勇者で聖女で庶民です!~従魔と一緒にお気楽冒険者生活~ (槙麻貴(まき・あさたか))
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プロローグ(1)

【 まえがき 】

■スローライフっぽいようなのんびり?した異世界転生ものです。転生で転性しております。
また、スローライフの皮を被ったご都合主義もりもりな物語です。

のんびりと更新する予定ですので、よろしくお願いします。

2020.09.17


 地面に両足がつくと同時に、目の前の巨体は砂のように崩れていく。空中を漂っていた(おびただ)しい量の黒い粒は暖かな風に次々と乗り、空へと舞い上がっていった。

 

「終わった、よな……?」

 

 呟いたオレの声はしかしきちんと届いていたようで、後方から「ああ」という男の返事が聞こえてきた。「特に違和感はありませんので、終わりましたよ」という女性の声も続けて。

 

 ――終わったのか。そう実感したのはふたりの言葉があったからだ。

 

 約一年という時間だが、オレとしては長い旅立ったと思う。邪神討伐のためにオレを転移させた女神様により現代日本に帰れる道筋ができていたので、死ぬ気で頑張った。文字どおりに死ぬ気で。

 

 いやだってさ、明後日はバレンタインデーだったんだよ。チョコレートほしいじゃない。たとえ義理でもな! いやうん、本命なぞないことは大学生になったいまでも解るけれども、やっぱりバレンタインデーは特別なのだ。

 

 ああ、ようやく帰れると胸裡で安堵すれば、「あ……」という女性の――仲間のひとりたる聖女・ウィスタリカ――タリカの呟きが聞こえる。

 

「タリカ、どうかしたか?」

「ひ、光って……!」

「うん?」

 

 どこが光っているのかと辺りを見渡そうとすると、「お前が光っているんだ!」という男の――こちらも仲間のひとりである第三王子兼聖女の護衛・ユクセル――セルの大声が届いた。声を張り上げているというのにそれでも美形なのは、美形だからか。羨ましいなあ、本当に。いやいや、そうではなくて!

 

「おぉうっ!? なんだこれ――」

 

 横に逸らされそうな思考を慌てて戻して躯を見渡すと、確かに光輝いている。白い光がなぜか躯中を覆っていた。なんだよこれはという困惑ぎみな声を最後に、オレは意識を手離した。……のか? はっきりしていないから解らないが、驚きに目を見開いていたであろう男女を見た記憶もあるにはある。

 

 いや、いまだけは最後の記憶を探るよりも、もっと大事なことがあるだろう。いまいる場所は見たことがある場所なのだから。

 

 ――ここは女神様と出会った、「女神の間」と呼ばれる空間。その証拠に、目の前には女神様――超絶美人のスタイルがよい女性――がいる。銀髪碧眼の。朗らかな笑みを浮かべて。

 

「――女神様」

「はい。勇者・アリヒト。いえ、好川(よしかわ)有人(ありひと)さん。よく邪神を――私の妹を天界に帰していただきました。私の願いを叶えていただき、感謝します」

「いえいえ、そういう話でしたし。それに、女神様の計らいにより旅はスムーズでしたしね。お礼を言うのはオレの方ですよ」

「そうですか?」

「はい、もちろん」

 

 きょとんとする女神様に頷き返すと、女神様はまた朗らかに笑う。が――、いきなり頭を下げ出した。「申し訳ありません!」と勢いよく。

 

「んんっ!? えっ、どうされたんですか!?」

 

 なにか謝られるようなことをしたのかと考えるが、女神様に謝罪されるようなことをした覚えはない。異世界に拉致られたことはこの際なしだ。うん。ここで口を開いたら面倒なことになるから、心に留めておくだけだが。

 

「その、ですね……」

 

 恐る恐る顔を上げる女神様。上目遣いがとてつもなくかわいらしい。――ではなくて! 女神様の言葉をまとめると、現代日本に帰るための躯を失ったということだった。

 

 ――なんですって?

 

 聞き終えて絶句するオレはなにも間違っていないと思う。目前に佇む女神様が居心地を悪そうにしているだけで。

 

 ああ、うん、そうですね。まずは心を落ち着かせようか。ふうと息を吐き出すと同時に、これまでを振り替えることにする。もちろん、心を落ち着かせるためにね。

 

 

 

 

 



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プロローグ(2)

 なぜか一介の大学生でしかない男を適任だとした女神様は、自転車通学中のオレを魔法陣で女神の間に拉致し、異世界である「カカルーニア」に送り込んだ。正確に言えば、大国の王都たるヘルギングスに聳え建つ王城――その名もヘルギングス城にある「召喚の間」に。邪神を討つ存在――勇者として。自転車? 女神様に亡き物にされましたよ。危ないからと言われて。まあ、代わりに巨大な力を授けられたんだけれども。

 

 そう、ただの男子大学生であるオレは女神様に力を授かり、女神様の神託を聞いて待ち構えていた癒しの力を持つ聖女である女性・ウィスタリカと、第三王子兼聖女の護衛となったユクセル――ユクセル・アルド=ヘルギングスという三人で邪神を討伐する旅に出たのだ。美しい人間たちに囲まれた旅が。異世界人は顔面偏差値が高くて困るな。モブ顔のオレなど必要ないだろうと言い切れるほどに、会う人会う人みな美形だったのだからね。人化した従魔たちも例外なく。

 

 いやね、旅の前に力の確認があり、従魔という名の従者?ができたんですよね。なんと世界を轟かしている銀狼フェンリルさんと水竜さんだよ! 強い強い魔物ですよ!

