誰が為の《物語/運命》 (音佳霰里)
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プロローグ
はじまり
よろしくお願いします。
____知らない天井だ……。
この
こういったネタにすぐ走るのは良くないなと思いながら立ち上がろうとして____
____立てなかった。
は??? どゆこと??? 訳分からん??? また俺何かやっちゃいました???
内心パニックになりながらも何とか状況を確認しようとして自身の体を見下げてみると、そこには妹が昔着ていたような女の子向けのベビー服。そして上下左右(今の俺は寝転がっているので正しくは前後左右だが)には何やらかなり高い柵によって囲まれている。そう、もしかしなくてもベビーベッドである。
そんなあうあう言いながら辺りを忙しなく見回している俺に、イケメン系のサバサバ系お姉さんがこちらへ近づいて来て、
「おー、まどかー? どーしたんだー? おねむの時間かー?」なんて仰られている。
もしかして、嫌、もしかしなくても……
「あうあうあ──────!!!??? (俺、赤ちゃんになってるぅぅぅうう!!!???)」
なんて具合に、暴走族もいい迷惑な絶叫をかましたのであった。
母親(っぽい人)の助けもあって落ち着いた俺は、改めて今の状況について確認することにした。
恐らく俺は、ネットやラノベとかでよく話のネタにされる、『転生』と言うやつをしたのだ
というのも、実は俺、前世の記憶と呼ばれるようないわゆるエピソード記憶が一切無く、高校2年生までの勉強の内容や、アニメ・ラノベといったオタク文化の詳細といった、知識しか残っていないためなのだ。
まぁ多分残っている知識の内容からして救いようの無い一人っ子な陰キャだったのでは無かろうか……悲しくない……悲しくなんてないぞ……
そして、先程呼ばれていた俺の今世の名前は【まどか】。
そう、
しかも先程俺をあやしてくれたサバサバ系のお姉さんが、その鹿目まどかの母親、【鹿目
___拝啓、前世のお父さんお母さん、今世の人生は生まれて数ヶ月(身体的特徴と母親の話しかけ方から把握した)にして前世以上のクソゲー/詰みゲーであることが発覚致しました。
そしてこの日、俺は2回目の大絶叫を上げると共に、意識をブラックアウトさせて行った。
アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の世界に、主人公である『鹿目まどか』として転生してしまったこの小説の主人公。
中学二年生へと時間は移り、ついに物語が始まる。
今か今かと原作開始を待つ彼女のところにやってきたのは――
次回、第一話。
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原作の時間軸開始前
第一話 出会い
春。それは始まりの季節であり、人々が様々な変化を迎える時期でもある。かくいう俺も、中学二年生になり、様々な変化を迎えた。
例えば、話し方を使い分けるようにしたり、人との付き合い方、後は、型月世界と言う世界線に置いて【魔術】と呼ばれる物が使えることが発覚したりなどである。
時間を見てみると、学校に着くまでにはまだまだ時間があるので、皆さんにその魔術について説明しようと思う。
そもそも型月とはタイプムーンと言う名前のゲームブランドで、有名どころで言うとFate/staynightや、Fate/GrandOrder、月姫などである。
まあつまり何が言いたいかと言うと、
・これによりいくらか魔女に対抗はできる。
・魔女の結界内にはマナが多いので、魔術行使が多少は楽。
・原作も多少は楽になる。
ということである。何故魔術の使い方を知っていたのだろうか……
まぁ他にも言いたいことは多々あるのだが……おっと、友達が来てしまったので紹介しないとな。
「おっはよー! まどか! あれ? もしかしてリボン変えた?」
そう快活に挨拶して来るのは【美樹さやか】。魔法少女になった世界線では魔女化皆勤賞であり、俺の小学校からの親友だ。
挨拶をされたので俺も、
「よっ! さやか! そうなんだよ、珍しくリボンを
「まどかさんは昔からそういう所、無頓着です物ね」
「確かにー!」
そう言ってからかってくるのは、【志筑仁美】。俺の親友2人目であり、生粋のお嬢様でもある。クズと言ってはいけない(戒め)。
「ぐぅっ……というかお前ら一般的なJCがおかしいんだよ!」
「じぇいしぃ……とは何なのでしょう……?」
「あはは……仁美は知らなくて良いんだよ……(また始まった……)」
「そこぉ! 聞こえてるぞ!」「ぅえっ!?」「うふふふ……」
なんて具合にいつも通りに俺たちは登校して行った。
「ゴホン、今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞くように。目玉焼きとは、固焼きですか? それとも半熟ですか? はいっ! 中沢くん!」
そう言って生徒を
哀れ、中沢。恨むならダメ男を引っ掛けてしまった先生にしな。
「ダメだったか……」
「ドンマイとしか言い様が無いな……」
なんて
「ゴホン、はい、今日は皆さんに転校生を紹介します!」
そっちが本題かよ!
「暁美さん、入ってきて!」
先生がそういうと、入ってきたのは
この時、俺だけがこう思っていた事だろう。
____1週目かよぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!! と。
「はーい、それじゃあ、自己紹介行ってみよー!」
「あ、あの……暁美……ほむらです……えっと……どうか、よろしくお願いします……」
「暁美さんは心臓の病気で……」
そんな
____アイエエエエ??? メガホム??? メガホムナンデ??? いやいやいや、違う違う、そうじゃ、そうじゃない……じゃなくて!!! メガほむとかもーどー見ても俺死亡案件やんけ!!! どうする? どうすれば原作潰せる???
「……けど、みんな助けてあげてね!」
あっ……もう自己紹介終わってる……しゃーなし、俺は俺なりに頑張りますか!
「暁美さんって、前はどこの学校だったのー?」「部活とかやってたの? 運動系? 文化系?」「凄い長い髪だよねー。毎朝編むの、大変そうだなー」
「あの……私……その……」
うっわ大変そう……原作知ってても知らなくても病院明けにこれとかマジでキツイだろ……しゃーない、助けてやるか……
「お前ら、邪魔。一旦どけ」
「ヒイッ」「ちょっと、鹿目さん!」「暁美さん、ビックリしちゃったじゃん!」
「あー悪かった悪かった。一応こいつ、休み時間には保健室行って薬貰わなきゃだからさ。そういう訳で、いいか?」
「ハイ……」
まだビクビクしてんな……これから関わっていくわけだし……謝んなきゃな……
「たはは……さっきは悪かったな」
「ィ……イエ……気にして……無いので」
「そっか……んじゃ自己紹介と行きますか! 俺、鹿目まどか。まどかって呼んでくれ」
「ァ……暁美……ほむら……です」
「んじゃ、俺もほむらって呼んでもいいかな?」
「私……その……あんまり名前で呼ばれた事って……無くって……スゴく……変な名前だし……」
「そんな事ないだろ、その名前。なんかパッション、ボンバーーーー!!!!!!! って感じだし」
「名前負け……してます」
「そんなこと言ったらダメだろ」
「えっ……?」
「せっかく親御さんがこれから生まれて来るほむらのことを想って付けてくれた名前なんだ。その思いに恥じないくらい、格好良くなっちまえばいいんだよ」
「ハッ……」
「悪いな、こんな高説垂れちまって」
「い、いえ、そんなことないです。ありがとうございます」
「そかそか……それなら、行こっか!」
「はい!」
side 暁美ほむら
全く見慣れない通学路を、私は歩いている。
歩きながら、今日一日について考える。
____『その思いに恥じないくらい、かっこよくなっちまえば良いんだよ』
無理だよ……私、なんにも出来ない。人に迷惑ばっかりかけて恥かいて……どうしてなの……? 私、これからもずっとこのままなの……?
____『だったらいっそ、死んじまえばいいんじゃね?』
死んだ方が良いかな……
____『死ねば良いんだよ』
死んで……死んで……死んで死んで死んで死んで死死死死死死______
そこまで考えて、ふと気付く。
____ここはどこ?
そしてハッと顔を上げてみると周囲には、よく分からない手を模したような建造物、いつだったかピカソの本で見た【ゲルニカ】のような床、そして赤と肌色のような色のマーブル模様をした空。到底迷子になってたどり着けるような場所には見えない。パニックになって声も出せない(実際には喋っているのかもしれないが)私の後ろに、
____門が現れた。
フランスにある凱旋門と同じような形をした"それ"は、子供の落書きのようなぐちゃぐちゃした線の塊をいくつか地面から生み出すと、その塊達を私へと向かわせてきた。
____もうダメか、と思ったその時。
「壊れた幻想《ブロークンファンタズム》!!!」
side out
「壊れた幻想《ブロークンファンタズム》!!!」
あっぶねぇぇええええ!!!!!! 一週目だと学校帰りに魔女に襲われるの忘れてたあぁあああ!!!
「鹿目さっ……爆発っ……えっ……!?」
ちなみに今何をやったかと言うと、【宝具】と呼ばれるとても神秘性を秘めた武器を投影、いわば複製して魔女に投げつけ、内側から魔力の暴走で壊して爆発させる、壊れた幻想《ブロークンファンタズム》という技をしたのである。
そして次に____
「先輩ッ!!!」
「えぇ、分かったわ!」
____ティロ・フィナーレ!!!
「あなたたちは……」
「彼女達は、魔法少女。魔女を狩る者たちさ」
うるせえ陰獣契約してねえのに勝手に魔法少女にすんなぶち転がすぞ
( ゚д゚)ハッ! これは例の名台詞行けるのでは?
「あはは……いきなり秘密がバレちまったな……。まっ、クラスの皆には、内緒だぞっ!」
そして魔女は、俺たちの攻撃によって、炎に包まれた。
「ところでまどか、さっきの発言は僕の魔法少女の説明を受けての発言だよね? という事はもう自分が魔法少女であるということを認めたってことでいいのかな?」
うるせえQB頃すぞ。
魔女の結界に捕まった暁美ほむらを救い出した鹿目まどか。
しかし、ワルプルギスの夜の脅威はすぐそこまで迫ってきていた。
暴力的なまでの力の前に、鹿目まどかは何を選ぶのか――
次回。
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始めから
午後、ほむらも加えた俺たち3人は、巴先輩の家で説明会を開いた。
魔女や魔法少女、ソウルジェムなどの基本的な事柄から、俺の使っていた投影魔術もどきについても、主に
巴先輩のような魔法少女と、俺の様な魔術師(どちらかと言ったら魔術使いが正しいが)についての基本的なことや、大まかな違いをほむらに理解して貰えただけでも、今回の説明会は開いた意味があったんじゃなかろうか。
_____勝てない。
ワルプルギスの夜と対峙して見て、思ったことはそれに尽きる。
巴先輩も、ワルプルギスの夜の攻撃をモロにくらい、ソウルジェムを砕かれてしまい死亡した。頼みの綱の俺の魔力だって使い切ってしまい、もう立っているのも辛い。
ほむらは俺に向かって悲しげに、
「もう……逃げよう……。勝てっこ無いよ……。マミさんだって死んじゃったし……。鹿目さんだって立ってるのも限界じゃない……」
「そんな……ことは……」
「もうやめよう! 鹿目さんは頑張った、だから、もう!」
____そんな彼女の悲しそうな声を聴きながら、あるひとつの考えに辿り着いた。否、
俺は震えながら言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ。ほむら___」
言い聞かせる様に、紡ぐ。
「ほら、あるじゃんか____最後の手段」「
彼女に託し、次の俺に繋いでくれることを願って。
「_____いるんだろ、インキュベーター」
やっぱり、見てやがったな。
「やれやれ、僕はここにいるよ。それで、何の用だい?」
「俺と……俺と契約をしろ」
「わかったよ、まどか。それじゃあ君の願いを言ってご覧?」
「|そんなのダメだよ! せっかく頑張ったのに……! 《考えたくない》」
「俺は……"ワルプルギスの夜を倒すくらい……強い魔法を使いたい"___! どんだけ魔力消費が馬鹿でかくてもいい、とにかく強い魔法だ___!」「
「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を!」
___余計なことは考えない。
_____考えてしまうと、もう戻れなくなりそうだから。
「ほむら……ありがとね、俺と……友達でいてくれて」
_____ワルプルギスの夜に向かって飛び立つ。
___
______手持ちの宝石は五個ぐらい。しかも5年間魔力を貯め続けたとびっきりの。
_____さぁ、
ソウルジェム諸共
_____そして、一瞬の間を経て、______
____________世界から音と光と俺の存在が________無くなった__________
アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の世界に、主人公である『鹿目まどか』として転生してしまったこの小説の主人公。
中学二年生へと時間は移り、ついに物語が始まる。
今か今かと原作開始を待つ彼女のところにやってきたのは――
次回、第一話。
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原作開始
第一話 出会い
春。それは始まりの季節であり、人々が様々な変化を迎える時期でもある。かくいう俺も、中学二年生になり、様々な変化を迎えた。
例えば、話し方を使い分けるようにしたり、人との付き合い方、後は、型月世界と言う世界線に置いて【魔術】と呼ばれる物が使えることが発覚したりなどである。
時間を見てみると、学校に着くまでにはまだまだ時間があるので、皆さんにその魔術について説明しようと思う。
そもそも型月とはタイプムーンと言う名前のゲームブランドで、有名どころで言うとFate/staynightや、Fate/GrandOrder、月姫などである。
まあつまり何が言いたいかと言うと、
・これによりいくらか魔女に対抗はできる。
・魔女の結界内にはマナが多いので、魔術行使が多少は楽。
・原作も多少は楽になる。
ということである。何故魔術の使い方を知っていたのだろうか……
まぁ他にも言いたいことは多々あるのだが……おっと、友達が来てしまったので紹介しないとな。
「おっはよー! まどか! あれ? もしかしてリボン変えた?」
そう快活に挨拶して来るのは【美樹さやか】。魔法少女になった世界線では魔女化皆勤賞であり、俺の小学校からの親友だ。
挨拶をされたので俺も、
「よっ! さやか! そうなんだよ、珍しくリボンを
「まどかさんは昔からそういう所、無頓着です物ね」
「確かにー!」
そう言ってからかってくるのは、【志筑仁美】。俺の親友2人目であり、生粋のお嬢様でもある。クズと言ってはいけない(戒め)。
「ぐぅっ……というかお前ら一般的なJCがおかしいんだよ!」
「じぇいしぃ……とは何なのでしょう……?」
「あはは……仁美は知らなくて良いんだよ……(また始まった……)」
「そこぉ! 聞こえてるぞ!」「ぅえっ!?」「うふふふ……」
なんて具合にいつも通りに俺たちは登校して行った。
「ゴホン、今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞くように。目玉焼きとは、固焼きですか? それとも半熟ですか? はいっ! 中沢くん!」
そう言って生徒を
哀れ、中沢。恨むならダメ男を引っ掛けてしまった先生にしな。
「ダメだったか……」
「ドンマイとしか言い様が無いな……」
なんて
「ゴホン、はい、今日は皆さんに転校生を紹介します!」
そっちが本題かよ!
「暁美さん、入ってきて!」
先生がそういうと、入ってきたのは、黒髪ロングのクール系なダウナー女子。本人は電子黒板に綺麗な字で名前を書くと一言、
「暁美ほむらです。よろしくお願いします」
簡素にそれだけを言うと、こちらを睨み付けてきた。俺の左斜め前の席であるさやかは引いてしまっているが、原作知識を持っている俺は知っている。
あれは決意に満ちた目と、嬉しさと悲しさという矛盾した感情が混じりあっているような表情でこちらを見ているだけなのだ。でも知ってたとしてもとても怖いです。
「え? 何まどか、転校生と知り合い?」
そんな訳はない。(向こうは何度も繰り返し会っているが)こちらとしては
ホームルームも終わり休み時間、転校生特有の質問攻めにクールに答えている暁美ほむらだが、立ち上がり威圧している(ように見えるだけ、本人にその気は無い)目でこちらへやってきて力強く、
「ごめんなさい、ちょっと体調が悪くて……保健室へ連れて行って貰えるかしら。
「ああ、良いぞ。着いてきてくれ。」(((そして 鹿目さん/まどか もノるんだ!!!)))
こうして俺たち2人は、凡そ保健室へ向かっているようには見えない空気で、教室を後にしたのだった。
――転校生がやってきた。
それは、鹿目まどかに原作の開始を告げることになった。
転校生こと『暁美ほむら』に連れ出された鹿目まどかは、彼女と何を語るのか――
次回、第一話、後半。
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第一話後半 出会い
ちょっと(というよりかはかなり)雰囲気の悪い俺たちは教室を後にし、一面ガラス張りになっている廊下を歩いていく。
というかもうちょいどうにかならなかったのか。このデザイン。
「なぁ……暁美さん……」
「……」
「ハァ……」
ほんとさっきからずっとこんな調子である。いやまぁいいんだよ? コミュ障な上に覚悟ガンギマリ状態だからってのは原作知識で知ってるんだよ? でも知らん人からしたらこんなんしかとされてるようにしか見えないじゃねえか……
そして、彼女は俺の少し前で立ち止まり、首を傾げてこちらへ向きかえりながら言ってきた。
「鹿目まどか。あなたは……あなたは、自分の人生を、
______俺は、彼女が言ったことを数瞬の間、理解することができなかった。
「…………は?」
たっぷり時間を置いて、ようやくひねり出すことができた言葉はそれだけ。彼女は俺の答えを悲しそうな顔で聞き届けると、廊下の向こう側、保健室のある方向へと去って行ってしまった。
俺が一人で教室に戻った後も
「ねぇ……ほんとに大丈夫? なんか転校生に呼び出されてからずっと上の空だよ?」
帰りのホームルームも終わり、開口一番にそう聞いてくるさやか。
「転校生になんか喧嘩でも売られた? もしそうだったとしたら、このさやかちゃんがその喧嘩、何十倍の値段で買ってやろう!!!」
「あはは……そんなんじゃねえって。それにほら、俺仮にお前がアイツの喧嘩を買ったとしてもお前が勝てるビジョン見えねぇぞ? 全く」
「何をー!? ……でもさ、アイツなんか嫌な感じじゃない? なんかいっつもクールぶってて」
「そんなこと言ってやるなよ……アイツにもなんかいろいろと苦労があんだろ。知らんけど」
「知らんのかい!!」
そんなことを言ってさやかとじゃれあっているとさやかが、
「ねぇまどか、今日も一緒にショッピングモールに行かない? 仁美も誘ってさ」
なんてことを言ってきた。
___確か原作だと、ここでキュウべえやマミさん、そして魔女や魔法少女に初めて出会うんだったな……
「ああ、わかった。行こうか」
「えーー!? 何ソレェ!?」
ショッピングモール内のフードコートにて、俺が今朝暁美ほむらに言われたことをさやかに話してみると、案の定というかなんというか、そういうリアクションだった。あと声うるさい。公共の場だからな、ここ。
「文武両道で才色兼備かと思いきや、実は哲学的な中二病! くーーっ! どこまでキャラ立てすれば気が済むんだあの転校生は!! 萌えか!? そこが萌えなのかーっ!?」
なんてことをのたまってテーブルに突っ伏すさやか。ご立腹みたいだな。
そこに仁美が、
「まどかさん、本当に暁美さんとは初対面ですの?」
なんて聞いてくる初対面には初対面なんだが、向こうはこちらを
だから俺はあいまいに、
「いやまあ確かに、初対面っちゃあだぞ? ただなんつーかな……アイツとは初めて会った気がしないような気がするんだよなぁ……」
と伝える。そこに仁美が食いついてきて、
「もしかしたら、本当は暁美さんと会ったことがあるのかもしれませんわ」
なんて言っている。なんとなく気になったので、続きを促してみると、
「まどかさん自身は覚えていないつもりでも、深層心理には彼女の印象が残っていて、それが再び彼女と会ったことでぼんやりとしたイメージとして浮かんできたのかもしれません」
なんて解説している。確かに俺の事情を知らない人からすれば、そういう考えが妥当なのかもしれない。
「それ、出来すぎてない? どんな偶然よ?」
流石さやか。
「そうね……あら、もうこんな時間! ごめんなさい、お先に失礼しますわ」
そういうと仁美は携帯(今はもう古きガラケーである)で時間を確認すると、そろそろお茶のお稽古が始まるからと、一人で片付けて、先に帰っていった。
「なら俺たちもそろそろ解散にするか」
仁美の帰宅を見届けて、俺がさやかに言う。するとさやかはこちらへ顔を近づけてきて、
「ねぇまどか、帰りにCD屋、寄ってもいい?」
なんて許可を取りに来た。
「いいぞ、また上条か?」
なんて聞いてみると、さやかはまぁね、なんてはにかみながら笑うのであった。
CD屋でさやかがクラシック音楽のCDを探している最中、俺は原作まどかのようにコネクトを聞く……なんてことはせずに、店の入り口付近にあったベンチに座って待っていた。
今の俺は本を読んでいるので、はたから見ればわからないが、かなり緊張している。何せ前世ではテレビの中でしか見ることのなかった絶望の塊と、これから対峙するのだ。これがわかっていて緊張しないというほうが難しいだろう。
___しかし、俺の予想に反して、インキュベーターが俺に対して呼び掛けてくるなんて非日常的なことはなく、俺は内心で混乱しながら、いつもと同じように帰路に就いたのだった。
原作が始まったが、鹿目まどかは初の魔女との邂逅を果たすことがなかった。
しかしその時、暁美ほむらに呼び止められてしまう。
暁美ほむらはその瞳に何を映すのか、そして、鹿目まどかの魔女との初邂逅は何時になるのか――?
