星乙女達の夢の跡 (護人ベリアス)
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第一章 深層編
惨劇の間際にて


「それじゃあ、本題ね。『下層』で闇派閥(イヴィルス)の動きがあるという情報がギルドから入ったわ」

 

 茶番はここまで…

 

 そう言わんばかりに纏う空気を一変させた赤髪と緑色の瞳の持ち主でいつもは天真爛漫なはずの少女が重々しくそう告げた。

 

 その少女の名はアリーゼ・ローヴェル。

 

 正義の剣と翼を掲げる女神アストレアの眷族。

 

【アストレア・ファミリア】の団長である。

 

 そのアリーゼは今日もまたいつも通りファミリアの会議を取り仕切る。

 

闇派閥(イヴィルス)の中で未だギルドの警戒を喚起するファミリア…となると、【ルドラ・ファミリア】か?」

 

「ええ。ご名答よ。輝夜!流石は私の愛しの副団長!」

 

「…余計な妄言は良いので話を進めて頂きたいものですねぇ。だ・ん・ちょ・う?」

 

 …額に青筋を立てて今にも腰に差す小太刀をアリーゼの首筋に叩き込もうと腰に手を据える黒の長髪の持ち主でアリーゼ相手には常に短気気味な少女。

 

 その少女の名はゴジョウノ・輝夜。

 

 アリーゼのご丁寧な紹介通り【アストレア・ファミリア】の副団長である。

 

 その輝夜は今日もまたいつも通り団長アリーゼの副団長として補佐役とツッコミ役の役割をこなす…ことを半分アリーゼに強いられている。

 

「…何をするつもりなのです輝夜?…確かにアリーゼがいつも…その…いつも余計な一言が多いですが…それでもその点を我慢すれば尊敬に値するヒューマンであるということを忘れないでください!」

 

「ねぇリオン?我慢しなきゃ尊敬に値しないの?それちょっと酷くない!?」

 

「それは…」

 

「リオン。それには私も同感だと言っておこう。ついつい団長のこういう余計な一言を聞くと無意識に太刀を引き抜きたくなってな…」

 

「その癖はお願いですから直してください輝夜…それとアリーゼ…私はそんなを尊敬していると言うことには一切の偽りはありませんのでそれでどうか許してください…」

 

 アリーゼと輝夜に気を使い困り顔を浮かべる黄金色に輝く髪と空色の瞳を持つエルフの少女。

 

 その少女の名はリュー・リオン。

 

 時にはその激情で周囲を振り回す一方、時にはその優しさやらからかいやすさのせいで周囲に振り回されるという立場がイマイチ固まらない少女。

 

 言うなれば【アストレア・ファミリア】のトラブルメーカー兼マスコットキャラ的立ち位置にいたりする団員である。

 

 そのリューは今日もまたいつも通り癖の強い反応ばかり返すアリーゼと輝夜に振り回されっぱなしであった。

 

「…茶番はいいから話進めてくれよ。それで?アタシも輝夜の考えには賛成だな。1年前の『27階層の悪夢』以降の掃討戦で闇派閥(イヴィルス)の受けた打撃も小さくねぇ。それこそ動ける大派閥は【ルドラ・ファミリア】ぐらい。ほんと、我が一族の英雄様の働きのお陰でアタシらはこうして有利に戦いを進められているわけだ。ありがたすぎて泣けてくるぜ。流石はアタシの未来の旦那様だな」

 

「…その貴方様の旦那様のお陰で今はわたくし達が厄介極まりない戦いに追い込まれている…わたくしはその旦那様のお陰で枕を濡らしてばかり…そこの所分かっているのですかねぇ。この旦那様愛溢れる小人族(パルゥム)様は」

 

「…あっちは都市二大派閥の団長だ。アタシらには分からねぇ重荷を背負ってるんだよ。アタシに文句付けるなよ。まずお前涙流して男の同情引いたりするような柄じゃねぇだろ。そんな冗談流石に面白くねーぜ?」

 

 輝夜の嫌味に苛立ちを隠せぬ様子で応じる桃色の髪を持つ小人族(パルゥム)の少女。

 

 その少女の名はライラ。

 

 少々楽観的過ぎたり血の気が多過ぎたりと曰く付きの性格を抱える団員が多い中で、ただ一人策を以て冷静に状況に立ち向かう言わば【アストレア・ファミリア】の参謀役である。

 

 ただその参謀役の言葉のキレが今日は少々悪い。それはその『一族の英雄様』にあるのは周囲にとっては周知の事実であった。

 

 そして彼女達四人を中心に良くも悪くも会議が進行していくのが【アストレア・ファミリア】の会議の定番。

 

 だが今日はなぜか話の脱線が妙に多い。

 

 それはアリーゼの天真爛漫さが今日だけは何故か陰りがちなせいで。

 

 それは輝夜がいつになくイラつき嫌味を宣ってしまうからで。

 

 それは周囲の雰囲気に対応できないことによるリューの困惑が尽きないからで。

 

 それはライラの知恵を絞り出す頭の回転が遅くなっているからで。

 

 それらそれぞれの心境が話の脱線を生んでいた。

 

 そしてその根本的な原因は迷宮都市(オラリオ)の現状にあった。

 

 ライラの言うような戦いが有利に進んでいるはずの現状に。

 

「…すまない。話を私が逸らしてしまった。それで団長?貴方はその動きにどう応じる?」

 

「…決まってるわ。私達【アストレア・ファミリア】は『下層』の調査に向かう。何か発見できれば良し、敵の企みを阻止できればなお良し、【ルドラ・ファミリア】を捕らえられれば万々歳ってね」

 

「…団長にしてはらしくない悲観的展望だな。いつもの貴方なら『【ルドラ・ファミリア】なんて清く正しく聡明な私を前にすれば一網打尽よ!バチコーン⭐︎』…ぐらいのことを言いそうだが」

 

「…残念ね。輝夜。私ならさらに『完璧』って言葉を入れるわ」

 

「輝夜の真似が全然似せる気ないだけでなく輝夜が真似を始めた時点でトチ狂ってんだろ…その上アリーゼのツッコミにキレがねー」

 

「二人とも…本当に大丈夫ですか?体調が悪いのなら調査は延期すべきでは…」

 

 輝夜の普段なら考えられない冗談にアリーゼが応じる言葉もノリに欠けるという異常事態。

 

 それにライラは茫然とツッコミを呟き、リューは不安の声を漏らす。

 

 それもこれも皆迷宮都市(オラリオ)の現状が生んだ異常事態。

 

「で?アリーゼが『私達』って言ったってことは今回も応援なしか?」

 

「…ええ。『私達』が解決するのよ」

 

闇派閥(イヴィルス)最後の大派閥【ルドラ・ファミリア】の動き相手に投入できる戦力がアタシら11人だけねぇ… 迷宮都市(オラリオ)の懐事情も寂しくなっちまったもんだ。…これも10年続いた血を血で洗う戦いの結果…か」

 

 現状。

 

 闇派閥(イヴィルス)という悪を相手に総力を上げて戦えないという現状。

 

「なら団長…シャクティには話が通らなかったのか?」

 

「シャクティの方は大丈夫。地上の闇派閥(イヴィルス)の拠点は抑えておいてくれるって。『下層』に援軍を送らせるような真似は絶対にさせない…そう約束してくれたわ」

 

「それは良かった。最低限の戦いを有利に進める条件は整った、か。だが私達への応援は…」

 

「余裕がない…そうよ。【ガネーシャ・ファミリア】も戦力を分けるほどの余裕はないって」

 

 現状。

 

 迷宮都市(オラリオ)の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】でさえこれまでの激戦の数々が強いた犠牲の多さに耐えきれず戦力に余裕がない現状。

 

「…お待ちを。輝夜?どうしてシャクティの確認しかしないのです?他のファミリアは…」

 

「そんなこと今更聞くか?青二才?他のファミリアのどこにそんな余裕がある?あらゆる意味で余裕があるのが私達【アストレア・ファミリア】だけ。だから私達に話が回ってきているのだろうが」

 

「しっ…しかし…」

 

 現状。

 

 犠牲を払わされ続けた迷宮都市(オラリオ)のファミリアにはあらゆる意味で戦いを継続するだけの力は残されていない現状。

 

「…ちなみにそれはうちの勇者様も…ってことか」

 

「…ええ。あと【猛者】には掛け合ってももらえなかった。どっちもファミリアを動かせない…みたい。下手に戦力を動かせば何が起こるか分からない…から」

 

「…悪い」

 

「ライラ…お前に謝られると凄く胸糞が悪い。お前が謝るな。お前と【勇者(ブレイバー)】は関係ないだろう」

 

「それでも…悪かった」

 

 現状。

 

 迷宮都市(オラリオ)の最大戦力たる都市二大派閥が身動きが取れないという現状。

 

「…というか…だなぁ。そもそも闇派閥(イヴィルス)の動きが現場で戦うアタシらや【ガネーシャ・ファミリア】よりも先にギルドに入ってること自体話が臭ぇ。そう思えないか?」

 

「…お前の言う通りだ。この流れ…『27階層の悪夢』の時と同じだ。また罠だということは十分に考えられる…」

 

「なっ…まさか輝夜とライラはギルドを疑っているのですか!?」

 

「そうまでは言わん。…だが罠はある。そうアタシと輝夜は予測している。だから無思慮に単独で突っ込むってのは気にいらねぇな」

 

「そんな…では私達は…ほとんど孤立無援…だとでも言うのですか?」

 

 現状。

 

 迷宮都市(オラリオ)中に疑心暗鬼が蔓延り、ファミリア間の共闘でさえ成立させられるのが至難の業で派閥連合の結成など夢のまた夢となっている現状。

 

 そんな数々の現状が彼女達に重くのしかかっていた。

 

 そんな数々の現状が彼女達の心境を暗闇へと追い込んでいた。

 

 だがそんな現状に屈するような彼女達ではなくて。

 

 そんな苦境を覆してきたのが彼女達の真骨頂で。

 

 その中で誰よりも最初に立ち上がるのはいつもアリーゼであった。

 

 アリーゼ・ローヴェルとはいつでも皆の太陽たらんとする…そんな少女だから。

 

 だから今回もまたアリーゼ・ローヴェルは誰よりも早く明るさを取り戻した。

 

「もうっ!どうしてそんなしんみりしちゃうの!みんなもっと心をバーニングしなきゃ!バーニングよ!バーニング!」

 

「団長…」

 

「アリーゼ…」

 

「アリーゼ…」

 

 輝夜は厳しい表情を崩さず、リューは希望を縋るような視線をアリーゼに向け、ライラは呆れ顔。

 

 他の仲間達も似たり寄ったりの芳しくない表情。

 

 アリーゼのたった一言で雰囲気が一変する…などということは決して起きなかった。

 

 空気は暗いまま。

 

 重苦しさが漂ったまま。

 

 それほどまでに現状は彼女達の心にのしかかり、そして蝕んでいた。

 

 だがそれでもアリーゼは諦めない。

 

 この場にいるみんなの…アリーゼ自身を含めたみんなの希望を取り戻し、その空気に明るさを復活させるため。

 

 アリーゼは声を上げ続けた。

 

 アリーゼは一人一人に希望を届けようと試み続けた。

 

「輝夜!あんたの心配はよく分かるわ。私達だけで【ルドラ・ファミリア】に挑むのはリスクがある。そのリスクを最小限に抑えるための手が打ち足りないと思うのはよく分かる。きっと私のことドジっ子!ポンコツ!とか思ってるんでしょうね!それはそれで美少女の私的には萌え要素として嬉しいけど、ドジっ子ポンコツ枠はリオンのなのよね!だから私は恙無く辞退させてもらうわ!」

 

「なっ…アリーゼ!私はポンコツではないとあれほど…!?」

 

「いや、お前はポンコツで間違いないわ。糞雑魚妖精。それはともかく団長。私は…」

 

「分かってる。あんたがファミリアのことを誰よりも大事に思って敢えて不安を煽るようなことを言ってるのは分かってる。だけどね?輝夜?逆に考えてみて。この機にファミリアの立場を一気に強化する…その絶好の機会だと私は思ってるわ」

 

「…団長?」

 

 アリーゼは知っている。

 

 輝夜には誰よりも現実が見えてしまう。そしてその現実を前に楽観と希望を許せない。そのため悲観的になりやすい。

 

 だからアリーゼは説く。

 

 輝夜とは別の視点でアリーゼなりに現実を語るのが一番輝夜の信じることができる『希望』になる、と。

 

「敢えて私達の力だけで挑む。そうすれば私達の実力が迷宮都市(オラリオ)中に知れ渡り、迷宮都市(オラリオ)での立場がより強固になる。そうすれば私達の正義をさらに人々の心に届かせることができる。私達の名声も間違いなく上がる。そのための布石の一つだと…私は思ってるわ」

 

「そこまで…考えているのか?団長は…」

 

「そして美少女冒険者アリーゼ・ローヴェルの人気もうなぎ登り!私が大活躍したらみんなの人気が霞んじゃうかも!ごめんね!迷宮都市(オラリオ)の冒険者の人気は私が独り占め!キラーン⭐︎」

 

「「イラッ⭐︎」」

 

 目元でピースまで決めて自らの深謀遠慮がなかったかのように間抜けに振る舞い、辛気臭さを一気に吹き飛ばす。

 

 …ついでに輝夜をはじめとした周囲の怒りを呼び起こす。

 

 これが輝夜に希望をもたらす時のお決まりの流れ。

 

 そしてそのアリーゼの希望をもたらす次の狙いは不安を重く受け止めてしまっているリューであった。

 

「次にリオン。今は共闘できない…信じ合えない…そんな状況に私達は置かれてる。そのせいで私達が孤立無援に見えるかもしれない。でもそんな状況なんて簡単に吹き飛ばせるわ。知ってるでしょ?『大抗争』の時迷宮都市(オラリオ)がどれだけ団結していたか。私達の大活躍を見れば迷宮都市(オラリオ)はすぐにでもまた団結できるに違いないわ!」

 

「本当に…アリーゼの言う通りになりますか?…正直今の迷宮都市(オラリオ)の状況は私でも望ましくないのは流石に分かります。それでも…」

 

 アリーゼは知っている。

 

 リューは誰よりも理想を信じていて、そして誰よりもその理想が崩れやすく脆い。

 

 だからアリーゼは説く。

 

 リューと同じ視点で理想を語るのだ。リューと共にその理想を目指すのだ。

 

 その理想がある限りリューは絶望に溺れたりはしないから。

 

 リューとアリーゼが共有できるような理想を語るのが一番リューが『希望』を抱き続けることに繋がりやすい、と。

 

「大丈夫に決まってるじゃない!私達は… 迷宮都市(オラリオ)は再び団結できる。私はそう信じてる。そしてそれが遠くないうちに証明される。その契機にするためにも私達は行かないといけないわ」

 

「…アリーゼはどうしてそうも自信満々で言えるのか…私は分かりません。本当に迷宮都市(オラリオ)は再び団結できるのでしょうか…」

 

「そんなに私の言葉が信じられないなら賭けをしましょう!リオンの迷宮都市(オラリオ)が団結できないっていう予想が当たったら一生私を好きにしても大丈夫な権利をあげるわ!でも代わりに私の迷宮都市(オラリオ)が団結できるっていう予想が当たったらリオンを一生好きにしてもいい!そうね…一生好きにしていいならリオンと結婚して正式に抱き枕どころかモフモフするなんてのも…ふふ!うん!最高!最高ね!迷宮都市(オラリオ)も団結してリオンと結婚できるなんて最高の未来だわ!」

 

「なっ…アッ…アリーゼ!?けっ…結婚!?私達は女性同士でっ…!しかしっ!決して嫌と言うわけでは…」

 

「真面目に考えるな。馬鹿百合妖精。いつもの団長の冗談だ。というか団長を自由にしていい権利もリオンも自由にしていい権利も結局団長が好き放題やる権利にしかならないのは気のせいか?」

 

「それな。アリーゼにいいこと尽くめ…と言いたい所だが、このリオンの乙女的反応…意外と分からねぇぜ?ついでに言うとそのリオンの態度絶対アリーゼがマジになるぞ…」

 

「あぁ…リオンのそのウブな反応!ほんっっとうに最高ね!まるで私が初めてリオンを抱き枕にしたあの初夜の…」

 

「…アリーゼ!?お願いだから黙ってください!?」

 

「ほら…な?」

 

「…本当にこのポンコツ共はお気楽でいいですなぁ…全く…」

 

 過去を熱く語ろうとするアリーゼと頬を赤く染めてその気があるかのように振る舞うリューを輝夜とライラを含めた周囲は呆れ顔というだけでは表現できない表情で見守る。

 

 この本気か冗談か分からないアリーゼの雄弁でリューをからかい尽くす…そしてリューに憂いを忘れさせるだけでなく周囲までも和ませる。

 

 これがリューに『希望』をもたらす時のお決まりの流れ。

 

 そうして最後にアリーゼが希望をもたらそうとしたのは知恵では解決できぬ状況に戸惑いを見せるライラであった。

 

「あとライラ?確かにライラの言う通り無策で罠に飛び込むのは危険。それは私も重々承知してるわ。でも考えてみて?闇派閥(イヴィルス)の戦力。私達の戦力。それらを鑑みてライラはどう考える?」

 

「…質はこっちが圧倒的上。量は闇派閥(イヴィルス)に大敗。その上奴らは調教師(テイマー)を抱えてるから調教(テイム)されてるモンスターも敵戦力と考えるしかねぇ。質と量を総合的に考えてもアタシらが圧倒的に不利…ただその戦力もこれまでの戦いで大分消耗してるはずで…」

 

 アリーゼは知っている。

 

 ライラは誰よりも知恵の力を知っているが故に知恵が発揮できない状況を恐れる。

 

 だからアリーゼは説く。

 

 その知恵がアリーゼ達の勝利を約束していると。その知恵がアリーゼ達を救うことに繋がると。

 

 ライラにはライラとは別の視点から知恵の生かし方を示すのが一番ライラに『希望』を抱いてもらうことに繋がる、と。

 

「ほら。あんたの頭の中では勝利が見えてるじゃない。勝てるのよ。私達。知恵を絞れば勝てるだけの状況が用意されてる。闇派閥(イヴィルス)の用いる武器なんて調教(テイム)されてるモンスターと火炎石を用いた自爆攻撃ぐらい。手の内が分かってる私達は如何様にも対応できるわ!それを私達自身証明してきてるじゃない!ここで戸惑う必要なんて全くないんだから!」

 

「それは…そうかもだけどよ… 闇派閥(イヴィルス)がどんな隠し玉を持ってるかアタシにだって分からないわけで…」

 

「そんな時はライラの知恵頼りね!負けないで!ライラ!頑張れ!ライラ!私達の運命はライラの知恵にかかっているの!」

 

「だからそうやってアタシに押し付けられるのが嫌なんだよぉ!?」

 

「…その時は皆で知恵と力を振り絞り共に困難に立ち向かいましょう。ライラ。だから…頑張ってください」

 

「リオンに慰められるってアタシどんな状況だよ!?全部アタシ任せとか冗談だよな!?」

 

 適当さを感じる応援を贈るアリーゼと大真面目に哀れみを少々込めて応援を贈るリューにライラは涙目になりそうな勢いで叫ぶ。

 

 これは…普段は大体適当に話を進める誰に対しても同じのアリーゼの対応だった。

 

 こうして破茶滅茶になりつつもアリーゼは三人に希望を届けようと言葉を紡いだ。

 

 そしてその努力は決して無駄ではなく。

 

 輝夜もリューもライラもそして他の仲間達も。

 

 みんなの表情から憂いは消えていた。

 

 アリーゼが口々に並び立てた現実と理想と知恵はみんなに確かに届いていたのだ。

 

 アリーゼは一人一人の顔を見渡す。

 

 アリーゼは一人一人の大切な仲間の表情を確認する。

 

 いける。

 

 今のみんなの表情なら戦える。

 

 どんな苦境でも私達は乗り越えられる。

 

 アリーゼはそう確信する。

 

 アリーゼはそう信じようとする。

 

 その確信と盲信の元アリーゼは静かに宣言した。

 

 

「これ以上惨劇を繰り返さないために。私達の実力を示すために。より良い未来を掴むために。絶好の勝機を失わないために。私達が行く。私達が戦う。…この後すぐ出発するわ。みんな、準備しておいて」

 

 

「「「はいっ!!」」」

 

 戦いの…惨劇の始まりを告げる宣言がアリーゼによって言葉にされる。

 

 仲間達の応じる唱和がその惨劇の始まりを後押しする。

 

 

 こうして惨劇への第一歩は踏み出された。




第一話は原作14巻の【厄災】戦直前に様々な描写を加えると言う形を取りました。
…要は『27階層の悪夢』や『大抗争』の共闘を見せられた後だと【アストレア・ファミリア】単独行動と壊滅、リューさんの復讐を通した独力による闇派閥の壊滅…これらはこういう風に見えると思うんですよね。
こちらこそが正直今作の本命の『敵』です。ま、今回は第一話ですので軽く触れる程度になりました。今後掘り下げていこうと思ってます。
まぁ当然闇派閥との抗争の最終的解決もテーマです。

そして今作の重大なテーマの一つはアリーゼさんの二面性です。これは3周年で決定的に示されたので周知の事実かと思います。
一つ目は天真爛漫適当美少女アリーゼさん!これは説明するまでもないですね。適当なこと言ってリューさんをからかって周囲を振り回して…そんなアリーゼさん。
そして二つ目は色々悩み考え現実を見てしまっているアリーゼさん。このアリーゼさんは冷徹な決断も下せるフィンさん的怖さも抱えてると思ってます。その片鱗が原作では幾度も示されている。ここがアリーゼさんの真髄だと思ってます。ここを描ききらなきゃアリーゼさんを描けない!(と勝手に思ってます)

そして読者の方々にお尋ねしたいのは、第一話で扱ったシーンにおけるアリーゼさんはどっちだったか、です。
…多分読み返せばお分かりでしょう。後者の適当さなど介在しない真剣なアリーゼさんでした。
この後者のアリーゼさんが登場するタイミングは意外と多いんです。そしてこのアリーゼさんの顔が現れる時の共通点は状況が…絶望的な時。
アーディさんが命を落とした直後。リューさんが正義を見失い出奔していた直後。…まだありますが、そんな時にこのアリーゼさんの顔が現れます。
つまりは…【厄災】戦の直前の時点でアリーゼさんは何かしらの絶望を感じていた。
それが何かは触れられていません。【厄災】戦を予知していた訳などない訳で…
なら?ということで導入された説明の入った『現状』です。

先ほども言った通りこの『現状』は今後掘り下げます。
ただ先に示唆できることは、5年後の原作期のオラリオがどんな状況に置かれていたかを思い返してください…ということですね。


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惨劇は希望を滅ぼすか

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 未だ静まらない振動。

 

 未だ崩れ落ち続ける瓦礫。

 

 未だ立ち込める土埃。

 

 それらをその身に受け止めながら。

 

 

 それでも彼女達は立ち上がった。

 

 

「みんな、無事!?」

 

「あっぶねぇ〜!」

 

「やはり罠だったか…爆弾で生き埋めとは、品がなさ過ぎて笑えるがな…!」

 

「その品のなさを輝夜に言われたくないと思うわ!なんたって輝夜は『星屑の庭』ではそれはそれは殿方には話せないような霰もない格好で…」

 

「なぁ… 闇派閥(イヴィルス)よりも前に団長を葬っていいか?なぁ!?」

 

「輝夜!?どうか今は落ち着いてください!?状況を考えてください!!」

 

 仲間の安否を気遣うアリーゼの声、危機一髪とばかりに息を吐くライラの声、そして罠の存在に苛立ちを露わにする輝夜の声がそれぞれ響く。

 

 …そして相変わらずの雰囲気を徹底的に破壊するアリーゼの挑発じみた言葉は輝夜の苛立ちを倍加させ…本来敵である闇派閥(イヴィルス)ではなく仲間のアリーゼに向けさせるという結果を招く。それをリューが悲鳴に程近い声で止めるという珍事まで発生する始末。

 

 ただ…これが【アストレア・ファミリア】の日常的風景と言えた。

 

 そしてこれが突発的危機を前に動揺を吹き飛ばすためのアリーゼの流儀であった。

 

 そしてその流儀は今こうして実を結んでいる。

 

 なぜならリューの悲鳴が上がった時にはもう既に11人全員が立ち上がっていたから。

 

 罠に嵌められたはずの彼女達はもう早々に余裕を取り戻していたから。

 

 だがそのきっかけはライラの罠に勘付かせた知恵にあって。

 

 その知恵が実際に彼女達の生命を救い、アリーゼによる檄に繋げていた。

 

 …どんなに奇妙で険悪じみた掛け合いをしていようともその掛け合いには彼女達の信頼と協力の関係があるのは言うまでもないこと。

 

 ライラの知恵とアリーゼの言葉があってこそ。

 

 そしてその奇妙な状況と罠を瞬時に水疱に帰させた彼女達の強さに取り乱すことになるのは彼女達を罠に嵌めた張本人達の方であった。

 

「なんで生きてやがるっ…【アストレア・ファミリア】の糞女どもがぁ!どれだけ『火炎石』を注ぎ込んだと思ってるんだ!?」

 

「フッフーン!清く美しい私には、悪者の炎も瓦礫も全っ然効かないんだから!」

 

「また『火炎石』だとよ。ご丁寧に説明ご苦労さん。これからの戦いの参考にしっかり覚えておくとして…実は罠の存在を読んだ時点である程度分かってはいたが…」

 

「相変わらず芸がないな。この糞どもが。私達を倒すならもう少し足りない頭を働かせ。ど阿保めが」

 

「ええ。この程度なら私でも罠を読めるかと思います」

 

「おい!?この糞女ども俺らを馬鹿にしてんだよなぁ!?だよなぁ!?」

 

 アリーゼ達に滅茶苦茶にコケにされて喚き散らすのは【ルドラ・ファミリア】のジュラ・ハルマー。

 

 総力を挙げて火炎石を準備した以上この機に彼女達【アストレア・ファミリア】を葬るつもりだったが、呆気なく失敗。

 

 ジュラだけでなくその場で彼女達の死を見届けようとしていた他の【ルドラ・ファミリア】の団員達ももはや完全に及び腰に成り果てていた。

 

「やってくれたわね。ジュラ。でも貴方達の悪巧みもここまでよ」

 

「…っ!?」

 

「貴方達を手始めに倒して、私達が暗黒の時代を終わらせるわ。平和と秩序をようやく取り戻す。覚悟しなさい」

 

 アリーゼの宣言が高々と響き渡る。

 

 それに合わせるように周囲の情景も一変していく。

 

 静まり始める振動。

 

 崩れ終わったかのように音を立てなくなる瓦礫。

 

 晴れ渡り始める土埃。

 

 まるで彼女の宣言を待っていたかのように舞台が演出される。

 

 突き立てられるアリーゼの宣言の一言一句と自信に満ち溢れた表情。

 

 それに続くように向けられる仲間達の鋭い視線。

 

 それに耐えきれず戦慄する【ルドラ・ファミリア】の団員達。

 

 

 正義が悪を討つ。

 

 

 そんなありきたりで大衆の支持を勝ち取りやすい舞台がそこにはあった。

 

 だが…

 

 その舞台は唐突に終わりを告げた。

 

 

 ダンジョンが哭いたのである。

 

 

 ビシリッと音を立てて。

 

 瓦礫に表面の一部を埋められた巨大な壁面の一部に目にも止まらぬ早さで亀裂が入って。

 

 その亀裂から不気味な紫色の漿液が飛び出した瞬間。

 

 猛烈な斜線が彼女達の前を走り抜けた。

 

 

 それも彼女達の仲間を寸断しながら。

 

 

「…え?」

 

「ノ、ノインッ!?…ぁ」

 

 

 

 そんな短い断末魔しか発することができなかったノインとネーゼ。

 

 断末魔さえ発することもできなかったアスタ。

 

 一瞬の出来事だった。

 

 そしてその一瞬には大切な仲間達の生命が天に還っていた。

 

 それだけでなく…

 

「…ぁ」

 

 ぴしゃりとリューの頬に纏わり付いた血潮。

 

 それがノインのものかネーゼのものかアスタのものかは重要ではなかった。

 

 その血潮自体が彼女達三人と二度と声を交わすことさえできないという証明になってしまっていたから。

 

 一瞬真っ白になるリューの思考。

 

 絶望に染まるリューの心。

 

 

 希望はある。

 

 まだ希望はある。

 

 諦めるな。

 

 

 そう心の中で叫ぶ自分がリューの中にはいる。

 

 だがそんな自分は瞬時に血に染められてしまっていた。

 

 彼女の浴びてしまった血潮はリューを絶望に叩き落とした。

 

 

 そして…その絶望を振り払うことができる力を持ち得たのは希望ではなく怒りであった。

 

 

 真っ白になったリューの思考はその時には激情によって真っ黒に染め上げられていた。

 

「ああああああああああああああああああああ!?」

 

「だめっ!?リオン!?」

 

 アリーゼの悲痛な叫びがリューの背に縋る。

 

 だが真っ黒になったリューの心はそのアリーゼの声を受け取らず。

 

 リューは真っ向からその憎き仇に突貫する。

 

 その仇の名を彼女達は知らない。

 

 その仇の真の力を彼女達はまだ知らない。

 

 

 その仇の名は『ジャガーノート』。後にそう名付けられる怪物。

 

 

 その怪物の真の力とは目で追うことも難しい機動力にあった。

 

「なっ…!?」

 

【アストレア・ファミリア】の中でも最高峰の機動力を誇るリューの突貫をその仇は難なく避ける。

 

 そしてその仇は広間中を飛び回り、リューの怒りに染め上げられ防御を忘れた突貫にさえ追従を許さない。

 

 そうして生まれた無数の斜線に広間に留まる全ての者がその実力を測れずに立ち竦む中。

 

 リューだけは追い縋った。

 

 一人リューだけは怒りに折れそうな心を支えられながらも絶望に必死に抗おうとした。

 

 だがそれも無意味な足掻きだった。

 

 

 なぜならその機動力は早々にリューの背中を捉えてしまっていたから。

 

 

「ぐぁぁぁ!?!?」

 

 リューの背に走る強烈な衝撃。

 

 即死を免れるための緊急回避も第二撃までは避けることができなかった。

 

 その強烈な衝撃はリューの骨にヒビを入れたのではと錯覚するほどの衝撃。

 

 その衝撃を受け止めきれなかったリューは地面へと叩きつけられる。

 

 そしてリューの眼前にかざされる必殺の刃。

 

 それは容赦なくリューの身体に振り下ろされる…かに見えた。

 

「馬鹿がぁ!!」

 

 リューをその刃から救ったのは輝夜だった。

 

 だがその救出には輝夜の片腕が差し出される必要があって。

 

 リューの顔にさらなる血潮が襲いかかる。

 

 リューの心にさらなる絶望が襲いかかる。

 

「セルティ、砲撃!合わせて!!」

 

 そんな中でも彼女達は挫けなかった。

 

 吹き飛ばされた輝夜とリューを庇うため魔法による連携を試みるリャーナとセルティ。

 

 だがその抵抗も意味を為さなかった。

 

 一撃必殺だったはずの魔法はそのまま反射され、二人の生命も儚く潰える。

 

 

 …それは真に惨劇だった。

 

 

 相手構わず振るわれる無邪気で残虐で容赦のない暴力。

 

 その暴力から逃れられる者はいなかった。

 

「イスカ!?」

 

 打ち消したはずの動揺がアリーゼの心を染め上げていく。

 

 取り戻したはずの希望がアリーゼから奪い去られていく。

 

 ダメ。

 

 下を向くな。

 

 いつものように檄を飛ばせ。

 

 こんな困難冗談で吹き飛ばせ。

 

「マリュー!?」

 

 引くな。

 

 戸惑うな。

 

 まだ救える生命はある。

 

 まだ私達は希望を失っていない。

 

 声を上げろ。

 

 仲間を救え。

 

 希望を紡げ。

 

 正義を守れ。

 

 心の中の冷静な自分がアリーゼ・ローヴェルの中で叫ぶ。

 

 この状況を打開しなければ、正義も希望も失われる。

 

 アリーゼ・ローヴェルはあらゆる意味で死ぬ。

 

 それは生命が天に還るという意味だけではない。

 

 仲間達を率いる【アストレア・ファミリア】の団長としても。

 

 仲間達と共に並び生きてきた友人としても。

 

 正義と希望を担う女神アストレアの眷族としても。

 

 あらゆる意味でアリーゼ・ローヴェルは死ぬ。

 

 だが…アリーゼ・ローヴェルの身体は何もできなかった。

 

 ただ立ち尽くし、仲間達の生命が散っていく様を傍観することしかできなかった。

 

 声を上げることも仲間を救うことも希望を紡ぐこともできなかった。

 

 その時…アリーゼ・ローヴェルは心臓の鼓動が止まる前に死んだ。

 

 なぜなら…

 

 

 アリーゼ・ローヴェルは希望を失い、希望を届けることができなくなったから。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「団長っ…!団長!しっかりしろ!?団長!?」

 

 気付けばアリーゼは地に横たわっていた。身体中に激痛が走る。

 

 どうやらあの怪物にやられた…それはアリーゼにも知覚できた。

 

 アリーゼは辺りを見回す。

 

 惨殺された仲間達の遺体が視界に映る。

 

 心が壊れそうになる。

 

 今すぐ先に逝ってしまった仲間達の元に逝きたいとアリーゼは願ってしまう。

 

 だがそれでもアリーゼの視界には三人の大切な仲間の姿が映っていて。

 

 彼女にはまだ先に逝ってしまった仲間達の元に逝くことはまだ許されなかった。

 

「…あぁ。輝夜ぁ…無事?」

 

「これが無事だったら…団長の目は…大概節穴だな…」

 

 輝夜は呆れ半分にそう返すが、その言葉にキレは全くない。

 

 それもそのはずで失われた右腕から止まることなく流れ続ける血は輝夜の気力を急速に奪っていた。

 

 それでも尚脂汗を滴らせながら必死に止血に努める輝夜。

 

 輝夜が何に縋って今も戦い抜こうとしているのか、アリーゼには分かってしまう。

 

「…アリーゼ、輝夜、リオン…目ぇ…やられた…」

 

「…ライラ」

 

「もう…何も見えない」

 

 ライラはそう苦しそうに漏らす。

 

 …ライラの目は…固く閉じられてしまっていた。その目はもう…二度と開かれない。

 

 それでもライラは必死に手を伸ばし何かを探そうとしていて。

 

 ライラを何が突き動かしているのか、アリーゼには分かってしまう。

 

「アリーゼ…」

 

「…リオン」

 

 リューは縋るようにアリーゼを見つめる。

 

 もう今のリューは直前まで取り憑かれていた怒りさえも失っていた。

 

 ただ恐怖に震え…心が折れていた。

 

 それでも尚なぜ頑なに震える手で木刀を握りしめているのか、アリーゼには分かってしまう。

 

「団長…どうする?」

 

「アリーゼ…?アタシらはどうすればいい?」

 

「アリーゼ…どうか指示を…」

 

 輝夜もライラもリューもみんなアリーゼに言葉を求める。

 

 それがなぜかアリーゼには分かってしまう。

 

 

 みんながアリーゼに希望を求めているのだ、と。

 

 

 いつものように笑顔で苦境を乗り越え。

 

 いつものように自信満々に檄を飛ばして。

 

 そんな『アリーゼ・ローヴェル』を彼女達は求めていたのだ。

 

 だが…

 

 そんな『アリーゼ・ローヴェル』はもう死んでいた。

 

 輝夜を見渡し、ライラを見渡し、最後にリューと目を合わせたアリーゼは静かに宣告した。

 

 

「ごめんなさい。輝夜。ライラ。二人の生命をちょうだい。私はリオンを助けたい」

 

 

 それは希望がないという残酷な宣告に他ならなかった。

 

 全員では助かれないというアリーゼの判断であった。

 

 いつもみんなに希望を届けるアリーゼが告げる最悪の宣告だった。

 

 そしてその希望なき宣告が贈られたのはリュー。

 

 アリーゼが誰よりも愛するリュー・リオンだった。

 

 アリーゼにとってはリューが一番大切な希望だったから。

 

 だから自らの希望を守るため…

 

 アリーゼは仲間達三人から希望を奪った。

 

「アリーゼ…そんな…なんてことを…」

 

 リューがブンブンと首を振り、アリーゼの決断を止めようとする。

 

 リューは一人にされたくなかった。

 

 リューは一人遺されたくなかった。

 

 ダメ。ダメ。

 

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 リューの心で拒絶の意志が叫ぶ。

 

 リューは一人遺されるくらいならいっそ先に逝ってしまった仲間達の元に逝きたかった。

 

 だがそれを輝夜とライラが是とはしなかった。

 

「…団長がそう言うなら…それでいい。分かってはいた。もはや『誰を残すか』という戦いだ。私達は壊れかけの人形。…死に場所はここでいい」

 

「…アタシはさ。自分の生命が一番大事なんだ。アリーゼ達も知ってるだろ?でもアタシはこん中で一番弱っちくて、真っ先に死ぬだろうから…」

 

 アリーゼの思惑通りに輝夜とライラは答えた。

 

 アリーゼが二人に希望はない…そう宣告したようなものだったから。

 

 そしてその宣告には当然自らの生命も含まれていて。

 

 彼女達の希望は一つになった。

 

 

 リュー・リオンだけを救う。そんな光なき希望だけに。

 

 

「リオンのために…この生命燃やしましょ?」

 

「…仕方ない。せっかく片腕を賭けて救った生命だ。…最期までリオンにこの生命賭けてやる」

 

「まっ…リオンのためならそれもあり…か。その賭け。アタシも乗った。リオンならこの博打…勝てる気がする」

 

「…って。…ぁってっ…」

 

 一つになった希望。

 

 アリーゼもライラも輝夜も。

 

 同じ希望を言葉にする。

 

 同じ希望をたった一人の少女に託そうとする。

 

 アリーゼは希望を失い。

 

 輝夜は現実を直視し。

 

 ライラは知恵の無力を悟った。

 

 もう彼女達はその希望に縋ることしかできなかったのだ。

 

 だがその希望をたった一人共有できない少女がいた。

 

 その希望を受け取ることができない少女がいた。

 

 その少女は声を失い涙を零し首を振ることしかできないはずだった。

 

 だが…その少女は絶望に堕ちかける中で小さな小さな勇気を振り絞った。

 

 

 その少女の勇気が…運命を変えた。

 

 

【アストレア・ファミリア】で抜きん出て強いのに一番弱かった少女。

 

【アストレア・ファミリア】の中で短気ではあったけれど人一倍優しかった少女。

 

【アストレア・ファミリア】の中で誰よりも遅く入団した少女。

 

 そして【アストレア・ファミリア】の中で誰よりも理想を追い求めていた少女。

 

 その少女は納得できなかった。

 

 その希望に納得できなかった。

 

 その希望に理想はない。

 

 理想なき希望は希望ではない。

 

 確かにリューのみを生き残らせる。

 

 それが彼女達の理想なのかもしれない。

 

 だがリューは違った。

 

 リューの理想は違った。

 

 冷静さを欠き、怒りも失い、囚われる物がなくなった少女は。

 

 エルフの矜持も仲間達の前では晒したくないはずの恥も忘れた少女は。

 

 叫んだ。

 

 届けた。

 

 たった一つの願いを叫んだ。

 

 たった一つの希望を届けた。

 

 たった一つの理想を唱えた。

 

 その希望とは、リューが建前を取り払った先にある彼女の心に宿るたった一つの希望。

 

 アリーゼが素敵だと評し。

 

 輝夜が青二才だと嘆き。

 

 ライラがくさいと笑った。

 

 何気なくて未熟さを感じさせて…そして何物よりも尊い希望。

 

 リューらしい理想に満ち溢れた希望。

 

 その希望をリューは紡ぎ出す。

 

 出ないはずだった声を振り絞りながら。

 

 恐怖がもたらす止められない涙を振りまきながら。

 

 

 リュー・リオンは運命を変えた。

 

 

「待ってっ…!?私はっ…!私はぁ…!かけがえなのない友とこれからも共にありたいっ!!せめてあなた達だけはっ…!せめてあなた達だけはぁっ…!失いたくないっ!!私の希望をっ…奪わないで!!私はっ…一人はっ…いやだぁ!!」

 

 

 そして運命を変えたリューの言葉はアリーゼの胸に届いた。

 

 希望はまだ…潰えていなかったのだ。




ごめんなさい…こんな言葉ではとても足りないと思いますが…
ノインさん、ネーゼさん、アスタさん、セルティさん、マリューさん、イスカさん、リャーナさん…
あなた達を救うことまではできませんでした…
作者の作れる歴史の転換点はここしかなかったんです…
この時リューさんが自らの希望を叫べるこの時だけしか…
原作だけでなく作者の作品でも生命を奪ってしまったこと…深く謝罪すると共に心から哀悼の意を表明したいと思います。

実はこの転換点…原作でも言及されてるんですよね。
リューさんが自分がアリーゼと共に立っていれば…って。リューさんはこの時立てていればアリーゼさんは負けなかったと考えているんです。
だからこのタイミングを歴史の転換点としました。…いや、このタイミングしかなかったというのが作者としての所感です。
これより前は怒りに囚われながらもリューさんは全力で戦ってますから、リューさんには行動を変化させる余地がないです。それまではリューさんはベストを尽くしていて、そしてその後から後悔の残る行動をしてしまった…そうリューさんは捉えているのだと解釈しています。
起こせたかもしれないその一行動。
伝えられたかもしれないその一言。
それができなかったから、リューさんは一生消えない後悔をしてしまった。
その後悔をなくす…そんな過去ばかり振り返っていたリューさんのための物語が今作です。

さて転換点は越えました。
リューさんの願いがアリーゼさんに届きました。
作者が希望を届ける完璧美少女と認めるアリーゼさんが再び立ち上がります。
絶望的な状況は覆されずとも、リューさんの一言のお陰で運命は確かに変わったんです。

あ、あと感想お待ちしてます!


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惨劇に吹き込む微風

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祝16巻発売!


「待ってっ…!?私はっ…!私はぁ…!かけがえなのない友とこれからも共にありたいっ!!せめてあなた達だけはっ…!せめてあなた達だけはぁっ…!失いたくないっ!!私の希望をっ…奪わないで!!私はっ…一人はっ…いやだぁ!!」

 

 リューの願いと希望の込もった叫びが広間に響き渡る。

 

 それは絶望に染め上げられた状況に差し込んだ光になり得る言葉。

 

 だがその言葉が絶望を覆すほどの魔力を持っている訳では当然なく。

 

 厳しく絶望しかない現実は。

 

 知恵を生かす余地さえ見出せない状況は。

 

 簡単には輝夜とライラに別の希望をもたらすことはできなかった。

 

「…ぐっ…馬鹿をっ…馬鹿を言うなっ…青二才!状況を考えろ!現実を見ろ!お前はこの状況でも尚全員で生き残るという青臭い妄想をほざくつもりか!?もう私達はっ…お前を生かす以外に生命の使い道がない!!」

 

「違うっ…!違う!!違う!!!妄想なんかじゃっ…ない…現実離れなんて…してないっっ!!」

 

 絶望に溺れるリューを罵倒し立ち上がらせようとした輝夜はもういなかった。

 

 現実を見据えたことで希望を失った輝夜はただ終焉の時を待ち望んでいた。

 

 その終焉の手向けとしてリューを救おうというリューにとってはそれこそ残酷な妄想に囚われていた。

 

 だがリューには輝夜の見据える現実への別の視点を示せない。だから輝夜の絶望を取り払えない。

 

 だからリューの理想は輝夜に届かない。

 

「…あのさぁ…リオン?輝夜の言う通りだぜ?状況を考えろよ…どうやってこの状況ひっくり返すんだよっ…どうやって生き延びろって言うんだよ!!どんな天才的な知恵があるってんだよ!!教えろよ!教えろよぉ!!リオン!!!」

 

「分からないっっ…!!そんなの私に分かる訳ない!!でもっ…私はぁ…!!こんな結末は嫌ぁぁ!!」

 

 リューにありったけの知恵を授け困難を乗り越える力を与えてくれたライラはもういなかった。

 

 自らの知恵が状況の前に何の役にも立たないと希望を失ったライラは輝夜と同じようにただ終焉の時を待ち望んでいた。

 

 その終焉を前にせめてその知恵でリオンだけは助けようと、リューにとっては最悪の知恵を振り絞ろうとしていた。

 

 だがリューにはライラの求める天才的な知恵を示せない。だからライラの絶望を取り払えない。

 

 だからリューの理想はライラには届かない。

 

「…」

 

「アリーゼッ…!!アリーゼ!!あなたも同感なのですか…?あなたも私を一人にするのですか…?ねぇ!?アリーゼ!!教えてくださいっっ!!アリーゼ!!」

 

 アリーゼは…何も言わなかった。

 

 ただ目を見開き、リューを茫然と眺めるだけで。

 

 何も言わない。表情を変えない。何も反応を示さない。

 

 怖い。

 

 怖い。怖い。

 

 輝夜もリューの理想を拒絶した。

 

 ライラもリューの理想を拒絶した。

 

 ならアリーゼも…?

 

 共に生き残った仲間達にさえ見捨てられてしまう恐怖にリューは取り憑かれる。

 

 一人遺される孤独に追い込まれる恐怖にリューは震え、その恐怖を追い払おうと必死に叫ぶ。

 

「アリーゼッ!!何とか言ってください!!あなたはっ…!いつも諦めることはなかった!!今だって…今だって…あなたには希望が見えるのではないのですか!?」

 

 リューは叫び続けた。

 

 いつも希望を届けてくれるアリーゼに希望があると肯定してもらうために。

 

 その理想が素敵だとアリーゼに褒めてもらうために。

 

「嘘だったのですかっ!!いつか賭けに勝って私を好きにするのではなかったのですか!!私と結婚するのではなかったのですか!!アリーゼのっ…!私への愛情はっっ…!!そんな程度だったのですか!!」

 

 リューはアリーゼの言葉を求めるあまりアリーゼの冗談まで口走り始める。

 

 そうすれば今は無表情のアリーゼがリューの貴重な冗談に乗っかって、その表情が笑みに変わることを願いまでして。

 

 そうまでしてリューはアリーゼに理想が正しいと…希望はあると…言って欲しかった。

 

 そして…

 

 アリーゼは答えた。

 

 表情を無のまま。小さく口を開き…言った。

 

 

「ごめん…リオン」

 

 

「…ぁぁぁ…ぁああ!!!」

 

 それは二度目の残酷な宣告。

 

 二度目のリューの希望を奪う謝罪。

 

 リューは今度こそ絶望に染め上げられ叫びを上げる。

 

 輝夜とライラは諦観に呑まれ、リューの叫びから耳を背けようとする。

 

 だが…

 

 三人ともその反応は酷い間違いだった。

 

 ある意味アリーゼ・ローヴェルを見縊っていた。

 

 希望を届けるアリーゼ・ローヴェルはリューの理想を誰よりも愛していた。

 

 リューの全てを愛するアリーゼ・ローヴェルはリューの言葉に何も感じないはずがなかった。

 

 

「私が…間違ってた。リオンの理想こそ…正しい」

 

 

 この時…アリーゼ・ローヴェルは僅かに息を吹き返したのだ。

 

 

 リューの理想はアリーゼの心に確かに届き、アリーゼの失いかけた希望に再起のための小さな小さな灯火を与えた。

 

 お陰で…アリーゼは暗闇に沈みかけた希望の片鱗を見つけた。

 

 アリーゼはひ弱であろうとも暗闇を吹き飛ばすことのできる確かな希望を手にしたのである。

 

 そして希望を手に入れたアリーゼが今度にすべきことは、希望をみんなに届けること。

 

 リューが理想を語りアリーゼに希望を返した今…今度は希望を失った輝夜とライラにアリーゼが希望を届ける番であった。

 

「…輝夜?今あなたにはどう現実が見えてる?あんたはこの現実をどう読み取る?何でもいい…教えて」

 

「…戦力は全滅に程近い。見るにあの化け物に何とか張り合うことができるのは団長とリオンだけ。…私とライラは囮以上の役割は務められん。あの化け物を討つ方法も弱点も分からん。あの化け物を倒すだけの戦力は…ない」

 

 輝夜は重苦しい口調で非情な現実を口にする。それが現実だった。

 

 …今の彼女達には『ジャガーノート』を倒せない。

 

 だがその現実。絶望しかない現実。

 

 希望を届けるアリーゼの口を介せばこうも変貌を遂げる。

 

「何言ってるの輝夜…?いつ私があの怪物を倒せって言った?あんたは…現実を取り違えているわ」

 

「なっ…」

 

「倒す必要なんてない。リオンの示した希望は私達が生き延びること。…つまり逃げれば勝ちってことよ。逃げるだけならこの二本の脚と体力さえあれば…いける」

 

「逃げる…?それだけなら…不可能ではない…のか?あの屑共にあの化け物にご執心の間なら…可能性は…ある。まさか…本当に希望があるのか?」

 

 アリーゼは魔法のように絶望的な現実を小さな希望を含んだ現実に変えた。

 

 現実の解釈をほんの少し変えるだけで輝夜に希望を僅かだとしても取り戻させた。

 

 これがアリーゼの力だった。

 

 そして…誰よりも希望を取り戻していたのは他ならアリーゼだった。

 

「この現実…何よっ…全然絶望的じゃないじゃないっ!どうしてっ…私はあんなこと言っちゃったかなぁ…!

 

「アリー…ゼ」

 

「リオンを一人ぼっちにだなんてっ…!私なんてことをっ!!もう私の馬鹿!馬鹿!」

 

 アリーゼは泣いていた。

 

 自らの髪を掻きむしり、頭を殴りながら泣いていた。

 

 自らの残酷な判断に泣いていた。

 

 自らの愚かな判断に泣いていた。

 

 それはこんな最悪な決断をした自分自身への怒りで。

 

 それはリューを愛していると自認していたアリーゼ自身への裏切りで。

 

 アリーゼは色んな感情がごた混ぜになりながら泣いていた。

 

 その泣く姿は仲間達が初めて目にするアリーゼの姿であった。

 

 だがアリーゼはまだライラに希望を届けることができていない。

 

 だから涙を拭い、呼吸を整え、今度はライラへと希望を届けようとした。

 

「それとね…ライラ…あの怪物をあんたならどう分析する?どうやったらあの怪物相手に逃げられる?あんたの知恵を…貸して?」

 

「…なこと言われても…あの化け物はよぉ…機動力はリオンや輝夜より上…お陰で接近戦に持ち込むのさえ難しい…おまけに魔法は効かねぇ…なのにあの怪物の攻撃は強烈で俊敏…これじゃあ攻撃も防御もできたもんじゃねぇ…正直言って逃げてもその機動力で追いつかれ、反撃もできねぇ…これのどこに希望があるってんだよ…お前らの脳味噌は空っぽか?あぁ?」

 

 ライラは逆ギレ気味に自らの知恵に基づいて『ジャガーノート』を分析する。

 

 …その分析の結果が示すのは今の彼女達では逃げることのみでさえ厳しいという事実。

 

 だがその限界を示したかに見えた知恵。その知恵がもたらした絶望的な分析。

 

 希望を届けるアリーゼの口を介せばこうも変貌を遂げる。

 

「脳味噌が空っぽとは言わずとも知識が知恵になってないわ。それもライラ。あんたの方がね。それだけの知識があれば、逃げるための知恵を編み出せるじゃない」

 

「…は?」

 

「機動力が上?じゃあ殿を置いて出来る限りあの怪物に遅滞戦闘を強いる。そうすれば殿以外の逃げる時間を稼げる。反撃ができない?する必要もないわ。攻撃も防御も必要ない。殿は回避して回避して回避しまくる。そうすれば殿にも命を落とすリスクが少なくなるはず。そうすればみんな…生き残れるわ」

 

「…おいおい。何でだよっ…!どうしてだよっ…せっかく死ぬ覚悟決めたってのに…希望…見えてきちまったじゃねぇか…」

 

 アリーゼは魔法のように限界を示していたはずの知識を小さな希望を掴むことのできる知恵に変えた。

 

 分析の解釈をほんの少し変えるだけでライラに希望を僅かだとしても存在すると教えた。

 

 これがアリーゼの力だった。

 

 そして…誰よりも知恵の存在に思う所があるのは他ならアリーゼだった。

 

「そうよっ…そうよ!私にはまだまだ果たせる役割がある…!団長として…友人として…あれだけ失敗を繰り返した私にもまだ役割があるじゃないっ!!もうっ…自分が嫌になっちゃう!何もかもリオンに押し付けて死のうだなんてっっ…ほんっと最低!!」

 

 アリーゼは再び涙を零してしまっていた。

 

 リューのみを生かそうとしたことは全てをリューに押し付けることと同義で。

 

 団員を導く立場の団長としても…共に並んで支え合う友人としても…その判断はリューを見捨てるに等しきものだった。

 

 その判断が希望だったなどと…アリーゼはもう二度と考えるわけにはいかなかった。

 

 確かにアリーゼにとってリューは多くの意味で唯一無二の希望。

 

 でもその希望を命を捨てて守ろうとすることは希望(リュー)自体を壊してしまう…そんな大事なことを直前のアリーゼは気付いていなかった。

 

 だからアリーゼは考えを改めた。

 

 リューと輝夜とライラと…共に生き残るって。

 

 リューの希望を…『かけがえのない友とこれからも在りたい』っていう素敵な希望を守り抜く。

 

 そしてアリーゼの唯一無二の希望(リュー)を守り抜く。

 

 そう決心したアリーゼはもう止まらなかった。

 

「いける!いけるわ!私達は生き残れる!!今私すっごいいい作戦思いついちゃったんだから!!」

 

「…本当に大丈夫か?団長…」

 

「…アタシも希望なんてねーんじゃないかって思い始めた」

 

「…そんな…輝夜もライラもアリーゼを信じて…!くだ…さい…」

 

 …そして止まらなくなったアリーゼのテンションに返される反応が呆れ混じりのすごい微妙な反応になったということ自体…【アストレア・ファミリア】の日常的風景が戻ってきたと言っても過言ではない。

 

 彼女達は今まで通りとまでは言い難くとも確かに希望を取り戻していたのだ。

 

 そうなればここからはアリーゼの言葉は勝利へと導く最強の武器であった。

 

「作戦を手短に伝えるわ!まず確認!輝夜!その身体でも走れるわよね?右腕なくしちゃったくらいでワンワンと泣くお姫様じゃないわよね?私そこがまず心配で…!」

 

「くそっ…!抜かせ!団長!腕の一本や二本吹き飛んだところで走れるわ!私を舐めるなっ!!絶対に逃げ延びたら団長の腕を刎ねて同じ境遇に合わせてやる!!覚悟しておけ!!」

 

「…まぁ泣くような柄ではねーわな。輝夜はよ。ただ腕は二本しかないぜ?あとアリーゼに傷害予告すんな」

 

 アリーゼの挑発に輝夜は敢えて乗り、ライラがツッコミを入れるといういつも通りの光景が演出される。

 

 輝夜は確かにアリーゼの挑発が苛立たしい。

 

 だがそういう意味だけでなく、今回ばかりはそのアリーゼの挑発が死を受け入れていた自らへと喝を入れようとしているのが分かっている。

 

 だからこそ輝夜はより強気な言葉で応じ、さらに自らを追い込み奮起を促した。

 

 これで輝夜は動ける。

 

「リオン!あんたに一つとっても難しい頼みがあるの。…任せられる?」

 

「…何ですか?アリーゼ?私にできることならば、何なりと」

 

「…ライラを抱えて逃げること…できる?」

 

「はっ…はぁぁ!?!?」

 

 アリーゼが次に視線を向けたのはリューであった。

 

 そのリューに頼んだことはライラを抱えて逃げること。

 

 それにはリューよりも先にライラが衝撃で声を張り上げた。

 

 それもそのはず。

 

 リューは未だにアリーゼ以外に触れることさえ叶わない。

 

 そんなリューにライラを抱えて逃げることを要求するなどライラでなくても狂気の沙汰だと思うだろう。

 

 だが…

 

 リューの今の表情を見たアリーゼは今のリューなら問題ないと確信していた。

 

「ちょっと待て!アリーゼ!いくら手が空いてないからってリオンにそれ頼むか!?冗談もいい加減にしろよ」

 

「ライラ…冗談じゃないわ…」

 

「…ええ。私は…成し遂げます。ライラをお姫様抱っこで…!」

 

「マジかよ!?って言うかアリーゼの言うこと真面目に聞くんじゃねぇ!?リオン!!」

 

 ライラの叫びにアリーゼもリューも真剣な表情と口調で応じる。

 

 アリーゼとリューの間で交わされた視線が問題がないことを保証していた。

 

 今のリューはそんなリュー自身の忌まわしき癖さえも打破する…そんな覚悟をその表情と視線ではっきりと示していたから。

 

 その覚悟こそがアリーゼに希望を届けさせ、輝夜とライラに希望を取り戻させた原動力であった。

 

 リューは希望を失うか否かの瀬戸際で急速に変わろうとしていたのである。

 

 …そのアリーゼの言葉を鵜呑みにする間抜けさまでは未だ変わりそうになかったが。

 

「ですが…アリーゼ?ライラをお姫様抱っこすることは成し遂げるとして。どうして私にライラを任せようとするのですか?」

 

「それはもちろん…私が殿を務めるからよ」

 

「なっ…アリーゼ!?どうしてあなたがそんな危険な役割を…!それなら私が…」

 

 アリーゼの言葉にリューは反発し代わりを買って出ようとする。

 

 アリーゼがリューにライラを任せたのは自らが殿を務めるため。

 

 殿はアリーゼの考えた単純な作戦において一番大切な役割を担うと同時に一番『ジャガーノート』と交戦する危険な役割。

 

 リューがアリーゼの身を案じ、反対するのは当然のことであった。

 

 だが今回はアリーゼの考えは揺るがなかった。アリーゼには確固たる理由があるからである。

 

「言ったでしょ?殿には攻撃も防御もいらない。回避が必要なだけ。要は大事なのは引き際。攻めて攻めて攻めまくるのが得意なリオンはあんまり適役じゃないの。引き際を見極めることができる私の方がまだ役割を全うできるわ」

 

「それは…そうです。アリーゼなら…私より上手く完遂することでしょう」

 

「ありがと。そう言ってもらえると勇気出るわ。それに…ね?リオン?」

 

 アリーゼはリューに語る。

 

 アリーゼが殿を務めなければならない最もらしい理由を。

 

 だがそれだけではなかった。アリーゼはそれだけを意図して殿を志願した訳ではなかった。

 

 アリーゼには別の理由が存在した。そしてそれをアリーゼは口にしようと試みる。

 

 …が、状況は予断を許さなかった。

 

「…団長っ…!糞どもがそろそろ全滅するっ!!次の標的は私達だぞっっ!!」

 

「アリーゼ!?マジでお前が殿なのかよ!?マジでリオンにアタシ連れてかれるのかよ!?これ実は夢だとかじゃねーよな!?」

 

「話す時間はない…か」

 

 輝夜の警戒心と恐怖心の入り混じった声が響く。

 

 ライラのリューには抱えて連れて行かれるという想定外の事態が現実か夢か確かめる戦慄した声が届く。

 

 その声に応えなければならないアリーゼはリューにその別の理由を語るのを諦めた。

 

 そしてその諦めを忘れんとするかのようにアリーゼは声を威勢よく上げた。

 

 

「さぁ!みんな!作戦開始よ!作戦は『逃げるは恥だが役に立つ』!今からの私達は逃げて逃げて逃げまくってやるわ!」




前話に引き続きの二話で示したかったこと。
それはリューさんのみを生かすという判断の根幹にあったのはアリーゼさんも輝夜さんもライラさんも生を諦めていたように感じられるという点です。
死をいつでも覚悟していると言えば聞こえがいいですが、生をいつでも諦められるの裏返しとも言えますから。
ある意味原作のリューさんはその覚悟がなかったから復讐を完遂するまで生き延びてしまった…と捉えられるかもしれません。

ただ今作ではリューさんが叫ぶことができた。
希望と願いを届けることができた。その希望と願いがアリーゼさんを動かした。

完全にリューさんがヒロイン、アリーゼさんがヒーロー状態ですね〜
もちろん逆転版も是非とも描きたいです!
この二人の二人三脚+周囲の支えで今作は進んでいきます。

ただまずは逃避行を成功させなければ…ですね。


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逃避行は終わらぬ惨劇の承前で

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「後ろは任せて!とにかく前へ!振り返ったらそれだけあの怪物に追い付かせる猶予を生む!逃げて逃げて逃げまくるの!GOGOGO!」

 

「まさに尻尾を巻いて…だな。得るものなく失ってばかり…あぁ…忌々しい…」

 

「…それは言わないでください。輝夜。例え敗勢であろうと…希望は…あります」

 

「お前ら平然と状況に合わせた会話してるけど、このアタシが置かれてる状況が如何にヤベーか分かってんのかよ!?おい!」

 

 アリーゼは殿として後方から檄を飛ばしながら前方を進む仲間達の背を押す。

 

 輝夜は彼女達の惨めに敗走している現実に忌々しさを感じ、後ろ髪を引かれているかのよう。

 

 リューはその輝夜の悲観的な思考を戒める。

 

 …そしてライラは本当にリューにお姫様抱っこで運ばれているという状況に半狂乱状態で喚き散らす。

 

 これが【アストレア・ファミリア】の日常的風景…では全くないのだが、それでも絶望的状況でもそれでも彼女達らしい騒がしさはまだまだ残していた。

 

 なぜなら希望があるという主観的事実が彼女達の走る脚を止めさせることはなかったから。

 

 彼女達は大切な仲間達を七人も失ってしまった。

 

 それでも…いや、それだからこそ彼女達は止まれなかった。

 

 彼女達は取り戻した希望を見失う訳にはいかなかった。

 

 彼女達は走り続ける。

 

 前へ前へと。

 

 惨劇から脱出するために走り続ける。

 

 彼女達は取り戻した希望を守り抜くために走り続けた。

 

 追い縋る惨劇を気にかけ、後ろばかりを振り返る少女一人を除いて。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

 アリーゼが作戦を決定してからの彼女達の動きは【アストレア・ファミリア】らしい迅速なものとなった。

 

 アリーゼはそばに転がっていた自らの剣を手に取りつつ立ち上がり、惨劇を今尚繰り広げる『ジャガーノート』への警戒を怠らなかった。

 

 輝夜は脂汗を滴らせるほどの激痛をもたらす右腕の傷口を左手で押さえながらよろめきながらも立ち上がった。

 

 そして光を失ってしまったライラをリューが抱えて連れて行く…というのが逃避行の第一の関門になるはずだった。

 

 反対の意を示し続けたライラは当然リューに何をされるかと戦々恐々とし。

 

 多くを語らなかったものの特に輝夜は実現できるかは心底不安を抱いていた。

 

 …輝夜の雑な発想ではリューがライラを蹴りで雪玉の如く転がして行ってでも助けることができれば及第点ぐらいに考えていたというのもまた恐ろしいが。

 

 アリーゼは…リューを全面的に信じていた…というのは実際は建前で特に何も考えていなかったというのが実情だったりなかったり。

 

 そんな三人の様々な思いを一身に受けるリューはどうしたか。

 

 

 なんと何の躊躇もなくライラをお姫様抱っこで抱えたのである。

 

 

 何の躊躇もなく。一瞬の動揺もなく。戸惑う様子さえ見せず。

 

 真剣な表情で。戦いに赴く前の凛々しい表情で。

 

 リューはお姫様抱っこをアリーゼの言葉通り忠実に実行した。

 

 …別にライラの身体が全く動かない訳でもないのだから、背に背負うこともできたはずなのに…である。

 

 それはもう絶望に打ち拉がれるお姫様を助けに来た騎士がお姫様を抱き抱えるようで…

 

『居心地は問題ないですか?』などと気遣いまでするイケメン騎士じみたリューに。

 

『おっ…お前!マジで!?何やってんだ!おっ…降ろせ!?』などと自らの置かれた状況を視界が塞がれた中で想起しツンデレお姫様じみた反応を返すライラに。

 

 アリーゼと輝夜は思わず吹いた。

 

 絶望的状況を完全に忘れて吹いた。

 

 それもある意味緊張を解きほぐすのには役立ったかもしれない。

 

 …ライラとリューを除いて。

 

 ツンデレお姫様のライラはそれ以降お姫様抱っこされ続ける小恥ずかしい状況に定期的に愚痴を零していた。…それも頬を赤らめながら。

 

 そして鈍感騎士のリューはと言うと、ライラを救うことで頭がいっぱいで彼女の状況などそういう意味ではお構いなし。

 

 リューはライラを抱き抱えると一瞬の時も惜しいとばかりに即座に駆け出した。

 

 その真っ先に逃避行を開始すべく駆け出したリューに笑い転げそうになったアリーゼと輝夜が続くことになった。

 

 そうしてドタバタ気味に惨劇から免れるべく逃避行は始まったのであった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「リオン!どこまで進んだ!お前に揺られながらじゃ分からねぇ!」

 

「今二つ目の階段を登り終えました!25階層です!」

 

「よし!!何とかなるぞ!」

 

「大分…引き離したな。団長…追手は?」

 

「…分からない。今の所は見えない。大丈夫だと思うけど…まぁ油断禁物ね」

 

「団長の言う通りだ。…リオン。ライラ。気を抜くな」

 

「ということで全力疾走継続!!このまま18階層まで駆け抜けるわよ!GO!!」

 

「「「はい!!」」」

 

 アリーゼの指示に三人の威勢の良い返事が返される。

 

 リューの発言通り場所は25階層で彼女達は言葉通り全力疾走してきた。

 

 モンスターは原則無視、襲いかかってきた場合は輝夜が前衛に出て薙ぎ払うか殿のアリーゼが斬る。

 

 ライラの身体で両手が塞がれたリューが事実上の戦力外である今片腕を失った輝夜であろうと甘えは許されなかった。

 

 そしてその苦難に耐え抜けるのがゴジョウノ・輝夜の真髄であり、往時よりは大幅に劣るとは言え【中層】のモンスター如きに遅れを取ることなどあり得なかった。

 

 お陰でほとんど速度を落とさず進められた敗走。

 

 予想外に順調に進んだ敗走にリューとライラは少々安堵まで見せ始めていた。

 

 だが逆にアリーゼと輝夜は警戒を解かず全力疾走を続けさせる。

 

 そして…

 

 よりにもよってアリーゼと輝夜の警戒の方が身を結ぶという最悪の事態に繋がった。

 

「…団長。妙な音が聞こえる」

 

「…奇遇ね。私もよ。今一番聴きたくない音」

 

「おいおいおいおい…あの怪物階層無視で追ってくるのか?どこの階層主だよ。冗談じゃねぇぞ!?」

 

「くっ…」

 

 アリーゼと輝夜の冷たさと静けさを帯びた呟き。二人は音を聴き取っていた。

 

 惨劇が彼女達の元に迫ってくる音を。

 

 そしてそれはライラとリューにも届き、ライラは悪態を吐きリューは歯軋りする。

 

「まだ大丈夫!大丈夫だから!前へ!前へ!脚を止めないで!出来るだけ距離を作るの!!」

 

 アリーゼが声を張り上げる。

 

 恐怖で止まってしまいそうな脚を止めさせないために。

 

 何が何でも希望を守るために。

 

 アリーゼは彼女達に檄を飛ばした。

 

 そして…

 

 

 アリーゼは元より果たすつもりでいた責務を果たす時が来たと確信した。

 

 

「リオン!あんたはこのまま18階層に直行!悪いけど、可能な限り冒険者を掻き集めてUターンして来て!遠征中のファミリアはなかったはずだけど…とにかく熟練冒険者を集めて!力が必要なの!あの怪物を倒すにはあまりに力が足りない!」

 

「アッ…アリーゼ?一体何を…」

 

「輝夜とライラをリヴィラで応急処置をしてもらって、治療院への移送を依頼!確実に治療院でできうる限り最善の治療を施してもらうこと!ファミリアの財産全部食い潰しても良い!アストレア様も絶対に許してくれる!だから妙な気を絶対起こさないで!!」

 

「団長っ…!お前は何を言って…」

 

「アリーゼ…お前まさか…」

 

 アリーゼが指示を飛ばす。

 

 18階層まで駆け抜けた先の指示を出す。

 

 早過ぎる。おかしい。

 

 それにリューも輝夜もライラも気付いた。

 

 そしてその気付きは全面的に正しかった。

 

 

「私は殿の役目を果たす。あんた達を絶対逃してみせる」

 

 

「アリーゼッ!?」

 

「団長!?」

 

「アリーゼ!?」

 

「今は黙って私の話を聞きなさい!!振り向かないで!止まらないで!走り続けて!今もまだ私もあんた達も止まれない!!だから私の話を聞いて!!」」

 

 アリーゼの判断を何としてでも止めようと考えが瞬時に一致したリューと輝夜とライラはアリーゼの名を呼ぶと共に振り向こうとする。

 

 だがアリーゼは拒絶した。走り続けるよう求めた。

 

 …だから三人とも振り向くことも立ち止まることもできなかった。走り続けるしかなかった。

 

「あんた達の言いたいことは言われずとも分かってる。だけど私の考えを聞いて。今はどうしても戦力が欲しいの。輝夜とライラの治療が最優先なの。その両方を追うならば、あの怪物の追撃は早く抑える必要があるの。階層無視が可能なことが確定な時点で18階層にあの怪物を近づけさせられない。熟練冒険者以外が滞在するリヴィラまで私達が連れて行ってしまったら…さらに犠牲を生む。それどころか地上に連れ出してしまう危険まである。それを私は認められない」

 

 アリーゼの言い分は道理だった。

 

 確かに『ジャガーノート』が階層無視が可能だと発覚した時点で彼女達が逃げる先をどこまでも追い続ける可能性は考えられる。

 

【アストレア・ファミリア】と【ルドラ・ファミリア】の壊滅を『惨劇の序章』などと呼ばれかねない事態を引き起こしかねない。

 

 リヴィラの壊滅。

 

 上層進出による下級冒険者の殺戮。

 

 地上進出によるオラリオの崩壊。

 

 考えられない…などと楽観視はできない。

 

 相手はモンスター。

 

 相手はダンジョン。

 

 彼女達自身が『ジャガーノート』によって大切な仲間達を奪われる惨劇に直面された最悪の経験を持つ以上その惨劇をこれ以上拡大するのは言語道断だった。

 

 それはアリーゼだけでなくリューにも輝夜にもライラにも説明された今なら分かった。

 

 だがアリーゼの大切な仲間達は…そんな決断を容認できなかった。

 

「ふざけるなっ!!一人であの化け物に挑むだと?そんな狂気の沙汰を私達が許すと思っているのかっっ!!」

 

「最低限の対処法はあっても時間稼ぎには限界がある!!アリーゼの危惧は分かるが、お前一人残していくことはアタシらは絶対できない!!」

 

 輝夜とライラはアリーゼの意図は分かっても納得は絶対にできなかった。

 

 アリーゼの考えを認めればどうなるか…それが輝夜とライラには明白であったから。

 

 輝夜とライラは怒りと恐怖の混じった声で猛反発する。

 

 それにアリーゼは静かに応じた。

 

「一人じゃないわ。輝夜。リオンが応援を集められれば十分あの怪物に立ち向かえる。私が時間稼ぎの間にあの化け物の弱点を洗い出すから。だから大丈夫よ」

 

「団長!!冗談も休み休みに言え!?」

 

「あとライラ。時間稼ぎだけならライラが導いてくれた対処法だけで十分。私一人だからこそ回避に専念できる。一人だからこそ役割を確実に果たせるのよ」

 

「滅茶苦茶なこと言いやがって!?アタシらが足手纏いって言うのかよ!?ふざけんな!!」

 

 アリーゼの冷静に語られた返答に輝夜とライラは怒号で言い返す。

 

 そんな中ただ一人無言を貫いた少女がいた。

 

 その少女とは言うまでもなくリューのこと。

 

 リューはそれこそ輝夜とライラ以上にアリーゼを大切に思っているはずだった。

 

 リューはそれこそ輝夜とライラ以上に反発して然るべきなはずだった。

 

 にも関わらず輝夜とライラの反発には加わらなかった。

 

 それはなぜか?

