鬼っ子痴女海賊団ドタバタ珍道中 (黒雲あるる)
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第一話

この広い海の何処かにはきっとこんなやべぇ痴女集団もいるんじゃねぇのって思ってノリと勢いで書いただけの小説だよ!


『わははは!!ガープの野郎!センゴクとおつるまで連れ出してきやがったぞッ!』

 

『笑ってる場合じゃないぞロジャー…このままでは囲まれてしまうが、どうするんだ?』

 

『う~む…後方にはガープ、左右にはセンゴクとおつる…そして前方には巨大な嵐か!』

 

『強引に一点突破しようにも、一人と戦ってる間に他の二人が挟撃にくるだろうな…うむ、敵ながら見事な布陣だ』

 

『冷静に分析してる場合じゃねェぞ副船長(レイリーさん)!助けてェ~~~!!』

 

『ギャアアアッ!!砲弾がマストに掠ったァ~~~!?』

 

『よォ~~~~~し………』

 

『……長い付き合いだ。お前が今から何を言おうとしているのか、言われずとも理解(わか)ってしまった』

 

『わはは、流石はおれの相棒だ!!ま、このままここに居てもガープ達に取っ捕まるだけだしな』

 

『それでも無駄を承知で聞くが…過去、唯の一度としてこの嵐に踏み入って生きて帰ってこれた奴はいない…それでも行くか?』

 

『上等じゃねェか!この先に待ち受ける存在を知る者は誰も居ねェって事だろう!?ならおれ達が一番乗りして!そして必ず生きて帰ろうじゃねェか!!野郎ども!!前方の嵐に突入するぞ!覚悟を決めろッ!!』

 

『え~~~~~~~~~!!?正気か船長!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『見ろレイリー!ギャバン!海王類が打ち上げられてるぞ!』

 

『あの巨体をいとも容易く飛ばすとはな…!なるほどこれは誰も生きて帰れん訳だ!』

 

『どうすんだロジャー!?このままだと海王類に圧し潰されるぞ!!』

 

突き上げる海流(ノックアップストリーム)があちこちで発生してやがるッ!!どうなってんだ此処はァ!!?』

 

『ちんたらしてるとおれ達も海王類の二の舞になっちまうよォ~~~!!!』

 

『つべこべ言ってんじゃねェ!トムの造ったオーロ・ジャクソンを信じろッ!!!………大丈夫だよな?』

 

『『『『いやそこは言い切れよ!!!』』』』

 

『うるせェ!とっととこの嵐を抜けるぞ野郎共!!』

 

『『『『アイアイ船長ッ!!』』』』

 

 

 

 

 

 

 

『……ぬ、抜けたか?』

 

『……信じらんねェ、おれ達まだ生きてるよな?』

 

『見てくれ船長!島が見える!』

 

『島を覆い隠すかのように嵐が常に発生しているようだな、あの島を守っているのか?』

 

『兎にも角にも修理が必要だぜ船長!さっきの嵐で大分傷んじまった!』

 

『おう!一先ずあの島を目指す!さあ行くぞ野郎ども……って勝手に動いてねェか?』

 

『どうやら…あの島に引っ張られてるようだな』

 

『『『『…………………は?』』』』

 

 

 

 

 

 

 

『そして我々は巨大な嵐を抜け、一つの島に辿り着いた……』

 

『クロッカスさんこんな時に呑気に日誌か……大物だなおい』

 

『日誌なら俺も書いてるぞ!ワノ国に戻ったら息子達に見せるつもりだ!』

 

『凄まじい覇気を向けてきているな……ロジャー、お前に匹敵するんじゃないか?』

 

『わはは!向こうさんは喧嘩する気満々みたいだな!』

 

『せ、船長~~~!!』

 

『おう!住民達の姿は見えたか?』

 

『見えましたが…相手全員女だ!しかも額に角が生えてらァ!!』

 

『『『『なにィ~~~~!!?』』』』

 

 

 

 

 

 

 

歓迎するぜ!久方ぶりの男どもッ!!

 

『わはは!いきなり殴り掛かってきやがった!!さっきの覇気はお前か!?』

 

だったら何だァ!!?男ァ黙って…子種差し出してりゃァ良いんだよッ!!!

 

『面白れェ奴だな!おれに勝ったらいくらでもくれてやるぞッ!!!』

 

上等だッ!!ぶっ潰す!!

 

 

 

 

 

 

 

『………………………』

 

『おい、いつまで拗ねてんだ?初めて負けたのがそんなに悔しいのか?』

 

拗ねてねェ!!船の上だったらアタイが勝ってたんだ!!調子乗んなよクソヒゲ野郎がッ!!

 

『わはは!船を壊されちゃあ困るんでな、陸の上でならいくらでも相手になってやる!』

 

余裕ぶっこいてんじゃねェぞッ!!もっかい勝負だ!!

 

『……さて、ロジャーがじゃじゃ馬娘の相手をしてる内に我々は船の修理を進めておくとしようか』

 

『あァ~~それなんだが副船長(レイリーさん)、応急処置は粗方済んじゃいるんだがね……』

 

『……………この嵐を抜けるのは厳しい、か……ふむ』

 

 

 

 

 

 

 

『なぁじゃじゃ馬娘、聞きてェ事があるんだが良いか?』

 

誰がじゃじゃ馬娘だ!?アタイの名はウズメってんだ!覚えとけッ!

 

『おうウズメ!聞きたい事は一つだ!この嵐を安全に抜ける方法を知りたい!』

 

………はっは~ん?引っ張るだけしか出来なかった時は驚いたもんだが…さてはお前ェ等の船、限界が近ェんだな?

 

『…付き合いの長ェ船でな、オーロ・ジャクソン号っていうんだが…うん十年と過酷な旅を共に歩んできた大事な仲間なんだ。これ以上の無茶はさせたくねェ』

 

………島の女しか知らねェ嵐を安全に抜けられる秘密の航路がある

 

『本当か!?教えてくれ!頼む!』

 

ただし!アタイ等の要求を引き受けるのが条件だ!!

 

 

 

 

 

 

 

『なるほどな、女しかいないからそうではないかと考えていたが…』

 

『遥か大昔にこの島に追いやられてからというもの、何故か生まれてくるのは女ばかり…昔は大勢いた一族の男も死に絶えて久しく…だから嵐を乗り越えてきた男達を襲って無理矢理子孫を増やしていたと言う訳か』

 

『しかしウズメの世代が生まれてからは嵐を抜けてくる男達は現れず、一族の数は減少してしまったらしい』

 

『一族の掟とかで嵐の外に出るのは禁じられているらしいが…もうそんな下らない掟は廃して外に"男漁り"に行くとこだったんだとよ』

 

『物騒だなおい…船長と真っ向から殴り合ったウズメって女もそうだが、他の女も滅茶苦茶強かったぞ』

 

『外に出てきたら…一波乱起きるのは間違いねェな…』

 

『んで、どうするよ船長?』

 

『決まってんだろ!女が子供を孕ませてくれって頼んできてるんだぜッ!応えてやらなきゃあ男が廃るってもんだッ!!』

 

『鼻の下伸ばして言うセリフじゃねェ!!あんたやりたいだけだろ!!?』

 

『う、うるせェ!!おいおでん!お前はどうなんだ?黙ってないで何か言え!』

 

『…ロジャーの言う通りだ!据え膳食わぬは男の恥という!俺も続くぞロジャー!!』

 

『ワノ国の言葉か!?何となく意味分かるのが悔しいぜちくしょう!!というかあんたトキさんは良いのかよ!?』

 

『うっ!ト、トキには黙っててくれ!後生だ!!』

 

『一生の願いを此処で使うんじゃねェ!!』

 

 

 

 

 

 

 

『わははは!行くぞおでん!!』

 

『おう!』

 

『……行っちまった』

 

『あ、女達がおでんさんに群がって…すげェな、もう見えなくなったぞ』

 

『ロジャーの相手はウズメか…あの二人の子ならさぞ強い子が生まれるだろうな』

 

『冷静に予想してる場合じゃねェよ副船長(レイリーさん)!ってやべェ!女共がこっちにも来たぞ!!』

 

『お、おいシャンクス!おれ達もとうとう大人の階段上る時が来たようだぞ!!』

 

『んなことァ言われなくても分かってる!!おいバギー!吸い尽くされて干乾びて死ぬんじゃねェぞ!!』

 

『おれの台詞だ馬鹿野郎ォ~~~~~~~~~!!?』

 

『は、初めてだから優しくしてくれェ~~~~!!?』

 

『見習い二人が連れ去られたァ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間の時が流れ、ロジャー達は見送りに来ていた島の女達に別れを告げ出航した。港まで見送りに来た女達は皆一様に下腹部に手を置き、涙を浮かべ別れを惜しむ。

 

 この島から男達が脱出するのは過去例を見ない初めての事態である、本来ならば精根尽き果てるまで搾り取り、力尽きれば島の猛獣の餌としていたのが通例。しかし、今回は違う。

 

 数十年ぶりに現れた男達は女達の予想を超えて遥かに手強く、そして床の上でも強敵であった。いつも通り搾り取ってやると意気込んだ女達の多くが、逆に骨抜きにされ気を失う異例の事態。島一番の腕っぷしを誇っていた族長のウズメも同様で、情事を始めてから飲まず食わずに交わり続けること一週間…ついにはウズメまでもが陥落してしまうのであった。

 

『あ、あのゴリラ娘が喪神しおった!?』

 

『うそ!?あのゴリラがッ!?』

 

『し、信じられん!あのゴリラ様がッ!?』

 

 固唾を呑んで二人の情事を見守っていた──ゴリラゴリラとそこはかとなく馬鹿にしているように見えるが尊敬している──女達は驚愕に慄いた。

 

 何故ならウズメは島一番の怪力の持ち主であり、そして唯一の"覇王色"の覇気を持つ気高く美しい娘であったからだ。まだ四十(・・)と若い女ではあるがその実力は本物であり、前族長に決闘を申し込みたった一発の右ストレートで叩きのめして史上最年少で族長に就任した女傑であった。

 

 ロジャー達を先導するのは、こうして族長になったばかりのウズメである。

 

 船首に角の生えた女の顔の意匠が施された特徴的なガレオン船は、"男漁り"の遠征に用いる為に建造された船である。しかし本来ならば甲板にあるべき帆柱は無く、帆柱が無いという事は当然風を受けて進む為の帆も存在しない…甲板上にあるのは大砲のみという奇怪な船であった。

 

 このガレオン船は、ウズメの"悪魔の実"の能力によって動かすことを前提に建造されていた。

 

 〝フネフネの実〟

 

 島の中心に聳え立つ巨大樹の根本に生えていた実をウズメが発見し興味本位で口にした結果、ウズメは船を自在に操る能力を獲得したのである。とは言っても、漁で近海に出る事はあれど沖にまで出ることは滅多に無い閉鎖的な一族だ。ウズメがその能力に気付いたのは、"悪魔の実"を口にしてから実に数年後の事だったという。

 

 そして、ウズメが駆るガレオン船に引っ張られるロジャー達を乗せたオーロ・ジャクソン号は、最短ルートで嵐を抜ける為の秘密の航路がある海域に到達した。

 

 船を泊め、ウズメはじーっと目を凝らして目の前の嵐を観察する。

 

 ロジャー達が来た時と変わらず、嵐の中は相変わらず荒れ狂っていた。薄っすらと浮かび上がる海王類らしき巨大な影が、遥か上空へと打ち上げられているのが垣間見える。そして数多の海賊船の残骸達が弾丸の如く縦横無尽に飛び回り、打ち上げられた海王類に容赦なく襲い掛かっていた。

 

 ロジャー達は一歩間違えていれば自分達も今頃は同じ末路を辿っていたのだと、この嵐を抜けられたのはまさに奇跡としか言いようがないほどだと、改めてそう認識し冷や汗を浮かべる。

 

嵐を抜けるまではアタイが引っ張ってってやるよ、あぁそういや敵がいるかもって言ってたな?そいつらもアタイが蹴散らしてやる

 

 出航前に言っていた言葉を信じ待つ事数分──動き始めたウズメに引っ張られ、オーロ・ジャクソン号も嵐へと吸い寄せられるように近付いていく。そして嵐に再度突入したロジャー達を待っていたのは、驚く程に穏やかで静かな…嵐の外まで続く一筋の水のトンネルであった。

 

 分厚い積帝雲と海王類に遮られ、陽光が届くのはほんの僅かな間のみ。されどその一筋の陽光が差した瞬間の光景は、二度と忘れる事は出来ないだろう程の絶景。

 

 常に水飛沫が舞う水のトンネルにいくつもの陽光が差し込むと、ロジャー達の前に姿を現したのは七色に輝き幻想に揺らめく──虹色のトンネルであった。

 

『参ったな…こりゃあ宴が終わった次の日になっても、この光景は決して忘れるこたァないだろうよ……世界は広いぜ、相棒』

 

『ああ…そうだな』

 

 ロジャーの小さな呟きに、レイリーは咲き乱れては刹那に消えゆく虹を眺めながら頷いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 凡そ数十分に及ぶこの世の全ての神秘を凝縮したかのような絶景とも、ついに別れの時が迫る。

 

 恐らく嵐の外にはガープとセンゴクが待ち構えているとロジャーは予測した。

 

 一週間という期間は死亡したと判断するには十分な時間だが、あの二人がそのような判断を下すとは到底考えられない。この程度で死ぬ筈がないと判断し、嵐から出てきたところを迎え撃つべく監視を続けるだろう。

 

 相見れば即座に殺し合いに発展する間柄ではあるが、それ故に『こいつなら絶対そうする』という奇妙な信頼感を両者は持ち合わせていた。

 

 故に嵐を出た直後に二人が出逢うのは、必然であった。

 

『やはり生きとったかロジャー!!!』

 

『ガープ!お前の事だ!絶対待ち構えてると思ってたぜッ!!』

 

 最初に姿を現したウズメのガレオン船に驚いたのも束の間、後に続くように嵐の中から現れたオーロ・ジャクソン号を見て獰猛な笑みを浮かべるガープ。嵐を包囲するように監視に当たっていたセンゴクとおつるを召集するよう部下に命じ、ガープは砲弾を鷲掴んで投げ付けようと身構える。

 

じゃあなロジャー!お前との交尾、愉しかったぜ!

 

『俺もだウズメ!慌ただしい別れになってすまねェが…おれ達は行く!』

 

露払いは任せておきな!世界の秘密とやらを暴く前に死ぬんじゃねェぞ!

 

『わははは!当たり前だッ!!あばよウズメ!』

 

 帆を広げ風に乗ったオーロ・ジャクソン号が、ウズメのガレオン船に追い付き追い越していくその刹那に、二人は思い思いの別れを告げる。一晩どころか一週間もの間交わり濃密な時間を共にした関係なれど、二人の別れは拍子抜けするぐらいに非常に淡泊な最期であった。

 

 恐らくもう会う事は無い。ウズメは島に戻り次代を担うロジャーとの子を産み、島を守る頼もしき族長、そして良き母として生きていくだろう。そこにロジャーが介入する余地は無く、またロジャーの旅路にウズメが関わる事も無い。

 

 両者の絆は今この場で永遠に、永久に断ち切られたのだ。

 

『待てぃロジャー!絶対に逃がさんぞ!!』

 

おっと、何処の誰だか知らねェが…ロジャーの邪魔はさせられねェな

 

 遠ざかるオーロ・ジャクソン号を逃がすまいと追跡を開始するガープが乗る船に、ウズメが掌を向ける。"フネフネの実"の恐ろしい点は数あるが、中でも特に恐ろしい点は海上で出会えば対処する手段が限りなく零に近いと言う点である。

 

『喰らえロジャー!…………ってんん?何の音だ?』

 

 今まさに砲弾を投げ付けようとしたガープの耳に、聞き慣れない音が届けられた。

 

『ガ、ガープ中将!船が分解しています!』

 

『な、なんだとォ!?』

 

 甲板の木材が次々と引き剥がされ、まるで命を吹き込まれたかのような動きで我先にと大海原に飛び込んでいく。遠ざかっていくオーロ・ジャクソン号から悔しげに視線を逸らし、ガープは嵐の中に戻ろうとするガレオン船を睨み付ける。

 

『…………女?』

 

 ガープの無駄に良い眼が、甲板に佇む女達を発見する。多くは既に米粒程に小さくなったオーロ・ジャクソン号に手を振っており、中には別れを惜しむかのように涙を流す女の姿も見えた。

 

『……どいつだ?』

 

 次々と引き剥がされ足場が無くなりつつある甲板から身を乗り出し、この現象を起こしている犯人を特定すべくガープは視線を走らせる。能力者の仕業なのは、最早疑いようもない。ロジャー海賊団にこのような能力を持つ者は居ない筈だ。となると必然的に犯人と考えられるのは、何故か女達しか乗り込んでいないあのガレオン船の誰かとなる。

 

『中将!脱出の準備は整っております!お急ぎをッ!!』

 

 慌てふためいて脱出用のボートの準備を急ぐ部下達の声を遮断し、神経を研ぎ澄ませて能力者の特定に全力を注ぐ。

 

 ──この女ではない、この女も違う。

 

 違う。

 

 違う。

 

 違う。

 

 ……──見付けた。

 

『………こやつか』

 

 未だに手を振り続ける女達の居る甲板を見下ろす場所。本来なら操舵輪がある其処にはヤケに豪華な装飾が施された椅子が設置されており、その椅子には露出の激しい獣の毛皮を着た一人の女がふんぞり返って座っていた。

 

 ──刹那、その女…ウズメとガープの視線が交差する。

 

(ロジャー並に強ェなあの男……子種くれって頼んだらくれねェかな)

 

(ロジャー程ではないが強いなあの女……えらい別嬪だな、何者だ?)

 

 ウズメとガープ両者の初めての邂逅は、ガープの乗る軍艦が完全に分解され沈んだ事によって終わりを告げた。その後、駆け付けたセンゴクに救助されたガープは、再びあの女と巡り合いそうだという、妙に確信めいたものを感じつつ…合流したおつるに『また船壊したのかいアンタは!?』とお説教を受けつつロジャーの追跡を再開した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして二十六年の月日が流れ──……

 

あのバカ娘ェ~~~!一体何処に行きやがった!?

 

 年中消える事のない嵐に囲まれたとある島は、未曽有の大混乱に見舞われていた。

 

「族長様ァーー!森の方も居ませんでしたッ!」

 

「集落もじゃ!何処にも御姿が見えぬ!」

 

「姫様ァ~~~!かくれんぼの時間は終わりですぞッ!」

 

 島中の女達が〝姫様〟なる渦中の人物を見付けるべく奔走する、しかしその全ての涙ぐましい努力が報われることは決してあり得ない。何故なら既にこの島にその〝姫様〟は居ないからだ。

 

「族長様!姫様の御部屋に書置きがッ!」

 

「見せろッ!」

 

 強引に奪い取った紙の四枚の内の三枚は随分と古めかしい手配書のようだった。此処に来るまでに握り締めていた所為か所々破けているし、懸賞金も掠れてしまって見えにくいったらありゃしない。しかし写真だけは不思議と擦り切れておらず、当時の懐かしい面々の顔を見てウズメの脳裏に当時の出来事が蘇る。

 

 

ロジャー海賊団船長

"海賊王"ゴールド・ロジャー

懸賞金55億6480万ベリー

 

 

ロジャー海賊団副船長

"冥王"シルバーズ・レイリー

懸賞金38億5000万ベリー

 

 

白ひげ海賊団二番隊隊長

"刀鬼"光月おでん

懸賞金32億3600万ベリー

 

 

 ロジャー達が去った後に、何度か迷い込んだ海軍と名乗る男達が持っていた手配書だろう。子種以外は特に興味もなかったので、男達から奪い取った食料と武器以外は全て乱雑に宝物庫に放り込んである。これが娘の部屋から見つかったという事は、宝物庫に忍び込み物色していたということに他ならない。

 

 ──いったい何のために?その答えは、残りの一枚に記されていた。

 

 最後の一枚は随分と急いだ様子で書き殴っているが、文字の練習をする娘を横で見ていたお陰でこの書置きを残したのは娘で間違いないと、即座にウズメは気付く。

 

 ──その書置きには、こう記されている。

 

 

ちちにあいにいく!しんぱいむよう!

 

あんのバカ娘がァ~~~!連れ戻すぞ!船を準備しろ!

 

「「「「は、はいぃ~~~ッ!!!」」」」

 

 

 大海賊時代が始まること二十四年──。

 

 比較的平穏を取り戻しつつあった偉大なる航路(グランドライン)に、またもや全てを呑み込まんとする荒波のうねりが押し寄せようとしていた。




一方その頃のモンキー・D・ルフィは…

・近海の主をワンパンKOしてフーシャ村を出発。


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第二話

 マルコは目の前で繰り広げられる光景を見て恐れ慄いていた。

 

はふはふはふはふはふ!!

 

 甲板一杯に用意した数々の料理が次々と幼女の胃袋へ消えていく。あの小さな体の何処に入っているのか、こいつの胃袋はどうなっているんだと文句を言いたくなる程の喰いっぷり。

 

 明らかにあの小さな口には収まらないだろうという料理が、瞬きした次の瞬間には皿の上から消えている。ポッコリと膨らんだ腹を見る限り胃袋には収まっているだろうことは辛うじて理解出来たが…とても現実とは思えない光景に一番隊の面々は口をあんぐりと開けて呆然と眺めることしか出来ないでいた。

 

 マルコはこいつを助けたのは間違っていたかと早くも後悔し始める。とりあえず今夜どころか本隊と合流するか、ナワバリ内の何処かの島に寄り食料を分けてもらうまで食事抜きなのは最早確定事項。一週間分は備蓄していた一番隊の食糧を、あろうことかこの幼女は一瞬のうちに食い尽くしてしまったのである。

 

「…腹立たしいぐらいの良い食いっぷりだよい」

 

 つい先程の事だ。

 

 "新世界"のナワバリを巡回中に、軍艦の残骸にしがみ付いて漂流している幼女をマルコ達一番隊の面々が発見し保護したのは。

 

 恐らくは"偉大なる航路"(グランドライン)特有の突飛な現象に遭遇して船が沈没したか、もしくは海賊に襲われて乗っていた船を沈められたかのどちらかだろう。

 

 現在地は〝四皇〟同士のナワバリが鬩ぎ合う、"新世界"の中でも指折りの危険海域と言われている場所である。余程の用が無い限り此処に近付く愚か者は存在しないし、この海域を通るのは専ら海賊か監視任務に就く海軍ぐらいのものだ。

 

 他にも生存者がいるかもしれないと考え周囲一帯を隈なく捜索してみたが、幼女以外の生存者は発見する事は出来なかった。見た目からして齢十~程なのは明白。彼女だけで海に出たとは到底考えられず、保護者もしくは親が同じ船に乗っていた可能性が高い。

 

(……ま、詳しい話は食事を終えてからだな)

 

 そしていざ食事が終わり、何故漂流していたのか詳しい話を聞こうとしたところ…なんと食事が終了したと同時に幼女は甲板に突っ伏し、豪快な鼾を掻きながら夢の中へ旅立ってしまうのであった。

 

「寝るの早ェなおい!!」

 

 大声を上げても全く微動だにしない、完全に夢の中である。お前はウチの二番隊隊長の生き別れの妹かと、思わずツッコミを入れたくなる程の爆睡っぷりに呆れ果てる。

 

 ワノ国の伝統衣装によく似た衣服がはだけ、未発達の大事な部分が見え隠れしていると言うのに、それでも尚幼女は手を動かすことを止めずひたすら食べ続けた。一体どんな育ち方をしたらこんな羞恥心の欠片も無い粗暴な女になるのか。親の顔が見てみたい、きっとろくでもない親に違いない。

 

(…見付けたのが俺達で良かったよい)

 

 もし悪逆非道な"百獣海賊団"に見つかっていたら、問答無用で連れ去られ慰み者コースになっていただろうことは疑いようもない。悔しいが見目だけは麗しいと認めざるを得ない幼女だし、数年後には更なる美女に成長するだろうなと言う確信がマルコにはあった。

 

 だが如何な"百獣海賊団"と言えど、あの食事風景を見てしまったらそんな劣情も消え失せるのではないか?そんな気がしなくもない。それ程までにあの食事風景に一番隊の面々はドン引きしていた。

 

(…俺も寝るか)

 

 見張り役の部下が豪快に鼾を掻いて寝る幼女に毛布を被せているのを見つつ、マルコは船室へと戻る。額に生える小さな角や、何処から来たのか等々聞きたい事は山ほどあったが…詳しい話は後日、幼女が目を覚ましてからの仕切り直しとなり、マルコ達は空腹に苛まれながら夜を明かすのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

助けてくれて感謝する!お陰で元気一杯じゃ!

 

「そりゃ良かったよい、空腹を我慢した甲斐があったってもんだ」

 

 翌朝。良く晴れた昼下がり、陽が高く昇りきった時刻に幼女は漸く目を覚ました。

 

──??腹が減ったのなら飯を食えば良かろう?

 

「どっかの誰かさんが食糧全部食っちまったから食えねェんだよい!!」

 

な、なんと!?とんだ食いしん坊ではないか!何処の阿呆じゃそやつは!?

 

「「「「おめェだよ!」」」」

 

わ、儂かァ~~~!?

 

 黙々と仕事を熟しながらも、マルコと幼女のやり取りをこっそり聞いていた一番隊の面々が思わずと言った様子でツッコミに加わる。

 

 傍から見ればこの光景は『幼女に劣情を催した男共が、幼女を襲おうとしている』光景にしか見えない。少なくとも海軍や一般人が見れば十中八九そう判断する場面だ。海軍がもしこの場面を見ていれば、きっと義憤に駆られ幼女を救わんとする一心で武器を手に取るだろう。

 

 その相手がたとえ"四皇"の一角である"白ひげ海賊団"であろうとも。

 

うむむ…儂の島ではあれぐらいの量、寧ろ少ない方なのじゃが…

 

「あぁいや、食糧の件はもう構わねェよい…食糧を分けてもらう為にこれから予定を早めて本隊と合流する予定だからよい」

 

 ただ実際のところは幼女に食糧を全て食い尽くされてしまい、空腹に苛まれている"白ひげ海賊団"と言う構図なのだが。しかし海軍の情報操作と『海賊は悪』という流布によって、人情に厚い彼等"白ひげ海賊団"も一括りにされているのが実情だ。

 

おお!なら少しばかり遅い朝食だな!!儂、腹減ったぞ!

 

「まだ食うつもりか!?少しは遠慮しやがれってんだよい!!」

 

 一番隊の食糧だけで飽き足らず、お次は本隊の食糧までも食い尽くすつもりらしい。昨晩あれだけ食べたのにまだ足りないのかと、名も知らぬ幼女に声を張り上げる。

 

(流石にあの量を食い尽くすなんてこたァ……ねェよな?)

 

 本隊にはこの船に乗る一番隊よりも大勢の仲間が生活している為、食糧も一番隊と比べ物にならない位の量が備蓄されており、少なくとも一か月分以上の備蓄がある筈だ。流石にその全てを食い尽くされるなんて事は無い筈だが……言い切れないところが何とも恐ろしい。

 

「あァ~聞きそびれてたが、お前さん何処から来たんだよい?家族はどうした?」

 

 だが、何とも不安を拭い切れなかったマルコは本隊の食糧が犠牲にならないで済むように、一刻も早く居るか分からない保護者に引き取りに来て貰おうと、一縷の望みに掛けて幼女に保護者の有無を問いた。

 

家族はおらん!儂一人で島を出たからな!きっと今頃はてんやわんやの大騒ぎになっとるじゃろうな!ワハハ!