次回、第二話。
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第二話 それはいつもの日常で
___いつもと同じようにかけてある目覚まし時計のアラームで目が覚める。
___いつもと同じように家族に挨拶をし、父さんと一緒に朝食の用意をする。
___いつもと同じように家族全員で朝食をとる。
___いつもと同じように母さんを見送ってから、俺も学校へ向かう準備をする。
___いつもと同じように家を出て少しの間空を見上げ、学校へ向かう。
______でも、そこには
一人で学校に向かう間、俺は
いつも通りと言えればそれでいいのだが、俺が鹿目まどかであり尚且つ、暁美ほむらが眼鏡をしていない、いわゆる“クーほむ”状態である時点で、周りから何らかのアクションがあるだろう、そしてそれを上手く切り抜けてハッピーエンドへともっていければ万々歳だろう。
だが、この考えも改めなくてはいけないだろう。昨日の時点であの絶対少女契約させる
「おはようございます、まどかさん」「おはよーまどか」
「あぁ、おはよう、二人共」
それまで長々と続いていた思考は、仁美とさやかの快活なあいさつによっていったん打ち切りとなった。もちろん原作のように肩にインキュベーターを乗せていない為、さやかが驚きによって挨拶を途切れさせることもない。むしろ、
「どしたの? まどか。なんかさっきから難しい顔してるよ」
なんて、
追記、どうあがいても原作通りに俺とさやかの間にキマシタワーは建つみたいであった。
全校の生徒が一斉に騒ぎ出す、授業一時間分の休み時間である、昼休み。俺は、少しのリアルマミさんを見られるかもしれないという欲望と、状況と考えを整理する時間が欲しいということで、ひとり弁当を持って学校の屋上に来ていた。また、もう一つの思惑もあるのだが……っと、そんなことを考えているうちに、目当ての人物が釣れたようだ。
「インキュベーター……いえ、キュウべえには会った?」
なんて扉を開けてこちらを見つけるや否やそう言ってくるのは暁美ほむら。おそらくは今までの
「イン……? きゅう……? 何だそれ?」
そう俺が返すと彼女は、
「!? そう……まだ……」
なんて驚きながら小声でぶつぶつ言っている。そして彼女は真剣な表情に変わり、こちらへと歩み寄ってくると、俺にこう問いかけた。
「昨日の話……覚えてる?」
「……あぁ」
「そう……なら、忠告が無駄にならないように祈ってる」
それだけ言うと、彼女は屋上を去ろうとした。……今ここで、彼女に聞かなければ……
「……っ! なぁ! 暁美さん!」
「ほむらでいいわ」
「えぇ……」
ここで呼び方変えさせるかよ普通……てか調子狂う……
「な、なら……ほむら!」
「ほむらはさ、
そう聞くと彼女は立ち止まり、一度こちらを振り返ってから、屋上を去っていった。
___その時の彼女は、とても悲しそうな眼をしていた。
それからというものの、放課後の魔法少女体験コースなんて危険な催しがあるはずもなく。これからの自身の立ち振る舞い方について思考を巡らせながら、きょうもまた、眠りについたのである。
___“何か”がこちらを見ていることなど、知ることもなく。
魔女に出会うことがなかったという、原作との乖離を痛感した鹿目まどか。
原作の鹿目まどかとの違いに悩む彼女の前に、"それ"は現われた――
《center》「大丈夫かしら? あなたたち?」
次回、第三話
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第三話 もう何も恐れない
「ねぇまどか、放課後さ、病院行くから付き合ってくれない?」
なんて言ってくるのはさやか。おおよそ上条のところにでもお見舞いに行くのだろう。リア充が。
「りょーかい、んじゃまた病院の前のベンチにでも座って待ってるわ」
「マジで!? ありがとー、まどか」
そんなこんなで時刻は数日後の放課後。さやかと病院前で別れた俺は、駐輪場の近くにあったベンチに座って本を読んでいる。たまたま日陰になっていたのでとても涼しい。だが、俺は実際にまったりと本を読んでいるなんて自殺行為に近しいことをしているわけではない。
___お菓子の魔女。
そう、原作第三話にて、マミさんの頭と体を泣き別れさせ、一気に視聴者と登場するキャラクターを、ほのぼのとした世界観から鬱アニメへと叩き落した魔女。
そのあまりにも悲惨かつネタにしやすい死に方から、ネット界隈では『マミる』なんて言葉が使われていて、2011年に『マミる』という言葉ができてからというもの、俺の死んだ2020年頃まで使われ続けていた(俺の死んだあとは知らんが)、ある意味『魔法少女まどか☆マギカ』というアニメを人気にした魔女でもあるのだ。
なぜ俺がその魔女についてこんなに長々と語っているのかというと、(察しのいい読者はもうわかっていると思うが)この病院前の駐輪場というのは、原作第3話にて孵化寸前のお菓子の魔女のグリーフシードがあった場所だからである。俺も原作においてグリーフシードが突き刺さっていると思われるところに行ってみたが、そんなものが魔法少女ではない俺なんかに見つかるはずもなく、だからこんな日の当たらない涼しいところで長々とお菓子の魔女に対しての対策などについて考えていたのだ。
恐らく上条に会えなかったからであろう、暗い顔をしているさやかも病院から出てきたので、無理を言って最後にもう一度だけ駐輪場に行ってみる。
「ねぇまどか、あれ、なんだと思う?」
「あれ? あれって……なんだよ」
「ほら、あそこ。なんか壁に突き刺さってるじゃん。あれさ、取ったほうが良くない? 病院の人とかに怒られるでしょ、絶対」
突き刺さっている、その言葉を聞いた途端嫌な予感が体を駆け巡った。
そして、俺は
___あったのだ。グリーフシードが。
俺が
まずい。そう思う暇もなく、さやかが、
「ねぇ、なんなの? どうなってんの? てかどこよここ!?」
「うるさい! そう思ってるのは俺も同じだ! ……ったく、取り敢えず出口を探すか」
一般人では見つからないと分かっているのに、希望的観測がそれを邪魔してくる。
俺達が結界内を進んでいると、一際大きな鳥籠の中にグリーフシードがあるのが確認できた。
さやかは未だに混乱した様子で、
「なにこれ? 鳥籠? なんでここに? てか出口は?」
とブツブツ言っている。俺はこの時初めて、混乱している人間程怖いものは無いと感じることが出来た。
ここまで考えて俺はふと、
_____あれ? ほむらはどうしたんだ?
という考えに至った。
そう、まどかLove勢のほむらにしては、なんだか来るのが遅いように感じたのである。
原作では、着いてきてはいたものの、マミさんのリボンによる拘束を受け、マミるシーンに間に合わず、リボンによる拘束が解けてからお菓子の魔女を討伐していたのだ。
それなのに、俺が結界最深部の近くにいても、声を掛けるどころか周りに姿さえもない。これに関しては、俺が魔術回路を回しながら周囲を見回ってきたから間違いなんてことは無い。……はずだ。
一体どうしたんだろうなんてことを考えていると、
______景色が歪んで、俺たちの存在は消えていった。
俺達がいた場所からワープさせられる際に、聞こえた、
「一般人!? どうしてここに……!?」
という声で安心してしまった、なんて言ったら不謹慎だろうか?
突然だが、人は目の前に自身を飲み込まんとせん巨大な口が出てきたらどうするだろうか。答えは人によって様々だろう。
驚いて座り込む人、後ろに跳ぶ人、いきなりのことに驚いて叫び声をあげる人などなど。
ただ、俺の場合はこうした。
「ガ、ガンドォ!」
答えは、【魔術を行使して今まさにマミられんとする魔法少女を助ける】である。
なんでこんなことになったかを説明するためには、数分前に遡らなければならない。
《数分前》
混乱して座り込んでいる俺達に近付いて来て、話し掛ける女性が一人。
「大丈夫かしら? あなたたち?」
そう、我らが頼れるマミさんである。しかしこの脳内にて考えているようなことをそのまま伝えてしまうと、《互いに初対面なはずなのに、何故か自分の名前を知っていて、とてもフレンドリーに接してくるやべーやつ》という第一印象になってしまうため、ここは普通の人が行うように、
「えっ!? 人!? それにここは一体……?」
と戸惑っているような反応を見せておく。
するとマミさんではなくキュウべえが
「ここは魔女の結界の最深部だよ。マミ! 気をつけて! 来るよ!」
と質問に端的に答えながらも、マミさんへのサポートも忘れない魔法少女のサポーター(としては)の鏡のような返答。うーんこの。
______今から俺がしようとしていることは、かなりの原作改変だ。もし仮にマミさんを救えたとしても、その後の魔法少女の正体とかについてのメンタルケアが待っている。
正直言って、ワルプルギスの夜までにマミさんのメンタルケアに当てられるような時間はとても少ない。かと言って、マミさんが居ないと火力要員が減ってしまう。
______一体どうすれば……
「ティロ・フィナーレ!」
マミさんとお菓子の魔女との戦いも終盤に入り、今はマミさんがティロ・フィナーレを打ったところである。
______もしかしなくとも、もう時間が無いな? (迷推理)
まずい……お菓子の魔女の第二形態が出てきた
______俺は…………
side 巴マミ
始まりは、突然だった。
魔女の反応を見つけては狩るだけの日々。
誰かに感謝される訳でもなく、また誰かに褒められるようなことも起きない。
そんなある日のこと。
私は病院に魔女の反応を見つけて狩りにいった。
気性の穏やかな使い魔だったのか、特に苦戦することも無く最深部には辿り着けた。しかし、そこで見つけたのは魔女のいる場所に飛ばされる一般人二人。見滝原の制服を来ていたが、もしかして二年生位だろうか……
そこまで考えて、くだらない事だと自分の考えを一蹴した。
______そう、私は正義の魔法少女。感謝なんていらない。ただ助けられるだけで良い……
そう自分に言い聞かせるように呟いてから、飛ばされた一般人二人を助けに行った。
二人はどうやら怪我もなく無事のようで、戦う力も持たないのに大したものだと不謹慎にも感心してしまった。
ただ、ピンクの髪の子から魔力の流れを感じるのが少し気になるが……
青髪の子は未だにパニックみたいで、ピンク髪の子が落ち着かせていた。
ピンク髪の子がいるなら大丈夫だろうと、思考を魔女との戦闘に切り替えた。
魔女自体はとても弱く、とても脚の長い椅子に座っていて、何をするでもなくただ座っていただけであった。この姿が私の油断と慢心を招いてしまっていたのかもしれない。
______だからであろう、あんなことになったのは。
「ティロ・フィナーレ!」
私考案の必殺技を当て、リボンで拘束する。こうなったらしばらくは動けないだろう。そう思った矢先、
______身体が、生えてきた。
そう思っても仕方はない。何故なら、とても可愛く小さかった魔女の口から、黒くて禍々しい、でもどこか憎めない可愛らしさを持ち合わせたフォルム、しかし凶暴性をその身で表していると言わんばかりの大きく鋭い牙。
そんな化け物のような姿に一瞬で変わった魔女が、その巨体からはとても想像できないようなスピードで、私の眼前に現れ、口を大きく開いている。
______あ、死んだ。
「ガ、ガンドォ!」
______え?
side out
「ガ、ガンドォ!」
______最早焦りすぎていて、何の魔術を使用したのかなんて分からない。
______思考は慌てすぎて纏まってい無いのに、身体は全くのいつも通り。普通は逆なのにな、なんて呑気に笑っている自分がいる。
______行ける。チャンスは自分の
______俺は、足に魔力を通し、強化をかけながら、マミさんの所へ駆けていく。その間、コンマ一秒以下。
「______間に合え_____!!」
_____未だに呆けているマミさんを左手で突き飛ばし、余った右手でポケットから宝石を出す。
______思考は全て魔女と自分の体にだけ向けられている。
______お菓子の魔女は、
______そして俺は、右手に強く握り締めた宝石を投げ______
「■■■■■ーーー!!!」
______最早自分がなんと言っているのか分からないが(そもそも人の言葉を話しているのかも分からないが)、咆哮という名の詠唱を行う。
______瞬間、物凄い音と光で、俺の意識は闇へと沈んで行った______
結局、俺が起きたのはあれから二時間ほど後で、起きた時にさやかに泣いて抱きつかれるのであった。
まだ混乱しているだろうからと、巴マミ(この時に初めて名乗った)先輩は俺とさやかと連絡先を交換し、明日にでも説明会を開こうと言ってきた。ちらっと先輩(これからはこう呼ぶことにした)のグリーフシードを見てみたが、濁っている様子はなく、むしろ新品と同じような綺麗な輝きを放っていた。先輩って確かかなりの豆腐メンタルだった気が…
______こうして、俺たちの魔女との初邂逅は、静かに終わりを迎えて行ったのであった。
それにしても…なんか先輩、こっちを見る目が心做しかキラキラしていたような…気のせいか…?
夕方…と呼ぶにはやや遅く、夜…と呼ぶにはまだまだ早い時間帯、俺は遅めの帰路に就いていた。
薄暗くなっている道を歩いていると後ろから、よく知っている/最近知った 声に呼び止められた。
「鹿目まどか」
「なんだ?」
そういうと彼女、暁美ほむらはいつかと同じように問い掛けてきた。
「あなたは自分の人生を、ちゃんと自分のものだと認識できている? 本当に鹿目まどかを、自分自身だと認識している?」
______前は、答えられなかった。でも、今はこの質問に対する答えは一つだけだ。
俺は、あの時のほむらと同じように振り返り、力強くこう言った。
「______当たり前だろ、馬鹿野郎______」
この答えをほむらが聞いた時には、もうそこにほむらはいなかった。
「______ありがとう…」
______だが、確かに彼女には、届いていたような気がした。
お菓子の魔女を倒し、巴マミを助けた鹿目まどか。
鹿目まどかはその次の日、彼女の家に招かれ、魔法少女についての説明を、美樹さやかと共に受けることとなる――
「キュウべえに選ばれたあなたたちは、どんな願いでもかなえられるチャンスがある。でもそれは、死と隣り合わせなの」
次回、第四話
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第四話 説明会、そして日常 前半
___俺は今、夢を見ている。
___
___「ティロ・フィナーレ!!!」
___思い起こされるのは、力強い先輩の声と、それに呼応するかのように姿を変えた魔女。
___そして魔女は、先輩を喰らおうとし――――
ピピピピ、ピピピピ。
現実へと、移動した。
なんか朝から厨二臭いような夢を見ていたな、なんて思いながら眠気の残る体を引きずって一回のリビングへと向かう。
休日であるにも関わらず平日と変わらないような時間に起きた俺に対し、父さんは、
「どうしたんだい? まどか。珍しく早起きじゃないか。今日は土曜日だよ」
なんて抜かしてきやがる。失礼な。俺だってたまには早起きの一つや二つぐらいあったとしてもよいのではなかろうか。ただ、そんなことを面と向かって言う訳にもいかないので、
「今日は先輩の家にさやかとお邪魔する予定だからさ、早めに起きておいたんだ」
なんて適当に答えておいた。すると父さんは、
「そうか、じゃあ楽しんでおいで」
「分かってる。……っと、それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
「それじゃあ改めて自己紹介ね。私、巴マミ。あなたたちと同じ、見滝原中の三年生。そして、キュウべえと契約した、魔法少女よ」
「んじゃ俺も。鹿目まどか、中学二年生。んでこっちが……」
「あ、えっと……美樹さやかです! まどかと同じ、中学二年!」
「
「はい、よろしくおねがいします!」
「よろしくおn……いやなんで俺だけ名前呼び……?」
そんなことされるような出来事はなかったと思うが……
「嫌……だった……?」
「」
いや逆にその上目遣い+涙目をヤメロォ! (建前)ナイスゥ! (本音)
「えっと……ダメ……?」
「いや全然そんなことないですしむしろ役得だとも思ってます(いえ……全然そんなことないですよ? 名前の呼び方って人それぞれですし)」
「まどか……」
なんださやかその目は、俺に精神的ダメージが入るからやめてくれ。
「ごほん……それじゃあそろそろ家に入りましょう?」
「「あっ……」」
ここ……マンションのロビーでしたね……
「うわー、きれいなお部屋……」
「マンションにしては結構広いな……」
「一人暮らしだから、遠慮はしなくていいのよ」
なんてやり取りをリビングの入り口で挟みながら、現在俺たちは先輩の淹れた紅茶を飲みながらまったり(会話の内容はそうでもないが)とお話ししている。
「キュウべえに選ばれた以上は、あなたたちにとっても他人事じゃないものね……ある程度の説明は必要だと思って……」
「うんうん、何でも聞いてくれたまえ?」
「さやか、ふつう逆だろ……それ……」
「うふふ……」
俺たちのことを微笑ましいものを見るように見ていた先輩が、一言言って取り出したのは、きれいなオレンジ色に光る、卵型の宝石。
「これがソウルジェム。キュウべえに選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石よ。魔力の源でもあり、魔法少女であることの証でもあるの」
いいえ、あなたたちの魂です。
「Q,契約って?」
A,あぁ!