 

 

 それはリューが輝夜とライラ以上にアリーゼのことを信じていたからであった。

 

 

「…アリーゼ?私が応援を連れてくることができれば…何も問題ないのですね?」

 

「…そうよ。リオン。何も問題ない。万事解決よ。惨劇は確実にそこで終わる」

 

「…っ!?待て…リオン?どうして団長にそんなことを聞く…どうして団長の考えを認めようとする…?」

 

「待てよ…待てよ…待てよ!!リオン?お前本当にどアホなのか?アリーゼが何を言っているのか分かってんのか!?」

 

「分かってるに…決まってます」

 

 リューの確認は半分アリーゼの考えを認めたようなものだった。アリーゼを見捨てているようにも聞こえた。

 

 そんなリューの反応に輝夜もライラも逆上しかける。

 

 

 自分達がアリーゼを止めようとしているのに他でもないリオンが裏切るのか、と。

 

 

 輝夜とライラは今度はリューに詰め寄るように叫ぶ。

 

「…このっ…この糞雑魚妖精が応援…はは…馬鹿げてる…貴様が応援など呼んでこれるはずもなかろう!?ライラを抱えられた程度で図に乗るなよ大馬鹿者めが!!貴様はっ…貴様は…そんなことできるはずもない!!アリーゼ一人残すなどっっ…考えるな!!」

 

「…できる…私にだって…できる…」

 

「仮に万が一連れてこられたとしてもアリーゼの時間稼ぎが絶対それまで耐えられねぇ…アホな考えは捨てろ。リオン。絶対成功しねぇ…そんなことすればアリーゼが…死んじまう…」

 

「違うっ!!違うっ!!そんなことにはならない!!私は絶対応援を連れてこられる!アリーゼは絶対死なない!!だって…だって私は…アリーゼを信じているから!!そしてアリーゼは私を信じているから!!だからっ…希望は決して潰えない!!」

 

 リューがアリーゼの考えを支持する根拠…それは実際は根拠などありもしないただの理想であった。

 

 アリーゼとリューは互いに信じ合っている。

 

 だからアリーゼとリューは互いを裏切らない。

 

 リューは絶対に応援を連れてくる。

 

 アリーゼは絶対に死なない。

 

 そんな根拠がない無茶苦茶な理想。

 

 そんな理想にリューは縋っていた。

 

 だからリューはアリーゼに確認する。

 

 その信頼関係が偽りでないかを。

 

 お互いが裏切らないという保証をアリーゼに求めていた。

 

「ねぇ?アリーゼ…?アリーゼ?私なら…できますよね?私なら応援を連れてこれ…ますよね?私を…信じて…くれますよね?」

 

「…ええ。できるわ。ライラをこうしてお姫様抱っこできてる今のあんたなら…何だってできる。私はそう信じてる。だからリオン…私のことも信じて?」

 

「…っ!当然ですっ!アリーゼは絶対に生き残ります!私はっ…アリーゼを信じます!」

 

 確認された信頼関係。

 

 根拠も何もない砂上の楼閣のような信頼関係。

 

 それがアリーゼとリューの間で確認されてしまった。

 

 そうなればもうこの応酬は終わりであった。

 

「輝夜。ライラ。アリーゼの決定に従い、私達は全力で18階層まで駆け抜けます。アリーゼを信じるならば…アリーゼの決定に従ってください」

 

「リオンの言う通りにしなさい!大丈夫!私には生きて帰ってリオンを好きなようにしないといけないって言う崇高でとっても大切な使命があるんだから!私は全部終わったらリオンと結婚する!こんなとこで死ねる訳ないじゃない!」

 

「…」

 

「…」

 

 輝夜とライラは何も言わなかった。

 

 アリーゼを盲信するリューに対してその考えの青臭さを責めることはなかった。

 

 いつもだったら罵倒してリューの考えの甘さを指摘する輝夜は口を閉ざした。

 

 いつも通りの冗談を宣うアリーゼに対して突っ込みを入れることはなかった。

 

 いつもだったら『それは死亡フラグだ!?』とか言って突っ込みを入れるライラは口を閉ざした。

 

 それはなぜか?

 

 …この決定が何を招くか薄々二人は察してしまったから。

 

 そしてそれに気付いていないのがリューただ一人であると気付いてしまったから。

 

 だから輝夜もライラも何も言わなかった。

 

 輝夜とライラは気付いてしまっていたから。

 

 

 今から私達三人がアリーゼを殺すのだ、と。それにリューは気付くことさえないということを。

 

 

「…ここまでね。行きなさい!リオン!輝夜!ライラ!頼んだわよ!!絶対私の言いつけを守ること!いいわね!?」

 

「はい!!分かっています!だからアリーゼもどうかご無事で!」

 

「ええ!リオン達も道中気をつけなさい!」

 

 アリーゼとリューの威勢の良い声が輝夜とライラの耳には虚しくしか聞こえない。

 

 輝夜とライラの耳に届く足音が一人分減った。

 

 輝夜とライラのそばにいつもいてくれたむさ苦しいけど温かい…そんな熱気が遠ざかっていく。

 

 それでも…輝夜とライラは逃げ出すしかなかった。

 

 それがアリーゼの最期の願いだということは分かりきっていたから。

 

 ただただアリーゼとリューに失望と諦観を抱いて。

 

 それと同時に輝夜とライラ自身は再びゆっくりと絶望の沼へと沈み始めた。

 

【アストレア・ファミリア】の少女達にとって常にアリーゼと共にあった希望。

 

 それはやはりアリーゼと共に儚く消えるしかない希望であった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「さて…行ったわね。三人とも」

 

 アリーゼは小さく息を吐きながらそう呟く。

 

 そしてアリーゼ達に惨劇をもたらした怪物を待ち受けるべく後ろを振り返る。

 

 剣先をその怪物が襲い来るであろう暗闇へと向け、アリーゼは最期の瞑想に耽り始めた。

 

「…やるわよ。アリーゼ・ローヴェル。私の責務…果たすわよ」

 

 瞑想に耽りながらアリーゼは自らに言い聞かせるように言う。

 

「…みんなの生命を守れなかった団長としての責務…果たすわよ。…裏切りを重ねる友人として…せめてもの責務…果たすわよ」

 

 アリーゼの頭の中で思い浮かべるのは十人の大切な仲間達。

 

 アリーゼは心の中で彼女達一人一人に謝罪の言葉を贈る。それが彼女の中だけでは何の意味もないということが分かっていたとしても。

 

 アリーゼはもう責務を果たすことしか頭になかった。

 

 生命を落としてしまった友人達への償いを果たし。

 

 今尚生き残ろうとする友人達を守り抜く。

 

 その責務には…本当は希望はなかった。

 

 希望を届けることはできても…アリーゼ本人がきちんと希望を取り戻せていなかった。

 

 取り戻した希望は…リューの望む理想のある希望ではなかった。

 

 

 結局の所…『アリーゼ・ローヴェル』は息を吹き返すことができていなかった。

 

 

「さぁ…怪物ちゃん。今からは私が相手よ。きっちり責務…果たさせてもらうから」

 

 アリーゼの前に『ジャガーノート』が姿を現す。

 

 アリーゼに向かって悍しいまでの殺気を向ける。

 

 だがアリーゼは揺るがない。

 

 アリーゼには責務が、理想なき希望があるから。

 

 アリーゼはそんな殺気に動じることはなかった。

 

 だからアリーゼは目の前の怪物に向かって唱える。

 

 これまで希望を紡ぎ、悪を焼き払ってきた誇り高き魔法の名を。

 

 これから希望を焼き尽くし、彼女と最期の運命を共にする誉れ高き魔法の名を。

 

 その名にアリーゼは今持てる全ての力を賭けた。

 

「【アガリス・アルヴェンシス】」




まずは関係ないお話を一つ。
作者は少し前までダンメモ2周年の後日談としてアルゴノゥトの死後を描いていました。そこではアリアドネやフィーナ、リュールゥ等々の女傑達に注目しようとしていました。
ですが作者にとってはあの物語は『英雄遺文』、英雄の遺した物語。
真の主役は英雄アルゴノゥト…と考えて描いていたんです。
…はい。関係ない訳ではないですね?つまりはそういうことです。この作者やりますよ?マジで。

脅し文句がハッタリか大真面目かは後々分かるとして。
今話の展開について触れます。

リューさんがライラさんを触れられるという奇跡。
…逆に気になりました。どうしてアリーゼさんしか触れられないんですか?他の仲間はリューさんの中でアリーゼさんより一等級価値が低いとでも?
…もしそうなら非常に残念ですよね…まぁ台詞的にいつもアリーゼアリーゼ言ってる百合思考疑惑が固いリューさんですので、アリーゼさんはきっとリューさんの想い人だったんでしょうね。ええ。(リュー×アリーゼ論者の思考)
ただそれもなんか微妙なのでこの生と死の狭間で修正されました。今のリューさんは輝夜さんとライラさんに触れられます。お姫様抱っこぐらい余裕です。
今のリューさんは仲間を失った現実と今尚襲ってくる仲間を失う恐怖に立ち向かうために少しずつ変わっているんです。
その変化は別の形で原作でも起こった訳で。この点は原作とは違い、いい変化ですね。

ただアリーゼさんへの盲信だけは変わらず。
リューさんとアリーゼさんはその盲信と背信によって最善で最悪な決断を下しました。
その決断が何をもたらすのか…輝夜さんとライラさんは気付いています。

リューさんの一言が運命を変えた。
けれど誰も好転させたとは言ってない。そんな状況。
…正直言って絶望はまだ始まったばかり…どころか時間的長さではまだほぼ0に近いと言えるかもしれません。


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風は網の目にたまる

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ちなみにサブタイトルは正式には『網の目に風たまる』ということわざでした。
意味は『ありえないことのたとえ』
そして風は今作内ではただ一人の少女の比喩

つまりはリューさんは成し遂げた、ということです。


「てめぇら!?もっとスピード上げろ!!道案内に置いてかれるぞ!!とにかく走れ!!」

 

「どんだけ急げってんだよ!!ボールス!!あの女に追いつけなんて無茶言うな!!あの女は俺らと違って第二級冒険者だぞ!!

 

「あの女にもっとスピード落とさせろぉ!?追いつける気がしねぇぞ!?というか一切後ろ振り返らねぇしよ!!道案内する気あんのか!?」

 

 野太い怒号が回廊に響き渡る。その声は檄として後方に向かって飛ばされ、急かしに急かす。

 

 だがそれに応ずる後方を走る冒険者達は悲鳴混じりに泣き言を抜かし、スピードは一向に上がらない。

 

 この冒険者の一団は18階層にあるリヴィラの街の冒険者で急ごしらえで編成された二十人足らずのパーティ。

 

 その先頭を走るのがボールスと呼ばれたリヴィラの街の頭とも言える男であった。

 

 よってこの一団の中でも自動的に指揮官的立ち位置で指示を怒鳴り散らしている訳だが…

 

 生憎指揮官は指揮官でも行軍スピードを決める権限は持ち合わせていないのが問題であった。

 

 お陰で指揮官たるボールスでさえ維持することが厳しい行軍スピードを要求され、今のように怒鳴り散らしてでも仲間の脚を早めさせなければならないという事態に陥っていた。

 

 それもこれも道案内のはずの女…スピードにかけてはオラリオで5本の指に入りかねない暴走妖精(リュー)が滅茶苦茶なスピードで突っ走っているからで…

 

 さらに言うとこの一団の中で誰もその暴走妖精(リュー)にそのスピードを変えさせられない…というか第一前提として追いつけないという詰みの状況。

 

 結局指揮官たるボールスが面倒事を被って全員の欲求を擽ってでも走らせる以外に選択はなかった。

 

 ということでボールスは半分は手慣れたような謳い文句で仲間達を釣るべく怒鳴った。

 

「なこと言っていいのかお前ら!?場合によっては賞金首が転がってんだぞ!!【ルドラ・ファミリア】の幹部に掛けられた賞金お前らも知ってるだろうがぁ!!【疾風】が全部独り占めしてもいいのか!?あぁ!?」

 

「「ぐぅ…糞が!!賞金よこせぇぇぇ!!!」」

 

 …そしてその謳い文句は仲間達に絶大な効果をもたらした。それこそ限界突破したのではと疑うほどに。

 

 結果一応は少し責任を果たせたボールスは後方を走る仲間達から前方へと視線を移し…そして舌打ちをした。

 

「ちっ…俺は何やってんだか…女に絆され面倒事に首を突っ込んで…【疾風】めっ…くっそっ…」

 

 そう悪態を吐くボールスの視線の先に小さく見えるのは緑色の点。

 

 …距離が開きすぎてこれは道案内なのかという悪態は流石にボールスも控えた。

 

 なぜならボールスはその一応は道案内ということになっている暴走妖精(リュー)の事情を知り…半分はその言葉通り女に絆されて今全速力で走っているのだから。

 

 いつもは屑のボールスの意外な女性に優しいという一面が後々リヴィラの街で噂になる…そうも考えられたが…

 

「テメェら!!約束通り賞金は全部俺らで山分けだぁぁ!!!!遅れた奴の分は全部俺が頂く!!だから死ぬ気で付いてこい!!」

 

「「「おぉぉぉ!!」」

 

 …ただ残り半分は賞金目当てで協力したという事実は揺るがず。

 

 その汚さを敢えて示す屑発言はこれまでずっと屑を突き通してきたボールスには不可欠だった。

 

 結局この屑発言がボールスの協力した唯一無二の理由ということでリヴィラの街の中での結論は落ち着くことになるだろう。

 

 …それが別の理由(リューに絆されたから)を隠すためだったか否かはボールス本人にしか…いや、ボールスにさえも分かっていないかもしれない。

 

 そんな摩訶不思議な想いがこの短期間に暴走妖精(リュー)が生じさせたか否かは尋常ではないほどどうでもいいとして。

 

 この一団が今中層の回廊を駆け抜けているという事実。

 

 確固たるリューの手に入れた成果。

 

 

 なんとリューは本当にアリーゼの信頼に応えてしまったのである。

 

 

 …その経緯はともかく。

 

 あとはアリーゼがリューの期待に応えたか否か。

 

 それだけが問題であった。

 

 その答えがもうすぐリューの元に届けられる。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

 22階層。

 

 23階層。

 

 24階層。

 

 立ち塞がるモンスターを両断する。

 

 階段を駆け下りる。

 

 回廊を走り抜ける。

 

 そんな行為の繰り返しを最速で進めても尚次の瞬間に辿り着けていないことがリューにはもどかしかった。

 

 だがリューはいつになく高揚もしていた。

 

 

 私はやり遂げた!

 

 私はアリーゼの信頼に応えた!

 

 

 リューは心の中でそう叫ぶ。

 

 今は姿を見つけられないアリーゼに向かってリューは何度も何度も心の中で叫んでいた。

 

 そしてそれは寸分たりとも偽りではなかった。

 

 リューは輝夜とライラをリヴィラの街に送り届け、リヴィラの街において二人に応急処置を施してもらうことができた。

 

 さらにリヴィラの街に【ヘルメス・ファミリア】団長アスフィ・アンドロメダが居合わせたのはもはや僥倖としか言いようがない。

 

 お陰でリューは安心して輝夜とライラをアスフィに任せ、地上にある【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院への移送を依頼することができた。

 

 そうして後顧の憂いを断ったリューの尽力はまだ終わらない。

 

 リューはボールスを説得し、急ごしらえとは言え二十人もの冒険者を集めてみせたのだ。

 

 その冒険者達がアリーゼの求めた熟練冒険者と言えるかはかなり怪しい所ではあったが…それでもそれは完全なる快挙だった。

 

 リューがそんなことを成し遂げられるなど仲間である輝夜とライラでさえ思いもしなかったこと。

 

 それだけの快挙をリューは成し遂げてしまっていたのだった。

 

 だがアリーゼの信頼に応えるために為すべきことをリューはまだ完遂した訳ではない。

 

 アリーゼは戦力を求めていた。

 

 …仲間達の生命を奪ったあの怪物と戦うための戦力を求めていた。

 

 だからリューは一刻も早くアリーゼの元にその戦力を、応援を連れて行かなければならなかった。

 

 一刻の猶予もない。

 

 その猶予はアリーゼの遅滞戦闘による時間稼ぎが作り出してくれる貴重な貴重な時間だから。少しも無駄にできない時間だから。

 

 だからリューは走り続けた。

 

 身体が疲労と怪我のせいで悲鳴を上げようとも。

 

 希望が失われないか…アリーゼがいなくなってしまわないか…そんな恐怖に襲われながらも。

 

 リューは前へ前へと必死に脚を進めた。

 

 そして…

 

 

 25階層。

 

 

 アリーゼと別れた階層。

 

 辿り着いた。リューは辿り着いた。

 

 走りながらアリーゼの姿を見つけようと目を凝らす。

 

 それと同時にあの怪物が彷徨いていないかにも警戒を払う。

 

 そうしてもうしばらく走り、アリーゼと別れた場所に辿り着くかという時に。

 

 リューは嗅ぎ取った。

 

 リューは何かが焼け焦げる臭いを嗅ぎ取った。

 

 …アリーゼ…かもしれない。

 

 そうリューは直感した。

 

 なぜならアリーゼは二つ名の【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の謂れである炎の 付加魔法(エンチャント)を使いこなす第一級冒険者と並ぶ実力を誇る冒険者だから。

 

 アリーゼなら…戦力などなくともあの怪物を撃破してしまったのかもしれない。

 

 アリーゼなら…あの怪物を呆気なく焼き払ってしまったのかもしれない。

 

 そんな理想を心に抱きつつリューはさらに走るスピードを上げる。

 

 段々と強くなる焦げ臭い臭い。

 

 だがアリーゼの姿は見当たらない。

 

 壁面に残された焦げ付いた跡。

 

 …これがアリーゼとあの怪物の間で起こった激戦の跡であるのは疑いようもないこと。

 

 だが…アリーゼの姿は見当たらない。

 

 アリーゼと別れた場所にもそろそろ辿り着いたはず。

 

 だが…アリーゼの姿は…見当たらない。

 

 リューの中で焦燥感が漂い始める。

 

 リューの心を絶望が侵食し始める。

 

 リューの心から希望が消え始める。

 

 

 …違う。あり得ない…あり得ない!

 

 アリーゼが…裏切るはずはない!

 

 

 増していく焦燥感と絶望を追い払い、消えていく希望を引き止めるためリューは心の中で叫ぶ。

 

 だが進めどもアリーゼの姿もあの怪物の姿も見つけられない。

 

 リューは思わず叫んだ。

 

 絶望を追い払い、希望を失わないために叫んだ。

 

 意味があるはずもない叫びを。

 

 リューはその思いをアリーゼに届けるために叫んだ。

 

「お願いですっ!!アリーゼ!!私を…私達を見捨てないで!!」

 

 そして…

 

 その叫びは偶然か必然かアリーゼの元に届いた。

 

 

 リューは地に俯せに横たわるアリーゼの背を見つけることができたのである。

 

 

「…っ!?あっ…あぁ…アリーゼッ…アリーゼ!?」

 

 アリーゼの周囲には血溜まりができていた。

 

 アリーゼの足下には剣身が折れ、原型の半分以下の長さしか保っていないアリーゼの愛剣が捨て置かれていた。

 

 だがリューにはそんなものは目にも入らず。

 

 それこそ直前まで払い続けていた警戒心さえも忘れて、横たわるアリーゼにリューは駆け寄っていた。

 

 リューは自らの戦闘衣も手も血で染まることなど構うことなくアリーゼを抱き上げていた。

 

 そうして俯せから仰向けに態勢を変えられたことでリューの視界に映るアリーゼの顔。

 

 アリーゼの瞳は…閉じられていた。

 

「そんなっ…違うっ…違うっ…!アリーゼッ…目を開けてください!!アリーゼッッ!!」

 

 リューはアリーゼの名を声の出る限り叫ぶ。

 

 アリーゼの意識が…リューにとって一番大切な少女の意識を呼び戻すため必死に叫ぶ。

 

 だが…アリーゼは応えない。

 

「しっかりしてっ…アリーゼ!!私はっ…あなたを信じたのに!!私はあなたの信頼に応えたのに!!どうしてあなたはっ…ねぇ!?アリーゼ!!」

 

 何度も何度もリューはアリーゼに呼び掛ける。

 

 リューからはどんどんと滴が溢れる。

 

 その滴はアリーゼの顔に雨のように降りかかる。

 

 だが…アリーゼは応えない。

 

「おっ…おい…どうした【疾風】…何事だっ…ってそっ…そいつは… 【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】…か?」

 

「ねぇ!!ボールス!!アリーゼがぁ…アリーゼがぁ!?」

 

 リューが泣き叫ぶ中ようやく追いついてきたボールス達リヴィラの冒険者達の一団。

 

 リューに散々振り回された彼らはようやく立ち止まってくれた暴走妖精(リュー)に愚痴の一つも溢しそうになるが…

 

 目を閉じたままのアリーゼと彼女を抱くリューの姿に…誰もが言葉を失った。

 

 いや、正確にはボールスが間髪入れずに指示を飛ばし何も言わせなかった。

 

「…テメェら。せっかく【疾風】がくれた休息時間だ。無駄口叩いて休息を疎かにすんなよ。それで後で愚痴を垂れられても俺は一切責任は取らねぇ」

 

 そうとだけ言い残すと、ボールスは一団から離れアリーゼとリューの元に近寄り、二人を見下ろしつつ尋ねる。

 

「…呼吸がねぇのか?心臓が止まってんのか?おっ死んだのか?【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】は?」

 

「アリーゼが…!アリーゼが…」

 

「質問に答えろ!!【疾風】!!喚いてるだけじゃ【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の状況が俺らに分かんねぇだろうが!!」

 

 ボールスの確認にアリーゼの名を呼び続けることしかしないリューにボールスは怒鳴る。

 

 それが単なる泣きじゃくる少女への苛立ちからか…

 

 それとも絶望に堕ちかける少女を少しでも前へ進ませるための喝だったか…

 

 それは誰にも分からない。

 

 ただ言えることはリューがそのボールスの怒鳴り声のお陰で僅かながらでも涙を抑え冷静さを取り戻すことができたということであった。

 

「わかり…ません…」

 

「ちっ…おい。【疾風】。【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の腕を貸せ。脈を測る」

 

「なっ…あなたなどにアリーゼに触れさせ…」

 

 リューの回答にボールスは舌打ちをしつつ跪くと、リューに抱き抱えるアリーゼの腕を貸すように求める。

 

 そんな唐突で不躾で不埒な求めに潔癖なリューはアリーゼを誰にも触れさせないと拒絶しようとするが…

 

「じゃあ抱き抱えて泣き喚くだけのオメェに脈測れんのか?…俺にやらせろ。【疾風】。この意味…分かるだろ?」

 

「…っ…うっ…お願い…します…」

 

 リューは…その求めに応じ、ボールスがアリーゼの腕に触れることを頷きと共に許した。

 

 それはボールスが敢えてアリーゼの脈を測ることを買って出たか分かったから。

 

 …脈を測ったその結果は…アリーゼ・ローヴェルの生死判定に他ならなかったから。

 

 ボールスはリューにそれができるかと尋ねた。

 

 …自らの判断でアリーゼの死を認められるか…自らの判断でアリーゼを死なせることができるか…そう尋ねたのだ。

 

 明らかなボールスによるリューへの気遣いだった。

 

 リューも時は必要であったがすぐに察し、自らにはできない…そう結論を出したからこそリューはボールスを引き止めるのをやめた。

 

 リューはアリーゼに心の中で男性に触れさせてしまうことを心苦しく思いつつ、頷きと共にボールスに許したのだ。

 

「ちょっと静かにしてろよ。集中する」

 

 そう言うと、ボールスは目を閉じ本当にアリーゼの脈を測るために全集中を傾けた。

 

 それはいつも舐めた態度で悪事を働いたり、悪態を吐きまくるボールスらしくなくて。

 

 その誠実さまで若干感じさせるボールスの態度にリューは意外さを感じつつもボールスの導き出す診断を固唾を飲んで待つ。

 

 それからしばらくして。

 

 ボールスが目を見開いたその時。

 

 ボールスは静かにその診断を告げた。

 

 

「おい… 【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】…マジで生きてんぞ」

 

 

 それはリューにとっては天啓だった。

 

 アリーゼは生きている。

 

 アリーゼはリューを見捨てなかった。

 

 アリーゼはリューの信頼を裏切らなかった。

 

 それはリューにとって今すぐ歓喜してもいいくらいの喜ばしい事実。

 

 …ただボールスの言い方が少々不味かった。

 

「…何です?まさか…アリーゼが生きているのが問題かのような…そんな口調に聞こえましたが気のせいですか?」

 

「…いや…そうだろ?闇派閥(イヴィルス)の野郎どもだけでなくお前らまで皆殺しに近い方で殺った怪物相手に【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】一人で戦って生き残るとか…こいつが一番の怪物じゃねぇのか?」

 

「アリーゼは…怪物ではない…訂正しろ!!」

 

「というかこの出血量で普通に脈あるとか訳分かんねぇよ。ついでに言うと、これで意識が戻らん理由も分からん」

 

「では…試しますか?どれだけ血を流したら命を失うか…?」

 

「おい待て…その目マジじゃねぇよな!?俺を殺る気じゃねぇよな!?」

 

 …ボールスの不適切な発言はリューを泣きじゃくる少女から殺意を燃やす女殺人鬼へと変貌させてしまった…らしい。

 

 その変貌の理由がリューが本当にボールスに殺意を覚えたからか。

 

 それともボールスに泣き顔を見られてしまったという恥を覆い隠すために意地を張ったからか。

 

 それはともかくアリーゼの生死が判明したことはリューとボールス達に次の段階への道を拓いたことと同義だった。

 

「とっ…とっ…ともかくよ?【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】が生きてるのが分かった以上、こいつは他の仲間と同じく応急処置の上治療院に移送すればいいな?」

 

「…ええ。頼みます」

 

 ボールスの恐る恐るの確認とリューの不機嫌さを残したままの合意によってアリーゼの移送が決定される。

 

 ボールスは適当な女性冒険者を選び、分け前をきちんと払うことを条件にアリーゼの移送を強制した。

 

 その強制に加えリューが彼女に深々と頭を下げて頼んだことによりその女性冒険者は目を丸くしつつもアリーゼを抱え来た道を駆け戻って行った。

 

 だがリューとボールス達の役割はまだ終わりではない。

 

 なぜならアリーゼはきちんと最後にリューに為すべきことを言い残していたから。

 

「…ではこれより最初の件の怪物との交戦場所に向かいます。第一目標はその怪物の撃破。そのために気をつけるべきは…」

 

「分かってるよ。そいつの機動力は【疾風】以上だから奇襲を最大限警戒し、密集隊形は控えろ…だったか?【狡鼠(スライル)】が言うには?だからってお前だけあんなに先行する理由はないよなぁ?【疾風】さんよぉ?」

 

「…すみません。アリーゼのことが心配でつい…」

 

「まぁいいさ。ただしこっからはしっかり俺らの盾として働いてもらうから覚悟しとけよ?」

 

「…そういう取り決めなので当然です」

 

 リューとボールスはアリーゼが運ばれていくのを見届けると、ゆっくりと立ち上がり互いに確認を取り始めた。

 

 アリーゼは戦力を集めてあの怪物と対抗すると言い残した。

 

 確かにリューはアリーゼ救出を大きな目標として戦力を集めていたが、無論それだけではない。

 

 よって急ごしらえで集めたこの戦力をあの怪物との戦いに投入するのはボールス達とも織り込み済みであり、きちんとライラの授けた対処策を共有するという準備まで整えてあった。

 

 …ただその対処策に見事に暴走妖精(リュー)が従っていなかったという事実を白日の下に晒すための確認でもあって。

 

 ボールスは散々走らされたという意味でも嫌味を投じ、リューは平謝りする他なくなる。

 

 と言ってもリューの暴走の理由を知るボールスはそれ以上責めなかった。

 

 きっとこれもボールスによるリューへの気遣いだったのだろうが…

 

 後に続くリューを酷使する気満々の発言がせっかくの気遣いの心理的効果を見事にぶち壊す。

 

 それに複雑気味な表情でリューは応じつつ続けた。

 

「そして第二目標は念には念を入れての【ルドラ・ファミリア】の生き残りがいないかの捜索」

 

「おう!それが俺らの一番の楽しみよ!何個賞金首が転がってんだかワクワクするぜ!!」

 

「…死体が原型を保っていない可能性もありますが、大丈夫でしょうか?」

 

「…おい。それ聞いてねぇぞ。賞金首か判別付かなかったら無駄足じゃねぇか。…まぁゴリ押しで賞金は掻っ攫うか」

 

 次にリューが告げたのは【ルドラ・ファミリア】の残党の捜索。

 

 リュー達は結局命辛々の逃亡だったため、明確に全滅したのかは確認が取れていない。

 

 場合によっては何らかの事情で生き残っている者もいる可能性がある。そんな可能性を踏まえての第二目標。

 

 一方のボールス達は言うまでもなく【ルドラ・ファミリア】の幹部達に賭けられた賞金目当て。

 

 …少々リューとの間で認識の錯誤があったが、それは恐らく大丈夫であろう…ということにされる。

 

 そして最後にリューはボソリと告げた。

 

「…第三目標は…私の仲間に生存者がいないか確認すること」

 

「…先に言っておくが…期待はしない方がいいぜ。正直言ってあれは【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の運が化け物じみてるだけだ」

 

「だからアリーゼは化け物ではないとっ…!まぁいいです。…分かっては…います。ですが…せめて…遺品…だけでも…」

 

「…おう。そうしろ」

 

 これも取り決め通りだった。

 

【ルドラ・ファミリア】の残党の捜索と同時に遂行できるが…第三目標の達成は絶望的なのは明白であった。

 

 それを敢えてボールスはリューに念を押すように告げるが、リューもそこに関しては意地を通すことはなく。

 

 二人の確認は静かに終わった。

 

 そうなれば次の行動は決まりきっていた。

 

「…行きましょう。私達は私達の為すべきことを為さねば」

 

「【疾風】の言う通りだ。テメェら!!休息は終わりだ!!こっからは今度こそ【疾風】の護衛付きで突っ走るぞ!!面倒なモンスターは全部【疾風】に押し付けてもいいとの【疾風】のお達しだ!!」

 

「…っ。ええ…約束通りきっちり引き受けましょう。これよりは課された役割を忠実に果たします」

 

 リューが決意の言葉を告げる。

 

 それに続くようにボールスが行動再開を宣言する。

 

 …その宣言にリューは少々の苛立ちを見せつつもボールスの言葉に箔を付ける。

 

 こうしてリューとボールス達は惨劇を引き起こした怪物に再び挑むべく行動を再開したのであった。




ボールスさんをどう説得したのリューさん!?
…は、次には状況まとめと共にその経緯はしっかりと説明するのでご都合主義とか思わないでくださいね?
リューさんのライラさんお姫様抱っこに始まる衝撃行動の数々の一つなので…それ自体ご都合主義というツッコミはアウトです。今作のリューさんは少しずつ変わってるんですから。原作の偏屈リューさんとは一味違うんです!…まぁ実際は意外と変わってない設定なんですけどね。

尚ジャガーノートに関して補足を。
13・14巻で一気に情報が出てしまったので気付きにくいかもしれませんが、現状リューさん達はジャガーノートに関しての情報をほとんど有していません。ついでに言うとウラノス達でさえこの時期ではまだ情報は欠如しているはず。
よって本来『ジャガーノート』なる呼称は現状存在していないと考えるのが適切かもと思ってます。
そのため一度は『ジャガーノート』という呼称を用いたものの、原則怪物・モンスターという曖昧な表現を通すように切り替えました。

ちなみに先に言うと今後のリューさんの行動に復讐という要素はあまり含まれません。
理由は原作でも触れられた通りリューさんの行動は正確にはただの八つ当たりだったから。本当の仇は闇派閥ではなくジャガーノートですからね。
今のリューさんは原作よりは少しマシな状況で一定の冷静さを保っています。
希望と絶望の配分は非常に微妙な所ですが、少なくとも復讐という概念を原動力に行動しないだけの冷静さは持っています。…と言っても暴走はリューさんには避けられないので原動力が変わるぐらいですがね。(=今後暴走することには変わりない)


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第二章 暴走の疾風編
惨劇を越えた後に


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 18階層にある冒険者達の街リヴィラ。

 

 その街の中にある埃っぽいだけでは済まず、狭苦しい上に灯りさえないという悪条件揃いの倉庫にリューはいた。

 

 悪環境と言える場にいながらもリューは文句も垂れず淡々とこれまで酷使してきた自らの身体を慰労するように丁寧に包帯を巻いていく。

 

 リューは自らの傷の一つ一つに視線を送る度にズキリと痛みを感じずにはいられない。

 

 …ただ傷の生み出す痛みを感じたわけではない。

 

 身体に刻まれた傷を得る過程でリューが目の当たりにした現実の生み出す心の傷の痛みを感じていたのである。

 

 …結局成果は多くは得られなかった。リューの努力は事実上ほとんどが無に帰していた。

 

 リューとボールス達の行動を総括しても、リューが導き出せる結論は自らの無力感の実感でしかなかった。

 

 リューの仲間達と【ルドラ・ファミリア】を壊滅に追い込んだ怪物とは接敵することすら叶わず。

 

 オラリオの脅威となり得るモンスターの排除は完全に失敗した。

 

 現場に居合わせていたはずのジュラを始めとした【ルドラ・ファミリア】の幹部の幾人かの遺体は発見できず。

 

 リュー達の逃避行の間にリュー達と同じように逃亡を成功させていたのは明らか。闇派閥(イヴィルス)の脅威も未だ無視できない状況が残された。

 

 …逆に現場に遺してきてしまっていた仲間達の生存は確認できず。

 

 リューの元には自らの外套に大切そうに包まれた7つの遺品だけが残された。…彼女達の笑顔をリューはもう二度と見られない。

 

 リューとボールス達の間で確認された目的の大半を果たすことは叶わなかったのだ。リューが無力感を感じても仕方ない結末だった。

 

 だが…リューは未だ絶望に飲み込まれた訳ではなかった。自暴自棄になど決してなってはいなかった。

 

 だから今リューは冷静に傷の応急処置をしている。

 

 絶望に飲まれ自暴自棄になったリューならあの怪物と戦い呆気なく返り討ちにされた時のように傷など顧みず自傷行為と大差ない暴走を今でも続けていたことだろう。

 

 リューの暴走を防いだのは唯一と言ってもいいたった一つ…いや、唯一無二とも言える成果。

 

 

 アリーゼの救出に成功したという成果。

 

 

 アリーゼは今輝夜とライラと同じように治療院に移送された。

 

 リューはまだアリーゼの目を覚ました姿を見ていない。

 

 だがリューはアリーゼが目を覚ますと確信していた。

 

 アリーゼがリューを見捨てないと盲信していた。

 

 だからリューには希望が残っていた。

 

 如何に成果を得られず、絶望的な状況だとしてもリューから希望が消えることはなかった。

 

 

 アリーゼがいれば、何も問題はない。

 

 

 そんな盲信を抱くリューはひとまず応急処置を済ませた上で出立の準備をしようと心に決めた。

 

 すると倉庫のドアを叩く音が鳴り響く。

 

 鳴らされた音はリューへ入室の確認のためか…と思いきや流れるように開かれるドア。

 

 リューは未だ応急処置を終えておらず肌着も碌に纏っていない身。

 

 …あられもない姿を仲間でもない赤の他人に見られるなど言語道断であった。

 

 リューの身体と口は反射的に動いていた。

 

「入るなっっ!!」

 

 リューの怒号が開かれようとするドアへと突き立てられる。

 

 ただ突き立てられたのは怒号だけでなくリューのそばに立てかけられた木刀もであった。

 

 リューは木刀を怒鳴りながら投擲していたのである。

 

 木刀はまるで投げ槍の如くドアへと向かっていき…

 

 狙うはドアを開ける主…と言わんばかりに真っ直ぐ直進していき…

 

 木がへし折れる音と共に返ってきたのは野太い怒号であった。

 

「おい!!!!【疾風】一体どういうつもりだ!?俺様を殺すつもりか!?せっかく倉庫を貸してやったってのにどういうつもりだ!!」

 

「だから入るなと言った!!ドアをそれ以上開けるなっ!!」

 

 倉庫に足を踏み入れようとしたのはこの倉庫の主ボールス。

 

 アリーゼの救出行に協力し、今は自らの買取所の隣の倉庫をリューに貸していたのだが、その無配慮が仇となった。

 

 これよりしばらくリューとボールスの応酬が続くことになったのである。

 

 …それも結局残るのは投擲された木刀によって中央部を見事にポッカリと穴を空けられたドアのみになるという完全に無意味な応酬が。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…で、弁償代はしっかり頂くとして俺がここに来たのはそんな理由じゃねぇんだよ…」

 

「…何ですか?」

 

 ボールスは穴の空いたドアの外で話し、リューは服を纏いその話に応じる…という形で一応の決着がついた後。

 

 ようやくボールスはリューに話を切り出すことができていた。

 

「まず一つ。オメェらが遭遇したとかいう怪物…あれはどうすんだ?…あの現場を見て分かったが、ゴライアスなんか話にならねぇレベルだ。それこそ新手の強化種か何かかと見た方がいいレベル。あんな奴にどう対処するってんだ?」

 

「もちろんもう一度捜索し、撃破を…」

 

「悪いがあの現場を見た冒険者共は俺でも動かせねぇぜ?下手に冒険者を集めた所で返り討ちで全滅だ。どちらにせよ戦意を欠く連中じゃ役に立たねぇし、第一そんな負け戦誰も挑みはしねぇよ」

 

「しかしっ…!」

 

 ボールスが示したのはあの怪物の殺戮の現場がもたらした影響。

 

 …事実上あの怪物を撃破する戦力を招集することさえ叶わないという現実。

 

 ボールスの言う意味は共に現場に居合わせたリューにも分かっていた。

 

 そもそもリュー自身希望を一度砕かれている以上その恐怖は身に染みて分かっている。

 

 だがリューはアリーゼの言う最悪の可能性を認識してしまっている。

 

 そのためボールスに現実を告げられようともリューは引き下がれず反論をしようとするもボールスはその反論をリューに紡がせる前に封じ込めた。

 

「【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】や【疾風】が束になって負ける相手だぜ?オメェら以上の戦力なんてそれこそ【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】ぐらいだろ。だが奴らは…動くか?お互いを刺激しねぇようにって戦力を動かさないようにしてる奴らが?そんなお節介焼く連中がオメェら単独で闇派閥(イヴィルス)に挑むという現状を作り出すと思うか?」

 

「…うっ」

 

「動く可能性がるとすれば、ギルドの強制任務(ミッション)が下された時ぐらい。だが現狀だとそれでも動くか分からねぇし、まず強制任務(ミッション)が出てようやく動き出したときには犠牲は数えきれねぇことになってる。それまでオメェも俺らも待てると思うのか?」

 

 ボールスの言い分は正論だった。

 

 撃破し得る戦力と言えばもはや都市二大派閥たる【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】しかいないとも考えられる。

 

 だが両派閥とも…動くとは考えられなかった。

 

 原因は単純な話で迷宮都市(オラリオ)の内部分裂。その影響で【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の関係は抗争一歩手前まで悪化していること。

 

 これまでは闇派閥(イヴィルス)との対立関係の都合上ゼウス・ヘラ追放以前より続く両派閥の共闘体制が持ち堪えていたが、1年前の『27階層の悪夢』による闇派閥(イヴィルス)の決定的弱体化によりその共闘体制は崩れた。

 

 強大な敵を失った両派閥は双方を仮想敵と見做し、警戒心を強めることになったのだ。双方とも共闘してきたが故に相手の派閥の実力は理解している。警戒心を呼び起こすのは必然だった。

 

 そんな中神フレイヤの失踪という想定外の事件が巻き起こり、誤解を重ね警戒心を過度に募らせた両派閥は闇派閥(イヴィルス)という本当の敵を未だ抱えているにも関わらず大規模な犠牲を避けられない抗争寸前まで突き進む。

 

 その顛末はあまりにお粗末であり、払われる可能性のあった犠牲に見合うものでは寸分たりともなかった訳だが、この事件が両派閥に決定的な決裂をもたらした。

 

 かと言って双方の実力が分かっているため、警戒はしつつも全面衝突には決して突き進まない。

 

 その結果到達したのが決して戦闘状態には突入せず不用意な行動を双方が控える気味の悪い沈黙の続く状況、言うなれば冷戦状態。

 

 双方は下手に相手を刺激しないように戦力を動かすのを慎むようになった。

 

 それはいい。

 

 都市二大派閥の抗争などそれこそ闇派閥(イヴィルス)以外誰一人として望まないのだから。

 

 だが…その代償に迷宮都市(オラリオ)では都市二大派閥という貴重な戦力の活動が停滞するという事態を招いた。

 

 いつかは冷戦状態は終結し、熱りも冷める。

 

 そう誰もが思っている。

 

 当事者双方でさえもそれは願っていること。

 

 いつかは疑心暗鬼を解き、共闘体制が復活することさえあり得るかもしれない。

 

 だがその『いつか』が来るまでには数多の犠牲が払われるのは明らかだった。

 

 その『いつか』を待てない人々が多いのは隠しようのないことだった。

 

 そしてその『いつか』を待てない人々が今回の場合はリューとボールス達だった…ただそれだけのこと。

 

 リューはその『いつか』が来るまでの犠牲は容認できない。

 

 その『いつか』以外の希望を見出さなければ、さらなる犠牲を生むことになる。

 

 だから現実を突きつけられても尚言葉を紡いだ。

 

「それでも…犠牲を防ぐための手立てが必要です。そのためには何としてでもあの怪物を討たねば…」

 

 リューはあくまであの怪物を討つことに執着する。

 

 それはただ単に言葉通り犠牲を防ぐためではない…と言うべきかもしれない。

 

 頭の片隅からは命を落としてしまった仲間達の仇を取りたいという思いが完全に消えた訳ではなかったから。

 

 ボールスはそんなリューの執着を一刀両断した。

 

「無理だな。そんな化け物討てる訳ねぇだろ?」

 

「しかしっ…!」

 

「まずあの化け物を討つだけが犠牲を減らすための手段じゃねぇだろ。違うか?その別の手段を取って生き残った【疾風】さんよぉ?」

 

「…はい?」

 

 ボールスの煽り調子も含んだ言葉にリューは顔を顰める。

 

 リューはボールスの意図を図りかね、言葉を詰まらせた。

 

 リューの理解が及ばなかったことを早々に察したボールスはその意図を言葉にした。

 

「…要は逃げりゃいいってことだよ。冒険者なんて命あっての物種だ。オメェらだってそれが分かってたから、その化け物から四人で逃げたんだろ?」

 

「それは…」

 

 その時の話の流れを考えれば…違った。

 

 アリーゼも輝夜もライラも死を覚悟していたし、リュー自身は独り遺されるのが嫌だっただけで生き残りたいという強い意志があった訳でもない。

 

 ただそんな事情ボールスにはどうでもよかった。

 

「ということで俺らはそんな怪物現れたらオメェらと同じように逃げるぜ!そんな怪物相手にもしたくねぇぜ!」

 

「…」

 

 リューからすれば犠牲を防ごうという義務感の欠片もない発言にリューは心底ボールスを軽蔑した。

 

 ボールスがリューの話を持ち出したのは、単なる自己肯定のためだったように聞こえるからである。

 

 だがボールスの話には続きがあった。

 

「だから…その化け物が現れたらリヴィラの連中には即座に退避させる。リヴィラはモンスターに何度壊されようと絶対に再建してやる。それと18階層より下に潜ろうとする連中もできる限り足止めしておく。そうすりゃ犠牲は減らせるだろう。違うか?」

 

「…ボールス?あなたはそのようなことまで考えて…」

 

 ボールスの口から飛び出したのは犠牲を減らすための配慮とも言える内容。

 

 予想外の配慮を見せたことにリューは驚きを隠せない。

 

 それこそあの怪物を討つことでしか犠牲を食い止められないと思い込んでいたリューからすれば天啓に等しきもの。

 

 リューはボールスを実は敬意を抱くべき相手なのではと若干見直し始めるが…

 

「ま、俺らはあの化け物の怖さを知っているのに他の連中に死なれたら寝覚めが悪いからな!勝手に死ぬのはどうでもいいが、俺が話さなかったせいとか言われると気に食わねぇ!」

 

「…」

 

 …やはりリューはボールスを見直すのは無理だった。結局ボールスはあまりリューにとって好ましい態度を取れるような人物ではない。

 

 …と思いきやまだボールスは未だに話の本題に入れていなかったのでその評価は未だ定める訳にはいかなさそうだった。

 

「で、この所謂リヴィラの総意って奴をギルドに伝えておいてくれよ。【疾風】?」

 

「…は?なぜ私が?リヴィラの総意を伝えるならば、私ではなくリヴィラの冒険者の方が…」

 

「要は【疾風】は地上に戻れって言いたいんだよ。それぐらい分かれよ…」

 

「なっ…」

 

 リューはボールスの思わぬ指摘に言葉を詰まらせる。

 

 …ボールスは応急処置を済ませた後何をするつもりか読んでいたのだ。

 

 リューは地上に戻ることなく捜索を継続するつもりだったから。それが犠牲を出さないための最善策だと思っていたから。

 

 …例え戦力が集まらずともリューだけは諦めるつもりはなかったから。

 

 なぜならアリーゼに託された役割だとリューは考えていたから。

 

 アリーゼは戦力を集め、あの怪物を撃破しこれ以上の犠牲を防ぐことを願っていた。

 

 だからリューはどんな状況下でもその役割を遂行しなければならないと考えていた。

 

 しかしボールスはリューを止めるべくギルドへのリヴィラの総意の報告という役割を与ようとした。それが何故かをボールスは語る。

 

「現場を確認して賞金首がいくつも残っててそれなりに儲けさせてもらったが、ジュラやら数人の幹部の遺体がなかった。…それは流石に【疾風】も気付いてんだろ?」

 

「…ええ。なのでジュラ達の捜索も必要で…」

 

「となれば、逃げ帰るのは地上。違うか?」

 

「…つまり地上に戻って私がリヴィラの総意だけでなく闇派閥(イヴィルス)に関する警戒のための報告が必要…ということですか?」

 

「それだけでなくあらゆる意味で戦力が必要な以上、地上に戻るのは必須なんじゃねぇか?」

 

「…地上に戻れば、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】に協力の要請もできる…」

 

「あとはオメェの仲間達の治療の状況の確認もしてもいいんじゃないか?」

 

「それは…ええ。できればしたいです」

 

「なら【疾風】が今何をすべきか分かるよな?」

 

 ボールスはそれ以上何も言わなかった。

 

 リューが自ずと為すべきことを見出したからである。

 

 成果を期待できない捜索よりも闇派閥(イヴィルス)の撃破の方が優先。

 

 さらに言うならリヴィラで集めた以上の戦力を集めることも地上なら不可能ではない。

 

 リューは成果なき捜索よりも平和と秩序を守るために地上に帰還することが優先だという判断に至ったのだ。

 

 そこに含まれるボールスの意図がリューの無謀な捜索を防ぐことにあったのか闇派閥(イヴィルス)やあの怪物の排除をリヴィラをまとめる者として欲したのかは分からない。

 

 だがボールスは確かにリューに優先順位の転換を促した。そして同時にリューの無謀な行動を抑えるかのような配慮を見せた。

 

 …今の配慮だけではない。倉庫を貸してくれたことも。そもそもリューの求めに応じ冒険者の一団を編成してくれたことも。

 

 鈍感なリューでも流石に気付く。

 

 

 …今のボールスはこれまでの無法者で屑なイメージから掛け離れた言動が多過ぎる、と。

 

 

 違和感に気付いてしまったリュー。

 

 リューは違和感を心の中に留めておくことはできず、ついつい言葉にしてしまっていた。

 

「…あの。ボールス?どうして私にそんなにもたくさん気遣ってくださるのですか?」

 

「…あ?」

 

「いっ…いえ。確かに私は報酬を提示したので協力してくださった理由は十分成り立つと思っているのですが、それだけでここまでのお気遣いをして頂けるとは思えなく…」

 

「そこまで俺様の気遣いに気付いておいて木刀を投げつけるたぁ、ありえねぇんじゃないですかねぇ?【疾風】さんよぉ?」

 

「うっ…すみません」

 

「…まぁいい。それはともかく、だ。【疾風】が俺に示したのは『それだけ』じゃなかったんだから当然じゃねぇのか?」

 

「…はい?それは一体どういう意味で…」

 

 リューの問いにボールスは愚痴の一つも挟みつつ答える。

 

 ボールスの言うリューがボールスに示したものが報酬だけではなかったという言葉の意味。

 

 リューはボールスとの少し前の協力を求めた時の対話を思い返す中で早々に答えに辿り着いた。

 

 …リューは薄々勘付いた。

 

 自分の『あの行動』がボールスを動かしたのかもしれない、と。

 

 ただその行動はリューにとっては口にするのも憚りたくなるような黒歴史。

 

 リューはボールスにその行動が原因だったのか尋ねるのを憚り、口を閉ざす。

 

 そのためそのリューの行動を言葉にする役割はボールスに回されることになった。

 

「正直言ってなぁ?【疾風】?俺は最初オメェに頼まれた時に断ってやるつもりだった。オメェらを壊滅させた怪物相手に報酬がどれだけあろうと、助けてなんかやるかってな」

 

「なっ…」

 

「それに相手が相手。【アストレア・ファミリア】の融通の効かねぇ頑固エルフの小娘ときた。俺達にどんな事情があっても悪事は悪事と冷めた視線で取り締まってくる女に協力しようだなんて最初は寸分も思わなかったぜ?」

 

「がっ…頑固エルフ!?」

 

 唐突に始まるボールスのリューへの罵倒。問いに関係あるのかさえも分からずリューは困惑しつつ頑固エルフ呼ばわりされたことに怒りを覚え始める。

 

 だがボールスの話にはこの後『転』があった。

 

「けどなぁ。今回の【疾風】には協力してやってもいいと思えた。…跪いた女に頼み込まれて無視するほど俺も男が廃ってねぇからな」

 

「くっ…」

 

 ボールスは遠慮なくリューの為した『あの行動』に触れ、リューは屈辱のあまり歯ぎしりする。

 

 リューのボールスに示した行動。

 

 

 それは跪いての懇願。リューはボールスを前に両膝を突いてまでして協力を求めていたのだ。

 

 

 もちろんリューだってそのような懇願だけで協力を引き出そうとした訳ではない。

 

 報酬も事情も全て話し込み万事を尽くした上で行ったのである。

 

 ただここまでになると、これまでのリューにとっての『万事を尽くす』を越えたことをやっていた。

 

 リューにとっての黒歴史だというのは決して過言ではない。リューには思い返すだけで恥が込み上げてくる。

 

 エルフとしては他人を前に跪いて懇願するなど屈辱でしかない。

 

 だがそこまでやったことには確かな意味があった。

 

 リュー自身は気付かずともリューがそこまでしたという事実自体が大きな意味を持つのは言うまでもないこと。

 

 そしてその意味をボールスは気付き、気付いたからこそ協力に動いたというのが真相であった。

 

「正直目の当たりにした俺が一番驚いたぜ。あれだけ誇り高いはずのエルフが強いられもせずに他人の前に跪くなんて考えられねぇ。【疾風】なら尚更で未だに俺の幻想なんじゃねーかって思うくらい理解できねぇ。…だがそれを【疾風】は実際にやってのけた。それも俺が遊び半分に辱めるために要求したからでもねぇ。自分の生命惜しさでもねぇ。はっきりオラリオのためだと言ってのけた。そうだったよな?」

 

「…ええ。確かに迷宮都市(オラリオ)にこれ以上の犠牲を生まないためにあの怪物を討つ必要があると言いました」

 

「俺はオメェみたいに振る舞える奴を初めて見た。今まではすげぇ気に食わなかった女にあれだけ懇願されたら悪い気がしねぇとかそれだけじゃねぇんだ。同業者のため、迷宮都市(オラリオ)のため、あそこまでできるのはそれこそエルフに限らずとも数える程しかいねぇだろ?冒険者は皆自尊心が無駄にあるからな。だが【疾風】はその自尊心をかなぐり捨てて俺を頼った。俺の力が必要だと言った。そうなりゃ断る訳にはいかねぇだろ?」

 

「つまり…私の卑屈な態度がお気に召した…と?」

 

「そんな理由じゃねぇよ。他人のためにそこまでできるなら…助けてやってもいいと思った。【疾風】が跪いて俺に頼み込んだことは俺の目には覚悟の現れだと映った。そんな覚悟を見せる女を前に男が拒否して逃げるようじゃ滅茶苦茶ダセェ。【疾風】は俺の心を動かせるだけのことをしたんだ。それは卑屈などとは取らず誇りに思ってもいいくらいだと思うぜ?」

 

「…はぁ」

 

 ボールスの物言いにリューは反応に困る。

 

 ボールスがそこまで自らの黒歴史だとみなす行動を評価するのか分からなかったから。

 

 ただ実際問題リューのやったことにはボールスが言う通り衝撃的な意味があった。

 

 ボールスはリューという一人の冒険者を突き動かす強烈な信念の発露に気付いたのである。

 

 その信念が向けられたのはアリーゼだけでなく都市全体の人々。

 

 その本質は実際には違うとしても、結果的にはリューは何物よりも優先して迷宮都市(オラリオ)のために動いた。

 

 それはアリーゼや輝夜、ライラを治療院に移送に同行せずひたすらあの怪物の討伐に執着していたことからも明白。

 

 自らの周囲だけでなく迷宮都市(オラリオ)全体のことを視野で行動する冒険者は今やいない。

 

 ボールス自身は言うに及ばず【勇者(ブレイバー)】などの都市を守るために戦っていたはずの面々も今では自らの派閥や自身のことしか考えて動けていない。

 

 過去にどうだったかは今のボールスの身を守るのに役には立たない。

 

 未来にどうなるのかを期待した所で今のボールスの身を守ることはできない。

 

 

 今リューが迷宮都市(オラリオ)のため、ひいてはボールスのために動くだけの覚悟を示した。

 

 

 だからボールスはそのリューの覚悟に免じ、協力した。

 

 男としての意地、報酬に目が眩んで、リューに懇願されるという優越感…様々な理由がボールスを動かしていたのは疑いようはない。

 

 とは言ってもボールスがリューの覚悟に動かされたというのもまた揺るぎようがない事実であった。

 

 そうしてリューの覚悟に動かされたボールスは色々とリューの変わらぬ部分に不平を抱きつつも、これまでのリューへの悪印象を取り払っていた。

 

 その現れがリューへ見せる気遣い。

 

 結果的にリューがボールスに跪いたことがリューに対するボールスの劣等感を消し去り、精神的余裕をもたらした…という風に解釈することもできるかもしれない。

 

 そんな形でリューが無意識に自らを変革したことによってもたらされたリューとボールスの関係の改善はリューにとっての思わぬ僥倖に繋がった。

 

「ま、ということで改めてこれからも宜しくな?【疾風】さんよぉ?」

 

「…は?何を言って…」

 

「何って決まってんだろ?一度協力してダンジョンを探索した仲なんだぜ?今後はドシドシ報酬話や闇派閥(イヴィルス)の糞共を潰す時は俺に声を掛けろよ?リヴィラの連中を引き連れて賞金首掻っ攫いに参上してやるからよ。あとできればこれまでよりちょっと規制をだな…」

 

「それは無理です。悪事は見過ごせません」

 

「どおおおおしてだよぉぉ!!少しぐらいいいだろ?なぁ!?」

 

 …リューの意識が少し変わったとは言え頑固さは抜けきらず、ボールスも小さな悪事ぐらい問題ないという意識が抜けきっていない。

 

 人は大きな転機があっても結局大きく変われないと言うのが実情なのかもしれない。

 

 しかし何も変わらなかった…という訳ではない。

 

 こうしてボールスの積極的意思によってリューとボールスの協力関係が成立させられたのだから。

 

 そんなボールスの意志を引き出したのはリュー自身に他ならない。

 

 そしてリューの変化を引き出したのはアリーゼの信頼であった。

 

 これからリューはボールスの説得のお陰もあり捜索を切り上げ、地上に帰還することになる。

 

 その優先すべき目的となるのはボールスに頼まれた今回の一連の事件をギルドに報告することもあるが、それだけではない。

 

 輝夜とライラの治療の状況の確認。

 

 …そしてアリーゼの意識が戻ったか否かの確認。

 

 この後しばらく続いたボールスとのつまらない諍いを切り上げたリューの心はこの二点に不安を抱えつつダンジョンを踏破することになる。




リューさんとボールスさんしか事実上登場しないとても奇妙な回が2回続きました。
ただ実を言うと、13・14巻でリューさんとボールスさんって関与してるんですよね。その上命を救ってくれたリューさんのために筋を通したボールスさんはいい人です。それだけでなくリューさんの木刀をわざわざ地上まで持ち帰った不思議な人です。実はリューさんの木刀をペロぺ…(略
それはともかく5年早くなりましたが、ボールスさんにはリューさんにそれなりの好意と下心を持って接してもらいます。モルドさんもでしたが、ダンまちの男達は結構好感持てますよね。

さて物語全般に関しては以上とし、ここからは二点触れます。

まずは都市二大派閥の冷戦状態について。これは原作通りです。
ご存じでしょうが、5年後の原作でさえ抗争の火種が定期的に撒き散らされる始末。
…まぁ状況が酷い。『大抗争』での共闘は半分奇跡でしょう。(白目)
そして【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の共闘体制が復活するという『いつか』。
それは実際に外伝12巻で実現しています。そのお陰で都市崩壊は避けられた訳です。
…ですがそれまでにどれだけの犠牲が払われましたか?共闘体制さえ継続していれば生まれなかった犠牲はないのですか?
誰が悪かったのかは原作では明確に言及されていません。そのためフレイヤ外伝で触れられた事件を導火線として規定しました。
3周年を見たが故の対立しない都市二大派閥の可能性は今作のテーマの一つです。
都市二大派閥が敵か味方かそれ以外かは今後の動向で決定されることになるでしょうね。

そして多分衝撃だっただろうリューさんがボールスさんに跪き懇願したという事実。
作中で説明した通りアリーゼさんの信頼がリューさんをここまで動かしました。
まぁこうでなくともよかったんです。単に覚悟を決定的に示せる動作さえあれば。
外伝12巻でフィンさんはフレイヤ様の元を一人で独断で訪れ、理想を語りフレイヤ様を動かした。ここでフィンさんは覚悟を示した。
リューさんはボールスさんの協力を引き出すために最大限の情報を提供し、跪いて誠意を見せることでボールスさんを動かした。これもまたリューさんの覚悟の形です。
要は相手がやれるはずがないと思うことをやり、度肝を抜くのが一つの覚悟の示し方…だと考えました。
フィンさんは団長として普通不仲な派閥の本拠に乗り込みなど有り得ない。
リューさんもエルフの矜恃と頑固さを考えれば、跪くなど想定出来るわけもない。
だから効果がありました。
当初の予定ではアリーゼさんへの心配のあまり女の涙を用いた泣き落としを検討してましたが、流石になんか嫌だったので撤回しました。

さて今回は事実上の状況説明回となり、【厄災】戦の結末と都市二大派閥の現状の説明が中心になりました。
次回はようやく生き残った【アストレア・ファミリア】の仲間達との話が中核になります。
が…状況が芳しくないのは言うまでもないことでしょう…

尚一つ予告すると、次回で一段落するので以前触れていた人物相関図を公開する予定です。
作品内に取り込むのは簡略版。
Twitterでの公開はダンメモ画像使用版。
…とする予定です。今作理解にお役に立てば幸いです。人物相関図は矢印が微妙にごちゃごちゃなので改善もどんどん進めたいですね。


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傷つきし星乙女達の葛藤

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「【 戦場の聖女(デア・セイント)】っ!!」

 

「あっ…リオンさんお待ちしておりました。…っ。応急処置は為されたようですが、酷いお怪我です。すぐさま治療を…」

 

「私のことはいいっ!!アリーゼはっ!?アリーゼはっっ!!」

 

 リューによって【 戦場の聖女(デア・セイント)】と二つ名で呼ばれた少女の名はアミッド・テアサナーレ。

 

 彼女は【ディアンケヒト・ファミリア】団長でオラリオでも指折りの治療師であった。

 

 そんな彼女の元をリューが訪れたのはアリーゼ・輝夜・ライラが治療のために移送された場所が【ディアンケヒト・ファミリア】の運営する治療院だったからであった。

 

 そして言葉通りリューの来着を受付で待っていたアミッドは息絶え絶えに飛び込んできたリューの姿を認めると、冷静沈着に応答してリューを出迎える。

 

 とは言えリューの身体の至る所に巻かれた包帯とリューの身ぶりの違和感を見過ごせなかったアミッドはリューに治療を提案するが、リューにはそれを即座に拒絶された。

 

 リューの頭の中はアリーゼの容体がどうなっているかで一杯であり、自らの身体の痛みなど考慮にも値しなかったのだ。

 

 それもそのはず。

 

 

 リューの希望が残されているか否か。

 

 

 それは全てアリーゼに賭けられているようなものであったのだから。

 

 そんなリューの心情をアミッドは知らない訳だが、仲間の安否を憂うリューの心情を慮れないアミッドではない。かと言ってアミッドには治療師としての立場がある。完全な治療が施されていない負傷者を見過ごすことはできなかった。

 

 よってアミッドはアリーゼへの心配が強すぎるが故に冷静さを欠くリューにはきちんと現実を伝え、宥める必要があると判断した。

 

「リオンさん。ローヴェルさんは未だ意識は戻っておりませんが、ご無事です。私が責任を持って治療を施させて頂きました。…その点はご安心ください」

 

「ほっ…本当ですか!?ふぅ…良かった…良かったぁ…」

 

 アミッドの言葉にリューは安堵の溜息を漏らす。それだけでなくアリーゼの容体への不安がもたらしていた緊張感も解けてしまったため、リューは思わず身体の力が抜けペタンと床に尻餅をついてしまった。

 

 そうして安堵の言葉を何度も口ずさむリュー。しまいにはリューは嬉し涙まで溢していた。

 

 …そんなリューは気付かなかった。

 

 アミッドが『その点は』と含みのある言葉を用いていた事にも。

 

 アミッドがリューの心の底から安堵している様子に痛ましさまで感じ、表情を歪めていたことにも。

 

 そして治療師としての立場から心を鬼にしたアミッドは今はリューに一部の事実を隠し、リューに治療を施そうと心に決めた。

 

 …そこまでの判断を下させるだけの残酷な事実をアミッドは知っていた。

 

 だが今はそれを隠し、アミッドは偽りの笑顔を浮かべリューに声を掛けたのであった。

 

「なので今はリオンさんは自らのお身体にお気遣いください。詳細は後ほどお話ししますので、今は私の治療をお受けください」

 

「…っ。…すみません。少々見苦しい姿をお見せしました。そう…ですね。【 戦場の聖女(デア・セイント)】がそう仰るなら、お言葉に甘えてお願いします」

 

「…ええ」

 

 リューはあっさりとアミッドの偽りの笑顔に騙されていた。涙を拭い徐にリューは立ち上がると、手招きして診察室へと案内するアミッドの後を素直について行った。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

『ローヴェルさんとの面会は申し訳ありませんが、許可できません。意識が未だお戻りではないのも理由として挙げられますが、面会がローヴェルさんの容体に悪影響を及ぼす可能性がありますので』

 

『ゴジョウノさんとライラさんとのご面会も時を空けた方がよろしいと思いますが…それでもリオンさんは面会なされますか?』

 

 治療中に告げられたアミッドの言葉。

 

 流石に鈍感なリューでも察した。

 

 …何かがおかしい、と。

 

 アリーゼとの面会を断られたのはある程度仕方ないと思えた。意識が戻っていない以上リューがアリーゼと会っても話すことはできない。

 

 とは言えアリーゼの顔を一目見たいと言ったリューの要望さえも拒否されたのは違和感を禁じ得なかったのだ。

 

 だからと言ってリューも無理矢理アリーゼと会って万が一容体が悪化でもすれば、責任を取ることなど到底叶わない。そのためこちらはリューが引き下がった。

 

 リューからすれば意識が戻らずともアリーゼは生きている。いつかは必ず目を覚ます。それだけで十分であった。

 

 もちろんアリーゼの声を聞きたい…という想いがリューの中にあったのは無視できないが。

 

 ただ逆にアミッドはアリーゼの時とは違い、輝夜とライラとの面会は控えるように勧めてきたのがリューとしては奇妙であった。

 

 輝夜は失った片腕の再生は叶わなかった。

 

 ライラは失明した目の治療は叶わなかった。

 

 とは言え輝夜もライラも命に別状はなく、輝夜の場合は義手の手配も始められたとのこと。

 

 それこそ意識の戻らぬアリーゼよりも容体が安定していて面会しても問題ないはず。

 

 …にも関わらずアミッドはリューに面会を控えた方がいいと言った。リューにはその理由が分からなかった。

 

 だからリューは特にアミッドの提言を気にすることなく面会を再度求めた。その求めにアミッドはそれ以上は止めようとしなかった。そのお陰で尚更リューはアミッドが止めようとした真意を図れなかった。

 

 そんな形でアミッドに治療してもらう間に違和感を募らせたリューはアミッドの許可で輝夜とライラがいる病室を訪れた。

 

 最後に会ってから数日だとしても。

 

 輝夜やライラ達【アストレア・ファミリア】の仲間達と毎日のように顔を合わせてきたリューからすれば初めての長期の離別とも言えて。

 

 リューの中では感慨も一塩であった。

 

 自分の前から大切な仲間達がいなくなってしまうかもしれない。

 

 自分の居場所がなくなってしまうかもしれない。

 

 そんな恐怖を感じさせられたリューにとって輝夜とライラの存在はこれまで以上に大きくなっていた。輝夜とライラに触れられても拒絶しないようになったことが何よりの証拠となるだろう。

 

 そんなリューにとってはこの時より仲間との感動の再会の一時が始まる…はずであった。

 

「輝夜。ライラ。私です。リオンです。入らせて頂きますね」

 

 だがそんな期待を抱きながら声を掛けてノックまでした後に病室のドアを開けたリューを迎え入れたのはリューの望みとは完全に掛け離れた二人の態度であった。

 

「…よく顔を出せたなぁぁ…!糞エルフ!!」

 

「なっ…輝夜!!ぐっ…一体どういうつもりですか!?がぁ…うぐっ…かっ…ぐや…」

 

 ドアを開けた瞬間リューの視界に飛び込んでいたのは怒気を超え殺気まで放ち額に青筋を立てた輝夜。

 

 そして次の瞬間には眼前に滑空している花瓶が映っていた。

 

 輝夜がこれを投げた…?

