ぱらルカさんのくえっぽい世界の冒険 (両生金魚)
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空から落ちてきたのは女神様ではなく魔王様

最近もんむす熱が溢れてむしゃくしゃしてやった
特に反省はしていない


 ふと感じるのは柔らかな光と荘厳な雰囲気。ゆっくりと意識が覚醒していく中、この感覚には覚えが有るなとまだ霞がかった頭の中でぼんやりと思う。

 

「ルカ……勇者ルカ……」

 

 目覚めていく意識の中、聞き覚えのある声が聞こえた。目をはっきりと開くと、そこには何処を見ても欠けるところの無い美しい女神の姿がそこに顕現していた。

 

「勇者ルカよ……私の声が聞こえますか?」

 

「は、はいっ! 聞こえています、イリアス様――!」

 

 かつて経験した感覚が、この体験が夢で無い事を確信させる。この響いてくる声に聖なる感覚は、間違いなく女神イリアスのものだ。だとしたら兎にも角にも、機嫌を絶対に損ねてはいけない。共に旅をして知った眼の前の女神様の本性は実はわがままで、沸点もとてつもなく低いのだから。混乱する思考を何とか落ち着けつつ御言葉に相槌を打っていく。今はとにかくこの状況を把握することが第一だ――「ときにルカ……あなたは、とうとう『旅立ちの年齢』となりますね」

 

「は、はいっ!」

 

「ふふっ、この女神を前にして緊張するのも分かりますが、そう固くならずともよいのですよ」

 

 旅立ちの年齢という単語で、今の時期は察せた。そして、【世界を救え】ではなく【魔王を討ち滅ぼせ】との御言葉。恐らくここは平行世界なのだろう。でなければ、女神の姿が健在で魔王を滅ぼすことを優先させる筈も無いからだ。ひょっとしたら、またラファエロという天使に異世界に飛ばされてしまったのだろうか……?などと様々なことを目まぐるしく考えながらイリアスに返事をしていると、もう話も終わりに差し掛かる。

 

「行きなさい、ルカ。私は、いつでもあなたのことを見守っています――」

 

「はいっ!」

 

 返事をすると、目の前の光景が消えていく。そして意識が唐突に覚醒すると、ポケット魔王城では無いベッドの上に横たわっていた。周りを見渡すと、懐かしい感覚はするのに覚えは無い部屋だ。部屋を出て下に降りると、自分の家より一回りは狭かった。宿としては営業していなかったのだろう。極々普通の民家であり、綺麗に整えられていた。今日が旅立ちの日ということは、しばらく戻るつもりもなかったのだろう。台所には芋一個すら無い。その代わり、壁際の背嚢には旅の荷物が一纏めにしてあった。

 

「洗礼の日で旅立ちの日かぁ……。朝ご飯はパンでも買うとして、とりあえず神殿に行こうかな」

 

 イリアス様が健在の世界、フリーダムに洗礼をブッチしてもいいことなんて何一つ無いだろうし、勇者としての特権も手に入る。そういえば、自分は二度も旅立ちを経験したことが有るような――頭にノイズが走る――

 

 ひとまず、イリアスの五戒の一つであるお祈りを捧げて、神殿へ行こうとした時、長閑な空気が唐突に破られた。

 

「た、た、大変だぁ!」

 

「っ!」

 

 静かな村に叫び声が上がる。木こりのハンスさんの声だ。

 

「近くに魔物が出たぞぉ!」「みんな、家に隠れるんだ! 村に入ってくるかもしれないぞ!」「あ、あわわわわわ……!」「お、お母さーん!!」

 

 叫び声とともに、一気に村がパニックに陥ってしまった。そういえば、自分が洗礼を受ける日もこんな騒動が有ったっけと変な感慨に浸りつつ、剣を引っ掴んで飛び出す。まだ改造も何も施されていないカスタムソードに、盾の一枚鎧一着すら無い有様だが、身体能力は全く落ちていない様だ。派手に音を立ててドアを開けると、村の中は大混乱だった。

 

「ひぃ、逃げろぉ……!」「ひぇぇ……! こ、こんなの初めてだぜ……!」

 

 村の人達は我先にと逃げ惑う中、周囲に目を凝らす。野菜売りのお婆さんの近くにいくら目を凝らしても、そこにスライム娘の姿も痕跡も無かった。

 

「(やっぱり、ここは魔物と共存が出来ていない世界!)」

 

 イリアス様が健在で在る以上、予想できたことだが悲しくもある。だが、ひとまずは村人が襲われないようにしなければ! 少し足を止めて村を観察して、いざ駆け出すとする時にその様子を見つけたベティおばさんが声を張り上げた。

 

「おやめよ、ルカ! ここは、イリアス神殿の兵隊さんたちに任せとくんだ!」

 

 ルカを心配する声。こっちの世界でも優しいんだなあと嬉しくなると同時に、心配させないようにしなければと使命感が湧き出てくる。

 

「大丈夫だよ、おばさん! 僕がどうにかしてくるよ!」

 

「ル、ルカ、あんた……。――任せたよ!」

 

 普段と全く違う雰囲気のルカを見て、何かを感じ取ったのか、しっかりと送り出すベティおばさん。そして、家に入る所を見届けると、ハンスの声のした方に駆け出す。森に通じる一本道を駆け抜けると、その魔物はすぐに見つかった。

 

スライム娘が現れた!

 

「あはは、美味しそうな男の子~♪」

 

 現れたのは、イリアスヴィルの近くにたくさん住んでいる魔物のスライム娘だった。力自体は弱いのだが――そういえば元の世界の兵士たちも大勢で囲んでいたりしたっけなと思い出す。兎も角、魔物としては弱くてもそれでも普通の人間には脅威なのだ。だが、あまり手荒なことはしたく無い。

 

「あの……ここは人間の村の近くなんだ。だから、大人しく引き返してくれないかな?」

 

 剣も鞘に収めて両手も下げて敵意がないことをアピールしつつも説得する。が、しかし

 

「あはは……キミ、平和主義者ってやつ? そんなお願い聞けないよ~。あたしだって、お腹ぺこぺこなんだから。それとも……キミが、あたしにセーエキごちそうしてくれるの?」

 

「そ、それは難しいかな……おさかなじゃ駄目?」

 

「やーだ♪ おさかなも好きだけど、セーエキ、あたし食べてみたいんだもん♪」

 

 元の世界では散々に魔物に絞られたものだが、この世界ではイリアス様が健在なのだ。友好的でも腹ペコの魔物に迂闊に与えたらそのままお持ち帰りコースが殆どであろう。

 

「仕方ないな……」

 

 手荒なことはしたくない。ため息一つこぼしつつテクテクと近くにあった木に歩み寄って、おもむろに殴る。瞬間、ドバゴンッ!と凄まじい音と共に木が粉々に砕け散った。

 

「どうしても戦うって言うなら、キミもこうなっちゃうよ?」

 

 と、母親譲りと最近一部で評判の笑顔を向ける。すると効果は覿面で

 

「ふ、ふぇえええええええええええんっ! こわいよぉおおおおっ!」と叫び声を上げて泣きながら逃げ出してしまった。

 

スライム娘を追い払った!

10ポイントの経験値を得た!

 

「やれやれ……」

 

 パンパンと手の木屑を払いつつスライム娘を見送る。魔物と共存していないこちらの世界では、尚の事戦う機会は増えるだろう。だが、今手にしているのは自分の体格に合わせてあるだけの鉄の剣に、布の服。この辺りは魔物が最も弱いイリアス大陸だからまだいいが、武具の新調は間違いなく早めにしておいたほうが良い。その為にも洗礼を受けなければと踵を返した時、また聞き覚えのある衝撃と轟音が森から響いた。

 

「ひょっとして……イリアス様っ!?」

 

 裏山ではなく森に落ちた事が疑問だが、疑問はひとまず置いておいて森の中を駆ける。森に住み慣れた魔物もかくやという速度で音のした方へ木々をかき分けていくと、多数の折れた木々によって視界が開ける。そして、森の奥地の開けた一角、その地面にポッカリとあいた穴の中心に彼女は居た。

 

「――アリス」

 

 一度も見たことの無い――しかし、見間違えるはずもない仲間の姿。このイリアスヴィルからずっと、アリス(イリアス様)と――二つの、記憶……!?

 

 頭が混乱する。だが、とりあえず目の前のアリスをどうにかしなければ。目立った外傷は無いが、相当なダメージを受けている様だ。だが、薬草もアイテムも医術に使う医薬品の様な職技に使うアイテムも、何も持っていない。白魔法も威力不足だろう。なら……

 

「奇跡の剣よ、神聖なる加護を!」

 

 剣技の秘奥、聖なる癒やしの力を使い癒やしの力を与える。剣から発せられた光はみるみる倒れた体に降り注ぎ、内部のダメージを修復していく。そして、大丈夫かなと覗き込むとぱちくりと目が開いた。

 

「大丈夫? アリス?」

 

 それに対し、つい仲間であった頃の感覚そのままに声をかけてしまう――片手に剣を持って。

 

「っ!」

 

 ジロジロとルカを見て、剣を目にすると途端に目を険しくし、瞬間尾で薙ぎ払ってきた。それに気がついて、慌てて飛び退くルカ。

 

「そこな人間よ……余の寝込みを襲うとは、覚悟は出来ているのだろうな!!?」

 

 目に怒りと憎悪を滾らせこちらを睨んでくるアリス。まずい、まず過ぎる……!

 

「ち、違うよ! 僕はキミを治してたんだよ!」

 

「治すときに剣を掲げる奴がこの世の何処に居る!」

 

「そういう剣技が有るんだって! ほ、ほら、体治ってるでしょ!?」

 

「巫山戯たことを抜かすな……って、何? ……治ってるだと!?」

 

 自分の体を確かめてみて、痛みが無い事に驚いている様子だ。こちらに向ける敵意が急速に困惑に変わっていく。

 

「……本当に治したのか? もう一度やってみろ。――もし変なことをすれば容赦はせぬぞ」

 

「う、うん、分かった……奇跡の剣よ、神聖なる加護を!」

 

 もう一度剣を高々と掲げると、再び癒やしの力がアリスに降り注ぎ、残っていたダメージも回復させる。

 

「うむ……嘘は言ってなかったようだな。だが……」

 

「だが?」

 

 何か不満だったのだろうか? 首をかしげるルカ。

 

「おもいっきり聖なる力ではないか! 余にこの様な不快な光を浴びせるとは貴様、舐めてるのか!?」

 

「なっ!?」

 

 折角助けてやったのに酷い言い草である。当然だがどうやらこちらの世界でもイリアス様との仲は最悪の様だ。だが分かっていても腹が立つ物は腹が立つ。

 

「今出来る中で一番効果の高い技を使ってやったんだよ! 助けてやったのに何様だ!?」

 

「何様だと!? 余こそは!……余、こそ……」

 

 段々と声が小さくなるアリス。どうやらいきなり魔王だと名乗るのは憚られたらしい。少し言い淀んだ後にそっぽを向いて「た、旅のグルメだ……」と名乗った。

 

「……」「ええいっ! そんな目で見るな!」

 

 生暖かい目で見たらまた怒られた。全くしょうがないなぁなんて思っていると、向こうも段々と冷静になったのか周囲を見渡して状況を把握しようとしている。

 

「まあいい。ところでここはどこだ?」

 

「イリアスヴィルの近くだよ」

 

「そんな所まで飛ばされたか。あの女、なんという馬鹿力だ……。それで、貴様は何者なのだ……?」

 

 強力な癒やしの力に、魔王の攻撃を避ける身体能力。これが一番疑問に思うところだろう。はたして、どんな奴なのか――

 

「勇者見習いのルカだけど……この近くの、イリアスヴィルの出身の」

 

「お前の様な見習いがいるか」

 

 ノータイムで真顔で突っ込まれた。いやまあ、確かに100%嘘だと思うのも仕方ないけど、恐らく入れ替わってしまった以上あくまでも立場はまだ勇者見習いなのだ。

 

「……いや、確かに貴様の匂いは今までで一番極上なのだが……本当に洗礼を受けていないのだな」

 

 じゅるり、と舌なめずりをするアリス。どうやら腹ペコも変わっていないようだというか、体が大きい分余計に酷くなっているかもしれない。

 

「って、洗礼だよそうだ、早く受けに行かなきゃ!」

 

「待て」

 

 時間を思い出して慌てて踵を返すと、アリスの尻尾がしゅるりと巻き付こうとする。割と本気で。それに慌てて、ルカも避ける。

 

「は、話はまた後でするから今は待って! 僕は今日洗礼を受ける日なんだ!」

 

「イリアスの洗礼など受けるな、くだらん。それにお前の精が激マズになるなどあまりに勿体ない」

 

 獲物を見る目でじっとこちらを見てくるアリス。捕食者に狙われている様で……いや、文字通り狙われているのだが、力が全盛期な分小さい体の時より迫力が段違いで思わず身震いがする。

 

「これから旅をしなきゃならないから、洗礼を受けて勇者になったほうが何かと都合が良いんだよ――っと、じゃあまた後で! 時の奔流、僕に従え!ワープ!」

 

「はぁ!? 人間が時魔法だと!? それに、そういえば余の名前も知っていたような…… まあ、残念ながらイリアスの洗礼を受けれるとは思えんが」

 

 様々な謎は有れど、これから起きるであろう事に愉快そうに笑うアリス。そして、来る時は徒歩で来たのだろう。忘れようのない芳醇な香りが残っている。それを辿り、腹が減ったなと消えていった極上の香りを追いかけ期待に腹を踊らせるのであった。

 

 

 

 




ルカさんはぱら世界を2周した記憶がありますが、まだあまりはっきりとはしていません。イメージで言うと三淫魔みたく1周目と2周目のルカさんの魂が合体したようなイメージでしょうか。
LVは60で、職業も種族も極めまくってる感じな激強ルカさんです。しかし、それでも最強でないのがこの世界の恐ろしい所……


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光と闇の腹ペコたち

 正午、大神官様の前で跪くルカ。額に聖水を付けられ、目を閉じた後に待つ。じっと待つ。更に待つ。まだまだ待つ。もっともーっと待つ。しかし、何も起こらない。この異常事態に大神官を始めとして周りの人々も騒ぎ始める。待てども待てども女神イリアスは等々降臨せず――ルカも含めて1時間もすれば皆が諦めてしまった。

 

「(向こうでは、ずっと現れなかったはずのイリアス様が降臨されて……こちらでは僕一人の前に現れず……変な運命だなぁ)」

 

 辛辣な神官の言葉を聞き流しつつ、やれやれと家へ帰る。まあ、洗礼を正式に受けられず向こうと違い様々な勇者特典は受けられないが、何とかなるだろう。こちらの僕の財布には幾ら入っているのかなと、これからの旅の算段を考えながら家に帰ると、魔王が堂々と居座っていた。

 

「ふんっ。遅かったな」

 

「イリアス様の洗礼を受けられなくてね。一時間も待ったけど現れないなんて前代未聞だそうだよ」

 

「くくく……やはりか。余にここまでの手傷を追わせたのだ、奴も相応に食らっていなければ沽券に関わるわ」

 

 実に悪い顔をするアリス。いかにも人々の考える魔王らしい表情だ。

 

「それにしても、よくこの家が分かったね」

 

「貴様の香りを辿ったからな――とそれはまあいい。……余はこれまで、殆ど魔王城から出ることもなく過ごしてきた。なのに、何故こんなド田舎の人間のお前が余の事を知っている? それに、見習いの癖に何故余の攻撃を避けることが出来た……?」

 

 アリスの疑念は一々尤もだろう。ルカは苦笑しながら頷くと茶菓子でも出そうと棚に向かい

 

「まあ、話せば長いことになるしお茶でも飲みながら……飲みながら……」

 

 ガラリと開けて固まってしまった。そういえば、今日は旅立ちの日。何もかもをも殆ど処分し、お茶っ葉すら無いのだった。綺麗さっぱり何も無い。

 

「…………」

 

 家を見渡せど、食べれそうな物も出せそうな飲み物も何も無い。そして、こころなしかアリスの視線が辛い。ついでに、腹の音が怖い。

 

「…………どうぞ、つまらない水ですが…………」

 

「つまらない物と言われて本当につまらないものを出されたのは余も初めてだぞ。白湯ですら無いのか……」

 

「薪すら無くて……」

 

 恐ろしく不満そうに鼻を鳴らすアリスは、くん、と旅の荷物の方に顔を向けた。

 

「スパイスと肉の香り……おい、何も無いよりはマシだ。そこの干し肉をよこせ」

 

「……まあ、良いけど……って、カップまで食うなよ!?」

 

「やかましい、余は腹が減ったのだ。早くせねば次はこの花瓶を食うぞ」

 

 よほど腹が減っていたのか、水を飲み干すとバリバリとカップを噛み砕いて腹に入れるアリス。そういえば、こいつは食器はおろか石ころですら齧るやつだった……! このままでは、家の生活用品が根こそぎ食べられてしまう。それを阻止するべく、急いで荷物の中から引っ張り出す。

 

「止めろよ! せめて食べられるものを食えよ!」

 

 とりあえず、こっちの僕が作った干し肉が美味しくありますようにと祈りつつ、叩きつけるようにアリスの眼前に置くと、すぐに口に入れてしまった。

 

「ん……美味いではないか。絶妙なスパイスの味付けが、肉の香ばしさを引き立てている」

 

「そうだろうそうだろう。旅の訓練として、料理の腕も磨いてきたんだ」

 

 とりあえずこっちの世界の自分の料理も目の前の腹ペコ魔王を満足させられたようで一安心だ。不味かったらどんな災厄が起きるか分かったものじゃない。

 

「ふむ、まあいい。このほしにくは前菜のつもりだったが、とりあえず今はこれでいい。喜べ、メインディッシュは必要無い」

 

「……」

 

 当然の如く、こちらの世界のアリスにとっても自分は捕食対象の様だった。向こうでもしょっちゅう絞られて、時には他の魔物との仁義なき争奪戦も……って、それは置いておこう。本題を話すために、改めて椅子に座り向き直ると、アリスもふむ、と空気を変えた。ほしにくを噛みながら。

 

「で、納得行く説明をしてもらえるのだろうな?」

 

「……相当に突拍子もない話だけど……」

 

 

 

「平行世界……そこで、小さくなった余や他の魔物たちと一緒に旅をしていたぁ!?」

 

「まあ、普通信じられないような話だよね……」

 

 簡潔に話した内容だが、自分でも突拍子の無さ過ぎる話だと言うのは分かっているのかルカも乾いた笑いが出る。しかしアリスの方はと言うと笑い飛ばすことも全否定もせずに深く考え込んでいる。

 

「……確かに、どんな夢物語だと笑い飛ばす様な話――にしては、貴様の出す単語に看過できない、貴様の立場で有れば知り得ない物が多過ぎる。こんなド田舎の少年が知る筈の無い話ばかり……おまけに、確かに今日イリアスの洗礼を受けに行った見習いが、余の傷を治し人には習得すらが困難な時魔法を苦もなく操る。それ自体が、貴様の話と同レベルのおかしさだ」

 

 ルカの居た世界では魔導革命(ルネッサンス)が起きてそのへんの子供すら単純な魔法が使えるようになったが、こちらの世界では魔術自体が既に取得難易度が高いのだ。そもそもからしてあの女神様は魔法を好かない事でもあるし。

 

「まあ、いい。貴様が嘘を言っているようにも思えぬし、話はいくら捏造出来ても実力は偽れん。何より貴様自身が混乱しているようだし、まずは言っていることが正しいと受け取っておこう。それで、貴様はこれからどうするのだ?」

 

「当然、旅に出るよ。元の世界に戻らないといけないし、世界を救わないといけない。それに、こっちの世界では人が魔物を恐れているみたいだ。向こうとは起きている問題は違うだろうけど……それでも、同じ様に助けたいと思ってる」

 

「そうか……。薄甘い理想論では無く、貴様は然と未来を見据えているのだな」

 

 キラキラと憧れる少年の顔などではない、使命感に満ちた戦士の顔。それを見ると、夢物語だと貶す言葉も浮かんでこない。何せ目の前の少年が居た所はこのイリアス大陸ですら人と魔物が共存していたようなのだ。しばらくじっとルカを見つめるアリス。

 

「……余も、その旅に同行してみるとしよう。貴様と一緒に旅をするならよもや退屈もしまい」

 

「うん、それは良いんだけど……魔王の仕事とかは大丈夫?」

 

「うむ、そんな物は狐共に丸投げすればよい。そんな事より、全ての魔物を統べる魔王が世間のことを知らずに引きこもるほうが問題だろう。だから、見聞を広めるために世界を一度見てみる事にしたのだ」

 

「なるほど」

 

 確かに、さっきはずっと住居から……つまり魔王城から出ることも無かったと言っていた。

 

「僕も仲間ができて心強いよ。それじゃあ……これからよろしく」

 

「うむ、しかと余の世話をするのだぞ」

 

「……」

 

 そういえば、向こうでもやることは味見と食事位だった。ひょっとして、穀潰しを連れ回すことになるのか……?などと遠い目をするルカ。まあ、話す時間は幾らでも有る。この家でずっと話すことも無いだろう。

 

「それじゃあ、僕は村の挨拶回りと、食材の買い込みをしてくるからアリスは村の北で待っててよ。出る時は、裏口からこっそりでお願いね」

 

「うむ、余も無駄な騒ぎは好まんからな。食材をどしどし買ってくるのだぞ。余がどしどし食ってやろう」

 

 そう言うと、音も立てず気配も出さずに家を出ていくアリスと、苦笑して見送るルカ。そして、家の戸締まりをきちっとして知らない我が家を見渡すと、何だか久々の寂しさを感じてしまう。村を回り、食材を買い込み、最後は……お墓の前に。こちらの自分も欠かさず掃除をしているのか、周りの墓と比べてもより一層綺麗だった。

 

「母さん。僕は母さんの知ってるルカじゃないけど……それでも、僕、父さんと母さんに誇れるように頑張るよ!」

 

 知っているようで知らない、別の世界。そこでの冒険に思いを馳せ、ルカは万感の想いを込めて村を出ていくのだった。

 

 

 

 村を出て北へ向かう道中、道の横の林やら草むらやらで、ちょっとしたハーブやベリーや野草やら薬草やらを採取する。アリスも全く見たことの無い食べ物が珍しいのか、同じものを見つけてはとりあえず齧っている有様……って

 

「生で食べるのか……」

 

「とりあえず、食わねば味が分からんだろう。しかし、よく集めるな」

 

 一杯になった袋を見つめて、感心したように言うアリス。微塵も遠慮を見せずに手を伸ばしてくるが、ペシッと払うと不満そうに睨んでくる。だが無視。

 

「洗礼を受けられなかったからね……勇者特典が無い以上、少しでも節約したりお金を稼がないと。……一人食いしん坊の同行者が居るし」

 

「……何だ、その勇者特典とやらはそんなに便利なのか?」

 

 顔と話題を一緒に逸してきた。まあいいけど。

 

「うん。宿屋は格安の勇者料金で泊まれるし、お店では各種割引も有るし、一般民家を家探しする権利も与えられるし――」

 

「家探しの権利……? 勇者というのは、盗賊なのか?」

 

「いや、勇者の支援策の一環だよ。勇者は世界を回って悪い魔物を退治しないといけないからね。ハインリヒの時代以来、教会がずっと推し進めてきたんだ。それにそういう壺とかに入れてあったアイテムは税から外れるし、教会が補填してくれるから、別に民家の人たちも困らないよ。僕も先輩の勇者から、樽や箪笥はしっかりチェックしなさいってアドバイスされたんだ」

 

「何だそのシステムは!? 色々とおかしいだろう!? ……しかし、そんなそこらの民家から押収するアイテムなぞ役に立つのか?」

 

 ドヤ顔で説明すると、またも衝撃を受けるアリス。今日一日で随分とカルチャーショックを受けまくった様である。

 

「その地方の特産の食材とかも結構貰えたよ。アリスは小さい姿だったからよくお菓子もおまけしてもらえてたし……」

 

「よしルカ、民家があったら欠かさず入り、美味そうな食材を根こそぎ徴収してくるのだ」

 

「今の僕は勇者じゃないから無理だよ……」

 

「――役に立たん奴だ」

 

「洗礼出来なくしたのはお前だろ!? 後はまあ、イリアス様の洗礼を受けると加護が貰えるらしいんだけど……」

 

「うむ。洗礼を受けた者はその精が極めて不味くなるのだ。だから、モンスターに襲われることは少なくなるのだろうな」

 

「そ、そんな理由が……ああ、だから向こうの世界では普通にみんな魔物に絞られていたんだね……」

 

 納得するルカ。加護も無い上に鍛えた人間の精は、魔物たちにとってはさぞ美味しかろう。

 

「そういうわけで……洗礼を受けていない貴様は、非常に美味そうだ……」

 

 じゅるりと舌なめずりするアリス。うん、そうだよね、みんな美味しい美味しい言いながら襲いかかってきてたからね……!果たして何日無事で居られるのやらと遠い目をするルカ。まあ、3日持ったら奇跡だろう。

 

「ところで、目的地はどこだ? さっそく魔王城にでも向かうのか?」

 

「500年前ならともかく、今は無理でしょ……。手がかりは何処に有るか分からないし、ひとまずの大目標としては移動手段を手に入れることかなぁ? ……でも、オーブは元の世界の場所にあるとも限らないだろうし」

 

 実際、魔王の居る大陸にはまだ行けてないし、険しい山脈に囲まれた未踏の島も元の世界には有った。なので、空を飛ぶ手段は入手しておきたいのだ。

 

「……貴様、オーブも知っているのか」

 

「うん、6つ集めたよ。もっとも、まだ復活させる前にこっちの世界に飛ばされちゃったんだけど」

 

「……つくづく規格外だな貴様は。まあいい、ところで今日の夕食は……むっ」

 

 突然、気配を消すアリス。その原因は恐らく――

 

ナメクジ娘が現れた!

 

「……旅人ね。しかも洗礼を受けていない、美味しそうな少年……」

 

 動きの遅いナメクジ娘だ。正直、戦うどころか走って逃げるだけでもどうにかなるだろうが、放置して他の旅人が襲われるのもいただけない。

 

「ねえ、大人しく引いてくれないかな? 僕は魔物とも戦いたくないんだ」

 

 一応、説得から入るがまあ、精に飢えている魔物たちだ。当然

 

「嫌よ。あなたは、この私に餌食にされるの……。ナメクジのニュルニュル、ネバネバをたっぷり味わいながら、いっぱい射精しなさい……」

 

そんな言葉を無視してにじり寄ってくるのだ。ため息を一つつくと、またおもむろに近くの木に歩み寄って一発殴ると、ドバゴンッ!と激しく音を立てて木が粉々に砕け散った。

 

「ひっ!?」

 

「どうしても戦うなら、キミもこうなるけど……」

 

「お、覚えておきなさい……!」

 

 効果は抜群で、怯えて捨て台詞を残してそのままずりずりと逃げ去ってしまった。

 

ナメクジ娘を追い払った!

10ポイントの経験値を得た!

 

「やれやれ……」

 

 逃げるのを見送ってため息を一つ。これからまた長い旅路になりそうだが、果たして説得で引いてくれる魔物はどれくらい居る事か。

 

「魔物を脅して追い払うとは……何という勇者なのだ」

 

 やや呆れつつアリスが出てくるが、酷い言い草だ。

 

「そんな事言ったって、ここまで実力差が有ると手加減も難しいんだよ。迂闊に鉄の剣で斬ったら真っ二つになりかねないよ」

 

「……まあ、そうだな。幾ら魔物が頑丈とはいえ限度は有るからな」

 

「それより、アリスが隠れたのはやっぱり魔物とは顔を合わせられないから?」

 

 向こうでは共に戦っていただけに、一人での戦いは妙な寂しさを感じる。だが……

 

「うむ。魔王たる余が魔物が人間にやられている所をただ側で見ているだけ――という真似は出来ぬからな。今後も手助けをすることは無いと思え」

 

「そっか……そうだよね。うん、分かった」

 

 少し寂しいが仕方がないだろう。世界が違えば、立場も常識も違ってしまう。自分も、こちらの世界では勇者ですら無いのだ。

 

「……ところで、夕食は何なのだ」

 

 そしておもむろに感慨をぶち壊してくる魔王であった。

 

 

 

「ごちそうさま~!」

 

「……余は、今感動で震えている……。まさか、この様なありきたりな食材からここまでの味を引き出すとは……おい、旅が終わったら魔王城で総料理長をやらぬか?」

 

「あ、有り難いけど僕は帰らなきゃいけないから……」

 

「…………しょんぼり」

 

 トリプルコックを超えて味皇すらマスターした腕である。一発でアリスはその味と腕の虜になったようだ。

 

「さて、食後のデザートなんだけど……」

 

「何!? デザートもだと!? 勿論食べるぞ、さあ早く作れ!」

 

「作るけど、ちょっと時間がかかるからアリスは鍋をお願い。これで、ゆっくり丁寧にかき混ぜて焦げ付かせないだけでいいから」

 

「う……む……中身は、ローズベリーか。煮詰めるのか?」

 

「うん、それでソースを作るんだ。焦げ付いたら台無しになるからしっかりかき混ぜてね」

 

「……責任重大だ……まさかこの様な試練が降りかかるとは……邪神様、どうぞ余をお導き下さい……」

 

 ただ鍋をかき混ぜるだけでなんて大げさな奴なんだ……って、そういえばアリスって料理ができたっけ? と少々不安になりつつ、氷魔法で筒を作ると、その中に牛乳や卵やら砂糖やらを入れて、氷でまた蓋を作り、よくかき混ぜる。急速に冷やされ、また匠の技でかき混ぜられた材料は、空気を含みフワフワと口で蕩けるアイスクリームへと姿を変えていく。

 

「どれどれ、こっちは……?」

 

 ペロッと味見すると、いい具合に酸っぱく煮詰められていた。

 

「ありがとう、アリス。いい感じだよ」

 

「うむ! これからもソースは余に任せると良い!」

 

 満面の笑みで尻尾を振っているアリス。何やら自信をつけたようだ。まあ、これから料理を手伝ってくれるようになるなら助かるので良いことだろう。

 

「それじゃ、こっちも冷やして……」

 

 ソースは凍りつかない程度に冷やしてから、木皿に移したアイスに乗せる。大自然の中、即席で作ったアイスの完成である……が、何故か3人分有る。

 

「それでは頂くとするぞ♪」

 

 あむっと口に含むと、見る見る表情が蕩けていくアリス。どうやらお気に召したようだ。

 

「それじゃあ、と」

 

 アイスの皿に木の匙を添えて、天界に向けてお祈りをすr「おい、ルカ。何をやっている。食わんのなら貰うぞ!」「食べるよ! お祈りしてから!」「お祈りだと! まさか、其の3皿目はイリアスへの捧げものだとでも言うのか!?!?!?」「そのまさかだよ!」「なっ、巫山戯るな、巫山戯るなよ貴様……! こんな素晴らしいものを、イリアスに下げ渡すとでも言うのか!」

 

 魔王様、激おこである。初対面で剣を持っていた時よりも更に酷いご様子で尻尾も怒りにガラガラと震えている。このままでは2皿目も奪われてしまう。

 

「あんまりわがまま言うと、次からアリスはおやつ抜きだよ!」

 

「ぬっ!? がっ!? ぐっ!? ぎっ!? ひ、卑怯だぞ、貴様……!」

 

「戦はね、兵糧を握ったほうが勝つんだよ……」

 

 だが、食い意地の張った魔王を操ることなど簡単なのだ。ギギギギギとものすごい歯ぎしりを周囲に響き渡らせた後、ぷいっと拗ねてしまった。そして、アイスの安全を改めて確認してから、イリアス様にお祈りを捧げるルカ。

 

「(イリアス様……聞こえますか……これから、イリアス様にアイスクリームの捧げものをします……どうぞご賞味下さい……)」

 

「(えっ、ル、ルカ……あなたなのですか!? それより、何故私に念話を……い、いえ、それよりアイスクリームを捧げられても困ります……)」

 

「(ツララの砂糖がけじゃなくて、ちゃんとしたアイスクリームです。とっても、美味しいですよ?)」

 

「(えっ、ど、何処でその情報を……いえ……正しいアイスクリームですか……しかし地上の……いえ、でもルカの好意を無にするわけにも……)」

 

 何やらぶつぶつと悩んでいる様子なイリアス様。どうやら、こちらのイリアス様も同じく食いしん坊の様だ。

 

「(分かりました。あなたの献身、嬉しく思います。これからもよく私に尽くすのですよ)」

 

「(はい、イリアス様。溶ける前に、是非お召し上がり下さい)」

 

 そう念話を飛ばすと、繋がった方向へ向けて祈りを捧げてついでに時魔法を発動させる。今なら、天界へ物を送る程度は出来る気がした。目の前で、スッとアイスが消える。

 

「これで良し……さて、僕の分も……って、ああっ!?」

 

 振り返って自分の分の皿を見れば、雫一滴残さず綺麗に平らげられていた。

 

「ア、アリス……」

 

「……いや違うのだ」

 

「何が違うのさ」

 

 じーと睨みつけると、気まずいのか目を逸らされた。

 

「……初めはほんの一口だけのつもりだったのだ」

 

「……で?」

 

「それがやはり美味くてな。ついつい手が止まらず……気がついたら皿が空になり、勿体なくて全部舐めてしまったのだ……つまり、このアイスが美味すぎたのが悪いのだと余は思うのだ」

 

「じゃあ今度から不味く作ろうか」

 

「……反省するのでそれだけは許してくれ」

 

 やれやれ、とため息をつく。新鮮な内に使い切るつもりだったのであまりの材料なんて無い。仕方ないので、もう寝ようかと火を消そうとすると――

 

ピカーッ!

 

 と、空が光り輝き、一瞬真昼の様に世界中を照らし尽くした。

 

「うわっ!?」「ぬおっ!?な、なんだこの聖なる光と波動は!? 不愉快なっ!?」

 

 アリスは何やら混乱している様だが……

 

「(ふ、ふぁああああああああっ♪)」

 

「(イリアス様……そんなに美味しかったですか……)」

 

 ルカの脳内には、ばっちり溢れ出た心の声が受信されているのだった。なお、この光は当然のごとく世界中の人間が目撃し――イリアス様の祝福に照らされた日として記念日になったとか祭りが開かれることになったとか何とか。

 




とりあえず、天使たちのほぼ全てに好評な甘いものから攻めてみるルカさんでありました
イリアス様、割と美味しいもので籠絡できそうな気がしないでもないが、ルカを巡って聖魔大戦が起きそうな気もする……


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炎の魔剣士との戦い、あるいはフラグ立て

バグなのか分からないけど冥府でグランベリアと戦ったら1回目も2回目も凍てつく波動と話しかけるしかしてこなかった……何故だ……。


「ルカ……勇者ルカ……」

 

「う……ん……イ、イリアス様っ!?」

 

 こちらの世界で再び感じる柔らかな光。特に混沌に侵されている訳でも無い分、この様に姿を表すことなど造作も無いのだろう。再びルカに語りかけてきたので、慌てて意識を覚醒させる。

 

「ルカ……あなたの先程の献身を嬉しく思います……あの様な体験は、創生以来初めての体験でした……」

 

「お口に合った様なら何よりの喜びです」

 

 世界中を旅する中で、何でも美味しそうに食べていたのだ。ひょっとして天界とは余程娯楽が少ないのだろうか。

 

「……しかし、ルカ。気になることが非常に沢山有ります……。貴方は一体何者なのですか……? この女神に、嘘偽り無く答えるのです」

 

 そしてちょっと厳しい表情を見せるイリアス様。まあ、自分の知っている情報と違いすぎるので警戒も当然だろう。

 

「あの、僕とアリスとのお話は聞こえていたりは……」

 

「……神たる私も忙しい身、全ての意識を貴方に振り向けるわけにもいかなかったのです」

 

「(あぁ、ずっと傷を癒やしていたのか……)」

 

 とりあえず、気が付かないふりだ。突っ込んだところで何も良いことは無い。

 

「えっと、それでは話が長くなりますが……」

 

 さて、どれだけの事を話そうか……。

 

 

 

「平行世界……そこで天界は地に堕ち、六祖大呪縛を受けた私と、地上の魔物たちと共に旅をしていた……!?」

 

「は、はい。大筋はそんなところです」

 

 アリスそっくりな反応で驚くイリアス様。実はあの二人かなり似ているんだろうか……? そしてとりあえず、小さくなった原因は六祖大呪縛という事にしておこう。イリアス様と敵対する未来は……正直、嫌だ。

 

「しかし、私が地上に堕ちるとは……やはり今のうちに黒のアリスとプロメスティンを……」

 

「あっ、で、でも、イリアス様はとても楽しそうでしたよ」

 

 何やら良からぬ事を考えていそうなので慌てて修正する。ちっちゃい体の時ならともかく、今良からぬことを考えられると恐ろしい事が起きかねないのはあの旅路の長い付き合いで何となく想像は付く。

 

「私が……楽しそう……? そんな、バカな。私を謀っているのですか?」

 

「ち、違います違います!」

 

 ぶんぶんと激しく首を横に振って必死に機嫌を崩さないようにするルカ。何せこの女神、沸点が低すぎる。

 

「イリアス様は、世界中の料理を美味しそうに食べてらっしゃいましたよ。体が小さくなっていたし、天使は珍しいので沢山の人からお菓子も貰っていました」

 

「……なるほど、確かに料理は興味深いですが……」

 

「それに、魔物を倒すのも楽しそうでしたし」

 

「……私は相当に弱体化していたのでは?」

 

「あ、はい。最初は確かに僕や仲間達も含めて、イリアスヴィルの周辺の魔物たちも苦労しながら戦っていたんですけど……」

 

 4人から始まった旅路、初めは試練の洞窟でまずは戦い方を覚えていったっけ。

 

「一緒に協力して戦って、成長していって、今まで倒せなかった魔物も余裕で倒せるようになる……そんな旅路が、とても楽しそうでした」

 

「……仲間……成長……」

 

 どちらも、強大な力を持って孤独であった女神イリアスには縁の無かったもの。自分の全く知らない感覚。それを体験した別の世界の自分に……微かに、嫉妬してしまった。そして、そんな様子を察するルカ。世界中を一緒に巡ったのだ。寂しがりやな所も有るのも、分かっている。

 

「あ、あの……イリアス様……イリアス様も、一緒に旅をしてみませんか……?」

 

「はぁ!? 何を言っているのですルカ!? 私が降臨すれば旅どころでは無いでしょう!?」

 

「あっ、いえ……! こう、小さいからだとか、人間の体の分身体とか作れませんでしょうかっ!?」

 

 玉藻は別の世界で思念だけで体を作ったなんて芸当をやった様だし……イリアス様なら其の程度は容易いのではなかろうか?と期待を込めてだ。……正直、このまま行くとイリアス様と敵対することになるかもしれない。自分やハインリヒを、時々寂しそうな、とても悲しそうな目で見ていた。そんな未来は、絶対に嫌だった。

 

「…………試したことは有りませんが、確かに出来るでしょう…………ですが……」

 

 とてもとても、悩んでるご様子である。

 

「ええと、世界を巡るので時間は沢山あります。もし、気が向いたら、是非来て下さい」

 

「……分かりました。では、ルカ。外界に仇為す魔物が居たら誅するのですよ」

 

 そして、意識が遠のいていく。

 

 

 

 テントから顔を出すと、清々しい空気が体中に広がる。心なしか向こうの世界よりも、空気が済んでいるような気さえするが……気の所為ではないのかもしれない。とりあえず外に出て体をほぐして、お湯を沸かす。昨日摘んだハーブも用意。自家製ハーブティーはメイドの嗜みなのである。

 

「……腹が減った」

 

 そして起き出すアリス。第一声からして既に腹ペコであった。

 

「今作るから待ってて。それまではお茶でも飲んでてよ」

 

「これは……昨日の野草から作った茶か。どれどれ……」

 

 カップを受け取ると、特に冷ましもせずに口をつけるアリス。この辺地味に頑丈さが垣間見える仕草である。そして表情からすると、どうやらお気に召した様だ。

 

「ふむ、いい香りだ……。魔王城でもハーブは育てていたが、土地が変わればまた味も香りも変わるな」

 

「その土地の美味しいものを食べ歩くのも、旅の楽しみだよ」

 

「うむ、楽しみだ! 次の街……イリアス……ベルグには、確かあまあまだんごとやらがあるのだろう。着いたらまっさきに食べに行くぞ!」

 

 イリアスのところで顔をしかめる。もう名前を呼ぶのも嫌な様だ。

 

「はいはい、そう言うと思った……って、よく知ってるね、こんな魔王城から一番離れてるような街の事」

 

「ふっふっふ。余とて無策で旅に出たわけでもない。コレを見ろ!」

 

 ドヤ顔で一冊の古い本を取り出す魔王様。というより何処にしまっていたのやら。

 

「あっ。旅行ギルド「ワールドトラベラー」の観光ガイドだ……そんなのよく魔王城に有ったね……って、ヨハネス歴867年版!? 500年前の物じゃないか!?」

 

「む……少々古かったかもしれんな」

 

「少々どころか、このガイドに載ってる町や村の半分以上はもう消えてると思うよ……うわ、これ売ったらどれだけの値段付くんだろう……」

 

「……売らんぞ、ドアホめ」

 

「まあいいけど、何でそんな古いガイドが……って、500年前……魔王……ひょっとして、アリストロメリアの……」

 

「はぁっ!? 何でそこで黒のアリスの本名が出てくるっ!?」

 

 いきなり飛び出してきた意外過ぎる名前に驚愕するアリス。というより、何度目の驚愕だろうか。

 

「500年前、黒のアリスは魔道士アリストロメリアって名乗ってハインリヒとふたり旅をしてたんだよ。凄い仲良さそうで……「待て待て待て待て!? ハインリヒは黒のアリスを討ち取ったのだろう!? 何故そうなる!?」

 

「そ、そう言われても……まだ討ち取る所までは行ってないし……そもそも黒のアリス、いやアリストロメリアは僕たちと一緒に旅をしてるし」

 

「いやいやいやいや何故そうなるっ!?」

 

「その、タルタロスを通ったら500年前のサキュバス村について、そこでたまたまハインリヒとアリストロメリアに出会って、アリスが自分の子孫って事を見破って、それで面白そうだからって僕たちに着いてきて……」

 

 うん、自分で言っていても意味が分からないなと思う。

 

「……もう、良い。一々驚くのに疲れた。とりあえず大事なことは、だ。あまあまだんごの味だ」

 

 あまりの驚愕の情報の多さに、一度思考を保留する様だ。まあ無理もないだろう。

 

「大丈夫、僕も食べたけど凄い美味しいよ」

 

「それは何よりだ! さあ、食事をしたらすぐに出発するぞ!」

 

「はいはい」

 

 作る料理は二人分、仲間がたくさん居るワイワイガヤガヤした空気は無いけれど、大人の姿で世間知らずな腹ペコ魔王様との旅は何だか新鮮で、ルカはまた何だか楽しくなってきたのだった。

 

 道中あまり魔物は見なかったけれど、道の真ん中で寝ていたマンドラゴラ娘は危ないので脇に退いてもらったり、バニースライム娘を追い払ったりしていると昼過ぎにはイリアスベルグに辿り着いた。ルカもアリスも身体能力が高い分、普通の旅人よりも遥かに早いペースで到着できたようだ。

 

「さて、向こうなら魔物の姿でも堂々と入れたんだけど……多分こっちは無理だよなあ……アリス、人間に化けれる?」

 

「人に化けるのは簡単なことだが、少々不愉快だな。何故余たる者が姿を偽らねばならんのか――」

 

「そのまま街に乗り込んだら、あまあまだんごはたべられないぞ?」

 

「く……それは困るな。仕方ない、これでいいか――?」

 

 魔王に言うことを聞かせることなど簡単、食べ物で釣ればいい。ただし食べ物が無いと途端に機嫌が悪くなるのが難点なのだが……。

 

「ああ、うん。いい感じだね。……それにしても下半身が人間の姿のアリスとか新鮮だ……」

 

 格好はものすごく破廉恥なのだが。こっちの世界のイリアスヴィルなら魔物の姿でなくても衛兵が飛んできそうだ。

 

「……それだけ、向こうでは変身する必要が無かったと言うことか」

 

「うん、そうだね。――こっちでも、そんな日が来るといいけど」

 

 イリアス様をどうやって説得しようか、なんて考えつつ街へ入って行くのだった。

 

 

 

 街へ入ると、様子がおかしい。イリアスベルグは本来活気があり、この時間帯ならば通りは人々が行き交い、とても賑やかな筈……。今までの経験と似たような状況が有るとしたら――500年前、サキュバス村にクイーンサキュバスが襲撃に来ていた時!

