草軍師のちょこっとした預言 (コトリュウ)
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草軍師のちょこっとした預言

 その書物を手に入れたのは、この世界へ来て八十年ほどが経過した頃であろうか。

 世界各地を回って自分に起こった不可思議な現象の謎を解明しようとしていた――そんな旅の途中、廃墟となっていた都市の中で見つけたのだ。

 地下に隠されていた書庫の一角、千冊を超える書物が丁寧に並べられており、当時は一般的な魔導書だろうと特に期待せず古びた一冊を手に取り、開く。

 

『うん? 絵が描かれている。挿絵というやつかな』

 

 なんてことはない、ただの物語を書き示した娯楽小説であった。

 難解な魔法陣も回りくどい解説もない、保護の魔法すらかけられていないただの本。ページをめくろうとするだけでどこかが崩れ落ちそうになるボロボロのゴミであった。

 だけど自然な違和感に背筋がむずがゆくなる。

 何かがおかしい、どこかが変だ。

 そう、この書物は――“日本語”で書かれている。

 

『これはっ、……ああそうだ、そうだよな。日本語で書かれた書物なんか、この世界にあるわけがない。誰かが持ち込んだってことだ。俺のような何者かが……』

 

 貴重な資料だと思い直し、即座に魔法での保護を全ての書物に対し行う。現時点でも相当劣化してはいるが、内容を読み解くだけならなんとかなるだろう。かすれたり消えてしまったりしている印字に関しては、前後の文章から推測するしかない。

 

『とりあえず、日本語で書かれている物だけを運び出すとするか』

 

 他にも貴重な書物があるのかもしれないが、今のところは日本語記載の書物を優先しよう。

 軽く目を通し、流れ作業でアイテムボックスの中へ放り込む。

 分厚く、黒を基調とした、王族貴族の私室に並べられていそうな書物が二十。同品質で白を基調としたものが一つ。他には、品質と厚みで数段落ちの書物が千冊ほど。

 その全てが日本語で書かれた物語、小説であった。

 

『まずは読んでみよう。……と言いたいところだけど、こんな地下室では気が乗らないな』

 

 別に暗闇であろうと全く問題は無い、とはいえ出来れば綺麗な空気と暖かい日差しの注ぐ、自然豊かな場所が気分的には望ましい。

 自分は植物なのだから、石壁に囲まれたかび臭い地下室など御免なのである。

 

『え~っと、これが一巻かな? どれどれ』

 

 一番まともそうな分厚い書物を取り出し、ペラリとめくる。

 

『ほ~ほ~、主人公はアンデッド、骸骨なのか。ふむふむ、種族は死の支配者(オーバーロード)、ゲームをしていてサービス終了と共に異世界へ転移したと……』

 

 読み進めれば読み進めるほど、特定の人物が頭に浮かぶ。加えて、しっかりと名前が明記されているのだから勘違いや偶然などは有り得ない。

 あの人である。

 ギルド長である。

 

『この小説を書いたのはモモンガさんなのか……。俺と同じようにこの異世界へ来ていたと?』

 

 本の劣化具合からして、モモンガが異世界へ来たのは数百年も昔のことなのだろう。どんな状況で、どんな苦労を味わったのかは分からないけれど、これほどの小説を書き上げられるだけの環境を整えられたのなら僥倖だ。

 

『しかし、あのモモンガさんに小説を書く趣味があったとは知らなかったな。それに作者名の“丸山”とは何だろう? ペンネームというやつか?』

 

 書物を色々な角度から眺めてギルド長の痕跡を辿るも、いまいちイメージが繋がらない。作者名もイラストを描いた者の名も記憶にはなかった。

 だけど小説にはモモンガしか知らない内容も多く、表紙絵の骸骨も神器級(ゴッズ)を着込んだギルド長そのもの。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの描写もギルドメンバー以外では知りようもないはずだ。

 

『ん? ああ、もしかして別の誰かに書いてもらったり描かせたりしたのか? それなら納得できますね』

 

 ひとまず落としどころを見つけ、小説の続きを読む。

 少しだけ気がはやる。ページをめくるスピードも格段に速くなっているかもしれない。なぜなら、この娯楽小説の中にモモンガに関する情報があるかもしれないからだ。

 今まで集めたプレイヤーに関する噂話や逸話の中にギルドメンバーのモノは無かった。唯一、六大神と呼ばれるプレイヤーの中に死の支配者(オーバーロード)らしき存在は確認できたのだが、当人ではないと結論付けている。

 八欲王や十三英雄に関しては情報不足だ。生き残りでもいれば接触したいところである。

 

『それにしても、この書物には印刷技術が用いられているのか? ユグドラシルでは当たり前のように作成できたから気にも留めていなかったが、この異世界でそんな技術、いったいどうやって?』

 

 おかしなところが色々と見えてくる。

 朽ちかけた書物をよく観察すれば、異世界では作成不可能な技術が用いられているように思う。紙自体は生活魔法で作成できないこともないだろうが、印字はどうやったのか? 製本は?