 

 そんな状況を飲み込めていない遅過ぎる状況判断をした時にはリューの行動の全てが遅かった。

 

 その時には輝夜は被っていた毛布を乱雑に捲り、リューとの距離を縮め…

 

 輝夜はリューの首を正面から掴み掛かってきたのだ。それも力加減など一切ない握力で。

 

 輝夜はLv.4の冒険者。同レベルの冒険者であるリューであろうと、そんな冒険者に容赦なく首を絞められればどうなるかは明白。

 

 リューは呼吸もままならず息が詰まり、輝夜を止めるための言葉さえも紡げなくなる。その結果リューは息苦しさにもがくことしかできない。

 

 そんなリューの様子に掴み掛かった輝夜は憤怒に飲まれたままさらにリューの首を掴む力を強めようとする。

 

 強まる圧力に意識が朦朧とし始める中リューは言葉ではもはや輝夜を止められないと悟る。

 

 かと言って今のリューには自らの手で輝夜を押し除け、結果的に輝夜を傷つけるという判断もできない。

 

 それでリューはライラに助けを求めようと視線を輝夜から移した。ライラなら止めてくれるはず。そう思ったから。

 

 だが視線を向けた先のライラとは目を合わせることさえできなかった。

 

 …ライラは毛布を被りリューに背を向けたままだったのだ。

 

 リューが病室を訪ね、輝夜が怒号を発しているこの状況など看過しないと暗に言っているかのように。

 

「…糞がぁぁ!!」

 

「がはっ…ゲホッ…ゲホッ…ゲホ…ゲホッ…」

 

 最終的に状況を変えたのは輝夜であった。

 

 輝夜はリューを唾棄するように床に放り投げ、病室の壁面へと叩きつける。

 

 そのお陰でリューはようやく息苦しさから解放されて勢いよく咳き込んだ。

 

 リューは背中に走る痛みに耐え呼吸を整えつつ、輝夜にキッと抗議の意味を込めた視線を向けた。

 

 輝夜にこのような目に遭わされる理由がリューには全く分からなかったからである。

 

「…何をっ…何をするのですか!?輝夜っ!どうしてこのようなことをっ…」

 

「どうしてだぁ?お前はまだ自分のやったことが分からんのかぁぁ!!」

 

 リューの言葉に輝夜はさらに怒りを増長させる。

 

 輝夜は投げ飛ばしたリューとの距離を縮め、今度は足蹴にまでしようとしてきたのである。

 

 だが流石にそこまでされる事をリューも容認できなかった。

 

 輝夜がリューに蹴りを入れようと伸ばした脚を掴かみ取ったリューは激情に呑まれ防御を忘れた輝夜をその場に転ばせる。

 

 そしてうつ伏せになった輝夜の残された片腕を背中に回させ何とか取り押さえたリュー。

 

 いくら同レベルの冒険者でも片腕の有無がリューと輝夜の間に決定的な力の差を生んだ…とも考えられるかもしれない。

 

 ともかくリューは呼吸を乱しながらも、輝夜の暴走の訳を尋ねずには気が済まなかった。

 

「…どういうつもりです?私が何をしたと言うのですか…!私は輝夜に襲い掛かられるような事をした覚えはありません!!」

 

「…覚えがない…だと…?お前は自分が何をしたのか分かりもしないのか!?」

 

「だから何を言って…!」

 

 

「お前が団長に捨て石になる事を許したんだろうが!?それをお前は忘れたとでも言うつもりか!!!」

 

 

「…ぇ?」

 

 輝夜はリューの取り押さえの抵抗をやめた。

 

 だが物理的な抵抗の代わりに輝夜が口走った言葉はリューを凍りつかせた。

 

 

 私が…アリーゼを見捨てた?

 

 

「私とライラは確かに反対したっ…なのにお前が…お前がぁ!!」

 

 違う。

 

 アリーゼが自分のことを信じて任せて欲しいと言ったからアリーゼを信じて一人残したのだ。私は悪くない。

 

 私のせいでアリーゼの意識が戻らない訳ではない。

 

「捨て石になるなら…団長ではなく私がなるべきだったのにっ…なのにお前はっ…団長の背中を押して…お前はっ…!私達はっ…!団長を死地に追いやった…」

 

 違う。

 

 捨て石になんて誰一人としてなってはいけないし、なってはいない。あの時は全員が生き残るのが一番大事だった。輝夜の言葉は間違いだ。

 

 アリーゼも輝夜もライラも私も生き残っている。

 

 だから私達はアリーゼを死地に追いやった訳ではない。

 

 そう思うのに。そう反論すべきなのに。

 

 …リューには言葉が出てこなかった。目の前の輝夜にどう反応を返せば良いか分からなかったからだ。

 

 輝夜は…泣いていた。リューを罵りながら…顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

 リューの初めて見る輝夜の姿であった。

 

 …輝夜があの時のことを後悔しているのだ。それもリューが感じている後悔よりも何十倍も大きな後悔を。

 

 アリーゼをあの怪物を相手に一人殿として残した時のリューとアリーゼの間で一致し、輝夜とライラの反論を押し切って下された判断を。

 

 リューの認識では全員生き残っているから何の問題もないはずなのに。

 

 なのに輝夜はリューとは違って現状を何倍も重く受け止めている。

 

 …何か二人の間で事実認識に誤差があるのでは?

 

 …輝夜にはリューには見えない『現実』があるのでは?

 

 色々と疎いことに輝夜の指摘を待たずとも流石に自覚があるリュー。

 

 リューはまず輝夜にその『現実』を尋ねなければ、話を進められない。そう判断して恐る恐る口を動かした。

 

「…輝夜?死地に死地にと言いますが、アリーゼは決して命を落としてなどいません。ちゃんと私がボールスの仲間に依頼し、この治療院へ…」

 

「そんなことっ…知ってるわっ馬鹿者!!だがお前は団長の容体を直接その目で見たのか!?テアサナーレの口から聞いただけではないのか!?」

 

「…へ?一体何を…言って…」

 

「団長の容体に問題がないっ…これが本当に事実なのか私達に分かるのかっ!?」

 

「…え?ぇ?」

 

 輝夜の指摘はリューの思考の範疇外を突くもの。

 

 治療を施したアミッドの言葉を信じない。そんな発想自体リューの中には存在しなかったのだ。

 

 だが輝夜には…昨今のオラリオの『現実』を知り疑心暗鬼に囚われる者の一人である輝夜には…何より既にその『現実』を突き付けられた輝夜にはリューにはない発想を生み出す素地が存在した。

 

「…私とライラの早急の退院がテアサナーレに認められなかった。あの女は私達を隔離したがっているのかもしれん」

 

「…はい?なぜです?輝夜は義手が用意されれば退院も不可能ではないはずです。なぜ【 戦場の聖女(デア・セイント)】は認めなかったのか…」

 

「知るかっ!!少なくとも分かるのは私達は知ってはならないことを知ってしまった可能性があると言うことだ…!それで口封じのためにひとまず治療院に隔離しようとしている可能性がある…それを許したのはリオン。お前の判断のせいだ」

 

「…知ってはならないこと…?何ですか?そんなものを私達がいつ知ったと…」

 

「あの私達を蹂躙した怪物のことだ…ド阿保めが…」

 

「…ぁ」

 

 輝夜の言葉は力がなかった。だがリューの心には嫌が応にも響いていた。

 

 輝夜の推測はリューにも理が叶っていると…思ってしまったからである。

 

 リュー達【アストレア・ファミリア】と【ルドラ・ファミリア】を壊滅に追い込んだ謎の怪物。

 

 その存在は冒険者にとって大きな脅威である。…隠蔽を考えても何ら不思議ではない。

 

 輝夜が警戒しているのは正確を期すならば治療を行ったアミッド達【ディアンケヒト・ファミリア】ではなくその背後にいるギルド。

 

 ギルドがあの怪物と交戦した数少ない生存者であるアリーゼ達を隔離し、情報を伏せようとしている可能性は…リューにも考えることができた。

 

 …ただでさえ今回の【ルドラ・ファミリア】の一件と『27階層の悪夢』における違和感をギルドに輝夜もリューも抱いているのだから尚更であった。

 

 そしてその生存者の中で一番情報を握っている可能性があるのが…最後にあの怪物と交戦したと思われるアリーゼ。

 

 そのアリーゼの握る情報を抹消するためなら何をするのか分からないと輝夜は考えているのだとリューは察した。

 

 輝夜はリューに突きつける。

 

 リューが犯したかもしれない二つの罪を。

 

 その罪に輝夜が何を感じているか。

 

 

 それはアリーゼを死に追い込んだかもしれないリューへの憎しみであった。

 

 

「お前の浅はかな判断のせいで団長はあの化け物相手にたった一人で残り…今尚生死の境を彷徨っている…それどころか私達はもう団長に二度と会えないかもしれないのだぞ?それを招いたのがお前の言う『信頼』か?ふざけるなっっ!!団長をなぜお前は止めなかった!!」

 

 第一の罪。それはアリーゼの虚勢を盲信し、アリーゼを死地に残したこと。

 

 違う。アリーゼはリューを信頼し、リューはアリーゼを信頼した。

 

 その『信頼』は互いの役割の成功が前提だ。

 

 だがその前提が本当に成立しているのか…アリーゼが生還したという前提が成立しているのか…リューは本当の意味では知ることができない。

 

「それだけでなくお前は私達をこの治療院に移送させ、【ディアンケヒト・ファミリア】が隔離可能になる状況に追い込むに止まらず、団長の運命を信頼のできぬ者に委ねた。…どうしてお前はすぐに戻ってこなかった…どうして団長と共に戻らなかったっ!!お前が居ればっ…お前が団長と共にいれば、団長の容体が確かめられないなどというふざけた状況には陥らなかった!!」

 

 第二の罪。それは三人を信頼できるか疑わしい他派閥に預け、彼女達の運命を思うがままにさせたこと。

 

 違う。リューにはアリーゼの望んだあの怪物の撃破という役割があった。

 

 だからその役割を果たすべく三人を地上に移送するのを任せたのは何ら間違っていない。

 

 だが輝夜の抱く疑念を踏まえれば…それが正しかったのかリューには分からない。そんなモンスターの相手よりも大切な仲間の安全の方が大事だったのではと心が揺らぐ。

 

「…お前のせいだ…お前のせいだ!団長の消息も掴めない!片腕を失った私では失明したライラを連れての治療院の脱出も叶わん!例え五体満足なお前が暴れ回った所で敵を増やすだけで何の意味もない!!完全に手詰まりだっ!!お前が団長を…私達を殺すかもしれないんだぞ!?どう責任を取るつもりだ!!」

 

「あぁ…ぁぁぁ…」

 

 リューを巣食い始めた恐怖が輝夜の腕を抑えつける力を弱めていく。

 

 リューは輝夜の指摘を止めたい。輝夜の思い違いだと論破したい。

 

 だがリューには…できなかった。その根拠を突きつけられなかった。少なくとも今のリューは輝夜の論を否定し得る情報を何一つ持ち合わせていなかったから。

 

 抑える力が著しく衰える中、輝夜がリューの束縛から脱し反撃に移れる。そんな状況に至る直前に。

 

 

 これまで沈黙を保ち続けたライラの声が今更のように響いた。

 

 

「ごちゃごちゃうっせーよ。輝夜…頭にキンキン響く…喚き散らすな…」

 

「あぁ!?何だとライラ!?」

 

「ライラ…私はっ…私は…!」

 

 ライラの呆れと苛立ちが混じりつつも妙に達観したかのような声に輝夜は怒鳴り声で、リューは戸惑いがちに応じる。

 

 輝夜がライラにそのように言われる覚えはないと考え憤る一方リューはライラが自身に罪はないと弁護してくれる…そんな両者の感情にライラは淡々と応じた。

 

「けど…悪いがリオン。アタシは輝夜の考えに異論はねぇ…下手するとアタシ達は輝夜の言う通り詰んだかもしれねぇ…だから正直言って…今のアタシはお前の顔も見たくない」

 

 ライラが告げたのはリューへの弁護ではなく輝夜への賛同の意思。

 

 輝夜が見据えてしまった非情な『現実』だけでなく、ライラが絞り出す『知恵』までも…せめて四人で生き残りリューの居場所を守るという『理想』を不可能と見做した。

 

 輝夜もライラもリューが間違っていた。リューがアリーゼを殺した。そう宣告したのである。

 

 その宣告に…リューは耐えられなかった。

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

 奇声を張り上げたリューはその場にいることさえも耐えられなかった。

 

 輝夜の腕を無造作に離したリューは逃げるように病室を飛び出していく。

 

 リューに向かう先の当てなどない。

 

 ただ非情な現実を逃避するために…その場から逃げ出した。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…お前があんな風に泣きじゃくるなんて思わなかったぜ。輝夜」

 

「…人のこと言えるのか?あの青二才への不平不満を全部私に押し付けて、布団の中で縮こまっていたお前が」

 

 リューが逃げ出し残されたのは輝夜とライラのみ。

 

 輝夜はリューに床に抑え付けられた時と全く同じ場所でうつ伏せになっており、ライラは輝夜の言うように布団の中。

 

 リューが去った時と全く変化のない体勢でしばらくの間静寂を保っていた二人はようやくポツリとポツリと話し始めた。

 

「…リオンのせいだよな…アリーゼが一人残るって言った時にあいつが賛成しなければ、止められたかもしれないのに…」

 

「あぁ…」

 

「でも止めなかったアタシ達にも十分罪はあるよな…アタシ達もアリーゼを殺した共犯だ…」

 

「まだ実際は団長の安否が確定していないだけだがな…」

 

「でもアミッドの話をアタシ達には信用できない。ならそんな状況にアリーゼを委ねた時点でアウトだ。そうだろ?」

 

「…あぁ」

 

 リューをあれだけ責め立てた輝夜とそんな輝夜に賛同したライラ。

 

 ただ二人が責任を感じてないことなどあり得ない。…いや、逆に責任をそれこそリュー以上に感じているからこその問責であった。

 

「…私が捨て石を代わっていれば良かったのだ…なぜ私はあの時残ると言えなかったっ…?片腕を失いこれから一生前のように戦えぬ私に生き残る意味がどこにある?糞がっ…」

 

「…そう言うならアタシもだろ?アタシが足手まといにならなきゃ…お前達はもっと早く逃げれたかもしれねぇ…目ぇ見えなくてどう冒険者やれって言うのかねぇ…全くよぉ…」

 

 二人は手負いの身。かつてのように冒険者として戦うことができぬ身。

 

 …そこの点をリューは理解できていなかった。リューは輝夜とライラの絶望の深さが分からなかったのだ。

 

 二人が最初アリーゼの提案に従おうとした理由。

 

 二人が今まさにアリーゼの代わりに残っていればと後悔する理由。

 

 

 それが二人の手の施しようがない負傷にあった。

 

 

 そして怪我を負って冒険者として働けぬ二人と違ってアリーゼもリューも手の施しようがない負傷は負っていなかった。

 

 だからアリーゼとリューは生き残らなければならないと輝夜とライラの中で言葉を交わすことなく考えが一致していたのだ。

 

 だが…その考えはアリーゼとリューによって打ち砕かれた。

 

 その結果アリーゼの安否が自らの目で確認できぬ事態に追い込まれた。

 

 アリーゼと別れる瞬間に輝夜とライラが感じた絶望が…現実味を帯びてしまったのだ。

 

 …二人の中で希望は本当に潰えた。

 

 二人を飲み込む絶望はどこまでも深かった。二人に手詰まりと評させるほどの絶望であった。

 

 それがリューへの問責に繋がってしまったのである。

 

 ただ二人とも気付いている。

 

 その絶望はリュー一人に全ての責任を押し付けられるものではない、と。

 

 二人の無行動もまた絶望を生み出す原因だったのだ。

 

 リューへの問責は半分は言うなればただの八つ当たり。二人にリューを責める資格などあるはずもなかった。

 

 にも関わらず輝夜もライラもリューを恨んでしまった。憎しみをぶつけてしまった。

 

 そんな真似をする所まで追い込むほど二人に襲い掛かった現実は非情だった。

 

 アリーゼを失うかもしれないという恐怖。

 

 冒険者としての人生を絶たれてしまったという無力感。

 

 非情な現実が二人にもたらした恐怖と無力感が二人から生きる気力さえも奪っていたのだ。

 

 …二人はリューに当たってしまうほど自暴自棄になっていた。

 

 

 絶望に呑まれてしまった輝夜とライラ。

 

 今の二人に必要なのは何か?

 

 

 それは絶望を霞ませるほどの輝きを示せる揺るがぬ希望。

 

 

 これまでその希望を示してきたアリーゼはいない。

 

 ならば…その代わりを誰かが務めなければならなかった。

 

 輝夜とライラだけでなくオラリオ中の人々の希望を守るために。

 

 彼女達の信じる正義をこれからも巡らせていくために。

 

 その『誰か』は本当に存在するのだろうか?




輝夜さんが恐ろしいほど悲観的になってしまい、3周年第2部初期のリューさんと輝夜さんが完全に逆転した感じですね…
ここまで取り乱すか微妙な線ではありますが、一度死を覚悟したのにリューさんとアリーゼさんにその覚悟を勝手に振り回された挙句片腕を喪失して戦力外状態に追い込まれた状況。…正直これをどのように受け取るかは輝夜さんの僅かな描写からでは推測が厳しい。
少なくとも14巻では片腕を失った時点で『壊れかけた人形』と生を諦めた輝夜さんです。…現実をきちんと受け止められるが故に絶望に飲まれることはあり得る…と思います。
今回は言葉少なげでしたが、失明したライラさんも大して心境は変わらないです。
二人とも冒険者としての未来を失ったも同然ですからね…原作と違い生き残ったとは言え幸福と取るかは甚だ疑問な現状。
如何に原作の5年前の【厄災】戦イベントが悍しい物だったか作者自身扱いながら慄いてます。
そしてこの現状を本当に幸福に変えるのが今作のテーマの一つでもあります。

そしてそれに関わる輝夜さん・ライラさんとリューさんの衝突。
非常に難しい問題に仕上がってしまいましたね…
輝夜さんとライラさんにはアリーゼさんを捨て石にして生き残ったにも関わらず戦力外状態になっているという残酷な現実が存在する。
リューさんは輝夜さんとライラさんが生きていてくれるだけで十分でアリーゼさんに関して意識が戻ると盲信してるので二人と現実を共有できない。
輝夜さんとライラさんはアリーゼさんと運命を共にすることを考えていたのでアリーゼさんの判断に賛成したリューさんに憎しみを抱いてしまった。
そこに捨て石ならアリーゼさんではなく自分達であるべきだったという後悔まで重なり…
それだけに留まらずアリーゼさんの容体が実際問題分からない上に輝夜さんとライラさんの退院がなぜか妨害されているという【ディアンケヒト・ファミリア】への不信感を募らせる事態が発生している。
よくもまぁここまで問題を深刻にしましたね!この作者!
ま、これを解きほぐしていくんですけどね。
輝夜さんのただの憶測ですが、その憶測を補強してしまうようなギルドへの不信感がある。
ギルドは原作では『ジャガーノート』の情報をリューさんに隠蔽させ、二度目にも結局隠蔽しました。
口封じに動く可能性があると読む輝夜さんは何ら間違っていない。
この疑心暗鬼の沼にはまっていく感じ…このまま沈み続けないといいですが…

あと輝夜さんとライラさんはなんだかんだアリーゼさんのことを信頼し、指揮官として頼っている側面は見られたのでこれだけ取り乱す可能性は十分考えられると思ってます。恐らくアリーゼさんを失うという事態に耐えれないのでは…と。
それはリューさんも同じ。アリーゼさんの安否を直接確かめられず不安が増長するリューさんは…どう動く?

ちなみにですが、この段階における人物相関図を作成しました。宜しければ参考になさってください。
『星乙女達の夢の跡』第一章『深層編』直後人物相関図

【挿絵表示】


ダンメモ画像使用版はTwitterのツイートとして投稿してあります。
Twitter垢は@ryu_beru です。


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迷える風に女神の激励を

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 リューは逃げた。

 

 これまでのリューが全く気付きもしなかった罪を輝夜とライラに突き付けられたことに耐えられなかったのだ。

 

 

 リューの判断がアリーゼを死地に追いやった。

 

 

 そんなことあり得ない。

 

 そんなことあっていいはずもない。

 

 そうリューは信じ込もうとするリューは治療院の中を周囲の静止にも構わず走り抜ける中で考え、一つの結論に至った。

 

 

 輝夜とライラの信じる現実を覆す根拠が必要だ、と。

 

 

 アリーゼ達が件の怪物の情報を隠蔽するために【ディアンケヒト・ファミリア】とその背後にいると考えられるギルドが動いているという憶測を否定しなければならない、と。

 

 憶測を否定すれば、輝夜とライラの絶望は取り払われ、リューの罪も存在しないことになる。

 

 アリーゼを隔離して場合によっては葬ろうという意思がなければ、アリーゼともすぐに再会できる。

 

 そうなれば万事解決。

 

 そんな結論を導き出したリューの思考に遅れてと言っても決して間違いではないが、ボールスから報告を依頼されていたという事実が呼び起こされる。

 

 さらに連なるように未だあの怪物の討伐は完了していないということも思い出す。

 

 

 即ちオラリオへの脅威は未だ取り除かれていないということ。

 

 

 リューにはまだ成すべきことがある。

 

 そして成すべきことを果たした先には…アリーゼの望みを叶え輝夜とライラの絶望も打ち払えるという最良の結果に辿り着ける。

 

 ただ闇雲に行動していただけだったリューに行動目的が生まれた。

 

 リューの頭の中で理想の未来のシナリオが構成された。

 

 治療院を飛び出したリューは一度呼吸を整えた上で矛先を最初に向けたのはギルド。

 

 次に向かうべきは【ロキ・ファミリア】本拠『黄昏の館』と【フレイヤ・ファミリア】本拠『 戦いの野(フォールクヴァング)』。

 

 ギルドを動かし強制任務(ミッション)の発動を要請し、都市二大派閥の戦力と共にあの怪物を討つ。

 

 理想塗れの未来を叶えるべくリューは動いた。

 

 …だがリューの思い通りに物事が進むほど現実は甘くはなかった。

 

 

『そのようなモンスターの出現記録はこれまでにございません。以後の目撃情報や被害を鑑み対処を検討しますので、早急の強制任務(ミッション)の発動をというご要望にはお応えしかねます。まして不確かな情報に基づく強制任務(ミッション)に【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】への協力要請など以ての外です」

 

 場所はギルドの受付。

 

 リューの訴えは偶然居合わせた受付嬢によって等閑に退けられた。ギルド上層部への報告などするにも値しないと言わんばかりの等閑さで。

 

【アストレア・ファミリア】の団員として得ていると思っていた信頼もボールスからの言伝だという事実も何の役にも立たなかった。

 

『不確かな情報』と一刀両断されたという事実は酷くリューを傷つけた。

 

 …それほどまでに信頼されていないと宣告されたも同然だからである。

 

 さらにリューの訴えを一切聞く耳を持たないかのような対応はリューに疑念を呼び起こさずにはいられなかった。…それは即ち輝夜とライラの憶測を肯定するような対応だったということである。

 

 ギルドはあの怪物の存在を認めようとしない。その存在を隠蔽しようと画策している。そう読み取れるのだ。

 

 …隠蔽のためになら何をするか分からない。現にその脅威を放置し続けること自体犠牲を生み得る最悪の判断である。

 

 リューの中で段々と現実味を帯び始める輝夜とライラの憶測。以前より揺らいでいたギルドへの信頼が音を立てて崩れ始める。

 

 それでもリューは立ち止まらなかった。

 

 もはやリューは意固地になっていた。

 

 件の怪物を討てなければ、アリーゼの望みを叶えられないことになってしまう。

 

 …そうなればリューは自らの罪を認めたに等しい。

 

 それだけは避けなければならない。

 

 アリーゼは今もリューとの約束を果たすべく意識を取り戻そうと戦っているはずとリューは信じる。

 

 ならばリューはアリーゼとの約束を果たすべく行動し続けなければならないとリューは確信する。

 

 ただリューとアリーゼの間に信頼があり続けなければならないという意固地のためにリューは動いた。

 

 だが意固地だけでどうにかなるものではない。

 

『…フレイヤ様に会わせろだと?何のつもりだ?何を企んでいる?』

 

【フレイヤ・ファミリア】本拠『 戦いの野(フォールクヴァング)』ではフレイヤに協力を直訴しようとした所、門番の警戒を招き危うく交戦寸前に陥る。

 

 …リューがあまりに単刀直入にフレイヤに会わせろと言ったのが原因とも言えるが、【フレイヤ・ファミリア】側の過度の警戒にも原因があったのは言うまでもない。

 

 実の所【フレイヤ・ファミリア】がリューを過度に警戒したのは『大抗争』以来【アストレア・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】と懇意であるのは周知の事実であることにあった。要は【ロキ・ファミリア】の差し金だと思われたのである。

 

 結局リューは門番に追い返され、本拠には一歩たりとも足を踏み入れられないという散々な結果に終わった。

 

 そして【ロキ・ファミリア】の差し金と思われたリューであったが、その勘違いのお陰で【ロキ・ファミリア】との交渉が芳しく進む訳でもない。

 

『君の要望はよく分かった。…君達を襲った不幸には心からお悔やみ申し上げる。そんな脅威となるモンスターが出没したなら、その脅威は即座に排除すべきだ。けれど…その要望を受け入れられるかは別だ。僕達は今不用意に戦力を動かせる状況にない。動かすとすれば、正式にギルドから強制任務(ミッション)が来た時だ。けれどギルドからは一切の連絡がない。だから当面は協力を名乗り出る訳にはいかない。…すまない。【疾風】」

 

 『黄昏の館』では【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナとの面会に成功した。

 

 ギルドや【フレイヤ・ファミリア】の時とは待遇が格段に違い、長きに渡って協力してきたフィンの対応はリューの期待を呼び起こした。

 

 リューの説明を真剣に聞き、【アストレア・ファミリア】を襲った不幸を心から心配すると共にライラの安否を気遣ってくれたフィンなら協力してもらえるとリューは思った。

 

 …だが結果はこれまでと同じ失敗。

 

 フィンは【フレイヤ・ファミリア】を刺激することを警戒し、戦力を動かすことだけはできないと言った。

 

 資金援助など戦力における協力以外は引き受けられるとフィンは妥協案として提示した。

 

 だが【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者の戦力がなければあの怪物を撃破するなど当然叶わない。交渉は決裂するしかなかった。

 

 協力を得られなかったことに深い失望を抱いてしまったリューは力なく首を振りフィンの妥協案を断ると、顔を落としたままフィンとの面会の場を立ち去った。

 

 …リューの奔走は結局何一つ実らない…そんな結果に終わった。

 

 それでもリューは諦めようとしなかった。

 

 ギルドと【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】を時を置いて幾度も幾度も訪ね続けた。

 

 だが当然回数を増やせばどうにかなる訳でもなく。

 

 繰り返すうちに相手にもされなくなり門の前で座り込みという形の無言での訴えを続けることしかできなくなっていた。

 

 何時間も座り込みを続け、目障りだとばかりに追い出されれば場所を変えて座り込み。

 

 それでは意味がない。そんなことはリューには分かっていた。

 

 これはただの意固地。

 

 昼夜を問わず寝ることも食べることも忘れて、リューは彼らの協力を得るべく意地を張り続けた。

 

 そうして気付けば三回目の日没が始まっていた。

 

 そのようなタイミングでリューが日没に気付いてしまったのはまるでリューの心を闇が覆い尽くそうとしている証のようにも思えた。

 

 結局残ったのはギルドへの不信感と都市二大派閥への失望、そして脅威を前に団結できないという残酷な現実に対する絶望。

 

 …今度こそリューの心を絶望が飲み込みそうになった。

 

 顔を下に向け、最後に座り込んだ『 戦いの野(フォールクヴァング)』の前をとぼとぼと立ち去ろうとするリュー。

 

 そんなリューの耳に突然透き通るような美しい声が届いた。

 

「やっと見つけたわ。リュー」

 

 その声に思わずリューは顔を上げる。

 

 そしてその声の主を目にした時、リューは大きく目を見開くと共に不意に涙を流してしまった。

 

「アストレア…様?」

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…すみませんっっ!!私はっ…私は…」

 

「謝らないで。リュー。…こんなことになってしまって、私の胸も抉れるように痛い。…けれど私はリューがいなかったらアリーゼとも輝夜ともライラともリューとも二度と私は会うことができなかったかもしれない。だから謝らないで。リューはあなたのできる最善のことを成した。リューの成したことに私は誇りを持って欲しいとまで私は思う」

 

「…ぇ?」

 

 アストレアとリューが再会してしばらく。

 

 ダンジョンから直行で【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院にリューは向かっていた。

 

 つまりはあの惨劇を越えてからリューはアストレアに初めて会うということ。

 

 調査に出発してから考えると、ほぼ八日ぶりの二人の再会。

 

 リューはアリーゼとの約束を防波堤に必死に溢れさせないように耐えてきた涙をアストレアを前に抑えることは到底できなかった。

 

 アストレアは涙をポロポロと流すリューに何も言わずに近づくと、優しく包み込むように抱きしめた。

 

 そのアストレアの優しさに甘え、リューはアストレアの胸に顔を埋めてただただ泣いた。

 

 その涙が示すのは、大切な仲間達を失ってしまった悲しみと仲間達を救うことができなかった後悔。

 

 アストレアはリューの感情が手に取るように分かってしまう。

 

 リューの中で言葉も出てこないような悲しみと後悔が溢れ出したことが分かってしまう。

 

 だからアストレアはリューを抱き締め、その背を摩り続けた。

 

 リューの泣く姿を周囲に見せまいとその身でリューを守りながら。

 

 アストレアがリューを『星屑の庭』に連れ帰ったるまでにはかなりの時間が必要だった。

 

 そして『星屑の庭』に帰還した直後、アストレアがリューに説明を求めた瞬間リューはアストレアの前で額を床に擦り付け跪き、自らの無力のせいで七人の仲間が天に還ってしまったことを謝罪した。

 

 だがアストレアは首を振ってリューの謝罪を受け取ることはなかった。

 

 それだけでなくアストレアはリューの成したことに誇りを持つように言った。

 

 アストレアの言葉にリューは思わず顔を上げる。

 

 まるでアストレアはもうリューが成したことを知っているかのようで…

 

「アスフィさんとリヴィラの街のボールスという子の送った使いの子がほんの少し前に別々に『星屑の庭』に来てくれたの。二人から大体の経緯は聞かせてもらったわ。嫌な胸騒ぎがしてどうすればいいかと迷っていた私にとってはとても有り難かったわ」

 

「アンドロメダはともかく…ボールス…がですか?」

 

「ええ。二人ともリューがみんなを助けるために懸命に動いてくれたことをとても驚きながらも褒めてくれていたわ。聞いた私も驚いた。けれどリューならやれるとすぐに納得した。あなたはみんなのことを誰よりも大切に思ってくれてる。だからそんなみんなのことならリューはこれまでできなかったことでもやり遂げてくれるって。リューがやり遂げてくれたお陰で輝夜とライラは無事治療してもらえた。一人残ったアリーゼも連れ帰ることができた。みんなリューのお陰よ」

 

「しっ…しかし…私はっ…アリーゼを…」

 

「何を言ってるの?アリーゼはちゃんと私達の元に戻ってきた。だから誰も何も間違えていないわ。アリーゼもリューも間違ってなかった。そしてアリーゼの安全を考えてくれた輝夜もライラも間違ってない。みんながアリーゼのことをそしてみんな自身のことを考えて行動した。それでいいじゃない」

 

「アストレア…様」

 

 輝夜とライラに問責され迷いが生じていたリューをアストレアに称賛の言葉を贈りリューが間違っていなかったと称える。

 

 それと同時に移送中に輝夜とライラが漏らしていたというアリーゼを一人残したことへの後悔をボールスの送った冒険者から聞かされたアストレアは輝夜とライラも肯定した。

 

 誰も間違っていない。

 

 誰もが仲間を思って行動していた、と。

 

 アストレアはリューにそう説いた。

 

 そしてアストレアは次にリューが『黄昏の館』にいることを読んだかのように現れた理由を触れていく。

 

「そしてボールスさんからの言伝も預かってるわ。リューが地上に帰還すれば、戦力を集めるためにギルドとロキとフレイヤの本拠に行くだろうから、行き先を割り出せたら伝えて欲しいことがあるって。できれば火急にって。最初にフレイヤの所に行って、ちゃんと会えるなんて私も思いもしなかったのだけどね」

 

「ボールスが伝えたいこと…ですか?」

 

 リューはクスクスと笑みを浮かべつつそう語るアストレアに驚きを覚えつつその言葉にさらに驚く。

 

 まずボールスにリューの動きが読まれていたこと。

 

 …確かにリューはボールスにギルドへの報告を頼まれていたためにギルドへ向かうことは容易に予測できる。ただロキとフレイヤの元に即座に向かうと思われていたことを読まれるとまでは思わなかった。

 

 …もしかしたらリューが未だあの怪物の討伐に執着していることをボールスに読まれていたのかもしれない。そう思い至りリューは思わず心の中で苦笑する。

 

 そして何より大事なのはボールスがリューに火急に知らせたいことがあると、わざわざ人を遣わしアストレアに言伝を頼んだこと。

 

 …以前のイメージのボールスだとそんな気遣いをするなど天地が逆転してもあり得ないとリューには思えた。

 

 にも関わらずそれが実現してしまっていることにアストレアは微笑みを隠せない訳であるが、リューはそれに気付かないので関心の向く先は何をボールスが伝えようとしたかであった。

 

「そのネーゼ達の生命を奪ったモンスター…その消息が分かったそうよ」

 

「なっ…ならばすぐにでも戦力を集め…」

 

「ただし見つけたのは大量の灰の山。事情は分からない。アリーゼが倒してしまったのか。それとも別の理由なのか。ただ言えることはそのモンスターは既にオラリオの脅威ではなくなり、早急に戦力を集めて討伐する必要はなくなったということ。もしかしたらロキとフレイヤが動かなくて辛い思いをしてるかもしれないから、出来るだけ早くリューにこの事実を伝えてあげて欲しいって言うのがその子の言伝だそうよ」

 

「…なるほど。それはひとまず良かったです…」

 

 アストレアの告げた事実にリューは息を吐いて安堵する。リューの無力がさらなる犠牲を生むという最悪な流れは回避できたようだった。

 

 …だが最悪な事態は免れても状況が絶望的なのには変わらない。

 

 リューの説得では【フレイヤ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】は動かせなかった。…即ち都市二大派閥の冷戦状態という状況に変化は何ら起きていない。

 

 その上それ以上に不穏な動きを示す存在、ギルドがリューの安堵を早々に打ち消すことになった。

 

「…ですが私の目には状況が良くなったとはとても思えません…ギルドは私の情報を不確かであると一蹴し聞く耳さえ持ちませんでした。輝夜とライラの見立てではそのモンスターの情報を隠蔽するために彼女達を隔離しようとしていると…」

 

「リュー?あなたは輝夜達に会えたのね?…良かった。本当に良かった。それを聞けて一安心だわ。二人とも確実に無事なのね」

 

「まさかアストレア様は二人にお会いしていないのですか…?」

 

 アストレアの深々と安堵の溜息を吐く姿にリューは衝撃を受ける。

 

 アストレアが輝夜とライラに面会できていないこと。

 

 それは二人が外部から隔離されようとしていることの証明に他ならないからである。

 

「…ええ。例の子から連絡を受けてから私はすぐにディアンケヒトの治療院に向かった。けれど受付にそんな二人は入院してないと…」

 

「まさかっ…!私は確かに二人と【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で…!」

 

「…つまり受付の子供にも情報を共有しない徹底した情報統制の下に輝夜とライラが…待って。リュー?二人ということはまさかアリーゼとは…」

 

「…」

 

 ハッと息を飲み恐る恐る尋ねてくるアストレアにリューは無言で応じる余裕しかなかった。

 

 輝夜とライラ以上の隔離下にアリーゼが置かれている。リュー達の手の届かぬ場所に遠ざけられている。

 

 それはリューの判断が決定的に間違っていたという証明にしかならないように思えたから。

 

「…大丈夫よ。リュー。私の三人に授けた恩恵はまだ消えていない。三人とも無事よ」

 

「しかしっ…!」

 

「…三人の安全を考えると、望ましくないかもしれない。私にも正直ギルドとディアンケヒトが何を考えているのか分からないわ。万が一がないとは…断言できない」

 

「なら一体どうすれば…!?私は…私はっ…!」

 

 アストレアまでもギルドへの疑念を口にし、リューは事実上自らの判断の間違いを突きつけられたと思い取り乱す。

 

 輝夜とライラの言う通り今ではもはや手詰まりだと思えた。

 

 何もせずにいれば、三人の生命をギルドの手に委ねることになる。…最悪の場合三人とも生命を落とす可能性まである。

 

 かと言って【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に救出のために乗り込んでもアリーゼの居場所が分からない。

 

 その上オラリオの一大医療系ファミリアを敵に回すに済まず背後にいるであろうギルドまで敵に回すという最悪の状況に陥る可能性もある。

 

 

 どちらに転んでもリュー達は【アストレア・ファミリア】は詰む。

 

 

 そんな重大な判断をリューにできるはずもなかった。

 

 だがアストレアはリューの目をじっと見据え、静かに言った。

 

「リュー。あなたはどうすべきだと思う?三人のことは…リューの判断に任せるわ」

 

「なっ…!いけません!アストレア様っっ!!そもそもこのような状況に追い込んだのは私の浅はかな誤った判断のせいでっ…私などの判断で動けば、みんながっ…」

 

「リューは誤った判断はしていないわ。怪我を負った三人を治療院で治療してもらおうと考えるのは至極真っ当な判断よ。そして隔離されるかもなんて神である私でも想像してもいなかった。だからリューは悪くないわ」

 

「だとしてもっ…私はアストレア様のご指示に従いますっ!私の判断に委ねるなどあり得ません!お考え直しください!!アストレア様!!」

 

 アストレアがリューに【アストレア・ファミリア】の運命を委ねることを告げたことにリューは声を張り上げ首を何度も横に振り猛反発する。

 

 断固として拒むリューにはアストレアを肯定する言葉も届かない。

 

 それでもアストレアはリューに判断を任せようと言葉を連ねた。

 

「…ダメよ。今度ばかりはリューが判断しないとダメ」

 

「なぜですっ…!ファミリアの命運を決める判断は私などではなくいつもアリーゼがっ…!」

 

「でもアリーゼには話は聞けない」

 

「うっ…」

 

「輝夜もライラもいない。私の大切な子供達の中で今判断を委ねられるのはリューしかいないの。だからお願い。アリーゼのために。輝夜のために。ライラのために。リュー自身のために。…そしてこんなことしか言えない無力な私のために。リューに判断を下して欲しいの」

 

「アストレア…様…」

 

 アストレアの言う通り今ファミリアの命運を決められるのはリューしかいなかった。

 

 アストレアは神だ。神は子供達の進む道を見守るだけ。道を定めることはできない。

 

 

 だから今この場でリュー達の命運を決める判断を下せるのはリューしかいないのだ。

 

 

「…判断したくないのは分かるわ。どちらを選んでも最善の結果になるとは思えない。どちらにも絶望に至ってしまう要素がある。…希望はないようにも見えてしまう。でもそんな風に絶望と戦っているのはリューだけじゃない。アリーゼも輝夜もライラも絶望と今も戦っているはずよ。そして私を含めてみんなが絶望に挫けそうになっている。今の疑心暗鬼の蔓延り、協力をし合うことさえ叶わない現状は迷宮都市(オラリオ)全体に絶望を広げている」

 

「…」

 

「だからこそ絶望を打ち払い、希望を広げるための行動を誰かが起こさないといけない。それを私はリューに任せたい。不安と絶望と心の中で戦いながらも恐ろしいモンスターに立ち向かい、ギルドやロキ、フレイヤの説得に奔走してくれたリューに任せたい。私は今必要なのは行動だと考えているわ。何があろうとも立ち止まらず進み続けること。それが希望をみんなに届けることに繋がる。リューにはそれが出来ると自ら証明した。だから…」

 

「…すみません。アストレア様。考えるお時間を…頂きたいです」

 

「…分かったわ」

 

 リューはアストレアの説得を遮り、目を閉じて瞑想を始めていた。

 

 その様子にアストレアは即座に口を閉ざした。

 

 アストレアは察したのだ。

 

 

 リューが判断を下すことを受け入れてくれたのだ、と。

 

 

 事実リューは自分の心の中の世界に没入し、必死に自らと仲間達のための判断を導き出そうとしていた。

 

 考えた。

 

 アリーゼのために。

 

 輝夜のために。

 

 ライラのために。

 

 生命を落としてしまった仲間達のために。

 

 アストレアのために。

 

 自分自身のために。

 

 状況を整理して、打開策を探って、知恵を振り絞った。

 

 ただ考えた時間はごく僅かだった。

 

 それはリューの性格上判断を委ねられた時に下す判断は一つしかないと言えたから。

 

 リューはいつも通りの思考で判断を下した。それを周囲はいつも暴走であると見做す。

 

 

「…アストレア様。決めました。私は…明日【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に乗り込み、アリーゼと輝夜とライラを取り戻します」

 

 

「…そう。分かったわ。リューがそう選ぶのなら私はリューの背を支えるわ。私はその間にディアンケヒトの本拠に乗り込んでディアンケヒトと直談判するわ。護衛は必要ない。リューはアリーゼ達の奪還を最優先して」

 

「…本当に宜しいのですか?護衛云々よりも前に場合によっては【ディアンケヒト・ファミリア】に済まずギルドも敵に回すことに…」

 

「自分の子供達の安全さえも守れない神が正義なんて語れると思う?私はあなた達子供達を守るという正義のためなら世界だって敵に回してもいいわ。…正直言ってこの判断は平和と秩序を乱すことに繋がるかもしれない…正義ではないと子供達も他の神々も見做すかもしれない。だとしても私は…大切な子供達をこれ以上失いたくない…私はみんなのために行動を起こしたい」

 

「アストレア様…」

 

 リューはアストレアの自分達への愛の深さを改めて思い知った。

 

 この判断は下手をすればこれまでの戦いで平和と秩序を守るべく行動した正義の名の下に行ってきた戦いの意味を打ち崩しかねない行い。

 

 それが例え大切な仲間達のため大切な子供達のためだとしても本来リューもアストレアも行っていいとは言い難い。

 

 だがアストレアは自らの司る正義を踏みにじることになろうともアリーゼ達を助けたいと宣言した。

 

 アストレアの覚悟の重さを計れぬほどリューも愚かではない。

 

 アストレアの覚悟が自分達への深い愛情から来るものだと読み取れない訳がない。

 

 ならばリューもまた覚悟を示さずにはいられなかった。

 

「…アストレア様の御覚悟…深く心に刻みました。私もまた自らの持てる全力を以ってアリーゼ達を助け出します。希望を…取り戻すために」

 

「そう。この判断は希望を取り戻すためのもの。絶望には絶対に繋がらない。私はそう信じてる。だから私もリューも自らのできる範囲でベストを尽くしましょう?」

 

「はいっ…!アストレア様!!ただ…護衛なしでアストレア様をお送りするのは…」

 

「あら?でもリューはアリーゼ達を助ける役割があって私の護衛ができないでしょう?別に私一人でも…」

 

「そっ…そんな訳には参りません!その点は何とか…」

 

 この後しばらく行動派でお転婆な一面を持つアストレアの【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠への単独訪問をリューは阻止のために言葉を重ねることになる。

 

 が…リューの説得ではお転婆女神(アストレア)の考えは覆せず。

 

 

 リューは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に向かい、アリーゼ達三人を奪還する。

 

 アストレアは本拠にいるディアンケヒトに直談判をし、事の次第を問う。

 

 

 そんな形で翌日は行動することに決した。

 

 こうしてリューが判断を下したことにより【アストレア・ファミリア】の進む道は定められた。

 

 この判断が希望に繋がるか絶望に繋がるかは誰にも分からない。




次回は暴走妖精とお転婆女神が【ディアンケヒト・ファミリア】へ突撃!
リューさんは元よりアストレア様も平気で敵地に飛び込むヤベー神様ですからね…それこそ戦闘ができない分アルテミス様より肝っ玉が凄いかも…
そしてアミッドさんを始めとした【ディアンケヒト・ファミリア】がアリーゼさん達を隔離しようと画策する理由とは…そもそも隔離自体を画策しているのか…
そこから本来問わないといけないですね。どうなることやら…

そしてリューさんの説得に動かぬギルドと都市二大派閥。
地味に作者の作品で初登場のフィンさん。…まぁ一台詞で本格的登場はもっと後ですが!
まぁ幾度も説明している通りロキとフレイヤの冷戦状態により過度の警戒心が生じており、そもそもリューさんは【アストレア・ファミリア】の平団員に過ぎないので話も通じず。
フィンさんに面会できただけ凄いというかフィンさん優しくない?とか思いつつ状況を把握したかったんだろうな、と冷徹に評価しつつ。
ロキ・フレイヤ・ギルド問題の深入りはかなり先になりそうです。
色々リューさんの身辺を整えてからでないと、問題の解決には動けないので…


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荒ぶ風が辿り着くのは希望か否か

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「…この治療院に入院しているアリーゼ・ローヴェルという女性との面会を希望します。お取次を」

 

「アリーゼ…ローヴェルさんですか?【アストレア・ファミリア】の団長様…ですよね?その方は当治療院には入院されていないですが…」

 

 やはりそう返答されるか。

 

 リューは納得しつつも心の中で深い深い溜息を吐く。

 

 リューが今いるのは【ディアンケヒト・ファミリア】が運営する治療院の受付。

 

 治療待ちの患者と同じように律儀に順番を待っていたリューはようやく受付に呼ばれると、開口一番にアリーゼとの面会を希望した。

 

 だが受付を担当していた【ディアンケヒト・ファミリア】の女性団員には以前アストレアが返された反応と変わらぬ反応を突きつけられる。

 

 アリーゼのことは知っていても、リューが何を言っているのか皆目検討がつかないと言わんばかりの困惑した表情。

 

 アストレアの推測通り末端の団員には情報さえも共有しない情報統制が敷かれているという事実をリュー自身の目と耳で確認する羽目になった。

 

 だがそもそもアミッドははっきりアリーゼを受け入れ治療したと言ったのだ。ならばこの治療院にいないはずがない。

 

 その確信がある以上リューはここで引く訳にはいかなかった。

 

 …どうやら穏便なやり方では話が通らないらしい。

 

 早々にやり方を変えるという結論を導き出したリューは…腰に手を掛けた。

 

「ひっ…いっ…一体何のつもりですか!?」

 

「…アリーゼに…いえ。【戦場の聖女(デア・セイント)】に会わせてください」

 

 リューは口調では丁寧に要求を述べる。

 

 だが口調以外では丁寧さなどもはや欠片も残っていなかった。

 

 腰に手を掛けたのは木刀を引き抜くため。

 

 受付の女性が悲鳴を上げたのはその木刀の矛先が彼女の首先に向けられたため。

 

 周囲の空気が一気に凍りつく。

 

 リューは本来越えてはいけない一線を本当に越えた。

 

 

 リューは武力を以てアリーゼの居場所を割り出すことに決したのだ。

 

 

「こっ…ここは治療院です!!人を癒すための場!そのような場所で武器を抜くとは何事ですか!?そのようなことをされても私達はその方の居場所などお答えできません!」

 

「…あなたは知らないかもしれません。ですが【戦場の聖女(デア・セイント)】は知っている」

 

「誰が武器を振りかざす無法者に団長を会わせるものですか!!あなたは【アストレア・ファミリア】所属の方ですよね?正義の眷族ですよね?にも関わらずのこの狼藉…恥を知りなさい!!」

 

「ぐっ…」

 

 だがいくらアリーゼの安否を知るためとは言え、リューには当然常識的な良心が残っている。

 

 そのため受付の女性の正論はリューの心に刃となってグサグサと突き刺さる。

 

 彼女の声は震えていたが、リューには木刀を突き付けられても尚怯まずにキッとリューを睨み付けている。リューの脅しになど屈しないとその態度で示していた。

 

 その精悍な態度に周囲も同調し始め、リューに冷たい視線を突き付ける。

 

 何が起きているか把握し難いとは言え、リューの行動の異常さは一目瞭然。

 

 隙を見てリューを取り押さえようと動こうとする者まで現れ始める。

 

 …この状況では逆にリューの方が根負けして木刀をそのまま振り下ろして、その場から尻尾を巻いて逃げ出しかねなかった。

 

 それだけでは済まずリューが取り押さえられて目的を果たせないどころかそのまま【ガネーシャ・ファミリア】に突き出されかねない。

 

 だがリューはリューで賽を投げてしまった以上引くことができないことは理解している。

 

 何よりリューがここまでしているのは全てアリーゼとファミリアのため。

 

 人一倍アリーゼとファミリアを愛するリューは良心と戦いつつも自らの態度を貫き通した。

 

「…そうです。私はアストレア様の眷族です。この狼藉…本来アストレア様の名を汚す行いでしょう。ですがこれもまた私にとっては正義です。大切な仲間の、大切な友人のことを思い行動することもまた正義です!だから私は引かない!御託はいい!!早く【戦場の聖女(デア・セイント)】に会わせなさい!!そしてアリーゼの居場所を早急に教えてください!!」

 

「だからそんなこと許せるわけっ…!!」

 

 自らの強硬な態度を貫き合い、言葉をぶつけ合うリューと受付の団員。

 

 二人の激突はすぐには収束する気配がない。そうかに見えたが…

 

 

「皆さん。それ以上はお控えください!!ここは治療院です!!騒ぎは許しません!!」

 

 

 その瞬間別の女性の声が受付の周辺に響き渡る。

 

 その声にリューも受付の女性のも周囲で二人の動静を見守っていた人々も一斉に視線を動かす。

 

 そこにいたのは、リューが面会を望んでいたアミッド・テアサナーレその人であった。

 

「リオンさん。ここまでされては致し方ありません。お話があるので私に付いてきてください」

 

「しかしっ!」

 

「ファミリアの皆には後ほど事情をお話しします。なので今は何も言わずリオンさんと二人で話させてください。決して不測の事態に繋がることはありませんから。そして治療をお待ちの方々には騒ぎに巻き込んでしまい、申し訳ありません。これはちょっとした私とリオンさんの私怨による問題でした。見苦しい場面をお見せしてしまったこと。謝罪致します」

 

 アミッドは姿を現した途端リューには面会を承諾し、反発するファミリアの仲間を宥めると共に周囲の人々には謝罪を以て一気に鎮火に持ち込み騒ぎを収束に導く。

 

 そして謝罪として深々と下げていた頭を上げると、リューに視線を向けて言った。

 

「では行きましょう」

 

「…ええ」

 

 アミッドは淡々とリューに同行を呼びかけてくる。

 

 アミッドの呼びかけにリューは不信感の宿った視線を返しつつも素直に従うことにした。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「それで?一体どういうおつもりで?彼女の言っていた通り正義を司る【アストレア・ファミリア】の眷族たるリオンさんによるあのような狼藉…可能な限り居合わせた方々には口止めを依頼しますが、評判の低落は避けられないかと」

 

「…私をそこまで追い込んだのはあなたです。【戦場の聖女(デア・セイント)】。彼らも口止めではなく口封じにするのではなくて?」

 

「…どうしてそのように敵意を含んだ視線で睨むのですか?リオンさん?私が何をしたと?」

 

 前にリューとアミッドが治療しながら同じようにアリーゼと輝夜とライラに関してを話した診察室。

 

 そこはアミッドが嫌でも気付くリューの敵意剥き出しな態度によって険悪な雰囲気に包まれていた。

 

 リューの敵意に応じるアミッドもリューの態度に理不尽だと言わんばかりの不快感を見せ、その態度が尚のことリューの敵意を駆り立てる。

 

「あなたが何をしたか…?とぼけないでください!?あなた方はアリーゼと輝夜とライラをどうするつもりなのです!?早く会わせてください!!」

 

「だから以前お話しした通り輝夜さんとライラさんはともかくアリーゼさんとの面会は不可能だと…」

 

「ならばアストレア様による輝夜とライラとの面会希望を断ったのですか!?それもこの治療院には入院していないと偽りまでして!!」

 

「そっ…それは…」

 

 そんなアミッドの態度もリューの一つ目の指摘によって僅かながらに崩された。

 

 リューの指摘がアミッドを動揺へと誘い込んだのである。

 

 それに手応えを感じたリューはさらに敵意の元になる証拠を並び立てて追い詰めようと言葉をぶつけ始める。

 

「アストレア様は三人と面会できないどころか入院したことさえ知らされなかったとお聞きしました!!アストレア様を前に偽るに留まらず情報を隠したのです!それがアストレア様は愚弄する行いであることは疑いようもないこと!あなた方【ディアンケヒト・ファミリア】こそ医療系ファミリアという立場を利用した狼藉に他ならないのでは!?」

 

「ちっ…違います!決してそのようなつもりはっ!」

 

「それだけに留まらず輝夜とライラには退院を拒否し、隔離に程近いやり方で入院場所を隠蔽している!!その上自らのファミリアの団員にも情報を共有しない隠蔽の徹底様…アリーゼに至っては私に会わせもせず自らの目で安否を確かめることさえできない!!私を騙すために一度会わせてくださったのでしょうが、もう騙されません!!輝夜とライラに…そしてアリーゼに何をするつもりなのですか!!教えなさい!!」

 

 リューは勢いのままに証拠を突き付けていく。どれもリューとアストレアの間で疑惑として生じていた内容だ。

 

 一方の証拠を聞かされるアミッドはまるで見に覚えがあるかのように反応に窮しリューに適切な反論ができていない。

 

 その様子にリューはよりアミッドへの敵意を強め勢いづき、遂には胸倉を掴んでアミッドに真実を話すように要求する。

 

 …そのやり口はそれこそ狼藉だったが、真実を知ろうと逸るリューには気付く余裕もなかった。

 

 そうしてアミッドはリューの激しい敵意と怒りの込もった要求を飲む。

 

 アミッドはリューのせいで息苦しさに苦しめられながらも言葉を何とか紡ぎ出した。

 

「…分かりました。…お話し…します。お話し…しますから。なのでその手をお離しください…リオンさんのお怒りの原因は把握したのでどうか…」

 

「あぁ…すっ…すみません」

 

 アミッドの承諾と懇願にリューはようやく落ち着きを取り戻し、やり過ぎたことへの後悔を表情に滲ませながらアミッドの胸倉から手を離す。

 

 お陰でアミッドは咽せながらも呼吸を整え、その様子にお申し訳なさを覚えたリューは直前までの怒りを脇に置きつつ謝罪した。

 

「…すみません。度が過ぎました」

 

「いっ…いえ。全て私の責任だと自覚しましたので、お気になさらず。リオンさんのお怒りの多くはごもっともかと。私にリオンさんの謝罪を受け取る資格はございません。私達の間で誤解が生じていたことをようやく理解しました。…申し訳ありません」

 

「…それはどういう意味なのですか?【戦場の聖女(デア・セイント)】…?」

 

 リューの後悔を含んだ謝罪を自らの責任だと言い受け取らなかったアミッドは目の前に置かれた机に額を擦り付けんばかりに頭を下げてくる。

 

 その唐突な慇懃な態度にリューは理解が追いつかず困惑させられ問い返す。

 

 リューの問いに、リューの暴走の原因の一部にアミッドはようやく答えた。

 

「まず…神アストレアに情報の一切を伏せてしまった形になったのは、彼女達の入院していることを知っているのが治療に直接関わった私とディアンケヒト様しかいないからです。あくまで私の意図は団員達に情報を伏せることであって、神アストレアを愚弄するつもりは一切ありませんでした。その点はどうか信じて頂きたいです」

 

「…そもそもなぜアリーゼ達の情報を伏せる必要があるのですか?そこにギルドが関与してる訳では…」

 

「なるほど…リオンさんはギルドの関与をお疑いで…ええ。確かにギルドからは彼女達を隔離するように指示を受けました」

 

「なっ…ならば!?」

 

「ですが治療師の誇りに賭けてリオンさんがお疑いのような危害を彼女達に加えるなどあり得ません。命を救うことを天職とする私達治療師がなぜそのような真似をするでしょうか?そのような疑いを抱かれたことは治療師として甚だ不愉快です」

 

「うっ…すみません」

 

 アミッドはリューに弁明をしつつも自らの誇りに関わる部分は躊躇なくリューを責める。

 

 それだけアミッドの治療師としての誇りをリューの疑いは傷つけた。そういうことであった。

 

 その言葉にリューは自らが言ってはならないことを口走ってしまったことを悟らされ、言葉を詰まらせるだけでなくついつい謝罪までしてしまう。

 

 同時にそのアミッドの決然たる表情にリューは察した。

 

 アミッドはアリーゼ達に危害を加えようという意図はない。リューには想像がつかなかった別の意図が存在するのだ、と。

 

「…ただリオンさんや神アストレアにそのような不安を与えてしまったのは私の責任です。それは認めざるを得ません。彼女達を隔離に程近い形で入院して頂き入院場所の情報を伏せたのは、ギルドがそれ以上介入してくるのを阻止するためでした。団員にも情報を伏せたのはギルドに情報が流れるのを可能な限り阻止するためです」

 

「…ギルドがどのような介入を?」

 

「事情を聴取するために治療が終わり次第早急に身柄を引き渡すように、と。正直言って思わずギルドに不信感を覚えてしまいました。ローヴェルさんは意識が戻らず、輝夜さんは義手が完成してもいない。治療師として治療の完遂を待たずに退院して頂くなど悪化の可能性を考えば論外です。にも関わらず身柄を引き渡すことはできないと伝えれば、隔離の必要があるとまで言い出し引き渡しを強いてくる始末。ディアンケヒト様とギルドの間では治療院での隔離という形で何とか手を打って頂きましたが…ギルドがあれほど躍起になっているのは彼女達の誰かが相当に深刻な情報を握っているから…ですか?」

 

「…ええ。恐らくギルドはアリーゼ達を傷つけ、大切な仲間達の命を奪ったモンスターの情報を掴みたいと同時にその存在を隠蔽したいのかと。そしてその情報の核心をアリーゼが握っている可能性がある」

 

「…その辺りのご事情は私達もギルドからの指示では把握できませんでした。お話し頂きありがとうございます。その辺りのご事情も踏まえて、ギルドには対応していきます。…ではさらなる話は場所を変えましょうか」

 

 アミッドの話で明確になったのはギルドの関与。

 

 …皆の予想通りギルドが裏で『ジャガーノート』の存在を巡って暗躍していたことがはっきりとした。

 

 同時にアミッドが隠すこともなくその裏事情を話したことの意味は大きい。

 

 そして輝夜とライラの退院の許可が下りなかったのは、治療師としての立場からであったことも分かり、リューの誤解も解ける。

 

 お陰でリューはアミッドへの信頼を少しずつ取り戻し始め、アミッドへ向ける態度が敵意から信頼へと少しずつ塗り変わる中アミッドは唐突に立ち上がっていた。

 

「えっ…一体どこへ?」

 

「決まっています。ローヴェルさんのお姿をリオンさんに確認して頂きます。そうすればリオンさんの誤解も完全に解けることでしょう。ちなみに輝夜さんとライラさんのお部屋は変えていません。なので後ほどお訪ね頂ければよろしいかと」

 

「ほっ…本当に案内してくださるのですね?」

 

「…致し方ないでしょう?そうしなければ、リオンさんには納得して頂けないようなので」

 

「…すみません。お願いします」

 

 アミッドは不快感を示しつつもリューにそう語りながら、そばに備えられた本棚に近付く。

 

 なぜ本棚に近付く必要があるかと思えば、アミッドは本棚の横板に両手を置いたかと思えば本棚を横から押し始める。

 

 

 現れたのは隠し部屋であった。

 

 

 医薬品や書物が並べられた棚とデスクと簡易ベッドしかない簡素な部屋。

 

 アミッドの診察室にあることからアミッドの隠し書斎なのだろうと想像される。

 

 だがそんな憶測を働かせる余裕さえリューにはなかった。

 

 なぜならその瞬間リューの視界に映ったのは…

 

 

 ベッドで眠っているアリーゼの姿だったからである。

 

 

「ァ…ァァ…アリ…アリーゼ…アリーゼ!!」

 

 リューの声が震える。

 

 リューの瞳には涙まで溜まってしまう。

 

 全てリューの心に溢れ返るアリーゼの姿を見れたことによる安堵と喜びのせいだった。

 

 ようやくアリーゼに会えたのだ。リューが感極まるのも無理はない。

 

 リューは思わずアリーゼの元に駆け寄ろうとする。

 

 だがアミッドは腕を伸ばし、リューの進路を遮りつつ告げた。

 

「リオンさん。ローヴェルさんの体調を慮るなら、それ以上お近づきになってはなりません」

 

「どうしてですか!?こんなにも距離があったら、アリーゼが本当に生きているか…」

 

「カルテなどお見せできるものは全てお見せします。なのでどうかご自重を。…私はリオンさんが後に後悔するのを見たくないのです」

 

 アミッドは唇を固く結び何としてでもリューがアリーゼに近付くのを阻止しようという強い意志を見せる。

 

 その意志からリューが汲み取れるのは…一つの不安だった。

 

「まさか…アリーゼの体調は芳しくないのですか…?」

 

「…まずはカルテをご覧になってください」

 

 アミッドはリューの不安に明確な答えで応えなかった。

 

 自分の目で確かめろとばかりに本棚にあったカルテをリューに渡し、リューを元の座っていた場所に戻らせる。

 

 カルテに目を通すリュー。

 

 気付いたのはある事実であった。

 

「…これはつまり…アリーゼは健康…ということですか?」

 

「ええ。…傷は完治し、体調には全く問題がありません。…にも関わらずローヴェルさんの意識が戻らないのです」

 

 カルテをザッと見たリューにも分かった。アミッドの記した診察の結果のどこを見ても問題点が見当たらないのだ。

 

 …にも関わらずアリーゼの意識が戻らない。

 

 その事実への戸惑いが…カルテの一文一文に現れているのがリューにも分かってしまった。

 

「…正直治療師としてこれほど口惜しいことはありません。私はいつどうすればローヴェルさんが意識を取り戻してくださるのか分からなかったのです…それだけでなく不用意な刺激がローヴェルさんの体調に異変をもたらすのでは、と危惧してもいました。なので私は一切の面会をお断りし、申し訳なさを感じつつも私の書斎を病室として使わせて頂いています。ここなら何の心配もなくローヴェルさんの治療に専念できますから」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】…」

 

 アリーゼの意識を取り戻させることができないことへの悔しさを滲ませるアミッドにリューは掛けるべき言葉を見つけられない。

 

 自らの書斎で付きっきりで看病してくれていたと思われるアミッドをつい先程までリューは散々に責めて疑っていたのだ。リューは自らの浅慮を恥じることしかできなかった。

 

「…ただ輝夜さんとライラさんの治療を進める中で…私はようやく一つの答えに辿り着いた…そんな気がしました」

 

「二人の治療…何か関係があるのですか?」

 

 アミッドの言葉にリューは首を傾げる。

 

 アリーゼは意識がない一方輝夜とライラは怪我を負っているのであって意識がない訳ではない。

 

 治療法に関係性がないことをアミッドにリューが指摘するなどただの釈迦に説法だ。

 

 よってアミッドの辿り着いた答えは単なる治療法の話ではなかった。

 

「…リオンさん。お二人とお話になって、何をお感じになりましたか?踏み込んで申し上げるならば、どうして私が面会を止めたかお分かりになりましたか?」

 

「…二人は…絶望に飲み込まれ希望を見失っていました。それも私のせいで…」

 

「…事情は細かくは私には把握できませんでしたが、お二人が生きる気力を失っている…それは治療する私にも分かりました。輝夜さんは片腕を失われ義手を用意できようともかつてのような剣捌きは不可能です。そしてライラさんの失明は私でも治療の施しようがないのです。お二人とも冒険者として今後ご活躍することは…できません。お二人ともご様子から察するにご理解なさっている」

 

「それは…」

 

 アミッドが告げた残酷な現実はリューも気付いてはいた。

 

 リューにとっては二人が生きていてくれるだけでも嬉しいこと。

 

 だが輝夜とライラにとっては冒険者として戦えぬ生など絶望しかない。

 

 そこの意識の乖離が他者であるリューと当事者である輝夜とライラに横たわっているのは、リューも二人との面会で気付かされてしまったこと。

 

 だがアミッドの告げた事実はリューの知る事実よりもさらに残酷だった。

 

「…リオンさんはお気付きにならなかったかもしれませんが、あの部屋に凶器となりうる物は一切置いてありませんでした。…花瓶を用いるのは流石に予想外で冷や汗をかきましたが、今は本当に凶器となりうる物はあの部屋に残されていないはずです。…つまりはそういうことです。隔離をしている理由にはそんな側面もあります」

 

「そん…な…」

 

 リューは言葉を失い愕然とさせられた。

 

 アミッドは言葉をぼかしたが、そのぼかされた言葉の意味は嫌でも分かる。

 

 

 …つまり輝夜とライラはアミッドによって凶器を取り上げられなければ、命を断ちかねないとみなされていたのだ。

 

 

 それならば隔離しようという意図も納得せざるを得ない。

 

 輝夜とライラが命を断つのを防ぐためなら隔離も致し方ないとリューには思えてしまう。

 

 …逆に退院を望んだ輝夜とライラが死に急いでいただけなのではという疑いにまで辿り着く。

 

 

 二人をそんな心境に至らせたのは他ならぬリュー。

 

 

 リューは自らの判断が輝夜とライラをそこまで追い込んでしまったことを改めて自覚させられる。

 

 自らの判断が輝夜とライラを苦しめているという事実だけでも錯乱しそうになる。

 

 だがアミッドの指摘はこれだけでは終わらなかった。

 

「そして…私はローヴェルさんも同じなのではないかと考えました。体調に一切の問題がないにも関わらず、意識が戻らない…これは間違いなく精神的問題です」

 

「つっ…つまり…?アリーゼも…希望を見失っているの…ですか?」

 

「…」

 

 リューの恐怖の混じった確認にアミッドは無言で頷いて答える。

 

 …それはあってはならないことだった。

 

 希望をいつも【アストレア・ファミリア】に、そして迷宮都市(オラリオ)にもたらしていたアリーゼが希望を見失い、意識を取り戻さず現世から離れたがっている。

 

 これはリューにとって最悪な事実だった。

 

 なぜリューがアリーゼを助けようと思ったか?