 

「あっちか!」

 

 幸いにも、騒ぎの場所はすぐに分かった。街中が喧騒に包まれているわけでもなく、多くの人々が家に閉じこもっているこの状況――やってきたのは、恐らく少数の強力な魔物。そしてその予想は悪い方に外れる。

 

「……なんと他愛ない。この街に、強者は一人としておらんのか!?」

 

 倒れ伏す人の戦士の中心に彼女は居た。四天王の一人、魔剣士グランベリア。

 

「そうか、本来の僕は、ここで、あいつと……」

 

 初めてうさぎと出会った時、自分に流れ込んできた微かな記憶。それが、今のこの状況なのだろう。そして、あいつに挑まなかったから――挑まなかったから――。脳裏に過るのは、天使によって壊滅させられた故郷の光景。あんな光景を、断じて生むものか。そう、燃える心のままに飛び出していた。

 

 駆け寄る間にも、更に二人の戦士が倒され、もうひとりの戦士は逃げ出した。しかし命に別状の有る者は居ないようだ。向かってくる全ての戦士に手加減をし、なお傷一つ負わず絶対者として、町の中央に君臨していた。

 

「これで全てか!? ならばこの街は魔族が占拠するが、文句は無いのだな!」

 

 街中へ響き渡る程の声で咆哮するグランベリア。この街にはもう、抵抗できる者は居なかった。一人を除いて。

 

「いや、ここに一人いるぞ!」

 

 グランベリアにも負けない声を張り上げるルカ。盾一つ持たず、鎧すら付けず、鉄の剣と布の服、そして勇気だけを持ってグランベリアの前へと歩み寄る。

 

「――その様な装備で、私に挑むか、少年」

 

「当たり前だ。勇者には、立ち向かわなければならない時がある……!」

 

 グランベリアの放つ威圧感に、一歩も引かず闘志をぶつけるルカ。装備の差は甚大。しかし、やらねばならない――引くわけにはいかない。そう決意し、剣を構える。

 

「そうか――。名は?」

 

「ルカ」

 

「そうか……腑抜けた人間しか居ないと思っていたが……まさか、こんな戦士に出会えるとは」

 

 かつて、魔王を決める戦いの時に勝るとも劣らぬ、しかし負の感情が一切混じらぬ純粋な闘志に気分が高揚するグランベリア。こちらへ向かってくる時の歩みに一切のブレは無く、勝負に備える構えには一分の隙すら無い。目の前の少年は間違いなく、己の餓えを満たし得る戦士だ。だが、それだけに解せない。――なぜ、こんな戦士がこの駆け出しの新米の様な装備を――まあ、いい。刃を交えれば分かることも有るだろう。お互いに剣を構えて、向き合う。

 

「行くぞ、ルカ。魔王軍四天王の一人、魔剣士グランベリア――いざ、尋常に」

 

「勝負!」

 

 

「(装備に差が有りすぎる! なら、少しでも他で埋めないと……!)」

 

 戦闘開始時、強化はもはや鉄則。だが、今は一対一、支援してくれる味方は居ない。ならば、自分でやるのみ……!

 

「其れは英雄の物語。世界を巡り、精霊と心を通わせ、終には魔を打ち破るに至った彼の名は――」

 

ルカは英雄譚を語った!仲間に勇気が漲ってくる!

 

「詠唱かっ!? させんっ!」

 

 心を震わせる英雄譚によって、己の潜在能力を限界まで引き出そうとするルカ。だが、そんな隙を見逃すグランベリアでは無い。石畳を砕きながら一瞬で距離を詰めると、血裂雷鳴突き・疾風を叩き込む。

 

「ぐっ!?」

 

ルカに1825のダメージ!

 

「やられてばっかりでもないさ!」

 

ルカの反撃。グランベリアに6842のダメージ!

 

「単なるカウンターでこの威力、面白い……!」

 

 お互いに体に血の筋が走るのに、グランベリアは楽しそうに笑う。だが、予想以上のダメージにルカは一切余裕が無い。

 

「(っ! 武具が無いと、ここまで辛いなんて……)」

 

 確かに、自分は強くなった。旅立ちの時とは比べ物にならない程に。だが、それは同時に強力な武具を手に入れていく旅でも有ったのだ。それを、今思い知らされる。だが――戦いは、何時も万全な状況で出来るとは限らない。やれることを、やるだけだ。

 

「月の元に春死なん――月下散華!」

 

ルカは月の元に華散らす刃を繰り出した! グランベリアに48991のダメージ!

グランベリアの反撃! ルカに583のダメージ!

 

「剣聖の秘奥義か! 素晴らしいぞ、ルカ!」

 

グランベリアは魔影流星斬を放った!

ルカに525のダメージ!

ルカに611のダメージ!

ルカの反撃! グランベリアに8124のダメージ!

ルカに498のダメージ!

ルカの反撃! グランベリアに5394のダメージ!

ルカに567のダメージ!

ルカに442のダメージ!

 

「ぐぅっ!?」

 

 一撃を受けるたびに、剣が悲鳴を上げる。攻撃が体を掠めるたびに、何の抵抗も無く刃が通る。損害は大きい。しかし、出来るのは前へと進むことのみ……!

 

「(剣の技は殆ど対応される! なら……!)」

 

「澄みわたれ、清らかなる閃き……神刀・鏡花水月!」

 

ルカは明鏡止水の必殺奥義を繰り出した! グランベリアに43655のダメージ!

 

「その技は、侍の技――そしてやはり明鏡止水の境地に至っていたか! いい、いいぞ! こんな高揚は今までで初めてだ!」

 

 知らぬ技に、対応が遅れ反撃も出来ず大きく傷を受けるグランベリア。だが、その顔は喜色に染まっていた。確かに、魔王様も今の四天王たちも強敵であった。だが、剣で、己にここまで剣戟を交わせる者は初めてだった。まるで、初めて舞踏を男性と踊る乙女の如く胸が高鳴る。

 

「現世を断つ!滅世斬!」

 

 己の剣戟を受けても、倒れない。

 

「――居合・雷土ノ太刀!」

 

 自分の知らぬ剣筋が、我が身に迫りいなし切れない。

 

 初めて、自分が本気で織り成せる二人で紡ぐ剣舞は、まるで夢の様な時間だった。――だが。

 

「竜の秘奥、受けれるか! デスバウンド!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 嗚呼――本来ならばもっと衝撃を軽減できる筈なのに。

 

「まだ、まだぁ……!神を絶ち、魔を滅ぼす――斬神斬魔!!」

 

 嗚呼――その刃は、もっと我が身を深く抉る筈なのに。

 

 剣戟において互角――だが。自分はまだ余裕が有るのに目の前の好敵手は体中から血を流し、満身創痍であるのだ。それが、どうにも――あまりにも――どうしようもなく――我慢がならない。そう思うと、気がつけば後ろに跳躍していた。そして、剣を背に仕舞うと。

 

「なっ!? 一体……何のつもりだ?」

 

 浅くはない傷を全身に負い、それでも目は心地よい闘志を湛え油断無く見据えてくる。やめてくれ、そんな目で見てくれるな――私だって、本当はお前と剣を交えたいのだ。だが……

 

「――今の私とお前の姿の差は、ただ単に装備の質の差に過ぎない。……そして、それが私には我慢がならない。ただの服は受けずとも良いダメージを防げず、鉄の剣は私の豪剣を正面から防げぬ。そんな条件で勝つなど、戦士の恥だ」

 

「……そうか」

 

 ルカも一流の戦士だ。悪事の阻止ならば兎も角、この様な真剣勝負では、やはり対等に戦いたくなる。だから、グランベリアの気持ちもよく分かった。既にボロボロになった剣を、鞘に仕舞う。

 

「ルカよ、付してお願いする。どうか、其の技の冴えにふさわしい装備を身に纏ってくれ。勝敗は――その時に付けたい」

 

 そして、あろうことか頭を下げたのだ。あの誇り高きグランベリアが、人間の戦士に。

 

「分かった、誓うよ。時間はかかるだろうけど、必ず相応しい武具を見つけてみせる」

 

「感謝する――。今日は、お前に敬意を評し引かせて貰う。この街を占拠するとすれば……お前との決着の後だ。では、また会おう」

 

 そう言うと、霞の様にグランベリアの姿が消え、辺りには静寂が戻った。

 

「ぐっ……」

 

 そして、気が抜けたのか膝を突くルカ。もはや剣を掲げる気力すら無く、患部に手を当てて癒やしの呪文をかけるが、段々と意識が薄れていく。暗くなっていく視界の中、こちらにアリスが駆け寄ってくる。心配そうにしてくれる顔も、向こうと変わらないな――などと、何故かどうでもいいことが頭に過ぎった。

 

 




気がつけば筆がノッてこんな長さでグランベリアさんが超ノリノリに……
とんでもない大きさのフラグをぶっ立てた気がする……これ、竜印とか見せたらその場で押し倒されるんじゃなかろうか。後アリスとガチで奪い合いに参戦してきたりして……


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魔王には勝てなかったよ……

1話前の更新であんなに長くと書いたら文章量的にはそこまででも無かった……
多分もんくえともんぱらを同時起動しながらダメージやらセリフやらを検証して書いてたから体感めっちゃ長く感じちゃったのかな?


「……お腹減った……」

 

 ふと目が覚めて、第一声がそれだった。これじゃまるでアリスかイリアス様みたいだなと思いつつ体を起こすと、そこは貴族の寝室にも負けず劣らず豪奢な部屋。ベッドと布団の感触もふかふかであった。そして、横から漂ってくるのは料理でもよく使うハピネス蜜の香り。

 

「あむあむ……あまい♪ む、起きたか、ルカ」

 

 そして、同じ部屋にはあまあまだんごを頬張ってご満悦の魔王様がいた。

 

「ああ、おはようアリス。運んでくれたの?」

 

「うむ。ここのおかみが泊めてくれると言うのでな。二人合わせて479万9996ゴールドの割引だそうだ」

 

「……えっ、元の世界の24倍の値段……」

 

 同じ宿な筈なのに微妙な差が有るなと首をかしげる。いや24倍は微妙では無いかもしれないがなどと益体も無い事を考えつつもぞもぞとベッドから這い出す。回復魔法をかけたお陰か、傷は大分塞がったようで動くのには支障が無い。とりあえず自分もあまあまだんごを食べようと手を伸ばすと――皿ごと確保された。

 

「……これは余の物だ」

 

「4ゴールドは僕の財布から出るんだろう。というか、おかわり頼めばいいんだしケチケチするなよ」

 

「むぅ……」

 

 不満そうに皿を戻すと、ベルで早速店員を呼び出すアリス。自分もパクっと一口食べるがいい味だ。世界が変わっても、美味しいものは美味しい。

 

 リンリンとベルが鳴り響くと、殆ど間を開けずにおかみ自らが皿を下げに来た。どうやらかなりのVIP待遇の様だ。何やらアリスは魔族ならば公爵に取り立ててやってもいいなんて言ってるが……それでいいのか魔王様。と言うかその基準だと僕はあっという間に公爵になれそうだななんて思いつつ、最後の1個のあまあまだんごを口に入れる。

 

「おや、勇者様もお気に召してくれたかい?」

 

「うん、凄く美味しかったです。……後、僕は洗礼を受けてないので勇者ではなくて……」

 

「洗礼なんて関係ないよ。勇者の資格は洗礼のあるなしじゃない、その振る舞いさ。この街であんたを勇者じゃないなんて言う奴は一人も居ないさ」

 

「お、おかみさん……」

 

 こちらの世界では、公式には勇者としては認められない。でも、人からは認められたのだ。それがまた嬉しかった。

 

「それはそれとしておかみよ、余はあまあまだんごのおかわりを所望する」

 

 そしてそれをどうでもいい事の様に無視しておかわりを頼む腹ペコ魔王様。感慨とか色々なものが台無しである。

 

「はいよ。ただまあ、最近はこのあまあまだんごもめっきり数が作れなくなってねえ……ハピネス村もあんな事になって、男手が足りないから……まあ、仕方ないんだけどねぇ」

 

「ハピネス村で、男手が足りない……?」

 

 向こうではハーピーが消えたが、男手が足りないとなると……ああ、何となく、分かってしまった。

 

「そうなんだよ。そのおかげでハピネス蜜の納品もすっかり減っちまって……あっそうだ。あんた達が行って何とかしてやりなよ」

 

「はい! どうにかしてみます!」

 

「うむ、解決の暁にはしっかりとハピネス蜜を使ったデザートを余に用意するのだぞ」

 

 向こうと同じならば、あの村に居るのはクイーンハーピーだ。その辺りの一介の冒険者では手に余るにも程が有るだろう。なら、自分が行かなければならない。クイーンハーピーは優しい人だから、話し合いで済めばいいのだが。

 

「それじゃあ、ゆっくりお休みよ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 久々に感じる、イリアスヴィルの高級宿のふかふかのソファーの感覚。久しぶりにまったりしようかと、体重を全て預ける。

 

「……しかし、あの剣だけでよもやグランベリアと互角に打ち合うとは……あんなに楽しそうなグランベリアは初めて見たぞ」

 

「えっ、アリスも?」

 

 はて、それなりに長い付き合いでは無いのだろうかと首を傾げると、アリスも微妙な表情だ。

 

「――あやつは剣に生を捧げているからな。強くはなったが、強くなりすぎて剣で打ち合える者など魔物の中にすら居なくなってしまっていた。余や他の四天王では戦い方が全く違う……。現状、餓えを満たせるのはお前だけなのだろう」

 

「そっか……」

 

 向こうの世界では、常に剣に迷いが有った。だが、こちらのグランベリアにはその様な物が無く、むしろ嬉々として迷いのない剣が向かってくるのだろう。とても苦戦しそうだ。まあ技量は自分が努力すればいいのだが問題は……。

 

「今の僕に相応しい武具、か……何とか用意しないと」

 

 隕鉄とまではいかないまでも、出来れば虹、最低でもオリハルコンの装備は欲しいところだ。そんな風に思考に耽っていると――

 

「ところで、余は腹が減った」

 

「何だよ、夜食も頼むのか?」

 

 この魔王、体が大きくなったか更に腹ペコが酷いなと考えていると――

 

「うむ、お前の体に頼むとしよう」

 

 しゅるしゅると尾が足元から這い寄ってきて――拘束された。普段より余計に力が強い。

 

「……夜食ってやっぱり……」

 

「最近人間の精を取っていなくてな。その上で貴様の極上の香りが四六時中漂ってみろ、正直辛抱が堪らんのだ」

 

 そう言うと、ルカの体がぽいっとベッドに投げ出された。覚悟を決めるルカ。

 

「さて、剣の腕は一流だが、こちらの方はどうかな……?」

 

「くっ! 僕だって、歴戦のバトルファッカーなんだ……そう簡単に屈したりしないぞ!」

 

 もぞもぞと服を脱がせてくる。だが、ルカとて散々にポケット魔王城で絞られ、バトルファッカー達との戦いを制してきたのだ。易々とは、負けない!

 

「ほほう、それは楽しみだ……」

 

 既に大きくなった物を前に、舌なめずりしながら笑う魔王。以下ダイジェストでお送り致します。

 

 

「ふふふ、これならどうだ?」「くくくくく……それなりに耐えるではないか」「バトルファックで勝ってきた? 相手をイかせたことは有るのか? 耐えるだけで勝ったとは情けない。それを勝ちとは言わんのだ♪」「ほらほら、もう余裕がなくなってきたな?」「人間にしてよく耐えたと褒めてやろう。だが、もう終わりだ♪」「ほぅ、1回程度では萎えもしないか……これは一晩中楽しめそうだ♡」「こんな美味な精、初めてだ……これは止まらぬ…♪」「んくっ……たまもめ、余にこんな楽しみを教えぬとは……後でやつのあぶらあげを全て激辛にすり替えねば」「ほらほら、もっと出せ♪快楽なら幾らでも与えてやるぞ♪」「こんなに出しても全く薄くならぬとは……ふふふ、これからが楽しみだ♪」

 

 もし、ルカのHPが低くすぐに逝ってしまったならそれなりの回数で終わっただろう。だが、今のルカは耐久力もとても高く、嫐りがいの有る獲物でありなおかつ、精の味は極上なのだ。なので――

 

「ふ、ふわぁああああああっ!?」「勇者は……ま、魔王なんかには絶対に負けない…ああぁぁぁぁ……」「だ、だめぇ……」「あひぃぃいいいいいいっ!」「ゆ、許してぇ……」「もう出ないぃ……」

 

 アリスが初めて餌食にする楽しさと興奮も相まって、日が高くなるまで散々に犯され空っぽになるまで搾り取られてしまったルカであった。

 

 

 

「…………昨日はお楽しみだったね」

 

「うぐはっ!?」

 

 ルカの精神に会心の一撃! まあ、横の魔王様がつやつやニコニコ上機嫌で、男の方が幽鬼の如くげっそりしていれば誰にでも分かろう。更には幾つもの風呂敷包みを受け取っているのだ。まだまだ食い足りないらしい。

 

「じゃあ、また来なよ。あんたらなら、何時でも大歓迎だからね」

 

 おかみの見送りを受けて、街中へ繰り出す。さて、物資の補充に情報収集もしなければ。

 

 

 グランベリア襲撃の翌日だけ有って、街中はその話題で持ちきりだった。道を歩けば何度も声をかけられ、店に寄れば大幅に割引をしてくれた。それにかこつけてアリスがあれこれ味見をしまくったのはご愛嬌と言ったところか。まあ、食材は良いのだ。問題は装備だ。昨日の戦いで、服は完全に駄目になり靴もボロボロで捨てる羽目になった。

 

 とりあえず武具屋に入ると、品揃えは向こうの世界より余程良かった。まあRPGで無いのだから当然なのだがいきなり龍鱗の鎧さえ売っているが……体格が合わない。

 

「……僕だと特注サイズになっちゃうのかぁ……」

 

 地味に体格にコンプレックスが有るルカだ。重鎧さえ着こなせるとはいえ、サイズが合わないのはどうしようもならない。

 

「ふむ、だがこの手の鎧だと動きが阻害されないか?」

 

「まあその辺は何とか出来るよ。色々な職業も経験したし」

 

「……器用な奴だ」

 

 呆れ半分感心半分なアリスを横に、色々と見て回るが、良さそうなのは――

 

「あっ、これは……」「むっ」

 

 見覚えのある作りの品。生産地は――エンリカ。

 

「おっ、さすがは勇者、見る目があるねぇ。それは特別な製法で作られた服さ。……地味だけど」

 

「まあ、僕は勇者じゃないので見た目よりも性能で選ぼうと思います」

 

 苦笑しながら、服やら靴やら、エンリカ産で一式揃える。これならば、激しい動きをしても破損することは無いだろう。

 

「まいどあり! これかもぜひご贔屓に!」

 

 武器の方は、鍛冶屋で応急修理をして貰う。さて、とりあえずで使える武器は無いかと探すと……

 

「おい、ルカ。武器の事だが、後で渡すものが有る」

 

「えっ、アリスがくれるの?」

 

 こんな事初めてだなと思いつつもそれに従う。準備は完了、さて次は何処に行こうかと街の出口へ行くと……

 

「ふふふ……見付けたわ、私だけの勇者様……!」

 

「こ、この声は……!?」

 

残念なアミラが現れた!

 

 向こうの世界でもおなじみ、残念モンスター筆頭残念なラミアである。役には立つが残念なので彼女との会話は省くと、この辺りで魔物の盗賊団が暴れているらしい。しかもヴァンパイアやドラゴンも参加しているのだとか。西のイリナ山地に居るらしい。

 

「妙だな……ドラゴンにヴァンパイア……その様な強力な魔物がこの不愉快な名前の大陸で活動しているとは知らんぞ……?」

 

「僕の知ってる流れなら訳が有るんだけど……って、そういえばあの子達はどうやって流れてきたんだろう……」

 

 疑問に首を傾げつつとりあえず西へ向かうとするルカ。

 

「ドラゴンやらヴァンパイアやらが居るそうだが……まあ今の貴様なら平気か」

 

「うん、クイーンクラスが一斉にでもかかってこない限りどうとでもなるよ」

 

 正体は既に知っているし、クイーンヴァンパイアやら黒の三貴やらも撃破している身。仮にちびっこたちが全員大人な状態でも何とかなるだろう。

 

「さて、先程の話だが……貴様にこれをやろう」

 

 と、荷物から取り出したるはあまりにも禍々しい姿の剣。

 

「うげっ!? 何だこれっ!?」

 

「堕剣エンジェルハイロウ――この世に一本しか存在しない、極めて貴重な剣だ。今後の戦いではこれを使うといい」

 

「た、確かに物凄そうな剣だけど……オーバーキルにならない?」

 

「だから、それを解消するための剣だ。その剣には天使の怨念が込められており、聖素の含有率が極めて高いのだ。その効果により魔素を消散し、生骸から引き離すという効果が得られる――」

 

「え、えっと……つまり?」

 

「分かりやすく言えば、その剣で致命傷を与えられたモンスターは、一時的に退化した姿、言わば封印状態になると言うことだ。まあ、この剣を使えば貴様の感情が昂ぶった時でも魔物や人間を斬り殺すことはあるまい」

 

「人間にも効果があるんだ……」

 

 受け取ってしげしげと眺める。さり気に色々な負の感情が流れ込んできて正直怖い。

 

「そら、早速試してみろ」

 

 と、アリスがコソコソと姿を消す。地面から出てきたのはミミズ娘だ。話しても引いてくれなかったので試しに速攻で瞬剣・疾風迅雷をぶち込んでみると明らかなオーバーキルなのに、死ぬこともなく小さなミミズになってしまった。

 

「おおおお……これは凄い……ありがとう、アリス!これなら本気で剣を振るえるよ!」

 

「喜んでもらえたようで何より……なのだが、もう此奴を止めるには四天王クラスですら二人掛かりでないと確実に止められないのでは……」

 

 悩ましげな顔をしつつ、とりあえず旅路は続く。西へ西へほんの数時間歩くとイリナ山地に到着する。

 

「さて、このだだっ広い山地から盗賊を見つけるのは大変なのだが……場所はわかるのか?」

 

「うん、北の方に洞窟が有る筈……って、あ」

 

 ダダダダダッと足音が聞こえてくると、アリスも急いで姿を消す。やってきたのは見慣れた顔だ。

 

「やい! 金目の物を置いていけ!」

 

「キミが、魔物の盗賊団?」

 

「いかにも! ボクは盗賊団四天王の一人、ゴブリン! 分かったら早く金目の物を出しちゃえ~!」

 

 うん、メンバーは向こうの世界と変わってないようだ。

 

「うーん、僕は盗賊団を退治しに来たから無理かなぁ」

 

「えええ……? そんなに弱っちそうなのに……?」

 

「……」

 

 あ、ちょっとカチーンと来た。ふふふ、どうやって実力の差を思い知らせてあげようか……なんてちょっと悩んでいると

 

「ぼーっとしてていいのか!? いくぞ、土の奥義、サンドハリケーン!」

 

 と目つぶしを仕掛けてきた。何の苦もなく避けるルカ。

 

「…………」

 

「……それだけ?」

 

 じわぁとゴブリンの目に涙が浮かぶが、何とか気を取り直した様だ。

 

「ま、まだまだぁ! 行くぞ、必殺アースクラッシュゴブリン!!」

 

 大金槌を振り上げて、よたよたとこっちへ向かってくる。隙だらけでどうとでも出来そうだが……

 

「てやぁー!」

 

ゴブリン娘の攻撃!ルカに1のダメージ!

 

 大金槌の一撃を受けても微動だにしないルカ。ゴブリン娘は目をパチクリとさせた後、プルプルと震えて涙目になる。

 

「ふ、ふぇえええええええんっ! ば、化け物だああああああっ! 怖いよぉおおおおおおおおっ!」

 

ゴブリン娘を追い払った! 30ポイントの経験値を得た!

 

 

「……ひょっとして、全部あんな感じなのか?」

 

「うん、四天王って言ってたし全部あんなちっちゃい子達で間違いないと思う」

 

「…………やれやれ」

 

 ため息を一つ付くと、アリスが後ろについてくる。洞窟の入口に立つと、ひくひくと匂いを確かめる。

 

「……余はここで待っている。とっとと終わらせてくるといい」

 

「うん、すぐに終わるよ」

 

 

「ふふっ、来たわね。このあたし、水のラミアが相手をしてあげるわ!」

 

プチラミアが現れた!

 

 出てきたのは案の定、ちっちゃいプチラミアだ。思わず生暖かい目をしてしまうルカ。

 

「な、何よその顔は!? 私に巻き付かれてもそんな顔が出来る!?」

 

 とりあえず近寄ってきて、ぐるぐると巻き付いてくるプチラミア。さてどうしたものかなと、ルカはとりあえず両手に氷の力を宿して、ピタピタと首筋を撫でる。

 

「ひゃああっ?! 冷たいっ!?」

 

 ビクビク震えて涙目になりながらも、必死で巻き付き続けるプチラミア。そして、母親譲りの嗜虐心がむくむくと湧き出てしまったルカ。

 

「へえ、何処まで耐えられるかな……? ほーら、冷たいぞ~」

 

 おでこやらお腹やら尻尾やらをペタペタ触ると、プチラミアの目からポロポロと涙が溢れる。そしてとうとう、ルカの拘束を解いてしまった。

 

「……ふぇーん! 冷たいよー! 酷いよー! 覚えてなさーい!」

 

 そうしてプチラミアは泣きながら逃げ去ってしまったのだ。

 

プチラミアを追い払った! 35ポイントの経験値を得た!

 

「さて、次は……」

 

 何事もなかったかのように奥へ進むルカ。そしてほんの少し歩くと……

 

「くくく……『土のゴブリン』に続いて、『水のラミア』を倒すとは中々のもの。しかし我は、そうは簡単にはいかんぞ!」

 

ヴァンパイアガールが現れた!

 

「我は闇の貴族にして、魔の眷属――そして四天王の一人、『風のヴァンパイア』。くくく……今宵の餌食はお前のようだ……」

 

「……ヴァンパイアの得意属性は雷だよ?」

 

「……えっと、風の方が四天王みたいで格好いいかなって我は思うのだ」

 

「それで風の力が使えなかったら逆にかっこ悪いんじゃ」

 

「…………ぐすっ」

 

 いきなり涙目になってしまった。

 

「え、ええい! ヴァンパイアだって風っぽい事は出来るのだ!」

 

 そう言うとヴァンパイアガールは無数のコウモリに変化して、こっちへ襲いかかってきた。だが……

 

「僕も同じことが出来るんだよね」

 

 ルカも体を無数のコウモリに変えて、ヴァンパイアガールのコウモリを迎撃する。動きの差は明らかで、ルカのコウモリがヴァンパイアガールのコウモリをペチペチといじめている感じだ。

 

「な、なななななっ!? お前もヴァンパイアだったのかっ!?」

 

「ふふふふふ……僕こそ夜の帝王、フォールエンジェルのルカだ!」

 

 などと片目を抑えドヤ顔ポーズを決めてみる。

 

「か、かっこいい! ……じゃなくて、そんな奴に勝てるわけないのだ…… うぇーん! うぇーん!」

 

ヴァンパイアガールを追い払った! 40ポイントの経験値を得た!

 

「……ちょ、ちょっと悪ノリしすぎちゃったかな?」

 

 流石に反省しつつ、更に奥へ。そして現れたのは予想に違わず……

 

「わはは、よくここまで来たな!」

 

ドラゴンパピーが現れた!

 

「うん、とりあえず盗賊は止めてくれないかな?」

 

「お断りなのだ! がおー!」

 

ドラゴンパピーは口からぼわっと炎を吐き出した! ルカにダメージを与えられない!

 

「……う、うが?」

 

 炎ダメージ無効のアビリティを先に付けていたお陰で、炎属性のダメージは完全に効かないのだ。そしておもむろにドラゴンパピーに近寄ると、頭にチョップを落とす。

 

「う、うがぁ……痛いのだ……炎も効かないのだ……」

 

 頭を抑えて、涙目でその場にこてんと転がるドラゴンパピー。もはや反撃する気力も残っていないようだ。

 

ドラゴンパピーをやっつけた! 45ポイントの経験値を得た!

 

「さて、と」

 

 勇者の仕事はただ戦いに勝つだけではない、その後の始末もきちんと付けないといけないのだ。さてどうするかと振り返ると、そこには後ろにちびっこ3匹を引き連れたアリスが来ていた。

 

「あっ、連れてきてくれたんだ」

 

「うむ。散り散りになって逃げられても他の魔物に食われるかもしれんからな」

 

 後ろの様子を見れば、みなぐすぐす泣いている。どうやらこっぴどく怒られたようだ。

 

「えーと、一応聞くけど他の団員はいないよね?」

 

「いないのだ……」「全部で4人だけ……」

 

 ぐずぐずと鼻を啜りながら答える少女たち。4人縮こまって逆らう気力も無いようだ。

 

「それで、どうするのだ? 売るのか?殺すか?犯すか?食うか?」

 

「そんなの……やだぞ……うわーん!」「……ひぐっ……うぇぇぇん!」「うぇーん、うぇーん……」「わーん、わーん……」

 

 そして大泣きしてしまう4人。

 

「……ひょっとしてアリス、今まで叩きのめしてきた魔物相手にそんな事を……」

 

「しとらんわドアホ!」

 

「僕だってしないよ! そんな事したら勇者失格じゃないか!」

 

 やれやれと、泣いてる少女たちに向き直ってあやす。

 

「とりあえず、イリアスベルクの人たちに謝りに行こう。いっぱい迷惑をかけたんだから……分かったね?」

 

 こくこくと頷く4人だが、アリスは訝しげだ。

 

「……大丈夫なのか?」

 

「僕も一緒に謝ってあげるから。アミラとか、普通に受け入れられてたでしょ? それに、乱暴されそうになったら僕が守ってあげるし」

 

「……まあ、貴様がそう言うのなら」

 

 そして、それからの流れは元の世界の歴史と同じ。広場の真ん中で謝ると、街の人達も許してくれたようだ。それぞれが働ける場所に引き取られていく。

 

「ふむ……意外だったな。人間の心にも、まだまだ魔物を受け入れる隙間はあったと言うことか」

 

「うん、良かった。向こうと状況がぜんぜん違うようだから。でも、アミラが受け入れられてたから何とかなるかなって」

 

「ならなかったらどうするつもりだったのだ?」

 

「……その時は面倒をみようかなって。時魔法で、後から魔物への偏見が少ない地域に送るとか」

 

「……何とかなって良かったな。子供の御守りは真っ平だからな」

 

「うん」

 

 さて、次はハピネス村へ行こうかと考えていると、くいくいとドラゴンパピーに腕を引かれた。

 

「お前には、とってもお世話になったのだ。だから、これをあげるのだ」

 

 そして差し出されたのは……なんとレッドオーブだ!

 

「うええっ!? こ、これ、一体どこで……!?」

 

「まさかこんな所に有るとは余も想像をしていなかったぞ」

 

 何やら、数ヶ月前に大富豪の荷馬車から転げ落ちたらしい。これは偶然なのか、それとも……

 

「ありがとう。大切にするよ」

 

 手を振って見送るルカ。とりあえず、この街でやることは終わっただろうか。

 

「……別の世界とやらでも、あやつらが持っていたのでは無かったのか? だから退治しに行ったのでは?」

 

「向こうだと、ヤマタイの村の近くのエルフの姫が持ってたんだよ。その大富豪が、エルフの姫に売ったのかな?」

 

「ほう、エルフの姫……ん? 確か酷いひきこもりだと余は聞いたのだが……」

 

「なんか、僕が気に入られちゃったみたいで」

 

 あれは凄かった。とんでもない量のお宝を貢がれてしまって流石にたじたじだった。そして微妙なルカの表情を察して何も言わないアリス。

 

「では、次はハピネス村に行くのだな?」

 

「うん。問題が起きてるのなら放ってはおけないし」

 

「ハピネス蜜の産地か……問題を解決すれば、当然礼も出るだろう。くくっ、楽しみだ……」

 

 早速、次の食べ物の事を考えているアリス。相変わらずだなあと苦笑をすると、二人は街を出ていくのだった。




ルカさんがアヒるのはもはや宿命(確信)
いくら耐久力が高くても攻撃力が0では勝ち目など無いのだ……
コラボでバトルファック系の主人公たちから技を教えてもらえればあるいは……?


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魔との交わり、人との交わり

 ハピネス村への旅路も当然ながら順調に進んだ。途中で狼娘やらオーク娘やらミツバチ娘やらが出てきたが、全て話し合いが決裂した次の瞬間一刀の元に切り捨てられて封印されている。もはや何の障害にもなっていないのだ。

 

 そんなこんなで道程を数時間で軽く踏破し、ハピネス村に到着したのは昼頃。そこはのどかで平穏な農園で、おばさんや娘さん達が、養蜂やその他の農作業に精を出している。そう、女性だけで。男手が足りないのか、力仕事は大変そうで更には人手も足りないのかみんなが汗水流している。

 

「……ねえ、アリス。やっぱりこっちの世界でも、先代のクイーンハーピーの時代は戦争が起きてたの?」

 

「知っていたか。ああ、その通りだ。先代のクイーンハーピーは血に餓えたかのように戦争を繰り返し、外敵を排除したが同時にその数を大幅に減らしてしまったのだ」

 

「やっぱり……」

 

 少なくなった個体数に、更に厳しくなった魔物への目、それに魔姦の禁。これだけ条件が揃えば、自分でも何が起きているのかが分かる。

 

「おや、旅の人かい。随分とお若いねぇ……せっかくだけど、この村には旅人が喜ぶようなものは何も無いよ。名物のハピネス蜜も、人手不足で採る量がめっきり減ったしねぇ……」

 

 こちらに気がついた一人のおばさんがこちらに話しかけてきた。ルカが返事をしようとしたその時だった。

 

「わぁぁぁぁぁ――!!」

 

 不意に、年若い男の子の悲鳴が響き渡ったのだ。

 

「いきなりっ!?」

 

 声のした方へ慌てて駆けていくと、そこでは一匹のハーピーが男の子を連れ去ろうとしていた所だった。

 

「うわー! たすけてー!」

 

 ジタバタと暴れるも、ハーピーに掴み上げられて全く逃げられない様だ。

 

「ねえ、その子を離してくれないかな? 無理やりは良くないよ……」

 

 事情は分かるだけに穏便に済ませたいけど、彼女たちは彼女たちで種族の存亡がかかっているのだ。当然……

 

「そうねぇ……あんたの言う通り、この子は離したげる。その代わり、あんたをさらっちゃおうかなー♪」

 

 少年を離し、代わりにこちらに狙いを定めてくる。

 

「えへへ……さっきの子より、あんたの方が素敵……♪ 巣に連れ帰ってたっぷり子作りしよっと♪」

 

「くっ……仕方ないか!」

 

 とりあえず軽く剣の峰で叩くと、「きょ、今日はこれくらいにしといてあげる!」とそのまま逃げてしまった。それを見送り、集落の方向に大体の当たりをつける。

 

「ちょっと、どうなったんだい……?」「ハーピー、旅の人が追い払っちゃったの? すご~い!」

 

 すると、追い払う所を見ていた村人たちがたちまち僕を取り囲んできた。やはり、ほぼほぼ女性だけしか居なかった。

 

「ふむ……ハーピーを追い払うとは、なかなか腕の立つ若者よ」

 

 そして奥から出てきたのは――向こうでも見覚えがある、村長の奥さんだ。自己紹介されるも、アリスは非常に不機嫌だ。

 

「ふん……子供が攫われそうになっても、見捨てて家に閉じこもるような奴が村長代理か。いや……一人として、子供を助けようとした者は村にいなかったな」

 

 その言葉に、村人は皆目を伏せて何も言えない。

 

「……アリス、魔物と違って人間は女性の力は弱いんだよ。それに、頑丈さだって敵わない。だからこそ、戦うために生涯を捧げる勇者が世界を巡って魔物と戦う様になってるんだ」

 

「…………ふんっ」

 

 不機嫌そうに顔を背けてしまった。やっぱり世界が違えば、アリスの考えも色々と違うのだろう。それが少し寂しかった。

 

「さて、旅人よ。お主の腕を見込んで、頼みがあるのじゃが……」

 

「ははは……そら来たぞ、勇者サマ。例によって、村の厄介事を押し付けようとする魂胆らしい」

 

 老婆はむっとした顔をするも、話を続けた。

 

「お主もお気付きだろうが、この村には男性がおらぬ。さっき見た通り近隣に住むハーピーが片っ端から男性を攫っていくからなのじゃ」

 

 その言葉に、自分の家族が攫われたと次々に言い募る女性たち。

 

「それで、さらわれた男たちは、どうなっているんですか……?」

 

「分からんのじゃ……帰ってきた者はおらんからのう。奴隷のように働かされておるか、餌にでもされておるのか……」

 

 攫われた側からの連絡は一つも無し、とは。ルカは全力で頭を抱えたくなったが、とりあえず平静を装う。そして、頼み込んでくる村人に自分たちで何とかしろとバッサリ両断するのはアリスだ。自分としては頼みを聞くのも問題ないのだが……

 

「ふん、良かったな。こいつは強い上にお人好しだから魔物退治でも何でも行ってくれるようだ。そんな風にして、お前たちはいったい何人の旅人をハーピーの巣に送り込んだのだ?」

 

 嫌な予感はしたが……

 

「これまで七人の方が、ハーピー退治に向かいましたが……誰も帰っては来ませんでした」

 

「ほぉれ、見ろ。この連中は、そのことを言わなかった。みろ、こいつらの卑しい性根を。魔物を退治してくれたらもうけもの。ダメだったら、また別の旅人を差し向ける――そういう魂胆なのだ、この村の連中は」

 

 アリスの言葉は、グサグサと村人たちの心をえぐっているようだ。どんどんと沈痛な面持ちになっていく。誰も、何も言わない。いや、言えないようだ。

 

「余が保証してやろう。ハーピー共の振る舞いも目に余るが、貴様達も相当の悪党だ」

 

 流石に、これ以上はいたたまれなさ過ぎる。向こうでは、あんなに仲良く暮らしていたのに。そう思うと、更にとても悲しくもなった。

 

「……もういいよ、アリス。勇者は人々のために戦うためにいるんだから」

 

 困っている人がいる、世界に危機が有る、託された思いがある――戦う理由なんて、それで十分なのだから。

 

「……お人好しのドアホめ」

 

 そう、アリスがため息を付いた時だった。

 

「……あ、あたしも行くよ!」「……わ、私も行きます!」

 

 一人のおばさんが声を上げると、次々と他の村人たちも賛同する。本来なら危険ならば止めさせるべきなのだろうが……アリスの目は、やらせろと語っていた。ぐっと、静止の声を飲み込む。結果、ルカが群れの長をなんとかし、混乱したら村人たちが突っ込むという流れになった。

 

 

 

 行動開始は夕方、それまでにはまだまだ時間が有った。村人たちは、家に置いてあった武器やら農具やらの手入れをしている。護衛も兼ねて、村の中でぼーっとしていると、軽くほしにくをかじり終えたアリスがこちらへとやってきた。

 

「人間とは利己的で、弱者を平気で踏みつけにする。自身の欲を何よりも重んじ、そのために他者を虐げる……人間はそういう生物だと思っていたのだがな」

 

 村の女性達が襲撃の準備をする光景を眺め、アリスはため息を吐く。

 

「勿論そういう人だって居るけど、人間全部がそういう訳でもないよ。……それは、魔物だって同じじゃない?」

 

「――否定はできん」

 

 目を伏せるアリス。……こっちのアリスは、こんな事を思っていたなんて。昔、余程のことがあったのだろうか……?

