落ちていった後、幾度かの植物達との戦闘を終えて、二人とラックベリーを探していたのだが、ヤミは霧の影響で体内のナノマシンがうまく働かず、変身(トランス)ができなくなってしまい、ナナとララもデダイヤルが作動せず、全員体術だけでの戦闘を余儀なくされていた。

 とはいえ、デビルーク星人の高い身体能力を持った二人のプリンセスと殺し屋でもあるヤミは体術だけでも食人植物たちを圧倒していたのだが、ここに来て学習した食人植物達は、近接での戦闘をやめて、驚異的に数を増やし、遠距離からのツルや蔦での不意打ちの攻撃主体に切替たのだ。

 そのため、ニュルニュルの苦手なヤミと、それに気を取られたナナは遂に捕らえられてしまったのだった。

 そして、唯一無事なリトとララも苦戦を強いられていた。

 

「クソ!早くしないとヤミとナナが……」

 

「ヤァーー!」

 

 粘土のように相手をべとべとで絡めとるべとべとランチャーくんを小さくしたような、ハンドガンサイズの銃を乱射するリトと、体術を駆使して闘うララ。

 ユウリからの助言でリトは、ルナティーク号内にていくつかの武器にもなる発明品をララから受け取っていた。

 

「うぉぉぉぉお!!待ってろよ二人とも!!」

 

「……結城リト…」

「キャハハ…ハ」

 

 リトは今回この惑星に来た人間の中で一番弱い。そんな事は誰しもがわかっているが、それでもなお、自分よりも何倍も強いのに捕らえられてしまった二人へと向かう事をやめない、底抜けのお人好し。

 そんなリトの姿を見て、二人の少女の心には石を投げ入れたかのような波紋が起きた。

 

「う、うわぁぁあ!!」

「リト!?キャァアァア!!…し、尻尾は、ダメぇ!」

 

 乱射していたが故に、あと一歩でヤミに届くというところで弾が底を尽き、ツルに足を取られ逆さ吊りにされてしまったリト。

 そのリトへと視線を移したララの隙をつき、幾つものネバネバとした触手に拘束されるララ。敏感すぎる、弱点な尻尾にも絡み付かれて力が抜けたようになすがままになってしまった。

 

 リトは、逆さ吊りの状態でユウリからもらった、今着ている黒コートの襟の内側に隠されたボタンを両手で強く押す。

 

「ユウ兄…」

 

『ギャハハハ!!巨乳ピンクの可愛子ちゃんは俺のモンだァァ!!』

 

『このさえねーヤローはもう食っていいよなぁ!?ギャハハ!』

 

『金髪ロリッ娘サイコーーー!!』

 

『俺のツルペタ娘もサイコーだぜぇー!』

 

 下卑た食人植物同士の会話は、ここにいた人間達には理解はできなかった。

 

 だが、たった今ここに来た人間にはわかる者がいた。

 

 

 

──── ズゥゥゥゥゥン ────

 

 その場にいる、人間も植物も全てのものが突如、得体の知れない、不気味なプレッシャーに押し潰されるような感覚に陥る。

 

「クズ…いえ、おバカさん達……」

「…死んだ方がマシだと思う程の暴力、体験してみるか?」

 

 遥か深くから飛び上がってきた一つの影は、空中で二つに分かれて着地する。

 モモはナナとヤミのそばに。

 ユウリはララとリトのそばへとそれぞれ着地した。

 

『なんだぁテメーは!?』

 

『こっちの女は俺のだぁー!!』

 

 モモは、自分へと不用意に近づいてくる食人植物の足のような、幾つもある根の内の一つを掴み、力任せに地面に叩きつけそのまま踏みつける。そのまま注射器を使ってなにかの液体を食人植物へと注入した。

 

『!!』

 

 そうすると、もがく事もなく何かを注射された食人植物はピクリとも動かなくなった…

 

『そいつに何をしたぁ!?』

 

「これは『イソウロンα』という植物用の毒薬……!まもなくこのコの体は根元から腐り始める」

 

 ニィ…と口角を吊り上げるモモ…

 

 一方ユウリの所では…

 

『ギィヤアァアァアァア!!!』

 

 ユウリと食人植物が、青い結界でできた部屋の中にいる。色は薄く、外からは丸見えだ。その部屋は異様に小さく、トイレの個室に二人で入っているかのようにキツキツの状態だった。

 他の食人植物も援護をしようとツルや蔦を伸ばしたり、種を弾丸のように飛ばしてきたりもするが結界に阻まれ手出しができない。

 

 ユウリはその部屋の中で、一方的に食人植物を殴り続けている。その拳は残像を残すような速度で繰り出されているが、何度殴られようとも結界の壁に囲まれ、吹き飛ぶ事もできず、ただのサンドバックと化した食人植物は悲鳴を上げ続けていた。

 もはや殴られていない箇所がない程殴られたあたりで、悲鳴が静かになってきた。すると、結界の部屋は無くなり、壁という支えを失った食人植物はドチャリと音を立ててその場に倒れ伏す。死んだようにも見えるが、まだピクピクと多少動いてはいた。

 

「…まだちょっと撫でただけだろうが…大袈裟なヤツだな」

 

 倒れ伏した食人植物を他のやつらの中心へと投げつけて、

 ニヤァ…と口角を吊り上げるユウリ…

 

 離れた場所にいるはずなのに、同時に凶悪そうな笑みを浮かべた二人。そして、声すらも重なった。

 

「「さぁ……次は」」

「どなた…?」「どいつ…?」

 

 一瞬の静寂の後に、

 

『あ、悪魔だーーーー!!』

『こいつ、目がヤベーー!』

『逃げろーーー!!!』

 

 モモ以外にはギイギイという鳴き声にしか聞こえないが、食人植物達は我先にと、一目散にこの場から逃げ出していった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ありがとうお兄ちゃん!モモ!」

 

「助かったよ。二人とも」

 

「はぁ……死ぬかと思った……それにしても、オソロシー薬持ってるな。モモ」

 

「…二人には、借りができてしまいましたね……」

 

 その後全員の拘束を解いて無事に合流を果たした。

 素直にお礼を言ってくれるリトとララ。ナナは呼吸困難で死にそうだったようだが、今は復活して、その後はモモと薬がどうのと話している。食人植物に毒薬を注射したと言ったらしいがそれはハッタリだったようで中身は睡眠作用のある栄養剤だったらしい。

 

「ヤミさんともあろう者が、弱点あったんだねぇー。キライなえっちぃ事とニュルニュル同時にされて顔真っ赤だったもんなぁー」

 

 ヤミは借りがどうのと言っているので少しからかってみる。

 旧校舎の時もそうだったが、タコやらイカやらのようなヌルッとした触手、いやゆるニュルニュルした物が苦手なヤミ。この世界の女の子はやたらと敏感なのか、ヤミだけではなく他の女の子達も、そう言った場合には赤い顔をして嬌声をあげている気がする。

 俺が付き合いのある女性の中でそんな姿を見た事ないのは、ミカンとナナとモモくらいかな?

 もちろん、加賀見さんはノーカウントで。

 

「……」

 

 無言でヤミから繰り出される上段蹴りを躱す。

 からかいながらも脳内で女の子の顔ばかり浮かんでいたのでギリギリになったが躱す事ができた。

 

「おわっ!あっぶねぇだろ!」

 

「……からかわれるのも、キライです」

 

 えぇ…そんなん言ってたっけ?えっちぃのとニュルニュルだけじゃなかったのか?

 

「悪かったよ。でも、貸しとか借りとかいーんだよ。家族だろ?素直にありがとだけでいい」

 

「………ありがとうございました、ユウリ、プリンセス・モモ」

 

 怒っているような無表情から、少し柔らかい表情になったヤミは素直に俺とモモにお礼を言ってくれた。

 

「どーいたしまして」

「モモでいいですよ。ヤミさん」

 

「じゃあ、地球に帰るか。ヤミ、ルナティーク号呼べるか?」

 

「え!?ラックベリーは!?」

 

 特に何も説明せずに帰ろうと言ったので、全員目を見開き驚いた顔をしており、ナナが俺に向かって目的のものの名を叫んだ。

 ニヤリと笑みを浮かべ、教えてやる。

 

「俺とモモが落ちてから、ただ戻ってくるだけでこんなに時間がかかったと思ってんのか?」

 

「ラックベリーは私達が見つけましたから。はやくセリーヌさんのところへ」

 

「やったーーー!」

「お兄ちゃん!モモ!すごーい!」

「流石ユウ兄!モモもありがとう!よし、はやく帰ろう!」

 

 喜んで飛び跳ねるナナとララ。

 セリーヌが心配なリトも早く帰ろうと言う。

 

「では、ルナティーク号を上空へ呼びましょう。ユウリ」

「ん、任せとけ。全員あんまし動くなよ」

 

 みんなを結界の部屋で囲い、そのまま空へと操作して浮かぶ。

 霧からの遮断と、上空という事もあってかヤミの持つ端末でルナティーク号は迎えにきてくれて、ペケも無事に回復した。

 

 ルナティーク号に乗船してすぐにリトが叫ぶ。

 

「良し、急いで帰ろう!」

 

 こういう感じを素で出せる根っからの主人公な義弟。かっこいいな。でも俺が言ってたら……似合わないなー。

 と、思いながら、リトの発言に少し水を差す。

 

「お前らはぴょんぴょんワープくんDXで先に帰れ。俺とヤミはルナティーク号で戻るから」

 

「え?────あ!そういえば出発前に!」

 

 リトが間の抜けた顔をしているが、俺が地球を出る前に、ララに言って乗せ込んでいたのを思い出したのか、納得した顔をしていた。

 

「わかった!ユウ兄、ヤミ、また後で!」

 

 そうして俺とヤミ以外のみんなはワープをして消えていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「…ヤミ、宇宙って、広いんだなー」

 

 騒がしかった他の者達は既に地球へと帰還しており、この船には今は私とユウリしか残っていない。

 宇宙空間を眺めながら呟くユウリに答える。

 

「なんですか…急に」

 

 私の方には顔を向けず、宇宙空間を眺めたままで続きを話す。

 

「植物がこんなにヤバイなんて考えた事もなかった。未知の物だらけだよ。いつかは、この宇宙を旅でもしてみたいな。元の世界にも絶対にいなかった、『宇宙の未知を求めるハンター』みたいな。カッコよくない?」

 

「そうですか…でも、なぜユウリは…そもそもハンターでは無かったのでしょう?」

 

 ユウリがたまに言う、ハントだったりの用語は、そもそもハンターとしての用語のようなもので、更に名乗っていたハンターと言うのは元々の世界での職業の一つらしい。話を聞いても全く理解は出来なかったし、言った通り、ユウリからは自分はハンターでは無かった、と聞いている。

 

「今の俺なら、なってただろうな…あの頃は、そんな状態じゃ無かったし…」

 

 そう言った後、ずっと外を向いていた顔を私の方に向けた。

 

「『未知』って言葉には魔力が宿ってると思うんだよ。惹きつけられる何かが。── それに魅せられた奴等が、ハンターなんだ」

 

 『未知』たしかに、物語には良く出てくるし、私の場合は恋愛という感情や、家族といったものは『未知』だ。それに私も、それを知りたいと、欲している。

 

「色々片付いたらさ、ヤミとルナティークと、ミカンとか他にも興味ある奴と、宇宙の『未知』でも見に行きたいな。モモも今回で見たような知らない植物をもっと見てみたいって言ってたし」

 

 そう言ったユウリは、子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。

 ユウリと、ミカンと、相棒(パートナー)と。

 そんな未来を想像して、悪く無いなと思った。

 

「…仕方ないですね…ユウリがそこまで言うのなら…」

 

「またそれかよ。嫌ならいーっての。ルナティーク!ヤミは置いといて、俺と旅しよーぜ!」

 

「はぁ!?おいおいニイちゃん!俺の主人(マスター)はヤミちゃんだけだぜ!?」

 

 なぜか私の事を、ヤミちゃんと言うルナティーク。直接呼ばれる時はいつも通り主人(マスター)だったので気にならなかったが、今のは不意打ちだったのでビックリした。でも、悪くは無いな。

 

「ユウリ、私の相棒(パートナー)を勝手に口説かないでください」

 

 そんな事を話しながらも、いつか、ユウリの言うような未来が来たらいいと思っている自分がいた。

 



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三十一話 誕生×命喰

ーーーーーー

 

 

「………」

「…リト……ごめんな。全然気づいてやれなくて…で、誰との子なんだ?」

 

 無言のヤミと、自分でも何を口走ったか覚えてないがとりあえず声をかける俺。

 現実逃避と状況の再認識も含めて、結城家に入る前の事を振り返る。

 

ーーー

 

 ルナティーク号で三時間かけて、危険度Sランクの惑星ミストアから、地球の彩南町の結城家の上空まで帰ってきた。

 俺とヤミ以外はララの発明品のワープ装置ですぐに地球に戻っていたので、三時間遅れで俺たち二人は戻ってきたのだが……

 

──庭に行き、呆然とした。

 

 治してやるはずだった、結城家の番植物、セリーヌの大きな顔ともいえる花の部分は卵の殻のようにボロボロに崩れて地面に散らばっており、体ともいえる、大きく大地に根を張っていた茎と根の部分は全ての養分を失ったように、シナシナとしており、自立する力も無くなったためだと思うが、無残にも地面に横たわっていた。

 普段セリーヌが持っていた生命エネルギーは、今はカケラも感じ取れなくなっていた。

 

 

「…間に合わなかった、か……」

 

「……ユウリ」

 

 心配そうな顔で俺を見つめるヤミ。

 俺は今、どんな顔をしてるんだろう?

 少なくとも心配され、気遣われるような顔をしてしまってるのだろうか。

 

「俺は、大丈夫だよ。ありがとな、ヤミ。──みんな落ち込んでるだろうし、家に入ろうか…」

 

 

 自分よりも若く、小さい子たちを慰めなきゃなと思い、結城家に入ると、みんなリビングにおり、悲しそうな雰囲気は一切無かった。

 

「あ、ユウ兄、ヤミ!おかえり!」

「まうー♫」

 

 リトが裸の女の子の赤ん坊?を抱っこしたまま笑顔でおかえりと言ってくれたのだが、俺とヤミは、ただただ呆然とリトと赤ん坊を眺めていた。

 

 そうして、今に至る。

 

 

ーーー

 

 

「こ、子供って…な、何言ってんだよ!?この子はセリーヌだよ!」

 

「……は?」

 

 怒ったように言うリトだが……セリーヌ?その子が?

 地球に残り、セリーヌを見てくれていたミカンを見ると…

 

「ユウリさん、ヤミさん。ホントなの。あれから、セリーヌの花がツボミみたいになって、その中からこの子が出てきたんだよ」

 

 ミカンも苦笑いを浮かべて教えてくれた。

 よく見ると、頭の上にはピンク色の花が付いており、緑色の長い髪は今までの茎を現しているのだろうか…頭の花とかからしても、そうなんだろうな。宇宙って本当になんでもありだな……

 

「モモも、こうなる事はわかんなかったのか?」

 

「お兄様。そうですね……セリーヌさんは凄く希少な種ですので…」

 

 

 モモがいろいろと説明してくれて、わかったようなわからないようなだった。

 結果として、セリーヌはカレカレ病ではなかったようだ。全ての生命力をツボミに集めた為に枯れたよう見えて、そうして時間経過と共に擬人化して産まれてきた。と言う事はわかった。

 だから庭の、元々のセリーヌの花びらは誕生した後だったから、卵の殻のようにパラパラと落ちていたのか。

 その他に関しては、セリーヌは超希少種のため謎が多く、詳しくはわからないと言う事。

 

「まうまうーーーっ!!」

 

 嬉しそうにリトに抱きついてるセリーヌ。

 

 まだまだわからない事だらけだけど、また結城家が一段と騒がしくなる事だけは確かだな。

 

 

ーーーーーー

 

 

 結城家にまた一人家族が増えた日の翌日。

 

「これと、───あとこれだと、どうですか?」

 

 ユウリは松戸と加賀見に相談事を持ちかけに来ていた。

 そこは松戸探偵事務所の地下深く、主に(まじな)いに関しての研究であったり、宇宙生物などが隔離されている研究部屋の隣にある部屋で、用途は書斎。そこには向かい合うように置かれたソファーのそれぞれに、松戸とユウリが座っており、松戸のソファーの後ろに、加賀見は立っている。

 

 ユウリは多くの書物の中にあった、『空間支配術─壱の書─』と『呪刻術─呪具の書─』と書かれたボロボロの本を二つ開き、ページを指差して松戸へと尋ねた。

 

「恐らく、できない事も無いとは思うが……呪刻は僕がやるとして、実際は誰がやるんだい?」

 

「ここは、危険は少ないので…俺の方で探してみます」

 

「後は、待つだけだが、場の準備はどうするんだ?」

 

 開かれた本の一つを、トントンと左手の人差し指の爪で叩きながら松戸はユウリへと質問を投げかける。

 

「それにはアテがあるんで」

 

「ふむ。あまり多くを関わらせるのは……」

 

 人差し指をの動きを止め、ページへと落としていた目線を上げる。ユウリを見据えて話をするが、その言葉を遮るようにユウリは話し出した。

 

「大丈夫ですよ。松戸さんたちは松戸さんたちの、俺は俺の目的の元に動く。──お互い不可侵、でしょ?」

 

「クッ!今更だったか……だが、時は近いかもしれないからね。加賀見くん、七瀬くん。──準備を急ぐとしようか…」

 

「そっすね」

 

「はい、先生」

 

 そうして、薄暗い部屋の中で、年齢も何かもがバラバラな三人は、それぞれ笑顔を浮かべていた。

 

 体のほとんどが未だ地球人の老人はニヤリと口角を上げて笑い、

 体は地球人で精神は異世界人の者は薄く笑い、

 体も心も、地球人、宇宙人、悪魔で混合されたモノはにこりと微笑んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あなた達!そこは通行のジャマよ!道を開けなさい!!」

 

 朝からお兄ちゃんはハレンチな格好で家をウロウロしているし、イライラして外に出てみれば、周りにも人目も気にせずイチャイチャとハレンチなカップルばかり。

 そして極め付けにガラの悪い男三人が路上に座り込んでたむろしていた。迷惑という言葉を知らないのか、私は大声でその人たちを注意したのだったが、その後、注意した私を羽交い締めにしてきた。

 

「はっ離しなさいよ!

 

 三人のうち、スキンヘッドでサングラスをかけた男に背中から体を押さえられ、金髪を逆立てた眉なしの男が私のスカートをつまみ、持ち上げながらきみの悪い声をあげる。

 

「キレーな足〜〜」

 

「!!」

 

 男って、どうしてこうなの…誰かなんとか言ってよ!!

 明らかにこの人たち間違ってるじゃない。

 どうして、見ないフリするの……

 

 誰か──…

 

 

「ゔっ!!」

 

 あれ?私を後ろから羽交い締めにしていた男の手が緩み、膝をつき倒れた。

 

「道の真ん中で迷惑なんだよ。世紀末みたいなカッコーしやがって。その子、オレの連れなんで放してくんない?」

 

「な、なんだテメーこらぁ!」

 

「あ…」

 

 七瀬さんは私の手を取って、私を自身の背中へと回した。そのため、私は今七瀬さんの背に隠れるような格好になっている。

 

「なんだって言われてもな、人を注意できる常識人的な?非常識なやつはこれでわからせてやろう…」

 

 左手を右の肩に乗せ、右腕をぐるぐると回している七瀬さん。確実に、殴るつもりだろう。こんな人たちに、そんな事しなくていい。

 

「七瀬さん!暴力は良くありません!」

 

 腕を回すのを辞め、やり場のなくなった左手で頬をポリポリと掻く七瀬さん。

 突如くるりと私の方を向いた。そして、七瀬さんはにこりと笑って、

 

「じゃー。……逃げ!」

 

「キャ!────な…七瀬…さん」

 

─── ドキ… ───

 

 私の足を払って、抱っこされてしまった。少しドキッとしてしまった……

 そしてそのままとんでもない速度で走り出した。とてもじゃないが人一人抱えて走れる速度ではないけど、結城くんの周りの人はみんな常識は通じないんだった……

 

 

ーーーーーー

 

 

「もう、振り切ったかな?」

 

「そう、みたいですね…」

 

 まさか3m近くある柵を飛び越えて反対車線の道路のトンネルにいるなんて、普通の人間じゃ無理だから、完全に振り切っただろう。

 七瀬さんは答えた私を降ろし、何故か腕で頬をガードしている。

 

「なに、してるんですか…?」

 

「いや、ビンタ飛んで来ないかなって…」

 

 まったく、私のことをなんだと……

 じ〜っと怪訝な表情を七瀬さんへと向ける私。

 でも、なんで私こんなにドキドキしてるんだろう…

 

「悪かったよ。ま、女の子があんま無茶すんなよ」

 

「…それは、見すごせって事…ですか?」

 

 私だってわかってるけど…間違った事は、許せない。

 

「理想を語るなら、それに見合った力が必要だろ?」

 

 なんだか大人な雰囲気と小難しい感じに言われた気がするが、結局は暴力には、より強い暴力でと言う事だろうか……私は弱いから、理想を語るなと……

 そんな私を見透かしたかのように言葉を続ける。

 

「少なくとも、自衛くらいできるようになれって事だよ。どんなに正しい事を言おうが、すぐにやられてちゃ、……ガキの癇癪と変わらないだろ」

 

 そう言って私の頭を撫でる。

 その顔は、少し悲しそうに見えた。

 その表情の理由が知りたいと思ったところで、頭を撫でられている事を思い出す。

 

「……な、撫でなくて良いですから!」

 

「悪い悪い、周りには妹みたいな子ばかりだから、ついな。俺もいつでもこうして来れるわけじゃないし、無茶すんなってのは本音だよ。じゃあ、気をつけてな」

 

「あ、ちょっと…」

 

 そう言って、何処かへ行ってしまった。

 まだ、お礼も言えてなかったのに……

 

 最初の印象は、風紀委員で、正義感が強くてカッコいい人。

 初めて話した後の印象は、ハレンチな人。

 少し前は、みんなが言うような、良い人。

 今は、ドキドキしていて、わからない……

 

 異世界人の七瀬さん。

 あの表情の理由…もしかしてだけど、理想云々って言うのは、自分の小さい頃にでも重ねてたのかな……

 

 

ーーーーーー

 

 

 日も暮れ始め、あたりは少し薄暗くなり始めた時間。

 人気の無い路地裏で、奇抜な格好をした三人組はタバコを吸い、酒を飲んでいた。

 そこに現れる、黒髪に灰色の眼をした男。

 

「よっ。探し人見つかりました?」

 

 ガラの悪い三人組の男の背後から、ヘラヘラと笑いながら声をかけたユウリ。

 

「あ!テメェ!よくも俺らの前に……」

 

 三人組は振り返り、何かを話している途中で、一人目の頬を裏拳で殴りとばし、壁へと叩きつけ、

「グベ! 」

 

 二人目のこめかみを掴んで、壁に後頭部をぶつけて地面へと転がす。

「アガァ!!」

 

 最後に三人目の腹に右足のつま先をねじ込み、思わず膝は折れて前屈みになった所で、ねじ込んだ後引き抜いた右足を今度は振り上げて足の裏を頭に乗せると、力を込めて無理矢理踏みつける。

 膝は完全に折れ、前屈みになっていたので両の手は地面に付き、自らの顔面がアスファルトに押しつけられないように相手に力が入っている事がわかる。

 頭に乗せられた足は変わらず力を込めてはいるが、顔がアスファルトへと密着するスレスレで止まる位置でわざと力を抜いていた。

 

「ムカつくんだよ。クソ雑魚クズヤローの癖に、女子供に偉そうな奴って。グチャグチャにしてやりたくなる。──お前も、そう思わないか?」

 

 強制的に土下座の形にさせて、頭を踏みつけたまま凄むユウリ。

 

「お、思います!俺もそう思います!!」

 

 ガタガタと、土下座のままに震えながらも叫ぶように答えるスキンヘッドの男。

 

「だよなー。──でも、お前らの事だよ?」

 

─── グチャ ───

 

 足にこめていた力を強め、頭を地面へと押し付けた。

 完全に顔面がアスファルトに密着しているので、ブブブと空気と鼻血かなにかが洩れる音だけが聞こえていた。

 

「これに懲りたら、せいぜい真面目に生きろ」

 

 そう言って、ユウリは消えていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 漆黒に覆われた世界の、地球の日本にあるような見た目の黒い和風な城。

 その城の天守閣近くの大きな部屋の中央に、八角形の大きな机がある。

 そこには今、地球人やデビルーク星人のような人間型(ヒューマンタイプ)の者たちが六人座っていた。最も上座にある豪華な椅子と、【黄】と書かれた椅子が空席となっていた。

 

 

「また、失敗デスネ。ボクの部下も、お借りした白羽吾(しらはご)も戻っては来まセンヨ」

 

 【碧】と書かれた椅子に座る者が報告をする。

 その者は、頭には白いターバンを巻いており、口元から下は緑色のローブで完全に覆われており、顔の部分は暗闇で何も見えない。そのため、見た目では男性か女性かもわからないものが話す。声色からすると、どうやら男性のようだ。

 

「地球か……聞く話では、デビルークの王女も今は地球にいるらしいな。碧暗(へきあん)、お前の部下程度ではやられるだろうな」

 

 【銀】の椅子に座る者は、銀色の軽鎧を着ており、同じく銀色の髪をライオンの様に逆立てた筋肉質で目つきの鋭い大男が話す。もみあげが特徴的で、目の下と口の横で二度程顔の中央部に向けて三角形に生えており、全体的にも濃い。

 

我銀(がぎん)の言うデビルークの話は置いておいて、地球に神はいない筈……わざわざ向かう理由は?」

 

 【朱】の椅子に座る者は七三分けの黒髪に眼鏡をかけている、紅色と黄色の袈裟を着た小柄な男性が話す。

 

孔朱(こうしゅ)、神って?」

 

 【藍】の椅子に腰掛けた、肩まで伸ばした黒髪に白衣のようなコートを羽織った女性が、先程の言葉の内、理解できない単語を聞く。

 

「力の強い星にいる、管理者の様なものだ。その星にいるのは確かだが、その中でもここなように異次元にいる事が多い」

 

 孔朱と呼ばれた小柄な男性ではなく、【白】の椅子に座る、白髪で顔に大きな傷痕のある男が答えた。

 

「なぁ(はく)、神ってどーやってなんの?」

 

 【紫】の椅子に気怠そうに座る女性は、頭の上で髪を団子にし、前髪は眉の上で一直線に揃えられている。衣服は胸部のみを隠すように黒いヘソ上までしか無いノンスリーブを着ており、左胸だけ白い布が肩口から掛かっている。背中部分には蜘蛛の巣が描かれている白い着物を肩から羽織っているだけの格好で、目つきは鋭い。そして、やる気なさそうに左手で頬杖をついて白へと尋ねた。

 

「確か、長い間その星に住み続けないといけないはずだが、どうだろうな……うちの姫さまも長い事ここに住んでいるうちに、気づいたら神になってたと言っていたが…」

 

「…ふーん。で、神が居ないとなんなの?」

 

「姫さまは、言い伝えられた御伽話のように星を喰うと言うよりかは、その星の生命力を、即ちその源である神を喰らう」

 

「ここが黒蟒楼と呼ばれる前は、姫さまは『命喰(みょうばみ)』と呼ばれる魔物だった。命を喰らう事で大きくなり、やがて星を、神を喰らうようになった。そうしてここは大きくなっていったのだ」

 

 孔朱は、この中で一番の古株。遥か昔から姫と共にいる。御伽話になる前から、この蟒蛇の住まう異次元の城の管理をしているのだ。

 

「じゃあ尚更行く必要ないじゃん」

 

 説明を受けてもなお、やる気なさそうに頬杖をついたままの女性。

 

「…神とはその星の(ぬし)の事だったか。であれば可能性はあるな。地球は一度神が入れ替わった事がある。今いたとしても、おかしくは無い」

 

「言う通りだ。現に黄透(きすく)は地球に行ってから帰ってこない。大きくなり過ぎた姫さまには、より強い神、より強い生命力が必要だ。最近はロクな食事を取れていないからな。可能性があるなら向かう」

 

 そう言うと白は立ち上がった。

 

「話は以上だ。地球到着まではもう暫く掛かる。探りたい者はそれぞれ好きに任せる。──ただし、攻撃を仕掛ける時は許可を取るように」

 

 

 

 そうして、次々と席を立って部屋を出て行き、最後に【藍】と【白】に座る者だけが残っていた。

 

藍碑(あいひ)、君は─────────

 

「ああ」

 

 藍碑の言葉を最後に、部屋には誰も居なくなった。

 



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三十二話 変身×不思議

ーーーーーー

 

 

「いいなあ、私も変身(トランス)使ってみたいな」

 

 小さな女の子の手から離れた風船が、昼下がりの青空へと飛んでいった。悲しげな少女の声が聞こえるが、隣にいた親友は、背に白く大きな翼を生やし、まるで天使のように、金色の長い髪を靡かせて空を舞う。

 空へと飛び立った風船を手に取り、少女へと手渡していた。先程まで悲しそうな顔をしていた少女は天使へとお礼を言い、その顔は笑顔へと変わっている。

 

 そんな様子を見て、ふと私も同じ事をしてみたいと思えた。

 

「ミカンが…ですか?」

 

「ヤミさんと体を交換できたらいいんだけどね。ってそんなのムリか〜。あははっ」

 

「できるよそれ!」

 

───まるまるチェンジくん!!───

 

 うちの同居人であるララさんの発明品、本当にそんな事ができるのだろうかと思うが、面白そうだ。

 

「ちょっとやってみない?ヤミさん」

 

「別にいいですよ。ユウリも仕事でいませんから、ヒマですし…」

 

 あっさりと同意してくれた親友と機械へと入る。

 

───チーン───

 

 電子レンジのような音がしたと思うと、扉が開く。

 外に出ると、自分の入ったはずの扉とは反対の扉から出てきていた。

 

「わーっ!ホントにヤミさんになっちゃった!!それじゃ私その辺で遊んでくるね!」

 

「では私はプリンセスと家に戻っています…」

 

 そう答えてくれた、私。

 今はヤミさんだけど、自分をこうして見ることなんて新鮮で、不思議。

 

 じゃあ、まずは、さっきのヤミさんみたいに飛んでみよっかな。

 

 

 

「気持ちいー♬」

 

 ホントに思い浮かべただけで翼が出せるんだ。

 空を飛ぶって、すごいなー。

 

──フッ──

 

「え?ひゃーーーっ」

 

 いてて、ちょっと気を抜くと消えちゃうのね…

 なれてないとこれ、けっこう難しいかも…

 

 でも、あの高さから落ちても痛いで済むなんて、ヤミさんのカラダって丈夫なんだな……

 

 あれ、またモヤモヤがカラダから出てる…

 ユウリさんの言うオーラってやつだ。

 ヤミさんも、普段これを使ってるのかな?

 

 

ーーー

 

 

「ふぁ〜」

 

 眠いな。

 欠伸を噛み殺せず、駄々漏らしながら街を歩く。最近も鍛錬ばっかりしてたので、若干眠たい。

 

「ユウリさん…」

 

 そういえば夕飯の買い物もしとかないとなと思いながら、街を歩いていると、誰もいないはずなのに声をかけられた。

 誰だとも思ったが、声から知ってるやつだったと思い出す。

 

「おぉ。透明か。久しぶりだなー仕事は順調?」

 

「順調ですよー!その節はどうも〜って!そうじゃなくて、今回はお伝えしたい事があって来たんですー!」

 

 はぐれ宇宙人の透明人間くんだった。

 仕事も順調だそうで良いことだが、お伝えしたいことってなんだろうと続きを促す。

 

「金色の闇を狙った賞金稼ぎがこの街に入り込んでるらしいんですよ。ベンドットから伝えてくれって頼まれまして…」

 

 透明人間くんは、私はあの子に殺されかけたんで直接は言いづらくて…と付け加えて教えてくれた。

 

「そうか。気をつけるよう伝えとくよ。サンキュな」

 

 御礼を言った後で、少し風を感じたのだが、恐らく会釈をしてくれたのだろうか、それではという声も聞こえて、足音が遠ざかっていく。

 

 ふーん。賞金稼ぎ(バウンティハンター)ね……どんなのが、何匹いるんだろうな。まぁ、ヤミなら返り討ちだろうけどニュルニュルにわりと捕まるから、少し心配ではあったので【円】を展開しながら街をぶらつく事にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ひぇ〜〜〜っ!こっ来ないでよヘンターーーイ!!」

 

「むっひょ〜今日のヤミちゃんいつもと違ってコーフンしますなぁ」

 

 ヤミさんの姿のまま、街を歩いて遊んでいたのだが、ミイラ男の姿をした、リトやララさんの通う高校の校長に追いかけ回される。

 でも、今はヤミさんのカラダ。こうなったら変身(トランス)で…

 

「いっ……いやーーーっ!!」

 

──ゴォン──

 

 半ば無意識にイメージした、普段ヤミさんが行っているように、髪の毛を変身(トランス)でフライパンへと変えて校長の顔を叩いた。

 

「フ…フライパンとはまたプリティー…」

 

「な…なんなのよもうっ!」

 

「確かにプリティー」

「ひよったってのは本当だったらしいな」

 

「だ、誰!?」

 

 膝から崩れ落ちる校長を見ていると、どこかから声がした。

 

「誰…ね。特A級賞金首。宇宙一とも噂される金色の闇が、あげる声じゃねぇな」

 

「プロなら、誰かなんていちいち聞かねーだろ!死ねぇ!!!」

 

「…キャ!」

 

 金髪の長い髪にハットを被った細身の男と、同じく金髪のモヒカンにパンチパーマを当てているような太った男がいた。

 二人の姿を認識したと同時に太った方の男が叫び、手に持ったバズーカのようなものをこちらへと発砲してくる。

 飛んできたのは、人の顔ほどもあるおおきな鉄球。無意識に変身(トランス)した盾で防ぐが、体に響く衝撃に変わりはない…もう一度は、防げそうにない…

 

「ハハハッ!流石の金色の闇もこの重みには耐えられないだろう」

「そら!もう一発!!コイツで終わ…」

 

──ヒュン──

 

 私に向けて再度バズーカを打とうとしている宇宙人を見ていると、何かが横を高速で通り抜けるような音がして、バズーカを持った宇宙人に黒い影が襲いかかっていた。

 

「──プロなら言う以前に、頭の中に思い浮かべた時にはその行動はもうすでに終わってるって、何かで見たけどな。物騒なモン持ってるその腕、へし折るぞ」

 

 私の横を通り抜けた黒い影が太った男の前で止まり、言葉を言い終えたその時には、既に男の両腕は普段折れるはずがない、変な方向に曲がっていた。手に持っていたバズーカもガシャンと大きな音を立ててアスファルトに落ちる。

 

「アぁぁぁぁあ!!」

「クソッ!!な、何者だ!?」

 

「お前も聞いてんじゃねーかバカ」

 

 細身の男は、さっきの私と同じ事を叫んだ。

 離れた位置にいる私には、夕陽に照らされながら空に浮かぶ、青い大きな結界が落ちてくるのが見えるが、彼らからすれば殆ど真上から落ちてきているので認識できていないし、そもそも太った方は痛みに悶えている真っ最中。

 なす術もなく、その結界に押し潰されて、細身の男も太った男も地面に大の字になっていた。

 

「ユウリさんっ!」

 

「ヤミ、こんな奴らにどうした?──え、なんでオーラが………」

 

 ユウリさんが二人を早々に倒して結界に閉じ込めると私を見て驚いている。顎に手を当ててまじまじと私をながめると……

 

「──もしかして、ミカン?」

 

「な、なんでわかるんですか…?」

 

 え…やばい…今の私は完全にヤミさんなのに……なんだか、すごく嬉しいっ!

 

「ははは。俺くらいになるとわかるよ」

 

「もぉ、なんですかそれ…」

 

「雰囲気と、オーラってのもあるけどな。──あと、その左手…」

 

 少し大袈裟に笑いながら胸を張る黒コート姿のユウリさん。雰囲気で私ってわかるなんて、ユウリさんは凄い。でもオーラ、それと左手?

 気になって、自分の左手を見ると…

 

「……ひゃ!?」

 

 また、この子……?あれ以来、一度も出てこなかったのに…なんで?

 私の左手には、あの時の丸っこい顔のようなものがオーラとして浮かび上がっていた。

 あの時と、少し顔が違うような……そういえば、前は右手だったはず……顔のパーツも、前は窪みだったのだが今は膨らんでいるし、口のようなところは棒みたいなものがくっついてる。ユウリさんが来た時よりももっと前に、リトが作ってくれた不細工な雪だるまに見えないこともない、かな?

 

「能力が発動してる?ミカン、何か変わったこと起きてはないか?」

 

「え?ヤミさんになってるって以外には、何も無いよ。それに【小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)】も話しかけてこないし…」

 

『【小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)】ではなく、私は【小悪魔の不思議体験(ワンダー×ワンダー)】です』

 

「……は?」

 

「なるほど、自動操縦(オート)の念獣のようなものがミカンの能力か……何ができる能力なのか、教えてくれるか?」

 

 話しかけてきたと思えば、この間とは違うこと言ってる……

 ユウリさんはなぜか納得して右手のこの子へと話しかけているし…何がなんだかわからない。

 

 そんな話をしている間に、ユウリさんの結界で捕まえていた二人組は黒い渦へと飲み込まれて消えていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 これで、ミカンの念能力がだいたい把握できた。

 

小悪魔の不思議体験(ワンダー×ワンダー)

 自身と近い者だけを対象とする念能力。左手に浮かび上がる顔に似た念獣。そいつの持つ能力は顔に浮かぶ膨らんだ箇所の数だけなので三つ。能力発動時は右手に移動して、能力ごとによって顔が変わる。

 

小悪魔の追体験(ワンダーグラフ)

 対象に触れている間、自分は動けないがその人間の過去の経験を体験する事ができる。

 対象から離れると能力は解除される。

 なお、使用オーラは発動時は自身のオーラを消費するが、再生中は対象のオーラを使用する。

 これがオレの過去を覗いた能力。あとの二つはまだ使用した事のない能力だが、

 

小悪魔の再体験(ワンダーリライブ)

 自身の過去の経験を再現することができる。

 再現できる時間は自身のオーラ量による。

 例えオーラが残っていても能力で一度再体験した過去は巻き戻すまで(再体験していた時間が経つまで)この能力を再度使用する事はできない。巻き戻し中はワンダーワンダーの使用はできない。

 

小悪魔達の不思議な体験(ワンダーワンダーエクスペリエンス)

 自身の体験を他者に見せる事ができる。自身はその間動けず、体験者は自身と一日以上の体験(過ごしている)時間が必要。また、体験者は自分の意思で再生を中断する事ができる。

 

 幼い頃からリトと二人での生活が多かったミカンの、自身と共に時間を過ごす者との思い出に対する想いの強さが具現化した能力だと考察していた。

 左手に浮かぶ顔も、小さな頃にリトと作った雪だるまの顔に似ているらしいし、よっぽど外れた考えではないはず。

 

 戦闘用でも無いこの能力は俺からするとミカンらしくて好ましい能力に思えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「すごいなミカン。こんなの前の世界でも聞いたことないようなすごい能力だぞ」

 

「そうなんですか?と言われても全然実感はないですけど……」

 

「ミカンらしいと言うか、良い能力だと思うよ。使い所は確かによくわかんないけどな」

 

 ヤミさんの姿である私と手を繋いで歩くユウリさん。

 私のこの『念能力』と言うものは、その中でも凄くレアな【特質系】の能力とのことだが全く理解はできていなかった。

 ただ、私は別にそれでいいのであまり気にしていない。

 久しぶりにユウリさんと二人っきりなのでその方が嬉しいけど、ヤミさんのカラダだからなぁ。なんだかフクザツ……

 能力の使い道、一つだけ思いついたので言ってみた。

 

「ユウリさんに使えば、何時どこで誰と何してたか、全部わかっちゃいますね」

 

「え……それは、なんかやだな…」 

 

「だってそれしか思いつかないんですもん」

 

 苦笑いを浮かべるユウリさんに、私は笑いかける。

 浮気調査って訳じゃないけど、

 

「何かやましいことがあるんで───」

 

 

──ブワァ!!──

 

「ミカン、大丈夫だから、動かないでいろよ」

 

 急に、ユウリさんのオーラが膨れ上がる。力強いオーラに包まれたかと思えば、いつのまにか結界の中にいた。

 しかもいつもの薄い青色をした結界ではなく、深い青色の結界。何重にも囲まれているようで、外の様子は伺えないほどだった。

 

 ユウリさん…大丈夫、だよね…?

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリと、ヤミの姿をしたミカンはついさっきまで、なんてことない会話をしながら歩いていたのだが、前からテクテクと歩いてくる一人のスーツ姿の男性。特に変わった様子もないこの男が視界に入ると同時にユウリはオーラを練り込み、何重にも重ねた結界でミカンを囲う。

 外の様子が見えないように、結界は通常の、空のような薄い青ではなく、海の底のように暗い青。

 

 

「なんか用か?」

 

 感情の無い顔をした男はユウリの目の前まで来て、ユウリの声に反応したのか、立ち止まる。すると…

 

 

── べりべりべり… ──

 

 突如、その男が剥けた(・・・)

 まるでバナナの皮を剥くように、頭が裂けて人間の皮が剥がれていく……

 

 これは、見せなくてよかった。

 こんな異常な、グロテスクすぎる光景はとてもじゃないがミカンには見せられないな…

 人間の皮が頭皮から足にかけて剥けていき、ボタボタと粘液のようなものが飛び散りながらも、中にはドロドロの何かが詰まっており、それはだんだんと大きくなっている。

 その肉の塊のようなものが、突然弾けた。

 

 

『グギャやややギャギャガや!!』

 

 

 大量の化物が弾け飛び、意味不明な事を叫んでいる。

 妖怪とでも言えるような、人型でも無い異形のモノばかりだった。

 だが、それを見て思うが、言葉も話せないしどいつもこいつも程度の低い雑魚。それに、全部蟲入りだろう。逃すわけにはいかない。

 

「消えろ──」

 

 絶界で全てを、一瞬で消し去る。

 この程度のレベルのやつなら、いくら来ようと関係ない。

 ただ、最近数は増えているので、時は近いと感じていた。

 

 先程の場所は、飛び散ったナニカで汚くなったため、場所を少し変えてからミカンを囲んでいた結界を解く。

 

──どっ──

 

「………大丈夫でしたか…?」

 

「う、おおう」

 

 結界を解くと同時に抱きつかれた。見た目はヤミだが中身はミカン。ヤミが普段見せないような、潤んだ赤い瞳。抱きついている為に、必然的に上目使いとなってこちらを心配するミカンであるはずのヤミに、変な声を出すユウリ。

 

「どうしたんですか!?やっぱり、どこかまた怪我したんじゃ……!?」

 

「してないしてない!ホント、一発たりとも貰ってないし!」

 

─── じぃぃぃ ───

 

「あ…私、何も見てませんからっ!!」

「私は、ハッキリみたよーん♬」

「ヤミちゃんやるねっ!」

 

 ミカンがいつもよりもユウリが狼狽るものだから心配して更に顔を近づけていたのだが、ハルナとリサミオの仲良し三人組がたまたま見ており、三人からするとヤミがユウリへと抱きついてキスをせまっているように見えなくもない、という場面を凝視していた。

 ミカンはヤミに悪いと咄嗟に離れて訂正するのだが、今は逆効果だった。

 

「あ…いや、違うんですよっ!私は…」

 

「えー!狼狽るヤミちゃんかわいー!おにーさん、綺麗なおねーさんの次はヤミちゃんを手籠にぃ?」

 

「モテモテなんですねぇ、おにーさん?」

 

「二人とも、七瀬さんにもヤミちゃんにも悪いよ。何か、理由があるんですよね?」

 

 じーん。と、ハルナの優しさに心を打たれる二人。一方は弟に、一方は兄には勿体ないくらいのできた人だと心の中で同じ事を思っていた。

 

「あぁ。実は────」

 

「えーーー!ヤミちゃんじゃなくて、ミカンちゃんなの!?」

 

 理由を説明するが、ララの発明の一言だけで納得するあたり、だいぶ毒されているなと二人は思った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「はーーーっ。ヘンタイ校長に追いかけられたり、賞金稼ぎに狙われたり大変だった〜〜。でも楽しかったよ、ありがと!ヤミさん」

 

「賞金稼ぎ……無事だったのですか…?」

 

 日も落ちて、すっかり暗くなった結城家の庭で、ララの発明品であるまるまるチェンジくんから出てきた二人は、慣れ親しんだ自分のカラダに戻り、ミカンは軽く伸びをしながら話し、ヤミは不穏な言葉に少し驚きつつも聞き返した。

 

「うん!見ての通り大丈夫だったよ。ユウリさんに助けてもらったから。でも、ヤミさんだったら簡単にやっつけちゃうんだろうなー。それよりも、ヤミさんはどうだった?」

 

「そうですか、ユウリが…良かったですね。私も、貴重な体験ができましたよ。結城リトは、少しユウリと似ていますね」

 

「リトが?うーん。似てるかなぁ…。私にはわかんないけど…でも、ユウリさんにはヤミさんの見た目なのに私って気づかれちゃった」

 

「……!」

 

「リトも、気付いてた?」

 

「…どうでしょうか…でも、ユウリと同じで、あたたかかったですよ」

 

「そっか。ヤミさんが楽しかったなら良かった。ユウリさんも来てるし、今日はうちで夕飯食べて行きなよっ!」

 

「…夕飯でしたら、私が作りました」

 

「え!?ヤミさんが!?」

 

 この後、ミカンとユウリはリトは既に食べたらしい、すべての料理にたい焼きが投入された甘ったるい夕飯を食べる事になった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「なんだこれ!?ララ!!またなにかの発明品かよ!?」

 

「えー?わたしじゃないよ!」

 

「何さわいでんだよリト?」

 

「何って、見りゃわかるだろ猿山」

 

 翌日、彩南高校に登校したリトは自分の教室である2年A組に入ったのだが、自分の机のそばまで行ったところで異変に気づく。

 なぜか、自分の机の周りにだけ、たい焼きが生えて(・・・)いた。

 

「いや、何を見りゃいいんだよ?」

 

「見えないのかよ?たい焼きが俺の机に生えてるじゃないか」

 

「私にも見えるけど……猿山くんには見えないの?」

 

「え、西蓮寺まで何を言い出すんだよ…」

 

「ちょっと結城くん!また非常識なモノを学校に持ち込んで!!」

 

「ユイも見えるの!?私も見えるよーっ!私たち四人にしか見えないのかな…?」

 

 どうやら自分以外には春菜とララと古手川以外には見えていないらしく、特に他のクラスメイトは反応しておらず、騒動にうるさいリサミオも特に騒いでおらず落ち着いていた。

 

 そのまま何事もなかったように朝のホームルームが始まる。

 

 他のみんなに見えないのもおかしいし、ララじゃないなら一体なんなんだろうな。ほんと、不思議な事もあるものだ……

 

 妙な声が聞こえたのは、リトがそう考えた時であった。

 

『おい、小童!』

 

 突然リトの机の上に現れた手のひらサイズの小さな葉っぱの妖怪?みたいなナニカは、リトに向かってそう言った。

 

『異界のモノを見る眼を持つ者ならばわかるだろう、生命力を操る術師をここへ案内せよ!』

 

「異界…術師…?っていうかお前なんだよ!?」

 

 リトが大声を出したからか、教室はザワザワと騒ぎ出し、春菜、ララ 、古手川の三人はリト、ではなくリトの机の上を目を丸くして凝視していた。

 

 

 

 



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三十三話 星神×寝床

ーーーーーー

 

 

「それで、私のところへ?」

 

 今、私の前にはお姉様とリトさん、ハルナさんと古手川さんの四人と、何かわからないが頭に一枚の葉っぱが生えた可愛らしいカエルのような、手のひらサイズの方がいらっしゃっていた。

 

「なんだーあたしにコイツの翻訳してほしいわけじゃないのか?」

 

『なんだこの無礼な小娘は!』

 

 なんでもこの今ナナへと怒りを露わにしている豆造(まめぞう)さんというこの方は、生命力を操る術師を探しているとか何とか。植物イコール生命力という発想はなんとなくわかりますが、私は植物と心を通わせるだけで操ったりはしていないのですが…

 

「あの……普通に考えて、お兄様のことではないんですか?」

 

「「……あ」」

 

「もうっ。ユウリさんが生命力をオーラに変えて使ってるって話をしてくれたの忘れたの?」

 

 ユウリさんの能力の説明を受けていたはずのお姉様とリトさんは、どうやら完全に忘れていたようですね。ミカンさんも私と同じ事を思っていたようだ。

 ハルナさんと古手川さんがキョトンとされているのはわかりますが。

 

『ふむ。こちらの小娘も少しは力はあるようだが、より強いものがいるのであればそちらの方が良かろう。では、貴様が案内せよ!』

 

 ミカンさんもユウリさんと同じ力を使える事を見抜いている?この方は、見かけによらず相当な力の持ち主のようですね……

 ただ、ユウリさんを巻き込んで何をするつもりなのかは知っておきたい。

 

「それはかまいませんが……何をされるのですか?」

 

『うろ様の寝床の修復じゃ』

 

「寝床の修復…。ではそのうろ様とは、どのような方なのですか?」

 

『恐れ多いぞ人間。うろ様はこの星の神なるぞ』

 

「神様!?」

 

 全員の声が、思わず揃ってしまったようだ。

 なんだか、とんでもない話になってきましたね……

 

 

ーーーーーー

 

 

「それで、俺のところへ?」

 

『貴様が生命力を操る術師じゃな。見ればわかる。では行くぞ!』

 

「ちょっと待て。その前に、うろ様ってこちらの方であってる?」

 

 突然ユウリの家に来た七人と豆造。

 玄関で、この星の神であるうろ様の寝床を直すようにと言われたのだが、その前に来ている来客者がそれだろうと、リビングへ案内した。

 

『うろ様!!?』

 

「…いらっしゃい」

 

 リビングのソファーに座るヤミ。

 その前のテーブルには山盛りのたい焼き、と全身を茶色の毛に覆われ着物を着たナニカがいる。

 笠の天辺あたりからはツンツンと毛が飛び出してちょんまげみたいになっており、目はまん丸。鼻は見あたらないがその辺から口を隠すように髭が伸びている。

 ヤミ六人分くらいはあろうかというサイズのその茶色のナニカは伸ばした指に大量のたい焼きを突き刺して食べていた。

 

『なんと、それがしよりも先に術師を見つけていらっしゃったとは、失礼をいたしました』

 

「あ、良かった。やっぱりうろ様で合ってたか。ヤミと意気投合?してるっぽいし修復ってのしてもいいよ。神ってのを詳しく聞きたいし」

 

『ふむ。良いだろう。こちらの方こそがこの星の神、うろ様である!ユウリと言ったか、貴様は中々の腕利きと見える。うろ様の寝床は貴様が直すがいい」

 

 という事でもふもふとたい焼きを食べ続けているヤミとうろ様の二人は置いておいて、残りの全員で豆造の話を聞く。モモがずっと気になっていたのかはじめに豆造へと質問をした。

 

「まず、この星の神って言うのはどのようなものですか?神が実在するなどと言う話は宇宙でも聞いた事がありません」

 

『ふむ。良いだろう。神とは言っても貴様らが想像するようなものではない。言うなれば、この日本で言うところの土地神や(ぬし)とでも言おうか。土地神がその地に力を与えていると言われるように、星神(ほしがみ)であるうろ様はこの星に力を与えていらっしゃる』

 

「………ちょっと、すごいお話すぎるね…」

 

「もう、非常識を通り越しすぎてついていけないわ……」

 

「あはは。あたしもよくわかんないや」

 

「すごいすごい!宇宙の歴史の勉強でもこんなの習わなかったよー!」

 

「確かに、元の世界でも聞いた事のない話だな」

 

 なんともスケールの大きな話。

 春菜と古手川の常識人組は早々についていけなくなり、ナナは理解しようとすることをやめたようだ。

 他のみんなは続きが気になるようで、嬉々として発言したララとユウリは目を輝かせ、リトとミカンは息を飲むように、モモは思案するような顔で聞いている。

 

『そもそも神は現世にはおらん。この世に在るのは星神のみ。星神と言うのは【魂蔵(たまぐら)】の性質を持ったものが、相性の良い星と共鳴する事でその星の星神となるのだ』

 

「たまぐら、って言うのはなんなのー?」

 

『──魂蔵とは、あらゆる力を自身の中に無尽蔵に蓄えられる性質の事じゃ。蓄えた力は様々な力の源となり、力がなくならない限り消滅するような事もない。そのような性質を持つものは、極々稀じゃがな』

 

「つまり、うろ様がこの星や生命を作った、と言うわけではないし、生まれた時から星神ではなかったと?」

 

『…貴様らは全てのものが意思のある誰かに作られたとでも思うておるのか?そんなわけが無かろう。意思あるものに無からの創造などできん。(ことわり)とはそう言うものじゃ。──うろ様がこの星と共鳴され星神となられたのは200年程前からじゃが、うろ様の前の星神は300年ほど前に喰われてしもうたそうじゃ』

 

「「神を喰うって!?」」

 

 全員が驚愕するが、ユウリとリトは神を喰うという行為に反応し、声が揃った。

 

『いわば神殺しよ。星神の持つ莫大な力を得ようとするただの愚か者じゃ』

 

 つまり、神殺しをしたものは神の力を得る事ができると言う事か、ならば、黒蟒楼の伝説は…それに、地球の神を喰った奴は、星ごと喰ってはいないし、黒蟒楼のような奴が、まだ他にもいるのか…?

 ユウリの脳内ではさまざまな思考が巡っていた。

 

『もう良いか?──では貴様のやる事の説明をしよう。星神であるうろ様の寝床は異界にある。そこは神の領域。半端な者では意識を保つことすらできぬが、見たところ空間支配の術も心得ていよう。そうであれば持っていかれる(・・・・・・・)事はたぶん無かろう』

 

「空間支配……結界の、コレの事か?」

 

── ピキィン ──

 

 手のひらに小さな結界を生成する。

 

『そうじゃ。自身を守らねば、意識を神域に持っていかれるぞ。貴様は直す者、そこの小娘も多少は生命力を操れるようじゃから繋ぐ者としてついてまいれ』

 

「わっ、私!?」

 

「えーずるいよお兄ちゃんもミカンも!私もやりたい!」

 

『いかん。この小僧以外は入る事は許さぬし、そもそもできん。小娘も入口の道標の様なものだ』

 

 ララは豆造に自分も入れてもらおうと話しているが、リトは心配そうにユウリと話している。

 春菜と古手川は一応真面目に話を聞いてはいたようだが、ナナは既に飽きており、ヤミとうろ様とたい焼きを食べていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 その後、細かな事は行ってやらねばわからぬ!

 との事だったのだが、術師である俺は寝床で生命力の歪みを直すのが仕事で、ミカンは異界の出入口で俺とこの世を繋ぎ止める役目。

 

「私が、もしもユウリさんを繋ぎ止められ無かったら……」

 

「大丈夫だって」

 

「なんでそんな気楽に…私のせいでユウリさんが戻ってこれないかも知れないんですよっ!…やっぱり、辞めませんか……?」

 

『なにを言うておるんじゃ!このこむす──』

 

 弱気になるミカンに、怒る豆造をユウリが手のひらで制した。

 

「ミカンだから大丈夫だって。星神さまには、しっかりこの星守ってくれなきゃ困るしな」

 

 実際のところ、神と言うものを知る事で黒蟒楼の強さを図りたいと言う目的もあったのだが、今の言葉も、また本音だった。

 頭を撫でながら言うユウリの顔を見て、ミカンも覚悟はできたようだった。

 

「ユウリさん…、もうっ、わかりましたよ」

 

『……では場所を変えるぞ』

 

 そう言って、豆造曰くうろ様の寝床の出入口へと来たのだが、そこに着き、思わずリトの口から言葉が溢れた。

 

 

「彩南…高校…?」

 

『うろ様は昔からこの土地が好きでな。この場所が昔でいうここらの中心じゃったから、入口はここにある。』

 

「なんか、宇宙人がこの街に集まる理由がわかった気がするな」

 

 ララやミカド、はぐれ宇宙人しかり、他の宇宙人たちの多くも何故か日本の、この街へと来るものが多い。その理由の一端は星神の寝床の出入口がここにあるから、と言う事が関係しているのかもしれないと思えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

『では行くか。小僧、決して気を抜くなよ』

 

「それは良いけど、先にアレを片付けたいんだけど?」

 

 旧校舎と本校舎の間の林にある小さな池で、いよいよ神の住む場所に行く、と言うところでユウリさんが池の先を指差す。

 何も無いと思ったのだが、その先から音が聞こえてきて、徐々に姿も見えてきた。

 現れたのはスーツを着た女性。のようだけど…なにか変だ。そこにいないようと言うか、生きている感じがしないと言うか…

 

── バチュン ──

 

 そんな事を思っていると、

 立ち止まった、その女性のシャツの真ん中が、内側からの膨らみに耐えきれず音を立てて裂け、中から何かがニュルルと出て着た。

 

「…うふふふっ。まさか本当に地球に神がいるとはねぇ。強い力を辿って見たけど、良いものを見つけたものね。碧暗さまに良い土産話ができたわ…」

 

 下半身は蛇、上半身は人間だが、爬虫類混じりの、ヘビ女とでも呼べるような女型の化物が何かを喋っている。それでも、放つプレッシャーはかなりのモノ。

 この方、強い……!!

 

「それにしてもブサイクな娘ばかりね。勿体無いでしょうから、この男たちは私がもらって帰ろうかしらぁ」

 

 私たちをブサイクですって!?それに、よりにもよってユウリさんとリトさんを気にいるとは、この雌ヘビには退場していただきましょうか…

『うろ様の御前で喧しい。消え失せい』

 

「──え」

 

── ばくん ──

 

 私は、少し口撃をしてやろうと口を開こうとしたのだけど、先に豆造さんが小さな体で前へと踊り出た。

 と思ったと同時、私の目の前でヘビ女はマヌケな声をあげると突如現れた凶悪な植物に食べられるように、跡形も無く消えた。

 

「こ、これは?」

 

『それがしの飼っておる異界の植物じゃ。では仕切り直しじゃな。行くぞ小僧』

 

「…強いな」

 

『星神であるうろ様の側近が弱いわけが無かろう。そんな事はどうでも良いわ』

 

 そんな事を二人は呑気に話しながら池の中へと飛び込んで行き、うろ様が続いて飛び込み、ミカンさんはその池の前に座り、豆造さんから渡されていた枝を握りしめて眼を閉じていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 なるほど。しきりに言われてたのは『これ』の事か。

 

 豆造から神の領域では気抜くな。と持っていかれる(・・・・・・・)なと言われたのを思い出す。確かに、意識を持っていかれる(・・・・・・・)というこの感覚は初めてだな。

 なんだか自分の意識をシールのように剥がされているような、自分という存在への理解度がだんだんと無くなって行くような感覚。

 このような感覚への多少の恐怖もあるにはあるが、思ったよりも大した事はないし、色々と知りたがりな性格だから恐怖よりも好奇心が優っていた。

 

「ここが、神の領域…」

 

『うむ、そうではあるが、まだ入口。ついてこい小僧』

 

 まるで誰かの【円】の中にいるような…いや、体内のような感じで、確かにすごい場所だと思った。

 

 豆造に続いて、そこら一帯に生えている見たこともない植物たちを掻き分けながら進む。

 

 

ーーー

 

 

 しばらく歩くと、豆造がこちらに振り返り指をさす。

 

『着いたぞ、あそこだ』

 

 そこには、木の枝がいくつも重なって出来た巨大な鳥の巣のようなものが有った。

 

「なるほど、あの中を直せばいいんすね」

 

『うむ、しっかりやるがいい』

 

 中に入ると、外の枝は後から覆ったものだと気づく。これは、マリモみたいなものに、後から巻きついてるのか。

 それによって、オーラが乱れてるのかな…これを鎮めれば、いや欠けてるところを足せばいいのかな。

 

 強力なのだが、何処か凸凹というか、虫食いになっている感じがするオーラ。マリモの壁面へと【周】を行い、希薄になっている部分に己のオーラを集中させると吸われていく感覚がある。加賀見さんにオーラを吸われている感覚に似ている気がした。

 

「これなら、もうちょいで直せそうだな」

 

 マリモの放つオーラの凹凸を平し、虫食いも無くなったところで、急にかなりの量のオーラを吸われる。欲しがられているのか、奪われているのか……まるで子供の欲求なようなものを感じる。マズいと思い止めようと思ったが、既にかなりの量を吸われ、寝床はふた回り大きくなったところで吸収はとまった。

 大きくなったことにより巻きついていた木の枝は全て弾け飛び、鳥の巣から、穴の空いた巨大マリモみたいになった。

 

「最後のが長く続いてれば、ちょっとやばかったな……まっ!これでどうすか?うろ様」

 

 俺の言葉に反応したのか、寝床が直った事がわかったからか、うろ様が嬉しそうに寝床に近寄ってくる。

 かわいく見えなくも無いし喜んで貰えたならよかった。

 ぴょんと跳ねて、大きくなった寝床にうろ様が入ると……

 

 

─── ズゥゥゥゥゥン ───

 

「ぐぅっ!!」

 

 とてつもない重圧。

 

「…ぐ、こ、これは、気に入って貰えたって事で…いいんすか?」

 

『良くやった。だが、そこから離れろ』

 

「…きっつ」

 

 豆造の忠告通り、うろ様の寝床から距離を取ると、だいぶ楽になった。

 

『神の寝床にも耐えておるのは流石ではあるが、普通人の身ではこの地にすら耐えられん。うろ様も眠りにつきたがっておるし、うろ様がお眠りになられたら出口は消えるぞ。早うここから出ろ』

 

 神の領域とはよく言ったものだ。

 ここは、神を中心に据えて初めて神域と化す。今この場所は俺が入った瞬間とは比べものにはならない程の重圧感。今は、最終的には自分の意識そのものが消えて無くなってしまうようにすら感じる程に、自分という感覚が薄くなってきている事がわかる。

 

「確かにそっすね。じゃ、って出口は……?」

 

『落ち着け小僧。繋ぐ者がおろう』

 

 次々と草や木が生い茂り、薄くなる意識を奮い立たせている状態の俺だが、入ってきた道がなくなっていた事はわかった。

 

 豆造の言葉でミカンの存在を思い出し、ミカンのオーラを感じる方向へとゆっくりと歩き出す。

 絶界で邪魔な木々は消しながら歩いているが、次から次へと生えてくる。そのため絶界を常に維持し続けている状態なのだが、突如、聞いたことのない声が頭に直接響いた。

 

 

 

【感謝するぞ…異世界からの迷い子よ】

 

「……どーいたしまして。うろ様」

 

 寝床へと振り向き、嬉しそうなようで、少し皮肉を込めたような微笑みを浮かべて手を振るユウリを眺めるうろ様。

 まん丸な目を細めて去っていくその背を追うが、なにを思いユウリへと声をかけ、その背を見ていたのかは、豆造にすらわからなかった…

 

 

ーーーーーー

 

 

「あ…」

 

「ど、どうしたんですかミカンさん!?」

 

「───ただいま。ありがとなーミカンのおかげで戻って来れたよ」

 

 無事に、帰ってきてくれた。

 あれからミカンさんはずっと目を閉じていたが、急に声をあげたので何事かと思ったが、ユウリさんが戻ってくるのがわかったみたい。

 ミカンさんはそのままユウリさんに抱きついて、ユウリさんは撫でながらお礼を言っていた。

 二人の繋がりが…少し羨ましい。

 

「お兄ちゃん!」「兄上!」

「「神様の寝床ってどんなのだった!?」」

 

「ん。マリモだな、ありゃ」

 

「「マリモ!?」」

 

 ユウリさんは姉二人から質問攻めを受けているし、リトさんとミカンさんからは心配されているようだ。

 

「モモ、なんかすげー植物もあってさ、見たこともないような───」

 

「そうなんですね。私も見たかったです…」

 

 こうして優しくしてもらえるのは嬉しい。

 けど、ミストアから帰って以降、ユウリさんと私の関係は進んでいない…

 

「ユウリ…うろは喜んでいましたか?」

 

「そうだな、ピョンピョン跳ねて喜んでたと思うぞ」

 

 そろそろ、私もちゃんとアピールしないとミカンさんかヤミさんに取られてしまいそうですね…

 

 

ーーーーーー

 

 

「確かに、星神がいるようですね」

 

「ふーん」

 

「ボクの部下から連絡が来ましたから、使えない割には役に立ってくれましタヨ」

 

「あっそ」

 

「興味は無いのデスカ?あなたは神殺しデショウ?」

 

「…欲しい強さじゃ無いんだよ。あれらの強さは種類が違う。全然楽しくねーししんどいだけだ」

 

「そうデスカ」

 

「…で、なんで白の前に俺に言ってくるわけ?」

 

「あなたは興味無いようですが、ボクはあるので。──ボクと取引しまセンカ?」

 

「取引、ねぇ……」

 

 

 ふふふっ。

 コイツさえ飼い慣らす事ができれば、ボクが…!

 

 



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三十四話 海×喪失

ーーーーーー

 

 

「ありゃ、知ってたんすか……?」

 

「僕の、というか君も所属してるはずなんだが…職業を忘れたのかい?」

 

「いや、霊媒系に、神が絡んでくるものなんですか?」

 

「付喪神はわかるだろう?それも良し悪し。結局は魂に作用するものさ。星神とは、その桁が違うだけだよ」

 

「はぁーーーなるほどっすね。確かにそう言われると…神という名に引っ張られすぎてたんすかね」

 

 昨日の出来事を一応報告しにきたのだが、松戸さんはご存知だったようで。

 霊魂として良いものが付喪神だのと祀られ、悪いものは悪霊として退治、除霊される。松戸さんの仕事そのものだった。

 もっと、オカルト的な本を読もうと今更決めたのは二人には内緒だ。

 

「そうですね。とは言え下界の方々は神界に属するものを神としてイメージする人が殆どでしょうから」

 

「神界ってのが神話の方の神様の世界みたいな感じって事っすか?」

 

 加賀見さんと松戸さんから色々と教えてもらうが、正直ちんぷんかんぷんになった。行けるものなら楽しいだろうが、神界に人間が行く事は不可能だそう。星神すらも、神界からすればただ寿命を超越しただけの存在で特に意識することもないとまで言い切っていた。

 

 確かに、うろ様と豆造の強さはわかった気がするが、俺の求める強さではなかった。

 オーラと四肢を使っての血湧き肉躍る戦い、とでも言えば言いのか、いわゆるスリルを感じる戦いは彼らとはできない。

 圧倒的な気によって、戦うことすらなくただ死を与えられる。だが、それを超えた時は確かに星神であろうと狩る事もできるだろうとは思っていた。

 

「ま、行けないんじゃ良いです。神々は下界に降りてくるとかもないんでしょう?」

 

「そうですね。降りようと思うものはいないでしょう。──ここは、小さすぎるので」

 

 少し遠い目をする加賀見さん。

 小さすぎるか。俺の寿命使い切ってもこの宇宙は絶対に回りきれないだろうし、俺は全然ここでいいや。

 

 

ーーーーーー

 

 

「それ、俺も行かなきゃダメなのか?」

 

「せっかくだから、ユウ兄も行こうよ」

 

「別にお前らだけで行けばいいじゃん?」

 

 仕事終わりにリトが話したいことがと言うので喫茶店でコーヒーを飲みながら話をしているのだが、なんでもサキの所有するプライベートビーチに招待されて一緒に行こうとの事。

 

「ユウ兄が出て行ってからこうやって遊びに行く事って無くなってたし、俺も来て欲しいんだよ」

 

「んー。海でしょ?汚いし、あんま見せたくないんだよな」

 

「…ごめん」

 

「ばか、俺がじゃなくて見た側に悪いからだよ。西蓮寺とかもいるんだろ?気ぃ使わせるし。────んな目で見んなよ…泳がないけど、それでもいいなら、な」

 

 傷だらけの体を見られる事に抵抗は無いが、リトのように見た側に気を使われるのは嫌いだった。

 俺が気にしてない事なのに、なんで他人が気にするのか…

 

「ホントか!?じゃあ、俺みんなに伝えてくるから、ありがとなユウ兄」

 

「はいはい。──遊びも恋もいいけどさ、勉強もしろよ。ヤミがお前の頭の悪さを鼻で笑ってたぞ」

 

「うっ!まさかヤミとそんな事話すのかよ…?」

 

 この間リトのテストの点を見たそうで、ヤミの態度を思い出す。

 嫌そうな顔をするリトをからかいつつ、氷が溶けて薄くなったコーヒーを飲み干した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリ様、ようこそいらっしゃいましたわ!」

 

「あぁ。いつも悪いなサキ。こんな大人数で押しかけて…」

 

「良いんです。他は、オマケのようなものですから♡」

 

「そうか。そうだとしてもありがとな。俺、海って何気にちゃんと見るのは初めてだから嬉しいよ」

 

 サキの別荘へと辿り着きお礼を言う。オマケってのは、なんかのパーティーのついで的にみんなを呼んでくれたって事かな。

 でも、もともと巨大湖メビウスしか知らなかったし、こっちの世界の海は台風騒ぎの時に見ただけだったから、テンションも上がっていた。

 

「ちょっとした余興と、夜にはバーベキューもご用意しておりますので、お楽しみくださいね♡」

 

「おぉ。何から何までありがとな。なにも返せるものが無いから申し訳ないな…」

 

「そんな、お気持ちだけで十分ですわ♡」

 

 その後もいくつか会話をして、それぞれ着替えるために男は男、女は女の部屋へと別れた。

 

 

ーーー

 

 

 視界に入るのは白と青ばかり。

 上を見ると、白い雲と青い空に、今は前を見ても、白い砂と青い海のコントラストが果てしなく続いている。

 

「キレーだなぁ」

 

「ユウ兄、海見た事ないんだっけ?」

 

「夜の海だけだな。元の世界は湖しかなかったし。

──おい!そろそろ慣れろよ。別になんもしてねーだろが」

 

 リトとたわいのない会話をしつつ、隣のビクついた猿山へと声をかける。

 

「ホントっすか…呪ったりとか…」

 

「しねーってかできねーよ。俺の事は気にしないで良いから、二人もさっさと遊んで来い」

 

 しっしと二人を追い出すと、若者二人は、普段よりも限りなく裸体に近い水着姿の女性たちを目に焼き付けているようだ。

 

 その後何人かと会話をして、みんなが海で楽しんでいる様子を眺めていたのだが…

 

「あなたは、泳がないんですか?」

 

「ん?まーな。保護者的なノリで来ただけだから」

 

 レンか、いつもルンの方だったから話すのは初めてかもな。

 俺の格好は一応下は海パンだが上にTシャツと丈の長いパーカーを着て麦わら帽子を被っている。男にしたら、今から泳ごうと言う格好では確かにないな。

 

「あの……ララちゃんは、ボクに振り向いてくれるでしょうか?」

 

「それ、なんで俺に聞くの?」

 

「だって、あなたは王宮でもいなかった、ララちゃんがお兄さんと呼ぶ程に心を許してる人だから…」

 

「そーなのか?」

 

「小さい頃から見てきてるから…わかりますよ。だから聞きたいんです」

 

 恋の相談ね。なんか、ホントに兄キャラが定着してきたな……

 

「…ま、知らねーとしか言えないわな」

 

「そんなっ!?」

 

「別に意地悪でもなんでもないぞ?好きなら諦めなきゃいいだろ」

 

「それはそうですけど…」

 

「10年後に、もしも成就しなかった時に今の時間を無駄だと嘆くなら、今すぐ諦めろ」

 

「それでもボクは…ララちゃんを諦める事なんて…」

 

「じゃあ、頑張ってみれば良いんじゃないか?まだまだ若いっ、のかは知らんが…惚れた方がやれる事なんて、頑張る事しかないだろ?」

 

「そう、ですね…!頑張るしかないんだ…!!」

 

 惚れた方は頑張るしかない。たとえ叶わなくとも、自分がどう思うかしかない。リトは、一体どうするんだろうな。

 レンは迷いが無くなったようだが、恋愛相談は今後やめて欲しい。俺に経験はないんだから、様々な知識を総動員して自分だったらを話すくらいしかできない。

 

「ありがと…ちょ…う、うるさいぞ!今はボクの番なんだからお前の相談は後で…!」

 

「ルンと話してんの?」

 

「え?あ、そうですよ」

 

 突然俺に背を向けて、ダイナミックに独り言を繰り出すレン。

 ルンと話してるそうで、今の今まで意識のない側は寝てるように意識がないのだと思っていたけど、話せる程に意識もあるんだ。

 

「それってさ、ルンの時もレンは意識があるのか?感覚とかも共有してたり?そもそも体がルンの時のレンはどういった状態で存在してるんだ?意識の中でも部屋とかあったりしてそこに意識が存在するのか、それとも完全にルンの視覚を共有してるとか?」

 

「えーと…─── ボクもちょっと泳いできます!」

 

 気になったので、色々と聞いてみたのだが、俺の質問攻めに答えることもなく、走って行ってしまった。

 

 もし悠梨が生きていたら、ありえない話だけど俺もあいつらみたいになってたのかな…

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリ様。そんなところで座っておられず、あちらでスイカ割りなどいかがですか?今準備をしておりますので」

 

「おぉ、良いよ。わざわざありがとな」

 

「その〜、泳がれたりは、されないのですか?」

 

「生憎、体に自信が無いもんでな」

 

 一人パラソルの下に座っていたユウリ様へと声をかける。

 凛と共に沙姫様のために海でユウリ様との仲を進展させようとしていたのだが、一向に海に入ろうとしないので聞いて見た。

 すると、思いもよらなかった返答が返ってきた。

 

「ご謙遜を。服の上からでも鍛え上げられた肉体という事はわかります」

 

「そうゆう意味じゃないんだけどな。つまらないなんて思ってもないし、気にしなくて良いよ」

 

「あの…ユウリ様は、沙姫様の事は、どのようにお思いでしょうか?」

 

「ん?サキにはすごい感謝してるよ。アイツらも、特にララとその妹達、リトとミカンもそうかな。こうやってみんなでワイワイするのはあまり無かっただろうから、すごい楽しんでると思うよ。もちろん俺もね」

 

「あの、そうではなくて……」

 

「綾ッ!」

 

 沙姫様をどう思ってるのか知りたかったけど、凛に止められる。

 そうよね。沙姫様を差し置いて私が聞くなんて、さしでがましい事をしてしまった……

 

「え、なんか違った?────」

 

 私と凛のやりとりを見て、頬をかきながら言うユウリ様。自分に非があったのかと思っているようだ。ホントに、優しい方だな、と思ったのだが、突如、目を細めて小声で何かを呟いたが、その声は聞き取れなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「うぉわぁぁぁああ!」

 

「ペタンコで悪かったなーーーッ!!」

 

 高速で砂浜を、慣性の法則を無視して滑るリトは、そのままナナの胸を触って急停止。そしてナナにぶん投げられて回転しながら空を舞う。

 

「──また、か」

 

 綾と凛はユウリの視線の先に気づいたのか、リトのあげる叫び声に気付いたのか、ユウリに遅れてサキへと向かって空を舞うリトを呆然と見上げていると、空中のリトは突如現れた結界に包まれた。

 

──ボヨン──

 

「わっと!!た、助かった──ユウ兄!ありがとう!!」

 

「え、な、なぜ結城リトが空に浮かんで…ま、またララの発明ですわね!!」

 

「私じゃなくて、これはお兄ちゃんのだよ?」

 

「え、ユ、ユウリ様の…?」

 

「全員、海から出ろッ!!!」

 

 サキ、綾、凛はユウリの能力を知らないため驚き、ララの発明品だと思ったところで、

 空気を揺らすほどの大声でユウリが叫んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ミストアと同じ…ではなく、より希薄ではあったが海の中に気配を感じたために注意を促したのだが、少し遅かったようだ。海が、絶対に波では起こりえないほどに水面は盛り上がっていく、

 

 

──ざばぁぁぁぁあ──

 

「水の、バケモノ!?」

 

「お兄様、無闇に突っ込んでは!!」

 

「モモ!ちょ、アイツなんとかするから、離れろって…」

 

「ちょっと!なにをしているんですの!!?」

 

 巨大なスライムのようなものが出てくる。

 俺はスライムへと攻撃を加えようとしたところで、モモが俺の背中から抱きしめてきた。

 

 

──ベチャン

 

 

「ゲッ」

 

「あっ、やっ……!」

 

 粘液のようなもので俺とモモは拘束され、先ほど振り返った為に、正面から完全に密着状態となる。モモの瞳が少し潤み、漏れ出す吐息が首へとかかる。

 

「ちょ、モモ??」

 

「ヌルヌルしますユウリさん…っ!んっ、はぁっ、」

 

「こら、落ち着け!って、うぉ!」

 

──ブン!