 

 その答えを聞いた途端、マルコは崩れ落ちる。

 

 随分長いこと漂流していたらしい衰弱した幼女を、即座に助けた過去の自分を一発ぶん殴りたい気分に駆られる。"助けない"なんて選択肢はハナから存在しないが、それでもお前が助けようとしている幼女は色々と規格外の存在だぞと、忠告のつもりでぶん殴りたい。

 

 兎にも角にも、幼女を乗せたまま本隊と合流するのは確定事項となった。

 

「…島を出た目的は?まさか目的も無く飛び出したって訳じゃあねェだろうよい?」

 

 此処は"新世界"だ。世界のどの海よりも遥かに危険な海で、大の大人でも海に出るという事は限り無く"死"に近付く行為であると認識する海域である。

 

 きっと幼女自身も、親から島の外がどれだけ危険な海なのかという話を耳にタコができるぐらいに聞いている筈だ。"新世界"に浮かぶ島に住む子供達はそうして大人へと成長していくのだから。どれだけ危険かを理解しておきながら、それでも尚たった一人で海に出なければならない程の理由とは一体何なのか。

 

父を探しておる!儂が生まれる前に島を出てるから一度も会うたことはないがの!名は"ろじゃー"と言う!

 

「ロジャー……だと……?」

 

 聞き慣れた言葉の羅列が幼女の小さな口から発せられた。

 

 此処最近ではその名を聞く機会は多少減りはしたが、それでもこの"大海賊時代"始まりの切っ掛けとなった男の名だ。その男の処刑から数十年経った現在でも語り継がれる存在である。尤も、その内容の殆どは悪評ではあるが。

 

(…まぁ同名の男なんだろうよい、ロジャーが死んだのは二十年以上も昔の話だ)

 

 確かに息子、娘がいる可能性は無いとは言い切れない。しかし、当時の海軍はロジャーの血筋を根絶やしにするべく、当時生まれたばかりの素性がハッキリとしない赤子を探し出しては次々と惨殺している。もし仮に海軍の蛮行を生き残っていたとしても、"現二番隊隊長"と同じ年頃になる筈だ。

 

 しかし、幼女の年齢はどう見ても齢十~そこらである。

 

 ペラペラと喋っているし、生まれたばかりの巨人族の可能性も無いだろう。小さな角などの些細な違いはあるが、腕の関節が二つある"手長族"なんて人間も存在するぐらいだ。その程度の違いでは、人間以外の種族であるとは到底考えられない。

 

「あァ~~なんか写真とか持ってねェのかよい?顔さえ分かりゃァウチの連中で知ってる奴が居るかもしれねェよい」

 

うむ!そう聞かれると思い島を出る時に持ってきておるぞ!儂が乗ってきた軍艦に積んでおった筈じゃ!

 

「…お前さんがしがみ付いて漂流してたボロボロの軍艦か?救助した時にゃァ積み荷らしきもんは無かったよい」

 

な、なんとォ!?

 

 手っ取り早く事実確認をするには本人の写った写真を見るのが一番だが、幼女を救助した際には半分沈み掛けの状況で他に積み荷らしき物も無かった。実際、救助した直後にボロボロの軍艦は海に沈んでいったし、既に流された後だったのだろう。あと数刻発見するのが遅れていたら、幼女も軍艦と運命を共にしていたところだ。

 

うむむ、あの手配書が唯一の手掛かりだったんじゃが……

 

「ん?賞金首なのかよい?ロジャーなんて名前此処最近で聞いたこたァねェが………他に手掛かりはねェのかよい?例えば…そうだな、ファミリーネームは覚えてるか?」

 

ふぁみりぃねぇむ…?なんじゃそれは?

 

「あァ~~初対面の人間だとか…親密な人間以外に最初に名乗る名だよい、お前のオフクロさんから聞いたこたァねェかよい?」

 

うむむ…母上は"ろじゃー"としか言うておらんかったから分からんのぅ…

 

「……となると、手掛かりはねェって訳かよい」

 

 幼女をこれ以上不安にさせない為にも口に出す事は決してしないが、現状で打てる手は無くなってしまった。手配書の顔は覚えている様子だが、生憎一番隊には手配書は持ち込んでいない。本隊と合流してから"ロジャー"と名乗る男の手配書を探し出して確認させるしか方法は無さそうだ。

 

「マルコ隊長!オヤジから電話です!『何かあったのか?』と!」

 

 腕を組んで仲良く頭を悩ませるマルコと幼女に部下が呼び掛ける。電話の相手はマルコを始めとする"白ひげ海賊団"に所属する船員全ての"オヤジ"──最強の大海賊"白ひげ"ことエドワード・ニューゲートからであった。

 

「あァ、すぐに行くよい」

 

 予定を早めて合流する旨を伝えたのはつい先程だと言うのに、我らがオヤジ殿は随分と心配性だなとマルコはこそばゆい笑みを浮かべる。きっと幼女の母親も、同じように心配していることだろう。なるべく早く親元へ帰してやりたいところだが、恐らくこの様子では本人は父を見付けるまで帰ろうとしないだろうなと容易に予測出来る。

 

(…しっかしまァヤるだけヤってあとは知らんぷりたァロクでもねェ男だよい…ま、大半の海賊はそうかもしれねェが)

 

 幼女を甲板に残し、マルコは電伝虫がある船室へ向かう。

 

 その道すがら考えるのは幼女の父の事だ。何かしらの事情があったのかもしれないが、それにしても身体を重ねた女と生まれてくるであろう娘をほっぽり出して島を出た挙句一度も島に帰らないとは、これをロクデナシと言わずして何と言うのか。

 

(…こりゃ思った以上にあのガキんちょに肩入れしちまってるかよい?)

 

 似たような境遇の幼女に情でも移ったのか、それとも過去の自分自身を幼女に重ねているのか。もしくは、自分に子供がいれば、あの位の年頃だろうかと考えたからか。

 

「俺らしくねェ、柄でもねェよい──……あァオヤジ、俺だ」

 

『おう、マルコか?予定を早めて合流すると聞いたが、何か問題でも起きたか?』

 

「あァ実は──……」

 

 どちらにせよマルコにとって、幼女が何処か放ってはおけない存在であることは──確かであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「センゴク元帥!緊急の報告が!」

 

 場所は移り変わり──赤い土の大陸(レッドライン)及びシャボンディ諸島に程近い海域に位置する海軍本部マリンフォードにて。

 

「……騒々しいな、海のクズ共が何かやらかしたか?」

 

 荒々しく入室した部下に視線を向けず、手元に置いてある何かしらの資料を読み続けながら、ノックもせず入室した部下に棘のある応対を示すセンゴク。

 

「いえ!少々気になる通信を傍受しまして…"白ひげ"と一番隊隊長"不死鳥のマルコ"の通信記録なのですが…」

 

「!」

 

 部下の口から飛び出たビッグネームに、こめかみをピクリと動かして伏せていた目線をゆっくりと上げていく。

 

「半楽隠居中の男と息子の電話か…自分の死期を悟って葬式の段取りでも相談していたか?内容は?」

 

 近頃は全ての雑事を息子の隊長格達に任せて、自身はナワバリから出る事もなく半分楽隠居していると報告を受けている。ナワバリの運営に関しても、自身がしゃしゃり出る事はせず、ドンと構えて息子達に任せているようだ。

 

「はっ!少々断片的でありましたので、書面に記しております!御確認を!」

 

 さてさて何が書かれているのやら、とおっかなびっくりな様子でセンゴクは部下から手渡された書面に目を通した。

 

『……ジ、ロジャーの娘を名乗─……を保護した─……食…──食い尽……れ──……よい』

 

「……………ふう。いかんな、年を取った所為か文字が読み辛くて叶わん」

 

 眼鏡を外し、大きく溜息を吐きながら椅子に身を預け天井を仰ぎ見る。

 

 "ロジャーの娘"などと言うフザけた文字が見えた気がしたが、きっと気のせいだろうと思わず現実逃避する。此処最近は働きっ放しでロクに休んでいなかったから、疲れて幻覚でも見ているのだろう。心なしか胃の方からも鈍痛が走っているし、身体が休めと警告しているに違いない。

 

 センゴクはそう結論付け、常備していた胃薬を取り出し素早く飲み干した。

 

「あ、あの……センゴク元帥…?」

 

「…………何だ?」

 

「…い、いえ!…その、何も対処しなくて宜しいのでしょうか……?」

 

「……ガ─…を呼べ

 

「はっ?……も、申し訳ありません!聞き取れなかったのですが…今何と…?」

 

ガープの馬鹿を呼べと言っとるんだァ~~~!!!!!

 

「りょ、了解しましたァ!!!」

 

 自分は何も悪くないのに、海兵としての任務を忠実に熟しただけなのに、と涙ぐみながら退室する海兵を見送ったセンゴクは、執務机を叩き割らんとする勢いで黒く染まった右手を机に叩き付けた。

 

「あのロクデナシめ…!息子だけでなく娘まで残していたか…ッ!!」

 

 衝撃により数々の資料が執務室一杯に舞い散らばる。散らばった資料には一人の女性、そして雀斑の目立つ上半身裸にテンガロンハットを被った男の手配書が張り付けられていた。どうやら散らばった資料の全ては、この二人の身辺調査報告書のようであった。

 

 手配書の青年の名はポートガス・D・エース。そしてもう一枚の資料に写っている女性の名はポートガス・D・ルージュと言い、手配書の青年の母親だと報告書には記されていた。

 

 そして報告書にはこう続いている──父の名はゴールド・ロジャー…つまり、この青年は"海賊王"の遺児だということ。

 

 母親のルージュはエースを出産した際の過度な負担が祟り、既にこの世を去っている。だが息子のエースは未だ存命しており、現在は"白ひげ海賊団"に所属している事が確認されていた。

 

 忌まわしき"海賊王"の血筋が今も尚この海を我が物顔で闊歩している事実に、センゴクは拳を固く握り締め不快感を露わにする。

 

 長らくその行方を追っており、本隊を離れ単独で行動しているらしいまでは掴めたものの、現在地までは絞り込めていない。目撃情報を加味した上で推測すると、恐らくは"楽園"の何処かには居るのではないかと結論付けた。

 

「居場所だけでも把握しておくべきではあるが…相手は"白ひげ海賊団"だ、慎重に事を運ばねば……」

 

 そして、エースの所属する"白ひげ海賊団"は"四皇"の中でも最強と謳われる海賊団だ。その勢力は海軍に匹敵しかねない程巨大であり、迂闊に手を出せば壊滅とまではいかなくとも海軍側も甚大な被害を被るのは明らかであった。

 

 そして更に厄介なのは"白ひげ海賊団"と事を構えることになれば、間違いなく残りの"四皇"が漁夫の利を得んとして戦争に介入してくる点である。

 

 "赤髪のシャンクス"が率いる少数精鋭の"赤髪海賊団"

 

 最強の生物と称される"百獣のカイドウ"が率いる"百獣海賊団"

 

 幼少の頃から危険人物としてマークされていたシャーロット・リンリンが率いる"ビッグマム海賊団"

 

 中でも特に高い確率で介入してくると予測されるのは"百獣海賊団"と"ビッグマム海賊団"だ。両海賊団共に"白ひげ海賊団"と同様で、海軍に匹敵しかねない勢力を誇っており、どちらか一方が戦争に介入すれば残った方も介入してくるとセンゴクは見ていた。

 

 そうなれば全世界を巻き込んだ全面戦争に突入し、何の罪もない善良な市民達が犠牲となる。それだけは何としてでも避けなくてはならない事態であった。

 

「"火拳"一人だけでも手を焼いとると言うのに………っ!」

 

 唯でさえ頭を悩ませる案件で一杯一杯だと言うのに、ここにきて新たな頭痛の種の登場ときた。

 

 "ロジャーの娘"

 

 …確かに可能性が無いとは言い切れない。そしてセンゴクには存在するかもしれないと思い至るだけの、心当たりがあった。

 

 忘れもしない二十六年前。

 

 逃走するロジャー海賊団をガープとおつると共に追い掛けていたあの時のこと。このままでは逃げ切れないと悟ったロジャーは、未だ嘗て誰も生還したことのない嵐に突入して、まんまと海軍の追跡を振り切ったのである。

 

 そうして一週間が経過し、センゴクとおつるはロジャーは死んだのだと結論を出した。しかしガープだけは『あいつがこの程度で死ぬ筈がねェ、絶対に生きてる』と諦めずにおり、結局二人掛かりで説得しても聞く耳を持つことは無かったので、仕方なく二人で帰還準備を始めた。

 

 一週間も任務から離れていたのだ、帰ったら仕事は山積みになっているだろう。センゴクとおつるは半分諦めの境地で包囲網を解き、海域を離れつつあった。

 

 ロジャー出現の報告が齎されたのは、その直後のことであった。

 

(…今思えば、あの時がロジャーを捕らえる最大の好機だったのかもしれん。ガープの言葉をもう少し信じていれば……)

 

「……なんじゃなんじゃ、随分と荒れとるのぅ。とうとうボケたか?部下に八つ当たりするのも考え物じゃぞ」

 

 ……──前言撤回。

 

~~ッ貴様が"火拳"を見逃したからこうなっとるんだぞッ!!"海軍の英雄"などと称賛されてなければおれがとっくの昔に処刑しとるところだッ!!

 

「え?わし怒られる為に呼ばれたの?えェ~~~………」

 

 こいつは人を怒らせる天才だ。センゴクは改めてそう認識する。

 

 ガープの直感に耳を傾けていればと、反省し掛けていたタイミングで『ボケたか?』と言われれば、そりゃあ誰でも頭にくる。しかし、それにしても今回の怒り具合は過去類を見ない程に怒髪天を衝いているな、とガープは考えた。恐らく、まだ何かあるなとガープは直感で不穏な空気を感じ取った。

 

 ──こういう時は、そそくさと退散するに限る。

 

「待てガープ、貴様にはもう一つ聞きたいことがある」

 

 だが、"仏のセンゴク"からは逃げられない。黒く染まった右手でガシッと肩を掴み、空きっ放しの扉へ身体を向けていたガープを強制的に自分の方へ振り向かせる。

 

「この男は貴様の血縁者だな?」

 

 開いた方の手には一枚の手配書。

 

 目の前に向けられたその手配書には、見慣れた孫の顔が写っていた。

 

ル、ルフィ~~~~~~~~!!?

 

 

麦わらの一味船長

"麦わらのルフィ"

モンキー・D・ルフィ

懸賞金3000万ベリー

 

 

やはり貴様の血縁者か!!どう責任を取るつもりだ貴様ァ!!

 

 ──仏の顔も三度まで。

 

 モンキー・D・ガープの頭頂部に、三段重ねのタンコブが出来上がるまで──あと十秒。




一方その頃のモンキー・D・ルフィは…

・シェルズタウンをモーガンの悪政から解放する。

・オレンジの町をバギー海賊団の支配から解放する。

・シロネコ村でキャプテンクロの野望を阻止し、ゴーイングメリー号を手に入れる。

・海上レストラン「バラティエ」でクリーク海賊団と交戦し、撃破する。

・コノミ諸島をアーロン一派から解放し、懸賞金3000万ベリーが懸けられる。←今ココ


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第三話

「見えてきたよい」

 

おォ~~~!

 

 小さな客人を乗せたまま、マルコ達一番隊は無事に本隊が停泊する海域へと帰還を果たす。遠目に見えるは、太陽に反射して白く輝く船体を水面にプカプカと浮かせた巨大な船。

 

 "白ひげ海賊団"の旗艦"モビー・ディック号"だ。

 

 船首は名前の由来となった白鯨を象った造りとなっている。勿論、白鯨の名に恥じぬ巨体さを誇っており、船体の大きさ、重量共に人間が乗り込む船の中では世界最大級だろう。なお、巨人族の船は含まないものとする。

 

凄い大きさじゃなァ~~!母上の船より大きいぞ!

 

 甲板の手摺に乗っかり、上機嫌そうに"モビー・ディック号"を眺める幼女。陽光に照らされて、短く乱雑に切り揃えられた金髪が波に揺れる。

 

わわっ!

 

「おいおい危ねェよい、海に落っこちても知らねェぞ」

 

 船体が波に揺られる度に器用にバランスを取っているが、見ている側は海に落ちるんじゃないかと心配して冷や冷やしっ放しだ。マルコ達は、万が一にも小さなお客様が海に落ちない様に、細心の注意を向けつつ本船へと舵を取る。

 

む!マルコッ!マルコッ!何やらピカピカ光っておるぞ!光線か!?

 

「光線撃ってくんのは黄猿だけで十分だよい……ありゃあモールス信号だ」

 

も~るすしんごう?それは何じゃ?

 

 モールス信号。電伝虫に頼らずとも交信が可能な、古くから存在する技術である。

 

 電伝虫の普及に伴って長距離での活躍の場は奪われてしまったものの、それでも目視できる距離ならばモールス信号の方が圧倒的に早いため、現在でも重宝されている交信手段である。

 

 それに、予め暗号を仲間内で共有しておけば、敵に悟られずに次の指示を素早く伝達出来る利点もあり、更に傍受される心配もないので一石二鳥なのだ。

 

・-()・・・

・-()・・

-・()---

--()

 

「おかえりって言ってるんだよい」

 

おォ~~!凄いな!今のピカピカで意思疎通しておるのじゃな!

 

-・()

-・() ・・

・-()

-・()・-

 

 

 『タダイマ』と"モビー・ディック号"へ返答し、ついでにお互いの近況報告のやり取りに入る。と言っても、本船はナワバリから出る事は基本的に無いので、近況報告と言ってもその内容はほぼ世間話のようなものしかない。

 

 どうやら昨日は雪が大量に降り積もったらしく、一日中雪合戦をしていたらしい。体格の大きいジョズやアトモス、ブレンハイム等が集中砲火を受けてブチキレて最後は乱闘になったとのこと。

 

「……いやいや何してんだよい」

 

 大の大人が何やってんだと返答をしながら、船に小さなお客さんが居る事を伝える。が、どうやらオヤジから既に聞き及んでいるらしく、皆"ロジャーの娘"と名乗るお嬢さんに興味津々のようで、隊長格はマルコと二番隊隊長を除いた全員が勢揃いしているようだ。

 

「……パトロールはどうしたパトロールは!?」

 

なぁなぁマルコ!お主だけずるいぞ!儂にも教えてくれ!

 

 そしてその張本人はと言うと、マルコの真横で飛び跳ねながらモールス信号をやってみたいと駄々を捏ねていた。

 

「お、じゃあ返事でもしてみるよい?」

 

 面倒見の良いマルコは然して嫌がる素振りも見せず、身長の足りない幼女の為に適度な木箱を送信用のライトの前に置いて、その上に幼女を乗せる。

 

「ほら、これが符号表だ…長い横線は約一秒で、点はほんの一瞬光らせるだけで良いよい。…あァ~文字と文字の間も間隔を開けとけよい」

 

ふむふむ

 

 全く似ても似つかない二人だが、教えを請う幼女と、柔らかい表情で説明するマルコの姿はまるで親子のように見える。なかなか見られない隊長の珍しい姿に、部下達は「親子じゃねェか」と、二人の様子を微笑ましく見守っていた。

 

覚えたぞ!

 

「……なに?」

 

 符号表を片手に持ち、ライトの前で唸る事数分──何を送るか決まったのか、幼女は勢いよくライトを操作して電文を本船へと送り始める。

 

・-・- --・-・ (ろじゃーの)・・ ・--・- ・・--

 

- ---・- -・・(むすめの)・- ・・-- 

 

-・-・- ・・・- (さくやじゃ)・-- --・-・ ・・ 

 

-- ・-・- --・(よろしくたのむ)-・ ・・・- -・ ・・-- - 

 

「完璧じゃねェかッ!?」

 

ワハハ!儂に掛かればこの程度!造作もないのじゃ!

 

 こりゃ驚いたと、マルコが驚嘆する。

 

 新入りは雑務を熟しながら、先ずはこの符号表を覚えなくてはならない。大体全てを覚え切るのに掛かる期間は一か月ほどだ。

 

 そして、次に符号表を頭に入れた新入りを待ち構えるのは、膨大な量の暗号類である。この暗号を覚えなければ戦場に出る事は出来ない。いざ戦場に出た際に戦場を飛び交う暗号を覚えていなければ、己の命は勿論として、"白ひげ海賊団"全員を危険な状況に追い込むことに繋がりかねないからだ。

 

 その事態を避ける為に、"白ひげ海賊団"は先ず第一にこの符号表と暗号を覚えさせる。それを全て頭の中に叩き込んで初めて、新入りは新入りの称号を返上することが出来るのである。

 

 尤も、敵に暗号を解析されるのを防ぐ為に、定期的に暗号の内容は変更されているので幹部も新入りもその都度憶え直さなくてはならないのだが、それはまた別の話だ。

 

「すげェなあのチビッ子…おれァ暗号全部覚えるのに一年掛かったんだが…」

 

「覚えた矢先に暗号変更なんてよくある事だからなァ…」

 

 一瞬で符号表を頭に叩き込み、流暢に使いこなす幼女に周囲からも驚嘆の声が上がる。手を叩いては口々に幼女を褒め称える部下も現れ始めた。本船からの返答がないところを見るに、恐らくは向こうも似たような状況なのだろう。

 

「ていうかお前さん、サクヤって名前なのかよい…そういやァ名前聞くのすっかり忘れてたよい」

 

はっ!そうじゃった!外界の人間は儂の名を知らぬのじゃったな!

 

 族長であるウズメの娘なこともあってか、あの島では幼女改め"サクヤ"の名を知らぬ女は存在しなかったのだ。故に、生まれ故郷を飛び出すなんて真似をしていなければ、名を名乗る機会なんて永遠に訪れる事は無かったろう。有名人故の弊害ではあるが、こればかりは致し方無いと言える。

 

 ともあれ今更感はあるが、サクヤはこの機会に改めて己の名を知ってもらおうと、高らかに宣言するつもりでいるようだ。木箱から軽々と跳躍し、操舵輪が設置された高台へ着地する。

 

皆の衆!良く聞けい!

 

 本船が近付くにつれ、合流の準備で慌ただしくなっていた甲板に凛とした声が鳴り響く。何だ何だと手を止めた一番隊の面々は、声の発生源たるサクヤが立つ高台に視線を向けた。

 

儂の名は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)!誇り高き女鬼(めっき)族が族長!天宇受賣命(アメノウズメノミコト)と偉大なる男!"ろじゃー"の娘なり!親しき者は儂をサクヤと呼ぶ!命を助けてくれた礼じゃ!特別にサクヤと呼ぶことを赦そうぞ!!

 

「「「「めっちゃ上から目線!!!?」」」」

 

ワーハッハッハッハッ!!

 

 そしていよいよ本隊と合流する時がやってきた。

 

 "モビー・ディック号"に接舷した一番隊の船へ橋が掛けられ、マルコの部下達が次々と本船に乗り込み、二週間ぶりに会う顔馴染み達と久々の再会を祝い合う。この広い海の上、一度離れてしまえば二度と会えなくなる可能性は決して小さくはない、だからこそ彼等の喜び様も一入なのだ。

 

「んじゃ、行くよい」

 

うむ!参ろうぞ!

 

 その最中を、サクヤを伴ったマルコがゆっくりと進んでいく。

 

 人垣を掻き分け、やがて甲板に辿り着いた二人を待ち構えていたのは、綺麗に隊列を組んで佇む隊長格達。当然、総勢十三名の隊長達の眼差しはマルコの隣に堂々と佇む、サクヤへと向けられていた。

 

 ──そして、もう一人。

 

「帰ったよい、オヤジ」

 

「グララララ!帰ったかマルコ……おう、そこのハナッタレが例の"ロジャーの娘"か?」

 

 最奥に座するは、現在最も"海賊王"の座に近いと称される世界最強と名高き男"白ひげ"ことエドワード・ニューゲート本人である。

 

 ──鋭い眼差しが、サクヤを射抜いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

問答無用で襲って来やがったからちったァ骨のある男共かと思ったが…

 

 嵐を抜け新世界へと足を踏み入れたウズメ達。しかし、娘の行方を探そうにも手掛かりは何一つ無く、航海初日にして既に八方塞がりの状況。だが、このまま悩んでいても仕方が無いので、一先ず外界の情報を仕入れるべく、人が住む島を探して航海を続けていた。

 

「ほらほら!何してんだいッ!しっかり腰動かしなッ!!」

 

「や、やめ──……はう♡」

 

 ──その矢先の出来事である、"百獣海賊団"と名乗る男共に襲撃されたのは。

 

『おォ~~~!えらく上玉が揃ってんじゃねェかよ!!大人しくしてろ!おれ達ァ泣く子も黙ると評判の"百獣海賊団"!良い子にしてりゃァ手荒な真似はしねェぜ、へへへっ♡』

 

 そう言って乗り込んできた男達は、"百獣海賊団"の中でも下っ端の中の下っ端であった。だが、たとえ下っ端であろうとも、"百獣海賊団"の一員であることに変わりは無く、この名を口にしただけで、たちまち男は顔面蒼白になり、女達は己の辿る運命に嘆き悲しむのである。

 

 だが、男達は一つ取り返しのつかないミスを既に犯していた。

 

『"百獣海賊団"?…アンタ知ってる?』

 

『知る訳ないべさ』

 

『族長様は?』

 

知る訳ねェだろ

 

『………………へっ?』

 

 外界の情報が届きにくい女鬼(めっき)島に住んでいたウズメ達にとって、"百獣海賊団"など当然知る由も無い。彼女達が唯一記憶に留めている海賊団は唯一つ、"ロジャー海賊団"のみなのだ。

 

『『『『はァ~~~!!?』』』』

 

 何だこの女達は?男達は啞然とした表情のまま、思考をシンクロさせる。

 

 おれ達は全員完全武装しているし、女達は見たところ全員が丸腰だ。局部を隠しただけの露出の激しい服装で、武器を隠し持っている様子もない。一歩踏み出して刀を振り下ろされれば、自分達の命は儚く散ると言うのに、女達は男達の前に平然と突っ立っていたのである。

 

 ──まるでお前達の事など、眼中に無いのだと言わんばかりに。

 

『ナ、ナメてんのかてめェら~~~!!!』

 

 なけなしのプライドを深く傷付けられた男達は、我を忘れて刀を抜き女達に斬り掛かる。が、その努力は全て無駄な行為でしかなかった。

 

『や、刃が…通らねェ!?』

 

『お、何だい何だい?随分とやる気になってるじゃないか♡』

 

『族長様~!こいつら食って良いの!?♡』

 

好きにしろ、ただ聞きてェ事があるから一人だけ残しとけ

 

 最早戦闘とすら呼べない戦闘が終わった頃には、男達は身包みを全て剥がされ帆柱(マスト)も何もない甲板に集められていた。海風に晒された肌を酷く震えさせ、己が辿る末路を想像して身を縮こませる。

 

 ──そして男達は、終わりなき快楽地獄へと突き落とされるのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

へェ~~"百獣のカイドウ"ねェ……強ェのかそいつは?

 

「つ、強ェなんてレベルじゃねェ!誰も殺せねェ生物だって噂だ!て、ていうかアンタらカイドウさんを知らねェって何処の田舎出身だ!?」

 

女鬼(めっき)島だが?

 

「聞いた事ねェよ!そんな島何処にあるッてんだ!?」

 

 最初に女に斬り掛かったリーダー格らしき男が、全裸で甲板に正座した状態でウズメからの質問に答えていた。

 

「あれ?……まだ二十発しか出してないのにィ…もう死んじゃったよ」

「だらしない男共だねェ…」

「死んだ男共はとっとと海に捨てちまいな!邪魔だよ!」

 

「……──ッ!」

 

 男の背後からは恐ろしい言葉の応酬が繰り返されており、その合間合間に何かが海に落ちる音が聞こえてきていた。振り返ってその音の正体を確認したい衝動に駆られたが、振り返る事は許されておらず、想像でしかその正体を探ることが出来ないでいる。

 

この周辺にゃあ島はねェのか?