 

「貴様は向こうの世界とやらとでも、こんな事をしてきたのか?」

 

「うん、色々と手助けをしてきたよ。人の困り事も、それに魔物の困り事も」

 

「――向こうの世界は、人と魔物が共存できているのではなかったのか?」

 

「共存は出来ていても、それなりに問題は起きるよ。ただでさえ向こうは天変地異や異変が世界中で起きてたし。それに、人同士だって争うし――魔物同士だって、争うし。そういう問題、アリスだって知ってるんじゃない?」

 

「…………」

 

 気まずげに、目を伏せるアリス。どうやらこちらでも魔物同士の争いは絶えないらしい。

 

「――それに、自分で解決できる問題ならそうすべきだけど……どうしたって、無理な人は居るんだ」

 

 今でも後悔するのは、あのラダイト村の出来事――。あの村の女性達は、明らかに助けを求めていた。なのに、何も出来なかった。淫魔へと変わったあの少女の悲しみの叫びが、今も胸の奥で抜けない棘の様に心を刺し続けてくる。

 

「人だけでないよ。魔物だって同じさ……。例えばハーピー族って一口に言っても、種族によって強さは違うでしょ?――先代クイーンハーピーの時代、すずめ娘達の扱いはどんな感じだったか知ってる? 戦う力が弱いから肩身が狭くて、奴隷のように扱われていたって。……彼女たちは、力が弱いから――自分でどうにか出来ないから――奴隷になるしか、無かったのかな?」

 

「…………」

 

「まあ、魔王にだって立場が有るのは分かるよ。……人間だって同じさ。地方自治とか独立性とか……偉い人程理由があって動けない事も有るみたいだし……」

 

 ラダイト村やマギステア村など、問題は分かっていても動けない、助けられない。そんな大人の都合も有るのだと、あの旅で知った。――だからこそ

 

「――だからこそ、助けられる人たちは助けたいんだ。勇者として――思いを託されたものとして――」

 

 初めは父の背を追って、人々を助けようと無邪気に村を出た。それから様々な出来事に巻き込まれ、成長し、今では世界中の人や魔物から勇者として認められて、そして比喩ではなく世界の命運がその双肩にかかっている。あまりの重みに、押しつぶされそうになる時もあるのだけれど――

 

「そうか、貴様を動かすのは強烈な使命感か……」

 

 真っ直ぐに突き動くその姿に、アリスは力強さと微かに危うさを感じ取り……そして、羨ましさを持ってしまうのだった。

 

 

 夕刻、ルカと村の女性達は揃って東の森へと出発する。向こうでは村のすぐ隣に集落が有ったものだがこちらはやや離れている様だ。集落へ向かう森の中、他の魔物にも襲われないように護衛をし、いよいよ側へとたどり着く。

 

「じゃあ、僕が先に乗り込んで長をどうにかしてきます。ハーピー達が混乱し始めたら、動き出して下さい」

 

「ああ、気をつけなよ! 危なくなったらすぐに引き返してくるんだよ!」

 

「もし僕がダメだったらその時は逃げて下さい。じゃあ、行ってきます!」

 

 勿論負ける気など毛頭無いが、一応言っておく。アリスを含め村の人々に見送られ……ルカは一人集落へと潜入していった。

 

 

 さて、本来ならばハーピーの里の住民を全て叩き伏せる事だって今のルカならば出来るだろうが、彼女たちを知っているとあまりにもやりにくいし、クイーンハーピーの人柄も知っている。なので出来る限りバレないように気配を消す。事前の話通り、この時間帯には殆ど外にハーピーは出歩いていないようだ。こっそりとひときわ大きな樹に向かい、わざと音と気配を出す。すると、すぐにその気配は近付いてきた。

 

「……誘われた様ですね。こんな時間にどのようなの御用でしょう? まあ、察しはついておりますが……」

 

「さらった人たちを返してほしいんだ……と言うか、せめて連絡の一つでも村に伝えて……こんな事をしていたら、人と魔物の関係が余計に拗れちゃうよ」

 

 とりあえずは、説得である。だが、説得だけでどうこうなる問題ならここまで拗れてはいないのだ。クイーンハーピーは悲しそうに目を伏せる。

 

「……人の子よ、それは因果が逆というもの。人と魔物の関係が壊れてしまったがゆえ、我々はこのような事をせねばならないのです。それと連絡は、その……男性の方々が……積極的にしようとはなさらず……」

 

「……」

 

 頭を抱えるルカ。いやうん、言い辛いんだろうけど、村の女性達は本当に心配してたんだぞと。

 

「とにかく、男の人達を返してくれないかな……? このままじゃ、人間の村の方が滅んじゃうよ……」

 

「……それでも、私は女王として引くわけにはいかないのです」

 

 そう言うと、飛翔し槍を構え戦闘態勢を取ってくるクイーンハーピー。本当は争いたくないのだが、仕方がないとルカも覚悟を決める。

 

クイーンハーピーが現れた!

 

「天よりの一撃……天魔頭蓋斬!」

 

 クイーンハーピーは空高く跳躍すると、急降下し鋭い一撃を繰り出した!

 

COUNTER!!!

 

「もらった……! 当て身光掌!」

 

クイーンハーピーに15326のダメージ!

クイーンハーピーをやっつけた! 350の経験値を得た!

 

「ま、まさか私が何も出来ずに一撃で……」

 

 手甲も何も付けていない、素手の掌底だ。そこまで深いダメージでも無いが、クイーンハーピーの戦意は喪失している。ひとまず、村の女性達を呼ぶために合図の魔法弾を打ち上げると、すぐさま村が騒がしくなった。ハーピー達が起き出し、ざわめきが集落に満ちる。

 

 ひとまず戦意を無くせたが……どうしたものかと頭を悩ませていると……村の女性ともハーピー達とも違う足音が、村のあちこちからこちらに駆け寄ってくるのが聞こえた。

 

「ちょ、ちょっと! やめてくれぇ!」「待ってくれ、女王様を斬らないでくれ!」

 

 と、あちこちから人間の男たちがやってきて結束してクイーンハーピーを庇い始めた。その光景にあっけに取られる村の女性達と、心配そうにこちらを覗き込むハーピー達。

 

「あれは……まさか、父さん!?」「マルク、無事だったのかい!?」

 

 あちこちで家族の感動――と言うより困惑の再会が起きる。

 

「…………はぁ」

 

 何だかどっと疲れて、剣を収めるルカ。漏れ聞こえる話し声を拾ってみれば、やれ嫁が3人増えただの子供が9人出来ただの。――いや確かに数が激減したと聞いてはいたが、ハッスルし過ぎではなかろうか。案の定あちらこちらで修羅場が起きている。鍬やら鎌やらを振り上げている女性も居るが――まあ後で回復魔法でもかけてやればいいだろう。

 

「……で、どう始末をつけるのだこれは?」

 

「……多分本人たちがどうにかするんじゃないかなぁ?」

 

 こういう経験は初めてだから――正直、困る。普通の修羅場すら持て余すのに、村まるごと一つの大騒ぎとかどうすればいいのか。だがまあ、開き直った村長の一言が結論なのだろう。

 

「むむむ……いっそ、皆が家族! それでいいじゃろう!」

 

 首を絞められながら高らかに宣言するという器用な真似をする長老だ。男の方は満場一致で賛成のようだが女性の方は納得していない人も多々……。一体どうなるのかと、離れた場所から眺めるアリスとルカであった。

 

 

「それでは……ハピネス村から強引に男性をさらうことはしない、と誓いましょう」

 

「ふむ……我々も、村の男達をなるべく多くハーピーの里に婿に入れると約束しよう。その代わり、産まれたハーピーの娘たちも村で農作業を手伝って下され」

 

 こうして、ハピネス村とハーピーの里との協定は結ばれた。向こうの世界のハピネス村も、最初はこんな感じだったのかと思うと何だか感慨深くなる。なお条件の交渉は全て長老の妻が行っており、男性の立場は完全に型無しである。

 

 それからはもうお祭り騒ぎ、人もハーピーも関係なく火を囲み輪になって、飲めや歌えや踊れやと大はしゃぎだ。アリスもハピネス蜜を一壺貰ってご満悦である。

 

「ふむ、しかし男の方は納得しているのか? ハーピーの村へ生贄に出されたのではないかと――」

 

「心配無用さお嬢さん、この一件で我々とハーピー達は手を取り合うことになった。今後は、深い絆ができるはずさ。なにより、ハーピー相手のアレの味を知ってしまうと、もう人間の女なんて――」

 

「おじさん、奥様らしき方がクワを構えて迫ってますよ」

 

 ぎゃああああああっ!? という悲鳴が聞こえるがまあ死にはしないだろう。

 

「……最初から話し合えていれば、もっとずっと早くこの光景が見れたんだろうけど……」

 

「――ふん。イリアス教が魔姦の禁などという下らん教えを作ったからこうなったのだろう」

 

 一理は有る。でも……

 

「その言い分にだって、一理は有るんだよ……。見ただろ? 男の人達の方は皆幸せそうにしてた。――本来の家族達の事は忘れて。それだけ夢中にさせちゃうんだよ、魔物との交わりは。……いやまあ、男がスケベなのも否定できないんだけど」

 

「貴様も余に散々出してくれたものな」

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 くくくと笑うアリス。だって、気持ちいいものは気持ちいいのだ。快楽には負けないと決意してもどうしても流されてしまうのが悲しい男の性なのである。

 

「まあ、ハーピーや人魚たちは人間と凄く友好的だし良いんだけど……。でも、そういう種族ばっかりでもないでしょ?」

 

「…………ああ」

 

「僕も世界中を旅してきたけど、何度食い殺されたり吸い殺されたりされそうになったか分かったもんじゃないからね……」

 

 お腹が空いてるからと親切心や助平心で精を提供すると、そのままさらわれたり絞り殺されたり吸い殺されたり食い殺されたり――と。こんな有様だと確かに警告を出してしまうのも分かってしまうのだ。

 

「……人と魔族の共存は、そんなに難しいのか? 魔物が、そこまで悪なのか……?」

 

 ポツリと呟かれた、弱々しい声。そんな様子に、慌てて、大声で否定するルカ。

 

「そ、そんな事無いよ! ただ、色々と問題は山積みだから頑張って解決していこうってだけで! 実際、共存できているところは凄く仲良く暮らせていたよ!」

 

 確かに、問題はたくさん有る。だが、問題がある場所ばかりでも無い。人と魔物が仲良く暮らしていた所だって数え切れないほど有るのだ。

 

「そうか……。まだまだ知らぬ事が沢山有るな。――もっと、世界を知らねば」

 

 魔王城でずっと暮らしていたアリスは、こんな光景は見た事どころか想像すらしてなかったのでは無いだろうか。宴をじっと眺めるその横顔を、ルカは飽きもせずにずっと見ているのだった。




プレイヤー(ルカ)さん視点だと、殺しにかかってくる魔物が多すぎ問題
生命的な意味で死ななくても人間生活的に死んだり社会的に死んだりするエンディングも数多く……
それでもおねだりだと最後まで捧げたいとか思ったりしている辺り、余程気持ちいいのかクリティカル・エクスタスの効果が凄いのか


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特に食い物の恨みが恐ろしそうな方々

次の目的地へ行く前のちょっとした話のはずなのにやけに伸びたので一旦区切り
今日中に同じくらいの長さのもう一話程投稿できたらいいな……


「ルカ……ルカ……聞こえますか……?」

 

「あ、はい、聞こえますイリアス様」

 

 何だかこの感覚も慣れてきたと声が聞こえたらすぐに覚醒する。いつもの様に神秘的な空間、そして目の前にはイリアス様。しかし何だか微妙にご機嫌斜めな様子である。

 

「……ルカ、貴方には失望しました」

 

 微妙にではなくかなりご機嫌斜めであったようだ。一体何かしてしまっただろうか……いや、魔姦の禁はもう破ってしまったのだが。

 

「え、ええと、一体何がイリアス様のお怒りの原因に……」

 

「ルカ、あなたは私にこれからも捧げものをすると約束しましたね?」

 

「……これからもよく尽くすとは言いましけど「お黙りなさい」あっはい」

 

 ダメだ、これは途中では口を挟んではいけない奴だ。

 

「それなのに、私にあまあまだんごとやらを献上しないとは一体何を考えているのですか?」

 

 目線がとても怖い。返答を間違えるとこのまま雷でも落とされかねない……ここは慎重に答えねば……。

 

「実は、平行世界のイリアス様にも色々とねだられ……いやいや、献上しまして」

 

「それが何故私に献上しない理由になるのですか?」

 

「あまあまだんごを献上したら、『虫けらが集めた蜜を使うとは、なんとおぞましい……』とおっしゃっていたので初めは避けたほうがいいかなと……」

 

 基本色々な物を美味しく食べていたが、食べる直前のセリフで天使の地上の食べ物に対する大体の考えを察せれてしまうのだ。

 

「……つまり、私に初めにアイスを献上したのも……」

 

「あっはい。イリアス様含め天使たちが好きな甘いものから初めにと。果物も、土に付く前の果物を使いました」

 

 恐る恐る表情を伺うと、忘れたり無視したりしたのでは無いと分かったのかとりあえず怒りは収めてくれたようだ。

 

「なるほど、全ては私への配慮の為だったと。宜しい、貴方を赦しましょうルカ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ここは素直にありがたくと頭を下げておくのが得策である。

 

「……ところで、そのあまあまだんごとやらは美味しいのですか?」

 

「はい、とても。平行世界のイリアス様も美味しそうに食べていらっしゃいました」

 

 それを聞くと悩む眼の前の大人バージョンイリアス様。初めにアイスを食べた事で色々と葛藤が渦巻いているのだろう。おぞましいが、とても美味しい。どうするか暫く考え込み……

 

「コホン、良いでしょう。人間の暮らしをよく知るのもこの女神の努め。特別に献上することを許可します。それと今日この時より、あなたの判断で献上する食物を選びなさい。見慣れぬ食物が贈られても、決して罰したりしない事を宣言しましょう」

 

「あっ、はい、分かりました」

 

「では、行きなさいルカ。起きたのならば早速あまあまだんごを献上するのですよ」

 

 

 目が覚めると何時もより早起きな気がした。どうやらイリアス様は余程あまあまだんごが気になるようだ……。宴が終わった後はそのまま村の空き家の一つに泊めて貰ったので、丁度台所も備え付けてあった。

 

「さてと、朝食前に軽く作っちゃおうか」

 

 幸い、ハピネス蜜は一壺分は確保してある。アリスが全部舐めようとしたが、「料理に使うから全部食べちゃダメ!」と言ったら断腸の思いでこちらに大人しく渡してくれたのだ。水を汲んできて鍋に火をかけて、だんご粉やら水やら塩やら、材料を混ぜ合わせてよくこねる。散々に仲間の為に様々な料理を作ってきたのでもう慣れたものだ。沸騰した水の上にザルを置いてしっかり蒸した後、串に挿して焼いて蜜を付けて……「ほう、あまあま焼団子か。楽しみだ」

 

 じゅるり、と舌なめずりの音が後ろからした。

 

「ああおはようアリス、早いね」

 

「こんな美味そうな香りをさせていればな」

 

 ぶんぶんと尻尾を振って朝から上機嫌の様だ。だが――

 

「もうちょっと待ってね、最初のはイリアス様に捧げるから」

 

 尻尾の動きがガラガラヘビの様に激しく振るう威嚇の音に変わってしまった。いきなり機嫌が急降下である。

 

「貴様、この焼き立ての香ばしい団子を冷めてから食わせるつもりか……!?」

 

「すぐに済むから!?」

 

「ルカよ、貴様は料理人なら分からんのか…! その僅かな時間で味わいが変わると言うことを!」

 

「んぐぅっ!?」

 

 幸い、今はまだ火で炙ってる最中なので奪い取りはしないが、こんがり焼けて蜜を塗った瞬間奪われかねない。

 

「で、でもイリアス様の機嫌を損ねたらそれこそ僕は雷を落とされちゃうよ、文字通りの意味で……だ、だからちょっと辛抱してくれよ」

 

 ルカがそう言うと、アリスはぐっと怒りを堪え、目を瞑り、キッと天空を憎悪の表情で見つめた。

 

「おのれ、イリアス……おのれ……絶対に許さんぞ……!」

 

「そこまで憎いのか……」

 

 なんか空から「オホホホホホ!」みたいな高笑いが聞こえた気がしたけど、言わないでおこう。言ったらこの辺が焦土になりかねない。二人の怒りを収めるためにもルカは可及的速やかに団子を皿に盛り付けると、急いでお祈りをして天界のイリアス様の元へと直送した。それから少しして、また天から聖なる波動が感じられたところを鑑みるに、どうやら満足して頂けたようだ。

 

「……おい、ルカ。早く次を焼け。さもなければ貴様の精が空っぽになるぞ」

 

「全速力で焼くから我慢してくれよ……」

 

 次は魔王様が激おこである。急いで焼くと、焼いた片端から次々に口に放り込み、機嫌はどんどんと直っていった。

 

「うむ、美味い……♪ 焼くとまた香りが変わるな。この香ばしさが堪らん……♪」

 

「喜んでもらえたなら何よりだよ……って、アリス、僕の分は……?」

 

 気がつくと材料が空っぽになっていた。皿の蜜も一滴残らず舐められ、欠片一つ付いてなくピカピカになった串しか乗っていない。

 

「……いやこれは違うのだ」

 

 じーと睨みつけると、気まずさに耐えきれずに目をそらす魔王様。流石に2回連続でのやらかしは立つ瀬がないらしい。そしてルカの目も更に怖くなっているので尚の事目を合わせられないのであった。

 

「そんなに食べたのなら、朝ごはんはいらないね?」

 

「ごめんなさい許して下さいそれだけは」

 

 ニッコリ笑うルカに、魔王の威厳も無くアリスは頭を下げて即許しを請うたのだった。

 

 

 朝ごはんを食べ終わると、ハピネス村とハーピーの里の総出で見送られる。色々と悶着は有った様だが、それでも雰囲気は悪くない。そして、後は時間が解決してくれるだろう。

 

「あの……ひとつ、お尋ねしてよろしいでしょうか? もしかして、貴女様は――」

 

「余は、旅のグルメ。大した者ではない」

 

「そ、そうですか……余計な詮索は無用でしたね」

 

 などとクイーンハーピーが正体を尋ねるが、アリスは他の魔物に対しては旅のグルメで通す様だ。

 

「(まあグルメと言うよりはただの食いしん坊だよな……)」

 

 などと思ったら睨まれた。ソニアといい、女性の勘は怖い……と縮こまる。

 

 そして別れの際、ふと思いつく。

 

「あの、クイーンハーピーさん、一つお願いがあるんですが……」

 

「はい、私にできることなら何なりと」

 

「羽を少し頂けませんか?」

 

 魔物の体の一部は合成素材にもなる。ましてや、クイーンハーピー程の魔物の一部ならその効果は如何程か。

 

「あらあら、その程度で宜しければ」

 

 と、クイーンハーピーの羽の中でも一際美しく、また魔力の籠もった羽を渡される。

 

「ありがとうございます。それじゃあ――」

 

 腰のカスタムソードを取り出し、羽と近づける。

 

「万物の理はこの手に――姿を変えよ! 錬成!」

 

カスタムソードに風の強い力が宿った! カスタムソードはウィンドソードへと変化した!

 

 向こうの世界では、鍛冶師に様々な素材を渡し鍛えてもらったが、錬金術を覚えた今は自分で出来る気がしたのだ。結果、見事カスタムソードは切れ味を増し、風の力が付与されている。

 

「クイーンハーピーの力を宿した剣か……これは魔物でも欲しがる剣士が幾らでもいる代物だな」

 

「ふふっ。私の力が少しでも役に立つのなら何よりです。どうか、あなたの旅路に邪神様の祝福があらんことを」

 

「あ……は、はい。それじゃあ、また!」

 

 こうして、ルカとアリスはハーピーの里を後にしたのであった。




各地で色々な魔物の素材やら何やら使ってるし、錬金術使えばいけるんじゃね?ということでカスタムソードは自己強化していく事にしてみました
そしてアンケートでイリアス様が大きい姿と小さい姿が割と接戦だ……


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ルシフィナの残り香

ちょっと色々と悩んで執筆が止まってたんですが、二次創作なので「細けぇ事は良いんだよ! アリスとイリアス様が幸せなら良いんだよ!」と勢いで押し切る事にしました。


「それで、次に行く場所はどんな美味い物があるのだ?」

 

 ハピネス村を出て第一声がこれである。食べ物の事しか興味がないのだろうかこの魔王はと内心で呆れつつ、地図を広げる。

 

「名産の食べ物は多分無いと思うよ。行く場所は、イリアスヴィルの西の森に有る里さ。名前は……エンリカ」

 

 地図で大体の場所を示すと、アリスが首を傾げる。森の奥深くで、他の街ととても遠い場所だ。

 

「エンリカ……確か街で買った服の産地だな。森のかなり奥だが……魔物の隠れ里でも有るのか?」

 

「大体そんな感じかな。多分そこには僕の――叔母さんがいるんだ」

 

「お前の叔母だと?」

 

 ミカエラの事を思うと、表情が曇る。目の前で、何も出来ずに見送るしか出来なかった記憶が否が応でも叩き起こされる。

 

「うん。無事を、確かめたくて……」

 

「……平行世界とやらでは、何かあったのか」

 

 旅をしてから初めてするような暗い表情は、それだけで察するに余りある。ルカは何か言おうとしたが言葉にできず、こくりと頷いた。

 

「エンリカは隠れ里で、村の魔物たちも警戒心が強いんだ。だから、森に入ったらアリスも気配を消してくれる?」

 

「まあその程度は造作も無い。お前こそ抜かるなよ」

 

「任せておいてよ。レンジャーや忍者の経験も有るからね」

 

 多彩な職業経験により、気配を消すのもお手の物だ。とりあえず道中、出会って説得不能な魔物を残らずしばき倒しつつ、二人はエンリカの有る森へと向かったのだった。

 

 

 森に入って暫くすると、アリスが急に鼻をひくひくとさせた。

 

「どうした? 何か珍しい食材でも感じ取った?」

 

「違うわドアホ。珍しい魔物の匂いを感じ取っただけだ」

 

「(本当に犬並みの嗅覚だな……)」

 

 と思ったら尻尾でしばき倒された。

 

「なるほど、隠れ里とはこういう意味か」

 

「うん。ダークエルフみたいな同じ仲間内でも肩身が狭い魔物もそれなりに居るよ。だからこそ、外から来る人間とかを拒んでるんだけど……」

 

 無駄に戦いたくは無いのでこっそりと近付く。だが当然、【それなり】以上の存在には察知されてしまうもので……

 

「こんな所に高位の天使と高位の魔物が揃って――何用ですか?」

 

「「!?」」

 

 唐突に、声をかけられた。そして、話しかけられるまで二人共気が付けず、慌てて構えてしまう程だった。だが、ルカはその構えをすぐに解く。その姿にとても見覚えが有ったから。

 

「ミカエラ――さん」

 

「……わたしをさん付けしてくる天使など既にいないと思っていましたが――いえ――その術式は、私の……!?」

 

 ルカをしばし見て、その表情が衝撃に歪む。確かにこれは自分の術式、しかも聖素循環のもの――しかし、そんな事を男にした覚えは無かった。

 

「あなたは、一体……」

 

「僕は、ルカと言います。そして母さんの名前は――ルシフィナ」

 

「そんな、あなたがルシフィナの息子のっ!? しかし天使に覚醒していて……何処かで指輪を紛失してしまったのですかっ!?」

 

「ゆ、指輪?」

 

 そんな物、有っただろうかと首を傾げる。もし渡されてたのなら何をしても無くす筈は無いのだが……? 色々と自分の記憶を総浚いしているルカ。そしてその横では

 

「ミカエラに、ルシフィナ……それに息子……ルカ、貴様の正体はそんなにとんでもない奴だったのか!?」

 

 ミカエラに負けず劣らず衝撃を受けるアリス。

 

「何やら……色々と話を聞かねばならぬ様子。村へ来て下さい。私の家で少々話しましょう」

 

「はい、お邪魔します」「うむ、余にも聞かせてくれ」

 

 こうして村へと案内される二人。村には魔物の他にも、なんと堕天使までが静かに暮らしていたのだ。

 

「さて、ルカ。何故あなたが私を知っていて、私の術式を受けているのか――」

 

「全てお話します」

 

 

 村に案内され、ミカエラの家に結界が張られる。何でも、天界からも覗けなくなる特別な奴だそうである。そこで、ルカは話し始めた。長い長い冒険の記憶を。

 

「平行世界――そこで旅をした記憶が有ると。しかも2つ――そこにいる魔王が小さくなって仲間になった記憶と、イリアスが六祖大呪縛を受けて共に旅をした記憶――確かに余りにも荒唐無稽すぎる話……しかし、この術式は確かに私のもので、あなたは天使の力に目覚めている……何故か魔の力も感じますが」

 

「ええとそれはその、仲間の天使の一人に吸血鬼のエキスを注入されて体を改造されまして……」

 

 お陰で今のルカの体からは触手が生えるわコウモリに変わるわ天使と吸血鬼の羽を同時に出せるわ訳の分からない事になっているのだがまあ割愛する。こちらの世界のマッドサイエンティスト天使に見つかればそのまま実験体にされかねないがまあ何とかなるだろう。

 

「そして、別の世界で私は私の知らない熾天使に倒され、イリアスがエデンと協力して私とルシフィナを再び生み出した――ですか」

 

「ふんっ。私を選ばなかった方はよりによってイリアスとの旅路か。随分と楽しそうにやっていたのだなぁ?」

 

 ミカエラは何を思うのか目を瞑り、アリスは拗ねているのかギリギリと体を締め付けてくる。と言うか骨がミシミシ言って痛い痛い。もう一つの冒険の方は自分に話されていなかったのと、よりによってイリアスとの二択で自分が選ばれなかったのが余程腹に据えかねているようだ。まあ、イリアスももう一つの記憶を知ったら間違いなく激怒するのでおあいこだろう。単にルカの被害が倍に増えるだけだとも言う。

 

「し、仕方ないじゃないかあの時点ではどっちもよく知らなかったんだし……って痛い痛い! そろそろ折れる! 折れちゃうから!」

 

 ギリギリギリと締め付けるが、ミカエラの視線を感じて拘束を緩めるアリス。こほんと咳をして気を取り直す。

 

「それで、ルカはこれからどうするつもりなのですか?」

 

「まず、元の世界に戻る方法を見つけることと……イリアス様を、説得してみようと思います」

 

「はぁっ!?」「イリアスをっ!?」

 

 アリスは兎も角、ミカエラの方も普段のクールな雰囲気が消え、とても驚いている。

 

「馬鹿を言うな!! あいつはずっと魔物を敵視してきたのだぞ! それを今更説得できると思うのか!?」

 

「ええ、イリアスは魔物を滅ぼすためならそれこそ何でも――」

 

 言い募る二人に、手を突き出してピタリと止めさせる。強い意志だ。

 

「……一緒に旅をした時、イリアス様が言ったんです。『この地に生ける全ての生命。それぞれ精一杯生きる事を、この私が許しましょう』って」

 

「はぁっ!? そんなの、有り得んっ!?」「あの、イリアスが、そんな、事を……!?」

 

 二人からすれば、到底信じられない事なのだろう。だが、あの言葉は嘘でも幻でも無い。確かに女神イリアスから紡がれた言の葉なのだ。

 

「イリアス様は、多分初めて地上をじっくり体感したんだと思います。小さくなって、両足で歩いて、自分の手で弱い魔物をやっと殴り倒して、成長して、穢れていると遠ざけた美味しいものを食べて、体を疲れさせて、ぐっすり眠って……そんな当たり前のことを、初めて体験して……遠くへ行く度に、イリアス様はどんどん旅を満喫するようになりました」

 

「「…………」」

 

 ルカから聞かされる、女神イリアスの余りにも想像のつかない姿に、戸惑い何も言えなくなる二人。

 

「人と魔物は共存できるんだ。だから、きっと天使や女神様とだって共存出来るはずだよ。――地上で暮らすようになった天使たちだって、魔物と仲良くしてたしね」

 

「ええ。確かにこの村でも、堕天使は魔物と共に心安らかに暮らしていますが……」

 

「……天使と……共存……」

 

 ルカの語る理想。そこに二人は何を思うのか。ミカエラはふと窓の外に目を向け、アリスは目を瞑り、ただ思い悩む。今まで、想像すらしてこなかった選択肢だ。どうしていいのかわからないのだろう。

 

「ですがルカ、今のイリアスは絶対者です。邪神が六祖大呪縛によって封印されている今、彼女を遮れる者は存在しません。そんな中で説得に耳を貸すでしょうか?」

 

 ミカエラの言葉に、アリスもこくこくと頷く。特にアリスは歴代最強と言われている魔王だが……それでもイリアスには全く勝てる道筋が浮かばない。だからこそ、世界を巡る事にしたのだ。

 

「はい、いきなり説得は難しいのでまずは籠絡から始めてます」

 

「「籠絡?」」

 

「美味しいものをたっぷり食べて貰って、こっちの話を聞いてもらいやすくするんです!」

 

 ドヤ顔で胸を張って答えるルカ。そしてあまりの解答にミカエラの思考が一時停止する。

 

「……貴様、イリアスに真っ先にお菓子を送っていたのは……」

 

「勿論、ご機嫌を取るためだよ!」

 

「……ルカ、ひょっとして何度か感じた天からの聖なる波動は……」

 

「美味しくて溢れちゃったみたいです、色々と」

 

 あまりにもあんまりな答えに、頭を抱えるミカエラ。イリアスとはそんなキャラだったのか、ひょっとして似せられた自分もそんな所が有るのかと頭痛がしてくる様だ。

 

「くっ! だから余の分が減るのだな……おのれ……おのれ……!」

 

 そして激おこな魔王様。まあ、一番先に一番良い所が捧げられていると聞けばそうもなろう。

 

「そうだ、折角だしミカエラさんが育てた野菜や果物が有るなら、お代を払うので少し分けて頂けませんか? 今度はイリアス様に野菜料理を捧げようと思うので」

 

「……イリアス、そして天使達は土を穢れとして嫌うのですが」

 

「使う食材は僕の自由にしていいとお許しを貰いました」

 

 えっ何そこまでなの? と更に唖然とするミカエラ。ついでに天使が育てた野菜に興味があると尻尾をぶんぶか振るアリス。

 

「……分かりました。野菜なら一通り育てています。――尤も、私の育てた野菜をイリアスが食べるかどうか」

 

 自分もルシフィナも、イリアスに付き合いきれずに天界を飛び出した。そんな者の作った野菜を、はたしてあの傲慢な女神は食すのかどうか。作るのは大変なのだから食材は無駄にならないといいのだが。

 

「大丈夫ですよ、ミカエラさん」

 

 わぁい、とどの野菜を使おうかなとごそごそ選びながらルカは話す。

 

「?」

 

「母さんのお墓の前で、イリアス様は寂しそうにしてました。僕やイリアス様の前でミカエラさんが天に還ってしまった時も、とても悲しそうにしてました。……きっと、二人のことは嫌いとか、そういうのじゃ無いんだと思います」

 

「…………」

 

 それを聞くと目を瞑り、ミカエラは今までに思いを馳せる。自分はイリアスに、何か出来たのであろうか。

 

 などと暫く思考していたら、いい香りが漂ってきた。どうやら余程考え込んでいたらしい。トマトや玉ねぎが煮込まれていくスープの香りと、焦げ目を付けられていくパンの香ばしさ。思わずくぅ、とお腹が鳴る。聞かれてしまったかと少し顔を赤くしたが、隣では魔王様がぐぅぅぅぅとそれ以上の音を出してかき消していたのでまあ問題は無いだろう。

 

「えっと……ミカエラさんも、どうですか?」

 

 差し出されたのは、ここで取れた野菜を使って作られたトマトスープ。「では……」と受け取り、一匙口に入れると、何処か懐かしい、ルシフィナを思い起こさせる味がした。

 

「そう、ルシフィナ、あなたは……」

 

 姉妹で殺し合いを演じてから、会うことも無くなった。数百年の月日が流れ、いつの間にか人として生を終えてしまい、一人ぼっちになってしまった気がした。しかし――

 

「ちゃんと、この子に受け継がれているのですね」

 

 時は遷ろい、物事は変わっていく。しかし、変わらないものも、受け継がれていくものも有る。それをようやく実感できたような気がして、イリアスへの分を確保しようとアリスと争っているルカを見て優しく微笑むのであった。

 

 

「えっと、それじゃあミカエラさん、ありがとうございました!」

 

「うむ。野菜も果物もとても美味かったぞ!」

 

 3人で食事をゆっくり済ませた後、ルカとアリスはまたすぐに旅立つことにした。隠れ里に、長々と人間(表向き)や魔王が居座るのも良くないだろう。お土産の野菜やチーズを持たされ、二人は手を振る。

 

「では、ルカ。また顔を見せに来て下さい。自分の甥が顔を見せてくれるというのは、嬉しいものですね」

 

「はい。時魔法も使えるから、珍しい物が有ったらお土産を持ってきますね」

 

 ルカの背には、ミカエラの羽を使い更にカスタムされた剣が収まっている。何か冒険の手助けが出来ればと、ミカエラからの贈り物だ。

 

「余も中々興味深い物を見せて貰った。魔物と天使が共に暮す……か。変われるのだな。人も、魔物も、天使も」

 

「ええ……。では、貴方達の旅路に、祝福を――」

 

 こうして、二人は次の目的地に向かって歩み出す。熾天使の祝福を受けながら。




既にクイーンハーピーと熾天使の素材で強化されてるカスタムソード
これ前章終わりの時点で既にヤバい事になったりして……


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もふもふの尻尾には勝てなかったよ……

切り時と止め時が見つからなくて1万字超え……うーん、1話を3000-5000字位にしてもうちょっと分割して投稿頻度上げたほうが良いだろうか


「こうして勇者ハインリヒは魔王を打ち倒し、世界に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし……ってのが人間に伝わってる話だね。まあ、当然といえば当然だけど黒のアリスと一緒に旅をしていたなんて話は伝わってないけど」

 

「当然だろう。魔族の側にもそんな話は伝わっていないからな。――しかし、支配欲のままに力を振るい、多大なる破壊と混乱をもたらした魔王が、まさかそんな事を……」

 

 夜、イリアス―ポートへ向かう道で、二人は野営をしていた。お腹いっぱいになったが寝るまでまだ時間は有るので、焚き火を囲み星を眺めて様々な話をするのが日課のようになっていた。

 

「当時の魔物たちも大体真っ二つに割れてたね。人間を支配したい側は黒のアリスに大賛成。でも、仲良くしたい側は本当に迷惑してたみたいで、魔王城でも反乱の相談とかしてたよ。8世の妹の9世の側にそういう友好的な魔物が集まって――ハインリヒにも何度も手を貸していたみたい。勿論人間の側も黒のアリスを凄く恐れていたよ」

 

「……9世は、黒のアリスと戦い命を落としたと聞いている。――妹まで殺して果たして何がしたかったのだろうか」

 

「……何だろう。一緒に旅をしていた僕たちやハインリヒでも分からなかったみたいだ。ただ、アリストロメリアはひたすらに楽しいことが好きみたいだったように見えたなあ」

 

 世界の滅びの目前ですら、いやだからこそとてもとても楽しそうにしていた黒のアリス。傍から見れば余りにも迷惑な存在なのだろう。一体、その真意はどこにあるのか……?

 

「奴のせいで、魔物の側も大きく変わることになった。8世以後のフェイタルベルン家の子供には幼い頃から狐が教育係に付くことになってな。私も母様もお祖母様も曾祖母様も、皆腹黒きつねの教育を受けることになってしまったのだ。全く、あのきつねめ……」

 

 きつねの部分を語るアリスは妙に憎々しげだ。たまも憎けりゃきつねまで憎いの理論でその辺のきつねも大嫌いになってしまったのか。

 

「(そういえば、たまもって六祖の一人だったけどアリスは知らなかったみたいだし……多分たまも本人が知らせないなら僕も言わないほうがいいよね)」

 

 グランゴルドで見たたまもと玉藻の力は本当に圧倒的だったなあと思い起こしていると、退屈しているアリスが更に話題を振ってくる。

 

「そういえば、貴様の剣はどこで習ったのだ? 少々余の知っている動きも混じっていたが」

 

「ああ、旅に出るまではずっと独学で、旅をしてからはアリスと……イリアス様に習ったんだ」

 

 イリアスの名前が出て顔をしかめるが、とりあえず話は先へ進む。

 

「ふむ。余が知らない余が教えたのか……」

 

 何だか複雑そうだ。

 

「しかし独学とは、師匠がいなかったのか?」

 

「うん、知り合いに元剣士のおじさんがいたんだけど……そのおじさんは冒険で相当無茶な剣の使い方をしたせいで、右手を悪くしちゃったんだ。だからそんな剣を教えられないって言われて……」

 

「当然だな。そんな危なっかしい物は他人に教えられん」

 

「おじさんからもそう言われたよ。だから、強くなったのは旅に出てからかなぁ。世界中で、色々な魔物と戦って色々な技や魔法や種族の技を見てきたからね。すっごく参考になった」

 

 えへんと胸を張って語るルカを、少し羨ましそうに見るアリス。そんな様子にルカははてなと首を傾げた。

 

「……む、いや、何だ。随分と楽しげに語るのだなと。――それに、余が貴様に何もしてやれてないのも何だか癪だ」

 

 楽しいそうな旅路に、一緒に戦い更に技を教える関係。別の世界の自分に嫉妬してしまうとは……と自嘲するアリス。

 

「僕としては、一緒に旅をしてくれる仲間がいるだけでありがたいんだけどね。……一人旅はやっぱり寂しいだろうし」

 

「――貴様が満足でも、余は不満なのだ」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませてどうやらご機嫌斜めのようだ。流石に連日のタダ飯食らいの旅は微妙な後ろめたさも生んでしまうのか。しかし教えてもらうにしても魔剣士や魔物の武術の技はそれなりに知っているし魔法も結構な数を覚えている。他に有るとしたら……と、ふと思いつく。

 

「あ、じゃあ新しい魔眼を覚えてみたいなあ。向こうのアリスも得意だったけど、弱体化してかなり忘れちゃってたし……」

 

「ふむ、仕方ないなら。そういう事なら余自ら教えてやろう」

 

 尊大そうだが、尻尾を振って嬉しそうなのは見ないようにするのが優しさである。

 

「それじゃあ、お願いします!」

 

 

「うむ、そうやって魔力で相手の体内の物質を変質させ、体中に毒を巡らせるのだ」

 

「こ、こうかな?」

 

ルカは毒の魔眼を習得した!

 

「流石に飲み込みが早いな。魔技にはあまり頼っていないようだし、この調子で難易度の低いものから教えていくので覚悟しておけ」

 

「うん、宜しくおねがいします!」

 

 新しい技を覚えて強くなっていくのは戦士としての喜び。また戦略が広がりそうでウキウキするルカであった。

 

「うむ、では報酬を貰うとするか」

 

「へ?」

 

 そう言うと同時に、しゅるしゅるとルカに尾を巻きつけるアリス。ルカも本気なら逃げられる筈だが、なぜだか体が動かずそのまま巻き付かれる。

 

「ア、アリス……ここは外だよ……もし他の魔物に聞かれちゃったら……」

 

「くくく……羞恥心に悶える姿と言うのもまた唆るものだな。存分に聞かせてやるといい」

 

 向こうでは大勢でキャンプをしていたから襲われなかったが、こちらでは二人旅なのだ。遠慮は無いのだろう。

 

「も、もし僕を奪おうと他の魔物が襲いかかって来たら戦うことになってまずいんじゃ……」

 

「獲物を横取りしようとする不埒者を叩きのめすのは魔王でも問題は無い。安心しろ、私が食事中の時は絶対に他の奴に一滴たりとも渡さんからな」

 

 あっ、これはもうダメな奴だ。

 

「や、優しくして……?」

 

 上目遣いでそう言ったのがいけなかった。

 

「無・理・だ♪」

 

 速攻でズボンを下ろされそして……

 

「あひぃいいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 

 

 翌日、昼前にげっそりした顔でイリアスポートに辿り着いたルカ。この辺りから人食いの魔物も増えてきたので、そういう輩はエンジェルハイロウで容赦なく強力な技で叩きのめして恐怖を刻み込んだ。その姿にやりすぎただろうかと少々反省しつつ、すぐに頭を次の食べ物へ切り替えるアリス。一体どんな珍しい物が有るかと楽しみにしてきたのだが……。

 

「随分活気がないな」

 

「――ああ、こっちもか」

 

「何だ、貴様にも心当たりがあるのか?」

 

「まあね。情報を集めればすぐに分かるよ」

 

 ルカの怒った表情に嫌な予感がしつつも、一緒に話を聞いていくと、この事態は魔物が起こした嵐が原因だそうだ。屋台で売っていた焼き魚をあぐあぐさせつつも、アリスの表情はあまり良くない。

 

「……他国の名産の物も沢山有ると書いてあったのだがな……」

 

「船が止まっちゃったら、そりゃ他国の物も手に入らないよ。去年からイリアスヴィルに巡礼に来る人もイリアスヴィルにやってくる人も殆どいなくなったのもこういう理由だったんだ……」

 

 目につく通りに通行人は少なく、戸締まりをされた店も多い。雨がしのげる場所には浮浪者が座り込み、港では屈強な船乗り達が揃って釣り糸を垂らしている有様だ。とても貧しくて危険な街という印象を見るものに与えてしまう。

 

「こんな事をしているのは……やっぱりアルマエルマ?」

 

 向こうではイリアス様がそんな予測をしていたので、恐らくモリガンがいないこちら側では……。

 

「うむ。勇者と名乗る輩共が魔物に危害を加えると言うので、その勇者を生み出さないために阻止していると言うのが奴の主張だが……」

 

 人間に与えている被害をアリスは初めてこの目で見たのだろう。腕を組んで唸っている。

 

「――こっちの世界の勇者って、そんなに魔物に被害を与えてるの?」

 

「イリアスの威光を傘に来て、魔物を虐げている、被害が無視出来ぬと言うのがアルマエルマやらグランベリアの主張だな」

 

「そっか……」

 

 自分は、人と魔物が共存する世界から来た。魔物を虐げている奴などいたらそれこそ人からも魔物からも総スカンを食らうので、そんな事をする奴らはそれこそ賊か狂信的なイリアス教信者程度しか居なかったのだが……こちらは、魔物を傷つけ、更に人にまで迷惑をかけているのだろうか。

 

「でも……それを言うならアルマエルマだってやりすぎだよ。ほとんどの人は平和に暮らしたいだけで、悪いことをしているのは一部だけなんだ。これじゃあ魔物には悪い奴がいるから、一切関わるななんて言う人達と同じだよ……」

 

 ルカとアリスは、奇しくも同じ話を思い出す。先程情報を集めていた時、一人の子供が魔物に向けた憎悪。船がずっと入港出来なく、彼の父親の店は潰れてしまい貧しい暮らしを強いられている。幼い頃からこんな体験をすれば、大きくなった時はまた四天王の二人が言う魔物を襲う勇者を生み出してしまうのでは無いだろうか。そして、そんな事をやって行き着く先は――

 

「余は、本来ならば貴様を止めねばならぬのだろうが……」

 

「……僕だって、本来はアリスと戦わなきゃいけないんだろうけど……」

 

 そんなのは嫌だというのは共通の思いだろう。

 

「とにかく、僕はこの人達を救うよ、アリス。……少なくとも、こんなのは絶対に間違ってる」

 

「……余も、魔物に暴虐を働く人間が居たら止めるぞ」

 

「そんな奴は僕にとっても敵さ。その時は、手伝うよ」

 

「…………裏切り者扱いされても知らんぞ、ドアホめ」

 

 問題は山積みで、答えなんて出せないけれど、それでも目の前に困ってる人がいる。今動く理由はそれだけで十分だと、ルカはいつの間にやらアミラから場所を聞いた秘宝の洞窟へ向かうのだった。

 

 

「む……やけに狐の匂いがするな」

 

 朝一番で洞窟に踏み込むなり、アリスが鼻を鳴らす。

 

「あいかわらず狐のことになると敏感だね……」

 

 向こうでもよくイジメていたなぁと呆れてしまう。

 

「向こうと違って結構整ってるなあ。おまけに罠も結構有るみたいだし」

 

 色々と細かい違いに感心してしまうと同時に、向こうの知識に頼りすぎてもいけないと気を引き締める。

 

「しかし、これだけ人が死んでるとなると幽霊とか出そうだな」

 

「ゆ、幽霊……!?」

 

 向こうだと幽霊まで仲間になったけどと思っていると、アリスがピッタリくっついてきた。どうやらおばけが怖いのも一緒らしい。

 

「だ、大丈夫だよ。多分ここに幽霊は居ないから……って、なんか横切った」

 

「ひぃっ!?」

 

 ついに尻尾まで巻きつけてきた――動けないなら逆に幽霊に対処できない気がしないでもないと思ったが、幽霊でないと分かると途端に離れた。

 

「い、いいか、さっさと片付けろよ! 絶対だぞ!」

 

 やれやれと見送ると、曲がり角からこっそり伺ってる姿が見えた。耳が出てバレバレである。

 

「ど、どうしよう……たまも様とはぐれちゃうし、人間まで来ちゃってるし……」

 

 そういえば向こうの世界でも七尾と一緒に来たのだったか。それではぐれちゃうとはやっぱり向こうと同じで抜けちゃってるところが有る様だ。じーと見ると、一度全部引っ込めた後、恐る恐る出てきた。

 

「えーと、どうしたの?」

 

「こ、ここから先に何の用!?」

 

「お宝探しかな」

 

 海神の鈴も勿論欲しいのだが、この先の旅の資金も欲しい。何せ既に旅の資金がカツカツなのだ。途中途中寄って行く街やら村やらで珍しい薬草を売っても追いつかないというか稼いだ端から食べ物に変わってアリスの胃に直行するのである。

 

「だ、ダメだよ! 人間に海神の鈴は渡すなって言われてるんだから! ここは通さないよ!」

 

「言われてる、って……誰に?」

 

 分かってるけど一応聞いてみる。

 

「ひ、ひみつ!」

 

「さっき言ってた、たまも様っていう奴……?」

 

「あうう……」

 

 どうやら間違いないらしい。自分が最初に出会ったたまもは何やら平行世界のコピーだかなんだかと訳のわからない存在の様だったが、こちらは本物だろう。

 

「まあ、戦うつもりは無いし話し合いで済むならそっちの方がいいし通してほしいんだけど……」

 

「ダメだよ! どうしても通りたいならあたしと勝負だぁ!」

 

妖狐が現れた!