 

 そのまま水の腕で上方へと投げられたところで、

 

「ユウリ、油断しすぎです。…あなたもユウリから離れてください」

 

「ヤミ!後ろ!」

 

「…くっ、うぅ…ニュルニュル……」

 

 ヤミの変身(トランス)により拘束を解かれる寸前、水の全てが体の一部なのか、一瞬で移動してきたヤツの触手にヤミは囚われる。

 

「こいつ!アクアン星の原子生物ミネラルンだ!すっごいレアなやつだけど、なんだか様子が…!?」

 

「ナナなら説得できないのか!?」

 

「無茶言うなよ!知能が低すぎて会話なんて無理だ!」

 

「そんな、ユウ兄とヤミまでやられたのに、どうすれば…」

 

 ナナの発言で正体がわかり、リトが説得をするように促すも無理らしい。

 

「キャーーー!」

 

「ハルナ!!このっ……!!」

 

──どぷん──

 

「な…ッ!ララ!西蓮寺!!」

 

 西蓮寺も触手に襲われてそのまま捕食されてしまった。それを見たララは飛び蹴りを入れるも、ララもそのまま取り込まれてしまう。

 体が水でできている為透けて見えるが、呼吸がままならない事はわかる。苦しそうに顔を歪め、口からは酸素が泡となって漏れ出ている。

 

「クソッ!こうなったら!!」

 

「ゆ、結城くん!?」「リト、無謀だよ!!」

 

 リトはスイカ割り用の棒切れを持って果敢にも突撃するが…

 

「ガボゴボ…ッ!!」

 

 突撃の甲斐もなく、水に囚われてしまった。

 だけど、諦めずにもがき二人の手を掴んだ。

 

「ミカン、リトの行動は無謀ではなく勇気だよ。──良くやった、後は任せろ」

 

「ユウリさん…」

 

「まずは……ッ!」

 

 結界で巨大なテニスラケットのようなものを生成し、リト目掛けて振り抜く。

 巨大ラケットは水をかき分け、リトたちを掬うようにミネラルンから出すことに成功した。

 そのまま吹き飛んでいくリトたち三人を、巨大なスイカのバケモノが木の枝のような腕を使って空中でキャッチする。

 

「ゲホ、ゴホ……」

 

「お兄様!三人とも無事ですわ」

 

「さて、あとはこいつをどうするかな…ナナ、何かわかることないか?」

 

 今は生成した結界の上に立ち、ミネラルンは顔のような部分を含めた広範囲を結界で囲ったために動かなくなっていた。

 

「確か、体のどこかに核があったはず、そこに衝撃を加えればなんとかなるかも!」

 

「衝撃と、核か…衝撃で包んでしまえば、核がどこにあろうと関係ないよなぁ…」

 

 ユウリは自身の前へと結界をいくつか連ねて生成すると、オーラを込めた右腕を結界へと突き出す。

 

「『暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)』!!」

 

 衝撃は結界を駆け抜け、ミネラルンを包んでいる結界の中すらも駆け巡り、内側から結界を破壊する。

 爆発四散するように水の体は弾け飛んだ。

 

「す、すごい…」

 

 誰の呟きかは定かでは無いが、四散したミネラルンの目の見える部分を結界で再度囲むが、気絶したようにミネラルンは動かなくなった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「てか、お静ちゃんの念力で三人救出できたかもな」

 

「わ、わたしですか!?」

 

「うん。操作できるんなら、できたかもなって」

 

「あうぅ…そうかも知れません…すみませんでした…」

 

「いや、全然責めてるとかではなくてね…」

 

 ユウリさん、今はお静さんとお話しされている。

 あれからミネラルンはドクターミカドに引き取られ、帰って行ったのだけど、お静さんは残られている。

 

 既に夕食を終えて、天条院さんの別荘の大部屋で今は団欒の時間、みんな近くの方とお話しをされていた。

 

「村雨さんは念力だったりをもっと控えるべきよ!今回は七瀬さんがいたおかげで助かったからいいものの、もしいなかったらどうなっていたかわからなかったわよ」

 

「いや、そんな言ってやんなよ古手川。お静ちゃんも、もうちょいコントロールがうまくできたらいいんだけどな。生命エネルギーじゃなくて、霊力っての使ってるんだっけ?」

 

「集中が乱れちゃうとどうしても…そうですね、霊力とかも、特に意識した事はなかったんですけど…」

 

「ちょっと七瀬さんも、甘いことばかり言って……今回も危険だったんですからね!!」

 

「まー落ち着けって」

 

「ユウリ様、コーヒーのおかわりは如何ですか?」

 

 ちょっとみない間に…天条院さんは言わずもがな、古手川さんはおそらく、そしてこの藤崎さんはまだわかりませんが少し距離が近いような…

 ユウリさんを取り巻く女性がどんどんと増えている…これは、よくない傾向ですね。

 

「…家で飲むコーヒーの方が美味しいですね」

 

「あー、それはちょっとわかるかも」

 

「な!これは最高級のコーヒー豆ですのよ!!」

 

「ミカンもヤミも味に慣れてるからだろ?俺はこれも好きだけどな。藤崎、ありがとう。いただくよ」

 

 全く、ユウリさんは相変わらず優しすぎる。

 私も待つとは言ったけど、これじゃあ……

 リトさんと、お姉さまの仲も進めなくてはならないのですが、こちらはこちらで…

 

「結城くん、助けてくれてありがとう」

 

「ははは。俺は何もできなかったよ…ユウ兄がいてくれて助かったよ。」

 

「そんな事ないよ。水の中で、苦しかったけど、結城くんが私の手をとってくれたのわかったから」

 

「そーだよー!お兄ちゃんよりも先に、リトが私たちを助けてくれてたんだよっ♬」

 

 西蓮寺さんがどうやらリトさんの思い人のようですね。

 デビルーク星は一夫多妻も認められていますから、このまま二人と結婚して頂いても私はかまわないのでですが…

 

 その前に、私の方も動かなくちゃ。

 

 自分でも気づかないほどに、変わらない関係と、次々と現れる恋敵たちに、私は焦っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「うふふ♡」

 

 既にみんなが寝静まった夜。

 それぞれに部屋があてがわれ、今日は双子の姉との相部屋でもなく、思い人も、隣の部屋に気配を察することに長けた金髪の少女もいない。

 

「それにしても、相変わらずかわいい寝顔ですね♬」

 

 お兄様は殺気には敏感ですけど、無害な気配では起きないと言った聖人のような人。

 それを知るまでは催眠効果のある花粉を使い続けていたのですっかりヤミさんには怪しまれてしまいましたが…

 

「でも今日は、疲れてしまいましたね。私も、寝てしまいそう…」

 

 ユウリさんのシャツを少し開け、胸にうずくまるようにして目を閉じる。

 大好きな方の匂い。指先にかかるのは肩に走る大きな傷の縫い跡。いつしか自分のためについてしまったこの傷を触り、口づけをする事が増えていた。

 

「んっ…ちゅ…」

 

「んん…」

 

 いけない、起きてしまいそうですね。最後に頬へと口づけをして、私も意識を手放した。

 

 

ーーー

 

 

「あっ…はぁ…や…」

 

「むにゃ…」

 

 快感に襲われて目をあけると、あたりはまだ薄暗い。

 早朝の、太陽がのぼる前の灰色の時間。

 横に眠る、ユウリさんの瞳の色と同じ色をした時間帯。

 

 快感の正体を探ろうと意識を起こすと、

 

「ひゃん!ユ、ユウリさん…あっ!」

 

 いまだ眠っているユウリさんの下半身に、私の下半身はくっついている。

 眠る前にはだけさせたためか、シャツもズボンもずり落ちており、私も上半身はあらわになっており、下は下着姿の状態になっていた。

 

「ユ、ユウリさん、起きているので…!!ああっ!?」

 

 私が少し離れようとすると、ユウリさんが私の尻尾を握る手に力を入れてそれを阻止する。

 

「あ、ユウリさんったら…寝ていながらに…♡」

 

 そう言うと、夏だというのに冷え込む朝方だからか、ユウリさんは私の尻尾を自分の顔へ押し付けて顔を左右にフリフリと振る。

 

「んむっ!!やぁっ…」

 

 思わず出てしまう嬌声を抑えるべく、はだけた自らのシャツを噛み、声を押し殺す。

 

「あんっ…そんなに暴れないでくださいユウリさん…口や鼻がこすれて…んんっ♡」

 

 私の身体が微かに震えたところで

 

「ぱくっ」

 

「ひっ!?尻尾、噛んじゃだめえぇ…!!」

 

 びくんと、自分の意思とは無関係に波打つ体。

 私の体がはねたためか、尻尾を弄る手の動きはとまり、すっかりベットの下へと落ちてしまった布団を求めているのか、うんうんと言いながら私の体を抱きしめる。

 目の前に、ユウリさんの顔。お互いの息がかかるほどに近い。

 だんだんと、近づいていく。

 

「んっ」

 

 

 私からか、それともユウリさんからかわからない、覚えていない。

 唇と唇が触れ合った瞬間、意識が飛んだから。

 

 感じたのは、喪失感。

 

 女の子が夢見るファーストキスを、眠りながらに奪われた喪失感とかではなくて、単純に、時間と意識を喪失した。 

 唇から走る快感が全身で弾けて、頭はまっ白になる。

 

 まさかキスで意識を飛ばされるなんて思いもしなかった。

 たとえ初めてだからと言って、こんなにも凄い行為だったのだろうか。

 男女の躰には相性があるという事は知っていた。もしかしたらだけど、私とユウリさんの相性がピッタリなのかもしれない。

 

 

──── もう一度……無意識に、私はユウリさんと再度キスを…

 

 

 とは、いかなかった。

  

「……モ、モモさん、な、にを…?」

 

「…」

 

 ユウリさんの目が開いており、意識が覚醒し始めたのか、だんだんと顔に熱を帯びていく。

 あの快感を、あの幸福を……

 

 それを求める私はユウリさんの言葉を無視して、

 

 もう一度、唇を重ねた。

 



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三十五話 曖昧×義兄

ーーーーーー

 

 

「……」

 

 何が、起きたのかわからない。理解できなかった。

 

 今、目の前にいるのは、一瞬しか見えなかったが、上半身をほとんど露わにしていたモモ。

 の顔しか見えない。

 顔すらも、全体は見えない。

 視界に入るのはモモの閉じられた目蓋と少し癖のある前髪。

 そこで、お互いの唇が触れ合っている事に初めて気づく。

 ミカンとの、事故のような一瞬ではない、キス…

 

「んっ…」

「ふあ…っ」

 

 唇が、離れた。

 

 気持ちいいという感覚。

 モモを好きだという感覚。

 このまま、モモの全てを奪ってやりたい衝動。

 いろんなモノが脳内を駆け巡る。

 

「………」

 

「私のはじめて、奪われちゃいましたね♡」

 

「……はじめてって、どこまでの事で…?」

 

 自分の様子を確認するも、下着はまだ履いている。上は、シャツがはだけてほぼ上裸。モモも、俺と似たような状態。

 最後まで…は無いよな?俺自体経験が無いのに、無意識で喪失してたりしないよな…?

 

「うふふ…どこまででしょう♡」

 

「キス、まで……?」

 

 笑顔でそう言うモモだけど、俺が唇に指を添わして答えてると、モモの顔は、いつもより赤いような…

 意識を無理やり覚醒させようと頑張っているが、頭は一向に働いてはくれない。

 

「あの、モモ…」

 

「…わかってますよ。ユウリさんの心の中に、まだ答えが出てない事。でも、曖昧なままは嫌なので、やっぱり私の気持ちも知って欲しくて…。

いろいろ考えたんですよ。ユウリさんにデビルークの後継者になってもらって、楽園(ハーレム)を築いてもらえれば、私も選ばれるんじゃないかって。愛してもらえるんじゃないかって」

 

「ハーレムって…」

 

「でも、私は一番が良いんです。ユウリさんには、私を一番好きになってもらいたいです。だから、キスは…思わずしてしまいました♬」

 

「…モモ」

 

 いつもの微笑みではなくて、歯を出してニッと笑う。いつもと違う可愛い笑顔にドキリとさせられた。

 

── ドタドタドタドタ

 

「兄上〜!朝食の準備がで……きた……」

 

「あらナナ、おはよう♬」

 

 部屋の扉が開き、ナナが入ってくる。

 半裸のモモが半裸の俺に跨っている状態をたっぷり凝視した後…

 

 

「朝からモモと何やってんだーーーっ!!」

 

「ちょっと、一回説明させてくんない?ってか、モモから説明してくんない!?」

 

 モモを俺から引っ剥がし、モモの代わりに俺に馬乗りになるナナ、俺の脱げかけたシャツの襟を掴み叫ぶがモモの時よりも位置が低い、そこは…

 

「なんだよ兄上、あれ、お尻になんか硬いモノが……

 ○%$€〆!?!?」

 

「まぁお兄様ったら♡」

 

「ナナさん、これはですね、男の生理現象というやつで……」

 

「あ、兄上の、ケダモノ〜〜〜ッ!!!」

 

──ガシャン!!──

 

 ナナにぶん投げられて、窓を割り外へと吹き飛ばされる。

 

──こう言うのは、リトの役目のはずだろ……

 

 

 

 でも、モモ可愛かったな。

 

 少し頭を冷やして冷静になろうと、吹き飛ばされるままに海へと頭から飛び込んだ。

 

ーーーーーー

 

 

「まさか兄上がリトと同じでケダモノだったなんて…」

 

 朝食会場にて、朝のプリンセス・モモとユウリとの一件を全員に周知させていたプリンセス・ナナ。

 

「ユウリさんが、まさか…」

 

「モモ、あんまりイタズラしちゃダメだよーっ!」

 

「あらお姉様、私はイタズラのつもりなんてないですよ」

 

 プリンセス・モモはこの反応。

 おそらくではあるが、たまに感じるユウリの部屋からの気配は、まさか…?

 

「ユウリ様が戻られないのはララの妹のせいですの!?それに先程の話も、嘘に決まっておりますわ!私と言うものがありながら、そんな筈がありません!!」

 

「七瀬さんまで、結城くんに毒されていたなんて…」

 

「…俺に毒されるってなんだよ」

 

「あははっ。おにーさん、綺麗なおねーさんともヤミちゃんともイチャついてたし、不思議じゃないけどねー♬」

 

「ちょっとリサ!」

 

「…私が、ですか?」

 

 西蓮寺春菜の友人である籾岡里紗はそう言うが、私にはそんな事…身に覚えが無い。

 

「ちょ…あれは違うんですって!」

 

 なぜか焦るミカン。

 どうやら私とカラダが入れ替わっている時の話らしい。

 プリンセス・ナナの話を聞いてから、なんだか心がモヤモヤとする。

 こんな感情は初めてだ。

 

 原因は、たぶん……

 

「あっ。ユウ兄はそのまま仕事に行くって」

 

 結城リトが地球の携帯端末を片手に呟くと、たしか、猿山…だったかと籾岡里紗と沢田未央は逃げたなと騒いでいた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「………子供ですか、貴方は…」

 

「いや、なんて言ったら、どう答えたら良いかもわかんないんすよ」

 

 呆れたように、あからさまにやれやれと言った感じを全面に出す、加賀見さん。誰が見ても綺麗で淑やかな見た目とのギャップもあり、自分がとことんクズなのだと思わされるような気さえ感じる…

 

「七瀬さん、良いですか。女性というものはですね────」

 

 

 なんでこんな事になったか振り返る。

 

 朝のモモとの一件から、結局どんな顔してみんなの元へと帰ろうか悩んだ末に、逃げるように事務所へと来た俺は、俺の事を覗き見ていた加賀見さんに早々に捕まり説教を受けている。

 

 恋愛年齢5歳児などとさんざんな事を言われるも、耐え忍び、大人な女性の話を真面目に聞いていた。

 

 

「──というわけで、貴方が今思っている事をきちんと伝えてあげてください」

 

「あのですね、それがわからないわけでして…」

 

「好きなのでしょう?それでいいじゃないですか。神界でも一夫多妻は当たり前ですし、何が問題なのですか?」

 

「いや、それをこの国に当てはめますと…」

 

「あなたは異世界からの来訪者ですし、お相手二人は宇宙人、義妹さんだけがこの国の方ですが、そこまで問題ではないでしょう」

 

「えー……どうなんでしょうね…?」

 

 ミンメイさんの恋愛講座。結局、好きならモノにしろとの事…

 加賀見さんの人格はそれぞれが意志を持ち、レンとルンのように一つの体に同居している。表に出てくる人格だが、実はヘスティアが出てくることの方が稀で、基本わりと自由に変わっているらしい。よく話すのは数人だが。

 

 今話している、髪の毛に宿るミンメイさんは松戸さんの元メイドで恋愛好きなザ・女の子な人間の女性。

 鼻に宿るレイカさんは元々リイサさんの親友だそうで、松戸さんの元で働いていたそう。大人な女性なのだがからかい癖があるのがたまに傷。

 大概表に出ているのはミンメイさんかレイカさんだけど、元々メイドだし、掃除したり買い物やらコーヒーを入れてくれたりと言った事務的な事をする事も関係しているんだと思う。

 

 血液に宿る真弓さんは宇宙人だが、種族で言うとまだまだ少女らしい。幼いままにこの状態となったためかずっと少女の感覚のままだそうだ。

 

 耳の沙世子さんと左足のヒロミさんは人間だが無口なので業務的な会話しかしない。

 

 親指に宿るモモゼさんともたまに話していたのだが、ある時を境にまったく出てこなくなったので、恐らくは……

 

 あとは腎臓に宿るメグさんは宇宙人でそもそも言葉を話せないし、その他の人はベスさん含め悪魔なので表に出る事は滅多にない。

 

 リイサさんだけは、おそらくだけど俺の前に出てきた事は一度もない。

 

 この人たちとの付き合いも思えば一年以上経つんだなと思っていると、おそらくレイカさんに変わったか?

 

「とにかく、大事にしてあげてください。彼女たち自身も、その思いも、ね」

 

「そっすね。ま、自分の気持ちを伝えますよ」

 

「それがいいと思いますよ」

 

 

ーーー

 

 

「…ユウリ」

 

「あ、帰ってたのか。ただいまヤミ」

 

 ユウリが帰ってきたようだ。

 ユウリは仕事道具など特にないので、買ってきたであろう夕食の材料を持ってキッチンへと向かっていく。

 私はこのモヤモヤをはやく消したいので、原因であろうユウリに聞いてみる事にした。

 

「…あなたは、プリンセス・モモと添い遂げるのですか?」

 

「──なっ、んだいきなり!?」

 

 話すタイミングを間違えたようで、ユウリは飲んでいたお茶を吹き出しそうになっていたけど、気にせず続ける。

 

「…ユウリが帰ったあと、そんな話になっていましたので」

 

「──正直、わかんない」

 

「………」

 

「ヤミはさ、こうして生活してて家族ってのは、わかってきたか?」

 

 ユウリは夕食を作ろうとしていた手を止めて、お湯を沸かし始めていた。

 

「…私は、まだよくわかりません。でも、ユウリとの生活は、心地よいですよ」

 

「そうか。俺もなんとなくわかり始めた気がするよ。ヤミとの生活を経て、いろんな気持ちと感情が芽生えた気がする」

 

「…あたたかい気持ちですか?」

 

「そうだなーあったかい感じするな。誰かといるのって。孤独な時は、ツライとか哀しいとか思った事なんかなかったけど、これを知っちゃうとな」

 

 孤独じゃない。それはわかる。私も一人でいた。それが哀しいなんて、思ったこともなかった。でも今は…

 

「…そう、ですね」

 

「じゃあ、恋だの愛だのって、わかるか?」

 

 コーヒーを持って、リビングのダイニングテーブルに座る私の向かい側へと座るユウリ。

 私の方にもそっとマグカップを置いてくれている。

 

「…よく、わかりません…」

 

「── 俺さ、モモの事は好きだし、今朝二人でいたのもホント。まぁ、気付いたら俺のベッドの中にモモがいたんだけど」

 

 やっぱり、ユウリはプリンセス・モモが好きらしい…

 心のどこかに穴が空いたような、喪失感を感じた。

 

「……そうです…か」

 

 言葉に詰まる。

 

 私は今、どんな顔をしてるんだろうか。

 

「でもさ、俺はヤミも好きなんだ」

 

────── この男は……

 

 いつも私を落として上げる。なんだというのだ。

 

 

「ちょ、変身(トランス)はやめて!」

 

 無意識に変身(トランス)で髪を刃に変えていた。

 ひとまず続きを促し、刃を納める。

 

「ふぅ。でも、好きなのはホントだよ。恋愛ってのが俺にもよくわからなくて、でも、ヤミの事も、モモの事も…… ミカンの事も好き。これって変なんだろうかと思ってて」

 

「結城リトのような事を言いますね」

 

「だろ?自分でもそう思うよ。ある人には、好きなら全部自分のモノにしろって言われたし、俺も似たような事言ってたんだけど……自分の事となると、俺はそれで良いのかも、相手はそれで良いのかも、その後どうしたいのかもわかんなくてな」

 

 そう言って頬を掻くユウリ。

 こうして暮らすようになってわかる、自分の言葉に自信の無い時、自身に罪悪感を感じている時、大抵ユウリは頬を掻く。今のは、どちらものようだ。

 

「なら、わかったらで、良いんじゃないですか?…私も、わかりませんから」

 

「そうか、そうだよな。ありがとな」

 

「…いえ、私も、あなたを独占したい…と言う気はありません。この生活を、もう少し続けたいとは思いますが」

 

 なぜ、私はこんな事を…

 ユウリといると、何故か心の声が出てしまう…

 

「──俺も、今の生活を続けたいよ。そんな優しいヤミちゃんがダイスキだからな」

 

「調子にのらないでください…!」

 

「あぶなっ!我が家で変身(トランス)は禁止!!夕食作るから許して…!」

 

 今度は明確に意識して変身(トランス)させた髪の刃をおちゃらけたユウリへと向けると、謝りながらキッチンへと逃げていく。まったく…からかわれるのは、キライです…

 

 カウンター越しに眺める、私を好きだというこの男。その言葉を聞いた時、確かに私の心は波打った。

 

 たぶん、私も……

 

 先程まで感じていた喪失感は、既に無くなっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ゆ、結城さん!オ…オレと!付き合ってください!!」

 

「あ〜〜〜…えっと…ゴメンなさい。私、好きな人がいるから…」

 

「そ、そんなーーーっ!」

 

 泣きそうな顔になる、えーと、誰だったっけ?

 男の人の泣き顔。同級生だったりがワンワン泣いているのは見た事がある。目の前の男の子みたいに、うるうる泣いてるのも。

 

「すげーーー!」

 

「C組の大好くんまで撃沈!」

 

 だけど、静かに涙を流してたあの顔が、忘れられない。

 哀しいんじゃなくて、嬉しくて流す涙。

 すごく特殊な状況で育ち、今この街にいるユウリさんは、誰よりも人になりたい人だったから。

 認められた事が嬉しかったんだと思う。

 

「ねーねー美柑ちゃんの好きな人って誰なのー?」

 

 友達の、マミの声で我に帰る。

 

「え?ごめん、なんだったっけ?」

 

「マミ、美柑の好きな人はお兄ちゃんに決まってるでしょ!」

 

「は!?なんでそうなるのよっ!」

 

「でも、美柑ちゃんがよく話してくれるお兄ちゃん会ってみたいなぁ」

 

 サチもマミも、お兄ちゃんに合わせて欲しいとよく言ってくるけど、

 リトは……何か起きそうで不安だから、会わせたくない。

 

 ユウリさんだとしても、なんとなく、会わせたくない。

 最近は、仕事も増えてるそうだから、余計な気はつかわせたくないし……

 ないとは思うけど、この間のビーチでの一件もある。

 ユウリさんに想いを寄せていそうな女性が増えていた。

 

─── 特に、モモさんは要注意だ。

 

 やっぱり、会わせたくないな。

 

「んー今日は、ちょっと用事が……」

 

「またまた〜いつもそうやってはぐらかすんだから…」

 

「そりゃーイケメンで背が高くて頭が良くて優しいお兄ちゃんを一人じめしたいのはわかるけどさァ」

 

 サチの中でリトがかなり美化されてる…

 その後何を言ってもシツコクくらいついてくるし、今日はなかなか折れないな……

 

 どうやって煙に巻こうかと考えていると、通りの奥から叫び声が聞こえてきた。

 

「まうまうーーーっ!!」

 

「うわぁぁーーーっ!くるなぁーーーっ!」

 

 あれ、この声は……まさか…

 

「結城くーん♡好き好きーーーッ!!」

「待てーーーッ!!」

「お待ちになってーーー♡」

 

 リトが、男女問わず大勢の人に追いかけられている。

 セリーヌを抱えて走ってるから、また花粉の被害がでてるのかな…

 

 いずれにせよ、いつも通り、タイミングは最悪。

 

「え、結城…って、もしかして今のが美柑のお兄ちゃん?」

 

「あ、はは…美柑ちゃんよりも、モテモテだね……」

 

 状況が状況なだけに変な感じになってしまった。

 

「いや…あれはたぶん違くて…」

 

「うひょーーーっ!!!」

 

「「キャーーーッ!!」」

 

 次から次へと……

 

 この街はいったいどうなってるんだと思ったけど、そういえば神様が好きなくらいに騒がしい土地なんだったと思い出す。

 

「み、美柑!早く逃げなきゃ…」

 

 普段だったら、自分も走って逃げているんだろう。

 でも……今の私は安心していた。

 あの神様の寝床の、繋ぐ者として、連れて行かれた時から、ユウリさんが近くにいたら、わかる。繋がりを、感じるから。

 

「先日の逸材&新たな逸材!!やはりこれは運命の赤い…」

 

「いい加減、自重してくださいよ。小学生にはトラウマもんっすよ」

 

 ほら。

 空から舞い降りて来たユウリさん。

 変質者であるリトの高校の校長の首に、後ろから手刀を振り下ろし意識を狩り取ると同時に着地した、もう一人の兄。

 

「ん?ミカンの友達?今後このおっさん見たら一目散に逃げなよ。──ほら、立てる?怪我してないか?」

 

 逃げようとしてこけてしまったサチの手をとり、起こしながら言うユウリさん。

 こんなベタな展開で……サチ、顔赤いんだけど…

 

「だ、大丈夫です…あ、ありがとうございます…」

 

「え、?美柑ちゃんの、お兄ちゃん?あれ?」

 

「…七瀬さん。急に女性に荷物を持たせて置いていくのはどうかと思いますよ?」

 

「いや、加賀見さんも理由はわかってんでしょ…」

 

 綺麗な女性。

 この人が、西蓮寺さんや籾岡さんの言ってたユウリさんの職場の人、加賀見さん……

 想像よりずっと綺麗で、胸も大きい……

 私だって、大人になったら…

 

「ミカン?」

 

「噂通りの可愛らしい妹さんですね。七瀬さんが良く話してくれますよ」

 

 え…職場で私の話を…?

 どんな事、話してるんだろう…

 それに、この人からもオーラが…

 でも、ユウリさんと同じで宇宙人退治とかをしているなら、普通…なのかな?

 

「あ、すみません。ユウリさん、ありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」

 

「ん。ありがとな。ミカンも気をつけて帰れよ。お友達も、ミカンを宜しくな」

 

「それでは、失礼しますね──」

 

 ユウリさんは手を振って振り返り歩き出した。

 ユウリさんに聞こえないようにか、加賀見さんが私のそばまできてボソリと呟く。

 

「──七瀬さんも美柑さんが好きだと思いますよ?」

 

「え…!?ちょっ、なんですかっ!?」

 

「ふふふ。頑張ってくださいね」

 

 とても綺麗な笑顔で、優雅に去っていく。

 ウェーブがかった長い黒髪は風に靡いて、その美貌と相まって妖艶さも醸し出していた。

 ……同性であっても、思わず魅了されてしまう程に。

 

 私も、大人になったらあんな感じに……

 

「美柑ちゃん!お兄ちゃんと、彼女さん…?二人ともすっごいカッコ良かったねっ!」

 

「義理の、お兄ちゃん……というか、色々あって少し前まで一緒に住んでた人と、その職場の人だよ」

 

「義理の?という事は…昔から言ってる美柑の好きな、お兄ちゃんって?」

 

「……うん」

 

 思わずうなづいてしまったから、この友達二人には質問責めにあってしまった。私とした事が…

 

 ユウリさんも、私の事が好き…

 家族として、妹として好きでいてくれてる事は知ってるけど、

 今の加賀見さんの言い方は、女性としてって意味だよね…?

 

 ユウリさんと加賀見さんは籾岡さんが言うような関係じゃあ本当に無いだろうし…会社でも私の話してるんだ。

 

 モモさんにも、ヤミさんにも負けたく無い…曖昧なユウリさんに、少しだけ、詰め寄ってみようかな。

 

 

ーーーーーー

 

 

 校長に制裁を加え、ヤミとの夕食を終えた後、俺はララのラボ、という名のデビルーク三姉妹の住居へと訪れていた。

 

「あ、兄上、こんな時間に…まさか、モモのところへ来たのか…?」

 

「ばっか。モモとの事はナナの勘違いだっての。ララと話したい事があってきたんだけど、ララは部屋か?」

 

「姉上は部屋にいると思うけど……変なことしないよな!?」

 

「少なくとも、ナナの思ってるような事をする気はねーよ。そんなに信頼ないか?」

 

「んー…わかった。兄上を信じるよ。リトと違って、まだ一度だしな。」

 

「なんだそれ。まぁ、信じてもらえて光栄だよ」

 

 門番のようにナナに止められたが、どうやら信じてもらえたようでララの部屋へと向かう。

 日頃の行いは大事という事を痛感しながら、ララの部屋の扉をノックしながら声をかけた。

 

「ララー、入るぞー?」

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

「よぉ。催促しにきたわけじゃ無いんだけど、頼んでたやつって、出来たかなって」

 

「うん。出来たよーっ!でも、この街以外のプログラミングは全然だけど、それでもいいんだよね?」

 

「おぅ。地形と色がだいたい合ってれば十分だよ。ありがとな」

 

「でも、ここで何するの?またゲームでもするの?」

 

「んー、一回入ってみて良い?」

 

「良いよーっ!お兄ちゃんと二人って、なんだか久しぶりだねっ♬」

 

「ふふっ。確かにそーかもな。じゃ、行こうか」

 

 ララに頼んでいたものはできていたようで、確認がてら、中を見る事にした。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 金髪の男性が部屋へ入ると、すぐに跪き、口を開く。

 

「お呼びでしょうか、白様」

 

「あぁ。第一次地球襲撃を任せたいのだが、まずは地球の星神、異界への出入り口を探ってほしい」

 

「解りました…」

 

「何人か、連れていっても構わん」

 

「は、必ずや白様のご期待に添いましょう」

 

 金髪の男性は白へと跪いていたのだが、立ち上がり、背をむけて、部屋から出て行った。

 

 

ーーー

 

 

「これはこれは…私に何か御用でしょうか?」

 

「あなたも、ボクと手を組みまセンカ?」

 

「…御冗談を」

 

「ボクは支配に興味はありません。あらゆる知識が欲しいだけデスヨ。あなたが協力してくれるのなら、星神の居場所をお伝えしまケド?」

 

「……」

 

 

 

── そうして、金髪の男性は、何人かを従えて黒い城から、地球へと向かって飛び出した。

 

 



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三十六話 虚空×灰色

ーーーーーー

 

 

「すっげーー!めちゃくちゃそっくりだ。流石ララだな」

 

「えへへ〜ありがとっ!私もなんだかつくりながら楽しくなっちゃって♬」

 

 電脳世界へと降り立った俺は、ララの頭をなでながら、感嘆の言葉を漏らす。

 細部まで作り込まれたこの街はどうみても、本物だった。

 念を使い、違和感を感じ取れば確かに電脳世界ではあるが、俺のように特殊な能力を持っていない限り、通常の五感であればここが電脳世界という事には気づかないだろう。

 

 一通り二人で街を周り、なんて事のない会話をしていたのだが、ふと、会話が途切れ沈黙が続く。

 

「───お兄ちゃん、また何か隠してない…?ホントは何するつもりなの?」

 

 沈黙を破り、先に口を開いたのはララだった。

 たまに鋭いこの天然系天才発明美少女。

 まぁ、そもそも話すつもりだったしな。

 

 街の確認で展開していた【円】にも、自分とララ以外を感じることはなかった。

 

「もしかして、黒って人が、関係してるの?」

 

「── 別に隠してはないぞ。言おうと思ってたし。でも、くろって何?」

 

「お兄ちゃんの、目的の人…黒蟒楼の人なんだよね?」

 

「あぁ。カグロの事か。カグロもそうだけど、黒蟒楼が地球に向かってきてるらしくてさ、ここで倒してやろうと思って」

 

「ダメだよ…パパに聞いた時も、黒蟒楼と黒色には手を出すなって言ってたよ…」

 

 デビルーク王が、ね。

 もしかしてやりあった事あるのかな?

 

 デビルーク王は、隠し球はあるかもしれないが馬鹿げた身体能力にモノを言わせた肉弾戦が主体だと思う。

 ただ、それだけで他を圧倒できるほどだろう。

 

 だが、アイツは、どうなんだろう…

 デビルーク王にして手を出すなと言わせるのは、何だ?

 黒い蟒蛇の強さは、おそらくは星神のようなものだろう。

 まともに相手をするつもりなんかない。

 となると、実際の戦闘で厄介なのは神黒。勝手な予想だが、アイツが最強の戦力だろう。

 

 アイツと殺り合うとなると、勝てるのか…?

 とはいえ勝つしか無いのだが。

 

 過去の戦闘、と言うよりは一方的にやられただけだが、その時を思い返す。

 あの時は、少なくとも俺を刺してきたのは、ナイフ。

 近距離戦主体かとも思うけど、離れた位置の獣人の首を切り落としたのは…一体何だった?

 思い出せない、というか、全く見えなかった……

 

「お兄ちゃん…?」

 

 また、考えすぎた。自分の悪い癖だな。

 

「そうか。でも地球に来るなら、ここで迎え撃たないとだろ。地球は巻き込ませないつもりだし、最終的にはどうにかする作戦もあるんだぜ」

 

 少し(おど)けて言うが、ララは不安そうな表情のまま。

 

「私にも、何かできる事は…ある?」

 

「ありがとな。実は助けてほしいことがあってさ。これなんだけど──あと、これも」

 

「んー。それなら出来そうだね。でも、他のところはどうするの?」

 

 科学ではなく、呪いなどと言った話になるのだが、それでも瞬時に理解してくれるララ。

 この天才と松戸さんを合わせたらなんかとんでもアイテム作ってくれそうだななどと、関係ない事を考えてしまった。

 

「これから、みんなに頼もうとしてるよ。そこまで危険はないとは思うけど、何回か試してからかなと思ってる」

 

「うんっ!でも、そうなると、ここにはお兄ちゃんしかいないよ…?」

 

「いや、うちの探偵事務所総出だよ。俺の自己満足と、所長の選んだ道だからな」

 

 ほんと、鋭いな。

 コロコロと表情の変わるララ。

 素直に手伝って欲しいと言えば、真面目な表情で聞き、その後、戦闘員は俺しかいない事に気づき、表情を暗くする。

 

 今は、少し思案するような顔だが、一体何を考えているのやら。

 想像もつかないような事を平気で実行するので対策では無いが、松戸さんの邪魔をすれば逆鱗に触れかねないのでそれだけは避けたい。

 

「さすがに何回か試したりしたいから、俺にもデダイヤル貸してくれないか?」

 

「うん、いいよ。でも、無茶はしないでね、お兄ちゃん」

 

「そう…だな。夜も遅くなってきたし、そろそろ帰ろうか」

 

 ララと、対黒蟒楼戦の話を終えて、時間も時間なので現実世界に戻ることにした。

 心配してくれて、ましてや手伝おうとすら言うこの少女。

 事実、手伝って欲しいし人手のいる部分があるためお願いはするが、正直、今でも戦闘には極力巻き込みたくは無かった。

 けど、地球に来るならそうも言っていられない。

 

 止められなきゃ殺られるだけだからな…

 

 

─── 初めに【円】で確認したからか、殺気を感じなかったからか。外からこの世界に干渉するものがいた事に、二人は気付いていなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ララとユウリが電脳世界へと消える少し前の事。

 

「モモ!兄上が来たから、気を付けろよ!」

 

「お兄様が…?こんな時間に、お兄様は何のようだったの?」

 

 珍しい。

 私たちの部屋の出入口はリトさんの家にある。

 そのリトさんの家にユウリさんが来る事は、呼ばれてくる事以外には基本ない事は調査済み。

 言った通り、この時間に来る事も、真っ直ぐにお姉様を訪ねるのも異常。

 

 ユウリさんがお姉様に何か頼み事をしているのも、お姉様がそれから何かを作っていた事も、それが何かも知っている。

 

 お姉様の部屋に行けば、答えは出ますね。

 

「じゃあ、私はお茶でも出してこようかしら」

 

「あ!じゃあ私も行く!」

 

 こうなったら、ナナは付いてきそうですが…

 この際仕方がないですね。

 

 

 

「あれ……二人とも居ないぞ?」

 

 お姉様の部屋は、予想通りもぬけの殻。

 

「おい、モモなにするんだよ?」

 

「ナナ、お願いだから、このことは黙っててくれる…?」

 

 私はお姉様の作っていた電脳世界の、こちら側の端末へと接続し、中の様子を伺う事にした。

 

 

 

ーーー

 

 

「お兄様……」

「兄上……」

 

 お姉様が、ユウリさんに頼まれて作ったこの電脳世界。

 そこで行われるであろう戦闘行為。

 ユウリさんは探偵事務所総出と言うが、私はあの事務所の職員がユウリさんを含めても三人と言う事は知っている。

 

 御伽話の化け物相手に、たったの三人……

 

「あたしも、なにか手伝える事無いかな…」

 

「ナナ…きっとある。私はお兄様に救われた。次は、私が助ける番…」

 

 モモは、この戦いに自分も参戦する事を心に決めた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 それから数日がたった彩南高校。

 

「で、その時セリーヌちゃんとリトがね────」

 

 体育の授業前、女子更衣室でハルナにララが楽しそうに結城家での一幕を伝えている。

 

 

 そんな二人に背を向けて、メモルゼ星の王族であり、今は女性の姿となっているルンは、嬉しくなさそうにその会話に聞き耳を立て、内心で思う。

 

『ララのやつ…リトくんの事、楽しそーに話しちゃって…でも、銀河通販で面白い試供品をもらったんだから、見てなさい』

 

『おい!ルン!ララちゃんに何するつもりだ!?』

 

『ワルクナール・EX。あびた者の心の奥にある悪い心を増幅する効果がある。これでワルい性格になってリトくんにキラわれるといいわ!!そしてリトくんは私のモノ!!』

 

『こらルン!変なことするな!!』

 

『なによ、あんたは寝てなさいよ、レン!』

 

 内なるレンの声を黙らせて、ルンはニヤリと笑い、チャンスを待っていた…

 

 

 

 幾度かのチャンスを逃したものの、廊下の角に隠れていたルンは前から歩いてくるララとハルナ、村雨静を見つけた。

 周りには、誰もいない……絶好のチャンス。

 

『よし……今だっ!!

 

 ルンは廊下の角から、歩いてくるララへ向けて、スプレー状になっている”ワルクナール・EX”を噴射しようとしたところで、

 

 

──ズズゥゥゥゥゥゥゥン!!!!──

 

「いっ!!」

 

 

 突如、地震のような地響きが起き、そばには黒い渦のような物が二つ(・・)出現していた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 彩南高校で地響きが起こる少し前。

  

 

 ユウリは例の如く事務所で修行をしていたのだが、

 

「大きな反応……」

 

「また宇宙船ですか?」

 

 松戸さんの呟きに反応して声をかけた。

 

「そうだ。また、この街に向かっているね。それも、かなり大型の、ね」

 

 またか。

 松戸さん曰く、やはり星神の出入口のあるこの街は、物語で良く龍脈などと呼ばれるような、この星の生命の、力の流れの大元らしい。

 そのため、宇宙人や霊体だったりの異形のものは知らず知らずにこの街に引き寄せられるとのこと。

 

「次は、なんの用でしょうね」

 

「それはまだわからんが……」

 

「まぁ、いつでも行けるようにしときます」

 

 次は何だろうかと思いつつも、オーラを研ぎ澄まし、集中する。

 

「七瀬さんのオーラ、鋭くなっていませんか?」

 

「………そーなんすよ。あの、神の寝床の修復とかをやった時から、オーラの調子いいんすよね」

 

 理由はわからないが、神の寝床でオーラを大量に吸われたはずなのに、出るときには元に、というよりかはオーラは更に力強く、潜在オーラの量すらも多くなっていた。

 星神の放つ気とでも言うのだろうか?

 最後にうろ様が寝床に入った後の重いオーラが入り込んだような…

 まぁ、害はなさそうなのでそこまで気には留めていなかった。

 

「………」

 

「どーかしました?」

 

「いいえ、何でもありませんよ」

 

 明らかに妙な雰囲気を漂わせていたが、答えないのなら気にしない。

 ゆっくりと、その時を待っていると、加賀見さんが動く。

「…これは……!」

 

 虚空を見上げ呟いた加賀見さん。

 

「来ましたか?」

 

「すでに、何人か彩南高校に入り込んでいます…おそらくは、私の黒渦のような転移の能力……」

 

 転移能力持ち…予想してなかったわけじゃないが、よりにもよって真っ昼間の彩南高校へ来るとは…

 うろ様のところへの入口、バレてるのが濃厚だな。

 あの時のヘビ女かな…

 黒コート姿となり、フードも被って完全にハンターの状態へと変わる。

 

「すぐに、飛ばしてください…」

 

── とぷん ──

 

 言い終える前に、すでに体は沈んでいた。

 

 

ーーー

 

 

 ユウリは渦から出てきた瞬間に、オーラを全開にする。

 すぐそばに、やたらと禍々しい気を発する者がいたからだ。

 

 こいつの能力か、自身の側にもう一つ、加賀見さんの黒渦に似たゲートがあった。

 

「誰だお前?」

 

佐金(さこん)でございます。お見知りおきください」

 

 丁寧に名乗る、金髪を頭の後ろで結った、中国人のような見た目の男性。

 おでこから、左右に後毛が出ており。触角のようになっている。

 

「ご丁寧にどーも。何用か、聞いても良いか?」

 

「ええ、構いませんよ。どうせ、死ぬ事になるのですから…この星の神の力、頂きに参りました」

 

 金髪の男、佐金とユウリの側にはルンがおり、少しだけ離れた位置にはララとハルナ、お静がいた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「ララ、お静ちゃん、西蓮寺を連れて早く行け!!」

 

「わ、わかったっ!」

 

「キャッ!」

 

「わわわ、私もっ!」

 

 ララは西蓮寺を抱きかかえて、飛び、お静はそのララの足へと掴まり三人は窓から外へと消える。

 その姿を見送り、ルンへと駆け寄ろうとしたところで、

 

「他所見に、他人を気遣ってばかりとは、油断がすぎますよ…!!」

 

 佐金が眼前へと移動しており、蹴りを放つ。

 

「油断?これは『余裕』っつーんだよ」

 

 蹴りに対してカウンターで蹴りを合わせる。

 こちらを舐め切った小手先の蹴りなどタイミングも角度も合わせた蹴りで押し切る事など造作もない。

 

「む…」

 

「俺が弱そうにでも見えたか?油断、大敵だッ!!」

 

 足と足のぶつかり合いを制したために、崩れた体勢になった佐金の死角から、結界を高速でぶつける。

 すると、廊下の壁を突き破り佐金は完全に視界から消えた。

 

──ジリリリリリリリ!!──

 

「ルン、大丈夫か?」

 

「あ…ぁ……!!」

 

 ジリジリとなる学校の非常ベルの音。

 そして、怯えるルンへと声をかけると、ルンの大きな赤い瞳の中に、自身の後ろへと立つ佐金が見えた。

 

「これも、余裕と言うのですよ」

 

 突き出した掌底からは竜巻が起きる。

 ユウリはルンを庇うように抱え、【堅】を行いルンごと自身のオーラで包み込むと、竜巻に飲まれ校舎の壁を破壊しながらグラウンドへと落ちていく。

 

「フンッ!!」

 

「ジャァ!!」

 

 飛び落ちていく最中、別の方向から巨石と、何かの液体が襲いかかるも、

 

「オラァ!!」

 

 巨石を蹴りで砕き、液体は結界で空中へと固める。

 そのままグラウンドへと転がるように着地したところで、ユウリは異変に気づいた。

 

── シュウゥゥゥゥ…

 

 何か、空気の漏れる音。

 それは自身の胸から聞こえる…

 胸に抱えたルンの手はユウリのフードの奥を向いており、手に持ったスプレーのような物から出ているガス。

 それを、ユウリはすでに吸い込んでいた。

 

 そこで感じる、自身に起こる異変。

 何事かはわからないが、やけに思考がクリアになっていく感覚に襲われる。

 

『ちっ…俺から、離れろ!!』

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリに離れろと言われ、ララの側へと投げ出されたルンは、地面を転がっていた。

 転がりが止まると、上半身を起こし、先程まで自分を守ってくれたのに、今の今は自分を投げ飛ばした男を見つめる。

 

「お、お兄さん…?」

 

「お兄ちゃん…?」

「七瀬さん…?」

 

 ララとハルナも遠巻きに、様子のおかしいユウリを眺め、同時に呟いた。

 暗闇にしか見えない顔を抑えて震えているユウリ。

 

「おや、もう戦意を失ってしまわれましたか…まぁこの数を見てしまえば、それも仕方のないことかもしれませんね」

 

 恐慌状態に見えなくもないユウリへと向かい、校舎からジャンプでグラウンドへと降り立った佐金が言う。

 そのそばには、人型の部下らしき者が数人と、その他にも、百は下らない数の異形のモノたちが集まっていた。

 

『…………』

 

「あなたが、生命力を操る術師。あなたは碧暗さんに渡す約束をしていますので、殺しはしませんよ。ただ、ついて来て頂ければ良いのですが?」

 

 佐金の言葉を聞いたからか、ガスの効果に満たされたのか、震えも止まり、棒立ちになっていたユウリ。

 ゆっくりと腕を上げて自らのフードを乱暴に破り取ると、長いコートすらも脱ぎ捨てた。

 古傷だらけの上半身をあらわにし、眼はこれ以上ないほどに見開かれて、ゆっくりと首を(かし)げる。

 そして、歪に口を開いた。

 

『いやあぁだよバアァか!』

 

──── ゾワァァァァ ────

 

 その場にいる全員を包み込む、吐き気を催すほどの悪意のこもったオーラ。

 

 全てのものが硬直する中、ユウリだけは行動をしていた。

 おそらく先程巨石を投げたであろう四本の腕を持つ緑色の巨体な人型を標的に定めて、目にも止まらぬ速度で襲いかかる。

 影にしか見えなかったユウリの姿が静止した時、既にその緑色の巨体へと飛び掛かり、大きな一つ目に、右腕を肘まで突き刺していた。

 

「なっ!!!」

 

 驚愕する誰かの声を無視する。

 そのまま肘を曲げながら押し進め、肩まで腕は埋まった。

 緑色の頭の先からは大きな眼球を握りしめたユウリの手が植物の芽のように生えていた。

 

「き、きさ……」

 

 それでもなお、頭の中に腕を突っ込まれている緑色の巨体は口を開こうとしていたが、ユウリは直角に曲がった腕を、そのままの形で引き抜いた。

 腕が入っていた形に、頭は二つに割れる。

 裂け目からは紫色の血のような液体と、脳にも見えるモノが噴き出し、溢れていた。

 

 そのまま、敵も味方も茫然としている様子をじっくりと眺める。

 その後、握っていた大きな眼球を完全に握りつぶしながら首を傾げ、先程と同じように歪に開いた口から言葉を吐き出す。

 

『んー?全員ただ突っ立ってるだけってさぁ…

 ──そんな余裕ブっこいてていいの?』

 

 見開かれ、血走った灰色の瞳。

 黒でもなく、白でもない。

 光と闇の狭間で揺れ動く、まだ自我を持ったばかりの少年のような青年。

 そのどっちつかずな灰色の瞳の奥底は、薬品の力を借りて、全てを飲み込む黒へと傾いていた。

 



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三十七話 惨劇×心の奥

ーーーーーー

 

 

「お、お兄ちゃん……」

 

「ひっ………!」

 

 ララはありえないものを見るような目で今のユウリを見ている。

 ハルナは凄惨な光景に耐えられず、目を背け湧き上がる吐き気を堪えていた。

 お静は、倒れたルンを介抱していたのだが、そのルンが震える声で話し出す。

 

「わ…私のせいだ……そんな!」

 

 紫色の血飛沫で汚れたユウリを眺めていたルンは、言葉を吐き出すとともに自身の手に持つスプレー缶をワナワナと握りしめていた。

 

「みんな!!大丈夫か!?」

「あなたたちも早く逃げましょう!!」

 

 既に黒コート姿に変わっているリトと古手川が、茫然と立ち尽くすララと、しゃがみ込むハルナと、倒れ伏すルンと、ルンを介抱しているお静へと駆け寄る。

 そこで二人も、普通の人とは異なる色の血飛沫で汚れたユウリを視界へとおさめた。

 

『あははは!よっわ!!』

 

 笑いながら大勢の異形のモノたちを蹂躙するユウリ。

 絶界のキューブが二つ、自動(オート)操作で自身の周りを飛び回り、群がる小さな雑魚を次々と消し飛ばしている。

 ユウリは巨大な蜘蛛のような体から人間の上半身が生えている化け物を標的に選んだ。

 瞬時に接近すると、絶界のキューブを手動(マニュアル)で操作し蜘蛛の体から八本の脚の付け根を消し飛ばす。

 そのうちの一本の脚を拾い上げると、その人型の口にねじ込んだ。

 ジタバタとない脚の付け根と体を震わせてモゴモゴと叫んでいるが、差し込んだ蜘蛛の脚はその人型の背中を突き破り生えてきたところで、蜘蛛男は絶命したのか、悲鳴も止まり動かなくなる。

 

 その頭を足蹴にしながら再度高笑いを上げているユウリ。

 

『ねぇねぇねぇねぇ、自分の脚食べるのってどんな気持ち?おいしい?あっ答えらんないか?あはははは!!」

 

「え……ユウ、にぃ?」

「あ、あれが……な、なせさん…?」

 

 そんなユウリを中心に、一度立て直すかのように、黒蟒楼の刺客たちは全員距離を取っていた。

 

「すこし、敵の力を見誤っていましたね」

 

 雑魚を必要以上にハデに殺すユウリを眺めながら言う。

 ユウリの力を見ても、まだまだ佐金は余裕を崩していなかった。

 

 そんな佐金の方へ目を向けたユウリは、足蹴にしていた蜘蛛男の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばした。

 てんてんと跳ねるその頭部は佐金の目の前まで転がり、止まる。

 そこでユウリは両手を交差させ前へと突き出すと、黒蟒楼の者たち全員に向けて語り出した。

 

『見誤りすぎだボケ。まぁ今すぐに、ガタガタ震えて命乞いするなら半殺しくらいで辞めてやってもいいけど、準備OK?』

 

「舐めやがって……」

「ざっけんなコラァ!地球人風情が!!」

「テメーがガタガタ震えてろ!!」

 

 ザワザワと喚き立てる有象無象。

 

「…これは…いったい…どうゆう状況ですか…?」

 

「や、ヤミちゃん…わかんないけど…お兄ちゃんが…」

 

 ヤミが天使の羽をはためかせ彩南高校のグラウンドに降り立つも、あまりにも異様な光景に顔を顰めてララへと尋ねたが答えは帰ってこない。

 それもそのはず、今この場でユウリの豹変の理由がわかるのは一人だけだった。

 

「私のせいなのっ!!ララにイタズラしようと思って、この性格を悪くするスプレーが、でもわざとじゃなくて……」

 

 その一人であるルンは安直な発想で取り寄せた試供品がこんな事になるなんてと、嗚咽を漏らし、涙が頬を濡らす。

 

 リトはルンのもつスプレー缶、"ワルクナール・EX"を奪い取り、

 

「これのせいで、ユウ兄は、今悪人になってるって事か!?」

「どう言う事!?」

「……」

 

 惨劇の中、比較的精神的に余裕のあるリトとララ、ヤミはワルクナール・EXの裏面にかかれた効力を読み解き始めたが、ユウリが再び動き出す。

 

『はいっ、時間切れ。──【降御禍槌(ふるみかづち)】』

 

 空中に【隠】を使って不可視にしていた夥しい数の結界。

 交差させていた腕を振り下ろすと、握り拳程のサイズではあるが、先端が営利に尖った串のようなその結界の群れは、辺り一面に降り注いだ。

 

──なんだ!?

──ギャァァア!!

 

 実力のないものは雨のように降り注ぐ、千はあろうかと言う結界に襲われ、あるものは頭に、あるものは身体中に串が突き刺さり、叫び声を上げながら次々と地面に倒れ伏していく。

 実力のあるものは、弱いモノを盾としたり、その身体で防いだりとしていたが、既に半数以上はボロ雑巾のようになりそこらに転がっている。

 

 結界の雨が降り止んだ時、残っているものは既に十程度となっていた。

 

『まぁまぁ減ったなー。雑魚ばっかりじゃん。

 ──で、続きやんの?』 

 

「あまり、舐めないで頂きたいですね…」

 

「佐金様、私がっ!!」

 

 つまらなそうに言うユウリ。

 その言葉にイラついたのか、おそらくリーダーであろう佐金を止め、スキンヘッドの男がユウリへと向かう。

 頬を大きく膨らましたかと思えば口から溶解液を吐き出した。

 

『そうこなくちゃ』

 

 先程結界で防いだ時に、自身の意思で解除していないにもかかわらず破壊されたのをユウリは記憶している。

 故に溶解液だと言う事は理解していた。

 

「先ほどの技、俺には通用せんぞ」

 

 身体能力もなかなかなもの。

 ユウリへと肉薄し、四肢を使ってお互いに殴り合う。

 その間にも残った実力者たちはユウリへと迫るがその全てを躱し、いなし、時に迎撃するユウリ。

 スキンヘッドの男は溶解液を撒き散らしながら戦っており、躱しきれない仲間はそれで絶命していた。

 

 その撒き散らされる溶解液の全てを結界で一瞬囲み、二重に囲んだり流したりと効果的に結界を使い、他の雑魚へと当てているユウリ。

 

『俺には通用してるようにしか見えないんだけど……見えてないならその目ん玉いらないね?』

 

「渦闇」

 

 スキンヘッドとの肉弾戦の中、左手の人差し指と中指を片目に突き刺す。

 そして眼球をえぐり取ったユウリ。

 丁度その時、仲間であるモノたち全てを巻き込んで、佐金は巨大な黒い竜巻を発生させた。

 

──ゴバァァァァア!!!──

 

 先程まで戦っていた場所は、轟音を鳴らす黒い竜巻に完全に覆われた。

 

「渦闇に飲み込まれては、塵も残ってはいないでしょう…」

 

 その黒い竜巻がだんだんと小さくなり消えると、そこには確かに塵一つとして残ってはいなかった。

 

「ユウ兄が!?そんな!?」

 

「落ち着いてください、結城リト。ユウリに当たってはいません…」

 

 ヤミはある程度落ち着きを取り戻していた。

 この学校の生徒は、今の竜巻によってこちらが爆心地だと思ったようでこことは逆の、校舎の裏へと避難をしているのも見えているくらいに周りは見えている。

 

 今のユウリは、いつか見た夢の再来のようだ…

 

 悪い心の増幅。という事がどの程度の事かはわからないが、あれはユウリの意思ではない。やりたくてやってるわけじゃない。

 それに、あの状態になっても攻撃の余波すらこちらには届かないように戦っている。

 意識的にか、無意識かはわからないが、あれの心にまだユウリはいるのだと気づいていた。

 今、消えたと思われるユウリが現れた位置も、私たちを守るため……

 

『塵も残ってないのは、髪も残ってなかったハゲだったな』

 

「な…どうやって…」

 

 平気な顔で、仲間たちを庇うような位置に立っているユウリ。

 味方を巻き込んでまで放った大技が外れた事に驚愕する佐金に向かい、ユウリは言葉を続ける。

 

『大物ぶったわりに、切り札?が外れただけでもー余裕も無いのか…そもそも幹部なのかお前?雑魚と大して変わらねーじゃん』

 

「私は実行二部の部長ですよ…!雑魚と変わらないなどと…!」

 

『二部とか言う時点で雑魚臭が、──おっと、そっちに行くなら逃しはしない。さっきから隠れてうっとおしーんだよッ!!』

 

「わっ!?」

 

 ララの背後に結界が生み出され、突然だったためララは驚いた。

 佐金との会話の間や、先程の戦闘中にも時折感じる殺気と攻撃。その正体をユウリは捉えていた。

 

「グクッ……!!まさか、私が見えているのか…ッ!?」

 

「な、なに!?声がする…?」

「なにもいないのに!?」

「いえ、気配は、あります。透明人間のようなものでしょう…」

 

『せっかく逃げるのに特化した能力持ってんだから、小便撒き散らして泣きながら逃げればよかったのに──なッ!!』

 

「グァァァァアア!!」

 

 何も無いように見える結界の内側に念弾を打ち込むと、透明だった者がだんだんと見えてきた。

 それは茶髪に顎髭を蓄えた、蝙蝠のような翼を生やした男。

 今はその結界はどんどんと空へと上がって行き、その大きさもどんどんと縮んでいる。

 空高く上がりきったところで、薄く青いはずの結界は内側から飛び散ったもので真っ赤に染まっていた…

 

 【円】を時折展開しながら戦うユウリに、姿を透明にする程度の能力は意味をなさない。

 

『ララ、俺は逃げろっつったろが。お前らはさっさと帰れ。戦闘の邪魔だ』

 

 ララの方を見る事もせず、吐き捨てたユウリ。

 

「ユウ兄!!もうやめろよ!!こいつらだって……なにも殺さなくたって……!」

 

 リトは顔を悲痛に歪めて変わり果てた兄へと声をかける。

 

『殺さなくちゃ、殺される。こいつらのような奴らは、平気な顔してなんでも奪う。バカにつける薬は無い。クズは死ななきゃ治らねー。だから、俺が、今までの己の行いを嘆き、後悔するように、惨たらしく、殺してやるんだよ!!』

 

「…ユウ兄……それでも、俺は…ッ!」

 

『弱い奴に何が守れる?誰が救える?力がなきゃ奪われるばっかだ。──お前は弱いままでいい。お前らが俺の良心だから。だから俺が守る。お前ら全員、俺が救ってやる。何をしてでも、どうなろうと、全てを殺し尽くしてでも……!!』

 

「…ユウリ、それでも私はあなたの家族です。ただ守られる気などありません」

 

 リトへと振り向き、心の奥底の本音をぶち撒けるユウリ。

 ヤミは、リトの前に立ちユウリへと自身の想いを伝えた。

 

 薬品の説明にあった、心の奥の悪い心を増幅する。

 それは、ユウリにとってはカラを呼び覚ますような、自身の隠してきた本音が出るような事なのかも知れないとヤミは考えていた。

 せっかく、良い方向に変わったのだと言っていたユウリ自身を否定するような今のユウリを止めたかった。

 

「俺だって家族だ!!」

 

「私も、お兄ちゃんの事、ホントのお兄ちゃんだと思ってるよ!」

 

『家族だからだ!!』

 

──ビクッ!!──

 

 一際大きな声で叫ぶユウリに、全員がビクリと身体を震わせる。

 

『父親がいないなら、兄が全てを守るべきだろ?男が女を守る。兄が弟を、妹を守る。俺の行いは当然のことだろう?』

 

 ユウリの見開かれて血走っていた瞳は閉じられ、だんだんと落ち着きを取り戻したかに見えたが……

 

『だから、お前らはそのままでいいんだ。全部、俺が消してやるから…』

 

 突如目を見開き、更に目を血走らせたユウリは力を高めていたであろう佐金へと向かい念弾を乱射。

 爆煙に包まれるも、中からは先程までの佐金とは全く異なる、大きな牛の身体に、四本腕の人間の上半身がくっついている。ケンタウロスの牛版のような姿へと変わっていた。

 

「私を、雑魚だと!?この姿を見ても同じことが言えるか!?私は我銀よりも強い!!白も、神黒すらも超えて黒蟒楼を、宇宙の全てを支配するのはこの私だッ!!!」

 

『あっそ。そしたら僕すごいでしょーって自慢でもしたいの?』

 

「舐めるな!!今度こそ、貴様をこの世界から塵も残さず消し去ってやろう!!」

 

 豹変した佐金の四本腕の中央に、巨大な黒い塊が生み出される。

 強力な念弾のような気の塊。

 

 今は、位置が悪い、避ければ後ろはただでは済まない。

 撃ち出される黒い気弾に合わせ、こちらも最大の念弾を放つ。

 

 互いのエネルギーが衝突し、爆風があたりに拡散する。

 ユウリの後ろにいたリト達も爆風に晒されるが、結界が周囲を囲っていたため無事。

 結界も消えて砂煙が晴れた。

 視界がクリアになったリトたちの前には、それを放った二人は既にその場所にはいなかった。

 

 ユウリと佐金は空を駆け回り、幾度となく気弾と念弾が衝突を繰り返している。

 併走するように飛び回りながらもお互いに結界や気弾で牽制し合い、間合いに入る隙を探り合っていた。

 

『ま、雑魚から中ボスくらいには格上げしてやるよ』

 

「その口、開けなくしてやる…!」

 

 気弾と念弾の応酬の合間、佐金の懐へ飛び込む道を見付けたユウリは迷わずそのルートへと飛び込んでいく。

 攻撃は念弾で行い、結界は足場にして何度も結界を跳ね回りながら、方向を変えながら、佐金へと続く道を突き進む。

 そして、近づくユウリに焦った佐金が巨大な気弾をつくりだす。

 それを放つモーションに入ったところで、結界の棍を投擲。

 そのまま棍は巨大な黒い気弾へと着弾し、その場で炸裂させた。

 衝撃が佐金を襲うが、怯む事もなく殴り返してくる。

 幾度か拳の打ち合いもするも、四本腕と二本の腕の殴り合いでは、手数の足りないユウリが圧倒的に不利。

 その状況をしばらく楽しむように、幾度か殴られるユウリだがその度に表情は嬉々としていく。

 

『…良いね。ちょっとだけ楽しくなってきた』

 

「戯言を……」

 

 殴り合いの応酬の中で、大振りになった腕の一本を素早く掴むと、投げの体勢に。

 投げられる方向には既に結界があり、佐金のその巨体を結界へと打ち付けた。

 佐金が怯んだところでショルダータックル、ぶつけた肩の勢いを殺さずに追い討ちで鼻へと肘を打ち付ける。

 体勢を崩し、落ちていく佐金が体勢を立て直そうともがくが、そうはさせないと、今まで一番巨大な念弾を発射。

 トラック程のサイズはあろうかという念弾を、佐金は血相を変えて回避しようと体を捻りユウリに背を向けると、血に塗れたユウリの口角が上がった。

 

『敵におしり見せちゃだめでしょ』

 

「ぐぅ!!」

 

 佐金の眼前に結界を生成。

 結界へとぶつかりのけぞる佐金へと念弾を集中放火する。

 佐金の無理な回避は大きな隙を生み、ユウリに大きな攻撃のチャンスを与えた。

 連続する念弾の着弾。一秒にも満たない硬直時間ではあったが、それだけあれば強力な一撃を撃ちこむ準備には充分過ぎる。

 

『【暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)】!!!』

 

 無防備な背中へと結界が幾つも連続で生成され、最大にオーラを高めた【硬】による一撃と、増幅する衝撃。

 暴王の衝撃は佐金へと叩き込まれ、その衝撃は背中から全身へと駆け回り、荒れ狂う。

 その衝撃は佐金の想像を超えた一撃、大きくのけぞり、口からは夥しい程の血を吐きだしていた。

 

 まだ、まだ耐える事が出来る!!

 心の中でそう叫ぶ佐金だったのだが、目を開き、入ってきた光景に自分の相手への認識の甘さを悟った。

 自分が今倒れているのは地面ではない。

 地面と錯覚する程の巨大な結界。さらに上からも結界に押さえつけられ、サンドイッチ状態になっている。

 視線の先の透き通る青い結界の下には、先程自分を襲った衝撃を生んだ結界の倍はあろうかと言う数の結界。

 その一番下には、万華鏡のように揺らめく、亜空間が広がっていた。

 

 そして、自身への死の宣告が聞こえた。 

 

『お祈りは済んだ?じゃあ、残り少ない、死ぬまでの時間をせいぜい楽しんで……』

 

 ユウリのクロスした両手はオーラが迸り、尋常ではないほどのオーラが込められている事がわかる。

 ユウリの左右にはそれぞれ亜空間への扉。

 【堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)】で抉じ開けた亜空間の入口と出口。

 ユウリの側に在るこの二つは両方とも入口。

 出口はそれぞれ佐金を挟み込む結界の、一番上と一番下にあった。

 

 研ぎ澄まされたオーラのポテンシャルが最大に高まったところで、クロスしていた両腕を左右へと解き放つ。

 

『【暴王の啼哭(タイラント・クロスブラスト)】』

 

 放たれた左右の拳は結界を突き破り衝撃を生み出す。

 その衝撃は亜空間を通り、上下から結界を蹂躙しながら突き進む。

 二つの暴王の衝撃は中央で一つに合流し、衝撃と衝撃が共鳴をするように混じり合う。

 やがて完全に一つとなった、まさに災害のような圧倒的な暴力の渦に飲み込まれる佐金。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおあぁぁぁぁあああああっ!!!」

 

 ユウリが持つ物理的威力最高の技の合わせ技。

 しかも上下から挟み撃ちにする事により、その中心への破壊力は単純に二発撃つよりも遥かに威力を増している。

 

 化物染みた佐金であっても防ぎきれるような威力ではなかった。 

 四本の腕のうち三本を失い、四本足の体とも既にお別れをしていた佐金の上半身は地面へと墜落していく。

 

「う……ううぅ……」

 

 地面へと転がる、既に半身と一本の腕しか残っていない佐金。

 そんな相手を見下ろしながら、ユウリは空中の結界の上でしばらく佇んでいた。

 

 少しして、地面へと降りてきたユウリの血走った目は、落ち着きを取り戻していた…

 

「…………まさか喋る元気があるとはな。楽にしてやるよ」

 

「わ、私が……支……配者に……」

 

「じゃあな」

 

 赤黒い絶界は佐金をこの世界から完全に消滅させた。

 皮肉なことに、佐金のセリフをやり返したかの如く、そこには塵すらも残ってはいなかった。

 

 

ーーー

 

 

「………」

 

 みんなが、怯えているのが、俺に距離を置いているのがわかる。

 

 丁度、佐金(さこん)を消し去る前に、我に帰った。

 消し去った今は、静寂に包まれている。

 

 俺を見るみんなの目。

 久しく感じていなかった、自分を襲う、孤独や拒絶といった負の感情。

 

 あぁ、また一人になっちまった。

 

 自分の心の奥の底。

 からっぽじゃなくなったなんて思ってはいたが、

 所詮、俺はからっぽでしかないのか。

 

 拒絶への恐怖からか、孤独への恐怖からか、

 はるか昔のように、からっぽの心の奥底へと意識だけが落ちていった。

 

 



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三十八話 心の底×繋がり

ーーーーーー

 

 

 沈んでいく意識、自分の心の奥の奥。

 

──ぼんやりとだが、光を感じた気がした。

 

 

 気のせいだバカ

 

 

 突然、話しかけられた。

 目を開いたつもりなのに、見える景色は現実じゃ無い。

 

 もう、沈んでいく事はなかった。

 どうやら底についたらしい。

 灰色の目を持つ黒い影が、俺へと話しかけて来ていた。

 

 ここは光など存在しない、全てが真っ黒な世界。

 話しかけて来た影は世界に溶け込み、幼さを残す、灰色の目だけが見えている。

 

「……お前は、オレか?」

 

 そっ

 オレはお前だよ

 テメーが捨てたもんだけどな

 

「俺が、捨てた…」

 

 七瀬悠梨

 名前までもらっちゃってさ

 結局お前が奪ってるじゃん

 じゃあ オレがお前を奪ったっていいじゃんか

 出てくるたびに拒絶しやがって

 この世界に来るまでは

 ずっと二人でやってきたじゃねーか

 

「奪った…確かに、そうかもな…この身体も、生活も、俺のものじゃない…」

 

 だろ?

 じゃあなんでオレを捨てる?

 オレがいたから生き残れた

 オレがお前を守って来たのに

 何がダメなんだよ?

 

「……俺は、オレが怖い…」

 

 んだよそれ

 また逃げんのか?

 

 この世界に来てからお前おかしーぞ

 

 オレを知られるのが怖い

 拒絶されるのが怖い

 孤独が怖い

 

 せっかくできたもん失うのがそんなに怖いか?

 今までも無かったんだから 今更だろ

 

 女や子供を守るヒーロー

 理不尽なまでの強さと痛快さ

 圧倒的な力で叩きつける暴力性

 

 弱いお前が 憧れて作り出したのがオレだろう?

 

 オレが全部殺してやった

 オレたちと同じ 何も知らない 何もできない子供を守るために

 なによりも お前を守るために

 悪に悲惨な結末を与えてきた

 

 お前は模倣先が増えて満たされた気でいるだけ

 カラッポじゃなくなったわけじゃない

 お前につまってんのは全部が偽物や紛い物

 何にも変わってなんかない カラッポのカラのまま

 ユウリなんて綺麗な舞台 お前にゃ似合わねーよ

 

「違う…俺がみんなに感じるものは、偽物なんかじゃ無い…俺はもう、からっぽじゃないハズだ…」

 

 じゃあ どうすんだよ?

 

 オレ抜きで神黒に勝てんのか?

 ミカンを ヤミを モモを守れんのか?

 全てを守ってやれんのか?

 

「………」

 

 そこでなんも言えねーのが雑魚なんだよ

 

 お前は"優しい"わけじゃ無い

 ただ"弱い"だけ

 

 本当の"自分"でいる事が怖いだけ

 

「本当の、自分…?」

 

 弱い俺と 強いオレ

 

 どっちが多くを救えると思う?

 初めて見た 偶像の世界のヒーローのように

 

 相手の強さもわからない

 弱いお前じゃ抗えない

 

「それは……」

 

 松戸と加賀見が黒蟒楼を消すという確証は?

 あいつらの目的は黒蟒楼であって黒蟒楼じゃない

 目的達成したら 地球なんてどうでもいいかも知れない

 それまでの時間稼ぎが オレたちなのかも知れないだろ?

 

 その時は どうすんだよ?

 

「わからない…」

 

 やっぱりカラッポじゃないか

 全てが甘い 甘すぎるんだよ

 

 オレなら 上手くやれる

 

 皆殺しにして

 生首並べて

 息を呑む間に次の首を狩る

 

 蛇だろうが 大きかろうが変わらない

 全てを狩り尽くしてやる

 

 お前はどうする?

 何もないだろ?

 

 お前のせいでみんな死ぬ

 

「そんな事は、させない……」

 

 さっきと一緒だ

 じゃあ どうすんだよ?

 

(オレ)になればいい…」

 

 はぁ?

 

「捨てるんじゃ無い、別れるんじゃ無い…」

 

 何言ってんだ?

 

(オレ)が、お前を狩る…!」

 

 ……

 

 そういやハンターに憧れはじめたんだっけ?

 

 それで オレを狩るのか?

 

「オレの力も、俺と一緒にいれば良い」

 

 ……

 

 なら オレはもうお前を守らなくていいのか?

 

「もう、いいんだ。一人で頑張るのはしんどいよな。俺もお前を助けるよ。だって、お前も俺なんだから」

 

 まぁ 合格かな

 

 お前のお守りももう飽きた

 

 俺だとかオレだとか

 しつこいっての

 そもそも全部お前の勘違いだ

 

 オレたちが カラであり ユウリだ

 

 よーやく だったな

 

 次は 忘れんな 捨てんな 逃げんな

 

 (オレ)は 昔のお前なんだから

 

 

 

 真っ黒な世界はどんどんと明るくなるが、決して白にはならない。

 

 黒と白の狭間。

 狂気と正気の狭間。

 獣と人の狭間。

 

 

 何もかも中途半端なオレらに

 ピッタリな世界じゃねーか

 

 

 影は消えて、声は聞こえなくなった。

 

 ここは灰色の世界。

 辺りにはいくつかの小さいが優しい光。

 リトが、ミカンが、ララが、ヤミが、モモが、ナナが、──

 微かにそこにいた気がした。

 

 

ーーー

 

 

 目を開けると、何故か左からだけ涙が零れていた。

 これは多分、俺なんだろうなと一人苦笑した。

 

 

 自分でいる。

 それだけの事だったのに、こうも難しいものだったのか。

 どうやらヒトってのは、随分と面倒くさい生き物らしい。

 

 でも、それでも、今の気持ちは、悪いものじゃ無かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 立ち尽くしたまま動かないユウリ。

 

 グチャグチャのグラウンドの無惨な死骸は次々と黒い渦へと飲み込まれていく。

 

 左眼から涙が溢れたまま動かないユウリに近づくものが一人…

 

「…ユウリ……先ほどまでの、記憶は在るのですか…?」

 

 ヤミはユウリへと近づき尋ねる。

 その顔はいつもの無表情では在るが、ヤミから感じる感情は……

 

「記憶は……あるよ」

 

「あれが、本音ですか?」

 

「…本音でも、あるんだろうな…」

 

 さっきまで、感情が定まらなかった。

 俺が俺じゃなくなる感覚。

 でも、意識も記憶もハッキリしている。

 

 自分がやった事。自分が言った事。

 全て自分の意思で行った。

 

 それを気持ちいいとすら、楽しいとすら思っていた。

 

 あのガスは、きっと自分の心の奥底を引っ張り出すようなものだったのだろう。

 

 そこに他人は居なかった。

 俺の中には、結局自分しか居なかったんだ。

 

 オレと言う、自分を守るために作り出した虚像。

 自分の心を、次元を分けて作り出したもう一人の自分。

 

 それが、俺の無意識に発動していたはじめての

 【就寝同時起床(ハロー・ワールド)】だったんだと思う。

 

 死という定義はわからないが、幾度となく死にかけ、そもそも生きている人間とすら言えない子供の頃の俺が作り出し、俺に憑依していたオレ自身。

 

 一つの入れ物に二つの心。

 それがようやく、一つに戻ったんだ。

 

「…そうですか。でも私はやっぱり、守られるだけでいる気などありません」

 

 ヤミは相変わらずの無表情でそう言った。

 さっきまで、ヤミから感じていた感情は、哀れみ。

 でも今は…

 

「乱暴に見えても、あなたは私たちを巻き込まないように立ち回っていました。ですが私は、あなた後ろにいるだけのつもりも、ありません」

 

 そう言った、自分よりも二回りは小さな女の子。

 生体兵器として作られた子が、自分なんかよりもよっぽどヒトらしい。

 でも俺は、その慈愛に救われた。

 

 ユウリは無意識に、ヤミを抱きしめていた。

 

「……一人で、無理しすぎです。私の読んだ本では、家族は支え合うものとも書かれてましたよ?」

 

 自分の胸にすっぽりと収まってしまう程小さな少女。

 顔は見えないが、きっと今のヤミは、微笑んでくれているんだと思う。

 今まで経験したことなどないが、母親のような温もりとは、こんなモノの事を言うのだろうと思うくらい、暖かかった。

 

 

 

 

「……ユウリ、そろそろ、苦しいのですが…」

 

「わ、悪いヤミっ!……でも、ありがとな。また一人で突っ走るところだったよ。相変わらず学習しないな、俺は……」

 

 抱きしめていたヤミを離す。

 どれくらい抱きしめていたかは、わからない。

 体感していた時間は、限りなく永遠に思える程だったから。

 

 そんな幸せの余韻も束の間に、リトとルンが駆け寄ってきた。

 

「ユウ兄、俺も強くなるから!俺だって、ミカンの兄ちゃんなんだからな!」

「ごめんなさい!!さっきまでのお兄さんは、私のせいなんですっ!!本当に…ごめんなさい」

 

 リトの言い分はわかるけど、ルンのは…よくわからない。

 あのガスが原因ということだけはわかったけど。

 

「もう終わったことだから、気にすんな」

 

「あの……怒って、無いんですか…?」

 

 今のは間違いなく本音だった。

 

 心の奥底の自分が出てきただけで、俺が俺でなくなりそうになった。

 でもそのおかげで、俺は自分になれたんだから。怒ってるはずなどなかった。

 

「怒ってないよ。もともと、俺が弱かったせいだから。──ララには当たっちまったし、西蓮寺も、古手川も、お静ちゃんも、みんなにも怖い思いさせてごめんな…」

 

 ぺこりと頭を下げるユウリだったが、みんな笑顔、とはいかないまでも肯定はしてくれたようだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「…ユウリ、何かあったんですか?」

 

 お静ちゃんとルンを送り、ようやく自宅へと帰って来た俺とヤミ。

 

 あのあと、西蓮寺と古手川のショックが強く、俺に拒絶反応を示しているように思った。寂しくないと言えば嘘になるが、仕方のない事だと割り切ってはいる。

 リトとララが二人を送ってくれたが、二人の顔色は最悪で、リトとララも元気とはとてもじゃないが言えなかった。

 

 ここで生きて来た者には『死』は日常ではない。

 常に『死』に触れていた俺とは違う。

 

 しかも、凄惨な殺し方。

 他の相手の戦意を削ぐという意味合いもあるにはあるが、なるべくズタボロにしてやりたいという意志を持ってやっていたのだから、地球で育って来たあの二人が保たないという事は十分に理解していた。

 

 最初に見たお話のヒーロー。

 今ではそれが悪だったのか正義だったのかもわからない。

 でも、圧倒的な強さに、理想を貫く意志と力に憧れたのだけは覚えている。

 俺に理想なんて、無かったクセに…

 

 我ながら、随分と歪んだ憧れを描いたものだ。

 

 そんな事を思いながら、自分や他人の血液やらで汚れた身体を洗い終わった、風呂上がりの俺へと話しかけて来たヤミ。

 

「まぁ、色々あったよ」

 

「…いろいろ?」

 

「そ、色々。──ヤミには感謝してるよ。俺を受け入れてくれる人が一人でもいたら、それだけで救われる。ありがとな」

 

「…そう、ですか。私もユウリには感謝してますよ」

 

 ヤミが、しっかりと目で見てわかるほどに微笑んでくれていた。

 

「ヤミ…もっかい抱きしめていい?」

 

「な、なにを…」

 

 思わず言ってしまうも、少し後退り頬を赤くするヤミに、先程の微笑みは既になくなっていた。

 

「冗談だよ。ごめんごめん」

 

「………冗談…ですか…」

 

 謝りつつも、お願いしたい事があったため言うのだが、なぜか少し残念そうなヤミは、小さく何か呟くも聞き取れない。

 ホントに、兵器だなんて言われてもピンと来ない。

 だが、今は兵器並みに力を持つヤミにお願いがしたかった。

 

 真剣な顔で、ヤミを見つめる。

 

「──お願いが、あるんだ」

 

「……急に真面目に…なんですか?」

 

「俺は黒蟒楼を潰す。おそらく、時間もあまり残ってない」

 

「………」

 

 なにも言わないが、先程までと変わり、真剣に聞いてくれている。

 

「人を嫌い、殺し続けてきた、獣のような初めの人生。第二の人生で、そんな俺をみんながヒトに変えてくれた。だから、俺は地球(ここ)を守りたい」

 

「また一人で、ですか…?」

 

「いいや。今度は一人で馬鹿はしないよ」

 

 苦笑し、もう一度真面目な顔になる。

 お願いしないと決めていた俺だけど、そうも言っていられない。

 オレに指摘された甘さ。

 ヤミは、強い。引き際も心得ているだろう。

 

「手伝ってくれないか?白いのは、所長が殺る。黒いのは俺が。他の幹部がいないとも限らない。俺と所長が白黒殺るまで足止めさえしてくれれば、助かる」

 

「……地球(ここ)には、私も思い入れがあります」

 

 眼を閉じて、そう言ったヤミ。

 そしてゆっくりと眼を開く。

 

「ユウリがそこまで言うのなら、しかたないですね。そのお願い、聞いてあげますよ」

 

──バアァァァン!!

 

 

 突如、壁に扉のような物が出現し、飛び出てきたのは、見慣れた五つの人影。

 

 人んちのリビングに、いつの間に作ったのか……

 

「お兄ちゃんっ!話は聞かせてもらったよっ!」

 

「俺だって家族だって、言ったばっかじゃねーか!」

 

「ユウリさん、役に立つかはわからないですけど…ユウリさんとヤミさんのお手伝いはさせてください」

 

「兄上、そいつらのことはあたしも知ってる。あたしの友達も売られたり、密猟されたりしてるんだ。あたしも手伝うぜ!!」

 

「そんな大事なこと、未来を誓いあった私に一番に相談しないのはどうかと思いますよ!お姉様の作った、電脳世界の地球を戦場にするんですよね?プログラミングは任せてください♬」

 

「お、お前ら…」

 

 ララ、リト、ミカン、ナナ、モモが次々と話してくる。

 

「ヤミさん、抜け駆けはダメですよっ!あと、モモさんはいつ未来を誓いあったんですか!?」

 

「…ぬ、抜け駆け…?私はそもそもユウリの事など…」

 

「ミカンさん、良かったら初めから詳しくお伝えしましょうか?ふふふ♬」

 

「そ、そんなのあたしも初耳だぞっ!モモ!」

 

 こっちをほっといて、四人で話し合うミカンとヤミとモモとナナ。

 わちゃわちゃと話し合う四人は一体何をしにきたのか…

 

「お兄ちゃん。頼まれてた事は、手伝ってくれるって人を探すね。私達はお兄ちゃんと一緒にいるよ。──だって、家族だもん」

 

 しっかり者モードのララ。

 こう言う時のララは、頼もしく有り、王女らしい。

 決意も固いようで、このララを折れさせる(すべ)を俺はまだ知らない。

 

「ララの言う通りだ。ユウ兄、俺も戦うよ。ユウ兄を支える。美柑の事は、兄貴の俺が守るから大丈夫!」

 

 リト…

 ここに来てから、はじめて会ったのはリトだった。

 その時も、俺を心配していた。

 他人を思いやる心をもった、優しい自慢の弟。

 コイツも割と頑固なところがあるからな…

 

「そう、だけど…危険なんだぞ?今日みたいな奴らがどのくらいいるかもわかんねーんだから」

 

 ここでできた、はじめての俺の家族たち。

 嬉しくもあるが、不安もある。

 特に、デビルーク三姉妹、ヤミと違って、リトとミカンは普通の地球人だ。弱い宇宙人にすら苦戦を強いられる。

 

「お兄様、やりようはありますよ。電脳世界に引き摺り込むのは良いアイデアだと思います。あんなモノでもこんなモノでも、こちらでいくらでも仕込めますから…」

 

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるモモ。

 隣にいるナナがびくりと身体を震わせモモを見ている。

 頼もしいが、とは言え…

 

「ユウリさん。私も戦えます。オーラの操作、少しならできるようになりましたから、二人っきりで教えてくださいねっ!」

 

「ユウ兄、それって俺にもできないかな?俺も力になりたいんだ…」

 

 【念】の習得。それは確かに効果的ではあるが……

 この世界では異質な力。ミカンは既に目覚めてしまっているが、リトは……でも、リトの覚悟を、リトの心を、俺が否定するのもな…

 

「はぁ。わかった。けど、何個か条件がある。───まずは逃げる算段を整えてからだ。そこは、ララとモモに任せるしかないけど、その確認が取れないとダメだ。リトとミカンは、教えるのは良いが、最低限の力が身についてなければ戦闘は許可できない」

 

 

──

 

 

 俺の出した条件、ララ曰く可能との事。

 結局、ミカンにはのオーラの扱いを、リトは【念】の習得をそれぞれ教える事となった。

 

 ヤミだけを巻き込んだつもりが結果全員を巻き込んでしまった。

 というか、最終的には俺が巻き込まれたのか?