 

 アリーゼを取り戻すことで希望を取り戻すためである。

 

 そうすれば輝夜もライラもリュー自身も希望を取り戻せる…そう思っていたのに。

 

 アリーゼの意識が戻らない。

 

 そのアリーゼが希望を失っているかもしれない。

 

 即ち詰みであった。

 

 輝夜とライラは希望を取り戻せない。

 

 リュー自身も希望を失う。

 

 

 【アストレア・ファミリア】は本当の意味で終わる。

 

 

 リューの中の希望が霞のように消えていく。

 

 アリーゼが目を覚さなければ…アリーゼが希望を取り戻せなければ本当に終わりだ。

 

 アリーゼが約束を果たしてくれるとリューは信じていた。だがアリーゼは目を覚まそうとしない。

 

 希望は…消えた。

 

 そう絶望の沼にリューが沈みかけた時。

 

 

 アミッドはある一言を口にした。

 

 

 ある意味この状況から考えれば当然のことで。

 

 アストレアが暗にリューに伝えていたことだった。

 

 それをアミッドが改めてリューに伝える。

 

 そしてリューに決断を求めようとした。

 

 全ては彼女達【アストレア・ファミリア】の希望を、そして迷宮都市(オラリオ)の希望を取り戻すために。

 

 

「ならばリオンさん。リオンさんが希望を取り戻すことこそ…彼女達の心の傷を治癒する唯一無二の治療法。…アリーゼさんと輝夜さんとライラさんの希望のため…そして迷宮都市(オラリオ)のためにどうかお立ち頂けませんか?」




妙に肝っ玉の凄い【ディアンケヒト・ファミリア】のモブ受付団員が誕生してしまった瞬間(笑)
この娘が後にアミッドさんだったと発覚するだと面白かったんでしょうけど、今回アミッドさんには色々と重要な役割を引き受けてもらう必要があったのでアミッドさんを配薬できず。
結果凄いモブが誕生することになりました。実際の所5年前の時点でアミッドさんが【ディアンケヒト・ファミリア】にいても団長かどうかは微妙な線ですからね〜団長と設定をするのには若干の躊躇はありました。(まぁ代役はオリキャラになるのも微妙なのですが)
ちなみにリューさんは原作では我を忘れてギルドの関係者にも手を下す徹底した暴走を行いましたが、今作では冷静さを保っているせいで原作ほどの容赦の無さは失い若干暴走も抑え気味になってます。

そしてアリーゼさんと輝夜さんとライラさんの絶望。
輝夜さんとライラさんの絶望は以前の回で説明した通り。
アリーゼさんの絶望はあくまでアミッドさんの推測ですね。ただ体調に問題ないなら、精神的なもの…という解釈が取れなくもない。まぁただの植物状態かもですけど。

ともかくアリーゼさんが命を落とすという事態は輝夜さん、ライラさん、そしてリューさんにとって最悪な事態です。それこそ希望が潰えたと思えるほどに。
ですがアリーゼさんを殴っても叩いても目が覚めるわけではない。

ならどうするか?という答えをアストレア様もアミッドさんも指摘してくれている訳です。
若干の迷走を挟みつつもリューさんは本格的に動き始めます。


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風向きの変わる時は今

そういえば今作では五年前という時期の設定上リューさんはほとんど覆面を外したことがなかったという事実を今更ながらここに付記しておきます。
【アストレア・ファミリア】の仲間達の前では覆面をしていなかったので描写する必要がなかった…ということにしておいてください。(苦笑)


「ならばリオンさん。リオンさんが希望を取り戻すことこそ…彼女達の心の傷を治癒する唯一無二の治療法。…アリーゼさんと輝夜さんとライラさんの希望のため…そして迷宮都市(オラリオ)のためにどうかお立ち頂けませんか?」

 

 

 アミッドはリューに言った。リューに彼女達の治療を託そうとした。

 

 アミッド自身分かっている。

 

 そのような治療法など言うまでもなく存在しない。

 

 これはただ単に治療師としての役割を放棄しているに程近い発言だ。

 

 だがアミッドには他に治療法が分からなかった。

 

 アミッドでは彼女達を癒せないのだ。

 

 彼女達にとってただの治療師に過ぎないアミッドには身体は癒せても心までは決して癒すことはできない。

 

 なら誰になら出来るか?

 

 リュー・リオンだ。

 

 リュー・リオンしかいない。

 

 彼女達の中でただ一人必死に絶望に抗うことができているリュー・リオンしかいない。

 

 今の【アストレア・ファミリア】にはリューしか頼れる人物がいない。だからアミッドは治療師としての誇りを今は捨て、リューに託そうと試みた。

 

 だがリューはそう簡単には動いてくれなかった。

 

 なぜならそのリュー自身が絶望に飲み込まれかけていたからである。

 

「むっ…無理です。【戦場の聖女(デア・セイント)】…私が希望を取り戻すなど…過ちを繰り返し、輝夜とライラを絶望に追い込んだ張本人である私には絶対に不可能です…」

 

「しかしっ…!」

 

「だっていつも希望をみんなにくれたのはアリーゼだからっっ!!私はアリーゼじゃない!私はアリーゼのようには振る舞えない!!アリーゼが希望を失ってしまったらっ!!もう希望は取り戻せない!!輝夜もライラも!私の言葉では決して動いてくれない!!アリーゼでなければ…!アリーゼでなければっ…!」

 

「…っ!」

 

 アミッドは完全に見誤っていたのだ。

 

 リューの仲間達を大切に思う気持ちは十二分に理解していた。だが【アストレア・ファミリア】の中でここまでアリーゼ・ローヴェルの存在が大きいということは、関係があまり深くないアミッドには読みきれなかったのだ。

 

 事実をきちんと伝えてリューの奮起を促すという意図をアミッドは抱いていたが、思わぬ落とし穴に嵌ってしまったのだ。

 

 だがアミッドは諦める訳にはいかなかった。

 

 このままでは【アストレア・ファミリア】は自壊する。

 

 彼女達は希望を見失い、戦う意志を完全に喪失すれば本当に再起が出来なくなる。

 

 彼女達の自壊の意味はあまりに重い。

 

 アミッドは…迷宮都市(オラリオ)に住む者の多くはそれを知っていた。

 

「…あなた方にとってローヴェルさんが如何に大切な存在なのかは分かりました。ですが…そのローヴェルさんは今はあなた方に希望をもたらすことは叶いません。それどころか彼女自身希望を失ってしまっているのかもしれない」

 

「ぐっ…!」

 

「…理不尽な物言いで身勝手なことを言おうとしているのは分かっています。ですが…あなた方が…あなた方【アストレア・ファミリア】が希望を見失ったら迷宮都市(オラリオ)はどうなるのですか!?」

 

「…何をっ…何を言って…!」

 

『正義の名を持つ貴方達が悪に屈しては迷宮都市(オラリオ)はもう希望を信じられなくなる!』

 

 アミッドの悲痛な叫びがリューにかつて告げられた ある人(アスフィ)の言葉を思い出させる。

 

  あの時(大抗争)の時と同じだった。

 

 リューは あの時(大抗争)と同じように大切な仲間を失い、希望を見失い絶望に染まりかけた。

 

 …そして ある人(アスフィ)の言葉にリューは拒絶の言葉を突き付けた。

 

 勝手に願望を押し付けるな、と。

 

 リューは思わず同じ言葉でアミッドの叫びを拒絶してしまいそうになる。

 

 だがりゅーのkypぜtよりも前にアミッドは言葉を紡ぎ、希望へ繋げようと試みた。

 

「…希望はあります。今のあなた方は…私達は迷宮都市(オラリオ)は希望を単に見失っているだけ。道標さえあれば、必ず私達の希望を再び見つけ出せるはずです。その道標は恐らくもうリオンさんの中にある」

 

「だからその道標をしてくれていたのはアリーゼでっ…!」

 

「ならばそのローヴェルさんのお言葉を思い返されれば良いではありませんか!?それほどまでにローヴェルさんをお頼りになるなら、そのローヴェルさんのこれまでの言動をお頼りになればいい!!」

 

「…ぇ?」

 

 希望を見出せないと駄々を捏ねるリューにアミッドは苛立ちと共にぶつける。

 

 アリーゼは目を覚まさず希望をリュー達に届けることができない。

 

 だからと言ってアリーゼは本当にリュー達に希望を届けることができないのか?

 

 アミッドは違うと断言した。

 

 アミッドと違いリューはアリーゼのそばにいた。

 

 リュー達自身だけでなく迷宮都市(オラリオ)に希望を届けてきた【アストレア・ファミリア】に、そして団長たるアリーゼ・ローヴェルのそばにいた。

 

 リューにしか分からぬアリーゼの遺した希望の道標がどこかにある。そうアミッドは説いたのである。

 

 そしてその道標とは同時に大事な意味を持っていた。

 

「思い出してください。ローヴェルさんのお仲間として…ローヴェルさんを大切に思う者として思い出すのです。これまで迷宮都市(オラリオ)に希望への道標を示していた【アストレア・ファミリア】を導いていたのがローヴェルさんのお言葉だったならば…再び私達が迷宮都市(オラリオ)が希望を取り戻す道標もまたローヴェルさんのお言葉の中にあるはずです。そしてその道標こそアリーゼさんの希望に繋がり得る鍵。リオンさんがローヴェルさんの希望を取り戻すことと直結しているのです」

 

「アリーゼの希望を取り戻す…つまりそれが分かればアリーゼの意識が戻るかもしれない…とでも仰るのですか?」

 

「…医学的根拠はありませんが、私はそう確信します。その希望を知り実現し得るのは今リオンさんしかいないのです。だからどうか…思い出してみてください。お願いします」

 

「アリーゼのかつての言動…から…」

 

 迷宮都市(オラリオ)の希望への道標とは即ちアリーゼの希望への道標。

 

 それはアリーゼの安否を何物よりも心配するリューにとって一番縋らなければいけない道標であった。

 

 そのためリューはアミッドの言葉をようやく受け入れ、目を閉じるとアリーゼと過ごした思い出を回顧することに全意識を集中させる。

 

 リューにとって希望を取り戻す方法はアリーゼ自身の口から希望を伝えてもらうことであった。

 

 いつもそうやってリュー達は何度も希望を失いかけてもアリーゼのお陰で取り戻してきたから。

 

 だがそれは叶わない。

 

 ならどうすれば希望を取り戻せる?

 

 その方法からアリーゼのこれまでの言動から希望への道標を見つけ出すことはリューの思考からすっかり抜け落ちていた。

 

 アミッドの言う通りだとリューは確信した。

 

 アリーゼのことだ。

 

 みんなが信じて疑わなかったアリーゼなら何かしらの道標を残してくれている。

 

 そうリューは信じることができた。

 

 だからリューはアリーゼとの思い出の中からその道標を手繰り寄せようと、考え込んだ。

 

 自信満々に自らの手柄を誇張しつつも自慢するアリーゼ。

 

 リューをとても楽しそうにからかうアリーゼ。

 

 絶望に挫けそうになっても前へ進もうと声を上げるアリーゼ。

 

 リューにいつも希望をくれたアリーゼ。

 

 色々なアリーゼの姿がリューの脳裏に浮かぶ。

 

 そしてそんなアリーゼの姿を二度と見れないかもしれないという恐怖がリューの心を襲ってくる。

 

 だからこそリューはその恐怖を押し返すべく必死に希望への道標を心の中で探し続けた。

 

 そうして回顧を続けること十分強。

 

 リューは思い出した。

 

 それはあの惨劇が起こる直前のこと。アリーゼは確かに希望への道標をリューに遺していたのだ。

 

 

『今は共闘できない…信じ合えない…そんな状況に私達は置かれてる。そのせいで私達が孤立無援に見えるかもしれない。でもそんな状況なんて簡単に吹き飛ばせるわ。知ってるでしょ?『大抗争』の時迷宮都市(オラリオ)がどれだけ団結していたか。私達の大活躍を見れば迷宮都市(オラリオ)はすぐにでもまた団結できるに違いないわ!』

 

 

迷宮都市(オラリオ)の…団結。アリーゼは確かに言っていました。迷宮都市(オラリオ)が団結して共闘することを望んでいました。…そうです。これこそがアリーゼの希望。輝夜とライラの希望。そうです…そうです!これを実現すればっ…アリーゼの輝夜もライラも希望を取り戻せるっ!これです!【戦場の聖女(デア・セイント)】!ようやく分かりました!私が成し遂げるべきは迷宮都市(オラリオ)の団結です!」

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結。

 

 それはアリーゼが不遜にもリューとの賭けの題材にしていた事柄。

 

 そしてアリーゼは迷宮都市(オラリオ)が団結できることに賭けた。

 

 賭けたということはアリーゼは迷宮都市(オラリオ)が団結できると信じているということ。

 

 

 それ即ち希望。

 

 

 アリーゼの希望は迷宮都市(オラリオ)の団結にあるのだ。

 

 恐らくアリーゼは迷宮都市(オラリオ)が団結できないことに絶望して目を覚まそうとしないのだろう。そうリューは判断する。

 

 アリーゼだけではない。

 

 輝夜もライラも迷宮都市(オラリオ)が団結できないことで疑心暗鬼に陥っているのが絶望に染まっている一端になっている。

 

 リュー自身もそうだ。

 

 その疑心暗鬼がアミッドへの不信感にまで繋がっていた。

 

 これはリュー達だけの問題でもない。

 

【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】… 迷宮都市(オラリオ)全体を巣食う絶望と苦難の元凶である。

 

 

 皆の希望を取り戻すための全ての道筋は迷宮都市(オラリオ)を団結に導くことに通じていたのだ。

 

 

 ならば希望を取り戻すため、自らが動かなければ。

 

 アミッドの言う通り【アストレア・ファミリア】ではリューしか動けない。

 

 今希望を取り戻すために立ち上がれるのはリューだけ。

 

 リュー自身アミッドが言うような迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すことがリューに可能などとは到底思っていない。

 

 だがアリーゼに目を覚ましてもらうためなら…躊躇う理由などリューには全く存在しない。

 

 アリーゼが目を覚ませば輝夜とライラも希望を取り戻せるはず。

 

 それと同時に迷宮都市(オラリオ)が団結すればより揺らがぬ希望となり得よう。

 

 リューはアリーゼのために…

 

 

 アリーゼの希望を取り戻すためにリューは今ここに迷宮都市(オラリオ)の団結のため立つことを決心したのだ。

 

 

迷宮都市(オラリオ)の団結…なるほど。それこそまさに迷宮都市(オラリオ)の希望。流石です。【アストレア・ファミリア】…ローヴェルさんはきちんとお示しになっていたようですね。あなた方はやはり迷宮都市(オラリオ)に希望をもたらしてくれる素晴らしい方々です」

 

「褒め過ぎです。【戦場の聖女(デア・セイント)】。…ええ。今更ながら思い出せました。ありがとうございます。全てあなたが諦めることなく私を説得してくれたお陰です。あなたの私への信頼に心からの感謝を」

 

「いえ。治療師にも関わらずこのような形でしかお力添えできず大変申し訳ありません。ただ…私の言葉がリオンさんのお力になれて何よりです」

 

 アミッドの感嘆の言葉にリューはこの時覆面を初めて外す。

 

 それはアミッドに心からの感謝を伝えるため。覆面をしたままでは礼を失するとリューは考えたのである。

 

 説得を諦めずにヒントまで与えてくれたアミッドにリューは自らの示すことができる最大限の感謝をその表情と態度で示した。

 

 そんなリューの感謝にアミッドは受け取る資格はないとばかりに申し訳なさそうに謝りつつ顔を上げたアミッドはなぜか思案顔になる。

 

 アミッドの思案顔をリューは不思議そうに見つめていると…

 

 次の瞬間にアミッドが口にしたのは今のリューにとっては喉から手が出るほど欲しかったと言っても過言ではない言葉であった。

 

「ならば…私からリオンさんに贈る言葉は一つでしょう。私達【ディアンケヒト・ファミリア】はリオンさんに全面的に協力致します。私達は医療系ファミリアですので、お力添えできる機会は限られますが…それでも私達にも迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すための一助をさせて頂きたいです」

 

「ほっ…本当ですか!?」

 

「リオンさんには誤解を与えてしまいましたが、ローヴェルさん達への配慮をさせて頂いた時点よりそのつもりでいました。ディアンケヒト様には話を既に通してあります。…団員達には未だ話はしていませんが、必ずや説き伏せましょう。私達【ディアンケヒト・ファミリア】はこれまでもこれからも皆さんを癒すために力を尽くします」

 

「ありがとうございます!今そのお言葉を聞けることが私に何物にも代え難い力を与えてくれます!本当にありがとうございます!【戦場の聖女(デア・セイント)】!」

 

「リッ…リオンさん…」

 

 アミッドが贈ってくれたのはリューへの協力宣言、リューと共に立ってくれるという心強い言葉。

 

 迷宮都市(オラリオ)を団結に導くのが如何に苦難を伴うか流石に理解しているリューからすれば、この言葉ほど今欲しいものはない。

 

 リューは嬉しさのあまり屈託のない笑みを浮かべ、アミッドの手を躊躇なく取りまでする。

 

 かつてのリューならばこのようなことは決してしない。

 

 だが喜びで心を満たされたリューを、そして同じ希望を取り戻そうと覚悟を決める同志を前にしたリューを阻むものなどもはやなかった。

 

 リューは無意識にあの惨劇の後から少しずつ自らの心の壁を取り払い始めていたのである。

 

 そして心の壁を取り払ったリューの笑顔には底を知らない喜びが溢れ出していると見るだけで分かるほどだった。

 

 そんな笑顔は女性のアミッドでさえも頬を赤らめて照れてしまうような破壊力があり、アミッドは思わずリューから視線を背けてしまう。

 

 一方のリューは自らの言動がどれだけ変化しているのか、全く気付いていないのでアミッドの手を握り締めたまま語り続ける。

 

「まだ私には迷宮都市(オラリオ)をどうすれば団結に導けるか…その具体的な方法は分かりません。ですが団結へと向けた行動を始めるための当てはあります。なので私を信じお待ち頂けませんか?」

 

「もっ…もちろんです。リオンさんを私は信じます。私達にできることがあれば何でもご連絡を。次にお会いする時には【ディアンケヒト・ファミリア】の全団員でリオンさんをお迎えできるように尽力致します」

 

 真摯な視線と共にアミッドに待っていて欲しいと頼むリュー。

 

 リューの言葉通り迷宮都市(オラリオ)の団結という希望を見出したリューの頭には早々にまずできることが浮かんでいた。

 

 そうしてリューの決意の籠った視線にアミッドは力強く頷いて応え、アミッドはアミッドで自らの役割を全うすることを約束した。

 

「ありがとうございます。【戦場の聖女(デア・セイント)】。では早々に不躾かもしれませんが、ファミリアの方々の説得はお頼みします。それと…私の仲間達のこともどうかお願いします。私が彼女達に希望を示せるまでは… 【戦場の聖女(デア・セイント)】だけが頼りです」

 

「…ええ。彼女達のことはお任せください。ローヴェルさんに関してもできる限り手を尽くします。リオンさんは後顧の憂いなくご自分の為すべきとお思いのことに専念なさってください」

 

「そのお言葉が聞けて嬉しいです。では…最後にアリーゼの姿を目に焼き付けてから、そろそろ帰らせて頂きたいと思います。【 戦場の聖女(デア・セイント)】。色々とご迷惑もお掛けしましたが、これからよろしくお願いします。希望を取り戻すため…共に戦いましょう」

 

「ええ。こちらこそお願いします」

 

 そう伝え合ったリューとアミッドは互いの手を固く握り締め合う。

 

 言うなればこの握手は二人の間で協力の誓いが成立した証であった。

 

 そうしてしばらく手を握り合った後、リューが立ち上がると向かったのは二人が話している間ずっとリューの視界にずっと映っていた未だ目を覚まさないアリーゼの元。

 

 アミッドの事前の注意もあって、リューはそれほど近づくことなく本棚の隣で立ち止まる。

 

 リューは何も言わずただただ目蓋の閉じられたままのアリーゼをじっと見つめた。

 

 リューの言葉通りアリーゼの姿を彼女の目に焼き付けるため。

 

 もうリューは覚悟を決めていた。

 

 

 次にアリーゼに会う時は希望を取り戻した時である、と。

 

 

 その時まではアリーゼには会わない。輝夜ともライラとも会わない。

 

 そんな不退転の覚悟を決めた。

 

 リューはその先に希望があると信じているから。

 

 だから躊躇することなくそのような敢えて自らを追い込むような覚悟を決める。

 

 どちらにせよ今のリューが彼女達に言葉を贈っても希望を取り戻させることはできない。

 

 ならば致し方ない…という悲壮な覚悟でもある。

 

 ただリューには漠然とした自信があった。

 

 この希望はアリーゼが考え出したもの。

 

 そしてリューとの賭けの題材にするほど実現することにアリーゼが自信を抱いていたもの。

 

 リューはアリーゼではない。

 

 だからアリーゼのように上手くはいかないかもしれない。

 

 だとしてもアリーゼが成就を確信していたのであれば…リューにはできないと確定した訳ではない。そんな根拠のない自信をリューは抱き始めていた。

 

 何よりアリーゼが意識を取り戻すために希望が必要ならば…リューは火の中であろうと水の中であろうと突き進む覚悟ができた。

 

 これまで幾度もリューに希望を与えてくれたアリーゼに今こそ希望を返し、その恩を返す。

 

 アリーゼを賭けに勝たせることができれば、アリーゼは勇んで意識を取り戻しリューのことを好きにしようとするに違いない…などという楽観的な考えまで思い浮かび、リューは思わず表情を綻ばせる。

 

 そんな余裕を抱き始めていること自体が実はリューが希望を取り戻し始めた証拠でもあった。

 

 リューが希望を取り戻し始めた今、次はアリーゼと輝夜とライラと…そして迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻す番である。

 

 アリーゼの姿はリューの脳裏にしっかり焼き付いた。

 

 次にリューが見るのは希望を取り戻したその時に見られるに違いないアリーゼの屈託のない明るい笑顔。

 

 そう確信したリューはアミッドに一礼を贈って、そのまま診察室を出る。

 

 そんな時リューの視界に飛び込んできたのは診察室のドアのそばの壁に背中をもたれていたアストレアであった。

 

「…ごめんなさい。外から聞かせてもらったわ。彼女の言うことは真実よ。ディアンケヒトから言質はもらってきた。あの子達も迷宮都市(オラリオ)の平和を願う…希望を求める気持ちは同じだった…それが確認できて本当に良かったと思うわ」

 

「ええ。…私も同感です」

 

「…行くのね?リュー?覚悟を…決めたのね?」

 

「…はい。アリーゼのために…輝夜のために…ライラのために…そして迷宮都市(オラリオ)のために…私が希望を取り戻します」

 

「それでいいわ。リュー。それでいい。どうやら考えはあるようね?」

 

「はい。ひとまずの為すべきことは見えています」

 

「なら私は何も言わないわ。行きなさい。リュー。私はあなたを信じてる」

 

「…っ!ありがとうございます。アストレア様。必ずやご期待に添います。ではっ…!」

 

 アストレアは多くを語らなかった。

 

 ただリューの背中を押すための言葉のみを贈るのみ。リューもまた決然とアストレアの言葉に応えるのみ。

 

 最低限の確認を交わした二人にはそれ以上の言葉はもう必要なかった。

 

 アストレアはリューが希望を取り戻すべく明確に動き出したことに安堵を覚えつつリューを送り出す。

 

 リューはアストレアの期待を正面から受け止め、アストレアの見送りを受けながら走り始めた。

 

 

 これは【アストレア・ファミリア】の本当の意味での再起の始まり。

 

 そして迷宮都市(オラリオ)が希望を取り戻すための第一歩となったのであった。




Q.どうしてみんなこんなにアリーゼさんに期待してるんですか?
A.アリーゼさんは今作のもう一人の主役、そして作者的評価でフィンさんを越えるオラリオを導き得る指導者の素質があると捉えるからです。
…と言ってもここからはアリーゼさんが目覚めるまでリューさんがアリーゼさんの代役を必死に勤め上げようと尽力する話が続くんですけどね。
本命アリーゼさんが舞い戻るのはもう少し先。まずはリューさんにアリーゼさんの背中目指して頑張って頂きます。

Q.どうして最初にリューさんとオラリオ団結へ向けた運動への協力の意志を表明したのがアミッドさん達【ディアンケヒト・ファミリア】だったんですか?
A.分かりません。流れでこうなりました。(笑)ま、アミッドさんとの絡みは後々さらに触れるつもりです。

Q.アミッドさんをそんな簡単に信じて大丈夫なんですか?
A.逆に聞くと、純粋っ子リューさんの判断を疑うんですか?純粋っ子リューさんが信じると決めたんですよ!?じゃあ信じてください。(真顔)

Q.迷宮都市(オラリオ)の団結。迷宮都市(オラリオ)の団結。って希望の形としては漠然とし過ぎてませんか?
A. その通りです。だからその具体的な形をリューさんはこれから見出していかなければならないのです。
ちなみに言うと原作においての迷宮都市(オラリオ)の団結は繰り返しかもですが緊急時にしか実現していません。外伝12巻の決戦の時のみです。ただこの時も迷宮都市(オラリオ)全体が団結していたかは甚だ疑問です。冒険者のみの話とも捉えられますから。
少なくとも『大抗争』の時でさえ民衆の一部は離反していたという厳然たる事実を見落としてはなりません。
団結と簡単には言えますが、決して楽ではないのは言うまでもないこと。

リューさんは…いえ、【アストレア・ファミリア】、迷宮都市(オラリオ)がどう団結への道筋を進んでいくか。
彼女達の活躍にご期待ください。


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第三章 転回の迷宮都市編
風が求むは友の支え(1)


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 アストレアに見送られ、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出たリュー。

 

 治療院を出てみれば何故か訪れた時にはそれなりにあったはずの喧騒は息を潜めるように消えていた。

 

 辺りを見渡しても人はおらず、よくよく考えてみれば治療院の中からも人がいなくなっていたと今更のようにリューは気付かされる。

 

 お陰で生み出された気味の悪い静けさにリューは居心地の悪さを感じるもそんな些事で立ち止ろうとは全く思わなかった。

 

 もう既にリューの心の中で行き先は決まっていた。

 

 そのためリューは進み続けることに一切の戸惑いを抱くことはなかったのである。

 

 ただそんな状況の異常さを顧みないという状況把握の怠りとも言える態度を取るリューも気付くことには気付く。

 

 …誰かがリューの後ろに立っている。それも直前までリューに気配さえも感じさせずに。

 

 …誰だ?リューに存在を気取らせないとは余程の腕利きの冒険者か?

 

 即座にそう判断したリューは密かに腰に手を掛け、木刀を引き抜く準備を整える。

 

 そして機を見計らい振り返りと共に斬り掛かりつつ、その正体を見極めよう。

 

 そう決めたリューは次の瞬間にはその決心を行動に移そうとする。

 

 振り返るリュー。

 

 だが視界には何も映らない。それでも誰かがいたのは間違いない。

 

 そう考えたリューはそのまま引き抜いた木刀を正面から振り下ろそうとする。

 

 そんな時誰も居ないはずの空間から突然声が響いた。

 

「リオンッ…!私です。アンドロメダです。姿を隠した状態で申し訳ありません」

 

「…っ!?アンドロメダ?」

 

 聞き慣れた友の焦りと驚きの混じった小声にリューは瞬時に木刀を振り下ろすのを止める。

 

 その声の持ち主、アンドロメダと名乗りリューにもそう呼ばれたのはアスフィ・アル・アンドロメダ。

 

 リューの友人であり、【ヘルメス・ファミリア】団長であるヒューマンの女性。

 

 その彼女がどうして姿もなくリューに話しかけていられているのかと言えば、きちんと理由が存在した。

 

「リオン。少しじっとしていてください。場所を変えます」

 

「えっ…ちょっ…」

 

 アスフィはそうとだけ言うと、リューに被り物を無理矢理被せる。

 

 ちなみにその被り物の名はハデス・ヘッド。装備した人物を透明状態(インビジリティ)にできるアスフィが発明した魔道具である。

 

 これがアスフィが姿なくリューに話しかけることができた要因であった。

 

 そしてそのハデス・ヘッドをリューにも装着させたアスフィは、リューの腕を掴み無理矢理近くの路地裏へと連れて行こうとする。

 

 リューはアスフィの緊張感まで帯びているように感じられる行動に違和感を感じつつも素直に従った。

 

 お陰で先に動揺するのはいきなり路地裏に連れ込まれたリューではなくリューを路地裏に連れ込んだ張本人であるアスフィの方であった。

 

「すっ…すみません。リオン…つい焦ってしまい…ってリオン?え?え?いっ…今更ながらどどどどうして私が触れても何も言わないのですかっ?リリリリオン?一体何があったのですか?」

 

「アンドロメダがどのような表情をしているのか見えないせいで反応に甚だ困るのですが…」

 

 アスフィは今更のようにリューが触れられたにも関わらず振り払うことさえしないことに酷く動揺するものの、動揺させている張本人であるリューは特に気にもしていないので話が噛み合わない。

 

 ただアスフィにはそんなリューの変化を後回しにするほど焦っていて、その動揺を早々にどこかへ追いやり冷静さを取り戻した。

 

「そっ…それは今はいいです。一刻を争います。まずリオン。あなた一体どう言うつもりですか!?」

 

「…何の話です?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出て来ておいて何をとぼけているのですか!?今リオンが【ディアンケヒト・ファミリア】を襲撃したと、騒ぎになっているのですよ!?」

 

「しゅっ…襲撃?それは勘違いです。確かに私は受付で抜刀しましたが、襲撃ではなくただただ話をしただけで…」

 

「頭に血が上ったあなたが話をするだけで済んだことがいつあるのですか!?どれだけ暴れたのですか?まさか【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師を殺めては…」

 

「アッ…アンドロメダ!そのようなことあり得ません!私を信じてくださらないのですか!?」

 

 あらぬ嫌疑まで掛け始め信じようとしないアスフィにリューは自らの行いがどれだけ不味かったのかを悟らされる。

 

 …元より場合によっては【ディアンケヒト・ファミリア】だけでなくギルドをも敵に回す覚悟で治療院に乗り込んだとは言え、友人にまで不信感を抱かれることになるとまではリューは予想できていなかったのだ。

 

 だが気の逸るリューはアスフィに出会えたことをむしろ好機と捉えた。

 

 なぜならリューの当てにはリューの大切な友人の一人であるアスフィも当然入っていたからである。

 

 よってリューはこの場で誤解を解くという低次元で話を終わらせず、より踏み込んだ話をアスフィとの間で進めるべきと判断した。

 

「…この際その話はもういいです。それより私はアンドロメダにもお話ししたいことがあるのです。ゆっくりお話しできるとすれば、【ヘルメス・ファミリア】の本拠ですか?」

 

「えっ…ええ。元よりリオンは私達の本拠で匿おうかと…」

 

「なら話は早いです。今すぐあなた方の本拠へ。情報共有も含めて全てそちらで話をさせて頂きましょう」

 

「リッ…リオン!?まずは私の話を聞いてっ…!」

 

 リューは迅速に話を進め、アスフィから【ヘルメス・ファミリア】の本拠である『旅人の館』を話し合いの場として提供してもらえると判断した。

 

 ということでリューはアスフィとの情報共有も弁明もそこそこにリューの腕を握ったままだったアスフィの手を空いた手で取ると、そのまま今度はリューの方がアスフィの手を引いて連れて行くという立場が逆転した形になった。

 

「あぁ…どうしてあなた含めて私の周りの者はみんな私の話をきちんと聞かないのですか…?」

 

 …アスフィの悲鳴が小声で漏らされたが、非常に残念なことにリューの耳には届かなかったようだった。

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「なるほど…私の治療院襲撃を名目にギルドが一部のファミリアを動員し、私を拘束しようとしていたのですか…?」

 

「ええ。現状ではギルドの指示だとしてもどのファミリアも簡単には動こうとしません。なのでこのようにリオンを私達の本拠で匿う余裕もありますし、第一に拘束への動きが進むかさえ分かりません。ですが念には念を入れ…そして私はリオン自身の口から現状の話を必ず伺わなければ納得できないと思い、動きました」

 

「アンドロメダがそう思ってくださって本当に良かった。アンドロメダがいなければ、今頃私はそんな動きがあったことにさえ気付かなかったでしょう」

 

 場所は変わって【ヘルメス・ファミリア】本拠『旅人の館』。

 

 自らの団長室にリューをアスフィが招き入れた所でようやく二人はホッと息を吐きハデス・ヘッドを外して透明状態(インビジリティ)を解除した所だった。

 

 だが二人とも呑気に寛ぐだけの無駄な時間を過ごす気はなかった。

 

 早急に向き合って座った二人はすぐさま情報共有を開始していた。

 

「それで私からお聞きしたい点が幾つか。お先に聞かせて頂いても?」

 

「ええ。構いません。まずは私への誤解を解くのが優先でしょう」

 

「なら遠慮なく。まず第一に。リオンは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で一体何をなさったのですか?何をどうしたら襲撃などという誤解が生じるのです?」

 

「それは… 【戦場の聖女(デア・セイント)】との面会を求め、そしてアリーゼ達の安否を確かめるためにはやむを得ず…」

 

「…アリーゼ達の安否…?お待ちを。やはりまさか三人に何かあったのですか?」

 

「やはり…?アンドロメダこそ何か情報を知っているのですか?」

 

 質問に質問を返し合い話が停滞に陥りかけるリューとアスフィ。

 

 その争点はアリーゼと輝夜とライラの安否。

 

 アスフィは三人にとっての友人であるだけでなく、十八階層から治療院への移送に協力していたため三人の安否に関心があるのは当然のことだとリューにも思えた。

 

 だが…アスフィの反応には危機感と不安が混じっており、それだけの意味ではない嫌な予感を感じさせられた。

 

 そのためリューはまず自らの情報を開示し、アスフィの不安を取り除いた上で話を進めるのが望ましいと判断した。

 

「私からお話ししましょう。まず最初私は【戦場の聖女(デア・セイント)】がアリーゼ達に危害を加えるないしは隔離しようとしているのでは、と疑いを抱きました。ですがそれは誤解だと【戦場の聖女(デア・セイント)】から教えて頂きました。アリーゼも輝夜もライラも無事です。…問題はありますが、ともかく無事です。その点はご安心を」

 

「…リオンの口振りでは完全に安堵する訳にはいかないようですね…その問題とは?」

 

「…アリーゼの意識が未だ戻りません。輝夜とライラは…アンドロメダはご存知かもしれませんが…」

 

「まだ立ち直れていない…ですか…」

 

 アスフィはリューが告げた問題を聞き、天を仰ぐように天井を見上げる。輝夜とライラを移送したのも二人の容体をアストレアに伝えたのもアスフィ本人だ。

 

 …だが改めて友人が陥ってしまった絶望を聞かせられれば、アスフィをも辛い思いを抱かずにはいられない。

 

 …目の前でそれを告げたリューが一番苦しんでいることを知っているから尚更。

 

 ただ三人とも無事だという事実はアスフィにとって少しは不安を緩和する情報であった。

 

 それはアスフィが得た情報がさらに酷いものだったからである。

 

「三人ともご無事で良かった…本当に良かったです。… 迷宮都市(オラリオ)で流れている噂はもっと悲惨なものでしたから」

 

「…噂?一体その噂とは何です?」

 

「口にするのも憚られますが…お聞きになりますか?」

 

 アスフィは心の底から安堵した表情を見せつつ不穏な言葉を漏らす。

 

 その言葉を聞き逃せなかったリューが尋ねると、アスフィは一変して険しい表情を浮かべ、リューにその噂を聞くか再確認してくる。

 

 …アスフィの様子からその噂とやらが異常なものであることをリューが感じ取れぬ訳がない。

 

 リューは事実とは違うのが明らかであろうと考えつつも、若干の不安を抱きながらその確認に頷いた。

 

 そしてアスフィが告げたその噂とは…

 

 

「…【アストレア・ファミリア】がリオン以外全滅した…と」

 

 

「なっ…」

 

 リューは絶句した。

 

 何を根拠のそのような出鱈目を流した?誰が?なぜ?そもそもそのような誤解がなぜ噂として信じられ、アスフィでさえも信じそうになったのか?

 

 そんな疑問がリューの中に数多湧き上がってくる中、アスフィは説明を付け加えた。

 

「…この数日あなた達の目撃情報が尽く絶っていたのが原因です。それもそのはず。この噂の一部は真実。あなた達四人以外の大切な…友人達は…実際に命を落としてしまっています。その上リオン以外は治療院に私が移送してからは消息を絶ち、情報統制でも敷かれているかのように消息が分からなかった…正直【ディアンケヒト・ファミリア】を疑いたくもありませんでしたが…何も考えなかったかと言われれば、嘘になります。私から客観的に見ても【アストレア・ファミリア】はリオン以外全滅したように見えても仕方ない面があります。…もちろんこの点は誤解だったのですが」

 

「アンドロメダ…それはもちろん誤解です。そしてあなたが抱いた疑念を私も抱きました。だから【戦場の聖女(デア・セイント)】のお話をどうしても聞かなければならないという判断に至った訳で…」

 

 アスフィが告げたのはリュー自身も同じ疑念を抱き行動に移ったという経緯にも繋がる内容。

 

 だがアスフィはまだ全てを伝え終えた訳ではなかった。

 

「そのあなたの行動の数々も噂の信憑性を高めていたのですよ…リオン…」

 

「…え?」

 

「ギルドや【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】に乗り込もうとしたそうですね。その上一切目撃情報の存在しない謎のモンスターの存在の警鐘を鳴らしながら。…そして誰もその存在を信じようとせず、リオンは追い返された」

 

「なっ…アンドロメダッ!私の話は真実です!私達はあの怪物にっ…」

 

「ええ…私は分かっています。彼女達の移送に関わった以上それだけの脅威が存在したことは理解しています。…ですが得られる情報が少ない人々は私と同じ目線では考えられません。リオンは…仲間を失い気が狂ったのだ…そう噂されています。だから最後の眷族がそうなっては【アストレア・ファミリア】は終わりだ…正義の眷族は終わりだと…そう囁かれているのです」

 

「は…?気が狂っている…?ふざけないでください…ふざけないでください!?なぜ私が狂人扱いなどされねば…」

 

「それを裏付けるようにあなたは【ディアンケヒト・ファミリア】に襲撃紛いの行動を起こしました。結果はどうであれ、周囲から見れば狂気の沙汰。事情をある程度弁える私でも…弁護のしようがありません。リオンの行動を人々は闇派閥(イヴィルス)と同列視しかねない。少なくともこれで【アストレア・ファミリア】の…正確には最後に生き残った眷族リュー・リオンの信望は地に落ちています。あなたの声は…人々には容易には届かない」

 

「そん…な…」

 

 アスフィの宣告は今のリューにとって恐ろしく残酷なものだった。

 

 アミッドは【アストレア・ファミリア】がこれまで迷宮都市(オラリオ)に人々に幾度も希望をもたらしてきたと言った。

 

 だが人々は【アストレア・ファミリア】が終わったとみなし始めている。

 

 即ち本当の意味で希望が迷宮都市(オラリオ)から消え失せようとしているのと同義だとリューは解釈した。

 

 そんなことあってはならない。

 

 リューはそれを阻止し、迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すべく立ち上がることを決心したのだ。

 

 だがその決心に対してアスフィが早々に打ち崩さんとする宣告を下した。

 

 それもその宣告の根拠は他でもないリュー自身の行動。

 

 自らが想定していた事態を軽々と凌駕する事態を発生されてしまったと、今更のようにリューは気付かされてしまったのだ。

 

 …これでは…リューがどれだけ叫ぼうとアスフィの宣告通り人々の心には決して届かない。

 

 リューが如何に決心しようとも迷宮都市(オラリオ)が希望を取り戻すためには何の役にも立たない。

 

 アスフィの宣告がもたらした絶望がリューを攻め立てる。その攻勢を前にリューの視線は段々と下へ下へと移っていく。

 

 一方のアスフィは本来リューのこんな絶望に染まろうとする姿を決して見たかった訳ではない。

 

 今のアスフィ自身にとっても話すのは苦渋の決断であり、今のリューの姿を見ると胸が張り裂けるほどの痛みを感じる。

 

 だとしても…アスフィは言わなければならなかった。

 

 それは友であるリューのために他ならなかった。

 

「…今は自重の時です。リオン。あなたの表情を見れば、大体分かります。ギルドなどに乗り込もうとしたのも恐らくはそのモンスターを討伐するための戦力が必要だと感じたからでしょう。そしてこれからも何か行動を起こそうとしている。ですが…今は情勢があまりに不穏です。ギルドはリオンを目の敵にし、人々はリオンに不信感を抱いている。…この状況では不用意な行動は逆効果です」

 

「…ならば…どうしろと?」

 

「熱りが冷めるまで待ちましょう。情勢が変化するまで私達の本拠に身を隠すのです。恐らく『星屑の庭』もギルドの魔の手が及ぶかもしれません。神アストレアは今どちらに?」

 

「…【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院でアリーゼと【戦場の聖女(デア・セイント)】と共にいるはずです」

 

「彼女は信頼できるのですか?」

 

「ええ…その点は問題ありません。【戦場の聖女(デア・セイント)】は信頼できます」

 

「…リオンはそう仰るなら、私も信じることにしましょう。私からも彼女に神アストレアあの保護を依頼します。リオンはここにいてください。少し出掛けてきます」

 

 アスフィはそうリュー相手に無理矢理話をまとめると、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に向かうべく席を立つ。

 

 アスフィは何としてでも友であるリューを守りたかった。このままではリューは確実に暴走を繰り返し自滅する。そんな最悪な予感がアスフィの中にあったからである。

 

 だからアスフィはリューを自らの本拠に隠すという危険を犯してまでリューを匿おうと最初から動いていた。

 

 そして今こうしてリューを説得しリューを一時的にであろうと守るための道筋が作り出された…そう思っていた。

 

 だがリューは本当は説得などされていなかった。

 

 リューは単に言葉が少なくなっていただけで、リューの思考のほとんどは別事に向いていたのである。

 

 リューは立ち上がったアスフィに静かにその別事を考えた結論を告げた。

 

「アンドロメダ…その情勢とやらはいつどのように変化するのです?本当に変化するのですか?」

 

「…え?」

 

 リューの指摘にアスフィは足を止め、リューに視線を戻す。そうしてアスフィが目にしたのは、強い覚悟を宿したリューの鋭い視線であった。

 

「情勢の変化とやらを…私達【アストレア・ファミリア】は『二十七階層の悪夢』以来ずっと待ってきました。いつかは都市二大派閥の対立は終わり、迷宮都市(オラリオ)は再び団結できると…そう盲信していました。ですが結果はどうです?」

 

「それ…は…」

 

「何も変わらなかった。情勢は何一つ変わらず犠牲は増え続け、未だに闇派閥(イヴィルス)の専横は終わらない。それを私に座視していろと仰るので?アンドロメダ?私にそれができるとでも?」

 

「ですがっ…!現状で行動を起こせば場合によってはリオンが!」

 

 アスフィの伝えたいことはリューにも分かった。

 

 アスフィはリューの身を案じ、リューの考えを理解して尚リューを諫めようとしている。

 

 そのアスフィの心遣いに気付けぬほどリューも鈍感ではない。

 

 だが既に覚悟を固めているリューはその心遣いを無視するような言動へと向かわざるを得なかった。

 

 それどころかその心遣いをリューは逆手に取るような言動まで起こした。

 

「…アンドロメダ。もし私のことを本当に考えてくれるならば、私に協力してくださいませんか?」

 

「…私の協力で何を為すつもりです?」

 

迷宮都市(オラリオ)を団結へ導きます。【戦場の聖女(デア・セイント)】からは既に協力を承諾して頂いてます。アンドロメダにも私達と共に立って頂きたいのです」

 

「はっ…はぁ!?リオンッ…!?あなたは今までの話を聞いていたのですか!?リオンの今の立場は非常に不安定で…」

 

「だとしても私の為すべきことは変わらない。そう確信しています」

 

 リューは平然と迷宮都市(オラリオ)の団結を目指すべくアスフィに協力を求めた。

 

 その求めはアスフィの言う通りこれまでのアスフィの宣告を全て無視していたに等しい。

 

 今のリューの言葉は人々の心には届かない…だから今はリューの身を守ることを優先して自重すべきである…そうアスフィは伝えたはずなのに。

 

 リューの覚悟はアスフィの宣告では揺るがしきれなかったのだ。

 

 

 リューは本気だ。

 

 

 そう気付いてしまったアスフィはリューのあまりの愚直さに腰を抜かしそうにまでなる。

 

 それでもアスフィは何とかリューの考えをよろ探るべく言葉を捻り出した。

 

「… 迷宮都市(オラリオ)の団結とは…まさか【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立を終わらせると?」

 

「都市二大派閥の協力は当然不可欠でしょう。方法は分かりませんが、必ずや成し遂げるべき事項でしょう」

 

「…ギルドも引き入れるのですか?」

 

「ギルドだけではありません。商会も何もかも… 迷宮都市(オラリオ)を団結へ導くのです。かつての『大抗争』の頃のように」

 

 馬鹿げてる。恐ろしいまでの理想主義だ。

 

 …確かにリューは気が狂っている。

 

 現実が見えないはずもないアスフィは心の中でそう断ずるしかなかった。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立を終わらせる?

 

 この対立は10年来終わることのなかった対立だ。『大抗争』の時などただの仮初の共闘に過ぎなかったことはアスフィでなくても誰もが知っている。

 

 何度調停に失敗したのか…いや、誰も調停など試みたことはない。ギルドさえも試みようとしないのだ。それほどまでに対立の根は深い。

 

 下手に調停など風聴すればリューの方が滅ぼされる。

 

 そんな明白なことがどうしてリューには分からない?

 

 ギルドを引き入れる?

 

 そのギルドこそがリュー達の握るモンスターの情報を危険視し、リューの身柄を抑えようと動いているのにどうして協力などするだろうか。

 

 商会もその他有象無象も皆同じだ。

 

 リューの言う『大抗争』の時でさえ… 迷宮都市(オラリオ)は団結した時などなかった。

 

 アスフィはリューの求めに表情に出てしまうほどの明らかな躊躇を見せてしまった。

 

 それほどまでにリューの語った求めは理想に満ちていて、現実味など欠片もなかったのだ。

 

 そしてアスフィの表情から…リューはアスフィの答えを即座に感じ取っていた。

 

「…分かっています。私は何一つ方法を示せない。アンドロメダを説得できないのも当然です。ですが… 迷宮都市(オラリオ)には希望が必要です。希望がなければ… 迷宮都市(オラリオ)は破滅へと向かうことでしょう。それは絶対に避けなければならない。希望を取り戻さなければなりません。だから…私は立ち止まるつもりは毛頭ありません。これからアンドロメダも信じることのできるような希望を必ず示して見せます。ですからそれまでどうかお待ちを」

 

「リッ…リオン!?」

 

 リューはそう言って席を立ち、アスフィに代わって自らが退室しようとする。

 

 リューが自ら火中に飛び込もうとしている。

 

 自重をやめたリューを待っているのは地獄だ。

 

 リューの暴走が至る先は…破滅だ。

 

 それが分からぬアスフィではない。

 

 アスフィは悲鳴に程近い声でリューの名を呼び、リューを止めようとする。

 

 だがリューは止まってはくれなかった。

 

「…すみません。アンドロメダ。あなたの心遣いには心からの感謝を。…いつか再び共に戦える日が来ることを…信じます」

 

「リオンッ!?リオン!?待ってっ…待ってぇ!?」

 

 アスフィの虚しい静止の叫びが響く。

 

 だが反響はなく。

 

 アスフィの団長室には彼女ただ一人が取り残され、一人になった彼女はとうとう腰から力が抜けその場に尻餅をついてしまった。

 

 大切な友人が…また一人先に逝ってしまうかもしれない。

 

 その恐怖にアスフィは耐えられない。

 

 だがアスフィはただリューの愚直さと迷宮都市(オラリオ)の現実を呪うことしかできなかった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…そう落ち込むな。アスフィ。お前の判断は正しかった。リューちゃんに協力していれば、ギルドとフレイヤ様に目を付けられてファミリアは滅ぼされていたかもしれない。…少なくともフレイヤ様がロキとの対立を解消するとは思えない。下手な介入はあの気紛れな女神の逆鱗に触れる」

 

「…だとしても…リオンの理想は正しい… 迷宮都市(オラリオ)には…希望が必要です」

 

「だがそれは理想だ。現実を一切鑑みてない愚かな考えだ。それに比べてアスフィはファミリアを守るために正しい判断をした」

 

「正しい…?どこが正しいのですか?共を見捨てた私の判断のどこが正しいと!?ヘルメス様!!教えてください!!」

 

「アスフィ…」

 

「私は…私はっ…私はっっ!!」

 

 リューの立ち去った団長室で語り合うアスフィとヘルメス。

 

 ヘルメスは二人の対話を陰で盗聴していた。だから全てを知り、アスフィと向き合う。

 

 アスフィは自らの判断に迷いを抱き、ヘルメスはその判断を肯定する。

 

 …リューが『旅人の館』を訪れたのは決して無駄ではなかった。アスフィの心を確かに揺さぶっていたのである。

 

 アスフィとヘルメスがどのような決断を下すかは…リューのもたらした揺らぎのお陰でまだ分からない。




リューさん&アスフィさん回でした。
乙女達のガールズトークを盗聴するヘルメス様は安定の変態ですね!

…はともかくとして。
リューさんの状況は未だ深刻です。実質は原作より改善していても名目上は原作と同じ…と言った状況ですね。結局リューさんは単独行動をしていますから。
ですが言うまでもなく原作とはリューさんは完全に挙動を変えています。それこそが突破口です。
同じリューさんの暴走でも一味違う暴走をリューさんは見せてくれることでしょう。


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風が求むは友の支え(2)

評価ありがとうございます!
励みになってます!

色付きになったことですし、今後は赤色のバーの平均評価8以上を目指して精進していきたい所です。



 アスフィの団長室を退室したリュー。

 

 いつもなら血気に逸り次の行動に移るところだが、アスフィの悲痛な静止の声は簡単にはリューの脳裏からは消えず。

 

 衆目を集めないように『旅人の館』の塀を飛び越える形で抜け出したリューはその日の行動を諦めた。

 

 ただリューは行動を起こさないにしても一時的に身を隠す場所が必要だった。

 

 その意味で一番最適だったのはアスフィのいる【ヘルメス・ファミリア】の『旅人の館』だったのだろうが、アスフィが未だ協力の決断を下せなかった以上巻き込もうとは思えなかった。

 

 アスフィはリューにとって大切な友人。

 

 いくらアスフィがリューの身を案じてくれていたとしても、全面的な賛同が得られない状況で危険な事態に巻き込むことはアスフィのことをリューが案ずるからこそできなかった。

 

 …と、飛び出したはいいものの頼る当てが簡単に思い浮かぶ訳がない。

 

【アストレア・ファミリア】の本拠『星屑の庭』はギルドの監視の目がある危険性があり、戻れるはずもない。

 

 アスフィの要請とアミッドの協力のお陰で現在アストレア様を匿っているであろう【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院はリューが事件を起こしたまさにその場所。監視の目がさらに厳しいだろう。

 

 …友人の少ないリューがあと頼れるのは【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマのみ。

 

 だがそのシャクティはアスフィと同じく未だ説得をし終えておらず、最初から頼るのはリューには気が進まない。

 

 もし匿ってもらうならば、シャクティに協力の要請を受け入れてもらってから。

 

 リューは元よりシャクティに協力を求めるつもりだったのだ。

 

 言うまでもなくシャクティの率いる【ガネーシャ・ファミリア】は治安維持を司り、直前にも協力して闇派閥(イヴィルス)との戦いを挑んだばかり。

 

 なので安心してリューは協力を求めに行くつもりだったが、今はリュー自身が治安を乱している状況。

 

 その上ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】の関係の深さはリューも知るところ。

 

 …そのためリューは若干の不安を抱き、即座に協力を求めに行くのを控えた。それが行動を諦めた理由でもあり、アスフィだけのお陰…という訳ではなかったのが実際問題であった。

 

 結局リューは身を隠す場所としてギルドの管理が及ばず無法地帯に程近い貧民街である『ダイダロス通り』を選んだ。

 

『ダイダロス通り』なら素性の詮索もほとんど行われない身を隠すにはもってこいの場所であった。

 

 そうして『ダイダロス通り』で無事一夜を過ごしたリュー。

 

 リューは警戒を払いつつも『ダイダロス通り』を出る。

 

 向かったのは【ガネーシャ・ファミリア】本拠、『アイアム・ガネーシャ』であった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「誰だっ!!」

 

「すみません。シャクティ。リオンです。このような形での訪問、大変失礼します」

 

「リッ…リオンか!?」

 

 リューとシャクティの再会は唐突に始まった。

 

 …それもシャクティがそばに立てかけた槍を手に取り、リューが両手を挙げて頭を下げるという形で。

 

 さらに言うとリューはバルコニーの手摺りの上に立っているという状況だ。リュー自身吐露したように本当に失礼極まりない訪問であった。

 

 …原因はリューが『アイアム・ガネーシャ』に同じ向かったでも忍び込む形でシャクティとの再会を果たそうとしたからであった。これではシャクティの警戒を招いても仕方がない。

 

 もちろんリューにも言い分がある。

 

 話を通すなら直接シャクティにしなければ、末端の団員では警戒されて追い返される…下手をすれば拘束する可能性がある。そうリューは踏んでいたのである。

 

 リューは大切な友人の一人であるシャクティとの信頼関係を頼りに単身シャクティの元に忍び込んできたのだ。

 

 …もしシャクティがリューを拘束するなら仕方ない。そんな一種の諦観を秘めつつも、リューはその信頼関係が揺らがぬという理想に賭けた。

 

 

 そしてリューはその賭けに勝った。

 

 

「心配したぞ!?リオン!!昨日お前がどれだけの騒ぎを起こしたのか分かっているのか!?」

 

「…それほどの問題を起こした記憶は個人的にはないのですが…ええ。理解はしています。それでシャクティ?その騒ぎは未だ収束していないので?」

 

「まぁ話は座ってでもいいだろう。早く部屋に入れ。そんな所にいると、侵入者だと疑われる」

 

「侵入したことは否定できませんが…ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

 シャクティの入室の許しは彼女がリューに警戒心を抱いていない証拠。

 

 そう判断したリューはシャクティに招かれるままに入室し、腰を下ろしたシャクティの向かいに座った。

 

「それで私が起こした騒ぎはどうなったのです?」

 

「あぁ。テアサナーレの証言でリオンが無実であったことは衆目の事実だ。ギルドは命令の取り下げを渋っていたが、我々の要請で取り下げさせた。…お陰でギルドの権威がまた落ちた。正直困り果てている。それもテアサナーレの話では噂の一部は事実だと言うから尚更、な?リオン?」

 

「…すみません」

 

「全く…軽挙妄動は慎め。お前は【アストレア・ファミリア】の一員である以上…ファミリアの名誉を背負って立っているのだからな」

 

「ええ…肝に銘じます」

 

 シャクティの苦言にリューは身を縮ませると同時にアミッドがリューの暴走をシャクティに取りなしてくれたことが分かる。

 

 リューは安堵を覚えると共に自らがアミッドを信じたのは正しかったと再確認した。

 

 ただリューの心にはシャクティのある言葉が引っ掛かった。

 

「あの…ちなみに先ほどのギルドの権威がまた落ちたとは一体…」

 

「簡単な話だ。リオンは無実だった。にも関わらずギルドは拘束命令を出した。誤った命令で一冒険者の名誉を傷つけた。…これではどこのファミリアも命令に従わなくなる。ただでさえ『二十七階層の悪夢』以来ギルドは各ファミリアの統制が取れていないというのにこれでは…まぁそれは今更か。どちらにせよギルドの命令に即応したのは我々【ガネーシャ・ファミリア】だけだったのだがな」

 

「…」

 

「まぁそれはいい。ともかくリオンが拘束される恐れはもうない。心配は不要だ。ギルドは責任を持って私が抑える」

 

 シャクティは苦々しい表情でギルドの権威の失墜を語る。

 

 もはやギルドの権威の失墜は止まる所を知らない。

 

 ただでさえ『二十七階層の悪夢』以前からフィン・ディムナに指揮の主導権を委任し、民衆の慰撫さえまともに遂行できないにも関わらず魔石産業の維持のためにダンジョン探索は強制する存在だったのだ。

 

 それが指揮権を委任したフィン・ディムナの戦略的に正しくとも反感を買う『二十七階層の悪夢』における指揮でギルドはさらに権威を失墜させた。

 

 ギルドの命令はもはや蟷螂の斧に程近い。

 

 ギルドの命令に忠実に従うのは【ガネーシャ・ファミリア】ような神格者の率いるファミリアか利害の一致したファミリアぐらいになっていた。

 

 その悪傾向がリューの暴走によってさらに促進された、ということをシャクティは漏らしたのだ。

 

 リューにとってもその悪傾向が迷宮都市(オラリオ)の団結を妨げる要因の一つと明確に分かる。

 

 …だからいくらギルドへの不信感があろうと、リューは苦い思いを感じずにはいられない。

 

 するとシャクティは目を伏せて呟いた。

 

「…それとテアサナーレから聞いた。…ネーゼ達のこと…残念だ。だがリオン達四人が生き残ってくれたのはせめてもの救いだ。…本当に良かった。…だがそれほどのモンスターが現れたとはギルドから一切情報がなかった。…リオンがギルドに届けてくれたはずなのに…な」

 

「…ええ」

 

「…それが原因か?ギルドがリオンの拘束に執着したのは」

 

「…恐らく。あの怪物は迷宮都市(オラリオ)の脅威です。ボールスからは消滅が確認されたと報告を頂きましたが…油断はなりません。私達だけでなく【ルドラ・ファミリア】をも一瞬で壊滅に追いやった怪物です。そもそも私達は出現した原因も掴んでいないのですから…」

 

「…ボールス?それは…いいか。分かった。我々でも警戒は払うようにしよう。犠牲が拡大してからでは…遅いからな」

 

 シャクティの悔やみの言葉にリューは言葉少なげにしか返さなかった。

 

 ただ代わりにリューはシャクティにその怪物の脅威に関する警告をきちんと伝えることで大切な仲間達の死を無駄にしないように言葉を紡いだ。

 

 とは言えシャクティに沈んだ様子であの悪夢に関してを触れられると、リューも当時の光景を思い出し沈んだ気分ににならざるを得ない。

 

 そのせいで訪れてしまう沈黙をしばらく過ごした後、シャクティがその雰囲気を打開すべく口を開いた。

 

 シャクティがそうして告げたのは今のリューが沈んだ気分を打開することに繋がる内容であった。

 

「リオン… 迷宮都市(オラリオ)の団結を目指していると…テアサナーレから聞いた。テアサナーレ達【ディアンケヒト・ファミリア】は協力に決したそうだな」

 

「…ええ。正確には私の方が【戦場の聖女(デア・セイント)】の励ましのお陰で決断することができたと言うべきです。【戦場の聖女(デア・セイント)】がいなければ…私はアリーゼの元で泣き叫ぶことしかできなかったでしょう」

 

「だがリオンは立った。そうだろう?それにテアサナーレの心を動かしたのはリオンであるということは揺るがない。リオンの理想が…リオンの示した希望への道筋が…テアサナーレを動かした。違うか?」

 

「シャクティ…それは褒めすぎです。私は単に迷宮都市(オラリオ)の団結が平和のために必要だと述べただけで、何一つ辿り着くための方法を示せていません」

 

 シャクティのリューを称える言葉にリューは謙遜と言うよりは自嘲するように答えた。

 

 リューの自覚する通りリューは迷宮都市(オラリオ)を団結に導くための方法は全く思い浮かんでいない。だからリューが示したのは理想であって希望への道筋をきちんと示したとは言い難い。

 

 そのためリューはその方法を見出せなければ、アミッドの期待に応えることもアスフィを動かすこともできない。

 

 その方法を何としてでも早く見つけなれば…と、リューは心の中では逸るのだがリューの頭脳ではさっぱりと言うのが現状。

 

 …如何に知恵という意味でアリーゼと輝夜とライラを頼っていたかをリューは痛感させられる。だが彼女達には頼れない以上、他の手を考えるしかない。

 

 結局リューは全く答えに近づくことも出来ない方法を考えるよりも前にリューが動ける範囲で協力を求めようと考えたのである。

 

 今回のシャクティの元を訪問したのも同じ考えの元だ。

 

 そして今までのシャクティとの会話で確かな手応え…シャクティとやはり共に戦えるという期待を抱いたリュー。

 

 リューは全ては打ち消すことができなかった若干の不安が滲んだ伺うような視線となり、その視線と共にシャクティに慎重に尋ねていた。

 

「それでシャクティ…あなたはどうお考えで…」

 

「それは今更だろう?リオン?我々を疑っているのか?我々【ガネーシャ・ファミリア】は当然平和と秩序を取り戻すため迷宮都市(オラリオ)の団結を望む。我々は今後も【アストレア・ファミリア】との共闘を継続していく。そのようなこと聞かれるまでもないだろう?お互い厳しい状況だが…それでも共に手を携えていこう」

 

「…っ!ええ!当然です!ありがとうございます。シャクティ。…そして不必要な疑いを抱いてしまったことには心から謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

「…なっ…あっ…あぁ。それは…致し方ないことだ。気にするな。私も気にしていない」

 

 リューの疑いを感じ取ったシャクティはその疑いを鼻で笑いつつ何の躊躇もなく即座に協力を快諾した。

 

 その快諾にリューは頬を綻ばせ、シャクティに礼を伝えると共にシャクティに見透かされた疑いに関しては率直に謝り頭を下げた。

 

 リューのそんな以前より格段に柔軟性の増した態度にシャクティは虚をつかれつつも首を振る。

 

 シャクティは驚かずにはいられなかった。

 

 あの頑固で過ちを簡単に認めることもできなかったリューが…このように柔軟性を持って振る舞えるようになったのか…と。

 

 その要因が恐らく大切な仲間達を失ったことにあることをシャクティは察せずにはいられない。

 

 そしてこの変化がアミッドの協力快諾に繋がったのではないかという憶測に辿り着く。

 

 ただそんなリューの変化に関することよりもリューに問わなければならないことがシャクティにはあったのでリューの変化への感慨は早々に切り上げた。

 

 その問わなければならないこととはリューの疑念の要因。

 

 長らく【アストレア・ファミリア】と協力してきたはずの【ガネーシャ・ファミリア】を良くも悪くも素直であまり人を疑わなかったリューが疑った理由。

 

 

 シャクティには既に【ガネーシャ・ファミリア】と懇意であるギルドにあることが分かりきっていた。

 

 

「…やはりギルドは信じられないか?リオン?我々への疑いもギルドへの不信感が原因…違うか?」

 

「…その通りです。今の私はギルドを信じられないのが実情です」

 

「だがな… 迷宮都市(オラリオ)を管理しているのはギルドである以上、ギルドの力抜きで迷宮都市(オラリオ)の団結を果たそうなど…」

 

「分かっています。ギルドの協力は不可欠です。ですが…これまでのようなギルドの元での団結が正しいのかは私にはもう分かりません」

 

「リオン…」

 

 リューが垣間見えさせるギルドへの強い不信感と憤りにシャクティは困惑する。

 

 シャクティは今でもギルドとの協力関係を重視しようという意識がある。例え疑わしい言動があろうともギルドはあくまで迷宮都市(オラリオ)の管理機関だからである。

 

 そしてシャクティにはギルドの崩壊は迷宮都市(オラリオ)の崩壊と大差ないことを知っている。だから何があろうとも協力し続けなければならない存在…そう捉えている一面があった。

 

 一方のリューはギルドとの協力には反意を示さなかったもののシャクティと考えを共にしたとは言い難かった。

 

 リューにはギルドへの不信感と憤りでギルドを管理機関とみなすことに迷いが生じていたのである。

 

 …そのためシャクティはリューが暴走してギルドとの協力の考えさえも放棄することがないように細心の注意を払い、何とかリューを抑えなければと思い至り始める。

 

 だがリューの述べる不信感の根拠もまた正しきものであり、逆にシャクティの心を揺さぶるものでもあった。

 

「…『二十七階層の悪夢』も今回の一件もギルドからの一報が事の始まりです。無関係だとはとても思えません」

 

「しかしだなっ…」

 

「それにギルドはあの怪物の存在を隠蔽しようとしています。本来迷宮都市(オラリオ)の脅威となり得る存在であれば、多くの冒険者に周知し、対策を練るのが道理のはず。ですがギルドはそれをしなかった。…なぜです?ギルドは何を考えているのか…私には分かりません。シャクティには分かるのですか?ギルドは本当に私達の味方なのですか?」

 

「…」

 

 縋るような視線をシャクティに向けつつギルドは味方か否か尋ねるリュー。

 

 シャクティはリューの指摘に返す言葉を持てなかった。

 

 シャクティもギルドの真意を知っている訳ではない。

 

 ギルドを信じたいという思いをその視線で見え隠れさせるリューを前に憶測で半分騙すように指摘するのはシャクティには気が引けた。

 

 そのためシャクティはギルドの真意ではなくギルドの存在意義を以てリューを説得しようと考えた。

 

