遊戯王Wings外伝「エピソード七草」 (shou9029)
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ep1「ホトケノザ in デュマーレ」

Ex適正―

 

 

それは、この世界の人間にとっては常識中の常識。

 

 

『融合』、『シンクロ』、『エクシーズ』…この世界に生きる人間には、この中のいずれか一つのEx適正が備わっており…

 

そして、自身の持つEx適正以外の召喚法は、使用しようとしてもデュエルディスクが反応しないというのが、この世界における世界の常識。

 

 

…そう、Ex適正―それは、古の時代からそう決められている人々の常識。

 

 

誰もが、疑問にも思わない。自分が何故、そのExモンスターの召喚法しか出来ないのかを。

 

誰もが、悔やみもしない。自分が扱える召喚法が、融合・シンクロ・エクシーズの、どれであったとしても。

 

ソレほどまでにEx適正という常識は、この世界にとっては当たり前以前の常識と呼べるより以前の、呼吸する事と同義であり…

 

―この世界に生きる人間であれば、融合・シンクロ・エクシーズ、いずれか一つだけの召喚法しか扱えないのが世界にとっての常識であり人々にとっての当たり前となっているのだ。

 

そう、例え、誰であっても。Ex適正というモノを疑問に思う人間など、この世界には存在しないのが当たり前であるとさえ言えるだろう。

 

 

 

しかし…

 

 

 

人類の決闘史においては、それでも時々現れてしまう。

 

そう、世界の常識に異を唱える、イレギュラー的存在が。

 

…それはまるでバグが如き。

 

生まれた時からそこにある常識に疑問を持てる人間など、世界から切り離された正真正銘のイレギュラーな存在出なければ、抱く事すら出来ないはずだというのに。

 

…しかし、時折世界にはこうしたバグが生まれてしまう。

 

それは変えられない世界の構築。何億、何兆、下手をすれば何京分の1に値する確率。

 

そう、それでも世界には時折生まれてしまうのだ。

 

己の運命、己のEx適正…この世界の仕組みの、根幹に疑問を持ってしまう1人の人間が。

 

 

 

 

 

これは世界の決まりに抗おうとした、1人の男の物語―

 

 

 

 

Ex適正を持たない少年が、この世界に生を受けるよりも前に繰り広げられた…

 

 

 

 

 

世界の仕組みに疑問を持った、1人の男の物語―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界は酷く不出来だ。

 

白レンガ造りの美しい街並。その一角にあるカフェの海の見えるテラス席で…1人の少年は、いつもの様にそんなコトを考えていた。

 

 

少年の名…セリ・サエグサ。

 

 

 

それはこの街を照らす太陽の様に煌く、潮風に揺れる金色の短髪を艶やかに見せつつも…

 

日に焼けてもいない真っ白な肌が雪のように美しい、物思いに耽る姿がなんとも絵になるであろう、聡明なる高等部くらいの少年。

 

…齢にして、およそ16ほどであろうか。

 

そのどこか幼さの残る少年は、かつて栄華を誇っていたらしい没落した己の名への疑問よりも…より気になる事があるのだとして、聡明な横顔を見せつけながら海を望んで思想に耽ており…

 

…もしここに、彼と同じ決闘学園デュマーレ校の女学生が居たならば、きっと彼の麗美なる思考のポーズに対し、黄色い声を漏らし尽くして事切れていた事だろう。

 

それだけの麗しさがこのセリ・サエグサにはあり、それだけの絵になる聡明さがこのセリ・サエグサにはある。

 

しかし、セリ本人からすればそんな他人からの評価など、どうでも良い事なのだと言わんばかりのポーズのままで…

 

更にその思想を、大いなるデュマーレの海へと投げかけ続けていて。

 

 

 

…物憂げ目で、いつものテラス席から海を眺める。

 

 

 

―『どうして、この世界はこんなにも不出来なのだろうか』

 

―『どうして、この世界にはEx適正なるモノがあるのだろうか』

 

 

 

ソレは16歳の少年が考える『理』にしては、些か行き過ぎた世界への問いかけ。

 

古の時代に、世界中のデュエル学者が解き明かそうにも解き明かせなかった…

 

この『Exデッキ史上主義時代』においては、誰もが疑問にも思わないであろう世界にとって常識中の常識であり、疑問に思う人間の方が異端とさえ扱われる、タブーとまでは行かないが研究する者など存在しないであろう呼吸と同義の世界の『理』。

 

…しかし、決闘学園デュマーレ校始まって以来の秀才と例えられるほどに聡明なる彼、セリ・サエグサにとっては、世界の常識など自分にとっての常識ではないのだとして。

 

子どもの頃からこの思想に耽るのがセリの子どもの頃からの日課であり、16歳になる今年も毎日のようにこの隠れ家的立地にある行き着けのカフェの2階…

 

このデュマーレの街で、最も美しく海が望めるいきつけのカフェのテラス席に陣取って。デュマーレの名産品でもあるレモンを使った、冷たいレモネードを飲むのが彼の日課となっていた。

 

 

その、セリ・サエグサがいつも考えていること…

 

 

この世界に生きる人間は、誰もが皆『融合』、『シンクロ』、『エクシーズ』、いずれか一つの『Ex適正』を持って生まれ…そして、自身の持つEx適正以外の召喚法は、どんな方法を取ったってデュエルディスクが反応しないと言うのが、この世界の常識以前の当たり前のこと。

 

…ならば、何故自身の持つEx適正以外の召喚法は扱う事が出来ないのか。

 

同じ遺伝子を持つであろう家族間ですらEx適正の異なる個体が生まれることだってあるのに…一体、何によってEx適正が決まるのか。

 

いや、そもそもEx適正という括りとは何なのか。

 

何故この世界の人々は、融合・シンクロ・エクシーズ、いずれか一つしか扱えないのか。

 

戦法としては、多様な召喚法を扱えた方が幅広く戦術を磨けるはずだと言うのに…何故、ソレが出来ないのか。

 

この世界におけるデュエルは、デュエルディスクが『全て』。故に、プロの試合も、野良試合も、何もかもがデュエルディスクによる判定と審査によって進められているために、いくら卓上で多様な戦法を磨こうとも…ソレを実戦で活かせる機会などは存在しない。

 

…けれども、ソレでは何のためにこの世界には多様なカードで溢れているのか。

 

どこか停滞しているようにも見える世界の流れも、『Ex適正』がなくなればもっと飛躍的に進化するのではないだろうか。

 

 

何故…何故…どうして―

 

 

そんなセリの巡る思考が、頭の中でぐるぐる廻る。

 

子どもの頃から、考えても考えても答えが見つからない思想。

 

その、どうしても疑問に思ってしまう、自身の未だに見ぬ可能性という名の非常識に…幼少の頃から苛まれつつも、それでも考えてしまうセリ・サエグサ16歳。

 

そんなセリは、深い溜息を一つ吐いたかと思うと…

 

再び思考が巡り始めたと同時に、無意識にその口を開き始めた。

 

 

 

「…なんで俺は融合召喚しか出来ないんだろうな。」

「ひゃは、まーた始まった。ンなモン決まってんじゃーん?お前のEx適正が?『融合』だーからじゃーん。」

「だから、そんなコトを聞いてんじゃないんだっての。ギョウ、お前だってエクシーズ以外の召喚法、使いたいと思った事あるだろ?」

「いやいやいーや?チャン僕ってば生まれも育ちもエクシーズだから?エクシーズ以外が使えたらなんて考えた事?一度も無し無しのナッシングなのよねぇ。」

「…お前に聞いた俺が馬鹿だったよ。」

 

 

 

すると、無意識に零してしまったセリの言葉に対し。

 

海の見えるテラス席の、セリの向かい側に座っていた少年が…どこかラフすぎる言葉使いで、セリへと言葉を返し始めた。

 

…それはセリにとっての幼馴染と言うか腐れ縁と言うか、とにかく幼少の頃からの付き合いがある1人の少年。

 

金髪を逆立て、アロハなシャツを着こなした、頭に引っ掛けたサングラスが特徴的な…

 

 

…その名を、ゴ・ギョウ。

 

 

彼はセリと同じ、決闘学園デュマーレ校の実力者でもあり…

 

ラフすぎる服装と性格の所為で、少々教師たちからは問題児扱いをされてはいるものの、先日行われたデュマーレの街の学生達の祭典、【フェスティ・ドゥエーロ】で優勝した、現在デュマーレの街で最も強い学生と謳われている少年でもある。

 

そんな彼…ゴ・ギョウは、セリが思わず零した言葉に対し。

 

まるで『いつもの事』のようにしてセリを軽くあしらいながら、椅子を後ろに傾けつつテラスから浜辺の方を眺め…

 

 

 

「つーかなーにが疑問なのさ。セリのEx適正は?そう、融&合!そんなこと?生まれた時から?決まってることじゃんかよー。」

「じゃあ何で俺のEx適正は融合なんだよ。お前はエクシーズで俺は融合、俺とお前に何の違いがあって、俺のEx適正は融合なんだ?」

「遺with伝?」

「親父はシンクロ、お袋もシンクロ。兄貴もシンクロ姉貴もシンクロなのに俺だけ融合なんだぜ…」

「けひゃひゃひゃひゃ、たーだのコンプ&レックスじゃねーか。でもでもでーも?お前と親父さんたちは?ちゃーんと血が繋がってんだもんねぇー!顔なんて親父にソックリ&チャッカリってくらい激激の激似で?それに加えて末っ子だから家族から溺愛されてるときったもんだーひゃっひゃっひゃひゃひゃ!」

「笑い事じゃねーよ…」

 

 

 

そう、それはいつものように交わされる彼らの日常的な会話。

 

…あの有名な決闘市やデュエリアと並び、5大デュエル大都市の一つに数えられる『デュマーレ』の街で生まれ育った彼ら2人。

 

そんな彼らは、人生一度きりの16歳の夏を…例年と変わらず、生まれ故郷であるこの海の都で日常を過ごしており…

 

デュマーレ校始まって以来の秀才と例えられるセリ・サエグサ。

 

デュマーレの街で現在最も強い学生との呼び声高いゴ・ギョウ。

 

学生の身でありながらも、プロでも充分『上』に行けると噂されている彼らの実力。

 

そんな彼らは、この長い長い夏季休暇をいつものように…行きつけのカフェのテラス席で、ボーっと時間を潰していて。

 

 

 

「俺は知りたいんだ。なんでこの世界にはEx適正なんてモノがあるのか。」

「学園一の秀才は言う事が違うねぇ。流石は時期監督生さまさまだーぜ。」

「お前だって他人事じゃないだろ。【フェスティ・ドゥエーロ】で優勝したんだから、夏休みが終わったら他の大都市の代表達とデュエルするんだ。大丈夫なのかよ、準備とか。」

「んもーセリってばー!チャン僕が?ンなめんめんめんめんめんどくさい事?自分からやると思ってんのぉ?他の代表が全員男だって聞いた瞬間にさー、興味なんてカッ飛び&スッ飛びしてっちゃったに決まってるぅーよー!」

「お前なぁ…そうやって結局は俺が下調べする事になるんだから少しは俺に感謝しろよな。いいか、初戦の相手は決闘市のドラゴン使い、リューイチ・アマ…」

「男に興味はナッシング!それよりよーり?ビーチでオネーサマでもナンパして?ひと夏の思い出メイキングしようぜー!」

「はぁ…」

 

 

 

壁などなく交わされる、彼らのいつもの日常的会話。

 

それは幼馴染として腐れ縁として、そして親友として短くも長い間共に過ごして来た彼らだからこそ醸し出せる雰囲気でもあるのだろう。

 

学園一の秀才と、学園一の実力者。

 

そんな、いずれプロデュエリストとなるであろう実力を持つ彼らが…このデュマーレの街の片隅で、若さに任せた惰性を過ごしているというのも、世界にとっては少々勿体無いといえば勿体無いとことではあるのだが…

 

 

―デュマーレの街

 

 

それは、この世界に5つあるデュエル大都市の一つ。

 

『海の都』とも呼ばれる、四方を海に囲まれた世界一綺麗な海を持つと言われる都市の一つであり…

 

世界に多々ある決闘学園の中でも、トップクラスの実力を持つと言われる決闘学園デュマーレ校を要する、白レンガ造りの街並がなんとも美しい、世界に名立たるデュエル大都市でもあり観光地でもある都市の一つ。

 

…まぁ、世界地図の中心である『デュエリア』や、プロデュエリスト達の頂点である【王者】たちが一同に集っている『決闘市』と比べれば…

 

ここデュマーレの街は『海の都』とは呼ばれつつも、海と白レンガ造りの街並以外に今一つ誇るべきモノが足りないとさえ思える、海の綺麗な静かで穏やかな街ではあるのだが。

 

…それは良く言えば歴史的情緒に溢れた穏やかな都市。

 

…しかし悪く言えば田舎町。

 

 

いくら学生達のデュエリストレベルが世界随一であり、5大デュエル大都市に数えられているとは言え。他のデュエル大都市と比べ、どこか田舎的情緒を感じるであろうこの穏やかな街並は…

 

他のデュエル大都市たちが抱える、張り詰めたような雰囲気とはまるで正反対の、争い事には向いていないかのような、あまりに穏やかな雰囲気を醸しだしていて。

 

 

ソレ故か…

 

 

 

「ま、暇暇ひーまなのもわかるけどねー。【フェスティ・ドゥエーロ】が終わって?チャン僕らで優勝準優勝かっ攫って?最近なーんか張り合いが無いもんねー。」

「…あぁ、そうだな。」

 

 

 

どこか退屈を孕んだ溜息を、一つ深く吐き出してしまったセリ・サエグサ。

 

そう、田舎町に生まれつつも、その実力の高さか同じ年代でも頭一つ抜きん出ている秀才が故の苦悩を…特に伸び盛りのセリは、最近常に感じているのだ。

 

確かにこのデュマーレの街は5大デュエル大都市に数えられるだけあって、この街で行われる学生達の祭典、【フェスティ・ドゥエーロ】のレベルは決闘市の【決闘祭】やデュエリアの【デュエル・フェスタ】と比べてもなんら遜色無い、相当に高いレベルの祭典となってはいるのだが…

 

…それでも、幼少の頃より切磋琢磨してきた、実力が互角のゴ・ギョウはともかく。

 

デュマーレ校始まって以来の秀才と呼ばれたって、結局は自身の『Ex適正』に縛られた中で戦術を作り上げ、そして相手が何の『Exモンスター』を使ってくるのかをEx適正から予測し、そして決まった対策をセリはしているだけであり…

 

今ではどんな学生が相手だって、どこか小慣れてしまたかのような、どんな相手でもあまり恐くないという一種のデュエルへのマンネリにも似たモノを16歳という若さで感じてしまっていて。

 

 

…高等部の年代というのは、早ければプロデュエリストにだってなれる年代。

 

 

無論、高等部卒業と同時にプロになるためには、圧倒的なる『才能』と尋常ならざる『修練』と…そして学生の間に、相当たる『結果』を出さなければならないのだから、高等部卒業と同時にプロになれる者などほんの一握りの天才にしか出来ないことではあるのだが…

 

時折、高等部の年代の子ども達の中には、『覚醒』にも似た成長の仕方をする者が現れてしまうこともまた事実。

 

そう、学生にして、プロにだってなれるであろう力に目覚める者だっている。学生にして、プロのトップランカーにだって通用するほどの力に目覚める者だっている。

 

まぁ、流石に学生の身分で【王者】たちに匹敵するほどの力に目覚めた者など、この世界の歴史にはまだ確認はされてはいないが…

 

セリと、そして腐れ縁であるゴ・ギョウの力が、現段階でも紛れも無くプロに行っても通用するであろう段階まで来ていることも紛れも無い事実なのだ。

 

 

…だからこそ、まだ1年半も残っている決闘学生の生活に、セリが少々物足りなさを感じてしまっていることもまた事実。

 

 

今では実力が拮抗し、そして【フェスティ・ドゥエーロ】の決勝戦で敗北を喫してしまったゴ・ギョウだけが、セリが唯一の全力を尽くせる相手。

 

しかし、全力で戦える者がこんな田舎町に経った一人だけでは、プロになる前にデュエルに対する熱が薄れてしまうのでは無いかと言う恐怖を、無意識にセリは感じてしまっている。

 

まぁ、若すぎるが故の苦悩など、この短い若者時代においては一瞬の揺らめきのようなモノなのだから…

 

今は考え過ぎるだけ無駄かもしれないということを、セリ自身もどこか達観した視点から感じ取っており。どうせプロになるのだから、今はこの退屈を少しは楽しんでもいいかもしれないという、少々子どもらしからぬ思考もセリの中にはあるのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「でも今夜は年に一度の『鎮海祭』ぃ!しょぼくれてないでさー、ビーチへゴーしてオネーサンナンパして?お祭り一緒に回るぉーぜー!」

「いや、俺は別に…」

「ほらほらほーら、はっやくぅー!オネーサン達とひと夏の思い出メイキーング!」

「…わかったわかった。」

 

 

 

いつものように、午前中の思考時間を終えて。

 

セリが、浮き足立って先に店を出たゴ・ギョウに続いて…

 

いつもの海の見えるテラス席を立ち、荷物をまとめカフェの入り口から外へと出ようと扉に手をかけながら外に出た…

 

 

 

その時だった。

 

 

 

ドンッ―

 

 

…っと、店から出ようとした矢先に。

 

何やら固い衝撃が、セリの肩にぶつかったかと思うと…そのまま少々強めの衝撃を受けたセリは、店内に尻餅をついて後ろに倒れてしまったではないか。

 

…しかし、ソレは人間とぶつかったような生易しい衝撃では断じてなく。

 

まるで岩にぶつかったかのような、あまりの硬度と重量感。ソレが、細身のセリの肩に感じられたのだから…思わずセリが後ろに尻餅をついてしまったとしても、それは当然の衝撃となってしまっていたのだろう。

 

…ソレ故、あまりの硬い衝撃に、思わず視線をぶつかってしまった他人の方へと伸ばすセリ。

 

そして、セリがぶつかってしまったそこに居たのは―

 

 

 

「…すまない、余所見をしていた。怪我はないか、少年。」

「ッ…、え、えぇ…大丈夫です…」

 

 

 

思わず…

 

セリが、息を飲んでしまったほどに、

 

セリがぶつかってしまった、店に入ってきたそこに居たのはあまりに鍛え上げられた屈強なる肉体を持った、スキンヘッドの大男であった―

 

それはまだ若いであろう顔立ちが望めるものの、雰囲気が同年代の若者達とは比べ物にならない程に張り詰めた…例えるならば、まるで戦場で戦ってきたかのような兵士のモノにも似た雰囲気。

 

 

…この平和なデュマーレの街には、全く持って似つかわしくない屈強さ。

 

街では見たこともない人間、観光客にしては雰囲気が異質な人間。

 

そんな、得体の知れぬオーラを持った若きスキンヘッドの大男は…セリへと一言謝りつつも、ぶつかった少年が無事であったことを感じたのか。

 

再度、続けて声を漏らし始め…

 

 

 

「そうか。ならば良かった。…すまなかったな。」

 

 

 

そう言って、再度セリへと侘びの言葉を告げて。

 

セリと入れ違いに、スキンヘッドの大男は店内へと入っていったのだった―

 

 

 

 

 

「およよよよぉ?どしたん、セリ。」

「…いや…何か、今の男…」

「男ぉ?あぁ、今入ってったデッカいオニーサン?」

「あぁ、あの男、何か雰囲気が…」

 

 

 

そして、店を出たところで待っていたゴ・ギョウへと、何やら冷や汗を浮かべながら声をかけたセリ・サエグサ。

 

それは少しぶつかっただけで、そして尻餅をついただけだと言うのに冷や汗を浮かべているという自分の反射的反応を不思議がっているかのようではあるものの…

 

少し言葉を交わしただけで、こうまで背筋に悪寒が走る体験などセリからしても初めてのことだからこそ。

 

今の大男から感じたモノが、紛れも無い『畏怖』であったということに…

 

そう、途轍もない力を持っているデュエリストが放つ、『重圧』にも似たモノを感じたということに、セリ自身も戸惑っているということなのだろうか。

 

 

 

「ひゃは、セリってばもしもしもしもしもしかしてソッチ系?いやーん、チャン僕も襲われちゃうーよー。」

「…馬鹿なこと言うなよ。そんな事より、お前は何も感じなかったのか?さっきのスキンヘッドから…」

「いーや?チャン僕のセンサーは美人のオネーサン専用だからねーん。野郎に興味とか無し無しのナッシングよん。」

「…お前に聞いた俺が馬鹿だったよ。」

 

 

 

まぁ、真面目な話をこの男にしたところで無駄だったという事など、セリにはわかりきってはいたのだから、これ以上話を続けても意味がないと言う事もまた事実ではあるのだが。

 

今の大男から感じた『畏怖』…

 

デュエル大都市に数えられる街とはいえ、こんな田舎町にはあまりに不釣合いなるそのオーラは…

 

―何やら、潮風が騒いでいるかのような胸のざわめきを、セリへと与えているのだった。

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「フッ…」

「おや、ノーザン。君が笑うとは珍しい。」

「なに、店先で面白い雰囲気の少年とぶつかったものでね。…いいデュエリストなのだろうと感じただけだよ。まぁ、ただの勘さ。」

 

 

 

セリ達が出て行った直後の、静かなカフェのカウンター席。

 

そこで、先程セリとぶつかった大男が…

 

何やら、このカフェの店主らしき人物と、他の客には決して聞こえないような声で会話を交わしていた。

 

 

 

「ほう?合理的主義な君が、まさか勘を当てにするとはね。」

「勘と言っても根拠無きモノではない。経験に裏づけされた、いざという時に信頼できる私の武器の一つさ。これで、何度戦場でも助けられたか。」

「なるほど。確かに君ほどの男が培ってきた勘ならば信頼に値する武器となり得るのだろう。流石はその歳で数多の死線を潜り抜けた伝説の傭兵だ。」

「…あまり買いかぶらないでくれ。死にそびれただけさ。」

 

 

 

しかしソレはこの平和な街には似つかわしくない、微かに血の匂いを孕んだ不思議な会話。

 

一介のカフェのマスターが、こんな戦場の兵士のような大男と親しげに会話をしているというだけでも不思議な光景となっているというのに…

 

けれども、客の少ないこのカフェの中には、この光景を不思議には思っても聞き耳を立てようとしている客など居ないのか。

 

まぁ、研がれたサバイバルナイフのような鋭い雰囲気を醸し出しているこの大男の会話に、好奇心だけで会話を盗み聞きしようだなんて物好きなど、居る方が珍しいと言えるのだろうが。

 

ともかく…

 

 

 

「さて、ではこれがターゲットだ。」

「…なるほど、確かにコレほどのモノならば私に依頼をしたくなるはずだ。合理的判断だよ、マスター。」

「幸い今日は祭りの日だ。外部からの観光客も多いし、人混みに紛れるにはうってつけだろうね。…だが失敗などは許されないよ、何せ貴族直々の依頼だ。君の力を信じて私も依頼を君に回したのだから…決して抜かりなきよう、ホトケ・ノーザン。」

「了解した。仲間が到着次第、行動を起こさせてもらう。…決行は今夜…それまで、精々この海の都を堪能させてもらうとしよう。」

 

 

 

不穏な雰囲気に不穏な会話で。

 

何やら、この平和なデュマーレの街に騒動の風が吹き荒れつつあった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

デュマーレの海が一望できる、高台にあるとある公園。

 

その、白レンガ造りの建物が眼下に立ち並んでいる高台の公園に…決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサは居た。

 

…ビーチへと繰り出したゴ・ギョウを他所に、1人でこの公園へと安息を求めて。相も変わらず物憂げな目で、相も変わらず溜息を吐いていて。

 

しかし、先程カフェでひとしきり溜息を吐いていたと言うのにも関わらず…まだまだ自分の憂鬱は晴れないのだとして、大いなるデュマーレの海に己の鬱憤をぶつけるように視線を投げかけ続けているセリ・サエグサ。

 

…【フェスティ・ドゥエーロ】が開催されている期間は、セリとて忙しかったからかまだこんな憂鬱を感じてはいなかったというのに。

 

この街最大の祭典が終わってしまい、どこか他の学生達との『差』を明確に感じ取ってしまった今となっては…まだ高等部2年生だというのに、デュエルへの物足りなさが募りすぎているというこの現状が、伸び盛りにあるセリにあまりの退屈とあまりの憂鬱を与えているのか。

 

ゴ・ギョウは相変わらず、ビーチでナンパに勤しんでいる。

 

自分も、ゴ・ギョウのようにデュエル以外に精を出せるモノがあれば…そんなコトを、特にこの長期夏季休暇に入ってから何時も考えるようになっていることに、若干のうっとおしさをセリは感じており…

 

どうせ、卒業すればプロになる。5大デュエル大都市に数えられているとはいえ、この田舎情緒溢れるデュマーレの街で敵の居ないセリにとっては、自分の実力からして既にプロデュエリストになることは決定されている進路のようなモノ。

 

だからこそ、おぼろげながらも確定しているその進路に、張り合いの無さをセリはこの歳で感じているとでも言うのだろうか。

 

プロとはそんな甘い世界ではない。そんなコトはセリだってわかっている。

 

けれども、今からこんな気持ちのままではプロになったところで腐ってしまうのではないだろうか…

 

ゴ・ギョウ以外に、肌が焼け付くようなデュエルを経験していないこんな身分で、命を削りあうプロの世界で生きていけるのだろうか…

 

 

自分はこのまま、プロになってもいいのだろうか―

 

 

と、プロになってもいない分際で。

 

しかし確固たる才能と、デュマーレ校一の頭脳が導き出したその展望に、ぼんやりとした、己の将来の姿がセリの頭の中に浮かびかかった…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「おや、また会ったな、少年。」

「え?」

 

 

 

憂鬱と鬱憤の感情で、海を望んでいたセリ・サエグサへと。

 

突然、背後から降りかかってきたのはどこか『畏怖』を感じてしまうような張り詰めた男の声―

 

…そして、反射神経の動きに導かれるままに。

 

セリが、瞬時に背後へと身体を振り向かせた…

 

そこには―

 

 

 

「あ、貴方は…カフェの…」

「あぁ、先程はすまなかったな。少々急いでいたんだ。」

 

 

 

セリが振り向いたソコに居たのは、先ほどカフェでぶつかった屈強な大男であった。

 

…海を照らす太陽を反射する、清清しいまでのスキンヘッド。

 

しかし、ソレがあまりに似合っていると思える程に…セリに声をかけてきたこの屈強な大男の、その常人とは思えぬほどに鍛え上げられた肉体は、およそ表社会の者とはとても思えぬほどの『畏怖』をセリへと与えてきたことだろう。

 

…しかし、先程カフェの店先でぶつかってしまっただけの関係であるはずのこの男が、一体どうして一学生であるはずの自分へと声をかけてきたのか。

 

『畏怖』を感じた自分ならばいざ知らず、普通であればただ肩がぶつかっただけの関係であるはずの子どもになど、こんな大人が声をかけるはずもないというのに…

 

…そんな、瞬時に子どもらしからぬ思考を癖で深いところまで張り巡らせ始めたセリへと向かって。

 

声をかけてきた屈強なスキンヘッドの大男は、警戒しているであろうセリを意に介さずに声を続け始めた。

 

 

 

「…いい町だな、ここは。海が…実に綺麗だ。」

「え?」

「私もこれまで色々な街を巡ってきたが、デュマーレほど綺麗な海は見たことがない。」

「あ…は、はい、デュマーレは田舎ですけど、海の都って言われてるんです。俺も、この海が大好きで…昔は平凡な海だと思ってたけど、色んな国に旅行に行ってその国の海を見たら…生まれた町の海が、一番綺麗に見えるんだなって再確認しました。」

「フッ、己の目で検証を重ね、その上で生まれ故郷の美しさを再認識した君の感情は実に合理的だ。」

「え?」

「君の考え方は正しい。その合理的な感情を、是非大切にしたまえ。」

「は、はい…」

 

 

 

それは単なる何気ない、地元民と余所者の交わす当たり障りない言葉の交換。

 

声をかけられた瞬間に感じた『畏怖』が、面と向かった今ではまるで感じない事をセリは驚きつつも…

 

どこか、自然に引き出されるように流れ出る己の言葉に、目の前のスキンヘッドは少々優しげな言葉で言葉を返すのみであり…

 

 

…考えすぎたのだろうか。

 

 

背後から声をかけられた一瞬に、先程と同じような『畏怖』を瞬間的に感じてしまったことは事実でも。今言葉を交わした限りでは、先程まで感じていた『畏怖』がスキンヘッドからは感じられない。

 

そんな、ただの観光客に一方的な『畏怖』を感じてしまったことを、セリは少々恥じつつ…

 

 

 

「あ、あの…貴方は…何者なんですか?」

 

 

 

否…

 

恥じては、いない―

 

己の直感で感じ取った『畏怖』を、全く持って疑ってはいない態度のまま。

 

ただの観光客として振舞っている目の前の屈強なスキンヘッドの大男へと、徐にそんな問いを勢いで返してしまったセリ。

 

…ソレは捕らえようにとってはただの失礼。

 

そう、いくらこの大男から直感的に『畏怖』を感じ取ったとは言え、もしもこの人が本当にただの観光客であったならば…セリの放った問いは、失礼を通り越してただの痛い学生としてスキンヘッドの刻み込まれてしまうのだ。

 

何せセリとスキンヘッドの大男は、先程店先でぶつかっただけの関係。特別したしい間柄では断じてなく、むしろ初対面にも等しい間柄なのだから。

 

けれども、セリの顔はあくまでも、自分の放った問いを全く恥じているようなモノではなく…

 

そんな、真剣は表情をしているセリへと向かって。

 

問いを投げかけれらた方の屈強なスキンヘッドは、再度ゆっくりとその口を開いて…

 

 

 

「何者…とは?」

「あ、えっと…その…お、俺にはわかるんです。貴方が、とんでもなく強いデュエリストだって…」

「…ほぅ?」

「け、けど、貴方はプロデュエリストじゃない。TVで見たこともないし…で、でも、貴方は多分、プロのトップランカーに居てもおかしくない力を持ってるって…俺には…わかるんです…」

「自分の感覚でそこまで断言するとは不合理だな。見ての通り、私はただの観光客だよ。この街の噂を聞き、フラッと立ち寄っただけの…しがない、一般人だ。」

「で、でも!さっきぶつかった時に、よくわかんないけど『何か』を感じたんです!と、とてつもなく強い、デュエリストの『力』を!」

「…」

 

 

 

己の感じた感覚に、どうしてこれほどまでの自信を持てるのかはセリにだって不思議に感じてはいること。

 

けれども、半ば確信めいたモノを自分の心に感じている今のセリの感情は…今まで出会った事のないような、『本物の猛者』の雰囲気を放つスキンヘッドの大男に対し、どうしても聞きたいことが溢れている様子でもあり…

 

…元々、溢れんばかりだった知的好奇心。

 

そんな、デュマーレ校史上一番の秀才とまで呼ばれるセリの内包している知識欲は、セリ自身にだって押さえる事などできはしないのか。

 

この男が、初対面だとか観光客だとか、そんなことはセリには関係ない。

 

もしこのスキンヘッドの男が、自分が溜めているやるせない退屈を吹き飛ばしてくれるほどの実力者ならば…是非ともデュマーレの『外』から来た猛者と戦ってみたい、自分の知らない力を持った者と全力でぶつかれば、この言葉にならない退屈を吹き飛ばせるのではないか、と…

 

 

 

「俺は知りたい!プロじゃないのに、貴方がなんでそんなに強いのかを!貴方くらい強い人なら、プロになってたっておかしくは…」

「では、一つ聞きたいのだが…君の言う、『強いデュエリスト』の定義とは何かね?君の考える、強いデュエリストとは…誰の事を言う?」

「え?」

 

 

 

しかし、そんなセリの興奮を遮るようにして。

 

ゆっくりと、セリへと一つの問いを投げかけたスキンヘッドの大男。

 

それは問いを問いで返すという、返答にはなっていない答えではあったものの…

 

 

 

「そ、それはもちろん【王者】です!【白鯨】、【黒翼】、【紫魔】!今の3人の王者は、歴史的に見ても歴代最強だって言われてる世界最強のデュエリストだ!」

 

 

 

しかし、スキンヘッドの大男が投げかけた問いは、自分の答え方によってはそのまま彼の答えになるやもしれぬとう真意が篭っている事をセリは即座に感じ取ったのか。

 

スキンヘッドから投げかけられた問いに対し、反射的にその口を開き…

 

まるで条件反射のように、セリは続けて言葉を放つ。

 

 

 

「それに『逆鱗』や『烈火』、『霊王』なんかもトップランカーだけど3人の王者に匹敵するデュエリストだし…前シンクロ王者【白夜】も、半世紀に亘って王座を守っていたって言うんだから間違いなく世界最高峰の…」

「確かに、彼らは誰もが認める世界最高峰のデュエリストだ。だが…君が今挙げたのは全てプロデュエリスト。となると、君の言う『強いデュエリスト』とはすなわちプロの者と言うことになるな。…そして君の言った通り、私はプロではない。それでは、私は強くはないということになるが…」

「あ、いや、プロじゃなくたって強いデュエリストは沢山います!『北極星』や『南十字星』!かなり昔のデュエリストだけど、当時は【王者】を差し置いてこの星最強の【二つの明星】って言われてたって!それに『竜の英雄』や『原初の英雄』とか、世界の危機を救って英雄って呼ばれてる偉人達も、プロじゃないけど強いデュエリストには違いない!それに…それに…」

 

 

 

矢継ぎ早に早口に。

 

己の培った知識をフル回転させ、スキンヘッドからの問いに答えるセリ。

 

それはどこか必死さすら感じる、少々見苦しさすら覚えそうな少年の焦燥。

 

…一体、こんな何気ない問いかけになぜそんなにも必死になって答えているのか。

 

そんなセリの感情など、彼自身にしか分からぬ感情なのだろうが…

 

それでも生まれて初めて出会った本物の猛者の雰囲気を持つ男から、何かを得たいと知的好奇心を沸き立てている少年の必死さは、傍から見ても無様だとか見苦しいだとか、そう言った類のモノでは断じてないからこそ…

 

 

 

「ふっ…もういいよ少年。私が悪かった、すまないな、意地悪な事を言って。」

「…」

 

 

 

張り詰めた糸のような表情から一転。

 

大男は、自分の出した問いに真剣になって考え答えている少年へと…その口元に、微かな笑みを浮かべ一つ謝意を述べたのだった。

 

 

 

「詳しいのだな。一般人ならば精々【王者】か『逆鱗』の名を上げる程度だろうに。まさか君の歳で、【二つの明星】まで知っているとは少々驚いたよ。」

「…好きなんです、色々調べるのが。歴史の事とか、偉人の事とか…昔の、強いデュエリストの事とか。」

「ほう、実にいい趣味だ。過去を知るということは、未知を知るということでもある…無知ならば知ればいい。調べれば、知りたい答えはそこにある…実に合理的だ。…少年、君の名は?」

「セリ…セリ・サエグサ…」

「セリ少年、確かに君の言う通りだ。君はいい嗅覚をしている…私も、腕には少々自信があってね。…多分、プロデュエリストにも負けないと自負しているくらいには。」

「や、やっぱり…」

「けれども、私の他にもこの世界にはプロでなくとも強いデュエリストは数多くいる。何かしらの理由があってプロになれない者や、プロに興味がない者…私のような、プロ以外に生きる道を見出した者など様々だ。…世界は広い。この世界には、君より年が下でも私より強い者だって居るだろう。私も、まだまだだよ。」

「貴方ほどの人でも…」

 

 

 

大男の雰囲気が、この海風のように多少和らいだように感じられるのはきっとセリの勘違いではないのだろう。

 

それはセリの出した答えを、大男が気に入ったからなのか…

 

セリの知りたかったことに対し、セリの欲しかった答えを返すスキンヘッドの大男の言葉は、先程までの『畏怖』を感じさせる代物ではなく、後進に語りかける先達からの教えのよう。

 

まぁ、自らを強いと自負する大男の自信も相当ではあるのだが…

 

それでも、戦ってもいないのに大男の力が相当のモノであると感じ取れるセリも、学生レベルには収まらない程の実力を持っているが故の嗅覚を備えているからなのだろうか。

 

…そのまま、大男は、そのスキンヘッドを太陽に晒しながら。

 

セリへと向かい合いつつ、更に言葉を続け…

 

 

 

「良く覚えておきたまえ。…誰もが皆、正しい場所で正しく力を振るえるモノではないのだと。世界は広い…だから、世界には未だ見ぬ猛者が隠れている。自分の世界を狭いままで終わらせるのは実に不合理だ、世界を知り、経験を積む…そうすれば、力はおのずとついてくる。それが、強くなるということだ。」

「あ、あの…じゃあ、俺とデュエルしてくれませんか!?俺、プロになりた…いえ、なろうと思ってはいるんですけど…でも、ちょっと迷ってて…だから、貴方みたいな強い人とデュエルして、自分の力がどれ程なのかを確かめたいんです!もしかしたら、何か大事な事がわかるかもしれな…」

「ふむ…確かに経験を積めといったのは私だが…すまないな、この後急ぎの用時があってね。今はデュエルをしている暇は無いんだ。」

「そ、そうですか…すみません…」

 

 

 

そうして…

 

 

 

「そう悲観するな、また機会があればデュエルをしよう。もし私達が戦う運命にあるのならば…きっと、いつか戦う時が来る。」

「…はい。」

 

 

 

抽象的ながらも、とても大切な事をセリへと教え。

 

スキンヘッドの大男は、この場から去り始めたのだった…

 

 

 

 

 

「…あぁ、そうだ。」

 

 

 

…いや、一瞬の後。

 

徐に、大男は再度セリの方へと振り向いた。

 

 

 

「…今夜は嵐が来そうだ。家に閉じこもって、早く寝るのが合理的だろうな。」

「嵐って…確かに今の季節は海が荒れやすいけど…でも、予報じゃ何も…それに今夜はお祭りが…」

「あぁ、なに、余所者からのおせっかいというだけだ。どうするかは、君の合理性に任せるといい。」

「…」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れ、黄昏を過ぎた夜の帳。

 

水平線に沈んでいった太陽の侘しさとは裏腹に、デュマーレの街は煌々と輝く月と共に、賑やかなざわめきを増し続けていた。

 

…それは世界10大祭りにも数えられる、デュマーレの街を挙げての『鎮海祭』が今夜行から始まったため。

 

『海の都』の名に相応しい、世界一美しい海の安寧と継続を願ってのこの祭りは…諸外国からの観光客たちが最も増える、デュマーレの街の一番の稼ぎ時でもあるのか。

 

街に溢れる人、人、人…

 

誰もが皆、祭囃子に浮き足立って…デュマーレの守り神として祭られているという、『伝説のカード』が眠っている神殿の一般開放を今か今かと待ち望んでいて。

 

そんな、盛り上がり続ける街の一角…

 

デュマーレの神殿に程近い、最も祭りの熱が高くなっている中心街に…

 

 

 

「ノーン!どうしてチャン僕ってば折角のお祭りを?オネーサンとじゃなく?見飽きセリの顔と過ごさなくっちゃいけなぅいーのー!」

「お前が煩いからだろ?ナンパに失敗したからって失礼な奴だな。」

「フゥー!セリってばてっきびしぅいー!」

「…そういうとこだよ。」

「ノーン!」

 

 

 

祭りの雰囲気を楽しみにきたセリと、ナンパに失敗したゴ・ギョウが相も変わらず二人で言葉を交わしていた。

 

…まぁ、ナンパに失敗し、半ば自暴自棄になってヤケ食いを続けているゴ・ギョウと違って。

 

純粋に祭りの雰囲気を楽しみにきているセリの表情は、浮き足立っている街の雰囲気に中てられ歳相応のモノとなってはいるのだが。

 

 

 

「大体さー、セリはクラスの女子たちに誘われてたじゃーん?なーんでそっちに行かなかったーん?」

「お前を放っておいたら手当たり次第の女性に声かけまくるだろ。ギョウの事だし、どうせナンパに失敗してヤケになってると思ってたからな。毎年ソレで注意うけてんだから少しは成長しろよ。」

「ちょちょちょー!『どうせ失敗して』って聞き捨てならならなくなーぅいー!?チャン僕だって年々ダンディズムがグングン…」

「はいはい。」

 

 

 

そうして、いつものゴ・ギョウのやかましさを祭りの出汁に加えつつ。

 

盛り上がる祭りの雰囲気を、その肌で感じながら楽しんでいるセリ・サエグサ。

 

…何度体験しても、この祭りの雰囲気だけは特別だ。

 

まだ若いというのに、セリの心には地元を愛する心と共に…もう何度目かとなる『鎮海祭』を純粋に楽しんでいるセリの心には、この祭りの空気だけが常に感じている憂鬱な感情を吹き飛ばしてくれるのだと言わんばかりの代物となりて、腐れ縁であるゴ・ギョウの喧騒を、適当にあしらいつつ祭りの催しを楽しみ続けるのか。

 

 

…もうすぐ、一日目の祭りのクライマックス。

 

 

夜も遅い時間だと言うのに、中央街のざわめきは上昇の一途を辿り続けており…

 

このデュマーレの街が、世界に名立たる5大デュエル大都市に数えられるその由縁。

 

『鎮海祭』の時期にだけ一般開放される、平時は厳重に封印されているソレを一目見ようと…観光客が中央街、そしてデュマーレの神殿に一挙に押し寄せ始める。

 

また、このタイミングが『鎮海祭』で最も盛り上がる時だということを経験から知っているセリが、1年で最も街が活気付くこの瞬間を今年も味わおうとして…

 

 

 

「おっ、そろそろ神殿が開く頃だぞ?ギョウ、行こうぜ。」

「フーンだ。もう見飽きたもーんだ。毎年見てるのによーく飽きませんねーセリさんはー!」

「だって毎年凄い盛り上がりじゃんか。みんな、こんな田舎町に来てまでアレが見たいんだぜ?」

「ひゃはは、めんめんめんめんめんどくさーいからチャン僕は行っかなーぅいー!そーれにさっきからなーんかフッラフラいーい気分なんだよねーん!」

「…ギョウ?…ッ!おま、これ!酒じゃんか!」

「ひゃはははは!さっき屋台のオッサンがくれたのよーん!うっまいのなんのって、セリも呑んでむぃなーよー!!」

「お前なぁ…先生が見回りに来てたら一発アウトだろうが。…はぁ、水持ってきてやるから、大人しくここにいろよ?」

「りょーかいしましたでありむぁーす!フゥー!」

「…」

 

 

 

いや、祭りの雰囲気を味わうどころか、例年以上の迷惑を腐れ縁にかけられてしまって。

 

仕方なく…そう、心の底から仕方なく。

 

アナウンスの声と共に開き始めた神殿の扉と、盛り上がる観光客の声援に紛れて…

 

セリが水を貰おうと、一つ裏の路地に展開している屋台に向かおうと建物の間の裏道に入った…

 

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

突如―

 

 

 

祭りのクライマックスのこの瞬かに、通常であれば『ありえない音』が神殿の方から轟いた―

 

 

それは、まるで爆発音…

 

 

そう、誰もが体験したことのないであろう、凄まじいまでの爆発音が神殿の方からこの中央街に轟いたのだ。

 

そして刹那の後に、神殿の方から立ち昇り始める濁った煙。

 

それは紛れも無く、神殿の内部で大きな『爆発』があったことを証明している光景となりて、中央街に鼻を歪ませる火薬と焦燃の異臭が広まり始めたではないか―

 

すると、異常を間近で感じた観光客達の方から悲鳴が上がり始め…

 

祭りの催しではない、あきらかな異常なる音に当てられた観光客達が、一気にパニックとなりて中央街から外へと凄まじい勢いで逃げ出し始めたではないか。

 

…悲鳴、鳴き声、叫び声、怒声。

 

楽しげだった祭りの声から一転。阿鼻叫喚の坩堝と変わった中央街が、パニックを起こした人々によって混乱の渦に巻き込まれていく。

 

 

 

「な、何だ!?」

 

 

 

そんな中…

 

狭い裏路地に入っていたセリもまた、いきなり巻き起こった爆音とパニックの音に対し、何が起こったのかわからずに呆然と立ち尽くしてしまっていた。

 

…しかし、それはある意味幸運でもあったのか。

 

何せ中央街のメインストリートは一瞬でパニックに陥り人がごった返している。

 

しかしセリの入った狭い裏路地には人が来る様子はなく、パニックがパニックを煽り更なるパニックを引き起こしているメインストリートの人々とは違って多少は冷静で居られたのだから。

 

 

…そして、セリは即座に考える。

 

 

 

(神殿の方から聞こえたのは爆発音…煙も上がってるし、建物が燃えてる匂いもする…でもなんで神殿が爆発して…早く警察と消防に…今の時間は…)

 

 

 

ありえないことではあるが、しかし現実に起こってしまったであろう事態。

 

…例年滞り無く終わるはずの平和な『鎮海祭』に起こった、非現実的な爆発テロ。

 

そんな、パニックになっている表通りの喧騒を他所に…いきなり起こってしまったこんな事態を、どこか冷静に対処しようとしているのも偏にセリがパニックに巻き込まれていないが故なのか…

 

―何が起こったのかはわからないが、とにかく一刻も早く救援を呼ばなければ。

 

そんな、無理矢理自分を冷静に保とうとしているかのようなセリの思考が…

 

狭い裏路地の中で、パニックを他所にどうにか落ち着きを自らに課そうとしていた…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

―ドンッ…

 

 

 

…っと、狭い裏路地に立っていたセリを押しのけるようにして。

 

一瞬で、なんと裏路地の向こうから走ってきた複数人が…今まさに警察に電話をかけようとしていたセリにぶつかりつつも、この狭い裏路地を勢い良く走り抜けていったのだ。

 

しかし、それはパニックになった観光客が走り抜けていったわけでは断じてなく…

 

 

 

「ッ!?い、今のは!?」

 

 

 

そう、今この一瞬で、勢い良く駆け抜けていった者達。

 

それが観光客ではなく、『それ以外』の怪しい集団であったことが、ぶつかった本人であるセリには一瞬で理解できてしまった。

 

…何せ今ぶつかって通り過ぎていった者達は、もれなく全員黒いローブに全身を包んでいた。

 

また、それだけではなく。

 

その5人ほどいたその者達の、最後尾を駆けていった者の手には…

 

見るからに怪しい、小さくも厳重そうなアタッシュケースが握られていたのだから。

 

 

 

「神殿で爆発…神殿の方から走って逃げってた奴ら…小さいアタッシュケース………ッ!?」

 

 

 

セリの脳裏に、『最悪の予想』がよぎる。

 

 

…パニックになって逃げるのではなく、まるでこの混乱に乗じて『目的』を持って迅速に逃げていったかのような今の5人の集団。

 

…この混乱に乗じて、屋台などの『金』を盗んだにしては先のアタッシュケースは小さすぎる。

 

…なにより、奴等が来たのは爆発があった神殿の方向…しかし注目が集まっていた神殿の正面方向ではなく、更に奥の方からであり…

 

 

 

「さっきの奴ら、まさか神殿のカードを!?くそっ!待てー!」

 

 

 

そして、駆ける―

 

セリもまた、逃げていった黒ローブの集団を追いかけるようにして。

 

…それは一瞬の思考の巡り。しかして迷いない即決と即断。

 

もし逃げていった集団がこの爆発を起こし、そして神殿に祭られていたカードを奪ったのだとしたら。

 

年に一度の『鎮海祭』を壊した挙句に、このデュマーレの街の大切な象徴であるとともにデュマーレの誇りでもある『伝説のカード』を奪うだなんて悪行を、セリが見逃せるはずもないのだろう。

 

しかし、一般人であればここまで思考を巡らし、そして『まさか』の可能性に賭けてここまで迅速に行動を起こす事など出来はしないはずだというのに…

 

けれども、常日頃から深く思考を巡らし、そして己の考えに自信を持って行動している自意識の高いセリ・サエグサにとっては。今この場面におかれても、こうも迷い無く己の直感と推理を信じ、犯人と思わしき集団を追いかけることに何の迷いも生じないのか。

 

 

…セリが黒ローブの集団とぶつかったのは、果たして幸運だったのか不運だったのか。

 

 

そんなこと、この場においては誰にも分からぬことではあるものの…それでも、目にしてしまった悪行を見逃せるほど、セリにとってこの生まれ故郷であるデュマーレの街の誇りは軽くなく。

 

 

…人の居ない路地を駆け抜けるローブの集団を、持ち前の若さと運動神経で追いかけるセリ。

 

 

時には複雑な隙間と隙間を。時には迷路のような路地と路地を。まるで下調べをしてきたかのように、追っ手を撒くことを想定している動きで巧みに駆け抜けていく5人の黒ローブの者達…

 

けれども、そんな黒ローブの者達に決して撒かれずにセリが追いかけられるのは、偏にこの街で生まれ育ったセリの方向感覚と地の利のおかげでもあるのだろう。

 

…そう、この街はセリにとって庭同然。

 

デュマーレの街のことならば、裏路地から獣道まで、そして知っている者が居ないであろう裏道までも、幼少の頃からゴ・ギョウと共に駈けずり回ったセリだからこそ。

 

その道のプロのような逃げ足で逃げ続ける黒ローブの者達を見失う事無く、追って追って追い続ける。

 

 

そして、段々と人の気配が無くなってきた街の外れへと差し掛かったとき…

 

 

 

「ッ!あいつら、船まで用意してたのか!」

 

 

 

路地を抜け、今では使われていない古い港倉庫街に辿り着いたセリの目に飛び込んできたのは…

 

小型のクルーザーに乗り込み、今まさに海からデュマーレの外へと逃亡し始めた後姿であった。

 

 

 

「くそっ!ここまで来て…」

 

 

 

あと一歩のところまで追いかけたというのに、あと一歩足りずに逃してしまったなんて。

 

…しかし、こうして逃げていく集団を見て…セリの中では、元々持っていた『確信』が強い『確定』へと変わっていく。

 

そう、もしコレが自分の勘違いで済むことだったならばそれでも良かった。けれども、こうして海からのルートを確保していたと言うこの計画的な逃亡は…あの集団が『伝説のカード』を奪ったのだというセリの予想を、紛れも無い真実へと作り変えていくのだから。

 

…ならば、なおさら逃がすわけにはいかない。

 

奴等が奪ったカードはデュマーレの誇り。この街が守り、この街を護り、そしてこの街と共に歴史を刻んできた由緒正しい『伝説のカード』を、あんな窃盗団に渡してたまるものか。

 

そうした決意がセリの中に溢れる。デュマーレの誇りをあんな奴等に渡してなるものか…と。

 

 

―すると、その決意が功を奏したのか。

 

 

なんとセリの視界に飛び込んできたのは、防波堤に結び付けられていた一つの真新しいボート…

 

そう、誰の物かは分からないが、エンジン付きのボートが波に揺られていたのをセリは見つけたのだ。

 

 

…きっと、この周辺を縄張りにしている釣り人の所有物なのだろう。

 

 

すぐさまボートへと乗り込みつつ、縄を解き始めるセリ。

 

…手入れもされており燃料も足りている。

 

また、昨日も沖へと釣りに行っていたかのような船と波の一体感は、まさにあのクルーザーを追いかけるには充分過ぎる足となりてセリの元へと舞い込んだのか。

 

だからこそ、セリは即座に自らのデュエルディスクを取り出すと、何やらボートの制御システムへとコードを繋げ始め…

 

 

…そう、デュエルディスクは万能端末。

 

 

こういったときの為に、ハッキング技術やプログラミング技術にも興味本位で一通り手を出しておいたおかげか。セリは即座にボートの制御システムに、デュエルディスクでアクセスを試み始めて。

 

エネルギーシステムを支配し、セーブされていた出力を解放して最高速を引き上げ…

 

キーは刺さっていないものの、遠隔にてエンジンを駆動させ…

 

 

そして―

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

瞬間…

 

そう、エンジンを始動させたその瞬間―

 

慣性の法則により、凄まじいまでのGがセリの身体に圧し掛かったかと思うと。波を思い切り切り裂くかのような音と共に、勢いよくボートがクルーザーを追い始めたのだ。

 

…それは、こんな小型ボートが出せる出力を大きく超えた法定違反のノット。

 

しかし、高性能クルーザーにも簡単に追いついてしまいそうな、規格外かつ凄まじいスピード。

 

後ろから、小型クルーザーを追いかけるセリ。

 

一介の高校生が、窃盗集団を恐るべき執念で追いかけているこの光景はどこか不思議な光景ではあるものの…

 

それでも、デュマーレの誇りを奪っていった奴等を、絶対に許してなるものかと。セリの執念が速度と化して、みるみるうちにクルーザーへと距離を詰め…

 

 

 

 

―クルーザー

 

何やら険悪な雰囲気が漂っている船内。

 

 

 

「ガキが追ってきやがった。だからあのルートで逃げるのは反対だったんだ。」

「何が『最も人通りの少ない路地を通る』だよ。ガキがつったってたじゃねーか。」

「合理的に考えてアレが一番早いルートだったのだ。文句を言っている暇があるのならば、私に作戦を一任した自分達の無責任を呪え。それにアクシデントは付き物だろう?何年この世界で生きているのだ。」

「チッ…あのガキ、ずっと追っかけてきてた奴だよな?」

「あぁ、撒いても撒いてもついてきてたぜ。」

「面倒だな…どうする?殺すか?」

「そうだな、逃げた所で警察にかけこまれるのがオチだ。目撃者は消す…それで、万事解決だ。」

「…」

 

 

 

その、決して和やかな雰囲気ではない船内では…

 

今まさに、後ろから追いかけてきている少年への対処について、あまりに物騒な会話が交わされていた。

 

…殺すとか、消すとか。

 

そういった、普通の日常では絶対に聞かないであろう単語と雰囲気。しかし、それが形容ではなく『本気』で述べられているということは…

 

今の船内の雰囲気と、そして彼らの持っている物騒な形をした『得物』を見れば一目瞭然であることだろう。

 

 

 

そうして…

 

 

 

沖に差し掛かる寸前の海上にて、クルーザーが徐々にスピードを落とし始め…

 

 

 

「…止まっ…た?」

 

 

 

突然スピードを緩め、停止し始めたクルーザー。

 

そしてクルーザーに追いついたセリが、少々驚きを感じた…

 

 

 

その刹那―

 

 

 

 

ジャキッ!ジャキッ!

 

…っという、聞き間違えようのない『銃』を構える音がセリの耳に届いてしまった。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

そう、ソレは紛れも無く、『銃口』を突きつけられたが故に生じた、銃を構える2つの音。

 

…停止したクルーザーから出てきた2人の男に、正真正銘セリは銃口を突きつけられたのだ。

 

それはライフル…いや、ライフルの形をした、それでいて実際に銃弾を放つことのできる機能を備えた万能端末であるデュエルディスク。

 

決して正規品ではない、表社会では出回らないソレを構えている2人の男達の雰囲気は見るからに怪しく危ない代物であり…

 

その瞬間に、セリも彼らが表社会の人間ではないことをいやでも理解してしまって―

 

 

 

…迂闊だった―

 

 

 

ここまで追いかけてきたはいいものの、よくよく考えれば自分は無策で飛び出してきたも同然。

 

ただの無謀、ただの無茶…

 

おいかけても、それ以上の事など考えている余裕などなかったが故に。こうして、敵と面と向かって対峙した時の対処法など、まったく持ってセリは考えてもいなかったのだ―

 

 

まずい…まずいまずいまずい―

 

 

唐突な焦りがセリを襲う。飛び出してきたはいいものの、そこからどうするかを全く考えていなかった―

 

そんな、勇敢と無謀を履き違えていたセリへと襲い掛かるのは、紛れも無い命の危機。

 

 

どうする…どうするどうするどうする―

 

 

船で逃げ出したって、敵はきっと追ってくる。きっと、自分を殺すまで追ってくる…

 

海に飛び込んでも、銃で撃たれて終わり…潜ったって、呼吸の為に浮かんだところを狙われる…

 

銃型のデュエルディスクを構え、自分へと狙いを定めている敵の雰囲気から、ソレを嫌でも察知してしまうセリ。

 

まさかこんなことになるなんて考えてもいなかったという、若さだけに任せた突貫による初めて味わう命の危機に、思わずセリの頭の中が真っ白になっていき…

 

 

 

そうして…

 

 

 

無言のまま、無慈悲なまま。

 

余計な事を言うつもりもない2人の男達が、冷や汗と焦りの表情を浮かべている勇敢なるも無謀な少年へと小さな引き金を引きかけた…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「待て…彼の相手は私がしよう。知り合いだ。」

「…え?」

 

 

 

引き金が引かれるまさに寸前…

 

セリの耳に、何やら聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

そしてクルーザーの奥から出てきたのは、銃型のデュエルディスクを構えていた2人の男達よりも頭一つ飛び出すくらいに大きな…それでいて、体付きも2人の男よりも段違いに鍛え上げられているであろう屈強なる体影であり…

 

新たに出てきた、屈強なる男が纏っていたローブを取った…

 

そこには―

 

 

 

 

 

 

「言っただろう?戦う運命にあるのならば…いつか、必ず戦う時が来ると。まぁ、随分と早かったがな。」

「ッ!あ、貴方は!」

「改めて名乗ろう、セリ少年。我が名はホトケ・ノーザン…しがない、デュエル傭兵だ。」

「傭…兵…」

 

 

 

そう、現れたのは、午前にカフェで…そして午後に公園で出会った、セリに大切な事を教えてくれた、スキンヘッドの大男であったのだ。

 

…思わぬ形での再開に、混乱の鈍器がセリを襲う。

 

セリとて、こんな形で再開するなんて思ってもみなかったのだろう。確かに彼は余所者で、平和なデュマーレの街には不釣合いな雰囲気を纏ってはいた。けれども、『強くなる』ということの意味をセリへと教えてくれたこの男が。

 

何より、プロになることに迷いが生じていた自分に大切な事を教えてくれたこの男が、まさかデュマーレの誇りを奪った張本人だったなんて。

 

 

デュエル傭兵…確かに、この男は自らをそう言った。

 

 

それは言葉の通りならば、表社会の者ではないと自ら名乗ったのと同義。

 

そんな、出会ったばかりだというのに…セリの中には、スキンヘッドの大男にどこか裏切られたかのような喪失感が浮かび上がってきて…

 

 

 

「なんで…貴方がこんなことを…だって…俺にはアンタが悪人には見えなかっ…」

「覚えておくといい。悪事を働く者と言うのは、自らを悪人と悟らせないモノなのだと。」

「くっ…」

「しかし、よくここまで追ってきたものだ。…なるほど、デュエルディスクで船のシステムを乗っ取ったが故のスピードか…ふっ、若さゆえに実に不合理な行動だが、同時に勇敢でもある。やはり君は大した少年だよ。」

 

 

 

敵であるはずのスキンヘッド…ホトケ・ノーザンと名乗った男から零されるのは、何故かセリを称えているかのような言葉の羅列。

 

しかし、いまだ銃を突きつけられ続けているセリからすれば…いくらホトケ・ノーザンから賞賛の言葉を投げられても、いつあの銃口が火を噴くかわかったものじゃないのだから、いまだ感じ続けている命の危機に、冷たい汗が止まらないままで。

 

…煩いくらいに鳴り響く心臓の鼓動。乱れに逸る呼吸と吐息。

 

本当に死ぬかもしれない恐怖に対し、セリはとにかく動けぬまま。

 

 

 

そのまま…

 

 

ホトケ・ノーザンは、身構えているセリへと向かって…

 

 

 

「ならばこちらも、船の制御システムと私のディスクを同化させよう。…さて、デュエルをしようじゃないかセリ少年。LPへのダメージが、そっくりそのまま船へのダメージに繋がる…裏のデュエルを。」

「………え?」

「おいおいノーザンさん、いいのかよ、そんなチンタラしてて。」

「こんなガキ、殺して海に沈めときゃ済む話だろうが。」

「大丈夫さ。時間はかからん。…この作戦の責任者は私だ。黙って従ってもらおう。」

「…はいはい、物好きだねぇアンタも。」

「まっ、危なくなったら見捨てて逃げるさ。警察には1人で捕まってくれ。」

「あぁ、それでいいとも。」

 

 

 

一体、ホトケ・ノーザンは『何』と言ったのか。

 

セリが聞き間違えていなければ、今確かにホトケ・ノーザンは殺されかけているセリへと向かって…『デュエル』をしようと、そう言ったのだ。

 

…それは、あまりに突拍子も無い申し出。それは、あまりに意表を突いた申し出。

 

まさか、有無を言わさずに銃殺されかけていたセリへと向かって。敵の方から、『デュエル』による決着を申し出てくるだなんて。

 

 

 

「さぁ、はやくデュエルディスクを構えたまえ。せっかくここまで来た君にチャンスを上げたというのに、ソレを棒に振るなど君もしたくはないだろう?」

「な、何でそんなことを…」

「ふっ、ただの気まぐれだよ。デュマーレで過ごした1日、その中で2度も縁を結んだのだ。…ならば、君は相当『運』がいい。縁もなく撃ち殺されるところを、私と出会っていたおかげで生き延びるチャンスをもらえたのだから…それとも…このまま撃たれて死ぬのがお好みか?私はそれでも別にいいんだが…」

「…ッ!や、やってやるよ!そっちこそ!俺を早く仕留めなかったことを後悔するんだな!奪ったカードを返してもらうぞ!ソレはこの街の物だ!」

「ほう、この状況でも自らを奮い立たせることが出来るか…いいだろう、そうこなくては。」

 

 

 

果たして…

 

ここで、この場で、この瞬間に。セリ・サエグサが、生き延びるチャンスを敵から貰えたのは…世界の歴史にとっては、幸運だったのだろうか。

 

そんなこと、今この時この瞬間でのセリ・サエグサにとっては知る由もないことではあるものの…

 

それでも、一介の決闘学園の学生に過ぎないセリ・サエグサが、今こうして『運良く』銃殺される瞬間を回避したことも歴史的にみればまた事実。

 

…クルーザーと、ボートの上で。

 

そして逃げ場のない海の上で、いまだ混乱の渦が上昇し続けているデュマーレの街を他所に…

 

 

何の気まぐれか、神の気まぐれか。

 

 

生きる世界の違うはずの、出会うことなどなかったはずの…

 

学生と傭兵がデュエルディスクを構え、デッキが現れ手札を引いて―

 

 

 

「いくぞ!」

「…あぁ。」

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

それは、始まる。

 

 

 

 

 

先攻は、セリ。

 

 

 

 

 

「俺のターン!【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

セリ・サエグサが召喚したのは、幻影によって振るわれる魔術師の杖が如きモンスターであった。

 

それは古い歴史を持つ魔法使い族の中でも、特に古の時代よりこの時代に伝わる黒き魔術師が愛用している杖であり…

 

…杖こそが本体。

 

その、幼少の頃から使い慣れたモンスターである、異質なるも残滓を宿すその杖は…主であるセリのデッキへと向かって、魔力の残り香を放ったかと思うと…

 

 

 

「ほう、マジシャン…」

「いくぞ!【マジシャンズ・ロッド】の効果発動!デッキから【黒の魔導陣】を手札に加える!そのまま永続魔法、【黒の魔導陣】を発動!デッキトップを3枚確認!…よし!俺が手札に加えるのは罠カードの【永遠の魂】だ!続けて装備魔法、【ワンダー・ワンド】を【マジシャンズ・ロッド】に装備!そして【ワンダー・ワンド】の効果で、【マジシャンズ・ロッド】を墓地に送って2枚ドロー!」

「確認した3枚を全て手札に加えるとは…無駄のない、実に合理的動きだ。」

 

 

 

流れるようなセリの進展、決して淀みないその動き。

 

これまで、幾度となくその動きを行ってきたかのようなセリのデュエルは…得体のしれないデュエル傭兵を前にしてもなお、決して恐れること無く繋げられるのか。

 

…何をしてくるか分からない相手。そのEx適正もわからない。

 

ならば奇をてらった動きではなく、今の自分に出来るいつもの動きを貫くのみなのだとして。まずは相手の動きを見るというセリの戦法は、初めて戦う相手に取る戦法としてはあながち間違ってはいないはず。

 

…そう、デュエルディスクとボートの制御システムが繋がったままのこの状況は、LPへのダメージがそのまま船へのダメージへと繋がる。

 

それすなわち、LPが0となるほどのダメージを受ければボートのエンジンの制御システムがオーバーヒートを起こし…

 

そして最後には爆発してしまうという、まさに恐るべき裏社会のデュエルということでもあるのだから。

 

 

 

「俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:5→3枚

場:無し

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ3枚

 

 

 

…だからこそ、少ない動きながらも決して無駄の無い動きで。

 

今、最大限の警戒を施してそのターンを終えた、デュマーレ校2年のセリ・サエグサ。

 

ホトケ・ノーザン…今対峙している敵が、とんでもない強敵であるということなど、午前にカフェでぶつかった時点でセリはよく理解している。

 

…デュマーレ内では戦った事の無い、自分が本当に強いと直感した相手。

 

そんな、得体の知れない裏社会の猛者を相手に…

 

セリはどこまでも警戒を解かず、視線を鋭く身構えたままで…

 

 

 

 

 

「私のターン、ドロー。ターンエンド。」

「何!?」

 

 

 

ホトケ・ノーザン LP:4000

手札:5→6枚

場:なし

伏せ:なし

 

 

 

しかし…

 

そんなセリを意に介さず。

 

なんと、全く動きを見せず…ドローフェイズに動いただけで、そのターンを終えてしまったホトケ・ノーザン。

 

…一体、何を考えているのか。

 

自ら裏社会の流儀といわんばかりの危険なデュエルを仕掛けてきたと言うのにも関わらず、その戦いを仕掛けてきた本人が何も動く事無くターンを終えるだなんて、セリからしてもそうとうの驚きを与えられたに違いなく…

 

 

 

「な、なんで…」

「そうだな…1ターンだけ待ってやる。私を、『強いデュエリスト』と称してくれた礼だよ。」

「な…」

 

 

 

…それは、どれだけの余裕から来る怠慢なのか。

 

確かに、セリとてホトケ・ノーザンの力が相当たるモノであると言うことは、事件の前に出会ったときからその直感で感じ取ってはいる。

 

―けれども、まさか何もせずにターンを終えるだなんて。

 

ホトケ・ノーザンがいくら裏社会の者で、いくら尋常ならざる力を持っているのだとしても。

 

それでも、仮にも時期プロデュエリスト候補である自分を相手に、ここまでの怠慢を見せつけられては…セリとて、命の危機を感じる状況であっても、怒りを感じるなと言う方が無理なことだろう。

 

 

 

「舐めやがって…俺のターン、ドロー!罠カード、【マジシャンズ・ナビゲート】発動!手札から【ブラック・マジシャン】を!デッキから【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】レベル7

ATK/2100 DEF/2500

 

 

 

だからこそ、未だ銃口を突きつけられてはいても。

 

デュマーレ校一の秀才としてのプライドが、命の危機という恐怖を大幅に上回ったのか。

 

…舐めてかかったことを、後悔させてやる。それが例え、裏社会の者でも。それが例え、圧倒的力を自負する猛者だとしても…

 

 

―そうしてセリの場に現れたのは、古の時代より研鑽を積み続ける黒き魔術師。

 

 

そして同じ姿をした、幻影の如き漆黒の魔力であり…

 

 

 

「容赦はしない!魔法カード、【融合】発動!場の【ブラック・マジシャン】と【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を融合!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

「永続罠、【永遠の魂】発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚!そして【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】の効果で1枚ドロー!…よし!【融合賢者】を発動し、デッキから【融合】を手札に加えてもう一度【融合】を発動する!場の【ブラック・マジシャン】と、手札の【バスター・ブレイダー】で融合!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導剣士-ブラック・パラディン】!」

 

 

 

【超魔導剣士-ブラック・パラディン】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

 

 

連続して現れる、黒き魔術師が到達するであろう頂点の姿たち。

 

それぞれが、黒き魔術師の到るべき未来の一つ。ある一つの道を究めた、到達せし果ての姿であり…

 

弟子と一対となりて、その魔力を極限まで高めた者。

 

竜破壊の極意を得て、魔術と剣技を極めし者。

 

そして…

 

 

 

「まだまだぁ!【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!そして【円融魔術】発動だ!墓地の【ブラック・マジシャン】と【バスター・ブレイダー】を除外融合!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】レベル8

ATK/2800→3300 DEF/2300

 

 

 

まだ、終わらない。

 

最後にセリの場に現れたのは、代々暗黒騎士に仕えし名馬を従えた、魔術と騎士道を極めし姿。

 

…最上級魔術師の融合体を、連続して3体も呼び出すというその所業。

 

それは紛れも無く、セリ・サエグサが【フェスティ・ドゥエーロ】でも準優勝できるだけの実力を備えているということの証明となりて…

 

今、3体の魔術師の果ての姿が揃い踏む。

 

 

 

「ほう、高等魔術師を3体連続融合召喚とは…なるほど、確かに学生でこれ程までの力を持つとは…」

「いくぞ、バトルだ!【超魔導剣士-ブラック・パラディン】でダイレクトアタック!」

 

 

 

そうして…

 

竜破壊の力を得た、剣聖が如き魔術師が空へと浮かび上がる。

 

魔術と斬撃が一体となった超魔術…その真髄を、裏社会の者へと食らわせんとして。

 

主の故郷の誇りである、伝説のカードを奪った不逞の輩に鉄槌を。その凄まじき魔力の収束が、剣であり杖である武具に集まり…

 

 

 

「パラディンアーツ・ノヴァブレードォ!」

 

 

 

今、裏社会のデュエル傭兵へと向かって。斬撃の波動が、勢いよく解き放たれ…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「だが、些か甘すぎるな。【バトルフェーダー】の効果発動。」

 

 

 

―!

 

 

 

寸前…

 

そう、解き放たれた魔力の斬撃が、ホトケ・ノーザンに届くまさに寸前の時。

 

なんと、ホトケ・ノーザンはまったく焦った様子もなく、さも当然のようにしてセリからの攻撃をいとも簡単に防いでしまった―

 

 

…現れたのは、戦いの終わりを告げるベルを持った、1体の小さき悪魔の化身。

 

 

いかなる直接攻撃も、その身一つで止めてしまう頑強さと共に…斬撃の余波に揺られて、バトルフェイズ終了の鐘が鳴り響いてしまったではないか。

 

 

 

「なっ!?」

「甘すぎる。相手が無防備であるからこそ、その裏を読まなければ攻撃が届くはずもない。焦りすぎたな、セリ少年。」

「くっ…だけど魔導師たちの効果で、お前も自由に動けるはずが…」

「その1枚の手札コストでどれだけ防げるというのだ。それに君は【ブラック・マジシャン】を除外してしまった…それでは、【黒の魔導陣】の除外効果も使うことができない。」

「ッ!…くそっ!俺はこれでターンエンドだ!」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:4→1枚

場:【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】

【超魔導剣士-ブラック・パラディン】

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、【永遠の魂】、伏せ1枚

 

 

 

あくまでもどこまでも余裕のまま、不敵な態度を崩さぬ傭兵、ホトケ・ノーザン。

 

…セリとて、ホトケ・ノーザンが何もせずにターンを渡してきたことから、彼に何かしらの守りの手段があるのだろうということは考えてはいた。

 

しかし、先のセリの手札ではソレを押さえられるモノを出すことは出来ず…

 

だからこそ、次の相手ターンを見越してセリは攻撃力も高く封殺効果を持った最上級魔術師達をこんなにも場に揃えたというのに…

 

 

 

(なんだよ…なんなんだよ…3体も魔術師達を融合召喚してるってのに、この不安は一体…)

 

 

 

それでも、押し寄せる不安感は益々強くなっていくばかり。

 

…手札に差はあれど、ボードアドバンテージは圧倒的に自分が有利のはず。相手は墓地にだって何も用意をしておらず、1からこの場を覆すにしたって多少の妨害を挟まれればソレは著しく困難になるはずなのに…

 

そう巡るセリの思考。しかしソレすらも容易に押し潰してくる圧倒的不安感。

 

ここまでの場を作り上げてもなお、一体どうしてこんなにも恐いのか。

 

その、今まで経験したことのない恐怖が、どこまでもセリへと纏わり続ける。

 

 

 

「私のターン、ドロー!手札を1枚捨て、速攻魔法【ツインツイスター】発動!【黒の魔導陣】と、【永遠の魂】を破壊する!」

 

 

 

しかし、そんなセリの不安に更に上から圧し掛かるように。

 

ターンを迎えてすぐ、徐に1枚の魔法カードを発動した傭兵、ホトケ・ノーザン。

 

そして、ホトケ・ノーザンの場に生じた双頭の竜巻が…海中より、勢いよくセリの魔法・罠へと襲い掛かり…

 

 

 

「させるかぁ!超魔導剣士の効果発動!手札の【ブラック・マジシャン・ガール】を捨てて、【ツインツイスター】を無効に!更に超魔導師の効果で1枚ドロー!」

「ふっ、だが私が墓地に捨てたのは【ワイトプリンス】!そのまま、【ワイトプリンス】の効果が発動する!」

「ッ、【ワイト】!?」

「デッキから、【ワイト】と【ワイト夫人】を墓地へと送る!続けて2体目の【ワイトプリンス】を通常召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ワイトプリンス】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

そして…

 

ホトケ・ノーザンの場に現れたのは、肉片すらその身に残ってはいない、骨のみとなった一族のその王子であった。

 

―【ワイト】

 

それは古の時代からこの世界に存在している、効果を持たぬ弱小モンスターの名。そしてその名を冠したモンスター達で構成される、墓場に住まいし骸骨の一族であり…

 

ホトケ・ノーザンの場に現れたのはその内の一体。墓場を遊び場とし、いずれ骸骨達の頂点に立つであろう…永遠に生きる骸の嫡子、骸骨族の時期皇帝。

 

 

 

「ワイトだって!?そ、そんな珍しいデッキを…」

「ゆくぞ。レベル1の【ワイトプリンス】と【バトルフェーダー】でオーバーレイ!エクシーズ召喚!現れよ、ランク1!【ゴーストリック・デュラハン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ゴーストリック・デュラハン】ランク1

ATK/1000→1200 DEF/ 0

 

 

 

…続けて。

 

ホトケ・ノーザンの持つ、エクシーズのEx適正に導かれ海上に現れたのは、骸の小馬に跨った、小さき首なし騎士であった。

 

…それは【ゴーストリック】というカテゴリーに属するエクシーズモンスターではあるものの、その効果の汎用性によっては多用なデッキでも登場する機会がある、まさしく夜の騎士たる姿。

 

合理的デュエルを主とするホトケ・ノーザンの呼び声によって…

 

騎士らしく、セリの場の魔術師達へと向かい合う。

 

 

 

「【ゴーストリック・デュラハン】…ッ、そいつは確か!」

「デュラハンの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、ブラック・パラディンの攻撃力を半分にする!」

「させるかぁ!超魔導騎士のモンスター効果!手札の【幻想の見習い魔導師】を捨て、【ゴーストリック・デュラハン】の効果を無効にして破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

けれども、セリもただではやられるつもりはなく。

 

いくら相手が【ワイト】という、古の時代よりこの世界に伝わる珍しいデッキを使ってこようとも。

 

自らが誇る魔術師達の、常識を超えた超魔術によってホトケ・ノーザンを好きに動かすつもりはないのだとして…

 

…どこまでも、どこまでも。

 

圧倒的恐怖心に打ち勝たんと、必死になって喰らい付く。

 

 

 

 

 

そう…

 

 

 

 

 

『必死』になって、喰らい付いているのだ。

 

 

あの、5大デュエル大都市に数えられる、世界屈指のデュエリストレベルを誇るデュマーレの街の…

 

あの、決闘学園デュマーレ校一の秀才と称えられる、【フェスティ・ドゥエーロ】準優勝者の、セリ・サエグサが、だ。

 

 

…それは、あまりに不可思議な状況。

 

 

何せ一介のプロ程度では、セリを相手にしても勝てるかどうか怪しいというのに…プロ入りすれば、たちまちプロのトップランカーに駆け上がるであろうと評価されている、このセリ・サエグサが。

 

…表社会では全くの無名である、裏社会のデュエル傭兵を相手に、恐怖心に押し潰されようとしているだなんて。

 

それは尋常ならざる現状。それは普通であればありえない状況。

 

それすなわち、表社会しか知らない若すぎるセリにとっては…自分の知らない世界は、こんなにも広すぎるということであり…

 

 

 

「だが再び【ワイトプリンス】の効果が発動する。デッキから2体目の【ワイト】と【ワイト夫人】を墓地へ!…焦りすぎだな、セリ少年。私への怒りで視野が狭まりすぎている。」

「な…け、けどアンタはもう召喚権を使った!それに、アンタの残りの手札の中に『アレ』がある確率なんて…」

「…墓地の【ワイトプリンス】の効果発動。【ワイト】2体とプリンスを除外し、デッキから【ワイトキング】を特殊召喚する。」

「デッキ!?」

「だから視野が狭いと言ったのだ。出でよ、レベル1!【ワイトキング】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ワイトキング】レベル1

ATK/ ?→3000 DEF/ 0

 

 

 

 

 

そうして…

 

満を持して、時は満ちて。

 

圧倒的重圧を放ちながらこの場に現れたのは、レベル1ながらも恐るべき力をその骨に秘めた骸骨族の王たる王―

 

その力は単純にして明解。

 

墓地に骸骨達が眠っていればいるほど、その力を上昇させるという…まさに武骨たる武勇を誇る、王の中の王にして亡者の長。

 

 

 

「こ、こんなに簡単にキングを…け、けど攻撃力は3000だ!それじゃまだ…」

「実に不合理な見解だな。君の手札は0…もう止めることはできん。【おろかな埋葬】発動。デッキから3体目の【ワイトプリンス】を墓地へ。」

「ッ!?」

「そして最後の【ワイト】と【ワイト夫人】も墓地へと送る。これで【ワイトキング】の攻撃力は6000…まだだ。装備魔法、【孤毒の剣】を【ワイトキング】に装備!」

 

 

 

【ワイトキング】レベル1

ATK/3000→6000

 

 

 

手も足も出ない…

 

 

 

何も…何も出来ない―

 

 

 

どうしてこうも全てが繋がる、どうしてこうも簡単に超えてくる。

 

まるで、デッキが意思を持っているかのようなホトケ・ノーザンの動きの、信じられないカード捌きがどうしてもセリには信じられず…

 

それはまるで、彼のデッキが彼を勝利へと導いているかのよう。

 

最初の【ツインツイスター】も、次の【ゴーストリック・デュラハン】も、セリからすれば貴重な妨害効果を相手の思惑通りに『使わせられた』だけであり…

 

一つ一つを止めていなければ、もっと簡単にやられていたとは言え。それでも、手札コストを払ってまで止めたホトケ・ノーザンの行為は全て、ここまでの動きの準備に過ぎず。

 

 

 

「必要な場面に必要なカードを…実に合理的だ。一切の無駄なくデュエルを進めた者にこそ、勝利は跪くのだから。」

「あ…あぁ…」

「…終わりだな。…バトル!【ワイトキング】で、【超魔導剣士-ブラック・パラディン】に攻撃!」

「くっそぉ!罠カード、【聖なるバリア-ミラーフォース-】はつど…」

「無駄だ!LPを半分払い、手札からカウンター罠、【レッド・リブート】発動!」

「ッ!」

 

 

 

この、手玉に取られている感覚…

 

それはデュマーレ校で、セリ・サエグサが他の学生達に行っていた行為にも似た展開でもあり…

 

つまり、セリとホトケ・ノーザンの力には、それほどの『差』があるということであって―

 

 

 

「ダメージステップだ!【孤毒の剣】の効果で【ワイトキング】の攻撃力は倍となる!」

 

 

 

【ワイトキング】レベル1

ATK/6000→12000

 

 

 

「攻撃力12000!?」

「魔術師よ、砕け散れ!ナイトメア・ゴッドフィスト!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

セリ LP:4000→0

 

 

 

一撃…

 

―まさに、一撃必殺。

 

骸骨の王が放ちし拳骨、その侠骨なりし武骨の一撃は…

 

一片の遺骨も残さぬ凄まじさとなりて、その拳圧だけで超魔導剣士を化骨にすらさせぬまま塵にまで粉砕してしまい…

 

 

 

 

 

ピー…

 

 

 

 

そして、海上に無機質な機械音が鳴り響いたと同時に―

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

セリの乗っていたボートのエンジンが、あまりのダメージ量に爆発したのだ―

 

 

 

 

 

「ッ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

爆風をもろに受け、空高く海上へと放り投げられてしまったセリ。

 

船頭に足をかけて前のめりになっていたのが幸いしたのか、後方のエンジンの爆発の直撃だけは『運良く』ギリギリで当たりはしなかった様子。

 

…しかし、爆発の余波と有り余った運動エネルギー…ソレらは容赦なくセリへと牙を剥き、高等部の2年生にしては細く軽い方のセリの体を上空へと吹き飛ばしてしまって―

 

 

 

「強くなれセリ少年。そして私を許すな。その怒りは…きっと君を強くする。」

 

 

 

呟くように零された、ホトケ・ノーザンの言葉など聞こえるはずもなく…

 

 

 

「また会えるときを楽しみにしているよ。君が…生きていたら、だがね。」

 

 

 

海に、叩きつけられたのだった―

 

 

 

「ガボッ!ゴッ、ババババババ…」

 

 

 

上空から水面に叩きつけられた背中への衝撃、そして容赦なく沈みゆく体。

 

ソレらのあまりの相乗効果が、一瞬でセリの肺から空気を奪う。

 

…遠くなる水面、遠くなる意識。

 

自分の吐き出した空気の泡と、歪みおぼろげになる水面の光だけが…セリに、苦しさを感じさせる間もなく…

 

 

 

 

 

 

 

そのまま、セリの意識は…

 

 

 

 

 

 

 

 

―そこで、途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「目撃者を直接殺さないとは。アンタ、噂よりも随分と甘い男なんだな。」

「フッ、デュエルで勝ったのは私だ。ならば、彼の生殺与奪の権利は私にある。」

「は、くだらねぇ。そもそもあんなガキと『北極星』のアンタじゃ、始めから勝負にならないだろうに。」

「…北半球最強のデュエリストと呼ばれたのは祖父のポラリス・ノーザンだ。私ではない。」

「それでも、俺達からしたら随分なバケモノだよアンタも。」

「…不合理な認識だ。本物のバケモノは私程度では相手にもならないよ。…そう、我が祖父母や、本物の【王者】クラスは…本当に、バケモノさ。」

「おお、こわこわ…」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ…」

 

 

目が覚めた時、セリの目には見知らぬ天上が見えていた。

 

…穢れなき真っ白な天上、頬を撫でる柔らかい風が心地いい。

 

まさか、ここは天国…自分は、死んでしまったのだろうか…

 

 

 

…と、あまりにボンヤリとした思考しか浮かべられぬセリへと向かって…

 

 

 

「起きたかよ、大ボケ&大バカ野郎。」

「…ギョウ?」

 

 

 

脇から声をかけてきたのは、紛れも無くゴ・ギョウであった。

 

 

 

「ここは…」

「びょいーんに決まってんでしょ。お前さー、チャン僕が助けてやんなかったら?確実に?海of藻屑になってたんだぜ?マジマジマージで感謝してほしうぃーねぇー。」

「そうか…お前が…」

「つーかてーかなんてーか?お前、丸1日気絶してたんだよねー。さっき帰ったけど、親父さんたちもめっちゃ泣いてたし?」

「…そんなに…か…」

 

 

 

そして、ゴ・ギョウからの少ない言葉を聞いただけで。

 

自分の身に何が起こって、そしてあの後何が起こったのかを…その秀才と呼ばれる頭の回転によって、即座に理解した様子のセリ。

 

…ゴ・ギョウのラフな言葉から、あのデュエルに負けた後の事がセリには簡単に想像がつく。

 

きっと、神殿で爆発があったあの瞬間…パニックの空気で一気に酔いが醒めたゴ・ギョウが、どこかへと走っていった自分を追ってきてくれていたのだろう。

 

そして、案の定無鉄砲に海に飛び出して行き、挙句の果てに海上で爆発して海に投げ出された自分を…ゴ・ギョウが救ってくれ、病院まで運んでくれた…と言ったところだろう、と。

 

 

 

「ま、腐れ縁のギョウ様だから?余計な詮索はしないでおいてやるけどねん。親父さんたちには、セリは祭りでテンション上がって?海にダイブしたら?足つって溺れたー!って事にしといてやったからさー。」

「サンキュ…『鎮海祭』は…どうなった?」

「中止withパニック。神殿もぶっ壊れて?伝説のカードもなくなって?今めーっちゃ大変な事になってんだよねー。犯人も見つかってないってゆーしー。」

「やっぱり…」

 

 

 

アレだけ派手な事件を起こして、それでも捕まらずに逃げおおせたということはあの黒ローブの集団は紛れも無い裏社会のプロ。

 

そんな者達に、策もなく突っ込んでいったのは今考えても明らかに浅はかだった―

 

それを、今になって思い知ったセリの心には…銃殺されかけた恐怖がまざまざと蘇りつつ、それと同時に命だけは助かったという安堵が今更になって浮かび上がってきているのか。

 

死ななかったのは、ただ『運』が良かっただけ…

 

 

強かった…

 

 

本当に、強かった―

 

 

セリの中に浮かび上がるのは、生まれて初めて『手も足も出ない』と感じるほどの敵に完膚なきまでにやられた悔しさ。

 

…あんな強さを持ったデュエリストが、この世界に居たのか。まるで【王者】のような、届かないとさえ思えるデュエルを仕掛けてくる男が、この世界に…

 

セリの中には、つい先程のように思い出せるデュエルの光景が、瞼の裏に焼きついて消えず…

 

 

…己の無力さが胸に来る。力の無さに悲しくなる―

 

何が…何がデュマーレ校一の秀才か。

 

学生の括りの中で持て囃されていただけの、世界を知らぬただのガキ。

 

プロになるのが規定事項だとか、このままプロになってもいいのだろうかとか…そんな思いあがっていた自分の思想を、思い切り踏み潰したくなる衝動がセリを襲い…

 

下手をすれば、デュエルをする間もなく銃殺されていた。辛うじて生き延びるチャンスを貰っても、デュマーレの誇りである伝説をカードを取り戻すとか以前に圧倒的に実力で負けていた。

 

それは、これまでデュマーレの街で培ってきた自分の理論やデュエルの腕前が、真っ向から否定されてしまったと感じられる鈍い痛みでもあるのか。

 

 

ソレ故…

 

 

 

「ま、しばらくゆっくり休んでろよなー。」

「なぁギョウ…俺…旅に出ようかと思う。」

「ほ!?」

 

 

 

あれだけ圧倒的に負けたというのに、まさに死にかけたというのに。

 

意識を取り戻したばかりのセリから発せられたのは…

 

誰も想像していなかったであろう、驚きの言葉であった。

 

 

 

「ちょいちょいちょーい、なーに言っちゃってンの?意味がぜーんぜんわっかんねーんだけどもだっけど?」

「いや、本気だ…俺は、知りたいんだ…世界には、どれだけ強いデュエリストが居るのか…俺の力は…本当に、誇れるモノなのか、どうしても確かめたい。」

「いやいやー…だーから意味わかんなうぃーねーってのー。」

「このままじゃ、プロになんてなれない。このままプロになれたとしても…このままじゃ、多分…上にはいけない…」

「ひょ?めっずらしい、随分弱気になってんじゃんね。プロになるのは?お前にとって?規定事項じゃなかったん?」

「…あぁ。けど、思い知ったんだ。本当に強いデュエリストの、本物の力ってやつを…だから…1人で旅に出て、世界中の強い奴と戦って…俺は、もっと強くなりたい。もう、誰にも負けないくらいに…」

「ふーん…」

 

 

 

…いつも自身満々に、己の力を信じて疑わないセリの姿を知っているゴ・ギョウだからこそ。セリが零したその気持ちが、紛れも無い彼の本心であることなど、容易に理解できてしまうのか。

 

祭りの夜の敗北が、そうとうセリには堪えたらしい。

 

戦いの全貌など、ゴ・ギョウは知らない。けれども、あのセリがここまで言う事など生まれて初めてであるからこそ。

 

 

 

「んならまっ、お前の好きにしたら?親父さん達説得できたらだけどねー。そーとー怒ってたから、無理無理のリームーだと思うケド?ひゃははは。」

「あぁ…」

 

 

 

セリの、強い決意を前に…

 

ゴ・ギョウは、ソレを否定も肯定もしなかったのだった―

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

意識も戻り、精密検査を終え一日の入院の後。

 

両親にこっぴどく叱られ、両親と兄姉の監視の下、自宅にて療養という名の厳重注意からを食らわせられたセリは…

 

 

 

事件のあった3日後に…

 

 

 

(ごめん、親父、お袋…俺、どうしても世界が見たいんだ。)

 

 

 

夜の防波堤に、姿をみせていた。

 

 

 

…案の定、旅立ちを認めてくれなかった両親。

 

まぁ、自分は祭りの日に海で溺れて死にかけたことになっているのだ。そんな馬鹿な事をしでかした末っ子を、子ども1人だけで旅行に行かせるなんて、両親だってしたくないという気持ちはセリとて大いに理解はできるのだが…

 

…それでも、固く結んだ決意の下。

 

デュエルディスクと財布のみ、そのあまりに少ない荷物のみで。家を抜け出し、こっそりとデュマーレを後にせんと…

 

まさに、身一つでデュマーレを飛び出さんとセリはしているのだろう。

 

まぁ、ソレは若さゆえの無謀…といえば聞こえはいいが、やっていることは家出と一緒だということもセリはわかってはいるのだが。

 

 

 

そうして…

 

 

 

生まれ育ったデュマーレ街を後にせんと、セリが港にある所有者の居ない小さな木の小船へと乗り込もうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「ヘイヘイおぼっちゃん、こんな夜中にどこ行くのさ。」

「え、ギョウ?何で…」

 

 

今まさに、夜の海へと繰り出そうとしたセリ・サエグサへと。

 

背後から、徐に声をかけてきたのは腐れ縁であるゴ・ギョウであった。

 

…しかし、出発の日にちも時間も教えていないというのに、一体どうしてギョウがこの場に現れたのか。

 

まさか、黙って出て行く自分を止めにきた…

 

というわけでは、絶対にないということだけはセリにもわかってはいるものの…

 

 

 

「ひゃはは、どーせお前の事だから?夜中にこっそり抜け出して?1人で行こうとしてるって思ってたけどさー。ビンビンビーンゴってね。」

「見送りか?」

「いんや?チャン僕も行くんだけどもだっけーどー。」

「…え?」

 

 

 

ゴ・ギョウから飛び出してきたのは、セリも予想していなかった言葉であった。

 

 

 

「つーかてーかなんてーか?お前1人だけだと野垂れ死ぬのがオチでしょ。だーからさー、チャン僕が見ててやらないと?お前にまともな旅なんて出来るわけナッシングでしょーが。」

「ギョウ…」

「まっ、勘違いしなうぃーでよねー。チャン僕ってば、ながーい夏休みに海外旅行するついでに?セリの面&倒もしょーがないからみてやろーってだけなんだからさー。なんせ夏休みは3か月もあるもんねー!いい暇つぶしってね!」

「…はは、お前らしいよ、ギョウ。」

 

 

 

素直じゃない。けれども決して恩着せがましくもない。

 

それは腐れ縁であるが故の、セリとゴ・ギョウの関係性を大いに表す会話となりて…夜の静かな防波堤に、潮風と共に流れ行くのか。

 

…1人で世界を見てくるつもりだった。けれども確かに不安はあった。

 

そんな、決して大人ではないセリの中の感情が…腐れ縁が現れただけで、こうまで簡単に払拭されるなんて、セリからしても意外であったに違いなく。

 

 

 

「んで、パスポートも無いのにどやって外国行く気なんでしょーねーセリさんはー。」

「あ…」

「ひゃはは、ンなこったろうと思って?ホラよ、これ。」

「…パスポートに着替え…お前、この荷物どうしたんだよ。」

「ん?そんなのお前ん家寄って?お袋さんに用意して貰ったに?きまってるぅーよー!フゥー!」

「…え?」

「お前んち、大騒ぎしてたぜー?けどそこはチャン僕が?『セリは自分探しの旅にいってきまー!』って上手く説明してきたわけで。やさーしく見守ってあげてくださー!んじゃま、チャン僕も一緒に行ってきまー!って言ってきといてやったってね!」

「なんだよ、自分探しの旅って。それじゃ俺がガキみたいな理由で家出したみたいに…」

「いやいやいーや、実際ガキみたいな理由でしょーが。」

「…」

 

 

 

まさか、もう両親にバレたのか。

 

精々、明日の朝くらいまでは誤魔化せるだろうと踏んでいたセリに、目論見が外れた焦りが少々生じるものの…

 

…まぁ、この旅が見切り発車であったことは、セリにだって否めない事実ではあるのだが。

 

それでも、なんだかんだ言ってゴ・ギョウのこうした根回しの良さは本当に抜け目が無い。旅が始まる前に、既にこの腐れ縁の男に助けられているという事実が…当ての無いセリの不安な旅路に、少しばかりの光を与え…

 

 

 

「ま、とりま朝んなったら電話入れとけよ?すんげー怒られるだろーけどー。んで?先ずはどこ行くん?」

「…とりあえず、本島に行って飛行機に乗り換える。そうだなぁ…先ずは大都市から…近い方から行ってみるか。」

「おっ!デュエリアか?ぅいーねぇー!デュエリアは世界一でっかい街だから?美人なオネーサンも沢山いるってね!」

「お前なぁ…」

 

 

 

 

それと同時に、1人じゃない分退屈しないで済むか…

 

と、セリは思ったのだった―

 

 

 

 

 

 

夜の海へと漕ぎ出す小船。

 

波に揺られる少年達。

 

…果たして、月明かりに照らされる彼らの旅路に待っているモノは一体何なのか。

 

それは、今この時の彼らには決して分からない未来なれど…

 

…強さを知りたい、世界を知りたい。

 

自らの知識欲に任せた、若き秀才の求めるモノはこの旅の果てに見つかるのか。

 

そんなこと、今のセリには決してわかるはずもないのだが…

 

それでも、自分達の未来を信じて止まない、未来溢れる少年達。16歳という若さに任せた彼らの旅路はデュマーレの海と優しい潮風が祝福している通り…

 

希望に満ち溢れたモノとなっていることは先ず間違い無く。

 

 

 

 

 

 

…これは世界の決まりに抗おうとした、1人の男の物語。

 

 

 

 

 

Ex適正を持たない少年が、この世界に生を受けるよりも前に繰り広げられた物語であり…

 

この世界の仕組みに疑問を持った1人の少年。しかし力を求めたが故に魔に取り憑かれることとなる、1人の男の物語。

 

 

―そう、デュエル傭兵集団『七草』。

 

 

全員が『極』の頂に位置する力を持った、7人の猛者達。彼らが、いかにして出会い…そして、いかにして『七草』となったのか。

 

…それは歴史の裏に刻まれた、語られぬはずだった冒険の綴り。

 

 

 

これは、いずれ悪魔と呼ばれることとなる…

 

 

 

1人の男の、7つの物語―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 




次回
遊戯王Wings外伝「エピソード七草」

ep2「ハコベラ in デュエリア」




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ep2「ハコベラ in デュエリア」

 

デュエリア―

 

それは世界地図の中心に位置している、世界一巨大な都市の名前。

 

5大デュエル大都市に数えられる5つの都市の中でも、街の大きさや歴史的観点から紛れも無く世界最大・最古の大都市であり…

 

日々大多数の人間が日々この街を行き交い、デュエリストレベルは世界トップクラスとまで言われる、世界で初めて『決闘』が行われたとしても知られる、デュエリストにとっての聖地の名でもある街。

 

…多種多様な人種が集まり、最早一つの国家と言ってしまっても遜色無いと言えるほど巨大な都市。

 

超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の本部を要していることや、古の時代の『神』が眠る地としての伝説が残ることから…世界に名立たる巨大なデュエル大都市の中でも、きっとこのデュエリアの街は世界中の誰もが知る最も有名な都市に違いないことだろう。

 

 

…街の中心に位置している、決闘学園デュエリア校がこの街の象徴。

 

 

デュエル大都市の中でも、最も多くのプロデュエリストを輩出している決闘学園デュエリア校のレベルは世界トップクラス。

 

天高く聳える学園の中央塔、そこで行われるこの街の学生達の祭典である【デュエルフェスタ】の決勝戦は…プロデュエリスト達の間でも話題になるほどに有名な祭典であり、【デュエルフェスタ】の優勝者ともなれば、プロ試験免除にてプロになれるとまで言われていることから、この街の学生達にとっては最も狭き門なるも最も誇りあえる栄誉と言えるだろうか。