 

 不安もあれど、今の俺の感情は間違いなく嬉しさで満ちている。

 

 家族といる。

 それだけで、この世界に一人じゃ無いのだと思えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「なぁ白、なんでわざわざアイツ行かせたの?星神の居場所なんて、すぐにわかるじゃん」

 

「……くだらん野心を持っていたからな。いざ戦いの時に、こちらの予想外の動きをされると、鬱陶しい事この上ない」

 

「ふーん。裏切りそうだったって事ね。──まぁ、俺は別にどうでもいいんだけど。地球まではあとどんくらいかかるの?」

 

 神黒の顔は、白が答えた後からニヤニヤとした笑みが張り付いていた。

 

「まぁ、もうしばらくはかかるな。だが、着いたとしてもお前は極力この城にいろ」

 

「オッケー」

 

 あっさりと了承し、親指と人差し指でマルを作る相変わらず笑顔の神黒。

 絶対に嫌がると思っていた白は肩透かしを喰らったようになるが、それはそれでこの城で一番厄介な相手の説得の手間も無いので深くは考えないことにした。

 

 久しぶりの地球。

 自身を狙っているだろう老人が一瞬思い浮かぶも、白は地球の星神の生命(いのち)が姫の腹の足しになるくらいにはあるかどうか以外、特に何も感じてはいなかった。

 

 



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三十九話 修行×兄妹

ーーーーーー

 

 

「遅い、鈍い、弱い」

 

「くっそ……ちょっとは手加減してくれても…」

 

「………え?なんか言った?」

 

 足元の爆風で吹き飛び、地べたを転がったリト。

 

 黒いコートを砂埃で灰色に染めて、ゼェゼェと肩で息をしていた。

 

 一緒に育ってきた兄代わりの普段は見せない厳しい一面に愚痴るが、同じく黒コート姿のユウリにジロリと睨み付けられた。

 その眼に思わず萎縮する。

 だが、頼み込んだのは自分。妹を守るのも自分。

 兄に、全てを背負わせる気などない。

 全てを守ると言う兄を、自分は守ろうと決めていた。

 

 それに、地球がからみ、この街が中心点なんだったらやらざるを得ない。

 自らを奮い立たせて立ち上がる。

 

「な、なんでもない!!もう一回だっ!!」

 

 強がる弟に内心で苦笑するユウリではあるが、オーラを緩めることはしない。

 相手が手加減してくれる、殺さないように優しく扱ってくれる事などないのだから。

 再度、殺すつもりの殺気を込めたオーラを指先から放つ。

 

「ほら、全てを避けるか【練】をしないと。今のままじゃ、当たると死ぬと思え」

 

「鬼ッ!!!」

 

 無理やりにでも体を捻り、地面を転げ回りながらもギリギリで躱すリト。

 動きは雑で、反撃を放つ意志などかけらも感じないが、躱してはいる。

 

 ララに巻き込まれて、爆発事故にあったり、えっちぃトラブルでヤミに襲われたりと、普段から幾度となくやられているのは伊達じゃない。

 

「ほら、そっちに逃げると後がないぞ」

 

「クッソーッ!!!!」

 

 片手から小さな念弾を連射。

 放つ念弾の強さは変えないが、ユウリはオーラをたまに全開状態にする。

 それだけで、リトの緊張感は高まるだろう。

 圧倒的なまでのオーラの量とその鋭さ、禍々しさに、明確に死が脳裏をよぎり、一瞬動きが止まる。

 だがリトは弾幕の中に小さな隙間を見つけ出し、叫びながらも頭からそこへと飛び出す。

 その時のリトは、力強い【練】のオーラに包まれていた。

 

「良いぞ。それくらいなら、当たりどころがよければ死なないかもな」

 

「チクショーーーッ!!!」

 

 ヤケクソではあるが、リトを覆うオーラはどんどんと力強くなっていく。

 追い込まれれば追い込まれるほどに強くなる、典型的な漫画の主人公のような弟。

 

 それに、──センスが良い。

 

 ユウリはリトの修行を始めてから常々感じていた。

 

 さっきのも、袋小路に自ら突っ込んだリトだったが、ただ一つ残された、わざと作っている隙間に迷いなく飛び込んだ。

 咄嗟の判断が抜群に上手い。

 

 この判断力を恋愛に活かせたら、今とは全然違う生活になっていただろうな。

 

「うおぉぉぉおおお!!」

 

 リトの叫び声を聞きながら関係のないことを考えつつも、念弾を放つ手が休むのはしばらく後のことだった。

 

 

ーーー

 

 

 結果としてだが、リトは驚くほどたやすく【念】に目覚めた。

 だが、元来の優しい性格のせいかはわからないが、【練】が苦手のようだ。

 そのためユウリは防御力という、守る力という認識を持たせるために、まずは死ぬ確率を下げるためにこのような修行を施している。

 

 それに、この世界の地球の住民はユウリのいた世界の人間よりも随分と打たれ強い。

 基本のスペックが違うのだ。

 

 リトだけかもしれないが、そんな事はなく、ミカンも、思い出せば猿山も、学校の連中もそう。

 

 元の世界では【念】の概念の無いものがオーラを直で受ければタダでは済まない。

 その【念】の有る無しの差は、極寒の地に裸でいるような物と比喩される事もあるほど。

 実際、ユウリ程のオーラの場合は精神に異常を来したり、ショックで髪が抜けたりしてもおかしくはない。

 

 不良たちのように垂れ流したオーラで脅すようなものではなく、猿山だけは、明確にユウリのオーラを受けたのだ。

 それでも彼は、気絶程度で済んでいた。

 

 コミカルな漫画にありがちな感じ。

 爆発を喰らっても翌日には平気な顔をしている学校の生徒達やこの街の住民しかり、この世界の住民は意外に頑丈。

 

 そうはいえど、別に死なないわけでも、勝てるわけでもない。

 何より残された時間がわからないのが痛い。

 

 数年の時間さえあれば、リトもミカンも相当な使い手になるとは思うが……

 襲撃までのタイムリミットがわからないし、死んで欲しくなどないので、修行の手を緩めるつもりはない。

 自分の口から、やめてくれと、もう諦めると言わない限りは。

 

 

ーーーーーー

 

 

「リトには、あんな修行してるのに、私は良いんですか?」

 

「大丈夫それにはアテがある。それよりミカン、心を鎮めて。オーラが乱れてる」

 

 ミカンはユウリにできるようになったと言ってきただけあって、オーラの操作はかなり上手かった。

 誰に教わることもなく、【纏】【絶】はできる。

 教えを受けるとすぐに【練】もできた。

 今は、【凝】の真っ最中。

 

 最近のユウリのルーティーンは

 放課後に電脳世界でリトをボコボコにし、

 リトの休憩中にララとモモと色々と仕込みを作成して、

 夜にミカンとの修行を行なう流れになっている。

 

 今は夜、夕食を終えたユウリとミカンは修行中。

 電脳世界のユウリの部屋で二人、なかなかうまくいかないミカンが唸る。

 

「う〜……!!コツとかってないんですか?」

 

「コツかぁ…俺は感覚でやってるからなぁ。最初も言ったけど、流れを意識して集中するとしか……」

 

「そんなぁー…」

 

 あからさまにがっかりとするミカン。

 ユウリはミカンが戦いに出る事には今でも反対している。

 だが、全く聞き入れてくれないので仕方なく修行をつけていた。

 

 以前からわかる事だが、ミカンは既に能力を発現している。

 能力のおかげで自身の戦闘力を伸ばす必要は無いと考えているためもっぱらオーラの量を増やし、操作性の向上しか行っていなかった。

 

 今は【練】を20分くらいは行えるようになってきたので、オーラを枯渇させての【凝】の修行。

 

「あ、でもなんか良い感じです…」

 

 体に残されたわずかなオーラを【凝】で両目に集中させる。

 声を出しながらも、その頭の中にはおそらく自身のオーラの流れしか捉えていない。

 ユウリと、自分自身、それ以外の存在は意識から完全に外れていた。

 

 こうなったミカンは異常なまでの集中力を発揮する。

 やはり、【特質系】のミカンには先天的な何かがあるのだろう。

 

 一度できると、そのまま何でもこなしてしまう。

 いわゆる、天才というやつだ。

 

 流石この歳で家事をこなし、既に自己を確立すらしていそうなスーパー小学生。

 そして今も、特に教わったわけでもないのに【凝】と同時に、他の部位の【絶】すらも行おうとしている。

 

「──あっ……」

 

 もう少し、ということで【絶】は解けて、集中していたオーラは弾けるように全身へと移動する。

 そして襲ってくる強烈な疲労感。

 

「えへへ。もう少しで、できそうだったん…ですけど…ね……」

 

 

ーーーーーー

 

 

 オーラを使い果たし、そのまま眠ってしまったミカン。

 自分を追い込むことを苦としていない。

 オーラを枯渇するまで使うって事は、体力をゼロにする事と同意。

 倒れるまで走ってこいと言われ、実際に倒れるまで肉体を酷使するくらいに辛い。

 

 実際問題、やろうと思えば誰でもできるが、それができないのが人間という生き物。

 動物とは違い、本能に赴かず、無意識に自分にブレーキをかける。

 そのブレーキが壊れているものが、天才や鬼才と呼ばれているのだろう。

 

 この小さな身体のどこにそんな力があるのやら。

 

 俺はスヤスヤと寝息をたてるミカンをそっと抱き上げて、現実世界へと帰還を果たした。

 

 結城家のベッドにミカンを寝かせ、まぶたにかかる髪をそっと指で撫でる。

 

「むにゃむにゃ……」

 

 その指を掴まれてしまった。

 リトに似て、寝ている時は動くものを掴む習性でもあるのか。

 

 手持ち無沙汰になるも、ミカンの顔を見ているだけで不思議と落ち着く。

 ベッドの横に座り、壁にもたれてミカンの顔をずっと眺めていたのだが、

 

「ユウ兄…美柑寝ちゃった?」

 

「うん。起こすと悪いから、静かにな。今日も疲れてそのまま寝ちまったよ」

 

 ミカンを起こさないようにそーっと入ってくるリト。

 そのままミカンの机の椅子に座り、俺へと話しかけてくる。

 

「そっか。美柑にも、鬼みたいな特訓してるの?」

 

「してないよ。ミカンは【発】できてるし、能力的に戦闘経験はいらないからな」

 

「ずるいなぁ…ユウ兄、昔から美柑には優しいよなぁ」

 

「んな事ねーよ。…しっかり者だからな。俺たちの方が何倍も優しくされてるんだよ」

 

 子供のように口を尖らせて言うリトだったが、俺の発言で、全くその通りだと肩を竦めた。

 そんなリトにユウリは声をかける。

 

「リトがいたから、俺はここにいる。お前には感謝してもしきれないよ。だから、ビシバシしごいてやるからなー♬」

 

「なんだよイキナリ…」

 

 照れたように言うが、結城家に転がり込まなかったら、自分はどうなっていたのか。

 想像もつかないし、想像したくない。

 

「でもさ、自分の、自分だけの能力を作れって言われても、俺にはピンと来ないよ」

 

「【発】の能力か…お前が言うのは全部とんでもないものばかりだからな……なんだよ時を止めるだの、未来を改変するだの…」

 

「しょーがないじゃん。男なら一度は憧れるだろ?」

 

 ゲームの強キャラの能力。まぁ、その気持ちもわかる。

 ただ、実質どれだけ【念】を極めようとおそらくそれはできないと思うぞ。

 

「じゃあ、俺が考えたやつ試してみるか?はまんなきゃ辞めたら良いし」

 

「ユウ兄が…じゃあ、俺もあの結界ってかっこいいやつが…」

 

 悩んでいる顔から打って変わり、今は目を輝かしている。

 ゲーム好きだけあってリトの能力案はいくつもあったが、さっきのと同レベルの実現不可能なものか、放出系のリトでは実現できなさそうなものばかりだったので全て却下していた。

 

「結界は無理だっつの。お前は具現化系は不得意だって何回言わせんだよ。オーラで作るのは構わないが、それだとお前の言う乗ってどうのこうのはできないし、そもそも箱型である必要も無いしな」

 

 系統の説明は却下案を出す時に何度もしているのに、ヤミではないが、お前の成績が心配だよ……

 

 

 そう、水見式を行った際、

 ミカンはやはり特質系。

 リトは放出系と言うことがわかった。

 

 リトが放出系とわかった時、ミカンは大笑いして「ラッキースケベホルモンを常に放出してるもんね」と言い放っていたのを思いだす。

 

 俺的にはリトにピッタリだと思う能力を教えると怪訝な顔をして、う〜んと唸っていたので、今後どうするかはリト次第。

 きっかけになれば、あとは自分でいろいろ考えるだろ。

「ん……んむぅ…」

 

 寝返りを打ち、こちらを向いたミカンの寝顔は、眉を顰めている。

 

 リトは椅子から立ち上がり、寝返りで再度まぶたにかかるミカンの髪を手でとくと、リトも空いている方の手で指を掴まれてしまった。

 話しすぎたため、起こしてしまったかと思ったが、グッスリと眠っているようだ。

 

 リトと顔を見合わせて苦笑する。

 

「なんか、美柑が風邪ひいた時思い出すね」

 

「あったな。料理なんかできないくせにまっずいスープを作って食べさせたっけ」

 

「そーそー。でもあれはユウ兄がお粥でいいのにスープが効くとか言い出したからだろ。──でも薬だと思えばっつって全部食べてくれたよな」

 

 俺がミカンと会話ができるようになってしばらくした時の事。

 まだ料理は習い始めたばかりで、スープなんて作れないくせに無駄な知識からリトと作ったんだった。

 

 あの時の事は、今でも鮮明に覚えてる。

 

 

ーーー

 

「ただいまー」

「美柑!?」

 

 玄関のドアを開けるとリトの声。

 どうやら風邪を引いていたようで、ソファーに寄りかかってグッタリしているミカンを抱き抱え、大慌てでベッドに寝かせた。

 

「38度2分……」

 

「え、そんなに…まいったなぁ。今日、私が当番なのに…」

 

 リトがミカンの熱を測って、体温計を見て悲痛な顔で呟く。

 これだけの熱が出ているにも関わらず、立っているのも辛いだろうに、家事を行おうとしている小さな妹。

 俺はそんなミカンの頭に濡れタオルを置いた。

 

「そんなの良いから、家のことは俺らに任せろ」

 

「そうだぞ。美柑はゆっくり寝てな」

 

「うん…」

 

 俺が家の事をやり、リトを買い物に行かせる事にした。

 

「お粥とかで良いかな?」

 

「あっ。この間買った本で、スープで風邪を撃退みたいな特集を見た気が…」

 

 自分の部屋にある最近買った料理本を持ってきてリトに手渡す。

 二人でこれにしようと決めて、リトは食材を買いに行った。

 

 その後二人で四苦八苦しながらもスープを完成させたのだが…

 

「ゔ…」

 

 兄二人の特製のスープを一口食べて、声にならない声が出ているミカン。

 

「ま、まずかったか!?」

「もしかして、味付け間違えたかも…ごめんミカン!俺ちょっと買ってくるッ!」

 

「いいよ。せっかく二人が作ってくれたんだから。──うん、薬だと思えば…」

 

 そして、リトと二人でミカンへの日頃の感謝が爆発したのだが、食べ終わったミカンが、初めて呼んでくれた──

 

「私だって、二人には感謝してるよ。ありがと…ユウリお兄ちゃん、リトお兄ちゃん」

 

「…俺が…お兄ちゃん…?」

「よ、よせよ今更、そんな呼び方…」

 

 カウンターを喰らい、兄二人が熱もないのに赤い顔にさせられた。

 

 

ーーー

 

 

 あの日は、いつのまにか寝てしまい、三人ともミカンの部屋で朝を迎えたんだった。

 

 そんな昔話をしているうちに、リトが眠り、ユウリもいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 兄二人の手を握り眠る妹は、幸せそうな寝顔をしていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「モモ、ダメだよ」

 

「お、お姉様っ!?」

 

 ユウリがミカンの部屋から出て来たところを確認できていないため、モモはこっそりと様子を見にきたのだが、ララに見つかってしまった。

 

 かく言うララもリトが部屋にいないのでモモよりも先に来ており、兄弟で仲良く話す二人の声が聞こえて入るのをやめていたのだが、わざわざ説明する必要はないだろう。

 

「今日は、邪魔しちゃ悪いよ」

 

「あっ!モモっ!どこに行っ──」 

 

「しーーーっ!ナナ、静かに…」

 

 廊下を歩き、自分達の居住スペースにいない妹を探してきたようだ。

 声をかけるとララに口を塞がれるナナ。

 

 

「ん…ぷはっ!姉上っ?どーかしたのか?」

 

 そーっと、ララはミカンの部屋の扉を開ける。

 

 部屋の中ではベッドに幸せそうに眠るミカン。

 ミカンと手を繋いで、壁にもたれて座ったままスヤスヤと眠るユウリ。

 ユウリの隣では床に座っており、ベッドに頭を投げ出して、同じくミカンと手を繋いだままぐーぐーと寝ているリト。

 

「三人とも幸せそう…やっぱり、三人は兄妹だよね」

 

 優しい微笑みを浮かべるララ。

 いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、母を思い出す、慈愛に満ちた微笑み。

 その微笑みに、双子の妹も込み上げてくるものがあった。

 

「うん。──モモは、違うかもしれないけど、あたしも姉上が居なくなって、モモも行くってなってさ……一人は寂しくて、モモに付いて地球に来たんだ…」

 

「ナナ……私もそうですよ。お姉様がいない王宮は寂しかったですから」

 

「ふふふ。私たちも、久しぶりに三人で寝よっか♬」

 

 三兄妹と三姉妹は、今日はそれぞれ同じ部屋で朝を迎えていた。

 



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四十話 普通×覚悟

ーーーーーー

 

 

 時は少し遡り、黒蟒楼の実行二部からの襲撃を受けた後のこと。

 

 夕日を背に、ゆっくりと歩く四つの影。

 落ちかけている太陽がその影を長く、大きく伸ばしている。

 

「西蓮寺、大丈夫か…?」

 

「……うん」

 

「唯も、平気…?」

 

「………」

 

 リトの問いにハルナは小さく答え、ララの問いには古手川は小さく頷いた。

 

 大きく伸びる自分の影はいつもより暗く見える。

 その中に、先程の光景が浮かぶ。

 

 影に潜む、闇の世界の住民。

 異常なまでに好戦的で、執拗に敵を蹂躙する、悪魔のような姿を思いだす。

 

「………」

 

 歩く四人の口数は異常なほどに少なく、こう言った際に話の作り手となるララまでもが、今は口を閉ざしていた。

 

「……ユウ兄は、さ」

 

「………」

 

 語り出すリトの言葉を聞こうとしたのか、自身の影へと視線を向けて、必然的に顔を下げていた三人は同時に顔を上げた。

 

「初めて会った時から、ずっとボロボロなんだ」

 

 誰にでもなく、もしかしたら自分に言い聞かせているのかもしれない。

 

「爆発する車から転がり出てきたのが、初めての出会い。大丈夫かって声をかけたんだけど、遠くに見える、大きすぎる人影を見つけちゃったんだ。俺は怖くなって見ないフリしててさ、焦ってユウ兄と逃げようと思ったんだ。でもユウ兄は、怒った風に、自分は大丈夫だから、俺と美柑に逃げろって言って」

 

 立ち止まって話すリト。

 他の三人の影は、少し短くなったリトの影を囲うように伸びている。

 

「今思えば、宇宙人だったんだと思う。ユウ兄はあんなに強いのにボロボロにされてたから…次は、会う事もできなくてさ。意識不明で、面会謝絶だったから」

 

 ビクリと、一つの影がわずかに揺れた。

 

「ようやく会えたと思ったら体中包帯だらけ。その次は、台風を吹き飛ばして、ララに抱きつかれて気絶させられて」

 

 再度、先程と同じ影が揺れる。

 

「女の子にビンタされたかと思えば、宇宙の覇者なんて言う人にも挑んでいくし」

 

 次は、リトを取り囲む影の全てが揺れる。

 

「ゲームの中でもボロボロで…俺の知ってるだけでも、いっぱい戦ってて、知らないところでも、俺たちを守るために、何度も、何度も戦ってたんだ……今回もそうだ」

 

 最後は全ての影が揺れていた。

 

「だから、あんなになってでも、みんなを助けようとするユウ兄を、今度は俺が助けてやりたいんだ…」

 

 リトがそう言い終わった後、日が沈みきり、四つの影は一つの大きな影になっていた。

 

「どう思っても仕方ないと思うけど、あれがユウ兄の本当の姿じゃないんだって、わかって欲しくて」

 

 そう言ったリトの顔は、逆光に照らされていて三人にはわからなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「学校で、そんなことがあったんだ…」

 

「そうなんだ…ルンがもってた、宇宙の薬品みたいなのが関係はしてるんだけど…」

 

 ユウリの過去を見ているミカンは、家に帰ってきてリトとララの話を聞いた。

 その時に真っ先に浮かんだ光景は、あのゴミ山に住んでいた頃のユウリの姿だった。

 

「……兄上が、本当にそんな残酷なことを…?」

 

「…………」

 

 ナナは息を呑んで、信じられないと言った顔をしている。

 モモは、少し不機嫌そうな顔で黙っていた。

 

「……あのね…ユウリさんの、昔の世界は…本当に悲惨な場所だったの…」

 

「ミカン?」

 

「…なんでそんな事がわかるんですか?」

 

 ララは心配そうに、モモは怪訝な顔をしている。

 

「…私の能力で、見た事があるから…」

 

「能力…そんな事ができるのか!?美柑、俺も見たい、ユウ兄の過去を!」

 

「私も、お兄ちゃんの心の闇、その理由がわかれば、私たちが助けになれるかもしれないから」

 

──ズズズズズズズズ……

 

 誰にも見えていないだろうが、ミカンの右手にオーラが集中し、【念獣】を形成する。

 

「こ、これが美柑の能力……」

 

 リトは、オーラが見えるわけではないが感じ取る事が出来ていた。

 ユウリと過ごし、ミカンと過ごす事で、少しづつ【念】の突端に触れていたようで、今まさに妹の能力を目の当たりにしてオーラが薄く見える程になった。

 

「リトには見えるの?」

 

「うん、ボンヤリとだけど、何か、これは…顔?」

 

 ミカンの右手の甲に浮かぶ顔のような念獣、目のような丸い膨らみは瞬きしたり、口に見える棒の部分も動いているように見える。

 

「うん、顔みたいだよね。

──これが私の能力、【小悪魔の不思議体験(ワンダー×ワンダー)

これを使えば、みんなにユウリさんの過去を知ってもらえる。ユウリさんの心の闇の理由を、その意味を…」

 

「……私は、知りたいです。お兄様に怒られたとしても、お兄様を知りたい」

 

「あたしもだ。兄上の事を、ちゃんと知りたい。見ておきたい…」

 

 モモとナナはユウリの過去を見たいという。

 

「……本当に、悲惨ですよ。ユウリさんを軽蔑しませんか…?」

 

「当たり前だろッ!」

「当たり前だよっ!」

「当たり前ですっ!」

「当たり前だっ!」

 

 四人は同時に答えた。

 

 ミカンは小さく頷いてみんなを見回す。

 

「【小悪魔たちの不思議な体験(ワンダーワンダーエクスペリエンス)】、私と手を繋いで、円になってもらえれば大丈夫。たぶん、夢みたいな感じで見る事ができるし、やめる時は心に念じてもらえれば、終わるから」

 

 ミカンの右手の甲の顔は左手へと移り、その顔は形を変えていた。

 

 全員が目を閉じて、ミカンのオーラへと包まれた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 ミカンの能力が発動した時と同時刻。

 

 学校から帰り、食欲もないし、今日の出来事を早く忘れたくて、布団へともぐり込んでいたのだが、

 

 

──ピピピッ

 

 

 突然鳴り響く、甲高い電子音に体を震わせた。

 普段、強気な性格が故か、一人でいる今、必要以上に驚いてしまった。

 

 一体、誰だろう……?

 

 もぞもぞとベットを這い、机の上の携帯電話を手に取る。

 

「西蓮寺さん…?

 ────もしもし…?」

 

『──もしもし、古手川さん?突然ごめんなさい…今、大丈夫かな?』

 

「…えぇ。大丈夫よ」

 

『あのね…今日の七瀬さんの事、どう、思う…?』

 

 手が震える。

 携帯電話の小さなディスプレイに表示される名前を見た時から、話の内容は既に思い浮かんでいた。

 

「……どうって?」

 

『私は、確かに怖かった。でも、結城くんの話を聞いて、普段の七瀬さんを思い出して、ひどい態度とっちゃったかなって…』

 

「……そう…ね」

 

『七瀬さんが謝ってくれた時、無視しちゃったから…今度、謝ろうと思うの』

 

「…なんで、私に?」

 

『古手川さんは、どう思ってるのかなって…』

 

 どう思っているのか。そんなことはわかりきっている。

 

 非常識な人。

 生まれが普通じゃない事も聞いた。

 

 それでも、私を助けてくれた。

 

「西蓮寺さん、私も同じ。一緒に、謝りましょうか。あの非常識な人に」

 

『…うん。非常識…でも確かに、普通じゃないもんね』

 

「そうね。でも私からしたらあなたたちみんな普通じゃないわよ」

 

『えっ!?私も!?』

 

「そうよ」

 

『ええぇ………でも、そうかもしれないね。普通な人なんていない。みんなそれぞれ、個性があるから。──古手川さんも、十分普通じゃないと思うよ?』

 

「なっ、なんで私も!?私は普通よっ!!」

 

『ふふふ。──私ね、結城くんに言われて思ったの。私も何度も助けられたから、今度は私も何か助けになれたらって。結城くんのお兄さんの』

 

「そう…まぁ、私も何度かあるし、あの人のタメってわけじゃないけど、一緒に行ってあげてもいいわよ」

 

『うん。ありがとう古手川さん。人のことは言えないけど、素直になっても良いと思うよ?』

 

「すっ、素直にって何によ!?」

 

『なんでもないよ。話せて良かった。また学校でね、古手川さん』

 

「なんだか釈然としないけど……でも、私も少し楽になったわ。ありがとう西蓮寺さん。──またね」

 

 携帯電話を閉じる。

 先程までと変わり、気持ちは少し晴れていた。

 

 七瀬さん。

 非常識な人。

 生まれも育ちも普通じゃない、それでも、私を助けてくれた人。

 

 他の男の人とは違う、男の人はハレンチな人だけじゃないことを教えてくれた。

 優しくて、とても頼りになる人。

 

 私の、きっと『初恋』の相手…

 

 今日の事は、また非常識な宇宙の道具のせい。

 そうだと自分に言い聞かせると、急にお腹が空いてきた。

 

 夕飯を食べていなかったので、一階へとおり、夕食の残りを探していたのだが、

 

「ん?体調治ったのか?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「例の七瀬ってのと喧嘩でもしてんのかと思ったが、その様子じゃ仲直りできたみたいだな」

 

「なっ!何で七瀬さんが出てくるのよ!?それに服くらい着てよ!」

 

「風呂上がりなんだから仕方ねーだろ」

 

 上半身裸でリビングをうろつくお兄ちゃんの勘違いに怒る。

 

「──まぁ何にせよ。お前が元気になってよかったよ。ヒデー顔してたからな。母さんも心配してたぞ。じゃあおやすみ」

 

 私、そんなにヒドイ顔してたんだ……

 そういえば帰ってきたときにお母さんにも心配されたっけ。

 

 そりゃあ、七瀬さんにあんな顔させるわけだ……

 おそらく、元に戻った後の、片目から涙を流し始める前に私たちを見る七瀬さんの顔が忘れられない。

 まるで両親とはぐれた小さな子供のような、恐怖におびえる顔…

 

 明日からは、元どおりでいないと。

 優しいあの人を、心配させないように。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「なに、ここ…?」

 

「きったねーー!ゴミ捨て場だ!」

 

「ここが、お兄様の、過去?」

 

 デビルーク三姉妹は、ユウリの故郷でもあるゴミ山できょろきょろとあたりを見回す。

 

「なんか、漫画か?本が随分とたくさん……あれって…もしかして……」

 

 リトだけは、近くに本が大量にばらまかれた、薄い青色の箱を見つめていた。

 

「あ…」

 

 そこから出てきたのは、ガリガリに痩せ細ってはいるが、灰色の瞳から放たれる眼光だけは飢えた獣のように鋭い小さな子供。

 モゾモゾとその箱から這い出て来ていた。

 骨が折れているのか、両の前腕が変色し、不自然に腫れ上がっている。

 痛くないのか、そのまま近くの雑草を引き抜き、乱暴に齧り始める。

 

 その表情からはなにも読み取れない。

 身体中の生傷と、千切れかけた左耳が痛々しい。

 

「あれ…が?」

 

 おそらくまだ5歳程度であろうか、そんなユウリを全員は見つめていると、

 

「わっ!」

 

 自分の体から人が生えてきたように見えてナナは驚き声を上げるが、人はそのままナナの身体を透き通り、ユウリの元へと向かう。

 

「あのガキきょーもいるな」

 

「昨日あんだけやったのによく生きてんな。まぁ、良いストレス解消にはなるな」

 

 ならず者のような貧相な格好をした男が二人、

 

「今日は、足でも折ってやるか」

 

「コイツ、みょーに頑丈だもんな。売ったら金になるかな?」

 

「ならねーだろ。捨てるほどに、ガキはいる」

 

 どんどんとユウリへと近づき、ユウリを蹴り飛ばす。

 

「オラッ!くせーんだよ!殺すぞコラァッ!!」

 

「ははは。軽いから馬鹿みたいに飛ぶな」

 

 蹴り飛ばした男の方を向き笑う男、──を目掛けて獣が灰色の眼を光らせる。

 

「…すぞっ!!らっ!!!」

 

 意味不明な雄叫びを上げて、自分から眼を離した男へと襲い掛かった。

 

「なんっだ!コラァッ!!」

 

 両腕と顎で二の腕を掴み、足で挟んだ手首を無理やりに捻る。

 

「イッデェェェエ!!!」

 

 叫ぶ男を無視すると、もう一人の男へと噛みつき、耳を噛み切った。

 

「み、耳が!耳がぁ!!」

 

 そのまま痛がる男達へ、意味の分からない言葉を叫びながら飛びかかる。

 片方の男の両腕を折り曲げ、もう一方の男の両耳を千切ったところで男達は逃げ出した。

 

「いっでえ………」

 

 男達のセリフを真似ているのか、部位を表しているのか、自身の折れた腕を見て呟く。

 

「みみが、みみみ……みみ?」

 

 自身がちぎり取った耳を手に持ち再度呟くと、最後に口角を上げる。

 

「こら…ころ?………ころす?コロス?コロす…?……殺す…」

 

 ユウリから感じる感情は憎しみでも、怒りでもない、歓喜だった。

 初めて、言葉を覚えたことに喜んでいるのだろうが、その異常性に五人ともが、絶句した。

 

 その後も殺されかけてはやり返す光景を何度見ても、誰も、何も、話すことは無かった。

 

 

ーーー

 

 

 ミカンのオーラが底をつき、現実世界へと帰還した全員。

 

「はぁはぁはぁ…」

 

 生命力の源であるオーラを使い果たし、肩で息をするミカン。

 

「…ユウ兄の事、話を聞いてわかってたつもりだった。でも俺は全然知らなかったんだな…」

 

「リト……」

 

 落ち込んだように顔を伏せるリトを慰めるララ。

 モモとナナも鎮痛な表情を浮かべていた。

 

「──でも、こんな過去があろうと、俺と一緒に暮らしてきた兄貴なんだ。あんな造られた表情で話してなんかない。俺が、俺が助けてやらなきゃ…」

 

 リトは顔を上げ、拳を握り静かに、だが力強く言った。

 

「私もリトと同じ気持ちだよ。一緒にお兄ちゃんを助けよっ!」

 

「…そうじゃないと困るよ。そのために…こんな疲れてまでみんなに見せた(能力使った)んだから…」

 

「あたしも手伝うよ。姉上との話、聞いちゃったから…」

 

「ナナっ!?」

 

「私との?もしかして……」

 

 ユウリの目的は知っていたが、その戦う場所が地球になったこと。

 電脳世界の地球に引き込み倒す算段があることをみんなは知った。

 

 そしてモモしか知らないことが、

 

「ですが、お兄様の所属する探偵事務所には、二人しかいません…お兄様を含めても三人で怪物と戦おうとしています…」

 

「そんなっ!?無茶だ!!」

 

「大丈夫。私たちも、手伝えば良いんだよ」

 

 叫ぶリトをあやすように、宥めるように言うララ。

 

「私も、この能力を使えば力になれるかもしれない…」

 

「黒蟒楼に潰された惑星にしかいなかった友達もいる…あたしの友達の仲間も、そいつらに……姉上、あたしもやるぞッ!」

 

「私は、言うまでもないです。お兄様の敵は、私の敵……」

 

「俺も、俺にも何かできるハズだ!この前の植物惑星でも戦えたんだから」

 

 全員の決意は固まった。

 そこで、ララがニコリと笑う。

 

「そうと決まれば、お兄ちゃんのところへ行こうっ♪」

 

 デダイヤルを取り出し、デビルーク姉妹の居住スペースの壁に扉が現れる。

 

「えへへ、事前にお兄ちゃんの家と次元は繋げてたんだ」

 

 扉に手をかける前に、扉の奥から、ユウリとヤミの話し声が聞こえてくる。

 

『──お願いが、あるんだ』

 

 二人の話、ユウリはヤミだけを誘っているようだ。

 

 それに奮起するリトとナナ。

 

「なんでヤミだけに…!」

「あたしには頼んないのかよ!」

 

 憤慨するミカンとモモ。

 

「ヤミさんだけに…なんでユウリさんは…いつもいつも!!」

「……今度こそ、私が一番だと、キチンとお話ししなくちゃいけませんね」

 

『ユウリがそこまで言うのなら、しかたないですね。そのお願い、聞いてあげますよ』

 

「よしっ!お話も終わったみたいだし、お兄ちゃん家にとつにゅ〜〜!」

 

 扉を開き、ユウリの家と完全に接続され、五人は扉の奥へと飛び込んでいった。

 

「お兄ちゃんっ!話は聞かせてもらったよっ!!」

 

──

 

 自分に何ができるかはわからない。

 

 でも、過去の世界でユウリの生い立ちを知った、見てしまった五人。

 

 形は違えど、五人ともが、今のユウリを守るため、この星のため、戦う覚悟はできていた。

 




気付いたらお気に入り数1000もいらっしゃっていて、大変嬉しいです。
評価、感想もありがとうございます。
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四十一話 不運×祭

ーーーーーー

 

 

「だぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

──ドドドドドォン!!

 

「よっ」

 

「──いっ!!?」

 

 ララの発明品、べとべとランチャーくんのハンドガンタイプを両手で連射しながらユウリへと肉薄を試みるリト。

 だったが、絶界で地面を消し、地中から迫るユウリに一瞬で間合いを詰められる。

 そんなこと想定もしていなかったようで、完全に硬直。

 その隙を逃すほどユウリは素人ではないし、ましてやこれは修行の組み手中。

 

「ほっ!」

 

 地面から這いでてきて右手をリトの左脇腹めがけて振り抜こうとする。

 

「──!!」

 

 リトもすかさず【凝】を使い自身の左肘にオーラを集中させ受けようとするが、

 

 ピタ──

 

「素直すぎ」 

 

 右手はフェイント。

 左足をリトの無防備な右の脇腹へと突き刺す。

 もちろん【絶】の状態で力など大して入れてはいないが。

 

「ゲホゲホ──」

 

 咳き込むリトの背中をさするユウリ。

 

「だいぶ動けるようになってきたな。リト」

 

「一方的にやられてる思い出しかねぇよ……」

 

「あはは。まだまだ弟に負ける気はないんでね」

 

 確かにリトも強くはなってきた。

 黒蟒楼の雑魚であれば負けることはないだろう。

 とはいえ人型クラスの相手だとまだまだだろうが。

 

 口を尖らせて拗ねたように言うが、たかが二ヶ月足らずで勝負になると思う方がおかしい。

 

 はじめ気になっていたのは、いくら修行を重ねてもリトは殺気と言うものを持ち合わせていない事。

 命を狩りとる気はないらしい。

 戦闘に関してもララの武器を好んで使い、トリモチのような身動きを取れなくするばかりだった。

 

 でも、それでも良い。

 リトはリトなんだから。死なないように、俺が鍛えてやる。

 

「そーいやぁ、能力はどんな感じ?」

 

 リトの能力はついこの間に発現したので、聞いてみた。

 

「あーっと、今は、──── 9レベルかな」

 

「へぇ。じゃあ一回俺に使ってみる?」

 

 9レベル。レベル一桁くらいじゃそんな大事にはならないだろうと思い試させることにした。

 

「えっ…でも、どうなるか俺にもわかんないよ?まだ一度も使った事ねーんだから」

 

「実戦でいきなり使う方が怖いわ。ま、やってみようぜ。今はララとモモとナナもいるし、なんかあったら助けてもらえるからちょうど良いんじゃないか?」

 

「わかったよ。どうなっても知らないからな……」

 

 リトは集中し、両目を閉じると顔の前でクロスした両腕思いっきり振り下ろした。

 

「───『災難汚染(カラミティ・ブレイク)』!!」

 

──カッ!!

 

 リトのオーラに俺の周囲が包まれた。

 

──しーーーーん。

 

「なんにも起こんないな。俺のオーラにも思考にも異常は無いと思うけど」

 

 自身の体を見回しても特に異常は見られない。

 

「不発?」

 

「いや、でもレベルは1に戻ってる…」

 

 遅行性のものなのか、何しろリトも初めて能力を解放したので何が起きるかはわからない。

 

「──なにかあったの?」

 

「もう終わりましたか?」

 

 ララとモモ、ナナもこちらへと近づいてきた。

 

「あぁ、終わったんだけど、何もおきな──えっ!!?」

 

 振り向き様に何故か(・・・)足が動かなくなりバランスを崩した。

 

「あっ♡」

 

 こけそうになったひょうしでなぜかモモの胸へと顔が突っ込んだ状態になっている。しかも左手はその胸に、右手はお尻を掴んでいた。

 

「な、ななな…」

 

「んん…お兄様、言ってくだされば、私はいつでも準備はできてますよ♡」

 

 ナナとモモが何か言っているが俺の視界には何も入っていない。

 顔はモモの胸に包まれているから。

 

「兄上のケダモノーーーッ!!」

 

 ナナに殴られて横っ飛びに今度はララの下半身へダイブ。

 またもや何故か(・・・)ララの尻尾が口に入り込む。

 

「はむっ…ん?」

 

「お、お兄ちゃん…尻尾は、ダメだよ…あぁ!」

 

 悶えるララの下半身に抱きついており、視界にはララの下着が。

 

「わ、悪いっ!!これはわざとじゃあ…」

 

 ララから飛び退くとそこには俺へと再度拳を振りかぶっていたナナ。

 

「わっ!」

 

 背の低いナナに覆いかぶさるようになり、抱きしめて、鼻の先に口づけをしてしまう。

 少し見上げるようにしている紫色のナナの瞳と目が合う。

 モモと似てるけど、少し釣り上がった眼をしてる。

 ホントこの姉妹はみんな綺麗な顔だな。それに良い匂いがする。

 あれ、なんだか段々と目つきが鋭くなっているような……

 

「……い、いつまでくっついてんだーーーッ!!!」

 

 ナナに突き飛ばされて後ろによろめくと先程リトとの戦闘時に開けた絶界による穴へと落ちて後頭部を打った。

 

──ガンッ!!

 

 なんだこりゃ…?

 

「これが、俺の能力?」

 

「リトさんの…能力ですか?──確かに、動き的には普段のリトさんのようでしたが…」

 

「ケダモノだケダモノ!ケダモノ兄弟だ!!」

 

「やっぱり、二人は似てるねっ!」

 

 今は起き上がり、動きたくないので胡座をかいて動かないようにしている。

 

「マジでリトみたいなことになるとは……これ、レベルMAXだと一体何が起きるんだ…」

 

「俺の苦労、わかってくれた…?」

 

「あぁ…とんでもなく、厄介だな……」

 

 遠い目をする俺に話しかけてくるリト。

 

 ララは普段通り。

 モモは嬉しそうにニコニコしている。

 ナナは目つき鋭く俺を睨んでいる。

 

 兄弟の絆はより深まったが、男としての何かを失った気がした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 リトの能力、自身の生活の中で何かを貯める事を制約として、戦闘時に貯めた物を放出するような能力が良いんじゃないかとしか言ってないのだが、できた能力はレベル次第ではかなり強力なモノになりそうだ。

 

不運の駆り手(トラブルテイマー)

自身に起こる不運をストックする事ができる。

ストックされた不運にはレベルがあり、貯めれば貯めるほどレベルが上がり起きる不運が大きくなる。

 

制約:ストックできる不運は自身が心から不運だと思える事が条件。

作為的な不運では貯めることはできない。

溜められるレベルには上限がある。(99レベルまで)

 

災難汚染(カラミティ・ブレイク)

貯めた不運を指定した相手に放出する。

レベルに見合った不運が相手へと降りかかる。

その際に相手へと起こる事は自身では選べない。

 

 運という不確定要素の強い物だが、それゆえに実力者であろうと泡を食う羽目に合う。

 

 ラッキースケベ、普通であれば幸運なのだろうが女性への耐性が最弱すぎるリトには不運な扱いの為レベル上げには苦労しなさそうだし、ララの発明品への巻き込まれも凄いので期待できそうだ。

 ただ、初めて受けたものがラッキースケベだったので戦闘でちゃんと自衛に使えるのかが、心配だが…

 

「あ、お兄ちゃん!今日はもう戻らないとっ!」

 

「そうだったな。俺も事務所に行かなきゃだし、また後でな」

 

 今日の修行はここで終わりとなった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「あーあ、破れちゃった」

 

「………難しいものですね…」

 

「力みすぎなんだよ、ヤミさんは」

 

 赤い浴衣を着たヤミが穴の開いた金魚すくいのポイを覗き込んでいると、オレンジ色の浴衣のミカンが横から突っ込む。

 

「リトすごーーーい!」

 

「なかなかやるなリト!」

 

 隣で歓声が上がるので、ヤミが横を見ると…

 

「いやいや。こんなの大したことないって」

 

「………」

 

 リトがたくさんの金魚をすくっており、ポイもどうやらまだ穴は開いていない。

 得意げな顔でいるリト。ララとナナはすごいすごいと言っておりモモも後ろでその様子に微笑んでいる。

 

 その様子に、すこしムッとするヤミだった。

 

 その後も輪投げは全て外すがリトは全て的中。

 最後に射的だがこちらも全て外し、リトは、

 

──タンタンタンタン!

 

 四連続で的を撃ち抜く。全弾命中。

 

「お〜〜ニイちゃんうまいなぁ!ほれっ、景品。こっちの嬢ちゃんはヘタだな〜〜!ほいっ、残念賞のティッシュ!」

 

 内心でいらないと思いつつティッシュを受け取る。

 

「すごいすごーい!またこんなに!」

 

「最近ユウ兄とやりあうのに銃はよく使ってるからさ。こんなの慣れればお子様だって…」

 

──ゴゴゴゴゴ……

 

「結城リト、流石は私の標的(ターゲット)ですね。私はお子様以下だと、そう言う事ですね……?」

 

 イライラするのは、結城リトに劣る部分があった事と、感じる妙な視線(・・・・)のせい。

 

「兄上、まだ来ないのかナー?一緒にイカ焼き食べる約束してたのに…」

 

「あなたがあれだけ殴るから、お兄様もナナといるのが嫌になったんですよ」

 

「なっ!兄上が悪いからってあたしに言ってきたんだゾ!あたしが嫌いだなんて……そんなわけない無いだろッ!」

 

 先程の二つともうひとつ、なかなか来ない、まだ自身の浴衣姿も見せれていない同居人。

 その三つの理由のせいでヤミの怒りは溜まっていく一方だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「すみません。お待たせしちゃって」

「ユウリさんっ!待ちました?」

 

「いんや、時間ちょうどじゃん。二人とも、浴衣似合ってんな」

 

「ありがとうございます♬」

 

「あの、古手川さんはもう少し遅れるらしくて…」

 

「そうか。リト達は先に行ってるし、西蓮寺とお静ちゃんも先に行ってていいぞ?」

 

 今日は花火大会のお祭り。

 西蓮寺は水色の浴衣、お静ちゃんは白色に水色の柄の入った浴衣を着ていた。

 リト達は先にお祭りに行ってるが、仕事終わりの俺と用事のあった西蓮寺と付き添いのお静、古手川が遅れるので遅い組で集まって行こうと待ち合わせをしていたのだ。

 

「え、いいんですかーっ?」

 

「いいよ。お静ちゃんも祭初めてだろ?楽しんできなよ」

 

 彩南高校での戦闘後、俺を訪ねてきた三人。

 

 なぜか謝られたのだが、謝るのはこちらの方だった。

 俺の過去も、育ちも、本性も全てを伝えた。

 怖い思いをさせたことは悪いと思っている中で、俺の中の一部は明確に楽しんでやっていた事を伝えても、なぜか謝るのは三人の方。

 本当、お人好しばっかりだ。

 

 そんなお人好し達の住む場所だからこそ、なんとか守ってやりたいと思えるんだろうな。

 

「リトもいるから、西蓮寺も早く行きたいだろ?」

 

「ゆ、結城くんがいるからなわけではなくて…」

 

 少し、背中を押してやる。

 昔に言った通り、俺はリトの味方。

 今は西蓮寺もララも、どちらも応援してやる事にしているのだ。

 

「ほらっ、お静ちゃん。西蓮寺連れて行きなって」

 

「ありがとうございますっ!春菜さん!早くいきましょーー!!」

 

「わっ。ちょっとお静ちゃんっ!?」

 

「じゃーまた後でなー」

 

 お静ちゃんに引っ張って行かれる西蓮寺を見送り、もう一人の待ち人を待つ事にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 もう、待ち合わせの時間から30分以上過ぎている。

 流石に、先に行ってるわよね?

 

 支度に三時間もかけるなんて、何してんだろう、私。

 

 

『似合ってんな。古手川』

 

──ドキッ

 

 な、なにを考えてるんだか、ハレンチだわ…!

 

 己の頭をポカポカと叩く。

 

 脳内に浮かぶのは、あの人の顔と自分の望む言葉。

 

 先日、西蓮寺さんと村雨さんと一緒に謝りに行った。

 そこで聞いた、あの人の、昔の世界での過去や育ちだったり、もう一人の自分なんて言われても非常識すぎてもはやよくわからなかった。

 でも、謝りに行ったはずの私達に真剣に謝り返すあの人は、確かに誠実な人だった。

 私が思っていた通りの、今までの男の人とは違う人。

 

「おっ、古手川!こっちこっち」

 

 もう先に行ってると思ったが、望んでいた人物が一人だけ、待っていてくれた。

 

「なんかあったのか?随分時間かかったんだな」

 

「お、遅れるって言ったんだから、別に待ってくれてなくても…」

 

「嫌味で言ったんじゃないんだけどな。悪かったよ。まぁ、行くか?」

 

「う、うん」

 

 はぁ。何やってんだろ、私……

 せっかくお祭りなのに、せっかく、待っててくれたのに…

 

 こんなに賑わっているお祭り会場で二人。

 なのに、全然会話も無い。

 浴衣も、もしかして似合ってないのかな…

 落ち込んだ気持ちになり、無意識に下を向いて歩いていると、

 

「……キャ」

 

 人の波に押され、着なれていない浴衣に、履き慣れていない下駄のせいでつまずきそうなるが、

 

「ほら。こけんなよ。折角似合ってんのに、浴衣汚れちまうぞ」

 

「あ、ありがとう…」

 

 手を掴んで、私を抱き寄せてくれる。

 そして、望んでいた言葉をさらりと言われて頬が熱くなる。

 いつもなら、突き放してしまうんだろうけど、今はなぜか…

 

「人増えてきたな。花火見るとこは穴場だから、空いてんだけど行くまでがなー」

 

 私よりも10cm以上背の高い七瀬さん。

 横に並ぶその横顔を見上げて見る。

 冷ややかにも見えるけど、目鼻立ちの整った綺麗な顔。近づき難い雰囲気を放つ少し釣り上がった眼。だけどその眼の奥は真っ直ぐで、無垢な少年のようにも見える、不思議と引き込まれてしまいそうになる、そんな灰色の瞳。

 

「どした?」

 

 その瞳が、ふと私の方を向く。

 思わずドキリとしてしまい、言葉に詰まる。

 

「──あ、さっきのは、ハレンチじゃ無いぞ!不可抗力だからな!」

 

 私を抱き寄せた時の事を言っているのか、凛々しく見えていた顔は崩れて、今は本当の少年のように焦ったような顔をしていた。

 

「そ、そんな事、思ってません!私をなんだと思ってるんですか…」

 

 今日の私は、なんか変だ。

 西蓮寺さんにも言われた通り、私もどうやら普通じゃ無いかもしれない。

 

「おなか空きました。屋台見て行きましょうよ」

 

 七瀬さんの手を取り、歩く。

 心臓の鼓動が五月蝿い。

 聞かれてはいないだろうか…?

 

「──ん。時間はまだ少しあるしな。じゃー俺はフランクフルトがいいなー」

 

 一瞬キョトンとした顔するも、今は笑顔で手を引いてくれる。

 

「あ…」

 

 でもすぐに、手が離れた。

 私の右手は虚しく宙を漂っている。

 私の手から離れた、あの人の手は、

 

「大丈夫か?両親とはぐれちゃったのか?」

 

「──グスッ。うんっ。お母さんと、お兄ちゃんと…グス…きてたんだけど…」

 

「そっか。じゃあ、俺も探してやるから、元気出せって。お母さんと兄ちゃんの特徴、教えてくれるか?」

 

「うん。────」

 

 泣きそうだった、小さな女の子の頭の上にあった。

 

 一人ぼっちで、切なそうな顔をしていた女の子。

 この人混みの中でいち早くそれに気づき、声をかけると我慢していたであろう涙はとうとう溢れてしまっていた。

 でも今は、ぐずりながらも七瀬さんに二人の特徴を教えている。

 

 すると、ひょいと音がしそうな程に軽く女の子を肩車した。

 

「見つけた。じゃあ合流するぞー」

 

──

 

「すみません、ありがとうございました…」

「ニーちゃん、ネーちゃん、ありがとなっ!」

「ありがとうございます…」

 

「いーえ。すぐに見つけられてよかったです。兄ちゃんなら妹の面倒、ちゃんとみてやれよー」

 

「私は何も…でも、良かったですね」

 

 優しそうなお母さんと、ヤンチャそうな男の子、迷子になっていた女の子にお礼を言われる七瀬さんと、何もしていない私。

 なぜこんなにはやく見つけられたのか聞いてみると、七瀬さんのチカラの【円】と言うモノで、すぐに見つけられたらしい。

 

 そうして家族と別れた時に、ふと思い出した。

 そう遠くない昔に、両親とお兄ちゃんと一緒にお祭りに来た時、騒がしい喧騒に巻き込まれてはぐれてしまった自分の過去。

 流石に泣いてはなかったけど、その時も白い頭をした人がすぐに見つけてくれたっけ。

 

 そんな事を思っていたら、右手に温度を感じる。

 あたたかい…

 

「ほら続き続き、何か食べに行くぞー」

 

 一瞬遅れて手を繋がれたのだと理解したのだが、笑顔の七瀬さんに手を引かれる。

 

「ちょ、ちょっと…!」

 

「花火始まる前に食べてこー俺も腹減って来た」

 

 そのまま二人で手を繋ぎ、屋台を巡る。

 

 りんご飴やフランクフルト、たこ焼きも食べてお腹が満たされる事に比例して、私の心も満たされる。

 確かに私は、今までで一番お祭りを満喫していた。

 

 まさか自分が男性と二人で、こんな時間を過ごして、こんな気持ちになるなんて。

 

 今はもう、あの人の顔は思い出せないけど、今日の事は、きっと忘れる事はないだろうと思った。

 

 

 



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四十二話 蜘蛛×百足

ーーーーーー

 

 

「ここ穴場なんだよ。人もいないし、花火もよく見えるの」

 

「へ〜〜よくこんなところ知ってたね〜〜ミカン!!」

 

「昔、ユウリさんとリトと三人でお祭りに来た時にユウリさんに教えてもらったんだ」

 

 ビルの屋上で手すりにつかまって話す美柑とララ。

 美柑の言う通り、周りに人はおらず、ここには俺たち、ララ、美柑、ヤミ、西蓮寺、お静ちゃんしかいない。

 ナナとモモはお祭りの空気に感激しており、まだ下で祭りを楽しんでくると言っていた。

 

「………」

 

「結城くん、どこに行くの?」

 

「俺、みんなのジュースでも買ってくるよ」

 

 妙にイライラとしてる様子のヤミ。

 それに真夏の気温は日が落ちた今も生温く、冷たいものが欲しいと思ったので買いに行こうと思った。

 

「私も、手伝うよ?」

 

「ヘーキヘーキ。ありがとな。」

 

 西蓮寺が手伝うと言ってくれたのだが、一人でビルの屋上から離れる。

 

「そーだ!ヤミにたい焼きでも買って機嫌直してもらうか」

 

『ようやく』

『女が離れたか』

 

──シュルシュル

 

「糸!?」

 

 咄嗟に首に巻きつく糸と首との間に腕を差し込み、腕へとオーラを込める。

 

「ぐっ…ぐぐっ!!なんだ!?」

 

「女の悲鳴はうるさくてキライなんだ」

「だが、お前もただの素人というわけでは無いようだな」

 

「な、めんな!」

 

 腕のお陰で出来ている糸の隙間に頭を下げて、糸の輪から脱出する。

 そのままオーラを【堅】の状態にして黒コート姿に変わった。

 

「こっちだってユウ兄に毎日しごかれてんだ!そう簡単にやられるかよ!」

 

「「ほぉ……」」

 

──ヒュンヒュンヒュン!!

 

 正面から糸が伸びてくるも、リトは横っ飛びで躱した。

 

「でも、注意力が」

「足りないな」

 

「──くっ!!」

 

 躱した糸とは逆方向から伸びてくる糸に気付いていなかったリト。

 ギリギリで気づくも躱せない距離。もう少しで喰らうというところで、

 

──ザンッ!!

 

「少しは動けるようになりましたね、結城リト。ですがまだまだ甘いです」

 

「!!!」

「貴様は」

「「金色の闇…!!」」

 

 背後から迫る糸を両断したヤミが颯爽と現れた。

 確かに、独特の声色が二つ聞こえていた。二方向から攻撃を受ける可能性なんていくらでもあった。見えるものだけ避けた自分の甘さに気づく。

『見えない攻撃もあるし、死角から狙うのなんて鉄則だ。そういうところはオーラで感じろ』

 何度も兄に言われてきた事を思いだす…

 

「ずっと感じていた不快な視線の正体はあなたたちでしたか…私の標的に手を出すとは良い度胸ですね」

 

「どういう風の吹き回しかな?」

 

「言ったはずですよ。結城リトは私の標的だと」

 

「おかしな事を」

「君が抹殺を失敗したから、私達が雇われたのだよ」

「邪魔をするなら君も始末するだけだ」

 

 ヤミもユウ兄も基本は一対多での戦闘に慣れてるけど、戦闘の基本は相手の人数とこちらの人数を合わせる事。

 

 腰に下げているべとべとランチャーを抜き取り、飛んでくる糸を壁に貼り付ける。

 

「ヤミ!俺だってやれる!二人でこいつら倒すぞ!」

 

「……バカですかあなたは。ここでは巻き添えで死人が出ます」

 

「──そうだな!場所を変えなきゃ!」

 

──ダッ!!

 

「おや、逃げるのか?」

「落ちたものだな金色の闇。だが」

「「我らの糸はどこまでも追っていくぞ!!」」

 

 脱兎の如く、二人は人気の無い神社の森へと駆け込んでいった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「結構食べたなー。じゃあ、そろそろみんなと合流するか」

 

「えぇ。でもご馳走になってばかりで…」

 

「こうゆう時は社会人に甘えとけって、学生」

 

 今日の古手川、なんか変だな。

 妙に素直だし、さっきから手を繋ぎっぱなし。

 人気が多いところで古手川から繋いできたので、はぐれないためだと思っていたんだが、そろそろ花火を見る予定のビルに着くので人はまばらになってきているんだけど…

 

「あ、ありがとう…」

 

 ほんと調子狂うな。

 

 普段と違い、長い髪を後ろで結い上げているために、普段は隠れているうなじが色っぽい。

 そして普段と180度違うこの素直な態度。薄紫の浴衣も良く似合ってるし…

 頬を赤らめてお礼を言われるなんて普段からは想像もつかない。

 コイツ、こんな可愛かったっけ…?

 

「今、失礼なこと考えてません?」

 

 ジトッとした目でこちらを見る古手川。

 ミカンで思う事が多いが、女の勘ってやっぱりすごいな。

 咄嗟に話題を変えるべく、既に見えている目的地を空いている右手で指差す。

 

「あ!ついたついた。あのビルなんだけ……ッ!!」

 

 突如、嫌な気配がした。

 即座に全開の【円】を発動。

 

 目的地であるビルの屋上にみんないる。

 でも、モモとナナは離れた位置に、リトとヤミは範囲内にいない。

 

 そして、上空にも何かが、そばにも、いる!!

 

「え……キャア!!」

 

 繋いでいた左手で古手川を引き寄せ、脇に抱え跳躍。

 瞬間、その場に何かがいくつも飛来し、コンクリートを簡単に貫き、地面をえぐっていた。

 

「今のを避けるか…」

 

 飛び退きながらも【円】で確認した相手の位置に右手を向けて、指先から五つの念弾を連射。

 

「お前は避けれるか?」

 

 広げた右手を握り込むと、念弾の群れが五方向から一斉に襲い掛かる。

 そのまま爆煙に包まれる赤黒い体をしたヤツは無視して、屋上まで駆け上がった。

 

 

ーーー

 

 

「このオーラ……ユウリさん!?」

 

 あたり一帯を範囲内におさめたユウリの【円】に反応して、ミカンは何事かと叫ぶ。

 

 すると、四階建はあるビルのはずだが、下から人が飛び上がって来た。

 

「お兄ちゃんっ!?」

「古手川さんっ!?」

 

 古手川を抱えたユウリが屋上へと着地し、古手川を優しくおろした。

 

「みんな固まってろ。上にも下にも、何かいる」

 

 ユウリの言葉にみんなはうなづき一塊になると、上から声が聞こえて来た。

 

「あはははは〜〜〜っ!久しぶりだもん!ララたん!!」

 

 空から落ちてくる鎧を着込んだ巨大なカエル。その上にちょこんと乗っかっている、小さな宇宙人が叫んでいる。

 

「ラコスポ!!?」

 

「……誰?」

 

 ララとユウリ以外は見覚えの無い宇宙人。

 随分と昔の、ララの婚約者候補でヤミにリトの抹殺を依頼した張本人だとペケが説明してくれた。

 

「ララたん、相変わらず可愛いね〜〜♡」

 

「ラコスポ!まさかまたリトに殺し屋を……!」

 

「そーだもん!今度の殺し屋はすごいもん。どういうわけか金色の闇がヤツの味方をしてるみたいだけ───わわわっ!!!」

 

 ユウリが元凶を早々に排除しようと、ラコスポの背後に音もなく現れた。

 

「──チッ!!」

 

 が、攻撃を中断して舌打ちをしつつ【堅】によるガードを展開。同時にいくつもの小さな赤黒いモノがユウリを強襲した。

 硬い、実態のある何か。

 

──ドゴドゴドゴドゴドゴ!!

 

 ユウリは飛んでくる塊を四肢を使って次々と弾き飛ばす。それがどんどんと集まっていき、だんだんと人の形を形成していく。

 

「よくやったもん!ヒャグレグ!」

 

 ヒャグレグと呼ばれたのは、百足(ムカデ)のようにも見える赤黒い皮膚をした男。身体はゴツゴツと鎧のようで、鎧の延長で尻尾のような物も生えていた。それに、身体を分解してそれぞれで動けるようだ。

 

「結城リトには殺し屋を、僕たんには用心棒を雇ったんだもん!」

 

 コミカルな悪役顔を歪めて笑うラコスポ。

 

「……」

 

「……」

 

 睨み合い、お互いを探り合っているユウリとヒャグレグ。

 視線は変えず、心配そうなみんなへ向けてユウリは口を開いた。

 

「ヤミは宇宙一だぞ。リトも大丈夫だ。で、あんたは宇宙一の用心棒なのか?」

 

「さあな。肩書きなんぞに興味はないし、俺は用心棒ではなく、傭兵だ」

 

「あっ……そッ!!」

 

 ノーモーションで身体全体から巨大な念弾をヒャグレグへと放ち、その身体を吹き飛ばす。

 

「ララ、コイツの相手は俺がする。皆を頼むな」

 

「うんっ!任せてお兄ちゃん!」

 

 力強く返すララに頷くとユウリは結界を生成し空中に飛び立ち吹き飛んで行くヒャグレグを追う。

 空中でヒャグレグもすぐに体勢を立て直しこちらを向くが、そこを狙い澄まして振り向き様の後頭部を結界で叩く。反撃を試みようとヒャグレグも拳を突き出してはいたが後頭部を殴られ前に出る顔面に正面衝突のように拳を叩き込む。

 更に突き出されたままのヒャグレグの腕を掴み、関節を逆方向に曲げる。

 パキッという軽い音が聞こえ、いとも簡単に腕は取れた。

 その取れた腕の掌がこちらの顔を向いており、指が切り離されて顔面に飛んでくる。

 結界で指を防ぎ、持っていた腕をヒャグレグへ投げつけて、更に結界でヒャグレグを囲んだ。そのまま地面に向けて、結界ごとヒャグレグを放つ。

 

「こ、コイツ…!!」

「落ちろ」

 

 ビルからは離れた位置の森へと墜落するヒャグレグを追って、ユウリもまた、夜の暗い森へと消えていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「…今思い出しました」

 

「え?」

 

「体から糸を分泌しそれを手足のように操り武器とする二人組の殺し屋の話…ランジュラとバイダー」

 

「ランジュラと、バイダー?」

 

 神社の裏手の森でリトとヤミは背中合わせの状態。

 どこからか声が聞こえてくるが、声の出所は掴めない。

 

「ご存知だったとは」

「光栄だ…」

 

「て、てめーら!なんで俺を狙う!?」

 

「これが」

「仕事なんでね」

 

──ピシッ

 

 地面にヒビが走り、小さく開いた穴からは糸が飛び出して来た。

 だがリトはこれを楽々と躱す。

 それもそのはず、リトのオーラは自身の半径1mはある程に広がった状態。まだ範囲は狭いが、【円】ができている。

 

 ヤミも飛んで避けた様だが、浴衣の下はヒラヒラとしており、それをリトは見上げていた。

 

「うわっち!!」

 

「結城リト…こんな時まで…!!」

 

 ヤミの白い下着が丸見えだったために、リトは自身の眼を両手で隠す。

 ヤミは咄嗟に足を閉じ、手で浴衣を抑えてリトを睨む。

 

「──!!」

 

 その隙を突かれ、ヤミは白い糸に絡めとられてしまい身動きが取れなくなった。

 

「ヤ、ヤミ!!」

 

「ふふふ。捕らえられた獲物の気分はどうかね?」

「私の糸が"斬る"だけだと、甘くみたようだねェ」

 

 焦るリト。

 二人の殺し屋も、いまだに姿は見せないが必勝のパターンらしく勝ったも同然のように話す。

 

 だが、当の本人であるヤミはいつもと変わらない態度。

 

「大丈夫です…この程度の状況、危機でも何でもありません。結城リト、あなたはあなたのやるべき事を」

 

「──!!」

 

 ヤミの目配せにより、リトもハッと気付き、穴の開いた地面を見つめる。

 

「そのザマで良く大口を…」

「私の位置すら特定できていないお前に…」

 

「うぉぉぉぉお!!」

 

 相手のセリフを遮り、リトは叫びながら地面を連続で殴り出した。

 

「気でも触れたか?」

 

──ズズズズズズズ…

 

 リトの殴った地面は黒く歪み、先程地面から飛び出してきた糸の開けた穴をリトのオーラが伝う。そして森の木々に潜んでいたバイダーの、己の糸で開けた真下の穴にも同様に黒い歪みが出現した。

 

「な、なんだ!?」

 

──ドドドドドドッ!!!

 

「ぐぶっ!!」

 

 歪みから突如として吹き出してくる、リトの拳の勢いに乗ったオーラがバイダーをタコ殴りにする。

 

「どうした!?──は!?」

 

 バイダーが倒された事に気を取られたランジュラだったが、周りに伝う糸の結界の中に、自身の糸ではない、金色の糸が混ざっている事に気付いた。直後に顔を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。

 

 それが金色の髪で造られた大きな拳だと理解した時に、全てを悟るランジュラ。

 防戦一方も、この森へと逃げ込んだのも、全てが演技。

 自らの弟と、いつも通り狩りのつもりで挑んだ仕事であったが、逆に獲物にされていた事に。

 

「ガキが!!」

 

 バイダーはリトへと直接糸を放とうと木の影から現れたが、

 

──ドンドンッ!!

 

「姿が見えりゃこっちのもんだ!!」

 

 べとべとランチャーを瞬時に二発撃ち抜き、糸ごとバイダーを木へとへばり付けた。

 

「こんな、ガキにまで…バイダーが…」

 

「結城リトが多少は出来る事はユウリから聞いていましたから。あなたたちに、同業者としてひとつ忠告しておきます」

 

──ザンッ!!

 

 いともたやすく体の動きを奪われていた糸を切断し、ヤミは悠々と地面に着地すると浴衣の裾を直しており、それが終わると再度口を開いた。

 

「勝利と死は隣り合わせ…相手の息の根を止めるまで、油断はしない事です」

 

 ごくりと唾を飲み込み、ランジュラは今更ながら命のやり取りを少女と言えるほどの小さな子から言い聞かされているようで頭に血が上る。

 

「バ…バカにするな小娘がァーーーッ!!」

 

「……」

 

 ヤミの眼がスッと細まり、ランジュラの命を狩り取ろうとしたところで、

 

──ドンッ!

 

 べちゃりと、弟と仲良くとりもちに飲み込まれ木と同化するようにへばり付くランジュラ。

 

「余計な事かも知れないけど……ヤミがわざわざこんなヤツを殺すことねーよ」

 

 構えた銃を降しながら、リトはヤミの眼を見て話す。

 

「いえ……おかげでムダな血で手を汚さずにすみました」

 

 リトの考えは甘いとは思う。

 昔のヤミと、昔のユウリであれば確実に首を跳ねただろう。

 殺るときは、正確に、静かに、素早く。

 視線に気づいた瞬間に、既に狩りは終わっていたハズ。

 

 でも今は、ヤミ自身この地球(ほし)に、この街の人間たちに毒されている。

 

 それ故に、この甘さも悪くないと思えていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あれ、もうやめる?」

 

 ニヤリと笑っているユウリ。

 

 確かに強い。

 お互いに思っていることは同じ。

 だが、ヒャグレグはわずかに自身の方が劣っていることに、一回の攻防で既に気付いていた。

 金のために雇われていたが、この戦闘で昔に感じたことのある高揚感を思い出していたヒャグレグ。

 

「ん?まじでやめんの?俺は別にかまわないけど…」

 

「いや、なんでも無い。続きを──始めようか!!」

 

 ヒャグレグが再度の戦闘開始を宣言し、口の横の赤いもみあげのようなものが開き、牙のようになった。

 それと同時に体はバラバラになっていき、彼の両掌のみが一瞬にしてユウリの眼前に広がる。

 

『──はやくね!?』

 

 ユウリは内心で先程のスピードとは比べものにならない速度に驚く。

 が、それでもユウリならば反応出来る速度だ。

 眼前に浮かぶ掌から更に切り離されて散弾銃のように顔めがけ飛んでくる指を避け、今はまだ、何も無い空間に念弾を放つ。

 パラパラと集まりかけていた胴体部分に念弾は命中した。 

 だがヒャグレグに効いた様子はなく、再度バラバラに。

 【円】と自身の戦闘経験による予知まがいの予測で何度も何も無い空間に次弾を放つユウリ。

 避けて、当てるをもはや作業のように繰り返す。

 次々と繰り出されるヒャグレグの攻撃を全て避け、ユウリの念弾だけが一方的に当たる。

 

 一方的に見える展開だがユウリの表情はまだ余裕ではない。

 完璧にカウンターは取れているが、ダメージが入っている様子もない。

 

 避けて当てる作業。その繰り返しが十も過ぎたところ。

 ユウリが硬直状態を嫌い、攻撃の威力と規模を上げようとしたタイミングで、ヒャグレグの尾のような部分が槍のように一直線に死角から飛んでくる。

 

「っ……!?」

「これは、躱せまい!」

 

 尻尾を拳で弾いたところに、ユウリの背後に形成されていくヒャグレグの右半身。

 その右腕から放たれる拳が遂にユウリを捉える。

 

「うぐっ……がはァ……!!」

 

 体の先が痺れ、身体の芯から響くような痛みが腹部に駆け巡る。

 

 バラバラの体が集まり、膝をついて苦しんでいたのは、ヒャグレグだった。

 

「硬いなオマエ。今のも、結構効いたよ」

 

 ユウリは内臓を痛めたのか、口元から出ている血を拭い、脇腹を押さえてはいたが、ヒャグレグとのダメージ量は明らかに差があった。。

 

 ユウリは拳が当たる時、咄嗟に【凝】で殴打される部分を防御し、殴られる方向に上半身を捻っていた。 

 その捻った勢いと殴られる勢いを乗せた左回し蹴りによるカウンター。

 【凝】によるオーラ移動は左脇腹に60%でガード。

 その後、蹴りの命中の瞬間に【流】によって80%のオーラを集中させた蹴りをヒャグレグの右半身の生成途中の中心部へと叩き込んだのだ。

 

 痛みに支配されながらも、なんとか立て直そうとヒャグレグはバラバラと別れ移動を開始する。

 まずは、距離を稼ぎ、受けたダメージの回復を……

 

「散々見たし、逃さねーよ?」

 

 とりあえず回復するまでのエスケープを計るヒャグレグであったが、結界の大きな部屋に閉じ込められ、完全にユウリと一対一の状況にされる。

 この状況であっても少しでも回復をと、完全に一つの体に戻り膝をついたまま睨むヒャグレグを口角を上げて見下ろすユウリ。

  

「実体があるなら逃げらんねーよな。続きを──始めようか」

 

「!!?」

 

 先程のヒャグレグのセリフをマネて言うと同時に特大の念弾を放つ。

 ヒャグレグのいる地面が爆発したかのように爆ぜて、狭い空間の中で再び戦いが始まった。

 

 



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四十三話 天敵×花火

ーーーーーー

 

 

「く、くそ〜ヒャグレグは訳のわからないヤツと消えてしまうし……仕方ない!それいけガマたん二世!!」

 

 わなわなと震えるラコスポ。

 それもそのはず。せっかく雇った殺し屋は、過去に雇った殺し屋に阻まれ未だに結果の報告にも来ないし、自身の用心棒として雇った傭兵はこれまた謎の男に阻まれ何処かへ消えた。

 

 地球に一度来た際に、黒髪の女に囚われてしまい己の解放を条件に奪われたガマたんの息子、ガマたん二世と共に自分がこの状況を打破するしか無かった。

 

 ガマたん二世から吐き出される粘液がお静の胸部を襲う。

 

「キャ!……はれ?」

 

 シューと言う音はするが、自身に何の異常もない事を不思議に思うお静だったが、自身の形の良い胸があらわになっている事に気づき思わず人工体である身体から魂が抜けて霊化してしまう。

 

ひぇーーーっ!なんですかぁーーー!!

 

『イロガーマの粘液は都合よく服だけを溶かすのです!!』

 

 叫ぶお静に対してペケが律儀に状況説明をしてくれる。

 

「古手川さん!危ない!」

 

「ハルナさんも、避けて!!」

 

 

 その後も粘液を撒き散らすガマたん二世。

 お静に続き、古手川を庇おうとしたハルナを更に庇ったミカン。

 オーラでなんとかなると思ったようだが、オーラを貫通し浴衣が溶けて左上半身があらわとなっている。

 隠す衣服がなくなり見えてしまった左側の小さな乳房を隠すようにミカンは腕を組んでラコスポを睨む。

 

「美柑ちゃん!?」

 

「私は、ヘーキだけど……も〜〜!!まだユウリさんにも見せてないのに…!!」

 

 合っているかはミカンにしかわからないが、見せていない、と言うのはみんなは浴衣の事だと思っていた。

 その様子に、この場を任せると言われたララはラコスポへと怒る。

 

「コラー!!やめさせなさいラコスポ!!」

 

「ハハハ!──ララたんが僕たんと結婚するなら、やめてあげてもいいモン!!」

 

『ひ…ヒキョーな!』

 

「やっぱりそういう目的だったのね…」

 

 ペケとララはラコスポの狙いが結局ララとの結婚であり、しかも最低な方法で迫ってきている事を改めて理解した。

 

 突如として乱入者の声が聞こえる。

 

「そんなヤツの言う事、聞く事ないぜ姉上!!」

 

「好きでもない方との結婚なんて、耐えられませんからね」

 

「ナナ!モモ!」

 

 何かに乗り、デダイヤルを片手に持った二人がビルに並び立ち、現れた。

 

「お前たちは、確かララたんの妹の…」

 

「おっ、珍獣だな」

 

「この際妹でも、なんて絶対に言わないで下さいね。こんな方法を取るあなたとなんて、吐き気がしますから。あら、お兄様がいませんね……」

 

 ナナはラコスポの跨る巨大なカエルに興味津々。

 モモはキョロキョロと屋上を見渡し、この状況下に真っ先に駆けつけるであろう人物がいないことに気づく。

 

「ナナ、ここは任せました。私はお兄様を探しに行きます。──あと、リトさんとヤミさんも」

 

「あぁ」

 

 背中から翼を生やし空を舞うモモに軽く返事をして、ナナはニヤリと笑うと、

 

──シューーー……

 

 何か空気を吐くような音とともに、むくむくとナナの立つ場所がゆっくりとせり上がっていく。

 

「……イロガーマか…珍しーの飼ってんじゃん、お前」

 

 ナナが乗っているそれは、巨大な蛇の頭の上だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

── 一閃

 

 爆発による煙にまぎれて突っ込むユウリにヒャグレグは分解した尻尾を剣のように持ちユウリの頬の皮一枚だけを裂いた。

 

 だがユウリはそれに怯むこともなく更に踏み込む。

 

「オラァァァーッ!」

 

 一度目の人生は紙防御として過ごした為に全てを躱す、いなす為に鍛え上げた攻撃予測は第二の人生になってもなお健在。

 念能力者同士での予測不能な戦いに慣れていたこともあり、その神がかった予測は物理的な殴り合いでは更に発揮される。

 

 赤黒い刃が煌き、己の命を断ち切らんと斬撃が放たれる。

 それを躱し、時にいなし、拳や結界で撃ち落とす。

 そして結界でヒャグレグと同じく剣を生成し、斬り結ぶ。

 次々と閃く赤と青の剣閃が火花を散らしていた。

 

 今までの戦いから、明らかに格上の相手であるユウリに対する接近戦での武器の使用はヒャグレグにとっては必須だった。

 バラけた体では力が足りずダメージらしいダメージは与えられない。

 唯一喰らわせたダメージは己の半身以上のサイズの時のみ。

 ならば通常状態での素手をぶつけるよりも、殺傷力の高い自身の尾を武器とした方が良いと判断したのだ。

 まさかユウリも武器を生成してくるとは思っていなかったが。

 

「なんでもありだな。──化物か」

 

 思わず自嘲気味に呟くヒャグレグ。

 今まで彼の戦闘スタイルについてくるような相手はいなかった。

 だがこの地球人は完全についてくる。

 不可視の気弾を放ち、薄い青色をした箱を使い縦横無尽に飛び回り、今は武器までも作り出す。

 久しぶりの劣勢の戦い。

 ついに、自身の悲願を果たせるかもしれないと、ヒャグレグは無意識に言葉を紡いでいたのだ。

 

「体がばらけるムカデヤローに言われたかねーよ」

 

 言葉の応酬によって僅かに意識の逸れた瞬間にトンファーを生成。

 ヒャグレグの右足首を叩き、同時に左側頭部を叩く。

 同時に叩かれたヒャグレグはその場で天地が入れ替わるように回転。

 その状態でもなお突きを繰り出す。

 だが当たらない。それすらもユウリには予測されていた。

 回転するヒャグレグの頭を回転方向に再度トンファーで殴り加速させる。

 

──ヒュンヒュンヒュンヒュン

 

 空気を裂く音がする。

 ユウリはいつの間にか生成していた棍を、ヒャグレグとは逆回転に高速で回していた。

 

「覚悟を決めろよ〜。これはイテーぞ?」

 

──バガンッ!!

 

 およそ人体から発する音とは思えない轟音。

 

 高速回転によって生み出されたエネルギー同士の衝突がヒャグレグの頭で起きる。

 眼、耳、鼻、口。

 顔にある穴という穴全てから血と体液が吹き出し地面を転げ回る。

 

「ぶふっ!!……おぉぉぉ…!うが……ぁああっ!!」

 

「わーまだ意識あんの?すげータフだな」

 

 ヒャグレグはなんとか体を起こそうとするも、体は言うことを聞かない。

 だが、まだ戦闘不能になったわけではない。

 幾度となく戦いに身を置いてきた戦士としてのプライドもある。

 既に守るべき故郷は無くとも……

 

「ばはぁ……な、舐めるなよ、地球人!!俺は……臆病者の将などでは無い!!絶対に、逃げる事などしない!!」

 

 ヒャグレグの全身から気が放たれ、ユウリの結界を揺るがす。

 気の衝撃でユウリがよろめいた隙に跳躍し、空へと飛ぶ。

 体の分解で一時凌ぎなどはしない、最大の攻撃を放つための準備にとりかかる。

 

「これが、俺の最高の技だ!!!」

 

 赤黒い体はマグマの様に全身が真っ赤に変わっていく。どんどんと熱量を浴びて行くヒャグレグの体。

 その輝きが頂点に達し、金色のように光を放つと、ヒャグレグは両手を広げて叫んだ。

 

「ステラ・ノヴァ!!!」

 

 体は百はあろうかと言うほどに分かれ、空を舞う。

 一つ一つがマグマのような熱量を誇るヒャグレグの体。それが金色の流星群となって、ユウリへと降り注いだ。

 

 

 

「おお、お兄様!!?」

 

 迫りくる隕石にも似たヒャグレグの体のパーツ。

 それとともに聞こえる悲痛な叫び声。

 近くに来ている事には気付いていたが、まさかこのタイミングで来るとは思っていなかったユウリ。

 

 ユウリはどうしたものかと考えたが、地面へと念弾を放ち、砂煙を巻き起こす。

 結界の部屋を解除して、モモも巻き込むサイズの部屋を再度生成すると、モモを掴む。

 

「大丈夫だ。大丈夫だから、落ち着けって」

 

 いつかと同じような、自分を安心させてくれる声。

 あの時は、なにも言えず、なにもできなかったけど、今は、

 

「はい。信じてますから」

 

 ギュッとユウリにしがみ付くモモ。

 ユウリはそのまま『堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)』を発動し、その空間の裂け目へと入る。

 

「ここは……?」

 

「『堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)』の中。おれの作った次元の裂け目だよ」

 

 ユラユラと揺らめく七色の光。それ以外には、何も無い世界。

 上と下の感覚はなく、浮いているのか、沈んでいるのかすらもわからない。

 そんな幻想的な世界でモモはユウリにしがみ付いていた。

『ベリアル、私の名前と同じ?』

 ユウリの言う技の名前が自分の名前と同じ事に気付き疑問に思うが、

 

「そろそろ、かな。じゃ、出るか」

 しばらく経ったのちに、モモを片手で抱き寄せたままユウリは亜空間から出てきた。

 

「ゲホ…ゴホ…」

 

「最高の技ってだけあって、確かにすげー技だったな。当たればだけど」

 

 今はバラバラになったヒャグレグの体は元の色、と言うよりも炭のように黒くなっていた。

 

「命を燃やす技かな?わりーけど、受けるのはきつそうだったから逃げちったよ。後はどっかにある核を破壊すりゃ終わりかな?」

 

 ヒャグレグは息を荒げていたが、何処か清々しい顔をしていた。

 

「女連れに、簡単に躱されるとはな……」

 

 ここまでやられてヒャグレグは思う。これほどまでにやりにくい相手は初めてだったと。

 

「まさに…俺の天敵だな。ここが俺の死場所か、さっさと殺せ。──核の位置も、どうせもうわかってるのだろう?」

 

 やけに潔いヒャグレグ。

 傭兵と言っていたし、クズってわけでも無さそうだと戦いながら思っていた。

 ユウリは気付いていた。最初の攻撃も古手川ではなく明らかに自分を狙っていた事にも、最後の攻撃もモモの乱入から攻撃の着弾まで明らかに時間があった。つまり、攻撃の手を緩めていた事に。

 

 ユウリはニヤリと笑い言い放つ。

 

「やなこった。死にたきゃ一人で勝手に死ね」

 

「また、死に場所を……なぜ誰も、俺に死に場所を与えてくれない!?」

 

 炭化したような身体を無理やりに起こし叫ぶヒャグレグ。

 指先などの体の突端はバラバラになる訳ではなく、ボロボロと崩れて風化している。

 

「なんだ?意味のある死が欲しいタイプの死にたがりかお前?」

 

 首を傾げて顔も顰めるユウリ。

 モモは既にユウリから離れ、少し後ろで見守っている。

 

 ヒャグレグは体が風化しているにも関わらずなおも起き上がり、叫ぶ。

 

「俺は故郷を失った……仲間も部下も、何もかも……戦いに身を置いてもなぜか、生き残ってしまう……なぜ殺さない!?お前程の実力があるのならば、俺を殺す事など造作も無いだろう!?」

 

「あぁ、そういう系……じゃあ、もう少しこの星にいろよ」

「え?」

 

 ユウリの言葉に、ヒャグレグよりもモモが驚いていた。

 

 ユウリはなんとなく、理解した。

 生きている意味と、背負うものを亡くした生きる屍がコイツなんだと。

 

「…どういう意味だ?」

 

「もうすぐ戦争が起きるからな。こっちは10人ちょい。相手は黒蟒楼。そんなに殺して欲しけりゃ最後に役に立てよ」

 

 なんて事ないように話すユウリ。

 覚悟は決めていたが、戦争という言葉にユウリのコートの裾を掴み、不安そうな顔をするモモ。

 そんなモモの様子から、冗談では無い事がわかり、目を見開くヒャグレグ。

 

「…黒蟒楼……良いだろう。傭兵として依頼を受けよう。金はいらん。俺の命を逆に受け取れ。それが条件だ」

 

 戦争というワードと、黒蟒楼に反応した事をユウリはわかっていた。

 そして、まるで学生同士の昼休みの会話のようなテンションで話す。

 

「いいよ。お互い生き残ってたら、次はサクッと殺してやろう」

 

「フッ。そうしてくれ」

 

 ヒャグレグも、初めてニヤリと笑みを浮かべた。

 

「じゃ、彩南高校の旧校舎の地下に行ってみな。そこにいりゃ戦争に連れてってやるよ」

 

「── お兄様、良いんですか?」

 

「あぁ。実際、猫の手も借りたいくらいだからな。さ、みんなのところに戻ろうか」

 

 モモの少し癖のある髪をなでながら答え、この場を去ろうとしたところで思い出した。

 

「──あ!忘れてた!そこで関わっちゃダメなのが俺含めてあと四人いるから、そこにゃ間違っても手ぇ出すなよな!じゃ、またなー」

 

 言いたい事を言い終えて、ユウリとモモはそのまま飛び立ち、去って行った。

 

 不思議なヤツだ。

 さっきまで殺し合いをしていたはず。

 少なくとも、コチラは相手を殺すつもりだった。

 それなのに、最後にはまるで知り合いと話すかのように振る舞い、それに対しても何も思っていないような捉え所のないヤツ。

 

 黒蟒楼……自身の最後を飾るにはふさわしい程のビッグネーム。

 ヒャグレグは、一人空を見て故郷を思い出していると、その空には、夜空を彩る花火が上がっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「そそそ、それは!」

 

「なぁ、あたしのペットになれよ!いいだろ!!」

 

「イロガーマの天敵、ジロ・スネーク!!」

 

 まさにヘビに睨まれたカエル。

 ジロ・スネークのチロチロと出した舌がガマたん二世に近づいていく。

 冷や汗を出しているように鎧や兜の隙間からうっすらと湿り気を帯びた汗のようなものがたれ、泣きそうな顔をしているガマたん二世。

 ジロ・スネークの頭から飛び降りたナナがガマたん二世の前までニコニコと笑いながら近づくと、

 

「ほれ、お手」

 

 ひょい、といとも簡単にガマたん二世はナナの掌に自身の前足を重ねた。

 

「あーーー!!ボクたんを裏切るのか〜〜〜!!?」

 

 その光景に憤慨するラコスポ。

 この場はおさまったことに安堵するみんなであった。

 

「……ちょうど良かったです。コレも持って帰ってください」

 

「よっと!」

 

 ヤミとリトが屋上に現れ、地球人に擬態した二人の殺し屋をラコスポの前へと転がす。

 

「そんな……!!ランジュラとバイダーが……」

 

「…また、私の前に現れるとは良い度胸ですね?」

 

 金色の髪を刃に変えて、ヤミはラコスポの方を向く。

 

「こここ、金色の闇…!金は出す!僕たんをここから逃してくれ!!」

 

「…いいえ、報酬はいりません。なおも私に依頼をしようとするとは……あなたの命をもらいましょうか?」

 

 ヤミのセリフと眼を見て絶望するラコスポの前に、もうふたつ、人影が降り立った。

 

「あれ?ヤミとリトもやりあってたのか?」

 

「皆さん、ご無事ですか?」

 

 頬の切り傷以外に外傷は見受けられないユウリと、無傷のモモだった。

 ユウリは屋上に降り立ち、あたりを見回していたが、その視線の先がある場所で止まると目の光が失われどんどんと暗くなっていく。

 

「オマエ、なんで!!?」

 

「………」

 

 怒鳴るラコスポを無視してミカンの傍へと行くユウリ。

 破れた浴衣に黒コートを千切りかけて、お静の胸元も同様にコートをかけた。

 すると不気味なオーラがユウリから噴き出した。

 

「ひぇ!!!」

 

「わ、私は大丈夫ですから、落ち着いてください、ユウリさん…!!」

 

 ミカンに抱きつかれてオーラは霧散する。

 きょとんとした顔をするユウリ。

 

「大丈夫ですから……」

 

「……ちょっと脅しただけで、冗談みたいなもんだよ。こんな小物、本気で殺したりはしないって。だからそんな顔するなよ」

 

 よしよしとミカンの頭を撫でる。

 ユウリのオーラが無くなった事に安堵し、ホッと息を吐くラコスポだったが、先程言いかけた言葉をようやく口にする。

 

「オマエ!!ヒャグレグをどうしたのだ!?」

 

「バラバラと分かれてうっとーしーから、粉になるまで擦り潰してやったけど?」

 

「なななっ!!?」

 

 ラコスポの方を見る事なく言い放つユウリ。

 その顔を見ているミカンは嘘だと気付いていた。

 

「ユウ兄!なにも殺すこと……!!」

 

「私も見てましたから、相当悲惨ですよ……貴方も、同じ目に合わせてあげましょうか?」

 

 モモも悪戯に乗っかりラコスポを必要以上に脅す。

 すっかり怯え切ってしまい、ブルブルと震え、絶望の表情を浮かべるラコスポだった。

 

「ラコスポ!!」

 

 そこにララがデダイヤルを操作して、大きなボールのようなものを取り出し、ラコスポへと投げつけた。

 

「もう二度と来ないで!!」

 

 そのボールには、導火線のようなものがついており、それはバチバチと音を立ててどんどんと短くなっている。

 

「おうっ!!」

 

 ララの怪力で放たれた、ラコスポの半分くらいはあるボールに吹き飛ばされて、夜空に舞うラコスポ。

 

『ぱんぱん花火くん!!』

 

──パーーーン

「あ〜れ〜〜だも〜〜ん!」

 

 ラコスポの叫び声と同時に、名前の通り、大きな音を響かせ夜空に綺麗な光の花を描いた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ほ、本当に、ユウ兄殺しちゃったのか……?」

 

 いまだにそう思っているのかこの兄は……

 

「ばっか。冗談だっての。アイツしつこいから、脅した方がいいと思ってさ」

 

「ふふふ。そうですよリトさん。あの方の雇い主は今はお兄様ですからね」

 

 モモさん、いつの間にかユウリさんの横にいる。

 ユウリさんを真ん中に、三人で並んで花火を見上げながら話していた。

 

「私、花火を見るのは初めてです。お祭りというのも、花火も、この浴衣と言うのも、全部がすごくステキですね…」

 

「地球って面白いよなー。俺の世界でも祭りとか花火とかあったけど、こんなんはなかったからな。花火見るのも、久しぶりだしな」

 

 ここだ、と思い二人の間に入るすこし意地悪な私。

 

「そうですね。ララさんが来る前に、三人で来た時以来ですかね」

 

 モモさん、少しムッとした顔をした気がする。

 

「そーいえば、最近は来てなかったな」

 

「リトが思春期に突入したからな。3年前くらいじゃなかったっけ?」

 

「し、思春期ってなんだよ!?」

 

「ユウリさん、リトはまだ思春期ですよ?」

 

「確かに。このままおじさんになりそーで俺は心配だぞリト?」

 

「そんなわけないだろ!」

 

 ユウリさんとリトと、昔話に花が咲く。

 なんだか三人で話すのも久しぶりかも。

 

「…ミカン、食べますか?ユウリがたい焼きを買ってきてくれました」

 

「お兄ちゃん!たこ焼き食べよーよー!」

 

「はいはい。さっき古手川と食べたやつと違う店かな?」

 

「リトくーん!遅れてごめんね。何かあったらしいけど、大丈夫なの!?」

 

 でもそれは一瞬のことで、周りには人が増えてどんどんと騒がしくなる。

 

 ララさん達姉妹とたこ焼きを食べてるユウリさん。

 遅れてきたルンさんと春菜さん達と花火を見上げてるリト。

 親友とたい焼きを食べてる私。

 

 大人数で見る花火は、トラブルもあったけど、賑やかで楽しかった。

 でも、たまには二人でゆっくりしたいなんて思ったりもする。

 

 私の、本当の家族になって欲しい人と。

 

「賑やかなのも良いけどさ」

 

 そう思ってたら、話しかけられる。

 この人は……心でも読めるんじゃないだろうか?