 それに内容にも妙な点が多い。

 数百年前に書かれたであろう小説の中に、十三英雄の記載がある。それに王国や帝国についても、つい最近の街並みを見てきたかのような描写だ。当時には生まれていないはずの王族についても、その名が一字一句間違いなく明記されている。

 これはいったい?

 

『日付からすると未来の出来事を書いているのだろうけど、モモンガさんは未来予知でもできたのかな? そんな魔法や世界級(ワールド)アイテムがあったなんて……』

 

 少し思案した後、一つの試みを思いつく。

 小説に書かれていた名のある人物の内、まだ生まれていないであろう対象の住む場所へ赴いて、名付けの瞬間を確認するのだ。

 しかも二人連続で合致すれば偶然ではないだろう。

 もし、まだ生まれていない少女の名がこの小説に書かれているのだとすれば、全ての前提が崩れてしまう。

 この小説はモモンガが書いたものではない。

 この小説は娯楽用ではない。

 この小説は――

 

『未来の事象が書かれたものである、か。いやとても信じられないなぁ。モモンガさんが変な能力に目覚めて書き上げたものだと考えるほうが、よっぽど説得力があると思うけど……』

 

 小説の内容からすると、事が始まるまであと二十年ほど。問題の少女が生まれるまでは数年。その妹が生まれるまでは十年ほど。

 ならば対象が住まう村の近くで拠点でも作って、のんびり本を読み込めばよい。時間はたっぷりとある。それに村の近くには居心地の良さそうな大森林もあるのだ。

 

『村の名は……、カルネ村か。辺境の小さな開拓村。ここからだと西方ですかね』

 

 手早く旅支度を整え、廃墟の都市を後にする。

 その足取りはとても軽やかだ。草と蔦で構成された二本の脚がワッシャワッシャと大地を懸ける。

 この世界へ転移して八十年ほど経過しているが、これほどの高揚感は初めてかもしれない。

 それほどに期待してしまう。

 なぜなら、小説に書かれていることが未来の出来事であるということは、あの人との再会を現実のものに出来るということなのだから。

 そう、小説の通りならばナザリックが転移してくる。

 あのギルド長と共に。

 

『ふふふ、この書物はいったい誰が何のために書いたのか? 俺を異世界へ転移させたのは誰なのか? 俺にこの書物を与えてこれから何を成せというのか? 謎ばかりですねぇ』

 

 嬉しそうに笑い、異形なる植物の化け物は大陸の西方へと文字通り飛んでいった。

 そんな異形が大事に抱え持つ書物の表題には“オーバーロード”との記載があったそうな……。

 

 

 

 

 書物に簡易な地図がついていたことで、目的の開拓村はすぐに発見できた。

 魔法で姿を隠し、柵も堀も門すらない不用心な村へ足を踏み入れ、とある夫婦の家を探してみる。

 エモット家のことだ。

 今より数年後、一人の女の子を儲けるであろう重要な存在である。その女の子の名前が、手にしている書物の登場人物と合致していれば、全二十巻の小説は未来を書き記している預言書となり得る。

 ただ、この地方でよく用いられている名前だからピタリと合っていても不思議じゃない――なんて可能性もあるので、十年後に生まれる妹の名も確認しておきたい。

 姉のエンリ・エモット。

 妹のネム・エモット。

 姉妹揃って書物の記載通りならば、もはや疑う余地はないだろう。

 まぁそれでも予言確定のサンプルは集めたくなるものなので、エ・ランテルのバレアレ家や王国・帝国の名のある人物を観察してみようと思う。

 

『本当はもう、預言書であることを疑ってはいないんだけど……。とはいえ、小説形式の預言書なんてあやしいし、いや――本物を手にしたことのない自分が変に思うこと自体がおかしいか。う~む』

 

