果たせなかった悔恨を (@naru)
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プロローグ
まずは導入なので短めに。設定とかを分かっていただければ幸いです。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ザザーンと崖に伝わる波の衝撃。僕の目の前は正に断崖絶壁であった。
危険区域と書かれた看板に目もくれず、ただ崖に立ち尽くす自分。あたりから吹く風は僕の身体を冷たく刺し、思い出したくない情景を彷彿とさせる状況だった。
僕は思わず顔が引き攣る。
過去に見たこの景色。忘れたくても忘れられない出来事。
僕は一つ歩みを進めた。
後一歩進めば、足場はない。
‥‥後一歩、後一歩進めば、僕は"あれ"を忘れられるのだろうか。
一歩進めば楽になれる現状。その筈なのに、僕は進めなかった。
何故進めないのか。自分は楽になりたい、そう思っているのに、僕の足は震えたまま。
その理由は明らかだった。
僕には後悔と未練があるから——。
「っ‥‥‥‥」
頬を伝う一筋の何か。それに触れると指は濡れていた。
「どうしてっ‥‥僕はっ‥‥」
心を埋め尽くす後悔の念。理解したくなかった現状を改めて実感してしまった。
大切な"もの"が一瞬で消える哀しさ。孤独でいることの虚しさ。
思い出したくなかった記憶が鮮明に蘇り、視界は潤んでいた。
もう耐えられない。早く楽になりたい。何度も思った感情が募りに募る。
「‥‥行こう」
そう呟いた瞬間、僕の身体は宙に浮いた様な感覚に襲われた。
視界の前には広大で、大きな碧い海。
気の所為か、その海の中に一人の女性の影が見えた。
僕は、その影を見て微笑んだ。
『姉さん、今、行くね』
瞬間、僕の視界は一色に包まれた——。
○
世界の海は、かつてない悲劇に襲われていた。
その悲劇の正体、突如海に現れ制海権を奪った【深海棲艦】。
瞬く間に海は侵食され、安全な海域は0に等しくなった。
そこに、人類の希望の光として現れた艦が居た。
かつての大戦で戦った艦の魂を宿し、艤装を見に纏い、深海棲艦と戦う【艦娘】。
艦娘の出現により、人類は一時的に制海権を奪取した。
だが、それも束の間の休息。深海棲艦はまた力を強め、何処からとなく現れる。
そして、取り返した海もいつしか自国の周辺程度に。
だが、それでも人類は諦めなかった。
艦娘とそれを指揮する提督。この二人がいる限り、人類の希望は消えなかったのである。
これから、再度人類の新たな反撃が行われるのであった——。
○
"不沈空母"
この言葉が軍人にとってどれほど魅力的に映るだろうか。
華々しい活躍と、この戦局をひっくり返してくれるのではないかという数々の期待。
その多くの期待を寄せられ、当時世界最大と謳われた幻の航空母艦、"信濃"。
だが、その期待通りの活躍を見せる事はなかった。
艦命僅か十日。戦わずして、信濃はその身を深海に沈めたのだ。
悔しかった———。
期待に応えられなかった不甲斐なさ。それは、鎖の様に自分を締め付ける。
早くこの呪縛から逃れたい。未完成とはもう言われたくない。
姉の様に、誇りとして居たい。
そして、そのチャンスは唐突に訪れる。
これは——二度目の生を受けた、幻の空母の物語。
○
「ここは‥‥‥」
暗く、深い海の底の様な場所。不気味で奇怪な筈なのに、何処か安堵感を感じた。
僕は自分の身体を一度確認する。四肢はしっかりとあり、服装はいつも通りの見慣れた私服。特に身体へ影響は無いようだ。
そして、僕はここまでの経緯を辿る為、一度思考を巡らせた。
一人の男性として暮らしていた僕。信川奈緒。
はっきりと自分の名前は覚えている。
だが、その他の記憶はぼんやりと靄がかかり、思い出すことが出来なかった。
故に、最も重要であるここまでの経緯も思い出すことが出来ない。
何度も思考を巡らせるが、その答えは全く出てこなかった。
その時——激しい頭痛が走る。
「っ‥‥‥」
頭痛と共に、ぼんやりと頭の中に現れた一つの情景。
三隻の船に護衛され、海を颯爽と駆け抜ける空母の姿が映る。
身に覚えのない記憶な筈なのに、何処か既視感を感じた。
そして、立て続けに一つの光が目の前に現れる。
脳の整理が追いついていない所に現れたその光は、何処か儚げで、煌びやかな物だった。
『今度こそ、必ず‥‥‥』
突如、耳を通る一つの声。
その声音は、後悔の念が感じ取れる悲しさを含んだ物に聞こえる。
「だ、誰‥‥?」
声の主を探し求め、僕は辺りを見回す。
だが、人の姿は見えない。
『もう、沈まないっ‥‥』
更に激しさを増す声音。
そして、漸くその主を僕は突き止めた。
「もしかして‥‥この光が‥‥?」
未だ目の前を爛々と照らし続ける光。この光が、今までの言葉を発していたのだ。
改めて、僕はその光を見つめる。
『君は、後悔した‥‥?』
先程とは一転、強い情性を感じさせる光は僕に問いかけた。
後悔。それは何に対してだろう。
あの時、こうすれば良かったという一部分の後悔か。それとも、全てを含めた人生の後悔か。
だが、敢えて二つ両方に答えるとするならば‥‥。
「僕は‥‥後悔してる」
『‥‥‥同じ』
「同じ?」
僕の答えに対して帰って来た言葉は、何処か嬉しそうな声色だった。
最後の言葉の意味が理解出来ずに考えていると、突如、光が僕の身体の中へと溶け込む様に入り込んだ。
「え‥‥‥‥」
『私と君は同じ。もう、後悔はしたくない。だから、頑張って欲しい』
続け様に発した言葉の意味も分からず、僕の頭の中はパニック状態だった。
そして———光が完全に僕の体内へと入った瞬間、僕の身体が眩い光に包まれた。
その光と同時に、腕や足、身体の至る所に鉄製の何かが付けられる。
更には服装の変化。突然の変化に思わず声を上げてしまう。
「な、何これっ‥‥!?」
僕が驚いていると、変化が終わったのか、すぐさま光は消えて無くなった。
改めて、僕は自分の身体を視認する。
見慣れた私服は無く、そこには綺麗に着付けされた和服。
羽織は無いが、紺色の長着に膝の高さまで短くされた緑の袴。
そして、一際異彩を放つ腕にある木の板。線が多様に描かれ、上の方には片仮名で『シ』と書かれている。
同様に、その木の板を縮小させた物が腰の前に付いていた。
他にも鉄器が身体の至る所に付いている。
『忘れないで‥‥あの悔しさを』
目の前から消えた筈の光の声が聞こえた。
姿は見えず、声だけが耳へと通る。
「く、悔しさ? 一体何の‥‥?」
『君の頭の中にあるよ‥‥』
先程から意味の分からない言葉ばかりだが、光が言う通り、僕は頭の中の記憶を辿る。
すると、あの異様な既視感を感じた一つの情景がまた頭に浮かんだ。
その情景に対して感じた筈の既視感は、今では心を締め付けるような物へと変化する。
「っ‥‥‥‥‥」
惹きつけられ、どんどん思い入れの深いものへと変わる記憶。遂には、強い悔恨を感じる程に。
『分かったかな。‥‥きっと、君は過去の悔しさ払いたい』
その言葉は実に的を射たものだった。積りに積もる悔しさ。憎悪に変わってしまうのではないかと思うくらい強い感慨。
抑えを欠かせなければ、いつか壊れてしまいそうだ。
「い、一体‥‥誰、何ですか‥‥」
目まぐるしく交差する激しい感情を抑えながら、何とか言葉を発する。
この感情の持ち主の名を問いかけ、僕は次の言葉を待った。
『私は‥‥いや、君は‥‥航空母艦、信濃』
「ぇ‥‥‥‥」
突如、暗く不気味な空間を差す一筋の光。
その変化にも気を留めず、続け様に光は言葉を発する。
『きっと、君は過去を乗り越えられる。そう、信じているから』
「ま、待っ————」
瞬間、僕の言葉は届かず、純白の光が視界を覆った。あまりの眩さに、思わず僕は目を瞑る。
視界が閉ざされた中、僕は一度現状を整理しようと考えたが、それは叶う事なく、僕の意識は落ちてしまうのだった——。
○
「提督!時間になりましたよ!」
「ああ。それじゃあ迎えようか」
煙の中に出現する一つの人影。
その煙の中から現れた男性の容姿を纏う船は、相対する一人の男性と女性にこう告げた。
「航空母艦、信濃です。よろしくお願いします。‥‥もう、絶対に後悔しませんから‥‥」
こんな感じで行きまっす。
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第一章 着任と行く末
1.信濃、着任しました。
「し、信濃‥‥?」
「う、嘘っ‥‥」
見るからに驚いた表情を見せる二人。
一方はきっちりとした白い軍服を見に纏う男性。
方やもう一方は、紅白のセーラー服に金の注連縄状の物を装着した女性。
初対面の二人。その筈なのに、頭の中に浮かぶ、慣れ親しんだ単語。
それは何の戸惑いもなく発せられる。
「はい、僕は信濃ですよ。提督、大和姉さん」
「ほ、本当に、あの‥‥」
視線を泳がせる女性。信じ切ることができないのか、それとも感極まっているのか、その声は震えていた。
「ま、待ってくれ。君は‥‥男性だろう? 何故男である君がこのドックから‥‥」
驚きも合間、問いかけて来た男性は信じ難そうにこちらを見ていた。
僕はその質問に言葉を返す。
「確かに僕は男です。‥‥でも、その理由には答えられません。ですが、正真正銘僕は航空母艦、信濃。これだけは揺らぎませんっ」
真っ直ぐに僕は提督に視線を向ける。
言葉の意味、全てを僕は理解出来ていない。
ただ、誰かが僕に憑依したように口を動かし、感情の変化に身を任せているだけ。
自分の言葉ですら理解出来ていない矛盾した状況に、僕の思考は止まっているような物だった。
「‥‥そうか。まあ、正直混乱しているところだが‥‥艤装を付けているところを見るあたり、君は艦娘と同じ力を持っていると言うことだろう」
「そ、それでは提督‥‥!」
きっと、その言葉から察したのだろう。歓喜の気持ちを含んだ声はとても明るく聞こえた。
「ああ、どう言おうと君も俺達の仲間と言うことさ。俺はここ横須賀鎮守府の提督だ。よろしく頼むよ、信濃」
にこやかに微笑みながら手を差し伸べる提督。
その姿から、本当に歓迎してくれているのだと分かる。
思わず、笑みが溢れた。
自分ですら理解できていない現状。思考は止まり、感情の起伏すら感じなかった心に浸透する優しさ。
僕は手を伸ばし、握手を交わす。それは、自らの意思による行動だった。
「はいっ、よろしくお願いします。提督」
○
僕は思い出してしまった。それを思い出すべきだったのか、そうではないのか分からなかった。
「本当に‥‥訳が分からないよ‥‥」
個室に小さく響く、弱々しい声。
着慣れない服装に、頭の中で乱れる記憶。
追いつかない脳の整理からか、僕の身体は心身ともに疲労で一杯だった。
提督と挨拶を交わした後、僕は自室へと案内され、ベッドに倒れ込んでいた。
その疲労した身体を何とか起こし、ベッドの近くにある大きな立ち鏡で一度自分の姿を確認する。
「‥‥変わってない」
そこには見覚えのあるなんら変わらない顔立ち。
標準的な長さで、少し青みのかかった長着と同様の紺色の髪。
「‥‥やっぱり分からない」
再度ベッドに倒れ込み、仰向けになるように姿勢を変えて天井を見る。
目を瞑り、僕は思考を巡らせた。
僕には二つの記憶がある。男性として生きていた一生と艦としての記憶。
僕は一度死んだのだ。あの時、崖から身を投じて‥‥。
その筈なのに、僕は存在している。それも人間としてではないのだ。
頭の中に存在するのは艦としてのイレギュラーな記憶。
理解出来ない。何故そんな記憶が僕の中にあるのだろうか。
僕が誰かに憑依した?そんな幻想的な物が実際にあるとでも言うのか。
ただ今言える事は、自分は艦としての意識が強い事。
先程の二人を目の前にして出た名前は知らない筈だった。
それなのに、発した言葉は聞き慣れた物。
"提督"と"大和姉さん"。
一度も口にしたことがないのに、異様な親近感が湧いた。
それは、恐らくもう一方の記憶による感情。
‥‥何故かしっくり来るのだ。
ここは鎮守府で、さっきの男性は僕らを指揮する提督。
あの女性は僕の姉の戦艦大和。
敵である深海棲艦を撃破し、制海権を取り戻す為に戦う僕達。かの大戦で戦った軍艦の力を宿した艦娘。男である筈の僕が艦娘となり‥‥。
そして、僕は‥‥航空母艦、信濃。
第二次世界大戦当時、大和型戦艦からの空母に設計変更。
潜水艦の雷撃により、十日で身を沈め、当時世界最大と言われた航空母艦。
詳しい詳細がどんどん頭の中から浮かんでくる。
理解出来ないのに、自分が心の底から理解している矛盾した現状。
きっと、これは男としての一生ともう一つの記憶が入り混じった事による物。
これの原因‥‥全ては、あの空間の所為だ。
奇怪で、暗く淀んだ深海の様な空間。そこで光はもう一つの記憶として艦の一生を齎した。
"光の正体"。
思い返せば、それは光自身が口にしていた。
"信濃"は僕に託したのだ。
過去の悔しさを晴らし、乗り越えると。
その"過去"は、思えば"あいつら"が深く関わっているのだ。
僕から大切な存在を奪った奴等を許す気はない。
僕は、必ず"あいつら"を沈める。
その言葉を心で浮かべた時、僕の中の何かが消える感覚に襲われた。
だが、僕はそんな感覚を気に留めなかった。
そんな感覚よりも、唯一、大きな理解があったから。
僕は、これから‥‥絶対に後悔しない。
それを実現させる為にも、この感情を他人に晒すわけには行かないのだ。
例え、それが姉でも。‥‥提督でも。
秘めた悔恨は僕だけの物だから———。
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2.信じて‥‥くれますか?