 

「次はゆっくりしたいもんだな。浴衣も、残念だったなー、似合ってたんだろうに」

 

「そうですね。浴衣は、また新しいの買いますよ。私はまだまだ成長期ですから」

 

 あの時、冗談って言ってたけど、たぶん本気で怒ってくれてたから、次は、成長に期待して少し大きな、大人っぽいのを買おうかな。

 

「大人になったらミカンは絶対良い女になるな」

 

「あ、ありがとうございます。────じゃあ、大人になっても、私と、一緒にいてくれますか?」

 

 すごく嬉しいことを言われたので、少し欲張ってみる。

 

「ミカンが俺に愛想尽かしてなきゃな」

 

 ポフポフと頭を撫でられる。

 子供扱いされてるみたいに見えるけど、嫌な気はしない。

 

 その後、ヤミさんと笑いながら話してるユウリさんを見て決めた。

 私が大人になったら、妹扱いなんてできないような魅力的な女性に絶対なってやる、と。

 

 



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四十四話 譫言×百鬼夜行

ーーーーーー

 

 

「ララ……」

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

 

「ララは、俺のことをいつもそう呼ぶが、俺を一人の男としてはみてくれないのか?」

 

「え、どう言うことー?」

 

 なにこの状況?

 

 ユウ兄が先日の祭りの際に肋骨が折れていることがわかって、ミカド先生に見てもらっていたのだが、今日も呼ばれて学校に来るってのは聞いてたけど…

 まぁ、学校にいる理由はもはやどうでも良いのだが、今、放課後の教室で何故かララを口説いてる。

 

「婚約者になるのは、俺じゃ、ダメなのか?俺だって、こんなにララが好きなのに…」

 

「え…わたしは……」

 

 わわわ!近い!ララとユウ兄が、キ、キスを……

 

「や、やめろよ!ユウ兄!!どーしちゃったんだよ!?」

 

「ふっ。ヤクなよリト」

 

 ララとユウ兄の間に入り無理やり二人を引き剥がした。

 俺に邪魔されたユウ兄はキザッたらしく少し伸びた、まぶたにかかる前髪を手でかきあげている。

 それに対してララは、なんか、恥じらってるのか?

 顔が赤いし、ユウ兄を見つめる目を見ると、俺は……

 あーーー!もうっ!!マジでどーなってんだ!?

 

「あれ?おにーさんじゃん?どーして教室いるの?」

 

 籾岡が教室に……また、ユウ兄は籾岡に変な噂流されまくってるのにこんな状況見られたら……

 

「大人ぶらなくて良いよ。リサはもう十分大人の魅力を持った女性なんだから」

 

「……は?──ちょちょ!ちょっと待って!ナニ!?」

 

 どんどんと籾岡に近づいていく。

 あれ?さっきまでララだったのに、突然籾岡に切り替えたぞ?

 女の子なら誰でもいいのか?

 わからんっ!!

 

「俺なら、リサのその有り余る魅力を、もっと引き出せるぞ?」

 

「ん…」

 

 籾岡の横に立ち、腰に手を回して耳元でささやく。

 あれ?あの籾岡が、なんか逆に大人しくなってるような…

 心なしか顔も赤い。

 

「ちょっと!!ハレンチな事はやめなさい!!」

 

 次は古手川……

 もーいいや!突っ込まないぞ!!

 籾岡の腰に回していた手を取られてクルリとまわるとそのまま古手川を抱きしめて窓際に押しつける。

 

「ハレンチ、か。ユイはこれが恥ずべき行為だと言うのか?俺はかわいい女の子に対する賛辞を恥だと思う事などない」

 

「な、なにを言ってるんですか!?」

 

「うーん。変だけど、リトのお兄さんの言うことも正論だな。俺も恥だと思った事はないっ!!」

 

 古手川に言いよるユウ兄に対して同調する猿川。

 ユウ兄、友達だけどその辺はヤバいやつである猿川と同じレベルになってるぞ!

 

「本当に嫌ならやめるよ。嫌いと言ってくれれば」

 

「そ、そんな事……でも、こんな人前でなんて……」

 

「じゃあ、人前じゃなければ……」

 

「……ん」

 

 頬を赤らめて、顔を逸らすだけの古手川。

 え?古手川って、え?まさかユウ兄が……?

 古手川の顎を持って、無理やり自分の方を向かせると、そのまま唇を重ねようとしたところで、

 

「……えーっと。ナニこれ?リト、俺に能力発動したか?」

 

 ばっ!と顔を離し、古手川に回していた腕を取り俺の方を向くユウ兄。

 

「おにーさん、見境ないね…わたしショックだなー言い寄られた時ちょっとアリって思ったのに。責任とってほしーなー」

 

「お、お兄ちゃん、あの時のリトのチカラとおんなじで変になってたの?」

 

 顔は赤いままだがニヤニヤとしてる籾岡と、同じく少し頬を赤く染めたララが勘違いをぶつける。

 

「……ま、また結城くんの仕業なのねっ!!」

 

 そして、プルプルと震えて怒りを俺にぶつける古手川。

 

「いや、違う違う!俺は何にも…」

 

「まちなさい!!今日という今日は許さないわっ!!」

 

「うわっ!違うってば!!」

 

 なぜか俺が追いかけ回されるハメに。

 その時みた、申し訳なさそうな顔をして逃げるように教室から出て行こうとする兄を……

 

 後日、ミカド先生の薬の副作用という事はわかったが、恨むぞ、ユウ兄!!

 

 

 この時のユウリが衝撃的だった為か、誰も沢田未央の様子がおかしい事には気づいていなかった。

 

ーーーーーー

 

 

「はぁ。なんだったんだいったい……」

 

 記憶はあるが、自分じゃありえない言動と行動。

 なんか最近こんなの多いな……

 

 教室を出て帰ろうとしていたら、

 

「あ、ユウリ様!!」

 

「ん?」

 

 廊下で俺を見つけて向かってくるサキと九条。

 

「どうした?今日は藤崎は一緒じゃないのか?」

 

「すみません!学校にいると聞きまして、一緒に、来ていただけませんか!?」

 

「え?なにがあったんだ?」

 

「綾の様子がおかしいんですの……あの子に何かあったら、(わたくし)は……」

 

「藤崎の様子…?よくわからないが、俺に言うって事は、そう言う事だよな?」

 

 顔を伏せるサキではなく、九条を見て言うと、無言でうなづいてくれた。

 

「サキ、すぐ行くよ。世話になりっぱなしだからな。俺にできる事ならなんでもする。急ごうか」

 

「ユウリ様……ありがとうございます!こちらですわ!」

 

 保健室に行くとミカド先生と、ベッドに座りブツブツと譫言(うわごと)を呟いている藤崎がいた。

 

「原因が、わからないの。もしかして七瀬くんにならわかるかと思って」

 

 ミカド先生もお手上げのよう。だが、【凝】で見ても念を受けているような様子はない。

 

「これは、俺のような能力では無いって事しかわからないが…」

 

 俺の言葉に顔を伏せるサキを慰めるように寄り添う九条だが、二人の顔は真っ青だ。

 

 ただ、なにを呟いてるんだ…?

 集中して聞いてみると、

 

「……ろいあめ……く……あめ……くろいあめ…」

 

 黒い、雨?

 なんの事だろう…ただ、この感じは……

 

「少し、心当たりがある。藤崎を、俺に預けてくれないか?」

 

「綾は治るんでしょうか…?」

 

「ごめん、確証はない。だけど、可能性は一番高い」

 

 不安そうな二人に、気休めでも任せろと言えないのがつらいが、

 

「投げ出すようでごめんなさい。私にわからなければ、地球の医者じゃまずわからないわ。ここは、七瀬くんに任せるのが医者としても最善だと思う」

 

「ユウリ様……綾を、お願いしますわ!!」

「私からもお願いします!!」

 

「ああ。最善を尽くす。じゃあ藤崎、ちょっと俺の職場まで来てもらうだけだから、安心して」

 

 二人の泣きそうな顔。

 なんとか、してやりたい……

 人頼みだが、松戸さんなら、なにかわかるかもしれない。

 

 返事は無いが、藤崎を抱き上げて窓から飛び出て事務所へと向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「おや、今日は妹さんとではないのかい?」

 

「わかって言ってますよね?」

 

「まぁ、そうだね。この子を見て欲しいんだろう」

 

「何か、わかります?」

 

 松戸さんは藤崎を見ながらもチラリと俺を見る。

 加賀見さんはいつものようにそっとコーヒーを出してくれた。

 

「まぁ、君の頼みだから聞くが……ふむ」

 

「ありがとうございます。それで、わかるんすか?」

 

 問いかけた俺に、加賀見さんが口に人差し指を立てた。

 うーん、確かに急ぎすぎたな。

 少し反省して大人しくコーヒーを飲みながら待つ。

 

「…………これは、直接では無いか…余波を受けている、と言った方がいいかな」

 

 さっぱりわからないが、協力な力を持つ者の影響に当てられているのでは、との事。

 直接的な害は無いだろうが、干渉が強まればわからないらしい。

 

「黒い雨。この意味はわからないが、その力を持ったモノの思いをこの子が受信しているようだね。少なくともその辺の土地神のレベルは完全に超えていると思うよ」

 

「また神っすか。加賀見さんは何か見えます?」

 

「……違和感は感じますが、まだ見えはしませんね」

 

 違和感。土地神。見えない。

 ん?それって、

 

「異界、ですかね?」

 

「おそらく。つまりは、地球の星神クラスかも知れないね。ただ、僕は手伝わないよ。これは君の都合だろ?」

 

「ははは。当たり前じゃ無いすか。そいつを喰うやつ殺す気なんすから」

 

 スッ、とオーラが研ぎ澄まされる。

 松戸さんはニヤリと笑い。加賀見さんも微笑んでいる。

 

「クッ。そうだな。ちなみに、近くまでは来ているが、様子見なのか一旦止まっているようだ。これは、その様子見の一つかもしれないね」

 

 メガネの反射で松戸さんの眼は見えないけど、獣のような笑みを浮かべていることだけはわかる。

 

「話戻しますけど、余波なら結界か、電脳世界に入れれば平気っすかね?」

 

「そうだろうね。ちなみに、呪具は完成してる。預けておくから使い方は任せるよ。僕は君の整えた舞台の開演を待つのみだからね」

 

「もちろん。俺は俺のために、松戸さん達の舞台を完璧に仕上げますよ」

 

 加賀見さん、今は誰なんだろう。

 どこか儚げで、悲しそうにも見えるような、そんな微笑み。

 昔の俺みたいだ。

 作られた仮面を被っているような、顔に笑顔だけが張り付いているような能面のよう。

 俺と目が合うと顔を伏せる。

 

 もしかして…今の加賀見さんは……

 

 結局その答えはわからないまま、加賀見さんの様子が変わる。

 

「また、七瀬さんのお客様です」

 

「ん?」

 

 【円】で確認。

 リト、ララ、西蓮寺、籾岡、古手川、ルン、お静ちゃん、サキ、九条と、沢田。

 サキと九条はわかるが、えらく大所帯だな。

 

「入れて、良いんすか?」

 

「僕は君の周りに手出しはできない。それに、勝手に入ってくるんだろう」

 

 耳が痛い。

 確かに、勝手に入ってくるだろうなぁ。

 と思っていると、ガヤガヤとドアの前で声が聞こえ始める。

 そして、チャイムが鳴らされることもなくドアが開いた。

 

「お兄ちゃん!!ミオが!!」

 

「ユウリ様、この方も、綾と同じ症状が…」

 

 そこには、ブツブツと藤崎と同じ譫言(うわごと)を繰り返しつぶやく沢田が籾岡と西蓮寺に肩を貸されていた。

 

「そうか。ただ、原因はわかったんだ。結界とか、電脳空間とか、何か力の影響を遮れば治るかもしれないから…」

 

「やれやれ、騒がしいな。僕は失礼するよ。七瀬くん」

 

 俺の発言の途中に松戸さんは事務所の奥へ行こうとしたところで、リトが動いた。

 

「よしっ!遮れば良いんだな、じゃあ俺のオーラで!」

 

「ばっ……!」

 

 自分の迂闊さを呪う。

 まずは電脳空間で行わなきゃ、ココで何が起こるかわからないのに…!

 

 俺の脳内の叫びも虚しく、リトのオーラに包まれる沢田。

 

「お……お…おぉぉぉぉおお!──カ、エセッ!!」

 

 沢田は目は虚なままだが西蓮寺と籾岡を振り払い叫ぶ。

 

「ど、どうしたの!?ミオ!!」

 

「お、俺のせいなのか…?俺が…」

 

 叫ぶ西蓮寺と、嘆くように呟くリト。

 

「ばかっ!これは影響が強まったんだ!お前のせいじゃない!!」

 

「カエセッ!!カエセッ!!!」

 

「綾!どうしたんですの!!綾!!」

 

 藤崎にも影響が出ている。

 そしてこれは……

 

「七瀬くん。──これは、ここに来るな。僕は能力を見せたくないからね。場所を変えさせてもらうよ」

 

「七瀬さん──」

 

 二人の意図を理解して全員を結界で包み、俺の側へと引き寄せる。

 いくつか悲鳴が聞こえるが無視したまま、全員が黒い渦へと飲み込まれた。

 

ーーー

 

「ここは…」

 

 リトが既に日が落ちて暗くなっている山中を見回しながら呟く。

 だが俺には見慣れた光景だった。

 ここは修行地でもある松戸さんの所有する山中。

 それより二人の様子は…

 

「……綾、治ったんですの?」

 

「ミオ!ミオ!起きて!!大丈夫!?」

 

 二人とも気絶したようにグッタリとしている。

 それも気になるが、何よりも今警戒すべきなのは……このプレッシャー。

 感じたことがある。これは……

 

『………』

 

 こいつが、星神…

 

 唐傘をさした地蔵のような者が、そこにいた。

 

 

ーーーーーー

 

 

──キャーーー!!

──うわぁーーーー!!

 

 叫び声と泣き叫ぶ声がこだまする街並み。

 そこで夕食の買い物帰りのミカンは冷静に周りを見ていた。

 

『これって……』

 

 宇宙人たちの襲撃。

 数が多い、二十いないくらいか。

 

 自分へと近づく妖怪のような見た目の宇宙人。

 

「このっ!やぁーーっ!!」

 

 買い物袋に【周】でオーラを込めて宇宙人を叩く。

 吹き飛んでいく宇宙人を見ながらも辺りを見回す。

 

 徐々に群がってくる異形のモノたち。

 もしかして、狙いは私?

 

「カカカ!コレデ俺モ幹部ダー!!」

 

「幹部!?どー言うことよ!!?」

 

 カッパみたいな宇宙人が叫んでいるし、周りにもまだまだ相当な数がいる……

 ユウリさんの気配も感じないし、自分で、やるしか無い。

 

「この状況なら、使うしか無いよね。夕食の材料の恨みもあるし、ここからは、私であって私じゃないから、覚悟してね」

 

──ズズズズズズズズ

 

 左手にオーラが集まりそれは徐々に形を変えていき、顔だけの念獣を形成していた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……しつこいですね」

 

 図書室で本を読んでいたヤミ。

 その元へと集まってくる宇宙人達を片っ端から叩き潰している。

 

「あなたで、最後ですか」

 

 最後の一人も叩き潰して外に出ると空を見上げた。

 この街の上空に浮かぶ一際大きな、クラゲのような黒い宇宙人を見つけたところで、声を掛けられた。

 

「金色の闇」

 

「……あなたは?」

 

「七瀬ユウリに雇われている者だ。この学校の周辺は俺の管轄。アレは俺がやる。お前は他を当たれ」

 

「そうですか」

 

 赤黒い、百足のような男の後ろには自分を襲った宇宙人と似たような者達が転がっていた。

 

 元傭兵と元殺し屋。

 お互いの力量もなんとなくわかった二人は特に会話をする事もなく別れた。

 

 随分と騒がしい街並み。

 ヤミは空を飛びながら、親友を探して日の落ちた夜空を飛ぶ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「数が多すぎるな……ブワッツ!マウル!」

 

「はっ!」

 

 ザスティン達三人が結城家の周りに群がる三十匹以上はいる宇宙人を倒そうと意気込むが、高速で駆け回るナナが目の前に止まり遮られた。

 

「三人とも邪魔だ!こっちはあたしがやる!!いくぜライゾー!!」

 

 ライゾーと呼ばれた巨大な白い、熊のようにも虎のようにも見える動物に跨り空を掛けるナナ。

 その一方で、

 

「モモ様!!」

 

 ナナには不要と言われたが、ブワッツとマウルを控えさせてザスティンはモモの元へと向かうが、

 

「あら、そこにいると巻き添えを受けちゃいますよ。離れていてください」

 

 背中に羽を生やし空を舞うモモに止められた。

 

「巻き添え?」

 

──うぅぅぅ……

 

 ザスティンは呟いた後に気づいた。

 あたりに充満する煙。

 化け物たちはその煙の影響か、意識が朦朧としているのか譫言を呟いている。

 

 ナナの方も問題はないようだし、こちらが圧倒してはいるが、モモは不安な気持ちを消せずにいた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「──先生、侵入者です」

 

「次から次へと……加賀見くん、ここは僕だけでいいよ。下でティータイムを楽しんでいてくれ」

 

「フフフ。そうですね、お待ちしています」

 

 とは言え、加賀見くん程ではないが僕の能力も見せたくはないしな。

 

 懐から取り出した紙を床にばら撒くと、そこからいくつものメイドが現れる。

 低度の低い呪具ではあるがそれなりに霊力の込められた式神。

 

「さぁ、頼んだよみんな」

 

 可愛らしいメイド達はそれぞれ武器を持ち事務所内へと散らばる。

 松戸はオフィスの自席へと座りコーヒーに口をつける。

 

「すっかり冷めてしまったな。こんな時間だし、片付いたら加賀見くんとディナーを楽しむとしようか」

 

 通常は単純な命令しか受け付けない式神だが、操作系能力者である松戸の操る式神。

 迫りくる有象無象は、重火器や格闘技を使うメイド達に次々と蹂躙されていった。

 

「さて、そろそろ片付きそうだが……七瀬くんの方は、どうなってるかな……」

 

 

ーーーーーー

 

 

「……これ以上近寄らない方がいーな」

 

「気づきまシタカ、流石デスネ。ボクのような眼を持つ者がいるようデスカラネ」

 

「どーすんの?」

 

「見るだけのチカラなら、なんとでもなりまスヨ」

 

「あそ。てかさ、その喋り方なんとかなんねーの?どーせ虫、入ってないんだろ?」

 

「……まぁ、良いでしょう。あんなレベルの星神じゃあ私の望みは叶わない。でも、ちょっかいかければ何か動きがあるかもしれませんし、やはり地球というこの星は、何かがおかしい……」

 

「てか、俺の身代わりくんは大丈夫なんだろーなー?バレたら白がめんどくせーんだよ」

 

「大丈夫ですよ。それよりごく僅かしかいないようですが、あなたと同じ力を持った子がいますね。やはり、欲しい」

 

「……同じねぇ。まっ、俺が遊んだ後でならいーよ」

 

「まぁまずは小手調べ。佐金が全然役に立ってくれなかったので、今回は色々と試してみましょう」

 

 碧と黒。

 二人の黒蟒楼も地球へと来ていることにはまだ地球側はまだ誰も気づいていない。

 

 

 



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四十五話 続・百鬼夜行×雨

ーーーーーー

 

 

「へへへ。まずは動けなくしてやるっ!!」

 

 ナナはライゾーに跨り、辺りに電撃を撒き散らしながら高速で疾走する。

 そのため、近くを通っただけでも異形は痺れてその動きを止め、更にライゾーの能力で発生させた小さな雷雲を飛行機雲の様に切りながら走るために、その場に残る雷雲で多くの化物はその場に拘束されるように止まったままとなっていた。

 

 辺りの化物を全て電気で拘束し終えるとナナが指示を出す。

 

「よしっ!こんなもんか。マジロー、ドラ助に!!」

 

「わかった」

 

 返事をしたのは、ナナの胸元からひょっこりと顔を出した、三つ目の小さなコウモリのような生き物。頭の三本のツノのように伸びた毛がピンと逆立つと、マジローは念波を飛ばし、ライゾーは空へと飛び立つ。

 ナナとライゾーと入れ替わるように、夜の月明かりに照らされた雲を裂き、上空から紅い鱗を煌めかせて、巨大なドラゴンが舞い降りて来た。

 

──ゴアァァァァァァァア!!!!

 

 咆哮と共に口から火炎を放つ。

 その火炎で、ナナがわざと直線上に固定していた生物たちを燃やし、黒焦げにして再起不能にさせた。

 

「どーだっ!ワルイやつらには容赦しないぜ!」

 

 辺りの雑魚を完全に排除したので、ライゾーから降りてドラ助の巨体へと寄り添うと鱗を撫でる。

 

「ありがとな!ドラ助!!また呼ぶかもしれないから、その時は頼むな!」

 

 ブレスの反動か心なしかつかれた顔に見えるドラゴンへとお礼を言うと、ドラ助はナナのデダイヤルで電脳世界へと戻っていった。

 

「残りあとちょっと、頼むぜライゾー!!」

 

 

ーーー

 

 

「さ、これで、全員ですかね…」

 

 催眠効果のある花粉により意識も朦朧したまま蔓に拘束されている宇宙人たち。

 

「ザスティンさん、あとはお願いしますね」

 

「モモ!こっちは終わったぞ!!」

 

 ザスティンに拘束した宇宙人たちの連行をお願いしたところで、

 ライゾーもデダイヤルでサファリパークに戻したのか、ナナだけで現れた。

 

「こちらも終わっています。それよりも、他の方達が心配です……ナナ、行きましょう」

 

「わかった!マジロー探れるか?」

 

「大丈夫。騒ぎは、あっちだ」

 

 マジローのアンテナのような毛が指し示す方向へと二人は向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「なんだ、この小娘……さっきまでとまるで動きガ……!!」

 

 セリフを言い終えることなく、意識を刈り取られた異形の者。

 

「この状態なら、私は負けない」

 

 両手にトンファーを持ったミカンが敵を軒並み殴り倒している。

 

 迫りくる攻撃の全てを躱し、いなし、トンファーでカウンターを合わせていく。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 

「クソ!地球人はザコのはずじゃ……」

 

「今の私は七瀬美柑!あなた達ごときじゃ相手にもならない!さっさと帰ってよっ!!」

 

 『小悪魔の再体験(ワンダーリライブ)

 自身の体験を再現する能力。

 操作系である松戸の能力と組み合わせ、ユウリに操作されている状態を再現しているミカンの動きは完全に戦闘時のユウリと同様の動きをしていたために、宇宙人達を圧倒している。

 

 だが、内心ミカンは焦っていた。

 この状態は今のオーラ量では15分持ったら良い方。

 カウンターを合わせる事でオーラを少しでも節約してはいるが、戦闘によってオーラを使用すればその分早く能力は解除されてしまう。

 

 一際巨大な化物がこれまた軽自動車くらいはありそうなハンマーをミカン目掛けて振り下ろす。

 それを紙一重で躱し、地面にめり込むハンマーを小さな身体で駆け上がる。

 

「やぁーっ!!」

 

 両のトンファーを振り回し、側頭部へと叩きつけた。

 

──ドガンッ!!

 

 4mはある巨体はぐらりと体制を崩し、地面へと倒れ、これ以上動くことは無かった。

 

「まだ、やる?」

 

 空元気で余裕な表情を無理やり作るが、内心は逃げたい気持ちでいっぱいだった。

 が、敵はそれを許してくれそうにない。

 

 あと1分もつかどうか……

 でもあとはこの足の早そうな4匹……やつらを倒すか、誰かと合流しないと本当にマズイ。

 

「グルルルルルッ!!」

 

 予想より、速いっ!!

 残っている4匹の狼のような宇宙人が一斉に四足歩行でミカンへと迫る。

 

「くっ!!逃げてくれたらいいのにっ!!」

 

 思わず願望を口からこぼす。

 左からの爪をトンファーで回し受けて流す。

 正面から来る狼には左手のトンファーを投げつけると同時にしゃがみ、背後からの攻撃も躱した。

 最後に、頭上から迫る狼、既に対抗する術はなく、屈んだ体勢で打つ手がないようにも思えたが、ミカンはトンファーを投げつけた際に空になった左手にデダイヤルを握っていた。

 ミカンは操作されたとはいえ、それは体の動きだけ。

 オーラを具現化したり、精密にオーラを操る技術はまだ無いため、デダイヤルで実物の武器を取り出して使用していた。

 

「コレでもくらいなさいっ!!」

 

 しゃがんだミカンの身長よりも高い棍が現れ、落下してくる狼の顔面に当たりミカンへ攻撃することはできず横へと転がった。

 

「疾っ!!」

 

 しゃがんだ体勢のままトンファーを捨て棍を両手で握り込むと回転させながら近くに転がる四匹を寄せ付けないように振り回す。

 ひとまず四匹ともを視界に収められるように位置取るミカンだが。

 

『まずい、もう、オーラが保たない……』

 

──ドンッ!!!

 

 限界を迎える直前に、何かを押し潰す音と同時に、目の前の狼の内、一体が金色の拳に潰され地面へと頭が減り込んでいた。

 

「……ミカン、強くなりましたね」

 

 助けに来てくれた親友。

 ヤミは白い翼を収めながらミカンの前へと降り立った。

 

「ヤミさんっ!!ありがとう!──実は、もう限界なの…任せてもいいかな?」

 

「…はい、後は任せてください」

 

 ヤミの返事を聞き、ミカンは能力を解除する。

 ドッと疲れが押し寄せるがなんとか耐える。

 

「はぁはぁ……私、やれたよ。ユウリさん…」

 

 疲労もあるが、それよりも初の戦闘による緊張が解けた方が大きい。

 ぺたん、とその場に座り込む。

 

「……」

 

 ヤミとミカンを中心に、取り囲むように押し寄せる3匹の狼を次々となぎ倒すヤミ。

 宇宙一の肩書きを持つ親友。その戦闘を見ながら、これほど便りになるものはないとミカンは安堵した。

 

 

ーーーーーー

 

 

『………』

 

 相変わらず動かない地蔵。

 だが、唐突に無表情だった地蔵が口元に笑みを浮かべた。

 

──ポツポツ

 

 すると、雨も降ってきた。

 こいつの目的は何だ?

 

『……』

 

「何の用か知らんが、お引き取り頂きたいんだけど」

 

 雨……夜の暗さでわかりづらいが、黒いような。

 これがあいつの能力なのか?

 結界を空に薄く、屋根のように生成して雨避けにするも特に異変は感じない。

 なんなんだこれ。あいつ自身がパワーアップでもするのか?

 

「……血を纏いし災いの神、この地に、舞い降りん…」

 

「お静ちゃん?」

 

「昔、まだ私が生きている頃に、国一番の予言者と呼ばれてた人が言っていたのを今思い出しました……この雨も、暗くてわかりづらいですが、赤黒くないですか…?」

 

「その予言者ってのの言葉は、血の雨を降らす、このお地蔵様の事を指してるって言うの!?」

 

 震えながら語るお静ちゃんに古手川が叫ぶ。

 確かに、赤黒く見えなくもない…

 

「わわ、わかりませんけど、そうとしか思えないですよー!!」

 

「災いの神……アレが?」

 

 結界を支えながらも再度地蔵を見据える。

 こちらを見たままピクリとも動かないが、完全にイッてる目といい、振り撒く邪気と言い、確かに災いの神ってのはピッタリな呼び名。

 

「どっちにしたって、まともじゃねーよ!!俺が…!!」

 

 リトが腰の銃を抜き放ち撃とうとするが、

 

──ギュッ!

 

「だ、ダメだよリトくんっ!神様にそんな事したら、リトくんが呪われちゃうよ!」

 

「で、でもこのままじゃみんな…!」

 

 ルンに抱きつかれてリトは何もできなくなった。

 

「ばかっ。先走んなよ。俺がやる」

 

「それだと七瀬さんが呪いに!!」

 

 そう言って俺の腕を掴む。こういった話の苦手な西蓮寺が、体も声も震わせながらも俺を案じてくれている。

 俺の渡した黒コート姿になって、怖いからだろう…フードまで被っている。

 暗闇に覆われて見えないフードの奥の表情は、おそらく恐怖に染まっている。

 そんな奴らだから、だからこそ……俺がやらなきゃな。

 

「呪いね、──上等だ!!」

 

 西蓮寺の腕を振り解き、突撃。

 両手から念弾を放ち、なんなく着弾するも身じろぎもしない。

 結界で棍を生成して刺突。

 付いてはいないが喉の辺りを狙い、命中し吹き飛ぶ地蔵。

 それと同時に感じる違和感。

 

「なんだ……今確かに……」

 

 棍の先が重くなったような気がした。

 

 倒れる事なく、傘を差したままの地蔵。ダメージが入ってるのかもわからない。

 わからないなら、確かめるしかない!

 

 念弾を放つも、念弾の軌道には変化無し。命中するが相手は無傷。

 

 次は地蔵を取り囲むように小さな結界をいくつか生成。

 地蔵に向けて右手を開いたまま向ける。

 

「喰らえ」

 

 手を握り込むと、一斉に結界が地蔵へと襲いかかる。

 だが、地蔵に触れる直前で次々と軌道を変え、地面へと減り込む結界。

 

「──ッ!?」

 

 重力の操作?地蔵の周りだけに作用するのかはまだわからない。

 知らず知らず、自分の口角が上がっていた事に気づいた。

 

 念能力者同士の戦闘と同じ。

 互いの能力の探り合い。

 相手の能力を察知し、考察し、攻略する。

 それを先に行えた方が、勝者。

 相手の能力によっては必殺の条件を満たしてしまえば瞬殺される可能性すらある。

 そんなピリピリとひりつく得も言われぬスリルを思い出していた。

 

 そんなニヤける口元を隠すように左手で顔の下を覆う。

 

「試させてもらうか、神とやらの実力を」

 

 まずは、相手の能力の特定をしなくちゃな。

 結界群を地蔵の上空に生成。

 操作はせず、浮かせているだけだがそれぞれ高さと大きさも違うもの。

 

 次々と、自分の意思とは関係なく落ちていく結界だが、落ちたのは地蔵の立っている部分のみ。落ちた結界は地蔵を直撃するが、唐傘に触れると同時に全て消滅した。

 範囲は把握。上空に制限は無い。というより、あの唐傘が思った以上にヤバイな。

 

『………』

 

 ニタリとした不気味な笑みから一転、怒り顔に変わっている地蔵。

 

──ゾワァ

 

 地蔵の周りの木々やガラクタがズブズブと地面へ沈んで行く。

 先程把握したつもりの範囲よりも明らかに広がっている。

 

「お兄ちゃん!上に、何かある!!」

 

「な、なんなんですの!?アレは!?」

 

 ララに言われて上空を見ると、地蔵の持っている唐傘の傘の部分に似た物が浮かんでいた。

 

「なんだ……?」

 

──ギュンッ!!

 

 急に、上空の傘が一気に大きくなり、地蔵の周りの木々やガラクタもどんどんと沈んでいっている。

 

「みんなとにかく逃げろ!あのでかい傘の範囲はコイツの領域だ!」

 

 自分へとかかる普段ではありえないほどの重量を感じ、能力の現状の範囲は理解した。

 

「沙姫様!綾は私が!!はやく行きましょう!!」

 

「ミオ、しっかりしてっ!」

 

「わ、私が念力で皆さんを!!」

 

 藤崎を九条が背負い、沢田に籾岡が肩を貸していたが、お静ちゃんの念力によって全員が一斉に遠くへと離れていった。

 

 この一幕で、相手の能力はなんとなく分かった。

 夜の森という事もあり、見えていなかったが、注意して見ると地蔵の周りの足元は血の雨によってか、黒く変わっている。

 

 つまり、恐らくではあるが上の傘から雨を降らし、下の黒い陣地を広げる。

 その陣地内は生物も無生物も関係なく重量を上げる事ができる。もしくは重力を膨らましていく。

 雨除けに上空に薄く張っていた結界がどんどんと重くなっている事から、恐らく雨によってか、もしくは時間経過で増していくようだ。

 後は、見た目からして上の傘と下の傘、連動してる可能性も有る。

 

 まずは、それを探るか……

 

「疾ッ!!」

 

 唐傘の持ち手の部分を念弾で撃ち抜くも、瞬時に再生。

 だが、一瞬上の大きな傘の動きも止まった。

 

「なるほど。やっぱりあの傘が能力の肝だな」

 

 持ち手の部分には対照を消滅させる力は無いようだ。

 ということは一度アイツの手から離してみたいが、問題はどうやってあれを奪うか、と思っていたのだが……

 

「やぁーーーーっ!!」

 

──くるくるロープくん!!

 

 発明品により傘を奪い取ったララ。

 全員が逃げる中、ただ一人だけ戻ってきたのだ。

 【円】で確認しても、沢田と藤崎を抱えて走るリトと、他のみんなが逃げていることはわかった。

 

「もーこんなことやめて、自分のお家に帰ったら返してあげるっ!」

 

「ララ…」

 

 キレイな笑顔で言い放ったララとは対照的に怒りの形相からさらに憤怒へと変わる地蔵。

 

『…カエ…、セ!!!」

 

 激昂する災いの神。

 唐傘を失い自身も血の雨に晒されている。

 その血の雨が、地蔵の目からも溢れており、血の涙を流しているように見えた。

 

「アレ……?」

 

「ララっ!!」

 

 思っていた展開と違ったのか思わず止まるララを担ぎ、唐傘を失ってもなお広がる黒い陣地から飛び出す。

 

「ありがとうお兄ちゃん」

 

「バカ、戻ってこなくてよかったのに」

 

「うぅぅ、だって……でも、どうしよう…?」」

 

 シュンとするララだが、今のこの状況をどうするべきかは考えているようだ。

 

「……じゃあ手伝ってくれ。俺持って飛べるか?」

 

 小脇に抱えられた、ララはユウリの目を見ると、綺麗な目を強く輝かせてうなづいた。

 

「うんっ!任せて!!」

 

 ララに両脇から抱えられて空を飛ぶ。

 

──ヒューーーン!!

 

 流石はデビルーク星人の王女。

 とてつもない速度で空を飛び、瞬く間に上空に浮かぶ巨大な傘の上まで飛び出した。

 

「ここで、どうしたらいいの?」

 

「あの傘の中心目掛けて、真上から思いっきり俺をぶん投げてくれ。ララのおかげでアイツの防御の要でもある唐傘はないからな」

 

「わかった、あそこだね……じゃあ、いくよっ!お兄ちゃん!!」

 

「おう。いつでもいいぞ」

 

 グルグルと俺を振り回し、遠心力とデビルーク星人の怪力が相まってヒュンヒュンと空気を裂く音が、自分からしてるのがわかる。

 

「いっ、けーーーっ!!!」

 

──キィィィィィィン……

 

 

 はっやいな!

 弾丸のように放たれる自身の身体。

 猛スピードで垂直落下しながらも、ララに振り回されている時から練っていたオーラを放出する。

 

 具現化した刀を両手に持ち、クロスさせた両腕を広げるように左右に振り抜く。

 

──ザンッ

 

 簡単に裂ける巨大な傘。

 振り抜くと同時に刀にもオーラを込めてその刀身を伸ばしていた。

 そしてすぐに災いの神を視界に捉える。

 傘の中心の真下にいるのは今までの戦闘から既にわかっていた。

 

 先程の一撃で左右いっぱいに広がった刀に力とオーラを込め直す。

 自身の背には更にいくつもの刀が新たに具現化されていた。

 

 掌から、全身からオーラが次々と刀へと伝わり、より貫通力のあるオーラが刀の数だけ一直線に伸びる。

 

 血の涙を流し、尚もカエセと叫ぶ災いの神。

 返せと言うのは傘の事か、はたまた何のことかは、わからない。だが、地球に、自身の周りに危害を加えるのなら、ヤツは悪。

 

「悪いな神様。呪うなら俺を呪え──

熾獣王の鬣(アスタロト・ファランクス)』!!」

 

 ユウリは叫び、広げた両腕と、後光の様に纏う刀の全てを災いの神へと振り下ろした。

 その攻撃力と切れ味の高さから、災いの神は全身を切り裂かれ、魂蔵に宿るいくつもの命を一瞬で散らした。

 

「……消えたか」

 

 もはや多すぎて光輪を背負っているようになっていた刀を全て消す。

 上空の巨大な傘も消滅し、黒い陣地も無くなっていた。

 放っていた邪気は既に感じない。

 

「お兄ちゃん!倒したの?──あの、持ってた方の傘はまだあるんだけど…」

 

 ララも降りてきて、アイツが持っていた唐傘を俺へと見せる。

 

 そうか。消えないんだ。

 この傘は能力じゃなくて、アイツの持ち物だったんだな。

 

「あぁ。倒したよ。一旦、みんなのところに帰ろっか」

 

「うん……本当に、神様だったのかな……カエセって言ってたのは、もしかしてコレじゃなくて…」

 

 ララも、俺と同じことを思ったようだ。

 

「ララ、大丈夫。俺が(・・)倒したんだ。手伝ってくれて、ありがとな」

 

「うん……ありがとうお兄ちゃん」

 

 ララはうなづいてくれ、唐傘をデダイヤルへと納めていた。

 

 そこで、気付く。

 さっきまでの災いの神など比ではない程の圧倒的な力を感じる。

 オーラではない。本能で感じ取った。

 

 ユウリは冷や汗を垂らして呟いた。

 

 

ーーー

 

 

「………まさか…」

 

「え?」

 

 お兄ちゃんの呟きに思わず声をあげる。

 

「ララ、今すぐ逃げろ!!」

 

 たまに感じる、オーラというものだと思うけど、それが今までに感じた事ないほどに鋭い。

 肌がチリチリする。嫌な予感がこみ上げてくる。

 

「な、なんで!?ならお兄ちゃんも一緒に……!!」

 

「いいから、ここから離れ、──ろ……」

 

 最後の一言だけ、遅れて聞こえた。

 なんでだろうと思ったけど、たぶん私が高速で離れているからだと思う事にした。

 最後にお兄ちゃんに、オーラというもので突き飛ばされて、その場から離れていっているからだ。

 

 でも、心臓が鳴り響いている。不安や恐れがごちゃまぜになり、いろいろなものに押しつぶされそうになる。

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせていると、地面に付いた。突き飛ばされた私は今、地面に投げ出されている事を理解するのにすら時間がかかる。

 

 顔を上げた視線の先にはお兄ちゃんは既にいないけど、きっと大丈夫だよね。

 なぜか急に地面が抉れたから見えないだけで、なんとも無いはず。

 だって、お兄ちゃんは強いから。

 

「お…兄ちゃん…?」

 

 私の呟きと同時に、かすかに聞いたことのない人の声が聞こえた。

 

「あれ?こんくらいかわすと思ったんだけどな。期待しすぎだったかな?」

 

 お兄ちゃんがさっきまでいた場所。今は巨大な穴となったその中心に立っている黒髪の人を見ると、今までの恐怖と言う感情はなんだったのかと言うくらい、心の底から怖いと感じた。

 

 



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四十六話 試×差

ーーーーーー

 

 

「ヤミさん、ありがと」

 

 敵は全て倒し終えて、ヤミとミカンは結城家へと向かっていた。

 今のミカンは既にオーラは枯渇寸前で戦闘できる状態では無いが、歩ける程度に回復していた。

 

 二人の少女が家に着く前に、大量の縛られた宇宙人を担ぐザスティンとブワッツとマウルと出会った。

 

「金色の、闇」

「まさかそちらも襲撃を?」

 

「え、家にも来てたの……?」

 

「…ユウリが来ない理由は、これでわかりましたね」

 

「ヤミさん…なんだか、すごく嫌な予感がするの…」

 

「……私もです」

 

「みんなを、探しに行こう」

 

 少し声が震えるミカンを見つめてヤミは背中に羽を生み出し、二人の少女は空を舞う。

 

「行きましょう」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「っかしーなー。お前はいい玩具(オモチャ)になると思ったんだけどなー」

 

 地面へと埋もれたユウリの頭に足を置いたまま呟く神黒。

 

「あ…あぁぁ……」

 

「ん?おーお姫様。久しぶり!って、覚えてねーか?」

 

 砕けた地面を歩き、震えるララへと近づいていく。

 ララは覚えていた。

 自身と、妹を拐ったのはこの男だと。

 あの時から、一切見た目に変化は無い。

 纏う空気も、この絶望感も。

 

「う、うぁ……」

 

「怯えすぎでしょ?てかその感じは覚えてるみたいだな。お姫様は単純だなー。もう理解(・・)しそうだ」

 

 なおもララに近づこうとしたところで、

 

──ドバァァアン!!

 

 爆音。

 神黒の立つ地面が爆ぜて、その深く、大きな穴へと神黒が落ちてくる。

 その穴の底にユウリはいた。そして並ぶいくつもの結界。

 『暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)』を放つ準備は倒れている間に出来ていた。

 

「死んだフリかー。だっせー」

 

「く、らえ!!」

 

 オーラを込めた、【硬】の拳を結界へと撃ち込む。

 衝撃が駆け巡り次々と結界を破壊するが。

 

──スパン

 

 軽い音ともに、発射口となる巨大な結界は切られた。

 駆け巡る衝撃はその場で爆発し、大きな穴を巨大な穴へと変える。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちし、オーラで位置を確認。

 既に眼前にいる。

 

「自分より速いやつに、あんなん当たるわけねーだろ」

 

「……玩具(オモチャ)だったっけ?じゃあ俺で遊んでくれんのかな?」

 

「そーそー。ただし、壊れるまでな」

 

 ユウリが構えをとるも、神黒はニヤニヤとした笑みを崩さぬままそれを見る。

 それは余裕であり、同時に油断でもあった。

 その油断を突き、一瞬にして姿を消したユウリが神黒の真横に現れてこめかみへと肘打ちを叩き込む。

 

「オラオラオラオラオラァ!!!」

 

 殴り、蹴り、肘打ち、裏拳。

 目にも止まらぬ速度でユウリの連撃が神黒へ入り、その身体を穴の壁へと押しやる。

 ユウリは神黒にダメージはほとんど入っていない事には気付いていた。だが、決して効いていない訳では無い。

 数千、数万分の一かもしれないがダメージは入っている。

 

 神黒はその全てを甘んじて受けていたが、

 

「はははは!いいね!」

 

 神黒が口元を好戦的に歪め、お返しとばかりに殴りかかる。

 ユウリはその全てを躱し、絶妙なタイミングでカウンターを入れる。

 

「おっ?」

「確かに、お前のが速いけど、俺の方が巧い」

 

 ユウリのほぼ垂直に放つ蹴りが神黒の顎を跳ね上げ、振り上げた足をそのまま振り下ろしての踵落とし。

 直後に飛び退きながら、地面に減り込む神楽の後頭部に念弾を連射する。

 

「オラララララァッ!!」

 

 ユウリの咆哮と共に放たれる百はあるかという念弾の雨。

 

熾獣王の爪(アスタロト・ブリット)!!」

 

 そして刀を生成し、災いの神を屠った技を、刀一本分放っての追撃。

 刀身から伸びる精錬されたオーラで神黒を両断せんと振り下ろす。

 だが熾獣王の爪(アスタロト・ブリット)が切り裂いたのは地球の表面を薙いだだけ。

 念弾による砂塵が晴れると中から神黒が姿を現し、刀を振り下ろした体勢のユウリの頭を掴んだ。

 

「ゲッ!?」

「今のはけっこー良かったよ」

 

 避けようのない姿勢に持ち込んでからのアッパーカット。

 ユウリは回避不能と判断すると同時に左手でフックを放ちアッパーの軌道をずらす。直後に圧倒的力の込められた腕が頭部をかすめた。

 たったそれだけで飛び散る赤い液体。

 研ぎ澄ましたオーラの込められた右手の人差し指と中指を頭を掴む手首へと突き立てる。

 突き立て緩んだ左手から体を回転させ脱出すると地面へと着地した。

 

「器用だな」

 

「そりゃあどーも!」

 

「じゃ、もーちょっと本気出そっかなー」

 

「できればそのままが嬉しいんだけど…なっ!!」

 

 同時に飛び出すユウリと神黒。

 圧倒的な強さを誇る神黒の攻撃を予測と経験で無理矢理同列まで持ち込んで闘うユウリ。 

 それはまさしく力と技の闘い。

 両者の拳と蹴りが目にも止まらぬ速さで幾度も交わされる。

 辺りには打撃音が響き、そして両者の姿が消えた。

 

「少し、上げるかな。耐えて見せろよ」

 

 空に浮かぶ神黒の呟きと共に、膨れ上がるオーラで空が揺れる。

 

「オオォォォォオ!!!

 

 大地に立つユウリの咆哮が木霊し、オーラで地面が爆ぜる。

 

 そのまま互いに強大なオーラを纏ったまま攻防を繰り広げた。

 ユウリが結界の反動を利用して更に加速し、閃光と化して神黒を滅多打ちにした。

 あらゆる方向からユウリが飛来し、関節、鳩尾、こめかみ。人体の急所と肉体の結合部へと的確に攻撃を加えては即離脱する。

 完璧な一撃離脱(ヒット&アウェイ)

 神黒が反撃した時には既にユウリはおらず、別の方向から飛来しては的確に急所を突いている。

 

 だが、ユウリは焦っていた。

 神黒は本気で楽しんでいるだけ。

 俺をすぐに壊さないように、丁寧に遊んでやがる……

 

 いつ絶界を打ち込むか、大技は決まって躱されるか、技の発動を潰されている。

 

 ユウリはその時を待っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ナナ、本当にこっちであってるの?」

 

「ん?そーだなー、マジロー!どこに向かってるんだ!?」

 

 二人は騒ぎが起きている様子などない街の上空を飛んでいた。

 

「既にこの辺りの騒ぎは落ち着いてる。今向かってるのは次元の揺らぎ」

 

「次元の、揺らぎ?」

 

 夜の空を飛び回る二人と一匹。

 モモは既に向かっている場所に確信を持っていた。

 

 どんどんと近づいているのは彩南高校。

 

 彩南高校の現校舎と旧校舎の間の林。となるとそこの中心点は、あの池だ。

 

「ここだ」

 

 マジローの呟きと、モモが思っていた場所はやはり同じ場所。

 そこにいたのは、全身も顔もローブに覆われた一人の男……黒蟒楼の幹部の一人、碧暗がそこにいた。

 

「誰だ、お前?」

 

「この場所にいるのは、偶然では無さそうですね」

 

 ナナとモモはデダイヤルを片手に臨戦態勢で尋ねる。

 

「入口はここで合っているはずだが……通常の次元干渉では入れないか…と言うよりも、ここが本当に本来の入口か?力の流れ的には、裏口のような、小さな窓のようにしか思えないが……」

 

 が、こちらを見る事もなく碧暗は干からびた池の底を見てブツブツと呟いていた。

 

「オイッ!無視すんなよっ!」

 

 怒鳴るナナはデダイヤルを操作してまたもライゾーを呼び出し跨る。

 モモも無言でキャノンフラワーを自身のそばへと呼び出していた。

 

「…ヤレヤレ、視覚的な干渉はできないようにしていたのデスガ……デビルークの第二、第三王女さんデスカ。ここに気づいたのは、その胸元にいる『サーチバッツ』の固有能力で、と言うところデスカネ」

 

「マジローの事知ってるのか!?」

 

 ゆっくりと振り向き、二人を見る碧暗。

 

「ええ、それはマア。……どちらにしろあなたがたはボクの目当てでは無いので、消えてもらえるとありがたいのデスガ」

 

「それはちょっと無理なお話ですね。あなたが消えるというのはどうですか?」

 

 モモの返答を聞くと、碧暗はローブをまくり上げ右腕を出す。

 その腕にはいくつもの眼と、人の耳にも見えるいくつかの入り組んだ穴が空いていた。

 

「そうデスカ。では仕方ないデスネ。まずは小手調べ。『充耳不聞(じゅうじふぶん)』」

 

 右腕に開いていた穴が閉じる。

 

「え?」

「な、なんだ!?音が、消えた??」

 

 何かを碧暗が唱えたことは理解した。

 が、その後モモとナナは音を感じなくなっていた。

 夜の風に林の木々が靡く音も、自身の話す声すらも。

 

「ナナ!!」

 

 マジローの声もナナは聞こえていないが、心が通じているからわかる。

 マジローと、ライゾーがいるから、私は平気だと、ナナはいち早く立て直し、碧暗へと突撃しようとするが。

 

「……すぐ立て直しマスカ。では、『目迷五色(もくめいごしき)』」

 

 いざ突撃!というところでライゾーは混乱していた。

 目の前には何人もの碧暗。自身の背中にはナナが3人も跨っている。

 耳は聞こえず、主人であるナナは幻覚も含めて3人ともが茫然としているから。

 

「まぁ、今思えばあのデビルークの王女デスシ、持ってても無駄にはなりまセンカ」

 

 モモとナナの眼には何人もの碧暗が見えている。

 聴覚を奪われ幻覚を見せる。

 碧暗の能力の前に二人は無力となっていた、かに思えたが。

 

『ナナ、本体はあそこ。ライゾー、そのまま左の木を目掛けて突撃だ。ちょうど真ん中くらいに敵がいる』

 

 マジローとのテレパシーでハッとするナナ。

 マジローは自身が発する特殊な念波で物を見聞きし、把握する。聴覚を無くそうと、幻覚を見せられようともマジローには通じない。

 

「たぁぁぁあっ!!」

 

──スカッ

 

「あり?──どわぁぁぁ!!」

 

 碧暗は一瞬でその場から消えて、今は干からびた池を挟んでナナとモモと三角形になるように位置取っていた。

 

「あれ?聞こえるぞ!?」

 

「……」

 

 木々へと激突し、ライゾーの頭を撫でながらもナナは聴覚を取り戻したことに気づいた。

 

 そして、モモはずっと考察していた。

 相手の消えた方法は何か。

 今腕はローブに覆われており見えない。

 能力には時間制限があるのか、それとも消える能力を使うときは幻覚と聴覚を奪う能力は使えないのか……

 

 そこで碧暗が口を開いた。

 

「うーん、やはりその生物は厄介デスネ。せっかく滅ぼしたのに、生き残りがいたのは流石に予想外デシタヨ」

 

 ゾワリとナナのツインテールが燃えるように少し逆立つ。

 いつもの無邪気なナナの雰囲気など一切なく、憤怒という感情が漏れ出ていた。

 

「なん…だって?」

 

「ボクの術が効かない生物デスカラネ。絶滅させたつもりだったのデスガ」

 

「ふ…、ふざけんなぁーーー!!!」

 

 ライゾーの背から飛び出し碧暗を殴りつけるナナ。

 だが、拳が当たる寸前でまたも掻き消えてナナとモモ、ライゾーとは対角線上に現れる。

 

「今回は試験的なものデスカラ、ボクはもう帰りマス。本格的な戦闘も許可されてイマセンカラ。お二人もすぐにでもデビルーク星に帰ることをオススメしマスヨ」

 

「待てっ!!お前がマジローの故郷を!仲間を!お前がっ!!」

 

 激昂するナナを嘲笑うかのようにそのまま掻き消えて、その後現れる事は無かった。

 

「ナナ、オレの念波でももうわからないところまで行ったようだ……それと、俺の星の事は、随分と昔の話だ、ナナが気にする事ない」

 

「でもっ!!…でも……チクショーーー!!」

 

「ナナ……」

 

 胸に抱くマジローの一言に、やり場のない怒りをどこのぶつけたらいいのか、拳を震えるほどに握り込むナナ。

 そんなナナにそっと寄り添うモモとライゾーだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリと神黒の戦いは佳境に入っていた。

 

 ユウリの猛攻にも終わりが見え始め、どんどんとギアを上げるように強くなる神黒の攻撃が命中するようになっていた。

 そして今もまた、神黒の蹴りが腹に突き刺さり、勢いよく飛ばされていく。

 だがユウリは吹き飛びながらも空中で回転し、強引に地面に足を付けて着地した。

 

「ゲフッ!……クソが…」

 

「そろそろ、終わりかな?お前の事も理解(・・)できそうだし」

 

 神黒の放った気弾がユウリへと向かい、何重もの結界と特大の念弾を放ちなんとか迎撃する。

 

「んだそりゃあ!俺はまだ死んでねぇぞ!!」

 

 跳躍して距離を取る、着地と同時に両手にオーラを集約。

 残る全ての力を込めての、大技の構えへと入った。

 

「ん?何かする気か…いいよ。見ててやるよ」

 

 余裕の表情で腕を組む神黒。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 逃げる事をせず見守るララ。

 そんなララを一瞬見て、ユウリの脳裏に浮かんだのは、生まれ育ったゴミ溜めの世界。

 何も持たず、人になれないままに終わってしまった世界。

 そして、今の世界での、守りたいと思えた人達。

 

 ──オレたちが カラであり ユウリだ

   次は忘れんな 捨てんな 逃げんな

 

 

 

「テメーは、(オレ)が、ブチ殺す!!」

 

 ユウリの腕から放たれるオーラが力強さを増し、空気が震える。

 ギリギリまで結界の具現化はしない。

 オーラを研ぎ澄まし、イメージを膨らます。

 

「見てくれるってんだから、喰らってもくれるんだよなぁ?」

 

 大地を踏み締めた衝撃で体中至る所の皮膚が何箇所も裂け、血が溢れる。

 握り込んだ両の拳も内側から吹き出る自身のオーラに耐えきれず血塗れ状態。

 ユウリの莫大な潜在オーラを溜め込んだ光景。だがそれを前にしても神黒は尚も笑う。

 組んでいた腕を解き、口を開いた。

 

「おぉ。やってみろよ」

 

「『暴王の啼哭(タイラント・クロスブラスト)』!!!」

 

 ユウリの真横に亜空間が広がる。両腕を亜空間へと突っ込むと同時に空間内に結界を生成。

 暴王の衝撃は亜空間の内部で増幅し、神黒の側面に二つ、亜空間の出口が出現する。

 衝撃波が神黒を挟み込むように飛び出して来るが、神黒も両腕を衝撃波へとぶつけ真っ向から受け止める。

 両サイドから襲いかかる暴王の衝撃に呑まれながら、しかし神黒は揺らがない。

 迸る衝撃に神黒の衣服は消し飛び、両腕はズタボロになりながらも神黒は耐えていた。

 

『ここしか無い!!』

 

 ユウリは自身最大の大技を囮として、更に別の亜空間を開く。

 そして出口は神黒の真上。

 コイツは危険だ。ここで消しておかなければ……

 七瀬悠梨の、両親の恨み…

 ここで晴らす!!

 

「死ぃぃねぇぇぇぁ!!」

 

 絶界のキューブが亜空間から現れて神黒を襲う。

 

「チッ……!!」

 

──ゾリ…

 

 妙な音が鳴り、絶界のキューブは切り裂かれ形を失う。

 漏れ出るオーラと共に、赤黒い箱はその場で霧散し消えた。

 

「危ねーなぁ。ここまでイカれたのなんて、何年ぶりだろ」 

 

「……マジ…かよ」

 

「なんで、なんでまだ動けるの……?」

 とんでもない化物だ、とユウリは心底思った。

 これだけの攻撃に晒されながら生きており、ましてや絶界を切るなんてとても信じられない。

 ララの言葉は神黒の今の状態を見ての発言。

 神黒は左手は吹き飛び無くなっており、右足も膝から下は千切れかけている。そして、顔の左半分は絶界に削り取られ、無い。

 だが生きており、顔半分だけで器用に話している。

 それだけの大怪我を負いながらも平然としており、呆然とするユウリを見下ろしている。

 

「見たところ、今のが切り札かな」

 

「……そーだな……ララ、逃げろ。今の俺じゃコイツは止められない」

 

「そんなの!!」

 

「んー。いい線いってんだけどな。お前じゃ俺は確かに殺れねー。俺と来るか?そんな守るだのなんだのとめんどくせー事もないし、コッチは自由だぞ」

 

「誰が……俺はそのめんどくせーのが好きでここにいるんだよ」

 

「ふーん。変な奴」

 

「驚いたよ、お前も【念】が使えるなんてな…」

 

「ねん、なにそれ?時間稼ぎはつまんねーぞ」

 

 トップギアまで上げたのか、はたまた更に上があるのか。

 神黒の片腕片足から放たれる高速のラッシュに襲われるユウリ。

 顔、腹、首、足。

 至る所を殴られ、そこを【流】でガードはするが全く追いつかない。

 数百は殴られたところで、腹に強烈な一撃をもらうとユウリは反動で顔を上げ叫んだ。

 

「コラァ!!少しは手加減しろよ!!」

「これ以上手加減って、やられろって事かよ?」

 

 余りの力の差にユウリから弱音が零れる。

 だが、神黒はなおもユウリをボロボロにしていく。

 何度殴ろうと蹴ろうと、それでも逃げずに睨みつけて来るユウリへ強力な一撃を用意した。

 

「じゃあちょびっと手加減した攻撃でもしてやるか!」

「はは……お前、ちょっとしつこいぞ……」

 

 ここまで力の差があると笑うしかないと言った状況。

 ユウリは薄ら笑いを浮かべながら神黒の特大のオーラが込められたアッパーを腹に受け、空高く吹き飛んで行った。

 

「ゴホゴホ…ガフェ…ゲボ……」

 

 ララのそばの地面に投げ出され、内臓を損傷したのか大量の血を吐き出すユウリ。

 

「お、お兄ちゃん……お兄ちゃん!!」

 

 逃げろというユウリの言葉に従わず、そばに居続けたララが寄り添い背をさするが返事は無い。

 ビクビクと痙攣しながら吐血を繰り返していた。

 

「お?碧暗は帰るみたいだし、今日はこんくらいで勘弁してやるかな」

 

 穴から飛び出した神黒はてくてくと散歩に行くかのようにユウリとララへと近づいて来る。

 

「とはいえ、今日使っちゃった生命力回収したいし、どっちかは殺さなきゃな。お前とはまた遊びたいし、お姫様にしよっかなー」

 

 顔が半分しかない神黒が、笑顔で二人を見下ろしていた。

 

 



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四十七話 二度目×情報

ーーーーーー

 

 

「こ、こないでっ!!!」

 

 ララの叫び声がすると同時にユウリが跳ね起きて結界の刀を神黒の喉に突き立てる。

 アッサリと喉を貫き、首を切断せんと捻ろうとするが、神黒の腕に刀を掴まれピクリとも動かさないでいた。

 そして、そのまま神黒は言葉を続ける。

 

「お前、もしかして俺と同じ能力だとでも思ってる?俺とお前のは違うよ。使ってるだけのお前とは全然違う」

 

 結界の刀をへし折ると刺さっている部分を引き抜き握り潰す。

 喉に空いた穴は塞がり、千切れかけていた足はくっついていき、もげた左腕と顔半分はグジュグジュと音を立てながら再生されていく。

 失った部分を完全に再生した神黒は、さっきまでなかったはずの左腕でユウリの頭を掴もうと手を伸ばす。

 

「このっ!!」

 

 ユウリに手が届く前に、ララは神黒の側面から両の拳によるラッシュを仕掛けるが、

 

「ん?やんのか?確かに、速いし強いんだけどさぁ……」

 

「な、なんであたらないのっ!」

 

 全てを躱される。

 残像を残す程に強力なララの拳の弾幕を両手をぶらぶらとさせたまま全て避け続けていた。

 

「単純なんだよなぁー。戦闘経験が無いのか、ままごとくらいで殺しはしたことないって感じか?」

 

 やるきのない態度で口を開く。

 

「3秒後に、右ストレートでぶっ飛ばすぞ。はい、さーーん」

 

「くっ…」

 

 神黒のカウントダウンが始まってもなおララは拳を突き出すが、神黒とユウリからすれば全てがテレフォンパンチ。

 ユウリのように体勢を崩すための小技やフェイントは一切ない。

 純粋すぎる、直線すぎる攻撃動作。

 これであれば、ユウリですら捌けるレベルだった。

 

「にぃー」

 

 なおも避ける神黒。

 

「ララ、逃げろっ!!」

 

 血を吐き出しながらも無理やり叫ぶ。

 

「いーち」

 

「んんっ……!!」

 

 歯を食いしばり、ララのエネルギーを尾の先へと凝縮し、地球を破壊しかねない程の強烈なビームを放つが、

 

「ウソ!?」

 

「ゼロ」

 

 躱されると思ってもみなかったララの渾身のビームは神黒の真横を通り過ぎて虚しく空を焼く。そして眼前には右腕を振りかぶる神黒。

 宣言通り、右ストレートを顔面に叩き込まれて吹き飛んでいく。

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

 いつのまにか二人の間にいたユウリ。

 殴られた顔面は赤く腫れており、ララを胸に抱いて呟く。

 

「ララ。今度こそ俺の言うこと聞け。俺が帰ってこなかったら、みんなを連れて、デビルーク星に…」

 

「やだ!やだよ……!!」

 

 『堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)』へとララを押し込みリトたちの逃げた方向へと吐き出す。 

 

「まともに喰らえばやばかったけど、あんだけ溜められたらどうとでもなるわなー。てか、まだそんなことする元気あったんだ」

 

「もー動く気も起きないけどな。──お前は、何がしたいんだ?」

 

「あん?何がって、別に何も」

 

 一切の光を映さない。永遠に続く黒い瞳。

 他人はもちろん自分にも、この世の全てを本当に何とも思っていないようにも感じる。

 

「生きるのなんて、退屈な毎日を何かで満たすだけの作業だろ?それが無くなりゃ、全部殺して俺も死ぬだけだ」

 

「…殺しで、お前は満たされるのか?」

 

「そーだよ。まー俺の場合は飯も兼ねてるからさー」

 

 命を喰らう。

 つまり、星神と同じ、『魂蔵』持ちか…

 

「黒蟒楼にいると、その効率が良いって事か…?」

 

「ん?まー暇つぶしと足代わり。てかその足が帰りそうだから俺もそろそろ行くわ。ついでにお前を食ってくけど」

 

「はっ……次の俺に、せいぜい気をつけな」

 

 そう、次だ。

 一回目は瞬殺。

 今回は負けたが、ようやく差は見えた。

 次は、俺が勝つ。

 

 絶界の力は完全にアイツも誤算だったはず。

 細胞すらも、一つ残らず消してやれば、今度こそ……

 

 一度目の死と同じく、強く念じる。

 今死ぬ事は受け入れる。その代わり、死にたく無い、消えたく無いという矛盾を。

 

 

 

「次?──おっと」

 

 神黒が急に飛び退き、何かを躱す。

 するとそこにバラバラとパーツが集まっていき、ゴツゴツとした体を形成していくと、やがてそれは人型となった。

 

「オイ、依頼人。お前に先に死なれては、雇われてる身としては困るのだが」

 

「は?」

 

 ヒャグレグが、ユウリと神黒の間へと立っていた。

 

「なるほど、これは化物だな……」

 

「バカッ!お前じゃ無理だし、コイツは俺の獲物だっ!!」

 

 神黒との間に割って入る、自分よりも弱い乱入者。

 そもそも勝てるはずがないし、何より、ヒャグレグの表情には感じるものがあった。

 

「あー。センチピード星人ね!なつかしー、もう狩り尽くしたかと思ってた」

 

「やはりお前か、俺の星を滅ぼした奴は…」

 

「そーだよ。君ら生命力高いからさー。狩り始めたら止まんなくな──」

 

 神黒のセリフに怒りが頂点に達したヒャグレグが襲いかかり戦闘が始まる。

 

 幾度なくぶつかり合う二人。

 だがぶつかり合うたびにヒャグレグの体はバラバラになるわけではなく、ボロボロと崩れ去っていく。

 

 ヒャグレグが戦闘を始めて数分。

 既に満身創痍なヒャグレグに対して、一発たりとももらっていない神黒。

 業を煮やしたヒャグレグは体内のエネルギーを急速に高める。

 

「くそ……これならば!!!」

 

 自身最大の技であるコスモ・ノヴァの体勢に入るが……

 

「もう、終わってんだよね。他のセンチピード星人と大して変わんねーし、もー理解したから」

 

 神黒が呟き、右手をヒャグレグへと向けた。

 

「……おまえが、生きのこ…」

 

 コチラを向き、満足げにも、悲しげにも見える表情で呟く。

 直後、一瞬でヒャグレグの体全てが灰になり、その灰すらもすぐに風に乗って消えた。

 

「ごちそさま。俺はもう満足したから、次のお前にせーぜー期待しとくわ」

 

「テメー!!待てコラァ!!」

 

 仲が良かったわけでもない。大して話したこともない。

 だが、今目の前で殺されたヒャグレグの求めた死場所は、ここではなかった気がする。

 なにより、アッサリと傭兵を殺し背を向けて帰ろうとする神黒にも、それを見送る事しかできない自分にも、無性に腹が立つ。

 

「うるせーなー。弱い奴は死に方すらも選べない、だろ?」

 

 神黒の言葉を最後に、ユウリは完全に意識を失った。

 

 

 

ーーー

 

 

「──コラァ!!殺るなら俺……を…?」

 

 飛び起き叫ぶが、思い描いていた景色とは違う場所だった。

 寝かされているのか、飛び起きた際にかけられていたであろう布団は地面へと落ちる。

 起きた際、体中に走る激痛に思わず顔を顰める。

 

「クソ……追っかけて、今度こそぶっ殺してやる」

 

「コラ、ここで物騒な事言わないで 」

 

「──!?」

 

「目を覚ましたみたいね」

 

「……ミカド、先生……」

 

 

 そのままベッドから飛びだそうとした直後に、ミカド先生の声が聞こえ、ちょうどドアを開けて部屋に入ってきていた。

 

 感情が高ぶりすぎてドア越しの気配にすら気付かないとは迂闊だった。

 ここがさっきまでの戦場だったら速攻で死んでるな…

 

「少しは落ち着いたようね。──えーと、何から知りたい?」

 

「……俺がここにきて、どのくらい経ってるかですかね」

 

 ここがどこかはわからないが、窓に覆いかぶさっているのは分厚いカーテン。蛍光灯の明かり以外に差し込む光はなく、今が何時なのか、予測すらつかなかった。

 

「今はお昼前。あなたが運ばれてきてから5,6時間ってところかしら。ちなみにここは私の自宅の空き部屋」

 

「……クソ…」

 

 そんなに経ってるのか…

 宇宙船、一度しか乗っていないがルナティーク号並みの速度で飛び立たれたらとてもじゃないが追いつけない。

 

「乗り込んできていた宇宙人たちは軒並み連行されたわ。あなたを倒した人は、そこにはいないでしょうけど」

 

「軒並み?……そんなに来てたんですか?」

 

「えぇ。でも、全員無事だから、安心して」

 

「そう、ですか」

 

 自分の不甲斐なさと弱さにイラつきながらのため、上手く考えが纏まらない。

 そんな俺を無視してミカド先生は話を続け、どうやら俺たちが山で戦っている間に彩南町は大変なことになっていたらしい。

 山にいた連中じゃない、モモとナナとヤミと、ミカンまでもが戦闘行為に及んだと言うこと。

 だが、無事だと聞いてひとまず安心した。

 

「……他に聞きたい事は?」

 

「運ばれたのは、俺だけですよね?」

 

「えぇ、そうだけど? 」

 

「…そっすか」

 

 ほんとに、みんなは無事でよかった。

 もしかして、と思った奴はやっぱりいない。

 そりゃそうか。

 俺の目の前で灰になって消えたあいつが、今更か。

 

「誰か、他にもあの場にいたのかしら?」

 

「いや……まぁ、そうですね。目の前で消されましたけど。俺はそれを眺めてるだけでしたから」

 

「そう……失ったものは帰っては来ない。生きているあなたは、しっかり生きなさい」

 

「……なんか、先生みたいなこと言いますね」

 

「それ、冗談よね?」

 

「です」

 

「もう……他に聞きたい事は もう無いの?」

 

「無いっす。──お世話になりました。じゃあ俺は…」

 

「まぁ、七瀬くんならそう言うと思ったけど…」

 

「あ、ちゃんと代金は支払いますよ。また持ってきますね」

 

 俺も状況を大まかに知りたかったが、ある程度は把握した。

 体の事はなんとなくわかる。

 あいつに殴られた部分はめちゃくちゃに痛いし、骨もかなりの箇所がイッてるだろうが、怪我の治りの早さには自信があるし、動かす分に支障は無い。

 

 それに、今の俺じゃ勝てない。

 何か、パワーアップする術を考えなくては…

 

 立ち上がり、自分が入院着のような物を着ている事に気付いた。

 

「あれ?俺の服は…」

 

「ここにあるわ。もちろん、あなたを着替えさせたのはワタシ。フフフッ」

 

 妖艶な、からかうような笑みを浮かべるミカド先生になんだか妙に恥ずかしい気持ちになるが、今更かと思う事にして諦めた。

 

 神黒に負ける度、ミカド先生には世話になりっぱなしだ。

 次は、次こそは……

 

 着替えようと衣服に手を伸ばし、ミカド先生は部屋を出て行こうとするが、急に振り向かれた。

 

「ああ、言い忘れてたけど───七瀬くん」

 

「なんすか?」

 

「殺すなら自分を、みたいな死に急ぐような言葉……みんなの前じゃ間違っても言っちゃダメよ」

 

「えっ?」

 

「みんな、ボロボロの七瀬くんを見てかなり動揺してたの。連れて来たアナタの同居人と妹さんはもちろんのこと、他の子たちも、ね」

 

「そうだったんすか……」

 

 俺を運んだのは、ヤミとミカンだったのか。

 

「他の子たちも何度も治療中の部屋に入ろうとするから、諦めさせるのに苦労したのよ?」

 

「へー」

 

「へーじゃなくて……全く、みんなのお兄さんなんでしょ?ちゃんと発言には注意しなさいって事」

 

「わかりました。もう落ち着いたんで、大丈夫です」

 

「そう、なら良かった。外の子たち、起こさないようにね。朝までは起きてたみたいだから」

 

「ん?」

 

 外の子?

 言いたい事は言い終えたのかミカド先生は今度こそ部屋を出て行った。

 なんとなく、察しはつくので【円】は使わない。

 

 着替える前に、ソッとドアを開けると…

 

「………」

 

 廊下には、やたらと豪華でフカフカしたソファーが3つ。

 ハッキリ言って、まったくこの家のテイストには合っていないし、そもそも廊下の幅とほぼ同じなので無理やり置いたことが見てわかる。

 

 そこにいるみんなに、驚いた。

 てっきり、リトとミカンだと思っていたが、全然違った。

 

 ひとつめのソファーにはサキ、九条、藤崎が肩を寄せ合って眠っている。

 もう一方のソファーではルン、リト、ララ、ナナ、モモが並んで眠っている。サキ達とは違ってルンとララがリトに寄り掛かって眠っており、双子はお互いに寄り添いスヤスヤと静かに眠っている。

 少し離れたソファーにはお静ちゃん、西蓮寺、沢田、籾岡、古手川が寝てる。

 みんな静かに寝ているが籾岡の手は古手川の胸の上にあり、古手川は少し表情が強張っていたが見なかった事にする。

 

 最後に、扉の真横に置かれた椅子でミカンは船を漕いでおり、隣には、

 

「…おはよ」

 

「…おはよう、ユウリ」

 

 ヤミが腕を組んで立っていた。

 赤い瞳が俺を見つめている。

 

「……負けたんですか?」

 

「まさか。俺は生きてる」

 

 そう。

 あの時、二度目の死を覚悟した時にそう思った。

 どうやってでも、この世界で再度転生を果たす。

 何をしてでも、アイツを殺す。

 じゃないと、いつかみんなが殺される。と、そう思った。

 

「俺が勝つまで、負けてねー」

 

 なんなら死んでも、別の肉体でアイツを殺すまでは負けてない。という、台詞はミカド先生の忠告通り飲み込んだ。

 そう言うと、ヤミは小さく、だが…確かに笑った。

 

「なら、いいです」

 

 微笑むのではなく、笑う。

 それは初めて見た気がする。

 それに、ヤミも戦ってくれてたんだよな。

 そんな事を思いながらジっと見つめていると、

 

「な、なんですか…そんなに、見ないでください…」

 

「あ、ごめん…とりあえず部屋入るか。みんなを起こしちまいそうだ」

 

「………もー起きてますよ」

 

「お兄様、ヤミさんだけを部屋に連れ込んでナニをしようというんですか?」

 

 ミカンとモモも起きていた。

 立ち上がり俺の方へと向かってくる二人を、思わず抱きしめた。

 

「良かった。二人とも、みんなも無事で良かった」

 

 自分にはしなかった…と少しムッとするヤミ。

 それに気づく事なく、二人の無事を喜ぶユウリと、照れた様子の二人の少女。

 

「ユウリさん?」

「ど、どうしたんですか?」

 

 正直なところ、目が覚めた時は怒りに駆られていたがララに言った手前、自分しかこの惑星には残っていないんじゃないかと、ひとりぼっちになったんじゃないかと言う不安が込み上げていた。

 ヤミと話している間にも込み上げてくるなんとも言えない感情が、二人の声を聞いて溢れ出てしまっていた。

 

──ガタンッ!