 

「あんまり乱暴にしたくないんだけど……」

 

ルカの攻撃。剣の鞘でペチンと頭を叩いた

 

「ふぎゃんっ!? や、やったなぁ……! なら、分身の術だぁ!」

 

 途端に分身を2体出現させ、3つの全く同じ姿が同時に並ぶが――

 

「ふっふっふ、すごいだろ! どれが本物か分かるかな……?」

 

 表情が1匹しか変わってないのでバレバレである。このまま偽物を叩いてもいいのだが……。

 

「うわー、分からないなぁ。じゃあ全部叩けばいいよね?」

 

「へ?」

 

ルカは烈風剣を(手加減して)放った! 妖狐に53のダメージ!

 

「ふぎゃんっ!?」

 

妖狐をやっつけた! 280ポイントの経験値を得た!

 

「ふ、ふぇぇぇぇ……」

 

 頭を抑えて泣いてしまった妖狐。ミミックやらクモ娘やらがいるこの洞窟で封印するのも危険だし……と思って手加減したけどそれでもやっぱり痛いらしい。

 

「ほ、ほらこれあげるから泣き止んで……?」

 

 とおもむろに予め用意しておいたいなりずしをあげると、ぱぁぁっと表情が明るくなってしっぽを振りつつ食べ出した。「こ、こんなに美味しいの初めてかも!」と言ってもらえると料理人冥利に尽きる。

 

「あ、ありがとう……あんた、いい奴なんだね!」

 

「まあ、うん。僕は魔物と積極的に戦いたいわけじゃないからね」

 

「ほかのきつねを見てもイジメない?」

 

「イジメないイジメない」

 

「そっか……じゃあ通してあげる!」

 

 いや僕が勝ったんだから好きにするけどとか突っ込まないのは優しさである。それじゃあと先へ進むと、後ろからぴょこぴょこ付いてきた。どうやら懐かれてしまったようだ。先人がトラップを潰した道を楽々通って暫くすると……

 

「……獲物……人と狐……」

 

メーダ娘が現れた!

 

 捕食するつもり100%の魔物が現れた。

 

「ひゃあああっ!? 食べないでえっ!?」

 

「……お腹減った……」

 

 どうやら交渉の余地は無いらしい。

 

「風のように……突くっ!」

 

ルカの疾風突き! メーダ娘に85322のダメージ!

メーダ娘をやっつけた! 320ポイントの経験値を得た!

 

「やれやれ……魔物同士でも殺し合ったり捕食したりは当然同じか……大丈夫?」

 

「う、うん。ありがと……あんた、とっても強いんだね? し、死んでない?」

 

 ルカの体に隠れつつ、恐る恐るフナムシに姿を変えたメーダ娘を覗き込んでいる。

 

「大丈夫、封印しただけだよ。その内元の姿に戻れるさ」

 

「そ、そうなんだ……そんなおっかない剣だから、呪われて苦しみながら死んじゃうんじゃないかって……」

 

「……」

 

 いやまあ確かに、そう思われても仕方ない見た目だが。

 

「ともかく、危険な魔物も多そうだから気をつけて「きゃああああああっ!?」っ!?」

 

「こ、この声は……かむろちゃんっ!?」

 

 ルカにも聞き覚えのある声が洞窟に響くと、妖狐は危険も顧みずにダダダダダッと声のした方向に走り……「ふぇえええええっ!?」とまた一つ悲鳴が増えた。

 

 慌ててルカが追いつくと、奥ではかむろ二尾が蜘蛛の巣に引っかかり、その手前で妖狐が同じ様に引っかかっていた。

 

「あははははっ、今日は獲物が2匹もと思ったら人間まで♪ ついてる~♪ 精液を搾り取ってじっくりいたぶってあげるわ……」

 

クモ娘が現れた!

 

 虫系の魔物は肉食が多いが、蜘蛛族は中でも特に凶暴な魔物が多い。何せ同族内や友人ですら捕食する事も有る程だ。

 

「た、助けてぇ……!」「い、いやぁ、七尾様、たまも様助けて下さい……!」

 

 弱肉強食は間違いなく一種の世の理。むやみに破るのも――と思いつつ、流石に目の前で少女が食い殺されるのは見たくない。

 

「ねえ、ソーセージあげるから見逃してくれない?」

 

 一応好物の肉類を代価に交渉を試みるが……

 

「嫌よ。あんたの方がよっぽど美味しそうだし。まあ、おやつ代わりにはなりそうだし、あんたを食べた後にでも頂くわ♪」

 

 獲物が増えた程度にしか思ってもらえなかった様だ。はぁ、とため息をつくと、そのままおもむろにエンジェルハイロウを抜いた。

 

「散るは桜花、舞うは夢幻……」

 

ルカは闇の刀舞奥義を繰り出した! クモ娘や蜘蛛の巣に闇の斬撃が押し寄せる!

 

「な、なんなのこの強さ……!?」

 

クモ娘をやっつけた! 350ポイントの経験値を得た!

 

「やれやれ……大丈夫?」

 

「あ、ありがと……」「ありがとうございます」

 

 怖かったのか、怯えながらお礼を言う妖狐と、震えつつも深々とお辞儀をしてくるかむろ二尾。二人共向こうの世界では長い付き合いだ。どうしても情は移っていてよかったと安堵してしまう。とりあえず二人を元気づけるために油揚げを渡すと、二人共二つの尻尾を振って喜んで食べ始めた。合計4本の尻尾を乱舞させつつ先へ進むと、小部屋の行き止まりにどう考えても怪しい宝箱。

 

「あれは……」「多分……」

 

 罠だろうなあと警戒している二匹だが、ルカは何の躊躇も見せずに宝箱を開ける。すると中身はミミック娘で、襲いかかってきたと思ったらすぐに引っ込んでしまった。

 

「ああ、ごめんね。邪魔しないからすぐに帰るよ」

 

「ダメよ……私を開けたんだからちゃんと食べられていきなさい……」

 

 どうやら背中を見せたら一飲みに、攻撃してきたらカウンターを仕掛けるようだ。普通の戦士相手ならばそれで何とかなるのだろうが……

 

「それじゃあ仕方ない……」

 

 おもむろにエンジェルハイロウを振り下ろすと、その一撃で抵抗もできずにミミック娘は封印されてしまう。

 

「ひ、ひどい……」

 

 といいつつ小さい宝箱な姿になってしまった。

 

「な、何で開けたんですか?」

 

 あんな見え見えの罠を何故? とかむろが聞くと

 

「えっ、結構ああいう宝箱にお宝入ってたよ?」

 

「え、ええっ……?」「??????」

 

 と予想もつかない答えが帰ってきた。二匹からは怪しさ満点でも、向こうの世界のダンジョンにはお宝も多く有ったので、感覚が完全にズレてしまっている様だ。だが実際幾つか宝箱を開けるとお宝も入っていたのだから二匹にとっては軽くカルチャーショックであった。無論外れであるミミック娘は全て叩きのめされたが。

 

 

 そして最奥へ近付くと、自分もよく知った気配がした。後ろの二匹は、恐る恐ると言った様子で気配の先を見る。

 

「どうも。私は七尾と申します……ところで一つお尋ねしたいのですが、その後ろの子たちは?」

 

「他の魔物に食べられそうだったんで助けてあげました」

 

「す、すみません……」「あぶらあげといなりずしも貰えたよ! 七尾様! とっても美味しかったよ!」

 

「……私達の教え子がお世話になった様で助かりましたが、主命によりお通しする事が出来ません。どうかお引取りを」

 

 助けたからか、友好的な様だがそれでも譲れないものは有るようだ。

 

「僕は僕で手に入れなきゃならない理由が有るからさ……通してくれないかな? 通してくれたらあぶらあげといなりずしをあげるからさ」

 

「……………………ダメです。通せません。どうしても通るなら私を倒してからいきなさい!」

 

 何とか誘惑を跳ね除け、こちらへ襲いかかってくる七尾。かつては、仲間たちと総掛かりでも、とても太刀打ちできなかった相手だが――

 

「こっちもあんまり手荒なことはしたくないんだけど……ね!」

 

 今は違う。自分一人でも対抗できる程に成長したのだ。迫ってくる7本の尾による、間断のない同時攻撃。だが、それはもうルカには届かない。

 

「仰ぎて見るは七極の星……天地に瞬け、聖刃七星天!」

 

 カスタムソードと、エンジェルハイロウ。その2本の剣による7つの斬撃が7本の尾を全て叩き伏せる。表情が驚愕に染まり、隙が出来たその一瞬に、エンジェルハイロウで瞬剣・疾風迅雷を叩き込む。

 

「バカな、私がただの一撃で……」

 

 封印までは行かないまでも、戦闘不能に追い込まれてしまった。

 

「は、はわわわわわわっ、七尾様、大丈夫っ!?」「そんな、七尾様があっという間に……」

 

 後ろで慌てる二匹と、ダメージを受け横に退く七尾。暫くは戦えないだろう。さて、次はとルカが思考を巡らせる前に、後ろの扉き、9本の尾を持つ狐が姿を表した。

 

「ふむ、よもや七尾が負ける程の相手がこんな所にいるとはのう」

 

 体の大きさは妖狐とどっこいどっこいなのに、身に纏う魔力はまさしく桁違い。

 

「すみません、たまも様……私では力が及ばず……」

 

「よいよい、こんな所にお主が敵わぬ相手がいるほうが計算違いなのじゃ。気に病むでない。それにしてもお主が例のルカか。七尾を手加減した上で一蹴するとは、確かにグランベリアが気に入るだけはあるわい」

 

「グランベリアが? もう知っているのか?」

 

「おう、それはそれは嬉しそうに話しておったぞ! まあ、アルマエルマの奴には話しておらんかったが……余程お主を取られたくないのかのう?」

 

 とクスクス笑いながらちょこちょことルカに近付いて、周囲をくるくると周りくんかくんかと匂いを嗅いできた。

 

「おおお、これは美味そうなあぶらあげといなりずしの匂いじゃ! 辛抱たまらぬぞ!」

 

「ちょっ!?」

 

 そして好物の香りを感じとるやルカに抱きついて体を弄ってきた。触り方が妙にエロい。

 

「きつねとかむろにも渡したのじゃろう? ほれほれ、ケチケチするでない! もしくれたのならそれ相応の礼をしてやるのじゃが……」と言いつつわさわさとルカの感じやすい所を触ってくる。正直尻尾のもふもふも合わせて相当気持ちよくて堕ちちゃいそうなので慌てて飛び退いた。

 

「わ、分かった! じゃあその手に持ってる海神の鈴と交換で!?」

 

 流石は六祖、このままではおとされてしまいそうだと慌てて交換条件を出すと、ちょっと頬を膨らませるたまも。

 

「むぅ、閨でじっくり可愛がっても良かったのに……欲が無い奴じゃのう。まあよい、ほれ、これをやるからとっととよこすのじゃ!」

 

 と、ルカに海神の鈴を放り投げてきた。それでいいのか四天王と突っ込みたかったが、ごそごそと沢山のあぶらあげといなりずしを渡すと、5匹で輪になって早速食べ始めて……って、5匹!?

 

「こりゃ! 魔王様! いきなりやってきてうちの分のいなりずしを奪うでない!」

 

「やかましい! さっきからいい香りを漂わせ続けられて余ももう限界なのだ! お預けされた分はたっぷりと頂くぞ!」

 

「それなら交換条件じゃ! ルカを一晩うちに貸すのじゃ!」

 

「それもダメだ! あんな美味い精を他に渡せるか! 余に男を絞る楽しみを教えなかったんだぞ! それくらい独占させろ!」

 

 うーん醜い争いだ。というかナチュラルに僕を景品にするのを止めてくれと突っ込みたかったが、多分というか確実に聞いてはくれないだろう。

 

「は、はわわわわ……」「こ、これが魔王様……?」「ああ、なんと情けない……」

 

 そしてちゃっかり安全圏であむあむ食べてる狐集団。まあ平和だからいいだろうとついでにお茶も淹れて3匹と1人、のんびり昼食タイムを堪能する。この醜い争いは結局ルカがおかわりを追加するまで続いたのだった。

 

 

「うむ、実に美味しかったのじゃ。うちの子たちも世話になった様だし、これはその内礼をせねばのう」

 

「うん、どうせまた会うだろうしその時で良いよ。……それは別として、ちょっと二人だけで話せる?」

 

 何だか後ろのアリスの視線が凄く怖いが、とりあえずスルー。目の前の相手からも色々と話しを聞いておかねばなるまい。

 

「なんじゃ? やっぱり儂といいことがしたいのか? それなら特別に相手をしてやっても「ち、違うよっ!?」なんじゃ、つれないのう……」

 

 と言いつつも、二人で宝物庫に入る。扉も閉めると、すかさずたまもが結界を張った。

 

「それで、うちと二人っきりで話したいこととは何じゃ? 天使殿?」

 

 すぅ、と目が細くなる。まるい空気から一転、獣の放つ鋭い視線がルカを射抜く。

 

「まあ、少し話すと長くなるんだけど――」

 

 

 

「平行世界から来たルシフィナの息子……!?」

 

 流石にあまりにも予想外過ぎてびっくりの様だ。ガビーン!と擬音が付きそうな表情で本気で驚いているのが伝わってくる。

 

「ええと、それじゃあ急に住民全てが失踪した村とか、伝説の三淫魔とか、たまもの知らない熾天使とか、太古の大妖魔たちとか、アリスフィーズ17世なんかはたまもも知らないんだね?」

 

「うむ、狐の情報網に何一つ引っかかっておらんのう。黒のアリスを名乗る不届き者の噂は幾らか入っておるのじゃが」

 

「……それ、多分本物だよ」

 

「……道理でウチらも察知出来ない訳じゃの」

 

 厄介な問題が出来たとため息をつく二人。こちらの世界でも問題は山積みだ。

 

「それで、お主はこれからどうするのじゃ?」

 

「世界を巡って人や魔物の問題を解決しつつ、元の世界に帰る方法を探して、ついでにイリアス様を説得できれば良いなって」

 

 その言葉に、またすっと目が細まり、敵意にも近い感情を感じる。

 

「……ルカよ、貴様、あのイリアスをどうにか出来るとでも?」

 

「人だって魔物だって、それに……神様だってきっと変われるよ。それを言い出したらまずたまもからしてどうなのさ?」

 

「うぐぅ!?」

 

 確かに自分も今は相当のまんまるもふもふだが、六祖時代はそれはもう……

 腕を組み、上を見たり下を見たり、くるくる回って暫く考え込み――

 

「……分かった。お主はお主の信じる通りにやってみるがいい。どの道、口惜しい事に今の儂らが総力を結集したところでイリアスには敵わんしのう……。それと、魔王様を頼む。大事に育てた分、箱入りの世間知らずになってしまったのじゃ」

 

「任せといて。旅の仲間だし、絶対に悪いようにはしないよ」

 

 昔は自分も中々の田舎者だった分、アリスの優位に立てるのか嬉しそうにドヤ顔で答えるルカ。

 

「うむうむ、頼もしいのう。それじゃあ、うちの子たちを助けてもらった分も含めてご褒美をあげるのじゃ! ほれ、うちの尻尾は極上じゃぞ?」

 

 と、つやつやもふもふふさふさの尻尾をルカに差し出す。エッチな目的では無いのだ。ルカもその誘惑に抗えず「じゃ、じゃあちょっとだけ……」と、尻尾に埋もれてしまった。

 

「ふ、ふぁぁああああああああああああああああああ……」

 

 もふもふふさふさの尻尾を手に取り、掴み、抱きつき、尻尾の中で転がってたっぷり堪能する。流石は九尾の狐の尻尾。あっという間にルカもそのもふもふの虜になってしまった。

 

「ふふふ、かーいーのぅ♪ 魔王様の手前我慢するつもりじゃったが、流石に辛抱たまらなくなってきたのじゃ。それじゃあ、今度はうちも楽しむのじゃ♪」

 

「へ?」

 

 と、いつの間にかしゅるしゅると四肢を尻尾に巻き取られた。どうやら脱出できそうに無さそうだ。となればルカに出来ることは唯一つ。

 

「や、優しくして?」

 

 とお願いする事だけであった。

 

「にょほほほほほほほ♪ 勿論なのじゃ♪」

 

 結果はもはや言うまでもないのだが散々にアヒらされてしまうルカさんであった。なお、話が長いと我慢ができず突入してきたアリスと久々のガチンコの殴り合いに発展して洞窟が崩れそうになったのはご愛嬌である。




好きで二次創作を書いているので好きなキャラは優先的に出して書いていきたいと思っています。おさかな海賊団とかがっつり絡ませてもいいよね!
そしてこのルカさんはぱらルカさんなのでアリス以外にもアヒらされてしまうのです……


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地に堕ちて来た女神様

勢いで書いてみた。今回は割と反省している


「ひ、酷い目に遭った……」

 

「ふんっ。随分と気持ちよさそうだったなこのドエロ勇者め」

 

 アヒってる最中にいきなり殴り合いの喧嘩が勃発したので、放り出されてしまったルカさん。

 何とか自力で這って脱出するも、たまもに絞られた後だったので外に居たかむろときつねと七尾の三人にとっ捕まり、また絞られてしまった。初めは男を絞る練習にとかむろがまず手を出したが耐久力が高いため上手く行かず、次にきつねが挑むもまた無駄に高いルカさんの耐久力を突破できず(HP7000オーバー)、七尾が二人にお手本を見せることになった。9本には及ばないとはいえ7本の尻尾を使った責めは気持ちよく、ついでに残りの4本も拙い動きで参戦してきたのでまたもふもふに溺れてアヒってしまった。

 

 初めてアヒらされた時は出たことに感動して「わっ、す、凄いです……あっ、美味しい……」「あっ、ずるいよかむろ! あたしもあたしも!」「待ちなさい二人共、出させたのは私なので絞りたては私のものです」と師弟や先輩後輩同士でも争いが発生してしまったが、これもまた平等にとの事でその分沢山絞られたルカさんであった。魔物の食料的な意味での質と量に定評のあるルカさんは一度アヒらされるとその後は出なくなるまで絞られてしまうのだが、残念なことにこの作品はR-18では無いのでここでは割愛する。

 

 

「ほっほっほ。また会おうぞルカ。次もたっぷり可愛がってやるからのう♪」

 

「ええ、その時は私も是非ご一緒に……」

 

「あたしも次までにたっぷり訓練しておくからね!」

 

「わ、わたしも頑張ります!」

 

 どうやらすっかり四人に気に入られてしまった様子。げっそりした顔で手を振り、転移して帰っていくのを見送ったアリスとルカは、ようやく一息をついた。荒れてしまった宝物庫に入り、他の宝を探していく。

 

「う、うわあ……宝物がボロボロだ……とりあえずこれとこれも高く売れそうで……流石はセレーネさんのお宝だ。良いの揃ってるんだけど、結構な量が駄目になってる……」

 

 ジト目でアリスを睨みつけると、ぷいっと目を逸らされた。

 

「食えん物には興味が無いぞ」

 

「これは食べられなくても売ったら幾らでも食材も買えるし食べ歩きも出来るよ」

 

「よし、どんどん詰め込めルカ。根こそぎ持っていくぞ!」

 

「ちゃんと売れそうなものをね……」

 

 どうにか無事な金銀財宝をアリスが持っている魔法の袋に粗方詰め終わった後は、武具を物色する。大海賊が残したお宝だ、そこそこ良いのが有るのだろうと探したら、大体が宝物としての価値を重視した儀礼用や貴族のアクセサリー的な装備が多かった。だが、その中でようやくそれなりに使えそうな防具を発見する。

 

ルカはオリハルコンサークレットを手に入れた!

 

「ほう、オリハルコンの防具か。こんな物を集められるとは人間の海賊にしてはそこそこ強かったのだな」

 

「そうだね、かの海賊女王ロザにも匹敵したかも。よし、これを貰っていこうっと」

 

 早速装着すると、かっこよさが上がった気がして何だか嬉しい。そういえば、最初は装備一つ手に入れる度にウキウキしていたなあと懐かしくなった。

 

「ではとっとと港へ行き次の大陸へ進むぞ。これを軍資金にして美味いものを全て食らい尽くしてくれる」

 

「程々にね、あくまで程々にね……!」

 

 大事なことなので2回繰り返した。そこそこの期間の軍資金にはなるだろうが、腹ペコ魔王の買い食いに付き合い、高級宿に泊まらされたら果たしてどれだけ持つだろうか。まあ、それは追々考えようとテレポートで脱出した二人。いつの間にか日もすっかり落ちていて、空には満点の星空が見える。

 

「今日はこの辺りで野営かな。残った食材は……と」

 

「うむ、待っているから早く作るのだぞ!」

 

「…………」

 

 そろそろキャンプ設営だけでも手伝わせるかと思いつつ、テントが破壊されるのも困るのでひとまず自分で設置する。何時も通りルカが料理をしてアリスが大半を食べて、ようやく就寝時間になったが……またしゅるしゅると巻き付かれた。

 

「あ、あの、アリス……今日はもう僕沢山絞られて出ないと思うんだけど……」

 

「やかましい。あんな狐共にデレデレしおって。狐臭くてかなわん。たっぷり余の匂いで上書きしてやろう」

 

 どうやら絞られてしまったのが特にお気に召さない様子である。「だ、だってぇ……」と抗議しても当然のごとく聞き入れられない。

 

「まあ、余もそこまで鬼ではない……代わりに貴様が奉仕すると言うのなら回数は減らしてやろう」

 

「ちょっ!?」

 

 そう言うやいなや、尻尾だけで器用に向きを変えられ6で9な姿勢にさせられた。魔性の強い香りに「ふぁぁぁぁぁぁ……」と声が出て頭がくらくらしてくる。

 

「ふふふふふ……すっかりその気になりおって。ほれ、犬の様に余に奉仕するのだぞ」

 

「う、うぅぅぅぅ……」

 

 こうして、ひと晩かけてルカはペロリストとして調教されてしまったのだ。初めは無理やりやらされたがその味と香りにだんだんと魅了され、なおかつ普段受け身ばかりな自分が相手を気持ちよく出来ているからと次第に積極的になっていってしまったのだ。……尤もそれはもんむすからすれば、ペットに上手く芸を仕込めている様な感覚であり、間違っても優位に立てているという状況では無いのだが、悲しいかな、今までずっとただ犯されるだけのルカにとってはそんな小さなご奉仕でも喜べてしまう程なのだ。

 

 なおアリスはその事に大層ご満悦で、これからも度々ルカに技を仕込んでいこうと決意するのであった。

 

「…………はうぅ…………」

 

 今日も朝からげっそりとして朝食を作り、体力回復中なルカ。流石にやりすぎたかとアリスも少し反省するが、なおその反省が生かされることは殆ど無い。消耗してフラフラな相手に「ほら、とっとと作れ」とご飯を催促する鬼畜ムーブをかましつついい香りに機嫌をよくして料理ができあがっていくのを眺めていると、ふと空に流れ星が見えた。

 

「ん?」「ぬ?」

 

 二人共偶然それに気が付き、何となくその行き先を目で追っていくと……段々とその光が強く大きくなっていき……ドゴォオオオオオオオオン!と凄まじい音を立てて近場に落下した。それに、何となく嫌な予感がするルカ。

 

「えっ、まさか……!?」

 

 料理も終わっていたので、鍋をほっといて全力疾走するルカ。そして、鍋を持ってグビグビ飲みながらそれについていくアリス。森をかき分け、破壊された木々の中心には穴が空いていて、そこを覗き込むと――ドクン、と記憶がフラッシュバックした。そう、あの時、あの最初の出会いと同じ――

 

 穴の中で、某Z戦士が自爆を食らった後の様なポーズで倒れ伏す、小さな天使。ルカは勿論、アリスの表情も驚愕に染まる。尤も食べるのは止まらないが。

 

「んぐんぐ……地上に天使……余も初めて見る「イリアス様っ!?」何ぃ!?」

 

 ダダダダダッと駆け寄って、すぐさま全力で回復技をかけるルカ。すると、すぐさま起き出す。

 

「ここは……いったい、何が……? む、ルカ? あなたなのですか?」

 

「はい、僕です。大丈夫ですか?」

 

「……ダメージはどうやら回復したようです……」

 

 と、現状を把握する前に「あっはっはっはっは!」とアリスの大きな笑い声が響いてきた。それを不快に思ったか、キッと睨みつけるロリアス様。

 

「くっ! そこの魔王、何がおかしいのですか!?」

 

「どうしたも何も、貴様がそこまで小さくなるとは……くくくくく……コレほど愉快な物を見たのは余も生まれてはじめてだぞ……!」

 

 なんとあのアリスが、食べるのも忘れて、本当に愉しそうに笑っているのだ。そして、沸点が限りなく低いイリアスは当然の反応として、すぐさま雷を落とそうとする。

 

「この間私に勝てず地上に叩き落されたのをもう忘れた様ですね。その体が消し炭になれば少しはその足りない頭でも力の差を覚えられますか?」

 

イリアスはさばきのいかづちを放った! アリスにダメージを与えられない!

 

「ふむ、これではマッサージにすらならんな? ほれ、どうした? その様では100万年経っても余を消し炭になどできんぞ?」

 

 くくくくと悪い笑みをしつつ煽る煽る。愉快で愉快で堪らないようで、ここまでハイテンションなのは平行世界を含めてルカも初めて見る。

 

「今度こそ消し炭になりなさい! その炭化した肉体を魔王城に届けてあの狐に振る舞ってやりましょう!」

 

イリアスはさばきのいかづちを放った! アリスにダメージを与えられない!

 

「おお、何ということだ。神の怒りが静電気程の強さとは、イリアスとはなんと心穏やかな女神なのだろうな?」

 

「なっ!? どうして先程から全く出力が出ないのです!? それに、頭が高いですよ!」

 

「違うな、貴様の頭が低いのだ」

 

 自分の様子にすら気が付かないロリアス様をとにかく徹底的に煽るアリス。しかし流石におかしいと気が付き始めたのか、魔法でぽんっと鏡を出す。

 

「鏡よ鏡、この世で最も尊いこの私の、現在の姿を映しなさい」

 

 そして映し出されるのは……非常な現実すなわち小さくなってしまった自分の姿であった。

 

「ちっちゃい! どういう事なのです、これは!? まさか……六祖大縛呪!? ううっ……記憶さえ断片的とは……いったい何者が、この私にこんな……黒のアリス? プロメスティン? それとも邪神の計略? ……ああ、思い当たる節が多すぎます!」

 

「「(敵が多いな……)」」

 

 思わずルカとアリスの心情がシンクロする。目の前の女神、敵を作り過ぎだろう。

 

「まあ、イリアスよ。自分の置かれている状況が分かったか?」

 

 恐らくアリスの妖魔生で一番のいい笑顔をイリアスに向けると、「ぴぃぃぃっ!?」と縮こまるロリアス様。

 

「この間は随分と余に手傷を負わせてくれたなぁ?その礼をしてやろう。……さあ、どの様に喰われたい? 上の口で指から一本一本食っていくか、それとも下の口で永劫にも思える程の長い時を掛けて少しずつ溶けていくか……」

 

「ど、どどどどっちも嫌です!!!? ル、ルカ、私を助けるのです!!!」

 

 ズダダダダッと涙目になってルカの後ろに回り込み、服を掴んで全力で助けを求めるちび女神様。その様が大層愉快で、アリスは更に触手やら何やら色々な器官を出して脅しにかかると、もっと縮こまってプルプル震える。

 

 ルカもまあある程度は仕方ないなあとか、ここで初めに怖い目に遭っておけば後々まで自重してくれるようになるかなぁなんて思い、少々時間が経ってから助けることにした。このルカも中々の鬼畜である。

 

「まあまあアリス、イリアス様がこんな姿にされるなんてそれこそ異常事態だよ。まずは話を聞かないと」

 

「むぅ……貴様がそう言うのなら仕方無い……とっとと野営地に戻るぞ。まだパンを食べていないしな」

 

 アリスもそれを分かっているのか、一通り脅した後は各器官を仕舞い、背を向けて野営地に戻る。ようやく自分に向けられる敵意やら殺意やら食欲やらが無くなり、ほっと一安心するロリアス様。だが、腰が抜けてしまったようだ。ルカの服を掴んだまま、動けない様子。

 

「ルカ……ルカ……貴方にこの女神を運ぶ栄誉を与えましょう……しっかりと運ぶのです。そして我が身に代えてでも私を守るのですよ」

 

「はいはい」

 

 何だか最初に出会った頃そっくりだなぁと苦笑しつつ、ロリアス様をおぶって野営地に戻るルカであった。

 

 

「――それで、一体何があったのだ?」

 

 火を囲んで座りギロリとイリアスを睨むが、妙に威厳の無いアリス。それもその筈、持ってきた鍋の中身を一人で全部食べてしまったので、ルカに人間の姿で正座を強制させられているのだ。なお、イリアスの方もアリスが怖くてルカの背中におぶさったままなので威厳の無さはどんぐりの背比べをしているのだが。

 

「少々待ちなさい、今思い出します。――この身体になってしまった事で記憶容量が――ええと、これは確か今朝……」

 

 少しずつパズルのピースを組み上げるように記憶を再構築していく。段々と記憶が復元させていき、無意識に今日この直前に有った出来事を口に出していく。その内容とは……

 

 

イリアス様回想中

 

「エデン、昨日話した茶碗蒸しなるものの準備はできましたか?」

 

「はい、イリアス様! このエデン、全力を尽くして探してまいりました! 見て下さい!」

 

「…………エデン、これはなんですか?」

 

「はい、イリアス様のご所望された茶碗蒸しなる虫です!」

 

「……エデン、これはクツワムシという生き物です。決して食物では有りません」

 

「な、なんと……!?」

 

「エデン、そこに直りなさい。だいたい貴方は何時も何時も食べ物を用意させても訳のわからないものを――何故、氷柱の砂糖がけを美味しいと思えるのか――お好み焼きの一つも作れないなど一体この数億年何をしていたのか――聞いているのですか三番目――!」

 

「…………何やらイリアスが隙だらけだな」

 

「…………そうですわね、今なら六祖大縛呪すら出来そうですわ。横の熾天使も一緒に」

 

「はっはっは。そんなまさか」

 

「ほほほほほ、ですわね。そんなまさか。……まあ試しに」

 

回想終了

 

 

「おのれ、黒のアリス……! おのれ、プロメスティン……! 私が力を取り戻した暁には必ず地獄の最下層に……!」

 

「「…………」」

 

 遠い目をするルカ、そして呆れ果てた表情のアリス。状況は間違いなく厄介な事になるのだろうが……。

 

「全く、それしきの事で隙を晒すとは……なんと情けない女神なのだ」

 

 やれやれと首を振るが、馬鹿にされることは許さないと反論するロリアス様。

 

「ほう、では魔王よ……もし、貴方がルカの料理が出てくると期待して、クツワムシやら氷柱の砂糖がけを部下から出されたらどうするのですか?」

 

「即刻300年程魔王城から追放の刑に処し、料理をマスターするまで一歩も敷居を跨がせないに決まって……はっ!?」

 

 真顔で答えるアリス。うん、やっぱり常々思ってたけど……。

 

「あなただって同レベルではないですか!」「やかましい! 実際に余はそんな事はされていないだけ貴様よりマシだ!」「この腹ペコ魔王!」「この駄女神!」

 

 この二人、色々な意味でそっくりだ。なのでこういう時の対処方法も大体知っている。

 

「ほら、二人共サンドイッチができたよ……」

 

「わぁい♪」「さあ、献上するのです♪」

 

 とりあえず食べ物を与えておけば、その間は静かだし仲良くなるのだ。もぐもぐと美味しそうに食べる女神様と魔王様を見つつ、これからどうしようかなぁとルカは遠い目をするのであった。




イリアス様だけ無効化しても間違いなくエデンさんが暴れるよなぁって事で、無効化するなら二人同時→この二人の隙を同時に突くとか普通の手段じゃ無理だよなあ→よし、勢いで押し切ろう! な感じでこんな展開にしました。生温かい目で見て頂けると嬉しいです!


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始動!女神イリアスの世直しの旅!(イリアス視点)

やっぱり書いている内に区切れずに長くなってしまう……!
もう思うがままに文章書き連ねたほうが結果的に早くなるかな?


 とりあえず朝ごはんのサンドイッチとハーブティーで一息を付くと、早速これからの為の作戦会議である。

 

「さて、ルカ。まずは何を置いても私を高い山に連れて行くのです。そこで呼びかければ忠実なる我が下僕達がすぐに駆けつけましょう」

 

 戻る気満々なイリアス様だが――ルカの表情は暗い。

 

「えーと……イリアス様、多分無理かと……」

 

「何故ですか? この姿でも天使であれば最低限念話は飛ばせるのですよ。最悪、あなたの力を借りればいいですし」

 

 なおアリスはイリアスが苦境で足掻くのは面白いが、イリアスに六祖大縛呪をかける程の連中が野放しになっているのもそれはそれで大問題なのでひとまずは静観している様だ。

 

「その御姿だと、下っ端の天使はイリアス様だと分かって頂けないと言うか、向こうで初見で見抜いてきた天使はミカエラさんとエデンさんだけです。と言うより下っ端の天使はイリアス様だと偽ったと襲いかかってきましたし……」

 

「な、なんという事でしょう……!? 主の苦境を分からぬとは天使は無能揃いですか!?」

 

 激高するイリアスだがどうしようもない。何せ姿が変わり力は弱くなりで自分の言動以外に証明するものは何もない。そしてそんな様子を本当に愉しそうに眺めるアリス。

 

「くくくくく……いや大した部下達だなイリアスよ……」

 

「お黙りなさい! この性悪魔王! あなただってどれだけの部下があなたを知っているのです!?」

 

「アリス、とりあえず話が進まないから挑発は止めてね……」

 

 まあアリスとしても大事な話だとは分かっているのだがそれでも愉悦は止まらないのが困りものである。

 

「それで現実的な選択肢としては……僕たちと一緒に旅をするか、それとも何処かで隠れ住むかでしょうか?」

 

「あなた達に付いて行くならばともかく、私が隠れ住む当てなど……当てなど……」

 

 無いと言おうとして、ふと気が付く。そして顔が青くなる。

 

「だ、だだだ駄目ですっ!? ミカエラの所は駄目ですっ!? この身体で天軍の剣など受けたらチリ一つ残りませんよ!?」

 

 またもや青くなってブルブル震えるイリアス様。そういえば向こうの世界でもミカエラさんに怯えていたなあ……。アリスもそんな様子を呆れ半分で見ている。

 

「ええと、じゃあイリアスヴィルの僕の家で一人で暮らすというのは「そんな暮らしなど何時刺客が来るか分からないではないですか!?」…ですよね」

 

 何せこの女神様、ひっじょ~~~に敵が多いのだ。無防備で居たら間違いなく襲われるだろう。となると残る現実的な手段はやはり……

 

「じゃあ、僕たちと一緒に旅をしますか? 少なくとも僕もアリスもそこらの魔物どころか聖魔大戦級の魔物でも無い限りどうにかなるかと思いますけど」

 

「おい、余はこんな奴を守るつもりはないぞ」

 

「そんな事言うなよアリス……そこを何とか一つ頼むよ」

 

「ふんっ」

 

 やはり一緒に旅をする事か。何をするにしても情報収集も必要だし、前からルカからは誘われていたし。魔王まで一緒なのは気に食わないが、実力だけは確かなのだ。攻撃を受けそうになったらこれを囮にすればいいだろうと腹黒く計算をする。

 

「いいでしょう、ルカ。あなたにこの女神と共に旅をし尽くす栄誉を与えます。ちゃんと守るのですよ。そして私が元に戻った暁には天界で何一つ不自由しない暮らしを約束しましょう」

 

「守ってもらう立場の癖になんと偉そうにしているのだ……」

 

 小さくなっても変わらない尊大な態度に呆れるアリス。そしてルカにとっては平行世界での旅路で慣れたもの。最初の方は旅の愚痴が凄かったっけと苦笑する。だが、人里に出る前にもう一つ大事なことが有ったと思いつく。

 

「そうだ、イリアス様の偽名を決めておきましょうか」

 

「何故私が偽りの名を名乗らないといけないのですっ!?」

 

「ちっちゃい天使の姿でイリアス様イリアス様って呼んでいたら、『その名をよくも偽ったな!?』とか言って地上を見張っている天使が襲撃に来たりしません?」

 

 顔を真赤にして抗議するも、ルカの想像した光景が自分もありありと思い浮かんだのか、断腸の思いで偽名を考えるロリアス様。

 

「……しかたありません。この神名を偽る事は非常に不本意ですが……! この姿でいる内はアイリスと呼ぶのです」

 

「はぁい」「うむ、分かったぞ、偽女神アイリスよ」

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ……!」

 

 これで大事な事は一通り決まったか。地上での常識は……色々と失敗しながら覚えていけばいいだろう。なんだかんだで向こうでも順応が早かったしと思いつつ、荷物を全てまとめ終える。

 

「それじゃあ方針が決まったし、早速出発しようか」

 

「うむ、早く次の大陸での名産品を味わいたいぞ」

 

「この私が土にまみれて歩くなどなんたる屈辱――覚えていなさい! 黒のアリス! プロメスティン!」

 

 こうして、奇妙な三人の旅が始まったのだった――「ま、待ちなさいルカ、魔王! ……あ、歩くのが早すぎます!」――前途多難では有るのだが。

 

 

 

「私の名を冠した港町なのに、なんと寂れているのでしょう……」

 

 女神イリアスが下界に堕ちて初めてやってきた街は、それはそれは寂れた港町であった。しかも自分の名が冠されている港町でこれなのだから、その怒りや悲しみもひとしおである。

 

「ああ口惜しい……この様な暴虐を誅す事も出来ないとは……」

 

 かの邪神との密約により直接手出しが出来なかった事を歯噛みする。そして今はどうにかする力すら無いのだ。

 

「…………」

 

 この事についてはアリスも分が悪いのか、またそこらの屋台で焼き魚やら焼貝やらスープやらを買い込んでいる。どうやらお宝が手に入った分更に自重が効かなくなった様だ。そんな様子を眺めると、同じ様にお腹が空いてきた女神様。くいくいとルカの袖を引く。

 

「ルカ――ルカ――聞こえますか? 私は今ひそひそ声で話をしています。この中で味の良い物を献上するのです……」

 

「はーい、分かりました」

 

 まあこう言われるだろうなと思っていたので、焼き加減やら香りやら塩の振り方を見て良さそうなのを二串購入。そして片方のより美味しそうなのを渡すルカ。

 

「むぅ、直接かぶり付くとはなんと野蛮な……あむあむ……あっ、美味しい……♪」

 

 どうやら満足してくれたようで何よりだ。ほっと一安心して自分も一口。初めて地上に降りて見る街はまさしくまるで視点が違い、見えるものもまた違ってくる様だ。珍しそうにしきりにあちこちをキョロキョロと見ている。

 

 そして武器屋を見つけると、龍鱗の弓を一つねだられた。この体格で近接戦は無謀なので弓を選んだようだ。幸い、洞窟に有った宝で支払いが出来たのであるが、少なくない出費を強いられてしまった。

 

「今は力が弱っているので仕方有りませんが、魔物をこの手で誅せるというのは中々心が踊りますね。ルカ、セントラ大陸に渡ったら早速試し打ちをするので手伝うのですよ」

 

「無茶だけはしないでくださいね?」

 

 苦笑しつつ、適当な船を探す。今にも出港ができそうな船を見付けたが、海神の鈴を持ってきたと言っても取り合ってくれなかった。向こうではこれを見せればすぐに船を出してくれたのだが――と困っていたらアリスの暗示により無事に出港する事が出来た。

 

 

 セントラ大陸まで僅か1日の船旅である。この程度の長さなら、初めて船に乗るアリスもイリアスも特に文句は出ないのか、珍しそうに船を観察したり、海を眺めたりしている。特にイリアスはちっちゃくてかわいい少女の身体で有ることも相まって、船員達からビスケットや飴を貰って喜んでいた。

 

「ふふふ、やはりこの女神の溢れ出る神聖さは隠せないようですね。こんなに貢物が集まりました」

 

 巾着袋一杯にお菓子を詰め込まれて上機嫌に食べている。それを嗅ぎつけたか、無遠慮に手を突っ込んでそれを横から奪うアリス。

 

「あっ!? 何をするのですかっ!?」

 

「くくくくく……中々美味いではないか……」

 

「返しなさい! 返すのです!」

 

 手の届かない所に袋が行ってしまい、ぴょんぴょん飛び跳ねて取り返そうとするのだが届かない。それを見てドヤ顔でお菓子を頬張るアリス。なんて低レベルな争いなのだろうか……。

 

「う、うぅ……」

 

 そして涙目になるイリアス様。そしてそれを見た周りの冷たい視線が魔王様に刺さる。

 

「うわ、ひでぇ……」「子供から奪うかよ普通……」「食い意地張ってんなぁ……」

 

「…………」

 

 流石に余りにも気まずかったのかスッと巾着を返したアリス。そのままふてくされて海を眺めに戻ってしまった。ちなみにルカは無理やり働かせるだけというのも気まずいので、料理やら船内の清掃やら整頓やら、味皇+パーフェクトメイドの特性を生かして働きまくっていた。どうかこのままずっと働いてくれと船長含めて船員一同から懇願されたのはご愛嬌である。

 

 

「魔力の働きによりこうやって相手の視力を多角的な意味で奪ってだな――魔力の変換の方法は――」

 

「こう、かな?」

 

ルカは暗闇の魔眼を覚えた!

