PROTEA (えるぴー)
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1.踊ING-EX鎌
世界を作るのに、何が必要だろうか。
陸地? 海? 空気?
違う。それらも必要になってくるもので、世界を作るためには必要じゃない。
一番に、最初に必要なものは──炎だ。火。火だ。
火を。火を。火を。
それが、メティス・ティミダスに与えられた、始まりの意思だった。
少し前。
世界各国で同時に起きた人体発火現象により、地球は瞬く間に火の海へと包まれた。
しかしそれも束の間、年を跨いでは消火と鎮火に勤しんだ人類により、青き星は復興を遂げる。その傍らには耐火構造素材や火災用瞬間凍結団などを開発し、世界に貢献したクレイ・フォーサイトという技術者の姿があった。
彼はそれら発明で巨万の富を得、財団を設立。
この自治共和国プロメポリスの司政官としてプロメポリスの平和を維持している。
現在の平和は彼無くしてはあり得ず、しかしその平和を脅かさんとする輩も存在する。
マッドバーニッシュ。
人体発火は突然変異によるものとされ、彼ら突然変異体をバーニッシュと、彼らの操る炎をバーニッシュフレアと呼称する。彼らは発生当初に世界大炎上を引き起こすなどして多くが弾圧、鎮圧、および収容をを受けた。
それでもまだ、残党がいる。
それこそが今なおクレイ・フォーサイトの平和を、プロメポリスの市民を脅かしているマッドバーニッシュだ。
どこからともなく現れてはビルや街を燃やし、燃やし、燃やし尽くす。紛う方なきテロリスト。人命こそ失われた数は少ないが、その被害、その行為は残虐そのもの。人々の思い出の品、寄り添い育った家々。仕事の書類、誰かの財産。
彼らはこれらを燃やす。燃やして燃やして、灰にする。
許され難い行為だと──そう言った。
「勿論だ。勿論そちらの言い分はわかる。けど、申し訳ねえ、こちらにも言い分がある。バーニッシュってな燃やしたくて燃やしてるんじゃねえ、燃やさないと生きていけねえから燃やしてるんだ。お前らだって息しねえと生きていけねえだろ。同じことだよ」
「お前達の吐く息が、吸う息が、俺達人類を脅かすんだ。だったら人類は……いや、人間はそれに抗うしかないだろう。バーニッシュの脅威に。炎の突然変異体に」
「んじゃまぁ、今回も交渉決裂だ。激しくぶつかり合おうか、フリーズフォース!」
「バーニッシュでもねぇ癖に、人間に仇なす愚か者、メティス・ティミダス! 今日こそ貴様を捕縛する!」
後ろに匿うは少年少女。立ち向かうはゴツゴツの機械共。
この手に練るのは──土の檻。
「折角生き残ったんだ、いい感じに行こうぜ」
檻はぐねりとたわみ、ぐにゃりと歪み──目の前の機械に殺到する。それらは機械共の腕や足に絡みつき、ぐしゃっと圧す。だが、直後。土の肢体には氷の花が咲き、間髪入れずに叩きこまれたマシンアームによって氷ごと粉砕された。
左側頭、チェーンによって振り回された鉄塊が迫るが、それを土の檻で防御。接した部分から鉄塊を取り込み、破砕する。さらには土でチェーンを絡めとって、その先にいた機械も飲み込んだ。
「化け物め……ふざけた真似を!」
「そうだよー、化け物だ。なんならバーニッシュよりも化け物さ。だからあいつらは見逃してやってくんねぇ? まだ子供だぜ、年端も行かねえ子供さ」
「バーニッシュに年齢が関係あるか、全員同じバーニッシュだろう!」
「じゃあ人間も全員同じ人間さな」
土の触肢が大きく跳ねる。向かう先は直上──ビル群を越えた高高度で、バチンと爆ぜた。
結果降り注ぐ大質量の土塊。それらは機械共──フリーズフォースだけでなく、市民の方にまで向かう。
「おおおおおお!」
その岩石へ突っ込んでくるのは赤い車両。超巨大な梯子を岩石へと突き刺し、更には凍らせて粉砕した。
「おぉ、増援を呼ぶなんて珍しい。俺はそんなに脅威かね?」
「呼んだわけじゃねえ、勝手に来ただけだ」
「へぇ、じゃあアレがバーニングレスキューか。人命救助のための高機動救命消防隊。俺が抜けた後に設立された、対炎上のスペシャリスト、ってヤツ」
「ふん、ルールのわからねぇただの馬鹿共さ」
市街に降り注いだ岩石は、はしご車から続々と射出されたマシンによって凍り砕かれていく。ああいや、パワードスーツって言うんだったか。いけねぇやな、新しい技術は新しい単語で覚えなきゃ、頭が先に進まねえ。
「多勢に無勢、今日の所はトンズラさせてもらうぜ」
「逃がすと──貴様、バーニッシュはどうした!」
「土ン中さ。今なお移動中──お前達のサーモカメラは、背後に熱源があると上手く作動しねぇんだろう? もっと良い玩具を貰いなよ、クレイ・フォーサイトサマによ」
言って、瞬間地面に穴が開く。
重力に従って落ちるのと同時、その穴に瞬間凍結弾を打ち込もうとしたヤツを拘束する土が入り口をも塞ぎ、やがて戦火の熱も、喧噪も、聞こえなくなった。
「さて」
逃がした少年少女に目をやる。怯えた様子の少年の前に立つ少女は……少女?