 

「……ち、近くに無人島がある!水の補給でたまに立ち寄る島だ!ロ、記録指針(ログポース)もある!」

 

無人島か…もしかすっとその島に流れ着いてる可能性もあるか…?

 

「……?」

 

 質問が途切れ、肉と肉がぶつかり合うような音が背後から聞こえてくる。仲間達の声は既に無い。最初こそ下卑た笑い声が響いていたが、いつしかそんな声は届かなくなり、変わりに命乞いをする声へと変わっていった。

 

よォ~し、じゃあお前!

 

「は、はい!」

 

アタイ等をその島まで案内しな、そうしたら解放させてやるよ

 

「…?──わ、わかりやした!!」

 

 妙な言い回しだと感じたが、聞き返したりして変に機嫌を損ねてしまえば、折角の生き残れるチャンスを棒に振りかねない。男はいそいそと服を着て、持っていた記録指針(ログポース)で無人島への針路を確認しつつ、針路を指し示す。

 

「族長様?あの男は食っちゃダメ?」

まだ食い足りねェのかよ…島に着いたら食って良いぞ

「やったァ~~♡」

 

 男の背後でコソコソと交わされた会話は、幸か不幸か男の耳には届かなかった。振り返った甲板には仲間達の姿は無く、全裸のまま掃除を行う痴女集団しか存在しない。皆絶世の美女揃いで、一瞬視線を奪われ掛けたものの、鋼の精神で誘惑を振り払う。そうしなければ、仲間達と同じ末路を辿ることになるからだ。

 

 今まで好き勝手に略奪や強姦に明け暮れてきた男にとって、目と鼻の先に極上の裸体が跋扈する今の状況は、耐え難い苦痛を伴う拷問にも等しい状況であった。とっとと無人島まで案内して、そして急いで"鬼ヶ島"まで逃げよう。起きた事を全て報告すれば、きっとカイドウさんや幹部の方々が仲間の仇を取ってくれる筈。

 

 男はそれだけを心の拠り所にして、誘惑に必死に抗い続け、唯々無心に案内を続ける。

 

 そうして無人島を目指して航海すること約一日。ようやく辿り着いた無人島には先客が居たらしく、海岸には二隻の船が停泊していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おいミホーク!もっとルフィの話を聞かせろッ!」

 

「………先ほどから何度も言っているが、もうおれから話す事は何もない」

 

「無駄だぞ"鷹の目"…こうなったお頭にゃあ何言っても聞きゃあしねェ」

 

「………そのようだな」

 

「……うっ!……は、吐きそう」

 

「お、おい!ここで吐くなよお頭…!吐くなら向こうの茂みの奥で吐け……!!」

 

「おう…ちょっと行ってくる……うぷっ!」

 

 欝蒼としたジャングルの奥地で、複数の男達が宴を催していた。が、宴もたけなわな状況とは言い難く、殆どが二日酔いで屍を晒している状態である。何せ数日前から続いていた宴である。寧ろ今も意識を保ち、未だに酒を飲み続けているシャンクスとベックマン、ミホーク達の方が異常なのだ。

 

「……お頭もあんな調子だし、そろそろお開きだな」

 

「そうだな、おれも戻るとしよう…そろそろ海軍が怪しむ頃だ」

 

 "四皇"と"王下七武海"。

 

 両者は本来ならば敵同士の関係にある。"赤髪海賊団"と共にいる事が海軍に露見すれば、裏切り行為と見做され"王下七武海"の地位を剥奪される可能性が高い。

 

 尤も、そうなったらそうなったでミホークは喜んで歓迎するだろうが。

 

「ふう、吐いたらちったぁ楽になった……………──ん?おいおいミホーク!もう帰るのかッ?」

 

「長居し過ぎた、おれはもう行く」

 

「えェ~~~~!?」

 

「子供かアンタは……それにもう酒は残ってねェよ」

 

「なにィ!?」

 

 帰り支度を始めていたミホークを見るや否や、シャンクスは宴はこれからだろと言わんばかりの口調でミホークを引き留めようとする。が、残念なことに既に酒は残っていない。

 

「「「「お、お頭ァ~~~!!!」」」」

 

「「ん?」」

 

「………?」

 

 身支度を整えたミホークがその場を後にしようとした、その時であった。血相を変えて飛び込んできたのは、"赤髪海賊団"の船員達。此処まで全力で駆け抜けてきたようで、息切れが激しい。

 

「お、沖合に見た事ねェ変な船がッ!どうしますかッ!?」

 

「落ち着けよ、変な船ってのはどんな船だ?」

 

帆柱(マスト)も帆も何もねェんです!なのに真っ直ぐこの島まで向かってきてるッ!」

 

「───ッ!!」

 

 シャンクスが持っていた空っぽの酒瓶が地に落ち砕け散る。

 

「……ま、まさか………"男漁り"か……ッ!?」

 

 シャンクスの脳裏に"ロジャー海賊団"の見習い時代の記憶が蘇る。二十六年経った今でも、克明に覚えている、決して忘れられない記憶。

 

『ほらほら♡可愛い可愛い私の坊や♡……若いんだからまだまだ出るだろ?』

 

『さあこれをお飲み♡…うふふ♡心配するこたァないよ…元気になれるお薬だからさ♡』

 

『~~~~ッ♡……やっぱりアンタみたいな若い子と交わるの最高だわねッ♡』

 

 一句一句、何を言われ何をされたのかも全て覚えている。あの時に無理矢理飲まされた謎の薬の甘い味が、じわじわと口の中に広がり体中を駆け巡る感覚が蘇る。

 

「──こ、こうしちゃあいられねェ!!おい!出航だ!急げッ!!」

 

「お、おいおいどうしたんだシャンクス!お前らしくもねェ!」

 

 ぐっすりと夢の中に旅立っている幹部達に蹴りを入れて、次々と叩き起こしていく。普段の落ち着いた物腰柔らかな様子は微塵も見られない、こんなシャンクスを見るのはミホークは勿論として、ベックマンもこれほど取り乱した様子のシャンクスを見るのは初めてだ。報告しに来た船員達も、様子が一変したシャンクスを前にして困惑して動けずにいる。

 

「説明しろシャンクス!!その変な船がどうかしたのかッ!?」

 

 シャンクスの様子が変わったのは船員達の報告を受けてからだ、原因がその"変な船"にあるのは間違いない。

 

「は、話してる暇はねェ!!急いで出航しねェと………お……お……」 

 

「「「「「お………?」」」」」

 

 ベックマンとミホーク、そして叩き起こされた幹部達や船員達が、固唾を呑んでシャンクスの次の言葉を待つ。

 

「──犯されちまうッ!!!」

 

「「「「──はァ!?」」」」




一方その頃の麦わらの一味は…

・ローグタウンでルフィが処刑されそうになるも、突然の落雷で未遂に終わる。

・麦わらの一味、偉大なる航路に進出する。←今ココ







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第四話






((((………どっからどう見てもガキんちょにしか見えねェ))))

 

 それが"白ひげ海賊団"幹部達の総意であった。

 

 "ロジャーの娘"を保護したなどとマルコが言うもんだから興味本位で見に来たものの、その興味は急速に失われつつあった。面倒見の良いマルコだったからこそ相手をしていたようだが、もし拾っていたのが他の幹部達であったならば、一笑に付して聞く耳を持つことはしなかったろう。

 

「おいハナッタレの小娘、おめェの言う"ろじゃー"ってェのはどんな男だ?」

 

ハナッタレとは何じゃ!?儂の名はサクヤじゃ!覚えておけッ!

 

「威勢はロジャーの奴にソックリなんだがなァ……」

 

 確かに肝っ玉が据わっているのは認めるべきだろう。幹部である隊長達に加え、大海賊"白ひげ"を前にしておきながら全く怖気付いた様子が微塵も見られないのだから。その点だけで言えば、時には死闘を演じ、時には交流を深めた、かの"海賊王"を彷彿とさせるのは確かであった。

 

んな!?ち、父上を知っとるのかッ!?

 

「おれが知る"ロジャー"とハナッタレの言う"ろじゃー"が同一人物なのかは分からねェがな………グララララ」

 

ハナッタレではないと何度言わせるんじゃこのジジイッ!!

 

((((オヤジが怖くねェのかこのチビッ子!?))))

 

 実際にロジャー本人から聞かされていたからこそ、"ロジャーの娘"と名乗る人物が現れても大して動揺する事は無かった"白ひげ"だが、いざ実物を目の当たりにすると、サシで酒盛りした日に聞いた話は冗談だったのかと疑いたくもなる。

 

 こんな幼女(ちんちくりん)が出てくるとは思ってもみなかったのだ。

 

『そういやァ面白ェ女に出会ったんだよニューゲートッ!女鬼(めっき)島のウズメって女なんだがなッ!』

 

女鬼(めっき)島だァ?……聞いた事ねェ名だな』

 

『年がら年中嵐に囲まれてる島でな、その島に住んでた女共がこりゃまたえらく強かったんだ!!』

 

『負けたのか?』

 

『おれが負ける訳ねェだろバカ野郎!!』

 

『だろうな……それでどうしたってんだ?わざわざ話したからにはなんかあるんだろう?』

 

『おうッ!しこたまヤりまくってきた!!』

 

『は?』

 

『今頃はおれ達の子供が山ほど産まれてるだろうよ!おでんの子は何人いるか分かったもんじゃねェぞ!』

 

『何してやがんだあのバカ弟は……それにおれに挨拶もしねェでワノ国に帰りやがって……てめェの所為だぞロジャー!』

 

『良いじゃねェか別に!それでよ、おれの相手はウズメだったんだが…ありゃあ良い女だぜ!強かったしな!きっとおれに似た強い子を産んでる筈だ!』

 

『さらっと流しやがったなこいつ……』

 

『興味あるか?行き方を教えてやるぞ?お前ほど強い男なら歓迎してくれると思うぜ』

 

『興味ねェ、聞いても行かねェよ』

 

『何だイ〇ポか?』

 

『ブチ殺すぞてめェ!!』

 

 あの酒盛りから既に二十五年程の年月が経過している。ロジャーがいつ女鬼(めっき)島に上陸したのかは定かではないが、もし本当に"ロジャーの娘"という存在が居るならば、二十五歳以上であるのは確実だ。

 見た目は完全に幼女(ちんちくりん)だが…聞くだけならタダだとして、"白ひげ"はサクヤへ最も聞きたかった質問を投げ掛ける。

 

「おい幼女(ちんちくりん)、てめェの歳はいくつだ?」

 

こ、今度はちんちくりんじゃと!?馬鹿にしおってェ~~!!

 

「答えてくれりゃあロジャーについて詳しく教えてやる」

 

二十六!!

 

((((素直!!……って、えッ!?二十六!!?))))

 

グララララ!

 

 もうここまでくれば正解は出たようなものだ。"見聞色"で探りを入れてみても、嘘を言っているような気配も感じられない。寧ろ、見ればわかるだろう?何言ってんだおまえ?と言わんばかりの自信満々な感情が読み取れる。幼女達の一族では、二十六歳はまだまだケツの青い子供であるらしい。

 

 こうまで状況証拠が揃ったとなれば、最早疑いようもないだろう。"白ひげ"は確信を持ちつつ、未だ驚いたまま固まっている息子達にも分かるように、続けてサクヤへと問い掛ける。

 

「どうやら間違いなさそうだな……おいサクヤ(・・・)、おめェ女鬼(めっき)島から来たんだろ?」

 

そ、そうじゃ!!女鬼(めっき)島を知っておるのかジジイッ!?

 

「ああ、お前の父親から聞いた。母親がウズメって女だって事もな」

 

お、おォ~~~~!!じゃ、じゃあ──ッ!

 

 まさか外界に自分の存在を知っていて、偉大なる父は当然としても、まさか母の名前まで知っている者がいるとは思ってもいなかった。サクヤは只々驚く事しか出来ず、この男なら父の行方を知っているのではないかと、興奮冷めやらぬ中そう思い至る。

 

 男は軟弱で子種を吐き出すしか能のない弱者という、女鬼(めっき)族の価値観を丸ごと塗り替えた伝説の男達。そんな偉大な男を父に持つサクヤ達にとっては、まさしく"ロジャー海賊団"は誇りそのものなのだ。

 

 もし叶うならば、一目だけでも見てみたい。その願いは、サクヤを始めとした"ロジャー海賊団"を父に持つ子供達全員が抱いている願いでもある。

 

 あと一歩。

 

 目の前の男は、きっと父の居場所を知っている。行方を問う言葉を投げ掛けさえすれば、父が何処にいるのかが判明する。そう確信したサクヤは意を決して、"白ひげ"に父の居場所を問うべく口を開いた。

 

ち、父上は!父上は今何処におるのじゃ!?知っておるのじゃろう!?教えてくれ!

「…ロジャーは死んだ」

 

………………………………………………………………………えっ?

 

 だが戻ってきた返事は、サクヤが最もあり得ない可能性だと除外していた言葉であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

……さて、やるかね

 

 船を降りて海岸に上陸したウズメはまず真っ先にサクヤの慣れ親しんだ気配と、先客の実力及び人数を把握するべく、"見聞色"で島全体を覆い尽くして隅々まで調べ上げることから始めた。

 

なかなか骨のありそうな男共が居やがるな……

 

 残念ながらサクヤの気配は感じられなかったが、島の中央に複数の強い気配が纏まっているのを感知した。そして驚いた事に、その内の二人は自身に匹敵乃至凌駕する程の実力を持っている事までも判明したのである。この事実に、ウズメは警戒心を強めていく。すぐ傍の密林にも何人か隠れているようだが、特に強い気配もしなかった為、ウズメは無視する事にした。

 

「は、はなせェ~~!話が違うじゃねェか!!」

「えェ~~?嘘は言ってないわよ、『解放させてやる』って言ったじゃない♡」

「フザけんな!そっちの意味での解放じゃねェ!!や、やめ───あああぁぁぁ~~~ッ♡♡♡」

 

 上陸するや否や、ここぞとばかりに逃げ出そうとした男だったが、逃走劇は僅か数秒で呆気無く終わりを告げた。その場で服を引ん剝かれスッポンポンにされた男の姿は、小麦色に焼けた裸体を惜し気も無く晒した女達に押し倒され、あっという間に見えなくなっていく。

 

(((((えェ~~~~~~…………)))))

 

 密林の茂みに隠れてコソコソと様子を窺っていた"赤髪海賊団"の船員達は、その一部始終を見て盛大にドン引きしていた。確かに傍から見れば羨ましいとも思える場面だが、明らかに嫌がっている男の態度を顧みると、とてもそうは思えなかったのだ。

 

 あれは多分捕まったら最後、死ぬまで搾り取られる奴だ。

 

「お、おいどうすりゃあ良いんだ?このまま監視すんのか?」

「それしかねェだろ!お頭達が来るまで見張ってるんだ!」

「さっきの男みてェに襲われたらどうすんだよッ!?」

「そ、そんときゃあ……出すもん出して往生するか……?」

 

「「「笑えねェよバカ野郎ッ!!!」」」

 

「ん?」

 

「「「あ……す、すいませんでしたァーーーーーッ!!!」」」

 

 アラバスタ王国最速の動物と言われる"超カルガモ部隊"に負けずとも劣らない速度で、"赤髪海賊団"の船員達がすたこらさっさと逃げていく。恐らく逃げた男達は下っ端なのだろう、行き先は島の中心部のようで、自分達では敵わないと見て中心部に居る強い男達に助けを請いに行ったと思われる。

 

「族長様~、追わなくて良いの?」

 

ほっとけ。船はアタイ等が抑えてんだ、どの道逃げられやしねェ

 

 向こうの男連中が何かしらのアクションを見せるまで、ウズメは一先ず夜営の準備をしておけと女達に命令し、男達が乗ってきたであろう二隻の船の方へ歩いていく。

 

 船首に竜を象ったキャラベル船。名は"レッド・フォース号"……"赤髪海賊団"の船である。

 

……アタイの干渉を突っぱねやがったのはお前で二隻目だよ

 

 先程の"百獣海賊団"の船は問題なく破壊し海に沈める事が出来たのだが、この船を破壊する事は叶わなかった。二十六年前のロジャーの時もそうだった。何か良く分からない力に"フネフネの実"の干渉を妨害されて、結局引っ張る事しか出来なかったのだ。

 

(確か…おでんとか言う益荒男が面白れェ話をしてたな…)

 

 二十六年前。出航前夜の宴の場でその話をしたら、一人で数十人の女の相手をした光月おでんという男が面白い話をしていたのを思い出す。

 

『大切にされた物や道具には神が宿るって話だ。"オーロ・ジャクソン号"もそうなんじゃねェか?』

 

 その話を聞いた時、ウズメは馬鹿馬鹿しいと言って聞く耳を持たなかったが、流石に一度ならず二度までも破壊出来ない船に遭遇したとなれば、否が応でも認めざるを得ないだろう。

 

いざとなりゃあ人質にしようと思ってたが、しょうがねェか……んで問題はこいつなんだよなァ………

 

 ウズメは"レッド・フォース号"から視線を移動させ、傍らにプカプカと浮かぶ物体を見る。

 

 何処からどう見ても棺である。

 

 否、正確に言えば"棺を模した小舟"が正しいかもしれない。

 

 帆は黒く、帆柱(マスト)は十字架を模した造りのものが一本。船内には二本の巨大な蝋燭、そして棺らしき物体と椅子があるのみ、もしかすると棺の中に食糧等が入ってるのかもしれないが。どちらにせよこんな小舟で海に出る持ち主の気が知れない。

 

………ダメだな、ちっとも反応しやがらねェ

 

 名前から察する通り、"フネフネの実"は船に関する事ならば大抵の事は何でも出来る。破壊するのも海に沈めるのも解体するのも動かすのも全てが自由自在なのだ。流石に宙に浮かせるのは不可能だが。

 

 しかしそれを発揮する為には、能力者本人がこれは"船"だと強く認識しておかなくてはならない。ほんの少しでも、『いや、これは船じゃないだろ棺だろ』と思ってしまえば、"フネフネの実"は途端にそっぽを向いて一切何も反応しなくなってしまうのだ。

 

 "フネフネの実"唯一の明確な弱点だと言えるが、実際のところ今回のような特異な船と遭遇すること自体稀有なので、あまり気にする必要は無いと考えても良いかもしれないが。

 

「族長様~~男達がこっちに向かってきてるよ」

 

あァ分かった…さてどんな男共が出てくるかねェ

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時刻は黄昏れ時に差し掛かる。

 

 干乾びて骸を晒すスッポンポン男さえ居なければ、一枚の写真に収めて額縁に入れて飾りたい程に、茜色に染まった美しい砂浜が広がっている。その砂浜ではサクヤと同い年の複数の幼女達が砂遊びをして遊んでおり、母親らしき女達の指導の元、精魂込めて作ったであろう立派なオブジェを見て満足気に頬を染めていた。

 

 茜色に染まった美しい砂浜に、黒光りする立派な砂の男根がそそり勃つ。

 

「「「「子供になんてもん作らせてんだてめェら!!!?」」」」

 

 砂浜へぞろぞろと姿を現した"赤髪海賊団"の面々が、条件反射的に総ツッコミを入れる。その声に反応して、幼女達の砂遊びを見守っていた女達が"赤髪海賊団"の前に集まってくる。幼女達は砂遊びの手を止めて、興味深そうに成り行きを見守っている。

 

「あのドレッドヘアーの男、私好みかも♡」

「私はオールバックの男かなぁ…♡」

「あの入れ墨グラサンはオレが貰うぜッ!」

「じゃ~~……ウチはお肉食べてる子にしよっと♡」

 

「……本当に男とヤる事しか考えてねェんだな」

 

「だから言っただろうが…ッ!」

 

 集まってきた女達が自分達を舌なめずりしながら品定めしているのを見て、ベックマンは苦虫を噛み潰したような顏でそう口にした。道中でシャンクスから件の女鬼(めっき)族の話は聞いていたが、まさか出会い頭に男の品評会を始めるまでとは思っていなかったのだ。

 

「よし行けベックマン!お前の自慢の頭脳で女達を追っ払えッ!」

 

「分かった!分かったから押すなシャンクスッ!」

 

 女たちの前にグイグイと己の右腕である副船長ベン・ベックマンを、まるで生贄にでも捧げるかのように残った己の右腕で押し出していく。それでもベックマンの背後にピッタリと張り付いて着いてきているところを見ると、一応は一蓮托生の思いを抱いているのだろう。

 

……?──アンタが船長か?

 

 シャンクスに押されながら前に出て来たベックマンにウズメが問い掛けた。

 

「あァ~~…いやおれは船長じゃねェんだが…」

 

 予想していた男とは違う男が出て来た事に、ウズメは訝しげにベックマンに視線を注ぐ。この男も相当強いようだが、それでも先ほど感知した二人には及ばない。ウズメは男の背後に引っ付いてコソコソと此方を覗いているシャンクスに視線を向けた。

 

(…何で隠れてんだ?)

 

 二人の内の一人がこの男であるのは間違いない。もう一人は集団の隅の方で腕を組み、射殺すような視線で此方を観察している。男連中から一歩離れて成り行きを静観しているところを見ると、恐らくはあの男が薄気味悪い小舟の持ち主なのだろう。

 

(……あの頃とちっとも変わってねェな、歳取らねェのか?)

 

 二十六年も経過していれば顔の一つ位忘れていても不思議ではないのだが、シャンクスの脳裏に刻み込まれた記憶(トラウマ)は未だに消えることは無く、自分を犯した女は勿論としてウズメの顔もハッキリと覚えていた。

 

 しかし、及び腰ながらも記憶(トラウマ)の元凶となった女達と相対出来るぐらいには快復しているようである。左腕を失うという事故こそあったものの、東の海(イーストブルー)で平穏な時を過ごし、酒場の若い女店主に世話になったお陰だろうか。

 

「それでアンタらはどうしてこの島に?見て分かる通り、この島には何もねェが…………」

 

娘を探していてな、あっちの子供達と同じぐらいの背丈のアタイの娘さ。この島に上陸してんじゃないかと思ったんだが…見てねェか?

 

「いや、見てねェな…此処数日はこの島に滞在しているが、子供が流れ着いたって報告も受けてねェ」

 

…嘘はついてねェみたいだな

 

 今にも男に飛び掛かりそうにウズウズしている女達を抑えつつ、ウズメはベックマンから極々平和的な方法で情報を引き出すことにした。事前に"見聞色"で実力を測っていたからある程度把握出来ていたが、実際にこうして相対すると少しばかり上方修正が必要だと認識を改めたからだ。

 

 この男達は強い。

 

 ウズメとしても負けるつもりは毛頭ないが、それでも戦闘に発展すれば相応の被害を受けるのは間違いないだろう。もしそうなれば、最早娘を探すどころの話ではなくなってしまう。あくまで優先事項はサクヤの確保にあり、そのついでに女達にガス抜きの為に"男漁り"をさせているだけに過ぎないのである。

 

(記憶を読み取ったのか…?いやそうだとしたらシャンクスに反応しねェのはおかしい…感情の機微を読み取って嘘かどうか見抜いたってところか)

 

 対してベックマンも、冷静にこの状況を分析していた。

 

 シャンクスの話では、二十六年前は"海賊王"に完敗していたとのことだが、それでも真正面から殴り合って"海賊王"にかすり傷程度の傷を負わせていたと言う。その時点でとんでもない化け物だと断言出来るが、二十六年経った現在、どのぐらいの成長を遂げているか未知数…少なくとも"四皇"と同格と見て間違いないのは確かだ。

 

(……敵対するのは得策じゃねェな)

 

 "見聞色"で見る限り、他の女達もかなりの実力者であることが窺える。"赤髪海賊団"の幹部には少々劣るようだが、末端の船員まで含めるとなると平均アベレージは向こうの方が上。"覇気"も当然の如く習得していると見て良いだろう、幼女達が造り上げた例の黒光りする砂のオブジェ…驚いたことに"武装色"でコーティングされているのだ。

 

 幼女達で相当なレベルの"武装色"を習得しているのだ、指導する立場である女達の"覇気"のレベルの高さも相当なものだろう。波に攫われても平然と聳え立つ黒光りする砂の男根がそれを如実に物語っている。

 

「………なァ娘を探してるって言ってたが…そりゃァもしかしてロジャー船長の娘か?」

 

ん?お前ロジャーを知ってんのか?

 

 恐る恐ると言った様子でシャンクスが前に出る。ウズメ本人が女達を抑えていると分かったからか、相変わらず及び腰のままではあるが、それでも船長としての責務を全うする為に勇気を振り絞って前に出る。

 

「…あァ、二十六年前の時におれも乗ってたからな……」

 

んんんん??言われてみりゃあその赤髪…見た記憶があるな

 

 正面に立つシャンクスをまじまじと見つめるウズメ。しかし記憶の中の二十六年前の"ロジャー海賊団"の面々とシャンクスを見比べていくが、なかなか一致する男が出てこない。

 

「…ん?あれアンタ……あの時の子じゃないかい?」

 

「──げっ………」

 

 そうして思い出そうと頭を悩ませていたウズメの後方から、シャンクスの事を思い出したであろう女が声を掛ける。

 

「あらあらまぁまぁ…随分と大きくなっちゃって………………時ってのは残酷だわねェ」

 

「それはてめェだけだ!!!」

 

おォ~~サギリの相手してたチビッ子か!?大きくなったから分かんなかったぜ!

 

 なるほどこりゃ分からん訳だと、ウズメは納得する。当時のシャンクスはまだ小さく、成長期を迎える前の年頃だったのだ。左目に走る三本の傷、無精髭、一端の男としての貫禄と風格を備えた今のシャンクスと比べても、分からないのも無理はない。

 

 当時、シャンクスを犯し尽くしたサギリと言う女でも思い出すのに時間が掛かったのだ。"赤髪海賊団"が砂浜に姿を見せた時に、ざっと観察して自分好みの男が見つからなくて興味を失い見向きもしなくなったのが理由とかではない。多分。

 

「ククリ~!こっちに来なッ!」

 

 小さい頃のシャンクスにトラウマを刻み込んだサギリと言う女が、複数いる幼女達の中から一人の幼女を呼ぶ。

 

「…………ま、まさか」

 

 その幼女の正体に心当たりがありすぎるシャンクスが、顔を引き攣らせながら一歩二歩と後退る。名前を呼ばれ、此方に走ってくる幼女の特徴的な赤い髪、顔立ちも心なしか自分に似ているような気さえする。こうも外見的特徴が一致していると、最早疑いようも無い。シャンクスは幼女が走ってくる光景を只々眺めている事しか出来ない。

 

「おい、あのチビッ子もしかして………」

「あァ…こりゃァたまげたぜ……」

「母親似だが…お頭の面影も少しあるな……」

「髪だけは見事にお頭の遺伝子に染まってやがる……」

 

呼んだかオフクロ!!