 

 日は水平線から沈み、すっかり夜になった船上で、ルカはまた新しい技を習っていた。

 

「うむ。相変わらず飲み込みが早いな。言うまでもないことだが眼のもたらす情報は非常に多い。それだけに多くの相手に有効に作用するだろう。――尤も、ポピュラーな妨害方法だけに上位の魔物はそれなりに対策を持っていると思ったほうがいいが」

 

「だね。向こうでもこういう異常状態は強い相手には中々効きにくかったよ」

 

「ああ、魔の穢れた技を覚えてしまうとは……ですが仕方有りません。その力を持ってきちんと魔物を誅するのですよ」

 

 魔物の技を覚えていくことにご立腹な様だが、その技が向けられるのは敵であるならばと一応は納得してくれたご様子。自分も何か技を教えたいがと思ったが、平行世界の自分により結構な数の天使技を覚えていると知ってしょぼくれてしまうイリアス様であった。

 

 そんなのんびりした時間を過ごしていると、不意に海が荒れ狂い始めた。先程まで静かだったのが嘘の様に辺りに暴風が吹き荒れる。だが、海神の鈴のお陰で船には全く影響がない。自分は一度経験があるのだが、この加護を未体験な二人はしきりに感心している。

 

 と、そんな時に吹いた一筋のつむじ風。その風が運んできた先に3人が目を向けると、舳先には一人の美しい妖魔が立っていた。

 

アルマエルマが現れた!

 

「お前は――」「あなたは、淫魔の女王――アルマエルマ!」

 

 油断なくアルマエルマを見据えるルカに、怒りの表情で睨むイリアス様。そして、やや離れて腕を組んで成り行きを見守る魔王。

 

「なるほど……あなたが、例の人間ね。ふふっ……アリスフィーズ様が気に入られるだけあって……美味しそう……それに、そっちのちっちゃい子は天使かしら? 実は一度食べてみたかったのよね♪」

 

「このめg…もがっ!?」

 

「アイリス様っ!? しーっ!? しーっ!?」

 

 女神と名乗ろうとしたので慌てて口を塞ぐルカ。淫魔は特に嫌いなようだが、小さくなった女神だと正体がバレたらこの場で本気で食い殺しに来かねない。

 

 アルマエルマはそんな様子を面白そうに見つつ、舌なめずりしてからアリスの方に視線をやった。

 

「アリスフィーズ様。魔物を傷つける勇者は、退治してもいいという御命令でしたが――その御命令、確かに遂行してよろしいのでしょうか?」

 

「……例外は無い。余はあくまで、このてん……吸血……キメ……に、にん……げん……を観察しているだけだ」

 

 人間と言うのに相当言い淀まれてしまった。

 

「くすっ……そうは思えませんが、分かりました。そういう事よ……ルカちゃん。この海域は通してあげないわ」

 

「……僕としては、船を妨害するのは止めて欲しいんだけど。――勇者以外の大勢の人に迷惑がかかって、暮らしていけない人も出てくる。このままじゃ魔物への憎悪が余計募っちゃうよ」

 

 そう言うと、スッと目を細めてこちらを見てくる。

 

「そうは言ってもねえ。イリアス神殿で生み出された勇者があちこちで悪さをしているのよ。いくら退治しても退治しても湧き出てくるなら――元を止めないと駄目じゃない?」

 

「……これから暫くは洗礼の儀は起きないんだけど……ね。お互いに譲れないものが有るか。それじゃあ――」

 

「ええ。力づくで言うことをきかせてごらんなさい?」

 

 クスクスと笑うアルマエルマ。その表情からは余裕が見て取れる。グランベリアから詳しい話を聞いていないのか、それなりに実力は有りそうだと見ては取っていても明らかな油断が見て取れる。コロシアムで戦った時程度には手を抜いているようだ。本気ならば今の装備では相当に分が悪い。なら、その本気を出される前に――叩く!

 

「其れは英雄の物語。世界を巡り、精霊と心を通わせ、終には魔を打ち破るに至った彼の名は――」

 

ルカは英雄譚を語った!仲間に勇気が漲ってくる!

 

「ほらほら、敵を目の前にのんびり詠唱しちゃっていいの?」

 

アルマエルマは魅了の魔眼を放った! ルカには効かなかった!

 

「あ、あら?」

 

 詠唱しても何も効果が起きない事から、軽く魅了をかけてみようと思ったら、完全に無効化されて驚くアルマエルマ。それもその筈、一人で戦うしか無い今は動きを止めてくる異常状態はそれだけで致命傷になりうるので、片っ端から無効化のアビリティを付けていたのだ。魅了も誘惑も恍惚も麻痺も睡眠も今のルカには一切効かない。そして、その驚いた隙に、一瞬で懐に潜り込んだ。

 

「大地の轟、この拳に込めて――土刻金剛拳!」

 

「か、はっ!?」

 

アルマエルマに50851のダメージ!

 

 淫魔の弱点である土属性を拳に込め、強烈な一撃を腹に叩き込むと衝撃が伝わり、くの字に折れ曲がり、吹き飛び……すぐにムクリと起き上がってきた。

 

「あはっ、あははははははははっ、なるほどね、グランベリアちゃんが話してくれなくて、たまもちゃんもはぐらかしてきたのはこういう訳なのね?」

 

「……ふん。それを鑑みても貴様は油断しすぎだ、ドアホめ」

 

「これはお見苦しい所を見せてしまいましたわアリスフィーズ様。ええ、ええ――次はちゃんと油断せずにかかります。ルカちゃんもごめんね? 燃焼不良にも程があるでしょう? 次はちゃんと楽しませてあげるから、今回はこれで許してね?」

 

 とルカに一瞬で近付くと、チュッとキスをしてまたすぐに離れる。

 

「そ、それはいいんだけど……それで、嵐は止めてくれるのかな?」

 

 顔を赤くするとくすくすと笑われたけど、ひとまず置いておく。

 

「そうねえ……本来なら止めたくは無いんだけど……しばらく洗礼の儀は起きないんだったかしら? ルカちゃんがつまらない嘘をつくとも思えないし……そっちの天使ちゃんが何か関係有るのかしらね?」

 

 とイリアスの方を見れば、ビクッと震えてからルカの影に隠れる。何か言おうとしても迂闊に情報を与えればそれこそあの腹黒狐などが襲いかかってきかねないので、頑張って睨みつけるだけに押さえておくようだ。そんな様子を見てまたアルマエルマがくすくすと笑い、イリアス様の怒りが蓄積していく。

 

「まあ、負けちゃった私には拒否権は無いし、止めてあげるわ、ルカちゃん。――次は油断はしないから、頑張って装備を整えておいてね?」

 

 と、最後に投げキッスをして最初に現れたときと同じ様に、風と共に唐突に消え去ってしまった。そして、嵐もまた唐突に止む。

 

「……はぁ、何とか引いてくれてよかった……」

 

 正直この船の上で本気で戦っては大迷惑どころか沈みかねないし、また装備もまだまだ心もとないので引いてくれて助かったと安堵する。

 

「どうやらアルマエルマも貴様を気に入った様だな。良かったな、ルカ。モテモテだぞ」

 

「良かったですわね、ルカ」

 

「二人共そう言いつつ冷たい目線は止めてよ!?」

 

 まあ正直しまらないが……それでも船がまた往復できる様になったのなら万々歳だと、静かになった海を見て思うのだった。

 

 

 同時刻、魔王城。

 

「ただいま~♪ ルカちゃんに、ボッコボコにやられて帰ってきちゃいました♪」

 

「……貴様もルカを見に行ったのか。軽い気持ちで手を出したら手痛い反撃でも食らったか?」

 

「にょほほほほ♪ 可愛い子じゃったろう? あれで強くて精も極上の味と、本気でうちの情夫にしたい位なのじゃ」

 

「ええっ!? たまもちゃんもう食べちゃったの!?」「…………」

 

 驚いて割と本気で悔しがるアルマエルマに、凄い不機嫌な顔でたまもを睨みつけるグランベリア。だがこのきつね、分かっていて更に煽る。

 

「うむ! あぶらあげといなりずしのお礼に、うちのぷりちーできゅーとなもふもふの尻尾を堪能させてあげたのじゃが、ちょっと我慢ができなくなってのう……」

 

「……それで、ルカの装備はどうだった?」

 

「お主が最初に出会った頃の鉄の剣と布の服よりかは遥かにマシになっておったぞ。んむ、これからもまだまだ伸びるな」

 

「そうか」

 

 それだけ聞くと、踵を返すグランベリア。

 

「あら? どこへ行くの?」

 

「……貴様らが随分と楽しそうにしているのでな。ルカの新調した装備がどの程度か試してくる」

 

 そう言うと、転移魔法で何処かへと飛び立ってしまう。

 

「あらあら、グランベリアちゃんも私情で戦いに行っちゃって……みんな四天王の自覚にかけるんじゃないかしら?」

 

「それは、お主もじゃろう」

 

「あははっ♪ ……それはそうとね、たまもちゃん。アイリスって名前の天使を知ってるかしら……? 何かルカちゃんに随分と懐いていたみたいなんだけど」

 

「……アイリス、じゃと?」

 

 自分の知らぬ名の天使。と言うか、使っている文字からして……。

 

「それは興味深いのう、少し聞かせてくれぬか?」

 

 速攻でたまもにバレてしまったイリアス様の明日はどっちだ!?




フラグがドンドコ乱立するルカさんと死亡フラグがそこら中に乱立しているイリアス様でありました
と言うか大丈夫かな、こんなペースでフラグ立てていったら魔王軍で内乱起きたりしないかな……?


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無知とは幸せ

 アルマエルマの襲撃を受けた翌日、船は無事に到着した。久々のイリアスポートからの船の到着は驚きを持って迎えられ、その情報を受けた商人やら船乗りやらが、慌ただしく動き出したのが見える。これで暫くすると物流が回復するだろう。

 

「ふむ、こちらは中々活気があるようだな」

 

「こっちはセントラ大陸の港町だからね。あくまで遮断していたのはイリアス大陸への船だけって事か」

 

 アリスはイリアスポートと違い活気の有る街を興味深げに眺め、そしてイリアス様はと言うと……。

 

「おおお、何ということでしょう……街中に魔物がこんなにも堂々と跋扈しているとは……この邪悪を駆逐する力すら無いなんて……」

 

 その辺に普通にうろつく人魚に大変お怒りのご様子である。そう言えば向こうでもいきなりイリアスヴィルに居たスライム娘やらルミ、レミを退治しようとしていたなあと懐かしさを感じる。

 

「マーメイド手作り、焼きヒトデはいりませんか~?」

 

「……向こうと変わらないものも有るんだな」

 

「ほう? 美味いのか? おい、一つ貰おうか」

 

「まいどあり~♪ やっと売れたわ!」

 

 あのゲテモノ売りのマーメイド、こっちにもいるんだなと妙な感慨に浸っていると、その態度をどう受け取ったかアリスが釣られて買ってしまう。

 

「あむあむ……不味っ!? なんだこれは!? 酷い味だぞ!? 何故こんな物を売っているのだ!?」

 

「ええええ……どうして? こんなに美味しいのに……」

 

「貴様、味覚がおかしいのではないか……?」

 

 大抵のものはバリバリ食すアリスも向こうでは受け取らなかった一品だ。余程不味いのだろう。

 

「んぐんぐ……ごくん。ええい、口直しだ! 珍しい物を片端から食らってくれるわ!」

 

 と、早速そこらの屋台を漁る魔王様。一方ロリアス様もイリアスポートよりも段違いの数の品物に目移りしてるのかあちこちの店をキョロキョロ見ている。そして見た目がちっちゃい可愛い少女なので

 

「おっ? どうした? 嬢ちゃん? 興味があるのかい? ほら、ちょっと味見してみなよ」

 

「おやおや、可愛いわねえ。ほら、サバサの果物を混ぜ込んだ飴だよ。一つ食べてみるかい?」

 

と、あちこちの屋台から試供品を貰っていた。それを残さず受け取り同じ様に片端から食べていく姿は妙に可愛らしい。

 

「あむあむ……♪ さすがは私、この姿でも溢れる威光を抑えられませんか……♪ はむはむ……こんなに献上をするとは実に感心な使徒達ですね……♪」

 

「二人共迷子にならないでね……探すの大変だから。後、夕飯の材料探そうか」

 

 そんな二人を見失わない様に、頑張って付いて行くルカ。特に背の小さいロリアス様はすぐに見失いそうでちょっと怖い。

 

「ルカ……ルカ……聞こえますか?カレーを作るのです。カレイでは、ありませんよ、カレーを作るのです……」

 

「うむ、ルカ。カレーだ、カレーを作るのだ。後チョコを使って何かを作るのだ」

 

「なにゆえこんな時ばっかり息ぴったりに。そうだなあ。港街にいるしシーフードカレーでも作ろうか」

 

 そんなルカの思いつきに揃って『わぁい…♪』と喜ぶ食いしん坊二人。やっぱり食べてる時は仲いいんだと、餌付け様のお菓子はなるべく用意しておこうと、カレー粉の他にチョコやらあんこやら様々な国の果物を使ったジャムやらを買い込む。

 

 散々買い食いした後はようやく一息ついたのか、自然に話題が次の目的地の話になる。

 

「それでルカよ、次に行く当ては有るのか?」

 

「最初は西にあるサン・イリアに行ってみようかなって思う。イリアス教の総本山だけあって情報が沢山集まってるからね」

 

「サン・イリアですか。大聖堂に降臨する事は何度か有りましたが街をじっくり巡るのは初めてですね。我が教徒達の暮らしぶりはどの様になっているのかこの目で見てみましょう」

 

 楽しみにしているロリアス様と、あからさまに不満そうな魔王様。まあ、魔王がイリアス教の総本山に行っても楽しくはあるまい。

 

「それで、美味いものは有るのか?」

 

「……清貧な料理ならたくさん有るよ? そ、それと街には水路が張り巡らされて観光地としてもとても綺麗だね」

 

「なんと下らん街なのだ……」

 

 食べ物に期待ができないと分かると露骨に不機嫌になる魔王様、そしてがっかりしつつも自分が清貧は美徳と言っているので立場上文句が言えないイリアス様。だがどっちも似たようにテンションの低い表情をしているのは共通だ。

 

 そんな感じに話し合いが進むと、「あの……すみません。そこの旅のお方、ちょっと宜しいでしょうか?」とルカには聞き覚えのある声で、話しかけられる。

 

「は、はい……なんですか?」

 

 少々驚きつつも振り返ると、そこには某四天王と非常に気が合いそうな美しいマーメイドのメイアがいた。

 

「そのような剣をお持ちしている事からして、ただものではないとお見受けしたのですが……」

 

「ええ、確かにただものではありません」

 

 こんな剣を持ち歩いている奴がただものだったら、そっちの方がびっくりだ。

 

「腕に覚えのある冒険者とお見受けし、お願いがあるのです。どうか、お話を聞いてもらえないでしょうか……?」

 

 自分としても元の世界の仲間の頼みは聞いてあげたいし、何より向こうの世界との差異も気になる。「はい」と頷こうとする寸前、街中に凄まじい轟音が響いた。

 

「きゃぁっ!!」

 

「なんだ、何があったんだ!?」

 

「あの建物は……人魚の学校!? た、たいへん!」

 

 メイアは急いで学校の方に駆け寄る。ルカもこの爆発音に何となく聞き覚えは有ったが、アリスの言葉で確信する。

 

「火薬の匂い……爆弾によるものだな」

 

「やっぱり……」

 

「ああ、この騒動を起こしたのは……」

 

 どうやらイリアス様には心当たりがあるようだが、怪我人が出ているかもとルカも急いで学校の方に駆けていく。しかし、倒壊した建物から大勢のマーメイドがはいでてきたところを見ると、やはり魔物というのは頑丈だなとつくづく思う。漏れ聞こえる声からしても、死者はいないようだ。ルカはほっと胸を撫で下ろすと――視線の先に、よく見知った顔を見つけてしまった。

 

「――ラザロ……おじさん……!?」

 

 衝撃を受けて立ち尽くすルカ。そのままラザロは雑踏に消えてしまったが、あの表情はどう見ても人魚を心配したものではなかった。

 

「……どうした? 知り合いか……?」「ラザロ……おじさん?」

 

 旅を始めてから一度も見せたことのないただならぬ様子のルカに驚くアリスと、あのラザロをおじさんと呼ぶことに首をかしげるイリアス。

 

「どうした、ルカ? 汗だらけだぞ……? さっきの薄汚く下品そうな男、貴様の知り合いか……?」

 

 一度話しかけても反応がなく、今度は肩を揺さぶって話しかける。

 

「……う、うん。僕と、幼馴染の……育ての親って言える人だよ……」

 

「ラザロが育ての親ですって……!? それに、幼馴染……」

 

 そして、ルカの言うラザロ像が自分の知るものと全く違うので驚くイリアス。ともかく、ここまでショックを受けているからにはとても親しいのだろう。真っ青で震えて、とても平静ではない。

 

「……おい、ルカ。今日はこの街で休むぞ」

 

「で、でも」

 

「そんな状況で旅なぞ出来るか。ほら、来い」

 

 と、ズルズルと宿に連れて行かれてしまうルカ。イリアスも、複雑な表情でそれについていく。

 

 

「少しは落ち着いたか?」

 

「う、うん、ありがとうアリス」

 

 宿の一室に放り込まれて少しすると、ようやく落ち着いたようだ。

 

「しかし、平行世界での育ての親がよりによって爆弾テロの実行犯だとはな……」

 

「……いや、向こうでもマフィアのトップとして爆弾テロはよくやってたみたいなんだけど……法皇様も爆弾で吹き飛ばしたみたいだし……」

 

「ろくでもない凶悪犯ではないかっ!? 何故ショックを受けているっ!?」「法皇を……何故そんな事に!?」

 

「……」

 

 たしかに改めて考えると向こうではマフィアのトップとして恐れられている上に法皇様まで爆弾で吹き飛ばした凶悪犯罪者……あれ、ひょっとして凄く悪くて駄目な人?

 

「い、いやでも、こっちみたいに魔物を狙って民間人も巻き込んでの無差別テロとか起こしてないs「狙ってテロを起こすなら良いというわけでもあるまい!」ご尤もです……」

 

「イリアスクロイツのトップが何がどうなってマフィアになっているのですかラザロは……」

 

「イリアスクロイツ……あれ、そう言えば旅立ちの日にイリアス様がこっちの世界との違いに驚いていたような……どんな組織なんですか?」

 

 旅立ちの日、確か、イリアス様はこっちとの差異に凄く驚いて――驚いて――その内容は――えっ、まさか……まさかっ!?

 

「――イ、イリアス様……こっちの世界の父さんを、殺した、のは……カレンさんと、マーリンさんが、死んだ、のは……」

 

 顔を真っ青にして、ガタガタと震え、ふらつくルカ。信じられない、信じたくないとの思いが――「魔王! すぐに、ルカを気絶させるのですっ!」」

 

 イリアスがそう叫ぶやすぐさま、首筋にアリスが手刀を下ろす。普段のルカならば避けられただろうが、動揺しきっていて、実にたやすく意識が刈り取られてしまった。

 

「……魔王よ、爆弾テロが起きてからのルカの記憶を消すのです」

 

「……貴様の言う事に従うのは癪だが、やってやろう。それで、ルカは何を知ってしまったのだ?」

 

「自分の親しい人間が凶行を為していたと知ればショックを受けます。それが凶悪であれば尚更に」

 

「……そこまで、か」

 

 ベッドにルカを寝かし、重苦しい表情の二人。とりあえずルカが起きるまで、イリアスクロイツなどの事を、アリスに教える事にしたのだった。




はい、ここはバッサリカット&記憶消去のご都合主義発動です。ついでに話し的にもここで切らないと凄まじく長くなると思うので短いけど投稿です
ぶっちゃけ、ここでアリスのやらかしとかラザロの凶行とか全部バラした上で平静保つの無理&話作るの無理ぃ!?って事で情報共有を引き伸ばします
もうちょっとこの3人の絆が深まってからじゃないと……

自分は色々と話を書いてきましたが、やっぱり次に繋げやすい話作りって更新スピードにもかなり影響すると思うのです


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ロリアス様「触手には勝てませんでした……」

ロリアス様は涙目になっているところが一番可愛いと思う、異論は認める


「んぅ……あれ、ここは……?」

 

 突然目が覚めると、いつの間にか知らない部屋にいた。日の高さと空気の感じからして朝だろう。何か大事なことを思い出したような――

 

「やっと目が覚めたかルカ」

 

「あれ、アリス……昨日、僕、どうしたんだっけ……?」

 

「覚えてないのか……まさか貴様があんなに酒乱だったとは思わなかったぞ」

 

「ええっ!? 僕お酒飲んじゃったの!?」

 

 どうやら酒を飲んで記憶を失ったことにする様だ。そうだったけかな?と思うもアリスとイリアス様の冷たい目線にそうだったんだろうなと反省するルカ。そして、内心ホッとする二人。

 

「それより、朝食を食べたらさっさとサン・イリアとやらに行くぞ」

 

「ええ、ルカ。しっかり食べてしっかり私を守るのですよ」

 

「はあい」

 

 まあとりあえずは朝食だ。忘れてしまったことも――きっとそのうち思い出すだろう。

 

「まあ悪くは無いか」「これが下々の食事ですか」

 

 アリスは割と贅沢な反応をし、ロリアス様の方は割と興味津々で食べている。港町の宿だけあって、メニューは魚介類中心で中々いけるな、とルカもまったりと一緒に食事を摂る。さて、この港町では何が起きたか――

 

「あっ、そうだ、メイアさんだ」

 

「メイア? 誰だそれは?」

 

「昨日僕に頼み事をしようとした人魚さんだよ。向こうの世界では僕の仲間で……アスタロトに洗脳されて、スルメにされたクラーケン娘の代わりに南海の女王だって暗示をかけられてたんだ」

 

「アスタロト!? あの忌まわしき淫魔がっ!?」「南海の女王もやられたのか……」

 

 そしてあの平凡な人魚からは不釣り合いな名前が出てきて驚く二人。

 

「サン・イリアに行く前にちょっとメイアさんの所に寄ってもいいかな?」

 

「この旅の目的地を決めるのは貴様だ、好きにするといい」

 

「何故魔物の頼み事などを……しかし、南海の神殿には確かオーブが……いいでしょう、そのメイアという人魚の所に行くのを許します」

 

 とりあえず許可を出してくれた二人。相変わらずイリアス様の態度は偉そうだなあと呆れつつ、早速メイアの家へ向かう。どうやら家の場所は変わらないようだ。コンコンっとノックをすると、すぐにドアを開けて出迎えてくれた。

 

「あらあら、あなたは昨日の冒険者様。よくここがお分かりに……」

 

 しまった、そう言えばこっちの世界では場所を聞いていないのだった。

 

「え、えーと、こんな人魚さんを知りませんかって聞き込みを……」

 

「まあまあ、そんなにお手を掛けて頂いてありがとうございます。ささ、こちらへどうぞ」

 

 とりあえず誤魔化されてくれたようで何より。部屋の中へ通されると、テーブルの上にお茶やお茶菓子、水産の食べ物が並ぶ。ルカは恐縮するのだが、その横で無遠慮に片っ端から手を付けていくおまけの二人。ルカは表情を引きつらせつつ、とりあえず用事を聞く。

 

「それで、頼みというのは……?」

 

「実は……私は、人間の男性に恋をしているのです」

 

 それを聞いて横のロリアス様が非常に不快な顔をしているがスルースルー。むしろ、身体でその表情を隠すルカ。

 

「しかし……私と旦那様は愛し合っているにも関わらず、正式な夫婦ではありません。なぜなら、海の掟による婚姻の儀式が行えないからなのです」

 

「婚姻の儀式が……行えない?」

 

 はて? 向こうの世界ではメイア一人で届けに行っていた様なのだが何かあったのだろうか? と思ったら、どうやら道中危険なので代わりに届けて欲しいとの事。こちらの世界は男女共にではないといけないのかと疑問は尽きないが、当事者でなく代理でもいい辺り色々と適当ではなかろうか……いや、そう言えば海の女王たちから海軍のトップから海の連中は大体適当だったと思い出す。

 

 そんな事を考えていると、勢いよく開くドア。

 

「ただいまー!」「あら……おかえりなさい♪」

 

 元気よく入ってきたのは見た目ルカより小さい可愛らしい男の子。趣味が全く変わってない!とルカは頭を抱え、流石に驚きの表情で見る魔王様と女神様。

 

「あー、その、何だ、そこの人魚よ。もう少し成長してからのほうがいいのではないか?」

 

「でも……旦那様、今年で25ですよ」

 

「はぁぁぁっ!?」「なんということでしょう……」

 

「待て待て待て、どう見てもショタにしか見えんぞ!?」

 

「少しばかり、人魚の秘術で年を取らないようにさせて頂いてますから……」

 

 それを聞くと頭を抱えるアリスと非常に厳しい目で見る女神様。

 

「ああ……魔物とは己の欲望のためになんて勝手なことをするのでしょうか……こんな悪逆を止める手段も無いとは……」

 

「……」

 

 今回ばかりはイリアスの言うことに反論も出来ず顔を逸らすアリス。そしてルカは複雑な表情をするも、こっちではショタの被害者が増えないみたいだからいいやと見なかったことにした。

 

「そういうわけで、改めてお願いします。海底神殿まで赴き、南海の女王に誓書を渡してくださらないでしょうか」「おねがいします!」

 

「分かりました、その依頼受けましょう」

 

 まあ、ルカとしても目的は違えど海底神殿へ寄れるのと導きの玉を貰えるなら悪くない。導きの玉と誓書を受け取ると、三人はメイアの家を出て、ナタリアポートを後にした。

 

 

 

「まったく、この私が魔物の依頼を受けるのに付き合うことになるとは……」

 

「まあまあイリアス様、導きの玉を貰えるなら悪くないですよ。オーブを手に入れるならどうせどこかで手に入れないといけなかったんですし」

 

 愚痴るロリアス様を宥めつつ、三人は砂浜沿いを進んでいく。アリスはこういう砂浜を歩くのは初めてなのか、珍しそうに貝やらカニやら流れ着いた海藻を拾っては拾い食いをして味を確かめていた。

 

 しかし、のんびりした空気は突然破られる。

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 不意に、若い女の悲鳴が響き渡る。見れば――か弱い女性が、魔物に襲われていた。

 

なまこ娘が現れた!

 

「こ、来ないで下さい!」

 

「私、お腹が減っているの……あなたでもいいわ、精気を吸わせて……」

 

「やめろ!」「待ちなさい邪悪なる魔物よ! この私が天誅を下します!」

 

 それを止めるために飛び出るルカとイリアス様。特に後者は龍鱗の弓を構え、この身体での初めての魔物討伐に意気揚々である。

 

「あ、あなたたちは……?」

 

「ここは僕に任せて、逃げて下さい!」

 

「は、はい……!」

 

 とりあえず女性を逃し、なまこ娘との間に入るルカ。

 

「あら、あなたの方が美味しそう……いいわ、たっぷりと絞ってあげる……」

 

「そうはさせない!」

 

 と、戦闘態勢に入るルカとロリアス様。今のルカの実力なら一瞬で封印できるが、それではイリアス様の経験が積めないだろうとの事で、支援に回る事にした。

 

「光よ、力を与えたまえ! テクニック!」

 

ルカはテクニックを唱えた! イリアスの器用が上昇した!

 

「三重の矢、受けなさい! ていっ!」

 

イリアスは重ね打ちを放った! なまこ娘に724のダメージ!

 

「ひ、ひどいわ……」

 

なまこ娘をやっつけた! 500ポイントの経験値を得た!

イリアスはレベルが6に上がった!

 

「これが魔物を直接誅する感覚……実に素晴らしいものですね。そしてルカ、よく尽くしてくれましたね。褒めてあげましょう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 直接魔物をぶちのめした事にご満悦なロリアス様。とりあえず倒れている所をエンジェルハイロウで封印してとどめを刺して矢を回収する。どうやら高い金を出して買った弓矢はその値段に見合った威力を発揮してくれたようだ。

 

 振り返ると、追いかけられていた女性が居た。はて?どこかで見た事のあるような人だなと思ったら人間に化けた貝娘であった。強制的にお婿さんにされそうになったらすかさず怒ったロリアス様にぶすぶすと矢を射掛けられからまた封印される。

 

「実に迷惑で厚かましい女だったな。ああいう奴が、魔物の評判を貶めるのだ」

 

「人の都合も考えずに己の欲望を満たそうとするなど恥を知りなさい恥を」

 

 珍しくアリスとロリアス様が協力してざくざくと穴を掘ると、その中に封印されて小さくなった貝とナマコを放り込んで埋めてしまった。

 

「貝はともかくナマコの方は平気なの?」

 

「封印されても魔物は丈夫だ。この位では死にはせん」

 

「ええ、たっぷり反省させねば。本来ならば3万年の苦役に処する所ですが今はこれで許してあげましょう。私達の慈悲に感謝するのですよ」

 

 相変わらず妙な所で仲がいいなあと不思議に思いつつ、砂浜で導きの玉を掲げて水中に道を作る。ルカは既に何度か通ったことが有るが、初体験の二人は物珍しそうにしきりにキョロキョロしている。特にアリスは海の魚を手づかみで掴み取っては生で食べていた。

 

「ふむ、海の中と言うのも興味深い所だな」

 

「興味が完全に食欲に偏ってる気はするけどね」「なんと食い意地の張った魔王なのでしょう……」

 

 ルカとロリアス様が呆れていると、唐突にアリスが気配を消す。どうやら魔物の様だ。

 

「まあ、こんな道作ったら目立つよね……」

 

「丁度よいではないですか。魔物を誅する機会が増えるのですよ」

 

 やれやれとため息をつくルカと違い、お隣のロリアス様はやる気満々である。魔物を倒す毎に確実に強くなっていく感覚は初めてで実に嬉しいのだろう。

 

「さあ、ルカ! 前衛を任せましたよ!」

 

「はーい」

 

 まあ、楽しそうなので何よりだ。そう思うと、ルカは前に出て敵のヘイトを稼ぐのだった。

 

 

 

「おーほほほほほほほ! 魔物など恐るるに足らず!」

 

「装備が大分先の物ですからね。まあそれを差し引いてもイリアス様の弓の扱いも上手だと思いますけど」

 

「当然です、この女神に扱えぬ武器などありません」

 

 普段使わないであろう笑い声を上げ、エヘンと胸を張って自慢するロリアス様。何だかんだと少しずつ旅に馴染んできたようだ。

 

「それにしても……ナマコ娘にクラゲ娘にイソギンチャク娘にアンコウ娘……男も女も関係なく襲っては食い殺してくる凶暴な魔物ばっかりじゃないかこの道……」

 

「この様な道を人間に通させるとは海の魔物とはなんと野蛮な連中なのでしょう」

 

「この道程を通り、海底神殿に辿り着くのも、夫婦となるための試練。襲い来る魔物を打ち倒し、勇気を示せ……といったところだな」

 

 少々不機嫌になりながらアリスが答える。ロリアス様を睨みつけているので気に食わないのはそちらの方らしいのだが何かあったのだろうか。

 

「普通の人間には凄まじく辛い試練だね……」

 

 一般人はイリアス大陸の魔物が限界、強者でなければセントラ大陸の魔物には太刀打ちできないとの話からすると……普通の男性など海の魔物と結ばれないのではないかとふと首を傾げる。

 

「やれやれ……人間を食い物にしようとする癖に、いざ伴侶にしようとするとあれこれ条件を付けるとはなんと勝手な」

 

「……魔物の側にも色々と事情があるのだ」

 

 何やら複雑そうな表情のアリス。そして、ふと疑問に思うルカ。魔物ごとに伴侶とするに決まりがあるのなら……

 

「じゃあ魔王にも人間と結婚するのに条件があるの?」

 

「うむ。強いこと――男に求めるのは、それだけだ。自分より強い男にのみ、嫁ぐことを認める――それが我が一族の掟よ」

 

「つまりあなたも他の魔王と同じく一生独身ということですね。なんと哀れな……って痛い痛い!? 止めなさい魔王!? た、助けるのですルカ!!」

 

 ぷーくすくすみたいな表情でバカにしたと同時に速攻で尾でぐるぐる巻きにされてぎゅうぎゅう締められるロリアス様。すっかり姿が隠れてしまっている。

 

「ま、まあまあ落ち着いてアリス……イリアス様もあんまり挑発しないで……」

 

 それにしても、現役魔王のアリスより強い男なんてそれこそハインリヒクラスの英雄でなければ無理なのではなかろうか……。ちっちゃくなった姿ならそれなりに相手も見つかるだろうが、そうなると逆に魔王からは引きずり降ろされる気もする。

 

 とまあそんな騒ぎを起こしながら海底神殿の奥へと進むと、海の魔物の中でも一際大きな巨体が見えてきた。むこうの世界と違い、健在なクラーケン娘だ。とりあえず前に進み出るルカ。

 

「あなたが、南海の女王ですね?」

 

「……ええ、その通り。私が、魔王様より南海の統治を任された女王です。さて、人間……それに天使ですか。この海底神殿にいったい何の用なのです?」

 

「この私に向かって随分と偉そうな魔物ですね……まあ私としてはシルバーオーブを渡してもらえさえすればどうでもいいのですが」

 

「シルバーオーブですって……!? とうとう天使がイリアスの尖兵としてここにやってきましたか!? この魔王様より預かりしオーブは、絶対に渡しません!?」

 

「わーっ!? イリ…アイリス様、余計なこと言わないで!? 違います、僕たちはただ誓書を「問答無用ですっ!!」」

 

「ええ、来なさいこの巨大イカ! その足を千切って存分にルカに料理させてやります!」

 

「嫌ですよ!?」

 

 こんな事向こうでも何度かあったなあ!? と頭抱えつつ、とりあえず戦闘態勢に入る。

 

「来なさい! 例え天使が相手でも臆する私ではありません!」

 

「ふんっ! イカ料理にでもしてナタリアポートで炊き出しでもしてくれます!」

 

「ああもうっ!?」

 

 さてどうしようか、正直戦いたくないのだがと思っていると、プスプス矢を射掛けるロリアス様に触手を伸ばして拘束するクラーケン娘。流石にクイーンクラス相手にはまだまだ実力不足だったようだ……。

 

「ふふふふふ……偉そうに大口を叩いた割になんと弱い……このまま触手で快楽の園に招待してあげましょう……」

 

「あひんっ!? ル、ルカ!! 私を助け、ふぁぁっ!? るのですっ……やぁんっ!?」

 

 そしてイリアス様、長い神生の中でも初めて触手プレイを受けてしまうの図。まあ、ここで酷い目に遭えば向こうでクイーンアントに仕掛けたみたいな短絡的な事は控えてくれるかなぁと黒い計算も込めてまずは説得から入る。

 

「えーと、その、謝るのでどうか許しては頂けないでしょうか……本当の用事は別にありますので……」

 

「本当の用事ですか? なんですかそれh「ル、ルカっ!? 魔物と取引をしようとはそれでも勇者なのですかっ!? ひゃあああんっ!?」 なんと、天使の尖兵の勇者だったとは……絶対に見逃せません!」

 

 そして自分から状況を悪化させてしまうロリアス様。触手に埋もれた表情を見るにそろそろイッちゃいそうかもしれない。

 

「ああもう! 少しは反省してくださいよ、アイリス様!」

 

 会話の引き伸ばしも出来なかったかとため息をつくと、エンジェルハイロウを構える。本体を守るように、そしてこちらを伺うようにゆらゆらと揺れる多数の触手。並どころか一流の剣士でさえその数に圧倒されるだろう。――だが

 

「これぞ究極の一閃――ギガスラッシュ!」

 

 触手も本体も、一切合財を巻き込み、複数の属性が纏めて付与された剣戟が薙ぎ払う。

 

「なっ!? バカな、この私の触手がたったの一撃で……!?」

 

 触手全部が力なくくてっと倒れて、ロリアス様もびくんびくんして床に倒れ伏す。そしてその隙に、懐から誓書を出して、一瞬で近付いてクラーケン娘の眼前に近づける。

 

「なんと、これは結婚の誓書ではないですか……何故もっと早く言わないのです!?」

 

「す、すみません……」

 

 ロリアス様の代わりに全力で頭を下げるルカ。とりあえず封印する羽目にはならなくてよかったと一安心だ。

 

「なんだ、もう終わらせてしまったのかルカ。もう少し放置しておけば面白いものが見れただろうに」

 

 くっくっくと笑いつつ、魔物の姿で出てくる魔王様。床でびくんびくんして中々起き上がれないロリアス様がどうしようもなく愉快なようだ。

 

「おや、魔物も一緒だったのですか。……はっ!? まさかこの二人と同時に結婚するつもりですかっ!? ――まあ駄目という掟もないのですが……」

 

「ち、違うよ!? これは代理で持ってきたんだよ!?」「違うわ、ドアホめ!」

 

「代理……? なぜ、本人が来ないのです……最近の若い者は、まったく……」

 

「砂浜から海の中から海底神殿から、ここに来るまでの道のりにいる魔物が人間だろうが魔物だろうが食い殺す凶暴なのばかりだからだと思いますよ」

 

「…………これも試練です」

 

「方法変えないと、結婚できる海の魔物が減るだけじゃないかなぁ」

 

 こちらでは魔導革命自体が起きてないので人間の戦闘力は更に平均が低いのだから。

 

「……魔物にも色々と事情があるのだ、ルカ」

 

「ええ、そうです。まあ代理でも構わないでしょう。本人が持ってこなければならない、という掟は無いですし」

 

「(なんて適当な奴らなんだ……)」

 

「ともかく、確かに誓書を受け取りました。南海の女王として、メイアとその夫を真の夫婦と認めます」

 

「ふむ。ついでに、魔王たる余も祝ってやろう」

 

「じゃあ、祝福なき勇者の僕もおめでとうって言わせてもらうよ!」

 

「……わ、私は……認めませ……「うるさい天使ですね」あひぃっ!?」

 

 と、3名の祝福を受けたメイアとその夫。魔王と勇者もセットで祝うとは初めての事態か500年ぶりの事態かもしれない。まあ、本人がいないとしまらないのだが。そして契りの指輪も受け取り、帰ることにする三人。そしてアリスは自分が魔王だと言うことを誤魔化せているが、むしろこれで誤魔化せているのが酷いなあと呆れるルカ。ついでに倒れているイリアス様には回復魔法を掛けないでおぶってあげる。

 

「じゃあ帰ろうか。さ、行きますよアイリス様」

 

「う、うぅぅ……酷い目にあいました……」

 

「ええ、では確かに届けてくださいね。それと、人と魔物の仲を取り持つ行動、ありがとうございます。お礼に地上に送ってあげましょう。また何かあれば、この神殿に訪れなさい」

 

「あ、僕たちは魔法で帰れるので大丈夫……って、え?」「ぴぃぃぃっ!?」

 

 いきなり触手で巻き付かれて驚くルカに、悲鳴を上げるロリアス様。

 

「だいたい陸地はあっちの方ですね……では、さらばです」

 

 嫌な予感がした通りに、斜め60度の方向に向かってぶん投げられた。

 

「ちょっ!? ここ導きの道じゃ……ごぼごばっ!?」「このおとぼけ脳筋イカ……がぼがばっ!?」

 

 そして、道でないただの海水の中を通り、思い切り砂浜に打ち上げられた。何とかイリアス様はキャッチできたのでセーフと安堵するルカ。しかし、ロリアス様は腕の中で「う、ううぅぅぅ……酷い目に遭いました……」と物凄い涙目なのであった。

 

「やれやれ……海の魔物ってどうしてこう大雑把なんだ? アリス、人事に問題が有るんじゃない?」

 

「……海の魔物とはだいたいあんな感じだからな。人事移動したところであまり変わらんぞ」

 

「うぅぅぅぅ……私が力を取り戻した暁には必ず焼きイカにして……」

 

 あんな目にあってもどうやらイリアス様はめげないご様子。やれやれと苦笑すると、ルカはそのままおぶってナタリアポートへとワープするのであった。

 

 

 なお、指輪を届けた後メイアに「お礼」をされそうになったが、そこは導きの玉を貰うことで何とか済ませたルカであった。




もんくえのデータを見るとクラーケン娘がHP4700だけどLVが60あって驚いた……
そしてメイアさんの浮気は回避! もんくえの中でも特に貞操観念緩そうだよね、あの人魚さん


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サン・イリアの忙しい一日(前編)

よくよく考えるとエンリカの服も間違いなく強化してるよなあって事で、最大強化品であるパンデモニウムを装備していることにしました。
しかし、服の最上位装備でも、服ってカテゴリ自体が弱いから他にも劣ってしまうのが悲しみ


 今度こそナタリアポートでの用事を終えて、サン・イリアへ向かう一行。その道中でも当然様々な魔物に出会っていく。イリアスはロリな姿にされた時に相当弱体化された分、それなりに強いセントラ大陸の魔物と一戦する事に確実に強さが向上し、新しい技も覚えていく。

 

「卑しき獣……滅びなさい!」

 

イリアスは獣を狩るための矢、ビーストキラーを放った!

 

「う、うがーっ!?」

 

グリズリー娘をやっつけた!

 

「毒婦たる草花……滅びなさい!」

 

イリアスは植物を狩るための矢、フラワーハントを放った!

 

「あたしがやられちゃうなんて……」

 

ウツボカズラ娘をやっつけた!

 

「氷の矢、悪を凍てつかせなさい!」

 

イリアスは氷を宿した矢を放った!

 

「そんな……この私が……」

 

ラミアをやっつけた!

 

「炎の矢、悪を焼き払いなさい!」

 

イリアスは炎を宿した矢を放った!

 

「ゆらり……ぱたん」

 

わかめ娘をやっつけた!