 

 

そんな見渡す限り人、人、人の海となっているデュエリアの街の…

 

 

繁華街と呼べるであろう、賑やかな場所に…

 

 

決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサとゴ・ギョウは居た。

 

 

 

「うっひゃー…すんごい人じゃんねー。コレ、祭りやってるんじゃないんでしょ?」

「あぁ、流石は世界最大の街なだけはある…デュマーレの『鎮海祭』の時よりも人多いんじゃないか?」

「それなー。」

 

 

 

そんなデュエリアの街に到着したばかりのセリとギョウの目に飛び込んできたのは、見渡す限り人、人、人…前も後も右も左も、人の波でごった返した異様な光景―

 

飛行機を降り、現地の知り合いと合流するためにこの街に降り立ったばかりの二人からすれば、この街の『日常』とさえ呼べるこの光景はまさに、『異常』として捉えられる状況であるのか。

 

二人にとっては初めてとなる、このデュエリアの街のいつもの光景…どこか田舎情緒すら感じる静かなデュマーレの街で生まれ育ったセリとゴ・ギョウの目には、とてもじゃないが異常な光景にも見えることだろう。

 

…いくら休日だとは言え、祭りでもないのにこの人の波。

 

それはデュマーレの『鎮海祭』の時期よりも人が多いのではないかとさえ思える、あまりに多くの人の波となりて…セリとゴ・ギョウの目に、いやでも飛び込み続けるのか。

 

また、このデュエリアの繁華街は、デュエリアの街にいくつもある繁華街の内の一つに過ぎない。そう、この一つの繁華街だけを切り取っても、セリとゴ・ギョウの故郷であるデュマーレよりも圧倒的に人の賑わいのレベルが違うのだ。

 

…流石は5大デュエル大都市の中でも、決闘市と並んで1、2を争う有名な街。

 

ソレ故…初めて来たデュエリアの街の凄まじさに、思わずセリとゴ・ギョウも人酔いしそうな気分を覚えたとしても。ソレはある意味、当然といえば当然のことであり…

 

 

 

「…んでさー、まーずはどーこ行くん?」

「この先に叔父さん…親父の弟が迎えに来てくれてるっていうから…親父から、まずは叔父さん家に行って連絡寄越せって言われてる…」

「ひゃはは、しっこたま怒られてたもんねーセリってば。」

「…あぁ。」

 

 

 

しかし、今のセリの表情は、初めて来たデュエリアの街に圧倒されているというより…もっと別の事に対して、どこか気落ちしているようにも見える代物となりて零されるのか。

 

隣を歩くゴ・ギョウは、周囲を見渡しつつ鼻歌を鳴らしながら街を物色しているというのに…ソレに対して、肩を落として頭を垂れ、重い足取りで人の波に乗っているセリ。

 

…まぁ、それも当たり前か。

 

何せ、今が夏休みの真っ只中とは言え。セリは半ば家出のような形で、デュマーレの実家をこっそりと飛び出してきたのだ。

 

…先日の、デュマーレの街の『鎮海祭』の日に起こった事件。

 

表向きにはソレとは関係のない出来事で、しかし本当はその事件に真っ向から首を突っ込んで。

 

その所為で海で溺てしまい、そしてセリは冗談抜きで死にかけた目にあったのだ。

 

だからこそ、そんな目にあったばかりの16歳の少年が、一命を取り留めたとはいえ親の忠告を無視してそのまま家を飛び出し…間髪いれずに世界を旅しにいくということなど、良識ある親ならばきっと大反対するに違いないこと。

 

…ソレ故、ゴ・ギョウの手助けがあったとはいえ。

 

飛び出したことが即座にバレたセリに、両親の雷が落ちたのもそれは当然といえば当然で…

 

父と母から電話口に、怒声と怒声を浴びせられ…こんなに怒った両親の声を聞いたことが無かったゆえに、電話越しに相当の恐怖を感じてしまったセリ・サエグサ、16歳。

 

そんなショックが尾を引いているのか、前途多難なこの旅の行く末に始めからテンションを下げてしまっていて―

 

 

…まぁ、行ってしまったものは仕方ないのだから、精々人に迷惑をかけないよう、体に充分気をつけて行ってこいという、両親からの半ば呆れ気味の許可を貰ったのはソレはソレとして。

 

 

そんな複雑な感情の中で、セリはデュエリアの繁華街を歩き続ける。

 

あちこちに張られた有名プロデュエリストのポスターや、そこかしらの屋外モニターに流されているプロの試合の音をBGMにしつつ…

 

親にまた叱られるという恐怖を抱きつつも、徐々にこの世界で最も大きなデュエル大都市の空気を肌で感じ。

 

この街の規模ならば自分の求める『本当に強いデュエリスト』に出会えるという確信をセリは徐々に抱きながら、人混みの流れに身を任せてその気分を少しずつ上げていく。

 

 

 

「デュエリアにはどんなデュエリストが居るんだろうな。この街なら、きっと強い奴がゴロゴロしてると思うんだ。本当に強い…『本物』が…」

「つってもさー、『ホンモノ』の強いデュエリストっつーのも?なーんか抽&象with的だと賢いチャン僕は思うんだよねーうんうん。」

「…え」

「結局、『ホンモノ』って何なのさ。セリん中の、ホントーに強いデュエリストってどんなモンなわけ?」

「俺が思う、『本物』…」

 

 

 

すると…ゴ・ギョウの言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまったセリ・サエグサ。

 

自分の思い浮かべる、『本物』の力を持った強いデュエリスト…

 

…別に、その答えが無いわけではない。

 

セリの中には、『抽象的』ながらに確固たるイメージを持った『本当に強いデュエリスト』の像は確かに存在してはいる。

 

しかし、セリが言葉を詰まらせてしまったのはソレをいざ『言葉』に使用とした時に…自分の語彙力と想像力では、ソレを正確に言葉として説明することが出来なかったからなのだ。

 

…『強さ』にだって、様々な種類がある。『運』が良い者、『戦略』に長けている者…

 

更に言えば相手との相性だったり、デッキの調子だったりと色々なモノが重なってデュエルはその時その時の一瞬一瞬が全て異なるモノとして構成されるのだから、デュエルにおける『強さ』を一概に定義することは難しいとさえ言える事などセリにはわかってはいる。

 

そう、わかってはいても…

 

けれども、今まで培ってきた自分の知識では。自分が求める『本物の強さ』を、セリは上手く言葉に出来ないでいて…

 

 

 

 

「まっ、セリが言いたい事なんて?何となくチャン僕だってわかるけどもねー。見たら分かる『コイツつえー!』って程度の奴じゃなくて?セリが戦いたい奴ってもっとこー…『コイツやべーマジつえーチョーやべーい勝てねぇーい!』って奴っしょ?」

「…なんで分かるんだよ。」

「ひゃはは、チャン僕が?何年?お前とツルんでると思ってるぅーよー!ンなモン、わかって当&然っしょー?」

「なんだそれ。でも…そうだな、文句も言い訳も入りようの無い、異常なまでの強さを持った…それこそ【王者】みたいな、理解出来ないくらいに強い奴…多分、俺が戦いたいのは、そういう奴なんだと思う。」

 

 

 

けれども、続けざまに放たれたゴ・ギョウの言葉に導かれるように。

 

セリの口から飛び出てきたのは、上手く言葉で形作る事が出来ないなりの、しかして自分の求めるモノの『定義』を多少なりとも形作ることが出来たセリの心からの本心であった。

 

…そう、腐れ縁のゴ・ギョウが道筋を示してくれた通り。

 

『運』だとか『戦略』だとか『調子』だとか『相性』だとか…セリが思い浮かべる『強さ』とは、そういった不確かな代物ではないのだ。

 

どんな時も崩れない、自分にしか出せない強みを確率し。どんな時も迷う事無く、勝利へとデッキが突き進ような、そんな人知を超えた『強さ』こそがセリ・サエグサの求める強さ。

 

…この旅に出る決意を持つことが出来たのも、偏にセリが先日『本物の強さ』を持った者に完敗を喫したからこそ。

 

そう、それは先日、デュマーレを襲ったデュエル傭兵…

 

セリが初めて『勝てない』と思い知らされた、信じられない強さと『合理性』を見せ付けてきたホトケ・ノーザンのような―

 

 

 

「でもでもでーも?そこら辺の人に?片っ端からデュエル挑んだって?意味なんてナシナシナッシングっしょ。いくらデュエリアだからって、全員強いわけじゃないんだし?」

「当たり前だろ、そんな事しないさ。」

「んー…じゃあ手っ取り早くぅー、デュエリア校にケンカでも売り行くー?ひゃはは、いちおー世界一デカイ決闘学園なんだし、もしかしバケモン紛れこんでっかもよ?」

「いや、学生じゃダメだ。せめてプロくらいじゃないと、強いデュエリストなんて居るわけが無い。学生なんて…戦うだけ無駄だ。」

「…セリー、ソレ、自分も含めて言ってるやーつ?」

「…何言ってるんだ?それより、これだけの規模の街だ、きっと相当強い奴が居るに違いないよな。ギョウ、早速明日からの作戦を練らないと。」

「…」

 

 

 

まぁ、学生に対するセリのどこか失礼な言葉はこの際置いておいて。

 

セリが求めているのは、先日デュマーレで戦ったデュエル傭兵…ホトケ・ノーザンのような、有無を言わさぬ本物の猛者。

 

…そんな者と戦いたい。そんな者の強さを得たい。

 

その一心でこの旅に出たセリの心の中には、未だ見ぬデュエリアの強敵の影が頭の中に既にちらつき始めている様子であり…

 

あのレベルの猛者なんて、普通であれば見つけることすら出来ないであろうと言うのにも関わらず。見つかるかもわからない架空の敵に、セリは今からワクワクしていて―

 

 

 

そうして…

 

 

 

…人の波に流されて、人の波に揺られながら。

 

セリとゴ・ギョウは、ゆっくりとデュエリアの繁華街の中を流されていき…

 

 

そして繁華街の、丁度出口に差し掛かった頃…

 

 

 

「Hey、セリー!こっちだー!」

「叔父さん!久しぶりー!」

 

 

 

路肩に駐車されていた車から降りてきた一人の男が、徐にセリたちへと声をかけてきた。

 

 

 

「ホント久しぶりだなーセリー、親父の葬式以来だから3年ぶりくらいか?HAHA、背ぇ伸びたなー。」

「当たり前だよ、もう高等部だからね。」

「おっ、Youがギョウ君か?兄貴から聞いてるよ。Youの面倒もよろしく頼むってな。」

「ひゃは、よろしくでゅーす!」

 

 

 

小走りで駆け寄ったセリへと向かって、声をかけてきたその男。

 

それは紛れも無く、セリ・サエグサの叔父である…セリの父の弟であたる、リョウジ・サエグサという男であった。

 

セリの父とは少々年が離れている所為か、セリにとって叔父というよりも兄に近い付き合いでもあり…

 

突然家を飛び出したセリの身を案じた父が、初めて訪れるデュエリアの地で先ず始めに頼れと言ってきたのが、数年前からデュエリアに住み始めているという、このセリの叔父であったのだ。

 

…そんな叔父は、久しぶりに会った甥っ子に対し。

 

駐車している車の前で、いまだ幼い子をからかうようにして…再度、その口を開き始めた。

 

 

 

「けど聞いたぞー?お前、自分探しのジャーニーに出たんだってな?HAHAHA、俺も若い頃は似たようなことした覚えがあるからよく分かるぞ。男なら、1度は本物の自分を見つけるためにワールドをジャーニーしたくなるモンだよNA!」

「いや、そんなんじゃないから。それに叔父さんのは自分探しの旅じゃなくてただのギャンブル放浪でしょ?…それより叔父さん、デュエリアで強いデュエリストって言えば例えば誰がいる?」

「なんだ藪からスティックに…」

 

 

 

しかし、久々の再開を喜ぶ叔父へと。

 

唐突に、そんな質問を投げかけたセリ・サエグサ。

 

…3年ぶりに再会した甥から、突然そんな質問が飛んでくるとは叔父とて微塵も思っていなかったのだろう。

 

案の定、甥の呈した質問の意図が理解できないかのように、セリの叔父はどこか困惑した顔を見せ始めるものの…

 

それでも、セリは続けて言葉を発して…

 

 

 

「俺、強いデュエリストと戦いたくてデュエリアまで来たんだ。だから、どうせやるならとんでもなく強いデュエリストとデュエルしたくて…」

「Ahー…兄貴が言ってた『自分探しの旅』ってそういう…そうだなぁ…やっぱり『逆鱗』じゃないか?何しろ、10年以上世界ランク1位をキープしてる、デュエリア最強のデュエリストだからNA。」

「『逆鱗』…3人の【王者】と同格って言われてる歴戦の…」

 

 

 

だからこそ、甥の意図を汲んだ叔父もまた、セリの言葉に即座に思いつく限りの言葉を返し始めるのか。

 

叔父の出したデュエリストの『名』。それは、デュエリアのトップランカーの中でも1、2を争う…

 

―否、デュエリアだけではない。

 

世界中全てのプロデュエリストの中でも、おそらく『最強』の談義には必ず名が挙がる、頂点の【王者】たちと並んで称えられている、世界で最も有名なトップランカーの『名』であった。

 

 

『逆鱗』―

 

 

このデュエリアの地において、セリの叔父がその『名』を真っ先に出したのもある意味当然か。

 

何せその名は、セリだって当然知っている。いや、知らなかったらデュエリストでは無いとまで言われている、この世界における世界最高峰のプロデュエリストの異名なのだから。

 

…若かりし頃から、数々の伝説を残してきた男。

 

デュエリスたちの頂点である【黒翼】、【白鯨】、【紫魔】の、3人の王者と同等の力を持つとされている歴戦に名を刻んだ最強の一角であり…

 

今もなお最前線で戦い続けている、戦闘狂とまで言われることのある、まさに王座を踏みつける暴れ狂う龍。

 

 

 

「でも流石に『逆鱗』とBattleは無理だろー。世界中飛びまわって試合してるから、めちゃくちゃ忙しい人だしなー。」

「そうだね…流石に『逆鱗』と野良試合っていうのは…」

「あとデュエリアで有名なデュエリストって言えば、世界ランク3位の『霊王』とか、若手注目度No.1の『虎徹』とか…プロ以外にも、アマチュア世界一になった黄昏一族のアカツキ君や、学生ならこの前のデュエルフェスタで優勝した『スレイヤー』って言ったとこKA?ま、それでもデュエリア最強って言えばやっぱ『逆鱗』1択だろ。他のデュエリストとは根本的に実力が違いすぎる。俺の見立てじゃ、『霊王』や『虎徹』ならまだしもアマや学生じゃあハンドもフットも出ないだろうZE。」

「ねーねー、でもさー、だったらなーんで『逆鱗』は【王者】じゃないん?【王者】と同格っつーなら?一回くらい?【王者】とチェンジ&しててもよくなくなーい?ホントに『逆鱗』って強いワケ?」

「ン?」

「え?」

 

 

 

そんな、デュエリアの情勢に詳しくも『逆鱗』について熱弁するセリの叔父に対し。

 

徐に口を出してきたゴ・ギョウの言葉は、ある意味今の若者らしく…往年の古豪の評価に対する、その力を疑問視しているモノであった。

 

…半ば伝説となっている、【王者】にも引けを取らぬ力の持ち主だとして疑われてもいない『逆鱗』に対し。そんな事を言い放ったゴ・ギョウの言葉は、あまりに不遜であまりに不敬ではあるものの…

 

けれども、怖いモノ知らずでもあるゴ・ギョウはそのまま。『逆鱗』の力を信じているであろうセリとセリの叔父へと向かって、更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「つーかてーかなんてーか、チャン僕ってば前々から?『逆鱗』が【王者】と同格って言われてることに?ワリと疑&問感じてたんだよねー。セリは昔っから激褒めしてっけど。」

「何言ってんだよギョウ。『逆鱗』が【王者】と同等の力を持ってるってのは普通に常識だろ。」

「HAHAHAHAHA、その通りだぜギョウ君。けど中々言うじゃないか。まさか【フェスティ・ドゥエーロ】でセリに勝って優勝したっていうYouから、そんな言葉を聞くなんて思ってもいなかったが…」

「だから前々から疑&問だったんだって。何で【王者】でもない奴が?【王者】と同格なん?フツーに考えて【王者】よりも下だから【王者】じゃないんでしょーってね!」

「はぁ…学校でも習っただろ?『逆鱗』と言えば【王者】と互角の勝負を何度もしている、伝説のデュエリストの1人だって。『逆鱗』くらいじゃんか、ずっと【王者】と互角に渡り合ってるトップランカーなんて。」

「だーからさー、なら『逆鱗』だって一回くらい【王者】になってたっていいじゃーんって言ってんの。ソレ出来てないっつーことは?『逆鱗』が【王者】と同格ってのも?ま、誇with張だったってことに…」

「But、実際に『逆鱗』は【王者】になれるタイミングだってあったんだZE?『チャンピオンズリーグ』で何度も優勝してるし、若い頃から【王者】達と何度も戦ってるが勝ったり負けたりでホント互角なんDA。それに【王者】達との『3連戦』は伝説の…」

「伝説の3連戦って…『殴り合い』と『潰し合い』と『殺し合い』だったよね。」

「Yes、【王者】達と『逆鱗』の試合の中でも、最高の試合って言われてる3試合DA。お前たちが赤ん坊の頃の試合だけど…俺は今でもあの時の感動を覚えてる。【王者】との3連戦の後、互角に戦った『逆鱗』には特別に4人目の【王者】としての席が用意されるって話も出たが…『逆鱗』はソレを、TVの前で堂々と蹴ったんだ。あの時の『逆鱗』のインタビューは感動したZE…」

「ホントかなー?チャン僕ってば、自分の目で見たモノしか信用しないタイプだからさー。【白鯨】も【黒翼】も【紫魔】もヤベーくらい強いんだぜ?あの人らと同じって言われたって信じられるわけなうぃーよー。」

 

 

 

『逆鱗』に対するセリの叔父の、熱意の篭った熱弁を聞いてもなお。

 

それでも己の中の『逆鱗』の評価を、全く変える気の無いゴ・ギョウ。

 

…まぁ、自分に正直に生きるのがモットーのゴ・ギョウからすれば、思った事を口にする事になんの抵抗もないのだろう。

 

確かに16年間ずっと世界ランキング1位をキープすることが、どれだけ凄い偉業なのかということなど、セリと同じくプロ入り確実とデュマーレで噂されているデュマーレ校2年のゴ・ギョウにだって分かってはいる。

 

それに、『逆鱗』が行った【王者】達との伝説の3連戦…

 

『殴り合い』、『潰し合い』、『殺し合い』と呼ばれる【黒翼】、【白鯨】、【紫魔】とのデュエルが、長い長い歴史を持つ決闘界においてもそれぞれが『最高』の試合に数えられるほどの戦いであることなど、初等部の教科書にだって載っているのだから…

 

当然、ゴ・ギョウだって『逆鱗』がその身一つで築いた栄光がどれ程のモノなのかなど、頭では理解だってしてはいる。

 

けれども…そう、それでも。

 

過去に一度、【白鯨】の試合と【黒翼】の試合と、それに【紫魔】の試合をそれぞれその目で見た事のあるゴ・ギョウからすれば…

 

あの人間技とは思えない、あまりに凄まじかった【白鯨】のデュエルと…あまりに圧倒的過ぎた【黒翼】のデュエル…そして、あまりに途轍もなかった【紫魔】のデュエルは、今もなお『頂点』のモノとしてゴ・ギョウの中に残っているのだから。

 

…故に、ゴ・ギョウは素直に認めない。

 

 

 

「大体さー、『逆鱗』ももうイイ歳でしょでしょ?ロートルのデュエルなんてチャン僕あんまし興味ナッシングトゥマッ…」

「Good timing…ギョウ君、だったらその目で確かめてみるといい。」

「ひょ?」

「明日、『逆鱗』が今出場しているトーナメントの決勝戦が、この街のメインスタジアムで行われる。直接見なきゃ信じられないなら、直接その目でlookすればいい。中継じゃない、生のデュエルをNA。そしたらYouにも、『逆鱗』の力がよく理解できるはずDA。」

「え?叔父さん、直接見ればいいって言ったって…そんな急に『逆鱗』の試合なんてチケット取れるはずが…」

 

 

 

しかし…

 

どこまでも『逆鱗』の力を信じ切っていない、甥の友人であるゴ・ギョウへと向かって。唐突に、セリの叔父はそう告げてきて。

 

そして、そんな荒唐無な言葉を発した叔父に対し。甥であるセリも、少々怪訝な顔をして言葉を返してしまい…

 

それは、たった今叔父の零した言葉が、果たしてどれだけ荒唐無稽なモノであったのかがセリにはよく理解できてしまっていたからに他ならない。

 

…そう、世界ランク1位の『逆鱗』の試合は、【王者】の試合と並んで超人気のプレミアムチケット。

 

確かに【王者】よりも世に出て戦う場面が多いからか、直接その目で『逆鱗』の試合を見ることのできるチャンスは【王者】の試合よりも多いかもしれない。けれども、『逆鱗』ほどのトップランカーが出場するタイトルマッチやトーナメントともなれば、世界トップクラスのモノばかりなのだから…

 

『逆鱗』の他にも有名な選手や人気のプロが多数出場する関係で、その試合のチケットともなれば毎回毎回満員御礼の即日完売が常であり、今から明日の『逆鱗』の試合のチケットなんて、普通に考えれば手に入るはずも無いのだ。

 

また、『逆鱗』個人の行うシングル戦であったとしても。

 

そのチケットを求める者は世界中に大多数存在するのだから、思い立って『逆鱗』の試合を生で見ようとするその行為自体がそもそもからして不可能な事であるはずだと言うのに…

 

…まさか、叔父は自分の持っているチケットをギョウに譲るとでも言うつもりなのか…や、今日会ったばかりの甥の友達にそんなコトをする義理なんてないのだから、そんな勿体無い事は叔父だって絶対にしない…

 

…と、瞬時にそんな所にまで思考を巡らせつつ、そういえばすぐに軽口を叩く叔父の事が少々苦手だったのだということを思い出し始めたセリを他所に。

 

更にセリの叔父は、言葉を続けるのみ。

 

 

 

「HAHAHA、俺を誰だと思ってる。特等席を容易してやるYO。」

「…特等席?」

「セリの叔父さんって、ンな偉いん?」

「いや、そんなはずは…」

「いいから、Youたちは明日を楽しみにしてNA?俺に任せとけ、とっておきの『策』があるんDA。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

 

 

「すみません、中央決報のリョウジ・サエグサです。」

「はい、許可証お預かりいたします。」

 

 

 

デュエリアにある大小さまざまなスタジアムの中でも、最も大きいメインスタジアムの…その、関係者入り口の一つでのこと。

 

叔父の家に一泊したセリとギョウは、寝坊した叔父に『逆鱗』の試合が始まる正午ギリギリになってこのスタジアムへと連れてこられていた。

 

…そう、セリの叔父の言っていた、『特等席を用意してやる』という言葉の、その真意。

 

それは、セリの叔父が名乗った『中央決報』という社名…デュエリアにおける大手メディアであるその会社の名と、そしてスタジアムの関係者入り口に出入りできる許可証を持っていることから分かる通り…

 

 

―何を隠そう、セリの叔父はデュエリアの大手企業の記者であったのだ。

 

 

確かに、記者であったならば。デュエリアのみならず世界中が注目している『逆鱗』の試合も、取材という名目や撮影という建前の元、最前列の観客達よりもなおステージに近い場所で『逆鱗』を見る事が出来るに違いない。

 

また、下手をすれば…否、上手くすれば。ステージの上の『逆鱗』のみならず、試合後の『逆鱗』本人にだって、インタビューという形で直接言葉を交わす事だってできる記者という職業。

 

まぁ、一体どうやってあのギャンブル狂だった叔父が、こんな大企業に記者として就職できたのかを常々疑問に思っていたセリからすれば。今こうして、叔父が記者らしく関係者入り口からスタジアムに入ろうとしていることに対し…

 

本当に叔父が記者であったと言うことを驚いている様子と、それ以上の『ある不安』に襲われている最中ではあるのだが。

 

 

 

「確認取れました。中央決報の担当記者、リョウジ・サエグサさんですね。…えっと…後ろの二人は…」

「コイツらはウチのルーキーでして。studyのために連れて来たんですが、あいにく今日は許可証が間に合わなくてNE…」

「すみません、許可証がないと中には…」

「まぁまぁ、そこをなんとか。いつもみたいにPhoto撮るだけだし。」

「え?そ、そういうわけには…」

「ね?いいでしょ?ルーキー共を早く使えるようにしないとさー、俺が上にどやされるんすよー?ちょっとだけ、ほんのちょっと見学するだけ、NE?」

「いえ、ですから…」

 

 

「…ねぇねぇセリー…おっちゃんの『策』ってもしかし…」

「言うな。俺だって呆れてるんだ。」

「だよねー…」

 

 

 

そして…

 

抱いていた不安が案の定、最悪の形で実行されている光景を見て…

 

思わず、呆れと共に大きな溜息を吐き出しそうになってしまったセリ・サエグサ。

 

…一応、怪訝な顔をして叔父とこちらと見比べてくる警備員の手前、あくまでも『中央決報の新人記者』という建前の元に作り笑顔を絶やしてはいないものの…

 

まさか叔父の言っていた『とっておきの策』と言うのが、こんな行き当たりばったりの苦肉の強行突破であったという事実は、セリも身内としてただただ呆れ帰ってしまっているのか。

 

…昨日、叔父が『任せておけ』と言った瞬間に、何やら少々嫌な感じを覚えていたセリ。

 

それが今、予想通りになってしまていることに対し…セリは甥として、叔父のこういうところが苦手だったのだというコトを思い出しつつ、叔父の奇行に何やら恥ずかしくなってきてしまっている様子で―

 

 

 

叔父は未だに、どうにかして許可証の無いセリたちが入れないか交渉…と言っていいのかも分からない駄々を、警備員にこね回し続けている。

 

…まぁ、それに準じて益々怪訝な顔を強くしていく警備員の表情を見れば、叔父の交渉が上手く行っていないということなどセリには一目力全ではあるのだが…

 

そう、普通に考えて始めから無理な話だったのだろう。大体、許可も無い自分達がこの程度の顔パスで厳重なスタジアムに入り込めるならば、一体何のための警備員か。

 

そんな事を思うセリの心には、叔父の心配よりもむしろ警備員に対する同情のようなモノさえ芽生え始めてきている様子で…

 

 

 

…そして、何やら若き警備員がセリの叔父に対し。

 

 

 

あまりに怪しさを感じたのか、まるで警察にでも電話しそうな表情の元に手元から電話の受話器を持ち上げ始めた…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「あれ?サエグサさん!お久しぶりー!」

 

 

 

若い警備員が通報しかけたその刹那。

 

警備員室のさらに奥の部屋から、何やらよく肥えた責任者らしき人物が現れたかと思うと…

 

そのまま、受話器を持ったままの警備員の横に立ち。ソレを見たセリの叔父が、何やら笑顔を浮かべながらその肥えた中年へと言葉をかけはじめたのだ。

 

 

 

「おー!コウさん、ご無沙汰してます!HAHA、どうすか調子は。」

「はっはっは、相変わらずですよ。それより何やら騒いでるような声が聞こえましたが、何かありましたか?」

「いえね、実はウチの新しく入った奴ら連れて来たんすけど、ちょっと許可証の申請間に合わなくてですNE…」

「あーはいはい。いいですよ、サエグサさんなら1人や2人入れても。」

「ちょ、主任、いいんですか?」

「いーのいーの、この人俺の知り合い。別に問題起こすわけじゃないんだし、許可証の一つや二つ無くたってわかりゃしないって。」

「えぇー…」

 

 

 

すると、よく肥えた中年の警備員は、とても責任者らしからぬ言動をいくつか零しつつ。

 

若い警備員の持っていた受話器を電話へと戻したかと思うと、再度セリの叔父へと口を開きながら…

 

 

 

「それよりサエグサさん、今日は遅かったねー。もう試合始まりそうだよ?」

「HAHAHA、渋滞に巻き込まれましてNE!でもありがとうコウさん、また今度飲みいきましょ!」

「はっはっは!楽しみにしてますよ。」

「よしお前ら、GOー。」

 

 

 

軽薄に…それでいて軽快に。

 

セリの叔父と、主任と呼ばれた肥えた男が少しばかりの会話を交わしたかと思うと。セリ達が入っていくのを、いまだ怪訝な目で見送る若い警備員の視線を他所に…

 

そのまま手早く、呆然としていたセリとゴ・ギョウを引き連れて、セリの叔父はスタスタとスタジアムの中へと入っていくではないか。

 

そんな若い警備員に対し、何やらセリの心には小さな罪悪感が生まれつつあるも…それでも、叔父に引かれるまま。セリとゴ・ギョウは、スタジアムの中へとただただ引っ張られていくだけ。

 

 

 

「…叔父さん、さっきの人知り合いなの?」

「ん?Ah-、前に賭場で…じゃなくて、『前の職場』で一緒に仕事して仲良くなったんだ。んで、あの人の仕事がこのスタジアムの警備主任だってわかってたから…MA、何とかなるだろって思ってNA。」

「そんな行き当たりばったりで…」

「でも上手く行ったろ?任せとけよ、俺がめちゃくちゃ『運』が良いってのはセリだって知ってんだRO?」

「…」

「…でもさー、おっちゃんホントにこんなコトしちゃってうぃーのー?おっちゃんが?後で会社に?激怒fromクビになったってチャン僕達ノー関係だからねー。」

「No problem。バレやしないって。それに、少しくらいスリルあった方がワクワクするもんDA。」

「…ふーん。」

 

 

 

あまりに甘い見通しと、あまりに稚拙な『とっておきの策』

 

そんな、下衆とも思える態度と言葉を、何の恥じらいも無く甥とその友人へと投げかけるセリの叔父。

 

…その台詞からは、とてもじゃないが責任ある社会人としての重みが全くと言っていい程感じられず…

 

そしてソレ以上に、あまりに後先を考えていない叔父の行き当たりばったり過ぎる行動に、セリの中には今更になって焦りと恐さが浮かび上がってきているのか。

 

…通報されるギリギリだった。

 

叔父を知る警備主任が、タイミング良く出てきてくれたからいいものの…もしあと一歩でも遅かったら、不審者として警察に逮捕されていたかもしれない。

 

そして、もしも警察に通報されて、色々と調べられていたら…叔父はもちろんクビになっていただろうし、学生である自分達の悪行も当然母校であるデュマーレ校に通告されて処罰を受けていただろう。

 

よくて停学、下手をすれば退学…そうでなくとも、ゴ・ギョウは間違い無く休み明けにある『5大都市代表選抜戦』の代表を降ろされ、自分だってソレ相応の処罰を一緒に受けていたに違いない。

 

…そんな最悪の事態を、一瞬で想像しているセリの思考の早さもさることながら。

 

そんな、味わいたくも無かったスリルが、セリの心臓の鼓動を否応無しに早くし続けており…そしてセリは自分の記憶の中から、そういえばどうして叔父が苦手だったのかを思い出し始めている様子で…

 

 

…父が、よく愚痴を零していた。

 

 

弟は底なしに『運』の良い男ではあるが、それに過信しすぎてこれまで幾度となくトラブルを巻き起こしてきた…と。

 

引き際を見誤り、多額の借金を抱えることは日常茶飯事。命を賭けたギャンブルにだって手を出して、死にこそしなかったものの大怪我だって何度経験したか数えきれず…

 

叔父の話題が出るたびに、そんな父の愚痴を聞いて育ったセリからすれば、叔父の事を苦手だと判断していたとしても、ソレはある意味当然の事と言え…

 

 

 

「ねぇねぇセリー、おっちゃんの前の仕事って?」

「…パチプロ。」

「…ソレ仕事じゃなうぃーねぇー…」

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「さぁて…もう試合は始まってるが、まだ始まったばかりだ。この扉の先に、本物の『逆鱗』が居るんだZE?」

「本物の『逆鱗』…本物に、会える…」

「いいかYouたち、絶対に他の記者の邪魔だけはするなよ?問題起こすと、俺までしょっ引かれるハメになるんだからNA。」

「ひゃはは、ソレ、今更過ぎじゃねー?けどまっ、言われなくても?大人しくしてるぅーよー。しょーじき、チャン僕ってばセリについて来ただけだすぃー?」

「よし…それじゃあ…」

 

 

 

ここまで来たら、もう後に引く事など出来はしない。

 

…大きく分厚い鋼鉄の扉。

 

この扉の先では、本物の『逆鱗』が今まさに試合を行っているところなのだ。いくら若い警備員に、懺悔の念があるとはいえ…セリとて、もうここまで来たのならば本物の『逆鱗』の試合を見たいという気持ちが、先程よりも大きくなってきている様子。

 

ゆっくりと…スタジアム内部を外界と完全に遮断している、重々しい鉄の扉へと手をかけるセリの叔父。

 

…撮影という名の、大義名分の元。

 

今、ゆっくりと…鋼鉄の扉が開かれ…

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハァ!行くぜオラァ!」

 

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

轟音―

 

 

扉を開けた瞬間に襲ってきたソレは、紛れもなく音の轟きであった―

 

 

 

「ぴゃっ!?うるさ!な、何なのさーこの歓声はさー!」

「ッ!?み、みみが…」

「ねーセリー!おいセリー!やばくねー!ここー!」

「え!?何か言ったか!?聞こえないぞーギョウー!」

「だーかーらー!せりーってばー!」

「えー!?」

 

 

 

友の声など聞こえない。自分の声すら耳に届かない。

 

そう、重々しい防音の扉を開けた瞬間に、セリの耳に飛び込んで…否、耳がもぎ取れるとさえ思ってしまった、そのあまりの破壊力を持った『音』の塊が、こういった場に慣れてないセリの耳を容赦なく破壊しにかかってきたのだ。

 

セリたちが包み込まれたのは、そんな音の塊によって構成されている歓声の嵐であり…

 

ビリビリと肌を震わすのは、声と声と声の振動―

 

熱狂と歓声が織り成している、外界とは隔絶されたこの特別な空間―

 

その、約10万人超の観客達の全ての視線が中央のスタジアムへと注がれており…その中心、中央、真ん中で戦っている、歓声を一挙に浴びているのは他でも無い―

 

 

 

「【復活の福音】発動ぉ!墓地からレベル7の【嵐征竜-テンペスト】を蘇生ぃ!墓地の【巌征竜-レドックス】の効果も発動ぉ!墓地の【サファイアドラゴン】と【タイガードラゴン】を除外しぃ、墓地からレドックスを特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

スタジアムに轟く竜の咆哮よりも、なお重々しくスタジアム全体に響き渡るその声。

 

この大歓声の中にあっても、とてつもない存在感と共に響き渡るその声は…まさに唯一無二なるモノとなりて、10万人の観客達の歓声すらも飲み込むのか。

 

響き渡るは、1人の人間から放たれているとは到底思えないような凄まじく重々しい声―

 

歓声すらも飲み込みながら、このデュエリアの最も広いデュエルスタジアム全体を振るわせることの出来る人間など…この世界には、ただの1人しか該当する者は存在しないことだろう。

 

…その中心に居るのは、世紀末に生きているのではないかと錯覚するほどに鍛え上げられた、隆々とした巨大な体躯。

 

戦場を駆け抜けたかのような傷跡に、重々しい声に負けず劣らずの重厚なオーラを纏う…未だ現役の最前線で戦い続ける、世界最強にも数えられる一人の男。

 

それは【王者】の名に最も近いと言われている、【王者】に最も拮抗していると称えられている…

 

 

 

 

 

…王座を踏みつける戦闘狂、暴れ狂う大災害。

 

 

 

 

 

―『逆鱗』

 

 

 

 

 

劉玄斎、その人。

 

 

 

 

 

「行くぜぇ、バトルだ!ブラスター、タイダル、テンペスト、レドックス!雑魚共を蹴散らせぇ!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

『逆鱗』の一挙手一投足に、征竜の咆哮一つ一つに。

 

鼓膜を揺るがすほどの歓声が溢れ、更にヒートアップし続けるスタジアムの興奮。

 

…これ程までに凄まじい歓声をその身に浴びる事のできるプロデュエリストなど、彼と【王者】以外には存在しないのではないかと思える程に…

 

このスタジアム内に轟き続ける狂気の歓声は、まさに『逆鱗』のデュエルに魅入られた者達の熱狂そのモノ。

 

…これが、その身一つで【王者】と同じレベルにまで上り詰めた歴戦の男、劉玄斎。

 

およそデュエリストが到達できる最高点まで到達したにも関わらず、それを高笑いしながら蹴り飛ばした逸話を持つ…型にはまらぬ、首輪を引きちぎる、制御など出来ぬ暴れる大龍。

 

その、初めて生身の『逆鱗』を見て。そして、その凄まじいまでのデュエルを観て…

 

関係者のみが移動を許されている、観客席よりもステージに近い場所で…セリは、歓声の中で思わず言葉を漏らして…

 

 

 

「…すごい…これが本物の『逆鱗』…彼だけが従えられる、【征竜】…」

 

 

 

誰よりも『逆鱗』に近い場所で…そう、観客達の誰よりも『逆鱗』に近い場所で。

 

実物の『逆鱗』と、『逆鱗』にのみその使用を許された【征竜】を間近でその目に映したセリの眼は、きっとこのスタジアム内の誰よりも煌き輝いているに違いないことだろう。

 

初めて生で見る本物の【征竜】。この世界で、ただ一人のデュエリストにのみその使用を許されたモンスターの凄まじさはとてもじゃないが言葉にならない程に凄まじく…

 

それでいて、雄大な大自然のようにどこか毅然とした美しさすら醸しだしているその姿は、まさに全世界のデュエリストの憧れるドラゴンそのモノと言えるだろうか。

 

 

…この世界において、【征竜】というカードはその凶悪さ故か、使用・所持を『逆鱗』と謳われた劉玄斎を除いて、他の誰にも許されていない。

 

 

そう、【征竜】というカードの所持も使用も複製も、【征竜】に関わることは劉玄斎以外に絶対に認められていないのだ。

 

それは今や、学生達の教科書にだって載ることが決まっている程に、全世界の常識として知られている事実であり…

 

たった一人の男の戦いが世界の法にも刻まれるというその歴戦の重みは、劉玄斎という男の功績が他に類を見ない程に大きいという事の証明かつ実績とも言えるに違いない事だろう。

 

…決闘界の根幹に関わるほどの、あまりに大きいその力。それはたった一人の男の功績が、世界の法をも変えたという証。

 

その、嘘偽りなき、正真正銘本物の歴戦を築き上げている災害の竜達が…

 

 

 

【焔征竜‐ブラスター】レベル7

ATK/2800 DEF/1800

 

【瀑征竜‐タイダル】レベル7

ATK/2600 DEF/2000

 

【嵐征竜-テンペスト】レベル7

ATK/2400 DEF/2200

 

【厳征竜-レドックス】レベル7

ATK/1600 DEF/3000

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

竜が轟き、歓声が上がる。歓声が轟き、ドームを揺らす。

 

その全てを飲み込みし、『逆鱗』の叫びが大気を震わす。

 

…『逆鱗』が見せる、あまりに圧倒的過ぎる力。

 

その、観客達に、そして間近で見ているセリたちが見せつけられる『逆鱗』の雄大なる姿は、彼とそれ以外のプロとでは持っているモノが根本からして違うのだと言わんばかりの存在感となりて…まさしく3人の【王者】と比較しても同格、同等と呼べるに相応しい圧力を帯びて、スタジアム内部を揺らし続ける。

 

『逆鱗』と対峙しているプロだって、世界ランク12位の世界的に有名なトップランカーであると言うのに…

 

纏うオーラがあまりに違う…一体、どうやったら人間がこんな『猛者』となれるというのだろう。

 

一度ソレに中てられたことのあるセリは、『逆鱗』の放つ存在感の凄まじさがよく理解できる。

 

そう、持って生まれた才能と磨き上げた力。そしてデュエルに対する『熱』とデッキの波長があまりにマッチした紛れも無い『強者』のオーラは…言うなれば、およそ人間に到達できるとは到底思えないような、圧倒的過ぎる天上の実力。

 

…人間の常識では測れない、天上のデュエリスト達が住まう『極』の頂。それは先日、デュエル傭兵であったホトケ・ノーザンが放っていたモノと同種…

 

勝てないと思わせられる、圧倒的高みからの重々しい重圧。デッキが自らの意思を持ち、デッキが主を勝利へと導いているかのような展開…勝つべくして勝つ、約束された勝者の姿そのモノではないか。

 

自分がデュエルしているわけでもないのに、思わずソレを感じてしまったセリ。

 

それはまさに、『逆鱗』も常人の理解を超えた天上の実力を持っているということであって―

 

 

 

 

 

「クハハハハ!行くぜぇ!俺ぁブラスター、タイダル、テンペスト、レドックス!4匹の征竜でオーバァレイィ!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

そして…

 

デュエルも中盤…いや、終盤に差し掛かり。

 

スタジアムの中央、ステージ上で最も注目を浴びている『逆鱗』の宣言によって、4体の征竜が光となりて空を舞い始めたかと思うと…

 

ソレに応じて、歓声がより一層盛り上がりを見せ始め―

 

 

 

 

 

「怒りに震える逆鱗よぉ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!」

 

 

 

 

 

天に叫ばれしその口上、大気を震わす激しき雄叫び。

 

それは大歓声の熱狂の中でも、重々しく響くのか。

 

『逆鱗』、劉玄斎が誇る己の切り札…世界の頂点で戦いを続ける、戦乱の中で生き続けるその『名』が…

 

 

 

今、ここに―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召かぁぁん!来やがれぇ、ランク7!【撃滅龍 ダーク・アームド】ォ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【撃滅龍 ダーク・アームド】ランク7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

―現れたのは怒りに震える、力を纏いし黒鉄の豪腕。

 

巨大なる体躯、轟く咆哮。

 

刃翼を広げ、重々しい雄叫び響かせ…全身を牙と化したその姿は、まさに怒りに震える逆鱗そのモノ。

 

…これが、このモンスターこそが。『逆鱗』と呼ばれし、歴戦を戦う黒き龍。

 

シンクロ使いの対戦相手のカードとは対照的な、純黒なりしその姿を今ここに轟かせながら…主の猛りを体現せんと、敵へと向かって唸り叫ぶ。

 

 

 

「ッ!?こ、コレが『逆鱗』と呼ばれるモンスター…黒い、豪腕…」

 

 

 

ソレを一目見ただけで、明らかにスタジアムの空気が変わったことを感じ取ったセリ・サエグサ。

 

そう、【王者】と同格の男のその『名』となりし、【王者】にも等しき『異名』を持ったモンスター…

 

【撃滅龍 ダーク・アームド】―かつて前身となる『効果モンスター』から進化したという、劉玄斎によって創造された彼だけが持つ『逆鱗』と呼ばれし特別な存在。

 

それは【王者】達の持つ『名』と比較しても、なんら遜色無い天上のオーラを撒き散らかしているモンスターであり…

 

そんな【王者】にも匹敵する『逆鱗』が現れた瞬間に、このスタジアム内の空気が先程よりも更に熱く激しく重々しく『逆鱗』コール一色となったのだ。

 

…その凄まじさは言うに及ばず。

 

耳を劈き、内蔵を振るわせ、音が目に見えて震えているかの如く、スタジアム内の空気が実際に震えていて…

 

そして、ソレをその身で感じつつ。セリは、劉玄斎だけが持つ『逆鱗』のカードに見惚れており…

 

 

 

また…

 

 

 

「ひゃは…マジモンのバケモンじゃねーかよ『逆鱗』…【王者】と同格…わかるわー…」

 

 

 

音の塊に飲まれているからか、誰にも聞こえない、自分にだって聞こえない声で。

 

静かに…けれども自分でも意図していないとても大きな声で、音の塊の中へとそう言葉を零したゴ・ギョウ。

 

それは、実物を見る前にあれだけ『逆鱗』の力を疑問視していた彼も、実際にその目で本物を見たことでその認識を改めたが故の言葉なのだろう。

 

 

…簡単には認めないつもりだった。けれども、簡単に認めざるを得なかった。

 

 

それほどの迫力が『逆鱗』にはある。それだけの力を『逆鱗』は持っている。

 

…幼き日にその目で観た【王者】達のデュエルと、同じだけの威力を『逆鱗』は放っている。

 

ひねくれた少年が、素直にソレを認めざるを得ないほどに…それほどのモノを見せ付けてきた『逆鱗』に対し、ゴ・ギョウは自分の目で見たが故に、己の認識がどれだけ間違っていたのかを自分自身で理解できたのか。

 

 

 

「これが【王者】と同格と謳われるトップランカー…『逆鱗』、劉玄斎…」

 

「フゥー…凄まじうぃーねぇー…」

 

 

 

【王者】と同格…それは生半可な者に与えられる称号ではない。

 

ソレを、己の目と耳と体と…とにかく己の全てで感じ、そして思い知ったからこそ。

 

一応、本当に記者らしく『逆鱗』の写真を撮影している叔父を他所に。お互いが、お互いに聞こえない声ではあるものの、5大デュエル都市に数えられるデュマーレの街の、双璧とも呼べるセリとゴ・ギョウが同時に感嘆の声を漏らしてしまったのもある意味当然で…

 

この2人が、同時に感嘆の声を漏らしてしまったこの『逆鱗』のデュエルは…果たして、発展途上のセリとゴ・ギョウに、どんな成長を齎してくれるのか…

 

 

 

 

 

「これで…終わりだぁ!冥龍崩天撃ぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして―

 

 

 

最初から最後まで、その圧倒的なる『力』その物を見せつけて。

 

 

 

デュエリア最大の賞金トーナメント、『ティマイオス杯』の決勝戦は…

 

 

 

『逆鱗』と呼ばれし黒き豪龍のトドメの一撃によって、劉玄斎の優勝で決着となったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

試合後―

 

 

 

 

 

「いいかYouたち、試合後はインタビュー禁止だからNA?」

「え、なんで?」

「…試合のヒートがまだ残ってるんだとさ。試合後数日は熱くなりすぎて、下手に声をかけるとぶっとばされちまうんだと…昔、バカな記者がナマイキな質問したら実際にボコボコにされたって噂も…」

「…うーわ『逆鱗』こっえー…」

 

 

 

熱狂していた戦いが終わり、記者たちが慌しく詰め掛けた関係者通路でのこと。

 

そこで彼らは、今まさに戦いを追えたばかりの『逆鱗』、劉玄斎が控え室へと帰って来るのを待っているところであった。

 

そして、その他局の記者たちに混ざって。セリとゴ・ギョウは、中央決報の記者である叔父と同じ腕章をつけ…

 

同じく、『逆鱗』がステージから帰って来るのを待っているところだったのだが…

 

 

 

「だからPhotoを撮るだけDA。取材は後日、『逆鱗』がOKを出してから…それまでは、誰も取材しちゃいけない…だからセリ、間違ってもデュエルを挑もうなんて思うんじゃないぞ?いいNA?絶対だZO?わかったKA?」

「…そんなに言わなくたってわかってるよ、そんなこと…」

「いーや、そのFaceはわかってない。その顔、俺の忠告を無視して勝手に突っ走ってた昔の兄貴にホントにそっくりだZE。お前が一番兄貴に似ているんだから間違いない。ガキの頃、俺だどれだけ兄貴に迷惑かけられたかお前は知らないんDA…」

「いや、流石に俺だってそんな無茶は…」

「いいNA?わかったNA?」

「わ、わかった…」

「ひゃはは、無茶はセリのセンバイトッキョだもんねー。もしもしもしもしもしかしなくても?挑む気満々だったんしょー?」

「いや、挑むっていうか…どうせならちょっと質問したかったって言うか…」

「でもでもでーも?あわよくばー?」

「…挑んでみたかったってうか…」

「ほらねー。」

「…勘弁してくRE…」

 

 

 

叔父にあまりに多くの釘を刺され、ソレと同時にゴ・ギョウにも真意がバレてしまっていたセリ。

 

しかし、叔父がこれだけ釘を刺したということは…それだけ、セリが『わかりやすい顔』をしていたと言うことでもあるのだろう。

 

また、セリ本人は上手く隠していた気になっていたその感情は、腐れ縁であるゴ・ギョウにも見破られており…これほどまでにバレているが故に、とうとうセリも隠す気すら起きなくなったのか。

 

…けれども、セリがそういった気持ちになっていたとしても、ソレはある意味当然だろう。

 

何せ、『逆鱗』は多忙を極める世界ランク1位のデュエリスト。プロでもない学生の身では、『逆鱗』と相見える機会などあるはずもなく…

 

このチャンスを逃せば、次に本物の『逆鱗』と会えるのはプロになった後…それもトップランカーに上り詰め、そしてその魔窟で生き続けないといけないのだ。

 

次に本物の『逆鱗』に会えるのは、果たして何年後になるのか…下手をすれば、自分がトップランカーに上り詰める前に引退してしまう可能性もあるのだ。

 

だからこそ、降って沸いたこのチャンスに是非とも『逆鱗』と直に言葉を…あわよくば、一戦交えたい気持ちもセリにはあったのだろう。

 

まぁ、本物の『逆鱗』の戦いを間近で見られただけでも奇跡だったのに、これ以上を望んでしまったら罰が当たってしまうかもしれないという気持ちも確かにセリにはあるのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「ッ、き、来たZE…いいなセリ、大人しく…」

「わ、わかってるよ…」

 

 

 

熱狂のステージを降り、ついに関係者通路へと現れた『逆鱗』。

 

しかし、その『逆鱗』の姿を一目見て…セリは、少しでも声をかけようと思っていた自分の浅はかな考えが果たしてどれだけ危険なモノであったのかをようやく理解した様子。

 

そう、ステージの熱狂をその身で受け止め。そしてあまりに猛り、滾り、昂ぶった戦いを見せていた『逆鱗』の今の姿は…

 

…あまりに、『熱く』なっていたのだから。

 

 

 

(ッ…こ、恐い…す、少しでも触った爆発しそうだ…)

 

 

 

写真を取るだけで、無言で『逆鱗』を見送る記者たち。

 

デュエリア最大の賞金トーナメントを制したというのに、『逆鱗』の足音とカメラのシャッター音だけが響くこの通路がまるで異次元にでもなったかのように…

 

とてつもない緊張感が通路に充満し、ソレ以上の熱が『逆鱗』を覆っている。

 

 

…今の『逆鱗』の状態は、明らかに臨戦態勢のドラゴンそのモノ。

 

 

そう、確かに先の試合は『逆鱗』が優勝したとは言え、終始『逆鱗』が押していたとは言え。

 

それでも先ほどのデュエルはプロのトップランカー同士の戦いらしく、相手側も相当に鋭い手を幾度も繰り出し、『逆鱗』の喉下を何度も食い破りかけていたのだ。

 

そんな白熱した戦いを繰り広げ、観客達からあれだけのか熱狂を投げ込まれれば…

 

『逆鱗』が、試合後もこれだけの熱を帯びているということも、ソレはある意味当然と言え…

 

 

 

(恐い…けど、これが本物の『逆鱗』…俺もいつかあの舞台で『逆鱗』と…俺だったらあの場面で…俺なら…くそっ、戦いたい、本物の『逆鱗』と…)

 

 

 

けれども、触れたら爆発しそうな『逆鱗』の姿に少々の恐さを覚えていても。

 

それでもセリの心には、あれだけ分かりやすい強さを見せ付けてきた『逆鱗』へと向かわせる…好戦的なる戦いへの意欲と、好奇心からくる強さの探求が沸き起こってきている様子。

 

…恐い、けれども戦いたい。

 

もしかしたら、自分程度では手も脚も何も出せずに蹴散らされるだけかもしれない。それでも、『逆鱗』の持つ強さをその身で体感し、そして今よりもっと高い場所に行くきっかけを自分もつかみたいのだと…

 

無茶は承知。そもそも、声などかけられない。

 

それでも、心の中で自分ならば『逆鱗』とどう戦うのかを無意識に考えてしまうセリの確かな戦意は…あれだけの戦いを見せ付けてきた『逆鱗』を前にしても、今にもはち切れそうに膨らもうとしているのか。

 

 

 

(ドラゴン族だから超魔導剣士を軸に…リソースの削り合いじゃ絶対に勝てないから、一撃を狙う形にすれば…そのためにはアレとアレを組み合わせて…俺なら…俺のデッキなら…戦いたい、『逆鱗』と、今すぐにでも…)

 

 

 

そんな才能豊かが故の少年の思考と、無謀なるも己の力がどこまで『逆鱗』に通用するのか知りたいセリの知識欲が…

 

 

セリの理性の中で強く混ざり合っていた…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「…おい…誰に殺気向けてやがんだぁ!」

 

 

 

―!

 

 

 

突如…

 

 

 

『逆鱗』が、セリの目の前を通ったその瞬間―

 

 

 

「ッ!?カッ…ハッ…」

 

 

 

突如として関係者通路に怒声が響き、その刹那になんとセリの体が苦しげな呼吸と共に空中に浮かび上がったのだ―

 

 

…誰も…誰も、その状況が理解出来ては居なかった―

 

 

そう、誰が予測出来ていたというのか。

 

誰も口を開いておらず、『逆鱗』の足音とカメラのシャッター音だけが反響していた関係者通路で…

 

記者達の誰もが、『逆鱗』の機嫌を損ねぬよう暗黙の了解で口を噤んでいたはずの関係者通路で…

 

 

 

…『逆鱗』が、いきなり怒り来るってセリの首を掴んで持ち上げるだなんて―

 

 

 

(い、息が…出来な…)

 

 

 

…瞬間の事に、何が起こったのかを誰も理解できず。

 

そう、記者たちも、付き人たちも、もちろんセリ自身だって。今、何が起こったのかを誰も理解出来ないままに、突如『逆鱗』が激昂し始め―

 

 

 

「う、ぐっ…」

「ッ!お前セリに何やってんだコラァ!」

 

 

 

また、これも瞬間的に―

 

『逆鱗』へと向けて声を荒げたのはセリの叔父…ではなく、この場で最も若いであろう、デュマーレ校のゴ・ギョウだった。

 

…友に危害が及んだからか、それとも腐れ縁が故の反射的行動か―

 

呆然としている大人達を他所に、一人反射的に『逆鱗』の腕へとしがみ付き。

 

首を絞められているセリを助けようと、若さゆえの反射で『逆鱗』からセリを引き離さんと…

 

 

 

しかし…

 

 

 

(ひょっ!?ビ、ビクともしな…)

 

「あぁ!?何だテメェはぁ!」

「ひゃ!?」

 

 

 

ゴ・ギョウ1人がぶら下がっても、微塵も下がらぬ『逆鱗』の腕。

 

そう、『逆鱗』の手を下ろそうとぶら下がるも、細身のゴ・ギョウ程度の体重では丸太のような『逆鱗』の腕は微塵も下がる気配もなく…

 

そのまま反対の手で、歯向かったゴ・ギョウも簡単に鷲掴みにされてしまったではないか―

 

 

 

「クソガキ共が…俺に殺気向けるたぁいい度胸じゃねーかぁ!覚悟できてんのかぁ!?あぁ!?」

「けふっ、う…」

「ひゃ、ひゃは…」

 

 

 

首を掴まれ、呼吸すらままならないセリ。

 

胴体を掴まれ、軽々と持ち上げられているゴ・ギョウ。

 

怒号が轟き、怒気が溢れる…一体、何が『逆鱗』の癪に障ったのか。

 

そんなコト、全くもってわからないセリや記者たちからすれば…この一瞬に、一体何が起こったのかすら、理解することもままならず…

 

明らかに昂ぶりすぎている『逆鱗』。誰も失礼な質問や失礼な態度は取っていなかったはず。そうだと言うのに、『逆鱗』がこうも激昂を見せるというその驚きは…

 

セリとゴ・ギョウ、2人の少年達に、『逆鱗』が決闘界でも『何』と呼ばれていたのかを走馬灯の様に思い出させるのか…

 

 

 

『暴れ狂う大災害』―

 

 

 

そう、王者と同格と謳われてもなお、王座を踏みつける戦闘狂と呼ばれている、世界にとっての『逆鱗』の呼び名の一つ。

 

力を持って世界を制し、実力を持って観客を沸き立たせ、武力を次第に積み重ねるとともに、助力など必要とせず上へと昇り詰め…

 

そして圧力を持って周囲をひれ伏させ、権力を物ともせず我が道を突き進み、魅力を備えつつも蛮力を奮い…

 

…最終的に、純粋なまでの『暴力』によって恐怖を抱かれるまでに到ったという、その呼び名の意味を―

 

 

 

(うっ…し、死ぬ…ほ、ホントに…死…)

 

 

 

きっとおそらく一瞬の刹那。

 

しかし永遠にも感じるその思考。

 

まるで走馬灯を見ているようにゆっくりと流れるセリの思考の世界は、たった今『逆鱗』に首を絞められ持ち上げられたばかりだというのに、この一瞬で相当な量の思考をその頭の中に張り巡らせたに違いない。

 

 

しかし、それでも苦しみは次の一瞬にやってくる…

 

 

酸素が途絶え、痛みが生じ、苦しみだけが襲い掛かるその感触。

 

ソレは紛れも無く、文字通り『逆鱗』の手によって自分の命に危機がすぐそこまで迫ってきているということ。

 

 

…ただ、戦いたいと思っただけなのに―

 

 

そうだと言うのに、渇望してしまうことすらダメなのか。

 

その、まるで野生の獣のように研ぎ澄まされていた『逆鱗』の察知能力に対し…セリの心には、せめて死ぬのなら『逆鱗』とのデュエルの果てに死にたかったという、一種の諦めにも似た馬鹿げた思想が徐々に募り始め…

 

 

そうして…

 

 

 

(ぁ…)

 

 

 

ほんの一瞬、けれども永遠にも似たその乱暴に。

 

セリの意識が、魂ごと飛びかけてしまった…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

 

「やめんか小龍!」

「あぁ!?」

 

 

 

廊下の奥から突如として、『逆鱗』へと向かって響き渡ったのは年季の入った老人の怒声。

 

すると、その声に反応するようにして…僅かだがセリの首を掴んでいた『逆鱗』の手が緩み、セリの飛びかけた意識と魂がその身へと引き戻されてきて…

 

そして、そのまま声の主は怒りを顕にしたまま、廊下の奥からこちらへと向かって歩いてきたではないか―

 

それは長く伸びた白髪と白髭に顔を隠し、しかし鋭すぎる眼光が相当の怒りを孕んでいることを誰しもに分からせている…まるで仙人か妖怪…そう、『妖怪』の呼び名があまりに似合っている、相当年季の入った一人の老人であり…

 

そのまま、突如現れた老人は…

 

 

 

「綿貫の爺ぃ!テメェ何でこんなトコに…」

「うるさいわ馬鹿者が!それよりその子達がお主に何をした!何も言わず、少しも動かず!ただ立っておっただけじゃろうが!」

「うるせぇよ!このガキが俺に殺気を向けやがったんだ、それがどういう意味か教えてやってるだけだろうが!邪魔すんだったらいくら爺ぃでも…」

「黙らんか!いいからその手を離せ!いくら儂でも、人殺しは容認せんぞ!」

「チッ…」

 

 

 

怒りを纏った『逆鱗』に対し、全く怯む事もなく強い言葉を浴びせ続けるのみ。

 

…普通、怒り狂った『逆鱗』に対し、こんな言葉を浴びせるなど自殺行為にも等しい事だと言うのに。

 

何せ、若かりし頃から粗暴な面が良く知られている劉玄斎。そんな彼に対し、綿貫と呼ばれた老人は少しも怯む事も無く…ただただ叱りつけるように、『逆鱗』へと怒声を浴びせ続けるだけであり…

 

…一体、この老人は何者なのか。そう、『逆鱗』の劉玄斎を『小龍』などと呼び捨て、怒った『逆鱗』を言葉だけで制することの出来る者など…

 

まぁ、この老人の事を何も知らぬセリ達からすれば。そして今にも死に掛けたセリからすれば、この老人が誰であろうと助けてくれたことに変わりは無いのだから、とにかく『逆鱗』に一刻も早く首を掴んでいる手を離して欲しいという考えしか浮かび上がりはしないだろうが…

 

しかし、この老人が誰であれ。唯一つ言えることは、『逆鱗』にとってこの『妖怪』染みた老人は逆らっては行けない存在であるということだろうか。

 

…そう、そのまま『逆鱗』と老人は、少ない言葉の応酬をしたかと思うと。

 

なんと、あれだけ昂ぶっていた『逆鱗』が。素直に、セリとゴ・ギョウを離し始めたのだから―

 

 

 

「…ゲホッ、ケホッ…し、死ぬかと…思った…」

「ミ、ミートゥー…」

 

「頭を冷やさんかい馬鹿者。何が『殺気を向けられた』じゃ。子ども相手にムキになりおって…何もされておらぬのにあんな暴挙、完全にお主が悪いに決まっておるじゃろうが。」

「…チッ、一々口うるせぇ老いぼれだなぁおい。」

「おい…貴様反省しておるのか?ある程度の好き勝手は許してやるが…度を超えると…」

「へいへい、わかってんぜぇ。確かに、ちっと大人げなかったなぁ、クハハハハ。」

 

 

 

先程までの、火の付いた爆弾にも似た怒りはどこへやら。

 

老人が現れたことで、何やら毒気の抜けたような声へと変わった『逆鱗』が…その雰囲気を180度転回させ、笑いまで交え始めたではないか。

 

そして『逆鱗』は、今の今まで掴んでいた2人の少年達を見て…正確には、セリ達の腕…社名の書いてある腕章を見て…

 

 

 

「中央決報かぁ…クハハ、テメェんとこ、面白ぇガキが居るみてぇだなぁ。」

「は、はひ…」

 

 

 

怒りではない。寧ろ少々愉快に思っているかのような声で。

 

後方で固まっていた記者達の中から、少年達と同じく『中央決報』の腕章をつけていた男へと向かって、そう声を伸ばした『逆鱗』、劉玄斎。

 

…この一瞬の出来事に、まるで着いてこれていない大人達。

 

その中でも、特に何が起こったのかを全く理解できないまま固まっていたセリの叔父は、突然『逆鱗』に声をかけられた事で、どこかマヌケな声を漏らしており…

 

…そのまま、『逆鱗』は呆然としている大人達の事などどこ吹く風で。

 

セリ達の方へと再度向かい直すと、これまた先程とは打って変わった態度を見せながら、ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「おぅボウズ共。悪かったなぁ、あんな殺気向けられちまったもんだから、ついカッとなっちまったぜ。」

「いえ…こ、こちらこそ、すみませんでした…」

 

 

 

…別に、セリが謝らなければならない事ではないというのに。

 

セリの口から思わず出てきてしまった言葉はあろうことか、殺されかけた『逆鱗』に対する謝罪を含んだ言葉であった。

 

…それは『逆鱗』を激昂させてしまったことに対する謝罪か、それとも単純な恐怖から来るモノか。

 

まぁ、アレだけの激昂を間近で見せられてしまったために、いくら落ち着いたとはいえ『逆鱗』に対しての恐怖をセリが抱いてしまっていても、それは仕方のない事ではあるのだが…

 

 

 

「少年達や、すまんかったのぅ。この件に関しては全面的にこちら側が悪い。この詫びは後で儂の方から送らせる…じゃからここは穏便にしておいてはくれぬか?」

「え?あ、は、はい…だ、大丈夫です…」

「うむ、本当にすまんかった。この男には儂の方からキツく言っておくからの。」

 

 

 

それでも、確かに間近で感じた『逆鱗』の迫力はセリの想像以上であったのだろう。

 

綿貫と呼ばれた老人に手を引かれ立ち上がったセリの足は、飛びかけた意識の所為でまだ少々震えており…

 

ソレが老人にも伝わったのか、『逆鱗』を叱りつけていた声とは真逆の優しい言葉でセリへと声をかけてくる。

 

 

 

「おう、お前もすまなかったなぁ。大人達が固まってんのに、ガキのお前の啖呵が良いモンだったからついイラっときちまったんだ、クハハハハ。」

「…」

 

 

 

また、『逆鱗』は摘み上げていたもう1人の方…チャラチャラとした恰好と雰囲気の、サングラスの少年へと、ゆっくりと手を差し伸べ起き上がらせて。

 

…一応、冷静になれば自分のしでかしたことがどれだけ大人げなかったのか、激昂していた『逆鱗』にも充分に飲み込めたのか。

 

自分が殺しかけてしまった聡明な少年と、怒りをぶつけてしまった軟派な少年へと…重々しい笑いを響かせながら手を差し伸べる今の『逆鱗』の姿は、とてもついさっきまで激昂していた男とは思えない程に人が変わってしまったかのよう。

 

…噴火と、冷沈。

 

その相反せぬ二面性を、竜の逆鱗で無理やりに封じ込めているからこそ…『逆鱗』と呼ばれる劉玄斎の怒りが爆発したときには、『暴れ狂う大災害』と呼ばれるまでの被害を齎してしまうのだろう。

 

そんな、体験したくはなかったであろう『逆鱗』の怒りを、まともに受けた少年達を起き上がらせた後…

 

 

 

「…小龍、お主はこれから説教じゃ。覚悟せい。」

「おいおい…俺ぁこれから違う仕事があんだよ。つーか、説教とかガキみてぇな事…」

「黙れ。鷹峰といいお主といい、お主ら何時まで儂に苦労をかける気なんじゃ。少しは浜臣や憐造を見習ったらどうじゃ。何時までも所帯を持たんとフラフラフラフラ…」

「…チッ、アイツも似たようなモンだろうが…」

「何か言ったかの?」

「いいや、別にぃ?」

 

 

 

嵐が一瞬で過ぎ去ったかのように。何が起こったのかを未だ理解できていない大人達と、危険な目に遭った少年達を背に…

 

『妖怪』のような老人に連れて行かれるようにして、『逆鱗』がこの場を立ち去り始めた…

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「ねぇねぇ『逆鱗』サマー。まさか謝って終わりにするつもるぃー?」

「…あ?」

 

 

 

去り行く『逆鱗』へと向かって、徐に背後からぶつけられたのは…明らかなる『敵意』を孕んだ、どこか重量を持った若い声。

 

…いや、その声質は、どこまでも軟派かつ軽快なモノになっていたのだから…ある意味、その声に重量が含まれていたというその矛盾感に対し、声をかけられた『逆鱗』も思わず、反射的に背を向けてしまったとしても、ソレはある意味当然と言えるだろうか。

 

…見逃してもらったというのに、それでも『敵意』と共に声をかけてきたその主。

 

そして、振り返った『逆鱗』の視線の先には…つり今まで吊り上げていた、軟派な恰好と雰囲気をした一人の男が。

 

明らかなる敵意を剥き出しに、『逆鱗』へと向かってサングラス超しに視線を突きつけているではないか―

 

 

 

「随分といいご身分じゃなうぃーのー。一般ピーポーなチャン僕達に?こんな暴力振るっといて?頭も下げずに言葉だけで済まそーだなんてさー。誠&意が足りなさすぎぃ!ってカーンジィ?」

「お、おいギョウ!お前なんでそんなややこしくすること…」

「セリは黙ってろよ!…これはチャン僕の腹の虫の問&題…折角?『逆鱗』の実力が?モノホンだって思ったってーのに…当の本人がこんなクズじゃあ、ガッカリ&ガックシwithカッチーン!ってね!」

「いや、それ全部同じ意味じゃ…」

「クハハハハ!俺をクズたぁ言いえて妙じゃあねぇか!あんな目に遭ったってぇのに、そこまで言えるなんざ中々肝が座ったガキだぜテメェはよぉ!」

「褒められてる気がしなうぃーねー!それより、詫びもナシにサヨナラするなんていいご身分ですねーって言ってんだよコッチは!」

 

 

 

軟派な彼には珍しく、しかしある意味納得のいく態度で。

 

暴れ狂う大災害と恐れられし『逆鱗』に対し、次々と言葉をぶつけ続けるゴ・ギョウ。

 

先程、『逆鱗』にあんな目に遭わされたと言うのに…ここまで言い返せるゴ・ギョウの精神は、並の学生では到底真似出来ぬ図太くも強靭なモノとでも言うのだろうか。

 

…まぁ、確かにゴ・ギョウの言う通り。

 

普通に考えれば、プロデュエリストの暴力事件として騒がれてもおかしくない先の騒動に対し…【王者】と同格の『逆鱗』だからというだけで穏便に済ますだなんて、当事者であるゴ・ギョウからしても腹の虫が収まるわけもないのだろう。

 

…始めは認めて居なかった【王者】と同格の男。しかしその戦いを生で観て認めざるを得なかった本物、『逆鱗』。

 

そんな、自分が認めてしまった男が…自分の立場に胡坐をかいて、こんな簡単に人に危害を加える男だったというその事実が何よりもギョウには許せないのか。

 

…けれども、怒りの熱を発しているゴ・ギョウに対し。再度、冷静になった『逆鱗』が口を開き始めて。

 

 

 

「まぁ、確かにテメェの言う通りかもなぁ。殺しかけといてゴメンで済みゃあ、警察はいらねぇってなぁ…んで、アロハシャツ…テメェは俺に何をさせてぇんだぁ?」

「あ、な、何って…」

「金かぁ?カードかぁ?それとも騒動を表沙汰にでもするかぁ?ま、金やらカードやらはいいとして…ンな事しようとしたら、もっと暴れされてもらうがよぉ、クハハハハ。」

「ッ…」

 

 

 

重々しい…

 

『逆鱗』の口から語れるは、声が実際に重量を持っているのではないかと錯覚するほどの…臓物を揺らし、大気を振るわす、冗談抜きの声による威嚇。

 

『逆鱗』が、暴れる…

 

ソレは、単なる脅しではなく。先程、実際にその片鱗をその身で体感したゴ・ギョウだからこそ理解できる恐さとなりて、『逆鱗』の口から発せられる。

 

…言葉に詰まってしまったゴ・ギョウの姿を見るに、ギョウとて『逆鱗』がこうも大人しく話しを進めると共に、こんな分かりやすい威嚇を飛ばしてくるだなんて予想外&想定外であったのか。

 

…けれども、若さに任せてここまで出張ってしまったからに引くわけにはいかない。

 

そう、ここで引いてしまえば、『逆鱗』に逆らえなかったと認めてしまうということ。感情に任せて啖呵を切って、けれども恐いのでゴメンなさいなんてダサくて恰好悪いこと…『自由』が心情の彼にとっては絶対に認めたくはないことなのだから。

 

…一瞬の沈黙が通路に響く。

 

これ以上は黙れない。これ以上は長引かせられない。自分が認め、けれども認めたくはない絶対の敵に…沈黙という負けを認めて頭を下げるなど、彼には絶対にしたくはないこと。

 

そんな瞬きほどの一瞬が、永遠に感じられるであろうその緊張感の中で…

 

絶対に『逆鱗』から逃げたくは無いというギョウが出した、その答えは…

 

 

 

「ひゃは…そういや『逆鱗』サマって、試合後のインタビューって絶対にタブー&NGなんだっけ?」

「…あぁ。そこいらの二流記者どもに、あるコトないコト言ってねぇコトやってねぇコトまで書かれっからなぁ。許可した時に許可出した奴じゃねぇとOKはしねぇ…ソレがどうした?」

「だったらさー!お詫びの姿勢を見せてもらおーじゃなうぃーのー!ここで?試合後のこの場で?中央決報のニューフェイス、チャン僕の質問に、しょーじきに一個答えてよねー!」

「…あぁ?」

 

 

 

ゴ・ギョウが出したその答え…

 

それは暗黙の了解として業界に知られているその禁忌に、あろうことか自らが踏み込むという暴挙であった―

 

果たして、ソレが『誠意』に当たるのかどうかなど、その提案をしたゴ・ギョウにしかわからないことではあるものの…

 

それでも、意を決しようにソレを述べたゴ・ギョウの雰囲気は、『逆鱗』相手にも全く引くつもりはないのだという決意の表れとでも言えるだろうか。

 

…ただで引くつもりはない、簡単に折れるつもりもない。

 

デュマーレ校1の曲者と言われている、ゴ・ギョウの捻くれつつも真っ直ぐな敵意。その彼から発せられる言葉を受けて…

 

『逆鱗』もまた、何かを考える素振りを見せ…

 

 

 

 

「…わかった。一個だけだぜぇ?テメェがそう言ったんだからなぁ。あと、もしアホな記事出しやがったら今度こそテメェの会社潰すからなぁ?」

「ひゃは、充&分!じゃあ『逆鱗』サマに質問させてもらおーじゃん!」

 

 

 

そして、これまでタブーとされてきた、『逆鱗』への試合直後の質問という暴挙の許可を取り付けたゴ・ギョウが。

 

迷い無く、『ソレ』を聞くことを始めから決めていたかのように…

 

今、『逆鱗』へと向かって―

 

 

 

 

 

「なんで【王者】にならないん?」

「あ?」

 

 

 

ゴ・ギョウの口から飛び出た質問。それは、あまりに使い古された『逆鱗』への質問であり…それは、世界の常識とまでなっている質問であった。

 

【王者】と同格と呼ばれている『逆鱗』の、【王者】にならぬその理由など…これまで何度社会に報道されてきたのか数え切れぬモノであり、そんなモノは最早世界にとっての常識中の常識となっているモノ。

 

そう、『王座を踏みつける戦闘狂』と呼ばれる事もあることから、何故『逆鱗』が【王者】に何故ならないのかなんて子どもだって知っている事なのだ。

 

…それ故、今更そんなことを『逆鱗』に聞く者など、皆無と言っても過言ではないだろう。

 

あれだけ威勢の良い啖呵を切っておきながら、最後の最後で気後れしたのか…まぁ、よくよく考えてみればこんな若い新人記者が、若さに任せて『逆鱗』に喧嘩を売っただけでも賞賛に値する無謀者ではあるのだが。

 

ともかく…

 

 

質問を受けた『逆鱗』も、どこか呆れたような顔をしながら。少々拍子抜けしたような声質で、ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「クハハハハ!ソイツぁ昔から何べんも聞かれてることじゃねぇか。勉強不足だなぁガキぃ。」

「…」

「ま、約束は約束だから別にいいけどよぉ。俺が【王者】にならねぇ理由?それはなぁ…俺ぁ【王者】に興味がねぇんだ。あんな偉そうな椅子にふんぞり返って、偉そうな態度取り続けるなんざ俺のガラじゃあねぇ…これで満足かぁ?」

「…ふーん、興味ナッシングねー…」

「そんじゃ、誠意は見せたからなぁ。クハハ、威勢がいいのは最初だけだったなぁおい。んじゃ、俺ぁとっとと帰らせてもらうとするぜぇ。」

 

 

 

そして、これまで『幾度』となくそう答えてきたテンプレートを簡潔に述べて。

 

もう、この場に用はないのだとして。再度、『逆鱗』が記者たちに背を向け歩き出し…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「そんで本音は?ホントは?しょーじきな所はどーなん?」

「…あ?」

「そんな上っ面の理由じゃなくてさー、『逆鱗』サマの本音中の本音は何なんって聞いてんの。」

 

 

 

再び『逆鱗』の背後から、今度はからかうような軽い声で…

 

『逆鱗』が、『そう答える』のすらも織り込み済みだったかのようにして…再度、『逆鱗』へと声をぶつけたゴ・ギョウ。

 

反射的に振り返った『逆鱗』へと、続けざまに言葉をぶつける。

 

 

 

「自分で言ったことは守ってよねー!チャン僕の質問に、『しょーじき』に答えるって約束したじゃんねー!流石にさっきのアレが全部の答えじゃないってわかってるってのー!」

「…テメェ、何が言いてぇ…これ以上うざってぇコト抜かすなら…」

「あ、もしかして失礼な記者ボコすってアレ?ひゃは!さっきもボコられかけたから?ンな脅し恐くもなんともないってのー!それよりあんな当たり障りないテンプレ言い捨てて?誠意見せたとか冗談じゃなうぃーよー!興味ナッシングで【王者】の席蹴れるわけ無うぃーからね!もっと他に理由あんだろ?【王者】舐めんなよ!」

「…だからテメェはさっきから何が言いて…」

「アンタの本音、言えつってんだよ!【王者】を蹴ったホントの理由を、約束どおりしょーじきに!さぁさぁさぁ、『逆鱗』の誠意?見せてもらおーじゃなうぃーのー!ひゃはははは!」

 

 

 

重々しい『逆鱗』の声に反抗せし、どこまでも浮ついたゴ・ギョウの叫び。

 

ソレはある意味、真逆の生き方をしている彼らだからこそ成立する声の応酬とでも言えるだろうか。

 

…その声は、『逆鱗』に気圧され気後れしていた声では断じて無く。

 

そう、誰であっても萎縮してしまうであろう、物理的に押さえつけられるような『逆鱗』の重々しい声に捕まらずに…ここまで言葉を返せるモノなど、『人生カルく生きてナンボ』が心情のゴ・ギョウだからなのだろう。

 

まるで悪戯が成功した、怖いモノ知らずの悪ガキの声質。それも、出し抜いてやったと言わんばかりの、性質の悪い飄々とした声。歴戦のデュエリストたる『逆鱗』を相手にしているというのに、『してやったり』の意地の悪いその態度は彼の生き方である『チャラく、うるさく、いやらしく』をコレ以上無いくらいに表していると言うことは最早言うに及ばず…

 

…しかし、ゴ・ギョウの質問を耳にして。後ろで固まっているだけであった記者達の中には、数人だけだがハッとした様子で何かに気付いてしまったベテランの記者達も居る様子。

 

 

そう、ゴ・ギョウは世界の常識にヒビを入れたのだ―

 

 

…それは『逆鱗』のあり方に、最初から疑問を抱いていたゴ・ギョウだからこそ気付けたモノ。

 

ハッとしているベテラン記者たちが、後ろに数人居ることがその証拠。確かに『その問い』に関する『逆鱗』の答えは、もう十数年前から変わってはおらず…それはある意味、『逆鱗』のポリシーがこの十数年間全く変わっていないことを意味することではあるのだが…

 

―けれども、確かにゴ・ギョウの言った通り。

 

よくよく考えてみれば、『面倒くさい』や『ガラではない』といった我が侭で、【王者】の席を蹴ることなんて出来るわけもないのだ。

 

…あの決闘界最大の問題児と言われている、エクシーズ王者【黒翼】ですら超巨大決闘者育成機関【決闘世界】による【王者】就任の取り決めに、無理矢理従わされた過去の歴史があると言うのに。

 

ソレは言い換えれば、王者【黒翼】ですら『そう』だと言うのに…トップランカーに過ぎない『逆鱗』だけが【決闘世界】の取り決めに反抗できるだなんて、考え直してみれば『違和感』どころか『異常』とも呼べる出来事であるのか。

 

…決闘界の法律とも呼ばれる、謎に包まれた超巨大決闘者育成機関【決闘世界】。

 

その決定は、決闘界の風雲児たる『逆鱗』とて覆していいようなモノではないはず…

 

これまでは『逆鱗』だから、とか『逆鱗』だし、とか言った、ある種の『慣れ』の所為で世界の常識になってしまっていた違和感を感じさせぬほどのその『異常』。

 

そんな世界の常識になってしまっていた、誰も考えようとしなかった『異常』に違和感を感じたまま突き出したゴ・ギョウの声によって…

 

この騒動を聞いているだけだった大人の記者たちも、どこかこれまでの『逆鱗』の答えに違和感を覚え始めている様子を魅せており…

 

 

 

「テメェ…」

 

 

 

しかし、ゴ・ギョウの声を受け…

 

振り返った『逆鱗』の額には、少々イラついているのが傍から見ても分かるほどに血管が浮かび上がってきていて―

 

 

 

(…ひゃは…ちょい言いすぎちゃったカーンジィ?…やっべぇー…)

 

 

 

肩を震わし始める『逆鱗』。

 

まさか爆発する前兆か―

 

その『逆鱗』の姿を見て、誰もが『逆鱗』が怒り狂うのではないかと身構え始め…中には逃げ出した記者も居るものの、多くの記者達はジリジリと後ずさりするだけで、恐怖で逃げ出す事もできず…

 

…現在では少なくなったものの、一昔前の『逆鱗』の周囲で相次いでいた暴力事件の数々は到底この場で数え切れるモノではない。

 

そう、暴れ狂う大災害とまで呼ばれた劉玄斎が、この場で怒り来るって暴れだしてしまえばここに居る全員が巻き込まれてしまう事は必至。けれども、『逆鱗』の発する重力のようなオーラに中てられ…

 

少年達も大人達も、誰もがこの場から離れられず…

 

 

 

そして…

 

 

目の前に居る、ナマイキにも突っかかってきた少年へと向かって。

 

不意に、『逆鱗』がその丸太のような手を持ち上げ―

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハ!こりゃ一本取られたぜぇ!俺にソコまで突っ込んで聞いてくる奴ぁ今までいなかったからなぁ!ビビってる大人とは違って大したタマじゃぁねぇか!」

「ひょ?」

 

 

 

しかし…

 

怯え慄き身構えた、多数の記者達の予想に反し。

 

『逆鱗』の口から響いたのは、怒りなど感じさせぬ笑い…生意気なガキの戯言を肴にしているかのような笑い声であった。

 

…『暴れ狂う大災害』をまるで感じさせぬ、心の底からの笑い声。

 

そのまま、怒りとは真逆の笑い声を聞いてあっけに取られている全員を他所に。

 

ゴ・ギョウへと向かい直した『逆鱗』が、更に続けて言葉を放る。

 

 

 

「中央決報の小僧…テメェ、名は?」

「ゴ・ギョウ…」

「ギョウ、か。…いいぜぇ、ガキの癖に大したタマだ。気に入ったぜ、そんなテメェにだったら教えてやってもいいかもなぁ、俺が【王者】にならねぇ理由って奴を。」

「ひゃは…そりゃどーも…んじゃ、本音は何なん?」

「あぁ、俺が【王者】にならねぇホントの所は、まぁ興味がねぇっつうのも理由の一つだが…俺ぁなぁ、戦い続けなきゃならねぇんだ。【王者】になったら、色んな制約の所為でデュエルする機会が極端に減っちまうし…何より、最前線に立てなくなっちまう。俺が『ここにいる』っつー証しが、【王者】になったら極端に減っちまうんだよ。」

「…証し?」

「あぁ。俺が、今、どこで戦ってるのか…俺が、今、どんな戦いをしてんのか…ソレを、俺は常に見せ付けておきてぇんだ。俺が今『ここにいる』ってことをなぁ。だから綿貫のジジイに無理言って、【王者】の席は蹴った…ってわけだ。どうしてもやり続けてぇ事がある…つってな。」

 

 

 

『逆鱗』の口から語られるは、これまで世界の誰も聞いたことのないような…彼の心の内の本音、世界の誰も知らぬ真意。

 

…【王者】になるよりも優先させたい、譲れない『何か』がある。

 

それは、彼の生き方と言うよりも…

 

まるで、『誰かを待っているような雰囲気』で―

 

 

 

「ま、それに【決闘世界】にゃ、俺に強くモノ言えねぇ幹部も居っからなぁ!クハハハハ、ソイツ利用して、無理を押し通したってわけだぜ!…さぁて、これ以上はプライベートだ。今度こそ正直に答えたし、もう文句はねぇよな?」

「…うぃー。」

 

 

 

そうして…

 

約束は果たしたのだとして、もう後腐れは無いのだとして。

 

…もう、この場には用は無いのだと言わんばかりに。

 

今度こそ、『逆鱗』がこの場に背を向け立ち去り始め…

 

 

 

「あぁ、そういやガキ共…」

 

 

 

 

 

いや、立ち去る前に…

 

『逆鱗』は、再度セリとゴ・ギョウへと顔だけで振り向いて―

 

 

 

「ここで合ったのも何かの縁かもなぁ。テメェらがもし『ここ』まで上がってきたら…その時は、ちゃぁんとデュエルしてやるからよぉ…精々頑張りなぁ、学生さん。」

「ッ!?」

「ひょ!?」

 

 

 

 

…と。

 

それだけ言って、去っていったのだった―

 

 

 

「…バレてたな。」

「ひゃはは…そだね。」

 

 

 

間近で喰らった『逆鱗』の迫力。

 

それは【王者】と同格と謳われる伝説のデュエリスト、『逆鱗』の力の一端をこれ以上無いくらいにセリとギョウへと感じさせた。

 

果たして…思いもよらぬ状況で、『逆鱗』の圧を喰らったセリとギョウの心は、一体何を感じたのだろう。

 

静かに去り行く暴龍の後姿を…

 

セリとゴ・ギョウは、ただただ静かに見ているのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「ジジイ、アレでよかったのかぁ?」

「うむ、上出来じゃ。」

 

 

 

『逆鱗』の為に用意された、スタジアムの控え室でのこと。

 

つい先程、少年達2人に乱暴を働いていた『逆鱗』、劉玄斎と…

 

その『逆鱗』を一喝して止めた翁…『妖怪』と呼ばれることもある、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部、綿貫 景虎が、先程までの態度とは打って変わって何やら言葉を交わしていた。

 

しかし、それは先程、綿貫が言っていた『説教』などでは断じてない…

 

寧ろ、先程の騒動が、全て綿貫の指示であったかのような振る舞いで―

 

 

 

「つぅか、試合直後に見かけたガキに『本気で怒れ』ってジジイに言われた時は、一体なんの冗談かと思ったけどなぁ…どのガキなのかはすぐにわかったけどよぉ、正直意味もわかんなかったし、人違いだったらどうしたんだよ。」

「フォフォッ、人違いなどありえんよ。あそこで邂逅することは決まっておった…後は、どんなきっかけが生まれるかの違いじゃ。ま、オマケが1人居ったがのぅ。」

「ンだそりゃぁ…ま、ありゃあ確かに、ガキの癖に良い殺気と啖呵だったけどよぉ。」

 

 

 

いや、『ような』ではない。

 

彼らの会話から分かるとおり、先程の『逆鱗』の激昂…その突然なる不可思議な行動は、全て『妖怪』と呼ばれる綿貫 景虎の指示によるものであったのだ。

 

…感情に任せた、ただの暴龍の錯乱ではなかった。

 

その理由、その意味。ソレらは全て、この場にいる二人にしか…いや、劉玄斎の表情から見ても、その『意味』を知る者はきっと綿貫 景虎という翁しか知り得ないことなのだろう。

 

そのまま『逆鱗』は、目の前に居る小さくも得体の知れぬ古い付き合いの老人へと向かって…

 

再度、その重々しい声を続ける。

 

 

 

「しかし解せねぇなぁ…確かにあのセリって奴ぁ、ガキの癖してそれなりのモン持ってそうだったが…精々いいとこ並のプロか、行っても上位中層ってトコだったぜぇ?寧ろ、ギョウってガキの方が、俺に真っ向から喧嘩売ってきた分マシに見えたがなぁ…あのセリってガキ、ジジイが目ぇかける程の代物なのかぁ?」

「フォッフォッフォ、セリ君の方も、お主に中てられ萎縮しておってソレじゃ。先が楽しみじゃろうが。」

「…に、してもだ。何で俺にあんなアホみてぇな真似させたんだよ。ガキの時分じゃあるめぇし、ガキ共にあんな真似するなんざ恥ずかしかったぜ。」

「にしてはお主もノリノリじゃったろうが。危うく本当に死ぬところじゃったぞ?その癖最後にいらんことまで言いおってからに…大体、『王』候補殺すとかありえんわい。」

「いや、だから『王』って何なんだよ。昔から聞いてんのに教えてもくれねぇじゃねぇか。」

「…お主はまだ知らんでも良い。それより、若者を導くのもお主の役目じゃ。あの子らがこれから歩む未来…ソレには、本気のお主がどれ程のモノなのかをあの子らに教えておく必要があった…ただ、ソレだけのことよ。ま、コレがどう転ぶかなど、儂には到底わからぬがの。」

「クハハハハ、相変わらず、ジジイの言うことは意味わかんねぇことばっかだぜ。大体、俺がガキ導くナリかよ。ガラでもねぇ。」

「フォフォ、そう言うな。案外天職かも知れんぞ?どうじゃ、その内決闘学園の長でもやってみるか?」

「クハハ、それこそガラでもねぇだろうが。」

 

 

 

彼らの口から語られるは、先程の少年達が知る由もない裏側の事情。

 

それも、ソレが何の意味を持つのかと言う事を、この物語ではこれ以上語られぬ世界の事情。

 

…世界を知る『妖怪』の意思。しかしてどう進むかわからぬ未来。

 

その、不確定なるも確かに紡がれつつある未来に対し…

 

更に『妖怪』は、言葉を続けて…

 

 

 

「きたるべき『終末の日』がいつなのか…儂にはまだわからん。じゃが、その未来が何時であれ、少なくともセリ君がこれから歩む未来は、まだまだ前途多難ということじゃ。無論…お主も、の。」

「…ま、あのガキ共がどうなろうと、俺にはどうでもいいけどよぉ…ジジイ、何企んでやがる?」

「…フォフォッ、別に悪いことではないわい。とにかく、お主は今までどおり好き勝手しておればよい。後の面倒事は引き受けてやるからのぅ。」

「…そうかよ。ま、俺からすりゃあ、いつかの楽しみが増えたから良しとするがなぁ…ギョウってガキ、中々に手ごたえがありそうだぜ。」

「ふむ…ま、ソレも良かろう。さて…セリ・サエグサ…闇を従えるか、闇に飲まれるか…それとも、何にもならずに人間で終わるか…先が楽しみじゃて。ヴェーラとどんな勝負を見せてくれるかのぅ。」

「…おいおい、次はあのオカマと戦わせる気かぁ?」

「フォッフォッフォ。」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

次の日―

 

 

 

 

 

「つかつかつーか?あんだけ危ない目に遭わせたワリにはさー、ちょっとお詫びが足りなくなくなくなーい?」

「贅沢言うなよ。お詫びのカードだって沢山貰っただろ?」

 

 

 

あの騒動から一夜明け、日も暮れかけた夕暮れ時。

 

昨日、『逆鱗』に文字通り死ぬほどの目に遭わせられたセリ・サエグサとゴ・ギョウは…

 

デュエリアの繁華街、その中心にほど近い、中規模のスタジアムが乱立する地域の、その中の一つのスタジアムへと足を運んでいた。

 

しかし、ソレはこれからデュエルを見に行くという意味ではなく…

 

どこか浮き足立っているセリと違って、その手に持ったチケットを見つつ、どこかテンション低めに言葉を返すゴ・ギョウの足取りはやや重く…

 

 

 

「まー貰ったカードに関しては?チャン僕としても別に?文句は無いんだーけーどー…デュエルサーカスねー。チャン僕としては?もっとこー、美味しーモンとか高価なモンとか?そーいったお詫びを期待してたんだけどもだっけーどー。」

 

 

 

そう、昨日助けてくれた、『妖怪』と言う呼び名があまりに似合う白髪白髭の老人から送られてきたお詫びの品…

 

その中の一つの、届けられたチケットを持っているゴ・ギョウが口にした通り。

 

騒動の翌日、セリとゴ・ギョウは、『デュエルサーカス』という娯楽に招待された為に、デュエリアの中心街のスタジアムへと訪れていたのだった。

 

早朝…『妖怪』の翁、綿貫 景虎という送り主から送られてきた有用なカードやレア度の高いカードに混ざって。

 

3人分…当事者であるセリとゴ・ギョウ、それに何故かセリの叔父の分の『デュエルサーカス』の招待チケットが、叔父の家へと届けられたのだ。

 

しかし…一体、何故『サーカス』の招待チケットなのか。

 

お詫びのカードの束はわかる。この世界において、カードはどんなモノよりも重要視される代物だから。

 

あれだけの目に遭わされただけあって、送られてきたカードは有用なモノが多く、またかなりのレアカードだって混ざっていた。

 

けれども、もう一つは何故に『サーカス』なのだろう。

 

その理由など知る由もないセリ達からすれば、確かにお詫びとして『サーカス』へ招待するなど、全く意味が分からないというのが本音ではあるのだが。

 

けれども、昨日あんな目に遭ったと言うのに。当事者、しかも冗談抜きで死にかけたセリの表情は、昨日アレだけの怒気を『逆鱗』から喰らったと言うのにも関わらず…

 

ソレを気にしていないかの様に、どこか軽やかモノとなっており…

 

 

 

「でも俺はデュエルサーカス、結構楽しみだけどな。それにレアカードだって結構貰ったんだし、まぁ別にいいじゃんって。俺達だって不法侵入したんだからイーブンだろ。」

「いやいやいーや、ソレって叔父さんの所為&責任じゃん。つーかさー、チャン僕達…ってかセリ、マジマジマージで死にかけたんだから?もう少し怒っててもよっくねー?それにさー、これってさー、よーするに口封じっしょ?こんだけ積むから?お前らは余計な事?言いふらすんじゃねーぞーってねー。」

「まぁ、そうとも取れるけど…」

「あーヤダヤダ。大人ってなんでこー汚いんでしょーねー。あーんな目にあったってーのに、この程度で済まされちったら収まるモンも収まらなうぃーよー。」

 

 

 

そんなセリに反し…ゴ・ギョウの口から飛び出すのは、昨日に起こった騒動に対するこの上ない不平、不満の数々。

 

…まぁ、いくら当事者のセリが、昨日の事を気にしていないとは言えども。

 

ゴ・ギョウからすれば、腐れ縁ではあるが相棒でもあるセリを殺されかけたのだから…いくら『逆鱗』が【王者】と同格の特別な立ち位置にあるデュエリストだからとは言え。『逆鱗』に対する心象は、最悪を大きく下回っている事だろう。

 

昨日…突然激昂した『逆鱗』の手によって、冗談抜きで死に掛けたセリ・サエグサ。

 

殺されかける恐怖など、こんな歳の子どもが味わっていい代物なわけもなく…そうだと言うのに、当の本人はどこ吹く風で、自分の方が心労を感じているだなんてゴ・ギョウ自身納得がいっていない様子で…

 

 

 

「あんまり大きな声で言うもんじゃないぞギョウ。誰が聞いてるかわからないんだからな。」

「ちょいちょいちょーい、なーんで死にかけた本人がもう許す感じになっちゃんてんのよさー!普通逆じゃね?もっと怒ってもよくね?セリってば死にかけたんだぜいえいえーい?」

「いや…まぁそうだけど…でも『逆鱗』のデュエル生で見れたしイーブンかなって…」

「うぇーい…」

 

 

 

…まぁ、ゴ・ギョウがどれだけ『逆鱗』に不満を抱いているとは言え。

 

それでも当のセリ本人がこの調子では、いくらゴ・ギョウとてこれ以上『逆鱗』に対する不満を漏らした所で張り合いがないことこの上ないということを理解…いや、諦めたのか。

 

…まぁ、これ以上自分が騒いだところで無意味だというコトは、ゴ・ギョウにだってわかってはいる。

 

何せ、普通であればあれだけの数の記者の前で、あんな事件を起こしてしまえばいくら『逆鱗』とは言え…報道陣が大騒ぎしたり、何かしらの社会的処罰が与えられたりしていてもおかしくはないのだ。

 

…そうだと言うのに、社会は昨日の騒ぎなど知らない風。

 

そう、あれだけの人数の記者が、全員あの場にいたのにも関わらず…『逆鱗』の事件が公になっていないという事は、何かしらの『圧力』がメディアにかけられたのだろうという事。

 

…渦中に居たからか、ソレを簡単に想像出来てしまうセリとゴ・ギョウ。

 

自分達とは程遠いと思っていた大人の世界の一端を、思わぬところで経験してしまったその虚無感は…まだ多感な時期である学生2人に、どこか複雑な感情を抱かせていて。

 

 

 

「元々、汚い手を使って進入したのは俺達なんだから非は俺達にもある。それに本物の『逆鱗』のデュエルを間近で見れたんだ…だから、まぁイーブンかなって。」

「うぃー…セリってばソレでうぃーのー?もっとこー、ざけんなー!とか許すかー!とか、お詫びがサーカスってなんやねーん!ってなんない系?」

「サーカス楽しみじゃないか。夏休み前にニュースにもなってただろ?デュエルサーカス。ちょっと気になってたんだ。」

「いやまぁそうだけどもだっけーどぅー!あーやだやだ、セリがこんなノーテンキなのになーんでチャン僕だけこんなピリピリしなきゃいけなうぃーのー!じゃあチャン僕ももう知ーらなーい!どうせなら?デュエルサーカス?楽しんでやろーじゃん!」

「そうそう、その方がギョウらしいぞ。余計な事考えるなんてお前らしくないし。」

「セリにだけは言われたくなうぃーねー…」

 

 

 