 

 と、突然音がしたと思えば…

 

「ユウリ様!起きられたのですね!ご無事だと沙姫は信じておりました!」

「綾を助けていただいて、ありがとうございました…私は、逃げることしかできず…」

「ああ、あの、私、覚えて無いんですが沙姫様と凛から、聞いて…本当にありがとうございます」

 

 サキは嬉しそうに、

 九条は申し訳なさそうに、

 藤崎は恥ずかしそうに言う。

 

「七瀬さん、無事で良かった…」

「おにーさん、ありがとね」

「私も何にも覚えてないんだけど…助かりました」

「あの、災いの神はどうなったんですか?」

「あの、呪いとか、無いですよね?」

 

 心配してくれる古手川。

 素直にお礼を言ってくれるリサミオ。

 地蔵の最後を気にするお静ちゃん。

 それで思い出したのか、怯えながら聞いてくる西蓮寺。

 

「お兄さん、怪我は、大丈夫なんですか…?」

「ユウ兄…またボロボロだ…俺も、戦えるから、次は一緒に…」

「お兄ちゃん、おかえり。だから、デビルーク星には帰らないよ」

「……兄上…」

 

 一番まともに見えるルンが心配してくれる。

 決意のこもった目を向けるリト。

 柔らかい微笑みを向けてくれるララ 。

 最後に、何か言いたいことのあるような、浮かない顔をしたナナ。

 

 そんなナナが気になったが、みんなの質問に答えたりしていた。

 するとリトのラッキースケベが始まり、サキの胸を揉みながら九条の股間に顔を埋めもみくちゃにされたりとどんどんと騒がしくなり、五月蝿いとミカド先生から追い出されるのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「それで、お前の方はどうだった?」

 

「部下は全滅。神の居場所は、報告と間違いないと言うことはわかりましたけど。あなたの方は?」

 

「上手いこと逃げられちゃった」

 

「……」

 

 碧暗は目の前のこの男が明らかに嘘をついているとわかってはいたが、自分よりも強い神黒に詰め寄るわけにもいかず、

 

「仕方ありませんよ。白さんに言われた時間ですし、戻らなくてはいけませんから」

 

 それに、自分も嘘をついているのだから、お互い様だと思っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「それで、君たちはいつ来るんだい?焦らすのは好きだが焦らされるのはな」

 

「……わかりませんが、1128h後くらいだと…」

 

「ふむ。二月弱と言ったところか……じゃあ、君たちは何が欲しくてここに来た?」

 

「……松戸は、処分…能力の詳細は、ふめ、い… 子供は、捕獲…」

 

 虚な目をした宇宙人が松戸の質問にたどたどしく答える。

 その宇宙人には、針のようなものが刺さっていた。

 

「クッ。僕を警戒でもしているのか?それじゃあ、子供はなぜ捕獲する?どの子供が狙いだ?」

 

「あ、ああ…生命エネルギーを…操る能力を持つ、こど、も……」

 

 だんだんとたどたどしさは増していくが松戸は質問をやめない。

 

「なるほど…【念】に興味を持っているのか。じゃあ、こちらは君たちのボスの能力でも教えてもらおうか?」

 

「そそそ、それは──────」

 

「……もういいよ」

 

──グジュ

 

 黒い巨大な腕に潰され、その腕が持ち上がると、そこに誰かが、何かがあった痕跡は無く、綺麗な床が見えていた。

 

「クククッ。もう少しだ、もう少しだよ加賀見くん」

 

「はい、先生」

 

 虚空を見つめ笑う松戸を見ずに、加賀見は返事だけをしていた。

 

 

 



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四十八話 療養×事件

ーーーーーー

 

 

 燦々と照りつける太陽の日差し。

 ミャアミャアと鳴く海猫の声を聞きながらもクルーザーは波を切り海を走る。

 既に出発した陸地は見えず、360度水平線に囲まれていた。

 そんな中で、わーわーと甲板で騒ぐ弟たちを横目に、少し離れたところでボーッと海を眺めている俺の側にはピンク色の髪の少女が一人だけ。さっきから特に話すこともなく、ただ横に並んで同じ水平線を眺めていた。が、そんな沈黙を破り声をかけられる。

 

「……もうすぐ見えてくるそうですよ、お兄様」

 

「そうか。モモは船酔いとか無いか?」

 

「はい、大丈夫です。でも、これはお兄様の療養が目的だと伺ってますよ?他の人は心配しなくていいですから、ちゃんとゆっくりしてください」

 

「療養、ね。ありがたいけど……あぁ、あれか」

 

 確かに、薄らとだが水平線の先に目的地である孤島が見えてきた。

 

 半ば無意識に、オーラを伸ばし島の様子を伺おうとするも、どうやら離れた位置にいたはずの妹には気づかれたようだ。

 

「あ、ダメですよユウリさん。【念】は使っちゃダメですってば。……まったく、休むって事を知らないんですか?」

 

 そう。療養だと言うが、非常事態にならない限りオーラの使用をこの旅行中は禁じられている。

 オーラを感じ取れるミカンに呆れ気味に注意され、展開していたオーラを引っ込めて頬をかく。

 

「いや、今のはさ、まぁ癖みたいなもんで…」

 

「まったく……モモさんも横にいるならちゃーんと見てあげてくださいよ。あ、でもモモさんじゃオーラは見えないですもんね。ユウリさんの事は私が見ていますから、モモさんはみんなのところではしゃいできていいですよ?」

 

 モモの方へと笑顔で言うミカンだが、笑顔なはずなのに、笑顔に見えない…

 

「…ミカンさん、そんなにネチネチ言わなくても…お兄様もミカンさんのような子供では無いんですから… 私はお兄様が本気の時はわかりますから、その時は止めますね。ミカンさんに逐一言われるよりも、その方がお兄様の心が休まるでしょうし」

 

 無駄にばちばちし始める二人。

 なんだか、厄介なことになりかねないのでそっとヤミのそばへと避難してヤミの持っていたたい焼きをかじる。

 

「ユウリ……情けないですね」

 

「……うるさいよ。自分でもわかってら」

 

 同居人にも呆れたような顔をされるが、あの場に自分がいる方が休まる気がしなかった。

 

 

 

 その後ほどなくして島に到着し、豪華な館に入ると、サキに迎えられた。

 

「ホホホホホ!!皆さん、ようこそ我が天条院家の別荘へ!」

 

 迎えてくれるサキと、少し後ろに控える九条と藤崎。

 

 そして執事の嵐山と言う人の話を聞きながら、何故ここへきたのかを思い出す。

 

 

ーーー

 

 

 あの日、結局ミカド先生に家を追い出された後に、何故かは覚えてないがサキのお屋敷の中でもかなりの広さを誇る一室へと全員で行くことになった。

 

 そこでリトが話し出したのは、宇宙の化物集団にこの地球が狙われている事。

 そして、俺たちはそいつらを追い払う為に戦うつもりでいる事。

 

 なにも知らなかった連中は当然のように驚く。

 更に立て続けに放たれるララの発言で更に驚きは加速した。

 

「それでね、春菜にも、みんなにも手伝ってほしい事があるの……」

 

 ぶんぶんと首を横に振り手伝えることなど無いと言う西蓮寺たちだったが、モモも説明を付け加える。

 ルンだけがうんうんとうなづいており、モモへと尋ねた。

 

「つまり、宇宙船で指定された座標まで移動して、この箱を開ければいいのね?」

「宇宙…と、唐突に壮大なお話ですわね…」

「てかさ、それって危なくないの?」

 

 サキは宇宙と言われ、理解が追いついていない。

 リサはもっともな疑問を伝える。

 

「全く危険が無いわけじゃあないが、正直ここにいるよりはかなり安全だと思うよ」

 

 不安を煽ってしまったが、正直に、全てを伝える。

 俺らが負けたらどのみち地球は無事じゃ済まない。

 案の定、暗い表情となったみんなを前に、リトが立ち上がった。

 

「だ、大丈夫だ!!ララたちは宇宙の覇者の強さがあるし、ヤミだって宇宙一だし、ユウ兄も異世界最強の生物だ!俺も美柑も念があるから、やりようによっては俺たちですら全然勝てる!だから、安心してくれっ!」

 

 誰が異世界最強の生物だ。と脳内でのみツッコミを入れる。

 リトの言葉でみんなは意を決した顔になっていた。

 もし、この世界に、物語と同じように神に愛された主人公がいるとしたら、本当に弟なんじゃ無いかとすら思う。こういう奴のもとには、良いやつが集まるんだよな。

 

 サキはスッと立ち上がり胸に手をやると、俺の方を見て宣言する。

 

「……わかりましたわ。この彩南クイーンの天条院沙姫も、ユウリ様たちのお手伝いさせて頂きましょう。ララ、それでは何をしたら良いんですの?」

「「沙姫様!?」」

 

「私も、やるよ。結城くん達は、もっと危ないところにいるんだもんね」

「災いの神をも退けたんです。春菜さんがやるなら私もやりますよっ!」

「西蓮寺、お静ちゃん……ありがとう」

 

「私も、だんだんとあなた達の非常識に慣れてきちゃったわ」

「おぉーユイっちも春菜もやるなら、あたし達もやろうか?」

「そうだねー。私は七瀬先輩にも結城にも助けられちゃったし、やれる事はやるよ」

 

「ララ。宇宙船は、私のはあるけど、他のみんなの分は考えてるの?」

 

 サキたちも西蓮寺も古手川もリサミオもルンも、結局、全員手伝ってくれる事になる。

 

 こうやって最前に立ち、みんなを引っ張れる事ができるのがリト。

 

 その後、やって欲しいことの詳しい説明と呪具の使い方、ルンも気にしていた宇宙船の流れをあらかた話し終えると、サキが立ち上がる。

 

「やる事はわかりました。それに、ユウリ様の本当のお仕事の事も……。その前に…一度療養が必要ですわねっ!!」

 

 

ーーー

 

 

 その後、知らぬ間に日程が決められ、療養ならば【念】の使用禁止と言われ、今に至る。

 

 その時のメンツに猿山をプラスした面々が天条院家の誇る館の広過ぎるエントランスでわーっ。と感嘆の声を漏らしていた。

 

 執事である嵐山さんに館内を案内され、それぞれの部屋へと通される。基本は二人部屋のようだが、男は三人なのでリトは猿山と相部屋で、俺は一人部屋へと案内された。

 

「ひっろいすね」

 

「はい。沙姫様から一番良い部屋をと言われておりますので」

 

「はぁ。ありがとうございます」

 

 確かに豪華な部屋だが、落ち着かないな。

 

 夕食の時間までは自由とのことなので、特にする事もなく、オーラの使用も禁止されているので、決して外へと出す事はせずに、生命力を己の内側で練りあげ精神を研ぎ澄ます。

 

 しばらくそうしていると、誰かがドアの前にいる事には気付いていた。

 が、理由はわからないがただドアの前に立っているだけ。

 そのまま少しして、ようやく扉をノックする音がした。

 

──コンコン

 

「どーぞ」

 

 ゆっくりとドアが開き、そこに立っていたのは、ナナだった。

 

「兄上…ちょっと話を聞いてほしくて…時間あるかな…?」

 

 なにやら考え込んだ様子のナナ。

 すこし前から、様子が変だったので気にはなっていた。

 

「おぅ。どした?」

 

「あたし、変なんだ。ずっとイライラして、モヤモヤして…」

 

 ナナの話を聞くと、あの日、ナナの友達の仲間を絶滅寸前に追い込み、故郷を滅ぼした男と戦ったようだ。それにナナは、怒り、初めて感じる人を殺したい気持ちと葛藤しているようだった。

 俺は物心着く前から殺しを行ってきたので無かったが、初めて人を殺す時に人は良く感情が不安定になる。と知識から知っていた。

 

「ナナは、ただソイツに怒りをぶつけたいのか?」

「……うん。じゃないとマジローが…」

「マジローは、なんて言ってんだ?」

「……そんなことしなくていいって…あたしが危なくないようにして欲しい、自分の事は気にしなくていいって」

「そっか。良いやつだな。ナナの友達は。他の子は、なにか言ってるか?」

 

 みんなに心配されてるそうだ。

 でも、ナナの中では引っ込みがつかないと言うのもわかる。

 

「サファリパーク、だっけ?俺も連れてってくれよ。会ってみたいな。ナナの友達たちに」

「…それは、いいよ。兄上だから、特別に」

 

 素直じゃないなと苦笑しつつも電脳世界のサファリパークへと入る。

 

 そこに居たのは、見たことのない動植物たち。

 ナナはなにやらここに暮らす生き物達がもともと暮らしていた環境にそれぞれ合わせて作られているんだぞと鼻を高くするが、おそらくはほとんどモモかララだろうが作ったんだろうなと内心で思う。

 

 マジローとも、他の惑星を追われた動物達、ナナを本気で心配する奴らと、ナナと話してみることにした。

 

 みんなは終わった事だからと、ナナに危ない事はして欲しくないと言うが、ナナの気持ちは考えてはいないようだった。

 

「お前らの言い分もわかるけど……でも、好きなやつを助けたい、仇を取りたいってのは悪いことか? 安心しろ、お前らの主人であり友達のナナになんかあったら俺がなんとかしてやる。クズはナナと、お前らと俺でブン殴ってでも更生させてやろうぜ。殺しは抜きでな。あんなのと同じになっても仕方ねーし」

 

「…兄上……」

 

「星と星との戦争みたいなもんだ。そん中じゃ、みんながみんな自分の事しか考えてねー。でも、自分以外の事を思ってこんなにも悩めるナナは、俺が知るなかじゃ一番優しくて、強い子だよ」

 

 ぽんぽんと頭を優しく叩き、ナナの顔を見ると、浮かない表情は既に消えていた。

 

「あ、当たり前だろっ!あたしは凄いんだから、あのヤローはあたしがとっ捕まえて銀河警察に突き出してやるんだ!!」

 

「ん、ナナなら、きっとできるよ」

 

 その後、少しの間サファリパークで動物達と戯れて現実世界へと戻った。

 

 

ーーー

 

 

 厳選された食材を一流のシェフが調理したのだと言う料理に舌鼓を打つ前に、他の女性陣はみんな既に大浴場に入っているそうで、リトと猿山は夕食後に入るそうなので、俺とナナは二人で大浴場へと向かう。

 

 男、女と書かれた暖簾の前でナナは立ち止まり、

 

「あ、兄上!のぞくなよ!」

 

「のぞかねーよ。リトじゃあるまいし」

 

 お約束の会話を終えて、一人きりで広い湯船に浸かり、のんびりと身体を癒やしている内に、館の中では事件が起きていた。

 

 

ーーー

 

 

──パァン……

 

 謎の、銃声のような甲高い音に館の中の人々は慌てふためく。

 

 今の天候は昼間とは打って変わり、風は吹き荒び、雨は強く打ち付けており、嵐が島全体を覆っているようだった。

 

 そして、音のした方へと向かうとホールで見つかる、執事である嵐山の死体。

 警察に連絡をしようにもつながらない電子機器。

 ララの持つデダイヤルすらも繋がらず、犯人もまだ見つかってはいない。

 

 謎が謎を呼び、皆が皆不安がっていた。

 

「だ、大丈夫だよみんな!ここに全員いれば安心だし…」

 

「リト、今はユウリさんもナナさんもいないよ?」

 

「あれっ!?なんで、まさかあの二人に限って…」

 

 不安を煽るように聞こえたのか、沙姫が立ち上がりリトへとまくし立てる。

 

「結城リト!何をおバカな事を!ユウリ様になにかあるわけがないでしょうっ!!」

 

「まぁ、ユウリさんだし、大丈夫だよ。今はオーラを使っちゃダメって言ってるから、【円】も使ってないだろうし、普通にお風呂に入ってるんじゃないかな…?」

 

「そうは言っても心配よ。私、二人に状況を伝えてくるわ」

 

 温泉に行くとやたらと長風呂になる兄に対してなんら不安に思っていないミカンだったが、古手川は部屋を出て行った。

 

「ま、まぁともかく!今更どんな地球人が相手だって──」

 

「地球人が犯人とは限りませんよ」

 

「え…。ど…どーゆー事だよ、ヤミ……」

 

「たしかに、地球の技術ではないデダイヤルまで通信不能。これが人為的なものと考えるなら、異星人の仕業と考える方が自然ですね」

 

 ヤミの発言に驚くリトだが、モモがもっともな事を言う。

 

「てことは…犯人の狙いは、オレたちって事か…?」

 

 リトの言葉にみんなは押し黙る。

 が、猿山だけは頭を抱えて震えていた。

 

「うおおぉーーっ!もー耐えられねぇーー!!殺人鬼がいる島なんか!!俺は泳いででも帰るぞっ!!」

 

 部屋を飛び出そうとする猿山だったが、走ろうとした拍子にリトへとぶつかり、ラッキースケベが発動してわちゃわちゃとする室内。

 

 猿山がドアを開けようとした瞬間勢いよくドアは開き、猿山はドアに激突して床を転げ回る。

 

「た、大変ですっ!従業員から聞いたのですが、嵐山さんの遺体が消えてしまったそうです…血の跡も残さず…」

 

 従業員たちを各部屋で待機するように伝えていた凛と綾が帰ってきた。

 

 二人の話を聞き、謎を残したままに時間は過ぎていく。

 

 



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四十九話 偽物×悲鳴

ーーーーーー

 

 

「あぁーいい湯だった。ナナーー!出たかーー!?」

 

「ばっ、ばか兄上!出てるけど、着替えてるから入ってきちゃダメだぞ!!」

 

「あーーい!じゃあ待ってるなぁーー!!」

 

 湯上りで気分の良い俺はついつい暖簾の前で大声で叫んでいた。

 流石は天条院家の誇るリゾート地の大きな館。脱衣所に備え付けの冷蔵庫にはコーヒー牛乳も入っていた。

 

「まったく、大声で呼ばなくても聞こえてたよ。ん?兄上、それは?」

 

「あぁ。わりーわりー。コーヒー牛乳だよ。温泉やら大浴場を出た後はやっぱこれだよな」

 

「え!いいな!あたしのもあるのか?」

 

「あるよ。ほら」

 

──ごくごくごくごく

 

 二人で腰に手を当てて一気に飲み干す。

 

「「ぷはぁーーっ!」」

 

「おいしー!」

 

「な、湯上りの時には気分にピッタリだろ?」

 

「うん!地球はやっぱり色々と楽しいな。じゃあ行くか!兄上!」

 

「おー。この時間なら、もーみんな食堂かな?」

 

 二人でテクテクと食堂を目指して歩く。

 廊下がやけに暗い気がするが、サキもララもサプライズとか好きそうだし、この時はまだ、何かの演出だろうくらいに思っていた。

 

 

ーーー

 

 

 ユウリとナナは食堂を目指して、廊下の角を曲がるとしゃがみ込む人影が見えた。

 向こうもこちらに気づいたのか、ハッとしたように立ち上がるとこちらを見る。

 

「あ…七瀬さん、ナナちゃん」

 

「コケ川!一人でこんなところにいるって…何かあったのか?」

 

「……」

 

 ナナは声をかけるもユウリは無言で古手川を見ている。

 

「実は、執事の嵐山さんが殺されたりしてて…私は二人に知らせに来たの」

 

「え…?殺され───ちょ、兄上?」

 

 ナナが古手川に近寄ろうとするのをユウリが手で制した。

 

「近寄るな。で、それをお前が殺ったってオチの話か?」

 

「な、七瀬さん?なにを言ってるの…」

 

 わかる。コイツは古手川であって古手川じゃない。

 なんとなくだが、確実に違う。

 

「今は、非常時だし…いいよな?」

 

 ナナに向けて一言呟くと、館を覆うほどの【円】を展開した。

 さっき古手川の姿をしたナニカがしゃがんでいたのは、階段下の倉庫前。

 中に古手川が縛られて押し込まれているのがわかる。

 だが、目の前のこいつは姿形は完全に古手川。

 宇宙の技術かなんなのかはわからないが、大したものだ。

 

「ナナ、そこの中にたぶん本物の古手川がいるから助けてあげてくれ」

 

「──な、何故わかるッ!?」

 

「え?あ、兄上は?」

 

「──俺は…コイツの相手かなッ!!」

 

 背後にいる者へとオーラを飛ばす。

 

「チッ…!」

 

「テメーがボスか?雑魚に潜入させて、テメーは様子見のつもり?」

 

 暗闇から現れた黒いコート姿の男は表情を変えず、答える事もせず悠然としており、まるで底を見せない。

 つい先日、久しぶりに完全敗北の味わったばかりのユウリはオーラを集中し構えを取ると黒コート姿へと変わる。

 

「俺の方が後出しだけど、似たような格好しやがって。何者だお前?」

 

「……フン」

 

 肉薄しようと地を蹴ったと同時に、相手の男の懐から高速で取り出され、構えられた武器は綺麗な装飾の施された黒い銃。

 目にも止まらぬ速さで打ち出された弾丸は実弾ではない。オーラと似た、生命力か何かのエネルギー。

 恐るべき速度で自身へと向かうエネルギー弾を即座に念弾で相殺する。

 が、敵はすぐに次弾に入り、また相殺されればすぐに次撃へ。

 お互いに一歩も動かないまま撃ち合う気弾を相殺し続け、互いの視界をお互いの放つ弾が覆い隠した。

 

「宇宙ってのは広いな。まだまだ、強い奴がいるもんだ」

 

「……そういうお前は本当に地球人か?」

 

 会話の際にオーラを背後へと広げてナナと古手川の様子を探った僅かな隙を狙い撃つようにエネルギー弾がユウリを直撃する。

 男は更に早撃ちでエネルギー弾を放ち追撃。

 全てを【堅】で弾きつつ接近を試みるが、牽制が上手い。

 こちらの初動を尽く邪魔してくる。

 

「近づいてほしくないの?武器からしても接近戦は、苦手か?」

 

「……どうだろうな?」

 

 余裕のつもりか?まずはその仏頂面を剥ぎ取ってやる…!

 地面から結界の筒を何本も生やし、腕や足を使い、遠心力を利用して不規則に加速しながらなんとか肉薄。

 幅広のトンファーを生成して殴りかかる。瞬間、悪寒が走り、トンファーを体の正面で構え防御を固めた。

  

──『黒爪(ブラック・クロウ)

 

 まるで巨大な虎の鍵爪で引っ掻かれたような衝撃。獣の爪痕はトンファーを大きく削り取り、詰めたはずの距離は振り出しに戻った。

 銃を鈍器として高速の連撃。

 銃の形状はおおよそ斬撃にはならないようなものだが、並外れた速さがそれを可能にしていた。

 

「あぶねーあぶねー。マジで強いな、あんたも黒蟒楼じゃないよな?だとしたら計画狂うんだけど」

 

「黒蟒楼だと?俺は──」

 

 神黒は死んでも俺がどうにかするつもりだが、このクラスがもう一人いるなら話は別だ。

 ヤミでないと相手はきついだろうが、ヤミには他のみんなが突っ走りすぎないように見てもらうつもりだった。

 本当、世の中は簡単じゃない。

 男が口を開きかけたとき、ナナの叫び声が会話を中断させた。 

 

「兄上っ!アイツがっ!!」

 

 そこでようやく古手川の姿をした何かが逃げた事に気づいた。

 

「今はほっとけ!それより古手川は無事か!?」

 

 ナナの方を見る事なく叫ぶ。逃げた奴よりも相対している男の方が確実に危険。戦闘力も相当のものだし、何より、早撃ちの速度が常軌を逸しているので余所見はとてもじゃないができない。

 

「…オレの仕事のジャマをするな」

 

 仕事、と言うのはなんだ?あれ?まさか…

 

「…もしかしてお前、さっきのの仲間じゃねーの?」

 

「違う。お前が仕掛けてきたから迎撃しただけだ」

 

 ただの早とちりだったようだ。

 最近の異星人は問答無用で襲いかかってくる者ばかりだったために、ユウリから仕掛けたのだが、古手川を気絶させられていたので仕方ないとも言える。

 

「あー。それは悪かったよ。だが、なぜここにいる?さっきの奴が狙いか?」

 

「……言ったはずだ。仕事のジャマをするなと」

 

「いや、内容によるだろ。狙いが俺の仲間なら問答無用で続けるぞ」

 

 武器を納めたため、続きをやるつもりはないようだが、質問に答える気はないらしい。

 

「なんだよお前!!勝手にサキんちに入ってきてる時点で悪いのはお前だろっ!」

 

 

──ヒュッ

 

「──ッ!!」

 

 ナナが喰ってかかった瞬間、懐から手元が消えるような速度で銃を抜き取り同時に発砲。

 初見の時より倍は速い。まだ上がるのか、とユウリは顔を顰めた。

 なんとかそれを紙一重で躱し、顔を上げるともう男は居なかった。

 

「──逃げられたか…ナナ、大丈夫か?」

 

「うん。でも何でコケ川がニセモノだって気づいたんだ?」

 

「ん?そんなもん見りゃわかるさ。俺の数少ない友達だからな」

 

 二度も人生を送ってきているが、友達や友人と呼べる人間はこの世界の一握りだけ。

 ユウリにとって何よりも大事な存在であるその人たちを、間違えるはずもなかった。

 

「それって…あたしでも、わかる?」

 

「そりゃあな。見た目がナナでも、中身が違えばすぐに気づくよ」

 

「そ、そっか…」

 

「なんだよ?嬉しそうな顔して…とりあえずみんなのところに向かおう。アイツはやたらめったら殺しはしないタイプだろうが、戦うとなるとやっかいだしな」

 

「そ、そんな顔してないっ!!」

 

 どこか嬉しそうなナナと、ひとまずみんなのところに戻るかとユウリは古手川を抱き抱えて広間へと向かった。

 

 ナナにも反応しなかったと言うことは、狙いは……

 

 

ーーーーーー

 

 

「こ、コレって!?」

「ユウ兄のオーラだ!!」

 

 ユウリが謎の男と戦闘を始める前に展開したオーラは館全体を覆っていたためにリトとミカンはオーラに反応を示した。

 その言葉に、瞬時に反応した者が二人。

 

「──ッ!!」

 

「う、うわぁぁー!終わりだ!あの人が戦うなんてよっぽどの事態って事なんじゃねーの!?俺はもー帰るぞぉーっ!!」

 

 一人はヤミ。

 ヤミも経験からなる第六感のようなものでユウリのオーラを感じ取り、その瞬間に部屋から飛び出して行く。

 もう一人は猿山。

 あまりの恐怖に耐えきれずこちらもヤミに遅れて部屋から飛び出して行ってしまった。

 

「あ、おいっ!猿山!!出て行く方が危険だって!!」

「ヤミさんっ!」

 

 結城兄妹は同時に呟くも、名前を呼ばれた二人は意にも介さずに走り去っていった。

 

「今時点での被害者が一人という事は、おそらく犯人は単独。今出ていったお二人よりも、お兄様とナナの元へ向かった古手川さんの方が心配です。お兄様と合流済みであれば問題ないと思うのですが…」

 

「うーーん。私が見にいこっか?モモにはみんなを見てもらって」

 

「いえ、私のデダイヤルもつかえないので植物を呼び出せませから、私にはお姉様ほどの力はありません……お姉様に皆さんを見ていただいた方が…」

 

「ララ、モモ、きっと他のみんなも大丈夫だよ。バラバラに動くよりも、ここで待ってよう。猿山は俺が連れ戻してくるよ」

 

「リト…うんわかったよ」

 

 リトの言葉に従うように、みんなはそのまま部屋で待機し、猿山を探しにリトが外へと向かおうとするが、猿山はすぐに見つかった。

 というよりも自分で帰ってきたようだった。

 

 その後みんなでしばらく部屋で待機していると、廊下から悲鳴が聞こえた。

 

 

ーーーーーー

 

 

──ニャー……

 

「やはり…あなたでしたか」

 

「こんな惑星(ほし)で…ドクター・ティアーユの生体兵器に出くわすとはな……」

 

 電気の消えた、暗い廊下で対峙する二人の人影、と一匹の黒猫。

 

──カッ!!

 

 嵐の夜空を走る稲妻の光により一瞬明るくなる廊下で、ヤミは男を見据える。

 

「あなたは…黒蟒楼に入ったようですね。────殺し屋…通称”クロ”」

 

「さっきの奴といい、妙なことを言うな……」

 

「ユウリと、出会ったのですか?彼はあなたを殺すため、牙を研いでいますよ…」 

 

「地球人に恨まれる覚えはないが、何の話だ?黒蟒楼なんか、俺には関係ないぜ?」

 

「……あなたが、黒蟒楼の黒ではないのですか?」

 

「よくわからんが…オレの仕事のジャマをするな。でないとまた…戦う事になる」

 

 クロとヤミの会話は噛み合ってはいないが、言いたいことは言い終えたと言わんばかりにクロは立ち去ろうとするが、

 

「私はあなたとは戦いませんよ。ユウリが、あなたを狙っていますから……でも、私の友人達に手を出すのであれば、私もあなたと戦わざるを得ません」

 

「……ともだち?」

 

「はい……あ、一人は標的(ターゲット)でした。訂正します」

 

「フッ」

 

 今度こそ、クロは去っていく。

 

 

 一人残ったヤミは、クロは昔と変わっていないように思えた。

 もしかして、自分の勘違いかと思い、先程の噛み合っていない会話を思い出す。

 黒蟒楼の黒というのは、クロではない…?

 ただ、会話の中でここにいるのは仕事だと言っていた……でも狙いは、私でも、ユウリでもなかった。

 と言うことはまさか、デビルークのプリンセス?

 

 ヤミはひとまず、広間に戻ろうとしたところで、遠くから悲鳴が聞こえた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「みんなは無事かな?」

 

「無事だよ。あれからずっと【円】を張っているが広間に問題はない。けど、猿山が二人いるのが気になるな」

 

「猿山が、二人?」

 

「さっきのやつだろうな。目的はわからんが、暴れてはいないし、逃げてるほうがあいつかもしれない。けど、広間に戻ったらとりあえずぶっ飛ばしてやろうぜ」

 

 ナナはジト目で俺を見るが仕方ない。

 猿山も異星人も【念】が使えるわけでは無いのでオーラを纏っていないし、並外れた生命力を持っているわけでもないので【円】の感知では区別はつかない。

 それに俺の友達ではなくリトの友達なので見たところで判断できる自信は無かった。

 二人いる猿山の内一人は広間におり、もう一人は既に館から脱出し外を走っている事が確認できた。

 

 ヤミが一人、館内を疾走しているのが気になるが、ヤミであれば問題はないだろうと思っていた。

 

「……ん…んんっ…」

 

「あ、おはよ。古手川」

 

 小さな呻き声とともに、胸に抱く古手川の目がぼんやりと開きはじめるので声をかけた。

 

「……おはよう。あなた…もう、いつもみたいにユイって呼んでくれたらいいのに」

 

「…へ?」

 

 寝ぼけてんのか?

 唐突すぎて思わず間抜けな声が出た。

 

「もう、あなたったら…いつもみたいにちゃんと呼んでくれないと、起きないんだからね…」

 

「何言ってんだコケ川?」

 

 ナナが、俺の胸に収まっている古手川に顔を近づけて声をかけると、しばしの沈黙ののち、

 

 

「キャーーーーーーッ!!!!」

 

 古手川の悲鳴が館中に木霊した。

 



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五十話 解決×警告

ーーーーーー

 

 

──バチンッ!!

 

 

 反射的にやってしまった。

 

 叩いた右の掌に若干の痛みと熱を感じて、またかと思う。

 

「助けたつもりだったんだけど…余計なお世話だった?」

 

「あ……その……ごめんなさい」

 

 自分でもなぜかわからない。

 恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じり、わけがわからなくなった。

 七瀬さんは、左頬を赤くして、困ったような顔をしたまま、愛想笑いを浮かべている。

 対照的にナナちゃんは何が面白いのか、ニヤニヤとしていた。

 

「兄上、顔に手の後がキレイについてるぞ」

 

「そりゃあ、今の今、古手川さんにビンタされちゃったからなぁ…」

 

「ご、ごめんってば…」

 

「もはやいつもの事だからいーけど、もう少し、男に慣れた方がいいぞ?どんな夢見てたのか知らねーけど、未来の旦那に名前で呼ばれるようにさ」

 

 意地悪……

 私が寝ぼけていたのは悪いけど、人間誰だって夢くらい見るでしょ。

 それに、夢の中の旦那さんは……

 

 この時、私はどうかしていた。

 七瀬さんもナナちゃんも何も言わないので、そのままの状態で広間へと向かっているのに何も言わなかった。

 しかも、ハレンチな事ではなく嬉しいと思っていたなんて、とてもじゃないが言えない。

 

 広間に入るなり、すぐに結城くんと西蓮寺さんが駆け寄ってくる。

 

「こ、古手川!?大丈夫か!?」

「さっきの悲鳴は、何があったの…?」

 

 少し前の私の悲鳴を非常事態と受け取ったのか、心配してくれているみんな。

 だが、方向性の違う人間が二人。

 

「なんでお兄様に抱っこされてるんですか…?あの、なんともないように見えるのですが、本当に歩けないんですか?」

「自分で探しに行って助けられてたらキリないですよ、古手川さん。ユウリさんはまだ怪我もちゃんと治ってないんですから、ちゃんと大人しくしてないと」

 

 ここでようやく自分が七瀬さんに抱っこされたままで、みんなの前にいることに気づいた。

 モモちゃんとミカンちゃん、なんか怖いんだけど……

 私だってわざとじゃないのに。

 七瀬さんが私をそっとソファーに下ろして、二人に私が異星人に気絶させられていたんだと説明してくれていた。

 あぁ、なんでこのまま来てしまったのか…

 顔が熱を帯びているのがわかる。

 ミカンちゃんの話も、先日の姿を見ているし一理あるので、申し訳なさと恥ずかしさで俯いたところで、

 

──フッ

 

「キャッ!!」

 

 突然電気が消えて、部屋が真っ暗になった。

 

 西蓮寺さんの悲鳴が聞こえる中、私はこの停電に乗じて結城くんがコケてこないかと警戒を強めた。

 

 

ーーー

 

 

 停電か…

 

 すでに過ぎ去っていた嵐のお陰か、停電していても、雲の無い空からは月明かりが差し込み、真っ暗闇ではない室内。

 

「あ……あれ!!」

 

 猿山が光の差し込み場所である窓を指差すと、そこにはさっきの黒いコートの男。

 少し前に男と対峙していたであろうヤミも、ちょうど広間に着いたようだ。

 

「……クロ」

 

 ヤミの知り合いなのか?

 謎の男の出現に一同は怯えているが、アイツはたぶん無関係の人間には手を出すタイプではない。

 さっきのやり取りでも、ナナと古手川を狙うそぶりすらなかったし、ヤミとは戦闘行為に及んだ形跡はない。

 そのため、俺はやりたかったことを先にやることにした。

 

「おい、猿山」

 

「え!?…ええ!?こんな時に、なんすかお兄さん!?」

 

 うーん。目の前で見てもマジでわからん。

 しかたない、本物だった時のために、先に謝っとけばいいか。

 ララに隠れるように立っている猿山に向けて両手を合わせた。

 

「間違ってたら、すまん」

 

 謝ってすぐに、ララの顔の横をすり抜けて右ストレートを猿山の顔面に叩き込む。

 そのまま一直線に壁へと吹き飛ぶ猿山。

 

「──ユウリ気付いていたんですか?」

 

 西蓮寺とリサミオあたりが、なんで猿山を殴ったのかと叫んでいるので簡潔に答える。

 

「いや、猿山見たら殴る気だっただけ」

 

「鬼かっ!?」

「…え?」

 

 リトからは罵声が飛び、西蓮寺は頭がおかしい人を見る目を向けている。

 だが、俺は殴った瞬間に猿山の体が一瞬ブレた事は見逃していない。

 どうやら、こっちの猿山で当たりだったようだ。

 

「西蓮寺、その目はやめて。ほらっ、殴って正解だったみたいだろ?」

 

「あ……」

 

「な…なんですの!?」

 

「やっぱり!さっきの古手川と一緒だ!」

 

 事情を知っているナナは気付いたようだ。

 猿山の体は メカメカしい人型スーツ姿に変わる。

 その頭部は透明なドームに覆われた操縦席のようになっており、中には緑色の小さな異星人の姿が見えた。

 

「万の姿を持つ変装の達人カーメロン。ある銀河マフィアから機密情報を盗み逃走中だった男だ。それが、誰も見た事のない本当の姿か…」

 律儀にクロとやらが解説してくれた。

 まぁ、狙いはやっぱりこいつだったわけね。

 

「だが…俺には匂いでわかる」

 

「えぇ、血の匂いがしなかった。初めは天条院沙姫のイタズラの線を考えましたが、クロの登場によりその線は無くなりました」

 

「……ヤミー?どした?」

 

 ヤミの芝居染みた話し方に違和感を覚える。声をかけるが無視されて、そのままいつになく饒舌に、つらつらと推理を並べ立てる。

 

 カーメロンはクロに追われていたためにまずは嵐山に化けて死んだフリをしてやり過ごし、猿山と入れ替わって今に至ると。

 

 ヤミは見ても聞いてもいないから知らないだろうが、間に古手川も含まれているが、ヤミは推理中で喋り続けているために口を挟めないし、なによりさっき無視されたばかり。

 

 部屋の中をわざとらしく歩き回りながら語り、推理を言い終えたのかヤミはピタリと立ち止まった。

 そして人差し指を、ビシッとカーメロンへと向ける。

 

「つまり、あなたは私やプリンセスを使ってクロを倒そうとした、そうですね?」

 

 シーン……と静まり返った室内。

 そういえば、最近推理ものばっか読んでたな。

 

「くっ……ちくしょーーっ!!」

 

 カーメロンは一瞬観念したように見えたが、叫びながらも煙幕を吹き出した。

 

「煙!?」

 

「なんにも見えないよーっ!」

 

 リトとララが揉み合っているが、肝心のカーメロンは……逃げていない?

 煙はすぐにはれ、周りを見るもみんなに特に変化はないようだが、

 

「み、美柑が二人!?」

「わたしがいる!?」

「私が本物よ!勝手なこと言わないでよ偽物!!」

 

 ミカンとミカンが二人で言い合いをしており、周りの人間は呆然とそれを眺めていた。

 だが、ヤミと男は偽物を見定めるように目を細くしている。

 

『クククッ…どちらが本物かわか……グボォ!!?』

 

 イラつくなぁ…

 何かの装置を使っているのか、出どころのわからない調子に乗った声がしていたが、俺の拳が深々と、片方のミカンの腹に突き刺さったところでその声はとぎれた。

 

「不快なことさせやがって……死ぬか?」

 

「ひっ!!な、なぜわかった…?」

 

 俺の腕が貫通しているため、すぐにメカスーツに戻り、空いたばかりの大穴からは煙が出ていた。

 これでもう、姿を変える事はできないだろう。

 

「妹を見間違える兄がどこにいる?」

 

「なっ…」

 

 腹を貫通している腕を引き抜き、次はドーム状のガラスを突き破って中から小さな本体を取り出した。

 そのまま地面に思いっきり叩きつけ、そのまま結界で拘束をする。

 ミカンの姿をしたモノを殴るのも嫌だったし、イラついていたために、わりと本気で叩きつけたからか、カーメロンは完全に気を失いピクリとも動かなかった。

 

「…ねぇ、リト。さっき私が二人いるって言わなかった?」

 

「……い、いや…俺にも、わかってたぞ!」

 

 ジト目でミカンがリトを見ており、リトは慌てて弁明していた。

 それよりも、アイツの動きが気になるな。

 コレ引き取って、終わりってなるのか?

 

「で、お前はどうすんだ…?」

 

 俺はクロと呼ばれた黒コートの男へと振り向き、オーラを研ぎ澄ました。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリさん、臨戦態勢だ……

 オーラは淀みなく綺麗に揺らめいているが、圧倒的なオーラ量を誇るユウリさんだからこそ、その密度は半端じゃない。私100人分くらい込められてるんじゃないかと思う。

 

 あの人は誰なんだろうか。

 構えているのは、綺麗な装飾銃。

 あきらかに地球人ではないだろう。

 

 でも、さっきのは嬉しかったな。リトは、絶対わかってなかった気がする。と、今と全く関係ない事を考えてしまったところでヤミさんが呟いた。

 

「…ユウリ……」

 

 さっきから様子が変だけど、どうしたんだろう?

 やけにソワソワしているような。

 

「ん?もしかして、ヤミの因縁の相手か?俺は手を出さないほうがいい?」

 

「………へ?」

 

 ユウリさんの言葉に、ヤミさんは呆けたように、似合わない間の抜けた声をだした。

 

「あ、あなたの因縁の相手ではないのですか…?」

 

「……いやいやいや、全く知らん。初めましてだ」

 

「クロは仇だと言っていたでしょう?」

 

「ん?それは神黒っつって、ついこないだやりあったのがアイツだよ。何言ってんの?」

 

「〜〜〜っ!!」

 

「ば、バカ!俺を攻撃してどうすんだ!?アイツが動いたらやべーだろ!!」

 

 ヤミさんは無言で髪を刃に変身させるとユウリさんへと斬りかかる。

 どうやらわりと本気のようだ。

 ユウリさんも壁や天井を使い部屋の中を飛び回り、私たちに被害が出ないように躱している。

 

「まぎらわしいことを、言わないでください…!」

 

「勝手に勘違いしたヤミが悪いんだろっ!何怒ってんだよ!?」

 

 ヤミさんの顔が赤い。

 これは、照れ隠しだな。

 ユウリさんは全く気付いてないみたいだけど。

 ホント、鋭いのに、ニブい人。

 すると、クロというらしい男の人が銃は構えたままだが、ヤミさんを驚いた顔で見ている。

 

「………珍しいものが見れたが、仕事は仕事だ…」

 

 ──撃つ気!?

 と思ったら、クロの腕をヤミさんが、銃身をユウリさんがそれぞれ掴んでいた。

 

「ジャマをするなと言ったはずだ」

 

 どちらに向けて言ったのか、それとも二人ともに言ったのかはわからないけど、二人は同時に答えた。

 

「殺しは、別んとこでやれ」

「トモダチに、私やあなたの住む世界を見せたくない…」

 

「ヤミ…さん…」

 

 前に、ユウリさんがみんなの前で暴れ回ったのは聞いた。

 それでハルナさんや古手川さんが恐怖で落ち込んだのも。

 それを、思ってくれてるんだよね。

 

 そして、それでも銃を下げないクロに対して、ユウリさんがとった行動は……

 

「そんなに仕事したきゃ、追ってこいっ!!」

 

 結界を解除し、カーメロンをつかみ上げると、そのまま窓から外へと飛び出していってしまった。

 ユウリさんに少し遅れて、クロとヤミさんも窓から飛び出していく。

 

 

ーーーーーー

 

 

「それで、ヤミは何を勘違いしてたんだ?」

 

「もーいいです…」

 

 孤島の突端まで移動したユウリの隣にヤミは立ち、向かい合うようにクロがいた。

 

「で、アイツは何者なんだ?」

 

「ユウリ、彼も殺し屋です。通称クロ」

 

「殺し屋ね。えーっと、俺の仇じゃない人と、ヤミはやりあったことあるとかなんとか言ってたっけ?」

 

「……本気で聞いていますか?それとも、まだからかってるんですか?」

 

 二人のやり取りを見て、クロは生体兵器であるヤミの変わりように内心驚いていた。

 

 ヤミを兵器として仕立て上げた組織は壊滅させた。

 その後、執拗につけ狙ってくるヤミと最後に対峙した際のセリフと表情からは想像もつかない。

 

『好きに生きろ…と?戦い以外の生き方なんか、私にはわからないのに?』

 

 そう言ったヤミの眼に光は無かった。

 が、今はどうだ?

 とぼけ、照れ、怒り、目の前で茶番を繰り広げている。

 そして、トモダチ、と。

 

 仕事をする気は、とっくに失せていた。

 

「仕事をする気分じゃ無くなったが、ひとつ、忠告しておいてやろう…」

 

「忠告?」

「なんですか?」

 

 同時にこちらを向き、同時に声を出す二人。

 表情は変えないが、内心で苦笑しつつも言葉を続ける。

 

「警告と、言った方がいいか。黒蟒楼なら、地球時間で二月も経たないうちにこの惑星に来るぞ」

 

「……」

「……え?」

 

 男の方は知っていたようだが、金色の闇は知らなかったようだ。

 この男、得体の知れない技といい、神黒に少し似ているな。

 だから、狙っているのかも知れないが。

 

「神黒には手を出さない方がいい。勝負になるような相手じゃない」

 

 一度、仕事で見たことがある。

 何度致命傷を受けても死ぬ事はなかった。

 むしろ喜んで敵の攻撃を受けている節すらあった。

 命をいくつもストックしているのか、はたまた不死なのかは見ている分にはわからなかった。

 もしもやり合うことになれば戦いにはなるかも知れないが、終わりがあるのかわからない上に、触れることもなく、攻撃の気配もなく相手を殺していた技だけは、俺にも見えなかった。

 

「……ご警告どーも。でも、ついこないだやられたばっかだっつの。次こそリベンジすんだよ」

 

「……クロ、あなたは戦ったことがあるんですか?」

 

「…いや、見ただけだ。仮に仕事が入ったとしても、いくら貰おうとも割には合わない事は確かだ」

 

 言いたい事は言い終えた。

 まさか、あいつとやりあって生き残ったとはな……

 この顔は、俺の話を聞いても引く事は無い、か。

 

「これは貸しに…しないでおくぜ……せいぜい生き延びてみせろ。金色の闇」

 

 生体兵器が、ヒトになるとはな。

 面白いものを見れたので貸しは無しとしておこう。

 

「え、俺にはなんもねーのかよ?」

 

 この男の影響か、他のトモダチの影響かはわからない。

 ただ、コイツは随分と、歪な奴だな。

 ただのガキのようでありながら、闇の住人の空気を纏い、とぼけた雰囲気で振る舞いながらも、突如殺気を振りまいたりとわけがわからない。

 どれが本性か、そのどれもが本性なのか。

 

「お前には、警告をしただろう。別にやるやらないは、お前の好きにしろ。じゃあな」

 

 この惑星は、今後どうなるか。

 他の惑星と同じく消えるのか、はたまた……

 

 



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五十一話 楽園×結成

ーーーーーー

 

 

「お兄様、こちらの料理はお食べになりました?美味しいですよ」

 

「当たり前でしょう。この天条院家の誇る一流のシェフが──」

「それはもう何度も聞きました」

 

 お兄様に料理を勧めたところで、天条院さんがそれはもう何度も聞いたセリフを挟む。

 

「もらうよモモ。あと、サキもありがとな。でもさ、説明ばかりでさっきから食べてないけど、一緒に食べよーぜ?」

 

「は、はいっ!ユウリ様」

 

 どう考えても、お兄様の事が好きな天条院さん。

 でも、今はまだ憧れの方が強いのか、それとも元々そういった方なのか、普段とは打って変わってお兄様を目の前にすればおとなしいですね。

 

「これは……から取り寄せた一品でして、このソースは……」

 

 あの後、お兄様とヤミさんは二人で戻ってきた。

 今料理の説明をしてくれている嵐山さんも無事で、島から脱出しようとしていた本物の猿山さんも、今は同じ食卓を囲んでいる。

 でも、あの男が有名な殺し屋、クロだとは思いもしませんでしたが、無事に戻ってきたので安心したし、電波を妨害していた装置はクロが設置していたようで、今は問題なく過ごせていた。

 到着して早々に事件が起きたので、みんなこの夕食会が終わればすぐにでも眠りにつくだろう。

 そうしたら私は……

 

「あ、これにはソースがあったんだ」

 

「私がつけてあげますよ」

 

 目の前の料理を、最近慣れてきたお箸で掴むと、ソースをつけてそのままお兄様の口へと運ぶ。

 口のすぐ前まで料理を持っていくと、少し間を開けてそのまま食べてくれた。

 

「………パクっ」

 

 こうゆう時、リトさんなら照れて食べてくれないんだろうけど、お兄様は一瞬思案されたようですが、何も言わず食べてくれる。

 差し出した女性を道化にしないように。

 本当に、優しい人。

 

 でも、あちらは……

 私はそっと横を見る。

 

「リト、私も食べさせてあげるよっ!」

 

「うわっ!やめろよララ!自分で食えるって!」

 

「えーっ。お兄ちゃんは食べてくれるのに。リトのケチ」

 

 お姉様とリトさんはいつもと変わらない様子。

 お兄様に特訓をされ始めて男らしさが増したように見えてきたのですが、女性のこととなると変わり無いようですね…

 でも、最近はまんざらではなさそうなのですから、お姉様とさっさとくっついて欲しいのですが……

 

 

ーーー

 

 

 モモさん…

 

 最近は露骨にユウリさんにベタベタとくっつきすぎじゃない?

 ユウリさんは優しいから何も言わないけど…

 私もしたいのに、なんて言うのは、内緒だけど。

 

「モモ、さっきから兄上にベタベタしすぎだぞ!あと、ソレッ!!」

 

 ナナさんも私と同じ意見のようだ。

 何がこうも心を逆立てさせるのか、それはナナさんと私は共通していたと思う。

 

「あらっ。私とした事が、気付きませんでした。──ナナでは、当たる胸がないですもんね」

 

 そう。さっきから胸がユウリさんの二の腕に当たっていたのだ。

 というより、当てていたようだが。

 

「なんだとっ!!自分がちょっとあるからって…」

 

「ナナ、落ち着けって。あとモモも、食べづらいからちょっと離れてくれ」

 

 うーん。

 ユウリさんも最近はなんでも言ってくれるようになった気がするけど、今はまたなにかを隠してるような気がするんだよね。

 私は目の前のお肉を箸で掴みながら、横に座る親友を見る。

 

「………」

 

 こちらも何か考えてるのか、さっきからどこか上の空だ。

 二人でクロをここから引き離した時、何かあったんだろうか?

 

 幸いヤミさんとは相部屋だし、あとで聞いてみようと思ったところで、お静さんがウェイトレスの格好をしてみんなにドリンクを配っている。

 それをみんなが飲み干したところで、またも事件が起きた。

 

 

ーーー

 

 

 なんだ、これは……

 

 感情が、昂る…体に熱が籠るのがわかる。

 胃から喉にかけて、上へ上へと何か熱を持ったものが昇ってくる。

 これがチャクラか……と馬鹿な事を思う程の熱量。

 

 それもこれも、お静ちゃんが持ってきたコノ飲み物を飲んでから……

 

 

ーーー

 

 

 窓からの日差しで俺は目を覚ました。

 見覚えのない天井、と一瞬思ったが、サキの別荘で俺にあてがわれた部屋の天井だと理解した。

 昨夜の記憶が曖昧だが、部屋に帰ったのは、覚えている。

 

 「あー頭が痛ぇ、こんなに酒弱かったのか、悠梨は…」

 

 以前の世界でも酒はなんどか飲んだことはあるが、ここまで酔ったことなど、一度もなかった。

 ガンガンと痛む頭を押さえ、とりあえずベッドから身体を起こすと、何かが身じろぎをしたような…

 嫌な予感がして、掛け布団をゆっくりと剥がすと…

 

「………」

 

 そこには、一糸纏わぬ姿の、モモとミカンとヤミが気持ちよさそうに眠っていた。

 ミカンとヤミはまだしも、モモの胸は自身の腕で挟まれてその存在を強調している。 

 

「……楽園かここは?」

 

 違う違う違う。何言ってんだ俺は。

 思い出せ思い出せ思い出せ、どうしてこうなった?

 そもそも、シタのか?しかも4人で?

 いやいやいやいや。でも俺は服を着てる。

 それはないはず…うん、ないはずだ!!

 もしもあったとしたら、酔ってて覚えてないなんて、俺はなんてもったいない事を……

 じゃないっ!!何を考えてんだ俺は。

 よし、一旦落ち着こう。落ち着きがてら、とりあえず三人の裸を見ておこう。

 今後見ることなどないかも知れないしな。

 

 思考回路がぐちゃぐちゃなまま、再び三人に視線を向けると、

 天使のように愛らしい笑顔と、

 羞恥心で死んでしまうのではないかと思うほどに赤い顔と、

 宇宙一の殺し屋と呼ぶに相応しい顔が、俺を見ていた。

 

 

ーーー

 

 

 朝の食卓。

 全員が浮かない顔をしており、皆一様に頭を抑えている。

 それはそうだ。

 この部屋は昨日凄惨な光景を作り出した部屋。

 

『これからの事を思うと、すごく縁起の良いものがありました!みんなで飲みましょう!!』

 

 お静ちゃんがそう言って持ってきたのは、『大吟醸・龍ころし』という強烈な酒。というのは後で知ったのだが、グラスになみなみと注がれたそれを飲み干すみんなの姿を最後に、ここは混沌と化した。

 

 ララは笑いながら全裸になるとリトへとくっつき、負けじとルンが、続いて西蓮寺とリサミオも下着姿となってリトへと群がる。

 それをあろうことか、酔っているリトは受け入れたのだ。

 その姿はまるで楽園(ハーレム)を築く王となったように見えた。

 

 古手川とナナは泣き上戸だったようで、二人してネガティブな発言を繰り返し泣き続け、猿山はそれを慰めているようだが日本語を話せていないほど呂律が回っていない。

 

 サキと九条と、とばっちりで捕まったお静ちゃんの三人は、酒癖が悪かったのであろう藤崎に絡まれている。

 

 俺は胸にこみ上げる気持ち悪さにやられ、この混沌な空間からいち早く出ていき部屋でベッドに横になった。

 それにモモがついてきていたようで、モモも部屋につくなり裸になると、「お疲れでしょう」などと言いながらベッドへと潜り込んできた。

 更にモモを追ってきていたのか、ミカンとヤミもなぜか負けないとモモに対抗しはじめたのは覚えているが、目を覚ましたら今朝の光景。

 

「はぁー……頭痛え…」

 

 二日酔いももちろんあるが、ついさっきヤミに変身(トランス)の巨大な拳で頭をぶん殴られたのもあり、グワングワンと世界が軽く回って見えている。

 

「大丈夫ですか?お兄様、はい、お水です」

 

 酒豪だったのか、一人平気なモモに介抱されながら、他の一同はしばらく二日酔いに苦しんだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「一昨日は、お楽しみでしたね」

 

「………加賀見さん、ゲームするんすか?」

 

「いえ…?なぜですか?」

 

「…なんでもないです」

 

 まさか加賀見さんからそのセリフが飛び出してくるとは思っていなかったので思わず吹き出しそうになる。

 あの日のことは、もう思い出したくない。 

 

「ところで、偉く大勢連れてきているようだが、何のようだ?」

 

「顔合わせもかねて、作戦会議、しときません?」

 

 松戸さんは表情を変えない。

 

「僕のやることは変わらないが…まあいいだろう」

 

 そう言ってくれた松戸さん。当初からすると随分丸くなったもんだ。

 応接室のさらに奥、広間へと向い、加賀見さんに飲み物を用意するようにお願いしていた。

 そして、全員が広間に集まった。

 

 俺から時計回りに、松戸さん、加賀見さん、リト、ララ、ナナ、モモ、ザスティン、ブワッツ、マウル、ヤミ、ミカンの順に大きなテーブルをぐるりと囲む。

 

「まず言っとくとあと一ヶ月ちょっとしか、時間は残ってない」

 

 既に知っている三人以外は、驚く。

 

「……デビルーク王も、現在は知性の低い星々から、なぜか一斉に襲撃を受けているようで……地球のことはお前らでなんとかしろとの話です」

 

 ザスティンはそう話す。

 が、デビルーク王の参戦など、はなから期待していなかったのでなんとも思いはしなかったし、ザスティンの表情からすると、さっさと連れて帰ってこい。が本来言われたことだろうな。

 まぁ、デビルーク星の今の状況を作ったのもどうせ黒蟒楼だろう。

 

「まあ、それは良いとして、とりあえず、それぞれの標的を決めておきたくてさ」

 

「……標的(ターゲット)、ですか?」

 

「そう。まず、俺がやるのは神黒。あと、加賀見さんと松戸さんが黒蟒楼の本体と白。これはどちらも譲れない」

 

 そうは言っているがおそらく本体はどうするかはわからない。

 が、たぶん白は黒蟒楼の主に執着していると言う話は聞いた。

 まとめて相手することになるだろうから、そう言っておくことにした。

 

「残りの幹部は、戦闘部の我銀、隠密部の紫音、情報部の碧暗、技術部の藍碑、城内の管理者の孔朱がいるらしい。で、戦闘になった場合それぞれ誰がどれを相手にするかを……」

 

 俺の中でなんとなく決めてはおり、我銀をヤミに、と言おうとしたところで二人に遮られた。

 

「我銀……その方は、私が仕留めます…」

「碧暗とかゆうクソヤローはあたしがやる!!」

 

 ナナはわかる。話は聞いたし、おそらく戦闘での相性も良い。

 だけど、モモは?

 

「モモ、どうしたの?」

 

 ララの問いに、モモはゆっくりと口を開いた。

 

「我銀…炎の化身などと、ほざいている方ですよね。あの方に焦土とされた惑星をいくつも見た事がありますから…」

 

 植物を愛するモモだからこそ、許せないのだろう。

 佐金よりも、おそらく強いので心配ではある。

 私怨か、と思うが人のことは言えないし、認めるしかないか…

 

「モモ、やばくなったら、逃げるんだぞ?ならザスティンたち三人は、モモについてくれないか?」

 

「ユウリ殿、それではララ様とナナ様は…」

 

「モモの相手は戦闘部隊。そこに人手を割くのは当然だろ。ララには藍碑をお願いしたいんだ。戦闘力は高くないが、技術部となると地球の俺たちじゃ理解が追いつかない。宇宙一の発明家であるララならどうとでもできると信じてる」

 

「…うんっ!任せてお兄ちゃん。私が懲らしめるからっ!!」 

 

 拳を握り込み、笑顔で言うララ。

 藍碑というのがどの程度のものかはわからないが、頭でララに勝てるはずもないし、力もデビルーク星人であるララは、このメンツの中では最強の一角に間違いなく入る。

 無理はしなくて良いからと告げて、本当はモモにお願いしようとしていたのだが、

 

「ヤミは、紫音だな。戦闘力はかなりのものらしい。隠密っていうから、本来は俺の【円】か、モモのトラップが適任だとは思うが……」

「別にかまいません。私の標的は決まりですね。その後は、白黒以外は誰をやってもいいのでしょう?」

 

 なんとも頼もしい。

 もう、殺しはしないだろうが本気のヤミが相手なら、白黒以外の幹部の誰であれ負けはしないだろう。

 俺は大きくうなづいた。

 

「ユウ兄、なら俺とミカンは?」

 

「二人はペアで行動して、紫音の部隊狙いだな。隠密連中にチョロチョロされるとかき回されて鬱陶しい。幹部に出会ったら、必ず離脱しろ。ヤミもそれで良いか?」

 

 ヤミは無言でコクリとうなづく。

 お守りを押し付けたようだが仕方ない。元々はサポートに適したモモとくっつけるつもりだったが、我銀の元へ二人は送り込めない。

 

「で、残った孔朱は、接敵したら俺がやる。幹部の中では下の部類だそうだが、元々はタコの異星人らしい。ヤミはやめといたほうがいいかもな」

 

「うっ……わかりました」

 

 少し顔を引きつらせて了解してくれるヤミ。

 

 これで決まり。

 あとは突入と撤退の装置の確認と、松戸さんが手荒く聞き出したであろう幹部に関しての情報の伝達。

 あらかた終わったところで、松戸さんが最後に口を開いた。

 

「……君たちが好きにやるのは構わない。何度も言うようだが、勘違いであれ何であれ、僕の獲物には手を出すな。これは僕の一世一代のショー、観客になることすらも許さん」

 

 殺気を垂れ流しながら告げる松戸に、一同は無言でうなづいた。

 その空気を重苦しいと感じたのかリトが話し出す。

 

「な、なんか、Ⅻ機関って感じするな」

 

 突拍子もないし、ゲームがわかる俺くらいにしか響かないネタだろう。

 案の定、みんなの頭にはハテナが浮かんでいる。

 

「いやさ、チームの、俺たちの呼び名みたいな」

 

「そういう意味ですか。この場にいるのは12人。まるでオリュンポス12神のようですね」

 

 漫画家である才培さんの仕事を手伝っているためか、ザスティンが神話に因んでそういうと、わずかに加賀見さんが反応をしたのがわかる。

 禁句、というわけではないが、良い気はしないだろう。

 ま、フォローしとくか。

 

「なら、ここは彩南町だし、彩南十二柱(さいなんじゅうにちゅう)って感じ?」

 

「ユウ兄、なんで、ちゅうなんだ?」

 

「だって俺、神じゃないし。柱くらいがちょうどいいだろ。人間なんだから」

 

 正直名前なんてどうでも良いが、これでリトの士気があがるのであれば、まぁいいか。

 

 それよりも、俺には時間がない。

 あの差を一月で埋めるのは無理がある。

 

 決戦までの秒読み段階の今、なんか方法を考えないと……

 

 その後、光明が見えたからか、焦りすぎた俺の前に、得体の知れないモノが現れたのは、これから一週間後の事だった。

 

 



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五十二話 其々×物語

ーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん、これだとどうかな?」

 

 私は電脳世界からの強制帰還用のプログラムを組んでお兄ちゃんに見せた。

 

「ん?いいんじゃないか?というか、俺は見てもわかんないけど、仮に崩壊しかけでも無理やり飛び出せるなら大丈夫だろ」

 

「私に、かかってるって、ことだよね…」

 

 発明は楽しいけど、こんな気持ちで作るのは初めてだ。

 私が、もしまた失敗しちゃったら、と思うと……

 

「そうともいうけど、そうでもないぞ」

 

「…?どーゆーこと?」

 

 ちんぷんかんぷんな事をいうお兄ちゃん。

 私は理解できずに首を傾げた。

 

「ララの装置ができてるのが一番だけどさ、最悪手はいくらでもあるって事。俺の能力も、加賀見さんのゲートもあるし」

 

 お兄ちゃんのあのベリアルなんとかと、黒い渦のことかな?

 亜空間を利用した移動方法は私もまだ作れないから、確かに手はあるね。

 少し、肩の荷がおりた気がした。

 

「うん。でも、私も失敗しないようにしなきゃ」

 

「……ララ、ありがとな」

 

「え?私、なにもしてないよ?」

 

 急にお礼を言われたけど、私にはその理由がよくわからなかった。

 お兄ちゃんは優しく微笑むと頭を撫でてくれる。

 

「……なんとなく、だよ」

 

 変なお兄ちゃん。

 でも、嫌な感じはせず、むしろ心地よかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「よしっ、良い感じ!!この作戦はマジローにかかってるからなっ!頼むぞー」

 

 連携もうまく決まった。手応えも十分。

 アイツ対策の目隠しと耳栓を取ったところで声が聞こえてきた。

 

「……いってぇー」

 

 あ、兄上が仮想アイツだったの忘れてた。

 あたしは兄上に駆け寄ると、なぜかボロボロなのにニコニコしていた。

 

「な、なんで笑ってんだ?おかしくなっちゃったのか…?」

 

「誰もおかしくなっとらんわっ!今のはかなりよかったなー。わりと本気で躱してやろうと思ったんだけどな」

 

 みんなで考えたんだから、当然だ。

 

「……なぁ、兄上はアイツより、強いよな?」

 

 なんでだろう、心の奥の不安が、兄上の前では出てしまう。

 自分で言って、らしくないと思う程、ただ自分が安心したいだけの幼稚な質問。

 だけど、兄上は勢いよく跳ね起きると、私の頭を乱暴に撫で回した。

 

「な、なにすんだよっ!!」

 

「バーカ、俺の方が数倍強いっての。きっと、碧暗だったらひとたまりも無いだろ。地球人最強の俺が言うんだから間違いない」

 

 今度はニヤリと笑みを浮かべている。

 兄上…

 

「…兄上は……これが終わったら、モモと結婚してデビルークに来るのか?」

 

 聞きたかったけど、聞けなかったこと。

 モモと兄上が結婚したら、あたしと兄上の関係が変わってしまう気がして、怖くて聞けなかった。

 

「どーだろうな?先のことはわからん。それこそ選択肢は無限にあるからな」

 

「……そう、だよな…も、もしかしたらあたしと結婚してるかもしれないもんなっ!?」

 

 言っていて恥ずかしくなったけど、そんな未来も、あるかもしれないもん。思うのも、言葉にするのも、あたしの自由だもんな。

 

「それもあるかもな。未来がわかんないからこそ、世界は面白い。………それじゃ、またな」

 

 そう言って、サファリパークを後にする兄上の背中は、とても大きく見えた。

 頼ってばっかりじゃなくて、あたしも、頑張らないとな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「これを、こうしたら良いのね?」

 

 古手川が呪具である箱に向かって両手を突き出したポーズをとっている。

 

「いや、ポーズは別に……見えない力を込めてくれたらそれで良いんだ。古手川はうろ様も見えるくらい力があるしな」

 

 とは言えみんな普通の人間。

 強力な呪具を使うには霊力が足りないため、三人の術者によって起動させる。

 

「私は、大丈夫かなぁ…」

 

「大丈夫だろ。そのために、やってみるんだし」

 

 ルンは心配そうに呟く。

 それもそのはず、ルンとレンは体は一つだが、人数の都合上、文字通り一人二役こなしてもらう事になっていた。

 

「それを言い出したら、お、俺なんて……大丈夫ですかね!?お兄さん!?」

 

「落ち着け猿山。だからやってみるっつてんだろ」

 

「わわわ、ユウリさん私は大丈夫ですかね?」

 

 猿山の不安が伝達したのか、お静ちゃんまで騒ぎ出しているが、猿山とお静ちゃんに軽くチョップをするユウリ。

 「あうっ」という小さな悲鳴を二人から聞いたところで、ミカドが口を開いた。

 

「まぁ、大丈夫でしょ。霊力ってやつよね?お静ちゃんには人一倍あると思うわ」

 

 ミカドの言葉にお静ちゃんは落ち着き、お静ちゃんがいるから、と猿山は安心した。

 

「ねーねーお兄さん、あたしらの班だけチョー一般人だけど、ホントにいけんの?」

 

「うんうん。あたしらと、春菜だもんねぇ…」

 

「うんん、でも、やらないと…ですよね?」

 

 リサミオは不安そうだが、春菜は既に覚悟は決まっているようだった。

 

「そうだな。それに西蓮寺はもちろん、リサミオも、その辺の奴よりは霊力あるらしいし、大丈夫だろ」

 

「…ん、あ、ありがとうございます…」

 

「なーんか、春菜と違って…」

 

「私たちはとってつけたみたいじゃないですかー?」

 

 ユウリのその言葉に、照れたように微笑む春菜と、投げやりだと言う感想を投げるリサミオだった。

 

「ユウリ様、私は、きちんとやり遂げますわ」

 

「沙姫様は私たちが支えます。ユウリ様も安心してくださいね」

 

「そちらのほうが、激戦区と聞きます…私も、力になれたら良いのですが…」

 

 沙姫たち三人が一番落ち着いていた。

 凛は戦いに参加できないことに歯痒そうだが、

 

「九条の気持ちは嬉しいぞ。でも、これしてもらうだけでもめちゃくちゃ助かるからな。地球壊れないようにとか気にしないで済むし」

 

「そ、それほどの戦闘になるんですの!?」

 

「あー、まぁ。でも、大丈夫だって。次は勝つって、もう決めてんだ」

 

 一度ボロボロにされた時を見ている分、次は勝つと笑って言うユウリに対して不安そうな視線を向ける凛と綾。

 でも沙姫だけは、違った。

 

「もちろんですわ。私は安心してユウリ様たちをお待ちしております。帰ってこられたら、宴を開きますわ。あ、次はもちろんお酒は抜きで」

 

 沙姫たちにとってもあの日の夜は悲惨な朝を迎えていたようで、三人とも微妙な表情を浮かべていた。

 

 結果として、呪具による術式は発動し、あとは時を待つばかりとなった。

 

 最後に、一人一人と話し込むユウリを見て、ミカドにはまるで、もう会うことはできない友人と交わす最後の挨拶のようにも見えていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「…どう、ですか?」

 

「ん、かなり良いな」

 

 攻撃も防御も、オーラを大量に消費するから、潜在オーラの少ない私はインパクトの瞬間にその部位だけに込めるのが鉄則。

 今はユウリさんと私で身体の一部の掴み合いをしており、その部位に触れる前に【凝】をする訓練中。

 能力のおかげで、二十年以上研鑽を積んできたユウリさんのオーラ技術を文字通り体感しているからか、どんどんイメージに近づいていくのが、自分でもわかる。

 ユウリさんに、元の世界でも十分天才と呼ばれるくらいに早い上達と言われたのは嬉しい。でも、気になることはある。

 

「潜在オーラが増えたら、もうちょっと長く変われるんですけど…」

 

「そればっかりは、一朝一夕で伸びるもんじゃないから。あるものをうまく使うしかないさ。それに」

 

「それに?」

 

 やっぱり、何回目かの話は、いつも通りの結末を迎えたと思ったら、今回は続きがあるらしい。

 

「俺が全員ぶちのめせば、それで済むだろ?」

 

 ニコリと笑うユウリさん。

 でも、わかってしまう。

 この顔は、不安にさせないようにしてるな。

 この前負けた相手と、戦うつもりなんだから、そんな余裕はないはずなのに。

 

「そう、ですね…」

 

 ここで、信じてあげないと、良い女じゃないよね…

 でも、私のポーカーフェイスはまだまだだったのと、今日は鋭いユウリさんだったらしい。

 

「まぁ、負けたばっかりだもんな。でもさ、切札は、まだとってるんだぜ?」

 

「……本当、ですか…?」

 

 自分でも思う。今の私は、思い描く良い女とは程遠い、酷い顔をしてるんだろうな。

 

「本当だよ。できたらだけど、なるべくミカンが危なくないように立ち回るし。他のみんなには、内緒だぞ?」

 

「それは、モモさんとヤミさんに一歩リードしましたね」

 

 とぼけたように、ウィンクしながら言う顔はなかなか様になっており、私も思わずとぼけて返してしまった。

 

「ん、絶対勝つから、信じてくれ」

 

 ずるいなぁ。

 とぼけたと思ったら、今度は急に真面目になるし、コロコロと表情の変わるユウリさんに巻き込まれる。

 

「はい。約束、ですよ?」

 

「おぉ、約束な」

 

 暫くして、休憩のために二人で、電脳世界のユウリさんの家のソファーに座る。

 

「どうして、こんな事になったんでしょうね」

 

「……ほんと、そうだな」

 

 ユウリさんが来て、ララさんが来て、目まぐるしく変わる日常。

 私がこんな事になるなんて、思いもしなかった。

 でも、ユウリさんは違う意味で受け取ったらしい。

 

 小さく、ほんとに小さくごめんと呟いた。

 自分のせいだと、思ってるのだろうか。

 

「ユウリさんのせいじゃないです。それに、私は望んで、ここにいるんですから」

 

「……絶対、守るから。ミカンも、リトも、みんなも」

 

 抱きしめられたユウリさんの手は、少し震えている気がした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリさん、やっぱり不安ですか?」

 

 探偵事務所での会話以降、ちょくちょく私の元を訪ねるようになったユウリさん。

 やっぱり、私の相手が相手なので荷が重いと思われているのだろうか。

 

「そりゃあ、な。でも、モモの気持ちもわかるし」

 

「あらっ、ようやく私の気持ちに答えていただけるんですか?」

 

「そっちは、そーじゃないけど。とりあえずぶっ倒すのが先、だろ?」

 

 んー、流石に流れで答えてはくれないか。

 

 正直、私にとっては地球はそれほど重要ではない。

 なによりも、ユウリさんと、周りの方が無事な方が断然良い。

 

 でも、我銀……

 緑豊かな惑星を焦土にし、ふざけた事をぬかしているお方には、地獄を見せてやりたい。

 

「モモ、俺にとっては、みんなの方が大事なんだ。最悪の時は、みんなを連れてデビルーク星まで逃げてほしい」

 

「それを、私に言うんですか?」

 

「俺は、最悪の場合は億を超える他人より、数人の友達を選ぶよ」

 

 心を読まれたのかと思った。

 綺麗事だけじゃ、事はすまない。

 最悪の状況に陥った時、人は思考を停止する。

 だから、最悪を想定しておくべきなのはわかる。

 

「モモなら、その判断ができると思ってる」

 

 お姉様やナナ、リトさんには、まず無理だし、ヤミさんは…彼女自身が逃げないだろう。

 確かに、私が適役なのはわかる。

 けど……

 

「ユウリさんが、判断した方がいいと思いますけど…」

 

「そうだな。できたら、な。だから、その時はモモに」

 

 お父様と、お母様も言っていた。

 神黒には、手を出すな、と。

 

 ユウリさんと初めてお会いしたあと、地球へ行きたいと言うのをあれほど止められたのは、後から聞いた話だけど、その神黒が絡んでいるからとの事だった。もちろん誘拐直後というのもあったけど、それが一番の理由だったそう。

 

 だから、お姉様が地球に行けばすぐに王室親衛隊長であるザスティンさんを派遣し、滞在までさせるし、お父様自身も出向いて確認していた。

 だから、早く戻って来いと、自分が自由に動けるようにと、目には見えないけど焦っていたらしい。と、お母様から聞いた。

 

 お母様は、お父様へは自分からガンガンアピールしたと私に話してくれた。戦いにしか興味のないお父様を振り向かせるために。

 今の私と、似た状況。それに、お母様は三姉妹で私が一番似ているとも言っていた。

 

 私も、誰にも負けたくない。

 ユウリさんは、ゼッタイ、私のモノにする。

 

「イヤです♬」

 

「えー…」

 

「だって、まだ答えを聞いてませんし。言いかけてうやむやになっちゃいましたけど……」

 

 私の、私だけのユウリさんでいて欲しいとは、もう言わない。

 でも、いなくなるのは、会えなくなるのは、もっと嫌。

 

「私…ユウリさんの事…愛してます…心の底から」

 

 一番でいたい事に変わりはない。

 だけど、今やみんなも、私にとって大切な人。

 誰も、不幸にはさせたくない。

 どれだけ似ていようと、私はお母様とは違うのだから。

 

「ユウリさんが、ミカンさんも、ヤミさんも、古手川さんも、全員と結婚されてもかまいません。でも、私が一番って、言わせて見せますから、ちゃんと、勝ってくださらないと」

 

「……あぁ、勝つよ。みんなの為に…」

 

 どこか、このまま消えてしまいそうなユウリさんに、今、伝えておきたくなった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「いつものを……20個ほど…」

 

「はいよっ!ちょいとサービスしといたぜ、ヤミちゃん!彼氏と仲良く食べなよ!」

 

「…彼氏では……」

 

「ありがとおっちゃん!じゃー行くか」

 

 いつものたい焼き屋でたい焼きを買う。

 いつもと違うのは、ユウリと来たからか、彼氏だと勘違いされてしまった。

 

「彼氏じゃ、ありません」

 

「ん?まー、そこはなんでもいいじゃん」

 

 またヘラヘラしている。

 正直、最近のユウリにはイライラしていた。

 勝ち筋が見えているわけではなく、ただの空元気なのは明白。

 それに、この眼には思うところがあった。

 だから、呼んだのだ。

 

「懐かしいな。ここ」

 

「…えぇ」

 

 ユウリとは、初めて会ったのがこの公園。

 あの時はミカンがいて、初めてたい焼きを、食べたのが、ここのベンチだった。

 

「とりあえず、たい焼き食う?」

 

「私が買ったんですが……」

 

「まぁまぁ。小さい事は気にするなよ」

 

「……はぁ」

 

「流石にため息はやめてくんない?」

 

 まったくこの男は……

 二人でたい焼きをかじりながら、特に何も話さずにいた。

 無言でモグモグと口を動かす、側から見たら、ケンカでもしているようにでも見えるかもしれない。

 別に、そう見られたくないわけではないが、沈黙を破る事にした。

 

「死ぬ気、ですか?」

 

「……いや、生き残る気さ」

 

 少し間を開けて答えるユウリ。

 その瞳は、冬が近づき寒くなってきているからか、下を向いたまま、動かす事はなく呟いた。

 その眼に、またもイライラする。

 

「それは……どういう意味、ですか…」

 

「……そのまんまの意味」

 

「死ぬ気なんでしょう?嘘をつかないでください。最近のあなたを見ていると、イライラします……!」

 

 これほど誰かに怒りを感じる事があるなんて。

 初めて自分に生まれた感情に戸惑いながらも、感情というものは自分ではどうしようもないものらしい。

 

「……覚悟が…」

 

 雰囲気が、変わった。

 オーラという物だろう。暖かく守られるような、いつもの鎧のようなものではない。首に添えられた鎌のような、明確なまでの殺意が篭った何かがユウリを包んでいる。

 

「覚悟が足りなかった。殺られずに殺るなんて、ぬるい事はいってられない。死んでも殺す。殺す気でいるくせに死ぬ覚悟もないやつには、道など開かれない」

 

「…それ程に、憎しみを…?」

 

「憎しみなんかじゃない。もう、理由は要らないんだ。俺と神黒には。みんながおまけだと思ってるわけじゃないが、俺が殺らなきゃ全てが終わる。だから、命くらい賭ける」

 

 それ以上、何も言えなかった。

 確かに、生き残る気ではあるのだろう。

 これが、ユウリの言う覚悟なんだろう。

 でも…

 

「どんな形であれ、生き残る気ではいるんだ。この戦いに勝ったら、誰かにとって、ヤミにとって、こんな俺でも登場人物くらいにはなれるかもしれないだろ?」

 

「……」

 

 最後に、心から笑って言うユウリに、私は何も言えなかった。

 どんな形であれ…それは、転生する事であり、更に別次元を指している事は、わかっていても、わかりたくない。

 

 居場所も自分も無かったユウリが、求めているものはわかる。

 だが、既に登場人物どころではなく、自分の大部分を占めているユウリを、この時の私は、肯定する事も否定する事も出来なかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「イテテテッ……」

 

「ほら、オーラ込めて。軽い出血ならそれで止まる」

 

 ユウ兄との修行中、腕を切ってしまったようだが、確かにオーラを込めると血は体外に出てこなくなった。

 

「…痛いのには、変わりないけど……」

 

「それは、慣れしかないな」

 

 平気な顔して無茶苦茶言うな。

 でも、集中が途切れたのは、ユウ兄が気になったから。

 休憩がてら、ララが精巧に作っている彩南町の公園のベンチに座って話すことにした。

 

「ユウ兄さ、ヤミとなんかあった?」

 

 美柑が、今日はヤミが泊まりに来ると言っていたのを思い出す。

 家にいたヤミは不機嫌というか、どこか上の空だった。

 そしてユウ兄と会うと、同じような顔をしていたから、気になっていた。

 

「あぁ、こないだ怒らせた」

 

 頬をかきながら言うユウ兄は、いつもと違って子どもっぽく見えた。

 

「何したんだよ、ユウ兄……」

 

「なんもしてねーよ」

 

 あぁ、嘘ついてるな。

 わかりやすい、兄の仕草。

 

「……また、なんか隠してんだろ」

 

「…にぶちんのリトが言うじゃん。隠してるつもりはねーよ」

 

 にぶちんって……

 でも、なんとなく気づいてしまった。

 これは、あの時と同じ。

 

「死んでもいいなんて、言ったんじゃないだろうな……?」

 

 驚いたような顔。

 なんだよ。まだそんな事言ってんのかよ…

 

「別に、死にたいなんて、言うわけも思うわけないだろ……」

 

「…何回も言うけど、ユウ兄は、もう俺にとってはかけがえの無い家族なんだから、いなく、ならないでくれよ?」

 

 まだ数年の付き合いだけど、ララといい、ユウ兄といい、濃すぎる時を共に過ごしてきた。心の底からそう思っていた。

 

「俺より、お前はどうするんだ?ミカンとお前が死ぬかもしれない場面でも、俺は助けてやれないかもしれない。ヤミも、ララも、誰もお前を助けに行けない可能性の方が高いんだ。その時、お前はどうする?」

 

 思ってもみなかったことを聞かれる。

 いや、わかっていて、考えてなかったこと。

 どこかで、ララがいるから、ヤミがいるから、兄がいるからと思っていた自分がいる。

 美柑は守る。俺が死んでも…

 あれ?ユウ兄も、こう思ってるってことか?

 答えられない俺に、ユウ兄はなおも続ける。

 

「悩むのもいいが、決断の時は近いぞ。その時までに、覚悟を決めておけ。他の誰でも無い、これはお前の物語なんだから」

 

 俺の、物語?何言ってんだ?

 

「リト、キツイ事言うけど、お前が手伝うと言ってくれた事は、そう言う場所だ……だから、やめてもいいんだぞ?」

 

「やめるわけ、ないだろっ!俺は、死なない!美柑も、誰も殺させないし守ってやる!俺にできるんだから、ユウ兄なら簡単な事だろ!?」

 

 我ながら、めちゃくちゃなのはわかってるけど、俺は、誰も失いたくないんだ。

 

──ッ!?

 

 ユウ兄が、消えた!?