 草と蔦で構成された右手を顎らしき場所へ添えて唸ってみるも、周囲を忙しく動いている村人たちは誰も気づかない。

 不可視化の魔法はしっかり効果を発揮しているようだ。

 

『さて、エモット夫妻の確認はできたし、森の中に拠点でも作って他の書物を読み進めるとしよう』

 

 預言書らしき書物は、高品質な黒表紙二十巻以外にも数多く存在している。

 厚みは千差万別であり、製本技術もバラバラ。紙に穴を開けて紐で縛っただけの薄っぺらいモノから、多量のページを金属部品で閉じたモノ、もしくは紙一枚だけのモノなど多種多様。

 一体何が書かれているのかと期待に胸が膨らんでしまう。

 

『まずは適当に一つ選んで……、ふむふむ』

 

 表紙も何もない、束ねただけの紙を軽くつまみ、記載されている日本語を読み進めてみる。

 

『え? どうしてモモンガさんが女になっているんだ? それにこのギルメンはいったい? 俺が引退した後に加入でもしたのかな? 聞いたことのない名前だけど』

 

 読めば読むほどに、おかしな展開ばかりが目に付く。それに文章の書き方が“黒の書”とは別物だ。作者が別人であるのは間違いないだろう。というか、他の書物も妙なモノばかりで作者もバラバラであるようだ。

 “黒の書”と同じ作者が書いていそうなのは、品質が同程度の“白の書”一冊だけ。

 これはいったいどういうことなのだろうか?

 これらが全て預言書であるというのだろうか?

 

『ん~、訳が分からない。モモンガさんが子供になったり分裂したり、NPCと融合したりハーレム作ったり……。俺が登場している物語もあるみたいだけど、名前だけ同じで性格も口調もメチャクチャというのは……。もしやこれって、素人が勝手に創作した小説なのでは?』

 

 そう考えると全体像が見えてくる。

 預言書としての力を持っているのは“黒の書”二十巻だけであり、他は全く関係のない娯楽小説であるようだ。“黒の書”と執筆者が同じである“白の書”一巻も、当人が遊んでいたのかもしれない。

 そんな余裕があった世界での産物なのだろう。

 羨ましいことである。

 

『読むのは“黒の書”だけで良さそうだけど、まぁ暇つぶしにはいいのかもしれませんねぇ』

 

 預言書が指し示す年月までは、まだ二十年程度の間がある。

 それまでは各地に生まれる登場人物の名前を確認し、預言書の内容が確かであるとの認識を深めていくとしよう。

 ついでに、様々ないじられ方をしているギルド長の哀れなさまを読み込むとしようか。

 

 

 

「お、おぎゃー! おぎぁゃー!!」

「ふふ、元気な子ね。この子はとても逞しい子に育つと思うわよ」

「女の子に逞しいというのはどうなんだろう? まぁそれより、名前は決めたのかい?」

 

 夫婦で話し合っていた候補の中から、最終的には妻が決定する予定であったようだ。

 生まれた赤子は女の子。

 エモット家の長女である。

 

「そうね、……名前はエンリ、エンリ・エモットとしましょう」

「おおそうか、エンリか。うん、いいと思うよ」

 

『……ふむ、一字一句間違いなし。エンリという名がこの地方でよく用いられている名であるというわけでもない。ならば、確定ですかね』

 

 予見書である“黒の書”を片手に、植物の化け物が出産現場に立ち会うというのは世にも奇妙な光景だ。

 魔法で姿を不可視化させているとはいえ、看破できる者がその場を覗き見たならば、生まれたばかりの赤子が何かの生贄に捧げられるのではないかと疑うことだろう。

 化け物が興味深そうに赤子を眺めていれば尚更だ。

 

『次は妹のネム・エモットが生まれる時にでもお会いしましょう。それでは』

 

 聴こえないようこっそりと呟いた挨拶の言葉をその場へ残し、トブの大森林へと帰還する。

 重要な確認が終わり、手元のメモ帳へ結果と考察を書き留めては次の予定を眺める。

 

『王都へ行って三女の姫様を観察してみるとしよう。預言書の通りなら面白そうな子なんだけど、もう生まれているのかな?』

 

 一つ一つの確認が、預言書を本物に染め上げていく。

 帝国、王国、そしてカルネ村。

 書物に登場したネームドを見つけ出し、記載通りの外見であり性格なのかを観察する。そんな作業を続けて数年が経過し、預言書も全文章を記憶するほどに読み込んでしまった。

 あとはこのまま「始まりの時」を待つだけ、なのだが……。

 