まぁ、ソレはソレとして…

 

案の定、会社に大目玉を食らった叔父はどうでもいいとして。

 

どうせ貰った物ならば、たとえソレが『どんな意味』を持っていようとも。何事も経験なのだと割り切って、セリは送られてきたチケット…初めて観賞するデュエル演劇を楽しもうと、心を切り替え始める。

 

 

あの時、『逆鱗』を止めてくれ、助けてくれた老人…

 

 

その『妖怪』という呼び名があまりに似合う、綿貫 景虎という送り主から侘びとして送られてきた中にあったのが…今セリ達が向かっているデュエルサーカスの招待公演のチケットというわけだ。

 

 

デュエルサーカス…

 

 

それは通常のサーカスの演目にデュエルを取り入れたという、世界でも新しい娯楽の一つ。

 

そう言えば近々、外国でそんな娯楽を提供する劇団が初公演を行うとニュースで見たことがあったかもしれないなと、セリは夏休み前の事をおぼろげに思い出しつつ…

 

自分には縁のない外国のイベントだと思っていた、そんなデュエルサーカスがタダで見られるというのだから、これはこれで特をしたのではないかという気持ちも、セリの中に浮かび上がってきていて。

 

…叔父は会社にアレだけ大目玉を食らったというのに、早朝から賭場…もとい、前の職場へと出稼ぎに行ってしまった。

 

ソレ故、今こうしてセリとギョウ、2人はデュエルサーカスが初公演を行うというスタジアムへと足を運んでいるというわけで…

 

 

 

 

 

 

会場―

 

 

 

デュエリアでも大きめの部類に入る、今日このデュエルサーカスの為にセッティングされたという…テントを模した、特別な装飾のスタジアム。

 

夕刻だと言うのに、世界的にニュースになった劇団の初公演だけあって、受付が始まったばかりのスタジアムの周囲は、物販列やら入場列やらで既に満員、満席、長蛇の列が出来上がっており…

 

 

 

「…ホントに並ばなくてもいいのかな。」

「いいんじゃなうぃーのー?そう言われてんだすぃー?」

 

 

 

そんな、長蛇の列を尻目にしつつ。

 

セリとゴ・ギョウは、列を無視しながら受付へとチケットを出していた。

 

 

…一般チケットではない、少々特別だという招待チケット。

 

 

ソレは、受付業務をしていたスタッフにも行き届いていたのだろう。列に並ばずに直接入り口へと来た少年達の出したチケットを受け取ると、スムーズにスタッフがセリ達をスタジアムへと招き入れる。

 

…流石は特別招待チケットと言ったところか。

 

一般チケットの観客達は、満員の会場内で押し合うように席に詰め寄っているというのにも関わらず…

 

セリとゴ・ギョウだけは、まるで来賓席のように開いたスペースに、悠々自適にくつろぎながら座れている。

 

…元がデュエルスタジアムらしく、円形に段違いに用意された観客席。ソレに形作られるように、スタジアム中央はサーカスの舞台らしく360度どこからでも演目が楽しめるように用意されていて。

 

 

…もうすぐ開園時間。

 

 

照明が落とされた暗い会場で、ざわめき合う観客達の中で。真っ暗闇の会場の中、セリも周囲の観客達と同じように、心臓の鼓動が早くなる。

 

 

5―

 

 

セリだけではない。コレより始まるサーカスを、観客の誰もが小さい子どものように楽しみに…

 

 

4―

 

 

刻む時計の針と共に、その心拍数を上げていき…

 

 

3―

 

 

熱狂の前の一瞬の静けさ。ソレが暗闇と溶け合い…

 

 

2―

 

 

誰もが、息を飲み…

 

 

そして―

 

 

1―

 

 

 

時計が、丁度開園時間を刻んだその時―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッンイッツショーターイムンッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野太い声が、響き渡った―

 

 

 

 

 

 

 

 

『ンレディィェエェーンッ!ジェントゥルムェーン!今宵は当一座の初公演にご足労頂き、ン心から感謝申し上げるわーン!』

 

 

 

突如…

 

 

 

スタジアム内に響き渡ったのは、あまりに特徴的な言葉使いを覚えさせるあまりに野太い声であった―

 

そして、光なきスタジアムの中央に、一筋のスポットライトが照らされたかと思うと…

 

そこに、居たのは―

 

 

 

『ナタシは当一座の団長を勤めますハコ・ヴェーラ!さぁさぁ皆様、今宵は感動と躍動に溢れたデュエルサーカスで、情動をン目一杯感じていって頂戴ねーン!』

 

 

 

オカマ―

 

そう、ソコに居たのは他でも無い。

 

その呼び名以外に、彼?彼女?には似合うモノなど見つからないであろう存在感を放つ…

 

 

―あまりに濃ゆい、男?女?であったのだ。

 

 

長く伸びた天然パーマ、遠目からでも分かる太い眉…厚い胸板に丸太のような腕、岩のような足の筋肉に、ガッシリとしたイイ身体付き。

 

そして何より特徴的なのは、その『ふくよかな唇』と、その唇から発せられる野太くも女性的な言葉使い。

 

 

 

…オカマだ―

 

 

 

誰もが、そう思ってしまうほどに―

 

彼?彼女?を形容する言葉は他には何も見つからず、それ以前にハコ・ヴェーラと名乗ったオカマの存在感は良い意味でも悪い意味でも観客達の度肝を抜いたのか。

 

 

その突然現れた、あまりに濃ゆい存在感を放つオカマに…

 

 

会場内に、ざわめきが走る―

 

 

 

 

『ン掴みはおっけーン!ンまずは空中ブランコによる、アクロヴァティックなデュエルをご覧遊ばせー!』

 

 

 

 

しかし…状況に置いていかれた観客を他所に、更に濃ゆい言葉を放ち。

 

観客達の動揺すらも、規定の演出であったのだと言わんばかりに…団長…ハコ・ヴェーラと名乗った彼?彼女?が、マイクに向かって高らかに宣言を行ったその刹那。

 

クラッカーの破裂音と、空に舞い上がった金テープの演出に合わせてスピーカーから大音量の音楽が鳴り始め…

 

スポットライトが、空中ブランコへと切り替わる。

 

 

 

『大空を舞う空中のデュエル!華麗に空を舞いながらのデュエルは最初からクライマックスよーン!』

 

 

 

…普通の空中ブランコでは断じてない。

 

普通、空中ブランコとは右と左に設置された装置から、それぞれ団員が飛び立ち演技を見せるという演目。

 

しかし、円形のデュエルスタジアムの作りを最大限に活かしたこの空中ブランコの装置は、実に8つ…そう、全8方向から伸びており…

 

それぞれタイミングを見計らい、四方八方から凄まじい勢いで飛び立ち飛び交い飛び回る団員たちのアクロバットに、観客達から挙がる歓声。

 

 

…しかし、それだけではない。

 

 

そう、これはデュエルサーカス。

 

デュエルとサーカスが融合したという、全く新しい触れ込みに従い…空を舞う団員たちが、空中に浮かびながら華麗なデュエルを魅せ始め―

 

 

 

『お次は猛獣に乗ってフィールド内を駆け巡る!スピーディーでセンセーショナルなデュエルをご披露しちゃうわーン!』

 

 

 

…そして、空中ブランコが終わったと思ったその矢先。

 

観客席の下の通路から飛び出してきたのは、獰猛なりし四足歩行の大型肉食動物たちであった―

 

その背には、猛獣使いでありデュエリストであろう団員たちが見事に跨り…

 

―鞭を手に、デュエルディスクを腕に。

 

いつの間に空中ブランコを片付け、この演目のための障害物を用意したのか…それすらも観客達に気付かせぬプロの仕事は見事と言うほか無く、猛獣たちが吼えながらステージ上を駆け回り始めて。

 

 

 

『ライディングでアクションなデュエルはいかがかしらーン!猛獣と人間の息の合ったコンビネーション!躍動感に溢れたデュエルに、皆様どうぞ酔いしれてチョーダイ!』

 

 

 

大勢のサーカスの団員たちが、猛獣と共に地を蹴り宙を舞い…フィールド内を駆け巡る。

 

その、あらゆるところに設置された障害物を猛獣が飛び越え、火の輪を潜り球に乗り…ステージのいたるところで目まぐるしく行われる、この猛獣と人間が一体となった躍動感溢れるデュエルは、見ている観客達のテンションを上げ続けているに違いないことだろう。

 

 

 

『さぁさぁ、ドンドン行くわよーン!モンスターに狙われたピエロちゃんは、助かる事が出来るのかしらぁーン?』

 

 

 

次に登場したのは、サーカスといえば欠かせない存在―そう、ピエロ。

 

そして、そのピエロを狙って。大勢の団員たちが、モンスターを召喚しピエロへと向かって襲い掛かったのだ。

 

…しかし、そこはピエロらしく。

 

ピョンピョンと跳ねて逃げ回り、時にはおとぼけ時には必死に…けれど時にはどこまでも余裕でモンスターの攻撃…ソリッドヴィジョンではあるものの…その、ずっと攻撃を避け続けるピエロに歓声が上がり、更におちゃらけるピエロに笑いが響き―

 

けれども、最後には調子に乗りすぎたピエロが大爆発を起こし…煙の中から黒焦げになったピエロが現れるという演出に、会場内には大爆笑の嵐が巻き起って。

 

 

 

(すごい…)

 

 

 

次々と披露される演目に、思わず前のめりになって釘付けになっているセリ。

 

…その姿はまるで、テーマパークにきた小さな子どものような姿。

 

しかし、それも当たり前か。何せセリにとって、サーカスを見るなんて生まれて初めて。それに加え、デュエルとサーカスが融合したという新しい娯楽は、その演目のどれもが動きに溢れ…躍動感と笑いに溢れる、見ていて全く飽きないどころか、ワクワクが止まらない演出ばかりなのだから…

 

どこか大人びた思想をしているセリ・サエグサも、今この時ばかりは歳相応に盛り上がってしまっても、ソレはある意味当然と言えるだから。

 

 

それに、なにより団員たちのデュエルレベルが相当に高い―

 

 

そう、セリにはわかる。ここの団員たちのデュエルレベルは、下手なプロレベルはありそうな…いや、並のプロよりもレベルが高いということが。

 

何しろ、団員たちは皆サーカスの激しい動きを観客達へと魅せながらデュエルを行っているのだ。

 

ただスタジアムで向かい合ってデュエルするよりも思考しづらいであろうサーカスの動きの中で、これ程高いレベルのデュエルを行いながらアクロバティックなアクションをするというのは、並大抵のデュエリストでは到底マネ出来ない芸当であり…

 

 

そして―

 

 

 

『ンいっくわよーん!人間大砲発射ー!』

 

 

 

様々な演目が始まっては終わり、公演も終盤に近づいてきた頃…

 

『人間大砲』によって、大空へと打ち上げられたのは団長と名乗ったハコ・ヴェーラであった。

 

 

火薬の勢いで空へ飛び、命綱なしで宙を舞い…

 

 

 

『ソーレ!【融合】発動よー!』

 

 

 

空中の到達点で、軽やかかに舞い踊りながらカードの発動を行った彼?彼女?の周囲には…美しき月光の煌きが渦となりて、神秘の光を放ち始めたではないか。

 

 

【月光舞猫姫】レベル7

ATK/2400 DEF/2000

 

 

…現れるは、月夜に踊る美しき獣人の踊り子。

 

それはきっと彼?彼女?のデッキのモンスターなのであろう。彼?彼女?と共に、空を舞うように空中で踊り始め…

 

 

スタッ…っと。生身にも関わらず、団長が空中から見事な着地を決めたかと思うと…

 

 

何と地上で彼?彼女?の着地を待っていた団員たちが大勢、一斉に団長目掛けてデュエルによる襲撃を始めたのだ―

 

 

 

『ワンッ、トゥ!ワンッ、トゥ!さぁーて…クライマックスよー!全員でかかってらっしゃーい!』

 

 

 

その声を皮切りに…一斉に襲い掛かる団員…もとい、団員達のモンスター達。

 

それはまるで、本気で団長の命を狙っているかのようなキレのある襲撃者の鋭き一刃。

 

プロ並の団員達から繰り出される、彼らのエースモンスター達の攻撃はどこまでも鋭くどこまでも激しく…

 

そんな攻撃が、たった一人の人間へと集中しているのだ。これでは、いくら手練れの者であったとしても、LPが残るはずもなく。

 

 

しかし…

 

 

 

『ン【月の書】発動ゥ!【パワー・ウォール】発動ゥ!ミラーフォースも発動ヨー!』

 

 

 

そんな大人数を、一度に相手にしながらも。

 

ステージの中央で、【月光】モンスターたちと共に…スポットライトに照らされながら、多数の団員達を踊り捌きデュエルを続ける団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…ステージ中央を照らすスポットライトは、まさに彼?彼女?のためだけに降り注ぐ月明かりのように。

 

踊るように行われるそのデュエルは、まるで彼?彼女?が扱っている【月光】というカテゴリーよろしく…月下に美しく舞う、ダンサーの様にも見えるだろうか。

 

 

野太い声、濃ゆい容姿…ソレ以上に特徴的な、自身に塗れたその言葉使い―

 

 

例えるならば益荒男のようなレディ?それとも闘女のようなジェントルマン?そんな矛盾しつつも確固たる存在感を持った団長、ハコ・ヴェーラに…

 

会場の中に、笑いが溢れ…

 

 

 

「…ギョウ…あいつ…」

「あひゃははははははははははははは!あのオカマ面白すぎぃ!」

「いや、そうじゃなくて…」

「そんでもってめちゃくちゃツエーのな。…ありゃマジマジのマジモンじゃね?」

「あぁ…」

 

 

 

…そんな中でも、特別席にて言葉を漏らしたセリとギョウの雰囲気は先ほどまでの楽しいサーカスの雰囲気から一転。

 

目の前で繰り広げられている団長、ハコ・ヴェーラの1vs.多数によるバトルロイヤルダンスの演目に対し…何やら、背筋の凍るような感覚を覚えているかのような表情となっているではないか―

 

…そう、学生ながらプロの上位にも上っていけるほどの力を持った、彼らデュマーレ校の猛者2人は気付いてしまった。

 

 

一致する…セリが思い浮かべていた、言葉に出来ない『本物の強さ』を持ったデュエリストの像と―

 

 

そう、セリの中にある、『異常』なまでの強さを持った本物のデュエリスト…

 

理解出来ないまでのデッキの回転、常識を超えたカード捌き。そういった『異常性』を、あの彼?彼女?は有しているのだ…と。

 

ハコ・ヴェーラの動きを見ていれば、セリとギョウにはソレがどうしても理解出来てしまう。彼?彼女?の実力が、とんでもなく高い場所に位置していると言うことを。

 

果たして…この会場内で彼?彼女?の行っている異常さを理解している者は、一体どれだけ居るのだろうか。

 

観客の笑いの的となっている…いや、観客達の興奮を、これ以上無く煽っているあの団長、ハコ・ヴェーラ…あの彼?彼女?があまりに普通に行っている事の、そのあまりの『異常性』を。

 

そう、その見た目のインパクトと、テンションの高さに圧倒されてしまいそうになるものの…

 

よくよく眼を凝らして、彼?彼女?のデュエルを深く観察すればするほど、彼?彼女?がどれだけ高レベルの事を当たり前のように行っているのかが、セリたちにはよく理解できてしまうのだ。

 

…彼?彼女?の操る、【月光】の踊り子たちの姿が段階的に強くなっていくのに合わせるように。

 

大多数のレベルの高い団員を、同時に相手にしていてもその全てを軽やかに捌きながら躱し続けるその度量。

 

それはプロとでもいい勝負が出来そうなレベルの団員たちと比べても、彼?彼女?の実力がそれとは比べ物にならない程に高い場所に位置しているというコトの証明でもあるのか。

 

その言動に、多くの観客は笑わせられてはいるものの…彼?彼女?の身振り、素振り、手振り。そのどれを取っても、彼?彼女?の動きはどこまでも優雅でどこまでも流麗な、まさに超一流の者のソレとなって観客達へと届けられているという事実。

 

濃い顔も、まるで笑いの種になどならないかのように…

 

ただただ聞きなれない、野太くも特徴的な言葉使いに笑いを感じるだけで、それ以外の彼?彼女?の動きの一つ一つ、指先からつま先、果ては髪の毛の靡き方一つまでもが、この演目を盛り上げる要素の一つとなっていて…

 

 

…笑いに包まれながらも、感動と躍動を溢れさせている観客達。

 

 

レベルの高いアクションと、レベルの高いデュエルの融合。それはまさに『デュエルサーカス』を名乗るに相応しい代物となりて、観客達に至福の時間を与え続ける。

 

 

 

(読みが的確すぎる…次に相手が何をしてくるのかわかっているみたいだ。それにあの魅せ方…曲に合わせて踊りながら、常に観客の視線を誘導して…オマケに団員たちの流れも操作しながら、融合モンスターを順番に進化させていくなんて。…しかもあれだけの数を相手に…そんな真似、プロだって出来ないってのに…)

 

 

 

…けれども、観客達の興奮に反し。演目が進めば進むだけ、冷たいモノを背中に感じ続けるセリ・サエグサ。

 

この一座の行っているデュエルが『やらせ』ではないことなど、セリとギョウは良くわかっている。

 

何せ、このデュエルは展開が決まっているエキシヴィジョンなどでは断じてなく。デュエルディスクの判定による『正式』なモノ。それ以前に、ハコ・ヴェーラの戦い方は台本が決まっているだとか動きが決まっているだとか、そういった類のモノでは断じてないのだ。

 

…全員が全員、踊りながらも全力で団長のLPを狙っている。しかし、ソレを更なる高みから団長は華麗に捌ききっていて―

 

あまりに自然、あまりに当然、あまりに普通すぎるかのように錯覚する、あまりに高すぎるそのレベル。

 

台本もなしに、こんなにも圧倒的かつ自然な流れで踊りながら観客を盛り上げつつデュエルを行える者が居たのか。

 

そう、あまりに高すぎるレベルを彼?彼女?が持っているが故に、彼?彼女?が相当たる高レベルの行動をしていると言うことに…観客の大勢が、全く気づいていない。しかし、分かる者には分かる。彼?彼女?の実力が、他の団員と比べても段違いの場所に位置していることを。

 

身振り、手振り、素振り…そのどれをとっても、団長の動きは紛れもなく超一流の者のソレ。

 

手先指先の動きからして、その全てが演出を盛り上げているその魅せ方は…まさしくその道のプロの芸当でもあり、一体どれほどの修練を積めば自分自身をここまで演出の道具と化せるのか。そんな彼?彼女?のデュエルを観ていれば、彼?彼女?の腕もまた超一流…いや、そんな言葉では表せないほどの実力を持っているのだということが、セリにはよく理解できてしまって―

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

 

『皆様ぁーン!本日は当一座の初公演にご足労頂き、心から感謝申し上げるわぁーン!またのご来場、ン心よりお待ちしておりむぁーす!』

 

 

 

最初から最後まで、大興奮と大歓声の嵐となりて…

 

デュエルサーカス、その初公演は大成功を収め、終演となったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公演後―

 

 

 

「ンみんなお疲れサマー!初公演からイーイ舞台だったじゃヌァーイ!」

 

 

 

スタジアムに用意された、スタッフ用の楽屋でのこと。

 

初公演が無事に終わった開放感からか、舞台裏にて団員たちが安堵の表情を浮かべながら…団長、ハコ・ヴェーラが、団員達へと初舞台の成功を労っていた。

 

 

 

「ン大成功よ大成功!初公演がコレなら幸先イイじゃなーい?みんなホンット最高だったわーン!」

 

 

 

ハイテンションで、声高々に、興奮を押さえきれない様子で。

 

誰よりもステージに出っ放しで、誰よりも動き続けていたにも関わらず…汗だくで肩で息をしているものの、団員達の誰よりも元気な様子で団員達へと声をかけているハコ・ヴェーラ。

 

…しかし、ソレは彼?彼女?が特別なだけであって、彼?彼女?の周囲を見ればこの一座にとって初公演がどれだけ過酷なモノだったのかが大いに理解できることだろう。

 

 

…アクロバットに全力を出し、最早起き上がる体力も無い者。

 

…猛獣と共演したことによる緊張の糸が切れ、安堵から動けない者。

 

…裏方でサポートに走り回り、息も絶え絶えになっている者。

 

…怪我をしてしまい治療中の者。

 

 

誰も彼もどれもこれも、無事に済んでいる者は居ないこの現状。

 

それは言わば、このデュエルサーカスという見世物の裏側にはこれだけの危険と過酷が満ちていたということの証明とも言えるだろうか。

 

…しかし、これだけ満身創痍になっている団員達の表情は、誰も悲観な顔だけはしておらず。

 

そう、誰もが初舞台が成功した反動で顔がニヤケており、団長、ハコ・ヴェーラがかけた労いの言葉を受けて、皆が皆今日という一座にとって最も大切な日に成功を収めたことを喜んでいる様子なのだ。

 

デュエリアでの公演は、まだあと3日残ってはいるものの…

 

初公演という今日この日に成功を収めた自信からか。団員達の表情は団長、ハコ・ヴェーラに負けず劣らずどこまでも軽やかな代物となりて…明日もまだある公演を、今から楽しみにしている者だって居ることだろう。

 

そんな、満身創痍の団員達は…

 

 

 

「団長!最後のミスカバーしてくれてありがとうございます!」

「ヤダもー!あんなのミスに入らないわヨ!それより3ターン目のアレよかったわよ、腕上げたじゃないナンタ!」

「は、はい!」

「団長!俺のブランコどうでした!?2回目にちょっとアドリブ入れてみたんですけど…」

「お客様アゲアゲってたわ!ナイ変わらずイイ仕事するじゃヌァーイ!」

「やったぁ!」

「けど怪我しちゃったのはイタダケナイわね。軽い捻挫だからってナメてちゃダメよ?」

「は、はい!」

「団長!私は!?私は!?」

「私もー!頑張りましたー!」

「ナンタ達も最高だったわー!もうカンペキすぎて食べちゃいたいくらい!」

「きゃー!」

「やったー!」

 

 

 

皆、随分と濃ゆい顔をした団長に対し、我先にと興奮のままに声をかけ返していた。

 

…団長に対し、全く壁の無い団員達のその表情。

 

それは、団員達がそれだけ団長、ハコ・ヴェーラに絶対の信頼を置いているということでもあるのだろう。

 

長く伸びた天然パーマ、遠目からでも分かる太い眉…厚い胸板に丸太のような腕、岩のような足の筋肉に、ガッシリとしたイイ身体付き…そして何より特徴的なのはその『ふくよかな唇』に、その唇から発せられる野太くも女性的な言葉使い―

 

そんな益荒男のようなレディ?闘女のようなジェントルマン?という、矛盾しつつも確固たる存在感を持った濃ゆ過ぎる団長、ハコ・ヴェーラに…

 

団員達がこんなにも物怖じせず、仲睦まじく言葉を掛け合っている辺り、彼ら?彼女ら?の信頼関係が誰の目にも明らかに映ると言うモノ。

 

 

 

「ンお客様たちも楽しそうだったわね。明日もお客様に楽しんでいただけるよう頑張りましょー!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…団長の、明日に向けた締めの言葉を聞いて。

 

今日の成功を、明日の成功とするために。声を揃えた勝ち鬨の元、一致団結する団員たち。

 

…これだけの団結を見せるなんて、きっとこの一座も今日の初公演までに紆余曲折あったに違いな…いや、その程度では済まない、もっと大変な目にあってきたに違いなく。

 

団員達の誰もが皆、ソレ以上に団長、ハコ・ヴェーラが…今日の成功を祝い、明日からの公演へと気持ちを入れなおしており…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「…チッ、笑われてたのにいい気なモンだぜ。」

「…団長じゃなかったら即刻クビだぜあんなゲテモノ。客からバカにされてんのにヘラヘラヘラヘラ…」

「…何が大成功だ。前の団長の時の方がやりやすかったぜ。大体、デュエルとサーカスの融合とか意味わかんねーってのによ。」

「…同感。爺さんのお気に入りってだけで何でアイツが次の団長なんだっての。俺達は認めてねーってのに。」

 

 

 

そんな中でも、何やら厳しい顔付きでハコ・ヴェーラを見ていた者達が居た。

 

…清清しくやりきった顔をしている、団長ハコ・ヴェーラとは裏腹に。

 

その一部の団員達の表情はどこか険しく、彼?彼女?に聞こえない程度の小声で…いや、わざとなのか、ギリギリ聞こえるような声で、何やらヒソヒソと声を交わしていて。

 

…それはこれだけ大きな一座であるが故に、全員が全員同じ思想であるとは限らないというコトなのか。

 

棘のある言葉を駄々漏れに、団長に鋭い視線をぶつけていて…

 

 

 

(…フゥ、ナイ変わらずねぇアノ子たち。…そうネ、後でキッチリお話しシなくちゃ。)

 

 

 

まぁ、ソレが聞こえていてもなお。

 

成功を収めた今日この場で、ハコ・ヴェーラもその一部の者達をどうこうしようとは思ってはいないのか。

 

…一致団結しているこの一座に、不穏なモノはあってはならない。けれども、ああ言っている彼らもまた自分の大事な団員達なのだという包容力で…

 

そのふくよかな唇を開き始めた団長、ハコ・ヴェーラが、大成功の初日をこれにて締めようとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「こら!行っちゃダメだって言っただろ!」

「お願いします!少しだけでいいんです!」

「ダメだ!確認が取れるまで部外者は入るな!」

「そこをなんとか!一刻も早く…」

「だからダメだって!ッ、おい!入るなって言ってるだろ!おい!」

「まーまーおっちゃん、そーカリカリすんなって。ハゲんよ?」

「誰の所為だと思って…っておい、だから入ろうとするなって!おい!」

 

 

 

突然楽屋の外から聞こえてきた、揉めているような騒がしい声。

 

それはどうやら、警備に当たっていたスタッフと聞きなれない声の主…若めの声から、団員のモノではない部外者が、何やら楽屋の外で揉めているようであり…

 

 

 

「アラ?…ンなんだか外が騒がしいわね…」

 

 

 

そして、外の様子が気になったのか。

 

団長が、楽屋のドアを開けようとしたのと同時に…

 

 

 

―ガチャッ!

 

 

っと、楽屋のドアが勢いよく開いたのだった。

 

 

 

「…ボウヤ、誰?」

「あ、あの、俺…」

 

 

 

ドアを開けたそこに居たのは、およそ関係者には見えないであろう…どこか幼さの残る、学生らしき少年の姿であった。

 

…それは太陽の様に煌く金色の短髪を持ち、日に焼けていない雪のような真っ白な肌をした…齢にしておよそ16程だろうか、聡明さと麗しさを兼ね備えているとさえ思える1人の美少年。

 

そんな感想が、一瞬で浮かび上がってくるほどに…団長、ハコ・ヴェーラの目に飛び込んできたのは、彼?彼女?の好みにビンビンと来る容姿を持った少年であったのだ。

 

その少年は、思わず言葉を失っている団長へと向かって…

 

更に続けて、言葉を発して…

 

 

 

「は、始めまして!あの、さっきの舞台素晴らしかったです!特に貴方のデュエルが群を抜いて素晴らしかった!…俺、感動しました!あんなに不利な状況で、あんなに強靭なデュエルをしながら美しく踊れるデュエリストが居たなんて!」

「あらちょっとヤダもー!ンなにこの正直なボウヤ!イイ顔してるってのに、もうナタシのファンになっちゃったのかしらー。ンでもダメよボウヤ、いくらナンタの顔がイイからって楽屋まで押しかけるなんて。」

「え、顔?…す、すみません、でも、貴方に直接お会いしたくて…その、俺…」

「マ、嬉しいから別に咎めはしないけどネ。ヤるなじゃいナンタ、その歳でナタシのデュエルそのモノに目を向けたなんて。」

 

 

 

少年の口から語られるは、初公演に対する感想…それも団長、ハコ・ヴェーラ主演の『ダンス・オブ・エターナルビューティフォー』と題されたラストの演目。

 

そして、ソレを聞いた団長は少々驚いた顔を一瞬だけ見せたものの…褒められた事自体に悪い気はしないのか、テンション高く喜びを現し…

 

…彼?彼女?のあまりに濃ゆい風貌に、会場内には笑いが常に反響していたと言うのに。この少年は、この歳で団長のデュエルの本質に気付き…そして、居ても立ってもいられなくなって楽屋へと飛び込んできたのだ。

 

少年の行為は、決して褒められた行為ではないだろう。それでも、エンターテイナーの側から見れば、自分達の舞台を見てこんなにも感動を覚えてくれたファンが居るというその事実は、団長からしても何よりも嬉しい事なのだろう。

 

すると、後から追いかけてきたらしい警備員が現れ…団長の姿を見た瞬間に、慌てたように言葉を続けた。

 

 

 

「す、すみません団長!招待チケット持ってたから通しちゃったんですけど、確認したらリストに名前が無い子で…呼びとめようとしたら走ってっちゃったもんだから…」

「招待チケット…ボウヤ、そのチケット、誰から貰ったのかしら。」

「えっと…綿貫さんってお爺さんから…」

「あらヤダ!ナンタ、綿貫のオジーチャンの知り合いだったの!ンなら別にいいわ、あの人が寄越したンなら別に怪しい子じゃないだろうし。」

「…あのお爺さんと、お知り合いなんですか?」

「えぇ、昔ちょっと…いいえ、ンものすごーくお世話になったの。もー、ソレを早く言いなさいよー。ンだったらお咎めなんてナシよナシ。だからナンタも持ち場に戻っていいわ。この子はナタシに用があるみたいだから。」

「え?あ、だ、団長がそう言うなら…」

「ソレでボウヤ、お名前は?ナタシに何か御用かしら?」

「あ…お、俺、セリ・サエグサっていいます…あの、ハコ・ヴェーラさん、お、俺と…」

 

 

 

けれども、セリと名乗った少年が告げたその名を聞いた瞬間。

 

何やら気分を良くしたように、ハコ・ヴェーラは少年の肩をバシバシと叩きながら…先程の警戒など忘れたように、セリを快く向かえるような態度へとその雰囲気を変え始めたのだ。

 

…その綿貫という老人は、ハコ・ヴェーラにとってそんなに信頼に値する人物なのか。

 

綿貫という名前を出しただけで、ここまで待遇が変わるなんてセリからしても驚いたことだろう。そのまま、警備員を帰した団長へと向かって…セリと名乗った少年は、意を決したようにその口を開き始め…

 

 

 

「俺とデュエルしてください!」

「ヴァ?」

 

 

 

しかし…セリと名乗った少年の放った言葉を耳にして、思わず驚きの声を上げてしまった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…しかし、それもある意味当然か。

 

何せ、初公演が終わったばかりの楽屋に、突然謎の少年が突撃してきたと思えば…突然、デュエルを申し込んできたのだから。

 

…確かにこの世界では、デュエルは何よりも優先されるべきことであるとは言え。

 

それでも、自分の恩人の知り合いだったというコトは差し引いても。劇団の初公演が終わったばかりの楽屋に、アポもなく飛び込んできて…団長にいきなりデュエルを申し込むだなんて、不躾と思われる行為以外の何物でもないと言うのに。

 

まぁ、多くの観客達が見抜けなかった団長のデュエルの本質を、少年はこの年でしっかりと見極め…そして感動を覚え居ても立ってもいられなくなって楽屋へと来たのだから、ソレはある意味エンターテイナー冥利に尽きるといえばそうなのだが。

 

…普通の観客であれば、こんな行動など取るわけがない。だからこそ、この少年は先ほどの舞台でとてつもない何かを感じたということ。

 

故に…突然楽屋へと飛び込んできた、セリと名乗った少年を一蹴するわけでもなく。

 

団長は、自身が目指すエンターテイメントを真っ先に感じてくれたセリに対し…

 

 

 

「…デュエル?ナタシと?っていうか何で?」

「俺、今世界を巡って、強いデュエリストと戦う旅をしているんです!それで、さっきの公演を観てピンと来ました!ヴェーラさん、貴方はとんでもなく強いデュエリストなんだって!多分、プロでも通用するくらいに…いや、トップランカーでもおかしくないくらいに強いんだって!」

「ちょっとー!嬉しいこと言ってくれるじゃヌァーイ!ナンタ見る目あるじゃヌァーイのよー!…マ、確かにナンタのいう通りよ。昔取った何とやら、ナタシはそれなりに腕に自信がある…プロになるかサーカスやるか、最後までずっと迷ってたくらいにはネ。」

「やっぱり…で、でも、それならなんでプロじゃなくてサーカスを選んだんですか?」

「ンー…ナタシもプロになりたかったんだけどネ?ナタシのデュエルとサーカスの師匠…前の団長が色々合って死んじゃって、一座が無くなっちゃうトコだったからナタシがサーカスを引き継いだってワケ。ンだからゴメンナサイね?ナタシはまだこれから団長としての仕事が沢山残ってるの。ナンタとデュエルしてる暇はヌァイのよ。」

「…そ、そうですか…」

 

 

 

押しかけてきたセリを一蹴するわけでもなく、けれども肯定することもなく。

 

やんわりと、ハコ・ヴェーラは大人な対応でセリへと言葉を紡ぎだす。

 

…確かに、この一座は今日が初公演。まだまだデュエリア公演の日程は残っているのだし、ソレ以上にアポもなしにいきなり飛び込んできた見ず知らずの少年に対し、何を優先してでもデュエルをしてあげる義理など団長にはあるわけもないこと。

 

…また、団長にデュエルを断られたことで。

 

セリからしても、いきなり押しかけてデュエルを挑むだなんて、どれだけ失礼なことであったのかがようやく飲み込めたのか。

 

…感情に任せすぎていた、興奮して逸っていた。

 

痛いくらいに感じた、圧倒的強者のオーラを持つ団長、ハコ・ヴェーラと…どうしても戦いたいのだとして、気持ちだけが先行しすぎていた。

 

冷静になって、ソレを理解できたからこそ…セリはこれ以上、ここで部外者の自分が我が侭を言い続けてはいけないとして。

 

 

 

「…すみませんでした、急に押しかけてこんな事言って…」

 

 

 

明らかに落ち込んだ様子を見せながら、楽屋を出て行こうとするセリ。

 

しかし、落ち込んでいる様子を隠しきれてはいなくとも…自分の非を感じ、欲求を抑え込んで部屋を出て行こうとしている少年の背中は、ある意味大人のような対応とも言えるだろうか。

 

…若さゆえに欲求を通そうとするこの年代には珍しい、潔いまでの諦めの速さ。

 

それはこの歳の少年には珍しく、本能を押さえられる理性の強さを持っているという事の証明でもあり…言い換えれば、そんな強い理性を持った少年が情動的に行動してしまうほどに―団長の実力に、セリは強く感銘を受けたということ。

 

…ソレを、団長はこの一瞬で感じ取ったからこそ。

 

子どもと大人の狭間で揺れている、少年へと向かって…

 

 

 

「…ナンタ、セリって言ったかしら。そんなにナタシと戦いたいワケ?」

「え?…は、はい、それはもう…」

「なんでナタシ?見たとこ学生みたいだけど…それなら、対戦相手には困らヌァイでしょうに。決闘学園でも、デュエリア校って言えばプロになる奴等が沢山いるトコでしょ。」

「…俺はデュエリア校の生徒じゃありません。デュマーレから来ました。その…デュマーレ校じゃ…いえ、デュマーレの中じゃ、正直もう相手が見つからなくて…」

「デュマーレって5大都市の一つじゃない…ナンタ、そこで相手みつからないって…あぁ、そういうコト。ンだから世界を旅してるとかナンとか言ってたワケ。あぁ、だからオジーチャンが…ンナルホドねぇ、ナンタ、相当腕に自信があるってワケ。大方、それでプロになるのを迷ってる…プロ確実って言われているケド、このままプロになるのが不安…だから世界を見て回ってる、ってトコかしら。」

「ッ、そ、その通りです!わかるんですか!?」

 

 

 

こんな少年が、若さに任せここまで押しかけてきて。そして自分とデュエルができなくて、本気で落ち込んでしまっていることを見てしまったが故なのか。

 

…続けられたセリの言葉から、何かを察した様子を見せたハコ・ヴェーラ。

 

しかしソレは、『察した』というレベルを大きく超えた…セリの心の内を見透かしているかのような、予想を超えた的確なる断言。

 

…一体、団長はどうしてここまでセリの心の内を見透かせるのか。

 

驚いている様子のセリを他所に、団長はそのまま続けて言葉を発する。

 

 

 

「えぇ。ナタシも昔、似たような悩み持ってたから。プロになるか、サーカスをするか…一時は、本気でプロになって上を目指そうって決意したこともあったわ。だからナンタと似たようなコトをやった覚えもあるってワケ。…ン懐かしいわ…広い世界に出ると、どれだけ自分がちっぽけだったのかがよく分かる…マッ、ナタシはプロ以外で進みたい道を見つけたから、こうしてプロにならなかったワケだけど。」

「プロ以外の道…」

「えぇ!初公演を観てくれたんでしょ?アレがナタシの、プロを諦めてでもやりたかったこと!デュエルとサーカスが融合した、ン全くナたらしいエンターテインメンッ!世界中の人々に、感動と躍動と情動を与えるのがナタシの夢なの!今日はその第一歩ってワケ!」

 

 

 

語られるは思いの篭った、ハコ・ヴェーラの熱い言葉。

 

心の底から語られる、サーカスへの熱い思い…ソレが紛れも無い本物であるというコトが、彼?彼女?の言葉から嫌と言うほど伝わってくる。

 

…この人は、本気で『夢』を掴んだのだ。

 

同じような悩みを持って、同じような行動をして…同じように見聞を広げ、同じように世界を見て…

 

…そして、サーカスという一つの『夢』を掴む為に…もう一つの『夢』を諦めた。

 

その選択がどれだけ難しいのかなど、言われるまでもなくセリは理解しており…

 

彼?彼女?がプロではなくサーカスを取るという選択に到るまでに、一体どれほどの葛藤があったのだろう。

 

きっと、身が裂けるほど悩み…そして、自分の可能性の一つに蓋をするという選択を取る時に、涙を呑んだに違いない。

 

…そうして選んだ自分の『夢』だからこそ、彼?彼女?はこうして本気になれているのだろう。

 

だからこそ…そんな人の邪魔を、中途半端な自分がこれ以上邪魔してはいけない。

 

そんな、団長の熱意を感じたために。

 

団長とのデュエルを、本当に諦めようとセリは決意し始め…

 

 

 

「…だけど、ナタシの舞台を見てそこまで感じたナンタを…同じ悩み持ってた先人として、無碍にするワケにもイカないわよネ。」

「…え?」

 

 

 

しかし…

 

既に団長とのデュエルを諦めていたセリへと向かって。

 

 

 

「いいワ、綿貫のオジーチャンが寄越したって事は、何か意味があるんでしょうし。特別に、ナンタとデュエルしてあげようじゃヌァイ。」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。ンでもすぐにってワケにはイカないわ。デュエリア公演はあと3日ある。だから最終日、公演が終わった後にまたここに来なさい?ステージの上で、特別にナンタとデュエルしてるワ。ナタシの全力を受け止めてみなサイ?胸を貸してア・ゲ・ル。」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

一体、何を思ったのか。

 

潔く身を引こうと決意していた少年へと、逆に少年の要求を飲む提案をしたハコ・ヴェーラ。

 

…それは若くも悩める少年の姿に、彼?彼女?が思うところがあったからかのか。

 

団長は言っていた。自分と同じような悩みを持った少年を、無碍にするわけもいかない、と。

 

それは同じような悩みを持って、同じように世界を旅した経験のある彼?彼女?だからこその優しさなのか。かつて自分が歩んだ道から、現在悩める少年へと向けた…道を見つける手助けを、団長自ら行おうということであり…

 

一つの道を見つけた先人として、伝えられる事がある…

 

そんな思いがあってかなくてか、ともかくプロの上位に立っていてもおかしくはないほどの実力者から戦いを挑まれたというその事実は。果たして、セリの心にどれだけの興奮を覚えているのだろう。

 

そうして…

 

 

 

「いいわネ?3日後ヨ。ン特別なんだから。だからナンタも、自分のデッキを最高のデッキに仕上げてかかってきなサイ?ン中途半端な事したら許さないから。」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 

 

何はともあれ、思わぬ形で叶ってしまった『強いデュエリスト』との戦い。

 

その、心から願っていた『本物』との戦いを前に…

 

セリの心は、確かなる躍動を今から覚えていて-

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇセリー、あのオカマとさー、マジマジマージで戦うわけー?」

「当たり前だろ。ダメ元で押しかけたらOKしてくれたんだ…俺、今物凄くワクワクしてる…」

 

 

 

夜風が心地よい、ネオンに照らされたデュエリアの一角。

 

サーカスのドームを後にしたセリとギョウは、夜でも賑やかなデュエリアの繁華街を…叔父の家へと向かって、ゆったりと歩いていた。

 

 

 

「シュミわるー…どーせ戦るなら、チャン僕はキレーなオネーサンのがいいけどねー。」

「お前はそうかもな。けどオカマかどうかなんて関係ないだろ。アレだけの強さだぜ?凄い楽しみじゃんか…とうとう戦えるんだ…本物の力の持ち主と…」

「ホンモノねー。まっ、確かにあのオカマの力は?確かしとんでもねーモンだったけどもさー。」

 

 

 

そんなセリとギョウの表情はどこか対照的で。

 

…遠足前の子どものような、今から興奮を覚えている表情のセリ。

 

…どうせ断られると思っていたが故に、セリとは違いどこか興味無さ気な顔をしているギョウ。

 

そんな対照的な二人は、それぞれ別の事を考えながらデュエリアの夜の街を歩き続けるのか。

 

…求めていた、『本物』の力を持ったデュエリスト。

 

いくらハコ・ヴェーラが、何のデッキを使ってくるのかが分かっているとは言え。そんな相手とデュエルするというのだから、与えられた3日の猶予など無いにも等しいとさえ言いたげに…

 

…そう、ゴ・ギョウ以外の強敵と戦いたいが故に故郷デュマーレを飛び出したようなセリにとっては、初めて巡ってきたこのチャンスに全身全霊で挑みたいという気持ちは決して嘘などではない。

 

だからこそ、どれだけ準備する期間があっても足りないのだと言わんばかりのセリの顔は、既に今から3日後のデュエルのイメージトレーニングを行っているかのようでもあり…

 

 

 

「ギョウ、3日間みっちり手伝ってもらうぞ。試したい戦法が沢山あるんだ。」

「うぇー…チャン僕ってば3日間、デュエリアでナンパしながらとことん遊び回ろーと思ってたんだけどもだっけーどぅー…」

「ダメだ。お前しか相手出来る奴居ないんだから。」

「うぃー…ったく、仕方なうぃーねぇー…」

 

 

 

来るべき約束の3日後へと向けて。

 

今のままの自分では駄目。ホトケ・ノーザンに負けた先日の自分から、更に強くなるために…

 

そして『本物』の力を持ったハコ・ヴェーラと、最高の勝負をするために。セリの心は、この夏の風よりも熱く熱く燃え上がり続けるのみ―

 

 

3日の間に、デッキを練磨する。

 

綿貫 景虎から貰ったカードを、1枚1枚選別し。試したいカードを片っ端からデッキに入れて、デッキとの相性を試し続ける。

 

ゴ・ギョウを相手にデッキを回し、幾度も幾度もカードを入れ替え。試したい戦法を片っ端から試し、デッキの回転を確かめ続ける。

 

…あれほどの相手に、自分の力がどこまで通用するか分からない。けれども、デュマーレを飛び出し遠くデュエリアの地にまで足を運んで得たチャンスに、全力で取り組むセリの気持ちは曲がり気のない直線そのモノ。

 

だからこそ、デュマーレ校1の秀才と呼ばれるセリが知恵を絞り、デュマーレ校1の実力者と呼ばれるギョウが相手をするその光景は…

 

幼少からの腐れ縁である彼らにとっては最早辺り前の光景でもあり、今の時点でもきっとプロに行っても上を目指せる力を持った若者2人。そんな二人が、恐るべき密度と錬度と速度でデッキを仕上げていくこの過程は、まさに比類なき才能の持ち主同士による、独奏に独奏を重ね合わせた神秘的な二重奏のようではないか。

 

…同等の力、同格の才能、同様の才知に同位の戦績。

 

これまで幾度となく共に過ごして来た、切っても切れない腐れ縁。セリからすれば、故郷デュマーレを飛び出したあの日に、ゴ・ギョウが着いてきてくれた事が今この時に改めて感謝に値するモノだとして感じられている様子。

 

また、そんなセリの逸る気持ちを、相手をしているゴ・ギョウも感じ取ってか。

 

セリが、あまりにハコ・ヴェーラとのデュエルを楽しみにしているせいで…文句を言いつつ何だかんだセリのデッキ調整に付き合っているギョウの方も、約束の日が近づくにつれてセリのデュエルに少々興味を持ちつつある様子を見せ始め…

 

 

 

 

恐るべき速度で錬度を高め、恐るべき速度でデッキの密度を更に濃くし…

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

約束の3日後が、遂に来た―

 

 

 

「…いよいよだ…」

「ま、気楽に戦んなよなー。あのオカマも?ガチってより?稽古つけてやんよーって感じだったしー。」

「…あぁ。」

 

 

 

…約束通り、デュエルサーカスの最終公演が終わった午後10時半。

 

 

セリの足取りは、緊張の遅足と興奮の早足が混ざり合って…最早通常通りの足運びとなりて、約束の舞台であるサーカスの会場へと辿り着いていた。

 

…この3日間、試せる事は全て試した。

 

サーカスで見たハコ・ヴェーラの【月光】デッキ。そのカードの種類から、戦法・特徴などをセリがデュマーレ校1の頭脳で徹底的に想定し…

 

セリが想定しうる策と場面を、今度はデュマーレ史上No.1の曲者と言われているゴ・ギョウが死角やら盲点から徹底的にメスを入れる。

 

そんな無茶な特訓を、この3日の間にセリとギョウはプロも真っ青になるほどの密度と錬度と速度で行ってきた。

 

ソレ故か、今のセリは胸を借りるつもりなど無く。ただただ強敵相手に、自分の全てをぶつけたいだけの様子。

 

 

 

「にしてもさー、アレだけ試したのに?結局新しく入れたカードが?たったの『2枚』ポッチッチとかしょーじき勿体無くなくなーい?」

「いや、これで良いんだ。貰った中にあった『あのカード』のおかげで、ずっと使いたくても使えなかった『あのカード』がようやく使えるようになったんだから…それに『アレ』も…っていうか。大量のカード試したところでしっくり来たのは『あの2枚』だけだったんだから、それってやっぱり俺のデッキはこれでいいんだってことだろ?」

「まーねー。まっ、コンボ主体の?頭ガチガチの理論武装?が趣味のセリにしてはさー、『あの2枚』デッキに入れたってだけでもしょーじきビックリ&ドッキリwithチャッカリって感じだけどねー。」

「…なんだそれ。」

「ひゃは、とりあえず好きにやればいーんじゃね?ってことー。骨は拾ってやんよ。」

「あぁ。」

 

 

 

そう、悩みに悩んで、寝る間も惜しんでたった『2枚』のカードをデッキにいれるかどうかのレベルでデッキを練磨し続けた今のセリのデッキは…

 

自分からしても最高の仕上がりなのだと自信を持って言える程に、あの『本物』の力を持ったハコ・ヴェーラと早くデュエルをしたいのだとして、既に興奮が緊張を上回り始めているのか。

 

 

…公演中とは打って変わって、沈黙の音のするドームの中。

 

 

その、公演の終わったドームに入り…観客の居ない席を通り抜け、つい先程までサーカスが行われていた中央のステージにセリが視線を伸ばすと…

 

そこには団長、ハコ・ヴェーラが既に仁王立ちして待っていた。

 

 

 

 

「…無茶を聞き入れてくれて感謝します。あなたとのデュエル、とても楽しみでした。」

「…そう。」

「あ、あの…じゃあ、お願いします…」

「…えぇ。」

 

 

 

しかし…

 

公演が終わった直後ゆえか、何やら張り詰めた空気をその身に纏うハコ・ヴェーラ。

 

…そう、3日前に会った彼?彼女?と、どこか少々様子が違う。

 

セリが、ふとそう気付いてしまうほどに…何やら3日ぶりにあった団長の様子が、3日前とはどこか違うのだ。

 

 

 

「あの…」

「…ンぶっつけ本番の一本勝負…泣き言ナシの、一発勝負ヨ。」

「は、はい!…胸を貸してもらうつもりで、全力で行きます!」

「…」

 

 

 

それは静かなる雄の情動の鎮まり、昂ぶり押さえる雌のさえずり。

 

例えるならば、まるで白鳥が羽ばたく前の…波紋無き池の水が如く、今の彼?彼女?から感じられるのは、彼?彼女?には似つかわしくない思い詰めているかのような沈黙の闘志。

 

…3日前に感じられた、あの自信と覇気が薄い。

 

そう、今の団長の姿は、セリの才覚と力を感じてもなお『胸を貸す』と言えていたあの堂々たる姿とは似ても似つかぬ…

 

どこか悲痛なモノを抱いた、葛藤に苦しんでいるかのような姿ではないか―

 

 

…一体、どうしたのか。

 

 

この3日間に何かあったのか…それとも単純に気が変わって、生意気な子どもなど早く蹴散らしてしまいたいのだろうか。

 

しかし、デュエルディスクを展開し、手札を引きながらそんなコトを疑問に感じているセリへと…

 

同じくディスクを展開し、手札を揃えた団長の口から―

 

 

 

「ナタシは…死んでもナンタに負けられないのよ!」

「…え?」

「行くわよー!ン覚悟なさい!」

 

 

 

 

 

 

叫ばれしそれは、唐突に―

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

先攻は団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

 

「ナタシのターン!モンスターとカードを1枚ずつセット、ターンエンドよ。」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:4000

手札:5→3枚

場:セットモンスター1体

伏せ:1枚

 

 

 

静かに…

 

先程の叫びとは裏腹に、少ない初動でそのターンを終えたハコ・ヴェーラ。

 

 

 

(どうしたって言うんだ…あれほどの人が、たったあれだけでターンエンドするなんて…)

 

 

 

その光景は、先日のサーカスでの彼?彼女?の力をその目でしかと見たセリからすれば違和感を覚える程に静かな立ち上がりであり…

 

しかし、彼?彼女?の様子がおかしい理由など、知るわけもないセリからすれば。

 

とにかく自分のデュエルを進めることしか、出来ることなどありはせず…

 

 

 

「お、俺のターン、ドロー!【マジシャンズ・ロッド】を通常召喚!その効果で、デッキから【黒の魔導陣】を手札に!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

そうしてハコ・ヴェーラの態度に動揺しつつも、セリの場へと現れたのは大魔導師の杖が如きモンスター…そう、セリのデッキにおける、中核とも言える初動のモンスターが現れて。

 

 

 

(な、なんか様子がおかしいけど…でも、この日の為に準備してきたんだ!全力で行く!)

 

 

 

「永続魔法、【黒の魔導陣】発動!デッキを3枚確認し、速攻魔法、【イリュージョン・マジック】を手札に加えてそのまま発動!【マジシャンズ・ロッド】をリリースし、デッキから【ブラック・マジシャン】2体を手札に!」

「…ヘェ、マジシャン使いってワケ…」

「そして手札を1枚捨て、【幻想の見習い魔導師】を特殊召喚だ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【幻想の見習い魔導師】レベル6

ATK/2000 DEF/1700

 

 

 

「見習い魔導師の効果で3枚目の【ブラック・マジシャン】を手札に!そして魔法カード、【融合】を発動!手札の【ブラック・マジシャン】と場の【幻想の見習い魔導師】を融合!」

 

 

 

淀みなくカードを手札に揃える、そのセリの戦術はまさに呪文を詠唱する魔術師が如く。

 

そう、相手の様子がおかしくとも、この日のために準備してきたのだから…例え相手の様子がおかしくとも、セリはいつもの様にいつもの如く。

 

ただただ、自分のデュエルを貫くだけ。

 

 

…現れるは、天に渦巻く神秘の奔流、魔力が渦巻く神性のうねり。

 

 

それはセリの持つ、『融合』のEx適正によって…

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

今ここに現れしは、黒き魔術師が到達するであろう頂点の姿の一つ。

 

ある一つの道を究めた、到達せし果ての姿であり…セリの場にて沈黙するは、弟子と一対となりてその魔力を極限まで高めた、魔法を極めし黒き魔術師。

 

 

…相手のデッキがわからなかった、先日のホトケ・ノーザンとのデュエルと違い。

 

 

3日前の初日公演で、ハコ・ヴェーラのデッキが【月光】というカテゴリーだというコトを穴が開くほど集中して見ていたため…セリには、先攻の自分が今どんな手を取らなければならないのかがよく理解出来ている。

 

…そう、相手が何をしかけてくるかわからないのと、相手のデッキのタイプが分かっているのとでは対策の仕様は天と地ほどの差があるために。

 

セリは今、ハコ・ヴェーラに最大限の軽快をしつつ。今の自分が取れるであろう道筋を、思考を巡らし辿り続ける。

 

 

 

「まだだ!【融合回収】を発動し、墓地から【融合】と【幻想の見習い魔導師】を手札に戻す!そして超魔導師の効果で1枚ドローし…もう一度【融合】を発動だ!手札の【ブラック・マジシャン】と【終末の騎士】を融合!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】レベル8

ATK/2800→3200 DEF/2300

 

 

 

しかし、このデュエルを心待ちにしていたセリからすれば、この程度でターンを終える気など更々ないのか。

 

セリは更に、騎士道を極めし魔術師の一つの姿を呼び出しつつ…

 

初めから、全力で。今引き出せる自分の力を、ハコ・ヴェーラへとぶつけにかかる。

 

 

 

「ヘェ…貫通効果…」

「…バトルだ!まずは超魔導騎士で、セットモンスターに攻撃!シュヴァリエアーツ・スピニングスピアー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「クゥッ…」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:4000→2000

 

 

 

モンスターのみに留まらない、貫通ダメージが団長を襲う。

 

…前陣速攻、果敢の攻め。

 

一撃必殺の攻撃ではないにしろ、出会いがしらの一発とでも言わんばかりの攻撃がセリのモンスターから炸裂し…ハコ・ヴェーラのLPを、実に半分も削り取って。

 

しかし…

 

 

 

「ケド破壊されたのは【月光蒼猫】!ン更に罠カード、【月光輪廻舞踊】も発動よー!デッキから【月光彩雛】と【月光紅狐】を手札に加えて…デッキから、【月光翠鳥】も守備表示で特殊召喚ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光翠鳥】レベル4

ATK/1200 DEF/1000

 

 

 

その攻撃を、待っていたのだと言わんばかりに。

 

相手の攻撃を利用して、一挙に3枚ものアドバンテージを稼いだ団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…流れるような展開と、流れるようなカード捌き。

 

たった一撃をトリガーに、一気に3枚ものカードアドバンテージを奪っていくその流れは…まさに圧巻の一言、流石のタクティクスとも言えるだろうか。

 

それだけではない…

 

 

 

「まだよ!エメラルド・バードの効果発動ゥ!手札の【月光黄鼬】を墓地に送って1枚ドロー!ン更にイエロー・マーテンの効果も発動しちゃうわー!デッキから【月光融合】を手札に加えるわよー!」

「…ッ、効果の連鎖が…」

 

 

 

団長はそこから更に動きを見せて、アドバンテージを重ね合わせ続けるのみ。

 

…この連鎖する効果の淀みない動きは、例えるならば一流のダンサーによる完成された華麗なステップ。

 

たった1回の攻撃が、ここまで効果に繋がるなんて。

 

そんな、先ずは流れを掴もうと迅速なる攻撃を仕掛けたセリの虚を、これでもかと突く様に。セリのターンだと言うのに、ハコ・ヴェーラの手札がどんどんと増えていく。

 

 

 

「くそっ!超魔導師でエメラルド・バードを攻撃!」

「ンフッ、今度はダメージ無しネ。」

「…これでバトルフェイズは終了…俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:6→2枚

場:【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ1枚

 

 

 

…やっていることは至ってシンプル。しかしソレ故に恐るべき完成度。

 

デュマーレ校1の秀才である、セリ・サエグサがそう感じてしまったほどに…たった一度の攻防で、ハコ・ヴェーラの動きを体感したセリが抱いたのはそんな冷や汗をかくような結論であったのだ。

 

…相手の出方を見据えつつ、守りの手を的確に固めながら次なる手札を揃えていく。

 

それは攻撃的な【月光】デッキからは、到底考えられないような理想的なる防御と持久。

 

そしてその防御と持久も、次なる攻撃の為の一手へと繋がっているのだから…

 

ターンを渡したセリが、ここまで冷や汗をかいていたとしても。ソレはある意味、当然と言えば当然のことであり…

 

 

 

「ン行っくわよー!ナタシのターン、ドロー!【月光彩雛】を召喚ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光彩雛】レベル4

ATK/1400 DEF/ 800

 

 

 

「カレイド・チックの効果発動ゥ!Exデッキから【月光舞剣虎姫】を墓地に送って、カレイド・チックをサーベル・ダンサーと同名にしちゃうわよー!ン更に魔法カード、【月光融合】発動ゥ!」

 

 

 

しかし、身構えているセリを意に介さず。

 

ハコ・ヴェーラは、即座に一枚の魔法カードの発動を宣言し始め…

 

それは【月光】というカテゴリーに与えられし、このカテゴリー専用の融合魔法。月明かりのようなスポットライトに照らされて、月の魔力を帯びた神秘の渦がうねりを上げる。

 

 

 

「サーベル・ダンサーになってる場のカレイド・チックと手札の【月光紅狐】…そしてExデッキの【月光舞豹姫】を融合しちゃうわー!」

「Exモンスターを直接素材に…ッ、パンサー・ダンサーってことはまさか!?」

「ン容赦しないわ!月の光に導かれ、月下のステージで踊りなさぁーい!永久に煌く獅子の姫!融合召喚ッ!来なさい、レベル10ゥ!【月光舞獅子姫】、オンステージッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光舞獅子姫】レベル10

ATK/3500 DEF/3000

 

 

 

現れたのは【月光】の踊り子、その中でも最上位に位置する獅子の舞姫。

 

百獣の頂点に君臨せしめる、その昂ぶりを踊りに現し。雌であるが故の美しさと、獅子であるが故の強さをその身で体現するその姿は…

 

まさに雄であり雌であるハコ・ヴェーラを、コレ以上無いくらいに体現しているかのような佇まいではないか―

 

…圧倒的な攻撃力と、圧倒的な耐性。そしてソレ以上の恐るべき力を持った、この月の獅子こそ正真正銘【月光】デッキの切り札の中の切り札。

 

それは言い換えれば、こんな序盤に出てくる事がそもそもからして珍しい、紛れも無く彼?彼女?にとっての切り札級の一枚であって―

 

 

 

「くそ!もうソイツが出てくるなんて!【月光融合】が発動したため、超魔導師の効果で1枚ドロー!…ッ…そ、そのまま、今ドローしたカードをフィールドにセットする!」

「ン構わないわ!融合素材になったクリムゾン・フォックスのモンスター効果発動ゥ!超魔導師の攻撃力を0にしちゃうわー!」

「させるか!超魔導騎士の効果発動!手札を1枚捨て、クリムゾン・フォックスの効果を無効にする!」

「ンフッ!そんなに手札をバンバン使っちゃっていいのかしら?」

「くっ…」

「まだまだ行くわよー!【月光白兎】を通常召喚し、その効果で墓地から…」

「ホワイト・ラビット!?くそっ!その効果にチェーンして永続罠、【永遠の魂】を

発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を、攻撃表示で特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

 

 

「アラ、攻撃表示なの…でも関係ないワ!ホワイト・ラビットの効果は止められヌァーイ!墓地からエメラルド・バードを守備表示で特殊召喚ッ!」

「だけど【ブラック・マジシャン】の特殊召喚に成功したため、こっちも【黒の魔導陣】の効果を発動する!」

「フフン、ライオ・ダンサーは効果の対象にならないわ。残念だったわネ。」

「くっ…除外するのはホワイト・ラビットだ…」

「でしょうネ!そのままナタシはエメラルド・バードの効果も続けて発動ゥ!手札の【月光紫蝶】を墓地に送って1枚ドロー!まだまだよーン!魔法カード、【月光香】発動ゥ!墓地のフォックスを蘇生しちゃうわ!」

「ッ、止まらな…」

「えぇ!止まらないわよー!【闇の誘惑】も発動ゥ!2枚ドローして、手札から2体目のカレイド・チックを除外ッ!」

「なっ!?カレイド・チックの除外って確か!」

「ンフッ、そうよ!これでナンタはバトルフェイズに、見習い魔導師の効果も超魔導師の効果もツ・カ・エ・ナ・イ!」

「ぐっ…」

 

 

 

怒涛…

 

それは、まさに怒涛という表現があまりによく当てはまる、激しすぎる効果の応酬。

 

一撃一撃が、あまりに重く襲い掛かるハコ・ヴェーラの怒涛の猛襲。それに対抗するように、セリも必死になって己の『知識』を総動員して即座に反応してはいるものの…

 

しかし、冷や汗を垂らしながら必死になって追いすがっているセリの姿を見れば。誰だって、この攻防がどちらに部があるのかが容易に判断つけられるに違いないことだろう。

 

…そう、まだまだ余裕しかないハコ・ヴェーラに対し。必死なセリの方は、既に満身創痍にも近い姿になっているのだから。

 

…セリのデッキやその展開、果てはこれまでのカード捌きからセリの狙いを的確に読み取り。

 

セリを超えうる戦術を取るだけには収まらず、恐るべき精度にてセリの上を悉く超えていくデュエルサーカス団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…なんて恐るべき力、なんて恐るべき運、なんて恐るべきタクティクス。

 

『運』の絡む要素の強いデュエルにおいて、普通であればここまで相手を的確に圧倒する手札など揃えられるわけがない。しかし、セリの目の前で実際に起こっているこのデュエルの流れは…確かにデュエルディスクの判定による、不正の絡みようのない現実の出来事。

 

そう、それは例えるならば、まるで彼?彼女?のデッキ自体が彼?彼女?を勝たせようとしているかのようなデッキの回転とも言えるだろうか。

 

…【王者】やそれに次ぐ実力者のデュエルにて時折感じられる、人知を超えたデュエルの展開。

 

その、常人であれば理解出来ないであろう、勝つべくして勝つことを義務付けられたかのような…

 

天上の実力の持ち主のデュエルにて思い知らされる、圧倒的強者たる由縁にも通ずる恐るべきデッキ捌き。それが、今まさに団長、ハコ・ヴェーラから感じられる。

 

 

…そしてセリには、その感覚によく覚えがある。

 

 

そう、それは実際に対峙したが故の、確信を持てる紛れもない感覚。

 

先日デュマーレで戦ったあのデュエル傭兵、セリが初めて『勝てない』と思い知らされた実力の持ち主…

 

あのホトケ・ノーザンにも匹敵する天上の実力を、このハコ・ヴェーラも備えているという事であって―

 

 

 

「この程度なの?ガッカリさせないで頂戴ッ!いくわよ、バト…」

「ま、まだだ!罠カード、【陰謀の盾】発動!【ブラック・マジシャン】に装備し、1度だけ戦闘では破壊されない効果を付与する!」

「アラ、それはさっき伏せたばかりのカード…ナルホド、ナンタ、それなりの『運』は持ってるみたいじゃナイ。…まぁいいワ!ライオ・ダンサー、蹴散らしちゃいなさい!【月光舞獅子姫】で【ブラック・マジシャン】に攻撃ィー!ンビューティフルサマーソルッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

襲い来るは容赦のない、とてつもなく重い一撃。

 

…いくら【陰謀の盾】によって、LPが傷付かないとはいえ。

 

それでも、思わずセリが身構えてしまうほどに…次なる衝撃に備えるセリの心臓の鼓動は、更に加速を続けているのか。

 

そう、獅子の舞姫の恐るべき真骨頂は、まさに今から始まるのだ。ハコ・ヴェーラは、その特徴的なる言葉使いにて…

 

更なる一撃の言葉を、ここに高らかに宣言する。

 

 

 

「いっくわよー!ダメージステップ終了時、ライオ・ダンサーの効果発動ゥー!ナンタの特殊召喚されたモンスター…全部破壊しちゃうわー!」

 

 

 

―!

 

 

 

放たれるは波動の地響き、健脚より響きし地を裂く震脚。

 

そう、踊っているような攻撃の後…ダンスのステップのように大地を踏み抜いた獅子姫の震脚によって、凄まじき衝撃波がセリの場を襲ったのだ。

 

…全てのモンスターを飲み込んでしまう、恐るべき破壊のその衝動。

 

【永遠の魂】によって守られている【ブラック・マジシャン】だけは、どうにかその衝撃から身を守りはしたものの…

 

…しかし、超魔導師も、超魔導騎士も。

 

セリの主力モンスター達が、その衝撃波に耐え切れずに粉砕されてしまっていく―

 

 

 

「ンまだよ!ライオ・ダンサーの連撃、【ブラック・マジシャン】に攻撃ィー!ア、ビューティフルローリングソバッ!」

 

 

 

そして、間髪入れずに。

 

後攻1ターン目から、あまりに激しい獅子姫の2撃がセリの黒魔導師へと襲い掛かる。

 

…【陰謀の盾】のおかげでダメージはない。しかし2度は耐え切れずに、崩れ落ちてしまう【陰謀の盾】。

 

そのまま、主へのダメージだけは0にしつつ。成す術なく、【ブラック・マジシャン】が破壊されてしまって…

 

 

 

「更にクリムゾン・フォックスでボウヤにナイレクトアタック!ンレッツダンシングテールッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うわぁあ!?」

 

 

 

セリ LP:4000→2200

 

 

 

そして… 

 

特徴的な言葉使いで、初撃のお返しなのだと言わんばかりに。

 

ハコ・ヴェーラのモンスターより放たれた攻撃が、あれだけ居たセリのモンスターを一掃しつつ…遂には、セリのLPまでをも削りとっていく。

 

…その、あまりに凄まじく豪快な攻撃。

 

それは彼?彼女?のサーカスの演目のような、人の目を引きつけるスター性を持った光景となりてセリの目に映し出されるのか。

 

 

 

「どう?思い知ったかしら。コレがナタシとナンタの力の差…でもこれはホンの小手調べ…【強欲で貪欲な壷】発動ゥ。デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー…ナタシはカードを2枚伏せてターンエンドよ。」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2000

手札:6→1枚

場:【月光舞獅子姫】

【月光翠鳥】

【月光紅狐】

伏せ:2枚

 

 

 

―危なかった…

 

まさかエンターテイナー気質のある団長が、初撃をいきなりの切り札で押し通してくるなんて。

 

…【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】でドローできたカードが、【陰謀の盾】で本当に助かった。また、超魔導師の魔術によって、伏せた罠がセットしたターンに発動できたからこそ、この命を次のターンに繋げられたのだとして…

 

そんな虚を突かれたが故の驚きと、LPを残せた安堵が、今になって一挙にセリの心へと高波のように押し寄せる。

 

しかし、どうにかLPを残したはいいものの…

 

場を一掃されて、伏せカードも手札も削られたという今の攻撃に、セリの心は形容し難い焦りを感じている様子であり…

 

 

 

(つ、強い…俺の守りを真正面から打ち破ってくるなんて…さ、流石だ…)

 

 

 

…油断なんてしていなかった。

 

 

いくら始めのターンは相手の出方を伺おうと、守りに重きを置いたとは言え。

 

コンバットトリックを狙った手札の【幻想の見習い魔導師】や、破壊されたら後続を呼べる【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】を封じただけではなく…自分の手札すらも削り取りつつ、魔術師の防壁をいとも簡単に粉砕して更にはダメージまで押し通してくるなんて。

 

 

…そんな感情を抱いているセリが感じた、今の団長の攻撃はまさに圧倒的実力者のソレ。

 

 

確かに【月光】というデッキは、段階的に強くなっていく融合モンスターが特徴の、切り札足り得る上位の融合モンスターを出すために一定の準備が必要である、少々扱いが難しいと言えるカテゴリー。

 

…段階を踏んで強くなるということは、それだけ上位の存在を呼び出す為に下準備がいるということ。

 

だからこそセリも、相手が根っからのエンターテイナーであることから、ハコ・ヴェーラは徐々にデュエルを盛り上げていくスロースターター気質である可能性の方が大きいと踏んで、このデュエルに対する戦術を組み立ててたのもまた事実。

 

そうだと言うのに、そのセオリーを簡単に無視して…

 

いきなり切り札級の融合モンスターを召喚し、セリのLPを一気に半分近く削り取ったハコ・ヴェーラの攻撃はあまりに鋭くあまりに重く…

 

 

…セリが与えた2000のダメージと、ハコ・ヴェーラが与えた今の1800のダメージはそもそもからして持つ『重み』が違う。

 

 

ダメージ量では確かにセリの方が上…しかしダメージを与えるに至った『内容』そのモノはハコ・ヴェーラの方が優れているのだ。

 

そう、初撃にセリが与えた2000のダメージなど、言わば単なるラッキーパンチだった。

 

セリからすれば、自分のデッキがまだバレていないというアドバンテージと…始まったばかり故に、整っていなかった彼?彼女?の静かな立ち上がりの隙を突いた…いや、隙を突いたとさえ言えないであろう、若さゆえの勢いでただ突っ込んだだけ。

 

しかし、ソレと比較しても今の団長の攻撃は明らかに違う―

 

 

そう、勢いだけだったセリの攻撃と、セリの守りを真っ向から打ち破ってきたハコ・ヴェーラの攻撃は根本からしてその重みが異なっている。

 

…セリの手を読み、手札を見据え、次なる手を確実に潰して確実に潰しにかかるそのタクティクス。そんな常人には真似できない戦術を、ハコ・ヴェーラは息を吐くようにただ当たり前に実行してきた。

 

…彼?彼女?に取っては、ただただ当たり前の基礎中の基礎。しかし、その当たり前の部分のレベルがあまりに高すぎる。

 

そんな、彼?彼女?から感じられるあまりに果て無きプレッシャーを受けて…雄であり雌であるが故の、得体の知れぬ重圧がセリにじわじわと襲いかかってきているのか。

 

…流れ出る冷や汗を押さえられずに、始まったばかりで息を乱しているセリ。

 

力の差など一目瞭然。ハコ・ヴェーラの立っている場所はセリからすればあまりに高く遠く…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!【永遠の魂】の効果発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚!そして【黒の魔導陣】の効果で、右の伏せカードを除外する!」

「…除外されたのは『ミラーフォース』ヨ。」

「よし、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で、【月光舞獅子姫】に攻撃!」

 

 

 

…だからこそ、勝てないまでもせめてもう一撃。

 

立っている場所が違うことなど、最初から承知の上の事。けれども、あまりに高い場所にいるハコ・ヴェーラに…

 

せめてもう一太刀浴びせられるだけの力を求め、破れかぶれにも思えるセリの叫びがスタジアムに響き亘る。

 

…狙うは、ハコ・ヴェーラの切り札である月下の獅子姫。

 

団長の伏せていた危ない罠、【聖なるバリア-ミラーフォース-】を突破しつつ。手札の【幻想の見習い魔導師】の力を借りて、せめて相手の切り札を最期に倒したいという気概の下に、セリの叫びがスタジアムに響き…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「そう、ココまでなのねナンタ…オカマ、舐めんじゃヌァイわよーう!攻撃宣言時に罠カード、【聖なるバリア-ミラーフォース-】発動ゥ!」

「なっ!?」

「そんな攻撃、喰らってアゲルと思ってー?ナンタのモンスター、破壊しちゃうわー!」

 

 

 

―!

 

 

 

そんなセリの叫びすらも、無慈悲に無に帰すように。

 

手札の【幻想の見習い魔導師】の効果を使う間もなく、セリの場の黒魔導師が聖なるバリアに弾かれて逆に吹き飛ばされていく―

 

 

 

「お、同じカードを伏せていたなんて…」

 

 

 

手も足も出ない…

 

何も、出来ない―

 

…セリの抵抗を全て見抜いて、あえて同じカードを伏せさせたという彼?彼女?のデッキの判断。

 

それは今出来る自分の全力、今行える自分の最善、『知識』という自分の最大の武器を含めてソレらを総動員しても、なお指先すら届かない遠すぎるハコ・ヴェーラとの差となりてセリにまざまざと見せ付けられるのか。

 

…先のターンから、ソレをひしひしと感じ取らされているセリの心境は果たしていかなるモノなのか。

 

最初の手札やドローしたカード、考えうる戦術から思考一つとってまで、自分とあまりに違うその天上の実力者を前にして…

 

セリの目は、遥か彼方を見つめているような視線となりてハコ・ヴェーラを見据えており…

 

 

 

「…タ、ターン…エンド…」

 

 

 

セリ LP:2200

手札:2→2枚

場:無し

魔法・罠:【黒の魔導陣】、【永遠の魂】

 

 

 

「ナタシのターン、ドロー!」

 

 

 

手も足も出ない…その感覚は、まさに先日のデュマーレでデュエル傭兵、ホトケ・ノーザンと戦った時に味わった、圧倒的高みから思い知らされる天上のソレ。

 

ハコ・ヴェーラから感じられる身振り、手振り、素振り…そのどれをとっても彼?彼女?の持つ実力と言うのは、今のセリには到底届き得ない超一流の者のソレ。

 

…プロでもないのに、ここまでの力を持った者がこの世に存在するなんて。

 

先日も、本日も。世界の広さをその身でしかと体感したセリの心は、どこまでも広すぎる世界と目の前の天上の実力者に対し、自分自身の小ささをセリ本人へと思い知らせているかのよう。

 

 

 

「【強欲で金満な壷】発動ゥ!Exデッキを6枚除外して2枚ドロー!」

 

 

 

…けれども、負けて悔いはない。

 

 

そう、勝てる気などしない相手を前に、今のセリの心はどこか穏やかで。

 

…これ以上、自分がどれだけ抵抗してもハコ・ヴェーラの攻撃は止められないだろう。そう、デュマーレ1の秀才と言われていても、所詮は学生の枠で調子に乗っていた自分の力と『本物の力』を持った者との差はこれ程までに広いのだ。

 

ソレを、セリはその身でしかと感じ取れたからこそ。

 

元々、胸を借りるつもりで挑んでいたという心境と…今の自分と相手の実力差を、自分自身の体でしかと測る事の出来たとう満足感によって、セリはこの『敗北』を素直に飲み込んでおり…

 

…やはり、団長の力は凄まじかった。

 

プロでもないのに相当たる実力者、天上に届き得る至高の領域。

 

そんな相手を見つけられたという、自分の目に狂いは無かったその嬉しさ。今の自分の実力が、このレベルの相手とどれだけの差が開いているのかが良く分かったのだから、この戦いは負けてもなお得られるモノが多かったのだと、セリの心がセリ本人へと納得させようとしていて―

 

 

 

…いい経験をした。この負けはきっといい糧になる。

 

 

 

その、迫り来るであろう最期の攻撃を前に。セリは、どこまでも穏やかに敗北を受け入れていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、圧倒的強者との戦いに満足感を得ているセリとは裏腹に―

 

 

 

 

 

 

 

 

「…2枚伏せてターンエンドよ…」

「え!?」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2100

手札:2→1

場:【月光舞獅子姫】

【月光翠鳥】

【月光紅狐】

伏せ:2枚

 

 

 

何もせず…

 

そう、文字通りに何もせず。何が起こったのか理解出来ていないセリを余所目に、そのターンを終えてしまった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…その行動はあまりに不自然。

 

このターンで、ハコ・ヴェーラはセリのLPを確実に0に出来ていたはず。そう、既に何も出来ない事を理解していたセリの場は、たとえ【永遠の魂】の効果を使って壁を作ったとしても月下の獅子姫の攻撃を止められはしなかったのだから。

 

…けれども、団長はソレをしなかった。

 

一体なぜ…一体、どうして―

 

セリも虚を突かれたからなのか、【永遠の魂】と【黒の魔導陣】の効果を使うことすらも頭から抜け落ち…

 

ターンが移り変わってもなお呆然としてしまっていて…

 

 

 

「な、なんで攻撃しなかったんですか!?このターンで、俺のLPを0に出来たはずなのに…」

「…」

「な、何かおかしい!どうしたんですか一体!なんでこんな貴方らしくないデュエルを…このターンで俺は終わっていた!胸を借りるとは言ったけど、手を抜かれたいわけじゃない!貴方は『全力を受け止めろ』って言った…『中途半端は許さない』って言っていたじゃないか!なのに何で…どうして…」

 

 

 

矢継ぎ早に早口に、セリの口から零れる言葉。

 

それはセリ自身も、今のハコ・ヴェーラの行動には納得がいっていないというコトの証明でもあり…

 

…いくら負けそうだったところを、生き延びられたとは言え。

 

こんな…こんな『ふざけている』ようなデュエルをされては、セリだって嬉しいわけがないのだ。

 

セリにとってこのデュエルは、勝ち負けよりももっと大切な事を見つけるためのデュエルだった。

 

そう、プロではない道を自分で見つけたというハコ・ヴェーラと、全力で戦いそのデュエルを間近で体験することで…彼?彼女?が何を考え、何を思ってデュエルを続けているのか。それだけの強さを持ってして選んだ『道』の、その彼?彼女?にしか出来ないデュエルの持つ『意味』を感じ、今もなお迷いの中にある自分の道しるべの一つにセリはしたかったのだから。

 

そして、3日前の団長も、ソレをよく理解してくれていたからこそ。

 

このデュエルはセリにとって、何よりも大切な戦いであったと言うのに…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「どうしてこんなデュエルを…」

 

 

 

そんな、納得の言っていないセリへと向かって―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせぇぞゴラァ!」

 

 

 

―!

 

 

 

響き轟く重低音が、ハコ・ヴェーラの口から轟いた―

 

 

 

「ッ!?」

「ガキがゴチャゴチャ抜かしてんじゃねぇ!何が『貴方らしくないデュエル』だゴラァ!」

 

 

 

…先程までの、野太くも甲高い団長の声とはまるで違う。

 

ハコ・ヴェーラから放たれるモノ…ソレはまるで、葛藤が煮え立ったが故の押さえきれない怒りのよう。

 

そう、セリの声に触発されて、彼?彼女?の口から説明のない怒りが噴出したのだ。

 

…あまりに強いその怒り。

 

しかしその怒りは、セリに向けられているというよりも…どこか、自分自身へと向けているかのようで…

 

 

 

「大体テメェが…いえ、ナンタが一体、ナタシの『ナニ』を知ってるってゆーのよー!これだけ力の差を見せ付けられてもう分かったデショ?ンもう勝負はツイてるの!だからナタシがナニをしようとナタシの勝手ヨ!」

「ッ…あぁ、勝負は着いていた!だから意味がわからないんだ!何で俺を倒さずにターンエンドした!大体、そんな手抜きされたって俺は…」

「ン黙らっしゃい!わざわざ生き延びさせてやったってユーのに、ガキがイッチョ前に喚いてんじゃないわよーゥ!ここまででナンタの実力はよく分かった…ンだからもうナンタがもうナニも出来やしないってナタシにはよーくわかってる!負け犬は負け犬らしく、尻尾巻いてターンエンドしちゃいなサイ!」

「なんだよソレ…俺、今日のデュエル凄く楽しみにしてたのに…心から尊敬できる、本当に強いデュエリストと戦えるって…」

 

 

 

ハコ・ヴェーラの口から放たれるは、3日前とはまるで違って。

 

…遥か高みからの指導ではない、ちぐはぐだらけの強者の高慢。

 

その行動の意味がわからない。けれども何も教えてくれない。

 

まるで意味がわからない、意味不明なる団長の行動。それに加え、頭から全否定されているかのような言葉をセリは受けたのだ。

 

…3日前に会った団長は誇り高く孤高であり、それでいて確固たる『自分』というモノを確立している紛れも無い猛者だった。

 

けれども、今の彼?彼女?はどうだ。

 

圧倒的実力で追い詰められたかと思えば、暴言と共に自分とのデュエルを台無しにしている…

 

そんな、団長に裏切られたかのような感情を芽生えさせながら。

 

セリは、既に戦意を失っていた体を…

 

怒りと共に、ブルブルと震えさせ始める。

 

 

 

 

「なんだよそれぇぇぇえ!俺のターン!ドロー!」

 

 

 

やるせない怒りがセリを襲う。勢いに任せてカードを引く。

 

このデュエルを、心から楽しみにしていたセリだからこそ。今のハコ・ヴェーラの態度が、何よりもセリには許せない。

 

…実質的には負けていた。いや、そもそも勝負にすらなっていなかった。

 

けれども、そんな先程までのデュエルの展開など、全て吹き飛ばしてしまったかのように。ただただ湧き上がる怒りと共に、セリの叫びが反響し始めて。

 

 

 

「うぉぉぉぉお!【強欲で貪欲な壷】発動!10枚裏側除外し 2枚ドロー!そして【永遠の魂】の効果発ど…」

「やらせるわきゃヌァイでしょ!ン【砂塵の大嵐】発動ゥ!【永遠の魂】と【黒の魔導陣】を破壊よー!」

「まだだぁ!LPを1000払って魔法カード、【黒魔術のヴェール】発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

 

 

自らのLPを削ってまで、セリが呼び出すはデッキの要…

 

…自分のデッキの代名詞、魔術を極めし黒魔導師。

 

けれども、これまで幾度となく団長に返り討ちにされてきたセリが、怒っているとは言え今更黒魔導師を呼び出した所で。ハコ・ヴェーラにとっては、全くもって脅威にはなりはしないと言うのに…

 

だからこそ、それを証明するように。セリが呼び出した黒魔導師を一目見て、ハコ・ヴェーラは、再度そのふくよかな唇を高らかに開くのみ。

 

 

 

「ハン!今更通常モンスターだしたってナニが出来…」

「うるさい!【時の魔術師】を召喚!」

 

 

 

【時の魔術師】レベル2

ATK/ 500 DEF/ 400

 

 

 

しかし…

 

セリもまた、ハコ・ヴェーラの言葉を引き裂き吼える。

 

…呼び出したのは小さき魔術師、時の魔法に長けし老賢。

 

それは、元々セリが持ってはいなかったカード。そう、先日の『逆鱗』との相同で、綿貫から貰った中にあった…

 

セリが、唯一デッキに入れた2枚のカードの内の1枚。

 

大量のカードを試しまくり、セリが悩んだ末に自分のデッキに入れたカードであり…セリ自身が、自分のデッキに『必要』なのだとして選んだ、小さくも特別な能力を持った希少なるカードであって。

 

 

 

「時の…魔術師ですって?ギャンブルカードなんて、随分と珍しいカードも使うじゃナイ。」

 

 

 

…とは言えども。

 

ハコ・ヴェーラの言葉の通り、【時の魔術師】がいくら『希少』なカードとは言え…

 

ソレはあくまでも前時代のカードであるが故の流通の少なさと言うことであり、この場面をそのカード1枚で好転できるのかと問われればソレは限りなく『不可能』に近いとさえ言えるのでは無いだろうか。

 

そう、確かに【時の魔術師】には、敵を時空の彼方に消し飛ばしてしまうという恐ろしい効果が隠されてはいる。

 

…しかし、ソレらは全て『運』によって決まるのだ―

 

『運』と言うのは、言わば鍛えることも偽ることも出来ない『天賦』の代物。

 

いくら強力な効果を持っていても、発動出来ないかもしれない可能性を加味すれば、ギリギリの状況になればなるほどこういったギャンブルカードは、実に不合理極まりないとさえ言えるだろう。

 

そう、デュエルが高速化し最適化が推し進められている現代においては、あまりに不合理なるギャンブルカード。そんな、この今では使い手もほとんどいない前時代的なカードを実戦で使おうとする者など、今の時代においては奇人や変人とさえ言われており…

 

 

…しかし、ソレを承知の上でもなお。

 

 

セリは、ただただ湧き上がる怒りのままに…

 

 

 

「うぉぉぉぉお!【時の魔術師】の効果発動!俺は『表』を選択する!天に舞え、運命のコイン!」

 

 

 

天に放つ黄金のコイン、『運』の強さを測る駆け引き。

 

そして運命のコインと連動し、【時の魔術師】の杖の先のルーレットが勢いよく回り始め…セリの運命を決めるであろうルーレットが、益々その勢いを増していく。

 

…普通であれば、これほど追い詰められた状況に陥った時に、常人ならば『運』に頼り神頼みに縋りたい気持ちも起こるのだろう。

 

しかし、自分に牙を剥くかもしれないその効果を何の迷いも無く発動したセリの顔は、『運』という一縷の望みに全てを託しているような弱者の表情などでは断じて無く…

 

ふざけた態度をとってきた、ハコ・ヴェーラに対する怒りを顕に。ただただ真っ直ぐ、ただただ直情的に、『運』という自分の力をぶつけようとしているかのよう。

 

 

天で荒ぶる1枚のコイン。その回転が、次第に静止へと向かい始め…

 

運命を決める時のルーレットが、セリの『運』に審判を下し…

 

 

 

 

 

 

出た、マークは―

 

 

 

 

 

「よし!マークは太陽、コインは『表』!【時の魔術師】のモンスター効果!相手モンスターを…全て破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

選ばれたのは『表』のマーク。

 

【月光】に相反する『太陽』のしるし。

 

その下された審判によって、時空の歪みが突如ハコ・ヴェーラのフィールドに出現し始め…

 

凄まじき轟音と共に、荒れ狂う時空流が嵐となりてハコ・ヴェーラのモンスター達を遅い始める。

 

 

…別に、勝算なんてセリには無かった。

 

 

『運』での勝負と言うモノに、確実な勝利の方法などありはしない。

 

そう、幾ら自分の『運』が、他人よりも良い方だとは言え…天上の力を持った相手へと向かって、ここで確実に『表』のマークが出る予感など、セリには始めからなかったのだから。

 

しかし、それでも迷い無くセリはソレを発動した。

 

それは、ハコ・ヴェーラの態度が何よりも許せなかったという怒りと…自分の『知識』や『戦術』と言った『実力』の全てを賭けてでも届かない相手に、無理矢理喰らいつくには今の自分が持っているモノを更に超える『何か』が必要であったから。

 

…だからこそ、【時の魔術師】はこれまでのセリが絶対に使用しようなんて思わなかったカード。

 

 

そんな、セリの覚悟が形となりて…

 

 

強く、激しく、ハコ・ヴェーラを襲う。

 

 

 

「ッ…運がイイのね…ケド無駄よ!ライオ・ダンサーは効果じゃ破壊されナイ!そして破壊されたクリムゾン・フォックスとエメラルド・バードの効果発動ゥ!まずは【ブラック・マジシャン】の攻撃力を0に…」

「狙いはソレじゃない!クリムゾン・フォックスの効果を喰らう前に、俺は【ブラック・マジシャン】をリリィィィィス!」

「ヴァッ!?」

 

 

 

そして…

 

今度はセリが、ハコ・ヴェーラの虚を突くように―

 

【時の魔術師】の効果のすぐ後、効果に成功したはずだと言うのに…なんとセリの場の【ブラック・マジシャン】が、その身を時の本流の中へと捧げ始めたのだ。

 

…しかし、セリの場にも手札にも、もちろんその墓地にだって。

 

【ブラック・マジシャン】をリリースするようなカードなんて、1枚も存在しないはずだと言うのに…

 

 

 

それでも…

 

 

 

「ン何で【ブラック・マジシャン】がリリースされたって言うの…ケド関係ないワ!だったらクリムゾン・フォックスの効果で、【時の魔術師】の攻撃力を0にしちゃう!更にエメラルド・バードのモンスター効果ヨ!墓地から【月光蒼猫】を、効果無効にして特殊召喚しちゃうわー!オラオラッ、これ以上ナンタに何が出来るって言う…」

「いいや、これで良いんだ!【時の魔術師】のコイントスを当てたこの瞬間!俺は【ブラック・マジシャン】をリリースする事で…デッキから、あるモンスターを特殊召喚できる!」

「ヴァ!?デッキから直接ですって!?」

「来い、レベル9!【黒衣の大賢者】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【黒衣の大賢者】レベル9

ATK/2800 DEF/3200

 

 

 

現れたのは叡智の結晶。悠久の時を生きた大いなる賢者。

 

…手札からでも、墓地からでも、もちろんExデッキからでもない。

 

誰も予測出来はしない、まさかの『デッキ』から直接モンスターが現れたのだ―

 

その姿は、まさに『知識』の化身と例えられる程に雄大かつ偉大であり…

 

黒き魔術師の到達するであろう、未来の頂点の姿の一つ。セリの場にて鎮座するは、永遠の時の中で知識を蓄え続ける…叡智の結晶、生きる英知、知識を極めし黒き魔術師。

 

 

 

「ナンタ…随分変なモンスター使うじゃない。ン【時の魔術師】の効果に成功しないと出せないモンスターなんて初めて見たワ。そんなカード、今の時代使ってるヤツなんて居ないわよ!」

「そんなことはわかっている!だが、そんな事俺には関係ない!特殊召喚に成功した【黒衣の大賢者】の効果発動!デッキから『魔法カード』を手札に加える!」

「ヴァ!?魔法カードなら何でもイイですってぇ!?」

「俺が手札に加えるのは【円融魔術】だ!そのまま魔法カード、【円融魔術】を発動ぉ!」

 

 

 

しかし、まだまだ…

 

―これだけでは、終わらない。

 

そう、怒りを顕にしているセリの叫びが、この程度で終わるはずも無いのだ。

 

究極の英知によって、セリの手札に加えられるのは『任意の魔法』…

 

どんなカードであろうとも、『魔法カード』ならば何でも確実に手中に収められるその究極魔術によって、セリが選んだのは魔術師を融合させる至高の1枚であって。

 

 

 

「場の【時の魔術師】、そして墓地のブラック・マジシャン、超魔導師、超魔導騎士、マジシャンズ・ロッドを除外融合!」

「ゴ、5体融合…」

 

 

 

浮かび上がるは溶け合う円環、魔術師たちによる魔術の円融。

 

実に5体もの魔術師たちが、己の魔力を1つに集めているその光景。

 

…それは尋常ならざる魔力量。この世に存在する、他のどの魔術師が持つ魔力よりも純度の高い高密度の魔力がここに練成されており…

 

 

 

「最果てより来たれ、永遠の魔力!其は闇を導く者なり!融合召喚!」

 

 

 

主たるセリの叫びによって、その魔力をその身に宿しうる存在を魔術師たちは今こそこの場に呼び出さんとしているのか。

 

魔術師たちの魔力の融合、この世の何よりも強い魔力…

 

その魔力の結晶が弾けるとき、今ここに呼び出されしは―

 

 

 

 

 

「来い、レベル12!【クインテット・マジシャン】!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

それは深淵の彼方を統べる者。究極の魔力を持った者。

 

セリの操る黒魔術師と、よく似た雰囲気を持ったソレはこの混沌とした月下のフィールドに凛として現われ…

 

…並び立つ者など存在しない、尋常ならざるその魔力。

 

その姿はまさに究極至高、魔術師たちの究極完成形とさえ思えるような存在感を放っていて。

 

 

 

【クインテット・マジシャン】レベル12

ATK/4500 DEF/4500

 

 

 

「攻撃力も、守備力も4500の魔術師…そ、ソレがナンタの切り札ってワケ…」

「【クインテット・マジシャン】の効果発動!5種類の魔導師を素材に融合召喚した時、相手のカードを全て破壊する!」

「ヌッ!?」

 

 

 

そして、即座に―

 

登場から間髪入れず、魔力の嵐が吹き荒れる。

 

…ただ呼び出しただけで、これ程までの威力を持った嵐が吹き荒れる。そう、溢れ出る魔力が、この場に強く作用し…ハコ・ヴェーラの踊り子たちを、その伏せカードごと無慈悲に無為に蹂躙し始めたのだ。

 

それは決して逃れられぬ、全てを壊す乱気流。

 

紅の狐も、翡翠の鳥も。そして伏せカードも月明かりの獅子姫も、文字通りその全てを飲み込む嵐がハコ・ヴェーラの場に荒れ狂う。

 

 

 

「ッ…ヤるじゃヌァイ、全破壊とは恐れいったワ!だけどその破壊にチェーンして罠カード、【フレンドリーファイア】発動ゥ!【黒衣の大賢者】を破壊しちゃうわー!」

「くっ、まだそんなカードを!」

「ホントはブルー・キャットを破壊するためのカードだったんだけどネ!ケド結果オーライッ!そしてライオ・ダンサーは効果じゃ破壊されヌァイ!更にブルー・キャットの効果も発動ゥ!デッキから3体目のブルー・キャットを特殊召喚し、ブルー・キャットの更なる効果も発動しちゃうわー!ライオ・ダンサーの攻撃力を、元々の倍にしちゃってー!」

 

 

 

【月光舞獅子姫】レベル10

ATK/3500→7000

 

 

 

しかし…

 

けれども…

 

それでもなお―

 

 

 

ハコ・ヴェーラは崩れない、決して場を乱しはしない。

 

…虚を突かれ、驚きを与えられても。一瞬で状況を見直し、冷静さを失わないその立ち振る舞いはまさに、強者の証とも言える悠々たる態度。

 

失ったモンスターの効果を利用し、更にソレ以上の場を整える。怒りによって場を見落としていたセリの猛りすらも利用して、【月光蒼猫】の効果によって【月光舞獅子姫】が更にその力を上げていき…

 

 

遠い…益々遠くなっていく、ハコ・ヴェーラとの力の差。

 

 

…セリがいくら奇策を弄しても、ハコ・ヴェーラには届かないのか。

 

そう、【時の魔術師】と【黒衣の大賢者】は、セリからすれば奇策中の奇策だった。何せデュマーレ1の秀才と呼ばれ、『知識』と『戦略性』を武器とするセリからすれば…『運』にデュエルを賭けるという【時の魔術師】の効果は、掟破りとも言える程に自分のデュエルから逸脱した戦法であったのだから。

 

しかし、その持ちうる全ての力、出せる今の全力を投じてもなお遠い場所にいるハコ・ヴェーラは、どこまでも高い壁となりてセリの前に立ちはだかり続ける。

 

ソレ故、セリもまた己の力の矮小さをひしひしと実感しているかのような感覚を覚え始め…

 

 

 

 

「オーッホッホッホッホ!焦ったわねナンタ!ブルー・キャットの効果を忘れてたのかしら!だから言ったでショウ?オカマ、舐めんじゃないわよーう!」

「ッ…攻撃力7000…」

「これで【幻想の見習い魔導師】の効果を使ったってムダ!言ったはずヨこれ以上ナンタに何が出来るってのヨ!」

「ま、まだだぁ!【闇の誘惑】発動!」

「ヴァ!?」

 

 

 

だが…

 

 

 

それが、どうした―

 

 

 

まるで喚くようにして発動された、セリの一枚の魔法カード。

 

それは今のセリにとっては、2枚の内の最後の手札とも呼べる最期に縋れる最終手段のカードであり…

 

とは言え、ここへ来て破れかぶれの様にドローカードを発動したというコトは、正真正銘コレがセリにとっての『最後の手』なのだというコト。

 

そう、セリのデッキにとっては、確かに【闇の誘惑】は有用なドローソースではあるだろう。しかし今のセリの手札にあるのは、この場においては除外などしたくはないであろう【幻想の見習い魔導師】1枚のみであると言うのに。

 

 

 

「ナ、ナンタ、まだ諦めないワケ!?さっきとはエラい違うじゃナイ!」

 

 

 

ソレ故、ハコ・ヴェーラがこの時始めての驚愕の声を上げたのも無理は無い。

 

…これまでの戦いで、セリという少年の実力、戦術、思考、スタイル…果てはポリシーまで、既に団長は感じ取っている。

 

知識を活かし、戦術を組み立て。そうやって、少年が自分の戦いをどうやって確立してきたのかを、このデュエルで団長はしかと感じ取っていたのだ。

 

…だからこそ、先の【時の魔術師】は本当に虚を突かれたカードだった。

 

そう、よほど『合理的』な動きに執着があるのか…『運』などという『不合理』な戦い方を、2度も取るなどこの少年からすればありえない。

 

団長、ハコ・ヴェーラが、確かにそう感じたほどに―【時の魔術師】は少年にとって、正真正銘ポリシーの外のカードであったはず。

 

 

…けれども、『この状況』での【闇の誘惑】。

 

 

それは『ドロー』という不確定要素に、自分の勝利を託すという一種のギャンブルとも呼べる選択。

 

そう、デュマーレ校のプロ候補生ということから、少年は自分のスタイルのよほどの自信があったのか…才能と努力によって培った己の力に自信を持ちつつも、追い詰められた時に目の前の少年はどこか諦めも早かったのだ。