因みに題名は信濃が言ってる事にしています。
「‥‥これをどう思う」
「そう、ですね‥‥」
艤装の整備や改修が行われ、鉄と油の匂いが広がる工廠。
そんな中、画面に表示されたデータを見る俺達の間には、何とも言えない空気が広がっていた。
「大和型の耐久と装甲に酷似したステータス。極め付けには、搭載数が105機。まさに最強の空母と言ったところでしょうか」
「ああ‥‥そうだな」
じっとデータを見据える彼女、工作艦の明石の言う通り、相当強力な空母であることに間違いはない。
だが、一番に考えてしまうのは、やはり性別だ。
自分も男である以上、同性が増えた事は喜ばしく思う。
別に艦娘達との仲は悪くないが、異性との壁はある。やはり同性の方が気軽に話せる事に違いはないだろう。
それに、男性の指揮する鎮守府はここだけだ。故に、注目を浴びて気疲れする事が多かった。
だからこそ、同性が増えた事による喜びの気持ちは大きい。
「嬉しそうですね〜。やはり同性が居る安心感は大きいのでしょうか」
「そりゃあな。でも、別にお前達を信頼していない訳じゃないぞ。ただ困る事も多いがな」
「あ、あはは‥‥。私達も"女"ですから‥‥」
自分でも分かっているならやめて欲しい物だ。
まあ、戦っていてくれているのは彼女達なのだし、ストレスもあるだろう。
時にはガス抜きだって必要だ。激しすぎるのも困り物だが。
「それは分かってるが、少しは弁えて欲しい物だぞ」
「は、はーい。わかりました〜‥‥」
「(本当に分かっているのだろうか‥‥)」
○
「なあ、本当なのか? 待ち望んだ信濃が男と言うのは」
「本当ですって! そんなに疑うなら一度見てください!」
私の言葉を聞いてもなお、疑り深い目でこちらを見る武蔵。
私は先程あった出来事を妹の武蔵に話した。
確かに分からなくもない。やっとの事で来た信濃が男であったなんて誰が想像しただろうか。
妹が増えると思いきや、弟が出来たのだ。
正直に言うと、すごく嬉しいが‥‥衝撃はとても大きかった。
「むぅ‥‥そこまで言うなら仕方がない。丁度部屋の前に来た事だし、挨拶がてら見てみようじゃないか」
武蔵はそう言うや否や、信濃と書かれた表札が掛かった部屋のドアノブに手をかけ、扉を開けた。
「失礼する、ぞ‥‥」
扉を開けた途端、武蔵が固まる。
その先に居たのは、ベッドに腰を下ろした一人の男性。
電気もつけず、カーテンを閉めた空間にいた彼は私達に気付いたのか、こちらに振り向く。
「ぁ‥‥え、えっと、大和姉さんと武蔵姉さん?」
「う、嘘だろう‥‥。ほ、本当に、信濃なのか‥‥?」
恐らく信じていなかったであろう武蔵は、現状を目にして驚いた事だろう。
怯えた様に震えている足がそれを証明していた。
「うん、僕は信濃だよ。武蔵姉さん」
微笑みながら発した信濃の姿は暗い空間と合わさり、とても綺麗で艶やかに映る。
その姿に思わず見惚れてしまったのか、武蔵はプイッとそっぽを向き、頬を赤くそめた。
「あら、武蔵ったら」
あまり見ない武蔵の姿が少し面白く、思わず笑みが溢れてしまった。
「う、うるさいぞ!」
揶揄われた事が恥ずかしかったのだろう。武蔵は牙を向くようにこちらに視線を向ける。
「ど、どうしたの‥‥?」
その様子を見て不思議に思ったのか、信濃は心配そうにこちらを見つめていた。
「な、何でもないぞ! というか、何故電気をつけていないのだ」
「あ‥‥ごめんごめん。ちょっと疲れちゃって」
着任したての事だから、慣れないことも沢山あったのだろう。
明らかに疲れた表情をしているのが見て取れた。
「そうでしたか‥‥。では、出直しましょうか?」
「ううん、大丈夫大丈夫。それで、どうかしたの?」
首を横に振り、気にしないでと言う信濃の優しさが伝わる。
恐らく、気を使ってくれている。あまり長居するのも迷惑だと思い、私は早めに話を切り出す。
「いえ、ただ武蔵と一緒に改めて挨拶をしに行こうと思いまして」
「ああ、そう言うことだったんだ」
「まさか信濃が本当に男だとは思わなかったがな。だが、私達はお前の姉である事に変わりはない。いつでも頼ってくれ」
「ええ、ここは女世帯で気難しい事もあるでしょうし、そんな時でも遠慮せずに言ってくださいね。もし、変な事をされたらすぐに伝えるんですよ」
「あ、あはは‥‥。そうだね、困ったら相談させてもらうよ」
過保護、と思われるかもしれないが、寧ろ思われても良い。
何度も言うが、まさか弟が出来るとは思ってみなかったのだ。
しかも、信濃は提督と同様、すごく整った容姿をしている。
男性と会う機会が絶対と言って良いほど無い私達にとって、邪な考えかもしれないがこの二人はまさにオアシスそのもの。
そして、弟ともなれば手を出す者には容赦しない。
そう、私は心で誓い、笑顔で話しかけてくれる"弟"の存在を改めて認識するのであった。
○
栗色の両扉に、金色のドアノブがついた扉。その頭上には、執務室と書かれた札が取り付けられていた。
僕はドアをノックし、入室の許可を取る。
「信濃です。入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、入ってくれ」
中にいた人物から了承を得て、僕は扉を開けた。
「‥‥良く来てくれた。着任したてで疲れているだろうに、すまないな」
椅子から立ち、申し訳なさそうに謝る男性。
確かに疲れはあるが、提督、言わば僕の上司であるが故に断る訳にはいかない。
それも、僕は特に嫌悪を示してはいないのに頭を下げる提督を見ると、優しい人だと言うことがすぐに分かる。
「いえ、頭を上げてください。僕は全然気にしていませんから」
「そう言ってくれると助かるよ」
「‥‥それで、話と言うのは‥‥?」
ここに呼ばれた理由としては提督から呼び出されたからだが、特に説明も無かった為、内容は定かではなかった。
「実はな‥‥」
椅子に座り、机に肘をついてどこか神妙な顔をする提督。
恐らく、良い話では無いのだろう。場の雰囲気がそう物語っていた。
「君は、何故その姿をしているか分かっているんじゃないか?」
「‥‥‥‥‥‥」
姿。恐らく男性の見た目をしている事についてだろう。
正直、容姿について何らかは言われると思っていた。普通、男の姿をした艦娘など聞いたこともない。
しかし、何故提督はそう思ったのだろうか。僕は知っている様な素振りを見せたつもりはない筈。
‥‥ちょっと突っついてみよう。
「何故そう思ったんですか?」
「‥‥俺が信濃に男か聞いた時、こう言ったよな。『答えられないと。』その時の顔を見て、何処か知っているのに話したく無い様な表情をしていたからだ」
「‥‥良く見ていますね」
あの時の表情は自分でも良く分かっていない。ただ、心に募っていた感情がそのまま顔に現れていたのだろう。
しかし、僕がその質問に答えるとしても、知っている事と言えば男としての一生と信濃の記憶。そして、あの空間での事。
それを伝えたとしても、信じる人間はごく僅か。
無論、自分が言われれば信じることは難しいだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
でも、僕は何故か縋ってしまった。提督から向けられる眼差しを目にし、信じたくなってしまった。その、少ない可能性に。
「では‥‥提督は信じますか? 僕が、前世の記憶を持っていると言ったら」
この時代は僕が生きていた時よりも前なのか後なのかは分からないが、ここでの僕の男性の一生は前世として置いた。
ただ、僕のあの過去までもを教える気はない。
そして、僕の言葉を絶対に提督が信じるとは言い切れないのだ。
だが、もう一人で考えるのは疲れた‥‥。
少し、楽になりたい。頭の中で目まぐるしく交差する記憶を少しでも払拭したかった。
「‥‥ああ、信じる」
根拠のない言葉。しかし、僕にとっては嬉しく、求めていた答えだ。
「そう、ですか。‥‥僕は、男性として普通に暮らしていました。そんな都会ってほどでもないけど、田舎でもない、そんな場所に。そこは比較的海も穏やかで、深海棲艦と無縁な場所‥‥」
「っと、こんな情報はいりませんね。‥‥僕は普通に住んでいたのですが、ある時、事故にあってしまって。そして、気づけば暗く淀んだ空間で僕は目覚め、ある光が言ったんですよ」
「‥‥"君は、後悔した"かと」
「‥‥‥‥‥‥‥」
少し話を変えてはいるが、僕は次々に自分の体験した事を発し、それを提督は黙って聞いてくれている。
「その質問に僕は言いました。すごく後悔していると。前世で間違えた数々の選択が鮮明に蘇り、それは消えない苦しみへと変わる。その瞬間、光は僕の体内へと入り、信濃として僕はこの世界に現れた」
「‥‥だから、分かってないんです。僕自身も‥‥。頭で交差する前世の記憶と艦としての記憶。それだけしか、僕には無いんですよ」
何とか作り笑顔で言い切った今までの事実。
今、僕は‥‥‥どんな顔をしているのだろうか。
弱々しい笑顔を作った表情か、何も悟らさない様に取り繕った表情なのか、それは自分でも分からなかった。
「そうか‥‥」
淡々と告げられた一言。その一言には悲しさが含まれている様な、小さな声。
でも、何処か心が暖かった。
こんなにも真摯に聞いてくれる人が居る。それだけでも分かって嬉しかった。
「ありがとうございます。真面目に聞いていただいて」
「いや、俺は特に何もしていないよ‥‥。信濃が優しいだけだ」
「いえいえ、そんな事を言ったら提督の方が僕は優しい方だと思います」
これは謙遜じゃない。事実、提督はとても優しい人だ。
軍人と言えども、情に深いその人柄は格好良いと思う。
ここなら、居心地もきっと悪くない。そう思えてしまう。
「‥‥信濃。俺は皆の力になりたい。だから、いつでも俺を頼ってくれ。
俺にできる事であれば何でも応える」
「ありがとう、ございますっ‥‥」
提督の優しさが心に浸透し、その言葉に思わず感極まってしまう。
唐突に訪れた新たな生活。それは、嫌悪を示す物だったが、悪いものじゃないかもしれない。
考え方を変えてくれたのは、紛れも無い人の優しさ。
前世では味わえなかったこの感情を教えてくれた事に、感謝の念は尽きない事だろう。
だが、提督に伝えた事実は全てが真実と言う訳ではない。
自分の中で理解している事、僕は一つ隠していた。
心に秘めた、強い悔恨を———。
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3.大丈夫‥‥なのかな‥‥。
「ところで、信濃の部屋についてのことなんだが‥‥」
先程と話は変わり、提督は俯きながら言葉を詰まらせる。
何かあるのだろうか。僕は提督が言葉を告げるのを待った。
「申し訳無いが、姉弟同士同じ部屋でも良いか‥‥?」
「はい?」
姉弟同じ部屋と言う事は、姉さん二人と同じ部屋で生活するって事?
‥‥僕は別に構わないが、姉さん二人が嫌がったりはしないのだろうか。
「実はな、信濃が今使っている部屋は来客用の部屋でな。ここの鎮守府が大きい分、来客が来ることもあるからずっと使っているわけにもいかなくて‥‥」
「別に僕は構いませんよ。ですが、姉さん達は——」
「い、良いのか!?」
グッと身体を前に出し、提督は僕の肩を力強く摑む。
そこまで驚く事かと、少々オーバーリアクションだと思いながら僕は言葉を返す。
「は、はい。大丈夫ですよ」
「ありがとうっ‥‥! 本当にありがとう‥‥!」
心の底から感謝した様な声音で発する提督。
本当に何故そこまで重く事を捉えているのだろうか。
「そ、そんなに重要な事ですかね?」
「あ、当たり前だ! 男女一緒の部屋なんて普通拒むだろ!」
「え? ‥‥そうなんですか?」
確かに、女性側からしたら男女一緒に生活する事に嫌悪を示しても可笑しくは無い。
だが、それは姉さん達に言う事では無いのだろうか。
僕よりも姉さんたちの許可が重要だと思うのだけど‥‥。
「‥‥因みに、姉さん達に承諾は頂いたのでしょうか」
「ああ、別に聞いてないが大和達はどうせOKするさ。それよりも、本当に良いのか? 姉弟だからと言って油断してると襲われる危険だって‥‥」
「は、はい? 襲うって‥‥一体何を?」
言葉の食い違いと言うよりも、話が噛み合っていない。
普通、襲われる可能性が有るのは女性の方なんじゃ?
「まさか‥‥な。なあ、信濃。君が言う前世居た世界の男女の価値観はどういった感じだったんだ?」
「男女の価値観‥‥? 特に差別的な物は無いですよ。政府などは平等を訴えてはいますが‥‥まあ、電車で女性専用車両があったり工夫された所は有りました」
「そうか‥‥道理でな‥‥」
何かを理解した様に提督は頭を抱えるが、僕は何一つ質問の意図が理解できない。
だが、次に発せられる言葉は僕に強い衝撃を与えるのであった。
「実はな、信濃‥‥。この世界は男性の出生率が著しく低下しているんだ。それにより、恐らく信濃の前世居た世界と貞操が逆転していると思うのだが‥‥」
「は、はぁ!?」
その言葉を聞いて、僕は驚愕する。
提督が僕の了承に驚いていたのは、僕との貞操観念が逆だったから。それなら、話が噛み合わなかったのに納得出来る。
いや、今はそんな納得よりも驚きの方が大きい。
「此方には男性用車両があるからな。偏りが酷い訳ではないが、配慮は男性の方が多いと思うぞ」
「な、なるほど‥‥」
驚愕の事実を目の当たりにし、まだ理解が届かないでいた。
となると、こんなにも世界が変わっている現状、この世界は僕がいた時代とはだいぶかけ離れている様に思える。
というか、こんな世界で提督は今まで一人でこの鎮守府を統率していた事になる。
それって、絶対大変だっただろうな‥‥。
「それじゃあ、言った上でもう一度聞くが‥‥同じ部屋でも大丈夫か‥‥?」
きっと、提督は更に申し訳ない気持ちで一杯になった事だろう。声音と表情がそれを証明していた。
‥‥そんな顔をしないで欲しい。
気まずさと申し訳なさを纏うこの空気で、僕が断れる訳ないじゃないか‥‥。
僕は小さな声で、こう告げた。
「はい‥‥」
○
部屋に向かう帰り道。部屋の移動の為、せっかくなら掃除をしてから行こうと思い、少し早足で歩みを進めていると前方から声をかけられた。
「貴方は‥‥?」
落ち着いた声で問いかけて来たその主は、髪を片方にサイドテールで纏め、僕と似た長着を着用した女性。
頭の中で即座に現れた言葉は、強い尊敬の念が感じられた。
「か、加賀さん‥‥?」
その人物は航空母艦、加賀。僕の大先輩にあたる人だ。
だからこそ、尊敬の念が感じられたのだろう。
「あら、初対面の筈ですが、私の名前を知っているのですね。そ、それよりも‥‥あ、貴方、男性よね‥‥?」
「あ、はい。僕は男ですが‥‥」
「なるほど‥‥そうですか。‥‥‥良いですね」
瞬間、加賀さんの表情が変わった。
僕は先程の提督の言葉を思い返し、少し後退る。
仮にも先輩なのだが、正直加賀さんが怖い‥‥。
僕が男だと伝えた途端、加賀さんから身体を舐め回す様に視線が向けられた。
尊敬の念は何処へやら、貞操が逆になっていると理解した瞬間、恐怖に慄く感情が募ってしまう。
前世で言われていたけど、女性が男性の視線に敏感ということが良く分かる気がする。
こんなに身体へ視線を向けられると嫌でも分かってしまうのだ。
「あ、あのー‥‥」
「何かしら。というか、何故後退るの?」
「だ、だって、そ、その‥‥視線が‥‥」
僕が後ろに後退っても、その分加賀さんは距離を詰めてくる。
ここは廊下なんですが‥‥。側から見たらただの変な人達だ。
「貴方、名前は?」
僕の言葉を無視し、加賀さんは問いかけてくる。
「し、信濃です。あの‥‥先輩、離れてくださいっ‥‥」
「っ‥‥信濃ですか。良い後輩を持ちました」
何かを納得した様な加賀さん。だが、僕の言葉に聞く耳を持たず、加賀さんは接近をやめない。
男だと言うだけで良い後輩と判断されるのも困るんですが‥‥。
そうして、ジリジリと後ろに下がっていると背中をぶつける。
硬い感触に覆われた後方には白い壁。遂に壁へと追いやられてしまったのだった。
「‥‥もう逃げられませんよ」
「な、何なんですかっ‥‥」
艶かしい表情を浮かべ、獲物を捕らえたような視線が僕を刺す。
足が震える程の恐怖が募り、僕はまさに窮地した状態に追い込まれていた。
「何をしているのですか?」
そこへ救世主と言わんばかりの聞き覚えのある声が前方から伝わる。
加賀さんは後ろを確認し、その人物に睨むように視線を送る。
そこには、にこにことした表情を見せる姉さんがいた。
「あ‥‥大和姉さん」
すると、大和姉さんは僕を守るように前に詰めて来た。
身長の高い姉さんが前にいると、改めて自分の身長の低さが顕になって少し悲しくなる。
「見て分かりませんか? ただ挨拶をしていただけです」
怒りを含んだ声と無表情により、加賀さんが明らかに不満を表しているのが分かった。
それに対して、姉さんも表面上では笑顔を浮かべているものの、黒いオーラを纏うその姿から怒りを示しているのが分かる。
「挨拶、ですか? 私には加賀さんが信濃に詰め寄っているように見えたのですが」
「何を言っているのかしら。妄想も大概にして欲しいものね」
加賀さんと姉さんとの間には重い空気が漂い、まさに一触即発の状態。
この状態を収めろと言われても、正直僕には不可能だ。
故に、どう収束させれば良いか分からない。
というか、こんな状態で挨拶ってのはないんじゃ‥‥。
「おい、こんな所で何をしているんだ?」
重々しい空気の中に、一人の男性の声が通る。
鎮守府の中にいる男性は僕ともう一人のみ。
当然、その声の主は提督だった。
「て、提督っ!」
「っ‥‥て、提督ですか」
「(た、助かった‥‥)」
両者、突然現れた提督に驚いたのか、先程の重々しい空気は消えてしまった。
僕は思わず安堵の息が漏れ、この場に現れた提督に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「‥‥お前達、まさか信濃を困らせるような事をしてたんじゃあるまいな」
この現状を見て察したのであろう、二人を戒めるように視線を送る提督。
それに対して姉さんは慌てるように弁明した。
「そ、それがですね、加賀さんが信濃に詰め寄っていたんです!」
ビシッと指を刺した方向には顔を歪ませる加賀さん。
「それは本当か? 加賀」
「ぐっ‥‥‥」
流石に提督の前で嘘をつく事は出来ないのか、加賀さんは悔しそうに歯を噛み締める。
それを見てニヤッと口角を上げる姉さん。
一体どっちが意地悪なんだか‥‥。
「はぁ‥‥あまり信濃を困らせるんじゃないぞ。着任したてで疲れもあるだろうに。それと、先輩であるお前がそんなんでどうするんだ」
そう言葉を発し、提督はデコピンを一発加賀さんにお見舞いする。
「す、すいません‥‥」
「大和もだぞ」
「は、はい! 分かっています!」
そうして、事態は無事収束した。流石、提督と言ったところだろうか。
しっかりと纏めてくれるところが凄く頼りになる。
「あ、そうだ。丁度大和が居るから言っておくが、信濃は大和と武蔵と一緒の部屋で生活してもらうからな」
「ほ、本当ですか!?」
「っ!‥‥‥‥」
本当に都合の良いタイミングというか、ここでそれを言ってしまうのか‥‥。
正直、貞操が逆になっている事を知ってしまった身としてはあまり気が進まないのだが。
それに比べて、姉さんは非常に嬉しそうだ。
「勿論私は構いません!」
「ちょ、ちょっと待ってください。信濃はそれで良いんですか?」
加賀さんは納得し難いのだろう。驚きと疑問を纏う表情がそれを証明していた。
まあ、確かに自分自身も納得し難いが、姉であればマシとして考えるしかない。
「そうは言っても姉さんですから。僕は信頼しています」
お願いだから変な事はしないで欲しいという願いも込めて言った言葉をどう捉えたのか、姉さんは明るい笑顔でいた。
「そ、そうですか‥‥」
渋々納得したのか、加賀さんは微妙な顔をして視線を下ろす。
「じゃ、そう言う事でよろしく頼むよ。信濃の言葉を無碍にしないようにな」
「はい!」
そう言い残し、提督は僕の後ろにある扉を開き、中へと入っていった。
先程から眩しいくらいの笑顔を纏う姉さんと、妙に悔しそうな表情をする加賀さん。
改めてこの世界を知り、前世とかけ離れた物であると理解しながら、僕は一つ不安を覚えるのであった。
大丈夫だ、問題ない。
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4.歓迎会っ‥‥嬉しいです!