 

 タリカとセルたちはどん引いていたが、オレだって引き攣り笑いですわ。なんだって最強と謳われる種族を従魔にできてしまったのだから。それも二体もな! なぜか懐かれてしまったものだから、行きがかり上だけれども。

 

 報酬は前述どおりに、現代日本に帰ることだ。邪神の討伐だというのに、三人では少ない人数だと思われるかもしれないが、あまり多いと連携技が面倒なのでこれでいい。それに、二体の従魔もいるので数としては五になる。これ以上増えるとオレがまとめきれない可能性があったというわけで、少人数にした。それに、犠牲は少ない方がいいだろう。いやまあ、犠牲を出さないように尽力はしますが。なにより痛いのは嫌なのでね。

 

 剣と魔法のファンタジー世界なので、現代日本よりも苦楽があるのかと思えば、楽しかなかった。力の確認のときもね。女神様の恩恵は素晴らしいよ、本当に。もちろん、邪神と対峙するまではだが。魔王も恐れているのも解るほどには強かったのだから、その強さは最強と畏怖すべきものだろう。生身だったなら何度死んでいたかも解らないわ。

 

 女神様からは邪神は欲に飲まれた妹だと聞いていたので、あまり手荒な真似はしたくなかったのだが、そうも言っていられないくらいに追いつめられたとき、邪神がオレに手を伸ばしてきた。巨大な手を。

 

 叩き潰されるのかと覚悟すれば、逆にその手に吸い込まれていき、あろうことか女神の間に似たような空間にいた。巨大な躯――まさしくのっぺらぼうずの姿形をしている――は黒くとも、空間は白いのが不思議だが、ここは摩訶不思議ファンタジー世界なのだという説明に尽きるだろう。それにしても、まさか巨体にこんな場所が存在しているなんて知らなかったなあ。やはり摩訶不思議ファンタジー世界なだけあるわ。

 

 すごいなあと感心していると白く美しい空間に女神様に似た小さな女の子――といっても十歳前後だろうが――が現れる。そうしてオレに言った。「姉様が向かわした刺客か?」と。

 

 刺客ではなく討伐する者だと答えれば、幾本もの短剣が女の子の周りに生まれては一斉に投げつけられる。「同じでしょ?」と冷たい目をして。

 

 女神様は欲に飲まれたと言っていたが、この子の望みはなんなのだろうか?

 

 女神様に渡された長剣で短剣を打ち落とす間に考えるが、解らないままだ。解らないなら聞けばいいと、妹ちゃんに聞いてみる。君の望みはなんなのかと。

 

「決まっているでしょ! 私は――」

 

 友達がほしいの!!!

 

 悲痛な叫びとは裏腹な内容にオレは目が点になった。いやだって、点にならざるを得ない。

 

「え……、友達?」

「友達」

「女神様は――、ああ、姉か。家族であって友達ではないな」

 

 妹ちゃんの話を聞くと、彼女は下界――でいいのか? すなわち、この大陸に降りては、街の子と遊ぶらしいのだが、力の制御がまだ難しく、どえらいことになっていたらしい。作ったゴーレムとともに街の一部を破壊したり、冒険者の真似事をしては最強格とされている種類を単騎で狩ったりとしていたらいつの間にか畏怖の対象となっていたと言う。まあ、そうだろうな。聞かされているオレも想像しては軽く引いているからね。後始末が大変そうだなと。

 

 それ以来近づいたら逃げられを繰り返し、いつしかひとりぼっちとなった。天界に帰れば姉に怒られるしか道はなく、それは嫌だと地上に留まっていれば力が暴走し、制御さえできなくなった――。

 

 結論からいえばなんだが哀れなのだが、それでも国を消していい理由にはならない。たとえ力が制御できないといっても、現実に彼女は国を何個か消しているので、さすがの女神様も堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 

「うん、そっか」

「っ……、なによっ、あなたもバカにするの!?」

「いや、バカになんてしないよ。強い思いは強い力を生むと女神様も言っていたからな。つまり、君はそれほど友達がほしいんだろ?」

 

 女神様から力を授かったオレでもボロボロにされているからな。

 

「だったらどうだって言うのよ!」

「いやあ、それなら簡単かなあと思ってさ。君にとってはオレみたいなただの人間は嫌かもしれないけど、オレと友達になろう」

 

 差し出した手には擦り傷がたくさんあるが、まあいいだろう。わざわざ傷だらけじゃないかと気にしてはいけないのだ。手を差し出したことにこそ意味があるのだから。

 

「な、なに言って――」

「いやほら、かわいい子と友達なんて自慢になるしな! オレだけ特かもしれないなあ。あ、でも通報だけは勘弁してくださいね!」

 

 気持ち悪がられないように笑顔で対応するが、お巡りさん案件にはならないよな? という不安が駆け巡るが、ここは異世界。案件になるにはお巡りさんではなく、衛兵だろうか。――と、ここまで考えていると、彼女は手を払った。どうやらいつの間にかこんなに近くにいたらしい。

 

「なんで私があなたなんかと友達にならなきゃにゃらないのよ!」

「あ、いま噛んだ」

 

 手の痛みを打ち消すようにふはっと噴き出すと、妹ちゃんは「バカにしないで!」と足を踏んでくる。思い切りの力で。なんだが骨が折れるような音がしているようだが、オレの足は無事だろうか。右足さんは。と少々不安に思うが、いまもって立っているので、大したことはなさそうだ。不安を煽るような音がしただけであって。ちょっと痛みが残っているが。

 

「友達は選ぶようにって、姉様が言っていたわ!」

「あー、確かに、悪い友達は選んじゃダメだよなあ」

「違うわよ! あなたは異世界人でしょう! 私を置いて行っちゃうじゃない!」

 

 あー、うん。それは確かに言われたとおりだわ。だがと、大粒の涙を次々に流す彼女の頭を撫でて言ってやる。

 

「君がなにを言おうとも、友達に世界は関係ないぞ」

 

 いやあ、いいことを言ったなあと自画自賛していると、彼女は「異世界人は頭が悪いわね!」とオレに抱きついてきた。ううん、この子はツンデレかな?