なんだ今の。
「僕は、君たちの願い事を何でも一つ叶えてあげる」
そんなところにいたのか、気付かなかったぞ。
「えっ、本当!?」
「うん、まぁ叶えられる願いも素質によるけどね。君たちぐらいの年齢の女の子なら、大抵のことを叶えられるほどの素質は持っているはずだよ」
「ほぉぉ……金銀財宝とか、不老不死とか、満漢全席とか……!!」
「最後のは絶対違う」
「……でも、それと引き換えにできるのがソウルジェム。この石を手にしたものは、魔女と戦う使命を課されるんだ」
___『魔女』……その言葉が出た途端、部屋の空気が少し重くなったような気がした。
「魔女……それって何なの? 魔法少女とは違うの?」
そう聞くのはさやか。正体を知っている俺が説明をするとしたら、
【魔法少女の成れの果てであり、周囲に絶望をまき散らす存在】
ということになるだろう。しかし
【願いから生まれるのを魔法少女とするならば、魔女とは呪いから生まれた存在であり、絶望を周囲にまき散らす、姿の見えない悪意の塊のようなもの】
と説明するだろう。実際コイツもこれと似たような説明をしたし、先輩の補足説明もあってさやかは完全に納得してしまっている。
「でも……そんなヤバい奴がいるのに、どうして誰も気付かないの?」
「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからなんだ。昨日君たちの迷い込んだ、お菓子の病院のような場所がそうだよ」
「昨日はごめんなさいね。でも、結構危ないところだったのよ、私も、あなたたちも。普通の人間は、あれに飲み込まれてしまったら、帰れなくなってしまうもの。それに私も、まどかさんが居なければあと少しのところで死んでしまっていたもの」
「あんなかっこよかったマミさんでもそこまで言うなんて……マミさんはそんな危ないものと戦っていたんですか? てゆーかまどかも、そんな力があるなら教えてくれてもよかったのに……」
おいさやか。言わないと思って油断してたんだぞこっちは。
「そう、命がけよ。だからあなたたちも、慎重に選んだほうがいいわ。キュウべえに選ばれたあなたたちは、どんな願いでもかなえられるチャンスがある。でもそれは、死と隣り合わせなの」
そうだ。これは、女の子たちが願いを叶えて、人々のために絶望と戦うようなキラキラとしたものではなく、つねに『死』という存在が身近にあるからこそ、人間の中の一面がみられる、ドロドロとした血なまぐさい戦いが付きまとってくるアニメなのだ。
そんなことを思考していると話題を変えるかのように先輩から、
「ところでまどかさん、今度はあなたのことを教えてほしいのだけれど」
__俺、この先の質問攻め、生き残れるかなぁ…
巴マミとキュウべえの説明を通じて、改めて原作知識を持つ者と持たない者の感じ方の差を見せつけられることになった鹿目まどか。
そして、鹿目まどかは2人に、『魔術』と『魔法』について説明をする事となる――
「魔術と魔法っていうのは、似ているようで違うものなんだよ」
次回、第五話
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第五話 説明会、そして日常 後半
「ところでまどかさん、今度はあなたのことを教えてほしいのだけれど」
______さて……どうするべきか……
馬鹿正直に魔術のことを話してもいいが、そうするときっとインキュベーターも食いついてくるだろう。そして、その情報をほかの個体に漏らされたりなんかしたら……
そこまで考えて、俺はあることを思い出したため、この考えを一蹴した。あいつ等は、『聞かれなかったから話さなかった』などとよく言うが、他人から頼まれたりしたことなどについては一切嘘をつかない。これなら、俺が『話さないでほしい』等と前置きしてから話せばいいだろう。
そう考えて、俺は口を開く。
「じゃあまず最初にだが……二人とも、これから話すことは他言無用で頼む。もちろんキュウべえもな」
二人は、普段見るよりも(巴先輩は気圧されただけかもしれないが)真剣な俺の表情に驚きながらも、ゆっくりと首を縦に振った。
例のごとくキュウべえも、
「分かったよ、まどか。君のその力は、僕にとっても興味深いからね」
なんてのんきに返事を返している。俺はそんな二人と一匹の返事を聞いてから、巴先輩がさっきやったように、
「なら良し。じゃあまず初めに……魔術って知ってるか?」
___魔術。その言葉を聞いた時、少しだけ奴が反応を示した。少しピクリと動いた程度の細かいものだったが、話を聞いている人達を観察しながら話をしていた俺は、その挙動の変化を見逃すことはなかった。かと言って何がわかるわけでもないが……
ほかの二人は、訳が分からないといった様子で、魔術師が聞いたら烈火のごとく怒りだすような質問を俺にしてきた。
「魔術……? 魔法とは何が違うの?」
その質問を聞いた俺は、回答を返す前に、優しく(少しの怒りを感じてはいたが)語り掛けるようにして注意をした。
「……その質問の前に二人とも、例え俺の前であっても、今後一切そういった質問はしないでくれ」
「えっ? なんで?」
俺のその言葉に、ほぼノータイムで被せるようにして聞いてきたさやか。口にはしなかったようだが、《魔法》少女を名乗るものとして思うところがあったのか、先輩もさやかの言葉に同意するようにして頷いている。俺もその言葉に答えようと口を開きかけて……
「それは、魔術は魔法の劣化版のようなもの、だからさ。そうだろ? まどか」
……確かに初心者向けに説明するならそうだ。そうなんだよインキュベーター。だが俺の台詞を取らないでくれよ……
俺は若干の怒りを感じながらも、インキュベーター説明について、補足を行う。
「……あぁ、確かにキュウべえの言う通りだ。実は魔術と魔法っていうのは、似ているようで違うものなんだよ。魔術と魔法の違いっていうのは、『その時代の文明で再現できる奇跡かどうか』ということなんだ。そうだな……例を挙げるとするなら、手から炎を出すのは魔術だが、時間旅行なんかは、魔法に分類される。なんでかわかるか?」
「それはだね……」
「おっと、キュウべえは答えるなよ。これは説明会的な奴だからな」
インキュベーターが答えようとしていたが、俺が光の速さで切り捨てた。恨みがこもっている訳では無い、決して。ないったらないのである。というか、答えを知ってる(多分)奴が答えようとするなよ……
「そうね……さっきのまどかさんの言葉を借りるとするなら……手から炎はこの時代の文明で再現できるけど、時間旅行は少なくとも、この時代の文明では再現ができない……といったところかしら?」
奇麗に百点満点の解答をして、『褒めて褒めて~』と幻聴が聞こえるような顔をしてこちらを見ている巴先輩。それと対照的に、頭から湯気が出そうな勢いで考え込むさやか。
「流石先輩ですね。百点満点の解答です。……さやかにもわかるように言い換えるとだな……今の時代に、手からじゃなくても良いから、炎を起こすには何を使うと思う?」
流石にこれ以上はまずいと思ったので、少しレベルを下げた問いをさやかに投げかけてみる。すると(数秒してから)復活したさやかは、数秒考えてから、
「……ライター、とか……?」
と恐る恐る答えを出してきた。
「そ、正解だ。じゃあ今度はだ。今の時代の科学力で、現実でタイムトラベルをするにはどうすればいいと思う?」
とすぐさま次の問いを投げかけてみる。さやかはたっぷり三十秒ほどを使って考え込んでから、少し投げやりに、
「……そんなの無理じゃん! どうやったって出来っこないでしょ!」
等と、割とまともで現実的な解答をいただいた。それもそうだ。俺だって前世でも今世でも、結局のところ一度もタイムマシーンなんて見ることはなかった。まだ十四歳にもならない少女が、夢も見ていないのに『タイムトラベルはできる』なんて言い出したら、誰だって頭を疑う。というか俺もそうする。というか俺、それを
「そう、出来ないんだ。つまり、今の時代の科学で再現できない奇跡を、総じて『魔法』と呼んでいるんだ。そして逆に、素人でも素材さえ用意すれば再現可能なのが『魔術』ということなんだ」
「へぇー……ねぇ、結局この話なんだったの?」
………………あ。
「これは……えっと……そう! あれだ! 魔術と魔法の認識についてだっ!」
「ふーん、あたしにはまどかが忘れてたようにしか見えないんだけど」
そういうさやかにジト目でみられる俺。………………実際そうだったけどさ……
「ま、まどかさんはこの話を念頭に置いて、これからの話を理解できるようにしてほしかったんじゃないかしら?」
と、暗に俺に話の続きを促してくれる巴先輩。ナ、ナイスアシストっっ!! このまま逃げ切れば……
「そ、そういうことださやか! こういうのって用語がわかんないと一瞬で置いて行かれるからな!」
と早口でまくし立てる俺。さやかは面倒な奴を見るような目でこちらを見て、
「はいはい、ならそーいうことにしといてあげるわよ」
……訂正、面倒な奴を見る目、だけじゃなかった。これ酔っ払いに対する対応と同じだわ。ひでぇよ……
「ありがとな。んじゃまた新しく自己紹介をば……俺の名前は鹿目まどか。中学二年生で、魔術
「魔術
そう聞いてくるのは巴先輩。
「そうですね……魔術師が
と俺は話しているが、別の人がこの事について語るとするのならば、もっと違った解釈になるだろうし、実際の意味は俺が話していることとはまた違った意味になることだろう。この事を黙って聞いていた二人に話すと、さやかが別の問いを投げかけてきた。
「そうなんだ……これって
なるほど、確かにそうだ。人手が多いほうが効率もいい、これはよく言われていることだ。だが、これは魔法少女と魔女の関係にも関わってくるのだ。
「なるほどな……確かにそうだ。だがなさやか、魔術師……いや、魔術っていうのは、体内で生成されるオドっていう小さい魔力と、神秘によって生まれる、マナっていうとても大きい魔力の二種類を用いて使うんだ。この話はマナのほうだけについてしか話さないが、もし、神秘によって生み出されているマナが、多くの人に存在が知れ渡ったとする。そうすると、その神秘性はどうなる……?」
そうすると、さやかはハッとしたような表情になり答える。巴先輩は話についてこれず、おろおろと戸惑っている。
「無くなっちゃう……!」
「そゆことそゆこと。巴先輩のために、魔法少女と魔女を例にして考えてみるか。……もし、もしですよ? 魔女やその結界が、一般人にもがっつり見えていたら、そういうことになると思います?」
「えっと……どうなるのかしら? ごめんなさいね、私にはわからないわ」
そういうとシュンとなってしまうマミさん。
「いえ、全然大丈夫ですよ。これに関してはほんと俺の持論なんですが、
そう、人間という生き物は、良くも悪くも慣れてしまう生き物なのである。魔女や、魔女の振りまく絶望に慣れてしまい、油断して魔女によって殺される。そんな悪循環ができてしまうのかもしれない。魔力も同じように、人々が慣れてしまうと、それは神秘として認識されず、その存在が消え去ってしまう。そんなことを巴先輩に話すと、深刻な表情になり、
「そうだったの…でも、それならなぜ私たちに、魔術について話したの?」
それは___
「そう…ですね…二人とも、俺の信用に値する人物だから…じゃあダメ、ですかね?」
俺がそういうと二人とも優しく微笑んで、もちろん、と言ってくれたのだった。
そろそろいい時間だろうと考えて、俺は、最後に質疑応答で締めようとする。
「なら…最後に質問とかあるか?ないなら…」
そこまで行ったとき、ずっと口を閉じていたインキュベーターが、俺に向かって冷ややかに告げてきた。
「どうして君が
…そんなこと?いったい何のことだ?と思っていたら、二人とも同じことを思っていたようで、
「そんなことってなんなの?キュウべえ」
と巴先輩が聞いている。頭の上に
「?まどか、君は
__________は?
説明会で、自身の扱う魔術について説明をした鹿目まどか。だがしかし、そこでキュウべえに意図しないような言葉を投げ掛けられることになる。
そんな中、鹿目まどかは、もう1人の魔法少女、『佐倉杏子』と出会う――
「アンタは
次回、第六話
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第六話 ───そして、真実は
「? まどか、君は
______は?
こいつは……今なんて言った ?
それこそ
確かに、俺が魔術使いであるというイレギュラーはあるものの、俺はあの『
それならば因果の量も何も問題ないはず。問題ないはず……なんだ……。
混乱している俺だけを除き、インキュベーターたちの話は進んでいく。
「ねぇキュウべえ、まどかに魔法少女になる才能がないってどういうことなの?」
「それは私も聞きたいわね。キュウべえ」
さやかと巴先輩が、インキュベーターに詰め寄っている……ような気がする。その2人の追求にもさして慌てた様子のないインキュベーターは、さも当然かのように答えていく。
「元々、魔法少女と魔術師っていうのはあまり関わらないんだ。片方は
それに、詳細は伏せるけど、魔術師の扱う魔力と、魔法少女の扱う魔力は、根本的に
そこまで言うと、俺たちに情報を整理させるために、会話に一拍休憩を挟むインキュベーター。
「君は、何者かが手を加えたかのように、魔法少女に関する適性
そして最後に、まどか、君は悪神にでも好かれているのかい、なんて茶化してきて、この話は終わる。
二人も、もう魔法少女に関わるような質問をやめて、こちらを心配するような目線で見てきている。……それは、未だに死人みたいな顔色をして狼狽えている俺への配慮なのだろうか……
……二人には申し訳ないが、魔法少女に関する質問会は、ここで俺だけ抜けさせてもらおうか。そう思い、この企画の発案者でもある巴先輩に声をかける。
「……あのー、巴先輩」
「ど、どうしたの? まどかさん?」
「いやー、なんか色々と情報が多すぎちゃって……一旦持ち帰って、改めて考えて見てもいいっすかね?」
「……えぇ。……でも、無理は、しないでね?」
それはどうだろうか。そんな思いも込めて、巴先輩との会話を打ち切る。次に、わざわざ参加してくれたさやかの方を向く。
「悪いさやか……そういう訳だから、一旦俺だけ先に帰ってもいいか……?」
「うん……悪いことは言わないから、早く帰った方が良いよ……? 今のまどか、人には見せられないような顔してる」
「そっ、か…………」
「うん……」
この部屋に長い沈黙が降りる。段々と気まずい空気になってきた。このままだといけないと言うのは薄々わかっているので、俺から沈黙を打ち切る。
「あの……! 今日は誘っていただいてありがとうございました。なんか色々あったせいで疲れちまって……で、でも、有意義な時間を過ごせました! ありがとうございます! …………また、学校で! ……さやかも、じゃな!」
不味い。何が不味いって、メチャメチャ気まずい。だが、俺はそれを振り切るようにして、巴先輩に別れの挨拶をする。ついでに、未だに俯いたまんまのさやかにも挨拶をする。
______さっきの情報のせいで軽くパニックになっていたからだろうか、もしくは、早く一人になりたいという焦りからだったのかもしれない。この時、俺は気づけなかった──いや、気づいて
俺が先輩の部屋から出ていくその時も、ずっと俯いたままだったさやかの、なにか悲しげで、それでいて決意に満ちていた表情に───
午前の一件で、かなりセンチメンタルになってしまった俺は、一旦家に帰ってから、知り合いに会わないようにという意向も込めて、普段使っているよりも数駅先のゲームセンターに来ていた。
「ここはいいな……」
俺はゲームが大好きだ。よくゲームセンターに行くのだが、最近はなかなか行けていなかった。ここ1年は、時間があったら全部原作の対策に費やしていた。
俺は少し懐かしむようにしてゲームセンターに入る。中には、プリクラや、レースゲーム、エアーホッケーなどの定番のゲームがある中、俺は財布を持って音ゲーのコーナーへと向かう。
俺は数あるゲームのジャンルの中でも、音ゲーが大好きで、どのくらい好きかと言うと、だいたいリズム天国以外の音ゲーはプレイ済みだったりする。
これは個人的な持論になるのだが、リズム天国は音ゲーに入らないと思う。あれはどう見ても目押しゲーです。
前世だったら『チュウ〇ズム』と呼ばれるSE〇Aの音ゲーをプレイするのだろうが、生憎と今はまだ2011年。有名どころで言うならば、DD〇や、太〇の達人の14、〇寺ぐらいしかない。
時代の流れから来るフラストレーションを発散するように、俺はDD〇の前に立つ。
前世ではこういうタイプの音ゲーは苦手だったが、今世ではこの身体の運動神経がとてつもなく良かったため、度々こういったタイプの音ゲーをプレイするのにお世話になっている。
二時間ほどプレイし、そろそろ体力も限界だろうとの認識の元、撤退する。
ゲームセンターは店によっては通気性が悪く、身体の熱が逃げにくい店も多々ある。そういった所の場合は、体力に余裕があっても、汗が沢山流れ出ているため水分不足で熱中症になりやすいため、少し早めに撤退するべきなのだ。ばっちゃんもそういってたし。
プレイ後、荷物を纏めてさぁ帰ろうという時に、後ろから声をかけられる。
「よぉ、アンタが鹿目まどかかい?」
「えっと……どちら様で?」
声をかけてきたのは、赤い髪を後ろでまとめて、男勝りな性格をした、魔法少女。
「あぁ、アタシは佐倉杏子。……魔法少女さ」
やはり彼女だったようだ。
『佐倉杏子』。魔法少女まどか☆マギカにおける、主要ポジの一人。原作では、登場時には既に魔法少女の真実を知っていて、かつての自分と重なって見えたさやか、もとい人魚の魔女を止めるために、自爆した人……という印象しか残っていない。
だって俺もともとほむほむ派ですしおすし。
だが、声をかけてくれたのに放置、という趣味の悪いことをするつもりは無いので、素直に答えてみる。
「佐倉さん……だったか? 何の用だ? あいにくと俺は魔法少女じゃない。そちらが俺と関わるメリットはあまりないように思えるが……」
「ハッ!」
俺なりに誠実に返したつもりが、鼻で笑われる。……具体的には『メリットはあまりない』とかその辺で。
俺が困惑しているのがわかると、楽しそうに、からかうように理由を教えてくる。
「アンタと関わるメリットがない? そんな訳ないだろ。アンタは
こっわ。何されるの。具体的にナニか?
「そう身構えなくても、取って食ったりはしないよ」
そう言われ、渋々警戒態勢を解く。
「そうそう、いい子だ。近くに公園があるから、そこで話をしようか」
「良いだろう……だが、危害を加えるようなことがあったら……分かってるな?」
そう警戒感たっぷりに返すと、呆れたように言ってくる。
「あのさぁ……アンタが勝手に警戒してくるのはいいんだけどさ、ちょっと警戒しすぎじゃないかい?」
「む……」
確かに、何らかの危害を加えられかねないという心配も間違いじゃないが、少し警戒しすぎだ、という感想も抱く。
佐倉杏子の先導の元、近くの公園にやってきた。
「それで? 話って、何だよ?」
こちらから話を振る。……早く帰りたい。
「いや、イレギュラー。アンタの特異性。もうとっくに自分自身で気づいてんだろ?」
……! 少し見透かされているような気がして、体を強ばらせてしまう。
「なら良いんだ。……二人目のイレギュラー、暁美ほむら」
擬音にしたら『にしし』という擬音が似合うような、イタズラっぽい笑顔から一転して、真剣な表情になる。ほむらの名前が何故か出たので少し驚いたが、共闘の申請のためにはもう会う必要があったのかもしれない。
「そいつから、伝言を預かってる。……『魔法少女になるつもりはまだあるの?』、だってさ」
「なら、こう返しといてくれ、『俺の才能はどこ……ここ?』ってな」
俺の言葉を聞いた佐倉杏子は、理解出来ていないのか真剣な表情で俺の言葉を転がしているようだ。
「……分かった。ほむらに伝えとくよ。他になんかあるかい?」
「いや、無い。そっちは?」
「無いね。……なんかあったら、また会う機会があるかもね。…………じゃ」
本当に伝えるのはそれだけだったのか、すぐに去っていく佐倉杏子。
何しに来たんだ……お前……。
なんにせよ対話が終わったので、暗くならないうちに早く帰るとする。
……ボッチの時の主人公って、大体嫌なフラグが立ってるような……?
そんな考えが頭をよぎったが、道中は特に何事もなく、俺はもう駅に着いていて、あとは電車に乗って無事に家に帰るだけだ。辺りは暗くなってしまっているが、このくらいなら問題ない。
………………そう、思っていた。
「あら、鹿目さん、御機嫌よう」
辺りはもうすっかり夜になっていて、なんだか蒸し暑さと涼しさの共存している、春先の今日この頃。
俺は、疲れた体を引き摺って家に向かっていた。
疲れからか、魔力反応をボーッと見つめていた俺。その視線の先には、見滝原中の制服を着た仁美が。
……あぁ、ハコの魔女か……眠い……。
…………仁美ィ!? 何やってんだあいつ!? こんな時間に!?
