原作女の子主人公(ミヅキ)がアニポケ世界のスクールに入学して自分の夢を探す話 (きなかぼ)
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初めての仲間 編
1.夢の始まり


 みんなの視線が自分に注がれているのを感じた。緊張ですこし胸がドキドキした。とくに隣にいる、肩にピカチュウを乗せた少年のワクワクした表情が気になって仕方がない。落ち着けミヅキ。人は第一印象が肝心なの、ゆっくり、落ち着いて……。一度すっと深呼吸して、彼女は口を開いた。

 

「えっと……、カントー地方のタマムシシティから来ました! ミヅキです! よろしくお願いします! 夢は……まだわかりません」

 

 そうスクールのみんなの前で、サトシの次に自己紹介したことをミヅキはよく覚えている。夢はポケモンマスターになること! って楽しそうに言うサトシにつられてそう言ってしまったのだけれど、それからミヅキはなんとなく自分の中でモヤモヤと考えるようになった。

 

わたしの夢って、一体なんだろう?

なにかに本気で夢中になったこと、あるんだろうか?

 

 

 

 アローラ地方。4つの島からなり、1年を通して温暖な気候が特徴で、よその地方からは観光地として有名な場所。ミヅキは3週間前にカントー地方のタマムシシティから、アローラの島の1つであるメレメレ島に引っ越してきた。

 そしてここはそのメレメレ島の山のふもとにあるポケモンスクール。タマムシシティのスクールとは違って、窓もなければコンクリートの壁もない。なんなら教室には扉もない。巨大なツリーハウスのような開放的すぎる建物だった。風通しはいいけれどなんだかあまり落ち着かない。というのが現時点のミヅキの感想だった。

 

 昼休み、お弁当を食べた後にミヅキは教室の机でボーッとしながら広いキャンパスの庭を見ていた。たくさんの生徒たちが自分のポケモンをボールから出して遊ばせたり、バトルしたりしてわいわいと遊んでいる。

 ミヅキはまだポケモンを持っていない。もしわたしもそのうちポケモンをゲットしたらあんな感じに遊ぶのかな。というか、どんなポケモンを捕まえるんだろ。あんまり想像ができないなぁ……。

 

 ふう、と軽くため息をつく。引っ越してから少し経って、アローラに慣れたような気がしたけど、まだまだそうでもない。

 ミヅキの家はリリィタウンの外れにぽつんと建っている。不便だしスクールにもちょっと遠いし、どうせなら都会のハウオリシティに住めばいいのに。なんてミヅキは思う。ただ、こういう自然の中に住むのがママの夢だったから仕方ない。うちのペットのニャースも結構楽しそうだし。

 ただ今まで都会に住んでいたミヅキにしてみれば、虫ポケモンは多いし、暖かいというよりは暑いしで暮らしが変わって戸惑うことが多くて、すこし疲れるのは確かだった。

 

 そんな風にぽやぽやと色んなことを考えていると、いつの間にやらこっそりと背後に両手をわきわきさせている青色の人影が迫っていた。

 

「わ!」

「ひい!? びっくりしたあ……スイレンっいきなり何するのっ」

 

 後ろから両肩に勢いよく手を乗せられて、びっくりしてミヅキはついビクッとしながら大声を出してしまった。スイレンはへへっと舌をぺろりと出してその反応を楽しんでいる。

 

「だってミヅキがぼーっとしてるから……昼休み、もったいないよ? 遊ぼ! 下でマオちゃんとリーリエも待ってるよ」

『アオッ!』

 

 スイレンの傍にいたアシマリもニコニコしながら一緒に行こうと一鳴きした。

 

「ゴメンゴメン、ちょっと考え事しちゃってて……そだね! 遊びにいこ!」

 

 スイレンは同じクラスの友達だ。いつも服の下に水着を着ている泳ぐのが大好きな女の子。友達をからかうのが好きで、澄んだ青色の髪の毛がトレードマーク。一緒にバタバタと階段を降りると、校舎の玄関に女友達のマオとリーリエが待っていた。このクラスは女子がミヅキを入れても4人だけなので、必然的にいつも固まって遊ぶことが多い。

 

「ほらミヅキー! 今日はサトシとカキがバトルするんだって! 見に行こうよ!」

「うん、あれ、マーマネは?」

「もう行ってるみたいです! バトルでワザがぶつかりあう時のエネルギーの測定をするとか……」

 

 マーマネは食べるのが大好きなちょっとふとっちょな機械オタクの少年だ。凄い複雑な機械をいじってデータ収集するのが好きで、専門用語をよく使うのでミヅキにはわからないことが多い。

 

 みんなでグラウンドの方向に行くと、少し遠くでちょっとした人だかりが出来ていた。

 3人で人だかりの間から覗いてみると、そこではすでにサトシのピカチュウとカキのバクガメスがバトルを始めている。この2人はポケモンスクールの中でも1,2を争う実力の持ち主なので、いわゆる「ガチバトル」をするときは自然と他の生徒も参考にしようと集まってくるのだ。

 

「ピカチュウ、でんこうせっかだ!」

『ピカピィ!』

 

「バクガメス! トラップシェルで迎え撃て!」

『ガメェ!』

 

 サトシがピカチュウに、カキかバクガメスに指示を出す。ピカチュウがでんこうせっかで突っ込んでくるのに合わせて、バクガメスが反転し甲羅を正面に向けた。バクガメスの固有ワザ・トラップシェル。バクガメスの甲羅に生えた棘に触れると爆発し、触れたものに大ダメージを与える強力なワザだ。

 

「ピカチュウそのまま突っ込め! 棘を避けろ! 甲羅を足場にして飛び上がるんだ!」

「何!?」

 

 ピカチュウは甲羅の縁を使いトゲを掻い潜りうまく跳躍した。ピカチュウとバクガメスは今日だけでなく今まで何度もバトルをしている。その中でサトシとピカチュウが考えた新しい戦法だった。

 

「そのままエレキボール!」

「ドラゴンテールで相殺しろ!」

 

 空中から投げつけたエレキボールがドラゴンテールで両断され、その衝撃で煙幕が広がった。そしてやがて煙が晴れる。

 

「!」

 

 カキの目が見開かれる。前方にはどこにもピカチュウがいない。

 ならどこに? 上? 横? 否。

 

「後ろだバクガメス!」

「遅いぜ! アイアンテール!」

『ピカァ!』

 

 命令がワンテンポ遅れた。バクガメスが後ろを見る前にピカチュウが渾身の力でバクガメスの腹をアイアンテールでぶっ叩いた。

 

『ガメッ……!』

 苦悶の声を出しながらバクガメスが吹き飛ばされる。ピカチュウの小さな身体のどこにそんな力が? と普通は思うけれど、スクールの子供達は既にピカチュウとバクガメスのバトルを何度も見ているので驚きはない。

 

「近距離戦に持ち込むつもりか……! バクガメス! まだやれるな!?」

『ガメェ!』

 

 バクガメスはカキの声に力強く応えて起き上がった。

 

 

「追いこめ! ピカチュウ、もう一度でんこうせっかで攪乱しろ!」

「させるか! バクガメス、火炎放射でなぎ払って近づけさせるな!」

 

『ピカ!?』

 

 直線的にでんこうせっかで距離をつめるピカチュウに対し、バクガメスはなぎ払うように火炎放射をばらまいた。それはわずかにピカチュウの身体を捕らえた。熱い! 思わずピカチュウはワザを解除してバクガメスと距離を取る。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

『ピカピ!』

 

 全然まだやれる。ピカチュウは耳をびしっと立てて気合いを入れてサトシに応えた。

 

「相変わらずカキとサトシは互角だね!」

「ですね!」

「うんうん」

 

 マオ、リーリエ、スイレンが2人を褒めると、

 

「いや……サトシこれはやばいかも?」

 

 それに対してミヅキが呟いた。3人が「え?」と言う。ミヅキはピカチュウに近距離戦をさせないこの展開はZワザの流れだと思った。

 事実、ピカチュウとバクガメスが距離を取り、バトルが一瞬膠着した。そしてカキの眼光が鋭くなり、腕を胸の前で力強くクロスし構えた。腕のZリングが光り輝く。

 

「いくぞ、バクガメス!」

『ガメェ!』

 

 カキとバクガメスが呼吸を合わせる。光で出来たオーラのようなものが2人を繋ぎ、周辺の空気が震えた。

 

「俺の全身、全霊、全力! 全てのZよ! アーカラの山の如く熱き炎のように燃えよ!」

 

 舞い、捧げるようにカキが口上を叫ぶ。周囲で見ている他の生徒が小さく歓声を上げた。これこそがZワザを発動する合図だ。それを見てサトシはすかさずピカチュウに指示を送る。

 

「Zワザか……! ピカチュウ、こっちもゼンリョクで10まんボルトだ!」

『ピッ……カァ!』

 

「くらえ! ダイナミック……フルフレイム!!」

 

 炎と雷、大技同士の直撃。爆風が当りを包み、ミヅキは思わず顔を覆う。少しだけ目を開けてちらりと周囲を見ると、みんなも同じように爆風から身を守っていた。

 

 やがて煙が晴れて目を開けると、そこには悠然と立つバクガメスと目を回して倒れているピカチュウがいた。ダイナミックフルフレイムを10まんボルトで受けきれずに、ピカチュウはダウンしてしまったのだ。

 そして審判をしていたマーマネが気がついたように宣言する。

 

「ゴホ、ゴホ……あ、ピカチュウ、戦闘不能! よってバクガメスの勝ち!」

 

「当たった。ミヅキの予想」

 

 少し驚いた表情でスイレンが呟いた。

 

「アハハ。たまたま、なんとなくだけどね……」

 

 ミヅキは苦笑しながら答える。あんなものは素人考えのあてずっぽうで、今までサトシとカキがしていたバトルを見てなんとなく思ったことにすぎない。

 

「ピカチュウ、大丈夫か?」

『チャァ……』

 

 サトシが急いでピカチュウを抱き上げると、ピカチュウは大丈夫だと返すように手を力なく振った。

 

「今日は負けちゃったな。でも今の10まんボルトすごかったぜ! 次は勝とうな!」

 

 負けたけれどサトシは努めてポジティブにピカチュウに声をかけ、ピカチュウもそれに力強い声で応えた。サトシのこういうところを見ると、いいポケモントレーナーだとクラスのみんなは思う。

 

「ほらピカチュウ、オボンの実だよ~」

『ピカピ!』

 

 すかさずサトシの元にマオが駆けより、ピカチュウに体力回復効果のあるオボンの実を食べさせる。家が食堂をやっているというのもあるけれど、マオはカキとサトシのバトルの後によくこういう気配りをしてくれるのだった。とっても優しい友達なのでミヅキは内心すごく見習っている。

 

「サンキューマオ! いつもありがとな。よかったなピカチュウ」

「ううん全然! 人でもポケモンでも、運動の後のご飯はマオちゃんにお任せだよ! ほらバクガメスにも!」

『ガメェ』

「よくやったな、バクガメス。マオもありがとな」

 

 カキが表情を和らげて、バクガメスの勝利を称えてからみんなの元にやってきた。カキはクラスの中で唯一Zワザが使える生徒だ。家がアーカラ島で牧場をやっていて、その手伝いをしながら毎日バトルの鍛錬を積んでいる努力家である。しかも毎朝リザードンに乗ってメレメレ島まで登校しているのだ。わたしの家の距離くらいで遠いなんて言っちゃダメだなあ、とミヅキはなんとなく心でため息をつく。

 

「やっぱりカキのZワザはすげえや! 受け止めようと思って簡単にできるもんじゃないなあ」

「当たり前だ。毎日鍛錬してるからな」

 

 サトシがストレートに褒めるので、カキは少しだけ照れたのか指で鼻を擦りながらそう答える。

 

「だがサトシ、いつもならZワザは避けようとするだろ。なんで今日は受け止めようと思ったんだ?」

「ああ、カキとはいつもバトルしてるじゃん。だから今日はZワザにどれだけ10まんボルトが効くのか試してみたかったんだ」

「なるほどな……だが、俺とバクガメスの熱い炎はそう簡単に受け止められるものじゃないぜ?」

 

 カキはニヤリと笑う。これだからサトシとのバトルは何度やっても楽しい。毎回新しい発見がある。

 カキは今までゼンリョクを出してなお対等にバトルできる同級生がいなかった。サトシがこのスクールに来るまでは。

 サトシはカキにとってはじめての同年代のライバルだった。お互いに研鑽して高め合うという感覚、これが楽しくないわけがない。

 

「あーでも、俺も早くZワザ使えるようになりたいな~!」

「それなら、まず試練を受けないとな。しまキングに認められないと、Zクリスタルは手に入られないぜ?」

「わかってるよ。早く試練受けてみたいぜ! な、ピカチュウ!」

『ピカピ!』

 

 サトシは同じようにやる気満々のピカチュウを見ながら、たぎる気持ちを抑えきれなかった。

 手首に巻いたクリスタルのないZリングに目を落とす。サトシがZワザに興味があるのは、単純に強くなりたいというだけでなく、ピカチュウのためという理由もあった。

 ふと、サトシは昔の旅路を思い出す。サトシといつもいる相棒はピカチュウだ。でもバトルでエースとして頼るポケモンは、リザードン、ジュカイン、ゴウカザル、ワルビアル、ゲッコウガ……いつもピカチュウ以外の誰かだった。

 アローラ地方に来たばかりのころ、サトシはカプ・コケコの気まぐれでZリングとデンキZを授かった。そしてカプ・コケコとの腕試しでかみなりのZワザ・スパーキングギガボルトを撃ったあの日から、このZワザはピカチュウの新たな力になるかもしれないという予感があったのである。

 サトシがまだZワザを使うには未熟だったのであの時のデンキZは砕け散ってしまったけれど、次は絶対に自分の力でZクリスタルをゲットするのだと決意を新たにしていた。

 

「今日はカキの勝ちだったねえ。これで何勝何敗?」

 

 地べたに座ってホログラムのパソコンをいじりながらマーマネが言う。ついさっきリーリエが言っていた『ワザがぶつかり合うときのエネルギーの測定』をしているようだった。

 

『ピピッ、カキが4勝、サトシが2勝ロト。ちなみにピカチュウがカキのZワザでやられたのはこれで3度目ロト』

 

 サトシの図鑑としていつも一緒に暮らしているロトムが答える。図鑑と呼ばれるだけあってロトムは色々な出来事をデータ化するのが好きだった。

 

「うーん、サトシも色々工夫してるけどやっぱりZワザがある分カキの方が有利だよねえ」

「ホントだぜ……あー俺もZワザ使いたい~!」

 

 サトシがじたばたしながら言う。カキはそれにあきれ顔をしながら、仕方ないなといった風な様子だった。

 

「全くお前は……サトシ、焦るなって。前はZワザを軽く考えるなとは言ったが……今のお前にZワザを使う資格がないとは思ってないさ。そのうちククイ博士がハラさんの所に連れて行ってくれるだろ」

「ハラさん?」

「ああ、メレメレ島のしまキング、ハラさんだ。サトシが最初のZクリスタルをゲットするとしたら、ハラさんの試練しかないだろう」

「僕もサトシとカキのZワザがぶつかるところ見てみたいな! スパーキングギガボルトとダイナミックフルフレイム!」

「マーマネ、それいいな! 絶対すごいバトルになるぜ〜!」

「その時はゼンリョクで受けて立つ!」

 

 サトシとカキとマーマネが楽しそうにあれこれ話している時、ふとスイレンが気がついたようにミヅキの方を向いた。

 

「あ、そういえばミヅキ、何かあった? さっき言ってた。考え事してたって」

「え? ミヅキ何かあったの?」

「何か悩み事ですか?」

 

 何気なくスイレンが聞くと、マオとリーリエもミヅキの方を見た。

 別にそんな大したことじゃないんだけど……とミヅキが苦笑いしながら呟くと、マオが心配そうな顔でぐいっと顔を近づけてきた。

 

「ほんとに〜? 言いにくいことじゃなかったらなんでも言いなよ!」

「う、うん」

 

 マオはなんだか有無を言わさない強さみたいなものがあり、時々ミヅキは羨ましいと思う。

 ミヅキが昼休みにキャンパスに出なかったのは、ポケモンを持っていないからではない。どちらかというと新たな生活環境にまだ慣れていないから。という理由の方が大きかった。なんとなくアローラの雰囲気にまだ馴染めずに気後れしているのだ。

 

「その……まだ、このスクールの雰囲気に慣れてないっていうか。どうしたらみんなみたいになれるかなって」

「「「えっ……?」」」

 

 3人が意外そうな顔をする。最初こそ緊張していたけれど、ミヅキが転入してきてから3週間くらい経ってそろそろ仲良くなれたかな思っていたのである。

 ミヅキはぽつぽつとカントー地方とは人との関わり方やスクールの形が全然違って、少しだけ戸惑っていることを話した。

 ここの雰囲気はタマムシシティのような都会にあるスクールとは全然違ったりする。みんな当たり前のようにポケモンをモンスターボールから出して授業受けてるし、そもそも1クラスごとの人数が少ない。このクラスなんて7人しかいない。ミヅキは引っ越す前は30人くらいのクラスで授業を受けていたのだ。必然的にコミュニケーションが多くなる少人数制のうえ、フィールドワーク多めの授業はミヅキにとって初めての経験ばかりだった。

 

「そっか、サトシと違ってミヅキは旅してた訳じゃないから……まだアローラにあまり慣れてないんだね」

 

 ミヅキの話を聞いてマオが納得したように頷いた。

 サトシはアローラに来る前に色々な地方を旅していたらしく、特にアローラ地方の雰囲気に戸惑うこともなくあっという間に溶け込んでいた。なんなら来た次の日にはもうみんなと意気投合していたかもしれない。それに比べて、ミヅキは都会出身でいきなりアローラに来たのだから戸惑うのも無理はないと3人は思った。

 

「気づかなかった……サトシのてきおうりょく高すぎて。ごめんミヅキ」

「ううんいいの! ゆっくり慣れていけばいいかなって思ってたからさ」

「うーん、それなら……そうです!」

 

 リーリエが閃いたと言わんばかりにパンと両手を叩いた。

 

「それでは、形から入ってみるっていうのはどうでしょうか?」

 

 「形?」と首を傾げながら3人の声が重なる。

 

「そうです! 郷に入れば郷に従え、ではありませんが……」

 

 リーリエはそう言うとミヅキの格好をじっと見た。

 ミヅキが着ているのは特徴の無い無地のTシャツに短パンの組み合わせだった。

 タマムシシティならよくいる学生で済むけれど、派手で特徴的な服装が多いアローラ地方ではなんだか地味な方かもしれない。実際リーリエ自身やマオ、スイレンの格好に比べると地味だ。

 

「新しい服ですよ! 論理的結論として、気分を変えるにはイメチェンするのが一番です!」

「で、でもわたしそんな、みんなみたいにかわいい服持ってないよ?」

「大丈夫です。わたしに考えがあります!」

 

 びしっといたずらっぽくリーリエがウインクした。

 こうしてその日の授業が終わった後、急遽女子4人による「リーリエの家でミヅキにアローラっぽい服を着せる会」が行われたのだった。

 

 

…………

 

 

 次の日。

 

「アローラ!」

『みんなアローラロト!』

 

「「「「アローラ、サトシ、ロトム!」」」」

 

 朝、サトシがピカチュウとロトム図鑑を連れて教室に入ると、みんな次々と「アローラ」と挨拶を返した。「アローラ」とはアローラ地方での挨拶だ。朝昼晩どこでも使えるので結構便利だとサトシは思っている。

 ピカチュウがサトシの肩から降りて、みんなのパートナーに挨拶をする。スイレンのアシマリ、マオのアマカジ、マーマネのトゲデマル、カキのバクガメスはだいたいボールの外に出ているのでこれが日常の光景だった。ただバクガメスは大柄なので授業中はボールに入っていることもある。

 

「ほらモクローも寝てないでさ……あれ? ミヅキはまだなんだ」

 

 鞄をひっくり返して中で寝ていたモクローを机に転がすと、ふと気づいたようにサトシは言った。遅刻するほどではないけど、登校前にポケモンバトルの特訓していたおかげで今日もかなりギリギリの時間である。だいたい特訓後に登校すると自分が最後なのに、今日は珍しくまだミヅキが来ていない。

 

『ミヅキが遅刻するのは初めてロト。ホームルーム5分前ロト』

「いや~……来てるんだけどね……」

「ちょっと事情がありまして……」

 

 マオとリーリエが苦笑いしながらサトシとロトムに答えた。

 

「ミヅキならさっきポケモン捕まえに行ったよ。カイリュー!」

「マジで?」

「ウソです♪  ほんとはあっち!」

「全くスイレンったら……」

 

 サトシがいつものようにスイレンのウソに引っかかり、それにマオが呆れたように言う。

 

「……アローラ、サトシ」

 

 そしてスイレンが指差した場所からミヅキの声が聞こえた。みんなの目線がそちらに集中する。

 そこにはサトシが入ってきた側とは逆側の教室の入口だった。そこから身を隠して手だけ出してぶんぶん振るミヅキがいた。もしかするとおはようのつもりらしい。

 

「ミヅキ、あんなところでどうしたんだ?」

「俺が来てからずっとあの状態だぞ」

「なにしてんだろうね。そっち行こうとすると来ないでって言うし」

 

 男子3人はよく分からないので。そんなミヅキの手を見ながら首を傾げた。

 

「完全に恥ずかしがってますね……」

「ね、そろそろ助けてあげようよ」

「そうだね!」

 

 リーリエ、マオ、スイレンの3人はお互いに面白そうに笑みを浮かべながら頷いて、無理やりミヅキを教室に押し込むことにした。きっと昨日4人で選んだ服を見せるのが恥ずかしいのだ。

 

「もー! あんまりこういう服着たことないから恥ずかしいんだってば!」

「大丈夫大丈夫!すぐ慣れるよ!」

 

 マオがぐいぐいと右手を引っ張る。

 

「新しい服着た時って、最初だけはすごく恥ずかしかったりしますよね。わかります」

 

 リーリエがさりげなく背中を押す。

 

「ほら、着ちゃったんだからもうどーんと見せちゃいなよ〜」

 

 スイレンが面白そうに左手を引っ張る。

 

「あ……ちょっ……まだ心の準備が……っ!」

 

 そうやって引き合ってるうちに、遂に女子たちに教卓の前に引きずり出されてしまったミヅキは、もはや恥ずかしそうにもじもししながら自分の着てる服を見られるしかなかった。

 あかいニット帽に、黄色基調にピンクのはながらシャツ、黄緑のホットパンツ。昨日までとは大違いのカラフルでかわいらしい格好だった。

 

「ほら男子!なんか言うことないの!」とマオが男子3人に向けて言った。

 

 「その帽子いいな! 俺と同じ赤色だぜ!」

 

 サトシが言う。

 

「じゃなくて!」

 

「新しい服だねぇ」

 

 マーマネが言う。

 

「じゃなくて!」

 

「その、なんだ、すごくアローラっぽくなったな」

 

 みんなの視線が集中したカキが難しい顔をして言う。

 

「そうだけど微妙に違います~!」

 

 最後にリーリエが頭を抱えた。

 

「かわいいね! とか、似合ってるね! とか言うところでしょここは普通!」

 

 ビシッと男子3人を指差してマオが言う。

 

「そうだよ!」

「そうです!」

 

 団結した女子の言い分に「えぇ……」と言う男子たち。その時丁度ククイ博士が教室に入ってきた。

 ククイ博士はこのクラスの担任の先生である。上半身裸に直接白衣を羽織っている奇抜なファッションの持ち主。でもそういう意味では毎日上半身裸で登校するカキの方がヤバイかもしれないとミヅキは思う。

 

「みんなアローラ! ん、ミヅキどうしたんだそんなところで」

「あ、アローラ……ククイ博士」

 

 ふ、普通にこの格好見られた。恥ずかしそうに目線を逸らしながら挨拶を返すミヅキを見て察したのか、ククイ博士はにっかりと笑った。

 

「その新しい服、似合ってるじゃないか! これで身も心もアローラに馴染んできたって感じだな!」

「え、あ、は、はい……!」

 

 ストレートに褒められてミヅキは顔が赤くなりうまく答えられない。嬉しいのか恥ずかしいのか自分でもよく分からなかったけど、みんなにも変だとは思われてないみたいでミヅキはちょっとだけ安心した。

 

「そうでしょククイ博士! 昨日リーリエの家で4人で選んだんです!」

「なのにサトシもマーマネもカキも全然似合ってるって言ってくれないんです〜」

「これだから男子、鈍感……」

 

 男子たちをジト目で見つめる女子3人にククイ博士は苦笑した。

 

「……ということだ、男子諸君。また一つ賢くなったな!」

 

 女子の心はわからない。3人ともげんなりした顔をして「はーい」と答えるのだった。

 

 そして今日の授業が始まる。

 ミヅキは自分の席につくと、隣に座っているリーリエにこそっと話しかけた。

 

「いいのリーリエ? こんなに服貰っちゃって」

「ええ、これはわたしからのアローラサプライズです! ミヅキがアローラに引っ越した記念のプレゼントだと思って下さい」

「で、でも……」

 

 ミヅキは着ているはながらシャツをじっと見た。服一式全部貰ったらかなり高いんじゃないだろうか。っていうかリーリエの家すごくお金持ちだし、もしかすると有名ブランドでとんでもないお値段なのかも……。

 

「いいんです! あまり大きな声じゃ言えないんですけど……わたし買い物しすぎちゃうクセがあって……買っても着ない服とかも普通にあって……エヘヘ。だからミヅキが着てくれてわたしも嬉しいです!」

 

 なんとなく気後れしていたけれど、リーリエのにっこりした顔を見るとミヅキはとても「返す」とか「お金を払う」とは言えなくなってしまった。マオとスイレンの方をみると、2人ともリーリエに同意するようににっこり笑っている。

 

「……うん、わかった! ありがとリーリエ、大切にするね! でも今度何かお礼させてね」

「うふふ、楽しみにしてます!」

 

「ほら、リーリエ、ミヅキ! 仲良くないしょばなしもいいが、今日の授業始めるぞ!」

 

 ククイ博士が苦笑いしながら2人に呼びかける。ミヅキとリーリエはそれに笑顔で返事を返すのだった。

 

「はい!」

「はーい!」

 

 そう言ってリーリエとミヅキは顔を見合わせて笑い合った。

 今日の1日はきっと楽しい。ミヅキはなんとなくそう思った。

 



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2.休日

何気ない日常風景書くのが好きすぎてミヅキの内面を丁寧に書こうとすると文字数爆増しちゃう(はよポケモントレーナーになろう)


 ミヅキがイメチェンして数日経った。

 

 今日はスクールが休みの日。

 

 ミヅキはリーリエから貰った新しい服を着て街中を歩いていた。服の力は不思議なもので、アローラっぽい格好をするとなんとなく街にも出やすい気分になるのだった。ちょうど天気も晴れているので気持ちがいい。

 ということで今日はミヅキは1人でハウオリシティを散策している。引っ越してからそこそこ経つのに、こうやって1人で街をゆっくりぶらぶらするのは初めてかもしれない。今まではママの車に乗って一緒に買い出しに行くくらいだった。

 

 ここはハウオリシティのショッピングエリアにある果物市場。大通りにずらりと並んだ露店では新鮮なフルーツだったり、きのみだったりが沢山売っている。タマムシシティではそうそうこんな光景は見ないので、アローラでは日常でもミヅキにとってはお祭りのような感覚だった。

 

「あんた、最近ここに引っ越してきたのかい?」

 

 きょろきょろしていると、ミヅキは突然声をかけられた。声の方向を見ると、人のよさそうな恰幅の良いおばちゃんがニコニコしながらこちらを見ていた。

 

「えっ、どうしてわかるんですか?」

「そりゃあ初めて見るからね。それにしては服はアローラ風だ。それなら引っ越してきたばかりなのかなと思ったのさ」

 

 その通りなので驚くミヅキにおばちゃんはそう言う。そして手際よく皿にいくつかモモンの実をを載せると、ミヅキに差し出した。

 

「毎日ここで色んな人とポケモンを見ているからねえ。見慣れない娘が歩いていたらわかるものさ。さあどうぞ、今日は暑いから疲れてるだろう?」

「え、で、でもお金払ってないです!」

「ハハ、そのくらい気になさんな。引っ越してきたばかりの若者にアローラからの贈り物ってところさ」

「そ、それじゃあ……いただきます。ありがとうございます」

 

 人の親切は素直に受け取るもの。自分の服を見ながらリーリエのことを思い出してミヅキは遠慮がちにそうすることにした。

 

「そういえばあんたはどこから引っ越してきたんだい?」

「タマムシシティです! こんな場所なかったからすごく新鮮で」

「タマムシシティ! カントーのかい? ずいぶん遠くから来たんだねえ」

 

 カントーからアローラは飛行機で1日かかる距離だ。

 

「はい、最初は戸惑ったんですけど……もう何週間かいるので、ちょっとづつ慣れてきました」

「フフ、アローラはいいところだろう? ほらニャビちゃんにも」

 

 ニャビちゃん。そう言っておばちゃんは屋台のそばで佇む小さな赤い子猫にオレンの実をあげていた。ミヅキはそのポケモンに見覚えがあった。

 

「あれ、このポケモンって……ニャビー?」

「知ってるのかい? いつも来てくれてねえ。本当可愛いんだよ。どこに住んでるのかはわかんないんだけどねえ」

 

 ニャビー。ひねこポケモン。前にスクールで話題になったのでロトムが図鑑を見せてくれたことがあり、ミヅキはよく覚えている。ミヅキとニャビーの目が合う。眼光がやや鋭く、人懐っこいポケモンではなさそうだとひと目見て思った。

 

「あ! ニャビー見つけたぞ!」

 

 おばちゃんがあげたオレンの実をくわえるニャビーを見ていると、突然横から聞き慣れたクラスメイトの声が聞こえた。

 

「あれ、サトシじゃん。ピカチュウもロトムも」

「え!? ミヅキも!」

『ミヅキ、アローラロト!』

『ピカピ!』

 

 両手に大荷物を持ったサトシとピカチュウとロトムがそこにいた。3人とも揃ってニャビーのことをじっと見ている。するとニャビーはキッと瞳を鋭くして、サトシたちを一瞥するやいなや、オレンの実をくわえたままあっという間に広場から逃げていってしまった。

 

「おいニャビー! ちょっと待ってよー!」

 

 サトシとピカチュウは「ちょっとニャビーに用があるんだ! ごめん! またなー!」とか何とかいいつつ、逃げたニャビーを追ってあっという間に走り去ってしまった。それをロトムが慌てて追いかける。

 

『さ、サトシー! 待つロトー!』

 

 あっという間にみんながその場からいなくなって、露店にいるのはおばちゃんとミヅキだけになる。ドタバタすぎてミヅキはサトシたちに別れの挨拶を返すこともなく一瞬ポカンとしていた。

 

「……なんだったんだろ?」

「ハッハッハ、元気なことだねえ。あの子はずいぶんとニャビちゃんのことが気になるみたいだ」

 

 そういえば、サトシは前にもスクールでニャビーをゲットするとか息巻いていたような気がする。もしかしてあのニャビーがそうだったのかな。なんか見た感じ一筋縄じゃいかなそうなポケモンだったけど、いつかゲットできるといいなあ。なんて思いながらミヅキは皿のモモンの実を食べた。カントーで食べるものとは違う新鮮な味わいが口の中に広がる。

 

「おいしい……これすっごくおいしいです!」

「そうだろう? それが自然の恵みさ。ポケモンと共に、自然の恵みに感謝し、みんなで分け合って生きる。それが、アローラの日常さね」

「ポケモンと一緒に……」

 

 ミヅキが呟くと、数匹のツツケラたちが空から降りてきて、あっという間に屋台に並んだフルーツをいくつか持ち去っていった。おばちゃんはそれを止めることもなくニコニコした顔で「持っておいき」と答えていた。

 

 そんなツツケラたちの姿を、ミヅキはモモンの実を貰って食べている自分自身と重ねた。

 

 ポケモンと分け合って生きる。

 

 言われてみると、あまりポケモンと一緒に生活することを意識したことがなかったなとミヅキは思う。家にはニャースがいるけれど、ママのポケモンだし。そしてミヅキ自身ポケモンスクールには通っているけれど、特にポケモンを捕まえたいと思うことがなかった。どちらかというとママに通わせられてるという思いの方が強い。

 

 自分はそこまでポケモンに興味が無いんじゃないか? と内心ミヅキは思っていた。当たり前のようにポケモンに対して情熱があるクラスのみんなが羨ましかったりする。リーリエはポケモンに触れないのでミヅキと同じくポケモンは持っていないけれど、知識でいえばクラスで一番だ。

 

 これはミヅキ自身意識していなかったが、都会ではインフラが発達しているので、意識しなければ日常的にポケモンと触れあうことはない。極端なことを言えばポケモンを所持していなくても何不自由なく暮らしていける。ミヅキ自身があまりポケモンに興味がないと思い込んでいるのはそのせいでもある。

 

「一緒に生きる、かぁ……」

 

 モモンの実を食べ終わって、露天のおばちゃんにまた来ますとお礼を言ってから散策を再開すると、ミヅキはその言葉を頭の中で反芻していた。

 するとメレメレ島の観光パンプレットを見ながらコイルと楽しそうに話している少女とすれ違った。観光客だろうか。多分彼女もとってもポケモンと仲がいいのだろう。

 

 ふと周りを見渡す、そして意識して街の風景を見ると、すれ違う人が当たり前のようにポケモンを連れているだけでなくて、ポケモンと一緒に仕事をしている人も見つけられるようになった。カイリキーと一緒に荷物を運んだり、ケンタロスが馬車をやっていたり、お店の中でライチュウがパンケーキを運んでいたり。意識していなかっただけで、この街でもみんなポケモンと一緒に生きている。そして、ポケモンと一緒にいる人は総じてみんな楽しそうなのだ。

 

 今までそんなこと気にしてなかったなあ。

 

 その人達を見ると、ミヅキはなんとなくこの先アローラで自分がポケモンと一緒に暮らしているのを少し想像できるような気がした。

 一体どんなポケモンを自分は捕まえるんだろう。サトシのモクローみたいなくさタイプかな。スイレンのアシマリみたいなみずタイプかな。それともニャビーみたいなほのおタイプかしら。そんなことを想像するとちょっぴり心がワクワクした。

 

 

…………

 

 

 ショッピングエリアを抜けて公園をぶらぶらしていると、広場にある大きな樹の下で絵を描いているお姉さんが目に留まった。沢山のイーゼルに色とりどりの絵を飾りながら、静かに絵を描いている。

 

 綺麗な絵だ。

 ミヅキは1枚の絵に近づいてまじまじと観察する。惹かれたのは夜の雪山に星々が輝く絵だった。タマムシ育ちのミヅキは豪雪地域にあまり馴染みがない。

 するとお姉さんが気づいたのか、筆を止めてミヅキに声をかけてきた。

 

「おぉ、アローラアローラ! わたしの絵に興味を持ってくれてありがとう」

「アローラ! はい、この絵、凄くきれいです!」

「おぉ、ありがとう。アローラ中の色んなところに行って絵を描いてるんだ。ここはラナキラマウンテンで、ここはヴェラ火山。ここはポニの大峡谷。そしてわたし、画家のマツリカです! この子はパートナーのアブリボン」

『りぼぼぼん♪』

 

 アブリボンがマツリカの頭の上に止まって挨拶をする。

 次々に絵の説明をしてくれるマツリカは顔と髪の毛をピンクの絵の具? でメイクしている、ものすごい個性的ファッションのお姉さんだった。近くで話すとほんのり油絵の具の香りがする。

 わたしより少し年上なのかな。かなり背高いし。そうなんとなくミヅキは思った。見た目からしてアーティストって感じ。アローラってすごいなあ。服装が尖ってる人が多い。

 

「わたしミヅキっていいます! ポケモンスクールに通ってます」

「ワ、ポケモンスクール! ミヅキ、あなたにはパートナーはいないの?」

「その……まだ引っ越してきたばかりでポケモン捕まえてないんです……」

「おぉ……そうなんだ。どこからきたの?」

「カントーのタマムシシティです。だから今日初めて1人でハウオリに来て、雰囲気の違いにちょっと驚いちゃった」

 

「おぉ! わたしもカントーに行ったことがあるんだ。この絵を見て」

 

 そう言うとマツリカは荷物の中から1枚の絵を取りだしてミヅキに見せた。オレンジ色の夕日が印象的な優しげな風景画だ。 

 

「これはクチバシティの港から見た海の景色。このときは船に乗り遅れちゃって、大変だったな」

「あれ、これ、サトシとピカチュウ……?」

 

 ミヅキはふと見知ったシルエットを見つけた。絵の中には桟橋に立って夕焼けで光る海を見つめている人とポケモンがいる。赤いキャップを被り、肩の上にピカチュウを乗せたポケモントレーナー。うーん、サトシに似ているような似てないような。

 

「その絵を描く前、そのトレーナーさんとバトルしたんだ。負けちゃったけど、楽しいバトルだったよ」

「マツリカさん、この絵の2人とすごい似てる友達がいるんです。今度ここに連れてきてもいいですか?」

「おぉ、そうなんだ! いいよ。最近はここでよく絵を描いてるから、いつでも来てね!」

 

 色々な場所を旅してるって言ってたし、もしかしてサトシはマツリカさんとバトルしたことがあるのかもしれない。なんてミヅキは思った。

 

「ありがとうございます! あ、いつもここで絵を描いてるんですか?」

「うーん、色んなところで絵を描いてるかな。この子と一緒にアローラの色んな場所を巡ってるから……だから次どこ行くかとかは決まってないんだ。その時の気分で決めちゃう感じ」

 

 マツリカは少しだけ考える素振りをしてからそう答えた。旅行する時、プランをまったく決めない人としっかり決めてから行く人がいるけれど、マツリカは前者なようだった。

 

「でもそのうち世界中を巡って絵を描いて、こんな綺麗な場所があるんだって絵を通してみんなに伝えていきたいなって思う。今はまだ修行中だけどね」

 

 そこまで喋ってマツリカは気恥ずかしさでハッとして手を口に当てた。初対面なのに少し喋りすぎたかもしれない。自分よりちょっと年下の女の子が、絵に自分から興味を持ってくれたというのが嬉しかったのもある。

 

「おぉ、ごめん、ごめん! 初めてなのにこんな自分のこと喋っちゃった」 

「ううん、すごいなって思いました! それがマツリカさんの夢なんですね」

 

 ミヅキはにっこりしてそう答えた。人が夢中になっていることを聞くのは楽しい。すらすらと自分のやりたいことを楽しそうに話してくれるマツリカが、ミヅキには輝いて見えた。

 

「夢……なのかなあ。ね、アブリボン」

『りぼぼん?』

 

 マツリカはきょとんとしているアブリボンを見た。夢と言われれば夢なのかもしれない。でもマツリカの中では今やりたいことを気ままにやって、なんとなくこれからやりたいことを口に出しただけだ。やりたいことをやっていればそれがいつか夢になるのだろうか?

 

「キミには夢はあるのかな? ミヅキ」

 

 マツリカがなんとなくミヅキにそう聞くと、ミヅキはちょっとだけ恥ずかしそうに「まだ探し中です」と答えた。

 

 嘘である。

 夢=やりたいコト。というならミヅキはとくに探してもいないし見つけてもいない。

 

 

…………

 

 

「ふぅ……そろそろ今日の山も越えたかなあ」

 

 お昼過ぎ、ハウオリシティ外れにあるアイナ食堂。ピークタイムも済んで客入りもまばらになったので、マオは洗い物をしながら忙しさで張り詰めた緊張の糸を緩めていた。すると入り口のドアからチリンチリンと音がする。

 

「こんにちはー!」

「はーいただいま! いらっしゃいまー……あれ! ミヅキじゃない!」

「マオ、アローラ! いきなりごめんね! 今忙しかったりする……?」

「ううん! ちょうどお客さんの入りも落ち着いてきたから。何か頼む?」

「ありがと! うん、じゃあパイルジュースがいいな! 今日ずっと歩いてたから喉渇いちゃって」

「いいよー! お安いご用!」

 

 ミヅキは「ふう」と一息つきながら腕で頭の汗をぬぐった。くたびれ方からしてずいぶん外にいたらしい。マオはふふっと笑った。

 

「ご飯はいいの? お腹すいてるんじゃない?」

「あ、もしよかったらそれも……エヘヘ、ランチタイム過ぎてなかったら」

「オッケー! そんな遠慮しなくていいのに~日替わりランチとパイルジュースセット入りまーす!」

 

 商売上手なマオはにししと笑う。傍らのアマカジもぴょんぴょんと飛びはねていた。

 

「マオ、お友達かい? っと……ミヅキちゃんじゃないか。いらっしゃい!」

「アローラ! マオのお父さん!」

 

 ホールで話していると、厨房からマオのお父さんが顔を出した。ミヅキはアイナ食堂に何度か来ているので既にマオのお父さんとは面識がある。

 

「マオ、今日はお客さんも落ち着いてきたから、店はこっちに任せて2人でゆっくりしたらどうだ?」

「えっ、いいの? ありがとうお父さん!」

「ああ、マオもまだご飯食べてないだろう?」

「うん。おなかペコペコだよ~」

 

 気を緩めるとマオは一気にお腹がすいてきた。ずっと働き詰めだったので昼ごはんをまだ食べていなかったのだった。

 

 やがてマオのお父さんが日替わりランチと2人分のパイルジュースを持ってくると、マオとミヅキは元気よく「いただきます」をしてから食べ始めた。今日の日替わりランチはミックスグリル。ハンバーグとポテトを交互に味わうのがミヅキのお気に入りだった。

 

「へぇ~、ポケモンと一緒に暮らすっていうのが、ミヅキにはあまりしっくりきてなかったんだ」

「うん、でも今日街に遊びに行って、みんなポケモンと一緒に遊んだり仕事してたりするのを見たりして……ポケモンと一緒に暮らすってこういうことなんだ! ってちょっとだけ分かった気がする」

 

 ご飯を食べながらミヅキは今日街であったことをマオに話していた。わざわざアイナ食堂にご飯を食べに来たのは、友達に今日の発見を話してみたかったというのもある。

 

「わたしたちはポケモンと一緒にお仕事したり、暮らしたりするのは普通だから気にしなかったけど、ミヅキはカントー出身だもんね!」

 

 マオはアローラ以外の暮らしをほとんど知らない。テレビで他の地方の番組を見ることもあるけれど、それはあくまで画面越しに見る情報にすぎないので実感を伴うものではない。

 なので仲の良いクラスメイトから直接他の地方の話を聞くのはなんとなくワクワクする。

 

「ね、逆にさ、わたしも都会の暮らしって全然知らないんだ! ミヅキがどんな風に暮らしてたのか聞いてみたいって思ってたの!」

「えっ? でもそんな普通だよ?」

「その普通が知りたいの! ね、聞かせて?」

 

 マオはわくわくした表情をミヅキに向ける。カントーでは当たり前のことでも、アローラではそうじゃないのかも。わたしがこっちに来て戸惑ったみたいに。ミヅキはなんとなくそう思った。

 

「えっとね、まずわたしが住んでたタマムシシティは……」

 

 タマムシシティには電車がたくさん通っていること。凄く大きいデパートがあること。夜もすごく明るいこと。ハウオリシティより明るいかも。なんてミヅキが言うとマオはとっても驚いていた。

 

「あ、大きなゲームセンターとかもあるよ。なんかスッゴイお金使うから絶対やるなってパパに言われてたけど、1度やってみたかったなあ」

「あ、危なそうだね……どんなのなの?」

「なんだっけ……スロットだったかな。機械で番号と絵柄を揃えるゲームなんだけど、コインを9999枚揃えるとものすごく珍しいポケモンが貰えるらしくて……給料とかボーナスを全部突っ込んで一文無しになる人がいっぱいいるんだって」

「うわぁ」

『マッジィ?』

 

 なんかよくわかんないけどヤバそう。都会の闇を知ったマオは顔を少し引きつらせていた。アマカジはよくわからなったようで頭にクエスチョンマークを付けている。

 

 

…………

 

 

 ずいぶん沢山マオとお喋りしてしまった。

 いつの間にか空はオレンジ色。ミヅキはマオと「また明日ね!」と言い合ってアイナ食堂を出ると帰路についた。

 

 しばらく歩いて家の近くまで来ると、ミヅキはサトシが砂浜でピカチュウとモクローと特訓しているのを見た。

 ククイ博士の家はミヅキの家の通り道にあり、サトシは博士の家に下宿している。なので博士の家の近くの砂浜で特訓しているサトシを見ることは、ミヅキにとって初めてのことではなかった。

 今日は友達と良く会うなあ。と思いながらミヅキはサトシに声を掛けた。

 

「おーい! サトシー! ピカチュウ! モクロー!」

「あ! ミヅキじゃん!」

『ピッカチュ!』

『ホロロー!』

 

 サトシ達が返事を返すと、ミヅキは階段を降りて砂浜に駆け下りて、サトシ達のいるところまで向かった。

 

「昼間はごめんな! すぐどっかいっちゃって」

「ううん、気にしないで! そういえばニャビーは見つかった?」

「それがまた見失っちゃってさ~。あいつ本当にすばしっこいんだよ」

「そっかぁ……でも次はゲットできると良いね!」

 

 ミヅキがそう励ますと、サトシはニッと笑った。今日の朝までニャビーのことになると難しい顔をしていたのに、珍しく晴れ晴れとした表情だったのでミヅキは意外に思った。

 

「いや、ゲットはもういいんだ」

「えっ?」

 

 サトシはミヅキにムーランドとニャビーが身を寄せ合って一緒に暮らしていたことを話した。そしてムーランドのために食糧を捜すニャビーの手伝いをしたくて探していたことも。この2匹の絆を引き裂いてニャビーをゲットすることなどできないとサトシは思っていたのだった。 

 

「そんなことがあったんだ……」

「ホロ?」

 

 ミヅキはモクローの方を見る。モクローはただ見つめられて首を傾げていた。モクローの時もそうだった。モクローにはドデカバシたちという家族がいて、それを見たサトシは一度モクローをゲットすることを諦めたことがあった。でもモクローは父親のドデカバシに背中を押されて、自分からサトシの仲間になっている。あの時はロトムと一緒に「こんなゲットの仕方見たことない!」って驚いたものだ。

 

 マオは「サトシらしい」って言ってたっけ。ミヅキはふと思い出した。たしかにこれが「サトシらしさ」なのかもしれない。

 

 サトシはまず自分が捕まえたいかどうかより、そのポケモンがどうしたら幸せなのかを先に考えるタイプだ。

 ポケモンが自分から仲間になりたいとやってくるのは、サトシにそういう優しさがあるからかもしれない。そしてそういうことを意識しているトレーナーは、そんなにいないと思う。

 まだ出会ってからそんなに経ってないけれど、ミヅキはサトシというクラスメイトをそんなふうに見ていた。

 

わたしまだポケモンを捕まえたことないから偉そうなこといえないけど、とミヅキは内心突っ込む。

 

「ね、サトシって今更だけどポケモントレーナーなんだよね」

「ん? おう、そうだけど……」

「ポケモントレーナー的に……サトシにとって、ポケモンってなんなんだろう。サトシが思ってる答えで良いから、聞かせてもらえないかなって」

 

 これはミヅキがなんとなく聞いてみたかったことだ。ポケモンと一緒に楽しく過ごす。それだけじゃなくて、ポケモンバトルを楽しむ人達はポケモンとの関係をどう考えているのだろう?

 

 ミヅキの目はサトシの目をすうっと捉えて離さない。目つきは普通なのだけど、吸い込まれるような力強さを感じる瞳だった。初めて見る表情。ミヅキってこんな顔もするんだ、とサトシは思った。そして何となくこれはきちんと答えなければいけないとも。

 

「スキなんだ、こいつらが」

 

 サトシは傍のピカチュウとモクローを抱き寄せた。

 

「俺、うまく言えないけどさ、ポケモンとスッゴく仲良くなって! それでたくさんバトルして、一緒に強くなるのがスッゲー楽しいんだ! ピカチュウ、モクロー……今までも沢山の仲間と出会って、楽しいときも苦しいときもずっと一緒に過ごしてきてさ、これからもみんなでどんどん強くなって……そしていつかポケモンマスターになる!」

 

『ピカピ!』

『ホロロー!』

 

 いつの間にかサトシは海に向かって叫んでいた。そしてふと冷静になってミヅキに向き直る。

 

「……あ、ごめん。もしかしてそういう話じゃなかった?」

「ううん! へへ、マオじゃないけど。サトシらしいっていうか」

 

 ミヅキはくすりと笑った。サトシはまっすぐな人だと思う。サトシにとってポケモンは当たり前のように人生の一部としてそこに居るものなのかもしれない。

 

「サトシ、ピカチュウ、モクロー! そろそろ飯の時間だぞ……ってミヅキじゃないか。どうしたんだ? こんな時間に」

 

 家の方から声が聞こえた。サトシとミヅキが声の方に顔を向ける。ククイ博士がサトシを呼びに来たのだった。

 

「ククイ博士、アローラ! たまたま帰る時にサトシが特訓してて、見にきちゃいました」

「そうか! さては、ミヅキもそろそろポケモンをゲットしたいと思い始めてきたか?」

 

 博士がしたり顔で言う。

 どうなんだろう。ミヅキはまだ自分がポケモンが欲しいと思っているのかどうかよくわからなかった。けれど自分のゲットしたポケモンと一緒に過ごすのは楽しそうだなと思う。

 

「そうなのかな……? そうかも。今までわたしあまりポケモン捕まえたいって思うことがなくて……」

「ああ、たぶんそうなんじゃないかとは思ってたよ」

「え、わかってたんですか?」

「これでも君達の先生だからな! でも、それを俺に言うってことは、君の中で考えが変わってきたんじゃないか? ミヅキ」

 

 博士は教師としてミヅキのことをまだ数週間しか見ていないが、なんとなく転入してから何かを考えているような風に見えていた。思ったことをすぐ口に出すサトシがいるのでその傾向はより顕著だったように思う。

 

 おそらく自分の中で考えをじっくり整理するタイプなのだろう。こうやって話を切り出してくるということは、何かを知って答えがまとまりかけているということなのかもしれない。そしてそれを見守りたいと思っている。

 

「はい、でも……わたしにポケモンが育てられるのかなって」

 

 ミヅキは少し躊躇ってから不安げに言う。憧れはある。でも自分にポケモンが育てられるのだろうか? そこにサトシが口を挟む。

 

「やってみなきゃわかんないぜ! ミヅキ!」

 

 サトシはキラキラした目でミヅキを見ていた。やらないわけない。そんな気持ちが言わずともミヅキには伝わってきた。

 

「サトシの言う通りかもな。ミヅキ。たぶんそれは、君が実際に自分のポケモンと一緒に生活することでわかることだ。人によって、ポケモンとの関わり方は千差万別。君がポケモンを育てて、関わることで君だけの答えをスクールのみんなと一緒に見つけられたら、俺はとても素敵なことだと思うぜ」

「そうそう!」

 

「みんなと一緒に……?」

「おう! もちろん俺も! クラスのみんなだって、ピカチュウとモクローも手伝うぜ!」

『ピッピカチュ!』

『ホロロ!ホローッ!』

「サトシ……2人とも……」

 

 サトシとピカチュウとモクローが明るい声でミヅキを元気づける。もしかすると自分はポケモンに興味が無いんじゃなくて、育てるということに少し怖さを感じていたのかもしれない。ミヅキは今まで言葉に出来なかった漠然とした感情に気づいた。

 

「ところでミヅキ、もう夜だけど家には帰らなくていいのか?」

 

 博士が少し心配そうに声をかける。

 え。ミヅキは空を見た。いつのまにか太陽は沈んで空は暗い。カントーでは見られない満点の星空だった。ああ月と星が綺麗だなあ。って違う! ヤバイ!