 

 

 と、道中に出てくる魔物に合わせて手を変え品を変えて次々と撃破していった。

 

「なるほど、これが強くなっていく感覚ですか……一部の人間が夢中になって鍛えるのも分かりますね」

 

 生誕してからずっと並び立つ者が邪神しか居らず、それ以下の相手はただ雷を撃つだけでその生命を終わらせられてしまう女神イリアスにとって、この様に努力して成長していくというのはそれだけで未知で楽しい経験だった。

 

「相手が強いからかそれにしても成長速度が凄いですね……」

 

「当然です、私は女神なのですよ」

 

 と偉そうにするが、ちびっこがえっへんと胸を張っているようにしか見えなくてとても微笑ましい光景だ。もっとも、それを言うと間違いなく怒るので言わないのだが。一方不機嫌なのは魔王様。立場上共闘なぞ出来るはずもなく、バリバリとその辺に生っていたくるみを殻ごと噛み砕いていた。もっとも、夜になると逆にロリアス様が教えられる技術は何もなく、逆にぷぅと頬を膨らませているのだが。

 

 

 

 そんなこんなで3日後、サン・イリアに到着する。元の世界と変わらぬ、美しい水の都だ。だがしかし、当然魔物の姿は一切見えない。

 

「やっぱり魔物はいないか……」

 

「当然だろう、こんなイリアス臭い場所に魔物が寄り付くか」「穢らわしい魔物などこの聖都には不要です」

 

 と二人からツッコミを入れられる。それがこちらの世界の当たり前なのだろう。だがしかし

 

「僕の世界だと、普通にサン・イリアにも旅の途中の魔物が寄ったり、シスターになった魔物が教会で働いていたりしたからね……」

 

 それはルカにとっての当たり前ではなかった。

 

「なん……」「ですって……!?」

 

 ものすっごいびっくりする二人。まあ当然だろうか。

 

「待て待て待て、向こうでは30年ほどイリアスが消えていたのだろう!? 何故それなのに魔物がシスターなどになる!?」

 

「魔姦の禁が忘れられちゃった代わりに魔物との交流が増えたからね。人間の信仰心は薄れていったけど、逆にイリアス教に傾倒する魔物が増えたみたいなんだよ。弱肉強食の掟に疲れて、神の元の平等なイリアス教惹かれちゃうんだって」

 

「なんたる……なんたる……」「まさか人の代わりに魔物が私を崇めるなど……」

 

 二人共相当なショックの様だ。もっとも――

 

「まあ、僕としても、魔物を全く見ない町や村が多いのはショックなんだけどね……」

 

 世界によって違う常識に、ショックを受けているのは同じだった。

 

「……私が30年見守らなくても人間は平気だったのですか?」

 

 少し寂しそうな顔で聞いてくるイリアス様。

 

「は、はい。色々と世界に問題は起きてるけど、それでも元気にやってます。天使たちも、天界が地上に落ちてからは畑を耕して動物を飼って、ご飯を食べてそれなりに充実して暮らせていました」

 

「…………」

 

 寂しいような、少しうれしいような複雑な表情。向こうでも見た事がある。

 

「ふんっ。当然だろう。人も、魔物も、その天使とやらだってそこまで弱いわけでもあるまい」

 

 そして珍しく口を挟むアリス。女神の過保護を指摘しているのか、ひょっとしたらフォローしているのだろうか?

 

「……そう言えば、こちらでも私はしばらく姿を見せていないのですよね。教会の上層部は混乱しているでしょうし、様子を見てみましょう」

 

 と、観光もせず真っ先へ城へと向かうイリアス様。アリスと同じ様に人里などでは背中の羽を隠しているので、特別扱いもされずに法皇様と謁見する為に3日も待たされる様だ。

 

「ぐぬぬぬぬ……この私を3日も待たせるとは……真の姿さえ見せられれば……」

 

「天使が降臨したとか間違いなくとんでもない事になるでしょうし止めて下さいね……」

 

「しかし、こんなイリアス臭い街で3日も過ごせだと? 余を暇殺す気か?」

 

「迷惑をかけない下水にでも一人で行って野垂れ死んでいなさい……と言いたい所ですが、確かに私も暇ですね」

 

 ぶーぶー文句を言う二人。まあ、ルカとしても初めて訪れた時は豪華絢爛な建物に感動したものだが、今はもう何度も出入りしたので見慣れてしまっている。

 

「この辺にはカジノも無いし貿易都市って訳でもないし……あ、でもイリアス教関連のお土産なら沢山有るよ」

 

「何が悲しく魔王がその様な物を買わねばならん」

 

 まあ当然の如く約一名からの大ブーイングで却下されるのだが。とまあ、三人が本当に暇そうに城をぶらぶらしていると、衛兵隊長が大慌てでこちらへやってきた。どうやら最優先で会ってもらえるらしい。

 

 そして、王の間へと呼び出され、目にしたのはこちらの世界の法皇様。じーと見るが、特に不自然な所は見当たらず、動きに合わせて微かな機械音もしない。どうやら完全な生身の様だ。そして、自分が祝福を受けて無いと言うと、イリアス様のお告げの通りだと喜ばれた。

 

「……そう言えば、ルカの旅立ちの日に法皇に告げていましたね」

 

「まあ、こちらとしては優先して手伝ってくれそうでありがたいんですけど」

 

 法皇が道を示そうやら三賢者を尋ねるのやらと話しているなか、こそこそ話をする二人。なんだかんだ、サン・イリアとイリアス教会の力は侮れない。さてどんな支援を貰えるかなと思ったら――

 

「三賢者に認められた者にのみ、私はこれを授けよう――!」

 

 と、玉座の隣りにあるやたら綺麗に装飾された剣を見せられた。金銀宝石が散りばめられて確かに宝物としての価値は高そうだが……

 

「……あの、イリアス様。あの剣、やたら弱そうなんですけど。女神の宝剣なんて名前のくせに。向こうだとミスリルで出来てたらしいので向こうの世界のほうがまだ普通に使えそうなんですけど」

 

「……あれはあくまで象徴なのです。本来なら別のところであなたに隕鉄の武器を渡す予定だったのですよ」

 

 気まずそうに目をそらす女神様。しかし、まさか女神様の宝剣を疑うことなど法皇の身では想像だに出来ないのだろう。あらゆる魔物はひれ伏しだの、魔王さえ逃げ惑うだのと誇らしげに語る法皇様があまりに不憫だった。

 

「……あの、イリアス様、後でフォローしてあげて下さい、ホント」「……ええ勿論、信心深い信徒には天界での素晴らしい暮らしが待っていますから」

 

 流石の女神様も地上でも一、二を争う位に熱心な信徒に対しては良心が痛む様子である。冷や汗をかきつつ実に気まずそうにその姿を眺めている。

 

「さあ、三賢者から証を手に入れてまいれ! そうすれば、お主にこの剣を授けよう――」

 

「下らん茶番だ、付き合っていられるか」

 

 そしてそんな中、おもむろに剣に近寄ってあっさり砕いてしまうアリス。あまりの事態にサン・イリア王は顔面蒼白、口を開けたままガクガクと震え、目は虚空を向いて、しまいには「ああ、イリアス様、刻が見えます……」と見えてはいけないものまで見えてしまっているようだ。正直ものすっごくいたたまれない。

 

「アリス……やりすぎだよ……」

 

「うるさい。こんなガラクタに余が逃げ惑うと言われたら腹も立つに決まっておるわ」

 

「ああ、魔王の暴虐を止められないとはなんと嘆かわしい……」

 

 精神ダメージが凄まじいことになっているサン・イリア王。当然、衛兵隊長が慌てて駆け込んできて、無残な姿の王と宝剣の姿に血相を変える。

 

「ル、ルカ殿……これは……!? いったい何が……!?」

 

「えっと、魔王がいきなりやってきて宝剣を砕いたんです」

 

 と、純度100%の真実を告げると今度は城内が大騒ぎになってしまった。ドサクサに紛れて、脱出する三人。最初のうちこそドタバタドタバタ大騒ぎだったが、あまりに静かなのでだんだんと冷静になってくる兵士たち。

 

「げっ、完全に落ち着く前にさっさと逃げよう――」

 

 と走り出そうとした瞬間、今度は凄まじい轟音と衝撃が城に響き渡る。

 

「しゅ、襲撃だー!?」「それは分かっている!!」「ち、違う、襲撃してきたのは四天王のグランベリア――ぐはっ!?」「な、なにが……がはっ!?」

 

 激しい騒ぎも兵士たちの声も、すぐに小さくなっていく。そして、騒ぎの中心人物が目の前に現れる。

 

「まさか……」

 

「おのれ、我が聖都に襲撃を仕掛けるとは……!」

 

 そして、他の兵士や騎士には目もくれず、真っ直ぐとこちらへやってくるのは、四天王のグランベリア。

 

「おのれ、グランベリア……イリアスヴィルのみならず、この聖都までをも己の手中に収めようとするとはなんと不遜な……!」

 

「……貴様がルカにくっついている天使か。退け、お前では相手にもならん。それにこんな虚飾の城などに興味は無い。私が興味があるのは――お前だけだ、ルカ」

 

 今にも戦いたくてうずうずしている様だ。「お、おのれ――!」「一斉にかかれーっ!」と攻撃してくる相手を、今度は纏めて弾き飛ばした。ロリアス様も言い様が我慢ならないのか矢を幾つも射掛けるも、その全てが軽く弾かれてぐぬぬとしている。

 

「……まだ、装備は整えられてないんだけどね」

 

 とりあえず、イリアス様にも攻撃が行かないようにとすっと射線を遮って前に出るルカ。剣もカスタムし始めてきているし、防具もエンリカの服を強化してもらい、パンデモニウムと呼ばれるまでに引き上げたが――それでもあくまで服だ。グランベリアを相手にするなら、どうしても硬い鎧や重鎧が欲しいのだが……

 

「……ふんっ。他の四天王とも楽しくやっている様ではないか。アルマエルマにも目をつけられ、たまもとは宜しくやったそうだな? ……魔王様とも。――少し私にも付きあえ」

 

 何だか微妙に目が怖いグランベリア。どうやら引いてくれる気は無いようだとルカはため息をつくと、エンジェルハイロウとカスタムソードを構える。

 

「ほぅ――二刀流か。随分と堂に入った構えだ。面白い」

 

「みなさん、グランベリアは僕が相手をします! 負傷者を連れて、どうか下がって!」

 

「し、しかし……」「ほら、あなた達は邪魔なのです!」「とっとと下がれ、巻き込まれたら死にかねんぞ」

 

 一人にしてはおけないと渋る衛兵たちを、無理やり下がらせるロリアス様とアリス。

 

 

「さて、これで邪魔者はいなくなったな。では、いざ尋常に――」

 

「勝負!」

 

 豪剣の使い手と、二刀流の使い手――全く異色の剣士同士の戦いの火蓋が切っておとされた。

 

 

「其れは英雄の物語。世界を巡り、精霊と心を通わせ、終には魔を打ち破るに至った彼の名は――」

 

ルカは英雄譚を語った!仲間に勇気が漲ってくる!

 

「くっ! 阻止はできんかっ!」

 

 初めは完全な初戦の再現だ。疾く攻撃を突きこんでも、その前にルカの自己強化が完了してしまう。

 

ルカに889のダメージ!

 

 だが、ダメージは確実に減っている。そして何より、武器が大幅に変わったのだ。

 

「地に堕ちし剣、天を仰ぎて是を裂く! 東天に輝け! 裂空堕天斬!」

 

ルカは聖波動を込めた剣戟を放った! グランベリアに98863のダメージ!

 

 天使殺しが使い続けた剣と、天使の祝福を受けた剣による、堕天使の斬撃。その聖なる力がグランベリアを薙ぎ払う。自己強化までして放ったその一撃は、過去に相手をしてきたどんな剣士の一撃よりも更に鋭く力強かった。その身に攻撃を受けているというのに、グランベリアからは愉悦の表情が見て取れる。

 

「炎に舞え! 覇竜の刃! 皇竜九炎陣!」

 

グランベリアは皇竜九炎陣を放った! ルカに2881のダメージ!

 

 返すグランベリアが放つのは、竜族の秘奥義。刃に宿した炎が、凄まじい連撃となってルカを襲う。防具を新調したせいか、グランベリアの斬撃は前回よりも更に容赦が無くなっている様だ。

 

「ふっ、その服は、下手をすればオリハルコンの鎧にも匹敵するのではないか?」

 

「まだ、グランベリアを相手にするには不足だと思うけどね!」

 

 前回の戦場は広場、今回は城の中の通路。壁も天井も近い。ならば、自分の強みを活かすのみ――!

 

「穿け、勇者の槍! 天魔頭蓋斬!」

 

「それは、ハーピーの技っ!?」

 

 身軽な体を活かし跳ね回り、壁も天井すらも足場にして、意識外からの奇襲を狙う。だが、グランベリアもずっと豪剣を振り回し続けてきたのだ。初動が遅れたとしても、致命傷にはさせずに弾き返す。

 

「はぁあああああああああっ!」

 

「でやあああああああああああっ!」

 

 剣と剣がぶつかりあう度に衝撃波が飛び、踏み込む毎に床や壁にひびが入る。一流の戦士でなければ近付いただけで死に至るような戦闘空間と化した城の一角で、二人はひたすら剣戟で語り合う。

 

 地形が変われば、戦い方もまた変わる。武器が変わり、本数が変わり、防具が変わり、前回とは別人のような戦いぶりで、また遥かに手強くなっていた。その事が、楽しくて仕方がない。

 

「はぁっ、はぁっ、やるな、ルカ……」

 

「そっちこそ、はぁっ……流石は四天王……」

 

 もう何十度目かの剣の交差の後、一度離れて間合いを探り合う二人。どちらも傷はそれなりに深いが、まだまだ行ける――と踏み出そうとしたその時。

 

「二人共、そこまでだ」

 

 突然アリスが割って入った。

 

「なっ!?」「ま、魔王様……!?」

 

 幸い、戦いがあまりに激しすぎて話が聞こえる範囲には他の人間はいないようだ。

 

「……楽しそうな所を邪魔して悪いが、何もこんなイリアス教の総本山で決着を付けることもあるまい。それに、もうこの辺りは瓦礫の山だぞ」

 

 見れば、見事な彫刻が施された壁やら、質の良い調度品やら、挙げ句にはイリアス像やらが見事にボロボロであった。

 

「…………」

 

 ルカは流石に気まずくなって目をそらすが、グランベリアは尚も不満顔である。

 

「し、しかし……」

 

「しかし……なんだ?」

 

 ギロリと睨まれて少し怯むが……ジト目で睨み返すグランベリア。

 

「……魔王様ばかり、少々ずるいのではないかと」

 

「はぁっ!? 何故そうなるっ!?」

 

「魔王様はルカとずっと旅をしている様ではないですか……毎日楽しくやっているからそんな事が言えるのでは?」

 

 思わぬ部下からの反撃に「うっ」とたじろぐ魔王様。心なしかグランベリアの威圧感が増えているような……

 

「と、ともかくだ、暴れるのなら他の迷惑のかからない場所ででもやれ!」

 

「………………………了解しました」

 

 たっぷり30秒は気まずい沈黙が訪れ、不承不承に頷いた。

 

「…………では、次はちゃんと鎧も用意しておくんだぞルカ。また会おう」

 

「う、うん……」

 

 なんとも締まらない終わりであったが、ようやく一息が付けたルカ。回復しながら改めて周囲を見渡すと、爆弾テロでも起きたのかという有様であった。

 

「さて、ルカ。少々お話があります」

 

「ひえっ!?」

 

 そして、底冷えのする声と共に肩にポンッとイリアス様の手が置かれる。声色だけで凄まじくご機嫌斜めなのが分かる。

 

「い、一体何をお怒りに……?」

 

「あれです」

 

 と、指差した先を見れば、イリアス像が真っ二つになっていた。他にもイリアスや天使たちの描かれた絵画やらステンドグラスやらもボロッボロである。

 

「えっと……あの……戦いに夢中で、気が付かなくて……ゆ、許して頂けませんか?」

 

 てへっ♪と可愛い顔で許しを請うルカであったが

 

「ダメです♪」

 

 当然許されるわけもなかった。グランベリアとの激闘で休ませなければと強引に城の一番いい一室をもぎ取ると、そこへ連れ込むイリアス様。それからしばらく、ルカの「あひぃぃいぃぃぃいいぃぃいぃっ!?」「そ、そんなぁぁ……」「ふぁあああああああああっ!?」「ゆ、許してぇぇぇぇぇっ!?」「も、もう出さえて下さい……っ!!」

 

 と、結界の張り巡らされた部屋から焦らしプレイの悲鳴は途切れることは無かったのであった。




お話の都合上イリアス様がサン・イリア王に告げた時間をちょびっと変えております
しかし、そろそろルカさんの身体が持つのか心配になってきた……
あと、恐らく現段階で四天王の内の3人の襲撃回数が増えそう(無計画感)


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魔王様、叱られる

ある意味アリスの一番のやらかしだと思っているイベントです
そしてまさかランキング入りしてるとは。R-18のニッチな同人ゲー原作で入れるとは本当にびっくりです。こんなに同士が居たとは……w


 グランベリアとの激闘の後、即焦らしプレイからのお仕置きで搾り取られてしまったルカは、一通り休憩が終わるとサン・イリア王に呼び出された。

 

「ど、どどどどどうしよう……弁償しろ言われたら今持ってるお宝全部使っても払いきれないよ……」

 

「くくくくく……勇者が賠償金を支払えず牢屋行きというのも面白そうだな。それとも脱走してみるか?」

 

「そ、そんなの嫌だよ!?」

 

 動揺するルカをからかうアリスは実に上機嫌そうだ。まあイリアス教の中心地が無茶苦茶になったのでさぞ愉快なのだろう。だが、そんな心配は無用だったようだ。

 

「おお、祝福なき勇者ルカよ、よくやってくれた。なんとあの四天王を一騎打ちの末に追い払った様ではないか」

 

「え、ええ。でも、城が滅茶苦茶に……」

 

「なに、形ある物はいずれ壊れる。全ての命が等しく死からは逃れられぬ様に。確かにイリアス様の像は壊れてしまったが、それはまた作り直せる。だが命だけはどうにもならぬのだ。その生命を、凶悪な魔物から守ってくれた事に感謝こそすれ、守ろうとして壊れてしまった物に対しての責任など問えぬよ。人々を守った結果ならば、イリアス様も強くお咎めはすまい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 膝を付いて礼を述べるルカ。優しく諭してくれるその姿はまさしく賢者そのものだった。アリスも「ほぅ……」と、評価を少々上方修正した様だ。

 

「……」

 

 しかし、微妙に気まずげなのは横のイリアス様。もうとっくに怒って懲罰も与えた後なので暗に無慈悲と言われたようで冷や汗を流していた。その様に更にアリスがくくくと笑う。

 

「さて、勇者ルカよ。本来ならば四天王を退けたとの事でその武勇を称え女神の宝剣を渡したかったのだが……破壊されてしまったのでな。代わりに何か望みはあるかね?」

 

 いやまあアレは武器としてはガラクタだったんですけどとの言葉は勿論胸にしまい込み、少々悩む。サン・イリアでやる事……まさかラダイト村の無いこちらにマキアの研究所は無いだろうし……いや、そう言えば図書館が迷宮化していたなと思い出す。

 

「それでは、図書館に入ってみてもいいでしょうか?」

 

「おお、既に相当の武を持っているのに更に知の探求も怠らぬとは、流石イリアス様に認められし勇者よ。勿論、すぐに許可を出そう。お主なら、いつでも好きな時に好きなだけ入ってくれて構わぬ」

 

「ありがとうございます」

 

 また頭を下げて礼をして、王の間から退出する。

 

「くくく、どこぞの女神と違い随分と寛大な王であったなあ、アイリス?」

 

「ぐぎぎぎぎぎぎ……」

 

「相変わらず仲が悪いなあ……」

 

 こんなやり取りももう慣れたなと思いつつ、図書館へと向かう。グランベリアと激闘を繰り広げたのはもう城中に広まっているのか、衛兵や騎士はこちらを見ては礼を述べたり敬礼をし、婦人の方々からは熱い視線が注がれる。

 向こうの世界でも似たような扱いをされていたが、こっちでも勇者として認められてくるのかな?と思いつつ、地下の大図書館への階段を降りていく。

 

「それで、こんな所に何用なのです?」

 

「向こうの世界だと魔物がうろつくダンジョンに変わってたんですよ。だからひょっとしたらこっちでも何か異変が起きてるんじゃないかって思って」

 

「……迷宮とは化してないが魔物は居るようだな」

 

 アリスがその辺の本に腰掛け、ひくひくと鼻を鳴らす。

 

「なんと……我が聖都まで穢れた魔物が身を潜めているとは何たる不遜! ルカ! 一匹残らず誅するのですよ!」

 

「は、はい……」

 

 戦わず穏便に済ますのは無理そうだなあと苦笑する。まあ、何とか封印で済ませて貰おうかと二人で魔物の気配を探り始める。だが、沢山住み着いてるわけでもなく、更に一箇所に集まっているのか場所はすぐに見つかった。

 

「えーと、この本だ。題名は……【四精霊信仰とその源流】!?」

 

「なんと、あの忌まわしき四精霊の本がこの聖都に残っているとは……今すぐに焼き捨てるのです、ルカ!」

 

「ま、待って下さい!? これは、向こうの世界で父さんが読めって言ってくれた本なんですよ!?」

 

「マルケルスが……!?」

 

 これに魔物が挟まっているという事は、やはりこれを見つけるのが運命という奴なのだろう。内容が変わっていないか開いてみると、おもむろに一体の魔物が飛び出した!

 

17ページが現れた!

 

「この書を読むことを禁ずる……」

 

「――確か、向こうでも魔物が魔王の意志で守ってた……!」

 

 本を放り出して、剣を構えるルカとすぐさま弓を構えるロリアス様。

 

「そう、魔王様の意志により――「邪魔ですっ!」なっ」

 

 だが話の途中でロリアス様、怒りの矢を射掛ける。余程魔物が住み着いてる事に腹を立てているのだろう。殺される前に慌てて封印するルカ。エンジェルハイロウで斬ると、1枚のページになってしまった。

 

「えーと、これが封印された姿なのかな?」

 

 平行世界では封印なんてしたことがないので、一々確認しなければわからない。落ちたページをつまみ上げると僅かな魔力を感じるので、どうやら生きてはいるようだ。

 

「まだ死んでいないようですね。それではルカ、さっさと焼き尽くすのです」

 

「そ、それは勘弁してあげて下さい……って、何だか焦げ臭いな……?」

 

 とりあえず焼き殺されないように守っていると、パチパチという音となにかが焼けるような香り。ロリアス様と二人揃って振り向くと、なんとそこではアリスが本を燃やして芋を焼いていた。

 

「おいおい、なんてことをするんだ!?」「その焼かれている本は、私に関する物ばかりではないですか!!」

 

 イリアス様、怒りのエンジェルアローを放つも全て芋を焼く片手間ではたき落とされる。

 

「当たり前だ、だからこそ気兼ねなくこうして焼き芋を作る燃料に出来るのだ。貴様の下らん妄想を保管しているより余程有意義な使い方だぞ」

 

「ええい、ルカ、今すぐにこの女に天誅を――「そら、まだその本に残っているようだぞ」なんですって!?」

 

257ページが現れた!

 

「ふふっ、ようやく開いてくれる人が現れた……しかも可愛い男の子。私、男の人のおちんちんに興味があるのです。少しだけ、いじらせてくれませんか……?」

 

「だ、ダメだよそんなこと!?」

 

「初対面でいきなり破廉恥な頼み事をするとは魔物とは本当にふしだらな存在ですね! 今すぐに天誅を下してやります!」

 

 と、またしてもすぐさまぶすぶすと矢で蜂の巣にしてしまうイリアス様。とどめを刺そうとするので再び慌てて封印するルカ。

 

「全く、同じ本から魔物が出てくるなんて……って、そう言えばアリス、魔王の命令とか言ってたんだけど……」「何故、都合よく私が禁書しようとしていた本から魔物が出てくるのですか?」

 

「よ、余は知らんぞ……」

 

 じーと2つの視線を受け、気まずげに目をそらして芋の焼き加減を見るアリス。まさか本人もすっかり忘れてましたなどと聞かれたら魔物の忠誠心も吹っ飛んでしまいそうである。

 

「……あくまで余の勘だが、その本には後1体の魔物が潜んでいる。そこの女神はどうでもいいが、お前は油断するなよ、ルカ」

 

「「…………」」

 

 更に冷たい視線を送る二人。だがまあ、魔物が後1体いるならまずそちらからどうにかせねばなるまい。イリアス様を少々離れさせてルカが本を開くと、最後の魔物が飛び出してきた。

 

65537ページが現れた!

 

「魔王様の命により、この本を人間に読ませるわけにはいきません。特に、勇者なる下劣な連中には……おや、更に天使も。尚更に読ませるわけにはいきませんね」

 

「なんと生意気な! あなたなど、この本ごと燃やし尽くしてやります!」

 

「本を焼くなどなんと野蛮な! 例えどの様な本であっても、無闇矢鱈に焼いてはいいものでは有りません! 悪書と呼ばれようと、その本が書かれた背景、知識、伝えたい事……様々な物は後世に残せるのですよ!」

 

「ふんっ! 悪しき歴史など残さずともいいのです! 私が不要と感じた歴史など全て消し去ってくれます!」

 

「なんたる傲慢さ……あなたの様な存在は……ん? この香り……既に焚書を初めているとは……絶対に許せません!」

 

 その焚書を絶賛凶行中なのはあなたの上司の魔王様なのですが。

 

「……えーと、どの様な本であってもって事はイリアス様に関する本でも?」

 

「当然です! 例え憎きイリアスに関する本でも、焼かれていい道理などありません!」

 

「……」

 

 そう言えば、向こうの世界でも彼女は本当に本を大事にしてたよなあと思い出す。……ので流石に居た堪れなくなったので、隠れている本棚の後ろに回り込んで――アリスを引っ張り出した。

 

「わわっ!? 何をするルカ……って、あ」

 

 芋を焼いている最中に唐突に引っ張り出されて怒るも、自分の部下と対面して固まる魔王様。

 

「はっ!?な、何故貴女様がここに…………ってあの、魔王様? 何故魔王様から紙の焼けた匂いと焼き芋の匂いがするのでしょうか?」

 

「……し、知らん……」

 

「この魔王様、図書館で本を燃料に芋を焼いていたんだよ」

 

 それを聞いた瞬間、65537ページのメガネにビシィ!とヒビが入った。

 

「……魔王様、私は貴方様が禁書焚書が行われるのを好かないとの事なので何年もの間遠い地の本の中に潜んでいたのですが……?」

 

 絶対零度の視線が魔王様をぶすぶすと貫く。流石に何も言えずに明後日の方向を向き小さくなる。

 

「……丁度人間の姿の様ですので、そこに正座して下さい」「いや、余はまお…「正座です」はい……」

 

 有無を言わさずに正座させられた魔王様。いきなりお説教に入るのではなく、絶対零度の視線で睨み続けているのが余計に怖い。そして、それを見てプークスクスと笑っているイリアス様。ついでにアリスが焼いた芋を食べて更に煽っている。ルカもきちんと消火した後、ロリアス様の横で一緒に芋を食べていた。一瞬アリスがギロリと睨んでくるが「魔王様?」との言葉にまたしゅんとなる。

 

「魔王様、【図書館で】【本を燃料に】【焚き火をし】【芋を焼く】とは一体何を意図してのことか、是非この愚昧なる臣下にお聞かせ願えないでしょうか?」

 

「……いや、その。イリアスの本が気に食わないし、暇だし……」

 

「貴女様は、禁書が嫌いだったのでは?」

 

「……イリアス相手ならば、まあ、よいのではないかと……」

 

「図書館には、それ以外の本も沢山存在するのですが? ああいえ、イリアスの打倒に全力を尽くされている魔王様の事です。その眩しさに目を奪われ他の物が見えなくなっても仕方ないのかもしれませんが」

 

 皮肉やら冷笑やら罵倒やら落胆やら、負の感情をこれでもかと織り交ぜて魔王様にお説教をする65537ページ。面白そうだからとロリアス様は先程封印された17ページと257ページを65537ページに渡し、彼女の魔力で復活させて、魔王を見る冷たい目線を更に2つ増やした。

 

「……魔王様の命令、守ってたのに……」

 

「……新刊も我慢してたんですよ……」

 

「ああ、シャーリー婦人の恋人を初め様々な新刊が出ている頃ですね」

 

「……正直すまなかったと思っている」

 

 と、魔王様が嫌味と恨み辛みとお説教を受けている間に、四精霊信仰とその源流を読むルカ。どうやら内容は変わっていない様だ。これから強敵も増えていくだろうし、是非ともまた契約したい。だがやはりイリアス様は不満顔である。

 

「あなたは精霊と契約せずとも強いでしょう」

 

「でも、これから強敵も増えていきますし……装備が更新できないかもしれないので、少しでも強くする手段が有るなら使わないと」

 

「……仕方有りません、使い潰した上に終わったらボロ雑巾のように捨てるのならば特例で認めましょう」

 

 やっぱり変わらないなあと苦笑しつつ、他に面白そうな本が無いか探す。アリスへのお説教をBGMに図書館を散策して、視線をあちこちに向けると、ふと奥に安置されている一冊の本に目を引かれた。その題名は――

 

「転職の書……こんな所に……」

 

 向こうでもイリアス神殿に行けない時には何度かお世話になった本だ。その内の一冊がここに有ったのだろう。

 

「ふむ、これさえあれば旅の中でも自在に転職ができますね。丁度良いです、貰っておきましょう」

 

 と、すぐさま懐に入れるイリアス様。そう言えばこの女神様、意外に手癖が悪いと言うか、色々とスリ取ったりしてたし絶対にシーフ適性有るよなと思い出す。だがまあ、四天王を退けたのだ。これ位の報奨は貰えるかな?と後でサン・イリア王に許可を貰いに行こうと予定を追加する。

 

 なお、この後はお説教が終わるまでイリアス様は怒ってる魔物3匹の真後ろでアリスを煽り倒したのは言うまでもない。




コーネリアこと65537ページはぱらだと本を大事にしている事が所々見えますからね
恐らく魔王様がこんな事やらかしたと知ったら激怒不可避だと思うのですよ
なおアリスは正座自体はたまもから何度もさせられているとか言う脳内妄想設定が有ります


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魔王と女神様の弱いもの

コラボ作品を全部クリアしたので初投稿です
明かされる衝撃の真実が多すぎる!(白目)


「それでは、焚書はもう行わない様なので城に帰らさせて頂きます」

 

「…バイバイ」

 

「ここにいた間に出た本、全部チェックしないと」

 

 長い間続いた説教もようやく終わり、本を守っていた三人はようやく魔王城へと帰れるようだ。

 

「う、うむ、皆大義であった……」

 

 それを足を震えさせながら見送る魔王様。慣れない人間形態でずっと正座していたのが効いてる様で、上半身は腕を組んで泰然としているのがせめてもの意地だろうか。ロリアス様は隙を見てしきりに足をツンツンしてイタズラをして煽っているのはご愛嬌と言ったところ。

 

「そして勇者ルカ、こんな魔王様で苦労をするとは思いますが、是非これからも旅の面倒を見てあげて下さい。見ての通り、色々と世間知らずなところが有りますので」

 

「ええ、任せて下さい!」

 

「ぐぬぬ……」

 

 そしてちゃっかり仲良くなってるルカ。人と魔物との共存をしたいと願う魔物もそれなりには居るのである。だがそれを肯定すると今度は横のロリアス様のほうが不機嫌になるのが困りものだが。とりあえず、用事も済んだのでバレないようにパーフェクトメイドのスキルを十全に使って後始末をして、後はサン・イリア王に挨拶したり衛兵たちに声をかけられながら、城の外に出る。謁見まで時間がかかると思っていたので、先に申し込んだのだが予想外に早く呼び出されてしまったから街はこれから探索だ。

 

 街全体が掃き清められ、美しい水路が張り巡らされた都はそれだけでも人を大勢呼べそうな観光の名所だが、その分屋台などは厳しく制限されているのか見かけることが出来ずにアリスはつまらなそうにしている。

 一方ロリアス様は、設置されているイリアス像を見ては「ここの造形が甘いですね」とか、「私の身体のラインはもっとこう、美しく……」だの一々寸評をしていた。だがまあ、不機嫌にならないのはこれを作った職人の熱意が感じられて、なおかつきちんと毎日磨かれているのか分かるからだろうか。

 

 適当に噂話を拾いながら街を散策していると、人だかりが見えた。人垣の奥の広場に大きな掲示板が張り出されていてそれに集っていたようだ。

 

「む……あれはなんだ?」

 

 何枚もの紙片が、画鋲で留められていて、冒険者や少数の商人など、職種の偏った人間が代わる代わる眺めている。

 

「これは、不特定多数に色々と依頼するための掲示板だよ。特に、冒険者なら必見……なんだけど、そう言えば僕たち向こうで掲示板から依頼を受けたことは無かったな……」

 

 代わりにポケット魔王城の掲示板には様々な依頼が張り出されていたものだが……あれは実質リーダーのルカに向けた依頼であった。その他の依頼も国王や女王など上の人間の直々の依頼が多く、こうやって眺めるのはルカにとっても非常に新鮮だ。

 

「ふむ、そう言えば下々の祈りや願いは沢山届けられてきましたが、この様な方式で見るのは初めてですね」

 

 と、ロリアス様も興味津々で三人揃って覗き込む。

 

【腕が立つ冒険者の方、三ヶ月ほど警備の仕事をお願いしたい。報酬はずむ、面接あり】

【腕利きの鍛冶屋求む、鎧職人は特に優遇】

【ノースセントラ草をお持ちの方、400ゴールドで売って下さい】

【かわいいこいぬがほしいです】

 

「う~ん、手を付けられそうな依頼はなさそうだな」

 

「民の願いを聞き届けるのも悪くは無さそうですが、あまり長い間それにかかりきりになるわけにもいきませんね」

 

 ちょっと残念そうなロリアス様。片手間で出来る仕事であれば良かったのだが、旅をしながらこなせる依頼は中々無い様子。

 

 一方アリスはバッサバッサとやってきた掲示鳩の説明を受けて何やら感心している。こういう見た事のない技術やら文化やら生活の知恵やらは本当に新鮮に映る様で、統治にも活かせないかと思案する姿をそれなりに見せたりもするのだ。

 

「えーと、新しい依頼は、と。【サン・イリア北の屋敷の幽霊騒動の究明】か……」

 

「……ふん、馬鹿な人間め。幽霊など迷信、恐怖心が生み出した幻想に過ぎん。そんなものを大真面目にどうにかしてくれとは、馬鹿も大馬鹿、ドアホの極みよ」

 

「いえ、普通にいますが幽霊」

 

「えっ」

 

 女神様の真顔のツッコミに思わず素が出るアリス。

 

「人の魂は、肉体が死ぬと身体から離れて輪廻の輪へと戻っていきますが、強い未練などがあるとそのまま残ります。それが幽霊ですね」

 

「……………」

 

 何やら顔が真っ青になる魔王様。そう言えば二人共幽霊苦手だったっけかなと思い出す。

 

「……ま、まあ、どうせこんな物ただの噂だろう。別に行く必要は無いぞ、ルカよ」「ええそうです、こんな根も葉もない噂など無視してとっとと次へ進むのです」

 

「…………」

 

 案の定二人は全力で幽霊屋敷をスルーしたい様だ。だが、街の噂を聞く限りどうやらクロムはこちらの世界でもあの屋敷を根城にしている様なので、流石に無視はできない。

 

「えーと、ごめん、行く予定だけど……」

 

 それを聞いたとたん、二人共がびーんっ!?と擬音の付きそうな表情で同じ様にショックを受ける。何度でも思うが本当にこの二人は割とそっくりな所が有るなとちょっと笑いそうになってしまう。

 

「大丈夫だよ、実際にはあそこには幽霊は居なかったよ。ネクロマンサーがゾンビ作ってたり、ゴースト娘みたいに魔物化してるだけで」

 

 あれだけゾンビが溢れていたのに、逆に幽霊を見ないとは不思議な事もあったものだ。

 

「ほ、本当だな!? 本当なんだな!?」「嘘をついたら罰を下しますからね!?」

 

「(なんて必死なんだ……)」

 

 何となく不安になったが、流石にクロムをほっとく訳にもいかない。どうせネクロマンサーの研究をしているのならその内実験内容がエスカレートしていきそうだし、さっさと止めねばと決意する。それに、ゾンビ術と降霊術を頑張って学んでいる限り、絶対アリスフィーズ16世の御世では復権は出来ないだろうし……

 

「それじゃあ、行こうか――って、あれ?」

 

 さあ出発だというところでいつの間にかどこかへ行った二人だが、視線をキョロキョロとさせるだけですぐに見つかった。なんと道具屋で二人揃って聖水を買い込んでいる。

 

「物凄いシュールだ……」

 

 まあ屋敷の魔物退治が終わった後に振りまけば浄化の助けになるかもしれないと、その無駄遣いを見守ることにしたルカであった。

 

 

 

 しばらく歩き、時刻は夜。そろそろ野営するかと思ったら屋敷が見えてしまったので二人共渋々、そして恐る恐るといった感じに付いてきている。

 

「っ……墓地が有るな」

 

「っ!?……屋敷も長い間手入れをされていない様ですね」

 

 恐怖でキョロキョロしてかえって自分たちで怖い要素を見つけ出してしまう二人だ。しかし意地が有るのか横並びで震えつつも下がらないようだ。

 

「あっ」

 

 ルカも外から何か分からないかと様子を窺うと、ルカが一方的に見知った顔と目が合った。間違いなくポンコツマッドサイエンティストなクロムだ。

 

「な、何かいたのか!?」「いたんですね!?」

 

 そしてルカの声に反応して思わずルカの後ろに隠れる二人。苦笑と共に悪戯心も湧き上がってくるが苦労してその衝動を抑える。

 

「う、うん。幽霊じゃなくてネクロマンサーだけど」

 

「そ、それは一大事です早く天誅を下してくるのですルカ!」「う、うむ、元凶は早く取り除くに限るな!」

 

 二人共怯えつつ後ろからグイグイと押してルカを中に入れようとする。まあルカとしても異存は無いし、三人揃って中に入ると外見と同様にすっかり荒れ果ててしまった屋敷の光景が目に入ってきた。

 

「ど、どどどどどどどうやら幽霊はいないようだな!」

 

「そ、そそそ、そうですね! ルカの言った通りでした早く用事を済ますのです!」

 

 二人共ようやく怯えが抜け出してきてルカの背中から離れだし「うらめしやー」

 

「「ひゃあああああああああっ!?」」

 

たと思いきや再び背に隠れてしまった。

 

ゴースト娘が現れた!

 

「ってただの魔物じゃないですかややこしい! とっとと浄化されなさい!」

 

 キレたロリアス様、渾身のさばきのいかづちを放つ。どうやらLVアップにより天使の技の威力も向上してきたようで、「う、うらめしやー……」との断末魔を残してあっという間に浄化されてしまった。

 

「まったく。ですがこの様な魔物だけなら問題ないでしょう。さあ、この屋敷を残らず浄化してしまいますよ、ルカ」

 

「はーい……ってあれ? アリスはどこだ?」

 

「はぐれてしまいましたか。まあ腹を空かせれば戻ってくるでしょう。次は2階を探しますよ」

 

「そうですね。じゃあ、行きましょうか」

 

 酷い言い草だがアリスの場合それで納得出来てしまうのが困ったものだ。

 

 2階への歩みを進めると、調度品としての人形やら絵やらが目に入る。これも魔物かなとイリアス様に注意を促そうとする前に、先に動き出した。

 

「おにいちゃん……おねえちゃん……あたしと……あそぼうよ……」

 

呪いの人形娘が現れた!

 

「うひぃいいいいいいいっ!? ……ってまた魔物ではないですか!」

 

 キレたロリアス様、渾身の以下略。こころなしかさっきよりも電撃の威力が強くなっているのは気のせいでは無いのだろう。電気でぴりぴりして髪の毛が乱れてしまった人形を戻しつつ2階へ行くと、アリスが隅っこで縮こまっているのが見えた。

 

「えーと、アリス、何かあったの?」

 

「ふっ、こんな所で縮こまっているとはなんと情けない魔王なのでしょうか!」

 

 イリアス様、指差してバカにするのはいいですけど僕の背中に隠れたままだと説得力がゼロですよ。と、あとでお仕置きされそうなツッコミは心の中にしまいつつアリスに近づこうとすると、廊下の方から不気味な呻き声が聞こえた。

 

「ひゃあああああああ……」

 

 腰を上げ、よたよたと逃げ出そうとして、転んでしまうアリス。そしてその尋常でない様子に引っ張られて怯えて背中にぎゅうとしがみつくロリアス様。様々な物を床に撒き散らしながら、アリスがそのうちの一つの絵画を指差す。

 

「ひゃあっ! こ、この子! この子が……」

 

「この子が……って、あ」

 

 どれどれと覗いてみると姿はすっかり変わってしまった仲間の姿が。クロムの相棒とも言っていいゾンビのフレデリカ、その生前の肖像画であった。

 

「そっか、生きてた頃はこんな姿だったんだ……」

 

 仲間のかつての姿に感慨深くなっているルカとは対象的に、アリスはまだ怯えたままだ。そのままふらふらと部屋から逃げ出そうとして――次の瞬間、部屋の入口から現れた人影とぶち当たってしまった!

 

ゾンビ娘が現れた!