 

 サギリと言う女の前に立ち止まった幼女がキラキラとした瞳でシャンクスを見上げている。自分と同じ赤い髪の男に興味津々な御様子だ。わざわざ母が呼んだということは、間違いなくこの男は自分に関係のある男、それを直感で悟った幼女の心は期待に満ち溢れていた。

 

 そして、決定的な一言が、サギリの口から発せられた。

 

「アンタの子だよ!!」

 

「そうだと思ったよ!!!」




一方その頃の麦わらの一味は…

・ウィスキーピークでゾロがバロックワークス相手に百人斬りを達成する。

・ウィスキーピークでルフィとゾロが本気の勝負をする。巻き込まれてウィスキーピークが崩壊。

・ウィスキーピークでビビが麦わらの一味に一時加わる。←今ココ。


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第五話

 夜の帳が下り満天の星が降り注ぐ砂浜に、至る場所から楽しげな笑い声が木霊する。"百獣海賊団"から奪い取った酒と食糧を片手に、"赤髪海賊団"と女鬼(めっき)族の女達による盛大な宴が開催されていた。

 

 "赤髪のシャンクス"

 

 今ではそう呼ばれ恐れられているこの男が、二十六年前に訪れた"ロジャー海賊団"の船員だった事実が判明してからというもの、両者の間に燻っていた戦闘の火種は完全に消え去ったのである。

 

なぁなぁオヤジ!ロジャー海賊団の話を聞かせてくれよ!

 

「お、おう……そうだな…じゃあ見習いだった頃の話でもするか?」

 

おぉ~!聞きたい聞きたい!

 

「オレも聞きたいぞ!」

「ククリばっかりずるい!」

「あたしの父ちゃんの事も教えてよ!」

「ウチのおやっさんもだ!」

 

「お、落ち着けお前ら!心配しなくても話してやる!」

 

 娘を膝に乗せて焚き火の前に座るシャンクスの周囲には、"ロジャー海賊団"の話を聞きたがった幼女達が群がるように集まり、笑いあり涙ありの"ロジャー海賊団冒険物語"が今し方始まったところであった。

 

 その周囲では幼女達の母親達と"赤髪海賊団"の男達が思い思いに寛いで談笑しており、意気投合でもしたのか、時折男女のペアがフラッと密林の奥か、または女鬼(めっき)族の船へ消える場面が垣間見える。

 

 人気のない場所へ消えていった彼等は、一夜限りの恋の冒険(アバンチュール)へと旅立とうとしているようだ。その内容は当人達だけの秘密だが、やがて生まれた愛(?)の結晶に語り継がれる日が来るやもしれない。

 

 ウズメが女達に『同意の上でならヤッても良いが、搾り取りすぎんなよ』と厳命していたのを見て、シャンクス達は特に心配する事も無く船員達を見送ることにした。死ぬのも生きるのも、何をやるにしても自由をモットーとする彼等だが、流石に腹上死だけは御免だっただけのこと。その心配が無くなったのなら、この極上の女達の誘いを受けるのも吝かではないのだ。

 

 彼等とて男、戦闘後の昂った躰の火照りを覚ましにその手の店に行くこともあるし、行きずりの女と同意の上で行為に至る事もある。腹上死する危険性が無くなった今、ならばヤる事は一つだろう。

 

 そうと決まれば善は急げだ。度重なる女達の誘惑によって溜まりに溜まった劣情を発散するべく、船員達は好みの女に声を掛け宵闇の中へと姿を消していくのであった。

 

…ふむ、今んとこ娘を保護している可能性が高ェのは"白ひげ海賊団"…次点で昨日襲ってきやがった"百獣海賊団"って訳か

 

「ああ。この辺りは両者のナワバリが隣接する危険海域だからな、拾われてるとすりゃァ…どちらかだろうよ」

 

 ウズメとベックマンが周辺海域について詳しく話し込んでいる。

 

 この広い大海原、闇雲に探し回ってもサクヤを見付けられる可能性は限りなく低い。加えて"新世界"は"四皇"のナワバリが其処彼処に張り巡らされており、何も知らずに侵入でもすれば争いは避けられず、下手をすれば全滅する可能性も考えられた。その可能性を少しでも減らす為に、ウズメはこうしてベックマンから出来る限りの情報を聞き出していた。

 

「"白ひげ海賊団"なら手厚く保護してくれると見て良い、カタギにゃァ絶対に手は出さねェからな」

 

 任侠に厚い"白ひげ海賊団"がサクヤを拾っていれば、少なくとも殺される心配は無い。ナワバリ内の島々をパトロールし他の海賊の脅威から守ってくれるだけでなく、みかじめ料も極めて良心的。"世界政府"に加盟出来ない国々から、ナワバリに加えてくれと頼み込んでくるほどに人気も高い。

 

「対して"百獣海賊団"だが…こっちァ最悪の連中だ」

 

確か…"百獣のカイドウ"って奴がリーダーだったか…どんな連中だ?

 

「ナワバリ内の島でも略奪は当たり前の血の気の多い連中だ。気に入らなけりゃァ島ごと滅ぼしたりもする…もしあいつらに拾われちまってたら…あんたにゃァ悪いが諦めた方が良いかもしれねェぞ」

 

…そこらの男に負けるほど柔な鍛え方はしてねェよ、心配いらねェさ

 

 もしサクヤが"百獣海賊団"に拾われていれば、連れていかれる先はワノ国の"花の都"か、"百獣海賊団"の本拠地である"鬼ヶ島"のどちらかだとベックマンは言う。どちらにせよ、ワノ国は四方を巨大な滝と特殊な海流に囲まれた難攻不落の天然の要塞だ。辿り着くだけでも一苦労で、更にその先に待ち構えるのは"百獣海賊団"。おいそれと手を出すには、些か面倒すぎる相手だった。

 

……先ずは"白ひげ海賊団"の方を当たってみるか

 

 一先ず、"四皇"の中でも穏健派と称される"白ひげ海賊団"に接触し、娘の有無を確かめるのが先決だろうか。戦闘の意思はないと示しさえすれば話し合いの席は設けてくれるとのことだし、もし娘が居なかったとしても次の目標である"百獣海賊団"の詳しい情報も入手出来る可能性もある。

 

「ならおれ達と一緒に行くか?今新入りに手紙を預けて白ひげんとこに行かせてんだが……それの返答次第でおれ達も動く予定だ」

 

なんだ敵対してるんじゃねェのか?新入り行かせて大丈夫なのかよ?

 

「敵ではあるがな、流石にそんな真似するほど耄碌はしてねェだろう。ま、動くとしても新入りが戻ってきてからの話だが…どうする?待てねェってんなら先に動いても構わねェが…」

 

…ふむ

 

 ある程度の情報は手に入れたことだし、すぐにでも娘を探しに動きたいところではある。

 

 しかし、女鬼(めっき)族は今回の船出が初めての航海である。しかも、本来ならば四方の穏やかな海で航海の基礎を学ぶべきところを、彼女達は熟練した航海士でも予測が難しい"新世界"でのぶっつけ本番の初航海を余儀なくされているのだ。"新世界"特有の突飛な天候に見舞われる中、何事もないように船を操作していたウズメだが、表面には出ずとも若干の疲労が己の中に蓄積しているのを感じ取っていた。

 

アンタ達と動いた方が良さそうだな…ワリィがもう暫く世話になるぜ

 

「分かった、お頭にはおれから伝えておこう……っと噂をすればなんとやら、だな」

 

「ふう、漸く解放されたぞ…おいベックマン、酒はまだ残ってるか?」

 

「ほらよッ」

 

 ベックマンが残しておいた酒を受け取り、口で器用にコルクを抜き取り浴びるように飲み始める。気のせいでなければ出会った時には既に二日酔いだった気がするが、この男の血液には酒でも流れているのかと、ウズメは呆れた様子でシャンクスを見ていた。

 

「話は終わったんだろう?どうするんだ?」

 

慣れない航海で疲れが溜まっちまってるみてェでな、休息がてらアンタ達と一緒に行動させてもらおうと思ってるよ

 

「……へェ~アンタ等でも疲れる時はあるんだな」

 

当たりめェだろ、お前はアタイ等を何だと思ってんだ?

 

 だってなぁ…とシャンクスは視線を周囲に走らせる。ウズメとベックマンもつられて視線を向けると、いつの間にか自分達以外の姿が見られないことに気付いた。唯一姿が見られたのは先程までシャンクスに群がっていた幼女達のみで、満足気な表情で皆仲良くオネンネしている。きっと今頃は夢の中で"ロジャー海賊団"の冒険に同行している頃だろう。

 

 どうやら幹部達も含めた全ての船員と女達が、一夜限りの恋の冒険(アバンチュール)へと旅立ってしまったらしい。

 

「ほらほらァ~♡♡まだ動けるでしょ♡♡」

「当たり前だッ!海の男を…なめんじゃねェ!」

「ヘェ~やるじゃないアンタ♡♡じゃあもうちょっと頑張ろっか♡♡」

「も、もう限界なんだが……」

「~~ッ♡♡♡」

「た、助け──ぁぁぁッ♡♡♡」

 

 先程までの喧騒が嘘のように静まり、周囲に響き渡るのは寄せては返す波の音色と、嬌声を上げる女と荒々しい息遣いの男達のみ。幹部連中はまだまだ余裕がありそうだが、船員達の旗色は随分と悪いようだ。

 

「「大丈夫かあいつら」」

 

おまえ等はヤらねェのか?好みに合う女がいなかったか?

 

「……おれ達の事は気にしなくていい、ほっとけ」

 

何だイ〇ポか?

 

「「ちげェよ!張っ倒すぞてめェ!!」」

 

仲良いじゃねェか、ホモか?

 

「「もう黙ってろ!!」」

 

 こうして夜は更けていき、名もなき無人島はその一日を終えるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 

「………おかしい」

 

 双眼鏡を覗き込んで周囲を注意深く見渡していた、真っ赤な髪を逆立てている男がそう呟いた。

 

 大事な手紙を預かり、張り切って海に出ること早数日。既に"白ひげ海賊団"のナワバリに入って久しいにも拘らず、未だに彼らはその姿を見せていない。ナワバリに入ればパトロール船にすぐさま察知され、あっという間に迎撃に飛んでくると男は聞いていたのだが…その気配はまるで皆無であった。

 

「針路を間違えたって訳じゃあねェしな……」

 

 記録指針(ログポース)と海図を何度も見比べてみても、今いる海域が"白ひげ海賊団"のナワバリ内であるのは間違っていない。『一週間以内に終わらせますよ!』と大見得を切って飛び出してきた為、当然食糧は一週間分しか備蓄しておらず、既に半分以上を消費してしまっている状況だ。このままでは帰路に付く頃には底をついてしまっているだろう。

 

「…しょうがねェ、食糧を切り詰めるしかねェな」

 

 一日の食事の回数を三回から二回に減らして、なんとか合流するまでの日数を確保する。既にどれだけ急いでも一週間以内での達成は不可能となってしまったが、それでも己を信じて大事な手紙を預けてくれたお頭の信頼に応える為に、男はこの大仕事は必ずやり遂げなくてはならないと気合を入れ直すのであった。

 

 そして翌日の昼下がり。

 

 "赤髪海賊団"に入ってまだ間もない新入りであるロックスターを捕捉し保護したのは、急用で本船に合流した全隊長達に変わってパトロールを担当していた傘下の海賊の一人、"大渦蜘蛛"スクアードと彼が率いる"大渦蜘蛛海賊団"であった。

 

「アンタ、"白ひげ海賊団"のモンか?おれァ"赤髪海賊団"のロックスターってんだが…"白ひげ"への大事な手紙を預かってる。……悪ィんだが、本人のとこまで案内してくれねェか」

 

 スクアードの"レアルスパイダー号"に、乗って来た小舟と共に引き上げられたロックスターは早速己に課せられた大仕事を全うすべく、"赤髪海賊団"の使者であることと手紙を預かっていることをスクアードに伝える。

 

「"赤髪"の?…………少し待ってろ、オヤジに連絡を取る」

 

 船に乗るや否や、不遜な態度で喋り始めた男に若干の苛立ちを覚えたスクアードだったが、ロックスターと名乗る男の口から飛び出たビッグネームには流石に反応せざるを得なかった。男の名前に聞き覚えはないが、無下に扱って良い客でないのは確かだろう。

 

 電伝虫での連絡は海軍や他の海賊に傍受される心配があるが、背に腹は代えられない。盗聴妨害の念波を飛ばす白電伝虫でもいれば電伝虫に接続して電話するところなのだが、滅多に見られない希少種であるため入手したくても出来ないのが実情である。当然、スクアードも持ち合わせていなかった。

 

プルルルルル……プルルルルル……──こ、こちらモビー・ディック!済まねェが今手を離せねェ!要件なら後で──うおッ!!?』

 

『そっち行ったぞォ!!取り押さえろ!!』

『気ィ失った若ェモンは下がらせろ!!危ねェよい!!』

『とんでもないお嬢さんだなッ!!』

大の大人共が寄ってたかって嘘を吐きおってッ!!儂を騙して何が楽しいのじゃ!!

 

 電話先は随分と慌てた様子であった。電話に出た船員の背後からは怒号が響いており、上手く聞き取る事は出来なかったが、聞き覚えのない女の声や隊長達の切羽詰まった叫び声が聞こえてきていた。まさかとは思うが、他の海賊から襲撃でも受けているのだろうか?

 

「お、おい!?随分と慌ててるみてェだが…大丈夫か?!襲撃かッ!?」

 

『サクヤ…!信じたくねェ気持ちは分かるがな……あの男はもうこの世の何処にも居ねェんだよ!』

『おめェが産まれて二年後に!ロジャーは死んだんだよい!!』

……──う、五月蠅い五月蠅い五月蠅い!そんな嘘!聞きとうないッ!!

『──ッ!…………とんでもねェ"覇気"放ちやがって…親譲りって訳かァ?』

 

『済まんが切──………………ツーツーツー……

 

 電話口の船員の声が途切れ、僅かな物音と共に通話が切られてしまった。恐らく原因は"新世界"に拠点を置く海賊なら誰もが知る力、"覇王色"の覇気によるものだと思われる。微かに聞こえたオヤジらしき声の持ち主もそう言っているから恐らくそうだろう。

 

 そんな大それた力を持つ海賊など、この広い"新世界"と言えど極一部の強者に限られる。オヤジと同じ"四皇"に名を連ねる海賊共か…またはその幹部達か。

 

(まさか…"百獣海賊団"の奴等!監視の目が途切れた一瞬の隙を狙って本船を強襲したってェのか!?)

 

 あり得る話だ。

 

 "百獣海賊団"のナワバリは目と鼻の先にある。監視の目が無くなった一瞬の隙を突いて一直線に本船を目指せば、たった数日で辿り着ける距離なのだ。しかし、それを可能とするには"白ひげ海賊団"の内部情報を詳しく知っておく必要がある。

 

(……まさか内通者がいやがるのかッ!?)

 

 あり得る話だ。

 

 内通者によってパトロールの要であった全隊長を本船に集結させ、監視の目が緩んだ一瞬の隙を突く作戦。全隊長を一箇所に集結させてしまうデメリットこそあるが、逆に考えれば一網打尽にするチャンスでもある。それを殲滅可能と見たからこそ、"百獣海賊団"は動いたのだ。

 

 最悪の光景がスクアードの脳裏をよぎる。

 

「……──急いで本船に戻るぞッ!!!他の海賊にも連絡を取れッ!!!オヤジが危ねェ!!」

 

 傘下の海賊団全てにオヤジの元へ急行しろと連絡しつつ、スクアード達も本船へ向かうべく舵を切る。"赤髪海賊団"の使者を降ろすべきか一瞬判断に迷ったスクアードだったが、どうせ目的地は一緒なのだからこのまま乗せていくべきだと結論を出した。見たところ大した実力もなさそうだし、万が一暴れても自分一人で制圧出来ると考えての結論である。

 

(随分と慌ただしくなったな……それほどこの手紙が重要だってェのか?…そんな大事な手紙をお頭はおれに……ッ!!)

 

 突如慌ただしくなった船の雰囲気に気圧されたのか若干の動揺が見て取れるロックスターだったが、それでも不遜な態度を崩す素振りは見せない辺り、大物と言っても良いのかもしれない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ロジャーの娘!いい加減暴れるのをやめろッ!!」

 

黙れ嘘吐き共めッ!もうお主等には頼らぬ!儂一人で父を探すッ!

 

 十六番隊隊長イゾウが二丁拳銃でサクヤを牽制しつつ立ち回る。決して銃弾を当てるような真似はしない、なるべく傷をつけずに無力化しろとの命令が"白ひげ"本人から出されたからだ。

 

「イゾウ!こっちに追い込め!捕まえる!!」

 

「頼む!」

 

し、しまった!追い込まれたッ!!

 

 イゾウと連携を合わせてサクヤを袋小路へ追い込んだ九番隊隊長ブレンハイムが、サクヤを捕らえんとその巨体で以って押し迫る。万が一隙間を抜けられたとしても、後方は残りの隊長達で固められており、既にサクヤの逃げ場はなかった。

 

「観念しろロジャーの娘!鬼ごっこは終わりだ!」

 

わ、儂を捕まえてどうするつもりじゃ!?食うつもりか!?

 

「「「「んな訳あるかァ!!」」」」

 

「頭に血が上ったその状態じゃあオチオチ話も出来やしねェ…暫く独房で頭ァ冷やすんだな」

 

独房じゃとッ!?儂が何をしたと言うんじゃッ!!

 