 

「あー! もうこんな時間!? ママに怒られる!! みんなごめん!! もう帰るね!! さよなら!! また明日ー!!」

 

 みんなの挨拶を待たずに置いてきぼりにして、ミヅキはドタバタしながら砂浜から走り出した。

 

「ミヅキ、また明日なー!」

『ピッピッカァー!』『ホロロ!ホロ!』

 

 全速力で爆走するミヅキの後ろ姿に、サトシとピカチュウとモクローは元気に手を振った。

 

「ミヅキ、元気出たみたいだな!」

『ピカァ』

 

 ピカチュウもサトシの肩に乗ってにっこりと喜んでいた。そしてみんな揃ったようにお腹が鳴る。それを見て博士が「仲がいいな」と苦笑する。

 

「まさにとんぼがえりってところだな。みんな、飯にしようぜ!」

「はい! ククイ博士!」

 

 明日の授業の内容は決まりかな? ふふっとククイ博士は笑みを浮かべながらサトシたちと一緒に家の中に入っていった。

 

 

…………

 

 

 ミヅキはバタンと勢いよく家の扉を開けた。

 

「ただいまー!」

「おかえり! 遅かったわね」

「ごめんママ! 夜になってるって気づかなくて」

 

 玄関で肩で息をしながら言う娘に、ミヅキの母親であるミキはしょうがないなあと言う風に笑った。昔自分も時間を忘れてニャースと特訓してお母さんに怒られてたっけ、なんて懐かしいことを思い出す。ミヅキと同じくらいの歳の頃、ミキはバトルに夢中なポケモントレーナーの1人だった。

 

「ニャー」

 

 ミキのパートナーのニャースもミヅキを出迎えた。ミヅキの顔を見ると、疲れはあるがそれ以上に楽しそうな、充実したような顔をしていた。

 

「何か楽しいことでもあった?」

「え? あ、うん。結構、すごく!」

 

 アローラに引っ越してからというもの、ミヅキは最初こそ元気そうに自分を装っていたけれど、何週間か経つにつれて住み慣れたカントーとの違いに戸惑って疲れたような表情を見せることも増えていた。ミキは心配していたけれど、お友達から貰ったという可愛い服を着てからもともとの明るい性格が戻ってきたように思う。

 

 本人に聞くとクラスの女友達が選んでくれたらしい。近いうちに何かお礼をしないと。とミキは思っている。ミヅキも同じことを言っていた。本人たちに直接ありがとうと伝えたい。

 

「今日のご飯はあんたが好きなヤドンのしっぽの炙りテールカレー! だから早く手洗ってきなさい」

「えっホント? あれ美味しいんだよね!」

 

 カントーではそうでもなかったけれど、アローラではヤドンのしっぽがかなりメジャーな食材だった。アローラに来てからミヅキはヤドンのしっぽのおいしさにハマっている。

 

 

 

 

 晩ご飯を食べたらいつもより早く眠気が襲ってきた。

 今日は一日中遊んでいたので、たぶん自分が思っているより疲れが溜まっていたんだろうとミヅキは思う。

 

 ミヅキはベッドに入ってぼーっとしながら窓の外を見る。今日は色んな人と話したなぁ。みんなポケモンと一緒に楽しそうに過ごしてた。

 

 わたしもみんなみたいになれるかな?

 

 なんとなくそんなことを考える。窓の外には空には眩しいばかり月と、満天の星空が広がっていた。そんなキラキラした月と星空に照らされながら、ミヅキは久しぶりに心にワクワクしたきらめきを感じながら、まぶたを落として眠りについた。

 

 

…………

 

 

 次の日の朝。

 

 いつものように登校する途中、ミヅキは見慣れないものを見た。

 

「なんだろこのポケモン……黒い……トカゲ?」

 

 ミヅキは最初はそのポケモンが寝ているかと思った。でもちょっと近くで見るとなんだか様子がおかしい。なんだか凄くぐったりしているように見えた。そして恐る恐るすぐ側に寄ってみると、全身傷だらけだった。近づいても威嚇どころか逃げることすらしないほど弱っている。

 

 どうしよう。こういう時ってポケモンセンター? でも1人じゃ入ったことないし、勝手がよくわからない。そしてミヅキはクラスのみんなの顔が思い浮かぶ。

 

 とにかく、連れて行こう。その名前も知らないポケモンを抱き上げてミヅキはポケモンスクールに向かって走り出した。




ミヅキママの名前「ミキ」はカントーの8番道路に出てくるニャース大好きミニスカートから取ってます。


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3.ヤトウモリとの出会い(1)

長くなりそうなので2つに分けることにしました。今回も心配されまくるミヅキchan...はやく明るい話にしてえなあ!


 その日のスクールは朝から騒然としていた。

 

 息を切らしながらミヅキが教室に飛び込んできたと思ったら、腕にはボロボロのポケモンが抱きかかえられていて、ククイ博士はじめみんな慌てたものの、ひとまずみんなで応急処置をした後にポケモンセンターへ運ぶことになった。

 

 そしてポケモンセンターに駆け込んだ後、ミヅキはポケモンセンターの治療室でジョーイさんに処置されるポケモンをガラス越しに見ていた。ボロボロだった肌には包帯がぐるりと沢山巻かれていて、とてもひどい怪我だったのだと改めて思う。

 

 あのポケモンはヤトウモリというらしい。スクールでの治療中にククイ博士とロトムがミヅキに教えてくれた。

 

 成り行きでたまたま見つけて助けたポケモンだけれど、自分からポケモンに対して深く触れ合った経験があまりないミヅキにとっては、あのヤトウモリがどこか自分にとって特別な存在なのではないかと思えて目が離せない。

 

「ミヅキ」

「ククイ博士……」

 

 ミヅキがひたすらヤトウモリの様子を見つめていると、隣からククイ博士が声を掛けてきた。ミヅキはそれ以上何も言えなかった。

 

『ククイ博士!! あの!! この子が怪我してて!! あの、そのっ!!』

『ミヅキ、落ち着くんだ。このポケモンは……ヤトウモリか』

 

 ミヅキは教室に飛び込んだ時の自分がまず何を言っていたのか思い出す。

 まず落ち着けと言われるくらい慌てていて、支離滅裂でよくわからなかっただろう。ほとんどポケモンの世話もしたことがないので、治療もクラスのみんなに任せきりだった。冷静になって考えると自分が恥ずかしい。

 

「ごめんなさい。わたし何していいかわかんなくて慌ててて、何もできなくて……」

「気にするな。ミヅキは今できるだけのことをしたんだ。ところで一つ聞きたいんだが……あのヤトウモリはどこにいたんだ?」

 

 とにかくヤトウモリを治療するのが最優先だったので後回しになってしまったけれど、ひとまず落ち着いた今博士はミヅキに経緯を聞いた。

 

「はい、スクールに行こうと思ったら、家の近くの草むらの近くでぐったりしてて……この辺で見かけないポケモンだったからなんか変だなって思って! それで、どうすればいいかわからなかったから、急いでそのままスクールに連れてきて……」

 

 博士はミヅキからそれを聞くと、何も聞き返すこともなく「そうか、よく頑張ったな」と優しげな顔で言った。ミヅキは張り詰めていた気持ちが一気に緩んで、なんだか少し涙目になってしまった。

 

「ひとまずヤトウモリは大丈夫だ。治療にも、もう少し時間がかかるだろう。だからミヅキもみんなと一緒にスクールに戻れ。ヤトウモリだけじゃない、みんな君のことも心配してる」

「わたしのこと……?」

「ああ、あんなに血相変えたミヅキを見るのは初めてだったからな。みんなびっくりしてたぜ。ヤトウモリのことは心配するな。目を覚ましたらジョーイさんに連絡してくれるように言ってある」

 

 治療されながら眠っているヤトウモリを見る。心配ではあったけれど、博士がそう言うなら大丈夫だろうとミヅキはポケモンセンターのホールに戻った。

 そこにはクラスのみんなが集合していて、一斉にミヅキの方を見た。

 

「ミヅキ、ヤトウモリは大丈夫そうか?」

 

 最初にそう聞いたのはカキだった。あくまで落ち着いた声音で聞いてくれるところにミヅキはカキの思いやりのようなものを感じた。

 

「うん、まだ治療中だけど……ひとまず大丈夫みたい。だからククイ博士もひとまずスクールに戻ろうって」

「そうか……よかったな」

 

 カキは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「よかったです……!」

「安心したよ……はぁ、ミヅキが血相変えて飛び込んできた時は何が起きたかと」

「うんうん。ほんとびっくりしちゃったんだから」

 

 リーリエとマーマネとマオが次々にほっとしたような表情でそう呟いた。

 

 そしてミヅキはみんなの顔を見渡した。みんなが自分の顔をほっとしたような、心配したような顔で見つめていた。ククイ博士が言っていたことはその通りなんだろうと思う。ミヅキは力ない顔でできるだけ笑ってお礼を言った。

 

「みんな、ありがとう」

「お礼なんかいい。友達なんだから。それよりミヅキ、元気ない」

 

 スイレンが力強くそう言った。普段はつかみ所がないけれど、こういう有無を言わさない断言するような口調の時のスイレンは凄みがある。

 言われるまでもなくミヅキは自分が落ち込んでいることを自覚している。ククイ博士には慰められたけれど、ポケモンのことをあまり知らなかったゆえに治療がみんな任せになってしまったことを引きずっていた。

 

「あのさ、治療とかみんなに任せっきりで何もできなくて……慌ててるだけでわたしってほんとダメだなって」

「そんなこと……ヤトウモリをミヅキが連れてこなかったらどうなってたかわからないんだぜ?」

『ピカピィ』

 

 サトシとピカチュウがミヅキをフォローするようにそう言った。

 

「そうだよ! わたしもね、悪いやつらに虐められて傷だらけになったアシマリをポケモンセンターに連れて行った時、ミヅキと同じだった。アシマリを心配するだけで何もできないって」

「えっ」

 

 ミヅキは面食らった顔でスイレンを見つめた。スイレンはかつてスカル団に襲われて怪我していたアシマリを連れてポケモンセンターに駆け込んだことを思い出していた。その時のことがきっかけで、スイレンとアシマリはパートナーになったのだ。

 スイレンはあの時に傷ついていたアシマリと、今のヤトウモリを重ねていた。

 

 スイレンはアシマリのことになると見境がなくなる。いつもの控えめなスイレンが嘘のように、一歩前に出てミヅキに訴えるようにして一生懸命喋っている。

 

「でも、そうじゃなかった。アシマリに人を嫌いになって欲しくないって思ったから、わたしそれから一生懸命お世話したの。アシマリが元気になるまで」

「そうだったんだ……」

 

 ミヅキはスイレンの傍らにいるアシマリを見つめた。アシマリは大丈夫というように優しげに一鳴きした。

 

「だから、ヤトウモリが目を覚ました後は側にいてあげて? ヤトウモリがなんで怪我してたのかは分かんない。けどたぶん、それはミヅキにしかできないこと」

 

 怪我が治った後のヤトウモリをフォローするのがミヅキの役割だというように、スイレンはニコリと微笑んでそう言った。

 

「……うん! ありがとう、スイレン」

 

 ミヅキはなんとなくすっと心が軽くなったような気がした。スイレンがこんな風に安心させるように笑ったのを見るのは初めてかもしれない。

 

 

…………

 

 

 みんなでスクールに戻り、今日は予定を変えて普通に座学をするということになった。ククイ博士いわく、元々は別の授業をやるつもりだったけれど予定を変えることにしたようだった。

 

「いい機会だからな。今日はちょっと予定を変えて、ヤトウモリの生態についての授業をしようと思う」

 

『はい! 博士』

 

 みんなの声が重なる。博士はミヅキの方をちらりと見た。表情を見るに暗さはだいぶ無くなり、ある程度元気になっているようで安心する。

 

「じゃあ最初にロトム、ヤトウモリの図鑑説明文を教えてくれるか?」

『任せるロトー! ヤトウモリ。どくトカゲポケモン。火山や 乾いた 岩場に 棲む。甘い 香りの 毒ガスを 放ち むしポケモンを おびき寄せ 襲う』

「ありがとな、スピードスターのように正確な説明だったぜ! さぁ、この説明を聞いてヤトウモリの生息地はどこだと思う? それじゃあ……カキ!」

 

「はい! ヤトウモリはヴェラ火山公園に生息しています」

 

 カキは自身に満ちた表情でそう答えた。それを聞いて博士はニカッと笑った。

 

「正解! 流石カキだな!」

「はい! 毎日ヴェラに祈りを捧げてますから、ヴェラ火山のポケモンは知り尽くしてます!」

 

「カキ、すっげー!」

「そりゃサトシ、ヴェラ火山はカキの地元だし当然でしょ……」

「えーでもすげえよ! オレ全然分かんなかったし!」

 

 マーマネが苦笑いしながら言うものの、サトシはそれでもすごいすごいと言う。割と気軽に友達を褒めるところはサトシの美徳だった。カキはまんざらでもない様子で鼻を掻く。

 

「マーマネったら素直じゃないんだから……」

 

 マオが小さくため息をついた。マーマネは素直に人を褒められなかったり、割と秘密主義なところがあったりして少しひねくれているところがある。ただクラスのみんなは慣れているので特にそれが原因で喧嘩するということはない。

 

「あれ、じゃあなんでヤトウモリはうちの近くにいたんだろ……」

「そういえばそうですね。ミヅキの家はメレメレにありますから」

 

 ミヅキが首をかしげながら呟く。ミヅキの家の近くは平地の草むらばかりだ。岩場というとテンカラットヒルがあるけれど、家からはけっこう距離がある。

 

「お、いい着眼点だぞミヅキ! ポケモンにもそれぞれ性格がある。ミヅキが見つけたヤトウモリは森の近くにいたらしいが……火山や岩場でなく森を好むヤトウモリも存在するということだ。例えばガラル地方のヤトウモリは火山ではなく荒地を好む生態を持っているんだぜ」

 

 ガラル地方。アローラからはかなり遠く、みんなにとってそこまで馴染みのある場所ではない。どんな場所なんだろう。なんてミヅキは考える。

 

「ガラル地方ですか!」

「オレ行ったことないや! リーリエ知ってるの?」

 

 リーリエがわぁっと声を上げる。リーリエはガラル地方について何か知っているようだった。みんなの目線がリーリエに集中した。

 

「ええ、ガラル地方はポケモンバトルが盛んで、トレーナーがポケモンジムに挑戦する時でも大勢のお客さんが見ているスタジアムの中で行うそうですよ!」

 

「えー! すっげえじゃん! 一度行ってみたいな~! な、ピカチュウ!」

『ピカピ!』

 

「サトシ、バトルのことになるとすぐスイッチ入る……」

「サトシらしいね……」

 

 授業とは関係の無いところでテンションの上がるサトシにスイレンとマオが呆れたように突っ込みを入れる。

 

「おいおい、バトルもいいが今は授業に集中してくれよ?」

「あ、へへへ……博士ごめんなさい」

 

 ククイ博士が苦笑すると、サトシは素直に反省した。

 

「さ、授業の続きだが……もちろんロトムが説明してくれた図鑑の説明は正しい。でも時にはそうでない場合もある。ということをみんな覚えておくといい。その一例に『隠れ特性』というものがある」

 

『隠れ特性?』

 

 みんなが首を傾げた。あまり馴染みのない言葉だ。

 

「例えば……ヤトウモリの特性は『ふしょく』と言って、これははがねタイプやどくタイプのポケモンもどく状態にできるという強力な特性だ。しかし、まれにそうではない特性を持って生まれてくるヤトウモリもいる。これを『隠れ特性』と呼ぶんだ」

 

『ボクも知っているロト! でも隠れ特性が確認されているポケモンはまだ一部だけで、どんな隠れ特性があるのか分かっていないポケモンもたくさんいるらしいロト』

 

「生息場所、性格、特性……同じ姿をしていても、実際にはどのポケモンも全く違う特徴を持っている。みんなのパートナーはどうかな?」

 

 博士にそう言われて、クラスのみんなは自分のパートナーポケモンと顔を見合わせた。

 その直後、博士のポケットに入っているスマートフォンが振動した。画面を見るとポケモンセンターからだ。

 

「みんなちょっとごめんな。……はい、ククイです……なんですって!? はい……今すぐ向かいます」

 

 なにやらただならぬ様子にみんなが博士の方を見る。ミヅキはなんとなく嫌な予感がして胸騒ぎがした。

 

「博士……何かあったんですか?」

 

「みんな落ち着いて聞いてくれ、ヤトウモリが……ポケモンセンターから逃げ出したらしい」

 

 

…………

 

 

授業を中断してみんなで急いでポケモンセンターに向かうと、エントランスホールでジョーイさんが出迎えてくれた。

 

「まだ動ける状態じゃなかったはずなんだけど、私とハピナスが目を離した隙に……本当にごめんなさい」

『ハピ……』

 

 ジョーイさんはそう申し訳なさそうに言うと頭を下げた。それを見てククイ博士が慌ててフォローする。みんなも続いて「そんなことないです」と口々に言った。いつもポケモンのことでお世話になっている人が頭を下げているのを見るのはあまりにいたたまれない。

 

「ジョーイさん、頭を上げてください」

「そうだよ、ジョーイさんたちのせいじゃないです」

 

 サトシが力強くそう言う。

 

「ありがとう。でも、今はヤトウモリを探すのが一番。野生のポケモンを治療するとたまにこういうことがあるの。彼らには彼らの世界があるから。人とはできるだけ関わりたくないって、完治してないのに出て行っちゃう子がいるのよ」

「そういえばニャビーもそうだったな……」

 

 サトシはニャビーのことを思い出した。ニャビーが怪我したとき、治療の途中でポケモンセンターから逃げ出して仕方なくサトシが無理矢理家に連れて帰ったことがある。

 

「ヤトウモリ、どこにいっちゃったんだろう……」

 

 マオが心配そうに言う。それを聞いてジョーイさんは少し考えるような素振りをしたが、突然何かを思いついたようにハッとなった。

 

「あ、野生のポケモンなら……! ミヅキちゃん、もしかするとあなたがヤトウモリを助けた場所に戻っているかもしれないわ」

「えっ」

 

 ミヅキは暫くぼうっとしていてジョーイさんの言葉について行けていなかった。何も考えていないわけではない。ただ心配な気持ちが頭をぐるぐる回っていて、混乱していてうまく言葉が出てこなかった。

 

「ミヅキ、大丈夫?」

「あ、う、うん。ヤトウモリを見つけた場所は、えっと……私の家の近くの道。草むらのすぐ近くだったはず」

 

 スイレンがミヅキに声をかけた。それでようやく思考が鮮明になり、ヤトウモリをどこで拾ったか順序立てて思い出した。それを聞くとクラスのみんなはお互い頷いてすぐに行動に移る。

 

「よし、行こう! ミヅキ、案内してくれるか?」

「うん、ついてきて!」

 

 カキが力強くそう言った。早く見つけないと。ミヅキも険しい顔のまま頷いてみせる。

 

「みんな! 俺はオーキド校長に事情を説明してくる。気をつけてな」

「わたしはポケモンセンターで待機しています。みんな、キュワワーを連れて行って。あときずぐすりも。見つけて弱っているようだったらキュワワーと一緒に応急処置をして、ポケモンセンターに連れて帰ってきて! お願いね」

『キュワワ!』

 

「はい、ジョーイさん!」

 

 ミヅキはジョーイさんからきずぐすりが入った薬箱を受け取った。大丈夫、さっき見ていたからやり方は分かっている。不安を押し殺すようにぎゅっと箱を抱きかかえて、ミヅキ達はポケモンセンターを出た。

  

 

…………

 

 

 ジョーイさんの予想通りで、ヤトウモリはすぐに見つかった。ミヅキがヤトウモリを拾った道ばたに、包帯をぐるぐる巻きにした痛々しい姿のままヤトウモリは佇んでいた。朝見たときのように倒れてはいないので様子も大丈夫そうではある。

 

「よかった~、やっぱりここにいたんだ……」

 

 ミヅキはほっと肩の力を抜いた。逃げ出したと聞いたときは不安で胸がドキドキしていたけれど、ようやく張り詰めていた緊張感が和らいできたように思う。

 

「こんなところにいたんだ……ククイ博士が言ってたみたいに、このヤトウモリやっぱり森に住んでたのかなあ」

「…………」

 

 マーマネが顎に指をあてて呟く。マーマネは研究者肌なところがあるので、こういう疑問にはいち早く気づくことがあった。カキはそんなマーマネの言うことを聞いていたが、何か迷っているような、のどに何かがつっかえたような顔で何も言わなかった。

 

「カキ? どうしたの?」

「いや……なんでもない。とにかく見つかって良かったな」

 

 マーマネが難しい顔をしているカキを見る。カキは取り繕うようにしてそう答えた。

 

「? 変なカキ」

 

「ほらヤトウモリ、まだ全然怪我もよくなってないんだからポケモンセンターに帰ろ?」

 

 そう言ってミヅキはヤトウモリに手を伸ばして抱きかかえようとする。その時だった。

 

『シャーッ!』

「痛ッ!?」

 

 一瞬何が起きたかわからなかった。ミヅキは痛みでついヤトウモリを腕の中から逃がしてしまう。抱きかかえた途端にヤトウモリの尻尾で顔をぶん殴られたことに気づいたのは頬がヒリヒリしているのに気づいたからである。

 

 思わず痛みで顔を押さえるミヅキに女子3人が思わず駆けよった。

 

「ミヅキ大丈夫ですか!?」

「う、うん……」

 

 びっくりしたけど。ミヅキはじわじわと痛みの残る顔を前に向けてヤトウモリを見た。ヤトウモリは意地でもここを動かないという風にこちらに向かって威嚇している。

 

「どういうことなの……?」

 

 ミヅキはヤトウモリの薄紫色の瞳を覗き込んだ。キッと射貫くような視線が合わさると、ヤトウモリにとってはここにいることが大事なのだと、なんだかそう言われているような気がした。

 

 

…………

 

 

「どうすればいいんだろう……」

 

 やがて7人は困り果てていた。

 

 クラスのみんなで色々と試してみたが、結果としてヤトウモリはその場所を一歩たりとも動くことはなかった。無理矢理連れて行こうとしても暴れて何度も同じ場所に走り戻ってしまう。

 

 どうにもならないので、とりあえずみんなはその場は持ってきた傷薬とキュワワーのフラワーヒールで体力を回復させることにした。暴れるかと思ったけれど、ヤトウモリは治療だけは大人しく受けてくれるようでその場でじっとしていた。

 

「動かそうとしなければ大人しいんだね」

「うん、そうみたい」

「なんでだろ……」

 

 マオ、ミヅキとスイレンが顔を見合わせながら疑問に思う。ヤトウモリはとにかくここにいなければいけない理由があるみたいだったけれど、人にはポケモンの言葉はわからない。

 

 そして警戒を解かないままミヅキに傷薬を吹きかけられるヤトウモリを見ながら、サトシはヤトウモリをただ見ていた。

 どこか既視感のあるポケモンの行動。サトシはその答えになんとなく心当たりがあった。間違ってた方がいいけど、とも。ただ「何となく」でそういうことを言ってはいけないこともまた知っていた。

 

「うーん……」

『ピカピ……?』

 

 サトシの心の中にはモヤモヤした気分が広がっていた。ピカチュウが何だろうといった風にサトシの顔を見る。

 サトシはふとカキの方を見た。カキもどこか難しそうな顔をしてヤトウモリを見つめていた。カキと視線が合う。それだけでなんとなく2人はどちらも同じ事を考えているということに気づいた。

 

 ククイ博士に相談しよう。そこまで考えが同じだったかは分からないけれど、サトシとカキはお互いにこくりと頷いた。

 

「このままじゃ埒があかない。俺はククイ博士に事情を話して連れてくる。サトシはジョーイさんのところに行ってきてくれないか?」

「ああ、わかったぜ! みんなはここでヤトウモリのこと頼むな! 行くぞピカチュウ、モクロー」

『ピカピ』

『ホロロロ』

 

 皆にそう言ってサトシとカキは元来た道を走り出した。

 



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4.ヤトウモリとの出会い(2)

 カキに現在の状況をスクールで聞いたククイ博士は、2人でヤトウモリがいる場所まで小走りで向かっていた。

 

「連れて行こうとしても頑なにその場所から動かないポケモンか……」

「はい、みんなでどうにかしてポケモンセンターに連れて行こうと思ったんですけど……どうしても暴れて元の場所に戻るんです」

 

 ククイ博士が難しそうに呟くと、カキは疲れたようにそう答えた。試しにバクガメスがガッチリ抱えて連れて行こうとしたら、本気で暴れられてしっぺがえしを受けたのだった。

 

「あの、博士。さっき見て何となく変だなと思ったんですけど……あのヤトウモリ、本当に森に住んでたんですか? もともとそこに住んでたら、普通森の中に入ってそう簡単に見つけられなかった気が」

 

 カキはほんの少しためらってからそう言った。本来ならククイ博士が現場に着いてから言うべきことだとも思ったけれど、カキとしてはみんなに聞こえないようにこっそり聞きたかったことでもある。

 

「確かにな……」

 

 博士は言葉少なめにそう言う。多分あのポケモンがヤトウモリでなければ、カキもそこまで気にしなかっただろう。でもアーカラ島に住んでいるカキだからこそ気づく違和感があった。

 

「まあ、とにかくヤトウモリの様子を見に行こう。話はそれからだな」

「はい、博士」

 

 2人で頷きあって道を走る。

 しばらくするとクラスのみんなが集まっている背中が見えた。サトシとジョーイさんもすでに到着していたようだった。

 

「みんな、遅れてすまない。ジョーイさんもありがとうございます。それで……ヤトウモリは?」

「それが、そこでずっと動かないままです……」

 

 ミヅキが困ったように視線でヤトウモリの方を示した。森と道を分ける木の柵のそばにずっと這った状態で座り込んでいる。なるほどな、と呟くと次に博士はジョーイさんに質問をした。

 

「ジョーイさん、お聞きしたいんですが……あのヤトウモリはオスですか?」

「ええ、あの子はオスね」

「そうですか……」

「あの、ククイ博士……あの子はやっぱり」

「ええ」

 

 ジョーイさんと博士はお互い何かを察したように悲しみが混じったような険しい顔をした。そして博士はクラスの皆の方へ向き直ると「みんな、ちょっとこっちに来てくれるか?」とヤトウモリから少し離れた場所にみんなを誘導した。

 

「博士、何か分かったんですか?」

 

 サトシが確信めいた表情をしてそう聞くと、博士は神妙な顔をして話し始めた。

 

「もしかするとあのヤトウモリは……トレーナーから捨てられたポケモンなのかもしれない」

『えっ!?』

 

 その言葉にサトシとカキを除いたクラスメイトがびっくりした表情になる。

 

「やっぱり……そうなんですか?」

「えっ、カキもわかるの!?」

 

 みんなが驚く中、怒りが入り交じった表情でそう言ったのはカキだった。マーマネが心底意外そうに聞き返す。

 

「ああ、アーカラ島だと割と有名なんだが……ヤトウモリ……特にオスは、トレーナーから捨てられやすいポケモンなんだ。うちの近くの街でも一時期問題になったことがある。本当に許せない」

「なんでそんなこと……」

 

 ミヅキが呟くと、それに答えるようにロトムが説明を始めた。 

 

『ピピッ、もしかするとこれが原因かもしれないロト。“ヤトウモリのオスは メスの ほぼ いいなり。 獲った エサも ほとんど 貢ぐので 栄養不足で 進化 できない 遺伝子を 持つ”』

 

「そう、ロトムの言うとおりヤトウモリのオスは進化できない。だから……そのことを知らずに育てた心ないトレーナーから逃がされてしまうこともある。生息地じゃないミヅキの家の近くにいて、衰弱していたのもそのせいかもしれない。環境が変わりすぎて自分で餌を取れなかったんじゃないか」

 

 今日の授業で博士が言った通り、ヤトウモリは基本的に火山の岩場に住むポケモンだ。森はあのヤトウモリが過ごすには難しい環境だったのだろう。と博士はあたりを付けた。

 

「ああやってひたすら動かずに待っているのも、捨てられたポケモンによくあるケースの1つだ。うまく逃がせずに、すぐ戻ってくると騙してそのままいなくなる。本当に、やりきれないことだけどな……」

 

 ククイ博士は遠目でヤトウモリを見つめながら苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 

「ってことは、あのヤトウモリは進化できないからってトレーナーに見捨てられちゃったってこと!?」

「ひどい……! ひどすぎます!」

「そんなのってないよ……」

 

 マオが信じられないという風に声を上げると、リーリエとスイレンが憤ったように続けて言う。ミヅキはちらりと遠目でヤトウモリの方を見た。こちらに目線を移すこともなく、道の先をずっと見つめていた。

 

「じゃあ、ヤトウモリはこれからどうなるの……?」

 

 もしトレーナーから見捨てられたのが正しいのなら、永久にここでひたすら帰ってくるのを待ち続けることになるのだろうか。それを想像してミヅキは胸が締め付けられる思いがした。

 

「怪我を治して、どうにかして野生に返すことになるだろう。いつヤトウモリの気持ちが変わるかはわからないが……」

「なら、わたしが世話します! ヤトウモリがここを離れたくないなら家も近いし、気が済むまでここに通って世話するから! いいでしょ? 博士!」

 

 ミヅキは無意識に口から言葉が出ていた。かつてないくらい必死に博士に頼みこむその表情は真剣だった。ヤトウモリを放っておけない。助けてあげたい。たまたま出会っただけの怪我をしたポケモンに何でこんなに心を動かされるのだろう。ミヅキは自分自身驚いていた。

 

 ヤトウモリが目を覚ました後は側にいてあげて? それはミヅキにしかできないこと。

 スイレンがそう言っていたことを思い出す。きっとこれがポケモンのためにわたしが今できることなのだ。

 

「ああ、わかった。でも必ず普段通りスクールには通うこと。お母さんにちゃんと事情を説明して心配させないこと。それが条件だ。できるか?」

「はい!」

 

 ククイ博士は諭すように言った。それに対してミヅキは力強く頷いた。

 

「ミヅキ、ファイトだよ!」

「わたしたちも手伝います」

「当然! もし何かあったら言って! わたし近所だから」

 

 女子3人が次々にミヅキに声を掛けた。

 

「もちろん俺たちも頼れよな! な、サトシ、マーマネ」

「おう! 当然だろ?」

「ま、まあミヅキ1人じゃ頼りないからね」

 

 マーマネが仕方ないなという風にそう言うと、マオがジト目でマーマネを睨んだ。

 

「……マーマネェ? 一言多い」

「うっ……ご、ごめん」

 

 怒っているわけではないけれど、マーマネのひねくれた部分に突っ込みを入れるのはマオであることが多い。マオはクラスの中でも皆が仲良くやれるように気を遣ってくれている。これはまだ付き合いの浅いサトシとミヅキもなんとなく分かっていた。

 

「アハハ……でもマーマネの言うとおりやっぱ1人だと不安だし。ありがとう、みんな」

 

 ミヅキはくすりと笑いながらそう言う。言いたいことをちゃんと言えるのはそれだけ仲良くなれたということかもしれない。

 

「それなら、私からもお願いしようかしら。ミヅキちゃん、毎朝スクールに行く前にポケモンセンターにヤトウモリの様子を報告して欲しいの。そうしてもらえると、こちらとしても助かるわ。もちろん薬が必要なときはこちらで用意するから」

「わかりました。ジョーイさん!」

 

 こうしてミヅキは毎日スクールに行く前にヤトウモリに朝ご飯のきのみをあげて、ポケモンセンターに報告してからスクールに行くことになった。もちろん帰りも同じようにご飯をあげてから家に帰る。

 

 

…………

 

 

 それから数日が経った。

 

「みんな、また明日ー!」

 

 ポケモンスクールの教室。いつも通り終業の鐘が鳴ると、ミヅキはすぐに荷物をまとめてバタバタと教室を出て行った。すでにおなじみになったその光景に、みんなも特に驚きも無く挨拶を返す。

 

「ミヅキ、毎日頑張ってますね」

「うんうん。何もできることがないから、せめて気が済んで野生に帰れるまで、ヤトウモリのことを見守ってあげるんだーって言ってたけど……そんなことなくて、それはミヅキにしかできないことだよね」

 

 リーリエとマオから見て今のミヅキはとっても生き生きとしているように見えた。怪我したポケモンを看病するという理由とはいえ、一生懸命に頑張っている友達を応援するのは2人にとって嬉しいことだった。

 

「あ! そうだ……今日ミヅキにオボンの実分けてあげようと思ってたのに忘れてた……」

『マッジィ』

 

 マオは突然それを思い出してがっくり肩を落とした。アマカジがそれを慰める。ミヅキは毎日ヤトウモリ用のきのみを用意しているので差し入れにしようと思っていたのだ。せっかく家から持ってきたのになあ。するとそれに気づいたスイレンが声を掛けた。

 

「マオちゃん、それならわたしが届けに行くよ。ミヅキと帰り道同じだから、ついでに」

「えっホント? ありがとう~! スイレン、流石あたしの親友!」

「マオちゃん大げさすぎ……でもヤトウモリのこと気になってたし、丁度よかったかも」

 

 スイレンが苦笑しながらそう言うと、サトシが2人に声を掛けた。

 

「あ、スイレン。それなら俺もついていくよ! 俺も近所だしさ」

「うん、いっしょに行こ! サトシ!」

『アオッ!』『ピカピ!』

 

 2人の足下でアシマリとピカチュウも嬉しそうに鳴いた。モクローは寝ていた。

 

 サトシとスイレンはミヅキの家の近くに住んでいるご近所さんでもある。といっても田舎基準なので実際のところは割と距離があるけれど。ちなみにスクールへの距離はミヅキ、サトシ、スイレンの順に遠い。

 

「わたしも行きたいんだけど家の手伝いがね……ハァ」

「俺もだ……こういう時になると家の手伝いがちょっと面倒に感じるよ……」

 

 マオとカキがため息をつきながら言う。ヤトウモリのことが気になるのは皆同じだ。

 

「あ、雨降ってきた」

 

 マーマネが気づいたようにそう言った。みんなが外に目をやると小雨が降り始めている。今日は一日中曇り空だったけれど、雨予報ではなかったのでみんな傘を持ってきていなかった。

 

「えー? 今日の朝のテレビでは雨降るって言ってなかったんだけどなあ。傘持ってきてないよ」

『ピカチュ……』

 

 ずぶ濡れになるのを想像してサトシとピカチュウはげんなりしたような顔をした。

 

「まあ僕は持ってきてるけどね! 僕の作った天気予報プラグラムはテレビより正確なのさ」

『モキュキュ!』

 

 どんなもんだいと誇らしげな顔をしながらマーマネは言った。トゲデマルはよくわかってないけれどマーマネが嬉しそうなのでその場で機嫌良く飛び跳ねる。原理は説明されても理解できないけれど、マーマネの作るプログラムはすごいというのはみんな知っている。

 

「かがくのちからってスゲー! ほんとマーマネってすごいよな」

「ま、まあね」

 

 マーマネが満更でもないように言う。

 

「サトシ、雨強くなる前に行こ! うちの傘貸すから」

「あ、おう! みんなじゃあな!」

 

 きのみの入った手提げ袋を手にして教室の出口からスイレンとアシマリが急かすようにサトシを呼ぶと、サトシとピカチュウもそれについて教室を出ていった。

 

「2人ともきのみお願いね~!」

「俺たちも降られる前に早めに帰るか」

「そうだねえ。カキはリザードンに乗らなきゃだし飛んでる間にずぶ濡れになるかもよ」

 

 マオがスイレンとサトシの背中に声をかける。カキとマーマネはそう言うと帰る支度を始めた。

 

「あ、そういえばカキのリザードンって雨の日はどうしてるんですか? 尻尾の炎とか大丈夫なんでしょうか」

 

 リーリエが思いついたように言う。今までさほど気にしたことがなかったけれど、そういえば、と気づくと気になることだった。カキは毎日リザードンに乗ってスクールと家を行き来している。そしてリザードンの尻尾の炎は水に浸かったりして消えると死んでしまうと言われていた。

 

「大丈夫だ。俺のリザードンの炎はヴェラの火口のように常に燃えさかっているからな。雨程度じゃびくともしないぜ。雨の日の配達だってへっちゃらだ」

「やっぱりカキとリザードンはすごいです!」

「伊達に毎日特訓してないね!」

 

 リーリエとマオがそう言うとカキは苦笑した。

 

「まあ、リザードンは島キングだったじいちゃんのパートナーだからな……。俺ってよりはじいちゃんが偉大だったのさ」

 

 カキのリザードンはかつて島キングだった祖父のパートナーポケモンだ。今では一戦を退きライドポケモンとして実家の作っているモーモーミルクを毎日一緒に配達しているが、バトルの実力はまだ衰えを知らない。カキとバクガメスはそんなかつての祖父とリザードンのコンビに少しでも近づけるよう毎日特訓を欠かさないのだ。

 

「あ! 雨ちょっと強くなってきたよ。みんな早く帰ろ!」

 

 マオが外をちらりと見て慌てたように言う。傘を持ってきているマーマネや車で帰るリーリエ、気合いでなんとかしそうなカキに対してマオは傘がないので走って帰らなければいけない。

 

 そうしてその日は教室でみんな「また明日」と言い合ってお開きとなった。

 

 

…………

 

 

 帰り途中に雨が降ってきたので、ミヅキは一度家に傘を取りに戻ってからいつもの場所へ行った。何の変哲も無い森のそばの道。

 そこで相変わらずヤトウモリは道の先から何か来ないかをただ見ていた。雨が降っても森に隠れることもなく、身体が雨に濡れても気にすることもない。

 

「あなた、ほのおタイプでしょ? 雨の中そんなところにいたら風邪引いちゃうよ……」

『シュウウ……』

 

 ヤトウモリはちらりとミヅキの方を一瞥すると、静かに唸り声のような返事をした。

 ミヅキにはポケモンの言葉はわからない。だから自分もやりたいことをすることにした。

 

 ミヅキはヤトウモリの後ろにしゃがんで、自分の傘の下にヤトウモリを入れた。逃げることはなかったけれど、ヤトウモリはただただずっと誰も歩いてこない道の先を見つめていた。ここはリリィタウンの外れ。家もなければお店もほとんどないから、人通りもほとんどない。拾ってもらえる可能性が低い場所でポケモンを捨てたのは、せめて野生に帰って欲しいということなのだろうか。

 

 ミヅキは思う。

 

 こんなにずっと待っているほどに懐いてたのに、どうして……?

 

 あれから数日経った。でも結果は同じだ。

 あなたの待っている誰かは、たぶんもう帰ってこない。そんな残酷な言葉が頭に浮かんでは消し去る。そんなことは言えない。あんまりすぎる。いったい誰がどうしたらこのポケモンの心を救えるのだろう?

 

「おーいミヅキー!」

「あ、サトシ、スイレン……来てくれたの?」

 

 ミヅキがしばらくしゃがんでそのまま考え事をしていると、上から声をかけられた。サトシとスイレンが傘をさしてそこにいた。

 

「うん、わたしたち家近いから。これ差し入れ。マオから!」

 

 スイレンが手提げ袋をミヅキに渡した。中にはいくつかオボンの実が入っている。マオからヤトウモリとミヅキへの差し入れだった。

 

「ありがとう! ほらヤトウモリ、オボンの実あげる」

 

 そう言ってミヅキはオボンの実をヤトウモリの前に置いた。だいぶ警戒心も薄れたのか、ヤトウモリは素直にそれを口に運ぶ。

 

「お、ヤトウモリ、だいぶミヅキに慣れてきたみたいだな!」

「うんうん、すごい素直!」

 

 サトシとスイレンがにっこり笑ってそう言う。毎日世話したかいがあったのか、ちょっぴりミヅキはヤトウモリとの距離が近づいたような気がして嬉しかった。

 

「2人ともありがとね。雨降ってるのに」

「気にすんなよミヅキ! 俺も昔さ、今のヤトウモリに似てるヒトカゲに会ったことがあるんだ。だから、放っておけなくてさ」

「えっ、サトシも?」

 

 ミヅキとスイレンが意外そうにサトシの顔を見る。2人ともサトシが沢山の地方を旅して色んなポケモンと触れ合ったことがあるというのはなんとなくわかっているけれど、その全てを知っているわけではない。

 

『ゲットしたポケモンに『迎えに行くから』なんて嘘をついたら、死ぬまでお前を待ち続けるんだぞ!』

 

 かつて一緒に旅をしていたタケシが心ないトレーナーに言っていたことをサトシはよく覚えている。このヤトウモリも同じようなことを言われたのだろうか?