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ……!!」「ぴぃいいいいいいいいいっ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉ……!」

 

「「ってただのゾンビ(か!)(じゃないですか!)」」

 

 アリスとロリアス様、怒りのツープラトンパンチを放つ。

 

「ええいっ! しかもまだまだこんなにいるではないか!」

 

「このまままとめて浄化してやります!」

 

 奥に更にいるゾンビの群れを見て、怒りのままに突撃する二人。ルカとしては楽で良いのだが……

 

「二人共、ここは古い屋敷だしそんなに暴れると「「へ? あ、うひゃあああああああっ!?」」 遅かったか……」

 

 大暴れした衝撃で床が抜けて、落下してしまった。

 

「……まあ、あの二人なら大丈夫か」

 

 曲がりなりにも魔王と女神である。クロムの研究室は一番上の奥の方だったなとルカは一人足を進める。まだゾンビも幾らか残っていたが、聖技で対応すると綺麗に浄化されていった。高位天使としての種歴も有るルカは、この手の浄化もお手の物となっていたのだ。

 

「あ~! 儂の実験体達が~!!」

 

「あっ、君は」

 

「わわわっ……!」

 

 そんな屋敷の浄化を繰り返していると、見知った顔がこちらを見て、脱兎のごとく逃げ出してしまった。慌てず騒がず、冷静にその背を追うルカ。部屋を飛び出し階段を駆け下りると、そこではクロムがフレデリカを従えて待ち構えていた。

 

「なんなのだ、お前は!? なぜ、儂の研究所で暴れておるのじゃ!?」

 

「僕は勇者ルカ。勇者として、天に還れなくて彷徨っている魂も救ってあげようとここに来たんだ」

 

 とりあえずは表向きにも通じそうな理由を出す。いきなり君を止めるためと言われても戸惑うだろうし。

 

「な、なんじゃとー!? そんな事をされたら儂の研究が滞るではないか! 折角こんな絶好の土地と屋敷を見つけたというのに!」

 

 確かに、元処刑場で墓場で更に屋敷も建っていてと、ここまでネクロマンサーとして都合のいい場所は早々は見つかるまい。

 

「僕としてはこんな死体を玩具にするような研究は止めて欲しいし、その方が君の為にもなると思うんだけどね」

 

「ええいっ! 何も知らん奴に止めてほしいと言われて止める訳が無いのじゃ! この研究は儂の……いや、アルテイスト家の悲願! 邪魔をするなら容赦はしないのじゃ! ゆけい! フレデリカ!」

 

「了解しました……ご主人様……」

 

 だが、当然言葉だけで止まるはずもない。そして襲ってきたのは向こうの世界での仲間のフレデリカ。身体はゾンビだが、魂は人間。この恐ろしい剣(エンジェルハイロゥ)でも斬って良いものかと逡巡している間に、豪腕が上から振り下ろされた。

 

「おおっと!?」

 

 だが、その攻撃は空を切り床へと突き刺ささり、それに合わせて無意識にカウンターで殴り飛ばしてしまい、フレデリカが吹き飛ぶと同時にガラガラと音を立てて床の穴が広がっていく。

 

「ああああああ~っ!? フ、フレデリカアアアアアッ!?」

 

「…あっ。ま、まあ大丈夫だよね頑丈だし」

 

 冷や汗を流しつつ華麗に階下に着地しつつ周囲を確認すれば「ひゃああああああああっ!?」「いやああああああああっ!?」と、よく知った叫び声が2つも飛び込んできた。

 

「あはははは~っ♪」「まてまて~♪」

 

 緑と紫の幽霊が、それぞれアリスとイリアス様をそれはもう楽しそうに追いかけている。

 

「…………」

 

 魔王と女神がたかが幽霊に追いかけられて怯えきっている姿に何だか頭が痛くなってきたルカ。ついでにその後ろでは「ふははははははは! 思い知らせてやるのじゃ!」と高笑いしているクロムが見える。

 

「そこの勇者よ! 貴様の仲間はもう使い物になるまい! そしてお前はこの儂が直々に相手をしてやるのじゃ!」

 

 と、二人の醜態を見て今なら行けると思ったかやる気満々のクロムがこちらを指差してくる。

 

「……」

 

 とりあえず、吹き飛ばそう。そう決意すると、ルカは胸の前で十字を切る。

 

「どうした? 今更女神に祈っても遅「聖なる光よ、闇を払え!」いのじゃあああああああっ!?」「きゃーっ!?」「いやーっ!?」

 

 聖なる光の奔流に吹っ飛ばされるクロムと、逃げ出した幽霊二人。そしていい笑顔を浮かべてクロムに近寄りつつ、お供二人に声をかける。

 

「二人共、もう終わったよ! 元凶を捕まえたし!」

 

クロムをやっつけた!

 

「何……?」「元凶……ですって……!」

 

 ルカの言葉と共に正気に戻ると、この旅路でも最大級の怒りの表情を見せる二人。凄まじい勢いでクロムに近付くと、二人がかりでクロムをフクロにする。

 

「貴様のせいで、余がこんな目に!」「この邪悪なネクロマンサーよ! 地獄に叩き落としてやります!」

 

「べふっ! あうっ! や、やめんか……あうっ! や、やめ……もう許して……」

 

 尻尾や平手や女神のおみ足やらでボコボコにされ、泣きが入ってきた様子に、そろそろルカも見てられなくなってきた。

 

「ふ、二人共そろそろ止めて穏便に穏便に!」

 

 ふーっ!と息を荒くしている二人をなだめつつ、クロムに向き直る。涙目で怯えつつこちらを見ていて、もうすっかり心が折れたようだ。

 

「それで、此奴がこの幽霊屋敷騒動の元凶か」

 

「うん、そんな感じ。まあゴーストとかは自然発生したものっぽいけど」

 

 なにせ場所が場所である。アンデット系の魔物が発生する要因には事欠かないだろう。

 

「それで、どうするのです? 売るなり殺すなり犯すなり食べるなりあなたの自由ですよ?」

 

「なにアリスと同じ提案してるんですかアイリス様!? しませんよそんな事!」

 

「こ、こやつと同レベル……」「ま、魔王と同レベル……」

 

「へ? ま、魔王?」

 

「うん、こっちのラミアが今代の魔王様。アリスフィーズ16世だよ」

 

 目をまん丸くしたクロムに、非情な現実を突きつけるルカ。途端に、クロムから冷や汗が吹き出る。

 

「ま、魔王様……クロムのゆかいなアンデッドとゴーストショーは楽しんで頂けましたでしょうか……?」

 

「……ふざけるな、ドアホが! 貴様は今後五百年間、魔王城に立ち入り禁止だ!」

 

「わわわ……」

 

 必死に三大魔芸の一つを磨いていた訳だが、その内の一つがよりによって魔王様の大嫌いなものだったとは。

 

「うううう……そんな……アルテイスト家の栄誉が更に遠のいてしまったのじゃ……」

 

 両膝から崩れ落ち、両手を床につけて泣き出すクロム。元の世界と同じく家の事を大事にしているようなのでかわいそうかなとルカがとりなそうとした時、アリスが思い出したかのように呟いた。

 

「アルテイスト家……そうか、貴様は姉妹の妹の方か。姉が起こした例の事件で、一族ともども永久追放されたのだったな……」

 

「……ね、姉様は……」

 

「えっと、昔にクロムのお姉さんって何をしたの?」

 

 そういえば向こうでは何をやったか聞いていなかったなと、ルカの興味が向く。ただ、その問いかけを聞いてクロムの身体がビクリと跳ねたのが気になった。何かとてもまずい事をやったのだろうか?

 

「うむ、シロム・アルテイストの犯した過ちとはな――」

 

 そして語られるはかつてのシロムの犯した過ち。聞いていってあまりのやらかしの大きさに思わずルカもポカンと呆ける。えっ、なに、そこまで非道な事をしたの!?

 

「あんな強力なクイーン級をどうやって集めたのかと思ってたら暗殺って……ロザさんとか海賊団丸ごとだしいくら化学兵器を使ったとはいえ……」

 

 今でこそ彼女の作品の数々は向こうの世界で頼もしい仲間になったのだが、追い出されるのも当然だろうと言うかよくその場で処刑されなかったものである。

 

「貴様、そのゾンビたちの事も知っていたのか?」

 

「うん。助けられもしたし戦いもしたよ。流石に強化されたクイーン級同時6体は物凄く辛かったけど」

 

「しかしそれでも勝つとは流石は私のルカですね」

 

 自分のしもべが大活躍したと聞いてご満悦なロリアス様。だが、その会話を聞いて血相を変えたのがクロムである。

 

「ちょ、ちょっと待つのじゃ!? ひょっとして姉様と顔を合わせたことが有るのか!?」

 

 もう何年も出会ってない姉に目の前の勇者が出会ったと聞いて、大慌てでルカに詰め寄る。そして、その必死さを感じ取って下手な事は言えないなと覚悟を決めるルカ。

 

「突拍子もない話なんだけどね……」

 

 紡がれるのは平行世界で世界のために戦ったシロムと、絶望に堕ちていたシロムの二人の話。そして、別の世界のクロムに託された『お前の姉は、おそらく道を誤っている筈だ。救ってやれるのは、お前しかいない……』との言葉。

 

「……別の世界の姉様……」

 

「世界の終わりを目の当たりにして正気へと戻りましたか。あなた達を救った事と合わせて賛辞を送るべきでしょうね」

 

「逆に言えば、その様な事でも起きぬ限り狂気に囚われたままだった、か」

 

 俯くクロムは何を思うのか。しばし、四人の間に沈黙が訪れる。

 

「……姉様がああなったのは、きっと儂のせいなのじゃ」

 

 科学に携わる者として、あまりに単純で注意不足により起こされたミス。その後悔はずっとずっとクロムの胸に残っている。

 

「その姉様が救いを望んでいるのなら……絶対に、儂が止めないと! 外道に落ちた求道者を止めるのもまた魔芸者としての務めなのじゃ!」

 

 そう宣言するクロムには、強い決意の表情が浮かんでいた。

 

「――きちんと姉を止めてみろ。その暁には、アルテイスト家の追放も解いてやる」

 

「分かったのじゃ、魔王様!」

 

「……まあ本来ならば即座に罰を下す所ですが、姉を誅する間までは特例として認めましょう」

 

 そして渋々といった感じで認めるロリアス様。まあ再創生計画も発動が無理になった以上はネクロマンサーを放っておくのは間違いなく良からぬ事なのでその始末をクロムにさせようというのだろう。

 

「何だかそっちのちびっ子は随分と偉そうじゃのう……何者なんじゃ?」

 

「ちびっ子とは何ですか!? あなたにだけは言われたくありませんよ!」

 

 羽を隠しているので見た感じは小さい少女にしか見えないロリアス様。そんなこんなでギャーギャー騒いでいると、不意に立ち上る複数の気配。なんと、ゾンビに縛られていた幽霊たちが次々と出てきてはお礼を述べていったのだ。

 

「こんなに囚われていたんだ……向こうの屋敷でもちゃんと天に還れたと良いんだけど」

 

「むぅ……まさかゾンビにそんな作用が有ったとはのう……またまた新発見をしたのじゃ」

 

 勇者として正しい活動が出来てよかったと安堵するルカに、ちょっぴり反省するクロム。そして――

 

「良かったですね、アイリス様――って、あ、あれ」

 

 なんと、アリス共々二人揃って白目をむいて倒れてしまった。

 

「……二人共そんなに幽霊苦手なんだ……」

 

「ひょっとして儂、今魔王に成り上がるチャンス!?」

 

「仮にアリスを倒しても、まだ四天王が残っているけどね……」

 

 何だか締まらない終わり方だなあとルカがアリスを、そしてクロムにはロリアス様を背負わせて屋敷から出るのであった。

 

 

 そして翌日。

 

「おお、懐かしきサン・イリア。我が魂、落ち着ける場所を見つけました……」

 

「皆の魂も、ここに集まったようですね。私の故郷は南の大陸ですが、ここは確かに良い街です……」

 

 そこには街中幽霊だらけになった聖なる都市の姿があった!

 

「何が幽霊は出ないだ! 街中に溢れてるではないか!?」「よくもこの私を謀りましたね!!」

 

「痛っ!? 痛いっ!? 二人共やめて!? ぼ、僕だってこんな事になるとは思わなかったんだよ!?」

 

 そして慌てて街から逃げてきた二人にボコボコにされるルカ。向こうの世界の知識に頼りすぎてはいけないと、深く胸に刻んだのであった。更には――

 

「……何だかあの二人だけなら幽霊を出せば無力化出来そうだな」

 

「……ええそうですわね。今度試してみようかしら」

 

 その様子をこっそり伺う影が有ったとか無かったとか。




めっちゃ遅くなって本当に申し訳ないです……コラボが出てから迂闊に書けなくなって更にSHRIFTとおふだの方でまで……

ちなみにこの後コラボした記憶にも目覚めさせる予定です。(LVも60から70へ増加)

そしてここでもちょっと改変。フレデリカを浄化しなかったのと、ユーとレイを先出し(降霊術も同時研究)って感じに変えております。


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シルフとの契約

書いていく内に、文章量が止めどなく伸びる……。原作(もんくえ本編)と被りまくってる所は巻き巻きの方がいいだろうか、でもそういう差異の反応を見るのもこの手のジャンルの楽しみだと思っているので悩ましい所。
原作沿いとオリジナル要素のバランス調整が難しい……


「というわけで、イリアス様に反逆したその堕天使が、魔王と呼ばれるようになりました――と」

 

「貴様、よくも邪神様を配下などと偽ってくれたな!!!」

 

「いたいいたいいたい!! た、助けるのですルカー!?」

 

 サン・イリアから逃げ出してシルフの森へと入る前に、丁度いいところで野営をする。今日アリスに聞かせたのは人間に伝わる魔王の成り立ち――なのだが当然の様に偽りの物語であり、邪神様を貶められたアリスは激怒していた。尻尾でぐるぐる巻きにした上でロリアス様のほっぺたをグイグイ引っ張っている。やれやれと苦笑しつつ助け出すと、またルカの背中に隠れてしまうロリアス様。しかし隠れながらこっそり天罰ノートにふくしゅうの天罰の内容をまた書き留めていた。もう何ページに渡るのか怖くてルカは数えていない。

 

「それにしても邪神アリスフィーズ一世か……どんな感じなんだろう?」

 

「そこの魔王を数倍の大きさにして、100倍悍ましくした様なものですね。認めるのは癪ですが、その力は私よりほんの少し下です」

 

「いーや、絶対に邪神様の方が上だ!」

 

「何を言っているのですか! 私ですよ私!」

 

 そしてデリケートな話題だからか口喧嘩が絶えない二人。騒音を尻目に想像するのは邪神の姿。アリスの母親であるアリスフィーズ15世は大きかったが、初代である邪神はあの姿より更に恐ろしいのだろうか?まあ何にせよきっと自分も相対する事になるのだろうなという奇妙な確信があった。

 

「……まあ、いい。兎も角ルカ、今日も技の講義を始めるぞ」

 

「お願いします!」

 

 暫くして口喧嘩も疲れたのか不毛な話題に飽きたのか、話題を変えてくるアリス。勿論ルカとしても異存は無い。そして、相も変わらずルカの背中でぐぬぬとなるロリアス様。だがしかし魔技では横から口出しする事も出来ないので、悔しそうに見守る事しか出来ないのであった。

 

「こう、相手の心を鎮めるように訴えかけるような魔力を乗せて――」

 

「……こうだね!」

 

ルカは睡眠の魔眼を覚えた!

 

「相変わらず筋が良いな。貴様はあまり相手を傷つけたくない場合も多いだろうし、きっと役に立つだろう」

 

「うん、ありがとうアリス!」

 

 そして今日覚えたのは睡眠の魔眼。どちらかと言うと戦闘外でとても役に立ちそうな魔技である。

 

「それにしても、別の世界の余が教えた剣技といい、余が教えた魔技といい、よくよく魔の技を覚えたな……これはもう一流の魔剣士を名乗っても誰も文句を言うまい」

 

「あぁ……まあ確かに魔剣士の職になった事も有るけど……」

 

「それは許しませんよルカ!! あなたは私に仕える聖騎士になるのですからね!!」

 

「ふんっ、天界でアレも禁止コレも禁止と退屈な暮らしで飼い殺しにでもするのか? それに比べて魔族は良いぞ。余計な教えに縛られず好きに生きられるからな」

 

 激高するロリアス様と、悪い顔で誘惑してくるアリス。構図がまんま脳内でささやく天使と悪魔だ。だが、そんな前後からの板挟みもすぐに終わりに向かう。

 

「ではルカよ。この所ちゃんと支払って貰ってなかったからな。今日の分の報酬はたっぷりと支払ってもらうぞ」

 

 ジュルリ、と舌なめずりしてこちらを見てくるアリス。非情に淫靡だが見惚れる前に後ろからロリアス様がぎゅーと抱きついてきて所有権を主張しつつふしゃー!と威嚇する。

 

「そんなの認めませんよ魔王! これ以上魔姦の禁を破らせるつもりはありません!」

 

 とは言いつつ、この女神様直々にイリアスの五戒の一つ(神を汚すなかれ)を破っているのだが。

 

「うるさい。貴様の意見なぞ聞いてない」

 

 だがそんな物は当然無視するアリス。カッ!と目を光らせるとそのまま眠らせてしまった。

 

「よし、これで明日の朝までは起きないな。さて、ルカよとっととそいつをテントに放り込んでこい。今夜はじっくりと楽しませてもらうからな……♪この花も最近養分を取ってない事でもあるし」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 もはや逃げ場無し。恐怖半分、期待半分を胸にルカは魔王の罠へと恐る恐る近づいていくのであった。

 

「あひぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 翌朝、最早言うまでもないのだがげっそりしたルカが更に女神様の八つ当たりを受けまくったのであった。

 

 

「ここが、精霊の森か」

 

 ほう、と興味深げに見渡すアリス。そして精霊の力を借りる事に不満気なロリアス様。鬱蒼と木が生い茂っていて先が見えない深い森は精霊の力が濃いお陰か他の森よりも一層生命力やマナが強く感じられる。ルカにとっては二度目の訪問だが、微かな差異を敏感に感じ取っていた。

 

「あれ? ちぃぱっぱが少ないな……?」

 

「はて、あの不愉快な小精霊がどうしたというのです?」

 

 ルカの感じる差異や違和感は軽視すべきではないと理解している二人は訝しげにルカを見る。だが、ルカとしてもよくわからない。

 

「向こうの世界だとちぃぱっぱがあちこちに沢山居たんですけど……アレも世界の異常によって起きた現象だったのかな?」

 

「まあ、検証が出来ぬ事を考えても仕方あるまい。ここでは危険は無いのか?」「アレが大量発生するとは……」

 

「向こうでは、とんでもない化け物がうろついていたんだけど……その気配は無いみたいだね」

 

 少し考え込むも、どうやら危険が増している様子は無さそうだ。幽霊も出ない様だし、ロリアス様はルカに付いていくことにした。

 

「そうか。では今回は貴様らだけで行って来い。この辺りのフェアリーたちを余がうろついて驚かす訳にもいかんからな」

 

「分かった。暇だからって変なものを拾い食いするなよ?」

 

「食うか!」

 

 ふしゃー!という威嚇を背に、森に入る二人。人は通わないがエルフや森の獣が通うようなか細い道を主に進み、木々をかき分けて奥へ奥へと進んでいく。羽も仕舞い、体も小さいロリアス様の方が楽に進めている様だ。空からはよく見下ろすが、この様な視点は初めてだろう。興味深げにキョロキョロと辺りを見渡しては、自分の創造した植物をしげしげと観察していた。

 

「やはり長い間放っておくと植物も大分進化するようですね。――おや」

 

 そして、注意深く観察していたお陰で、その小さな姿を見つけることが出来た。妖精である。

 

「妖精ですか。絡まれても面倒ですしさっさと「あっ、人間だ」遅かったです……」

 

 無邪気にふよふよ近づいてくるフェアリー。いたずらっ子なので警戒しつつもとりあえずは挨拶から入る。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは~。ねぇ、お兄ちゃん。私とあそぼ?」

 

「えーと、今急いでるんだけど何の遊びをしたいの?」

 

「このサキュバスフラワーでね、お兄ちゃんのおちんちんにいたずらするの。そうするとね、白いオシッコがいっぱいもれちゃうんだよ。気絶するまでいたずらするととっても楽しいの♪」

 

「だ、駄目だよそんな事!」

 

 予想以上にろくでもない悪戯に全力拒否するルカ。そして怒るロリアス様。

 

「おのれ、やはり姿は小さくても魔物は魔物、何たる悪辣な……! さっさと消えなさい! さもなければ矢を打ち込みますよ!」

 

 怒った表情で複数の鏃を向けると、ビクビクと怯えて「ひゃああああんっ! こわいよ~!」と逃げ出してしまった。

 

 ルカもやれやれと苦笑するが、妖精が逃げた先から今度は足音が聞こえてきた。

 

「何ということを……妖精に矢を向けるなんて!」

 

エルフが現れた!

 

「私は、この森の守り手。あなた達のような狼藉者は、絶対に許さないわ!」

 

「何が狼藉ですか! いたいけな少年を気絶するまで犯してやろうとか抜かす妖精が純粋とでも言うつもりです!?」

 

 その言葉に、うぐぅと言葉に詰まるエルフ。だが再び表情を整える。

 

「だ、だからって矢を向ける事は無いでしょう! 危ないのよ!」

 

「魔物はこの程度じゃ死にはしないでしょうに! とにかく喧嘩を売るなら買いますよ!」

 

「勝手に踏み込んだ癖に! この森の平穏を乱すものは排除するわ!」

 

「わーっ!? もう、二人共やめてー!?」

 

 お互い弓を構えて向き合い、一触即発どころかすぐに撃ち合いが始まり、ルカは止めるために叫びつつ間に割り込む。

 

「あーもう! だから少しは血の気を抑えてくださいよアイリス様ー!?」

 

ルカは烈風剣を放った!

 

 神速の剣が烈風を生み出し、両側から複数放たれる矢を纏めて薙ぎ払いエルフはその剣の冴えに思わず身震いする。

 

「な、なんでこんな腕の剣士がわざわざこんな所に……ここには平和に暮らしている魔物や動物しか居ないわよ!」

 

「シルフと契約しに来たんだよ。目的さえ果たせれば別に危害を加えるつもりも無いし……最低限身を守らせてはほしいけど」

 

 むすーっと不満顔なロリアス様の射線を遮るように立ちつつ、剣を鞘に収めて害意は無いとのアピール。エルフも訝しげだが、鏃を地面にと向ける。

 

「シルフと契約? そんな人間が来るなんて一体いつ以来になるのかしら……。まあ、確かにあんたは敵意は無さそうね。そっちのちびっ子を抑えてくれるなら文句は無いわ」

 

「ちびっ子とはなんですか!」

 

 またまたふしゃー!と怒るロリアス様を、またまたまあまあと宥めるルカ。

 

「こんな事を頼むのも悪いんだけど、あんた腕が立ちそうだし、もし森で得体のしれない怪物を見たら退治してくれない?」

 

「得体のしれない怪物!? ひょっとして、全身変な色をしてこんな恐ろしい剣を持ってない!?」

 

 と、エンジェル・ハイロゥを引っ張り出すルカ。その剣にビビりつつも首を横に振るエルフ。

 

「さ、流石にそんな不気味な剣は持ってなかったけど……でも、そいつも間違いなく不気味な化け物よ。見ればひと目で分かると思う」

 

 どうやら自分の知っている化け物では無いようだが、それでも油断は出来ない。

 

「うん、分かった。そんな化け物に出会ったら退治しておくね」

 

「お願いね。あいつは、人間も魔物も関係なく取り込んでしまうの。私達の言葉も全く通じないし、そもそも意識や感情があるのか怪しいくらい」

 

 どうやら予想以上に質の悪い怪物らしい。向こうで出会ったアレは天使への憎悪を滾らせていたし、エルフや妖精には手を出していなかったのでまた別の魔物だろう。

 

「はて、そんな魔物はいましたかね……?」

 

 そしてロリアス様も覚えがないと首を傾げる。どうやら更に用心したほうが良さそうだと警戒レベルと更に一つ上げたルカ。

 

「それじゃ、僕たちはもう行くよ。エルフさんはこれ以上他の魔物が犠牲にならないように気をつけてね」

 

「そのつもりだけど、中々悪戯が止まなくてねえ――って、きゃああああっ!?」

 

 エルフも去ろうとして歩き出してすぐ、落とし穴に落ちてしまった!

 

「やった♪」「やったね♪」

 

 そして、穴の上から覗いてキャッキャと喜んでいるフェアリーツインズの二人。

 

「このっ! こんな悪戯ばかりして! もう怒ったわよ!」「わーい♪」「逃げろ~♪」

 

「怪物を退治しないとますます犠牲が増えていきそうですね」「……大丈夫かな?」

 

 そんな光景を、ため息を付きつつ心配そうに見送るルカであった。

 

 

 マナの濃さを頼りに森を奥へ奥へ。途中フェアリーズと友だちになったり、ジャックオーランタンの笛を直してあげたりしつつ進み続けて、とうとうルカは見知った気配を見つける。

 

「あれれ……? 人間と……天使? ここに何の用……?」

 

シルフが現れた!

 

「君と契約したくてここに来たんだ」「私の正体を見破るとは腐っても風の属性を司る者ですか……」

 

 ちょっと不満気なロリアス様を後ろに隠しつつ、交渉を始めるルカ。この無邪気さに何だか懐かしさを感じてしまう。

 

「何の為に? 悪い人には力を貸せないよ?」

 

「人と魔物が仲良く暮らせる世界を作りたいから、そして世界の平和のためにだね。その為にはどうしても力が必要だから」

 

「ふ~ん、そうなんだ……」

 

 しげしげとルカを眺め、そして風の囁き声にも耳を傾け、瞬間目を大きく開いてルカが隠しているロリアス様の方を見た。

 

「えっ……そのちっちゃい天使が、イリアス!?」

 

「様を付けなさい、様を! それと頭が高いですよ!!」

 

 ふよふよ近付いて、上から下からしげしげと眺める。

 

「あははっ、そんな体じゃ怖くないよ~♪」

 

「むきぃいいいいっ! そこに直りなさいこのあーぱー精霊!」

 

 怒ってシルフを追いかけるも、すばしっこいので当然追いつけないでドタバタと、そんな騒動を尻目に凄まじくびっくりしているのはルカである。

 

「えっ!? そんな事まで分かるの!?」

 

「そうだよ。風はいろんな事を教えてくれるの♪」

 

 ふわふわ浮いてロリアス様をからかいつつ、ルカに笑いかけるシルフ。

 

「だからね、精霊の力は弱い人間には貸せないの。……っていうより、弱い人間には力を使いこなせないの。だから、キミがあたしの力を使いこなせるかどうか、確かめてあげるね」

 

「ルカ、ルカ! この魔物に天誅を加えるのですよ! いいですね!」

 

「だから力を借りに来たんですってば!? まあでも、試練が戦いなら受けて立つ!」

 

 そう言うと、剣を構えて対峙すると同時に速攻で目にも留まらぬ疾風突きを繰り出すルカ。風の障壁を突破できるように、しかしあくまでもシルフ本体には当てないように。その絶妙な加減は、シルフの目の前ギリギリに剣先を突きつける結果となって現れ――シルフがぷるぷると震えだした。

 

「ふええええええええんっ! 怖いよおおおおっ! 酷いよぉおおおおおおっ!」

 

シルフをやっつけた! 2000ポイントの経験値を得た!

 

「えっと、ごめんね……?」

 

 向こうでも戦闘力自体は弱かったし、そもそも戦い慣れてなかったのだ。こちらも同じだろうと思ったら案の定だ。当然、風の障壁を突破して迫る刃は物凄く怖かったようだ。

 

「ぐすっ……ふぇぇぇぇぇぇん……あたしね、本当は戦いなんて苦手なの……風を戦いに使ったことなんてなかったの……」

 

「う、うん……」

 

 まあ今では向こうの世界ではすっかり恐ろしい風使いと化してしまったが、どうにもそっちのイメージに引っ張られすぎていたらしい。と、ルカは反省しているが泣いているシルフを見てロリアス様はご満悦の様だ。

 

「これで力の差というものが分かりましたか? これからはルカの元で馬車馬のように働くのですよ」

 

「ふぇえええええん!」

 

「そんな酷い事しないですって!?」

 

 ぐすぐす泣くシルフを宥めつつ、時間をかけて落ち着かせる。

 

「酷いことしない?」

 

「しないしない」

 

「キミなら、その力はちゃんと使いこなせてくれそうだね……。じゃあ、力を貸してあげる!」

 

 そう言ってにっこり笑うと、シルフがまばゆく輝き、そしてルカの中へと入っていく。その途端に、全身に広がる、忘れていた懐かしい感覚。再び、風の息吹を己の中に感じる。

 

「どうやら契約は果たせた様ですね。では、とっととこんな森を抜けますよ、ルカ」

 

「その前に怪物を片付けないと……って、この気配は!?」

 

 近付いてくるアリスの気配とは別に、もう一つ。全く感じたことの無い得体の知れない感覚――いや、キメラモンスターが近いか? そちらの方を向き、カスタムソードとエンジェル・ハイロゥを構える。

 

「ルカ、どうやらシルフと契約は出来たようだな……だが、何だこの気配は?」

 

 森の中の悍ましい気配に気がついて、アリスも中に踏み込んできた様だ。

 

「知らない。僕も、初めてだ」

 

 警戒心を強める二人と、その後ろに退避するロリアス様。流石にこの姿ではまだ分が悪いと感じたようだ。そしてすぐに現れたのは、全身を植物に寄生されたかのようなモンスター。その人間部分は、全く感情の覗えない虚ろな目をこちらへ向けている。確かに、これはエルフの言った通り化け物だ。

 

「アリス、こいつの正体を知っているか……?」

 

「知らん。余でさえも。おい、アイリス! 貴様は何か知らんのか!」

 

「えっと……確か……知っていたような……」

 

 だが、小さくなって記憶容量が少なくなって所々欠落しているロリアス様もはっきり思い出せない。使えん奴だと舌打ちしたが、目の前の魔物からの無差別の攻撃に、揃って慌てて飛び退く。

 

「どういう事だ……? 余に対して攻撃してくるなど――」

 

「少なくとも、正気で無い事は確かだ!」

 

 ロリアス様を抱えて安全圏に飛び退く間に、アリスま魔力を凝縮させ炎の渦を怪物に叩き込む。が、なんとその状態でもまだ体力を残している。弱点属性を突いたのに、だ。

 

「なんだと……!? 余の一撃を受け、まだ余力が有るとは……!」

 

「普通じゃない、けどアポトーシスでもない。なら、正体を探る――!」

 

 ロリアス様を対比させた後、アリスと入れ替わるように前へと踏み込むルカ。自分の内から「植物系の敵相手には風が相性いいよー♪」との声がしたので、折角なのでシルフの力を発動させる。体の周囲から立ち上る局所的な暴風は、目の前の敵の蔦や葉や花を全て届く前に散らせてしまう。

 

「シルフ、僕に力を……! 瞬剣・疾風迅雷!」

 

 ルカの動きに、風の力が宿る。瞬きする間に風が舞い、花が散った。後に残ったのは、周囲に広がる異様な花畑のみ。

 

「何だったんだこいつは……アルラウネでも無いだろうし……」

 

「どうやら、こいつは寄生型のモンスターだったようだな。あの女の部分は、宿主とされた人間。寄生植物に侵食された、生ける屍といったところか……」

 

 じっくりと観察する二人だが、後ろからひょっこり現れるのはロリアス様。

 

「ああ、思い出しました。これはプロメスティンが開発していた寄生モンスターですね。流石に生きた人間を直接使ってはいない様でしたが」

 

「はぁあああああああああああっ!?」

 

 ロリアス様の説明を聞いて、叫び声を上げるルカ。あの、プロメスティンがこんな事を!?

 

「そんな……そんな……ああでも、クロムと戦う時にも死体を弄るのが何か悪いことなのか? みたいな態度だったし……嘘だろ……」

 

 改めて、向こうの世界との差異を感じる。小さいプロメスティンも相当にマッドな科学者であったが、成長した姿なら一体どれだけのものになっているのか――。

 

「……余から見ても気分のいいものでは無いな」

 

「ええ全く、力を取り戻した暁にはまたあの洞窟にでも閉じ込めてやりましょう」

 

 三人の間に何とも言えない空気が流れる中、その空気を壊したのは森の住民達であった。

 

「あのこわいの、やっつけてくれたの……?」

 

 茂みからおずおずと顔を出した一人を皮切りに、次々とひょこひょこ顔を覗かせてくる。

 

「あの花のおばけ、とってもこわいんだよ。みつかったら、たべられちゃうの……」「でも、もうやっつけちゃったんだね!」

 

 大勢のフェアリーが、木陰や草陰からわさわさと集まってきたのだ。そして、妖精たち見ていたエルフも顔を出す。

 

「ありがとう、おにいちゃん!」

 

「こわそうなおねえちゃんも、ありがとう!」

 

「こ、こわそう……?」

 

 地味にショックを受けるアリスと、その言葉に、ん?とアリスの方を見て、顔を真っ青にするエルフ。どうやら誰か気がついたらしい。

 

「ちょ、ちょっとあんた達、あまり失礼なことは「ねぇねぇ。さっそく遊びに行こうよ!」ちょっと話を聞きなさいよー!?」

 

 だがフリーダムないたずらっ子のフェアリー達がそんな事を聞く筈も無い。「近くにねぇ、おっきなお城があるんだって!」「わーい、いたずらしにいこー!」なんて会話が聞こえてきて、ルカも頭が痛い。

 

「ま、待ちなさいこの悪戯娘たち! 聖なる都に悪戯など許しませんよー!!」

 

 とロリアス様が叫ぶも、大勢のフェアリー達が次々と森を飛び立っていく。

 

「あああああ……頭が痛い……す、すみません魔王様……。それと、怪物を退治していただきありがとうございます」

 

「……うむ。まあそれも魔王の務めよ、気にするでない」

 

 怖いと言われたことを気にしてなるべく鷹揚に接するアリスを尻目に、ヒソヒソと会話する二人。

 

「近くの城ってやっぱり……」「サン・イリア城でしょう。様子を見に行きますよ、ルカ!」

 

 

 

 そして、またまた訪れたサン・イリア。そこでは幽霊に加えて更には妖精が街中あちこちで悪戯している光景が広がっていた!

 

「とても聖なる都とは思えんな」

 

「あああああ……なんと嘆かわしい……」

 

 アリスの言う通り、混沌とした有様はとても聖都とは思えない。何せ法皇でさえ妖精の悪戯の対象にされているのだ。――だがまあ、何だかんだ共存が始まっているようだ。

 

「ううう……最早信仰は失われてしまったのでしょうか……」

 

「いや、そんな事は無いですよ?」

 

 しくしくと泣き出すロリアス様の手を引いて連れて行ったのは、サン・イリア城の教会。そこでは、老いも若きも幽霊も、そしてついでに妖精も女神像へお祈りをしている光景が広がっていた。来る途中の廊下では、熱心な神学者が死して尚信仰に篤い幽霊の神官も交えて激論を交わしていた。

 

「確かに信仰をする人は減っちゃったかもですけど、こうやって熱心に信じてる人は沢山いるし……。幽霊も、一部の魔物だってイリアス様を信仰してますし」

 

「…………」

 

 その光景を見て、果たして女神様は何を思うのか。

 

「えっと、向こうの世界ではイリアス様が消えて30年経ったけど、それでも熱心に信仰している人はまだまだ沢山いましたし……だから、あんまり落ち込まないでくださいね?」

 

 自分を一生懸命慰めてくれているのだろう。思えば、旅を始めて自分が天から見守っていた頃からずっと献身的だった。

 

「――そうですね。視点が変われば、また見え方も変わるものです。ええ、ルカ。これからもよく尽くすのですよ」

 

「はい、アイリス様」

 

 帰ってくる返事も迷い無きもので――小さな女神は、嬉しくなってルカの背に向かうのだった。

 

 

「……おい、話は終わったか? ならとっとと出るぞ」

 

「……まあそれには賛成しておきましょう」

 

「二人共、まだ怖かったんだ……」

 

 なお、魔王共々必死で震えを我慢していたのはご愛嬌といったところか。

 

 

 

 夢を見た。兎が呼び出した、異世界の勇者たちとの冒険。恐ろしい、同盟者たちとの戦いの記憶。

 

 微かな夢を見た。異世界で、アリスと、カズヤたちのいる世界に―――

 

 何処かと繋がった。――立ち向かってくるのは……白念……?

 

 

「っぁあああ■ぁああ■あぁ■あっ!?■」

 

 とある村の宿の一室で、跳ね起きる。最初の夢は、はっきりと覚えている。あれは夢じゃない、更に先に進んだ自分の記憶。だが、その後の2つが思い出せない。どの様な夢だったかも。そして、思い出そうとすると、頭に痛みが走る――。

 

 しかし、確かに残った物も有る。更なる戦いの記憶、異界の勇者たちと教えあった技の数々、そして何より……

 

「ラルスさんやノビッサさんやロウラットから教えてもらった性技の数々……これなら、きっと魔物にだって勝てる!(注:勝てません)

 

 新たな力にも目覚め、更に獲物として美味しくなってしまったルカさんの明日はどっちだ!?




ルカさん、LV60からLV70へと進化するの巻。なお、記憶や技術が残っているのはもんぱらのコラボの物語だけで、SHRIFTやおふだのコラボの記憶は無い感じです。
勇者たちと切磋琢磨しあったのでコラボ先の技をちょくちょく使うかも?(ただしフラッシュカウンターは流石に劣化せざるを得ない)

そして、夢魔という快楽ダメージしか通じない奴らが現れたので、ルカさんもいざという時の為に白念君、カズヤ、レストたち共々性技を覚える事にした模様。折角男のバトルファッカーが3人も居るしね!
お陰で、ルカさんと魔物の性の戦力比が今までは1:100だった所が80:100程度には改善されました(なお結局負けます。NO逆転なのです。おまけに程よい抵抗のお陰で魔物娘側の発情度がめっちゃ上がって自分の首を絞めます)



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サラ姫の奇妙な冒険

ぱらルカさんだから貞操観念がかなり緩めです(小声)
そして字数が増える増える……どうしてもズルズル増やしてしまう……


「ルカっ!? なにがあったのです!?」「一体どうしたのだ!?」

 

 ドタドタドタと慌てた様子で近付いてくる二人分の足音、そして勢いよく開かれる扉。幸い、泊まっていたのが村の空き家で良かった。もし宿だったら他のお客に迷惑がかかっていただろうと、こんな時に余計なことを考えてしまう。

 暗い中目を凝らして二人の表情を見ると、不安げな表情だ。

 

「あ、あはは……そ、そんなに大きい声を出しちゃってた?」

 

「大きい声どころではありませんよ。何ですかあの叫びは……」「聞いた瞬間、寒気が全身に走ったぞ……一体何があったのだ?」

 

「ええとね、また記憶を思い出しちゃって――」

 

 そして語るのは、他の7つの平行世界からやってきた勇者・そして同盟者たちとの戦いの記憶。特に、夢魔という剣だけではどうしようもない恐ろしい敵の存在を聞くと、流石の女神と魔王も寒気を覚えるが、とりあえず兎が出てこなければこちらの世界には来ない様だとの事でほっと一息つけたようだ。

 

「しかし、他の世界からこの世界を救う為に訪れた勇者たちですか。この私直々に褒美を渡せないのが残念ですね」

 

「魔王としても感謝しなくてならんな。それに、別の世界の魔王にも一度会ってみたいものよ」

 

 なにはともあれ、ルカもこの世界もこれ以上の危機が無いようで一安心、更にルカも強くなったとの事なので万々歳と言った所だろうか。そしてルカ本人にとって何より大きいのが――

 

「それに、いざ夢魔を相手にするって時を考えてバトルファッカーの技術も沢山習ったからね……!」

 

 向こうではコラボの証が有るのでそんな必要は無かったのだが、やはり相手を気持ちよくさせたいのは男の子の意地である。他の勇者3名と合わせて、無口勇者3名から何とかあの手この手で聞き出して頑張って学んだのだ。(なおカズヤも白念も実戦を試みるも撃沈し、レストは姫がいないので寂しい夜を過ごしていた)

 

「ほう……」「へえ……」

 

 そして、その言葉を聞いてギラリと光る二人の目。非情に興味を唆られたようだ。

 

「で、でも今日はまだ体に違和感が有るからまた今度ね……」

 

 ルカとしてもそろそろこの二人に反撃したい気持ちも有るのだが、身体能力の急激な変化が起きたので流石に少し慣らしたいようだ。

 

「まあそういう事なら……」「仕方ないですね……」

 

 二人としてもルカが嫌がってるわけではなく、純粋に体調が不安との事なので、渋々引き下がるのであった。

 

 

 サン・イリアを出てもう10日。西へ西へと進むにつれて段々と気候が暑くなってきており、森の植生も熱帯雨林の姿に変わってきており、暑さと湿気で不快感が凄まじい。旅慣れたルカや、魔王であるアリスはまだ何とかなっているが、ロリアス様にはかなり辛い様子。こまめに水分を摂ってもすぐに汗で流れ出てしまう有様なので、シルフの力を借りて周囲に常に涼風を流していた。弱く長く力を使い続けるのは中々無い経験なので、これはこれで訓練になるなと風の向きを変えたりしながら歩いていく。

 

 そして、風の力は思わぬ副産物も齎してくれた。鬱蒼と茂った密林に通った道は、視線を左右に向けても奥の様子は分からないが、風の力で果物や薬草やハーブも感知出来るようになったのだ。その為食べるに困る事は無く、アリスは常にもぐもぐと果物を食べれているのでこんな道中でもご機嫌の様子だ。ロリアス様もアリス程では無いにしろ、初めて食べる果物だらけで、一つ一つしげしげと眺めては楽しそうに食べていた。

 

 摘んだハーブは、お茶や食事の香辛料に。薬草は道中の村に寄ると大体は喜んで食料と交換してくれる。向こうの世界のキャラバンの様な賑やかさは無いのだけれども、こちらののんびりとした旅路もルカは好きになっていた。

 

 ただまあ……

 

「ふふっ、美味しそうな人間ね。粘糸で動けなくして餌食にしてあげるわ」

 

 と旅人を見つけては男を食い殺そうとするタランチュラ娘だの

 

「ふふっ、イキの良さそうなオスじゃないか。あたしが、たっぷり犯してやるよ」

 

 食い殺しはしないまでも野盗として狼藉を働くミノタウロス娘だのと、危険な魔物には事欠かない。ロリアス様もすっかり魔物狩りに慣れ、今では職業をボウマスターに、種族をキューピッドにと成長させて新しい技もどんどん覚えていっている。

 

 そんなこんなで熱帯雨林を抜けると草原が見え、段々とサバンナのような気候になり、とうとう一面砂だらけの砂漠になってしまった。今までのようなむせ返るような暑さは無いものの、直射日光と砂の反射とでやはりとても暑い。そして、やはり一番辛そうなのはロリアス様である。両手をだらんと下げ、憂鬱そうに歩いている。ここまで暑いとそよ風を流しても温風になってしまうだろう。

 

「ルカ……日光を遮る呪文を覚えてはいませんか……?」

 

「闇の呪文なら防げそうだけど燃費が凄い悪いと思います……」

 

「勿論余はやってやらんぞ」

 

 しかし帰ってくるのは無情な返事。

 

「ルカ、後どれくらい歩けばいいのですか……?」

 

「あと2日位だったかな」

 

「そんなに……」

 

 そして帰ってくる無情な回答。

 

「ううう……天界に戻ったらこの辺りに大きな湖でも作りましょうか……」

 

「気候が物凄い変わっちゃいそうですね……」

 

 天から見たら地上は様々な気候が入り乱れていい感じだったのだが、地上の生き物からするとこんなに辛いとは。昔の創生を後悔しつつ歩いていると、ふと近づくひんやりとした空気。そちらを見てみると、何か入った革袋を差し出すルカの姿が。

 

「氷入れてみました。懐に入れたらちょっとは涼しくなると思います」

 

「ううっ」

 