「…だが迷宮都市(オラリオ)をこれまで一程度団結させてきたのはギルドの力だ。確かにフィン自身の名声や求心力もある。それも『二十七階層の悪夢』で崩れたが…だがあくまでギルドがフィンに指揮権を委譲したが故の名声であり求心力でもある。ギルド抜きでは…恐らく同じことはできない」

 

「そしてギルドを引き入れても権威が失墜しているため命令は行き届かずどちらにせよ不可能…そういうことですか?」

 

「私の目では…そう見える」

 

 だがシャクティの伝えたギルドの存在意義はどちらぬせよ今となれば価値はない。

 

 その価値を取り戻すには短いとは全く言えない時間が必要になるであろう。

 

 

 それを待っていては遅い。

 

 

 その考えはリューには当然存在し、シャクティの中にも存在している考えであった。

 

 となれば二人の考えが一致するのは自明であった。

 

「だから現在のギルドに代わる人々を動かす力が必要…そうなるのですか?」

 

「…そうなるのだろう。これ以上悪戯に犠牲を増やさないようにするためにもそれは必要だ。何か案はあるか…?」

 

「…考えます。ですが…あまり期待はしないでください」

 

「…あぁ」

 

 

 現在のギルドに代わる人々を動かす力の創出。

 

 

 必然的にリューもシャクティも同じ考えに至る。

 

 とは言えそんな力はこの迷宮都市(オラリオ)に一度たりとも存在したことはない。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が君臨していた時代でさえギルドは迷宮都市(オラリオ)を管理してきた。

 

 ギルドの存在はあまりに重い。

 

 そしてそのギルドの権威が失墜しているというのは文字通り最悪な状況であった。

 

 最悪の状況を打開する力などそう簡単に思い浮かぶはずもなく…

 

 リューとシャクティは思考の沼に沈み始め、静寂が訪れようとする。

 

 だがその静寂は時を待たずして崩された。

 

 

 扉をノックする音が響いたのである。

 

 

 シャクティは即座に思考の沼から脱却し、ノックの音に応じていた。

 

「どうした?何事だ?」

 

「はっ!団長!報告があります。入室しても宜しいですか?」

 

 部屋の外から響く男性団員の声。

 

 シャクティはリューに一瞬目配せして入室しても良いかの許可を求める。リューはそれに頷いて応じると、シャクティは視線を戻して許可を即座に飛ばした。

 

「構わん。入れ」

 

 シャクティの許可で入室する団員。

 

 彼は一瞬リューの姿を認めて、ギョッとするもすぐに自らの団長へと視線を移し早々に報告を始めた。

 

 

「実は先程三名の方が個別に団長に面会を求めに来られました。団長。お会いになりますか?」




今回はリューさんとシャクティさんの協力関係再確認回でした。
ま、シャクティさんが協力しない訳がないですね。(むしろ原作の時期は何をやってたんだ…)

そしてシャクティさんの頭の中から消し去れないであろうことは、ギルドとの関係。
【ガネーシャ・ファミリア】とギルド(ガネーシャとウラノスとも言える)はかなり懇意ですからね。リューさんに協力するからとそう簡単には崩せない。
シャクティさんが完全に協力するためにはギルドとの関係性の決着が必要不可欠でしょう。これもまたテーマの一つです。
そもそもギルドが何を考えているか自体今作では不鮮明なんですけど!それもここから描写するつもりです。

ちなみに言うとリューさんが復讐には知らなかったことは良くも悪くも歴史に影響を与えてます。リューさんによる迅速な闇派閥(イヴィルス)の殲滅が行われなかったため、迷宮都市(オラリオ)の混迷期は原作以上に長く続きます。
お陰でこの五年前前後に創始されるはずだった怪物祭(モンスター・フィリア)は創始されません。メタな話この混迷の状態に異端児まで加えたらカオスですよ。()
その上敵の存在で団結できるという意味で12巻の団結が成ったと考えると、異端児の存在は団結をかなり狂わせる存在。何せ12巻時点でも異端児を全ファミリアが認知して共闘した訳では当然ないんですからね。

何より作者の立場は人間同士も碌に協調できないのに人間とモンスターの共存は後回しだろ…という立ち位置ですので。咥えて今作は人間同士の相互不信を重点に置くので触れる予定は多分ありません。

そして『アイ・アム・ガネーシャ』に来訪した三名の人物。
一体誰なんですかね?(すっとぼけ)


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風に動かされし者達

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今回は超珍しくリューさんの出番がほぼ無い回です。
ただあくまで話題の中心にはリューさんがいるんですが(笑)


「…え?」

 

「…は?」

 

「…あ?」

 

 早朝の【ガネーシャ・ファミリア】本拠『アイアム・ガネーシャ』の入り口であるガネーシャ像の股の下で。

 

 三人の冒険者達が互いの顔を見合わせて茫然としていた。

 

 なぜならこの三者がこの場で居合わせることは三人の中でほとんど想定がなかったからである。

 

「アンドロメダさんはともかく…なぜボールスさんまで?」

 

「そうですよ。アミッドはともかくどうしてボールスまで?」

 

「…って!!俺だけ場違い扱いかよ!?そう言うあんたらはなぜここにいる!?」

 

 …主にボールスがこの場にいることのみがアミッドとアスフィにとって想定外だっただけなのだが。

 

 そしてアミッドとアスフィの間では既に相互で連絡が行われているのでなぜこの場にいるのか互いに分かりきっているため、特に疑問も抱くことはない。

 

 ただ場違い扱いされたボールスはそんな事情知ったことではないので、二人になぜこの場にいるのかを問いかける。

 

「それはリオンさんの保護を【ガネーシャ・ファミリア】に依頼してあったからです。こちらにリオンさんが居られるかは分かりませんが、現状はお聞きしなければと考えました」

 

「私も似たようなものです。私達の本拠を出た後のリオンは恐らく【ガネーシャ・ファミリア】に現れるだろう…と。どちらにせよシャクティから話を伺いたかったので。というかアミッドはリオンの保護を頼んでいたのですね。そこまでなさっているとは正直驚きです」

 

「ヴァルマさんは同じ希望のために戦える方だと確信していました。故にリオンさんのためにも口添えをしておいた…それだけのことです。保護等に関してはヴァルマさんの方から申し出て頂きました」

 

「…すみません。私に迷いがあったせいで…」

 

「いえ、瞬時に決める方が難しいのは当然のことです。…実際の所私も協力を決断するのにはそれなりの時を要しましたから」

 

「おい…おいおい…俺を放置して話を進めないでくれるか?なぁ?俺だけ全く話についていけないんだが?」

 

 …アミッドとアスフィの答えは事情を共有していないボールスにはさっぱり。やはり場違いは場違いだったようだ…

 

 というのはともかくアミッドとアスフィが遭遇したのも実は偶然。互いにこのタイミングで『アイアム・ガネーシャ』を訪れようという申し合わせがあった訳ではない。そのため二人も互いにこのタイミングで遭遇したことには驚きを覚えていた。

 

 だがリューが『アイアム・ガネーシャ』を訪れるであろうという推測はリューの言動から自然と一致し、その一致がこの遭遇を招いたのであった。

 

 そしてその遭遇の意味を理解できないアミッドとアスフィではない。二人は顔を見合わせ、互いの意志の強さを視線を交わして確かめ合う。

 

 そうなると、やはり場違いなのはボールス。そのボールスは二人の情報不足な会話から何とか情報を整理すると、二人に確認を始めた。

 

「てことは…まさか【疾風】がここにいるのか?」

 

「…どうしてボールスさんがリオンさんの名前に反応するのです?」

 

「まさか…リオンの評判が芳しくなくなってきたのを機にこれまで取り締まられてきた恨みを果たそうとでも?」

 

「ちょっと待て!?ちげーよ!!アンドロメダの姉さんは何流れるように懐に手を入れてんだ!?それだったら【ガネーシャ・ファミリア】の本拠なんかの来るかってんだ!!」

 

「あぁ…」

 

「確かに…」

 

 ボールスがリューの名前に反応したことで遽に殺気立つアミッドとアスフィ。

 

 その殺気にボールスは肝を冷やす羽目になるも、何とか抑え込む。

 

 ただ二人の不信感の残った視線を消えず、ボールスは溜息を吐いて致し方なく元々はシャクティにのみ話すつもりだった話を漏らして警戒を解くしかないと考えた。

 

「…俺はリヴィラの総意をまとめたから、それを【象神の杖(アンクーシャ)】に伝えに来た。結構手を焼いたが、それでも俺達リヴィラの連中でも思いは一つだったってのは正直今までリヴィラを率いてきた俺様が一番驚いてる」

 

「…リヴィラの総意…ですか?」

 

「…リヴィラは何を決したのです?」

 

 

迷宮都市(オラリオ)の団結への協力。俺達リヴィラは闇派閥(イヴィルス)の糞どもをぶっ潰すために全面的に協力する」

 

 

「…まっ…真ですか?」

 

「…ボールス…それは本気で言っているのですか?」

 

 ボールスの迷宮都市(オラリオ)の団結への協力宣言はアミッドとアスフィの目を白黒させた。

 

 その宣言はボールスがアミッドとアスフィ、そしてリューと志を共にするという意味に等しい。そのようなことをあのボールスから聞かされるとはアミッドとアスフィでなくとも誰もが思いも寄らないだろう。

 

 だがボールスはその宣言を捻り出すためにリヴィラを動かした。

 

 その要因は言うまでもなくアミッドとアスフィと同じであった。

 

「…正直俺はなぁ…それは夢だと思ってる。理想に過ぎないと思ってる。けど…その夢と理想を真面目に実現しようと奔走する大馬鹿がいると知った。その大馬鹿の姿を見たら…俺も同じ夢と理想を抱いてみたいって思った。あいつが信じる夢と理想が実現すれば…俺達も絶対生活が良くなると思った」

 

「…その通りです。迷宮都市(オラリオ)の団結が実現すれば… 迷宮都市(オラリオ)にはより良い未来が約束されることでしょう。それをあの方は実現しようとしている。誰もが諦めてきたその夢と理想を」

 

「…っ!誰が大馬鹿ですかっ!彼女のことをあなたなんかが馬鹿にする資格はないでしょうに…!」

 

 三人の中で想起されている人物は既に一致している。

 

 

 リュー・リオンだ。

 

 

 三人をこの場に呼び寄せたのは他でもないリューの説得であった。リューの実現しようとする夢と理想であった。

 

 そしてこの三人が集ったこと自体…リューの理想が一歩実現へと近付いた証であった。

 

「つまり…ボールスさん達リヴィラの街もリオンさんの理想に賛同し、共に戦ってくださる…そういうことですか?」

 

「そうだ。俺達にできることがあれば何でも協力する。それを… 【象神の杖(アンクーシャ)】に伝えて、【ガネーシャ・ファミリア】を【疾風】のために動かす材料にできねぇかと思ったんだが…その話の感じもう手遅れか?」

 

「ええ。アミッドの話から考えると、恐らく【ガネーシャ・ファミリア】はリオンの理想に賛同したと見ていいでしょう。【ガネーシャ・ファミリア】は元より治安を司っている立場上迷宮都市(オラリオ)の団結は最初から望む所でしょうしね」

 

「そうか…それはまぁ残念だな…」

 

 なぜかまるでリューの役に立てなかったことを残念がるかのような態度を見せるボールス。

 

 アスフィ的にはその態度は正直違和感しかない。その違和感は十八階層で輝夜とライラの救助だけでなくアリーゼの救出のためにリヴィラの冒険者まで動員するのを見て以来感じていたもの。

 

 その違和感の正体の推測を立てたアスフィはボールスに早々に指摘をしていた。

 

「…ボールス。さてはリオンに弱みを握られましたね?」

 

「…なるほど。アンドロメダさんの考えに私も正直賛同です。そうでなければリオンさんにボールスさんが積極的に協力する理由など理解もできません」

 

「ちょっと待て!?【疾風】がそんな弱みに付け入るような女だと思ってるのか!?」

 

「全く。リオンがそんな手の込んで少々汚いとも言えることを良くも悪くもする訳がないではないですか」

 

「ですがボールスさんが弱みになるようなことを犯している可能性は高いとは思います。例えばリオンさんに制裁されそうになった所を泣き付いたとか…」

 

「ちげぇよ!!というか弱みを握ったのは【疾風】ではなくて俺の方であってな…」

 

「…は?」

 

「…はい?」

 

「おっと…」

 

 ボールスはアスフィの弱みを握られたのではという指摘を断固否定する。

 

 事実ボールスはリューに弱みなど握られていない。

 

 そしてアスフィの言う通りリューは良くも悪くも人の弱点に付け入って何かを為そうという狡猾さは持ち合わせていなかった。

 

 ただボールスは勢いのあまり口を滑らしてしまった。

 

 

 リューの弱み。

 

 

 そのようなものをボールスに知られたまま放置することはリューを大切に思う友人であるアミッドにもアスフィにも断じてできることではなかった。

 

「弱み…リオンさんの何をあなたは知ったと言うのです?」

 

「ボールス…真実を今すぐに話しなさい。事の次第によってはあなたを…」

 

「分かったよ!!素直に話してやる!!そんな殺気立つな!!どんだけ【疾風】のことが心配なんだよ!?お前ら!!」

 

「それは… 迷宮都市(オラリオ)を守るために共に戦うと誓い合った同志だからで…」

 

「大切な…友人ですから…」

 

「にしてはキツすぎやしませんかねぇ!?お前ら!!」

 

 殺気立ってボールスを追及するアミッドとアスフィにボールスは殺気を向けられた張本人として絶叫混じりに言い返す。

 

 確かにボールスの言う通りアミッドとアスフィによるボールスへの追及は少々度を越している。

 

 ただ単に同志で友人だから…と言うには少々リューのことを気にし過ぎている気があるようにボールスには見えた。

 

 とは言えそれ以上からかい半分に追及すると、二人からは恐ろしい報復が返ってくる可能性を危惧したボールスは大人しく自らの知ったリューの弱みを白状した。

 

「…実はよぉ…【疾風】は俺に膝を突いて協力を要請してきた」

 

「…なっ…リオンさんがそこまで…」

 

「…ちょっと待ってください。あなたはリオンにそのような屈辱を与えたのですか!?だから優越感で協力すると…あなたはどこまで下衆で…」

 

 リューが膝を突いてボールスに協力を要請…膝を突いてならば懇願と言うべきか。

 

 そこまでの行いを誇り高いエルフであるリューが行えば、リューのことをある程度知る者は誰であろうと絶句する。

 

 そしてアスフィのようにボールスが嫌がらせでリューにさせたと取ってしまう。

 

 これはリューの直向きな性格とボールスの低劣だと思われた性格が招き寄せてしまう推測であった。

 

 だが現実は違う。

 

「アンドロメダさんよぉ。勘違いは良くねぇぜ?そもそも俺自身強制してやられた所で絶対動くとは限らねぇ。というか俺が強制してだったなら、俺は動かねぇ」

 

「…なら?」

 

「言うまでもねぇだろ。【疾風】が自らの意志で俺が何かを言ったのでもなく跪いた。迷宮都市(オラリオ)のためだとはっきり言った。迷宮都市(オラリオ)のために【疾風】と戦った怪物を討つ必要があるってな。【疾風】は自分のためではなく迷宮都市(オラリオ)のため他人のために恥も外聞も捨てて、俺に跪いた。あのエルフがだぞ?その意味と覚悟の強さが分からねぇほど俺も屑じゃねぇ」

 

「…そのお気持ち…私も分かります。あそこまで直向きに他人を想う姿を見せられては私達も恥ずかしい真似はできないと…思わず考えてしまいますよね」

 

「あの…リオンが…リオンは…そこまで変わったと…言うのですか?」

 

 ボールスの言葉にアミッドは共感を示し、アスフィはリューの激変に戸惑いと驚きを隠せない。

 

 元々冒険者の間では偏屈で融通が効かないと知られていたリュー。

 

 そのリューがそこまでの変化を見せたというのは周囲に影響をもたらさずにはいられなかったのだ。

 

「その【疾風】が迷宮都市(オラリオ)のために団結が必要だって言うんだ。ならまずは俺のできる範囲でリヴィラからってのが順当だろう?俺達には報酬とか目当てもあるが、共通してるのは闇派閥(イヴィルス)の屑どもは商売やダンジョン探索の邪魔だってことだ。そして闇派閥(イヴィルス)を倒せねぇのが迷宮都市(オラリオ)が団結してないからって言うなら、俺達が協力しない理由はねぇ。そうだろ?」

 

「仰る通りです。あなた方リヴィラの街とリオンさんの理想は一致しています」

 

 ボールスの説明にアミッドは賛成の意を示す一方アスフィは何も言わない。

 

 アスフィは未だリューの変化を受け入れられないから…そうボールスとアミッドは思っていたのだが…

 

 アスフィはボールスにとって想定外の結論に辿り着いていた。

 

「…つまりボールスはリオンのために行動を開始した…そういうことですか?」

 

「…あ?おいおいなんでそうなるんだよ?俺は単に闇派閥(イヴィルス)が邪魔だからなぁ…」

 

「そんなこと今更でしょう。闇派閥(イヴィルス)の脅威はもう十年も続いています。にも関わらずあなた方リヴィラの街はこれまで真面目に闇派閥(イヴィルス)との戦いに協力していたとは言い難い。ですがボールスは急遽リヴィラの町の総意をまとめて、シャクティにお伝えしようとしている…それは完全にリヴィラの街が迷宮都市(オラリオ)に対して行う意志表明と何が違うのですか?あなたがその重みが分からないとは流石に思いませんよ?」

 

「それは…そうだ。だが【疾風】のためって決めつけるのは…」

 

「ボールス自身仰った通りあなたの行動はリオンの言動がきっかけになっている。そしてあなたの言動の数々はリオンを慮ったものがあまりに多い。アストレア様からお聞きしていますよ?あなたがリオンの動向を推測してアストレア様にお伝えしたと。そこまでの気遣いをするとは普段のボールスからは寸分たりとも考えられない。…あなたさてはリオンに…」

 

「おおっと!!それ以上は言っていいことと悪いことがあるぜ!!アンドロメダの姉さん!というかそれ以上何も言わないでください。お願いします」

 

 …まぁあの屑と評判のボールスが異様なほどにリューへの気遣いをしているのを見れば、アスフィでなくとも『何か』を疑ってしまうのは致し方ないこと。

 

 そしてボールス自身そのような指摘を食らうのは本人の意識的問題でどうかはともかく恥と沽券に関わる問題である。

 

 よってボールスは大慌てでアスフィの口を封じようと声を上げる。

 

 その様子により確信を強くしたアスフィはそれ以上の追及は控えた。

 

 …ただしボールスの弱みを握れたことへの若干の上機嫌さをその表情に映し出しつつ。

 

 そんな雑談を交わしつつ三人の互いの立場を把握し合うことになった三人の前に立ち塞がっていた門扉がようやく開かれる。

 

 それはシャクティが三人の面会に応じたことの証であった。

 

「お三方。お待たせしました。団長はお三方の面会をお受けになるとのこと。どうぞお入りください。団長は団長の執務室でお待ちです」

 

 開かれた門扉から【ガネーシャ・ファミリア】の団員が頭を下げて礼を尽くしつつそう告げる。

 

 その言葉に三人は三者三様の反応で応じ、揃って『アイアム・ガネーシャ』の中に入っていったのであった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】とアンドロメダと…ボールス?なぜ彼がここに?」

 

「…いや、それを私に聞くな。知っているのはそれこそリオンと来た張本人であるボールスだけだろう。もしリオンが分からないなら本人に聞いてくれ。正直私も理解できない」

 

 場所は変わってもうじき三人が到着するであろうシャクティの団長室。

 

 …相変わらずボールスがなぜ現れたのかは鈍感で自分がどれだけボールスに影響を与えたか理解していないリューも含めて全く理解が追いついていない。

 

 だがこのタイミングでこの場に三人が現れたということの意味は…リューにとってもシャクティにとっても薄々察することができるものであった。

 

「…シャクティ。これはつまり…三人とも…私達と志を共にしてくれる…ということでしょうか?」

 

「恐らく、な。皆リオンの言葉に動かされて、この場に集った…そういうことだ。テアサナーレもアンドロメダもボールスも皆リオンの話を聞いた者達ばかりだから、な。無論私も」

 

「そう…なのですね。私の…言葉が…私の…私の…」

 

 リューは噛み締める。

 

 リューの言葉が…リューの希望を追い求める理想が少なくとも四人の友人達に届いたということを。

 

 アスフィは協力に躊躇をしていた。

 

 ボールスに至っては理想は語れども何一つ利益を示した記憶さえない。

 

 

 リューができたことと言えば理想を伝えることだけ。

 

 

 彼らは希望を求める理想だけで… 迷宮都市(オラリオ)を団結させたいという理想だけで動いてくれた。

 

 如何に迷宮都市(オラリオ)が団結することが多くの人々にとって希望であるかをリューは改めて実感させられる。

 

 同時にその希望が多くの人々を動かし得る力になることもリューは実感した。

 

 そしてリューの唱えた理想が皆の心に届く可能性を見出させ、実際に届いたことを証明する事実を前にしてリューは感動のあまり涙ぐんでしまう。

 

 リューの言葉が希望取り戻すための道筋を一歩また一歩と進めるのに役立っている。

 

 即ちアリーゼ達希望を取り戻す日も少しずつ近づいているということである。

 

 

 だがまだ何も始まっていない。

 

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結という希望を手に入れ、理想を実現するまでの道のりはまだまだ遠い。

 

 それにリューは方法さえも見つけることができていない。

 

 だから今のリューにはまだ涙など流している暇などなかった。

 

 リューは目を擦り瞳の潤みを消し去ると、立ち上がり扉の前で待ち構える。

 

 そのリューの動きにシャクティも呼応して、リューの左斜め後ろで立ち止まる。

 

 そうして二人で何も話さずただ三人の到着を待っていると、ノックの音と共に入室の許可を求める声が届く。

 

 シャクティが許可を出すと共に、事前に知らされていた三人の姿が本当にリューの視界に映る。

 

 アミッドとアスフィとボールスの姿が…共に戦う覚悟を決めてくれたであろう友人達がリューの目の前にいる。

 

 それだけでもリューは感極まりそうになった。

 

 だがそんな感慨を今は抑え、リューは三人が居並んだと同時に静かに尋ねた。

 

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】。アンドロメダ。ボールス。前置きは一切しません。単刀直入にお聞きします。…ここに来られたということは…共に迷宮都市(オラリオ)を団結に導くために協力してくださることを決意してくださった…そういうことですか?」

 

 

「ええ。私が前言を翻すことなど決してあり得ません。私達【ディアンケヒト・ファミリア】はリオンさんの理想と共にあります」

 

「私達も同じくです。私達もようやく覚悟が決まりました。【ヘルメス・ファミリア】はリオンの理想を実現するために力を尽くしましょう」

 

「俺達リヴィラも【疾風】と一緒に迷宮都市(オラリオ)を団結させて、闇派閥(イヴィルス)の屑どもをぶっ潰す」

 

 リューの頼もしき友人達はリューの期待通り…いや、期待以上に力強い言葉でリューの問い掛けに応じてくれる。

 

 これでリューのできうる範囲での準備はボールスの協力宣言によってリューの望んだ以上の形で整った。

 

 ならば次行うべきことはリューにとっては自明であった。

 

「シャクティ。申し訳ありませんが、今会議室をお借りできませんか?」

 

「もちろん構わないが…あぁ。なるほどな。すぐに手配しよう」

 

 リューの確認にシャクティは瞬時にリューの意図を察する。

 

 リューの呼びかけの元に五人の組織の代表が集まったのだ。

 

 為すべきことは決まっている。

 

 

「これより迷宮都市(オラリオ)を団結へと導き、迷宮都市(オラリオ)の希望を取り戻すための会議を執り行いたいです。皆さん、ご参加願えますか?」

 

 

 このリューの確認への他の四人の回答は言うまでもない。

 

 ここに迷宮都市(オラリオ)が団結へと至るための礎が確かに築かれたのであった。




本当リューさんはボールスさんに何をしたんでしょうねぇ…(白目)

アスフィさんはともかくアミッドさんとボールスさんの協力を得るっていうのは今作が初の試みでした。アミッドさんもボールスさんも元々私の作品では14巻の影響で登場数が多いんですけどね。

そしてこれでアストレア・ガネーシャ・ディアンケヒト・ヘルメス・リヴィラという5つの中規模以上の組織共同体制が事実上樹立されました。
かつての団長会議…フィンさんが率いていた『大抗争』の頃には到底及ばない規模です。
ですが希望を取り戻すための第一歩としては十分以上の成果と考えるべきでしょう。
私の作品のリューさんはいつも凄いことを成し遂げるなぁ…(遠い目)
ただまだまだスタートラインに立ったか立ってないかです。本番はまだ始まってない…?(ではいつ本番が始まるんだ?というツッコミは禁止)


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風は都市を繋ぐ礎を築く

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狙った訳ではなかったのですが、今年最後の投稿としては一番相応しい回となった…そう断言できる回です。
偶然に心からの感謝を。(笑)


「ちょっと待てよ!?迷宮都市(オラリオ)の団結ってマジで【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】込みなのかよ!?正気か!【疾風】!?」

 

「…それもギルドの協力も可能ならば取り付ける…リオン…あなたはどこまでお人好しなのですか…」

 

 ボールスとアスフィの呆れ混じりの声が会議室に響く。

 

 アミッド、アスフィ、ボールスの到着と協力宣言を聞き届けてまもなくリューの要望により早急にリューとシャクティを加えた会議が始められた。

 

 …が、会議は開始早々見事に紛糾。

 

 言うまでもなく原因は発起人たるリューにあった。

 

「ボールスもアンドロメダも何を今更なことを。確かに今は【フレイヤ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】も迷宮都市(オラリオ)の団結へ向けた協力を行う兆しもなくギルドも不穏な動きが多いです。ですが迷宮都市(オラリオ)の団結を目指すのならば、彼らの協力が必要であるのは自明ではありませんか?」

 

「それは…な」

 

「リオンの仰る通りですが…」

 

 リューの言い分は最もだ。

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結を目指すならば、迷宮都市(オラリオ)に存在する全勢力が協力して然るべきだろう。

 

 だがそれはあくまで理想論に過ぎない。それがボールスやアスフィの言いたいことである。

 

 ただ加えて言えばその理想論を実現不能とみなす者もいる一方で実現したいと考える者もまた存在するのである。

 

「…我々【ガネーシャ・ファミリア】としてはギルドの権威がこれ以上失墜するのは迷宮都市(オラリオ)にとっても不利益があると考える。よってギルドの体面を保つため…という意味での協力関係の維持は必要だと思う。もちろん皆のギルドへの不信感は重々承知しているが」

 

「それを言うなら、私だって【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】との協力関係の構築は必要だと考えますよ?特に私達【ヘルメス・ファミリア】も【アストレア・ファミリア】も【ガネーシャ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】とは以前から懇意にしています。状況が状況なせいで協力が難しいですが、協力不能…ではないでしょう」

 

 意見を述べたのはシャクティとアスフィであった。

 

 彼女達はそれぞれの立場からギルドや【ロキ・ファミリア】との協力の実現を望んだ。

 

 協力が完全に不可能、期待の余地もない…特にギルドと【ロキ・ファミリア】は二人なりに必要性や期待が持ち得る対象であったのだ。

 

 だがそんな意見に猛反発したのがボールスであった。

 

「おいおい!そんな奴らの協力を仰ぐのに時間を無駄にしたらどうなるか【象神の杖(アンクーシャ)】もアンドロメダも分かってんだろ!?確かに最近の闇派閥(イヴィルス)の糞どもは衰退して息を潜めてるとは言え、再建の猶予を与えたら面倒なことになるぞ!今動ける戦力で闇派閥(イヴィルス)の糞どもを叩くべきだ!それ以外に策はねぇ!」

 

「だがそれをギルドの許可なしに行えば、我々がギルドの不信感を買う。そうなれば今でもギルドの指示に従っているファミリアを敵に回しかねないのを分かっているのか?」

 

「そうですよ…【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】も都市二大派閥としての立場があります。迂闊に戦力を動かせば、敵対行動とみなされる危険があります。ただでさえ先日はその都市二大派閥が抗争寸前にまで陥ったばかりなのですから…軽挙妄動は慎むべきです」

 

「軽挙妄動とは聞き捨てならねぇぜ!アンドロメダ!迷宮都市(オラリオ)を守るための行動が軽挙妄動とはどういうことだ!?」

 

 ボールスは闇派閥(イヴィルス)に対する即攻撃を頑として力説する一方シャクティとアスフィは協力を募った上での闇派閥(イヴィルス)への攻撃を検討する慎重論を唱え、議論が紛糾する。

 

 紛糾する議論を目の当たりにしてリューは議論に介入する機を伺うも判断を窮する。

 

 

 なぜなら誰の意見もリューにとっては最もだと思えたから。

 

 

 リューは闇派閥(イヴィルス)の蛮行によって苦しむ人々が生まれるのは許せない。

 

 だからボールスの力説する即攻撃論はリューの気の短い性格的にも完全に合致する所である。

 

 

 リューは今すぐにでも闇派閥(イヴィルス)を打倒し、迷宮都市(オラリオ)に平和をもたらしたい。

 

 

 だが一方でリューはこれ以上の犠牲を生まずに闇派閥(イヴィルス)を倒したいと考えている。

 

 そのためにリューが考え出したのが迷宮都市(オラリオ)の団結という理想であった。

 

 犠牲を減らすためには最大限に集められる戦力と叡智と物資が不可欠だ。

 

 それら全てを結集するには迷宮都市(オラリオ)に存在する全勢力の協力は必要不可欠。

 

 

 ならばシャクティとアスフィの唱える慎重論はリューの望みに一番相応しい。

 

 

 …だからリューは簡単に言えばボールスにもシャクティにもアスフィにも賛成だった。そのためリューはどちらか一方を擁護するような発言ができない。

 

 結果リューは思考を巡らしたまま沈黙し、三人の議論がさらに紛糾するのを見守ることしかできなくなる。

 

 そもそも即席で開催した会議。まとめ役など決められてもおらず、議論を統制できる者はいない。

 

 お陰で議論が紛糾したまま収拾が付けられなくなる…そうなるかと思いきや。

 

 リューはあることに気付き、その紛糾を結果的に抑え込むことになった。

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】…?あなたのご意見はどうでしょうか?まだ一言も発言なさっていないような気がしますが…」

 

 リューが話を振ったのはアミッドであった。

 

 リューの言うようにアミッドは未だ一度も発言することなく瞑想をしているかのように沈黙を保ち続けている。

 

 そのアミッドがどのような意見を持っているのかリューは関心を抱き、何気なく尋ねてみることにしたのだ。

 

 何より【ディアンケヒト・ファミリア】の団長であるアミッドの発言の影響力は決して小さくない。

 

 議論を直前まで紛糾させていた三人も口を閉ざし、アミッドに視線を向けて意見を仰ごうとする姿勢を見せる。

 

 すると四人の視線が集中する中アミッドはゆっくりと閉ざし続けていたその口を開いた。

 

「…正直言って戦略的なことは私には分かりません。その点に関して私は口出しするつもりは一切ございません。皆さんにお任せするつもりです。ディアンケヒト様からも不要な介入は控えるようにご指示を賜っています。ですがあえて一言申し上げさせて頂くならば…私達【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師の総意は傷ついて私達の治療院を訪れる方が一人でも少なくなることのみ。そのための最善策を執ることこそが私達に求められること。ならば私達に必要なのは柔軟性。違いますか?」

 

「…わりぃ。聖女様の言いたいことがよく分からねぇ…要は俺の意見に賛成なのか【象神の杖(アンクーシャ)】とアンドロメダの意見に賛成なのかどっちなんだ?」

 

「はぁ…これだからボールスは…」

 

「おい…アンドロメダ?その溜息はなんだ?馬鹿にしてんのか?」

 

 アミッドは淡々と自らの不干渉の立場を表明しつつ、柔軟性の必要性を説く。

 

 その意味をボールスは把握できずぼやくが、アスフィもシャクティもそしてリューもアミッドの言いたいことは瞬時に察していた。

 

「つまりはですね…ボールスの意見もシャクティの意見も私の意見も切り捨てることなく柔軟に状況に応じて採用すべきということですよ。誰かの意見が正しく誰かの意見が間違っているということではないということです」

 

「おっ…おう。なるほどな」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】の仰る通りだと私も考えます」

 

「テアサナーレの言うことは最もだ。だが…基本方針というものは必要だ。それを事前に共有しなければ、現状集まっている我々の協力行動にも齟齬が発しかねないだろう。その点はどうするつもりだ?」

 

 アスフィがアミッドの言葉の意味を説明すると共にリューはアミッドの意見にここぞとばかりに賛成を表明する。

 

 アミッドの言葉はまさにリューの考えを代弁していたに程近かったからである。

 

 ただシャクティが指摘したように柔軟にというのは場当たり的な行動と裏返しに程近い。

 

 そのためシャクティは現状の協力関係を維持するためにも方針の決定は必要なのではないかとアミッドに問う。

 

 その問いにもアミッドは一切の抜かりはなかった。

 

 

「その最終決定はリオンさんの判断にお委ねすべきでしょう」

 

 

「…え?私…ですか?」

 

 アミッドが整然と告げた言葉に委ねられた張本人であるリューが目を点にして驚く。

 

 驚くのも当然だ。これまでの議論の結論をリューに出せと求められたのだから。

 

 自分の中でも結論が出せなかったリューが周囲の命運をも決める決定を出すなど重荷以外の何物でもない。

 

 リューはアミッドの言葉に思わず動揺し言葉を失ってしまったものの、すぐにアミッドに前言撤回を求めようと考える。

 

 が、それよりも前に話だけが進んで行ってしまっていた。

 

「ま、それがいいだろうな。【疾風】の結論になら俺は従ってもいいぜ」

 

「だからどうしてボールスは…まぁいいでしょう。私もリオンの結論になら納得します」

 

「同感だ。問題があればもちろん諫めるが…リオンなら大丈夫だと私は思う」

 

「おっ…お待ちを!!どうしてそのようにあっさり【戦場の聖女(デア・セイント)】の言葉を受け入れているのですか!?」

 

 リューが思考停止に陥っているうちにボールスもアスフィもシャクティもあっさりリューの判断に委ねるという言葉に賛同の意思を示していたのだ。

 

 

 つまりはこの場にいるリュー以外の全員が賛同してしまったということ。

 

 

 その事実にリューはさらに動揺を深めつつ反発の声をようやく上げる。

 

 だがリューの反発は色々な意味で遅かった。

 

「…と言われても元々俺らって【疾風】の理想に賛同して集まったんだから、当然と言えば当然じゃないか?」

 

「しかしっ…私などに任せるなど…私では判断を誤るかもしれませんし、そのような大任を任せて頂くわけには…」

 

 ボールスの指摘は理に適っていた。

 

 この場にいる四人は皆リューの理想に動かされて集い、迷宮都市(オラリオ)の団結を実現しようとしている者達である。

 

 ならば理想を提唱したリューの判断に従うべきという考えは至極全うだ。…というよりはリューの理想を完全な形で実現したいならば、本来率先して最終決定権を握るべきであろう。

 

 だがリューはまだ責任ある立場に立った経験は皆無であり、最終決定権を委ねられるという重荷を簡単には受け入れられない。

 

 さらにリューの迷宮都市(オラリオ)の団結を為す本当の目的を鑑みてしまえば、その最終決定権自体リュ―の中では重要性が高くないのである。

 

 

 なぜならリューの本当の目的はアリーゼと輝夜とライラの希望を取り戻したいだけなのだから。

 

 

 そのためリューにとっては迷宮都市(オラリオ)をどのように団結させるかの形に大きな意味はない。

 

 ただ彼女達の希望を取り戻したいだけ。

 

 リューには最終決定権など不要であった。

 

 とは言えリューの本当の目的を知らず、リューがただ迷宮都市(オラリオ)の未来を考えて行動を起こしたと思っている者達からすればリューの固辞は単なる謙遜にしか見えず。

 

 むしろ周囲はリューに最終決定権を引き受けてもらえるように背中を押す流れになっていった。

 

「大丈夫ですよ。何もリオンに全ての責任を押し付けようとかそういうつもりはありません。ただ私達はリオンに見えている理想を共に見てみたい…そんな願いを抱いています。だからリオン。私達はあなたに判断を委ねたいのです」

 

「アンドロメダの言う通りだな。私達は全身全霊を以てリオンを支えていくつもりだ。間違った判断だと思ったらこの場にいる誰かが必ずリオンを諫めるだろう。そして間違えたとしても決してリオンを責めたりはしない。…私もアンドロメダと同じだ。リオンの理想とする迷宮都市(オラリオ)を見てみたい」

 

「アンドロメダ…シャクティ…」

 

 アスフィとシャクティの説得にリューは如何に自らが信頼され期待されているかを感じ取る。

 

 それ自体リューからすれば重荷とも感じられるのだが、そんな信頼と期待をリューは裏切ろうとはとてもではないが思えなかった。

 

 そうして三人の考えを総括するようにアミッドが最後に口を開いた。

 

「…ということです。リオンさん?私達はリオンさんの示す理想を…リオンさんの心に宿る【アストレア・ファミリア】の正なる天秤を信じ、迷宮都市(オラリオ)の希望を取り戻す大役をお引き受け頂きたいのです。…この派閥連合の指導者に就任して頂けませんか?」

 

 アミッドが提示したのは派閥連合の指導者の立場。

 

【アストレア・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、そしてリヴィラ。

 

 これだけの派閥が集まっただけでももう既に立派な派閥連合である。さらに言うならばリューはさらなる団結の拡大を目指している。

 

 ならばその派閥連合を束ねる指導者がどうしても必要だった。

 

 

 一年前までは存在した派閥連合の指導者であった【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナのような指導者が。

 

 

 改めてリューは自らの置かれることになる立場を実感し、その責務が如何に重責かを悟る。

 

 改めてリューは自らの望む希望を取り戻すということが如何に困難を極めるかを理解する。

 

 だがリューは今更引くつもりはなかった。

 

 リューの元には四人の信頼と期待を含んだ眼差しが向けられている。

 

 リューには大切な三人の仲間達の希望を取り戻すという使命が与えられている。

 

 

 リューは自らに与えられた眼差しと使命のために指導者としての立場の重荷を甘んじて受け入れる覚悟を決めた。

 

 

 小さく深呼吸をしたリューは四人の眼差しに応えつつゆっくりとその信頼と期待に応えるべく言葉を紡ぎ始めた。

 

「…私の今の立場はただの【アストレア・ファミリア】の団員に過ぎません。ファミリアの団長であるあなた方には多くの面において及ぶことはないでしょう。本来であればせめて団長で対等な立場であるアリーゼにお任せしたいと今でも思ってしまいます。ですがアリーゼは今立ち上がることができない。ならば…アリーゼの代わりに私が立ちます」

 

 

「不肖の身ですが、私リュー・リオンは皆さんの支持の下派閥連合の指導者に就任させて頂きます。どうかこれより未熟な私をお支えください。共に迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すために戦いましょう」

 

 

「おう!これからよろしく頼むぜ!【疾風】!」

 

「ええ!共に迷宮都市(オラリオ)に希望を…!」

 

「リオン…よく決断してくれた。私の力が及ぶ限り支えると誓おう」

 

「リオンさんのそのお言葉をお待ちしておりました。…きっとローヴェルさんもお喜びになるはずです」

 

 リューは確固たる覚悟の元そう宣言し、改めて協力を仰ぐべく頭を下げた。

 

 そんなリューに四人は勇気を与えてくれる言葉を贈ってくれる。

 

 リューはそんな言葉を贈ってくれる友人達に感謝の念を抱きつつ、四人の信頼と期待に応えるべく自らの引き受けた役割を全うしようと続けた。

 

「では…先程の皆さんの考えをお聞きした上での私の判断を早速述べても宜しいですか?」

 

「もちろんです。リオンさん。遠慮なくどうぞ」

 

「分かりました。ならば…」

 

 リューは早速指導者としての初仕事として派閥連合の方針の結論を述べる許可を求める。

 

 その求めにアミッドが即座に応じて奨励し、他の三人も頷きで賛同の意を示してくれた。

 

 よってリューは間を置かず何とかまとめ上げた自らの判断を言葉にした。

 

「まずですが、ボールスの言う闇派閥(イヴィルス)への即攻撃には私は賛成です。再建の猶予を与えることなく一網打尽にすべきです。よってアジトの捜索と検挙をより強力に推し進めることは不可欠であると考えます」

 

「よっし!流石【疾風】!話が分かってるじゃねぇか!」

 

 リューはまず最初にボールスの意見への賛同の意を表明する。それにボールスはガッツポーズまで決めて上機嫌になる。

 

 ただボールスにとっては少々残念なことにリューは全面的にボールスの意見を受け入れたわけではなかった。

 

「ですがアンドロメダとシャクティの考えにも賛成です。闇派閥(イヴィルス)の討伐を延期することは望ましくないと考えますが、ギルド、【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の協力を得るための努力も惜しむべきではないでしょう。無論中規模ファミリアや商会…迷宮都市(オラリオ)に共に暮らす全ての人々の協力を得るよう行動しなければならないと思います。不可能だと決めつける根拠などどこにもありません」

 

「…ま、リオンならそう言うと思ってましたよ。ええ。皆の力でやってみせようじゃないですか!」

 

「全ての人々…か。やれるだけやってみるべきだろう。リオンの言う通り最初から諦めるのは望ましくないな」

 

 リューはアスフィとシャクティの考えをより拡大して本当の意味で迷宮都市(オラリオ)を団結に導くべきだと説く。

 

 その言葉にアスフィもシャクティも呆れ気味ながらもその理想に賛同する。

 

 そうしてリューの言葉を総括するようにアミッドは言った。

 

「つまりリオンさんは闇派閥(イヴィルス)の討伐と迷宮都市(オラリオ)の団結を同意並行で進めていくべきだ…と」

 

「そういうことです。私の考えに何か問題はあるでしょうか?」

 

 アミッドがリューの考えを要約し、その要約を認めたリューは皆に意見を求める。

 

 それに対して皆が頷いて賛同する中、シャクティが一つの疑問を口にした。

 

「リオンの考えには私も賛成だ。だが誰がどのように進める?現状でも総員は四百人を超えている。分担を明確にしなければ、現場が混乱しかねない。どのように進めるつもりだ?」

 

「それは…私には分かりません」

 

 リューはシャクティの口にした疑問に対して素直に分からないと吐露する。

 

 言うなればリューが考えているのは理想だ。その理想をどのように実現するかはある意味リューの専門外。

 

 今までであれば、輝夜が情報を集め、ライラが策を練り、アリーゼが実現へと導いてきた。

 

 リューはあくまで漠然とした理想を言葉にしたり、アリーゼが実現するために力を振るったのみ。

 

 …シャクティの求めにはとてもではないが応じる器量をまだ持ち合わせていなかった。

 

 輝夜もライラもアリーゼもこの場には当然いない。だからリューはほとほと困り果てる。

 

 だがリューにはそれでも支えてくれる者達がいてくれていた。

 

「ならば皆さんで引き受けることのできる役割をそれぞれ話して頂けばよいのでは?リオンさんの参考になるはずです。ちなみに私達【ディアンケヒト・ファミリア】は検挙の際に治療師が同行できるように手配します。それ以上にお役に立てないのが心苦しいですが…ん何かあれば、ご連絡を。最善を尽くします」

 

「俺達リヴィラならダンジョンで闇派閥(イヴィルス)の不穏な動きがないか監視する…ぐらいか?十八階層は何かと冒険者が通りかかるから情報も手に入れやすい。ダンジョン内での情報収集なら俺達に任せろ」

 

「そうなれば私達【ヘルメス・ファミリア】は地上での情報収集に専念できそうですね。闇派閥(イヴィルス)のアジトを早急に突き止められるように善処しましょう」

 

「となると、我々【ガネーシャ・ファミリア】は検挙の際の実行部隊か…少々現有戦力では荷が重い気がするが…アンドロメダ?ボールス?場合によっては協力してもらえるか?」

 

「賞金首があるなら、何なりと…だな。【象神の杖(アンクーシャ)】?」

 

「…私が過労死しない程度にしてくださいよ?ただでさえ情報収集をするだけでも私の負担が多いんですから…」

 

「…という感じに現状は分担できそうです。このような形でよろしいでしょうか?リオンさん?」

 

 考えを導き出せないリューを支えるように四人がそれぞれの担えるであろう役割を率先して口にして、話を進めてくれる。

 

 その配慮にリューは感謝せずにはいられない。

 

 感極まった表情を浮かべつつ力強く頷いたリューは四人と同じように自らの担えるであろう役割を述べた。

 

「私は…まず検挙の実行部隊には当然加わります。私の本来の力量を考えれば、それぐらいしかできることはないですから。ただ迷宮都市(オラリオ)を団結に導くための交渉役はどうしますか?これまで通り私も是非貢献したいのですが…私の言葉が果たして本当に迷宮都市(オラリオ)中の人々に届くのか…」

 

「自信をお持ちください。リオンさん。私達の心を動かしたリオンさんの理想なら必ず迷宮都市(オラリオ)中の人々に届きますよ」

 

「アミッドの言う通りです。…ただ近日のリオンの不当な悪評に関してが、気になります。そこは問題ないでしょうか?」

 

「心配するな。その点は我々が正しい情報を公表し、誤解を解けるように情報を拡散している。少し時間は要するだろうが、リオンの悪評は必ず取り除かれる。そうなればリオンのこれまでの行動への理科が深まり、団結への大きな力になるだろう」

 

「何せ【疾風】はギルドと【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の本拠に乗り込んで、正面から説得を試みたすげー肝っ玉の持ち主だから、な?」

 

「ボールス…それはリオンを褒めているつもりなのですか?」

 

 リューが提示したのは闇派閥(イヴィルス)と戦う実行部隊と団結へ向けた交渉役の役割。

 

 実行部隊はともかく交渉役に関しては、リューは不安を抱いていたが周囲は揃ってリューを勇気付ける。

 

 そのお陰もあり、リューは自信を蓄えてその役割を担う決心を決めることができた。

 

「ありがとうございます。皆さんの言葉は私にとって非常に力になります。ならば交渉役の役割も引き受けさせて頂きます。最優先はギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】との交渉…ただそれだけをこなすのにも私一人では流石に不可能です。是非とも団長でもある皆さんの力が必要です」

 

「了解しました。私もリオンさんと同じように協力を取り付けるため言葉を尽くしましょう」

 

「ま、俺もそれなりに顔は利くからな!リヴィラの連中だけでなく懇意にしてるファミリアの連中も協力させられねぇか動いてやる!」

 

「そうだな。私の立場だからこそできることもある…か。ギルド傘下のファミリアの協力を得られないか手を打ってみよう」

 

「…皆さんがそう仰るなら私も頑張りますが…私休む暇あるんですかね…ほんと…」

 

 リューの協力要請に四人は快く受け入れる。…一人アスフィは自らの仕事の多さを想起して、遠い目をしていたが。

 

 それはともかくこうしてリューを含めて派閥連合内の役割分担の大方の枠組みがここに定まった。

 

 そうなれば次はその役割に沿った行動へ移る時だ。

 

 

 リュー率いる派閥連合の迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すための戦いがこれより始まる。




リューさん率いる派閥連合結成!
…ま、言うまでもないですがリューさんには現状フィンさんのような指揮能力は皆無です。
こんな指導者を押し立てて大丈夫なのかって話なんですが、周囲が非常に優秀なので心配は無用です。シャクティさんという指揮官としてはダンまちトップクラスの人材がいるので何とかなります。
リューさんに求められる役割は言うなれば理想を唱える旗振り役。
リューさんは言うなればこの派閥連合の精神的支柱です。リューさんは【フレイヤ・ファミリア】にとってのフレイヤ様でしょうか?絶対的忠誠はありませんが、リューさんあってに派閥連合です。
…流石はリューさん至上主義者の考えですね!

それはともかく流れで派閥連合の精神的支柱になってしまったリューさんですが、非常に残念なことに決定的な欠陥を備えています。
それは目的意識の歪み。
リューさんは迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻したいというよりはアリーゼさんと輝夜さんとライラさんの希望を取り戻したい。
取り戻したい希望は最終的に一緒なので言うほど問題はないんですが、欠陥は欠陥。
後に問題を引き起こす…かも?

ちなみに総員四百名というのはほぼ適当です。原作には派閥の構成員の人数はほとんど言及されてませんからね。しかも五年前では尚分からない。
一応の目安は…
【アストレア・ファミリア】:一名
【ガネーシャ・ファミリア】:約二百名
【ディアンケヒト・ファミリア】:約五十名
【ヘルメス・ファミリア】:約五十名
リヴィラの街:約百名
あくまで総力を挙げれば…です。本拠の防衛や【ガネーシャ・ファミリア】には都市の治安維持等々各派閥動かせない人員がいるので総力で四百名は動けません。
ただリューさん一人で戦うよりは格段に心強い。
そして現状の戦力だけでも既に人員数のみでは都市二大派閥に匹敵します。…まぁ第一級冒険者の人数が及ばないのがダンまちの世界では致命的な欠点ですが。
ただこれだけの勢力が突如出現し、勢力拡大に動き出したということ…その意味は今後物語に多大な影響を与えることになるのは覚えておいて頂きたい点です。

ここに体制が確立されたこともあり、更新された人物相関図も掲載しておきます。宜しければ参考に。

【挿絵表示】


さて今話で今年最後の投稿です。
新年最初はこの話の裏話をお送りしたいと思います。


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神々の舞台裏

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新年明けましておめでとうございます!
今作は引き続きリューさんとアリーゼさんを中心に如何にオラリオに団結と平和をもたらすかを重点に物語を進めていく予定ですので今後ともよろしくお願いいたします。

…え?アリーゼさんの出番が最近ないと?その点に関してはご心配に及びませんよ!


 リューは彼女の語る理想に共鳴した友人達と共に派閥連合を結成し、迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すべく立ち上がった。

 

 そうしてリューの決断の下派閥連合の方針を決め終え、各派閥が行動に移り始めてから二日後のこと。

 

 ある神(アストレア)は自らの愛する眷族達を陰から支えるために。

 

 ある神(ヘルメス)大切な眷族(アスフィ)の涙ながらの熱意に渋々ながらも応えるために。

 

 ある神(ガネーシャ)はリューの麗しき理想に群衆の主(ガネーシャ)としての志を重ね合わせて。

 

 ある神(ディアンケヒト)はリューの麗しき理想と医神としての誇りの繋がりを見出して。

 

 リュー達が敬意を表する主神達もまた自らの眷族達と同じく行動を開始していた。

 

 これはリュー達の知らない舞台裏での話である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「いやぁ…この面子で集まることがあるなんて正直予想してなかったぜ」

 

「それには私も同感と言えば同感ね」

 

「うむ。主にヘルメスがいることがな」

 

「その通り。アストレアやガネーシャはともかくヘルメス。お主がここにいるのは一番衝撃的だわ」

 

「え?アストレアもガネーシャも結構酷くない?というかディアンケヒト!お前がここにいることが俺的には一番衝撃的なんだけどなぁ!?」

 

 舞台裏に集っていた神々とはアストレア、ガネーシャ、ヘルメス、ディアンケヒトの四人。

 

 どの神も言うまでもなくリューの結成に漕ぎつけた派閥連合に参加する派閥の主神達である。

 

 ただ集まって早々本題…という風には進まず、まず最初に面子の確認で衝撃が走っていた。

 

 そしてその原因はヘルメスの主張するディアンケヒトの存在…ではなくヘルメス以外の三人の視線を集めるヘルメスの存在であった。

 

「…正直俺はゼウスとヘラの時のように中立を気取って、日和見でもするかと思ったぞ?」

 

「今の迷宮都市(オラリオ)はロキとフレイヤが一触即発の状態で状況がどう転ぶか分からないからこそ、ね?」

 

「そうじゃ。そうじゃ。アミッドから【ヘルメス・ファミリア】が協力を名乗り出たと聞いた時は、ヘルメスが妙な媚薬でも飲んで判断が狂いでもしたのかと思ったわ。…まぁ半分冗談じゃが」

 

「おいおいおい。酷くない?俺ってそんなに信用されてないのか?…あぁ。何も言わなくていい。皆迄言わなくていい。その視線で分かったから。俺の扱いが大体分かったから、大人しく事情を話すよ」

 

 ヘルメスは三人の酷評に反論しようとするが…自らの向けられる視線に相手が神の力でも感情の読めない神であろうと、流石に察せざるを得なくなる。

 

 そのためヘルメスは一応自らに向けられている疑念を晴らすために肩を竦めつつ正直に事情を話すことにした。

 

「…いやぁ仕方ないだろ?本当は俺としてはロキとフレイヤの関係を時間が改善してくれるのを待って、それまで自重しようと思ってたんだぜ?…でもアスフィがリューちゃんの熱意に動かされちゃって…」

 

「うちのリューがヘルメスの所のアスフィさんに?」

 

「そうだぞ?アストレア?リューちゃんが【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で騒ぎを起こした時からアスフィの奴居ても立っても居られなくなって、俺が止めるのも無視して助けに行ったかと思えば…本拠にリューちゃんを引き込んだ時に言われた『共に迷宮都市(オラリオ)の希望を取り戻すために戦おう』っていう言葉にすっかりアスフィの心が揺らいで…」

 

「それで【万能者(ペルセウス)】が決断したからヘルメスはここにいる、と?」

 

「要はそういうことだ。いやー泣き顔アスフィを見れたときはリューちゃんマジ感謝とか思ったけど、今となれば俺の見通しが甘かったとしか言いようがないなぁ」

 

 ヘルメスは降参と言いたいかのように両手を挙げてヘラヘラと笑う。

 

 そんな不真面目な態度で語り続けるのかと思いきや、ヘルメスはすぐにも表情を一変して真剣に続きを語った。

 

「正直言って俺はアスフィにとってリューちゃんがどれだけ大切か見誤ってたみたいだ。『大切な友のために立てずしていつ立つのか』…あの時のアスフィの涙ながらのセリフと迫力は当分忘れられないなぁ。…あの勢い下手すればリューちゃんのためなら神殺しも辞さなかったかも」

 

「うぅむ…まぁヘルメスの【万能者(ペルセウス)】の扱いを見れば若干仕方ない気もするが…」

 

「さっきからガネーシャ随分と色々言ってくれるなぁ…ともかくそのアスフィの迫力がファミリアの全員の協力を引き出して俺の意志放置でリューちゃんに協力する方向に動き出した。そうなれば俺も止めることができなくなった、という訳さ」

 

「結局お主自身は渋々、ということか?」

 

「本音を言うなら、な?俺はあくまでロキとフレイヤの関係改善が迷宮都市(オラリオ)にとって最優先課題と思ってる。それを時間しか解決できない以上、不要な行動は控えるべきで…」

 

「と言いつつヘルメスは眷族達の言うなれば暴走を止めなかった。それはヘルメスなりの眷族達への愛か…それとも別の思惑が働いてか。そういうことでしょう?」

 

「ま、そこら辺はアストレア達の想像に任せるよ。」

 

「そう…ならそれ以上は何も聞かないでおくわ」

 

 ヘルメスはアスフィの振る舞いは真面目に語ったものの、アストレアの詮索にはいつも通りの不真面目な態度で応じた。

 

 その意味はまだ自らの真意を明かすつもりはないということ。即ち信頼関係が未だに強固ではないことと同義だった。

 

 そんなヘルメスの反応にアストレアはあっさり引き下がる一方でヘルメスはその信頼関係の弱さを証明するかのようにディアンケヒトに視線を向けて尋ねた。

 

「それで?ディアンケヒトはどうして協力に動いたんだ?【ディアンケヒト・ファミリア】は医療系ファミリアだし、お前は金銭的利益の絡まないこういう話に積極的とはとても思えないんだが?」

 

「それをお主に言われたくないわい。儂は医神である以上迷宮都市(オラリオ)の平和に無関心な訳なかろうて。それにヘルメスは知っておろうが、アストレアの傷ついた眷族達が移送されてきたのは儂のファミリアの治療院じゃ。そこからの繋がりじゃよ。あとは…アストレア自ら単身で本拠に乗り込んできて、儂との直談判を要求してきたり…それ以来アストレアと眷族達は儂の治療院でギルドから匿っておったから、関係が深まるのは自明だと思うがのう」

 

「当然俺も移送のことも匿ってることも知ってたが…あっ…相変わらずアストレアの行動力はパワフルだなぁ…」

 

「別にリューも同じタイミングでアミッドさんの元に直談判しに行ってる訳だから、普通じゃないかしら?」

 

「神と眷族では振舞い方が一緒とは本当は思えないんだけどなぁ…」

 

主神()眷族()は自ずと似るものなのはヘルメスだって知ってるでしょう?だからこれが普通よ?」

 

 ディアンケヒトの協力の理由は医神としての立場と近日急速に深まることになったアストレアとの関係性。

 

 ただアストレア達にはディアンケヒトに治療と保護をしてもらった恩があるとしても、ディアンケヒトがアストレア達に積極的に協力する理由がその説明からでは弱く感じられる。

 

 それに気付かぬヘルメスではなかった。

 

「そしてアストレアがディアンケヒトに直談判した前後で二人が協力関係に至る何かしらの条件ができた…違うか?」

 

「…なぜそう思うんじゃ?」

 

「ディアンケヒトが医神としての誇りだけで無償で積極的に動くとは思えないから、かな?アスフィの話ではアミッドちゃんの協力具合も相当だとか。何でもうちのアスフィと同じくアミッドちゃんもファミリアの団員達を積極的に説得してファミリアを協力へと動かしたとか。ただアミッドちゃんとリューちゃんの関係は本来そう深くないし、一・二度会っただけで変わるってのも少々奇妙だ。…何かあるんだろう?ディアンケヒト?」

 

「それは…のう」

 

 ヘルメスの追及にディアンケヒトは顔を顰め、言葉を濁らす。

 

 生憎ディアンケヒトは嘘があまり得意ではない性分。だからライバル視している同じ医神であるミアハにもついつい突っかかってしまう訳で…

 

 狡猾さを含むヘルメスの詮索には少々ディアンケヒトでは分が悪いと言えた。

 

 そのため擁護するようにディアンケヒトの協力を引き出したとヘルメスが考えるアストレアが口を挟むことになった。

 

「近いうちに分かるわ。ヘルメス。そしてその分かることはヘルメスにとって決して不利益があることではないと約束する」

 

「…要は君の口からもまだ話せない。そういうことなのか?アストレア?」

 

「誰しも隠し事の一つや二つはあるものよ。ヘルメス。それを全て知ろうとすれば、親密だった関係はいとも簡単に壊れる。つい最近にもロキとフレイヤがそうなったのだから説明するまでもないでしょう?だからまずは信じ合わないと」

 

「それもそうだが、信じ合うための条件を俺は整えたい。俺が集める情報が俺の眷族達の命に関わるかもしれない以上、知れることは全て知っておかないと、な?」

 

 アストレアとヘルメスは視線をぶつけ合う。

 

 互いに親密な関係であろうと、話せぬ事柄がある。一方で互いの明かさぬ事柄を可能な限り知ろうと試みる。

 

 アストレアはその試みが親密な関係の破壊に繋がると説く一方でヘルメスはそれでも自らの身を守るためには試みる必要があると説く。

 

 どちらも正しい、と言えた。同時にどちらも完璧な正解ではないのは明らか。

 

 そして多くの人々が疑心暗鬼に陥っている今の迷宮都市(オラリオ)の現状を踏まえれば、ヘルメスの言葉の方が現実味があり真っ当な判断であろう。

 

 だがアストレアは…いや、アストレアと彼女の理想を体現しているに程近いリューとリューを支える者達の考えは違った。

 

 ヘルメスの説くような現実味のある判断を越えた判断の元動いていた。

 

「ヘルメスの言葉も言う通りよ。ただ…リュー達は互いを信じ合い、助け合って迷宮都市(オラリオ)の絶望を打ち払おうとしている。それこそ迷宮都市(オラリオ)中の子供達…彼らだけでなく迷宮都市(オラリオ)中の神々よりも先に疑心暗鬼に陥る不信感から逃れられない精神状態から脱却しつつある。それはヘルメスも知っているでしょう?」

 

「それは…ほんとアスフィを見てて思うが、何をどうしたらそうなるのか正直俺には理解できないな。だが…アストレアの言う通りだ。アスフィ達は既に不信感に縛られない行動を取れている」

 

「なら、私達も不信感に縛られないようにしないと。お互い後ろ暗い所もあるでしょうけど…それでも互いを信じ合い、迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すために行動していきましょう?私もディアンケヒトもできる限り早くそうできるように善処する」

 

「儂もアストレアと同感じゃ」

 

「うむ…アストレアの言う通りだ。俺もそういう心構えで協力していきたいと思う」

 

「…分かった。三人がそう言うなら俺もそうしようじゃないか。俺もできる限り早く俺の思惑を話せる機会を作るとしよう。それでいいかい?アストレア?」

 

「ええ。私達神もリュー達と同じように信じ合い手を取り合っていけるようにしましょう」

 

 アストレアの言う通りリューの示した理想はリューの友人達の心を動かし、互いへの不信感を越えさせた。

 

 それは迷宮都市(オラリオ)の現状を考えれば、人々どころか神々の想定をも越える境地である。

 

 リューの示した迷宮都市(オラリオ)の団結という理想はそれほどまでに夢物語であると同時に、その第一歩を踏み出せたという事実は神々としても衝撃的なことだったのである。

 

 

 なぜならその境地は迷宮都市(オラリオ)の人々が理想とみなす『二十七階層の悪夢』以前の団結の段階をも凌駕しうる境地なのだから…

 

 

 そしてその境地に自らの眷族達が辿り着いた以上主神である四人も至らない訳にはいかないという結論に辿り着く。

 

 それは不信感を抱き続けたヘルメスでさえも至った結論であった。

 

 こうして四人の主神の間で考えが一致した所で、ようやく話は本題へと移ることができた。

 

「それで…だな?雑談はそこそこに俺達の役割確認を進めるのはどうだろうか?」

 

「あら、ごめんなさい。ガネーシャ。話が逸れすぎたわね」

 

「…そういえば今更ながら今日のガネーシャは自己主張が弱いな?」

 

「む?ヘルメスはお待ちかねだったか?ならばっ!俺はぁぁぁ!ガネーッッッ…!!」

 

「ガネーシャ。自分の言葉通り役割確認を進めましょう?ヘルメスも余計な煽りはやめなさいね?」

 

「はっ…はいっ!そうします!」

 

「すっ…すまなかった。アストレア…」

 

 ガネーシャは話を本題に移そうとするもヘルメスの余計な呟きがガネーシャの抑え込まれていた熱烈な自己主張を引き出しかけたが…

 

 アストレアの頬は緩んでいても目は全く笑っていない表情で告げられた注意にガネーシャもヘルメスも瞬時に沈黙することになった。

 

 その様子をディアンケヒトは一人部外者として呆れ顔で眺めることになる。

 

 そんな余計な脱線をさらに繰り返しつつもガネーシャは改めて本題へと話を進めた。

 

「で…まず各々ファミリアの役割に関しては眷族から聞いていることだろう。それを受けて俺達は何をするかが問題だ。生憎…【疾風】は…」

 

「そこら辺のことは決められないって匙を投げっちゃったらしいからなぁ…リューちゃん…確かに神々に敬虔なリューちゃんが神に指示を出せないっていう言い分は分からないでもないけど、曲がりなりにも派閥連合の指導者ならそれではちょっと…って感じだな」

 

「うーむ。そこはアミッドも困っておったわ。【疾風】は即断即決で行動する割に時折唐突に優柔不断になるのが対応に困る…と」

 

「…リューからその話は聞いてるけど…私はリューにお任せするって言われちゃってて…だから私達で決めればいいと思うわ」

 

 三人の困り顔にアストレアは返事に窮し、一応の代案を提示する。

 

 現在派閥連合の指導者になったリュー。ただ未だ慣れぬ立場であるため、指示の混乱も多い。

 

 その混乱は今後さらに増加すると思われるが、早々に噴出したのが各派閥の行動指示。

 

 会議の時点では友人達が率先して自らの率いるファミリアの役割を提示することで乗り切ったが、主神にどのような役割を依頼するかまでの介入は眷族という立場からリューが望まなかった。

 

 そのため結論を導き出せず、各団長からそれぞれの主神に横流しされた挙句今こうして主神達が話し合う場が必要になってしまった…という訳である。

 

「アストレアと【疾風】がそう言うなら…それでいいだろう。それで?俺達は何をすればいいのだ?シャクティからはまずリヴィラの街の子供達の主神達をしっかり味方に引き入れる必要があると聞いているが…」

 

「私はその説得が最優先だと思ってるわ。何でもリヴィラの街のボールスという子がリューに積極的に協力を申し出た結果参加してる…だったかしら?リューがいつの間に殿方に積極的に迫られるようになったのかは気になるけど…」

 

「アストレアがそう言うことにも関心があったのは結構衝撃なんだが…それはともかく同じことを俺もアスフィから聞いた。派閥連合内部の団結を維持するために必要だろうな。…主神達を説得できればリヴィラの街だけでなくさらに多くのファミリアを味方に引き入れられるはずだ。その説得を手分けして俺達でするのは最優先だな」

 

「儂も同感じゃ。真っ先に思い浮かぶのがそれじゃろう」

 

 そうしてまず出た案はリヴィラの街の冒険者達の主神達の説得。

 

 リヴィラの街は一人の神の眷族達で構成されている訳ではなく、多くのファミリアの眷族達の混成集団なのでそれぞれの主神を説得する必要があるという訳である。

 

 ただその案で達成できるのは現状の派閥連合を盤石にすることだけ。

 

 次に出たのは現状をどうより良くしていくか、であった。

 

「あとは…他の派閥を新たにどう引き入れていくかだが…アスフィから聞いたが、リューちゃんはロキもフレイヤ様もギルドも引き入れたいん…だって?リューちゃん…正気?」

 

「…そうらしいな。ギルドを司るウラノスなら話が通じないこともないだろうが…ロキとフレイヤを引き入れるということは、和解に導くということだろう?それは…俺達にできるのか?」

 

「正直儂的にはギルドが協力するかも分からぬと思っているがな」

 

「確かにリューの言うことはただの理想かもしれない…けどその理想を実現するために動くのは必要だと思うわ」

 

 現状リュー達の中で出ていた案は【ロキ・ファミリア】・【フレイヤ・ファミリア】・ギルドを味方に引き入れるということ。

 

 …ただそれは理想を信じようとするリューのような人々はともかく夢としか思えないもの。

 

 こればかりはアストレアが口添えしても簡単に三人の疑念を取り除けない。

 

 それがまた迷宮都市(オラリオ)に蔓延る疑心暗鬼が取り除くのが全く容易くないことの証明。

 

 とは言え三人もリューの思い描く三勢力の引き入れはともかくとして迷宮都市(オラリオ)を可能な限り団結に導こうとする理想は共有することができていた。

 

「ま、ロキ達を引き入れられるかはともかくとして他派閥…例えば【ディオニュソス・ファミリア】や【イシュタル・ファミリア】、あと【ミアハ・ファミリア】のような中規模以上のファミリアは交渉する余地は十分あると思うぜ?」

 

「ヘルメスの言う通りだ。シャクティが言っていたが、ギルド傘下のファミリアの一部も靡かせる余地は十分あると見ていいと思う」

 

「ヘルメスとガネーシャの意見は最もね。例え小さな力であろうとも結集することができれば、すぐにでも大きな力になり得る。それこそ都市二大派閥の力をも超えるほどの。まずはそちらの説得の方が優先という考えは私も賛成せざるを得ないわね」

 

「ぬ?ミアハじゃと?ならば儂が意地でも説き伏せてくれるわ!!どちらが迷宮都市(オラリオ)の団結のために貢献できるか勝負じゃぁぁぁ!!」

 

 …ディアンケヒトのミアハへの対抗心か何かよく分からぬ反応はともかく。

 

 四人とも他派閥の積極的な勧誘は全面的に賛成という意志を共有できた。

 

 そうなれば結論はもはや見えたと同然で、アストレアが総括として話をまとめた。

 

「手分けして私達は他の神々に協力を説得して回る。これが私達の行動方針かしら?まずはリヴィラの街の子達の主神達の説得で次に脈がありそうな中小派閥の主神達の説得。ロキとフレイヤとギルドは後回しとしても根回しは進める意義はあると思う。その根回しは…」

 

「ギルドには俺が進めよう。ウラノスなら話が分からぬとは思えん」

 

「ガネーシャ。よろしく頼むわ。となるとロキとフレイヤは…」

 

「おいおい。俺は流石にお断りだぜ?流石にあの女神達の火に油を注ぐのは御免だ。俺は闇派閥(イヴィルス)の情報収集を他の神々の説得のついでにさせてもらう」

 

「となるとディアンケヒトは…」

 

「儂はまずあの二人と特別懇意ではないから無理だと思うがのう…」

 

 アストレアの総括に話はある程度まとまったものの、ロキとフレイヤの和解ないしは説得だけはどうしても誰も積極的に引き受けられない。

 

 何せロキとフレイヤの緊張関係は一時的に緩和していた頃を除けば、天界にいた頃から続く神々の間で有名な関係である。

 

 …その関係を改善しようなどと、高言できる神など簡単に現れるはずもなかった。

 

 だが神でもないのにそれを実現しようという理想を掲げるリューが現れてしまっていた。

 

 そうなると主神()としてのアストレアの立場はおのずと決まっていた。

 

「…なら私しかいないわね。分かったわ。私がロキとフレイヤを何とか和解に…」

 

「待て待て待て!アストレア!君にそんな危険な役割をあっさり任せると思っているのか?俺はやりたくはないが、アストレアが引き受けるのも反対だぜ?」

 

「でも私がやらなければ誰がやるの?」

 

「そりゃ誰も引き受けたくないだろうが…それでもアストレアはダメだ。この派閥連合をまとめてるのが誰か分かってるのか?【アストレア・ファミリア】のリューちゃんだ。その意味はただ単にリューちゃんの理想と人望が為せる技というだけじゃない。アストレアの存在あってこそだ。アストレアに万が一があれば…派閥連合が崩壊するだけではなくリューちゃんはどうなる?リューちゃんが貴方を失ってもこれまで通りでいられるとでも?主神()としてそれが許せるのか?その危険をあえて貴方は冒すというのか?」

 

 アストレアはさらりとロキとフレイヤの仲介役を買って出る。

 

 だがそれにはあのヘルメスが猛反対した。派閥連合の存続という意味でもリューの精神的安定という意味でもアストレアが自ら危険に身を晒すというのはあまりにリスクがあった。

 

 リューがアストレアを失えば、恩恵を失うとかそういう意味だけでなく精神的な支えを失うことになる。

 

 そうなれば…リューはどうなるかはもう誰にも分からない。

 

 それでも明白なことは精神的な支えを失ったリューが派閥連合の指導者として立ち続けることは到底不可能であるということ。

 

 リューを失えば…リューを中心にまとまっている派閥連合は遠からぬうちに崩壊する可能性は高い。

 

 ヘルメスの懸念は当然であり、至極真っ当。アストレアが自らを危険に晒すような真似をするのは本来言語道断だった。

 

 だが…アストレアが無茶な真似までして動こうとするのには理由が存在した。

 

 その理由をヘルメスの指摘は引き出すことになってしまった。

 

「…リューがこれまで通りにいられるか?そうね。それを言うならその危険は私が動かこうとも動かずとも常に存在するわ。あまり時はないのよ。ヘルメス。リューがこれまで通り振舞い続けられる時間はそう長くない。…早く希望を見つけ出さなければ、リューの心は私がいてもいなくとも壊れてしまう。私はそれを傍観していたくはない」

 

「…アストレア?それはどういう意味だい?」

 

 

「リュ―を動かす本当の原動力は私でも迷宮都市(オラリオ)の団結という理想でもない。今のリューを突き動かしているのは今尚目覚めず希望を取り戻せずにいるアリーゼなのよ。」

 

 

 確かにアストレアも迷宮都市(オラリオ)の団結という理想もリューの行動を支えている。

 

 だがリューの原動力の本質はその二つの要素だけでは見抜けない。

 

 リューの原動力の本質…

 

 

 それはアリーゼへの想い。

 

 

 アストレアの言葉がリューにアリーゼの希望を取り戻すための行動を起こすきっかけを与えた。

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結という理想がリューにアリーゼの希望を取り戻すための方法を与えた。

 

 リューのアリーゼへの直向きな思いがなければ、アストレアの行動を促す言葉も何の役にも立たないし、迷宮都市(オラリオ)の団結という理想に辿り着くことさえなかった。

 

 

 全てのリューの言動はアリーゼに繋がっていたのである。

 

 

 それをリューと本当に近しい人々以外は知らない。

 

 そしてそのアリーゼは未だ目を覚まさない。

 

 その原因が希望を取り戻せないという精神的問題にあると治療師であるアミッドは分析した。

 

 つまりリューがアリーゼの希望を取り戻せるか否かがアリーゼの意識が戻るか否かに関わる…生死に関わるということである。

 

 リューが本当の意味で壊れるとすれば、アストレアがいなくなった時ではない。

 

 

 アリーゼが希望を完全に見失い、生き続けることを諦めた時である。

 

 

 そしてその時がいつ訪れるかは治療師であるアミッドにも神であるアストレアにも分からない。

 

 アストレアがヘルメスに伏せようとしていた事実の一部がこれであった。

 

 リューはアリーゼの存在に精神的に大きく依存していること。

 

 そしてそのアリーゼが精神的に非常に不安定だと捉えることができること。

 

 

 …これは如何にリューを中心にまとまった派閥連合の基盤が不安定かということと同義。

 

 

 この不安定さを認識しているのは直接治療に関わったアミッドとディアンケヒトとアストレアのみ。

 

 リューは恐らく自分自身でも明確には認識できていない。

 

 そしてこれを多くの者に知られれば…如何に派閥連合が貧弱かを周知されることに繋がってしまう。

 

 この事実は結成されたばかりの派閥連合を守るために味方にさえも何としてでも伏せなければならない秘事。

 

 同時に派閥連合に潜む致命的な弱点。

 

 この弱点を克服するにはアリーゼが目を覚ましてくれるような確固たる希望が必要であった。

 

 その希望を可能な限り早く手に入れようという意識がアストレアを無茶もある行動へと導いていた。

 

 

 アストレアにとっては今一番必要なのは希望。

 

 

 リューとアリーゼのためだけでなく輝夜とライラのためにも…つまり自らの大切な眷族達(子供達)全員に必要とされるもの。

 

 その希望を取り戻すためにはアストレアは寸分たりとも妥協を許すことができなかったのである。

 

 アストレアはヘルメスにアリーゼの名前を出す以上の事柄をもう話さなかった。

 

 それ以上のことはヘルメスが勝手に答えを見つけ出し、公にできるような内容ではないと察すると確信していたからである。

 

 そしてアストレア自身それ以上のことを話す気にはなれなかったから。

 

 

 アストレアは気付いていた。

 

 派閥連合の…そして迷宮都市(オラリオ)の命運を握っているのは本当はリューではない。

 

 リューと輝夜とライラの希望であるアリーゼの存在。

 

 アリーゼが目を覚ますか否か…

 

 希望をこれまで幾度も仲間達だけでなく迷宮都市(オラリオ)中の人々に届けてきたアリーゼ・ローヴェルが希望を取り戻せるか否かに懸かっていた。

 

 アストレアにできることは多くない。

 

 リューにできることは多くない。

 

 アストレアとリューが行動すればアリーゼが希望を取り戻すという保証がある訳でもない。

 

 だがアストレアもリューも自らが何もせず傍観することはできなかった。

 

 だからこそ無理でも無茶でも前へ進むべく行動することができていた。

 

 アストレアもリューもあらゆる手を尽くす覚悟は決めていたのだ。

 

 

 アリーゼが希望を取り戻すために。

 

 

 アストレアは目を閉じ今尚アミッドの書斎のベッドで眠っているであろうアリーゼの姿を脳裏に浮かべる。

 

 その可愛い大切な眷族の姿にアストレアは心の中で何度目か分からぬ献身の誓いを立てた。




あんまり作中では触れませんでしたが、この会合でアストレア様は紅一点でした。逆に前回はボールスさん男一人だったんですけどね!