『あー‥‥皆集まったようだな。それじゃあ、今日召集した理由についてだが———』
食堂に用意された簡易的なステージの上で事の説明を続ける提督。
どうやら、これから歓迎会が始まるらしい。
主役は言わずもがな僕になる訳だが、艦娘の多さもあいまって、僕は緊張を隠せずにいた。
ステージの裏から確認して、ざっと70人近くは居るだろうか。
十分多く見えるが、これよりも在籍している艦娘が多い鎮守府も数える程だがあるらしい。
「さて、そろそろ主役に来てもらおうか」
いよいよ僕が出てくるところに来たのか、提督の視線がこちらへ向けられる。
僕は一度深呼吸を落とし、心を落ち着かせた状態でステージの方へと歩みを進めた。
「‥‥えっ!? お、男!?」
「う、嘘でしょ!?」
「あの格好‥‥空母の方ですかね?」
「本当!? それじゃあ新しい後輩かなー?」
出てくる言葉は様々だが、皆一様に驚いた表情を見せる。
真ん中の方には姉さん達が、右手前には加賀さんが居たりと、皆あちらこちらに散らばっているようだ。
「少し落ち着いてくれ。皆驚いていると思うが、俺自身も良く分かっていない事が多くてな‥‥。取り敢えず、自己紹介を頼むよ」
「はい。え、えっと‥‥」
マイクスタンドのある位置まで歩を進め、僕は顔を上げる。
皆の視線が一点に集中し、とてつもない緊張が募るが、僕は何とか言葉を発した。
「今日からここに着任する信濃です。姉さん二人と同じ大和型ですが‥‥艦種は航空母艦です。皆さんが一番気になっている事だと思いますが、僕はこの見た目の通り男ですので‥‥。えー‥‥こ、これからよろしくお願いします」
可も無く不可も無く、と言ったところか、僕は何も変哲の無い挨拶を告げて一歩下がる。
ヒソヒソと話し声がそこら中から聞こえ、各々の表情は違っていた。
加賀さんのインパクトが強かった分、少しの警戒があるが、皆が皆ああではないと信じたい‥‥。
そして、僕が下がったのを見て、今度は提督が前に出た。
「言葉の通り、信濃が此処に来た。だが、予想外な事も相待ってこういった事になっている‥‥。まあ何にせよ、仲間である事に変わりはない。自身でも言っていたが、艦種は航空母艦だ。頼むぞ、赤城達」
「は、はい! お、お任せください」
「‥‥という事で、今日は祝いの席だ。存分に楽しんで欲しい。ただ、信濃を困らせるような事はあまりするんじゃないぞ」
そう言いながら、提督はある一人の方へ視線を向ける。
皆に釘を刺している言葉は、ある一人に促しているように聞こえた。
それが誰なのかは正直分かり切っているけど‥‥。
「さて、そろそろ話もここらで終わりにしよう。‥‥それでは、乾杯」
『乾杯!!』
提督の音頭と皆の声により、長い歓迎会は始まりを迎えるのであった——。
○
「わ〜本当に男の人なんだ‥‥」
「ねえねえ、好きな食べ物って何かな!?」
「あ、おい!ずるいぞ!」
「抜け駆けは許さん!」
これも主役による宿命なのか、僕の周りには大勢の人達が集まる。
ごちゃごちゃした人混みの中、ポンポン発せられる言葉全てに相槌を返せる筈がないので、正直困り果てていた。
「‥‥‥ダメか」
チラッと提督がいる方に視線を向けると、提督は他の人と談笑している様子だ。故に、助けを求めるのは無理だろう。
「あ、あのー‥‥流石に皆さんを一斉に対応するのは無理なので、取り敢えず順番で一人ずつ話しませんか?」
僕の一旦の提案により、皆は顔を見合わせ、考える素振りを見せるが、その考えは直ぐに纏まったのか皆同様に首を縦に振ってくれた。
「それでは、僕はあそこに座っているので順番が決まったら一番の人から来てください」
そして、僕は自身で指を刺した方向の椅子へ向かう。
背後からはギャーギャーと言い争うような声が聞こえるが、きっと気の所為だ。うん、気の所為。
そう現実から逃避しながら、僕はこれから始まる皆との対話で心が持つか心配だった。
○
「‥‥‥‥遅い」
かれこれ三十分近くが経過しただろうか。
とっくに順番ぐらい決まってもいい時間なのだが、僕の隣には未だ誰も座っていない。
それもその筈、視界の奥ではまだ言い争いが続いているのか、人混みが見えるのだ。
別に僕は全員と対話する気でいるし、順番なら確実に話す機会があるだろう。
それでも中々決まらない事にため息が漏れてしまう。
「はぁ‥‥‥」
「隣、良いか?」
「え、あっ‥‥て、提督っ」
男性特有の低めな声。
声をかけて来たのは、勿論提督であった。
「は、はい、構いませんよ」
「そうか。ありがとう」
僕の承諾を得て、提督は隣の席へと腰を下ろす。
対話の一人目はまさかの提督になったのだ。
「どうだろうか。ここでの生活はやっていけそうか?」
「あー‥‥そ、そうですね‥‥」
僕は思わず言葉が詰まる。別にここでの生活が苦という訳では無い。
ただ、皆の視線が刺さりまくるというか‥‥やはりどうしても注目が集まってしまうのだ。それにより、気疲れする事は多い。
「‥‥まあ、そうだろうな。女所帯であるから視線は集まるだろうし、何よりあいつらはすぐ触ってこようとするからな。まったく、困った物だ」
ジト目で提督が見据える先には、入り混じった皆の様子。
膝をつき、溜息を吐くも、その瞳の奥からは親愛の念を感じさせた。
皆を信頼し、仲間だと心の底から思っている証拠だろう。
「あはは‥‥。でも、提督は何故提督になろうと?」
この世界では男性が指揮する鎮守府は珍しい事になるのだ。
僕の感覚で言うと、女性の指揮する鎮守府となる。一人もいないということはないだろうが、珍しい事に変わりはない。
それなのに、提督になった理由が気になる。
「ああ、実は‥‥俺の家が代々海軍の家系でな。その影響が強いんだが、一番は自分自身の意思からだったよ。誰かを守る仕事につきたかったんだ」
「そうなんですか。親御さんから反対とかは‥‥」
「勿論反対されたよ。両親が随分過保護でな。
『あそこは女所帯なんだぞ!鎮守府で指揮するって事を分かってるのか!』って何度も言われたもんさ。まあ、それでも俺は諦めたくなくてな。何とか努力し続けて、やっと認めてくれて。こうして今に至る訳だ」
自分の夢を追い続ける事。それはきっと簡単な事じゃない。
提督の努力と信念の強さが今に結び付いている。
人一倍努力したからこそ、今、こうして提督としているのだろう。
「凄いですね、提督は」
「自分で言うのも何だが、努力の賜物ってやつかな」
「ふふっ、そうですね」
そんな談笑を交わしながら、お互いに微笑み合う。
心を満たしてくれる会話の楽しさが、不思議と表情を柔らかくさせた。
「少しよろしいでしょうか」
突如、後方からかけられた言葉。
後ろを振り向くと、そこには紅白の道着に身を包む女性が二人居た。
「何だ、翔鶴と瑞鶴か。どうかしたのか?」
提督の言葉通り、その女性というのは翔鶴さんと瑞鶴さん。こちらも僕の先輩にあたる人だ。
にこやかな表情で僕達を見るその目は、何処ぞの先輩とは違うく、優しさを体現した物に見えた。
「ちょっと信濃に挨拶をと思ってね。‥‥って、何その目」
怪訝な顔をした瑞鶴さんが送る視線の先には、ジト目で翔鶴さんを見つめる提督。
何か可笑しな事でもあったのだろうか。
「あのなあ。いつもと違う表情をした奴が来たら不気味に思うだろ?そんなあからさまに変な事をしそうな奴を普通の目で見れると思うか?」
「な、何を言っているんですかー?」
「(棒読みだなぁ‥‥)」
「はぁ‥‥だから言ったじゃんか翔鶴姉。変に演じるからだよ」
「うっ‥‥‥‥」
翔鶴さんの様子を見るに、まさに図星をつかれた様な慌て様。
言葉から察すると、翔鶴さんのにこやかな表情は作り物ということだろうか。
「あの、翔鶴さんは表情を作ってたんですか?」
「ぐっ‥‥‥‥」
グサリと刺さったのか、僕の言葉を聞いた翔鶴さんは項垂れる様に膝をついた。
「あ、あらら、ストレートに来たね‥‥」
「どうせ邪な事を考えていたんじゃないのか?」
すると、項垂れていた翔鶴さんは突然立ち上がる。
「ち、違いますよ! ただ第一印象は良く見せたかったんです!」
「それを言っちゃったら台無しじゃん‥‥」
な、なるほどね。
まあ、確かに最初の印象を良く見られたいと思う事は誰でもあるだろう。
それも提督の言葉によって砕け散ってしまったけれど。
「で、でも、挨拶をしに来て頂けて嬉しい限りです。よろしくお願いしますね。先輩方」
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」」
あ、あれ?何故か三人とも固まってしまった。
何か可笑しな事でも言ってしまっただろうか。
その不安が募るが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「‥‥信濃は優しいな。正直、その優しさが不安だ」
「本当だねぇ‥‥。これはしっかり見張らないとダメかもしれないね‥‥」
「ふふふ‥‥‥」
心配と呆れを含んだ表情を見せる提督と瑞鶴さん。
そして、先程とは違い、不気味な笑みを浮かべる翔鶴さんという思わず首を傾げてしまいそうな光景が広がっていた。
ただ、翔鶴さんからは加賀さんと同じ何かを感じる‥‥。
「まあ、俺の指揮する鎮守府に来てくれて良かったよ。大体が男慣れしてるからな」
「その分加賀さんとかは更に暴れそうだけど‥‥」
「そうだな‥‥警戒は緩めずに——」
「信濃さん」
「は、はい」
提督と瑞鶴さんが二人で話し合っている間に翔鶴さんが声をかけて来た。
表情を見ると、最初と元通りのにこやかな表情だ。
特に嫌な感じはしないし、あまり警戒はしないで良さそうだけど。
「実は、見せたいものがあるんですよ」
「見せたい物ですか?」
「ええ、なのでこれから私の部屋に来ていただけないでしょうか」
「え、えっと〜‥‥」
「大丈夫ですよ、ちょーっと来てもらえれば良いので。悪い様にはしませんから。ええ、きっと‥‥‥ふふふ」
前言撤回。やっぱり警戒を怠らない方がいいかもしれない。
翔鶴さんもあの人と同じだ‥‥。
「おい」
「‥‥‥‥‥‥」
明らかに怒っていると分かる声質で翔鶴さんの肩に手を置く提督。
一方、額から汗が伝っている翔鶴さんは明らかに焦っている様子だ。その後ろには、あははと苦笑いをしている瑞鶴さんがいた。
「あまりおいたが過ぎると憲兵のお世話になってしまうかもしれないぞ?」
「は、はい‥‥すいません」
流石と言うべきか、一瞬で翔鶴さんを宥める提督には頭が上がらない。
きっと、これからも頼れる上司となるだろう。
「ごめんね、うちのバカ姉が」
「い、いえ。僕は大丈夫ですので」
「そう言ってくれると助かるよ。もし困ったことがあったらいつでも相談してね。先輩として直ぐに駆けつけるから!」
「はいっ、ありがとうございます!」
「‥‥見てみろ。お前もあの立派な妹を見習え」
「私は既に立派ですよ。と言うわけで、ご褒美として提督か信濃さんのアレください」
「‥‥‥どうしてこんな風になってしまったんだ」
○
その後、やっとのことで順番が決まり、70名の皆との対話が始まった。
後から聞いた情報によると、翔鶴さん達は話し合ってもキリがないのでこちらへ来たそうな。
当然、その日疲れたのは言うまでもない。
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5.‥‥‥‥‥‥‥。
『提督は信じますか? 僕が、前世の記憶を持っていると言ったら——』
「‥‥‥‥‥」
信濃の歓迎会の最中、鎮守府内の騒ぎ模様は外まで聞こえてくる。
そこで、俺は気分を変えようと鎮守府の側の堤防に腰を下ろしていた。
辺りは真っ暗。冷たい夜風が身体を刺し、少し肌寒い。
「前世、か」
ふと呟いた言葉は今日一番に印象深い物だった。
信濃の着任。自分自身、歓迎したい気持ちで一杯なのに何処か心の中で突っかかる。
信濃が男だから? 少しズレた考えを持っているから?
‥‥それも含めて、俺はもやもやした気持ちでいるのだろう。
だが、やはり一番は前世の記憶を持っていると言う事。
艦娘の生態は未だ明らかになっている訳ではない。故に、前世の記憶を持っている事は不思議ではないのかもしれない。
しかし、その性別は一体どう言う事だろうか。
男性で艦の力を宿した人物。それはもはや艦娘と言えるのだろうか。
「いや、艦息か?‥‥ははっ」
自分でもバカバカしいくらいに思うどうでも良い事を呟き、苦笑する。
「上は何て言うかね」
今回の建造の報告書にはありのままの事実を書いた。
嘘だと思って相手にされないのが一番楽に終わるが、そう言う訳にも行かないだろう。
俺自身、階級も少将だ。新米では無いし、少しくらい耳には入る筈。
それを考えると、やはり大事になるかもしれない。
更に、信濃は容姿が綺麗だ。男の俺でも見惚れるくらいに。
故に、信濃の事が広まればこぞって鎮守府に押し掛けてくる可能性がある。
そうなると困り物だ。
だが、やはり同性が居る安心感は大きい。
信濃には申し訳ないが、気疲れする視線の負担を少し担って貰おう。
「ここに居ましたか。提督」
「ん、大和か。‥‥弟が出来て随分嬉しそうだな」
後ろを振り向くと、風に揺れる長い髪を靡かせた大和が居た。
その表情はにこやかで、明らかに喜んでいると見て取れる。
すると、大和はこちらに近づき、俺の隣に腰を下ろした。
「当たり前じゃないですか。弟ですよ弟」
「‥‥お前の事だから大丈夫だと思ってはいるが、くれぐれも変な事はするなよ」
「それは分かってますよ」
「(どーだかね‥‥)」
そうは言うが、大和はニマニマとした笑みを隠さず、上がった口角を下げずにいた。
果たして本当に大丈夫なのか‥‥。思わず不安になってしまう。
「‥‥でも、羨ましいよ。俺は兄弟とか居なかったからな。お前らを見ると姉妹それぞれ楽しそうだし、笑顔が絶えない。‥‥中には偏った奴もいるけど、やっぱり憧れてしまうよ」
俺は両親と接する機会が多くはなかった。
幼少期の頃は甘やかされた記憶はあるが、自分の夢を志してから関係は悪化した。
ただ、今では仲良しとまでは行かないが、仲が悪いという訳ではない。
「そうですか‥‥。では、今この時間だけ私が提督の姉になると言うのはどうでしょう」
「はっ‥‥?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
だが、大和の言葉はそれほど衝撃的だったのだ。
「何言ってんだか‥‥それに漬け込んで邪な事でもするつもりか?」
「ち、違いますよ!ただ、提督には一度姉弟がいるという体験をして貰おうと!」
「それで俺が弟ってのは俺を小さく見てるってことか〜?」
「ぐっ‥‥そ、それも違うんです!」
「ふふっ、冗談だよ。悪かったな」
「も、もう!本当意地悪ですよ!」
大和の慌て様が思わず面白くてつい弄ってしまった。
だが、大和がそう考えていてくれたのはとても嬉しい。つい口が緩んでしまう。
「そうだな‥‥ちょっと甘えるのも悪くないよな」
そう呟き、俺は隣にいる大和の肩に頭を置いた。
「へっ‥‥‥‥///」
「んっ、何だ、自分から言っといてそう恥ずかしがるのか?」
チラッと上の方に視線を向けると、顔を赤くした大和が見えた。
大和の身長は俺よりも高い為、必然的に視線が上になってしまう。
「い、いえ!す、少し驚いただけですから」
「ん、そうか」
自分でやっといてあれだが、これでも俺の心拍数は早くなっていた。
それも、恥ずかしさとドキドキした気持ちの所為だと承知している。
一方の大和はどうなのかは分からないが、未だに顔を赤くしているあたり、同じと見て良いだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
暫しの間、俺と大和の間には沈黙が続いた。
それは気まずさを纏った物じゃない。安心出来て、落ち着けるからこその心地良い時間だ。
だが、俺はその時間を自ら断ち切った。
姉である、大和に聞く為。
「‥‥大和は信濃をどう思う」
唐突に放たれた言葉を疑問に思ったのか、大和は不思議そうな声で尋ねてきた。
「一体どう言うことでしょうか」
「そのままの意味だ。大和は信濃をどう見ているかが知りたい」
「どう見ているか、ですか。私は信濃の事は弟だと割り切って見ています。別に悪い意味で捉えているわけではありません。自分が姉であることを自覚していますし、変な事をする気は毛頭ありませんよ」
「そうか‥‥」
大和はあくまでも姉として信濃と接していく。本人の意思は固く見えるし、恐らく間違いは無いだろう。その言葉だけでも十分に嬉しかった。
ただ、それが分かっていても問題は信濃の方。
執務室で信濃が過去を話した時の顔。あれは今でも鮮明に覚えている。信濃は何とか笑顔を取り繕っていたが、明らかに何かを我慢していた。
きっと、何か辛い過去があったのだろう。そうでなければ、あんな作った笑顔はしない。
観察するのは得意な方だ。海軍の家系にあるからこそ、今まで見て来た顔は数知れない。
そう理解しているからこそ、せめて此処では信濃に楽しく生活して貰いたいのだ。
だが、そこには拭い切れない葛藤があった。
大和に、あの時のことを話すべきなのか——。
それが一番の壁であり、問題点であった。
その事を話したとしても、恐らく大和は配慮して信濃と接してくれるだろう。
しかし、その過去を勝手に話して良いのかが分からなかった。
信濃にとって辛い過去であるならば、ほいほいと話すべきでは無い。他人の"物"だからこそ、勝手に広めて良い物ではないのだ。
故に、俺は迷っていた。
「————ぉく」
その葛藤が俺を悩ませていた。
「————いとく」
一体、俺はどうすれば良いのだ——。
「提督!」
「っ‥‥‥‥‥‥」
大和の声を聞き、俺は咄嗟に頭を上げた。
「はぁ、声を掛けても全然反応してくれないんですから。いきなりどうしたんですか?」
「っ‥‥あ、ああ。すまん、ちょっと考え事をしていてた」
「そうですか。それまた一体何の?」
「‥‥‥‥‥‥」
俺は思わず言葉が詰まる。実際に聞かれたこの場面、抜け出す方法は沢山あるが、その選択肢の迷いはいつまでも晴れなかった。
そこで、俺は一番最悪の選択を取ってしまう。
「‥‥何でもないよ」
「‥‥? そうですか?」
「ああ‥‥何にも。さて、そろそろ冷えて来たし戻るとするかな」
「そうですね。私も信濃ともう少し話したいですし、戻りますか♪」
その明るい声音が大和の喜悦した感情を表していた。
軽やかな足取りの元、鎮守府へ歩き出す俺達。
俺と大和の心の中の感情は正反対であることを知らず、嬉しそうに歩く大和を俺はただただ見ることしかできなかった———。
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6.気まずいなぁ。
『———何で‥‥どうして‥‥』
辺り一帯を覆い尽くす真っ赤な炎。慣れ親しんだ町、思い出の場所、何もかも全てが僕の前から消え去ろうとしていた。
僕はただ呆然と立ち尽くし、鳴り響くサイレンの音など雑音にしか聞こえず、耳に伝わるのは夥しい悲鳴だけ。
まさに地獄絵図と言える光景は悪夢の様に続いた。
『ギギッ‥‥』
何処から現れたのか、黒い鉄を纏った生物がこちらに気づいた。
その生き物は僕を見るや否や口を開け、大砲の様な物を僕に向ける。
僕は拳を握り締めた。届かないと分かっているのに、強い悔恨に呑まれた感情を抑えきれずにはいられなかったのだ。
僕の居場所を壊したこいつらが許せない。両親を殺したお前らを許す気は無い。
だが、生物は待ってくれる筈も無く、やがて口から砲弾を発射した。
無造作にも迫る死の瞬間。逃れようがない運命を悟り、僕は目を瞑った。
僕は、自分自身を護ってくれる人の存在を知らずに——。
○
「っ‥‥‥‥‥‥」
外から聞こえる鳥の囀り。隙間から漏れる光が朝だと認識させた。
僕は仰向けになっていたソファから重い体を起こし、辺りを見回す。
「寝てる‥‥」
周りには点々とした場所でうつ伏せになった
「‥‥あれ、毛布?」
改めて見ると、其処には掛けた覚えのない赤い毛布が僕の身体を覆っていた。
誰が掛けてくれたのか考えていると、そこに一つの声が入る。
「あら、起きたようですね」
後方から聞こえて来た声は、優しく、何処か安心する様な声音だった。
その主の方向へ振り向くと、そこには緋色の袴を身に付けた女性がいた。
「‥‥‥鳳翔さん‥‥?」
目を擦りながら、自分でも分かるくらいの眠そうな声で言葉を発する。
「はい、おはようございます。昨日の疲れからか、ぐっすりでしたね」
「ぁっ‥‥‥お、おはようございます。もしかして、これ鳳翔さんが?」
そう言い、僕は掛けられていた毛布を指差す。
「ええ、風邪を引くと悪いですし、掛けておきました」
微笑みと合わさり、鳳翔さんの優しさが凄く伝わる。
鳳翔さんとは昨日少しの挨拶を交わしただけだが、その時の人柄からも優しい人だと分かった。
「わざわざすいません。ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。昨晩は祝いの席でしたから」
「そ、そうですね‥‥」
そう言葉を返したが、正直昨日の記憶があやふやだ。
前世の年齢的にお酒を飲める歳ではないので、お酒は控えていた。だが、周りからやいのやいのと勧められて流されてしまったのだ‥‥。
‥‥犯罪にはならないよね?