「「「「暴れ回って船滅茶苦茶にしといて何言ってんだ!!?」」」」

 

~~~ぐぬぬッ!!

 

 独房など冗談ではないと、サクヤは激昂する。もし捕まってしまえば父を探すどころの話ではなくなってしまう。それを悟ったサクヤはこの包囲網を抜け出す為に、一か八かの賭けへ打って出ようとしていた。

 

儂は必ず父に会う!それを邪魔する愚か者は…叩き伏せるのみじゃ!!

 

「やってみろチビッ子!!どっちの覇気が上か……比べてみようじゃねェか!!」

 

望むところじゃ!後悔するでないぞ!!

 

 みるみるうちに黒く変色し紫電を纏わせるサクヤの右腕を見て、想像以上の覇気の練度に若干顔色を悪くしたブレンハイムだったが、負けじと"武装色で"鉄壁の防御を構築しサクヤを迎え撃つ構えに入る。

 

 覇気と呼ばれる力は己の意思の強さ、そして精神的な鍛練によって大きく伸びていく。物心ついた頃から女鬼(めっき)族の次期族長に相応しい女になるべく、そして如何なる男にも決して負けぬ気高き女となる為に、サクヤは母の指導のもとに厳しい鍛錬を続けてきたのだ。

 

 その成果が今試される。

 

女鬼流四十八手拳法!──"亂れ牡丹"!!!

 

 数百年という長きに渡って昇華されてきた数々の奇技淫巧を戦闘に応用した女鬼(めっき)族独自の武術──女鬼流四十八手拳法。その二十六手に記される正拳突き"亂れ牡丹"がブレンハイムを襲う。

 

「───ぐふ……ッ!!」

 

「ブレンハイム!?大丈夫か!?」

 

──むッ!?は、放せ!馬鹿者ッ!

 

 突き抜けた衝撃が後方に控えていた隊長達に襲い掛かると同時に、ブレンハイムが少量の血を吐きつつ片膝をついた。サクヤの覇気がブレンハイムの覇気を貫く形となり、決して少なくないダメージを刻み込む。しかし意識を失うまでには至っていないようで、ブレンハイムは己の懐に飛び込んだサクヤを両手で拘束した。

 

「ふ、ふふ……なかなかの威力だったが…まだまだだな──ゴハァッ!!

 

「いや重症じゃねェか!!」

 

「待ってろ!すぐに船医を起こしてくる!!」

 

 告げられた事実を認められず、"覇王色"の覇気を撒き散らしながら暴れ回ること小一時間。漸く騒ぎは収束したものの、甲板上は荒らされ放題で彼方此方傷だらけの状態。帆柱(マスト)にも罅が入っており、修理にはかなりの時間が必要だろうと目算された。

 

「……サクヤ」

 

うっ………

 

 拘束されたままの状態で、サクヤが"白ひげ"の前に連れてこられる。多少の罪悪感を感じているのか、その表情には懺悔の念が見て取れ、今までの威勢はすっかり消え去り力無く項垂れていた。

 

「………本当は分かってんだろう、おれ達が嘘をついてねェってことぐらいはよ」

 

………~~~っ!!

 

 じわりじわりとサクヤの目尻に雫が生まれ、そして零れ落ちていく。白ひげ達が嘘を吐いていないことなど、事実を告げられた時から理解(わか)っていた。徹底的に鍛えられた"見聞色"が、彼らは嘘をついていないと告げていたのだから。

 

 だが、それでも認められなかった。認めたくなかった。

 

 

 

なぁなぁ母上!父上は今何をしておるんじゃ?

ロジャーか?……さぁな、世界の秘密を暴くとか言ってたが…成し遂げられたのかはアタイにも分かんねェな

世界の秘密…?父上はそれを見付ける為に外の世界を旅しておるのか!だから強いんじゃな!

そうだな…男を抱くのは最初で最後だとアタイに思わせるぐれェ…あいつは強かったよ

おォ~!儂も同じぐらい強くなれるかな!?

当たりめェだろ。おまえはロジャーとアタイの子なんだ、将来はアタイ達よりもっと強くなれる

 

 

 

 父の話を嬉しそうに話す母を見る度に、会ってみたいという想いが溢れ出していた。

 

 

 

なぁなぁカルビ四姉妹!お主らの父はどんな男なんじゃ?

『おっ母は変な髪形だったって言ってた!』

『すね毛もボーボーらしいぞ!』

『せいりょくぜつりんだとも言ってたな!』

『チ〇コもデカかったって!!』

 

 

 

 伝説の男達を父に持つ友達と話している時は、誇らしい気持ちで一杯になっていた。

 

 

 

み、見付けた……この男が儂の父…!

 

 

 

 島の女達全員が寝静まった後に宝物庫に忍び込み、ボロボロの父の手配書を見付けた時…とうとう我慢の限界を迎え、気が付けば溢れ出る想いに突き動かされるまま、その日の内にボロボロの軍艦に乗り島を発っていた。

 

 

 

ちちは……父は………

 

 

 

 今も世界を自由に冒険しているのだろうか。

 

 それとも伝説の仲間達と共に腰を据えて、穏やかに過ごしているのか。

 

 どんな声で喋り、笑い、怒り、泣くのだろうか。

 

 娘だと目の前で宣言すれば、どんな反応を示すだろうか。

 

 喜んでくれるだろうか、力強い腕で抱き上げてくれるだろうか。

 

 その瞬間を思い描くだけで、幸せな気持ちで一杯になっていた。

 

 

 

……──立派な最期を迎えたのか?

 

「………ああ、心底羨ましい……立派な死に様だったぜ」

 

 

 

 その瞬間が訪れることは決して無いことを、サクヤは漸く受け入れる。

 

 

 

うああああぁぁぁ~~~~~ん!!!

 

 

 いつの間にか拘束を解かれ優しく甲板に降ろされたサクヤは力なくその場に尻餅をつき、"白ひげ"やマルコ達に見守られながら、疲れ果て眠りに落ちるまで哀哭の声を響かせ続けた。




※当小説は際どい単語が多いけど、一応全年齢版だよ!けどググったらR18なぺージに飛んじゃう単語が多いから良い子はググっちゃダメだぞ!☆特に今回サクヤちゃんが使用した技名は本当にググっちゃいけないぞ☆

※そろそろ日本神話の女神様達に怒られそうだから別の名前を使用することにしまんた。反省はしてるけど後悔はしていない。
 
※サクヤのモデルはグラブルのヴァジラを少し幼くした感じ。ウズメは若い頃のマザーカルメルをワイルドにした感じ




一方その頃の麦わらの一味は…

・チョッパーが麦わらの一味に加入する。

・王下七武海の一人、サー・クロコダイルをルフィが打ち倒しアラバスタ王国の反乱を終結させる。

・ルフィの懸賞金が一億ベリーに更新され、新たにロロノア・ゾロに六千万ベリーの懸賞金が懸けられる。

・ニコ・ロビンが麦わらの一味に加入する。

・空島に到達する。←今ココ


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第六話

………ごめんなさい

 

 数時間後に目を覚ましたサクヤが甲板に姿を見せるなり頭を下げて謝罪した。

 

「おう、目ェ覚ましたかサクヤ」

 

 また暴れ回るのではと疑いの眼差しでサクヤを迎える船員達。中には己の獲物にそっと手を伸ばす者も居たが、そんな疑心暗鬼が渦巻く中で"白ひげ"だけは何事も無かったかのようにサクヤを出迎える。

 

「暴れ回ってちったァ気が済んだか?グラララ!」

 

も、もう暴れたりはせぬ…すまんかった……

 

 サクヤが一頻り暴れ回った影響はたった数時間で修理出来るような生易しいものではない。其処彼処に傷や罅が痛々しく刻まれており、今後の航海に支障が出るかもしれないとのことで一度陸に上げて総点検を行う事となったらしい。現在、"モビー・ディック号"はナワバリ内の造船所がある島へ針路を取っていた。

 

「随分としおらしくなってるじゃねェか…ガキは大人に迷惑掛けてナンボだ、気にすんじゃねェ!」

 

うわわ!か、髪が乱れる───!

 

 そう言って"白ひげ"はサクヤの短い金髪をわしゃわしゃと撫で始める。自身の身長並の掌に撫でられる度に、サクヤの身体があっちこっちと行き来していく。もう少し加減しろと物申したい衝動に駆られるサクヤだが、不思議と悪い気はせずされるがままに頭を撫でられていた。

 

「全く親姉弟揃っておれと喧嘩するたァ…不思議な縁もあるもんだな!グララララ!!」

 

「「「「「……………………きょうだい?」」」」」

 

……………む?

 

 "白ひげ"は感慨深げに瞳を閉じてそう口遊み、嘗て鎬を削っていた好敵手(ライバル)の在りし日の面影を偲ぶ。サクヤに父親の面影はまるで見られない、恐らくはウズメと言う母親に似たのだろう。腹違いとは言え少しは弟と似る部分が出ても不思議ではないのに、父に対する思いも何もかもが正反対で似ても似つかない面白い姉弟だ。

 

「きょうだい…?」

「姉か…?妹?弟?…兄?」

「誰の事言ってんだ…?」

「………種違い?それとも腹違い?」

 

 こんな見た目の姉など冗談だと受け取って全く信じやしないだろうが、会わせた時の反応を見てみたいもんだと、瞳を閉じたまま"白ひげ"は良からぬ企みを考えていた。周囲の空気がどうなってるかも知らぬまま。

 

「お、おいサクヤ…お前さん姉妹はいるのかよい?」

 

いや、儂は一人っ子じゃ。"ロジャー海賊団"を父に持つ者達とは姉妹同然に育てられたが、我が母が産み落としたのは儂一人…つまりロジャーの娘は儂一人だけの筈じゃ

 

「あァ~そうだよな……うん、冷静に考えてもそうだよい」

 

 サクヤに姉妹は居ない、となれば自ずと答えは絞られてくる。

 

 我らがオヤジ殿、"白ひげ"はこう口にした。

 

 親きょうだい揃っておれと喧嘩──……と。

 

 つい先程暴れ回っていたサクヤを含めるかどうかはさておいても、父であるロジャーとは幾度となく命を懸けた喧嘩を繰り広げてきた仲である。"白ひげ"の口ぶりからして、"親"と言うキーワードがロジャーを指しているのは間違いないだろうし、サクヤの母であるウズメとは会ったこともなければ喧嘩したこともないのだからそう考えるのが妥当だ。

 

 そして最後の"きょうだい"と言うキーワード。

 

 "白ひげ海賊団"の大多数の船員は、親に捨てられた孤児や、世間から爪弾きにされ行く当ても無かった者が家族として迎え入れられて構成されている。そんな中で"白ひげ"に喧嘩を売り、紆余曲折を経て家族として迎え入れられた経歴を持つ者は数える程しかいない。その数少ない者達の殆どは出自が明らかになっており、ロジャーの血族である可能性は皆無である。

 

 しかし、唯一人だけ出自が明らかになっていない者がいた。

 

「おやじ……ロジャーの血を引いた奴がこの船に乗ってるってェことかよい?」

 

「ん?おうその通りだマルコ…………………………あ、これ言っちゃあいけねェ奴だった

 

「「「「えェ~~~~~っ!!!?」」」」

 

「せ、船長命令だ!おめェら今の話は忘れろ!!」

 

「「「「んな無茶苦茶なッ!!?」」」」

 

 驚愕の事実が"白ひげ"のウッカリで発覚する。

 

 既に船員同士で答え合わせが終わっており、大多数がその正体に辿り着いているこの状況での慌てっぷりは、余計に真実味が増すだけである。如何な船長命令でも今の内容を忘れる事は出来そうにない、それ程までに衝撃的なカミングアウトだった。

 

も、もしや!儂に弟か妹でもおるのかっ!?

 

「そんな奴ァいねェ…………つっても信じる訳ねェか」

 

 サクヤに詰め寄られ、"白ひげ"は心底困った様子で頭を抱える。もう答えが分かり切ってる男との約束だからなのか、あくまで否定の構えを崩そうとする様子は見られない。確かにその男の父の世間一般的な評判から考えてみても、秘密にすべきであると誰もがその考えに辿り着くのは否めない。未だに恨みを持つ人間は、それこそ山の様に居るのだから。

 

「オヤジ…今更父親が誰か判明したところで手の平返すような馬鹿息子がこの船に乗ってるたァ…おれは思わねェよい。…スクアードの奴も話せばきっと分かってくれるよい」

 

「…!」

 

 "海賊王"を父に持つ?だからどうしたと言うのだ。

 

 嘗ての好敵手(ライバル)の息子だろうが、嘗てその好敵手(ライバル)に仲間を殺された過去を持っていようが、どんな過去を持っていようとも、白鯨はその巨体で以って全てを抱擁する。"モビー・ディック号"に乗った時点で、皆等しく愛すべき海の子、愛すべき"白ひげ"の息子となるのだ。

 

 そこに上下関係など、有る筈もない。

 

「──グラララッ!!一丁前に言うようになりやがって!えぇマルコ!?」

 

 つい最近までケツの青いガキだと思っていた息子の成長に、"白ひげ"は豪快に笑い喜びを露わにする。そして同時に息子達を信じ切れていなかった己を恥じる。

 

 本人が触れられるのを嫌がっていたからという理由もあるが、"海賊王"に仲間を皆殺しにされ今も尚その時の恨みを忘れられずにいたスクアードに知られたらどうなるか、その可能性を危惧し秘密にしていたが、どうやら余計な心配だったのかもしれない。

 

「オヤジにとっちゃあどんな人間もケツの青いガキにしか見えねェかもしれねェが…おれ達は偉大な"白ひげ"(オヤジ)の背中を見て育ったんだ、舐めてもらっちゃあ困るよい」

 

「グラララ……こんな立派に育った息子共を見れて…おれァ幸せもんだぜ」

 

 "白ひげ"は得意気な表情で自身を見つめる息子達を見て、己の歩んできた道は決して間違っていなかったのだと確認する事が出来た。そう遠くない将来に己の命は燃え尽きてしまうだろうが、今の息子達ならば笑って見送ってくれるだろうし、あとの事もきっと任せられる。

 

 "白ひげ"はそう確信し、既に答えが導き出されている衝撃の事実を口にする。

 

「もうてめェらの中じゃあ答えは出てんだろうが……エースの父親は"海賊王"ゴール・D・ロジャーだ。…ま、だからと言っておれ達の家族であることに変わりはねェ、今まで通り仲良くやんな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「センゴク元帥!ご報告です!"氷の魔女"及び"雷卿"が"モビー・ディック号"と合流した模様!」

 

「またか!!これで何人目だ!?」

 

「三十五人目だよ。それに既に隊長達は全員"モビー・ディック号"に集結済み…こりゃあいよいよもって何かやるつもりだね」

 

「ぶわっはっはっはっ!戦争でも起こす気かあの老い耄れは!」

 

「笑っとる場合か!貴様にも出てもらうからなッ!!とっとと"新世界"に行く準備をしろォ!!」

 

「え───…わしルフィの様子見に行こうと思っとったんじゃが」

 

「ふざけてるのか貴様ァッ!!海軍が海賊に会いに行くなぞ聞いた事ないわッ!!!」

 

 サクヤが"モビー・ディック号"で暴れ回った翌日、海軍本部"マリンフォード"は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。原因は此処最近何かとセンゴクの胃を痛め続けている"白ひげ海賊団"である。つい先日のことだ、突如として傘下の海賊団達が一斉に転進し、一路"モビー・ディック号"を目指し始めたとの報告を受けたのである。

 

 間違いなく何かを企んでいる。そう考えたセンゴクは慌てて監視船を順次派遣し、"白ひげ海賊団"を刺激せず且つなるべく近い海域で動向を監視させていた。

 

「センゴク元帥!一早く監視に付いていたダルメシアン中将から映像が届いております!」

 

「出せ!」

 

 映像電伝虫が用意されスクリーンに映像が映し出されると、其処には俄かには信じ難い光景が広がっていた。

 

「……こりゃまた、壮観な絵面だね」

 

「……なにを企んどるんじゃあの老い耄れは」

 

「……ダルメシアン中将に絶対に手は出すな、攻撃を受けたら即座に撤退しろと伝えろッ!」

 

「りょ、了解しました!」

 

 届けられた映像を見て執務室に居た面々に緊張が走る。スクリーンには数多の海賊船が見えており、その数は映像に収まりきらない程に上っていた。その地獄のような光景は、嘗て"マリンフォード"を単身で強襲した"金獅子"が率いた大艦隊を彷彿とさせる。

 

 傘下の海賊達の船に遮られ肝心の"モビー・ディック号"の姿は見えないが、丁度画面中央にある島の造船所の中に収められているらしい。ダルメシアン中将が陸に上げられる"モビー・ディック号"を肉眼で確認したとのことだ。これ程までの戦力を集めて一体何を仕出かすつもりなのか定かではないが、考えられる可能性として挙げられた意見の中で最も多かったのは、他の"四皇"に戦争を仕掛けるつもりなのではないかと言う意見である。

 

 その相手として可能性が高いのは、"白ひげ海賊団"が集結している海域から目と鼻の先にナワバリを構えている"百獣海賊団"だ。此方も海軍と同様に"白ひげ海賊団"の動向を察知しているようで、続々と戦力を集めていると報告が入っている。"百獣海賊団"側にも監視を派遣するか議論されたが、"白ひげ海賊団"と違って間違いなく攻撃してくると結論が出た為、監視船の派遣は行われていなかった。

 

 どの道どちらかが動けば自ずと情報は入ってくる筈だ。もし両者が衝突すれば、計り知れない程の影響が出ると思われる。念の為に近隣の"世界政府"加盟国に被害が及ばぬよう人員を配置しておくべきだと考えたセンゴクは、部下達に矢継ぎ早に指示を出していく。

 

「…七武海のクズ共も召集しておけ!何人来るかは分からんが…戦力は集められるだけ集めておかねば…!!」

 

 更にセンゴクは"白ひげ海賊団"に対する抑止力として"王下七武海"の招集を命じた。何人集まるかはさておいて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『"王下七武海"に緊急招集命令が出ている!可及的速やかに海軍"G-1支部"まで出頭せよ!』

 

「……何の用だ?」

 

『現在"白ひげ海賊団"が傘下の海賊を含む全戦力を集結させている、目的は不明。これに対処する為、海軍は周辺加盟国に被害が及ばぬよう速やかに戦力を派遣する決定を下した。王下七武海は最前線で抑止力となってもらう』

 

「"白ひげ"か………」

 

 波打ち際に浮かぶ小舟に横たわって酔いを醒ましていたミホークに、電伝虫が不穏な内容を口走る。前日から時折女鬼(めっき)族の女がふらりと現れては誘惑してくる度に、程々に相手をし気ままに過ごしていたミホーク。島を離れようと考えていたようだが、未だに無人島に留まり続けているところを見ると予定を変更してでもこの島に留まる理由を見出したのだろう。

 

「気が向いたら行こう、おれは今忙しい」

 

『お、おい待て!!これは命令だぞ貴様──』

 

 強引に電話を切り、数時間後に待ち受ける強者との"決闘"に心を躍らせながらミホークはまた横になる。

 

女鬼(めっき)族の族長…天宇受賣命(あめのうずめのみこと)……あれほどの強者は久方ぶりに見る、愉しみだ……フフ」

 

 来る"決闘"に備えて、ミホークは更に精神を研ぎ澄ませるのであった。

 

 一方その頃、同じ無人島に滞在するシャンクス率いる"赤髪海賊団"と、ウズメ率いる女鬼(めっき)族の女達は前日から変わらず酒を飲んでは女体を貪り、腹を満たしては男根を咥え込む奢侈淫佚に耽っていた。随分と搾り取られ死屍累々な様子だった船員達も、女達から口移しで無理矢理秘薬を飲まされてからは、狂ったように腰を振り続ける機械と化してしまっていた。

 

「ウチの船員廃人にするつもりか!?」

 

加減しろっつったのに…あの馬鹿共は……

 

 だが流石にこれ以上は看過しきれないとして、シャンクスの一声によって前日から夜通し続けられた恋の冒険(アバンチュール)は一応の終結と相成った。反発するかと思われた女達だが、意外にも満足したらしく大人しくシャンクスの決定に従っている。あっさりと引き下がった女達をシャンクスは訝しげに見ていたが、これには確かな理由があったのだ。

 

ん、お前も孕んでるな…これで三人目か

 

「ホント!?やったぁ♡」

 

 ご懐妊である。

 

 男を見掛ければ有無を言わさず性的に襲う女鬼(めっき)族だが、何の理由も無しに襲う訳ではない。理由は勿論子孫を残す為であり、その過程で生じる快楽を思う存分楽しんでいるだけなのだ。決して手段と目的が逆転しているとかではない、決して。多分。

 

 今回、サクヤを連れ戻すにあたって"男漁り"に同行した女達は出産経験のない女達で固められる筈であった。しかし、サクヤが出奔したと聞いて、同じ"ロジャー海賊団"の子供達が『ずるいずるい!』と駄々を捏ね始めてしまったのである。その原因となったのが己の娘であった為、あまり強く出られなかったウズメは仕方なく同行を許可し、子供達の面倒を見る為に本来なら島に残る予定だった母親達も連れていくこととなり、変わりに同行する筈だった女達の大半は島に残る事になったのだ。

 

 さて、これにて一件落着と言いたい所だったが、そうは問屋が卸さない。

 

 今度は、本来"男漁り"に同行出来る筈だった女達の不満が頻出したのである。が、流石に全員は乗せられないし、なにより島を守護する女達の数が足りなくなってしまう。最初から同行しないと決めていた女達は皆比較的高齢で戦闘経験も豊富だが、その数は少なく戦力的には心許ない。島の猛獣共に遅れを取ることは無いだろうが、万が一嵐を超えてやってきた男達が太刀打ち出来ない程の実力を持っているとしたら、最悪全滅する可能性すらあるのだ。

 

 サクヤを見付けて連れ帰っても、帰る場所が無くなっていたなんて事態が起きてしまっては本末転倒なのだ。その事態を避ける為にウズメは島に残る女達に一つの提案を示した。

 

男捕まえて帰ってくるからそれで我慢してくれ

 

 拉致られる男達からすれば堪ったものではないが、女達は渋々その条件で納得し島に残る事を決めてくれたのだ。こうして紆余曲折を経て、ウズメ達は外界へと踏み出したのである。

 

「…すげェな、身籠ったか分かるのか?」

 

簡単さ、"見聞色"で見りゃあ命が宿ったかどうかは直ぐに判る。かなり集中しないと判んねェがな……ん、お前も身籠ってるぞ

 

「やった!♡♡」

 

「"見聞色"をそんな使い方する奴なんて初めて見たぜ……」

 

おまえも出来るんじゃねェか?やってみろ

 

「ふむ………」

 

 この世に生きる生物は例外なく覇気を有している。そこに大小強弱の違いはあれど、覇気を持たない生物は存在しない。一見、覇気がない様に見えたとしても、それは知覚出来ない程に微弱なだけで覇気自体は必ず備わっているのだ。

 

 では、いつからその覇気は発生するのか?

 

 その答えは卵子と精子が出逢い、一つの命として子宮に宿った瞬間に発生する。ウズメが言う通り、この時点での覇気の強さは極々微弱なもので、余程集中しない限りその片鱗を掴むことは難しい。

 

 ジーっと女の下腹部を凝視するシャンクス。余程集中しているのか、その表情はいつになく真剣で険阻である。

 

「やんっ♡そんなに見つめられたら……躰火照っちゃう♡♡♡」

 

「集中出来るかァっ!!!」

 

 どうやらこの男には少々難しいらしい。

 

「っと、話が脱線しちまったな──……ミホークの申し出受けて良かったのか?あいつぜってェ殺す気でくるぞ」

 

 話が脱線していたことに気付き、シャンクスは本来聞きたかった事をウズメに問う。その傍らシャンクスが脳裏に浮かべたのは、あの血沸き肉躍る決闘の日々であった。

 

 ミホークとの決闘の日々は今でも鮮明に思い出せる程にシャンクスの骨身に染み付いている。一瞬でも気を緩めれば、その瞬間に己の命は無いと確信する程の斬撃が飛び交う死と隣り合わせの決闘だった。今にして思えば、よくお互い五体満足で済んだと思うばかりだ。左腕を失くしていなければ、今頃は決着もついていたのだろうかと考える時もある。左腕を失くしたことに後悔している訳ではないが、少々の寂しさを覚えるのもまた事実だった。

 

あんだけ熱烈に求められちゃあ断る訳にはいかねェ、女が廃るってもんだ

 

「もう判ってると思うが…あいつは強いぞ?」

 

百も承知さ。ま、サクヤを連れ戻すまで死ぬ訳にはいかねェしな、程々にやるよ

 

「ふむ……んじゃおれ達は酒飲みながら見学でもするか」

 

まだ飲むのかよ……っと、来たか

 

 一歩、また一歩と肌を突き刺すような殺気を振り撒きながらウズメとシャンクスの元へゆっくりと歩みを進めるミホーク。"赤髪海賊団"の船員達と女鬼(めっき)族の女達はそれぞれの船に戻り、砂浜で始まろうとしている決闘を船上から見学するつもりらしい。"赤髪海賊団"の船員達の間ではどちらが勝つかで賭けが行われているらしく、今のところオッズはミホークに傾いているようだ。

 

「引き受けてくれて感謝するぞ"強き者"、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)よ」

 

夜のお誘いはお断りだが…ケンカならいくらでも受けてやるさ

 

 最上大業物十二工に名を連ねる黒刀"夜"。

 

 唯一無二の己の獲物を引き抜き、ミホークは軽く腰を落として構えを取る。

 

「では……死合うとしよう………ッ!!!」

 

あぁ…思う存分……ヤろうぜッ!!!




一方その頃の麦わらの一味は…

・空島を支配していたエネルを撃破し、空島スカイピアとシャンディアの400年に渡る戦いを終結に導く。←今ココ


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第七話

気が付いたら年明けてて更に半年経ってたので初投稿です!!!




「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛~~ッ!!パパ上のチ〇コがぁ~~~ッ!!」

 

 幾重にも重なる斬撃が砂浜を縦横無尽に駆け巡り、道を阻む物全てを斬り裂いてゆく。気高く聳え立っていた御立派な男根も一度はミホークの斬撃を耐えたものの、続く二度目の斬撃には耐えられず脆くも崩れ去ってしまっていた。

 

「あれロジャー海賊団の誰かのだったのかよ……………というか良く一発耐え切れたな」

 

 度々"レッド・フォース号"と女鬼(めっき)族の船へ飛んでくる斬撃を捌いていたシャンクスが至極真っ当な感想を口にした。生半可な練度の武装色では到底耐えられない斬撃であるのは軽く痺れている片腕を見れば一目瞭然である。寧ろ良く一撃を耐え抜いたものだと褒めるべきだろう。

 

「あいつブッ飛ばす!!」

「やめな!あんたじゃ近付くだけで死ぬよ!」

「放せママ上ッ!あいつぶん殴らないとッ!!」

 

 あの男根を熱心に造っていた幼女の一人が血気盛んに吼える。ミホークの横っ面に一発叩き込もうと船を飛び降りようとするが、母親らしき女に即座に取り押さえられた。

 

 その判断は間違いなく正解だ。ウズメとミホークの周囲は、全てを斬り裂く斬撃と全てを叩き潰さんとする拳の応酬で死の気配が濃い領域と化している。実力のない者が迂闊に飛び込めば直ぐ様細切れにされ、肉片の欠片も残らない程にすり潰されてしまいかねない。

 

「……外野が騒々しいな」

「わりぃな、おまえが斬ったあの男根…あいつの父親のブツを模してんだよ」

「ほう?とするとロジャー海賊団の船員のものか」

「あぁ、名前はなんだったか…………確かロジャーの奴に"右腕"とか言われてたか」

「「「あのチ〇コ"冥王"のかよ!!?」」」

 

 風に乗って聞こえてきた二人の会話の内容に"赤髪海賊団"の船員達が驚嘆の声を上げる。

 

「あの人興味無さそうに見えて結構な好色家だからなァ……」

 

 "ロジャー海賊団"の船員達がどのような一週間を過ごしていたのかをシャンクスが知ったのは出航前夜の宴の場だ。伝え聞いたところ、光月おでんは数十人の女達を相手に大立ち回りを演じ、レイリーとギャバンもそれぞれが三人程の女を侍らせてちゃっかり愉しんでいたとのこと。

 

(……そういやァバギーの奴は今何してんだろうな?)

 

 当時を思い浮かべ懐かしんでいると、ふと脳裏に浮かんだのは赤い鼻が特徴であった同じ見習いの姿だった。確か、最後に会ったのはローグタウンで船長の処刑を見届けた時だったなと、シャンクスは感慨深げに悪友のような関係の嘗ての仲間を懐かしむ。

 

(…結局あいつが何をされたのか聞けず仕舞いだったな…大体想像はつくが)

 

 出航前夜の宴の場で息も絶え絶えな干乾びたバギーとお互いの無事を祝い合い、一体どのような初体験だったのかを聞き出そうとした。しかし、バギーは口を噤んだまま干乾びた身体をガタガタと震えさせるだけで何も答えようとせず、結局何も聞く事は叶わず現在に至っている。

 

(久しぶりに会いてェもんだな)

 

 手配書が発行されているのは知っているが、その金額も長い間更新されていない。死んでいる可能性も考えられるが、なかなかにずる賢くしぶとい男である。きっと今も何処かの海で楽しく海賊生活を送っていることだろう。

 

「喰らいなァ!!」

「──むっ!」

 

 シャンクスが昔を懐かしんでいる間にも、ウズメとミホークの決闘は更に激しさを増していた。

 

 二人が戦っていた砂浜は斬撃によって生じた深い亀裂や、まるで小隕石でも落ちたかのようなクレーター跡が至る所に散見され、最早原形を留めてはいなかった。二人の極まった"武装色"が鬩ぎ合い、その余波によって砂浜が赤熱化さえしている。

 

(……暴れすぎだろあいつら)

 

 この島が無人島で心底良かったと思うばかりである。

 