 

だからこそ、この少年は『運』などという不確かなモノには頼りはしないだろう…

 

彼?彼女?も、そう確信していたからこそ―たった今セリが発動した【闇の誘惑】に対し。ハコ・ヴェーラも、とうとう驚きを隠せなくなってきており…

 

 

 

「負けてたまるか!俺をあんなに馬鹿にしたアンタなんかに…あんなふざけたデュエルをしたアンタに負けてたまるかぁ!2枚…ドロー!…来た!闇属性の【幻想の見習い魔導師】を除外して、俺は装備魔法…【孤毒の剣】をクインテットに装備ィ!」

「ヴァ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

一振りの剣が、セリのデッキから飛び出した―

 

ソレは戦略性を重んじるセリからすれば、自分のデッキに全く持って関連性の無いテーマ外の装備魔法。

 

…毒々しい色合いに、禍々しく歪んだ刃。

 

そんなモノ、崇高なる魔術師が装備するにはどこか似合わぬ姿形なれど…

 

しかし、【孤毒の剣】…ソレは、セリに取っては…

 

 

 

「【孤毒の剣】って…ソレ、ナンタのデッキと全く関係ナイカードじゃない!ナンタ、コンボ重視のマジシャンデッキなんでしょう!?ンなんでそんな癖の強いカードを…」

「【孤毒の剣】は俺にとって、大事な意味を持つカードだ…だから俺は、このカードをデッキに入れることで!『あの時』の悔しさを絶対に忘れないようにするんだって、そう決めたから入れたんだ!」

「ハァッ!?ナンタナ二言って…」

「ゆけっ、バトルだ!【クインテット・マジシャン】で、【月光舞獅子姫】に攻撃!」

 

 

 

月光を引き裂くセリの叫びが、スタジアムの中に木霊する。

 

…完全に団長の意表を突いた、これはセリの最後の攻撃。

 

そう、自分の持てる全ての力、『知識』と『戦略』と『若さ』と『怒り』…そしてソレを超えるための『運』を、全てつぎ込んで放たれる、弱き少年の必死なる足掻き。

 

…こんな不恰好なデュエル、本来のセリのデュエルを知る者が見たらきっと『無様』だと一蹴することだろう。

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「ダメージ計算時だ!【孤毒の剣】の効果により…【クインテット・マジシャン】の攻撃力を、元々の倍にする!」

 

 

 

【クインテット・マジシャン】レベル12

ATK/4500→9000

 

 

 

「攻撃力9000ですって!?」

 

 

 

たとえ破れかぶれでも、たとえ無様な足掻きでも。

 

 

 

たとえ、この本当はもっと前に負けていたのだとしても…

 

 

 

それでも、確かに今こうして続いているデュエルの、ソレは終わりを告げる響きとなりて―

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、轟くのだから―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライオ・ダンサー、砕け散れぇ!ナイメア・ゴッド・ブラスター!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ッ!アァァァァァァァァンッ!」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2000→0

 

 

 

ピー…

 

 

 

無機質な機械音が、スタジアム内部に響き渡る。

 

それは、この月下のデュエルの勝敗を確かに決める響きとなりて…

 

高らかに、鳴り響いたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…なんであんなデュエルを?」

 

 

 

デュエルが終わった直後…

 

直立したままうな垂れているハコ・ヴェーラへと向かって、セリはそう口を開いていた。

 

 

 

「本当なら俺は負けていた…なんで見逃したんですか?前のターン、確実に俺のLPを0に出来ていたはずなのに。」

「…」

 

 

 

…それは先程のデュエルにおける、ハコ・ヴェーラの不可思議なターンエンドについて。

 

そう、デュエルが終わり、怒りが収まったからこそ…セリは、どうしても気になってしまったのだ。

 

あの場面…壁モンスターも居らず、出したとしてもライオ・ダンサーに一蹴されていたであろう、あの敗北が確実なモノとして映し出されていた前のターン…

 

その、確実に勝っていたあの場面において。何故かターンを放棄するようにして、ターンエンドしたハコ・ヴェーラの行動が、セリにはどうしても納得がいっていないのだから。

 

…この『勝利』を、自分の『力』によるモノなどと勘違いするほどセリは馬鹿ではない。

 

そう、最後にセリが勝てたのは、前のターンにハコ・ヴェーラが何もしなかったことに加え、最後の場面で自分のスタイルではない『運』に後を託しただけに過ぎないのだ。

 

…【時の魔術師】も、【闇の誘惑】も。

 

最後のカードによる勝敗は、セリ自身の実力ではない。ただの『運』に頼ったギャンブルに過ぎず、最後の最後に己の殻を破るほどの『運』を発揮したセリが…あのギリギリの状況で奮い立ち、制約に縛られていたハコ・ヴェーラにほんの少しだけ指先を届かせただけ。

 

…『運も実力の内』とは良く言うけれど、そんな不確かなモノに頼らなければならないことはセリ・サエグサの最も嫌うことの一つなのだから。

 

 

…本来ならば、指先すら届くはずの無い位置にいた団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

『力』…純粋な『実力』での勝負では、既に前のターンに決着は着いていた―

 

最後の【闇の誘惑】…それはセリにとって、本当にただの賭けだった。デッキにたった1枚の【孤毒の剣】が、あの場面でドロー出来るなんて、セリからすれば本当に奇跡が起こっただけのような代物。

 

 

…もしドローしたのが、他のカードであったならば。

 

 

例えば同じ装備魔法でも、ドローしたのが【ワンダー・ワンド】や【魔導師の力】であったとしたら。きっと最後の場面で、セリは攻撃力7000のライオ・ダンサーを超える事が出来ずに、返しのターンに確実にやられていたに違いないだろう。

 

いや…そもそも負けていた自分がターンを渡された時点で、決着となったセリのターンは本来ならば存在すらしていなかったはずなのだ。

 

…デュエルには勝った。けれども勝負では負けていた。

 

ソレ故、この『勝利』を自分の力なのだと履き違えるほど…セリはこの勝敗に対して、納得など決してしてはおらず。

 

…本来ならば、到底勝利することなど出来はしなかったであろう圧倒的強者。だからこそ、こんな勝ち方は勝った内にすら入らない。ハコ・ヴェーラに、自信を持って勝ったと言えるわけではないと言う事を、セリも大いに理解していて。

 

 

 

「ナタシは…師匠の劇団を守りたかった。何も無かったナタシに、感動と夢を与えてくれた師匠のサーカスを守りたい…って。だから必死になって戦ったつもりだった…ケド、だからってナンタをバカにしてイイわけじゃなかった。だから、コレはナタシへの罰なのネ。」

「え…?」

「セリ、ゴメンなさいネ?折角ナタシとのデュエルを楽しみにしてくれてたってのに…こんな不甲斐ない感じになっちゃって。」

 

 

 

そして…

 

そんなセリの、不完全燃焼な感情を感じ取ったからなのか。

 

ハコ・ヴェーラは、うな垂れていた顔を上げ…セリへと向かって、そのふくよかな唇をゆっくりと開き始めて…

 

…ハコ・ヴェーラから発せられるのは、静かで穏やかな悲痛なる呟き。

 

それはどこか、一種の諦めのようなモノとなりて…一種の懺悔の言葉として、目の前の少年へと届けられる。

 

…デュエルの最中とはまるで違う、全てが終わってしまったかのような雰囲気。

 

デュエルが始まった時の逸っている雰囲気といい、先程の切羽詰った表情といい。そして今の悲痛な呟きといい、デュエルが始まってから終わりまでずっとどこかおかしかった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

そんな、悲嘆なりし団長の表情を見て…セリは、これまでのデュエルの中で感じた、団長のおかしな雰囲気を思い出しており…

 

今の彼?彼女?の姿を見れば、誰だって気がつくだろう。そう、先のデュエルの不可解な彼?彼女?の行動の裏には、彼?彼女?に『そうさせた何か』があったのではないか…と。

 

 

 

そして…

 

 

 

「あの…サーカスを守りたかったって…じゃあ、様子がおかしかったのはやっぱり何か事情が…一体、何があっ…」

 

 

 

様子のおかしな団長へと、思わずセリがそういいかけた…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「げひゃひゃひゃひゃ!イイ負けっぷりだったなぁゲテモンがぁ!」

 

 

 

突如…

 

ステージの上にいる、戦いの終わったセリとハコ・ヴェーラへと向かって。

 

…何やら下衆な笑い声と、不快感を覚えそうな声が突如として聞こえてきた。

 

 

そう、聞きなれぬ、第三者の声が響き渡ったのだ―

 

 

声の方向へと、セリが反射的に振り向いたそこには…

 

 

 

「ナンタ達…ここには来ないって約束したはずよ。」

「あぁ?知ったこったちゃねぇなぁンなこと!それより、ガキ相手に随分とあっけねぇ負け方したじゃねぇか!」

「おうおうおう!団長サマもザマぁねぇなぁおい!」

「調子に乗りすぎたなぁクソオカマよぉ!所詮テメェはこの程度だったってことだ!」

 

 

 

スタッフ通路の扉を開けて、ステージ上へと下品な足取りで歩いてきたのはガラの悪い3人の男達であった。

 

…ドカドカと無粋に、うるさい威勢を振る舞いながら。

 

ハコ・ヴェーラの言葉と、男達の態度から彼らもまたサーカスの団員なのだろう。しかし、自分達の団長へと放つその言葉に敬意は無く…

 

そのまま、男達の中の1人…中央に立っている、リーダー格らしき男が、団長へと向かって更に下賎に言葉を連ねる。

 

 

 

「げひゃひゃ!俺達との約束、モチロン覚えてるよなぁ?」

「…えぇ。」

「…約束?あの、約束って…」

「…ナンタには関係のナイことよ。」

「知りてぇか?なら教えてやるよ!」

「ッ!やめナさい!この子には関係ナ…」

「オカマは黙ってろ!いいか、このデュエルはなぁ、コイツのクビがかかってたんだ!」

「なっ!?」

 

 

 

そして…

 

男達から飛び出してきたのは、あまりに衝撃的な言葉の爆弾。

 

…その言葉を耳に入れ、思わず動揺を隠し切れないセリ・サエグサ。

 

しかし、それもそのはず…何せこのデュエルは、セリが我が侭を言った挙句に胸を借りるという『てい』で相手をしてもらうことになっていたのだ。忙しい団長の貴重な時間を、部外者であるセリの為にわざわざ割いてくれたというのがセリの認識であり…

 

…後で何かしらのペナルティなり罰なり叱りを受けるならば、ソレは団長ではなく自分の方だとセリは思っていた。

 

だからこそ、団長にとっては生意気なガキの相手を何の重圧もなしに悠々としてやる気分であるのだろうと、勝手にセリはそう思ってここに来ていたのだから。

 

…ソレがまさか、裏でそんな事になっていたなんて。

 

ハコ・ヴェーラの雰囲気と、男達の態度からソレが紛れも無い真実だというコトを、この一瞬でセリも理解してしまい…

 

 

 

「な、何でそんな事を!アンタ達、サーカスの仲間じゃないのか!?」

「ンなキモいオカマと一緒にすんな!俺達ぁなぁ、前のサーカスの時からそのオカマの事が大嫌いだったんだよ!キモい癖に団長に取り入りやがって、何が次の団長だ!」

「おうおう!テメェがデュエルサーカスなんて余計な事をした所為で、こっちにゃ余計な仕事が増えちまったじゃねぇか!クズの出身の癖に俺達を働かせやがって…」

「爺さんが死んで、やぁーっと俺達に金が入ってくると思えばコレだ!だからそのオカマをクビして、俺達が本当のサーカスを取り戻してやるのさ!きひひ…下っ端は金稼ぐのが仕事だってわからせてやんのさぁ!俺達の為に仕事させてやんだからアイツらだって喜ぶぜぇ?」

「ッ…だ、団長!なんでコイツらの言いなりに?今の団長は貴方なのに…」

「ンそれは…」

「げひゃひゃ、逆らえねぇよなぁオカマ野郎!俺達は前の団長の親戚でなぁ、このサーカスの権利は俺達が持ってんだよ!」

「一応爺さんの遺言だからな、仕方なくそのオカマに団長は譲ってやった…けどそのオカマは俺達を差し置いて、『デュエルサーカス』なんざ始めるっつって調子に乗り始めやがった!ンなめんどくせぇ事やってられるわきゃねぇだろうが!」

「だから言ってやったのさ!『サーカスを売られたくなかったら、大人しくコッチの条件を飲め』ってなぁ!」

「…『条件』?」

「コイツはキモい癖に下っ端達から慕われてっからなぁ、無理矢理クビにしたんじゃ下っ端たちも辞めちまって面倒せぇことになっちまう!だからこう条件をつけたんだよ!『ガキとのデュエルに負けたら、自分からすすんでサーカスを辞めろ』ってよ!げひゃひゃ、自分の意思なら仕方ねぇよなぁ!」

「なっ…そ、それでデュエルが始まる前に『死んでも負けられない』って…」

 

 

 

男達から語られる、憎しみの篭った下卑た言葉。

 

それは彼らが、心の底からハコ・ヴェーラを嫌っていることの証明となりてスタジアムの中に反響するのか。

 

…複雑に拗れた裏事情。その捻じれた関係性。

 

そんなモノ、昨日今日関わりをもったばかりのセリには全く関係のない事ではあるものの…

 

しかし、いざ自分が当事者となってしまった事で。セリの心には、折角のデュエルを無粋な理由で邪魔されたという感情が浮かび上がってきているのか。

 

 

 

「まっ、でもコイツの実力は嫌でも分かってっし、テメェみてぇなガキじゃコイツの相手になるわけもねぇ!」

「瞬殺されでもしたら何の意味もねぇしな!だからもっと条件をつけてやったんだぜ?最低でも5ターン以上はデュエルを長引かせろって!あとついでに、オカマが使える融合召喚は『1回』までってな!」

「げひゃひゃひゃひゃ、感謝しろよガキンチョ。俺達のおかげでオカマに勝てたんだからよぉ!」

「そんな…」

「それならテメェみてぇなガキでも勝てるだろ。つーか、それでも負けそうになってた時はガッカリしかけたがよ。」

「テメェどんだけ雑魚なんだよ。あれだけハンデくれてやって負けそうになるとか冗談じゃねぇぜ。」

「ぐ…」

 

 

 

…そして、男達から語られた真実を聞いて。

 

先のデュエルに対して、セリは感じていた謎が全て解けたのか―

 

…明かされてみれば、確かに団長の行動はその言葉の通り。先のデュエル、団長が融合召喚したのは【月光舞獅子姫】のみ。そして4ターン目の不自然なターンエンド…

 

それらは全て、無理矢理課せられた制約の所為で起こっていた不自然さだったのだ。

 

 

…そんな制約を自身に課して戦っていたのか。

 

 

普通であれば、まともなデュエルになるはずも無い。『Exデッキ』の使用を極端に制限された上に、速攻も禁じられたデュエルなんて―

 

…特に今は『Exデッキ至上主義時代』。

 

誰もが皆、己のEx適正を駆使して戦う事が当たり前の時代であるのだから…Exデッキを使えない制約を課される事ほど、この世に辛い事などありはせず…

 

しかし…

 

それだけの制約を課してもなお、セリを圧倒する強さを見せ付けたハコ・ヴェーラの強さはまさにセリの想像以上のモノだった。

 

そう、5ターン以上長引かせることは何もせずターンエンドすれば確かに事足りる。ハコ・ヴェーラがやったみたいに圧倒的実力差を見せつけ、相手の盤面を悉く無に帰し続ければ相手は勝手に心を折るだろうから。

 

しかし、Exモンスターを制限される事は違う…

 

切り札に限らずエースや特攻隊長、何なら展開要員や墓地肥やしと言った準備要員すらも今の時代Exデッキから出てくるのが当たり前。しかし、ソレを1度しか行えないというのは単純に考えてもまともにデュエルなど出来るはずも無く。

 

特にハコ・ヴェーラの【月光】デッキにように、切り札が段階的に強くなっていく融合モンスターであるデッキならば尚更。

 

 

 

…Exデッキを使えないなんて、デュエルをするなと言っているようなモノ。

 

 

 

けれども、それだけの制約が課せられていてもなお団長はセリを圧倒する力を終始見せ付けてきたのだ。

 

…そう、このデュエルにおいて、セリが勝ったことは一種の奇跡。

 

正攻法では、団長のたった1体の融合モンスターを突破する事すら叶わずに…いい様にあしらわれ、終始圧倒され続けたセリ・サエグサ。

 

一瞬だけセリが届いたのは、あくまでもその一瞬における『運』がギリギリで届いただけ。

 

まぁ、一瞬とは言え天上の者にセリが指先を掠らせただけでも大概ではあるものの…それでも、デュマーレ1の秀才であるセリが、そこまでしてようやく触れる事が出来たという点でも、ハコ・ヴェーラの力はまさに天上の代物と言えるに違いなく…

 

…そんな実力の持ち主が、何故辞めなければならないのか。

 

いくら自分がサーカスの部外者であるとは言え、この騒動に利用された当事者として…セリの心には、どうにもやるせない気持ちが大きく膨れ上がりつつあり…

 

 

 

「イイのよセリ…これはナタシの問題、ンだからナンタが気に病む必要なんて無いノ。」

「でも…」

「ガキンチョが責任感じてンじゃないワ。これはケジメなんだから。どんな条件であれ、デュエルに負けたナタシが全て悪い…デュエルなんだから…そうでしょ?」

「…」

 

 

 

けれども…この勝敗を、団長は受け入れているかのよう。

 

…これが子どもと大人の差か。

 

いくら納得のいかない出来事であれ、自分で決めたことなのだから飲み込んでみせるという…未だ納得の言っていないセリを他所に、どこまでも穏やかに勤めようとしているハコ・ヴェーラ。

 

…こんな不当な事をされて、こんな不利な戦いを強いられて。

 

それでも自分で飲んだ条件なのだから、潔く従うという態度を取っているあたりはどこまでも大人の態度と対応とも言えるだろうか。

 

…いくら相手が下種で卑劣な、屑みたいな3人であろうと。

 

デュエルによる決着は絶対というこの世界の法に則り、団長は己のその身を犠牲にしようとしており…

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「約束は約束。ナンタ達の望みどおり、ナタシは今日限りで一座を辞め…」

 

 

 

 

 

ハコ・ヴェーラが、男達3人の前でサーカスの退団を宣言しかけた…

 

 

 

その時―

 

 

 

「団長ダメェ!」

「辞めないでください団長!」

「団長ぉ!待ってくれぇ!」

 

 

 

団長の宣言を掻き消すように、突然響き渡ったのは複数の叫び。

 

突如。3人の男達が入ってきた扉とは逆の入り口から、その声の弾けと共に男女合わせて30人以上の者達が雪崩込むようにしてスタジアムへと飛び込んできて―

 

 

…それはサーカスの団員達。ハコ・ヴェーラを慕っている多くの団員。

 

 

そう、このサーカスの一座の団員、そのほぼ全ての人間が一斉にこのスタジアム内になだれ込んできたのだ。

 

…誰もが皆、涙ながらに声を震わせ。

 

今まさに退団を宣言しようとしていた団長へと、力の限り声を届け始める。

 

 

 

「団長辞めちゃやだぁ!」

「そんな一方的な賭け、乗る必要なんてないですよぉ!」

「なんで団長が辞めなきゃいけないんですか!そんなのおかしいじゃんか!」

 

「ナ、ナンタたち…」

 

「お、おい!お前らなんでここに来やがった!全員宿舎に帰ってろって命令しただろが!」

「俺達の命令が聞けねぇってのか!下っ端どもがぁ!誰のおかげでサーカス続けさせてもらってると思ってやがる!」

「大体下っ端どもが勝手なこと言ってんじゃねぇ!それにこれはコイツが承諾したことなんだよ!負けたんだからオカマがクビになるのは当たりま…」

 

「うるさい!だったらお前たちが辞めろ!」

「そうだそうだ!お前ら前のサーカスの時から練習も適当で仕事もサボってばっかじゃないか!」

「何が前のサーカスを取り戻すだ!お前らなんか居ないほうがマシだ!」

「私達はアンタ達の為に働くんじゃないわよ!団長と一緒にサーカスがやりたいから残ったの!勘違いしてんじゃないわよ!」

 

 

 

混沌…

 

まさに、阿鼻叫喚の混沌の嵐。

 

ハコ・ヴェーラ派の団員達と、権力を持つ下種の3人。

 

その、決して相容れぬ者達が力の限り叫び合うその光景は…まさにカオスの一言に尽き、声の応酬によってビリビリと空気が震えているスタジアムの内部。

 

…これだけ多くの団員が、必死になって団長を庇っているのはハコ・ヴェーラが本当に慕われているからなのだろう。

 

我が身を盾にしてでも、団長を守ろうと立ち上がった団員達の声は、更に大きく下種たちに放たれ続けていて。

 

 

 

「ンなーによもう、冗談じゃヌァイわよーう…ホント…おバカさん達ばっかりなンだから…」

 

 

 

そして、その中心で。

 

一座の者達が言い合う渦中で、当事者たるハコ・ヴェーラが抱く感情は一体どこのような代物なのだろう。

 

…深い深い思慮の顔、まだ団長としての責任感。

 

そんなモノを背負っているような、どこまでもプロフェッショナルな雰囲気を纏ったまま…

 

 

 

「下っ端どもが誰にンな口きいてやがる!こうなったら全員、猛獣の檻にブチ込んで教育してや…」

「ンお黙りなさぁーい!」

 

 

 

―!

 

 

 

混沌の応酬を引き裂いて…響き渡るは甲高い雄叫び。

 

しかし、ソレは更なる混沌を呼び寄せるような反響などでは断じて無く…

 

…一瞬の静寂、視線の誘導。

 

そう、混沌と化した団員達の争いに、終止符を打たんとして…団長が、この場に渇を入れたのだ―

 

そして誰もが皆、突然弾け現れた団長の声に目を向け耳を傾け…その視線を一挙に受け、更に団長は言葉を続ける。

 

 

 

「ナンタ達、アツくなるのはそこまでヨ。辞めるのはナタシ1人でいい…自分で飲んだ条件で、デュエルに負けたのはナタシ…これはナタシが決めたことなんだから。」

 

 

 

…誰しもに見つめられながら、この場にいる全員に諭すようにして。

 

ゆっくりと静かに言葉を紡ぐ団長の言葉は、デュエルに敗北した自分自身を攻めつつも、他の誰も攻めていないかのような口調となりて一座の全員へと届けられるのか―

 

…団長は、自分の言葉を撤回するつもりは無い。

 

そんな強い決意、そして大人のケジメが形成している団長の言葉に、団員達も下種3人も、誰も余計な口を挟めず。

 

また、ハコ・ヴェーラはセリへと振り返りつつ…

 

 

 

「セリ、ゴメンなさいネ。身内のゴタゴタに巻き込んじゃって…」

「なぁ、団長…このデュエル、一応勝ったのは俺だ。敗者が黙っていうコトを聞くんなら…勝った俺が、貴方に口出しする権利も当然あるよな?」

「ハァ?…え、えぇ…確かに、ナンタにはその権利がアるけど…」

「じゃあ………………この勝負は『無効』だ!」

「ヴァッ!?」

 

 

 

しかし…

 

ハコ・ヴェーラの、そんな決意に真っ向から歯向かうように―

 

…ザワザワとざわめくステージ上、その視線を自分へと引きつけ。

 

部外者であるはずだというのに、この問題をスタートラインまで引き戻す宣言を…今、堂々とセリ・サエグサが叫んだのだ。

 

…それは単なる子どもの喚きでは断じてない。

 

そう、セリが質問した通り、そしてハコ・ヴェーラが承認した通り…

 

 

―この世界においては、デュエルによる決定は絶対の選定。

 

 

デュエルにおける勝者と敗者、その勝敗はどんな決め事よりも絶対であるからこそ―例え周囲が何を言おうと、敗者は勝者のいうコトに絶対に従うのが、この世界におけるルールであるのだ。

 

 

 

「ナンタ、何を…」

「本調子じゃない貴方とのデュエルなんて、俺だって納得がいってない。いくら勝ったって言ったって、今のデュエルは本来の貴方のデュエルじゃなかった…これじゃ、本当に勝ったなんて言えるわけがない。こんなデュエル、戦ってないのと一緒だ。」

 

 

 

…だからこそ、セリ・サエグサは叫び続ける。

 

勝者である自分が正しいのであるのならば、その勝者たる自分がこのデュエルに納得していないからこそ…こんなデュエルとその賭けなんて、全く持って無意味なのだ…と。

 

…そう、セリからしても、こんな形のデュエルを望んでいたわけではない。

 

本気のハコ・ヴェーラ…今の自分では、到底太刀打ちできないような圧倒的高みに位置する強者。そんな強者に、今の自分の全力をぶつけ…相手の全力をその身に味わい、今の自分と天上の力を持った者との差を、セリはその身にしかと刻み込みたかったのだ。

 

…けれども、ソレを下種3人週は邪魔をした。

 

卑怯な手を使いハコ・ヴェーラを迷わせ、非情な制約で団長を困らせ…そして最後には、自分達のデュエルの勝敗まで利用した。

 

そんなデュエル、たとえデュエルディスクが勝敗を判定しても…そして団員達が納得せざるを得なくとも、戦った自分、セリ本人にとっては、納得も出来なければ飲み込めるわけがないのだ。

 

 

…自分がいくらサーカスの部外者なのだとしても、この事件の自分は当事者。

 

ならば、他の誰しもが納得をしても…

 

自分だけは、この勝敗に口出しする権利を持っているのだと言わんばかりに。これが子どもと大人の差なのだとしたら、大人になんかなるつもりは無いのだとして…

 

セリの叫びは子どもながらに、強く激しく響き渡る。

 

 

 

「それに俺、貴方にサーカスを…貴方の夢を諦めて欲しくない!プロとサーカス、一つの夢を諦めて一つの夢を掴んだ貴方の生き方…その人生は、俺にとって大事なコトを教えてくれたから!」

「セリ…」

「だからこのデュエルは無効だ!俺は団長とデュエルなんてしていない、だから団長も辞める必要なんてない!デュエルの勝者が正しいってんなら、勝った俺が無効だって言ってんだからデュエルは無効だ!無効なんだ!そうだろ!?」

「ガキぃ!テメェなに勝手なこと…」

「うるさい!雑魚は黙っていろ!」

「あぁ!?」

「俺と団長のデュエルを邪魔しやがって…大体、団長をクビにしたいんだったら自分達でデュエルすればいいだけじゃないか!」

「ぐっ…それは…」

「出来ないのか?まぁ出来ないんだろうな!自分達じゃ、団長に勝つ自信が無いから俺を利用したんだろ?その程度の雑魚が調子に乗るんじゃない!俺より弱い奴が、俺より強い団長を好きに出来ると思うな!」

「セリ…ナンタ…」

 

 

 

ヒートアップするセリの言葉。それはある意味年相応で。

 

そう、汚い手を使った大人の決定を、子どもが勝者である特権を使って真っ向から歯向かっているのだ。

 

…チンピラに、冷静な態度など取っていられるか。

 

自分と団長のデュエルを邪魔した余計な人間達、この者達だけは絶対に許せない…そんな若い感情の起伏が、未だ若いセリの心に火を点ける。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「雑魚は黙ってさっさと消えろ!これ以上…雑魚が調子に乗るんじゃない!」

「ぐぐ…雑魚雑魚雑魚って…こ、このガキ、言わせておけばぁ!」

 

 

 

 

 

 

言い負かされたリーダー格が、怒り来るって細身のセリにつかみかかろうとした…

 

その時だった―

 

 

 

「ンビューティフルキィーック!」

 

 

 

―!

 

 

 

一蹴…

 

 

そう、凄まじい風切音と共に―

 

 

突如、大きな豪風の音が起こったかと思うと―

 

 

 

「ぷげぇー!?」

 

 

 

なんと、セリに掴みかかろうとしたリーダー格が、下品な声と共に大きく宙を舞ったのだ―

 

 

…それは風切る凄まじき蹴り、あまりに華麗な水平蹴り。

 

 

誰もが見た…ハコ・ヴェーラの岩のような足が振り回され、セリに掴みかかった一人の男が空中に蹴り飛ばしたのを―

 

突進の勢いに合わせた、強烈なりし団長の蹴り。ソレはジャストタイミングのカウンターとなりて、尋常ならざる飛距離を刻み大の男を弾き飛ばしたのか。

 

…まるで、その道の武芸者のような見事な蹴り。そんなモノが団長から放たれて、誰もが言葉を発する事も出来ずただただ宙を舞う男を目で追うだけで…

 

 

…そのまま、カウンターを喰らい大きく宙を舞った男は。

 

 

地面に叩きつけられて、2転3転した後…

 

ピクりとも動かず、その意識を失わせたのだった。

 

 

 

そしてその仲間が、一瞬の後に驚いた様子でハコ・ヴェーラへと視線を戻すと…

 

 

 

「ガキに言い負かされてダッサイ真似してんじゃないわよ!」

「ひっ!」

「おお、お前ぇ!こんなことしてどうなるかわかってんのかぁ!?サーカス売っ払ちま…」

「黙らっしゃい!もう好きにしたらイイわ、だからナタシももう容赦はしないわヨ!」

「な、なな…お、お前、サーカスがどうなってもいいのか!」

「好きにしなさい!その代わり、これ以上醜態晒し続けるならナンタ達2人もソイツみたいにするわヨ!わかったらとっととソイツ連れて消えなサイ!こっちはキレる寸前なのよー!」

「ひぃぃー!」

「あ、お、お前!先に逃げるなぁ!」

「無理だぁー!『逆鱗』と戦り合った奴と喧嘩できるかよぉー!助けてぇー!」

「ひっ…うわぁあああああああ!」

 

 

 

団長のあまりの華麗な蹴りを見て、即座に戦意を喪失してしまった男達。

 

…先程までの威勢の良さはどこへやら。

 

ハコ・ヴェーラの持つ、逆鱗』との素手喧嘩の伝説を知っているからなのか…『サーカス』という人質が効かないことを理解してしまった瞬間に、に尻尾を巻いて逃げ出してしまうあたりは本当にただの小物と言え…

 

そのまま小物2匹は、意識なく倒れているリーダー格を置き去りに。

 

ただただ無様に、一目散に逃げていったのだった。

 

 

 

「あーあ。奴ら、あの調子じゃ、近いうちにサーカスの権利売っちゃうでしょうネ。」

「貴方はそれでいいのか?」

「マ、遅かれ早かれこうなる運命だったのかもしれないわ。でもイイの…セリ、ナンタの『夢を諦めて欲しくない』っていう言葉で思い出したから…師匠が死ぬ前に、ナタシに残した言葉を。」

「残した…言葉?」

「えぇ。師匠は言っていたワ。『自分の夢は自分で作れ、そして夢は自分で掴め』…って。ナタシは師匠のサーカスを守りながら夢だったデュエルサーカスをやろうとした…ケド、アイツらみたいな奴等が出しゃばる様じゃソレじゃダメだったのネ。それに、これ以上師匠のサーカスそのモノを守ろうとして…ナタシが自分の夢を諦めちゃったら、きっと師匠も喜ばないワ。」

 

 

 

小物2匹が逃げ出したそのすぐ後。

 

先程までの、思い詰めていた諦めの雰囲気とはどこか違う、何やら少々吹っ切れているかのような清清しい表情を浮かながら、そう言葉を漏らした団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…それは例えるならば、決意を新たにした者の表情。

 

サーカスを売られるという、その脅しにも屈さず小物を蹴り飛ばして決着を着けたことで…彼?彼女?の中には、これから先のヴィジョンが新しく浮かび上がっているのか。

 

そのまま…

 

ハコ・ヴェーラは、ゆっくりと…

 

 

 

「それに師匠なら…破天荒だったアノ人なら、例えこのサーカスが無くなってもナタシ達がナタシ達らしくサーカスを続けているだけできっと許してくれるデショ。」

「ッ、じゃあ…」

「えぇ。この一座はここで解散!今度は、ナタシが一からナタシ自身の一座を立ち上げるワ!それがナタシにサーカスのイ・ロ・ハを教えてくれた師匠への恩返しになると思うカラ!」

「団長!俺達、団長についていきます!」

「団長が居ないのに、あんな奴等の下でサーカスするなんて絶対に嫌だ!」

「あたし達、団長と一緒にサーカスがしたい!」

「ナンタたち…」

 

 

 

涙を浮かべるハコ・ヴェーラと、共に抱き合う団員達。その繋がりは、一座という『家』が無くなったとしても決して切れるモノではないのか。

 

今の彼らの姿を見れば、ソレを誰しもが理解でき…

 

 

 

「よかったな、団長…」

 

 

 

大切なのは『一座』ではなく、一座を形作る団員そのモノ。

 

そう、前のサーカスから共に過ごして来た彼らの絆は、これから新しいサーカスという形となりて更なる飛躍を見せるのだろう。

 

仲間の繋がりの大切さを、ここに居る誰もが感じていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なにコレ?」

 

 

 

 

 

 

 

いや、ただ一人…

 

このどこまでも暑い熱いアツい、とてつもなく暑苦しい騒動…ステージの上で行われていることから、まるで芝居を見ているかのようなこの騒動を…

 

 

 

「いや、意味わかんなうぃーねー…デュエルは雑だし?いきなり暑苦すぃードラマ始まるしー?…マジマジマージでちょーイミフー。」

 

 

 

最初から傍観者に徹していた、ただ一人観客席から客観的に騒動の全てを見ていた…

 

まるで演劇を見ていた気分になっていた、完全なる部外者であったゴ・ギョウだけは除いてだが。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

「まだ旅は続くんでショ?気をつけて行きなさい?」

「あぁ、ありがとう団長。」

 

 

 

デュエリア領内の飛行場、そのゲートの手前でのこと。

 

一晩たって、デュエリアを後にしようとしていたセリとゴ・ギョウを…ハコ・ヴェーラが、見送りに来ていた。

 

…昨晩の騒動の後、正式にデュエルサーカスの一座は解散が決まった。

 

けれども、すぐにハコ・ヴェーラを代表とした新たなデュエルサーカスを結成するというコトで、一座の者達は既に新体制を目指して慌しく動いているらしい。

 

ソレ故、団員達ももちろん団長も全員悲嘆にくれては居らず。そう、皆が、新たなサーカス団で新たな夢を追い続けるという目標の下に、再出発を始めたのだ。

 

そして、一座のその姿を見て…

 

セリもまた、プロかそれ以外か。自らが進むべき未来に対し、更に真剣に向き合うことを決めていて。

 

 

 

「ナタシは1から再出発する…師匠のサーカスを超えるような、世界一のデュエルサーカス団を1から作り上げるわ。」

「俺も、自分の進むべき道をきっと見つける…だから…」

「えぇ。ノ互いに夢を掴んだとき、もう一度必ずデュエルしましょう。今度は正々堂々…本気でネ。」

「あぁ、約束だ!」

 

 

 

固く握手を交わすセリ・サエグサ。未来に再戦を約束するハコ・ヴェーラ。

 

…歳も実力も生き方も違う、けれどもお互いに認め合い友となった二人。

 

しかし、何もかもが違うからこそ…お互いに認め合った二人にあるのは、デュエリストとしてお互いを誇りに思う、強敵と書いて友と呼ぶ信頼にも似た関係性。

 

…だからこそ、ここでの別れは辛くはない。

 

そう、お互いに夢を掴んだ時に、再び相見えることを誓い合った二人には、再戦の約束という確かな未来の光景がボンヤリと見えているのだから。

 

 

 

…ハコ・ヴェーラに見送られ、飛行機に搭乗するセリとゴ・ギョウ。

 

 

 

そして機体が、少年達を新たな地へと運ぶ為に空へと浮き上がり始めると…

 

 

 

「あー凄い人だったねー。色んな意味だけどもだっけどー。」

「あぁ。強い人だった…俺も、負けないようにもっと強くならないとな。」

「…にしてもさー、滞在1週間にしては?めっっっっっちゃ濃い街だったよねーデュエリア。」

「確かにな…『逆鱗』に遭って、サーカスを見て…特訓して、団長とデュエルして…」

「ひゃは、こんな濃い体験もーコリゴリってカーンジィ?チャン僕も流石にお腹イッパイ&オッパ…」

「せっかく旅に出たんだ。これくらいの経験をしないと、わざわざ旅に出た意味がないだろ。それに俺は大満足したけどな、滅多に出来ない経験をしたから。」

「…フゥー…」

 

 

 

この1週間のデュエリアでの出来事を、セリとギョウは思い出し始める。

 

この地での経験は、果たしてどれだけセリを強くしたのだろう。

 

…『逆鱗』との邂逅。ハコ・ヴェーラとの戦い。

 

その経験は、きっと少年の血肉となる。そう、まだまだセリの未来は見つからぬままであるけれど、それでもこの地で見聞きし体験したことは紛れも無くセリの糧となりて少年の未来を形作り始めていて。

 

 

 

―空を越え、海を越え、新たな地へと飛び立つ少年。

 

 

 

更なる場所を目指し、新たな強者を求め…まだまだ続く旅路の果てに、少年が見る景色とは果たして…

 

 

 

「ンで、次はどこ行くん?」

「決闘市だ。運がよければ、【王者】にだって会えるかもしれな…」

「ひゃはー!イイネー、サイコーだねー!決闘市と言えば?流行の最先端で?キレーなオネーサンもたーくさん!」

「お前そればっかりじゃないか。まぁでも…俺も楽しみだよ。どんな強敵が居るんだろうな。」

「フゥー!」

 

 

 

…しかし、そんな不確定なる未来すらも、今のセリには光り輝いて映っているのか。

 

そう、雲の上、青空の中で。

 

燦々と燃える太陽の様に、少年の心は煌々と光り輝いているのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

「どうした竜一。」

「あぁ、何か変な感じがしてよ…虫の知らせって奴か?嵐が来そうだって思ってな。」

「…冗談はよせ、そうでなくともお前の勘は馬鹿みたいに当たるのだ。また決闘市が荒れるようなことになればそれこそ…」

「…ただの予感だろ?大丈夫だって。それよりマサ、今日も特訓付き合えよな。対抗戦はもう目と鼻の先なんだからよ。」

「うむ。今日もボコボコにしてやるから安心しろ。」

「ッ!だからいつも一言余計なンだよテメェは!」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 





次回、遊戯王Wings外伝「エピソード七草」

ep3「スズナ in 決闘市」


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ep3「スズナ in 決闘市」

決闘市―

 

それは、【王者】の集う街。

 

5大デュエル大都市に数えられる5つの都市の中でも、デュエリストの質と層が最も高く厚いと言われる…世界でも有数のデュエルレベルを誇っている、世界中のデュエリストにとっての憧れでもある街の名。

 

そう、【王者】の集う街の名の通り。この街には、決闘界における頂点のデュエリスト…

 

 

―融合王者【紫魔】、紫魔 憐造

 

 

―シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣

 

 

―エクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰

 

 

その世界中のデュエリスト達の頂点に座している、3人の【王者】達の全員がこの街に拠点を構えているのだ。

 

…世界最強のデュエリストの呼び名を、欲しいままにしている全世界のデュエリスト達の頂点の3人。

 

特に今代の3人の【王者】は、全員が歴代の召喚法の【王者】の中でも最強と言われているという…まさに全世界のデュエリストたちの憧れそのモノであり、正真正銘紛れも無く世界最強の象徴そのモノと言っても過言ではないことだろう。

 

ソレ故、世界に名立たるデュエル大都市の中でも、きっとこの決闘市はデュエリアと並び世界で最も有名な都市と称しても何ら遜色無い知名度を誇っており…

 

 

…また、決闘市の特徴は他にもある。

 

 

そう、この決闘市における学生のデュエルレベルの『質』は、他のデュエル大都市と比べても特に高いとされており…

 

その根拠の一つには、決闘市には決闘学園が『5校』も創立されていることが挙げられるだろうか。

 

 

…普通であればありえない。1つの都市に決闘学園が『5校』も乱立していることなど。

 

 

あの世界最大最古の大都市であるデュエリアでさえ、有する決闘学園は街の中央に聳えるデュエリア校の1校のみ。そう、他の大都市には、決闘学園が1都市につき1校だけしか創立されていないと言うのに…

 

こと決闘市においては、東西南北の4校と、中央地区に1校の、計『5校』もの決闘学園が存在しているのだ。

 

 

…分校だとか、同経営だとかではない。

 

 

5校が5校とも、異なる特色を全面に押し出しながら決闘市内にて鎬を削る…それぞれの学園が、それぞれ『独立』した学園に数えられる決闘市の決闘学園。

 

そして、特にその中でも―決闘学園『中央校』は、決闘市どころか世界中の決闘学園の視点からみても『異質中』の『異質』と言えるに違いないことだろう。

 

 

―決闘学園の『本校』。

 

 

それが、決闘学園中央校へと与えられている呼び名。

 

そう、世界中の、どの決闘学園にも与えられない、中央校にしか与えられていないその呼び名が示す通り。

 

世界中の決闘学園の総本山と言えるであろう『本校』に当たるのが、決闘市の中央地区にある中央校であるのだ。

 

 

世界中の決闘学園の『本校』…その称号は伊達ではない。

 

 

世界中の決闘学園の『本校』を名乗るだけあって、中央校のレベルは冗談抜きで『世界一』。

 

なにより前エクシーズ王者【黒猫】が理事長に就任しているというのはもちろんのこと、古くは世界ランク2位の『烈火』や、世界ランク3位の『霊王』といった、決闘界の猛者達の出身校としても知られている決闘学園中央校。

 

更には若手をみても、現在デュエリアで活躍している若手注目度No.1のプロデュエリスト『虎徹』を筆頭に、プロの若手の中でも名を上げている者のほとんどがもれなく中央校の卒業生であるというのだから…

 

その事実だけを鑑みても、決闘学園中央校のレベルはまさに決闘学園の『本校』と呼べるに相応しい代物となりて、今なお決闘市の中心に聳え立っているとさえ言えるに違いないことだろう。

 

 

 

 

 

そんな、多くの学生が鎬を削り、街のあちこちで日夜戦いが繰り広げられている決闘市の…

 

 

 

 

 

中央地区のさらに中心、この街の文字通り『中心』に位置している世界一巨大なデュエルドーム…

 

 

 

通称、『セントラル・スタジアム』を望むようにして…

 

 

 

 

 

「…ついに来たな…【王者】の集う街…」

「んー、なんつーかデュエリアの方がビッグ&ビジーだったけど?中々どーしてイイカーンジの雰囲気じゃなうぃーのー!つーかてーか、やっぱめっちゃデッケーのなセントラル・スタジアムゥー!」

 

 

 

決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサとゴ・ギョウが、そこに居た。

 

…デュエリアの街から飛行機で、飛行場から電車を乗り継ぎ。

 

その足で決闘市の中央地区、その最も有名なるデュエルドームへと真っ先に降り立ったデュマーレ校のセリとギョウ。

 

…初めて来た場所である決闘市の中で、彼らがこのセントラル・スタジアムへと真っ先に足を運んだのはやはりデュエリストが持つ本能ゆえなのか。

 

そう、この戦いの気配溢れる決闘市の、その最も戦いの匂いが濃いこの場所に…セリとギョウが引き寄せられてきたのは、きっと偶然なのでは断じてないのだろう。

 

セントラル・スタジアム…それは決闘市の中央に鎮座する、世界一巨大なデュエルスタジアム。

 

それは世界一の大きさを誇るデュエルドームでもあり、ソレと同時に世界一有名なデュエルスタジアムでもあり…

基本的に通常解放されることは皆無、このスタジアムが解放されるのは『特別』な戦いが行われる時だけということから、まさに全世界のデュエリスト達の憧れであると同時にプロデュエリスト達の目指すべき場所として位置づけられている。

 

そう、解放されるのは、『特別』な戦いのときだけ…

 

それは【王者】が行う戦いや、それに準ずる者達同士の戦い…そしてこの街の学生達の祭典である【決闘祭】といった、まさに選ばれた強者のみしかこのセントラル・スタジアムに立つ事は許されていないのだ。

 

…だからこそ、プロ以外でセントラル・スタジアムで試合が出来る、【決闘祭】に出場出来る程の学生はどれだけ幸運な…いや、ソレ以上のモノを持った、選ばれた実力者なのだろうか。

 

何せ決闘学園が『5校』も創立されているこの決闘市においては、【決闘祭】の候補に選ばれるだけでも同校の同世代の者たちとの気の遠くなるような戦いを勝ち残らなくてはならず…

 

ようやくその権利に手が届いたと思えば、更に自校の生き残った者達の中から更に喰らい合い、そこで生き残ってようやく『セントラル・スタジアム』に立つ権利が与えられるのだから。

 

…それは生半可な運だけでは到達できず、かといって力だけでも到達できず。

 

そんな、とにかく戦い続けることを義務付けられているかのような決闘市の空気の、その源流となるセントラル・スタジアムを望みながら…

 

デュマーレ校のセリ・サエグサは、ここで行われた数々の名試合を追想するかのように。確かに漂う歴戦の空気と、どこか心地よい戦いの雰囲気を感じながら、この旅の『目的』を再確認しつつ決闘市に希望を抱いている様子を見せていて。

 

そう、故郷であるデュマーレの街より、遥かに濃い戦いの気配。

 

きっとこの街なら、自分の望む『本当に強いデュエリスト』がきっと沢山見つかるはずだと…

 

未だ見果てぬ圧倒的強者に、今からその心を躍らせ始めていて…

 

 

 

「この街なら、きっと出会えるはずだ…俺が求める、本当に強いデュエリストが…」

「よっし!じゃあまずはとりまオネーサンナンパしよーじゃん!」

「いや、そうじゃないだろ…」

「えー?なんでー?だってすぐ会えそーなんでしょー?セリが会いたいっつー強い奴にさー。それに、どーせ決闘市の学園に喧嘩売りに行くわけでもナッシングみたいだしー?」

「だから、学生程度と戦って何になるってんだよ。俺が戦いたいのは学生なんかじゃなくてプロレベルの…」

「ひゃはは、だったら慌てない慌てない、まずはこの街を楽しむぉーじゃーん!」

 

 

 

…まぁ、相変わらずどこか『失礼な事』を無意識に考えているセリとは正反対に。

 

ゴ・ギョウの浮ついた気持ちもまた、この決闘市の空気に中てられたのか…いつもよりもどこかハイテンションで、どこかへと飛んでいってしまいそうになっているのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「すぐ会えるかなんてわかるわけないだろ…デュエリアでだってヴェーラに会えたのは偶然だったんだから。だから先ずは【王者】を探そう。噂によると、東地区の飲み屋街には頻繁に【黒翼】が現れるらしい。」

「フゥー!セリってばそーんな根&葉もナッシングな噂信じてんのー?【王者】がそこら辺で飲み歩くわけなうぃーじゃーん!」

「いや、でも実際に目撃談が沢山…」

「ンなわけナイナイナイトフィーバー!だって【王者】よ?ンな簡単に会えるわけナッシングっしょー!」

「…まぁ、それはそうだけど…」

「でしょでしょでーしょ?だったら先にやる事はひとーつ!とりまオネーサンナンパして、ひと夏の思い出メイキングしてから動いた方が有意義ってなモンっしょ!」

「…それもどうかと思うけどな。まぁいいや、とりあえずホテルに行って荷物を置いてこよう。動くのはそれからだ。」

「うぃー!」

 

 

 

今後の予定はどうであれ、旅の目的は変わらないのだとして。

 

 

 

セントラル・スタジアムを背に、セリとギョウがこの場を離れようとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「あー!お前、デュマーレ校のゴ・ギョウだろ!?」

「ほ?」

「え?」

 

 

 

 

 

突然…

 

この誰も知り合いなど居ないはずの決闘市に、突如として響き渡ったのは紛れも無い…

 

正真正銘、ゴ・ギョウの名を呼ぶ、聞き覚えの無い誰かの声であった―

 

…そして、その声に反応するように。

 

セリとギョウが、反射的に声のする方へと振り向いた…

 

そこには…

 

 

 

「…誰だ?ギョウの知り合いか?」

「いんやー?」

 

 

 

そこに立っていたのは、決闘学園の制服を来た一人の男子生徒であった。

 

しかし、ギョウの名を呼んだというコトは、当然その相手はセリだって知っていてもおかしくはない相手であるはずなのだが…

 

その男子生徒の顔を見ても、当てはまる知り合いなど居ないセリとギョウはその頭に疑問符を大量に浮かべながら。いきなり声をかけてきたその男子生徒に対し、意味も分からずに立ち尽くしてしまっていて…

 

 

…その制服から察するに、決闘学園『中央校』の男子学生に違いない。

 

 

その背は、この歳の男子生徒にしては平均よりやや低めではあるものの…

 

その立ち振る舞いから感じられるのは、隠し切れない有り余る自信と、どこか後先を考えない真っ直ぐな性格であり…

 

…けれども、デュマーレ校始まって以来の秀才と称えられているセリの、その膨大なる記憶を遡ってみても。

 

その男子生徒の顔にやはり見覚えなどなく、その思考が一瞬だとは言え、このままだと気まずい空気が流れてしまうのではないかという気配がどこからとも無く漂い始めてきて―

 

 

…すると、一瞬の沈黙の後。

 

 

声をかけられたデュマーレ校のゴ・ギョウが、目の前に立つ自分より背の低い男子生徒へと向かって。

 

チャラついた言葉のままに、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「ねぇチミ、なーんでチャン僕たちのこと知ってるのん?あ、さてはチャン僕のファン?ひゃは、照れちゃうねぇ。」

「ちげーよ!それよりいい度胸じゃねぇか、試合前に偵察にくるなんてよ!」

「え?」

「…偵&察?つかつかつーか、何のことかチャン僕さっぱりなんですけれどもー。」

「とぼけんな!【五大都市対抗戦】の、デュマーレ校の代表者だろお前!随分堂々と偵察に来てくれたもんだな!」

「ひゃはははは!チャン僕ってばゆーめーじーん!でもでもでーもぉ?野郎にモテたって?嬉しくねーってね!」

 

 

 

何やら敵対心を剥き出しにしている男子生徒を他所に、煽りを混ぜた声で言葉を返すゴ・ギョウ。

 

…その言葉から察するに、本当にゴ・ギョウは目の前の男子生徒に全く見覚えが無いのだろう。

 

寧ろ自分が知らないのに、どうしてこの男子生徒はここまで自分に対して対抗心を燃やしているのか…ソレがギョウにはどうしても分からず、そしてそれ以上にギョウが喋れば喋るだけ男子生徒の憤りが益々上昇していき…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「くそっ、はぐらかしやがって…」

「あー、ちょっと待てギョウ…俺わかった、こいつが何言ってるのか…」

「ほ?」

 

 

 

敵対心剥き出しの男子生徒について、何やら思い当たる節が浮かび上がったセリが…

 

 

 

その言葉を発するより前に、目の前の少年はその口から勢い良く―

 

 

 

 

 

「俺は決闘学園中央校の天城 竜一!対抗戦でお前と最初に戦う、決闘市の代表だ!」

 

 

 

 

 

と…

 

 

 

そう、名乗ったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや知らねーっつの。野郎の名前なんか覚えてるわけナッシング。」

 

 

 

しかし、ソレを聞いてもなお―

 

どこまでも興味など無いのだとして、ゴ・ギョウはあくまでも不遜なる言葉を投げかけ続けるだけではないか。

 

 

―『いいか、初戦の相手は決闘市のドラゴン使い、リューイチ・アマ…』

―『男に興味はナッシング!さてさてさーて、ビーチでオネーサンでもナンパしてこよっかなー!』

 

 

…いくらギョウが女にしか興味が無く、男の名前なんて微塵も覚えるつもりが最初から無かったとは言えども。

 

少し前にセリに教えられていたはずだと言うのに…いや、ギョウがソレを聞き流していたのは事実だが…それでも彼とて、【フェスティ・ドゥエーロ】で優勝したデュマーレ校を背負うデュエリストであるはずなのだから、デュマーレ校の代表として対戦相手の名前くらいは知っていてもいいはずだというのに―

 

 

…この長い長い夏季休暇が終わった頃に始まる予定の、5つのデュエル大都市にある決闘学園の代表者達が総当りで戦う、世界最強の学生を決める特別な祭典、【五大都市対抗戦】。

 

 

ソレに出場するのは、それぞれの都市の祭典で優勝した正真正銘その都市の最強のデュエリスト。

 

そう、セリとギョウの目の前に立っている勇ましい少年は、何を隠そうゴ・ギョウが【五大都市対抗戦】の初戦で戦う予定だった…決闘市に5つある決闘学園の、その中から頂点に立った、決闘市代表のデュエリストであったのだ。

 

世界で最も学生のデュエリストレベルが高いと噂されている決闘市の…その代表。

 

ソレ故、天城 竜一と名乗った彼もまた、自分の腕に相当の自信を持っているに違いないのだろう。

 

だからこそ、そんな自分を『知らない』、『興味がない』と言い捨てたギョウに対して…天城 竜一と名乗った少年は、ここまで怒っているのであり…

 

…そのまま、中央校の天城 竜一が。

 

どこまでもチャラついているデュマーレ校のゴ・ギョウへと向かって―

 

 

 

「テメェ…対戦相手の顔も知らないなんていい度胸じゃねーか!なら対抗戦の前に、テメーをボコボコに…」

 

 

 

怒りのままに、ギョウへと詰め寄ろうとした―

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「やめんか竜一!」

 

 

 

―ゴンッ!

 

 

…と言う、凄まじく気持ちの良い殴打音と共に―

 

 

天城 竜一が、ギョウへと殴りかかろうとしたその刹那。突然、背後から天城 竜一の脳天へと向かって…

 

『拳骨』の一撃が、勢い良く振り下ろされたのだ。

 

そしてその拳骨は、あまりに『痛そう』な勢いとなりて天城 竜一の脳天へと突き刺さり…

 

傍から見ても相当『痛い』であろうという音を奏で、その一部始終を見ていたセリの背筋に思わず寒いものを感じさせたのか。

 

 

…すると、その凄まじく痛そうな拳骨を喰らった天城 竜一が。

 

 

反射的に振り返りながら、拳の持ち主へと食ってかかり始め…

 

 

 

「ッてーな!何すんだよマサ!これ以上縮んだらどうすんだ!」

「黙れチビドラ。初対面の人間に喧嘩を売るなと何度言ったら分かるのだ。」

「だってコイツが悪いんだろ!つーかお前こそ、俺をチビドラっつうなって何回言ったらわか…」

「黙れ。」

「ぐっ…」

 

 

 

しかし、吼える竜一を意に介さず。

 

突然現れたその男は、いきり立つ竜一をまるで躾けるかのようにして無理矢理に抑え込んでしまったではないか。

 

…現れたのは、長身かつ中々の威圧感を放つ一人の男子生徒。

 

そう、天城 竜一と同じ、決闘学園中央校の制服を身に纏ったその男は。暴れかけた天城 竜一を抑え込みつつ、セリ達へと向かい直しながらその口を開く。

 

 

 

「すまない、ツレがとんだ粗相を。」

「あ、いや、こっちも馬鹿が失礼を…」

「ところで、見たところ外国の者のようだが…何の用があって決闘市へ?」

「少し、観光を…ってとこかな。ちょっと、強いデュエリストと戦う旅をしたくて。出来れば、【王者】にも会いたいなと。」

「…なるほど。それで戦意を駄々漏れにしていたわけか…竜一が反応したわけだ。」

「…え?」

 

 

 

彼の口から発せられるは、穏やかでありつつも厳しさを感じさせる、人の上に立つ者の声。

 

それはデュマーレ校において主席を勤めるセリ・サエグサを持ってしても、思わず只ならぬ雰囲気を感じてしまうほどに威風堂々とした佇まいであると言えるだろうか。

 

…まるで人の上に立つことを義務付けられているかのような、選ばれた者のみが纏うことを許されるその自信。

 

まぁ、目の前の学生がどれだけの雰囲気を醸し出していようと、セリの心は無意識に『所詮は学生』という見方をしてしまってもいるのだが…

 

けれども、そんなセリの無意識を知ってか知らずか。生まれながらにして選ばれた者のような、この長身の男はそのままセリたちへと向かって…

 

その威圧感と存在感を緩めること無く、更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「では観光客に一つお節介をしておこう。この街は去年色々あってな…余所者…特に他所の学生には驚くほどに敏感になっている。良い旅がしたければ、この街で面倒事は起こさない事だ。」

「え?面倒事って…いや、別に俺達は騒ぎを起こしに来たわけじゃ…」

「そうか、ならばいい。…では、俺達はこれで失礼するとしよう。」

「お、おい、離せよマサ!俺はゴ・ギョウとデュエルを…」

「黙れ。」

「ぐっ…」

 

 

 

そして…

 

長身の男子生徒は、セリ達に何やら不穏な忠告を残しつつ。

 

抵抗している天城 竜一を引きずりながら、ゆっくりとこの場を去り始めたのだった―

 

 

 

 

 

「…そうだ、先程竜一に向けていた言葉だが…」

 

 

 

 

 

いや…

 

 

 

立ち去ろうとして、一歩二歩歩いたかと思うと。

 

 

 

徐に立ち止まった長身の男子生徒は、セリたちへとゆっくり振り返りながら―

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり竜一を…この街を甘くみるなよ、デュマーレ共。」

 

 

 

―!

 

 

 

気迫。

 

ソレは、ただの『気迫』であった―

 

しかし、ただの気迫とは言え…そのあまりの凄まじさは、思わず一瞬空気が震えたのではないかと錯覚するほどの重圧となりて、セリ達へと向かって襲いかかってきたのだ。

 

 

…それは尋常ならざる威圧感、学生らしからぬ圧迫感。

 

 

まるで、彼もまたセリやギョウに対して『怒り』を感じているかのよう。そう、セリとギョウの態度や雰囲気から、彼もまた何か怒りを覚えるようなモノを感じたのか…

 

…その中に、天城 竜一にも負けぬ確かな『怒り』を織り交ぜながら。

 

覇道を突き進んでいるかのようなその存在感が、およそ同じ年代の学生が醸し出せるようなレベルを遥かに超えた代物となりて。これまで『それなり』の場数を踏んできたはずのセリ達に、有無を言わせない程の重圧をひしひしと与え―

 

 

 

「…ひゃは…」

「今の雰囲気…ッ、そ、そうか、今の男が…あの…」

「うぃ?今のデカイのが誰か、セリ知ってるん?」

「【決闘祭】の準優勝者、マサタカ・テングウジ………【黒翼】の………息子だ。」

「ひょ!?エクシーズ王者の…ひゃはは、どーりで…」

「しまった…なんですぐに思い出さなかったんだ…くそっ、【黒翼】への一番の近道を…」

 

 

 

その風格に少し触れただけで、去っていった男の正体にいち早く気付いてしまったセリ・サエグサ。

 

…どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。

 

そう、【決闘祭】の優勝者である天城 竜一のインパクトに圧され、セリもつい思い出すのが遅れてしまったが…たった今去っていったあの大男も紛れも無く、決闘市における最強の学生の1人であったと言うのに。

 

エクシーズ王者【黒翼】の息子…その称号は伊達ではない。

 

生まれながらにして選ばれた者のような、覇道を進む者の雰囲気。ソレにすぐに気が付いていれば、セリとてもっと上手く言って【黒翼】に取り次いでもらう事だって出来たというのに―

 

…中てられた気迫に感化され、そんな後悔がセリの中に思わず浮かび上がる。

 

自分もギョウの事を言えないではないか、自分だって【決闘祭】のNo.2を思い出せていなかったではないか…無意識とは言えその態度の所為で、自分だってあからさまに【黒翼】の息子を怒らせてしまっていたではないか…と。

 

 

 

「ちょい待ち、てかてかてーかあのチビドラクン、決闘市の代表っつーことはあの【黒翼】の息子に勝ったってこと?」

「みたいだな。」

「うぃー…信じられなうぃーねー…」

「…そうだな。」

 

 

 

…一体、この街の学生は『何』なのだろう。

 

学生らしからぬ雰囲気を持った【黒翼】の息子。その【黒翼】の息子を倒した謎のチビドラ。

 

そんな彼らとの短いやり取りによって、これまで同年代の『学生』になど全く興味が沸いていなかったセリの心に…

 

 

妙なざわめきが、生まれつつあったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市…その、東地区―

 

 

 

「さてさてさーて!ナンパ開始だずぇーい!」

「…違うだろ、【黒翼】探しに飲み屋街に行くんだって。」

 

 

 

予約していたホテルに荷物を置いたセリとギョウは、何やらホテルの入り口付近でその意見を食い違わせていた。

 

それは、一刻も早く【王者】に会いたいセリと…一刻も早くナンパに勤しみたいギョウとの間で、お互いの常識が食い違ってしまったが故に生まれた意見の相違。

 

そう、セリの言う、信憑性の低い【黒翼】の噂などには付き合っていられないと言わんばかりに―

 

ゴ・ギョウはどこまでもあくまでも、自分の本能に忠実に動こうとしているだけであり…

 

 

 

「ひゃは!もーセリってば、マジマジマージでお馬鹿さんなんだからもー!いーい?チャン僕たちみたいなヤングが?こーんな真昼間っから飲み屋街なんてウロウロウーロしてみなーよ!ソッコーでケーサツにレンコーされっに決まってんでしょーが!そ・ん・で!【黒翼】がこーんな下町で飲み歩くわけないでしょーが!」

「いや、何も酒飲むわけじゃないんだし…それに、本当にここらへんで【黒翼】の目撃情報が頻繁に…」

「だ・か・らー!ソレもデマデマデーマに決まってるってーの!だって【黒翼】よ!?エクシーズ王者よ!?もっとゴージャス&エレガントwithビップな店でカッコよーく渋-くサイレントーに嗜んでるに決まってるぅーよー!だったらオネーサンナンパして、楽しーく遊んだ方が有&意義に決まってるっしょ!」

 

 

 

ゴ・ギョウの口から語られる、エクシーズ王者【黒翼】の像。

 

それはどこか、ギョウの理想の王者像を語っているかのような口調ではあったものの…

 

…しかし、ギョウにこうもはっきり言われてみれば確かに。

 

こんな大衆酒場が立ち並ぶ下町の飲み屋街に、天下のエクシーズ王者【黒翼】が現れて、真っ昼間っから安酒で酔っ払っている場面など、よくよく考えてみればセリにも到底イメージが出来ず…

 

 

…しかし、先ほどから頑なに対立するかのような意見を言うゴ・ギョウに対し。

 

 

セリはどこか、先ほどからその態度に少々の違和感を覚えていて居る様子ではないか。

 

…決闘市の中央地区から東地区へとやって来るその間も、この後どう行動するかで言い合いをしていたセリとギョウ。そう、デュエリアの街ではセリの意見に合わせてくれていたゴ・ギョウが、何故か決闘市に入ってからは己の意見を強く押し通そうとしているのだ。

 

だからこそ、セリには少々ソレが引っかかる。

 

何だかんだ言って付き合いが良いはずのギョウが、ここまで自分の我を通そうとしている…その理由を。

 

 

 

「…でも、仮にそうだとしてもだぞ?だからって何でやることがナンパなんだよ。」

「ひゃはははは!なーんかさっきからビンビン来てんだよねー!チャン僕のレーダーに?メッチャ良い出会いがありそーってね!」

「なんだそれ…まるで意味がわからな…」

「ひょー!さっそく来た来た来ーた!ほらほらー、アッチからゴキゲンな感じがビーンビン!」

「…え?」

 

 

 

そして、ギョウのソレに全く理解出来ていないセリを他所に。

 

突然何かを感じたように、ゴ・ギョウが何やら向こう側に指を指し―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「スズナ、付き添いなんていらないって言ったでしょう?友達との外出くらい好きにさせて。」

「いけません。こんな下民の溢れる場所で、スミレお嬢様にもしもの事があったら…」

「下民は辞めなさいって言ったはずよ。それにもしもの事なんてあるはずないじゃない、子どもじゃないんだから。」

「まーまー、スズナちゃんは過保護だからねー。それにスミレもさー、結構あぶなっかしいとこあるし。」

「何よ、あぶなっかしいって。アキラだけには言われたくないわ。」

 

 

 

決闘市…その、東地区―

 

 

その、繁華街の入り口付近で…何やら3人の少女が、ゆっくりと繁華街の門を潜って商店街の通りを歩いていた。

 

…それは決闘学園中央校の制服を着た2人の女生徒と、ソレとは違う制服を着た2人より少々幼い感じの残る1人の少女。

 

歳にして、中央校の2人はおよそ16歳ほどの少女だろうか。1人は紫がかった艶やかな長い黒髪を1つに纏めた、どこか高貴な雰囲気を感じさせる少女であり…もう1人の少女はオレンジの髪を短く揃え、どこか活発な印象を感じさせ…

 

そして幼い少女は、その見た目と制服の造りからおよそ中等部生であろう雰囲気を醸し出している。

 

すると、1人の幼い少女が何やら2人の内の片方…どこか高貴な雰囲気を感じさせる、『スミレ』と呼ばれた少女を慕うようにして―

 

もう片方の、オレンジ色した髪の中央校の少女へと向かって、噛み付くように言葉を発する。

 

 

 

「西園寺 アキラ!貴様、お嬢様になんて口の聞き方をしているのだ!良いか?貴女のような下民がスミレお嬢様と友人というだけでも紫魔本家にとっては…」

「スズナ…私の友達のことを、今何て言ったのかしら?」

「あっ、い、いえ…」

「あっはっは、いいっていいって、いつもの事なんだしさー。つーかスズナちゃん、いつにも増して口悪いねー。何で最近そんなピリピリしてんの?」

「…先日、スミレお嬢様に言い寄っていたあの男がまたお嬢様に付きまとわぬよう…『闇紫魔』の私が、責任を持ってお嬢様をお守りしているだけです。」

「…言い寄ってた…あー、リュウのことかー。っていうかアレはリュウが言い寄ってたんじゃなくてスミレが詰め寄ってただけじゃ…」

「だってアレはアイツが悪いって言うか…折角心配してあげたのにアイツが…あーもう!思い出したらまたイライラしてきた!竜一の奴!」

「あっはっは!これで付き合ってないんだから面白いよねー!」

「付き合っ…あのねアキラ、私達は別にそんな関係じゃないの。大体誰があんな奴と…」

「いけませんお嬢様!紫魔本家のご令嬢があんな下民と一緒になるなど!…ともかく、お嬢様は紫魔本家の正統なる血筋、人付き合いにもそれ相応の相応しい相手が居るのです。友人や婚約者も、本家による厳正なる審査が…」

「誰と一緒に居ようと私の勝手よ。スズナまで兄様みたいなこと言わないで。いい加減うっとおしいわ。」

「うっと!?…あ…わ、わたしは…その…お、お嬢様の事を…だ、第一に…」

「はいはいそこまで。スミレもあんまりスズナちゃんのこと苛めないの。一生懸命なんだよ、スミレのために。」

「それは…わかってるけど…」

 

 

 

矢継ぎ早に重ねるように、途切れぬまま交わされる少女達のその会話。

 

…女が三人寄れば姦しいと言うが、この状況はまさにソレ。

 

そう、彼女らの会話は途切れる事なく、連続して交わされるその声からはうら若き乙女達特有の空気が漏れ出してはいるものの…

 

しかし、スズナと呼ばれた幼い少女の雰囲気から察するに。『スミレ』と呼ばれた少女は、まず間違い無く上流階級に位置しているような立場の少女であるに違いないだろう。

 

…何せ、この東地区の商店街が感じさせる空気の中にあっても、『スミレ』と呼ばれた少女の雰囲気は明らかに違う。

 

凛としたその佇まいに、花の様に美しきその容姿…立ち振る舞い、歩く姿からは礼儀を感じさせ、明らかに周囲の者達とは住んでいる世界が1つ違うような雰囲気をごくごく自然に感じさせているのだから。

 

そんな上流階級に位置していそうな少女が、こんな庶民感溢れる商店街を歩いているというだけでも少々違和感がある光景ではあるのだが…

 

けれども、スミレと呼ばれた少女はソレをひけらかすというわけでもなく。ただただ自分の友人と、『普通』に歩き『普通』に話しを続けているだけであり…

 

 

 

 

…すると、そんな3人の乙女達の前に。

 

 

 

「へいへいへーい!カワイコちゃん達、どっこいっくのー?」

 

 

 

突然、1人の男が現れた―

 

 

 

「チミたちチョーかわうぃーねぇー!ところでさー、チャン僕とお茶しなーい?ちょこーっとお話しちゃわなーい?」

「ねぇアキラ…これって…」

「あっはっは、ナンパだねぇー。」

 

 

 

突然現れた謎の男に、思わず固まる少女達。

 

…まぁ、それも当然か。

 

何せ突然目の前に現れて声をかけてきたのが、目が痛くなるほどにカラフルなアロハシャツを着た…金髪にサングラスと浮ついた雰囲気、そして何よりも軽い言葉を発する少年であったのだとしたら、例え彼女達でなくとも固まってしまうことは必至と言えるのだから。

 

…しかし、少女達を驚かせたと言うのにも関わらず。

 

アロハシャツの少年は、そのまま言葉を続けるのみ。

 

 

 

「もーチミ達が可愛すぎて思わず声かけちゃったんだよねー。あ、ソレって中央校の制服っしょ?ひゃは、チャン僕もデュマーレ校の生徒なんだけどさー、ねぇねぇー、折角だし?決闘市のこと色々教えて欲しーなー!」

「デュマーレ?あら、それって確か5大都市の…」

「あー、海の都…だったっけ?随分遠くから来たんだねー。」

「そーそー!デュマーレ校のゴ・ギョウって言いまーす!そんでチャン僕、まだ決闘市に着いたばっかで?まだこの街のことなーんにもわっかんないんだよねー!見たとこ同い年くらいだし?色々イイ感じに教えてほしい的な的な的な?」

 

 

 

…そのメンタルは鋼か鉄か。

 

少女達に警戒されていることを承知の上で、更に距離を縮めようと矢継ぎ早に言葉を途切れさせることなく、次々に少女達へと語りかけ続けるゴ・ギョウと名乗ったその少年。

 

その姿は、ある意味で強靭な精神力がなければ成せない技ではあるものの…

 

それでも、急に声をかけられた少女達からすれば。同い年くらい、しかも他国からやってきたと言うこの少年は、怪しいどころの話では無い程に警戒に値する代物に違いないというのに。

 

…軽い言葉に浮ついた雰囲気。信用など出来ないであろうその見た目。

 

すると、そんなゴ・ギョウという男の勢いにあっけにとられていた、中等部くらいの幼い少女が。

 

ハッと我に返ったかのように、『スミレ』と呼んだ少女を庇うようにして前に立ったかと思うと…

 

ナンパしてきた少年に対し、まるで威嚇するかの如く弾けるようにしてその口を開き始め…

 

 

 

「き、貴様、無礼だぞ!この方をどなたと心得る!」

「スズナ、やめなさ…」

「このお方は『紫魔本家』のご令嬢!融合王者【紫魔】の妹君!紫魔 スミレ様にあらせられるぞ!軟派男如きが頭が高ぁーい!」

「ひょ?【紫魔】の妹…ひゃっはっは!ンな偉い子がこんなトコに居るわけないじゃーん!もー、チビっ子ってばジョーダンばっかりー!」

「無礼者ぉ!この街においてお嬢様を知らぬなど話にならん!さっさと消えるがいい!」

「フゥー、手厳しうぃーねー!けどさー、チャン僕ってばこの街に着いたばっかなんだから仕方なうぃーよねー!それよりー、ホントに【紫魔】の妹ってんならマジマジマージで丁度良かったじゃーん!やっぱビンビン来たのは間違ってなかったわー!」

「…え?丁度いいって何のこと…」

 

 

 

けれども、スズナと呼ばれていた少女からの威嚇を意に介さず。

 

ゴ・ギョウは少女の言葉を全く信じる様子もなく、まるで子犬をあしらう様にしながらスズナと呼ばれた幼い少女の言葉を軽く躱しつつ…

 

 

 

「まーまー、積もる話はカフェでティーでもウェイしながらにしなーい?ちょっとツレも呼びたいトコだし…」

 

 

 

何やら、意味深な言葉を1つ述べたかと思うと。

 

 

そのまま、アロハシャツを翻しながら徐に背後へと振り向こうとした…

 

 

その時だった―

 

 

 

「ギョウ!なにやってんだ!」

「ひゃはは!見たら分かるっしょ?ナンパだよナ・ン・パ!カワイー子には声をかけよって学校で習わなかったっけー?」

「なんだよソレ…全く、目を離すとすぐコレだ。わざと指差した方と反対行きやがって…」

「騙される方が悪いってねー!フゥー!」

 

 

 

ゴ・ギョウが振り向いたその瞬間…

 

少々憤慨したようにゴ・ギョウの下へと走ってきたのは、彼の友人らしきもう1人の少年であった。

 

それは太陽の様に煌く金色の短髪を持ち、日に焼けていない雪のような真っ白な肌をした…齢にしておよそ16歳程だろうか、聡明さと麗しさを兼ね備えているとさえ思える1人の美少年。

 

そう、現れたのは、そんな感想が思わず浮かび上がってきてしまうのではないかと思えるような聡明な少年であり…

 

…そして後から現れたその聡明そうな少年は、本当にギョウと呼ばれた少年の友人なのかと思える程の礼儀を見せつつ。

 

3人の少女達へと向かって、申し訳なさそうにしながら言葉を続けた。

 

 

 

「…ツレがすみません。後でよく言って聞かせます…」

「いいえ、気にしていないわ。それより…その…さっき彼が、自分はデュマーレ校の生徒だって言っていたけれど…貴方も?」

「あ、はい…俺は…あ、いや、僕はデュマーレ校のセリ・サエグサといいます。」

「サエグサ…ッ、『サエグサ』!?貴様、『冴草家』の者か!貴様ぁ!従者の家系の癖に、紫魔本家のご令嬢に対してその態度は何だ!敬意が足りんぞ!」

「…え、従者?」

 

 

 

しかし…

 

聡明なる少年が、聞かれるままに名乗ったその刹那―

 

この場で最も幼い少女、スズナと呼ばれていた中等部くらいの少女が…何やら再び憤慨したかのように、セリ・サエグサへと食ってかかり始めのだ。

 

そして、ソレを聞いても理解していない様子のセリ・サエグサを他所に…

 

スズナと呼ばれた幼い少女は、そのまま言葉を続けるのみ。

 

 

 

「とぼけるな!『灰羅』、『竜胆』、そして『冴草』!その3家はかつて『原初の英雄』に力を与えられ、紫魔家に忠誠を誓った従者の家系ではないか!」

「いや、そんなこと知らないけど…大体、サエグサなんて名前の人は他にも沢山居…」

「おらん!世界広しと言えど、『冴草』の名を持つ者など貴様ら一族だけだ!少なくとも、直近の紫魔家の調べではそうなっている!」

「え、そうなの…?でも何でそんな事調べて…」

 

 

 

ここで出会ったのは偶然のはずなのに、何やらこじれ始めた少年達と少女達。

 

…セリの反応からして、彼からしてもその事実は初耳かつ衝撃の判明であったのだろう。

 

そう、接点など全く無く、ただただ友人のナンパを止めに来ただけの少年が、世界に名立たる融合名家の『紫魔家』に、何やら只ならぬ関係がある可能性が判明しただなんて。

 

そんな偶然があるものなのか…一体、どんな偶然が重なり合った末の顛末だというのか。

 

 

 

「スズナ、初対面の方に失礼よ。辞めなさ…」

「いいえ!いくらお嬢様でも、こればかりはハッキリさせておかなければなりません!こやつは自らを『冴草』と名乗りました!従者に下った下僕の癖に、紫魔家の者に跪きもしないなんて我慢なりません!」

「いや、だから突然従者とか下僕とか言われても意味が分からな…」

「話積もるカーンジィ?じゃあさー!あそこのカフェでお茶でもドゥー?」

「ッ、軟派男が何を勝手な…」

 

 

 

だからこそ、こじれてきた話を一旦纏めるように…いや、どちらかと言うと、漁夫の利を得るようにして。

 

…憤慨している紫魔 スズナと、全く持ってピンと来ていない、理解が追いついていないセリ・サエグサを他所に。

 

ゴ・ギョウが、どこか調子の良い言葉にて。何やらカフェを指差しながら、一同を引き連れることを提案すると…

 

この場にいたもう1人の少女…先ほど西園寺 アキラと呼ばれていた少女もまた、ゴ・ギョウの言葉に乗っかるように―

 

 

 

「あっはっは!なーんか面白そうな感じなってきたしいいかもねー!んじゃあ皆でいっちゃおっかー!」

「フゥー!アッキーラってばノリうぃーねぇー!」

「イエーイ!…ってか何であたしの名前知ってんの!?」

「さっきスミレちゃんが言ってたからに決まってんじゃーん!チャン僕ってば、一回聞こえた女の子の名前は忘れなうぃーのー!フゥー!」

「うわー…チャラーい…」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘市東地区某所…その、カフェにて―

 

 

 

 

 

「…ってわけで、『竜の伝承』に描かれた出来事は実際に起こった事なんじゃないかって俺は思うんです。」

「でもそうなると物的証拠があまりにも足りないわ。1000年も前の事だから残っているモノの方が少ないのは仕方ないとして…」

 

 

 

店の奥の席の一角、そのテーブル席で向かい合うようにして…

 

セリ・サエグサと紫魔 スミレが、何やら意気投合したようにその会話を弾ませていた。

 

 

 

「はい。ですから、これからは史実を元に歴史的アプローチの方向性を変えて調べていこうかと思っていて。デュエル二元論が主流だった800年前に、ちょっと気になる書物が発表されているのをこの前見つけて…モンスターは、実際にカードの中で生きているっていう…」

「あ、それってもしかしてルモンスの著書の『帝王伝説』?」

「え、スミレさん知ってるんですか!?あんなにマイナーな書物なのに…」

「えぇ。ファンタジー要素がかなり強いけれど、どことなくリアリティーがあるからよく覚えているわ。アレ、作者の実体験を基に書かれたんじゃないかって私は思っているの。」

「俺も全く同じ意見です!だったら『緋翠の軌跡』は知っていますか?『竜の伝承』が描かれるよりも前の…」

「もちろん!『虹の英雄』の物語よね?有史における最初の領事詩と言われている英雄譚!確か2000年ほど前の物語だったかしら。」

「はい。シンクロ召喚至上主義時代よりも前の時代に起こった出来事を知る唯一の著書です。俺は、そこに『Ex適正』の真実が隠されているんじゃないかって思っていて…」

「あら、私はむしろ、もっと前の時代にこそ『Ex適正』の秘密があるんじゃないかって考えているの。『緋翠の軌跡』を読み解くと、彼の時代よりももっと昔に、今の3つの召喚法とは『もう1つ別の召喚法』があったんじゃないかって思えて仕方がなくて。」

「ッ!?べ、別の召喚法!?」

「ほら、あの物語、原典には『振り子』って表現がたまに出てくるじゃない? あの単語の解釈が難しいからか、新約の方だとほとんどスルーされちゃっているけれど。」

「そうか、原典…しまった、そっちは盲点だった…凄い…俺も故郷だと大概だって言われていたけど、スミレさんも相当色々調べているんですね。」

「セリさんだって。1500年前に『鏡の英雄』が居ただなんて私も知らなかったわ。こうなると水世界論もあり得る話だし、数百年ごとに『英雄』と呼ばれる存在が生まれるっていう都市伝説も真実味を帯びてきたって驚いたもの。」

「いえ…俺のは、ただ無作為に色々読んでいたら偶然が重なって知っただけで…」

「私も同じよ?好きなのよ、昔の書物とか読むの。過去の出来事や当時の思想…それに著者が何を思ってソレを書いたのか、全てがそこに記してあるなんて素敵じゃない?」

「はい、よくわかります。自分の知らないモノがそこに描かれていて、知らなかった事を知った時はいつもワクワクして…」

「ふふ、よく分かるわ。」

 

 

 

それは同席に座った他の3人…ゴ・ギョウ、紫魔 スズナ、そして西園寺 アキラを置いてけぼりにしてもなお止まらない、同じだけの知識を持った者同士が繰り広げる2人だけの意見交換。

 

…弾む会話、織り成す交話。

 

マシンガントークよりも更に激しい、まるで重機関銃をノンストップで撃ち続けているかのような彼らの会話は…まさに知識と知識を恐るべき密度で交し合っているという、その道の学者も驚きを禁じえない恐ろしき代物であり…

 

頼んだコーヒーとレモンティーを飲むことも忘れ、溢れる知識を存分に交換し続けているセリ・サエグサと紫魔 スミレ。

 

…片や、デュマーレ校始まって以来の秀才と呼ばれる聡明な少年。

 

…片や、紫魔本家が誇る才色兼備の誉れある令嬢。

 

そんな、近代においても珍しいレベルの秀才2人が、今この時代にこの場所でこうして出会えたことは一体何の奇跡といえるのか。

 

しかし、デュマーレ校始まって以来の秀才を呼ばれるセリをして…紫魔本家の令嬢である紫魔 スミレが、自分と同等の知識を持っているということはどれだけセリを驚かせたと言うのだろう。

 

何せ、書物や著者の好みが一致するだけではなく。スミレは同じ文献を読み解いた上で、自分とは異なった視点からの考察を生み出し、そして自分とは違う解釈を持ちつつ新たな可能性を自分なりに広げていた。

 

だからこそ、僥倖…

 

セリは今まで、出会ったことすらない。自分と同じくらい知識を溜め込み、そしてソレを自分のモノに昇華させている相手なんて。

 

だからこそ、楽しい…

 

かつて、これ程までに楽しい応酬が出来たことがあっただろうか。今までこうした知識を語り合える相手のいなかったセリにとっては、紫魔 スミレとの対話にこれまで感じたことのない満足感をひしひしと感じている様子で…

 

止まらない…アイスコーヒーが薄まってもなお、レモンティーの氷が溶けてもなお。

 

話題が尽きず、会話は弾み。デュマーレに居た頃では相手すらいなかったその思想と思想のやり取りに、セリの中には心地よくも熱く滾る、えも言われぬ充実感が押し寄せてきていて―

 

 

 

「えっ!?【二つの明星】の決闘記録!?」

「えぇ、家に記録が残っているの。世界大戦をデュエルで止めた、伝説の『北極星』と『南十字星』…ポラリス・ノーザンと、クロス・サザンカの戦いの記録が。彼らのデュエルを見た当時の家の者が、かなり詳細に記録していたみたいで。」

「な…そ、そんなモノがあったなんて…し、知らなかった…さ、さすが紫魔本家…よ、読みたい…」

「ごめんなさい、流石に持ち出し不可みたいで…歴史の観測がどうとか世に出してはならないとか何とかって…」

「歴史の観測?…ま、益々見てみたい…す、少しだけでもダメですか?あの、絶対に破損させたりとか盗んだりとか写したりとかしないんで…ちょ、ちょっと読むだけ…ほんの少しだけでも…」

「ごめんなさい。掟なの。」

「ぅ、で、ですよね…」

 

 

 

しかし、充実感も去ることながら。

 

時折飛び出すスミレの言葉によって、充実感よりも好奇心による衝撃がセリを襲う。

 

…それは度々変わる話題の中でスミレの口から飛び出した、【二つの明星】という2人のデュエリストに関する話題について。

 

 

【二つの明星】―それは知る人ぞ知る伝説のデュエリスト、その2人を指して称えられる特別な呼び名。

 

 

寧ろ、知っている人間の方が少ない。何せ半世紀以上も前の人物であり、世界がまだデュエルと兵器による戦争を行っていた時代の、プロでもなかった人物達なのだから。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

世界一の蔵書量を誇るデュマーレの街の図書神殿にも、【二つの明星】の詳細なデュエルログなどあるはずもなく。

 

『双星の英雄』と呼ぶ者もいる、『北極星』と『南十字星』。その彼と彼女が世界大戦をデュエルで止めたという逸話は、確かにマニアの間では有名なれど…

 

けれども、その詳細な事実は世界中探してもほとんど見つからないほどに、現代では【二つの明星】に関する情報は希少すぎる歴史的財産となっているのだ。

 

…しかし、流石は政界・財界・決闘界に深いつながりを持つ、古から続く名家中の名家、『紫魔本家』。

 

噂では、世界の歴史学にとっての宝とも言える蔵書や著書をいくつも所有しているという。

また、その閲覧を固く禁じている紫魔本家の掟は、世界の歴史学が遅れる原因とまで言われているのもあながち間違いではないのかもしれず…

 

 

 

(読みたい…)

 

 

 

溢れる…セリの持つ、押さえようのない『知識欲』が。

 

食欲、性欲、睡眠欲、決闘欲…人間の4大欲求に食い込むかもしれない、セリの持っている知識欲は他の人間と比べても相当のモノ。

 

そんなセリの前に、これ以上無いくらいの情報源の在り処が示されたのだ。今まで自分が知らなかった、見たことがなかった、読んだことがなかった新鮮な情報のヒントを前に…

 

 

 

(世界大戦を止めた偉業を持つのに、ポラリス・ノーザンとクロス・サザンカのデュエルログは世界中のどこにも無い。デュエルディスクが普及して1000年以上経つのに、この記録の少なさは異常だ。とすれば、誰かが意図して隠してるって事に違いない…見たい…『北極星』と『南十字星』のデュエル…世界大戦をデュエルで止めた伝説のデュエリストの戦い…知りたい…絶対に…けど…)

 

 

 

まぁ、世界の法にも関わりを持つとされている、あの『紫魔本家』が禁じているモノであるのならば。

 

ここで【紫魔】の妹に対し、一般市民に過ぎないセリがいくら我が侭を言ったところで…ソレは叶わぬ夢であり、閲覧など無理だというコトも、セリはその理性で理解はしているのだが。

 

古から続く『紫魔本家』…掟が全て。

 

しかし、そんなセリの思考に耽る姿を見て。紫魔 スミレもまた、セリに興味を持ったのか。

 

スミレはコーヒーを一口飲んだかと思うと、再び悩ましい顔をしているセリへと問いかけ始めた。

 

 

 

「好きなの?【二つの明星】。」

「はい。【黒猫】、【白夜】、【紫魔】を…当時の【王者】達を差し置いて、この星最強のデュエリストと謳われた伝説の二人。古い話だから、知ってる人ももう少ないけど…でも、忘れ去られるなんて絶対にダメだって俺は思うんです。【二つの明星】だけじゃない、他にもデュエルで世界を救った逸話を持った偉人達は…もっと、世に知られるべきだって。」

「そう…好きなのね、歴史のこと。」

「はい、昔から色々調べるのが好きで…彼らの生きた証…伝説に残るほどの力…それは、世界にとっての財産でもあると思うから…」

 

 

 

【二つの明星】のみならず、この世界の歴史の中には表舞台に出てこなかった偉人たちの逸話が多々存在している。

 

…それは子どもに読み聞かせる御伽噺であったり、歴史に確かに刻まれた真実であったり。

 

だからこそ、例えソレが逸話や伝承、それに都市伝説と言った知る者の少ない『偉人』の英雄譚であったとしても…

 

ソレを歴史に埋もれさせず、その功績を『知る』ことこそが世界の歴史を知るということであると、セリはいつも考えていて。

 

…特に、『英雄』と呼ばれる偉人たち。

 

彼の者たちの成した偉業は、『知識欲』に溢れるセリの心に多大なる影響を及ぼしているのだから。

 

 

 

「それに『北極星』…ノーザン…その名前は…」

「どうかしたの?」

「あ、いえ…」

 

 

 

まぁ、セリが【二つの明星】…特に『北極星』の方に何やら思うところがあるのは…

 

また、別の感情も関係があるのだが。

 

 

 

「…お嬢様…なぜあんな従者なんぞと親しげに…」

「ってゆーか、歴史オタクのスミレに付いてってる人なんて初めてみたよ。セリさんすっごー…」

「ひゃは、チャン僕からしても、まーさか小難しいセリの話に乗っかれる子がいるなんてねー。流石は【紫魔】の妹ってカーンジィ?」

 

 

 

また、隣の席で言われていることに気が付くはずもなく。

 

自分達の止まらぬ会話に、どこか引いているようにさえ思えるゴ・ギョウ、紫魔 スズナ、西園寺 アキラを他所に…

 

セリとスミレは、まだまだ話題を変えながら。どこまでも、その談話を続けるのみ。

 

 

 

「俺、いつも考えているんです。なんで俺達には『Ex適正』なんてモノがあるんだろうか…って。」

「一説には、神が与えた『枷』だって唱える学者も過去にはいたそうね。1000年前のシンクロ召喚至上主義時代には、融合とエクシーズの人は迫害の対象とされていたって言うし。」

「だとしたら、なんで使える召喚法は1人につき1種類だけなんでしょうね。環境だとか遺伝だとか、『Ex適正』の発現に対する研究は色々とされていますけど…もし遺伝的要素が強いのだとしたら、俺の家族のEx適正はみんなシンクロなのに俺だけ融合なのは何か理由があるんじゃないかって…あ、そうだ…スミレさん、例えばですけど、Ex適正を複数持っているデュエリストが居たり、逆にExデッキが使えないデュエリストが居たとしたら…貴女は、どう思いますか?」

「あら、難しい質問ね…そうね…そんな人が生まれるなんて、そもそもからして『ありえない』事だからすぐに答えを出せそうにないわ。私なりにゆっくり考えてみたいかも。」

 

 

 

セリの問い…ソレは融合召喚の最名家である、『紫魔家』の本家の令嬢に聞くには少々行きすぎた質問にも捕らえられる代物。

 

しかし、その突拍子もないセリの質問に対し…

 

真摯に受け止めながら、振りではなく本気で考える素振りを見せる紫魔 スミレの姿は、本当に彼女が融合召喚至上主義を掲げる『紫魔本家』の令嬢なのかと思える程の、あまりに柔軟な思考と思想を思わせる代物であると言えるだろうか。

 

…この世界の常識である『Ex適正』に対し、疑問を抱く者の方が異端とされる現代。

 

そんな時代に生まれたというのにも関わらず、世界の常識に疑問を打ち出すセリの思想は…果たして紫魔本家の令嬢である紫魔 スミレに、どのような形として映っているのだろう。

 

すぐには出せない答えの中で、しかし『常識』に疑問を持ったセリを馬鹿にするわけでもなく…

 

 

 

「そういえばセリさん、まだ聞いていなかったけれど、貴方はどうして決闘市へ?」

 

 

 

すると、幾度と無く変わり続ける話題の中で。

 

次にスミレが打ち出したのは、今更と言えばあまりに今更な質問であった。

 

…まぁ、カフェに入ってから、セリとスミレはずっと止まらずに高度な知識で対話を続けていたのだ。ソレ故、盛り上がってしまった会話の中で…スミレが真っ先に聞くべきことであった質問を聞き忘れていたとしても、ソレはある意味仕方がないといえばそれまでなのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「俺、今『本当に強いデュエリスト』を探して旅をしているんです。世界中を回って、強い奴と戦う旅を…スミレさん…【紫魔】の妹のあなたが思う、『本当に強いデュエリスト』ってどんな人だと思いますか?」

「…本当に強いデュエリスト?随分と抽象的だけれども…やっぱり一番に思い浮かぶのは兄の憐造かしら。一応、歴代と違って本物の【紫魔】なんて言われているから。」

「【紫魔】…確かに、当代の【紫魔】は非の打ち所がない完璧なデュエリストだって方々でも噂されて…」

「…ま、シスコンなんだけどね。」

「シスッ!?…え?な、なんかイメージが…」

 

 

 

何気なく問いを投げかけたセリの意表を、突くどころか貫いてきたかのような衝撃がセリを襲う。

 

…けれども、セリのその反応も仕方のないこと。

 

そう、何せ『底知れぬ恐怖』と恐れられている『鬼人』、決闘界のみならず政界・財界にも多大な影響力を持つ『鬼才』…

 

歴代最強の融合王者【紫魔】、紫魔 憐造を指して…

 

 

 

「あの人、外面は良いの。でもウチじゃいちいち口うるさくって。私が大事なのはわかるけれど、ちょっと過剰っていうか…今日だって、友達と出かけるってだけで『心配だから着いていく』だの『どこに行くか教えろ』だのうるさくて…いい加減妹離れしてほしいわ。」

「し、【紫魔】にそんな一面が…」

「早く結婚でもして子どもでも出来てくれないかしら。そうしたらもう少し妹離れ出来ると思うのよ。あの人、冷徹とか何とか言われているけれど、血の繋がった家族にはとことん甘いから。」

「は、はは…」

 

 

 

―その妹が、こんなにも堂々と兄を『シスコン』呼ばわりしたのだから。

 

 

 

普通であれば、イメージ出来るはずも無い。

 

冷徹と冷然と冷静が人間の形をしているかのような、あの孤高の存在として世界に知られているあの紫魔 憐造に…

 

そんな、人間臭い一面があるだなんて。

 

しかし、ソレがいかに信じられぬ事であっても。ソレを語るのが、正真正銘【紫魔】のただ一人の妹であったのならば、ソレがどれだけ信じがたい真実であったとしてもセリには信じる以外に道はなく…

 

 

…並ぶ者など存在しない『鬼才』と呼ばれる、融合王者【紫魔】、紫魔 憐造。

 

 

その知られざる一面、そして知ってはいけなかった一面を知ってしまったセリの中には…ソレをどう捕らえてよいか分からぬ感情が、どこからともなく浮かび上がってきており…

 

 

 

(で、でも、【紫魔】は確かに世界最強に名を連ねるデュエリスト…スミレさんが真っ先に思い浮かべるのもわかる…正直、3人の【王者】の中で最も優れているのは間違い無く紫魔 憐造だし…)

 

 

 

とは言え…例え妹の言う彼の本性が、紛れも無い本当なのだとしても。

 

それでも【紫魔】が今なお築き上げ続けているその功績は、嘘偽りのない偉大なる代物であることに変わりはないのか。

 

それは紫魔 憐造が、『歴代最強の【紫魔】』という呼び声の現すままに…彼の作り上げる数々の伝説は、これまでの歴代【紫魔】とは根本的に『何か』が違うと感じさせられる代物ばかりなのだから。

 

 

…実力によってその名を冠しているシンクロ王者やエクシーズ王者とは違って、融合王者というのは少々特殊な立ち位置にあるのが今の世界の現状。

 

 

そう、融合召喚の王者は、いつの時代だって紫魔家の人間、『紫魔本家』の当主がその座に着くとされているのが世界の取り決め。それは果たしていつ頃からの取り決めなのか、少なくとも紫魔家の開祖である『原初』の英雄が生きていた時代ではないことだけは確かなのだが…

 

それでも、一つの家の名がそのまま【王者】の名とされている事に対して。何時の時代でも、【紫魔】の『実力面』には時折どうしようもない疑惑がかけられることが多々あったのだ。

 

…その中でも、最も多いのが八百長疑惑。

 

他の【王者】と違って、歴代の【紫魔】は表立って戦うよりは、財界や政界と言った場所でその力を奮い、デュエルという戦いの場に出てくる事が極端に少なかった。

 

また、王座交代を賭けたトップランカーとのデュエルでは、時折不可解なデュエル展開が行われることもしばしばあり…そして歴代の【紫魔】は頑なに、他の【王者】とデュエルすることを極端に嫌っていた。

 

 

けれども、紫魔 憐造だけは違う―

 

 

近代においては、『紫魔 憐造』だけ。財界よりも、政界よりも、決闘界を重視し戦いに明け暮れている【紫魔】なんて。

 

…そして、その力は紛れも無い本物。

 

何せ、それまでどの【紫魔】も避けていた他の【王者】たちとの戦いを、彼だけは正面切って真っ向から行ったのだ。

 

…そんなコトをしでかしたのは、後にも先にも現【紫魔】である紫魔 憐造ただ一人だけ。

 

そう、八百長疑惑すらあった歴代の【紫魔】たちとは違い、紫魔 憐造はその才覚を他の【王者】相手存分に奮い…

 

そして、有無を言わせぬその力を公の場でまざまざと見せつけて、紫魔家に向けられていた疑惑の目をあっという間に払拭してしまった。

 

それだけではない。【王者】以外に敗北すれば、即王座剥奪という厳しい【紫魔】の掟があると言うのにも関わらず…

 

『烈火』や『逆鱗』と言った、権力に怯えぬ猛者達からの挑戦からも逃げも隠れもせず、現在まで公式戦『無敗』を貫き通し続けているのは紫魔家のみならず決闘界全てにおいても後にも先にも紫魔 憐造のみ。

 

故に…彼は証明した。八百長など入る余地の無い、正真正銘の正々堂々を。

 

だからこそ紫魔 憐造は、紫魔本家史上最強の【紫魔】とまで呼ばれ…並ぶ者など存在しない、『鬼才』とまで称えられているのであって―

 

 

 

「貴方は?」

「え?」

「貴方の思う、『本当に強いデュエリスト』ってどんな人なの?セリ・サエグサさん。」

「俺の思う、強いデュエリストは…」

 

 

 

だからこそ、己の中に確固たる『強いデュエリスト』の像を持つ紫魔 スミレが、今度はセリへと問いかける。

 

それは、これまでセリと対話を続けてきた彼女からすれば。セリの言う『本当に強いデュエリスト』という定義が、イコール【王者】ではないと言う事などとっくに理解しているが故の聞き返しなのだろう。

 

…【王者】を兄に持つ者とは思えない、その柔軟な理解と深い見解。

 

そう、【王者】の妹の口から、【王者】以外の『本物』を認める旨が飛び出したのだ。

 

そして、スミレからの問いかけを聞いて。セリの心に、即座に浮かび上がるのは他でもない―

 

 

…デュマーレで戦ったデュエル傭兵、ホトケ・ノーザン。

 

…デュエリアで戦ったサーカス団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

プロでもないのに、並のプロ以上の実力を持った…それこそトップランカー、下手をすれば【王者】にだって届き得るとさえ思えた、天上の力を備えたホンモノの猛者達。

 

そんな、セリはこれまでの強敵との戦いを思い出しながら…

 

 

 

「…以前は、プロデュエリストが『強いデュエリスト』って思っていました。けど最近は、プロじゃなくてもプロ並に強いデュエリストがいるって思い知ったんです。世界には、色んな思想を持ってそれぞれの道を極めた猛者が居る…だから、俺はまだ『本当に強いデュエリスト』ってのがどんな人間なのか、その『答え』を見つけられてはいません。なので、とりあえず今はプロ以外に強い奴が居ないかどうか探してるって感じですね。」

「プロ以外…」

「はい。理解出来ない程に強い、初めから勝つ事を義務付けられているかの様にとんでもない強さを持ったデュエリスト…そういった人に心当たりとかありませんか?もし居たら是非会ってみたくて…」

「理解できない程に強い…そうね…1人、先輩に心当たりがあるけれど…」

「え!?い、居るんですか!?しかも先輩ってことはまだ学生で!?け、決闘市にそんな人が!」

「えぇ、居る…いいえ、『居た』と言った方が正しいかしら。」

「『居た』…?」

「そう、過去形なの。残念だけれど麒麟さ…その先輩、去年亡くなってしまったから…決闘市を守って…去年、この街は色々大変で…」

「な…」

 

 

 

そう言いながら、どこか悲痛な顔を浮かべた紫魔 スミレ。

 

…一体、去年の決闘市に『何』があったのか。

 

それは先ほど、セントラル・スタジアムの前でマサタカ・テングウジが言っていた、『去年色々あった』という言葉に関連しているのであろうと言うことは、何も知らぬセリにだって容易に理解できることであるのだが…

 

…しかし、昨年の決闘市に、『何』があったのかを知らぬセリからすれば。

 

【紫魔】の妹すらも認めていたというその先輩が、既に亡くなってしまったというコトに対し…もっと早く決闘市に来て出会いたかったというという後悔が、ひしひしと浮かび上がりつつあり…

 

…常人の理解を超えた、天上の実力を持った猛者。

 

そうしたプロ以外で【王者】に匹敵するようなデュエリストなんて、見つかるだけでも希少すぎる出会いだというのに。しかも、ソレがこれまで自分が見向きもしていなかった『学生』で…それがまさか、『去年』亡くなっていただなんて。

 

…なんて勿体無い、なんでもう居ない…

 

そんな後に立たない後悔が、もっと早く決闘市に来たかったという思いをセリへと感じさせていて。

 

 

 

 

 

 

隣の席―

 

 

 

「…お嬢様…下民と親しげになさるなんて、後で憐造様に何を言われるか…」

「まーまースズナちゃん、スミレもまんざらじゃないみたいだし。」

「ッ!西園寺 アキラ…前々から、貴女には色々と言いたいことが募っていたが良い機会だ。貴女のような下民と、スミレお嬢様の身分の違いをこの場でじっくりと…」

「ひゃはは!つーかてーかなんつーか?チビっ子さー、さっきからセリのこと見下しながら従者&従者with従者って言いまくってっけど?今のセリたちにンな昔のアレコレなんて、関係ナシナシのナッシングだとチャン僕思うんだけどもだっけーどー?」

 

 

 

セリとスミレがアツい議論を交わしているその隣。

 

そこには、二人の会話をまるで見世物でも見ているかのように傍観している者が3人…いや、2人と、何やら別の心配事をしている少女が、1人居た。

 

しかし、意気投合して盛り上がっている、セリ・サエグサと紫魔 スミレとは打って変わって…

 

隣のテーブル席に座っていたデュマーレ校のゴ・ギョウと中央校の西園寺 アキラ、そして中等部である紫魔 スズナ達の雰囲気は、セリ達とは違い一触即発になりかけているような重めの雰囲気となっており…

 

 

…まぁ、その原因は火を見るよりも明らかなのだが。

 

 

そう、チャラついた雰囲気のゴ・ギョウと、ノリの良い西園寺 アキラにどこまでも反発するように。

 

この場で最も最年少の中等部生、紫魔 スズナが事ある毎にギョウやアキラに突っかかっていたのだから。

 

 

 

「大体さー、今日が初対面なんだからヘリクダるも何もナイっしょ。あの二人だって?ンなこと全く気にしてない見たいだしさー。」

「何を言うか無礼者!よいか、『原初の英雄』より続く紫魔家に、『冴草家』は従者として仕えることを許された下民の出!例え盟約から500年経っていようと、紫魔家に忠誠を誓ったその契りを違えることなど決して許されはしな…」

「でーもさー、スミレちゃんって【紫魔】の妹だけどあんま強くなさそうじゃん?」

「…は?」

 

 

 

しかし…

 

紫魔 スズナの、噛み付くような声を遮るように―

 

先ほどまでの浮ついていた言葉から一転、どこか冷たさすら感じさせる声で…スズナへと向かって、そう言葉を述べたデュマーレ校のゴ・ギョウ。

 

…アツい議論が交わされる隣の席で、一瞬空気が凍りつく。

 

そのまま、ゴ・ギョウの言葉が聞こえなかったかのように…

 

紫魔 スズナが、わなわなと唇を震わせながら…

 

 

 

「軟派男…貴様、いま、何と…」

「だからさー、セリだって自分より弱い子にヘーコラすんの嫌でしょーが。スズナたんだってえらそーだけど?ぶっちゃけ大した事ないよねって感じだすぃー?」

「ッ!?」

「ちょいちょーい、ギョウ君それはちょっと言い過ぎじゃー…」

「んー、これでもちょっとはオブラートに包んでるんだけどもだっけどぅー?大体、弱いドッグほどキャンキャンハウリングって言うじゃん?あ、デュマーレのことわざね、コレ。」

「…よわ…私を…よわい犬…だと?」

「だってスズナたん、【決闘祭】入賞もしてないんでしょ?つーか出てすらないんでしょ?」

「ッ…わ、私はまだ14歳で、【決闘祭】には出場できないだけだ!」

「ひゃは、ジーマーのガキンチョじゃーん!あ、そういえばスミレちゃんも【決闘祭】入賞してないんだっけっけ?あ、【黒翼】の息子は準優勝だったんだ。ひゃはは、でもあのチビドラクンが優勝できるほど強いとも思わなかったけどねー。」

「え、マサとリュウに会ったの?」

「うん、さっき。」

「あー、なるほどー…だからさっきマサの奴…」

 

 

 

そして、ゴ・ギョウの零した言葉に対し、何か思い当たる節があるかのような素振りを西園寺 アキラは見せたものの…

 

ゴ・ギョウとスズナの間に弾けた火花は、この一瞬で誰にも止められないほどの大きな火となりて、二人の間に大きな亀裂を生み出しつつあるのか。

 

…しかし、女性相手にこうまで厳しい口調でソレを告げるゴ・ギョウもまた、紫魔 スズナの態度にそうとう苛立ちを覚えていたという証明でもあるのだろう。

 

そう、態度は軽いものの、女性に対する接し方には常に気を配っている彼にしては…紫魔 スズナに対する今の態度は、とても許容できる範囲を超えているとさえ捉えられ…

 

 

 

「ま、はるばるデュマーレから出向いてきたけど?決闘市はしょーじき期待はずれだったってことで。んじゃ、チャン僕はそろそろオイトマしちゃおーかなって事でひとつシクヨロー。」

「待て!ここまで舐めた口を聞いた貴様を、私が無事に帰すと思っているのか?」

「いやいやいーや?そこは見逃してくれてアリガトーでしょ?…流&儀ぃとか?礼&儀ぃとか?チャン僕ってばそんなのに全く興味ナッシングなんだけどぅー…」

 

 

 

徐に、しかし苛立ちを隠さずに。

 

席を立ったゴ・ギョウは、そのままゆっくりとスミレに背を向けながら―

 

 

 

 

「雑魚が調子乗んなよ、メスガキ。」

「ッ!?」

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「無礼者ぉぉぉぉぉおお!」

 

 

 

―!