実際、今艦としている自分の年齢は定かではないし。
‥‥うん、多分大丈夫だろう。バレなきゃ犯罪じゃないって言うからね(?)。
まあ恐らく昨晩は酔い潰れてしまったのだろう。部屋に戻ってすらないし、そう考えるのが妥当だ。
「ん‥‥‥‥」
今までの経緯を考えていた中、昨日の宴会で使われたであろう食器やコップを纏めている鳳翔さんの頭に埃の様なゴミがついているのを見つけた。
恐らく本人は気づいていな様だし、僕は取ってあげようとその場から立ち上がる。
そうして、数センチの距離となった時———突如鳳翔さんがこちらに振り向いた。
「っ‥‥‥‥‥‥‥」
「へっ‥‥‥‥‥‥」
僕は埃を取ろうと近づいていた為、当然僕と鳳翔さんの距離は近かった。それも、顔と顔の間にはほんの少しの隙間しかない。
「す、すいませんっ!?」
すると、何に謝ったのか、鳳翔さんは顔を赤くしながら僕から急いで距離を取る。
しかし、その後ろには鳳翔さんが片付けていた食器などがあった。勢いよく下がった事からテーブルに鳳翔さんはぶつかり、思わず後ろに倒れそうになる。
「危ないっ‥‥!」
僕は危険を察し、鳳翔さんの手を掴んで体重を後ろに引いた。
その反動から、僕も後ろのソファに倒れてしまう。
ガシャーン!!
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
食堂に甲高い食器の割れる音が響き渡る。
そんな音の片隅、ソファに横たわっている僕は鳳翔さんの顔を目の前にしていた。
それも、顔の横に二つの手が置かれた状態で。
「っ‥‥‥‥///」
そんな現状に驚きを隠せないのか、顔を赤くしながらも鳳翔さんは目を見張っている。
僕の視界には先程よりも顔を赤くした鳳翔さんが映り、沈黙という静かな空間と合わさったことで、その雰囲気は何処か妖艶さを纏った様だった。
目と目が合い、思わず視線を逸らしてしまいたくなる羞恥が募る中、僕は沈黙を断ち切る為、言葉を発する。
「あ、あの———」
「なにぃ〜?今の音〜?」
「っ‥‥‥‥‥‥」
先程の食器が割れた音で周りの皆が起きたのであろう声が突然耳に入る。
その瞬間、鳳翔さんは瞬時に手を退けて立ち上がった。
その時、鳳翔さんはポツリと呟く。
「ごめんなさい‥‥」
○
「ん、どうした?疲れた顔をしているが何かあったのか?」
「い、いえ。特に‥‥何も」
場所は変わって執務室。
僕は先程の出来事を引き摺り、疲れを顔に出さずにはいられなかった。
事故とはいえ、押し倒された形になるのは非常によろしくない。貞操が逆転している世界なら尚更だ。
別に押し倒されたからといって嫌悪を示しているわけではない。
ただ、これから鳳翔さんと話す時が気まずくなるのだ。
「そうか?何もないのなら良いのだが‥‥。っと、まずは要件からだ」
「そう言えばそうでした。して、一体何の用事で?」
「ああ、信濃には今日演習をしてもらおうとな。信濃の能力を見た限り凄まじいポテンシャルがあるから、まずその視察といった感じだ」
「はあ‥‥そうですか」
演習となると実戦とはまた違うものだが戦うのは必然的。それは僕にとって初めての戦闘。
ポテンシャルを測ると言われても、実際僕自身その力を知らないし見たこともない。
まあ、何が言いたいかと言うと‥‥不安なのだ。
その力を測ってみたいという好奇心も少なからず混じっているが、やはり初めての戦闘とすれば緊張と不安が大きい。自分の力を知らないとなれば尚更だ。
「‥‥ただ、心配はしないでくれ。今回の演習には大和と武蔵も付ける。まだ海を走ったこともないだろう?そう気負わないでくれ。他にも信濃を助けてくれる仲間はたくさん居るんだからな」
僕の顔から感じたのか、不安を取り除くように言葉をかける提督。
僕は思わず口が綻びそうになるのをぐっと押さえ、返事を返した。
「はいっ、ありがとうございます。期待に添えられるよう頑張りますね」
その言葉に提督は微笑みを浮かべ、「ああ」と言葉を返したのだった。
○
「はぁ‥‥私は何て事を‥‥」
自室の机に顔を伏せ、先程の出来事に苛まれる"私"。
自分のやってしまった事を改めて認識し、自身に後悔が募る。
その原因は言わずもがな私が大きいのだが、昨日着任した信濃さんに深く関わっている。
不慮の事故とはいえ男性を押し倒すなど言語道断。
人によっては訴えられ、私の艦生は終わりを告げるだろう。
言い方が悪いが、これが提督だったらまだ良かった。あの人なら気にせず許してくれる筈。
だが、出会って間もない男性を押し倒したことは黙っていられない。ましてや昨日人気のあった信濃さんだ。私は大和さんに刺されるかもしれない。
そんな考えに苛まれる中、それでも一番に残るのは信濃さんの表情だった。
それを思い出すと体が熱を帯びる。
艶やかに映る少し青味のかかった髪。恥じらいからか頰は赤く染まり、美麗なオレンジ色の瞳が私に向けられる。
女だったら誰もが一目みて見惚れる様なシチュエーション。当然私はその時信濃さんに視線を奪われた。
脳内には邪な考えばかりが募り、自制心すら崩れかけた状態。
それを何とか訂することが出来たのは、誰かがあの場で起きてくれたおかげだ。
もし、その声が無かったら私は一体何処まで暴走していたのだろう。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
今、大事な事は———。
「これからどう接すれば良いのでしょうか‥‥‥」
私は小さな声でそう呟くのであった。
鳳翔さん‥‥良いよね。
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7.信濃、抜錨します。
急いで書き上げたので誤字や脱字があるかもしれませんので、また後日修正致します!
今回は戦闘回。
先頭描写が下手くそすぎて萎えたし、疲れました‥‥。
心地よい風が吹き、白波が細やかに揺れる水面。頭上から刺す光が海を煌びやかに映す。
現在、初めて海を走る僕は何とも言えない感情に心を奪われていた。
「うーん‥‥‥」
初めてということもあるだろうが、海を走ると言う事にどうも新鮮味を感じてしまう。
脚に付けた靴底の高いブーツの様な物に視線を向けると、進む度に自分の後方には白波が切られていた。
僕はくぐもった声を出しながらも、周りを走る皆に目を傾けた。
「‥‥どうかしましたか?」
首を傾げる動作をしながら問いかけてくるのは、真ん中を走る僕の左側に居る大和姉さん。その逆の右側には武蔵姉さんも居た。
「い、いや‥‥」
「もしかして、不安かしら?」
「っ‥‥‥‥」
図星を突かれる様な鋭い言葉が前方から向けられる。
その声の主は矢矧さんだった。
「まあ、無理もないだろう。何てったってこれが信濃さんの初航海だしな」
「そうですね。だからこそ、私達が守り抜かねばなりません」
更に磯風さん、浜風さんが言葉を発した。
そう、今回はこの六人が演習メンバー。
奇しくも‥‥かたや提督の意図なのか"僕"にとって関係の有るメンバーで構成されている。
そんな中、前方の磯風さんと浜風さんは特に意気込んでいるようだ。波を蹴る足から力強さを感じ、同時に頼もしさも感じた。
体躯は大きく無くても、気迫という大きな圧が彼女達からは出ているのだ。
「(僕も頑張らなくちゃ‥‥)」
彼女達に守られっぱなしでは格好が悪い。何せ僕は男。例え貞操が変わっていたとしても、守りたいという感情がないわけではないのだ。
「信濃、そろそろお願いします」
「うん‥‥‥」
そう僕は心で決心し、手元にあった弓に矢を掛け、鋭い弦音を鳴らしたのだった。
ここからが、僕の初航海だ————。
○
「さて、作戦はどうする? 翔鶴姉」
「そうね‥‥やはりまずは信濃さんを叩くべきだわ」
此方の空母は私と瑞鶴の二人。航空兵力の有利はこちらにあると言っていいだろう。
だからこそ、先ずは相手の空母を叩きたい。制空権を取れば大きく優位に立てる。
「え〜? 夕立は夜戦をしたいっぽい!」
「夜戦に持ち込むのもいいけど、こちらのメンツと相手のメンツを考えてみなさい? あっちには大和と武蔵がいるのよ?」
砲撃戦となれば、長門さん達がいると言えどもこちらが少し不利。大和さん達が相手だと分が悪いだろう。
「うぅぅ〜‥‥」
「そうだな。下手に夜戦に持ち込んでもあの二人を崩すのは難しいだろう」
「そう考えるとやはり信濃さんを先に倒しておく方がいいですね」
「確かにそうかも。制空権を取っちゃえば大和さん達も身動き取れないだろうからね。そこを長門さんと陸奥さんが砲撃、至近距離には夕立と不知火が応戦って事で」
「そうね、先ずは偵察機を出して先制攻撃といきましょう!」
○
「どうやらお互いに始まったみたいだな」
モニターに映る二つの艦隊。お互いが偵察機を出し、先制攻撃を仕掛けようとしている様子だ。
今般は信濃達の方をAチーム。翔鶴達の方をBチームとして編成させた。
Aチームの旗艦は信濃。着任して僅かながらその責務を負わせるのは少し申し訳なさが募るが、俺自身信濃の能力を知りたい。
データ上では申し分のない性能。あの加賀を差し置いて搭載数トップを誇る空母だ。
生粋のポテンシャルがあるのは誰もが認めるだろう。
だからこそ、Aには信濃だけ、Bには翔鶴と瑞鶴の二空母を組んだ。
ただ、例え信濃のポテンシャルがいかに高ろうかと、あの二人も鎮守府きっての精鋭。
戦いの能力では劣らない。寧ろ勝っていると自信を持って言える。
そこで、俺は信濃に勝ちまでを望んではいない。
初戦闘の信濃にそこまでは求めていないのだ。先程も言ったが、一番は信濃の能力を見ること。それが今俺に課せられた"課題"であるから。
「‥‥‥頼む。勝ってくれよ‥‥"翔鶴"」
○
「‥‥‥どうかしら?」
「えっと‥‥少し待ってください」
耳に片手を置き、僕は目を瞑る。
先ほど発艦した偵察機との視覚共有。これまた新鮮味を感じ、自分が艦載機に乗っていると錯覚してしまいそうになる。
この身体になってからは慣れない事ばかりだ。
今だって人間だったら出来る筈の無い芸当を実行している。妖精さんとの視覚共有と意思疎通。慣れない事をしていると自覚があるながらも、それに対しての慣れは異常に速い。
その慣れが僕は怖かった。同時に不安が募った。
戦いの最中で感じてしまう恐怖と不安は余計な焦りを生んでしまう。
戦う前の不安は無くした筈だった。提督の言葉が僕の決心に繋がった筈だった。
だが、新たな不安が僕を覆う。思考を広げる程不安は強くなる。
僕はまた実感してしまうのだろうか。
あの———最悪な悪夢を見た時の様に。
『‥‥‥‥‥‥‥っ!