『気になるのは……』

 

 植物の化け物は、預言書の問題点について思考する。

 

『気になるのは、この預言書に俺の記載が一切ないこと……』

 

 何度読み返しても植物の化け物が出てくる記載はなかった。それどころか預言書の存在も語られていない。そんな書物の存在を匂わせる一文もなかった。

 預言書の中に預言の記載など無い方が正しいのかもしれないが、これはかなり重要な案件であろう。つまりこの預言書は、自身によって未来を変えられることを想定していないのだ。

 

『現時点でも俺の存在が未来を変えかねない。この世界に転移してくるであろうモモンガさんとナザリックにもどんな影響があるか……』

 

 未来の出来事が小説形式で書かれている“黒の書”を用いれば、全てを破綻させることなど簡単だ。

 カルネ村へやってくるモモンガを罠にかけることも可能だろう。――その後でアルベドに殺されるけど。

 

『だけど、一度未来を変えてしまうと預言書の価値は半減だな。預言書として最大の効果を発揮できるのは、最初の介入のみ。とはいえ、どんな関わり合い方をしたとしても多くの運命を狂わせることになる。死ぬべきものが生き残り、幸運を掴むはずの者が命を落とす。そんな判断を俺が下してよいものか……』

 

 預言書の出来事を覆した瞬間、その世界は預言から外れた道を進むこととなる。死ぬべきものを助けた結果が大虐殺であった場合はどうすればよいのだろう? まぁ、人間種や亜人種など、いくら死んでも心は痛まないのだが。

 

 

 

 

 

「――ねぇ、あなたは“けんおう”さま?」

 

『おやおや、小動物かと思ったら可愛らしい女の子でしたか。ふふ、“けんおう”というのは“森の賢王”のことですかな? なら俺は違いますよ』

 

「ちがうの? じゃあ“精霊”さま」

 

『ああ、全身が草とか蔦で出来ているからですか? いやどうなんでしょうねぇ。種族的には精霊の一種なのかもしれませんけど……、っとしまった! 俺のことよりお嬢ちゃん、ここは村から離れすぎていますよ。早く帰らないと』

 

 森の外縁部でのんびり日向ぼっこをしながら本を読んでいたら、カルネ村の関係者に声をかけられてしまった。

 距離的に足を運ぶはずの無い場所なので少々油断してしまったか? 後で頭をいじって記憶の一部を消さねばなるまい。

 この世界への影響を考えれば、自分とカルネ村の接触は厳禁だ。この子供が村へ戻る直前にでも捕まえとしよう。面倒だが。

 

「あのね、小枝を拾いにきたの。でもなかなかなくてね。探してたら帰れなくなっちゃったの」

 

『あ~、探し物に夢中になると迷子になるってやつですねぇ。気持ちは解らないでもないけど、ちょっと不用心でしょう。君に何かあったら御両親とエンリちゃんが悲しみますよ』

 

「あれ? 精霊さまはお姉ちゃんのことを知ってるの?」

 

『もちろん知っています。ネムちゃんの名前もね。それから俺のことは精霊さまじゃなくて、ぷにっと……、諸葛……いや、孔明と呼んでください』

 

「こーめーさま?」

 

 後で記憶を消すから構うまい――と普通に会話をしてしまったが、預言書的には宜しくない展開だ。とはいえ、せっかくなのだから聴いてみたいこともある。

 

『……あ~、ネムちゃん。一つ教えてほしい事があるのですけど』

 

「何ですか? こーめーさま」

 

『君の両親は数ヶ月後に殺されてしまいます。だけど生き残った君たちは、世界で最も安全で幸福な人生を歩めることでしょう』

 

「えっ? ……え?」

 

 直球過ぎる言葉の暴力に、幼子の思考は乱れまくる。それでも異形の植物からは言葉が続く。

 

『君たちの将来は安泰です。親が死ぬことなど気にするまでもないというほどに……。しかし現時点ならば選択が可能なのです。親を助けるか否か』

 

「お、お父さんとお母さんが死んじゃうの? う、うう、うえええーーん! そんなのいやだよー!」

 

『親を助けると未来が変わります。当然、素晴らしい未来ではなくなる可能性が高い。親しい存在の喪失――という貴重な成長の機会を失うのですからね。とはいえ自身の未来を知ることが出来ない現状では、親の助命を願うのも当然でしょう。う~む』

 