確か、仁美はこの時間はなんかのお稽古が入っている、と本人が言っていたのを思い出す。連れ戻さなきゃ、と思い声をかける。
「おい、仁美……? どこ行くんだよ、こんな時間に」
「どこって、それは……ここよりもずっといい場所、ですわ」
「稽古があるんじゃなかったのか? 稽古はどうした?」
「そんな! お稽古なんてやっている場合ではありません! ……ああ、そうだ。鹿目さんもぜひご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」
ダメだ。完全に話が噛み合っているようで、噛み合っていない。
俺が仁美の首に魔女の口付けを見つけるのと同時に、仁美はその体からは想像もつかない位の力で、俺を引っ張って、連れていこうとする。
急なことに抵抗できるはずもなく、気付いたらあっという間に廃工場の中にいた。
「そうだよ、俺は、駄目なんだ。こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな」
この工場の工場長だろうか、手に何かを持って、バケツへとこの中身を注ぎながら、恨みつらみを述べている。彼の手に持っているものを見ようと、人混みの中へと入っていく。すると、彼が持っていたものは、以前混ぜ合わせたら有害物質の発生すると母に教わったのと全く同じ種類の、二つの洗剤だった。
「───っ! 止めろ、───!」
止めなくてはまずい。工場長の手に持つ洗剤を奪い取ろうと、飛び出していこうとする。すると、仁美に腕を掴まれて止められる。
「邪魔をしてはいけません。あれは神聖な儀式ですのよ」
「は……? 何言ってんだ? お前? アレは危険だ! 分かってんだろ!? このままだと、みんな死んじまうぞ!」
「いいえ、危なくなどありませんわ。私達はこれからみんなで、素晴らしい世界へ旅に出ますの。それがどんなに素敵なことかわかりませんか? 生きてる体なんて邪魔なだけですわ。鹿目さん、あなたもすぐにわかりますから」
……狂っている。そう思わざるを得ない回答に、ゾッとしてしまう。
こちらをじっと見つめる仁美に、ノーモーションでタックルをし、体勢を崩させる。その間に、仁美の手から抜け出す。
「───せっ!」
「キャッ!」
それと同時に、洗剤を混ぜているバケツへと走る。
「寄越、せっ!」
呆然とする人々。俺が窓からバケツを叩き落とした音で、我に返ったかのように、俺を集団で追いかけてくる。
「さながらバイオハザードだな……!」
言いながら、手すりや段差を使ったりして、入口のシャッターから逃げ出そうとする。だが、いつの間にか入口には大勢の人が立っていて、出られそうには到底見えない。
ならば仕方ないと、俺は他の子部屋へと向かう。
丁度いい部屋――倉庫だろうか――を見つけ、そこに入って、しっかりと鍵を掛けたことを確認してから、籠城を行う。窓など出れそうなところを探していると、唐突に後ろから声、だろうか、そんなような鳴き声に近いものが聞こえてくる。
そして部屋の隅から虹色に光るモヤモヤとした物体が、俺を捉えんと全身にへばりついてくる。
「な、何だよコイツ……、っ! ハコの魔女!? くっそ、運無ぇなぁ俺!」
そんなことを言っている間にも、無情にもそのモヤモヤは俺を引きずり込んでゆく。
「あ、がっ──」
段々と取り込まれていて、もう外から見えるところの方が少なくなってきた。
……ほむらはどうしたんだろうか。お菓子の魔女の時みたいに、妨害を食らっているのだろうか。なんにせよ俺には関係の無い事だ。
もういきがしづらくなってきた。こわい。どうなるんだろう。たすけ──────
───そして俺は、魔女に飲み込まれて行った。
自身に魔法少女としての素質がないことを告げられ、自分自身を見失いそうになる鹿目まどか。
しかし現実は厳しく、傷心中の鹿目まどかを更に追い込むかのように、ハコの魔女の襲撃に遭ってしまう。
そんな中、自分を助けに来た魔法少女とは一体――
「……そうねー。後悔って言えば、迷ってたことが後悔かな」
次回、第七話
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第七話 過去の手がかり
―――ふわふわふわり、ふにゃふにゃり。
どーも皆さん、
しばらくぐにゃぐにゃの体で結界内を漂っていた俺は、ふと、この魔女が精神攻撃を行ってくるエヴァンゲリオンに出てくる使徒みたいなタイプであることを思い出した。
……この世界に来てからトラウマ的なのは無いんだけどな……
そんなことを思っていると、ある一つの考えを思いつく。
――もしかしたら、前世の記憶が分かるかもしれない……!
そうしたら、善は急げとばかりに、俺の周囲に配置されているテレビ達を見る。
そして、そこに映っていたのは……
「ノイズ……?」
ノイズ。それはとあるシンフォギア的な何かに出てくる敵キャラ――ではなく、世間一般で『テレビの砂嵐』と呼ばれるアレだった。
「ちくしょう……なんかわかると思ったんだけどな……」
望むような結果が得られず、思わず落ち込んでしまう俺。そんな俺を嘲笑うかのように、ハコの魔女の使い魔たちは、俺の魂を喰らおうとにじり寄ってくる。
「ひぐぅっ……!」
使い魔たちに四肢を拘束され、ちぎるかのように引き伸ばされる。
手足を異様なまでに長く引っ張られるという異常な光景と、四肢に絶え間なく与え続けられる鋭い痛みから、思わず悲鳴をあげてしまう。
涙が出てきて、視界がぼやけてくる。
もうそろそろで手がちぎれてしまう――そんな時、視界の端にキラリと小さく光るものを見たような気がした。
だが、その小さな光に意識を向ける直前、
―――
「これでとどめだぁ!!」
雄叫びにも近い勝利の宣言と共に、
「いやーゴメンゴメン。危機一髪ってとこだったねぇ」
「さやか……その格好は……」
俺は、絶望にも近い感情を抱く。それでも決して面には出さないようにと気を付けながら、さやかに聞いてみる。
「ん? あーはっは、んーまあ何、心境の変化って言うのかな?」
そういうさやかは、
「馬鹿野郎……! なんで……!」
「ん? 大丈夫だって! 初めてにしちゃあ、上手くやったでしょ? 私」
俺の悲鳴にも近い声を、自らへの心配と捉えたのか、ドヤ顔をしたさやかはそう言ってくる。
「そういう問題じゃ……」
俺が言いかけたところで、主を失った魔女の結界が崩れ、現実世界へと戻った。
――かつん。
不意に足音が後ろから聞こえて来た。その足音に驚いた俺達は、急いで後ろを振り向く。
「誰だ!? …………って、なんだ、ほむらか……」
やってきていたのは、ほむらだった。ほむらはこちらへとやって来て、失望したと言った感じにさやかを見やると、こちらを向いた。
その手には銃が…………って、銃!?
「転校生!? あんたなにやってんのさ!」
「……鹿目まどか」
銃を俺に突きつけながら、ほむらは冷たい声で問い詰めてくる。
「あなたは何者なの?」
「……へ?」
さやかは、一体何を言っているんだという顔をして、俺とほむらを交互に見ている。
言葉を間違えたら、即ズドンだ。そうならないためにも、俺は言葉を間違えないように、できる限り慎重に答えていく。
「俺は……俺は、鹿目まどか。中学二年の魔術使い」
俺の答えを聞いたほむらは、
「そうね。
と言う。しかし、俺に突きつけている銃は動かさない。
「それでも、他に話せることはあるはずよ。
……答えて」
「そんな事言われてもな……」
俺が悩んでいると、再起動したらしいさやかが、ほむらに噛み付いていく。
「あ、あんた! なにやってんのさ!」
俺は変身したさやかの後ろに隠される。
「美樹さやか……どいてちょうだい。今はあなたと話している暇はないの」
「〜〜〜っ! あんたねぇ! 質問したいなら銃なんて使うべきじゃないでしょ!」
「この方が効率がいいわ」
「効率効率って……! 人生のRTAでもしてんの!?」
「RTA……?
……それよりも、あなたもあなたよ、美樹さやか」
「な、何よ……」
「どうして魔法少女になったの?」
ほむらは、失望を隠せないような感じで、さやかを(無自覚に)煽る。
「……あんたに話す必要なんてない」
さやかもさやかで、冷たい態度をとっている。
「そう…………なら良いわ。……美樹さやか。そのままだと、あなたは絶対後悔することになるわ。悪いことは言わない。巴マミのように『人助けのために力を使う』なんて事が無いようにして頂戴」
そう言うと、ほむらは来た道を戻って、俺たちのいた廃工場を出ていった。
「何なのあいつ……言うだけ言って帰っていったし……」
未だにさやかはほむらの態度に怒っているみたいだ。
「ほら、もう良いだろ? そろそろいい時間になるし、帰ろうぜ」
携帯の時計を見ると、『20:30』と表示されていた。中学二年の女子が出歩くような時間では無いため、さやかにも帰ることを促す。
「……うん、そうだね」
素直に頷いたさやかと一緒に、家路を急ぐ。
普段なら色々と喋っているのだろうが、今日に限っては一言の会話もなかった。
俺の家の前に着き、さやかと別れる。
別れる直前、ふとこんなことを聞いてみた。
「さやか……」
「何? まどか」
「いや、さ……後悔してんのかなって……魔法少女になったこと」
俺がそう言うと、さやかは(無い)胸を張って誇らしげになって、力強く答えた。
「今なにか失礼なこと言われた気がするけど……
……そうねー。後悔って言えば、迷ってたことが後悔かな。どうせだったらもうちょっと早く心を決めるべきだったなって」
そう言うと、さやかは一旦言葉を区切って、何かを思い出すように目を閉じながら続ける。
「あのときの魔女、マミさんと2人で戦っていれば、あの時まどかが出る必要もなかった」
そう言われ、俺もお菓子の魔女戦の事を思い出す。
「でも……だからってお前が契約することは……」
「なっちゃった後だから言えるの、こういう事は。どうせならって言うのがミソなのよ。私はさ、成るべくして魔法少女になったわけ」
「さやか……」
「願い事、見つけたんだもの。命懸けで戦うハメになったって構わないって、そう思えるだけの理由があったの。そう気付くのが遅すぎたって言うのがちょっと悔しいだけでさ。だから引け目なんて感じなくていいんだよ。まどかは魔法少女にならずに済んだって言う、ただそれだけの事なんだから」
そういうさやかの顔は晴れやかで、とても後悔なんてないように感じた。
「あぁ、そうだな。……俺もお前も、後悔のないように、だな……」
「さてと、私もそろそろ帰らないとね」
少しの間話し込んでいた俺達は、俺の家の前に着くことで解散となった。
「悪いな、さやか。お前の家、ちょっと違う方向だろ? だから……」
「いーっていいーって。それよりまどか、気を付けなよー? 転校生から狙われてるんだから」
そう言うさやかは、ほむらの事を思い出したのか、声にどこか刺がある。
「大丈夫だよ、さやか」
「ならいいけど……」
そして俺達は、互いの家へと帰ったのであった。
――夜寝る前、俺は少し、魔女の結界内で見たことについて考えていた。
ノイズの走っていたテレビ……小さかったけど綺麗だった光……それに、俺の前世(っぽい物)がところどころ流れていたような……
……もしかして、何らかの形で世界からの妨害が働いているのか……?
それ以上は考えが纏まらず、やる気もなくなった俺は大人しく布団へと入っていったのであった。
ハコの魔女の結界内で、自身の精神、及び過去の不可解な点に気付いた鹿目まどか。
幼馴染の『上條恭介』の為に魔法少女となった美樹さやか。
上條恭介に好意を寄せていた志筑仁美。
この三人の友情は、『魔法』という非日常の前に、崩れ始めて行く――
「まどかさんやさやかさんが何に関わっているのかは分かりません。でも、その関わっているものが、一般人が関わってはいけないものなのは分かります。それでも……それでも応援することぐらいは出来ます。……さやかさんを、お願いします」
次回、第八話
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第八話 悲しみの序章
さやかが魔法少女としての活動を始めた次の日、学校にてさやか、仁美、俺の3人は話していた。
「ふあぁぁ……あ、はしたない。ごめんあそばせ」
仁美が眠そうな目で、大きな欠伸をする。
「大丈夫か、仁美? 昨日何時に寝たんだ?」
「どうしたのよ仁美。寝不足?」
俺とさやかは真実を知っているが、仁美自身はそんなことを知る由もないので、努めて気付かれないように明るい声を出す。
「いえ、そういうことではないのですが……昨夜は病院やら警察やらで夜遅くまで」
「っ、えー、何かあったの?」
少し固くなってしまったさやかの声だが、眠たげな仁美は気付かなかったみたいで、理由を俺たちに話し出す。
「何だか私、夢遊病っていうのか。それも同じような症状の方が大勢いて。気がついたら、みんなで同じ場所に倒れていたんですの」
「何だよそれ? ニュースでもやってなかったぞ?」
「ええ、警察の方も秘密裏に処理しておきたいみたいで……それにお医者様は集団幻覚だとか何とか……。今日も放課後に精密検査に行かなくてはなりませんの。はあ、面倒くさいわ……」
本当に面倒くさいみたいで、大きなため息をつきながら、若干投げやりに仁美はそう話す。
しかし、俺は今日の朝のニュースは見ていなかったが、警察の方で
「でもさー、そんな事なら、学校休んじゃえばいいのに」
さやかがそう提案をするが、ありえないとばかりに仁美は首を横に振る。
「ダメですわ。それではまるで本当に病気みたいで、家の者がますます心配してしまいますもの」
「さすが優等生だな、仁美は。俺もさやかに見習って欲しいくらいだよ」
「ぐっ……天才頭脳の持ち主2人に言われると反論ができないぃっ……!」
仁美とさやかと俺の3人。
多少『何か』が変わっても、ずっとこのまま、3人で笑い合えるような日々が続けばいいな、そんなことを願うようになった、今日この頃だった。
それから数日後のこと。
「さやかー! どっか寄りながら一緒に帰らないかー?」
仁美を連れた俺は、一緒に帰ろうとさやかに声をかける。しかしさやかは、少し疲れたような顔をして、ぼんやりとした目でこちらを見て、返事をする。
「……何? あぁ、うん。……ごめん、今日もちょっと用事があってさ、2人で帰っててくれる?」
そう言うが早いか、さやかは直ぐに荷物をまとめてそそくさと教室を出ていった。
「えっ? あ、あぁ……」
後に残された俺と仁美の2人は、呆然とした様子でさやかの出ていった教室の出口を見ている。
「さやかさん、どうしてしまったのでしょうか……? 少し怖く感じます……」
最近のさやかは、俺の誘いにも乗る事がなく、巴先輩と一緒に、見滝原の各地の魔女を夜通し倒して回っている……らしい。
なんだかさやかは強迫観念に迫られている様に見ていて思うが、一体どうしてしまったのだろうか、そこは確かに俺も気になるところだった。
「ちょっと俺、さやかの事見てくる! 悪いが先に帰っていてくれ!」
「まどかさん!? なら私も……!」
俺がさやかの様子を見に行こうと席を立つと、仁美も後に着いてこようと席を立つ。
だが、俺はそれを認められない。ここから先は、
「……悪い、仁美。複数人で行くと、さやかを刺激してヤケを起こされるかもしれないんだ。だから……頼む、分かってくれ……!」
俺は頭を下げて、仁美に頼み込む。頭上からは、仁美の息を飲む声が聞こえる。
「頭を……上げてください、まどかさん」
そう言われたので、頭を上げ、仁美を見る。
「その……まどかさんやさやかさんが何に関わっているのかは分かりません。でも、その関わっているものが、一般人が関わってはいけないものなのは分かります。それでも……それでも応援することぐらいは出来ます。……さやかさんを、お願いします」
そう言うと、今度は仁美の方が頭を下げる。
「……ここまで言われて、やらない方がおかしいよな……
……分かったよ、仁美。さやかの事は、任された。大丈夫だよ、きっと、すぐに元通りの関係になる。そうだろ?」
俺のその言葉を聞いた仁美は、目を潤ませて、再度頭を下げる。
「……えぇ、そうですね。よろしくお願いいたしますわ、まどかさん」
そう言われた俺はしっかりと頷き、出口へと向かった。
「あぁ。……行ってきます!」
「──っ、さやかっ!」
30分ほど学校の周辺を探し回った俺は、学校から少し離れた河川敷で、寝転んでいるさやかを見つけ、急いで声をかけた。
「……まどか? 何、どうしたのこんなところで?」
先程よりも少し疲れたような顔。しかし、そこから発せられる声は普段と何ら変わりのない、明るい声だった。それが、何よりも恐怖を増長させる。
「それはこっちのセリフだっ! 大体、最近のお前は何かおかしいぞ!」
「そんなことないでしょ? 私は普段通りだよ?」
少しキツめの口調で、さやかを問いつめる。
しかしさやかは、格好と声色がちぐはぐなまま、いつも通りの口調で、体調に変わりのないことをアピールする。
「最近、巴先輩と組んでるんだろ? そのー、巴先輩はどうしたんだ?」
このままでは埒が明かないと判断した俺は、話題の転換も兼ねて、聞きたかったことを聞いてみることにした。
「あぁ、マミさん? マミさんなら、
「──は?」
巴先輩とのパーティーの解消、俺はその事について聞こうとする。
「な、なぁ? どういう事なんだ、それ? 巴先輩と──」
「まどかはさ、良いよね? 戦わなくていいんだから」
しかしそれは、咎めるような、さやかの鋭い目線と声によって打ち切られた。
「? どういう──」
「知ってる? 魔法少女の真実。──私ってさ、もう死んでるんだって……!」
そしてさやかは話し出した。
「──これが魔法少女の真実ってやつ。まどかはさ、才能がないって、魔法少女になって死ぬ事がないって、キュウべえから直接言われてるんだからいいよね」
全てを話し終わったさやかは、震えながら、諦めたような顔で虚空をぼんやり眺めている。
知っていた。知っていたのに、止められなかった。あまつさえ、ソウルジェムのことまで知られてしまうなんて──!
「なぁ、マミさんは? その事はマミさんに知られてるのか?」
「大丈夫。マミさんには知られてないけど……知られるのは、時間の問題だよね」
やけくそ気味なさやかの声が、今は俺を咎めているように感じる。
立ち上がると同時に、さやかは
「────────」
「見てよこれ……もう真っ黒でさ、魔女になる寸前。あーあ、私、もうそろそろ死んじゃうのかな……?」
絶句して声の出せない俺に、残酷なまでに真実を突きつけてくるさやか。
「っ! グリーフシードはどうした? その『穢れ』ってやつが溜まんなければ、魔女にはならないんだろ? ……ならグリーフシードを……」
「無理だよ。最近は狩れるのは使い魔ばっかり、グリーフシードなんて1個も落とさない。でも、討ち漏らしがあったら街の人が危険な目に合う。……だから、狩りに行かなきゃ」
ちょうど夕日が逆光になっていて、さやかの顔は見えない。さやかの思いも、決意も、──涙も、見えない。
「だからって、自分自身が犠牲になることは無いだろ! 大体、まだ死ぬとは決まってないんだろ? 未来を変えるために行動することだって──」
「さやか……?」
「キュウべえから聞いたよ! 魔法少女は、寿命とか関係なしに、何かしらの要因でいつか死ぬ! ソウルジェムを砕かれたり、魔女になったり……だから私もいつか死ぬんだよ!! ……でも、その前にできることくらいはあるはずだよね……」
悲痛な声でそう言ったさやかは、俺に背を向けて歩き出す。
「──さやか? っ! さやか!」
「──うるさい、邪魔しないで」
俺はさやかを止めるために、さやかの進行方向に先回りをして止めようとする。
「死ぬなんてダメだ、絶対にダメだ。親御さん、心配してたじゃないか」
「──うるさい」
「とにかく、まだ間に合うはず……! そうだ! 今ほむらに連絡してグリーフシードを──」
「──うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ……うるさいっ!! 」
「がっ……!」
鞄から携帯を取り出そうとする俺を大きな声とともに力一杯殴り倒すさやか。殴られた俺は、草の斜面を転がり落ちて、土手へと倒れ込む。
倒れ込んだ俺を見下ろすさやかの目には、後悔など欠片も無く、ただ『邪魔だったら殴った』という意思しか無かった。
「ふん、いい気味だよね。どう? 見下ろしてた相手に殴り倒される気分は?