 

 

 

弾けるように、爆ぜるように。

 

店内に突如響いたのは、紫魔 スズナが発した金切り声。

 

…ゴ・ギョウの放った最後の言葉が、彼女の短すぎる導火線を一瞬にして燃やし尽くしたのか。

 

舐めた態度を取った軟派男に、触発されるように席を立ち…そのまま派手なアロハシャツに掴みかかりそうな勢いで攻め寄りながら、紫魔 スズナはわなわなと怒りに震えつつ…

 

ゴ・ギョウへと向かって、更に弾ける。

 

 

 

「表へ出ろ軟派男ぉ!貴様に紫魔家への礼儀を教えてやる!」

「ひゃはは、悪いけどチャン僕、ガキとヤる趣味はナシナシのナッシングなの。自分の実力、理解してから喧嘩売ってきてちょ?ほんじゃま、サイナラー。」

「まて!逃げるな!」

「何?急にどうしたの!?スズナ、やめなさい!」

「離してくださいお嬢様!私は!この下郎に!礼儀というものを!」

「お、おいギョウ!なにしてんだよ!」

「んー?べっつにー?チビっ子に身の程教えてやっただけだけどー?」

 

 

 

また、隣の席が急に弾けたことで、流石に状況がおかしいと言うことに気が付いた様子のセリとスミレ。

 

…一体、何があったのだろうか。

 

議論に夢中になっていたが故に、隣で何が話されていたのかなど知らない二人からすれば…スズナが突然怒り狂って、ゴ・ギョウへと襲い掛からんとしているその状況は、全く理解など出来ない突然の場面であったに違いなく。

 

掴みかかろうとしているスズナを、紫魔 スミレが押さえつつ…捨て台詞を吐き捨てて去ろうとしているギョウを、セリ・サエグサが引き止めながら。

 

 

 

「ねぇアキラ、一体なにが…」

「あー…あのねー、スズナちゃんがいつもの調子で色々言ってたら、ギョウ君ちょっと怒っちゃったみたいで…」

「またなの!?スズナ、紫魔家に誇りを持つのはいいけれど、貴方は少し行き過ぎているっていつも言っているでしょう?」

「ですがこの男は私のみならずお嬢様まで愚弄して!」

「ホントの事言っただけでしょーが。スズナたんこそ、コッチの事なーんにも知らない癖に調子乗りすぎっしょ。喧嘩売るならちゃんと力の差理解してからにしよーねー?」

「貴様ぁ!」

「やめろギョウ!何煽ってんだよ!」

 

 

 

しかし、セリとスミレが止めてもなお。

 

ギョウとスズナの間の空気は、外の暑さのように益々ヒートアップしてしまうだけであり…

 

…お互いに引く様子も無いのだから、収拾などつくわけもないのは当たり前なのか。

 

まぁ、彼らがお互いにぶつかり合ったその原因が、自分達のことではなくそれぞれの相棒と主君のことであったのだから…一度火が付いてしまったその熱は、簡単に収まるわけもないのだろう。

 

…これ以上は、この状況を押さえてはおけず。

 

何よりギョウ達が起こした騒ぎを聞いて、何やらざわめき始めた店内の空気がこの状況をより一層重々しいモノへと変えていっており…

 

それに触発されて更にスズナとギョウの口論はヒートアップの兆しを見せ始め…

 

 

 

そうして…

 

 

 

「と、とにかく一度店の外に出て…」

 

 

 

店内の空気が、これ以上不穏になることを恐れたセリが。

 

 

状況を一旦変えようと、全員に外に出るように促そうとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「見つけたぞテメェ!」

 

 

 

 

 

突如…

 

響き渡ったソレは、新たなる火種を予感させるような声であった。

 

そう、ギョウとスズナの喧騒を上書きするように、店内の空気を震わす声がこの場に高らかに響き渡り…

 

 

 

「…またややこしいのが…アキラ、貴女の所為?」

「えー?だってぇー、マサがさっきぃー、『デュマーレが喧嘩を売ってきた』ってメッセしてきたのぉー。…テヘッ?」

「可愛くないわよ。このトラブルメーカー。」

「イヤーン、スミレってば手厳しぃー!」

 

 

 

腹からではなく、まるで子宮から声を出しているかのような甘ったるい女の艶声を出してはぐらかす西園寺 アキラを他所に。

 

店の入り口の方から、セリ達の居る席へと向かってズカズカと肩で風を切って向かってきたのは他でも無い―

 

 

 

「ここで会ったが100年目!デュマーレ校のゴ・ギョウ、俺とデュエルだ!さっきの借り、倍にして返してやるぜ!」

「…うぃー?」

 

 

 

決闘学園中央校2年、天城 竜一。

 

先ほどセントラル・スタジアムで出会った、ゴ・ギョウに因縁を持ってしまったもう1人の学生が…

 

このややこしい状況に、更なる混乱を携えて現れたのだ。

 

 

 

そして…

 

 

 

「…いやいやいーや、チミとは対抗戦でデュエルするんでしょー?何で今?」

「このまま舐められっぱなしで帰せるかってんだよ!対抗戦の前に白黒つけてやるぜ!表出ろぉ!」

「待て天城 竜一!この下郎は私が蹴散らすのだ、貴様の出番など無い!下民は引っ込んでいろ!」

「うっせぇスズナ!雑魚はすっこんでろ!」

「な!?」

「はいはい、雑魚は雑魚同士でやりあっててちょ。どーせチミ達じゃ、チャン僕の相手にはならないんだからさー。ザーコ。」

「あぁ!?テメェ今なんつったぁ!」

「貴様ぁ!」

 

 

 

当事者以外が、予期した通りに―

 

爆発しかけていたこの状況を、更に悪化させる勢いで火に油をぶっ掛け始めた天城 竜一。

 

…それは彼もまた、デュマーレから来たゴ・ギョウに対して只ならぬ怒りを抱いているが故の憤慨。

 

しかし、何もこんなややこしい状況のときに現れなくてもいいだろうに―

 

この状況を見たセリが、思わずそう感じてしまったほどに。この悪化し続ける状況の下落は、彼にとってもどうしていいのかわからないほどの混乱に陥っているというのか。

 

 

 

「はぁ…やっぱりこうなった…竜一が来るといつも碌な事にならないんだから…」

「あはははは、リュウが来たらこうなると思ったんだー。あーおっもしろーい。」

 

 

 

また、ソレはセリだけではない。

 

何やら天城 竜一の事を良く知っている風なスミレとアキラも、この困窮した状況を止めることを既に諦めている様子を見せているではないか。

 

…それは彼女たちにとっても、天城 竜一という男の厄介さを良く知るが故の一種の諦め。

 

まぁ、この場に彼を呼んだのが、1人だけこの状況を面白がっている西園寺 アキラだというコトは置いておいても…

 

それにも増して状況は悪くなる一方であり、少しのこじれ合いが複雑に絡み合いながら取り返しのつかない状況へと向かっているこの場の雰囲気は、とてもじゃないが簡単に収まるような代物ではなくなってきているのは最早誰の目にも明らかな事。

 

 

そして―

 

 

 

「どーでもいいけど、雑魚とデュエルするつもりナッシングなんでー。んじゃ、チャン僕はさっさとオイトマしちゃいま…」

 

 

 

…悪化し続ける状況の中で、こじれ続ける雰囲気の中で。

 

コトの根源の1人であるゴ・ギョウが、無責任にも一足先に…

 

混乱を極めるこの状況から、更なる煽りの言葉を残して1人勝手に去ろうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「やめろギョウ!いくら決闘市の学生が雑魚ばかりだからって、言って良いことと悪いことがあるだろ!」

「…あ?」

「…な…」

「…ひゃは…」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

…誰もが、セリの言葉を理解していなかった。

 

そう、アレだけヒートアップしていた店内の雰囲気が、恐るべき速度で氷点下まで下がったのではないかと錯覚するほどに―

 

その、目に見えて凍りついたこの場の空気は、紛れも無くゴ・ギョウを叱責したデュマーレ校のセリ・サエグサから発せられた言葉によるものに違いないものの…

 

 

…しかし、この場に居る者の全てが。

 

 

セリの言葉を聞き間違いだったのかと、無意識に考えている様子を見せているのは先ず間違い無く全員が自分の耳を疑っているからこそなのか。

 

…まぁ、それも当然だろう。

 

何せ、『その言葉』を発したのが先ほどまで決闘市の学生を馬鹿にしていたゴ・ギョウからではなく…

 

ここまでそんな素振りを微塵も見せなかった、どちらかと言うと下手に出ていたはずの…

 

 

 

セリ・サエグサからだったのだから―

 

 

 

 

「…え?あれ…」

 

 

 

目を丸くし、言葉を失い。

 

あっけに取られているこの場の全員、その全員が視線をセリへと向けていて。

 

そして、急激に静まり返ったこの場の雰囲気と…全員からの視線を受けていてもなお、セリ自身は自分が今『何』を言ったのかを理解出来ていない様子を見せており…

 

…彼からすれば、あまりに失礼な事を言い捨てて逃げようとした腐れ縁の相棒に対し、急いで呼び止めと叱責をしただけのつもりだったのだろう。

 

しかし、ソレがどうしてこうも鎮まりかえってしまい…その注目が当事者たちではなく、自分自身に向いてしまったのか。ただギョウを呼び止めて、皆に謝らせようとしただけだというのに…なんで急に皆固まって、ポカンとしているのだろうか…

 

それが、セリにはどうしても…理解、できていない。

 

 

 

…すると。

 

 

 

「…ねーねーセリー。」

 

 

 

その沈黙を一番に破った、デュマーレ校のゴ・ギョウが…

 

 

 

「あのねー、チャン僕みたいな?ペラッペラな奴が『ああ言う』んならともかくだっけーどぅー…お前が?デュマーレ校でも?『黙ってればモテる』って言われてるのは…まっ、そういうとこなんだよねー。」

「…そういうとこって…いや、何でみんな固まって…」

「ま、後with先とか考えずに?しょーじきにハッキリ物言うお前の性&格は?チャン僕的には良いとは思うんだけどもだっけどー…まっ、ソレは後でみっちり教えてやるとしてー…」

 

 

 

呆れたように…諭すように―

 

先ほどまでの立場が逆転。まるでゆっくりと教え込ませるかのようにして、セリの両肩を掴みながらゴ・ギョウはそう語りかける。

 

…それは腐れ縁の彼からしても、こんな状況でセリの『悪い癖』が出てしまったことは予想外&想定外だったが故の諭しなのか。

 

周りの決闘市勢が、この状況を全く理解出来ていないこの一瞬に…

 

ただ一人だけ、場の雰囲気に影響されず…セリにゆっくり語りかけ、まるで周囲を『刺激』しないような立ち振る舞いのまま―

 

 

 

「…とりま、今はソレは置いといて…」

 

 

 

その手を、セリの肩から腕へと下ろした…

 

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

 

 

「…逃げるぜぇぇぇぇぇぇぇえ!」

「ッ!?」

 

 

 

―!

 

 

セリの腕を無理矢理掴んで、勢いよくカフェから飛び出したゴ・ギョウ。

 

…それはまさに一瞬の出来事。

 

そう、誰もがあっけにとられたその瞬間に、ゴ・ギョウは場の空気の流れを無理矢理自分の元へと引き寄せて―

 

その生じた隙に、セリを引っ張って一目散に逃げ出してしまったのだ。

 

 

 

「…あっ、ま、待てこらデュマーレ共ぉ!」

「セリ・サエグサぁ!貴様も!生きては!帰さぁぁぁぁん!」

 

 

 

そして、ソレに触発されたようにして。

 

我に返った竜一とスズナが、逃げ出したセリ達を追いかけるようにして…続けざまに勢いよく、二人もカフェを飛び出し始めて。

 

…怒号を飛ばし、怒りを燃やし。

 

逃げていったセリとギョウを、一目散に追いかけ始め―

 

 

 

「…何が起こったの?」

「あっはっはっはっはっはっはっ!あー、おっもしろいねぇデュマーレの人って!」

「笑い事じゃないでしょう!?アキラ、元はと言えば貴女が竜一を呼んだから…」

「えー?アタシは呼んでないよー?ただぁー、マサにー、『デュマーレから来た友達とカフェでお茶してまーす!』って返信しただけだしー?けどまっさかリュウが来るとはねーあっはっはっはっは。」

「はぁ…そういうところよ。相変わらずトラブルメーカーなんだから…」

「いいじゃんいいじゃん、面白くなってきたんだし。…さってと、まーたドンパチ始まるよー。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「まてゴラァ!逃がすかよぉ!」

「待てって言われて待つ奴いないっしょぉ!チビドラクンこそしっつこいよー!」

「ンだとゴラァ!」

「待てぇセリ・サエグサぁ!従者が!下民が!紫魔家に舐めた態度を取るなぁぁぁあ!」

「だから知らないってそんなこと!それより何でそんな怒ってるんだよ!」

「貴様ぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

決闘市の東地区―その、商店街の賑わうメインストリートのど真ん中で。

 

異国の地からやってきたデュマーレ校の学生2人が、決闘市では知らぬ者の居ない『悪い意味』で有名な男子生徒と…

 

これまた『悪い意味』で有名な紫魔家の少女に、あまりの喧騒を飛ばされながら追いかけられていた。

 

 

 

「おっ、まーたチビドラが騒ぎ起こしてるぞ?」

「ふふっ、今度は何をしでかしたのかしら。」

「おいおい、闇紫魔家のお嬢ちゃんも一緒にちょこまかしてんじゃねーか。」

「あの子いっつも怒ってるわね。スミレ様も大変ねぇ。」

「まったくじゃ。」

 

 

 

…それは周囲の人々が、どこか『慣れている』かのような視線を送る中での一幕。

 

そう、八百屋の主人も、魚屋の奥さんも、肉屋の倅も惣菜屋の老夫婦も。

 

もれなく全員が少々呆れながら零しているのは、騒ぎの尽きないここ決闘市の中でその騒ぎをいつも起こす側の学生が、『また』何やら騒ぎを起こしたのかという少しの呆れ笑いと野次。

 

 

…しかし、当の追いかけられているセリとギョウ、そして追いかけている竜一とスズナからすれば。

 

 

周囲の人々からの『慣れた』視線など気にしている暇もなく、それぞれが各々の立場の下、ただただ全速力で走り続けているだけであり…

 

 

そして…

 

 

商店街の1つの路地を、『天城 竜一』が走り去った後―

 

 

 

「…ん?お、おい、今のって竜一ヘッドじゃ…」

「ほ、ホントだ!竜一ヘッドが誰かを追ってたぞ!」

「またカチコミか!?今度はドコ校の奴らが攻めてきたんだ!?」

「チンロンさんに連絡だ!竜一ヘッドが、カチコミしてきた奴等を自ら追い回してるって!」

「よしきた!東校に通達入れろ!頭数揃えろぉ!『四神連合』へも通達だぁ!」

「ヘッドにばっか仕事させんなぁ!俺等も行くゾォ!『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)!出撃だぁ!」

 

 

 

―オォォォォォォォォォオ!

 

 

 

何やら…

 

とんでもなく不穏な掛け声が商店街の中に響き渡り―

 

 

 

 

 

 

「なぁギョウ…」

「ん?」

「あのさ…後ろなんだけど…なんか…追ってきてる人数が…」

 

 

 

逃げている最中…セリとギョウが、全力疾走を続けていたその中でのこと。

 

何やら、背後に感じる雰囲気に…只ならぬ変化を感じてしまったセリ・サエグサが、顔を少々青くしながら前を走るギョウへと向かってそう言葉を漏らしていた。

 

…それは背後から向けられる敵意が、先ほどまでの『2つ』から急激に増えたと感じてしまったセリが思わず一瞬振り向いてしまったが故の顔の青ざめ。

 

そして、セリの声を聞いて。

 

ゴ・ギョウが振り向いた…

 

そこには―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオ!

 

 

 

 

 

 

「な、なんだアレぇぇぇぇぇえ!」

「ちょぉぉぉぉい!シャレになんないっしょぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

そこに居たのは紛れも無い、100や200では収まらないほどの超大軍。

 

雄叫びを上げ、走っている全員が『校章』と『色』は違えど決闘学園の制服を着ており…

 

―全員がもれなく、天城 竜一の後ろに並び立つように。

 

竜一が追っているセリとギョウを、『敵』かの如く追い立てているではないか。

 

 

 

「竜一ヘッドォ!『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)、参上だぜぇ!」

「俺等もお供しますぜぇヘッドォ!」

「竜一ヘッド!」

「竜一ヘッドォ!」

「お、おい!テメェらどっから沸いてきやがった!?つーか俺はお前らのヘッドじゃねぇって何回言ったらわかんだよ!」

「竜一の頭ぁ!『白虎西軍』!集合しやしたぁ!」

「竜一総長!『紅蓮卍朱雀』、揃ってますぜぇ!」

「ボス!『玄武会』、ここに!」

「ッ!?なんでテメェらまで来てんだ!?ってか何でこんな人数集まってんだよおい!」

 

 

 

そして、その場の代表格がそれぞれ状況を理解出来ていない天城 竜一へと声をかけたかと思うと。

 

…過ぎ去るバイク、走り去る者達。

 

次々と勢い良く、叫びながら天城 竜一を追い越していき―

 

 

 

「ちょ、おい待てテメェら!アイツらは俺がサシで…」

「ヘッドに手間ぁ取らせるなぁ!俺達で片付けるぜぇ!」

「頭に土産を届けるぜぇ!行くゾォ!」

「総長のために命張れェ!出動だぁ!」

「ボスの前に、奴等の首を差し出せぇ!」

 

 

 

―『ヘッドを舐め腐った奴等を許すなぁ!『四神連合』、行くぞぉ!』

 

 

 

―オォォォォォォォオ!

 

 

 

響き渡るは壮絶な雄叫び、異国の学生へと向けられる相応たる殺意。

 

 

…それは、『漢』の心を持った族の集団。

 

 

そう、去年の決闘市で巻き起こった、『あの』伝説の『血の夜』を経験した決闘市の東西南北4つの決闘学園の族による集合組織、『四神連合』が。

 

そう、東地区の『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)、西地区の『白虎西軍』、南地区の『紅蓮卍朱雀』、北地区の『玄武会』を筆頭にした、実に200もの下部組織を取り込んで一つとなった超巨大なりし『あの』学生連合が。

 

そう、『あの』伝説の『四天王』と呼ばれる4人の猛者を頂点にした、決闘学園高等部の不良集団たちによる決闘市の連合組織が…

 

 

 

 

今ここに、蘇ったのだ―

 

 

 

それはまるで、昨年に決闘市で起こった『あの』大惨劇…決闘市連合初代総長、鳴神 麒麟がその命を賭して終結させた、あの『血の夜』の再現なのだと言わんばかりに…

 

 

今、『あの伝説』が蘇らんと―

 

 

 

「だぁーうるせぇぇぇぇぇぇえ!テメェらいい加減俺に構うなぁ!」

 

 

 

…一体、去年の決闘市で『何』があったのか。

 

それは今『この物語』では語られない、『別の誰かの物語』なれど。

 

決闘市中の不良デュエリスト達が、たった2人のデュマーレ校の学生達を…

 

凄まじき勢いで、追いかけ始めたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市内、そのどこかの地区の裏路地―

 

 

 

「ハァ…ハァ…な、何なんだよ一体…」

「ひゃは、アリエネー人数居たよねマージで…チョー驚いたんですけどー…」

 

 

 

あの大軍を、どうにか撒いたセリとギョウが…

 

どこかもわからぬ裏路地に身を潜めつつ、その呼吸を静かに整えようと体を一時的に休めていた。

 

…突如増大した、自分達を追う者達。

 

始めは天城 竜一と紫魔 スズナだけだったはずなのに、少し目を離した隙にその数が尋常じゃない数に膨れ上がっていたのだから…突然変貌したその光景には、セリ達とて相当驚いたに違いないことだろう。

 

…一体、なんであんな数の学生達が自分達を追っていたのか。

 

その真相を知らぬセリからすれば、突然現れたとんでもない数の追っ手の圧力は相当の圧力を感じさせられた代物。一応セリ達とて、故郷であるデュマーレでギャングに追われるという、似たような経験をした覚えがあるとは言え…

 

これでは旅の目的を完遂するどころの話ではなく、決闘市に滞在することすらも難しいとさえ思え…

 

 

 

「とにかく、夜まで隠れてホテルに帰ろう。」

「ひゃは、リョーカイ。あんな奴等にこれ以上付き合ってらんな…」

 

 

 

そうして、セリとギョウがゆっくりと身を隠そうと立ち上がろうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「見つけましたよ百虎丸さん!コイツらが頭の探している奴等です!」

「ッ!?」

「マジマジマージか…」

 

 

 

休む間もなく―

 

隠れていたセリたちへと向かって、突如響いたのは『発見』を告げる追っ手の叫び。

 

…すると、1人の不良生徒の後ろから。

 

ドシドシという、地面を揺らす足音と共に…

 

セリ達の前へと、かなりの強者たるオーラを纏った、1人の巨大なる高校生がその姿を現したではないか―

 

 

 

「きさんらかぁ!竜一が探してるっちゅー、ワシのダチに舐めた口聞いた奴等はぁ!ワシゃぁ決闘学園西校で頭はっとる百虎丸っちゅーモンじゃ!竜一への手土産じゃ、『白虎西軍』の名に賭けて…オメェらの首、取らせてもらうけぇのぉ!」

「こ、こいつ…かなり…」

「ヤりそーだねぇ、こりゃ…」

 

 

 

それは学生らしからぬ膨らんだ巨体に、短く白い学ランを羽織った1人の巨漢。

 

坊主頭を見せつけながら、その腕にデュエルディスクを装着し…セリとギョウの居た裏路地の、その逃げ道を塞ぐように立ちはだかって。

 

…立ちはだかった強敵。見るからに強いと分かる強者のオーラ。

 

そう、デュマーレ校の双璧のセリとギョウが、思わず身震いを感じてしまったほどに―

 

彼らの目の前に現れたのは他でも無い、学生ではあるものの相当たる実力を感じさせる猛者であり―

 

 

 

また…

 

 

 

「…待てよ百虎丸…スー…フゥー…」

 

 

 

セリとギョウの背後―白学ランの巨漢が現れたのとは逆サイドから。

 

更なる男の声が聞こえてきたかと思うと、これまた相当たる強い重圧が裏路地の入り口を塞いでしまい…

 

そして、漂ってきた『煙草』の香りと共に現れたのは―

 

 

 

「なんじゃチンロン、きさんも来たんか。」

「当たり前だぜ…獲物、独り占めすんなぜ?竜一への手土産が欲しいのは…スー…ハァー…俺もだぜ。」

 

 

 

セリ達の背後から聞こえてきたのは、更なる猛者らしき一人の声。

 

それは上から下まで純真なる青色に染められた、一目で『特攻服』と分かるであろう漢字の刺繍と仰々しい龍があしらわれた服を着こなした…

 

怒髪天を突くリーゼントの、一目で『族』と分かる一人の男。

 

…その特攻服に、『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)の刺繍を刻み。学生の身で、キツめの煙草を吸いながら。

 

背後から現れたリーゼントの男は、セリとギョウへと立ち向かうと…煙草の煙を吐きながら、デュエルディスクを構えて言葉を零す。

 

 

 

「俺の名はチンロン・ヤクモ…『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)を率いる、決闘学園東校の番長だぜ…スー…フゥー…舐めんなぜ?」

「やばいぞギョウ…こ、こいつも相当の…」

「手練れだねだねー…つーかてーかどーなってんの決闘市、冗&談キッツいんですけどけどー…」

「やるしか…ないのか?」

「それなー…いちおー2vs.2だし?相手も学&生なんだからどうにかするっきゃないっしょ。」

「そうだな…」

 

 

 

挟まれた…逃げられない―

 

そう、隠れた矢先に休む間もなく、唯一残されていた退路が全て断たれてしまったこの現状。

 

そしてソレ以上にピンチなのは、デュマーレ校でもトップクラスの実力を持ったセリとギョウが…一目で『ヤバい』と感じてしまったほどの敵が、2人も同時に現れてしまったことに対して。

 

…この相当たるオーラを持った2人の学生達は、きっと自分達を見逃してはくれないだろう。

 

彼らの雰囲気から、ソレを嫌でも理解してしまったセリとギョウ。だからこそ、こうなってしまっては最早戦うしか彼らに逃げおおせる道はなく…

 

そう、例え現れた追っ手が、得体の知れぬ重圧を持った者であったとしても。

 

ソレがあくまでも『学生』であるというコトに、一種の活路を抱きつつ…デュマーレの彼らもまた、観念したようにデュエルディスクを構え始め…

 

 

 

しかし―

 

 

 

―ルールセレクト『リアル・ダメージルール』

 

 

 

「ひょ?」

「え?」

 

 

 

―ピピッ…という、普段は動作しないはずの自動ルール判定システムが作動したかと思ったその刹那―

 

セリとギョウのデュエルディスクが、何やら彼らも予期せぬ音と動きを始めたかと思うと…

 

今まで聞いたことの無い動作音が、2人のディスクから聞こえ始め、そしてディスクのルールもまた、今までセリとギョウが設定した事の無い代物へと勝手に変更されてしまったではないか。

 

それは紛れも無く…このデュエルにおけるルールが、通常のデュエルのルールとは異なったモノへと変更されたという証。

 

そう、デュエルディスクに内蔵されているルールの中から選ばれたのは、プロの試合でも遣われることなどほとんど無い、この世で最も危険だと言われている『リアル・ダメージルール』であって―

 

 

 

「リ、リアル・ダメージルール!?」

「ちょいちょーい!こんなルール設定したことナッシングなんですけどけどー!?」

「なんだぜ、リアル・ダメージルールは始めてかぜ?けど関係無いぜ…『喧嘩デュエル』はリアル・ダメージルールが原則…ここは決闘市、こっちのルールでやらせてもらうぜ!」

「じゃはは!チンロン、まさかきさんとタッグを組むことになるたぁのぉ!じゃが竜一の為じゃ!同じダチ持つモン同士…昔の因縁は水に流しちゃる!」

「そりゃコッチの台詞だぜ。…さ、いくぜ百虎丸、コイツらを…」

「ぶっ潰しちゃるけぇ!いくけぇのぉデュマーレ共ぉ!」

 

 

 

昂ぶる猛虎、猛る昇竜。

 

白学ランの恐るべき巨漢と、青特攻服のリーゼントが唸りを上げてセリ達へとディスクを構え始める。

 

…それはまるで、今まさに喧嘩でも始めようとしているかの雰囲気。

 

そのまま、百虎丸とチンロン・ヤクモが勢い良く自分のデッキからカードを引くと…

 

それは、あまりに突発に―

 

 

 

「くそっ!何なんだよこの街は!どうなってんだよ決闘市は!」

「ッ!セリィ!来るよ!」

 

 

 

―デュエル!!!!

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市の東地区―『霊園』

 

 

 

「竜一、何が起こっている。『四神連合』が総出で動くなど非常事態ではないか。」

『俺が知るかよ。なんかしらねーけどアイツらが勝手に…』

「知らないでは済まされん。お前は一応、麒麟の跡目を継ぎ4校を纏める者として奴等に認められているのだ。鳴神 麒麟の思いを無碍にするな…責任を持て、責任を。」

『だから俺は麒麟の野郎の跡を継いだ覚えは…』

「黙れ。」

『ぐ…』

 

 

 

決闘市が一望できる、東地区にある『霊園』で。

 

決闘学園中央校2年、【黒翼】の息子として広く知られている天宮寺 正鷹は…何やら決闘市を遠目に眺めながら、自らのデュエルディスクで静かに誰かと連絡を取っていた。

 

…いや、その相手は明らかか。

 

そう、受話器越しに聞こえてくる、その嵐を呼ぶかのような声の示す通り―電話の相手は紛れも無く、同じく決闘学園中央校2年の天城 竜一であったのだから。

 

…そんな彼は、強い口調と静かな轟き、その双方を言葉に織り交ぜながら。

 

今現在、この決闘市で勃発してしまった騒ぎに対し…その元凶である天城 竜一へと向かって、厳しくも諭すような言葉を連ねて冷静に言葉を伝えていて。

 

 

 

「…東西南北の決闘学園が総出で探しているのだ。デュマーレ校の2人などすぐに見つかるだろう。とにかく、お前は事態を最小限に抑える努力をしろ。でなければ、また『血の夜』のような事態になる。麒麟のような犠牲者を出したくはないのだろう?」

『けどよー、奴等も相当ヤるんだろ?逃げ足も早かったし、もうとっくに街から出たかもしれな…』

「四天王が現在交戦中らしい。奴等はまだ街にいる。」

『げ、マ、マジかよ…アイツらまで…』

 

 

 

現場に居なかったはずの天宮寺 正鷹が、どうして当事者である天城 竜一よりも詳しく状況を把握しているのかは今はひとまず置いておいて。

 

昨年の決闘市で起こった『騒動』を経験した彼らからしても、今この状況は想定外かつ予想外の喧騒となりつつあるのだろうか。

 

…このまま、騒ぎを大きくするわけにもいかず。

 

既に肥大し始めた決闘市の喧騒を、【黒翼】の息子である天宮寺 正鷹は静かに『霊園』から眺めつつ…

 

 

 

「態度はどうあれ奴等は強い。油断するなよ、竜一。」

『…おう。』

 

 

 

…と、そう伝えたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、白虎のと青龍のをヤッたか。いいだろう…相手にとって不足は無い!我が名は『劫火』の獅子原 火鳥!『紅蓮卍朱雀』の頭目にして、決闘学園南校を預かる者だ!」

「いっひっひ…独り占めはダメですよ火鳥さん。…デュマーレさん、私は決闘学園北校分園のリーダー、黒亀 真蒸…一応、玄武会のリーダーもしています。さて…説明は不要ですね?デュエルです、いっひっひ…」

「…ッ、ま、またさっきの奴等みたいな奴等が…」

「じょ、冗&談キッツいぜマージでさー…コッチは連戦しすぎて?そーとーヘロヘロだってーのーにぃー…」

 

 

 

先ほどまでとは、また違った決闘市のどこかの場所。

 

その、どれだけ逃げてきたのかすら分からなくなるほどに逃げ続けたセリ達の前に…再び、相当たるオーラを持った只ならぬ迫力の持ち主たちが、その行く手を阻もうと立ち塞がっていた。

 

…それはセリ達が先ほど戦った、東校の番長と西校の頭と比べても遜色無いほどに洗練された強者のオーラ。

 

そう、現れたのは紅に染められた学生服と学帽を着た、それ以上に目立つ真っ赤なマントを翻した燃え上がるオーラを纏う男と…

 

得体の知れない雰囲気を醸しだす、上から下まで真っ黒な学ラン…ある意味、一番学生らしい格好をした、しかしてあまりに学生離れした風貌と雰囲気を持つ、泥のようなオーラを持つ男であった。

 

 

 

(マズいぞ…俺もギョウも相当キツくなってきてるってのに…)

 

 

 

…そして、現れた猛者2人に対し。

 

セリは疲労と疲弊を隠せるわけもなく、息切れした体でどうにかその重い腕を上げてデュエルディスクを構えようと試みるものの…

 

しかし、先ほどの東校の番長と西校の頭との激しいデュエル、そしてここまで逃げてくる間に行った不良たちとの連戦に次ぐ連戦によって、セリとギョウの体に蓄積したダメージは相当深刻な量にまで達しそうになっているのか。

 

…逃げ、追いかけられ、隠れ、見つけられ―

 

また、立ち向かう為に行う全てのデュエルも、リアル・ダメージルールというプレッシャーが相まって。セリとギョウの体は、更なる猛者2人を前にしているというのにこの上なく重く…

 

けれども…そんなセリ達を意に介さず。

 

 

 

「満身創痍の奴等など私ひとりでも充分だが…白虎のと青龍のを破った奴等だ。ちょっと不安…ではなく、貴様にも手柄をやろう。以前の事は忘れ、手を組んでやるぞ、玄武の。」

「…いっひひ、ではありがたく、あやからせてもらいますよ火鳥さん。満身創痍でも、あちらさんは【フェスティ・ドゥエーロ】の1位と2位…百虎丸さんとチンロンさんを倒したのもマグレではありません…油断はできませんからね、『烈火』の息子さんである貴方が一緒ならば私も随分と心強いです、いひひ…」

「ふっ、竜胆の者らしく心にもない事を…だが竜一のためだ、油断なきようゆくぞ、玄武の。」

「えぇ、そこは一致してますものねぇ。我等が友、竜一君のために…全身全霊を尽くさせていただきましょうかねぇ、えぇ。」

 

 

 

デュマーレ校の2人へと向かって、無慈悲にデュエルディスクを構える更なる猛者達。

 

…絶対に逃がしてはくれぬ雰囲気、本気で首を取りに来る殺気。

 

こんな強者にそんなモノをぶつけられては、いくらセリ達と言えどもこのまま上手く逃げられるわけもないのか。

 

…だからこそ、どれだけ疲労困憊していようとも。

 

何もせずにやられるわけにはいかないのだとして、セリとギョウは重い体に鞭打ってデュエルディスクを構えるしかなく…

 

 

 

「くそっ!やるぞ、ギョウ!」

「りょーかい!」

「いっひひ…では…」

「ゆくぞ!」

 

 

 

―デュエル!!!!

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…はい…はい…えぇ、北地区の外れへと誘導を…そこで、私が直接叩きます…はい、では…」

 

 

 

喧騒が起こっている場所とは、打って変わって静かな決闘市の住宅街。

 

そこに、この騒動を巻き起こした原因の1人である中等部生…紫魔 スズナが、何やら碌でもない事を企んでいるかのような表情をして、どこかへと電話をかけていた。

 

…しかし、最初は憤慨してセリ達を追いかけていたはずの彼女が、一体どうして戦線から外れたこんな場所で企みごとをしているのだろうか。

 

その雰囲気から、セリ達への怒りを失っていないということだけは確かなものの…

 

それでも、どこか冷静に、かつ悪徳な顔をしてこうして『時』を待っているような彼女の雰囲気は、このヒートアップし続けている決闘市の喧騒とは真逆の雰囲気を醸し出しているではないか。

 

 

 

「ふっ…セリ・サエグサ…紫魔家に舐めた口を聞いた貴様は、決して生かしてこの街から出させん。」

 

 

 

子どもの喧嘩では済みそうもない、何やら度を超えた暴力の予感が…

 

未だ幼さの残る、紫魔 スズナから漂ってきているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたぜ。まさか奴等を全員倒すなんてな。」

「…ッ…ひゃは、まーたチビドラクンかよ。」

 

 

 

すでに日も暮れかけてきた、夕日が映える時間帯。

 

その決闘市の中央地区、セントラル・スタジアムの前で…

 

ここまで逃げ続けてきたデュマーレ校のゴ・ギョウと、決闘学園中央校2年の天城 竜一が、長い長い逃走劇の果てに、ようやく対峙を果たしていた。

 

 

 

「…つーかてーかなんてーか?どうなってんさこの街はー。襲ってくる奴等全&員?馬ッ鹿みたいに強い奴ばっかりだったしさー…」

「当たり前だ。この街のデュエリストは全員…デュエルに命賭けてるバカな奴らばっかだ。この街は…テメェらと違って、気合も信念も何もかもが違うんだよ。」

「ひゃは、気合&信念ねー…」

 

 

 

…それは奇しくも、今年度におけるデュマーレと決闘市でそれぞれNo.1になった学生同士の邂逅。

 

そう、逃げている中でセリとはぐれてしまったギョウは、何の因果か【5大都市対抗戦】を待たずして…このセントラル・スタジアムの前で、天城 竜一と邂逅を果たしてしまっていたのだ。

 

…しかし、両雄共に【祭典】の頂点に立った男達とは言えども。

 

その立ち姿はどこまでも対照的であり、特に今のゴ・ギョウの姿はこれまでの逃走劇とリアル・ダメージルールによるデュエルの所為で、見るからにボロボロで見るからに疲弊している姿ではないか。

 

…フラフラして足元がおぼつかず、服も汚れ生傷だらけの今のゴ・ギョウのその姿。

 

しかし、ソレも当然で…

 

そう、ここまでの彼の逃走劇は、想像を絶するような戦いの連続であったのだから。

 

 

…襲い来る敵は全てが強敵で、どのデュエルも油断したら即敗北に繋がるような緊張感のあるデュエルばかりを、逃げ始めてこれまでずっと行ってきたゴ・ギョウ。

 

 

『四天王』と呼ばれていた東校の番長、西校の頭、南校を預かる者、北校分園のリーダー。

 

 

彼らとのデュエルは2vs,2とは言え、デュマーレ校の双璧であるセリとギョウを寸前の所まで追い詰めてくるような、これまで彼らが体験したことのない強さをありありと見せ付けてきたのだ。

 

…強かった…本当に、強かった―

 

これまでお互い以外の同年代には追い詰められた経験の無いセリとギョウからすれば、この街の学生達の強さは異常とも思えるような代物だった。

 

何せ自分達の『力』はプロに行っても通用すると自負していた彼らにとっては、自分達の実力と才能に匹敵する『力』を持った学生が他にゴロゴロ存在しているだなんて、これまで微塵も思っていなかったのだから。

 

…デュマーレ校でも相手になる者達が居なかった、これまでの彼らの歩んできた人生。

 

そう、自分達が苦戦する相手が居るとすれば、ソレは学生などでは断じてなくプロレベルの者だけであろうという自負が、彼らの中にあったのはまた事実。

 

…まぁ、ソレを思っても口にしないギョウは置いておいても、ソレを口にしてしまったセリの所為で今の彼らは『こんな目』にあっているのだが…

 

…それはともかくとして、そんな彼らの予想に反して―この街には、彼らの今までの常識を覆すような学生達がゴロゴロ存在していた。

 

その疲弊した頭で、ギョウは確かに思い出す…

 

自分がここまでボロボロになっているのは、『四天王』とのデュエルによるモノだけではないことを。

 

『四天王』の他にも、相当たる実力を持った者達とも戦った…その驚きの連続と、確かなる実力者たちとのデュエルを―

 

 

 

そう、セリとギョウを追い詰めたのは、『四天王』の他にも大勢おり―

 

 

 

 

 

―『逃がさないよ!アタイは南校2年、『火焔』の獅子原 メイコ!アニキの仇だ、余所者にデカい顔させるモンか!』

 

 

―『決闘市を舐めんじゃねぇ!俺が中央校筆頭の虹村 飛竜だ、相手してやんよ!かかってこい!』

 

 

―『あいあいあいあいあいあいあいあい!あ、でゅま~れどもぉ~!』

―『我ら、東校の双璧!『ヒル・ブラザーズ』が、あ!相手だぁ~!』

 

 

―『OBにまで世話焼かせるたぁ…テメェら、随分と俺の後輩を可愛がってくれたみてぇだな。俺ぁ森神 虎太郎。一応、『虎徹』っつー通り名でプロやってるモンだ。…ガキのケツ拭くなんざガラじゃねぇんだが…麒麟の遺言があるからな。後輩のケジメ、つけさせてもらうぜ。』

 

 

 

…強かった…本当に全員、強い者達ばかりだった。

 

それはこれまでの人生で、自分の相手になるのが腐れ縁であるセリ・サエグサくらいだったゴ・ギョウにとっては、故郷デュマーレでは対峙した事の無いレベルの猛者がごろごろ存在していた決闘市での戦いは、一体どれほど衝撃的な戦いの連続であったというのか。

 

そう、同じ年代で、そして同じ5大都市に数えられる街同士であるというのに―

 

この決闘市で出会った学生達が、軒並み全員油断など出来ない相当たる強さを持った者達ばかりであったことは、コレまで彼がどれだけ狭い世界で生きてきたのかを、コレ以上無いくらいに彼へと思い知らせてきたのだから。

 

だからこそ…

 

ゴ・ギョウもまた、改めて決闘市が5大デュエル大都市の中でもデュエリアと並んで1、2を争うデュエリストレベルを誇っているというその由縁と理由を、今更になって思い知ったのと同時に―

 

この騒動が起こる前まで抱いていた、決闘市の学生に対する『見下し』にも似た感情など、とうに捨て去って天城 竜一へと対峙しなおしていて。

 

 

…けれども、見るからに疲弊しているゴ・ギョウを前に。

 

 

天城 竜一は、どこまでも戦意を全開にするだけであり…

 

 

 

「けど、これでテメェに負けられねぇ理由が他にもたくさん出来たわけだ。アイツらは一応、俺とガチンコの喧嘩したダチだからよ…それだけじゃねぇ。ほかにもテメェらにやられてったダチが大勢いる。俺はダチがやられて黙ってられるほど我慢強くねーんだ。」

「最初からキレてたけどね、チミ。」

「っせぇ!…けど、もう邪魔は入んねぇ。…こっちもテメェを探し回ってヘトヘトだからよ、条件は五分と五分だ。負けても言い訳なんて出来するなよな?」

「…じょーだん。チビドラクンこそ、こんだけ満&身with創&痍なチャン僕に負けてもてもても?言い訳なんてしないでよねー。」

「はん、言い訳なんて誰が言うかよ。…その減らず口が聞けりゃ充分だ…ここで、テメェとの決着を着けてやるぜ!」

「…ひゃは、しつっこいけど…ま、仕方なうぃーねー、相手してやろーじゃん!」

 

 

 

一日中逃げ続け、そしてリアル・ダメージルールでデュエルし続けたギョウの体はもう限界。

 

しかし、自分でソレをわかっていてもなお―

 

ゴ・ギョウは、これが最後のデュエルなのだと言わんばかりの気概の下に。無理矢理その体を奮い立たせてデュエルディスクを構えるのか。

 

そう、最初に抱いていた、天城 竜一に対する『油断』などゴ・ギョウの中には既に無い。

 

あるのは、今目の前に立っているデュエリストはこんな猛者ばかりの決闘市において、その頂点に上り詰めた相手であるという、引き締め直した気概だけ。

 

…確かに天城 竜一も肩で息をしているため、彼も相当の疲弊はしているのだろう。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

今この状況は、彼が自ら宣言したとおりに『五分五分』であるとギョウもまた認めている。

 

 

それ故、決闘市の象徴、ここセントラル・スタジアムの前で…

 

 

弱音など吐かぬ男同士の、決して引けぬ最後の戦いが。【5大都市対抗戦】を待たずして、『海の都』デュマーレの今年度No.1と、【王者】の集う街である決闘市の今年度No.1の戦いが―

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

今、始まる。

 

先攻は、デュマーレ校2年、ゴ・ギョウ。

 

 

 

「チャン僕のトゥァーン!カードを5枚伏せてトゥァーンゥエーン!」

 

 

 

ゴ・ギョウ LP:4000

手札:5→0枚

場:無し

伏せ:5枚

 

 

 

…デュエルが始まってすぐ。

 

その初期手札5枚を、全て伏せてそのターンを終えてしまったデュマーレ校のNo.1、ゴ・ギョウ。

 

…それは壁モンスターを出せないような、相当な手札事故を起こしてしまったが故の破れかぶれなのか。

 

普通であれば、最初から手札を全て伏せる行動のみでターンを終えるデュエリストなど余り居ない。そう、よほどの手札事故であったとしても、壁モンスターなり何なりの必要最低限の展開をするのがある程度の力を持ったデュエリストのセオリーであり…

 

デュエルが高速化した現代においては、モンスターによる展開を何もせずにターンを終えることは、かなり珍しい展開と言えるというのに。

 

…ましてや、今ターンを終えたのは5大デュエル大都市に数えられる『海の都』デュマーレで、その頂点を勝ち取ったNo.1のデュエリスト。

 

そんな実力者が相当な手札事故を起こす事など先ず考えにくく、よっぽどの事がない限りこんな大胆かつ強引な手を取ることなどありえなく…

 

 

 

…そう、『よっぽどの事』が無い限りは―

 

 

 

「初っ端から手札を全て伏せるとはな…」

「ひゃは、壁モンスターも出してないし?一気に攻めるチャンスかも的な的な的な?」

「舐めんな!…【フェスティ・ドゥエーロ】の映像で見たぜ、ソレがテメェのスタイルだってな。ンな戯言に惑わされるほど、俺はテメェを知らないわけでも舐めてるわけでもねぇ。」

「ふーん…やっぱ油断なんて?してくれるわけナッシングってなわけねー…ひゃは、オモシレーじゃん。」

 

 

 

ゴ・ギョウの大胆なターンエンドを見てもなお、微塵も油断などしていない中央校の天城 竜一。

 

彼から感じられる雰囲気は、豪胆さの中にも相手への警戒を常に忘れない、獲物を見定める竜のような息吹を感じられる代物とも例えられる代物とも言え…

 

…当初、彼は決闘市についたばかりのセリとギョウの事を、『本人』だと分かって声をかけていた。

 

それは紛れも無く、天城 竜一を知らなかったゴ・ギョウと違って。天城 竜一は、しっかりとゴ・ギョウの事を調べ上げていたという証拠でもあり…

 

 

 

「テメェが俺のデュエルを知らなくても、俺はテメェのデュエルを知っている!だからこの勝負、速攻でケリつけてやるぜ!俺のターン、ドロー!」

「ひゃはは!だったらコッチも遠慮なんて?最初ッからしなくても良いってわけっしょー!?このスタンバイフェイズに罠カード、【砂塵の大嵐】をはっつどぅー!自分の伏せカードを?2枚も破壊しちゃいまー!」

「チッ!いきなり来やがったか!」

 

 

 

だからこそ、ゴ・ギョウもまた最初から様子を見ることなど行うはずもないのか―

 

天城 竜一の、微塵も油断などしてくれないその清清しいまでの態度を間近で感じて。ゴ・ギョウもまた、ターンが移り変わってすぐに伏せていたカードの発動を宣言し始め…

 

 

…巻き起こるは荒れ狂う双刃、吹き荒ぶは双頭の竜巻。

 

 

そのまま、彼の軽すぎる宣言の通りに。まだ何も場に出ていないことから、双頭の竜巻は『相手』ではなく『ゴ・ギョウ自身』の場の伏せカードを瞬く間に破壊していく。

 

 

 

そして―

 

 

 

「チャン僕の方だって、ゆっくりじっくり付き合ってやる気は最初ッからナッシング!ソレがお望みなんならばー?速&攻で片付けてやんよ!破壊した【アーティファクト-カドケウス】と?【アーティファクト-デスサイズ】の効果はっつどう!相手ターンに破壊しちゃったからして?カドケウスとデスサイズをチャン僕の場に特殊召喚しちゃいまー!」

 

 

 

―!

 

 

 

降り注ぐ…

 

 

遥か空から、2つの巨大なる武具を携えし神影が―

 

 

 

【アーティファクト-カドケウス】レベル5

ATK/1600 DEF/2400

 

【アーティファクト・デスサイズ】レベル5

ATK/2200 DEF/ 900

 

 

 

それは人型の影に構えられた、巨大なる杖と巨大なる鎌の2対。

 

 

『アーティファクト』―

 

 

古代の叡智によって生み出された、人知を超えた幻の武具の総称であるソレらのモンスター群。

 

モンスターでありながらも、魔法・罠のようにセットできるという特異な効果を持つソレらは…まさに神のよって造られし武具の呼び名に恥じぬ、相応たる効果を備えたカードと言える存在であり、その真価は相手ターンに破壊されてこそ輝くという稀有なる効果を、ゴ・ギョウは出し惜しみすることもなく。

 

ただただ、ここに高らかにその軽すぎる言葉で宣言を行うのみ。

 

 

 

「デスサイズだと!?ってことは…」

「そのとりとーり!まずは先に出したカドケウスの効果で?デスサイズが特殊召喚されたため1枚ドロー!そんでもって次はデスサイズの効果もてっきおーう!このターン、チビドラクンはExデッキから?そう!Exモンスターだっせないんだよねー!」

 

 

 

更に…

 

この時代においては、『禁じ手』ともされるその暗黙の了解を、ゴ・ギョウはなんの恐れもなく宣言して―

 

…そう、『Exデッキ至上主義時代』と呼ばれるこの時代において、Exデッキを封じるというのは得てして外道の行う禁忌とされている傾向が、この世の中の風潮としては確かにある。

 

まぁ、別にソレもルールの範疇であるのだから、別段ソレが禁止行為であるというわけではないのだが…けれども、この世界に生きる『真っ当』なデュエリストならば、どこか暗黙の了解として、『Exデッキ』を封じる事は無意識の内に避けている傾向があるのもまた事実なのだ。

 

…それは果たして正々堂々なのか、それとも本能に刻まれた神の意思なのか。

 

ともかく、この世界に生きる『普通』の感性を持ったデュエリストならば、絶対に取らないであろう手をこんな初っ端から発動させて。

 

あえて相手が最も嫌がるであろう事を、ゴ・ギョウは堂々と恥じる事も無く適応させる。

 

 

 

「ひゃは!チャラく、うるさく、イヤらしくってーのがチャン僕のポリスィーてなわけで!ま、悪く思わないでちょ?何も出来ないからって、怒るのはちょい違うと思うすぃ…」

「それがどうしたぁ!速攻でケリつけてやるって言ったはずだぜ!【手札抹殺】発動!」

「ひょ!?」

 

 

 

しかし…

 

―そんなゴ・ギョウを、意に介さず。

 

 

 

「その程度で俺を止めたつもりなら随分甘ぇ!5枚捨てて5枚ドローだ!」

「チッ、少しは怯んで欲しぅいーねー!1枚捨てて1枚ドッロー!」

「まだまだぁ!【バイス・ドラゴン】を特殊召喚し、そのままリリースして【ストロング・ウィンド・ドラゴン】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ストロング・ウィンド・ドラゴン】レベル6

ATK/2400→3400 DEF/1000

 

 

 

天城 竜一の場に現れる、強靭なりし竜の一体。

 

名は体を現すと言うが、確かにその名に『竜』の名を持つ男らしく…制約を受けながらもドラゴン族モンスターを駆りながら、ゴ・ギョウに立ち向かうその姿はまさに天高く飛ぶ龍が如く。

 

地を這うだけに留まらず、辰へと到らんとするその気概が示すとおり…

 

 

 

「ひゃは、いきなり攻撃力3400の貫&通とはねー。その自信も?あながち嘘じゃナッシングってわけ?」

「当たり前だ!それにこんなモンで終わらせねぇ…テメェを倒すって宣言したんだ、俺の全力で、テメェを正面からブッ潰す!【竜の霊廟】発動!デッキから【トライホーン・ドラゴン】を墓地に送って、通常モンスターを送ったため更に【エクリプス・ワイバーン】も墓地へ送る!そんで【エクリプス・ワイバーン】の効果で、デッキから【ダーク・ホルス・ドラゴン】を除外するぜ!」

「アドバンス召喚したって事はもう召喚権はナッシング…Ex封じられて、切り札も出せないってのに何必死に…」

「俺の切り札はExモンスターじゃねぇ…このカードは、墓地の闇属性が3体だけの時にのみ特殊召喚できる!行くぜぇ!」

「ひょ?」

 

 

 

轟かせしは不退の雄叫び、溢れんばかりの竜の息吹。

 

それは今は小さき竜でも、内に秘めた『本性』は巨龍にも劣らぬ圧倒的な力の凝縮とでも言わんばかりの轟きが如く。

 

…天に掲げるその手が行き着く先は、Exでは決してあらず。

 

そう、天城 竜一が掲げたその手と、竜の雄叫びが導く果ては紛れも無く―Exデッキではなく、手札へと向かっていて。

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「怒りに震える逆鱗よ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!」

「ちょ!ちょいちょい、その口上って…」

 

 

 

轟く咆哮、震える大気。重々しく変わっていく、天城 竜一のそのオーラ。

 

神の武具にも慄かない、小さき竜のその姿は彼が本当に『龍』の血を引いているのではないかと錯覚するほどの圧力となりて…

 

戦いの気配の密度の濃い、ここセントラル・スタジアムの前においても、その存在の証明をここに高々と見せ付けている。

 

…聞こえてきたのは、先日ゴ・ギョウがその耳で直接聞いた、『あの口上』と一字一句全く同じモノ。

 

そう、その雰囲気までもが瓜二つの咆哮に導かれ。

 

 

 

ソレは、今ここに―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来やがれぇ、レベル7!【ダーク・アームド・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時…

 

大地が、震えた―

 

現れたのは黒き暴竜、怒りに震える巨大な体躯。

 

力を纏いし豪き腕を、その身に秘めた怒りによって振り下ろし全てを壊し尽くすという…

 

まさに暴力が化身となった、怒り狂う『力』の象徴として名高き一体の巨大なる竜の姿。

 

…Exモンスターでもないこのモンスターの事は、きっと世界中の誰もが知っている。

 

そう、このモンスターがエクシーズモンスターへと進化した【撃滅龍 ダーク・アームド】は、何を隠そう【王者】と同格と称えられし『逆鱗』の『名』そのモノ。

 

つまりは、この【ダーク・アームド・ドラゴン】こそ…『逆鱗』の、若かりし頃の切り札として広く知られたモンスターなのであって。

 

 

 

【ダーク・アームド・ドラゴン】レベル7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

「うっそマジ『逆鱗』!?…いんや、エクシーズじゃないから違うのは分かるんだけどもだっけーどー…」

 

 

 

…だからこそ、繰り出した切り札と共に変化した天城 竜一の、その重々しいオーラを間近で感じて。

 

ゴ・ギョウの脳裏には、以前にも感じたことのある感覚が不意に蘇ってきており…

 

…今の天城 竜一から感じられるのは、先日デュエリアで直接邂逅した、あの【王者】と同格と称えられし一人の『男』と同種の雰囲気。

 

 

…あまりに重いその雰囲気、あまりに強いその気配。

 

 

それは『あの男』の重圧を、間近で直接ぶつけられたゴ・ギョウだからこそ理解できる感覚でもあるのか。

 

そう、今の彼の姿はまさしく…

 

 

 

 

 

『逆鱗』と、瓜二つということであって―

 

 

 

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇえ!ダーク・アームドの効果発動ぉ!墓地の【バイス・ドラゴン】を除外して、【アーティファクト-カドケウス】を破壊ぃ!もいっちょ【トライホーン・ドラゴン】を除外して、【アーティファクト-デスサイズ】も破壊だぜぇ!」

「ちょ、ちょいちょいちょーい!切り札がExじゃないなんて聞いてナッシングなんですけどー!」

「ンなモン俺を知らないテメェが悪ぃんだろうがぁ!いくぜぇ、バトルだ!ダーク・アームドでダイレクトアタック!」

 

 

 

迫り来るは進撃の轟き、光を砕く孤高の雄叫び。

 

その、『逆鱗』に瓜二つの迫力を纏った天城 竜一の雄叫びが…

 

 

 

「喰らいやがれぇ!冥龍崩天撃ぃ!」

 

 

 

モンスターの居なくなったゴ・ギョウへと、無慈悲にも襲いかかり―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘市、北地区―

 

 

 

「…来たか、セリ・サエグサ。」

「君は…紫魔…スズナ…」

 

 

 

その、北地区の外れにある小高い丘でのこと。

 

日も暮れかけた夕刻に、ここまで我武者羅に逃げ続けてきたセリの前へと…

 

何の因果か、ここへ来てこの騒動の元凶の1人でもある少女…紫魔 スズナが、目の前に立ちはだかっていた。

 

…それは襲い来る不良集団たちを相手に大立ち回りを繰り返しながらも、どうにか人の気配のない丘の上まで逃げられたとセリが思った矢先の出来事。

 

そう、満身創痍な状況に陥りながらも、どうにか逃げ切ったと思えたというのに…

 

まさか、一息つく間もなく。自分がここに来ることを予測していたかのように、紫魔 スズナが予め待ち構えていただなんて―

 

…そんな、悪い意味で裏切られたという感情を覚えてしまった、デュマーレ校2年のセリ・サエグサ。

 

息を乱し、肩で息をし…

 

今のセリの状態は息も絶え絶えで疲労も溜まり、何よりリアル・ダメージルールの所為で今にも倒れそうなほどのダメージを負っているのが傍から見てもわかる状態と言えるだろうか。

 

しかし、そんなセリの弱った姿を見てもなお…そのセリを、更に追い詰めるが如く。待ち構えていた少女の怒りは、この騒動が始まった時から何ら衰えていない厄介な代物となりて、堂々とセリの前へと立ちはだかっていて。

 

 

 

「待ちくたびれたぞ。しかし、よくぞここまで逃げ延びたものだ。私以外に倒されなかったことだけは褒めてやってもいい。」

「なんで…ここが…」

「ふっ、冥土の土産に教えてやろう。ここは決闘市の北地区、そして北地区は紫魔家の管轄で決闘学園北校は別名紫魔学園…分園などというゴミ溜めは別だが、貴様が北地区に迷い込んだという報告を受けたときから、北校の学生によって貴様はありとあらゆるところから監視されていたのだ。」

「なんだよ、それ…」

「北地区に迷い込んだのが『運』の尽きだったな。貴様の逃亡劇もここでフィナーレとなる…無論、私に倒されるというエンディングでな!」

 

 

 

そして弱ったセリの前に勇み立ち、すでに勝ち誇っているかのように得意げにそう語り始める紫魔 スズナ

 

そのどこまでも生意気な少女の言葉は、自分より年上のセリ・サエグサを前にしてもなお酷く見下し続けたままの、あまりに尊大で不躾な言動であり…

 

…世界に名立たる融合名家、『紫魔家』の規模の大きさをコレ以上無いくらいに遺憾なく発揮し。

 

そのまま紫魔家の中等部の少女は、デュマーレ校のNo.2へと向かって…

 

更に言葉を、続けるのみ。

 

 

 

「そして私はスミレお嬢様の側近であると同時に、血筋的には従姉妹でもある。つまり、私は本家に最も近い血筋というわけだ。…それがどういう意味かわかるか?」

「いや…」

「やはり下民は察しが悪い!つまり下僕たる『冴草家』の貴様は、紫魔の私に絶対に勝てぬという事だ!低俗なる従者の家系が、紫魔家に楯突こうなど片腹痛い!デュエルだ、身の程を教えてやる!」

 

 

 

この時を待っていたのだと言わんばかりに―

 

スズナはデュエルディスクを構えつつ、セリへと向かって甲高く吼えるのか。

 

…どこまでも上から目線を崩さぬ、尊大なりしその態度。

 

一体、彼女をここまで思い上がらせるその元凶は何なのか。疲弊しているセリに対し、益々その怒気を増していく彼女の姿は、とてもじゃないが中等部の幼い少女が発するモノにしては過ぎた代物であり…

 

そのまま彼女は、主に無礼を働いた下等なる男を一方的に嬲るがの如く。

 

更に言葉を、続けるのみ。

 

 

 

「本当はあの軟派男も片付けたいところだったが、従者の分際で紫魔家に舐めた態度を取った貴様が最も許しておけん!下民風情が、古の盟約を忘れるなど驕りたかぶるな!」

「だから、さっきから従者とか下民とかって何なんだよ!そんなこと、俺には関係の無…」

「うるさい!さっさと構えろ、そして自らの立場を思い知って散るがいい!この下民が!」

「くっ…話が通じない…やるしかないのか…」

 

 

 

有無を言わせず、聞く耳を持たず。荒ぶる少女の咆哮と、疲弊した少年の焦燥が小高い丘に消えて行く。

 

…だからこそ、相手が全く話を聞いてくれないのならば、セリとて戦うしか道はないのか。

 

正直体はもう限界、そして相手は中等部とはいえ紫魔家の上位の人間の1人。紫魔 スズナの溢れ出る自信を見れば、セリの疲弊した頭にもソレが嫌でもわかってしまうのか。

 

…きっと、幼いとはいえ相当の実力者に違いない。

 

そう、彼女から満ち溢れるその自信の現れは、きっと名家の名に恥じない相当の実力を持っているからこそその身から溢れ出ているのだろう。

 

…そんな相手に、こんな満身創痍な状態でどれだけ戦えるかなどセリには全く分からない。

 

けれども、ここまで逃げてきたのにやられるわけにも行かないという奮いの下、セリもまたスズナに相対するようにデュエルディスクを構え…

 

 

 

そして…

 

 

 

こんな夕刻の人の居ない静かな丘の上で…

 

 

疲弊した少年と、怒る少女の戦いが…

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

先攻はデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。

 

 

 

「俺のターン!【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

現れたのは、セリのデュエルの始まりを飾る杖が如きモンスターであった。

 

それはセリのいつもの流れ。例え疲弊した今の状態であっても、使い慣れたそのモンスターをセリは即座に呼び出して。

 

しかし…

 

 

 

(くそっ、体が重い…頭が、回らない…)

 

 

 

いくらデッキが『いつも通り』に回ろうとしていても、セリの思考はその限りではなく…

 

…とは言え、ソレも当然か。

 

何せ天城 竜一と紫魔 スミレが激怒した昼前からこの夕刻まで、セリはずっと不良たちに追い回されてデュエルをしっぱなしだったのだ。

 

…しかも、体験したことのないリアル・ダメージルールにて。

 

発生したダメージに応じて、デュエルディスクから実際の電流が直接デュエリストへと襲い掛かるそのルール。

 

それはデュエルを重ねれば重ねるほど体にダメージを蓄積させていく代物なのだから、今のセリの思考は逃げ回った疲労感も相まってまるで鉛のようにとても重く…

 

また、ソレに触発されたのか。彼のデッキも、どこかいつもよりも感じられる気配が弱くなっていき…

 

 

 

「ロッドの効果で、【黒の魔導陣】を手札に加えてそのまま発動!デッキを3枚めくり、【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加える!…くそっ、カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:5→3枚

場:【マジシャンズ・ロッド】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚

 

 

 

…ソレ故、いつもならば更にデッキを回転させているセリにしては珍しく。

 

思うように動かない、その頭と体とデッキをどうにかこうにか動かしつつ…セリは今、不完全燃焼なるそのターンを静かに終えた。

 

 

 

「ははは!やはり下民はその程度か!融合使いの癖に融合しないとは、随分と低いレベルで生きてきたようだな!」

「…は?」

「偽物の融合使いに教えてやる!『融合召喚』とはこうするのだとな!私のターン、ドロー!」

 

 

 

すると、ターンが移り変わってすぐ。

 

あまりに無礼な言葉を吐きつつも、ソレをさも当然のようにして勢い良くカードをドローした中等部生の紫魔 スズナ。

 

それは彼女が、融合名家である『紫魔家』の中でも、特に本家に近い『闇紫魔』の家の出身だからが故なのか。

 

…その血筋によって、扱える『属性』が決められている紫魔家の者達。

 

その中でも、『闇属性』の紫魔家を統べる家柄の出である彼女のプライドは、この歳にして相当高いモノへと作り上げられている様子で―

 

 

 

「手札を1枚捨て、手札から【V・HERO ファリス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HERO ファリス】レベル5

ATK/1600 DEF/1800

 

 

 

呼び出したのは、幻影が如き英雄の1体。

 

 

『V・HERO』―

 

 

それはエレメンタルともイービルとも、マスクドともデステニーとも違う。

 

この世に広く知られている、『HERO』と呼ばれし紫魔家のモンスター達の中でも特に異質…

 

そう、モンスター自身が、『永続罠』になるというその特殊な効果も去る事ながら。モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンを行き来するその戦い方は、まさに現れては消える陽炎が如く…

 

紫魔家の中でも扱う者の少ないと言われる、まさに特異なモンスターたちであって。

 

 

 

「いくぞ、ファリスの効果発動!私はデッキから、【V・HERO インクリース】を永続罠扱いにして呼び出す!」

「ヴィジョン…ヒーロー…」

「ふっ、私は紫魔家の中でも、最も本家に近い『闇紫魔』の出身!本家の影となる我が使命に相応しい、この幻影の英雄によって大人しく散るがいい!永続罠となったインクリースの効果発動!ファリスをリリースし、インクリースを特殊召喚!そしてインクリースの効果によって、デッキから【V・HERO ヴァイオン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【V・HERO インクリース】レベル3

ATK/ 900 DEF/1100

 

【V・HERO ヴァイオン】レベル4

ATK/1000 DEF/1200

 

 

 

「まだだ!ヴァイオンの効果発動!デッキから【E・HERO シャドー・ミスト】を墓地に送り、シャドー・ミストの効果でデッキから【E・HERO エアーマン】を手札に加える!そしてヴァイオンの更なる効果発動!シャドー・ミストを除外し、デッキから【融合】を手札に!…さぁ、貴様に見せてやる!我らが紫魔家の誇る、正真正銘『本物』の融合モンスターをな!」

「…本物?さっきから言っている意味が…」

「ゆくぞぉ!魔法カード、【融合】発動!場のインクリースとヴァイオンを融合!」

 

 

 

流れるようなデュエルの展開、叫ばれるは少女の遠吠え。

 

幻影を操る闇紫魔の少女の、その抑えきれぬプライドによって次々と現れる幻影の使者達が現れては消え消えては現れ。

 

…尊大な態度と偉そうな言葉使いを改めぬ彼女の展開が、この程度で終わるはずも無く。そう、セリ・サエグサへと言い放った、『偽物の融合使い』というその言葉が導くままに…

 

『闇属性』のみの融合しか許さてはいないものの、だからこそ『闇属性』に特化した闇紫魔の彼女の叫びが小高い丘に木霊して。紫魔家以外の融合使いを、全て『偽物』だとする本家の教えにただただ従い、彼女は更に甲高く叫び…

 

 

 

「幻影より生まれし久遠の使者よ!深遠の果てより姿を現し、愚かなる者に裁きを下せぇ!」

 

 

 

混ざり合うは幻と影、新たな幻影を生み出す魔力。

 

それはどこまでも異質なる奔流ではあるものの、神秘の渦の魔力はまさに今この地に新たな英雄を生み出そうとでもしていると言うのか。

 

…おびただしい程の魔力のうねりが、小高い丘を包み込む。

 

今、少女の叫びに導かれ。幻影なりし揺らめく霞に、英雄としての形が与えられながら…

 

 

 

ソレは、現れる―

 

 

 

「融合召喚!現れよ、レベル8!【V・HERO アドレイション】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HERO アドレイション】レベル8

ATK/2800 DEF/2100

 

 

 

そうして降り立ったのは、漆黒の影より生まれし一体の英雄の雄雄しき姿。

 

それはまるで、彼女の崇拝する紫魔家の『融合』を、その身に体現しているかのような佇まいであり…

 

…自らのエースを、この序盤に早々に呼び出し。

 

疲弊しきっているセリへと向かって、紫魔 スズナは更に吼える。

 

 

 

「ふはははは!どうだ、これが本物の融合召喚というモノだ!貴様ら偽物の融合使いなど、我ら紫魔家の劣化に過ぎぬのだぁ!エアーマンを通常召喚し、その効果で2体目のファリスを手札に加える!更にアドレイションの効果発動!そこの小汚い杖の攻守を、エアーマンの攻撃力分だけ下げてやる!では…ゆくぞぉ!」

「くっ…また来るか!?」

「バトルだ!アドレイションで杖に攻撃!」

「…え?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

(あれ、それだけ?…コイツ…なんだか…)

 

 

 

紫魔 スズナの勢いから、更なる『融合モンスター』が繰り出されるのではないかと身構えていたセリの意に反し。

 

高らかに攻撃宣言を叫んだ紫魔 スズナの声によって、2体のHEROの内の一体、幻影の英雄が【マジシャンズ・ロッド】へと襲いかかり…

 

 

 

「砕け散れ、セリ・サエグ…」

「罠発動、【マジシャンズ・ナビゲート】!手札から【ブラック・マジシャン】を、デッキから【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】レベル7

ATK/2100 DEF/2500

 

 

 

「足掻くな下民が!雑魚が残っていることには変わりない!アドレイションの攻撃ぞっこ…」

「そして【ブラック・マジシャン】の特殊召喚に成功したため、【黒の魔導陣】の効果も発動する!アドレイションは除外だ!」

「なっ!?」

 

 

 

…だからこそ、セリとてそんな単純な攻撃を、こんな簡単に喰らうわけもなく。

 

セリの場に現れた黒魔術師が、向かい来る幻影の使者へと向かって魔力を解放したその刹那…

 

スズナの前のめりな戦意を、真正面から迎え撃つかのようにして…なんと幻影の英雄が、魔導陣に飲まれてその場から消え去ってしまったではないか。

 

 

 

「貴様ぁ!下民の癖に私の攻撃を邪魔立てをするとは何たる無礼だ!」

「いや…さっき【マジシャンズ・ナビゲート】手札に加えてたんだからコレくらい…」

「黙れぇ!『冴草家』の従者風情が、紫魔家に楯突くなど許されざることだぞ!恥を知れぇ!エアーマンで、再び杖に攻撃ぃ!」

「ダメージ計算時に、手札の【幻想の見習い魔導師】を墓地に送って効果発動!【マジシャンズ・ロッド】の攻守を、2000ポイントアップする!」

「なに!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「くぅ!?」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:4000→3800

 

 

 

 

そして、返り討ちにされる。

 

どこまでも無防備に、どこまでも馬鹿正直に…

 

紫魔 スズナが、何の策もなく続けて攻撃を仕掛けたものの、しかし彼女はデュエルの流れを全くもって読み取れておらず。

 

子どものように喚き散らし、子犬のようにキャンキャンと吠え。その所為で、2体目のHEROすらも返り討ちにされて傷を負ってしまっていて…

 

 

…一体、何が気に入らないのか。

 

 

自身のエースをあっけなく消され、追撃を簡単に迎え撃たれ、そしてダメージを受けたことにより更に憤慨した様子を見せ始める紫魔 スズナ。

 

しかし、無礼も何もこれはデュエルなのだから、向かい来る攻撃に対しセリが反撃の罠を仕掛けることなど当然の事だというのに…

 

そう、前のターンに、セリが【黒の魔導陣】を発動するのも【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加えるのもスズナは見ていたはず。

 

…まさか、【黒の魔導陣】の効果を『知らなかった』と言うのだろうか。

 

もしそうならば、ソレは彼女が自らのレベルの低さを自ら証明しているようなモノなのだから、こんなにも無警戒に攻撃をしかけ返り討ちのされたのだって、どこからどう見ても彼女の落ち度に違いなく。

 

 

 

「く、セリ・サエグサ…紫魔の私に傷をつけるとは何たる無礼を…」

「デュエルなんだから当然だろ。馬鹿正直に向かってくる方が悪い。」

「なっ、ば、馬鹿…だと…?きき、貴様ぁ!下等な融合使いが、紫魔家に何たる口の聞き方かぁ!」

「…」

 

 

 

喚く少女のその姿は、例えるならば吠える子犬。

 

そう、セリの手札も、伏せカードも、何もかもを警戒せずにただただ勢いで突き進んでいる彼女のソレは、セリからすれば全く恐さを感じないただの駄犬の遠吠えの如く…

 

…確かに、歳相応の単純さと言えばそれまで。

 

だが、これはあくまでもデュエルなのだ。接待などでは断じてないし、台本の決められたお芝居などでも断じてなく、だからこそセリが手を抜いてやる必要性も、現段階では全く持って存在しておらず。

 

ソレ故、思い通りに進まぬデュエルに。いくらスズナが怒ろうとも。セリはあくまでも泰然自若に佇むだけであり…

 

 

 

「くそっ、命拾いしたな!ダメージを受けたことにより、墓地から【V・HERO インクリース】と【V・HERO ミニマム・レイ】を永続罠として蘇らせる!…このターンは見逃してやる、だが次は無いぞ!私はカードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:4000→3800

手札:6→2枚

場:なし

魔法・罠:【V・HERO インクリース】、【V・HERO ミニマム・レイ】、伏せ3枚

 

 

 

そうして…

 

不本意な顔をどこまでも崩さず。

 

紫魔 スズナは今、恨めしそうな表情のまま自らのターンを終えた。

 

 

 

「…俺のターン、ドロー。」

 

 

 

そして、確かに。

 

紫魔 スズナから感じられるオーラを、今改めて分析しつつ…デッキからカードをドローしつつ、自らのターンを向かえたセリ・サエグサ。

 

…疲弊はしている、疲労は溜まっている。

 

けれども、こんな最悪のコンディションに置かれていても―

 

何やら、一縷の望みが生まれつつあるのだということを察知したセリが、スズナへと向かってその重い思考で何かを考え…

 

 

 

「【ワンダー・ワンド】を【マジシャンズ・ロッド】に装備し効果発動!ロッドを墓地に送って2枚ドロー!そして魔法カード、【融合】を発動!場の【ブラック・マジシャン】と、【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を融合!」

 

 

 

重い思考をフル回転し、重い体を無理矢理奮わせ。

 

淀みなくカードを発動する、そのセリの叫びはまさに呪文を詠唱する魔術師が如く。

 

そう、例え相手が融合名家『紫魔家』の上位でも、ソレが負けてやる理由にはならないのだと言わんばかりに…いくら自分もデッキも疲弊していても、セリはどこまでも勇み立つ様に。

 

 

…現れるは、天に渦巻く神秘の奔流、魔力が渦巻く神性のうねり。

 

 

それはスズナに『偽者』と言い捨てられた、セリの持つ『融合』のEx適正によって…

 

 

 

「来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

現れしは、黒き魔術師が到達するであろう頂点の姿の一つ。

 

それはある一つの道を究めた、到達せし果ての姿であり…セリの場にて佇むは、弟子と一対となりてその魔力を極限まで高めた、魔術を極めし黒き魔法使い。

 

あくまでも尊大な態度を取り続ける、紫魔 スズナを睨みつつ。一対となった魔術師と弟子が、少女へと向かってその杖を向ける。

 

しかし…

 

 

 

「醜い融合モンスターだ、そんなモノ存在する価値など無い!罠発動、【激流葬】!その融合し損ないを破壊する!」

 

 

 

セリの融合を見たその刹那、またしても癇癪を起こしたように―

 

紫魔 スズナが、呼び出されたモンスターに反応する召喚反応型の罠を発動して、凄まじき激流の荒波を即座にセリへと襲い掛からせたのだ。

 

…セリの融合モンスターを、醜いモンスターを罵る幼い彼女。

 

それはこれまで彼女が生きてきた世界において、紫魔家の『融合』こそが絶対という価値観ゆえの言葉なのだろう。

 

そんな、典型的な『紫魔家』の思想に染まってしまっている少女の宣言により…

 

呼び出したばかりの超魔導師を、凄まじき奔流が飲み込んでいく。

 

 

 

「だが【激流葬】が発動したことにより、超魔導師の効果も発動する!デッキから1枚ドロー!そして破壊された超魔導師の更なる効果!デッキから【ブラック・マジシャン】と【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚する!」

「何!?」

「激流を超え現れろ、俺の魔術師たち!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【ブラック・マジシャン・ガール】レベル6

ATK/2000→2300 DEF/1700

 

 

 

けれども、それでもセリは崩れない。

 

後続を切らさず、激流に負けず。セリの場に絶えず現れる、彼の黒き魔術師たち。

 

それは紫魔 スズナの幼稚な策など、全く持って障害にすらならないのだと言わんばかりの覇気を纏いて…キャンキャン吠える小さき駄犬に、力の差を見せ付けているかのように静かに魔力で浮かんでいるのか。

 

 

 

「ぐ…ぐぐ…貴様、どこまでも小癪な真似を…」

「…」

 

 

 

また、思い通りにデュエルが進まぬ所為で、更に癇癪を起こしているかのようなスズナのその姿。

 

ソレを見て、セリは先ほど感じたモノに心から確信を得た様子を見せていて…

 

 

 

(やっぱりだ、コイツ、他の奴に比べて大した事無い…)

 

 

 

セリが感じたモノ…それはここまでの応酬によって理解してしまった、彼女との力量の差について。

 

そう、デュエルが始まる直前に感じた『相当の実力』が、今の彼女からは全く感じられないのだ。

 

彼女から満ち溢れるその自信の大きさから考えれば、もう少し実力が高くてもいいはずだというのに…その強すぎる自尊心と高すぎるプライドの所為で誤認してしまいそうだが、実際の彼女は決してそこまで強くはないというのか。

 

今の彼女のデュエルは展開もずさんで攻撃も単純、挙句の果てに自滅でキレるという精神力の弱さを自ら露呈し喚くだけ。

 

…そんな彼女の姿をみれば、例えセリでなくとも気がつくだろう。

 

紫魔 スズナという少女の実力が、そこまで高くもない…と言う事を。

 

 

 

「調子に乗るなよこの下民が!貴様なんぞが、これ以上私に傷をつけられると思っているの…」

「まだだ!【黒の魔導陣】の効果により、お前の右側の伏せカード1枚を除外する!」

「図に乗るなと言っている!ソレにチェーンして罠カード、【威嚇する咆哮】発ど…」

「そうはさせない!墓地の【マジジャンズ・ナビゲート】を除外して効果発動!【威嚇する咆哮】の効果を無効に!」

「なっ!?」

「よし、これで恐い物は何もない!バトルだ!【ブラック・マジシャン】と【ブラック・マジシャン・ガール】で、紫魔 スズナにダイレクトアタック!」

「舐めるなぁ!罠カード、【死魂融合】発動!墓地のファリスとヴァイオンを除外融合!融合召喚、レベル8!【V・HEROアドレイション】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HEROアドレイション】レベル8

ATK/2800 DEF/2100

 

 

 

「どうだ!これ以上意貴様に好き放題させるわけが…」

「だったら速攻魔法、【黒魔導強化】発動!ブラック・マジシャンの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

「ッ、ば、馬鹿な!」

「行け、魔術師たち!闇のHEROを…撃ち砕けぇ!」

 

 

 

―!!

 

 

 

「うわぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:3800→3100→800

 

 

 

黒魔術師の師弟2体が、紫魔 スズナへと襲い掛かる。

 

…最初にスズナへと感じていた、強者の雰囲気など既にセリは感じてもいない。だからこそ、どこか吹っ切れた今のセリの魔術師たちの攻撃を、紫魔 スズナが止められるわけもなく…

 

どうにか呼び出した闇属性のHEROも、いとも簡単に蹴散らされ。そしてリアル・ダメージルールによって、デュエルディスクから発生した電流がスズナを襲う。

 

 

 

「くっ…あっ…」

 

 

 

そして、苦しげな呼吸で顔を歪ませ…意識が一瞬飛びかけたのか、地に膝をついてしまった紫魔 スズナ。

 

…半分以上ものLPを削るそのダメージは、およそ中等部の幼い少女が受けるには過ぎたダメージだったのだろう。

 

まだLPが残っているとは言え、ギリギリ意識を保ちつつも…相当の衝撃が彼女を襲ったのだろう、今にも倒れてしまいそうな程にその姿を弱々しくしてしまっており…

 

 

 

「お、おい、大丈夫か!?」

「ぐ…ぁ…セ、セリ・サエグサぁ…従者の癖に…私を見下すなぁ!」

「見下してなんかないだろ!お前、さっきから何がそんなに気に入らないんだ!主人とか従者とか、そんな昔の事今の俺達には関係のないことだって言って…」

「黙れ!盟約を忘れた愚かな一族よ、その態度が紫魔家に対する何よりの愚弄だと言っておるのだ!貴様の態度は私を下に見ている…私にはソレが許せん!従者如きが、紫魔家に尊大な態度を取るなぁ!」

「だからそんな盟約なんて知らないんだって!俺は親父から何も聞かされていないし、親父も兄貴も家族の誰もきっと何も知らない!本当にそんな盟約なんて存在しているのか!?」

「黙れ黙れ黙れぇ!紫魔家の掟こそ絶対の法!紫魔家以外は劣等種なのだ!紫魔本家がそう決めたことに、下民如きが異を唱えることなど許さぁん!」

「は、話にならない…【強欲で貪欲な壷】を発動。デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー…カードを1枚伏せてターンエンドだ。」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:2→2枚

場:【ブラック・マジシャン】、【ブラック・マジシャン・ガール】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚

 

 

 

…しかし、その姿を弱らせていても。

 

紫魔 スズナはその態度を改めようとはせず、どこまでもセリへと悪態を吐き続ける。

 

…それは彼女が、これまでの14年の人生でどっぷりと『紫魔家』という場所に染まってしったが故の思想なのか。

 

『紫魔家以外は劣等種』…そんな激しくも危険なる、あまりに思い上がった法を高々と叫び。

 

口を噤まぬ紫魔 スズナに対し、セリはどこかもう諦めたように…この無礼で不躾な口の悪い少女へと向かって、溜息にも似た呆れを吐き出しそのターンを終えるしかなく。

 

…自分がどれだけ言っても、この少女の心に言葉は届かない。それに、もう勝負はついている。

 

そう、経験が浅く、実力も足りないこの少女が、これ以上どんな抵抗を見せようとも。その全てを力で抑え込めると判断したセリは、体力の限界が近いその体をどうにか直立させつつも…

 

終わりの近いこのデュエルに、早くも終わりを見出している様子で…

 

 

…まぁ、そんなセリの姿は確かに、紫魔 スズナの『言う通り』にも見える姿ではあるのだろう。

 

何せ、いくらセリが否定しても…セリから『無意識』に醸し出される、スズナを下に見ていると言う事その態度は客観的にもみても紛れも無い事実。

 

…そう、あくまでも『無意識』。

 

セリには自覚がない…なまじ才能と実力と努力と研鑽を積んできた為に、若くしてプロでも上へ行けるレベルに到ってしまったが故の代償…

 

…決闘市中を逃げ回る羽目になってしまったこの騒動の原因とて、セリのその『悪い癖』が最大の原因であるというのに。

 

セリには足りない…他人を自分より下に見ているというのに、自分では対等に『扱ってやっている』つもりになってしまっている…その、自覚が。

 

セリからすれば、どんな相手も対等に『扱っている』つもり。しかし実際は対等に『扱ってやっている』という、その高すぎる自意識が生み出してしまった無意識の付加価値。

 

 

 

「私のターン、ドロー!まだだ…まだ切り札のトリニティーを出せれば貴様なんぞ!」

「まだ戦る気か…」

「当たり前だ!【増援】を発動し、デッキから2体目のシャドー・ミストを手札に加える!更にシャドー・ミストを捨て、手札からファリスを特殊召喚!その効果でデッキから【V・HERO ポイズナー】を永続罠にし、シャドー・ミストの効果でデッキから【V・HERO グラビート】を手札に!」

 

 

 

だからこそ、そんなセリの態度に触発されたのか。スズナがその弱った体に鞭打って、再び自らのターンを向かえる。

 

…けれども今の少女の姿は、一見すれば単なる足掻き。

 

力の差を理解していないのか、それとも薄々感じ取ってもなお今更態度を改めることなど出来ないのか…傍から見れば、少女のソレはただただ必死に抵抗しているだけの、喚き散らす子どもの癇癪にしか見えない代物であり…

 

確かに本家に近い闇紫魔の出身だけあって、彼女とてそれなりの力は備えてはいる。けれども、所詮は『それなり』に過ぎないだけで、デュマーレ校始まって以来の秀才と呼ばれる、全世界の高等部の学生の中でもトップクラスの実力を持ったセリ・サエグサと比べれは…

 

彼女とセリの実力の差に、天と地ほどの開きがあるのは最早紛れも無い事実であり…

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「そして永続罠となっているインクリースの効果発ど…」

 

 

 

 

 

怒りのままに、喚きのままに。

 

 

 

悪あがきにも似た叫びのままに、スズナが更なる展開を行おうとした…

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

―オォォ…『尾』ガ…我ガ『尾』ガソコニ…

 

 

 

 

 

 

 

突如…

 

 

 

そう、どこからともなく―

 

セリの耳に、何やら声ならぬ『言葉』のようなモノが聞こえてきた―

 

それは歪んだノイズのような、それでいて鮮明な音のような…

 

そんなどう表していいのか分からない、揺らめく炎のような一瞬の声が。

 

今、確かに…聞こえてきて…

 

 

 

「ッ、い、今の声は!?お、おいスズナ!今何か聞こえ…」

「あ、頭の中に直接聞こえてきたような…くっ…」

 

 

 

そして…

 

 

 

 

突如聞こえた謎の『言葉』に、スズナが何やら頭を押さえた…

 

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

―『尾』ヲ…カエセェェェェェェェェェエ!

 

 

 

―!!!!!!!!!!