 

「うん、ヒトカゲもさ、こんな風に雨の日でもずっと誰かを待ってたんだ。弱って尻尾の火も消えそうで……でもそれから仲間と一緒にヒトカゲを助けて、色々あって俺の仲間になってくれたんだ」

「初耳。いまどうしてるの? そのヒトカゲ」

 

 その先が気になるようでスイレンがそう聞いた。

 

「今はリザードンに進化して……修行中でさ。たまに駆けつけてくれるんだけど会う度に強くなってるから本当にすごいんだぜ! 俺もあいつに相応しいトレーナーになれるようにもっともっと強くなりたいって思ってる」

『ピッカァ!』

 

 サトシが感慨深げにそう言うと、ピカチュウも力強く鳴いた。

 サトシはかつての自分とヒトカゲのように、どうにかミヅキとヤトウモリが一緒に生きていくところを見たいと思っていた。

 

 サトシは本当に眩しい。ポケモントレーナーというのはこういう人のことを言うのだろうか。ミヅキはそう思った。

 

「すごいね、サトシは。わたし、何がこの子にとって一番いいのかわからないんだ。何もできないから、こうやって見ていることしかできなくてさ……」

「ミヅキ……」

「この子を引き取ることがいいことなのかもわからない。まだ待ってる誰が帰ってくることを信じてるのに、諦めろなんて言えないから。だめだね……わたし、やっぱり自信がないんだ」

 

 わかりやすく悪いトレーナーに捨てられたとかなら割り切れるのかもしれないけど、そうでなかったとしたら? 何か事情があってヤトウモリをここに置いていくしかなかったとしたら……。そもそも引き取ったところでわたしはヤトウモリに対して責任を負えるのか? そんな考えがぐるぐると頭を巡っていて、なにも答えが出てこないのだった。

 

「ミヅキ、やってみなきゃわかんない。だろ?」

「えっ……」

 

 それは前にミヅキが「自分にポケモンを育てられるのか」と言ったときにサトシから掛けられた言葉だった。サトシの瞳はミヅキを一直線に射貫いていた。サトシは一欠片の疑いもなくミヅキがヤトウモリを育てられることを信じている。

 

「だってミヅキ、ヤトウモリのこと気に掛けてずっと世話してたじゃん! 自信持てって!」

「そうだよ! みんなすごいって思ってるんだよ? ヤトウモリのこと一生懸命お世話してるミヅキのこと!」

 

 今日も雨の日なのにわざわざヤトウモリが雨に濡れないように見守っている。ちょっと気になる、くらいではそんなことはできない。

 

「そう、なのかな」

「そうだよ! もっと自信持った方がいい! ミヅキは!」

 

 スイレンはあえて強い口調で言った。

 ミヅキはポケモンを持っていないことに負い目のようなものを感じているのか、どこかみんなより自信が無いように見えるときがあった。これはポケモンに触れないリーリエにも同じような事が言えるのだけれど、女子4人で過ごすことが多いのでスイレンはよりミヅキのそんな感情を察知していた。

 

 自信。持っていいのかな。できるのかな。わたしに……。

 

 スイレンの言葉に後押しされるようにして、ドキドキしながらミヅキはヤトウモリの正面に回って顔を見据えた。ちらりとスイレンとサトシの方を見やる。2人は力強く「うん」と頷いた。

 

「……ヤトウモリ、あなたが誰かを待ち続けてるのはわかってる。でも、ずっとそこで待ってるわけにもいかないでしょ?」

 

 そう言うと、ヤトウモリとミヅキの目が合った。緊張で言葉に詰まる。一度深呼吸して、ミヅキは落ち着いて自分の考えていることを話した。

 

「私の家、ここのすぐ近くだから……だからさ、それまでわたしと一緒にいてみない? あなたが待ってるその人とまた出会えるまで」

 

 どれくらい経っただろう。

 ヤトウモリはしばらく悩むような素振りを見せたが、やがて首をコクリと縦に振った。

 

 こうしてこの日からミヅキの家には新しい居候が1匹増えたのである。

 




ヤトウモリ♂が捨てられやすいポケモンっていうのは完全に独自設定。ミラクル交換で中途半端に育てられたヤトウモリが良く回ってきたんだよなあ……


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5.リーリエ、タマゴ係になる(1)

アニポケ8話あたりのお話。例の如く長かったので2つに分けました。
読みやすさのためちょっと改行を意識したりタグを使ってみたりしたよ。
色んな書き方を試してみたい。

※途中ホラー演出注意


 昼休みを告げるスクールの鐘が鳴った。

 

「うーん……」

 

 みんながそれぞれ弁当を取り出す中、不安そうな顔をしながら唸るリーリエの目の前には白いポケモンのタマゴがあった。

 ついさっき校長室でナリヤ・オーキド校長から渡されたそれが、今リーリエの机の上に置かれている。

 

 ラナキラマウンテンで見つかったタマゴと、サトシがカントーのオーキド・ユキナリ博士から頼まれて持ってきたというタマゴ。この2つをそれぞれクラスのみんなと校長が育てて孵化させる。というのが今日の午前中の授業だった。

 

 昼はみんなで世話すればいいけれど、夜は誰かが家にタマゴを持ち帰る必要がある。

 そこでみんなで相談した結果、ポケモンに触れないリーリエがポケモンに慣れるために夜は世話をすることになったのだった。

 

「リーリエ、何か心配事?」

 

 タマゴとにらめっこしているリーリエに気づいてミヅキが近づいてきた。

 

「さっきは勢いでできるって言っちゃいましたけど……実際のところわたしにできるんでしょうか……タマゴすら触れないのに……」

 

「いやーリーリエなら大丈夫でしょ」

 

「そうでしょうか……」

 

「うんうん」

 

 ミヅキは軽く笑みを浮かべてそう言った。悩んでいる人にみんなして寄り添ってもリーリエは余計気負うだけな気がしたので、適当にそう言うことにした。

 

 詳しくは誰も知らないけれど、リーリエはとある事情からポケモンに触ることができない。ポケモンのタマゴであってもそれは変わらないらしい。

 

「リーリエってクラスの誰よりもポケモンの知識あるし……タマゴの知識だってそうじゃん? それにポケモンに触れなかったとしても、ポケモンのこと大好きだし。だからみんなリーリエに安心して任せられるんだよ」

 

「はい、もちろんポケモンのことはスキです! えっと……観察対象として!」

 

「観察対象ね~……」

 

 いじっぱりだなあ。触れないけどスキでいいじゃんね。とミヅキは思う。リーリエは自分の感情に何かと理由をつけることが多い。論理的結論として、という言葉もよく聞く。

 

 ミヅキも席に戻って弁当を開けると、ついこの間めでたくミヅキの家の居候になったヤトウモリが肩にぴょんと乗っかってきた。

 

「おぶっ」

 

 おもわず変な声が出る。ずしりと肩が重くなりなんともミヅキはげんなりした気分になった。まるで辞書を肩に乗っけているような感じ。

 

「ヤトウモリ、いきなり肩乗るのやめてよね……重い……」

 

『シュウウ』

 

「はあ……はい、お昼のオボンの実」

 

 ミヅキが嫌そうな顔で呟いてもヤトウモリはどこ吹く風だ。居候になって態度がでかくなったのは気のせいだろうか。なんか舐められてる気がする。それを見てマオがくすりと笑う。

 

「ふふ、ミヅキとヤトウモリ、もうすっかりパートナーみたいだね」

 

「そうかなぁ? なんかすごいないがしろにされてる気がする……」

 

 ミヅキはジト目でヤトウモリをちらりと見る。

 ヤトウモリというと、気にすることもなく肩に乗っかったままボリボリとオボンの実を食べていた。

 

 ため息をつくと、ミヅキは隣の席で弁当を一心不乱に食べているサトシを見た。そういえばサトシはいつもピカチュウを肩に乗せてたっけ。

 

「ねえ、サトシって平気でピカチュウ肩に乗せてるけど重くないの?」

 

「え? そんなこと考えたことなかったな~……なあピカチュウ」

 

 床でポケモンフードを食べているピカチュウは『ピカ?』と何を言ってるのかよく分からないといったふうに鳴いた。

 

「ああ~はい。サトシに聞いたわたくしがわるうございましたよ」

 

 ミヅキはやれやれとオーバーに両手を広げた。授業で分かったことだけれど、サトシの身体能力はミヅキと天と地ほどの差があるので全く参考にならない。

 

 都会育ちのミヅキは体力も身体能力もない。なんならマーマネより体力ないかもしれない。となんとなく心の中で思っている。

 

『およそヤトウモリの体重は4.8kg、ピカチュウの体重は6.0kgロト。当たり前のようにピカチュウを毎日肩とか頭に乗せてるサトシの身体能力は特筆すべきものがあるロト』

 

「ピカチュウの方が重いんかい……ホントどうなってるのサトシ?」

 

「うーん……わかんない!」

 

 肩どころか頭に乗せてるのはヤバイとミヅキは思う。サトシみたいに色んな地方を旅するとそんなカイリキーみたいな身体能力が手に入るのだろうか。

 

 そんなふうに考えながらなんとなく納得できない顔でミヅキは今日の弁当を食べ始めた。

 

 

…………

 

 

 そして午後の授業が終わり、放課後。

 

 今日はタマゴを触れないリーリエの付き添いとして、この後予定のないサトシとミヅキが家までタマゴを運ぶことになった。特にヤトウモリの怪我が完治した今、ミヅキは放課後やることがなくてめっちゃヒマだった。

 

 3人で車に乗り、ハウオリシティを抜けてしばらくすると森の中に入る。

 

「リーリエん家って、あとどれくらい?」

 

「もううちの敷地に入っていますよ」

 

「え、敷地?」

 

「家の中ってことだよ~」

 

「ええええ! リーリエの家ってこんなに広いの!?」

 

 リーリエの家まで車に乗り、広大な敷地に入った途端にサトシは仰天した。その反応にリーリエはすこしだけ照れくさそうだった。

 

「その反応わかる……わたしも前来た時びっくりしたし」

 

『リーリエの家は本当にお金持ちロト』

 

 サトシが一通りびっくりしていると、やがて大きな館の前で車が止まった。その前ではぴっちりとしたスーツを着こなした初老の男性が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ。リーリエお嬢様、ミヅキさんもよくいらっしゃいました」

 

「ただいま、ジェイムズ!」

 

「ジェイムズさん、おじゃまします! あ、こっちは居候のヤトウモリです」

 

 ミヅキは『ミヅキにアローラっぽい服を着せる会』で既にリーリエの家に来たことがあったので、ジェイムズとは面識があった。

 

「こちらはクラスメイトのサトシくんと、パートナーのピカチュウ、そしてロトム図鑑よ」

 

「いらっしゃいませ。サトシさん。当屋敷の執事をしております、ジェイムズと申します」

 

「おじゃまします!」

 

『ピーカァ!』

 

『よロトしく!』

 

 3人が元気よく挨拶する。

 

「大変申し訳ないのですが……ポケモンのヤトウモリ様とピカチュウ様は中庭にてお待ち頂けますでしょうか」

 

「えっ?」とサトシが意外そうな反応をした。

 

 それを見て、あ、そっか。とミヅキは思い出した。リーリエはポケモンに触れないので館の中にはポケモンは入れないのだ。前女子4人で来た時もスイレンのアシマリとマオのアマカジは中庭で遊んでいた。しかし今日はジェイムズの言葉をリーリエが遮った。

 

「いいのよジェイムズ! 今日はみんなわたしのために来てくれたのだから!」

 

「さようでございますか……では、こちらへ」

 

「いいのリーリエ?」

 

「いいんです! みんなからタマゴを預かったのですから。わたしも頑張らなければいけません!」

 

 リーリエはサトシとミヅキに両手でガッツポーズを見せた。タマゴの世話をちゃんとできるようになる。その決意でリーリエは燃えていた。

 

「その意気だぜリーリエ!」

 

「そうそう! リーリエなら大丈夫」

 

「はい!」

 

 サトシとミヅキとリーリエはそう言って3人で笑い合った。

 

 そしてみんなで館の2階に上がりリーリエの部屋に入ると、まず驚いたのはサトシだった。

 

「リーリエの部屋、広ッ!!」

 

「えへへ……」

 

 ミヅキは例のごとくこの部屋にも前入ったことがあるので驚きはなかったけれど、わたしの部屋の何倍あるかな~。となんとなく考えていた。

 

「えっと……どこに置くといいかしら。ちょっと待っててくださいね」

 

 リーリエはすぐに棚から分厚い本を取り出してポケモンのタマゴの世話の仕方について調べ始めた。リーリエのこういう所がサトシもミヅキもすごいと思っている。

 ジェイムズもそんなリーリエのことを暖かい瞳で見守っていた。

 

 リーリエはもともと勉強好きなのもあるけれど、ポケモンに関しては特に妥協を許さない。

 

「今調べたんですが柔らかい場所のほうがいいようですね……えーっと……ソファだとちょっと硬いから、クッションでいいかしら」

 

 そう言うとリーリエはふかふかなクッションをいくつかソファの上に置いた。

 

「うん、これがよさそうです! サトシ、ここにタマゴをお願いします!」

 

「おう!」

 

 サトシがクッションの上にタマゴを置くと、タマゴは気持ちよさそうにころんと揺れた。それを見てサトシはニッコリと笑った。

 

「気に入ったって!」

 

「ええ!? サトシ分かるの?」

 

「わかんない! でもなんとなくそう思った!」

 

「ズコー」

 

 ミヅキが聞くとサトシは確信めいた口調でそう言った。

 ミヅキは思わずずっこけた。わかんないと言いつつかなり自信があるらしい。

 

 でもサトシのポケモンをまっすぐに信じる気持ちのようなものは、なんとなくミヅキもリーリエも信じたくなる。ポケモンが関わるとサトシの言葉にはそんな不思議な力がある。

 

「なんていうか……ほんとサトシらしいとしか言えないね」

 

「ふふ、そうですね。サトシにそう言われると、不思議とわたしもそう思います」

 

 やがて3人で喋っていると扉が開き、メイドさんがガラガラとサービスワゴンを運んできた。その上にはケーキのように山盛りにされたピンク色のマカロンが存在感を放っている。鼻をくすぐるような甘い香りがした。

 

「ロズレイティーとお菓子をお持ちしました」

 

「「お菓子山盛り~!!」」

 

 ミヅキとサトシは運ばれてきたマカロンの山とロズレイティーに目を輝かせた。

 

 ミヅキはスイーツが大好きである。マカロン・パンケーキ・マラサダなんでもござれ。

 アローラの雰囲気に慣れるのには時間がかかったけれど、アローラのスイーツに関してはすぐに適応していた。

 

「「いただきまーす!」」

 

 サトシとミヅキは席に着くと勢いよくマカロンを食べ始める。事件が起きたのはそれからすぐだった。

 ものすごいスピードでマカロンを食べ続けるサトシがミヅキの座ってる側の部分に手を付けた。

 

「マカロンサイッコー!! あーサトシ食べ過ぎ!! こっち側わたしの分なんだけど!?」

 

「フガフガフガ」

 

「なーにがフガガだ! わたしのマカロン返せ!」

 

「ムゴゴゴゴ」

 

「言ってるそばから新しいのを取るなー!」

 

『ピカァ……』『シュゥ……』

 

 ピカチュウとヤトウモリは呆れたように食い意地を張っているサトシとミヅキを見ていた。ジェイムズとメイドさんも何とも言えない顔をしている。

 

「アハハ……さぁ、ピカチュウとヤトウモリの分はこちらにありますよ」

 

 マカロンを奪い合う2人のやり取りを見ながらピカチュウとヤトウモリの分の皿を用意して、リーリエはくすりと笑った。

 ミヅキがここまでスイーツ好きだとは思わなかったので、リーリエとしては意外な一面を見たような気がして面白かったのである。

 

 そしてあっという間に大皿に山のように盛りつけられたマカロンがなくなり、後には満足そうなサトシと未練がありそうな顔をしたミヅキが残った。

 

「ごちそうさまでした……あー……わたしのマカロン~」

 

「俺もごちそうさまでした! ミヅキだっていっぱい食べたじゃん」

 

「へえ〜? でサトシはその何倍食べたわけ?」

 

「うっ、だからごめんって……」

 

「べーっだ! ……まあいいけどさぁ〜」

 

 ミヅキは頬を膨らませながら仕方なさそうに言う。そもそもリーリエが用意してくれたものだしとやかくは言えない。でも美味しかったなぁ……。

 

『ミヅキ、お菓子食べすぎると太るロト』

 

「えっ? ちょっと聞こえなかったんだけどロトム何か言った?」

 

 にっこりととびっきりの笑みを浮かべてミヅキはロトムの方を見た。次はない。

 

『……怒りを検知。何でもないロト』

 

 女性に「お菓子」「食べすぎ」「太る」というワードを言ってはいけない。データアップデートロト。と心の中でロトムは唱えた。

 

「な、リーリエ、せっかくだしポケモンを触る練習してみないか?」

 

「えっ?」

 

 ロトムが沈黙した後、サトシが突然思いついたかのように言った。

 

「あ、確かにポケモンで練習すれば、ポケモンには触れなくてもタマゴには触れるようになるかも」

 

「なるほど……それは確かに一理あります。論理的結論として」

 

 最初にハードルを上げておいて後を楽にする作戦である。ミヅキとリーリエはなるほどと思った。いやでもサトシそこまで考えてるのかなあ、という言葉は胸の中にしまっておく。

 

 ということでピカチュウ、モクロー、ロトムをサービスカートの上に乗せてリーリエがポケモンに触れるか試してみたが、触ろうとすると狙ったようにみんな動き出すのでリーリエがびっくりして叫ぶだけで逆効果だった。

 

「ううっ……やっぱりだめでした……」

 

「まあまあ……たぶんヤトウモリは動かないから最後に試してみてよ」

 

 そう言ってミヅキはリーリエを慰めながらヤトウモリをカートの上に置いた。ヤトウモリはリーリエに興味なさそうなフリをしながら丸まってじっとしている。

 

 ヤトウモリは割と空気を読んでいるようだった。わたしと過ごす時もこのくらい空気読んでくれません? となんとなくミヅキは突っ込みたくなった。

 

 リーリエの震える手がヤトウモリの背中に近づく。サトシとミヅキとジェイムズがドキドキしながら息を飲んだ。

 

 

 残り10センチ。

 

 

 残り5センチ。

 

 

 残り3センチ。

 

 

 残り1センチ。

 

 

 もうすこし! あとすこし!

 

 ヤトウモリは相変わらず自分を見ていない。

 

 見ていないなら大丈夫。こわくない。

 

 

 こわくない?

 

 こわくないよ。

 

 「思い出してはいけない」

 

 そう、わたしを、みて、いる。

 

 なにかが。むかって、きて。

 

 わたしの、あたまの、なか。

 

 「近づくな」

 

 うかんで、つれて?

 

 どこに?

 

 「近づくな!」

 

 いっしょに? どこに? いくの?

 

 ここじゃない、どこか。

 

 「やめろ」

 

 わたしは、あなた。

 

 

 

 「やめておけ!」

 

 

 

 あな、た、は、わ、たし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ね え …… い っ しょ に いこ う ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ白い■■がわたしのあたまにはいってきてきもちがわるいきもちいいきもちわるいきもちわるいきもちわるいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ縺阪b縺。縺�>蠢�慍濶ッ縺�%縺ョ縺セ縺セ縺ゥ縺�↓縺九↑繧翫◆縺�

 

 

 

 

 

 

 ブツン

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時リーリエの全身にぞわりと悪寒が走った。思考全てが自分自身に警報を鳴らした。

 

 

 ダメ!!!

 

 

 それを思い出してはダメ!!!

 

 

「ああああ! やっぱりだめ! だめですう!」

 

「「リーリエ!?」」

 

 リーリエはバチンと弾かれたようにその場から飛び退いた。頬を汗が伝う。さっきまでとは違う尋常じゃない様子にジェイムズが駆け寄る。

 

「リーリエお嬢様!?」

 

「だ、大丈夫よジェイムズ。ただ驚いちゃっただけ」

 

「しかしすごい汗を、あまり無理をなさらずに……」

 

「ご、ごめんリーリエ! ヤトウモリなんかしちゃったかな……」

 

 ミヅキも慌ててへたり込むリーリエに駆け寄った。ヤトウモリもびっくりした様子でリーリエを見ている。

 

 リーリエは努めて元気な声でミヅキに答えた。

 

「いえ……そんなことは! ちょっとわたくしが焦って無理をしすぎたのかもしれません……」

 

 よくわからなかったが、ほんの一瞬リーリエはあのままヤトウモリに触れたら何か自分にとって致命的な何かが起こってしまうような気がした。

 

 ただ、確かに怖かったけれど、恐ろしくはなかった。何かに対して無理やり蓋をされたようなそんな奇妙な感覚。リーリエにはその気持ちを言葉にできなかった。そして今まで通り何事もなかったかのように、不思議と、不自然なほどにリーリエの胸の動悸はあっという間に正常に戻っていく。

 

 なんだったのだろう。リーリエは今の違和感をあっという間に心から手放してしまった。

 

「ですがすごい進歩しました! ヤトウモリにあと少しで触れそうなところまでいきましたから!」

 

 リーリエはグッと拳を握った。その顔にはもはやさっきの動揺はなく、達成感に満ち溢れていた。

 

「よかった……ってことでいいの? かな……?」

 

 ミヅキはサトシとリーリエの顔を交互に見ながらそう言った。喜んでいいのか心配したほうがいいのかよくわからなかったので歯切れが悪い。今のリーリエの様子はなんだかちぐはぐで、ミヅキにはすこしだけ気持ち悪さが残った。

 

「その……リーリエごめんな? 俺があんなこと言ったから無理させちゃって。ジェイムズさん、ごめんなさい!」

 

「うん、やっぱり無理に触ろうとするのはよくなかったよね……わたしもごめんなさい……」

 

 今のリーリエは大丈夫そうだったが、ついさっきがあまりに尋常じゃなかったのでサトシとミヅキは2人に頭を下げた。

 

「2人とも、そんな……頭をあげてください!」

 

「そうですとも。リーリエお嬢様がポケモンに再び触れるよう後押ししてくださったお2人になんら恥ずべきところはございません。ご学友としてリーリエお嬢様を支えていただいていること、この館の者一同、本当に感謝しております」

 

 それは気を使っているわけではなく紛れもないジェイムズの本音だった。リーリエは館に帰ってくるといつもクラスメイトのことを楽しくジェイムズに話す。もちろんサトシのことも、ミヅキのことも。

 お嬢様には沢山の素晴らしい友達がいる。その事実だけでジェイムズの心は喜びに満ち溢れている。

 

「支えてるだなんてそんな、わたしなんてリーリエに助けられてばっかですよ!」

 

「そうそう、俺もリーリエに難しい勉強いつも教えてもらってるしさ」

 

 ミヅキは自分の着ている服を見た。このカラフルな服をもらってからミヅキのアローラでの生活が初めて彩られたのだ。そしてそのきっかけを作ってくれたのはリーリエだった。

 

「2人とも、そんなこと……」

 

 ない、とリーリエが言おうとすると、ミヅキがそれを遮った。

 

「だからさ、リーリエも遠慮なくわたしたちに頼ってよ! わたしたちだってリーリエに頼ってるんだから。あ、今日はちょっと失敗しちゃったけど……」

 

「おう! みんなでリーリエがタマゴやポケモンに触れるようになるようにゼンリョクでてだすけするぜ!」

 

 2人がそう言うと、部屋の入り口の方から拗ねたような、楽しそうな聴き慣れた声が聞こえてきた。

 

「ちょっとぉ〜3人でなにいい話してるの?」

 

「え、マオ?」

 

 そこにはアマカジを腕に抱いたマオがいた。リーリエが意外そうに声をあげる。

 

「マオ、家の手伝いじゃなかったの?」

 

「アハハ……それが、リーリエが心配で急いでで終わらせてきちゃった」

 

「へへ、そういう優しいとこ、ほんとマオらしいよな」

 

 サトシはニカッと笑った。するとマオは若干謙遜したように言う。

 

「優しいだなんて……アハハ、ただおせっかいなだけかも。あ、リーリエ、タマゴはどうしたの?」

 

「あちらのソファです! 柔らかいクッションの上に置いてあげたら、嬉しいってお返事してくれたんですよ!」

 

「え、タマゴがしゃべった!?」

 

「あ、違うんです。サトシがタマゴがそう言ってるって。サトシが言うとわたしもなんだかその通りだと思っちゃうんですよね」

 

 リーリエはすこし恥ずかしそうにそう言った。それに対してマオは笑うことはなかった。マオもそういうサトシらしい言動に覚えがある。

 

「ああ〜なるほどね。ま、それがサトシらしさだよね!」

 

「うんうん」

 

「わかります!」

 

 マオとミヅキとリーリエは3人して深く頷いた。

 

「俺らしいってなんだよ〜」

 

 自分のいないところで自分の噂をされているような気分になり、サトシは若干居心地が悪かった。

 

「褒めてるんだけどね〜」

 

「ですよね〜」

 

「ね〜」

 

女子3人はそんなサトシの様子を見ながらくすくすと笑った。

 

「ううっ、リーリエお嬢様がこんな素晴らしい御学友に囲まれているとは、このジェイムズ、感動しておりますううう」

 

 すると子供たちのやりとりに感動したジェイムズが泣き出してしまった。リーリエが頬を赤くして止めに入る。

 

「ちょ、ちょっとジェイムズ!」

 

「アハハ、ちょっと大げさかな……」

 

 マオとサトシとミヅキは揃って苦笑いした。

 バルコニーの外ではバタフリーがぱたぱたと穏やかに羽ばたいていた。

 

 

 



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6.リーリエ、タマゴ係になる(2)

 外を羽ばたいているバタフリーにつられてみんなでバルコニーに出ると、いつの間にか館の中庭にはたくさんのポケモンが集まってきていた。

 

「うおおおお! めっちゃポケモンいる~!」

「おー、すごい」

「あ、モンメンもいるよ! アマカジ!」

『マッジィ!』

 

 サトシとそれを見るなり手すりから身体を乗り出して感動していた。マオもくさタイプのポケモンを見つけてはしゃいでいる。ミヅキとしてはぶっちゃけ大げさだと思うのだが、2人はとにかくポケモンを見ると何でも楽しいらしい。

 

(あ~、でもわたしってこういうとこちょっとノリが悪いのかも)

 

 ヤトウモリと一緒に過ごすようになったとはいえ、まだそこまでヤトウモリ以外のポケモンに対する強い興味を持てていないのも事実。ミヅキがポケモンをより好きになるのはもう少しだけ時間がかかるようだ。

 

 そして庭のさらに奥にある、よく見覚えのあるものにサトシは気づいた。それを見ると心がウズウズする。

 

「あー! バトルフィールドだ! すげえ!」

「手入れはきちんとしておりますので、すぐにお使い頂けますよ」

「ほんとですか!? リーリエん家ってほんと凄いな~! 毎日バトルできちゃうじゃん!」

「エヘヘ……わたくしがポケモンを持ってないので、スタッフの方たちが使うだけになってはいるんですけどね」

 

 バトルができる。その事実に興奮し始めたサトシはミヅキの方を見た。ミヅキはなんだか嫌な予感がした。

 

「よっしゃあ! ミヅキ、バトルしようぜ!」

「ええ!?」

「だってミヅキもヤトウモリがいるじゃん! やろうぜバトル!」

「あ~……わたしはいいかな……ヤトウモリも病み上がりだしまだそんな無理させられないしさ」

「えー!? つまんないの……」

 

 ミヅキが苦笑いしながらサトシに答えると、サトシはひどくがっかりした様子だった。

 

 ミヅキはポケモンバトルをしたことがない。それにヤトウモリは保護しているだけのポケモン。まだ無理させられないとは言ったが、モンスターボールで捕まえていない以上、たとえ万全でもミヅキはヤトウモリにバトルさせる気がなかった。ボロボロになったヤトウモリを初めて見た日のことが頭にちらつく。

 

「それならサトシ、心配いりません。ジェイムズはこの館のスタッフでも1、2を争う腕前なんですよ!」

「ええ、ポケモンバトルには多少の心得がございます。僭越ながら、わたくしで宜しければお相手させていただきますよ!」

「そうなんですか!? よっしゃあ! ジェイムズさん、よろしくお願いします!」

 

 話はまとまったようだ。サトシのバトルの相手をしなくてよくなりミヅキはホッと胸をなで下ろす。

 

「お、じゃあわたしは観戦しようかな! バトル見るのは楽しいし」

 

 ミヅキはポケモンバトルを見ることは好きだった。テレビでポケベース中継を見るのと同じようなものだ。観戦専、というやつである。

 

 そしてタマゴの世話をするのでこの部屋から観戦していますね。というリーリエだけを部屋に残して、みんなは外のバトルフィールドへと向かった。

 

 その中で、ミヅキの後ろをついて歩くヤトウモリがほんの少し寂しそうな視線を自分に向けていたことにミヅキは気づかなかった。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

「それじゃあサトシ対ジェイムズさん! 1体1のバトルを始めまーす!」

『マジマッジィ!』

 

 サトシとジェイムズがバトルフィールドに立つと、マオが元気よく審判に立候補した。抱き上げているアマカジも楽しみなようで、上機嫌に頭のへたをグルグルと回転させていた。

 

「本気でお願いします! ジェイムズさん!」

「お手柔らかにおねがいしますぞ! サトシさん!」

 

 ミヅキはフィールド横に併設されているベンチでヤトウモリと一緒にバトルが始まるのを待っていた。ピカチュウが戦う気満々だったけれど、サトシはモクローにバトルさせたかったらしく、カバンの中で眠っていたモクローを取りだした。

 

「頼むぜモクロー!」

『ホロロ!』

 

「そちらはモクローですか……ではこちらはこのポケモンです! オドリドリ!」

『クルルルー!』

 

 ジェイムズはボールから黄色い鳥のポケモンを出した。オドリドリ、ミヅキはまだ見たことがないポケモンだった。なんかもこもこしててかわいいなあ。ちらりとサトシを見ると同じような反応をしていた。

 

「オドリドリ? 初めて見るポケモン……」

『オドリドリ、ぱちぱちスタイル。ダンスポケモン。でんき・ひこうタイプ。羽毛を擦り合わせて電気を作る。踊るように敵に近づき、攻撃する。ちなみにオドリドリは島ごとに生えている花のミツを吸うことでタイプが変わるロト』

 

 すかさずロトムがサトシに図鑑の説明をする。こういうところ見るとほんとロトム図鑑って便利だなあ。とミヅキは思った。普通のポケモン図鑑以上のことを説明してくれる。たまにいらんこと言うけど。

 

「このオドリドリはメレメレ島特有のやまぶきのミツを吸ってでんき・ひこうタイプになった姿です」

「へぇ~! そんなポケモンがいるんだ! ほんと面白いなアローラって! モクロー、初めてのポケモンバトル頑張ろうな!」

 

 モクローはやる気十分でサトシの周りを飛び回っていた。そうか、初めてのバトルだからピカチュウじゃなくてモクローを選んだんだ。ミヅキは納得した。これがポケモントレーナーかあ。

 

「それじゃあいくよー! バトル、開始っ!」

 

 マオが元気よく手を上から下に振りかざし、オドリドリとモクローのバトルが始まった。

 

 

 かに見えた。

 

 

 ジェイムズとサトシが指示をしようとした瞬間、突如フィールドの奥の植え込みの影から2つの網が高速で飛来し、オドリドリとモクローをぎっちりと拘束した。2匹は何が起こったか分からず網の中でもごもごと抵抗している。

 

「モクロー!?」

「オドリドリ!? 一体なにごとです!」

 

 

 

 

「一体なにごとです! と言われたら」

 

「聞かせてあげよう、我らが名を」

 

 

花顔柳腰・羞月閉花

 

儚きこの世に咲く一輪の悪の華!

 

 

「ムサシ!」

 

 

飛竜乗雲・英姿颯爽

 

切なきこの世に一矢報いる悪の使徒!

 

 

「コジロウ!」

 

 

一蓮托生・連帯責任

 

親しき仲にも小判輝く悪の星!

 

 

「ニャースでニャース!」

 

 

「「ロケット団、参上!!」」

 

「なのニャ!」「ソーッナンス!」

 

 

 

 

 

「ロケット団! 何しに来たんだよ! ここ人ん家だぞ! オドリドリとモクローを返せ!」

 

 ロケット団とはクラスの皆はもう何度か遭遇している。サトシがいつものように突っ込むと、3人はゲラゲラと笑い出した。

 

「なーに言ってんだ! 人の家だろうがなんだろうがお構いなく奪う、それが俺たちロケット団だぞ?」

「見張ってたらあんたたちが高級車でどこか行くのが見えたから付けてきたのよ! まさか白ジャリガールの家がこんな豪邸だなんてね! 狙い通り珍しいポケモンも手に入ったし~!」

『しかも今日は人数が少ない分チャンスニャ。あの黄色ジャリボーイの電撃には痛い目にあったからニャ』

 

 ロケット団はマーマネに痛い目に遭わされたことがある。つまりそいつがいないということは自分たちが有利だということだ。

 

「そうそう。ジャリボーイと緑ジャリガールと……そこの地味ジャリガールだけだもの! つまり敵はジャリボーイただ1人……今日はあんたのピカチュウごとこの家のポケモン全部頂いていくわよ!」

 

 地味ジャリガール、その言葉が自分を指していることをミヅキは察した。バカにされているのに気づいて、反射的に口から言葉が出る。

 

「は? 地味ジャリガールって何よ!」

「うっさいわね! 地味なのを地味って言って何が悪いわけぇ? あんた特徴無いのよ! っていうか反応するあたり地味って自覚はあるわけねぇ~」

「うぐぐ……」

 

 煽り倒してくるムサシにミヅキはムカついた。たしかにわたしは皆に比べたら特徴無いかもしれないけどさあ!

 

「おいロケット団! ミヅキをいじめるな!」

「ミヅキは地味なんかじゃない!」

 

 サトシとマオが聞き捨てならぬと言い返した。その優しさにミヅキはちょっと泣いた。

 

「はいはい……ジャリ達がキャンキャンと。ミミッキュ! やっちゃって!」

『ク……カカッ!』

 

 ミミッキュはボールから出ると、形容しがたい地獄めいた鳴き声を出した。

 その不気味さに思わずマオとミヅキは後ずさる。

 ムサシのミミッキュはみんな何度か見たことがあったが、ピカチュウにも比類するレベルの強敵である。

 

『マジィ!』

『シュウウ!』

 

 マオとミヅキを守るようにアマカジとヤトウモリはそれぞれミミッキュに立ちはだかったが、その威圧感にやや怯んでいる。2対1でもおそらく勝てない。それほどにミミッキュのレベルは高かった。

 

 だが、このミミッキュには1つ大きな欠点がある。

 

「ミミッキュ、シャドーボール!」

 

 ムサシが指示すると、ミミッキュは命令通りシャドーボールをぶっ放した。

 

 アマカジとヤトウモリの方向ではなく……ピカチュウがいる場所へ。

 

『ピカピ!?』

「ピカチュウ!」

 

 すこし離れた場所にいたピカチュウはそれをすんでの所で避ける。

 

「ちょっとミミッキュ! 先に弱っちい奴をやっつけるのよ!」

『クカカ……!』

 

 ムサシは命令違反をしたミミッキュに怒るが反省する気配がない。

 

「ミミッキュはピカチュウしか狙わないからなぁ……」

『またこのパターンかニャ……』

『ソー……ナンスッ……』

 

 コジロウとニャースとソーナンスはあちゃーと頭を抱える。

 このミミッキュ唯一の欠点はピカチュウ絶対殺すマンであることだった。

 理由はわからないがピカチュウがいるかぎりトレーナーのムサシが何を言おうとミミッキュはピカチュウしか狙わない。

 

「まあいいわ……そっちのポケモンはザコみたいだし、ミミッキュ! 先にピカチュウをやっちゃいなさい!」

 

 とはいえ、ムサシはミミッキュの強さは信頼していた。たとえ3対1でかかってこようとミミッキュにとって問題になるのはピカチュウだけだろう。

 

『クカカッ!』

『ピカァ……』

 

 ピカチュウとミミッキュはにらみ合う。どうしよう、隙を見てミミッキュを攻撃するか? でもわたしはヤトウモリのワザも知らない。ミヅキが迷っていたその時。

 

 

「きゃああああああ!!!!」

 

 

 館の方から悲鳴が聞こえた。

 それはまごうことなくリーリエの声だ。

 

「「「リーリエ!?」」」

「リーリエお嬢様!?」

 

 一瞬みんながリーリエの部屋の方へ視線を向ける。その時をムサシは見逃さなかった。

 

「おっとよそ見してるんじゃないわよ! ミミッキュ! ウッドハンマー!」

『クカカッ!』

「しまった! ピカチュウよけろ!」

 

 サトシの指示も間に合わず、ミミッキュはその隙を見逃さずピカチュウを容赦なく尻尾でぶん殴った。衝撃でピカチュウが吹き飛ばされる。

 

『ピィ!?』

「ピカチュウ! 大丈夫か!?」

 

 ピカチュウは体勢を立て直し、両耳と尻尾に気合いを入れて逆立たせた。まだまだいける。サトシは「よし!」とピカチュウを鼓舞した。

 

「ロケット団! おまえ達の相手はオレだ! ミヅキとマオはリーリエの所へ! ロトムも頼む!」

「う、うん!」

「わかった! サトシも気をつけて!」

『分かったロト!』

「何~? うちらより向こうの方が気になるっての? ずいぶん余裕ですこと」

「俺たちも舐められたもんだな~」

『そうニャ、今や敵はピカチュウだけニャ。ミミッキュと共に今日こそジャリボーイに勝つニャ! とはいえこいつと一緒に戦うのは怖いけどニャ……』

 

 そしてただジェイムズとサトシだけがロケット団の前に戻った。

 

「ジェイムズさんも!」

「いいえ、私のパートナーが囚われたままサトシさん1人にこの場をお任せするわけにはいきません。オドリドリ! まだやれますな!?」

『クルル!』

 

 力強いジェイムズの声に、オドリドリは網の中で呼応した。サトシはジェイムズの表情をちらりと見る。その表情は青ざめ、不安に彩られているのを隠し切れていない。

 

 当然だ。リーリエのことが心配で仕方がないのだ。本来なら真っ先にリーリエの元に駆けつけたいのは執事であるジェイムズだろう。なのにオドリドリとサトシのためにこの場にあえて残っている。

 

 その気持ちは話さずともサトシに伝わってきた。

 だからこそ早くオドリドリとモクローを救出しなければならない。

 

「ジェイムズさん! 行きます!」

「はい、サトシさん!」

 

 2人の目線が合った。小さく頷き合う。

 

「捕まった状態で何ができるってんのよ! ミミッキュ、シャドーボール!」

『ウオオオオ! ニャーのみだれひっかきを喰らうニャ!』

 

「ピカチュウ! 10まんボルト!」

「捕らえれば何も出来ないとでもお思いですかな!? オドリドリ、フラフラダンス!」

 

 戦いが始まった。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「「リーリエ!」」

「マオ! ミヅキ!」

 

 ミヅキとマオがリーリエの部屋の扉を乱暴に開けると、リーリエが必死の表情でタマゴを抱きかかえて守っていた。そしてその先には獰猛な表情で舌なめずりをしている見慣れたポケモンがいた。

 

『ヤトォ……』

「え! ヤトウモリ!?」

 

 マオは今にもリーリエとタマゴに襲いかからんとするヤトウモリとミヅキのヤトウモリを交互に見た。間違ってない。2匹いる。

 

「あいつもしかしてタマゴ狙ってるの!?」

「リーリエから離れてよ! アマカジ、こうそくスピン!」

『マッジィ!』

 

 アマカジが高速回転しながらヤトウモリに突っ込む。

 対して敵のヤトウモリは巧みに尻尾を鞭のようにしならせると、

 

『ヤットォ!』

『マジカ!?』

 

 尻尾で綺麗にアマカジを打ち返した。回転していたぶんアマカジの打ち返されるスピードが増幅され、勢いよく壁に打ち付けられる。マオが悲鳴を上げた。

 

「アマカジ!?」

『マッ……ジィ!』

 

 アマカジはダメージを負ったもののなんとか起き上がった。いつもなら一撃で戦闘不能になっていたかもしれない。なんとしてもリーリエとタマゴを守りたい一心だった。

 

『シュウウ! シュウ!』

 

 それを見てミヅキのヤトウモリが必死の形相でミヅキに語りかけた。

 何を言いたいのか考えなくても分かった。バトルしろ、そう言っている。こいつはやる気だ。

 

 ミヅキもバトルをしたことがないとか言っている場合じゃなかった。覚悟を決めろ! ミヅキは自分の頬を両手でパンと叩いた。

 

「あーもう! ロトム、ヤトウモリって何のワザが使えるの!?」

『ビビビ、ヤトウモリはどく・ほのおタイプ! 代表的なワザはスモッグ、ひのこ、ロト!』

「ありがと!」

 

 ミヅキは腹をくくった。

 こうなりゃやけくそだ。バトルなんかしたことないけど、見よう見まねで何とかするしかない!

 

「えっーと、ヤトウモリ、ひのこ!」

『シュウウ!』

『ヤトォ!』

 

 2匹のヤトウモリは同時にひのこを撃ちだし相殺する。その衝撃でボン! と部屋の中で小さな爆発音が起きた。充満する煙。一瞬の間、煙を突き抜けて敵のヤトウモリが突っ込んでくる。

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。ミヅキのヤトウモリはさっきのアマカジのように、鞭のような尻尾で打ち据えられ吹き飛ばされる。

 

『ウウ!』

「ッ! ヤトウモリ!」

 

「アマカジ! あまいかおり!」

 

 アマカジがあまいかおりを出して敵のヤトウモリをぐらりと幻惑させる。だがその効果も一瞬。追撃から逃れる程度の効果しかない。すぐに表情を元に戻して相手はこちらを見据えた。

 

 どうする。

 

「……ヤトウモリ! スモッグであいつの視界を遮って!」

『シュ!』

 

 ミヅキのヤトウモリは黒い煙を吐き出し、一面を煙幕のように覆う。

 ミヅキの選択は時間稼ぎだった。とにかく今はリーリエとタマゴを安全なところに避難させなければ。ミヅキは声を張り上げた。

 

「リーリエ逃げて! こっちに!」

「は、はい!」

 

 リーリエは鼻と口を押さえながら、タマゴを抱えてよたよたと一目散にミヅキとマオの背中に隠れた。身体はずっと震えていたが、2人が来てくれたおかげでなんとか足だけは動いてくれたのだ。

 

 敵のヤトウモリの方からはスモッグのきつい臭いに混ざって、ほのかなあまいかおりが漂っていた。見えなくてもなんとなくそこにいるのがわかる。ミヅキは思いついた。

 

「マオ、わたしが攻撃したらアマカジで香りの方に突っ込んで!」

「う、うん!」

  

 有無を言わさぬミヅキの様子に一瞬戸惑ったが、マオは頷いて答えた。

 やがて煙が晴れる。相手のヤトウモリはカパッと口を開けた。デジャブ。その攻撃はわかる。ミヅキは迷わず命令した。

 

「ヤトウモリ、もう一度ひのこ!」

『シュウ!』

『ヤトォ!』

 

 さっきと同じように同時にひのこが撃ち出され、着弾。ボン。小さい爆発。煙でお互いの姿が揺れる。

 

 狙い通り。ミヅキは叫んだ。

 

「マオ! 今!」

「うん! アマカジ! 香りの元にこうそくスピン!」

『マッ……ジィィィィィ!!』

 

 ゼンリョクを振り絞ってアマカジは駆けた。アマカジにとって自分が発した香りの有りかなど容易にわかる。擬似的なえんまくの中で、渾身のこうそくスピンが敵のヤトウモリに直撃した。

 

『ヤトォォォォ!』

 

 敵のヤトウモリは勢いよく吹き飛ばされ、バルコニーの手すりに背中から激突した。それを追い込むようにミヅキのヤトウモリとアマカジはバルコニーに飛び出して威嚇する。

 

『シュウウ! シュウ!』

『マジ! マッジィ!』

 

 これ以上近づくな。

 分が悪いと感じた敵のヤトウモリは、すぐに脱兎のごとくその場から飛び降り、森の方に姿を消した。

 

 

「「やっ……たの……?」」

 

 

 一瞬の静寂の後、ミヅキとマオは2人して気の抜けた声を出した。なんだか心がフワフワしている。しかしマオはすぐ思い出したように叫んだ。

 

「そうだ、サトシとジェイムズさんは!?」

「あ!!」

 

 

『なんなのこの感じ~~~~!?』

 

 

 3人がバトルフィールドの方を見ると、そこにはキテルグマに連れ去られてヤトウモリと同じく森へ高速で消えるロケット団たちがいた。どうやら向こうも無事追い払えたらしかった。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 やがてサトシとジェイムズが部屋に駆け込んできた。捕まっていたモクローとオドリドリも一緒だ。

 

「リーリエお嬢様! ご無事ですか!?」

「ジェイムズ! わたくしは大丈夫! 野生のポケモンにタマゴを取られそうになってしまったのだけど、マオとミヅキが助けてくれたから……!」

「本来なら執事の私めが一番に駆けつけなければならかったにも関わらず……私はオドリドリを助けるのを優先してお嬢様の危機にはせ参じることが出来ませなんだ……本当に、本当に申し訳ございません」

 

 ジェイムズとオドリドリは沈痛な顔をしてリーリエに頭を下げた。

 リーリエはそんな2人を元気づけるように笑顔で笑った。

 

「謝らないでジェイムズ。そんなオドリドリを大切にするあなたのことが、わたくしは大好きなんですから!」

「ウウッ……お嬢様ァァァァァ!」

 

 ジェイムズは泣いた。今日2回目の号泣である。

 

「アハハ……ほんとよく泣く人だよね……ジェイムズさん」

「そだね……」

 

 マオとミヅキが苦笑しながら言った。

 

「あ、リーリエ……それ!!」

 

 するとサトシがびっくりしたようにリーリエを指さす。正確にはリーリエが抱いているタマゴのことをである。

 

「え……えっ!? ええええ!? わたくし……触れてます! タマゴに! 触れてますっ!」

 

 リーリエは今までタマゴを守るのに必死で、今の自分自身の状況にびっくりしていた。今まで自分がタマゴを抱いていたことに気づかなかったのだ。

 

 それを見てマオがほんの少し目を潤ませた。マオはおそらくクラスのみんなの中で一番リーリエがポケモンに触れないことをを心配していた。ずっと見守ってきたので感動もひとしおだった。これではジェイムズさんのことを笑えないじゃないか。

 

「リーリエ……やったね! よかったよお!」

「リーリエ、やったな!」

「うんうん! リーリエおめでと!」

「ウウッ……お嬢様……本当にようございました!」

 

 みんなが次々にリーリエを祝福する。

 そしてピカチュウがリーリエのもとに飛び込んで頬ずりした。

 

『ピッカァ!』

 

 みんなが「あ」と言ってぴたりと空気が止まる。

 その時だった。

 

「ひ……」

 

「ひゃああああああああああ!!!!!」

 

 リーリエが絶叫した。まだポケモンに触るのは早かったようである。それを見てマオが苦笑した。

 

『ピカァ……』

「アハハ……ポケモンはまだダメみたいだね」

「でも一歩前進したし、そのうち絶対触れるようになるよ!」

「明日みんなに見せてびっくりさせてやろうぜ!」

 

「はい……! マオ、ミヅキ、サトシ、ジェイムズ……みんな、本当にありがとう……!」

 

 そう言ってリーリエは花のように笑った。

 きっといつかまた皆と一緒にポケモンと触れ合える日が来ることを願って。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「あ、ジェイムズさん! 今からバトルの続きしませんか!? モクローとオドリドリで!」

「勿論いいですとも、サトシ様。先程中断した分、本気でお手合わせいたしましょう」

 

 いい雰囲気だったのもつかの間、サトシは再びバトルモードになりジェイムズに勝負を申し込んでいた。ジェイムズも満更でもない様子だ。

 

「いや~サトシはぶれないね~知ってたけど」

「当然だろ? トレーナーが出会ったらまずバトルだぜ!」

「まあ目と目が合ったら……っていうけどね……」

 

 ミヅキはげんなりした。さっきロケット団とバトルしたばっかじゃん。戦闘民族の考えにはまだミヅキはついていけない。

 すると横からマオがニヤニヤしながらサトシに話しかけた。

 

「あ、そういえばサトシ~、さっきのミヅキすごかったんだよ? ヤトウモリとあたしにすごい格好良く指示出してくれてさ! 初めてのバトルなのに! ね、リーリエ」

「はい! 先程のミヅキはすっごくかっこよかったです!」

「え、ホントに!? すげえじゃんミヅキ! やっぱりバトルしようぜ!」

「ちょっとみんな……大げさだよ……それにサトシはジェイムズさんとバトルするのが先でしょ」

 

 さっきのはただただリーリエとタマゴを守るのに必死だっただけだ。正直今も何がどうして勝てたのかよく分かっていない。あれが、ポケモンバトル……?

 

 さっきのバトルの感覚を思い出すと。ミヅキはなんだか心がぞわぞわした。

 楽しかった? それとも怖かった? わからない。

 その感情の正体をミヅキはまだ理解できなかった。

 

 ただ心がここではないどこかへ行ってしまうような、ふわふわした、そんな感覚。

 

 ミヅキはちらりとヤトウモリの方を見た。その表情は心なしか機嫌が良さそうに見えた。

 

 うーんまあ、ヤトウモリが満足そうだしなんでもいいか。

 そして面倒くさくなったミヅキは自分の感情の正体を探ることをやめた。

 



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7.じゃあ、わたしたちは?

ここからの展開の案が無数に存在したので迷って時間がかかった。
評価に色がついたよー! 正直かなりニッチな作品だと思ってたので見てくれる方が増えてちょーうれしーよー! ありがとうございます!




「ホヘホンハンヘーヒレーヒュ?」

 

「ポケモンパンケーキレースね。あ、ごめん食べながら話さなくていいから。ミヅキちゃん、興味ない?」

 

 金曜日。

 

 毎週末の楽しみとしてミヅキが放課後にハウオリの人気店でパンケーキに食らいついていると、メイドのような仕立てをしたピンク色のフリフリの制服を着た女性店員が声をかけてきた。

 

 彼女の名前はノアという。ノアはこのパンケーキ屋の看板娘である。

 そしてミヅキは何度も通っているおかげで既に顔と名前を覚えられてしまっている。

 

 そして今、ノアはにっこりと笑みを浮かべながら大きなポスターを胸の前で掲げてミヅキに見せつけていた。そこにはパンケーキを何枚も重ねた皿を持っているキメキメ顔のノアとライチュウが写っている。

 

(すっごい気合い入れて撮ったなこの写真……)

 

『ライラーイ』

 

 ノアの背後からそのライチュウがひょっこりと顔を出した。

 ライチュウはノアのパートナーポケモンで、このパンケーキ屋の従業員でもある。カントーのライチュウとは違うやや丸っこい輪郭をしていて、常に尻尾に乗ってフワフワ浮いているのでミヅキは最初見たとき驚いた覚えがあった。こういう地方によって見た目が違うポケモンのことをリージョンフォームという、ということをこの前スクールで習ったばかりだ。

 

 ミヅキは今口の中に入っているふわふわなケーキをモニュモニュと頬を膨らませて咀嚼すると、ようやくといった風に口を開けた。

 

「えっと……そのパンケーキレースなるものはいったい何レースで……?」

 

「パンケーキレースよ!」

 

「?????」

 

 パンケーキレース is 何?

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 

 ノアの説明によると、ポケモンパンケーキレースとはトレーナーとポケモンが協力して10枚重ねのパンケーキを運びながら競争する謎のレースである。しかもこのレース、テレビでもアローラ中に生中継していてアローラではかなり有名なイベントだった。

 

「……わかりましたけど、なんでパンケーキ運びながらレースするんですか?」

「うーんそれよく聞かれるんだけど、どうして始まったのか謎なのよね……アローラにパンケーキを広めたい人たちが始めた、とかいう話もあるけど、ちゃんとした資料が残ってるわけでもないのよ」

 

 由来すら謎の祭りである。うーんどうしよう、やめとこうかな。とミヅキが言おうとすると、

 

「ちなみに優勝者にはパンケーキの無料年間パスポートがもらえるわよ」

「よしやろう優勝しよう」

「おっ、いいね~食いついてきたわね~」

『シュウゥ!?』

 

 あまりの変わり身の速さにヤトウモリがビビってミヅキの顔を見る。出場するということは自分がパンケーキを運ばなければならない。身体をすくめて「嫌だ」とアピールするが、スイーツハンターと化したミヅキはヤトウモリの前で手を合わせた。

 

「ヤトウモリお願いっ!! パンケーキ!! 食べたい!! 山盛り!! 沢山!! 無料!!」

 

 語彙力を失ったミヅキはひたすらヤトウモリの前で拝んでいた。そもそも出場してもそんな簡単に優勝できるものか。埒があかないのでヤトウモリはやれやれと頷く。このままだとこの女は自分を無理矢理引っ張ってでも出場するだろう。

 

 ヤトウモリがミヅキの家で暮らし始めてからそこそこ経ったが、とにかくこの女は買い食いが多い。美味しそうだと思ったらマラサダだのアイスだのをすぐ買い食いしている。

 

「ちなみに去年優勝したのは私! 前年度の優勝者コンビが次の年のポスターになるの」

『ライライ!』

 

 ライチュウがドヤ顔をした。優勝できるもんならやってみなという挑発的な表情。

 

「え、パンケーキ屋の看板娘が最強とかズルすぎません? っていうかノアさんがパンケーキ食べ放題になってもあんま意味ない……」

 

 パンケーキ屋がパンケーキ無料パスポート貰って一体どうするのだ。その疑問に対してノアはごく当たり前のように答えた。

 

「そーでもないわよ? ポスターに載せてもらえるからウチの宣伝にもなるし……よそのパンケーキ屋の雰囲気とか集客の調査とかタダでできるもの」

「うわっめっちゃ嫌がられそう」

「アハハ、もちろんそこは怒られない程度にやってるわよ。ハウオリのスイーツ店はただでさえ競争が激しいからね。恥も外聞も捨てた争いを制してこそトップを取れるってワケ。ミヅキちゃんもスイーツはしごしてるならなんとなく分かるんじゃない?」

 

 確かにアローラ最大の都市であるハウオリシティには無数のスイーツ店が存在する。さらに観光客が多いアローラだからこそ、ご当地スイーツのアローラパンケーキの競争は常に激しくどの店もしのぎを削っているのだった。日々ハウオリでスイーツの新規開拓を続けるミヅキにはなんとなくそれは理解できた。

 

「なにこの甘いのに甘くない闇深な世界」

「ということで、無料パスポートが欲しければこのラスボスを倒してごらんなさい。パンケーキレースの世界は甘くはないわよ?」

 

 ノアはそう言ってミヅキにウインクした。ミヅキが垣間見たのはひどくブラックな大人の世界だった。パンケーキに載ってる生クリームはこんなにホワイトなのにいったいどうして。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「「ノアさん! よろしくお願いします!」」

『よロトしく!』

「はい、みんなよろしくね!」

 

 次の日の昼下がり。

 

 ラスボスもといノアは焚き付けた手前、なんだかんだパンケーキレースのコツについてミヅキに指導してくれることになった。そして何故かそこには元気よく挨拶するサトシとマーマネとロトムもいた。

 

「……ところでなんでサトシとマーマネもいるの?」

「オレも昨日たまたまノアさんに参加しないかって誘われちゃってさ!」

『マオも参加するらしいロト』

「僕はサトシが練習するっていうから飛び入り参加! 優勝狙ってるからね!」

「なるほど……マーマネも無料パスポート狙いってわけか~」

「あったりー! 負けないよミヅキ!」

「わたしこそ! ……って言いたいところだけど目の前のラスボスにまず勝たないと」

「ラスボス? ああそっか、去年はノアさんがぶっちぎりで優勝したらしいからね」

 

 どうやらサトシとマーマネも賞品の無料パスポートに釣られたらしい。

 ミヅキにノアのパンケーキ屋のことを教えたのはマーマネである。そのマーマネがパンケーキレースに参加するのは当然であった。ミヅキはスイーツが好きなマーマネに何度もせがんで、ハウオリの美味しいスイーツ店をいくつか教えて貰うことに成功していた。

 

「はい、注目! おしゃべりはその辺にして練習しましょうか!」

 

 ノアが手をパンと叩くと、ライチュウが10枚重ねのパンケーキを載せた皿を順番に配った。ポケモンたちの前だけではなく、サトシとミヅキとマーマネにも。

 

 3人は首を傾げた。これポケモンがパンケーキ運ぶレースじゃなかったっけ?