 と思ったら、既に眼前におり頭を拳で挟まれて、グリグリされてる。

 

「イッタァーー!」

 

「えらっそーに。主人公様は死なないってか?」

 

「物語とか主人公とか、知らねーよっ!だったらユウ兄の物語の主人公はユウ兄じゃねーのかよ!?」

 

 キョトンとした顔をしたユウ兄はようやく拘束を解いてくれた。

 

「ははは。バカだなぁ……」

 

 俯き下を向くユウ兄の表情は読めない。

 パッと顔を上げると、笑ってた。

 

「ま、やるだけやるよ。変なこと言って悪かったな。今日はもー終わり。帰ってヤミの機嫌取っといてくれ。じゃあな」

 

 そのまま電脳世界から消えていく兄を眺めて、リトも現実世界へと帰還した。

 



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五十三話 展開×侵食

ーーーーーー

 

 

「さて、いよいよだね。加賀見くん」

 

「はい、先生」

 

 肩を震わせるほどに、松戸は歓喜していた。

 呪術に取り憑かれ、禁忌に手を出し、無理やり長らえていた寿命も、もういらない。

 全ては、今日のために。

 

「見たまえ、もうすぐ地獄の蓋が開く」

 

 二人の立つ、高層ビルの屋上。

 そこからは確かに、闇夜を照らす月の横に、二回り小さな、黒い星のようなものが見えていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「先生!準備は、できたぞ!」

 

「えぇありがとう猿山くん。お静ちゃんもどう?」

 

「はい!大丈夫ですっ!!」

 

 ミカドの持つ宇宙船で、猿山とお静ちゃんとミカドはある宙域を漂っていた。

 そして、中央に据えられているのは、怪しげな箱。

 三人で向かい合うようにそれを眺めながら、お静ちゃんは地球へと通信を飛ばす。

 

「モモさん!こちらは準備OKですっ!」

 

 まさかこんな辺境の惑星で、宇宙規模で見ても壮絶な戦いが起きるなんて、夢にも思っていなかった。

 

 ティアーユがもしもここにいたら、慌てまくって腰でも抜かしてそうね。

 

 この場にいない旧友へと思いを馳せつつも、教え子たちが無事でありますようにと、信じていない神へと祈る。

 

 

ーーー

 

 

「こ、ここでいいんですのっ?」

 

『俺様が間違うわきゃないだろ!ヤミちゃんの相棒であるこのルナティークを信じな。あとは、お前らの仕事だぜ』

 

 沙姫の言葉にルナティークは荒っぽく返す。

 

「沙姫さま、あとは、合図を待つだけですね」

 

「帰ったら、お祝いの準備もありますもんねっ!」

 

 凛と綾の言葉に沙姫はうなづいた。

 

「えぇ。あとはララの妹からの合図を待つだけですわ」

 

 ユウリ様、どうか、ご無事で……

 先日のテストのあと話した時、ユウリが消えてしまうように見えた事を思い出してしまい、沙姫は最悪の想像をかき消すように祈り、二人は沙姫のその姿を見つめていた。

 

 

ーーー

 

 

「こ、ここ、ここでいいの?」

 

「落ち着いてよ、古手川さん。宇宙の事は私の方が詳しいんだから」

 

 初めての宇宙空間に動揺を隠せない古手川だが、ルンがなだめる。

 かく言うルンも、二人乗りであるナナとモモの宇宙船に乗っているため、乗り慣れた自分の船とは勝手が違うためか、少し時間がかかっていた。

 

「ほら、もう少しだからお兄さんのことでも考えて、落ち着いててね」

 

「ななな、なんで私が七瀬さんのことを!?」

 

 手をバタバタとさせて慌てる古手川を優しくなだめるルン。

 ユウリに怒られたわけではないが、あの、スプレーを浴びせてしまった後から、謝罪と、恋愛の相談も兼ねて、レンの時もルンの時もよくユウリと話をする様になった。

 今までであれば、王族として接して来ない人だけでも珍しいのだが、その中でも近い立場から諭すように話すユウリを、いつの間にか兄のように慕い始めるようになり、ルンはどんどんと落ち着いた大人の女性へと成長していた。

 

「バレてないと、思ってたの……?ほら、私たちがしっかりやらないと、もうお兄さんたちにも会えないんだよ?一緒に、がんばろ」

 

「バレてって…まぁ、もう今更ね。一度できたんですし、大丈夫よね」

 

「うんうん。帰ったら、リトくんも呼んでダブルデートしようよ」

 

「それも、良いかもしれないわね」

 

 素直になった古手川に、ニコリと笑いかけるルン。

 

「よしっ!モモちゃん、コッチはいつでも良いよ!」

 

 ダブルデート…

 でも、最初はそんなものでもいいかもね。

 二人っきりだと、急にハレンチな事されないとも限らないし…

 でも、それを期待してる私もいるような…

 ばかばか、私、ハレンチだわ……

 

 未来への想像が膨らむ古手川だったが、一瞬、ゲームの世界でのユウリを思い出し我に帰る。

 

 あの時と、同じで、最悪ボロボロでもいい。それでもいいから、必ず、帰ってきてくださいね……

 

 

ーーー

 

 

「まっさか、私たち三人だけで宇宙に来るなんてねー」

 

「ほんとねー。ララちぃ来てから、すっごいことに巻き込まれまくりだもん」

 

「本当に、ね。でも、ララさんや結城くんは、もっと危ない事しなきゃいけないんだもんね…」

 

 ルンの持つ宇宙船で指定された座標へとオートパイロットで向かう。

 ルナティーク号と同じくAIが搭載されており、操縦の問題は無かった。

 春菜はなによりもリトが気がかりだった。

 デビルーク星人と別次元の人間に混じって、危険なところに行こうとしている。不安で不安で仕方がないけど、出発前に、リトとの会話で勇気づけられたのを思い出し、自分を奮い立たせていた。

 

「そーだね。ララちぃたちのためにも、あたしらも頑張んないと」

 

「うんうん。リサは、帰ったらおにーさんに言いたいことあるんじゃないのー?」

 

「えっ!?リサ、そーなの!?」

 

 ミオはニヤニヤと笑いながらリサの胸をヒジでつつき、春菜はリサがユウリに恋心を抱いているなんて、思っても見なかったので驚きを隠せない。

 

「えー、全然。ちょっと気になるくらいって感じ?」

 

 意外とノリが合うし、大人であり、自分を女性として見てくれるユウリの事が、気にはなった事は確かにある。先日の、薬の副作用らしいが口説かれたときにときめいたのも、事実。でも、まだ自分の中でよくわかっていないし、まだまだ様子見段階だと、自分の中で思っていた。

 それに、密かにリトの方が気になっているのは、まだ誰にも気付かれていないハズ。

 

 そんなあっけらかんとして言うリサに、つまらなそうにしているミオ。

 

「ふふふ」

 

「どしたの春菜?」

 

 そんな二人のやりとりを見て突如笑いだす春菜に、怪訝な顔を向ける二人。そんな二人に春菜はお腹を抑えながら答えた。

 

「だって、全然緊張感ないんだもん。まるでいつも通りの、学校での会話みたい。私たち、今からすごいことするんだよ?」

 

「…そりゃそうだけどさー。連休明けたらまた学校行かなきゃなんないし。おにーさんはわりとボロボロな感じあるけど、ヤミヤミとララちぃが誰かにやられてるのなんか想像つかないもん」

 

 リサの発言に三人でうなづき合うと、どうやら目的地には着いたらしい。

 

「お、ここみたいね。じゃあ、準備しますか」

 

 不思議と、緊張感は無かった。

 がんばってね、結城くん…

 

 七瀬さんの相手が一際危険な相手だとは、ヤミちゃんから聞いていたけど、でも、みんな負けないよね…

 

『リトは必ず無事で返すから、心配すんなよ後輩』

 

 いつものように悪戯っぽく、ではなくて、真面目な顔でそう言った七瀬さんを思い出す。

 

 同じ場所に立つ事はできないけど、帰ってきたら、リトと、ララにもこの想いを伝えようと、春菜は決めていた。

 

 

ーーーーーー

 

「お兄様、全員、準備はできたようです」

 

「おぉ。じゃあ、後はタイミングだけだな」

 

 この場にいない、松戸と加賀見を除く10人全員が黒コート姿となって、ララたちデビルーク姉妹の住むラボにいた。

 

 俺は軽くストレッチをしつつ、今はコキコキと首を鳴らしながら、モモへと答える。

 他の面々は緊張しているようだが、俺以外だと、ララとヤミだけは、見た目には普段通りのように思えた。

 

「……ユウリ」

 

 あれから結局、ヤミと戦闘に関して話すこともなく、普通の生活を続けていた。そんなヤミが話しかけてくるのは、全部が終わったらだと思ってたけど、わからないもんだ。

 

「どうせ言っても聞かないんでしょうが……」

 

「……」

 

 決めつけは良くない。と思ったが口に出すとまた怒りそうなので、ギリギリで飲み込む。

 真面目な表情を作り、続きを待っていると。

 

「あなたは、私のパートナーなのですから、勝手に死なれては困ります」

 

「……ぷ、くくくっ」

 

 まさか、そうきたか。

 リトへよく言ってたのの俺版ってことか?

 照れたような仕草で、赤い顔して言ってるのが可愛くて、思わず笑ってしまった。

 

「……訂正します。私が今、殺しましょう」

 

「ごめんごめん。悪気はないんだ。──じゃあさ、もし…もしも俺が居なくなったら、探しにこいよ」

 

 怒りはおさまったようだが、俺の言葉にハテナを浮かべているヤミがジト目で見てくる。

 

「俺のパートナーなんだろ?なら、ヤミも『ハンター』じゃん。ハンターなら、見つけてみろよ?」

 

 ニヤリと笑って言う俺に、ヤミも、少し微笑んだ。

 

「そんな話も、しましたね。いいでしょう。『もしも』ですが、あなたが居なくなっても私が見つけ出します。そして、旅にもついて行ってあげますよ」

 

 微笑むヤミの頭をガシガシと撫でまわし、嫌がるヤミをからかう。

 ようやく、普段通りの関係に戻れた。

 やっぱり、こうじゃないとな。

 

 あの時の話、ヤミも覚えていてくれたんだ……

 照れ隠しで撫でまわした髪の毛を、手櫛でなおしている少し不機嫌そうなヤミ。こんな、なんでもない事が、とてつもなく愛おしいと思う。

 

「なに、話してるんですか?」

 

「ミカン、なんでもありませんよ。それに、もう話は終わりました」

 

 俺とヤミが喧嘩中だとリトが言いふらすし、ヤミが結城家に泊まりに行っていたのもあるのか、ミカンは俺とヤミのことを気にしているのはわかっていた。だがそれも、今の今なくなったようだ。

 俺にニコリと笑いかけると、ミカンはウィンクで返して、今はヤミと二人で話しているよう。

 

 こういったところが、とても小学生とは思えないできた妹に内心で感謝した。

 

 

ーーー

 

 

「お兄ちゃん」

 

「ん、どした?」

 

 顔を洗っていたお兄ちゃんへと声をかける。ヤミちゃんとの話も終わったようなので、気になっていた事を聞いてみることにした。

 

「この間渡したアレ、うまく使えた?」

 

「おぉ、それは……完璧だった。助かったよ。これでなんとかなりそうだ」

 

 一瞬、変な顔をしたお兄ちゃんだったけど、まぁ大丈夫だったなら良かった。

 と思ったら、みんなのいるラボの広間に、背を向けるように移動するお兄ちゃん。どうしたんだろ?

 

「ララ。今なら、俺にしか見えてないぞ」

 

「え?」

 

 確かに、ここはまだ広間ではなく、廊下で話していたため、私の姿はみんなには見えていない。

 

「ごめんな。無理させて。ララに、頼りすぎだな」

 

 わかっちゃうんだ…

 私は長女だから、王女だから。

 みんなの前では、妹たちの前では、私がしっかりしなきゃって、ずっと思ってたけど…

 

「ずるいよ…こんな時に…」

 

「緊張ほぐそうと思ったんだよ。逆にカチコチしてるように見えてさ」

 

「そっか…本当はね、不安なの。せっかく出会えたみんなと離れたくない。私の発明が、また失敗しちゃったらって思うと…」

 

 頭をぽんぽんされる。

 パパと同じで、安心させてくれる。

 

「そーだよな。俺も、ララと一緒で不安だし、みんなと離れたくねーよ。でも、大丈夫。ララは、ララのできる事をしたらいいんだ。途中でみんなと逃げたっていい。あとは、俺がなんとかしてやるから」

 

 台風の時と、同じ。

 あの時は、言ってなかったかもしれないけど、私にはそう聞こえた。

 やっぱり、お兄ちゃんって、すごいな。

 

「……ありがとう。もう、大丈夫っ!お兄ちゃんと、リトと、みんながいたら、私…きっと100%以上の力が出せるから。惑星を滅ぼす事なんて認めるわけにはいかないもんね」

 

 不安なのは変わらないけど、さっきまでとは、気持ちが全然違う。

 

「あぁ、そーだな」

 

 大丈夫。

 お兄ちゃんがそう言うと、本当にそうだと思えるから不思議。

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

 お兄ちゃんは、私の事をもう大丈夫だと思ったのか、広間に戻りそうだったので、思わず呼び止めて、抱きしめる。

 

「私ね……リトと同じくらい、お兄ちゃんのこと、大好きだよ」

 

「おぉ。俺も、モモとナナと同じくらい、ララのこと大好きだよ」

 

「うんっ!」

 

 抱きついている胸から見上げると、お兄ちゃんの顔は、笑顔。

 ミカンの能力で見た過去とは全然違う。

 この地球での、お兄ちゃんにしかできない表情。

 

 もう、お兄ちゃんはからっぽなんかじゃないよ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「来たわ。やるわよ、二人とも」

「はは、はい!」

「よしっ!やるぜ!」

 

 ミカドの言葉にお静ちゃんは慌てて、猿山は半ばヤケクソに、呪具へと力を込める。

 

──

 

「来ましたわっ!やりますわよ。凛、綾」

「「はいっ!」」

 

 沙姫とともに、凛と綾も力強く答えた。

 

──

 

「聞こえた!?古手川さん!『レンも、やるわよっ!』」

「えぇ、これで!!」

『わかってるよ、ルン!』

 

 ルンと、己の内にいるレン、古手川も呪具へと力を込める。

 

──

 

「おっ、きたきたー!」

「やるよ!春菜!」

「うん!……みんな、気をつけて…」

 

 リサミオと春菜。

 三人も箱へと力を込める。

 

 

 四つの呪具が三人の術者によりその、呪術は発動する。

 

 松戸の持っていた呪術の書。

 箱使いと呼ばれる空間支配系能力者の使う呪具と、四師方陣と呼ばれる、四人の術師で一つの空間を支配する領域支配の術の混合。

 箱使いとは、呪具として箱を使用する空間支配術の使用者の事で、拠点と呪具である箱との空間を繋げることで、指定した拠点への移動を瞬時に行える呪術。本来は術師一人で行うものだが、今回は転移させる相手が巨大なために、四つの箱を面として起動させる術式として発動させた。

 

 四つの宇宙船は線で繋がり面となる。

 その扉へと、黒蟒楼を引きずり込んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「『四師方陣・改』は、無事に発動したようだな」

 

 電脳世界の地球で、彩南町のビルに立つ12の人影。

 その中の一人、松戸は言葉を発した。

 

「まぁ、第一段階は成功。あいつらは上手くやってくれたな。

──そんじゃ、次は俺らの番…」

 

 偽物とはいえ、地球へと落ちてくる、黒いモヤのかかった小さな月。

 それを全員が見つめていた。

 

 



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五十四話 戦塵×激突

ーーーーーー

 

 

 さて、開戦の合図をあげようか。

 とりあえず、黒いモヤをブッ飛ばす為に、シミュレーション済みの一発打ち込む。

 と、動こうとしたところで、思っても見なかった発破がかかった。

 

「くくくくっ。敵は神とも見紛うほどの存在だ」

 

 松戸がゆっくりと前に出て、語りかけるように話し出す。

 松戸の醸し出す雰囲気に、全員が飲まれていた。

 それは、デビルーク星の親衛隊長であるザスティンさえも。

 

「だが、ここまで歴史を紡いできたのは、間違い無く人間。神など所詮創るものでしかない。育て、変えるのはいつだって人間だ。さぁ、ここから先は、各々の判断に任せるよ。もう、僕と会うこともない。

──だがもしも、次に会うとしたら、来世で会おう」

 

 松戸さんは言い切ると、全員に背を向けた。

 そして、加賀見さんが俺たちにお辞儀をする。

 その様は、優雅で優美としか言いようがなく、性別問わず見惚れるほどだった。

 

「それではみなさん、さようなら、ごきげんよう」

 

 加賀見さんは、その体を何倍もの大きさに変えると、松戸さんを背負い飛び出して行った。

 

 呆然と見守る一同と、加賀見さんのヤバさに気づいたザスティンが震えていた。

 

「な、なんなんだ彼女は……内包された力は…いったいどれ程のものなのだ…?」

 

「ザスティン、加賀見さんもまた、理から外れた存在の一つ。制約はいろいろあるみたいだけどね」

 

 ちょっとタイミングはズレたけど…

 もう、完全に視界を覆い隠す程に近づいている黒いモヤのかかった星。

 

「ララ、モモ、やるか」

 

「えぇ、お兄様──」

 

 モモがデダイヤルからこの電脳世界を操作し、俺の立つ地面がどんどんとせり上がる。俺はそのまま慣れたように結界群を生成し、大小の結界は列となした。

 

「お兄ちゃん!準備オッケーだよっ!」

 

 ララはその先端の巨大な結界に、昔、松戸さんからもらってすぐに壊した物と同じような物を取り付ける。

 だが今回は直径10mはあろうかと言うほどに大きく、円状のそれはメカメカしい見た目をしていた。さらに、全体にお札のようなものまでがビッシリと貼り付けてある。

 台風を吹き飛ばした時、あの時とは比べものになら無いほどに巨大な結界と呪具。それに、俺自身のオーラ量も桁が違う。

 

「ユウ兄、ぶちかませ!」

 

「任せとけ。

 ──『暴王の咆哮(タイラント・ブラスト)』!!」

 

 暴れ狂う暴王の衝撃が、黒い星を覆うモヤを吹き飛ばす。

 中から出てきたのは…巨大な、空に浮かぶ城と城下町。

 一つの街が、浮島のように空に浮かんでいた。

 

「思っていたよりは、小さいですね」

「ヤミさん、それでも彩南町くらいはありそうだよ?」

「レベルは、いい感じだな…あとは、使うタイミングを…」

「リトー?何一人で喋ってるの?」

「あ、姉上はそっちじゃなくて、あたしとだろ!」

 

 それにしても、こいつら全然緊張感ないな……

 良くも悪くも、わりといつも通りな面々に、ユウリは苦笑した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「どわぁーーっ!!」

「なんだなんだ!?」

 

 騒然とする城内。

 

 地球レベルの惑星への侵略で、トラブルが起きるなど想像もしていなかった面々は騒ぎ出すが、動揺すらしていないのが幹部たち。

 

「松戸の仕業か、小僧の仕業か。どちらでもいい。邪魔するものは、消してこい。戦闘行動を許可しよう」

 

「はっはっはっは!!面白そうなのがいるな、俺が相手をしてこよう。ついて来いお前らっ!」

 

 白の言葉を聞き、我銀は部下を従えて、我先にと城から出て行く。

 

「あぁ。私の結界を吹き飛ばすとは……この城にこのような暴挙……許さんぞ……」

 

 城下町と城の一部を破壊された孔朱は怒りながらも、修復作業のために力を使う。

 

「碧暗、お前気づいていなかったのか?」

 

「警戒に値しないと言っていたではないデスカ。ボクは気にもしてませんデシタヨ」

 

「ふーん……」

 

 紫音の言葉に碧暗は返すが、すぐに興味を失ったように、紫音は頬杖をついたままだったが、立ち上がり部屋を出て行くと、残っていた者たちも部屋を後にした。

 

 自身の研究室へと向かう藍碑は長い渡り廊下で立ち止まる。

 手すりに座る、今は着流のような服を着た黒髪の男がこちらを見ていたから。

 

「なんのようだ?」

 

「べっつにー。お前ってさ、自由になりたいんだろ?今がチャンスだと、思ってるんじゃないかと思ってね」

 

「……なにか、するつもりなのか?」

 

「いんや。俺は何もしない。これから起きるのさ。チャンスはそう多くない。せいぜい、頑張れや」

 

 神黒の言葉にうなずくこともせず、藍碑は研究室へと急いだ。

 そんな藍碑の背を見送ると、入れ替わりのように白が現れる。

 

「お前の、狙いはなんなんだ?」

 

「狙いなんかないさ。面白ければそれでいい。別に俺はお前らの仲間じゃないんだし」

 

 神黒の思考は単純明快。本当になにも考えていない。

 掻き回して遊んでいるだけな上に、手を出せないほどの力を持っている。真面目にやっている者からするとタチが悪すぎる存在。

 だからこそ、白は内側に置くことにしたのだが。

 

「そー怒んなよ。俺の遊びが終わったら、二、三人は殺してきてやるからさ」

 

「ん?まさか、乗り込んできているのはその程度の数なのか?」

 

「あれ、マジで言ってる?気づいてないの?やっぱあの碧暗とかゆーの、遊んでんのな」

 

 白は碧暗にも蟲を入れているつもりだったが、神黒の言葉で気づいたようだ。

 

「……くだらないヤツばかりだな。これが終われば、一度掃除でもするとしよう」

 

「くくく。終われば、ねぇ…」

 

 白の言葉に、神黒は面白そうに笑みを浮かべた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「さて、じゃあ…こっからは予定通り」

 

「ララ様、ナナ様、皆さん、御武運を…」

 

「うん!ナナ、行こう!!」

 

「ミカン、結城リト、私から離れないように…」

 

 俺はモモとザスティンたちと。

 ララとナナは、ドラ助に跨り空を駆けた。

 ヤミとリト、ミカンは三人で城下町へと乗り込む。

 

「では、モモ様。我らも行きます!行くぞ!ブワッツ、マウル!」

「「はっ!」」

 

 ザスティンたち三人が、一番にこちらへと向かってくる異星人達へと向かい、俺も行こうとしたところで、モモに外しているフードを掴まれて振り返る。

 

「あ、お兄様…忘れ物です」

「ん…え────」

 

 

──唇に、温かく柔らかいものが触れる。

 

 モモに、キスされた。

 え?あれ?なんで?いま?

 

 いくつもの疑問符が頭に浮かぶが、ニコリと微笑むモモ。

 

「お兄様のではなく、私の忘れ物でした。この先は、帰ったらしてくださいね♡」

 

「え、あぁ……」

 

「いいんですね?約束ですよ♡じゃあ、いまからは、お仕置きの時間ですね」

 

 反射的に了承してしまった。

 モモはデダイヤルから浮遊植物を呼び寄せると、その上に立ち、空へと飛び、俺はそれを一瞬だとは思うが、我に帰るまでボーッと眺めていた。

 

 

ーーー

 

 

 タイミングをずっと図ってましたが、うまく行きましたね。

 内心、一足先に向かってくれたザスティンたちはいい動きをしてくれたと思いながらも、更に上空を見上げる。

 

 かなりの数の、100は軽く超える程の異星人たち。

 その中でも、一際目立つ存在がいた。

 馬の下半身に人の上半身。四本足に六本腕を持つ大型の異星人。

 

「あれが、我銀……」

 

 唇を噛み締める。

 あれか。あいつか。

 私のためにも、ユウリさんのためにも、倒させてもらいましょう…

 

──ッ!?

 

 我銀の持っていた火球がどんどんと巨大化していることに気づく。

 

「あ、あんなのを受けたらひとたまりも…」

 

 今は既に、先程のお兄様の一番大きな結界くらいのサイズ、直径50mはあろうかと言う大きさになっていた。

 

「モモ、止まるな!あれだけタメがいるなら、肉薄すれば、次は来ない」

 

「は、はいっ!」

 

 次、と言うことは、この一撃はお兄様がなんとかしてくれる。

 

「ザスティン!周りは任せた!モモは俺の後ろにいろ」

 

「承知!ブワッツ、マウル、右翼は任せる。左は私がっ!」

 

「「はっ!」」

 

「最初は俺の射線に入るなよ。一発打ち込んでくる」

 

 私を中心に、左にザスティンさん、右に二人が向かう。

 そして、私の前に、お兄様。

 

「お前が、さっきの攻撃をした噂の小僧か?お返しだ」

 

 投げ飛ばされる特大の火球を見て、お兄様は両腕を前に突き出した。

 

「お返しをお返ししまーす」

 

 ふざけたようにそう言うと、火球の前に、亜空間への扉がこじ開けられる。

 火球は吸い込まれるようにして消えたかと思えば、城下町の方で大爆発が起きていた。

 

「なに……?」

「戦力は、神黒とやる前に極力削いどきたいもんでな」

 

 速いっ!!

 

 いつのまに仕込んでいたのか。

 別の次元の裂け目から姿を現したお兄様は、既に我銀の背後にいる。

 しかも、青色に煌く、ありえない長さの剣を振り上げた状態で。

 

「『熾獣王の爪(アスタロト・ブリット)』!!」

 

 アスタ……?

 叫ぶ言葉に聞き覚えのある名前があったが、その後の光景を見るとそんな事など気にならなくなった。

 

「貴様……やってくれたなぁっ!!」

「いやいや、お前もやるじゃん。あわよくば、殺す気だったんだけどね」

 

 横一文字に振るわれた剣の射線にいた数十匹の異星人たちは、二つに分かれ、地面へと崩れ落ちて行く。

 我銀は、腕二本を失ったようだ。

 

「モモ、このまま────チッ!!もう来たか!!」

 

 なにも、見えなかった。

 

 黒い影?

 何かが飛来したんだとは思う。

 お兄様の身体がブレたように見えたが、直後に真下の地面が大きく爆ぜた。

 

「な、なんですか!?」

 

「モモ様、離れてください!!アイツは…アイツが…ッ!!」

 

 地面にできた巨大なクレーター。

 その中央にいる、アレが……

 

「おー今回は避けたか…じゃー、次のお前がどんなもんか……見せてみろよ?」

 

 ゾクゾクと、悪寒が全身を駆け巡る。

 あの時の…一瞬しか見えていなかったけど…

 私と、お姉様を拐った男…

 怖い…恐怖と言う感情が、私の全てを支配していく。

 

 ダメだ。勝ち負けなんかではない。

 あれは、相手にしてはいけないモノだ……

 

 心が折れかけた時、クレーターがその大きさを二倍に増した。

 そして、遅れて聞こえる轟音。

 

──ドバァァアンッ!!

 

 次はドンドンドンドンと、何かをぶつけあう音が響く。

 既に、二人は空を駆けながら殴り合っていた。

 

「ははは!なんだぁ?今回は最初っから強気じゃん?彼女が見てんのか?」

「うるせー。場所変えるぞ、ゴミヤロー」

 

 そのまま、二人は姿を消した。

 お兄様が、最後に私にウィンクしたのは見逃していない。

 あの合図…二人で決めた、任せるのサイン。

 あんなのを相手にしながら、わざわざしなくてもわかるのに、それなのに、目を逸らすなんて……

 私の恐怖心、わかってたんですね。

 

「神黒め……まぁいい。お前らから殺してやろう」

 

 作戦通り。

 お兄様はもともと神黒が強襲してくる事は予想していた。

 来るまでは、ここにいて、できるだけ我銀を消耗させるとの話だったのが、予想よりも少し早まっただけ。

 

「すぅー…ふぅー…」

 

 大きく息を吸って、吐く。

 よし。もう大丈夫。

 お兄様に消されるのは、神黒のほうだ。

 そして、この場を任されたのだと、自分を奮い立たせる。

 

「モモ様!!私が行きますっ!できれば援護を…!」

 

「えぇ…いくわよ、みんな」

 

 デダイヤルに手をかけ、戦闘用の子たちを呼び寄せた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「くっ。流石だ。随分と派手にやるな」

 

 城下町の一部が大きく燃え上がり、隕石でも落ちたのかと思うほどの巨大な穴が空いている。

 街の端でその光景を見下ろしている松戸と加賀見。

 

「先生、彼は黒と接敵したようです。が、今はかなり遠くまで離れていますね」

 

「あぁ。そう言えばそんな事も言っていたな。僕らの邪魔にならないようで何よりだ」

 

 ユウリが神黒と戦闘を始めると場所を変えると言う話は聞いていた。

 松戸にも勧めていたが、松戸は興味なさそうに、必要ないと言い切っていた。

 

 奴の所有するモノを余すことなく破壊し、奪う。

 そして、絶望と後悔を味わってもらう。

 それなのに、場所を変えるのは違うだろう。

 

「さぁ、僕たちも始めようか…あの建物、ちょっといいじゃないか。壊そう」

 

 加賀見は返事をする事なく、またも巨大化し、身体からいくつもの黒い足を生やすと、百足のように建物を破壊しながら進んでいく。

 道中にいた異形の者たちを、軒並み殺しながら。

 

 

 そんな二人を遠くから見ているものが一人。

 

「ありゃー、ヤバイわ」

 

 自身の気に入っている街並みを破壊していく者を見に来たが、完全に規格外。神黒に匹敵するのではないかと言うヤバさがあの女から漏れ出ているのがわかる。さっき傀儡に見させていた神黒とやりあってる例のガキといい、相手も随分と化け物揃いだこと。

 

「白には悪いけど、こりゃ逃げた方がいいかな」

 

 どうしようか悩んでいるところで、自分がどこかから見られていると言う事に気づいた。

 自分と少し似たような…暗殺者か?

 

「はぁ。こっちも、めんどくさそうだね…」

 

 紫音は呟き、その姿を消した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「藍碑さん」

 

「碧暗か、いったい何のようだ?」

 

 藍碑は苛立っていた。

 いつでもこの場を離れる事ができるように、今までの研究の結果を纏めているところだったので、その手を止めざるを得なかったからだ。

 逃げる気か、と言われるのも面倒であり、そもそも藍碑は自身の研究がしやすいだろうと黒蟒楼に近づいたところを、白に虫を入れられているからここにいるだけ。

 黒蟒楼がどうなろうと、興味は無かった。

 

「あなたの研究の成果。生命力を取り出すと言うものが欲しくてね」

 

 いつもと口調も違う碧暗に少し戸惑うも、自身の研究を横から急に取り上げられるのは、我慢ならない。

 

「……なぜ?」

 

「必要だから。それ以外に理由があると思ってるんですか?」

 

 碧暗は、地球には、星神以上のものが巣食っていると確信しており、それを引っ張り出すにはまずは力が必要。更には神黒を手懐ておく必要があるだろうと考えていた。

 だが、それは決して力だけで押し開けるようなものではないともわかっている。

 黒蟒楼、命喰の生命力を取り出し自分に入れることができれば、自分も星神レベルにはなれるのではないかと言う考えがあり、星神となり地球と共鳴すればまた一つ、自分の知らない世界を見ることができるのではないかという結論に至っていた。

 その考えを、今こそ実行すべきだと思ったからだ。

 

「仮にお前に必要だったとしても、私が渡す通りは無い」

 

「やれやれ、では命令しますよ。さっさと渡せ。そもそもここは地球じゃ無い。お前の望む結果にはならないぞ」

 

 ここが地球ではないことにも、碧暗は既に気付いていた。

 加賀見の中のベスと近い、千珠眼(せんじゅがん)と呼ばれる見通す力を持つ碧暗は、この地球はハリボテであり、精巧に作り込まれているのもこの近辺のみだと既に見ている。

 

「なん、だと?私を、どうするつもりだ…?」

 

 藍碑は後退りながらも、一つのメディカルマシーンへと寄り添い、自分の望みは、もう叶わないかもしれないと思った。

 だが、藍碑の想像した展開とは違い、碧暗はローブに覆われた顔を歪めると、藍碑に背を向けた。

 

「あぁ。鬱陶しい事この上ない……今度こそ、滅ぼしてやろうか」

 

 藍碑には、何も見えてないが、碧暗はこの研究室の遥か先を睨んでいた。

 

 



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五十五話 熱戦×百合

ーーーーーー

 

 

「はぁぁぁあ!!」

 

 イマジンソードと呼ばれる光子剣を振るうザスティンが我銀へと斬りかかる。

 デビルーク星の王室親衛隊長という肩書は伊達ではない。

 剣術の腕もさることながら、その身体能力もかなりのモノで、単純な戦闘力で言うと、デビルーク三姉妹よりも上だ。

 

 だが、それ程の強さを誇るザスティンであっても、今回は相手が悪かった。

 

「デビルークの部隊長か何かか?なかなかの腕だが、剣士じゃ俺には勝てねぇよ」

 

「クッ……相性が、悪いか」

 

 我銀は炎鬼と呼ばれる種族の中でも突然変異と呼ばれる程に強かった。人型に化ける事もでき、元の姿に戻れば一時間もあれば惑星丸ごと焼け野原にもできる。

 それが故に、彼は常に退屈していた。

 故郷の星では我銀の相手になるものなどおらず、宇宙を放浪する日々が続いた。

 そこで出会ったのが、白と黒蟒楼だった。

 そこで、姫に敗れた。白にその力を買われ、黒蟒楼へと誘われた。

 姫は自分よりも強く、目的を持って星を滅ぼす。

 理由など、どうでも良かったが、この力を振るえる場所ができた。

 我銀もまた神黒と同じ、戦いに飢えていたのだ。

 

 ユウリが切り落とした腕は既に再生されており、ザスティンも幾度となく我銀を細切れにしているが、その体は炎と共に再生していく。

 

「ハァァアァッ!」

 

 またも、我銀を真っ二つに切り裂くが、

 

「まぁ、相手が悪かったな」

 

 切り裂かれた体は、燃えながらも元の形へとくっついていく。

 我銀はそのまま四本の腕でザスティンの四肢を掴み、残る2本の腕でザスティンへ拳を連続で叩き込む。

 2メートルを越す身長を誇る大柄なザスティンだが、我銀は更に頭二つ分はでかい。

 

「グハッ!!」

 

 幾度めかの拳がザスティンに命中したところで…

 

「喰らいなさい…!!」

 

 モモの呼び寄せた植物、キャノンフラワーたちが我銀の身体を穴だらけにし、ザスティンを掴む四本の腕に穴を開けた瞬間、蔓植物によりこちらへと引き寄せる。

 

「モモ様…すみません、不覚をとりました…」

 

「いいえ、仕方がありませんよ。ザスティンさんは他の方を」

 

 ユウリが数を減らしたとは言え、周りにはまだまだ異星人が群れており、ブワッツとマウルはデビルーク星人特有の戦闘力の高さも有り、上手く立ち回っているが、異能力を使う多くの異星人達を相手に手間取っていた。ザスティンは歯痒い顔をするが、モモは対我銀を想定していたため、一度周りを排除する事に決める。

 

「すぐに、片付けて、戻ってまいります…!どうかご無事で」

 

 ザスティンがブワッツとマウルに加勢し、モモはデダイヤルを片手に我銀へと対峙する。

 

「植物を使役しているのか?お前も俺との相性は随分と悪いようだが…」

 

 六本の腕から顔程の火球を生み出して言う我銀。

 

「使役している、という言い方は相応しくありませんね。あと、相性云々より、あなたには加減できませんので、覚悟してくださいね」

 

 お兄様との仮想訓練を思い出す。

 もしも遠距離の攻撃がある場合、手で生み出すのなら、その攻撃の起点は腕。

 お兄様のように何も無い空間に生み出している訳では無いなら、軌道は読みやすい。

 もちろん、その動きがブラフの可能性もあるが、今までの戦闘を見る限り、それは無いはず。

 

 モモは植物と心を通わし、我銀に向けてキャノンフラワーの弾幕の雨を降らす。

 そして同時に電脳世界を操作して、地面が大きく盛り上がり、それは左右から津波のように我銀をサンドイッチにするも、

 

「オオオオッ!」

 

 我銀は左右の腕から火球を放ち、迫る地面を爆発で吹き飛ばすと、身体から炎を吹き出す。キャノンフラワーの弾幕は我銀に届く前に炭と化した。

 そして、四本の脚で空を駆け、一気にモモへと強襲。

 火炎を帯びた腕を掻い潜り、かろうじてこれを躱すも、浮遊植物から落ちてしまい地上へと落下していくモモ。

 好機と見たのか、その背を追って、我銀がまたも駆ける。

 

「空中で、かわせるか!?」

 

 だが、モモは反重力ウィングを展開すると、逆に自ら地面へと飛び込み素早く着地。

 振り向きながらも、エネルギーを尾の先へと集め、我銀へと狙いを定める。

 

「はぁーっ!!」

 

 モモの尻尾から放たれる青白い輝きが一直線に我銀へ突き進み、彼の身体を飲み込んだ。

 しかし、それを浴びた我銀は、輝きの中で吠えた。

 

「オオオォォォオッ!」

 

 我銀の身体からは炎が噴き出し、まるで内側から爆発しているかのように炎が辺りに弾け飛ぶ。

 

「はっはっは……今のは、痛かったぞ」

 

「はぁ、はぁ。無駄に、頑丈ですね……!」

 

 今のがモモの必殺の技だと判断し、自身に致命傷を与える事は、目の前の娘では不可能だと、勝利を確信した我銀が全ての腕に火球を生み出す。

 

「随分と、はやい決着だったな。あの小僧がいれば、もう少し楽しめたと思うんだが」

 

 我銀の言葉を聞きながら、モモはあまり言う事を聞いてくれない植物を呼び出す事に決めた。

 

「お兄様がいたら、楽しむなどという間もなく、あなたは死んでましたよ……」

 

 お兄様、やっぱり使いますね。

 

──かつてお兄様が言っていた、神域に生える、見たこともない植物。

 どうしても見たかった私はその後、暇を見つけては彩南高校の池へと通ったが、何度行ったところで豆造さんに会う事はできなかった。

 でも、この戦いの話を聞き、ボロボロなお兄様を見て、私は豆造さんの持つ植物がどうしても欲しくなった。

 そしてある日、偶然お姉様と一緒に訪れた際に、お姉様が持っていた、別の惑星の星神の唐傘に反応したのか、ついに豆造さんと出会うことができたのだ。

 そこで傘を渡し、私は豆造さんの飼っている植物を貰えないか、根気強く頼み込み、豆造さんも地球を食われるわけには行かぬからと、渋々ではあったが幾つかの若葉を預けてくれたのだ。

 

 

「言うじゃねぇか……兄に看取ってもらえず残念な最後だったな!!死ね!!!」

 

「お願いだから、言う事を聞いてね…」

 

 放たれた六つの火球は、我銀が全ての腕を掲げると、螺旋を描きながら一塊りとなってモモへと向かう。

 

──カッ!!!

 

 閃光が辺りを包み込み、モモのいた場所には、大きな火柱が上がっていた。

 

「モモ様ッ!?……貴様ぁぁ!!」

 

 異星人を斬り捨てていたザスティンは、それを視界に納めると同時に怒りの形相で我銀を殺さんと大地を踏みしめる。

 そして、いざ飛び出そうとしたところで、火柱が収まり、残る煙の中に、明らかにモモではないあり得ないサイズの影がいくつも伸びている事に気付いた。

 

「キキキキキ…」

「キルキルキル…」

 

 煙が晴れると、おぞましい姿の植物が大地からいくつも生え、モモの周りを取り囲んでいた。

 

「なんだ、この醜い植物は!?」

 

「冥界のオジギ草は気性が荒いんです。動くもの、火気をはらむものには自ら襲いかかる…」

 

 モモの無事な姿と、言葉を聞きザスティンは飛びかかるのをやめて、二人との距離開けた。

 

「どうやら、我銀(あなた)を敵と認識してくれたようですね…」

 

 内心、モモはホッとしていた。

 冥界の植物が現世で野放しになれば、星は簡単に滅ぶと豆造に散々言われており、このオジギ草とは心を通わせ、感情を読み取ることができるが、モモの話を聞いてくれるような気性の持ち主では無かったのだ。

 

「「「イギギギギ〜!!!」」」

「ちぃ!」

 

 一斉に襲いかかるオジギ草たちを、なんとか躱していたが、取り囲まれてしまう我銀。

 所詮は植物だと、迎撃するために、我銀が火球を発射し、命中すると同時に、オジギ草は巨大化した。

 

「なに!?」

 

 自身の炎で燃えない植物どころか、より凶悪にその口のような部分を広げ、大きくなっていく植物など聞いたこともなかった。

 そして、我銀は見た。笑顔を浮かべて、こちらを見ているモモを。

 

「半端な攻撃は、逆効果ですよ♫」

 

──ポキャ、グジュ…

 

「ぐぁっ!!」

 

 次々と我銀へと噛みつき群がるオジギ草たち。

 モモの声が届いているかは定かではないが、敵を排除したという感情だけはモモに伝わってきた。

 どんどんと重なり合い、今は、我銀の肉を奪い合っているのか、毛糸のように絡み合っている。

 

「ふぅ…良かった、勝てました……」

 

 勝利を確信し、少しだけ緊張を解いたモモだったが…

 

「モモ様ーーー!!」

 

 横からザスティンに弾き飛ばされる。

 と、視界を埋め尽くすほどの巨大な爆発が起きた。

 

「ザスティンさん!!」

 

 爆発に包まれ、所々焼け焦げたザスティンへと寄り添い、声をかけるモモ。

 

「ぐぐぐ……モモ、様、ご無事ですか…?」

「ザスティンさん!私は大したことありません!それよりも、大丈夫ですか!?」

 

「まさか、俺の炎を喰いやがるとは思わなかったが、所詮は草。俺に燃やせねえ植物なんか存在しない」

 

 そして、そんな二人を見下ろしながら地面へと降り立つ、我銀。

 ブワッツとマウルが左右から同時に激突するが、我銀は炎を纏った衝撃波を全方位に放ち、二人を吹き飛ばす。

 

「ふん。部下は全滅か…だが、俺には何匹来ようが同じ事だ。全員消し炭にしてやるよ」

 

 そう言い放つ我銀の圧力に、一瞬モモは怯え、ザスティンたち三人は動けないながらもモモを守るように、這いずり警戒を強める。

 が、モモはすぐに、覚悟を決めた、真剣な顔へと変わった。

 

「この子を使うのは、流石の私も躊躇っていたのですが…あの子たちの仇も、取らないといけませんよね」

 

 モモがそう言って呼び出したのは、沢山の白い蕾が、傍目にはスティックにも見えるほど茎に巻きついている百合。

 

「なんだ?そんなもの、なんの力も感じない。くだらん時間稼ぎか?」

 

 我銀の敗因は、すぐにでも距離を取らなかった事と、すぐに勝負を決めなかった事。

 警戒はしていようと、こんな中途半端な距離にいる。

 

「えぇ。そうも思うでしょうね」

 

 テクテクと歩き、我銀へと近づくモモ。

 そんなモモを、当然のように我銀は攻撃し、モモは地面を転がる。

 

「いったい何がしたいんだよ?」

 

 モモはゆっくり立ち上がるが、その手に持っていた白いスティックたちは、殴り飛ばされた位置に落ちており、茎の先から急速にその根を伸ばしていた。

 投げ出され、地面に無残にも転がっていただけだったが、急速に伸びた根はどんどんと地面に這い、自立し、成長していく極楽百合。

 

「今からこの子は咲くんですよ。

──我銀(あなた)の命で、一生枯れないその花を咲かせるんです」

 

 モモは説明しないが、持ち主であるモモへの攻撃、それがトリガーとなっていた。

 この百合は、蕾を動物に運ばせ分布を拡大していく植物。そして、運搬者への攻撃をきっかけに命を吸い取り、花を咲かせる。自分の子孫を増やすために、運搬者ではなく、敵意あるものの命を吸い取るのだ。

 今、極楽百合は我銀へと狙いを定め、百合の蕾がだんだんと開いていく。

 たったそれだけで、急に我銀は苦しみ、呻きながら地面を転げ回っていた。

 

「が、あぁぁぁぁ!!なんだ、なんなんだ!?俺に、何をしだぁぁぁっ!!?」

 

「この子、『アスフォデルス・アルブス』は、死者の国へと導く花とも言われます。冥界にしか咲かないこの子は、敵対者の命を養分に花を咲かせる。そして、その後その花は枯れる事は有りません。我銀(あなた)の命で咲く花は、きっと綺麗(・・)ではないのでしょうがね」

 

 だんだんと呻き声も小さくなっていく我銀。

 それに比例して、百合の蕾はどんどんと開いていき、その花を咲かせていく。

 

 暫くすると、モモの立つ前には、冥界の百合が白く咲き乱れており、そこに我銀の姿は、既になかった。

 

「──こんな、悪党の命で咲いても、花は美しく見えてしまうのですね……」

 

 モモはそっと、百合の花を撫でると、ザスティンたち三人の元へと駆け寄った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「………」

 

「あ、あれが加賀見さん…?なんかスッゴイな。映画でも見てるみたいだ……」

 

「うん、そーだね…」

 

 結城兄弟は、今もヤミが切り捨てた異形の異星人たちよりも、何倍も凶々しい見た目をして、この城下町を食い荒らす加賀見を眺めて呟く。

 

 だが、ヤミの眼は別のものを捉えていた。

 気怠げに、体操座りをして、立てた膝に肘をついて加賀見を見ている女。

 恐らくだが、同業者。

 しかも、自身よりも、もっと暗い場所に居たであろうとなんとなく感じ取った。

 

「……!」

 

「ヤミさん、どーしたの?」

 

「ヤミ、なんかあったのか!?」

 

 こちらの視線に気付かれた。

 逃げられる…

 あの雰囲気からしてあれが自身の標的(ターゲット)、紫音であれば、今姿を捉えたのは千載一遇の好機。

 だが、そのためには、この二人を置いていった方がいいのだが……

 

「ヤミさん、行って!」

 

「美柑?…そうか、ヤミ、俺たちの事は気にすんな。美柑は俺が守るから」

 

 ミカンの顔を見て、リトの顔はチラリとだけ見る。

 そして、決めた。

 

「恐らくあれが幹部です。排除して戻ってきますから……ミカン、十分に気をつけて」

 

「お、俺には!?」

 

 力強くうなずくミカンとは対照に、自分を指差してヤミへと叫ぶリト。

 

「せいぜい、死なないでください。結城リト」

 

 言葉の割には優しい顔をしたヤミは、女が姿を消したと同時に、リトとミカンの前から姿を消した。

 

 



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五十六話 烈戦×出会い

ーーーーーー

 

 

「振り切れないか…」

 

「…あなたが、私の標的(ターゲット)ですね」

 

 振り切れなかったと言う紫音だが、実はかなりの時間ヤミから付かず離れずの距離で逃げ続けていた。

 ヤミは正直、あの二人を置いてきている為、素早く紫音を倒して再度合流するつもりだったのだが早速無駄な時間を使ったのは誤算だった。城下町から城へと場所を変え、城内を駆け回りようやく紫音を追い詰めたのだ。

 

「はぁ?ターゲット?アタシが?」

 

 心外だと言わんばかりに、その大きな胸に手を当てて紫音は大げさに驚いている。

 

「えぇ。あなたが紫音でしょう?…時間がありません。排除します」

 

 ヤミは変身(トランス)により髪をいくつもの拳に変えて紫音へと殴りかかるが、すぐに異変に気づく。

 

「……?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる紫音。

 

「追い詰めたとでも思った?残念。ここはアタシの部屋さ。神黒とやってる男か、さっきのバケモノ女が来たら逃げようかとも思ったけど…」

 

 ヤミの拳は全て宙で止まる。

 そして紫音は左手を上げると、何かを弾いた。

 

「金色の闇程度じゃ、逃げやしないよ」

 

 そこでヤミは気づく。

 自身の拳を止めているのは、糸。

 髪よりも細い糸に紫音の弾いた糸の振動が伝わり、自身の髪の拳をバラバラにした。

 切れ味も申し分ないようだ。

 また糸使いか、と内心で思うが、実際攻撃の直前まで糸はなかったはずだ。

 感覚が研ぎ澄まされている今、見落とすはずもない。

 

「程度、ですか。……私も、舐められたものですね」

 

 既に殺し屋に戻る気などはないが、それでもかつて宇宙一の評判を得ていた自分が、一目見ただけでユウリよりも下だと思われるとは思っていなかった。どこかで自分の方が上だと、みんなを守るのは自分だと思っていたのだろう。

 そう言われた事に、少しだが、癇に障る。

 

 左腕を突き出し、二の腕からは小さな天使の翼が生み出された。

 

羽の弾丸(フェザーブレッド)

 

 小さな翼から羽をいくつも撃ち出し、それは部屋中を縦横無尽に攻撃する。紫音とヤミ以外には、やたらめったらに攻撃をしているように見えただろうが、紫音は軽く舌打ちをした。

 

「……もう気づいたか」

 

「使役しているのは、蜘蛛ですか?タネがわかれば、どうと言う事はありませんね」

 

 部屋の至る所にいた小さな蜘蛛。

 その蜘蛛たちがヤミの攻撃の直後、部屋中に糸を張り巡らせていたのだ。

 

 部屋中にばら撒いていた蜘蛛を片付けられたにも関わらず、気怠げに腰に手を当てている紫音。

 めんどくさそうにしか見えないが、隙は無い。

 そのまま続けて攻撃を仕掛けようとするヤミ。

 

「「「キー!!!」」」

 

「──ッ!」

 

「ま、これも使役してるもんだし、卑怯とは言わないだろ?」

 

 全身黒ずくめに不気味な仮面をつけた人型の者たち、それこそショッカーのような見た目の者たちが扉から、窓から、天井から飛び出してきた。

 

「クッ!!」

 

 一瞬、たった一瞬、紫音から目を離したヤミは、そのショッカーの群れを攻撃したと同時に、視界は真っ暗で見えなくなった。

 手も、足も、髪も動かせない。

 自分は今、どうなっているのかも理解できていない。

 

 紫音は自身の背中にある蜘蛛の紋様から数百匹の蜘蛛を呼び出し、一瞬でヤミをミイラの様にぐるぐる巻きにしたのだ。

 

「アタシの糸に囚われたら、もう終わりだよ。このままアンタも傀儡にして使ってやるよ」

 

 だんだんと、意識を失いかけるヤミ。

 だったが、糸という声は聞こえた。亜空間だのなんだのではない。声の出所から、まだ側に紫音はいる。

 ならば……

 

 身動き一つ取れない状態で、変身(トランス)を発動しその髪の形状を変えていく。

 

「ん?まだ変わらないね……まさか!?」

 

 咄嗟に紫音は跳躍し、天井へと張り付いた。

 

「はああぁぁぁぁああ!!!」

 

 紫音の跳躍と同時に、ヤミの咆哮。

 そして振るわれる、極細の長大な刃。

 

──ナノスライサー

 

 殺し屋時代の過去に、特殊合金でできたアーマーをも紙切れ同然に切り裂いた、厚さが1ミリにも満たない極薄の刃。

 その刃は、この部屋を突き抜け、城すらも突き抜け、城下町ごと、全てを一直線に切り裂いた。

 

 切られた城は斜めに少しズレるも、崩れる手前でギリギリ止まった。

 紫音はそのまま動く気配の無い城を眺めており、ヤミはその間に糸の拘束から抜け出すと、先程まで自分が入っていた、ミイラのような糸の塊をバラバラに切り裂いた。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 酸素を求めて、息を荒げているヤミを見ながら、部下を一瞬で失った紫音は部屋に着地すると、ヤミへと問いかけた。

 

「なんでアタシを狙う?そもそも、お前らは何が目的なんだ?」

 

「別に、地球に手を出さないのであれば、私はあなた方をどうこうしようとは思っていません」

 

 目を細めた紫音は、ヤミが思ってもみなかった言葉を吐き出した。

 

「ふーん。じゃあ、もういいよ。折角のかわいい部下達もカラになったし、めんどくせー。アタシは一抜けた」

 

 紫音の言葉を、ちゃんと理解できていないヤミは警戒を解く事はないが、なおも紫音は続ける。

 

「そもそもアタシがここにいた理由も、この城が黒くてカッコイイしアタシによく似合うと思ったからだし。命を賭けるほどの事じゃないさ」

 

「そんな理由で……正気ですか?」

 

 ヤミの言葉に、切れ長の瞳を更に細めて、不機嫌を前面に出す紫音。

 

「正気だよ。そんな理由って言うけど、お前は好きなもんの為に動いてるんじゃないのか?アタシはそれがこの城だっただけさ。それよりも、自分の方が好きだけどね」

 

 シンプルながら、一つの答えを示された気がした。

 自分の存在理由。

 地球が好きなわけじゃない。

 ミカンが、ユウリが、その二人と共に、自分へと笑いかける友人達が好きなんだ。そのために、私は動く。

 

「そうですか。本当にそうであれば、この場から立ち去ってください」

 

 そう言うも、ヤミは紫音が本心から言っていることは理解していた。

 これは、ただの確認と念押しだ。

 

「あぁすぐに消えるよ。ウチにもヤベーのはいるから、せいぜい気をつけるんだね」

 

 ひらひらと手を振りながらそう言うと、紫音は外へと飛び出していった。

 紫音の背をしばらく眺め、二人と合流しようとしたヤミに悪寒が走る。

 

「まさか…ユウリ……」

 

 今すぐに、ユウリの元へと向かいたい気持ちをなんとか堪え、リトとミカンを探して、紫音と同じく、窓から外へと飛び出した。

 

 

 

『城が復元されないって事は、アンタも逝ったか…』

 

 紫音は城の塔の上に立ち、お気に入りの場所だった、ボロボロの城を見つめていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ナナ、ララの相手もまとめて同じところにいるが、どうする?」

 

 胸元のマジローがナナへと、碧暗と藍碑は一緒にいると言うことを伝えるが、ナナは迷っていた。

 碧暗の術へ対抗できるのはマジローだけ。

 姉であるララと突撃したとして、攻略する事ができるだろうかと思っていると、自身の背につかまる姉は力強く微笑んでいた。

 

「よしっ!じゃあ私たちは二人でいれるんだね」

 

 不安というものを感じないのだろうかと、楽観的にも見えるララだが、不思議とナナは安心感を覚えた。

 

「姉上、目が見えなくなったり、音が聞こえなくなったりする術を使うのが相手だから、気をつけてくれよ」

 

「うんっ!でも、ナナがいるなら平気だよね?じゃあ、急ごうっ!」

 

 あたし頼りかよ!と内心で突っ込む。

 だけど、姉と二人でいれる事を、頼もしくも、嬉しくも思っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「うわっ!!」

 

 ヤミと別れ、二人で城下町を走る。

 見張り台のような塔を重点的に壊し、ヤミとユウリに言われた通り、目立たないように各個撃破を心がけて行動していたのだが、リトがまた躓いた。何も無いところで。

 

「むーむー」

「ちょ、バカ兄貴!こんなときに何してんのよっ!」

 

 前を走っていたミカンのお尻に顔を埋めて、手は胸を揉みしだく。

 こんな時にまで、とミカンはかなり頭にキていた。

 

「ちち、違うんだって!ごめん美柑!」

 

「何が違うって……リト!!」

 

 慌てて離れたリトの腕を掴み、前方に飛び込むミカン。

 

──ズズズン……

 

 間一髪で躱せたが、二人がいた場所の両隣の建物同士が崩れて折り重なり、道は既に無くなっていた。

 暴れ回る加賀見の巨体が、城の天守閣を食い破りながら中に入るのがチラリと見えたが、それどころでは無い。

 次々と崩れる道を走り抜け、飛び込んだ先は、入るつもりのなかった城の中。

 

「マズイよ!リト、早く出ないと!」

 

 ユウリから、二人は城へは入るなと言われていた。

 城内は管理者である孔朱の領域であり、黒蟒楼そのものもいるからと。逆に、情報によればその二人は城から出てくる事は無いと聞いていたのだが、まさか入り込んでしまうとは思わなかった。

 

「美柑!避けろ!!」

 

 出ようと思っても次々と上から降ってくる瓦礫を避けて、遂に二人は散り散りになってしまった。

 

 

ーーー

 

 

「くそ、美柑、どこ行った……?」

 

 降り注いだ瓦礫をどけて、巻き起こる土埃に目を凝らして見るが、美柑の姿は見えない。

 

 こういう時は、とにかく上だろうと思い、階段を駆け上がる。

 たぶん、美柑も上に向かうはず。窓があれば飛び出すのだが、いかんせん向かっている方向には窓がなく、廊下と階段があるのみ。

 進めば進むほど薄暗くなっていき、だんだんと明かりが入ってこなくなってきたようだ。

 

「……ん?」

 

 進む方向を間違えたかと思ったところで、廊下でうずくまっている人影を見つけて警戒する。

 

「──誰?」

 

 倒れている、ゆったりとした着物を着た品のある女性がこちらを見ており、その女性の顔を見ると、目が離せなくなった。

 緑色に煌めく瞳。その中の、縦に長くパックリと割れた黒い瞳孔が底無しの暗闇にも見える。

 蛇に睨まれた蛙とはこういう事か。

 その蛇眼からは目を背ける事ができず、動くこともできない。

 

「誰だと、聞いている」

 

「お、俺は…結城リト……」

 

 その眼に見られているからか、何故か質問に答えてしまう。

 自分の意志とは関係なく、足が勝手に動きどんどんその女性へと近づいていく。

 怖い……

 俺の体を誰かに操作されているみたいだ。

 女性の前で、またも体は動かなくなった。

 すると、結われた長い髪が、蛇のようになり伸びてくると、どんどんと大きく、太くなり雁字搦めにされる。

 痛くも苦しくもないので、包まれると言った方がいいかも知れないが、鱗の感触はザラザラとしており、ひどく冷たかった。

 

「ふふ、仲間と此処を…あたしを殺しに来たか……怖い怖い。ここで、殺しておこうかしら…」

 

 話してもいないのに…いや、これは、俺のオーラとこの人のオーラが繋がっている…?

 

「だけど、お前の日常は随分とおもしろいわねぇ……繋がれたあたしとは大違い。確かに、ここで終わるのも良いかもしれないわね」

 

 俺を、覗かれている感覚。

 頭を割られ、中身を見られている感覚。

 

 しばらくしてその感覚がなくなったかと思えば、巻きついていた髪の蛇達はシュルシュルと音を立てて元の髪へと戻っていっていた。

 とはいえ頭はグワングワンとしており、なんとも言えない気分になる。

 

「羨ましい……あたしも、たまには城を出て、自由に走り回りたかった……」

 

 え…?自由じゃ、無いのか?

 その首輪…この人も黒蟒楼に囚われているのか?

 いや、でもあたしを殺しにとか言ってたような。

 でも、敵とか味方とか、関係ない。

 こんな悲しそうな顔をしてる人をほっとくなんて……

 俺にはできねー。

 

「おや、あたしを自由にしようと言うの?……それも、いいわねぇ。あたしはもう、最後に自由に駆け回れたなら、それでいいわ……」

 

 首輪を触りながら、遠くを見るような眼をすると、ようやく俺から蛇の眼を離してくれた。

 よしっ!これで動ける。早く助けてあげないと!

 

「……これを、首輪を壊したらいいんだな!」

 

 バギンと音を立てて、首輪は壊れた。

 けど、滅茶苦茶固かった……オーラをゴッソリ吸い取られた気もする。

 なんだったんだあの首輪は…

 

「……あらあら、本当に壊してしまうなんて。変な人間だねぇ」

 

「よくわかんねぇけど、そんな悲しい顔した女の人をほっとけるわけねぇよ!見捨てるなんて、そんな事したら俺は男でも、妹に誇れる兄でもいられなくなる気がするから…」

 

 クスクスと、着物の袖で口元を押さえて笑う。

 品のある仕草といい、お姫様みたいな人だな。

 

「そんなだからかね、あんたの周りは随分と賑やかで楽しそうなのは……あたしもこんな姿で生まれなきゃ、味わえたのかしらね」

 

「あ、あのさ。俺、妹を探してて、あと、急いで終わらして少しでもユウ兄を助けなくちゃ…」

 

「……あんたの、兄?この世界の異物とも言えるアレがいなければ、本来こんな事にもなっていないだろうに……」

 

 壁にもたれ掛かり、色っぽく傾げる女性。

 だがリトはその言葉に引っかかる。

 

「ユウ兄がいなけりゃ、なんだってんだよ?」

 

「あらあら…気になる?でもいいわ。ありもしない話なんて、退屈だもの」

 

 着物の裾をひらひらとさせており、目線は合わせない。

 話す気はないと言うことかな。

 

「わかったよ。でも、妹は、どこにいるか知ってたら教えてほしいだけど…」

 

 とは言え、情報は欲しい。

 この女性は幸い敵じゃないみたいだし、もしかしたら教えてくれるかもしれない。

 

「はぁ、しょうがないわねぇ……人間て、本当にお馬鹿さん」

 

 打算的だと思われたのか、少し眉を顰めたが、すぐにニコリと微笑むと、女性の非常にゆったりとした着物の袖に隠れた腕が顔に向かってくる。顔の前まで来たところで、袖の先から異常なほどに白い指がチラリと見えた。

 

──トン

 

 額に、触れた。

 それだけで、なぜか城の中を進んでいく光景が俺の頭に浮かんでくる。

 この道を、行けってことか。

 というか、めちゃくちゃ下の方だな……

 

「ありがとう!じゃあ、俺は行くよ。元気でな。悪さはするなよ!!」

 

 よしっ!

 美柑はもっと下の階か。スタートで間違えてたんだな。 

 あれ、オーラが元に戻ってる?

 まぁいいか!今は急がないと!

 

 

 

 リトは来た道を走って戻り、その背を見ていた姫は思う。

 

 元気で、悪さはするな、ね。もう、どっちも守れやしないけど。

 もうじき、私の抑えきれない力は暴走し爆発してしまうだろう。

 

 自分だって好きでこうなったわけじゃない。

 ただ、もっと自由に、この宇宙を駆け回りたかっただけなのに。

 なぜこんなにも大きくなってしまったのか…

 大きくなるたびに、不自由になる。

 気づいた時には、溜め込みすぎた莫大な生命力を放出し続け、補充しない限り衰弱していくばかり。

 星神になればと思ったが、とうとうあたしと共鳴してくれる惑星は見つからなかった。

 もう、疲れた。

 この世界の枠の外側にいる人間の事も知れた。

 それならば、せいぜい来世のあたしに期待しよう。

 

 なぜあたしのようなできそこないを創りだしたのか、あの人間に宿る神に、聞いてみたいものね。

 

 

 

 姫は、自分は星神のできそこないだと思っていた。

 

 姫は星神と違い、溜め込んだエネルギーを循環する術がない。

 隔絶した空間を作り、星の真似事のようにいくら城や街を作ろうとも、結局は大して変わらなかった。

 それならばと現存する星神と己を挿げ替えるためにいくつもの星を襲い、神を喰らってきたが、そんなモノと星が共鳴するはずもなかった。

 

 生命力の中でも、オーラのもつ力をプラスとするなら、もちろんマイナスの生命力もある。死へと向かうそれは、呪いとも呼ばれていた。星神となれば、それを災害として放出し、己の星の中で循環させるのだが、星を持たない姫にその術はない。

 溜め込まれたマイナスのエネルギーは、力を失いつつある姫では、もはや抑え込めないところまできていた。

 



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五十七話 超激戦×因縁

ーーーーーー

 

 

「あぶなかったぁ……。それにしても、まさかこんな時にまでリトの不運に巻き込まれちゃうとはね……」

 

 安定の、とは言いたくないが、いつも通り最悪のタイミング。

 入るなと言われた場所に入り、しかも二手に別れてしまった。

 私は、幸い怪我もないけど…リトは、無事だよね…?

 最悪の想像(イメージ)が浮かぶも、頭を振ってそれを消し、頼りになる親友を思い出す。

 

「ヤミさんも、城に入っていったように見えたけど……流石にこんな地下には、いないよね…」

 

 建物の崩壊に巻き込まれて、大穴に落ちてしまった。

 加賀見と松戸も城内にいるだろうが、天守閣へと入っていくのが見えたので、ここからはかなりの距離があるし、きっと助けてはくれないだろう。

 上を見上げると、奥の手を使えば飛べない事も無さそうな高さ。

 ただ、こんな危険地帯で、オーラはなるべく節約したいと思っていた。

 どうやらこの城には元々地下もあったようで、瓦礫の先に綺麗な道が続いているのが見えた。

 

『ヤバくなったらすぐ地球に戻れ。リトの手綱はミカンが握れよ?』

 

 もう一人の兄に言われた事を思い出す。

 ユウリさん…それ、早速できそうにないです……

 

 ひとまず迂回路を探し、ミカンは一人上を目指す。

 

 

 その道中、目の前の地面から突如、人が浮かび上がってきた。

 

「止まれ……これ以上私の美しい城に傷をつけたら、ただじゃおかんぞ」

 

 自分と同じくらいの、小柄な男。

 それに、私の城?

 

「いや!私なにも壊してないから!ほんと、すぐ出ていくんで!すみません!」

 

 あの言い様は、おそらく幹部の孔朱かな…

 私の城って言うから一瞬この城の主かとも思ったけど、こんな小男じゃないだろうしね。

 

「お前……失礼なことを今考えただろう……」

 

「え?いやいやいや、そんなことないですよー。出口を教えてもらえればホントすぐ出ていきますから〜」

 

 危ない危ない。心を読めちゃうのかな?

 でも、それだけで、青筋立てて、プルプル震えるくらいに怒るなんて、ぷっ。やっぱり小物──あっ!

 顔に出ちゃってた。

 

「貴様には、おしおきだーーーーっ!!!」

 

「キャーーーー!!」

 

 地面が盛り上がり、壁が迫ってくる。

 もー最悪!!

 こんなところで、一人の時に幹部に出くわすなんて……

 

 帰ったら私もお仕置きしてやる、バカ兄貴っ!!

 

「来ないでってば!!」

 

 逃げ惑うミカンを追い、蛸足がいくつも疾る。

 戦う気などなかったミカンは逃げ回っていたが、城の壁と蛸足に追われ、逃げ道がなくなってきた。

 

「この城は私の意のままであり、この足は一度絡みついたら離れない。私の城を傷つけたのだ…大人しく、この城の肥しとなれよ。地球人」

 

 なんだと言うのだ。

 城に入る気などなかったはずなのに、なぜか幹部に追いかけ回されているし、私は城なんて壊してない。

 

 リトはどこにいるんだ?

 ユウリさんの替わりに、私を守るんじゃなかったのか?

 内心でこの状況に追い込んだ兄を恨む。

 

 でも、もう逃げるのにオーラを使うのはやめだ。

 きっと逃げきれない。

 なら、戦うしかない。

 幹部を倒したら、ユウリさんの負担が少しは減る、かな?

 

 立ち止まり、振り返るミカンに怪訝な顔をする孔朱。

 

「なんだ?観念したか?」

 

「城を壊したのはそもそも私じゃないっ!それに、観念するのは、あんたの方よ」

 

 

──ズズズズズ……

 

 ミカンを包むオーラが、爆発的に力強さを増した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「うーん。管理者って人がいるからかなぁ……」

 

「姉上、もうすぐだ。でも、マジローが言うには研究室っぽいらしい…向こうの本拠地だし、気をつけ───」

 

 もうまもなくで戦いが始まると、ナナの緊張感は最高に高まっていたのだが、自身の姉にはどうやら伝わっていなかったらしい。

 さっきからブツブツ独り言を言っているとは思っていたが、今まさに、とんでもない事をやらかした。

 

「…いけた。これでよしっと!ナナ、気をつけてね!」

 

「気をつけてって…うわぁっ!!」

 

 ララがずっと操作していたのは、この電脳世界の操作だったのだが、どうやってもこの城にはアクセスできなかった。

 自分たちの身体や、今着ている、松戸製のコートやブーツ同じで、現実世界のものであるこの城下町に干渉はできなかった。

 

 そこでララは、天候に干渉することにしたのだ。

 

──カッ!!……ドオォォォォンッ!!!

 

 迸る閃光はあたりを覆い尽くし、通常ではありえない、水平に稲妻が走る。

 その稲妻は目的の場所であった藍碑の研究室に向けて突き進み、地鳴りのような音が響いた。

 

「あ、やりすぎちゃったかな…?」

 

「いや、今回ばっかりはやりすぎくらいが、ちょうど良いっ!」

 

 とはいえ、ナナも雷を喰らうのはたまったものではないので、ドラ助は一度デダイヤルで避難させ、ライゾーを呼び出してララと共に跨がる。

 ライゾーはナナの作り出した雷雲が気に入ったようで、バクリと雲を一噛みすると、その爪に帯電する電気は目に見えるほどスパークし、バチバチと音を立てていた。

 

「姉上、ライゾーが美味いってさ!」

 

 ナナのセリフにララが笑いかけたところで、大型の獣が空から降ってくる。その姿を見て、ナナのツインテールが軽く逆立った。

 

「やれやれ、またか。星に帰れと、言わなかったか?」

 

 ライオンの手足に、山羊の胴体、蛇の尻尾を持っている三つ首獣。

 その三つの頭はそれぞれ体を構成する三体のものだった。

 そして、背に乗っているのは、碧暗。

 ナナは八重歯を剥き出しにして怒りをあらわにする。

 

「テメーッ!!」

 

 ナナにはわかった。この獣は、無理やり繋げられている。しかも自我を殺され、命令に従うだけの機械のように…

 この子たちには、自分の声はもう届かない。

 

「ん?キメラはお気に召さないか?動物が好きだと思って、わざわざ連れてきたのに」

 

 碧暗が喋り終わると、ライオンの頭部が口を開く。

 何をする気かは、本能でわかった。

 

「ドラ助っ!!」

 

 瞬時にデダイヤルからドラゴンを呼び出す。

 既に大口を開け、ブレスを放つ体勢で。

 

「ガァァァァァァァ!!!」

 

「ゴアァァァァァァ!!!」

 

 二つの火炎が中央で爆発し、視界は真っ赤に染まる。

 だが、爆発音にまぎれて、バチバチと音がする。

 そして山羊のツノから電撃を放たれるも、何が飛んでくるのかは、既にわかっていた。

 

「ライゾー!!」

 

 電気には電気。

 先程雷雲を食べたライゾーの口からも稲妻が疾る。

 電撃は爆煙の中で激しくぶつかり合い、閃光があたりを照らす。

 

「ジローネ!!」

 

 最後は、音もなく忍び寄る蛇の尾に、呼び出したジロスネークが噛み付いた。

 三位一体に対してこちらは三体を出現させて対抗するナナ。

 

「ふむ、獣を使役して戦うのはわかっていたが、随分と多くを手懐けているようだな」

 

「ふざけんな!お前と違って、あたしたちは友達だっ!!」

 

 激昂し叫ぶナナ。

 怒りに染まりかけたとき、マジローがそっと胸を叩き、冷静さを取り戻す。

 そこで気づいた。

 さっきまで自分の後ろにいたはずの姉がいないことに。

 

「妹に、酷いことしないでっ!!」

 

 宇宙の覇者である父の血を、最も色濃く受け継ぐララ。

 視えてはいたが、予想外のスピードで迫るララに、碧暗は防御が追いつかない。

 

「ぐ……!」

 

 キメラの背から叩き落とされ地面へと激突する碧暗。

 

「ゲホゲホッ……この、馬鹿力め……」

 

──くるくるロープくん!!

  べとべとランチャーくん!!

 

「ち…」

 

 ララの発明品である自動で追尾し拘束するロープ状のアイテムと、バズーカ砲のようなものから打ち出されたとりもちの弾をキメラの火炎で燃やし、碧暗は姿を消す。

 

『く…手数が多い…こっちの娘の方が、随分と厄介──ナニ!!?』

 

「テメーの姿なんか、見えてんだよっ!!」

 

 キメラを相手取るのはみんなに任せ、マジローによる探知で場所を特定し、その強靭な脚力で地を蹴ったナナが既に肉薄している。

 その弾丸のような勢いのままに、ナナのボディーブローが碧暗に深々と突き刺さった。

 

「ぐおぁっ!!」

 

 体をくの字に折り曲げて、またも吹き飛ぶ碧暗に飛びかかり、ラッシュをかけるナナ。

 

「テメー!だけは!泣いても!許して!やらないっ!!」

 

 幾度となく殴られ、ローブは千切れ飛んでいく。

 ビリビリに破れ、ローブが剥がれたところから覗く、隠れていた大きな瞳が、閉じた。

 

「わわわっ!!!」

 

「あ、姉上!?」

 

 殴りかかっていた碧暗と、入れ替わるようにいるララを殴りつけるナナ。

 咄嗟にナナの拳を受け止めるララだったが、この一瞬の混乱に乗じて碧暗は姿を消す。

 

「な、どうなってんだ?」

「私と、場所を入れ替えたの…?」

 

 既にキメラは三匹の猛攻により戦闘不能に陥っていた。

 

「姉上!あたしはアイツを追う!姉上は藍碑を!!」

 

 ララは力強くうなずき、その場から飛び去った。

 

 

ーーー

 

 

 く…無駄にダメージを負ってしまった。

 あの身体能力を誇るデビルークの王女相手に二対一は、望むところではない。

 せめてあのサーチバッツさえいなければ、あんな小娘二人にこの私が逃げることになるなど……

 

 思い出しても腹が立つ。

 しかし、次は藍碑を利用すればいい。あの女は地球にいた事もあるらしく、今回の件には反対の姿勢だった。上手く利用すれば…

 

「オイッ!!逃がさねェゾ!?」

 

 ヤレヤレ……

 キメラは、やられているか。

 全く、面倒だ。

 

「私のキメラが、アレ一体だけだと思っていたか?」

 

「なんだと…?」

 

 せいぜい、コレと遊んでおけ。

 

「5体持っている。アレはその内の一体。残りはご覧の通り4体。君のお友達は、あとどのくらいいるのかな?」

 

 さて、王女様の足止めはこれで良い。

 

 他の状況は……ッ!?

 どうやら、ここは捨てた方が良さそうだ。 

 あの女……あれは次元が違う。

 欲しいのは欲しいが、少なくとも今は無理だし、下手にちょっかいを出せばこちらが消されるだろう。

 

 先に藍碑を抑えるか。

 まずは合流して、この世界から出るべきだな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「姫……」

 

 城の上層。

 藍碑の研究室そばで戦闘が始まり、嫌な予感がして姫の部屋へと向かった白だったが、そこには姫の延命装置である首輪のコードが廊下の先へと伸びているだけ。

 一体、どこへ……

 

──ガシュンガシュン…ガシィィィ…

 

 そう思い、コードの伸びる先へ向かおうとする白だが、背後で音がする。

 なにか、大きな爪のような鋭利なものが地面を削りながら動いているような、奇妙な音。

 

「見ぃーーーつけた」

 

 知っている見た目からはかなり老けたが、かつての知人が、自分の元妻の顔をした化け物に跨っていた。

 白はすぐに背を向け走る。

 その理由は姫の部屋を破壊されたくないからだが、松戸はそんなことは気にしない。

 白を追いながらも壁を、廊下をいちいち破壊しながらも進む。

 

 そうして、場内にある広間へと辿りつき、白は足を止めて振り返った。

 

「クッ。久しぶりだなぁ」

 

「生きているとは思っていたが…」

 

「そうかい。僕はお前が死んだなんて、露ほども信じちゃいなかったよ。どうせまたろくでもないことをしでかし、姿を表すとね」

 

 松戸は広間に着くと加賀見から飛び降りて語り出し、たった今、加賀見の姿は通常の人型へと戻った。

 その姿を見て、白は呟く。

 

「勝手に人の女房の似姿を使うなよ」

 

()女房だ…」

 

 松戸は語る。

 リイサの蘇生を願ったが、何をもってしてもそれは叶わなかった。

 だが、奇跡が起きた。眉唾物の神などではない、正真正銘、神界の神が現れリイサを作ったと。

 

「奇跡を起こすのに必要なものはなにか知っているかい?ククッ──

 愛だよ、愛!!お前には決してわかるまい!!」

 

 白はゆっくりと、長い髪で隠れている左眼をあらわにする。

 

「ろくでもないのは、お前だな……だが、俺にはお前を殺す理由がない。俺の元女房の形をした玩具とこのまま立ち去るのはどうだ?」

 

「黙れ……もしかしたら、と思ったが…やはりお前にはわからんか?」

 

 白は松戸の言っている意味がわからなかったが、

 準備は整った。

 既にあたりは自身の傀儡で埋め尽くされている。

 

「……行け」

 

 一斉に襲いかかる蟲入りの異形の者たちだが、随分と前から松戸の【円】の範囲に入っていた。

 

「加賀見くん」

 

 その一言だけで、加賀見から伸びる巨大な腕が全てを引き裂き、押し潰す。

 ほんの数秒で、あたりは元生き物のミンチで埋め尽くされた。

 

「やはり、お前には大事なものなどわからない。今やってるのも、何十年と生きてきて、いまだに自分探しの途中なんだろ?気づけ。お前に求めるものなどない」

 

「俺が求めたのは変化だ。地球人でないのに地球で育ち、周りと違う俺が変化を求めるのは当然だと思うが」

 

「ハッ!違うね。お前は人も、自分さえもわからないただの木偶人形(でくにんぎょう)だ。夢もなく、他人の夢に便乗するだけ。環境が変われば、何かが変わるとでも思ったか?どこへ行こうと、何をしようと変わる訳ないんだよ、この抜作(ぬけさく)。何故だかわかるか?」

 

 良い加減会話が煩わしい。

 なぜこうも俺に固執する?

 そんなにあの女が好きなら一生その玩具で遊んでいれば良い。

 俺を巻き込むな。

 求められ結婚し、永遠に老けない、地球人ではない俺に嫉妬し、永遠の命と若さを望んだのはその女だ。

 俺は確かに失敗したが、求められたことをやっただけだ。

 何を、そこまで?

 

「お前の中身が、空っぽだからさ」

 

 思い出補正とでも言おうか。

 松戸の頭の中で、あの女は神格化されているらしい。

 神などと…せいぜい中級の悪魔がいいところだろう。

 

「松戸、あれは醜い女だぞ。俺はあいつの望んだことをしただけだ。不老不死を望み、俺はそのために禁忌にも手を出した。最後の方は、頭もおかしくなっていたしな。最後に実験に失敗し、あいつが死んだ時、ついでに俺も死んだことにした。そうしてようやく、俺は解放されたんだ」

 

「ごちゃごちゃ言うなよ。彼女が望んだと称して、実験と称して、彼女の体を弄るだけ弄ったのだろうが。お前は地球人に、周りと同じになりたかっただけだろう?自分の妻を、自分のために犠牲にしたことまでも、他人のせいにするなよ。この人でなし!」

 

 鬱陶しい。

 俺が、地球人になりたかっただと…

 確かに、人間の中身を知るには良い機会だと、可能な限りバラして見たのは確かだが…

 禁術のためだ。そう…必要な事、だったんだ。

 

「……なら、それでいい…」

 

「よくない!彼女がなぜ永遠の命と若さを望んだのかわかってるか!?」

 

 ある日、まだ白が実験を始める前に、松戸に心の内を話してくれたリイサ。

 結婚しても、子供はできず、年も取らない旦那。

 妻となってもなにも言ってくれることはなく、文句すらも言わず、わざとわがままを言っても、なんでも聞き分けてしまう。

 そんな旦那は、寂しがり屋のひとりぼっちだと。

 

『平助さん、もしも私がいなくなったら……平助さんは、あの人のそばにいてあげてね…』

 

 今と違って、優しく綺麗な、だが、少し悲しげな表情を浮かべたリイサの顔が松戸の脳裏に浮かぶ。

 

「すべては、お前を一人にしないためだろうが!!」

 

 それを理解していない白に、松戸はなんとも言えない感情が爆発した。

 せめて、今の加賀見の中のリイサを白が感じとれれば、この殺意も少しは薄れるだろうとは思っていたが……

 いつもの無表情でいる白に、松戸は再度、殺すことを決めた。

 

「……俺はもう、違うところにいる。お前の次元で話をするな」

 

 白の左の頭が割れ中からは大量の蟲。

 千はいようかという蟲が縦横無尽に飛び回る。

 大きな蟲は不規則に飛び回り、小さなものは城の硬い地面や壁、柱すらも噛みちぎり、潜り込む。

 まさに四方八方から攻撃をする白の蟲たち。

 

「さぁ。俺も本気だ、行くぞ」

 

「ふん、来い!」

 

 加賀見はひたすらに蟲を潰しており、それに跨がる松戸は白へと返事を返す。

 すると初めて、白の口角が上がった。

 

「……了承したな。──よし、扉が開いた」

 

 松戸の剥き出しの左目が穴が空いたように、暗闇となる。

 同様に、白の左目も暗闇が覆っていた。

 

「俺の能力は、知っているかと思うが、対象に蟲を入れ、相手を操ること。だが別の手順もあってね。疑似的な契約を結ぶんだ。俺が『行くぞ』と言い、『来い』と返したな?これで入る了承は得た。契約成立だ。こうも簡単に乗ってくれるとは……おしゃべりは助かるな」

 

 次々と暗闇の穴が、松戸へ開いていく。

 

「これで、そこの化物に邪魔されないルートが確保できた」

 

 確かに、加賀見の黒渦のように脳に直接蟲を入れられれば、すぐにでも支配され、操作されてしまうだろう。

 だが、松戸は薄く笑みを浮かべる。

 

「……知っているか?操作系は、早い者勝ち」

 

 松戸はオーラを全身に纏うこともなく、加賀見の中へと、入り込む。

 まるで、腹の口に喰われていくように…

 そして、松戸はアンテナを一本自分の太腿に刺した。

 

「……なにを、言っている?」

 

「リイサくん。もう、いいかい?」

 

「………はい…先生」

 

 加賀見のセリフを最後に、松戸はもう一本の(・・・・・)アンテナを加賀見の体内に刺し、完全に加賀見の中へと入った。

 

 



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五十八話 混戦×三度目

ーーーーーー

 

 

──ザン!!

 

 ヤミは長い手足をしならせ、手足を刃へ変えると、迫りくる城の壁や地面、天井の全てを切り裂いた。

 

「小娘が、女になった…?」

 

 孔朱の前にいるのは、ダークブラウンのパイナップルヘアーの小さな女の子から、金髪の大人の女性へと変わっていた。

 

「………こんなものね」

 

 大袈裟に、顎に手を当てている大人の女、風を装うミカン。

 

 能力で過去にヤミと入れ替わった自分を体験し、変身(トランス)の練習も何度もしてきた。そのため、今やヤミと同じく、大人バージョンにも変身できるまでに達していた。

 なぜ今体を大きくしているのかは、もちろんハッタリのため。

 少しだけ、大人バージョンの自分に変身した事もあるが、加賀見を意識しすぎた為か、全く似合わず変な感じになってしまったのはヤミとミカンだけの秘密である。

 

「…なんなんだー!!お前はー!?」

 

 ついでにタコの足も何本か切り裂いたので、孔朱は叫び、距離をとっている。

 

「…金色の闇…って、知らないの?宇宙一の殺し屋と呼ばれた事もあるんだけど」

 

 ヤミの姿をしたミカンがその赤い相貌で孔朱を射抜く。

 だが、そこに殺気を込める事は、ミカンでは無理な話であった。

 そして、孔朱も殺気の籠らぬ言葉と振る舞いに惑わされるほど雑魚ではない。

 

「他者を殺したことも無いような目をして、何が殺し屋だ」

 

 放たれる蛸足を切り刻み、迫る壁は幾つもの髪の拳で殴りつけ、破壊する。

 肉薄しようとするも、孔朱の蛸足は再生を繰り返し、本体へ迫ると城の壁へと埋まり、別の場所から現れる。

 時間だけが、無駄に過ぎていく中で、ミカンは焦っていた。

 

「くくくっ。焦っているのか?大方、時間制限でもあるのかな?さぁ、貴様も私の城へ取り込んでくれよう」

 

 腐っても幹部。

 持久戦に持ち込まれたらどうしようもない。

 私の【円】の範囲は狭すぎて探知もできない……

 このままではと、奥歯を噛み締めたところで、声がした。

 

「美柑ッ!!!」

 

 来て、くれたんだ、リト……

 

「あれ?ヤミ?え?なんで大きく!?」

 

 バカ兄貴……結局私を見分けられていないではないか。

 

「私だよ!兄なら見分けられるんじゃ…」

 

──しまった!!

 

 後悔しても遅い。

 リトへと気を取られた瞬間、触手のような足に絡みつかれてしまう。

 身動きも取れないし、これ、なんだか、力が、抜ける……?