というのはともかく今回は私の小説では結構珍しい神々に焦点を充てた回でした。
…まぁ神々なので何を考えているのかよく分からないというのが今回でも実情になりましたね。アストレア様とディアンケヒト様、ヘルメス様が隠し事をしているご様子…ヘルメス様はまぁ案の定感がありますね。
ガネーシャ様は特になかったので発言自体減りました。ちなみにガネーシャ様って場を弁えることはそれなりにできると解釈してるので今回は自己主張を控えました。

そしてアストレア様が隠し事というある意味の異常事態。
この原因はアリーゼさんにありました。
そして派閥連合というかリューさんの致命的な弱さもアリーゼさんにあります。
アリーゼさんが唐突に死去しても詰みですし、アリーゼさんの希望を取り戻す手段がないという結論にリューさんが至っても詰み。
…超不安定。リューさん抜きで派閥連合が存続しうるかは議論のしどころですが、ボールスさんの離脱は避けられないというのが私の解釈です。アスフィさんも積極性は失う可能性は高い…かも。
みんなリューさんが大好きすぎ!(私の小説の定期事項)
そしてそのリューさんとアストレア様はアリーゼさんのことが大好き。

リューさんという意味でもアリーゼさんという意味でも呑気にしてると詰む可能性がある。
アストレア様の無茶も致し方ない所があります。

そしてこれだけアリーゼさんに焦点を充てたということはお察しでしょう。
ようやくリューさんからアリーゼさんに焦点が移る、という訳です。


それと新年のアストレア・ファミリアということで短編を一作書きました。
最近リューさん以外出番が少ないので宜しければ…

『初夢の枕に立ちし知己は何を伝えん』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14403210#2


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第四章 迷走の正花編
正花が覗くは絶望の深淵


今回はちょっと重い部分も含みます。アリーゼさん主役ですから、最終的にはいい感じに収まると言えば収まるんですが。

重いとかはともかく今回は今後のアリーゼさんの言動に大きな意味を持つ回になります。


 気付けば私は真っ暗闇の中にいた。

 

 辺りを伺っても何も見えない。ただただ真っ暗。

 

 というかまず視界は動かせても、身体を一切動かせない…いや、身体の感覚がない?

 

 私は状況を捉えきれず困惑する。

 

 ここはどこかもなぜここにいるのかも分からない。

 

 そもそも私は直前まで何をしてどこにいたのだろうか?それさえも思い出せない。

 

 何もかも分からず一つ一つ答えを導き出せないかと考え込む私。

 

 すると突然一瞬視界がチカッと閃光に埋め尽くされる。

 

 何事かと思うと、視界に映ったのは土埃の漂う薄暗い洞窟。

 

 これは…ダンジョン?

 

 そう私が把握したのに合わせるように立ち込めていた土埃は消えていく。

 

 そうして私の目に飛び込んできたのは…

 

 

 リオンの姿だった。

 

 

 土埃に周囲を纏わりつかれながら地に蹲り、顔を伏せるリオン。

 

 表情は見えない。

 

 けれど彼女の金色に輝く髪から。

 

 彼女のいつも纏っている緑色の外套から。

 

 そして何よりこの私がリオンの姿を見間違えることなど有り得なかった。

 

 リオン!リオン!私のリオン!私の愛しのリオン!

 

 私は思わず歓喜する。

 

 

 リオンに会えた。

 

 

 その事実は暗闇にずっと一人だったせいで心細さまで感じてしまっていた私にとって心細さを吹き飛ばす希望に他ならなくて。

 

 私は勢いのままにリオンを抱き締めて、いつものように赤面させてやろう。そう思った。

 

 だが私の身体はピクリとも動かなかった。

 

 そもそも歓喜した時にさえ声は出ていなかった。

 

 

 どうなっているの?

 

 どうしてリオンに近づけないの?

 

 どうしてリオンに声を掛けられないの?

 

 

 自らの置かれた状況に改めて困惑…いや、もう不安まで抱き始める私。

 

 そんな私にこの状況を作り出した何者かはさらに悍ましい光景を見せつけてきた。

 

 

『ああああああああああああああああああっっ…』

 

 

 聞き逃せなかった。

 

 聞き逃すことは許されなかった。

 

 この場で初めて聞くリオンの声。

 

 その声は…絶望に押し潰されたかのように…恐怖が滲み出ていた。

 

 そして声を上げながら顔を上げたリオンの綺麗な顔は…数え切れない涙腺によって完全に歪められていて。

 

 私はリオンのあまりに痛ましい様子に目を背けそうになる。

 

 だが私は目を背ける訳にはいかないと心に喝を入れた。

 

 そもそも身体を自由に動かせない以上自らの意思で目を背けることができないとしても、目を背けようと考えてしまうこと自体論外だと思ったから。

 

 まずはリオンの事情を知り、そしてリオンに元気を…笑顔を取り戻さなければ。そう思った。

 

 私がリオンに希望を届けなければ。

 

 どんな絶望であろうとも私が吹き飛ばさなければ。

 

 そう思うことさえもできなくなったら私は終わりだと思った。

 

 ただそう思った所で身体は私の望み通りには動かず。

 

 リオンを抱きしめて慰めてあげたいのに。

 

 それでもダメならリオンのあらぬ所を触ってでもリオンの沈んだ心境を何とか変えたいのに。

 

 私の身体は微動だにしない。

 

 それどころか私の視界には絶対に見たくなかったものまで映り込む。

 

 大切な仲間達が…無惨に引き裂かれた亡骸として残っていたのだ。

 

 輝夜とライラの亡骸が…リオンのすぐそばに横たわっていたのだ。

 

 二人の姿を見た瞬間急に頭が痛くなる。

 

 二人の亡骸が私に途轍もない動揺をもたらしたのは当然のこと。

 

 動揺を吹き飛ばすために叫び声でも上げてやりたくなるも私の今の状況では叶うこともなく。

 

 代わりに二人の姿を認めたことが引き金にでもなったのか私の頭に一気に情報が流れ込んできた。

 

 それこそが唐突に感じさせられた頭の痛みの本当の原因だったのかもしれない。

 

 そうして流れ込んできた情報のお陰でようやく思い出した。

 

 この場に来るまでに私は何をしていた?

 

 私は大切な仲間の命を奪ったあの怪物を足止めしよう殿として残った。

 

 他でもないリオンと輝夜とライラだけでも逃すために。

 

 だが…この光景が私の目論見が完全に失敗したことを物語っている?

 

 輝夜とライラは亡骸として横たわり。

 

 リオンは絶望に染め上げられている。

 

 これが大切な友人で愛情を抱かずにはいられなかった大切な愛しのリオンを騙してまでして殿として残った成果?

 

 これがせめて大切な仲間を守れなかった団長としての責務を果たそうとして殿として残った成果?

 

 あり得ない。

 

 あってはならない。

 

 これでは私のあの時の判断が何の役にも立たなかったかのようではないか。

 

 まるで何もできずに無駄死にしたかのよう…

 

 そうか。だからか。

 

 

 私は死んだのか。

 

 

 取り戻した記憶と視界に映る光景から私はそう推測を立てた。

 

 身体が思い通りにならないのも納得。

 

 声を上げることもできないのも納得。

 

 そもそもあの怪物を足止めするために殿を務めようとした時点で死は覚悟していたから、納得するのも簡単だった。

 

 ただよくよく思い出そうと試みても、私が殿として残りあの怪物と対面した後の記憶がどうにも朧気で何があったのか思い出せない。

 

 

 要は私がどのように死んだのか思い出せないのだ。

 

 

 とは言え目の前に広がっている最悪な光景こそが私の愚かな判断の結果…そう判断するしかない。

 

 私は殿として残ったにも関わらずリオンも輝夜もライラも守れなかったのだ。…そう判断せざるを得なかった。

 

 恐らくは自らの罪を悟らせるためにこの残酷な光景を見せつけられている。そんな自虐的な推測も添えて。

 

 だがその判断を早々に覆す材料が新たに見えてくる。

 

 それは肉塊の血溜まりのそばに残された白い布切れ。

 

 

 …闇派閥(イヴィルス)の纏っていた戦闘衣?

 

 

 そう気づいた途端に見えてくるものも変わってくる。

 

 私達はあの怪物の襲撃を受けた現場からの逃走には成功していた。

 

 なのに周囲には闇派閥(イヴィルス)の戦闘員の死体らしき肉塊が散見される。

 

 あれだけの犠牲を出しておいて私が殿として残った後にリオン達を襲撃するような余裕はあるはずもない。

 

 それだけでなくこの場所はよくよく観察してみれば、二七階層?

 

 そこは私達があの怪物に最初に襲撃された場所で。

 

 

 この光景は私のリオンだけを守りたいという願いが実現した世界?

 

 

 なぜか私にはそう察することができた。

 

 私の姿も確認できない。輝夜もライラも命を落としてしまっている。

 

 私の判断に輝夜とライラが従い、リオンが何も声を上げられなかった時に訪れていた未来。

 

 リオンの叫びが回避させたリオンにとって最悪な未来。

 

 私はそんな未来を見せられているのでは?

 

 

 私があの時如何にリオンに残酷な未来を強いようとしていたのかを悟らせるために。

 

 

 そう思い至った瞬間リオンが徐によろめきながら立ち上がる。

 

 どうしたのかと思えば、リオンは私に背を向け逃げるように走り出していた。

 

 輝夜とライラの亡骸を置いて。

 

 遠くから眺めることしかできない私を置いて。

 

 リオンの後ろ姿を眺めるだけでも私の胸は張り裂けてしまいそう。

 

 

 けれどこれは始まりに過ぎなかった。

 

 

 閃光に視界を塗りつぶされては移り行く私の視界に映る光景。

 

 まるで私は何かのダイジェストでも見せられているかのようだった。

 

 それもリオンのたった一人で孤独に戦い続ける姿を映し出すダイジェスト。

 

 仕組んだ者がもしいるとしたら最悪としか言いようがない趣味のダイジェスト。

 

 そしてその仕組んだ最悪な趣味の持ち主は私自身だった。私がリオンを最悪の未来に追い込みかけた。

 

 そんな事実を何度も何度も私の心に刻み込むようにダイジェストはよりリアルにより凄惨に私の視界に流れるように映し出された。

 

 

 十の武器を抱えて泣きじゃくるリオン。

 

 リオンが抱えていたのは私達の愛用していた武器。

 

 リオンがたった一人残されてしまったという事実を厳然と私に突き付けてくる。

 

 

 十八階層の森の中で佇むリオン。

 

 リオンは持ち帰った武器を供えた私達のお墓を作ってくれていた。

 

 私達の他愛もない話を覚えてくれていたのか、とほのぼのとしたことを考える余裕は私には与えられない。

 

 私達のお墓に背を向けたリオンの瞳が映していたのは…

 

 怒りと憎しみであった。

 

 リオンは確かに絶望から脱却したように見えた。

 

 けれどその方法は希望を取り戻すことではなく怒りと憎しみに自らの身を委ねることによってであった。

 

 

 アストレア様と対面するリオン。

 

 リオンはアストレア様に目を合わせることもなく額を床にこすりつけて迷宮都市(オラリオ)を出るように懇願する。

 

 その理由をリオンは語らなかった。

 

 だが私には自らのこれから行う行いにアストレア様を巻き込まないためだと察してしまった。

 

 アストレア様を心から慕う優しいリオンならそうする…そう納得してしまった。

 

 そしてアストレア様はリオンに言った。

 

『リュー…正義を捨てなさい』、と。

 

 そう言い残してアストレア様はリオンの前から立ち去った。

 

 

 それから私が目の当たりにしたのは怒りと憎しみの引き起こす衝動のままに返り血を浴び続けるリオンの姿。

 

 闇派閥(イヴィルス)はまだ理解できるとしてもリオンは商会やギルドの人間らしき者にまで手に掛けた。

 

 正攻法一辺倒でライラを呆れさせた策を一切用いないあのリオンが闇討ちや罠、奇襲…あらゆる手段を用いて。

 

 

 目の前にいるリオンはもう私の知っているリオンではなかった。

 

 

 返り血を浴び続けながら、敵を殺戮するリオンの空色の瞳は完全に濁っていた。

 

 けれど敵を殺戮して一人残り血溜まりで立ち尽くすリオンはいつも空を見上げた最初の一瞬だけはその瞳が綺麗になるのだ。

 

 まるで返り血を浴びて敵を殺戮することに成功したことに清々しているかのように。

 

 まるでその瞬間だけは心に圧し掛かる重石から解き放たれたように。

 

 リオンは殺戮の中に喜びを見出しているように見えた。

 

 私は気付いてしまった。

 

 この瞬間のリオンは殺戮に復讐という価値を見出しているのだ、と。

 

 その瞬間のリオンは…文字通りの復讐鬼であった。

 

 だがそれも一瞬だけでリオンはすぐにその瞳は濁る。その瞳が綺麗になるのはリオン自身が嫌がっているかのように一瞬だった。

 

 まるで殺戮に成功したことを残念がっているかのように。

 

 まるで心に圧し掛かる重石を欲しているかのように。

 

 リオンは絶望に染まることに安心感でも得ているかのように見えた。

 

 その時私はなぜリオンが戦い続けているのか理解してしまった。

 

 リオンは死に場所を求めているのだ。

 

 だから殺戮が成功したことで残念がり、その瞳が濁る。

 

 リオンは裁かれたがっているのだ。

 

 だから絶望から解放されないことを望み、その瞳が濁る。

 

 リオンの瞳が綺麗であろうと、濁っていようと変わらない。

 

 今のようなリオンを見たいと私が望むはずもないのだから。

 

 だが私はそんなリオンの姿から目を背けることは許されない。

 

 もう私は苦痛のあまり最初の目を背けまいという何の意味もない自尊心か何かが生んだ決意も打ち砕かれていた。

 

 だから完全に及び腰になり、逃げれるものなら逃げ出したかったが、それも無理な相談。

 

 そうして繰り返し繰り返し見せられるリオンの様々な殺戮の場面。

 

 場面を変えられようとリオンが絶望と復讐に憑りつかれたまま戦い続けている姿は変わらない。

 

 もう私は気が狂いそうだった。

 

 いや、いっそ気が狂ってしまえば良かったのだ。

 

 リオンが何をしているのか。

 

 リオンがどんな表情をしているのか。

 

 リオンがどれだけ苦しんでるのか。

 

 私が目を背けたくなるような事実に気付かずに済む。

 

 私は本当に狂ってしまいたかった。

 

 にも関わらずこんな時に限って私の頭脳は明晰に機能する。

 

 リオンに最悪な未来を押し付けかけた時は機能しなかったのに、である。

 

 気付いてしまった。

 

 戦い続けるリオンがいつも一人であることに。

 

 命を落としてしまったらしい私達はともかくとして。

 

 【フレイヤ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】も。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】も【ヘルメス・ファミリア】も。

 

 都市二大派閥どころか私達と共闘していたはずの派閥のメンバーさえいない。

 

 いつもいつもいつもリオン一人。

 

 誰もリオンのそばにいない。

 

 誰もリオンを支えようとしない。

 

 リオンだけが戦っていた。

 

 リオンだけが一人ぼっちで戦っていた。

 

 その事実を私はできることなら見抜きたくなかった。

 

 

 そしてリオンは燃え盛る廃墟の上に立っていた。

 

 この廃墟を作り出したのはリオン。

 

 周囲への被害にも一切考慮を及ぼさず破壊と殺戮を続けたリオンを見ても何も感じられない辺りもう感覚が麻痺しているのかもしれない。

 

 それでも私はリオンの表情だけは読み取れてしまう辺り感覚が麻痺する程度になるくらいなら私を苦しめるだけの正気を奪ってくれと誰かに懇願したくもなった。

 

 ただそんな懇願を心に抱いたところで視界に映る光景は変わらない。

 

 するとどこからともなくリオンの前に姿を現した男。

 

 神ルドラだった。

 

 その神ルドラが歪んだ笑みと共にリオンに言い放った言葉に。

 

『今の顔をしたお前を、ぜひ俺の眷族に迎え入れたかったなぁ』

 

 私のあの時の判断はリオンをどん底に突き落とすことが確実だったのだと悟らされた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 リオンと神ルドラの対面の場面が終わり、再び閃光が私の視界を遮った後。

 

 私は再び真っ暗闇の中に戻されていた。

 

 どうやら私の判断がもたらしたかもしれない最悪な未来のダイジェストはあれで終わりだったらしい。

 

 だが終わったからと私はホッと息を吐くことなど到底できなかった。

 

 確かにあの最悪な未来は回避したはず。

 

 リオンの叫びが私を導いてくれたから。

 

 過ちを繰り返す私をリオンの理想が正してくれたから。

 

 リオンのお陰であの最悪な未来は回避したはずなのだ。

 

 私と別れた後のリオンと輝夜とライラがどうなったのか私は知る由もない。

 

 だがあの時のリオンは今見せられたリオンとは別の意味で私の知るリオンではなかった。

 

 ライラをお姫様抱っこで抱え、十八階層から増援の冒険者を連れてくると私に宣言したリオンは私の知るリオンではない。

 

 私の知るリオンではないからこそそんなリオンを信じる気持ちが強くなる。

 

 成長し良い意味で変わることができたリオンなら大丈夫。

 

 この点では楽観的になれる私はリオンを信じ、より良い未来を掴み取れると思えそうだった。

 

 だが私が楽観的なのはこの点だけだった。

 

 私の見せられたあの最悪な未来の可能性はいつもは楽観的な私でさえも絶望に追い込まれそうになった。

 

 【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】も闇派閥(イヴィルス)の討伐のために戦ったリオンを助けない。

 

 これは私のこれまで見てきた『二七階層の悪夢』以来の現実から当然のように思えた。

 

 だがそれだけではない可能性も悟らされた。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】も【ヘルメス・ファミリア】も闇派閥(イヴィルス)のために戦ったリオンを助けない。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】を率いるシャクティも【ヘルメス・ファミリア】を率いるアンドロメダも私達の長きに渡る戦友で同志で。リオンにとっての大切な友人であった。

 

 私達が命を落としたぐらいで共闘を取りやめるなど考えたくもない。

 

 だが情勢の変化が何を起こすかなど分からなかった。

 

 彼女達をもリオンと戦わない可能性を踏まえずにはいられなかった。

 

 そしてリオンの求めに応じて以来一度たりとも姿を現さなかったアストレア様。

 

 あのアストレア様があのままリオンを見捨てるなんて考えたくもない。

 

 だがあのアストレア様の言葉は…現実味を感じずにはいられなかった。

 

 【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】も【ガネーシャ・ファミリア】も【ヘルメス・ファミリア】も。

 

 …アストレア様でさえも。

 

 リオンを誰も助けない。

 

 リオンを誰も支えない。

 

 あり得ない可能性だ。起こりえない未来だ。そう断言することはできない。

 

 私は既にこれまで見てきた現実を鑑みるだけでもその可能性を見出さずにはいられなかった。

 

 私はかつての戦友の無行動も神々の振る舞いも知らないわけではない。

 

 あり得ると思った。リオンがあのような絶望に追い込まれる未来が。

 

 リオンはたった一人で絶望と向き合い続け、暴走を繰り返してしまう…

 

 

 そんな未来の可能性があるならば…私は勝手に死ぬ訳にはいかないと思った。

 

 

 生きなければ。

 

 絶対に生き延びなければ。

 

 リオンを絶望に染め上げさせてはいけない。

 

 リオンが希望を取り戻す手助けをしないといけない。

 

 私が殿としてあの怪物と戦ってどうなったかなど分からない。

 

 だが死ぬ訳にはいかなかった。

 

 リオンを一人遺すなど論外であった。

 

 生き延びる。

 

 絶対に生き延びる。

 

 湧き上がる生への渇望。

 

 例え私の魂が天へと還っていようとも天界にいる神様全員張り倒してリオンの元に帰ってやる。

 

 例え肉体が消え去っていても亡霊になってリオンのそばで力になれるように頑張ってやる。

 

 例えどちらもできないとしてもすぐに転生してリオンを助けられるようにしてやる。

 

 そう心に決める。

 

 リオンのためなら私は手段など選ばない。

 

 だって私はリオンに約束したのだ。

 

 

 迷宮都市(オラリオ)を団結させた後、リオンを一生好きにするって。

 

 

 リオンを抱き枕にして。

 

 リオンと結婚して。

 

 私はリオンと一緒に幸せな未来を掴み取るとリオンに約束していたのだ。

 

 その約束を私は絶対に破ってはいけない。

 

 その約束を私は絶対に破りたくない。

 

 リオンと私の希望を守り抜いてみせる。

 

 今まで通り希望を私自身とリオンに届けてみせる。

 

 私はそんな決意と共にこの閉塞感のような真っ暗闇を無理矢理でも抜け出そうと考える。

 

 が、ふと気付いてしまった。

 

 

 今の私は本当に私自身とリオンに希望を届けることができるのか、と。

 

 

 そう思った瞬間先程までの私の自信は霞のように消えていく。

 

 そもそも迷宮都市(オラリオ)を団結させるってどうやるの?

 

 一人闇派閥(イヴィルス)と戦い続けたリオンを助けようともしなかった迷宮都市(オラリオ)を?

 

 あれだけの悲壮な覚悟の元戦い続けたリオンを助けないような連中を団結させることなどできるの?

 

 というか自らを犠牲にまでして戦ったリオンを助けようとしない迷宮都市(オラリオ)を救う価値などあるの?

 

 私にはリオンに希望を届けるための考えが全く浮かんでこない。

 

 迷宮都市(オラリオ)を団結させる意味さえも見失い始める私。

 

 それどころか私自身へ届ける希望さえも見出せなかった。

 

 リオンをあんな最悪な未来に追い込みかけた私が何ができると言うの?

 

 私が下手にリオンを助けようと動けば、あの判断の時のようにリオンに絶望をもたらすことに繋がるだけではないの?

 

 成長したリオンにとっては私がいない方が望ましいんじゃないの?

 

 そう考えると、途端に消えてしまいたくなる。

 

 段々と消えてく自信は先程までは湧き上がっていた生への渇望をも奪い去る。

 

 私は私自身の存在意義自体も見失い始めた。

 

 私には分からなくなった。

 

 私は生き延びなければならないのか消えた方がいいのか分からなくなった。

 

 リオンのより良い未来を掴み取るためにどうすればいいのだろうか?

 

 可能なら誰か教えて欲しい。

 

 リオンに私は必要なの?

 

 リオンに私は不必要なの?

 

 その答えを自らの力ではどれだけ考え込んでも出すことができない。

 

 だからなのかもしれない。

 

 真っ暗闇が段々と明るくなっていく。

 

 ダイジェストらしきものを見せつけられた時に度々私の視界を遮った閃光とは違う弱弱しく優しさを秘めているかのような光だ。

 

 その光が視界を照らしていくうちに私の身体の感覚も戻り始める。

 

 そうか。

 

 私の意識が戻ろうとしているのか。

 

 

 答えを出すために。

 

 リオンにとって私がどんな存在であるべきか探るために。

 

 

 私は機会を与えられようとしている。

 

 リオンのためにどうやって生きることができるか考える機会を与えられようとしている。

 

 ならば…

 

 私はその機会を存分に生かそう。

 

 頑張って考えて、必死に行動して。

 

 リオンに溢れんばかりの私の愛を今度こそ伝えて。

 

 リオンにこれまでの過ちの数々を今度こそ償う。

 

 その先に私が見出す答えに私の運命を委ねよう。

 

 

 私はリオンのそばにいることが許されるのか。

 

 私はリオンのそばにいることが許されないのか。

 

 

 その答えを探す旅に出るために…

 

 

 私はようやく目覚めた。




アリーゼさんが見たのはアリーゼさん達が命を落とし、シルさんに拾われるまでの間の期間でした。
どうしてその後のシルさんやベル君に救われる場面は見せなかったの?というのは色んな意味でのご都合主義です。
シルさんとベル君に救われる所まで描いたらアリーゼさんの原動力になりにくくなりますからね。
今作でリューさんの心の支えとして一番大きいのはアリーゼさんという点を揺るがす予定はありません。アリーゼんさんは今作のもう一人の主役ですから!(そのもう一人の主役が十話以上セリフがなかったのは気のせい)

それはともかくアリーゼさんのリューさん一人を生かすという判断はある意味最悪という評価はあながち間違ってないと思ってます。それを覆すのが今作の大きなテーマの一つだった訳ですが。
ただアリーゼさんなのでくよくよせずに反省して過ちを正そう!という思考に進んでいけると思ってます。
だからアリーゼさんはもう意地で生還した。走馬灯の如くこんな未来を見てる辺り生死の境を彷徨ってたのは明らかですが、まぁもう意地で意識を取り戻した。

全てはリューさん愛の力です!愛の力は死という壁さえも乗り越える!(私の小説で定期的に出現する精神論)

ただリューさんのためにとりあえず生還するという所までは問題ないんです。
ですが希望をアリーゼさん本人とリューさん達に取り戻せるかは話が別で。
その希望がどれだけ重大かはこれまで散々語ってきたわけで。
ある意味アリーゼさんが目覚めたここからが問題の始まりとみなすべきでしょうね。


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正花の目覚め

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今回よりアリーゼさんが本格的に始動です!(超久しぶりなのは気のせい)


 アリーゼは目を覚ました。

 

 直前まで意識を取り戻さないのではないかと思われるくらいに固くその瞼を閉じていたアリーゼは目を覚ました途端に目をパッチリと見開いていた。

 

 その時既に意識までもはっきりとしていたアリーゼは手始めに身体を起こし、自らの記憶を辿りつつ状況の把握に努める。

 

 場所は分からない。

 

 だがアリーゼはベッドの上にいる。

 

 となればここは少なくともダンジョンではなく十八階層か地上。

 

 自力で脱出した記憶がない以上アリーゼはどうやらダンジョンから何者かによって救出されていたらしいと推定する。

 

 身体の異常を確かめるも怪我による痛みは感じない。

 

 どうやら何者かが完璧にアリーゼの怪我を治癒してくれていたらしい。

 

 だが代わりに頭痛と何とも言い難い胸の痛みに今更のように気付かされ、アリーゼは胸に手を当てて逃れられない痛みに耐えながら息を吐いた。

 

 痛みに耐えつつもアリーゼは辺りを見渡し、今いる場所がどこなのか探ろうとする。

 

 視界に映るのは目一杯に本が詰め込まれた本棚。

 

 薬品らしき液体が注がれたフラスコの並ぶ机。

 

 

 そして一人の小柄な少女がそこにはいた。

 

 

 アリーゼからは避けるように距離を取り、緊張した趣でアリーゼと視線が合ったためか身構える少女。

 

 その少女にアリーゼは見覚えがあった。

 

「あなたは…【戦場の聖女(デア・セイント)】?【ディアンケヒト・ファミリア】の団長の?」

 

「…その通りです。お目覚めになりましたか?ローヴェルさん?」

 

「そう…じゃあここは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の中ってとこかしら?」

 

「お察しの通りです。少々事情があり、私の書斎を病室代わりにさせて頂いていることはどうかお許しください」

 

「別にいいわ。固い地面じゃなくてフワフワのベッドに寝かしてもらえるだけでも十分よ。それにあなたが治療してくれたんでしょ?ありがと。お陰で私の身体はピンピンしてる。助かったわ」

 

「…いえ。私は大したことをしてはいません。…本当に」

 

 アリーゼのそばにいた少女は【戦場の聖女(デア・セイント)】という崇高な二つ名で呼ばれることも多いアミッド・テアサナーレ。

 

 アリーゼと【ディアンケヒト・ファミリア】団長であるアミッドとはほとんど初対面に等しい。

 

 だがアリーゼは持ち前の社交性でアミッドと流れるように会話を発展させ、自らの求める情報を聞き出すと共に治療してもらったお礼も告げる。

 

 ただその間もアリーゼとアミッドの間には妙に距離が保たれたままでアリーゼ的には居心地が悪い上に話も進めにくい。

 

 その上アミッドはアリーゼと目は合わせてくれているものの緊張した様子は一切解こうとしてくれず。

 

 まるでアミッドはアリーゼを警戒でもしているかのようだ。

 

 そのためアリーゼはまず色々な意味でやりにくいこの距離感を何とかしようと考えた。

 

「ね?【戦場の聖女(デア・セイント)】…いえ。この二つ名で呼ぶこと自体何だか距離があるわね。ということでとりあえずアミッドってこれから呼んでもいいかしら?」

 

「それは…構いませんが…」

 

「ならアミッド?まずこの変な距離感どうにかしない?近くに椅子もあることだし、もっと近くでお話ししない?」

 

 アリーゼはアミッドの呼び名を変える所から始めた。

 

 アリーゼらしくあらゆる意味で大胆にアミッドとの距離を縮めるのが一番手っ取り早いという訳である。

 

 加えて単刀直入にもっと近くで話すことをアミッドに提案した。

 

 だがアミッドの反応は芳しくなかった。

 

「そうは…参りません。なぜならあなたはっ…」

 

「私のことは私が一番分かってる。あなたの説明は必要ない。私は生きている。私の怪我は完治した。それだけで十分じゃないかしら?」

 

「ローヴェル…さん…」

 

「何?もしかして私があなたにいきなり襲い掛かるとでも思われていたのかしら?だから私はアミッドに距離を取られているの?」

 

「…」

 

 アミッドの警戒心を伴った躊躇にアリーゼは冗談っぽくそう指摘してみる。

 

 頑なにアリーゼからアミッドが距離を取ろうとする理由として考えられるのはアリーゼが冗談として言葉にした理由ぐらいしか考えられないから。

 

 そしてアリーゼにそのつもりがない以上冗談は冗談でアリーゼはニヤッと笑いつつそんな冗談を口にする。

 

 ただそれがアミッドにとって冗談と聞こえるか否かは話が別な訳で。

 

 アミッドは険しい顔つきのままアリーゼに尋ねた。

 

「…信じても宜しいのですね?ローヴェルさんを」

 

「私を病室じゃなくて自分の書斎にあえて入院させた時点で私のことを信じていたんじゃないの?実は」

 

「…それもその通りです。ローヴェルさんなら心配ないだと思う気持ちはありました」

 

「ならその気持ちにアミッドは従ってもいいと思うわよ?私もその信頼に応えるから」

 

「…そうですね。もう今更でしょう。…分かりました。ローヴェルさんを信じます」

 

 アリーゼとアミッドの間で交わされる確認。

 

 アリーゼは自らの書斎に自分を入院させ治療したアミッドが何も考えていない…などとは到底考えていなかった。

 

 アミッドには何かしらの意図がある。そう既に察していたのである。

 

 それをアリーゼに見抜かれたアミッドは観念したように苦笑いを浮かべつつアリーゼの求めに応じた。

 

 そうしてアミッドはアリーゼとの距離を縮め、アリーゼの横たわるベッドのそばに椅子を引き寄せつつ言った。

 

「ただ…真面目な話襲われるかもと思いはしました。ローヴェルさん達の状況が状況なので…」

 

「…それは経験談だったりしないわよね?例えば輝夜とかリオンの」

 

「…」

 

「図星なのね…ま、そこら辺も含めて私は情報が欲しいの。色々教えてくれると助かるわ。…襲い掛かるかはその後で決めるかもね?」

 

「それは可能ならば、ご勘弁して願いたいのですが…」

 

 軽口か真面目な話か判別し難い会話を交わして、アリーゼの冗談に顔を引きつらせつつアミッドはアリーゼのそばにようやく腰を下ろす。

 

 それと同時にアリーゼは早速アミッドから情報を得るべく尋ね始めた。

 

「まず聞きたいのはリオンと輝夜とライラが無事かどうかね。私はリオンに輝夜とライラを治療院に移送することを頼んでおいたし、私が【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に移送されてるから大丈夫だと思うけど…どう?知ってる?」

 

「ええ。…お三方とも命には別状はありません」

 

「『命には』、ね。含みのある言い方なのが気になるけど…ひとまずは三人とも無事ならいいわ」

 

 アリーゼはそう素っ気なく言って、新たな質問を口にしようとする。

 

 ただ内心アリーゼは心の底から安堵していた。

 

 それこそ実はすごく不安を抱いていたということを隠し切れないような安堵の溜息を気を抜けば吐いてしまいそうな程度には。

 

 …眠っている間に見せられた最悪な未来が実現していない。

 

 それはアリーゼにとって僅かながらではあるが、心の救いであった。

 

 そんな安堵を隠すために素っ気なく言った訳であったが、次の質問を尋ねた時にはアリーゼは残念なことに落ち着きを保つことができていなかった。

 

「それで…私を救出したのは誰なの?まさかリオンだったり?リオンがダンジョンで倒れてた私を颯爽と見つけ出して、お姫様抱っこで連れ帰ってくれたとかそういう夢みたいな話だったり!?」

 

「…いえ。リヴィラの冒険者の方が治療院に連れてきてくださりました」

 

「…え?リヴィラ?リオンじゃなくて…どうしてリヴィラ?リオンじゃなくて?」

 

 アリーゼは声を弾ませて自分を誰が助けたのか…リューに助けられたのだと嬉しいという願望を駄々洩れにしながらアミッドに尋ねる。

 

 確かにアリーゼはリューに輝夜とライラを治療院に移送する手筈を整えた後には増援の冒険者を連れてあの怪物を倒すために戻ってくるように伝えてあった。

 

 だからリューがアリーゼを救出したという推測はある程度的を得ていたと言える。

 

 …ただアリーゼがお姫様抱っこで救出されたか否かをアミッドに尋ねるのは無茶があるような気もするのだが。

 

 というかアリーゼがお姫様抱っこにこだわり始めたのも実際にリューにお姫様抱っこで救出されたと思われるライラへの嫉妬からという意味合いが強かったりなかったり。

 

 だがアミッドが告げたのはリューではなくリヴィラの冒険者がアリーゼを救出したという事実。

 

 その事実が想定外で理解が及ばなかったこともあり、アリーゼは打って変わった素っ頓狂な声でアミッドに再度尋ねる。

 

 …どうしてリューではないのかという本人の欲望を二度も繰り返して、またも駄々洩れにしながら。

 

「それはそのリヴィラの冒険者の方がリオンさんと行動を共にされていた際にボールスの仲介の元ローヴェルさんの移送を依頼されたとのことです」

 

「…え?リヴィラの冒険者とリオンが行動を共に…というかボールスの仲介?あのボールスがリオンに協力したの?」

 

「私もイマイチ信憑性を欠くと思いましたが…その冒険者の方の話によるとそのような経緯だそうです」

 

「…つまり…リオンは本当に増援を集めちゃった訳?それもボールスの力を借りる形で…一体リオンは何をやったの?」

 

 アリーゼは衝撃のあまり固まる。

 

 リューが増援を連れてきたということ自体アリーゼからすれば普通に衝撃的だ。

 

 確かにあの時のリューはライラに触れるのに一切躊躇がないという変貌を遂げていた。

 

 だからと誰にでも分け隔てなく接することができるようになるとは到底思えるはずもない。

 

 実は依頼したアリーゼ自身リューが本当に増援を連れてこれるか否かは半信半疑だったのだ。

 

 アリーゼの中では単にリューをあの場から逃がし自らが殿を務めることを認めさせるための方便でしかなかったのだから。

 

 アリーゼの想定の中ではリューは最終的に増援を連れてくることができず単身でアリーゼの元に駆け付けると考えていた。

 

 だからアリーゼはリューに救出されたと思い込もうとしたのである。

 

 だが現実は違った。

 

 リューは増援どころか立場上親密とは言い難いリヴィラの冒険者を率いるボールスから協力を引き出した。

 

 

 実は存在しなかったアリーゼのリューへの信頼に応えた上でアリーゼを救出していたのである。

 

 

 リューが自らの与えてしまった実在しない信頼による圧力にどれだけ苦しみながら行動していたのだろうかと考えると、アリーゼの心は痛まずにはいられない。

 

 同時にアリーゼはリューが本当にアリーゼの知るリューではなくなってきているということを改めて実感することになった。

 

 そんな実感を胸に抱きながらアリーゼは新たな質問へと話を切り替える。

 

「…まぁ私が救出された経緯のことはこれくらいでいいわ。それで私はどれくらい寝ていたの?そしてその間何が起こっていたのか…それを教えてもらえる?」

 

「まずアリーゼさんは治療院に運ばれてから…ですが、約三日間ずっと意識が戻りませんでした。そしてその間にリオンさんがダンジョンからご帰還なさって、ローヴェルさん達の安否をお尋ねになりました」

 

「リオンにはどう伝えたの?」

 

「お三方ともご無事だとお伝えしました。ただローヴェルさんの事情を鑑み、面会はお断りしました。本当は輝夜さんとライラさんとの面会もお断りすべきだったのでしょうが…無理にお断りしても申し訳ないかと思い、許可をしました。…ただ今ではその判断が浅はかだったと後悔しています」

 

「…どうして?」

 

 目を伏せてリューを輝夜とライラと合わせるべきではなかったと言うアミッドにアリーゼは目を細めて理由を尋ねる。

 

 理由を察しないわけではなかった。

 

 リューの状況も輝夜とライラの状況もアリーゼは最後に見た三人の様子から察せない訳ではない。

 

 だが推測ではなくアミッドの言葉できちんと聞きたいと思ったアリーゼは意を決して尋ねていた。

 

 意を決したのは言うまでもなくこれから聞かされる内容が耳障りの良いものではないと察していたからである。

 

「…輝夜さんとライラさんの事情は御存じですね?」

 

「…ええ。輝夜は片腕を失って、ライラは両眼を失明してる。…だとしても二人には最善の治療を施してもらうよう伝えておいたはずなのだけど…」

 

「ええ。私達の最善の治療を施させて頂きました。ですが…申し訳ありません。私達の力量不足です。…輝夜さんは依然と同じように刀を振るうことはできません。ライラさんの…視力を取り戻すことは不可能でした」

 

「…分かったわ。だからそんなに深々と頭を下げて謝らないで。お願いだから頭を上げて?アミッドが最善を尽くしてくれて…それでもダメだったなら仕方がないわ。輝夜もライラも冒険者よ?…覚悟はできてるはず」

 

 アミッドの悔しさと申し訳なさが滲む謝罪にアリーゼは諦め交じりにその謝罪を受け取りつつもアミッドの謝罪を切り上げさせようとする。

 

 輝夜もライラも冒険者。

 

 命を落とす覚悟はできているだろうし、負傷してしまうことも想定内のはず。

 

 生き残っただけでも良かった。

 

 自らのように一時はリューを一人遺して命を捨てようとしたけれど、それでも三人とも生き残った。

 

 リューの居場所は守られた。

 

 だから問題はない…

 

 そうアリーゼが思えるならどれだけ気が楽だろうか。

 

 アリーゼは言葉にはしなかったものの、輝夜とライラの気持ちを察せずにはいられなかった。

 

 そして察してしまう二人の気持ちはアリーゼ自身をも巣食う気持ちで。

 

 だから言葉にすることができなかった。

 

 そのためアリーゼに代わってアリーゼが理解していないと考えたアミッドが言葉にすることになった。

 

「そうなの…かもしれません。お二人とも負傷したこと自体へは何も申されませんでした。ですが…お二人とも冒険者だからこそ…生きる希望を失ってしまわれました…そしてリオンさんに…」

 

「…」

 

 アリーゼは言葉が出なかった…いや、言葉を発する資格がないように思えた。

 

 輝夜とライラが希望を失う。

 

 冒険者だからこそこれまで通り戦えぬことを絶望と感じ、生きる希望を失う。

 

 あり得ない訳がない。

 

 そしてアミッドが言葉を途切れさせた『リオンさんに…』の続きがアリーゼには言われずとも分かる。

 

 恐らく二人はリューに当たってしまったのだろう。

 

 二人が猛反対したアリーゼを殿として残すことをアリーゼが強行できたのはリューの賛成があったからで。

 

 アリーゼには会うこともできず、先にリューに会ってしまったなら…

 

 輝夜とライラがどう振舞ってしまうかは嫌でも分かってしまう。

 

 

 リューに輝夜とライラを当たらせるという事態を招いたのは他でもないアリーゼ。

 

 

 そんなアリーゼに輝夜とライラを思い遣る言葉もリューに同情したりする言葉も発する資格などない。

 

 自覚があるアリーゼは表情を歪め、自責の念に苛まれることしかできない。

 

 だがアミッドはさらにアリーゼにとって望ましくない内容を告げてきた。

 

「そして…リオンさんもまたお二人にお会いしてからの言動が常軌を逸し始めています」

 

 アミッドが触れ始めたのはリューの言動。

 

 それも『常軌を逸する』という表現を用いられるようなリューの言動。

 

『常軌を逸する』などという表現は余程のことがなければ使われないことは明白。

 

 アリーゼの問い返す声は震えずにはいられなかった。

 

 自らのせいでリューがおかしくなってしまったなどということがあれば…

 

 アリーゼは自らの希望云々どころではなくなる。

 

 アリーゼは自責の念などという言葉では表現できない後悔と絶望に襲われることになる。

 

 アリーゼは聞きたくはなかった。

 

 だが聞かなければ自らがどうすべきかも決められない。

 

 だからアリーゼは先程意を決した時の決意を以て自らを奮い立たせつつ問い返した。

 

「常軌を逸する…一体どういう意味…?リオンが…何をしてるって言うの?」

 

「…【アストレア・ファミリア】の本拠にも戻らずにギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の本拠を行き来しているとのこと。果てにはその前で夜通し座り込みまでなさり、追い出されては場所を代えて座り込みを繰り返しているとか…目的までは私には把握できません。…ですがリオンさんは何かに憑りつかれたような執念でこの三者に何かを伝えようとしているのだと…思います」

 

「…ギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】…?」

 

「そして…ローヴェルさん達を私達治療院でお預かりしているため、お姿が突如として消えたように思われ…【アストレア・ファミリア】は壊滅したという噂が飛び交っています」

 

「…その噂をリオンの理解し難い行動が現実味を与えている…ということね?噂は後々どうにでもなるとして…それにしてもどうしてアストレア様の元にも戻らずにそんな行き来を…?リオンは何をしたいの?」

 

「…分かりません。恐らくローヴェルさんと輝夜さんとライラさんにしか分からぬことなのかもしれません。考えられるとすれば…輝夜さんとライラさんの希望となり得る何かと繋がりがあるのかも…しれません」

 

「…輝夜とライラの希望?」

 

 アミッドの与えた憶測によるヒントを基にアリーゼは考え込む。

 

 リューが希望を失ってしまった輝夜とライラのために希望を取り戻そうとする。

 

 それはリューならば十分考えられる言動だと思った。

 

 だがギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の元を訪ね続ける理由が分からない。

 

 そう思いかけたその時。

 

 アリーゼは閃いていた。

 

 

「…まさか…リオンは…迷宮都市(オラリオ)の団結を果たすために動いている?」

 

 

 アリーゼ自らの言葉が思い返させられる。

 

 

迷宮都市(オラリオ)は再び団結できる』

 

 

 確かにアリーゼはリューの前でそんな理想に程近い希望を語っていた。

 

 そしてその希望とは輝夜・ライラ・リュー・アリーゼ…【アストレア・ファミリア】全員にとっての希望と言っても過言ではなくて。

 

 もしリューが皆の希望を取り戻そうとしているなら…

 

 もしリューがギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に本当に何かを伝えようとしているなら…

 

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結こそがリューの言動を説明し得る唯一の回答だった。

 

 

 理想を追い続けるリューなら状況がどうであろうとこの希望を実現して、輝夜とライラの希望を取り戻そうとする可能性はある…そうアリーゼは予測したのだ。

 

 実際のリューはまだそこまで考えが至っていないのだが、それをアリーゼはまだ知らない。

 

 ただし今のリューならそこまで考えるかもしれない…

 

 そうアリーゼに推測させるほどのことをリューが既に成し遂げていたという事実だけは揺るがなかった。

 

「…迷宮都市(オラリオ)の団結?リオンさんが?確かに『大抗争』の頃はギルドの指示が行き届き、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の共闘体制も機能していて…まさに迷宮都市(オラリオ)は団結していたと表現するに相応しい状況は存在しましたが…今は失われて…だからこそ?だからこそリオンさんはそれを目指しているのですか?輝夜さんとライラさんに途轍もなく大きな希望を示すために」

 

「…リオンの不可解な言動を私が説明できる唯一の回答よ。…私達は確かに直前で迷宮都市(オラリオ)の団結が希望だと…皆で話してた」

 

 アミッドはアリーゼの導き出した回答に呆気に取られつつその回答を自らの言葉で整理する。

 

 だが考えを整理すれば…アリーゼとアミッドが辿り着いてしまう答えはほぼ一つであった。

 

「ただ…可能なのですか?この現状の中で迷宮都市(オラリオ)が団結…つまりは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立状態を解消するということですよね?それだけでなくギルドの指示に従わなくなりつつあるファミリアをも引き入れることまで視野に?…確かに未だ闇派閥(イヴィルス)が跋扈する今、団結が不可欠なのは理解しますが…」

 

「…アミッドの疑念は最もだと思うわ。そして私は…可能だとは今ではとてもではないけど考えられない。…それこそ座り込みや話し合いで事が動くならこんなことにはなってない。…リオンのやってることは明らかに無謀で…ほとんど意味を為さない。迷宮都市(オラリオ)が団結するなど不可能。それは希望ではあるけど、今ではもう希望には結実しえないただの理想よ」

 

 アリーゼはリューの言動をそう冷たく突き放す。

 

 アリーゼらしからぬ悲観的な言葉であった。

 

 だがそれも仕方ない一面がある。

 

 

 なぜならアリーゼがその希望をリューの前で口にした時には明確なヴィジョンがアリーゼの中に存在したのだから。

 

 

 闇派閥(イヴィルス)の陰謀を【アストレア・ファミリア】単独で阻止することで築き上げた名声でファミリアの立場を強化し、迷宮都市(オラリオ)の団結の礎にする。

 

 それがアリーゼのヴィジョンだった。

 

 だが現実はアリーゼのヴィジョン通りには進まなかった。

 

 【アストレア・ファミリア】自体が事実上壊滅に追い込まれた。

 

 現状戦力足りえるのはアリーゼとリュ―のみ。

 

 【アストレア・ファミリア】は名声を得るどころかこれまで積み上げてきた努力も実績も無に帰したに等しい。

 

 

 【アストレア・ファミリア】は迷宮都市(オラリオ)の団結の礎にはなり得ない。

 

 

 アリーゼのヴィジョンは完全に崩壊していたのだ。

 

 そしてそれに輝夜もライラも恐らく気付いた。

 

 だがリューは未だに気付いていない。

 

 だから闇雲に動き回るだけとなり、『常軌を逸する』とまで表現されてしまう。

 

 リューには現実が見えていない。

 

 だからアリーゼとも輝夜ともライラとも考えを共有できない。

 

 もはやかつてアリーゼが口にした希望は実現不能に陥っていたのだ。

 

 そしてそのような結果を招き寄せたのはアリーゼ自身であって。

 

 アリーゼは自らの唱えた迷宮都市(オラリオ)の団結という希望を信じることができなくなっていた。

 

 だがアリーゼがそう言いつつアミッドから視線を逸らしたことを…アミッドは見逃さなかった。

 

「…そう思っても…ローヴェルさんはリオンさんをお助けしたいと思っている…違いますか?あなたはリオンさんを突き放すことに罪悪感を覚えているように見えます」

 

「ちが…うわ。私は…」

 

「ならば私の目を見てお話しください。…治療師としては真に恥ずかしい限りですが…私には輝夜さんとライラさんの希望を取り戻すことはできません。お二人の精神的な問題を解消できないのです。だからローヴェルさんとリオンさんのご尽力が必要で…ローヴェルさんの怪我はもはや完治してます。なので私はローヴェルさんをお引止めすることはありません。私はローヴェルさんを信じています。なので遠慮なく治療院を出てリオンさんと合流し、希望を取り戻して…」

 

「無理…私には無理…」

 

「どうしてそのようなことを仰るのですか?私の噂でお聞きしたローヴェルさんは自信に満ち溢れた方で不可能を可能に変えてしまうともお聞きします。そんなあなたがどうしてそのように悲観的に…」

 

 アミッドの目にはアリーゼがリューを助けたがっているように見えた。

 

 そしてその推測はアリーゼが目を背けたまま言葉を詰まらせていることが正しいと証明して。

 

 アミッドは自らの本音を言葉にしてアリーゼを動かそうとする。

 

 治療師として人として輝夜とライラには立ち直ってもらいたい。

 

 もしリューが迷宮都市(オラリオ)の団結という理想は二人だけでなく迷宮都市(オラリオ)全体の希望になり得る以上、無関心ではいられない。

 

 そんな思いがアミッドを突き動かしていた。

 

 だがアリーゼは首を振って拒絶し続けた。

 

 その挙動にアミッドは思わず発破まで用いてしまう。

 

 だがそれはアリーゼの前向きな決心ではなく後ろ向きな本音を引き出してしまった。

 

 

「無理なのよ!私には無理!!私はリオンにも輝夜にもライラにも希望を届けられない!だって私にはもう希望が分からないんだから!!」

 

 

「…ぇ?」

 

 アミッドはアリーゼの悲痛な叫びに目を見開き、驚きを隠せなくなる。

 

 そこにいたのは少し前までリューの事で明るく振舞っていた仲間達にとってのいつも通りのアリーゼでも噂で知る自らへの自信で満ち溢れた迷宮都市(オラリオ)中の人々が知るアリーゼでもなかった。

 

 

 そこにいたのは自信を完全に失って何かに怯えている誰一人として目の当たりのしたことのない弱さを隠し切れなくなったアリーゼであった。

 

 

「…ええそうよ。私は確かにリオンのために今すぐにでも動きたい。できることがあるなら何でもしたい!」

 

「なら…!」

 

「でも私には何をすべきか分からない!迷宮都市(オラリオ)の団結のために何をすべきか!そもそも迷宮都市(オラリオ)の団結が希望なのかさえ分からない!今の私ではあの時のように間違った希望を示してしまう!だからリオンにも輝夜にもライラにも希望は届けられない…!今の私では…今の私では無理なの!!」

 

「ローヴェル…さん…」

 

 アリーゼの脳裏によぎる『間違った希望』とは今まさにリューが盲目的に追い求める既に崩壊してしまったアリーゼの示したヴィジョンのこと。

 

 あれはアリーゼの七人の大切な仲間達の命を奪った。

 

 あれは今まさにリューを無謀な行動に走らせている。

 

 あれは『間違った希望』としか言いようがないもの。

 

 そのヴィジョンを示したアリーゼは自らの判断を信じられない。

 

 再びリュー達の前に立って希望を届けることに躊躇を覚えずにはいられない。

 

 リュー達のために行動したいという思いは強くてもアリーゼにはどう行動すればいいのか分からないのだ。

 

 その指針が立たずしてアリーゼはリュー達の前には立てない。

 

 リューへの見栄やリュー達に迷いを与えないという心遣い、間違った希望を再び示すことへの恐怖…アリーゼの中では様々な理由がある。

 

 だが少なくとも言えることは今のアリーゼは即座に動こうという決心ができないということであった。

 

 とは言えアリーゼはアミッドの戸惑いを隠せていない反応を見て…自分が流石に取り乱し過ぎたと悟った。

 

 それでアリーゼは小さく咳払いをすると、羞恥心を覚えつつ小声で言った。

 

「…ごめんなさい。取り乱したわ。ともかく…考える時間をちょうだい。今の私ではリオン達の力になるどころか足を引っ張って邪魔するだけの存在になってしまう…それだけは私が許せない」

 

「分かりました。…私も身勝手なことを申し上げました。申し訳ありません」

 

「…いいえ。アミッドが正しいわ。いつもの私なら今すぐにでもリオンを助けるために動けていた。でも今の私にはそれをする決心ができない。…私の心を一回整理しないと動けない私が悪いのよ」

 

「…」

 

 アリーゼの自嘲にアミッドは何の言葉も返すことはできなかった。

 

 そして今のアリーゼにとっては心を整理し考える時間が必要。

 

 アリーゼ自身の言葉からそう理解したアミッドはもうそれ以上何も言わなかった。

 

 アミッドはアリーゼに一礼だけすると、そのまま自らの書斎を立ち去る。

 

 そのためアリーゼはアミッドを引き止めることはなかった。

 

 結果一人書斎に取り残されたアリーゼは…視界を閉ざし瞑想に耽り始める。

 

 アリーゼに今一番必要なのは一人で考えるための瞑想の時間であった。




まず触れるべきはアリーゼさんが目覚めたタイミングですね。
実はアリーゼさんはリューさんが治療院を再度訪問(襲撃)する以前に目覚めていました。
そしてアリーゼさんが先に目覚めていたのであれば、アミッドさんの妙なリューさんへの肩入れもある程度説明ができる。
ただアミッドさんがリューさんに肩入れした原因がアリーゼさんにあるとしてもアリーゼんさんに肩入れした理由が不鮮明なのでこれは今後触れることになります。(マトリョーシカか何かかな?)

あとアリーゼさんに与えられた課題。
それはリューさん・輝夜さん・ライラさんに如何にして如何なる希望を示すか。
迷宮都市(オラリオ)の団結という理想を如何に多くの人々の心を動かし得る希望に変えていくか。
そもそも迷宮都市(オラリオ)の団結という希望自体が正しいのか否か。
実はここら辺リューさんは一切考えずに突っ走ってるんですよね。アリーゼさんが示したんだから絶対正しいという妄信が原因で。
ただ作中で描いた通りアリーゼさんの当初のヴィジョンは崩れているので、アリーゼさんは別のヴィジョンを以て迷宮都市(オラリオ)の団結を為さなければならない。
ただその別のヴィジョンを如何に編み出すのか?
これが非常に難しい。当初は【アストレア・ファミリア】を中核に進めるつもりが、事実上不可能になってます。
この後リューさんは派閥連合を結成しますが、【アストレア・ファミリア】の現状では以前以上に基幹戦力とはなり得ず主導権を握り続けるのは思いの外難しい。何より派閥連合の基盤自体があまりにも貧弱。
ということでアリーゼさんやその他の方々にそれなりにフォローしてもらわないとごく普通に自滅しかねない。
まずリューさんが動くだけで派閥連合が結成されること自体アリーゼさんは後々衝撃を受けることになるんですが!

ともかくアリーゼさんは新たな希望を見つけ出すために迷走を続けることになります。
そしてその迷走が終わった暁には…リューさんと再び並び立てることでしょう。


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迷える正花に女神の加護を

タイトルからお察しですが、第二章の『迷える風に女神の激励を』とつながりの深い一話となります。
ということで女神=アストレア様ですね。

アストレア様はリューさんには判断をこれまで下してきたアリーゼさんがいない状況下で自らの判断に従い行動するようにとリューさんの背中を押しました。
ではアリーゼさんには…?