 怪訝そうな顔をする3人を見てノアはおかしそうにくすりと笑った。

 

「あなたたちも走るのよ?」

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「いや~えらい目にあった……」

「まさか僕たちも走らされるなんてね……そういえばトレーナーもパンケーキ運ばなきゃいけないレースだって忘れてたよ」

「え~? 2人ともそんな疲れたのか? オレはなんともないけど」

「「サトシの運動神経と比べないで!」」

「ええ……?」

 

 やや疲労感の残る顔でミヅキとマーマネはサトシに突っ込んだ。3人の横を歩くポケモンたちもサトシと同じく大して疲れていない。サトシの体力はポケモン並みなので比べられたら困る。

 

 ラスボスによるパンケーキレースの練習は本格的だった。ピカチュウもヤトウモリもトゲデマルも器用だったので、ポケモンたちは比較的早くパンケーキ運びのコツを覚えていた。問題は人間2人の方である。

 

 運動神経のいいサトシはともかく、クラスの中でもワースト1、2を争う運動神経しかないミヅキとマーマネはうまくパンケーキを運べず何度も床にぶちまけていた。そのせいで、ついさっきまで「優勝する!」と言っていたのに2人とも既に半分くらい諦め気分だった。

 

「あ、そういえば2人ともこれからどうする?」

『ちなみにちょうど16時を回ったところロト』

 

 ミヅキがふと聞くと、ロトムが先回りして今の時刻を答えた。16時。まだ夕方というほどでもないけれど、だいたい遊ぶときはみんな17時頃には家に帰るので何かするには微妙な時間である。

 

「うーんオレは特に用事無いから家でパンケーキレースの練習しようかなあ」

「ボクも特に予定はないけど……疲れたから帰りたい気もする~」

 

 それを聞いて「それならさ」とミヅキはサトシとマーマネの前に回り込んで言った。

 

「2人を連れて行きたいところがあるんだ」

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 サトシとマーマネはミヅキに先導されてショッピングエリアを抜けた先の自然公園に来ていた。マーマネはすでに歩き疲れている。

 

「ミヅキ、行きたい場所って公園だったの? ていうか僕そろそろ疲れてきたんだけど……」

「いいからいいから。あ! いた!」

 

 目当ての人がミヅキの声に反応してこちらを見た。

 ミヅキが顔を向けた先にいたのは、大きな木の下でいつも通り絵を描いているマツリカだった。

 

「マツリカさん! アローラ!」

「おぉ、ミヅキ。アローラアローラ! えっと、後ろの2人は?」

「スクールのクラスメイトです。たまたま今日は3人で一緒だったから、一緒に来ちゃいました。あの……忙しかったですか?」

「ううん、そんなことないよ」

 

 マツリカは柔らかく笑った。マツリカは全体的にほのぼのとした雰囲気を纏っていて、話していてもどこか安心するような女の子だ。年上の友達ができたことがなんだか嬉しく、ミヅキはハウオリに遊びに来るときはよくマツリカの元へ立ち寄るようになっていた。

 

「よかった~。サトシ、マーマネ、ロトム。この人は画家のマツリカさん! すっごい綺麗な絵を描いてるひとなんだよ! 1回みんなにもマツリカさんの絵見て欲しいなって思ってて」

「おぉ、わたし、画家のマツリカ。はじめまして。この子はパートナーのアブリボン」

『りぼぼぼん♪』

 

 アブリボンがくるくると嬉しそうにサトシとマーマネの周りを飛び回った。友達が新しい友達を連れてきて機嫌がいいようだ。

 

「「はじめまして!」」

『初めましてロト!』

 

 サトシとマーマネとロトムはマツリカに挨拶をすると、順番に自分の名前を名乗った。

 

「ロトム図鑑? そんなのあるんだ。おもしろいね」

『お目が高いロト! ポケデックスフォルムはロトムトレンドの先端をひた走る最新のフォルムロト』

「おぉ、おぉ、最新」

 

「あれ、これもしかして……メテノの夜空?」

 

 マツリカとロトムが話していると、マーマネがイーゼルに飾られている1枚の絵を覗き込みながら呟いた。それを聞いてマツリカは嬉しそうな表情になる。

 

 マツリカは口下手で、そこまで会話が上手いタイプではない。だから自然と絵を通して人とコミュニケーションを取るようになった。初めて出会った人に自分の絵に興味を持ってもらえると、自分の思いが通じたような気がしてマツリカは何より嬉しかった。

 

「うん、とても綺麗だった。ホクラニ岳でこれを描いた時の夜空。沢山の色のメテノが浮かんでいて。マーマネくんも夜空が好き?」

 

 ホクラニ岳はウラウラ島の2つある山のうちの1つだ。

 

「夜空っていうか……僕、宇宙が好きなんだ!」

「おぉ、宇宙!」

「僕のいとこがホクラニ岳の天文台で働いてて。何度も行ったことあるよ! そこで望遠鏡で空の向こう側を見ると、いつも考えるんだ。宇宙って一体どうなってるんだろうって。まだまだ誰も知らないようなことが、いっぱいあるんだろうなって思うとすっごくワクワクするんだ!」

 

 ミヅキはこんな風に夢中に話すマーマネを初めて見た気がした。サトシだけじゃなくて、マーマネにも夢中になっているものがあるのだ。もちろんカキも、マオも、スイレンも、リーリエも、自分だけのキラキラしたものを持っている。

 

 わたしはどうだろう。そういうものを見つけられるだろうか。

 

「なあ、ところでメテノって何?」

「サトシ、そこは空気を読もう」

 

 スコンとミヅキは軽くサトシの頭をチョップした。ミヅキも何となく気になっていたけれどそういう雰囲気じゃなかったので聞かなかった。

 

『僕にお任せロト! メテノ、ながれぼしポケモン。もともと オゾン層に 棲んでおり 身体の 殻が 重くなると 地上に 向かって 落ちてくる。夜空から 降ってくる メテノと 出会える スポットは 限られていて アローラは 貴重な そのひとつ』

 

 サトシの言葉に反応して説明したがりのロトムが流暢に図鑑説明文を読み上げた。

 

「へぇー! ながれぼしポケモンか! 面白いポケモンだな~!」

「ちなみにメテノのコアには7種類の色があるんだ。たくさんのメテノが空に浮かんでる景色は、この絵みたいにすっごい綺麗なんだよ?」

 

 ミヅキはメテノの夜空の絵を覗き込んだ。七色に光る星が夜空に輝いている。確かにこの絵の元になった景色があるのならすごくロマンチックだろうな。想像するとふわりと胸が高鳴った。

 

「言われてみるとめっちゃ気になってきた……」

「オレもオレも! メテノ見てみたいぜ~!」

「メテノが落ちてくる時期になったらサトシとミヅキも連れてってあげるよ!」

 

 マツリカは楽しそうに話す3人に向けて、両手の親指と人差し指を合わせて四角を作った。そしてそれを片目で覗き込むと、

 

「友達、かな」

 

 そう呟いてふふっと笑った。次描く絵のモチーフが決まった。

 

 そして、話している時にふとミヅキはここに来たもうひとつの目的を思い出してはっとした。

 

「あれ、そういえばマツリカさん、サトシとはじめましてってことは……」

「おぉ、ピカチュウの少年……前会ったトレーナーさんとは似てる。でもサトシくんとは違う人だった」

「なんだぁ……もしかして2人とも会ったことあると思ったんだけどな~」

「え? ミヅキどういうこと?」

「ええっと、こういうこと」

 

 サトシがよくわからなさそうに声をあげた。マツリカはその疑問に答えるようにキャンバスに描かれた1枚の絵を取り出した。前にミヅキが見たクチバシティの港で佇む少年とピカチュウの絵だ。それを3人は観察するように覗き込む。

 

「え、これオレとピカチュウ?」

「やっぱ似てるよね。後ろ姿だけど」

「たしかに……あ、僕、世界には同じような顔をした人が3人はいるんだって聞いたことあるよ」

 

 だからサトシに似ててピカチュウを連れてる人だっていてもおかしくないという話だ。今確認されているポケモンの種類など2000に満たない。と思えば可能性はある気がした。

 

 サトシはふと以前出会った茶髪のライバルのことを思い出した。自分と似たような雰囲気で、ピカチュウをパートナーにするどころか他の手持ちも似通っていた少年。今彼はどこで何をしているのだろう。旅をしているのかな。それとも自分のように学校に通ってたりして。

 

「そういえばヒロシのやつ元気かなあ」

「え、サトシの友達?」

「あ、うん。カントーのポケモンリーグで戦ったライバルなんだけど。オレと同じでピカチュウがパートナーだったヤツでさ! なーんかオレに結構雰囲気似てたんだよな……」

「え!? サトシってポケモンリーグに出たことあるのぉ!?」

 

 マーマネがびっくりしてサトシに聞き返した。あまりにも何気なく言う上に初耳なのでついオーバーなリアクションになる。

 

「あ、そっか。そういえば言ってなかったけど、結構何回もポケモンリーグ出てるんだぜ? オレ。優勝はまだできてないけどさ」

「それでもすごいって! だってだって、ポケモンリーグって出るには、ポケモンジムでバッジ8個集めないと参加できないんでしょ?」

「そうそう。だからホント色んな街旅したよな~。な、ピカチュウ」

『ピッカァ!』

 

 ミヅキは懐かしげな顔をするサトシの横顔を見た。雨の日にヤトウモリの世話を手伝いに来てくれた時のことを思い出す。サトシは子供っぽいところもあるけれど、たまに自分たちよりずっと沢山の経験をしてきた大人のように見えることがあった。

 

『りぼぼぼん♪』

『ピカ?』

 

 突然アブリボンがピカチュウの頭の上にふわりと乗って、キラキラと羽を振動させ始める。不思議な動きにみんながぽかんとした顔をしていると、やがてマツリカが口を開いた。

 

「『楽しい、サトシとの旅、今までも、これからもずっと』」

「え、マツリカさん?」

 

 脈絡のない読み上げるような言葉だった。その意図がわからず、サトシがマツリカに聞き返した。

 

「ピカチュウ、きっとサトシくんにそう言ってる。アブリボンが教えてくれた」

『アブリボンは人やポケモンの心を読み取る力があるロト』

「へえ〜……ってことはマツリカさんはポケモンの声がわかるんですか!?」

 

 サトシが食い気味に聞くと、マツリカはなんとも困ったような、どう言えばいいのかわからないような表情をしながら所在なくアブリボンの頭を撫でた。

 

「うーん……どうかな。でもアブリボンと過ごしてるうちに、アブリボンがなんて思ってるかなんとなく分かるようになったんだよね」

「マツリカさん、僕、トゲデマルが思ってることも聞きたい!」

「うん。いいよ!」

 

 次にマーマネが立候補した。ポケモンと会話できない以上、パートナーが何を考えて自分と一緒にいるのかは誰しもが一度は考えることだった。

 アブリボンがピカチュウからトゲデマルの頭に飛び乗り、再びキラキラと羽を動かし始めた。楽器を奏でるような心地よい旋律が辺りに広がる。

 

「うんうん。『楽しい、楽しい、大好き……』だって。トゲデマル、マーマネへの純粋な気持ちで溢れてる。きみたち、いいパートナー」

「ほんと!? トゲデマル〜!」

『モキュキュ!』

 

 それを聞いたマーマネは笑顔でトゲデマルと抱き合っていた。クラスメイトの立場から見ても2人は仲良しだったから、そりゃそうだよね、と微笑ましい視線でサトシとミヅキはマーマネとトゲデマルのことを見ていた。

 

「ミヅキもやってみる?」

「えっ?」

 

 しばらくぼーっとみんなの会話を眺めていたミヅキはマツリカに突然名前を呼ばれてすこしドキリとした。

 

「ミヅキもやってみようぜ!」

「うんうん、ポケモンが何思ってるかって気になるじゃん」

 

 サトシとマーマネは好奇心いっぱいの顔でミヅキの方を見た。

 

 ヤトウモリが何を思っているのか? ミヅキは気になってはいた。ミヅキはヤトウモリと顔を見合わせる。あくまでミヅキとヤトウモリは「元のトレーナーが帰ってくるまで一緒にいる」関係だった。そもそも帰ってくる可能性も殆どない気がしたし、ミヅキが一方的にそう決めただけなのでヤトウモリがどう思っているかわからないけれど。

 

 そう考えると少しだけ心が寂しくなる。もしかしてわたしはちゃんとヤトウモリのトレーナーになりたいのか。目の前にいるのは自分なのに、ヤトウモリの目にはここにいない誰かが写っているとしたらそれを知るのはなんとなく怖い。

 

「いや……わたしはやめとく!」

 

 そしてミヅキは反射的にそう口走っていた。もう少しだけ何も考えずにこのままの関係でいたい。そんな気がした。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 ポケモンパンケーキレース当日。優勝者はまさかのナリヤ・オーキド校長であった。2位はサトシとノアの同着。健闘を称え合うピカチュウとライチュウを見ながら、ミヅキはため息をついた。

 

「やっぱりラスボスは強かったな〜」

「ラスボスどうこうの話じゃなかったでしょ。僕ら序盤ですぐ脱落したじゃん」

「まあ、わたしの方がマーマネよりは進んだけどね〜!」

「進んだって大して変わんないじゃん。引き分けだよ引き分け!」

「ふうん? じゃあ来年はもっとマーマネに差をつけて完全勝利してあげるよ」

「へぇ〜? ミヅキこそ僕に負けて泣いても知らないよ?」

 

 そう言い合うミヅキとマーマネはそれぞれトレーナーがパンケーキを持って走る序盤にずっこけて失格になった。ミヅキはマーマネより少しだけリードして失格になったので、それをネタにマーマネに勝ち誇るなど低レベルな争いをしていた。争いは同じレベルの間でしか発生しない。

 

 ヤトウモリとトゲデマルはなんとも呆れていた。ポケモンにパンケーキをバトンタッチする前に失格になったので、2匹は何もしないまま敗退した。ただのくたびれ損である。

 

 

 

 

 

 そして休み明けの日、ポケモンスクールの教室の中、みんなの前でリーリエの世話していたタマゴが無事孵った。名前をシロン。白い美しい毛並みをしたリージョンフォームのロコンだった。

 

 リーリエはまだシロンには触れなかったが、それでもシロンは自分からリーリエのモンスターボールに入ったりで既に懐かれていた。タマゴの頃から育てていたのだから当然かもしれない。心配しなくても2人はじきにいいパートナーになるだろうと誰が見ても思う。

 

 じゃあ、わたしたちは?

 

 ミヅキはヤトウモリの表情を見た。それはいつも通り落ち着いた表情で、ミヅキが心の中で知りたいと思っている何かをうかがい知ることはできなかった。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 放課後、ミヅキはヤトウモリと一緒にハウオリシティの自然公園に向かった。ここに行く理由はマツリカに会う以外にない。

 

 なんとなく心が浮ついていて、足が勝手に動いている。昨日は反射的に断ってしまったことを改めてお願いしにいくのだ。

 

 幸運にもマツリカは昨日と同じようにいつもの木の下にいた。ミヅキはほっと胸をなで下ろした。マツリカもいつも同じ場所で絵を描いているわけではないので、会いたいときに空振りに終わるときもある。

 

「マツリカさん、ヤトウモリの思ってること、教えてください!」

 

 この日、ミヅキは心の中でポケモントレーナーになることを決めたのである。

 



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8.わたしの気持ち、ヤトウモリの気持ち

 マツリカから見てミヅキは、人あたりがよく元気なようで、どこか自信なさげなところが垣間見える少女だった。

 

(たぶんアローラに引っ越してきたばかりだから、どこか遠慮がちなところがあるのかな、って思ってたけど)

 

 そうではないのかもしれない、とマツリカは思う。

 

 根本的にミヅキはなにか自信が無いように見える。昨日、ピカチュウとトゲデマルの気持ちを読んでいた時もそうだった。ヤトウモリの気持ちも読んでみようかと誘ったとき、ミヅキの瞳は揺れていて、どこか恐れのような気持ちが見えた。

 

 ポケモンと一緒にいながら、ポケモンのことを知るのが怖い。

 ミヅキはきっとそう思っている。

 

 たった今、ヤトウモリの頭に乗って羽を震わせるアブリボンを通して、ヤトウモリの気持ちを読み取っているマツリカはなんとなく「そうなんじゃないかな」と思っていた。

 

 ヤトウモリが抱えている感情はピカチュウやトゲデマルのように単純な指向性があるわけではなかった。複雑で説明がうまくできない。

 

「うーん、これは難しい……いや……ミヅキとヤトウモリ……絆がないわけじゃない……でもちょっと違う……」

「違う……?」

「まだ2人はお互いのことを分かり切れてないのかも。詳しくはわからないけれど」

 

 マツリカが言うと、ミヅキの表情に影が差す。

 

 ミヅキは「もしかしてそうなんじゃないか」とは思っていた。

 自分はまだヤトウモリに信頼されていないのだと。

 元のトレーナーの元へ帰りたいのだと。

 

 なのにさも自分がヤトウモリのトレーナーかのように振る舞うのは、愚か以外の何物でもない、そんな気がする。

 

「やっぱりそうなのかぁ……」

 

 ミヅキはヤトウモリの顔を見た。ちらつくのはスクールのみんなと、パートナーの顔。たとえばサトシはバトル中にピカチュウの考えてることがだいたい分かるという。

 

(わたしはそんなこともできそうにない……)

 

「ねえ、ミヅキ。よかったらなんだけど、ミヅキも一度ヤトウモリの気持ちを読み取る練習をしてみない?」

 

 ミヅキが沈んだ顔をしているのを見かねて、マツリカは突然そんな提案をした。

 

「え、わたしでもアブリボンみたいに、ヤトウモリの気持ちが分かるんですか……?」

「うん、そうだよ。あたしだっていつの間にかアブリボンの気持ちが分かるようになったから。それはね、きっとポケモントレーナーならみんな意識せずやっていること。これを見て」

 

 マツリカは目を細めて微笑むと、傍らに立たせたイーゼルに飾ってある絵を指さした。そこには洞窟の中で走る躍動感のあるヤングースの絵が描かれていた。この絵の場所はどこなんだろう、なんてミヅキは思う。

 

「ミヅキ、物体を本当に理解するには、それを描き実像を捉えることが大切。実際にどんな形をしているのかは、何気なく見ているだけじゃ分からない」

「物体? 実像?」

「おぉ、ちょっと難しかったかな。要するにヤトウモリをよく観察することで、新しい発見があるかもということ」

 

 いけないいけない、つい難しい言い方をしてしまう。とマツリカは申し訳なさそうに笑うと「はい、これ」とスケッチブックと鉛筆をミヅキに手渡した。その意図がわからないままミヅキはおずおずとそれを受け取る。

 

「今からミヅキにはヤトウモリを模写してもらう。ヤトウモリの姿を隅々まで観察して、その姿をできるだけ正確に写しとってみよう」

「え、でもわたしそんな絵うまくないですよ?」

「大丈夫。技術的な上手い下手は関係ない。どれだけ時間がかかってもいいから、今のミヅキがゼンリョクでできる模写を見せてほしい。そうすれば何かがきっと見えてくる」

「うーん……そういうことならやってみます」

 

 ミヅキは受け取った真っ白なスケッチブックの紙と鉛筆を見つめながら、ミヅキは半信半疑で頷いた。ヤトウモリの絵を描くことに特別深い意味があるとはあまり思えなかったけれど、せっかくマツリカが提案してくれたことなので乗ってみようと思ったのだ。

 

(絵なんか習ったことないし、上手く描ける気はしないけど……)

 

 自分を見るマツリカの見守るような穏やかな視線はまるで先生のようだ。とミヅキはなんとなく思った。授業をするククイ博士の姿がなんとなく重なる。

 

 なんだか授業みたいだな。なんて内心思いながら、ミヅキは真っ白なスケッチブックを開いた。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 ミヅキは鉛筆を握りながら、眉間に皺を寄せながら難しい顔をしていた。

 

 その目線の先には丸まって芝生でリラックスしているヤトウモリがいる。

 スケッチブックの上にはへなへなとしたヤトウモリらしき輪郭だけが描かれている。

 

 ミヅキの鉛筆を握る手は完全に止まっていた。 

 上手く描けない。

 

(ヤトウモリの模様ってよく見たことなかったけどこんな形だったっけ? 肌もよくよく見るとてかてかしてる。あー、見れば見るほど今まで気づかなかったことばっかりだよ……)

 

「ちょっと休憩にしようか。お腹すいたでしょ」

「あ、はい……」

 

 ミヅキが煮詰まっているのを見たマツリカは芝生にビニールシートを引くと、カバンの中からタッパーの中に入った、厚切りのハムが乗った変わったおにぎりを大量に出した。数えると10個くらいある。見た目はどこかお寿司みたいな形をしていた。

 

「そ、そんなにいつも食べるんですか? ていうかもうすぐ夕方ですよね」

 

 ミヅキはスクールが終わってからここに来たので、昼食の時間には遅すぎる。

 

「絵に集中してるとお腹がすくからね。おやつみたいなものだよ。ふふふ、でも今日はきみにもおすそ分けしよう。ミヅキも集中してお腹すいてるんじゃない?」

「あ、そういえば……」

 

 絵を描くのに集中しすぎて気づかなかったけれど、言われてみれば別に運動したわけでもないのに異様にお腹がすいている。不思議だった。

 

(でもお肉のったおにぎりなんて食べたことないなあ。アローラでは一般的なのかな)

 

 ミヅキはマツリカが差しだしたハムおにぎりをやや躊躇しながら口に運んだ。すると口の中に肉のうまみと一緒に塩気が広がって、お米と一緒に噛みしめると、すとんと食欲がお腹の中に落ちた。

 

「え、これおいしー!」

「ふふふ。よく味わいたまえ。あ、でもお腹いっぱい食べるのは禁止。食べすぎると絵の続き描くとき眠くなるからね。晩ご飯も食べられなくなっちゃうよ?」

「あ、はい……っていうかマツリカさんはそんなに食べてもお腹いっぱいにならないんですか……?」

 

 ミヅキが不思議に思って突っ込むと、マツリカは少し面食らった表情で顔を赤らめた。大食いと言うことがバレて恥ずかしかったのかもしれない。

 

「お、おぉ……絵を描くのに集中してるときは凄くエネルギーを使うから、つい食べ過ぎちゃうかな……ハハ」

 

 ミヅキは思った。これはスイレンと同レベルの大食いかもしれない(スイレンはクラスメイトの中で一番の大食いなのだ)。スイレンにしてもそうだけど、こんなにスレンダーなのに人の身体ってふしぎ。ちょっぴり羨ましいなあ、と思いつつミヅキはおにぎりをモグモグと味わっていた。

 

『シュウウ』

 

 ヤトウモリもミヅキが休憩に入ったと分かると、傍らに寄ってきて唸り声を上げた。

 こういう時はきのみが欲しいという合図だ。鞄に入れてあるオレンの実を投げると、ヤトウモリは器用に飛び上がって口でキャッチしてモシャモシャと飲み込んだ。

 

「おぉ、器用だねえ」

「アハハ、食い意地張ってるだけかも」

 

 ミヅキはちらりとヤトウモリの表情を見た。いつも通り澄ましたような目をしている。こいつはなにを考えているのだろう。

 

『シュ?』

「あんたはいつも通りだなあ」

 

 肩をすくめながら、ミヅキはヤトウモリの頭を軽く撫でた。最近のヤトウモリはわたしに撫でられることに抵抗はなくなったみたいだ。そう思うと、ほんの少しだけ心がすっとした気分になる。

 

 その時だった。

 

「なに~この子! かわいい~!」

 

 いきなり聞き慣れない黄色い声がすぐ側で聞こえた。思わずミヅキが声の方に目をやると、イーゼルを止まり木代わりにして休んでいたアブリボンが柄の悪そうなピンクの髪の少女に絡まれているのが見えた。その側には同じような黒い服装をした2人の少年。

 

 3人ともバツ印が描かれた黒いシャツを着ていて、胸元にはドクロのネックレス。口元をスカーフで覆っている。見た目からして反社会的チーマーグループだ。

 

「ね、アニキ! あたしこの子欲しい!」

『りぼぼん……?』

 

 アブリボンはよく分かっていない様子で首を傾げた。人のポケモンを取るのは泥棒なので、物事を知らない幼い子供でない限りは、他人のポケモンを堂々と欲しがる人間はそうはいない。

 

「な、なにこの人たち」

「おぉ……? スカル団だね」

「スカル団……?」

 

 ミヅキが引きながら言うと、やや間延びしたいつもの声音でマツリカは答えた。ただその表情はやや硬くなり、瞳は剣呑な色を見せていた。

 

 アローラ地方にはスカル団と呼ばれる、いわゆるごろつきのグループがある。

 ミヅキは全く知らなかったが、そのほとんどはアローラの雰囲気や風習になじめずにスクールからドロップアウトしたり、親元から家出した子供の集まりである。

 

 彼らは総じて社会に適応している人間たちを疎んでいる。そして主にターゲットになるのは、敷かれたレールの上でうまくやっているように見える同年代の子供であった。

 

「ちょっとやめてよ。アブリボンはマツリカさんのパートナーなんだから」

 

 ミヅキは頬を膨らませながらスカル団たちにそう言い放つと、内心あまり怖がっていない自分自身に驚いていた。

 

 ミヅキはロケット団と関わるうちに、こういう手合いに対して慣れ始めていたのである。

 

「なによエラソーに! アタイたちは泣く子も黙るスカル団! 素直に従わないと大ケガするよ!」

「そうっスよ! 楯突いたらどうなるか、スカル団の力、見せちまいましょうよアニキ!」

 

 少女に続いて、もう一人の太った少年がミヅキにメンチを切ると、リーダーらしき青い髪をした痩せ形の少年をチラリと目配せした。こいつがリーダーか。ミヅキはなんとなく理解した。

 

 ミヅキはリーダーの少年の顔を見たが、その視線はアブリボンでもミヅキでもなく、別の所に向けられていた。

 

「……あん? オマエもヤトウモリ持ってんのかよ」

 

 少年はミヅキの傍らにいたヤトウモリを見ながら、そういった。

 

「持ってはない、預かってるだけ。保護してるんだよ」

「保護してる……ねえ。もしかしてそいつオスか?」

「そうだけど、何」

 

 探るような質問に、ミヅキはなんとなく嫌な予感がした。

 

「はん、ヤトウモリのオスは進化しねえ役立たずだよ! オマエ、弱いポケモンを育てるなんて物好きな奴だなあ?」

「は?」

 

 なんなのこいつ。

 

 スカル団のリーダーらしき男があざ笑うようにそう言うと、素直にミヅキは表情を険しくしてムカついた。ミヅキは別に気が長い方ではない。バカにされたら普通にイラつく。

 

「スクール通ってるし、ヤトウモリのオスが進化しないなんてそのくらい知ってるよ。それでもわたしはヤトウモリと一緒にいる。何か悪いわけ?」

「あぁん? スクールに通ってんなら、お前ポケモントレーナーなんだろ? 進化できるはずなのに、できないポケモンなんてトレーナーにとっちゃ役立たずじゃねえか」

「はぁ? ポケモントレーナーだからってバトルしなきゃいけない決まりなんてないでしょ。それにポケモンの強さなんてバトルせずに一緒に暮らすだけなら関係ないじゃん。あんたみたいなのがいるから……」

 

 あんたみたいなのがいるから、ヤトウモリは捨てられたんじゃないの?

 

 横目でヤトウモリの姿を見ながら、ミヅキはその台詞をすんでの所で飲み込む。こんな言葉をヤトウモリに聞かせるわけにはいかない。

 

「とにかく、アブリボンはマツリカさんのパートナーだし、ヤトウモリをバカにするのも許さない! わかったらさっさとどっか行ってよ!」

「は! ポケモンは一緒に暮らす友達ってか? そんな甘いこと言ってるからこれからオレたちスカル団に痛い目に遭わされることになんだよォ! 出てこい! ヤトウモリ!」

「行くぞダストダス!」

「ズバット! このナマイキな女やっちゃって!」

 

 スカル団の3人は次々にポケモンを繰り出した。ミヅキのヤトウモリがミヅキを守るように前に出た。そしてハッとする。

 

(なんでヤトウモリについて絡んでくるのか不思議だったけど、そういうことか……)

 

 おそらくこのリーダーの少年のヤトウモリはメスなんだろう。とミヅキは予想した。だからこそ見下すようなことを言ってきたのだと。

 

「……仕方ない。ねえ、そこまでにしておいてくれるかな。友達に危ないことするなら、あたしたちにも用意があるよ」

 

 一触即発の雰囲気の中で、今まで後ろで口を挟まなかったマツリカがきっぱりとした口調でそう言った。いつものふわふわとした雰囲気はもはや完全に消えていて、ミヅキから見ても明らかに怒っていることがわかった。

 

 ミヅキはマツリカが怒ったどころか、機嫌の悪いところすら今まで見たことなかったので、面食らってマツリカの顔をつい見つめてしまう。

 

「マツリカさん……?」

「ミヅキ、ここはあたしに任せて」

『りぼぼぼん』

 

 マツリカはミヅキに安心させるようにいつも通り微笑んで、アブリボンと一緒にミヅキとヤトウモリの前に進み出ると、キッと鋭い視線でスカル団の3人を見据えた。

 

「なんだ、オマエもやるってのか?」

「こっちは3人スよ? 女2人でスカル団に勝てると思ってるんスカ」

「そうだそうだ! だから大人しくその子をあたしによこしな!」

 

「イヤだって言ったら? それに1対3でも構わないよ」

 

 安い挑発だ。それでもスカル団を怒らせるには十分だった。

 

「くそが、舐めやがって! ヤトウモリ、はじけるほのお!」

「ダストダス! ヘドロばくだん!」

「ズバット! ちょうおんぱ!」

 

 怒りが放たれた。危ない! とミヅキが叫ぶ間もなく3つのワザは全てアブリボンに向かう。マツリカの表情は崩れない。

 

「乗ったね? アブリボン、連続でかふんだんご! 全部打ち落として!」

『りぼんっ!』

 

 アブリボンの両手には紫色の毒々しい花粉の固まりが既にあった。そしてそれを回転しながら遠心力でいくつも投げ飛ばすと、それは正確無比に3匹のワザを全て打ち落とした。

 

「3匹分の攻撃を打ち消しただと!?」

「驚いてる暇はないよ。アブリボン、とびっきりのお団子を味あわせてあげて!」

 

 スカル団の視界からアブリボンの姿がブレて消えた。上位の素早さを持つ虫ポケモンの高速飛行は人の目には捕らえられない。

 

「ヤトウモリ上だっ」

 

 存在にスカル団とミヅキが気づいたのは、アブリボンが空高くから再び紫色のかふんだんごを3つ一気に投げ飛ばした後だ。

 皮肉にもリーダーの少年の声に3匹のポケモン全ては反応し、その顔面に毒花粉の塊が直撃した。アブリボンの作る花粉の毒を凝縮したかふんだんごは、ポケモンが飲み込んで摂取すれば一撃で戦闘不能になる猛毒である。

 

 そしてアブリボンの恐るべき制球力で口の中に猛毒を突っ込まれたヤトウモリも、ダストダスも、ズバットも、その一撃で失神しあっという間に戦闘不能となった。

 

「ヤトウモリ?! おい! 立てよ!」

「ダストダスゥ! 大丈夫っスカ!?」

「あーん! あたしのカワイイズバットちゃんがー!」

 

(すごい……一撃で3匹とも倒しちゃった……Zワザってわけじゃないのに)

 

 エリートトレーナーもかくやという恐るべき手際であった。ミヅキもサトシとカキのバトルをいつも見ていたが、マツリカは2人と同じか、それ以上に洗練されたポケモントレーナーであるように思えた。

 

 スカル団の3人が戦闘不能になったパートナーに駆け寄るのを確認すると、マツリカはミヅキに向き直る。

 その表情はいつも通りの柔らかいもので、たった今圧倒的なバトルをしたトレーナーと同一人物とは思えない。ミヅキは言葉を忘れて目をただぱちくりさせていた。

 

「アブリボン、ありがとね」

『りぼぼぼん!』

 

 ふわふわと空から降りてきて、マツリカの指にとまったアブリボンが機嫌良さそうに声をあげた。

 

「なんなんだよお前! そんなボーッとしてやがるのに、Zワザもなしに強いって反則だろうがッ!」

 

 背後からリーダーの少年はマツリカに向かって叫んだ。流石に1対3でZワザもなく一瞬で蹴散らされるとは思わない。

 

 アローラ地方ではしまめぐりという他地方でいえばジムバトルのような儀式があり、それをポケモンと共に突破した者にZリングとZクリスタルが与えられる。この2つのアイテムが揃って、ポケモントレーナーとポケモンはZワザという強大なワザを使うことができる。

 

 しまめぐりを突破できる子供はアローラ地方でも将来を嘱望されるエリートトレーナーとして扱われる。スカル団の構成員にはしまめぐりに挑戦して突破できなかった者たちも多くいた。

 

『自分たちとエリートトレーナーの差はZワザにある。Zワザは卑怯。あれさえなければ自分たちだって強いトレーナーとして扱われるはずだ』

 

 スカル団の構成員たちはそう思っている。

 しかし、目の前のこの女はZリングもないくせに圧倒的に強い。

 

「ポニの自然で育った子はみんなこのくらいは強いよ。年下だけど、あたしよりもっと強い女の子だっているからね。それにキミの気持ちはわかるけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「何だと……?」

 

 リーダーの少年は訝しげに呟く。ZリングとZワザがあるヤツが強いなんてアローラじゃ当たり前のことだろうが。反論しようとした時、遠くからサイレンの音が聞こえた。バトルを見ていた誰かに通報されたのかもしれない。少年は舌打ちをする。

 

「アニキ! ヤバイっスよ。通報されたみたいっス。ジュンサーが来ます」

「チッ、わかってる! 今日はこの辺にしといてやるよ!」

「ムカつく! 強いからってチョーシ乗ってんじゃないわよー!」

 

 各々の捨て台詞を吐きながらスカル団は走り去っていった。それを見てマツリカとミヅキはほっと一息つく。

 

「はぁ、やっとどっか行ってくれた……っていうか、マツリカさんってすごいトレーナーだったんですね。今のバトル、すごかったです!」

「あぁ、うん。でもすごいって言われると、どうかな……。あたし、昔からバトルを挑んでくる友達がいてね。それで自然とバトルがけっこう得意になっちゃったみたいなんだよね」

 

 マツリカはアブリボンの頭を撫でながら照れくさそうに言う。

 

 今のように他の島に滞在しながら絵を描いてモーテル暮らしをすることも多いが、マツリカの実家はポニ島にある。ポニ島はアローラ地方でもとびっきりの過疎集落であり、もちろん子供だって少ない。マツリカには同年代の幼馴染みはいなかったし、一番歳の近い子供も、ちょっと離れた年下のハプウという少女だった。

 

 ふとマツリカは思う。そういえばハプウもミヅキと同じくらいの歳だったかな。

 

 マツリカはミヅキのことをすでに友達だと思っている。年下にも関わらず素直にそう思えるのは、ハプウと日常的に関わっていたからかも、なんて。昔は遊ぶ度にバトルを挑んできたっけ。

 

 バトル、その単語でふとマツリカは疑問が沸いた。スカル団のリーダーと口論していたときにミヅキが言っていたこと。

 

「そういえば、さっき言ってたけどミヅキはバトルはしないの?」

「あ、はい……わたし、ヤトウモリをボールで捕まえてるわけじゃないんです。トレーナーにはなりたいっていうのはホントだけど、捕まえてないポケモンをバトルさせるのも可哀想な気がするし、それにバトルする理由みたいなのが、見つからなくて……」

「うーん……そうだったんだね」

 

 その時、ヤトウモリが何か言いたげな視線でミヅキを見ていることにマツリカは気づいた。そしてその理由をすぐに察した。

 

(ああ、たぶん、さっき読み取れなかったヤトウモリの気持ちは……)

 

「ミヅキ……あのさ、あ、いや、なんでもない」

「えっ?」

 

 マツリカはヤトウモリがミヅキのことをどう思っているのか、その答えを伝えようとして、やっぱりやめた。

 たぶんこれはわたしから伝えるべきことじゃない。自分で気づかなければならないことだ。この模写がそのきっかけになってくれるだろうか?

 

「さ、お腹も膨れたし、スカル団もいなくなったし、模写の続きをしようか」

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

「終わったー!!!」

 

 そう言うと、ミヅキは両手を勢いよく上げて伸びをした。手を動かしすぎて左腕の筋肉がじんじんする。空を見上げると既に夕焼けになっていて、太陽は地平線の向こう側に沈みそうだった。

 

 目の前のスケッチブックには丸まっているヤトウモリの姿がぎこちないながらも、それと分かるようなタッチで描かれていた。ところどころその輪郭はすこし黒ずんでいて、何度も消して書き直した努力の跡が見える。

 

「ふふ、お疲れ様、ミヅキ。今日一日模写してみてどう思った?」

 

 それを見てくすくすと笑いながらマツリカが声をかけた。

 

「すっごく難しかったぁ……。ヤトウモリの背中の模様が微妙に赤じゃないとか、肌はつるつるで光を反射してるとか、目の色はすっごく鮮やかなこととか……そういうこと、今まで全然気づかなかったなって」

 

 ミヅキはヤトウモリを見た。輝く夕日がヤトウモリの黒色の肌に反射して美しくきらめいていた。なんとなく見ていたヤトウモリの姿が、より鮮明に見えるようになった気がする。

 

「そう、ものごとの実像を捉えるにはそれほど集中力がいるということ。ヤトウモリを模写する中でどこが難しかったか、色、形はどうなっているか、どんな表情をしているのか……普段意識しないことを模写を通してミヅキに気付いて欲しかった」

「はい、マツリカさんが言いたいこと、なんとなくだけど分かった気がします。あと集中するとすごくお腹空くってこともはじめてだったな……動いてないのにすっごく疲れたし!」

 

 そう言ってミヅキは照れくさそうに笑った。ヤトウモリは仕方が無いやつだなあ、と言わんばかりに目を細めた。

 本当はそうじゃないかもしれないけれど、ヤトウモリはきっとそう思っている。そんな気がする。

 

 少しは距離は縮まったかな。なんて思う。

 

「うん。ミヅキがヤトウモリを模写して理解しようとしたように、ヤトウモリもまたそんなミヅキのことを見てる。人とポケモンは話せないけれど、お互いの表情や動作を観察しながら少しづつお互いの性格や思っていることを理解しあう。それが、パートナーなんじゃないかな」

『りぼぼん!』

 

 肩にとまったアブリボンの頭を撫でながら、ふふっとマツリカは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ミヅキ、そのスケッチブックはキミにあげる。これからも気が向いたら、ヤトウモリのことだけじゃなくて……歩いてるときにふと気になった景色とか、人やポケモンが暮らしてる姿とかを、描いてみて。きっと楽しい。そしてそれを見せてくれたら、あたしもうれしい」

「……はい! 次来るときは、なにか気になったもの描いてきます!」

「うんうん、楽しみにしてる」

 

 ミヅキはぎゅっとスケッチブックを持つ手に力を込めた。今日初めて頑張って絵を描くという経験をした。そしてそれは大変だけれど、気づくことも多くて面白いことだということも知った。 

 

「じゃあ、マツリカさん、ありがとうございました! またきます!」

 

 もうすぐ夜だから帰らなきゃ、とミヅキはぺこりと礼をして帰路についた。そして思い出したように振り返って大きく手を振るミヅキと側のヤトウモリに向かって、マツリカは両手の親指と人差し指で四角を作った。それで二人の姿を覗き見る。

 

「もう少し、かな」

 

 ミヅキは気付いていないが、多分ヤトウモリはミヅキのことを認めている。そうでなければ何時間も絵のモデルの役などやらないだろう。あとはヤトウモリの気持ちにミヅキが気付けるかどうか。

 

 マツリカは人に絵を教えるということをしたことがなかったけれど、これはなかなか面白くいい気分だった。

 楽しむために重要なのは、ポケモンと深く触れ合いたいと思う人間のリリカルな感情だ。それを見るとマツリカにも新たなインスピレーションが湧いてくる。

 

「あたしも絵画教室でもやってみようか? アブリボン」

『りぼぼぼん』

「おぉ、アブリボンも賛成? さっきの楽しかったよね」

『りぼんっ!』

 

 アブリボンはマツリカの周りをくるくると飛び回った。

 

 今までは自分のために絵を描いていたけど、人のために絵を教えるのも悪くないかもしれない。楽しいことがまた一つ増えた。

 

 やがて特別講師としてポケモンスクールにマツリカがやってくることになるのだが、それはまだ先の話。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 ハウオリシティからミヅキの家までは、リリィタウンを通り越していかなければいけないのでそれなりに距離がある。

 帰り道、家の近くまでくるともう太陽は沈み、空は限りなく黒に近い藍色になっていて、空にも星が瞬いていた。

 

「今日は遅くまで遊んじゃったね~。またお母さんに怒られちゃう」

『シュウウ……』

「あはは、だいじょーぶだよ。ご飯抜きなんてことはないからさ」

 

 やや心配そうに鳴くヤトウモリを見てミヅキはくすりと笑った。

 

 (……ほんとに無いよね? 前も真っ暗になってから帰ったことあるからなあ……)

 

 怒られることを想像して、ミヅキがほんの少し不安になると、突然ヤトウモリが足を止めた。

 

「ん? ヤトウモリどうしたの……って、ここか」

 

 ヤトウモリが足を止めたのは、かつて自分が傷だらけで倒れていた柵のそばだ。そしてヤトウモリは柵の向こう側に広がる林に目を向けると、何を思ったか突然その中に向かって走り出した。

 

「ちょ、ヤトウモリ!? こんな夜に林の中入ったら危ないって!」

 

 ミヅキは慌ててヤトウモリを追う。林の中は暗くあまり周りが見えない。でもなんとかまだ真っ暗にはなっていないので、草のこすれる音とヤトウモリの背中の赤い模様のおかげで何とか追いかけることが出来た。

 

(いったい急にどうしたのよ……)

 

 よく分からないまま追いかけっこしていたヤトウモリとミヅキはやがて林を抜けて広場に出た。ヤトウモリはそこで足を止めた。月が出ているので、樹で隠れていない場所は夜でもなかなかに明るい。体力のないミヅキの息は切れていた。

 

「はあ、はあ……急にどっかいかないでよ。びっくりするじゃん……って」

『シュウウ!』

 

 ヤトウモリが鋭い鳴き声を出し戦闘態勢に入る。

 広場には先客がいた。

 

『ヤグ……』

 

(ヤングース……? 野生の?)

 

 ミヅキはついさっきマツリカが描いた絵の中にヤングースがいたことを思い出した。次に出てきたのは、いやそんなことはよくて、林に入ればそりゃ野生のポケモン出てくるよね。という納得。

 

(ええと、それよりも……野生のポケモンに会ったら……バトル?)

 

『シュウウ!』

『ヤアアアッ!』

 

「え、ちょっとヤトウモリ!」

 

 ミヅキがあれこれ考えている間に、ヤトウモリとヤングースは勝手にバトルを始めていた。そしてミヅキはびっくりして目を見開く。

 

 ヤングースのひっかく、かみつく……それに対して指示されるまでもなく、ヤトウモリはひのこやスモッグで応戦している。

 

 ヤングースにひのこが当たったと思えば、次の瞬間にヤングースはヤトウモリにかみつく攻撃をして飛びかかっていく……。トレーナーに指示されない、ポケモンだけの戦いがそこにあった。

 

 昨日までのミヅキなら、ヤトウモリにバトルをやめさせたか、そうでなくても自分が指示をしていたかもしれない。でも今日は違った。今日のミヅキはヤトウモリを隅々まで観察したことで、新たに見えてくるものがあったからだ。

 

(ヤトウモリ、あんたって、もしかして……)

 

 今のミヅキには、たったいま戦っているヤトウモリの姿が、とても楽しそうで、美しく、充実感に満ちているように見えていた……。

 

 バトルはやがてヤトウモリが優勢になり、とどめのひのこがヤングースにヒットすると、ヤングースは敗北を認めたのか、そのまま林の中へ消えていった。

 

 ワザの応酬が繰り広げられていた広場は再び静寂に包まれ、風が頬を撫でて、さらさらと木の葉が揺れる音だけが残される。

 

 そしてその中で、ヤトウモリはややダメージを負っているものの、満足そうな顔で、どこか見せつけるような表情で、ミヅキの目をまっすぐに見据えていた。

 

 ミヅキもまた、今はじめてヤトウモリの瞳をまっすぐに見た。鮮やかな宝石のような薄紫の瞳が輝いている。ああ、ヤトウモリの目って夜見るとこんなに綺麗だったのか……。

 

『―――ミヅキはバトルしないの?』

 

 ミヅキはマツリカが言ったその言葉を思い出す。

 

(あのときマツリカさんはわたしとヤトウモリが分かり合えてないって言ってた。わたしはバトルをしたいとは思ってない。前にリーリエの家でバトルをしたのもただのなりゆき)

 

 でもヤトウモリはそう思ってるのかな? 

 

 危ないし、意味がない。そんな風に自分の中だけで納得しながら、ヤトウモリの気持ちを、わたしは考えたことがあったのだろうか……。

 

「ヤトウモリ、もしかしてあんたバトルが好きなの……?」

 

 月明かりの下、ヤトウモリは静かに頷いた。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

『―――ミヅキ、バトルしようぜ!』

 

 ふと考える。あのときリーリエの家でサトシがわたしにそう言ったとき、サトシにはヤトウモリの表情が見えていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

 

 

 次の日。スクールに登校したミヅキは、開口一番サトシへ告げた。

 

「サトシ、お願いがあるの。今日、わたしとヤトウモリとバトルして」

 




燃え尽き症候群でめっちゃ更新遅れましたが再開!再開です!
あと1話で1章終わりって感じです。

・設定変更点
アニポケではタッパ(スカル団のアニキ)の手持ちはヤトウモリのオスで、オスのヤトウモリが進化することすら知りませんでしたが、このSSでは「タッパはオスのヤトウモリは進化しない」ということを知っているという設定にしました。エンニュート使いのプルメリがいるんだからそのくらい知ってても当たり前だよなあ?
あとタッパはこれからも出番が増えると思います。


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9.ポケモントレーナー

 ポケモントレーナーはどうしてポケモンを闘わせるんだろう。

 ポケモンはどうして闘うんだろう。

 

 そんなことを、ずっと考えていた。

 

 

 

 9.ポケモントレーナー

 

 

 

 その日の放課後。ポケモンスクールの土のグラウンドには、ククイ博士を含むクラスのみんなが集まっていた。そしてその目線は、戦闘態勢になって向かい合うピカチュウとヤトウモリ、そしてその後ろにいるサトシとミヅキに注がれている。

 

「ミヅキ、急にバトルしたいなんてどうしたんだろう?」

「うんうん。朝から雰囲気ぜんぜん違った、いつもと。なんか、緊張してたっていうか……」

 

 マオとスイレンは顔を見合わせた。朝スクールに来るなり突然サトシにポケモンバトルを申し込んだミヅキの雰囲気は、まるで何か決意を秘めたかのようにピリピリとしていたのだった。そして前々からミヅキとバトルをしたがっていたサトシは、瞳を煌めかせてその挑戦を受けた。

 

「だよなあ。昨日用事があるってすぐ帰ってたが、何かあったのか?」

「何があったのかはわからないが、ミヅキにとってサトシとのこのバトルは重要な意味を持つのかもしれないな」

 

 ククイ博士が呟くと、リーリエは前にミヅキがサトシとのバトルを嫌がっていたことを思い出した。少なくとも、何かしら大きな心境の変化があったのは確かなんだろう。

 

「ミヅキはもともと、ポケモンバトルにあまり積極的ではありませんでした。それなのにバトルを自分から申し込むということは、何か思うところがあったのかもしれません……」

『コン……?』

 

 神妙な顔をして話すリーリエに「どうしたの?」と言いたげにシロンは首を傾げた。リーリエはそんなシロンの頭を優しく撫でた。

 

 野生のヤトウモリに襲われたあの時、ヒーローのようにマオといっしょに自分とシロンを助けてくれたミヅキ。シロンも無事に産まれてきてくれていたかどうかわからない。ミヅキの心境が変化した理由はリーリエには推し量れなかったけれど、それでもミヅキがポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出そうと勇気を出していることはわかる。

 

(ミヅキ……がんばって! サトシと闘うことが、ミヅキのポケモントレーナーとしての第一歩なのですね)

 

 リーリエはフィールドに立つミヅキとヤトウモリを見ながら、両手を膝の上で合わせてただ祈った。

 

「ミヅキ! いいバトルにしような!」

「うん。サトシも手加減なしで来てね!」

『えっ、ミヅキ大丈夫ロト!? はじめてのトレーナー戦で手加減なしは無謀すぎるロト!』

「だいじょーぶだよ。ロトムも見てて!」

『うーん、そこまで言うならわかったロト……』

 

 ミヅキはワクワクした表情のサトシを見ると、その腕に付けられたZリングに視線をずらした。そこには黄色に輝くデンキZがはまっている。

 

 それはつい先日、サトシがメレメレ島のしまキング・ハラの大試練を突破した証だった。みんなに試練でゲットしたノーマルZとデンキZを嬉しそうに見せるサトシを見て、やっぱりサトシは凄いトレーナーなんだなあと感じたことを思い出す。

 

 手加減なし。サトシがその言葉をどう受け取るかはわからないが、スパーキングギガボルトを使ってくる可能性もミヅキはもちろん考えている。

 

(……啖呵切ったはいいけど、わたしはヤトウモリのワザを2つしか知らない。ひのことスモッグ。それ以外に使えるワザがあるのかな? ピカチュウが使えるのは10まんボルト、でんこうせっか、アイアンテール、エレキボール。今までのカキとのバトルで見たとおりなら、最初はたぶん10まんボルトかでんこうせっかで切り込んでくる。それがわかってれば瞬殺で終わることはないはず)

 

 初めて自分から申し込むポケモンバトルに心がどきどきする中で、それでもミヅキの脳は高速で思考していた。ミヅキ自身はあずかり知らぬところだが、バトル直前の緊張の中、初心者にも関わらず冷静に自分と相手について分析できる時点でミヅキにはポケモントレーナーとして確かな才能があった。

 

 そしていま、ミヅキの才能に気づいているのは以前リーリエの家でいっしょに闘ったマオと、それを見ていたリーリエだけだ。

 

「ミヅキ……」

 

 マオはあの時の闘いを思い出していた。

 

 初めてのバトルでヤトウモリに十分な指示を出すだけでなく、バトル中に機転を利かせてマオとアマカジにも作戦を伝えてみせた。アマカジとパートナーになって長く、バトルの経験もあるマオですらアマカジを見るので精一杯だったのにもかかわらずだ。

 

「ねえリーリエ。あの時は野生のヤトウモリを追い払えたのと、リーリエがシロンのタマゴに触れてホッとしたからあんまり考えなかったんだけど……ミヅキってさ、たぶんバトルの才能? みたいなの、ありそうだよね」

「はい、きっとミヅキはポケモンバトルの才能があります」

「でさ……勝てると思う? サトシとピカチュウに」

「正直、難しいと思います……。サトシにはZワザがありますから。いくらミヅキに才能があるといっても、ミヅキはまだトレーナー相手のバトルをしたことがありません」

「そうだよね……」

 

 マオは心配そうに目を細めた。いくら才能があったとしても初心者がサトシと闘うのは分が悪い。しかも手加減無しでやってほしいという。マオはミヅキがこてんぱんにされて自信を失ってしまうのではないかと心配だったのだ。

 

 一方リーリエはバトルフィールドに立つミヅキの表情を見た。顔は緊張で強ばっていたけれど、それでも瞳の奥には冷静さがあるように見える。

 

 リーリエはどきりとした。自分の言ったことは、ミヅキに対して失礼かもしれないと思ったのだ。いまのミヅキは、あの時野生のヤトウモリと闘っていた時と同じ、勝ちをたぐり寄せようとする強い意思を秘めた目をしていたから……。

 

 それなら、わたしたちはミヅキのことを信じて応援するだけ!