──────さよなら、まどか」
「さや、か──」
痛みとショックで動けなかった俺は、背中を向けて去っていくさやかを、止めることができなかった。
そして、揺れ動き過ぎて不安定になっていたココロは、すぐに暗闇へと飲まれて行ったのであった。
美樹さやかとの決別を受け、倒れ込んでしまう鹿目まどか。
しかし、暁美ほむらによって精神を立て直した彼女は、美樹さやかを魔女化させないために、協力者となる人物を探しに行くこととなる―――
「―――待ってろよ、さやか―――!」
次回、第九話
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おまけ 〜ありえたかもしれない世界線のお話〜
注意点
・この回は、本編に全く関係がありません。せいぜい主人公が各週の1話目と同じくらいと考えていてください。
・この回は本編に全く関係が無いため、伏線なども一切ありません。その点を踏まえてお読みください。
END⒈『ガン患者に良く効く赤いお薬』
―――まずい。
魔女の結界の最深部に入ると飛び込んできたのは、目の前には、お菓子の魔女にマミられそうになっているマミさんという光景。
「
俺は急いで足に魔力を込め、身体強化の魔術を使い、一気にお菓子の魔女の側まで飛んでいく。
「え、ちょ、まどか!?」
さやかの焦ったような声が後ろから聞こえて来るが、今は人命救助が最優先なので、少しくらいは許して欲しい。
「っ! 間に合わない……!」
そう判断を下した俺は、マミさんの眼前に近づいているお菓子の魔女目掛けて、投影した干将・莫耶の2振りを、同時に投げ込む。
「―――ふッ!」
大きく弧を描くようにして飛んで行った干将・莫耶は、お菓子の魔女の口元に近づき―――
―――噛み砕かれた。
「なっ―――!?」
どうやらお菓子の魔女は、目の前にいる戦意を砕かれた天敵よりも、たった今自身に害を加えてきた雑草の方が気に障ったようだ。
そのまま頭をこちらに向けると、その大きな口を一瞬で目の前へと運んで来て―――。
―――俺は体制を整える暇もなく、お菓子の魔女の
END⒉幻惑の朱槍
「っ、さやか……」
さやかが魔法少女の真実を知り、狂ったように魔女退治を始めてから2日が経った。
俺は今、さやかを探しながら、ある魔法少女の手助けを借りる為に、この見滝原の町中を、昼夜問わず走り回っていた。
その魔法少女とは、『
決まった住処を持つことのない、流浪の魔法少女で、なおかつ魔法少女歴が少なくとも5年以上という、巴マミに次ぐ大ベテランの魔法少女であり―――
ふと俺が
―――見つけた。
そう思うと同時に、俺は先程杏子と思しき人物が入っていった裏路地に向かって走り出した。
俺がその路地に入った瞬間に感じたのは、微かな違和感。
『何が違うのか』と言われるとなかなかに表現が難しいのだが、一般人ではわかることの無い、魔術に関わる者のみが感じ取ることの出来る、本当に小さな違和感が、そこにはあった。
「―――? 何が……」
疑問に思っていると、背後から鎖の音が響いてきた。
―――しまった、誘い込まれた!?
急いで後ろを振り向くと、そこにはくすんだ赤色の、鎖の壁が。
向こうには先程まで俺の歩いていた大通りがあり、普通に通行人がいるのが見えている。
しかし、認識阻害か何かの魔術を使われているのか、明らかにおかしいこちらに、意識を向ける素振りすら見えない。
焦りながら前を向くと、そこには、俺の捜し求めていた魔法少女が、戦闘服ではない、私服姿で佇んでいた。
「……アンタかい? 鹿目まどかってのは」
「……そうだとしたら?」
俺は、額に冷や汗をかきながら、そう聞き返す。
しかし杏子はこれっぽっちも堪えた様子はなく、むしろ楽しそうに、笑顔を深めながら、言葉を続けている。
「いや何、さっきからアタシの縄張りをウロチョロされてて鬱陶しかったからさ、軽く意識を逸らさせてどっか行ってもらおうと思ってたんだ。でもあんたが鹿目まどかなら、そんなことはしなくても大丈夫みたいだ」
『そんなことはしなくても大丈夫』?
一体どういう意味なのだろうか……?
後ろからの奇襲に警戒しながら、俺はさっきの言葉について聞き返す。
「どういうことだ……? そんなことはしなくても大丈夫って……」
「ん? あぁ、キュウべえのやつに言われたんだよ。『鹿目まどかは要注意人物だから、もし出会うようなことがあったら、殺してしまっても構わない』ってね」
―――思考が止まる。
俺が要注意人物? 殺してしまっても構わない? 俺はとてつもない才能を秘めているんじゃなかったのか? それをこう易々と殺してしまってもいいものなのか?
そんな思考が、頭の中で堂々巡りを続ける。
だが、俺自身が混乱の最中にあったとしても、戦場において、敵が律儀に待ってくれるなんて保証はどこにも無い。
杏子が魔法少女の姿に変身し、槍を構えるのがぼんやりとした視界の中に映る。
俺は条件反射で、使い慣れた干将・莫耶の投影を行い、それらを構える。
それと同時に、杏子は人間には出せない様なスピードで、こちらへと突撃してくる。
それを俺は、手に持った二振りの剣で受け流す―――
―――ことは出来なかった。
俺の胸から、朱い槍が生えてきたからだ。
杏子の扱う、朱色をした、多棍槍が。
「ガハッ……!」
倒れゆく視界の中、俺が立っていた場所を横目で見やると、そこには何故か、先程まで俺と話していたはずの杏子の姿が。
「―――なん、で……」
死にかけの俺の、そんな声が聞こえたからだろうか。杏子は、冥土の土産だとばかりに、種明かしをしてくれた。
「なんでさっきまで前にいたアタシが後ろにいるのかって? 簡単さ、アタシの固有魔法は『幻惑』、だからアンタは幻のアタシと仲良くお喋りを続けてるって言う幻覚を見せられてる間に、本物のアタシにグサッと刺されたってわけ。……ねぇ、聞いてる?」
仲良くなんかなかっただろ、そう言いたくなる所だが、生憎とこの体はもう何も言うことが出来ない。
杏子によるマジックの種明かしが行われている間に、俺の体はすっかり冷たく、物言えぬ体へと変えられてしまったからだ。
それっきり杏子は俺の死体に興味を無くすと、どこからが現れたインキュベーターを肩に乗せ、裏路地の奥へと入り込んでいってしまった―――。
―――次の日、見滝原市内にて、1人の女子中学生の遺体が見つかったとのニュースが流れていた。
警察によると、その遺体は胸を後ろからかなり大きく、そして鋭利な刃物のようなもので一突き、否、貫かれていたという。
しかし、程なくして警察の捜査は打ち切られることとなった。
捜査が打ち切りになった理由、それは、犯人が見つかることがなく、迷宮入りしてしまったからなのか、それとも―――
―――程なくしてやってきた大災害で、街が壊滅に追い込まれたからなのか―――。
END⒊ワルプルギスの夜
―――とうとうこの街に、ワルプルギスの夜がやってきた。
しかし、ここの戦力は俺とほむらの2人だけ。
それ以外は、まるで原作アニメをなぞるかの様にして、全員が死んでいってしまっていた。
「来たな……」
「えぇ、来たわね。……まどか、勝つわよ」
「あぁ、もちろんだ……!」
本番前の軽い作戦会議を終えた俺たちは、すぐさま作戦で決めてある、指定のポイントへと移動した。
指定のポイント、と言っても、それ程細かく決めてある訳ではなく、『余裕のあるうちは左右からワルプルギスの夜を挟み込んで攻撃を続ける。だんだん厳しくなってきたら、ワルプルギスの夜の進行方向前方で落ち合い、総攻撃を仕掛ける』と言う、某なんたらゲリオンの作戦部もビックリの、猿でも出来るような脳筋攻撃を行い続ける、といった形のものになっている。
だが、このような作戦もどきが最強の魔女相手に通用するはずも無く、戦い始めて五分で、俺たちはワルプルギスの夜の前方に立っていた。
「強いな……こりゃ道理でほむらも勝てないわな……」
「……同情は良いわ。それよりも今はワルプルギスの夜をどうするかよ」
俺はその言葉に頷くと、あるひとつの提案を行った。
「なぁほむら。30秒だけでも時間を稼げないか?」
その言葉に対してほむらは、いつものようにクールに髪をかきあげると、こういった。
「いいえ、構わないわ。まどかは何か策があるのでしょう? なら私はそれを優先するわ」
「……ありがとう」
クールに、それでいて信頼出来るように返してくる、俺の
こいつといれば、どんな奴が相手でも、勝てるような気がする。
「じゃあまどか、後は頼んだわよ」
そういうと、ほむらはその場から重火器の類を打ち続ける。横目でソウルジェムを確認すると、じわじわと濁り始めている事から、ちょこちょこ時間停止を使用しているのだと考えられる。
「……ほむらがこれだけ頑張ってくれてるんだ。俺もやってやらなきゃな……!」
小さな声でそう自分を鼓舞すると、俺は
すると、キィンという、鉄と鉄がぶつかるような、そんな甲高い音が、俺の体の中から響き出す。
「ワルプルギスを倒せ、なんざ……全く―――贅沢な注文だな……!」
―――キィン。
再び俺の体が高く響く。
―――キィン。
俺の魔術回路が、悲鳴を上げている。
―――キィン。
それすらも捩じ伏せて、俺は『あるひとつの物事の成就』の為だけに、魔術回路を回し続ける。
「―――まどかっ!? まだなの!? ―――っグッ!?」
俺の魔術回路が暖まるまで耐え続けてくれていたほむらが、とうとう弾き飛ばされてしまう。
それを俺は優しく、労わるように受け止める。
「ありがとうな。―――もう、大丈夫だ」
「まどか……」
俺はゆったりとした足取りで前へ出ると、手にひと振りの日本刀を出現させる。
「―――真髄、解明」
俺の魔術起源を、その一振の刀に染み込ませるように、繊維のひとつから作り上げて行く。
「―――完成理念、収束」
これこそが、俺の短い人生をかけ、再現させようとした、とある刀鍛冶の宝具。
「―――鍛造技法、臨界」
どれだけバカにされようと、どれだけ蔑まれても構わない。
この刀には、人生をかけてでも、作り上げるだけの価値があるのだから―――!
「冥土の土産に拝みやがれ! これが
大声で気合を入れながら、一息で刀を振り下ろす。
ただ『斬る』、その思いだけを込めて。
「―――綺麗……」
ほむらのそう呟く声が聞こえてくる。
そうだ、この刀は、打った奴の想いが込められているからこそ、綺麗なのだ。
振り下ろした跡は魔法少女の強化された視力を持ってなお見えず、残心と共に、斬ったワルプルギスの夜がずり落ち、魔力が爆発していく様がハッキリと見えた。
勝った、そんな気分と共に、手にしていた刀を消す。
―――刹那、衝撃。俺は吹き飛ばされる。
立っているだけでも吹き飛ばされそうな衝撃は、斬り落としたはずの、ワルプルギスの夜によるもの。
斬って半分になっているはずのワルプルギスの夜は、何故か元通りになっており、しかも、ゆっくりとだが、元々の体の位置から
「なっ―――!?」
吹き飛ばされ上空に打ち上げられながらでも、それが確認できたのだ。ほむらにも確認できないはずがない。
ほむらに、先程のあれは何なのか、そう聞こうとして顔を上げた時、視界に飛び込んできたのは、
絶望した顔でこちらに向かって手を伸ばすほむらと―――
―――鼻先にまで近付いてきていた、トラック大の大きさを持つ、即死級のビルの破片だった―――。
この後、ワルプルギスの夜とほむらとの戦いがどのような結末を迎えたのかは、勿論、途中退場した俺が知るわけも無いだろう。
だが、こんな俺でも、言えることは一つだけあった。
あのほむらの絶望。あの心情、あの恐怖が、この先のループに深く影響してくることは、間違えようが無いのだろう―――。
END⒋三十六計逃げるに如かず
―――ワルプルギスの夜が、この見滝原へとやって来る。
―――この地域に住む魔法少女は、私たち協力してこれを討伐して欲しい。
そんな知らせを、インキュベーターを通してこの近隣に住む魔法少女へと伝えてもらった。
そうして、10人以上もの魔法少女が集まった。
―――たった1人、見滝原の魔法少女をまとめるキーマンである、『鹿目まどか』を除いて―――。
10年前のあの日、最凶最悪の魔女である、ワルプルギスの夜が、俺の故郷である見滝原市へとやって来た。
本来の鹿目まどかよりもだいぶ適正の落ちてしまっていた俺だが、決戦の舞台である見滝原から遠くへ、群馬県を飛び出し、大阪へと逃げる事で、何とか
―――そう、俺一人だけ。
あの後ニュース等で見た話なのだが、見滝原の住民はほぼ全滅、また近隣の市にも甚大な被害が及んでおり、見滝原を中心とした、半径70キロメートルは、ほぼ全ての住宅が壊滅したとされている。
後に『見滝原大災害』と名付けられたそれは、死者述べ約100万人、行方不明者約90万人、負傷者はなんと約240万人にも上ったそうだ。
そして今、見滝原大災害の唯一の生き残りである俺は、再び見滝原へと向かっていた。
車の窓から見える、久しぶりの見滝原の景色は、10年前のものとは似ても似つかなくて、自業自得とは言え、少し悲しくなってくる。
今回の目的である県立の図書館へと車を走らせながら、俺はこの大災害の裏で起きていた、ワルプルギスの夜と魔法少女達との戦いについて、思いをめぐらせる。
―――ワルプルギスの夜と戦う前の日の夜、俺の部屋にはインキュベーターが来ていた。
そこで俺は、今までの魔法少女達と、ワルプルギスの夜との戦いの様子を、記憶に直接流し込まれるような形で、閲覧させられていた。
そこで俺は、地獄を見た。
人が潰れ、焼けただれ、終いの果てには、ワルプルギスの夜の使い魔に四肢を引き裂かれ、そのまま衰弱死していく、魔法少女達の様子を見た。
そして、俺の心はポッキリと、飴細工のように折られてしまった。
戦う前にインキュベーターによってすっかりトラウマを植え付けられた俺は、親にも友達にも学校にも、そして何より集まってくれた魔法少女達にも内緒で、とにかく西へと逃げたのだ。
俺が見滝原から離れた事によって、ワルプルギスの夜の進路が変わるなど、イレギュラーが発生する可能性があったが、奴はほむらに反応していたのか、こちらには一切目もくれず、予想通りの進路を進んでいってくれた。
―――そこからの展開は一瞬だった。
おそらく勝てなかったのであろう魔法少女達のソウルジェムは、一部を除いて大抵が魔女化し、見滝原は壊滅。
そのままの勢いで近隣の市をいくつか巻き込み、魔女たちはどこかへと散っていったという。
これらは全てインキュベーターの奴から聞いた事だし、特に戦闘に関わった訳でも無いから、これ以降は俺の与り知らぬところとなっている。
そんなことを考えている間に、2年前に見滝原にまた新しく出来た、県立図書館へと車が到着した。
車をだだっ広い駐車場に停め、歩いて図書館の中へ入っていく。
お目当ての本は、特設コーナーが設けられていたため、すぐに見つかった。
―――『見滝原大災害 死亡者名簿』
厚い皮のカバーに、金色の字で物々しくそう記されているその本は、字の通り見滝原大災害によって死亡した人の名前と年齢が、一人一人記されているものとなっている。
俺はなんの感情も持つことが出来ずに、その本の表紙を開き、知っている名前が出てくるまで、ひたすらにペラペラとページをめくり続けた。
―――きっとこれからも、俺は逃げ続けるんだろうな。
知っている名前を探している最中、俺はふとそんな事を思った。
インキュベーターによってトラウマを植え付けられ、それだけで故郷を見捨て、友達を見捨て、何よりも家族を見捨て、逃げてきた様な人間だ。強いショックでも無ければ、そう簡単にこの生き方を変えられることは出来ないのだろう。
そう自嘲していると、ふと、ある名前達が目に止まった。
―――『美樹さやか(13)』―――『巴マミ(15)』―――『佐倉杏子(年齢不詳)』―――『暁美ほむら(13)』―――。
その名前たちを見て、少しの懐かしさと、罪悪感を感じていると、また別の、とても大切だった人達の名前が見つかった。
―――『鹿目詢子(34)』―――『鹿目知久(35)』―――『鹿目タツヤ(3)』―――。
この家族だった人たちの名前を見て、胸が痛む自分に対して、無意識に『あぁ、まだ割り切れてないんだな』なんて考えている自分に嫌気が差してしまう。
―――こんな性格のままなんだから、俺は逃げ続けてしまうんじゃないか。
そう結論づけて、俺は結局、逃げる様に死亡者名簿を閉じたのであった。
END⒌因果応報
―――それは、原作が始まる数ヶ月前のことだった。
放課後、もうとっくに通い慣れた中学校と自宅との通学路を、仁美やさやかと一緒に下校していた時の事だった。
「それでは皆さん、ご機嫌」
「バイバーイ、仁美!」
「じゃーなー、気をつけて帰れよー」
俺たちの声が夕暮れの通学路に響く。
「んじゃ、俺達も帰りますかね」
そう言って、俺とさやかは一緒に歩き出す。
五分ほど歩き、そろそろさやかと別れる所まで来た時、不意に分かれ道の奥、誰も使わないような裏路地に影が差した。
普段の俺なら気にすることなどないのだろうが、何故だろうか、今日だけは妙に影のかかった所が気になって仕方がなかった。
「まどかー? どしたの?」
「いや……気の所為ならいいんだけどな……」
仕切りに影のかかっているところを確認している俺に対し、さやかは首を傾げている。
「……気の所為か?」
「そうじゃない? なんにも無いでしょ、あそこ」
「―――それもそうだな」
これは俺の気の所為だ、そういう結論を出すことにして、俺達はそそくさと家に帰ろうとした。
こういう思い込みの類って言うのは、とにかく『何も無い』って分からないと、恐怖だけがあとを引いてくるからな。
そんなこんなで、俺達は路地に背を向けた。
すると、
―――パァン。
と言う軽快な破裂音が、この辺りに響いた。
音はすぐ近くから聞こえてきたように思えた。
『さやかはどう思う?』なんて聞こうと、俺は横を向いた。
そこで目にしたのは、
―――腹から血を流して、倒れ込むさやかの姿だった。
「―――!? さやかっ!」
驚き、思わずさやかの方へと駆け寄ろうとすると、もう一度、
―――パァン。
と音が響き、今度はさやかの額に、真っ赤な輪っかと共に穴が空いた。
そこからは血と一緒に、血とは違うベクトルでドロドロとしている液体が流れ出ていて、それが余計に俺の恐怖を誘った。
―――さやかが死んだ。
その事実を認めたくなくて、さやかに声をかけようとする。
「―――さ、や―――」
すると三度、
―――パァン。
と音が響く。
今度はそれと同時に、腹部への激痛が走り、思わず先程のさやかのように倒れ込んでしまう。
拳銃で撃たれたことにより、それまで、普段よりも早く回っていた思考が、一瞬でゼロになった。
思わず拳銃で撃ってきた方を見ると、そこには何故か
3回の発砲音を受け、多少痺れている耳でほむらの呟いている言葉を聞き取ろうと、耳を澄ます。
そして聞き取れたのは、何度も繰り返される
「ごめんなさい」
の言葉と、辺り一帯に響く発砲音。
―――俺が聞き取れたのはそこまでだった。
最期まで俺の心中を占めていたのは、『何故ここに暁美ほむらが』という疑問と、いきなり彼女に殺されるという理不尽に対する、怒りだけだった―――。
たまには息抜きにこういうのを書いてみるのもいいのかもしれないと思った、作者でした。
あと感想ください(普段ははっちゃけられない分、こっちでふざけようとする作者の図)。
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第九話 あなたと私を結ぶ鎖
―――さやかの背中が遠ざかっていく。
それはまるで、これから起こってしまう
「さやか!」
俺は向こうへと進んでいくさやかに向けて、思いっきり手を伸ばしながら叫ぶ。
「さやか! そっちへ行くなっ! 戻ってこいっ!!」
するとさやかは、俺の言葉に背くかのように、どんどんと遠くへ、人間には出せない様なスピードで走り去っていこうとしてしまう。
「さや、か……? 何で……」
俺は親友だと思っていた人に裏切られ、悲しみからその場にへたり込んでしまう。
せめて追えるところまで追おうと顔を上げると、目の前にはさやかの顔が。
「……っ!!」
俺はいきなりさやかの顔が目の前に現れた驚きと恐怖から、地べたに座っていた状態のまま、2、3歩程後ずさる。
そしてさやかは、情けない格好をしている俺をその瞳に収めて、こういうのだ。
「……情けない。それでもアンタ鹿目まどかな訳? ……フッ、良いよねアンタは。こうやって逃げて逃げて逃げ続けて、あまつさえ『未来を変えろ』? ……アンタ何様のつもり?」
そういうさやかの目からは光が消え失せ、こちらに向ける憎悪がそのままソウルジェムにも反映されてしまっている。
「……じゃあね、まどか。もう会うことなんてないだろうけど」
その一言で、俺とさやかとの間の溝が、決定的な物になってしまったことを知る。
「……っ! ―――さやか……」
俺は、彼女への思いを上手く伝えきることが出来ず、たった一言、名前を呼ぶ程度のことしかできなかった。
やはりと言うべきか、それ程度でさやかの歩みが止まることは無かった。
「さやかっ! さやかぁっ! さやかあぁぁぁっ!!!」
俺は背中の小さくなっていってしまう親友に向け、力の限り叫びながら手を伸ばし続け―――
―――目が覚めた。
「ぁ……?」
上には知らない天井が。
濃い紺色をしていて、とても暗い雰囲気がしている。
時折風が吹き、肌寒さを―――って、風?