「えっ!? み、見つけた?」
「見つけましたか!?」
妖精さんからの敵発見の言葉。その視覚を見ると、確かに前方に三隻の艦がいた。
六隻中の数は三隻。恐らく、別々に分かれているのだろう。
「う、うん!北西の方向に三隻、編成は空母一と駆逐艦二隻が居るみたい」
「別々に分かれているということね‥‥こちらはまだ見つかってないし、此方から仕掛ける?」
「そうですね‥‥相手は空母二隻。別れている今がチャンス‥‥か」
「行きましょう、信濃。相手は二手に分かれて先制攻撃を仕掛けようとしていたみたいですが、こちらの方が先手を取りました。これは好奇ですよ
」
確かに現状は先に相手を見つけられたこちらが有利。ここで一気に相手方の三隻を倒せればこちらは一気に優勢になる。
ただ、攻撃中に別動隊から見つかり、挟み撃ちになるのが最悪な展開。
それを噛みすれば此方も別々に分かれた方がいいのだろうか‥‥‥。しかし、空母は僕一人。
相手方の空母が多いと考えれば、分かれるのは得策と言えない。
となると、やはり手段は一つ。
「‥‥分かった。攻撃しよう。ただ、初撃は攻撃機と爆撃機で————」
「っ、南東方向から敵機!」
「えっ‥‥‥‥?」
○
「先制攻撃は貰ったわね」
最初に出した偵察機の収容も終わり、私は爆撃機の視界から第一攻撃隊の様子を観察していた。
敵方の陣形は此方と同じ輪形陣。信濃さんを守るように組まれている。
「まあ、当たり前ね」
当然相手は信濃さんを真ん中に固める。それはこちらも承知のうちだ。
だからこそ、私達は二手に分かれた。流石に正面からとなると、対空砲火も集中され攻撃力は減少する。
そこでもう一方が後ろに回り、挟み撃ちにする。
言わば瑞鶴達は囮。陽動部隊だ。
この攻撃の間にも、プラスで瑞鶴達の方からも攻撃隊が発艦。信濃さんに襲いかかる弾幕は数知れないだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
正直、信濃さんを一人狙いすることに罪悪感があった。最近着任したばかりで、これが初戦闘。しかも男性である信濃さんを攻撃と言うのはやはり来るものがある。
しかし、これも勝負。戦略のうちだと考えるしかない。
だが、信濃さんを狙うことにメリットもある。
相手の航空兵力が潰れるという建前もあるが、やはり一番は‥‥‥。
「ふふふ‥‥‥"大破姿"、ですよね」
「(翔鶴の変態脳はいつ治るんだ‥‥)」
「(‥‥治るのを願いたいけど、そんなこと言っちゃダメよ‥‥)」
○
「っ‥‥どうしよう‥‥」
黒煙で覆われる辺り一帯。無数の爆撃と雷撃が艦隊を襲う現状。
組んでいた筈の輪形陣も崩れ、各々が対空砲火で対抗するのに手一杯だった。
幸い大きな損害はまだ出てない。被害と言えば武蔵姉さんが一発被弾し、小破しているぐらいだ。
ただ、どうやら攻撃は僕が目標になっている様子。
姉さん達の方に集中するのは爆撃隊のみ。
一方、僕の方には雷撃爆撃共に多くの艦載機が殺到する。
何とか被弾しないよう動いても、この嵐の様な弾幕を避け切るのは不可能だ。必ずいつかは被弾する。
そんな中、早速僕の横から魔の手が襲いかかって来た。
「ぐっ‥‥‥‥‥」
強い重力が横から押し付けられ、僕は思わず体勢を崩す。横から迫って来ていた雷撃に被弾してしまった様だ。
「信濃っ!」
「っ‥‥‥だ、大丈夫だよ!」
被雷したと言ってもまだ一発。損害は小破にも満たない。まだ焦ることはないだろう。
そして、漸くその嵐は過ぎ去ろうとしていた。
攻撃隊は全て投下したのだろうか、各々帰路へと着いていく。
皆の被害状況がまだ分からないが一つの苦難を乗り越えたことの安堵が大きかった。
「‥‥えっと、被害状況は‥‥」
「不味いわ‥‥。浜風が戦闘不能よ」
「う、嘘っ‥‥いつの間に‥‥」
駆逐艦の装甲はあまり高くない。確かに何発も被弾したら大きな損害になる。
「攻撃はどうする。挟み撃ちにされている今、どちらかを早急に叩かなければまた攻撃に晒されるぞ」
「大丈夫」
このまま負けっぱなしではいかない。僕は初戦闘、相手は恐らく多くの経験を積んだのだろう。
だが、僕は受けた期待を裏切りたくない。
強い意志が期待を裏切る事に対して頭が全否定する。自分自身が望んでいるのとはまた別の感情が僕を埋め尽くす。
故に、この勝負に負けたくない気持ちの強さが膨れ上がるのだ。
「皆、聞いて欲しい」
ここの決断は勝敗を大きく左右する———。
○
「まさか‥‥な」
そうして、信濃の初戦闘は幕を閉じた。
結果から言ってしまうと、Aチームの旗艦が大破、戦闘不能によりBチームの勝利だ。
だが、信濃達の後半の追い上げは凄まじかった。
先ず部隊を二手に分け、大和と矢萩が瑞鶴の方へ、その他は翔鶴の方へと別々に攻撃を仕掛ける事になった。
翔鶴の方への問題はないが、大和達の対空が厳しい。
その状態で攻撃を仕掛けようとしてもあまり効果はないように見えた。
しかし、あの無数の爆撃と雷撃の中、信濃は直掩に戦闘機だけでなく攻撃隊と爆撃隊を被弾しない位置に配置していたのだ。
そこから帰投する瑞鶴の航空隊の後を追い、大和達と攻撃。
信濃は航空戦略を補う見事な戦略を立てていた。
そしてラストは信濃達と翔鶴達の一騎討ち。
最初は激しい制空権争いが続き、僅かに信濃側が優位に立った。
そこで武蔵と磯風対長門と陸奥の構図が発生。
武蔵が後方、磯風が前方で戦う戦略を取り、優勢に見えたが長門達の狙いは信濃。
後方から放たれた主砲が信濃に直撃し、中破。
その時翔鶴の息が荒かったのは気の所為だ。
まあ、そんな鼻の伸び切った翔鶴にバチが当たったと言うか、信濃の攻撃機によって魚雷二本の被雷。そこで翔鶴も中破した。
そして、戦いも終盤。
制空権が優勢にあった信濃に突如異変が生じる。
後方から瑞鶴の艦載機が現れたのだ。
大和対瑞鶴は瑞鶴達の勝利で終わり、瑞鶴以外は戦闘不能となっていた。
その攻撃により不意を突かれた信濃が被雷。五本まで粘ったが信濃が大破し、戦いは幕を閉じた。
今回見た限り、信濃の能力は予想以上に高く見えた。
先ずはデータ上で見た性能面として装甲。魚雷六本という多大な量を食らっての大破。他の空母であればもっと早く大破してる筈だが、信濃の装甲の強さが勝ったのだろう。
そして、機転の効く思考力。戦略の立て方。
搭載数の多い信濃だからこそあの作戦が成功したという点もあるが、それを実行しようとした信濃の考えと判断が大きい。
だが、最初の方を見ると、信濃は押しに弱いように見えた。自分の考えを言えず、悪く言えば周りの意見に流されてしまう。
それも信濃と優しさと言ったらそう言えるが、戦いの場に持ち込むと迷いが生じる。
実戦となると更に重要さが増し、判断力が鈍ってしまう事になる。
そこが今の信濃にとっての課題となるだろう。
ただ、予想以上の力を見せてもらったのは確かだ。
素直に褒めたいし、励ましてやりたい。
こういう奴が居なければ‥‥。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですか!」
「何って信濃さんをエスコートしてるだけじゃないですか」
「貴方今の信濃の格好を分かってやってるんですか!? そして、ほいほいと男性の身体を触らないで下さい! 私の弟なんですよ!? 信濃も何とか言わないと!」
「あー‥‥あの、少し離れてくれませんかね‥‥手とか何で握って‥‥」
「はぁ!? 何勝手に手を握ってるんですか! さっさと離しなさいっ!」
戦って疲れもあるだろうに関わらず、ギャーギャーと騒音が響き渡る。
当の信濃は苦笑いをしながらも顔が引き攣り、後ろの奴らに関しては顔を赤くしたり、やれやれと呆れた表情をしたりと様々だ。
まあ、翔鶴には目標も達成して貰ったし大目に見よう。
だが、人の身体をほいほい触るのは見逃せないがな。
「あーもう!本当に貴方って人は!」
「何ですかー? 姉だからって調子に乗りすぎじゃないんでしょうかね?」
「何ですって!? 人の弟にセクハラする様な人に言われたくないです!」
「はあ!? 一体何処がセクハラと言うんですか!」
「セクハラでしょう! 知ってますからね。貴方が信濃の大破姿目当てで狙っていたって」
「へぇ‥‥それは本当か? 翔鶴」
「うっ‥‥‥‥‥‥‥」
「はは‥‥今日は楽しい日になりそうだな。翔鶴さん?」
翔鶴さんは平常運転( ◜ᴗ◝)و
アンケートを設置致しましたので協力して頂けると嬉しいです!
他にして欲しいことがありましたら感想欄の方にお願いします。
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8.一矢報いたいですね。
なるべく速く執筆をして行きますので、気長に待っていただけると幸いです。
○信濃のキャラ紹介(今更)
・今作品の主人公。艦息。
・性格は比較的温厚で誰にでも優しい。その反面、押しに弱かったりする部分も。
・容姿は紺色の長着に緑の袴を着用。長着と同様の紺色の髪。瞳は姉と同じオレンジ色。身長は160cmとちょっと低め。整った容姿で、俗に言う美少年。
・これと言った趣味はない。得意な事は○○。
・過去のある出来事を未だに引き攣っている。信濃の記憶を受け継いだことで内には強い悔恨を更に秘めている。
「‥‥‥報告は以上です。初演習としては大きな成果だと思います」
「そうだな。これなら場所を"改める"可能性がいよいよ出てきた」
その言葉に思わず息が詰まる。異議を申し立てたくても、相手の立場が分かっているなら安易な発言は慎むべき。
この世界ではそれが当然なのだ。
「はい、信濃の力は相当な物です。まだ至らない所も有りますが、そこは改善できるでしょう」
「うむ。では、後は此方で考えるとしよう」
「承知致しました」
本当はこのままにして欲しいという本音が心にあっても、俺はそれを押し止める。
退出する為にドアノブに手をかけると、そこに一つの質問が投げられた。
「一つ聞きたいことがある」
「‥‥何でしょうか」
俺は声の方向に顔を向けずに言葉を返す。
「君はこの件をどう思っているのか気になってな」
その言葉に思わず顔が引き攣った。
ここでの正解は考えを合わせる事。
だが、俺は自分自身の感情を押し殺すのにも限界を感じていた。
それを言うべきでは無い。例え自分の考えを言ったって通る訳が無い。
そう分かっていた筈なのに、俺は自らの考えを発してしまった。
「私は‥‥その案に賛同致し兼ねます‥‥」
○
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ」
『バシュッ』と静黙とした空間に響く鋭い弦音。空母の皆、主に赤城さん、翔鶴さんと言った主力の方々が稽古を行っていた。
的を見据える先輩達の目は凛々しく、思わず見惚れる様だった。
放たれた矢は全て真ん中を射ており、その精度と技には感嘆する他ない。
「はい、次は信濃の番だよ」
「あ、ありがとうございます」
快活とした声で順番が回ったことを伝え、弓を渡してくれた瑞鶴さん。
僕は弓を受け取り、位置に着くが、皆がどんどん真ん中を捉えている故にプレッシャーを感じてしまう。
前世ではちょっとした弓道経験が有った。しかし、その実力も精々初心者に毛が生えた程度。熟練した玄人から見ればほぼ初心者に近しいだろう。
だが、やるしかない。
そう心で決め、僕は弓を構える。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
その瞬間、多くの視線が僕に注目した。
思わず息を吐きたくなる様な重い空気が空間を取り巻く。
そんなに注目しないで欲しいと心の中で叫びながらも、僕は的を見据えた。
正直、この世界の貞操観念に文句を言いつけてやりたいが、これがこの世界の普通となれば仕方ない。
それが世界の普通なら合わせて行かなければならないし、合わせなければ変な目で見られるのが必然。
変人として見られるのは御免だ。
僕は矢を引き、キリキリと弦の音が鳴る中、矢先を的へ向けた。
フルドローを自身でしっかり意識し、精神を集中させる。
やる事はあの演習の時と変わらない。発艦に関わる大事な作業。
これが完成されれば発艦は必ず安定する。
それくらい重要な事だと実感すると緊張が膨れ上がるが、一時の緊張でいつまでも迷うのはダメだ。
ここは放たなければならない。
そして、僕はその矢を放った。
弦から離れた矢は大きな弦音を鳴らし、前方へ突き進む。
そうして、バシッという音と共に矢尻が的を刺した。
場所は惜しくも真ん中には至らず、右側にずれた結果。
自分にしては上出来。真ん中を捉えられずとも、まずまずの結果だ。
しかし、周りの反応はどうなのだろう。
レベルの高い先輩達だ。こんな事も出来無い事に落胆しているだろうか。
その不安が取り巻きながらも、僕は横に視線を移した。
そこには、赤を特徴とした道着を着用した女性。
顔を赤くし、何かにずっと視線を向ける姿は、その何かに見惚れている様だった。
僕は首を傾け、恐る恐る言葉を発する。
「どう‥‥でしたでしょうか?」
「っ‥‥! は、はい!す、凄く綺麗でした‥‥」
「‥‥‥‥‥え?」
「‥‥‥‥‥ぁっ」
僕は思わず素っ頓狂な声を出し、それに伴い赤城さんも小さな声を漏らす。
言葉の綾なのか、赤城さんは更に顔を赤く染め、弁明する様に頭を大きく横に振った。
「ち、違うくてですね! その‥‥構えとか射角がとても綺麗で———」
「あはははっ! い、いきなり何言ってるんですか?」
閑散とした空間の中に突如通った笑い声。瑞鶴さんはお腹を抱えながら大笑いしていた。
「全くですよ。別に誤魔化さなくても信濃さんの姿に見惚れて惚けていたのは分かりますので」
そして、赤城さんを追撃する様な言葉が翔鶴さんから放たれる。
僕は何とも言えない空気に苦笑いをする事しかできなかった。
「っ〜〜〜〜〜!」
赤城さんは恥ずかしさからか、顔を手で覆い後ろを向いてしまった。
というか、僕の一矢はどうだったのだろう。赤城さんの言葉でどっかに飛んでってしまった。
「あの〜‥‥僕の一矢はどうだったでしょうか」
「ああ、そうだね。赤城さんの言う通り構えとか射角はとっても良かったよ。的を見据える眼差しとかすっごく格好良かったから!」
「あ、ありがとうございます‥‥」
こう実際に褒められると少し恥ずかしさが有る。
僕は羞恥が募るのを髪を触って紛らわした。
「まあ、後は細かい動作ですね。手の震えで少しズレが生じてたり、背筋をもっと伸ばして放つ所などを良くすればもっと精度は上がりますよ」
「は、はい‥‥分かりました」
翔鶴さんが思ったよりもしっかり僕の事を見ていてびっくりしてしまった。
真面目な時は真面目という翔鶴さんの頼りになる一面が現れた瞬間だ。
「それにしても‥‥‥」
スッと視線を移した先には未だ顔を覆う赤城さん。蹲り、恥ずかしそうに顔を赤くする姿が少し不憫に思えてしまう。
「まさかあの赤城さんがね〜」
「ええ、あの赤城さんが、ね」
更に追い討ちをかける様に話す二人。
僕は一度、赤城さんの方へ步を進めた。
「赤城さん」
「は、はい‥‥」
赤城さんは覆っていた手をずらし、視線をこちらに向ける。
「褒めて頂きありがとうございます。その‥‥う、嬉しかったですから‥‥。あ、あまり気に留めないでくださいね」
「ぇ‥‥‥‥‥」
赤城さんが僕を褒めようとしてくれた事に変わりはない。その気持ちはとても嬉しかったし、嫌がる要素なんて何処にも無い。
だからこそ、赤城さんには事を大きく捉えて欲しく無い。
僕は励ます
現状、赤城さんは心底驚いた様な表情をしているが‥‥。
「い、良いんですか‥‥?私、あんな変な事言って‥‥」
「大丈夫ですよ。悪口でも無ければ貶そうとした訳では無いじゃないですか。何処にも怒る所は有りませんし、嫌悪する所も有りません」
「‥‥そ、その‥‥ありがとうございます」
「ふふっ、何で赤城さんがお礼を言うんですか?」
「ぁ‥‥す、すいません」
「謝罪も大丈夫ですよ。‥‥はい、どうぞ」
そうして、僕は手を差し出す。
また赤城さんは驚いた表情を見せるが、先程とは違って微笑みを浮かべ、手を伸ばした。
その瞬間———。
「はいストーップ」
僕と赤城さんの間に入り、いきなり遮って来た翔鶴さん。
思わず「へっ」と素っ頓狂な声を出してしまい、驚きが隠せなかった。
「ちょっと翔鶴姉! 何邪魔してんのさ!」
驚きと怒りが混じった様な言葉で瑞鶴さんが釘を刺す。
「折角新たな恋が始まりそうだったのに〜‥‥」
「こ、恋‥‥!?」
これまた急と言うか、どうしてそういう路線に行ってしまうのかと溜息を吐きたくたくなる様な状況。
漸く立ち直った赤城さんがまた顔を赤くしてしまった。
「そうなると困るから割って入ったんですよ。そんな漫画みたいな展開があってどうするんですか」
「そう言うのが良いから言ってんじゃんか!」
「夢を見過ぎるのも大概にしなさいな。確かにそういうシチュエーションは良いと思うけど、他人のそれを見て良く思わないでしょう」
「もう分かってないな〜! これだから翔鶴姉は‥‥」
「あらあら、お姉ちゃんにそんな事言っちゃいますか〜?」
「はぁ‥‥‥‥‥」
先日と似た様な言い争い。昨日続けて翔鶴さんが関わっていたり、既視感を覚えるこの状態に僕は溜息を吐いてしまった。
赤城さんが二度目の再起不能に入り、二人の激しい言い争いが続く。
僕には処理しきれない現状を目の当たりにし、僕はまた一つ溜息を零すのだった。
「はぁ‥‥‥どうしてこうなるんだろう‥‥」
前途多難(ニッコリ)。
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9.ボーイズトーク‥‥ですか?