 

「クソ!!これでもくらえ!!」

 

 リトは持っている銃を連射するも、自由自在に動く城の壁に阻まれて当たりもしない。

 リトとの間には壁がどんどんと集まっていき、分厚い壁となってリトとの間に立ちはだかる。

 あれじゃあ、リトのパワーでは突破は難しい。

 でも、私ならできる。

 それでオーラを使い果たしちゃうと思うけど……

 

 でも、なんとかしてくれる、よね?

 あとは任せるよ。お兄ちゃん。

 

 金色の髪で特大の拳を作り出し、ありったけのオーラを込める。

 まるで鉄球のついたクレーン車のように、その大きな金色の拳を壁へと叩きつけた。

 壁には一気にヒビが走り、そのまま粉々に砕け散った。

 

「な!?あれを砕くとは!?」

 

 驚く孔朱だが、既に能力は解除されて、元のミカンの姿に戻っている事に一瞬気を取られた。

 

 壁が崩れる前から、リトは高まるミカンのオーラを感じ取っていた。

 妹は、何かする気だと。

 

 守ると言った。本人にも、もう一人の兄にも。

 

 ここでやらなきゃ、兄でも男でもない。

 リトは足へとオーラを集中して地を蹴り、壁へと飛んだ。

 

 そして、壁は崩れて孔朱が見えた。

 

「貴様…!?」

 

 瓦礫の中から飛び出したリトは、既に孔朱のそばに迫っている。

 リトもオーラを高め、あの日以来、溜め続けていた自分の災難を、全て孔朱へと解き放った。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!」

 

──【災難汚染(カラミティ・ブレイク)】Lv80 解放

 

 リトの放つ光に包まれた孔朱はあまりの眩さに目を閉じた。

 

 そして、目を開くと、さっきとなんら変わりない光景。

 不発か?と思うほど、何も変化がない。

 

 攻撃をした人間の子供は捕らえた方の娘の側へと向かっている。

 

「驚かせおって…貴様らは、二人まとめてこの城に取り込んでくれ……」

 

──ビシィ!!

 

 その瞬間に、天井が丸ごと落ちてきた。

 その隙間からは黄金色の眩い光が漏れている。

 ミカンとリトは他の瓦礫によりその光を目にすることは無かったが、孔朱は直視はしてないと言うのに、その光が視界に入っただけでその瞳は焼かれて蒸発した。

 

「ぐぅぅぁぁ!!目が、目がぁ!!…いったい何が!?」

 

 目玉を焼かれ、視力を失った孔朱は違和感に気づく。自分の腕が半分、千切れていることに。

 目の見えない孔朱も、城の管理者であるために、城内の事であれば把握できる。

 その力によって、ようやく状況を理解した。

 落ちてきた鋭利な瓦礫は、ミカンを拘束していた四本の腕に落ち、切断していたのだ。

 しかも、それはそのまま孔朱の方に倒れてきている。

 

「くっ!!」

 

 慌てて距離をとり、城の修復へと力を使おうとするが、パシャっという水音がした。

 それと同時に、身体中に電気が走る。

 

「ぐあぁぁぁっ!!?」

 

 ミカンが最後に破壊した巨大な拳はこの城の水場を破壊しており、それはなぜか強力な電気を帯びていた。

 孔朱は黒コゲになりながらも残る足を使い、更に上へと登る。

 

「はぁ、はぁ…生き埋めにしてやる…この美しい城の礎となれるんだ…光栄だろう…」

 

 リトはこれでも倒れない孔朱に奥歯を噛みしめ、ミカンを胸に抱く。

 

「リト、逃げなきゃ…」

 

 不安そうなミカンの顔。

 

「大丈夫だ!俺がついてる!!」

 

 ミカンはそんなリトの顔を見て、どうしようも無い状況のなか、不思議と安心していた。

 だが無情にも、瓦礫がどんどんと押し寄せてきており、二人を覆い尽くす直前。

 

──ヒュン

 

 という軽い音が、した。

 何かが、高速で二人の横を掠めていったのだ。

 何事かと、視線を上へと向けると。

 

「なにが、なんだと言うのだ……」

 

 孔朱は、横に真っ二つに裂けた。

 下半身を失い既に足も1本を残すのみとなり、力尽き、地面へと倒れると、切り落とされた瓦礫の山へと埋もれていった。

 

「た、倒した……?」

 

「いや、わかんねーけど…ひとまず今のうちに逃げるぞ美柑!!」

 

 二人は孔朱をそのままに、その場から逃げ出した。

 

 

──ガラッ……

 

 微かに瓦礫が動いた。

 

「………姫……まだ私は…」

 

 なんとか瓦礫から這いずり出て、なおも二人を追おうとする気迫は、城の管理者を任された使命感と、姫への忠義だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あなたが、藍碑?」

 

 デビルークの、プリンセス……

 碧暗のやつはいなくなったが、どうするべきか。

 早く、コレを移し、研究の記録をまとめなければ……時間もないと言うのに…

 

「こんな事、もうやめて。地球を壊さないなら、私も戦う理由はないから」

 

「……そうか。なら、出て行ってくれ。私は私でやる事がある」

 

 なんだ、キョロキョロと。

 戦う気が無いのなら、関わらなければいいだろう。

 どう運ぶか、使い魔を呼び出すかと悩んでいると、メディカルマシーンに顔を近づけている。

 

「…それに、触るな」

 

「ねぇ…その人の事、好きなの?」

 

 コイツは、いったい何を言っている?

 

「違う」

「好きな人が目の前にいるのに、動かないんだよね……私も、手伝うよ。えっと、このコールドスリープから目覚めさせるには…」

 

 話を聞いていないのか?

 好きではないと言ってるだろう。

 この男は、私の戒めで残しているだけだ。

 死した肉体に別の意識を宿せるのか?

 もしくは、ホムンクルスのように作り出した肉体に魂を移す事はできるのか。

 私はそれが、知りたいだけだ。

 

「無駄だ。この男は既に死んでいる。私はその状態の人間でも回復する事ができるのか、生命力の研究をしているだけだ」

 

「うそっ!!」

 

 真っ直ぐな眼で、私を見るな…

 人とは、なぜこうも簡単に他人と繋がれるのだ…

 

「好きな人の事で、嘘はついちゃダメだよ。好きな人を助けるための研究なら、私も手伝う。それに…

──自分に嘘をついてまでする恋は、悲しいだけだよ?」

 

「……好きと言うものは、私にはわからないし、私に恋愛感情などない」

 

 そう。私はただ、あの続きが、見たいだけだ。

 この男と、生活をしていた時の…人間とともに生きたあの時の続きを。

 

「もしかして、藍碑ちゃんはこの人と同じ、地球人になりたいの?大丈夫だよ!私も、生まれた星は違ってもリトとラブラブだもんっ!」

 

 あ、藍碑、ちゃん?

 私が何百年生きていると思っているのだ、この小娘は。

 それに、キョロキョロしていると思ったが、資料を見ただけで、地球人の肉体に関しての研究であると、身体を入れ替える、作り替える研究だと言うことが分かったのか?

 デビルークのプリンセス、噂通りの天才か…

 

「いったいなんの話をしているんだお前は……ん?──ゔっ!…グゥァァゥ…!!」

 

「ど、どうしたの!?大丈夫!?」

 

 あ、頭が…割れる…コレは…

 白の蟲……私用の、特別性……

 

「早くここから離れろ…私が私じゃああ…ァァアアァァアアアア!!」

 

 

ーーー

 

 

「藍碑ちゃん!?藍碑ちゃん、どうしたの!?」

 

 藍碑ちゃんはいい子だ。

 ミカンに見せてもらった、昔のお兄ちゃんとどこか似てる気がする。

 きっと、自分がわからなくて、どうしたらいいかわからないだけ。

 それさえわかれば、戦う必要なんて、きっとない。

 でも、

 

「モモがいたら、よかったなぁ……」

 

 藍碑ちゃん、とんでもない宇宙人だったんだ…

 目の前にいるのは、大きな大きなお花の植物型宇宙人。

 どこか、昔のセリーヌに似てる気がする。

 

「うわわっ!!」

 

 いくつもの植物の蔓が襲いかかり、花弁から放たれる種子の弾丸をなんとか躱す。

 攻撃は、したくないけど…

 躱した種子からは芽が生えて蔓の数をどんどんと増やしていく。

 このままだと、いずれ捕まる。

 

「ちょっと、大人しくしててね」

 

 ララはデダイヤルからいくつもの発明品を取り出した。

 

【ごーごーバキュームくん】で種子を吸い込み、

【ピタピタくっつくん】で蔓同士をくっつけ、

【つるつるスリップくん】で地面を凍らせ、これ以上の蔓の増殖を防ぎ、同時に藍碑の動きを鈍くする。

 

 ララの発明品はまだまだあり、自我の無い藍碑の相手であれば、ハッキリ言って無双していた。

 

「まだまだいくよーっ!!」

 

 

ーーー

 

 

「クッソぉ…」

 

 キメラ一体でさえ厄介だったのに、それが今は4体。

 ドラ助、ライゾー、ジローネはまだ元気だが、このまま戦うとなると厳しい。

 『私はもう行きますよ。死にたく無ければ、今度こそ王女様は自分の惑星へ帰るといい』

 そう言い残し消えていった碧暗への怒りが湧き、今すぐにでも追いかけたいが、このキメラたちを放っておけば他の戦場がどうなるかはわからない。

 呼び出すことは無いと思っていた、一匹を呼び出すことに決めた。

 

月之承(つきのじょう)!!」

 

 月之承と呼ばれたのは大きな白いグリフォンのような見た目をしている。だが、赤黒い複眼のような大きな目をしており、尻尾の先は、三日月状の鋭利な刃のようだった。

 そして、幻獣と呼ばれるグリフォンのイメージとは全く異なり、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 

「……私は待機との事でしたが、もしや分が悪いので?」

 

 月之承もマジローと同じく絶滅種の最後の個体。

 と言うのも、彼の種族は知能が非常に高く、性格は残忍で狡猾。さらには人間を捕食していたために、人の手によって絶滅まで追い込まれた。

 だが、幼少期の頃から共に育ったナナにだけは懐いており、本来は人間を食べずとも、別のもので生きていけたので友達としてサファリパークに暮らしている。だが、気性の荒さと内に秘めた狂気から、ナナが現実世界に呼び出すことは今まで一度も無かった。

 今回も、折角穏やかに過ごせているのに、これをキッカケに、種の本能に目覚めて欲しくないという思いがあったから。

 

「あぁ。コイツらも、可哀想なんだ……今回だけは、思いっきりやってくれ」

 

「おぉ!それは、制限ナシということですかな?」

 

 口調は丁寧だが、嬉々としている月之承。

 そんな彼に、少し悲しげだが、怒りを堪えきれない、震える声でナナは答えた。

 

「そうだ…ここはみんなに任せる。アイツだけは、絶対に許さない…!!」

 

 キメラにされた動物は泣いている。

 悲しいという感情だけがナナへと流れ込んでくる。

 それが、5体も……最後まで、ふざけやがって。 

 

「ならば…ナナの道は私が切り開きましょう!」

 

 ナナに迫ってきていたキメラの一体に、月之承の尻尾の三日月が振るわれ、その胴体を容易く分断した。

 目を伏せるナナに、マジローが声をかける。

 

「ナナ。仕方ないんだ。せめて殺してくれと、こいつらは泣いてる…」

 

「もう不意打ちは効きそうにないか。この場は、我らに任せるのでしょう?速く行くといいですぞ」

 

 月乃承を中心に、ドラ助、ライゾー、ジローネも加わり4対3と、数では形勢逆転だが、油断はできない。

 

「……頼むぞ、みんな」

 

 ナナはこの場をみんなに任せ、マジローと共に藍碑の研究室へと向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「な、一体…何が…?」

 

『黙れ。 もう喋るな』

 

 今、目の前にいるものは、なんだ?

 先程までの自分の知っている女の姿とは違う。

 豹変し、明らかなこの世の異物となった自分の元妻に驚愕を隠せない。

 黙れと言う言葉に従うつもりなどなかったが、その眼に見られているだけで、言葉を発する事ができずにいる。

 

 虹色に煌く瞳。

 人ではあり得ないほどに白い肌。

 長く伸びた、黄金色に、燃えるように輝き揺らめく髪。

 これは、別格の存在だと。

 

『我が名はヘスティア。 貴様の矮小な魂は腹に入れることすらも値しない』

 

 現世に降臨した真の神。

 動くことはできない炉の神である彼女がなぜ現世に顕現する事ができたかと言うと、松戸の能力が関係する。

 

 松戸の念能力は、

 

善悪の解離(ジキルとハイド)

 悪魔のシルエットをしたアンテナを刺して対象を操作する単純な操作系能力。

 操作の際は自己を残しており、主に尋問等に使用していた。

 そして、アンテナは能力名の通り二本あり、ハイドが操作用であり、ジキルは操作対象用。

 ジキルを刺した対象をハイドを刺したものが操作することも可能。その場合はアンテナに込めた松戸のオーラが途切れるまでの間が操作時間となる。

 松戸が操作する場合はハイドのみを使用で操作可能。

 

 この松戸の能力を利用し、ユウリはミカンを鍛えており、お互いに自我があることも修行にはかなりのプラス要素となった。

 そして今、ジキルは松戸に、ハイドは加賀見に刺さっている。

 

 それだけではただ加賀見が松戸を操作するだけだが、ここに加賀見の能力が合わさると、今の現象が起きる。

 オーラが少なく、【念】と相性の悪い加賀見の生み出した能力はたった一つ。

 

十一分の一人羽織(じゅうにひとえ)

 ヘスティアを現世へと降臨させる能力。

 制約:自身を除く10人の意識を奪う事が条件。意識を奪われる者の精神的同意が必要。

 この場合の【人】は意識の数によるため、自身の中にある人格の意識を使用している。

 

 誓約: 発動中、オーラと失った意識の内、いずれかの魂を消費する。

 

 だが、一度目の発動時に魂の一つであったモモゼは既に消滅していた。

 『善悪の解離(ジキルとハイド)』では自我を保ったままなので、足りない人格を補うために、松戸はもう一つ能力を作った。

 

操られ人形(オートマータ)

 対象を自身へと乗り移らせる能力。

 その際の能力等全ては対象に推移する。

 操作される時も自身のオーラを消費する。

 

 制約:対象は自身に乗り移る事に精神的に同意している事が条件。意識も全て憑依者のものとなるため、能力の解除は自身ではできない。

 

 誓約:対象と自身の力の差が激しい場合、憑依時間につき寿命が減る。減る寿命は対象との差による。差が無ければ寿命は減らない。

 ヘスティアの場合は1秒で1年間の寿命を消費する。

 なお、寿命が尽きた場合のみ自動的に能力は解除される。

 

 この三つの能力を同時に使用することにより、ようやくヘスティアを顕現させる事ができたのだ。

 

 

 

 ゆっくりと、神々しくヘスティアは動く。

 まるでそこに重力などないかのように。

 

『生まれを憎み、育ちを憎むか。与えられたものに不満をぶつけるだけの、ただの子供(ガキ)めが』

 

「俺は…」

 

『喋るなと、言ったはずだ。理由などいらん。この私の愛した器を壊した事、万死に値する。

 ──【命の融解(メルトダウン)】──

 神界一美しい炎を、最後にその目に焼き付けると良い……』

 

 ヘスティアが手をかざすと、黄金色の光に覆われ、広間ごと、全てが塵も残さず消し飛んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「んだよ?こんな辺鄙な場所まで連れてきちゃって」

 

「周りを気にしてちゃ、お前とはやってられないからな」

 

「見たとこ、こないだと対して変わってなさそうだけど、そんなんで俺に勝てんの?つまんなかったらすぐに終わらすぞ?」

 

 岩山だらけの、岩石地帯。

 ララに作ってもらった簡易ワープ装置を使い移動したそこは、城からはかなり遠くの場所だった。

 

 お互いに、尖った岩の上に立ち会話をしていた。

 

「でも、ギャラリーもいないようなとこに場所変えるなんてさ、やっぱ自分以外はいらないんだってこと、わかった?」

 

「随分と、お喋りだな」

 

 ヘラヘラしやがって。

 こちとらハラワタ煮え繰り返ってんだよ。

 もう少し、様子見されると思っていた。

 予定では我銀を潰し、孔朱も消しておくつもりだったのだが、完全に狂った。

 他のみんなが心配だが、神黒とエンカウントするよりは百倍マシだろうと、みんなを信じて気持ちを切り替える。

 

「まーなー。三回も俺に挑むやつなんて初めてだからな」

 

「三度目の正直って、知ってるか?」

 

「二度あることは、ってのなら知ってるよ」

 

 いちいちイラつくなぁ。

 小さい頃を思い出す。やられた事は、やり返す。

 もう二度もやられた。そしてまだ、やり返せてない。

 オーラを練り上げ、研ぎ澄ます。

 

「もう、言葉も、理由もいらない。お前は殺すぞ」

 

「ふーん…なら、自分でハードルあげた、次のお前を見せてみろよ」

 

 俺のオーラに呼応して、神黒のオーラも増大した。

 剥き出しの日本刀のような、触れれば切れてしまいそうな程に鋭いオーラ。

 肌がチリチリする。

 

 お互いまだ構えすら取っていないが、常人ならば、このオーラだけで逃げ出すか、自死を選ぶだろうな。

 

「まっ、バージョン2ってところかな」

 

 俺はデダイヤルから呼び出した、アイテムを手に取った。

 



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五十九話 神×神

ーーーーーー

 

 

『……なぜ、邪魔をした?』

 

『私は、それでもこの人を…』

 

『そうか……やはり、お前は美しいな』

 

 能力の枠を超え、邪魔をされるとは思っても見なかった。

 やはり、この娘の魂は美しく、強い。

 娘に免じて、今回だけは見逃してやろう。

 

 

 あの男が見逃すかは、知らんがな。

 

 

ーーー

 

 

 ヘスティアの放った黄金色の輝きが消え、そこには人型の加賀見と、加賀見に手を貸されている松戸。

 そして、全ての蟲を失い、倒れている白の体のみがあった。

 

 松戸はゆっくりと白に近づく。

 

「結局、何もかもが中途半端なんだよ、お前は」

 

「……」

 

 白はうっすらと目を開けるも、答えない。

 

「あのまま消えていれば良いものを、黒蟒楼に入り、派手に動かなければお前を見つけることはできなかった。

──僕だって、彼女を生き返らせる気なんてなかったよ。知っていたさ、それが意味のないことくらい…」

 

 松戸は顔を上げ、虚空を、遠い思い出を見つめる。

 それはいつの日も、思ってきた、美しい教子。

 美しい顔で笑い。

 美しい姿で立ち振る舞う。

 しかし、それらは全て、別の人へと向けられたもの。

 それを、ずっと横で見ていたのだ。

 

「だって彼女は、絶対に僕を愛してなんかくれないのだから…」

 

 ヘスティアとして蘇り、他の人格からリイサの魂があることも聞いている。

 でも、一度も、僕の前には現れてくれない。

 今回発動した【十一分の一人羽織(じゅうにひとえ)】でも魂は生き残ったのはわかっている。

 でも、それでも……

 それでも彼女は僕にはなんの反応も示さなかった。

 僕を恨んでいるだろう。

 きっと、彼女はそのまま死にたかったんだから。

 そうして、コイツの中でいつまでも、思い出として生き続けるつもりだったんだ…

 

「最後に言え…愛していたと」

 

 それが聞ければ、長かった、待ち焦がれたこのショーも終幕だ。

 やはりこいつは空っぽだ。何を壊しても、何を奪っても変化はない。

 ならせめて、最後には、彼女に対してだけは、人として振舞いさえすれば、もういい。

 

 だが、白は無表情のままに、答えた。

 

「俺は、人を愛したことなどない」

 

 あぁ。やはりそうだよな。

 こんな決着などありえないか。

 白の言葉を聞き、松戸は持っていた杖を振りかぶる。

 

 そこで、声が聞こえた。

 もう何十年も聞いてきた声と同じだが、何かが違う。

 酷く懐かしく、暖かく感じる。

 

『それでも、私はあなたを愛していましたよ。──さようなら』

 

 加賀見 リイサ(・・・)がそこにいた。

 

 白も、松戸も、目を見開き彼女を見る。

 妖艶ではなく、遥か昔に見た、綺麗な笑顔がそこにはあった。

 

 が、すぐに違う顔に変わる加賀見を見て、松戸は薄く笑った。

 

「約束は、守れない。僕がお前と共に歩むことなど、ありえないのだから」

 

 振り上げた杖を白の顔へと突き刺した。

 

 もう、引き延ばし続けた寿命も、ほぼ残ってないだろう。

 それに……

 

「僕は疲れた…最後に、彼を見届けようか…連れて行ってくれ、加賀見くん」

 

「はい、先生」

 

 松戸は動かなくなった白に背を向け、加賀見と肩を寄せ合い、崩れる寸前の城を後にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 二人の男が立つ岩山に強い風が吹き付ける。

 ここは電脳世界の地球。

 本来、そんな設定はしていないので風など吹くはずもないのだが、今確かに、二人のオーラに大気が震え、風のように吹き荒れている。

 

「確かに、理由はいらねぇな。今回は、逃さず殺すよ」

 

 神黒の言葉には答えない。

 ユウリは、手に持った瓶の液体を、飲み干した。

 それを律儀に見て待っていた神黒は一応聞いてみる。

 

「バージョン2って、ただのドーピング?」

 

 飲み干した瓶を放り投げて、顔を上げたユウリは、完全に瞳孔が開き、体は震えていた。

 自らの肩を抱くようにうずくまり、震えるユウリ。

 体内で、異なる力が蠢きあい、体が異物を拒絶する。

 その膨大な力を自身のオーラと混ぜ合わせ、馴染ませる。

 失敗すれば、体が内側から吹き飛ぶかもしれない程の、力の暴走。

 その反動を無理やり体内のオーラを操作して押さえ込む。

 地球人の脆弱さをオーラでカバーし、強敵と互角以上の戦闘を繰り広げてきた。

 ならば、元々のスペックが違えばどうだ?

 

 体内に渦巻く力が、だんだんと馴染んできた。  

 

「ああ…お前と同じで、借り物(・・・)の力だよ!!」

 

 

ーーー

 

 

 リト命名のⅫ機関結成から一週間後のある日。

 

 ララの発明と自分のオーラを組み合わせたパワーアップを試していたはずなのだが、見たことないナニカが目の前にいた。

 

 

「……えーと、誰?」

 

『ようやく気づいたか』

 

 この状況がまだ理解できないが、誰も居なくてよかった。

 こいつは、底が見えない。

 そもそも肌の色が死んでんのかってくらい白い。

 肌と同じで真っ白の長い髪がそのまま服になっているような、不思議な見た目をしている。

 幼く見える顔も少年のような少女のような。

 そもそも、性別があるのかどうか、何もわからない。

 つまり、俺じゃこいつは測る事もできない。

 その時点で、生物として圧倒的に開いている差を理解した。

 

「ところでさ…」

 

『動くな。まだ再生が済んでいない』

 

 再生?と、思ったら俺の身体はバラバラに千切れ飛んでいた。

 顔の上半分しかない。下半分が今まさにコチラへとずりずり這い寄ってきているのが見えるという、キツイ光景。

 どうりで声のでどころが妙だったわけだ。

 他の部位もどんどんと集まってきており、光に包まれているように見える。

 そう言えば、ララに頼んだ発明品で抽出した、ララたちデビルーク星人のエネルギーを飲みすぎて制御できなくなったんだった。

 色々と記憶が混濁しているが、コイツが治してくれているのか?

 

「それは、どーもありがとう。で、どちらさんですか?」

 

 自分の話す声がしっくりくる。やっぱり顔は一つに限る。

 今はなき百足星人を思い出し、アイツはこんな気分だったのかと、考えが脱線しかけた。

 

『俺は、"眺める者"。干渉する気は無かったが、数千年ぶりに面白そうなもんでな。このまま殺すのも、もったいない』

 

 この雰囲気と、力。

 感じた事がある。

 だが、あの時ほどの悪意は感じられない。という事は…

 

「眺める者……神々の一人か?」

 

『ほう…ヘスティアの一端を見ただけはある。だが、あんな神格の薄れたモノと並べられるのは、どうかと思うが』

 

 正確には、確証はなかったが、やはり神。しかも、口ぶりからしてヘスティアよりも上の…

 

「一端…アレでも十分すぎるけどな。アンタは、もっと上の神格の神か」

 

 綺麗な顔の、口角をゆっくりとあげた。

 

『モロスと、呼ばれていた時もある』

 

 モロス…思い出せ…あーでてこん。なんだっけ?

 

『聞いておいて知らんのか?』

 

「待って待って、思い出すから!」

 

 あー、出てこい!ヘスティアの時に、神話関連の話は何度も読み返したはず……

 

「あー、思い出した。死と運命を司る神だ。原初の、夜の女神の子だったっけか」

 

 正確には、人間の死と運命だったか。

 まぁうろ覚えなので仕方ない。

 

『…まぁ、そんなモノだ。まぁ、俺は夜の女神から生まれたわけではないがな』

 

 ヘスティアの件もある。色々と、合ってるところと合ってないところがあるんだろう。

 お、治ったみたいだ。

 ゆっくりと立ち上がる。

 

「それで、なんで治してくれたんすか?」

 

『俺の力で作った地球の星神。その俺の一部を食いやがった奴がいてな。アレは現世には少々すぎたモノ。回収も面倒に思ってたところだし、お前にやらせようと思ってな』

 

「いや、自分でやったほうが、絶対早いでしょ」

 

『言っただろう、眺める者と。眺めてるだけで済むなら、その方がいいのさ』

 

 なんと言うモノグサ。

 それっぽく言ってるつもりなのか知らんが、ただめんどくさがりなだけじゃないかと思う。

 しかも、神の尻拭いなんか勘弁願いたい。

 

『まぁ、お前は俺の運命の輪には存在しないし、すぐに消すよりも見ているのも楽しいだろうと思ってな』

 

 うーん。タチが悪い。

 

 神というか、あまりにも生きすぎるとこんな感じになるものなのか。

 

「まぁ、拒否権ないでしょ?殺そうと思えば俺なんて瞬殺だろうし。で、誰をやりゃいいんすか?」

 

『神黒と言うモノ。お前も知ってるだろう?』

 

 はぁ、そこで出てくるんだ。

 アイツのやばさはコイツのせいかよ。

 というか、アイツ地球出身なんか?

 

「へー、アイツも元は地球人なんだ。でも神の力を持ってんなら、勝てないんじゃないすか、俺は」

 

『そうでもない。お前の狙いは、概ね正しい。ヤツは、俺の欠片で作った地球の星神を喰っている。そうして手に入れたのは、俺の運命を支配する力の一端。俺とは違い、対象の力を理解してからでないと、支配はできんがな』

 

 なんて厄介な力だよ。

 運命の支配…それで、命を終わらせて殺す技があるのか。

 そんなもん、戦ってりゃ理解されて負けるだろ。

 

「でも、俺でも勝てるって事は、絶界なら殺せるってことか」

 

 そうでないと、そんな事は言わないだろう。

 想定が確信に変わり、わずかにだが、勝機が見えた気がする。

 

『あぁ。どうなるかは、俺にもわからん。お前の運命だけは俺にも見えんからな。生まれて初めての楽しみなんだ』

 

 はぁー。

 マジか…そうなったら、やるしかないか…

 眺める者は、結局助ける気もないし、俺が現れてから変わったらしいが、地球が壊れるのは運命らしい。

 元々の流れに戻すには今の運命をぶち壊すしかないが、今の今、決戦前に一人で死んでたマヌケな俺だぞ。

 

『まぁ、助けるのもコレッきりだ。ヘスティアに見つかるのも面白くないし、俺は、暗闇から眺めておくよ』

 

 原初の神の力の一端を持ってるとはなぁ。

 まぁ、やりようがあるなら、やってやる。

 次は、一人で死なないようにしなくちゃな。

 

『あぁ、そうだ。この世界でのお前の弟。アレは殺すな』

 

「……言われなくとも。ただ、なんでなんすか?」

 

 急になんだ?

 リトが、お気に入りなんか?

 

『お前が現れ壊れた運命の輪は、その後はアレを中心に再び廻り始める。俺はそれを眺めたいのさ』

 

 リト…やっぱり、お前は、主人公?

 そして、俺はモブですら無いわけだ。

 むしろ、俺がいる事でこの世界に歪みが生じているらしい。

 

 本来であれば、俺がデビルーク姉妹の誘拐を邪魔したが故に神黒が地球に現れた。

 元の運命であれば、デビルーク王が救いだし、黒蟒楼も地球に興味を持つこともなく、松戸の復讐は叶わず終わる。

 

 それが、本来の運命だとか。

 

『まぁ、俺からすれば面白いものは見れたがな。お前が狂わした世界だ。最後に(・・・)直していけ』

 

 そうして、モロウは消え、俺は一人、電脳世界で立ち尽くしていた。

 

 

ーーー

 

 

 己に取り込んだ、デビルーク星人の力をオーラと混ぜ合わせる。

 溢れ出るオーラが全身を覆い、黒い尾が出現した。

 様子見は、いらない。

 ユウリは元々闇の世界に生きてきた。

 そこでは、確実に、正確に、素早く対象の息の根を止める。

 神黒のように、相手の全力を引き出して遊ぶといった趣味など持ち合わせていないのだ。

 

 だが、この状態であっても、神の力を持つ神黒には及ばない事はわかっていた。

 

「俺の力が借り物だと?」

 

 ユウリは深く笑い、その場から消えた。

 神黒は微動だにしないが、しかしその眼は音よりも速いユウリの動きを明確に捉えていた。

 静かに、素早く裏拳を放つ。

 すると背後まで迫っていたユウリの顎を打つ。今までであれば、首から上を失う程の威力。

 しかし、ユウリは怯む事なく再び高速移動へと移行した。

 左右の地面が地を蹴るたびに爆ぜる。そのまま正面から突進し左拳を撃つ。

 だが、神黒はこの突進には反応を示さずに、狙っていた本命の右拳に合わせられ、手首を掴まれた。

 

「──フッ!!」

 

 掴まれたと同時にユウリは手首を掴み返し回転。神黒の手首を破壊した。

 更に廻りながら蹴りを放ち、神黒の延髄を蹴り抜いた。

 かに見えたが、たった今破壊した方の手で蹴りを受け止められる。

 ユウリは逆さまになりながらも手を翳し、オーラ弾で神黒の顔を撃ち抜いた。

 

「ハッ!確かに、だいぶ強くなってんな!」

 

 特に効いた様子のない神黒から一度離れ、ユウリは再び素早く駆け回る。

 正面、左右、上下とあらゆる場所に残像を残して攪乱しつつ、周囲を駆け回った。

 ユウリの残像のひとつに、神黒が高速の蹴りを放つと同時に全ての残像は消える。

 ユウリの実体が、繰り出された蹴りを掴んでおり、神黒を投げた。

 放り出された神黒は吹き飛びながらもナイフを投じる。

 その直後、青白い特大のオーラ弾がナイフと神黒をまとめて飲み込んだ。

 

「神の力、か…」

 

 咄嗟に飛び上がったのか、下半身の無い神黒だったが、失った部位を再生していく。

 

「神?何言ってんだ?確かに、星神を喰ってからこの力を得たが、なんで知ってんの?」

 

「お前が喰った星神は、元は死と運命の神の一部。理解される前に、俺はお前を消さなきゃならん」

 

 完全に元に戻った神黒は少し目を細めた。

 

「ふーん。そーだったんだ。確かに俺の能力は『理解(・・)』と『支配(・・)』。理解すりゃ俺の眼にはそう映る。基本は『理解』が浮かべば『支配』して殺す。俺は逆に自分を『支配』して直してんだけど。まぁ、知られたところで特に変わらんしいーけど」

 

 すると、神黒を覆っているオーラがドス黒く、禍々しく、明確な殺意を持ったものに変わる。

 神黒がボヤけるほどに、濃すぎるオーラに覆われている。

 こんなオーラ、見たこともない……

 

「今までとは違う。己に蠢く全ての生命を、特別強い想いで支配するのさ。──何も、残らなければいいと」

 

 神黒が、受けの姿勢から一転、攻勢にでた。

 神黒は最速の攻撃でユウリへと襲いかかった。

 右腕を振るう。当たれば、確かに何であろうが粉々に砕け散るだろう。

 当たれば、だが。

 首をひねるだけの動作でユウリはそれを躱す。

 研ぎ澄まされたオーラの込められた蹴りを放つ。当たれば山すらも切り裂くだろう。

 それらの、当たれば即死するような攻撃を幾数、幾数十と繰り出す。

 

 だが、当たらない。どれだけ素早く攻撃しようと、どれだけフェイントを混ぜようと、ユウリに攻撃が当たることはなかった。

 だがその状況でも、神黒は笑みを浮かべる。

 

──頼むから、すぐに死んでくれるなよ。

 

 

 今までは、オーラによる修行で強さを得ていたユウリ。肉体ももちろん鍛えていたが、この地球人という種族の限界はとっくに迎えている。

 いくら筋肉を鍛えようとも、やり過ぎればスピードは殺される。

 いくらスピードを上げるために体を軽くしても、威力は伴わない。

 静の筋肉と剛の筋肉。それらを完璧なバランスで鍛えている。

 傍目に見れば、鍛え上げられた肉体美とでも評価されるかもしれない。

 だが、それはあくまで地球人の限界でしかない。

 そしてそれは、強靭な体を持つ宇宙人の子供にすら及ばない。

 

 しかし、今は最強種の一角であるデビルーク星人の力をも取り込んだユウリは、今までとは比べ物にならない身体能力を有していた。

 前世では脆弱なオーラ、現世では脆弱な肉体をカバーして戦ってきた。

 幾度も命の危険と隣り合わせで戦ってきたユウリにとって、身体能力の差が縮まった今、神黒の攻撃を躱す事は難しいことではなかった。

 神黒の放った蹴りに合わせ、軸足を刈ると、体勢の崩れた神黒に連撃を叩き込む。

 左拳を顎に、右上段蹴りを延髄に、右拳を鳩尾に、頸椎に尾を突っ込んで振り回す。

 尾で宙に放り出されたところに、全てを消し去る、絶界のオーラ弾を放った。 

 

──【支配】

 

 神黒の能力が発動する。

 【支配】は、理解した対象を破壊し、修復する能力。

 というわけではない。文字通り、支配するのだ。

 空中で動けない自分を支配し、体重を何千倍へと引き上げる。

 恐るべき落下速度で地面に落ちるが、それであっても絶界はかすり神黒の半身を消し飛ばしている。

 だが、失ったはずの半身が一瞬で生え、さらにその腕が伸びた。

 

 【支配】によって肉体の可動域すらも無視して動く神黒は、高速の攻撃を、あり得ない角度と距離からユウリに叩き込む。

 次々と連撃を加えられれ、今度は防戦一方となった。

 

 

 上と下から同時にナイフが出現しユウリを完全に捉える。

 今までナイフだと思っていたのは、神黒の骨の一部だった。

 【堅】による防御では追いつかず、尾で下を、拳で上のナイフを破壊する。

 その間に背後に回り込まれ、神黒の豪腕がユウリに叩き付けられた。

 

 しかし、回り込まれた瞬間、【硬】で背中にオーラを集中し、ダメージを減らしていたユウリ。

 

「随分と硬いな。マジで殺す気だったんだけど」

 

 危なかった。

 あと一歩遅れていたら殺られていた……

 

 怯んでくれたら儲け物だったが、急所への攻撃も意味をなさない。

 殺しきる予定の時間が迫っていく中で、ユウリは更にオーラを研ぎ澄ました。

 やっぱこのままじゃ、まだ足りないか。

 

「あん?次は何するんだ?」

 

「バージョン3…かな」

 

 試しに飲んで、死んでしまった時と同じ、二本目の瓶に手をだした。

 



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六十話 佳境×決着

ーーーーーー

 

 

「ヤミさん!!」「ヤミ!!」

 

 城を出て、ボロボロの城下町へと出てきたリトとミカンの元へ、白い翼をはためかせ、ヤミが舞い降りた。

 

「ミカン、結城リト、私の標的は排除しました。二人はもう、ここを離れてください。この戦いも、既に終盤に入っています」

 

 ヤミの言う通り、既に半数以上の幹部は脱落しており、残る戦いも佳境に入っている。

 黒蟒楼の中心にそびえ立っていた城も、ヤミとヘスティアの攻撃に加え、孔朱が離脱したことでもはや原形を留めていなかった。

 

「あぁ、俺たちも孔朱を倒したぞ!」

 

 得意げに孔朱を倒したというリトに驚くヤミ。

 ミカンも可愛らしく胸を張っていた。

 

「俺たちはザスティン達のところへ戻ろうと思ってる。ヤミは、どうするんだ?」

「ヤミさん……ユウリさんを…私、嫌な予感がするの」

 

「えぇ……あとは、私に任せてください…」

 

 ヤミは二人にこくりとうなずき、再度空を舞う。

 ユウリの戦闘場所。

 それは事前に聞いていた。

 郊外に作られた市街地(・・・)

 

 そこに向かってヤミは一直線に飛んでいく。

 

 

「よし、いくか美柑」

 

 リトと二人で城下町から出て、電脳世界の地面へと降り立った。

 電脳世界のだが、彩南町の外れ。

 

 どうしようもないほどに、不安になった。

 居なくなってしまうのではないかと。

 それは、ヤミの向かった方とは違う場所。

 ただの杞憂かもしれない。

 自分が向かったところでどうにもならないことなどわかっている。

 ただ、それでも行かずにはいれなかった。

 

「リト、私ユウリさんを探す……リトはモモさん達のところへ行ってて!」

 

 リトを置いて、ミカンは走り出す。

 その小さな背を、リトは追うことしかできなかった。

 自分ではなく、兄が、助けるのだろうと言う予感がしたから。

 

 

ーーーーーー

 

 

──バチュンッ!!

 

「な、なに!?」

 

 藍碑の拘束を終えたところで、ララは急に動けなくなった。

 よく見ると、黒いナニカに腕と足に巻き付かれ、拘束されている。

 動かせるのは、拘束から逃れている尻尾だけ。

 いったい、何が…

 

「これが藍碑の実態か。初めて見たが、人ではなく妖花だったのか」

 

「…な、なんであなたが!?ナナは!?ナナはどうしたの!?」

 

「──藍碑?……なるほど、白の蟲か…随分と凶暴なのを入れられているようだな」

 

 ララがまるでいないかのように、まっすぐ藍碑へと近づいていく碧暗。

 

「もう、なんなのこれは!?」

 

 でも、尻尾さえ動かせれば……!

 ララはエネルギーを尾の先に集中させた。

 

「核である蟲に、私の命令を白の命令と誤認させれば、いけるか?」

 

 それでも碧暗はララなど気にも留めていない。

 百珠眼でララのしようとしていることも、しつこい第二王女が追ってきていることにも気づている上での、余裕。

 ララが狙っている場所に自身はいないし、ナナの乱入まではもう少しかかる。

 今は藍碑を操り、二対二の状況に持ち込む方が先決だと考えているからだ。

 

「いっけーっ!!」

 

 ララの尾から強烈な青白いレーザーが放たれるも、

 碧暗をすり抜けて、レーザーは城の壁を破壊しながら突き抜けていった。

 が、碧暗の余裕は崩れ、後方へと飛ぶ。

 わずかな時間差で部屋の真下から、極太の青白いレーザーが突き上げた。

 

「いい加減、しつこいぞ…」

 

「許さないって、言っただろ!!」

 

 他のみんなはキメラを相手取っているため、ナナと胸元のマジローのみでの突貫。

 ナナの怒りは既に頂点に達していた。

 尻尾に込められたエネルギーはララの倍はある程の極太のレーザー。

 直前で放たれる事は視ていたので躱してはいるが、規模の大きさにバランスを崩している碧暗。

 

 いくら幻覚を見せようと、ナナ達には通じない。

 そのまま碧暗へと肉薄するナナだったが、碧暗はまたもララと位置を入れ替える。

 拳を振り上げたナナが眼前にいるが、ララはニコリと笑った。

 

「そうすると、思ったよっ!」

 

 入れ替わる前、ララは自分のいた場所に発明品を一つ残していた。

 それは、『まぐまぐジシャクくん』任意の相手を引き寄せるアイテム。

 それにナナを設定して、自身のいた地面に置いておいたのだ。

 

「──!!」

 

 姉の企みに気付いていたわけではないが、ナナは拳を振り被ったまま自動的に碧暗の元へと吸い寄せられていく。

 想像だにしなかった碧暗。

 幻覚も、五感支配もマジローにだけは効かない。

 全てを視て、対応策をたて行動する、事前情報ありきでの戦闘経験しかなかった彼に、超高速で繰り広げられる戦闘に対する手段はなかった。

 

「オラァァァア!!!」

 

 ナナの拳が深々と突き刺さり、吹き飛ぶ碧暗。

 だがナナはそれでも止まらない。同じ速度でナナは飛び、なおも殴り続けている。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!」

 

 ナナの咆哮と殴打による衝撃で藍碑の研究室の壁は崩れ、水道管を破壊したのか、辺りは水浸しとなっていた。

 勢いよく飛び散る水の一滴がナナの目に入った、わずかな攻撃の切れ間に碧暗は反撃を繰り出した。

 

「調子に……乗るな!!」

 

 碧暗はナナの胸元を掴むと、そのままマジローごと引きちぎり影へと潜った。

 

「マ……アゥ!?」

 

 直後ナナは先程のララ同様に拘束され、二人とも視覚と聴覚を奪われた。

 

「ナナ!!大丈夫!?どこにいるの!?」

 

 無音の暗闇。

 それはだだっ広い場所に一人ぼっちでようなもの。

 寂しさと怖さが二人を支配する。

 

「人質は、一人でいいか。追いかけっこはもう終わりだ」

 

 マジローを爪のように伸ばした影で深くえぐると、ボロ雑巾のように投げ捨て、念のためとキメラの側へと転送する。碧暗はナナの細い首へと手をやった。

 指先がナナに触れ、へし折らんと力を込める。

 いくらデビルーク星人の力が強かろうが、デダイヤルを操作することも、尾からビームを放つこともできないよう、指や尻尾の先までも影で縛る。

 動かない相手の首を絞め殺すことくらいはできる。

 ナナは筋肉を硬直させそれをどうにか阻止しようとするが、爪はミリミリと音を立てて、少しづつ食い込んでいく。

 

──影縫い

 影を操り、縛る力。

 その影は、対象の影を使うため、自分自身で縛っていると同意。

 いくらナナの力が強かろうとも、相手も自分であるために影を振り解くことはできない。ただ、自分自身と同意であるために、攻撃自体は自分でやる必要があるのだが。

 

「グッ…ば、ばぁあ゛か……」

 

 この状況でも悪態をつけるナナにもはや感心するが、手を緩めることはない。が、身体に何やら水蒸気のような、灰色の煙がまとわりついている。良く見れば、それはナナの口から吐き出されていた。

 それを認識したと同時に、煙は碧暗を一気に覆い尽くした。

 

「──!!」

 

 マズいと思ったところで、もう遅い。

 その煙の正体は、クラウドンと言うナナのペットである、意思を持った雲。

 戦闘が始まる前からずっと、クラウドンはナナの体内に隠れていたのだ。

 

 碧暗の術が発動するよりも速く、雷雲となり電撃を碧暗にぶち撒ける。

 

「ぐうぅぅぅぅうああぁぁぁあッ!!」

 

「ゲホッゴホッゴホッ……」

 

 クラウドンの電撃にもがき、碧暗はナナの首から手を離した。

 解放されたナナは咳き込んでいるが、首の周りからパラパラと砂が溢れていた。

 影に紛れて見えなかったが、首を薄く覆っていた黒い砂。今は袖や裾、体中からもどんどんと吐き出している。

 クラウドンと共に、隠していたもう一体の友達。

 身体を砂のようにバラバラにした友達を、黒コートの内側に隠していたのだ。

 

「姐さん…も、もう、いいだろう」

 

「ゴホッ……あぁ。頼んだ、鵺一《やいち》」

 

 鵺一と呼ばれた黒い砂は、今なお雷撃を浴びる碧暗へと纏わり付き、そのまま包み込むと、その身体を圧縮し碧暗を固める。

 術の出所であろう体中の目や耳に砂の粒子を減り込ませ、そこすらも動かないようにしていた。

 これにより、碧暗は先程までのナナと一緒で、視界は黒で覆われ、完全に動けなくなり、術すらも発動できずにいた。

 

「すぅーーーはぁーー……」

 

 呼吸を整える。

 今までは、逃さない為に、当てる為の速い拳を放ってきた。

 これでもう、逃げられない。

 

 小指から順に、指の根本まで折り曲げる。そして次は人差し指から順に握り込み、仕上げに親指で締め、拳を作る。

 構えには、拘らない。

 肉体の求めるままに、右半身を引いた姿勢からナナは拳を繰り出した。

 それは右足親指から始まり、足首へ、足首から膝へ、膝から股関節へ、股関節から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から手首へ。

 踏みしめた大地の力を余す事なく拳へと乗せ、加速させる。

 

「おらァぁぁぁぁあ!!!

 

 そして、インパクトの瞬間に、加速に使った関節の全てを完全に固定化し、体を硬直させ、体重の全てを拳に乗せた。

 人が打撃を放つ際に稼働する関節は数十箇所にもおよび、これは同時に、その箇所だけ関節というクッションが存在することを意味しており、これこそが打撃力の最大の障害となる。

 だが、そのクッションを完全に固定化したとき、体重と威力を全て拳に乗せることができ、拳は鉄球と化す。

 

 その技の名前は、

──剛体術

 

『俺もそうだが、これをまともに喰らえばひとたまりも無い。クラウドンと鵺一で捕らえた後の、一発でいいんだ。それで終わる』

 

 そう言って笑った兄の顔が、体中の全ての目から光を失う碧暗を見ていたら、脳裏に浮かんだ。

 

 碧暗は吹き飛ぶ事なく、ナナの拳は貫通寸前な程に碧暗の胸に突き刺さっており、碧暗は悲鳴を上げることもなく、ズルリと膝から崩れ落ちる。

 そのまま地面へ倒れると、ピクリとも動くことは無かった。

 

「ナナッ!!」

 

「姉上……」

 

 ナナは達成感よりも、心配が勝っていた。

 マジローは、みんなは、無事だろうかと。

 

「ナナ、大丈夫。ナナのお友達は、きっと、大丈夫だよ」

 

 優しい姉に抱かれ、涙が溢れそうになったところで、色々な声が、頭に響き、ナナが振り向くと、その目から涙が溢れた。

 

「おや、こちらも片付きましたか。砂くずも無事なようで」

 

 月之承の軽口に腹を立てた鵺一が襲いかかり、ジローネとドラ助が止めに入っている。

 そして、ライゾーの背に、ボロボロのマジローがいた。

 

「……なんとか、生きてるよ……ナナ、ありがとな」

 

 苦しいだろうに、自分を安心させるため、小さくそう言ったマジローを抱きしめると、ナナは声を出して泣いた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……はぁ…うぁぁぁぁぁああ!…ぐぅぅ…ゴポォ…ゲホッゴホッ!」

 

 ブルブルと全身は震え、目からは血を流している。

 何かしらの拒絶反応のように腕や頭を血が出るほどに己で掻き毟る様は見ていて滑稽だった。

 

──バージョン3?完全に失敗だろう。

 

 神黒はつまらなそうな顔をしたと同時に、

 神黒の中で、音が消えた。

 

 いつのまにか背後にいたユウリは、神黒の耳に結界の棒を突っ込んで脳を掻き回していた。

 なんであれ、生物でさえあればこれで、即死するだろうが、やはり神黒は再生を繰り返す。

 臓器が臓器として成立していない。

 細胞の一つ一つが、それぞれ一個の神黒なのだと理解した。

 

「……この状態、慣れてないんだ。悪かったな」

 

「ち…聞こえねーってのもわりと不便だな」

 

 両耳の穴から鮮血を吹き出してはいるものの、倒れる気配すら無い。

 

 飛び退いて、続け様にユウリは【堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)】を発動。 

 神黒の周りに、一斉にいくつもの扉がこじ開けられた。

 

「…ま、さっさと死んどけ!!」

 

 その複数の扉から一斉に赤黒いオーラ弾を放つ。

 神黒のオーラも爆発したかのように力強さを増し、扉の外へとエスケープする。

 絶界の波に飲み込まれたはずだが、消滅していない。

 なみはずれた、馬鹿げた量のオーラで相殺したのだ。

 だが、驚くこともなく、逃れる方向を予測していたユウリは神黒の頭へと掌底を打ち込む。

 それは顔を包み込むように数度打ち込み、脳を揺らして頭蓋骨へと打ち付けると、最後に顎を跳ね上げる。

 そして眼の焦点が合っていない神黒に、再度絶界を打ち込む。

 が、それすらもオーラで相殺され、脳の揺れを戻すように回転しながら宙返りをしながら神黒は着地した。

 そこが死の沼とも知らずに。

  

悪魔王の溜息(サタン・ブレス)

 

 神黒の周り一体には赤黒いオーラがモヤモヤと、沼のように滞留している。

 触れれば消し飛ぶその沼に神黒の下半身は徐々に消滅していき、逃れようと飛び上がる神黒を、モグラ叩きのように何度も叩き落とすユウリ。

 その度に顔を、体を地面へと強く押し付ける。

 細胞一つ残さず消し去らんという強い殺意を持って。

 

 

ーーー

 

 

 その光景を見ているものが一人いた。

 

「マジかよ…神黒とあんだけやりあえるとは……地球にいるやつも、対外バケモン揃いだったてわけか」

 

 興味本位で見にきていた紫音。

 自分が直感で危ないと判断した小僧は、確かに危ないやつだった。

 けど、神黒は尻上がりだ。そろそろ決めないと、跡がないぜ。小僧……

 宙に浮く結界のから、神黒を冷たく見下ろしているユウリがチラリとこちらを見て、手を翳した。

 

「────うっ!!」

 

 気づいた時には、真横を赤黒い、極太のレーザーが既に突き抜けている。

 一瞬で、紫音は力の差を悟ってしまった。

 

 次元が違う。

 攻撃の予兆すらも感じなかった。

 暗殺家業、殺し屋家業は200年以上行ってきた。

 そんな紫音にとって初めての経験。

 

 ……生かされた。

 

 血の涙を流し、こちらに一瞥をくれた子供。

 その目が語っていた。

 

──邪魔するなら、殺す。

 

 と。

 そして、それをするだけの力が、あいつにはある。

 綺麗に丸く抉れた岩山の横に立ち、紫音は冷や汗を垂らす。

 見たい気持ちもあったが、すぐにこの場を離れる事にした。

 

 

ーーー

 

 

『マズいな……絶界にも対応され始めている……時間も、もうない』

 

 現状はユウリが圧倒的優位に見えるだろう。

 が、既にユウリは己の体内で暴れ狂うデビルークの力に、脆弱な肉体が弾け飛びそうになっているのを無理やり押さえ込んで戦っているのだ。

 そして、それほどの力を持ってしても一方的に倒すことのできない神黒は、それほどに別次元の強者なのだ。

 

「──しまっ……」

 

 一瞬で神黒はユウリの眼前に迫る。

 残像を残し放たれる神黒の拳の弾幕を避け、いなし、攻撃の隙間を縫うようにユウリの人差し指と中指が喉仏をえぐり取る。

 一瞬咳き込み、動きを止めた神黒から距離を取り、同時に絶界のオーラ弾を放つも、神黒は跳躍し、オーラ弾をユウリへと発射した。

 

 【念】を知らない神黒。遠距離攻撃などナイフの投擲ぐらいだったが、この戦いの中で、自分を理解し始めたのだとユウリは気付く。

 一瞬思考の止まったユウリは【堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)】を発動し吸い込もうとするも、オーラ弾は扉を躱すように軌道を曲げながらユウリへ襲い掛かる。

 

 ユウリはこれに指先まで真っ直ぐに伸ばした右腕を翳す。その伸びた指先に触れると同時に廻し受け、指から腕へと滑らせるように軌道を逸らす。

 後方で、膨大なオーラの爆発が起きているようだが、そんなことは気に留めていられない。

 

「だいぶ、お前のこと理解してきたよ」

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 良い勝負、と言いたいところだが、ユウリの消耗が激しい。

 全身から汗が吹き出し、足は小刻みに震えている。

 

──まずい…な…これで、決めるしかない……

 

 デビルーク星人のエネルギーがそろそろ底をつきそうな今、最後の攻撃を仕掛ける事に決めた。

 

「はあっ!」

 

 ユウリが声をあげ、腕を振り下ろす。

 するとそれに呼応して、空から巨大な結界が降り注ぐ。

 地面にビルが突き刺さったかのような光景。

 だが神黒は余裕を持ってそれを受け止めていた。

 己に向かって落ちてきた結界を両の腕で止め、それを真っ二つに引き裂いた。

 

「終焉が近いな。そろそろゲームオーバーだぞ」

 

 しかし、裂かれた結界の隙間からユウリが懐へと飛び込み、一撃入れると直ぐに離れる。

 

堕天堕悪の悪巧(ベリアル・リープ)

 

 神黒は何をされたかを理解した。

 だが、理解が出来ていても躱せるわけではない。

 神黒に許されたのは『次元を超えて殴られた』という事実を理解する事だけ。

 

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 

 【堕天堕悪の閨(ベリアル・ゲート)】の応用技。

 神黒のオーラに自分のオーラを少し混ぜこむ。

 その残光を出口とし、自分の拳を跳ばしたのだ。

 数十、数百と、回避不能な拳の弾幕を叩き込み、神黒の反撃がくる寸前でオーラの残光ごと神黒に突き刺さる腕を引き抜く。

 

「ゲホッ!はっはっ!…ひっさしぶりだわ、かなり効いたぞ…!!」

 

 内に宿す数百の命を散らしながらも、神黒は倒れない。

 大技で終わらせるしかない。

 オーラと力を高めるべく、距離を取り、研ぎ澄ます。

 

「やりたい事もわかってる。いいよ、乗ってやる。これで、終いにするか」

 

 神黒のオーラが爆発的に高まり、左腕に集中する。

 ユウリの攻撃も止まらない、もう止まれないところまで来ている。

 既に両腕が今にも爆発しそうな程に力が集まっていた。

 

「終わりだ!!」

「【悪魔王の逆鱗(サタン・フレア)】ァァァァ!!!」

 

 神黒から放たれる黒いオーラの奔流。

 対してユウリの左手にはデビルーク星人の青白いエネルギー、右腕には赤黒いオーラ。 

 二つの手を合わせ、灰色の光の奔流が神黒へと解き放たれる。

 

 黒と灰色、二つの輝きが一つに混じり合い、爆ぜた。 

 

 



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六十一話 終幕×分岐

ーーーーーー

 

 

「ナナ、良かったね」

 

 泣きじゃくっていたナナも、ようやく落ち着いてきたので、ララは優しく声をかけた。

 

「…うん。みんな、ありがとう…あとはあたしに任せて、ゆっくりしててくれ」

 

 全員を一旦電脳サファリパークへと戻し、ナナは目をゴシゴシとこすると、その顔は晴々としていた。

 

「姉上、藍碑ってのはどうなったんだ?」

 

「あ!そうだった!今は動けないはずだけど…」

 

 ボロボロの研究室へと戻ると、その身を妖花と化し、この高い天井を誇る研究室の天井に当たるほどに巨大化していた妖花は無く、人型に戻り、倒れ伏している藍碑を見つける。

 

「藍碑ちゃん!大丈夫!?」

 

「藍碑ちゃん?」

 

 事情を知らないナナは首を傾げるも、ララは藍碑の身体を心配そうに揺すっていた。

 

「ん……んぅ……」

 

 ゆっくりと、藍碑の目が開いた。

 

 

ーーー

 

 

「よかったぁ……大丈夫?」

 

 なんだ?

 なぜ私は心配されている。

 

 それよりも、今の状況は…そうか、白の蟲を感じないし、支配が解けている。

 ということは……あいつも死んだか…

 

「あれ?聞こえてないかな?藍碑ちゃーんっ!?」

 

「聞こえている。耳元で喚くな」

 

 調子が狂うな。

 このお姫様は……

 敵対組織に属している私をなぜ心配などするのか。

 人間の事は、いつまで経ってもよくわからない。

 

「ならよかったよ!よし、じゃあ今から藍碑ちゃんのデダイヤル作って、この部屋のもの閉まったら一緒に出よう」

 

「は?ちょっと待て。なんで私がお前たちと行動を共に…」

 

「いいからいいから、急がないと!」

 

 おいっ!やめろ!電子転送デバイスをそんなほいほいと作るな!

 なんでそんな部品でこんなものが作れるのか……

 出鱈目にも程がある。

 

「よしっ!できたー」

 

「いや、なんで共に行動する事になっているんだ?」

 

 完全にこちらは無視して私の研究資料やらを棚ごと収納していくプリンセス。おそらく第二か第三王女であろう、似たような見た目をしている妹もキョトンとしているようだ。

 

「おい、お前の姉を止めろ。お前も、私と同じ気持ちだろう?」

 

 ツインテールの桃色髪を揺らしながら首を振る。

 

「あたしにはわかんねぇけど、姉上が決めたなら、たぶん間違ってないから」

 

 はぁ。

 デビルーク星人がお人好しでお節介とは聞いたことがないが、世間知らずなお姫様と言ったところか。

 

「──ッ!?」

 

「あ…藍碑…何をしている…侵入者を……」

 

 ボロボロ状態で、人型を維持できていない蛸のような姿の孔朱。

 体の下半分は無く、おそらく再生に回す力を能力に回しているのか、城の壁から這い出るように現れた。

 

「孔朱、藍碑は裏切った……それよりも、此処を捨て逃げる方が先決だ!!お前の力で私も……」

 

 まだ、生きていたのか。

 いつも姿を隠すようにしていたローブは剥がれ落ち、体中に眼や耳、口が生えている歪な存在。百面鬼とでも言うのか、デスマス口調のインテリぶった中身がこれとは、滑稽だな。

 

「裏切った?私は縛られていただけだ。逃げるのであれば好きにするといい」

 

「テメェ……まだ…」

 

 余程因縁でもあるのか、妹の方は怒髪天を衝くとでも言うのか、頭の左右で結ばれた髪が逆立つほどに怒りをあらわにしている。

 だが、姉の方は、すこぶる冷静に二人を見つめているようだ。

 第一王女はまったく行動が読めないから、何をしでかすのやら。

 

「藍碑…此処を、姫を裏切るとどうなるか…」

「孔朱、いいからサッサと全員埋めて(みなごろし)にしてしま──」

 

──ゴゥ……

 

 さっきまで、そこにいた。

 なんなら言葉も聞こえ、理解できるほどの位置にいた。

 だが、その二人が一瞬で消えた。

 消えたと言うよりかは、消滅したと言う方が正しいか。

 

 私の横を掠めていった赤黒いナニカ。

 コートの端は、破れたのでも、切り取られたのでも、千切れたのでもない。

 綺麗に、無くなっている。

 何をどうすればこのような切断面ができるのか、数百年を越す私の経験上でも、見たことがない。

 研究室ごと城を貫くその丸い穴は、いったいどこまで続いているのかわからないが、この星ぐらいであれば、たやすく貫通しているだろう。

 

「……お兄ちゃん?」

「あの色と技…兄上の…」

 

 二人はどうやらあの攻撃に覚えがあるようだが、ハッキリ言ってこんな事ができそうな奴は一人しか思い浮かばない。

 

──神黒

 

 私が地球で、人間に飼われていた頃。

 気まぐれで、地球に訪れた時、人間を養分にしていた私が腹いっぱいのところで出会った人間。

 なんて事ない会話をし、その後、毎晩のように会い話をしていた。

 そしてとうとう家に招かれ渋々入ったのだが、家には結界が掛けられており、私は囚われてしまった。

 だが、不思議と悪い気はしなかった。

 なんて事のない日々を過ごしていたが、ある日突然、終わりを迎えた。

 突如世界中を災害が襲い、あの男は呆気なく死んだ。

 家に掛けられた結界は解け、私は自由となったが、そんな事よりも、私はあの男との、なんでもない生活が、悪くないと思い始めていた時だった。

 

 当時の地球の星神を食った、元人間。

 それが神黒だと知ったのは、地球を出る前の事。

 神を失い、バランスの崩れた惑星の起こした災害で、私はあの続きが見れなくなってしまった。

 それが見たくて、地球を出て研究を続けるうちに、黒蟒楼に出会い、次は白に囚われた。

 そこで出会ったのが、神黒。

 直接見て、戦慄した。

 神を喰らう程のバケモノと言うのは冗談でもなんでもなかったのだと。

 

「神黒と、まともに戦える人間が存在するのか……?」

 

「お兄ちゃんだからね。きっと大丈夫」

「兄上だからな」

 

 いったいどんな奴なのか気になったが、またも乱入者が現れた。

 

「おー藍碑。お前は生きてたか。バケモンが二人やり合ってるし、此処ももう終わりだ。アタシと逃げるか?」

 

「だ、誰だお前!?」

 

 紫音……

 この女の事は、正直よくわからない。

 気まぐれで、面倒くさがりで、猫のような性格のコイツがなぜ私に?

 

「よくわかんないけど、藍碑ちゃんの友達?じゃあ、先に地球に戻ってて!私たちも、終わったら戻るから」

 

「あん?」

 

「まて!さっきからお前は勝手な事を──」

 

 プリンセスがまたもデバイスを操作しはじめ理解し難い事を言う。

 地球を攻めに来た組織の幹部を自ら地球に送り込むなどと、阿呆なのか?

 紫音も首を傾げており、私も言葉を吐き出している途中だったのだが、目の前が真っ白になり、目を開けると……

 

 

 

 どうやら地球の一般的な住居のよう。

 だが、目の前には明らかに地球人ではない、赤ん坊のような小さな子供がいた。

 

「まう?(オネェちゃん?)」

 

 この子も、妖花の一種か。

 どうやら人化するタイプのようだが、まだ変態してまもないよう。そして、もちろん私は姉などではない。

 

「いや、違う…私はお前の姉ではない。種族も違うしだな…」

 

「おぉーココが地球。キレーなとこじゃん。アタシに似合うとこあったら住処にしよーかなー」

 

「これから、どうするんだ?」

 

「どうもこうも、船が無いと動けねーんだし、せいぜいゆっくりするさ」

 

 そう言って、紫音はどこかへ行ってしまうし……

 

「まうまうーーっ!(おもてなしするまうっ!)」

 

 飛びかかってくるセリーヌを抱きとめながら、思う。

 どうしてこうなった……?

 

 ひとまず、私がここにいる道理はない。

 

 セリーヌをそっと下ろし、藍碑も結城家を後にした。

 

 

ーーーーーー

 

 

「これは……」

 

『どごぉぉぉぉぉん!!』

 

 辺りに響き渡る、大きな爆発音。

 その綺麗な市街地のビルの上でヤミは苛立ちをあらわにした。

 

「やってくれましたね……!!」

 

 事前に聞いていた、近づくなと言っていたユウリの戦闘場所。

 あの時は、変なところで秘密主義の男が今回はやけに喋るとは思ったが、まさか嘘だったとは……

 

 ヤミは無人の市街地に一人立ち尽くしている。

 戦闘を演出しているつもりなのか、一定の間隔ごとに、犬型のロボットが大きな口をあけて爆発音に似た声で吠えているのは、きっとプリンセスの仕業だろう。

 

 ヘラヘラとしていた、ユウリの顔が脳裏に浮かび苛立ちが増すが、同時に不安も増していく。

 

 あの時、死ぬ気かと聞いて、ユウリは生き残る気だと答えた。

 それがどんな意味であったとしても。

 みんなを守るためであっても。

 探しにこいとも言われたけれど。

 

 私はやっぱり……今のあなたに死んで欲しくない。

 

 拳を握りしめ、翼をはためかせ、浮上する。

 

 こういう時は、見当違いの逆方向を言っていたのだろうと、ヤミは全速力で来た道を引き返した。

 

 

ーーー

 

 

「モモ様、いったいどこへ行こうと言うのですか?」

 

 胸騒ぎが、止まらない。

 なんでだろう。

 さっきまで、そんなことなかったのに…

 

 私を心配して声をかける三人をそのままに、気づけば私は飛び出していた。

 

「なんだか、嫌な予感がします…あなた達はこの場に!」

 

 お兄様……

 続き、してくれるんですよね…?

 約束したんだから、いなくならないでくださいよ…

 

 モモは反重力ウィングを展開し、空を舞う。

 

 

ーーー

 

 

 リトと別れたミカンは、自分の感じるままに走り、ようやく彩南町を抜けて、周りの景色から電脳世界の町がなくなり始めた。

 疲れていたはずの体とオーラはリトに抱きとめられた際に、なぜか回復している。

 だが、いつも以上に疲れる。

 胸騒ぎは治らず、鼓動はうるさいし息切れもする。

 

 きっと、こっちにユウリさんはいる。

 私は、ユウリさんを繋ぐ者。

 地球の神様に言われたんだから、私が、繋ぎ止めないと……

 いなくなっちゃ、ヤダよ…

 

 

ーーーーーー

 

 

「……姫…」

 

「白……見ないで…」

 

 城は無残な姿となり、城下町もボロボロ。

 それと比例して、姫の身体もヒビ割れ、シワだらけとなっていた。

 下半身は蛇のようになり、自慢の黒とも藍色とも取れる、美しい鱗も輝きは薄れて所々剥がれていた。

 

「姫……初めて私と出会った時を、覚えていますか?」

 

 白は禁術に手を出し、地球を飛び出し宇宙を放浪していたのだが、まるで惹かれ合うように、すぐに黒蟒楼へとたどり着いた。

 そこで姫にボロボロにされるも、弱い人間だと言われ、生かされた。

 姫は外の話を聞きたがっていた。

 なんて事のない、自分の取るに足らない地球での話を面白がり、笑い、見せてみろだの、持ってこいだのと命令を繰り返した。

 それから白は、わがままで傲慢で、そして誰よりも不自由な姫のくれる指令をこなすことが自分の存在意義だと思ったのだった。

 

「私は、ずっと人だったのですね。今の自分を、否定し続けていただけで」

 

 白は自分に価値がないとずっと思っていた。

 人にすらなれない自分は神の奴隷が相応しいと。

 だが、気づいた。気づかされた。

 そう思うことすらもまた、人なんだと。

 

 姫は白に背負われながらもクスクスと笑う。

 

「言ったじゃない。あなたは弱い人間だと。本当に、お馬鹿さん」

 

 白も、笑っていた。

 

「ここも、終わりね……神様にも見せてやろうかしらね。最後の、私の花火」

 

 自分に溜め込まれている、扱いきれないマイナスの生命力を抑える力はもうない。

 溜め込まれ、消費できずにいるそれは、行き場を失い爆発するだろう。

 

「あの兄弟は、どうするのかしらねぇ」

 

「兄弟、ですか?」

 

「えぇ。神に愛されている弟と、遊ばれてる兄。面白そうな見ものでしょ?」

 

 

ーーーーーー

 

 

 一瞬、記憶が飛んでいた。

 目の前にあるのは、壁?

 いや、違うな、これは地面だ。

 倒れてんのか、俺は……

 

 これでも勝てない。

 もはや逆に清々しい気持ちだったが、これは勝負なんかじゃなくて、殺し合い。

 殺されるくらいなら、三本目を飲もうかとも思うが、どうなっても良いようの切札は、まだもう一つ残してある。

 

 

「はぁー…はぁー…ふぅー!今、お前の全てを『理解』したわ」

 

 声がして、地面から顔を離し、起き上がる。

 初めて息を切らしているが、神黒は両の足でしっかりと立ちコチラを見ている。 

 そして、神黒の目はしっかりと、『理解』の印が浮かぶユウリを捉えていた。

 

「…はぁ?俺の全てを?バカ言うな」

 

 それに対して、ユウリの身体からは既に尾も消えており、デビルーク星人のパワーも、もう残っていなかった。

 

「わかるんだよ。運命ってやつが有るとするならば、その流れを止めるだけ。それだけで、お前は死ぬ。結局、くだらない物にしがみ付いてるから、純度が下がるんだよ」

 

 寂しい野郎だな。

 俺も神黒が理解できた。

 コイツには何も無い。

 昔の俺と同じ。

 誰にも、何に対しても、何も感じない、空っぽなだけ。

 

「想いの強さだ。お前の使ってる力も、本質は俺と同じ。特別強い想いが力を生む。守るだのなんだのと、甘っちょろい人間風味はいらねぇんだよ。答えはシンプル。自分以外、消えればいいと支配するのさ」

 

「理解じゃないだろ。思い込みで、勝手に俺を解釈すんな」

 

「……なんだと?」

 

「くくくっ。自分を理解し支配してるねぇ、馬鹿らしい。自分自身の事は自分じゃわからん。だから繋がり、教えてもらうのさ」

 

 身体は、動く。

 借り物の力が無かろうと、俺の力はまだ残ってる。

 この後のために、次に繋げるために……

 

「くだらねぇ。そんなもんは弱さを生むだけだ。だから俺は、数百年前に否定し捨てた」

 

「弱さも強さ。何にでも、命にすらも、表と裏がある。内側からしか見れないお前に、自分を理解することなんかできるかよ」

 

 自分じゃなんにも感じてないんだろけど、俺の言葉にあからさまにイラついてるのがわかる。 

 だが、どうやら待ってはくれるらしい。

 今までの嬉々とした表情は消えて、真顔でこちらを見てる。

 

「そんなバカなお前に、最後の奥の手見せてやる」

 

 やっぱ使うしか無いよな。

 忘れられるってのは、どんなもんなのやら。

 つっても元々いなかったんだし、しゃーないか。

 

「…やってみろ。お前の運命は、既に俺が握ってる」

 

 確かに、繋がりは良いことばかりじゃない。

 喧嘩もするし、鬱陶しくも思う。

 だけど、そこには一人じゃわからない、幸せというものが確かにあった。

 

「ははは。残念だったな。(オレ)、この世界の運命の輪に入ってないんだってさ」

 

 今更だけど、コレがいつもの失敗作だったら終わりだな。

 そん時は……

 まぁ、なるようになるか。

 

 微笑を浮かべながら、ユウリはデダイヤルから取り出していた、ファンシーなアイテムのスイッチを押し込んだ。

 

 

 

 

「ダメ……!!」

 

 誰かの声がしたのを最後に、あたりは眩い光に包まれた。



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最終話 ヤミ×ハンター

ーーーーーー

 

 

 遠くで崩れて行く城と、ジリジリと乱れる電脳世界の中で起きた、眩い光が晴れた。

 

「……ユウリ…」

 

「ん?なんか感じが変わったな……第3ラウンドってとこか。おい、金色の闇。邪魔すんなよ」

 

 二人の戦いに飛び込もうとしていたのは、ヤミだった。

 が、飛び込むことはなく、神黒と同じく見つめていた。

 その目に、いつもの光はない、まるで別人のようなユウリを。

 

「……霊柩(れいきゅう)なきものは、ただ滅するのみ」

 

 神黒に向けて、剣を生成し掲げると突然わけのわからない一言を告げる。と、無表情のユウリは突如アクロバットな動きで接近すると、神黒の身体を両足で挟み込む、フライング蟹挟みの体勢。

 

「あん?」

 

「どっせーーーい!!」

 

「バカが、巫山戯たこと抜かしただけで、策は無しかよ?」

 

 ゼロ距離でのオーラの爆発。

 はっきり言ってダメージなど無い。

 そんな事は、今までやりあってきたコイツが一番気づいているハズだが、と爆煙に包まれながら神黒は思ったところで、

 

──ッ!?

 

 瞬間、気配を感じわずかに身体をずらす事に成功した神黒だったが、掠っただけで左腕は宙を舞う。

 そして、左腕をもぎ取ったやつは人々を安心させるような笑顔を浮かべ、ビシッとヒーローのようなポーズを取っていた。

 なんのために生成したのか不明だが、既に剣は持っていない。

 

「私が来た!」

 

「なんなんだお前?一度ついた『理解』が消えたのは初めてだな……おもしれーじゃん」

 

 宙を回転しながら舞っていた左腕をキャッチしながらも放たれる神黒の高速の蹴りを、連続でバク転しながら躱し距離を取ると、悪役のような悪い笑顔を浮かべ、右手の親指で、人差し指、中指と順に指をパキパキと鳴らしながらユウリが呟く。

 

「………悪い子ね…」

 

 コロコロと口調と雰囲気の変わる相手に少し困惑する神黒。

 『理解』が消えたことからも察してはいるが、今目の前にいるコレはさっきまでの七瀬ユウリとは明らかに別物。

 あの機械による光が原因だということはわかるが、神黒はまだ理解できずにいた。

 

 『支配』を発動し、取れた左腕を繋げようとしたところで、赤黒い結界に覆われ、繋がるべき左腕がたった今消滅した事を理解した。

 

「お?」

 

「テメーの顔も見飽きたぜ」

 

 今度は獰猛な顔をしていた。

 結界で作られた巨大すぎる大剣による突進。

 それは赤黒い大剣であり、触れれば消える。確かに速いし強力ではあるが、単純な突きの動作。

 それを神黒は簡単に避けると、修復を阻止された絶界を切り刻み、次は身体を構成する細胞を支配し腕を生やした。

 

「戦闘スタイルも、口調も変わりすぎじゃね?マジでなんなのお前?」

 

 答える事はなく、ユウリは空中に生成した結界の道を天地逆さまの状態で疾る。

 

「伸びろ如意棒!!」

 

 叫ぶと同時に神黒の周りに結界の棒がいくつも地面から突き出てくる。

 

「こんなもんッ!」

 

「──臓物(ハラワタ)を、ブチ撒けろ!!」

 

 破壊しようとした結界の棒から更に赤黒い棒が縦横無尽に飛び出して神黒を串刺しにした。

 

「けっ。またこれかよ。こんなんで勝てると思ってんのか?」

 

「ううん…でも…負けてあげない!!」

 

 全てを破壊して、消し飛ばされ穴だらけの体を再生する。

 肉薄するユウリの手にはブレードが二本握られていた。

 

「駆逐してやる!!」

 

 今更効くはずもない単純な攻撃を繰り返す。だが、秒単位で人が変わっているかのような動きをするために理解ができずにいる神黒。

 それもそのはず、今のユウリは『ばいばいメモリーくん』で、記憶を失っている。それはララの発明品で、本来であれば使用者の記憶を使用者以外から消すのだが、どうやら失敗作だったらしい。今は使用者自身の記憶のみが消えていた。

 

 そのため今は七瀬ユウリという存在は綺麗に忘れ、物語のセリフや振る舞いを模倣しているだけのカラッポの男。自分を失ったが、数えきれない程の異世界のフィクションが詰め込まれた男を理解するのは不可能に近かった。

 

 振るわれるブレードをさばき、返す刀でカラの首を切ろうとするも、獣のような動きで刀を躱し、そのまま四足歩行で駆け抜け神黒の指を噛みちぎる。

 

「ガルルァァア!!」

 

「次はなんだ?退化してんのか?」

 

「──ベッ」

 

 噛みちぎった指を吐き捨てると口を開いた。

 

「……あたしの全存在をかけてあんたを否定してあげる」

 

 発言と同時に包丁のような結界をいくつも投擲し、右手には剣を生成。

 そのまま神黒へと一直線に疾る。

 

「その身に刻め!!」

 

 いくつもの包丁も、大きく振り下ろされる剣も躱される。だがすぐさまスライディング。神黒はそれをジャンプで避けるが追撃の振り上げを受けたために更に空中へと浮かされた。

 

「神技!!」

 

 浮いたところでユウリが叫ぶと何重もの球体の結界に覆われ神黒は空中で固定されるが、

 

「さっきから、今更こんなもん効かないって…」

 

 結界を破壊しようとするのと同時に、理解しようとしてしまう神黒の癖が出てしまった。

 今の動きと雰囲気は、光がなくなった直後と同じだと感じていた。

 自分の中にいくつもの人格を有しているのかはまだわからないが、コイツの出現は間違いなく二度目。じゃあ、一つずつ理解していけば良い。

 理解しようと一瞬動作の遅れた自分の体に、巨大な結界の槍が刺さった事に気付いた。死から遠ざかりすぎたが故の油断。神黒にとっては余裕でもあるが実際に攻撃はことごとく受けている。この状況も面白くはあるが、だんだんとイラついてきた。

 

「意味ねぇ事ばっかりしやがって…」

 

「ニーベルン・ヴァレスティ!!」

 

 続け様に逆側から、そして脳天から股間までを貫くように真上からも槍に貫かれ、頭を失う。

 自身を貫く三本の巨大な槍全てを破壊し、身体と頭を再生するが、視界の中にカラがいない。

 オーラを感じることもない。

 亜空間が開かれた様子もなかったが、気配がした。

 

「はぁ?」

 

──ボゴォッ!!

 

 突如地面から生える腕に両足を掴まれる神黒。だったが、

 

「そりゃー悪手だろ」

 

 オーラを感じないということは、絶の状態。

 防御力ゼロの状態であるカラが潜っている地面に向けて強烈なオーラ弾を放つと、地面は爆ぜてクレーターとなり、神黒の足を掴んでいた、肘から先だけが残っていた。

 

「あーぁ。イラつかせるからついやっちまったじゃんか。最後がコレかよ」

 

「……ユウ、リ?……ッ!!!」

 

 愕然とするヤミ。

 神黒が蹴飛ばすユウリのものだった両腕と、消しとんだ地面を見て、ヤミは我を失っている。

 どこかで、勝つんだろうと思っていた。

 ユウリは死なないとでも、心のどこかで思っていたのか、目の前の光景を受け入れられないでいる。

 唇を噛み締めて神黒に襲いかからんと自身の長く、金色の髪が今までで最も巨大な刃となった。

 

「……あなたは、私が殺す……絶対に殺す……ッ!!」

 

「おいおい、今更オマエなんか相手になんねーよ。アイツよりよえーじゃん」

 

 怒れるヤミの元へと一瞬で移動して殴り飛ばす。

 ヤミは怒りから、いつもの冷静さを欠いており反応することも出来ずに吹き飛び地面を転がった。

 

「ゲホッ…ゲホッ……この…ッ!!」

 

「無駄死にごくろーさん」

 

 トドメを刺そうと神黒が歩き出した瞬間、すぐそばで、声がした。

 

「──飛雷神の術…」

 

 両腕の無いカラが背後にゆらりと現れた。

 【絶】を使い、更に闇の世界で生きてきた経験を活かして完全に気配を消し、更に、拳だけではなく体全ての次元跳躍。腕によりマーキングした相手のオーラへと次元を跳んで現れた。

 

「てんめぇ……!」

 

 神黒が初めて見せる余裕以外の表情。

 それもそのはず。

 失ったはずの両腕は巨大な腕として存在しており、それは赤黒いオーラで象られていた。

 さらにその腕が巨大化していく、それはもはや腕ではなく赤黒いオーラの塊となる。結界のように具現化している訳ではないが、【念】の素養の無いものにすら見える程の莫大な生命力が、その塊には込められていた。

 

「全てを失えぇぇえ!!!」

 

 絶界と同じ、触れた物を消し去る巨大な両の手に包まれる中、神黒は己を振り返っていた。

 

 

─わかる。

 

 今ここで、俺は死ぬ。

 こんなやつ、何度も殺せた。

 一度は理解もした。

 

 なのに、何故?

 

 こんな、無駄な物にしがみ付いているようなヤツに。

 そのせい、か?

 そもそも、俺には何も無いからか?

 

 カラッポだから、俺は負けるのか?

 

 わからねーけど、はるか昔の、まだ命が一つしか無かったころ。

 あの時の、戦い、殺し、命を奪う感覚。

 あのヒリヒリした時間がずっと続けばいいと思っていた。

 

 長い時を経て、忘れていたこの感覚。

 

 そうだ、思い出した。

 これが、自分の死を予感する感覚か。

 

 このなんとも言えない、無限にも感じられる時間を、ずっと俺は求めていたのか。

 

「やるじゃねぇか。次のお前は、確かに期待通りだったなぁ…」

 

 時が止まっているように感じる。

 

『くくく。まさか本当にやるとはな。俺の一部、返してもらうぞ』

 

「……過ぎたもんだった。こんなもん、さっさともってけ。よーやく、死ねる」

 

『運命が変わった。お前は最終的には俺がやる運命だったんだ。まさか変えるとはな。これ程面白いことはないし、少しばかり手を出してやろうかな……』

 

 ナニカを抜き取られた神黒は、この世から完全に消え去った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウ…リ?」

 

 地面に這いつくばった状態でヤミは顔を上げる。

 

 ユウリだった、カラッポの男の赤黒い腕は既に消えており、両腕の無い男がただ突っ立っていたが、ヤミの声に反応したのかチラリとヤミを見ると口を開いた。

 

「誰と間違えてんの?オレに名前なんかねーよ?」

 

「ユウリ…」

 

 悲しそうな顔で俯くヤミをキョトンとした顔で見ながら、なおも声をかける。

 

「お前は誰?なんで泣きそうな顔してんの?誰かにやられたの?オレがやり返してあげるよ?」

 

「……私は、ヤミ。あなたが呼び始めた、私の名前。昔の名前は、もう必要ありません。今はヤミという、あなたがくれた名前があるから」

 

「……オレが、名付けた?何を言ってるのかしら?」

 

 ヤミの言葉に一瞬反応したように思えたが、ユウリは空っぽのままだった。口調すらも安定していない。

 

「あの時、言えばよかった…とっくにあなたは私の中で…」

 

 二人でたい焼きを食べながら話した時、何も言えなかった自分。

 あの時のユウリをやっぱり否定すべきだったと後悔していた。

 

「ん?」

「あれは…!?」

 

 松戸が白を殺した為に、支配を解かれた有象無象が山となり、既にボロボロの城の地下から溢れ出て来ていた。

 

「魔獣の集まり?…アレのせいで、ヤミは泣いてんのか?だったらオレに任せとけ。全部ぶち殺して来てやっからよ」

 

「ユウリ…待ってください…!」

 

「だーかーら!人違いだってば。ヤミはもー帰れよ。じゃあな」

 

 そう言ったユウリの顔は、能面のような笑顔だった。

 

「待って…待っ────」

 

 言葉の途中で、ヤミの姿は掻き消えた。

 

「────消えた……? でも、泣いてたのは、このボロボロの世界のせいか?というかほっといたら爆発しそうな、キショイオーラで満ちてんなぁ……なんか知らんけど俺もパワーアップしてるし。さっき馬鹿みたいにオーラ使っちゃったけど……あの子の仕返しだ。この世界ごとぶっ壊してやるか」

 

 ヤミを見て、ヤミと話してから心の奥に何かが引っ掛かるが、オーラで凸凹な腕を生成すると魔獣の群れの中心へと向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「リトーーーッ!!」

 

「ララ!ナナも!二人とも無事で良かった!他のみんなは、どうなった!?」

 

「私はナナといたから、ミカンは、一緒じゃないの…?」

 

 リトはミカンと行動を共にしていた筈なのに、一緒に居ないことに疑問を浮かべる。

 

「ミカンは…ユウ兄をさがすって一人で行っちゃって…はやく合流しないと!」

 

 そこでナナはボロボロではあるが、マジローを呼び出し、聞いてみる。

 

「……姉上!終わったぞ!白色と黒蟒楼の主はもう倒れてるし、兄上が黒色もやっつけた!あたし達の勝ちだっ!!」

 

「ホント!?やったぁーー!!!じゃあこれで、みんなで地球に戻れるねっ!!よーし!」

 

 

──かむかむバックくん!!