「―――!? 、っ!」
俺は、急いで寝ていた所から起き上がる。
しかし、起き上がった所で、何者かによって強制的に元の姿勢、つまりは仰向けで寝ている体制に戻される。
頭の部分には柔らかく、しかし苦にならない程度の程よい硬さ……嫌、弾力と言うべきだろうか? そんな感触がしている。
また、背中の辺りがゴツゴツとした物に当たっていることから、おそらく現在はベンチか何かの上で、誰かに膝枕をされているのだろうと推測ができる。
一体誰が俺に膝枕をしてくれているのだろうと、上を見上げてみると、そこにはまるで壁のような何かがあった。
「……そこはかとなく馬鹿にされた様な気がするのだけれど」
「そっ、そんなことは無い、ぞ……?」
無駄に鋭い勘しやがって……なんて思っている暇もなく、俺は本来の目的を思い出して、勢いよく起き上がろうとする……が、何故か俺の体は言うことを聞かず、仰向けでほむらの膝枕を堪能し続けているのであった。
「……!? 何で……っ!」
「落ち着きなさい、まどか。今のあなたは精神的にかなり参っているようね。しばらくは動けないわ。……何があったのかしら?」
「! ほむらか!? さやかが、さやかがこのままだとヤバいんだ!」
そういって俺は、ほむらの足に負担を掛けないように、しかし勢いよく起き上がる。
俺は隣に座っているほむらの方を向くと、(知っているだろうが)さやかの現状について説明をし始める。
「……今、さやかは精神的に不安定なんだ。さっき気絶する前にちらっと見たけど、ソウルジェムがすごい勢いで濁ってたんだ。このままだとさやかが……さやかが……!」
「そう、分かったわ。……それで、私は何をすればいいのかしら?」
ほむらは突き放す様に事実確認をしたが、何故か手は貸してくれるみたいだ。
「そうだな、俺は巴先輩に協力を仰いでみるよ。だから、ほむらはアイツ―――佐倉杏子を探してみてくれ、頼む!」
そういうや否や、俺はほむらに向かって勢いよく頭を下げる。
するとほむらは、まるで『しょうがないわね』と母が子に言うかのような顔をして、俺にこう言う。
「構わないわ。幸い、佐倉杏子の居場所の場所は見当がついているから。でも―――」
「本当か!? ありがとな、ほむら! 俺は巴先輩の事を探してみるよ!」
ほむらが何か言いかけていたようだが、今の焦りでパニックになりかけている俺にそれが気付けるわけもなく、俺は一方的に言いたい事だけを言うと、勢いよくベンチから立ち上がり、巴先輩がいると思われる場所へと駆け出していく。
「―――待ってろよ、さやか―――!」
その胸に、小さな希望を抱きながら。
俺は巴先輩を探しに、アニメ本編でもさやかが魔女化した、見滝原市内随一の大きさを誇る『見滝原駅』の周辺へとやってきていた。
「くっそ……どこだ……?」
しかし、結果はあまりよろしくないものとなってしまっていた。
巴先輩の自宅を訪ねはしたが、チャイムを鳴らしても応答がなかったことから、恐らく魔女退治でもしているのだろう、そう考えて、俺は魔女の集まりやすいとされている、路地裏や廃ビルの周辺を、虱潰しに歩いて回っていた。
まだかまだかと焦りながら市内を走り回っていると、遠くに、暗い中でも良く目立つ黄色のクルクルとしたツインテールが、裏路地へと歩いていくのがはっきりと確認できた。
「!? 巴先輩……?」
俺は巴先輩に追いつこうと、彼女の方に向かって走りだす。
いくら都会のような街並みをしている見滝原だったとしても、当然の事だが、人気のないところは本当に人気が無い。
だんだん歩いている人も少なくなってきていて、そろそろ不気味に思い始めたころ、俺の脳内にある一つの疑問が浮かび上がった。
―――巴先輩との距離が詰められていない……?
そうなのだ、俺は全力を出し、陸上部もかくやのスピードで走っていたのに対し、ゆったりとした足取りで歩いている巴先輩が、俺に追いつかれない訳がない。
しかし現実は、俺がどんなにどんなに走っても、見えている巴先輩の大きさは変わらず、むしろ若干遠くなったまである。
その巴先輩も、一本の細長い路地に入り、建物の陰で若干見えにくくなってしまっている。
薄気味悪さを感じながらも、俺がその路地に向かって走り出そうとすると、突如としてこの場には似つかわしくない、明るく朗らかな電子音が俺のポケットから流れ出してきた。
いきなり電話がかかってきたことに対する驚きと、なぜ今電話がかかって来るのかという疑問を感じながらも、おっかなびっくり制服のポケットに手を突っ込み、音の出所をまさぐってみると、そこから出てきたのはやはりというべきか、俺のスマートフォンだった。
液晶には、たった今、ある人物から電話を掛けられているということが表示されており、電話をかけてきた人物であることを表示する名前の欄には、ばっちり『暁美ほむら』と書かれてあった。
何故ほむらが? そう思いながらも、俺は電話に出る。歩きスマホがいけないというのは十分に理解しているつもりだが、今回ばかりは緊急事態なので勘弁してほしい。
『―――まどかっ! 今どこにいるの!?』
電話を取るという意味の緑色のボタンを軽くタップし。会話が開始された画面に映ると同時に聞こえてきたのは、どこか切羽詰まったようなほむらの声だった。
「今……? 今は巴先輩を見つけたから、走って裏路地まで追っかけてる最中だけど?」
『裏路地……? まずい、やられた……!』
俺はほむらの言うことが理解できず、携帯を持ったまま、携帯を持っていない方へと首を傾げる。
ほむらは先程、『やられた』といった。これはつまり、自身、並びに俺に対し、目論見とは違う出来事が何か起こってしまったということなのだろうが―――。
『まどか、今すぐそこから離れて頂戴』
いったん立ち止まり、考え込んでしまっていた俺を現実へと引き戻したのは、ほむらの冷酷な声だった。
「―――!? なんでだよ……?」
急に、生気を感じさせないような声を出し、『路地裏から離れろ』といったほむら。俺はその声に少しの恐怖と、反感を抱き、足を一歩前へと進める。
「なんで、なんで離れろなんて言うんだよ!? さやかが危ないんだぞ!?」
少し大きな声を出してしまったが、辺りには人も何もいない、ただただ寂しいだけの空間が広がっている。
『まどか、これからいう事は一度しか言わないから、落ち着いて聞いてほしいの』
今はほむらのそんな声も、この寂しい空間と相まって、俺のいら立ちを助長させるだけの、不快な子守唄と化してしまっている。
「俺は落ち着いてるよ! そもそも、こんな時にいきなり電話なんかかけてきて、一体どうしたっていうんだよ!」
俺は一歩、路地裏の中へと足を進める。
建物の影の中に入ってしまったからか、辺りは一気に暗くなり、先程までいた明るい場所とのコントラストが、俺の目を可笑しくしてしまったみたいだ。
先程まで黙っていたほむらだが、何を見たのか、いきなり声を荒げて言い始めた。
『―――ッ!? いい? 佐倉杏子の事だけど、こっちにはいなかったわ。いえ、むしろ、私の方が誘導された形になるわね』
「誘導……? どういうことだよ……?」
『佐倉杏子につけた発信機が、稼働している状態で外されて、誰もいない協会に放置されていたわ。貴方なら、これがどういう意味なのか、―――分かるわよね?』
「―――!?」
佐倉杏子に発信機を付けた、その事はどうでもいい。
大事なのは、
それが意味する事、それは―――
「まさか……何処にいるのか分からなくなった、のか……!?」
俺は震え声で、ほむらに対してそう念を押す。
『……えぇ、そうなるわね……』
対するほむらは、苦々しい声でそう呟く。
俺にかかる影も相まって、俺の心情はどんどんと重苦しいものへと変化して行く。
その間もほむらは、淡々と、しかし悔しさの感じられるような口調で、結果を報告してくる。
『発信機を見つけた後も、佐倉杏子の居そうな場所を探してみたけれど、見つかることは無かっ、た、わ……』
「―――ほむら?」
段々と言葉尻が弱くなっていくほむら。
俺が声をかけると、あるひとつの事実を伝えてきた。
『……そういえば、あなたは最近インキュ……キュウべえを見たかしら?』
「キュウべえ……? いや、見てないが……」
『やっぱり……!』
会話をしているようで、まともに会話をせず、全く的を得ていない、ほむらの言葉。
そんな彼女を不審に思った俺は、ほむらに意味を聞こうとして―――
『―――まどか、もしかしたら貴方は、佐倉杏子に殺されてしまうかもしれない―――!!!』
―――そんなほむらの言葉に、思考が止まった。
殺される……? 誰が? ……俺が? 誰に? ……佐倉、杏子に……っ!?
そこまで考えが回り、このまま路地裏にいることの危険性に気づいた俺は、急いで後ろへと振り向く。
―――しかしそこには、くすんだ赤色の、不思議な形をした鎖が、出口を見事に塞いでいた。
「……まずい」
『―――っ、まどか……貴方、まさか……!』
力なくつぶやく俺に、携帯の向こうにいるほむらが反応する。
しかし、今の俺はそんな事に気を向けることなんて無かった。
「また会ったね、
いつの間に居たのか、それとも最初から立っていて、俺がここへ誘い込まれただけだったのか。
俺の目の前には、朱い槍を持った
「ははっ……んだよ、これ……。訳わかんねえよ……」
―――どこかで『シャラン』と、鎖のなく音がした、気がした―――。
鹿目まどかが巴マミを探す中で出会ったのは、自身の事を『2人目のイレギュラー』と呼ぶ佐倉杏子だった。
何故か、誰かに命を狙われている鹿目まどか。
彼女の死の間際、助けに入った魔法少女とは―――。
次回、第十話。
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第十話 VS佐倉杏子
「また会ったね、
俺の目の前には、朱い槍を携え、獰猛な笑みを浮かべながら此方に狙いを定める、
「っ……! お前は……お前は一体なんなんだ……!?」
俺は震える声を必死にしぼりだしながら、杏子にそう問いかける。
しかし、彼女はその問いをつまらなそうに鼻を鳴らしながら切り捨てると、言葉は不要とばかりに、その槍を構え始める。
―――話し合いは不可能。
俺がその結論に辿り着くよりも早く、紅の魔法少女は爆発的なスピードを持って、自身の槍の間合いに俺を引き込もうとする―――!
「―――『強化』、『軽減』!」
俺は咄嗟に、自分の体に対し、反応速度や筋力を強化することの出来る『強化』の魔術と、自身への重力を小さくする『軽減』の魔術を
本来はドイツ語やらなんやらを使うべきなのだろうが、生憎俺には外国語の知識なんてこれっぽっちも無い為、日本語で勘弁して欲しい。と言うか日本語でもできてるじゃないか―――!
そんな誰かに聞かせるようなものでも無い愚痴を零しながら後ろ上空に飛び上がった俺を待っていたのは、杏子の持つ他棍槍が変形し、俺を縛る為の鎖に変わったものだった。
俺はそれ等を冷静に見極めると、空中で手を前に突き出し、銃の形にし、巴先輩を助ける為にも使用した、あの魔術を行使する。
「『ガンド』っ!」
―――『ガンド』。
それは、TYPE-MOON世界において、ルーン魔術の一種とされる魔術であり、その効果は狙った相手を人差し指で指し、その体調を崩させるという、なんとも細やかな呪いとなっている。
しかし、それは『普通に使用したら』の場合である。
Fate/staynightにおいて、ヒロインの1人である『遠坂凛』等が使用していたように、ガンドに対する魔力密度を、本来よりも更に濃くすると―――
ガシャン! と大きな音を立て、俺の撃った赤黒い弾丸は、杏子の持つ槍を弾き飛ばす。
それだけでは飽き足らず、弾丸はそのままの慣性を維持した状態で路地の壁へとぶつかり、大きな鈍い破壊音と共に、一瞬で壁に大きな穴を仕立てる。
―――この様に、コンクリート製だと思われる壁にさえ、大きな穴を開けることが出来てしまう、凶悪な魔術へと変貌して行く。
「……っ!?」
驚きからか、杏子の顔が軽く歪む。
俺は無事に着地をすると、今度は一気に杏子に向かって駆け出す。
私は一気に腕を引き絞り、固く握った拳を、音をも置き去りにする勢いで、敵に向かって解き放つ―――!
「破ッ―――!」
―――これぞ、『アイツ』直伝のっ、"マジカル八極拳"だ―――!
私の放った拳は、見事な角度で杏子の腹部に刺さり込む。
拳は鈍い音を立て、物凄い破壊力と推進力を伴って、彼女の体を、常人には見えないような速さで弾き飛ばす。
「カハッ……」
杏子は壁に大きなクレーターを作る勢いで衝突すると、力なくその場に倒れ込む。
と、さすがは魔法少女と言うべきか、何ともないような感じで立ち上がると、その足に一瞬だけ爆発的なパワーを溜め込み、その場からの逃走を図った。
その行動に虚をつかれ、彼女の逃亡を許してしまった私は、すぐさま足に強化の魔術を重ねがけし、先程の2倍程のスピードで彼女を追いかける。
路地は思ったよりも複雑に入り組んでおり、所々に杏子の仕掛けたトラップと思しき物達が配置されている。
私の少し先を行く杏子は、自身の魔法で出した鎖や、建物の壁、剥き出しになっている何かのパイプ等をフル活用し、まるで野生の獣のように四つん這いになり、路地の複雑な配置をものともしない立体機動を繰り広げている。
対する私は、前から襲い掛かるトラップの数々を、自身に掛けた魔術や、『アイツ』から教えられた―――最も、こちらが教わる側だったなんて意識は到底持ちたくないが―――八極拳を用いて、正面からの強行突破を続けている。
すると、何を思ったのか杏子は、一際開けた広場のような場所に出ると、こちらに背を向けたまま、足を止めた。
「……!
彼女がどんな策を設けているのか知らないが、チャンスはチャンス。
私は一息で彼女の懐へと入り込むと、再び拳を引き絞り、相手目掛けて解き放つ―――!
―――刹那、回避。
今まで私に背を向けていた杏子は、突然こちらに向かって振り向き、それと同時に手に持っていた槍を横薙ぎで振るってくる。
私は直感に従って回避行動をとり、手に2振りの中国剣を投影する。
―――『干将・莫耶』。
それはFateシリーズにおいて、Fate/stay nightにおけるアーチャーのサーヴァント(真名を『エミヤシロウ』)が好んで使っていた、中国の名剣であり、何と言ってもその特色は『お互いにお互いを引き合う性質がある』という点にある。
この性質を利用して、アーチャーが面白い戦い方を行っていたのだが、これはまたの機会にでも。
「―――シッ!」
再び俺目掛けて振るわれた槍に、俺は
剣を下から当てることにより、運動エネルギーを失った槍が、杏子の力について行くことが出来ずに、上へと打ち上げられてしまう。
「ハァッ!」
が、筋力や反応速度等を、ソウルジェムからの魔力によって強化している魔法少女には、これくらいの事では意表は付けず。
逆に杏子が自身の槍を手元に引き寄せ、体制を整える事を許してしまう結果となった。
「クッ……」
「チッ……」
距離が開き、互いに睨み合う時間だけが過ぎていく。
その間にも、俺の『さやかを探さなくては行けない』という想いから、少しづつ焦りが目立ち始めてきてしまう。
「―――フッ!」
膠着状態を解いたのは、やはりと言うべきか俺だった。
俺は右上から左下へと切り裂くように、両手の中国剣を振り下ろす。
しかし、これはやはり杏子の槍によって受け止められてしまう。
そして、有り余るエネルギーが暴発してしまった干将・莫耶は、俺の手からすっぽ抜けて、杏子の背後へと飛んでいってしまう。
そこを勝機と見たのか、杏子は手に持つ槍をそのままの姿勢から、前に突き出すようにして振るう。
が、俺はそれを
「―――! お前、それ……!」
先程弾き飛ばし、相手の手からは無くなったと思われていた武器が、全く同じ様子で相手の手中に収まっている。
そんな有り得ない光景を目の当たりにしたからか、杏子は思わずと言った様子で話しかけてくる。
俺はそこの隙をつき、受け流す様な形で、杏子の攻撃を躱す。
―――突く、斬る、受け流す、切り結ぶ、突く、斬る、受け流す、切り結ぶ、突く、斬る、受け流す、切り結ぶ―――。
そんな息付く暇も無い様な剣戟が、10分―――本当はもっと短いのかもしれない―――ほど続いた。
だが、ここで体力、筋力等、身体能力の違いが浮き彫りになってきてしまう。
それもそうだ。俺は少しだけ、それも身体の一部分にのみ強化の魔術を掛けていて、残りの魔力は全て投影魔術に使ってしまっている。
対して杏子は、魔法少女であるため、ソウルジェムが濁り切らなければ、ほぼ無限に強化を、自身の身体全体にかけ続けることが出来るのだ。
寧ろ、10分も切り結び続けているのだから、褒められた方なのではないだろうか。
そんな思考の中、何故か杏子が固まっているのが見えた。
「―――!」
―――何故、杏子の行動の理由を考えるよりも早く、俺の腕は、勝手に杏子に向かって剣を振り下ろしていた。
―――それが相手の策だとも知らずに。
俺は杏子の身体を、両手に持つ干将・莫耶で袈裟斬りにする。
―――殺った!
そう思った瞬間、袈裟斬りにしたはずの杏子の身体が、まるで幻かのように、俺の目の前から消えていった。
何処に、そう思うよりも早く、俺の体は吹き飛ばされる。
「―――ガハッ……」
背中には、刺すような鋭い痛みと、遅れて鈍い痛みが身体全体に回ってくる。
俺は背中から建物の壁に衝突したみたいだ。目前には、野球でバッターがホームランを放った後のような格好で―――もっとも、持っているのはバットではなく槍だが―――杏子が佇んでいることから、下手人は杏子であることが一目瞭然だ。
俺は思わず倒れ込んでしまいそうになるのを堪えて、目の前の魔法少女を睨み付ける。
……が、睨まれた方は特に気にも留めていないのか、軽い様子で声をかけてくる。
「……そんなに睨むなよ。あたしだって殺したくて殺そうとするわけじゃないんだ。これは契約だからね、ま、運が無かったって事で諦めな」
―――契約?