 

 

 

「ッ!くぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

炎の弾ける渇いた『音』の様なモノが、瞬間的に小高い丘に反響したと思ったその刹那。

 

 

 

燃える…

 

 

 

そう、紫魔 スズナの体が、突如として凄まじき勢いで炎上を始めたのだ。

 

 

 

「なっ!?なんだよこれ!」

 

 

 

その突然の人体発火に、一瞬で頭が真っ白になってしまうセリ・サエグサ。

 

―何が、起こった…

 

目の前で確かに起こっている、そのありえない事象にセリの頭は理解が追いつかない。

 

だってそうだろう。デュエルをしていて、突然どこからとも無く不気味な声が聞こえてきたかと思うと、突然目の前の少女が立ち上った火柱に飲み込まれてしまったのだから。

 

信じられない…信じられるわけがない。

 

混乱の底へと叩き落されたその思考が、目の前で立ち上る炎に包まれたスズナを見て更に更に混乱し。目の前で幼き少女が炎に飲まれたその光景は、セリの目にはどれほどショッキングに映ったというのか。

 

 

…炎と共に掻き鳴らされるは、悲鳴にもならないスズナの声。

 

 

そんな、断末魔を上げる間も無いほどの威力で燃え上がる炎と…その炎から感じられる、人知の及ばぬような鈍重な圧力が、みるみる内に小高い丘に広がり始めたかと思うと。

 

 

 

ソレは、炎の中から…

 

 

再び、聞こえてくる―

 

 

 

―オオォ…感ジル…感ジルゾ…我ガ『尾』ヲガソコニィ…サエグサ…リンドウ…ハイラ…貴様ラ二奪ワレタ我ガ身体…『眼』ト『尾』ト『羽』…返セ…返セェ…

 

「な、なんなんだよこの声!?」

 

 

 

炎の中から聞こえてきたのは、先ほども聞こえた陽炎の声。

 

それは人間のモノではない、しかしどこか人間のモノのような…炎の中から、確かなる言語を持ってして聞こえてくるその声が、今確かにセリのファミリーネームである『サエグサ』の名を呟き…

 

そして、その声に連動して。紫魔 スズナを炎上させている、その立ち上る炎が更にその激しさを増したかと思われた…

 

次の瞬間―

 

 

 

『『尾』ヲ返セェェェェエ!永続罠トナッタ3体ノ『V・HERO』ヲ生贄二捧ゲルゥ!』

 

 

 

轟く爆風、弾ける陽炎。

 

炎熱が暴れ、凄まじき圧力を持った声が小高い丘に炎上する。

 

そして、宣言と共に炎の中から掲げられたその手は紛れも無く…今さっき炎に飲まれたはずの、『紫魔 スズナ』の手に違いないではないか―

 

しかし、感じられる気配は決して紫魔 スズナのモノではない。そう、スズナの形をした、けれどもスズナでは無いモノの声が…

 

 

 

 

『失楽ノ果テヨリ出デシ臨界!生キトシ生ケル全テヲ憎ミ!数多ノ命ヲ燃ヤシ尽クセェ!』

 

 

 

 

 

不気味なる声と共に、そして炎が弾けると共に―

 

 

 

 

 

 

 

 

今、現れる―

 

 

 

 

 

『イデヨォ!【神炎皇ウリア】ァ!』

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは、『炎』そのモノだった。

 

 

人間が踏み入ってはいけない領域。人間が理解などできない存在。

 

 

燃え盛る炎が竜の形をしているかのような、悪意に満ちたその炎圧。存在そのモノが燃え盛る『炎』で、存在そのモノが『燃える』という概念。大気を熱し、木々を燃やし、星その物を燃え上がらせる純粋なる炎そのモノ。

 

それはまさに灼熱なる炎の化身。その燃え上がる恐ろしき姿は、まさしく悪魔と称するしか例えるモノが見つからない、人の理解の追いつかぬ存在とも言えるのか。

 

この世にこんなモノが存在することなど、誰にも信じられないかのように…

 

その灼熱なる姿を一目見ただけで、大気も大地も木々も草も何もかもに火が付き始めるその光景。それはまさしく、この存在から駄々漏れているのが純粋なる『炎』という概念そのモノということであって。

 

 

 

 

 

【神炎皇ウリア】レベル10

ATK/0 DEF/0

 

 

 

 

 

「な…なんだ…このモンスターは…ッ!?グッ…か、体が…熱い…」

 

 

 

また、突如現れたその燃え上がる『炎』の悪魔を見て…まるで、体内に火が付いたかの如く、突然熱くなり始めてしまったセリの体。

 

…炎が近いからだとか、灼熱の大気を吸い込んだとかでは断じてない。

 

そう、突然現れたこの赫炎の悪魔に対し、何やらセリの体内で『何か』が起こっているようなのだ。

 

…それはまるで、セリの中にある『何か』が、あの灼熱の紅竜と呼び合っているかのような共鳴反応。

 

炎が腹の中で暴れているような、そんな経験したことのない苦しみが…

 

―突如として、セリへと襲いかかる。

 

 

 

 

『我ガ『尾』ヲ奪ッタ憎キ『冴草』!恩知ラズノ冴草 戎ィ!カエセ…カエセェ!【失楽園】ヲ発動シ2枚ドロー!ソシテ『ウリア』ノモンスター効果ァ!貴様ノ伏セカード1枚ヲ破壊スル!破滅炎上桃源郷ォ!』

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

赫炎なりし紅の悪魔から、放たれるは凄まじき炎砲。

 

ソレが、セリの場の伏せカードに直撃したその刹那―【聖なるバリア-ミラーフォース-】が、この世から消滅するかの如く破壊されてしまい…

 

 

…いや、『消滅するかの如く』ではない。

 

 

 

「ッ、カ、カードが燃え…」

 

 

 

そう、実際に燃えてしまったのだ―

 

デュエルディスクにセットされていたセリのカードが、ソリッド・ヴィジョンの映像をそのまま映し出したかのようにして…

 

デュエルディスクから弾き出されたかと思うと、そのまま空中でメラメラと炎を上げながら燃えてしまったではないか―

 

…それはまさに悪魔の所業。

 

この信じられない超常現象の嵐の中で、セリには到底理解が追いつかぬ事象が次々と繰り返される。

 

…紫魔 スズナが燃え上がったのだってそう、目の前に赫炎の悪魔が現れたこともそう、周囲の空気が灼熱となったのだってそう、小高い丘が燃え始めたのだってそう。

 

常人では決して理解など出来ないであろう超常現象が、今実際にセリの目の前で次々に襲いかかって来ており…

 

 

 

「あっ!?あれは!」

 

 

 

 

また…

 

 

 

赫炎の悪魔のふもと、今まで紫魔 スズナが立っていたその場所に。

 

 

 

炎を纏い、角を生やし、赤い尾を生やした…

 

 

 

『紫魔 スズナ』が、立っているではないか―

 

 

 

「スズナ!?な、なんだその姿は!?」

『マダダァ!【隣の芝刈り】発動ォ!デッキから44枚を墓地ヘ送ル!』

「44枚!?」

『『尾』ノ攻撃力ハ墓地ノ永続罠ノ1000乗トナル!【神炎皇ウリア】ヨ、ソノ炎ヲ燃エ上ガラセヨォ!』

 

 

 

【神炎皇ウリア】レベル10

ATK/ 0→44000

 

 

 

「攻撃力44000!?」

 

 

 

しかし、それだけではなく―

 

ありえない枚数の宣言が、ありえない数値の上昇が、ありえない宣言がスズナだったモノから発せられる。

 

…そう、デッキの残り枚数的にありえない。スズナのデッキから、44枚ものカードが墓地に送られる事など。スズナのデッキが、『増え』たりしない限りは。

 

 

また、ヤツがこれまで出したカードだってそう。

 

 

 

【神炎皇ウリア】、【失楽園】―

 

 

 

あの赫き化物が出て来る直前まで、紫魔 スズナの『2枚』の手札の内の1枚は確実に【V・HERO グラビート】だったはず。そうだと言うのに、奴が出したカードは【神炎皇ウリア】と【失楽園】の、存在しなかったはずの2枚であるのだ。

 

【隣の芝刈り】で墓地に送ったデッキの44枚だってそう。墓地に送ったその『全部』が『永続罠』であるだなんて、普通であれば絶対にありえないこと。

 

それはまるで、手札のカードがこの場で『変貌』をきたし、デッキのカードが『増長』したかの様であり…

 

 

…いや、そんな生易しいことでは無い。

 

 

つまりは、今セリの目の前で起こっている事象…赫炎の悪魔や、姿の変貌した紫魔 スズナ、カードが燃やされ消滅することも含めたその全てが…

 

紛れも無く、人知を超えた『超常現象』であるということであって―

 

 

 

「…な、何が起こってるんだ…」

 

 

 

理解が追いつかない、理解が出来ない、理解できるはずもない―

 

こんな超常現象が、突然目の前にいくつも発現したのだ。ソレは例えセリでなくとも、誰であろうと理解なんて出来るはずもない現象に違いないことだろう。

 

一体、何が起こっているというのだ…

 

全く持って理解が追いつかぬ、そんな超常現象のさなかで。渦中のど真ん中に居るセリが、混乱に次ぐ混乱の中で更に襲い掛かる混乱と混乱と混乱に、その思考がショートしそうになっていて―

 

 

 

 

 

…セリは、知らない。

 

 

 

 

 

いや、セリだけではない。

 

 

 

今、彼の目の前に居るソレが、かつて500年もの昔に世界を滅ぼそうとしていた悪災の化身だというコトを…

 

目の前にいる悪魔が、500年もの昔にこの地に悪魔を呼び出そうとした『男』の成れの果てだというコトを…

 

 

―誰も、知らない。

 

 

この『赫炎の悪魔』が、『憐藍の悪魔』、『輝雷の悪魔』と並び、紫魔家がこの地に封印している、世界を滅ぼす『紫の悪魔』こと【紫魔】の一部だということは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代においては、もう誰も覚えていないこと―

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

『冴草 戎ヨ、消エ去レェ!【神炎皇ウリア】、黒魔導師ニ攻撃ィ!極楽浄土劫火滅却ゥ!』

 

 

 

 

 

迫り来る熱線、襲い来る炎砲。

 

 

 

攻撃力を44000にまで上昇させた、大地を地殻まで撃ち抜くであろう果て無き悪魔の攻撃が。

 

 

 

紛れも無い『死』を伴って、赫炎の悪魔の嘆きの下に…

 

 

 

今、何のためらいも無く、セリ・サエグサと彼の黒魔術師へと向かって放たれ―

 

 

 

 

 

 

 

このままでは、死―

 

 

 

 

 

 

 

「や、やられるかぁ!罠発動、【ブービーゲーム】!そのダメージを0にす…」

『忌々シイィ!消エヨォ!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

凄まじき衝撃がセリを襲う、ダメージは0になっていると言うのに―

 

そう、セリがギリギリで発動した【ブービーゲーム】の効果によって、その戦闘ダメージは確かに0になってはいるものの…

 

しかし、炎熱の波動と見えない壁によって生じた余波が、セリの身をまるで実際にダメージが生じたかのように襲いかかってきたのだ。

 

…それはこれまで行ってきたリアル・ダメージルールの衝撃波の比ではない。

 

これまで喰らってきた相手のエースのダイレクトアタックなんかよりも、もっと重々しい衝撃波がセリの体を思い切り吹き飛ばしてしまった…

 

しかも、これでダメージは『0』。

 

…もしもコレにダメージが生じていたらと、きっとかすり傷のようなダメージ量でも命が危機にさらされていたのではないだろうか。

 

セリが、ソレを一瞬で悟ってしまったほどに…あの赫炎の悪魔から襲い掛かってきたその衝撃波は、いとも簡単にセリの心へと重く圧し掛かり…

 

 

 

「あ…ぐ…」

『オォォ…忌々シイ冴草 戎…貴様カラ『尾』ヲ取リ返シ…力ヲ取リ戻シ…復讐ヲ…我ヲ封印シタ、『シマ ユーレ』二復讐ヲ…』

「だから…冴草 戎って誰だよ…けど、シマ ユーレって確か『原初の英雄』…くっ…500年も前の英雄が、今も生きてるわけないだろ!そんな昔の人物、とっくに死んでる!」

『死…グォォォォオ!黙レェ…黙レェ!復讐ヲ…奴等二復讐ヲォ!冴草 戎ィ…貴様ノ罪、万死二値スル!』

「お、俺は冴草 戎じゃない!そんな昔の人間なんて知るもんか!」

『黙レェ!忘レタトハ言ワセン…貴様ノ罪ヲォ!我ニ逆ラッタソノ罪ヲォォオ!』

 

 

 

―!

 

 

 

乱れる…紫魔 スズナの姿をした、悪魔の怒りに相まって小高い丘の周囲の大気が。

 

それはまるで乱気流。悪魔の怒りが、実際に周囲の大気を乱れに乱してこの土地その物を怯えさせているのだろう。

 

…セリとて、相手が一応ギリギリで人の形を保っているからか、どうにか悪魔を前に立ち上がることが出来ているものの…

 

…けれども、決闘市内での逃走劇のせいか。既に限界の近いセリの体のは、いくらダメージが0となったとはいえ今の攻撃で悲鳴を上げているばかり。

 

 

 

危なかった…

 

 

 

もし破壊されたのがミラーフォースではなく、ダメージを0にする【ブービーゲーム】の方であったとしたら。

 

セリはこのターン、抵抗も空しく一撃で葬り去られていたに違いないことだろう。

 

…それは形容などでは断じてない。

 

そう、文字通りの『死』…今の悪魔の攻撃は、【失楽園】というフィールド魔法の異様な雰囲気に包まれながら、44000もの攻撃力という正真正銘の『死』を伴ってセリをいとも簡単に燃やしつくそうとしていたのだから。

 

 

 

『オォォ…【強欲な壷】ヲ発動シ2枚ドローォォォ…1枚伏セ、ターン…エンドォ…』

 

 

 

??? LP:800

手札:2→1枚

場:【神炎皇ウリア】

伏せ:1枚

 

 

 

恐い…

 

 

セリが感じているのは、抗えない根源的な恐怖の心。

 

だってそうだろう。デュエルをしていたらいきなり相手が炎上し、突然悪魔が現れて…そしていとも容易く、自分の命を奪おうとしてきたのだから。

 

 

 

(…ど、どうすれば…何をすればいい…こ、このままじゃ本当に死…)

 

 

 

…凄まじく変化し続ける状況の変化についていけない。常軌を逸した超常現象に理解が追いつかない。

 

これまで体験したことのない、ありえないこの状況と現状。そんな意味不明な事象が突然巻き起こってしまったなんて、セリにはとても理解が追いつかないのだ。

 

濃密にまとわりつく『死』の恐怖…

 

周囲は燃え、目の前には悪魔。そして悪魔に乗っ取られているかのような異形の姿をしたスズナを前に、セリの心はただただ混乱していくばかりであり…

 

 

―早く逃げなければ…デュエルを放棄しても、すぐに逃げ出さなければ。

 

 

デュエルを放棄することによって、リアル・ダメージルールがどんなペナルティを生じさせるかは分からない。いや、実際に目の前の悪魔が実体化しているかのようなこの重圧の前では、デュエルを放棄して逃げ出したところで逃げ切れるかはわからないものの…

 

けれども、このまま逃げ出す事もせずに立ち向かうだなんて出来るわけが無い―

 

…『死』の恐怖に駆られてしまったセリの心には、そんな感情が強く浮かび上がってきているのか。

 

スズナを見捨てることになる。しかし悪態ばかりついてきたあんな無礼な女なんてどうなっても関係が無い。いや、そもそも悪魔に乗っ取られているようなのだから、助けるもなにも無い―

 

そんな、逃げ出すのを邪魔する感情も自分には無いのだから、スズナを見捨てて逃げ出したって別にいいはずだとして。

 

 

 

(逃げなきゃ…殺される前に逃げ…)

 

 

 

震える足と恐がる心を、どうにか反転させようとしてセリが後ずさりしようとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―『尾だ…尾を消し飛ばせ。』

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

諦めかけたセリへと―

 

聞こえてきたのは、先ほどの陽炎の声とは打って変わった…どこか優しさすら感じる、『別の誰か』の声であった。

 

…それは優しく包み込むかのような、晴れた日の大空のようなその雰囲気。例えるならば、正真正銘の『英雄』の声の色とでも言えるだろうか。

 

そんな、突如として聞こえてきた誰かの声は…

 

悪魔の威圧を今なお受け続けている、心の折れかかっているセリへと向かって。更に、ゆっくりとその言葉を続ける。

 

 

 

―『今の奴はハリボテにすぎない…『尾』を消し飛ばし、あの娘から『尾』を引き離して、ヤツをもう一度封印の場所に…『孤独』の牢に押し返すんだ。』

 

 

「な、なんだよこの声…ハ、ハリボテとか封印とか…い、一体何のことだよ…アンタは一体誰なんだ?あの悪魔みたいなモンスターの事を何か知ってるのか!?」

 

 

―『すまない、説明している暇はないんだ…今の当主に近い者が、『尾』を持っていた君と戦った所為で封印が弱まってしまったんだろう。まだ『その時』ではないというのに、君に尻拭いをさせてしまって本当にすまない…どうか、あの娘を助けてくれ。』

 

 

「い、意味がわからない…でも助けてくれって…な、なんで俺がアイツを…」

 

 

―『思い出すんだ…記憶に刻んだ、俺達の誓いを。』

 

 

「…ち、誓い?」

 

 

―『思い出せ…思い出すんだ。君だけじゃない…血を分けた子孫、スズナ…お前も、俺達の願いを…思い出せ。』

 

 

 

そうして…

 

 

大空のような声が、そう告げたその瞬間に。

 

突然、セリの頭の中にガラスを引っ掻くような音が鳴り響き―

 

 

 

見える…

 

 

 

浮かび上がる…

 

 

 

はっきりと、視えてくる―

 

 

 

自分のモノではない誰かの景色、誰かの記憶の様な情景。

 

そう、ガラスを引っ掻くような音と共に、セリの目に視えてきた…

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『冴草 戎ィィィィ!コノ恩シラズガァァァア!』

―『シャラァァァァアップ!いいからサッサと…成仏しやがれぇぇぇぇぇえ!【真紅眼の黒刃竜】で、【神炎皇】を攻撃ぃ!』

 

 

 

燃え盛る神の炎と、それを切り裂く黒き竜。

 

赫炎の悪魔に立ち向かう、煌く金の髪の少年。

 

 

 

―『ヤメロ…竜胆 ナガト…ヤメ…』

―『…ダメ。…貴方だけは、絶対に許さない!…【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】で、【幻魔皇】を攻撃!』

 

 

 

聳え立つ青き悪意と、それに歯向かう紫影の竜。

 

憐藍の悪魔に立ち向かう、儚き白き髪の少女。

 

 

 

―『灰羅 ルゥ!貴様、自分ガ何ヲヤッテイルノカ分カッテイルノカァ!』

―『にゃはははは、往生際が悪いよ先生!【雷神龍―サンダー・ドラゴン】で、【降雷皇】を攻撃ぃ!』

 

 

 

鳴り響く死の雷と、それを打ち破る雷電の龍。

 

輝雷の悪魔に立ち向かう、自由に跳ねる黒髪の少女。

 

 

 

そして―

 

 

 

―『志摩 遊零ェ!何故ワラカンノダ、人類ガ一度滅ビヲ向カエネバ、コノ世界ハ救エヌノダゾ!才能無キ無用ナ人類ヲ一掃シナケレバ、世界ハ崩壊シテシマウノダゾォ!』

―『先生…貴方は間違っている!この世界を生きるのに、特別な才能なんて必要ない!世界は俺達が…人間が!必死に!全力で!助け合って変えていくモノなんだ!』

 

 

 

聳える悪意、立ち昇る神威。

 

その巨大なる紫の悪魔に、勇敢に立ち向かうたった一人の『英雄』の姿。

 

…そう、神が如き悪魔の化身に、たった一人で対峙していたのは紛れも無い―

 

歳にして高等部くらいの1人の少年、しかして雄大な『大空』のような、まさしく『英雄』の如き勇気を持った1人の少年であって―

 

 

 

『行け、ゴッド・ネオス!紫の悪魔を…無明先生を倒せぇ!【E・HERO ゴッド・ネオス】で【混沌幻魔アーミタイル】に攻撃ぃ!』

 

 

 

神に届きうる光の英雄が、紫の悪魔に立ち向かうその光景…

 

その情景が、紛れも無くかつてこの地で起こった『戦い』であるのだというコトを…この光景を視ていたセリも、無意識に『真実』であるのだと理解する。

 

…かつてこの地で起こった、悪魔と英雄の凄まじき戦い。

 

御伽噺として現代まで伝わっている、『原初の英雄』の戦いの…その真実の光景が、今まさにセリの目に映っていて。

 

 

 

そして…

 

 

 

悪魔との戦いが終結し、セリの目に次に視えてきた光景は…

 

 

 

 

 

―『すまない…みんなを巻き込むことになって…悪魔を、皆の中に残してしまって…本当に、なんて言ったらいいか…』

―『HA、らしくねぇ事言ってんじゃねぇよ遊零!』

―『…みんなで決めたこと。遊零だけに背負わせない。』

―『そーそー、また遊零の悪い癖でてるよ?』

―『戎…ナガト…ルゥ…』

 

 

 

それは、紫の悪魔を倒した英雄が…

 

友と呼べる者達に、深々と頭を下げている光景であった。

 

 

 

―『俺達は仲間DA。これから先、何が起こっても俺達の絆は切れはしねぇ…そうだRO?』

―『…遊零が見た未来に…500年後に、また紫の悪魔が復活しても大丈夫。…きっと、未来の子達が私達と同じように…助け合って、何とかしてくれる。』

―『にゃはは、遊零の『未来視』ってちょっとの事で簡単に変わっちゃうもんねー。だからさー、その時まで繋ごってこと。もし紫の悪魔が復活した未来で、私らの子孫が仲悪かったら困るからさ。』

―『みんな…』

 

 

 

英雄の前に立つ3人の者達…

 

彼らのその姿と態度は、とてもじゃないが紫魔 スズナが言っていた『紫魔家に忠誠を誓った者達』といった姿ではない。

 

どこからどう見ても、『対等な友』…

 

そう、『原初の英雄』に力を与えられたとか、紫魔家に忠誠を誓ったとか…下僕だとか従者だとか、彼らの関係性ではそんなモノでは断じてないのだ―

 

…それは紫魔 スズナの言っていた、紫魔家に伝わる掟と歴史とは随分と違う真実の過去。

 

そしてソレが紛れも無い真実であると言う事など、理性で理解するよりも先に血に刻まれた本能でセリは理解しており…

 

 

…そのまま、遊零と呼ばれた少年は。

 

 

目の前に立つ、3人の対等な友へと向かって…

 

 

 

―『俺はここに誓う。戎、ナガト、ルゥ…どれだけの時間が過ぎても、俺達の絆は永遠だ。500年後に紫の悪魔の封印が解かれても、志摩、冴草、竜胆、灰羅…俺達の子孫が再びこの地に集い、きっと現れる『運命の英雄』と共に戦えるよう…皆で助け合いながら、正しい歴史を伝えることを俺は誓う。』

―『…プッ、相変わらず堅すぎるZE遊零。』

―『そーゆーとこなんだよなー、遊零がちょっとハズいって言われるの。』

―『…でも、そこが遊零の良い所。』

―『お前らなぁ…』

―『MA、けどよ、俺らも同じ気持ちだZE?』

―『…うん…また皆でここに…決闘市に帰ってこよう?』

―『そーだねー。子孫でもなんでもいいから、また皆で顔合わせようよ。』

 

 

 

確かに結ばれる真実の『誓い』、それが血の記憶によってセリの目に映し出される。

 

果たして…遠い先祖の結んだ『誓い』は、現代にまで伝わっているのか。そう、『助け合いながら』と言った、紫魔家の開祖たる『原初の英雄』の…その願いは。

 

…いや、紫魔家に伝わっている現在を考えると、その可能性は限りなく0に近いのだろう。

 

何せ『紫魔本家』の掲げる理念は、先にスズナが叫んだ通り『紫魔家以外は劣等種』という代物。けれども開祖、『原初の英雄』の心はどこまでも仲間との『助け合い』を主張しており…

 

この500年にわたる長い長い歴史の中で、紫魔家に一体どんな変化があったのか。

 

そんなこと、全く知る由も無いセリからすれば。いくら自分の家の名が『紫魔家』と関わりがあると知ったとは言え、戸惑いを感じるしか道はなく…

 

それに、『灰羅』や『竜胆』と言った名だって。セリには、全く聞き覚えなどなく…

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

―『あぁ、約束だ!』

 

 

 

 

 

『原初の英雄』の結ぶ誓いが、彼らのその血に刻まれる。

 

それは大空のような果て無き声と共に、限りない真実の盟約となりて…

 

決闘市の空へと、吸い込まれていったのだった―

 

 

 

―…

 

 

 

「…誓い…紫の悪魔を倒すための…仲間の…絆の…」

 

―『やれるだろ?お前なら。…大丈夫だ、お前ならやれるさ…助け合って、未来をつなげてくれ…頼んだぜ戎…いや、戎の血を引いてる、セリ・サエグサ…』

 

「あ、ちょ、待っ…」

 

 

 

そうして…

 

静かに消えていく気配と声。

 

セリにはわかる…その声は紛れも無く、先ほどまで見ていた『英雄』の少年と同じ声…500年前に存在した実在の人物、『原初の英雄』の声だったのだ、と。

 

とは言え、急にソレを見せられたからとは言っても。セリの心は未だ動揺を隠せずにいるままで、任せたと言われたところで混乱したままであり…

 

…そう、彼らの結んだ血の誓い。そんなモノ、かつての戦いから悠久の時が流れた時代に生きるセリにとっては、全くもって関係のないことと言えるのではないだろうか。

 

だってそうだろう。いくら先祖たちの間に切れない絆があったとはいえ、自分とスズナは今日が初対面。

 

更に悪態ばかりついてきて、自分を追い回してきたスズナを助ける義理なんて…自分には、全く持って無いはずではないか…と。

 

…だからこそ、あの光景を見せられたからといって、ソレを今まで知りもしなかったセリからすれば。

 

こんな意味のわからない超常現象に巻き込まれたからといって、ソレに真正面から立ち向かう義理など全くなく…まずは自分の命を最優先に考え、ここから逃げ出したとしてもソレはソレで至極当然の行動と権利であるはずなのだから。

 

…馬鹿げている…こんな神の如き炎の悪魔に立ち向かって、封印し直すだなんて出来るわけが無い。

 

何せ神の如き悪魔の重圧に中てられ続けている所為で、心も体も既に限界が近い。そんな状態で、義理も情も無い紫魔 スズナを助けるなんて…どうして自分がやならくてはならないのか。そんな感情が、今なおセリの心には浮かび上がっている。

 

そう、あの長い長い過去の回想、しかして『一瞬』の出来事だった英雄の追憶を見てもなお…

 

セリの心は、未だ折れかかったままで…

 

 

 

「…も、もういい…逃げろ…セリ・サエグサ…」

「え?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

「逃げろ…はやく…」

「スズナ!?気がついたのか!?」

「私は…もうダメだ…」

「なっ!?」

 

 

 

悪魔の重圧に混ざって、聞こえてきたのは紛れも無く紫魔 スズナ本人の声であった。

 

…それは悪魔が発する陽炎のような声ではない。

 

そう、姿形はいまだ悪魔のままなれど、しかし確かに自我を取り戻したらしきスズナの声が、確かにスズナ本人の体から発せられたのだ。

 

…けれども、その声はどこまでも弱々しいまま。

 

まるで、今にも消えてしまいそうなその声…いや、確実に長くは持たないであろうその声が、スズナの口から確かに発せられ…

 

まるで、今生の別れのようにして。どこまでも痛々しく、セリの耳へと届けられる。

 

 

 

「お、おい!なんだよ、さっきまでの威勢はどうした!」

「…お前も…視たのだろう?『原初の英雄』の…誓いを…」

「お、お前もアレを…?」

「裏切っていたのは私だ…お前に、偉そうな口を聞いた私を…救う義理なんて…お前にはない…にげろ…私を置いて…」

 

 

 

悲痛なるも真理をついた、痛々しいスズナの声。

 

それは全てを諦めたかのような、それでいて自らのこれまでを心の底から恥じているかのような…

 

…しかし、その弱々しい声きっと、悪魔に乗っ取られた所為ではないのだろう。

 

 

スズナは言った…『お前も視たのだろう?』…と。

 

 

そう、セリだけではなく、スズナも視ていたのだ。『原初の英雄』とその友による、血に刻まれた真実の誓いの光景を。

 

しかし、ソレは言い換えれば彼女の今まで生きてきた『生き方』が、紫魔家の開祖である『原初の英雄』によって根本から覆されたということ。

 

あの過去の光景…真実だと『本能』が理解した血の記憶は、まだ若いというよりは幼いとさえいえる紫魔 スズナの精神に、一体どれだけのショックを与えたというのだろう。

 

 

『紫魔家以外は劣等種』が本家の教え…しかし開祖の本質は『助け合い』。

 

 

その、自らがこれまで信じてきた『紫魔本家』のあり方が、その開祖によって全否定された。

 

それは単なる信念ではない。スズナが…いや、紫魔家の全てが今でも崇拝している紫魔家の開祖、他の誰でもない紫魔家の誇りである『原初の英雄』の、その本人の口から今の紫魔家のあり方が全否定されてしまったからこそ。

 

…過去の出来事が虚言だと割り切れるほど、スズナの心は強くはない。また、いくら助かる可能性が示唆されたとは言え…ソレを素直に受けいれられるほど、スズナの自責の念も弱くはなく…

 

だからこそ、先の光景はスズナの心に、言葉に出来ない程の自責を与えていて―

 

 

 

「セリ・サエグ…に…げ…」

「どうしたってんだよ!紫魔家がどうとか冴草家がどうとか、威勢の良い事言っていたお前はどうした!何をそんな弱音を…」

「しか…し…ッ!?クアァァァァァァア!?」

「スズナ!?」

 

 

 

そして、再びスズナを炎が包み始める。

 

…スズナの意識を打ち消すように、再びスズナを乗っ取るように。

 

揺らめく炎が立ち昇り、紫魔 スズナの体を一瞬飲み込んだかと思うと―

 

再度、炎の中から目の色を変えた悪魔が現れ…

 

 

 

『オォォォォォ…忌々しい…シマ ユーレ…貴様カァ…我ヲ一瞬押サエ込ンダノハァ…』

 

 

 

凄まじき炎圧、神が如き重圧。

 

目の前の悪魔から発せられる、その異常なまでの圧力はおよそ人間が耐え切れる限界を超えた代物となりて、再び小高い丘に撒き散らかされ始めるのか。

 

…容赦なく心を折りにかかる、その凄まじき怨嗟の嵐。

 

そんなモノが、再びスズナだったモノから解き放たれる。

 

 

 

けれども―

 

 

 

「くそっ…なんなんだよ…なんだんだよぉぉぉぉお!わかったよ!やればいいんだろ!?諦めるのは諦める!悪魔を倒して、お前も助ける!例えそれが気に食わないお前でも…助けられる奴を、目の前で見殺しになんて出来るもんかぁ!」

 

 

 

吠える…折れかけていた、セリ・サエグサが―

 

スズナの声を聞いたからか、まだ助けられる僅かな可能性の残り香を目の当たりにして、逃げようとしていた弱い心がセリの中から弾き出されて。

 

…スズナの命がもう終わっていたのならば、セリだってさっさと逃げていた。

 

しかし、見てしまったのだ。未だ悪魔の中で生きる、紫魔 スズナという幼い少女の命の灯火を。

 

謝った…あのプライドの塊のような紫魔 スズナが、あんなに弱々しくなって。

 

…どうすればいいかわからない、何をすればいいのかわからない。助ける義理も情もない。

 

けれども、助けられる可能性を見てしまった…そんな一縷の望みが生まれてしまっては、セリだって逃げるよりもこの場に留まって戦う事を選びたくなってしまうモノ。

 

 

…助けられる人間を、目の前で見殺しになんて出来ない。

 

 

それが例え、自分に悪態を吐き続けていた少女であったとしても―

 

セリの持つ、『良心』という名のかけがえの無い『心』が、彼にこの場に留まることを選ばせたのだ。

 

…正直、セリに打つ手なんて無い。

 

そう、現時点での手札は残り2枚で、場に伏せカードはなく在るのは魔術師の弟子1体のみ。

 

デッキに残ったカードから考えても、この状況からあの攻撃力44000の破壊できない赫炎の悪魔を倒す手立てなんてセリには思いつかず…

 

それでも、セリの心に火が点いたようにして。

 

悪魔の前で、炎に囲まれ、重圧に押し潰されそうになりながらも…セリはその2本の指を、戦意と共にデッキへとかけるだけ。

 

 

 

…もう、迷いはない。

 

 

 

「いくぞ!俺のターン…」

 

 

 

 

 

逃げ出そうと思った。けれどもスズナを助けると誓った。

 

助けられる可能性のある命を、助けずに一人で逃げ出すなんて、絶対にしたくはなかった。

 

ソレが例え、自己満足から来る偽善の果ての無駄死に終わる可能性があるのだとしても―

 

自分の心に点いた『火』を、確かに抱いた『良心』を。そして血に刻まれた先祖の誓いを、自分が果たさずに一人だけ逃げ出すなんて、セリ・サエグサに出来るはずもなく―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体が軽い、思考が晴れる…

 

 

 

 

デッキが息を、吹き返す―

 

 

 

 

既に限界であったはずの体が跳ね、気配の弱かったセリのデッキが…

 

 

 

 

 

そう、古の誓いを思い出したセリの、魂を込めたそのデッキが…今ここに取り戻した、悪魔に立ち向かう『勇気』の下に―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光り、輝く―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドロォォォォォオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引いた、カードは…

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?こ、このカードは!?…そうか、さっきの…わかった、やってやるよ!アイツの『尾』を、消し飛ばせばいいんだろ!?」

 

 

 

そのドローしたカードを一目見て、何やら驚いた様子を見せるセリ・サエグサ。

 

…彼の様子から察するに、ドローしたのは今まで彼が見た事もないような、デッキに入れた覚えのないカードであったのだろうか。

 

今のセリの雰囲気は、まるでデッキに新たなカードが創造でもされたかのような雰囲気にも感じられ…

 

 

―けれども、ルール違反などでは断じてない。

 

 

そう、デュエルの最中にデュエルディスクがカードを『創造』するなんて、この世界では稀にあること。

 

それは例え、創造されたソレが今までデッキに入っていなかったはずのカードであったとしても…

 

デュエルディスクが、ソレを正規のカードだと判定した以上。ソレはこのデュエルにおいて、正しいカードとなるのだから。

 

だからこそー

 

 

 

「いくぞ!俺は魔法カード…」

 

 

 

…一体、セリは何をドローしたのか。

 

 

今、炎に囲まれたその中心で。

 

血の誓いを思い出し、赫炎の悪魔に立ち向かいながら。高々と天に掲げられた、セリのその手に握られしは…

 

 

 

 

 

 

「【真紅眼融合】発動ぉ!」

『ナッ、【真紅眼融合】ダト!貴様、ソノカードは!』

「俺はデッキから、【ブラック・マジシャン】と【真紅眼の黒竜】を融合する!うぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

混ざり合う…黒き魔術師と黒き竜が。

 

それは奇しくも同じ『色』…しかして正反対の人と竜。

 

古の誓いを思い出したセリの、その吹っ切れた叫びによって。神の炎にも焼き尽くされぬ、竜の波動を帯びた神秘の魔力の奔流が、渦となりて現れ…

 

 

…諦めるのを、諦める。

 

 

そんな、スズナを助けると決めたセリの雄叫びが、赫炎の悪魔の嘆きを切り裂き―

 

 

 

 

 

「古より来たれ、誓いの元に!其は神を焼き尽くす者!」

 

 

 

 

今、悠久の時を経て。

 

 

 

かつて赫炎の悪魔を打ち倒した、誇り高き黒竜の魂を宿せし者が―

 

 

 

ここに、現れる―

 

 

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ】!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

…それは、不思議な魔力だった。

 

炎の彼方を統べる者。竜の息吹を纏う者。

 

この燃え上がる小高い丘に、毅然として現われたのは竜と魔術が一対となった、神にも慄かぬ佇まいを持った存在であり…

 

…並び立つ者など存在しない、竜の力を宿したその魔力。

 

その姿はまさに画竜点睛。魔術の範疇を大きく超えた、神にも届き得るとさえ思えるような存在感を放っていて。

 

 

 

【超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

『オォォ…『真紅眼』…冴草 戎ノ真紅眼…ヤハリ貴様カァ!冴草 カ…』

「うるさい!何度言ったらわかるんだ…俺はセリ!セリ・サエグサ!今!この現代で!お前を倒す者だぁ!【サイクロン】発動、【失楽園】を破壊する!」

『図ニ乗ルナァァァァア!罠カード、【身代わりの闇】発ド…』

「させるかぁ!手札を1枚捨て、超魔導竜騎士の効果発動ぉ!【身代わりの闇】の効果を無効にして破壊する!」

『ヌゥ!?』

「そして超魔導竜騎士の攻撃力は1000アップし、【失楽園】は破壊される!…まだだ!超魔導竜騎士の更なる効果!【神炎皇ウリア】を破壊する!」

『何ィ!?』

 

 

 

舞い上がる…

 

漆黒の竜魔導師が、燃え上がる夕刻の空へと。

 

この世の全てを燃やし尽くす、赫炎の悪魔を前にしても慄かないその姿。それは誇り高き竜の意思を受け継いで、500年もの時を経て今再び悪魔の尾を消し飛ばそうとしているのか。

 

 

 

「やれ、超魔導竜騎士よ!神の炎を…焼き尽くせぇぇぇぇえ!」

 

 

 

放たれる…

 

神の炎を焼き尽くす、人知を超えた炎の渦が。

 

それが超魔導竜騎士から、凄まじき勢いで放たれ…

 

神の炎を焼き尽くさんとするそれは、強大なりし紫の悪魔の『尾』の化身たる赫炎の悪魔を、再びこの世から消しさろうとしているかのよう。

 

 

 

『ヌォォォォォ…貴様ァ…貴様ァ!』

「うるさい!これでお前を守るモノは何も無い…いくぞ、バトルだ!超魔導竜騎士でスズナに!…いや、悪魔の『尾』に、ダイレクトアタック!」

 

 

 

そして、吼える―

 

【神炎皇ウリア】を消し飛ばしても、いまだスズナの体を則っている悪魔の意思へと狙いを定めて。

 

唐突にデッキに現れたソレは、誓いによりこの地に蘇った先祖の力なのか―

 

 

その真実など、セリには到底理解が及ばないこと。けれども、今この時、この状況においては、そんな事どうでもいいのだと言わんばかりに…

 

 

今、赫炎の悪魔のその根源…

 

 

紫魔 スズナへと取り付いている、『誰か』の魂のような意思そのモノへと向かって―

 

 

 

 

「悪魔を…消し飛ばせぇぇぇぇえ!アルティマアーツ・メガフレアー!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

『ヌォォォォォォォォォォ!オノレェ、サエグサァァァァァァァァァア!』

 

 

 

放たれるは黒炎の魔力、竜が如き凄まじき爆裂。

 

その荒々しくも猛々しい、しかして限りない英知の果てに生み出されしその巨大なる炎閃は、一瞬にしてスズナを飲み込むのか。

 

…それは凄まじき魔力の奔流。

 

しかし、ソレはスズナに取り憑いていた赫炎の『尾』のみを消し飛ばすようにして、悪意目掛けて迸る。

 

そして…究極魔術、メガフレアの波動によって。

 

悪魔の『魂』と、それと融合した『ある男』の形をした霊魂のようなモノだけがスズナから引き剥がされどこかへと消え去っていったかと思うと―

 

 

 

??? LP:800→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

デュエルの終了を告げる無機質な機械音が小高い丘へと木霊して。

 

それは紛れも無く、この人知を超えたデュエルの終了を告げているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

デュエル直後―

 

 

 

「…生きて…いる…」

「…あぁ、よかったな。死ななくて。」

「…なぜ、たすけた…」

「…言っただろ?助けられる奴を、目の前で見殺しになんかしたくなかった…それだけだ。」

「しかし…私は…」

「いいよ、別に。とにかく、ショックを受けるにしろ落ち込むにしろ、そんなのは全部生き延びてからにしろ。死んでしまったら…何も残らない。」

「…」

 

 

 

焼け焦げた小高い丘の中心で、セリは倒れているスズナへと向かって…いがみ合う事無く、静かにそう言葉をかけていた。

 

…それはお互いに抱いていた、燻ったままだったわだかまりが先の騒動で少しは解けたが故の雰囲気。

 

そう、セリもスズナも、先の戦いで自分にとっての『大切なこと』を改めて理解したのだろう。

 

スズナは、今までの『紫魔家』の教えが間違っていたことを。

 

セリは、どれだけ嫌いな相手でも助けられる命は助けたいと思える『良心』を。

 

それを理解したからこそ、紆余曲折あったとはいえ超常現象から生き延びたことに…まずは彼らも、安堵を感じている様子で…

 

 

 

「…」

 

 

 

すると、悪魔に取り付かれていた代償か。

 

スズナは、まるで眠るようにして…静かに、その意識を手放したのだった。

 

 

 

「…さて、どうしようか…この状況だけみたら、俺が悪い奴に思われるだろうし…」

 

 

 

そして、スズナが意識を失った後に。

 

セリはゆっくりとその場に座り込むと、辺り一面を見渡しながらゆっくりと何かを考え始める。

 

…焼け焦げた大地、爆発の痕、気を失い倒れている幼い少女、

 

そんな光景を何も知らぬ他人が見れば、とてもじゃないが言い訳など通じることなく警察の厄介になってしまうことだろう。

 

まぁ、決闘市内のあちこちで激しいデュエルが行われていたのだから、きっと街の方からこの丘で爆発があったように見えたところで、その爆発や炎上もソリッド・ヴィジョンにしか思われはしないだろうが…

 

しかし、説明したって信じてもらえるわけが無い。炎の悪魔が蘇り、襲い掛かってきたなんて。

 

また、特にこの北地区が紫魔家の管轄であるのならば、紫魔家の人間が様子を見にやってくるのは時間の問題であり…倒れているスズナを見れば、きっと自分が全て悪い事にされてしまうだろう。

 

…折角スズナとの確執が消えたと言うのに、再び悪者にされてしまうなんて冗談じゃない。

 

そんな事を、疲れた頭でセリは即座に考えつつ…

 

 

 

「…とりあえず、ギョウに連絡して早く合流するか。多分…無事だろうし。」

 

 

 

とにかく、まずははぐれてしまった相棒と合流することを第一に。

 

セリが、デュエルディスクでゴ・ギョウに連絡を取ろうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「粛清対象を2名発見。これより執行、排除する。」

「ッ!?」

 

 

 

突然…

 

背後から、冷徹な声が聞こえてきて―

 

そして、瞬間的にセリが振り返ったそこには…まるで忍者のような格好をした者が数名…いや、十数名が、気配も無く立っているではないか。

 

 

 

「な、なんだコイツら…」

 

 

 

…その突然現れた者達に、思わず固まってしまったセリ・サエグサ。

 

しかし、それも当然だろう。何せ悪魔との戦いが終結したと思った矢先に、今度は謎の忍者集団が背後に現れたのだから。

 

…突然の状況の変化に、セリの理解がおいつかない。

 

何者なのか、目的は何なのか…そもそも、なんで忍者装束なのか。

 

焦りと驚きと不可解と、そんな感情が一瞬でセリの頭の中でグルグルと回る。ソレがより一層セリの頭を混乱させて、疲れた心と体に更なる負荷をかけ始め…

 

…けれども、そんなセリにもたった一つだけ即座に理解できたことがある。

 

そう、この者達は、追ってきていた不良たちとはその身のこなしがまるで違う、間違い無く何かの『訓練』を積んだ者達だということ。

 

その身のこなしと気配の無さから、デュマーレで出会ったデュエル傭兵たちの危険な匂いをセリは思い出しつつ…それに近い雰囲気を持ったこの者たちは、間違いなく『裏社会』の者であるとセリは即座に理解してしまったのか。

 

…どこから現れたのか…いや、それよりこの者たちは今、『何』と言った?

 

 

『粛清』、『排除』…それが、『2名』―

 

 

2名ということは、間違いなく自分とスズナを標的にしているということ。その手に握られた物騒な武器の数々から、間違いなくデュエルや話し合いで解決は出来ないであろうというコトは最早誰の目にも明白であり…

 

何の目的があってここに十数名の忍者が現れたのかなど、セリには全くもってわからない。けれどもこの者達が間違い無く『敵』であるということだけを即座に感知したセリは、一瞬でこれだけの思考を巡らせると…

 

反射的に、その場に立ち上がり身構え…

 

 

 

「排除を開始する。取り囲め。」

「了解。」

 

 

 

しかし、そんなセリを意に介さず。

 

粛々と、淡々と…

 

リーダーらしき男が、周囲の手下に指示を出しつつ。何をしようとしているのか、セリとスズナへと向かってジリジリと近づいてこようとした…

 

 

 

その時―

 

 

 

「へいへいチョイ待っチーング!」

 

 

 

―!

 

 

 

焼け焦げた小高い丘に、突如響いたその叫び―

 

そして声の主は、勢い良く忍び装束の1人を後ろから蹴り飛ばしたかと思うと…

 

そのままの勢いで、忍者集団の間を通って。セリと忍者たちの間に割って入るようにして、飄々とユラユラ佇み始めたではないか。

 

しかし、その逆立てた金髪とアロハシャツにサングラスを見れば、ソレが誰なのかなどセリにはすぐに理解できていて…

 

そう、この突然の危機的状況に、セリの救援に来たのは紛れも無く…

 

 

 

「ギョウ!?」

「うぃー、待ったー?」

「ッ…あぁ!遅いんだよ来るのが!」

「ひゃは!セリってばてっきびすぃー!」

「貴様!何者だ!」

「おいおいおーい、そりゃコッチの台詞だってぇーの!オッサンたち、なーにしよーとしてくれてんのさー!」

 

 

 

決闘学園デュマーレ校2年…ゴ・ギョウ。

 

そう、セリを助けにきたのは紛れも無く、彼の相棒と呼べるであろう腐れ縁の一人の少年であったのだ。

 

…決闘市内を逃げ回っている内に、はぐれて離れ離れになってしまったセリとギョウ。

 

そんな彼がこの状況で助けにきてくれたというのは、既に限界の近かったセリからすればどれだけの希望となりえるのだろう。

 

…15人もの忍者達に対峙するようにして、身構えるように並び立つ。

 

 

 

「よくここが分かったな。」

「ひゃはは、あんだけド派手に爆&発してたら?イヤでもわかるっつーの。」

「あぁ、助かった。で…ここからどうするんだ?」

「んー…一応、応&援も連れて来たんだけどもだっけーど…」

「応援?」

 

 

 

また、何やらゴ・ギョウが静かにそう言った直後に―

 

 

 

「テメェらぁ!俺のダチに何しようとしてんだゴラぁ!」

「拳を収めろ!この場はこの俺が預かる、双方とも、下手に動くな!」

 

 

 

続けて響き渡ったのは、大気を震わすような声と…そして焦げた丘に、よく通る芯の通った声であった。

 

…そう、ゴ・ギョウに連なるようにして現れたのは、決闘学園中央校2年…

 

 

 

天城 竜一と、天宮寺 正鷹。

 

 

 

「リューイチ・アマギとマサタカ・テングウジ!?なんでコイツらが助けに?」

 

 

 

セリが驚いたのも無理はない。何せ、ついさっきまで自分達は彼らに追われる立場であったのだから。

 

しかしギョウの口ぶりからして、そして彼らの雰囲気からして。彼らが間違いなく自分達の救援に来てくれたというのが、驚いているセリにもすぐに理解できたのか。

 

…だからこそ、セリは驚きを隠せない。

 

ゴ・ギョウと離れた小1時間の間に、一体何があったのか…自分達を追っていた彼らは、どうして自分を助けてくれるのか、と。

 

…けれども、そんな驚いているセリを他所に。

 

この場に現れた中央校組の片割れ…【黒翼】の息子、天宮寺 正鷹が、15人の忍者集団へと向かって再度その口を開き始めた。

 

 

 

「貴様ら、『紫魔本家』の暗部だな?ならばここは不本意ながら、【黒翼】の名を借りこの場を俺が収めさせてもらおう。『紫魔本家』と言えど、【黒翼】を引き合いに出されれば無碍にするわけにもいくまい。何があったのかはわからぬが、暗部が出てくる案件である以上、この件は後日【黒翼】と【紫魔】を交えた正式な場で明らかにさせるのが筋というモノだろう。」

 

 

 

15人もの武装した大人と対峙しているというのに、全く慄かずにそう言う少年。

 

それは本当に高等部2年の少年なのかと思える程の胆力を、誰の目にも見せ付けながら忍者たちの前に立ち塞がる。

 

…流石はエクシーズ王者【黒翼】の息子か。

 

襲い掛かろうとしていた15人もの忍者集団を、『紫魔家』の者だと見抜きつつ。そんな武装集団に対峙してもなお、これほどまでに立ち向かいながら言論にて押し返そうとしている彼の姿はまさに質実剛健。

 

…セリからすれば意外も意外。

 

初対面で、アレだけ嫌われるような態度を取ってしまった自分を…何の因果か、【黒翼】の息子と決闘市のNo.1が助けに来てくれるだなんて、これまで見たどんな映画よりも盛り上がりを感じさせるクライマックスシーンであるのだから。

 

そんなセリは、この場に天宮寺 正鷹と天城 竜一を連れてきてきれたゴ・ギョウへと向かい直すと…

 

腐れ縁へと向かって、静かに言葉を再度漏らす。

 

 

 

「なぁギョウ、なんで彼らが俺を助けに…」

「ひゃはは、リューちん達の流儀じゃ、喧嘩した奴は全員ダチなんだってさー!マサっちも手伝ってくれるっつーからさー!」

「リュ、リューちん?マサっち?お前、アイツらと何があったんだ!?」

 

 

 

ゴ・ギョウの側に何が起こっていたのか。

 

それは今のセリには到底知りえることではないのだろうが、しかしアレだけいがみ合っていたギョウと竜一が今こうして連れ立って現れ…

 

しかもあのギョウから彼を指して、『ダチ』という単語が飛び出てきたことはセリからすればどれだけの驚きを感じることであったというのだろう。

 

…それはこの場では語られない、『別の誰かの物語』での視点。

 

そんな自分の知らない場所で何やら大きな分岐点を経たギョウに対し、セリは言葉にしにくい感情を少し抱きた様子を見せはするものの…

 

 

 

「よう、セリ。無事か?」

「あ、あぁ…」

「しっかし驚いたぜ、ギョウと一緒にお前ら探してたら、急に爆発が見えたからよ…って、スズナの奴ボロボロじゃねーか!何があったんだ?」

「…」

 

 

 

天城 竜一から駆けられる言葉にしても、最初のような強い怒りは全く感じない。

 

それを、セリは即座に理解しながら。益々彼とギョウの間に起こった出来事に対し、強い興味がセリの中には生まれつつあるのか。

 

…あの他人に嫌われる天才のギョウと、彼がいかにして友になり得たのか。

 

そんな天城 竜一の持つ底知れぬ懐の広さに、セリは何やら関心しつつも。今の天城 竜一から感じられる雰囲気から、間違いなく彼もまた自分を敵とは思ってはいないということを勿論セリは理解して…

 

ソレ故、とにかく今は現れ助けてくれるという中央校組に対し。セリもまた、驚きこそすれ怪訝に思うようなことはしないのか。

 

 

 

「後で説明するよ。とにかく、この場を乗り切らないと。」

「ひゃは、確かにかーに?相手さんがこのまま見逃してくれるっつー保&障もナッシングだすぃー?ドンパチやる覚With悟も持っとかなきゃねー。」

「いや、マサに任せとけば大丈夫だろ。マサの野郎が自分から来るっつったんだ。話し合いで解決できるって踏んでんだろうしよ。」

「…そうなのか?」

「あぁ。アイツ、それなりに口は上手いか…」

 

 

 

しかし…

 

そう言った、天城 竜一の意に反し―

 

 

 

「何が【黒翼】だ!成金の天宮寺家如きがしゃしゃり出てくるな!」

「【黒翼】本人ならばいざ知らず、貴様なぞただの愚息であろう!」

「【黒翼】の七光りの息子如きが、我ら紫魔家に楯突こうなど100年早い!」

「【黒翼】の息子だが知らないが、親の威光で何を言う!恥を知れ!」

「【黒翼】なぞただの下民!その息子ならば下民以下だろうが!」

「下民が紫魔家に楯突くなど許されざることだ!【黒翼】如きが、【紫魔】と同列などと思い上がるな!」

「ましてや貴様は【黒翼】ではなくその息子!図に乗るな!」

「【黒翼】の息子よ!恥を知れ!」

「恥を知れ!【黒翼】の息子よ!」

 

 

 

聞こえてきたのは、紫魔家の者たちからの怒涛の反言。

 

 

責め立てる…15人が一斉に、たった一人の少年目掛けて。

 

 

それは同じ【王者】でも、紫魔本家および【紫魔】を崇拝している彼らだからこその天宮寺 正鷹に対する言葉の応酬なのか。

 

…暗部という自らの立場を忘れるほどに、彼らもまた【紫魔】をこの世の頂点とでも思っているのだろう。

 

【黒翼】の息子とはいえ、たった一人でこの場を収めようとした1人の少年に対し…15人の大人が、一斉に叫び始めるその光景はどこかあつかましくも見苦しいというのにも関わらず。

 

よほど【紫魔】と【黒翼】を同列に扱われたのが気に食わなかったのか、自分達が『裏』の人間であるという本分すら超えて、15人もの忍者集団は口々に怒りを顕にし始めて。

 

 

 

 

 

すると…

 

 

 

 

 

「あ、やっぱヤベェかもしれねぇ…」

「え?」

「ひょ?」

「おいお前ら、巻き込まれる前に逃げ…」

 

 

 

 

 

先ほどの、『マサに任せておけば大丈夫』という言葉から一転。

 

 

 

紫魔家の暗部がいきりたつと同時に、何やら急に慌て始めた竜一が…

 

 

 

ソレを、言い終わる前に―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…テメェら…今俺の事なんっつったァ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

…轟いたのは、猛獣の雄叫びにも匹敵する嵐声の怒号。

 

そう、15人の大人を前に、天宮寺 正鷹が突然キレて大人たちへと襲い掛かったのだ。

 

…それはまるで鬼が如く。

 

一瞬で間合いを詰めたかと思うと、半狂乱の如く1人を殴り飛ばし。そのまま、14人になった大人を相手に…

 

素手とその身で、暴れ始める―

 

 

 

「誰がクソオヤジの七光りだァ!誰がクソオヤジの出がらしだァ!誰が出来損ないの失敗作だゴラァ!」

「ひぃっ!?そこまで言ってな…」

「こ、【黒翼】の名を持ちだしたのはそっち…」

「うるせぇぞゴラァァァァア!人が下手に出てやりゃあ調子乗りやがって!ミンチにすんぞ糞共がァ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

それはまるで鬼の如く…否、鬼神の如く。

 

…拳で敵の顔を撃ち抜き、殴られながらも敵を蹴る。

 

…腕を折り、足を圧し折り、倒れた敵の腹部を踏み抜く。

 

倒れた敵の足を掴んで、振り回して大勢を蹴散らす―

 

そんな、彼の悪鬼羅刹のような戦いぶりは凄まじいの一言であり…

 

武装した忍者集団たちを相手に、全く容赦のないその戦いぶりは、まるで痛みを感じていないのかと錯覚するほどの凄まじさとなりて…

 

15人の紫魔家の暗部を、たった一人で蹂躙し始めて。

 

 

 

「な、なんだ、アレ…」

「フゥー…凄まじうぃーねぇー…」

「…マサの野郎、親父を引き合いに出されるとすぐキレんだ。その癖、一度暴れ始めると手がつけられねぇ…折角話し合いで解決できると思ったのに、やっぱ紫魔家は馬鹿ばっかだぜ。おい、巻き込まれない内にスズナ連れて逃げんぞ。」

「で、でも15人も相手じゃ流石の彼も…」

「心配ねぇよ。寧ろアイツらの方が心配なくらいだ。ま、そこんとこはスミレが上手くやってくれんだろ。」

「…な、なんなんだよ決闘市の奴らは…」

「ひゃは、もしもしもしもしもしかして?チャン僕たちってばヤバイとこに喧嘩売っちゃったカーンジィ?」

「あぁ…」

 

 

 

そうして…

 

鬼神の如き凄まじさで、ブチ切れながら大人達を蹂躙し始めた天宮寺 正鷹を他所に。

 

天城 竜一の先導の下、セリとギョウは気を失っている紫魔 スズナを連れて…

 

焼け焦げた丘を、後にし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

―決闘市某所

 

 

 

 

 

「皆さん、お茶をどうぞ?」

「お袋、茶なんかいいから寝てろって。」

「そんなわけにはいかないでしょう?竜一がこんなにお友達を連れてくるなんて久しぶりなんだから。」

 

 

 

紫魔家の暗部に取り囲まれていたセリ達は、天宮寺 正鷹が乗ってきた【黒翼】の物だというハーレーを駆り…いや、借り…

 

北地区から無事逃げ出したその足で、天城 竜一の案内でそのまま決闘市某所にある天城 竜一の家へと逃げ延びていた。

 

 

 

「でも驚いたわ。竜一に外国のお友達が居たなんて。」

「…すみません、ご迷惑をおかけして…」

「あら、迷惑だなんて。狭い家だけれど、ゆっくりくつろいでいって下さいね?」

「は、はい…」

 

 

 

そしてボロボロのセリ達を出迎えてくれたのは、天城 竜一の母親…天城 イノリという女性であった。

 

それは、こんな古びたアパートに住んでいるのが不思議なくらいの…幸の薄い美人という印象があまりに似合う、どこか高貴な気品を漂わせる大人の女性。

 

若くして竜一を産んだのだろう、その見た目の若々しさも然ることながら…本当に天城 竜一の母親なのかと疑ってしまうほどに、その所作の一つ一つには上流階級の者かと錯覚するほどの雰囲気と佇まいを持っており…

 

…だからこそ、セリもギョウも家にお邪魔した直後には思わず固まってしまった。

 

何せ、竜一の母親が美人で若いという驚きも勿論のこと。その見るからに上流階級の者が、こんなにも酷くボロ…もとい、古びたアパートで出迎えてくれたという、そのあまりのミスマッチに。

 

 

 

「それに怪我の手当てもしないと。みんなボロボロね、また喧嘩?」

「…喧嘩じゃねぇよ。ちょっとデュエルで盛り上がっちまっただけだって。それにガキじゃねぇんだから、手当てくらい自分で出来るし…心配すんな。お袋は横になってろよ。」

「あらそう?じゃあお母さん、奥の部屋にいるからスズナちゃんが起きたら呼んで頂戴?女の子の手当てを、あなた達にさせるわけにもいかないでしょうから。」

「あぁ。わかった。」

 

 

 

そして、あまり体が強くないのか。

 

竜一の母は、息子に促され…奥の部屋へと、下がっていったのだった。

 

 

 

その直後に…

 

 

 

「ねぇねぇ。リューちんとママさん、ジーマーで血ぃ繋がってんの?」

「あ?どういう意味だよ。」

「だぁーって全&然似てねーんだもん!ひゃはは!」

「っせぇよ。…よく言われっけど、親子なのはマジだぜマジ。お袋が言うには、俺は…あー…親父似、なんだとよ。」

「フーン?」

 

 

 

何やら、感じた疑問を素直に竜一へとぶつけた、デュマーレ校のゴ・ギョウ。

 

そんなゴ・ギョウに対し、竜一は何やら『親父』というその単語をあまり発したくないかのように歯切れ悪く答えるものの…

 

…まぁ、そんなことは家庭の事情であるのだから、いくら友人になったからとはいえズケズケと踏み入るゴ・ギョウが悪いことではあるのだが。

 

けれども、ギョウとてソレを何のためらいも無く聞けるあたり。本当に彼らは、セリが目を離している隙に相当理解し合えたということなのだろう。

 

…セリが目を離していた小1時間ほどの間に、今この場では語られない『別の誰かの物語』での戦いで彼らは一体どんな戦いを経たのか。

 

まぁ、その竜一とギョウの関係性の変化に、未だ驚きを隠せないセリを他所に。ギョウと竜一は、何やら違う話題で再び会話を続けており…

 

 

 

すると、竜一とギョウの会話によってその眠りを覚ましたのか―

 

 

 

眠っていた紫魔 スズナが、ゆっくりとその目をあけつつ…呻くようにして、小さく吐息を漏らし始め…

 

 

 

「…う…」

「スズナ!気がついたのか!?」

「セリ…サエグサ…こ、ここは…」

「リューイチ・アマギの家だ。紫魔家の暗部って奴等に襲われて…」

「暗部…あぁ…そうか…」

 

 

 

すると、セリの口から飛び出した『暗部』と言う単語を聞いて。

 

目を覚ましたばかりだと言うのに、何やらスズナには自分の身に何が起こって…そして、何故自分が『暗部』に襲われたのかの理由に、どうやら察しがついている様子を見せ始めているではないか。

 

…まぁ、最後のセリの攻撃もスズナではなく悪魔の『魂』のみを消し飛ばす攻撃であったからこそ、彼女もまたこんなにも早く意識を取り戻せたのだろう。

 

だからこそ、その身に受けたダメージ自体は少くないと言うのに…スズナは痛む体を押して、ふらつきながらその上体を起こそうとしていて。

 

 

 

「ぐっ…」

「お、おい、無理するなよ…」

「これ以上、迷惑はかけられん…紫魔家の暗部が動いたということは…私は、消されるということだ…関係の無いお前たちを…巻き込むわけもいかん…」

「おっ?ようスズナ、起きたのか?ははっ、テメェが弱ってるってのも何か珍しくて面白ぇな。」

「…天城 竜一…」

 

 

 

そして今にも倒れてしまいそうだと言うのにも関わらず、立ち上がれもしないのにこの場からすぐにでも立ち去ろうとしている紫魔 スズナを見て。

 

スズナが目を覚ましたことを知った天城 竜一が、『いつも』のように少女へと向かって皮肉めいた言葉を発するものの…

 

…しかし、そんな彼女はいつもならすぐに喧嘩腰になる天城 竜一へと、上半身をなんとか起き上がらせて向かい直すと。

 

弱々しい声ではあるものの、その口から再度『棘』のない言葉を発し始める。

 

 

 

「貴様にも迷惑をかけたようだ…とりあえず、礼は言っておく…」

「あ?おいおい、スズナてめぇ、今日はエラく大人しいじゃねぇか。いつもなら『よくも汚い布団に寝かせたな!』とか『下民の家など汚らわしい!』とか言って喚くってのによ。」

「…あぁ。それに関しても…申し訳ないと思っている…」

「お、おいセリ…マジで何があったんだ?スズナが謝るなんて異常だぜ異常。」

「…えっと…」

「…この度のことは、私に全ての責任がある…私がセリ・サエグサに喰ってかからなければ…この騒動が起こる事もなかった。」

「ほーん、わかってんじゃんチビっ子。」

「いや、元はと言えばギョウがナンパなんてしようとしたからじゃ…」

 

 

 

…スズナの口から発せられるは、今までの彼女からは考えられない『謝罪』の数々。

 

それは普段の彼女をよく知る竜一からしても、今のスズナの言葉は意外も意外、びっくりするほどの想定外であったのだろう。

 

…顔を合わせれば絶対に喧嘩になると言うのに、まさかあのプライドの塊のようなスズナから『謝罪』の言葉が出てくるだなんて。

 

そんな、急激にしおらしくなった彼女の変化に、竜一は心の底から戸惑いつつ…

 

この騒動が始まる前とは、どこか違うその雰囲気を持つ紫魔 スズナに対し。天城 竜一もまた、動揺を隠せない様子を見せており…

 

 

 

「本当に…すまないと思っている…」

 

 

 

スズナから語られる言葉と感情…それは彼女が、過去の英雄とその友の『真実』を知ったからこそ。

 

そう…先の戦いの最中、スズナは知ってしまった。

 

今まで信じていた紫魔家の歴史が、根本的に間違っていたという…その事実を。

 

しかもソレを見せてきたのが、彼女の信仰する紫魔家の開祖、『原初の英雄』その本人からであったのだ。

 

…紫魔本家においては、開祖である『原初の英雄』の存在こそ絶対。

 

ソレ故、紫魔家の開祖が掲げた本質がまさかの『助け合い』という…『紫魔家以外は劣等種』という本家の教えとはえらくかけ離れていたその事実に対し、未だ幼さの残るスズナの心には一体どれだけの衝撃と驚きが与えられたというのか。

 

…もしこれが、紫魔本家の思想に染まりきった大人であったならば。きっと開祖の言葉も、紫魔本家の思想に反するとして聞き入れすらしなかった事だろう。

 

しかし、スズナがいまだ理想を追い求める、幼い少女であるが故に。

 

自身が憧れ崇拝する『原初の英雄』に、こうもハッキリと真実を見せ付けられれば…スズナとて、ソレを無碍にすることなど絶対に出来るはずもないのか。

 

まだ若いおかげで、紫魔家の思想に『染まり』こそすれ『染まりきっていなかった』おかげか。今のスズナは、開祖の言葉を素直に受け止め、そして自分が今までどれだけの『間違った言動』をしてきたのかを、よく理解している様子。

 

…だからこそ、ここには居られない。

 

戦いの最中に見えた、あの『原初の英雄』の言葉と映像が紛れも無い『真実』であるということを、セリと同じく彼女もまたその心で『理解』しているからこそ。

 

今の彼女のふらつきながらも出て行こうとしているその姿からは、とてもじゃないが14歳の少女には『良い意味』で見えない、強い責任感をのような雰囲気が感じられ…

 

…そう、悪いのが『紫魔家以外』ではなく、これまでの『自分』であったことを彼女も理解してしまったが故に。

 

紫魔本家の『思想』と言う名の『洗脳』が解けた今のスズナの姿は、これまでの自責の念からどうにもこれ以上迷惑をかけることを拒んでいる様子と言えるのであって。

 

 

 

「…スズナ、君の体はまだ全快じゃない。だから無理はしない方がいい…折角助かったんだから。」

「しかし…」

 

 

 

…けれども、立ち上がれもしないその体でここから出て行こうとしているスズナへと向かって。

 

今度はセリが、引き止めるようにしてスズナの肩に手を添えながら…傷付いた少女へと向かって、ゆっくりと言葉を発し始める。

 

…それはセリも、スズナの変化の理由を知っているからこその言葉がけ。

 

『原初の英雄』、悪魔との戦い、そして自分に課せられた使命と誓い。それを己の目でしかと見て、そして受け止めたが故に…同じモノを見て、そして自責の念に駆られているスズナに。セリはこれ以上、無理はさせられないと踏んだのか。

 

…このままでは、彼女は自ら『死』を受け入れてしまうだろう。

 

そう、これまでの自責の念に押し潰され、助かった命を自ら捨てに行ってしまうだろう…と。

 

 

 

「それに、あの暗部って奴等は『粛清対象を2名発見』って言っていた。多分…俺も入ってるんだと思う。」

「な…」

「だから俺も無関係じゃない。とにかく、一旦横なってくれないか?まだ、起き上がれる状態じゃないだろうし………なぁ、あの『暗部』って一体何なんだ?」

「…紫魔家の粛清部隊…掟を破った者を消す実行隊のことだ…彼らが私を消しに着たというコトは…私は、『本家』の掟を破ったということなのだろう。だから、私はもう紫魔家には居られない…この街に、居場所は無いということだ…」

「その掟って?」

「わからない…何故セリ・サエグサまで粛清対象に入っているのかも…私には…」

「…おいおい、わからねぇ掟の所為で追い出されるとか消されるってのか?やっぱ意味わかんねーな紫魔家ってのは。」

「ひゃは、どーかん。」

「いや、だから俺も狙われてるんだけど…まぁいいや、とにかくこれからどうするか考えよう。掟だかなんだか知らないけど、粛清されるなんて冗談じゃない。」

 

 

 

だからこそ、どこか他人事のように軽く物を言うギョウと竜一を他所に。

 

セリは、深く考える…

 

…悪魔と戦い、そしてソレを限定的とは言え打ち破ったというのに、スズナが消されなければならない理由は一体何なのか。

 

…何故、自分も紫魔本家に『粛清対象』として数えられてしまったのか。

 

無論、みすみす消されるつもりなどセリにはない。今考えているのは、いかに自分とスズナを追っ手から逃がし、生き延びられる道は無いものかという事と…

 

そして、自分がどうやれば決闘市から、無事に脱出できるのだろうかという事。

 

 

考える…思考を止めずに、考える…

 

デュマーレ校始まって以来の秀才が、この状況を何とかするべく溜め込んだ知識を総動員し…この危機的状況におかれた自分たちを、どうすれば助けられるのかを俯瞰で考えに考え―

 

 

 

そして…

 

 

 

出した、答えは―

 

 

 

「なぁスズナ…俺達と一緒に来ないか?」

「え?」

「決闘市に居られないっていうなら、俺たちの故郷…デュマーレ来ればいい。ちょっと田舎だけど、そんなに悪い所じゃないし…」

「な、それは一体どういう…」

 

 

 

セリが出した1つ目の答え…

 

それは居場所がなくなったというスズナに対する、新たな居場所の提供であった。

 

…紫魔本家の掟により、居場所がなくなってしまったという紫魔 スズナ。

 

そんな彼女をどうにか生き延びさせたところで、決闘市に居られなくなって路頭に迷わせることになれば…それはセリにとって、助けたとは言いがたいという結論に至ったのか。

 

…だからこそ、セリは手を差し伸べる。

 

一度はいがみ合い、そして戦った相手。けれども過去の英雄から、『助け合え』という命を受けたからこそ―

 

セリは先祖たちの思いを無碍にすることはしたくはなく、今こうしてスズナを助ける手立てを差し伸べようとしているのだろう。

 

 

 

「ちょちょちょーい、セリさんセリさんセリさーん!?それマジマジマージで言っちゃってんのー!?いや確かに?チャン僕もノリで助けたけども?元はと言えばこのメスガキがちょーしノリノリだったからチャン僕達がこんな目に…」

「けど放っておけないだろ。見ず知らずの他人ならともかく、知ってる奴が消されるって分かってて…見て見ぬ振りだけは、絶対にしたくないんだ。」

「うぇーい?セリってばどしたん?何か変わった?」

「…折角助けてやったのに、簡単に死なれてもモヤモヤするってだけだよ。なら逃げた方がマシだろ?」

「フーン?でもどうやって?」

「それは…これから考えるけど…」

「ひゃは、やっぱいつものセリだったわ。」

 

 

 

…まぁ、とは言えセリに考え付いたのはだたそれだけ。

 

そう、どの本にも載っていない紫魔家の掟など、セリは知るわけもないのだから…

 

これ以上はいくら考えたところで、どうすれば紫魔家の追っ手から逃れられるのかなど、これ以上セリには到底思いつく事も出来はしないのだが。

 

 

 

「だが…私は…」

「ハー…仕方なうぃーねー。ま、チャン僕も?そろそろ一回デュマーレ帰ろうと思ってたしー?1人くらい増えたって飛行機代くらいは余&裕だしー?」

「軟派男…いや、ゴ・ギョウ…」

「ひゃはは、やぁーっと人のコト名前で呼んだよねーチビっ子。あ、でもさー、拾った責任はセリが自分で取ってよねー。チャン僕ん家ペット禁止だしさー。」

「いや、ペットって。」

「いやいやいーや、キャンキャンハウリングる子犬でしょーが。んでー?肝心のスズナたんはー?決闘市出ていこうっつー気はマジであるの?」

「あ…私は…い、生き延びられるのならば…た、確かに本家から追い出されたら…実家も無く、決闘市では生きては生けぬ故に…その…行くあてなど…他には…」

「あーはいはい、ゴチャゴチャでよくわかんねーけど?行くっつーことで決&定なのね!はい、オシマイ!」

「お前だって強引じゃないか…」

 

 

 

そうして…

 

 

 

「まぁいいや、じゃあ、後はどうやって逃げるかだけど…あの『暗部』って奴等をどうにかしないと決闘市から出られる気が…」

「あー、それなら大丈夫だと思うぜ?」

「え?」

「紫魔家のゴタゴタっつったら、頼りになるアイツが居るからなー。」

「あ、それチャン僕もさっきからなんとなーく大丈夫な気がしてたんだよねー。ほらほらほーら?セリってばイイ子とお友達になっちゃってたじゃーん。」

「…イイ子?」

 

 

 

強引にスズナを助けるという事が決まったはいいものの、事態はまだまだ悪いままでこのままでは決闘市から出られるかすら危うい状況だというのにも関わらず。

 

スズナをデュマーレに連れて帰るという案を1つ思いついたとは言え、ソレを実行するための策が思いつかないセリへと向かって…

 

何やら、天城 竜一とゴ・ギョウがどこか楽観的な言葉を述べたと思った…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―バンッ!

 

 

 

 

…という、凄まじい勢いで開けられたドアの音と同時に―

 

 

 

―バタバタバタッ!

 

 

 

…と、廊下を勢い良く走る抜ける足音が響いたかと思うと―

 

 

 

―スパァン!

 

 

 

…という擬音の下に、セリたちのいる部屋のふすまが凄まじき勢いで開かれ―

 

 

 

「お邪魔します!」

 

 

 

…という、凄まじい勢いで放たれた言葉と共に。

 

突然、決闘学園中央校2年の紫魔 スミレが…

 

この古びたアパートへと、これまた凄まじい勢いで現れたのだった―

 

 

 

「スズナ!あぁ良かった、無事だったのね!」

「お、お嬢様…」

「スミレぇ!お前何回ドアぶっ壊しゃ気が済むんだ!いい加減ガタ来てんだぞ!?」

「また弁償するわよ!それよりスズナ!本当に無事なのよね!?もう起きて大丈夫なの!?」

「あ、は、はい…」

 

 

 

そんなスミレは、突然部屋の中へと飛び込んできたかと思うと。

 

布団の上にいるスズナを一目見て、何の躊躇も無く思い切り抱きつきながら涙の混ざった声でそう言葉を述べ始める。

 

また、突然現れた紫魔 スミレを見て。何やらセリは驚きに駆られたような、心臓が飛び出てしまったかのような驚いた表情をしており…

 

いや、本当に驚いたのだろう…何せ突然ドアの弾け開く音が聞こえたその瞬間に、セリは家の中に進入してきたのが紫魔家の『暗部』かと思ってしまったのだから。

 

ソレ故、ビクッと思いっきり跳ねたその足で、思わず立ち上がり身構えてしまっているセリ・サエグサ。

 

しかし、そんなスミレは憤慨している竜一と…心臓が飛び出るかと思った程に驚いたセリと、そしてそのセリを見てウケているゴ・ギョウを他所に。

 

自分の側近…否、従姉妹が無事であったことに、心の底から安堵を見せつつ…更に続けて、その口を開く。

 

 

 

「もう、本当に心配したんだからね?貴女とは連絡が取れなくなるし、ばあや達は何だかざわめきだっているし…そしたらスズナが掟を破ったとか何とかって、暗部まで出たっていうもんだからもう心配で心配で…」

「あの…お嬢様、どうして私がここにいることを…」

「家の者に聞いたのよ、スズナがセリさんと北地区でデュエルした後、竜一達と一緒に西回りに移動しているって…だから多分、竜一の家に向かったんだって思ったの。そしたらさっき報告が上がってきていたわ。暗部も竜一の家に向かっていたみたい。」

「…もうバレてたのか…」

「ひゃは、やっぱとんでもなうぃーのねー紫魔家って…」

 

 

 

 

この騒動に直接関わりのなかったはずの、紫魔 スミレの口から語られるはあまりに細かい状況の掌握。

 

…流石は名家の『紫魔本家』か。自分達がどこでどんな行動をして、どう動いているのかすらも全て把握しているという…それは、一種の脅しにも聞こえる代物。

 

そう、個人情報すら筒抜けなのではないかとさえ思える、紫魔家の情報収集能力と行動力。そんなモノに狙われたら、一般人では到底逃げ切れもしないのではないかという恐怖をセリは感じていまい…

 

まぁ、スミレが語るのはあくまでもセリ達を粛清しにきたとかでは断じてなく、ただただスズナが心配だったが故の突発的行動だったのだろう。

 

ソレ故、スミレは紫魔家の側ではなく、あくまでもスズナ達の側なのだという雰囲気のままで…

 

 

 

「とにかく無事でよかったわ。でも、何があったのかは後でゆっくり教えてもらうからね?」

「はい…お嬢様…」

「あら、いらっしゃいスミレちゃん。今お茶を煎れるわね?」

「イノリさん、お邪魔してます。身内がご迷惑をお掛けしてごめんさない…」

「ふふ、迷惑なんてことはないわ。スミレちゃんの身内なら、私の身内も同然でしょう?」

「イノリさん…ありがとう。」

 

 

 

すると、その大きな音を聞きつけたのか。

 

竜一の母…天城 イノリが、再び奥の部屋から出てきたと思うと…何やら乱暴に入ってきたスミレに対し、どこまでも優しく言葉をかけ始める。

 

しかし…彼女たちが会話を交わしているその光景を見たセリは、竜一の母とスミレとの間にどこか不思議な雰囲気が漂っていると言うことに気がついた様子を見せ始め…

 

そう、彼女たちの間にある雰囲気は、紛れも無く上流階級に位置する者のみが醸し出せる独特の雰囲気。真似しようとしても真似できない、生まれ持った気品のようなモノが彼女たちからは感じられるのだ。

 

いや、本物の上流階級の人間である紫魔本家の副当主、紫魔 スミレがこれ程敬意を持って接しているのを普通に返している辺り…

 

天城 竜一の母も、もしかしたら『本物』なのかもしれないとセリはその直感を働かせていて…

 

 

 

「スズナちゃんも目が覚めたのね?じゃあみんなでおやつにしましょう。もちろん、手当てが済んでからだけど。」

「あ、いえ、私は…」

「あらあら、怪我してるんだから動いちゃ駄目よ?ほら、男の子たちは向こうに行ってちょうだい?」

「あの…お嬢様…」

「スズナ、手当てしてもらいなさい。」

「は、はい…お嬢様…」

 

 

 

まぁ、そんな事は今この場ではどうでもいい事でもあるのだから、セリとてそこから深く考えるような無粋なことはするつもりもなく。

 

…そのまま、天城 イノリに促され。

 

スズナと竜一の母を残して、一同は部屋を出始め…

 

そして、紫魔 スミレがふすまを閉めた直後に。

 

再度、3人の男達へと向かって…スミレが、徐にその口を開き始めたのだった。

 

 

 

「事情は全部わかっているわ。とにかく、スズナの事は私が何とかしてみせる。もちろん、セリさんの事も。スズナが生きているのは貴方のおかげだって言うし…それに、折角お友達になれたんですもの。」

「な?俺の言った通りになったろ?」

「流石スミレさん、話が早い…あ、でも、さっき暗部がこっちに向かってるって…」

「それも大丈夫。一時的だけど、私が命令して撤収させたから。ほら、私って一応、本家の副当主だし。」

「フゥー…スミレちゃんパネェー…つーかやっぱすっげーのね、【紫魔】の妹って…」

「それも一時的な対処に過ぎないけれどね。上の者たちが、この件は『掟』に関わる事だからって粛清を強行しようとしているから。なんでセリさんまで関わるのかは、私も教えてもらえていないけれど…」

「一時的…じゃあ、いずれまた俺は暗部に狙われるってことですか?」

「えぇ。だから根本的な解決のためにも、今夜にでも私が兄様に直接話しをつけてみようと思っているの。」

「え…【紫魔】に…ですか?」

「紫魔家の全権を持っているのは兄様だから。兄様に頼めば、きっとどうにかしてくれるはずよ?折角お友達になれたんですもの、セリさんまで紫魔家の掟に巻き込むなんてしたくはないの。」

「スミレさん…」

 

 

 

スミレの提案したその案…それは到底、セリには思いつきも実行も出来ないような策であった。

 

…しかし、ソレは【紫魔】に最も近い彼女だからこそ出来る最短かつ最善の策。

 

きっと、この世の誰も出来ないのでは無いだろうか。あの冷酷無比と有名な融合王者【紫魔】、紫魔 憐造に直接話しをつけるという命知らずなことなど。

 

そして、ソレは彼女自身も理解しているからこそ―今日であったばかりとは言え、友人となったセリを消すというのも、彼女の本意では決してないのだろう。

 

…だからこそ、セリもまたアツい議論を共に交わしたスミレの、その呈示した案に対し感謝こそすれ怪訝に思うわけもなく。

 

自分ではどうしようも出来なかったこの状況を助けてくれるという女神に、ただただ感謝の意のみを感じていて…

 

 

 

「スミレさん、ありがとうございます…あ、ところで…その…彼はどうなったんですか?」

「彼?」

「【黒翼】のむす…いや、マサタカ・テングウジは…」

「あぁ、マサ君ならさっきすれ違ったから、もうそろそろ来るころだと思うわ。それにアレはウチの暗部も悪いし、大きな問題にはさせないから安心して。」

「ほらな、また俺の言った通りじゃねーか。」

「ひゃー…やっぱトンもでなうぃーねー決闘市…」

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

 

 

「論外だな。掟は掟だ…紫魔家の掟を破ったスズナには消えてもらうしかない。無論、デュマーレ校の貴様と…ついでに、そこの小僧もな。」

「え!?チャン僕もぉ!?」

 

 

 

怪我をしているからと、あのまま竜一の家に泊まったセリとギョウは…

 

翌日の朝に、どうにか起き上がれるまでに回復したスズナと一緒に。迎えに来たと言う紫魔家のリムジンに連れられて、決闘市の北地区…

 

その決闘市内でも、中央地区と並んで栄えているとされている古風なるも絢爛豪華な街並の…

 

その中でも、最も巨大で厳かで歴史ある造りをした、庭園の美しい『城』のような建物…

 

 

 

『紫魔本家』へと、連れて来られていた―

 

 

 

そして説明もなく、ただただ淡々と通された座敷で待ち構えていたのは紛れも無く…融合王者【紫魔】、紫魔 憐造その人。

 

そう、あの政界、財界、決闘界に深い繋がりを持つとされている紫魔本家の長、紫魔 憐造本人が、直接待ち構えるようにしてセリ達を迎えたのだ―

 

…しかし、出迎えるといってもそれは和やかな雰囲気などでは断じてない。

 

重々しい空気に、寒気を感じるほどの部屋の雰囲気…

 

身だしなみの整った、そのスーツ姿がより一層彼の冷徹さを増大させる。その見るからに機嫌の悪そうな彼の姿は、彼が『この件』に関して決して良好な感情を抱いているわけではないということを誰の目にも明らかに見せ付けており…

 

 

これが、【紫魔】…若くして【王者】の地位に就いた、正真正銘本物の【王者】―

 

 

TVで見るのとはまるで違う、初めて対峙する本物の融合王者【紫魔】。本物のみが放つ『恐怖』その物のような、この果てしなく強いオーラはとてもじゃないが同じ人間が発しているモノとは到底思えるはずもない、規格外にも程がある代物とも言え…

 

この部屋に入った瞬間に、セリもソレをひしひしと感じてしまったのだろう。夏だと言うのに寒気を感じてしまうほどの重圧と、息が詰まるようなこの部屋の重苦しい空気は自分達を歓迎しているわけでは断じてない…と言う事を。

 

 

そんな【紫魔】は、後から入ってきた紫魔家の従者らしき人物から、これまでの経緯を事務的に短く報告させると。

 

 

ただただ冷徹に、ただただ無慈悲に…

 

 

『そう』、言葉を述べたのだった―

 

 

 

「あ、あの…俺とスズナと…それにギョウまで消されなきゃいけない掟って一体何なんで…」

「黙れ。」

「ッ…」

 

 

 

有無を言わせず。

 

反論…いや、反論にもなっていない、純粋な疑問を呈示しようとしたセリの言葉に全く耳を傾ける気も無く。

 

【紫魔】の様子から察するに、スミレは兄の説得を失敗したのだろうか。いや、そもそもからして、こんなにも恐ろしい【紫魔】を説得するなど、例え妹であろうとも出来るはずがなかったのだ。

 

…実際の【紫魔】をその目で見て、ソレを強く痛感してしまったセリ・サエグサ。

 

 

恐い…ただただ、恐い―

 

 

…それはどこまでも人間味を感じさせない、冷徹なりし『鬼』の顔。

 

底知れぬ恐怖…紫魔 憐造を指して使われるその言葉の意味を、セリはその身で理解させられてしまったのか。

 

この男は人間ではない…もっと別の生き物…それこそ感情のない、人間などどうなっても良いと思っている本物の『鬼』の様な―

 

そして【紫魔】は、セリの言葉を端的に切って捨てると。

 

もう、用は無いのだと言わんばかりの態度のままに立ち上がり始め…

 

 

 

「いらぬ時間を取らせたものだ。」

 

 

 

そのまま、セリ達に恩赦を与える気など微塵も見せず。

 

冷徹なりし態度のままに、紫魔 憐造がこの座敷から出て行こうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 

―スパァン!

 

 

 

…という、勢い良くふすまが開く音と同時に―

 

 

 

 

「スミレ…なぜ来た?」

「酷いじゃない兄様!私に内緒で全部終わらせようとするなんて!ばあやが教えてくれなかったら手遅れになるところだったわ!」

 

 

 

そう、既視感のある登場の仕方で、この和室に飛び込んできたのは紛れも無く【紫魔】の妹、紫魔 スミレであった。

 

…焦った様子で、息を切らして。

 

それは彼女からしても、兄が下した今の判決が予想と希望に反したモノであったからこその焦りなのか。

 

そのまま、座敷へと飛び込んできた彼女は…冷徹な裁きを下した兄、紫魔 憐造へと向かって。

 

怒っているかのように、言葉をぶつけ始める。

 

 

 

「昨日は兄様が忙しくてあまりお話し出来なかったから、今日は私も交えて決めるって話だったじゃない!うそつき!」

「…お前がうるさく口を挟むことがわかっているから、わざとお前を遠ざけたのだ。それくらい分からないのか?」

「それが酷いって言っているの!私にも関係があることなのよ?スズナは私の従姉妹で、セリさん達は私の友人!いくら兄様でも、私の大切な人を奪う権利なんて無いはずでしょう!?」

「だが私との繋がりはない。お前には従姉妹でも私には血の繋がらぬ赤の他人…他人と掟、どちらを優先すべきなのかは明白だ。」

「また掟掟って…そればっかり…」

 

 

 

しかし、いくら【紫魔】の妹が助けに現れたとは言えども。

 

口論のペースはあくまでも【紫魔】の方に分があり、どこか感情的になっているスミレと違って冷静に事を進めようとしている紫魔 憐造の方が一枚も二枚も上手かのようではないか。

 

…しかし、それも当然なのか。

 

何せスミレの相手は紫魔本家の長、政界・財界・決闘界に深い繋がりのある『鬼才』、世界に名立たる融合王者【紫魔】、紫魔 憐造であるのだから…

 

いくら妹の抗議とはいえ、この人間場慣れしたオーラを醸しだす【紫魔】が。ソレを聞き入れてくれるとは、この口論を聞いているセリからしても到底考え難いことでもあり…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

「はぁ…いいかスミレ、昨日も言ったが、これは大事な掟なのだ。紫魔家において掟は絶対、つまりこれも仕方のない事で…」

「何が掟よ!いくら兄様でも、スズナ達を消したら嫌いになるから!」

「なっ!?…ま、待てスミレ、それは少し言いすぎじゃないか?」

「知らない!話を聞いてくれない兄様なんか嫌いよ!」

「ぬぁ!?」

 

 

 

何やら…

 

…先ほどの、底知れぬ恐怖を感じさせるあの態度から一転。

 

【紫魔】の口から、あまりに『人間臭い』呻きが聞こえたと思ったその矢先に…妹の『嫌い』という単語に対し、何やら【紫魔】はえらく動揺した態度を見せたかと思うと。

 

…そのまま、紫魔 憐造は先ほどまでの冷徹な声とはあまりに異なる感情的な声を出しながら。

 

感情的に『嫌い』と言い放った妹に対し、まるで叫ぶようにしてその口を開き始めたではないか―

 

 

 

「スミレェ!兄様に向かって嫌いとは何事だ!兄様はこんなにもお前の事を思っていると言うのに!」

「今そんなこと関係ないでしょ!それよりスズナの事よ!」

「掟は掟だ!お前も本家の者ならば、掟の重要性はなによりも…」

「だから、その掟を兄様が変えてよって言っているの!とにかく、スズナを消すなんて許さないから!セリさん達も、こっちの都合で消すなんてもってのほかよ!」

「いつからそんなわからず屋に…ッ、また天城 竜一とかいう下民に影響されたのか!?そうか!そうなんだな!?ダメだ、兄様は認めぬぞ!お前、まさかあんな下民と一緒になりたいだなどと抜かすのではあるまいな!」

「だ、誰があんな奴…じゃなくて、今は竜一の事は関係ないでしょ!」

「呼び捨てだとぉ!?スミレェ!ま、まさかお前、あの無礼な男と関係を持ったのではあるまいなぁ!?」

「馬鹿なこと言ってないで!」

 

 

「ねーねー…これがさー、あの恐いって有名なー…【紫魔】の憐造サン?なんかさー、さっきとさー、感じがちょっとさー…ねースズナたん、【紫魔】ってもしもしのもしかしてシス&コ…」

「お嬢様…私のためにそこまで…うぅ…」

「聞いてないぞ、ギョウ。」

 

 

 

…昨日、スミレ本人から『ソレ』を聞いていたセリはともかくとして。

 

何も知らなかったゴ・ギョウが、今の紫魔 憐造の『ソレ』を見てあっけにとられているのも無理は無く。

 

…何せ今の【紫魔】の姿は、世に広く知られる【王者】の姿とは似ても似つかぬ直情的な代物。

 

感情の無い『鬼』の様だった、先ほどの姿とはまるで正反対…妹の感情に振り回され、些細な言動で一喜一憂…いや、心慌意乱の姿を見せている今の彼は、この場に居る誰よりも『人間臭い』姿を見せつけているのだから。

 

…口論に口論を重ね、感情に感情をぶつけ合う紫魔兄妹。

 

こんな【紫魔】の姿なんて、きっと誰が見たって信じられるわけもないだろう。そう、あの冷徹と冷然と冷静が人間の形をしているかのような、あの孤高の存在として世界に知られているあの紫魔 憐造に…

 

こんな、人間臭い一面があるだなんて―

 

しかし、ソレがいかに信じられぬ光景であったとしても。ソレが紛れもなく今目の前で繰り広げられているのだから、この光景がどれだけ信じがたい真実であるとはいえ。

 

ソレを見せられているセリとギョウからすれば、呆然としつつも飲み込む以外に道はなく…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

しばらくの言い合いの後に、口論と言う名の兄妹喧嘩に決着がついたのか―

 

いや、決着というよりも、一方的に勝ち誇った顔をしている『妹』の横で…

 

…どこか諦めたように、そして疲れたように。

 

【紫魔】は、そのどこまでも『人間臭い』顔を、改めてセリたちへと向かい直したかと思うと―

 

 

 

「はぁ…スズナ。貴様は本日この時を持って紫魔家から追放する。今後は紫魔の名を名乗る事を一切許さず、決闘市に踏み入る事も禁じる。デュマーレでもどこでも、好きに行くがいい。…よいな。」

「はい…」

「デュマーレの貴様らもだ。掟を破った『冴草』の貴様と…我が妹に東地区にて声をかけ不等にも道案内を要求し不釣合いながらカフェへと連れ込んだ挙句カフェにてスミレを『弱い』と愚弄したそこの無礼で無教養の下種、もといクソガキ、いや小僧。…貴様らにも、大変不本意ながら今日1日だけの猶予をやろう。私としてはまことに不本意なのだが…その間に貴様らがこの街から居なくなれば、後の事はこちらで片付けてやる。スミレの友人というのだから特別にだ。スミレに感謝しろ。」

「は、はい…ありがとうございます…」

「…おい、チャン僕のは思いっきり私&怨じゃねーか。つーかてーか何でソコまで知ってんの?こわー…」

「おい、ギョウ…」

「ひゃはは、寛大なお心ありざいまーす。」

「全く…スミレ、これでいいのだろう?」

「うん…ありがとう兄様。スズナを…みんなを消さないでくれて。」

「我が侭はこれっきりにしてくれ?後でババアどもに煩く言われるのは俺なのだから。」

「頼りにしてるわよ。兄様にしか出来ないことなんだから。」

「ふっ…仕方のない妹だ。」

 

 

 

…と、そう締めくくったのだった。

 

 

 

「…すっげーシスコ…」

「言うな、ギョウ。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

その夜―

 

 

 

「元気でね、スズナ…」

「お嬢様…なんとお礼を言えば良いのか…私なんかのために…」

「『なんか』じゃないわ。貴女が助かって本当によかった…貴女が生きててくれるだけで、私は嬉しいの。」

「お嬢様…」

 

「ギョウ、セリ、よかったな。これでまたお前らとデュエルできるぜ。」

「ひゃは、次会うときは対抗戦だねー、まっ、楽しみにしといてアゲアゲってカーンジィ?」

「リューイチ、面倒をかけてしまって本当にすまなかった。イノリさんにも…よろしく伝えてくれないか?」

「おう。」

 

 

 

波も静かな夜の港…

 

その、決闘市の外れにある埠頭にて―

 

今まさに、決闘市を後にしようとしているセリ、ギョウ、そしてスズナを…天城 竜一と紫魔 スミレが、心惜しそうに見送りに来ていた。

 

…それは大人数ではない。たった2人だけの見送り。

 

まぁ、紫魔家から『追放』という扱いを受けたスズナはもちろんのこと。セリとギョウも、昼間に決闘市中であれだけの大騒ぎを巻き起こしたのだから…彼らに倒されていった学生達が大勢いる以上、デュマーレ組を見送ろうという学生など他には確かに居るはずも無いと言えばそこまでなのだが。

 

…今夜中にこの街から出て行くことを条件に、『暗部』の追跡を取りやめてくれルと【紫魔】は約束した。

 

それだけではない。紫魔 スミレからの温情で、セリ達にはデュマーレ行きの『客船』の席まで用意されたのだ。

 

それは掟を破ったスズナと、紫魔家に目を付けられたセリ達にとっては破格の恩赦。一般庶民であるセリとギョウからすれば、『豪華客船』とも思える船の席が…紫魔 スミレから、お詫びとして与えられ…

 

しかし、まさかアレだけ迷惑をかけた自分達が、紫魔家から緩しを得ただけではなくタダで故郷であるデュマーレまで帰ることを許されるだなんて。

 

…流石は融合王者【紫魔】の妹君にして、名家たる『紫魔本家』の副当主か。

 

昨日のカフェでの楽しい談義もそう。【紫魔】から恩赦を勝ち取ってくれたその行動力もそう。その寛大なるも優しきスミレの心に、セリはずっと救われっぱなしで…

 

 

また、天城 竜一にしてもそう。

 

 

確かに最初は衝突してしまったものの、昨日一晩共に過ごしたおかげか。

 

喧嘩した相手はみんな『ダチ』という竜一の、その単純なるも高原のように広い心の前では…理屈屋のセリも、奔放派のギョウも。その心を深いところまで許さざるを得ないほどに、彼らは短くも太い絆を結んだのだ。

 

…こんな異国の地で、こんなにも心許せる友が2人も出来るだなんて。

 

その思ってもみなかった新たな出会いに、セリの心にはこれまで以上に旅に出て良かったという嬉しい感情がジワジワと沸きあがっていて。

 

 

 

「あ、そーだ、リューちんさー。」

「あ?何だよ。」

 

 

 

すると、そんな自分達を見送りに来てくれた竜一に対して。

 

何やら、ゴ・ギョウが思い出したようにして…

 

改めて、その口を開き始めた。

 

 

 

「つーかてーかなんてーか?リューちんって…『逆鱗』の、何なん?」

「何って…何がだ?ってか、何で『逆鱗』?」

 

 

 

ゴ・ギョウが放ったその問い…それは実際に天城 竜一と戦ったゴ・ギョウだからこそ感じられた純粋な疑問。

 

…そう、ゴ・ギョウはその目で見た。

 

デュエルの最中、切り札である【ダーク・アームド・ドラゴン】を召喚した天城 竜一のその雰囲気が…あまりに、『逆鱗』に瓜二つであると言うその姿を。

 

…先日立ち寄ったデュエリアの街で、実際に『逆鱗』と遭遇したゴ・ギョウ。

 

そして、その『逆鱗』のオーラを直接ぶつけられた彼だからこそ―天城 竜一の持つ雰囲気が、あまりに『逆鱗』に似ていると言うことに、どうしても疑問を感じてしまったのか。

 

だからこそ…

 

ゴ・ギョウからの唐突な問いに、天城 竜一が思わず困惑している様子を見せてしまったとしても。

 

どうしても気になるのだとして、ゴ・ギョウは更に言葉を続け…

 

 

 

「いやー?リューちんさー、なーんかデュエルとか雰囲気とか?どことなーくこの前デュエリアで会った『逆鱗』に似て…」

「ッ!お前らオヤ…『逆鱗』に会ったのか!?」

「オヤ?…ま、会ったっつーか?セリが殺されかけたっつーか?」

「…あー…アレはホント死ぬかと思った…」

「…テメェら、何したんだ?」

「ま、それよりー…だからリューちんって、『逆鱗』の何なん?」

「…」

 

 

 

また、ゴ・ギョウとセリから飛び出した『逆鱗』とのエピソードを耳に入れ…何やら、彼なりに思うところがあるような素振りを見せる中央校2年、天城 竜一。

 

…ゴ・ギョウがわざわざ、『逆鱗』の名を出したのにも意味がある。

 

そう、彼は天城 竜一と、『逆鱗』と呼ばれる劉玄斎に、何らかの関わりがあるのではないかという確信を持って竜一へとその問いを投げかけたのだ。

 

だからこそ…こんなにもどストレートな問いを渡された天城 竜一は、ゴ・ギョウからの問いに対し一体今何を考えているのだろう。

 

ゴ・ギョウからのその問いに対し、彼はどう答えればいいのか悩んでいる様子でもあり…

 

 

 

「俺は…」

 

 

 

そして…

 

 

 

刹那の沈黙の直後に。

 

 

 

天城 竜一は、どこか意を決したように―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は…『逆鱗』のファンだ。」

「…ひょ?」

「あーバレちまったかー。そーだよ、俺は『逆鱗』の大ファンなんだ。俺のスタイルが『逆鱗』に似てんのもそのせいかもな。そうだよ、何を隠そう、俺は『逆鱗』の大ファンなんだからよ。うんうん、ファンだからスタイルが似てんだよなー、なら仕方ねーよな、うんうん。」

「ひゃは、ファン…ねー…」

 

 

 

『逆鱗』の、ファン。

 

ソレは彼の本心からの言葉なのだろうか。

 

だってそうだろう。あまりに棒読みでつらつらと語られる、今の天城 竜一の言葉はどこか会話をはぐらかしているかのような言動となりて、あまりに『わかりやすく』ギョウ達へと伝えられているのだから。

 

…こんなにも棒読みなごまかし方を聞けば、子どもだってソレが嘘であると簡単にわかる。

 

それが、その答え方が。どれだけ正確な『答え』となっているのかを、天城 竜一は理解しているのかしていないのか…己の知る『真実』を、そのまま口にするわけでもなく。どこまでが本心なのか分からぬその答えを、投げかけてきたゴ・ギョウへと向かって返すだけ。

 

けれども、竜一からの答えを聞いたゴ・ギョウは…

 

そう、天城 イノリ…竜一の母親から感じたモノと、竜一の放ったモノをより近くで感じ取ったゴ・ギョウは…

 

天城 竜一とガチンコのデュエルをし、新たに友となったゴ・ギョウは―

 

 

 

「フーン?そんじゃま、そーゆーことにしといてやんよ。ひゃはは、ファンならスタイル似てても?別に可笑しくナッシングだもんねー。」

 

 

 

…と、静かにそう言ったのだった。

 

 

 