「‥‥‥‥ん、そこのファイル取って貰えるか」
「はい。‥‥‥えーっと、これですか?」
「ああ、それだ。ありがとう」
そう言ってファイルを受け取り、机上の書類にペンを走らせる提督。
僕は任務の一覧表を確認しながら次の仕事の準備を進める。
カーテンからは暖かい日差しが当たり、静かなこの空間は正に絶好の日和。何より執務を行いやすい環境だった。
「ん〜‥‥‥‥‥」
声をくぐもらせながら書類と睨めっこする提督の目の前には、多くの資料が束ねられていた。
その訳には、提督は昨日大本営に出張だったらしく、帰って来たのは夜中。その為書類作業を行う暇がなかったそうだ。
一応簡単な雑務は終わらせて貰ったらしいが、それでも山の量に積まれた紙を見ると僕も思わず気が滅入りそうになる。
そんな時に秘書艦としてたまたま当たったのが僕だった。
着任して僅か4日。まだまだ新米だが手伝える事が有れば出来るだけ手伝いたい。
一昨日は初演習、今日は初の秘書艦業務。初めて尽くしの日々は大変な事が多い。
でも、それ以上に提督は大変な事を行っているのだ。
ろくに睡眠時間も取らず、今こうして黙々と書類に勤しむ。
秘書艦に当たったからこそ、提督の支えになりたい。手助けをしたい。
そんな思いを心の中で考えながら、僕は椅子に座り、束ねられた書類の山から一つ取って、ペンを進めようとするのだった。
○
「はぁぁ〜‥‥‥っ」
「お疲れ様です。あの量を捌きましたし、相当疲れましたよね」
「ああ‥‥こうも書類が多いとどうもな」
あれから軽い昼食を挟み、現在
あれほどの量を熟した疲れからか、提督は欠伸をしながら伸びをする。
「珈琲です。どうぞ」
「お、ありがたいな」
そうして、提督は珈琲の入ったマグカップを一気に傾けた。
「ゴ、ゴホッゴホッ‥‥に、苦いな‥‥」
「す、すいません! お、お砂糖が必要とは‥‥」
「ああ、大丈夫だ。伝えていない俺が悪かったからな。気にしないでくれ。それと、砂糖とミルクを頼む」
「は、はい、直ぐに持ってきます」
僕は戸棚の上に乗っていた砂糖とミルクが入った器を提督の机に置く。
提督はそこから砂糖二本、ミルクを三杯入れた。
意外と提督は苦いのは苦手で甘党なのかもしれない。
「うん、丁度いいな‥‥‥。さて、夕食にはまだ時間が有るし、少し雑談でもしないか?」
「雑談ですか? 僕は別に構いませんが‥‥」
「良し、そうと決まればそこに座ってくれ。ああ、珈琲注いで貰っても良いぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
そうして、僕はマグカップに珈琲を注ぎ、砂糖とミルクを多めに入れる。
そのカップを持ちながら、僕は提督と向き合う形になって座った。
「それじゃあ折角だ、この鎮守府での事を聞こうか」
「構いませんよ。一体どんな事を聞きたいですか?」
「そうだな‥‥‥まず、皆とは仲良くなれたか?」
「はい、皆さん優しいですし、直ぐに打ち解けられそうです。まあ、まだ若干お話する機会が少ない方々も居ますが、特に問題はないですね」
「そうか、それは良かった。‥‥因みに好きな奴は出来たか?」
その言葉に僕は思わずむせてしまう。唐突に聞かれた物の内容が内容だったからに、驚きを隠せなかった。
対して、提督は見せた事の無いニヤニヤした表情でこちらを見る。
「い、いきなり何を言うんですか?」
「いやぁな、信濃は容姿が整っているし、一つや二つ浮ついた話があるんじゃないかと思っただけだが」
「僕からしたら十分提督も格好良いと思うんですけどね‥‥」
艶のある黒髪に青色の瞳。きっちりとした軍服を見に纏い、清潔感と爽やかさのあるその容体は正にイケメン。
軍人としての凛々しい佇まいは僕の目には格好良く映った。
僕が女だったら普通に惚れていても可笑しくないぐらい提督は格好良い。
「ははっ、別にお世辞は良いんだぞ? ‥‥まあ、実際の所はどうなんだ?」
「えっと‥‥特にそう言った人は‥‥居ませんですね」
「そうか。これまた意外だな」
「まだ着任したてですし、いきなりそう言う話が上がるのもそうそうないと思いますが‥‥」
「こういうのが男の会話ってもんだろう? 久し振りにこういう話をしたが、男として聞きたくなるのも無理ないと思うけどな」
そう言い、提督は珈琲を口に運ぶ。
まあ、確かに女性と言ったらこういう話をしたくなる
貞操が変わっているこの世界なら男性同士で話すのも少し納得できる。こうして男性同士で話すのは違和感極まりないが‥‥。
「‥‥ああ、そう言えばそうか。信濃はこういう話をあまりしてこなかったんだよな」
僕がここでの普通と違う貞操観念を持っている事を提督はここで思い出した様だ。
「はい。恋愛についてこうやって話すのは女性同士のイメージが強くて」
別に男性同士でこう言った恋バナを語る人も居るだろう。
だが、やはりそのイメージは女性の方が強い。
「ん〜‥‥何だか本当に考えが真逆なんだな」
「ええ。ですが、僕は此処で生活していきますし、此方の考え方に合わせていくつもりです」
「うんうん、そう考えてくれているだけで嬉しいよ。折角だ、少し此処の事について教えよう」
それはとてもありがたい提案だった。
正直、未だに此処の世界がどういう世界なのか良く分かっていない。
分かっている事と言えば元居た世界とは全然違う事ぐらいだ。
「先ず、概念から触れていこうか。まあ、簡単に言えば信濃の考え方と思いっきり真逆だな」
「はい‥‥そこは自分でも薄々気づきました」
「そうか、じゃあそこは良しとしよう。‥‥そうだな、こう自分で説明するってのも意外と難しいもんだな‥‥。何か信濃から聞きたい事は無いか?」
「そうですね‥‥‥えっと、力の強さとかはどちらが上なのでしょうか?」
「そうだな‥‥一般的には男よりも女の方が強いぞ」
「っ‥‥そ、そうですか‥‥‥」
この提督の答えは僕としても想定外だった。
貞操観念だけが変わっていると思っていたのだが、根本的な男女の特徴も反対になっている事になる。
そこで、僕はもう一つ質問を落とした。
「で、では、家の中での家事とかは‥‥」
「それは基本的には男だな。女は仕事に出て、男は家事。中には共働きも居るが、最初に言った通り基本的には男だ」
ここで僕は確信してしまった。
この世界は貞操観念だけじゃない。男女の立ち位置、特徴、根本的な考えが全て真逆になっている。
僕は思わず溜息を吐きたくなってしまった。
一体この世界は何なんだ。自分自身もどうしてこうなったのか未だに理解出来ないが、こんな境遇を作った神様を恨みたい。
そんな届かない恨みを嘆いていると、提督は納得した様に苦笑いを浮かべた。
「はは、その様子だと、今言った事も信濃にとっては真逆だったんだな」
図星を突かれ、僕は「はい‥‥」と暗い口調で言葉を返す他無かった。
「大変だな、こうも考え方が違うと‥‥。でも、そんなに気を落とさないでくれ。俺も出来る限りサポートはする。それに、信濃なら直ぐに慣れていけると思う。今はまだ時間が足りなくても、いずれ不安もなく普通に生活できる様になるさ」
「そ、そうですね‥‥。あ、ありがとうございます‥‥」
こうやって提督から励ましを受けるのは何度目だろうか。
だが、やはり提督の言葉は僕を元気付けてくれる。
こうも励まされると、少し気恥ずかしさを覚えるが、感謝は絶えない。
もし、この提督に会えていなかったら僕は今どうなっていたのだろう。
それを想像したら思わずゾッとしてしまう。
自分が心の中の悔恨を爆発させずに居られるのも、提督と皆の優しさがあったおかげ。
この鎮守府に、この提督に出会えた事が唯一の幸運。あまりの居心地の良さから、僕はそう思わずにはいられなかった。
「そう言えば、一つ聞きたいんだが、信濃にとって男は格好良いと可愛いのどちらを目指している考えになっているんだ?」
「っ‥‥‥え、えっと〜‥‥そ、そうですね」
ここで、僕は一つ考えたく無い結果を予想してしまった。
此処は男女の考えが全く違う物となっている世界。
もしかしたら、男性と女性の目指す先も反対になっている‥‥?
そんな考えが頭をよぎり、急に心臓の鼓動が早くなる。
何故か緊迫した場面の様な状況に陥るが、僕は何とか自分の"普通"を言葉にした。
「僕は、男性が格好良いを目指す物だと思っています‥‥」
「そうか、良かったよ。そこは一緒みたいだな」
その言葉に僕はホッと息を吐く。どうやらスカートなどの女物を着る事は無くなり、可愛いを目指す事も無くなったようだ。
本当に冷や汗かく一瞬に、未だに心臓の鼓動が鳴り止まない。
そんな僕を知るはずもなく、提督は次の話題に話を移す。
「‥‥思ったが、信濃にとって此処は不便な場所が多いな‥‥。まだ出撃はしてないが入渠も彼奴らと一緒なのは不味いし、入浴だって今は俺の部屋についているシャワーを使ってもらってるが、それも手間だろうしな‥‥」
「入浴に関しては別に僕は今のままで構いませんが、確かに入渠時に皆と一緒なのは‥‥」
「そ、そうだな‥‥。改善はしないといけないしな‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥?」
「‥‥ま、まあ、これから考えていく事にするよ」
「はい、分かりました」
気の所為だろうか、一瞬提督の表情が暗く見えた。
何処か悲しげで、何かを迷っているという感情が浮かぶ様な、そんな表情。
たが、この時の僕は特に気にする事は無かった。
これから起こる予想だにしない出来事に、僕は気づかなかったのだ。
そうして、また僕は"後悔を募らせる"。
何故、気づいてあげられなかったのだと———。
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10.此処に居たい
とまあ、今回は文字数が少ないですが、グッとシリアスな方向に向かう予定です。
それと、アンケートのご協力ありがとうございました!
これからの参考にさせていただきます!
「————今、何と‥‥?」
まるで時が止まったかの様に静まり返る異様な執務室。
それほどかけられた言葉が衝撃的だったのだろう。
俺と相対する信濃は、眼を丸くし、驚いた様子を露わにしていた。
そんな信濃を目の前にしてもなお、無情にも俺はもう一度事実を与える。
「もう一度言う‥‥‥信濃、お前の"配属先"が今日決まる」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
バサバサと床に幾つもの紙が落とされた。
その紙はきっと報告書だろう。昨日と引き続き秘書艦として仕事を全うし、健気にも頑張ってくれていた信濃の手は震えていた。
何故、どうして、と疑問を持つのも当たり前。
いつも穏やかで温厚であった信濃の目から感じる憤りと困惑した感情。
その原因が俺にあるというのは勿論分かっている。
だが、俺はそんな信濃に暖かい言葉も元気付けてやる事も出来ない。
寧ろ冷たく、よりその感情を高めてしまう様な言葉を俺はかける。
「時刻は
そう言葉を言い残し、俺はドアノブに手をかけた。
その瞬間————。
「どういう事ですかっ‥‥!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「僕は横須賀に着任した筈です。‥‥それなのに僕の配属先が決まるというのは疑問でしかありませんっ」
比較的穏やかな口調で言葉を並べる信濃だが、その中には納得出来ないという感情が強く感じられた。
所々声音が震え、怒りを表したかの様な声は俺の心に突き刺さる。
「これは上からの指示だ。男でありながら艦の魂を宿した者が現れたとなれば、そう簡単に放置する事は出来ないそうだ」
「‥‥‥その事をいつから知っていたんですか」
その言葉に、俺は思わず息が詰まる。
これを言ってしまったら、必ず信濃は俺に大きな怒りを現す。俺と信濃の仲も拗れてしまうだろう。
だが、これ以上嘘を重ねたくなかった。罪悪感を少しでも払拭したかった。
俺は信濃に背を向けながら提督帽を深く被り、言葉を落とす。
「‥‥‥3日前からだ」
そう言葉を告げ、俺はドアノブを引いた。
一体、今俺はどんな表情をしているのだろう。
ただ分かる事は一つ。俺は心の中にぽっかりと穴が空いた様な感覚に苛まれていた———。
○
「どうして‥‥何ですか‥‥‥‥本当に、何で‥‥っ」
閑散とした空間に僕は一人取り残された様な感覚に陥る。憤りと疑問が混じる心中は僕の思考を混乱させた。
冷たく、突き刺す様にかけられた提督の言葉。
僕は実感したくなかった。その事を考えたくもなかった。
だが、これは紛れもない真実。
僕は提督に信頼されていなかった。裏切られたのだ。
それを実感してしまった瞬間、僕の心に強い憎悪が募った。
まるで闇が自分の心を埋め尽くすかの様に侵食する。此処で僕はまた同じ経験をしてしまうのか。強い憎悪に飲まれて自暴自棄になり、最後は自分の身を投げる。
前世の自分を繰り返すかの如く、既視感を覚える状況に思わず僕はその場に崩れ落ちた。
「ははっ‥‥‥でも、別に良っか。僕の‥‥いや、"あの艦"の目的は何処でもやろうと思えばできるのだから」
そうだ、思えば今の境遇は僕にとって優し過ぎたのだ。周りの人達、環境にも恵まれたこの場所は余りにも贅沢過ぎた。
僕にはもっと暗い場所がお似合いなのだ。
そう結論付け、僕は乾いた笑いを零す。
淀んだ感情に苛まれる僕には、何も残らなかった。
何も希望は無い。助けを乞うことは無い。
その筈だった———。
「馬鹿っ‥‥‥そんなんで納得出来る訳無いじゃないか‥‥‥」
僕はあの暖かさを、心地良さを実感してしまった。
不安が混じろうが、心地良いと思えたこの空間の生活をそう簡単に手放したくは無かった。
その時、僕は自分の瞳から溢れ出る涙に気づく。瞳を拭えど、それは収まりどころを知らない。
「僕はっ‥‥どうすればっ‥‥‥」
これからの行く末、僕が反論したとしても意見は通らない。勿論違う場所へと移動することになる。
それを拒絶したくても、拒んだとしてもその結末はきっと変わらないだろう。
例え提督に助けを懇願したところで意味はない。
提督も軍人だ。上には逆らえないし、命令は絶対。
正に八方塞がりだった。
助けも乞うことができない。自分でどうにかすることも出来ない。
これから‥‥‥僕は一体どうすれば良いのだろうか‥‥。
○
「‥‥‥着きました。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ドアを開けてくれた運転手に礼を返し、俺達は目的地へと到着した。
高く聳える赤煉瓦の建物。何度も見慣れた筈の海軍本部は、今となっては目にしたくない存在だった。
溜息を吐きたくなるのをグッと抑え、俺は歩みを進める。
後ろには明らかに暗い表情をした信濃が浮かない足取りで付いて来ていた。
それもその筈、急にあんな事を伝えられたのだ。
大きな不安を覚えていても不思議では無い。俺に怒りを示してもおかしくないのだが、信濃はそんな様相を見せず、ただ俺の後ろを歩くだけ。
その顔には、きっと涙を流したであろう痕が残っていた。今も残っている事から、長い時間涙を流していたのだろう。
それに俺はとてつもない罪悪感を感じる。
優しさのかけらなどない言葉をかけ、信濃を追い込んだ。
『お前の助けになる』と見栄を切った俺は正に口だけ。
提督として皆を導がなければならない立場の筈なのに、
ただ性別が違うだけ。何も艦娘である事に変わりはない。それなのに、信濃にだけ気持ちも尊重せず無理やり居場所を決める。
何が皆を導く存在だと、反吐が出る様な処遇。そう文句を言ってやりたい。
だが、その反吐が出るような処遇を俺自身も行なっているのだ。
そんな俺に、文句を言う権利は無い。
だから、俺は信濃を助けることができない。これは上の命令なのだから。
いや————違う。
俺は保身に走っているだけなんだ。
俺は‥‥‥適当な理由をつけて、逃げ道を作っているに過ぎないのだ‥‥。
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11.貴方の元で戦いたいっ‥‥‥!
シリアスって気分が乗らないと書くの難しいんですよね。
それと、今日はもう1話分公開しますのでよろしくお願いします。
キャラ紹介
○提督(
・今作品の提督。
・横須賀鎮守府に所属し、階級は少将。
・女所帯である軍に自ら志望。
・艦娘の事をしっかり考え、自分より他人を優先する。
・心には自分の考えを秘めているも、それをなかなか口に出せない性格。
・好きな物は甘味
_____________________________________________
視界に映る大きな栗色の両扉。この前に立つとどうしても緊張が走ってしまう。
幾度も入室した事が有ろうと、海軍の代表、元帥の前に顔を出すとなると心臓の鼓動が煩いほどに鳴り響く。
俺は一度息を整え、扉を軽く叩いた。
「横須賀鎮守府提督、雅です」
『入れ』
自分の言葉に投げ返す様な淡々とした返事を貰い、俺はドアノブを引く。
扉を開けた先には、テーブルに肘を置きながらその上に顔を乗せ、此方に鋭い眼差しで視線を向ける女性が居た。
「御命令通り参りました。風見元帥」
「ああ、良く来てくれた。‥‥っと、そちらが例の信濃だね?」
「は、はい。大和型三番艦、信濃です」
元帥の圧力を感じたのか、信濃の声音は少し震え、敬礼を行うその仕草は何処かぎこちなかった。
流石は海軍元帥。その貫禄と圧は一般人とは違う。
齢はまだ30歳前半と若く、長い黒髪を靡かせる姿は20歳ぐらいに錯覚させる程で、まったく衰えを感じさせない。
「ふむ‥‥‥まあ、立ちっぱなしも良くない。席に着きたまえ」
「ありがとうございます」
そうして俺と信濃はソファに腰を下ろし、元帥と対面形式になる様にして座った。
「こんな風に綺麗な男性二人を目の前にすると痛快だな。貴族にでもなった気分だ」
「‥‥ご冗談を。信濃はともかく、私はそんな綺麗とは程遠いので」
「あ、え、え、えっと‥‥‥‥」
「ふふ、雅提督が自分を卑下するもんだから信濃が困っているじゃないか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
元帥の言う通り、信濃はしどろもどろになりながら言葉を詰まらせている。
その原因を作ったのは元帥な訳なのだが、当の本人は面白そうに微笑みを浮かべていた。
—————違う。
俺はこんな話をしに来たのではないのだ。
「元帥、遊ぶのもこれくらいにして下さい。手っ取り早く本題を」
「まあまあ、そう急かさないでくれたまえ。信濃とは初対面なんだ。緊張を和らげるのも一興だろう? ‥‥‥‥‥だが、そうだな。そろそろ本題に入るとしよう」
「っ‥‥‥」
その瞬間、元帥の表情は打って変わって睨みつける様な強い形相に変わる。
俺はその変化に思わず身震いし、息を呑んだ。
「今日君達を呼んだ理由。聞いては居るだろうが、信濃、君の配属先についてだ」
「‥‥‥はい、心得ています」
信濃はそう言葉を落すが、やはり納得できないのだろう。声音に落ち込み様を表し、俯きながらも歯を噛み締めていた。
「此方としては、君の実態を公にしたくない。艦娘の事は只でさえ直ぐに広まりやすい。それに、男の姿をした艦娘ともなれば、
大本営直属。その名の通り大本営に直接属し、主に事務的な仕事。視察などを行う為、出撃はあまり行わない。
その為、危険は少なくなる。信濃を安全な場所に置いておきたいという思惑だろう。
その考えに俺も賛成だった。他の鎮守府に所属ではなく、大本営直属。危険はないし、信濃は安全な場所で生活が出来る。
それに、大本営なら毎日とは言えないが俺も会いに行く事が出来る。
そんな待遇を元帥が用意してくれた事に、俺は思わず安堵の息を吐いた。
だが、信濃の思惑は悲痛にも俺達とは全く違う物である事を知らされるのであった。
「それは‥‥どういう事でしょうか‥‥‥」
目を丸くし、何かに驚いた様子を顕にする信濃。
その表情からは、不満、そう言った感情とは少し違うものを感じさせる。
震えながら言葉を発するその表情は青ざめていた。
「一体何に対してのことだ? この処遇に対しての事か?」
「当たり前じゃないですか‥‥‥。僕は‥‥大本営直属の艦娘になる事を拒否しますっ!」
その言葉に、俺達は驚きを隠せなかった。
安全に生活する事が出来るその場所を自ら断ち切る信濃に対して。
「‥‥それは本気で言っているのか? 少なくとも大本営に居れば危険はない。君はその安全を自ら切ろうとしているのだぞ?」
「僕はいつ‥‥‥安全な場所が欲しいと言いましたか‥‥?」
「っ‥‥‥」
瞬間、先ほどとは打って変わって、信濃の眼差しは元帥と対峙する様に鋭いものへと変わる。
普段穏やかで温厚な信濃がこんな表情をする事に、俺は驚きを隠せなかった。
「僕は危険のない生活に固執なんかしてないし、願ってもいない。男してこの世界に生まれただろうが、僕は
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
信濃は涙で目を腫らし、声音は一層激しさを増して自分の意思を主張していた。
俺達はその言葉をただただ無言で聞くしかない。
「この際言いますが、僕は前線以外の鎮守府には着任する気は毛頭も有りません!