 

「マオ、ミヅキはきっと……勝つつもりでいます。だからわたしたちもミヅキとヤトウモリをいっぱい応援しましょう!」

「……うん、そうだね! もちろんサトシもピカチュウも!」

「はい!」

 

 相手が強者だからといって胸を借りる。なんて思っていない。バトルをするからには本気で勝ちにいく。それがポケモントレーナーに必要なあり方の1つだ。既にミヅキはそれを持ち得ていた。

 

「よし! 2人とも準備はいいか? 勝負は1対1、ピカチュウとヤトウモリどちらかが戦闘不能になったらその時点で終了だ」

「「はい!」」

 

 審判に名乗り出たククイ博士に、サトシとミヅキは元気よく声を返した。

 

「いい返事だ!」

 

 ククイ博士は満足そうにうなずく。その表情は落ち着いていたけれど、内心は目の前の2人、特にミヅキが初めてのトレーナー戦を通して何を感じ取れるか、楽しみで仕方がなかった。

 

(いい顔をしてるぜ、ミヅキ。初めてするトレーナーとのポケモンバトル。そのありったけのゼンリョクをサトシとピカチュウにぶつけるんだ!)

 

「よし―――それでは、バトル開始!」

 

 

 

ポケモントレーナーのサトシ が しょうぶをしかけてきた!

 

 

 

 先に動いたのはサトシだ。

 

「いくぜピカチュウ、でんこうせっかだ!」

『ピカピカァ!』

 

 文字通りの速度でピカチュウがヤトウモリに迫った。

 ミヅキの瞳が瞬く。来た。これは想定済み。

 

「ヤトウモリ、地面にスモッグ! 身を隠して!」

 

 距離を詰めて攪乱して速攻で優位を取るのがサトシとピカチュウの基本戦術! それならば詰められる前に自分の姿を隠してしまえばいい。

 

「甘いぜミヅキ! 見えなくてもこれなら関係ない! 10まんボルト!」

「ッ、ヤトウモリ! 煙から抜け出して!」

『シュウウ!』

 

 ヤトウモリはすんでの所で10まんボルトの直撃から逃れた。その目の前で、スモッグの煙幕を覆うほどの電撃が炸裂する。喰らったら一撃で戦闘不能になる威力。身を隠すのは無意味か。ヤトウモリとミヅキに冷や汗が伝うが、怯んでいる暇はない。

 

「そのままひのこ!」

「エレキボール!」

 

 ワザ同士が衝突した。小規模な爆風がデコイとなり漂い、ピカチュウとヤトウモリの間の壁となる。そして。

 

「でんこうせっかで突っ込め! そのままアイアンテール!」

 

 その向こう側からサトシの迷いなき指示が響いた。

 

『ピッ……カァ!』

『シュウッ!?』

 

 ヤトウモリの胴を重い衝撃が襲った。

 小爆発の煙幕を槍のように突き抜けたピカチュウはそのまま硬化した尻尾でヤトウモリの身体をなぎ払ったのだ。たまらずミヅキは吹き飛ばされたヤトウモリに叫ぶ。

 

「ヤトウモリ、大丈夫!?」

『シュウウ……!』

「まだやれるね!」

 

 ミヅキとヤトウモリは目を合わせて頷く。サトシは指示がとにかく早い。その場その場で戦術を変え作戦を最適化している。これがポケモントレーナーかとミヅキは舌を巻いた。

 

「さすがピカチュウ。スピードがすごいのはわかってたけど、ワザも凄いパワーだね……!」

「そうだろ? オレとピカチュウはずっと一緒に旅してきたんだ」

「手加減しないでって言ったこと、後悔してないよ! まだバトルは始まったばかりなんだから」

 

 口ではそう言うがミヅキは内心焦っていた。額にじっとりと汗が伝う。

 

(でんこうせっかからのアイアンテールは速すぎて避けられないしスモッグも間に合わない! それなら受け止める!? どうやって? ヤトウモリはそれを受け止めるワザを持ってない。それじゃ近づかれた時点で詰み!)

 

「ヤトウモリ、ひのこ!」

「もう一度エレキボールだ!」

 

(いや、もしかして……わたしが知らないだけだとしたら?)

 

 炎と雷が絡み合いお互いのワザが爆散するのを見ながら、ミヅキはひらめいた。

 

 そもそもヤトウモリはトカゲ型のポケモンであり、俊敏な身体能力と鋭い爪を持つ。見た目からしたら近接攻撃ができないわけがない。ついこの間シロンのタマゴを狙ってきた野生のヤトウモリだって、尻尾を器用に使って攻撃していた。それなら。

 

「ピカチュウ、でんこうせっかでもう一度突っ込め!」

「ヤトウモリ受け止めてッ!」

 

 ガキン! 重い鉄と鉄がかみ合うような音が響いた。ミヅキはヤトウモリを信じて目を閉じなかった。そしてヤトウモリの爪が発光しピカチュウのアイアンテールを受け止めたのを、見た。

 

『ビビビッ! あれはひっかく攻撃ロト! ヤトウモリのワザ、ひのこ、スモッグ、ひっかく。データアップロードロト!』

「そうか、ひっかくか! ミヅキ、うまくピカチュウの近接攻撃を誘って、知らなかったワザを引き出したな」

 

 ククイ博士が感心したかのように言うと、マーマネが意外そうな顔をした。隣のカキは博士の説明に納得しているように頷く。

 

「え、知らなかったの? ミヅキ」

「だろうな、そうじゃなきゃ『受け止めて』なんて言わないだろ」

「あ、確かに……」

「はは、そうだな。みんな分かるか? ただいっしょに暮らしているだけではパートナーがどんなワザを持っているか分からない。バトルもまた、ポケモンとトレーナーがお互いにわかり合って、才能を引き出す方法の1つなのさ」

 

 スイレンは博士の説明を聞きながら、両手で抱いているアシマリの顔を見た。

 

『アオッ?』

「バトル……かぁ。ね、アシマリ。練習するだけじゃなくて、バトルして強くなったらもっと大きなバルーンが作れるようになるかな?」

『アオオッ!』

「ふふ、そっか。そうだよね」

 

 アシマリは笑顔で両手をぱしぱしと叩いた。それを見てスイレンも微笑みを浮かべる。

 

 アシマリはバルーンと呼ばれる丈夫なシャボン玉を作ることができる。そのバルーンを人が入れるほどの大きさにしようと、朝スクールに行く前に練習するのがスイレンとアシマリの日課だった。そしていつかアシマリの作ったバルーンの中に入って、自由に海底散歩をするのが今のスイレンの夢だ。

 

 もしかしたらバルーンを練習するだけじゃなくて、バトルしてアシマリが強くなったり、自分たちの息がぴったり合うようになれば、目標にぐっと近づくかもしれない。

 

 そう思うスイレンの目線の先にはサトシとピカチュウがいた。

 

 サトシは家が近いのもあって、頻繁にスイレンとアシマリがバルーンを作る特訓に付き合ってくれるのだった。その中でサトシとピカチュウの間には、想像もできないほど深い絆があることをなんとなくスイレンは感じ取っていた。

 

(いつかサトシとピカチュウみたいなパートナー同士になるんだ、わたしとアシマリも……!)

 

「決めた。わたし、これからバトルもがんばる!」

「あ、スイレンやる気じゃん。今度ボクとバトルしようよ」

「イヤ。マーマネは相性が不利だからカキとやる」

「えぇ~?」

「おお~? スイレン良い度胸してるじゃないか。オレの煮えたぎる情熱の炎はただのバブルこうせんじゃ消せないぜ?」

「ふふ、消してみせる。カキの炎」

 

 スイレンがニヤリと不適に笑い瞳を煌めかせると、カキもまた挑戦的に笑みを浮かべた。置いてきぼりになってしまったマーマネがいじけた顔を浮かべた。

 

「ちょっと待ってったら! ボクは誰とバトルすればいいのさ」

「ん? じゃあマーマネはあたしとバトルする?」

「それこそマオが相手じゃ、トゲデマルとアマカジってお互いにタイプ相性が不利だし勝負つかないかもよ?」

「あー、そういえばそうかあ……」

「まあまあ、クラスは7人もいるんだ。みんな同士でバトルすればいいじゃないか。それにスイレン、マーマネ。有利タイプのポケモンとばかりじゃなくて、苦手なタイプのポケモンとバトルすることで得られる経験だって沢山あるんだぜ? ほら、ひとまず今はサトシとミヅキのバトルに集中だ」

 

 ククイ博士が苦笑しながら言うと、みんな「はーい」と目線をバトルフィールドへ戻した。その中でリーリエだけが言葉を発さず、どこか難しい顔をしながら膝に抱いたシロンの後ろ姿を見つめていた……。

 

 そんな風にフィールドの外でクラスメイト達が話していることは知らず、バトルに集中していたサトシは内心驚いていた。

 

「すごいなミヅキ! ここで今まで使ってなかったワザを使うなんて」

「ううん、違うの。わたしが知らなかっただけで、今のは偶然。元々ヤトウモリはひっかくを使えたんだと思うけど」

「いや、それでもミヅキはわかってたさ。受け止めろって指示したのは、そういうことだろ?」

 

 賭けにも近い行動だったけれど、サトシの言うとおりだった。もしかしたら自分の知らないワザがあるんじゃないかという読み。それが必要だと感じて、瞬時にヤトウモリの近距離攻撃を引き出すアイデア。ミヅキにはバトルの才能がある。サトシは確信した。

 

「さぁ、バトルを続けようぜ! ミヅキ!」

「うん! ヤトウモリ、今度はこっちから攻めるよ! ひっかく攻撃!」

「ピカチュウ、アイアンテールで受け止めろ!」

 

 再びピカチュウの尻尾とヤトウモリの爪が交錯する。そしてそのまま剣戟の応酬が始まる。しかし手数では尻尾が1本のピカチュウよりも両手があるヤトウモリの方が有利であり、ピカチュウは徐々に押されはじめる。

 

「そのままスモッグ!」

 

 ミヅキとヤトウモリはその中でピカチュウが一瞬ひるんだ隙を見逃さなかった。そしてピカチュウの顔面にスモッグが直撃する。

 

「ピカチュウ! 大丈夫か!?」

『ピ、ピカ……』

 

 たまらず飛び退いて距離を取ったピカチュウはサトシの顔をちらりと見る。その表情はやや元気がないものの、まだ闘志は衰えていない。ただしどく状態になったのは明白だった。

 

 サトシはミヅキの表情を見た。その瞳の奥にある火の玉のような煌めきは、今まで幾度となく闘ってきたポケモントレーナーたちと同じ、勝利を求める情熱の形である。

 

「ミヅキ、やるな! ホント楽しいぜ!」

「サトシだって! 今やっとまともに攻撃が当てられたんだから」

 

 あの手この手を使って、ピカチュウにヤトウモリの攻撃がまともに届いたのはこれが初めてだった。それにヤトウモリもダメージがあり、疲労の色が隠せない。ピカチュウをどく状態にしたとはいえ、決して有利になったわけではない。

 

「しかし驚いたな……ミヅキって本当にトレーナーとのバトルは初めてなんだよな。とてもそんな風に見えないんだが」

「そうですね、きっと初めてではありません」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 カキの疑問にリーリエがそう言うと、クラスメイト4人がぽかんとした声を出す。ミヅキはヤトウモリの世話をするまでパートナーポケモンすらいたことがないと言っていたし、まさかそんなことで嘘をついているとは思わない。

 

『つまりどういうことロト?』

「……ミヅキはずっとサトシやカキのバトルを見てきました。たぶん、カントーの学校でも他の人のバトルを見てたんだと思います。上手く言えませんが……バトルをするきっかけがなかっただけで、その経験がきっと、今に生きているんです」

 

 これはポケモンが触れないなりに、友達がするバトルを楽しもうとしていたリーリエだけが気づく視点だった。スイレンが思い出したかのようにマオに言う。

 

「あ! そういえばマオちゃん、カキとサトシのバトルをみんなで見てるときに、わたしたちが何が起きたかわからなくても、ミヅキだけは何が起きたか分かってることあったよね」

「あ、あったあったソレ! よく見えてるって思ったもんね」

「ええ? ボクそれ初耳だよ」

「アハハ……マーマネはサトシとカキがバトルするときだいたい審判だったからね」

 

 ミヅキはどこか分析するようにサトシとカキのバトルを観戦しているふしがあった。そのことをスイレンとマオは思い出した。そして目線の先のバトルはやがて終盤にさしかかる。

 

「ヤトウモリ、連続でひのこ! 追い込んでッ!」

「でんこうせっかで避けろ!」

 

 お互いの指示が交錯する。バトルが続くにつれてミヅキの胸のドキドキは止まらなくなっていた。リーリエの家でなりゆきでバトルした時も同じような気分になったけれど、それとは比較できないほど、自分の身体がすごく熱くなっているような気がした。口の中はいつの間にかカラカラに渇いていて、喉が張り付くような感覚があった。

 

 既に考えるよりも先に声が出てくる。自分が冷静になれず焦っているのか、バトルに熱中しすぎているのか、その判断すら、もはやわからなかった。

 

(もしかして……これが楽しいってこと? だからポケモントレーナーたちは、ポケモンバトルをしているの?)

 

 ミヅキは今まで自分の中にあったモヤモヤが晴れたような気がした。だが、同時にミヅキの意識はほんの少しだけバトルから離れた。その決定的な意識の空白をサトシは見逃さなかった。

 

「ピカチュウ、これで決めるぞ!」

『ビカビカ!』

 

 ピカチュウが恐るべき速度で四方八方へ飛び跳ねてひのこの連撃を避けると、ヤトウモリに大きな隙ができた。しまった。ミヅキは思ったが、既に遅かった。

 

 サトシとピカチュウが左手を力強く目の前に突き出す。そして手首のZリングが光り輝く! Zワザを使う。その事実にバトルを見ていたみんなの顔が驚愕の表情に変わる。

 

(ミヅキ、手加減なしって言ったよな! ならオレも最後までゼンリョクでお前と闘うぜ!)

 

「いくぜピカチュウ! これがオレたちのゼンリョクだ!」

「ッ、ヤトウモリ! ぎりぎりまで引きつけて避けてッ!」

 

 ピカチュウとヤトウモリがにらみ合う。お互いの体力を見ても、この一撃が当たるかどうかで勝負が決まるのは明白だった。

 

 一瞬の間、ミヅキはカラカラに乾いた喉をごくりと鳴らした。

 

「スパーキングギガボルト!!!」

『ピッ……ッカアアアアアァァァ!!!』

 

 結果的に言えば、普段ならば避けられた。だが……ヤトウモリに蓄積した疲労は、一瞬だけその動きを遅らせた。そして極太の電撃光線はヤトウモリの逃げ切れなかった下半身を捕らえ、上空へと吹き飛ばし、ミヅキの足下へと墜落した。

 

「ヤトウモリ!」

『シュウゥ……』

 

 ミヅキは叫んだ。ヤトウモリは目を回して仰向けに倒れていた。その時、これがバトルにおける「ひんし」状態なのだとミヅキは理解した。

 

「ヤトウモリ、戦闘不能! よってピカチュウの勝ち!」

 

 ククイ博士の声が聞こえる。でも、ミヅキの意識はヤトウモリに注がれていた。地面で伸びているヤトウモリを抱き上げその頭を撫でると、興奮を落ち着けてできるだけ優しく声をかけた。

 

「ヤトウモリ、よく頑張ったね」

『シュー』

 

 アメジスト色の瞳をわずかに開いてヤトウモリは答えた。ちょっぴり悔しそうだけど、なんだかとても満足したような顔。ミヅキには、そんなふうに見えた。

 

 昨日ヤトウモリを模写した時に普段の表情が頭に焼き付いていたから、ほんの少しの表情の差でも、なんとなく違いが分かるような気がしたのだった……。

 

「良いバトルだったぜ、ミヅキ」

「うんうん、ほんと凄かった! ピカチュウにも全然負けてなかったよ!」

 

 カキとマオの声だ。ミヅキがはっとして顔をあげると、いつの間にかミヅキの周りにはクラスのみんなが勢揃いしていた。

 

「でも、手加減なしって言ってもZワザ使うとは思わないよね……」

「サトシ、割とスパルタ……」

 

 マーマネとスイレンがジト目で言うと、サトシは目を泳がせながらバツの悪そうな顔をした。

 

「だってミヅキとヤトウモリ本当に強くてさ! スッゲー! って思ってバトルしてたらZワザ使っちゃってたんだ……あはは。ミヅキ、ヤトウモリ、今のバトルすっげえ楽しかったぜ! またやろうな!」

『ピッピカチュ!』

「サトシ……ピカチュウ……」

 

 サトシはミヅキにニカッと笑いかけた。ピカチュウはマオから貰ったモモンの実をもりもり食べていた。「ありがとう」とか「楽しかった」と言いたいのに、さっきのバトルの余韻でミヅキはまだ胸がドキドキしていて、うまく言葉が思いつかないのだった。

 

『シュー!』

 

 かわりにヤトウモリが、元気よくサトシに返事をした。

 身体は泥と煤だらけだけれど、やはり今のバトルがとても楽しかったようで、その表情は今まで見たことがないほど充実感に溢れていた。

 

 ミヅキはそれを見てうれしさを感じた。でもそれ以上に思ったのは、ヤトウモリの気持ちを今まで分かっていなかったことに対しての申し訳なさだった。

 

「ヤトウモリ……ごめんね、わたし、あんたのこと全然わかってなかった。バトルが好きだってことも、どんなワザが使えるのかってことも、何も知らなかったの」

 

 ヤトウモリは何も言わなかった。ただそのアメジスト色の瞳でミヅキの顔を見つめていた。

 

「でも今、一緒にバトルして、すごく楽しかった! 今だってすごく胸がドキドキしてるの。今まで見てるだけだったけど、こんなにバトルって楽しいものなんだって。気づかせてくれてありがとう。ヤトウモリ」

 

 ミヅキはそう言ってにっこりと笑うと、そっとヤトウモリの頭を撫でた。

 そして治療するため一緒に保健室に行こうとすると、ヤトウモリは持ち上げられるのを拒否してミヅキの腕の中からするりと抜け出し、その場に居座ってしまった。

 

「ヤトウモリ、どうしたの? ちょっと怪我しちゃったから治療しないと」

『シュ! シューシュー!』

 

 何かをアピールするように、ヤトウモリはその場を動かず、ずっとミヅキの顔を見つめている。ミヅキが何度か抱き上げようとしたが、それもするりと抜けて堂々巡りだった。

 

「ね、カキ。もしかしてこれって……」

「ああ、そうみたいだな」

 

 マオとカキが柔らかく笑いながら頷き合う。

 

「え、2人ともどういうこと?」

 

 ミヅキは意味がわからず怪訝そうな顔になった。

 

「やったねミヅキ!」

「うんうん!」

 

 続いてマーマネとスイレンがミヅキに向かってガッツポーズをする。それでもミヅキは何を祝われているのかわからない。

 

「えっ? えっ?」

『どういうことロト?』

 

 ミヅキとロトムが戸惑っていると、ククイ博士が微笑みながら、ミヅキに右手に持ったものを差し出した。

 

「こういうことだぜ。ミヅキ」

 

 その手のひらには、真新しいモンスターボールが握られていた。そしてぽかんとしたミヅキを見て、ニッコリと笑う。

 

「ヤトウモリはミヅキにゲットして欲しいって言ってるんだよ」

「えっ……?」

「きっとそうです! わたくしがシロンをゲットした時と同じですから!」

 

 サトシとリーリエが確信めいた口調で言うと、ミヅキはヤトウモリの顔を見つめた。ヤトウモリもミヅキの顔をまっすぐに見つめていた。綺麗なアメジスト色の瞳がミヅキを捕らえる。この吸い込まれそうな瞳がミヅキはなんとなく好きになっていた。

 

「……本当にわたしでいいの? ヤトウモリ」

『シュ!』

 

 ヤトウモリはこくりと頷いた。ミヅキにもはや迷いはなかった。

 

「……うん! いくよ! モンスターボール!」

 

 ミヅキはモンスターボールを上空に投げた。ヤトウモリは飛び上がり器用にボールのスイッチを押すと、その中に消えていった。みんながごくりと息を呑む。地面に落ちたモンスターボールは一度だけ振動すると、カチリと音を立てた。

 

 それがゲットの合図だった。ボールを拾ったミヅキは、みんなの顔を見渡した。

 ああ、そうだ。ポケモンをゲットしたら、言わなきゃいけないことがあるんだっけ……。

 

「えーっと……ヤトウモリ、ゲットだぜ?」

「歯切れ悪くない?」

「サトシみたいにゲットだぜ!! ってもっと叫んでもいいんだよ?」

「そ、そんなこと言われてもさ……」

 

 なんとも間の抜けたミヅキの宣言に、すかさずマーマネとマオが突っ込むとミヅキは気恥ずかしくなって顔が赤くなった。そしてやけくそ気味にボールを投げた。

 

「で、出てきて! ヤトウモリ!」

『シュウウ!』

「うおお!?」

 

 ヤトウモリはボールから出てくるなり、ミヅキの肩に飛び乗った。ミヅキの右肩がガクンと重くなった。なんとなくここを定位置にされそうな予感があり、ミヅキはちょっぴりげんなりした。

 

「ヤトウモリ、重いからそれやめてって前から言ってるじゃん……」

『シュウウ?』

 

 ヤトウモリはどこ吹く風だった。こいつ、感動的なゲットした途端に切り替わりすぎだろ。ミヅキは閉口した。みんなは笑った。

 

「まあいいや……ともかく、これからよろしく。ヤトウモリ」

 

 景色はいつの間にか夕方になっていた。アローラの眩しい夕日がキラキラと輝いていた。わたしはこれからこの時の景色を、ずっと忘れることはないだろう。きっとわたしは、ヤトウモリと一緒にこれから色んな楽しいことをするんだ。ミヅキは心の中に広がるワクワクを感じながら、そう思った。




【あとがき】
ミヅキがポケモントレーナーになる第1章がおわりました。ここから更新速度upしたいところです!がんばります!フンフンフン!
今の時系列はアニポケ16~18話あたりです。
ここからはアーカラ島へ突入するまで(31話)が第2章の予定です。
1章で早々にマツリカと出会ったり、オリジナルエピソードとか普通に挟みますが中だるみしないようにもりもり書きます!
感想や評価などいただけると励みになります!最近の対戦環境とかでも全然知りたいので!!よろしくおたのみもうす!


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アローラの光と影 編
10.静寂のテンカラットヒル


「へぇ〜……うちの裏山ってこんな風になってたんだね」

『シュゥゥ』

 

 見慣れない景色だった。

 

 ミヅキとヤトウモリは歩きながら、きょろきょろと周囲を見回していた。大小さまざまな岩が積み重なりできた天然の山道。1つ道をそれれば森とは違ったポケモンが生息していそうに思える。メレメレ島の東端にあるテンカラットヒルは、ごつごつした岩が積み重なった緑の少ない乾いた山だ。

 

 晴れた昼下がり、スクールから下校したミヅキとヤトウモリは自宅の裏山である、テンカラットヒルと呼ばれる小高い岩山を散策していた。

 

 草むらでは、野生のポケモンが飛び出す。なんてことは常識の話だ。だからポケモンを持ってない人は基本的に道をそれて森に入ったりはしないし、もっと言えばひとりで洞窟や山へ行くこともない。幼い子供がそれをやればもちろんこっぴどく怒られる。

 

 自然の領域を自由に探検するのはポケモンを闘わせられるトレーナーだけの特権だった。

 

 つまるところ、ミヅキはポケモントレーナーになったので一人で色々な場所に行けるようになったのである。行動範囲が広くなったことで、ヤトウモリと一緒にアローラの大自然でちょっとした冒険をすることが、ミヅキの新しい趣味になった。

 

「あ! 見てヤトウモリ。すごいよ、ハウオリシティが全部見えてる! あそこにポケモンスクールもあるじゃん!」

 

 登り始めてから30分くらい。草木が殆ど生えていないので、テンカラットヒルの中腹からでもすでにメレメレ島の全体が一望できた。まるで博物館のジオラマみたいだな。とミヅキは思った。所狭しとビルが建っているハウオリシティの中心部から、マーマネが住んでいる住宅街まで見渡すことができたし、ハウオリシティのはずれに目をやると、森の中に立っているポケモンスクールの建物もしっかりと見えた。

 

 タマムシシティではまずお目にかかれない絶景にミヅキはただただ興奮していた。

 

『シュウウ?』

「あんたこういうのはあまり興味ないのね……」

 

 一方、隣のヤトウモリはよくわからなさそうに首を傾げていた。ただの景色じゃないか。と言わんばかりである。ミヅキはため息をついた。はあ、バトルに向ける情熱の10分の1くらいでも、こういう楽しみに向けてみればいいのに。

 

「まあいいや。だいぶ歩いたし、今日はここでちょっと休憩して帰ろっか」

『シュ!』

 

 ミヅキが言うとヤトウモリは臨戦態勢かのように尻尾を逆立てた。ヤトウモリ的には帰る前にテンカラットヒルにいるポケモンとバトルがしたいらしい。ミヅキは閉口した。なんかサトシに似てきたような気がする……。

 

「はあ、それなら帰るときにポケモンが飛び出してきたらバトルするからさ。で、何もいなかったらそのまま帰る! それでいいでしょ」

 

 ミヅキはやれやれと言いながら手頃な岩の上に座った。そして斜め掛けしたカバンからスケッチブックと鉛筆を取り出す。ヤトウモリが不満そうな声を上げたがそれは無視。

 

『ミヅキ、そのスケッチブックはキミにあげる。これからも気が向いたら、ヤトウモリのことだけじゃなくて……歩いてるときにふと気になった景色とか、人やポケモンが暮らしてる姿とかを、描いてみて』

 

 それはマツリカに言われた言葉だ。ミヅキはスケッチブックの真っ白なページを眺めた。わたしはまだアローラのことをほとんど知らない。このテンカラットヒルから眺められるメレメレの景色みたいに、アローラにはもっと色んな綺麗な場所が沢山あるんだろうな。

 

 ミヅキはこの景色の綺麗さをマツリカに話すのを想像しながら鉛筆をとった。ミヅキの絵はお世辞にも上手いとはいえないけれど、これを目に焼き付けて大切な思い出の一つにすることが大事だと思ったのだった。

 

 

 

 

▼    ▲    ▼

 

 

 

 

 鉛筆をスケッチブックに滑らせる乾いた音と、済んだ風が吹く音だけが聞こえる。あとは時々、ポケモンらしき鳥の鳴き声がするくらいだ。世界からほとんどの音が消えたようで、ミヅキはなんだか不思議な気分になった。こんなにも静かな場所に来たのは初めてかもしれない。

 

「ふう……こんなもんかな」

 

 景色を描き終えて隣を見ると、ヤトウモリは丸まってあくびをしていた。相変わらずバトルをするとき以外はいつも暇そうな顔をしている。

 

『シュウ?』

「はいはい、終わりましたよっと。もうすぐ夕方だし、そろそろ帰ろっか」

 

 空を見ると太陽は西側に沈み始めていた。もう少ししたら空が橙色になることだろう。

 山は夕方になるとあっという間に暗くなるという。時間に余裕を持って山を下りた方がよさそうだ。ミヅキはスケッチブックをしまうと立ち上がった。

 

 その瞬間。

 

「えっ?」

 

 思わず声を出す。背後で、ジャリ、と音がしたからだ。

 

 さっきまでミヅキも立てていた、靴で砂利を踏みしめる音だ。ほとんどの環境音が消えていたこの場所だから、余計に目立つ。テンカラットヒルは観光地でもないのに、こんなところに来る人が自分以外にもいるのかな? やまおとこかもしれない。

 

 ミヅキは振り向いた。でもそこには誰もいない。ただ、岩に囲まれた荒地だけがある。

 

「だれ……?」

『シュー』

 

 返事はない。隣のヤトウモリも怪訝そうな顔で周囲を見渡していた。足音はしたのに人はいないというのはなんとも不気味だ。音からして、野生のポケモンの気配のようにも思えない。

 

 無視して帰ってもいいと思ったけれど、気味の悪さ以上になんとなく気になったミヅキは、足音の正体を突き止めてみようと思った。

 

「行ってみよう」

『シュウウ』

 

 ヤトウモリも乗り気だった。こういう怖い物見たさって時だけなんだか気が合うんだよなあ。ミヅキはなんとも微妙な気分で肩をすくめる。ミヅキとヤトウモリは足音がした場所の奥へと向かった。

 

 

 

 

▼    ▲    ▼

 

 

 

 

 2人が岩場の間にできた隙間で作られた、曲がりくねった天然の細道をいくつかするりと通り抜けると、やがて現れたのは小さな洞窟の入り口だった。ちょうど大人1人がかがんで入れるくらいの洞窟の入り口は、ホウエン地方で流行っているらしい「ひみつきち」のような雰囲気のようにも見える。

 

「こんなところに洞窟?」

 

 ミヅキとヤトウモリは目をぱちくりさせた。とりあえず入ってみようか。怖さより好奇心がまさり、ミヅキはそこに入ろうとした。誰かいたらごめんなさいしよう。

 

「待て」

「えっ」

 

 ガクン。ミヅキの足がドロのぬかるみに突っ込んだように全く動かなくなった。

 

 思わず前につんのめりそうになる。下を見るといつの間にか地面が濃い黒い影に覆われていて、ぴたりと縫い付けられたかのように靴裏とくっついてしまっていた。

 ヤトウモリも手足を動かそうともがいているが、全く抜け出せそうな雰囲気はなかった。

 

 ミヅキは戸惑いながら思った。きっとこれはポケモンのわざだ。

 

 首だけ回して後ろをちらりと見ると、黒ずくめの服を来た金髪の少年がいた。ずいぶんイケメンの山男だな。怪我でもしているのか、シャツもズボンもところどころ傷ついている。ボロボロの理由はよくわからないけれど、たぶんこの洞穴は少年の「ひみつきち」だろうとミヅキは当たりをつけた。

 

 勝手に入ろうとしたから咎められたわけだ。

 

「財団もずいぶんと手段を選ばなくなったようだな。お前のような怪しまれそうにない子供を刺客によこすとは。だがオレを欺こうとしてもそうはいかない」

「あの、ごめ……って、え? えーっと……?」

 

 ミヅキが謝ろうとすると、少年はいきなりわけのわからないことを言い始めた。ええ、なんだこの人。大丈夫かな? なんか物騒なことを言ってるけど。

 

「それで、お前は何者だ? シルヴァディを奪いにきたというなら、容赦はしない。抵抗しようとも、ブラッキーのくろいまなざしは永久にお前をその場に繋ぎ止めるぞ」

「あ、あの……よくわかんないけど人違いじゃないですか? わたし、ただここに散歩しにきただけなんですけど……」

「ただの散歩でこの洞窟まで来るというのか? つまらない嘘はやめろ」

 

 少年は薄い緑色の瞳を細めて、ミヅキを訝しげに見つめた。信用されていないらしい。ミヅキは剣呑な眼光におののきながら言葉を続ける。

 

「ええ……? だってここわたしん家の近所だし……それになんか、足音したからこっちの方に誰かいるのかなって思って。あれってあなただよね? 来てほしくないなら、さっき返事返してくれればよかったのに」

「足音だと……?」

 

 あまりに信じられてないので、ややむかついたミヅキは少しだけ棘を含んだ口調で言う。

 金髪の少年は虚をつかれたように瞬きすると、ほんの少し考える素振りをした。

 

「それは、おかしい。オレは今日はまだこの周辺から動いていない。この通りの格好だからな……気のせいじゃないのか」

「きのせいじゃないよ。ちゃんと人の気配したし。ヤトウモリも気づいてた。あれ、あなたのだと思ったけどちがうの?」

 

 瞬間、少年の眼光が鋭くなった。目の前の赤ニット帽女以外にも、もう一つ気配がある。行動は早かった。

 

「ーーーなるほどな。()()()()()()()。ブラッキー! くろいまなざし!」

「え? あわわわ」

 

 ミヅキがぽかんとした声をあげると、次の瞬間には足元の拘束は解けていた。急に足が自由になったので、その場で派手に転びそうになりヨタヨタと左右に動きながらバランスを取る。

 

『シュウウ』

 

 ヤトウモリも自由になっていた。その目線の先には1匹の黒い獣型のポケモンがいた。動けなくなっていた時は気づかなかったけれど、ミヅキは自分たちを拘束していたのはこのポケモンだと直感する。

 

 ミヅキはカントーのスクールでイーブイについて授業を受けたことがあった。遺伝子が不安定なポケモンであるイーブイには八種類の進化形態があり、そのうちの一匹がブラッキー。進化させるのも難しい、上級トレーナー向けのポケモンだといわれている。

 

「ふう、気づかれましたか。その子がいなければ不意打ちできていたものを」

 

 どこに潜んでいたのか、ブラッキーの視線の先には全身を真っ白な服に身を包んだ女がいた。この男の子の服とは対照的だな、なんてミヅキは思った。健康的な褐色の肌が、よりそのコントラストを際立たせる。

 

「お前……ハイジ。いや、違うな。ヒアポか」

「ええ、ええ。ハイジにはこんな汚れ仕事はさせられませんから。グラジオ様が素直にタイプ・ヌルを引き渡していただける方であれば、私もこのような強盗の真似事をしなくともよかったのですけれど」

「ぬかせ。くろいまなざしで拘束されているのに、よく口の回る奴だ」

「ええ、私を瞬時に拘束したのは流石ですが、私だってまさか丸腰でグラジオ様を襲おうとは思いませんよ。ゆえに……」

 

 女は肩口でばっさりと切った髪をかき上げた。そして、強い口調で命令する。

 

「スピアー! 降りてきなさい!」

 

 羽が風を切る音がした、瞬間、上空から巨大な蜂が飛来した。

 展開についていけず、ミヅキは怖い物みたさでここまで来たことを既に後悔していた。今ここが危険な場所になっていることだけはわかる。

 

(あー!!! やっぱりさっき気にせず帰ってればよかった!!!)

 




【あとがき】
ヒアポとハイジはバトルツリーに出てくるエーテル財団職員のひとだよ!
感想や評価などいただけると励みになります!一言でもめっちゃうれしい!


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11.だれかに似ている

 洞窟の前の小さな広場では殺気立ったバトルが始まっていた。

 

「ブラッキー、シャドーボール!」

「スピアー、ダブルニードルで切り裂きなさい!」

 

 矢継ぎ早に2人の指示が飛ぶ。

 片方はグラジオという少年。

 もう片方はヒアポという、全身ぴっちりとした白い服に身を包んだミステリアスな女である。

 

 おどろおどろしく紫色に光る球体がスピアーに迫るが、スピアーは神速の速さで両手の針を横に薙ぎ払う。瞬く間に、武者の一太刀のごとくシャドーボールを上下に切断した。

 

 その業を見たミヅキは驚愕で目を見開いた。

 

(シャドーボールって斬れるの!? 針で!?)

 

 特殊攻撃のエネルギー体に対して、物理攻撃で干渉するには相当のレベルが必要である。このスピアーが高レベルのポケモンであることは疑いようがない。

 

「ならば、あくのはどう!」

「上空に飛んで避けなさい!」

 

 スピアーには翼がある。ブラッキーの放った広範囲のあくのはどうも、空高く飛翔されては当たることがない。

 

「そのまま急降下してどくづき!」

「受け止めろ! アイアンテール!」

 

 ブラッキーが呼応する。瞬間、上空で停止したスピアーが音速と化しブラッキーに突っ込んだ。瞬間移動のごとく、人間には認識できない速度。

 

『ブラァッ……!?』

 

 一瞬の後、毒煙を立ち上らせる針はブラッキーを弾き飛ばしていた。命令を聞き、ワザを発動する。それすら許さない、まさに息をする間もない攻撃である。

 

「ブラッキー!」

 

 グラジオの叫び声がその場に木霊する。環境音の少ないせいか、それはひときわ大きく聞こえた。

 

 スピアーの真骨頂は発達した筋肉で生み出す瞬間的な機動性だ。停止状態から最高速度まで達するのに、その間は1秒も満たない。少しでも指示が遅れれば大ダメージは避けられない。

 

 ブラッキーはなんとか立ち上がるが、その足取りはおぼつかない。表情も苦しげて荒い息を吐いている。今の攻撃でどく状態を受けたのだ。

 

 グラジオの額を汗が伝った。目線がチラリと腰にあるもう一つのモンスターボールを捉える。

 

(ブラッキーでは分が悪いか。ならば……)

 

「スピアー、どくびし」

「ッ!」

 

『ブゥゥゥ……』

 

 スピアーはブラッキーのアイアンテールから逃れると、その場に大量の小さな針をばら撒いた。それらは地面に刺さると毒々しい紫色に変化する。

 

 どくびしはフィールド上にトラップを仕掛け、交代先のポケモンに毒状態を押し付けるワザだ。

 

 交代を読まれた。グラジオは歯噛みした。ほんの一瞬の迷いで目線が動いただけにすぎないが、それでもポケモンバトルでは致命的な隙になる。

 

「グラジオ様、律儀にスピアーを攻撃しなくても、別に私を狙ってもいいのですよ? そのためにわざわざ私を拘束したのですよね。その方が楽なのでは?」

「……」

 

 ヒアポは半目で薄く笑って、くろいまなざしで動けない自分をアピールする。その態度はまるでグラジオの焦りを見越しているかのようだった。

 

 たしかに、本当にルール無用の戦いであれば、トレーナーを攻撃して無力化すればよい。だがその挑発にグラジオは答えない。

 

「あくまでそのつもりはないと? スピアーと戦い続けたところで、相性不利は覆せませんよ。その洞窟にいるであろうタイプ・ヌルを戦わせるのであれば、話は別でしょうが」

「……言いたいことはそれだけか? お前は捕らえるついでにシルヴァディの戦闘データが欲しいだけだろう。その手には乗らない。ポケモンで人間を攻撃? ふざけるな! ポケモンを欲望で弄り回し道具にするお前たちと一緒にするな!」

『ブラァッ!!』

 

グラジオとブラッキーは燃えるような意志を秘めた瞳でヒアポを射抜いた。それを見たヒアポは、やれやれと手を広げて瞑目する。

 

「まあ、財団の一部がポケモンを道具にしている点について否定はしませんし、倫理的に褒められたことでもないと思いますが……組織に属するとはそういうことなのですよ、グラジオ様。私は命令を遂行する端末に過ぎません。そしてそこに意思はございません」

 

「自分に責任がないとでも言うつもりか? ブラッキー! もう一度シャドーボール!」

「何度やっても同じこと。意地を通したいのであれば、信念を曲げることも必要なのでは? スピアー、切り払いなさい」

 

 再びシャドーボールがスピアーの針に切り払われた。そしてスピアーは腹部の先にある黄色い針をブラッキーに向ける。

 

 それは今までにない構えだった。確実にとどめを刺すための、必殺の一撃である。

 

 あれはだめだ! ただ息を潜めて、戦いを見ていたミヅキの口は勝手に動いていた。

 

「スピアー、とどめばり」

「ヤトウモリ! ひのこ!」

 

『ブゥゥゥ!?』

 

 火が放たれた。

 ブラッキーに狙いを定めていたスピアーにまともにひのこが降りかかる。たまらずスピアーは上空に逃れた。

 

「……わざとでしょうか? このタイミングで攻撃してくるなんて」

 

 ヒアポは一瞬虚をつかれて目を丸くした。その目線の先には、ブラッキーを守るように立ちはだかるヤトウモリがいた。そのトレーナーであろう、赤いニット帽を被った少女もグラジオの横に立っている。

 

「お前……! これは俺たち身内の問題だ! 手出しをするな!」

「わたしだってわけわかんないけど、あのままじゃブラッキー大怪我してたよ。あなた、それでもいいの?」

「それは……」

 

 グラジオは辛そうに息をするブラッキーを見た。心が冷えて嫌でも冷静になる。

 

 すると思考がふっとクリアになった。戦略的に言えば、どくびしなど気にせずもう1つの手持ちであるルガルガンに交代すべきだった。どく状態があっても、いわタイプのルガルガンであればスピアーに有利だったはずである。

 

 冷静になれば簡単な話だ。グラジオは後悔した。口の回るヒアポのペースにいつの間にか乗せられていたのだろう。

 

(見たところ、このヤトウモリはそれほど強いポケモンではない……でも、自分が介入できる唯一のタイミングで、ピンポイントに攻撃してきた)

 

 一方、ヒアポとスピアーは尻尾を立てて威嚇をするヤトウモリを観察していた。

 

 実際のところ、ヒアポは戦闘中もミヅキの動きには気を配っていた。グラジオに加勢してバトルに乱入してくる可能性も考えていたのである。

 

 ゆえに、ここまでスピアーにも隙はなかった。いつ乱入されても対応するだけの準備はあった。そう、今このとどめばりを放つタイミングを除いては。

 

(ただの子供とポケモンではない、と思うべきでしょうか? でも今のバトルは圧倒的に優勢、このまま継戦しても問題なく追い詰められる。いや、待って)

 

 一瞬、ヒアポの背筋に冷たいものが走った。

 

 ヤトウモリが乱入したことでフィールドは変化していた。地面に巻かれたどくびしが効力を失い消え去っていくのだ。

 

(そうだ。どくびしはどくタイプのポケモンが踏めば無効化しその効力を失う……! 偶然! いや、この子、それすらも狙って……?)

 

 この状態であれば、グラジオは問題なく次のポケモンを繰り出してくるだろう。

 

 ヒアポは乱れた帽子を被り直した。こういうパターンはなにかまずい気がする。計算では起こりえない奇跡的な偶然が噛み合い、想定外のことが起きてしまうかもしれない。

 

 ()()()()()()()()で状況が一気に変わってしまった。

 

 これが全てあの女の子の狙い通りだとしたら? ヒアポは末恐ろしさを感じた。そしてその思考は完全に撤退へと傾く。

 

 ……実際のところミヅキはそこまで考えていなかったのだが、ヒアポの中でのミヅキはちょっとした頭の回る危険人物になっていた。

 

「くろいまなざしの効果も切れたことですし、今日はこの辺りで引き上げさせていただきますよ。それではまた、グラジオ様」

「何度来ても同じだ。シルヴァディは渡さない」

「はたしてそうでしょうか? 今回はその女の子に感謝することですね―――スピアー、帰りますよ!」

 

 ヒアポはスピアーの足を掴むと、飛翔してあっという間にその場から消えてしまった。

 

 それを確認すると、ミヅキはどっと疲れたようにその場に座り込んだ。剣呑な雰囲気が続きすぎて、もはや緊張が限界を突破していたのだ。すかさずそこにヤトウモリが駆け寄る。

 

「はぁ〜! ほんとどうなるかと思ったよ! ヤトウモリ、ありがとね」

『シュウウ……』

「……あんた、もしかして闘えなかったのが不満だった系?」

『シュウッ!』

 

ヤトウモリは物足りなさそうにぷりぷりしていた。ミヅキはため息をついた。ほんとこいつはいつもぶれないな。わたしもバトルは好きになってきたけど、あんな命の取り合いみたいなバトルはあまりしたくないぞ……。

 

「ぐっ……」

「えっ?」

 

 ミヅキは目を丸くした。うめき声と共に、隣で力なく少年の体が崩れ落ちたのだった。

 

「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの! ってかよく見たらめっちゃ怪我してるじゃん」

 

 さっきはそこまで気にしなかったけれど、少年の全身は思った以上に傷だらけだった。そこかしこにあざがある。今すぐ病院に行ったほうがいいだろう。

 

「俺のことは気にするな……! それよりもブラッキーを治療しなければ……ッ」

「気にするなってそんなこと言われても……」

『シュー! シュウウ!』

 

 ヤトウモリが慌てた声を出す。ミヅキが見ると、ブラッキーも体力を使い果たしたのか力なく横に倒れていた。この状態では2人まとめてポケモンセンターにぶち込むしかないだろう。

 

「とにかくみんなでポケモンセンターに行こうよ」

「駄目だ」

「なんでえ!?」

 

 ミヅキはぽかんと口を開けて大声をあげた。

 

「…………」

「いやちょっと! 黙らずに理由くらい言ってよ。乗りかかった船なんだから、もう。このままハイわかりました! って家に帰ったらモヤモヤ止まんなくなりそうだよ!」

 

 この人突然無口になるしよくわかんないな。このまま時間が過ぎていってもどうにもならないので、ミヅキはまくしたてるようにしゃべった。

 

 そんなミヅキの剣幕に押されたのか、やがて少年は観念して諦めたように口を開いた。その目線は洞窟の奥を見据えていた。

 

「シルヴァディ……この洞窟にいる俺のポケモンは今不安定なんだ。ボールにも入らない。だから、俺がシルヴァディをここに残していくわけにはいかない」

「不安定って……」

「そのままの意味だ。時々暴れる時がある。これはそれを止めようとしてできた傷だ」

「つまりあなたはいまここから離れられない?」

「そうだ」

 

 少年の薄い緑色の瞳がミヅキを射抜いた。はあ、これはてこでも動かなさそうだ。

 

「ならブラッキーだけわたしがポケモンセンターに連れていくよ。治療が終わったら救急箱持ってここに戻ってくるからさ。それでいいでしょ?」

「だが……お前にそれほどしてもらう義理は」

「乗りかかった船って言ったでしょ」

 

 ミヅキは腰に手を当ててジト目で少年の顔を見据えた。少年は瞑目した。

 

「わかった、ブラッキーを頼む」

「よろしい」

 

 少年は倒れているブラッキーをモンスターボールに戻し、ミヅキに渡した。それは優しげな色をした、薄い紫色のモンスターボールだった。

 

(ヒールボールって……この人怖そうだけど、そんな悪い人じゃないのかな)

 

 ヒールボールは野生のポケモンを捕まえた時、状態異常を全て治し体力を全回復する効果を持つ。ポケモンに対して優しさを持っていなければヒールボールなど使わないだろう。

 

「ねえ、わたしはミヅキ。あなたの名前は?」

「グラジオだ」

 

 グラジオはほんの一瞬だけ安心したような柔らかい笑みを浮かべた。

 

 その時の瞳は誰かに似ていたような気がしたけれど、ミヅキが走ってポケモンセンターへ向かっているうちに、その思いつきはいつの間にか頭のすみに追いやられていった……。

 



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12.こういうのがかっこいいって思ってるわけ?

「ジョーイさん! いますか!? 怪我してる、ポケモン、が……ゼエ……ゼエ……」

 

 走り続けて、ただでさえない体力の全てを使い果たした気がする。

 ミヅキはポケモンセンターに入るやいなや両膝に手を当てると、肩で息をしながら死にそうな声で受付のジョーイさんに呼びかけた。隣のヤトウモリは心配そうに、そんな疲労困憊のミヅキを見ている。

 

 ただごとではない。ミヅキの疲れ果てた様子を見かねて、ジョーイさんは小走りでミヅキのもとへ駆けよってきた。その顔はすでに、急患を受け入れる医療者の気迫に満ちていた。

 

「その様子を見るに急患のようね? ミヅキちゃん。ひとまずそのポケモンを見せてくれるかしら」

「こ、このポケモン……です。おねがいします。ハァ、ハァ」

 

 ひどく腕が重かった。やっとのことでミヅキはカバンの中からヒールボールを取り出すと、ジョーイさんに手渡した。

 

「わかったわ。ミヅキちゃん、よくがんばったわね。ハピナス! 治療の準備をして!」

『ハピ!』

 

 ポケモンセンターの中が一気に慌ただしくなる。ミヅキはカートに乗せて運ばれていくヒールボールを見た。ようやくこれでブラッキーも大丈夫だろうと思うと、今まで強ばっていた身体の力が抜けてしまう。

 

「なんとか元気になるといいけど……」

『シュウウ』

 

 ミヅキはいつの間にか気が抜けて地べたに座り込んでしまっていた。ヤトウモリはそんなミヅキに寄り添うように右肩に上ると、同じくブラッキーが運ばれていった先を見つめていた。

 

 

12.こういうのがかっこいいって思ってるわけ?