 二人程の実力者ともなれば、相手を殺すつもりで放った攻撃は周囲の環境をいとも容易く破壊してしまうのだ。回避されたミホークの飛ぶ斬撃は木々を斬り刻みながらジャングルの奥地へと消えていき、ミホークの顔面に風穴を開けるつもりで突き出されたウズメの拳の衝撃波は遠方の剥き出しの岩場を易々と粉砕する。

 

「ちぃッ!厄介だなその飛ぶ斬撃!!」

「軽々と回避しておいて良く言う」

 

 首を斬り落とさんと迫るミホークの斬撃を薄皮一枚のところで回避し、お返しとばかりにウズメがミホークの顔面目掛けて拳を突き出すがさらりと躱される。先程からこの応酬の繰り返しを続けているところを見る限り、両者の実力は限りなく拮抗していると見て良いだろう。

 

「お、大頭ァァ~~~~!!」

 

 決闘が始まってから少しばかり経った頃、決闘を見学しつつ周囲を警戒していた船員がドタドタとシャンクスの元へ駆け寄ってきた。

 

「どうした?」

「沖合に海軍の奴等がッ!」

 

 報告を受けたシャンクスが慌てて大海原に視線を向けると、確かに遠目に海軍の軍艦が四隻航行しているのが見て取れる。

 

「確かに海軍だが…おれ達に用があるって訳じゃねェみたいだな」

 

 だがベックマンが言うように此方に近付いてくる様子は見られない。全方位を警戒しながら進まなければならない"新世界"で、目の届く範囲にある無人島に停泊している二隻の船を捉えていない可能性は皆無である。此方を捕捉した上で手出ししてこないところを見ると、どうやら海軍の目的は別にあるらしい。

 

 このまま此方から手を出さなければ、海軍も手を出してくる事はないと二人は考えていた。

 

「これならどうだ」

「おっと危ねぇッ!」

 

 だがこのまま海軍を見送ってやり過ごそうと考える二人の思惑は破綻することとなる。

 

 殺すつもりで放った斬撃の悉くを避けられてしまい、無意識の内に"夜"を握り締めるミホークの両手には普段よりも幾分強い力が籠められていた。そうして放たれた斬撃はこれまで以上に強力な威力を内包しており、既の所で回避したウズメを通り過ぎても尚、その威力は一切衰えることなく大海原へと突き進んでいく。

 

 その向かう先には、偶然にも海軍の軍艦が航行していた。

 

「あァ~…ありゃ直撃だな」

「何やってんだあのバカ!」

 

 "赤髪海賊団"随一の頭脳を誇るベックマンが半ば諦めたかのように呟いた。それはつまり、どう足掻いてもベックマンが導き出した未来は避けようがないと言う事だ。

 

「む」

「おっと!急に止まるんじゃねェよ!」

 

 そして、意図せずに海軍へ向けて斬撃を放ってしまったミホークもまた、沖合を進む海軍の船を見付け動きを止める。突如動きを止めて構えを解いたミホークに釣られ、ウズメも訝し気に動きを止めた。

 

「……海軍か」

 

 ポツンと大海原に浮かぶ海軍を見付けたミホークが小さく呟き、"夜"を定位置に収めて構えを解く。血沸き肉躍る決闘がこれにて終いであると悟ったのか、先程まで周囲に伝播させていた殺気を瞬く間に霧散させた。

 

「残念だが、ここまでのようだな」

 

 直後、海軍の軍艦が轟音と共に大海原に散った。そしてベックマンの予想通り、残った三隻の軍艦が無人島の方角へ針路を変更して此方に向かってきている。

 

 "赤髪海賊団"の船員が双眼鏡で様子を探ったところ、"正義"の二文字が刺繍されたコートを風に靡かせている中将らしき男が電伝虫に向かって怒鳴りつけているらしく、十中八九増援を呼んでいるに違いないとシャンクスは面倒な事態になったと頭を抱えるのであった。

 

「おいミホーク!てめェがやった落とし前はてめェでつけろよ!!」

「断る」

「はァ!?」

「おれは七武海だぞ、海軍と敵対する訳がなかろう」

「お、おい待て…!お前まさか……!!」

「奴らの相手は任せる──さらばだ」

「あ、あの野郎逃げやがった!!」

 

 この事態を引き起こした元凶たる男に落とし前を付けさせようと怒鳴りつけるが、張本人たるミホークはスタコラサッサと女鬼族の船と"レッド・フォース号"の間に停泊していた小舟を持ち上げ、ジャングルの奥地へと姿を消してしまった。恐らくは島の反対側に出てそのまま出航する腹積もりだろう。

 

「あの野郎次会ったら一発ぶん殴ってやる!!出航だ野郎共ッ!!白ひげの元へ向かうぞ!!」

「「「ヒャッホ~~~ッ!!戦闘だァ~~~!!」」」

「………なんかよく分かんねェが、着いてきゃ良いのか?」

 

 見事に厄介事を押し付けられたシャンクス達は否応なしに出航せざるを得なくなってしまう。そして、"四皇"同士の接触を阻止せんと妨害する海軍を相手にしながら、"赤髪海賊団"はウズメ達を引き連れて一路"白ひげ海賊団"のナワバリへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 "赤髪海賊団"とウズメ達が海軍とドンパチしながら"白ひげ海賊団"のナワバリに向かっているその頃、モビー・ディック号は港町に停泊して入渠の準備を進めていた。

 

 そのモビー・ディック号の甲板では入渠の対応に追われた船員達が引っ切り無しに駆けずり回っており、その只ならぬ様相は戦場と然して変わらないほど喧騒に包み込まれている。

 

 その最中、白ひげと隊長達は一人の使者と相対していた。

 

(……なんだあのチビッ子は)

 

 使者の正体は、スクアードに拾われモビー・ディック号へと案内されたロックスターである。見上げる視線の先には、得意げな表情で白ひげの右肩に居座り己を見下す謎の幼女の姿。どうしてこんな場所に子供が?と、当然の疑問がロックスターの脳内を駆け巡る。

 

(……部外者…じゃあねェよな?孫か?)

 

 周囲の隊長や傘下の海賊団の船長達が特に何も言及しないところを見ると、どうやら部外者という訳ではなさそうだ。それに、手紙を読んでいる白ひげ本人でさえ特に何も言う事無く自由にさせている。事情を何も知らない第三者が見れば、その様子は祖父と孫娘の関係に見えなくもない。

 

「これがシャンクスからの手紙か」

「儂も読みたい!」

「おう、ほらよ」

 

 暫くして手紙を読み終えた白ひげが視線をロックスターへと戻し、読み終えた手紙は見せろと主張した幼女の小さな手へと渡ってしまう。大事な内容が書かれているであろう手紙をそんなホイホイと渡さないで欲しいと物申したい衝動に駆られたロックスターだが、己の今の立場を思い出し喉から出掛けた言葉を無理矢理に押し込める。

 

「──え、ええ。重要な手紙らしくて確実に届ける為におれが!」

「そうか、そりゃご苦労だったな」

 

 至る所に傷が目立つモビー・ディック号の甲板には一人を除いて集結した隊長達に加え、傘下の海賊団の船長までもが勢揃いしていた。表立って敵対したことこそないものの、"赤髪海賊団"と"白ひげ海賊団"は本来なら敵同士の間柄だ。下手な発言をして白ひげの怒りを買えば、元々海賊の身で少しは名の知れた己であろうとも即座に殺されてしまうのは火を見るよりも明らかである。ロックスターは慎重に言葉を選びながら白ひげと会話を続けていた。

 

「──黒ひげから手を引け…なぁなぁ"黒ひげ"って誰だ?」

 

 そんな中、手紙を読み終えたサクヤの何気ない素朴な一言がモビー・ディック号の甲板を駆け抜ける。すると瞬く間に弛緩していた空気が張り詰めた糸のような緊張感を持ち始め、喧騒がぴたりと止まり静寂が場を支配した。白ひげ自身の様子に変化はないが、周囲で事の成り行きを見守っていた隊長や傘下の船長達の変化は一目瞭然であった。

 

「……?な、なんじゃ、どうしたんじゃお主等?」

「エースと黒ひげの事か」

「──エース!?むぐっ!!」

 

 弟の名前が白ひげの口から出るとサクヤがいち早く反応を見せるが、すぐに手を伸ばしてきた白ひげに口を塞がれてしまう。口出し無用。そういわれている事を悟ったサクヤは白ひげとロックスターの会話に黙って意識を集中させた。

 

「赤髪のガキに伝えてこい──おれに物言いたきゃ良い酒持っててめェで来いと」

「……!!」

 

 有無を言わせぬ白ひげの迫力に、ロックスターは瞠目したまま立ち尽くす事しか出来ない。話はそれで終いだとでも言わんばかりに、白ひげは持っていた酒を浴びるように飲み始める。傍に控えていた看護士の女が苦言を呈するが、白ひげが耳を傾ける様子は見られない。ロックスター本人も白ひげを引き留めようと食い下がるものの、やはり白ひげは聞く耳を持たなかった。

 

 周囲に控えていた船員達に下船を促され、ロックスターは意気消沈した様子でその場を後にすることしか出来なかった。

 

「ぷはっ!!!殺す気かジジイ!!」

「おっとすまん……っておいサクヤ、おれの事はオヤジと呼べと言っただろうが」

「まだ言うのか!?儂が父と呼び慕うはゴールド・ロジャー唯一人!お断りじゃ!!」

「ちっあの野郎…仕方ねェ、お爺ちゃんの立場で我慢してやる」

「む!それなら良いぞ!お爺ちゃん!」

「いやいやいや家族関係デタラメになってきてるよい」

 

 その後、何事もなかったかのように和気藹々と会話を続ける二人。マルコが思わずツッコミを入れたが、二人の関係はセンゴクの耳に届けば胃に穴が空きかねない程の関係に変貌しつつあった。

 

「なぁなぁお爺ちゃん!儂エースに会いたいぞ!何処にいるんだ?」

「少し前の定時連絡じゃあ…アラバスタに居るって言ってたな。もう居ねェかもしれねェが」

「何処じゃそれは??」

「"楽園"だ…っつっても分かんねェか、まぁ少しばかり遠い場所だ」

「むぅ、すぐに会いに行ける距離ではないのか~~」

「……おいマルコ、エースのビブルカードを渡してやんな」

「──へへ、孫娘に甘ェお爺ちゃんだよい」

「うるせェ」

「ビブルカード?」

  

 こてんと首を傾げ、サクヤは初めて聞いた言葉に興味を示す。そんなサクヤにニヤリと笑みを浮かべたマルコは、何処からか取り出した一枚の小さな紙切れをサクヤに見せる。

 

「ああ、これだよい」

「むむ…ただの紙切れにしか見えんのじゃが?」

「まぁ見てろい」

 

 マルコが手の平にビブルカードを乗せると、ビブルカードがじわじわと動き始めた。

 

「う、動いておる!?こやつ生きとるのか!!」

「別名"命の紙"。爪のかけらを混ぜて一枚の紙にするんだ。こうやって平らなところに置くと爪のかけらを提供した人物がいる方角へ動くんだよい」

「……爪混ぜただけでなんでこうなるんじゃ?」

「そりゃあお前ェ…………なんでだろうな?」

「分からんのか!!」

「まぁとにかくだ。この紙が動いてる方角にエースは居る。ほら持ってけ」

「うむむ。外界は奇想天外な技術で溢れておって怖いのじゃ…」

「ビビり過ぎだよい」

「……んひっ」

 

 おっかなびっくりな及び腰でサクヤはマルコからビブルカードを受け取る。ジワジワと動き始めたビブルカードの得も言われぬ感触に変な声を零しながら、風に吹かれて何処かに飛んで行く前に慌てて懐へと仕舞い込む。

 

「ふふふふ……待っておれ弟よ!すぐにお姉ちゃんが会いに行くからなー!!ありがとな皆!この恩は決して忘れぬ!何か困ったことがあれば力になるぞ!!」

「ちんちくりんの力を借りにゃあならねェほど困ることなんざそうそう起きねェよグラララ!」

「またちんちくりん言いおってこのジジイめ……ふ、ふふん!じゃが儂は手の掛かる弟を持つ出来た姉じゃからな!此れしきの事で怒ったりはせぬ!」

「さっき怒ってたじゃねェか」

「ぐぬ…わ、儂は過去を振り返らぬ!で、ではさらばじゃ皆の者!縁あればまた会おうぞ!」

 

 まだ見ぬ弟の元へと導いてくれる道標は手に入れた。そうとなれば善は急げである。白ひげとの締まらない押し問答を経てサクヤは弟の元へ馳せ参ずるべく、モビー・ディック号から飛び降りようと手摺に足を掛けるのであった。

 

「おっと待てサクヤ」

「ぐえッ」

 

 だが、両足が宙に浮いたところで何処からともなく伸びてきた白ひげの手が首根っこを掴み、重力に従いつつあったサクヤの身体を丸太の様に太い腕でガッチリとその場に固定してしまった。細い首を掴んだと同時にサクヤの首回りが瞬時に武装色によって黒く染まっている。条件反射によるものだろう。

 

「グラララ……エースに早く会いてェのは分かるがな。お前一人じゃあ"赤い土の大陸"(レッドライン)は越えられねェし行く手段もねェだろう…ちったァ落ち着け」

「大丈夫じゃ!泳いで行く!」

「どんだけの距離あると思ってんだ…誰かに送らせてやるから少し待ってろ」

「ほ、ほんとか!?ありがとうお爺ちゃん!」

 

 何の準備も無しに海に出られるほど"新世界"が甘くないのは周知の事実である。ボロボロの軍艦に乗って漂流して死に掛けていたというのに、その事実を忘れてしまうぐらいにサクヤの頭の中はエースに会う事で一杯になっているらしい。このまま見送ってしまえば"赤い土の大陸"(レッドライン)に辿り着くことも出来ぬまま溺れ死にそうだ。

 

「おれが送るよい」

「おう、わりィなマルコ。ついでにエースが元気にやってるか見てこい」

「あいよ、オヤジ」

 

 マルコが早々に名乗りを上げると、白ひげは当然の様にマルコの名乗りを受け入れる。他の面々も納得の表情で事の成り行きを見届けており、彼以外の適任は居ないと口に出さずにそう主張している。誰にも邪魔されず、天竜人達の頭上を悠々と超えて"楽園"へと辿り着けるのは彼だけなのだ。

 

「マルコが送ってくれるのか!?」

「おう、おれ以上の適任は居ねェよい」

「お~!それは心強いな!それでどの船で行くんじゃ?」

「あ~船は使わねェよい」

「???……やっぱり泳いでいくのか?」 

「なんでそんなに泳ぎたがるんだおまえ…まぁ見てろい」

 

 マルコの意図を察したのか、白ひげを含む周囲の面々は呆れ顔を晒していた。逸る気持ちを抑えつつ、サクヤは真正面に立つマルコに視線を注ぐ。

 

 ──変化はすぐに顕れた。

 

「お、お~~~~!!」

「これがおれが口にしたトリトリの実モデル"フェニッ……」

「マ、マルコ!お主……お主!ハゲタカじゃったのか!!!」

「誰がハゲタカだッ!!?」

 

 嘴で強引にサクヤを咥え、己の背に放り投げ翼を広げる。「も、燃える~~!」と慌てふためくサクヤを無視して、マルコは大海原へと飛び立つのであった。

 

 向かう先は砂漠の王国──アラバスタ。




一方その頃の麦わらの一味は…

・ロングリングロングランドでフォクシー海賊団と「デービーバックファイト」が開催し、これに勝利する。←今ココ


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第八話

6/30追記
そういえばエースって白ひげ海賊団に弟がいるって手配書片手に紹介してたわ…という訳でマルコがルフィの名前を聞いて無反応たった部分をちょっと修正!!!



「どうだ?繋がったか?」

「…ダメじゃ、プルルルル~としか言わんぞこやつ」

「手が離せねェ状況か、もしくは寝てるかだと思うが…繋がらねェならしょうがねェよい」

「時間をおいてもう一度掛け直してみようかのぅ…エースと話せると思ったのじゃが…残念じゃ」

「ま、焦るこたぁねェ。話す機会なんざこれからいくらでもあるよい」

 

 モビー・ディック号を出発し、"赤い土の大陸"(レッドライン)上空を飛び続けて丸一日。現在地点はシャボンディ諸島上空を通過したところ。道中でこれといった問題は特に発生することもなく、旅路は至って順調そのものである。

 

 ──ある一点を除いては、だが。

 

「よし!じゃあ飯の時間じゃな!!」

「さっき食ったじゃねェか!!もう残ってねェだろおまえの分!!おれの分まで食うなよい!!」

 

 怒鳴り散らすマルコを無視してゴソゴソとリュックを漁る。

 

 サクヤの大食漢っぷりを警戒して一週間分の食料を詰め込んだにもかかわらず、旅路二日目にして既に食糧は一割程しか残っていない有様であった。あの手この手で阻止しようと四苦八苦したマルコだったが、獣型で飛行している以上取れる手段は限られてしまう。涙ぐましい全ての努力は徒労に終わり、初日の内に殆どの食糧を目の前で食い尽くされてしまったのだ。

 

「はふあはへっへふぁはひふはふぁふぇひんははほ!!!」

「食うか喋るかどっちかにしろい!!──ったく、何処かの島で食糧補給しねェと…」

 

 アラバスタ王国は"楽園"の中でも前半地点に存在する国だ。海路で目指すよりも遥かに早い空の旅路ではあるが、それでも順調に行けたとしても三日四日は掛かる距離にある。如何に白ひげの右腕として活躍してきたマルコと言えど、流石に飲まず食わずの状態で三日四日の距離を進むことは不可能だ。

 

 人目のつかない島に降りて休息を挟みながら空を進む計画が早々に破綻してしまった以上、何処かの島で食糧を補給しなければならない。しかし、それは即ち人目のある場所に姿を見せなければならないことを意味する。

 

 白ひげ海賊団の中でも柔和な面持ちのマルコだが、その実その首に掛けられた懸賞金は"四皇"に次いで非常に高い額を誇っている。つまりは人目につけば必ず騒ぎになる程の有名人だということ。そんな男が一人島に姿を現せばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 

「近くにナワバリの島があれば良かったんだが…」

 

 近くにナワバリの島があればその島に降り立ち補給と休息を行えたのだが、生憎周囲の海域にナワバリの島は存在しない。"新世界"に拠点を置いている関係上、行き来するだけでも一苦労な"楽園"にナワバリを置くメリットは皆無なのだ。先ほど通過したシャボンディ諸島の遥か海底に存在するリュウグウ王国が有する魚人島が最も拠点から離れた位置にあるナワバリであった。

 

(魚人島にゃあ行く手段もねェし、仮に行けたとしても往復するだけでえれェ時間が掛かっちまう…その間にもエースはアラバスタから離れてるだろうし…さてどうしたもんか)

 

 彼是考えながら飛行を続けるマルコ。その背では残りの食糧を食い尽くしたサクヤだが、まだまだ満たされぬ胃を満足させる為に手頃な獲物が居ないかと見聞色を用いて広範囲を捜索していた。

 

「──むっ!!」

 

 ──やがて複数の気配がサクヤの見聞色に捉えられる。

 

「マルコ!マルコ!前方に鳥の群れがおるぞ!あれを丸焼きにして食べよう!!」

「鳥?──あぁ、ニュース・クーの群れだな」

「にゅーすくー?」

「世界政府とかの新聞を配達する鳥だよい…そうだな、一旦情報を仕入れとくか」

「む~~食糧ではないのか?儂、腹減ったぞ~~~……」

「食糧なら後で調達するからもう少し我慢しろぃ」

 

 そう口にするや否や、マルコは前方を悠々と飛ぶニュース・クーの群れに追い付こうと急加速した。後方からの突然の闖入者にニュース・クーの群れが慌てふためき、その拍子に数枚の新聞が彼等の鞄から零れ落ちた。すかさずその内の一つの新聞をマルコが嘴でキャッチし、背中のサクヤへと投げ渡す。

 

「なんじゃこれは?せかいけいざいしんぶん??」

「よりにもよって世経かぃ……──っとサクヤ、リュックに金入ってるから代金渡してやれよい」

「む、分かった!!」

 

 膨大な食糧に押し潰されリュックの底にへばりついていたいくらかの貨幣を取り出し、ポンと指で弾いてニュース・クーへと渡す。器用に嘴で貨幣を受け取り鞄へと押し込むと、涎を垂らしながら自分達を見るサクヤに身の危険を感じたのか、悲鳴を上げながら即座に二人から離れていく。

 

「もしかしたらエースの事が載ってるかもしれねェよい」

「本当か!?」

「あいつ行く先々で問題起こしやがるからな…何が書いてるか聞かせてくれよい」

「分かった!読むぞ!……んと、あらばすた王国の反乱が終結。こぶら王と反乱軍りーだーのこーざが協力して復興に着手…これは二日前の記事かの?」

「アラバスタ王国か…まさかとは思うがエースの奴、反乱に巻き込まれてたりしてねェだろうな??」

「エースの事は何も書かれてないのぅ」

 

 数日前のエースからの定時報告の際にはアラバスタに滞在してると報告を受けている。日に日に反乱軍の数が膨れ上がり、王国軍と激突するまで秒読みと言われていたあの国にだ。億越えの賞金首が捕まったとなれば新聞に載らない訳は無い。エースの名前が載っていないところをみると、巻き込まれずに済んだ可能性は高いと思われる。

 

「次はぁ~~…あいすばーぐ市長暗殺未遂事件発生と書かれておる!」

「アイスバーグってェと…確かウォーターセブンの市長か、犯人は捕まったのかよい?」

「実行犯はにこ・ろびんと…麦わらの一味という海賊団みたいじゃ!まだ捕まっておらんようじゃな」

「ニコ・ロビン…確か"悪魔の子"と呼ばれてる女だが……──麦わらの一味?……どっかで聞いたような気がするよい」

「船長の名はもんきー・D・るふぃとのことじゃ」

お、思い出した!!エースの弟じゃねェかよい!?

なっ何じゃとォ!!!!!??

 

 まさか、自身の弟に更に弟なる存在が居るとは思ってもいなかっただけに、サクヤの驚きようは一入であった。偶然手に入れた新聞に弟の弟が引き起こした事件が載っているなど、一体誰が予想出来ようか。

 

「るふぃ…!エースの弟………!!」

「驚いたな……ウォーターセブンの船大工達ァ随分と腕っぷしが強ェって噂だが…捕まえられてねェってんならルーキーにしちゃあなかなかやるよい」

「なぁマルコ!!儂!るふぃにも会いたい!!エースの弟なら儂の弟でもある!!」

「あァ~~言うと思ったよい……」

 

 弟の弟は自分の弟とは些か暴論な気がするし、サクヤの言い方は弟の物は全て兄姉の物という兄弟喧嘩の理由ぶっちぎりNO1に近しい意図を感じてならない。

 

 そもそもの話、今し方存在を知ったルフィはまだ仕方ないとしても、まだエースとも連絡が着いてないまま行方を捜しているのだ。…言うなれば今の三人は赤の他人状態である。

 

 そんな状況で突然見知らぬ幼女から「お主の姉のサクヤじゃ!!」と言われても「頭イカレてんのかこいつ」としか思われないだろう。果たしてサクヤは其処ら辺をちゃんと認識しているのだろうか。

 

「会ってどうすんだい?」

「先ずは自己紹介!!」

「……その後は?」

「──???その時考える!!」

 

 やっぱり何も考えていない。マルコは深い溜息を吐いた。何はともあれ、ここまで連れてきた以上、途中で投げ出す訳にもいかない。最後まで付き合うのは最早確定事項である。

 

 エースに繋がる電伝虫は呼び出し音を鳴らしたまま繋がる様子は見られないが、連絡さえ取れれば合流することは可能だ。問題は弟の弟の方である。

 

「エースは連絡取れれば合流出来るだろうから良いが…エースの弟の居場所が分かんねェ以上見付けるのは難しいよい」

「むむ、確かにそうじゃのう…」

「新聞にエースの弟の情報は乗ってねェか??」

「ん~~~他の事件か…「えにえす・ろびー陥落!?世界政府完全敗北か!?」と書かれておる」

「ハァ!?大事件じゃねェかよい!?」

 

 司法の島"エニエス・ロビー"。

 

 世界政府の直轄地で裁判所が設置されている島で、一年中夜にならない"不夜島"としても有名であり、別名"昼島"とも呼ばれている。創設以来唯の一度として侵入者も脱走者も出したことのない鉄壁の要塞であり、勿論その警備はアリの子一匹通さない程の厳重さである。そんな鉄壁の要塞であるエニエス・ロビーが陥落したなどと俄かには信じ難い内容であった。

 

 この記事を書いたのは情報操作新聞と悪名高い世界経済新聞社だ。

 

 その社長である新聞王(ビッグニュース)は権力に屈せず世界に真実を伝えるといったジャーナリズム精神を持ち合わせてい…ない男だが、かといって部数を稼ぐために根も葉もない嘘や誹謗中傷を書き立てるようなブラックジャーナリズムにも決して走らない、ある種独特な信念の持ち主でもある。

 

 だからこそ判断に迷う、果たしてこの記事は真実なのだろうかと。

 

「それで?まさかとは思うが…エニエス・ロビーを襲撃したのは何処のどいつだよい」

「るふぃじゃ!!」

「何考えてんだエースの弟は!?」

「ワハハ!!大暴れしておるわ!!流石儂の弟の弟じゃ!!」

 

 記事には詳しい経緯は語られていない。エニエス・ロビー付近を飛んでいた世界経済新聞社の本社が崩壊していくエニエス・ロビーを偶然目撃し撮影したらしい。無我夢中で社員達が撮影した写真の中の一枚に麦わらの一味が写り込んでいた為、主犯と断定されたようだ。

 

「その記事は今朝の速報だったな…だとすりゃァもう騒ぎは収まってると思うが……」

「まさか海軍とやらに捕まったのか!?」

「その可能性もあるよい…だとすりゃァ行き先はインペルダウンか…?」

 

 もし、インペルダウンに投獄されていれば残念だが手の出しようがない。マルコとサクヤの二人だけでは襲撃しても返り討ちに合うだけだ。もしくは無事に生き延びて何処かの島に辿り着けた可能性も考えられるが…その可能性は限り無く低いと見るべきだろう。海軍の拠点にたった数人で殴り込みを掛けるとは、つまりはそういうことだ。

 

「なんにせよ情報が欲しいよい」

「此処から一番近い島は何処じゃ??」

「一番近ェのは…ウォーターセブンか」

「ならそこに参ろう!大丈夫じゃ!!儂の弟の弟なら必ず生き延びる!!」

「会った事もねェしなんなら存在すら知らなかったのによく自信満々に言えるよい」

無論!!儂の!!弟の!!弟なのじゃから!!!

答えになってねェ!!!

 

 空の旅の次の目的地は──ウォーターセブン。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「敵に回すとおっそろしい連中だが……味方だとすんげェ頼りになるよな」

「違いねェ」

 

 "白ひげ"の元へ最短距離で突き進むシャンクス達"赤髪海賊団"。島を出た直後から海軍艦隊の襲撃を受けていたが、近付いた軍艦からウズメの"フネフネの実"の餌食となっており碌な抵抗も出来ぬまま海の藻屑と化していた。

 

 久しぶりの戦闘だと武器を掲げながら意気揚々と海に出た"赤髪海賊団"の面々だったが、残念ながら彼等の出る幕は無く、瞬く間に分解され海に投げ出されていく海兵達を只々眺める事しか出来なかったのだ。

 

「あらイイ男♡お姉さんと遊びましょうか♡♡」

「はっ離せ!!貴様等赤髪の仲間かっ!?」

「どうだっていいでしょそんなこと、ホラホラ服を脱いで♡♡」

「や、やめ!!あああ~~~~♡♡♡」

 

「「………」」

 

 海に投げ出されながらも、運よく生き延びた海兵達を引き上げては瞬く間に身包みを剥がし、即座にその場でおっ始める女達。最後まで抵抗していたのは中将らしき指揮官だが、それもものの数秒で鎮圧されてしまい複数の女達に連れられ船内へと姿を消した。

 

「こんなに敵さんに同情したの生まれて初めてだぜおれァ……」

「……奇遇だな、おれもだ」

 

 シャンクスとベックマンがあっという間に肉欲に塗れていく目の前の光景を虚無の表情で眺めながらそう呟く。恐らく、彼等がこの先自由になる日が訪れる事は決して無いだろう。彼等が解放される日が来た時、それは永遠の眠りを意味する。

 

「島の女達への手土産はこれぐらいで良いだろ、なかなか見所ありそうな連中だしな」

「ねぇ族長様。島に帰るまであの男達生きてられるかしら?」

「………お前らが我慢すりゃあそれで済む話なんだが?」

「無理ね♡」

「はぁ……またどっかで捕まえるしかねェか…」

「はぁ~い♡」

 

 年若く性欲が旺盛な女達の手綱を思うように引けない状況に大きな溜息を溢してしまう。自分が女達と同じぐらいの年頃の時はこんなに暴走気味に性欲を爆発させている女は居なかったが…環境が激変しただけでこうも違いが出るものなのかとウズメは頭を抱える。

 

 今回の遠征に同行している女の数は総勢百名ほど。その内の六割程は子供達とその母親達で占めており、残りの四割は出産経験のない孕み頃を迎えている女達で固められている。今回暴走列車と化しているのはこの四割の女達であった。

 

 確かに、彼女達の焦る気持ちも理解出来なくはない。閉ざされた島に運よく辿り着く男は一年を通して一度あるかないかだ。そしてよしんば辿り着けたとしても、五体満足な男はほぼ居らず、その数も島の人口に対して非常に少ない。

 

 一度も男を抱いた経験がないまま、年老いて孕めない躰になってしまうのを彼女達は恐れているのだ。現に一定数、その末路を辿ってしまった女達が少なからず存在していることも、彼女達の焦りを助長させる要因となっている。

 

 "男漁り"に出ようという提案が彼女達から出たのも、致し方ないと言えよう。

 

「しつけェ連中だな海軍ってェのは……」

 

 遠方にまたもや海軍艦隊が現れる。既に分解した軍艦の数は十隻を優に超えているが、敵の増援が途絶える気配は一向に訪れない。しかし、海軍も馬鹿ではない。次第に迂闊に近寄ってくる軍艦は減り、ウズメの射程範囲内に入らないように適度な距離を保ったまま遠方から大砲を撃つ戦法へと方針を変えている。

 

 だが、それならそれでシャンクス達にとっては好都合であった。遠方から放たれる大砲など驚異の内にすら入らないし、凄腕の砲手でもない限り命中率は限り無く低いからだ。万が一直撃コースになったとしても、直撃する前に撃ち落としてしまえば良い。

 

 "赤髪海賊団"だけでなく、ウズメ達の船にそれが出来ない者は誰一人として存在しない。

 