やめてくれ。
その思いが俺の頭によぎった瞬間。
「そうか」
今まで無言を貫いてきた元帥が、信濃のその一言を言わせまいと言葉を割って中に入った。
重々しい圧を纏い、強い声音で発していた信濃も元帥は黙り込ませる。
その威圧感を肌で感じ、身震いが治まらない。
「君の言い分は良く分かったよ。確かに男性だからと言って私は過保護過ぎたようだ。正直、男にこんな酷なことを言いたくはないのだが‥‥‥」
そうさ、信濃。
俺や、君が何と言おうと、
何故なら、この世界は『階級社会』なのだから。
「君は、私の命令には逆らえない。君は、私の言う事に従うしかないのだよ」
俺達は、命令を実行する物にしか過ぎないのだ。
○
『私は‥‥その案に賛同致し兼ねます‥‥』
『‥‥ほう、それはどうしてだい?』
俺の言葉に対して、興味深そうな声音で問いかけて来る元帥。
その言葉に苛立ちを覚えながら、俺は握り拳を作り、言葉を発した。
『‥‥理由と致しましては、二つ程。先ず信濃が男という点。この軍では殆どが女性ですので、恐らく信濃は肩身の狭い場所になると思います。ですので、私の鎮守府に居た方が信濃も過ごしやすいでしょう』
『ふむ。して、もう一つは?』
『‥‥これが一番の理由になりますが、信濃の意見を尊重するべきだと思います』
『それは、信濃が君の鎮守府に着任する事を望んでいると?』
‥‥‥分からない。
俺は信濃自身がどう思っているかは理解していない。
だが、助けたいと思った。あの表情を見た時、心が締め付けられる様な痛みを実感した。
そんな信濃に苦しい思いはさせたくない。辛い思いはさせたくない。
その思いが、俺の心には募っていた。
『‥‥‥私自身、本人の気持ちは分かりません。ですが、私達の意見を押し付けるよりも、信濃自身の主張を受け入れるべきだと思います。信濃に辛い思いをさせるのは、到底良い行いとは言えません』
『なるほどな‥‥‥。だが、やはり此方としては大本営の管理下として置くのが一番だ。悪いが、君の考えには賛成出来ない』
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
『君がこうして意見を述べるのも珍しい物だな。いつもは何も言わずに退出するものだが。‥‥‥それほど信濃を気にかけているのかね』
そうだ。
俺は信濃を気にかけている。心配しているんだ。
しかし、その思いは届かない。
その理由—————とっくに分かっていた。
俺も、信濃も"共通"している物があるんだから。
『‥‥‥私の意見具申など貴方の耳には響きかないのでしょう』
『何‥‥‥?』
いきなり告げられた言葉に元帥は疑問を隠せないのだろう。
今まで作り上げられていた威圧的な表情に驚きが混じっていた。
『分かっています。私に意見を求めても、その意見は必ず通らない。女で纏められているこの場所では、私は言わば異物。この身で少将の位を得ている為、陰口や揶揄いは多々耳にします』
『‥‥‥知っていたのだね』
『‥‥‥はい。別に私はそれについてとやかく言うつもりはありません。言ったところでどうにもならない事は分かっています』
『‥‥‥君は一体何が言いたいのだ』
俺が言いたい事。
その一言を告げるだけでもとてつもない緊張が募る。
仮にも相手は海軍元帥。自分との位の差は歴然だ。
この二人しかいない空間に重々しく張り詰めた空気が辺り一帯を覆う。
俺は一度息を呑み、言葉を告げる為に息を吐いた。
そして、告げる。
『私は‥‥性別によって対応を変えるこの場所に、異議を申し上げます』
『‥‥はっ‥‥はははっ。何を言うと思えば、くだらない言動だ。そんな事をしても何の意味もなさない』
『‥‥例え、異議が通らなくとも、この言葉が貴方に届けられた時点で意味はあります』
俺の言葉に呆れた様に元帥は大きく溜息を吐き、ソファから立ち上がった。
『‥‥‥本当にくだらない。君は分かっていないのだ』
バンッ、と俺の右腕が元帥の手によって壁に押しつけられる。
その力は計り知れず、腕を締め付ける痛みが俺を襲った。
『ぐっ‥‥‥‥』
『この力の差があって尚君はまだ楯突くのかい? 男女の力の差は歴然だと言う事は君も理解している事だろう。世界は半ば女尊男卑の様な物。平等を訴えようが、力の差は歴然なんだ。それは、軍と言う物になれば尚更。君はさっき自分で言っていたな、君の意見はどうやっても通らないと。そう分かっているのなら、この時間には何の意味があると言うんだ?』
『っ‥‥! くっ‥‥‥』
腕を振り解こうにも、押さえつけられる力に勝てない。
元帥の言う通り、男女の力の差は歴然。それを否応にも理解させられる。
『‥‥‥この際だ、君に正直に言おう』
『一体っ‥‥何をっ言うんですかっ‥‥』
『私は、信濃の意見を尊重しない。そして、信濃は私に従事してもらう』
その言葉を発した直後、俺の腕を締め付ける力は強くなった。
○
「‥‥‥‥‥これが3日前の出来事だ」
「そう‥‥‥ですか」
太陽が穏やかな波を照らす波打ち際。
俺と信濃は元帥の急用により少しの間時間を潰す事になった為、浜辺に腰を下ろしていた。
そこで、俺は3日前の元帥との対話を全て信濃に伝えたのだ。
「軽蔑したか? 今までこの事を黙っていて」
「いえ‥‥僕は‥‥」
「はは、別に気を使わなくて良いんだぞ。俺自身、信濃に恨まれて当然の事をしたと分かっているからな‥‥」
「‥‥‥ごめんさい、提督」
突如、信濃は顔を俯かせながら俺に謝罪を告げた。
俺は思わず素っ頓狂な声をあげながら首を傾げてしまう。
「い、いきなりどうしたんだ? 信濃が謝る事なんて一つも‥‥」
「‥‥僕が執務室で提督から着任の事を言われた時、あんな風に怒って提督の気持ちも考えずにいたから‥‥‥。僕があの時気づいてあげれば‥‥‥っ」
「‥‥‥‥‥信濃」
信濃の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
信濃は何も悪くない。それなのに自分を卑下し、責任を感じている。
その余りの優しさに、俺は自分の小ささを実感した。
同時に、信濃の優しさが自分の心に響き、暖かい心地良さを感じる。
俺は信濃の頭をそっと撫でた。
「大丈夫だ、信濃は何も悪くない。悪いのは理不尽なこの世界だ。お前は何も責任を感じる事はないし、気負う必要もないからな」
信濃は少し驚いたそぶりを見せるも、ぽつぽつと覇気のない声で言葉を溢す。
「でも‥‥‥僕の所為で、元帥は提督の事をきっと良く思わないでしょうし‥‥‥。この階級が物を言う場所なら、提督の地位だって危ぶまれる事も‥‥」
「そんな物痛くも痒くもないさ。例え階級が落とされようと、謹慎処分が下ろうと俺はまた這い上がってここに辿り着くよ。こんな物提督になるまでの道のりと比べたら屁でもないさ」
「っ‥‥‥‥‥‥‥」
「それに、謝るのは俺の方だ。信濃の意見を尊重もせず、強制的に縛り付けた事を本当に申し訳なく思っている‥‥」
本来、謝る方は俺達の方。
先程から信濃は全面的に怒りをぶつけては来ない。
少しでも自分の罪を自覚したいが為に、信濃に咎めて欲しいという気持ちが無い訳ではないのだ。
「‥‥‥いえ、提督は悪くありませんから」
それでも、信濃は俺に怒鳴り散らかしたり、咎めたりする事はなかった。
一体信濃は何を望んで、何を考えているのか。
そんな疑問が俺の頭に浮かんでしまうくらい、信濃という艦は出来た人物だ。
しかし、その中にも拭い切れない葛藤がある筈。
俺は知りたかった。
信濃自身が、この先何を望んでいるのかを。
それを聞けば、俺の決意も固まるのだ。
「なあ、信濃。‥‥‥お前はこの先、どうしたい。何を望む。‥‥‥もし、信濃自身が心からそれを願うなら、俺は、その考えを必ず尊重し、叶えることを誓おう」
「っ‥‥‥‥ぼ、僕は‥‥‥」
そして、俺は新たな決意を心に留めた。
この先、どんな事があろうと、信濃を‥‥‥。
「僕はっ‥‥‥貴方の元で‥‥‥戦いたいですっ‥‥‥‥!」
必ず導いて見せると。
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12.僕の帰る場所
○元帥(
・今作品の海軍元帥。
・独身。
・男勝りな口調で重々しい威圧感を纏っている為、少し近づきにくい印象が。
・根は優しい一面も。
・目標としているのは前任の元帥。
・好きな物は読書。(意外と言われる事に少し苛立ちがある)
_____________________________________________
『忘れないで‥‥あの悔しさを』
『きっと、君は過去を乗り越えられる。そう、信じているから』
いつかのその言葉の意味。
今なら少し分かる気がする。
全ての力と悔恨を託した信濃。それを乗り越える為に僕は此処に現れた。
例え困難な壁が立ちはだかろうと、僕は乗り越えていかなければならない。
いや、これはまだ壁と言える物ですら無いのかもしれない。
でも、僕はこの壁を越えるのだ。
頼もしく、信頼出来る‥‥‥この
○
「さあ‥‥‥決意は固まったかな」
「‥‥‥はい、お陰様で」
元帥の用事も終わり、改めて席に着く俺達。
元帥は席に着くと変わらず鋭い視線を向けるが、もう物怖じはしない。
俺達の面立ちは先程とは違うのだから。
「では、改めて聞かせてもらおうか。君の言葉で、これからの生活の場所を」
「僕が‥‥‥これから生活する場所。‥‥‥‥それは———」
一拍置き、言葉を紡ぐ信濃。
その言葉が心を揺らがせる衝撃的な物になると、元帥は知らない。
「横須賀鎮守府以外に着任する気はありません」
「な、何‥‥‥‥?」
そこで、初めて表情を揺らがせる元帥。
理解出来ない、何故まだそんな事を言い続けるのだ、という感情が見て取れた。
「‥‥‥君はまだ分かっていないのかい? 未だそんな浅はかな希望を持つとは‥‥‥君は話の分かる人だと思っていたのだが———」
「信濃は横須賀鎮守府への着任を望んでいるのです」
そこへ元帥の言葉を遮る様に俺は言葉を切り出す。
「‥‥‥私は雅にも言った筈のだがな。往生際が悪い‥‥」
「"俺"は決めました。例え、貴方が、元帥が受け入れずとも俺は信濃の意見を尊重し続ける。俺は艦を正しく導く提督です。本来あるべき役職を全うするべきですから」
「その役職の中で、私は君より上に位置している事を分かっているのかね。 命令を聞かない軍人、それこそ本来ある役職を全う出来ていない。君は軽々しく言葉を口にするが、覚悟を持って言っているのか?」
覚悟、その言葉は俺の胸に突き刺す様な緊張を走らせる。
俺はこの場所を目指して数々の困難に当たった。
でも、そんな事は分かっていた事だ。
この場所を目指した最初から、ここに辿り着こうと俺は進み続けたんだ。
だから————
「覚悟なんてとうの昔から決めました‥‥‥! 俺は此処に立つ為にひたすら努力して来たんです!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「だからこそ、俺は貴方に言います‥‥‥。信濃は、俺に任せてくださいっ‥‥‥!」
俺の視界に映るのは真っ赤な絨毯。
頭を下げ、目頭が熱くなるのを感じながら、俺は拳を握りしめた。
「‥‥‥ふっ、やはり君はあの人にそっくりだよ」
「えっ‥‥‥‥‥」
ポツリと小さな声が消える様に部屋に流れた。
すると、元帥は薄らと微笑みを浮かべ、言葉を告げる。
「‥‥すまないが、少し席を外してくれないか」
そう言いながら、元帥が視線を送る先は信濃だった。
「ぁ‥‥は、はい」
信濃は少し驚きを見せながらも、扉の方へ向かい退出する。
そうして、この空間に残るのは俺と元帥のみ。
俺達の間を取り巻く空気は先程とは違って、穏やかな物へと変わった。
「さて‥‥‥悪いが信濃には退出してもらったよ。これから話す事はあまり知られたくないだろうしね」
心なしか元帥の口調は柔らかくなっている。
それは、どこか親近感を感じさせた。
「え、えっと‥‥一体何を‥‥」
「‥‥‥君の熱意には負けたよ。雅がこうして誰かの為に動く事は珍しく無いけど、まさか頭まで下げるとはね。それほど信濃の事を気にかけていたんだろうけど」
「‥‥‥決めましたから。信濃を導くって」
「ふふっ‥‥本当に雅はあの人そっくりだ。まあ、親子だから似てもおかしくはないのだけどね」
「そうですか‥‥‥‥‥」
昔を思い出すかの様に優しい微笑みを浮かべる元帥を見ると、先程までの張り詰めた空気が嘘のようだ。
そう息を吐くと、気の緩んだ空気を一蹴するかの様に元帥は言葉を落とした。
「‥‥‥‥‥今回の件、本当に申し訳無い。雅と信濃には心のない事をずっと言い続けてきてしまった。一つ、謝らせて欲しい」
「別に俺は気にしていませんよ」
「そう言ってくれるとありがたい。‥‥‥‥それと、信濃の異動の事は、雅の横須賀鎮守府に一任して貰う事にするよ」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
「っ‥‥‥‥! い、良いんですか?」
「ああ。正直、此方は大本営直属として余り目立たないよう配慮して置きたかったのだが、雅の意思も固いみたいだし。何より、信濃もそれを望んでいるなら尚更だ」
「し、しかし‥‥‥元帥は信濃の意見を尊重しないと‥‥‥」
「あれは単なる脅し、それだと少し語弊があるけど本気で言ったわけじゃないさ。ただ、信濃の存在が広まる事で信濃目当てに軍を志願する輩が現れるのを危惧していたから、少し強く言ってしまったけどね」
「な、なるほど‥‥」
それで元帥は信濃は自分に従事してもらうと言ったのか‥‥。
本気にしてしまった自分が少し恥ずかしい‥‥‥。
「まあ、最終的に信濃の存在が広まる事にメリットもある事に気づいたのさ」
「メリットですか‥‥‥?」
「うん、艦娘の印象が良い方向に傾くんじゃないかなと思ったんだよ。余り国民には艦娘に良いイメージを持たないからこそ、信濃の存在がそれを良くしてくれるんじゃないかなと」
「‥‥‥確かにそうですね。艦娘の印象が良くなる事は私にとっても嬉しい事です」
「ふふっ、雅ならそう言ってくれると思ったよ」
すると、元帥は席を立ち、こちらの方へ向かって来た。
「‥‥今回は雅に大変な思いをさせてすまなかった。階級に物を言わせ、強制的に縛りつける様にした事、謝りきれない事で沢山だ。でも、もし困った事が有れば私を頼って欲しい。雅が少しでも過ごしやすくなる様に配慮は全力でする」
突如、頭上に優しく撫でる様に手が触れた。
手の温もりが俺を包むような感覚が心を和らげる。
「セクハラですか?」
「んなっ‥‥‥!?」
「ふふっ、嘘ですよ」
軽く意地悪をした事で、元帥は「うーっ」と唸り声を上げる。
これは元帥に対する少しの罰だ。
そう、自分の心で思いながら、俺は言葉を告げた。
「頼りにさせてもらいます、麗華さん」
○
時刻は夕方。
オレンジ色の夕陽が辺りを照らし、先程腰を下ろした堤防に僕達は立ち止まっていた。
閑散とした空間に静かな波音がせせらぎ、目の前に広がる景色に思わず目が奪われそうだった。
「綺麗だな」
「はい‥‥‥」
淡々とした言葉の掛け合いも、今は十分心を満たしてくれる。
煌びやかな情景は僕らを祝福している様に感じた。
「今更だが、改めてよろしくな、信濃」
「こちらこそ、よろしくお願いします、提督」
握手を交わし、改めて挨拶を行う僕達。
そして、僕らは自分達の居場所に向けて帰路を辿る。
その後ろ姿は光り輝く夕陽に照らされ、二人の足取りはこの瞬間を噛み締める様に一歩ずつ進んでいくのだった————。
これにて一章は終了です。
更新は遅いですが‥‥‥次章も引き続きよろしくお願い致します!