ふむ。
「お前さん、帰る場所はあるかね?」
「……」
だんまりかい。
どころか、前に立つ子供の身体から、ゆらりゆらりと紫色の炎が立ち昇る。それらは瞬く間に蛇のような身体を形成し、その
「まぁ待ってくれ。せめて食事を作ってから燃やしてくれねえか? 調理をする腕が燃えちゃあ、作れるモンも作れねえ」
「……」
「おうおう、監視しといたままでいーよ。ああそうそう、自己紹介な。俺は各地でバーニッシュを拾ってはメシを与えている通りすがりの化け物だ。メティス・ティミダス。よろしく頼むよ少女」
「……少女じゃない」
「ありゃ。少年だったか、そいつぁスマンな」
「少年じゃない。リオだ。リオ・フォーティア」
「リオね。そっちのは?」
「……知らない」
知らないと来た。
怯えた様子の少年は、リオと名乗った少年の背後で蹲るばかり。それなりの熱量を発しているリオの背後にいて一切の影響を受けていないのを見るに彼もバーニッシュであるのは間違いなく、俺が来た時にはフリーズフォースの瞬間凍結弾の矛先が二人ともであった事から、リオだけでなく彼の方も何かしらの発現はしているとみていいだろう。
何かがあって、少年がバーニッシュとしての炎上災害を起こしてしまって、捕まりそうになったのをリオが阻んで、その二人を勝手に守ったのが俺と、そんな感じかね。
「お前は……」
「ん?」
「お前は、バーニッシュではないな。どうして僕たちを逃がした」
「んー、おじさんは子供が好きなのよ。ああ、ヘンな意味じゃないぜ? 単純に未来ある若者の芽が摘まれるのが許せないだけさ。あと、俺も身内にバーニッシュがいてさ。どうも他人事には思えんのよ」
「……」
リオは未だ警戒を解かず、けれどバーニッシュフレアの蛇を少しだけ退かせてくれた。
それでようやく落ち着いたのだろう、周囲を見渡し、自身から漏れ出でる火がこの部屋を焼いていない事に気付いたらしい。
焦った様子でバーニッシュフレアを壁にぶつけるも、飛散し雲散するばかりで壁が燃える様子はない。改めて警戒を強めた瞳で此方を睨むリオの目には、敵意が籠っていた。
「耐火構造素材じゃねぇよ、これは。さっきチロっと見せたろ?」
言って、手の内に土の檻を出現させる。さらに警戒を強めるリオ。
「それは、なんだ」
「んー、お前らの扱うバーニッシュフレアみたいなもんだ。彼女はどんな形にもなれる。炭素は含まれてねぇからな、燃えやしねえ。じゃあ何で出来てるかって問われたら難しいな。俺も答えは持ってない」
「彼女……?」
「ああ、コイツぁ生きてんのさ。お前さんらの扱う炎にも意思があるだろう? 知ってるぜ。んで、俺のコイツにも意思がある。そんだけさ」
喋っている間にも土の檻は様々な形に姿を変え、犬になったり猫になったり、少女の姿をとったりして、最後には女性の姿を模す。俺の掌の上でクルクル回っては、リオににこりと微笑みかけた。たじろぐリオ。傷付く彼女。おおよしよし、お前は可愛いよ、地球上の何よりも可愛いよ。
「この部屋作ってる土も、さっきお前さんらを逃がした土も彼女さ。バーニッシュフレアと同じで凍結弾に弱いって欠点もあるが、単純硬度で言えばパワードスーツなんてメじゃねえ、簡単に圧し潰せる。ちなみに俺自身は何の力もないただのおじさんだ。彼女を纏って戦う、なんてこともできなくはないが、彼女に自由にさせたほうがよっぽど強い」
説明をしてもリオの目は気丈なまま。意思が強いね、悪く言えば頑固。
だが、身体はそうも行かなかったらしい。
がくんと膝から崩れるリオの腹から、ぐぎゅる、と可愛らしい音が鳴った。