「この調子で行きゃあ明後日には白ひげんとこに辿り着けるか」

「シャンクス、その白ひげんとこに向かった新入りから伝言だ。どうやら聞く耳持たれなかったらしい」

「…白ひげのことだ、相手にしねェだろうなとは思っていたよ」

「あともう一つ──妙なチビッ子が白ひげの傍に居たらしい」

「─────!!…当たりか?」

「恐らくな」

「……ウズメに伝えておくか」

 

 詳しく報告を聞いたベックマンによると、髪はウズメと同じ金髪、ワノ国の伝統衣装に似た衣服を身に纏っていたという。そして何よりも重要な点はウズメ達と同じ一本角が額に生えていたという報告である。額に一本角が生えている種族は彼女等"女鬼族"を置いて他に存在しない、間違いなくウズメの娘本人だろう。

 

「おーい!ウズメー!」

 

 ロックスターと合流したら褒めてやらなきゃなと、内心でそう考えつつシャンクスはウズメに貴重な情報を伝えるべく、彼女の名を呼ぶのであった。




一方、その頃の麦わらの一味は…

・ォーターセブンでアイスバーグ市長の殺害未遂事件が発生し、市長暗殺の濡れ衣を着せられる。
・エニエス・ロビーに乗り込みロビンを取り戻す事に成功し、一味全員が賞金首となる。
・新たな船の完成を待ちつつ、ウォーターセブンで宴に明け暮れる。←今ココ。


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第九話

毎日ちびちび書いてるけど進捗は芳しくない
あとタイトル変えようかなって考えてたり
あとあと前話を少し修正してたり


「沈められた軍艦は……計十九隻!!犠牲となった海兵は千人強……!!極めて危険な存在です!」

「………」

 

 "白ひげ"と"赤髪"の接触に備え、少なくない数の海兵達が"新世界"へ向かい警戒を強めているその一方。普段の喧騒が嘘のような静けさに包まれた海軍本部マリンフォードではとある会議が行われていた。

 

 参加者はセンゴク元帥と海軍大参謀おつる。そして、世界中のありとあらゆる情報を搔き集め分析し、それを基に対策を講じる役割を持つ情報分析班の面々。

 

「現在"楽園"で暴れ回っているどのルーキーよりも低い額ではありますが、初頭手配の時点で比べれば誰よりも上…!!それになにより、他の海賊と群れようとしない"赤髪"が行動を共にしている事実を加味した上での額です!!」

 

 つい先程完成したばかりの手配書が会議参加者の前に置かれていく。写真には黒光りする一本角が特徴的な女の顔。

 

「ガープ中将に確認して頂いたところ、二十六年前に一度姿を現した女で間違いないとのこと。名は──ウズメ」

 

"船壊(せんかい)のウズメ"

懸賞金1億ベリー

 

 

「部下の女達も手強いと報告を受けています。此方も情報が揃い次第、順次危険度の高い者に懸賞金を──……」

 

 ウズメ。"海賊王"の娘を産んだ可能性が最も高い女。

 

「………」

 

 判断材料が"海賊王"と"船壊(せんかい)"が別れ際に交わした会話内容のみという、信憑性に欠ける不確かな情報ではあるものの、報告した人物が"海軍の英雄"ともなれば事実確認するには十分過ぎる程の価値ある情報となる。

 

 すぐさま事実確認、及び事実であった場合には可及的速やかに殲滅を目的とする艦隊が編成される。その戦力はバスターコールで収集される艦隊を優に凌駕する程の大艦隊であり、"海賊王"の血筋を必ずこの世から抹消せんとする海軍の決意の表れでもあった。

 

 これで一安心、誰もがそう思っていたに違いない。当時の海軍の総戦力の内の、実に一割に近い戦力が差し向けられたのだ。そう思ってしまうのも無理は無いだろう。だが、それだけの戦力でありながら、結果的に誰一人として無事に帰還出来た者は居なかった。

 

『……ぜ……いん食われ……た……♡』

 

 それが最期の通信で、最後に報告された言葉であった。

 

『………致し方なし。嵐の中から出て来ぬなら……"鬼"共はそのまま眠らせて置く他あるまい』

 

 苦渋の決断であったのは言うまでもない。有象無象の海賊達と"海賊王"の遺児。どちらを優先するかなど秤に掛けるまでも無く分かり切った答えだろう。だが、女達を守るように存在する嵐が前者へと秤を強引に傾けさせている。軍艦数百隻を瞬く間に冷たい海の底へ引き摺り込んだ嵐が、最大の障壁となって侵入を阻んでいるのだ。

 

 それだけではない。

 

 仮に"海賊王"のように運よく突破し、侵入出来たとしても、その先に待ち受けるのはこれまた船を一方的に破壊できる能力者──"船壊のウズメ"本人という悪夢。連日、再度艦隊を派遣するか否かの議論が交わされたが、最終的に世界政府最高権力"五老星"が出した結論は──触らぬ"鬼"に祟りなし。

 

 事実上の敗北宣言と言えよう。

 

 以降、下手に刺激しないように必要最低限の監視任務が設けられたが、二十六年という月日は一度も姿を見せない監視対象を監視する任務が形骸化するには十分な期間であった。次第に真面目に監視任務に就く海兵は姿を消し、いつしかその監視任務は格好のサボり場だという認識にすり替わってしまう。

 

 それから二十六年後。

 

 こうしてウズメ達は海軍に察知されぬまま外界へ踏み入り、"赤髪"と接触したのである。勿論、碌に監視任務に就かずウズメ達を見逃してしまった海兵達は、こっぴどく叱られた上に減給、降格処分を受けたのは言うまでもない。

 

「"船壊"の額は問題ない、それで発行してくれ」

「了解しました!」

「あァそれと………」

「??」

「単独行動している一本角の女の目撃情報が無いか洗い出せ。年は二十代半ば………"船壊"の娘だ」

「ということは……まさか……!!」

「まだ確証は得られていないが、その可能性は非常に高い。…混乱を避ける為、此処での話はくれぐれも他言無用だ」

「りょ、了解しました!!!」

 

 情報の重要さを何よりも理解している彼等なら情報漏洩の心配は無いだろう。ぞろぞろと部屋から退出していく情報分析班を見送ったのち、センゴクはおつるへと向き直る。

 

「……そろそろか?おつるさん」

「あぁ、"レッド・フォース号"の足の早さを考えたらそろそろだね」

 

 最早"赤髪"と"白ひげ"の接触は止められない。"四皇"同士の接触は過去何度か発生しているが、その度に多大な影響をこの世に齎している、勿論悪い方向にだ。今回の接触も、何かしらの悪影響を世界に与えるのは必至だと思われる。

 

「……来たね」

 

 どたどたと慌ただしく走る足音が徐々に大きくなり、センゴク達のいる部屋の前でピタリと鳴り止む。その直後、間髪入れず扉が豪快に開け放たれた。

 

「失礼しますセンゴク元帥ッ!!!"赤髪"と"白ひげ"がとうとう接触をッ……!!!」

「………何が起きても対応出来るよう厳戒態勢で監視を続けろ」

「了解しましたッ!!あ、センゴク元帥、もう一つご報告が!!」

「まだあるのかァ!?」

「ガープ中将の船がウォーターセブン方面へ向かっているのを目撃したと復興作業中のエニエス・ロビーから報告が……!!」

「~~~あ、あのバカ者がァ────!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十隻もの海賊船が二隻の船を招き入れようと進路を譲っていく。誘導するように形成されていく進路の先には、島の入り江に建設された巨大な港の姿。その中には一際大きな造船所があり、開け放たれたままの扉からウズメ達を覗くのは白い巨体が眩しい"モビー・ディック号"だ。

 

「……さて、バカ娘は何処にいるのかね」

 

 港には数え切れない程の船が停泊しており、黒い"モビー・ディック号"の姿も複数見受けられる。目視出来る範囲に娘の姿は見られないが、"見聞色"で島全体を隈なく調べれば何処に居るかは直ぐに判るだろう。

 

 ウズメはゆっくりと眼を閉じ、"見聞色"を展開した。

 

(………何だよ居ねェじゃねェか)

 

 シャンクスの部下の新入りからは、娘の特徴にピタリと一致する幼子が"白ひげ"の肩に乗っていたと聞いている。だが、どういう訳か娘の慣れ親しんだ気配は感じられない、既に立ち去った後なのだろうか。お仕置き(武装色込みお尻ペンペン)を恐れて逃げ出したのか、それとも亡き父を探しに行ってしまったか。

 

 どうやら、少々遅かったらしい。入れ違いになってしまったようだ。

 

「ま、あのジジイに聞きゃァ何処に行ったか分かるか」

 

 "モビー・ディック号"の前で仁王立ちする貫禄のある男とウズメの視線が交差する。そして次の瞬間、ウズメ達だけに向けられた指向性を持つ"覇王色"の覇気が襲い掛かる。

 

(──!!)

 

 初めて見る物ばかりではしゃぎ回っていた子供達が一瞬驚いた顔を見せたが、意識を失うまでには至っていない。ウズメも女達も何食わぬ顔で平然と佇む様子を見て、白ひげがにやりと笑う。どうやら、自身の前に立つだけの資格はあるとウズメ達を認めたらしい。その後はゆっくりと視線を移動させ、先に会談予定だった"赤髪"へと向き直る。

 

(へへっイイ男だなアイツ)

 

 衰え知らずな鋼の肉体。全身から迸る覇気。どれも魅力に溢れていてイイ男だ。ロジャーより早く出会っていれば、産み落とした娘はこの男の娘だったかもしれないなと思う程に。そんな事を考えながら、未だに男の品定めに夢中になっている女達を急かして下船の準備を進めさせるウズメであった。

 

「やりやがった!!戦争か!?」

「そりゃしねェつってたろ、お頭は……」

 

 港に降り立った場所のすぐ傍で会談の様子を眺めていた"赤髪"海賊団の幹部の会話が聞こえてくる。どうやら、"赤髪"と"白ひげ"の会談は決裂という形で終わりを告げたらしい。激突した二人の"覇王色"によって天が割れ、周囲一帯に暴風が吹き荒れる。今の行為は会談の結果を分かりやすく内外に知らしめる為のものだろう。

 

 刀を腰に収めながらシャンクスがウズメ達の元へ戻ってくる。交渉が決裂したからか、心なしか殺気を滲ませている。

 

「……派手にやったな、もう良いのか?」

「ああ、おれの目的は終わったよ。ま、見て分かる通り決裂しちまったけどな」

「んじゃ、次はアタイの番だな」

「なァ、おれも聞いてて良いか?」

「??──アタイは別に構わねェよ」

「ありがとよ、じゃあ行こうぜ…白ひげも待ちきれねェ様子だしな」

 

 己の獲物を地面に突き刺し、腕を組んで仁王立ちする白ひげが二人に視線を向けている。彼自身も何かしら話をしたい様子なのだと見受けられるが、その内容は十中八九サクヤに関する内容だろう。それに、全ての隊長達が集結している中で唯一見られない一番隊隊長の姿が無い事も関係していそうだ。

 

「グララララ………おめェがサクヤの母親か」

「アタイの娘が世話ァ掛けたようだね……ウズメってんだ、宜しく頼むよ」

「気にしちゃいねェ、ガキは暴れてる方が可愛げがあるってもんだグラララ!!」

 

 大きく笑いながら、"白ひげ"は自身の背後で顔を覗かせる"モビー・ディック号"を見上げた。視線につられウズメとシャンクスも白い巨体を視界に収めると、よくよく観察すれば細かな傷が至る所に刻まれているのが分かる。"白ひげ"の口ぶりから察するに、恐らくサクヤが暴れた結果付けてしまったものだろう。

 

「……理由は大体想像つくが…ロジャーが既に死んでることでも伝えたか?」

「なんだおめェ知ってたのか?」

「医者の爺さんと…本人の口から余命一年って聞いていたからね」

「サクヤの奴にゃァ伝えなかったんだな」

「あァ~~~なかなか言い出せなくってよ………いやァ悪かったね」

 

 初めて産み落とした愛娘の悲哀に沈む顔を見たくなかったが為に、ウズメは意図的に真実を隠してサクヤの追及を躱していたのであった。とは言っても、毎晩のように父の話を強請るサクヤに話す事と言えば、淫らに交わりあった七日間の内容か、もしくは出発前夜の宴の場での話しか無いのだが。

 

 娘から父との情事の内容を強請るなど外界では考えられないだろうが、女達にとっては至って普通のこと。ウズメは何度も何度もロジャーとの情事を思い出しては如何に素晴らしい男であったかを、就寝前の子守唄代わりに聞かせていたのであった。

 

 その結果がこれである。まさか闇夜に紛れ島を抜け出そうと考える程に、父に会いたいという想いが溢れていることをウズメは見抜けなかったのだ。

 

「正直ロジャーの話も聞きてェところだが、またの機会にしとくよ」

「そう悠長にしていられる時間はねェ、海軍の奴等もまだ監視してるしな」

「ああ、分かってる。本題に入ろう。アタイの娘は何処に行っちまった?」

 

 "海賊王"の好敵手(ライバル)とその男の娘を産んだ女。顔を合わせたこの機会にロジャーの話を聞くのも一興と考えたが、シャンクスの言う通りウズメは目的を優先することにした。その機会はサクヤを回収した後にでも設ければ良い。

 

「サクヤなら弟を探しに行ったぞ」

「「…………弟???」」

 

 白ひげの放った言葉にシャンクスとウズメが疑問符を浮かべながら首を傾げた。「誰の」を付け加えない随分と勿体ぶった言い方である。

 

「グラララ…エースのことさ」

あ、あいつロジャー船長の息子だったのかよ!?

「なんだよロジャーの奴…もう一人仕込んでんじゃねェか、ホントに余命一年だったのか?」

「余命に関しちゃァおれも本人から聞いていたが…ま、余命でくたばる前に処刑されちまったからどの道関係ねェがな」

「そうか…てっきり病気で逝っちまったもんと思ってたが」

「文句の一つも言えやしねェ鮮やかな勝ち逃げしやがったぜあの野郎」

「驚いたな…エースとサクヤが血の繋がった兄妹って事になるのか…ん、いやサクヤの方が姉か?」

 

 白ひげの話では二十四年前に海軍によって処刑されてしまったとのこと。海賊団を解散させた後は暫くの間行方をくらませていたようだが、恐らくは息子を仕込んだのもその時期だろう。その後は歴史に刻まれている通り、死に際に放った一言で世界は大海賊時代を迎える事になる。

 

「……──話が逸れたな、サクヤならおれの息子と一緒に今頃は楽園に入ってる頃だろうよ」

「姿が見えねェなと思っていたが…そういう事か。居たら勧誘しようと思ってたんだがな」

「息子にちょっかい掛けてんじゃねェよアホンダラ」

「なるほどね…あんたの息子は信用していいんだよな?」

「グララララ!!おれの自慢の息子だ!!そこらの海賊にゃァ負けやしねェから安心しろ!!」

「そこはおれも保証しよう。実力も申し分ねェ、楽園に居る海賊じゃあロクに太刀打ち出来ねェと思うぜ」

「……なら良いんだ。だが、声だけは聞いておきてェ」

「待ってろ、今掛けてやる」

 

 白ひげだけなら親の贔屓目を疑っていたが、シャンクスもその息子なる人物の実力を認めているなら問題は無さそうだ。この二人を疑っている訳ではないのだろうが、やはり母親としては声だけでも直接無事を確認しておきたいところなのだ。

 

『………──もしもし、オヤ『んん!!!んん!!ん~~~~うめェ!!

ふぁふふぉ!!んん!!はふはふはふ!!!うん~まい!!

『サクヤちゃんイイ食いっぷりだな!!飯作る甲斐があるってもんだ!!』

『おいアホコック、こっちにもメシ寄越せ』

『あァ!?てめェは其処らへんの雑草でも食ってろアホ剣士!!!』

『……"不死鳥"が何故楽園に…?それにあの子は…』

 

 電話に出たマルコの声が掻き消されると同時に聞こえてきたのは、随分と騒がしい複数の人物達の声であった。



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第十話

書いては消して書いては消してを繰り返してたら前回の投稿から1か月経ってた\(^o^)/

書きすぎて1万文字超えちゃったぜ☆彡


「…………じゅる」

「…………あ~~嬢ちゃん、店の真ん前で陣取られると商売の邪魔なんだが……」

 

 

 時は少し遡り、ウォーターセブン"商店街"にて。

 

 人目に付かない場所を探して降りる場所を探す時間を待ちきれず、サクヤはマルコの背から飛び降り大海原に着水。泳いで一足先にウォーターセブンに入り"商店街"にその姿を見せた。

 

 

「…………じゅる」

「…………保護者とはぐれちまったのか??困ったな……」

 

 

 弟の弟を探すという目的を忘れた訳ではない。しかし、腹が減っては戦は出来ぬとも言う。一先ずは腹ごしらえを優先し、然る後に弟の弟を探すとしよう。

 

 

「…………じゅる」

「…………嬢ちゃん??金は持ってねェのかい?」

 

 

 だが、ここで問題が発生する。なんと旅費が入ったリュックをマルコの背に乗せたまま置いてきてしまったのである。つまり、今のサクヤは無一文の状態。そんな訳でサクヤはこの島の基本的な移動手段である"ブル"に乗ることも出来ず、下半身を水に浸らせながら店先にしがみ付いて水水肉を至近距離でじっと見つめる事しか出来ないでいた。

 

 

「……あァ~~~わーったよ!!少しだけなら持って行って構わねェよ嬢ちゃん!!」

「ほ、ほんとか~~~~~~~~!!!!???」

「途端に元気になりやがったなオイ………少しだけ(・・・・)だぞ」

「分かった!!!」

 

 

 とうとう根負けした店主が少しだけなら持って行って良いと許可を出した。サクヤが店先に陣取っている所為で"ブル"が店先に寄れず、客足が途絶えた現状をどうにかしたかったのだ。少女の見た目からして精々二、三個が限界だろう、それだけならば大した損失ではないし十分取り返せる筈だ。そう判断してのことなのだろうが、サクヤを見た目通りの少女だと思った店主はこの直後、地獄を見る事になる。

 

 

「ありがとう店主!!!!ここからここまで貰う!!!」

「何言ってんだ馬鹿野郎!!!!少しつったろうがおれァよ!!!」

「これが儂の……少し(・・)じゃ!!!!」

「んな訳あるかァ!!!!!待てコラァ!!!!」

 

 店先に置かれていたほぼ全ての水水肉を両手一杯に抱え込み、器用に両足だけを使って水路を泳いで中心街の方面へ水路をぐんぐん進んでいく。瞬く間に姿を消したサクヤを呼び止める店主の声が商店街に空しく木霊していた。

 

 

「もぐもぐもぐ………うぅ~~~ま~~~~~い~~~~……!!!」

 

 

 その後、水路が張り巡らされた商店街を抜けたサクヤは水路から陸に上がり、水水肉を頬張りつつ目的を果たすべく歩き始める。現在地点は商店街を抜けた先の市街地。建物と建物の隙間から「1」と描かれた高く聳え立つ巨大な壁が垣間見える。

 

 

「うまうま~~……るふぃは何処におるのじゃ~??」

 

 

 キョロキョロと彼方此方に視線を移しながらルフィを探し続けるが、この広い島で闇雲に探し回っても見付かる可能性はほぼ皆無。となれば、最も手っ取り早い手段は見聞色を用いてそれらしい気配の持ち主が居るかどうかを探るか、もしくは市民に聞いて回るかのどちらかだ。

 

 

「あの壁の向こうにちょっと強い気配が複数……む、マルコも無事に上陸したようじゃな!!」

 

 

 サクヤは使い慣れた見聞色を用いてルフィを探し始めた。

 

 他者の気配を読み取る力に特化したサクヤの見聞色はウォーターセブン程の島なら全体を容易く覆い尽くせる程に広い。早速、「1」と描かれた壁の向こうに複数の強い気配を感じ取り、そして島の外縁部に上陸したマルコの気配を感じ取る。目的が同じである以上その内合流出来るだろうとマルコは放置だ。今のサクヤの心を占めているのは、もうじき弟の弟に会えるという期待感のみ。

 

 

「るふぃはあそこか!!」

 

 

 女鬼族自慢の身体能力を活かしてその場から屋上へと跳躍し、更に建物から建物へまるでスキップするかのように移動する。目指す先はウォーターセブンの中心部。一つ建物を飛び越える度に胸の高鳴りが一層激しくなる。だが、不思議と心地好く全く嫌な気分にはならない。

 

「もぐもぐもぐ!!うまぁ~~~!!」

 

 水水肉を全て平らげ巨大な壁を飛び越え空を駆ける。着地したその先には先程の壁と同様に「1」と描かれた巨大な門の姿。間もなく陽が暮れるからか、大通りを歩く市民の数は疎らだ。市民と市民の間を縫うように素早く走り抜け、門の前へと辿り着いた。

 

 ルフィと思われる者の気配はこの巨大な門を抜けた先にある広場から感じ取れる。その周囲にも強弱様々な気配が動いているが、恐らく麦わらの一味だろう。ルフィの兄の姉として、彼等にも挨拶せねばなるまい。

 

 スゥ~っと息を吸い込み、サクヤはありったけの大声でルフィの名を呼ぶ。

 

 

「る~~~~ふぃ~~~~~~~~~!!!!!」

『!!!?』

 

 

 強引に抉じ開けられて拉げた門が敷地内へ吹き飛び壁へ激突。幸いにも巻き添えになった者は居ない様子だ。ちゃんと人が居ない場所へ向けて吹き飛ばすぐらいの理性は残っていたらしい。それならば普通に開けろと言いたいところだが、暴走気味のサクヤにそれは無理な相談である。

 

 

「うお何だ!?」

「敵か!?」

「下がってろナミさん!!」

 

 

 ドタバタと慌てた様子で三人の男が前に出る。変な眉毛の奴。三本の刀を腰に差す緑髪の男。そして最後の一人、麦わら帽子を被った男。記事に載っていた男が今、サクヤの目の前にいる。

 

 

「おぬしが麦わらのルフィじゃな!!会いたかったぞ!!!」

「……知り合いか??」

「いや知らん誰だお前???」

「てめェルフィ!!!こんなカワイ子ちゃんに知られてるだけでも罪なのに更に罪を重ねる気か!!!!」

「知らねェもんは知らねェよ!!ほんと誰だお前!?」

 

 

 ルフィの知り合いじゃないとなれば、考えられる線は賞金稼ぎか。つい先日、麦わらの一味は全員が賞金首になったばかり。早速その情報を仕入れた賞金稼ぎがその首を狩りに来た可能性は十二分にある。ガレーラカンパニーに匿われている事は公然の秘密となってしまっているし、居所を掴むことなど造作もないだろう。それにしてもこんな幼女が来るとは流石に予想の範囲外だが。

 

 

「エースに弟が居ると聞いてな!!居ても立っても居られず会いに来たのじゃ!!!」

「エース!!?」

 

 

 一味にとっては少し前にアラバスタで本人と会ったばかり。ルフィの兄とは思えない程の常識人っぷりだったのを良く覚えているし、ナノハナで海軍の追っ手から逃げる際に助けてくれた恩人でもある。その後、重罪人を追っているとのことですぐに立ち去ってしまったが、今もまだその重罪人を追っているのだろうか。

 

 

「お前エースの友達なのか!?」

「ワハハハ!知りたいか!知りたいのじゃな!?ならば教えてやろう!!!」

 

 

 ルフィからの問い掛けに、サクヤは腰に手を当てて胸をドンと張って声高に己の正体を宣言しようと口を開いた。

 

 

「儂の名は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)!!何を隠そうお主の兄であるエースは…儂の弟なのじゃ!!!」

『は、はァ~~~~~~~!!!!??』

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

ぶべぇふびふぁふばあふぇふぃあぼふぁ!!(エースに姉がいたのか!!)んぐ!!おれ知らなかったぞ!!!」

ふぁしふぐぃふぁぶごぃふぁびぃふばぁ!!(儂も知ったのはつい最近じゃ!!)

「……会話が成り立ってるのが不思議でならないわ」

「エースの姉って言われても信じ切れねェな…妹の間違いじゃねェのか??」

「どんどん食べてってくれよサクヤちゃん!!食材はこのあと宴に参加する奴等が大量に持ってくるから心配すんな!!」

 

 ガツガツと次々と目の前に差し出される食事を平らげつつ、対面に座るお互いを見ながら会話を行うサクヤとルフィ。吐き出される言葉は到底理解出来ぬ言語だが、どういう訳かこの二人の間では会話が成り立っている。

 

 

「ロビンとチョッパーもそろそろ帰ってくるかしら…ていうかこの状況どう説明すれば良いの」

 

 

 何処からどう見ても幼女なのにエースの姉と名乗る謎の幼女。見た目からしてルフィより年下なのは明らかなのだが、さりとて嘘をついてるようにも見えない。かつて海賊相手に泥棒稼業をしていたことと、そうして盗んだ金銀財宝を現金に換金する際に数多の商人達と交渉した経験が裏付けている。

 

 だからと言って、サクヤと名乗る幼女の様相を見るとそう易々と信じられるものではないのも確か。額に生えた角からして人間ではないようにも見えるが、巨人族のように寿命が長い種族で見た目通りの年齢とは限らないのだろうか。

 

 

「ンマー……どうして表の門があんなところに転がってるんだ??」

「あ、市長さん」

 

 

 うんうんと悩むナミの元へ、頭に包帯を巻いた男が近寄っていく。市長と呼ばれた男──アイスバーグの両手には食材がこれでもかと詰め込まれた袋があり、言うまでもなく宴に参加する為に持ち寄ってきた食材だろう。彼の背後にはガレーラの職長達の姿もあり、アイスバーグと同様に大量の食材を抱えている。

 

 

「……あの人だれ??」

「……知らねェのか??」

「え??…有名な人?」

「……ンマー、麦わらと角の生えた女の子を探してるって言ってたんでな、行き先が一緒だったから連れてきた」

「ルフィを…??知り合いかしら……」

「その点も含めて後で自己紹介させよう」

 

 なにやら見慣れぬ…頭にパイナップル乗っけたような髪型の人物がパウリーやフランキーと親しげに会話しつつナミとアイスバーグの元へ歩いてきている。その人物も例に漏れず、大量の食材を抱えていた。アイスバーグは彼の正体を知っているようだが、知り合いか何かだろうかと、ナミは謎の人物の正体に当たりを付ける。

 

 

「ねぇ、角の生えた女の子ってあのサクヤって女の子じゃない??」

「あいつがそうか──おいマルコ!!」

「ん??」

 

 

 パイナップル頭の男はマルコというらしい。アイスバーグに呼ばれたマルコが、ナミとアイスバーグの元へ歩み寄る。

 

 

「お目当ての女の子はあの子か?」

「お、やっぱここに居たか」

「あなた、あの子の知り合い?」

「そうだよい。エースの奴を一緒に探してんだ」

「じゃ、じゃああの子の言ってる事って本当なの?ルフィのお兄さんの姉って言ってたけど……」

 

 

 ホッとした様子でサクヤを見つめるマルコにナミが質問を投げ掛ける。内容は勿論エースの姉とサクヤが宣言した件についてだ。親しげにエースの話題に花を咲かせているルフィは信じている様子だが、一味の仲間達は半信半疑といったところか。

 

 

「ん、本当だよい。エースとサクヤは腹違いの姉弟だぞ」

「ほ、本当なんだ……わたしちょっと頭が残念な子なんだなって思ってたわ」

「そう思っちまうのも仕方ねェがド直球で辛辣だなおい」

 

 

 かくかくじかじか。

 

 エースとサクヤの父親が"海賊王"である点だけ伏せ、二人の生い立ちを簡単に伝える。この秘密を知るのは"白ひげ海賊団"と極一部の者達だけに留めておいた方が良いとの判断だ。この秘密が広まれば確実に海軍の耳に入ってしまい、必然的に命を狙われることになるからである。

 

 島に近付く前に父親が"海賊王"である事を伏せておけと言ったからか、父親に関しては何も喋らなかったらしい。うっかり口を滑らせるのではないかと不安なマルコだったがその心配は杞憂に終わった。

 

 

「あ、チョッパー!ロビン!おかえり!」

「今帰ったぞーーっ!フランキー一家のケガ診てきた!あとロビンから目を離さなかったぞ!!」

「ありがとチョッパー!」

「………これは…どういう状況かしら」

「──ん?オヤジからだ……」

 

 

 麦わらの一味や大勢の人間達が続々と集まりつつある中、マルコ達が出発した際に白ひげ本人から渡された連絡用の電伝虫が着信を知らせる。何か用事があれば連絡すると言っていたが、本隊の方で何かあったのかもしれない。マルコは一先ず電話に出る為、両手に抱えていた食材と電伝虫をテーブルの上に置いて通話に出る。

 

 

「もしもし、オヤ「んん!!!んん!!ん~~~~うめェ!!」

「ふぁふふぉ!!んん!!はふはふはふ!!!うん~まい!!」

「………ルフィと張り合える人初めて見たわ」

「サクヤちゃんイイ食いっぷりだな!!飯作る甲斐があるってもんだ!!」

「おいアホコック、こっちにもメシ寄越せ」

「あァ!?てめェは其処らへんの雑草でも食ってろアホ剣士!!!」

「……"不死鳥"が何故楽園に…?それにあの子は…」

「??──ロビンあの人のこと知ってるの??」

 

 

 冷や汗を浮かべながらロビンが絞り出すように呟いた言葉を、すぐ傍に居たナミが拾い上げる。ロビンの視線は真っ直ぐマルコとサクヤへ向かっており、眉間に皺を寄せて只ならぬ雰囲気を醸し出していた。当然、彼女のすぐ傍に居たナミが真っ先に彼女の異変に気付き、声を掛ける。

 

 

「…………」

 

 

 だがそれでも、ロビンは何も答えず視線を二人の来訪者へと注いだままであった。アイスバーグが正体を知っている様子だったが、ロビンもまた、彼等の正体について何かしらの情報を持っているようだ。冷や汗を浮かべつつ警戒した面持ちで視線を注ぐロビンを見る限り、この二人は彼女にとって敵に近い存在なのかもしれない。

 

 

「……ロ、ロビン??」