 

「いやいや、異世界人がみんな頭が悪いわけじゃないから。オレが友達になりたいだけだよ」

 

 安心してもらうためにへらりと笑うと、胸板を押される。「私、帰るから」というひとこととともに。

 

「姉様に怒られてしまうだろうけど、いいわ。私は怒られるようなことをしたわけだしね」

 

 なんだか晴れやかな笑顔を浮かべるその顔は、やはり女神様に似ているよなあと思う。妹を救うために違う世界から人を寄越すあたり、女神様も相当な家族思いなんだろうけれども。

 

「頑張れ」

 

 消え行く視界に向けた言葉は妹ちゃんにちゃんと届いたかな?

 

 確認することは不可能なのでどうすることも出来ないが、気がついたときには黒い巨体から出ていて、ふわふわと空中を浮かんでいた。

 

 そうして地面に足がつくと、黒い塊は瓦解する――。

 

 そこまで回想し終えたときには幾分か落ち着いたので、ほぅと息を吐く。

 

 女神様曰く、オレの躯をきちんと保存するように部下に申しつけたが、いかんせん天界は常日頃から多忙を極めている。気持ちのよい返事を返した部下さんは次々に仕事に取り組み、そして女神様の申しつけを彼方に押しやった。

 

 女神様が気がついたときにはオレの貧相な躯は荼毘(だび)()されており、もはや後の祭りでしかない。たとえ女神様の力であったとしても、オレの遺骨やオレが使用していた物を女神様の力に変換して片っ端から証拠隠滅することとオレに関した記憶を消すだけで精一杯で、それ以上は難しい。異世界からの干渉とはつまり、ほかの世界にいる高位次元体に対する挑戦である。干渉のしすぎはよろしくないのだ。

 

 それならば、と女神様は提案してきた。落ち着きを取り戻したいまというタイミングで。いまだに居心地が悪そうな顔をしてね。

 

「本当に申し訳ないのですが、有人さんには新しい世界に行くことしか道はありません」

「まあ、ミスは誰にもありますし、しかたがないですね。記憶を消して下さった女神様には感謝しかありませんし」

 

 ありがとうございますと頭を下げると、女神様は「いいえ、こちらの落ち度ですから」と顔を上げるように進言してくる。「あ、はい」と顔を上げると、目の前には柔らかな笑みをこぼす女神様がいた。うっかり見惚れてしまったのは内緒だ。

 

「――有人さん、あなたの働きは私が(しか)と見ました。ですから、それに見合った褒美が必要です」

 

 新たな生をあなたに――。

 

 その言葉とともに掲げられた女神様の右手が、淡いオレンジ色の光を放つ。オレの額にそれを当てると、「では有人さん、新たな生をお楽しみくださいませ。なにをするにもあなたの自由ですが、こちらとしてはあまり世界を壊さないようにしていただけると嬉しいですね」と目を細めた。慈愛に満ち満ちた翡翠色の瞳を見つめ返していれば、いつの間にか意識を失っていたらしい。

 

 聞こえる音とちらつく光に瞳を開けると、真っ青な空がお目見えした。

 

「は……?」

 

 異世界においても青い空は美しいようだと呆けていたのは、わけが解らないと混乱したすぐあとである。

 

 

 

 

 




【 どうでもよいだろう補足 】


プロローグが長くなるのは嫌だろうかなあと思って2話に別けましたが、結局長くなりましたね…。もっと簡素にまとめなければなあと思いました。

主人公である有人は作中で自身をモブ顔だと評していますが、それは有人自身の評価であり、ただただ現実逃避をしているだけです。実際にはかわいらしい顔をしています。童顔とかわいいという言葉がコンプレックスになっているんですね。
まあ、そこら辺の話は追々で解るかと。
一話一話書き上げての不定期更新となりますが、お付き合いいただければ嬉しいです。


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1話

 十分と経たずに混乱から脱したのは、女神様の言葉を思い出したからだ。自身は新たな生を得たのだと。ちなみに、十分といっても正確に時間を計るものは持っていないので体感なんですよ。

 

 携帯というかスマホは充電中だったので、魔法陣に飲み込まれるときには持っていなかったんだよね。連絡があるとすれば友人か家族からが中心なわけだし、あったとしても折り返せばいいだけだから、一日持たなくとも問題はなかったのだ。ここにきて死活問題になっただけで。大変なる死活問題になっただけでええええ!

 

 いくら証拠隠滅や記憶消去をしてくれたといっても、その前がある。どうかどうかエロ関係には目を瞑っていただきたい。こっちは思春期の男子大学生なのだから笑って許してほしい。たとえどんなにもどかしくとも、故人のスマホの中身を舐めるように見ていませんようにと祈るしかできやしないのだから、無力はキツいよなあ。

 

 それでもと、祈りは十分にしたので、次にすることは自身の記憶からも恥ずかしいことをさっさと忘れることだ。思考を切り替え、ここはどこだと首を動かして辺りを見渡してみる。と、地面からわさわさ生える短い草花たちが頬をくすぐる。どうやらオレは短い草花に横たわっているようであるとみえた。聞こえてきた音の正体も、草花が風に揺られていた音なのだろう。

 

 このままではなにも解らないなと、起き上がりつつもふたたび辺りを見渡してみる。奥には森や山が広がる美しい地平線。その名は草原。なるほど、オレは草原に放り出されていたようだ。

 

 この手の話によくあるような鬱蒼と木々が繁る森ではなく見晴らしのよい草原なのは、女神様の優しさなのだろうか。しかし、なにも持たされていないのは生命の危機に違いない。

 

「うーん……、これからどうしたものか……?」

 

 いまのところは魔物などはいないようだし、ひとまずは安全かと思考を巡らし、そうして訪れた違和感に首を傾げる。――んん? なんかいま、声がおかしかったような……?