 自分のしもべの優しさが目に染みる。ちょっと涙目になりつつ懐に入れるとひんやり冷たかった。

 

「余の分は……?」

 

「えっ、いるの?」

 

 そう聞くと、ムスッとした顔を更に険しくさせてルカを叩く。どうやらイリアスにばかり優しくすると不満の様だ。逆もまた然り。こうしてルカが板挟みになりつつ、魔物もしばきながら旅路を進む。

 

 2日後、ようやくサバサに到着すると一同がほっと一息をつく。砂漠のオアシスと、外界へ繋がる長い長い入り江の側に有るこのサバサの都は、この国の首都でありまた大陸有数の貿易都市でもある。街へ足を踏み入れた瞬間からいい香りが漂っていて、アリスとロリアス様が目を輝かせている。

 

「ぬぅ……? サバサフィッシュ料理だと?」「昔エデンに頼んだら、金魚に薬草を乗せたものが出てきましたね……」

 

 そして美味しそうな香りを漂わせる屋台の前に釘付けになる二人。お値段も中々だ。だがまあ、今のルカの財布なら勿論買えない金額で無い。

 

「じゃあおじさん、三人前下さい」

 

「あいよ、まいどあり!」

 

 注文した途端、パアっと顔を輝かせる二人。ルカ自身も保存食には飽きてきていた所だし、丁度良かったのだ。

 

「美味しい……♪」「死んだ魚に草を詰めた料理なのになんと美味しい……♪」「なるほど、香草をこうやって使うんだ」

 

 早速名物料理に舌鼓を打つ三人。と、そこに一人の兵士が通り掛かる。すると、ジロジロと上から下までじっくりルカの事を観察し始める。

 

「……?」

 

 はて、特に悪い事もしてないし、この兵士もチンピラに見えないしどういう事だろうかと首をかしげるルカ。

 

「むぅ!? なんだ、その気味悪い剣は……!!」

 

 しまった、物凄い怪しいものを持ってた。荷物に突っ込んであるエンジェル・ハイロゥは言い訳のしようのないレベルで怪しい物である。

 

「うむ……少々若いが……」

 

 ただ、その兵士は驚いたものの拘束しようなどという気配は無い。

 

「すまないが君、サバサ城まで来てくれないかね?」

 

「えっと……何か有りましたか?」

 

 向こうの世界では最初に訪れた時はサラがとんでもない事になっていたが……こちらではそんな噂は無いし街の雰囲気も悪くない。

 

「うむ……。あまり表では話せない事でな。是非来て欲しいのだが」

 

 門番や街を巡回している兵を見る限り、軍事大国サバサに相応しい雰囲気をしている。なら、偽物などでは無いだろうとの事で、承諾するルカ。そして――

 

「むぅ、まだ食い足りんのだが」「あっちの屋台なども見たいのですが……」

 

「ふ、二人共後でね」

 

 名残惜しそうに商店街を見る二人であった。

 

 

 精々、どこか適当な部屋に案内されるかと思ったが、あれよあれよという間に、なんと王の間まで導かれてしまった。サバサの王様は、腕の立ちそうな冒険者に頼みが有るのだという。別の世界で何度も踏み入れた王座の間に案内されると、部屋の奥、王座の前に戦士の姿があった。鍛え抜かれた体躯、並々ならぬ眼光に体に幾つも刻まれた傷跡――人間の中でも最上位の戦士だろう。どこかで見たことが有るなと思ったが、すぐに思い出す。サバサ城にあった肖像画に描かれていた姿、先王であるサバサ9世だ。尤も、こちらでは現役の王ではあるのだが。

 

 世界中の王様と知り合っている関係上、宮廷マナーもある程度は学ばざるを得なかったルカだ。相手の正体が分かったので、ひとまず前に出て片膝を突き跪く。

 

「お初にお目にかかります、サバサ王。僕は――」

 

「ああ、畏まる必要は無い。その心遣いは嬉しいが、私は王である前に、まず一人の戦士であるつもりだ」

 

 そう言うと、立たされ鋭い目で全身を観察される。威風で言えば、4王の中でも一番だろうなとルカは思った。

 

「……ふむ、良い目をしているな。少々若過ぎる事もないが、しかし凄まじい実力を秘めている――」

 

「恐縮です」

 

 そして一目で実力を見抜いたのか、早速本題を切り出した。

 

「……旅の方よ、くれぐれも内密に願いたい。事は重大であり、民に不必要な動揺をもたらす恐れがあるのだ」

 

「分かりました」

 

 迷わず頷く。この手の国家の厄介事には散々関わってきたのだ。対処法ももはやお手の物である。

 

「実は、我が娘――つまりはサバサ王女が、魔物にさらわれてしまったのだ」

 

「はっ!?」

 

 予想外過ぎる話に、ものすっごく驚くルカ。目を白黒させつつも、ひとまずは話を聞かなければと続きを促す。

 

「あれは、三日前の深夜のことだった。突然に、娘の部屋から窓の割れる音が響いたのだ。慌てて衛兵とともに駆けつけると――部屋はもぬけの殻で、娘の姿はない。そして……一枚の手紙が、部屋に落ちていたのだ」

 

「手紙……?」

 

 王の一人娘、その対価に一体何を要求したのか……

 

「それは娘をさらった魔物の残したものだった。なんともおぞましい、血も凍るような筆跡で「ピラミッド」とのみ書かれていたのだ……」

 

「ピラミッドに……!?」

 

 あの、スフィンクスが居るダンジョンにさらった。何が目的かは分からないが、嫌な予感が止まらない。

 

「姫が誘拐されるなど、国の一大事。民の動揺を避けるためにも、今は事を公にできん。そういうわけで、姫を救い出せる強者を極秘裏に探し求めているのだ」

 

「なるほど……」

 

 頷くルカだが、既にその思考の殆どが誘拐相手に割かれている。

 

「これまで、冒険者を何人か面談したが……勇者を名乗る連中は、格好ばかりで全く腕が伴わん。だが、お主からは何か凄まじい凄みを感じるのだ。旅の少年よ、どうか王女を救い出してはくれんだろうか……?」

 

「勿論です、直ぐにでも出発します!」

 

 ルカの知る情報から推察できる幾つかの理由が、ルカを焦らせる。最悪の予想が当たっていた場合、一秒でも早くたどり着かなければ。

 

「すみませんが、騎兵隊の中でも特に足の早い駿馬を用意して下さい。直ぐにでも向かいます!」

 

「おお、そうか。すぐに用意させよう。そしてもし成功した暁にはウチの娘を嫁に「じゃあ、行くよ、アリス、アイリス様!」――むぅ、行ってしまったか」

 

 さり気に婿入りさせようとしてくるが、ルカにその声は届いていない。血相を変えた姿を見て、アリスもロリアス様も慌ててそれに付いていっていて、サバサ王と衛兵たちはその姿を見送るのだった。

 

 

「ルカ、貴様そんな慌ててどうしたのだ!?」

 

 馬を2頭用意して貰い、並走させながらアリスが叫ぶ。この慌てようは只事では無い。

 

「下手をすると、女王級を3体も相手にしないといけないかもしれない!」

 

「何だと、一体どういう事だ!?」

 

 そのルカの最悪の予想に、またアリスやロリアス様も顔色を変える。

 

「サラは、スフィンクスの血を引いているんだ! その力が覚醒した時、女王クラスに匹敵する力を持ってる! そしてスフィンクス自体も最上位の妖魔だ! でもサラのご先祖様だからサラを害そうとする企みに乗るわけがない! だから、ピラミッドを舞台にサラをどうにかしようと思ったらそれは女王級を洗脳か排除できる魔物の仕業だとしか思えない!」

 

「なるほど、確かにサバサ王家はあの下半身ライオンの血を引いてますね――しかし、アレをどうにかできる魔物となるとかなり限られますが」

 

 その推論をルカと一緒に乗りながら考えるロリアス様。自分の知る中での一番の容疑者はやはり、黒のアリスだろう。

 

「向こうの世界では、サラを洗脳し妖魔に覚醒させたのは伝説の三淫魔で、女王級を洗脳したのはアジ・ダハーカって太古の妖魔でした! その力でクイーンアルラウネが洗脳されて、クイーンエルフとクイーンフェアリーが憎悪を煽られてグランドノアまで攻め込んでしまいました!」

 

「三淫魔にアジ・ダハーカ!? あの昔に大誅した妖魔がっ!?」「なるほど、それは貴様が警戒するわけだな!」

 

「ああ! 流石にそんな大物を3体同時に戦いながらアイリス様守る自身がないから、その時はアリス、頼むよ!」

 

「ええい、何故余がこんな奴を――と、見えてきたぞ!」「私だって不本意ですよ!」

 

「うん、って、あ、あれ……?」

 

 段々とピラミッドが大きく見えてくるが、その近くに一人分の人影が。しかも、ものすっご~~~~~く見慣れた姿が。

 

「…………」

 

 馬の速度を段々と下げ、飛び降りるルカ。その顔はとっても脱力した様子である。

 

「……何だ、あの女か?」「ええ、あの姿は間違い有りませんね」「うん、ちょっと行ってくる……」

 

 とぼとぼと、一人ピラミッドへ向かうルカ。その背中はとても煤けていたのだった。

 

 

 

「ここがピラミッド……予想以上に大きいわね」

 

 下から、ピラミッドを眺めているのは誰であろう、さらわれたと思われているサラ王女であった。そう言えばお城の人や法皇様の話だと父親からして外で旅したり暴れたりしたんだっけと思い出す。一応感知してみるが、妖魔として覚醒した気配も無い。

 

「(ここで無理やり連れ帰ってもまた脱走しちゃいそうだよなあ……)」

 

 よく見てみれば、雰囲気からして女王ではなくただの少女の様だ。父親が王として健在だったので、気を張る必要がなかったのだろう。特に気配も消さずに近づくと、サラが振り向いた。

 

「あら? あんたもここに何か用?」

 

「うん……まあ、そんな感じ。そっちは何をしに? 観光とか?」

 

「違うわよ。このピラミッドで、竜印の試練を受けたいのよ。私の愛する、あの方のためにね」

 

 ああ、そういえばサラってどっちもいけるんだっけ――。遠い目をしつつサラを観察するが、贔屓目に見てもこのまま一人でピラミッドに入ったら無事で済みそうには無い。

 

「えーと、中は危険だと思うけど……」

 

「危険なのは分かってるわよ。でも……あの方に認められるため、私は行かなきゃいけないの!」

 

 こうなったサラは絶対に諦めないだろうなと何となく分かるし、一人で見送るのも論外。ならば選択肢は一つ。

 

「……分かった。僕もちょっと用事が有るから一緒に行こうか」

 

 オーブの一つはスフィンクスが持っているし、用があるのも本当だ。

 

「一緒にって、あんたが……? まあ、仲間はいたほうがいいけど……いや、結構強そう?」

 

「結構、じゃなくて物凄く強いよ」

 

 苦笑して、剣を肩に担ぐ。どうやら戦士としての技量もまだまだ発展途上の様だ。

 

「そんなに? まあ、先輩冒険者なら経験もそれなりにあるでしょ? 私はダンジョン探索は始めてだからサポートはよろしくね」

 

「はいはい」

 

「あ、そうだ、あんた名前は?」

 

「僕は勇者見習いのルカだよ。そっちは?」

 

「あたしはサラ。一流の剣士を目指して、修行中の身よ」

 

 その自己紹介に、こっちのサラはのびのびと出来ているんだろうなと思ったルカだった。

 

 

 

 ルカにとっては何度目かの、サラにとっては初めての通路を進む。サラの後ろに着いて、あれやこれやとアドバイスしながら進むのは先輩冒険者になったようで何だかちょっと楽しい。

 

「ところでサラは、誰のために試練を受けるの?」

 

 この辺りの竜族と言えばリザードマンだったか。うろこの盗賊団はこちらでも暴れているのだろうか。

 

「……恋人じゃないんだけどね、私の一方的な片思い。あの方は、剣一筋に生きる孤高の剣士。私の事なんて、覚えてもいないと思うわ」

 

「そっか。大変だね……」

 

 サラは王族だし、尚の事難しいだろう。だが、それでも努力して突っ走れるのがサラの強さだろうか。そんな事を考えながら進んでいると、前の方に魔物の気配。

 

ミイラ娘が現れた!

 

「試練を受ける人間よ……この先に進みたくば、我を倒していくがいい……」

 

「望むところよ、あんたを倒して先に行ってやるわ!」

 

 勇ましく対峙するサラだが、その姿はどうも今ひとつ頼りない。試練というだけあって、そこそこ程度の戦士では突破できないのだろう。だが、ルカが一方的に倒すというのも駄目だろう。ならば――

 

「光よ、力を与えたまえ! アタック!」

 

ルカはアタックを唱えた! サラの攻撃力が上がった!

 

「えっ!? 何、あんた魔法も使えるの!?」

 

「ほらっ! 余所見しないで集中する!」「わ、分かったわ!」

 

 サラを支援してあげる事にしたルカ。魔法に特技にと、支援も回復の手段も豊富だ。こちらへ飛んでくる包帯は叩き落としつつ、サラの戦いを見守る。

 

「ヒール! ガード! テクニック! ほら、一つ防いでも油断しない!」

 

「やっ! はっ! てやっ!」

 

 やはり姫だからか実戦経験が致命的に足りていない。だが、ルカの手厚い支援のお陰で何とか戦えていて、動きも段々と良くなってきた。

 

「これで、とどめっ!」

 

「見事、だ。先へ進むがいい……」

 

ミイラ娘をやっつけた!

 

「た、倒せちゃった……」

 

「お疲れ様」

 

 肩で息をしているサラに水筒を渡すと、そのままグイッと飲んでしまう。長い時間をかけた戦いは相当に疲れたようだ。

 

「ありがと……あんた、凄いのね。あんなに沢山の魔法を使えて。でも、どうせなら攻撃もしてくれれば良かったのに」

 

「これはサラの試練だからね。あんまり僕が手を出すのもどうかなって」

 

「まあ……それはそうなんだけど……」

 

 援護が有るとはいえ、それでも魔物と正面から一人で対峙するのは中々辛いのだろう。だが弱音を吐かない辺り、本気なのが伺える。

 

「まあ、あんたも相当強いんだろうけど流石にあの方には劣ると思うわ」

 

「そんなに強いの?」

 

「そりゃもちろん、当然よ! いくらあんたが強くても、流石に勝てないと思うわ。今はどこで何をされているのかな……愛しのグランベリア様」

 

 その意外過ぎる名前を聞いて、吹き出すルカ。

 

「な、何よ!? 別に変な名前でも無いでしょ!」

 

「い、いや、ちょっと知ってる名前が出てきたからつい」

 

「知ってる名前って……同じ名前の別人じゃない? 私が愛する方は、魔王軍四天王で、巨大な剣を振りかざす龍人の方よ」

 

「ああうん、間違いなく僕が思い浮かべたグランベリアだね……」

 

「あんたも知ってたんだ……。まあ、有名なお方だから当然よね!」

 

 そしてお相手を聞いてルカも納得。まあそりゃこんな試練を受けにも来るよねと。だが、そんな雑談をすると次の魔物の気配がする。

 

「この風は……サラ、次の魔物だよ」

 

「風……? そんなの分かるの?」

 

「ああ。精霊の力を借りていてね」

 

 そう言いながら、剣を抜きつつ後ろに下がる。そしてサラが、その巨体と対峙する。

 

コブラ娘が現れた!

 

 そこからの流れは先程と同じ。ルカが支援して、サラに倒させる。だが、先程の魔物より一回り強いので、今度はサラへの支援だけでなく、相手へのデバフもかける。

 

「その力を砕く......はぁっ!」

 

ルカはウェポンブレイクを放った! コブラ娘の攻撃力が下がった!

 

 攻撃力を下げるために尾に放たれた一撃は、今までのサラのどの攻撃よりも鋭く、思わず動きが止まってしまうサラ。

 

「ほら、戦闘中はボーッとしない!」

 

「あっ、う、うん!」

 

 そしてまた幾度かの攻防の後、コブラ娘が倒れる。

 

「すごいのね、あんた。魔法も精霊の力も使えるし、剣の腕もあたしよりずっと上だし……」

 

「沢山修行して、実戦も経験してきたからね」

 

 これでも幼い頃から修業を重ねてきたのだ。……ソニアには一度も勝てなかったけれども。

 

「ところで、ひとつ聞いていいかな?グランベリアと、いったいどこで知り合ったんだ?」

 

「ああ、それはね――」

 

 気になったので聞いてみたグランベリアとの出会いの話。内容はベタなのだがその原因がお姫様が一人で出歩いていた事って……。想像以上のお転婆の様だ。いやまあ、向こうのサラも王をやめて国の政治体制を変えて一緒に冒険に旅立つようなアグレッシブさなのだけれども。

 

「それで竜印の試練を受けに来たってわけだね」

 

「ええ、初対面以来お会いしていないけれど、あの方に相応しい女になってから再開すると誓ったのよ」

 

 その時ふとよぎるのは、サバサの学者から聞いた言葉。ぶっちゃけストーカーみたいでキモいと龍人が話していたとか……ま、まあグランベリアならそんな事は言わないだろう。だがそれを差し引いても前途多難そうで、どうしたものかと悩むルカ。だがしかし、目下最大の敵はよりによってサラの目の前にいることにまだサラもルカ自身も気がついていないのだ。

 

 

「あっ、風の流れが……これは、複数かな」

 

「便利ね精霊の力って。それ、私も欲しいなぁ……」

 

「こっちはこっちで試練を乗り越えないと駄目だけどね! 来るぞ、油断するな!」

 

ネフェルラミアスが現れた!

 

「悪いけど、この先には進ませないわ」「強い人間しか通しちゃいけないって、スフィンクス様に言われてるのよ」「つまらない人間だったら、あたし達が餌食にしちゃうよー♪」

 

 今度はラミア種がいきなり四体同時と、難易度が急上昇だ。

 

「なによ、今度は大人数ね。でも、これくらいで「だから、油断しない!」きゃっ!?」

 

 油断していたサラへ、ラミアの一体が急襲する。だが、巻き付かれる寸前でルカが引っ張りこんで避けさせる。

 

「ひょっとして、凄くマズい……?」

 

「まあ、一人で来てたら最初で終わってたね」

 

 やれやれと体勢を整え相手を見据える。サラ一人ではどうやっても勝てそうにない。

 

「そっちのお嬢ちゃんは大したこと無いけど……あんたはすっごく美味しそうね♪」

 

「しかも洗礼を受けてないわね。そんなに食べられたいのかしら?」

 

 だが油断しているのは相手も同じ。舌なめずりしてジリジリとこちらに向かってくる。

 

「じゃあ、サラ。とっておきをかけてあげる。時の奔流、僕に従え! クイック!」

 

「えっ!? 時魔法!?」

 

「はあっ!?」「ええっ!?」「なんですって!?」「わわっ!?」

 

 そして、ルカ以外敵味方合わせてみんな驚く。時間を加速し、更にバフを重ねがけする。

 

「其れは英雄の物語。世界を巡り、精霊と心を通わせ、終には魔の頂を打ち破るに至った彼の名は――」

 

ルカは英雄譚を語った!仲間に勇気が漲ってくる!

 

「わっ、嘘、身体が軽い――」

 

 時を加速させ、更には全ての能力を向上させられたサラは、ラミア達が捉えきれない速さで踏み込み、剣を振るい、四方から来る反撃を全て躱す。

 

「速っ――きゃぅっ!?」「わわわっ!?」「ひゃああああんっ!?」

 

 その様はまるで一流の戦士の様で、ネフェルラミアスは次々と倒されていったのだった。

 

ネフェルラミアスをやっつけた!

 

「嘘……倒せちゃった……」

 

 倒された相手より、自分の方がこの現実を信じられない様子なサラ。剣を見てポカンとしている。

 

「時魔法まで使えるなんて、あんた何者なの……? さっきの不思議な魔法といい、見習いとか嘘でしょ……?」

 

「あ、あははははははは……」

 

 向こうの世界では、四大国全ての王が認める勇者だったので、サラの指摘は正鵠を射ていた。

 

「……こんだけ強かったらお父様も欲しがりそうね……。他国へ行っちゃう前にどうにかしてウチに……」

 

「ほ、ほら、サラ、次に行こう、次!」

 

 何やら厄介事に巻き込まれそうなので、先へ促す。じ~とこちらを見てくるが、気が付かないふりで先を進むと意思の通路が終わり、広く装飾された部屋に出た。

 

「えっと、ここが一番奥……?」

 

 豪華だが何も無い部屋をキョロキョロと見渡すサラ。だが、不意に重苦しい威圧感がまとわり付く。

 

「とうとうここまで来たか、か弱き人間よ……」

 

 言葉と共に唐突に姿を表したのは、このピラミッドの主のスフィンクスであった。

 

「あんたが、スフィンクス?」

 

「いかにも。妾がこのピラミッドの主スフィンクス。ヒトの死を見守る存在にして、竜印の試練の最終審判」

 

 予想通り最後の試練はスフィンクスが行うとの事。しかし、認めねば丸呑みとは魔物が人間に課す試練は一々難易度が高すぎるのではなかろうかと思うルカ。街の噂では誰一人帰ってこなかった様でもあるし。

 

「それで、最終試練とやらは何? あんたを倒せばいいの?」

 

「僕なら兎も角、サラじゃどう頑張っても無理かなあ」

 

「矮小な人間にしては随分な大言よ……と言いたいが、貴様のその実力を察するに慢心でも虚勢でも無さそうだな」

 

「まあね」

 

「えっ……じゃあ私、失格……?」

 

「違う。この試練は強さを問うものでは無い。妾からの謎掛けだ。これより、妾が投げかける問いに見事答えてみせよ」

 

 そして出されるのは、子供でも知っている謎掛け。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物。だが本当の問いは、何故その問いかけを投げかけて来たか。その理由は、人の儚さを悟らせるため。それは、スフィンクス自身が味わい、今も尚心を凍らせている生命の理そのものだ。

 

 この問いは、ルカにも多くのものを投げかけてくる。人と魔物との距離が縮まった世界での、沢山の恋物語。そして、それはこの世界だけではない。他の世界から来た勇者たちもまた、種族を超えた愛の物語を紡いでいた。目の前のスフィンクスは、それぞれの生を全うしたが故に孤独となった。一緒に生きるべきだったか、それとも死ぬべきだったか。別れを受け入れるべきか――その答えは、まだルカには出せそうもない。ひょっとしたら、ずっと出せないのかも知れない。

 

「……分かったわ。あんたの苦しみとか辛さとか、絶対に忘れない。グランベリア様と結ばれた時、私はどうするのか――どうするべきなのか――よく考えてみる」

 

「僕も……この話は忘れないよ」

 

 人と魔物の共存が出来つつある世界。人と魔物の共存が出来てない世界。どちらにとっても関係のない話ではありえない。ルカにとっても、きっと他人事では無いのだろうから。

 

 

「さて、最終試練は両名とも合格とする。それでは、竜印の試練をくぐり抜けた証を与えよう!」

 

「えっ!?」

 

 そして、ルカとサラの手の甲に竜の顔を象形化した様な紋章が浮かび、すぐに消える。

 

「いや、僕は付き添いだったんだけどっ!?」

 

「と言われてものう、強さも想いも資格は十分ではないか。まあ貰っておけ」

 

「そんなんでいいの!?」

 

 どっかの海の元締めを思い出す軽さだ!?とツッコミを入れる横で、サラは素直に喜んでいた。

 

「では、ついでにこれも持っていくがいい」

 

 と、目の前に置かれたものは、見覚えのある宝玉、イエローオーブだった。

 

「そうそう、これこれ、これが欲しかったんだ!」

 

「ほう、お主はそれが何か知っておったか」

 

「うん、ありがとう!」

 

「何々? 宝玉? へー、凄い綺麗」

 

 貰ったオーブを大事にしまい込むと、礼をする。これでもう一つの目的も達成だ。

 

「それじゃあ、目的も果たせたみたいだし帰ろうか、お姫様?」

 

「へっ!? あ、あんた……最初から分かってたの!?」

 

「まあね。みんな心配してたよ。窓を破って血も凍るような悍ましい文字で「ピラミッド」って書いた手紙しか残してなかったから魔物にさらわれたって大騒ぎだった」

 

「いちおう、行き場所だけは書き置きで残したんだけど……血も凍るようなおぞましい文字って何よ! そこまで言うことないんじゃない!?」

 

「文字だけでなくて内容も足りなすぎるよ……」

 

 こっちのサラはポンコツでもあるんだなあと苦笑する。

 

「ではさらばだ、人の子達よ。あの方のように、いついかなる時も気高くあれ」

 

 そんな二人を微笑ましげに見守り、現れた時と同じ様に唐突に消えていくスフィンクス。こうして、世にも奇妙な勇者のお姫様救出劇は終わりを告げたのだった。




何気にくえとぱらでめっちゃキャラが違うと思うサラでありました。
ぱらの方は若い頃から女王やっててしっかり王族としての責任感とかが有るけど、くえの方はお転婆姫って感じですよね。どっちも好きですが!

そしてサラに最大最強のライバルが出現してしまうの巻。まあ、くえのエンディングの一つだと普通に結婚するし好感度も有るんで、最悪3人一緒にとかってパターンもひょっとしたら(ry


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別れと出会いと再開と、混乱

長くなりそうだったので一旦区切って投稿
3000字強あたりで区切ったほうがいっその事楽か……!


「さて、待たせてる人が二人ほどいるから、ちょっと急ごうか。テレポート!」

 

 またあの長い道のりを戻るのも面倒だし、時魔法でさっさとピラミッドの外に出る。一瞬で景色が変わったことに、サラは目を白黒させて大いに驚く。

 

「うわっ!? 一瞬で外に!? あんたこんな事まで出来るの!?」

 

「そうだね。転移系の魔法は高位の魔物も結構覚えてる奴いるし、こっちも使えとくと便利だから。――さて、二人は……あ、いた」

 

 ピラミッドの中に入ってそれ程時間は経ってない筈だが、この炎天下の中外でただ待つのはひたすら不快で暇だったのだろう。借りた馬と一緒に日陰に入り、二人だけでトランプで遊んでいたようだ。

 

「む、やっと戻ったか」「遅いですよ、まったく。あなただけならもっと早く終わらせられたでしょうに」

 

「ははは……ごめんなさい」

 

 ゴソゴソとカードやらコップやらを仕舞い、帰る支度をする二人。あまりの暑さに喧嘩をする気も起きなかったようだ。

 

「あんまり早く戻ると変に思われちゃうだろうし、帰りも馬で「巫山戯るな、まだロクにサバサ料理を食っとらんのだぞ」「砂漠に長居などしたくありません。とっとと城へ戻るのです」はい……」

 

 だがそんな慎重論など提案し終わる前に却下された。不機嫌な二人に逆らえるはずもなく、全員一緒に移動させるために一箇所に集める。

 

「……ねえ、待たせてた二人ってルカの何? 恋人にも見えないし仲間って言うには偉そうだし……」

 

「え、えーっと、仲間なんだけど」

 

「そんなに強いのに苦労してるのね……」

 

 おもいっきり同情されてしまった。そして否定の言葉を出そうとするも、旅の始まりからを回想して雑務は殆ど自分がやってるなと思わず遠い目をするルカ。そろそろ色々と仕事を覚えて貰おうか……。

 

「――まあいいや。時の奔流、僕に従え! ワープ!」

 

 呪文を唱えると、今度はサバサのすぐ側にまで一気に跳躍する。この距離も一気に飛べると分かって、尚の事サラが驚く。とりあえずはフードを被ってもらって、城の中までこっそり帰る。さすがにいきなり外から姫が帰ってきたとなったら隠していた意味も無い。

 

 城へサラと一緒に訪れると、大変な驚きと共に慌てて応接室へと通された。サラは先にお色直しの為に別室へ移され、しばし待たされる。また待つので二人の機嫌が悪くなるかなと心配だったが、最高級のお茶とお茶菓子が二人が食べ終わっても次々と運ばれてくるので非常にご満悦な様子だった。そして、三人で大皿を何枚か重ねた後、再び玉座の間に通された。

 

「勇者ルカどの、よくぞ姫を救ってくれた。この国の王として、礼を言おう。お主こそ、真の勇者よ!」

 

「は、はい」

 

 そして、今度は玉座から降り言葉を紡ぐ。

 

「……そして、一人の親としても礼を言わせてもらおう。ルカ君、ありがとう……!君のお陰で、我が娘は救われたのだ」

 

「えっと……どういたしまして」

 

 こちらの世界でも、またサバサの国から勇者と認められてそれは嬉しいが、狂言誘拐だっただけに複雑な気分である。そして誘拐されたと口裏は合わせたもののこの早さはどうやったって疑問に思われるだろうし、サラから直接聞き出して多分時魔法などはバレているだろう。なので――

 

「……ところでルカ君、古来より勇者とは姫を娶るもの……サラの婿になるつもりは無いかな?」

 

 やはり、こういう誘いが来るのだ。向こうの世界でも女王に婿が居ない2国の家臣から何かある度に婿入りを持ちかけられてきたが、こちらは父親である国王直々の誘いである。とても気に入られてしまったらしい。

 

「お気持ちは有り難いのですが、僕にはまだまだ成すべき使命が有りますし、サラ王女にも意中の方がいる様なので……」

 

「意中の方……? サ、サラ……それは……!?」

 

「その言葉、心より嬉しく思います。わたくしも愛するお方に恥じぬよう、励もうと思っております――」

 

 相手が魔物だとか四天王だとか性別だとかは誤魔化し、サラと二人揃って何とか話を逸らす。

 

「ところで王よ、余は腹が減っておる」「私もです。街を巡る前にあちこち連れ回されましたからね」

 

 更に空気を読まない二人の要求である。何もしていないが料理はしっかり頂く気の様だ。

 

「うむ、もてなしの準備を大急ぎでさせておる。どうか、好きなだけ召し上がられるが良い」

 

 こうして、宴が始まったのだった。流石に四大国の面子が揃った向こうの世界での宴には劣るが、その分サバサの地方色が色濃く出た料理が次から次へと運ばれてくる。

 

「ふむ、これがサバサフィッシュのムニエルか。レモンソースが味を引き立て、たまらんな……」

 

「美味しい……♪ これは天界でも宴席料理を開発するべきですね……♪」

 

「流石宮廷料理、このレシピも覚えとかないと……あ、このバナナの使い方凄く良い。こっちの香辛料の配合は……」

 

 腹ペコ二人は勿論、ルカとしても身体が資本な分一般人より遥かに大食らいではある。次から次へと平らげていく様に給仕の人は忙しそうだ。

 

「ところで、ルカ殿……実際のところ、我が娘との縁談はどう思っておるのだ……?」

 

 サバサ王はまだまだ諦める様子は無さそうだ。宴が始まってからもこっそりと聞いてくる。

 

「凄い光栄な事ですけど、僕はまだまだ旅の途中で道も半ばですしやるべき使命もありますので……それにサラ王女にも、想い人がおられますし……」

 

「むぅ……確かに君程の戦士ならば成せる事も多いだろうが……」

 

 言質を取られないよう、のらりくらりと躱しながら会話を進める。父親としては物凄い心配なのだろう。このままでは外堀を次々埋められかねないので、慌てて話題を変える。

 

「あれ、そう言えばサラ王女はどこに……?」

 

 料理に夢中で気がついてなかったが、宴の主役の一人が居ないのは変だ。

 

「サラなら、少し準備が手間取っておるようだ。ルカ殿、せっかくなので勇者の手でここにエスコートしてくれんだろうか」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

 政治にはあまり詳しくないけれど、こういう演出も大事なんだろうなと特に気にする事も無く、使用人に連れられるままに宴を抜け出す。だが、これはサバサ王の巧妙な罠だった!

 

 

「サラ、準備はまだかい? もう宴は始まってるんだけど……」

 

「はぁ? 準備なんてとっくに終わってるわよ。呼ばれるまで、この部屋にいろってお父様に言われたんだけど……?」

 

「えっ?」

 

 一体何事だと思った時には、「ぬぅぅ……ふんっ!」というサバサ王の気合の声と、扉の向こうで何かがめきゃりと潰れた音。

 

「これは失敬……私としたことが、うっかりドアノブを握り潰してしまった。この壊れようでは、修理するまでドアは開くまい。すぐに職人を連れてくるから、一時間ほど中で待っていてくれ」

 

「う わ あ」

 

 ハニートラップは色々と仕掛けられてきたものだが、まさか国王がここまであからさまな手に出るとは流石にルカも予想外だった。一応中からドアノブを回してみるも、当然の如く開かない。しかも手を出してもオールオッケーとの許しの言葉まで残していかれてしまった。大概この王様もフリーダムである。そして建前上はドアが壊れてしまっただけなので、窓やドアを壊すわけにもいかない。

 

「まあでも時魔法で出ればいいよね。じゃあサラ、こっちに――」

 

 来て、と言おうとしたらがっしり腕を掴まれた。

 

「いや、ここで何もなかったらあんたが恥をかいちゃうし……それ以前に断られたら私が大恥なんだけど……」

 

「いやいやいや!? 何でそうなるの!? べ、別にお礼はエッチな事じゃなくても普通に旅費を貰えるだけでも大歓迎だし!? それにサラはグランベリアが好きなんだろ!?」

 

 向こうでもサラにも絞られていたので今更だが、それでもこっちの誘惑はマズいというか人生の墓場に一直線になりそうで流石に尻込みしてしまうルカ。ジリジリと下がるも、どんどん壁際へと追い詰められていく。

 

「それとこれとは話が別よ。あんたには本当に世話になったし……まあ、お口やおっぱいで抜く程度ならやってあげてもいいくらいには恩を感じているから……」

 

 と言いつつ、目に浮かぶのは淫靡な好気の色。あ、あれ?まだ淫魔には覚醒してないよね?と戸惑うも、「もう、じれったい!」とベッドに放り投げられてズボンを下ろされる。

 

「あはっ、口では色々と言いつつももう大きくなってるんじゃない……♪」「ううぅ……」

 

 ルカだって男の子。お姫様にご奉仕させるという背徳的なシチュエーションに興奮しないはずもなく……

 

 

「あひぃいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 耐久力の上がったルカさんは一時間経っても絞りきられず、手や胸や口や足でいじめられて、時間になってやってきたドアの外の父親がそっと人を散らす程度には弄ばれてしまったのだった。

 

 

 

「今回は、娘のわがままでずいぶんと迷惑を掛けてしまったな。つくづく、申し訳ない事をした」

 

「いえいえ、お気になさらず。丁度、ピラミッドにも用事が有りましたし」

 

 なんのかんのと色々とあって翌日、王様や大臣などから名残惜しそうに見送られ、城を出ることになった。どうやらサラの誘拐が狂言だとの事もバレていたようだが、それでも勇者として遇してくれた事に、サバサ王の器の大きさを感じた一同だった。

 サラの方もかなり思うところがあった様で、何時でも会いに来てねと言ってくれたのが印象的だった。向こうの世界では一緒に旅をしてきたが、こうしてドレス姿で見送られると本当にお姫様なのだな、感じる。勇者と姫の物語としてはかなり風変わりな一幕だけれども、これはこれで悪くないなと思うルカだった。それはそれとして、気に食わないので脛に蹴りを入れられたり脇腹を抓られたりしたのはご愛嬌である。

 

 

「それで、次はどこへ向かうのだ?」

 

 城から出たら早速屋台で買い食いを始めた二人。昨日宴席料理を大量に食べたばかりだが、それはそれとしてこういう庶民の味も好きらしい。

 

「次はグランドールに行こうと思う。世界最大の歓楽街だね。鍛冶ギルドの本部が有るから、そこで装備を作って貰おうかなって。王様から紹介状も貰ったし」

 

「その服は布の範疇の装備としては最高級の性能ですがやはり金属製の鎧は必要でしょうね。特にあのトカゲと戦うならば」

 

「食えん物に興味は無いぞ」

 

 理解を示してくれるロリアス様と、食い物にしか興味が無い魔王様。美味いものが無い土地には行ってくれるのだろうかと微妙に不安になる。ただ、次の行き先は問題無いだろう。

 

「そこは世界最大級の市場も有るから世界中から食材も集まってるよ」

 

「よしすぐに向かうぞルカ」「財貨はきちんと取ってありますね? いざとなったらそこの大食い魔王に亜空間収納させてでも食材を持たせるのです」

 

 早速次の街へ行く元気が湧いてきた二人だ。現金だなあと苦笑しつつ呆れるルカであった。

 

 

 道中は特に問題も無く、何時もの様に襲ってくる魔物を叩きのめしつつ旅路は進む。ただ、砂漠は景色の変化に乏しく何より道中に食えそうな物が全く見当たらないためアリスは殊更に退屈そうだ。だからといってサソリを集めてきてそれを料理しろとは流石に食い意地が張りすぎではなかろうか。しかし料理人の性、ゲテモノだろうと珍しい食材相手なのできちんと料理して美味く作れてしまうルカ。そして、好奇心に負けて食して美味しさに敗北感を感じるロリアス様、なんて一幕があれど無事に到達する。

 

 

「ここがグランドールか。確かに、食材の香りが乱れ飛んでいるな」

 

 鼻をひくひくさせる魔王様は随分とワクワクしてる様だ。

 

「(犬っぽい……)」「(まるで犬ですね)」

 

 と思ったら二人一緒にしばかれた。その後キシャー!とロリアス様が反撃するも軽くあしらわれるのもいつもの光景だ。

 

「じゃあ僕は鍛冶ギルドで採寸して貰ってくるから、その間二人は適当に街を回っていてね。あと、変な詐欺師とかナンパとかに引っかからないように」

 

 それなりに時間がかかりそうなので、二人にそれなりの量のお小遣いを渡す。歓楽街だし珍しいアクセサリーだの香水だのも有るのだが、多分二人は全部食べ物に使うんだろうなと思う。

 

「うむ、まあ適当に終わらせてこい」「これでも女神なのですよ、心配いりません」

 

 二人は自信満々だが、この様な大規模歓楽街は初めてなのでどうなる事やら。ちょっと不安になりつつも別行動を開始する。幸い、鍛冶ギルドでは国王直筆の紹介状を見せたらすぐに奥に案内され、ギルド長と対面する。

 

「国王から最優先で対応してくれと言われたからどんな奴が来るかと思ったら……こりゃとびきりだな」

 

「分かるんですか?」

 

「勿論だ。どれだけ戦士の身体を見てきたと思ってる。あの国王様の装備を作る時も手伝ったしな」

 

 どうやらお眼鏡に適ったようだ。見た目で侮ってくる奴も多い中、流石は一ギルドの長である。

 

「それで、お前さんは何が欲しいんだ? まあ、大体想像は付くが」

 

 今のルカの格好は軽戦士と言うにしてもあまりにも軽装である。自然と察しはつく。

 

「鎧兜一式と、盾を、最低龍鱗……できればオリハルコンで作って欲しいんです。お金に糸目は付けません」

 

 作ってもらえるなら、財宝の残りとサバサ王の報奨金の殆どをつぎ込む覚悟である。

 

「オリハルコンか……そりゃまた豪勢だな。そんな物を装備できる奴は余程の金持ちか超一流の戦士かだが……あんたには相応しいだろうな。よし、良いだろう。国王様の頼みだ、幾らかはそっちにも請求しといてやるよ。あんたみたいな戦士に作ってやるのは職人冥利に尽きるしな」

 

「ありがとうございます!」

 

 大いに喜ぶルカ。これで、グランベリアと戦う際にも格好は付くだろう。

 

「それと、そっちの剣も鍛え直してやるよ。何か変な力は感じるが……素材自体はそこまで大したもんでもないだろ?」

 

「あっ、そうですね……お願いします」

 

 剣の方も、錬金術で魔物素材を合成していったので属性重視の武器になっていたのだ。

 

「んじゃあ、早速採寸と行くか。ただ、それなりに時間はかかるからちゃんと宿は見つけておけよ」

 

「そっちの方は大丈夫です」

 

 何せ時魔法が有るので、その気になれば何時でも取りに来れる。

 

「そうか。準備のいいこった」

 

 こうして、別室で服を脱いで全身採寸されるルカ。念入りにされた分、終わった頃にはもう太陽が真上に登っている時間帯だ。小腹も空いてきたし、珍しい料理を出してる屋台でも巡ろうかなんて考えて、歓楽街を歩く。劇場も大はセレブが集うカジノ兼大劇場から、場末のお立ち台まで多数の場が有り、また路上での大道芸や踊りや占いも盛んに行われて、怪しげな客引きや威勢のいい売り子、それに詐欺師やスリまでいる。

 

 そして今、また一人見つけた。商店街の一角の小さなお立ち台、その上の踊り子を眺めているフードを被った一人の女性に伸びる手。

 

「そんな事は止めなよ」

 

 財布を握りしめた手を掴んで捻り上げると「あだだだだだっ!?」との声がする。何事かと周囲の人が振り向くと、なんだスリかとすぐに興味が散る。手際の良いこのお立ち台の責任者は、すぐに衛兵を呼んでくるとそのままスリが連行されていった。

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「どういたしまし――て――」

 

 フードから見えたその顔は、向こうの世界での仲間。アイドルサキュバスのサキちゃんであった。思わず、言葉が途切れる。そしてその様子に、角でも隠しきれなかったかなと青い顔をするサキちゃん。そして――

 

「おや、サキ。どうかしました……か……」

 

 更に見知った声の方に振り向くとなんと

 

「……いや、君こそどうしたのコーネリア」

 

 なんと人間形態でバニースーツを着た65537ページの姿。

 

「…………ここでは何ですので、ちょっと家まで来て下さい」

 

「えっ、でも……」

 

「大丈夫ですよサキ、この人は勇者ですが人と魔物との共存を望んでいる方ですので」

 

 それを聞くと、目をパチクリさせてルカの方を見るサキ。

 

「そうですか。悪い人でも無さそうですし……」

 

「まあ、うん。というかコーネリアがここに家を持ってるって事にも驚いたんだけど……」

 

 と、案内されて歩いていくのはあまり裕福でない層が利用する区域の更に端。

 

「あ、いえ……」

 

 目の前に張られてるのは大型のテント。部屋も借りれない踊り子などが住む様な場所である。そして、テントの入口をくぐると更に見知った顔と声。

 

「あっ、お帰り~。 お? 今日は男引っ掛けてきたの? やるじゃん♪」

 

「…………」

 

 貧乏ニート淫魔のエヴァが、バニー服で料理をしながら待っていた。

 

「……一体、どういう事……?」

 

 こっちに来てからでもとびっきりのややこしい事態に、ルカは頭を抱えるのだった。




サラ王女、気に入った&耐久力が高かった分たっぷり絞るの巻

グランドールはくえ本編では出てない街なので、調子に乗って色々と出してみました。
こっちのサキちゃんはまだまだ魔物蔑視も残ってる様な世界なのでまだデビューして無くてアイドルなキャラになって無い感じに!
カジノも次話に出る予定!


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