 アリーゼが目覚めてから丸一日が経った。

 

 ベッドの上で正座をして目を閉じるアリーゼは微動だにもしない。

 

 アリーゼは丸一日ほぼずっと瞑想を続けた。

 

 そんなアリーゼを気遣うようにアミッドは食事を届けに来る時以外はアリーゼのいる書斎に立ち入ることはなく。

 

 アミッドの配慮のお陰でアリーゼは何物にも邪魔されることなく、届けられた食事の存在をも気に掛けずひたすら瞑想に耽った。

 

 そこまでの集中力をアリーゼが発揮したのは、希望を再び見つけ出すため。

 

 輝夜のための希望。

 

 ライラのための希望。

 

 リオンのための希望。

 

 必死に必死に考えて…

 

 いつものアリーゼならば、パッと思い浮かんだ閃きを実行に移そうと動き始めるのだ。

 

 だがその閃きさえもアリーゼには生まれなかった。

 

 いや、生まれてはいる。

 

 だが自らにその閃きのもたらす未来を自問自答せずにはいられなくなり…気付けば雲散霧消している。

 

 その結果が一日に及ぶ瞑想。

 

 アリーゼにとっても初めてであった。

 

 これほど悩み、これほどまでに自らで答えを出せずにいるという事態が発生したことは。

 

 初めてだと認識したアリーゼは、自らが如何に深い絶望に飲み込まれているのか再実感する。

 

 だがリューは一人必死に希望を掴もうと動いている。

 

 だがリューは一人必死に絶望に立ち向かっている。

 

 そう思うと、アリーゼの中には焦燥感と憧れが生まれる。

 

 焦燥感はリューを今すぐにでも助けたいという思いを招き寄せる。

 

 その思いがアリーゼにリューを助けるための過激な行動を追い求め始め、冷静さを何とか保っている自分と衝突する。

 

 憧れはこんな状況でも必死に前へ進もうとしているリューを羨ましくアリーゼに思わせる。

 

 同時にそんな風に行動できるようになったリューには自分は必要ないのではないかというアリーゼに諦めを呼び起こす。

 

 リューの事に考えが至る度にアリーゼの思考は面白いくらいに搔き乱された。

 

 答えが出ない。

 

 希望を見出せない。

 

 アリーゼは一日瞑想を続けたにも関わらずほとんど成果を得ることはなかった。

 

 得た成果と言えば、アリーゼ自身の思考が真っ二つに割れているということ。

 

 一方の思考は絶望に押し負けたとかリューには自分が不要なのではという諦めとか理由は色々あるが、再び希望を取り戻す必要はないという結論を導き出そうとする思考。

 

 もう一方の思考は絶望などに負けたくないという意地とかリューを一人で戦わせたくないという心配とか理由は色々あるが、何が何でも希望を取り戻すべきだという結論を導き出そうとする思考。

 

 双方の思考は正反対の結論を導き出そうとするため、容易に妥協して一つの結論を出すに至れない。

 

 言うなればアリーゼ一人で瞑想して考え込んでも答えはいつまで経っても見つけ出せないという状況に陥っていたのだ。

 

 そしてその状況を覆すのは他者の介入で。

 

 その介入はアリーゼの慕うアストレアによってもたらされることになった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「失礼します。おはようございま…す。ローヴェルさん。…まさか一晩中その体勢のままで…?」

 

「…あら。もう朝なのね?おはよう。アミッド…っていたっ!ちょっとなんでこんなに身体中痛いのよ!」

 

「無理は禁物よ?アリーゼ?アミッドさんから聞いたけど、碌に食事にも手をつけてないそうじゃない?」

 

「それにっ…アストレア様!?どうしてここにっ!?いたたたた!!ちょ…すみません!アストレア様!ちょっと時間ください!」

 

 身体中がほぼ一日硬直していたことによる激痛にベットの上を転げ回るアリーゼ。

 

 どうやら瞑想を続けることに集中していたために痛みを感じることさえ忘れていたらしい。

 

 だがそれをアミッドに声を掛けられたことで集中力を欠き始め…

 

 その上ここに現れることを全く想定していなかった自らの主神であるアストレアの姿を認めてしまったために完全に集中力を失い、結果激痛に今更のようにのたうち回る羽目になったのである。

 

 転げ回るアリーゼにアミッドは困惑した表情を浮かべ、アストレアは穏やかな様子で微笑む。

 

 そうしてアリーゼがようやく痛みに慣れてきた頃にはアミッドは静かに退室しており、アストレアが湯気の漂う粥の乗せられたお盆を手にアリーゼのベットの近くに腰掛けて待ってくれていた。

 

「大丈夫かしら?ならまず体力を取り戻すためにご飯を食べないとね?」

 

「アストレア…様…」

 

「そうね。アミッドさんが言うにはアリーゼの怪我は完治しても、一応は入院する病人。何なら私が食べさせてあげても…」

 

「アストレア様!!」

 

 アリーゼはアストレアの名を叫び、アストレアがこれ以上話を続けようとするのを止めた。

 

 アストレアが無理して振舞っているように思えたから。

 

【深層】での出来事からもう既に一週間が経っている。

 

 仮に本当にリューがアストレアに会っていないとしても、噂なり何なりでアストレアの耳にも何が起きたから入っているはず。

 

 それでいてアストレアは冗談めかしく微笑みまで交えて振舞った。

 

 恐らくはアリーゼがいつ通り振舞い続けやすいようにするための…アリーゼが責任に押し潰されないようにするための心遣い。

 

 アストレアだって今の状況が辛いに決まってるのにアリーゼのことを思ってこのように振舞ってくれた。

 

 自らの慕う主神が自分のことを気遣ってくれるのは素直にアリーゼにとっても嬉しい。

 

 だが今のアリーゼにはそんな気遣いを汲み取っていつも通り振舞う余裕もないし、責任を感じずにいるという甘えを甘受することもできなかった。

 

「…すみません。アストレア様。私今…一杯一杯で…その…」

 

「…いいえ。謝らないで。アリーゼ。誰にだってそういう時はあるわ。神にだって、ね。今回のことは何も話さなくていい。私は知れる限りのことは知っている。だから今は前へ進むための話をしましょう?ね?アリーゼ?」

 

 目を伏せたまま謝るアリーゼの様子をアストレアは深く追及しなかった。

 

 アストレアはアリーゼの視界に映らずとも優しく微笑み、アリーゼを見守る。

 

 アストレアは神だ。だからアリーゼの心境は既に見抜いていたのだろう。

 

 それでいてアストレアはあえてこのように振舞った。

 

 アストレアの行動の意味を察せぬアリーゼではないが、今回ばかりはアストレアの言葉に従うことにした。

 

 アストレアの意に反し、自らを責め立てる言葉を並び立てた所で前へは進めない。それはアリーゼの中でも明白だったからである。

 

「…アストレア様?アストレア様はどれだけの情報を把握してますか?外のことや輝夜、ライラ…そしてリオンのこと」

 

「…アリーゼよりは少し多めに…くらいね。ロキとフレイヤの所はともかく…ギルドの動きがおかしいわ」

 

「私達の戦ったあの怪物が原因ですか?あれだけの脅威…情報を伏せたくもなりますよね」

 

「恐らく。アミッドさんのお陰で何事も起きてないけど…油断は禁物。そしてそれ以上に輝夜とライラのことはアミッドさんから聞いてる。リューのことは噂で知るだけでまだ会えてないわ。」

 

「…どうしてまだリオンに会ってないんですか…?今のリオンは一人で戦っていて…だから!」

 

 アストレアと情報を共有する中で辿り着いたリューの話。

 

 まだリューに会っていないとアストレアは言う。

 

 ただ一人絶望に立ち向かい戦い続けるリューに。

 

 今一番助けが必要だとアリーゼが思うリューに。

 

 本当に理想を本物の希望に変えてしまうかもしれないアリーゼも知らない成長したリューに。

 

 アリーゼの脳裏にあの最悪な未来が呼び起こされる。

 

 

 アストレアさえもリューを支えない未来が。

 

 

 アストレアがリューに未だ会っていないという事実がその未来への道を開いているようにアリーゼには聞こえた。

 

 だから衝動のままにアリーゼはアストレアに尋ねた…いや、咎めた。

 

 どうして今すぐリューを助けようとしないのか、と。

 

 そんなアリーゼの咎めをアストレアは粛々と受け止めた。

 

「アリーゼの意見を先に聞きたいと思ったから。アリーゼがどうしたいか次第で…リュ―の行動は大きく変わってしまうかもしれない。だからリューよりも先にアリーゼに会おうと思ったの」

 

「…っ!!」

 

 アストレアの言葉にアリーゼは何も返答できない。

 

 なぜならアストレアの求める意見をアリーゼは何一つ出せないから。

 

 アリーゼがこれからどうしたいのかの答えがないから。

 

 つまりは咎めたアリーゼ自身がリューを助けるための行動を起こしていなかったから。

 

 アリーゼにはアストレアを咎める資格など全くなかったのだ。

 

 そしてアストレアの言うように『かつてのリュー』ならアリーゼの判断次第でリューの行動が大きく変わるという点には納得したから。

 

 アリーゼはアストレアの判断が状況に変化がなければ全面的に正しかったと理解した。

 

 リューの成長という状況の変化がなければ。

 

 ただその状況の変化をアストレアは知らないし、アリーゼ自身も変化と捉えるのが正しいのかどこまで変化するのか全く捉えられない。

 

 だからアリーゼは根拠を欠く内容を言葉にするのを控えた。

 

 結果アリーゼは返答をできず二人の間に沈黙だけが残る。

 

 するとアストレアは話題を変えるように言った。

 

「…せっかくね。ステイタス…更新しましょうか?」

 

「…はい」

 

 アストレアの唐突な提案。

 

 気まずい沈黙を保つよりはマシ…という考えだけではなかった。

 

 アストレアはアミッドの話とアリーゼの様子から何かを察したのであろう。

 

 だからこのような唐突な提案をした。それを理解したアリーゼは戸惑うことなくその提案に従い、自らの羽織っていた病衣を脱いだ。

 

 そうして粛々とアストレアはアリーゼの背を前にステイタス更新の作業を進めていき…

 

 アストレアがステイタスの写しを作成した所でアストレアはボソリと呟いた。

 

「…偉業を成したのね。アリーゼ」

 

「…はい。せめて仇だけは…取ってきました」

 

「…ランクアップおめでとうと言えることでは…ないわよね」

 

「…そうです。祝われるべき事柄など…何一つ今はありません」

 

 二人の間で短く交わされた会話。

 

 偉業。

 

 仇。

 

 それはアリーゼの大切な仲間達の命を奪ったあの怪物…『ジャガーノート』をアリーゼ自らが討ち果たしたということ。

 

 アストレアがアリーゼの元を訪れる少し前にボールス達リヴィラの冒険者が発見しアストレアに伝えた大量の灰の山はアリーゼが『ジャガーノート』を討ち果たすことによって生み出したものだったのだ。

 

 その経緯を察していたアストレアはアリーゼから話を切り出させる前に先手を打つようにステイタス更新を提案していたのだ。

 

 

 そして『ジャガーノート』の単独討伐は偉業に他ならなかった。

 

 

 偉業を成した結果アリーゼはランクアップし、Lv.4からLv.5へと昇格を果たしたのである。

 

 だが二人にとって祝うべき事柄とできないのは仕方がなかった。

 

 二人とも大切な眷族と仲間を失ったばかり。

 

 アリーゼからすればあの怪物の討伐に成功するならあのタイミングではなく仲間達が命を落とす前に果たすべき事柄であった。

 

 機を逃した後に果たした討伐など偉業とはアリーゼ自身が認められない。

 

 そしてアストレアにはアストレアの事情があり、その事情は言葉も添えられずに後方からアリーゼへと差し出されたステイタスの写しが示していた。

 

「…何…ですか?これは…私は…何を発現したんですか?」

 

 アリーゼは一通りステイタスの写しに目を通した末に声を震わせる。

 

 その一枚の写しはアリーゼに写しを取り落とさせるほどの戦慄を与えた。

 

 

 

 

 アリーゼ・ローヴェル Lv.5

 

 力 :I 0

 

 耐久:I 0

 

 器用:I 0

 

 敏捷:I 0

 

 魔力:I 0

 

 

《魔法》

 

【アガリス・アルヴェシンス】

 ・付加魔法(エンチャント)

 ・炎属性。

 

【ポテンティアーレ・エグゼーセス】

 ・分身魔法。

 

《スキル》

 

正華紅咲(ルブルード・べギア)

 

 

 

「分身魔法…アリーゼの迷いを体現するかの如く発現した…のだと思う。今のアリーゼの心は分身魔法で分裂したのかのように相反する考えに真っ二つに引き裂かれている」

 

「…一日悩んでも答えが出ないくらいですもんね…こんな魔法が発現しても仕方ない…そういうことですか」

 

 アストレアの説明にアリーゼは自嘲するような声で答える。

 

 そしてその流れのままアストレアに背を向けたままアリーゼは自らの心境を吐露し始めた。

 

「アストレア様…私怖いんです。別にこんな魔法が発現したこととか…そういう私自身のことはどうでもいいんです。私は生きてます。それだけで私はどれだけ恵まれているか。私にはどれだけの可能性が与えられているか。私はそういう意味では絶望を感じてはいません」

 

「…」

 

「でもっ…私はどの可能性を選び取ればいいのか…どの希望を選べばいいのか分かりません…考えても考えても分からないんです!」

 

「…」

 

 アリーゼの悲痛な吐露をアストレアは受け止めるだけで何も言わない。

 

 アリーゼの表情を伺うこともアリーゼを慰めるように触れることもしない。

 

 ただただアリーゼの吐露を受け止めるだけ。

 

 その意味がアリーゼ自身が判断しなければならないと暗に告げているのはアリーゼも薄々分かっている。

 

 だとしてもアリーゼはアストレアに知ってもらいたいと思った。

 

 だからアリーゼは叫び続ける。

 

「リオンは今必死に希望を掴み取ろうと戦っている!なら私もリオンと共に戦わなきゃいけない!でも今の私にはリオンと同じ希望を見れない!リオンに新しい希望を示すこともできない!」

 

「…」

 

「それにリオンは…今変わってるんです…ライラに触れられるようになったんです。お姫様抱っこまでできるようになったんです…それだけでなくボールス達リヴィラの冒険者達の力まで借りられた…凄くないですか?リオンがそんなに成長してくれたと思うと嬉しくて…今のリオンはもう私やアストレア様の知るリオンではありません」

 

 アリーゼはリューの変化をまるで自らのことを誇るように嬉しそうに語る。

 

 だがその変化がアリーゼにもたらしたのは当然嬉しさと誇らしさだけではなくて。

 

「でもその変化を強いたのは私の判断と押しつけがましい偽善です…だから私がリオンのそばに戻っていいのか分からないんです!私がリオンのそばにいない方がリオンはより羽ばたけるのかもしれない!なら…私はいない方がいい」

 

「…」

 

「…アストレア様?私はリオンのために何をすべきなのか…それだけが知りたいんです。こんな私はリオンのそばにいることが許されるのでしょうか?こんな私はリオンのためにいなくなった方がいいのでしょうか?その答えを出せずリオンのために行動することができていない私自身に…私は一番絶望しています」

 

 アリーゼの頭の中にあくまで中心を占めるはリューのこと。

 

 そしてリューのために何をすべきか見出した先にアリーゼの欲する全てのことの答えがあると考えていた。

 

 輝夜のこともライラのことも迷宮都市(オラリオ)のことも。

 

 皆リューのために何をすべきかアリーゼが決めた先に道が見えてくる。

 

 だからその判断ができないアリーゼ自身がアリーゼは憎かった。

 

 アリーゼに絶望をもたらすのは自らの置かれた苦しい状況ではなく迷い続ける自分自身だった。

 

 アリーゼは自らの絶望の抱く絶望を語るとこれ以上吐露すべき事柄を失ったためそのまま口を閉ざす。

 

 アストレアはアリーゼの吐露が終わってからも何も言わない。

 

 アストレアは決して答えを示してくれることはない。それをアリーゼは理解している。

 

 アリーゼが吐露したのもアストレアにありのままの自らの考えを知ってもらい、その上でアリーゼ自らの今出せる最大限の答えを示すため。

 

 そのアリーゼの考えをアストレアは見抜いているからこそ何も言わないというのもまた事実であった。

 

 そんなアストレアの配慮をアリーゼは察しつつ…アストレアに呟いた。

 

「…私にはまだ答えが出せません。希望を示せません。だから…私は迷い続けなくてはならないのだと思います。答えを…希望を見つけ出すために。そしてその私が迷い続けている間私がリオンの歩む道の邪魔になってはならないとも思います」

 

「…私はどうすればあなたの力になれる?」

 

「私の意識が戻ったことはリオンに伝えないでください。…取り乱した私の姿をリオンに見られたくありませんし、恐らく今の私がリオンに会ってもリオンの覚悟を乱すだけです」

 

「…いいのかしら?アリーゼは本当にそれで」

 

「もうリオンには数えきれないほどの罪を犯しました。私はもはや後には退けません。リオンの邪魔にならないためになら…リオンを騙すという罪も重ねましょう」

 

「あとは何かある?」

 

「希望を掴み取ろうとするリオンの背中を支えてあげて欲しいです。…今の私ではリオンの支えにはなれないので。今の私は自らの道を突き進むリオンを心の中で応援することしかできません。だから…せめてアストレア様はリオンのそばに」

 

「分かったわ。私のできることをする。アリーゼもリューのために輝夜のためにライラのために…そしてアリーゼ自身のために懸命に悩みなさい」

 

「はい。アストレア様」

 

 アリーゼの下した今出せる最大限の答えをアストレアは何も反論せず受け入れた。

 

 ある意味それが唯一無二の答えだとアリーゼもアストレアも理解していたからである。

 

 

 迷い続ける。

 

 

 言葉にすれば短いが、途方もない苦難が伴う行い。

 

 いつの日か彼女達【アストレア・ファミリア】の司る正義の本質をアリーゼもリューもそう捉えていた。

 

 そしてその迷い続けた先には絶対的ではなくとも辿り着くことができる答えが存在する。

 

 リューはほとんどその答えへと至る道を見出し、歩き始める準備を始めている。

 

 アリーゼはその道を探し続ける最中。

 

 アリーゼとリュ―の道が重なるか否か…そもそもアリーゼがその道を見出すことができるか否かが分かるのはまだ先の話である。




アリーゼさんの発現した分身魔法【ポテンティアーレ・エグゼーセス】…
魔法の名前を考えるだけで尋常ではないほどの時間を浪費しましたね…!(白目)
作者的にはアリーゼさんの迷いが魔法として発現させたいという考えがあっただけなのに!
…まぁ色々容易に察せますが、独自色はばっちり出していくので。

あと今回でなぜ二章があのような流れになったかの裏事情が説明できましたね。
要はリューさんはある意味周囲の思い通りにある程度踊らされてた訳です。
リューさんの深読みができない残念具合は相変わらず…ということで。


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風吹きて正花は芽吹く

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迷宮都市(オラリオ)の…団結。アリーゼは確かに言っていました。迷宮都市(オラリオ)が団結して共闘することを望んでいました。…そうです。これこそがアリーゼの希望。輝夜とライラの希望。そうです…そうです!これを実現すればっ…アリーゼの輝夜もライラも希望を取り戻せるっ!これです!【戦場の聖女(デア・セイント)】!ようやく分かりました!私が成し遂げるべきは迷宮都市(オラリオ)の団結です!』

 

 希望を溢れさせんばかりの興奮に満ちた声でリューはそう叫ぶ。

 

 これはリュ―の中ではアミッドに贈られた言葉だった。

 

 だが実はそばで密かに耳を傾けているアリーゼの元にもきちんと届いていて。

 

 リューの語る理想は…アミッドの心だけでなくアリーゼの心をも揺り動かした。

 

 

 リューは本気で迷宮都市(オラリオ)の団結を考え始めた。

 

 

 そうアリーゼは知った。

 

 アリーゼの想定とは違いリューはそこまで思考が及んでいなかった。その上にアリーゼが以前漏らしてしまった内容に合わせてアミッドがリューを完全に誘導していたと言わざるを得ない。

 

 …アリーゼとしては成長したと思っていたリューが意外と変わっていないことに安心感と残念さを感じつつも。

 

 リューが理想に向かって走り出したことには変わりはない。

 

 リューの奮起を知ったアリーゼが…どうしてこれ以上立ち止まったままでいられるだろうか?

 

『まだ私には迷宮都市(オラリオ)をどうすれば団結に導けるか…その具体的な方法は分かりません。ですが団結へと向けた行動を始めるための当てはあります。なので私を信じお待ち頂けませんか?』

 

 リューにはまだ理想は語れても周囲に希望として心の支えにする段階にまで考えを発展させることはできていない。

 

 だからリューは自らを信じ、待っていて欲しいと説く。

 

 その言葉もまたアミッドだけでなくアリーゼにも届いてる。

 

 具体的な方法を自らの力で見つけ出さんとするリューの覚悟はアリーゼにリューの成長を感じさせた。

 

 信じて待って欲しいと頼むリューの自信はアリーゼに期待と安心感を与えた。

 

 リューの覚悟と自信のこもった言葉にアリーゼはとうとう自らの取るべき行動に結論を導き出すことができた。

 

『そのお言葉が聞けて嬉しいです。では…最後にアリーゼの姿を目に焼き付けてから、そろそろ帰らせて頂きたいと思います。【戦場の聖女(デア・セイント)】。色々とご迷惑もお掛けしましたが、これからよろしくお願いします。希望を取り戻すため…共に戦いましょう』

 

 リューとアリーゼはこんなにも近くにいるのに結局会話は交わすことはできなかった。

 

 アリーゼは自らの身勝手だと捉える都合と成長を続けるリューへの配慮で寝たふりを続けるしかない。

 

 リューはアリーゼ達のために決めた覚悟とアリーゼの体調への配慮で無言のままアリーゼを見つめるしかない。

 

 だが二人の心は今や完全に通じ合っていた。

 

【深層】の時と同じでリューの切実な自らの仲間を思いやる言葉の数々のお陰で。

 

 

 リューとアリーゼは希望を取り戻すために共に戦う。

 

 

 その覚悟が共有された今もはやリューとアリーゼの行動を遮るものなどもはや完全に消え去った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「全く…図られたわ。アミッドにも…そしてアストレア様にも」

 

「私は後悔はしてません。こうしてリオンさんもローヴェルさんも立ち上がろうとしている…そのために少しでもお力になれたなら人として本望というもの。リオンさんにもお伝えした通り私達【ディアンケヒト・ファミリア】は【アストレア・ファミリア】と共に手を携え、希望を取り戻すために力を尽くしましょう」

 

「私も、よ。みんなを支えて迷宮都市(オラリオ)を団結に導くことで希望を取り戻す。簡単ではないけど…私は素敵な一つの希望だと思う。それにリューの背中を押して欲しいと頼んだのはアリーゼだったわよね?」

 

「それはそうですけど…だからって私の元に連れて来るなんて…完全に想定外でした」

 

 アリーゼは頬を膨らませて悔しそうにアミッドとアストレアに愚痴を垂れる。

 

 リューがよりにもよって自らの元を訪ねてくるとは聞いてない上にそこでリューが自らの覚悟の語りを聞かされるなどアリーゼ自身の言う通り完全に想定外だった。

 

 ただそのリューの覚悟を聞いてみたいと本心では思っていたアリーゼは朗らかな表情を浮かべており、垂れる愚痴は半分は軽口のようなもの。

 

 それが分かっているため、アミッドもアストレアもアリーゼに何も伝えずに事を起こしたことへの謝罪は一切口にしない。

 

 代わりにアミッドはリューの前でも告げた覚悟を繰り返し、アストレアは嬉しそうに微笑みと共にリューの見出した希望を称える。

 

 そして二人の話を聞くアリーゼはと言うと…もう既に動き始めていた。

 

 というか既に居ても立っても居られなくなっていたアリーゼはリューが退室した直後にベッドからはとうの昔に這い出て、病衣からの着替えも済ませていた。

 

 言うまでもなく退院の準備を整え、治療院の外へと繰り出すためである。

 

「アリーゼ?意気込みは万端なのは見れば分かるけど、念のためこれからどうするか聞いてもいいかしら?」

 

「リオンには自らの道を進んでもらいたいと思います。…リオンは自らの力で希望を見出そうとしている…なら私は邪魔をしません。何よりリオンの見出した希望はあくまでリオンのもの。…私と一緒かどうかはまだ分かりません。リオンよりは遅れてになりますが、私は私自身の希望を見つけ出したいと思います」

 

「分かったわ。それで輝夜とライラには?」

 

「二人のことはアミッド?リオンも頼んでくれてたけど、私からもお願い。今の私とリオンではまだ輝夜とライラを動かすだけの希望は示せない。もうしばらく時間が欲しいの」

 

「お任せを。ローヴェルさんもまた後顧の憂いなく自らの希望を見つけ出すことに専念してください。あなたなら…必ず希望を見つけ出すことができると信じています」

 

「ありがと。アミッドにそう言ってもらえるなら、きっと私は大丈夫ね!私は希望を見つけられる!うん!大丈夫ね!きっと!」

 

 アリーゼはアストレアの問いに答えると共にアミッドにリューとの同じように輝夜とライラのことを頼む。

 

 その頼みをアミッドは即座快諾すると共にアリーゼへと激励の言葉を贈る。

 

 アリーゼは眩しいと言っても過言ではない笑顔と共に根拠のない自信を宣いつつアミッドの激励に応じた。

 

 もう悩んでばかりで前に進めなくなってしまっていたアリーゼはいない。

 

 そこにいるアリーゼは間違いなくこれまで通りの自信に満ち溢れ、周囲に笑顔を振りまくアリーゼであった。

 

「ただ治療院を出ると言っても色々と問題があるのでちょっと策を講じようと思います!」

 

「リオンさんに気付かれてもなりませんし、ギルドがローヴェルさん達の身柄を押さえようと躍起になっていることですし…」

 

「何よりついさっきリューが勢いでちょっとした騒ぎも起こしたものね」

 

「…アストレア様?もうちょっと穏便になるようにはできなかったんですか?」

 

「リュ―の闘志に火をつけようとしたら…ちょっと油を注ぎ過ぎたみたいね」

 

「アストレア様ぁ…」

 

 アストレアが肩をすくめて苦笑してお転婆っぷりを発揮するのを見て、アリーゼは釣られるように苦笑いを浮かべる。

 

 確かに背中を押して欲しいとアストレアには頼んだものの、暴走まで招いてはアリーゼの眼から見てもやり過ぎ…という訳である。

 

 それはともかくとしてアリーゼが治療院を出るのに策が必要だと述べた理由はアミッドとアストレアが述べた通り。

 

 一つは希望を見つけ出すために動き出したリューや『ジャガーノート』の一件で警戒を抱いているのであろうギルドにアリーゼが治療院を出たことを知られないため。

 

 そしてもう一つはその治療院がリューが直前にアミッドの元を訪問…というよりは半分襲撃状態だったせいでギルドは当然としてあまりに多くの人々の注目を集めてしまっているため。

 

 そのため何の策も講じずに治療院を出ることは不可能になってしまったという訳である。

 

 その対処策としてアリーゼはとっておきの秘策を考えてあったのだ。

 

 

「ということでこの際私の先日発現した分身魔法を使ってみたいと思います!ちょっと待ってくださいね…」

 

 

 アリーゼが宣言したのは分身魔法の使用。

 

 そして分身魔法をどのように用いるかは見てのお楽しみとばかりに、アリーゼはノリノリで二人の返事を聞く前に準備を始める。

 

 深呼吸を数度繰り返した後アリーゼは目を閉じ静かに詠唱を唱え始めた。

 

「【数多の星々よ。無数に示されし可能性よ。どうか女神の名の下に星乙女達へ光を賜え。我らに輝きを絶やさぬ光を賜え。届けるは我が胸の希望。目指すは愛しき者の理想。希望を紡ぎ、理想へ繋げよ。希望と理想は何時も共にあり。全ては無数の可能性の示すがままに。どうか我らに幸ある可能性を】」

 

 

「【ポテンティアーレ・エグゼーセス】」

 

 

 詠唱完了。

 

 その瞬間ホッと息を吐くアリーゼ。

 

 ただその吐かれた息は一人分ではなくなっていた。

 

「ローヴェルさんが…一、二、三、四…」

 

「…十一人?しかも…全員に私の授けた恩恵を感じる…」

 

 吐かれた息は何と十一人分。

 

 アミッドとアストレアの前には詠唱を唱えていたアリーゼを中心に十人の分身達が並び立っていた。

 

 そうして十一人のアリーゼは口々に話し始めた。

 

「凄いじゃないですか!?分身は分身でも十人の分身ですよ!」

 

「まぁ詠唱を唱えた私自身以外はどうやら恩恵は持ってても、力具合から考えるにLv.1相当なんですよね~」

 

「殴っただけで下手すると消えますし、私自身以外はちょっと弱すぎかなーとは思いますけど」

 

「でも私自身には痛みがない上に私自身のステイタスは変わってないらしいって言うのが結構使い勝手良さそうです!」

 

精神力(マインド)の消費量が馬鹿にならないのが玉に瑕で私自身とか最初試した時は倒れそうだったんですけど…」

 

「分身が私の元に戻ったら精神力(マインド)も回復するみたいで!さらにどうやら分身の記憶も私自身の元に届く感じみたいです」

 

「まだ研究は必要ですけど、この魔法が発現して良かったと私は思います」

 

「私がどの可能性を選び取ればいいのか分からないなら、この分身の私達の力を借りて全部の可能性を選び取ってしまえばいい」

 

「それができずとも身体の数が十一倍になればやれることも大体十一倍!最高じゃないですか!」

 

「この魔法の力を借りたら、希望を見つけ出すのも難しくないかもしれない。この魔法の力を借りたら、リオンの力になれるかもしれない」

 

「それもこれも私のリオンへの愛の深さのお陰だと思うんです!流石私!」

 

 

「「「「「「フフーン!!」」」」」

 

 

「「…」」

 

 上機嫌に口々に話し続ける十一人のアリーゼ。

 

 …流石に一人でも騒がしいアリーゼが十一人も集まると騒がしさも鬱陶しさも十一倍で。

 

 十一人のアリーゼを前にしたアミッドとアストレアは説明を聞いているという名目が立つとはいえ、あまり良くない意味で黙り込んでしまう。

 

 一方のアリーゼはというと持ち前の好奇心というか前向きさでこの新しく発現した魔法に興味津々な上にその有用性も早々に見抜いていた。

 

 そのためその有用性を生かして早速活動していこう。そう言う訳であった。

 

「で、話を戻すと私はこの魔法の研究がてらに分身した状態で治療院を出ます。もちろん時間をずらして変装もした上で、ですけど」

 

「第一にその過程で追手がつくか否かが懸念すべき点ですね。ギルドかそれとも他の派閥か…その辺りも確認が必要そうです」

 

「そのついでに分身の制限時間や分身の行動範囲などを検証します。その辺りはここだけでは難しかったので」

 

「ちなみに言うと分身の一人は治療院に残したいんだけど、アミッド問題ないかしら?念のためリオンが私に会いたくなっちゃったとかあった時にいないだとまずいだろうから、念のためね。もし消えちゃったら代わりの分身を送るか私自身が戻るかするけど」

 

「…もちろん…構いません」

 

「そうありがと。助かるわ。残り十人はその後は迷宮都市(オラリオ)を自分の目できちんと改めて見つめ直したいと思います」

 

「二十の私の目と耳を用いて迷宮都市(オラリオ)の状況を見極めて…そこに希望があるのか確かめます」

 

「一緒にリオンの力になれるように情報収集とか色々動けたら尚良し。一人だけだとできることは少ないけど、十人の私なら何とかなりそうね!」

 

「十人もいるんだから数人リオンの護衛に付けるのはどうかしら?」

 

「ダメよ!リオンに気付かれたら、私自身でもない限り簡単に気付かれるわ!迷惑になるだけよ!」

 

「じゃあ私自ら行けば…」

 

「「「「「それはダメ!本人だからってズルい!!」」」」」

 

「どーして分身のあんた達が本人である私に逆らってる訳!?」

 

 今後の先行きを説明していたはずが、十一人のアリーゼはリューを巡ってギャーギャーと喚き争い始める。

 

 …そんな喧騒を前にアミッドとアストレアだけが取り残される羽目になっていた。

 

「…凄いですね。ローヴェルさん。いつもこんな調子なのですか?」

 

「いつもはアリーゼ一人だけど…まぁみんなの前だといつもはこんな調子だったわね」

 

「ならば…ローヴェルさんは本調子をお取戻しになった、と。私が以前で噂でお聞きし、リオンさんだけでなく迷宮都市(オラリオ)にまでも希望をもたらしていた『アリーゼ・ローヴェル』さんが」

 

「そこまでは分からない。けれど…私はそうだと信じたい。アリーゼはここに希望を取り戻すために、立ち上がったと」

 

 アミッドは十一人のアリーゼに期待の籠った眼差しを真剣な表情で向ける。

 

 アストレアは十一人のアリーゼに信頼を宿した眼差しを優しい微笑みと共に向ける。

 

 アリーゼの前にあるのは数多の可能性。

 

 その可能性をアリーゼは分身達と共にこれから探っていくことになる。

 

 アストレアの宣言通り。

 

 

 希望を届ける『アリーゼ・ローヴェル』はここに立ち上がった。




アリーゼさん×十一人というヤバい光景。
…リューさん色んな意味で詰みましたし、アリーゼさんは周囲的にとっても尋常ではないほどの脅威ですね!()
とりあえずやかましい&うざい&鬱陶しいの三コンボ。
リューさんは十一人のアリーゼさんに骨の髄まで美味しく頂かれますね。そのシーンを書くのがマジで待ち遠しい…(笑)

とりあえず詠唱文の作成の仕方がさっぱりなので、適当です。もしかしたら今後修正するかもですが、正直詠唱文には興味ないので修正もないかもです。
あと大体の魔法の特徴でお察しですが、【ポテンティアーレ・エグゼーセス】はうずまきナルトの多重影分身の術をベースにしてます。(まぁ原作前漢読んだ訳でもない俄かの身ですが)
ベースではダンまちで精神力に相当すると推察されるチャクラは均等に配分らしいですが、ダンまちは数より質の世界なので本人の質は維持したままで数の方は最低限の質という設定にしました。…というのは現状でアリーゼさんの把握する限りではですが。

事実上のチート魔法です。
仕方ないじゃないですか…今作のテーマ的にオッタルやフィンさんを相手取る可能性があるんですよ?チート魔法の一つもないと対抗できません…
まぁ実際はチート魔法に頼らずとも対抗する方向で原則進めた上でチート魔法でさらに畳みかけるのですが。


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第五章 混迷の迷宮都市編
風に動かされし者達は動き出す


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毎週木曜日投稿なのに気付いたら一日ズレて設定してました…
一日遅れて申し訳ありません。
来週からは木曜日投稿に戻ります。


 裏でアリーゼが動き出し、彼女達を見守る主神達も自らの眷族を支えるべく動き出す中で。

 

 結成から三日を経た派閥連合もまた本格的な活動へと動き始めていた。

 

「団長!【疾風】さん!西地区の巡回を終えた団員からの報告です!闇派閥(イヴィルス)の襲撃もなく至って平穏。引継ぎを行い、本拠へ帰還する、とのことです」

 

「了解した。報告ご苦労だった」

 

「報告ありがとうございます。ご苦労様でした。引継ぎが済み次第ゆっくりお休みになるようお伝えください」

 

「ははっ!」

 

【ガネーシャ・ファミリア】の団員の報告を聞き届けるリューとシャクティ。

 

 リューは【ガネーシャ・ファミリア】本拠『アイアム・ガネーシャ』の中に設けてもらった指揮所を拠点に派閥連合の指導者としての活動を開始していた。

 

 その活動の一環としてリューはシャクティと共に迷宮都市(オラリオ)の地図と対峙し、正午前後の引継ぎの時間帯であるが故に次々と飛び込んでくる報告の情報を整理していた。

 

「これであとの報告のない地区はダイダロス通りの区画とダンジョンのみ…ですか?あと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の本拠の周囲の報告は…」

 

「…いや、ダンジョンを監視しているボールス達はともかくダイダロス通りには我々も巡回する団員を配置していないぞ?あとあの二派閥の本拠の周囲はその二派閥が巡回を担当してるから何かあれば我々にも何かしら情報が入るはずだ」

 

「…はい?なぜです?都市二大派閥の本拠の周囲に関してはまだ理解しても…ダイダロス通りも同じ迷宮都市(オラリオ)の中。巡回が不要な訳…」

 

「リオン。無茶を言うな。あのダンジョンにも負けず劣らず迷宮の如きダイダロス通りの巡回を恒常的に実施するとなると膨大な人員が必要になる。正直そんな余裕我々には一度たりとも与えられたことはない。…ただでさえ人員が不足していると言うのに…」

 

「…」

 

 シャクティの呆れを含む呟きにリューは閉口する他ない。

 

 ダイダロス通りの巡回に必要な人員の余裕など存在しない。それはリューが知らなかっただけで今更な厳然たる事実。

 

 活動開始日の今日初めてリューが知る現状も少なくない。

 

 そんな現状を知らされるたびにリューはシャクティに質問を飛ばし、現実を知り、そして沈黙する。

 

 リューはこれまで巡回をする側で指示を受け取る側。

 

 巡回を指揮し指示を送る側になったからこそ初めて知る事実の数々は悲惨としか言いようがなかった。

 

 この事実を知って行動していたであろうアリーゼや輝夜、ライラが希望を失う理由も分からなくもない…そう早々にリューが結論付けられるほどの惨状だとリューにも思えた。

 

 だがそんな過酷な状況を打開するのがリューの役割。

 

 だがそんな彼女達の希望を取り戻すのがリューの役割。

 

 そう心に決めるリューは厳然たる事実に打ちのめされながらも、それでも報告と向き合い指示を出すべく思考を巡らせる。

 

「…恒常的な巡回が無理だとしてもダイダロス通りには目を光らせておくべきかと。私達の巡回がないということはそれだけ闇派閥(イヴィルス)も潜伏しやすいということ。警戒が必要です」

 

「その点はアンドロメダに聞いてみるといいかもしれん。【ヘルメス・ファミリア】はダイダロス通りにも情報網を張ってるはずだ。何かあれば報告があるはず。それに現状でも得ている情報をリオンが知るのは良いことかもしれんな」

 

「分かりました。次にアンドロメダにお会いするときに話をお聞きしておきます」

 

 派閥連合の指導者として活動を開始したリューにとって一番の問題点は指導者としての経験と知識の欠如。

 

 三日前までは【アストレア・ファミリア】の一団員に過ぎず団長でさえなかったリューが唐突に指揮を任されても簡単に上手くいくはずもなく。

 

 その補佐のためにシャクティがいる訳ではあるし、リュー自身経験と知識を吸収しようという強い意志をこの短時間の間にも旺盛に示していた。

 

 その点補佐するシャクティとしては安心なのだが、リューのその強い意志がまた問題になることもあった。

 

 リューは地図と共に参考資料として提供されていた巡回に携わる【ガネーシャ・ファミリア】の団員の名簿に目を通しつつ呟く。

 

「それにしても一区画あたりの巡回の人数が少なすぎませんか?これでは闇派閥(イヴィルス)の襲撃の情報を掴むことはできても対処が難しいのでは…」

 

「それは…だな。【アストレア・ファミリア】の担当区画まで我々が受け持つようになってより余裕がなくなったせいでな…」

 

「…ぅ。…面目ありません。せめて私だけでも巡回に協力をっ…!」

 

「馬鹿を言うな!リオン!何度も言うが、お前はこの派閥連合の指導者なんだぞ!軽率に動こうとせず泰然と構えろ!巡回のような役割は我々【ガネーシャ・ファミリア】の団員が引き受ける。…面目ないのは私達の方だ。ずっとお前達に頼り切って…どれだけ我々が力不足だったのか…実感が足りていなかった」

 

「シャクティ…」

 

 シャクティの制止にリューも身動きを止める。それだけでなくシャクティの自嘲にリューは心を痛めずにはいられない。

 

 リューの問題とは何かあるとじっとしていられず、すぐに指揮所を飛び出そうとしてしまうこと。

 

 シャクティが諫めて押し留めること既に三度目である。

 

 一度目は巡回の報告に出た小さな事件への対処に動こうとしたこと。

 

 二度目はある事情でギルドへ向かおうとしたこと。

 

 三度目も含めてどれもシャクティの言う通り派閥連合の指導者の関わるべき事柄ではない。

 

 だがリューはどうにも自重ができない。

 

 責任感が強いと言えば聞こえはいいが、まだまだ派閥連合の指導者としての自覚が欠如していると評価した方が正しいのかもしれない。

 

 とは言え一方のシャクティもリューを諫めながらも自責の念を感じずにはいられなかった。

 

 リューに指摘された通り一区画辺りの巡回に投入する冒険者の数が少なすぎる。

 

 その原因は治安を守るためにどの派閥よりも献身しどの派閥よりも血を流してきた【ガネーシャ・ファミリア】の著しい戦力の低下にある。

 

 だがそれならば派閥連合結成前からほぼ状況は変わっていない以上、巡回に支障は出ないはず。

 

 なら何が問題か。

 

 …それは【アストレア・ファミリア】の事実上の壊滅が何よりも響いていた。

 

【アストレア・ファミリア】は【ガネーシャ・ファミリア】と共に巡回を担当し…その【ガネーシャ・ファミリア】にも決して見劣りしない少数精鋭で少なくない数の地区の巡回を担っていた。それこそ人員数に見合わぬほど多い地区数を。

 

 そんな【アストレア・ファミリア】が壊滅してしまったことでこれまで彼女達が担っていた負担が全て【ガネーシャ・ファミリア】に圧し掛かるようになり…

 

 そして破綻に程近い状況に陥った。

 

 その状況はシャクティに如何に自らがリュー達に頼り切っていたかを実感させるものであったため、苦々しい思いを味合わずにはいられなかったのである。

 

 そうしてリューもシャクティも自らの無力感に苛まれ沈み込んでしまう。

 

 そんな時空気を一変させてくれる人物がノックもせずに指揮所へと現れた。

 

「やぁ。リューちゃん。シャクティちゃん。派閥連合の指揮。精が出るね」

 

「…神ヘルメスですか?」

 

「ノックもなしにいきなり…」

 

「おいおいシャクティちゃん。そんな警戒しないでくれ。俺も報告に来たのさ。それにガネーシャの眷族の許可はちゃんと取ってある。アストレアやガネーシャと話を昨日したことだし、色々と進行具合を、ね?」

 

 突然姿を現したのはヘルメスであった。

 

 あまりに突然であったためリューは目を丸くし、シャクティは許可なく立ち入ったのではと警戒を示す。

 

 そんな二人にヘルメスは飄々としつつ報告があると口にする。

 

 それは全く偽りもない事実であった。

 

「まず一つ目はうちのアスフィからの報告だ。今の所うちの情報網に引っかかった情報はなし。闇派閥(イヴィルス)も支援してる商会も不気味なくらいに動きがない」

 

「…襲撃がないのは喜ばしいが…確かに神ヘルメスの言う通り不気味だな」

 

「同感です。確かに闇派閥(イヴィルス)にも多大な犠牲は出ていて弱体化しているとは言え…もうあれから二週間近く行動を掴めていないのは気になります」

 

「戦力を温存しているのか…それとも大規模な策動の準備中か…はてさて連中も何を考えていることやら」

 

 最初に触れられたのは闇派閥(イヴィルス)の動き。

 

【ヘルメス・ファミリア】の情報網にも何も情報が引っかからないという状況は言葉通り不気味。

 

 リューもシャクティも警戒と若干の不安で目を細め、ヘルメスも予測もつかないとばかりに肩をすくめる。

 

 ただ何の情報もない闇派閥(イヴィルス)に関して考え込んでも不毛とばかりにリューは早々に話を転換した。

 

「分かりました。アンドロメダには今後も情報収集をお頼みしますとお伝えください。あとアンドロメダからは色々とお話を伺いたいです。近いうちに会う機会を設けて頂けると助かるともお伝えください。アンドロメダの力を是非ともお借りしたい事柄があるのです」

 

「リューちゃんがアスフィと話したい?そうか…そうかそうか。了解だ。必ずアスフィに伝えておくよ。アスフィもきっとすごく喜んでくれるぜ?」

 

「…?」

 

 ヘルメスのアスフィがリューの会いたいという伝言にすごく喜んでくれるという言葉にリューは首を傾げるしかない。

 

 リューとしては単にダイダロス通りの情報を欲しただけだったのだから。

 

 ただヘルメスは早々に情報網の維持の徹底のために自らの寝る間を惜しんで東奔西走するアスフィを知っている。

 

 アスフィはリューには自らの苦労を冗談として語ることもあるが、本当に自らが望んで受け止める苦労は決して冗談などには用いない。

 

 だから案外リューはアスフィの陰での本当の努力を知らなかったり。

 

 そんなアスフィには激励とアスフィを頼りに思っていることが分かるリューの言葉が何物よりも力になるとヘルメスは考え、その言葉をリュー自身の口から聞くことができたことを喜ばしく思ってそう口にしたのであった。

 

 そして無意識に激励や信頼の言葉を贈れるリューにヘルメスは密かに指導者の卵としての素質を見出し、今後を楽しみに思う気持ちもあったり。

 

 それはともかくと、ヘルメスは思考を切り替える。

 

「さてアスフィのことはともかく次はギルドに関してだ。ガネーシャがさっきギルドへ向かい、派閥連合の結成を報告したと連絡を受けた。結果がどうなったか聞いてもいいかな?」

 

「その点に関しては神ガネーシャからお話を伺っているのでお話ししましょう。シャクティ?神ヘルメスに話しても問題ありませんよね?」

 

「もちろんだ。リオン」

 

 ヘルメスは今度はギルドに関する情報を求め、リューはシャクティの承諾を受けて事前にガネーシャから受けた報告を話し始めた。

 

「派閥連合の結成はギルドの承認を受けました。ただしギルド長ロイマンにギルドの指揮に従うように厳重に指示されたそうです」

 

「まぁそう出るよなぁ…あとはウラノスは何と?」

 

「面会できなかったとのことです。ただしギルド長の様子から相当な厳命が神ウラノスから下っている可能性があると神ガネーシャは推測なさっていました」

 

「ただでさえロキもフレイヤがギルドの指示通りに動かないのに今回の派閥連合の結成でさらに大派閥が指示に従わない可能性が生まれたら、そう出るよなぁ…それで?リューちゃんとしてはどう動くつもりなんだい?」

 

「…できればギルドと協調を。ですが私にこればかりは決定権はないと考えています。各派閥の皆さんのご意見次第です」

 

 ヘルメスの問いにリューの歯切れは唐突に悪くなる。

 

 リューは元よりギルドとの協調を考えていたはずなのに、なぜかその考えを強く主張することもしない。

 

 その原因はシャクティの方が説明した。

 

「…実は【アストレア・ファミリア】に関してもガネーシャは確認を取ったのですが、身柄を拘束し事情を聴取する必要があるの一点張りだったそうです」

 

「…リューちゃんの仲間達の命を奪ったっていうモンスターに関してか」

 

「…恐らく。それだけの脅威だったことは私も話から重々理解し、最悪の場合口封じを目論む可能性があるとも考えられます。そのためリオンをギルドに差し出すなど論外。現状は我々【ガネーシャ・ファミリア】がリオンを匿います。リオンの居場所は行方不明だとギルドには伝えました」

 

「なら仕方ない…と言ってもこの派閥連合がリューちゃんを中心を動いているのは隠しようもない事実。ギルドに知られた場合はどうするつもりだい?」

 

「何も変わりません。リオンは我々にとって多くの意味で大切な存在。ギルドが何を主張しようとその大切さは揺るがないです」

 

「なるほど…ギルドとの協調も簡単ではない…ということか」

 

「…私がギルドに出向いて解決するならいくらでも出向いてもいいと今は思うのですが…皆さんがそう言うのなら致し方ありません」

 

 ギルドのリューに対する態度はあくまで変わっていなかった。『ジャガーノート』の情報を握る数少ない人物の一人として完全に警戒を抱いているかのようだった。

 

 そしてそんな態度にギルドとの協調を唱えていたシャクティさえも態度を硬直させ、リューのことでは絶対譲歩しないという断固とした態度を取った。

 

 シャクティのような穏健で常識的な判断が下せる者でさえこの硬直化した態度…

 

 ヘルメスはギルドとの協調がリューの存在によって妨げられていることを悟り、目を伏せる。

 

 一方の妨げとも言える張本人であるリューも自らの立場は理解していた。

 

 そのためギルドへ協調を求めるためにもギルドの真意を確かめるためにも出向こうとしたのだが…

 

 シャクティの態度からもどうなったかは明白。

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院からアミッドまで飛んできてリューを諫め押し留めるという完全な猛反対を食らったリューは渋々ながら指揮所に留まることになったのはつい数時間前のことである。

 

 ただリューの複雑そうな表情からお察しのようにリュー的には些か不本意。

 

 だがリューの安全に確証がない以上論外。

 

 これはリューの理想を慕って結成された派閥連合の中核を担う者達からすれば、当たり前のことであった。

 

 ギルドとの協調は滑り出しから障害に直面していたと言っても過言ではなかった。

 

 とは言え必ずしも凶報ばかりと言う訳でもなかった。

 

「まぁ…ギルドに関しては分かった。今後の交渉の進展に期待、だな。それで伝え忘れてたが、俺達はリヴィラの街に関わる神々の協力を仰ぐために交渉に回ってる所だ」

 

「はい。その点はアストレア様から伺いました。ご尽力に心より感謝します」

 

「ガネーシャから話は聞いていますが、順調に進んでいますか?」

 

「まぁぼちぼちかな?リヴィラの街を指揮するボールスから要請が事前に飛んでくれていたお陰で話は通じやすくて助かってるな。ただ相手はリヴィラの街という無法者の集まるファミリアの主神だからなぁ…一筋縄では流石にいかない。だが既に大体四分の一のファミリアの協力を得られると思う」

 

「四分の一…そのファミリアとは?教えて頂けませんか?」

 

「えっと確か…」

 

 四分の一のファミリアが協力をするという言葉にリューは素早く反応し、そばからボールスの提出した団員名簿を手繰り寄せる。

 

 そうしてヘルメスの説明と共に協力を申し出てくれたファミリアを一つ一つシャクティと共に確認を進めていった。

 

「三ファミリア約四十名の冒険者の協力ですか…とても心強いです。これならボールスの要請に少しでも応える余裕が生まれるのでは?シャクティ?」

 

「…いや、四十名とは言えもう既に協力している冒険者を除けば実質増加数は三十名前後。…正直地上の巡回の増援として協力してもらいたい所だが…」

 

「…分かってはいます。人数に余裕がないことは分かっています。…ですがダンジョンでは何が起こるか分かりません。ボールスが増援を求めているなら必ず応えなければ。…個人的な感慨ですが、私達と同じ目に私は彼らに遭って欲しくないので」

 

「…分かった。今回協力を得られた冒険者達にはボールス達の応援に向かってもらうとしよう。同じファミリアと言えど連携を期待できるか分かったものではないが…神ヘルメス?そのようにお伝え願えますか?」

 

「…了解だ。色々と苦労が絶えないな。リューちゃんもシャクティちゃんも」

 

 リューとシャクティの静かな論戦にヘルメスは二人の心中を察し、そう呟く。

 

 論戦の議題はボールスの求めていた増援であった。

 

 ボールスが担当するのはダンジョンにおける闇派閥(イヴィルス)の行動の監視。

 

 十八階層にあるリヴィラの街の冒険者達を指揮するボールスはダンジョンでの情報収集にまさに適役だったのだが…

 

 早々にダンジョンの広大さを前にリヴィラの街の冒険者の人数では対応できないと派閥連合結成翌日には事実上泣きついてきていたのだ。

 

 それに対し自らの派閥連合が如何に人員に余裕がないか把握していなかったリューはボールスの要請に応えるように強く主張し、シャクティは事情を踏まえているが故に反対した。

 

 だがこうしてシャクティが折れ、リューが論戦を制することになった。

 

 リューがこうも強く主張を続けた理由がもしボールスを心配してだったのなら、ボールスは泣いて喜ぶこともあり得たりあり得なかったり。

 

 だが非常に残念なことにリューが恐れていたのは戦力不足を訴えるボールスの要請を蹴って犠牲を生んでしまうことであった。

 

 リューは自らの判断ミスで犠牲を生むことを何よりも恐れていたのだ。

 

 それが指導者に圧し掛かる重責だと理解したとしても、簡単に飲み下せるような代物ではない。

 

 アリーゼでさえその重責に押し負けているほどなのだ。リューが物ともしないなどあり得ない。

 

 そんなリューの心境をシャクティは察したこともあって折れたのだが、それだけでもない。

 

 なぜならそのリューを恐れさせる犠牲の直近の記憶を生んだのは他でもない増援を出せず【アストレア・ファミリア】の壊滅を防げなかった【ガネーシャ・ファミリア】を率いるシャクティ自身。

 

【アストレア・ファミリア】の二の舞を起こしてはならないというシャクティの負い目もまた折れる要因の一つになっていた。

 

 そうした二人の複雑な思いをヘルメスは汲み取らずにはいられなかったと言う訳である。

 

 こうして一応は二人の間の論戦には決着が付いたもののまた静まり返ってしまう雰囲気にリューが新たな話題を切り出し、雰囲気を一新しようと試みた。

 

「…ただシャクティの仰る通り巡回の人員確保も重要です。そのためにはさらなるファミリアに協力を仰ぐ他ないでしょう。どのように進めていくか決めていませんでしたね。どうしましょうか?」

 

「中規模なファミリアやギルド傘下のファミリアとは話を進めるべく団員派遣の準備を始めているが…もう少し体制が整ってからの方がいいかもしれない」

 

「…【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】は?優先事項ではないという話でしたが、本当に無視するのですか?私は協調を時間がかかろうとも進めるべきかと思います」

 

「しかしだな…」

 

 巡回の人員確保からさらなるファミリアに協力を求めるという話へ。

 

 そして最終的に【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】への協力を求める準備を進めるか否かに話が至る。

 

 この案にはリューだけでなくシャクティも本来は賛成。

 

 だがそう簡単に賛成して実行へ…という決断には至れない。

 

 そもそも第一前提として冷戦状態にある都市二大派閥の元に何の恐れもなく乗り込める者などシャクティには思いつかず、協力を求める出だしから躓いているように思えてまでいた。

 

 しかしシャクティはとても大事なことを忘れていた…いや、正確には最初から検討外にしていた。

 

 

 それは目の前に都市二大派閥に何の恐れも抱かずに乗り込んだ狂気の沙汰を幾度も経験済みの暴走妖精(リュー)がいることである。

 

 

「…やはり私が行くべきです。私が【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に直接出向いて説得をっ…!」

 

「だからお前は派閥連合の指導者として自重をだな…」

 

「派閥連合の指導者だからこそ自ら重大な交渉を担うべきなのではないですか?それにずっと言いたかったのですが、私は他人を危険に晒しておいて自らはのうのうと安全な場所で指揮のみを執りたくはありません。私も皆さんと一緒に危険を分かち合い共に戦いたいのです!」

 

「だからそれをして万が一リオンの身に何かがあったら、派閥連合が崩壊すると言ってるんだ!自らの立場をきちんと把握して軽挙妄動を慎めと、今日私は何度言えばっ…!」

 

「しかしシャクティ!」

 

 リューの相変わらずの無鉄砲ぶりにシャクティも流石に苛立ちを覚え、二人の会話は今度は激しさを帯びた論戦に発展する。

 

 敢えて言うならば二人の考えはどちらも正しい。

 

 リューの言う通り指導者だからこそ自らの身を危険に晒すことに価値がある。

 

 だが一方でシャクティの言う通り指導者だからこそ無鉄砲に危険に身を晒さず泰然と指揮を執ることに価値がある。

 

 双方の意見が正しいことを理解するヘルメスは最初は介入するつもりはなかったのだが…

 

 ふとヘルメスは思い出す。

 

 

 …そういえばシャクティと同じ立ち回りを自分自身がしていた気がする…と。

 

 

 ヘルメスはつい昨日自ら率先して火の中水の中に飛び込もうとするお転婆女神(アストレア)を相手にシャクティと同じように気が気でない説得をしていたのである。

 

「…親と子は似るもの…か。そういう関係は俺も結構好きだが、危なっかしい方向では正直肝が冷えてあんま好みじゃないぜ?アストレア?」

 

 ヘルメスの憧れと呆れの混じった呟きはリューとシャクティの耳には届かない。

 

 シャクティはこの後もうしばらく血気に逸るリューを抑えるのに時間を費やすことになる。




派閥連合本格始動!

ただ問題だらけで始動直後から転倒しそうなくらいまずい…
派閥連合内の構成員が把握する問題は大きく分けて五つ。

ギルドとの関係。
【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】との関係。
中規模ファミリアとの関係。
戦力不足。
リューさんの暴走。

尚巡回関係は少々情報が少ないのでほぼ独自設定ですね。
【ガネーシャ・ファミリア】が中核で【アストレア・ファミリア】が協力していたのは確定ですが…他のファミリアの立ち位置が瓶妙で…
【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に関しては一応冷戦状態で戦力を動かさないとはいえ、最低限の貢献はしているという擁護に程近い記載ですね。
あと【アストレア・ファミリア】の役割の大きさは私のリューさん至上主義の影響です☆


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正花の自学の歩み

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 派閥連合がリューを中核に着々と自らの体制の基盤を固めつつある裏側で。

 

 自らの希望を見出すべく【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出たアリーゼもまた動き始めていた。

 

 アリーゼの画策通り治療院に残す分身の一人を除く本人を含めた十人のアリーゼは変装して迷宮都市(オラリオ)の四方に散り、懸念のあるギルドからの追手を巻くことを試みた。

 

 ただ予想外なことにアリーゼ達に対する追手らしき人物は出現することなく。

 

 アリーゼ本人は潜伏には一番最適とダイダロス通りに本人の寝泊まりのできる宿を確保し、分身魔法を周囲の人目に触れないように注意しながら治療院の分身以外の分を解除した。

 

 そうしてアリーゼはダイダロス通りの宿で一夜を過ごした後、本格的に活動を開始する。

 

 これまた治療院の分身を除く本人含めた十人のアリーゼは迷宮都市(オラリオ)の四方に散る。

 

 当然追手を巻くためではなく迷宮都市(オラリオ)の現状を自らの目で知るためである。

 

 貧民街。市場。魔石産業の工房。武器屋。酒場。交易所。治療院。歓楽街。賭博場…

 

 アリーゼは自らの有する二十の目で迷宮都市(オラリオ)のできる限り多くを見ようと試みた。

 

 特別積極的に色々話を誰かから聞こうと言う訳でもない。

 

 ただ店から店を通りから通りを歩いて。

 

 ここ数日アリーゼは治療院の一室でずっと考え込むという引きこもり状態だったのを外の空気に触れることで心機一転を図ろうとアリーゼは気軽に歩いた。

 

 同時に何気なく歩いている間にも耳に届く人々の声からできる限り自らの心で何かを感じ取ろうとアリーゼは耳を澄ました。

 

 そんな形でアリーゼは迷宮都市(オラリオ)中を歩き回り、夜が近づくと本人はダイダロス通りへ戻って分身魔法を解除して一日を終える。

 

 そのような生活を三日間続けた。

 

 そうしてアリーゼの希望を探すための旅路の四日目が始まろうとしていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…んんん。よく寝れては…ないわね。正直だるいわ…」

 

 アリーゼはそんな独り言と共に目覚めた。

 

 そうしてそばに置いておいたマジック・ポーションに手を伸ばし、ぐっと飲み干す。

 

「…この味正直飽きたわ。アミッドもポーションに色んな味とか付けてくれないかしら?」

 

 そう顔を顰めてアリーゼは愚痴をこぼすもそばにアミッドがいる訳でもないのでただの独り言にしかならない。

 

 実はアリーゼは目覚めと共にマジック・ポーションを飲むのが日課になりつつある。

 

 原因は分身魔法の行使。

 

 治療院には念のため分身を一人残したままにしてあるため、魔法の行使は当然寝てる間も続く。

 

 本人と分身が寝ててもアリーゼが魔法の解除をしない限り魔法が持続するという点は助かるが、精神力(マインド)という点では非常に問題。

 

 日が昇っている間は九人の分身を維持し、寝ている間も分身一人を維持。

 

 ただでさえアリーゼ本人が一日中迷宮都市(オラリオ)を歩き回っているだけでも疲労が尋常ではないのに、加えて魔法を常時行使し続ける。分身を解除すれば精神力(マインド)は戻ってくるとは言え常人では絶対耐えられぬほどの疲労の蓄積。

 

 それをアリーゼは三日間もステイタス・大量のマジック・ポーションとポーションと根気だけで無理矢理乗り越えていた。

 

 だがアミッドから事前に受け取っておいた大量のマジック・ポーションもポーションも三日続けて何本も飲み続ければ、そろそろ在庫に底が見え始め。

 

 アミッドが見たら発狂して安静を強制しかねないアリーゼの体力と精神力(マインド)の過度の行使はアリーゼの身体を蝕み始めていた。

 

 十人の分身魔法は都合が良いとは言え、アリーゼへの負担は尋常ではなかったのである。

 

 アリーゼはポーションで何とか誤魔化しているが、分身魔法に未だ完全に慣れ切ってない影響もあってダンジョンへの遠征中を越える疲労に襲われていつ倒れてもおかしくないというのが実態。

 

 

 だがそれだけの負担にアリーゼが耐え抜くだけの価値は確かに存在した。

 

 

 アリーゼは三日間迷宮都市(オラリオ)の人々の声を聴き続けた。

 

 その間に一度だけ変事はあったものの、アリーゼが人々の声を聴き続けることへの障害はそれ以外ほとんどなかった。

 

 その変事とは薄鈍色の髪の少女に理由は分からないがアリーゼ本人が尾行され、分身の解除のような対処法を取れなかったアリーゼが逃げ回る羽目になるというもの。アリーゼは謎の少女の尾行を何とか巻いたものの、その少女が何者か掴めないまま終わってしまった。

 

 そんな不気味な出来事を乗り越えつつも二十のアリーゼの耳と目がもたらした情報は実に膨大。

 

 分身魔法を解除して、一日で集めた情報をまとめる際には頭の中だけでは整理できず資料としてまとめる必要に迫られるほど。

 

 面倒極まりない作業だが、それでもアリーゼの根気と知識欲が自らの目にした細かい部分まで記載させていた。

 

 そこまでしても尚アリーゼの心中ではまだまだ足りないという意識が強いものの、成果は小さくない。

 

 アリーゼの目には現状の迷宮都市(オラリオ)がこう映った。

 

 

 ほとんど何も変わっていない、と。

 

 

 単純明快な回答。

 

 だがその回答の意味はあまりに重い。

 

 いつから変わっていないかと言えば、アリーゼが【アストレア・ファミリア】に入団し、迷宮都市(オラリオ)の治安を守るために力を尽くすようになってから。

 

 あの頃よりは改善されたと共に戦ってきた冒険者達は言う。アリーゼ自身そう思いたいと願う。

 

 …だがほとんど何も変わっていないと言うべきであった。

 

 人々は未だ闇派閥(イヴィルス)の脅威に怯えている。

 

 人々は未だ迷宮都市(オラリオ)の希望を見出せずにいる。

 

 貧民街は人目や厄介事を嫌うかのように住民は出歩くことさえ控えているかのよう。

 

 市場も交易所も人はまばらで店の品物を並べる量は少なく、盛んに取引が行われているとは言い難く。

 

 魔石産業の工房も武器屋も作業によって生じる雑音はまばらで。

 

 酒場には人は多く集うも荒ぶ者も多く見かけ。

 

 治療院には治療のために通院する人々で溢れている。

 

 

 迷宮都市(オラリオ)中の活気が足りない。

 

 迷宮都市(オラリオ)中の笑顔が足りない。

 

 

 確かに以前よりは何倍も活気も笑顔も見られるのだろう。

 

 だがアリーゼは足りないと評価した。そう評価するしかなかった。

 

 アリーゼの目から見れば、希望が足りないのだ。

 

 絶望を打ち払うだけの希望が存在すると人々の様子からは全く感じられなかった。

 

 それほど闇派閥(イヴィルス)の脅威は弱体化しても今でも根強かった。

 

 そして迷宮都市(オラリオ)から希望が消えた一因は『二七階層の悪夢』以来派閥連合が解体された影響があるのも自明であった。

 

 ただもちろんアリーゼも全てを見た訳ではない。だから早合点は控えようと考えていた。

 

 アリーゼの顔は【アストレア・ファミリア】団長として知られている。

 

 そのため冒険者が多く集う場所は避けざるを得なかったし、ファミリアの本拠などには特に近づけなかった。

 

 お陰でアリーゼが知るのはほんの一部の人々の様子だけ。まだまだアリーゼには知るべきことがたくさんあった。

 

 そんなアリーゼに彼女が触れることのできない情報を提供してくれたのがアミッドであった。

 

 アミッドは治療院に念のためとは言えほとんど放置されて手持無沙汰になっていた分身のアリーゼに様々なファミリアに関する情報を時間を見つけては提供してくれた。

 

 その中で特にアリーゼにとって衝撃だったのはアリーゼが治療院を出た翌日に聞かされた出来事。

 

 

 リューによる派閥連合の結成。

 

 

 規模はかつての派閥連合には及ばないとしてもその結成の意味はあまり大きい。

 

 リューは実際に迷宮都市(オラリオ)の団結という希望の第一歩を実現してしまったのである。

 

 そんな偉業を成し遂げたリューがアリーゼはとても誇らしかった。

 

 同時にリューを支えるために集まってくれたシャクティやアスフィ、アミッド、(そしてなぜかボールス)への感謝がアリーゼの中で尽きることはない。

 

 だが羨ましさと辛さもアリーゼは感じずにはいられなかった。

 

 リューを身近で支える…それは本来アリーゼが一番やりたいこと。でもアリーゼはあえてそれを禁ずるという自縛を課した。

 

 だからリューを身近で支えられる彼女達が羨ましい。

 

 だからリューを身近で支えられず自分自身だけでなくリューへまで負担を与えるようなことをしている自分自身の所業を考えると、辛いと感じずにはいられない。

 

 だがアリーゼはリューの元に戻るか否か自体を考えるために希望を見出す必要があると結論付けていた。

 

 よってアリーゼは自らを律し、羨ましさと辛さを忘れるためにも迷宮都市(オラリオ)を見て回ることに専念したのである。

 

 そんな日々も今日で四日目。

 

 アリーゼは目眩を感じつつもベッドからよろめきながら立ち上がり、今日もまた迷宮都市(オラリオ)の現状を知るための準備へと動き出す。

 

 すると唯一維持していた分身のいる【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の書斎にアミッドが飛び込んできたのを感じ取る。

 

 飛び込んできたアミッドの形相から、分身のアリーゼはただ事ではないと瞬時に理解していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ローヴェルさん!!」

 

 飛び込むという表現を取るしかないような勢いで書斎へと入ってきたアミッド。

 

 その様子にまだベッドで寝ころんでいたアリーゼの分身は飛び起きるような形で即応した。

 

 アミッドの血相を変えた様子は明らかにおかしかったからである。

 

「どうしたの?アミッド?何事?…まさかリオンの身に何かあった?」

 

「違いますっ!申し訳ありませんっ…!私の注意不足です…」

 

「…まさか輝夜とライラのこと?」

 

「…はい。先程朝食を届けに行った際には既に姿がなく…」

 

「二人で抜け出した…そういうことね?」

 

「…その通りです」

 

 アミッドがアリーゼに伝えたのは輝夜とライラの失踪。

 

 輝夜とライラは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に怪我の治療のために移送された。

 

 だが二人とも精神状態が安定していないこと…絶望に飲み込まれ生きる希望を欠いていることを理由にアミッドが隔離という形で半分強制的に入院させられていた。

 

 そのことはリューだけでなくアリーゼも事後に聞かされてやむを得ずではあるものの承諾していた。

 

 リューと同じくアリーゼも現状では自らの希望さえも見出せない状況では二人と向き合えない。

 

 二人の希望を取り戻す手立てがない以上二人と会った所で二人の力になれないと判断したからである。

 

 そのアリーゼの判断には実は誤りはあるのだが、アリーゼは未だ気付いていない。

 

 それでもその影響もあってアリーゼは迷宮都市(オラリオ)を見て回ることに尚のこと力を注いでいた。

 

 そうして自らの希望を見出した暁に二人に向き合うつもりでいた。

 

 だが迷宮都市(オラリオ)を見て回った上で輝夜とライラと向き合うというだけの猶予は与えられなかった。

 

「それで?居場所は分からないの?」

 

「はい…ライラさんのこともありますので、治療院を既に抜け出して…とは考えにくいかと。入り口は団員が固めているので大丈夫ですし、まだ治療院の開業時間前なので患者の方に紛れ込んで抜け出した可能性もありません」

 

「となると、まだ治療院の中にいるのね」

 

「はい…なので現在団員達に探して頂いている所ですが…」

 

 今や【ディアンケヒト・ファミリア】はアミッドの説得のお陰でリュー率いる派閥連合に協力する立場。

 

 そのため【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達もアミッドの書斎に極秘に匿われたアリーゼの入院は知らされていなかったものの、輝夜とライラの入院は知らされており、現在は捜索に動員されていた。

 

 だがアミッドの様子からはそんな捜索が行われているにも関わらず見つからないという焦りがアリーゼには見えた。

 

 そしてその焦りの所以を当然アリーゼは理解する。

 

 …輝夜もライラも生きる希望を失っている。

 

 目を離した隙に命を絶ってしまう可能性がない訳ではない。

 

 それを防ぐために二人の病室からは凶器となり得る物は全て運び出し、病室の鍵まで厳重に掛けてあった。

 

 だがその鍵はアミッドが訪れた時には壊されていた。壊したのは恐らく輝夜だろうとアリーゼは推測する。

 

 そして今日失踪を決行したのは【ディアンケヒト・ファミリア】が派閥連合に加入したことで俄かに騒がしくなったことや敢えて無行動を保つことで油断を誘うためだったのだろう。

 

 二人なら…特にライラならそこまで周到に計画した上で動くと、アリーゼには容易に想像できる。

 

 そしてそれだけの周到さを以て臨んだということは…二人は生半可な考えで病室を抜け出した訳ではないということであった。

 

「…念のため治療院の出入り口は固めておいて。あと屋上への道の案内を頼めるかしら?」

 

「屋上…確かに向かうための梯子はありますが…」

 

「いるとしたらそこね。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院はそれなりに高層でアミッドの話的に輝夜とライラの病室からも向かいやすい…かもしれない」

 

「しかし屋上には屋根以外何も…」

 

「だからこそ、でしょ?」

 

 アリーゼは二人が向かった先は屋上だと読んだ。

 

 アリーゼの言うように【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院は高層のアパートである。そしてアミッドの言うように梯子で登って辿り着けはするものの、バルコニーなどになっている訳でもない。

 

 だからと言って向かう理由がない訳では当然ない。

 

 …そこは飛び降りることで命を絶つのに絶好の場所だったのだから。

 

「…その通りです。ならば…え?…お待ちを。案内…?案内ですか?」

 

「仕方ないわ。猶予がない。手遅れになってからでは何もかも遅い。…もう私も流石に二度目は繰り返すつもりはない」

 

「…っ!分かりました!すぐに案内をっ!」

 

「念のため団員の皆には他の場所の捜索を。ただし屋上には近づけさせないで。そこにいたら…私が二人を説得するから」

 

 アリーゼは決断せざるを得なかった。

 

 自らに希望がない状態で輝夜とライラを説得することを。

 

 輝夜とライラの希望を取り戻すことを。

 

 アリーゼは今の自分自身の言葉が輝夜とライラに届くのか正直不安で仕方なかった。

 

 だがもう状況が切迫してしまっている以上躊躇する猶予などなかった。

 

 アリーゼは焦りと不安を抱えながらアミッドの案内の元、治療院の屋上へと向かい…

 

 