 

「あ、あー、ああー」

 

 あー、あーとひとり発声していると、「見つけましたよー!」となにやら明るい声が聞こえてくる。こちらに近づいてくる影が二つ。防具をつけた全体的に白い様相をしている人と、これまた防具をつけている薄い青色の髪をした人が。

 

 え、え、何事!? と内心慌てているからか、その場から逃げ遅れていたオレは容易く二つの影――女の子、いや、女性に捕らえられていた。抱きしめられているからか、大きな四つの膨らみが顔に当たっている。

 

「あ、あああ、あのっ、なにかご用なんでしょうか……?」

 

 なにがなんだか解らないオレは下手に出るしかない。だからか、恐る恐るふたりの女性を見上げることとなる。困惑ぎみなオレの視線を受け止めた白い方の女性が「ふふ。そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ。――ご主人様」と目を細めた。愛しそうに。

 

 あ、この声はさきほど「見つけた」とかなんとか叫んでいた声だなと思っていると、聞きなれた言葉が聞こえてきたのでうん? となる。女性の口から違和感を覚える言葉が出てきたのだから、困惑するしかない。

 

「え……、ご主人、様……? んっ?」

 

 なにを言っているのかと目を丸めるが、いや待てとよくよく女性を眺めてみる。見覚えがある姿の面影があるのだが、オレが知る姿はこんなに大人びていなかったように思える。しかしながら、銀色の髪――人化をしているのでいまは髪色であるのだが、本来は美しい体毛である――と金色の瞳の組み合わせならばよく知っていた。

 

「もしかして、リル?」

「はい、ご主人様」

「ということは、そっちの薄青色の髪をした元気そうな女の子……いや、女性か? いやでも、背丈はリルより低いから女の子か?」

 

 どちらだろうかとひとり悩んでいると、薄青色のショートボブを左右に揺らす。「そんなのどちらでもいいですよ!」と。発育のよい胸も同時に揺れているのだが、あまり見てはいけないものだ。

 

 どちらでもいいから早く話を進めろと言いたげな視線を受け、小さく頷き返してやる。

 

「じゃあ女の子にするわ。で、えーと、君はスイだよな?」

「そうですよ! (あるじ)っ」

「そっか、解った。さっそく聞きたいことがあるんだけどさ」

 

 見知った人が来てくれたことに安堵して気が抜きかけかけるが、聞かなければならないことは聞いた方がいい。はいと答えるふたりに至極真面目に放つ。聞きたいことは決まっていたからな。

 

「――ここはどこなんだ?」

 

 いやまあ、草原だとは理解しているが、草原以外の情報がほしい。

 

 ふたりからの返答がくるのかと思えば、その前に腹の虫が暴れる音が響き渡ってしまった。ほかでもないオレのな!

 

 真面目な空気をぶち壊した恥ずかしさに、「おっふぅ」と変な声を漏らしながら腹を押さえる。顔だって熱くなってきているし、カッコ悪すぎるだろうよ。

 

「わ、悪い……。安心したら腹が減ったみたいだ」

 

 気まずそうに頬を掻くと、リルとスイは顔を見合わせてくすりと笑う。

 

「詳しい話は食事をしながらにしましょうか。心配しなくとも結界を張るので、安心安全ですよ」

「じゃあ、お願いします」

 

 ふたりに手を引かれて立ち上がると、ぽよりと胸が軽く揺れ出した。()()()()()()

 

「んへっ?」

 

 二度めの変な声は、とてつもなく緊張感がなかったのだった。

 

 

    ◆◆◆

 

 

 だだっ広い草原にて始まった食事も、いまや終盤に近い。リルとスイが用意してくれたのは、ダイニングテーブルとイス、そしてうまい飯――カツ丼ときのこスープである。テーブルとイスはいわゆる土魔法で草原の土を変えている。飯は収納庫に入れていたものを出しただけだが、温冷が自由自在なので便利なことこの上ない。温かいものは温かいままであるし、冷たいものも冷たいまま維持できる。腐ることもないというのもいいことだ。

 

 ほんわか美人なお姉さん(巨乳)な見た目をしているリルと、活発な美少女(巨乳)な見た目をしているスイの話をまとめるのに時間を要したが、すべてはあのときから始まったようだ。

 

 オレが女神の間に飛ばされたときから――。

 

 フェンリルことリルと、水竜ことスイとの契約は強制的に解かれ、ふたりは女神様の手によりこの世界――邪神が討たれた二百年後の世界に転送された。生きるための知識とともに恩恵を与えたあと、「有人さんを必ず連れてきますから、待っていてください」と言い残して消えたらしい。

 

 リル曰く与えられた知識は人族に準じており、授けられた能力はいくつかあるようだ。長時間の人化ができることと収納庫、すべての種類の魔法が使えることとそのほかもろもろ。収納庫も破格すぎるわけだが、すべての種類の魔法が使えることをよしとするなんてすごいな。得意不得意がなくなるんだからさ。

 

 女神様によりさらに力をつけたふたりはというと、冒険者をしながらオレを待っていたというわけだ。邪神が討たれて平穏が訪れていたとしても、魔物の脅威までは消えていないのだから。冒険者稼業はいまも続いているようだ。こうして再会できたのも、強い力を感じて街から転移してきたかららしい。といっても、距離感が掴めないまま勢いだけで転移したので、少々距離が離れてしまったようだが。

 

「聞き終えて思ったんだけども、女神様はリルとスイを全能者かなにかにしたいのかね……」

「いいえ、私たちを生かすための処置でしょうから見当違いですね。ですが、たとえ全能者となっても、私たちはご主人様とともに生きるだけですよ」

「あたしたちには主しかいらないので」

「すっごく重いな!」

 

 従魔の愛情は理解していたつもりだったが、ここまで重いとは知らなかったわ。そしてここで思い出す。そういえばと。

 

「あのさ、いまさらなんだけども、お前たちに謝らなければならないことがあるんだよ」

「謝らなければならないことですか?」

 

 目をぱちくりさせるリルと、首を傾げるスイ。かわいらしい姿には罪悪感しか湧かない。

 

 実はと言うと、オレは一度、ふたりに誘われていたのだ。いまより幼い姿をしたふたりに。けれども、オレには現代日本に帰るという目的があったから、その日からふたりに人化をできないようにした。そういうことは後回しだとして。リルとスイの気持ちさえも縛りつけて。

 

「そういうことを目的にしていなくとも、みんなと一緒に遊んだりしたかったよな? 無理に人化ができないようにしてごめん」

 