「お前らもプロになんだろ?なら、お前らとの決着はプロの舞台だ。」

「ひゃは、チャン僕とは今度の対抗戦でまた戦るけどねー。でもまー、プロなってからの方が確かにオモシレーかもね。【黒翼】の息子クンも来るんだろうしさー。」

「あー…いや、マサの野郎はプロにゃならねぇんだ。親父さんとウマが合わないみたいでよ。」

「…ふーん、【王者】の息子もそーとー大&変なんだねー。」

「けど、俺は勿論プロになるつもりだぜ。セリ、お前もプロになるんだろ?」

「俺は…」

 

 

 

…そして、別れの時間が迫ってくる。

 

だからこそ、これが最後の言葉なのだとして…今一時の別れの為に、最後に竜一はデュマーレ組に向かって、そう言葉を投げかけて。

 

しかし、ソレに対しハッキリと自分の答えを述べたゴ・ギョウを他所に…

 

セリの言葉はどこか歯切れが悪いままであり、それは彼が未だ自らの進むべき道に対し明確な未来を思い描けていないが故の迷いなのか。

 

…まだ、プロになる決心がついたわけではない。

 

デュマーレ、デュエリア、決闘市と、これまで3つの都市で大きな戦いを経たセリを持ってしても。まだまだ自分の未来は不透明で不確定なままなのだとして…セリの心は、未だ自分がプロになるべきかどうか決めかねている様子を見せたままで。

 

 

けれども…

 

 

竜一は、セリが迷っているところを見てもなお―

 

 

 

「プロの世界でまた会おうぜ、絶対な!」

 

 

 

…と、自信たっぷりにハッキリとそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

船が出る。

 

満天の星空の下、波に揺られながら。

 

天城 竜一と紫魔 スミレの目に映るは、夜の水平線の境界へと向かって進んでいく船の背に乗った…デュマーレから来た新たな友と、新たな人生を歩む為に故郷を去っていく一人の幼い少女の姿。

 

…鳴り響く汽笛、さざめく波音。

 

どこか寂しさを感じさせる、夏の夜に吸い込まれていくその優しい音は…

 

激しい戦いを経た竜一と、大きな論争を制したスミレの心に静かに静かに染み渡るようにして夜風に乗り…

 

…けれども、これが別に今生の別れになるわけでもない。また会おうと約束したかけがえの無い友たちとの一時の別れは、決して寂しいだけのモノではないのだから。

 

そんな、この夏の夜にふさわしい優しい音を聞きながら。船に乗り去っていく友たちを、竜一とスミレはいつまでも見送りつつ…

 

 

 

「…ファンだなんてよく言うわよ。アナタ、以前は『プロになって『逆鱗』を叩きのめす!』って言ってなかったかしら?」

「…っせぇな、いいだろ別に。…アイツを叩きのめすってのは今も変わってねぇよ。プロになって、アイツを正面からブッ飛ばすところを…お袋に見せてやんだ。」

「…そう。好きにしたら?どうせ止めたって聞かないんだから。」

「あぁ。」

 

 

 

彼らにしかわからぬ感情の中で、そう言葉を交わす竜一とスミレ。

 

…それは今この場では語られぬ、『別の誰かの物語』で紡いだ彼らの雰囲気。

 

友達…と言うには距離が近い。けれども恋人…と呼ぶにも距離が遠い。

 

そのもどかしいけれども心地よい、薄い壁を感じるような距離感の下で…誰にも邪魔されないからか、夏の夜の潮風に当たりながら…

 

小さくなっていく船を見送りつつ、スミレは竜一へと向けて、そのまま続けて言葉を発し…

 

 

 

「あ、そうだ。ねぇ竜一…もし、もしも、よ?『Ex適正』を複数持ったデュエリストや、逆に『Ex適正』を持たないデュエリストが居たとしたら…アナタ、どう思う?」

「…あ?なんだよそのありえねー問題は。」

 

 

 

スミレの問い…それは昨日、彼女がカフェにてセリ・サエグサから問われた、『ありえない』けれども『面白い』、そして何より『難しい』と彼女が感じた1つの問い。

 

『Ex適正』を複数持つデュエリストや、逆に『Ex適正』を持たないデュエリストが居たらどう思うか…

 

その、この世界に生きる人間ならばそもそも考えもしないであろうその問いを、今度はスミレが竜一へと投げかけたのだ。

 

…しかし、そんな例え話など、この世界の『常識』を理解している人間からすれば考える必要も無い話だと言うのに。

 

だってそうだろう。この世界に生きる人間にとって、扱えるExデッキの召喚法は『1人』につき『1つ』だけ。

 

融合、シンクロ、エクシーズ、その3つの中から、自分が使える召喚法がその内の唯一つだけと言うのは…この世界に生きる人間からすれば、子どもでも知っている常識中の常識であるのだから。

 

だからこそ…普通の感性を持った人間ならば、答えることすらしないだろう。そんな突拍子もなく現実味の無い、根底からしてありえないその質問に対して。

 

ソレ故、今ソレを天城 竜一に聞いたところで自分が納得する答えが帰って来るかどうかなんて、スミレ自身にだってわからないものの…

 

それでも、彼女はどうしても彼の答えが気になるかのようにして。少々詰め寄るようにして、隣に立つ彼からの答えを待ち続けるのか。

 

 

 

「いいから、アナタならどう思うのか気になったの。私も考えているんだけれど、まだ上手く言葉に出来なくて…」

「ンだそりゃ…またゴチャゴチャ考え過ぎてんじゃねーのか?こんなモン、パパッと思いたらソレが自分の答えじゃねーか。」

「それは…そうなんだけど…だからアナタはどう思うのか、それが知りたいの。ねぇ、どう思う?『Ex適正』を複数持ったデュエリストや、『Ex適正』を持たないデュエリストが居たら。」

「あー…そうだなー、そりゃ融合とシンクロとエクシーズ全部使えたら普通にスゲーと思うけど…」

「思うけど?」

「…逆に、Exデッキ使えない奴が居ても、ソイツはどんなデュエルすんだろうなってワクワクするな。」

「え?」

 

 

 

そして…

 

 

天城 竜一から帰ってきた答え…それはスミレからしても、少々予想外のものであった。

 

 

そう、『ありえない質問』に思考を放棄するわけでもなく、かといって頭ごなしに否定するわけでもなく。

 

居るはずの無いその『例え』に対し、どこまでも肯定的に物事を捕らえる竜一の答えは…

 

色々と難しい言葉で『答え』を作ろうとしていたスミレからすれば、あまりにシンプルなるも本質を突いた、それでいて言葉に出来なかった自分の答えに、確かな『形』を与えてきたのだから。

 

 

 

そのまま、天城 竜一は続ける…

 

 

 

「…ワクワク?」

「おう。だってよ、Ex適正が無ぇってことは、ソイツはExに頼らずメインデッキだけで戦うっつーことだろ?ンなデュエルするやつとなんて戦ったことねーから、どんなデュエルすんだろーなって逆にワクワクすんだろが。俺らじゃ想像できねぇ、Exに頼らねぇデュエルするんだぜ?そんなことが出来るなんて、絶対ぇ凄い奴に決まってんだろ。…ま、俺も似たようなデュエルするけどよ…でも、俺とはまた違うっつーことだしよ。」

「…ふふっ、アナタらしい答えね。でも…そうね、私も同じような答えかも。もしそんなデュエリストが居たら、きっと私達の想像の上をいくデュエルをするんでしょうから…きっと、いいえ、絶対に凄いデュエリストに違いないわ。」

「あぁ。もし居るなんら会ってみてぇな。んで、デュエルしてみてぇ。」

「えぇ、私も…ふふ、そう思うわ。」

 

 

 

単純…しかし明確―

 

その、竜一から紡がれる感情からの言葉は、理論で物事を捉えようとするスミレとは真逆も真逆の正反対の性質。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

輪郭は掴めていても、言葉に出来ていなかったスミレの『答え』に…竜一の感情からくるストレートな答えは、スミレのモヤモヤしていたソレをいとも簡単に吹き飛ばす代物となりて、どこまでも欲しかった『答え』をくれるのか。

 

 

 

…船の形が、見えなくなるほどに小さく遠くなっていく

 

 

 

その、かけがえの無い友たちを乗せた船を…

 

 

 

 

 

「…面白い奴等だったな、アイツら。」

「えぇ。また会いたいわね。」

「会えるさ、プロの世界でな。いつかまた、絶対だ!」

 

 

 

 

 

竜一とスミレは、いつまでもいつまでも見送っているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

「お?どうした?」

「用意した客船って…あんなに古びてたかしら…」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船上―

 

 

 

 

 

「スズナ、もう体は大丈夫なのか?」

「あぁ。もうほとんどダメージは残ってはいない。」

「そうか、ならよかった。…あ、そういえばギョウ、お前もよく無事だったよな。はぐれた時、30人くらいに囲まれてなかったっけ?」

「ひゃはは、マフィアに追われた時と比べたらよゆーだったっしょ。」

「あー、確かにあの時も確かに大変だったけど…」

 

 

 

乗り遅れる寸前のところで、出発ギリギリでどうにか船に駆け込むように乗船したセリ達は…

 

他に誰もいない甲板の上で、小さくなっていく決闘市を名残惜しそうに眺めながら、そう言葉を交わしていた。

 

…それはお互いを労いつつ、この街で起こったあの騒動をゆっくりと振り返っているかの様なゆったりとした雰囲気。

 

大変だった…本当に、色々な事がありすぎた―

 

思い返しただけでも、たった2日間しか滞在しなかったとは到底思えない濃密な時間を繰り広げたセリとギョウ。

 

そして人知を超えた超常現象に巻き込まれたスズナも、下手をすれば命を落とすところであったのだから…

 

きっと、決闘市で起こった2日間の騒動は実時間以上の経験となりて、セリ達の心に深く深く刻まれているに違いないことだろう。

 

 

 

そして、決闘市の明かりが遠く遠くなっていき…

 

 

 

「ま、その後にリューちんとデュエルする羽目になったんだけどもだっけーど?ひゃは、つつがなくー、ってね。」

「…の割りには、今にも倒れそうじゃないか。そうとうヤバかったんだろ?お前も。」

「………まーねー…確かし、ちょっち舐めてたわ決闘市…」

「あぁ…みんな強かった…それに、まさかプロまで出てくるなんてな…」

「それなー…」

 

 

 

 

 

 

「つよかったー!何なんだよ決闘市!やばすぎだろ!」

「雑魚なんて居ナッシングだったじゃんねー!誰だよ決闘市雑魚ばっかつった馬&鹿はー!」

「ッ!?な、なんなのだいきなり!?」

 

 

 

ゆったりと流れていた時間を割くように。

 

いきなり大声を上げたかと思うと、大の字になって倒れこみながら…セリとギョウは、星空を見上げて叫び始めて。

 

…そのまま、ビックリした様子のスズナを意に介さず。

 

これまで押さえていたモノを、全て吐き出すかのように…

 

セリとギョウは、まだまだ続けて叫ぶのみ。

 

 

 

「あー!こんなことならデュエリア校にも殴り込んどくんだったー!すっごいもったいないことしたー!」

「だーから言ったじゃんねー!学生なんて戦う意味ナッシングつったのセリだかんねー!」

「何だよあの『四天王』とか『火焔』とか!それに『虎徹』が出てくるなんて反則だろ!?プロだぜプロ!他にも色々ヤバすぎだって!」

「これで去年の方が?もっとヤバい奴ら居たとか?ジョーダンきっついっしょマジマジマージでー!」

「はぁ…はぁ…あー…面白い街だったな、決闘市…」

「ひゃは。セリ、お前今、決闘市で生まれたかったって思ったんじゃね?」

「あぁ…戦う奴等全員、気を抜けない相手ばっかりで…」

「ねー、退屈しなさそーだもんねー決闘市。」

「あぁ…」

「…何なのだ、お前たちは。いきなり叫びだして…」

「ひゃはは、すんげー楽しかったってこと。」

「もっと色んな所にも行ってみたかったな…ま、デュマーレに帰ったらしばらくはいけなくなるけど…」

「それなー。次は親父さん、ゼッテー許してくんなさそーだもんねーひゃははは。」

 

 

 

零れるは昂ぶり、溢れるは興奮。

 

決闘市での数々の戦いに、どうにも叫ぶのを我慢できないセリとギョウ。

 

…強かった…本当に、強い奴等ばかりだった。

 

これまで、デュマーレの中だけという狭い世界で生きてきたセリたちにとって…戦う学生全員が強者、全てが気の抜けないデュエルだったというあの騒動はどれだけの刺激となり得たのか。

 

…故郷に居たままでは、絶対に味わえなかったであろう数々のデュエル。

 

ソレを経験した今のセリは、求めていた『圧倒的強者』とのデュエルこそ叶わなかったものの、ソレ以上の満足感を得ているかの様でもあり…

 

…ソレ故、疲れ果てるほどに戦い抜いたセリの心は。

 

一旦の『終わり』を迎えるであろうこの旅に対し、どうやっても充分過ぎるほどの抱え切れない充実感で溢れていて―

 

 

 

「さて、デュマーレに着くまでゆっくり休むか………ん?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

「なぁ、ギョウ…」

「ん?」

「…この船…乗り遅れそうだからって、お前が『コレっしょー!』って飛び乗った船…だったよな?」

「イカにもタコにもアナゴにも。」

「なんか人の気配が無い気が…」

「ひょ?ンもーセリってばー、ゴーカ客船なんだから人居ないわけが…」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「あり?」

 

 

 

―セメタリア行き『貨物船』

 

 

 

「あっれー!?間違えちったー!」

「ギョウ!」

「貴様!どうするのだ!?」

「ま、メンゴメンゴー。」

「謝ってすむか!」

「どうするのだ貴様ぁ!」

 

 

 

…いや、騒動ばかりの彼らの旅が、ここで終わりを迎えるはずもなく。

 

船を間違え、行き先を間違え…

 

 

 

 

「セメタリアって全然違う国じゃないか!ど、どうすんだよこれ!」

「ふ、不法入国ではないか!強制送還などされたら今度こそ私は消されてしまう!」

「ひゃはははは!わりーわりー!ひゃっはっは!」

「笑ってる場合かぁ!」

「笑っている場合か貴様ぁ!」

 

 

 

 

旅は、まだ続いていく―

 

 

 




次回、遊戯王Wings外伝「エピソード七草」
ep4、「スズシロ in セメタリア」

遊戯王Wings外伝『決闘市のリトルドラゴン』
ゆっくり、執筆中。





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ep4「スズシロ in セメタリア」

 

 

 

セメタリア―

 

それは世界に多々ある国々の中でも、2番目に大きな国土を誇る歴史の古い大国の名。

 

…正式名称、セメタリア王国。

 

首都デュエリアを要する世界最大の国土を持ったデッキード共和国にほど近い、2000年以上の昔から続くと言われる歴史深い国として有名な世界最古の国のひとつであり…

 

そう、知る人ぞ知る『鏡の英雄』…1500年以上前に、7柱の『悪霊の神々』を地上絵に封印し世界を救ったとされる伝説の英雄が生まれ育ったこの国は、狼王の末裔とも呼ばれるセメタリア王家が代々国を統治していることでも知られる歴史的に有名な土地でもある。

 

…太古から育まれた山や森と言った、自然豊かな土地柄は勿論の事。『悪霊の神々』が封印されたとされる7つの地上絵は、『世界決闘遺産』の1つに数えられるほどに有名な観光地。

 

また、セメタリアの首都である『デュエルトリコ』は、5大デュエル大都市に数えられるほどにデュエルレベルが高いと言われているのだ。

 

そう、近年で言えば4代前のシンクロ王者【白爪】や、3代前のエクシーズ王者【黒剣】と言った、かつては【王者】も輩出したことで有名な決闘学園デュエルトリコ校。

 

その名声は古くから衰える事無く、また世界中の決闘学園の中でもこの学園は特に若手の教育に力を入れているとされているために…

 

…決闘学園デュエルトリコ校の教育は凄まじいの一言であり、厳しさ世界一と言われるほどのまるで軍隊さながらの授業が行われているというではないか。

 

規律の取れた統制によって鍛えられる、デュエルトリコ校の学生達の質は凄まじく高く。3年生ともなれば、学年全員がプロにいっても通用すると言われるまでに層が厚く、その教育方針はまさに全世界の決闘学園でも随一の教育プログラムとされていて。

 

…ソレに加えて、セメタリアの首都デュエルトリコにて行われる、【デュラーズニーク】と呼ばれる学生達の祭典は世界中のプロ達も観戦に訪れるほどに世界的に有名。

 

決闘市の【決闘祭】、デュエリアの【デュエルフェスタ】、デュマーレの【フェスティ・ドゥエーロ】、闘都の【龍節戦】と並んで…5大デュエル大都市に数えられる都市の、次代のプロ候補生たちの戦いを、世界中のプロデュエリスト達が注目しているのは最早言うまでもないことであり…

 

それ故、セメタリアの最高峰の学生達のデュエルと、デュエルトリコ校の教育の光景を見れば誰だってセメタリア、ひいてはデュエルトリコがどれだけ学生の教育に力を入れているのかを理解するに違いなく。

 

 

 

…大自然に囲まれた、歴史深い神聖な土地。

 

…ハイレベルな学生達が大勢いる、世界最大級の国と決闘学園。

 

 

 

 

そんな、これまでデュマーレ、デュエリア、決闘市と、デュエル大都市にて壮絶な戦いを繰り広げてきた決闘学園デュマーレ校2年のセリ・サエグサは…

 

 

セメタリアの首都、デュエルトリコ………ではなく、地図でも省略されるようなセメタリア王国の『端』の『端』…

 

 

地図にも載っていないような、深い深い『森』を抜けた所にある…

 

荒波打ち付ける『断崖絶壁』の、その眼下に広がる自分達が渡ってきた『海』を望みながら…

 

街灯よりも光が強い、夜空の『月』の明かりに照らされつつ…

 

 

 

「…なんでこんな事になっちまったんだ…」

 

 

 

深い…それはそれは深い『溜息』と、それはそれは苦い『苦言』を吐き出していた。

 

 

 

「…当てもない、金もない、食い物もない…このままじゃ本当に野垂れ死んじまう…」

 

 

 

首都から遠く離れたセメタリアの端で、夜闇を照らす月明かりに美しい金髪を煌かせ。断崖絶壁に吹く潮風に髪を揺らし、物憂げな瞳と憂鬱な表情にてそう零したセリ・サエグサ。

 

…微かに漂い始めた辺りの『霧』も相まって、今の彼のその雰囲気は悲嘆に塗れた美少年という表現がピッタリと当てはまるほどに…

 

そう、のっぴきならない状況に陥っているのにも関わらず、今の彼の姿はまるで名画から抜け出た被写体のように『絵』になっているというのがなんとも皮肉めいていたことだろう。

 

…そう、セリからすれば、魅せようと思ってこんな物憂げで憂鬱な美少年のように整っている悲嘆な顔を周囲へと見せているわけでは断じてないのだ。

 

まぁ、もしここに彼と同じ年代のうら若き女生徒が居たとしたら、きっとセリの薄幸なる愁いを帯びた立ち姿だけで無意識なる雌の黄色い声を漏らさずには居られないことだろう。

 

しかし、それでも今この現状においては。心の底から切羽詰っているセリは、ただただ自らが置かれた状況に対し深い悲嘆の溜息をゆっくりと吐くだけであり…

 

 

 

「ンもーセリってばー!どんどんだけだけ悔やんだってぇ?そう!やっちまった事は取り戻せなうぃーんだぜー?」

「誰の所為だと思ってるんだよ!こんな見ず知らずの土地で!知らない国に不法入国する羽目になったのは!」

「…セリの言う通りだこの馬鹿者が。不法乗船に不法入国…貴様の所為でお嬢様のご厚意が完全に無駄に…」

「ひゃはははは!だからワリーって言ってんじゃーん?」

 

 

 

…また、感情のままに怒りを飛ばしたセリの後ろには。

 

パチパチと音を上げる焚き火に当たりつつ、底抜けに、かつ青天井に楽観的な声を出している少年と…セリと同じく、先の見えない現状にこの上ない溜息を吐いていた、一人の少女の姿がそこにはあって。

 

その内の1人は紛れも無く、この『旅』を同じくしているデュマーレ校2年のゴ・ギョウ。

 

そしてもう1人は、先日立ち寄った決闘市でセリ達の旅に同行することが決まった決闘市出身の14歳…紫魔…の姓を名乗れなくなった、ただの一般人に成り下がってしまった名字なき少女、スズナ。

 

 

…森を抜けた先の、薄っすらと霧が漂う崖の上で、野宿と言わんばかりに焚き火に当たり。

 

 

夜の潮風に吹かれながら、キャンプをするには少なすぎる手荷物を傍に置いたギョウとスズナの二人のテンションは…あまりに相対的とも言える、楽観と絶望がバチバチにぶつかり合っている光景であったことだろう。

 

そう…崖の上で悲嘆に暮れているセリと、楽観的に笑っているギョウと、絶望の顔つきで焚き火に当たっているスズナの今の3人の姿は、端的に言えば宿がなく彷徨っている『家なき子』そのモノ。

 

特に、明日の当てもなく疲れきった顔をしているスズナの表情は…まるで野宿3日目とも言わんばかりの疲弊となりて、その幼さの残る少女の顔色に重く重く圧し掛かっており…

 

しかし、故郷であるデュマーレの街に向かっていたはずのセリ達が、こんな人の手が入っていない深い森の端っこで野宿を余儀なくされているのにも事情がある。

 

そう、理由があるのだ。セリが悲嘆に暮れているのも、スズナが絶望しているのも…そしてゴ・ギョウは普段通りだとしても、それでも彼らが今こうして異国の地で『家なき子』になってしまったのには確かなる理由があって…

 

 

 

 

 

それは、とてもとても深い事情…

 

 

 

 

 

と言うより、深いようでとても浅い、あまりに馬鹿げた下らない理由が。

 

 

 

 

 

―『なぁ、ギョウ…』

―『ん?』

―『…この船…乗り遅れそうだからって、お前が『コレっしょー!』って飛び乗った船…だったよな?』

―『イカにもタコにもアナゴにも。』

―『なんか人の気配が無い気が…』

―『ひょ?ンもーセリってばー、ゴーカ客船なんだから人居ないわけが………あり?』

 

―セメタリア行き『貨物船』

 

 

 

 

 

それは先日立ち寄った決闘市で、紫魔家の掟により文字通り消されかけたセリとギョウとスズナが…

 

紫魔本家副当主である『紫魔 スミレ』の手助けにより、彼女の用意してくれた『船』にてどうにか決闘市を抜け出し、セリとギョウの故郷である『海の都』デュマーレに向かうはずだったその直後…

 

 

 

 

 

―『あっれー!?間違えちったー!』

―『ギョウ!』

―『貴様!どうするのだ!?』

―『ま、メンゴメンゴー。』

―『謝ってすむか!』

―『どうするのだ貴様ぁ!』

 

 

 

 

 

なんと、自分達が乗る船を。あろうことか、ゴ・ギョウが『間違えて』しまったのだ―

 

…無論、船の行き先はデュマーレなどでは断じてなく。

 

送迎船などではない、見たままの『貨物船』であったその船はデュマーレのルートを大きく外れ…

 

まったく違う目的地、このセメタリア王国へと舵を取ったのは言うまでもない。

 

 

…行き先も違えば待遇も違う。

 

 

甲板にて喧嘩し騒いでいた彼ら3人は、すぐさま船員に発見された。そして、そのまま危うく暗い暗い夜の沖合いに放り出されそうにもなった。

 

…一応、すぐに連絡を取った紫魔 スミレの手助けにより、どうにか強制退国や逮捕は免れたとは言えども。

 

それでも、あくまでも不法乗船したセリ達の罪は重く深くそれでいて厳しく。

 

セリ達一行は帰還や送迎など許されるわけもなく、そのまま貨物船の目的地であるセメタリアへと日数にして10日間の船旅をさせられてしまったのだ。

 

 

…唯一の救いは、貨物船の船長が『寛大』な心の持ち主であったことだろうか。

 

 

そう、セメタリアに到着するまでに、海のど真ん中に放り出されなかったのはまさにセリからすれば『幸運』と呼ぶ他ないほどに不幸中の大幸運だった。

 

だからこそ、セリ達3人がそのまま船に乗せてもらえたこと自体が幸運であったのは最早語るまでもないことであり…

 

責務として、到着まで貨物船内の雑用係を命じられたのは当たり前としても。半ば同情される形でセメタリアまで運んでもらえたのは、偏にセリ達がまだ学生という子どもであったからこそなのだろう。

 

 

…また、10日間も船で雑用をしていれば、嫌でも船員たちとは打ち解ける。

 

 

それが荒くれ達の乗る海賊船や漁船などではなく、大手会社の貨物船であったことも幸いだった。娯楽が不足しがちな船員たちの、『デュエル』の相手をすると言う名目で一種の船員として扱われたセリ達は船の雑用業務に船員たちのデュエルの相手と、とにかく働き詰めの毎日を送る羽目になったのだが…

 

とは言え、14歳という幼く未熟なスズナはともかく、デュマーレの学生達の祭典【フェスティ・ドゥエーロ】を優勝したゴ・ギョウと、準優勝したセリ・サエグサは荒っぽいデュエルを仕掛けてくる船員たちにも一歩も引かず。

 

それ故、セリとギョウはその実力の高さを買われ…そしてスズナはその幼さから同情されつつ、船員たちに気に入られたセリ達はとにかく船旅の中でも何かと可愛がられたのだ。

 

そうして、何かと性根の良い船員たちにからかわれつつも、何も危害を加えられることもない船旅を送りながらセリ達は五体満足でセメタリアへと運ばれた。

 

 

とは言え…

 

 

それでも入国やら乗船と言った手続きを何もしていないセリ達が、セメタリア王国に到着と同時に半ば放り出される形で船を降ろされたのは当然と言えば当然で。

 

そう、貨物船側からしても、不法入国に不法乗船した学生達を庇う事などしたくはないのが本音なのだから…ここまでの乗船賃として、かなりの額をセリ達から取っていたとしても、それは口止め料を考えればかなり安く済んだと言えるにまず間違いなく。

 

 

 

…そして、セリ達の問題はここからだった。

 

 

 

セリ達が到着したのは、セメタリアの端っこの港町であったのだ。

 

そこは田舎情緒溢れる町であり、よく言えば自然に囲まれた町…しかし悪く言えば何もない、あまりに不便な田舎町であった。

 

当然、役所的な所に行ったって国際的な手続きなど出来はしない。

 

いや、出来たとしても、それは首都や国家とのやり取りになるために…セリ達からすれば、時間がかかり過ぎてしまうために素直に正攻法を取る事が出来なかった。

 

 

…かと言って、このまま何も手続きしなければただの不法入国。

 

 

そう、放っておけば当然の事ながら、国際問題に発展しかねない。もしそうなってしまえば、当然の事ながらセリとギョウはデュマーレ校を退学となり…この見ず知らずのセメタリアの地で、犯罪者として捕まってしまう可能性が大きいと言えたのだろう。

 

しかも、セリ達には夏休みという時間的制約もある。

 

もし旅先でトラブルを起こし、夏休み中に故郷に帰れなければ、きっとセリの両親は今後一切の旅を許してはくれなくなる違いなかった。

 

 

…それ故、一刻も早く迅速なる問題の解決と手続きを行うため。

 

 

再度連絡を取った決闘市の紫魔 スミレの助言によって、セリ達はまず急いでセメタリアの首都であるデュエルトリコに向かう流れとなったと言うわけで…

 

 

 

そして…

 

 

 

そこで、貨物船への口止め料として払った金額が改めてセリ達へと重く圧し掛かってきた―

 

そう、人生設計をしっかり立てていたセリが、いつかの貯金にと用意していたこれまでコツコツ貯めてきた貯金のほとんどを『そこ』で支払ってしまい…

 

無一文…とは言えないまでも、このままでは田舎町から首都デュエルトリコまでの電車賃などとてもじゃないが払えはしない経済状況へと追いやられてしまっていたセリ達は、その場にて『金』という唯一信用できる確実な手段への別れを宣告されてしまった。

 

…金がなければ移動もできない。

 

しかし、金策のためにこの町に留まるのもリスクがある。いや、そもそも町に留まる選択すら与えられないほどに路銀が尽きてしまっているこの現状では、生きてデュマーレまで帰ることすら危うくなってしまう…

 

 

…その為、セリ達に取れた手立てはただ1つ。

 

 

そう、手続きもなく不法入国したために、田舎町で働くことなど出来はせず。かと言って金を借りられる知り合いなどこの異国には居はしないために、セリとギョウ、そしてスズナはセメタリアの端から首都であるデュエルトリコ目指して…

 

 

 

 

 

あまりに遠い陸路の距離を、『徒歩』で移動する羽目になっていて―

 

 

 

 

 

…1日目。

 

万能端末であるデュエルディスクにて、デュエルトリコへの地図を検索し、ソレを頼りに森を徒歩にて移動。

 

しかし近くに街や村などなく、野営を余儀なくされる。

 

 

 

…2日目。

 

同じように森の中の道を歩き続ける。

 

その道中、地図を開きっぱなしだったセリのデュエルディスクのバッテリーが切れ、デュエル機能以外使えなくなり当然の如く野宿。

 

 

 

…3日目。

 

ギョウとスズナのデュエルディスクのバッテリーも同じく切れてしまい、薄っすらと出てきた霧の所為か、方向感覚すら曖昧になってしまったまま夜を迎える。

 

 

 

そして、現在…

 

 

 

「…ここはどこなんだよー!」

 

 

 

荒波打ち付ける断崖絶壁、そこから霧もかかり始めた夜の海へと向かって。

 

思い切り叫ぶセリの姿は、まるで叫ばずにはいられないと言わんばかりのストレスが声となりて放たれており…

 

…空腹と、疲れと。

 

そして知らない国ゆえに現在位置が分からないことから、セリのストレスがMAXとなってしまったのか。

 

…こんな事になるのなら、太陽光充電器を持って来るんだった。

 

そんな後悔も浮かんでいるらしいセリは、荒波の音をバックグラウンドに持てる力の総力を持ってして、そのストレスを吐き出さんとしているばかりで―

 

 

 

「ひゃはははは!セリぃ、ワーギャー叫ぶと?そう!お腹がもーっとハングリるだけだぜー?」

「誰のせいだ誰の!…はぁ…なぁギョウ、お前随分楽観的だけど、コトの重大さが分かってないのか?」

「…セリの言う通りだ…食料も尽き、全員のディスクのバッテリーも尽きた…これからどうすればいいのだ…大体、決闘市で貴様が船を間違えなければ今頃はとっくにデュマーレに着いていたのだぞ?それを道に迷った挙句に野宿など…」

「まーまー、くらくらくらーいフェイスはノーサンキューってね!とりま、生きてりゃ何とかなるっしょー!どっかで村or町でも見っけて?電&話ぁでも貸してもらっちゃったりしてして?スミレちゃんにまーた連with絡取って?ヘルプisフォロー頼めばいーだけじゃーん!」

「ッ!これ以上スミレさんに迷惑をかけられるか!」

「そうだぞ馬鹿者!それにこの近くに村などない!貴様も地図を見ていたからそれくらいわかっているはずだろう!?」

「そーだっけぇー?まっ、星空の下でキャンプ&野宿!これもザ・夏休みってカーンジィでけっこー良いカーンジィ!じゃね?じゃね?」

「…なんなのだ貴様は………なんなのだ貴様は!一体誰の所為でこんな目にあっていると思って!」

「え?スズナたんの所為じゃね?」

「なぁっ!?」

「ひゃはははは!決闘市から夜逃げするハメになったった?張&本is人&you!に文句とか言われたくねーっつーのー!」

「な…」

「…はぁ…ギョウ、お前が反省するわけないよな。」

「ぐ…な、なんなのだこの無責任男は…信じられん…一体誰の所為だと思って…」

 

 

 

とは言え…この状況の元凶となった、ゴ・ギョウ本人には反省の色は全く見えず。

 

どこまでも楽観的に楽天的に、自らの大失敗など何処吹く風でこの野宿生活を飄々と楽しんでいる節を見せており…

 

…まぁ、普段から好き勝手に振舞うことを信条としているギョウなのだ。ギョウと付き合いの長いセリは嫌でも理解している。

 

ゴ・ギョウの辞書には『反省』と言う文字はない。チャラく、うるさく、いやらしくが信条と豪語しているだけあって、ゴ・ギョウにあるのはその場その時その瞬間をどう面白おかしく好きに生きるか、ただそれだけなのだ…と。

 

だからこそ、セリはこれ以上ゴ・ギョウへの怒りを諦めるのみ。そう、ギョウの無責任な言動に振り回されていては、自分が疲れるだけだと言う事を知っているから。

 

しかし…付き合いの短いスズナにはそれが出来はしない。

 

確かに、いくらこの状況の『大元』が自分の所為なのだとしても。それでも、ギョウが船を間違えなければこんな状況にはなっていないと言う事を彼女も分かっているからこそ…

 

ギョウに好き放題言われて悔しいのか、感情をコントロールできずにただ苦虫を噛み締めたような顔をギョウへと向けていて―

 

 

 

「スズナ、もう諦めろ。こうなったギョウには何を言っても無駄だ。」

「ぐ…納得できん…納得できん…」

「さてさてさーて?んじゃま、チャン僕はそろそろスリーピングin theフォレストしよーっかなーっと!明日も?そう!朝からウォーキング&ハイキングが待ってっからねいYeah Yeah !Fu-!」

「…今すぐに殴り倒してやりたい…崖から突き落としてやりたい…」

「…落ち着けスズナ…お前も疲れてるんだよ。いいから寝よう。」

「ぐ…」

 

 

 

そうして…

 

荒波の音よりも耳に障る、ギョウのハイテンションな声にセリもスズナも苛立ちを感じながらも。

 

薄っすらと霧も出てきた月夜の晩、その月明かりの下で3人は固い地面の上に横になりつつ…

 

当てのない旅の途中、行き先も見えない不安の中で―

 

 

 

「…でも、せめて寄り道するならこんな田舎じゃなくてデュエルトリコに寄りたかったよ。デュエルも出来ない、強い奴も居ない、ただ時間が無駄になってるって感じだ。」

「ひゃはは!チャン僕も出来ることなら?デュエルトリコでクール&ビューティーなオネーサンとひと夏の思い出メイキングしたかったっつーの!」

「うるさいぞ貴様ら!寝るのではなかったのか!」

 

 

 

焦りと疲れと苛立ちと、そしてそれ以上の形容し難い恐怖にも似たモノをギョウを除いた各々が抱えながら。

 

 

潮風を感じ、この夜空の下、固い地面の上で…

 

それでも明日を迎えるために、セリ達が雑魚寝にて無理矢理眠りに付こうとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―アァ…ガァァ…

 

 

 

「ッ!?」

「ひょ?」

「…な!?ななな、何だ今の声は!?」

 

 

 

突如…

 

薄っすらとかかる霧の向こう、その森の中から聞こえてきた、謎の『声』らしきモノに思わず飛びあがり身構えてしまったセリ達3人。

 

…当然だ。

 

薄っすらと霧も出てきたこの闇が深い夜の中で、森の方から得体のしれない声が聞こえてきたのだから。

 

それ故、セリが飛び起きるたのも、ギョウが目を凝らしのも…そしてスズナが怯えているのも、それは当然の行動と言えば当然で。

 

 

―なんだ…獣の声じゃない…もっと、不気味なうめき声のような…

 

 

そんな、突如聞こえた『声』に対し。必死に、考えを張り巡らし始めたセリの目の前に…

 

 

 

 

霧の向こう、生い茂る木々の向こうから、ゆっくりと現れたのは…

 

 

 

 

『ア…ガガァ…』

 

 

 

 

 

「…え?」

「ひゃは…」

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンビ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それはどこからどうみても『ゾンビ』であった―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィャァァァァァァァァァァァァァア!」

 

 

 

 

 

そして、すかさず。

 

スズナが、14歳の女児らしからぬ野太い悲鳴を夜闇へと向かって掻き鳴らしたのとほぼ同時に―

 

 

 

「ななななななななななんなのだアレはぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「ひゃははははははは!ヤベーヤベーマジヤベーッ!」

「ッ、に、逃げろぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

反射的に、随伴的に―

 

 

セリ達3人は少ない荷物を突発的に掴むと、一直線に、一目散に…

 

 

ゾンビを背に、全力疾走で駆け出し始めて―

 

 

 

 

 

…霧で隠れ始めた月明かりの下、崖沿いを凄まじい速度で駆け始めるセリとギョウとスズナの3人。

 

 

 

 

 

当たり前だ…ゾンビが、居たのだ―

 

 

 

…理解出来ない、意味が分からない、事態を把握できるわけもない。

 

それがいくら薄い霧の向こうに居た存在なのだとしても…それでも、文字が読めるほどの照度を持った月明かりに照らされていたのだから、セリ達がソレを『ゾンビ』以外に見間違えるはずもなく。

 

…だから、現れたのは紛れもなく『ゾンビ』…

 

見間違うことすら難しい、どこからどうみても『ゾンビ』であるソレが、突然目の前に現れたのだから、その突然の衝撃は一体セリ達にどれだけの恐れを与えたと言うのだろう。

 

…生気のない、腐って土色に変色した肌。

 

剥き出しの歯が裂けた口から除き、右眼には目は無く『穴』が開いていて…左眼からは腐った眼球が、肉の糸で辛うじて繋がって垂れ下がっていた。

 

何よりソレを『ゾンビ』たらしめていたのは紛れもなく、頭蓋が半分『無い』のにも関わらず動いていたこと―

 

 

…ソレ故、セリも、ギョウも、スズナも。

 

 

デッキやデュエルディスクなどの入った少ない荷物を掴む無意識だけは残ってはいたものの、しかし見間違えるはずもないソレを目の当たりにしたことで一瞬でその思考がパニックに陥ってしまっていて―

 

 

 

「うぇぇぇぇぇい!?お、追いかけてくるんですけどけどぉぉぉぉぉお!」

「捕まったら絶対ヤバいぞ!逃げ続けろぉぉぉぉぉお!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!冗談ではなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあいっ!」

 

 

 

だからこそ、絶叫を上げて更に速度をセリ達は上げ続ける。

 

そう…決して早くはないものの、『ゾンビ』もまたフラフラした小走りでセリ達を追いかけてきているのだ。

 

無い眼でこちらへと視線を伸ばし、垂れ下がった腕を無造作に振り回し…剥き出しの歯で齧らんと、どこまでもどこまでもしつこくセリ達を追い続ける1体のゾンビ。

 

 

アレに捕まったら殺される…喰い、殺される―

 

 

セリ達の本能がそう告げる。アレに捕まることは絶対ダメだと言う事を、刹那の本能が凄まじい勢いで告げてくる。

 

きっと、アレに捕まったら最後…

 

剥き出しの歯で肉を齧り取られ、食い千切られ引き千切られ…内蔵、はらわたを引きずり出され、血を啜られ、骨まで齧られるに違いない。

 

…いや、それだけでは収まらない。ゾンビに食い殺された者は、その者もまたゾンビにされてしまうのがホラー映画のセオリー。

 

つまりは、アレに捕まってしまったら殺されるだけでは飽き足らず、動く腐った死体に去れてしまう危険性があるのだ―

 

 

…御免だ…そんなこと、絶対に嫌だ。

 

 

セリ、ギョウ、スズナ、3人全員がその恐怖に駆られつつ。

 

追いかけてくるゾンビに、更に恐怖心を煽られながら…どこまでもどこまでも凄まじい速度で、必死になって逃げ続け…

 

 

 

「ちょいちょいちょーい!意外と足速なんですけどけどあのゾンヴィー!」

 

 

 

逃げる…

 

 

 

「振り返るなギョウ!全速力で逃げ続けろ!」

 

 

 

逃げる…

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!冗談ではなぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 

 

 

逃げる、逃げ続ける―

 

 

 

断崖沿いの道なき道、薄い霧を押しのけるようにして駆け抜け続ける3人のソレは、まさに若さに任せた全力疾走、本能が告げる危機的警笛。

 

アレに捕まってはいけないと言う事だけが、いつまでもセリ達の頭に鳴り響き…狩られる恐怖に背中を押され、セリ達はただひたすらに逃げ続ける。

 

 

…体力の限界など、肉体の限界など、とっくに迎えているというのに。

 

 

彼らを動かし続けるのはただの『本能』。そう、考えることを放棄し、肉体の悲鳴を置き去りに、彼ら3人はただただ本能でゾンビから逃げ続けているのだ。

 

 

 

「ギィィャァァァァァァァァァァア!」

 

 

 

…まぁ、逃げ続ける中で凄まじい絶叫を上げ続けているスズナの声によって、ゾンビもまた撒かれることなく引き寄せられてしまっているかもしれないのは今この時の3人には思い浮かぶわけもないのだろうが…

 

それでも、映画などでは足が遅いと描写されているゾンビの規定概念を覆すかの如く。セリ達を追いかけるゾンビの足は、早いとは言えないまでも全速力のセリ達を見失わない程度の足の速さにて少年少女達をどこまでもどこまでも追い続け…

 

 

…だからこそ、必死に。ただただ、全速力で。

 

 

セリ達3人は、小走りで追いかけてくるゾンビから走って走って逃げ続けるだけ。

 

よたよたした小走りだと言うのに、どことなく素早いと思えるそのゾンビの足の所為で、思うように引き離せない中で…

 

運動神経に自信のあるセリと、頭より体を動かすのが得意なギョウと、そして元々は紫魔 スミレの護衛として訓練を受けていたスズナは、己の持つ全速全開の走りを全く落とす事無く霧の中、月明かりに下でただひたすらに逃げ続ける。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

一体、セリ達はどれだけ逃げ続けたのだろう。

 

未だ明けない深い夜、終わりの見えない森の側面。

 

時間にして小一時間、距離にしていかほどか。いつまでも追ってくるゾンビの姿が、ようやく霧の向こうに見えなくなった程に引き離したところで…

 

ずっと海岸線を逃げ続けていたセリ達の目に、突如として見えてきたのは…

 

 

 

 

 

―紛れも無い、『村』の明かりであった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ…ふ、二人とも!あ、明かりが…」

「み、見えてるっつーのー…い、行くっきゃないっしょー!」

「ヒッ、ハッ…ッ…も、もう居ないか!?なぁセリ!ゾンビはもう居ないか!?」

「ハァ、ハァ…い、居ない、けど、あの村で、助けて、もらおう…」

 

 

 

するとセリ達3人は、どうにかゾンビを撒いたとは言え再び遭遇する恐怖からか。

 

一刻も早く助けてもらいたいその一心で、不意に見えた『村』の明かりへと向かってセリ達3人は全速力を更に続ける。

 

 

―『この近くに村などない!貴様も地図を見ていたからそれくらいわかっているはずだろう!?』

 

 

つい先ほど、スズナがそう言っていたことすらも思い出す余裕もなく…

 

薄っすらとした霧の向こうに見える、ぼやけた明かりだけを道しるべにしながら。

 

そのまま駆け続けた3人は、村を囲む柵を潜り…明かりの点いている一番近い家へと、切羽詰ったように駆け寄って―

 

 

 

「た、助けて下さい!お願いします!助けて下さい!」

 

 

 

ドンドンドン…と。

 

深夜も近い夜の時間に、狂ったように木のドアをセリは必死になって叩きに叩く。

 

 

ドンドン…ドンドン…と。

 

 

こんな夜更けに、古い造りの家屋のドアを、叩き壊すのではないかと言う勢いで叩き続けるだなんて、根本的に礼儀も何もあったモノでは無いというのに…

 

 

…それでも後ろで息も絶え絶えになって倒れているギョウと、荒い呼吸でうな垂れているスズナに代わって。

 

必死になって助けを請いながら、セリは木のドアを叩き続け…

 

 

 

すると…

 

 

 

「…誰だ。」

 

 

 

ギィッ…と。

 

木造のドアが、ゆっくりと開き始めたと同時に。

 

その奥から見えたのは、背の高い1人の老年の男であった。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「村の者…いや、この国の者ではないな?異人が…こんな時間に何の用だ。」

 

 

 

そのドアの向こうから除く、あからさまに怪訝なる目は紛れもなく突然の来訪者を心から怪しんでいるのだろう。

 

 

…当然だ。

 

 

星が瞬く静かな夜、それも虫さえ眠るこんな深夜に、突然誰かが狂ったようにドアを叩いて来訪したのだ。

 

それ故、誰だってこんな夜更けに狂ったようにドアを叩き続けられたら…驚き半分、警戒半分、そしてそれ以上の恐怖で、自衛に走ることは先ず間違い違いなく。

 

その為、ドアの向こうの老年の男は突き刺さるほどの警戒心を露わに…

 

ドアの隙間から、来訪者へと向かって銃を突きつけ…

 

 

 

「ハァッ、ハァッ…お、お願いします、助けてください!お願いします!」

 

 

 

けれども、警戒されていることを百も承知で。

 

こちらもソレどころでは無いのだと言わんばかりに、必死の形相で老人へと向かって叫ぶデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。

 

全力疾走で走り続け、息も絶え絶えで声を発するどころか呼吸することにすらストレスを感じるであろう状態にも関わらず…

 

セリもまた、そんな全身の疲弊を上回るほどの恐怖に駆られているからか。突きつけられた『銃』になど微塵も恐怖を感じずに、ただひたすらに救助を求むだけ。

 

 

 

「先にこちらの質問に答えよ。お前たちは誰だ。こんな時間に駆け込んでくるなど正気の沙汰ではない。」

「俺はッ…け、決闘学園デュマーレ校の、セリ・サエグサと言う者です!も、森でゾン…え、得体の知れないモノに教われて!」

「何?決闘学園…デュマーレとは確か『海の都』の…ほぅ…」

 

 

 

すると、セリの焦燥に駆られた自己紹介を聞いて…

 

何やら、老人は構えていた銃を卸したかと思うと。徐に、その視線をセリ、そしてその後で倒れているもう二人の子どもへと動かし始めたではないか。

 

…それは、セリが自らの素性を明かしたことによって、老人も少しはセリの話を聞く気になったということなのだろうか。

 

しかし、いくら来訪者が子どもに見えるとはいえ…普通であれば、こんな夜更けに突然現れた来訪者、しかも成人もしていない子どもに見える者が息も絶え絶えになって助けを求めてきたこの状況を飲み込めもしないはず。

 

そう、誰だって面倒事には巻き込まれたくないはず。しかも、あからさまに妖しい子ども3人がこんな深夜に助けを求めてくるだなんて、よほどの面倒事でもなければ起こりえないのだから。

 

…こんなにも妖しい人物を匿うことなど、よっぽどの善人でもなければ受け入れてはくれない。

 

だからこそ、セリは呼吸もままならないと言うのに…

 

酸素不足で痛む肺と、燃えるように熱い体をどうにか押さえつけ。崩れ落ちそうなほどに疲労を溜め込んだ膝に鞭打って、老人の一瞬の視線の動きに切羽詰った緊張感を持って見据えていて―

 

 

 

そして…

 

 

 

「いいだろう、入りなさい。」

 

 

 

セリの必死の思いが通じたのか、それとも何か思うところがあったのか。

 

―ギィィ…

 

と、老人は軋む木製の扉を開け広げてくれたかと思うと…

 

セリ達を、家の中へと誘ってくれたのだった。

 

 

 

―…

 

 

 

「はひゅー…はひゅー…し、死ぬかと、思ったじゃーん、ねー…」

「はっ、はっ、はっ、はっ…」

「…ほら、スズナ、水だ…ゆっくり飲め…」

「あ、あぁ…」

 

 

 

死屍累累…

 

家の中へと入れてもらったセリ達は、立つ事もままならないままに…噴出し続ける汗を滴らせながら、収縮し続ける肺に抗いつつ荒い呼吸を繰り返していた。

 

…電気が通ってないのか、リビングの天井から吊るされた大きめのランプで部屋の中を照らしているだけのこの家の中は少々薄暗い。

 

そんな薄暗い部屋の中で、ゴ・ギョウは大の字になって床に倒れ…

 

そしてスズナは、セリから渡された水の入ったコップを、震える手付きで受け取り勢い良く飲み干して。

 

また、老人へと必死の救援を求めたセリも、どうにか家の中へと匿ってもらえたことで緊張の糸が切れたのか。スズナへとコップを渡したその直後に、その場にへたり込んでしまっているではないか。

 

 

…しかし、それもそのはず。

 

 

何せ、決して早くはないものの…それでも撒けない速度にて追いかけてくるゾンビから、セリ達3人は常に全力疾走して逃げ続けていたのだ。

 

通常であれば、人間が全力を維持できるのは数十秒が限度とされていると言うのに…

 

それは火事場の馬鹿力か、それとも肉体の限界を無視した無意識か。およそ説明の出来ないような全力を数十分はひねり出し、ゾンビから必死になって逃げ続けていたからこそ―

 

その反動が今こうして、若い彼らの体へと反動として返ってきているのだろう。

 

…燃えるように熱くなった体内、酸素を取り込む事を拒絶する肺。

 

足は力が入らず棒のようになり、噴出す汗は留まることを知らずにポタポタと滴り続けていて…

 

 

 

「…君も水を飲みなさい。汗が凄い、相当の距離を走ってきたのだろう?」

 

 

 

だからこそ、セリ達を匿ってくれた老人は未だに警戒はしてはいても。

 

疲労困憊の様子のセリとギョウとスズナに対し、多少の労わりをかけてくれているのは偏にセリ達の姿が…およそ演技には到底見えない、よほどの疲れ方をしているからこそなのだろう。

 

ランプで照らされているだけの、少々薄暗さを感じる部屋の中で…そのまま老人から渡された水の入ったコップを、返事も出来ない程に荒れた呼吸のセリがどうにか受け取り一息に飲み干し…

 

…そして、何とか深呼吸できるまでには回復できたのか。

 

水を飲み干したセリは、震える足でゆっくりと立ち上がり始めたかと思うと…

 

未だ銃を降ろさぬ老人へと向かって、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「ありがとうございます…家に入れてくださって…」

「礼には及ばん。少しでも怪しいと思えば即その頭を撃ち抜いてやるだけだからな。」

「いえ、感謝が尽きません。あのままだと、俺達どうなっていたか…あ、あの…お、俺達は決して怪しい者じゃ…」

「わかっているよ。君たちが怪しい者でないことはね。」

「…え?」

 

 

 

すると、セリの感謝の言葉と同時に。

 

初老の老人は何やらそう言ったかと思うと、先ほどまでの雰囲気を一転し…どうしたことか、すっかりと警戒心を解いたかのようにしてセリ達へと向かい直し始めたではないか。

 

…テーブルの上に銃を置き、椅子に座り直し。

 

直前まで晩酌でもしていたのか、テーブルに置かれた飲みかけのグラスを持ち上げ。呼吸が整っていないセリ達を前に、そのまま一息に酒らしき液体を呷ると一息つきつつ再度言葉を発し始める。

 

 

 

「私はこの村で猟師をしているクラウスという者だ。これでも人を見る目は持っている方でね…君たちが強盗や襲撃目的でないことくらい、君たちの目を見れはすぐにわかった。本当に『何か』に追われていたんだろう?ならば、匿ってやるのは当然だ。」

「あ、ありがとうございま…」

「まぁ例え君たちが強盗だったとしても腕っ節には自信があるからな。子どもの3人くらい相手にもならんよ。ひとりひとり、順番に頭を撃ち抜いてやるだけだからな、はっはっは。」

「…」

 

 

 

クラウスと名乗った初老の老人は、低い笑い声に冗談を乗せて部屋の中に反響する。

 

しかし酒盛りの途中だったらしいその雰囲気は、この薄暗い部屋でも確かに視認出来る見るからに度数の強そうな酒の瓶が証明しており…テーブルに置かれたその酒瓶の酔いが、間違って銃の引き金を引かせてしまうのではないかという恐れを少々セリへと抱かせたものの。

 

けれども、こんな深夜に突然押しかけてきた妖しい子ども達を無下にすることなく迎え入れてくれ、冗談混じりでも気さくな言葉をかけてくれる辺り、それはこの老人が本当に警戒心を解いてくれていることの証明でもあるのか。

 

だってそうだろう。いくら家の中に招き入れたとは言え、警戒しているのならば妖しい人物達の前で酒など呷るはずもなく、それに敵の前で銃を手放すわけもないもないのだから。

 

 

…どうやら、本当に警戒心を解いてくれているみたいだ。

 

 

銃を降ろし酒らしきモノを呷るクラウスの雰囲気と、冗談混じりの言葉の感じからソレを静かに察知したセリ・サエグサ。

 

…それは自分達3人が、まだ子どもであるということも関係しているのだろう。夜中に、3人の子どもが、血相を変えて助けを求めてきたと言う事から何かのっぴきならない事情を感じ取ってくれたのかもしれない。まさに捨てる神あれば拾う神あり。不運続きのセメタリアの日々の中で、見ず知らずの自分達に対しこうした優しさを見せてくれる大人に出会えたことがどれだけ幸運な事なのか…

 

そんな、ゾンビに襲われたことは置いておいても。久々に家屋の中に入れてもらえた安堵が、今になってセリの心の中にじわじわと暖かさを与えている様子で―

 

 

…そして、セリに続きギョウとスズナも回復したのを見計らったのだろう。

 

 

クラウスと名乗った老人は、薄暗い部屋の中でも酒瓶から茶色い酒のような液体をグラスへと注ぎながら…

 

 

 

「それで、君達は何から逃げてきたんだ?その、君の言う得体の知れないモノとは…」

「あ、えっとその…」

 

 

 

…と、そう聞いてきた。

 

しかし、クラウスにそう聞かれ…

 

本当のことを言っていいのか迷ってしまい、セリは。思わず口ごもってしまったではないか。

 

…助けてくれた恩人に対し、本当の事を隠すのは気が引ける。しかし、かと言って本当の事を言っても信じてもらえるわけもなく…

 

そんなことを、セリは瞬時に考えてしまったのだろう。

 

デュマーレ校一の秀才と呼ばれているセリだからこそ、自分の答えが相手にどう捕らえられるのかが容易に想像でき…

 

そのまま、慌てて後ろのギョウとスズナへと目配せを送りつつ。

 

本当の事を隠すのも1つの手ではあるものの、しかし本当にゾンビに襲われた身としてはここで隠し事をすることが延いては村全体を危険に晒す可能性があることを即座に思考しながら。

 

そして、セリの思考を即座に理解したであろうギョウが頷いたと同時に。セリは整い始めた喉から搾り出すように、クラウスへと向かって静かにソレを口に出し始め…

 

 

 

「ゾ、ゾンビ…」

 

 

 

…搾り出すような声でそう漏らされたセリの声は、自分でも奇怪な事を言っていると自覚しているからこそのか細い声。

 

そんな、真実を告げているというのにも関わらずどこか自信無さげに呟かれたセリの声が…静かに、深夜の家の中に吸い込まれていく。

 

 

 

「…ゾンビ?ははっ、可笑しなことを言う子ども達だ。きっと野犬か何かを見間違えたのだろう。今夜は霧も出てきているしな。」

「野犬?…い、いや、でも確かに人の形をしていて…」

「わかったわかった、相当疲れているようだな。よほど大きな犬か、それとも熊にでも追いかけられたらしい。よかったな、命があって。」

 

 

 

…それ故、目の前の少年が自信なさ気にそう呟いた言葉を聞いて。クラウスと名乗った村の猟師が、そう反応するのも当然と言えばと当然で。

 

大方のセリの予想通り、真実とはいえ信じてもらえるわけもないソレを聞いたクラウスの反応は…常識ある一般人らしく、セリの言葉を信じてはいない様子となりて笑いを交えて酒に混ざる。

 

…それは極々自然な当然の反応、常識ゆえの当たり前のリアクション。

 

例えソレが本当の事なのだとしても、何の前振りも無くソレを言った所で素直にソレを信じる者がいないのは自然の摂理…そう、いくら何でも、ゾンビなどという非科学的な存在に襲われたなどという子どもの戯言を、信じる大人がどこにいるのか。

 

そんな、あまりに突拍子も無いセリの言葉を、子どもの冗談だとして受け止めたらしいクラウスはそのまま…

 

 

 

「とりあえず、今夜はウチで休むといい。部屋を用意してやるから、詳しい話は明日にでも聞くとしよう。一度匿っておいて再び外に放り出すほど私も鬼ではないからな。…あぁ、でも一応念のためだ。今夜はもう絶対に家の外に出てはいけない。わかったな?」

「…はい。」

「…ひゃは…言われなくても?」

「…もう出んぞ…私はもう外には出んぞ…」

 

 

 

…疲れきっているセリ達に、少々の労いの姿勢を見せたまま。

 

部屋を準備するべく、ゆっくりと立ち上がり…

 

 

新しく火を付けた小さなランプを片手に、二階へと上がっていったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

「…霧が濃いな。」

 

 

 

まだ早朝という時間にも関わらず、ふと目覚めたセリの視界にまず初めに飛び込んできたのは、窓の外一面に広がる濃い霧の海であった。

 

…それは吹雪によるホワイトアウトにも似た、視界が遮られてしまうほどの霧のカーテン。

 

一応、朝の時間帯であるため、昨晩のようにランプが無いと動けないといった暗さでは断じてないものの…

 

それでも、まるで分厚い雲がそのまま地上に落ちてきたかの様なその霧は、手を伸ばせばその伸ばした手すら見えなくなってしまいそうなほどに濃く重く。

 

…昨日までの天気からは、考えられない程の霧の密度。

 

それは、どうにか外が『朝』であるという程度の明るさをセリへと教えてくれはする。しかし、その霧は目を覚ましたばかりで頭がよく回らないセリの思考を、ボンヤリとさせるには充分過ぎる密度となりてどこまでもどこまでも怪しく漂っていて。

 

…隣のベッドを見れば、そこにはスズナが静かな寝息を立てている。

 

また、一人溢れたギョウは古いソファーをベッドに見立てて、寝相悪くも器用に熟睡を貪っており…

 

よほど深く熟睡しているのか、全く持って起きる気配のないスズナとギョウ。まぁ3日間の野宿に加えて、昨晩アレだけ走ったのだから、久方ぶりに与えられた柔らかい寝床に意識が覚醒しないのも当然と言えば当然か。

 

だからこそ、自分だって疲れが溜まっているはずだと言うのに、なぜか目が覚めてしまったセリは目の前に広がる深い霧に奇妙な身震いを一瞬だけ感じつつ。

 

 

 

「…クラウスさんは起きてるかな…」

 

 

 

二人を起こさないようにして、静かに部屋を出ると。古い階段を極力鳴らさないように注意しつつ、ゆっくりと1階へと降り始める。

 

…すると、階段を降り始めてすぐに。

 

セリの鼻に、コーヒーの匂いが漂ってきた。

 

 

 

「おはよう。よく眠れたかい?」

「クラウスさん…おはようございます。すみません、昨晩は急に押しかけてしまって…」

「ははっ、何を今更。…ちょうどコーヒーを煎れた所だ、座り給え。」

「はい。」

 

 

 

随分前に起きていたのだろう。1階では一仕事終えた後らしきクラウスが静かにコーヒーを飲んでいた。

 

…そして、そんなクラウスに促されつつ。

 

昨晩は薄暗くて視認できなかった部屋の中を、少々不躾ながらもセリは目線だけで見渡しながら木で出来た椅子に腰掛けたと同時に。クラウスが、セリへとコーヒーの入ったカップを音も無くテーブルへと置く。

 

…そうして、二人して静かに一口コーヒーを啜ったそのすぐ後に。

 

ほんの僅かな沈黙の後…クラウスは、窓の外を向いたままセリに向かってゆっくりと言葉をかけ始めて。

 

 

 

「…今日は霧が濃いな。おそらく、村の誰も外には出ないだろう。」

「…あの…昨晩は本当にありがとうございました。クラウスさんが家に入れてくれなかったらどうなっていたか…」

「はは、君が見たゾンビとやらに、食われていたかもしれないと?」

「…はい。」

「ま、昨日も言ったが熊か何かを見間違えたのだろう。この辺りでも時々熊が出るからな。」

「…」

「それで、他の2人はまだ眠っているのか?」

「はい。相当疲れているみたいで…3日ほど、碌に食べずに歩き詰めでしたし。」

「ふむ…君達みたいな子どもが、何故こんな辺鄙なところに居るのかは聞かないが…デュマーレから来たと言っていたな。大方、夏休みの旅行中に本隊と逸れてしまったとか、そんなところかな?」

「…まぁ…そんな所です。」

 

 

 

…セリの口から零されるのは、本音を濁した曖昧な返事。

 

本当の事は言えるわけがない。何しろ、セリ達3人は密入国者。いくら紫魔 スミレが首都であるデュエルトリコの方に話を通してくれているはずとは言え、それでも今の状況は他人においそれと話せるような事情では断じてなく…

 

そんなセリからすれば、折角助けてくれたクラウスにこれ以上余計な迷惑をかけるのも憚られるのだろう。

 

 

 

「なるほどな…だが、手助けしてあげたいが生憎この村には電気も電話も通っていない。無論、車を持っている者もいない…昔は馬車なんかもあったんだが、送ってやろうにも今はもう無くてな。」

「い、いえ、いいんです。元はと言えば俺達が悪いんですから。だから、ちゃんとデュエルトリコまで歩きで向かいます。」

「…ここからデュエルトリコまで…歩いてか?相当な距離があるぞ?それにここらはよく霧が出て迷いやすいが…」

「…わかっています。」

「まぁ、若いうちの苦労は買ってでもしろというからな…君達の事情がどうあれ止めはしないが…あぁ、だが今日のところは出歩かない方がいい。霧も段々濃くなってきているし、何より…ふふっ、ゾンビが、出るんだろう?」

「…でも、これ以上お世話になるわけには…あの…俺達、訳あって一文無しで…」

「ははっ、君達のような子どもから金なんて取らないさ。」

「だ、だったら何かお手伝いさせて下さい!畑仕事でも何でもやります!」

「そうは言っても、既に薪割りも終わっているし…この霧では畑作業もままならないしな。上の二人のように、まだ眠っていてくれて構わないよ?君も相当疲れているのだろう?」

「いえ、そんなわけには…」

「子どもが遠慮なんてするものじゃない。君もそうとう疲れている事くらい見ればわかる。…ここからデュエルトリコまで歩くつもりならば、休める時にしっかり休んでおかなければ辿り着けん。」

「…はい。」

 

 

 

 

 

だからこそ、公共交通機関も使わずに首都に向かおうとする、そんな現実味の無い若者の旅路に対し。

 

クラウスが少々訝しげにセリを見てきてもなお、それでもセリは『そう』言うしかないのか。

 

 

 

「あの…ここはどんな村なんですか?」

「どんな村…とは?」

 

 

 

それ故、セリもまた曖昧な返答しか出来ないことを少々嫌って。

 

少し話題を変えようと、クラウスへとそう問いかける。

 

…クラウスがセリ達の事情をあまり深く聞いてこないのは、セリにとってはある意味で幸運。しかし、曖昧な返答しか出来ない自分に少しの苛立ちを感じるのは偏にセリが『優等生』であるが故なのか。

 

そう、曖昧な返答で本心を濁すというその行為が、これまで自分の心に正直に生きてきたセリには人を騙しているような感覚を覚えさせるのだろう。

 

…せっかく匿ってくれたクラウスに迷惑をかけたくない。

 

そんな思いがセリには浮かんでいるからこそ…自分達の話題がこれ以上続けば、隠し通せずボロが出始めると思い、話題を変える試みでセリは更に続けるだけで…

 

 

 

「あ、いえ…この近辺の地図を覚えている限りだと、この辺りに村や町はなかったと思って…」

「あぁ、そうだろうね。何せこの村は不便すぎて、ずっと昔に地図からも消された村だ。」

「地図から…消された?」

「よく在る話だ。不便で、過疎化が進み、『王都』…デュエルトリコからすれば、在っても無くてもどうでもいい存在になったのがこの村…私はこの村で生まれたのだが、若い頃に何も無いこの村に嫌気が差して『王都』に働きに出た。しかし年を取ってから、今度は『王都』に嫌気が差して村に戻ってきたはいいものの…村は不便が祟り、地図からも消されてしまっていた…と言うね。」

「そんなことが…」

「まぁ私が村に戻ってこられたのは土地勘もあったおかげだろう。おかげで追………おっと、ははっ、老人の昔話など、今の若者には退屈だったかな。」

「いいえ…人生の先達である方の経験は、俺みたいな若造にとっては参考になるばかりです。」

「ふっ………セリ、だったね?君は随分と『優等生』のようだ。」

「…え?」

 

 

 

しかし…

 

不意に、思っても見なかった言葉をセリへと投げかけたクラウス。

 

それは昨日会ったばかりの少年を、これまでの極々短い会話にて理解したような…

 

そう、目の前の少年を見抜いたかのような、深い思慮にて零された人生の先達からの言葉となりて、どこまでもセリへと投げかけられる。

 

 

 

「確か『海の都』、デュマーレから来たと言っていたな。おそらく君はデュマーレの決闘学園でも相当な優等生なはず…場を重んじ、空気を読め、他人からの信頼を集めるコトが出来る存在。君の言葉を聞いていると、ソレがひしひしと伝わってくる。」

「そんな…俺なんか…」

「はは、謙遜なんてしなくもて良い。おそらく君はデュエルの腕前も相当なモノなのだろう?これでも『王都』で色々な人間を見てきた身だ…君はまだ若いが、それでも相当な腕の持ち主だと言う事は一目見たときから感じていたよ。少女の方はまだまだと言った所だが…しかし、もう一人の男の子も『相当』なモノのはず。確かデュマーレの祭典は【フェスティ・ドゥエーロ】だったか。おそらく、君達はそこで入賞する実力がある…違うか?」

「ッ…」

 

 

 

そんな、クラウスからかけられた言葉を聞いて…思わず驚いてしまった、デュマーレ校2年のセリ・サエグサ。

 

一体、どうしてそこまで分かるのか。昨日会ったばかりの、なんなら押しかけたという無礼極まりない間柄だと言うのにも関わらず…

 

昨日と、今日と。こんな短い会話の中で、そこまで本質を見抜くほどの洞察を見せるクラウスの言葉には、これまで様々な問題に直面してきたセリを持ってしても驚きを禁じえないほどの衝撃となりてクラウスの言葉が芯へと刺さる。

 

…しかし、ソレも当たり前か。

 

何しろ、セリは自分達の事をただ『デュマーレから来た』としか言っていない。

 

そうだと言うのに、クラウスはそんな上辺だけの言葉よりも更に深い理解を示しつつも。セリが明かしていないモノを、当てずっぽうと言うには過ぎた見地にて見事に見抜いて見せたのだから。

 

けれども、いきなり『本質』を見抜かれたセリが一瞬だけ怪訝な顔をしたのを知った上で…

 

クラウスは、更に言葉を続けるだけで…

 

 

 

「おや、その顔はもしかして図星だったかな?しかしデュマーレの【フェスティ・ドゥエーロ】と言えば、デュエルトリコの【デュラーズニーク】と並ぶ『かなりのレベル』と聞く…となれば、そこで入賞する君達は並のプロ以上の実力を持つと言う事になるが…奔放そうなもう一人の男の子と違い、『優等生』な君がセメタリアのこんな辺鄙な場所で彷徨っているというのも少々疑問が浮かぶな。…ま、その辺りは深くは聞かないよ。誰にだって、深く話したくない事情というのはあるものだからな。」

「あの…なんで、そこまで理解るんですか?」

「はは、本当に君は正直者だね。その顔を見ると、私の推理が『正解』であると自ら吐露しているようなモノだよ。」

「…」

「ふっ……そんな警戒心を顕にしなくとも良い。なに、昔取った杵柄という奴だ。昔の仕事の癖で、私は少々『他人』を観察する癖が染み付いてしまっているという…それだけのこと。特に君の様な、真っ直ぐで若い人間は少し言葉を交わせば『大体』の事を察する事も出来る。ふむ………なるほど、君は少々自己評価が低いようだ。いや、確固たる信念を持ってはいるが、いまいち自分の現状や考えに自信を持てない…と、言ったところか。君くらいの年齢で、【フェスティ・ドゥエーロ】に入賞する実力を持っている生徒であると言うのに『何かしら』の迷いが見える事を考えると…おそらく、プロデュエリストになる事を迷っている、とか?」

「ッ…そ、そんなことまで!?」

 

 

 

さらっと言っているようではあるが、クラウスのソレが比類なき『技術』であると言う事はセリにだってわかっている。

 

…他人と少し言葉を交わしただけで、その『本質』を見抜くと言うのはとてもじゃないが人間離れし過ぎていると言うのに…

 

一体、このクラウスと言う男はどれだけの修羅場を潜り抜けてきた男なのだろうか。それこそ、他人に騙されることが日常であったような経験がないとここまでの見地を得られるはずがない。

 

自身の持つ高速思考にて、それが簡単に想像できてしまったセリだからこそ―

 

目の前の、『猟師』と名乗った割りには教養や見地がずば抜けすぎている、昨日見たときよりも身なりや姿勢が整っている錯覚を覚える不思議な老人の見地は、不気味を通り越してただただ脱帽するばかり。

 

それ故、昨日は抱けなかった少しの警戒心を心の隅に持ちながら…セリが、自らの顔が怪訝なモノになるのを止められるはずもなく。

 

 

 

「ははっ、本当に君は正直で真っ直ぐだな。…安心したまえ。君の事がわかったからと言って取って食おうだなんて思っちゃいないさ。だからそんなに警戒しなくとも良い。いい頭の体操になったよ、どうやら腕は錆び付いていないらしい。」

 

 

 

…一体、クラウスと名乗るこの老人は『何者』なのだろうか。

 

深夜に押しかけた見ず知らずの少年達を助け、事情も聞かずにこうして置いてくれているクラウスの方が人間的に『出来て』いると言うのは当然としても…

 

しかしこれ程の見地と経験を持った男が、こんなセメタリアの端っこという辺鄙で地図からも消されたという村に、ただの『猟師』として住んでいるというのはあまりにも不自然かつ不思議すぎるではないか。

 

…それは軽く言葉を交わしただけで、心まで丸裸にされてしまった感覚を覚えたセリだからこそ抱く事の出来る疑問でもあるのだろう。

 

単純な『観察眼』では説明のつかない、心を見透かしているかのような卓越したその『技術』。そんな技術を持った男が、こんな辺境の村にただの猟師として住んでいるというのはクラウスの身なりを改めてみたセリからしてもおよそ疑問が浮かんできて…

 

そう…よくよく見れば、クラウスは猟師にしては身なりも整っているのだ。

 

その首に巻かれたスカーフは上等で立派な生地で作られているのが見てわかるし、佇まいやコーヒーの入ったカップを口に運ぶ所作も所々から隠せない上品さが滲み出ている。

 

…『ソレ』をセリが理解出来るのも、先日訪れた決闘市で『本物』の上流階級の人間である紫魔 スミレや、それに匹敵する雰囲気を持っていた天城 イノリという人間を見た経験があるからこそ。

 

だからこそ、どこまでも辺鄙な村の猟師らしからぬ見地を見せるクラウスへと向かって…

 

セリは、怪訝な顔を崩せぬままに再度言葉を続けるしか出来ず…

 

 

 

「クラウスさん、貴方は何者なんですか?ただの猟師がそこまでの見地を持っているなんて…」

「おっと、こちらがそちらを詮索しないんだ。そちらも余計な詮索をしないのが筋だと思うのだが?」

「ッ…確かに…」

「ふっ、君は本当に正直者だな。しかし君ほどの力を持っていてもまだ『迷い』があると言う事は、おそらく君の『目標』としている『存在』、または『場所』は相当に遠いところに位置しているのだろう。それも、途轍もなく高い場所を目指しているのだろうな。…ならばそんな君に、しがない老人からのアドバイスだ。迷っているのならば、今はとことん迷い給え。その迷いこそが、これからの自分を形造り…そして未来に辿り着いたとき、若い時分に迷った経験がソレを確かに肯定してくれる。」

「迷いが…俺を…」

「あぁ。君もこれまで『相応』の経験をしてきたはずだ。君を形作る、その『経験』こそが君の未来を照らし出す…経験こそが『強さ』だよ。どんな出来事も無駄にはならない。…だから、迷い給え。迷い、考えたその先にこそ、君の未来があるのだから。」

「…はい。」

「あぁ、でも1つだけ迷ってはいけないことがある。信頼出来る『友』の事に関してだけは迷ってはいけないな。それが、いくら君に迷惑をかける、『奔放』そうな友人でもね。」

「ははっ、そうですね。」

 

 

 

けれども、どこまでもセリの思考を再び読み取ってか。クラウスはさも当然のようにして、セリを手玉に取りながら、時にはユーモアを交えて大切な事を伝えてくる。

 

…それは圧倒的な人生経験の差。

 

セリからすれば、クラウスの『ソレ』は人生相談にも似た、自分よりも長い時を生きた人間からのある意味『手ほどき』にも感じられたのだろう。

 

…まるで、一流プロの指導デュエルのよう。

 

たった一晩…いや、今朝のこの時だけの短い会話で、ここまで内面を見透かされると言うのもセリにとっては初めての経験に違いない。

 

きっと、いや確実に。

 

クラウスには、自分には想像も出来ないような相当たる人生経験があるのだろう。それこそ、若造に過ぎない今の自分には決して信じられないような壮絶な人生を送ってきた荷違いないという…

 

そんな、短い言葉では言い顕わせないような確固たる大人の世界での出来事を経験してきたであろうクラウスのソレを、セリの高速思考は即座に理解してしまって。

 

 

 

「では次はこちらが質問させてもらおうか。君はこの国を…セメタリア王国の事を、どう思う?」

「え、どうって…」

 

 

 

そして、一呼吸の後に。

 

クラウスが急に質問を返してきた事に、一瞬の戸惑いを見せてしまったセリ・サエグサ。

 

それはセリからしても、クラウスから質問を返されるとは思ってもいなかったからこその一瞬の緩みであり…最早セリの事情も見抜いているだろうに、深くは聞いてこないクラウスの態度にセリが少々張っていた気を緩めてしまったところに飛び込んできた、思考の外からのいきなりの刃。

 

…そう、気が緩んだその時に、予期していなかったタイミングで質問を返されてしまっては考えを纏めることもままならないと言うのに。

 

けれども、そんなセリを意に介さず。更にクラウスは、言葉を続けるのみ。

 

 

 

「君はデュマーレから…他国から来たと言った。そんな君が、このセメタリア王国に足を踏み入れて何を感じ、何を思ったのか。私はソレが聞きたい。」

「えっと…そ、そうですね…まず、思っていたよりもずっと静かで穏やかな土地だと思いました。」

「…ほう?それはどういう?」

「はい…確か数年前に内紛が起こったとニュースでもやっていたので、もっと国内はゴタゴタしているんだとばかり思っていたんですが…最初に立ち寄った港町は凄く静かなところで、町の人も優しい人が多かった印象があります。まぁ、ここがセメタリアの端っこってこともあるんでしょうけど。」

「ふむ…まぁ確かに、この辺りはセメタリアでも穏便な方だ。もっとも、王都の方に行けば話は別だがな…あの辺りは、王族と貴族の間の小競り合いが多い。」

「そうみたいですね…あ、そう言えばセメタリアには王宮直属の『儀式マスター』と呼ばれるデュエリストが居るんでしたよね。」

「よく知っているな。確かに儀式召喚は世界的に見ても使い手がほとんど居ない召喚法だが…セメタリア王家にとって『儀式召喚』とは特別なモノだからな。君は、『鏡の英雄』を知っているか?」

「はい。1500年前に、悪霊の神々とも呼ばれる7柱の邪神を地上絵に封印した伝説の英雄…その英雄が儀式召喚を得意としていた事から、儀式召喚を途切れさせないようセメタリア王家が中心となって儀式召喚の継承に尽力していると前に本で読んだ事があります。その中でも『儀式マスター』と呼ばれる人は何でも【王者】に匹敵する実力を持っているとかって…」

「ははっ、それは少々オーバーに書きすぎだな。大方、セメタリア発行の本でも読んだのだろう。この国は色々と物事を大げさにしたがるからな…まぁ、ただでさえ難しい儀式召喚を使いこなし、国王に認められしただ一人が名乗る事を許される『儀式マスター』は【王者】とまではいかなくとも、確かにセメタリア最強のデュエリストしか名乗れないだろう。まぁ、それもセメタリア王国内での話だ。国の外に出れば、儀式召喚は時代に取り残された召喚法に違いない。実際、国外から来た君がセメタリアの『儀式マスター』の事を知っていたことだって凄い事なのだから。」

「いえ…俺は色々と調べる事が好きなだけで………あ、でも、そういえばその『儀式マスター』も数年前に廃止になったって何かで見た覚えがあります。」

「…何?」

「えっと、確かクーデターがあったからって…それに王族が何人か行方不明になったって噂も…まぁ他国の事で色々とフェイクニュースも多かったし、ソレが本当かどうかわかりませんが…」

「…」

「…あれ?ク、クラウスさん…?」

 

 

 

しかし…

 

セリが、ふと思いついた言葉を深く考えもしないで口走ったその直後―

 

 

 

「…あ、あの…クラウス…さん?」

 

 

 

一瞬…

 

先ほどまで饒舌だったクラウスの口から言葉が止まり、一瞬ではあるものの傍から見ても分かるほどにクラウスの眉間に皺が寄ってしまったのを…

 

セリは見た…見て、しまった。

 

 

…何か、まずい事を言ってしまったのだろうか。

 

 

それは時間にしてほんの一瞬、刹那に満たない僅かな瞬間であったのだろうが…しかし、セリが『そう言った』その時にほんの少しだけクラウスの表情が険しいモノを現したことに、セリの背筋に寒いモノが走ったのは言うまでもないことであり…

 

そう、それは先日立ち寄った決闘市で、自分の『余計な一言』で『大事』を起こしてしまった記憶がまだ鮮明に残っているからこその嫌な予感。

 

黙ってしまったクラウスを見て、セリはまた自分がまたいらない事を口走りクラウスを怒らせてしまったのだろうかという恐怖がジワジワと沸き起こり始めてしまっている様子で―

 

 

 

けれども…

 

 

 

「…なるほど、外国の者の印象を聞けてよかったよ。何せこんな辺鄙な村では、外の人間と話す機会も中々ないからな。………さて、では私はこの後少し出る用事がある。夜には戻るが、この霧だ、この辺りに慣れていない君達は家から出ない方がいいだろう。今日は一日この家で休んでいるといい。」

「あ、は、はい…」

「それと、この家のモノは勝手に使ってもらって構わんよ。二人が起きたら適当に何か食べさせてあげ給え。保存食で悪いが、缶詰ならそこの倉庫にたくさんある…風呂も、倉庫の裏口から庭に出たらすぐ井戸があるから、適当に汲んで使ってくれて構わないよ。いくら霧が深くとも、井戸くらいは見えるだろうからな。」

「…あ、ありがとうございます。」

 

 

 

あの、一瞬だけみせた険しい表情から一転。

 

何やら、少々強引に話を纏めたクラウスはまるで何事もなかったかのようにして立ち上がると、まだコーヒーの入ったカップをそのままに…先ほどと全く変わらぬ声質にて、どこまでも親切にそう伝えてきて。

 

…それはまるで、一瞬だけ見せた先ほどの表情が嘘だったかのような変わりよう。

 

その表情の変化に、セリはどこか違和感を覚えるものの…とは言え、これ以上失言をしてしまうわけにはいかないという戒めからか、その後のセリはただただクラウスの言葉をゆっくりと聞き入るしか出来ない様子を見せるしかないのか。

 

 

そうして…

 

 

一瞬黙ってしまった先のクラウスの姿に、少々奇妙な感覚を覚えたセリを他所に。

 

クラウスは壁に掛けてあった、どこか上質なモノにも見える白いスカーフを首に巻きつけると…昨日会ったばかりとは思えない程の気前の良さをセリへと見せながら、指指しで倉庫や井戸などの位置をセリへと伝えると。

 

静かに、家から出て行ったのだった―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「ふわぁーぁぁあ!ンー、よーっく寝たー!」

「…体中が痛い…寝すぎた…」

「起きたか二人とも。」

 

 

 

ギョウとスズナが起きたのは、夜に近い夕方の時間帯だった。

 

まぁ夕方と言っても外の霧の所為で、外の静けさはまるで真夜中のようなモノではあるのだが…

 

そう、朝方からまったく薄まる気配のない霧の所為で、まだ日が出ていると言うのにも関わらず相変わらず村は酷く暗いまま。

 

そんな、時間の感覚も曖昧になりそうな中でようやく目を覚ましたギョウとスズナは、それぞれ正反対の反応を見せつつも…既に朝方から起きていて、食事も風呂を済ませていたセリが二人に対し言葉を続ける。

 

 

 

「よく寝てたな。ほぼ丸一日寝てたぞ?俺は朝に起きられたけど、お前たちは起こしても起きなかった。」

「ひゃは、やっぱりぱーり?チャン僕くらいのシティーボーイになると?野宿っつー原始的with野生的な生活なんて性に合ってなかったってカーンジィ?」

「…久しぶりにまともに寝られた気がした…」

「スズナから風呂入って来いよ。そろそろ起きると思って風呂温め直したところだから。」

「…あぁ、すまない…」

「ギョウ、お前は先に飯にするか。缶詰だけど、クラウスさんが好きに食っていいってさ。」

「マジマジマージか!フゥー、久々に?そう!まともなモンが食えるヒュイゴー!」

「お前…遠慮はしろよ?」

「オッケーオッケー!常&識の範・囲・内ってねー!とりま、肉とか肉とかイートしちゃいたい気分なワケでレッツオーライ!」

「…うるさい…寝起きで叫ぶな馬鹿者…」

 

 

 

連日の疲労と気苦労で見るからに疲れ果てているスズナに反し、起き抜けだと言うのにどこまでもハイテンションを見せるギョウ。

 

一体、ギョウのその元気はどこから来るのか。ギョウだって連日の野宿に当ての無い行軍と、スズナと同じ位に疲れているに違いないと言うのに…

 

ギョウの声に、寝起きで見るからに機嫌が悪いスズナが思い切り睨みを利かせたのを全くもって意に介さず。腹が減って仕方の無いのだと言わんばかりのギョウは、寝起きだとは思えない程にそのテンションをいつもの様に変えないままではないか。

 

…そして、セリから風呂の場所を聞いたスズナが、寝起きと疲労からくる重い足取りで部屋から出て行ったそのすぐ後。

 

スズナの足音が完全に聞こえなくなってから…

 

セリとギョウは一階へと降りると。ギョウが、一階を見渡しながらふとその口を開いた。

 

 

 

「あり、そういやオッちゃんは?」

「あぁ、用事があって朝から出かけてるよ。夜には戻るって言ってたからもうすぐ帰ってくると思うけど…」

「やさしー人だよねぇマジマージで。見ず知らずの?こんな胡散臭いガキ共に?家預けて留&守ぅにするってぇのもさー。」

「それだけ人を見る目を持ってるってことだろ。…朝に少し話をしたけど、何かとんでもない人みたいだった。」

「ほ?」

「なんか、コッチの事を全部見透かされてるっていうか…凄い鑑識眼を持ってるみたいな感じで、とにかくとんでもない人だったよあの人。多分、相当な人生を送ってきたはずだ…会話してるだけで、内面まで簡単に見透かされた気がした…」

「ふーん、お前にそこまで言わせるあのオッちゃん?マジマジマージで何&者なんだろーねー。ぜってー猟&師ぃなんかじゃないっしょ。」

「…あぁ、俺もそう思う。」

 

 

 

…そうして。

 

クラウスへの疑問は晴れぬものの、しかし久方振りにゆっくりと風呂に入る事ができ、缶詰とはいえまともな食事にありつけたギョウとスズナのがっつく姿をセリは横目に入れつつ…

 

窓の外から見える、吹雪よりも白く深い霧の奥から全く村の生活音が聞こえてこないことに少々の不気味さを抱いたものの。

 

それでも、時折『誰か』が家の近くを歩いているらしい足音が、他にも人がいるという奇妙な安心感をセリ達へと与え…

 

そのまま、セリ達はこれまでの野宿の疲れを感じながら…

 

再び、夜になったのだった。

 

 

 

―…

 

 

 

「クラウスさん遅いな…夜には帰るって言ってたのに…」

 

 

 

食事も終え、すっかり日も暮れた夜の時間帯。

 

天井から吊り下がるランプの光が照らしている、昨晩と同じく薄暗くなったリビングにて…外に出る事も出来ず、暇を持て余していたセリは、ふとそんな言葉を漏らしていた。

 

…それは『夜には帰る』と言っていたこの家の主であるクラウスが、日が落ちてもまだ帰ってこないことへの心配と配慮。

 

そう、昨晩押しかけるようにして匿ってもらっている身としては、留守を預からせてもらうと言うのはある意味で信頼されていると言うことでもあるのだろうが…

 

しかし、いくら濃霧のため外に出る事が出来ないとは言えども。それでも、朝方に出て行ったままほぼ丸一日帰ってこないクラウスの身をそろそろセリが案じ始めるのも当然と言えば当然で。

 

 

 

「んー、どっかで宴&会with酒is盛り盛りでもしてんでなーい?倉庫にも?そう、酒瓶めーっちゃいーっぱいたぁーくさん置いてあったしぃー?」

「この霧でか?危険だから外には出るなってあの人が言ったんだぞ?」

「でもあのおっちゃんこの村の人なんしょ?今日はみーんな仕事なんかしないで、酒盛りでもしてるオチに決まってるってぇーの。」

「いや、そんな人には見えなかったけど…」

「だが、それにしても霧が深いな…全く晴れる気配が無いぞ…」

「ねー。いい加減そろそろ暇暇ひーまで退&屈なってきたっつーの。」

 

 

 

…また、電気も通っていない村のため、デュエルディスクを充電する事も出来ないことからか。

 

置いてもらっているとは到底思えない図々しい態度と言葉を見せるギョウの姿は、起きて数時間しか経っていないと言うのにも関わらず既に暇を持て余した子どものように怠惰を極めた姿勢となりて。この薄暗い部屋の中でも、だらしなく椅子の背もたれに両腕と顎を乗せてボンヤリとしているだけであり…

 

そう、万能端末であるデュエルディスクの充電も出来ず、デュエル機能以外は使えないディスクでは、若い彼らの退屈を完全に埋める事は出来ず。

 

それに加え、電気が通ってない為テレビも電話も、それにラジオと言ったモノすらないこの家では…若いセリ達が、暇を持て余し少々の退屈を感じ始めてしまったのもまた逃れられない事実でもあるのか。

 

 

 

「…仕方ない、やる事もないし先に寝てよう。それで明日の朝、クラウスさんにお礼を言ってデュエルトリコに向かう。それでいいか?」

「おっけーおっけー、もーまんたい。」

「あぁ。」

 

 

 

それ故、全くやる事のないセリ達は、クラウスが帰ってきた時のためにランプの光だけはそのままにして。

 

階段を上がり、泊まらせてもらっている部屋へと入ると、各々が寝床に入って睡眠を取るために横になり始める。

 

…ドアに近い通路側のベッドにはスズナが。

 

…古ぼけたソファーにはどこでも寝られる図太い神経を持つギョウが。

 

そして窓際の…スズナのと隣接したベッドにはセリが入る。

 

すると、そのままセリは窓の外…相変わらず霧が濃い外界をぼんやりと眺めつつ、時折見える人影らしき動きを見てどこか安堵を覚えた様子。

 

…どうやら、村民は居るようだ。

 

濃霧で見えにくいが、かすかに窓から見える。村の中に、人が歩いているのが。

 

それは朝方から起きていたと言うのに、庭の井戸に水を汲みに行った時も全く感じられなかった他人の気配からどことなく不安を感じていたセリの感情を安心させる材料となりて…

 

そんな、『他人』が居るという安心感が、濃霧の中に孤立してしまっていたセリへと確かなる安堵を与えつつ。人工的な光の無い部屋の暗さが、次第にゆっくりとセリを眠りへと誘っていく。

 

…次第に重くなっていく瞼の感覚をセリは覚える。

 

隣と足元から聞こえてくる微かな寝息の様な息づかいが、ギョウとスズナが眠りに入ったのをセリへと教え…

 

 

 

そうして…

 

 

 

ボンヤリとした外の霧を無意識のまま網膜へと写しながら。

 

セリもまた、そのまま自然の流れに任せ自らの眠りに落ちようとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

いきなり…

 

今にも眠りに落ちそうだったその意識を、突如として覚醒させ。反射的に、飛び起きるようにして思わずベッドから体を起こしたセリ・サエグサ。

 

それは今にも眠りに落ちそうだった彼の意識を、無理矢理『覚醒』させるようなあまりに衝撃的なモノをセリの目が見てしまったからこその突発的な飛び起きでもあるのか。

 

 

そう…セリは、見てしまった。

 

 

窓に隣接したベッドだからこそ、セリには眠りに落ちるその瞬間に『ソレ』を見てしまったのだ―

 

それは薄っすらとした霧の向こうに確かに見えた…濃霧の所為で確かな像ではなかったものの、しかしこの家のすぐ近くをよたよたと歩いていたからこそ見えてしまった、信じたくもないモノであった。

 

 

見間違えだろうか…いや…見間違いなんかじゃない―

 

 

何しろ、『一度』ソレを確かに目の当たりにしているセリだからこそ―

 

霧の向こう、この家のすぐ近くに今確かに見えたソレは、紛れも無い『アレ』だと言う事を否応なしにセリへと理解させてしまったのだ。

 

 

…一体、セリは『何』を見たのか。

 

 

いや、最早ソレは語るにも及ばないモノだろう。

 

何しろ、セリが見た…

 

ソレは―

 

 

 

 

 

「起きろ二人とも!ゾンビだ!家のすぐ近くにゾンビが!」

「ひょ!?」

「な、なんなのだ!?」

 

 

 

 

 

そう…

 

濃霧の中でも、確かにセリが見たそれは間違いなく昨日追いかけられたあのゾンビと同じようなモノであった―

 

…見間違えるはずがない。何しろ昨晩、嫌と言うほどその姿を網膜へと焼き付けてしまっているのだから。

 

それに加えて、セリの視力は裸眼にて2.0という健康優良児そのモノ。それ故、いくら濃霧が邪魔をしようとも…この家のすぐ傍、壁際を擦るようにしてズリズリと歩いていたゾンビをセリが見間違えるはずもなく。

 

 

…だからこそ、セリは思わずギョウとスズナを叩き起こし。

 

 

そのまま、一瞬で切羽詰った精神を立て直す暇もなく。声を荒げるようにして、ギョウとスズナへと叫び始めるだけ。

 

 

 

「間違いない!昨日俺達を追いかけてきたゾンビだ!村の中に侵入してきたんだ!」

「マ、マジマージでぇー?見間違えとかじゃなうぃーのー?」

「見間違えなもんか!霧がかってても確かに見えたんだ!お前、俺の視力知ってるだろ!?」

「た、確かにカーニ?」

「やばいぞ!あのゾンビ、村の中まで俺達を追ってきたんだ!い、急いでクラウスさんに知らせないと!」

 

 

 

自らの目で見たモノに対し、切羽詰った声を漏らし続けるセリ・サエグサ。

 

その焦りは昨晩の恐怖を覚えているからこその確信的なモノとなりて、どこまでもセリの心に焦げるような不安を誘発する。

 

しかし、どこか事態を飲み込めていない様子のギョウを他所に…

 

セリの隣のベッドでは、スズナがガタガタと震えていて―

 

 

 

「あわわ…まま、またあのゾンビだと!?わわ、私はお化けとか幽霊とか、そそ、そう言うオカルトだけは駄目なんだぁ!」

「フゥー!スズナたんってば可愛うぃーねぇー!ギャップ萌えってやーつー?」

「ギョウ!貴様ぁ!」

「冗談言ってる場合じゃない!クラウスさん!大変です!村にゾンビが!」

 

 

 

そして…

 

震えているスズナと、馬鹿を言っているギョウを意に介さず。

 

セリは勢いよく寝室を飛び出すと、ドタドタと思い切り音を立てながら急いで一階へと降りていく。

 

 

 

「…ク、クラウスさん?」

 

 

 

けれども、そんなセリの焦りが全く功を奏していないかのように…

 

ランプで照らされた薄暗いリビングは、セリ達が二階へと上がっていったときの状態そのままであり。

 

それは明らかに、クラウスがまだ帰ってきていない証明となりて更にセリの焦りを大きくするだけで…

 

 

 

「クラウスさんがまだ帰ってこない!も、もしかして外でゾンビに襲われたんじゃ…」

「で、でもでもでーも、あの人猟師なんっしょー?デッカおっきい銃持ってたっすぃー?一人でバンバンゾンビシューティンヒィアゥイゴーしてる的な的なテキーラ?」

「そそそそうだ!そそそれかかか、いい異常を察知し一人で先ににに逃げたのかもししししれん…ぞ?」

「そんなわけあるか!あの人はそんな適当な事を言う人じゃない…俺にはわかるんだ、き、きっとクラウスさんに何か…夜には帰るって言ってたのに、まだ帰ってきていないって事はク、クラウスさんに、何かあったってことだろ!?」

 

 

 

だからこそ、セリの後に続いて一階へと下りてきたギョウとスズナが、そんな希望的観測をセリへと伝えてくるものの。

 

ほぼ丸一日眠っていた二人と違い、朝方の少ない時間とは言え濃い会話をクラウスを交わしたセリだけはゾンビが現れた事とクラウスが帰ってきていないこの事態に、いち早く異常性を感じつつ更に焦燥を昂ぶらせるだけなのか。

 

…寂れた村の猟師には到底思えない見地を持った、『夜には帰る』とハッキリ伝えてきたあのクラウスがまだ日も暮れたと言うのにまだ帰ってきていない。

 

そして、霧に紛れて村の中にゾンビが侵入してきた事が相まって…

 

今のセリの心臓は、体外にも聞こえるくらいの大きな焦りの鼓動となりて怖いほどに脈打っているではないか。

 

 

 

すると…

 

 

 

セリ達の言い合いが聞こえてしまったのか。それとも薄っすらとこの家の中に灯りが灯っていた所為か。

 

 

―ドガァン!