「メシを作るのさ、リオ。お前も、そっちの坊主も、特に食えねえモンもねえな? 好き嫌いされても食材は限られてんだ、食ってもらうぞ」
「くっ……」
背を向ける。
奇襲は、されなかった。
あれから数日が経った。
未だ、俺とリオ達は行動を共にしている。リオには帰る場所があるんだそうだ。バーニッシュ同士のコミュニティがあるのだと、明言こそしなかったが言葉の端から聞き取れた。
問題はリオの守っていた少年の方。
パゴスと名乗った少年は、やはりバーニッシュになりたてほやほやらしく、自身の力に戸惑うばかり。それ自体はリオが力の制御を教えるなりなんなり出来たのだが、彼自身の抱える病の方にどうしようもない問題が存在した。
小児がん。癌だ。バーニッシュでない時に発病していたそれは、バーニッシュになっても尚パゴスの身体を蝕んでいた。
バーニッシュは基本不滅の存在である。炎が燃える限り、火が尽きぬ限りは生き続ける。生命を火と等価とし、火さえ燃え続ければ身体は修復される。
もし癌が一か所であれば、荒療治とはなるがその箇所だけを吹き飛ばし、再生する、といったものでなんとかなったかもしれない。だが、パゴスのそれは既に全身へ転移してしまっていた。
どうしようもない。嫌な言葉だ。そのどうしようもなさによって、パゴスは捨てられたのだという。それはバーニッシュになる直前の話。未だ人間であったにも関わらず、パゴスは親から捨てられた。全身の痛みを訴える最中バーニッシュに覚醒し、炎上災害を引き起こした。
今も尚、パゴスの身体からは時折炎が噴き出る。痛みに喘ぐたび、痛みを我慢するたび、苦しむたびにその火は踊る。
そして、その時は訪れた。
訪れてしまった。
歩くことさえままならないパゴスを彼女によって移動させているその最中のこと。
彼の左腕から──崩壊が始まった。
「っ……」
あ、あ、と声にならぬ声を上げる彼を抱き留めるリオ。バーニッシュを受け入れてくれる病院など現代にあるはずもない。あるいは彼の捨てられたその日に終わっていたかもしれない命がバーニッシュとなったことで延命され──その分だけ、彼は苦しむ事となった。
それが今終わるのだ。潰えるのだ。虚ろな目にはもう何も映っていないのだろう、ただ碧い炎の光が、少しずつ消えていく。まるで人工呼吸のように自らの炎を分け与えんとしているリオを、しかしパゴスは──ぐ、と口を閉じた。
「もういいんだとさ」
「……すまない」
炎が消えるまでは不滅。
だが、炎が消えたら──バーニッシュは死ぬ。虚ろな目が閉じられた。
左手の指先に始まっていた崩壊はその速度を増し、さらさらと、灰となっていく。
「炎から灰に。灰から土に。安らかに眠れ」
リオの呟く弔いの言葉は、耳に馴染むものだ。
よく聞いた。よく聞かされた。
リオの腕の中で灰となったパゴスへ、そっと、彼女が近づく。
「っ、何を……!」
同胞の死を穢す者は赦さない。リオの目がそう語っている。
勿論だ。それは彼女とて──彼女だからこそ、真に理解している。
「地球に還すんだよ。ここは彼女の中。彼女の土は、地球のソレに比べて異質だ。ここじゃあ安らかに眠れない。だから包んで、地に還す」
「……頼む」
「おうよ」
少しは信用してくれたのかね、なんて思いながら。
リオと、パゴスの灰を丁重に包んでくれた彼女と共に地上の荒野へ出て、改めて彼の灰を埋めた。元の質量からはかなり少ないが──それでも、ここに。
永遠を。
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