 ふたりに向かって頭を下げると、「気にしないでください」と返ってくる。声質からしてリルのものだろう。

 

「ご主人様がご主人様の世界に帰りたがっていることを解っているのはほかには私たちだけでした。ですが、私たちを置いて行ってしまうであろうご主人様に私たちを覚えておいてほしかったんですよ。私たちはケモノなので、ケモノの本能に従ったまでですから」

「主の思いを考えなかったのはあたしたちですしね。拒絶されてもしかたがないんですよ。それにどうこうならなくとも、あたしたちは主と一緒にいられればそれが一番なんですから」

 

 ふたたびの「気にしないでください」という言葉はスイからだ。オレはなんて優しい人たちと一緒にいたのだろうか。感動で少々目頭が熱くなったが、これ以上は謝り合戦になるのは目に見えているので、話を打ち切る方向にいく。お互い様だということにして。「ありがとうな」と笑顔で返せば、リルとスイは「んふー」となにやら満足げな声を漏らした。

 

 さて、リルとスイについてはまあまあ理解したので問題はない。問題があるとすればオレだしな。ふたりが満足げな声を漏らしたのには理由がある。

 

 なにをどうやったのかは不明であるが、オレは【女の子】になっていたのだから――。それもかわいらしい女の子に。大変庇護欲を掻き立てるような愛らしい女の子である。……胸の大きな。つまり、リルとスイと同じものを持つこととなってしまった。大きいと肩が凝るとネットで見たことがあるが、本当のことなのだろうか? まあ、疑問に思っても、いまから解るようになるのだから意味がないのか。

 

 オレの容姿について熱く語ってくれちゃったふたり曰く、見た目は十五、六歳。スイと似たような見た目だろうか。リルは完全に年上にしか見えないので、リルとは似ていないらしい。食事のときということでいまはポニーテールにしているが、腰まで伸ばされたきれいな銀髪とリルと同じような金色の瞳を持つようだ。同じようななのは、オレの瞳は琥珀に近いような濃いめの色だからだ。ちなみにスイの瞳は白色を溶かし込んだ翡翠――解りやすくいえば、バニラアイスを混ぜたメロンソーダ色をしている。初めて見たときにメロンソーダだと気がついたのは言わないでいいだろう。

 

 食事のあとには鏡の前に立つことになったのだが、オレはどんな姿になっているんだろうな……。かわいいなんてもう言われたくないのに、かわいいと言われるような容姿なんて、ただただ地獄でしかない。オレはかっこいいと言われたいんだよおおおお。

 

 落ち込みそうになる気分を向上させるようにカツ丼の残りを掻き込み、残ったきのこスープで流し込んだ。――ら、危うく死にかけた。小さなきのこが喉につっかえて。かわいらしい子が出してはいけない声を出しながら咳き込む前に、リルとスイが魔法で救出してくれたので事なきを得たが。

 

「た、助かったぁ……。ありがとうなぁ」

 

 生理的に浮かんだ涙を袖で拭うと、ふたりは「見た目に反して粗野な行動がかわいい」うんたらなんたらかんたらと盛り上がっていた。最終的には頭を撫でられてしまう。そうして気がついてしまった。ふたりにかわいいと言われることに対して、なぜか不思議と嫌悪感が薄まってしまったことに。まあ、熱く語ってくれたからだろうけれどもね。熱量が違っていたからね、うん。

 

 なってしまったものはもうしかたがないかと、小さく嘆息して頭を切り替える。これからはこの世界で生きていくのだから、覚悟を決めろ。そう、くよくよなんてしていられない。そうと決まれば、新しい人生に乾杯をしなければなあ。といっても酒の味はオレには解らないけれども。

 

 なにはともあれ、これからよろしくな、二百年後の世界さん!

 

 そう胸裡でひとり挨拶をすると、広い広い草原に暖かな風が吹き渡る。結界をも抜けて。――まるで異質なオレを受け入れてくれたように。

 

 なんだか胸が温かくなったのは、オレにしか解らないだろう。

 

 改めて、ずっとずっと待っていてくれていた従魔たちとともに、オレはこうしてこの世界での一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 



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2話

 食事を終えて片づけも済ますと、お待ちかねの容姿確認の時間がきてしまう。くそ、片づけの時間が早すぎだろうよ。テーブルとイスを地面に戻すだけなんて楽すぎるわ!

 

 じゃんけん勝負に勝ったリルの魔法によって生み出された全身鏡はそれはそれは立派だった。鏡を支える枠には細かな彫刻や装飾が施されており、ひとつの芸術品と言ってもいいだろう。習得するには難易度が高いとされる創造魔法をも使えるとは、やはりすべての魔法が使えることは確実のようだ。なんだかんだ言っているオレの方も、創造魔法を授けられましたがね。これまでに使う場面が全然なかっただけであって。

 

 購入するとなればお高そうだなあと思いつつも、そんな全身鏡を睨みつけることで片づけに対する理不尽に湧いた怒りを発散し終えると、映る少女と対峙する。薄目であっても可憐だと解るのはすごい。少し前に覚悟を決めたとしても、やはりこればかりは決心が鈍ってしまったわけだ。だがしかしと、ふたたび意を決して少女を見つめ直す。オレはこの姿で生きていかなければならないのだから、いまから慣れておいても損はないとして。

 

 ――うん、オレでさえもかわいいと思える女の子だ。耳の先が(とんが)った、エルフ然とした。これは熱く語ってくれちゃうのも解る気がするわ。

 

 ぽかんと呆けているような少女の両隣には、ご機嫌な女性と女の子が立っている。少女の腕にそれぞれ手を絡めて。右側にリル、左側にスイといった具合に。

 

 言われたとおりに見た目は中学生ぐらいだろう。成長著しいが頭につく。身長はスイよりも少し低め――うーん……、目測するにふたりとも百六十はないな。リルは背が高めな方だが、オレたちと比べてなので、百七十あるかないかだろうか。

 

 服装はあれだ。ひとことで表すと神官風と冒険者、そして寝起きである。まずは神官風なリルだな。生成(きな)り色のローブから見えるのは、これまた白を基調とした神官や修道女が着るような服を身にまとっていた。だからか、どうしても白い女性という印象になってしまうのはご愛嬌でお願いしますね。

 

 神官風なので下はスカートになっているのかと思いきや、パンツ姿でした。まあ、ね、オレとしてはスカートであろうがパンツスタイルであろうがどちらでもいいんだけどもさ。そもそも、本人にとって動きやすいのならそれでいいのであって、他人がどうこう言うのは間違っているよな。な!