 

 

…と、ドアを叩き割る音がしたと同時に―

 

家の中に、一体のゾンビが押し入ってきて―

 

 

 

『ア…ガァ…』

 

 

 

「ッ!?」

「ちょ!ヤババーイ過ぎっしょコレマージでー!」

「あわ…あわわわわ…」

 

 

 

ゆっくりと…

 

そう、家に圧し入ってきたそのゾンビは、あくまでもゾンビらしくよたよたとした今にも倒れそうなふらついた足取りなれど。

 

…異臭を撒き散らし、腐臭を漂わせ。

 

その腐り垂れ下がった目と、空洞となっているもう片方の目の部分にて確かにセリ達3人を捕らえた様子で。

 

ジワジワと…ゆっくりと…

 

恐怖に駆られ、その場から足がどうしても動かないほどに戦慄を感じている少年達へと、フラフラとしながら近づいてくる…

 

 

 

(ヤバい…ほ、本当にヤバい…)

 

 

 

まさか、昨晩のゾンビが村の中まで追ってくるだなんて。

 

じりじりと近寄ってくるゾンビを前に、走馬灯にも似た速度の高速思考にて焦燥感に塗れた言葉のみが繰り返されているセリの脳内は、目の前のゾンビに対しただただ『ヤバい』という思考しか考えられない程にセリ・サエグサを追い詰める。

 

…しかし、それも仕方がないことなのか。

 

何しろ、昨晩だって全速力でどうにかギリギリ振り切って逃げられた相手。

 

しかも、『外』だった昨晩と違い…

 

今は室内、それも入り口側にゾンビがいるというこの狭い空間に追い詰められてしまったのだから、昨晩のように走って逃げるという事すら出来ないこの状況に置かれてしまっては、いくら知略に長けたセリを持ってしてもどうしようもない状況と言えばそれまでで。

 

 

どうする…どう、すればいい―

 

 

高速思考を持ってしても、何も思い浮かばず何も出来ずに後ずさりするしか無いセリ・サエグサと…

 

同じく何も出来ずに冷や汗を垂らしているゴ・ギョウ、それに恐怖のあまりガタガタと振るえ歯を打ち鳴らしているスズナの3人。

 

このままでは、ゾンビに喰われてしまう―

 

 

 

そうして…

 

 

 

じりじりと近寄ってくるゾンビに対し、どうしようもないセリ達の恐怖が今まさに頂点に達しようとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―デュエルディスクを構え給え。

 

 

 

「…え?」

 

 

 

不意に…

 

セリの耳に、クラウスの声が聞こえたような気がした。

 

しかし、家の中にはセリとギョウとスズナの3人しか居らず…それにゾンビが打ち破ったドアの外側にも誰かが居る気配などなく、今のクラウスの声だって何やらセリにしか聞こえていなさそうではないか。

 

 

 

「い、今クラウスさんの声が…」

 

 

 

それ故、思わずセリがそう言葉を零すも…

 

そんな言葉を聞いている場合ではないギョウとスズナは、壁際に追いやられもう後が無い状況に陥ってしまっていることに絶望すら抱いている様子を見せるのみで…

 

 

 

―早く…デュエルディスクを構え給え。

 

 

 

「ッ…」

 

 

 

だからこそ、この場で唯一『その声』が聞こえた、そして唯一動けるであろうセリが聞こえた声に従ってデュエルディスクを構え始める。

 

…そんなセリを見て、ギョウとスズナはどう思ったのだろう。

 

セリの頭がおかしくなったと思ったのだろうか。それともセリが恐怖で狂ってしまったと思ったのだろうか。

 

フラフラと近づいてくるゾンビを前に、2人もまたセリへと向かって声を荒げ―

 

 

 

「セセセセリ!いいい一体なな何をしているのだ!」

「ちょいちょーい!ゾンビ相手に?ディスク構えるとか?意味ナシナシのナッシングでしょーが!」

「で、でも…」

 

 

 

しかし―

 

そんなギョウとスズナの絶望を

 

デュエルディスクを構えたセリを前にして、なんとゾンビもまたその足を止めてセリと向かい会い始めたではないか―

 

そう…ゾンビもまた、セリに倣ったように。

 

左腕を前へと出し構えると、その腐った肉が変形し始め…

 

ソレはあたかもデュエルディスクのような形。そして、なんとゾンビの変形した腕の中から汚れたカードの束もまた出現し始めたのだ。

 

そのまま、ゾンビもセリのようにデュエルの体勢へとその身を構え始める。

 

 

 

「はぁ!?どどどどういう事なのだぁ!?」

「ひゃは!?ゾ、ゾンビの方も?デュ、デュエルする気って事なぬぉー!?意味わかんなうぃーねー!」

 

 

 

そうして…

 

わけもわからず混乱しているだけのスズナと、同じくこの状況に驚いている様子の声を漏らしたギョウの叫びを皮切りに―

 

 

 

『アガァ…デュ、デュエ…』

「い、いくぞ!」

 

 

 

状況をよく飲み込めないままではあったものの、それでも確かに自分だけに聞こえたクラウスの声に従ったセリの叫びが家の中に木霊して―

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

それは、始まる。

 

先攻は、ゾンビ。

 

 

 

『ガガ…【融合】発動ォ…【メデューサの亡霊】ト【ドラゴン・ゾンビ】ヲ融合ォ…ユウゴウショウカン…【金色の魔象】…ターン…エンドォ…』

 

 

 

ゾンビ LP:4000

手札:5→2枚

場:【金色の魔象】

伏せ:なし

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

よたよたと歩いていたにしては、どこか慣れた手付きにて1体の融合召喚を行いそのターンを終えたゾンビ。

 

それは通常モンスター同士で融合される、自身も効果を持たない、攻撃力も2200と少々頼りなさすら感じさせるアンデット族モンスターではあったものの…

 

だが、しかし。

 

たったこれだけの場にてそのターンを終えた、ゾンビの行動のどれもがセリの目には怪しく映り。そしてそれ以上に、セリの思考は不気味なゾンビの立ち姿を前にしてどうしても嫌な方向へと向かっていってしまうのか。

 

そう、ゾンビと戦うという、非日常的な光景の前に…緊張からか、セリの心臓はその鼓動をうるさいくらいに打ち鳴らし続けていて。

 

 

 

「…何か狙っているのか…くっ、俺のターン、ドロー!」

 

 

 

とは言え、それでもセリとてただでやられるわけにはいかず。

 

ゾンビの不気味さを払拭する為に、自らのターンを向かえたセリは勢いよくデッキからカードを1枚ドローする。

 

…セリとて、ゾンビがデュエルをするという事実を未だ飲み込めてはいない。

 

けれども、ただ食い殺されるのではなくデュエルにて突破できる可能性がほんの少し見えたからこそ―

 

 

 

「手札を1枚捨て、【幻想の見習い魔導師】を特殊召喚!その効果でデッキから【ブラック・マジシャン】を手札に加える!そして魔法カード、【融合】発動!手札の【ブラック・マジシャン・ガール】と、場の【幻想の見習い魔導師】を融合!」

 

 

 

例え相手が血の通わない、腐った肉体のゾンビであろうとも。そして何を狙っているのか分からない不気味さをゾンビが充満させていても、セリとてここで引くわけにはいかず。

 

…発動するは、先のターンにゾンビが発動したのと同じ【融合】魔法。

 

そう、自身の持つ、『融合』のEx適正の導くままに。

 

今、セリの場に神秘の渦が渦巻きそこから現れるは―

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

現れたるは2対の魔術師、師と弟子のコンビネーション。

 

2体で1体のその融合モンスターは、セリのデュエルにおける要の融合モンスターの一体であり…

 

そして、それだけでは終わらない。

 

いくら相手が得体の知れない存在で、何を狙っているのかすら見通せなくとも構わない。それでも、不気味なゾンビを手数で圧倒すると決めたセリは更に動きを見せるだけ。

 

 

 

「速攻で決める!更に魔法カード、【死者蘇生】を発動!墓地から【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚し、超魔導師の効果で1枚ドロー!…よし、俺がドローしたのは罠カードの【マジシャンズ・ナビゲート】!そのまま場にセットし、超魔導師の効果でセットしたカードは伏せたターンにも発動出来る!罠カード、【マジシャンズ・ナビゲート】発動!手札とデッキから、【ブラック・マジシャン】をそれぞれ特殊召喚する!来い、【ブラック・マジシャン】達!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

 

 

そうして…

 

一瞬の後に、セリの場には攻撃力の高い魔術師たちが杖を手にゾンビへと立ち向かう光景が創り上げられる。

 

…そう、伏せカードはなく、墓地にも場にも警戒すべきモノが無い今。

 

敵の2枚の手札に何があろうとも、これだけの手数を用意すればそう易々とは凌ぎ切れないはずだという自負の元に…セリの怒涛の展開にて、魔術師たちがゾンビとその僕である金の象骨へと攻撃を仕掛けんと―

 

 

 

 

 

 

「行くぞ、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で【金色の魔象】に攻撃!」

 

 

 

―!

 

 

 

『ア…ガァ…』

 

 

 

ゾンビ LP:4000→3700

 

 

 

魔術師の一撃によって、金の象骨が塵となって蹴散られる。

 

それは文字通りの一蹴…

 

コンバットトリックや誘発破壊でも狙っているのかと危惧し手札の【黒魔導強化】をすぐに発動出来るよう構えていたものの、しかし何の動きを見せないことからその危惧が杞憂で終わった事に一先ずの安堵を覚えるセリ・サエグサ。

 

…けれども、まだ油断は出来ない。

 

なぜなら、いくら相手の融合モンスターを破壊できたからと言っても、このまま連続攻撃が通るかどうかは微妙なところ。ソレはゾンビが、2枚の手札の中に【バトル・フェーダー】や【速攻のかかし】と言った防御札、それ以外にもダイレクトアタックによるダメージをトリガーにしたカードなどを隠し持っている懸念もある為に…

 

まだまだ緊張の糸を緩めず、ゾンビの様子に細心の注意を払ったまま。更にセリは、魔術師たちへと攻撃を命じ…

 

 

 

「これで場はがら空き…何か狙っているのか?…だけど、ここで怯むわけにはいかない!行け、超魔導師とブラック・マジシャンでダイレクトアタックだ!」

 

 

 

―!!

 

 

 

『ガァァァァァァア!』

 

 

 

 

ゾンビ LP:3700→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

しかし…

 

最後の最後まで、セリの危惧した状況は起こらないまま。

 

あっけなく…そう、『何か』あるのではないかと身構えていたセリの憶測も無意味に、セリの攻撃をまともに喰らったゾンビはあまりにあっけなく吹っ飛んでしまったのだから。

 

…家の中に響いた無機質な機械音は、確かにデュエルの終了をセリ達へと伝えている。

 

けれども、過剰なほどに相手の手を警戒していたセリからすれば、あっけないほどに終わってしまったゾンビとのデュエルは本当に自分が勝ったのかどうか疑問を感じてしまう程に―

 

ソレほどまでに、このゾンビとのデュエルはセリにとって何の手応えも無いようなデュエルであったのだ。

 

それはゾンビが家の中に圧し入ってきてから、ものの1分程度しか経っていないデュエルの短さもそう。

 

デュマーレ、デュエリア、決闘市と、これまで一筋縄ではいかない相手とばかり戦ってきた所為か…この手応えが無さ過ぎるゾンビとのデュエルは、セリの心に不気味な嫌悪感を抱かせてきた。

 

 

そして、デュエルで打ち倒したからか…

 

 

倒されたゾンビが、塵となって消滅していく―

 

 

 

「弱い…このゾンビ、デュエルで倒せば消えるみたいだ…」

「ンだよもー、ゾンビがデュエルするってのも驚き桃の木だってぇのに?実&力は雑魚雑魚ざぁーこのクソミソクソ雑魚だったじゃんねー!」

「…ひ、拍子抜けだったな…」

 

 

 

また、デュエルで敗北した所為か、目の前で塵となって消えていくゾンビを見て。

 

先ほどまでの狼狽えていた態度から一転、その拍子抜けだったデュエルの展開にギョウとスズナも少しばかり恐怖がボヤけている様子。

 

…とは言え、それも当然か。

 

何しろ、確かにゾンビの方も見た目の恐ろしさと不気味さは確実にセリ達に恐怖を与えては来ていたのだが…

 

しかし、ゾンビのデュエルの実力自体はさほど高かったわけではなく、どこか『お粗末』とも言える程に拙く弱かったため、デュマーレの祭典【フェスティ・ドゥエーロ】にて準優勝したほどの実力を持つセリからすれば、全くもって相手にはならかなったのが現状と言えば現状。

 

それは言うなれば、洗練された最先端のデュエルを学んでいるセリ達とは全くの別物…

 

悪く言えば田舎臭い素人のような、少々時代遅れのようなデュエルであったと言うのがセリ達が抱いた印象でもあるのか。

 

しかし、一体どうしてゾンビが襲い掛かって来ずにデュエルを仕掛けてきたのかは未だわからないままではあるものの…

 

まぁ、そうは言ってもセリ達からすれば、急に家に押し入ってきたゾンビを何の被害も出さずにデュエルで倒せたのはこの上ない幸運を感じるところに違いなく。

 

 

 

「…よし、とりあえずゾンビは倒したんだ。クラウスさんを探しに行こう。」

 

 

 

昨日遭遇したゾンビが、村の中にまで侵入してきたのは想定外だった。しかし、そのゾンビも難なく倒す事ができ、また村の中が騒がしくなっていない様子から被害は出ていないようだ。

 

…ゾンビを倒したことで、そんな気持ちの余裕が出来ている様子を見せるセリ。

 

一先ずの問題を解決できたその安堵は、昨日の切羽詰っていた状況とは打って変わって…いつもの冷静で思慮深い、普段の姿を思い出させるほどの落ち着きをセリは確かに見せ始める。

 

 

 

そうして…

 

 

 

ゾンビを倒した事で一先ず緊張が解けたセリ達は、たった今倒したゾンビが先ほど破ってきたドアからクラウスを探しに行こうとして。

 

ゆっくりと、そして静かにドアの外へと身を乗り出し…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

外に出たセリ達の目に飛び込んできたのは―

 

 

 

「…え?」

「…ひょ?」

「な…なな…」

 

 

 

家の外に出たセリ達の目に飛び込んできた光景…

 

それはセリ達を絶句させるには充分過ぎるほどに『異常』な光景となりて、あまりに突然にセリ達の目に映り込んでしまった。

 

…それはついさっきまで漂っていた『霧』が、何故か無くなっていると言うのもそう。

 

けれども、セリ達が絶句してしまったのは『そんな事』では断じてない。

 

 

そう…

 

 

霧が晴れた夜の村の、セリ達の目に飛び込んできた光景とは他でもない―

 

 

 

 

 

 

 

『ア…ガァ…』

『グゥゥ…ゥ…』

『ガガ…アァ…』

 

 

 

ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ―

 

 

 

セリ達の目に飛び込んできたのは紛れも無く、ゾンビの大群であった―

 

 

 

「なっ!なななななな何だこの数はぁ!?」

「大声を出すなスズナ!と、とにかく隠れろ!」

「ひゃは…ウジャウジャウジャウジャ…マ、マジキモなんですけどけど…」

「さっきの一体だけじゃなかったのか…そ、それにしても何体いるんだ?」

 

 

 

家の外、村中のあちこちに。

 

見てしまったのは、よたよたとした足取りで、うじゃうじゃ闊歩しているゾンビの大群。

 

まさか…こんなに大勢のゾンビが村に居たと言うのか、

 

だからこそ、他のゾンビに見つかる前に…思わず家の中へと素早く隠れ、こっそりと外の様子をセリは伺い始める。

 

すると、セリの目にはゾンビの大群だけではなく…

 

奇妙な、それでいてこのゾンビの大軍と同じくらいに不自然な光景が映り込んできて。

 

 

 

「…なぁ…昼間は霧が濃かったからわからなかったけど…この村の他の建物…どれも、ボロボロっていうか…」

「ひょ?」

「全部壊れてる建物ばかりで、しかも老朽化しすぎているように見える…も、もしかしてだけど…この村って…」

 

 

 

そう、セリが気付いたのは、ゾンビたちが闊歩しているこの村の他の建物の、そのボロボロ具合について。

 

確かにゾンビたちが村中に溢れていることも異常事態ではあるのだが、しかし霧が晴れた村の中をよくよく見れば周りの家ばどれもこれも昨日今日ゾンビに壊されたような朽ち果て方では断じてないモノばかりであり…

 

それはまるで、相当前から風化が始まっていたような壊れ方と汚れ方。折れた柱の腐食の度合いは崩壊してから数年は経っていそうだし、酷く汚れ割れている窓ガラスもそのままになっている様子は明らかに不自然すぎる。雑草や蔦が家屋に侵食していると言うのに、庭や家は手入れされている様子も見受けられない。

 

つまり、それが意味する一つの答えは…

 

セリ達が泊まったこの村は、最初から―

 

 

 

「まま、待て…とと、と言う事はここ、この村はささ、最初から…は、廃村…だだ、だったと言う事…か?」

 

 

 

スズナの顔から、見るからに血の気が引いていく。

 

…当然だろう。

 

何しろ、昨晩ゾンビから逃げ切って辿り着き、安心しきって一日過ごした村があろうことか元々廃村であったというのだ。しかも、それが先ほど自ら『オカルトが苦手』と吐露したスズナであるのだから…

 

こんな時だからこそ冷静に努めようとしているセリと、そう言った事を全く気にしていないギョウと違って。

 

真っ青を通り越して真っ白にまで顔色を変化させたスズナが、今にも倒れこんでしまいそうなほどにその恐怖心を高まらせてしまっているのは最早仕方が無く。

 

 

 

「で、でもでもでーも?おっちゃん家だけは普&通じゃん。食いモンもあっし?ボロっちくないし?あ、ソレか猟師は嘘でしたーってんでホントは墓&守だった的な的な的な?」

「どうだろうな…とにかく、クラウスさんを探さないと。」

「あああのゾゾ、ゾンビの群れの中から…か?いい、いくらデュエルで蹴散らせるとはいい、言え、だぞ…?あ、あの大軍が相手では…」

「…だったら、一旦この村から出て、朝になったらもう一度様子を見に来るか…今日も日が暮れるまでゾンビは現れなかったんだし…」

「ひゃは、ゾンビは太&陽のHI・KA・RIが大大大のニガニガニガーテってのが定&番with定&石って決まってるもんねー。」

 

 

 

まぁ、その真相も何もかも、この状況下ではセリ達には分かるはずもないのだが。

 

そう、今のセリ達に分かっていることは、この村が元から廃村であった可能性と…そしてあのゾンビたちは、何故かデュエルで倒す事が出来ると言う事だけ。

 

けれども、ゾンビの群れに囲まれているという、こんな超常的かつ異常事態に置かれていてもなおセリがどこか冷静さを取り戻している様子なのは…紛れもなく、たった今デュエルにてゾンビの一体を倒したが故なのだろう。

 

…昨日は逃げ回るしか出来なかったが、デュエルで解決できる問題であるならば一先ずこの場から突破できるかもしれない。

 

…ゾンビ1体1体のデュエルの強さは大した事は無い。これならば、先日の決闘市で不良たちに追い掛け回された時の方がよっぽど大変だった。

 

そんな、これまでの経験が着実にその強さになっているセリの心には、ゾンビという異常な存在を前にしても無闇に取り乱さない冷静さが育っている様子。

 

 

 

…けれども、そんな思考が浮かび上がってきたのも束の間。

 

 

 

先ほどのデュエルの音が聞こえてしまったのか、それとも扉が壊れた事で漏れ出したランプの光を察知してしまったのか…

 

村の中に溢れているゾンビ達の何体かが、セリ達のいる家の方へとよたよたと滲みよってきたではないか―

 

 

 

「ッ!何体かこっちに向かってきた!お前たちも手伝え!速攻で倒して、一度この村から逃げる!」

「あわわ…なな、なんでこんな事になってしまったのだ…どど、どうしてこんな事に…な、なんでゾンビがデュエルすると言うのだぁ!」

「ひゃはは!ンなコト知らなうぃーってぇの!」

「無駄口叩く暇なんてない!来るぞ!」

 

 

 

そうして…

 

デュエルディスクを装着したセリ達を見つけるや否や、自らもその腐った腕をデュエルディスク型に変貌させつつ滲みよってくるゾンビたち。

 

…その数、目測にて約7体。

 

いや、その後からは7体のゾンビたちに釣られるようにして続々とゾンビたちがこの家に集ってきている。

 

それ故、村中にゾンビが溢れかえっていることを考えると、ひとつの戦いに時間を取られすぎると後からどんどんと増援が沸いてくるかもしれない危険性があると言う事をセリは即座に察知して。とにかく、この場に留まる事が危険だという考えから、ギョウとスズナに声をかけつつ速攻を胸にゾンビへと向かい立つだけ。

 

 

 

「超魔導剣士!超魔導騎士!超魔導師でそれぞれダイレクトアタックだ!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

蹴散らす。

 

 

 

「ブッ飛ばSay!モラルタ!デュランダル!フェイルノートでゾンビ’sに攻撃ってかー!?」

 

 

 

―!!!

 

 

 

蹴散らす。

 

 

 

「来るな来るな来るなぁ!アドレイション!蹴散らしてくれぇ!」

 

 

 

―!

 

 

 

蹴散らす。

 

蹴散らし、続ける。

 

ひっきりなしに襲い来る、多対一となって向かってくるゾンビ達を蹴散らし続けるセリとギョウとスズナの3人。

 

幸いなコトに、ゾンビ達の手筋は最初に倒したゾンビ同様、『雑魚』とも呼べる拙い手筋ばかりであり…少々引け腰になっているスズナであっても、ゾンビを蹴散らすことは出来ているために、一応の防衛は出来てはいると言えるだろうか。

 

しかし、それにしても数が多い―

 

そう、倒しても倒しても…

 

倒しても倒しても倒しても。後からどんどんとゾンビが向かって来るために、村を出ようとしていたセリ達は一歩も家の敷地から出る事を許されずに防戦を余儀なくされていて。

 

…次々に消えては現れる、感情無きデュエルゾンビ達。

 

一体、これだけの数のゾンビがどこから沸いて出てくるのか。更にデュエルの喧騒を聞きつけた他のゾンビ達が、村のあちこちから『ここ』に集ってくるために…

 

デュエルを強要されているセリ達の手は止まることなく動き続け、反対にここから逃げ出したい足はこの場に留められてしまうばかりであり…

 

 

 

「くそっ!キリがない!」

 

 

 

…1体1体は大した事は無い…むしろ雑魚と言ってもいい程。

 

しかし、いくら雑魚ばかりとは言え。ゾンビを1体倒している間にも、騒ぎを聞きつけた他のゾンビ達がわらわらとセリ達へと向かってくるのだから、こうも大勢が途切れることなく向かってきては、いくら腕の覚えのあるセリとギョウをもってしても途切れる事の無い連戦、混戦、時には多対一にてゾンビの『大群』を退け続けることは至難の技とも言えるのではないだろうか。

 

それは多勢に無勢…

 

どれだけ優れた力を持っているデュエリストであろうとも、休む暇も無い連続した多対一が終わる事なく続けば…いずれは、この中の誰かが力尽きてしまう事は必至とも言えるのだから。

 

 

 

 

 

すると―

 

 

 

 

 

―雑魚に構うな…大元を…叩くのだ…

 

 

 

 

 

「ッ!?い、今、またクラウスさんの声が…」

「なな、何を言っているのだセリ!ま、まだゾンビがこちらに向かってきているのだぞ!?」

「そのとりとーり!コッチはそれどころじゃないっつーの!アホな事言ってんじゃなうぃーぜー!」

 

 

 

不意に…

 

再び、セリの耳に幻聴の様なクラウスの声がまた響き渡ってきた。

 

また、どうやらソレはギョウとスズナには全く聞こえてはいない様。それ故、再び聞こえたクラウスの声に思わずセリの手が止まってしまい…

 

そんなセリへと向かって、寄せ来るゾンビ達の相手をし続けているギョウとスズナも思わず声を荒げてしまう。

 

…当然だ。

 

何しろひっきりなしにゾンビが襲い掛かってきているこの状況で、あろうことか要であるセリがその手を止めてしまったのだから。

 

しかも、ソレが自分達には聞こえないモノの所為であるのだとしたら…いくらなんでも、自分の身を守ることで手一杯のギョウとスズナからすればセリが手を止めた事は到底容認できるような状況では断じて無く。

 

 

 

―君達なら…姫を…

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

しかし…それでも、どうしてもセリの耳には幻聴の様なクラウスの声が聞こえてきてしまう。

 

…ギョウやスズナの言う通り、幻聴のようなこの声を無視することはセリにとっては簡単だ。

 

それでも、セリがその声を無碍にする事ができず…どうしても、その手を止めてしまうのにも理由がある。

 

ソレを、ギョウとスズナは知らない…朝方に、セリがクラウスと話を交わし、そしてセリが『敵わない』とさえ思うような圧倒的なる見地を持ったクラウスに、セリが多大なる敬意の念を抱いたという事など。

 

それ故、ゾンビの群れがひっきりなしに迫ってきているこの状況下におかれてもなお。

 

デュマーレ校2年のセリ・サエグサは、己の脳内に確かに聞こえたその声を全く疑うこともなく…

 

 

 

「ギョウ!」

「ヘイ!どした!?」

「なんか…このゾンビたちにも、ボスが居るみたいだ。ソイツを倒さなきゃ、ずっと襲われ続ける…」

「なな、なんでそんな事がわわ、わかるのだ?」

「声が聞こえるんだ…クラウスさんの…」

「ちょ…おいおいおーい、それってもしかしなくてもー?あのおっちゃん実は幽&れ…」

「言うな馬鹿者ぉ!」

「ひゃは、ビビリすぎっしょスズナたん。………でも、ま、『そう言う事』ね。わーったわーった。つまり?お前が?この状&況Wow、『何とか』してくれるってことっしょー?」

「あぁ…俺がボスと戦う。だからギョウ…スズナを頼んだぞ。」

 

 

 

深くは言わず。多くを語らず。

 

ひっきりなしに襲い来るゾンビの群れを、全力を持ってして食い止め続けている親友へと短い言葉にてそう伝えたセリ・サエグサ。

 

…いくらギョウの力を信頼していると言っても、半ば無茶な注文をしているという自覚はセリにだってある。

 

しかし、それでもなおこの状況を打開するには『コレ』しか無いのだと言わんばかりに固められたセリの言葉は…どこまでも真っ直ぐなモノとなりて、スズナを庇いながらも敵を蹴散らし続けるゴ・ギョウへと、あまりにストレートな託しとなりてギョウの耳へと届けられるのか。

 

それ故、ゴ・ギョウの方も。

 

セリが零したその言葉に、何の躊躇いもなく…

 

そう、いくら彼一人が必死になってこの場を繋ぎ止めていても、やや押され気味になってきたスズナを庇いつつ一人で戦っているのでは、いくらなんでもギョウの負担はとてつもなく大きくなっているに違いないはずだと言うのにも関わらず。

 

それでも、同じく親友から深い説明を受けていない中で。ギョウは、ただ短く『そう』言うのみ。

 

 

 

「ひゃは、りょーかい!まっかせとけい!」

「よし、行ってくる!」

「ま、まてセリ!」

 

 

 

そして…

 

ギョウに背中を押され、そしてスズナの静止を振り切り。

 

セリは一旦、家の中へと入ったかと思うと…裏口の方、倉庫の奥の堅く閉ざされている方からゾンビたちの虚を突いて一目散にこの家から脱出を試みて。

 

いや、脱出を試みたのではない。幻聴でも何でも、とにかく確かに聞こえたクラウスの声に従って、セリはゾンビの『大元』を探しに戦略的脱出を行ったのだ。

 

…どうやら村中のゾンビたちは、戦いの音に引かれてギョウたちの方へと気を取られているようだ。

 

そんな、大勢のゾンビたちがギョウたちのいる家へと向かっている光景をその目に映しつつ…セリはまばらになっている村の中のゾンビ達の間を、上手くすり抜け村の中を走り始める。

 

 

 

―その角を曲がれ…その先に、墓地がある…

 

 

 

聞こえてくる、クラウスの声のようなモノを信じながら。

 

とにかくセリは、必死になって声が指し示す方へと急ぐだけで―

 

 

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

 

セリが家を抜け出して、ものの5分も経っていない頃だろうか。

 

何度か曲がり道を曲がり、ゾンビとすれ違いながらもソレを無視して突っ走り…

 

…時には速攻にて、数体のゾンビを蹴散らしながら。ゾンビの集団を掻い潜ったセリは、この村のとある場所へと無事に辿り着き。

 

そう、文字が刻まれた墓石が、あまりに綺麗に整列し並んでいるその様相がソコを紛れも無い『墓地』だと言う事を…否応なしに、セリへと伝えていた―

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

「お前が…ボスか?」

「ふふ…ふふふ…ここまで来たひと、ひさしぶり…」

「ッ…喋った…」

 

 

 

 

 

辿り着いた『墓地』の真ん中にて、ゆらゆらと鎮座している小さな影から聞こえてきたのは紛れも無い―

 

他のゾンビとはまるで違う、『少女』のようなか細い声であった。

 

 

 

「ふふ…ふふふ…あなた…つよいね。ゾンビ…いっぱい、消えちゃった…ねぇ、私とも…デュエル…しよう?」

 

 

 

そこに居たのは少女のような、墓場には不釣合いなほどに不気味な存在。

 

…それは見た目から察するに、およそ『5歳』くらいの少女のような姿をしたモノ。

 

しかし、その存在から発せられるは少女のような見た目に反し、生気を感じない冷たい囁き。霊のようにふわふわとしていると言うのに、それでいて悪霊のように地に根を下ろしているかのような確かな声で…

 

…しかして、生ある人間のモノとは思えない程の不気味さを孕んだその少女のような姿は、まさしく『御話』の中に出てくる『幽霊』そのものの様な、襤褸切れ(ボロきれ)に身を包んだあまりに不気味な存在そのモノではないか。

 

 

…土に塗れ汚れた肌。生気を感じない真っ白な顔。

 

 

 

ゾンビたちとは違い四肢は見受けられるものの、だらりと垂れさがった腕は不気味そのモノ。猫背の姿勢はその不気味さをより一層増しており、目はぎょろりと大きく見開かれ…

 

そして片眼は髪に隠れて見えないものの、しかしこの幽霊のような少女がゾンビの親玉であることを考えると髪に隠れて見えない方の目は腐り落ちているのではないかという想像がセリの脳裏に浮かび上がる。

 

そう…

 

その、見るからに5歳くらいの子どもにしか思えないのに、ゾンビの親玉と言われてもしっくり来る異質な雰囲気をその少女は纏っているのだ。

 

あきらかに『上』に立っている者が持っているその存在感は、まさに目の前の少女にしか見えない物体がゾンビのボスだと言う事をセリへとひしひしと伝えていて。

 

 

 

「コイツ、他のゾンビとは違う………」

「ここまで来たひと、ひさしぶり…生きてるひととデュエルできるの、ひさしぶり…ふふ…ふふふ…」

「…」

 

 

 

すると…

 

 

腐った腕をディスクの形へと変形させる他のゾンビ達とは違い、少女のようなゾンビの親玉はその腕に確かに『デュエルディスク』の機器を装着させ始めたではないか。

 

…喋る事もそうだが、デュエルディスクを装着したり見える部分での欠損がなかったりと、何かと他のゾンビとはどこか異なっているこの少女のようなゾンビの親玉。

 

そんな、これまでのゾンビとはどこか異なる雰囲気を纏う少女のようなゾンビの親玉を前にして…

 

セリは背中に嫌な感じの汗を感じつつも、それでもここまで来て後に引くわけにはいかずにデュエルディスクを構えるしかなく…

 

…そして、墓場の周囲に居たゾンビたちが、墓場に集ってきたかと思うと。

 

その足を止め、セリとボスとを囲むようにして墓場に輪を作り。瞬く間に、セリにとって逃げられないデュエルフィールドが完成してしまったではないか。

 

 

 

逃げられない…逃がす気がない―

 

 

 

ウジャウジャと蠢く周囲のゾンビ達と、目の前に対峙している少女の姿をしたゾンビの親玉からのプレッシャーを一身に受け。

 

セリの心は、このデュエルが本当の意味で『命』を賭けたデュエルだと言う事を否応なしに理解してしまう。

 

けれど…

 

セリとて、ここで逃げる気も更々無い。

 

あの家でまだ耐えているであろうギョウとスズナの為にも、セリは何が何でもこのゾンビの親玉を叩かなければならない。そんな気概を胸に秘め、そのままセリはゾンビに囲まれている事など意に介さず…

 

5歳くらいの少女の姿をした、まるで幽霊のようなゾンビの親玉へと向かって―

 

 

 

「俺は決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサ!ゾンビの女王、お前を倒して、この悪夢を終わらせてやる!」

「ふふ…」

「行くぞ!」

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

そして、始まる。

 

 

 

先攻はデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。

 

 

 

「俺のターン!永続魔法、【黒の魔導陣】を発動!デッキを3枚めくり、俺は【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加える!そして【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

デュエルが始まってすぐ…

 

魔導陣を背に現れたのは、実態を持たぬ杖が如きモンスターであった。

 

…それはセリのデュエルにおける始まりの展開。

 

操り人の実態はなく、魔力の残滓によって動く杖こそが本体という…これより始まるセリのデュエルの、起動を担う一体であって。

 

この得体の知れぬ村からも、ゾンビがわらわら沸く状況からも、ゾンビの女王だという気味の悪い少女からも、とにかく一刻も早く離れたいこそ。

 

【黒の魔導陣】とは違い、デッキから『任意』のカードを手札へと加えられる杖の魔力によって…

 

セリは初めから全力で、いつものようにデッキを回転させにかかり…

 

 

 

「召喚成功時に【マジシャンズ・ロッド】の効果発動!俺はデッキから…」

 

 

 

しかし―

 

 

 

「ふふふ…ソレ、ダメ。手札から【灰流うらら】すてて効果発動。その効果、無効にする。」

「なっ!?」

 

 

 

幼げに見える桜色の幽霊が、少女の手札から飛び出たと思ったその刹那。

 

なんとセリの発動した【マジシャンズ・ロッド】の、デッキから任意のカードを手札に加える効果が無効化されてしまったではないか―

 

…舞い散る桜の花びらのような、妖艶なりし火の子が黒魔術師の魔力を遮り。

 

初動から大きく動こうとしたセリのプランを塞き止めながら、ゆらゆらとその姿を消していく。

 

 

 

「は、【灰流うらら】って…そ、そんなカードをどうして…」

「ふふ…ふふふ…」

 

 

 

そして…

 

効果を止められたとか、初動の邪魔をされたとかソレ以上に―

 

そう、【灰流うらら】というカードの効果を受けたセリの表情は、まるで雷に撃たれたかのように硬直してしまっていた―

 

 

…当然だ。

 

 

【灰流うらら】…

 

セリの記憶が正しければ、ソレは確か『超』が付くほどのレアカードであったはず。

 

いや、単に『レアカード』という、そんな簡単で単純で陳腐で凡庸で、かつ『普通』な言葉で一括りに纏められるほど、【灰流うらら】というカードの存在は決して生易しいモノでは断じてないのだ。

 

 

セリは思い出す…自分の『知識』という記憶の中に確かにある、そのカードの出自と行方を。

 

 

そのデュマーレ校随一の『知識』を誇るセリの記憶によれば、ソレはこの世に4社しかない、【決闘世界】に特別にカードの製造を許されたカード製作企業の…

 

そう、デュエリアの『決札社』、決闘市の『百目鬼コーポレーション』、龍国の『樹龍会』と並ぶ、4つの世界的な大企業の中でも特に古き時代から存在しているカード製作会社である、セメタリアに本社が存在する『アイリーン・カンパニー』によって作成された、『セメタリア王家』に献上されるために特別に作られたカードであったはずなのだ。

 

そして【灰流うらら】や、その関連カードである【浮幽さくら】、【屋敷わらし】と言った、手札にて誘発的に効果を発揮するその特別なカード群…

 

それは製作者であるアイリーン・カンパニー現社長、アイウィッシュ・アイリーン・アイザック・アイオーン社長が、セメタリア王国の建国2000年の記念に【決闘世界】からの特別な許可を得て作成したという、『セメタリア王家』に『献上』されるために作られた世界に1枚ずつしかないカードの内の1つ。

 

…そして、ソレはあまりに強大すぎるとして。

 

セメタリア王家への献上後、すぐに【決闘世界】がセメタリア王家の者以外の使用を禁ずると共に…

 

【サンダー・ボルト】や【ブラック・ホール】と言った古代魔法と同じく、複製不可に指定されたカード群であったはず。

 

 

しかし…

 

 

世界に1枚しか存在しないはずの、セメタリア王家が所有しているはずのそのカードを、一体どうしてあの少女のようなゾンビの親玉が持っているのか。

 

そんな、理解出来ない状況に対し…

 

セリの頭は、ますます混乱の一途を辿り始めるだけで…

 

 

 

「とまっちゃったね…ふふ…ふふふ…ねぇ、ターンエンド?」

「くっ…カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:5→2枚

場:【マジシャンズ・ロッド】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚

 

 

 

そうして…

 

一瞬の衝撃の所為で、混乱してしまった思考のまま。思うように頭が回らず、ターンを終了してしまったデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。

 

【灰流うらら】という、ある意味『幻』とも呼べるカードを見せ付けられたその事実は果たして…デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリに、一体どれ程の衝撃を与えてきたというのだろう。

 

…そう、『セメタリア王家』に献上されたその特別なカードの内の1枚の効果を、喰らうだなんてそもそもからして『ありえない』ことだと言うのに。

 

それは現代のデュエルの根幹ともいえる、デッキからの『サーチ』を止めるというその破格すぎる効力もそう。そしてそれ以上に、そんな『幻』に数えられるカードが一体どうしてこんなセメタリア王国の辺境も辺境の村の片隅でゾンビの親玉が持っているのかと言う事がどうしてもセリには理解できず…

 

…そんな、およそこの世の誰も体験したことの無いであろうカードの前に。

 

思考が混乱してしまったのは、他人よりも深い『知識』を持つこのセリ・サエグサが故に仕方のない事とも言えるのか。

 

 

 

「私のターン、ドロー…【隣の芝刈り】発動、デッキから20まい墓地におくる。」

「20枚!?」

 

 

 

…けれども、そんなセリを意に介さず。

 

ターンが移り変わってすぐに、少女のようなゾンビの親玉が発動したその一枚の魔法カードの効果によって…

 

およそ恐るべき速度にて、少女の姿をしたゾンビの親玉のデッキの上から、次々にカードが墓地へと送られていくではないか―

 

…それは肉眼では目視出来ない程に凄まじい勢い。

 

デュエルディスクが自動的にデッキから直接カードを墓地に送っていくそのスピードは、はっきり言って異常の一言。その恐るべき枚数のカードが墓地へと直接収納されていくその様は、およそ少女のデッキがリミット一杯の『60枚』であると言う事を誰に説明されるまでもなくセリへと否応なしに教えている。

 

 

そして…

 

 

【隣の芝刈り】の効果による、大量の墓地肥やしが終了したのと同時に―

 

 

 

 

「ふふ…ふふふ…じゃあ、いくよ?」

「ッ!?」

 

 

 

少女は、動き出す―

 

 

 

「墓地の【馬頭鬼】効果。【馬頭鬼】除外して墓地から【ゾンビキャリア】特殊召喚。ふたりめの【馬頭鬼】除外して【マーダーサーカス・ゾンビ】特殊召喚。さんにんめの【馬頭鬼】除外して【ゴブリンゾンビ】特殊召喚。速攻魔法、【異次元からの埋葬】発動。【馬頭鬼】ぜんぶ墓地にもどす。もういっかい【馬頭鬼】ふたりの効果発動。【馬頭鬼】ふたり除外して【ゾンビ・マスター】と【ゾンビランプ】特殊召喚。」

 

 

 

―!!!!!

 

 

 

【ゾンビキャリア】レベル2

ATK/ 400 DEF/ 200

 

【マーダーサーカス・ゾンビ】レベル2

ATK/1350 DEF/ 0

 

【ゴブリンゾンビ】レベル4

ATK/1100 DEF/1050

 

【ゾンビ・マスター】レベル4

ATK/1800 DEF/ 0

 

【ゾンビランプ】レベル2

ATK/ 500 DEF/ 400

 

 

 

一瞬で…

 

地面の下より這い出でしは、実に5体もの『ゾンビ』モンスター達。

 

少女の場を一瞬で埋めるほどのその恐るべき速度の展開は、『墓地』という箇所を他のどの種族よりも得意としているアンデット族特有のスピードとも言えるだろう。

 

そう、先程、少女のようなゾンビの親玉が発動した【隣の芝刈り】によって肥えに肥えた墓地のアドバンテージをいかんなく発揮し。

 

更に、少女は動き続ける―

 

 

 

「一気に5体のモンスター!?」

「まだ。レベル4の【ゴブリンゾンビ】にレベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6、【蘇りし魔王 ハ・デス】。」

 

 

 

【蘇りし魔王 ハ・デス】レベル6

ATK/2450 DEF/ 0

 

 

 

「【ゴブリンゾンビ】の効果でデッキから【シノビネクロ】手札に。次は【ゾンビ・マスター】の効果。手札1まいすてて【ゾンビキャリア】特殊召喚。レベル4の【ゾンビ・マスター】にレベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6、【デスカイザー・ドラゴン】。」

 

 

 

【デスカイザー・ドラゴン】レベル6

ATK/2400 DEF/1500

 

 

 

「墓地の【馬頭鬼】の効果。【馬頭鬼】除外して【ゾンビキャリア】特殊召喚。レベル2の【マーダーサーカス・ゾンビ】と【ゾンビランプ】に、レベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6。【アンデット・スカル・デーモン】。」

 

 

 

―!

 

 

 

【アンデット・スカル・デーモン】レベル6

ATK/2500 DEF/1200

 

 

 

現われたるはその身が果てし、3体の朽ち果てたシンクロモンスター。

 

そのどれもが【ゾンビキャリア】をチューナーとして指定しているという、呼び出す事が難しい部類に入るモンスターであると言うのにも関わらず…

 

しかし、ソレをいとも簡単に。かつ、3体連続でシンクロ召喚するという荒業をこうも容易く行う少女にしかみえないゾンビの親玉の力は、その不気味さと相まってどこまでもゆらゆらと怪しく揺れていて。

 

…やはり、このゾンビの親玉の力は他のゾンビ達とは根底からして異なっている。

 

この溢れるような展開を見て、即座にソレを理解した様子のセリ・サエグサ。

 

そう、これまで戦った他のゾンビたちは、ここまで怒涛の展開をする事は決してなかった。通常モンスターを通常召喚して終わったり、申し訳程度のExモンスターを呼び出す事はあってもそのどれもがセリにとっては脅威とは感じなかったのだ。

 

…けれども、この少女のようなゾンビの親玉は違う。

 

他のゾンビたちとは根底からして異なる圧倒的な『力』を持ってして、初めから自分の息の根を止めにかかってきていると、そうセリは感じ取ってしまった。

 

そんな、息つく暇もないような展開をし続ける少女のようなゾンビの親玉を前に…

 

セリは、思わず小さく言葉を漏らしてしまう。

 

 

 

「ッ…シンクロモンスターが3体も…」

「ふふ…まーだだよ…【強欲で貪欲な壷】発動…デッキ10枚除外して2まいドロー…あ、いいカードひいちゃった。【アンデット・リボーン】発動、デッキから【ゾンビ・マスター】除外して墓地から【ゾンビ・マスター】特殊召喚。」

「と、止まらない…」

「ふふ…ふふふ…もういっかい【ゾンビ・マスター】の効果発動。手札1まいすてて、墓地から【灰流うらら】特殊召喚…レベル4の【ゾンビ・マスター】に、レベル3の【灰流うらら】をチューニング。シンクロ召喚、レベル7、【真紅眼の不屍竜】。」

 

 

 

―!

 

 

 

【真紅眼の不屍竜】レベル7

ATK/2400→3600 DEF/2000→3200

 

 

 

「攻撃力3600!?」

 

 

 

そうして…

 

少女の展開の最後に這い出てきたのは、真紅の眼を持つ黒き竜の…その身朽ち果て、屍と成り果ててもなお飛翔する、怨嗟の炎にその身を焦がした一つの姿。

 

…青白く燃ゆる鬼火を纏い、怨嗟によってその攻守を増大させる姿はまさに異形。

 

また、思わず冷や汗をかいているセリが感じているのは4体ものシンクロモンスターに圧倒されているだけではない…

 

戦術とも呼べない拙い戦法しかとってこなかった雑魚ゾンビ共とは違う。それは先のセリのターンの【灰流うらら】を使ってきたそのタイミングもそう。何を手札に加えるのか不確定な【黒の魔導陣】は見逃し、確実に任意のカードを手札に加えられる【マジシャンズ・ロッド】を止めたという、少女のような見た目に反した冷静さと沈着さ。

 

…なんてずば抜けたセンス。

 

5歳くらいに見えると言う事は、そのくらいの歳で命を落としたはずだと言うのに。

 

そして、それ以上に目の前の相手はゾンビのはずなのに…

 

 

 

「こいつ…他のゾンビとはワケが違う…」

 

 

 

それはデュマーレ校一の秀才と呼ばれ、デュマーレ校史上最高の成績を叩き出すほどの天賦の才を持ったセリ・サエグサだからこそ感じられる代物。

 

ゾンビの親玉…この少女の幽霊らしきモノは、とにかくデュエルのセンスがずば抜けている。狂ったようなデッキ回しもそう、的確な箇所での妨害もそう。下手をすれば、自分よりもデュエルに対するセンスが良いのではないかと思えるようなゾンビの親玉に対し…

 

そう、5歳くらいの少女のような見た目に反し、ずば抜けたデュエルセンスを見せてくる、このゾンビの親玉に対し…

 

セリはどこか、心の底から寒気のようなモノを感じてしまっていて―

 

 

 

「バトル、【真紅眼の不屍竜】で【マジシャンズ・ロッド】にこうげき。」

 

 

 

―!

 

 

 

セリ LP:4000→2000

 

 

 

けれども、そんなセリを意に介さず。

 

まずは4体の中でも最も攻撃力の高い【真紅眼の不屍竜】が、セリの場に佇んでいた杖を持った思念体を一撃の下に屠り始める。

 

 

 

「ぐっ…痛ぅ…リ、リアルダメージ・ルールじゃないのに何で衝撃が…」

「…ねぇ、もうおわり?【アンデット・スカル・デーモン】でダイレクトアタック。」

「ッ!?」

 

 

 

また、それだけでは終わらない。

 

リアルダメージ・ルールでも無いのに襲い掛かってきた、突然の謎の衝撃に疑問を抱かせてもらう暇も無く…

 

続けて少女が宣言した攻撃の指示によって、今度は腐り落ちた悪魔の亡骸が続けて場ががら空きとなったセリに襲い掛かってきたではないか。

 

…モンスターを通して喰らった2000のダメージでさえあの衝撃。

 

つまり、モンスターのダイレクトアタックだけは絶対に喰らってはならない。

 

そんな事を、つい最近決闘市にて乱戦を勝ち抜いたセリの直感が即座に判断し―

 

 

 

「やらせるかぁ!罠発動、【マジシャンズ・ナビゲート】!手札から攻撃表示で【ブラック・マジシャン】を!デッキから守備表示で【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】レベル7

ATK/2100 DEF/2500

 

 

 

「そして永続魔法、【黒の魔導陣】の効果で、【アンデット・スカル・デーモン】を除外する!」

「ふふ…そうくると思った…じゃあハ・デスで【ブラック・マジシャン】に攻撃。」

「自爆特攻!?」

「そんなわけない。速攻魔法、【アンデット・ストラグル】発動。ハ・デスの攻撃力1000アップ。」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐわぁぁぁあ!?」

 

 

セリ LP:2000→1050

 

 

 

 

 

しかし…

 

それでもなお、少女の攻撃の止まらない―

 

屍の力を一時的に上昇させる速攻魔法の力によって、セリの黒魔術師が不死の魔王によって破壊されてしまったその衝撃は…

 

先ほど襲いかかったダメージと同じく、実際の衝撃となりてセリの体を急襲するのか。

 

…リアルダメージ・ルールでもないのに、どうしてダメージが実際のモノとして襲いかかってくるのか。

 

その理由など知る由もないセリからすれば、どこまでも圧倒してくるこの少女のようなゾンビの親玉のデュエルにどこまでも畏怖を感じさせられるだけで…

 

 

 

「ぐ………け、けどブラック・イリュージョンの守備力は2500…デスカイザーの攻撃は通らない…」

「ふふふ…いい、いいね。あなた、やっぱりゾンビやこれまでのひとと違う…ゾンビと違って、いっぱい耐えてくれる…だから…まだ、いっぱい遊ぼう?ふふ、ふふふ…バトルおわり…【貪欲な壷】発動。墓地の【ゾンビ・マスター】、【ゾンビランプ】、【ゾンビーノ】、【マンモス・ゾンビ】、【ゴブリンゾンビ】デッキに戻して2まいドロー。【死者転生】発動して、手札1まいすてて【灰流うらら】を手札に戻す。」

「ッ…また【灰流うらら】…」

「まだ。墓地の【アンデット・ネクロナイズ】と【アンデット・ストラグル】と【リターン・オブ・アンデット】の効果。除外されてる【馬頭鬼】ぜんぶデッキに戻してこの3まいセットする…ターンエン…」

「まだだ!このエンドフェイズに永続罠、【永遠の魂】を発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚する!」

「ふふ…やっぱりいいね…ターン、エンド。」

 

 

 

スズシ・ローナ LP:4000

手札:6→1枚

場:【蘇りし魔王 ハ・デス】

【デスカイザー・ドラゴン】

【真紅眼の不屍竜】

伏せ:3枚

 

 

 

そうして…

 

 

 

「ディスクに表示されたこの名前…スズシ・ローナ…このゾンビ、名前があるのか。やっぱり他のゾンビとは何かが違う…」

 

 

 

これまで『Nameless(名無し)』としか表示されていなかった他のゾンビとは違って、少女のようなゾンビの親玉の『名』を確かにデュエルディスクがハッキリと表示しながら。

 

どこまでも怪しく、どこまでも恐ろしく…そしてどこまでもセリを圧倒しながら、そのターンを終えた少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ。

 

…それはセリからすれば、相手がゾンビであるはずなのに『才能』の差で負けているような錯覚を彼に教えてきたことだろう。

 

そう、デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリだからこそ感じられた、スズシ・ローナのその圧倒的なデュエルセンスは…目の前の少女が、本当に『ゾンビ』なのかと思わせるほどに重く激しい攻撃をセリ・サエグサへと食らわせてきたのだ。

 

…【灰流うらら】という幻レベルのカードにて妨害してきたこともそう。

 

…【隣の芝刈り】から始まった尋常じゃない展開力と激しい攻撃もそう。

 

息つく暇も無いほどの連続展開に、万全の布陣と妨害の手札を揃えられるなんてどう考えても恐るべき才覚。

 

自分が相手のデッキを使っても、ここまで回転させることは叶わないだろう。セリにそう感じさせる程に、これまで戦ってきた強敵たちとは何か違う『異質さ』を感じさせるスズシ・ローナのデュエルは…

 

セリの心に、『センス』の差と言う痛みをチクチクと与え続けていて。

 

 

 

「ねぇ…あなたのターンだよ?はやく…ふふ…ふふふ…」

「くっ…」

 

 

 

でも…

 

 

 

それでも―

 

 

 

(落ち着け…落ち着くんだ…こういう時こそ頭を冷やして状況を把握しろ…大まかな情報は見えている。相手の伏せカードは攻撃力上昇と条件蘇生、そしてコントロール奪取…だけどこのターン使えるのは速攻魔法と罠だけ。手札には【灰流うらら】…不屍竜がいると、戦闘破壊したモンスターが蘇る…だけど不屍竜は攻撃力が高い…)

 

 

 

それでもセリとて、ここで諦めるわけには断じていかず―

 

それは前のターンに、スズシ・ローナとデュエルディスクに表記された少女のようなゾンビの親玉がかなり激しく動いたからこその情報の露呈。

 

…そう、公開情報が多い。

 

墓地のカードもディスクで確認できる。伏せカードも何が伏せられているのかが分かっている。そして残る手札の内の1枚も、【灰流うらら】であることがわかっているからこそ…

 

まだどうにかギリギリで、セリも悲嘆に潰されること無くまだ立って考える事が出来ている。

 

 

…そう、ギリギリで、だ。

 

 

何しろ、いくら相手の公開情報が多く、相手の場に出揃っているカードがわかっていたとしても。

 

それでも、ソレを超えられるかはまた別の話。そう、ドローやサーチやデッキからのリクルートを止めてくる【灰流うらら】の存在は、その存在が分かっていたとしてもセリからすればただただ脅威。

 

いや、寧ろその存在が分かっているからこそ―

 

確定で妨害をしてくるであろう相手の動きを視野に入れつつこの状況をどうにかしなければならない今のセリの状況は、『何か』1つでも間違えれば敗北に繋がってしまうということでもあるのだから、

 

考える、考える…思考を止めずに、セリは考える。

 

持ち前の高速思考にて、どうすればこの戦況から脱出できるのかを、セリは必死になって考えている。

 

…手札は一枚、ドローカードで何を引けるかは分からない。いや、サーチやリクルートを多用する自分のデッキを考えると、このターンをまだ無駄にしてしまう可能性だってある。

 

それ故、何を引いたときにどう動くのかを、出来る限りその高速思考にてセリは考えうる全ての事をシミュレートし…時間にしてわずかではあったものの、ドローする手を止めてまでセリは考えられるルートを考えに考え抜いていて…

 

…すると、ターンを迎えてもなお手を止めてしまったセリを見て。

 

少女のようなゾンビの親玉であるスズシ・ローナは一体何を思ったのか。徐に、その口を開き始める。

 

 

 

「ねぇ、ゆっくりしてていいの?オトモダチ…たべられちゃうよ?」

「…え?」

 

 

 

ゾンビに、喰われる…

 

デュエルへの集中の中で忘れかけていた、自分達に迫っているその危険を今一度思い出させるかのようなスズシ・ローナの物言いは、確かな現実を思い知らせるかの如き不気味さを伴って確かにセリの耳へと届けられる。

 

それはセリを動揺させるつもりか、それとも焦らせるつもりなのか…

 

呻き蠢くゾンビたちの唸りの中で、確かにそう聞こえたスズシ・ローナの言葉はあまりにも冷たい物言いとなりて…どこか子どもの無邪気さにも似た、しかして逃れられない自分達の未来をセリへと思い出させるかのような代物となりて墓場に静かに響くのか。

 

…1つのミスも許されない、極限の集中状態の中でそんな言葉をかけられてしまっては。

 

例え誰であろうとも、その集中が途切れてしまうのは必至でもあるはずで…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「…あぁ、それは問題ない。」

「…え?」

「ギョウが『任せろ』って言ったんだ…だから、俺に出来る事はお前にどうすれば勝てるのかを考える事だけだ。それにスズナも、俺が心配するほど弱くはない。」

 

 

 

動揺を誘う少女の声を、全くもって意に介さず。

 

どこまでも自分の思考を深めることだけを念頭に置いて、淡々とそう返したセリ・サエグサ。

 

…それは決してギョウやスズナを見捨てているというわけでは断じてない。

 

けれども、セリの言葉からはギョウやスズナを心配している風な感じや、ましてや自分達がゾンビに喰われる恐れがあるという焦りを一切感じさせないのだ―

 

 

 

―『あぁ、でも1つだけ迷ってはいけないことがある。信頼出来る『友』の事に関してだけは迷ってはいけないな。それが、いくら君に迷惑をかける、『奔放』そうな友人でもね。』

 

 

 

「迷う必要も、心配だって必要ないよな。だってアイツは…ギョウなんだから。」

 

 

 

…それはクラウスから貰った言葉も勿論だが、ソレ以上にセリとギョウには切っても切れない絆があるからこその心配の不要。

 

腐れ縁は伊達じゃない。あのいつも迷惑ばかりかける、チャラく、うるさく、バカばっかりする自由奔放な男であっても、ソレが幼少の頃よりずっと対等で背中を預けあってきたゴ・ギョウだからこそ―

 

その、目に見えない信頼関係が彼らの中にあるからこそ…

 

セリもまた、『任せろ』と言ったゴ・ギョウの言葉をどこまでも疑うことなく心配もまたしないのか。

 

 

そして、その証拠を見せるかのように―

 

 

 

「アァァ…ツヨ…マケ…」

「ひゃはははは!その程&度でぇ?チャン僕食えると思ってんのぉ?ちゃーんと冷静になれなればぁ?そう!ゾンビなんて雑&魚with陳&腐ぅじゃんねー!これじゃ?まだまだ?『切り札』使わなくっても余裕スギィ!なんですけどけどー!はいドーン!もいっちょドカーン!」

 

 

 

―!!

 

 

 

セリが去ってから、明らかに負担が増えているはずだと言うのに。

 

それでも、やっとギアが上がって来たと言わんばかりにその手数を増やしゾンビを撃退し続けているゴ・ギョウ。

 

…流石は昨年の【フェスティ・ドゥエーロ】の優勝者にして、デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリと互角の実力を持つ男。

 

それは元々の実力の高さも然ることながら、単調な手しか取ってこないゾンビの襲撃にも何やら既に慣れてきているかのよう。

 

次第に余裕すら見せ始めている彼の前では、最早ゾンビの群れなど相手にすらなっておらず。

 

 

また、その隣では…

 

 

 

「【幻影融合】発動!現れろ、【V・HERO トリニティー】!バトルだ!トリニティーでゾンビ3体に連続攻撃!蹴散らすがいい、トワイライト・トレスバニッシュ!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

ギョウの隣…最初は押され気味だったスズナの方も、次第にゾンビの不気味さにも慣れてきたのか自身の力でゾンビを次々と蹴散らしているではないか。

 

淀みなく動くその手筋と、慢心なくゾンビに立ち向かうその姿は、かつてセリに手も足も出なかったあの弱かった少女から一転。

 

そう、セメタリア行き貨物船の中で、セリやギョウ、そして荒っぽい船員たちと散々デュエルを行ってきた今の彼女は…

 

複数のゾンビを相手にしても、一歩も引かずに自らの身を自分で守れるほどに成長していて。

 

 

 

「ほーん、少しは?ヤるよーに?ひゃは、なったじゃんねースズナたん。」

「…船で船員やお前たちに散々しごかれたのだ。落ち着けばこの程度のゾンビなど、最早相手ではない。」

「ひゃは、そりゃ良かった的な的なテキーラ?」

「無駄口を叩くな!まだまだ来るのだぞ!セリが戻るまで手を休めるな馬鹿者!」

「へいへいりょーかいでゅーす!」

 

 

 

既にゾンビよりも遥か高みに立っているギョウと、覚醒の兆しを見せるスズナ。

 

そんな2人に心配なんて必要ないと言うことを、これまで共に過ごした経験からセリはとっくに分かっている。

 

 

 

(ゾンビの親玉、スズシ・ローナ…確かに強い…けど…だけど!)

 

 

 

―『君を形作る、その『経験』こそが君の未来を照らし出す…経験こそが『強さ』だよ。どんな出来事も無駄にはならない。』

 

 

 

だからこそ、目まぐるしく動く高速思考の中で、クラウスの言葉をセリは思い出す。

 

…ずば抜けたセンスを見せる少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ。

 

アレだけのデッキ回しは並大抵の者では出来はしない。デッキを己の一部のように動かせる者など、プロの世界にだって数えるくらいにしか存在はしない。

 

だから、セリは感じている。きっと、このターンで決着を着ける事が出来なければ、返しのターンで自分は負けるだろう…と。

 

 

けれども、だからと言ってまだ負けたわけでは断じてないのだ―

 

 

自分よりも『優れたモノ』を持っている相手とのデュエルは、得てして『恐怖』を感じてしまうモノ。しかし、セリにとっては自分よりも『優れたモノ』を持った相手とのデュエルなんて、初めてでもなんでもない。

 

それはこれまで散々迷ってきた道筋であったとしても、それでもこんな状況に対する『答え』をセリは確かに持っているからこその落ち着きよう。

 

 

そう…

 

 

少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ…

 

彼女が、いかに自分よりも『優れた』デュエルセンスを見せ付けてこようとも…

 

 

 

「まだノーザンの方が怖かった!ヴェーラの方が手強かった!決闘市の方が大変だった!確かにお前は強い…だけど、怖くも手強くも大変でもない!だから俺はお前には負けない!俺よりも強いモノを持った奴等を大勢『知っている』俺は…絶対に、お前には負けない!」

 

 

 

これまでの『経験』があるセリが、今更そんなコトに恐怖を抱くわけがない。

 

先ほどまでの、不気味なオーラに中てられ冷や汗をかいていた姿はどこへやら。1ターンの攻防を経たからか、このデュエルに落ち着きを見出し始めたセリの言葉はどこまでも強い言霊となりてゾンビ溢れる墓場に響き渡る。

 

…それはこの異質かつ異常な光景の中であっても、ソレに対応出来るだけの『経験』がセリにはあるからこその落ち着きの取り戻し。

 

そう、セリは知っている…己よりも強いデュエリストを。己よりも大人なデュエリストを。己よりも信念を持っているデュエリスト達を。

 

そんな、自らの『経験』が確かに糧となりて。

 

今、スズシ・ローナの『センス』にもセリは恐れ慄くこともなく―

 

 

 

「だから…こんなところで、負けてたまるか!俺のターン、ドロー!【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

「召喚成功時!俺はデッキから…」

「ふふ…それはさっき見た…サーチはダメ、【灰流うらら】の効果発動。手札からすててその無効に。」

 

 

 

セリの場に勢いよく飛び出した、杖のモンスターの効果が先と同じように止められる。

 

…確定で『必要』なカードを手札へと引き入れる事できるカードは得てして強力なモノ。

 

だからこそ、ソレが止められると言う事はその次に自分が予定していた更なる展開が出来なくなってしまうと言う事でもあるのだが…

 

しかし、今のセリはそんなコトなど百も承知で。

 

そう、これまで、自分よりも確かな『強さ』を持った者たちと戦ってきた『経験』があるセリが、この程度の状況で諦めるはずもないのだから。

 

 

 

「よし、これでいいんだ!【灰流うらら】は世界に一枚だけのカード、だったらもう止められる心配はない!【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!」

「ッ、ドローカード…」

「まだだ!装備魔法、【ワンダー・ワンド】を【マジシャンズ・ロッド】に装備!その効果により、【マジシャンズ・ロッド】を墓地に送り2枚ドロー!」

「あ…手札…ふえてく…」

 

 

 

もし【強欲で貪欲な壷】に【灰流うらら】を使われていたら、デッキを10枚裏側除外して終わっていた。

 

だからこそ、セリは誘った。

 

周囲のゾンビとは一線を画す、ずば抜けたセンスを持ったスズシ・ローナが反応するであろう、確定的なサーチ効果を持った【マジシャンズ・ロッド】を召喚し【灰流うらら】を誘い…

 

そうして、次なる一手から連なる手に、セリは『賭けた』と同時に『決意』したのだ。

 

確かにこのゾンビは、少女のような見た目しては信じられないセンスを見せてはくる。

 

けれども、唯一この少女にも足りないモノがある。

 

―それは、『経験』。

 

ゾンビの親玉ということは、きっとこの少女はゾンビや自分より強い相手とデュエルしたという経験がないのだろう。

 

…稚拙な手しか取ってこないゾンビたち相手では、おそらく彼女の相手など満足には務まらない。

 

負ければ消滅してしまうゾンビが今ままでその存在を保てていると言うことがその証拠。単調な手や田舎臭い戦法しか取れないゾンビ程度では、鎬を削るようなギリギリの戦いをした経験が少女には圧倒的に足りないという推理をセリはした。

 

そう、だからこそ―

 

ゾンビらしからぬずば抜けたデュエルセンスを有していようと、強敵と戦うという経験の無い彼女では…死地に追いやられたときの挽回の仕方に、手間取ってしまうのも無理は無く。

 

…死線を潜った経験ならば、セリ・サエグサの方に分がある。

 

それ故、ゾンビに囲まれているこの状況下でも、そして的確なカードを手に入れられるサーチを止められてもなお。

 

セリはどこまでも落ち着き払い、『ドロー』という活路に向かって全身全霊で駆けるだけ。

 

 

 

 

 

―セリ…君のデュエルで、彼女を救ってくれ…

 

 

 

 

 

どこから聞こえるのかわからないクラウスの声に従い…クラウスの声に、力を感じ―

 

 

セリは引く…

 

 

ただ、ひたすらに―

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

「ッ、このカードは…よし、やってやる!スズシ・ローナ、確かにお前のデッキ回しは鋭い!センスもおそらく俺より上!だけど…お前のデュエルは怖くもなんともない!」

「ふふ…意味、わかんない。」

「あぁ、ゾンビのお前にはわからないだろうな!だから俺が成仏させてやる…こんな悪夢はもう沢山だ!行くぞ!【黒魔術の秘儀】発動!この効果により、俺は今より『儀式召喚』を執り行う!」

「ッ!?ぎ、しき…?」

 

 

 

セリの放った『その宣言』に、思わず驚きの言葉を上げたゾンビの親玉、スズシ・ローナ。

 

…当たり前だ。

 

何しろ、『儀式召喚』と言うのはこの高速化し続けている現代のデュエルにおいてはまず使われない召喚法として広く知られている。

 

いや、『知られている』と言うのも語弊があるか。何しろ、儀式召喚というのは先史の時代から確立されていた古い召喚法ではあるものの、しかし『Exデッキ主義時代』と呼ばれるこの時代においてはそれを専門に扱う者など『希少』かつ『酔狂』とも言われている召喚法でもあるのだから。

 

そう、様々な戦術が繰り広げられているプロの世界においても、アドバンス召喚よりも太古の召喚法である儀式召喚を扱う選手など決闘界には存在しないほどに―

 

ソレほどまでに、『儀式召喚』と言うのは時代の流れに置いて行かれた、扱う方が『奇怪しい』とまで言われる召喚法とまで言われていて。

 

 

…それは悲しき時代の成れの果て。そして哀しき時代の無情な流れ。

 

 

現代においても、プロの世界で『儀式召喚』を行った者はここ数百年の間で誰1人として確認されておらず。それ故、特殊な『事情』のあるセメタリアの一部の例外を除いて、儀式召喚と言うのは扱う者がいない無価値な召喚法とまで世間一般では認知されており…

 

 

それもまた、この世界が歩んできた歴史の流れと言えるのであり…

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉお!『鏡の英雄』の眠るセメタリアの地で、儀式召喚よ俺に力を!俺は【ブラック・マジシャン】と【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を生贄に捧げる!」

 

 

 

例えソレが太古の召喚法で、現代ではもう無価値と決め付けられた召喚法であっても。

 

それでも、何の迷いもないセリの宣言がどこまでも強く木霊して、2体の魔術師たちはその身を確かに捧げ始めるのか。

 

…セリのデッキには儀式魔法も、ましてや儀式モンスターなんてカードは入っていなかったはずだと言うのにも関わらず。

 

けれども、そんな出自の分からない、突然デッキの中に現れたそのカード達を見てもなお。

 

一片の迷いも見せない、恐れも戸惑いも驚きも感じていない様子のセリの叫びが、どこまでも高らかに墓地の中に響き渡る。

 

それは不気味なオーラを纏うスズシ・ローナを前に、一歩も引かぬセリの纏う雰囲気もまた形容し難い覇者の迫力となりて…

 

そう、異質なオーラを身に纏うゾンビの王に立ち向かう、まさに正真正銘の『王』が如く―

 

 

 

 

 

 

「断絶より来たれ、根源の力!其は混沌を統べる者!」

 

 

 

『勝利』というたった一つの目的へと…

 

あらゆる場所から手を伸ばしつづけるセリのデュエルが、闇を照らす灯りとなりて今ここに輝き―

 

 

 

 

 

「儀式召喚!降臨せよ、レベル8!【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

現れたるは混沌を極めし、魔力の奔流に浮かぶ一筋の『黒』。

 

それは混沌の向こうに立った者。最上の魔力を持った者。

 

セリの操る黒魔術師と、よく似た雰囲気を持ったソレはこの異様な雰囲気を持つ墓場のフィールドにも凛として現われ…

 

…並び立つ者など存在しない、尋常ならざるその魔力。

 

誰も見た事がない、セリだって見た事がないソレは、まさしく現在に失われた『儀式召喚』の可能性の一筋を導き出したモノに違いなく。

 

 

 

【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】レベル8

ATK/2800 DEF/2600

 

 

 

 

「カオスMAX…なにそれ…しらない…」

「まだだ!罠カード、【永遠の魂】発動!その効果により、俺は墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚する!更に【黒の魔導陣】の効果で、【真紅眼の不屍竜】を除外!」

「あ…」

「よし、これで厄介な不屍竜はいなくなった!魔法カード、【師弟の絆】を発動!デッキから【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚した後、俺は4種の内1枚のカードを場にセットする事が出来る!デッキに残っているのは【黒・魔・導】!俺は【黒・魔・導】を場にセットし、そのままリバースマジック、【黒・魔・導】を発動!相手の伏せカードを全て破壊する!」

「…じゃあそのまえに速攻魔法、【アンデット・ストラグル】発動。デスカイザーの攻撃力1000アップする。」

「無駄だ!墓地の【マジシャンズ・ナビゲート】の効果!ナビゲートを除外し、【アンデット・ストラグル】の効果を無効に!」

「え…」

 

 

 

足りない…

 

この少女には、強者との戦いの『経験』が圧倒的に足りない―

 

『経験』によって恐怖を払拭し、1つの恐れを振り切ったセリセリの怒涛の展開の前では、【灰流うらら】の1つの妨害では止められない程の波が今この墓場に巻き起こっている。

 

…もしセリと戦い慣れた者ならば、もしくはセリの扱う『マジシャン』というデッキを『経験』として知っている者ならば。

 

【永遠の魂】を狙ってきたりだとか、【マジシャンズ・ナビゲート】の効果だって警戒したりして、ここまで無防備な姿は決して見せなかったことだろう。

 

けれども、少女はソレが出来ない…

 

ソレは偏に、強敵と競る戦いを経験したことがないからこそ。そしてそれ以上に、センスに任せた本能的な動きばかりでは、知識と経験によって力を高めるセリを止められないと言う事でもあって。

 

 

 

「よし、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で【蘇りし魔王 ハ・デス】に攻撃!そして【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】で、【デスカイザー・ドラゴン】に攻撃だ!カオスアーツ・MAXブラスター!」

 

 

 

―!!

 

 

 

「ぅ…」

 

 

 

スズシ・ローナ LP:4000→3950→3550

 

 

 

セリの黒魔術師たちが、連撃によって少女のアンデットモンスター達を消し去っていく。

 

主要な効果を2ターン続けて止められたと言うのにこの攻勢…それも偏に、セリが自分のデッキを信じ心折られなかったからこそ転じる事の出来た流れの掌握とも言えるのか。

 

…確かにこの目の前の少女のようなゾンビの親玉の持つセンスは他のゾンビと比べても段違いに鋭い。

 

それは下手をすればセリ以上…そう、己の持つ超直感にも似た、相手の力量を測るセンサーは確かにスズシ・ローナのセンスを自分以上のモノであるとセリへと伝えてきているのだ。

 

けれども、それがどうしたと言わんばかりに―

 

圧倒的なセンスに立ち向かうために、唯一アドバンテージを得ている膨大な知識量と経験則を総動員して、セリは己よりも『優れたモノ』を持つ相手へと真正面から立ち向かっている。

 

例えソレが、歴史に忘れ去られた『儀式召喚』を用いたモノであっても…

 

それでも、持ちうるモノを総動員し。

 

分厚い力にてセリはゾンビの親玉たる少女の姿をした目の前の相手へと向かって、まだ攻撃が残っている魔術師の弟子へと更にセリは攻撃を命じ…

 

 

 

「よし!相手モンスターを破壊したため、ブラックカオス・MAXの効果発動!墓地から魔法カードを手札に戻す!俺は【黒魔術の秘儀】を手札に戻し…そのまま【ブラック・マジシャン・ガール】でダイレクトアタック!バーニングアーツ・フレアバースト!」

 

 

 

―!

 

 

 

スズシ・ローナ LP:3550→1550

 

 

 

「くぅっ…」

 

 

 

そうして…

 

場を全て消し去られ、大きくLPを減らした少女が小さな呻きを漏らした共に、衝撃からかその身を小さく後ずさりさせる。

 

…それは先の少女の攻撃に、勝るとも劣らない連続攻撃。

 

息をつかせぬ怒涛の連撃。全てが上級かそれ以上の力を持った黒魔術師たちの攻撃は、少女のセンスに負けず劣らずの展開力を伴いながらセリの迫力を増していく。

 

 

 

「いたい…いたいよ…ふふ…ふふふ…で、でも、これでこうげきおわ…」

 

 

 

けれども、少女がその表情をどこか緩めたのは、これでセリの場にいる全てのモンスターの攻撃が終わったが故なのか…

 

このターンを既に生き残った気でいる少女は、次のターンに再び蘇り続けるであろうゾンビ達の攻撃の想定を既に行っている様子ではないか。

 

 

しかし…

 

 

まだ高くなり続けている、セリの攻勢の波がこれで終わるわけがなく―

 

 

 

「いや、まだだ!【黒魔術の秘儀】は速攻魔法!だから俺は再び速攻魔法、【黒魔術の秘儀】を発動する!」

「え…手札ないのに、また儀式召喚…」

「いいや、それは違う!【黒魔術の秘儀】には2つ効果がある…1つは儀式召喚を行う効果…そしてもう1つは俺のEx適正、『融合召喚』を行う効果だ!【ブラック・マジシャン】と、【ブラック・マジシャン・ガール】を融合ぉ!」

「ッ!?」

 

 

 

二つの秘術、二通りの秘儀によって、再びセリの場に発動されしは先ほどとは異なるエフェクトを放つ先と同じ速攻魔法。

 

黒魔術師とその弟子が、呼び出されし神秘の渦の向こう側へと魔術の深淵を持ってして向かうその様は…まさしく、活路へと向かって『生』を求める人間の力を体現している姿そのモノではないか。

 

 

 

「超克より来たれ、師弟のままに!其は活路へと導く者!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

そうして現れたのは2対で1体、師と弟子のコンビネーション。

 

決して攻撃の手を止めないセリに導かれる様にして現れるその姿は、まさしく生きる事を諦めないセリの執念が形となった、執着にも似た意地の境地。

 

…確かにスズシ・ローナのデュエルセンスは優れている。

 

しかし、これまで様々な強敵たちと戦い抜き、色々なモノを感じ取ってきたセリの叫びは不気味な墓場の雰囲気を払拭するほどに激しさを増していくばかりであり…

 

そう、様々なタイプの強者と戦った経験から、セリはこの手の相手との戦い方をよく知っている。

 

 

それは、速攻…

 

 

いくらデュエルセンスがずば抜けていようとも、ソレを発揮する間もないくらいの激しい攻撃と怒涛の展開によって、無理やりに隙を作り壁をこじ開け。

 

そうして最後の最後の最後に、相手のセンスを打ち破るほどの力をセリは顕現させ―

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだぁ!超魔導師でダイレクトアタック!マジカルアーツ・ツインバーストォ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「ッ…うぁぁぁぁああ!」

 

 

 

スズシ・ローナ LP:1550→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

墓場に響き渡る無機質な機械音が、この地獄のようなゾンビ達との戦いの終焉を知らせていたのだった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

…霧が、晴れる。

 

セリがデュエルを終えて少し経った頃…

 

森の果て、山の向こうから、ゆっくりと『朝』を告げる太陽が昇ってきて―

 

そして、親玉が倒されたからか。全てのゾンビの動きが止まった事で、墓場へと駆けつけたギョウとスズナがセリと合流し…

 

ここで何があったのかを説明されると、3人は昇り来る太陽を見つめながら動きの止まったゾンビ達の真ん中で緊張が解けたのかその場にへたり込んでしまっていた。

 

 

 

「ほーん、この子がゾンビの親&玉ねぇー。ひゃは、ただのガキにしか見えないじゃんねー。」

「し、しかしだな、子どものゾンビと言う事は、この歳でゾンビに殺されたと言う事なのだろう?少々可哀想だな…」

「…そうだな。でも、仕方がないことだ。俺達には、どうしようも出来ない。」

 

 

 

昇り来る朝日を前にして、そう話すセリ達の目の前にはLPが0となった衝撃で仰向けに倒れている一人の少女の姿が。

 

…倒したらすぐに塵となって消えてしまうゾンビ達と違い、倒されてもまだ塵となって消えないのは彼女がゾンビの親玉が故なのか。

 

すると…

 

動きを止めてしまった全てのゾンビ達が朝日に照らされたその瞬間…ゾンビ達が、その身を塵と化してゆっくりと『消え』始めたではないか。

 

 

 

「ッ、ゾンビ達が消えていく…」

「ひょえー、ちょいショッキング&ドッキングな光景だねーこりゃ。」

「うっ…やはり気味が悪い…」

 

 

 

…そして、立ち止まっているゾンビたちが全て消えたそのすぐ後に。

 

倒れているゾンビの親玉、スズシローナもまた朝日の光に包まれ始め…

 

 

 

「…成仏しろよ?」

「ひゃは。生まれ変わったら口説いてやんよ。だからさ、次は美人に生まれかわりなよー?」

「…達者でな、スズシ・ローナ。」

 

 

 

その見た目が少女…と言うより幼女に近いからか。

 

この後消えゆくであろう少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナへと向かって…

 

セリと、ギョウと、そしてスズナが、追悼の言葉を漏らした…

 

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まぶしい。」

「え?」

「ひょ?」

「…へ?」

 

 

 

 

 

…山の間から差し込んでくる太陽の光の中。

 

 

スズシ・ローナは、起き上がりながら確かにそう言った―

 

 

 

「お、お前…ゾンビたちと一緒に成仏したんじゃ…」

「私、にんげん。生きてる。」

「え?で、でもお前、ゾンビたちの親玉なんじゃ…」

「私、むかし、だれかとこの村に来た。でも、村はゾンビだらけだった。けど、ゾンビにデュエルで勝ったら女王さまなってた。」

「なってたって…じゃあ…つまり…お前は…」

 

 

 

他のゾンビ達が塵となりて消えゆく中で、はっきりとそう伝えてきたスズシ・ローナ。

 

そして、その言葉を聞いて…セリが思わず言葉を詰まらせてしまったのも、当然と言えば当然と言えるだろうか。

 

…何しろ、ゾンビの親玉という時点でセリは彼女の事も完全にゾンビだと思い込んでいた。

 

しかし、ソレが全くの的外れで、しかも生身の人間だったと言うのだから…セリを襲った衝撃は、一体どれほどのモノであったというのだろう。

 

そう、太陽が昇り明るくなった場でよくよく見てみれば、その肌もゾンビのような腐った『土色』ではなくただただ土で汚れているだけ。

 

また、肌も真っ白ではあるものの…

 

それは死人のようなモノではなく、太陽の下でしっかりと視認すればちゃんとその血管に血が通っているのが見て分かるし、なにより体のどこも欠損などしておらずゾンビとはまるで違うと言うのがよく分かるのだ。

 

 

…5歳くらいの少女のような…ではなく、本当に5歳くらいの少女だった。

 

 

それ故、スズシ・ローナが生きている人間だったという驚きもそうだが、それ以上にセリが衝撃を受けたのは他でもない―

 

 

 

 

 

「お前は、本当に…」

「生きてる。」

「…」

 

 

 

(…あのデュエルセンス…この歳でこれだけの才能って………デッキに通常モンスターが多いのはゾンビの影響だろう、まともなカードが手に入らないこの村じゃ仕方ないことだろうけど…けど、あんなデッキをセンスだけであそこまで回せるこの子、やっぱり普通じゃない…)

 

 

 

先のデュエルを思い出し、ゾンビ達に囲まれた時とはまた違った寒気を覚えてしまったセリ・サエグサ。

 

…何しろ、デュマーレ校一の秀才と呼ばれ、プロ入り確実とまで周囲から高く評価されているデュマーレ校2年のセリ・サエグサを持ってしてもなおスズシ・ローナとのデュエルはそのデュエルセンスに圧倒されかけた代物であったのだ。

 

おそらく…いや確実に、この少女の才能と実力は自分が同じ歳の頃よりも遥かに高いだろう。【灰流うらら】や【隣の芝刈り】と言った、所々扱うカードが鋭いのもそうだが、しかし他のゾンビ達が扱うような通常モンスターを交えた荒っぽいデッキであそこまで自分を圧倒してきたというのは、ローナが本当にデュエルセンスに溢れているからこそ。

 

彼女と直接戦ったことで、ソレが簡単に理解出来てしまうセリだからこそ―

 

その底が見えないデュエルセンスと、ここからまだ伸び代しかない少女の才能の将来を、セリは恐ろしいとまで感じてしまうのであって。

 

 

 

「まぶしい。村がこんなに明るいの、はじめて。」

「初めてって…もしかして、この村ってずっと霧に覆われていたのか?」

「『きり』ってなに?」

「さっきまであった白いモヤモヤの事だけど…」

「じゃあ、うん。この村、ずっとしろいモヤモヤだらけだった。」

「ずっと…霧で朝日も差し込まないからゾンビが闊歩しつづけていたのか…そんな中でよく今まで生きていられたな。」

「私、ゾンビの女王さま。食べものとか、ゾンビがなんでもやってくれた。」

「うぅ…ゾンビの女王…なんて恐ろしい響きなのだ…私だったら絶対に発狂してしまうぞ…」

「なぁ…ところでスズシ・ローナって本名なのか?」

「ちがう。ここ、スズシ村。私、むかし、ローナってよばれてた。だから、スズシ・ローナ。でも、もう『むかし』のことよく覚えてない。なんでこの村にいるのかも、ゾンビとくらしてたのかも、おぼえてない。たぶん、すてられたんだとおもう。」

「ひゃは…ゾンビの村に捨てられるとか絶対訳アリじゃーん…こっわー…」

「いや、もしかして…」

 

 

 

また、朝日に包まれながらそう会話をしている事で、スズシ・ローナが『本当』に生きている事をセリは確かに理解して。

 

 

 

―『君達なら、姫を…』

 

 

 

そして、騒動の前に確かに聞こえたクラウスの言葉を…セリは、静かに思い出す。

 

 

 

「ローナ…クラウスって名前に聞き覚えは無いか?」

「ある。」

「あるのか!?」

「うん。けど、だれかわからない。なんか、おぼえてるだけ…とっても、なつかしいかんじ。」

「そうか…」

 

 

 

また、セリの問いに対し。

 

年端もいかない少女ゆえか、はっきりしない答えをスズシ・ローナが零したものの…

 

…しかし、セリは見逃していない。

 

彼女の纏う襤褸切れの、裾の所に僅かに残った紋章の『欠片』を。

 

ソレは確かに、昨朝クラウスが身に付けていたスカーフにあったのと同じモノ…

 

十字架を象った模様の上に、王冠を被った『狼』のあしらいが刻まれた、スズシ・ローナが身につけているのはその欠片。

 

セリの記憶が正しければ、この紋章が完全であるならばソレは先ず間違い無く『セメタリア王家』の紋章であったはず。

 

 

 

「…ごめん、なんでもない。」

 

 

 

まぁ、とは言えソレはあくまでも推測。

 

ボロボロの欠片であることから、この程度の手がかりでは確かなことはわかりはしないと…そう思うことにしたセリの判断は、決して間違ってはいないはず。

 

そう…もし本当にこの少女がセメタリアの『王家』に関係のある者であるのならば、これ以上の深入りは『王族』のいざこざに巻き込まれることになる。

 

そんな事になれば、自分を含めギョウやスズナ、それに家族たちにまで危険が及ぶ…だからこそ、今この場ではその可能性を思いついても言わないのが正解である…と、セリは思い直して。

 

 

 

「んでさー、どうすんの?これ。」

「放っておけないだろ。太陽でゾンビたちも居なくなったし、そもそもこの子捨て子らしいから…デュマーレに連れて帰ろう。保護しないと。」

「しかしだな、こんな村の孤児を拾うというのも責任とかそういうものが…」

「ま、いーんじゃない?ひゃは、どーせスズナたん拾って?デュマーレ帰る時点で?ガキの一匹や二匹変わんねーもんねー。」

「い、一匹とはなんだ一匹とは!」

「そうだな。」

「セリ!?」

 

 

 

しかし、深入りはしないと思い直してもなお、セリがローナを保護すると言ったのは一体どういった想いからなのだろう。

 

…自分にだけ聞こえたクラウスからの言葉に何か感じたのか。

 

それともまた『別の思い』がセリに浮かんだからなのか…

 

 

 

―『良く覚えておきたまえ。…誰もが皆、正しい場所で正しく力を振るえるモノではないのだと。』

 

 

 

ローナを見ていると、以前に宿敵であるデュエル傭兵、ホトケ・ノーザンが言っていた言葉を思い出したセリ・サエグサ。

 

この年齢でこれだけのデュエルセンス…おそらく、尋常じゃないほどの才能をローナは持っている。

 

だからこそ、その才能をこんなセメタリアの辺境の、地図にもない村で消し去るには惜しいと―

 

ローナと直接戦ったことで、彼女の『力』を強く理解したセリだからこそ浮かび上がってきたのはそんな思い。

 

それ故、ゾンビ達も消え村が『浄化』されていっていることをセリは肌で感じながら…

 

今再び、セリはローナへと向かい直しつつ…

 

 

 

「俺達と行こう、スズシ・ローナ。君の力は、正しい場所で使わないとダメだ。」

「ただしい…ばしょ?」

「あぁ、その年でその強さ…君には間違いなくデュエルの才能がある。だからその才能は、きっとこんなところよりも正しい場所で発揮すべきだと俺は思う…正しい力は、正しい場所で使うべきなんだ。君にはもっと別にやるべきことがある。…君は、こんな村に1人で居ちゃ絶対に駄目だ。俺達と一緒に行こう、スズシ・ローナ。」

「ともだちになってくれるの?」

「あぁ。全力でデュエルをしたんだ、俺達はもう友達さ。」

「うん、じゃあいく。」

 

 

 

全力でデュエルをすればダチという、先日決闘市で学んだ精神を歳の離れた少女へと伝えながら。

 

土に汚れた少女と握手をするセリの手は、まさしく自分よりも『優れたモノ』を持った強者であったローナを対等な人間として認めているが故の握手なのだろう。

 

まぁ、確かに彼女に深入りすることは『王族』のゴタゴタに巻き込まれる可能性だってある。しかし、セリとて何の考えもなく彼女を連れて行こうといったわけでは断じてないのだ。

 

そう…あくまでもソレを言わないのは『今この場』の話であり、然るべき時・タイミング・場所が整った時にソレを公表するのは全くの別の話。

 

それは例えば、【王者】になった時…とか。

 

この世のデュエリストの頂点である【王者】になれば、例え『王族』や『貴族』…果てはソレらの最上位に位置する『三大貴族』であったとしても下手な手出しは出来なくなる。

 

いや、例え【王者】になれなくとも…それと『同格』、あるいはソレに準ずる立場…例えば『逆鱗』や『烈火』や『霊王』と言った、世界最高峰のトップランカー達の居る場所にまで上り詰める事が出来れば…

 

例え、上流階級の存在であったとしても手を出すことは難しくなるはずなのだから。

 

その存在自体が世界の宝であると言われている、世界最高峰の力を持った『極』の頂きに位置している者達。彼らの言動が『王族』や『三大貴族』にも影響を与えられるというのは、既に【黒翼】や『逆鱗』が歴史として証明していること。

 

だからこそ、もし彼女がソコにてを届かせる事が出来れば…きっと『王族』であろうとも、認めざるを得なくなるだろう…と。

 

 

 

―『頼む…君たちならば、姫を…』

 

 

 

セリの心に、クラウスの言葉が浮かび上がる。

 

彼が何を思って自分に『ソレ』を託したのかはわからない…けれども、短い間でも尊敬に値する大人であると感じたクラウスの思いを、直接セリは受け取ったのだ。

 

…ならば、そんな人からの思いを無下にしたくもない。

 

それは同情でもなければ憐憫でもない。ただ、彼女の才能を散らせるのは勿体無いという思いと、尊敬に値する人物から託された思いを確かに引き継いであげたいという…セリの、素直な思い。

 

 

 

「俺はセリ。セリ・サエグサだ。」

「セリ。つよかった。まけたのはじめて。だからおぼえた。」

「私はスズナだ。」

「スズ。私とにてる、なまえ。」

「あ、あぁ、そうだな…」

「そしてそしてそしてぇー?チャン僕の名前は?そう!ゴ・ギョウ!親しみを込めて?ギョウさんとかギョウ様とか呼んでくれたまえ的な的なテキー…」

「ゴ。」

「いや雑!」

 

 

 

そうして…

 

一先ず、異常事態を乗り越えたセリ達は…

 

すぐに荷物を纏めると、この廃村から出て行くのだった―

 

 

 

 

―姫…どうか…お達者で…

 

 

 

村を去るときに、セリの耳に再びクラウスの声が聞こえた気がして―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

その後…

 

廃村…スズシ村を出たセリ達一行は、村にあった古い紙の地図を見ながらどうにかその日の内に近くの村に辿り着く事が出来た。

 

そこはあの廃村と違ってライフラインはしっかりしており、詳しい事情は伏せつつもセリ達はそれとなく事情を話し、村人の厚意にて宿を取らせてもらい、デュエルディスクを充電し…

 

そして電話にて決闘市の『紫魔 スミレ』に連絡を取り…

 

スミレが村長とどんな話をつけたのか、村の人間のご厚意で列車が走っている近くの町まで馬車で運んでもらうことが出来たセリ達は、寝台車にて2日の旅の後にようやくセメタリア王国の首都である『デュエルトリコ』へと到達することができた。

 

そしてデュエルトリコにある大使館にて事情を説明すると、予め紫魔 スミレが話をつけてくれていたのだろう。1日経って、どうにかセメタリアの滞在許可が下りたことで…

 

セリ達は、デュエルトリコのホテルにてようやく落ち着く事ができたのだった。

 

 

 

「デュエルトリコからデュマーレへの直通便は出てないんだってさ。一度、『龍国』の首都、『闘都』を経由しなきゃ帰れないみたいだ。」

「ひゃはは!龍国と言えばぁ?そう、アジアンテイストな美人がたーくさん!それにそれにそれにー!?その首都の『闘都』と言っちゃえばー?花魁街でゆーめーじゃーん!うひょー!チャン僕テンション上がってキター!」

「りゅうごく…なに、それ?」

「教えてやろう。正式名称を龍華中央決闘帝国と言う。セメタリアの隣の大陸にある、セメタリアと同じくらい大きくて古い歴史を持つ国のことだぞ。そしてセリ達の故郷に帰るには、そこの首都の『闘都』という街で飛行機を経由しなければいけないようだな。」

「スズ、ものしり。」

「そうか?フッ、もっと褒めてくれてもかまわんぞ?」

「ねーねーセリー、最近子犬が?そう、超超超イキりまくってるんですけどけどー。」

「…そっとしておいてやれ。」

「ゴ。イキりまくるってなに?」

「だーかーらー!『さん』を付けなさいっての『さん』をー!」

「ゴ。」

「だから雑ッ!」

 

 

 

用意してもらったホテルの一室にて、ようやく落ち着く事ができたセリ達は身も心もヘトヘトになりながら他愛ない話をしていた。

 

…廃村にて隔絶されていたために、ローナは世界の常識を知らなさ過ぎる。

 

それ故、スズナがローナに色々と教えている光景は彼らにとってはすっかり見慣れたモノとなりて…

 

常識と知識を吸収するローナと、ソレを楽しそうに教えるスズナと…そして、そんなスズナをからかうギョウの掛け合いが、ようやく一苦労を終えた安堵からの安心であるのだとして楽しそうにホテルの部屋に木霊する。

 

そして、そんな彼らの掛け合いを眺めながら…

 

 

 

(儀式召喚を手に入れるなんて…歴史に埋もれた召喚法だから、もっと扱い難いモノだと思ったけど…あんな力があるなんて、儀式にはもっと可能性があるんじゃないか?)

 

 

 

どこからかデッキに現れた、その『2枚』のカードへとセリは静かに目を落としつつ。

 

『儀式召喚』という歴史の中に消えていった召喚法を手に入れたセリの心には、現代では誰も眼を向けていない『儀式召喚』に何やらもっと可能性を感じている様子が浮かび上がってきていて。

 

…あの場、あの時、あの瞬間に、何故『儀式』関連のカードがデッキに現れたのかはセリには分からない。

 

しかし、ソレがクラウスに与えられた気がするのは、はたしてセリの気のせいなのかどうなのか…

 

 

 

「ま、闘都は観光している暇なんて無いし、これでようやくデュマーレに帰って休めそうだな。闘都校はまた後日ゆっくり挑戦しにいくか。」

 

 

 

まぁ、それでも新たな力を手に入れたセリの心には、騒動ばかり起こっていた今回の『旅』に対し。

 

ようやく訪れるであろう平穏を、心から待ち望んでいるようでもあったのだった―

 

 

 

 

 

 

しかし、この時のセリはまだ知らない…

 

 

 

 

 

 

そう。この後に待ち受ける、この旅『最大』の難関を…

 

 

 

 

 

この時のセリは、未だ知る由もなく―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

馬を駆り、夜の暗闇の中を一心不乱に駆ける者の姿が、そこにはあった。

 

馬を操っているのは初老の男…

 

そしてのその懐には、しっかりと紐でくくりつけられた幼女が、とても不安そうな顔をしていて。

 

 

 

―『クラウス…クラウス・R(リートゥス)・グライハーン。そなた、我が娘のために…ローナリアの為に、命を賭ける覚悟はあるか?』

―『勿論でございます国王様。不肖、このクラウス。貴方様より頂戴した『R(リートゥス)』の誇りにかけて…この命、姫の為に散らす覚悟は当に出来ております。』

 

 

 

初老の男は思い出す…今、必死になって『追手』から馬で逃げている中で、逃げるきっかけとなった時の事を。

 

 

 

―『すまぬ…儀式マスター(リートゥス)、余の剣よ…貴殿は我が誇りだ。愚弟のせいで苦労をかける…おそらく余は命を落とすであろう…だから我が娘を…セメタリア最後の希望を、どうか頼む。』

―『はっ!この命に替えても!』

 

 

 

王都にて起こったクーデター。

 

国王派と、それに対立する国王の弟が率いる反乱派が起こした騒動は、王都の貴族たちをも巻き込んだ大事となったためにまだ幼い国王の一人娘さえもが巻き込まれてしまった。

 

だからこそ、国王によって任命された、セメタリア最強のデュエリストの証である『儀式マスター』の称号を持つこの執事長の男もまた…

 

多大なる恩のある国王たっての頼みにより、命を賭けて『姫』を王都から連れ出したのであり…

 

 

 

「クラウス…こわいよぉ…」

「…姫、ご安心を。貴方様には、誰一人として触れさせはしません。このクラウスが、命に替えてもお守りいたします。」

「…どこにいくの?」

「私の生まれた村でございます。少々辺鄙な所にございますが、あの村なら追手も見つけられはしないでしょう。」

 

 

 

まだ3歳にも満たない幼さだと言うのに、はっきりと意思疎通が出来るあたりセメタリアの姫の教養の高さが垣間見える。

 

また、そんな姫をどこまでも安心させるように言葉を紡ぐ執事長の男もまた…

 

地の利と経験を活かし、どんどんと追手を撒きながら、夜深い森の中を駆け続けるだけ。

 

 

 

そして、追手を撒きながら村に到着した男が見たのは―

 

 

 

「こ、これは…」

 

 

 

ゾンビ…

 

そう、初老の男と幼い姫が、辿り着いたその村には…

 

ゾンビが、溢れていた。

 

 

 

「クラウス!こわいよぉ!」

「姫!私の後ろに!…ッ、王都の反乱派め…これが『邪神』の研究の副産物と言う奴か…よもや…よもや、私の故郷を実験台にするとは!」

 

 

 

王都の謀反派と呼ばれるグループが、何やら『邪神』という怪しい研究に精を出していると言うことも、またセメタリアの地方で非人道的な実験を行っているという噂も、もちろんこの執事長を務める初老の男だって知ってはいた。

 

しかし、まさかその実験台に、自分の生まれた村までもが犯されていると言うことは国王直属の執事長を務めているこの男をもってしても知り得ないことであったのか。

 

いや…寧ろ、クーデターを起こした王の弟側にいる者が、『ここまで予測』してこの村を実験台にしていた可能性の方が高いと言う事を、初老の男も即座に理解した様子。

 

そして、追手が簡単に撒かれたのもおそらくは…

 

 

 

「くっ、わざとここに誘導されたと言うのか…」

「クラウス…クラウスゥ…」

「ローナリア様…ローナ姫様、ご安心を。貴方の事は、この私が命に替えてもお守りいたします…いえ、例え死んでも、貴方をお守りいたします。」

「…ぐすっ…そんなことできるの?」

「簡単な事でございます。不肖、このクラウス・R・グライハーン。貴方様のお父上、国王様に拾っていただいた多大なる御恩の為ならば…例えこの身が朽ち果てようとも貴方様をお守りし続けいたします。しかし姫、貴方様も私の戦いをよく見ていてください。私のデュエルから…ゾンビ達の蹴散らし方を学び、貴方も戦うのです。」

「やだぁ…わたし、たたかえないよぉ…」

「いいえ、やるしかないのです。セメタリア随一の天才である貴方様ならば、この程度のゾンビ達など恐怖を捨てれば相手にもなりません。ですから姫、しかと見ていてください。私と…奴等の、デュエルを。」

「うっ、うぅぅ…」

 

 

 

それでも、戦うしかない

 

…きっと、この村に誘い込まれた時点で敵側は確信しているはず。自分と姫は、確実にこの村で無残に命を落とすであろう…と。

 

それを、簡単に予測できる初老の男は、ソレを逆手にとって何が何でも姫を生かすためにゾンビ達と戦おうとしている様子。

 

 

 

「さぁ、来るがいいデュエルゾンビ共…セメタリア国王より賜った儀式マスターの誇りにかけて…姫には、指一本触れさせはせん!」

 

 

 

そうして…

 

恐怖で泣きじゃくる姫を庇いながら、男は一体何日戦いに明け暮れたことだろう。

 

 

 

「やだぁ…クラウス、しんじゃやだぁ…」

「…ローナ様…戦うのです…デュエルで…貴方様は…セメタリアで、一番の才能をお持ちの特別なるお人…」

「クラウス…クラウスゥ…」

「姫…ご安心を…私は、死んでも貴方を守り続けます…こ、このディスクを…」

 

 

 

霧に包まれた村の中、ゾンビによって深手を負わされた男はデュエルディスクを姫へと差し出しながら、ゆっくりとその命の灯火を消していく…

 

…それは歴史に残らぬ出来事。

 

クーデターにより国王の座をモノにした、新たな国王によって隠蔽されし、セメタリア王国の深い闇。

 

そんな、セメタリア王国に確かに起こった出来事の真相を知る者は…

 

今は、誰も居らず―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 









次回、遊戯王Wings外伝『エピソード七草』

ep5「ナズナ in 闘都」




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