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第二章 異質への理解
13.取材交渉成立です!
それと、いつの間にかUAも10000を超えていてビックリです!
読者の皆様には感謝でいっぱいです!
誤字報告や感想もとても作者の為になっています。
本当に皆様には感謝しかありません!
とまあ、何だかんだで二章突入です。
二章はシリアス無し!日常と逆転要素いっぱい入れていきますよ!
「ぅん‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
外から聞こえる鳥の囀りと共に、窓から刺す眩しい光。
気怠い身体を何とかベットから起こし、僕は寝惚け眼を擦る。時刻は朝6時半。いつも通りの起床時間だ。
そして、視線の先にはベッドが二つ。
そこには、すやすやと寝る姉さん達二人がいた。
僕は早々と寝間着からいつもの袴に着替え、洗面台の方へと向かう。
鏡の前に立ち、冷水を顔にかけて僕の意識ははっきりとした物になる。
パンッと顔を叩いて自分を引き締め、僕は次の作業を行う為身体を動かした。
○
「大和姉さん、朝だよ。ほら、早く起きてってば」
「ん〜‥‥‥‥もうちょっと‥‥‥」
時刻は7時。
未だ眠る姉の身体を揺らすも、一向に起きる気配はない。
普段はきっちりとしているのに朝はこうも弱いとは誰も思わないだろう。
「ん、何だ。大和はまだ寝ているのか」
「あ、武蔵姉さん。おはよう。‥‥うん、全く起きる気配が無くて‥‥‥」
後方から声を掛けてきたの武蔵姉さんだった。
頭を掻きながら欠伸をし、寝巻き姿である事から恐らく今起きたのだろう。髪は所々跳ねて寝癖がついていた。
まあ、自分で起きてくれる分大和姉さんよりも立派だけどね。
「大和は朝が弱いからな。朝はいつもこうだ。‥‥私は着替えてくるぞ」
「うん、分かった。あ、姉さん今日秘書艦だったよね?」
「ん、ああ、そう言えばそうだったな。忘れていた」
「もう、しっかりしてよ? それと、そんな事だろうと思ってそこに朝ご飯置いてあるから。時間もあと少しなんだから早く準備してね」
「む、すまないな。恩に着る」
そう言い、慌ただしく準備をしながら、武蔵姉さんはドアを蹴って執務室へと向かった。
朝から少し騒がしくて気疲れしてしまうが、それが姉らしくてつい微笑んでしまう。
迷惑とは思っていないけど武蔵姉さんにももう少し意識して欲しい物だ。
「‥‥‥それにしても」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥本当に起きる気配がないなぁ」
ツンツンと姉の頬を突っつくが、未だ起き上がる事はない。
さて、一体どうした物だろうかと頭を悩ませる中、僕は一つある言葉を思いついた。これを言ったら姉はすぐ跳ね起きるかもしれない。
そんな魔法の様な言葉を僕は姉の耳元で囁いた。
「こんな朝も起きれないだらしない大和姉さんは嫌いだなぁ」
「っ‥‥‥‥‥‥!」
瞬間、驚いた様に飛び跳ねて身体を起こし、大和姉さんは漸く起床する。
「おはよう、大和姉さん」
「お、おはようございます‥‥‥」
目覚めは最悪と言わんばかりの歯切れの悪さ。疲れた様な表情をしたその顔には、冷や汗をかいていた。
僕はにっこりと表情を作るも、目は笑っていない呆れを含んだ視線を送る。
「ほらほら、もう朝なんだから早く着替えてね。布団は僕が畳むからさ」
「分かりましたぁ‥‥‥‥」
そう言い、姉さんは眠そうな目を擦りながら洗面台の方へと向かった。
○
時刻は午前7時半。
僕は朝食を取る為、食堂へと歩みを進めていた。
起きた筈の姉さんはと言うと、朝から明石さんのところで艤装のメンテナンスがあり、朝食は後から取るらしい。
その為、僕は一人で食堂へと向かっていた。
「ん‥‥‥あれは‥‥‥」
突如、視線の先に映る一人の人影を目にし、足を止める。
そこには掲示板の前に佇む一人の少女がいた。
その少女はこちらに気づいた様で、こちらへ振り向く。
「あ、おはようございます。信濃さん」
「はい、おはようございます。朝潮さん」
その少女は、朝潮型一番艦の朝潮さんだった。
黒のジャンパースカートと白のボレロを見に纏い、駆逐艦ながらも容姿からは何処か大人びた感じを醸し出している。見た目的には中学生くらいだろうか。
朝潮さんとの面識は歓迎会の一度だけだが、印象では真面目と言った言葉が似合う。
「信濃さんは朝食ですか?」
「その通りですが、朝潮さんは一体何を?」
「あ、えっと‥‥‥鎮守府通信を確認していまして」
朝潮さんが少し恥ずかしそうに見上げる先には一枚の紙。
そこには鎮守府通信と書かれ、主にこの鎮守府内での出来事を載せている新聞だ。
実際に見た事はないが、大和姉さんからはあまりお勧めしないとの事らしい。
「いつもこうして確認しているんですか?」
「はい、自分の日課にしているんです」
「へぇ〜、偉いですね。毎日新聞を見ているなんて」
「まあ、これと言って良い事は一つも書かれていませんけども‥‥」
あははと苦笑する朝潮さんを横に、僕は一度その通信に目を通す。
そこには、『提督と信濃さんの秘密の執務!?』『赤城さん赤面!原因はあのSさん!』『大和型の部屋の真相‥‥』と言った、まあ何とも言えない内容が書かれていた。
というか8割型僕についての内容じゃないですかねこれ。
「た、確かにそうですね‥‥‥」
僕は何とも言えない内容に苦笑いをするしかなく、朝潮さんとの間に気まずい空気がこの空間を取り巻いた。
「(えっと‥‥‥これを書いたのって‥‥‥)」
一体誰が発行者なのかと視線を動かしているところに、僕の考えを読むよう朝潮さんが切り出す。
「これは青葉さんが書いたんですよ」
「青葉さん‥‥ですか」
告げられた名前を記憶の中で辿ると、一人思い当たる人が浮かび上がった。
青色の瞳に、桃色の頭髪。
歓迎会時、片手にカメラを握りしめてひっきりなしにシャッターを切りまくるちょっと異質な女性。
新聞記者による
結構ぐいぐい来る印象が強い為、少し面倒臭く思ってるところがある。
「‥‥‥あまり浮かない顔ですけど、青葉さんと何かありましたか?」
僕の考えが顔に出ていたのか、朝潮さんが心配そうに此方へ問いかけた。
「ああ、いえ。特に何もありませんよ」
「本当ですか‥‥‥?」
じーっとこちらを見つめる視線が痛い。
まあ、実際そんなに変な事をされた訳でも無いし大丈夫なのだが。
「分かりました、信濃さんがそう言うのであれば特に言及はしません。でも、もし困った事があったら是非とも私に言ってください。必ず助けになりますから!」
あらやだかっこいい。
中学生の様な姿ながらも凄く頼りになる。
これなら加賀さんや翔鶴さんよりも頼りになるんじゃ‥‥‥。
「ややっ!! そこにいるのは朝潮さんと信濃さんですね?」
僕の失礼な考えはさておき、噂をしていたら何とやら。
後方から聞こえて来た快活な声の主は、片手にカメラを持ち、襟と袖が青いセーラー服を着用していた。
「あ、青葉さん」
そう、この鎮守府のパパラッチ兼鎮守府通信の発行者、青葉さんだ。
「ども!青葉ですぅ!何やら新聞のネタになりそうな匂いがしたので!」
「げっ」
それを聞いた朝潮さんはバツが悪そうに顔を顰める。
「げっ、とは何ですか。げっ、とは。そんなに青葉の取材を受けるのが嫌ですか?」
「当たり前じゃ無いですか。どうせありもしないデマを載せられるんでしょう?」
「え、そうなんですか?」
「ちょ、ち、違いますからぁ!信濃さんも信じないでくださいよ!」
ぶんぶんと手を横に振り、強く否定を見せる青葉さん。
ここの鎮守府で青葉さんの取材というのは皆から煙たがられているのだろうか。
先程見た朝潮さんの表情も嫌がる様にしか見えなかった。
「そ、それよりも、ここで一つインタビューをさせてください!信濃さん!」
「インタビューですか?僕は別に構いませんが」
「え、良いんですか‥‥?」
「はい、大丈夫ですよ。というか、そんな反応をするなら何故聞いたんですかね‥‥」
自分から申し出たのにも関わらず、青葉さんから疑問形で言葉を返された。
僕が断ると思ったのか、青葉さんは驚いた表情を露わにしている。
別にインタビューぐらい構わないのだけどね。
僕も此処の皆とは積極的に交流して行きたいし。
「‥‥私的にはあまりお勧めしません。インタビューとなれば一対一でやりますし、あられもない事を聞いてくる可能性だって‥‥‥」
「私ってそこまで信用ないんですかぁ!?流石に変な事は聞きませんってば!」
「まあ、青葉さんはそう言っていますけど、後は信濃さんの判断に任せます」
「そうですね‥‥‥」
朝潮さんの言葉を耳にし、僕は一度考える素振りを見せた。
青葉さんからはお願いしますと懇願する様な視線がさっきから突き刺さる。
そこまで新聞のネタにしたいんですかね‥‥‥。
まあ、一度やっても良いって言った訳だしここで断るのも気が引けるというものだ。
青葉さんとはあまり接点もなかった。ちょうど良い事だろう。
「僕は構いませんよ。是非インタビューをお受けします」
「あ、ありがとうございます!いやはや、こうして取材を文句無く受け入れてくれたのは信濃さんだけですよ!」
「青葉さんの取材を快く受け入れてくれる人なんて相当優しい人か変な考えを持った人だけですからね。あ、信濃さんは勿論前者ですよ」
そんなに青葉さんの取材って嫌われているのね‥‥‥。少し同情してしまうよ。
というか、朝潮さん青葉さんに対して辛辣すぎないですか?
青葉さんのメンタルもボロボロですよ。
とまあ、そんなこんなで青葉さんの取材を受ける事となりましたが。
「その前に朝ご飯食べても良いですか‥‥‥?」
「「あ、はい」」
本来の目的を見失っては元も子もないよね。
○
「さて、ここいらで良いでしょうか」
食堂で朝食を済ませ、場所は変わり青葉さんの自室。
青葉さんの部屋は妹ととの二人部屋らしい。
見たところ片付いていて綺麗な部屋だが、机の上には多くの原稿のようなものが並べられていた。
とまあ、これ以上人の部屋をジロジロ見るのも失礼だろう。
そう思う僕は早速青葉さんの取材を受けようと少し身構えた。
「早速ですがインタビューをさせて頂きますね。まず一つ目、改めて名前を教えてください!」
おっと、本格的に名前から始まるのか。
特にこれと言った自己紹介もないし、普通にやってしまえばいいかな。
「はい、大和型三番艦の信濃です」
「ありがとうございます。さて、二つ目。好きな食べ物は何ですか?」
好きな食べ物か‥‥‥。
前世では良く甘い物が結構好きでよく食べてたなぁ。
まあ、強いて言うなら羊羹とかどら焼きが好きだけども。
何かそういう和菓子って良くない?お茶と合わせると完璧だよね。
「僕は甘いものが好きなので、和菓子とかですかね」
「ほう、和菓子ですか。男性らしくて良いですね〜」
えっと‥‥‥男性らしいって事はこの世界ではスイーツを食べるのが主に男性って事かな?
僕の頭の中ではあまり想像できない。
別に悪いってわけじゃ無いけど、ああいうメルヘンチックな場所に男が沢山いるってどうなのかね。
「三つ目です!提督の事はどう思っていますか?」
提督ねぇ‥‥‥。
改めてどう思っているかと言われると少し難しく感じる。
僕は部下の立場である訳だし、気安く友達と呼称するのもそれはそれでどうなのかね。
でも、凄く頼りになる人と言うことは分かる。
接し方も優しいし、人柄も良い。文句の付け所なんてないだろう。
「僕はとても頼りになる方だと思っています。優しく接してくれますし、あの人が提督で良かったです」
「ふむふむ、確かに提督は私達にも優しいですからね。それを言ったら信濃さんも相当優しい方だと思いますよ。この地球上何処を探してもお二人の様な私達にも優しく接してくれ方なんていないですもん」
「あ、あはは。流石にそれは言い過ぎじゃ‥‥‥」
流石に世界中で探せばそのくらい何処でもいるでしょ。
と思っていたけど、思い返せばこの世界は異質だ。
聞いてはいなかったが、この世界の男女の数はどうなっているのだろうか。
ちょうど良い事だし、青葉さんに聞こうか。
‥‥‥気の所為か、凄く嫌な予感がする。
「あの〜‥‥‥青葉さんは普通に答えて貰えば良いのですが、男女の数って普通どちらが多いんでしょうか」
「へ?い、いきなり唐突ですね。一体この質問が何を意味しているのかは分かりませんが、青葉の普通としてはやはり圧倒的に女性の方が多いですよね」
奇しくも、僕の悪い予感は的中してしまう。
それはこの世界の異質さを改めて実感してしまう最悪の言葉だった。
認めたくなくても、これが現実。これまた面倒臭い事になるのだろう。
これからの生活にまた一つ不安が芽生えてしまうのであった。
「あ、ありがとうございます‥‥‥。では、インタビューを続けましょうか‥‥‥」
「? まあ、分かりました。それでは四つ目といきましょう。初対面で一番印象的だった方は誰ですか?あ、提督は抜きでお願いします。あくまで艦娘の中で、です」
「ん〜‥‥‥そうですねぇ」
印象的と言えば、それこそ沢山いたのだけども。
カメラのシャッターを以上に切る人とか。
異常に自分をアピールしてくる先輩とか。
初対面の一言が『不幸だ』とか言う人とか。
その時は流石にちょっと心にグサっと来て少し傷ついた。
と言ったところで、個性的な人が沢山いて印象に残る人はとても多かった。
まあ、強いてあげるならば‥‥‥。
「加賀さん、ですかね」
「へぇ、加賀さんですか。して、それはどうしてでしょうか」
「‥‥‥ノーコメントで」
「え」
だってあの人について詳しく言いたく無いんですもん。
初対面で人を壁に追いやる人とか聞いた事ないですし。
「次をお願いします。この手の話題には触れたくないので」
「わ、分かりました‥‥‥」
当然のことながら、青葉さんの言葉は歯切れが悪く、納得出来ない表情をしていた。
そして渋々次の質問へと言葉を移した。
「さて、五つ目。これで最後です。ズバリ、好きな女性のタイプをお願いします!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
青葉さんの言葉は虚空の彼方に消え、空気は閑散とした物へとなる。
結局そういう質問はしてくるんですね。
自分で受けるとは言ったけど少し後悔してます。
「‥‥‥やはり朝潮さんの言う通りでした。青葉さんの取材という物は快く受ける物じゃありませんね」
「ちょちょちょ!!すいません、少し興味本位で聞いただけなんです。許してください。土下座しますから。何なら靴でも舐めますから」
「その言葉、本当ですか?」
「え‥‥‥‥‥?」
その言葉に、青葉さんは素っ頓狂な声を出して固まってしまう。
現在進行形で僕の視界には顔を下に向けて頭を下げる土下座状態の青葉さん。
そんな青葉さんを見て、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら僕は脚を差し出した。
「じゃあ、お願いします。青葉さんが言った事、この場でしてください」
「っ‥‥‥!」
まさか本当にする羽目になるとは思っていなかったのだろう。
青葉さんは一度息を飲み、何かを決心したように顔を僕の脚へと近づける。
お世辞抜きにも、青葉さんの容姿は整っている。言わば美少女。
そんな女性を土下座させ、靴を舐めさせるという有り得ない現状にとてつもない背徳感が僕の中で這い上がる。
そして、ついに顔と靴の距離は数センチ———。
「ぁ」
「ふふっ、ジョーダンですよ〜。女性にそんな事させるわけないじゃ無いですか」
すんでのところで脚をヒョイッと上げ、僕は脚を青葉さんから離す。
未だ土下座している青葉さんに手を差し伸べ、少し微笑みを浮かべながら謝罪を伝えた。
「すいません、悪戯が過ぎました。別に青葉さんの事を嫌いになった訳じゃないですからね」
僕の言葉と行動に青葉さんは目を見張り、表情に驚きを隠せずにいた。
とまあ、少し悪戯をしようと思っただけですよと。
そう伝えた矢先、青葉さんは顔を赤くしてその場に倒れ込んだ。
「もう‥‥‥誰か殺してくださいぃ‥‥‥‥‥」
プシューっと湯気が出るような表情と共に、青葉さんは気絶してしまった。
某キャラクターのように人差し指を上に向け、その姿は何処か後悔と羞恥心で一杯に見えた。
「え、ちょ、あ、青葉さーん!?これはちょっとした悪戯ですから!さ、流石にやり過ぎたかもしれませんが‥‥‥ちょ、ちょっとー!?」
僕、ここで一つ覚えました。
人に悪戯するのはやめようって。
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