 

 そうひとり納得してからのスイである。冒険者といった感じの。ほら、さ、リルにばかり構うのはよろしくないからね、さっさとスイにいくんですよ。彼女は淡い褐色の長袖のシャツの上に革鎧のような胸当てをつけており、膝を少し越すような長さのパンツ姿であった。パンツは上着と同色であり、くるぶしよりは上、ふくらはぎの先にかかるような黒色のブーツを履いている。

 

 返してオレはといえば、ふたりと違い寝間着である。完全なる寝起きですがな。期待したようなシャツとパンツというラフな格好でもなんでもなく、淡いピンク色の下地に濃い赤色のチェック柄というパジャマ。肌触りは抜群だが、この女の子女の子したパジャマには半目を向けたくなる。もちろん、なんだこれはという意味合いでな。細い足の先に履き古したスニーカーを見つけたことが唯一の救いだろうか。

 靴と童顔――……、うん、まあ、悲しくなるがはっきりと言おう。童顔女顔が男のときの面影と言えようか。いまは童顔女顔がさらに女の子寄りな柔らかい顔つきになったからか、もはや靴しかないとも言えるがね。ああ、悲しい……。

 

 胸裡ではそう泣きながらも、ふたたび少女を見据える。パジャマにスニーカーというアンバランスさであっても、かわいいと思えるのはいかがなものか。銀髪エルフ少女の破壊力は凄まじい。いや、オレ自身なんだけれどもさ……、うん。いやでもな、パジャマはないだろうよ、パジャマは。大変ありがたいのだが、近所に散歩というわけにはいかないからね。

 

 まずは替えの服を買わないと! と、やるべきことを決めたあと、リルとスイを呼んだ。「まずは服を買いにいこうか」と。まあ、すぐさま「ご主人様の服や生活用品は私たちが用意しますので安心してください」と返ってきたんだけれども。

 

「至れり尽くせりなのが怖いぜ」

「主とはずっと離れていたので、お世話をしたいんです!」

 

 はははと乾いた笑いに対してそう言われてしまえば、無下にはできないだろう。「そっか、解ったよ」と、抱きついたスイの頭を撫でてやるぐらいにはな。

 

「生活が軌道に乗るまではよろしくな」

 

 あ、もちろんそのあとも一緒にいるんだけどさと続けると、「はいっ!」と(まばゆ)いばかりの笑みが返された。リルの方からは続けざまに、「スイの頭を撫でたのなら、私の頭も撫でてほしいです」ときたが。

 

 「お願いします」と躯を屈められてしまうと「はいはい」と撫でてしまうのが人間の性といえよう。そしてここでようやく解ったことだが、どうやらリルの髪はうなじの位置でひとつにまとめられていたらしい。長い髪が邪魔にならないようにしているようだ。

 

 オレの髪も長いから参考にさせてもらおうかななどと思いつつもふたりから差し出された手をそれぞれ握り返すと、多少の浮遊感を味わってしまった。数秒間だけだったが。地に足が着いたときには、オレたちは違う場所にいた。視線を巡らすに、ここは森か林の前だろう。

 

「転移魔法は便利だよなあ、本当に」

「はい。草原からは距離があるので」

「魔力の感じからして、スイがやってくれたんだよな。ありがとうなー」

 

 リルの答えに対し、スイの方に軽く笑う。「いえいえ」と返すスイの先、背後にはなにやら案内板のようなものが見える。なんだあれはと疑問に思ったのはすぐだ。

 

 軽く繋いでいた手を離して近づいて見てみると、案内板のようなものはまさしく案内板に格上げされた。見た目は低い切り株に刺さった木の看板をしているのだが、継ぎ目は見当たらないので、おそらくは丸太を削って作ったものだろう。

 

 肝心要の看板の文字はといえば、はんこのように浮き上がらせているのではなく、表札のように彫られている。解りやすくするためなのか、きちんと黒で色づけされているのも表札のようだった。『お肉食べたいの家はこちら』と。そんな奇っ怪な文字の下には赤色の矢印もあるので、迷いはしないはずだ。

 

 ……はずなんだが、家が肉を食べるなんて大惨事ではなかろうか? やはりファンタジーな世界だからか、奇っ怪なもの――人喰いなんたらもあるということなのか? だとしたらオレは遠慮させてもらいたいんですが。せっかく生かしてもらったのだから、家に食われて命を落とすなんてことにはなりたくない!

 

 ここは危険すぎると察知し、恐る恐る後ずさるオレの背中に柔らかなものが当たったかと思えば、腕が伸びて捕らえられてしまった。そう――、逃げられなくなってしまう。

 

「さあご主人様、私たちの家に行きましょうか」

「い、家だとぉっ!? お前たちには家があるのか!?」

「はい。お金はあるので買いましたよ。なんと言っても、主と一緒に暮らすためですからね!」

 

 ふんふんと鼻息を荒くするスイは、リルに抱き抱えられたオレの頬をつんつんと弄る。左隣から。それを真似したらしいリルにも右頬をつんつんされたのは言うまでもないですよねえ。

 

 家を購入できるほどの財力があることも驚きだが、わざわざ肉を食べる家を買うなんてどうかしている。恐ろしいことこの上ないです。

 

 はやばやと死にたくはないので離せ離せと暴れるが、抱き抱えられてはリルの胸がぽよぽよするだけに終わった。最終的にはえぐえぐ泣くしかなったのだが、しかたがないだろう。怪奇現象より恐ろしいものはないのだから!