「ん、どうしたんだいナミさんロビンちゃん??」

「??」

 

 

 ナミとロビンの様子がおかしい事に気付いたサンジを皮切りに、宴の様相を帯びつつあった広場は異変を察知し、次第に静寂を取り戻していく。フランキー一家、ガレーラの職長。そして麦わらの一味達。皆が皆、ロビンの一挙一動に注目する。この状況に気付いてないのは未だに目の前の食事に夢中になってエースの話題に花を咲かせるルフィとサクヤだけである。

 

 やがてロビンが重々しく閉ざされた口を開く。絞り出すかのように紡がれた内容は、驚くべき内容であった。

 

 

「"不死鳥のマルコ"……"白ひげ海賊団"の一番隊隊長よ…懸賞金は13億7400万ベリー」

『じゅ…13億ぅ~~~~~~!!!!??』

 

 今日に至るまで様々な強敵達と相見え、そして打倒してきた強敵達を容易く抜き去る巨額の懸賞金に驚きを隠せない。つい先日、ロビンを奪還する為にエニエス・ロビーを襲撃したことによって一味全員に懸賞金が懸けられたが、全員の額を足して二倍にしても尚届かない額なのだから当然だ。

 

 

「ど、どうしようロビン!!わたし失礼なこと言ってないよね!?こ、殺される!!!?」

「えーーーーーっ!?ナミ殺されちゃうのかーーーー!!!??」

「気分を損ねたら……八つ裂きにされるんじゃないかしら」

「────!!!!」

「いちいち表現が怖ェんだよニコ・ロビン!!」

 

 

 一見気の良さそうな兄ちゃんにしか見えないのに、その実とんでもない懸賞金を懸けられた大物だということが判明した衝撃は凄まじい破壊力を齎した。特にそんな大物だなんて思わずに普通にマルコと会話したナミの顔面は蒼白に染まっており、年頃の娘がしてよい表情の範疇を超えてしまっている。

 

 

「なんで教えてくれなかったのよ市長さん!!」

「ンマー……面白そうだったからつい」

「殴るわよアンタ!!!」

「殴ってから言うな」

「ア、アイスバーグさんに何しやがんだハレンチ娘ッ!!!」

「喧しい!!!」

 

 

 静寂に支配された広場がその支配から解き放たれる。特に騒がしいのは直接声を掛けてしまったナミ本人だ。大粒の涙を溢しながらロビンに縋り付くも、冷静に紡がれたロビンの言葉に魂がすっぽり抜けた抜け殻のようになっていく。かと思えば次の瞬間には物凄い剣幕でアイスバーグの元に怒鳴り込むと同時に強烈な平手を一発お見舞いしていた。完全に我を忘れている。

 

 そんなナミに触発されて、広場はてんやわんやの騒ぎへと発展した。マルコが此処に来た目的は何なのか、まさか麦わらの賞金を狙いに来たのか、またはアイスバーグを暗殺しにきた等々。様々な憶測が流れては空に消え、また新たな憶測が流れる。

 

 

「あ~~……困ったな」

 

 

 そんな広場の状況を、思いがけず渦中の人となったマルコが困った様子で眺めている。人目の付かない場所を探して降り立った"廃船島"で新たな船を建造していたアイスバーグ等と出会い、即座に正体を見破られた時から嫌な予感を感じていたのだ。

 

 こうなることを恐れて軽い変装を施していたのに、最後の最後に油断して変装を解いてしまった。確かに、ニコ・ロビンならば自分を知っているのも当然だと言える。なんせ八歳という…サクヤよりも幼い頃から賞金首になり、たった一人でこの世界を生き抜いてきたのだ。きっと生き残る為にありとあらゆる手段を取らなければならなかったに違いない。それがどれだけ過酷なことか、想像するだけでも恐ろしい。

 

 ともあれ、一先ずはこの騒ぎを収めるのが先決。麦わらの一味の元へ向かう道中でアイスバーグ等に此処に来た目的は話してあるし、敵対意志がない事は理解してくれている。フランキーやパウリー達が事態の鎮静化に協力してくれているのもあるし、自分から説明するような真似はしなくて良いだろうと、マルコは深く考えずにとりあえず静かになってくれれば良いやという気持ちで口を開いた。

 

 

「あ~…別に気にしてねェから構わねェよい。それよりオヤジの声が聞こえねェから少し静かにしてくんねェか?」

『はいッ!!!!!!!……………はい??』

 

 

 勿論、そんな訳がある訳が無い。

 

 何かとんでもない事を口走ったのは気のせいかと、サクヤとルフィを除いたこの場に居る全員の時が止まる。"白ひげ海賊団"はそれ自体が巨大な家族と言って差し支えない集団である。加入した者は皆例外なく"白ひげ"の息子娘となり、その絆は固く結ばれ並大抵の謀略では揺るがない強固なものとなる。

 

 そして船員達は皆、敬愛と敬意を込めて"白ひげ"をこう呼ぶ──"オヤジ"と。

 

 

『グララララ!!随分と喧しい場所にいやがるじゃねェか…えェマルコよ??』

『────!!!!!!!』

 

 

 電伝虫の姿が白い三日月の口髭をたっぷりと蓄えた威厳のある顔つきに変貌する。つい最近、麦わらの一味はその特徴的な口髭を目撃したことがある。そう、アラバスタで遭遇したルフィの兄であるエースの背に刻まれていた刺青のモチーフとなった人物の顔だ。当然マルコの背にも同じ刺青が刻まれているだろう。

 

 

「……う、噓でしょ…ちょっとわたしもう無理吐きそう」

「し、しっかりしろナミさん!!」

「電話越しでも……存在感パネェな」

「白ひげ………今最も"海賊王"の地位に近い男…」

 

 

 かつて、"海賊王"ゴールド・ロジャーと幾度となく死闘を繰り広げ、数々の逸話を築き上げた伝説の男が、電話越しとは言え目の前にいる。その存在感は今まで相手にしてきた強敵達と比べるまでもなく、数々の死線を潜り抜けメキメキと実力を伸ばしつつあった麦わらの一味であろうと、震え上がらせるには十分な効果を齎した。

 

 

「………ばいもふもぉう(かいぞくおう)??」

「ふぉ??──まぁぶご(マルコ)!!」

 

 

 今まで我関せずな様子でテーブルに並ぶ食事を貪り喰らっていたルフィがある単語に反応し、食事の手を止め視線を仲間達の方へ向ける。突然のルフィの行動に首を傾げつつ、サクヤも同じ方向を見て漸くマルコの存在に気が付いた。

 

 ロビンの小さな呟きを聞き逃さず、的確に拾い上げたルフィの地獄耳は称賛に値する。そして、普段は小難しい話には即座に白旗を上げる筈のルフィの頭脳が、どういう訳かここぞととばかりに状況の整理を迅速に行っていく。

 

 白ひげ、海賊王、三日月の口髭を蓄えた威厳たっぷりな電伝虫。

 

 アラバスタで別れた兄エースと交わした言葉が蘇る。

 

 

『おれはあの男を"海賊王"にならせてやりてェ…ルフィ、お前じゃなくてな…!!!』

 

 

 一足先に海に出た兄が惚れ込んだ男。どのような経緯で白ひげ海賊団に入ったのかなんて興味はないし、聞くだけ野暮というもの。問題は其処ではなく、両者の目指す先が"海賊王"という頂である以上、いずれは刃を交えなくてはならない関係であるということだ。

 

 

「もぐもぐもぐ!んぐ!!ぷはァ!!──おいおまえ!!!」

『ルフィ────!!!!???』

 

 

 となればこの男が次に起こす行動は自ずと予想がつく。

 

 

「エースから聞いたぞ!!!おまえを海賊王にしてやりてェって!!!」

『………!!』

「負けねェぞ!!海賊王になるのはこのおれだッ!!!!」

『………ほぉう』

 

 

 威勢が良い…では済まされない事をやっているのは明白である。相手は海の皇帝"四皇"の一角に座す世界最強と名高い男。そんな相手に、まだ結成して間もない一味の船長が宣戦布告するなど狂気の沙汰としか言いようがない。

 

 

「ンマー……だがあの男なら或いは…」

「やりかねねェ…ですね」

「うお───ッ!!!イカスじゃねェか麦わらァ!!!」

 

 

 だが、この男なら並居る強敵達を倒し"海賊王"となるやもしれない。そう思わせるだけの力をこの男は持っているし、そう思わせるに値する奇跡をこの男は見せてくれた。少なくとも、ガレーラカンパニーの者達はそう信じていた。

 

 

『てめェみてェな威勢の良いガキは嫌いじゃねェ……名は?』

「モンキー・D・ルフィだ!!覚えとけこの野郎!!!」

『……エースの弟だったか、無鉄砲さは兄譲りという訳か』

(((名前覚えられてる────ッ!!!)))

 

 

 既に名前を覚えられていた事実に一味の連中が恐れ慄く。情報の出所はきっとエース本人だろう。弟想いの彼なら、ルフィに懸賞金が懸けられた時点で嬉々として自慢して回りそうだ。そんな姿が易々と目に浮かんでしまう。

 

 

「このアホ───ッ!!!!」

「ぶべばッ!!!」

「る、るふぃ──!!?お、お主仲間ではないのか──!!?」

「仲間に決まってんでしょ!!だから殴ってんでしょーがッ!!!」

 

 

 言いたい事を言えて、随分と晴れやかな表情になったルフィの横っ面にナミの渾身の平手が炸裂した。一味の男連中の歯止め役を担うナミにとって、今回のルフィの行動は流石に肝が冷えたのだろう。普段の平手よりも幾分強い力が籠められている。自分が仕出かした事については完全に棚に上げているのは気にしてはならない。追及すればルフィと同じ末路を辿る事になる。

 

 

「あんた相手が誰なのか分かってる!?今の(・・)わたし達じゃ蹴散らされるのがオチよ!!」

 

 

 何しろ相手は世界最強と名高い男なのだ。"海賊王"を目指している以上、いつかは激突せねばならない相手であることはナミとて理解している。だが、少なくとも、今がその時かと問われれば間違いなく時期尚早であると答えるだろう。

 

 

「それでもおれは負けねェ!!」

「おバカ!!」

「ぶべッ!!」

「るふぃ───!?」

「……なかなか愉快な連中だよい、そう思わねェかオヤジ」

『グラララ……将来有望なルーキーじゃねェか』

 

 

 ルフィの突飛な行動は唯の蛮勇とも言えるが、そういう行動を起こす連中ほど得てして世間が仰天するような事件を起こすことを白ひげはよく知っている。その仲間達もそうだ。船長の啖呵を切る姿を見て好戦的な笑みを浮かべているし、現時点では足元にも及ばない事を理解しつつも将来的には勝つつもりでいる。

 

 将来有望なルーキーだと、世間一般的な立場の者達からすればその言葉は間違っているだろうが、海賊の立場から言えば実に的確な表現である。将来的にセンゴクの胃を情け容赦なく攻撃するだろう未来を幻視したからこそ、自然と零れた言葉であった。

 

 実際、エニエス・ロビーを襲撃するという大事件をこの一味は引き起こしているし、今後も大きな事件を引き起こす可能性は非常に高い。今後偉大なる航路(グランドライン)は"麦わらの一味"を中心に大きく動くのではないか──実際に当人達を目にしたマルコはそう思い至るのであった。

 

 

「そういやなんか用事があるんじゃねェのかオヤジ?」

『おォそうだった………っおい痛ェだろうが脇腹を突くんじゃねェ!』

「??」

『急かすんじゃねェ……サクヤは其処にいるんだろ?』

「──ん??なんだお爺ちゃん!!」

(((お、お爺ちゃん~~~~!!?)))

 

 

 先程から脳の情報処理能力が暴走しそうな程に飛び込んでくる情報が濃密だ。参謀役のナミやロビンはまだ冷静に捉えられているようだが、一味の最高戦力であるルフィを筆頭とする戦闘バカ達はお手上げ気味であった。緑髪の男と変な眉毛の男──ゾロやサンジはまだ思考を放棄していない様子だが、ルフィは既に思考を丸投げして再び大量の食事にありついている。

 

 サクヤも一瞬ルフィに追随しかけたが、自身の名を口にした白ひげの声に踏み止まり耳を傾ける。そうして出てきた言葉が、先程のお爺ちゃんと親しげに呼ぶサクヤの言葉である。マルコと行動を共にしているのだから、船長である白ひげと面識があるのも当然なのだろうが、流石にお爺ちゃん呼びは予想外だった。

 

 

(……これ、下手に聞いたら藪をつついて蛇を出すパターンじゃないのロビン)

(…そうね)

 

 

 エースはオヤジと呼んでいたのに、姉であるサクヤはお爺ちゃんと呼んでいる点は気になるものの、深く追求したら何か飛んでもない情報が出てきそうな予感を犇々と感じる。ナミとロビンは目配せで互いの意思を確認し、事の成り行きを静かに見守る選択を選んだ。

 

 

『おめェにお客さんだ』

「????──わしにお客さん???」

『──よォサァ~~クゥ~~~ヤァ~~元気そうじゃねェか』

「───!!!そ、その声!!母上───!!!!??」

『母ちゃん~~~~~!!!?』

 

 電伝虫の姿がみるみる内に変貌し、サクヤと同様の角が額に生えた女性の顔となる。この短時間の間に一体どれだけ絶叫すれば良いのやら、目まぐるしく移り変わる展開に容赦なくツッコむ気力が削ぎ落されていく。

 

 だが、事態はこれだけでは収まらない。広場での騒ぎに気を取られ、マルコとサクヤも徐々に近付いてくる存在に気付けていない。出会えば即、迷うことなく逃げの一手を考慮せねばならぬ程の相手がすぐ傍まで迫っている。

 

 斯くして、その時は訪れた。

 

 

「ル~~~~フィ~~~~~!!!!」

『今度は海軍~~~~ッ!!!!?』

「げっ!!!爺ちゃん!!!!!?」

『爺ちゃん~~~~ッ!!!!?』

 

 

 宴はまだまだ、始まりそうにない。



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第十一話

冬眠してました(´_ゝ`)


「赤髪なんぞに毒されおってこのバカもんが!!!!」

「シャ…シャンクスはおれの命の恩人だ!!悪く言うな!!」

「じいちゃんに向かってその口の利き方はなんじゃ──!!!」

「ギャ───!!!ごめんなさいっ!!!」

 

 

 突如広場に雪崩れ込み、勢いそのままにルフィに突貫し拳骨を一発。更にその後の押し問答で駄目押しの一発がルフィの頭上に降り掛かる。"ゴムゴムの実"を食べたゴム人間であるルフィが唯の拳骨に痛みを感じている事も十分衝撃を受ける内容だが、それ以上にどんな敵にも恐れず立ち向かうあのルフィが完全に戦意喪失している姿の方が仲間達には信じられなかった。

 

 

「完全に闘争心を折られてるわ………」

「小さい頃にあんな出鱈目な真似されたら無理もねェな……!!」

「大変だ──!!ルフィが海軍に捕まった───!!!」

 

 

 そして、てんやわんやの騒ぎを起こしているのは何も麦わらの一味だけではない。

 

 

『怪我ァしてねェだろうな??』

「う、うむ」

『なら良い──……お尻(武装色込み)ペンペン百回で許してやる』

「い、嫌じゃ────!!!!!!!」

 

 

 此方は此方で死刑宣告を受けたところであった。

 

 『お尻ペンペン』

 

 世間一般では悪戯を働いた子供に対する罰として古くから行われているお仕置きであるが、それは女鬼島においても変わっていない。しかし、唯一つだけ世間とは違う点があり、この違いこそが女鬼島の子供達が最も恐れるお仕置きとして君臨する要因となっている。

 

 答えは"武装色"。子供達の纏う"武装色"よりも僅かに強い"武装色"で叩く。それこそが世間と女鬼島との最大の違いであり、悪名高いお仕置きとして恐れられる要因となった。

 

 幼少の頃より覇気の鍛錬を行うとは言え、達人の域に足を踏み入れている母親達の覇気の練度には到底及ぶべくもない。往来の激しい道端で臀部を晒され、泣き喚きながらもしっかり"武装色"を纏っているのは日頃の鍛錬の賜物なのだろうが、そんな涙ぐましい努力は覇気の達人である母親達の前ではてんで無力。

 

 しかし、意外な事に、このお仕置きが覇気の練度向上を促進させる役を担っている。

 

 通常、覇気という力は生きるか死ぬかの極限状態に晒されるか、もしくは過酷な鍛練を行う事によって上達していくものだ。お仕置きを受けた子供達の覇気が大きく向上しているということは、それだけ子供達にとって生きるか死ぬかの瀬戸際か、もしくは過酷な鍛練を行う事と同義であるということ。

 

 お仕置きを受けたくないのであれば良い子にしていれば良いだろうと思わなくもない。しかし、子供という存在は飽くなき探求心に忠実に従う生物だ。お仕置きされる恐れがあると頭では理解していても、その誘惑に抗う事が出来ずに同じ轍を踏む結果に終わるまでが大体の流れである。

 

 

『アタイ等を心配させた罰さ、甘んじて受け入れな』

「ぐ、ぐぬぬ………マ、マルコ!!今すぐ逃げよう!!母上のお仕置きを受けたら死ぬ!!」

 

 

 お仕置きを宣告されたサクヤの表情が蒼白に染まる。母であるウズメのお尻ペンペンは死を錯覚するほどに凄まじい激痛を伴うと有名だ。当然、情報の出所は娘であるサクヤ本人からである。その激痛を味わいたくはないからか、形振り構わず逃げようとマルコに懇願する。

 

 

「……あ~悪ィが今はそれどころじゃあねェよい」

 

 

 今すぐ逃げたい。そう思っているのは何もサクヤだけではない。背後からサクヤにせがまれながらも、のっしのっしと近づいて来る巨体から決して目を離すことなくサクヤにそう答えた。今すぐこの場を離れたいのはマルコとて同じ。だが、仮に今すぐこの場から飛び立ったとしても、恐らく眼前の大男からは逃げられないだろう。すぐさま距離を詰められて殴り落とされるのがオチだ。

 

 

「ふむ…不死鳥のマルコ。これまた面白い男が楽園にいるのう」

 

 

 モンキー・D・ガープ。伝説の海兵がマルコとサクヤの前に立ち塞がる。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 老いては益々壮んなるべし。正しくこの男の為にあるような諺だろう。

 

 ガープ率いる海軍とは過去に何度か海で刃を交えた経験はあるが、マルコ自身が直接戦ったことは経験は無い。遠巻きに激しい戦闘を繰り広げる姿を見ただけで、互いに手を伸ばせば触れる距離にまで近付いたのは今回が初めてであった。

 

 

「ルフィは見逃がせてもおぬしを見逃がす訳にはいかんのう……何が目的でここにおる??」

 

 

 殺気を含んだ空気がガープを中心に周囲に広まりつつあることを、マルコはその肌で感じ取る。どうやら"麦わらの一味"に用があってウォーターセブンに来たようだが、二三言葉を交わしただけで部下を紹介した後は成り行きに任せるつもりらしい。そのままお帰り願いたいと思うマルコだが、やはりと言うべきか見て見ぬ振りはしてくれないようだ。

 

 

「答えると思ってんのか?」

「答えなくともかまわん、どの道おぬしを捕らえる事に変わりはないわい」

「……下がってろいサクヤ」

「な、なんじゃ!?こやつは敵か!?」

「こいつらは海軍…おれ達海賊の敵だよい」

「!!」

 

 

 マルコの言葉を受け、サクヤも即座に臨戦態勢に入る。海軍という組織の存在は既に白ひげから聞き及んでいる。正義の名の下に海賊を根絶やしにすべく活動している集団であると。しかし、サクヤにとってはそんな事はどうでも良いことだ。何より重要なのは、父ゴールド・ロジャーを処刑した者達であるということだけ。

 

 

「こやつ等が儂の父を……!!」

「む??そこのお嬢ちゃんは人質……には見えんのう」

「戯けッ!!儂の何処が人質なんぞに見えるんじゃ!!」

「ぶわっはっはっはっ!!随分と威勢が良いのう!どれ飴ちゃん食うか??」

「あ、飴!!?」

「うおーい!!早速餌付けされてんじゃねェよい!!」

「──はッ!?そ、その手には乗らんぞ卑怯者めッ!!」

「なんじゃいらんのか?…不死鳥に味方するのなら…悪いが容赦はせんぞ」

「!」

 

 

 強い。ともすれば母に匹敵するほどに。恐らく、善戦は出来ても一人だけでは勝つことは難しいとサクヤは悟る。しかし、だからと言って諦めるなんて選択肢はサクヤの中には存在しない。幸い、今この場には自分の他にマルコが居る。彼と協力すればこの包囲網を突破することは決して不可能ではないだろう。

 

 

「ガープ中将!!援護します!」

「相手は不死鳥だぞ!!気を抜くな!!」

 

 

 ガープの意を汲み取って迅速に包囲する海兵達は優秀と言えるだろうが、マルコとサクヤを相手にするには力不足と言わざるを得ない。二人にとって目下脅威となっているのは、目の前に佇むガープ唯一人だけだと即座に結論を導き出した。

 

 

「サクヤ、悪ィが力を借りる。おれ一人じゃ流石に突破出来ねェよい」

「相分かった!!儂に任せよッ!!」

 

 

 サクヤとマルコ、そして、ガープ率いる海軍が対峙する。いつの間にか広場は両者の一挙一動に注目するように静まり返っており、随分と仲良さそうにルフィ達と話し込んでいた二人の海兵も慌てた様子で戦列に加わっている。

 

 

「じいちゃんに喧嘩売るなんてサクヤとパイナップル頭の奴すげェな───……」

「そんなこと言ってる場合じゃねェぞルフィ!!どうすんだこの状況!?」

「ちょ、ちょっとルフィ!止めなくていいの?アンタの家族でしょ!?」

「じいちゃんが負けるなんて想像出来ねェけどサクヤも強そうだしな──にしし!!」

「聞けェ!!!」

「ぶぼばッ!!!」

 

 

 "麦わらの一味"は戦いの行く末を見届けるつもりでいるらしい。というより、船長であるルフィだけが暢気に構えているだけで、巻き込まれるのを恐れているのか、仲間達は困惑気味に成り行きを眺めつつ距離を置いている。

 

 

『待ちな』

「む」

 

 

 だが、電伝虫から発せられたウズメの一言が一触即発の空気を斬り裂いた。広場のあらゆる視線が電伝虫に降り注がれる。アイスバーグ達も、フランキー一家の連中も、サクヤ達を取り囲む海兵達も例に漏れず。数多の視線を受けて煩わしさを感じたのか、電伝虫が少しだけ身動ぎした。

 

 

『何処の誰だか知らねェが…アタイの娘に手ェ出したらただじゃおかないよ』

「ふむ…お嬢ちゃんを見た時から思っておったが…その角は見覚えがあるのう」

『……どこかで会ったか?』

「二十六年前じゃ、嵐から出てきた角の生えた女共にロジャーの追跡を邪魔されたわい」

『──ん、お前…あの時目が合った奴か??』

「やはりあの時の女か……となるとまさかとは思うがこの嬢ちゃんの父親は──」

『言わなくても分かん『おいガープ』─今アタイが話してんだろうがっ!!』

「!!!」

 

 

 ウズメの言葉を遮る形で再び電伝虫の姿が変貌する。白い三日月の髭が特徴的なその顔は先程広場に居た者達を驚かせた白ひげ本人のものだ。だが、流石に一度目に続き二度目の邂逅ともなれば否が応でも耐性が付くらしい。多少反応する者は居れど、先程のようなどよめきには至らない。

 

 

「し……白ひげ……」

「……ほ、本物なのか??」

 

 

 本人がこの場に居る訳でもないのに、無意識の内に後退る海兵達。姿を見せずとも、白ひげの威光はそれだけ強大であると言うことだろう。しかし、白ひげと同じ時代を生きた海軍の英雄たるガープが率いていることもあってか、困惑しながらも士気は旺盛な様子である。

 

 

『おれの愛する息子に手ェ出してみろ。報復に出向くのはサクヤの母親達だけじゃねェ、おれ達も敵に回すと思え』

「ふんッ!!!エースを誑かしたおぬしは何時か殴りに行かねばと思っておったところじゃ!!丁度良いわい!!!」

「し、しかしガープ中将!?白ひげと事を構えれば海の均衡(・・)が崩れる可能性が……!!」

「そうなったらセンゴクが何かしら手を考えるわい!!わしゃあ知らん!!!」

「ま、丸投げだこの人────っ!!!?」

「またセンゴク元帥に怒られますよ!!!?」

「ただでさえ命令無視して楽園に来てんですから!!」

「おれ達まで怒られるんですからやめましょうよ!!」

「なんじゃおぬし等!?海賊を見逃すなんぞそれでも海兵か!?」

『孫見逃してるアンタに言われたくない!!!』

(((そりゃそうだ)))

 

 そりゃそうだ──と、一語一句シンクロして放たれた海兵達の魂の叫びに、周囲で見守っていたギャラリー達が腕を組んで首を縦に振る。いくら孫と言えど、海賊に身を窶した者を見逃してよい道理はないのだ。彼等の言い分は尤もだと言えよう。

 

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 間違っていても間違っていなくとも(強引に)我を通しがちなガープだが、事態が事態なだけに流石に間違っているのは己であると思っているようで、いつもの豪快さは鳴りを潜め、苦虫を嚙み潰したような表情になっている。

 

 

「……いいじゃろう、今回だけは部下に免じて見逃してやる!!」

「良いのかよい、海賊を見逃したなんて下手すりゃあ極刑もんだろ?」

「海賊に心配される筋合いはないわ!センゴクにゃあボコボコにしたが捕まえる寸前に逃げられたと報告するわい」

「ウソの報告にウソ重ねてんじゃねェよいジジイ!!」

「喧しい!!嘘が本当になってもわしゃあ構わんのじゃぞ!!」

「そう簡単にボコボコに出来ると思いなよい……ムカつくジジイだ」

「こっちの台詞じゃ小僧め」

 

 売り言葉に買い言葉だが、両者共に事を荒立てる気は無い。互いの言い分を認めたくない子供みたいな大人の意地の張り合いである。片方は還暦を超えている分余計たちが悪いが。

 

「……という訳でオヤジ、こっちはもう問題ねェよい」

『わかった、何かありゃあ連絡しろ。それとサクヤ』

「何じゃ──??」

『送り出しちまった立場上強くは言えねェが……お仕置きは程々になとウズメの奴にゃあ言っておく』

「お~!!た、助かるのじゃ!!」

『グラララ……あまり期待はするなよ、じゃあな』

 

 

 白ひげとの通話が切断され電伝虫の姿が元通りになると同時に、海軍側やギャラリーの間に安堵の溜息が漏れ出した。白ひげ海賊団と海軍。どちらも共にこの大海原に多大な影響を与える勢力である。その二つが激突したとなれば間違いなく海は荒れ、"大海賊時代"始まって以来誰も経験したことのないような大きな戦いが起こってしまう。それが回避されたのだ、安堵も一入だろう。

 

 

「待て不死鳥」

「……まだ何かあんのかよい」

 

 

 と、安堵したのも束の間。荷物を纏めてこの場を去ろうとしているマルコの背中にガープが声を掛ける。再び剣呑な空気が立ち込めるものの、当のガープは鼻をホジホジしながら音を立てて煎餅を齧るばかり。元より手を出す気は既に無いようだ。

 

 

「楽園に来とる目的を言え。流石におぬしの目的を聞かんで帰ることァ出来んわい」

「……エースを探してんだ、邪魔はしねェでくれよい」

「エースじゃと?……となるとエースを探す理由はそこのお嬢ちゃんか」

「ん?なんじゃ?」

「ふむ……似とるな」

「???」

 

 

 母親に似た端正な顔立ちの中に、かつて死闘を演じた男の面影が見え隠れしているのがよく分かる。外見と年齢が違い過ぎるのが気に掛かるが、まぁそういう種族なんじゃろうと、ガープは深く考えるのを辞めた。面倒臭くなって思考放棄したとも言う。

 

 

「サクヤ、そろそろ行くよい」

「うむ!!食糧も一杯貰ったからな!!これで帰りまで持つじゃろう!!」

「……ここまで信用出来ねェ言葉はなかなか聞かねェよい」

「るふぃ──!!話の続きはまた今度じゃ!!また会おうぞ!!」

「あァ!!エースに会ったらよろしく言っといてくれ!!!また会おう!!サクヤ!!」

 

 

 サクヤとルフィが再会を約束する言葉を贈り合う。あっけらかんとした別れではあるが、実に海賊らしい別れ方とも言える。ビブルカードも無ければ、電伝虫の連絡先さえ知らない。それでも結んだ縁は、きっと何処かで再びお互いを結びつけてくれるだろう。サクヤもルフィも、不思議とそんな予感に駆られるのであった。

 

 不死鳥に変化したマルコの姿に少年心を刺激された男達の雄叫びを浴びつつ、サクヤ達はウォーターセブンを後にする。次なる目的地は、バナロ島。周辺の島々に詳しいアイスバーグに訊ねたところ、ビブルカードが差し示す方角には巨大な"バナナ岩"が鎮座する特徴的な島があるのだとか。

 

 ウォーターセブンから三、四日程の距離にある島で、近年になって大きな町が開拓者達の手によって形成されたようだ。まだ世界政府や海軍の手が及んでいない為、しばしば海賊の襲撃を受けることもあるが、新進気鋭な住民達によって町の治安は守られているようである。

 

 

(海賊が隠れ潜むにゃァ…打って付けな島だな)

 

 

 何処かで探し人の情報でも入手したのか、もしくは虱潰しに島々を巡っていて、次はバナロ島だっただけなのか。エースの性格からして後者のような気がしないでもないが、どちらにせよバナロ島で出会える可能性は高いだろう。

 

 

(エースの奴、サクヤの正体を知ったら驚くだろうな……楽しみだよい)

 

 

 サクヤの正体を知ったら果たして何と言うだろうか。頭でっかちなエースの事だ、きっと信じずに顔を真っ赤にして事実を受け入れやしないだろう。怒った表情のエースを思い浮かべてマルコは小さく笑う。それに加えて、エースの出自を家族の皆が知ってる事も伝えたらどうなるだろうか。その時のエースの反応を非常に楽しみにしているマルコであった。

 

 

『よしッ!!!宴だァ─────ッ!!!』

「あ───!!!マ、マルコ!!宴じゃ!るふぃ達が宴を始めておるぞ!!戻ろう!!」

「諦めろアホ」

 



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