「うえぇ~ん! うわああああぁぁ~ん!!」

 

 もはや少女に問い掛けているつもりは無い。化け物の独り言でしかない。預言書の内容に介入すべきか否か? 自身に問い掛けているだけだ。

 

『預言に介入しないのであれば、預言書を手にした意味がありません。だけど介入すれば未来を変えてしまいます。となると……』

 

 何もしない、なんて選択はもはや頭に無い。少女が何を望もうとも、積極的に介入するつもりなのだ。

 

『表向きは預言書の通りに展開させ、裏でこっそり動くとしましょう。開拓村で死ぬはずの人間を他で調達した犯罪者と入れ替えれば、預言を覆したことにはならないはずです。まぁ、生き延びた村人には、どこか別の場所で第二の人生を送ってもらうしかありませんが……』

 

「う、ううえぇ、えう、ひっく……、うぐっ」

 

 武装集団に襲われた開拓村の死体は、人間種の死体であればいいのだ。村人に限定する必要はない。預言書的には「開拓村が襲われた」「数名の生き残りが保護された」という事実さえあればよいはずである。

 カルネ村についても同様だ。死体を埋葬するという点があるので多少の細工は必要かもしれないが、死体の外見をいじって事前に用意しておけば誤魔化せるだろう。

 厄介なのはナザリックの監視網ぐらいか?

 

『……泣き止みましたか、お嬢ちゃん。ああ、安心してくれていいですよ。君の両親や住民たちは俺が助けます――と言っても、君たちがその事実を知ることはありません。永遠にね』

 

「……え?」

 

 キョトンとする涙目の少女へ蔦を伸ばし、動けなくしてから記憶操作の魔法を使う。

 この少女――ネム・エモットは、薪用の小枝を探している内に村から離れてしまい、しばらく迷った挙句、草の化け物などに遭遇することなく無事カルネ村へ戻った。

 余程怖かったのだろう、泣きはらした目元が痛々しい、とのことであった。

 

 

 

 

 その日、帝国の鎧を着込んだ武装集団は王国の開拓村を複数襲い、多数の犠牲者を出した。一報を受けた王国首脳部は戦士長率いる戦士団を送り出し、残酷無比な襲撃者の撃滅を図らんとする。

 

「なんと惨いことを……」

 

 武装集団に襲われ、火をつけられた村の残骸に戦士たちは表情を曇らせる。

 黒く炭化した死者の山に、僅かな生き残り。生存者をエ・ランテルへ護送するため、村を回れば回るほどに戦士団の人数は目減りしていく。

 

「これは罠に違いない」

 

 無差別かと思われる襲撃。略奪することなくその場を離れる帝国兵士。なぜか必ず数名の生存者が残され、足止めと戦力低下を強いられる。

 

「今は先を急ごう。迷っている暇はない」

 

 既に多くの死者を出してしまった。現状において、エ・ランテル周辺の開拓村は壊滅寸前と言ってもいいだろう。

 残っている無事な村はいったいどれほどか……。

 武装集団にはいまだ追いつけず、さらなる村への襲撃を食い止めようもない。この先にはまだ無防備な村が残っているというのに。

 

「カルネ村か、どうか無事でいてくれ」

 

 その願い自体が無事ではないことへの確証であったとしても、願わずにはいられない。

 こんな時にこそ奇跡が必要なのだ。

 残酷無比な襲撃者から村人を護る――恐るべき魔法詠唱者(マジック・キャスター)の登場、というおとぎ話のような奇跡を……。

 

 

 

 

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 のたうつ雷撃を横目で見て『見事なまでに預言書通りだなぁ』と感心し、懐かしき骨の化け物を眺める。

 課金アイテムまで用いた不動の完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)ならば、さすがの死の支配者(オーバーロード)もお手上げのようだ。

 傷ついた少女姉妹へ対応するばかりで、こちらへ意識を向けてくる様子はない。

 

(問題なのはNPCだな。特に茶釜さんとこの闇妖精(ダークエルフ)。後詰で森に居るはずだから注意しないと……)

 

 探知特化のプレイヤーでもない限り看破されない、と理解していても緊張してしまう。今発見されるとすべてが水の泡になってしまうからだ。

 預言書である“黒の書”を最大限に生かすためには、ストーリーを矛盾なくなぞる必要がある。故にエンリ・エモットは襲われる必要があったし、カルネ村での遺体埋葬も必須なのだ。