 

 奇っ怪なものはこの世からなくなればいいとぶつぶつ呟き続けていると、かなりの開けた場所になっていた。木々が左右に広がる踏み固められた土道を進んで五、六分ほどだろうか。

 

 目の前には家というよりかはお屋敷と言ってもよい建物が鎮座ましましていました。明らかな日本家屋。いまは懐かしい平屋建て。田園風景に溶け込んでいてもなにもおかしくはない。

 

 これではお肉食べたいの家ではなく、お肉食べたいのお屋敷じゃないか! なんでパワーアップしているんだよ!?

 

 涙も気にせずにあんぐりと大口を開けるオレに届くのは、リルとスイの楽しげな声だった。「我が家にようこそ!」という――。

 

 

 

 



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3話

 抱き抱えられたまま玄関に連れられたが、なにもないことに安堵して躯の力を抜いた。ふぅと短い息も一緒に。かなり気を張っていたのか、なんだかもう疲れを感じるようだ。

 

 ――いやいや、ここで疲れてどうするよ。まだ疲れるわけにはいかないだろうがと胸裡でひとり突っ込んでいると、あっさりと地面に下ろされた。それはそれはあっさりと。地面というか、たたきと呼ばれる場所に。三人並んでもまだ余裕がある広さなのは、家屋の面積があるからだろう。

 

 そうしてはたと気がつく。異世界に来て畳生活になるとは――と。だがしかし、ふたりは土足で玄関を上がった。

 

「あれ? 靴は脱がないのか?」

「ここでは脱ぎませんね。もう少し先の場所が靴置き場になっているので、そこで履き替えます」

 

 リルの説明に「なるほど」と答えると、スイが続ける。「戦闘のあとは血がついていることもあるので、そういう作りになりましたね」と。

 

「はあー、なるほど。合理的なわけか」

「まあ、血濡れになろうとも、ここの廊下には魔法がかけてあるのですぐにきれいになりますが」

 

 背中を追いかけるオレに代わる代わる説明をしてくれるので、解らないことはひとつひとつなくなっていく。下駄箱――シューズルームも広い作りになっており、圧迫感が全然なかった。左右の壁に添うようにつけられた棚に整然と並べられたブーツが圧巻なだけで。どうやら靴と同じく、ここでローブや革鎧も脱いだり外したりするようだ。奥に立てられたポールに置くというわけか。そうして内履きに履き替える、と。スリッパはスリッパで柔らかな素材で作られていたので、履き心地はかなりのものだ。

 

 リビングに案内されながらも内装についての説明があった。畳張りではなく全て床張り、(ふすま)や障子もなく、外開きか内開きのドアとなっているという。トイレと風呂は別であり、ひとりひとりの個室もあるようだが、荷物置き場のための部屋も数室分あるらしい。つまり、外装から思う内装ではない。「日本家屋というよりは洋館だな」という言葉に返るのは、「ご主人様に合わせたので、少々ちぐはぐになりました」というリルの言葉だった。

 

「オレに合わせた……?」

「はい。実は――」

 

 どういうことだとリルに視線をやると、続けざまに口を開く。ふたりは二日ほど前に胸騒ぎを覚え、この家の外装を変えたらしい。洋館から日本家屋へと。要はオレを迎えるための準備だったのだろう。なぜふたりが日本家屋を知っているのかというと、オレの記憶を覗き見たからのようだ。契約をしているとそういうこともできたという。おそらくはふたりが高位の存在だからできたことで、一般的にはできないと思われる。オレはやり方なんて知らないしな。

 

 話の最中(さなか)に座るように促されたソファーは躯が沈み込みほどに柔らかく、座り心地が悪い。いや慣れれば問題ないとは思うが、いまは少々体勢が崩れている。悪いな、こんな斜めな体勢で。

 

「そういうことなら、住み慣れた家に戻せばいいよ。森のなかに日本家屋は違和感がすごいしな。それに、誰かに見つかったら面倒なことになりそうだしさあ」

 

 座り直しつつ「オレは面倒なことは避けたいから」と続けるが、リルは「ですが……」と言い淀んだ。すかさずスイが「あたしたちより主が住み慣れた場所の方がいいですよ?」と継いだが。なるほどなあ。ふたりして言いたいことは、オレを思ってくれているということか。

 

「いや、オレの家は祖父母の家のような日本家屋ではなくて建て売りだったから違うよ。女神様にいただいた移動式の家も洋館だったわけだから、暮らすのに問題はないし」

 

 それにと、ふたりの顔――目と目を合わせる。大事なことはこうしたほうが伝わりやすいはずだ。

 

「オレもさ、リルとスイのことを大事に思っているから、遠慮はしなくていいよ」

 

 オレの気持ちもきちんと伝わったことを祈ろう。本音を言うと、現代日本に帰れなかったことは悲しい。しかし、従魔たちとも離れ難かったのも事実なのだ。だからか、こうしてふたたび会えたことは素直に嬉しいのですよ。

 

 なんだかんだでその思いはちゃんと届いていたようで、リルは「――解りました」と小さく頷いた。その前の「はあ……、かわいい。性別が変わっていても、ご主人様のかわいらしさは変わらないようですね」という呟きは聞かなかったことにしますね。オレはかわいくないので!