 

 

 ララの発明品である『電脳世界にいる機関の人間』を地球へとワープさせるアイテム使い、全員が地球へと帰還した。

 

 

「よし、戻って来れたぁー!でも、藍碑ちゃんとあの人がいない?」

 

「姉上、アイツら、本当に良かったのかな?」

 

 既に結城家から消えている二人を心配するララと、

 その二人が野放しな事を心配するナナだった。

 

ーーーーーー

 

 

「あれ!?」

「これは…?」

 

 みんなが次々と結城家のリビングに現れていく。

 

「美柑!モモも!無事で良かった!!」

 

「モモ様、ご無事で良かった……」

 

 数秒先にワープが完了していたリトがミカンを思わず抱きしめ、ザスティンはモモの無事に安堵していた。

 

「ちょっ!リト…痛いってば……あれ?まだ、全員じゃない…?」

「お姉様!お兄様は!?」

 

「場所によってちょっとタイムラグがあるの。でももうすぐだと思うよ」

 

 二人の疑問にはララが答え、その言葉通り、部屋に突如光が現れると、その光はヤミへと変わる。

 

「──って!待って…ください…」

 

「…ヤミ、さん?」

 

 驚きを隠せないミカン。

 今まで、一度も見たことがない親友の表情。

 ヤミが……悲痛な顔で、涙を流していた。

 

 その様子に全員が驚愕するが、その理由を察した二人がヤミへと問いかけた。

 

「ユウリさんに何かあったの!?」

「お兄様は一緒じゃないんですか!?」

 

「私を、今すぐ戻してください……!」

 

 ヤミはすごい剣幕でモモへと詰め寄るが、

 

「わたしでは無理です…お姉様なら!!」

 

「ま、待てよ!ユウ兄は勝ったんじゃないのか!?なんで、松戸さんも、加賀見さんも戻ってこないんだ!?」

 

 ヤミ、ミカン、モモ、リトから詰め寄られるララだが、苦い表情を浮かべている。

 

「……わかんないよ…お兄ちゃんが機関の人だけにしろって…黒蟒楼側の異星人まで連れ帰っちゃうからって…戻る装置は、崩壊が進んでるから、今すぐには…」

 

「今すぐお願いします」

「ララさんお願い、なるべく急いで欲しいの」

「お姉様……なんとか、なりませんか…?」

 

「わかった。お兄ちゃんを連れ戻さないとね。超特急で取り掛かるッ!!」

 

 ララはラボへと向かい、それにみんなが続くが、ナナだけはリビングに残っていた。

 

「……ごめんな、もうすこし、話せるかな?……あたしに、何か隠してないか…?」

 

「ナナ……」

 

 

 ナナはマジローに問いかけると、観念したように自分が感じ取ったものを話した。

 ユウリは一度負けた。

 だが機械を使った後に、人が変わったようになり、神黒を倒したと。

 そして、ヤミとの会話のことを。

 あれはもう、七瀬ユウリではないから、ララの発明の対象にならなかったんだと、可能性の話をする。

 

「兄上……」

 

 ナナはヤミの涙の意味がわかった。

 記憶が無くなろうが、あの人はいつだって知ったような顔して、時々情けなくて、でも強くて、優しい、自分の兄だ。

 

「絶対、連れ戻す…!!」

 

 その後、数十分で再度、壊れかけた電脳世界への移動装置は完成した。

 念のため、電脳世界の完全崩壊と同時に地球へと帰還するプログラムを組み込んでいることは、ララは誰にも言わなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「無駄無駄無駄無駄ッ!!!」

 

 両腕を失っているために、結界で巨大な腕を空中に生成し異形の群れをラッシュで叩き潰していく。

 

 アイツは殺さなきゃって、なんで思ったんだろうなー?はじめましてだと思うんだけどな〜

 

 既に200は降らない数の異形を殺しながら呑気な事を内心で呟きながら、先程の強敵を倒した時を思い出していた。

 

 それにしてもやばい奴だったな。なんで勝てたのやら。

 あの消滅結界はかなりいい感じだったな。

 アレの威力と規模をもっと増したら、この世界も消せるかな。

 世界を壊す……どんな感じだろーな。

 

 オレが壊したら、ヤミは笑うのかな。

 

「まっ!どーせ爆発で死ぬんだし、今日死ぬのも、悪くないか」

 

 誰にも、何に対しても、特に何かを思うことなんてなかったが、先程の少女との会話。

 たったそれだけで、なぜか満ち足りた気持ちになっている自分に浮ついている。

 

 どうせ死ぬなら今日がいいなと本気で思っていた。

 

 そしてお得意の物語を脳裏に浮かべ、先程の技の出力をあげる。

 言葉通り、命をも燃やして。

 

 大地も、空もがヒビ割れている。

 そして、両腕を先程のように赤黒いオーラで作り出し、その大きさを、密度を増していく。

 

 まだだ…まだ足りない…

 

「もっとだッ!!もっと……空っぽかもしれないけど、オレの全てを、この一撃に込めろッ!!!」

 

 オーラは既に山を逆さに持ち上げたかのようなサイズになっているが、まだ大きさを増していた。

 

 

ーーー

 

 

 膨れていくオーラの塊を崩れ降ちた天守閣の上から眺めるものが二人。

 

「クククッ…七瀬くんは、やはり面白い子だったな」

 

「そうですね。でも、結局は良い子でもあったと思いますよ。このままだと、命喰の溜め込んだ生命力は暴走し、爆発する。結局地球は粉々になることにも、気づいているんでしょうね」

 

「さてね。僕にはわからないが……彼の言う通り、死ぬには良い日だ。死ぬなら今日だ」

 

「彼は、おそらく気に入られたようですけど、あのお方は気まぐれで掴みどころのない方、どうなるかはわかりませんね」

 

「…原初の神、か」

 

「でも、少なくとも貴方は死にはしませんよ。私の中で、リイサと生きてください」

 

「おや?悪魔とは思えない発言だね」

 

「────フフフ。平助さん、ヘスティアは女神様ですよ?」

 

 松戸は思わず振り返り見た加賀見の顔は、ずっと焦がれた、自分には向けられる事のなかった笑顔だった。その顔を見て、今まで見せたことがない程に柔らかく笑う。

 

「そう…だったな。リイサくん、今更だが、僕と、ずっと一緒にいてくれるかい?」

 

「こんな私で良ければ、ずっと一緒にいますよ。ここまで思われているなんて、昔は思いもしませんでしたよ」

 

 そのまま二人は手を繋ぎ、ユウリだった男をずっと眺めていた。

 

 

ーーー

 

 

「戻って来れた!!ユウ兄は!?」

「…アレって、お兄ちゃんの……?」

 

 茫然とした顔で空へと伸びる赤黒い逆さの山を指差すララ。

 

「あ、あんな量のオーラ!!ユウリさんが死んじゃう!!」

 

「そ、そんな!!止めなくては!!」

 

「あれっ?ヤミは、どこ行った!?」

 

 この世界に舞い降りた瞬間、既にヤミは駆けていた。

 崖を飛び越え、翼を生み出し、ひたすらに空を疾る。

 

 空を覆っている赤黒いオーラでできた天地逆さまの山。

 

 その付け根に、ユウリはいた。

 そして声をかけようとした瞬間に…

 

 その山は振り下ろされた。

 

 

ーーー

 

 

 惑星をも破壊する一撃を放つ少し前。

 

 

 もう少しで、全部だ…

 

 生命力のほとんどが既に使われており、肌はヒビ割れ視力もだんだんと無くなってきた。

 その中で、頭の中に思い浮かぶのは、ゴミ溜めでの日々でもなく、【念】を覚えた時でもない。

 

 先程の、少女との一分にも満たない短い会話。

 初めて、他人と繋がった、気がしていた。

 でもそれだけで、ナニカに満たされている自分に言い聞かせる。

 

 ときめくな、オレの心。

 揺れるな、オレの心。

 恋は覚悟を鈍らせる。

 

 ん?恋?

 そうかもな、これが恋って言うやつかも。

 こんなの初めてだ。

 

 でも、それよりも今は……

 

「この一撃で…全てを断つ!!!」

 

 

 もう内包するオーラは、生命力はオレにはない。

 外へと吐き出したコレが霧散する前に、この世界を終わらせる。

 

 もう目も見えなくなってきた。

 五感の全てがだんだんと薄れていくのを感じる。

 

 それでも良い。

 

 生きた証を、自己満足だが作れた。

 これでオレも、何かの登場人物くらいにはなれただろうか。

 

 振り下ろされた一撃は、城の残骸を消し去り、異形の群れを根こそぎ消し去り、電脳世界の大地ごと、黒蟒楼の生命全てを消し去った。

 

 

ーーー

 

 

「ま、まずい!!」

 

「みんな!」「皆さん!」

「乗れ!!」「乗ってください!!」

 

 ナナはドラ助を呼び出し、モモは浮遊植物を呼び出す。

 

 既に、この世界は終わる寸前だと言う事を全員が理解した。

 

「そ、そんな……遅かった…?」

「お姉様、まだです!どこかに地面が残っているかもしれません!」

「振り下ろしたところなら残ってるはず!そこに、ユウリさんもヤミさんも!!」

 

 空も地面も既になく、今は記号や数字が飛び交う、電子信号になっており、電脳世界を維持できていない。

 

「…そうだね。時間がない、急ごうっ!」

 

 ララは、もう間に合わないとは頭でわかっていた。

 

 最後に、お話ししたかったよ…お兄ちゃん……

 

 

ーーー

 

 

「──ユウリッ!!」

 

 感覚なんかもうほとんどないが、何かに包まれているような。

 もう、まぶたを開くのもしんどいが、少しだけ開けてみる。

 

 赤い双眸と、金色の髪。

 自分が、一目見て恋をした女の子、ヤミだった。

 

「ユウリ…ユウリ…私が見えますか…?声は、聞こえていますか…?しっかりしてください…帰りますよ…私たちの家に…」

 

 泣いているように見える。

 どうやら耳はかろうじて機能しているらしい。

 小さく、かすかに聞こえた。

 

「……ユウリって…誰だよ…あとさ、泣くなよ…せっかく、壊してやったのに……」

 

「そんなこと、頼んでいません…お願いですから、一緒に、帰りましょう」

 

 帰る?どこへ?

 そもそもオレはもう動けない。というか、後は死を待つだけだ。

 でも最後に、こんなに満たされるとは。

 やっぱり、死ぬには良い日だったな。

 

「…ヤミ…少ししか…話せてないけど…」

 

「…少しじゃありません。同じ家で、私と住んでいるんですよ?毎日のように、お話ししていますよ…」

 

 どうやらもう、耳の機能は停止したらしい。

 自分の話す声すらも聞こえないが、最後に、ちゃんと話せていたら良いな。

 

「…ヤミといると…オレはからっぽじゃ…無いと思えたんだ……ありがと…」

 

 死体って、冷たいのに。

 死ぬのは暖かくて、気持ちいいじゃん。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリとの最後の会話。

 最後に私にお礼を言った顔は、作られてなんかいない、綺麗な笑顔。

 

 でも、それからユウリが動くことはなかった。

 揺すっても、耳元で叫んでも……キスをしても。

 ピクリともしない。

 

「わたし…初めてだったんですよ?なんで、起きないんですか…?ねぇ……なんとか、言ってくださいよ…」

 

 

 

 そしてまた、私だけが地球へと引き戻された。

 

 戻った後に、ユウリの死を知ると全員が泣き叫び、一日中、誰も口を開かなかった。

 

 その後、葬式には決戦に関わった人たちと、結城家のみが参列したが、空っぽの棺桶を前に全員が泣いていた。

 

 でも、私は泣けなかった。

 あの日、涙は出尽くしていたから。

 

 もう涙が出ることなど、二度と無いだろう。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ねぇヤミさん、本当に行っちゃうの?」

 

「えぇ」

 

 あれから数ヶ月が経ち、ユウリの死をみんなが受け入れた頃、ヤミはリトを標的(ターゲット)から解除すると言い、もう地球にいる理由もないので宇宙放浪の旅に出ると言い出した。

 

「そっか。私にだけは、本当の理由を教えてくれない?」

 

「……本当の、理由?」

 

 ミカンは少し微笑むと、ヤミの顔を指差す。

 

「放浪じゃないでしょ?目的がある顔してるもん」

 

「……そんなこと…ありません」

 

「もぉ……本当は、ユウリさんを探しにいくんでしょ?地球はもう見終わったんだよね」

 

「……はい」

 

 ヤミはユウリの死後、地球中を飛び回っていた。

 あの日、奇跡的に病気が治ったものや、事故にあった者まで、かたっぱしから当たっていた。

 

 ユウリの転生時に使用した能力『就寝同時起床(ハロー・ワールド)』については本人から聞いていた。

 きっとまた、どこかで生を受けていると信じている。

 

「ミカン、姿は違えど、ユウリを見つけたら帰ってきます。そうしたら旅でもしませんか?」

 

「え?」

 

「ユウリが昔言っていたんです。『宇宙の未知を求めるハンター』になりたいと。私と、ミカンと……あと、私はどうでもいいですが、みんなと共に」

 

「それはまた、トラブルが凄そうだけど楽しそうだね。じゃあ、私とヤミさんがしっかりしないとだねー」

 

「そうですね。結城リトやプリンセスと一緒で、ユウリも結局はトラブルメイカーですから」

 

「あはは。リトの場合はラブの字が違いそうだけど」

 

「えっちぃのは、嫌いです…」

 

「じゃあ、私は待ってるね。ヤミさんが二人で帰ってくるのを」

 

「えぇ。私が『ハンター』として、狩りとって帰ってきます」

 

 

 そうして二人は笑い合い、ヤミはルナティーク号で宇宙へと飛び立っていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

──── 一年後、とある辺境の惑星にて

 

 

「ここ、ですか?」

 

「えぇ、一年前の事故以来、ずっと生死の境を彷徨っていたのですが、ちょうど先週に目を覚ましたんです。その後は訳のわからない事をずっと言っていまして……もともと戸籍も無いようなので、引き取り手になって頂けるというのは助かりますが、デビルーク星人は力が強いのでお嬢さんでは……」

 

「構いません」

 

 奥の部屋へと向かうと、黒い髪の、自身と同じような背丈の少年がいた。

 

「……ユウリ、ですか?」

 

 声をかけると、こちらへと振り向いた。

 その顔は、少し目つきが悪く、探し人よりも随分と幼い。 

 だが、見覚えのある、灰色の瞳と目があった。

 

「約束通り…見つけましたよ……」

 

 その瞳を見た瞬間、もう二度と流すことはないと思っていたものが、頬を伝うのがわかった。

 

 



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最終話? モモ×楽園

ーーーーーー

 

 

 光が収まると、そこには知らないヤツがいる。

 後ろにいるのは、デビルークの第二王女か。

 

「なんだお前?プリンセスのボディーガード?」

 

「さぁ……」

 

 誰にやられたのか知らんが、随分とボロボロだな。

 頭髪は黒に、肌の色はやや赤みを帯びた黄色。目玉が二つに鼻と口がひとつずつな顔の作りも、四肢がある身体の作りも、二足歩行の人型の最もポピュラーな形。力は全然感じねぇが、命を奪る事にも、失う事にも躊躇しないイカれた人種だな。

 だけど、残念なのは、地球人ってとこか。

 こりゃーつまらなそうだ。

 

 だが、俺も相当キてんな。

 生命のストックも、残り少ねーし、誰とやりあったんだっけか?

 こんな状態なんて、地球を出てからは無かったかもな。

 

 それに、そもそもなんで俺はここにいるんだっけ?

 

「ユウリさん……今のは、いったい…?」

 

「モモ…俺がわかるのか?まぁいいや。下がってろ。こっからは、時間勝負だから───」

 

 マジでなんなんだこいつ?

 その状態でも向かってくるか。

 王女さんからも信頼されてるっぽいし、部下だな。

 ほんの少し、遊んでやるか。

 

 

ーーーーーー

 

 

 今の今まで戦っていたはず……

 それに、これが三度目の正直だとユウリさんは言っていた。

 

 なのに、

 

「地球人離れした動きだな。マジで何者だよ?」

 

 まるで、初対面かのような言いよう。

 なにが、起こっている?

 

 それに、ユウリさんにはいつもの力強さがない。

 オーラを、【念】を使ってはいないのだろうか?

 

 でも、私に時間勝負と言った後の、合図。

 アレの意味は、手出し無用……

 

 今もまた、両手の人差し指と中指のみを突き出した、抜き手の構えを取り神黒へと迫る。

 

 神黒の突き出した腕をまるで蛇が這うかのように巻きつかせ、二本の指は牙のように関節へと突き刺さる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 雄叫びと共に肩、肘、首、股、膝の関節へと指を突き立てていく。

 関節は外れていっているようだが、神黒相手に、そんなものは効かないというのは、私でもわかる。

 いったい、何を考えているのか…

 

「スペックが違うんだよ。生まれを恨め」

 

 外れた関節を繋げることもなく、しならせた腕を鞭のようにユウリさんへと叩きつけた。

 

「あーぁ。お前がデビルーク星人とかだったら良かったんだけどな。もう死んどけ」 

 

 呆気なくボロ雑巾のように横たわるユウリさんに、神黒は左腕を翳した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ヤミさん!!なんでこんなところに一人で?」

 

 高速で飛翔中、ミカンに声をかけられ、急いでいる最中とは言えミカンの元へと舞い降りた。

 

「ミカンこそ……いや、ユウリが心配なのですね」

 

 こんな危険地帯で、リトと離れ一人で行動しているという事は、それしかない。自分と同じ考えなんだろうと答えたが、思ってもみない態度と言葉が返ってきた。

 

「ゆうり?それはわかんないけど、リトがいなくなっちゃって。私、なんでこんなとこいるんだろう」

 

 首を傾げているのはまだいい。

 が、ユウリがわからないとは、どういう事だ?

 妙な胸騒ぎがして問いただすも全く話にならない。

 

「さっきから、何言ってるの?私のお兄ちゃんは、リトだけだよ?」

 

 理解が追いつかず、もしかして自分の同居人の仕業かと考えるも今はその本人の方が心配だった。

 

「……ひとまず、つかまってください」

 

 ミカンの手を取り、再度力の高まりを感じたところへと向かう。

 

「どうしたのヤミさん?なんか変だよ?」

 

 親友のおかしな態度に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまうも、先を急いだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ユウリさんッ!!」

 

 モモの声がしたと思えば、抱きつかれた。

 悲痛な声だし、抱き寄せた肩は震えている。

 まぁ、そうだよな……

 

 でも、もう大丈夫。

 

 オーラは俺の中にある。

 これだけしか残ってないから、【絶】でずっと温存していただけ。

 

 神黒の手にオーラが集まり、その輝きを増している。食らえば、モモと二人で呆気なく死ぬだろう。

 本来であれば、俺のことは全員忘れて、勝手に一人で死んでいくハズだったのだが、なぜモモは覚えているのか気になるが、今はそれどころじゃない。

 このチャンスは二度と来ない。

 圧倒的弱者とはいえ、闇雲に放ったところでこのバケモノは躱すなり堪えるなりするだろう。攻撃の瞬間こそが、俺に見せる神黒の最大の隙にして、体のオーラが薄まる瞬間。それに、【隠】も絶界もまだ、記憶を消してからは見せてない。

 

「じゃあな」

 

 神黒のオーラが放たれた瞬間。

 『堕天堕悪の閨』を開きモモを突っ込むと同時に、【隠】で生成していた全てを拒絶し消滅させる結界で神黒を覆った。

 

「最後の最後まで取っとくから、切札ってんだよ。

──って、もう覚えてないか」

 

 神黒のオーラに飲み込まれるユウリ。

 ユウリの結界に飲み込まれる神黒。

 

 二人ともが、消滅した。

 

 

ーーー

 

 

  何が起こっている。

  俺が消えていく。

  何をされた?

  どこから攻撃をされた?

  わけがわからない。

 

 

『俺の力を持ってるくせに、しょうもないヤツだな』

 

 誰だ?

 

『消えるお前に、答える必要もない。返してもらうぞ』

 

 俺の中から、何かを抜き取られたような気もするが、なにも感じない。

 

 あぁそうか。そりゃそうだ。

 俺にはそもそも、何もないんだった。

 

 

ーーー

 

 

「……ん」

 

「やれやれ。なんとか、間に合ったていたか」

 

「あら。まさか助けてもらえるとは思ってなかったっすね」

 

「彼女の望みだ。それとも、見ず知らずの人間を助ける程、僕が人の良いお年寄りに見えたかい?」

 

 松戸さんが、俺の顔を見て嫌らしい笑みを浮かべている。

 まぁ、見えないわな。

 首を振ろうとするも動かないので目線のみキョロキョロと動かす俺に対して、横からも声をかけられる。

 

『この後のことは、どうにもしないの?』

 

 加賀見さんがその高い身長から地面に伏している俺を見下ろしている。

 どうやら消し飛んだ俺の身体を修復してくれているらしい。

 

「グッロ。バラバラじゃん」

 

 最近もこんな事あった気がするが、消えた細胞が集まり俺を形成しなおしていた。

 これ、誰だろう?ヘスティアか?

 どはいえ、禍々しい邪気は消え、慈愛に満ちた、母のような暖かさを感じる。が、質問に答えない俺に対して向ける視線が強まり、まだ無いはずの背筋を伸ばしてしまう感覚になる。

 

「あとは、なんとかするかなと」

 

『やれやれ……最後が人任せですか。地球の人間は既にあなたの事は忘れてるけど、どうするつもり?』

 

 顎に手を当て、やれやれ感を前面に出しているのが似合ってはいないが可愛らしい。

 それに、地球の人間って事は、やっぱり地球で生まれた者のみに作用したのか。まぁ、そうじゃないとララが使ったら父親や母親すらもララの事忘れちゃうしな。

 ララの発明が失敗作じゃなかったことと、神黒が地球生まれだった事に安堵する。

 

「いや、大丈夫っしょ。これはアイツらの物語なんで」

 

 俺が壊した運命、規格外の化物はさっき始末したし、もう歯車はなおり始めている。

 あとは、俺なんかじゃなく、この世界の主役級のあいつらがなんとかするだろうと考えていた。

 

『私は手伝いはしないけど、あなたは他の子が煩いから、少しだけ助けてあげる。──これは私の意思ではないので悪しからず』

 

「……僕にもわかるようにして欲しいんだけどね」 

 

 俺に向けてお辞儀をするヘスティアに思わずハテナが頭に浮かぶ。

 少し拗ねたような顔をする松戸さんだが、今は俺も同じ気持ちなので何も言えなかった。

 それに、聞きたいことがある。

 

「ところで、ここどこっすか?」

 

 松戸さんはニヤニヤとしており、加賀見さんには無視された。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……オーイ。死んでねぇだろー」

 

 ここは……どこ?

 上半身をゆっくりと起こして辺りを見渡した。

 

 見覚えのない二人の女性。

 ユウリさんに亜空間へと押し込まれ、気づいたらここにいる。

 まだ状況の理解が追いついていない。

 

「ここは…?」

 

「やっぱ生きてた。藍碑ー王女さん起きたぞ」

 

 藍碑?じゃあもう一人は、タコでもないし、白くも無い。と言う事は、紫音?

 

「神黒を倒した、アイツは何者だ?」

 

 藍碑と呼ばれたのは、どことなくドクターミカドに似ているが、どこか影のある白衣の女性。

 敵意は感じないが……

 

「ちょっと変わってますけど、地球人だと思いますよ?」

 

 説明のしようがないのだから仕方ない。

 それに、私は急いでいる。

 ん?まてまて、倒したと言った?

 

「……神黒を、倒したと言いましたか?」

 

「逆になんで気付いてないんだよ。つっても、姫さんがヤバかったからな。どっちにしろ、みんな死ぬと思うけどね」

 

 よく見ると、ここは地球のようだ。

 二人は亜空間が開いたことを感じとり、私の元へと来たらしい。

 そして、紫音は二人の戦いを一時眺めていたので、その二つの強大な力を感じなくなったために、終わったのだと理解していた。

 

「私は、あの場所に戻ります。二人はここにいると言う事は、敵対はしていないんですよね?それでは」

 

「まー焦んなよ。アタシらも、最後くらい見ていくよ」

 

「宇宙船も城の地下にある。私はそれで爆発前に脱出するがな」

 

 電脳世界は壊れかけている。

 外界との遮断がうまくいっておらず、空を見上げると、ジリジリと歪む蜃気楼のようなものが見える。

 時間は、あまり残されてはいない。

 

「来るのは構いません。ただし、ユウリさんを助ける邪魔をすれば……」

 

 殺気を込めるが、二人はどこ吹く風。

 幹部というだけあって流石ではある。

 

「するわけねーだろ。アタシなんか殺されかけたし」

 

「私はその力に興味がある。むしろ手を貸そう」

 

 本当かどうかはわからないが、私一人よりも、この二人がいたほうが少しはマシか。ユウリさんが今どんな状況かわからないが、最後に放ったのは捨身の一撃だった。無事な訳ない。

 

「ならいいです。時間が惜しいので急ぎますよ」

 

 よくわからない三人組となって、ラボから電脳世界へと舞い戻った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「兄上が……嘘だっ!!そんな、そんなはずない……」

 

 自身の胸に抱く、傷だらけの友達の言葉に思わず語尾を荒げてしまった。

 でも、そんなわけがない。

 絶対勝つって、言ったんだ……

 そっと、優しく手を握られ顔を上げると。

 

「大丈夫だから落ち着いて。何があったの?」

 

 いつもの天真爛漫な顔は鳴りを潜め、そこには真剣な表情の姉がいた。

 思わず抱きついてしまい、我慢していた涙がこぼれた。

 

「兄上が…死んだって……神黒と相討ちになったって……」

 

 信じたくない。信じられない。

 

「……どうして死んだことになるの?お兄ちゃんは倒れてるの?」

 

 ハッと思い、すぐさま聞いてみる。

 返ってきた答えは、

 

「消滅した、らしい……力の奔流に飲み込まれて……」

 

 堪えきれない涙が頬をつたい、うまく話すことができない。

 それでも、姉は強かった。

 ギュッと抱きしめられ。胸の友達が苦しそうなので少し離れる。

 

「あ、姉上。ちょっと…」

 

「ごめんごめん!でも、それならきっと大丈夫だよ。きっと亜空間に入り込んで、動けないでいるんだよ。まずはここをなんとかして、助けに行こうっ!」

 

 強い。

 我が姉ながら、なんて強いんだろう。

 あたしは……

 

「姉上は……姉上は不安じゃないのかよ!?星を滅ぼすようなヤツだぞ!?いくら兄上でも……わかんないじゃん!」

 

 不安な気持ちが爆発してしまった。

 なんて自分は弱いんだ。

 こんなにも不安に押しつぶされそうになったのは、はじめてかもしれない。

 

 それでも、やっぱり姉上は、姉上だった。

 

「それでもだよ。私にね、逃げてもいいよって言ってくれたの。なんとかしてやるって」

 

 そんなの、ただの自己犠牲じゃないか。死んでもなんとかしてやるって、兄上はそう言いたかっただけじゃないのか。

 でも、姉上の話にはまだ続きがあった。

 

「お兄ちゃんも、不安だって、私たちと離れたくないって言った。だから、私たちが信じてないと、帰ってこないかもしれないよ?天邪鬼みたいなところあるからね」

 

 ニコリと微笑む姉に、今度こそ何も言えなかった。

 まだ見たわけじゃない。

 消えただけだ。

 そうだな。あたし達が信じないで、どうするんだ。

 

「まずはみんなと合流しよっ!ね、ナナ」

 

 姉上の差し出す手を取った時には、頬を伝う滴は止まっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「リトーッ!」

 

 聞き慣れた声がする。

 思えば、この子と出会ってから、俺の日常は崩れ去っていった気がする。ただの平凡な日常が、騒がしい毎日に。

 今の、地球をかけた戦いも、理由はもう思い出せないけどこの子絡みだった気がする。

 

「ララ!こっちは終わったぞ!みんな、無事かな……」

 

 みんなが心配だが、散り散りの今、それを知る術はない。

 だが、ナナのペットにはそれがわかるそうだ。

 話によると、モモはなぜかすでに電脳世界から出ているとの事。深傷を負ってしまったのかと思うが、ザスティンたちがいるので恐らく大事には至っていないはず。美柑はヤミといるらしいのでひとまず安心。

 

 最後に、黒蟒楼の主と思しき存在が確認できたが、辺りに松戸の姿はなく、白と共にいるらしいが、二人とも死にかけているようだ。

 

「まさか、松戸さんと加賀見さんが……でも、死にかけてるなら何もできないよな。俺たちの、勝ちなのかな?ひとまずみんなと合流して、戻るか」

 

 二人の姿は確認できないらしく、最悪の状況を思い浮かべるも、あの二人はすでに自分たちと会う気はない。なのでまずは合流をと先を急ごうとするも、なぜかナナに止められた。

 

「あと、もう一つ、言わなきゃいけない事がある……」

 

 神妙な面持ちで、ゆっくりとした口調で話すので何事かと緊張が強まるが、

 

「兄上が……神黒と相打ちになって、今はどこにもいないんだ…」

 

「……兄?いや、誰のだよ?」

 

 ララもナナも目を見開き、俺を見る。

 一体なんだと言うのだ?二人は三姉妹だと聞いたが、少なくとも兄がいると俺は聞いてない。

 

「なんだよ?俺にアニキなんていないだろ?美柑と二人兄妹なんだから」

 

「お前……まさか本気で言ってんじゃないよな?」

 

「リト、冗談でも……冗談でも言っちゃダメだよ?お兄ちゃんが、この世界で一番頼りにしてるのは、リトとミカンなんだから」

 

「ま、まてよ!いったいなんの話してんだよ!?」

 

 怒りに満ちたナナと、悲しげに話すララにただ困惑してしまう。

 俺の、兄の話をしているのか?そんなはず、ないよな?

 

「リト…!」

 

 俺の疑問を解決してくれるであろう、妹の美柑がヤミと共にこの場へと現れる。

 

「美柑……俺たちは、二人兄妹だよな?」

「うん。確かにそのハズだよ」

 

 美柑もどうやらヤミに言われて混乱しているらしい。

 七瀬悠梨。

 それが兄の名前だとか。苗字が違うのは兄がわりだからだそうだが……まったく思い出せない。

 

「なんだよそれ……俺、なんにも覚えてない……」

 

「私も、だよ。ヤミさんに言われても、なにも……」

 

 頭を抱える俺たち二人を見て、ララが思い出したかのようにハッとした。

 

「お兄ちゃん、もしかして……!!」

 

 ララの話を聞いて、顔も思い出せない兄に興味が湧くも、今はその時じゃない。

 

「話はわかったけど、今はそれよりも、ココから出よう。その人騒がせなアニキもいないんだし」

 

 そう言って、全員で地球へと帰還した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……やっぱり、ツメが甘いですね」

 

 女神は額に手を当てて俺を見る。

 次はなんだ。そもそも質問に答えろよ。

 

「はぁ。なんかあったんすか?」

 

「あなたが記憶を消したから、全員地球に帰ってしまいましたよ?」

 

「ゲッ。ヤミもララも、気づかなかったんか」

 

 黒蟒楼の貯め込んでいる力が解放されればどうなるか、二人なら気付くと思っていたが……

 

「地球の人間のみ、つまりあなたの仲間たちでいうと義兄妹のみが記憶を失ったので、逆に混乱していたようですよ。まったくツメが甘い。今までの付き合いがなければ、私が消していましたよ」

 

 一瞥された視線は強烈。消そうと思えば、確かに俺なんか一瞬かも。

 今更ながら、かなり危険だと思った。

 神という存在にとっては、崇めていようが、唾を吐こうが、無関心だろうが、関係ない。全て等しく無価値。殺すも生かすも、ただの気分次第でしかない。

 今までの繋がりがあった事にホッとすると同時に、神界など行くものでは無いと心に決めた。

 

「ふむ。記憶操作か。考えた事もあるにはあるが、僕に心は理解できないからね。君も似た人種だと思うが、どうやったのか」

 

 声が聞こえたので松戸さんの方をチラリと見ると、興味深そうに俺を眺めている。

 

「いや、俺じゃないっすよ。天才美少女が作ったもんです」

 

 だろうねと言いながらクククと笑う松戸さんから、視線を加賀見さんへと戻す。

 

「さて、もう治ったようですし、あなたがやりなさい。できようが、できまいが」

 

 確かに、身体は修復されたが、髪の色が悠梨になってんだけど。と思っていると、考えを見透かされたようだ。

 

「それは細胞レベルでの修復ですから、あなたの身体本来のものに戻っちゃいましたね。まぁそんな事はどうでもいいので、早くいって、ちゃっちゃとやってください」

 

「……もしかして、ミンメイさんっすか?」

 

 ニコリと微笑んだと思えば、両肩をバシッと掴まれた。

 

「うん。もういきなさい。あなたの物語でもあるんだから」

 

 やっぱ、ミンメイさんか。

 俺の物語が始まるのかは知らないが、仕方ない。黒蟒楼は、俺がケリをつけるか。

 

「いってきます。松戸さん、ミンメイさんと加賀見さんの中の皆さん、今まで、お世話になりました!!」

 

 肩を掴まれたまま頭を下げたので、表情はわからないが、ドンッと突き出された。

 後方からは、この薄暗い、何もない空間に光が漏れ出ているのがわかり、眩しさで目を閉じると声が聞こえた。

 

「ククク。僕の物語はこれで幕引きだ。ではな。名前も知らない君」

「あなたを救いに来た女の子くらい、幸せにしなさいね」

 

 俺を、救いに?

 疑問を口に出す間もなく、俺は光へと飲み込まれて行った。

 

ーーーーーー

 

 

 ちょうどララたちと入れ替わるように電脳世界へと舞い戻ってきた三人がいた。

 

「あちゃー。こりゃもう終わりだな。藍碑、急ぐぞ」

 

「ちょっと、どういう事ですか?」

 

「どうもこうもねーよ」

 

 紫音が言うには、黒蟒楼の主、姫と言うらしいが、その方の力の高まりが異常だとの話。

 だというのに、姫は衰弱しているそう。

 つまり、行き場を失った力は暴走し、爆発してしまう。

 

「最悪ですね……それで、ユウリさんはいないのですか?」

 

 紫音はグリンと首を回して私の目を見る。

 少しだけ、ほんの少しだけ瞳の奥に恐怖の色が見えた。

 

「いねーみてーだよ。あのアブねー小僧は」

 

 紫音。

 はっきり言って、単純な戦闘能力で言うと私よりも上。

 その相手に恐怖の種を植え付けるなど、いったい何をしたと言うのだろう?

 

「ふむ。興味があったのだが、いないのならば仕方がない。(ふね)の確保が先だな」

 

 いないというのが気になるも、行く当てのない今は感知能力に長けた紫音が頼り。

 ひとまずは二人に続いて城跡へと向かう事にした。

 

「これは……」

 

「姫さんも、限界みてーだな」

 

 私でもわかる。

 不吉というものが見えるとしたら、きっとコレの事を言うのだろう。

 黒いドロドロとしたものが、長い雲のように、空を侵食していく。

 まるで、あまりにも巨大な黒い蟒蛇のように。

 

「な……あんなもの、もうどうしようも……」

 

「姫が耐えきれなくなれば、終わりだ。この宙域くらい吹き飛ばすエネルギーだからな」

 

 宙域?ここはそもそも電脳世界だが、度重なる戦闘の余波とこの異常なまでの力により耐えられる土壌はすでに無い。それに、月の直ぐそばの座標だ。ということは、地球も……

 

「なにか、なにか手は無いんですか!?あなたたちの姫でしょう!?」

 

「んなもんねーよ。あったらとっくにしてる。そんな事よりさっさと(ふね)とって出るぞ」

 

 そんな…これで、終わりだなんて……

 ユウリさんも、お姉様も、ナナも、みんな、おしまいだなんて……

 

「マズい!!生きてるもん狙ってやがる!!」

 

「こうなってまでも生命力を求めるか……生への執着というのは凄いものだな」

 

「感心してる場合かよ!!オラッ!行くぞ」

 

 黒く濁ったこの世の不吉が、雨のように降り注ぎ、私達へと迫ってくる。触れるもの全ての命を奪っていく。電脳世界の電子をも吸い、黒蟒楼の城を形作っていた骨組みは枯れて、灰となっていく。

 これが、終わりか……

 

 もうどうしようもない。全てを諦め、座り込んでしまった。

 思い浮かぶのは、デビルーク星と地球のみんな。家族。そして……

 

「大丈夫だから、泣くなよ?今日は無理でも、そのうちまた笑える日が来るから」

 

 聞き覚えのある声。

 見覚えのある髪色。

 そして、変わらない、灰色の瞳。

 

「──ユウリさん……どこ行ってたんですか…私は、あなたがいないとダメなんです……」

 

 あの時と同じ笑顔。透き通るような金色の髪。

 颯爽と現れ、私を助けてくれる。

 私の、私だけの…

 

「ごめん、ちょっとあの世にさ」

 

 人差し指を上に向けて笑う。冗談かわからないところが、またユウリさんらしい。

 紫音は後ろで腕を組みユウリさんを警戒しているようだし、藍碑はジッと見つめている。

 

「あとは任せとけ。あの二人は、仲間か?」

 

 チラリと二人を見るユウリさん。

 

「オマエ、覚えてねーのか?」

「別に、仲間ではない」

 

 藍碑の呟きにチョップをかます紫音。その二人を見た後に、私の顔を見る。「敵じゃないんだな」と呟き、空色と赤色の混ざった結界に覆われる。

 

「まずは艦を抑えたい。城の中へと移動させてくれ」

「おいおい、アタシを殺しかけたくせにマジで覚えてねーのかよ?」

 

 尽く紫音の発言は無視して藍碑にうなづくと城へと結界ごと飛ばした。

 そして、私はユウリさんの腕の中で、力強いオーラに包まれている。

 この安心感と、ながく味わっていなかった、この人を独占していることに危機的状況も忘れ、少し浮かれている。

 

「──モモ」

 

 あの時と同じ。初めて出会い、恋をした瞬間と同じ優しい声で名前を呼ばれる。それだけで、戻って来た甲斐があった。やっぱり、私のものにしたい。でも、ユウリさんは、きっと──

 

「モモと会えてよかった。俺を必要としてくれるモモだからこそ、俺が一番必要な人間なんだ」

 

「……え?」

 

 今、なんと言ったのだろう。

 すごく、嬉しいことを言われたような──

 

「モモと一緒にいれるなら、宇宙の王でもなんでもなってやる。だから、一緒にいてくれないか?これからも、ずっと」

 

「……はいっ!!もちろんです」

 

 

 

ーーー

 

 

 その後の事は、正直覚えてない。

 

 ユウリさんがオーラを使い果たして黒蟒楼を消し去り、その後、藍碑さんと紫苑さんの乗る宇宙船で脱出をした、らしい。

 私は気を失っているユウリさんを抱きしめて錯乱していたので全く覚えてないのだが、落ち着いたところで、あの二人には笑われた。

 

 その後、二人はデビルーク星へと向かっていたようで、私を保護した事にしてデビルーク星へと取り入るつもりだったそう。打算的な考えだが、私たちを助けてくれ事に変わりはないので無下にはできなかった。

 今は藍碑さんは地球でドクターミカドやお姉様と研究を続けているし、紫音さんはユウリさんに変わり、松戸探偵事務所を引き継いで宇宙人や異能者を狩りながら割と自由に暮らしている。

 

 そうしてデビルーク星へと帰り、お姉様たちのいる地球には通信を入れたので、私たち二人の無事はすぐに伝わった。ミカンさんの能力でユウリさんの事も全員思い出して、一件落着となった。

 

 

ーーー

 

 

 それから数年が経ち、今はというと、

 

「オイ、ユウリ。もっと王として振る舞えないのか?」

 

「いやいやギドも大概だし、王っぽくないじゃん。それを真似てるつもりなんだけど?」

 

「んだとコラ?」

 

「お?今度は前とは違うぞ?」

 

 ユウリさんはデビルークの次期王として、日々お父様とジャレ合っている。

 お父様はすぐにでも王位を譲り、遊びに行くつもりだったようだが、お母様に止められて、ユウリさんはまだ王としてのお勉強中。

 私との婚約のお披露目もそれが終わるまでの約束となっている。

 

「──またですか……?」

 

 笑顔で怒気を撒き散らかすお母様の登場に二人揃って顔を真横に向けるのが少し微笑ましい。

 

「ゲッ」

 

「ちょっと躾けてるだけだ。そんな顔すんなよ」

 

 そんなすぐのすぐに譲れるものではないと、お父様はお母様にこっぴどく叱られ、ユウリさんは王族の嗜みをミッチリお母様に教え込まれているのでだいぶ苦手意識がついているよう。

 だが、ユウリさんとは逆に、オーラのおかげかチャーム人の能力である魅了が効かないようで、お母様はすっかり気に入ってしまった。

 今もまた、ベールを外している。

 

「ゲ、などと。王の反応ではないですよ……ユウリもチャームに耐性があるとは思いませんでしたよ。こんなに美しい私の顔を見ても、本当になにも思わないのですか?」

 

 ちょっとお母様、私の未来の旦那を至近距離で見つめるのはやめてもらいたい。

 

「モモは母親似ってくらいかな。じゃあ今日はこの辺で」

 

 踵を返し、私の手を取りお母様から逃げるように駆けるのだが、二人の影が、私たちの行手を阻む。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!!今日は私の本当のラボに来てよー」

「兄上兄上!また月乃承と遊んでやってくれよ。兄上のこと気にいったみたいでさー」

 

 姉二人がまとわりついてきた。

 お姉様は婚約者となったユウリさんに「これで正真正銘、私のお兄ちゃんだね!」と言い、ナナは「本当にモモでいいのか?おべっかモモだぞ?」などと失礼な事を言ってはいたが、今はお姉様と同じく祝福してくれている。ただ、この二人により、私たちの夜の営みを幾度となく邪魔されるのだけは許せないが。

 

「ちょっと、お姉様もナナも今日という今日は──」

 

 ユウリさんの腕を引き、私の部屋へとエスケープしようとしたのだが、次はいくつもの人影が横から現れた。

 

「ユウリさんが望むなら、モモさんが一番でも良いですけど……私のことも忘れないでくださいよ?」

「……ユウリ、今日は本を読む約束をしているはずですが?」

「ユウリ様、ララの妹なんぞの相手などせず、(わたくし)ではダメなんですか……」

「ちょっとくらい地球に帰ってきなさいよ!……別に、私が帰ってきて欲しいってわけじゃないけど、最近全然会わないから…」

 

 ミカンさんはもう中学生になり、モデルもされているお義母様にだんだんと似てきた。身長も少し伸び、魅力がかなり増している。

 ヤミさんは変わっていないが、元同居人という事もあり、ユウリさんの好みは私より抑えているし、未だに二人の絆は健在。

 天条院さんと古手川さんは今は大学生。古手川さんの凶悪な胸はより凶悪さを増しており、ツンデレ属性もまだまだ健在。

 私が一番であれば言いとユウリさんには楽園(ハーレム)を認めてしまったのでこの人たちもいづれはユウリさんと結婚するのかもしれないが、まだ当分は、私の独り占めなのだ。

 

「ユウ兄、俺の代わりに王になってくれるなんて、ホント助かるよ」

「相変わらず、大変そうですね……」

 

 リトさんと西蓮寺さん。このお二人は、今はなんと付き合っている。お姉様とも付き合っているので三人で仲良くやっているそうだが、ここにはきていない籾岡さんやルンさんも未だにリトさんを狙っているらしい。

 あ、ちなみにリトさんが私たちの結婚を一番祝福してくれました。今は嬉し涙を浮かべながらユウリさんの肩に手を置いている。

 私からしたら、リトさんが今はお義兄様になるのだが、お義兄様とは呼ばず、今まで通りリトさん呼びだ。

 

「ユウリ、話は終わっていませんよ。一夫多妻制など、私は認めていません」

「別にいーじゃねーか。モモがいーってんだから」

 

 お母様たちにも追いつかれてしまった。

 お姉様たちと女性陣、リトさんたちと、お母様とお父様に囲まれ八方塞がりだ。

 どうしようとユウリさんを見ると、俯きワナワナと震えている。勢いよく顔をあげたと思ったら、

 

「あーもーうるせーーー!!ちょっとは休ませろっ!!」

 

「きゃっ!」 

 

 お兄様に腕を引かれ抱き抱えられると同時に亜空間へと逃げこんだ。わーわーぎゃーぎゃーと聞こえたが、それも一瞬で静まり返る。

 そして、亜空間の出口は、私たち二人のお家の、広いお庭。私の作った電脳世界で隔離されている緑豊かな、私にとっては小さな惑星(ほし)にある小さなお家のよう。

 夢が叶い、ここで二人ゆっくりとできるのが今は何よりも幸せ。

 

「ようやく、静かになったなー」

 

 私をゆっくりと降ろし、その金色の髪を靡かせて芝生に座り込む。

 私も隣に座り、ゆっくりと私は口づけをした。

 

「ん……」

 

 お兄様の唇をしっかりと味わい、私のものだという事を主張する。

 

「他の方との結婚も認めますけど、私の、私だけのユウリさんなんですからね。初めて出会った時から決まっていた、運命の人ですから」

 

「運命なんかじゃないさ」

 

 ニコリと微笑み私を強く抱きしめる。

 お互いの体が密着し、体温を、鼓動を感じる。

 

「運命の輪は、すでに壊れてるんだってさ。それに、俺たちの物語なんだから、運命なんて言ったらつまんないじゃん」

 

 壊れてるだなんて、誰に聞いたのか知らないが、確かにそうですね。

 私の意志であなたを好きになり、私の意志で、こうして一緒にいる。

 二人の未来は、二人でつくるものですよね。

 

「俺は俺の意志で、モモを愛してるんだから」

 

 ニヤケてるのがわかる。

 あまり直接的に言ってくれないから、こうやってたまに言ってくれるのがうれしい。

 

「わたしも、愛してますよ」

 

 二人でいろんな事を話した。

 お互いの昔の事。

 普段話さない、話しづらいユウリさんの過去のこと。

 これからも、もっとたくさん話がしたい。

 

 二人でいろんな経験をして、思い出を作って行こう。

 運命なんかじゃなく、二人の未来を。

 

 これからも、ずっと一緒に。



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最終話! 美柑×トラブル

ーーーーーー

 

 

「何、今の光…」

 

 光が晴れた今、美柑の前には二人の男が立っている。

 どちらも見覚えはないが、おそらく片方が、噂の神黒だと言うことはわかった。

 そして、もう片方。

 ズタボロではあるが、間違いなく自分たちと同じコートを着て、こちらを見ている男。その灰色の目には悲哀の色が浮かんでいた。

 

「……ミカン、離れてろ」

 

 そう言って、神黒との間に割って入る。

 体中至る所から出血しており、満身創痍な事は一目でわかる。

 だが、美柑にはそれよりも、気になる事があった。

 

「なんで、私の名前を……いったい──」

 

 続きを、『誰なんですか?』とは言えなかった。

 黒コートの男は美柑に背を向けたままで、別の方向から低い声が響いたから。

 

「今、何が起きた?誰だお前ら?」

 

 そう言ったのはユウリではなく神黒。

 そこには怒りと困惑の色が見える。

 

 神黒は自分の消耗具合と、今の状況が理解できずにいた。なぜこんなにも自分は消耗しているのか。こんなのは、人を辞め、300年程前に星神を殺した時以来。命のストックも残り少ない。そんなことが知らぬ間に起きている、理解できない状況に困惑していたのだ。

 

「あ……うぁ…」

 

 神黒の怒気に当てられ、美柑は呂律が回っていない。だが、別のオーラに包まれて、押しつぶされそうなプレッシャーから解放された。その出所は、黒コートの男。

 

「この()は関係ない」

 

「いや、どっちも逃さない。かつてない程に、俺は腹が減ってんだよ」

 

 左半身を前に出し、構えを取る男。その身体から溢れ出るオーラはもはや人間の枠を超えている。

 それに対して、構えを取る事はしないが、触れれば切れてしまうほどの鋭いオーラを放つ神黒。

 

 美柑は、たとえ自分が何千人いたとしても、何もできる気がしなかった。

 

 その二人の作り出す空気に、美柑は息が詰まり、動けない。逃げ出したいのに、離れられない。それに、なぜかこの男の背を見ていると、逃げてはいけないという気がしていた。

 

「で。いったい誰で、なんなんだよテメーは」

 

「誰でもない。俺はオマエを殺す者だ」

 

 神黒とユウリが衝突するかと思われた時、上空から大きな声がした。

 

「美柑!あぶねぇだろ!!」

 

 遥か上空にドラゴンが飛んでおり、その背からリト、ララ 、ナナの三人が飛び降りてきた。

 

 リトは美柑を抱き寄せ、ユウリからも距離を取る。

 その目に警戒の色を込めて。

 

「姉上、神黒と…アレ誰だ?」

「私も知らない人だよ?なんでここに…どうやって入ってきたんだろう?」

 

 ララの作った電脳世界。

 この世界へ無理やり入り込むなんて事は、電脳世界の住人くらいにしかできない。なぜ、自分の知らない人間が入り込み、神黒を狙っているのか誰もわからなかった。

 

 タイミングを完全に狂わされた神黒とユウリだったが、乱入者へと視線を向ける神黒に対して、ユウリは神黒から目を逸らさない。

 

 神黒は腹が減っている。

 デビルーク星人など、空腹の今はただのご馳走にしか見えていない。案の定、堪え切れない殺気を飛ばしているが全てユウリが止めていた。

 

「腹が減ってるっつってんだろが。王女さんがいるならお前みたいな雑魚はいらねぇ。死ね」

 

「やってみろカス」

 

 神黒のオーラ弾を指先で回し受け、軌道を逸らす。

 轟音と共に山がひとつ崩れ落ちる。

 

 そのまま直接殴りかかってくる神黒を迎え撃つ。振るわれる豪腕を手の甲で受け、掌で流す。作業のようにそれを繰り返す。

 だが、その攻防は一秒で何十回と行われており、傍からみれば二人の手は消えて見えている程の速度。

 

 平気な顔で受けてはいるが、完璧に逸らせている訳ではなかった。オーラの消耗は勿論のこと、ダメージは蓄積され、手は痺れて感覚も鈍くなってくる。

 

 ユウリは足のつま先を大地に突き刺し、石の礫を神黒へと蹴り上げた。首を捻り躱した神黒の頭へと、礫を蹴り上げた足で掛け蹴りを放つも止められる。それでもユウリは止まらない。止められた足を軸に回転しながら逆の足でかかと落とし。脳天に勢いよく叩きつけ、下がった頭にオーラ弾を放ち神黒を吹き飛ばした。

 

「す、すごい……」

 

「誰でもいいから!美柑、早く逃げるぞ!神黒には関わるなって言われただろ!ララも急げ!!」

 

「リト……それ、誰に言われたの?」

 

 美柑の疑問に、リトは答えることができなかった。自分でもなぜそんな言葉が口から出たのかがわからなかったから。

 

 ユウリが使ったのは、『ばいばいメモリーくん』

 ララの発明品であるそのアイテムにより、ミカンたちはもちろん、神黒すらも、この世の誰もが七瀬悠梨の事を忘れていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「お前らは早く逃げろ。ここはもう持たないぞ」

 

 いったい誰なんだろう?

 でも、その顔を見ていると、すごく大事なモノを無くしたような、心に穴が開いたみたいだ。

 

「ララならわかるだろ?はやく地球に帰れ。後は、俺がやる」

 

 ララさんは知らないのに、ララさんの事は知ってるの?

 私の事も知ってるようだし、混乱しているところで、ヤミさんとモモさんもこの場に到着したようだ。

 

 そもそも、なぜ私たちはここに集まってきているんだ?

 

「ミカン、無事でしたか」

 

「お姉様、ナナも、皆さんも無事でよかった…」

 

 二人とも、なんでこの状況に違和感を抱かないんだろう?

 変なのは、私?

 

「よしっ!みんな揃ったね、後はお兄ちゃんに任せて、戻ろう!」

 

 お兄ちゃん…?

 ララさんにお兄さんがいるなんて話は聞いたことがない。

 自分で言ってビックリしているのか、ララさんもキョトンとした顔を浮かべていた。

 

「いいから、サッサとここから離れてろ」

 

「──逃すかよ」

 

 ララさんの目前に、音よりもはやく飛んできた神黒。間に合わないと思ったところで、ララさんの前に青白い壁が出現した。その壁に神黒が拳を放ったと同時に、同じように目にも映らぬ速度で黒コートの男が現れ、鋭いオーラを纏った手刀で神黒を上下に割った。

 

「逃すんだよ」

 

 そのまま上半身を殴り飛ばし、下半身は手刀でさらに細切れにされ、翳した腕から放たれたオーラ弾に包まれ消滅した。

 

「な!?あの人が勝ったのか!?」

 

 リトが驚き叫んだ瞬間、私たち全員は青白い箱に包まれた。

 

「コレは……」

「空色の…結界?」

 

 ヤミさんと、モモさんは壁に手を触れながら呟いている。そして、おそらくコレを作り出したであろうあの人は、こちらを見ている。目が合ったと思ったら何か口が動いているような……

 

「うわっ!」

 

 次の瞬間、青白い部屋ごと高速で空を飛ぶ。

 突然の事でリトは転んだようだが、私はずっと見ていた。

 あの人が立っていた場所が爆発するところを、なぜか五体満足で、あの人に襲いかかる神黒を。

 

 

ーーー

 

 

 その後すぐにララさんの装置で地球へと戻ってきた私たちだったが、アレで終わり?

 

 まるでゲームのラスボス手前まで行って、その後は人任せのような行為をしている。

 しかも、知らない人に。

 

 おかしい。

 何かを忘れている……

 

「あの……なんで、あれで終わりなの?結局、あの人は誰なの?」

 

「……それは、私も思っていました。戦いは終わっていませんでした」

 

「私もです。松戸さんと加賀見さんが白色を、というのは記憶していますが、黒色は、誰が相手を?あの人のことは、私も知りませんし……」

 

 ヤミさんとモモさんも、私と同じ気持ちなようだ。

 だけど、取り決めていた相手はそれぞれが倒したので、こちらの完全勝利なのは確か。

 でも、モモさんの言う通り、神黒の相手だけ、決められていなかったのはおかしい。

 

 もう一つ、気になることがあった。

 あの人は、ララさんを知っていた。それに──

 

「ララさん、あの人のこと『お兄ちゃん』って呼んでたけど……」

 

「あたしも引っ掛かったんだ。あたし達は三姉妹。兄上なんて…いない」

 

「わかんない…わたし、なんでお兄ちゃんなんて言ったんだろう?」

 

 何かが引っ掛かってる。

 その後、春菜さんたちも含め、誰もが知り合いにそんな人はいないと言っていた。

 

 松戸さんと加賀見さんには二人専用の帰還装置を渡しているらしく、転送先もここではないとの事。

 全員で、探偵事務所へと向かうことになった。

 

 が、それすらも腑に落ちない。

 

 だって、誰も松戸探偵事務所との接点など無いのだから。

 

 

ーーーーーー

 

 

 ユウリと神黒の戦いは一方的なものだった。

 

 なんとか戦いの形にはなっているが、勝負にはなっていない。

 ユウリは神黒にダメージを与えることができずにいるし、受け流すだけでもユウリは消耗していく。

 七瀬悠梨という存在の記憶をなくしたために、『理解』は消えたが、ただそれだけだった。

 

「勘はいいようだが、それだけだな。俺の記憶が飛んでいるのは、お前の能力か?」

 

「どーだろな」

 

 ユウリの力も、絶界すらも忘れており、自らの脅威となるなんて思ってもいない。せいぜい記憶を混濁させるなど、呪いなどの特殊能力に警戒はしていたが、神黒から見たら生命力に溢れているユウリは良いエサであった。

 

 神黒との攻防を続けながらも、美柑の、みんなのあの態度が脳裏に浮かぶ。でも、全部自分が決めた事だ。この世界には自分が居なくてもいい。だって、ここに居場所はもう無いのだから。

 

「観念したか?お前の生命力も相当なもんだな。お前を殺せば、俺の腹も満たされそうだ」

 

 念能力が使え、更に膨大なオーラを内包するユウリがご馳走にならない訳が無かった。既に何度もぶつかり合い、使用したオーラ量も尋常では無いが、まだ底は突いていない。

 

 そろそろ、電脳世界から帰った頃か。

 運命の輪とかいうのは、キレイに元どおりにしてやるよ。その、元凶ごと。

 

「俺を殺してお前も殺す。そうしたらもう、誰も傷つかない」

 

 自らの心に誓いの剣を刺す。

 未来を捨て、今この時を取る。

 神黒を殺すため。全てを壊すため。命を燃やす。

 一瞬の、閃光のように。

 

 オーラが溢れ出てくる。

 とめどなく、力強く。

 それは自身の身体を浮かす程に濃密なオーラ。

 あまりの力故か、体の色素は薄まり、瞳以外、髪も肌も白く薄くなり、輝いていた。

 

「なんだそれ?」

 

 それだけではない、神黒が感じるユウリの力。

 それは、間違いなく星神と同質のもの。

 しかも、そんじょそこらの星神とは比較にならないほどの力。

 

「──『生滅流転(しょぎょうむじょう)』」

 

 小さく呟いたユウリ。

 長きにわたる人生の中、初めて冷や汗をかいた神黒は、思わず呟いた。

 

「バケモンか」

 

「テメェに言われちゃおしまいだ」

 

 さっきまで、いた。

 目は離していない。

 でも見えなかった。

 神黒の目を持ってしても。

 気づけば身体がくの字に曲がり、腹部を腕が突き抜けている。

 それを見届けた後に、音が響いた。

 

──ドンッ!!

 

 気付いたら、踏み込んだであろう大地はえぐれ、殴られ、己の腹を腕が貫通していた。

 その一撃は、音はもちろんのこと、光すらも置き去りにしていた。

 

「マジか…」

 

 貫通している腕を掴み、背中から何本もの腕を生やして殴りかかる神黒。

 その腕が、ユウリに触れることはなかった。

 

「お前は強かったよ。この世の誰よりも。

 ──でも、最後は俺の勝ち」

 

 ニヤリと笑うと、突き刺さっている右腕に纏うオーラが赤黒く変わり、爆発した。

 

 

ーーー

 

 

 それはまだ人間として生きていた頃。

 その頃から全てに退屈していた。

 幼い頃から人間離れした身体能力と残虐性を持ち、戦場に行っては死体の山を築く餓鬼として有名だった。

 

 その後は妖怪、当時は宇宙人だという事は知らなかったが、そいつらを狩るのが好きだった。

 人間相手では味わえない、殺されかけるドキドキ感。

 殺しが好きなわけじゃ無い。

 命を脅かされるスリルこそがたまらなく好きだった。

 

 そいつらを喰らっているうちに、身体に変化が起きた。

 いつしか自分は人ではなくなっており、食事は喉を通らなくなった。

 なぜか、殺せば腹は満たされるようになったから。

 

 百年くらい経った頃、神が住まうとされる地で、本当の神を喰らった。

 

 その後は、何も楽しめなくなっていた。

 誰も自分を脅かさない。

 誰もが自分とズレている。

 世界すらもがそうだと思っていた。

 

 でも今、俺は死ぬ。

 それも、人間の手によって。

 

 ようやく思い出せた。

 この感じだ。

 命の灯火が消えてしまいそうな、この瞬間が……

 

 笑顔を浮かべたまま、神黒は完全に消滅した。

 

 

ーーーーーー

 

 

「彼は……いったい……」

 

 松戸もユウリの事を忘れている。

 それ故に、ここに留まる理由は既になかった。

 

 松戸の呟きに、加賀見はなにも答えなかった。

 人外である加賀見だけは、正確にはヘスティアだけは覚えている。

 だが、松戸にも、誰にも伝える気などなかった。

 それでは、あの覚悟の色に染まった魂に失礼だから。

 

「まぁいい。もうどうなろうと、僕の知った事ではない。ヘスティアよ、契約通り、僕も連れて行ってくれ」

 

 松戸は薄く笑う。

 死ねば自身を好きにしていいと言う契約通り、己の魂をヘスティアへと明け渡した。

 

『えぇ。一緒に、逝きましょう』

 

 松戸はヘスティアと、リイサと一つになり、完全にこの世から消え去った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「え……何も、ない…?」

 

 松戸探偵事務所へと向かったが、誰もいない。と言うよりも、そこには何も無かった。

 

「更地…なんで!?つい最近まで、あったはずなのに!」

 

 松戸探偵事務所。

 その跡地には、リトの言う通り、何もない更地となっており、建物が建っていた痕跡すら無かった。

 

「来世で会おう、それはこの事を指していたのでは?」

 

 ザスティンは黒蟒楼へと襲撃を仕掛けた際の松戸の台詞を思い出していた。勝っても負けても、二度と会う気はないと。

 

「……ララ、あの世界が無くなったら、わかるのか?」

 

「うん、わかるよ。まだ、消えてはいないみたい……あっ!?」

 

 デダイヤルを片手に答えるララがビクリと身体を震わせた。

 

「ど、どーしたララ!?」

 

「今、無くなっちゃった」

 

 端末に表示されるのはエラーの文字。

 それはアクセス不可能という事を意味していた。

 

 なんとも呆気ない幕切れに、全員が微妙な顔を浮かべたが、ひっそりと勝利を喜んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「おやおや、神の玩具があたしになんのようだい?」

 

「く……」

 

 既に人型ではない、完全に元の姿に、巨大な蟒蛇となった姫と、既に虫の息の白を見下ろすユウリ。

 

 姫の鱗は剥がれ落ち、見るからにボロボロ。

 白はそんな姫に寄りかかりながらなんとか立っていると言う状況だった。

 

「俺は、玩具ですらない出来損ないだよ。ここへは、お前と共に死にに来た」

 

「出来損ない、ね。それはあたしの方さ。(まこと)の神よ、聞いているならば答えて欲しい。なぜ、わたしのような失敗作を創り出したのだ……」

 

 ユウリは黙ったままであったが、その身体からユウリソックリな見た目の物が現れた。ユウリとの違いは、その蒼く輝く瞳の色のみ。

 

『くくく、自惚れるな。下界のものに神などいない。それに、阿保のように命を喰えばそうなる。ましてやお前らが魂蔵と呼ぶ存在を喰えばな。自ら招いた事にすら気づかぬ事を愚かだとは思うが、少なくとも失敗作などではない』

 

 言い切ると、"眺めるもの"は消え、白は愕然とし、姫は笑った。

 良くなるようにと、腹を満たせば良くなると、そう思い千年近くを生きてきた。

 その全てが空回りだったと、たった今知った。

 白は姫のためと、星神のいる惑星を調べて赴き、その全てを喰らった。それが、姫のためだと信じて。

 

 茫然とする白を見下ろしながらユウリを包むオーラが輝きを増した。

 

「……同情も、哀れみもない。消えてもらうだけだ」

 

「ふふふ。あたしのコレを、お前に消せるか?」

 

 姫の身体から、ドス黒い粘液が噴き出し、あたり全てを溶かしていく。出している、というわけではない。堪えきれず、漏れ出ているのだ。抵抗を止めれば、数十の惑星を滅ぼしてきたエネルギーは太陽系全域に危害を及ぼす程のものがあふれかえるだろう。

 

「姫…私は…」

 

「いいのよ。あたしですら知らなかったのに、あなたにわかるわけないでしょ。まったく、本当にお馬鹿さんねぇ……」

 

 黒く、巨大な蟒蛇に寄り添う白を一瞥し、【円】を展開。

 それはこの電脳世界の全てを覆い、はるか遠くでこちらを見ている加賀見の姿しか無いことで、全てを悟った。

 

「……全部消してやる。俺も、お前らも、これで御仕舞い」

 

 電脳世界と黒蟒楼の全てを包む円を、結界に変える。

 赤と青の混じり合った斑らな、あり得ないほどに巨大な結界。

 

 その結界の中心で、ユウリは祈るように両の掌を合わせた。

 

「── 滅 」

 

 呟きと共に、電脳世界も、御伽噺の化物も、誰からも忘れられた男も、その全てが消滅した。

 

 

ーーーーーー

 

 

 デビルーク星への襲撃も、突如暴動者同士での殺し合いに発展し、難無く鎮圧。

 これで、黒蟒楼関連の騒動は完全に終わった。

 

 その後は地球もデビルーク星も、平和な毎日を過ごしている。

 

 あれから時も経ち、美柑は良くヤミの住むマンションへと通っていた。ヤミの為に料理を作るのだが、

 

「ミカン、またですか…?」

 

「え?あ……やっちゃった…ごめんなさい」

 

 いつも一人分多く作ってしまう、変な癖。

 二人しかいない食卓に、お皿も箸も、三つ並んでいる。

 

 何してるんだろう。

 今日もタッパーに詰めて、持ち帰る事にする。

 

「どうしたんですか?最近、変ですよ?」

 

 あの日以来、美柑の様子がおかしい事は周知の事実であった。

 食事を多く作る事はもちろんの事こと、美柑らしくない、ボーッとしている事が増えた。ヤミの家にある、倉庫がわりの部屋に入り涙を流していたのには流石のヤミも驚いた。

 

 だが、美柑は自分ではなく、周りがおかしいと思っていた。

 この部屋の、一室。倉庫などとヤミは言うが、そんなわけが無い。ベッドがあり、机があり、男性ものの衣類が多く置いてある。ヤミさんの一人暮らしの家にあるはずの無いものが。

 無茶苦茶な事を言っているのはみんなの方だ。みんながみんな、変な理由をつけて考えようとしていないだけだ。

 

 心配するヤミになんでも無いよと言い、一人家路を歩く。

 

 みんなは、何かが抜け落ちている気がしないの?

 本当に、変なのは私なの?

 

 腑に落ちない、悶々とした日々を過ごしながらも、みんなの前では普段通りの自分でいなきゃと、心配をかけてはダメだと振る舞う。

 

「わたし、何してるんだろう…」

 

 家に帰り、自室で一人机に座って何度目かわからない溜息をついて頬を掻く。その仕草に、癖が移ってしまったと思うが、いったい誰の癖なのか思い出せない。

 自室のカレンダーにハートマークで囲われてる誕生日というのは、いったい誰のなんだろう。リトから一ヶ月遅れの秋の日付。本人は寒がりな癖に、冬の始まりに生まれたって、面白いなと思う。

 

 また、よくわからない情景が浮かぶ。

 この人は、誰なんだろう。

 あの人は、誰だったんだろう。

 

 モヤが掛かったような頭を振り、ベッドに飛び込み横になる。

 

 今思い出しても考えられない程の決戦に挑み、最後に丸投げをしてしまったあの人。

 最後にぱくぱくと動いていた口の動きは……

 

「さよなら……か」

 

 ふと涙が溢れた。

 

「…なんでまた泣いてるんだろ」

 

 パジャマの裾で涙を拭う。最近は毎晩泣いている気がする。

 確かに、あの日からの毎日は平穏そのもの。昔みたいに、暴れる宇宙人もいないし、ヤミさんを狙う賞金稼ぎも来ていない。リトが何も無いところで転ぶか、ララさんの発明品に巻き込まれてスケベなトラブルを巻き起こすだけ。ただ、それだけ。

 

「……もう寝よう」

  

 電気を消して、布団に潜る。

 たぶん、これからずっとこんな日々が続く。何かが欠けた日々が。

 もうすぐ、秋が始まるし、誰かわからない人の誕生日も、まもなくだ。私の字で書いているのに思い出せない誰かの。

 私、どうしちゃったんだろう。

 

 苦しいよ……ユウリさん……

 

 いつのまにか意識を手放し、私は眠りに落ちていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「………は?」

 

 目が、いや、意識がハッキリしたココは、竈が一つあるだけの部屋。

 死んだはずなのになぜ自我があり、こんなところにいるのか。今の状況に戸惑いながらも、どうする事もできないでいると、ふと気配を感じた。

 そこに居たのは、神々しさにあふれる、白いローブに身を包んだ女性。

 透明かと思う程に白く透き通った肌。長く伸びた、黄金色に、燃えるように輝き揺らめく髪。虹色に煌く瞳が、慈愛に満ちた視線をこちらへと向けている。

 

『これは報酬。……あと、飽きられないようにしなさい。あの方は気まぐれ、消されてしまいますよ。──それと、私の前でその格好は流石にどうかと思います』

 

「へ?」

 

 よく見たら、俺は消しとんだあの時のまま、全裸でいた。

 指を指されたかと思えば、女神のような女性と同じ白いローブを着ている。

 

「あ、ありがと」

 

 俺のお礼は、全てを許されるような、優しさで溢れた微笑みで返された。

 

『──ユウリさん。私からもありがとう。妹さんと、仲良くね?』

 

 見た目はそのままに、悪戯っぽく変わった…?

 ん?女神、じゃあもしかして……

 

 そこで、意識を失った。

 

 

ーーーーー

 

 

「結城さん!オレと付き合ってください!!」

 

 以前もこんな事があった。それは人物すらも同じ。またもやC組の大好くん。なんでこんな事は覚えてるのに、肝心な事が思い出せないのか。

 

「……あ、あの…結城さん?」

 

「あ、あぁゴメンなさい。私好きな人いるから」

 

 涙を流しながらガックリと肩を落とし「そうですか」と呟いて去って行く。

 好きな人、か。

 私の好きな人って、誰だろう?

 

「ねーねー美柑ちゃんの好きな人って?」

 

 友達の、隣を歩くマミの声で我に帰る。

 

「え?」

 

「マミ、美柑の好きな人はお兄ちゃんに決まってるでしょー」

 

「なんでそうなるのよ」

 

「んー。違うの?でも、美柑ちゃんが話してくれるお兄ちゃん、会ってみたいなぁ」

 

 私、学校でリトの話をそんなにしていないと思うけど、サチもマミも、お兄ちゃんに合わせて欲しいとよく言ってくる。

 別にどっちでもいいけど、家に帰ると気分が沈むから、一人でいたい。

 

「今日は、ちょっと用事があるから」

 

「またまた〜いつもそうやってはぐらかすんだから…」

 

「本当に用事があるの。ゴメンね。私、急ぐから」

 

 サチの言葉を遮りスーパーへと夕飯の買い出しに向かう。

 寒くなってきたから、今日は鍋にしよう。寒がりなあの人は、お鍋が好きだし。

 

 まただ。知らない誰かを私は知ってる。知ってるはずなのに思い出せなくて、なんだか辛い気持ちが消えない。

 買い物を終え、夕陽に照らされオレンジ色に染まる河川敷を一人で歩いていると。

 

「生命力に溢れた地球人……こんなのが黒蟒楼を?」

「コイツかは知らんが、何か能力はありそうだな」

 

 二人組の、爬虫類のような鱗を纏った、二足歩行の龍人が私を見下ろしている。

 

「まぁいい。我らと来てもらおうか」

 

 龍人の手がこちらへ向き、思わず逃げようとするも、何か見えないものに拘束されている?

 

 何コレ……?

 動けない……!?

 

「龍族も出張ってんのォ?でも、ウチの即戦力として勧誘したいんでもらってくねェ」

 

「貴様……スキャ・マティオンか、犯罪組織風情が我らが大義の邪魔をするな」

 

 なぜか争い始めたが、訳がわからない。

 このトンボみたいな羽の生えてる人は、犯罪者って事?

 それよりも、苦しい。

 不可視の腕が、私の口まで覆っていた。

 

「……か、かは……」

 

 息もできない。

 私、こんなところで……

 助けて、リト……

 助けて……

 

「グッ!」「グワッ!!」「イデッ!!」

 

 青白い、空色の箱が高速で落ちてきて、私を取り巻く三人を撃ち抜き押し潰している。

 

 どこかから現れ私を胸に抱く男性。あの時とは違って、白い髪を靡かせて、ゆったりとした白のローブを着ており、私の顔を覗き込んでいる。その灰色の瞳に吸い込まれそうになる。

 ようやく、会えた。全部思い出した。頭にかかっていたモヤが、どんどんと晴れていく。焦がれた、ずっと思っていた。私の、大好きな人。

 

「おかえりなさい。ユウリさん」

 

 一瞬、驚いた顔をしたのがわかる。

 やっぱり、記憶を消したのはユウリさんか。モモさんじゃ無いけど、流石にコレは、オシオキものです。

 

「ただいま。美柑」

 

 ニコリと笑うユウリさん。

 髪の色も、服装も、雰囲気も変わった。

 なんでだろう。

 話したいこともいっぱいある。

 それに、明日はユウリさんの誕生日なのに、何も用意してない。

 今からの事を心配していたが、そういえば今は襲われてる最中で、もっと心配する事があるのを思い出した。

 

「あ…」

 

 轟音と、シュンシュンという音がし、青白い結界は消えていた。

 

「コイツが、噂の奴か。確かに少しはやるようだが」

「我ら龍族に半端な攻撃など効かぬ」

 

「何してくれてんだコラァ…ボスのとこ行く前に、刻んでやろうかァ?」

 

 音の先では、結界を破壊した二人の龍人が立ち上がっており、もう一つの結界は、バラバラに斬り刻まれて、鋭い羽が周囲を旋回していた。

 

 そんな危険な状況でも、まったく慌てていない自分に少し驚くが、理由は言うまでもない。ユウリさんは私をゆっくりと下ろして微笑むと、振り向いてオーラを強めた。

 

「悪いけど、俺は加減できないよ?例え相手が弱者でも」

 

 ユウリさんの言葉に怒りを露わにする三人だったが、勝負は一瞬。

 もはや、勝負とも言えなかった。

 

 三人の真下からオーラ弾が飛び出し、宇宙まで飛んだのでは無いかという速度で消えていき、それだけでは終わらないようで両手を掲げるユウリさん。

 

「あるべき場所に還れ」

 

 追撃に、月ほどもありそうな、視界を染める真っ白な、特大のオーラの塊を宇宙(そら)へと放つ。

 

「よっし、終わり。龍族とか言ってたし、死にはせんだろ」

 

 パンパンと手を払い、私へと微笑む。

 それだけで、全部許してしまいそうだ。

 だから、先に言っておく、

 

「なんで…なんで黙っていなくなっちゃったんですか…?記憶まで消して……」

 

 記憶は、不可抗力。

 神黒の記憶を消して、倒すのが作戦だったとの事。

 

「じゃあ、なんですぐに戻ってきてくれなかったんですか……」

 

 次は、今起きたばかりだとの事。

 逆にどれくらい経ってるのか聞かれる始末。

 

「あれから、三ヶ月以上経ってます……もう、いなくなっちゃわないですか?」

 

 格好も、裸足にローブとおかしいし、どこか消えて無くなってしまいそうなユウリさんを見て、急に不安が込み上げてきた。

 

「わっ!」

 

 脇に手を入れられ持ち上げられる。

 ユウリさんを見下ろす形。

 こんな角度で見るの、初めてかもしれない。

 

「もう、消えない。美柑と、みんなといれば楽しいし、それだけで幸せだから」

 

 あと、あの時のお願い聞いてやろう。と呟いて、

 

──優しくキスをしてくれた。

 

 事故で、初めてキスをした帰りの、私のお願い。覚えてて、くれたんだ。

 ちゃんと言おう。

 私を、一人の女性として見て欲しい。ヤミさんでもモモさんでもなくて、私を。

 

「ユウリさん、あの──」

 

 空からヤミさんが降りてきて、いつもの全裸ワープでリトとララさんが現れて、モモさんとナナさんも空から舞い降りてきた。

 

「ミカン、無事ですか…!?」

「美柑!!なんかあったのか!?ってララ!また服が!!」

「すごい力を感じて、飛んできたの!もーリト、これは服の転送はできないって言ったよー」

「あれ、その方は?」

「だ、誰だお前!?」

 

 みんな、タイミング悪いよ……

 

 その後みんなにもみくちゃにされ、ララさん以外からは警戒されているユウリさんに、今更話しかける事はできなかった。

 

ーーーーーー

 

 

 あれから私の能力でみんなユウリさんを思い出し、以前と変わらない毎日を過ごしてる。

 そう、以前と変わらない。結局きちんと告白もできず、ユウリさんとの関係は昔と変わっていない。キスをしてくれたって事はそういう事だと思ってはいるけど、モモさんともしてるらしいし、モヤモヤしたままだ。

 

 そんな気持ちを胸に抱いたまま、ヤミさんとたい焼きを買って黒い和風な建物へと入る。

 そう、変わった事がひとつある。それは、

 

「七瀬、コレは植物型の宇宙人の仕業だな。私が行こう」

 

「次に戦闘タイプがきたら、アタシがやるって話だけどさー。アタシは悠梨の戦闘見たいんだけど」

 

 ユウリさんは『怪奇現象相談事務所』なるものを立ち上げた。

 職員は、ユウリさんと藍碑さんと紫音さん。

 

「たい焼き……買ってきました」

 

「そん時の状況でなー。あ、ヤミありがと」

 

 と、ヤミさんの四人。

 

 あれから地球には宇宙からの来訪者が驚くほど増えた。

 黒蟒楼を倒した者が地球にいると宇宙中の話題だそうで、デビルークの統治に納得のいかない星の人や、犯罪者集団やらがこぞって地球に来ているらしい。

 それを、四人で迎え撃っているのだが、この四人に勝てる人たちなんて、いるのだろうか?

 

「藍碑ちゃん!私もいろいろ考えたんだけどね」

 

「ララ、私は今から仕事だ」

 

「あっ藍碑さん、私もお手伝いしますよ」

 

「ララ、邪魔しちゃ悪いだろ…うわっ!」

 

 ララさんが藍碑さんに絡んでいるところで、リトが転ぶ。

 

「おいおいガキンチョ。興味津々なのはわかるが、アタシは安くないぞ?」

 

 しかも紫音さんの胸に手をついている。

 

「結城リト、えっちぃのは嫌いです……」

「ケダモノ!紫音から離れろよ!」

 

 藍碑さんは、ララさんとは研究で、モモさんとは植物繋がりで仲が良い。

 ナナさんは紫音さんの蜘蛛と戯れているうちに懐いたよう。

 

「「──ッ!!?」」

 

 そんなのんびりとした空気を引き裂き、不穏な空気が辺りを包み込み全員に緊張が走る。

 その後次々に外へと飛び出し、部屋には私だけが取り残されていた。

 そんな心配しなくてもいいのに。

 誰よりも早く、外へと飛んだユウリさんがいたのだから。

 

 これからも、騒がしくも楽しい日々がまだまだ続きそうなので、ちゃんと告白できるのはいつになる事やらと、私もゆっくりと外へと向かった。

 

 

ーーー

 

 

『……龍族の王を、一蹴か』

 

「あの白い人は、素敵ですねぇ」

 

『だが、アレのせいで、今の腑抜けた金色の闇となってしまった。アレでは役に立たない』

 

「ふふふ。ヤミお姉ちゃんの"家族"かぁ。その"家族"を抹殺すれば、元に戻ってくれるかなぁ?」

 

 

ーーー

 

 

「美柑?どーかした?」

 

 のぞき込んでいるのがバレたみたい。

 ヤミさんは紫音さんに捕まってたし、久しぶりに二人きりで帰路についている最中。

 あれ?これはもしかしてチャンスなのでは。

 

「あー。そう言えば、いまは幸せですか?」

 

 みんなといると、私といれば幸せだと言っていたが、実際のところどうなんだろうか。

 

「おぉ。幸せだよ。ただ、もっと幸せになれるだろーから、満足はしてないけどな」

 

 どういう意味だろうかと、もしかして、という思いが頭をよぎる。

 いつになるかと思っていたけど、夕陽に照らされて蜜柑色に染まる街が後押しをしてくれているみたい。

 小学生とか、妹だとか、関係ない。その前に、私だって一人の女だ。

 口にする事で、どうなるかはわからないけど、前に進めるかもしれない。この楽しい日々が、もっと楽しくなるかもしれない。

 私は、意を決して、言葉にする事を選んだ。

 

「あの──」

 

 

 

 

 

 美柑の言う通り、これからも宇宙規模の騒動(トラブル)に巻き込まれていくのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 




ここまで読んで頂きありがとうございました。

ダークネス編はまだどうするかわかりませんが、これでひとまず終わりとなります!

ご覧頂いた皆様、本当にありがとうございました。


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