疑問に思って、俺は思わずと言った様子でオウム返しにしてしまう。
「ハァ? 言うわけないじゃん、あんた馬鹿なの?」
しかし反応はあまり芳しくなかった。
どういう事なのか、何故俺が狙われるのか、そんなことを考えていると、杏子は投槍の姿勢で、こちらに狙いをつけて構えていた。
「まぁ何だ、取り敢えず―――死んでもらうかな」
唐突に投げかけられた殺気に、思考が止まる。
―――死ぬ? 俺が? と。
そして俺は、同時にこうも思う。
―――ふざけるな。
俺はふらつく身体を無理やり抑え込むと、しっかりと自分の足2本で立ち上がる。
そのまま俺は、再び干将・莫耶を投影すると、死にたくないと、まだ生きていたいというかのように、意地汚く武器を構える。
そんな俺を見た杏子は、俺の事をつまらなそうに一瞥すると、身体全体を、まるで弓のように限界まで引き絞り―――
「ふぅん……そっか……じゃあ死ねっ!」
―――その言葉と共に、槍が放たれる。
放たれた槍は常人に見える様な速度ではなく、その色も相まって、まるで紅い稲妻が辺りに迸っているかのよう。
俺は叫ぶ。怒りに任せて、叫ぶ。
「……ふざけるな、誰がお前なんかに……! 殺される理由も分からないのに、訳も分からずに殺されて溜まるかってんだ―――!」
―――稲妻が俺の鼻先まで近付いてくる。
その姿は、俺の数瞬先の結末を暗示しているかのようで、とても寂しく、そしてどこか悔しさも感じられた。
俺は襲い来るそれを耐え抜く為にと、意地でも目を閉じようとしない。
否、閉じることが出来ない。
なぜなら俺にはまだ、この世界でやるべき事があるのだから―――!
「えぇ、もう大丈夫よ、まどか」
―――俺の目の前の稲妻が、一瞬にして書き換えられる。稲妻から、ノズルフラッシュへ。
それを成し遂げた魔法少女―――ほむらは、俺と杏子の四方を取り囲む建物の一つ、その屋上から、まるで天使の羽か何かが生えているかのように、優雅に、そして柔らかく、俺と杏子の間に降り立ってきた。
「―――暁美、ほむら……1人目の、イレギュラーっ!?」
ようやくその姿を見る事ができた杏子は、その存在を確認すると、どこか焦ったように、そして憎々しげにそう呟いた。
―――戦況が変化する。一対一から、二対一へ。
「……まずいね、こいつは……」
杏子は焦ったように呟いてはいるが、その目からは未だに戦意が失われておらず、まだ戦闘を続行する気で―――つまりは、二対一でも勝てると言外に言っている。
杏子は槍を手元でクルクルと弄ぶと、先程と同じように構えた。
それに呼応するかのように俺は武器を構えるが、何故かほむらの方は構えようとしない。
―――何故、そう思って俺がほむらの方を見ようとした直後。
―――ズダァン、ズダァン、ズダァン!
ほむらの持っている拳銃の発砲音よりも、遥かに重たい発砲音が、杏子の後ろ―――つまり、俺達が追いかけっこをして来た方向―――から飛んで来た。
「―――!?」
杏子は、意識外からの強襲に、一瞬反応が遅れてしまい、肩や腕に銃創をいくつが負ってしまう。
―――まさかあの人が、そう思って、銃弾の飛んできた方向を見ると、今度は本物の、暗い中でもよく目立つ金髪の、先端がクルクルとしているツインテールを持つ一個上の先輩魔法少女、巴マミがソウルジェムを持った状態でこちらに向かって歩いてきていた。
「……久しぶりね、佐倉さん」
そう目を伏せながら杏子に声を掛ける巴先輩の声は、どこか寂しそうだ。
確か、原作が始まる数ヶ月前位まで、巴先輩と杏子は師弟関係にあったんだっけか……。その後は確か、ある程度の仲違いが起きて、その後はそのまま……みたいなストーリーだったはずだ、多分。
俺はその辺はよく知らないけど、それが合っているのならば、今回の件もお互いにとって相当辛いはずだが……
「―――っ、マミ……」
杏子は泣きそうになりながらも、それとなく巴先輩を突き放すような態度をとっている。
「……佐倉さん、あのっ!」
「……チッ!」
「……」
巴先輩が杏子に向かって話しかけようとするが、恐らく不利を悟ったのであろう杏子に、一方的に逃げられてしまう。ここから見ることの出来る巴先輩の表情も、どこか悲しそうだ。
「―――よしっ、それじゃあ行きましょうか、まどかさん、暁美さん?」
しかし、誰よりも早く意識を切りかえた巴先輩が、明るい声を出して俺とほむらの両方に話しかけてくる。
―――こういった切り替えの速さが、見滝原の魔法少女としてベテランと呼ばれる所以なんだろうな……。
俺は路地裏から出る為に外へ向かう巴先輩の背中を見て、そんな憧れのようなものを抱いたのであった。
「―――そう言えば巴先輩、どうしてここに?」
道中、手持ち無沙汰になった俺は、本来の目的である『巴先輩を探し、さやかを止めるために手伝ってもらう』というのを思い出し、何故巴先輩がここにいるのかを聞いてみた。
「……私が巴マミを呼んだのよ。『鹿目まどかが危険な状態にある』と声を掛けて」
俺の問いに答えたのはほむらだった。
「! そうか、ありがとな!」
俺はほむらの前に回り込み、満面の笑みを見せながら、そう言う。
「え、えぇ……構わないわ、貴女の為だもの」
やはりと言うべきか、ほむらは褒められるのには慣れていないみたいだ。今度からかう時のネタがまたひとつ増えたような気がする。
次に、巴先輩が聞いてくる。
「それで……美樹さんの居場所はどこなのか分かっているのかしら?」
そんな巴先輩の最もな疑問に答えたのは、これまたほむらだった。
「えぇ、美樹さやかの場所は把握しているわ。現在位置はこっちよ。……付いてきて」
「あぁ!」
さやかの居る場所へと走り出したほむらに続き、俺と巴先輩の2人も走り出す。
走りながら、俺はたった一つの事だけを考える。
―――どうかさやかが、無事でいられますように、と。
―――次回、第十一話。
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第十一話 連鎖
―――走る、走る、走る。
俺は今、魔女化しそうなさやかを探して町中を走り回っている。
人の隠れられそうな路地はくまなく見て回り、少しでもさやかの居る可能性のある場所を潰していく。
「さやか、どこなんだ……?」
やはり人間である以上体力が底を付いてしまうため、膝に手を当て、荒く息を吐きながら立ち止まらざるを得なくなる。
こういう時だけは魔法少女達の身体が羨ましい。
そんなたらればの話を考えていると、ポケットに入れていた俺のスマホが、振動と共に電子音を奏で、誰かから着信が来ていることを知らせてくる。
俺は疲れを少しでも回復させるため、近くのベンチに座りながら電話に出る。
「もしもし?」
『もしもしまどか? 美樹さやかの居場所が特定出来たわ。今から住所を送るから、一旦そこに集合してちょうだい。巴マミには私から言っておくわ』
「あぁ、ありがとな」
そうしてほむらからの電話を切り、短いながらもしっかりとした情報交換、及び休憩を手早く済ませた俺は、通話が終了していることを改めて確認し、手に持っているスマホを、右のポケットへと滑り込ませる。
……巴先輩よりも先に俺に連絡が来るあたりはほむららしいと言うべきか何と云うべきか……。
何はともあれと俺は、ベンチから勢いよく立ち上がると、メールに添付されていた住所へと向かうのであった。
「―――ハァッ、ハアッ!」
俺はあの後すぐにほむらと巴先輩の2人と合流し、さやかがいるとされている見滝原駅へと走ってきていた。
「―――居た、さやか―――!」
さやかはすぐに発見することが出来た。
彼女は、駅構内のベンチにもたれ掛かるようにして座っていて、誰から見ても体調が悪そうな雰囲気を醸し出していた。
「……」
さやかは俺たちの存在に気づきはしたみたいだが、ちらりとこちらを一瞥しただけに終わってしまう。
「さやか」
俺がそう名前を短く呼んでやると、さやかはビクッと反応した後に
「……うるさい」
と、そう素っ気なく返してくる。
俺は親友のそんな冷たい反応にめげることなく、慎重に言葉を選びながら、さやかへ声を掛け続ける。
「……さやか、親御さんが心配してたぞ? せめて一報入れるとか何とかした方がいいぞ?」
「……うるさい」
「……それにさ、上条のやつだって、お見舞いに来てたさやかが急に来なくなって悲しんでるかも―――」
「―――うるさいっ!」
それまで一定以上の反応を返すことのなかったさやかが、幼馴染である『上条恭介』の名前を聞いた途端に、ものすごい形相でこちらを睨んでくる。
「あんたに私の何が分かる! 誰かに、誰かに大切な人を取られた事なんて無いあんたに、何が分かるッ!」
「―――!」
そうだ、そうだった。
俺はさやかのその言葉を聞いて、原作において上条と仁美が付き合ったせいでさやかが絶望するきっかけになり、魔女化してしまうというエピソードを思い出した。
しくじった、俺がそんな事を思って後悔していると、さやかは泣きながら、しかし何かをあきらめたように笑いながら言ってくる。
「アハハ……笑えるよね。私がコツコツと溜めてた恭介への思いなんてさ、仁美に数か月で越えられちゃうようなものだったんだから……」
「ッ……」
巴先輩の息を呑む音が聞こえる。ほむらの反応は窺い知ることはできない。
「でもさ、もういいんだよ。……もう、こんなゾンビみたいな体で生きるのも、恭介へのこの気持ちも。……全部」
そういってさやかは、自身のポケットから、真っ黒に濁ってしまったソウルジェムを取り出す。
「!? さやか、お前まだ浄化してなかったのかよ……!?」
俺はそれをひったくるようにして奪い、急いで巴先輩から受け取ったグリーフシードを当てる。
グリーフシードへと穢れがどんどんと移っていく。が、穢れが減っていくそばから増えていくため、実質プラスマイナスゼロのいたちごっこが続いてしまっている。
……と。
「どけぇっ!」
俺の体に、無意識の内に膂力を魔法で強化していたのか、常人では出せないようなパワーが、俺に襲い掛かる。さやかのソウルジェムに注視していた俺がそれに気付くこともできる訳が無く、さやかの腕によってホームの端まで弾き飛ばされる。
ゴムボールの様に何度かバウンドし、ようやく止まることの出来た俺だが、当たり所が悪かったのかなかなか起き上がることが出来ない。
「まどか!?」
少しの間呆然としていたほむらが、急いで俺の所に駆け寄ってくる。すると、ほむらの視線が俺の手にあるグリーフシードに注がれる。
「……!? まどか、急いでそれを投げなさい! 早く!」
見ると、俺の手にあるグリーフシードはまるで生き物の様にドクン、ドクンと胎動している。
……どう見ても孵化寸前です、本当にありがとうございました。
俺が理性によってそんなことを考え出すよりも早く、俺は本能によってその手にあるものを、とにかく遠くへと投げる。
それは弱々しいながらも奇麗な放物線を描き、さやかの方へと向かって飛んでいく。
それが地面に着くのと同時に、遠く離れた場所からでもはっきりと、『ドクン』と聞こえてくる。
音の出所を見てみると、さやかが胸の当たりを抑えながら苦しんでいた。
その胸からは何処か黒く寂れたような何かが、胸の皮膚を突き破るようにして出てきている。
―――あれは……?
それは、俺の呟いた声だったか、それとも他の誰かか。そんなことも分からなくなるほどに、目の前の光景は冒涜的で、美しくて、それでいてどこか……寂しそうだった。
そして、さやかの胸にある物体が、さやかの胸から抜け切る前、彼女はこちらを向いてこういった。
『ありがとう。それと……さよなら』
それは、俺の幻聴だったのかもしれない。さらに言うなら、彼女が唇を動かしていたことすらも、俺が俺自身に見せている幻覚だったのかもしれない。
だが、さやかの流していた涙。それ自体は紛れもない現実であり、そしてまた、さやかが魔女化したという目の前の世界も―――
―――現実だった。
その事象が俺の心に重くのしかかってくるのと同時に、世界は一変する。
―――今まで少しの明かりが灯っていた駅のホームは、とても暗く、どんな光も通さないような、今までの絶望したさやかの心情を現したかのように暗い、劇場のホールのような場所へ。
―――辺りに観客は居らず、演奏を見ているのは自分たちだけ。
―――少し遠くには演奏者と思しきモノ達が、一定の間隔で不協和音を垂れ流し続けている。その中心には指揮者が居て、観客である俺達に向けて、指揮ではなく絶望を垂れ流している。
―――中心にいて、絶望を振りかざしている、人の形をしているような何か。それこそが今回の相手―――
そんな名状しがたい悪意の塊のような化け物の前に、空からふわりと、某ジブリ作品の天空な城のヒロインを思わせるかのような格好でゆったりと降りてくるさやかの体。
その見た目からは一切の生気が抜け取られていて、誰が見ても彼女は生きているなんて到底言われないだろう。
そんな無防備なさやかの肉体を前に、人魚の魔女は両手を大きく広げる。
それはさながら、これから食事をするような格好で―――。
「さやかッ!」
そう思うよりも早く、俺の足は地面を蹴りだしていた。
自身に身体強化の魔術と、重力軽減の魔術を掛け、さやかの体へと向かって飛びあがる―――直前。
「ダメよまどか、戻って!」
俺の体は、ものすごい勢いで後ろへと引っ張られ、地面へと叩きつけられる。
こんなことをした下手人―――ほむらに、文句の一つでも付けてやろう。そう思った瞬間、目の前が黄色一色に埋め尽くされる。
「―――へ……?」
―――とても暗いホールの中に、一筋の光が差し込む。
―――しかし、その光は光ではなかった様で、ホール内にある鏡に当たったとしても反射することはなく、それどころかホール内の一切を破壊し、ひたすらに真っすぐ突き進んで行く。
―――光が通った跡を見ると、俺達はそれが光によってできた物では無い事を知る。なぜなら、光の通った場所には、鮮やかな黄色が一直線に残されているからである。
―――と、不意に上からガサガサと曇った音が聞こえる。それは衣擦れのようで、素手で布製品を無遠慮に漁った時の音のようでもあって。聞こえる音にしたがって上を見上げてみると、そこにはセーラー服と呼ばれる、学校の制服の一種である物が、何故か天井に逆さ向きでが張り付いていた。
―――驚くべきはそこだけではない。俺達がそのセーラー服の姿をした化け物を確認すると、なんと天井の一面が空に変わり、一気に辺りが眩しくなり始めたのだ。
―――スカートの中からはロープが何本にも重なって飛び出してきていて、その一本一本がまるで蜘蛛の巣の様に空間中に張り巡らされている。
―――この何とも言えない矛盾した光景を作り出したそいつは、腕と足を器用に使い、ロープにしがみついている。
―――その、名前は―――
俺は魔女の同時出現、しかも同じ空間内に二体も魔女がいるというこの現状に、更にさやかが魔女化してしまったというこの現状に圧倒されて、しばらくの間、座り込んだ格好のまま呆然としていた。
しかしいち早く前へと飛び出たほむらを見たことによって、俺は冷静さを取り戻す。
……俺は何をやっていたんだ、速く人魚の魔女を倒さなきゃだろ!
俺はそう決意すると同時に力強く立ち上がり、着ている制服のポケットから、魔術の行使に必要な宝石をいくつか取り出し、両手の指の間に挟むようにして構える。
俺はそれらをいつでも投げられるようにしながら、まずはほむらと合流しようと走り出す。
それと同時に、何故同じ空間内に別々の種類の魔女が二体も現れたのかを考える。
本来魔女という物は警戒心が強く、同じ結界内に複数体いることは考えにくい、以前にそう巴先輩から教わったことを思い出す。
すると、すぐに結論までたどり着く。
俺がさやかに使用し、そしてさやかが魔女化する直前に、急いで適当な場所へ放り投げたグリーフシード。
あれが恐らく原因だったのだろう。
俺の使用したグリーフシードと、さやかの魔女化したソウルジェム。これらが同時に孵化し、魔女が生まれることで、今回のようなレアケースが起きたのではないだろうか。
俺はそう結論付けて、ほむらのいる場所まで飛び上がろうとする。
幸いなことに、俺の居た場所とほむらが先頭を行っていた場所はあまり離れておらず、すぐに到着することが出来た。
そしてほむらも俺が近づいてきていることを確認できているらしく、攻撃の手を緩めないながらも、だんだんこちらへと近づいてきている。
俺も早くほむらの所へ行こう―――そう思って足に力を入れたその瞬間。
―――俺の足は、黄色いリボンによって、地面に縫い付けられていた。
「うおっ!?」
行き場を失ったエネルギーは俺を前に倒れさせようとしてくる。
が、俺はそれをどうにか気合でこらえることに成功する。
と次の瞬間。
俺の指の間に挟まっていた宝石の一つが、いきなり砕け散り、俺の肌に鋭い切り傷を付けていく。
俺は宝石が砕け散った瞬間、何かが俺の手に飛んできていて、その何かが俺の手の中にある宝石を砕いたということが、辛うじて分かった。
俺はその何かの飛んできた方向を見て、絶句した。
いつの間に変身していたのか、魔法少女の恰好をした巴先輩が、俺に向かってマスケット銃を構えていたのだ。
そして彼女は目から涙をこぼしながら、ヒステリック気味にこう叫んだ。
「ソウルジェムが魔女を産むなら……みんな死ぬしかないじゃない!!!」
「あなたも私も……みんな死ぬしかないじゃない!!!」
俺は巴先輩の物であろう拘束から抜け出そうと、足を必死に動かす。が、全く千切れるそぶりを見せることはない。それどころか、地面に固定されたままのロープは、一切動いていないようにも見えている。
「ねぇ、まどかさん……」
そして、こちらを弱々しいながらも力強く見据えている巴先輩は、こう問うてくるのだ。
「貴女は……貴女は私を―――」
―――
「―――それは」
俺の口から勝手に言葉が溢れる。
「それは、無理だと思います。だって……だって、貴女が俺には分からない、俺は貴女じゃないから」
俺がこう言う。
そう、俺には巴先輩の過去なんて理解できない。俺はそれを知らされておらず、それについて俺がどうすることも出来ない。ただそれだけの話なのだ。
しかし、俺の答えを聞いた巴先輩は、期待に濡れていた瞳を細く閉じられ、同時に手にしていたマスケット銃の銃口が落胆したような溜息と共にこちらを向く。
「そう、なら……!」
「―――でも!」
「!?」
俺は巴先輩が引き金を引く前に、大声をあげる。
―――間違えるな。言葉を間違えたら、そこで終わりだ。
「―――それでも、俺は巴先輩の事を
「……」
「だから、先輩!」
「!? な、何かしら……?」
俺は先輩の方にゆったりと歩み寄ると、今出来る精一杯の笑顔を浮かべながら、先輩に向かって手を伸ばす。
「―――俺と……いえ、俺達と。友達になりませんか―――?」
「とも……だち……?」
「はい、俺達が先輩のことを知るなら、こうなるのが1番いいかなって……ダメ、でした?」
俺はいつかされたように、目にうっすらと涙を浮かべながら、上目遣いで先輩を見遣る。
どうやらそれは効果覿面だったようで、巴先輩は顔を赤くしてはいたが、もう発狂はしていないようだった。
……まあ見た目だけ見たら『鹿目まどか』ですし? 可愛くないわけがない! ……多分。
そんな事を考えていると、巴先輩はこう言ってくる。
「ねぇ、私とまどかさんはもう友達なの……? 本当に私と一緒に居てくれるの……?」
俺以上に潤んでいる巴先輩の瞳をグッと見返して、俺はこう返す。
「えぇ、俺達なんかで良いのなら」
「……参ったなぁ。まだまだちゃんと先輩ぶってなきゃいけないのになぁ……。やっぱり私ダメな子だ」
side out
side 巴マミ
「……参ったなぁ。まだまだちゃんと先輩ぶってなきゃいけないのになぁ……。やっぱり私ダメな子だ」
そう言って、私は悲しみと一緒に流れ落ちてきた涙を手で拭う。
私の前に立つまどかさんは、笑顔を浮かべて、こちらに向けて手を差し伸べてくれている。
その笑顔はとても眩しくて、私が手を取らない可能性なんて、微塵も考えていないみたい。
「だから巴先輩!」
そう力強く私に呼びかけてくれるまどかさん。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。昔私とバディを組んでいた、赤い髪の女の子の面影が、まどかさんに重なって見える。
そんな幻影を振り払うように、私は努めて明るい声を出す。
「オッケー、わかったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」
体が軽い。こんな幸せな気持ちになるなんて初めて……! まどかさん……私に希望をくれた人……! 貴女が共に居てくれるのならば―――
―――もう何も、怖くない―――!