 

「ご主人様のそのお気持ちを大切にします。スイ」

「はいはい。主、少しお時間をください。外観を戻すので」

 

 はいよーと軽く答えると、ふたりはリビングを出ていく。かと思えば、数秒後には「終わりましたー」と戻ってきた。うん、魔法は便利すぎるな。

 

 ふたりは対面に腰を下ろすと、飲み物と菓子をそれぞれの前に出した。木製のセンターテーブルがいきなり賑わい始める。匂いからしてココアとクッキーか。ココアは木製のマグカップに、クッキーは木製の浅めの皿に入れられている。見た目で判断すると、刻んだナッツ入りのクッキーらしい。

 

「ではご主人様、話を詰めましょうか」

「はい?」

 

 クッキーを一枚手にしたときにかけられた言葉は、予想もしていないことだった。話を詰めるとはなんのことだろうか? と言いたげに目を瞬くオレに対し、スイが困り顔で「主はお金や身分を明らかにするものがないですし」と説明してくれた。曰く、身分証がなくとも街には行けるようだが、通行料や仮に発行される身分証の代金が払えないのなら門前払いになるのが通例のようだ。どこの世界であっても、金の力は偉大らしい。ちなみに、身分証がなくともの(くだり)は紛失の可能性を多いに含んでいる。なぜなら、職業や身分に関係なく、等しく魔物の脅威に晒されているからだ。襲われてしまえば、荷物などを放棄しなければならないときもある。そのために、少しばかり別口に取っておくというのが正しい選択であった。

 

「あー、そうか。勇者ではなくなったのだから、発行された身分証も意味がないものになっている可能性があるな」

「私たちがそうであったように、おそらくご主人様はなにも持っていないと思います。その場しのぎではあとあと大変になりそうですから、早めに設定を作っておきましょう」

 

 リルの言うとおり、確かにその場しのぎはきつくなるだろう。だったら初めから設定があった方が楽だ。それにしても、リルたちもなにも持っていなかったのかい! 太っ腹な女神様はどこか抜けているらしい。まあ、天界はくそ忙しいようだから、ひとりひとりにあまり構えないのはしかたがないことか。

 

「リルたちはどうしたんだ?」

 

 オレのことを話し合う前に問うてみると、私たちはですねー、と教えてくれた。草原に送られたリルとスイは、女神様が消えるとすぐさま人化をして荷物を確かめたようだ。なにやら贈られていたであろう武器や防具、服装にはなんら問題はなかったらしいのだが、それ以外の金目のものは一切なかった。与えられた知識により、近くに街があることは理解していたが、金がないのなら意味がない。どうしようかと考えていると草原の向こうから助けてくれと叫ぶ声が聞こえてきたらしい。

 

 声の正体は森を突っ切ろうとした商人の護衛のうちのひとりであり、街まで応援を呼びに行くところだったようだ。これは使えると、ふたりははやばやと戦闘場所に赴いて魔物を殲滅し、うまいこと商人とともに街に入れたという。道中いろいろ聞かれたようだが、自分たちも魔物に襲われて荷物を放棄したと言えば、「お互い大変でしたね」として話が終わった。空気を読んでくれたのか、ありふれたことなので深くは興味がなかったのかは解らないようだが。

 

 商人とは門で別れ、リルとスイは冒険者ギルドで冒険者登録をし、依頼をこなしまくっていまに至るという。

 

「つまりオレも、荷物を放棄したと話せば問題はなさそうだな」

「それが一番怪しまれませんね」

 

 リルが頷くと、スイが「同情を誘うような話にするとよりいいかもしれないです」と続ける。同情は必要ないと思ったが、「みんなが優しくなる可能性がありますから」と言われて「あ、はい」となってしまった。それを踏まえて話し合った結果、家族で仕事を探しに街に来ようとしたが、途中で魔物に襲われ、親が逃がしてくれたということになった。無我夢中で逃げた先の草原をさ迷っていたところ、ふたりに保護されたという追加設定もある。

 

 金がないことを誤魔化す作戦はうまいことできたが、問題はもうひとつあった。保護をされたということならば、ふたりに仰がれるのは不自然に映るだろう。

 

「――リル、スイ。オレは保護をされた女の子だから、これから主呼ばわりはしなくていいぞ」

 

 名前はいまから考えるけどな。そう伝えると、ふたりは「解りました」と難なく承諾してくれた。話が早いと助かるわ、本当に。

 

「では第二回話し合いに入る。議題は『オレの名前を考えよう』です」

 

 考えるといっても、候補はあったりするけれども。設定を考えるときと同じように真剣に考えるふたりには悪いが。

 

 ココアを手にクッキーをもそもそ食っている間にふたりともに何度か視線が合うが、その度にへらりと笑ってまた真剣な顔をする。そんな風に時間を割いて出た候補はオレのひとつだけだった。いや、名前だけはオレが考えた方がいいと途中で譲られたんだけれども。ふたりは優しいからね。

 

 有人やありちゃんと呼ぶ家族以外にはアリヒトの後半を取ってリヒトと呼ばれることが多かったからリートにしたのだが、これ以外の名前が浮かばなかった。名づけに関しては能力不足だと痛感しているから、なにも言わないでほしい。ふたりには「かわいらしい名前ですね!」と好評のようだが、通用するのはふたりだけだろう。

 

「では私はリートちゃんと呼びますね」

「リル姉がちゃんづけなら、あたしはリートと呼びます」

「はいよ、よろしく」

 

 主従契約が切れていたお蔭で、すんなりと切り替えることができるようだ。これは切れていたことに感謝するしかないな。契約したままだと拗らせていたかもしれないし。

 

 一段落ついたことで安心したのかなんなのか、急に瞼が重くなったのだが、どうにか気合いで保たせる。がしかし、片づけをするとしたリルの手が伸びてきた。優しい手つきで頬を撫でられる。ああ、なんか気持ちいいな……。

 

「リートちゃん、眠いようなら眠っていいですよ」

「あとは夕飯とお風呂ですしね」

「あー……、解った。ならちょっと寝るな。おやすみ」

 

 夕飯の準備ができたら起こしますからとしたスイの声が遠くなるのはすぐだった。

 

 寝顔にふたりの顔が緩みまくっていことを、オレはまだ知らない。

 

 

 

 

 




【 お知らせ 】


たくさんの人に読んでもらいたいなあ~とこの回(5話)まで連日投稿を頑張りましたが、これ以降の連日投稿は無理そうなのできっぱりやめます。
すみませんが、これ以上ひょえひょえひぃひぃなりながら書くのは私には無理です。
毎日投稿できる人はすごい人なのですよ。マジで。
(新規投稿する前にある程度書き溜めてから投稿するにしても、すごさは変わらない)

情けない書き手で申し訳ありません。


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