 

 

「おまちどうさま。エネココアだよ。ヤトウモリくんには、おまけのポケマメだ」

「ありがとうございます!」

『シュウゥ!』

 

 店員のおじいさんがミヅキの注文したエネココアを運んでくる。

 

 ミヅキとヤトウモリは、ブラッキーの治療が終わるまでポケモンセンターに併設されたカフェスペースで休んでいた。

 

 エネココア。その正体はエネコのイラストがプリントされたマグカップに注がれている、ただのココアだ。おいしいけれど、味の部分にエネコ要素があるのかどうかミヅキはよく知らない。

 

 隣ではヤトウモリが器用に手を使って、口の中にポケマメを投げ込んでいた。ボリボリと無表情でマメを咀嚼する姿はどこかおじさん臭い。

 

 しばらく静かにエネココアを味わっていると、飲み終わったのと同じタイミングで奥の扉が開いた。

 

「ミヅキちゃんお待たせ! ブラッキーはすっかり元気になりましたよ」

「ほんとですか! よかったぁ……」

『ブラキッ!』

 

 ブラッキーはミヅキの前まで歩み寄って一鳴きした。その闇のように黒い瞳は、ただ静かに落ち着いた雰囲気を湛えている。

 

(感謝されてるってことかなぁ)

 

 ミヅキはいつの間にか肩に乗っていたヤトウモリと顔を見合わせた。たぶんそうなんじゃないの。というふうにヤトウモリは何も言わない。

 

「その子、ずいぶん育てられたブラッキーだわ。鍛えられてるだけあって、回復も普通のポケモンよりずっと早い。ミヅキちゃん、詮索するわけじゃないけれど、あのブラッキーはあなたのポケモンではないのよね?」

「あ、はい。ちょっと知り合い……友達? のポケモンが怪我しちゃって、本人が来れないのでわたしが連れてきたんです」

「なるほどね……怪我をしたのはポケモンバトルが原因かしら」

「そう……ですね」

 

 ジョーイさんの問いにミヅキはやや歯切れ悪く答えた。さっきのあれを「ポケモンバトル」と言っていいのかどうかミヅキは迷っていた。少なくともミヅキがクラスメイトとやるような、安全なポケモンバトルでは決してない。

 

 ミヅキはジョーイさんの表情を伺った。その顔はどこか憂いを秘めたような雰囲気があり、思わずどきりとする。もしかしたらジョーイさんはブラッキーが危険なバトルをしていたことを薄々気づいているのかもしれない。

 

「この子はきっとトレーナーとの絆が強いんでしょうね……でもね、だからこそ、この子のトレーナーに伝えてほしいの。危ないバトルを続けていたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないって」

「えっ……」

「硬い絆で結ばれたポケモンは、時おりトレーナーのために限界を超えて闘ってしまうことがあるわ。そしてその結果、悲しい別れを経験したトレーナーを何度もわたしは見てきたの……だから、頑張り屋なポケモンを見るとね、言わずにはいれないのよ……」

「ジョーイさん……」

「もちろんバトルがしたいポケモンとトレーナーに、バトルをやめてとは言えない。ただ、危ないと思ったらやめさせることもトレーナーの役割だと、わたしは思うわ」

 

 そういうと、ジョーイさんは力なく微笑んだ。

 

 ポケモンが傷つくことはけっして良いことではないけれど、適度なバトルはポケモンとそのトレーナーにとって必要だ。医療者には常にその葛藤がある。

 

 ミヅキはまだ子供だけれど、それでもジョーイさんが何を言わんとしているかは理解できた。いつもミヅキたちはなにげなくポケモンセンターを使っている。それでも、ここに運び込まれたポケモンがすべて元気になってもどってくるとは限らないのだと……。

 

『シュウウ?』

 

 思わずミヅキはヤトウモリの顔を見た。ヤトウモリはよくわからないようで首を傾げている。

 

(ヤトウモリはバトルが好きだ。わたしもバトルは好きになってきたけれど、きっと無謀なことはしちゃいけないんだ……ヤバそうだったら逃げることだって。わたしがヤトウモリのトレーナーなんだもん)

 

 その言葉を胸に留め、ミヅキはきりっとした顔でジョーイさんに向き直った。

 

「わかりました! 絶対に伝えます!」

「お願いするわね」

 

 ジョーイさんの顔は、いつもの優しげなお姉さんのものに戻っていた。

 この顔を見ると、ポケモンセンターを訪れるトレーナーはみんなほっとするのだ。

 

 

▼    ▲    ▼

 

 

 ポケモンセンターでブラッキーを回復して外に出ると、いつの間にかもう外は真っ暗になっていた。今日は晴れていたおかげて月の光が地面を照らしてくれている。この程度の明るさがあれば、懐中電灯で照らせばテンカラットヒルくらいは上れるはずだ。

 

 今日は遅くなることが見えていたので、家に帰るのが遅くなることは治療中に電話で伝えてある。

 

(そういえばママに怒られると思ったけど、すんなりオッケーだったなあ)

 

 ところどころぼかして、怪我して困っているトレーナーがいるからテンカラットヒルまで助けにいくと言うと、母親のミキは「がんばんなさい」と一言でミヅキを送り出した。

 

 理由はわからないけれど、ヤトウモリをパートナーにしてからママは自分に甘くなった気がする。ミヅキはなんとなくそんなふうに思っていた。

 

「じゃあグラジオのところにもどろっか! ヤトウモリ、ブラッキー!」

『シュウウ!』

『ブラキッ!』

 

 疲れはだいぶ回復したから、テンカラットヒルまで戻る体力はあるはずだ。ミヅキが走り出そうとすると、手に持ったジョーイさんが用意してくれたトレーナー用の救急箱が揺れた。

 

(結構重いけど体力持つかなこれ!?)

 

 そうして先を走るヤトウモリとブラッキーとはぐれないよう、ミヅキは冷や汗をかきながら必死の走りを再開するのだった。

 

 

▼    ▲    ▼

 

 

「……礼を言う」

「へいへい、ちょっと染みるよ~」

「その程度気にするな……ぐっ!」

「ほーらー、強がったって痛いもんは痛いでしょ」

 

 高レベルのポケモンであるブラッキーがいたおかげなのか、夜にも関わらず野生のポケモンに襲われることもなく、ミヅキはグラジオのもとへ戻ることができた。

 

 そしてたった今、ミヅキはグラジオの手足にできた痣やら裂傷を手当てしていた。

 細かい傷ばかりだけれど、それでも痛いものは痛いだろう。

 

(まったく、男の子ってなんで怪我したら強がるんだろ? グラジオってもしかしてカッコつけたがりなのかな。なんかあんま喋んないし、クール系のキャラでいたいのかも)

 

 お礼は言ってくれるものの、グラジオはミヅキが何か言わない限り治療中もほとんど喋らない。イヤなやつだとは思わなかったけれど、それでも無言が続くと気まずいのは事実だった。

 

「……ねえ、グラジオってさ、なんか危ない人たちに追われてるの?」

「さっきも言ったが、これは俺たち身内の問題だ。それに事情を話せばお前にも危険が及ぶ」

「乗りかかった船!」

「…………」

 

 ミヅキが頬を膨らませて言うが、グラジオは口を開かない。こればかりは喋るつもりがないということだろう。ミヅキは肩をすくめてあきらめた。

 

「はあ……まあいいよ。でもこれだけは言わせて。さっきみたいな危ないバトルばっかりしてたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないよ。今回はポケモンセンターに連れて行けたからよかったけど……」

「……問題ない。今回は不覚を取ったが、ヒアポ……奴のバトルスタイルは分かった。俺もブラッキーも、次からこれほど追い込まれるつもりはない」

「そういうことじゃないんだよ」

「……? 負ければ、対策をしてより己を強くすることは当たり前のことだろう」

 

 ミヅキは心の中でため息をついた。ミヅキはまだバトルが強いわけではないのでジョーイさんの言うことが理解できたけれど、グラジオのような強いポケモントレーナーからすると「危なそうなら逃げる」ということが分かりづらいのかもしれない。

 

「はあ……ちなみにこれは、わたしじゃなくてジョーイさんが言ってたことだから。ポケモンを治してくれる人が言ってることくらい、少しは考えてみてもいいんじゃないの」

「そうか」

「そうだよ。はい、おわりました!」

「痛ッ!?」

 

 あらかた治療を終えて包帯を巻き、ミヅキは八つ当たり気味に強めにグラジオの肩を叩いた。突然の衝撃にグラジオは悶絶した。

 

「そのくらい元気なら大丈夫でしょ? じゃあわたし帰るから。お腹すいたし」

 

 そう言ってミヅキは立ち上がった。もう時間は19時を回っている。いい加減走りすぎてお腹が空きすぎて、ミヅキは疲れでちょっぴりイライラしていた。

 

「……すまない」

「謝るくらいなら事情を教えてほしいんだけど」

「それは、無理だ。あと、俺がここにいることは誰にも言うな。さっきも言ったが―――」

「はいはい、わたしにも危険が及ぶ、でしょ! そうでしょうとも。心配しなくても誰にも言いませんよーだ。帰ろ! ヤトウモリ」

『シュウウ』

 

 ミヅキは面白くなさそうにべーっと舌を出すと、ヤトウモリを連れて岐路についた。帰る途中にテンカラットヒルから眺めるハウオリの夜景は、ミヅキの不機嫌を少しだけ治してくれた。

 

(そういえば、グラジオくん、じゃなくて、普通にグラジオって呼んじゃったな)

 

 

▼    ▲    ▼

 

 

「あのやろう……」

『シュウウ……』

 

 次の日。

 

 人の気配がない洞窟の前で、ミヅキとヤトウモリは盛大にため息をついた。

 

 ミヅキとヤトウモリが下校後にあらためてグラジオの怪我の様子を見に行くと、グラジオの姿はそこからきれいさっぱり消えていたのだ。洞窟の中を見回しても、中の小さな空間には誰もおらずもぬけの空だ。

 

 洞窟を出たミヅキは、入り口の岩盤に小さな書き置きが貼り付けられているのを見た。

 

 内容は簡素なもので、短い言葉でのお礼と出ていく旨、ここで起きたことは忘れろということと、自分と会ったことを誰にも口外するなということが念押しされていた。

 そんなグラジオの一方的すぎる態度にミヅキはキレた。

 

「う〜〜〜あのばか! あんぽんたん!! こういうのがかっこいいって思ってるわけ!?」

『シュウウ……』

 

 そんなすぐに怪我が治るわけでもあるまいし、どうせ無理して出ていったのだろう。ミヅキは眉間に皺を寄せながら呆れた。

 

(クールな男は華麗に去るぜってか〜? 全然華麗じゃないけどね! やれやれ)

 

「はあ……まあいいけどさ。せめて挨拶くらいはしたかったよねえ。ヤトウモリ」

『シュー』

 

 ヤトウモリもやや残念そうに鳴いた。ミヅキは手元の書き置きを改めて見る。意外にも上手い字で書かれた書き置きを眺めながら、次に会ったら絶対文句言ってやるんだから、とミヅキは決意した。

 




【あとがき】
グラジオ、思ったより書いてて楽しいキャラクターでした。
アニポケのグラジオは中二病成分を少し引いてすこし礼儀正しくしたイメージ!
ミヅキの性格がだいぶ固まってきた気がします!うれしい!
次から原作アニメ回に戻る予定だよー!

感想、評価、質問、なんでもお待ちしてまーす!
いつも感想書いてくれるみんな、ありがとー!
一言でもめっちゃうれしい!やったー!


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13.ここからだね、わたしたち

「「「「「イワンコが傷だらけで帰ってきた~?」」」」」

「そうなんだよ……なんかバトルでもしてきたみたいでさあ」

 

 朝、ポケモンスクール。

 朝礼がはじまる前に、サトシの机をクラスメイトみんなが囲んでいた。いわく、昨晩ククイ博士の家で飼われているイワンコが傷だらけで家に帰ってきたらしく、サトシにもさっぱり原因がわからないのでみんなに相談していたのだった。

 

「なあ、ミヅキはどう思う?」

「あ~~~~うん。そうだね……」

「こりゃダメだね」

「完全に筋肉痛だな」

 

 マーマネとカキが肩をすくめた。

 

 そのミヅキはというと、ぽつんと自分の席でつっ伏して軟体動物のように脱力している。テンカラットヒルからポケモンセンターまで走り回り、1日遅れの筋肉痛で全身がはちゃめちゃに痛いのだった。

 教室に入ってくる時もまるで壊れたロボットのようにぎこちない動きだったので、ついさっきもみんなに怪訝な視線を向けられたばかりである。

 

(グラジオ……あのやろう……)

 

 ミヅキは筋肉痛も全部グラジオのせいにすることにした。次に会った時にどんな文句を言ってやろうかとたった今も考えている。なにせ愚痴ろうとしてもグラジオとの約束で話すことができないのだから、このくらい安いものだろうとミヅキは思った。

 

 ミヅキはマオほど思いやりがあるわけではないし、リーリエほど優しくないけれどそれなりに律儀な女だった。

 

「ミヅキ……そんな筋肉痛になるほど運動してきたのですか? 体力をつけるのはいいことですけれど、いきなり体を動かしすぎるのも良くないと聞きますよ」

「ヒェェ仰せの通りで……ちょっとテンカラットヒルに散歩を……」

「テンカラットヒル?」

 

 ミヅキが答えると、サトシは首を傾げて復唱した。するとスイレンが意外そうな声をあげる。

 

「えっ、知らないの? サトシ……」

「うん、知らない!」

 

 サトシはいつも自身満々だ。知らないことをこうもはっきり言えるのはある意味才能かもしれない。とクラスのみんなは思っている。

 

「ククイ博士の家の裏にある山のことだよ。テンカラットヒルって。釣りの穴場があるから、わたしもたまに行ってる」

「え、そうだったのか?」

「アハハ、一番近くに住んでるのに知らないってのが、なんかサトシっぽいっていうかね……」

「なんならわたしん家より近いのにね~……あああ全身が痛いいい……やばたにえん……」

 

 ミヅキは延々と悶絶している。サトシとミヅキの家は近所だ。ミヅキは割とよく砂浜でバトルの練習をしているサトシとポケモンたちを見かけることがある。

 

「ミヅキ……あんまり痛いなら保健室連れていこうか?」

「うーん、たぶん、だいじょうぶ……」

 

 さすがに筋肉痛くらいで保健室に行くのははずかしい。マオの優しさが身に染みたが、ミヅキは気合いで今日は耐えることにした。子供らしいよくわからない意地の張り方だった。

 

「まあ、それならいいけど。でもあんまりひどいようならちゃんと言ってね?」

「りょーかい……」

 

 耐えると言っても、机に突っ伏しているのは相変わらずだ。みんなはそれを見て呆れ顔で苦笑いした。

 

「あはは……あ、そういえば。テンカラットヒルってスクールの周りの森にはいないポケモンがいるみたいですね。ほら……じめんタイプやいわタイプ!」

「いわタイプか……イワンコってもしかして、ククイ博士がテンカラットヒルで捕まえてきたポケモンだったりしてな」

 

 イワンコはいわタイプだ。リーリエが言うと、カキが合点がいったふうに呟く。しかしサトシはそれに首を振った。

 

「いや、イワンコは博士のポケモンじゃないんだ……ポケモンフーズをあげたら家まで付いてきたんだってさ」

「じゃあ、居候ってわけ……?」

「手持ちポケモンだとばっかり……」

「あいつククイ博士によく慣れてるからなあ」

「少し前のヤトウモリみたいですね」

 

 みんなが意外そうな顔をする中、マーマネが「あ!」と何かを思いついたふうに声を出した。

 

「もしかしてイワンコ、自分の住んでた場所に帰ったりとかしてたんじゃない?」

「まさかのホームシック……!」

「うーんどうだろ。イワンコ、昨日も特に寂しそうな雰囲気もなかったんだよなあ……ちゃんと家にも帰ってきたしさ」

「そうですね。たしかに論理的結論として、家にちゃんと戻ってくるのであれば家出だとも思えません……」

『サトシとリーリエが言う通り、それはボクも考えづらいロト。イワンコは人によくなつくポケモンとしても知られているロト』

 

 すると説明したがりのロトムがイワンコとルガルガンの図鑑説明を読み上げ始めた。

 

 ミヅキはその説明を流し聞いていた。

 イワンコは鍛えるのが好きなポケモン。進化先は「まひるのすがた」と「まよなかのすがた」の2種類に分かれる。進化に近づくと攻撃的になる。ある日いなくなったと思うと、突然進化した姿で帰ってくる……。

 

 それからは「もしかして進化が近いのかも」とか「怪我の原因は特訓」とか「なんか道で転んだ」とか、色々な説が飛び交い始めたけれど、ホームルームの時間になってククイ博士が教室に入ってきたので、その議論は終わりを告げることになった。

 

 

 

 

「それじゃ今日の授業は終わりだ! みんな、気をつけて帰れよ!」

 

 ククイ博士のいつもの挨拶に、はーい、と元気なみんなの声が重なる。

 

「みんな、また明日なー!!」

「おいサトシ! そんな急いで帰らなくても」

「ククイ博士! オレ先に帰ってイワンコの様子見ておくよ! 行こうぜピカチュウ!」

『ピカピッカァ!』

「まったくあいつは……」

 

 サトシとピカチュウがみんなの挨拶を置き去りにして、あっという間に教室から出て行くと、ククイ博士はこめかみを抑えながらため息をついた。まさか先生が教室を出る前に出ていくとは……。

 

(まあ、思い立ったら10まんばりきなのもサトシらしいといえばそうだな)

 

「アシマリ、わたしたちも帰ろっか」

『アオッ!』

 

 ミヅキが伸びをして立ち上がると、ちょうどスイレンが帰ろうと荷物をしまっているところだった。

 

「あ、スイレンも帰る?」

「うん。ミヅキも用事ないなら一緒に帰ろ! 筋肉痛は大丈夫?」

「おっけーおっけー! 朝はヤバかったけど、だいぶ慣れて痛みも減ってきたよ。ええとサトシは……そうだ、もういないか」

「うん、まさにでんこうせっか。サトシ」

 

 筋肉痛の痛みもそれなりに引いてきて、ミヅキはなんとか普通通りに動けるようになっている。せっかくなのでミヅキは帰り道が同じ3人で帰ろうと思ったけれど、サトシが神速の勢いで先に帰ってしまったので苦笑いした。

 

 

 

 

 ミヅキとスイレン、ヤトウモリとアシマリは見慣れた通学路を歩いている。小さな崖の下に広がる海は、太陽の光を反射していつも通りキラキラと輝いていた。

 

 いつもならヤトウモリはミヅキの肩に乗ってくるのだけれど、今日は筋肉痛もあり気を遣っているらしい。

 

 リリィタウンへつながる脇道を通り過ぎると、あとはミヅキとスイレンの家のようなぽつんと建つ家しかないので、昼間でも人通りはほぼない。先に帰ったであろうサトシの姿も見えない。

 

「サトシ走って帰ったのかなあ。同じ道のはずなのに全然見えないね」

「たぶんそう! トレーニングっていいながら、ピカチュウと一緒に走ってそう」

「だよね~。で、カバンの中でモクローは寝てると」

 

 想像して、ふふ、と2人して笑う。そのシーンがありありと頭の中で想像できる。

 

「サトシってポケモンのことになると行動力すごいよね。今日だってイワンコが気になりすぎて帰っちゃったでしょ」

「うんうん、でもいつもスクールに来るのはギリギリ」

「それがさあ、毎日バトルの朝練してるからみたい。わたしよく見るよ。朝練しない日もよくアシマリのバルーン作りの練習手伝ってるんだよね? ほんと体力すごいわ……」

 

 ミヅキから見てサトシは完全に体力おばけだ。スポーツでもやればものすごい選手になれるかもしれない。

 

「うん。わたし、いつかぜったいにバルーンで海底を散歩できるようになるんだ。それには練習だけじゃなくて、これからはバトルも頑張ろうって。ね、アシマリ!」

『アオッ!』

 

 バトルを頑張る。スイレンの意外な一言にミヅキは思わず声をあげる。

 

「えっ、スイレンもバトルするの?」

「うん。ポケモンとの絆を深めるには、ポケモンバトルも必要なんだって思った。そう思わせてくれたのはミヅキとサトシのおかげ」

「えっ?」

 

 スイレンは微笑みながらミヅキとヤトウモリを交互に見た。

 

「この前、ミヅキとサトシがバトルしたでしょ? あのバトル、ほんとうにすごかった! 初めてのバトルで、ヤトウモリもゲットしてないのに、それでも2人は息ぴったりだったもん」

「うーん、どうかなあ……あの時はわたしもただ必死だったから」

 

 あのバトルは、今考えてもどこか熱に浮かされていたような気がしていた。ヤトウモリのパートナーになりたい。ヤトウモリの考えていることを理解して、一緒に暮らしていきたい。ミヅキはそれだけを思っていた。今ではヤトウモリと気持ちが通じ合っていると思うけれど、バトルでの息が合っていたかどうかは、自分ではよくわかっていない。

 

「バトルもあまりしなかったから知らなかった。こんな風にポケモンと繋がる方法があるんだって。一生懸命やるバトルって、こんなに楽しいんだって。見てるだけでそう思わせてくれたの。ミヅキとサトシが。だから……わたしも、バトル頑張る! それでアシマリともっと色んな経験をして、夢を叶える!」

 

 スイレンのやる気はみなぎっていた。それを自分のおかげと言われると、ミヅキはなんとも照れくさい気持ちになった。それでも、ほんの少しだけ誇らしい気分になるのは許されるだろうか?

 

「だから、わたしもミヅキとバトルしたい。一緒に強くなろ!」

「……うん。わたしも! これから一緒にたくさんバトルしようね!」

 

 スイレンとミヅキがそう言って笑いあうと、勢いよくその間にヤトウモリが飛び出してきた。ミヅキはもしやと思った。ヤトウモリの顔は待ってましたと言わんばかりだ。

 

『シュウウ!』

「ええ、今からやる気なのあんた……ここ道端だし、明日スクールでバトルするとかでもいいんじゃない? ねえスイレン」

「ううん、ミヅキ。わたしはいいよ! 今日は予定ないから。いいよねアシマリ!」

『アオッ!』

 

 スイレンとアシマリもやる気だった。ミヅキは普通に家に帰るつもりだったので、展開の速さにややたじろぎながら答える。

 

「そ、そお? じゃあバトルしよっか」

『シュウッ!』

 

 ヤトウモリは嬉しそうだった。ミヅキは何となく思う。パートナーのこういう顔を見られるなら突然のバトルも楽しくなれる。どうせこんな道でバトルしていたって、誰も通ることはないだろうし。

 

 

 

 

 ヤトウモリとアシマリのバトルは持久戦になった。相性の悪いヤトウモリがスモッグでどく状態を狙いつつひっかくで攪乱しながら、アシマリがはたくでそれを受け流してはバブルこうせんで攻撃するという削り合いである。最終的にどく状態になったアシマリと、弱点を突かれたヤトウモリは共にギリギリの体力で耐えていた。

 

 

 

 

「ヤトウモリ! ひっかく!」

「アシマリ! はたく!」

 

 ミヅキとスイレンは集中しすぎてもう汗だくだ。お互いの最後の指示が響く。

 

『シュウウゥ!!』

『アオオオッ!!』

 

 ガンッ! と炸裂音。正面から突撃し、お互いのわざがぶつかりあう。数秒の鍔迫り合いの後、その衝撃で2匹は吹き飛ばされた。

 

 勝敗付かず、お互いに目を回してのダブルノックダウンだった。ミヅキとスイレンは2匹のもとへ駆けよる。

 

「ありゃー、ヤトウモリ、アシマリ、大丈夫……?」

「ふたりともお疲れ様。頑張ったね……!」

『シュウ……』

『アオ……』

 

 ヤトウモリとアシマリも完全にのびていた。ミヅキはカバンの中からモモンのみとオボンのみを取り出すと、スイレンに渡した。

 

「スイレン、これ食べさせてあげて」

「ありがとうミヅキ! いつもきのみまで準備してるの?」

「ああ、ヤトウモリがきのみ好きっていうのもあるんだけど……どくタイプだからね。バトルで相手をどく状態にしちゃったときとか考えると、持ってた方がいいかなって。オボンのみはヤトウモリのおやつだけど」

「優しいね、ミヅキは」

「そうかなあ」

 

 モモンのみにはどく状態を回復させる効果がある。

 

 どくタイプは人によってはあまり印象の良いタイプではない。それはどく状態がポケモンに大きな負担を強いる状態異常だからだ。ミヅキはヤトウモリをバトルさせる中でなんとなくそれを察していたので、常にどくを回復させる手段を持ち歩くことにしている。

 

『シュ! シュウゥ!』

 

 アシマリが横で勢いよくモモンのみを食べているのを見てヤトウモリはご立腹だった。自分にもないのかよと拗ねている。

 

「だいじょーぶだって! あんたにもあげるから。ほら、オボンのみ」

『シュッ』

 

 ミヅキの手からオボンの実を引ったくると、ヤトウモリはもりもりと食べ始めた。あまり機嫌がよろしくない。

 

「ヤトウモリ、機嫌悪い……?」

『アオ?』

 

 スイレンとアシマリは首をかしげている。ただミヅキにはその原因はおおよそわかっていたので肩をすくめた。

 

「あー……たぶん勝てなかったのが悔しいんだと思う。ヤトウモリ、バトル好きだから。ほーらー、そんな機嫌悪くしてないでさ。これからずーっとバトルする仲なんだから、仲良くしなよ。アシマリと」

 

 言われて、ヤトウモリは同じくきのみを食べているアシマリをちらりと見た。アシマリは澄んだ目でヤトウモリを見返した。ヤトウモリは何かを言おうとしてはもじもじとしている。

 

「バトルが終わったら健闘をたたえ合う、でしょ?」

「うんうん」

 

 ミヅキとスイレンが優しいまなざしで見つめていると、やがて2匹は小さな手で握手をした。そこには、確かにバトルした同士にしか生まれない友情のようなものがあった。

 

「ミヅキ」

「えっ?」

「わたしたちも! 握手!」

 

 スイレンが満足そうな笑みを浮かべて、ミヅキに手を伸ばしていた。ミヅキもそれに答えて、トレーナー同士も健闘をたたえ合う。

 

「ここからだね、わたしたち!」

「うん!」

 

 ミヅキは思った。これから何十回、何百回とスイレンとバトルすることになるのかもしれない。そんな未来を思い描くと、胸が高鳴る。こんな日常が、これからもずっと続いていけばいいと……。

 

 

 

 

 バトルを終えて少し休憩したあと、ミヅキとスイレンは再び帰路についた。そしてちょうどスイレンの家の前にさしかかった時だった。

 

 スイレンは何かを思い出したかのようにミヅキに向き直った。

 

「あ、そういえばミヅキ。テンカラットヒル行ったなら見たでしょ? あれ!」

「あれ……? あー! うん、中腹からでもハウオリの景色が全部見えてすごかったよ!」

 

 あれ、がよくわからなかったのでミヅキはそう答えたけれど、スイレンはしまったという風な顔をする。お互い違うものを想像していたらしい。

 

「あー……それもたしかに、なんだけど……。テンカラットヒルの頂上にすごい綺麗な湖があるんだ。わたしが言いたかったのはそれ」

「へえ〜、わたしまだ頂上まで行ったことないからそれは知らなかったかも……あ、それがさっき言ってた釣りの穴場!」

 

 ミヅキはピンときて両手をぱんっと叩いた。するとスイレンはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「うん! ルギアだって釣れちゃうよ!」

「えっ!?」

「えへへ、ウソです☆」

「ズコー」

『シュウー』

 

 ミヅキはこけた。ヤトウモリもこけた。ノリがよかった。スイレンはわりと人をからかうのが好きだ。

 

「テンカラットヒルの湖はね、ブルーホールっていうものすごく澄んでて深い湖なの。だから空の色を反射して青くなってるんだって! 見たらミヅキも絶対好きになる!」

「空色の湖かあ……見てみたいかも!」

 

 スイレンの熱の入った説明にミヅキはときめいた。都会じゃ絶対に見られない景色なのだろうと思う。

 

「それじゃあ次のお休み、一緒に行こうよ! 釣り竿も貸すから」

「え、いいの?」

「うん! ミヅキが見たことないポケモンもたくさんいるからきっと楽しいよ。ミヅキ、アローラには慣れてきたけど、まだ知らない場所もたくさんあるでしょ? だからアローラの綺麗なところ、もっと案内したいと思ってた」

「スイレン……」

 

 ミヅキはスイレンの笑顔を見てはっとした。自分が思うより、わたしはクラスのみんなから想われているのかもしれない。スイレンは普段はどことなくつかみ所のない性格をしているけれど、時には人をぐいぐい引っ張っていく面倒見の良さがある。マオ、リーリエ、カキ、マーマネ、サトシ……みんなそれぞれ、自分にはない優しさを持っている。

 

「……ありがとう! 楽しみにしてるね」

「うん! どーんと楽しみにしてて!」

 

 スイレンは胸を張ってそういった。スケッチブックを忘れないようにしよう。ミヅキは週末の予定にわくわくしながらそう思った。

 




【後書き】
我スイレン大好き侍と申す……。
というかサンムーンに出てくる人みんな好き!友情!努力!勝利!


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14.ちょっとしたしまめぐり

【前回のあらすじ】
1.イワンコが謎の怪我をする
2.ミヅキ、筋肉痛になる
3.スイレンとミヅキがバトルする


 結局イワンコは強くなるために、夜に行われる野生ポケモンの集まりで修行をしていたらしく、身体が傷ついていたのはそれが原因だった。それにいたく感動したサトシは、イワンコと一緒に新わざの開発を始めていた。

 

 ということで、現在。週末休みの朝。

 

 ククイ博士の家は穏やかな海岸の前に建っている。そこでサトシとイワンコが四つん這いになりお尻を振っていた。

 

「行くぞイワンコ!」

『ワンッ!』

『理解不能、理解不能』

 

 ロトムがエラーを起こした。それを見ていたミヅキとスイレンは首を傾げた。

 

 ちょうどテンカラットヒルに釣りに行くので近くで待ち合わせをしていたところ、サトシたちが海岸で奇妙な行動を始めたので2人して見に来たのである。

 

「サトシ、犬になった……」

「お、スイレン! オレ、イワンコに見えるか?」

「うん、すっごくイワンコ」

「これマジ?」

『意味がわからないロト』

 

 スイレンとサトシは満足そうに笑った。よくわからない会話が成立していた。サトシはイワンコの真似をしているらしい。

 

 スイレンはたまにぶっ飛んだことを言う。

 

「いわおとしを覚えるんだ! いいか、イワンコ? こうやってお尻に力を入れて、こう!」

『ワンッ!』

 

 掛け声とともにふたりはお尻をくねくねと振り出した。ミヅキにはさっぱりわからなかったが、サトシの目はマジだ。

 

「……ねえサトシ、いわおとしってお尻から出るの?」

「え? どうなんだろう。わかんない!」

「わからんのかい!」

「え、ミヅキ……お尻から、って……」

 

 ミヅキがツッコんで肩をすくめると、スイレンがドン引きした表情で後ずさりはじめた。その意味を理解したときには時すでに遅し。

 

「……は!? いやいやいやちがくて! 別にそーいう意味で言ったわけじゃなくてですねこれは言葉のあやというものでそうイワンコがお尻振ってるからその周りからエネルギー的なものを放出するのかなって思ったから言っただけであって決して」

『ビビッ、イワンコはとりポケモンのように石をお腹に飲み込む習性はないから、お尻から石は出てこないロト』

「わー!! わーっ!!!」

 

 ミヅキは顔を真っ赤にしてロトムを破壊しようとしたが届かなかった。宙を浮く卑劣なポケモンである。

 

 別に男子的なしもネタを言ったわけではない。ミヅキは思った。ていうかそういう解釈するスイレンとロトムの方がやばくない?

 

「ロトムわかってて言ってるでしょっ」

『お尻の穴からわざが出るのか聞いたのはミヅキロト』

「ちっがーう!! だだだだれもそんなふうに言ってないじゃんかあ!!」

『そう聞こえたロト』

 

 ロトムは裏切った。許しておけぬ。これじゃあわたし、いわおとしがお尻(意味深)から出ると思ってる低俗しもネタ好きなヘンタイになっちゃうじゃん……。

 

 ミヅキは肩を落とした。

 

「なんなのこの感じ?」

「ミヅキ、何落ち込んでんだ?」

『ワンッ!』

「あのさあ」

「大丈夫、ミヅキ。冗談だから」

「冗談になってないぃぃ!!!」

 

 ミヅキが地団駄を踏んだ。スイレンはミヅキをからかうことを覚えた。

 

 

「ぶー」

「ごめんミヅキ、ちょっとからかいすぎた……」

「どーせわたしはからかわれ系ですよーだ」

『アウ……』

『シュウ……』

 

 アシマリとヤトウモリのやれやれという鳴き声が聞こえる。

 

 サトシとイワンコと別れ、テンカラットヒルのゴツゴツした山道を2人は歩いていた。ミヅキは頬を膨らませてふてくされていた。スイレンもついついからかいすぎたと反省している。

 

(あー、だめだ……わたし。仲良くなれはじめて調子にのっちゃった……ミヅキ、あまり怒らないからついからかっちゃう。マオちゃんだと普通に怒るかもだからやらないのに……)

 

 スイレンとマオは幼馴染で親友同士だ。だからその辺りの線引きもわかる。それに比べると、ミヅキとの付き合いはまだ浅い。女の子の友達と仲良くなりはじめでテンションが上がってしまい、ついついやってしまったというのが本音である。

 

(マオちゃんに甘えすぎてたな……わたし)

 

 スイレンはちょっとしたウソをついたり人をからかうのが好きだ。

 

 この場にマオがいたらミヅキがいじける前にスイレンに怒ってその場を収めてくれただろう。マオはみんなのことをよく見ている。スイレンが何も気にせず人をからかえるのはマオがいるからだ。

 

「だ、大丈夫。この先の湖見たら、絶対ミヅキも機嫌良くなる!」

「そうなるといいね……」

「なる! ぜったい!」

 

 ミヅキのテンションは低かった。それでもスイレンはめげない。一刻も早く信頼を回復しなければならなかった。

 

 しかしギクシャクした雰囲気は戻らず、2人して会話がなくなるのにたいして時間はかからなかった。時折吹く風と鳥ポケモンの鳴き声だけが響く。

 

 以前ミヅキがグラジオと出会った中腹も通り過ぎて、無言のまま山を登り続ける。そしてついに2人は山頂にたどり着いた。

 

「ミヅキ、見て!」

「えっ……?」

 

 スイレンが指を指す先には、空があった。

 

「なにこれ……」

「ね、すごいでしょ!」

 

 スイレンはただ、ぽかんとした顔をしているミヅキに笑いかけた。テンカラットヒルの頂上はなだらかな窪地になっていて、その中心に大きな青色のまるい穴が開いていた。

 

 その中には空がある。空の向こう側へ落ちていけそうな、鏡のように青い湖がそこにあった。

 

「これがブルーホール。空の色を写した湖! それで……わたしのとっておきの場所!」

「すごい……わたし、こんなの見たことない」

「でしょ? ほらミヅキ、いこ!」

「えっ、ちょ、スイレンっ待って!」

 

 スイレンはミヅキの手を取ると有無を言わさず湖のほとりへ走り出した。その繋がれた手を見ながら、ミヅキはどこか心地よさを感じていた……。

 

 

 

 

 ミヅキとスイレンは湖のほとりに着くとさっそく釣りの準備を始めた。アシマリは青色の湖の中で楽しそうに泳いでいる。まるで空を飛んでいるかのようで、なんだか不思議な光景だとミヅキは思った。

 

「……に比べて、あんたはブレないなあ」

『シュウ』

 

 ヤトウモリは河原で丸まってうとうとしていた。

 

「はい、これ! ミヅキの釣竿」

「あ、ありがと……スイレン」

 

 釣りの準備をしていたスイレンはミヅキに釣竿を押し付けた。なんとかミヅキの機嫌が治ったようで、スイレンは内心ほっとする。

 

「ううん。その……ミヅキごめん。ほんとに」

「あ……いーよ。わたしも大人気なかったし。それに、スイレンがからかい好きなのなんてもう知ってるからさ」

「うー……これから気をつける」

 

 ミヅキも苦笑した。謝られているのに、こんなことで意地を張っていても仕方ないと思う。

 

「だいじょーぶ。わたしさ……こっちの人の雰囲気とかまだわかんないところもあるんだけど、クラスのみんなが優しいってことは知ってるよ」

「えっ……?」

「カントーのスクールじゃホントにわたしって地味だったんだ。そんなたくさん友達がいたわけじゃなかったし……まあ、普通っていうのかな。みんなとそれなりに遊んで、それなりに仲がいいって感じ」

 

 ミヅキは自分の帽子に手を触れた。リーリエの家で、みんなで一緒に選んだ赤いニットキャップ。アローラに来る前はなかったもの。

 

「で、アローラに来て右も左もわからないわたしにも、みんな本当に優しかった。戸惑ってるだけのわたしの手を引いてくれた。スイレンが今日ここに連れてきてくれたのだってそう。だからアローラに来てよかったよ。わたし」

「ミヅキ……」

 

 ミヅキはにっこりと笑った。

 

「だからスイレン。これからもっと教えて! アローラのいいところ!」

「……うん、いっぱい教えてあげる! アローラの綺麗な場所!」

 

 ミヅキとスイレンが笑い合っていると、背後から唐突に声がかけられた。

 

「おや君たち、こんなところに何か用ですかな?」

 

 2人は思わず振り向く。こんな人のいなそうな場所で声をかけられるとは思わない。

 

 声をかけてきたのは相撲取りのごとく恰幅の良い体格をしたおじいさんだ。強靭な肉体に対して、その声はとても優しく人に安心感を抱かせる。その人の名前を2人はよく知っていた。

 

「「えっ、ハラさん?」」

 

 意外すぎる人物の登場に、ミヅキとスイレンの声がハモった。その反応を見てハラは朗らかに笑う。

 

「そう、何を隠そうハラですな! ミヅキさん、スイレンさん。アローラ! こんな人の来ない山の上まで遊びに来るとは、ずいぶん元気な女の子たちですなあ」

「アローラ! ハラさん。今日は釣りに来たんです。わたしたち」

「こん……違う、アローラ! わたしはスイレンに案内してもらってるってカンジです」

 

 ミヅキはまだ「アローラ」という挨拶がまだ意識しないととっさに出ない。唐突な展開だとたまにこんにちはと言ってしまう。

 

 メレメレ島のしまキング・ハラ。

 

 ちょっと前にサトシがはじめての大試練を突破した相手であり、Zリングを与えた人間。その後リリィタウンでお祝いのパーティを開いて、サトシだけでなくスクールのみんなにも美味しいご飯をご馳走してくれた太っ腹なしまキングだった。

 

((あの日のごはん美味しかったなあ……))

 

 めっちゃヤドンのしっぽもりもりだったし。なんて。

 

ミヅキとスイレンは同じことを考えていた。2人のハラに対する印象は、美味しいご飯をご馳走してくれた優しいお爺さんでしかない。しまキングとしての威厳を見ていないので、仕方ないことだった。

 

「そうですか、釣りですか! いやあ、釣りは良いものですぞ。糸を垂らし、静かにただ待つ。そしてアローラの大自然と一体となり、己の内側を見つめ直すことができますからな」

「「えっ?」」

 

 ミヅキとスイレンはハラの言葉の意味がわからず、2人して首を傾げた。ハラは静かに笑みを浮かべる。そんな2人の反応を予想していたような表情。

 

 ハラは湖の方を見た。

 

「そうですな。水……いえ、海の声を聴く。と言えばスイレンさんにはわかりやすいかもしれませんな」

「海の声……あ! わかったかも!」

「えっ?」

 

 スイレンは得心したように手を叩く。ミヅキはいつの間にか置いていかれていた。アローラの地元民にだけ通じる感覚らしく、ミヅキは諦めてばつの悪そうに苦笑いした。

 

「ごめんスイレン、わたしわからん」

「うーん……なんていうのかな、こう、スーっと、ふわっと? 自然を感じる、みたいな」

「うん……?」

 

 スイレンが全てをリアクションで説明するサトシみたいになってしまった。考えるより感じろみたいな感じだ。ミヅキはふと思い出した。そういえばカキもヴェラ火山の息吹をいつも感じてたな。

 

 よくわからなさが頭の中を駆け巡りはじめて、思わず丸まっているヤトウモリを見た。

 

『シュウウ?』

「ふう、あんたもわかんない仲間でよかったや」

 

 ミヅキとヤトウモリはふたりしてわかっていなかった。ハラはそんなミヅキとヤトウモリを交互に見ながら、愉快そうに笑う。

 

「ハハハ! ミヅキさんにもいずれわかりますぞ」

「そ、そうですか……? わたしいま全然わかってないですけど……」

「ええ、もちろんです! なぜなら……そちらのヤトウモリ、良い目をしている。よきパートナーを見つけたようですな。ふたりでアローラの大自然を冒険し、さまざまな人とポケモンに出会う。その経験こそが、ミヅキさん。君の糧になるのです」

「糧……」

「そう! それこそが、我々大人がアローラの子供たちに伝えたいことであり、今の話の答えでもあります。それに気づくために、しまめぐりがあるのですからな」

「しまめぐりって、サトシがやってるあれですか?」

「そうですな。ですが、証を持って試練を受けるばかりがしまめぐりではありません。君たちもたった今、気づいていないだけでしまめぐりをしているのですぞ」

「「……?」」

 

 ミヅキとスイレンは顔を見合わせた。自分たちは今日テンカラットヒルに遊びに来ただけだ。なのにハラから言うと、2人ともしまめぐりをしているという。

 

 果たしてハラは満足げに、そんな様子の2人を見た。

 

「友達と連れ立って大自然を探検する。それだけでも十分に、素晴らしいしまめぐりを果たしているのですからな」

 

 

 

 

 そんなふうにハラは一通り難しい話をすると、気をつけて遊ぶようミヅキとスイレンに言い含めて帰ってしまった。

 

 ミヅキとスイレンは釣りをしている。スイレンは釣りの達人らしく、もりもりニョロトノだのヒンバスだのを釣っていたけれど、ミヅキの竿にはてんで何もかからなかった。ただ、ミヅキはそれでも特につまらないと感じてはいない。

 

(全然かかんないけど、この景色見てるだけで十分って感じするなあ)

 

 空の青さを写したような、神秘的な青い湖は静かに水を湛えている。それはぞっとするほど美しい。水の中に落ちたらそのまま吸い込まれて、空の底まで落ちてしまいそうだった。泳ぐことが得意なスイレンなら、ここに飛び込むのも怖くないのだろうか?