 そして我らがギルド長にはスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典を叩いてもらわねばならない。預言書通りに。

 

(合流するのはその後、モモンガさんがアインズ・ウール・ゴウンの名乗りを済ませ、NPCたちが世界征服への相談を行う瞬間――そこがベストだろう。幸いなことに拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)は手元にある。これならばNPCに気取られずナザリックへ入り込めるはずだ)

 

 預言を踏襲しながらその裏をかくには、NPCに気付かれないほうが良い。

 アルベドやデミウルゴスなら預言の重要性を理解し、完璧なまでに動いてくれるかもしれないが、“黒の書”を読み込んだ身としては不安が募る。

 彼の者らは自由意志を持ち、個性がある。

 知能の高い天才ではあるものの、あまりに有能過ぎてどんな行動をとるか予測しにくいのだ。特にアルベドはモモンガのために――もとい自分の欲求を満たすために預言書を利用する危険性がある。

 最悪のところ、預言書を奪うために邪魔者である己を殺しかねないのだ。

 よって秘匿は決定事項である。

 

(……さて、エンリとネムの両親を別人と入れ替えて埋葬させた。これで預言書とは違う展開に入ったわけだが、エンリら自身に気付かれなければ預言にズレはない――はずだ。戦士長の訪村、陽光聖典の襲来、そしてモモンガさんが圧勝し、巫女姫が覗いてくるところまで問題はない)

 

 しかし、とここで思い悩む。

 この後モモンガは拉致した陽光聖典へ尋問を行い、三回目の質問を投げかけた直後に自死される――という情報漏洩対策に引っかかる予定だ。おかげで重要な情報所持者、陽光聖典の隊長は死亡してしまう。

 だから何かしらの介入を行うべきかと考えるが……。

 いや、この介入は預言を歪める可能性が高いか?

 いやいや、表向きは死んだことにすれば大丈夫か?

 いやいやいや――。

 

(う~む、無理に得るほどの情報はないか。“黒の書”にスレイン法国の情報は多く載っているし、危険を冒す必要はないかもしれないなぁ)

 

 視線の先で死の支配者(オーバーロード)と完全武装のアルベドが歩いている。

 これからカルネ村へ戻り、治療途中の戦士長へ陽光聖典を追い払ったと告げるのだろう。戦士長が不審に思うところも預言の通りである。

 

(ふぅ、そろそろいくか。といってもニグレドの魔法探知をかいくぐり、周辺警戒の傭兵モンスターを避けてナザリックへ侵入できるのだろうか? “黒の書”に記載されていない探知特化のモンスターが配置されていたら終わりなんだがなぁ。まぁ、この時点でハンゾウの召喚まだのはずだから勝算はあると思うが……)

 

 存在がバレた瞬間、預言書である“黒の書”はその価値を大幅に無くしてしまう。多くの情報が載っているが故に無価値にはならないものの、せっかくの預言が台無しだ。

 そんな無様な展開など、アインズ・ウール・ゴウンの軍師を担っていた自分にとってバッドエンド以外の何物でもない。

 未知の異世界でゲームの能力を十全にふるえ、その上預言書まで手元にあるのだ。加えてギルド長とナザリックに合流できるのであれば、未来を思うがままに改変できよう。

 死するはずの者を生かし、消費するはずの金貨を残し、消え失せるはずのアイテムを確保する。

 預言書に矛盾なく沿いながら、中身は全くの別物とする。

 それがどこまで可能なのかは分からない。

 だがとても面白そうだ。

 異世界へ来て丁度百年。これからはギルド長を巻き込んで新たな物語を作り上げよう。矢面に立つであろうモモンガ――もといアインズ様は大変だと思うけど……。

 

(俺と合流した後も一人の演技を続けてもらわないと預言書通りにならないからなぁ。魔王らしい演技とか、精神的疲労でベッドごろごろとか……。上手くやってくれるかな?)

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

「モ――アインズ様、なにか御不快なことでも?」

 

「いや、なんでもない。気にするな(アンデッドでも寒気って感じるんだなぁ。いったいどんな仕組みになってんだか)」

 

 黄金の杖を持つ恐るべき骸骨の化け物は、漆黒の全身鎧を纏う女戦士へ軽く手を振ると、のんびり夜空を眺めながらカルネ村へと歩き進んだ。

 

 リアルではありえない、あまりに美し過ぎる星空をギルドメンバーにも見せてあげたいなぁ~とこっそり呟きつつ。

 



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