そう思ってまどかさんの手を掴む直前。
「―――!? 巴先輩―――!!!」
そんな彼女の悲痛な声が聞こえて―――
side out
side 鹿目まどか
俺は先輩に向かって、改めて手を伸ばす。
「だから、巴先輩!」
俺は力強く、先輩に呼びかける。
先輩はそんな俺を見て、一瞬だけ何かを懐かしむように目を細めたが、それもすぐに見えなくなり、明るい声でこう言った。
「オッケー、わかったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」
そう言って先輩が俺の手を掴む直前。
上から降り注ぐは、回転する大きな車輪と学校机。
見てみると、奥にいるさやか―――否、人魚の魔女と、委員長の魔女によって投げられた物の様だ。
「―――!? 巴先輩―――!!!」
俺は悲鳴にも近い声を上げる。
どうやら、先輩は落下物には気づいていないようだ。
俺が、落下地点から巴先輩を引き抜こうと手を掴んだその瞬間。
―――目の前に、物凄い音を立てて衝撃が落ちてくる。
「ガッ……!」
俺の身体中に木片が飛んで来て、次々に傷をつけていく。
俺は机や車輪が落ちてきた衝撃で、空中へと投げ出される。
後方へと何回転かしながら、ようやく着地をする。
痛みに悶えながらも何とか立ち上がり目を開けた俺に突きつけられたのは、かつて巴先輩だった、赤い水溜り。
「あ、あぁぁ、ぁぁああ……」
遠くに薄らと積もっている真っ赤な『ナニカ』が。足元にまでコロコロと転がってくる『ナニカ』が。もう光を映す事のない虹彩でこちらを捉えて―――。
「あ"あああ"ぁ"ああ"あああぁ"あああああ"あ"ああ"ああああああああ"あああ"ぁぁぁあ"あああ"あああ"あ"あああぁぁ"ぁっっ"っ"っっ"っ!!!!!!!!」
―――俺の絶叫が、辺りに響き渡る。
その声はまるで、『お前では決して救えない』。そんな現実を、重々しく突き付けられた子供の様だった―――。
―――次回、第十二話。
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第十二話 違和感
――ザァァァァ……。
雨の、降っている音がする。
『12日より行方が分からなくなっていた、市立見滝原中学校2年生の美樹さやかさんが、本日未明、見滝原駅周辺の路上で遺体となって発見されました』
線香の、匂いがする。
『発見現場にも争った痕跡が無いことから、警察では、事件と事故の両面で捜査を進めています。また、近くには血痕があり、そちらと関連付けて捜査を続ける模様です』
誰かの啜り泣く、音がする。
『続いて、天気予報です。今夜は北西の風がやや強く、雨――』
降っている雨は、暖かくって、それでいてとても――
「――」
――悲しかった。
「――おはよー、仁美」
いつも通りの朝のこと。
俺は教室の自分の席に向かい、荷物を置き、一足先に来ていた仁美の所へ向かい、声をかける。
「……おはようございます、まどかさん」
「どうしたんだよ、なんか暗くない?」
普段ならば一緒に登校してくるのだが、ここ最近は受験勉強がなんだお稽古がなんだという理由で、一緒に登校するということはなかなか叶うことがなかった。
「……いえ、なんでもございませんわ。少し、考え事をしておりましたの」
「ふーん、ならいいけど……。そう言えばさ、昨日のテレビ見たか!?」
「――!? て、テレビ……ですか……!?」
……?
一体仁美はどうしたんだろうか?
先程まで考え込んでいたかと思えば、今度はあからさまに動揺した素振りを見せる。
――!
すると突然、俺の脳裏に、ある一つの仮説が浮かび上がってくる。
「ははーん、仁美。さてはお前――」
「――っ!?」
俺の
「――好きな人でも出来たか〜!?」
――『お前好きな人いるだろ』と言うやつである!! というかこの場合は恭介だろ!!
「……」
俺の言葉を受けて、何故か閉口している仁美。
……なんで?
言葉選びでも間違ったか……? 等と俺が思っていると、ようやく仁美は口を開く。
「……はい。確かに、私にはお慕いする方がいらっしゃいますわ。それでやきもきとしている私の姿を見れば、わかる方はすぐにお分かりになるのかもしれません。……ですがまどかさん……」
と、ここで何故か言い淀む彼女。
はて、何だろうか……? と俺は身構え――。
「……いつまでその猿芝居を続けられるおつもりなのですか?」
――ピシリ、と。
俺の周りだけ、空間が固まった。そんな錯覚に陥った。
「確かに、私も親友であるさやかさんが亡くなったと聞いて、とても悲しくなりました。私でもこうなのですから、まどかさんの悲しみは計り知れないほど大きいものなのだと思います」
仁美が何か言っている。
が、俺の思考はたらいに入れてぐるぐるとかき回した水のようにとっ散らかってしまっていて、仁美が何を言っているのかが理解できない。
「ですが今のまどかさんは、今までの自分を演じることで悲しみを押し潰そうとしている、そんな風に見えてしまって仕方がないのです」
仁美は、俺のことを案じるかのようにこちらを見ている。
「……もうさやかさんはいないのです、死んでしまったんです。もういなくなった方のことは悲しいことですが、それでも、それを忘れ、前に進むからこそ――」
「――は?」
思わず、声が出てしまった。
さやかの死、これは何とか、どうにかして仕方がないと割り切ることができた。
だが、
『死んだやつのことは忘れろ』
それだけは、それだけは絶対にあってはいけないことなんだ。なのにこいつは、こいつは――!
「――お前、自分が何言ったのかわかってんのか」
出した自分でも驚くほど、とても低い声が出た。
「えっ……?」
「お前はな、今『死んだやつのことを忘れろ』って言ったんだ。それはな、今まで過ごしたさやかとのことを、思い出を、全部、全部忘れろって! そういうことなんだよ!」
俺は激情に身を任せ、仁美に向かって思いを叩き付けてゆく。
「さやかが、死ぬまでの一週間に何やってたのか、お前は知ってるのか!? さやかの頑張りを、さやかの
「ゃ、っ違……! 私、そんなつもりは……!」
「お前にそんなつもりは無くっても、今お前の言ったことはそういう事なんだよ!」
俺は仁美の前に立ち、まるで仁美を追い詰めるかのように立ちふさがる。
「どうなんだ、どうなんだよ……! ――……答えてくれよ、仁美っ……!」
――シイン、と、教室内には静寂が広がった。
周りを目だけで見渡してみると、教室内にいる生徒たちは全員がこちらのことを見ていて、普段あまり荒事を起こさない俺たちが唐突に声を荒げたのを見て、みんな固まってしまっているようだった。
そんな状況に、俺は少しの罪悪感と羞恥を感じ、仁美の答えを待たずして、自身の荷物の置いてある机へと向かう。
俺は荷物をひったくるようにして回収すると、足早に教室の出口へと向かう。
「……悪い、頭に血が上ってたみたいだ。今日は、帰るわ」
突き放すようにそう声をかけ、俺は教室を出る。
「……」
「……」
教室を出て、全面ガラス張りという前衛的なスタイルをした廊下を、カツカツと足音を立てながら下駄箱に向かって進んでいる途中、ほむらと出会った。
剣呑な雰囲気を纏わせた俺を見て、なぜか悲しそうにしていた彼女だったが、俺はそれを無視するようにして、彼女の横を通り過ぎる。
「……まどか」
と、突然ほむらに声を掛けられる。
ほむらには申し訳ないが、今は返事をするのも億劫なので、顔をそちらに向けるという動作を返事とさせてもらった。
「……何?」
意図せず『シャフ度』という形になってしまったが、今更それを直す気も起きなかった。
教室で出した時のような低い声のまま、ほむらに声をかける。
「……いえ、何でもないわ。……ごめんなさい」
どこか悲しげにそういった彼女は、つかつかと俺の逆方向へと去っていった。
「――変なの……」
俺はそれを見届けて、こう呟く。
自身に理由があるのに。否、自身に理由があるからこそ、俺はこう呟かなければいけないのだった――。
教室に行ったのに、授業を一コマも受けず帰る。
そんな『優等生の鹿目まどか』では有り得ないようなことを仕出かしてしまった日の昼頃。
俺は家に戻る気にもなれず、ひたすらと街中をぶらぶらとして、時間を潰していた。
そんな中、俺ただひたすらにさやかと、巴先輩の事について、考え込んでいた。
さやかと行った場所、巴先輩と作った思い出、そして――魔法少女となったさやかと巴先輩の、最期。
そんなことを、まるで二次創作のなろう系主人公の様にどうにかしようとして――いわばどうにもならないような事をどうにかしようとして――、ただひたすらにグルグルと、グルグルと同じ考えと場所を行き来し続けていたのであった。
「――よう、
そんな負のスパイラルに陥ってしまっていた俺を、現実世界へと引き戻した声があった。
前を見ると、そこには紅の少女――佐倉杏子がいた。
すわ戦闘か。そう思い、宝石たちの入るポケットに素早く手を伸ばした俺を、杏子は引き止める。
「あー、待った待った。今日さ、あたしは戦いに来たわけじゃないんだわ」
「何……?」
俺が警戒しながらそうこぼすと、彼女は複雑そうな表情をしながら、ガシガシと乱雑に頭を掻く。
「というか、今日はその逆。あんた絡みのことから手を引こうと思ってね、それを伝えに」
「手を引く……? どういう事なんだ、それ?」
俺がそういうと、杏子は後ろに向かって歩き出す。
どういう事なんだろうと思っていると、彼女から声がかかる。
「……ここじゃ話しにくいだろうと思ってさ。どうだい、公園にでも行かないか?」
ほら、と促されて周りを見てみれば、なるほど確かに、ここは人の通りもそれなりにある公道だった。
「あたしはさ、キュウべえの奴に言われて、あんたを殺すように依頼されてたんだ」
先ほどのところから少し歩いたところにある公園で、俺と杏子は隣り合って座っていた。
「……でも、無理だった。あんたの所にはマミとか、強い魔法少女がたくさんいたし、それに、あんた自身だって十分に強かったから」
生身であたしに追いついてくる奴なんて初めてだよ。そうおちゃらけながら言った彼女の表情が、苦笑を含んだものから、真剣みを帯びたものへと変わる。
「――ここからが本題さ。あんたを殺すにあたって、あたしはまずキュウべえにあんたのことを聞いた。生年月日から、体重だったり、性格だったり、交友関係だったり……一日の行動のルーティーンなんかまで聞いたりした。そん時に、あいつがポロっとこう零したんだ」
――『彼女のような魂は初めて見たよ』
――『ハァ? どういう事だよ、キュウべえ?』
――『どうも何も、言葉の通りさ。彼女の周りは強い因果で縛られているのに、彼女自身はその因果に関わる事がないようにと、修正力が関わっている。これは最早、呪いの域に達してしまっていると言っても過言ではない』
――『??? どういう事だよ?』
――『まぁ今は意味がわからなくても問題は無いさ。取り敢えずは、今僕の言った事を覚えていてくれれば問題ないよ』
――『ふーん……』
「……こういう事さ」
杏子の話を聞いた俺は、酷く混乱していた。
――何だよ、それ……。修正力? 呪い? どういう事なんだよ……!
「これはあたしなりにまとめて見た事なんだけどさ……」
「……?」
ベンチから立ち上がり、唐突にそういう杏子によって、俺の思考は彼女に向けられた。
彼女は、まず一つ、と言って、人差し指をピンと立てる。
「あんたには本来なら物語があって、あんた自身はそれを遂行しようとしている」
「あ、あぁ……」
彼女の話す内容に間違いは無いため、俺は素直に頷く。
「ふーん、やっぱりあいつの言った通り、自分の置かれてる環境とかは知ってるんだ……」
そう呟く彼女。
俺は原作知識という物を持っているため、その言葉に齟齬はない。と言うか、むしろ結末まで知っていたりもする。
1人でなにやら納得した彼女は、次に、と言いながら、中指をピッと立てる。
「あんたは前世を持っていて、そこで何かが起きて、その物語に関わるのが難しくなった」
「な、なるほど……?」
つまり、俺は前世で何らかのイベントが起き、今世での俺の人生に修正力が入り込むようになった、という事か。
何だか的を得ているようで要領を得ない彼女の説明を、噛み砕きながら理解していく。
「それで、これが最後」
薬指を立てながら、彼女はそう言う。
「それでも因果――つまりは物語に関わる強制力が働くあんたは、物語に関わらざるを得ない。だけど、修正力も働く……」
「そうすると、どうなるんだよ……?」
俺が聞くと、彼女は目を閉じて、頭の中の考えを整理する。
数分にも、数時間にも感じられるくらいの短い静寂が辺りを満たす。
風が俺達の間を通り抜ける様に、強く吹き抜けていく。
やがてそれが収まると、彼女はスッ……と目を開き、話し始める。
「――……あんたはさ、最低限度しか関われないんだよ、あたし達魔法少女の世界に」
「はっ……?」
「あんたが関わろうとする、でも修正力が働く……なら、こういう結果しか考えられないのさ」
そういう彼女の瞳は真剣で、とても巫山戯ているとは思えない。
「……どういう、事だよ……。……俺は、主人公なんじゃ、ねぇのかよ……?」
「あんたの言う『主人公』がどういう事かは知らないけどさ、引き返すなら今のうちだよ」
力無くそう項垂れる俺に、杏子はそんな事を提案してくる。
「引き返すならって……何でだよ!」
そう叫ぶ俺を、詰まらなさそうに見る彼女は、冷たく言い放つ。
「――あんたさ、自分が恵まれてるとか勘違いしてない?」
「――」
絶句する。
俺は『鹿目まどか』なんだ。何の因果かは知らないが、『鹿目まどか』へと憑依することが出来たんだ。
だから、魔法少女達の悲劇の物語を何とかする権利はあるんだ。
そんな俺の思い込みを打ち砕くかのように、杏子は言葉でこちらを切りつけてくる。
「良いかい? 魔法少女だとか魔女だとかってのはさ、本来なら関わっちゃ行けない奴らなんだよ。関わりすぎたら、その身に残るのは破滅くらいさ。あたしは、そういう奴を何度も見てきてる」
――確かにお前は『鹿目まどか』だ。だが結果はどうだ、と。美樹さやかは絶望し、巴マミは希望を抱いたまま死んで言ったでは無いか、と。
そんな当たり前の事実を、俺の努力した結果を、軽々と踏み潰すかのように、杏子はそう突き付けてくる。
「――ああ、あああ……!」
俺は、絶望する。
「ああああああああぁぁぁあああああぁぁぁああああああああぁぁぁっっっ……!!!」
まるでソウルジェムが
「あぁああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
――自身の失敗を、罪を償うかの様に、俺はしばらくの間、叫び続けていたのであった――。
「……あたしはもう行くよ」
喉も涸れ、涙も果て、起き続ける気力すらも失ってしまった俺に、彼女はそう声を掛けた。
「え……?」
泣き腫らして赤くなった瞳を彼女に向けると、彼女は済まなさそうにこちらを見ていた。
「あたしはさ、元々ここいらにいる魔法少女なんかじゃなかったんだ。だから、あたしはあたしの生活に戻る。あんたはあんたの生活に戻る。そういう事だよ」
「っ……!」
――行かないで。
そんな言葉がこの口から出せたのなら、どれ程気が楽になれたのだろうか。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は、最後に、と、俺に向き直って声をかける。
「――この街に『ワルプルギスの夜』が来る、それはあんたも知ってることだろ」
こくん。
俺は声が出せないので、精一杯、力の限り頷く。
その動作を満足そうに見届けた彼女は、俺に優しい声で囁く――悪魔の囁きを。
「こいつはキュウべえの言ったことなんだけどさ……あんたにはワルプルギスを一撃で沈められる位の力を持った魔法少女になる為の方法があるんだ……。あんたがその力を使って皆を守りたいんなら、考えておきなよ」
そう俺に言った彼女は、今度こそ俺の前から立ち去ろうとする。
「じゃあね、
「ッ……!!!」
一瞬で顔が熱くなり、それとは相反する感情である悲しみも、同時に湧いてくる。
――ずるい。本当にずるい。
これではまるで、俺が彼女の事を……。
そんな感情達に振り回されて悶々としていた俺が、冷静になったのは、もうすっかり辺りが暗闇に包まれてしまっている頃だった――。
side 佐倉杏子
「――良かったのかよ、キュウべえ?」
「何がだい?」
あたしがキュウべえとの契約を切る前に、最後に依頼された仕事。
それは、ターゲットである『鹿目まどか』に彼女自身の特異性の真実を告げ、絶望させることだった。
いつも通りの飄々とした顔であたしの方に乗るキュウべえに、あたしは改めて聞き直した。
「だから、良かったのかって聞いてんだよ。あんな……あんな
そう、あたしがあいつに行った事は、彼女を絶望させて弱らせ、その心の隙に付け入って、『魔法少女になる』と言う希望を持たせる事。
それはまるで、今まで見てきたクズな奴らの典型的なやり口と似ていて……。
「――ああ、構わないよ」
だがそんな非人道的なやり口も、こいつは当たり前の事だと切って捨てる。
「彼女は外面上は心が強いように見えるけど、その中はとても脆い。それこそ、巴マミのメンタルの弱さに近い」
「だからこそ、そこを利用するってのかよ……?」
「そうだね。彼女は何故か魔法少女になるのを拒んでいる。その強い意志は、とても正面からじゃあ破れそうにない。なら、彼女のその強い意志を崩し、その隙間に付け入った方が簡単で効率的だろう?」
そう澄まし顔で語るキュウべえに、あたしは戦慄した。
こいつが人の感情だったり、意思だったりを尊重しないことは知っていたが、まさかここまでだったとは――と。
「とにかく、あたしはこれで手を切らせてもらうからな!」
心に巣食った罪悪感を振り払うかのように、あたしは声を張りながら、キュウべえとの契約を切ったことをアピールする。
今まであたしは、キュウべえとの契約を結んでいた。
契約の内容としては、2人目のイレギュラーである鹿目まどかの監視や、身辺調査なんかをキュウべえの依頼によって行って、それらによって得た情報をキュウべえに渡す。そしてあたしはキュウべえからソウルジェムを依頼料として受け取る。そういう物だった。
今までは何の感情もなく、それらを行えた。だって、生活の為――文字通り、『生きる為』だったから。
でも、あいつの……まどかのここ最近の弱り具合を見てからは、変わった。
あいつの精神が弱くなってからは、キュウべえから出される依頼は少なくなったが、そのどれもがあいつの精神を抉る様な物ばかりだった。
そんな依頼達をあたしが断っている間にも、段々と弱っていくあいつを見て、あたしはその姿にいつかのマミを幻視した。
ただの幻覚だったのかもしれない。あるいは、あたしがマミと過ごした楽しかった生活を、あたし自身が望んでいた、そんな心の表れだったかもしれなかった。
理由は兎も角として、あたしの心はそんな非人道的なことに耐えられなくなっていた。
だから、あたしはキュウべえと手を切った。
「勿論、構わないよ。協力者が居なくなるのは悲しいけど、今の彼女なら簡単に契約を迫れそうだ」
その無機質な瞳に、何の感情も映さずに話すキュウべえは、あたしの肩から飛び降りていった。
「――それじゃあね、佐倉杏子」
――あぁ、こんな奴とはもうおさらばだ。そうして、あたしはこの街から離れていくんだ。
あたしは心に残る、モヤモヤとした感情を振り払うかのように、何時もよりも強く、とても強く足音を立てながら、この街から離れていった――。
side out
――次回、第十三話。
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