 

 ぼーっとそんなことを考えていると、たった今釣ったコイキングをリリースしたスイレンがふと呟く。

 

「ね、遊びに来てるだけだけど……しまめぐり、してるのかな? わたしたち」

「うーん? 言葉通りならたしかに巡ってるのかも。自然を楽しむ的な意味で」

 

 タマムシ育ちのシティガールであるミヅキからすれば、こうして自然の中で遊んでるだけでハラの言う通り十分島を巡っているような気がする。

 

「そういえば、ここで何してたんだろうね。ハラさん」

「さあ……? あ、かかった!」

「すご、大漁じゃんスイレン」

 

 スイレンが巧みに釣り竿を操作するのを応援しながら、まあいっか。と浮かんだ疑問を消し去ろうとしたミヅキの手が唐突にガクンと揺れる。

 

 初めてアタリがきたのだった。

 

「お! わたしもきた!? どどどどうしよう」

「ミヅキ落ち着いて! 魚の動きに合わせて釣り竿を引っ張って!」

 

 焦るミヅキにスイレンが指示を飛ばす。自分もアタリが来ているのに他人に指示ができるあたり、流石の達人だった。

 

「……ん? でもこれ何も動いてない」

「えっ? ちょっと待ってて」

 

 ミヅキは違和感に首を傾げた。釣竿は重かったけれど、特に魚が暴れるような感覚はない。

 

 今度はニョロモを釣ってリリースしたスイレンが、釣り竿を置いてミヅキのもとへやってきた。

 

「もしかして針が引っかかっちゃったのかも。石とか水草に。ゆっくり巻き上げて」

「なーんだぁ……」

「ミヅキ、ドンマイ」

 

 ミヅキは小さくため息をつきながら糸を巻き上げた。するとそこにはよくわからないものがかかっていた。

 

「……って、なにこれ」

「魚、じゃない……?」

 

 ルアーをくわえていたのは、紫色の風船みたいな形をしたポケモンだった。点みたいな2つの黒い目があって、バッテンみたいな黄色い大きな口がついている。風船の下には糸みたいな黒い手が2本。

 

『ふんわ』

 

 つり上げられたそのポケモンは、そんな間の抜けた鳴き声を出した。

 



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15.影の王国

【前回のあらすじ】
1.サトシとイワンコがいわおとしの練習をする
2.ミヅキがスイレンにからかわれていじける
3.ハラサンによくわからない話をされて、謎のポケモンを釣りあげる


 ミヅキとスイレンはつり上げた謎のポケモン(どうみても魚ではない)を見ながら目を丸くしていた。

 

「なにこのポケモン」

「もしかして、フワンテ……?」

 

 スイレンが首をかしげながら呟く。心当たりがあるらしい。

 

「知ってるの?」

「うん、みたことある。スクールで他のクラスの子が連れてたの。でも、おどろき……水の中からゴーストタイプ」

「え、ゴーストタイプなの!?」

「うん、ゴースト・ひこうタイプだったはず。でも、なんで水の中から……?」

『ふーわー』

 

 疑問をよそにフワンテはルアーをぺっとはき出すと、その場で浮かびながらくるくると回転して身体の水分を落としている。とくにバトルを挑んでくる様子もなく、人前なのにのんきにリラックスしていた。

 

「野生のポケモン……だよね?」

「たぶん? でも、野生なのにすごいのんきなポケモンだね……」

『ふわわ?』

 

 フワンテが何か気づいたようにミヅキを見た。正確にはその頭にあるニットキャップを。

 

『ふわ! ふわっふわ!』

「え、ちょっとなに!?」

 

 フワンテは機嫌良さそうに浮かび上がりミヅキの頭に着地した。そしてニット帽を奪い取ると、細長い腕でそれを持ってふわふわ飛び去ってしまう。

 

「アー! 私の帽子! まってよー! ああもうヤトウモリ、ひの……」

『シュウウ!』

「待ってミヅキ! ひのこじゃ帽子が燃えちゃうよ!」

「あっそうだった! どうしよう!?」

 

 するとスイレンの瞳がきらりと光った。

 

「わたしにまかせて! アシマリ! フワンテにバブルこうせん!」

『アウ!』

「あーそうだ! ほのおタイプじゃなきゃいいんだから……ヤトウモリもスモッグ!」

 

 アシマリとヤトウモリの攻撃がゆっくり飛び去っていくフワンテに向かい、直撃すると思われた。そのとき、強い風が吹いた。フワンテが勢いよく回転して風を起こし、ふたりの攻撃をそらしたのだ。

 

『ふーわー!!』

「か、かぜおこしで防がれちゃった!」

 

 ミヅキはびっくりした。煙幕攻撃のスモッグはともかく、バブルこうせんまでかぜおこしで防がれるとは思わない。

 

「アシマリ、もう一度バブルこうせん!」 

『アウッ!』

 

 スイレンはめげなかった。再びバブルこうせんがフワンテに迫る。するとフワンテはまがまがしい闇色の球体をつくり出した。それはバブルこうせんを貫きなおも迫り、みんなはそれをすんでの所で避けた。

 

「うわああ! シャドーボール!?」

「の、のんきなくせにつよい……」

『アオォ……』

 

 このままだと帽子を取られたまま逃げられてしまう。ミヅキはだめ元で聞くことにした。

 

「ねえヤトウモリ、ほのおタイプとノーマルタイプ以外にフワンテに通じそうなワザってある……?」

『シュウウ』

 

 ヤトウモリは普通に頷いた。マジかよ。ヤトウモリにはまさかの4つ目のワザが存在したらしい。

 

「あるんかい! じゃあそれで攻撃!」

『シュウッ!』

 

 ヤトウモリの口から紫色の液体が飛び出す。それはさながらどくタイプのみずでっぽうのようにも見えた。しかし体力がありあまっているフワンテはそれをひらりと避ける。

 

「うぐぐ……ゆっくりなのに避けるのうまいわけ? わたしの帽子……」

「ミヅキ、まず状態異常にして動き止めよう! アシマリがおとりになる!」

「わかったっ」

 

 ミヅキとスイレンは頷き合った。そして行動を開始する。

 

「おねがいアシマリ、ゼンリョクでバブルこうせん!」

『アウ!』

『ふわわんわ』

 

 バブルこうせんとシャドーボールがぶつかりあって爆発する。その隙に、フワンテの背後に音もなくヤトウモリが迫った。

 

「今ならかぜおこしはできないでしょ! ヤトウモリ、スモッグ!」

『シュアッ!』

『ふわ!?』

 

 フワンテにスモッグが直撃した。みるみるうちにフワンテの表情が青くなり、動きが悪くなる。狙い通りどく状態にすることができた。

 

「ヤトウモリそのままたたみかけて! えーと、例のあの攻撃!」

 

 わざ名がわからなかったのでミヅキは適当に命令した。それでもヤトウモリはしっかり紫色のみずでっぽうらしきわざを放ち、フワンテに直撃した。

 

 そのまま吹き飛んだフワンテと帽子は力なく湖に落下していく。

 

「あ、やば」

「だいじょうぶ! アシマリ! フワンテと帽子にバルーン!」

『アウッ!』

 

 アシマリがバルーンを射出してしっかりフワンテと帽子を捕獲した。まだ人や大きなポケモンをバルーンの中に入れることはできないけれど、短時間のあいだなら小さなポケモンを封じ込めることはできる。

 

「スイレン、さっすが! もう小さなポケモンならバルーンに入れられるね」

「えへへ……練習した。ね、アシマリ」

『アゥ!』

 

 スイレンは照れくさそうに笑った。つられてミヅキも笑った。

 

 

 

 

 こうしてミヅキは帽子を取り戻した。

 

 フワンテにモモンのみを食べさせて解毒すると、いつの間にかミヅキの頭の上で寝ていた。もしかすると、ニット帽のふわふわした感触が好きで持って行こうとしたのかもしれない。

 

「うーん、頭の上で寝られるとこそばゆい……」

 

 ミヅキは釣りを再開している。でも頭の上の違和感のおかげでなんとも落ち着かない気分だった。そんなミヅキにスイレンが耳打ちする。

 

「ねえミヅキ、ゲットしてみようよ。その子」

「えっ?」

「ミヅキの帽子気に入ってるみたいだし、また取られる前に逆にゲットしちゃお。先手必勝!」

 

 スイレンがいたずらっぽく言う。今は眠っているけれど、目覚めたらまたさっきみたいにバトルしなきゃいけないかもしれない。一理あった。

 

「うーん……たぶん目が覚めたらまた帽子欲しがるもんね……試しにやってみようか」

 

 ミヅキはカバンからモンスターボールを取り出すと、おっかなびっくりしながらフワンテに押し当てた。すると寝ていたフワンテはするりとボールに入った。

 

 キュインキュインキュイン、カチッ。

 

 ボールからそんな音がした。ゲットの合図だった。

 

「えっ……ほんとにゲットしちゃった……」

「あっさり……」

 

 2人して目を丸くする。ミヅキはもちろん、スイレンもここまで簡単にゲットできるとは思っていなかった。アシマリとヤトウモリもびっくりしていた。

 

 こうして、よくわからないうちにミヅキの仲間にフワンテが加わることになった。

 

 

 

 

「それはたぶんベノムショックね」

「ベノムショック?」

 

 夜、スイレンと一日中遊び倒し、家に帰ったミヅキは母親のミキと一緒に夕食を食べていた。今日新しく使ったヤトウモリのわざの名前がなんなのか聞くと、思いのほかすぐに答えが返ってきて手が止まる。

 

「そ、ベノムショックは相手がどく状態の時に使うと威力が上がるわざ! たぶん倒したとき、フワンテはどく状態だったんでしょ?」

「あ! うん、たしかそうだった。つまりベノムショックを使うときは、相手をスモッグでどく状態にしてからのほうがいいってことかあ」

「そういうこと! ミヅキもポケモントレーナーっぽくなってきたわね」

 

 ミキは嬉しそうにはにかんだ。ポケモントレーナーとして娘が成長していることが楽しいのだ。

 

『ふわわんわ』

『シュ! シュウウ!』

 

 リビングではヤトウモリとフワンテが一緒に遊んでいた。空中でふわふわ浮かんでいるフワンテを捕まえようとヤトウモリは頑張っているけれど、フワンテはひらりひらりと避けながらなかなか捕まってくれない。

 

「ヤトウモリがからかわれてる……」

 

 ミヅキは物珍しそうに目を丸くした。いつも肩に乗られてヤトウモリの乗り物扱いなので、こうしてパートナーがやられる側にいるのが新鮮だった。

 

「ウェヒヒ、あんたも来たか……こっち側へ」

『シャアッ!』

 

 茶化されたヤトウモリが不服そうな顔でミヅキを見た。ミヅキはニヤケながら生暖かい視線を送っていて、ニャースは相変わらず定位置のクッションの上で寝ていた。

 

「それにしてもうちも賑やかになったわね〜。お母さん嬉しいわ」

 

 ミキはそんなやり取りを見ながら機嫌良さそうに笑う。ミヅキはふと思い出した。

 

「そういえばママ。この前、夜にテンカラットヒルに行った時、なんで普通に行くの許してくれたの?」

「いつもなら許してくれないのに、って?」

「うん、危ないって言って反対してた気がして。そうでしょ?」

「それはね……ミヅキ、あんたがポケモントレーナーになったからよ」

「あっ……」

 

 ミヅキはなんとなく察した。ポケモンがいれば、色んな所に行けると思っていたのは自分自身だ。

 

「ポケモンが一緒にいるから安全っていうのもあるけど、人とポケモンは一緒に暮らして、冒険をして……そして絆を深め合うもの。あたしもミヅキくらいの歳のころは、毎日色んなところに行ってポケモンバトルばかりしてたわ」

「えっ、ニャースといっしょに?」

「もちろん! あたしも昔はニャースと旅をしてたんだから」

 

 えっ、とミヅキは目を丸くした。ミキが旅をしていたなんて聞いたこともなかった。そして視線を移して寝ているニャースを見た。

 

 自由気ままで、家にもいたりいなかったり。それでも「そのうち帰ってくるわよ」とミキは慌てることもない。そして言う通り、いつの間にか家に帰ってきて寝ている。ニャースはそんなポケモンだった。

 

(ママとニャースもパートナー同士、それだけ信頼しあってるってことかな)

 

「ママも旅してたなんて、しらなかった……」

「そりゃ言ってないもの。ミヅキは今までそれほどポケモントレーナーに興味なかったでしょう? だから私、ミヅキがポケモンに興味を持ってくれてるのが嬉しいのよ」

 

 ミヅキははっとする。心当たりはあった。たしかにそうだ。ママはカントーでもわたしをスクールに通わせていたし、直接は言わなかったけれど、わたしにもポケモントレーナーになってほしかったのかもしれない。

 

「だから、ミヅキ。あんたもヤトウモリやフワンテと一緒にいろんなところに冒険してみなさい。それがきっと、かけがえのない財産になるから」

「財産……?」

「そう。でも今はまだ、あんたが毎日を楽しいと思ってくれるだけで十分! それが一番嬉しいわ」

 

 ハラさんも同じようなことを言っていた気がする。きょとんとしたミヅキの顔を見て、ミキの瞳が少しだけ揺れた。

 

「私ね、このアローラに来て最初はすごく心配してた。環境を変えて、もしかしたらミヅキにすごく無理させてるかもしれないって。でも、よかった。あんたにもたくさんの友達ができて、ヤトウモリやフワンテと出会って……ね、ミヅキ。今、楽しい?」

「うん! わたし、今すっごく楽しいよ! アローラに来てよかったって思う!」

 

 ミヅキはにっこりと笑ってそう答えた。すると声が大きかったのか、ヤトウモリがミヅキの右肩に乗っかってきて、フワンテはご丁寧に帽子をミヅキに被せたあと頭の上に座り始めた。

 

『シュゥゥ』

『ふわんわ』

「ヴォエッ、フワンテはともかく……ヤトウモリあんた相変わらず重い……」

 

 ヤトウモリ(4.8kg)を肩に乗せてしぶい顔をしているミヅキを見ながら、ミキはくすくすと微笑んだ。きっとこのアローラの海と大地は娘にかけがえのないものを与えてくれる。今も、きっとこの先も。

 

「ヤトウモリ、フワンテ。これからもミヅキと仲良くしてあげてね」

「えー! これどう見ても虐げられてるんですけどっ!?」

 

 賑やかになった家で、今日も夜が更けていく。

 

 

 

 

 夜。リリィタウン、ハラの館。

 その応接間で、ハラとジュンサーが難しい顔をして話し合いをしている。

 

「ジュンサーさん。本日テンカラットヒルまで見回りにいってきましたが……あなたの報告通り、ゴーストタイプのポケモンが増えていましたぞ」

「しまキング、調査いただき感謝します。やはりそうでしたか…….」

「私も噂では耳にしていましたが、テンカラットヒルの生態が少しづつ変化しているというのは本当だったのですな」

「ええ、登山者からいくつかそういった報告がありまして。昼間にもかかわらずゴースやムウマに出会うことが多くなったと」

 

 ゴーストタイプは基本的に墓場や廃墟、暗闇を好むポケモンだ。スナバァやガラガラのように砂浜や火山帯に住むポケモンもいるが、それでも少数派である。

 

「しかし、なぜでしょう? 人為的なものでしょうか?」

 

 ジュンサーの問いに、ハラは首を横に振った。

 

「いいえ、一通り見て回りましたが、特に人の手が入った違和感はありませんでしたな。ポケモンスクールの子供たちが遊びに来てはいましたが、その程度の話。いつも通り、静かで美しい山でしたぞ」

「そうですか……」

 

 ジュンサーは安心したような、それでも不安がぬぐいきれないような微妙な表情をした。ゴーストタイプの大量発生は殺人や行方不明など、なにかしらの事件性をともなうことも多いので警戒せざるを得ない。

 

「ジュンサーさん、あなたは《かがやきさま》をご存じですかな?」

「え? ええ……子供のころ歴史の授業で教えられましたが、アローラ創造神話に語られる伝説のポケモンですよね?」

 

 唐突にハラは話を変えた。その意図がわからず、ジュンサーは戸惑いがちに答えた。

 

「その通りです。アローラはかつて、かがやきさまがもたらした光によって今のような自然の恵みに満ちた世界になったと言われていますな。しかし……それより前にも、確かに人とポケモンによる文明が存在していたという説があります。闇に包まれた影の王国が」

 

 光をもたらし、今現在に繋がるアローラを作り出したと言われるかがやきさまの伝承。それ以前に存在したと言われるアローラの古代王朝についての資料は殆ど残っていない。かろうじて、そのようなものがあった、と推測できる程度のものだ。

 

「えっ、そうなのですか? それは知りませんでした……」

「でしょうな。本当にあるかどうかもあやふやなものですから、いまだ公式の歴史としては認められておりません。ですが……私はそういったロマンを信じてしまうタチでしてな! ははは」

 

 闇と星に彩られた影の王国。名も失われたその王朝は、歴史研究家の間ではそう呼ばれている。光がなかったその頃のアローラは、ゴーストタイプのポケモンが今よりずっと多かったとも。

 

「え、ハラさん。つまり……今回のゴーストタイプの大量発生はその、過去の文明が関係しているということでしょうか?」

「それはわかりません。ですが、自然の変化は時に人の手にはあまるもの。大いなる流れに人は逆らえません。今回の件も、そういったものなのかもしれませんな」

「はあ……」

 

 ジュンサーはよくわからないといったふうに返事をした。

 

 カプ・コケコに命じられ、長年しまキングとして任を帯びてきたハラはシャーマンとしても名高い。特にアローラの自然と共に生きるという意識を強く持っている。ゆえに、ときにはハウオリのような都会で暮らす只人には理解できないことを言うこともある。

 

(うーん、そろそろ帰りたくなってきちゃったわ)

 

 ジュンサー本人は現実的な事件性を考えていたのに、ハラから飛び出したのはやたらとスピリチュアルな言葉だ。まあ、しまキングが人為的なものではないというのなら、きっとそうなんだろう。

 

 残業疲れも重なり心の中でため息をついて、ジュンサーは今日も仕事終わりに一杯引っかけることを決意した。

 




感想、質問、なんでもお待ちしてまーす!
いつも読んでくれてありがとー! 感想もちょーうれしーよー!
読了してくれた方、ぜひ評価とかいただけたらうれしーです!


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16.マオのお料理大作戦!

【前回のあらすじ】
1.ミヅキがフワンテをつり上げる
2.スイレンと一緒にバトルしてどさくさにまぎれてゲットする
3.なんか最近ゴーストタイプのポケモンが増えてるらしい


 今日はあいにくの雨の日。マオが新メニューの試食会をするというので、放課後にクラスの7人がアイナ食堂に集まっていた。

 

 床では皿に山盛りになったポケモンフーズにみんなのパートナーが勢いよくがっついている。その中には新入りのフワンテとサトシのイワンコもいたけれど、すでに仲間に溶け込んでいた。

 

 サトシはいわおとしをイワンコと一緒に完成させて、そのまま流れでゲットしたらしい。

 

「あ〜〜! お腹すいた! もう待ちきれないぜ! な、マーマネ!」

 

 サトシが口を開くと、みんながいっぺんに喋り始める。

 

「うんうん、ボクもお昼抜いてきたんだから!」

「おどろき。マーマネがお昼抜くなんて」

「アハハ、2人ともすごい気合ですね……」

「お前らなあ……あくまで試食会ってこと忘れてないか?」

「どー見てもお腹いっぱい食べる気だよね」

 

 ミヅキがジト目で呟いた。そのとき、厨房から「バチバチバチィ!」と電撃が弾ける音が響いた。一瞬、みんながしんと静まり返る。

 

「大丈夫ー!? マオちゃん!」

 

 スイレンが立ち上がって厨房を覗き見た。

 

「明らかに10まんボルトの音がしたな……」

 

 カキがまさかというふうにサトシの顔を見る。サトシは首を傾げた。

 

「10まんボルトって……ピカチュウはここにいるぜ? ほら」

「いなくない?」

「いないね」

「いませんね……」

 

 みんながパートナーたちのほうを見ると、そこにはピカチュウだけがいなかった。

 

「……あれ、どこ行ったんだ? おーい、ピカチュウー!」

 

 サトシがお店の中を見渡すと、ちょうど焦げくささを纏ったマオとピカチュウが厨房から出てきた。2人とも身体が黒い煤だらけだ。両手には鍋の寸胴を抱えている。

 

「もしかして……失敗!?」

「えー!?」

 

 お昼を抜いてきたサトシとマーマネは絶望的な顔をした。するとマオは安心させるようにニッコリと笑う。

 

「エッヘヘヘ……大丈夫大丈夫! 幻のアローラシチュー、完成しましたー!!」

 

 

 

 

「「「「「「あばばばばばばば」」」」」」

『なにごとロトォ!?』

 

 シチューを一口食べたみんなが痙攣しながら机に頭を打ちつけた。

 

 シチューからは10まんボルトの味がした。舌がびりびりして味がわからない。ミヅキはヒリヒリした舌を出しながらひぃひぃと息をしていた。

 

「なに……これえ……」

「マオ……この料理はいったい……」

「びりびり……しびれびれ……」

「うふふ、すごいピリッとしたのが癖になるでしょ! ピカチュウに手伝ってもらって、隠し味に10まんボルトを入れてみたんだー!」

 

 そうはならんやろ。みんなは頭の中でつぶやいた。マオは満面の笑みで理解不能なことを言う。気が狂い始めたカキがマオに詰め寄る。

 

「その理屈はおかしい! なぜ! WHY!?」

「でもこれビリビリしておいしいよ?」

『は!?』

 

 たった一人マーマネだけが復活してがつがつとカレーの続きを食べていた。みんなはびっくりしてすっとんきょうな声をあげて、ミヅキはもう考えることをやめて流されることにした。

 

「あーそっかーマーマネの特性はひらいしんだったかートゲデマルもそうだもんねー」

「新事実! マーマネ、ポケモンだった…….」

「ま、まあね? ……ってちがーう! ボクは人間!!」

「でもすごいなマーマネ……オレ舌が痺れて食べれないよ……」

「論理的に考えて、マーマネの舌は……その、なんというか」

「バカ舌だな……」

「えー!! ひどいよカキ!! みんなもなんでそんな目でボクを見るのさぁ!」

 

 みんなはやや引き気味にマーマネを見ていた。

 

「アハハ……成功したと思ったんだけどなあ……マーマネ、ありがとね」

『マッジィ……』

 

 マオとアマカジは苦笑しながらため息をついた。するとサトシがふと声をあげる。

 

「そういえばマオ、幻のアローラシチューって何なんだ?」

「ボクも知らないや。ハウオリのレストランでそもそもアローラシチューなんてメニュー見たことないし。ミヅキ知ってた?」

「ん、わたしはスイーツ専門だからね〜。聞いたことなかったなあ」

「えーっとそれはね……」

 

 マーマネとミヅキはハウオリの食べ物に詳しいが、それでも2人とも聞き覚えがない。マオが口を開こうとすると、厨房の奥からマオのお父さんが顔を出した。

 

「それは僕が説明しよう」

 

 

 

 

 マオのお父さんがいうには、アローラシチューというのは昔のお祭りやお祝いによく作られていた宴会向けの料理らしかった。ただ今ではその伝統もなくなり、レシピも失伝してしまっているという。

 

「で、海外で修行してる私のお兄ちゃんがこの前文献で偶然作り方を見つけて、内容を送ってきてくれたんだ! シチューの特徴的なピリピリした味を出すのに必須なのがやまぶきのミツ、なんだけど……今は時期はずれで咲いてないんだって」

 

 マオが恥ずかしそうにぽりぽりと頭を掻くと、ぴんと来たようにスイレンの表情が強ばった。

 

「マオちゃん、まさか……その代わりに10まんボルト……?」

「あはははは……もしかしたらって思ったんだけどね……」

『マオ、10まんボルトは調味料じゃないロト』

「おっしゃる通りで……ウウッ」

 

 ロトムの突っ込みにマオはがくりと肩を落としながらさめざめと泣いた。

 

「いくらなんでもぶっ飛びすぎだろ。かえんほうしゃで焼き肉をするようなもんじゃないか? それ」

「つよすぎ。火力」

「10まんボルトが強すぎるなら……うーん、エレキボールならよかったかもなあ。な、ピカチュウ」

『ピッカチュ!』

「そういう問題じゃなくない……?」

「ど、どうでしょうか……」

「これおいしすぎ! おかわり!」

 

 マーマネ以外が試食できなかったので、新しくマオのお父さんが作ってくれた料理を囲みながらみんなは感想を話し合っていた。マーマネは一心不乱にみんなの残したシチューをがつがつと食べている。

 

 そこでミヅキはふと思い出した。

 

「そういえばやまぶきのミツって、前にロトムがいってなかったっけ? なんかオドリドリの姿が変わるとかなんとか」

『ミヅキ、よく覚えてるロト! ジェイムズさんのオドリドリとモクローがバトルした時に説明したはずロト!』

 

 ミヅキが覚えていたことが嬉しかったのかロトムがテンション高めに言う。一方サトシはあまり覚えてないようで首をひねった。

 

「えーそうだっけ?」

『サトシはもうすこしボクの説明をしっかり聞くべきロト。ポケモンの基本情報はバトルの勝敗に直結する要素ロト!』

「聞いてるんだけどバトルに集中しすぎて忘れちゃうんだよなあ」

『ピーカァ』

 

 ピカチュウはだるーんとした顔をしながら苦笑した。サトシの猪突猛進バトルマニアなところには慣れっこらしい。

 

「モグモグ……まあ、サトシって、ムシャムシャ……感覚派っぽいからね、ボクと違って……はぐはぐ」

「マーマネ、食べながら話さないー。美味しそうに食べてくれるのはうれしいけどね……」

『やまぶきのミツは3月から5月に取れるらしいロト。今は6月だから見つけるのは難しいかもしれないロト。具体的には……ビビビ、計算中……発見率8%ロト』

 

 アローラは常に温暖なので他の地方ほど季節を感じないけれど、それでも四季はちゃんと存在する。いまはちょうど初夏で、海水浴がしたくなってくる季節だった。ロトムの計算結果を聞いてマオは苦笑いした。

 

「アハハ、8%じゃちょーっと厳しいなあ……」

「8%もあるんじゃん! なら見つかるって!」

「え?」

 

 サトシのポジティブシンキングにマオはぽかんとした表情になる。それを聞いてみんなはくすりと笑った。

 

「確かに100回に8回っていうと難しそうだが、10回探せば1回くらいは見つかるって考えればそこまで低い確率じゃないかもしれないな」

「うんうん、見つかる!」

「そーそー、7人もいるんだから」

「論理的結論として、7人で探せば見つかる可能性もぐっと上がるはずです!」

「モグモグ……えっ? みんななんか言った?」 

「マーマネの食べた分のカロリーを運動して消費するって話だよ」

「えっ?」

 

 ミヅキはしたり顔でそんなことを言うけれど、当のマーマネはまったく意味がわからず首を傾げるだけだ。ミヅキはちょっと滑ったかなと思い顔が赤くなった。

 

「でもみんな、悪いよ……試食だけじゃなくて食材探しまで手伝って貰うなんて」

「困ったときはお互い様! でしょ、マオちゃん」

「スイレン……」

 

 申し訳なさそうに断ろうとするマオに、スイレンがにっこりと笑みを向けた。

 

「うんうん、オレもマオの完成したアローラシチュー食べてみたい!」

 サトシのその言葉にみんな力強く頷く。マオを手伝うという気持ちは一緒だった。

 

「そうと決まったら、明日みんなでやまぶきのミツを探しに行くぞー!」

『おー!!!』

 

 

 

 

「今日は晴れてよかったね!」

「ああ。でもそういえば、どうやってやまぶきのミツを探すんだ?」

『そうロト。やまぶきのミツを探すにはオドリドリを目印にすればいいけど、その肝心のオドリドリが時季外れで今はあまりいないロト。遭遇確率はミツと同じ8%ロトよ』

 

 次の日、スクール周辺の森の中にみんなは集合していた。そしてカキとロトムが至極もっともな疑問をあげる。

 

 やまぶきのミツを見つけるならそれを餌にしているオドリドリを見つけて追跡すればよい。しかし肝心のオドリドリが今この森にはあまりいない。

 

「歩いてれば見つかるさ! 行こうぜピカチュウ! イワンコ!」

『ピッカァ!』『ワンッ!』

「サトシ、ちょっと待ってください!」

「えっ?」

 

 リーリエが焦って飛び出していきそうなサトシを止めた。その表情はどこか自信に満ちあふれている。みんなの視線がリーリエに注がれた。

 

「わたくしは昨晩考えました! ロトムの言うとおり、やまぶきのミツを探すにはオドリドリを目印にすればよいと。ならば……出てきてください! オドリドリ!」

『クルルルル!』

 

 リーリエが投げたモンスターボールから出てきたのはぱちぱちスタイルのオドリドリだ。マオはそれにピンときて手を叩いた。

 

「あ、もしかしてジェイムズさんのオドリドリ!」

「そうです! ジェイムズにお願いして借りてきたんですよ。今日はよろしくお願いしますね。オドリドリ!」

『クルルッ!』

 

 オドリドリはやる気が満ちあふれたように踊りながらリーリエにハイタッチしようとした。そしてみんな虚を突かれたように「あ」と声をあげた。

 

「ひ、ひゃああああああ!」

『クル!?』

 

 リーリエが高速で後ずさりしてガタガタと身体を身震いさせる。オドリドリはしまったという顔でリーリエを心配そうに見つめていた。マオとミヅキはそんなふたりを見ながら苦笑する。

 

「あらー、そうだ……リーリエまだシロンにしか触れなかったもんねぇ……」

「シロンにふつうに触れてるからその辺忘れてたよね……たぶんオドリドリも」

『クルル……』

「ああっオドリドリ、あなたのせいじゃないんです。わたくしがまだシロン以外に触れないせいで……」

『コン……』

 

 リーリエはすぐに立ち直ったが、それでもその表情は晴れない。心配そうなシロンの顔を見た。まだわたしはシロンにしか触ることもできないし、みんなみたいにポケモンバトルだってうまくできる自信がないのに……。

 

「大丈夫、触れるようになる、絶対! シロンにだって触れるようになったんだから! ファイト、リーリエ!」

「うんうん。それこそ、論理的結論、でしょ?」

 

 スイレンとマーマネの言葉は、不安になったリーリエの心の中にすっと入り込んでいった。そう、今までのように少しづつできるようになっていけばいい。

 

「スイレン、マーマネ……ありがとうございます。わたくしは大丈夫です! ひとまず今は、やまぶきのミツを探さないと。オドリドリ、やまぶきのミツがある場所に心当たりはありませんか?」

『クルル』

 

 オドリドリは周辺の匂いを探るようスンスンと鼻を鳴らすと、やがて一つの方向に向けて飛び立った。何か見つけたようだ。

 

「行ってみましょう!」

 

 7人は頷きあうと、森の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 果たしてやまぶきのミツは割と簡単に見つかった。

 オドリドリが案内してくれた先にあった、周囲を崖に囲まれた広場には、一面の山吹色の花が咲いている。

 

「オドリドリ、すごいです! ありがとうございます!」

『クルルルン♪』

 

 作戦成功だ。リーリエが満面の笑みでオドリドリにお礼を言うと、オドリドリは上機嫌にぱちぱちと踊ってそれに答える。

 

『8%なのにあっという間に見つかっちゃったロトー!』

「だろー? だから見つかるって言ったじゃん」

『見つかるにしても簡単すぎるロト。ボクの確率計算に間違いはなかったはずロト……』

「そんなのカンケーないって! みんなで力を合わせればできる!」

『理解不能、理解不能』

 

 驚愕の叫びをあげるロトムに対して、サトシは得意げにそういった。やってみなきゃわからない。それがサトシの口癖でもある。

 

「まあ、実際に探してくれたのはオドリドリなんだけどねえ」

「案の定、ノープランで飛び出そうとしてたな。あのままじゃいつまでかかったことか」

「ぎくり」

 

 マーマネとカキがあきれ顔でそう言うと、サトシの顔がこわばった。実際のところ、サトシは別に今日はなにもしていないのだった。そんな様子を見てリーリエとミヅキはくすりと笑う。

 

「まあまあ、やまぶきのミツを探そうって言ってくれたのはサトシですから」

「もしかすると、サトシが8%でも見つかるよって言わなかったら、みんなで探そうってならなかったかもだよね」

「あ、たしかに……」

 

 サトシはポジティブ思考で周囲を巻き込むのがうまいとミヅキは思っている。ちょっぴり無鉄砲で勢いだけなところもあるけれど、それは自分にはない才能だし、正直羨ましいとも感じていた。

 

(サトシみたいにいつもポジティブになりたいって思う時もあるけど、わたしには難しいんだろうな)

 

 ミヅキがそんなふうに考えていると、ひとり花畑を見つめたままぼうっと黙っているマオにスイレンが声をかけた。

 

「マオちゃん、どうしたの?」

「え!? ううん! すごい……って、思っちゃって」

「えっ……?」

 

 マオは嬉しそうではあったけれど、それでもどこか遠い目をしていた。スイレンの怪訝そうな声にみんなも反応する。

 

「マオ、どうかしたのか?」

「嬉しすぎて言葉も出ないとか〜? あ! ボクも完成したアローラシチュー楽しみだけどね!」

『モキュキュ!』

「マーマネもう食べることしか考えてないし……でもマオ、ほんとにどうしたの?」

 

 ミヅキもマオの表情を覗き見た。いつものマオなら「食材だー!」なんて言って誰よりも先に駆けていきそうなものだったから。

 

「ううん。そんな大したことじゃないの。あたし、1人じゃやまぶきのミツを探しに行こうなんて思わなかったし、やっても見つからなかったと思う……。でもこうしてみんな手伝ってくれて……あっという間にミツを見つけられたの、ホントにみんなが凄いと思って!」

 

 マオは卑下しているわけではないけれど、自分よりクラスのみんなの方がすごいと思っている。だからこそみんなを尊敬しているし、クラスみんなで仲良くいることを人一倍大切にしていた。

 

「そんなことないって。マオだっていつもオレたちを助けてくれてるじゃん!」

「そうだな。マオがいるから、俺たちはみんなまとまっていられるんだぞ?」

 

 サトシとカキが意外そうな顔でそう答えると、みんなも「うんうん」と深く頷いた。

 

「へっ?」

 

 マオは心当たりがなさそうにきょとんとした顔をする。それを見てスイレンはにっこりと笑って、マオの手を握った。

 

「マオちゃんはいつだってみんなのことを見てくれるよね。おせっかいって言うけど……わたし、ううん。わたしたちはみんなそんなマオちゃんのことが大好き。だから自信持って!」

「スイレン……」

「やまぶきのミツを探しに来たのだって、マオちゃんに喜んでほしいからだよ。そうでしょ? ね、みんな」

「そうそう! それにさ、みんなマオの作るアローラシチューがすっごく楽しみなんだから!」

「マーマネ……いや、でもまだどんな味になるかわかんないし……」

「えー、美味しくないわけないよ! パーティーするときとかいつもすっごく美味しい料理作ってくれるんだからさ! ボクたちあんな美味しい料理作れないもんね」

「わ、わたくしは料理は作ったことがありません! だからマオはすごい、です!」

「リーリエ、なんかそれ墓穴掘ってない……?」

「そ、そうでしょうか……? わたくしも料理を練習した方がいいのでしょうか……」

 

 なんだか空回りしたようなリーリエにミヅキは苦笑いした。そして自分の服にチラリと目線を移すと、やがてマオに話しかける。

 

「マオ、わたしね……この服をリーリエの家で3人が選んでくれたちょっと後にさ、はじめて1人でハウオリを散歩したんだ。それで何となくアイナ食堂にご飯食べに行ったんだけど、あの時のこと覚えてる?」

「えっ……? うん。確かミヅキにカントーの暮らしとか色々聞いたよね! でもそれがどうかしたの?」

「あの時、忙しいだろうしもしかしたら迷惑かなって思ったんだ。だからああして何気なくわたしとおしゃべりしてくれたこと、すっごくうれしくてさ。なんていうのかな……わたしもアローラでやっていけるかも、って安心できたの」

「そ、そんなあ。大げさだよミヅキ! ただ普通におしゃべりしただけじゃない」

「ううん。そうやってマオが当たり前だと思ってることで、みんな助けられてるんだよ。だから、マオはすごいんだ!」

 

 みんなのことを普段から思いやれる人は想像以上に少ないし、そうでなくても仲の良さによって差はできる。気配りはマオ自身も意識していない才能だった。

 

 マオは真っ直ぐに自分を見据えるミヅキの瞳を見た。嘘でもお世辞でもない本音がそこにある。

 

「そう、なのかな。みんな……ありがとう」

 

 マオの胸の中にはなんだか安心感にも似た温かい気持ちが広がっていた。

 

「さ、早くミツを取りに行こうよ! アローラシチューのために!」

「マーマネもうホントそればっか……」

「台無し、いい雰囲気」

「えー! なんでさ!」

 

 みんなが花畑に向かって歩き出すと、いち早く走り出したマーマネが振り向いてぼうっとしていたマオを呼んだ。

 

「マオもはやく来なよー!」

「あ、うん!」

 

 みんなを追ってマオが歩き始めたその瞬間、空にキラリ鈍く何かが光った。最初にそれに気づいたのはスイレンだった。

 

「えっ?」

「スイレン、どうしたの……ってうわぁ!」

 

 気づいた時にはすでに遅かった。上空に現れた巨大な気球から落とされた巨大な網がみんなを捉え、そのまま宙吊りにされてしまう。無事なのはみんなよりすこし離れていたマオとアマカジだけだった。

 

「みんな大丈夫!?」

「なんなんだこれは!」

「うぐぐ。なーんかこのパターン覚えがあるような…」

「狭いよお! 誰かのいたずら!?」

 

 マーマネが言うと、それに答えるように花畑に3つの影が躍り出た。

 

 

 

 

「誰かの悪戯!? と聞かれたら」

 

「聞かせてあげよう、我らが名を」

 

 

花顔柳腰・羞月閉花

 

儚きこの世に咲く一輪の悪の華!

 

 

「ムサシ!」

 

 

飛竜乗雲・英姿颯爽

 

切なきこの世に一矢報いる悪の使徒!

 

 

「コジロウ!」

 

 

一蓮托生・連帯責任

 

親しき仲にも小判輝く悪の星!

 

 

「ニャースでニャース!」

 

 

「「ロケット団、参上!!」」

 

「なのニャ!」「ソーッナンス!」

 

 

 

 

「ロケット団! またお前たちか!」

 

 サトシが怒っている横でミヅキはふと思った。

 

「……ねえサトシ、ロケット団っていつもこんなことやってるの?」

「ああ、いつも悪さばかりしてる悪いヤツらだからな」

「もしかしてサトシのストーカーなのかな」

「ありうる、それ」

『ロケット団のサトシとの遭遇率から導かれるその可能性は99%ロト』

「マジか……」

 

 みんなが網の中からロケット団の方をジト目で見始めると、ムサシの顔がほんの少し青くなる。

 

「ごちゃごちゃうるさいわね! あんたたちがなんかコソコソなにか探してるのを見かけたからついてきただけよ!」

「そしたら高級品のやまぶきのミツが大量にあったってわけだ」

『このミツはニャーたちが全て頂くニャ。でもってロケット団の活動資金源にさせてもらうのニャー! ニャハハハ!』

『ソーーナンスッ!』

 

 ロケット団が高笑いすると、カキの表情が一気に鋭くなった。

 

「全てだと!? アローラの自然の恵みを根こそぎ奪っていくなんて許せん!」

「ハァー? この土地は誰のものでもないじゃない。だからあたし達が何しようが自由ってわけ。なんであんた達にそんなこと言われなきゃいけないのよ?」

 

 アローラの自然の恵みは、そこで生きる全てのものと分け合わなければいけない。アローラの人々は昔からそうやって生きてきたのだとカキはよく知っていた。マオもそれに続く。

 

「自然のものを無闇にたくさん取っちゃダメなの知らないの!? 花のミツだって人のためにあるわけじゃない。このミツを食べて暮らしてるポケモンだってたくさんいるんだよ!? 人はそれを分けてもらってるだけ! なのに……」

「ハイハイ。そういうお説教は勘弁だわぁ。そんなに止めたきゃポケモンバトルで止めてみなさいよ! そこの緑ジャリガールだけでできるもんならね」

「くっ……」

 

 思わずマオは後ずさりしてしまう。以前リーリエの家で見たムサシのミミッキュの強さを思い出したのだ。

 

(あたしとアマカジだけでロケット団を倒せるの……?)

 

 マオは思わず足下に佇むアマカジを見た。アマカジは震えていたけれど、それでも強いまなざしでロケット団をにらみつけていた。

 

「アマカジ……」

『マジッ!』

 

「……うん、そうだね! アマカジがこんなに頑張ってるのに、トレーナーのあたしが怖がってちゃダメだよね」

 

 マオはあらためてアマカジの横に立ってロケット団を正面に見据えた。1人でもやる気のようだ。ほう、とムサシは意外に思う。

 

「はん? 緑ジャリガール、前もミミッキュにビビってたくせにそんな弱っちいポケモンでなにができるってぇのよー!」

「その通り、オレたちを舐めてると痛い目見るぞ!」

『この機会にロケット団の真の恐ろしさを教えてやるニャ……」

「……今までのあたしならしょうがないってあきらめてたかもしれない。でもね! みんながあたしの背中を押してくれたからやまぶきのミツを見つけられたの。だから……あたしたちだってみんなのために戦える!」

「マオちゃん……」

 

 スイレンが心配そうに呟く。マオを信頼していないわけではないけれど、それでも幼馴染みの立場からすると傷ついて欲しくない気持ちの方が強かった。

 

 マオはスイレンの気持ちを察したのか、まっすぐにスイレンの方を見た。それは闘志を秘めた1人のポケモントレーナーの瞳だ。

 

「だいじょうぶ! スイレン、みんな。あたしを信じて!」

「はん、美しい友情ですこと。じゃあこうしましょ。アタシたちが勝ったらやまぶきのミツはぜーんぶいただいていくわ。そのかわり、緑ジャリガールが1人でアタシたちに勝てたら、ミツはあんたたちに譲ってあげる」

 

 実際のところ、ミミッキュはピカチュウにしか興味がないのでこのバトルで使うことはできない。ただムサシの見立てではソーナンスでもこのアマカジには十分勝てると踏んでいた。

 

「そんなの信用できるか!」

「そーだそーだ!」

「ハァー? 聞っこえませーん」

 

 ムサシがサトシとマーマネを煽ると、マオがゆっくりと口を開いた。

 

「……あたしが勝ったら、やまぶきのミツは諦めるのね?」

「そうよ? っつってもアンタがアタシたちに勝つなんてありえないけどねー!」

「やってみなきゃわからない!」

 

 マオが力強く叫んだ。それはどこか自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。サトシはハッとした。それはサトシ自身がいつも言っている言葉だったから……。

 

「……ああ、そうだな。俺はマオとアマカジを信じる!」

「俺もだ」

「サトシ!? カキまで……」

「2人の気持ちは分かります。でも、わたくしはマオとアマカジが傷ついたらと思うと……」

「ボクも心配だよ……」

 

 スイレンとリーリエ、マーマネが心配そうな顔を浮かべた。

 

 極論、スイレンは逃げてもいいと思っていた。ロケット団が狙っているのはミツだけだし、自分たちは捕まっているけれどマオがジュンサーさんやククイ博士を呼んできてくれれば何とかなるだろうと思っていたから。

 

「大丈夫だ。お前たちが心配なのはわかる。でもマオのあの決意を見たら、信じない方が失礼だろう。同じポケモントレーナーとしてはな」

 

 カキの目はどこか確信めいていた。幾度もバトルを経験しなければわからない何かをカキとサトシは感じたのかもしれない。納得はできなかったけれど、それでも純粋にスイレンはそれを羨ましいと思った。自分も2人と同じように迷いなくマオを信じたかった。

 

 だから、信じることにした。

 

「……わかった。頑張って、マオちゃん! でも、絶対に無理はしないで。アマカジも」

「……ありがと、スイレン。あたしさ、まだみんなが言ってくれるみたいに自分のこと、すごいって思えないんだ。でもね、だから……このバトルはあたしにやらせて! そうしたら、何かが見えてくる気がするの」

 

 ミヅキは気づいた。マオは自信がないのだ。それは以前の自分とどこか重なって見えて、思わず叫んだ。

 

「マオ! リーリエの家で一緒に戦ったときのこと思い出して! アマカジと自分を信じて! あの時の感覚があれば絶対にマオは勝てるから!」

「……うん!」

 

 マオとミヅキは頷きあった。あの時一緒にバトルした2人にしか分からない気持ちがある。

 

「ふん、ごちゃごちゃうるさいのよ! ちゃちゃっとやっちゃいましょ! ソーナンス!」

『ソーーーナンスッ!』

「いくよアマカジ!」

『マジッ!』

 

 一瞬の間。みんなが息を呑んだ。そして。

 

「アマカジ、こうそくスピン!」

「ソーナンス! 適当にやっちゃって!」

 

 アマカジのこうそくスピンがソーナンスに激突した。しかし、

 

『マジィ!?』

 

 確実にヒットしたはずがアマカジの身体は勢いよく弾き飛ばされる。

 

『あれはカウンターロト! マオ! ソーナンスはがまんポケモン。基本的に相手の攻撃を跳ね返して戦うことが得意なポケモンロトー!』

「カウンターか……厄介だな」

「でも今カウンターなんて命令されてなかったよ!?」

「あのソーナンス、できる……」

「適当にやっちゃってっていうのもトレーナーとしてどうなの……?」

 

 みんなの戸惑いを聞いてムサシは高笑いした。

 

「オホホホ! 凄いでしょーうちのソーナンスは! だからあんたが勝つ可能性なんて万が一もないわけ! 分かった?」

「くっ……」

 

 こちらから攻撃すればカウンターで跳ね返される。正面からぶつかりあってもしょうがないことは明白だった。

 

(これは前に野生のヤトウモリと戦った時と同じ……! 正面からがダメなら、あの時みたいに注意を逸らして攻撃するしかない!)

 

「アマカジ、あまいかおり!」

『マッジィ!』

 

 周囲にあまいかおりが漂い、サトシのモクローがリュックから出てふらふらと網に激突した。そしてソーナンスにも変化が起きた。一瞬アマカジへの注意が逸れたのをマオは見逃さなかった。

 

「今だよ、アマカジ! もう一度こうそくスピン!」

『ナンスッ!?』

 

 今度はソーナンスが吹き飛ばされた。ムサシの指示がなかったおかげでカウンターの発動が一瞬間に合わなかったのだ。

 

「ちょっとソーナンス! ちょっと良い匂いがしただけでやる気なくしてんじゃないわよー!」

『ソソソーナンスッ……』

「あん!? 何よ!」

『ちゃんとムサシが指示してくれないとタイミングがわからないから今みたいになるって言ってるニャ……』

「そりゃそうだよな……」

 

 ニャースとコジロウはため息をついた。ムサシはある意味ソーナンスを信頼しているので、何でも適当に自分でやれると思っている。そもそもムサシはカウンターとミラーコートの違いすらうろ覚えなのだ。

 

「ハァー、まったく手の掛かるやつね! わかったわよ。ちゃんと指示するから勝ちなさいよ!」

『ナンスッ!』

 

 ソーナンスとムサシがマオとアマカジに向き直った。油断がなくなった敵を見てマオの額に汗が伝う。それでも攻撃を止めるわけにはいかない。

 

「アマカジ、もう一度あまいかおりからこうそくスピン!」

「ふん、同じ作戦がそう簡単に通じると思わないことね! ソーナンス……今よ! えーっと、カウンター!」

「あっ、アマカジ駄目!」

 

 マオは止めたがすでに遅かった。あまいかおりで集中力が途切れたかに見えたソーナンスは、果たしてムサシの指示通りのタイミングでカウンターを行いアマカジをはじき飛ばしたのだった。

 

『マッジィ!?』

「アマカジ! 大丈夫!?」

 

 マオの足下にアマカジが転がる。思わず駆け寄って無事を確認するが、アマカジはマオの言葉に応えるように顔を顰めながらも気合いで立ち上がった。

 

(やっぱり、同じ作戦はもう通じない……。アマカジが使えるわざはこうそくスピンとあまいかおりだけ。それなら次はどうすればいいの……!?)

 

 前はミヅキがうまく指示をくれた。でも今度は1人で戦わなければいけない。今になって冷めたい氷をお腹の底に落としたような不安がマオを襲う。

 

(考えるのよマオ! カキやサトシなら!? いや、ミヅキならどうする!?)

 

 自分にはカキやサトシのようなポケモンバトルの腕はない。それはわかってる! 実力が足りなくたって、工夫次第でバトルはいくつもの可能性を見つけられる。ミヅキが前にそうしていたみたいに!

 

 そこまで考えてマオははっとした。

 

(ミヅキなら……? ちがう! 大事なのはあたしならどうするか! あたしにできること! あたしが得意なこと―――!)

 

 無意識にマオは足を動かした。じゃり、と靴と乾いた土がこすれ合う音がする。

 

(土……?)

 

 マオはふと思った。ここは自然に花畑ができる程度には肥沃な土がある場所だ。質の悪い硬い砂地じゃない。柔らかければアマカジのこうそくスピンでも十分地面を掘れる。

 

 そして昨日は雨だった。土の表面は乾いているけれど、その下の層は泥のように湿っているはずだ!

 

 マオは閃いた。それならもしかして、攻撃になるかもしれない……!

 

「なにぼーっとしてんのよ。もしかしてこのまま降参ってことぉ?」

「誰が! アマカジ! ソーナンスの目の前の地面にこうそくスピンだよ!」

「は!?」

『マジッ!』

 

 虚を突かれたムサシをよそに、アマカジは迷いなくソーナンスの目の前の地面に攻撃した。ドリルのように地面を掘るアマカジの四方八方に泥が飛び散る。

 

 そしてその中の一塊がソーナンスの目に直撃してたまらず声をあげた。

 

『ソ、ソーナンスッ!?』

「ちょっとソーナンスなにしてんのよ! そんな泥カウンターで跳ね返しなさいよ! ほら!」

『ソ、ソナ! ナンスッ!』

『これはわざじゃないからどうにもならんって言ってるニャ……』

「もーなによそれー!」

 

 予想外すぎてムサシの頭は一瞬パニックになり、その隙に命令が一歩遅れた。それをマオは見逃さなかった。

 

「よそ見しないでよ! アマカジ、そのままソーナンスにこうそくスピンだよ!」

「あ、しまっ……」

 

 アマカジの渾身の一撃が視界の奪われたソーナンスを突き飛ばした。みんなの歓声があがる。

 

「効いてる!」

「地形を使ってどろかけを再現したか!」

「マオ、すごいです!」

「でもソーナンスも持ちこえてるよ!」

「ダメージはある。だが、ソーナンスを倒すにはパワーが足りないんだ。今のアマカジのパワーではソーナンスの防御力を突破できない……!」

「そんな……アマカジ……マオちゃん……」

「なんとかならないんでしょうか……?」

「今の攻撃もあくまで奇襲だったからね……どうにかあと一回わざが当たればいいんだけど」

 

 ミヅキはちらりと息の上がっているアマカジを見た。ソーナンスだけでなくアマカジにも疲れとダメージが蓄積している。持ってあと一撃……思ったその時、アマカジの身体が青く光り始めた。

 

 一番最初にそれにびっくりしたのはマオだった。

 

「え、何!? アマカジどうしたの!?」

「あれは……もしかして!」

「進化だ!」

 

 アマカジの姿が一気に大きくなり、人型になる。そして進化が終わった時、そこには小柄な女の子のような姿をしたポケモンがいた。

 

『アマーイ!』

 

 そのポケモンはマオに向き直るとにっこりと笑いかけた。その優しげな表情は、姿が変わってもかつてアマカジだったことを教えてくれる。

 

「アマカジ、あなた進化したのね……!」

『アマイ!』

『アママイコ フルーツポケモン。とびはねるように うごきまわり あたまの ヘタを ふりまわす。 ぶつけられると かなり いたい ロトー! マオ! アママイコの得意な攻撃はおうふくビンタロト!』

 

 ロトムが大声で叫んだ。マオとアママイコは強く頷く。コジロウとニャースはどこか心に寒気を感じた。

 

「なあニャース……これって」

『なーんかいつものパターンに入ってる気がするニャ……』

「何言ってんのよあんたたち! 進化したからって何よ! そいつの攻撃をカウンターすればこっちの勝ちなんだから。ほらソーナンス、カウンターよカウンター!」

『ソーナンスッ!』

 

 ソーナンスは正面に防御を固めた。それでもマオは構わず叫んだ。

 

「アママイコ、おうふくビンタ!」

『アマイッ!』

 

 アマカジの時とは比べ物にならないスピードでアママイコがソーナンスに迫る。そして、

 

「今よ! カウンター!」

「そのまま回り込んでアママイコっ!」

『ナンスッ!?』

 

 ソーナンスに衝突するギリギリのところでアママイコはぐるりと回転しながら脇をくぐり抜けた。そこにあるのはカウンターを固めていないソーナンスの背後である。

 

「見えない後ろはカウンターできないでしょ!思いっきりやっちゃって!」

『アッッッマイ!』

 

 思いっきり振りかぶったおうふくビンタがソーナンスの後頭部をぶっ叩いた。そのまま吹き飛ばされ、ソーナンスは目を回しながら地面に崩れ落ちた。

 

 アママイコとマオの勝利だった。ムサシが呆然とした表情でKOされたソーナンスを見つめる。

 

「ちょ、ちょっとウソでしょソーナンス!」

「約束は守ってもらうから!」

「チッ……こうなったら! 行きなさいミミッキュ!」

 

 ムサシはミミッキュを繰り出した。あくまでミツを譲る気は全くない。それを見てサトシとリーリエが声を荒げた。

 

「おい勝負はついただろ! 卑怯だぞ!」

「そうです! 潔く負けを認めてください!」

「誰も1対1だなんて言ってませーん。ほらミミッキュ、行くわよ!」

『ク……クカッ!』

『ピカピ!?』

 

 果たしてミミッキュは網の中にいるピカチュウの方を見ていた。

 

「ちょっとミミッキュ! だからそっちじゃないって言ってるでしょうが!」

 

 ムサシが怒ったその瞬間だった。空に閃光が瞬き、みんなを宙吊りにしていた網が切断された。

 

「お、落ちるー!」

「きゃあああ!!」

「アシマリ! みんなをバルーンで包んで!」

『アウッ!』

 

 ボヨンボヨンという音と共にバルーンに包まれたみんながゆっくりと地面に落下する。無事だったみんなはそれぞれ安堵の声を出した。

 

「ちょっとコジロウ! ニャース! なに逃してんのよー!」

「俺はなにもしてないぞ!」

『ニャーもだニャ』

「ってことは……」

 

 ロケット団の3人の視線がぎこちなく一点に集中した。そこにはピンク色の巨大な熊が無表情に3人を見下ろしていた……。

 

「「「なんなのこの感じー!?」」」

 

 あっという間にロケット団たちを回収し小脇に抱えると、キテルグマは一瞬にして走り去っていった。ただみんなはそれをポカンとした顔で見送っていた。

 

 

 

 

「ハイ! やまぶきのミツを取り入れた本当のアローラシチュー! 完成しましたー!」

『アマーイ!』

 

 テーブルを囲んだみんなから歓声があがる。その日の夕方、アイナ食堂。改めてアローラシチューの試食会が行われていた。

 

 みんなが同時に一口目を口に運ぶ。マオとアママイコはごくりと唾を飲んだ。そして、

 

「「「「「おいしー!!!!!」」」」」

 

みんなは一斉にそう言った。美味しさでみんな顔がほころんでいる。それを見てマオは目頭が熱くなった。

 

「ホント!? よかったぁ……!」

『アマイ! アマーイッ!』

『そんなに美味しいならボクも食べてみたいロト!』

「故障しても知らないよ……? マオすごいよこのシチュー! 無限に食べられちゃうかも! 絶対ハウオリグルメ5つ星間違いないって!」

「ちょっとミヅキ! ボクのセリフ取らないでよ! ボクだってそう思ってるからね! マオ!」

 

 謎の張り合いをしているミヅキとマーマネに続いてみんなも便乗する。

 

「あ! オレもオレも!」

「わたくしもです!」

「看板商品間違いなし!」

「みんな……ほんとにありがとう! ってカキ、どうしたの? お腹痛いの!?」

 

 マオは焦った。突然顔を伏せてカキが震え出したのである。尋常ではなかった。

 

「俺は……」

「う、うん……」

「俺は、俺は今! とてつもなく感動しているッッッッ!! このコク! 深み! まろやかさ! 全てがアローラの大自然、そして歴史を感じさせる! このシチューなら俺は毎日食べたいくらいだッッッッ!!」

 

 カキは涙を流しながら興奮していた。そのテンションにみんなドン引きしている。

 

「え、ええ……って泣くほど!? 喜びすぎだよカキ! しかも毎日って! そんな大げさだってば! それに時期外れだから毎日は作れないしさ……」

 

 褒められすぎてマオの顔は赤かった。それでも満更ではないようで少し顔がにやけている。そしてスイレンがピンと来たように言う。

 

「そっか、出せないんだ。メニューに。やまぶきのミツが取れる時期じゃないと……」

「えー! それじゃあ不採用ってことー!? ボクもっと食べたいよー!」

 

 マーマネが絶望的な顔で言うと、マオはクスリと笑った。

 

「うんうん。スイレンの言う通りなんだけど……だからすぐに新メニューとはいかないけど、春の期間限定メニューにすることにしましたー!」

「じゃあ来年の春は毎日食べ放題ってことー!?」

「その通り!」

「ホントか!? やったなマーマネ!」

「うん! サトシも来年はたくさん食べに来ようね!」

「ああ!」

「俺も行くぞオオオオ!!!」

「「う、うん……」」

 

 サトシとマーマネはややドン引きしながらカキに答えていた。それを笑いながら見つつ、ミヅキは今日のマオの戦いを思い出していた。

 

「それにしてもさ、今日の2人、ほんとにかっこよかったよね!」

「うん! マオちゃん、すごくかっこよかった! アママイコも!」

「おふたりの絆、わたくし感動してしまいました……!」

『まさかこうそくスピンで地面を掘ってどろかけにするとは思わなかったロト!』

「あはは……あれはただ夢中だっただけっていうか。みんなと一緒に見つけたものを絶対に奪われたくないって思っただけで……だからあたしだけの力じゃなくて、アママイコやみんながすごいってことで……」

 

 マオはすこしモゴモゴしながらそんなふうに言った。戦ってる時は考えていなかったけれど、終わった後に考えるとずいぶん恥ずかしいことを言っていたような気がする。

 

「ね、ミヅキ、リーリエ。ほんとずるいよね。マオちゃんって」

「そういうのを恥ずかしがりながら普通に言えちゃうとこね」

「そこもマオらしさというか、凄いところですよね」

「うん、マオちゃんって感じ。すごく」

 

 3人は顔を見合わせてくすりと笑った。マオは自分だけが何かに気づいていないような感じがして焦りはじめる。 

 

「えー!? どういうこと!?」

「「「ううん。なーんでも!」」」

「だからわかんないってばー!」

 

 マオは答えがわからずうなだれて、アママイコはそれを見て嬉しそうに笑った。今日もアイナ食堂は賑やかである。

 



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17.負けず嫌い系泣き虫お嬢様

 カプ・コケコはメレメレ島の守り神だ。

 それはハウオリ観光ガイドにも写真付きで紹介されている。

 カプ・コケコは伝説のポケモンでありながら人に近いポケモンとして知られている。神として崇められているにもかかわらず、頻繁に人の前に姿を現すというのは、他の地方では見られない珍しいことだった。

 

 かつてサトシとピカチュウはハウオリに旅行に来た時、カプ・コケコと出会った。そしてZリングを渡され、一対一の勝負をした。

 

 そして今、二度目の勝負がスクールのグラウンドで行われようとしていた。

 

 朝、カプ・コケコが唐突に現れたのである。

 

「カプ・コケコ! オレとバトルしてくれ!」

『ピカピィ!』

 

 サトシとピカチュウの闘志を燃やした瞳、上空に浮かぶカプ・コケコの無機質な視線が交錯した。目と目が合ったら勝負。

 

『コケエエエエエッ!』

 

 怪鳥のごとき雄叫びと共に電撃が放たれた。エレキフィールドが顕現する。

 

 

 

 

 ピカチュウとカプ・コケコの戦いはカプ・コケコの勝利で終わった。でもそれはどこか、サトシとピカチュウが試されているような、そんな戦いだった。

 

 

 

 

 職員室にククイ博士が戻ると、中ではさっきまで野次馬をしていた他のクラスの先生たちが、カプ・コケコとサトシのバトルについて興奮した様子で話していた。それを見たククイ博士の口元は自然とにやける。

 

 自分のクラス、しかも家に下宿している生徒がカプ・コケコに認められてバトルしたのだ。気分が良くならないわけがない。

 

(サトシ……やっぱりお前は人もポケモンも惹きつける何かを持っているんだろうな)

 

 ククイ博士が自分の机に戻ろうとすると、突然目の前に眼鏡をかけた一人の女教師が現れる。別のクラスを受け持つエリコ先生だ。その表情は明らかに怒っていてククイ博士は思わずのけぞった。

 

「ククイ先生! 今日もクラスの授業内容を勝手に変更したんですか!?」

「ハハハ……エリコ先生。面目ない……カプ・コケコが来たらついそうしたくなってしまって」

 

 朝に唐突にカプ・コケコが現れたことで、今日の午前中の授業は全てアローラの伝説に関する歴史の講義になってしまったのである。

 

「つい、ではなく! 私が言ってるのは今回だけのことではありません! 今まで何度も同じ事があったから言ってるんです!」

「ぐっ……」

 

 痛いところを突かれて何も言えなくなる。実際のところ、ククイ博士はその場の雰囲気とノリでその日予定していた授業を変更してしまうことが頻繁にあった。それも生徒のことを考えてのことではあるのだが、あまりにフットワークが軽すぎて今のように他の先生から白い目で見られることもある。

 

 ククイ博士がどう釈明しようか迷っていると、ちょうど職員室にいたオーキド校長が助け船を出した。

 

「まあまあエリコ先生。ククイ博士には彼なりの指導方針があるんじゃ。君がいつもクラスの生徒のことを考えているようにのう」

「オーキド校長まで……私はククイ先生の指導法を批判しているわけではありません。クラスごとにカリキュラムに大きな差があるのは問題だと感じているだけです」

 

 エリコは不服そうに小さくため息をついた。

 

 エリコはサトシたちとは別のクラスの担任だ。ポケモンスクールは多くの子供が通う場所で、少人数制のクラスがいくつもある。担任によって指導方針も様々だけれど、もともと用意されているカリキュラムから大きく逸脱するのは良くないことだとエリコは常に思っていた。

 

 それは見える格差に繋がるからだ。

 

 ククイ博士のクラスは優秀である。なにしろZリングを持っている生徒が2人もいる。ポケモンスクールに通う子が大試練を突破するのはまれであり、1年に1人いるかどうかというレベルの話だ。

 

 そういう、偶然エリートが集ってしまったクラスは憧れや嫉妬を呼び込みやすい。

 あのクラスは特別なのではないか? 自分たちは下に見られているのでは?

 

 そんな気持ちになる生徒が生まれないともかぎらない。

 

「何事もなければいいのだけれど」

 

 エリコはほんの少しの不安が混ざった表情で呟いた。

 

 

 

 

「ふんふふっふふんっふっふふーん♪」

「ミヅキ、今日はずいぶん機嫌が良さそうですね」

「だって今日は週一で食べるアローラパンケーキの日だもん!!」

「そういえばそうでしたね。毎週金曜日はものすごい早さで帰りますもんね。ミヅキは」

「てへへ……」

 

 ミヅキは言ってから恥ずかしくなって赤面した。

 昼休み。ミヅキとリーリエ、ヤトウモリとシロンはキャンパス内の広場でお昼ご飯を食べていた。フワンテは芝生に置いたニット帽の上で丸まって寝ている。

 

「だからお弁当も少なめなのですね」

「……バレてた?」

「はい、それはもう」

 

 いつもより控えめな弁当箱を見てリーリエはくすりと笑った。わたしってもしかして分かりやすいのかな。なんてミヅキは思う。

 

「ねえ、あなたがた。ククイ先生のクラスの子ですわね?」

 

 突然2人の背後から剣呑な声がかけられた。立っていたのは目立つ黄色のサマードレスを着てパラソルを差した、いかにも金持ちそうな金髪縦ロールお嬢様だ。傍らにはパートナーらしきエレキッドと2人の取り巻きの女の子を侍らせている。

 

「えっ? そうだけど……」

「なにぼさっとしてますの。早くお立ちなさい」

「そうよそうよ! レイン様を待たせるなんてシツレイなんだから!」

「なんだからっ」

 

 取り巻きと一緒に圧をかけてきた。こいつは人の話を聞かなそうだ。

 

「だってご飯食べてるし……」

「あら! トレーナーは目と目があったらバトル。そう教わってませんの? これだから田舎者は嫌いなのです」

「あ! そのルール久しぶりに聞いた! こっち来てから忘れてたけど」

 

 ミヅキは両手を叩いた。カントーでは有名なルールだ。ミヅキは転校前のカントーのスクールでそれを聞いたことがある。

 

「あの……それは旅しているトレーナー同士の取り決めであって、ポケモンスクールにそんな決まりはありませんよ?」

『コォン』

「たしかにそんなルールあったらクラスで毎日何度もバトルしなきゃいけないよねえ」

 

 リーリエがもっともなことを言うと、ミヅキがなんともいえない顔で口を尖らせた。そしてお嬢様に目を向ける。

 

「そもそもなんでバトルしたいの?」

「うふふ、ククイ先生のクラスはみなさまバトルが強いと聞きましたわ! それもカプ・コケコが勝負しに来るくらいに。だからそれがどれほどのものか、私が確かめて差し上げようということです!」

「「ええ?」」

「レイン様のエレキッドはすっごく強いんだから! あんたたちのポケモンなんて『いちげきひっさつ!』よ!」

「そうよっ」

 

 ミヅキとリーリエは首をかしげた。確かにカキとサトシはZリングもZクリスタルも持ってるし強いと思う。でもそれは個人の力であってクラスみんなバトルが強いわけじゃない。

 

「いやまあカキとサトシは強いけどさ。わたしは別にそこまでだよ?」

「わたくしもほとんどバトルはしたことありませんし……強いトレーナーと戦いたいならカキやサトシに挑まれた方がいいのではないでしょうか……?」

「あらあら見苦しいこと。謙遜は美徳ではありませんわよ?」

「ケンソンじゃないんだけどなあ……」

『シュウゥ!』

 

 ヤトウモリが好戦的な声をあげる。バトルの匂いを嗅ぎつけたようだ。少女の口角が釣り上がる。

 

「あなたのパートナーはやる気のようですわね?」

「ええ~……この流れでバトルするのなんかヤダな……」

 

 なんか勝っても負けても面倒なことになりそうな気がする。

 

「逃げるのかしら? オホホホ! 私のエレキッドを前に恐れをなしたわけですわね! ククイ博士のクラスも噂ほど大したことありませんのね!」

「そういうわけじゃないけど……しょうがないなあ。それじゃあやる?」

 

 自分があれこれ言われるのは別にいいが、クラスのみんながバカにされるのはどうにも気分が悪い。

 

「ミヅキ、大丈夫ですか?」

『コォン…』

 

 リーリエとシロンが心配そうな顔で見つめていた。ミヅキは薄く笑う。

 

「ま、たぶん大丈夫だよ。リーリエ、審判お願いできる?」

「ミヅキがそう言うなら……わかりました! 精一杯務めさせていただきます!」

「あなたもそれでいい? えーっと……」

「レインです。胸に刻みつけておきなさい。貴方が敗北する者の名ですわよ」

「レインちゃんっていうんだ。わたしはミヅキ。よろしくね」

 

 ミヅキは笑って握手しようと手を差し出した。レインはそれに答えず背を向ける。

 

「ふ、これからバトルする相手に対して握手をするなんて、随分と余裕のある方ですこと」

「そういうつもりじゃないんだけどなあ……」

 なんだかあまり相性がよくないらしい。ミヅキはため息をついた。そして傍らでやる気になってるヤトウモリに声をかけた。

 

「ごめん! ヤトウモリは今日は休憩~」

『シュウゥ!?』

「あんたが闘いたいのはわかるよ。でもたまにはフワンテにもバトルさせてあげて? ね、お願い」

 

 ミヅキが手を合わせるとヤトウモリはすねて丸まってしまった。しぶしぶ譲ってやるってことだろうとミヅキはやれやれと肩をすくめる。

 

「じゃあいくよ~! フワンテ、お、き、ろ!」

『ふふふふふんわ』

 

 ミヅキは寝ているフワンテの足元からニット帽を引き摺り出すとそのまま被った。フワンテもその勢いのまま叩き起こされて、ごしごしと目を擦りながらくるくる回る。

 

「おや、お使いになるのはそちらのポケモンですか」

「うん。ダメかな?」

「どなたでもよろしくてよ? どのようなポケモンが相手であろうと、勝利は常に我が手にあるのです! 行きますわよ、エレキッド」

『ビリビリィ!』

「「さすがレイン様、気高くお美しいですわ~!」」

 

 レインとエレキッドは自信満々な目つきでミヅキとフワンテに言い放った。二人の間でそれを見たリーリエはほんの少し心配になる。リーリエはフワンテのバトルを見たことがないから、ミヅキが勝つという確証が得られなかった(ミヅキとスイレンは捕まえた翌日にフワンテの強さをアピっていたけれど、それだけである)。

 

(ミヅキ……大丈夫でしょうか。分かっているとは思いますが、ひこうタイプのフワンテはでんきタイプのエレキッドと相性が悪いはずです)

 

 いいや、きっとミヅキなりに考えがあるのだ。自分はミヅキとフワンテの勝利をただ信じよう。腕に抱いているシロンと顔を見合わせて、リーリエは気持ちを切り替えた。

 

「ただいまよりフワンテ・エレキッドによる1対1の勝負をとり行ないます! お二人とも、よろしいですね」

 

「うん!」

「いつでもよろしくてよ」

 

 リーリエは大きく息を吸った。

 

「では、バトル開始!」

 

 

! BATTLE START !

 

▲ スクールガールの ミヅキ VS なぞのおじょうさまの レイン ▼

 

 

「フワンテ、かぜおこし!」

「エレキッド、かみなりパンチです」

 

 指示が交錯する。上空に舞い上がったフワンテがぐるぐると回り強風を吹かせた。そしてエレキッドは風の中を突っ切るようにして一直線にフワンテに向かって槍のように跳躍する。

 

『ふわ!?』

『ビリィ!』

 

 そして動揺したフワンテをそのままかみなりパンチで殴りつけた。

 

「っフワンテ! 大丈夫!?」

『ふわわんわ』

 

 ミヅキはちょっぴり安心してため息をついた。こいつわりと大丈夫そうだな。フワンテはダメージはあるものの吹っ飛ばされた先で気楽そうにふよふよ浮かんでいる。

 

(それにしても、すごい。かぜおこしの強風の中で正確にパンチが当てられるなんて。このお嬢さまとエレキッド、普通に強いかも)

 

 お嬢様とエレキッドを見てミヅキは素直に舌を巻いた。色物だと思ってたけど気を引き締めないとまずい。

 

「エレキッド、そのまま追撃しなさい!」

「させない! シャドーボールで迎え撃って!」

 

 かみなりパンチの二撃目がフワンテに迫る。間合いに入るすんでのところでシャドーボールが炸裂した。

 

『ビリリッ……』

 

 エレキッドは吹き飛ばされるが、そのまま華麗に受け身を取って地面に着地した。レインは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「ふうん、やはりそこそこやるみたいですわね」

「そ、そう? それほどでもっ」

『ふんわわ』

 

 レインはミヅキとフワンテのそんな態度にイラッとした。こういう「わたしたち強くないですよ」なんて態度をしながら実は懐に刃を隠し持っているやつは本当に気に入らない。優等生のつもりか?

 

「こんどはこっちから! フワンテ! シャドーボール!」

「避けなさい。そしてかみなりパンチ」

 

 シャドーボールが放たれた。軌道がわかりきっているようにエレキッドは走りながらその間を縫って腕に雷を纏わせフワンテを殴りつける。

 

『ビリッ!』

『ふんわっ!?』

 

 クリーンヒット、フワンテの胴体がゴム鞠を殴りつけたように吹き飛ぶ。これにはさすがにフワンテも顔をしかめた。

 

「オホホホ! そんな工夫のない直線的な攻撃、私のエレキッドには通用しませんわよ」

「そうみたいだね……」

 

 ミヅキはレインの煽りを流しながらフワンテを見やった。ちょっぴりムカついたように黒い瞳をつり上げている。

 

 フワンテはゲットしてからというもの、いつもミヅキのニット帽の上で寝てばかりだった。ゲットしたときのポテンシャルの高さからしたら強いポケモンのはずなのだが、ミヅキはいまだにそれを実感できていなかったのである。

 

 だからこそ、タイプ相性が不利だろうとバトルさせてみようと思ったのだ。

 

(いつもぼうっとしてるけど、ちょっとやる気になったかしら。さあ、あんたの強さを見せて!)

 

「もう一度かぜおこし!」

『ふーわー!』

「何度やっても同じ事!」

 

 レインはそれをあざ笑った。ワンパターン戦術ではさっきと同じようにやられるだけだ。ミヅキはニヤリと笑った。

 

「そうかな! フワンテ、風に乗って飛び上がって!」

『ふわわわっ』

 

 フワンテは空にふわりと飛び上がりエレキッドと距離を取る。しかしお嬢様はくすりとほくそ笑んだ。

 

「飛び上がったくらいでわたくしのエレキッドの拳から逃れられると思って!? エレキッド、ジャンプしてかみなりパンチ!」

『ビリィッ!』

 

 エレキッドは跳躍し一直線にフワンテに迫る、その瞬間、風が不規則に歪んだ。

 

「フワンテ! そのまま風に乗って!」

「ッ!?」

『ビリ!?』

 

 レインとエレキッドは目を見開いた。フワンテは自分で巻き起こした風に乗り不規則に動き始めた。

 風に乗った風船のようにふらふらと動くそれはエレキッドに狙いを絞らせない。

 

「そのまま風に流されながら連続でシャドーボール!」

「ッゴリ押しですわね!? エレキッド! ほうでんで全て打ち落としなさい!」

 

 バチィ! と、エレキッドを中心に巨大な電撃が迸りフワンテが放った魔弾を全て破壊する。フィールドが爆煙に包まれる中でミヅキは驚愕した。物理わざのかみなりパンチも相当な威力だったのに。

 

(特殊わざまでこの威力……よく育てられてる……! でも負けないよ!)

 

 ここまでは想定内だ。ミヅキの策はこの先にある。

 

 やがて煙が晴れると、そこにはエレキッドだけがいた。レインとエレキッドは慌てて周囲を見回したが、フワンテはどこにも見当たらない。空にも浮かんでいない。

 

「っ……! どこですの!?」

 

 フワンテの姿はいずこかにかき消えていた。

 

 ミヅキは燦々と輝く太陽を見た。眩しくて目がくらむ。それでも目を凝らすとそこに一点の丸い影があった。やがて音も無くエレキッドの背後に影が降り立つ。

 

 それにレインも気づいた。エレキッドは、気づかなかった。

 

「後ろですわエレキッドっ! 振り向きざまにかみなりパンチ!」

「フワンテおどろかすッ!」

 

 フワンテは反撃しなかった。ただパンチを放つエレキッドをその無機質な瞳で見据えていた。ただそれだけなのに……。

 

「エレキッド! 何をしているの! そのまま攻撃なさい!!」

『ビ…ビリ……』

 

 エレキッドは腕を振りかぶったままの体勢で顔を青くしブルブルと震えていた。そこでレインはようやくエレキッドが状態異常になっていることに気づいた。

 

「まさか、ひるみ状態……!? でもどうやって!」

「おどろかすは一定の確率で相手をひるませるワザ。その感じだと効いてるね! フワンテ、そのままゼロ距離でシャドーボール!」

「エレキッド迎え撃って! 動きなさいッ!!」

 

 フワンテが一際大きい全力のシャドーボールを形成した。続いてレインの悲鳴のような指示が聞こえた。

 

『ふわーっ!』

『ビリィッ……!?』

 

 こうして勝敗は決した。地面に倒れて目を回しているエレキッドを確認したリーリエはおずおずと宣言する。

 

「え、えっと……エレキッド、戦闘不能! フワンテの勝ち!」

「やったー! フワンテすごい!」

『ふわわんわ?』

 

 ミヅキがフワンテに抱きつくと、フワンテはよくわからなさそうな声を上げた。とくに勝った喜びとかはないようである。

 

「ミヅキ。やりましたね!」

『コォン!』

「いやー、あそこでおどろかすが効くかは完全に賭けだったから……あれが効いてなかったらわたしの負けだったよ」

 

 てへへとミヅキは謙遜するように笑った。リーリエは思った。それは本当に賭けだったのか? そもそも太陽の光を目くらましにしてエレキッドとトレーナーに気づかれずに隙を突くこと自体、偶然できることでもない。いったいどこからどこまでがミヅキの作戦のうちだったのだろう?

 

 もしそれを意識せずにやっているのだとしたら……。

 

 リーリエの心はざわついた。脳裏に天才という2文字が浮かぶ。

 

「あ、そうだった。レインちゃんに挨拶しなきゃ」

 

 なんであれバトルが終わったらお互い健闘を称え合うのが筋だ。

 ミヅキが見ると、レインは負けたままその場からぴくりとも動いていなかった。そしてただ下を向いて俯いていた。尋常じゃない様子にミヅキは思わず口を開く。

 

「……どうしたの?」

「う」

「う?」

「うわあああああああん!! ひっぐ! ひぐっ!」

 

 レインは泣き出した。

 ギャン泣きだった。ボロ泣きだった。

 

 ミヅキはドン引きした。そんなに泣くなよ……。

 

「こんなの嘘! 夢! 夢ですわあああああ! うわああああんっ! わだぐじがまげるなんて! あっではならないこどですわああああ」

「「れ、レイン様ー! 待ってくださぁーい!」」

 

 レインは泣きながらエレキッドをボールに収めると、踵を返して全速力で走り去っていった。取り巻きの女の子たちが慌ててその後を追う。後にはぽかんとした顔のミヅキとリーリエだけが残った。

 

「ぼうふうみたいに去っていったね……」

「そうですね……」

『コン』

『シュウウ』

 

 声が1つ足りない。あれ?

 

「……あれ、そういえばフワンテどこ?」

「えっ……? さっきまでいましたよね……あ」

 

 リーリエの間の抜けた声に釣られてミヅキは同じ方向を見た。するといつの間にか二度寝しながら風に吹かれてふよふよと遠くに飛び始めているフワンテが見えた。このままだとスクールの外まで飛んでいって迷子になってしまう。

 

「あああああ!! あいつ寝てる!! フワンテまってえええええ起きろおおおおおお!!」

「ミヅキ! モンスターボールです! フワンテをボールに戻してください!」

「はっ! そうだった。フワンテ戻れ!」

 

 ギュンと赤い光がフワンテに向かった。でも遠すぎて届かなかった。がっくり。ミヅキは走る覚悟を決めた。明日は多分筋肉痛。

 

「あーんもう! フワンテまってよー!」

「ミヅキー! もうお昼休みが終わってしまいますよー!?」

「リーリエごめえええん!! ククイ博士に伝えといてえええええ!!」

『シュウウ……』

 

 ミヅキはべそかきながらふわふわと飛んでいくフワンテを追いかけ始めた。ヤトウモリもやれやれと目を細めると、ミヅキの後を追いかけていく。

 

 

 

 

「ということで、ぜぇ、授業、すっぽかしました……ごめんなさい」

「ハハハ……ま、そういうことならしょうがないな。でも次からは昼休みにバトルする時は授業に遅れないようにしてくれよな、ミヅキ!」

 

 リーリエのフォローもあり、ククイ博士はミヅキの遅刻を大目に見ることにした。ああ、こういうのの積み重ねでエリコ先生に怒られるのかもなあ。と少し心の中でため息をつく。

 

 肩で息をして疲れ切っているミヅキの頭の上には何事もなかったかのようにフワンテが丸まって寝ていた。スクールの外まで飛んでいって海の方まで行きそうだったのを何とかボールで戻したのである。

 

 その日、ミヅキは全体的にうとうとしながら午後の授業を聞いた。ノアさんの所で食べるアローラパンケーキの味を想像するだけで授業が終わろうとしていた。

 

 いつも上の空で授業を聞いてククイ博士に怒られるのはサトシの役目なのだが、今日に限ってはミヅキにその役目が移っていた。

 

 

 

 

 そして放課後。ミヅキは当たり前のようにみんなに囲まれていた。

 

「ミヅキ、大丈夫でしたか?」

「うん、なんとか海の向こう側まで行くのは阻止したから……アハハ。海まで行っちゃったらスイレンに助けて貰わなきゃだったからその前に捕まえられて良かったよ」

「それにしたって寝たまま飛んでっちゃうなんて、モクローみたいだよね」

「捕まえた時からそうだった、フワンテ。ずっと寝てるよね……」

 

 机に置いたニットの上で寝ているフワンテの頬をぷにぷにとマオがつついた。

 

『ホロ?』

 

 モクローが解せぬというふうに首を90度横に傾けた。それを見たサトシは呆れるようにしてオーバーに手を広げた。

 

「モクローはいつも寝ぼけたままアママイコに蹴られてるもんなあ」

「名付けてひっさつのモクシュート! なんちゃって」

「アハハ、なにそれマーマネ。Zワザ?」

 

 マーマネが冗談めかしていうと、そういえば、とカキが声をあげた。 

 

「ミヅキ、いったい誰にバトルを挑まれたんだ?」

「えーっと……なんか高そうな服着た金ぴかお嬢様……?」

「「「「あ、それ知ってる」」」」

 

 ミヅキが言うと途端に声がハモった。カキとマーマネ、マオとスイレンだ。4人はサトシとミヅキ、リーリエの3人より前からスクールにいるから知っているのかもしれない。もしかして割と有名人だったり?

 

「え、みんな知ってるの?」

 

 ミヅキが意外そうな声をあげると答えたのはスイレンだ。

 

「うん。他のクラスで凄くいばってるって。お金持ちの家の子。確か……レイン様って呼ばれてた」

「そうそう! レインちゃん。でもそんな評判悪い子だったんだ」

「そうそう。なんかいつも取り巻きの子たちと一緒に行動してて、見かけたときも道を空けなさーい! とか言っててあたしも怖かったな~」

「俺も何もしてないのに睨みつけられたことあるな」

「お嬢様なのに不良のボスみたいだね……」

 

 確かにそんな感じの高飛車なお嬢様だったな、とミヅキは振り返った。でもバトルをした感じだとそこまで悪い子でもないような気がする。

 

「でもレインちゃんのエレキッド、かなり育てられてたよ。それに、お互いに信頼し合ってた、気がする。だからわたしはあまり悪い子だとは思わないかな……」

「え~! ミヅキずるい! オレもその子とバトルしたいー!」

「ずるいっても通り魔みたいにバトル挑まれただけなんだけどね……なんか強い人と戦いたいみたいだからサトシのところにもそのうち来るんじゃないかな」

「ホントか!? 待ちきれないぜ! な、みんな!」

『ピカピィ!』『ワンッ!』『ホロロロ?』

 

 バトルと聞くと闘いたくなってしまう戦闘民族サトシのワクワクした表情を見ながら、スイレンはなんだか面白くないような気がしてむくれた。なんだろうかこの気持ち。その正体にスイレンはまだ気づかない。

 

「サトシ、覚えてる? この間の約束。わたしとアシマリとバトルの練習するって」

「え? あ、うん。もちろん覚えてるぜ!」

「今日授業終わったらやろ」

「お、おう!」

 

 スイレンはにっこりと笑った。サトシは特に断るつもりもなかったけれど、なぜかその笑顔には有無を言わさない圧力を感じていた。

 

(今さ……なんかスイレンの圧強くなかった……?)

(わかる。なんかホウちゃんとスイちゃんを怒るときに似てた気がする……!)

(サトシ……何かしたのでしょうか?)

(いや〜…なんだろねアレは……)

 

スイレンの様子に女子3人は一瞬で固まりひそひそ話を始める。

 

「あいつらなに小声で話してるんだ?」

「さあ……?」

 

 カキとマーマネは2人で怪訝そうな顔をしながらみんなの事を見ていた。

 するとバタバタと教室の入り口で足音が聞こえた。

 

「ミヅキさん!! おりますわね!!」

「いるわね!!」

「いるわねっ!!」

 

 噂をすれば取り巻き2人と一緒に何事もなかったかのようにレインが現れた。その勢いにクラスのみんなはぽかんとしている。ミヅキは反応に困った。ついさっきまであんなにボロ泣きしてたのに随分元気だな。

 

「えーっと……?」

 

 ミヅキが答えあぐねていると、カツカツとやたらデカイ靴音と一緒にレインはミヅキの目の前まで歩いてくる。なんだかものすごい剣幕だ。

 

「よいですか!? 今回のバトルはた・ま・た・ま! あなたが勝利しましたが、次は絶対にギッタギタのボッコボコにしばいてやりますわ!! 覚えてなさい!!」

「泣いてたのに復活はや」

「あー!! あー!! 聞こえませんわ!! そんなことは覚えておりません!!」

「ええ……」

 

 どうやら泣いて逃げたことは無かったことにしたいらしい。なんというかお嬢様口調が崩壊している気がしたけれどミヅキは突っ込まないことにした。すると一番最初にフリーズ状態から解除されたサトシがワクワクした表情でレインに詰め寄る。

 

「オレ、サトシ! よろしくな。なあ、よかったらオレともバトルしようぜ!!」

「サトシ……あら? あなたがあのカプ・コケコとバトルしたとかいうトレーナーでして?」

「あ、うん! まあ負けちゃったんだけどな……っ痛!?」

 

 ヘヘヘと恥ずかしそうに言うサトシの顔がいきなり歪んだ。シャツごしにサトシのお腹をスイレンがつまんでいた。その表情はにこにこ笑っている。が、何故か怖い。

 

「サートシー? 約束」

「い、今からじゃないって! ちゃんと覚えてるからいだだだだ」

 

「……いきなり痴話喧嘩するのはやめてくださいます?」

 

 レインはジト目でサトシとスイレンのやり取りを見ていた。ちわ、の意味がわからないサトシは首を傾げる。

 

「ちわ……?」

()()()()()()()()()()()()という意味ですわよ。これだから学のない方々は」

 

 時が止まった。

 

「えっ?」

 

 みんなはスイレンの方を見た。

 そしてスイレンの顔がゆでだこみたいに真っ赤になった。

 

「ちちっちちがうそういうのじゃなくて!! ちがくて!! わたしはただサトシにバトルのこと教えてもらいたかっただけでそんなことなくて……とにかく誤解!! ちっがーうそんな目で見ないで!! ちがうからっ!!」

 

 その後にははちゃめちゃに言い訳するスイレンと、それを見てニヤニヤしながらひそひそ話をするミヅキとマオとリーリエがいたという。

 

 そしてやぶ蛇に突っ込んでしまった気がしたレインはばつが悪くなってそのまま帰っていった。ミヅキはノアのお店に爆速で向かい、週一のパンケーキをいつも通り楽しんだ。そんないつも通りの1日である。

 





レイン(オリキャラ)
金髪縦ロールお嬢様。着てる服も金とか黄色とか。
いつも周りに手下がいる。実家が金持ちの土建屋らしい。


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18.今はまだそれでいいと思う

サトシがニャビーの世話をしている時のほかのみんなの話
読まなくても特に問題はないかもしれない



「このところずっと雨だなー……」

「そうだねぇ……」

 

 放課後の教室の中でカキとミヅキがげんなりした顔で呟いた。これだけ雨が降っていると放課後に遊ぼうとかいう気も起きない。

 

 初夏のアローラ地方は梅雨に突入している。異様な湿気でただいるだけで服はべたつき気持ちが悪い。

 

「んー、残念ながら天気予報によるとここ1週間はずっと雨! 残念だったね、カキもミヅキも!」

『モキュキュ!』

「マジか……ハァー……」

 

 ホログラム・パソコンを起動して今週の天気を検索したマーマネが意地悪そうに言うと、カキはへろへろと机に突っ伏してそのまま伸びてしまった。ミヅキはそれを見て珍しいなあと目を丸くする。

 

「さすがのカキもこれだけ雨続くと元気なくなっちゃうって感じ?」

「いや、俺自身のことじゃないんだ。こうも長くミルタンクたちを放牧できないとストレスが溜まってな……そうするとミルクの質も落ちるし、だから梅雨は嫌なんだよなあ……」

「ああ~そういう……」

「ん~、毎年カキの牧場のミルク配達して貰ってるけど、梅雨時にそんな質が落ちてると思ったことないけどねえ」

 

 マオが首をかしげながらそんなことを言う。アイナ食堂に限らずカキの牧場のミルクを採用している店はたくさんあるし、マオも他の店からそんな話を聞いたことはなかった。

 

「マオ……そう言って貰えるのはうれしいがな、生産者にしかわからないこともあるんだよ。できるだけ完璧なものを届けたいっていつも思ってるからな」

 

 そう言ってカキは難しい顔をした。俗に言う職人の苦悩というやつかもしれない。

 

「それにしてもこれだけ毎日雨降ってると帰るのもしんどい」

「うんうん。ハァー、リーリエが車で帰るのがうらやましいよボク」

 

 マーマネとミヅキはため息をつきながら空になった席を見た。教室にいるのはカキとマオ、マーマネとミヅキの4人だけだ。

 

 リーリエは毎日車で送迎なので帰る時間が決まっている。スイレンはクラスの中では唯一雨の日になると元気になるので、梅雨時は授業が終わると雨の日にしか釣れないポケモンを求めて出かけていくのだった。

 

「サトシは最近どうしちゃったんだろうねえ」

 

 マオはここ数日みんなが思っている疑問を代弁した。サトシはここのところ授業が終わるとすぐに帰ってしまうことが多い。理由を聞いても「ちょっと用事あってさ」とはぐらかされるばかりだ。ククイ博士も今はそっと見守ってやってほしいと言うばかりだった。

 

「ククイ博士も心配してないみたいだし、そんなヘンなことしてるわけじゃないと思うけどねえ」

「でもなんか気になる……」

「だよねー! 授業中も心ここにあらずって感じだし、あんな真面目っぽい感じなのも珍しいし」

「ま、サトシにだって言いたくないことだってあるだろうさ。あまり詮索してやるなよ」

「ボクもなんとなくわかるよ。サトシはホントに困ってたらボクたちに言うだろうし。そうじゃないってことは1人でやりたいことがあるってコト!」

「そういうもんなの?」

「ああ、あれはそういう顔だからな」

「ふーん……?」

 

 マオとミヅキは気になっていたが、それをカキとマーマネがさりげなく止めた。男子にしかわからない何かがあるらしい。女子ふたりは首を傾げた。

 

 

 

 

「うーん……」

 

 しとしとと小雨が降る海の上。

 スイレンはラプラスに乗って釣りをしていたが、なんともモヤモヤした気分だった。達人らしくその間にもアタリは沢山かかるものの、気分は晴れない。

 

 つい先日、お嬢様のレインによってからかわれた後(ほぼとばっちりみたいなものだが)、嫌でもスイレンはサトシのことを意識するようになってしまった。ちょっとだけ無意識に気になる男の子、くらいだったのに、あんな風に痴話喧嘩などと言われてしまうとどうしたって自分がサトシのことを「そう思っている」のだと自覚してしまう。

 

「気になるよね。見守っててって言われても……」

 

 授業中にどこか遠くを見つめているサトシの顔と、ククイ博士の「見守ってやってほしい」という言葉がスイレンの脳裏に思い出された。

 

 私は、サトシのことが好き、なわけではないと思う。

 でもなんとなく気になる男の子なのだとは思う。

 たぶん、だからこんなふうにモヤモヤしてる。

 まだ、私はその先に踏み込めるほどサトシと仲がいいわけじゃない……。

 

「なんだかな……」

『アゥ』

 

 一緒に乗っているアシマリも元気のなさそうなスイレンを見て心配そうな声をあげた。それを見てスイレンは申し訳ない気持ちになる。別に体調が悪いとかそういう話ではないのだ。

 

「ごめんね。アシマリ、心配させちゃった?」

 

 スイレンはアシマリに出来るだけ明るく笑いかけた。はあ、今日は釣りしててもあまり楽しくないなあ。

 

 空はここ数日ずっと暗い。太陽の光がないと気分もどんよりする。珍しくスイレンは早くこの梅雨が明けないかなと思った。

 

 

 

 

 連日の雨のせいでカキの牧場では手伝いがそこまで必要ないらしい。

 

 ということで今日の放課後、ミヅキはカキを誘ってハウオリシティに来ていた。薄暗いせいで昼にもかかわらず早くも街灯が薄く点灯している。

 

 マオは家の手伝い。マーマネも誘ったけれど雨の中遊ぶのもダルいということで先に家に帰った。どうせマーマネラボとかいう実験室に篭ってるんだろうな、とありありと想像できる。

 

「そーいえばカキと2人で遊びに行くって初めてかも」

「え、そうだったか?」

「うん。だってカキっていつも牧場の手伝い行ってるじゃん。だからこうやって普通に遊ぶの初めてじゃない?」

「そういえばそうか……でも俺もちょうど今日は手伝いがなくてどうしようかと思ってたからな。誘ってくれてありがたいよ」

「ちなみにわたしと一緒に遊びに行くと100%スイーツ屋に連れてくけどいい?」

 

 事後承諾である。ミヅキは食うことしか考えていない。ミヅキ迫真の表情を見てカキは笑った。

 

「え、ここ笑うとこ?」

「ハハッ、すまんすまん! マーマネがさっき同じこと言ってたからさ。ミヅキと遊びに行くと延々とスイーツはしごさせられるってな」

「マーマネェ……それじゃわたしが食いしん坊のデブみたいじゃんか」

「デブはともかく食いしん坊なのは事実だろ」

「カキさあ女の子にそういうこと言うのやめよ?」

「自分で言ったんだろ……」

 

 ミヅキはジト目でカキを見たけれど、ミヅキがスイーツ食いまくり女だということはみんな知ってるのでカキは閉口した。ミヅキの傍で歩いているヤトウモリも閉口した。

 

 バクガメスは街中で外に出すと危ないのでボールの中に入っている(トゲを触ってトラップシェルで事故る可能性がある)。フワンテもボールの中で寝ている。

 

 そうしてしばらく下らない話をしながらたどり着いたのはハウオリのショッピングモールだ。ここにはペロリーム印のマラサダカフェがある。ミヅキは既にリピーターである。今日は大きいマラサダのセール日だった。

 

 ミヅキはモールの入り口でにっこりと笑ってカキに向き直った。

 

「今日はここのマラサダを食べようと思いまーす!」

「構わんがミヅキお前テンション高いな……」

 

 学校ではげんなりしてたのになかなかどうして。ミヅキってスイーツ食べる時こんなにテンション高くなるんだな。カキはまたミヅキの新しい一面を発見したのだった。

 

 

 

 

『きょうもたべよぉ マラサダたべよぉ まだまだ マラサダー♪』

 

 テレビCMでいつも流れているお馴染みのテーマソングが流れる店内のカフェスペース。ミヅキとカキは向かい合っておおきなマラサダを頬張っていた。

 

「これはなかなかいけるな!」

「え、カキ食べたことなかったの? もしゃもしゃ」

『シュウウ』

 

 ミヅキとヤトウモリはもりもりマラサダを頬張りながら意外そうにカキの顔を見た。

 

「ああ、誘われない限りあまりこういうところは来ないからなあ……バクガメスはどうだ?」

『ガメェ!』

 

 隣の床を占拠しておおきなマラサダを美味しそうに食べているバクガメスを見ると、カキは柔らかい笑みを浮かべる。この店のカフェスペースはポケモンと兼用なので特に問題はない。

 

「カキはほんとにバクガメスと仲がいいんだねえ」

「当然だ。俺たちは熱い絆で繋がれたパートナーだからな。お互いに信じ合い、アーカラの大試練も突破してきた。このZリングはそんな俺たちの誇りであり、じいちゃんから受け継いだ魂そのものだ」

 

 カキは手首のZリングに目を落とした。そこにはホノオZが燦然と輝いている。

 

「すごいなあカキとバクガメスは。わたしなんて大試練なんか夢のまた夢って感じ」

「そうか? 俺はそんなことはないと思うけどな」

「えっ?」

 

 ミヅキは目をぱちくりさせた。ストイックなカキのことだから「大試練を舐めるなよ」とかそういう系の言葉が返ってくると思っていたのである。冗談かと思いきや、カキは真面目にそう言っているようだった。

 

「ミヅキとヤトウモリのバトルは俺も見てきた。もちろんまだトレーナーになったばかりだし荒削りなところもある。だがお前たちのバトルは……なんというか、どこか可能性を感じるんだ。このまま鍛錬を積めば大試練に挑むことだってじきにできるはずだ」

「そ、そんな買い被りすぎ! ねえヤトウモリ……って」

『シュウウッ!』

 

 ヤトウモリは鼻息荒くやる気のようだった。カキはその意識の差を見て苦笑する。

 

「……まあ、まずはヤトウモリとお前の意識の差を何とかした方がいいかもな。気持ちはわかるが謙遜するだけじゃ強くはなれない。お互いの力をしっかり信じ合うことだ。もちろんふたりが信頼し合ってるのはわかるけどな」

「お、おう……」

 

それはレインにも言われたことだ。

 

 いきなりの話でミヅキはただぽかんとしている。カキは思った。サトシとのバトルを見た時もそうだったけれも、ミヅキは明らかにバトルの才能がある。しかしそれはまだ無意識に行なっているものに過ぎない。自らの才能を意識してバトルをするようになれば、おそらくもっと強くなっていくだろうと。

 

(俺のライバルなり得るのはスクールではサトシだけだと思っていたんだがな)

 

 カキはくくっと笑う。

 

 サトシがスクールに転校してくるまで、カキはどこかバトルへの情熱を持て余しているところがあった。もはやスクールの同級生ではカキの相手にはならないのだ。だがそこにサトシが現れた。

 

 同年代の好敵手の登場によって、カキの心に再び炎が灯った。

 

 そして今、さらにもう1人の好敵手が生まれようとしている。友達とバトルで競い合えることがカキはただ嬉しかったのだ。

 

「カキ、なんかすごく嬉しそうだけどなんかあった……? あ! マラサダそんなに美味しかったかー! そっかー!」

「いやマラサダはうまいけどな……」

 

 もうそれでいいや。自己完結したミヅキにカキは苦笑いした。そんな様子を見てミヅキはふと思い出したように言う。

 

「そういえば、カキって女の子と2人で遊びに来てもなんとも思わないのね」

「え? そもそも友達と一緒に遊びに行くのはおかしなことじゃないだろ」

「あ〜、そうだね。カキはそういうのあんま興味なさそうだもんね」

 

 ミヅキは思った。カキは女の子よりも鍛錬にしか興味なさそうだな……。

 

「カントーのスクールじゃ男の子と2人で遊びに行こうものならスッゴイからかわれるの確定だからねー」

「からかわれるって何がだ?」

「ほら、この間レインちゃんがサトシとスイレンのこと痴話喧嘩ってからかったじゃん。ああいうやつだよ。男の子と2人でいるだけでひゅーひゅー! 付き合ってるのかよ! ってね」

 

 カントーのスクールは大人数だったので遊ぶにしてもだいたいグループは男女別に別れる。なのでそこから逸脱するとからかわれる。ただこのクラスはそもそも7人しかいないので男女の垣根がほぼない。

 

 カキは呆れたようにため息をついた。

 

「なんだそれは……いくらなんでも子供っぽすぎやしないか? カントーは変わってるんだなあ」

「わたしからしたらカキの方が変わってるけどね……」

「え? どの辺がだ?」

 

 ミヅキは怪訝そうな顔をしているカキを見た。カキの服装は相変わらずズボンに上半身裸である。いつもこれである。

 

「……カントーの街中でその格好してたら間違いなくジュンサーさんが飛んできそうなところ」

「な、なんだとぉー!?」

 

 カキはその理由がわかっていないようだった。慌てる様子を見てただミヅキはくすりと笑った。

 

 

 

 

 おおきなマラサダを完食して満足した2人は帰路についていた。そろそろバイバイしようと思った時、ハウオリ市場のあたりでふらふらと歩いている見慣れた顔があった。

 

「あれ、スイレン?」

「えっ? 今日も釣りに行ったんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけどねえ、もう終わったのかな? おーい、スイレーン!」

 

 ミヅキが大きな声で呼びながら手を振ると、スイレンは気付いたようで近づいてくる。でもどこか浮かない表情をしていてなんとも違和感があった。

 

「ミヅキ、カキもどうしたの? こんな雨の日に」

「さっきまでスイーツ食べに行ってたんだ。スイレンこそどうしたの?」

「うん……ちょっと気分転換。釣りの調子が悪くて」

 

 スイレンはバツが悪そうにそんなことを言うとミヅキとカキは目を見開いた。

 

「スイレンの釣りの調子が!?」

「悪いだと!?」

「え、っと。なんでそんなに驚いてるの? ふたりとも。調子悪い時だってあるよ。わたしだって」

「いやそうなんだけど意外過ぎて」

「ああ、魚が釣れないスイレンなんて見たことないからな」

 

 ミヅキとカキは信じられないようだった。スイレンが釣りをすれば毎回のように入れ食い状態なのでまるで信じられない。

 

「いや、釣れてないわけじゃない。だけど、その……」

 

 スイレンは言い淀んだ。なにか言いにくい理由でもあるんだろうか。ミヅキが口を開こうとすると、スイレンの向こう側のさらに先、遠くに見慣れた赤い帽子を被った人間と黄色いポケモンが見えた。

 

「あれ、サトシとピカチュウじゃない?」

「えっ」

 

 スイレンはつられてミヅキの目線の先を見た。遠目でフルーツ屋のおばちゃんから袋いっぱいのきのみを貰っているサトシとピカチュウがたしかに見えた。

 

「あんなにきのみ持ってどこいくんだろ? おーいサト……もごごご」

「ミヅキよせ! ククイ博士がそっとしておけって言ってたろ?」

「あ、そうだった……ごめん。ってスイレン? どこいくのー!?」

「おい、スイレン!」

 

 カキがミヅキの口を押さえている間に、いつのまにかスイレンはサトシを追って走り出していた。

 

「サトシの様子見に行ったのかな」

「とりあえず追いかけるぞ。スイレンのあの歯切れの悪さも気になるしな」

「いたしかたなし!」

 

 

 

 

 サトシは小走りで水路にかかった橋まで来ると、そのまま降りていき橋の下に入った。そこには捨てられたソファで丸まって眠っているニャビーがいた。

 

 スイレンはバレないように遠くからそれを見ていた。サトシが何を喋っているのかはわからない。ただ、優しげな顔でニャビーに話しかけて、きのみを分けてあげているようだった。

 

(サトシ、ずっとここに来てたのかな)

 

 ニャビーを世話している。ように見える。ククイ博士がこれをそっとしておいてほしいと言った理由はわからない。

 

「あ、いた! スイレンいきなり走り出すからびっくりしちゃったよ」

 

 近くから声をかけられる。声の方を見ると傘をさしたミヅキとカキがいた。どうやら探させてしまったらしく申し訳なくなる。

 

「ごめん……サトシが何してるのか気になっちゃって」

「スイレン、ククイ博士も言ってたろ? サトシのことはそっとしておいてやれって」

「そうだけど……」

 

 スイレンは押し黙って橋の下を見た。そこでミヅキとカキもサトシが何をしているか気づく。

 

「あ、あのニャビーって前にサトシが捕まえたいって言ってた……」

「前に諦めたって言ってたが違ったのか……捕まえるためにニャビーの元へ通ってるのか?」

「わかんないけど、そっとしといたほうがいいんじゃないかな」

 

 ミヅキはなんとなく、あの場所に近づいてはならないような気がした。あそこはサトシとそのポケモンたちだけの世界だ。

 

 サトシはただソファで丸まっているニャビーの前に座り、ピカチュウとイワンコとモクローと一緒に話しかけていた。その表情はただ優しさだけに満ちていた。

 

 やがてスイレンが絞り出すように途切れ途切れに呟いた。

 

「わかんないの。こういう時どうすればいいのか……もちろんそっとしておくのが1番ってわかってるけど……それでも気になるの。こんな気持ちになったことなくて。ヘン、だよね。気持ち悪いよね」

「スイレン……お前……」

 

 カキはそれ以上何も言えなかった。スイレンは泣きそうになっていた。自分の気持ちをどう処理していいのかよくわからないのだ。この気持ちを恋と判断するにはあまりに早すぎる。かといって無関心でいられるほど遠くはない。

 

「スイレン、こっち見て」

「えっ?」

 

 ミヅキは傘を下げてスイレンの両肩に手を置いた。その瞳はただ優しげだった。

 

「そんなことない。スイレンは変じゃない。困ってそうな友達がいたら助けたくなるなんて当たり前じゃん。スイレンはただサトシの力になってあげたかっただけ。それでさ、今回はそんな大ごとじゃないみたいだから、よかったねって。それでいいと思う。明日からいつも通りサトシと接すればいいんだよ。きっと」

「ミヅキ……」

「……俺もミヅキに賛成だ。スイレン、俺は……お前がサトシのことをどう思っているのかはわからん。でも、困ったり苦しんでたりしたら、それがどんな理由でも笑ったりはしない。だって俺たちは、友達だからな」

「ちょっとカキ! わたしめっちゃいいこと言ったのにいい感じに締めないでよー! ずるい!」

「ミヅキお前それ色々と台無しだぞ……」

 

 あんまりな発言にがっくりきているカキにミヅキはぷりぷり怒っていた。そんなふたりを見てスイレンはくすりと笑う。

 

「あは……ミヅキ、カキ、ありがと。そうだよね。わたし、この前から考えすぎてたかも」

 

 痴話喧嘩と言われてからサトシとの距離感を意識しすぎて悩んでしまったのだ、でもカキの言う通り、わたしたちは友達だ。

 

(うん。今はまだ、それでいいと思う)

 

 きっとこの感情がまた変わることもあるのだろう。でも、まだそれは心に秘めておいたままでいい。

 

 遠目でサトシの姿を見ながら、スイレンはただ、そう思った。

 



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