 輝夜とライラとの二週間近くぶりの再会をようやく果たすことになる。




地の文だらけになってしまいました。元々はアリーゼさんが迷宮都市(オラリオ)を歩いて名もなきモブ達と交流しつつ希望を探していくのがベストだと思ったのですが…
輝夜さんとライラさんの登場の方が優先だと判断し、今回一回の地の文に大方の内容を組み込みました。このアリーゼさんの迷宮都市(オラリオ)歴訪はもうしばらく続きますが、主題には今後はしない予定です。

そして輝夜さんとライラさんの病室脱走。(すっかり二人とも空気になってたとか言ってはいけない)
二人は何を考えているのか…
一応言うと、アミッドさんとアリーゼんさんの二人が自殺するつもりかもというのは半分は思い込みと言うべきでしょう。
ただ可能性が0でもない。
…こういう時はどう対処すればいいのか作者には正直分かりません。


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傷つきし星乙女達は輝きを取り戻す

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あと唐突ですが作者の都合で金曜日投稿に変更させて頂きます。
一週間一作投稿は維持するつもりです。


 下界から可能な限り天界に一番近い場所に輝夜とライラはいた。

 

 二人はつい先程早朝前後の警戒の緩みを突いて、隔離されていた【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院にある病室を脱出した。

 

 向かったのは、治療院の出入り口とは正反対の治療院の屋上。

 

 そこにあるのは、屋上に辿り着くための梯子と無駄に広々とした空間だけ。

 

 向かった理由を知るのは輝夜とライラ本人のみである。

 

「ぐっ…糞がっ…」

 

 悪態を吐く輝夜が手にしているのは、屋上に辿り着くまでに手すりを破壊して生み出した輝夜にとって手ごろな長さの鉄の棒。

 

 輝夜は義手と生身の両腕でその鉄の棒を刀を振るうが如く振り回す。

 

 素人目には義手を数日前にアミッドが製作し輝夜の元に届けられた義手のお陰で両手で鉄の棒を振るう姿には洗練された太刀筋にも見えたかもしれない。

 

 だが輝夜はその棒捌きに悪態を吐くほど不満が募りに募らせたいた。

 

「重心が整わんっ…力が入れられんっ…忌々しいっ…忌々しい!!」

 

「…義手があっても無理か?あたしにはどんな風か分からねぇからよ…」

 

「変わるものかっ!感覚がまるで合わん!私の反応に義手が追い付かんっ…」

 

「まぁだよなぁ…生身と同じだけ動くなら何の苦労もねぇよなぁ…」

 

 鉄の棒を振るう輝夜に沈んだ声で問いかけるのは、輝夜のそばで立ち尽くすライラ。

 

 輝夜がどのような表情でどのように鉄の棒を振るっているのかライラの光の届かなくなった両の目では知ることができない。

 

 そのためライラは致し方なくとは言え輝夜に直球で輝夜の現状を問いかける。

 

 その問いは正しく輝夜がかつての実力を失ったことを自ら言葉にすることをも求めるのと同義で輝夜はさらに苛立ちを高める。

 

「糞っ…糞っ…糞っ!!本当に手立てはないのか!?団長とリオンに救われてしまったこの命…本当に何の役にも立たんのか!!」

 

「あったら…輝夜はあたしをここには連れてこねぇ…そしてあたしも大人しく輝夜に付いてこねぇ?違うか?」

 

「黙れっ!ふさぎ込むだけのお前と違い私はっ…犬死など我慢がならんっ!私は闇派閥(イヴィルス)と刺し違えてでもこの命を有意義に使うぞっ!」

 

「それはあたしも一緒だバーカ。でもっ…その有意義に使う方法が思い浮かばないからここに来たんだろ?あぁ?」

 

「黙れ糞小人族(パルゥム)!ズケズケと人の心を読んで…やはり私はお前といるのは好かんっ!」

 

「へーへーそうですか。そんな喚いてる暇があるなら、その有意義な方法を考えてくださいな。極東品無しお姫様?」

 

「あぁぁぁん!?」

 

 …輝夜とライラの罵倒交じりの口論はともかくとして。

 

 二人が屋上に来たのは病室で息苦しさを感じたままの閉塞を嫌ったため。

 

 輝夜もライラも真実アミッドとアリーゼが危惧した屋上からの飛び降りによって命を絶つことを視野に入れてたことは弁明の余地もない。

 

 だがそれでも何かしら自らの命を今すぐ絶つという形ではない有意義な命の使い方を心の中では追い求めていた。

 

 病室の中ではついつい悲観的になってしまうために、心機一転を図るために無理矢理でも病室を抜け出し、人目を避けられるであろう屋上まで出てきたのである。

 

 とは言え二人にはその有意義に命を使う方法が思い浮かばない。

 

 仮に輝夜が口にした闇派閥(イヴィルス)と刺し違えるという方法にしても今の輝夜とライラでは刺し違えるというよりはただの自殺行為。

 

 かつての実力を有しない輝夜と戦闘力自体を喪失したと言っても過言ではないライラが二人で闇派閥(イヴィルス)に挑んだ所で物量で圧し潰される嬲り殺しに遭うという想像は難くない。

 

 それでは輝夜の忌む『犬死』なのである。

 

 輝夜とライラには死に急ごうという願望は『犬死』を忌む二人の誇りと意地の影響で存在しないと言うべきかもしれない。

 

 だが結局のところ生きる希望がないという厳然たる事実も揺るがなかった。

 

 そんな絶望に押し潰されている輝夜とライラを救うのは…

 

 

「相変わらず派手に言い争ってるわね?輝夜?ライラ?」

 

 

 今このタイミングではアリーゼ・ローヴェルしかいなかった。

 

「…っ!団長!?なっ…なっ…なぜあなたがここにっ…いや、そもそも無事でっ…」

 

「アリー…ゼ?今あたしアリーゼの声が聞こえた?幻聴じゃ…ねーよな?本当にアリーゼ…だよな…?」

 

 梯子からひょっこり顔を出しつつ二人に声を掛けるアリーゼに輝夜もライラも自らの目と耳を疑い始める。

 

 そんな様子に面白おかしさをつい感じてしまったアリーゼは梯子から屋上に身を乗り出しつつクスリと笑いつつ言った。

 

「どうして二人ともそんなに驚くの?今二人の前にいる私は幻覚でも何でもないわ。それに二人のことはアミッドから聞いただけのことよ?」

 

「アミッド…テアサナーレかっ!?なんだ!?私達に何かするように言われてきたのか!?口封じでも頼まれたのか!?」

 

「どうやら輝夜は色々勘違いしてる感じがするわね…」

 

 サラリとアリーゼは自らは分身の一人にも関わらず幻覚ではないと嘘か否か判断の難しいことを宣う。

 

 ただそんな裏の事情を知らない輝夜はアミッドの名前が出てきた途端アリーゼに向かって怒鳴り散らす。

 

 なぜなら輝夜はアミッドがギルドの指示を受けて彼女達の仲間の命を奪ったモンスターに関してで口封じを目論んでいるがために隔離しているとずっと疑っていたからである。

 

 だが隔離の本当の理由にギルドが一切関係ないことをアリーゼは当然のことながら知っていた。

 

「口封じ?アミッドがあんた達に口封じをする理由なんて何もないじゃない?そんなこと聡明で完璧な私じゃなくても分かるわよ?」

 

「何を言っている!?私達の相対したモンスターに関してギルドはっ…」

 

「そうね。ギルドはあの怪物に関しての情報を隠蔽してる。アミッドの元にも私達の身柄をギルドに引き渡すようにという要請が届いていたと聞いてる。けれど輝夜もライラも私も治療院に留まり続けている。分かるでしょ?アミッドはギルドと繋がってはいないのよ」

 

「ならばなぜ私達は隔離されっ…そして団長の安否をリオンは自らの目で確認できなかったっ!?なぜ口頭でしか安否を伝えられなかったっ…!?」

 

「私に関しては…ちょっと色々あるのよ。ただ輝夜とライラの隔離に関しては私でも納得せざるを得なかった」

 

「は?一体なぜっ…」

 

「二人の精神状態」

 

「…っ!ぐっ…」

 

「それを考えたらアミッドは凶器から二人を遠ざけ隔離せざるを得なかった。隔離は言うなればアミッドの善意だったのよ」

 

「…」

 

 アリーゼは輝夜に自らの秘密に関して問われそうになり言葉を濁らせるも、それに関してから話を逸らすようにアミッドの真意を伝えた。

 

 輝夜とライラの生きる希望を失った状態への懸念が二人の命を守るために隔離を必要とした。

 

 …そう言われてしまえば、心当たりのある輝夜は何の反論もできなくなってしまったのである。

 

 その結果口を噤み視線を背けることしかできなくなった輝夜に代わってライラが話を引き継いだ。

 

「それで…輝夜はすっかり言いそびれてるけどよ…アリーゼが無事で本当に良かった。…あたし達の代わりに命を落としたなんて言われたら…あたし達はどうすりゃいいか分からなくなる所だった」

 

「…その点はごめんなさい。心配かけたわ」

 

 ライラが口にしたのは若干今更とも言っても過言ではないアリーゼの無事への安堵。

 

 輝夜が話を早々にアミッドやギルドのことに進めてしまったためにその言葉を伝えるのが遅れたが、輝夜もライラもアリーゼの無事を心の底から喜び安堵していた。

 

 二人ともここで深々と安堵した様子を見せてしまうとアリーゼの存在に如何に頼っていたかを認めてしまうようで意地でも素っ気ない振りを続ける。

 

 そんな二人の心中をアリーゼは密かに察して微笑ましく思いながらも…

 

 アリーゼには二人の安堵を打ち崩しかねない話を伝えるために心を鬼にした。

 

「本当に…ごめんなさい。そして…これからも私は輝夜とライラに心配と迷惑をかけることになる」

 

「…は?アリーゼ?何の話だ?」

 

「まずは一つ。私の安否に関しては誰にも話さないで。私のことを知っているのはアストレア様、ディアンケヒト様、アミッド、そして輝夜とライラだけ。他の誰にも私のことを話してはダメ。…特にリオンには」

 

「…何を言ってる?団長?あなたには分かっているだろう?リオンがどれだけ団長のことを心配していたか…どれだけ団長を信頼していたか…」

 

「そうだぜ…何の事情があるってんだ?どうしてあたし達には伝えてよくてリオンにはダメなんだよ…一番伝えるべきはリオンだろ?そんなことアリーゼなら最初から分かってるだろ?」

 

「…ええ。分かってる。そう…だからこそ私は私が意識を取り戻したことをリオンに知られてはいけない」

 

「…意味が分からん。一体どういう意味で…」

 

 アリーゼは輝夜とライラに自らが意識を取り戻したことを他言しないように求める。

 

 それもリューには特に話してはならないという厳命まで下して。

 

 輝夜もライラもリューがどれだけアリーゼのことを心配し、信頼していたか理解している。

 

 そしてアリーゼがどれだけリューの事を想って行動していたか理解している。

 

 だから輝夜とライラはアリーゼがそのように求めてきたのか理解できなかった。

 

 そんなアリーゼの真意に辿り着けなかった輝夜とライラにアリーゼは厳然と告げた。

 

 

「…私もまた輝夜とライラと似たように希望をきちんと見つけられていないから。…今の私はリオンのそばにいても邪魔にしかならない」

 

 

「なっ…」

 

「嘘…だろ…う」

 

 アリーゼの自己申告に輝夜もライラも絶句する。

 

 これまで何時如何なる時でも希望を信じ前へ前へ進み続けてきたアリーゼが…希望を見失った。

 

 輝夜とライラにとって衝撃を受けずにはいられない内容であった。

 

 絶句する輝夜とライラを目の当たりにしてアリーゼもまた胸を締め付けられるような思いをせずにはいられないが、それでも続けて言う。

 

「だから正直私自身が立ち直るために時間が必要で…私一人のことだけで一杯一杯なの。今の私では輝夜やライラを元気づけられるような希望を示せない。…力になれなくて…役に立たない団長で…頼りにならない友人で…本当にごめんなさい。謝っても何にもならないけど…ごめんなさい」

 

「…それは私達の希望はないと考えている…そういうことか?団長?」

 

「…野暮なことを聞くな。輝夜。…そんなのある意味分かりきってるだろ。…アリーゼに言わせんな」

 

「…そうだな。団長にそれを言わせるのは酷だな。…取り消す」

 

「…」

 

 アリーゼには輝夜とライラを元気づけるための希望を示せない。

 

 その言葉を輝夜とライラは希望がないと解釈した。

 

 今更だ。

 

 輝夜とライラ自身自分達に冒険者として活躍を続ける希望がないことを理解している。

 

 思わず言葉にしてアリーゼに尋ねてしまった輝夜をライラが窘めて、輝夜が撤回するという一幕の間。

 

 アリーゼは目を伏せて口を閉ざしていることしかできなかった。

 

 今のアリーゼには輝夜とライラに希望を届けることができない。その事実は何があろうとも変わらなかったから。

 

 だが今のアリーゼにも言えることはあった。

 

「ただ…少なくとも私は思う。片腕を失っても…失明しても何もできないということはない。希望が絶対にないと断定することはできない…そう思う。だから輝夜とライラは希望を取り戻せる…そう思ってる」

 

「…おい。今アリーゼは確かにあたし達に示せる希望はないって言ったよな?…なんだ?せめてもの同情ってやつか?…ふざけんなよ…そんな同情をアリーゼに抱かれるようじゃ…あたし達惨めなだけじゃねーか!?」

 

「…分かったように口にするなよ。団長…あなたがどうして希望がないと口にするか分からないとは私も言わん…だが私達の今の境遇を分かったような口で気に入らん…団長に…五体満足な団長に何が分かると言うのだ!?」

 

 アリーゼの慰めの言葉。

 

 片腕を失っても失明しても希望は取り戻せる。

 

 恐らく正論なのだろう。

 

 恐らく間違ってはいないのだろう。

 

 だがそれは当事者でないからこそ言える言葉。

 

 当事者の絶望を本当の意味で理解できないからこそ軽々しく口にできた言葉。

 

 輝夜とライラの耳にはアリーゼの言葉は慰めとはならなかった。

 

 同情されることへの惨めさと怒りだけが呼び起こされ、ライラも輝夜も憤りを覚えて怒鳴る。

 

 そんな二人にアリーゼはあくまでも静かに冷静さを保ったまま言った。

 

 アリーゼが口にしたのはとても大事な輝夜とライラが知らない事実だった。

 

「そうね。輝夜とライラの心中を本当の意味で私は分からないのかもしれない。私なんかに何かを言う資格がないのは十分に理解してる」

 

「ならっ…!」

 

 

「でもリオンは立ち上がった。私よりも輝夜よりもライラよりも早く希望を取り戻すべく立ち上がった」

 

 

「「…っ!?!?」」

 

 そう。

 

 アリーゼでも輝夜でもライラでもなく。

 

【アストレア・ファミリア】で誰よりも遅く入団し一番未熟であったはずのリューだけが希望を取り戻すべく立ち上がった。

 

 それはリューの先輩を気取る輝夜もライラも…そしてアリーゼも無視する訳にはいかない事実であった。

 

「あんた達は隔離されてたから知らないわよね…リオンったら本当に凄いのよ?ギルドや【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に協力を求めるために何度も何度も本拠を訪ねたりね…」

 

「ギルドを…まさか私達の疑念を晴らすためにか?」

 

「おいおい…リオンの奴無茶し過ぎだろ…」

 

 リューのギルドへの協力要請の目的の一つは輝夜とライラのギルドへの不信感を解くためだった。

 

 それをリューがギルドに協力を求めたという事実を聞かされた輝夜とライラは瞬時に察する。

 

 その試みは残念なことに失敗には終わっている。

 

 だが輝夜とライラの心に何も響かないはずはなかった。

 

「それについ三日前には派閥連合まで結成しちゃったのよ?」

 

「派閥…連合…だと?」

 

「…ってことはリオンが…?」

 

「そう。【ガネーシャ・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】、そしてなぜかリヴィラの街。みんなの協力を得て派閥連合を結成した。確かにかつての派閥連合には遠く及ばない力。だけど…」

 

「リオンは…希望を見出そうとしているのか?」

 

「見出すどころじゃねーぞ…リオン自身どころか…迷宮都市(オラリオ)の希望に繋がりかねないような物を生み出そうとしていると言っても過言じゃねぇ…」

 

 リューによる派閥連合の結成。

 

 聞かされた輝夜もライラも思わず衝撃で肩を震わせる。

 

 その意味の重みを理解できぬ輝夜とライラではない。

 

 流石に『ジャガーノート』との戦いの最中では認めようとしなかった輝夜とライラも認めざるを得なかった。

 

 

 リューは間違いなくあの悪夢のような出来事を境に変わり始めている、と。

 

 

「ね?凄いでしょ?リオンはもう私達の知るリオンではないと言っても差し支えがない気もする。リオンに希望を見出せて私達に希望を見出せない…そんな風には思いたくないでしょ?リオンに後れを取ってもいいの?」

 

「ぐっ…」

 

「それは…」

 

「もう一度言うわ。私自身が希望を見出せない以上私には輝夜とライラに希望を示せない。でもリオンは自らの力で希望を見出そうと力を尽くしている。なら私達もまた自らの力で希望を見出すしかないと思うの」

 

「…あの青二才に…リオンにできたなら私にできぬ道理はない」

 

「そうだな…リオンよりもポンコツだなんて…笑えねぇ…」

 

「…正直無責任かもしれない。それでも言わせてもらうわ」

 

 

「輝夜。ライラ。あんた達は自分の力で希望を見つけ出しなさい。片腕がなくなっても失明してもできることはあるはず。希望は必ずある。今は希望が見出せていないだけ。私はそう信じている」

 

 

 自らの力で希望を見出せ。

 

 それはアリーゼ自身の言う通り無責任と言えるのかもしれない。

 

 だがいつの間にやら希望を見出せない三人の先を行くように希望を掴み取ろうと動くリューの存在を受けて、輝夜もライラも何もせずいることなどできなかった。

 

 輝夜にもライラにもリューの存在を用いた発破と希望はあるはずという漠然とした激励だけで十分だった。

 

 数瞬の間を置いた後、輝夜とライラは小さく息を吐くと共に呟いた。

 

「…時間をもう少しくれ。しばらく考えたい。…今団長のお陰で知ることのできた現実を含めてもう一度考えを整理する」

 

「…あたしも同じく。失明してもできることがないか…もうちょっと知恵を絞ってみる」

 

「分かった。…もうこれ以上私は何も言わないわ。アミッドにはしばらく二人をそっとしておくように頼んでおく」

 

「…助かる。それと…ありがとう。団長」

 

「…ありがとよ。アリーゼ」

 

「別に私は大したことはしてないわ。…輝夜。ライラ。…頑張って。陰で応援してる。私も自分の希望を見出せるように頑張るから」

 

 輝夜とライラの答えにアリーゼはさらなる説得を重ねることなく配慮と激励の言葉を残してひっそりと屋上から立ち去ることにした。

 

 二人とも雰囲気が変わっているのが見て取れたから。

 

 

 今の二人なら大丈夫。

 

 

 輝夜とライラは希望をすぐには見出すことができないとしても…前へ進むことができる。そうアリーゼは安心することができた。

 

 だからアリーゼは役割が終わったと考え、輝夜とライラから自らのための行動へと戻っていく。

 

 こうしてリューとアリーゼだけでなく輝夜とライラも自らの希望を見出すために動き始めた。

 

 リューの三人の希望を取り戻すための尽力はリューの知らぬ場所で確かに実を結んだ。

 

 

 朧気ながらも星乙女達は輝きを少しずつ輝きを取り戻し始めたのである。




いつもの作者であれば激励役はアリーゼさんではなくリューさんなんですけどね(笑)
それと輝夜さんとライラんさんにもそれぞれの希望を見出して欲しい所ですね。
…『それぞれ』となるとアリーゼさんも不安を抱いてるように希望が食い違う可能性も濃厚ということになりそうですが。
まぁ四人とも考え方にかなり差異がある訳で希望が一致するはずもない…と考えることはできるでしょうね。
現実主義的思考の輝夜さんとオラリオ全体の団結という度を越えた(?)理想主義を標榜し始めたリューさんは…相性が凄い悪そうですねぇ…
そういった経緯は今後掘り下げる、ということで。


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傷つきし星乙女達の帰還

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 輝夜とライラの病室脱走から一時間。

 

 アリーゼの要請で団員達を屋上に近づけないように指示したアミッドは二人の病室でヤキモキしながら二人がどのような決断をするか不安で不安で仕方なくなりながら待っていた。

 

 病室内を徘徊するかの如くあっちへ行ったりこっちへ行ったり落ち着きを完全に欠いたアミッド。

 

 このようなアミッドが神経質になっているのには当然理由がある訳で。

 

 何せアミッドはリューとアリーゼから輝夜とライラの安全を託され、アミッド自身が自信を持って引き受けた。

 

 にも関わらず二人の心の傷を癒せないどころか二人の消息を一時掴めなくなるなど…失態などという言葉では軽いとアミッドが思い悩むほどの致命的な失態。

 

 その上まだ二人に希望を示せないと二人と会うことを固辞していたアリーゼに二人の説得を任せてしまうという事態にまで至り。

 

 もはや失態の数々と罪悪感でアミッドには立つ瀬がないようにまで思われた。

 

 説得を押し付けてしまったアリーゼにも二人の安全を託してくれたリューにもアミッドは合わせる顔がないと、自責の念に駆られる。

 

 そんな風に悩みに悩むアミッドであったが、彼女の元にようやく朗報が届いた。

 

「…テアサナーレか」

 

「…ふぅ。え?お前どうしてここに…?」

 

「…っ!ゴジョウノさんっ!ライラさんっ!」

 

 病室の引き戸を開けて入ってきたのは輝夜とライラ。

 

 二人の無事な姿を認めることができたアミッドは思わず勢いよく振り返り、安堵の色を隠せぬ声で二人の名を呼ぶ。

 

 そんなアミッドに輝夜とライラは揃って困惑気味な表情を浮かべつつも目を背けてぼそりと呟いた。

 

「…大分配慮してもらってたそうだな。…気苦労をかけてすまなかった」

 

「あたしからも…テアサナーレ。気を使ってくれて…ありがとな」

 

「いえっ…治療師としてお二人のお力になれないこと誠に無念でなりません…ですがあなた方には…!」

 

 輝夜とライラは柄にもなくアミッドの配慮への謝罪と感謝の言葉を告げる。

 

 その二人の言葉が以前の二人の弱り切った様子の先入観から最期の言葉なのかのように錯覚してしまうアミッド。

 

 アミッドは赤の他人である自らの非力を重々理解しながらも説得の言葉を紡ぎ出そうとする。

 

 だが輝夜とライラはそんなつもりで謝罪と感謝を言葉にした訳ではなかった。

 

「私達には希望がある。心配するな。私ももう腹を括った。…もう弱音など吐かん。進むぞ。前へ」

 

「あぁ。リオンでも見つけられる希望を見つけられないほどポンコツじゃねぇ。あたしも輝夜もリオンのように…なんて言うのは若干癪だけど、進むぜ。前へ」

 

 

「「立ち止まっている暇などない(からな)」」

 

 

 輝夜とライラの二人バラバラに紡いでいた自らの決意の言葉が最後に重なる。

 

 それはまるで二人がこれまで立ち止まってしまっていたことへの後悔と前へ進んでいこうという決意が凝縮された言葉のようにアミッドには聞こえた。

 

 二人は立ち直った。

 

 瞬時にそう理解したアミッドは安堵のあまり涙を溢しそうになるもなんとか抑えるも言葉までは紡ぎ出せず。

 

 そのため輝夜とライラが先に尋ねた。

 

「それで…一つ頼みたいことがあるのだが…」

 

「そっ…そうなんだよ。散々面倒掛けておいてさらに頼み事なんて虫が良すぎる気もするけど…」

 

「…?」

 

 妙に歯切れを悪くしつつそうアミッドに何か頼みごとを伝えようとする輝夜とライラ。

 

 そんな二人の様子に一瞬は首を傾げたアミッドであったが、しばらく考えた後に察した後に言った。

 

「リオンさんとお会いになりたいのですね?それで私の案内が必要だと」

 

「…まだ何も手掛かりを示していないのに分かるのか…いや、私達とテアサナーレの共通項はリオンくらいか」

 

「…一発で見抜くとはな…まぁ話が早くて助かるって感じか?」

 

 アミッドはリューとの仲立ちを輝夜とライラが求めていると察する。

 

 そしてアミッドの察しが見事に図星だったので輝夜とライラは驚きつつも納得した様子を見せる。

 

 ただアミッドが輝夜とライラの一歩先にまで動き出すとは想定していなかった。

 

「分かりました。なら今すぐにでもリオンさんの元へ参りましょう。場所は…」

 

「「ちょっと待て!?今すぐか(よ)!?」」

 

「え?お二人の御決意が固まった以上今すぐが適切では?」

 

「それは…色々準備ってものがあるからよ」

 

「…主に心の準備を…だな」

 

 アミッドは即座にリューの元へ向かうことを提案し、早速輝夜とライラの先導をすべく病室を出ようとする。

 

 だがそのような早急な行動を輝夜もライラも望んでいなかった。

 

 …確かに輝夜とライラは希望を取り戻すべく前へと進むことを決めた。

 

 とは言え輝夜とライラにはリューを拒絶して追い出したという負い目があり、リューに会う決意をするのは案外容易ではない。

 

 特に輝夜はリューを前に殴りかかり怒鳴り散らし泣き喚きと…過去の自分を切り刻みたくなるほどの醜態をリューの前で曝した自覚がある。

 

 そのため二人とも即座にリューに会いに行くという決意までは至ることができていなかったのだ。

 

 だがアミッドが即座に動き出そうと提案したのにも当然理由があった。

 

「しかしリオンさんは今か今かとお待ちで…」

 

「…それは分かってはいる」

 

「けど…あたし達はあたし達でちょっと…」

 

 アミッドが漏らしたのは、リューが輝夜とライラを待っているという事実。

 

 リューが輝夜とライラの希望を取り戻すために派閥連合を結成し、今まさに努力を重ねていることをアミッドは知っている。

 

 そんなリューの努力が実り輝夜とライラが再起しようとしていることをアミッドは一刻も早くリューに伝えたい。それがアミッドの本心であった。

 

 輝夜もライラもリューの思いをある程度は知る分アミッドの呟きは嫌でも響き、二人とも言葉を詰まらせる。

 

 だがこの時ばかりは色々負い目があろうとも譲れず輝夜もライラも自らの立場を押し通した。

 

「「とにかく明日まで待ってくれ!?頼む!!」」

 

 こうしてリューと輝夜・ライラの再会は翌日に延期という運びになったのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なるほど…ダイダロス通りの情勢は【ヘルメス・ファミリア】でも収集し難いですか…」

 

「はい…あまりに入り組んでいて範囲も広いため、私達だけでは流石に…力になれず申し訳ありません」

 

「…いえ。アンドロメダが気に病むことはありません。…やはりさらなる協力者を求めなければ、万全な体制は築けない…そういうことですか…」

 

「リオンの言う通りかと。簡単な話ではありませんが…それでも」

 

 アリーゼとアミッドによる輝夜とライラの説得が進んでいた裏側でアスフィとの面会を望んでいたリュー。

 

 そのリューは翌日に早速飛んでくるように現れたアスフィと二人で情報の共有に取り組んでいた。

 

「それにしても…あなたに頼られるのはとても心地が良いです。リオン」

 

「…?それは私が頼りないとかそういう…すみません。派閥連合の指導者としての役割を仰せつかっているのにこんなにも知識不足で…」

 

「ちっ…違います!!…私の言葉不足でしたね。これまで【アストレア・ファミリア】の仲間という頼りになる方々がいる中で私にはあまり頼って頂けなかったので…ただ新鮮でリオンに頼ってもらえるのが嬉しい。そんな私個人の感慨です」

 

「アンドロメダ…こちらこそあなたのような頼れる方が身近にいてくださることが心から幸せだと思っています。いつも力になってくださり、ありがとうございます」

 

 アスフィが微笑みと共に溢した本音にリューもまた本音を伝え釣られるように微笑む。

 

 何気ない雑談を挟みつつリューとアスフィが話し合う中で。

 

 リューとアスフィのいる【ガネーシャ・ファミリア】本拠『アイアム・ガネーシャ』の指揮所にノックの音が響き渡った。

 

「どうぞ。お入りください」

 

 そのノックの音にリューは反射的に相手が誰かも聞かずに応じる。

 

 リューは新たな何かしらの報告だろうぐらいにしか考えていなかったが故の少々等閑さもある反応であった。

 

 だがそのような反応がリュー的にも不適切であったことはリューよりも先に来客者に視線を向けたアスフィの反応が教えてくれた。

 

「あっ…あなた達はっ…」

 

「…アンドロメダ?一体どうしたので…っ!?」

 

 言葉を詰まらせたアスフィの反応に違和感を抱いたリューもアスフィの視線の向く先を見渡してみる。

 

 そしてアスフィと同じようにリューも言葉を詰まらせた。

 

 

 その来客者とは輝夜とライラだったからである。

 

 

 二人の来訪に呆気に取られるリューとアスフィ。

 

 輝夜とライラの手が繋がれていることから視界を塞がれたライラの手を引いて輝夜がここまで連れてきたのだろう…などという冷静な分析をする余裕はリューにもアスフィにも与えられなかった。

 

 二人を前に輝夜はライラの手を引き、その場に二人揃って跪いたのである。

 

 その意図を図りかねるリューとアスフィは言葉を失ったまま輝夜とライラを見つめる。

 

 すると輝夜とライラは揃って小さく息を吐き、静かに話し始めた。

 

「…謝ってどうにかなるとは思わんが…先に言わせてくれ。治療院であのようにリオンに当たり散らしてしまい…すまなかった。どうやら私は現実をかなり取り違えてたらしい」

 

「あたしからもリオン…悪かった。顔を見たくないなんて言って…本当に悪かった。輝夜の言う通り謝って済むことじゃねぇけど…ごめん」

 

「かぐ…や…らい…ら…」

 

 輝夜とライラはそう言ってリューを前に頭を下げて謝罪する。

 

 この謝罪が輝夜とライラの跪いた理由。

 

 二人は一日考えた結果、リューにきちんと謝らなければリューと向き合えない…そう判断したのである。

 

 そしてリューは二人の謝罪を前に…

 

 

 涙を溢れさせた。

 

 

「いいっ…謝らなくて…いいっ…!私はっ…私は輝夜とライラが生きていてくれて…私のそばにいてくれるなら…それで…それで…いいのですっっ!」

 

「声で分かるけどよ…リオン…」

 

「…あぁ。私達の過ちの招いた声だ。…こんな過ちを犯した私自身が実に忌々しい」

 

「…あたしもだ…情けねぇなぁ…みっともねぇなぁ…あたし達」

 

 リューは涙をポロポロと溢し、泣き崩れる。

 

 心から輝夜とライラのことをリューが思ってくれていたのだと実感させられる輝夜とライラは自らの犯した過ちを再実感し、苦々しそうに自嘲する。

 

 そして自らの犯した過ちを再実感したからこそ…輝夜とライラには紡げる言葉があった。

 

「…リオン。もしこんな私達でもリオンのそばにいる資格があるならば…聞きたい」

 

「色々と前みたいに戦えねぇけどよ…あたし達は。それでも…あたし達は聞きたいんだ」

 

 

「「…私(あたし)達も派閥連合に入れてくれないか?」」

 

 

「っっ!?!?」

 

 輝夜とライラの申し出。

 

 それは輝夜とライラの派閥連合への加入。

 

 リューは思わず涙が止まり目を大きく見開く。

 

 その申し出は言うまでもなくリューにとって望まないはずのないものだったからである。

 

 ただ輝夜とライラは自信なさげに目を伏せると、即座にリューの快諾を得られなかったことを気に病むように呟いた。

 

「…正直虫が良すぎると私自身思う。あれだけ拒絶しておいて気が変わった、仲間に入れてくれなど…」

 

「…そもそもあたし達が役に立てる場所も限られてる。前みたいに冒険者として戦うこともできねぇし…」

 

 溢れ出る輝夜とライラの自嘲。

 

 前へ進もうと二人とも決意してもどうしても消えぬ負の感情。

 

 申し出つつもリューに断られるかもしれない…そんな憶測が輝夜にもライラにもあったのだ。

 

 だがそんなただの憶測は一瞬にして吹き飛ばされた。

 

「「そんなことない(です)!!!」」

 

 否定の言葉を紡いだのはリューだけでなくアスフィもであった。

 

 輝夜とライラのことを友人だと認めるリューとアスフィの中に二人の憶測が現実に変わる要素など言うまでもなく寸分たりともなかったのである。

 

 そしてリューもアスフィもそんな負の感情に染まった二人の憶測を吹き飛ばすべく言った。

 

「先程私は言ったはずです。私にとっては輝夜とライラがそばにいてくれるだけでも嬉しい。二人の存在が私の心の支えなのです。それに輝夜もライラも何があろうとも私の大切な仲間であるということは不変です!」

 

「リオンの言う通りですよ…リオンがあなた方の協力を受け入れない訳がないじゃないですか…それに現状の派閥連合はただでさえ人員不足。輝夜とライラの力は是非とも必要です」

 

「そっ…それに!私には現実を見定める力が足りません!知識を知恵に変える力が足りません!むしろ私が輝夜とライラの力を借りたいとお願いしなければならない立場です。私は輝夜とライラと共に希望を取り戻すために戦いたい!」

 

「…輝夜とライラなら暴走しようとするリオンを止められるかもしれません。ということで派閥連合で共に戦えることを歓迎しますと言うか共に戦ってください。お願いします。…気を抜くとすぐに指揮所を飛び出そうとするリオンを止めるのはとにかく大変だとシャクティが常々…私ももうその苦労を実感済みで…」

 

「…アンドロメダ?貴方は何を言っているのですか?」

 

「…私はどう反応すればいいんだ?素直に喜んでいいんだよな…?」

 

「…なんか苦労人仲間に引き入れられようとしているような…気のせいだよな?」

 

 リューとアスフィによる輝夜とライラに贈られる激励の言葉。

 

 …若干の不穏な言葉が混じっていたような気もするが。

 

 それはともかくとしてリューもアスフィも輝夜とライラの派閥連合の加入を心より歓迎したのは確か。

 

 そのため輝夜とライラは早速意識を切り替えて動き始めた。

 

「まぁともかく…リオンと同じ希望を抱けるかは正直分からん。だが同じ場所でリオン達と共にこれから共に戦うと誓う。改めてよろしく頼む。リオン?」

 

「あたしも同じく。あたしにできることでとことん協力していくつもりだぜ。改めてだけどリオン。よろしくな」

 

「ええっ!もちろんです!共に希望を取り戻すために戦いましょう!」

 

「さて…リオンが私の現実を見定める目と頭脳を欲しているならば、まずは情報が欲しいな」

 

「派閥連合の指揮所なら情報もぎっしり知識もぎっしり。あたしが知識を蓄えて知恵を使うのに絶好の場所かもな?」

 

「ということでリオン?アンドロメダ?協力を頼めるか?」

 

「もちろんです!アンドロメダ?お付き合い願えますか?」

 

「当然です。私も是非とも輝夜とライラの御意見をお聞きしたい」

 

 こうして輝夜とライラの要望の元改めて情報共有が再開される。

 

 輝夜とライラという大切な仲間の支えを再び得ることができたリューはより一層希望を取り戻すための旅路を躍進していくことになる。




祝輝夜さん・ライラさん派閥連合加入!!
一応リューさんの派閥連合参加はアストレア様合意の上とは言え【アストレア・ファミリア】全体での参加とは言い難いので加入という表現を用いています。
…まぁ作中に書いた通りリューさん主導の派閥連合の実態はリューさんの理想の暴走に振り回される苦労人集団です。()
シャクティさんが既に振り回されてる感じは描写しましたが、さらに規模が大きくなって問題を引き起こすことになります。
流石リューさん()


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大和竜胆と狡鼠の量才録用

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量才録用とは『人の才能をよく見はからってから、能力を生かすことができる地位に採用すること』だそうです。
…リューさんを指導者としてじっとしたままにするのは量才録用ではどう考えてもないと思うんですよね。()


 輝夜とライラの派閥連合加入から三日。

 

 派閥連合結成から数えれば、一週間の時が過ぎていた。

 

 一週間の間に派閥連合の基盤は着々と構築されていっている。

 

 そんな中リューの呼びかけにより急遽各派閥の関係者を招集しての会議が催されることになった。

 

 場所は初回の派閥連合の会議も催された【ガネーシャ・ファミリア】本拠『アイアム・ガネーシャ』。

 

 今では派閥連合の指揮所も兼ねる云わば派閥連合の中枢を担う最重要拠点。

 

 加えて言えばリューに輝夜にライラ、さらには主神であるアストレアまでも滞在する【アストレア・ファミリア】との合同本拠的側面までもなし崩しで有するようになっていたりする。

 

 【アストレア・ファミリア】が団員を大幅に失った今本来の本拠である『星屑の庭』を維持するのが困難との判断をリュー達が導き出し、アストレアに【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院からの動座と本拠の放棄を進言しその許可を賜ったのはつい二日前のこと。

 

 これまでの自分達の生活の拠点を放棄し他派閥に身を委ねることはリュー達自身にとっても苦渋の決断であったが、そのような決断を導き出してでも為さなければならないことがあるという認識はリュー達三人、そしてアストレアの間で議論の余地もなく一致していた。

 

 そしてその結論はガネーシャとシャクティにも即座に伝えられると共に快諾され、今に至る…という訳である。

 

 ともあれそんな場所で二回目の会議が催されようとしているのだが、会議の開催は主唱者たるリューの意図だけが働いた訳ではない。

 

 本当の意味で会議を招集したのは加入して早速自らの力量を心置きなく発揮して見せた輝夜とライラ。

 

 その力量の為し得た采配を認めさせるための場であるというのが真相であった。…特に輝夜の性格的に考えれば無理矢理でも。

 

 その辺りの裏事情はともかく。

 

 早朝の既定の時間通りに参加者であるリュー、輝夜、ライラ、シャクティ、アスフィ、アミッド、ボールスは集い、会議は早々に始められた。

 

 最初に切り出したのもまた案の定というか輝夜とライラであった。

 

 せっせと参加者それぞれの前にリューが資料を配布した後、資料が行き届いたのを確認した輝夜とライラは二列に向き合って座る参加者達を前に上座から話し始めた。

 

「皆さん。ご機嫌麗しゅう。この度は派閥連合の合議にお集まり頂き、誠にありがとうございます。そしてこの度の合議の司会を仰せつかったのはわたくしゴジョウノ・輝夜と…」

 

「…自己紹介いるか?猫被りお姫様よぉ」

 

「…あぁ?ライラ今何と仰いましたかな?」

 

「輝夜のことはともかく今日は資料に沿って進める。事前に受けた報告は大体そこにまとめてあるから読んでおいてくれれば構わない。それよりあたし達から大事な提案があるからそれを聞いて欲しい」

 

「…あ?【疾風】からは情報の共有をするって連絡を受けたんだが、【大和竜胆(やまとりんどう)】と【狡鼠(スライル)】から提案って何の話だ?というか【大和竜胆(やまとりんどう)】と【狡鼠(スライル)】はいつの間に復活して…」

 

 輝夜の猫被りな口調で始められた挨拶はライラによって早々に打ち切られる。

 

 そしてライラは自らの伝えたかった本題へと移そうとした。

 

 が、余計なことにボールスが口を挟んだ。

 

 そもそもボールスは輝夜とライラを【ディアンケヒト・ファミリア】への移送に関与して以来二人の情報は一切得ておらず、唐突に会議の場に立って大事な提案を伝えようとする二人に違和感を覚えたという訳である。

 

 …事実を言うならばダンジョンに常日頃いるが故にボールスだけが情報を得ていなかっただけで輝夜とライラの加入はシャクティもアスフィもアミッドも当然リューも知っていたのだが。

 

 ちゃっかりボールスだけが差別されていた状況に気付いてしまったリューは擁護するように口を挟む。

 

「すみません…実はこの度の会議は輝夜とライラの提案によるものでしたが、私が皆さんにどうしても急ぎ集まって頂くために偽りごとを…輝夜とライラに関しては後程私から説明しますので…」

 

「黙れ。大男。お前のせいでどれだけ面倒ごとを増やされたことか。これ以上私に無駄な時間を使わせるな」

 

「うるせぇ。眼帯野郎。リオンにおんぶにだっこの野郎に発言権なんてねぇぞ」

 

「あぁぁぁぁ!?!?【大和竜胆(やまとりんどう)】に【狡鼠(スライル)】!?てめぇらそれは聞き捨てならねぇぞ!?」

 

「…」

 

 …だがリューの気遣いは輝夜とライラのボールスへの罵倒によって一瞬にして粉みじんにされた。リューはもう呆れて言葉も出ない。

 

 一方の当事者たるボールスは唐突に始まった理不尽な罵倒に激昂する。

 

 結果腕を組み溜息を盛大に吐くシャクティがその場を収めることになった。

 

「…輝夜もライラも意味もなく煽るな。話を早く進めろ」

 

「シャクティの言う通りだな。私が話している間は口を閉じておけ。大男め」

 

「だから一体俺が何をやったんだと…!」

 

「だからうるせぇ。眼帯野郎。話を進めるぞ」

 

「がぁぁぁぁ!おい【疾風】!?何でもするからあの糞女どもを殴れぇぇぇぇ!」

 

「…ではまず二人の話を聞いてください」

 

「【疾風】ぅぅぅぅ!?!?」

 

 …こうしてボールスは見放され、否が応でも泣き寝入りする他なくなり、輝夜とライラは意気消沈するボールスを尻目に話を続ける。

 

「で、まずこの二日間リオンと輝夜とあたしで色々と情報を整理した。それで一番深刻なのは人員不足だと判断した」

 

「よって人員の配置を再編成する。地図にまとめた。参考にしてくれ」

 

 二人の説明と共に輝夜は足元に準備してあった迷宮都市(オラリオ)全体の地図を参加者全員が見えるよう机の中央に広げる。

 

 全員の視線が集中する中間を置かず輝夜とライラは説明を始めた。

 

「簡単にまとめるなら、現段階では人員不足な以上巡回・警備の優先度が低い場所からは戦力を削減した」

 

「正直特に賭博場なんぞに人員を割くのは無駄も甚だしいが、警備を担当する意志があるのはあたし達派閥連合しかいないというのが現状の結論だ」

 

「…感謝する。そこには迷宮都市(オラリオ)外からも要人が来る。そこで万が一闇派閥(イヴィルス)の襲撃があれば遺恨が残るからな。迷宮都市(オラリオ)内部も安定していない状況下で外交問題まで引き起こす訳にはいかない。私はその判断に全面的に賛成だ」

 

「…と、警備を長年担っているシャクティが言うから賭博場に関しては事実上決定としたい。異論はあるか?…ま、一人異論があるのは十分理解しているが」

 

 輝夜の賭博場の警備の一件に関しての確認に声は上がらない。

 

 ただ輝夜自身触れた通り異論を抱える人物が一人。

 

 それはリューであった。リューは今この場でも少々不機嫌気味な様子で沈黙を保っている。

 

『巡回・警備の優先度が低い場所からは戦力を削減した』という判断はリューにとって甚だ認め難いもの。

 

 リュ―の中で『優先度が低い』などという価値基準は存在せず、迷宮都市(オラリオ)中の人々を等しく守らなければならないというのがリューの理想。

 

 逆に賭博場などに人員を割くのは言語道断でリューはこの判断に猛反発した結果、シャクティ・輝夜・ライラの外交上の問題などの現実を説明され、渋々認めるに至った…という経緯が裏にはある。

 

 そしてリューが渋々認めた内容はこれだけではなかった。

 

「…ダイダロス通りにも人員を一切配置しないのですね」

 

「アンドロメダというか皆も知っての通りダイダロス通りを全て掌握するには現状の人員ではどう考えても足りん。…致し方ない」

 

「あたし達的にはダイダロス通りは潜伏するのに凄く都合が良いから闇派閥(イヴィルス)の奴らが潜伏してる可能性が匂う以上手を出したいのは山々なんだが…そこに人員を回すと他が足りなくなる。だから現実味がねぇ」

 

「…」

 

 リューが気にかけていたダイダロス通りの巡回・警備案もこれを機に『優先度が低い』とみなされた。

 

 これではリューの判断は全て却下されているかのよう。

 

 だが輝夜もライラもそこまで無配慮なことはしていなかった。

 

「…とは言えリオンが言ったようにこの迷宮都市(オラリオ)の中に守るべき優先度の高低は存在しないと私達も理解している。よってこれは現状の苦境への応急策に過ぎん。だからこそこの人員不足の苦境を脱する必要があると言う訳だ」

 

「人員さえ増えれば順次巡回・警備範囲も拡大できるからな。あたし達が迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すと言うなら、全ての人を守り抜かなければならない…リオンの言葉は理想は理想でも本来実現しなければならない事柄に違いねぇ」

 

 この二人の言葉こそがリューの猛反発を抑えることができた要因であった。

 

 長期的にはリューの案の採用を示唆し、現状の対応策を応急策と限定したのである。

 

 単にリューが輝夜とライラの言葉に上手いこと丸め込まれたのかそれとも輝夜とライラが本心からリューの理想を受け入れたのかはともかく。

 

 実を言うと人員に関しては事実上決定を導き出した輝夜とライラ的にも不満な点があった。

 

「で、だ。人員不足は大きな問題。私とライラとリオンの合意の元再編成したのだが、一点だけ気に入らん。ここだ。ここ。どうしてボールス!貴様の管轄するダンジョンの人員増強にリオンがこだわるのだ!」

 

 輝夜が苛立ち交じりに叩いたのはバベルの描かれた迷宮都市(オラリオ)中央部、即ちダンジョンであった。

 

「道理は分かる。それこそ迷宮都市(オラリオ)全体よりも広いダンジョンの情報を把握するには可能な限り人員は多い方がいい。それは輝夜もあたしも十分理解してる。けどどーしてリオンはボールスにこだわるんだ!?リオンにお前何しやがった!!」

 

 ライラの言うように輝夜もライラもダンジョンにおける情報把握の重要性は理解している。

 

 何せ『大抗争』も『二十七階層の悪夢』も先日の一件も全てダンジョンにおいて闇派閥(イヴィルス)が策動したことで起きた惨事。

 

 それらを未然に防ごうとするならば、ダンジョンにおける闇派閥(イヴィルス)の一挙一動たりとも見逃すわけにはいかない。

 

 よって二人ともダンジョンへの人員の増強には賛成だった。

 

 が、リューが毎度ボールスを理由に挙げるのが輝夜もライラも気に入らなかった。

 

「…だからボールスが度々増援要請を送ってくるため見過ごせなかったからと…」

 

「リオンがそんな要請に応えるほどボールスと仲は親しくはないだろうと言っているのだ!」

 

「それは…そうですが」

 

「何かおかしいんだよ…って重要なのはそこじゃねぇよな。輝夜。この話はそれくらいに後でリオンとボールスを追及するとして今置いておこうぜ」

 

「くっ…そうだな」

 

 輝夜とライラはリューの繰り返しボールスの要請があったからという弁明も受け入れ難いらしい。

 

 だがライラはこれ以上の追及を控えるように輝夜を諭し、輝夜もまた大人しく退く。

 

 ライラとしても輝夜としても彼女達にとっての本題に入る方が余程優先であるし、輝夜としては周囲の雰囲気が呆れ気味に突入し始めているのを感じ取ったからである。

 

 そのため輝夜は小さく咳払いをして、雰囲気を一新しようと試みつつようやく本題へと移った。

 

「とにかく私達が言いたいのはただでさえ人員不足なのにダンジョンの監視にさらに人員を割く羽目になり、人員不足が深刻化しているということだ。その上これだけ人員を割いても尚ダンジョン対策の人員は足りないと見て良い」

 

「ということで事前に話には出てるのは知ってるが、早急にさらなる派閥の協力を引き出す必要があるって訳だ」

 

「確か少なくともリヴィラの冒険者達の所属するファミリアの主神達は説得に大方成功し、協力を得られるようになったそうだな?」

 

「【象神の杖(アンクーシャ)】の言う通りその点はお前らの主神様達と俺様の説得のお陰で首尾よく進んでる」

 

「ちっ…あの大男巧妙に功績を立ておって…だからリオンが気遣ってるのか?あぁ?」

 

「…だからなぜ輝夜はボールスに妙に目くじらを立てるのです…それより本題はこれからでは…」

 

 シャクティの確認に立役者の一人を自認するボールスが口を挟む。

 

 二人の言ったようにリヴィラの街に関わるファミリアはアストレアやヘルメスを始めとした派閥連合の中核を担うファミリアの主神達とリヴィラの街を取り仕切るボールスによって協力を得られる手筈が整っていた。

 

 現に輝夜とライラの立てた人員の配置計画に組み込まれ、ボールスの指揮の元情報網の構築等に勤しんでいる。

 

 地上での巡回・警備の体制が整わない反面リューの気遣いによってそれなりに人員に恵まれているボールスは早々に派閥連合に多大な貢献を成してしまったと言う訳である。

 

 もちろんボールスの手腕によるものではあるが、リューの気遣いなくして成せる事柄でもなくライラの『リオンにおんぶにだっこの野郎』と罵倒される所以になっていたり。

 

 さらに言えば多大な貢献があるからこそリューが尚更ボールスに気を使っているようで輝夜的には一層気に入らない。

 

 …というライラと輝夜のボールスへの文句はともかくリューの指摘した通り本題はこれから。

 

 そしてリューがあえて指摘したという点から察せるようにリュー自身に関わる事柄であり、リューの指摘に頷いた輝夜は話を進める。

 

「そこで各派閥の協力要請が肝要になる訳だが、未だ交渉役が決まっておらん」

 

「…確かに輝夜の言う通りだ。我々団長で説得に当たると漠然と決めてはあったが、明確には決めていなかったな」

 

「その上どこの派閥を優先的に協力を仰ぐかも不鮮明です。【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】は優先しないという話は出ていましたがそれ以上は…」

 

「今すぐ決めるべきでしょう。希望を取り戻すために戦う同志は多ければ多いほど望ましいです」

 

「ま、俺様達だけでも何とかなると言いたいところだが、人員不足は俺様でも実感する以上賛成だ」

 

 輝夜の指摘にシャクティもアスフィもアミッドもボールスも順々に賛成の意を表明する。

 

 賛成の意を受けて代わってライラと輝夜がまとめた。

 

「と、いうことは全員賛成でいいな?じゃああたし達の立案した交渉対象と交渉人を伝えるぜ。まずはギルドと懇意の派閥にはシャクティを適任と見た。役立たずのギルド様のお怒りを買わないようにしつつ協力を引き出す…頼めるか?シャクティ?」

 

「…そのギルドとの関係はどうする?」

 

「それは私達にも分からん。今後のギルドと私達の動向次第だ。とにかく役割として引き受けてもらえるか?」

 

「もちろんだ。断る理由もない。ギルドとの関係は適宜指示を仰ぎつつ、交渉に当たろう」

 

 ライラと輝夜が最初に告げたのはシャクティの役回り。

 

 シャクティはギルドとの関係に懸念を示したが、この場にいる全員としても輝夜の言った以上の判断は下せない。

 

 そのためシャクティは若干の不安を抱きつつも受諾する他なかった。

 

「そしてリヴィラの街関係の派閥の協力継続の役割は大男。貴様に委ねる。リオンにこれだけ期待されているのだから、失態が少しでもあれば私が許さん」

 

「…俺そんなに【疾風】に期待されてるのか?」

 

「聞かれてるぞーリオン?眼帯野郎が褒めて欲しくて仕方がない餓鬼みたいな声で聞いてやがる」

 

「おい!?【狡鼠(スライル)】!!てめぇ…いい加減張り倒すぞ!?」

 

「…っ!ライラァ!うっっ…頼りにしてます。ボールス。ダンジョンにおいて闇派閥(イヴィルス)の陰謀によるこれ以上の犠牲を増やさないためにもあなたの力が必要です」

 

「くっ…糞っ!分かった!俺なりにやれるだけのことはやってやる!」

 

「…ほんと聞き分けが良すぎやしないかねぇ?あの眼帯男…」

 

 …ライラの茶化しとぼやき通りボールスの聞き分けが妙に良い点が謎なのはともかくとして。

 

 ボールスが継続してリヴィラの街に関わる派閥の引き締めを担うのは妥当な割り当て。

 

 リューとボールスが無駄に振り回される一幕はともかくとして順当な発表の流れだった。

 

 だがここから輝夜とライラが告げる内容が問題だった。

 

「で、問題は現状で事実上傍観・中立を保ってる派閥の連中なんだよなぁ。【ミアハ・ファミリア】はテアサナーレ?神ディアンケヒトが説得に当たってくれるんだっけか?」

 

「はい。ディアンケヒト様が精力的にミアハ様を説得なさっています。近日中には朗報をお持ちできるかと」

 

「分かった。助かる。テアサナーレ。ただどちらにせよ根本的な問題は解決できないのは周知の事実。誰か派閥連合を代表して交渉に当たる人物が必要だ。」

 

「派閥連合を代表して…まさか!」

 

 アスフィが声を震わせる。

 

『派閥連合を代表して』

 

 アスフィがこの一句から推測できる人物はただ一人。

 

 そしてその推測は正解だった。

 

 

「「私(あたし)達はリオンを交渉役に推薦する」」

 

 

「「「はぁ!?!?!?」」」

 

「「…」」

 

 輝夜とライラの宣言に反応が二つに割れる。

 

 シャクティとアスフィとアミッドは驚きのあまり声を張り上げ。

 

 リューとボールスは沈黙を保ち。

 

 その反応がその場の意見が真っ二つに割れたことを証明していた。

 

「待て!輝夜!ライラ!リオンは確かに派閥連合を代表するに相応しい。しかし派閥連合を率いる身だからこそ迷宮都市(オラリオ)の状況を俯瞰して見れる立場にいなければならない。交渉役は指導者であるリオン以外が担うべき事柄だ!」

 

「シャクティの言う通りです!まず交渉と軽く言いますが、敵か味方か不鮮明な相手の元に出向くのです!リオンに万が一のことがあれば…」

 

「私も同じく反対です。リオンさんには万が一があっては絶対なりません。そのようなことがあれば派閥連合は崩壊の危険さえ帯びることでしょう。リオンさんに率先してリスクを冒して頂く道理はありません。交渉役はせめて他の方に」

 

 シャクティもアスフィもアミッドもそれぞれの観点からリューの交渉役になることへの反対の意を口にする。

 

 それに対して最初に反論したのはボールスだった。

 

「確かに【疾風】は派閥連合の指導者…【象神の杖(アンクーシャ)】の言うように状況を俯瞰していられるように後ろでふんぞり返ってる方が指導者としてはいいのかもしれねぇ。案外指揮する時ってのは前線にいるよりも後方にいる方が色々な場所に目を配れるからな。だが…だからと言って【疾風】をずっと指揮所に閉じ込めておくのは宝の持ち腐れじゃねぇのか?」

 

 ボールスにしては気を使ったかのように三人の意見を自らの経験に基づいて擁護しつつ、ボールスは『宝の持ち腐れ』という表現を以て三人の意見に苦言を呈する。

 

 そしてボールスの意見に加えるように輝夜が言った。

 

「三人の言い分は最もだ。恐らくシャクティとアスフィにはリオンを指揮所に留まらせようとするのはリオンの安全のみではなくリオンに指導者としての自覚を持たせようという意識があるのだろう。それは正しい。リオンには未だ指導者としての自覚がないのは事実だ。すぐに暴走しようとしよって…」

 

「…」

 

 輝夜は三人の意見を肯定しつつ、リューに向かって嫌味を呟く。

 

 リューは恥じらいを覚えつつ視線を背ける。

 

 リューに指導者として泰然と構えようという意識が欠如しているのは周囲が不安視する所ではあるし、リュー自身ある程度自覚するところであるからである。

 

 …とは言え血気に逸って暴走し出してしまうリューの癖は中々矯正することができないのだが。

 

 そしてだからこそボールスの言う通り『宝の持ち腐れ』なのである。

 

「…だが気に入らんが、大男の言う通りだ。リオンの熱意を後方に燻らせておくのはあまりに惜しい。溜め込ませた挙句暴発される方が尚のこと面倒だ。ならリオンにはその熱意を交渉で協力を引き出すのに用いらせるべきだと私達は考えた」

 

「それに考えてみろよ?リオンから大体話は聞いたけどよ…ここにいる全員がリオンの熱意、覚悟、希望への意気込み、理想…それらに惹かれてこうして集っている。なら協力を引き出すのに一番効果的なのはリオンの言葉…違うか?」

 

「「「…」」」

 

 ボールスの意見を補強するように輝夜とライラが持論を述べる。

 

 二人の持論は的を射ていた。

 

 リューの熱意、覚悟、希望への意気込み、理想…

 

 それらを紡ぎ出したリューの言葉が今の派閥連合を作り出しているのは揺るがぬ事実だ。

 

 反対の意見を述べた三人にも自覚がある以上反論はしにくい。

 

 さらにライラはとどめを刺すように呟いた。

 

「それに、よ。当の本人様はもう考えまとめちまってるし」

 

 そうライラが呟くと、『当の本人様』であるリューに視線が集まる。

 

 その一人一人の視線を見渡して応えた後に。

 

 リューは自らの意志を告げた。

 

「…実は私が輝夜とライラに皆さんの説得を頼みました。私はシャクティやアンドロメダ、【戦場の聖女(デア・セイント)】のお心遣いが大変嬉しいです。それに私が指導者としての自覚を持つべきなのは分かっています。…ですが私は一人だけ安全な場所にいるということが嫌なのです。誰かに危険が迫っているならば共に危険へ飛び込みましょう。誰かが死地に赴こうとするならば共に赴き、そこを死地でなくするために力を尽くしましょう。それは本来指導者としての在り方ではないのかもしれません。だとしても…私は皆さんと同じ場所で共に戦いたい。その戦いをまず共に戦ってくれる方をさらに集めるための交渉から始めたい。そう考えています。…ご賛同いただけませんか?」

 

 リューの思いが会議室に響き渡る。

 

 リューは粛々と自らの非を認めと同時に自らの意志を突き通したいと表明した。

 

 長々とした意志表明ではあった。

 

 だが誰一人として口を挟まずリューの話を黙々と耳を傾けた。

 

 そしてリューの賛同を求める問いが紡がれた時。

 

 

 反対した三人が様々な感情を表情に映し出しつつその求めに応じた。

 

 

「…いや、前線に立って自ら模範を示す…それもまた指導者の在り方だ。リオンの考えは何ら間違っていない。分かった。リオンの考えに従おう」

 

「リオンらしいですね。リオンはいつだって前へ進んでいこうとして…私達の先で希望を示そうとしてくれる。私達がただただ過保護なだけだったのかもしれません。分かりました。リオンの考え通りにしましょう」

 

「リオンさんがそう仰るなら…致し方ありませんね。ただ御無茶だけはなされぬように。それだけが私の願いです」

 

 シャクティはリューの考えの正しさを認め、アスフィはリューへの憧れを見せ、アミッドは不安を滲ませる。

 

 三者三様な反応だが、これ以上の反対はしないという点では一致した。

 

 その反応を受けて輝夜とライラはまとめる。

 

「…三人の反応を見るに問題はない、な。よって翌日よりリオンを中核に他派閥の協力要請を積極的に推進する。リオンの補佐には当然私とライラも付くが、シャクティ、アンドロメダ、テアサナーレも協力して欲しい。当然リオン一人で全派閥の交渉が担えるわけではないからな」

 

「そしてリオンには優先して中規模派閥の交渉を担ってもらう。差し当たりは【イシュタル・ファミリア】や【ディオニュソス・ファミリア】が優先か?規模が大きい派閥を引き入れれば引き入れるほど他の派閥も靡くからよ」

 

「リオンの補佐はもちろん喜んでお引き受けしますが…中規模派閥の交渉をリオンが担うということは…【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】との交渉は当面延期するという理解で問題ないですか?」

 

 輝夜とライラのまとめにアスフィが疑問を口にする。

 

 中規模派閥の交渉を優先するというライラの口振りから考えれば、大規模派閥に該当する【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の交渉は行わない…そのように聞こえたからである。

 

 だがそのような意図は輝夜にもライラにも一切なかった。

 

「な訳なかろう。ロキとフレイヤは未だ最優先だ。あの馬鹿どもが冷戦状態なせいで私達が割を食っているのだ。あのような迷惑な対立は早々に終えさせねばならん」

 

「そうそう。うちの勇者様にもそろそろ本領を発揮してもらわねぇといけないよな。それこそフレイヤの犬どもにうちの一族の英雄様が輝けないとなると尚面白くねぇ」

 

「…この【勇者(ブレイバー)】大好き小人族(パルゥム)様の私情はともかく。ここに関してもリオンときちんと話し合って決めてある」

 

「…となると?」

 

 

「「当然私(あたし)達が担当するに決まってるだろ?」」

 

 

「「「なっ…!?」」」

 

 またも輝夜とライラの宣言に驚愕の声が揃う。

 

 ただ今回はリューが話し合いに関わったという話から即座にリューの元に視線が移り、リューの考えを聞こうという流れになった。

 

 だがリューは目を閉じたまま無言を貫いた。

 

 まるであまり積極的には賛同していなかったという意志を示しているかのように。

 

 そのため輝夜とライラが続けて付け加えた。

 

「特に【フレイヤ・ファミリア】の方は既にリオンは警戒されていたと聞いた。よって一応人を代えた方がマシになるだろうという浅知恵だ」

 

「それに相手はあのフィンだぜ?単に交渉するにしてもリューみたいな愚直に希望と理想を説けば動いてくれるとは考えられねぇ。それなりに駆け引きと取引をしつつじゃねぇとな」

 

「そういうのならリオンより私達の方が適任だろうという訳だ。そもそも場合によっては連中は仮想敵。自ら乗り込んで偵察は望むところだ」

 

「輝夜のような血の気の多い奴が不用意に刺激しないようにあたしも同行するという意味合いもある」

 

 輝夜とライラは色々と理由を並び立てて自らが【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の交渉を担うことの合理性を主張する。

 

 その主張は恐らく正しいのだろう。

 

 だが輝夜とライラ以外の周囲にはリューの態度に違和感を感じずにはいられなかった。

 

 と言ってもリューは沈黙を保つのみで自らの意見は口にせず。

 

 結局流れで承認という形で輝夜とライラの役割は決まることになる。




…まぁお察しの通りリューさんを指揮所に缶詰めにして指揮を執らせようなんて無茶振りな訳ですよ。一応シャクティさんとアスフィさんはリューさんのためという意味でその役割を頼もうとしてたんですけど、リューさんの才能をより生かしたいならそれよりも前線で動き回らせた方がいい。
リューさんの仲間としてより近くにいた輝夜さんとライラさんならではの考えです。それはリューさんの限界を勝手に決めているという意味でもリューさんの在り方を二人よりも理解しているという意味でも。

そして滅茶苦茶厚遇されるボールスさん!
何だかんだ原作でも登場回数少なくないですからね。あの男。輝夜さんとライラさんは『リオンに男が!?それもあの大男(眼帯野郎)が!?』とぶち切れ気味ですが、理解に苦しむと同時にリューが信頼を一程度預けてることに嫉妬も若干?

あとロキ・フレイヤ交渉役は輝夜さんとライラさんに。
ある意味今作の最重要課題ですから、私的には当然の人選ですね。
優秀さでもフィンさんとの繋がりでも多くの意味で二人が適していると思います。
前線に出れない分…というか出れないからこそこの二人はこの役割に精力的に取組むわけで…
二人には一番の難題が回ってきたとも言うべきでしょう()


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猛者の突き付ける現実

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「…まだ納得できんか?リオン?」

 

「あーあたしにも見えるぜーリオンが不貞腐れながらもそれでも意地でもあたし達を見送ろうと立ってるイメージがよ」

 

「…」

 

 派閥連合の会議の翌日。

 

 輝夜とライラは自らの役割の一つと定めた【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の説得へと早々に動き始めた。

 

 そして最初に交渉相手として狙いを定めたのは【フレイヤ・ファミリア】。

 

 二人は【フレイヤ・ファミリア】本拠『戦いの野(フォールクヴァング)』へ向かうべく準備を整えていた。

 

 そしてリューは二人の見送りのため二人のそばに付き添っている訳である。

 

 ただ輝夜が表情から汲み取り、ライラも察したのはリューの抱く不満。

 

 その不満の所以は二人が【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の交渉役を引き受けたことにあった。

 

「…納得はしようと努力しています。ただ私自身の経験上交渉の成功は相当困難を極めるかと思うと…」

 

「それくらい分かっておるわ。私達はリオン程楽観的ではないからな」

 

「そうそう。何もあたし達は一回で交渉を成功させようとは思ってないぜ?どこぞのリオンと違って」

 

「うっ…」

 

 輝夜とライラの嫌味にリューは言葉を詰まらせる。

 

 …二人の指摘通り楽観的に一回で交渉が成功すると思って動いたのがリュー自身だったからである。

 

 二人に指摘され自らの浅はかさを恥じ入るリュー。

 

 本当は輝夜とライラも事前申し入れをすることなく今から乗り込もうとしていたりとリューと大して変わりない振る舞いなのだが、生憎リューは気付かない。

 

 それはともかくとしても輝夜もライラもリューに嫌味を言って非難したいだけ…というつもりはなかった。

 

「ま、何も私達が自暴自棄になって殺されてでも構わないから、説き伏せてやるとかそういう重過ぎる覚悟で臨んでる訳ではないのだから、そう心配するな」

 

「そうそう。特に【フレイヤ・ファミリア】の連中に殺されそうになったら尻尾巻いて逃げてくるから、連中の追手が来たら相手してくれよ?」

 

「それは流石に…」

 

 ライラの冗談に苦笑いで応じるリュー。

 

 実はこの役割を輝夜とライラが担うと名乗り出た際にリューが一番不安視したのは輝夜が口にした事柄であった。

 

 輝夜とライラは直前まで生きる希望を失っていたこと。それはリュー自身目の当たりにし知っている。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】との交渉は困難を極め、最悪の場合には命を落とすリスクも検討の中に入れなければならないこと。シャクティやアスフィが延期を提案する程の警戒度で挑むしかないということをリューも知っている。

 

 だからそんな役割を輝夜とライラに任せるのはリューには気が進むはずがなかったのだ。

 

 だがそれでも輝夜とライラはリューにこう説いていた。

 

「色々話し合った上での決定である以上、私達の言い分もある程度記憶しておろうが、私達はリオンの理想が私達にとっても希望足りえるか知るためにこの役割を引き受けた」

 

「要はリオンの希望に賛成したいっていう意志はあることは忘れないでくれよ?色々思う所はあるけど、あたし達の本心としてはリオンの力になるために交渉に出向こうと思ってる」

 

「もちろん記憶しています。二人の思いを私が忘れるはずがありません。その思いを無碍にしたくないからこそ…私は今こうして二人を見送ろうとしています」

 

 輝夜とライラはリューの理想を信じ、希望足りえるか確かめるために交渉に臨む。

 

 輝夜とライラはリューの希望を共有し実現すべく交渉に臨む。

 

 そう前向きに希望を求めようとする輝夜とライラの姿勢を感じ取ったリューはそれまで抱いていた不安を脇に置かなければならないと理解した。

 

 未だに完全には脇には置けてはいないとはいえ、リューは積極的に前へと進み希望を取り戻そうとする二人の背中を支えようと決心していた。

 

 それは二人の要望を聞き入れ全員に認めてもらえるような会議の場を設け、こうして見送りに来ていることからも明らか。

 

 リューは輝夜とライラと同じ希望を抱くという理想を実現できるかもと期待していた。

 

 だが輝夜の『希望足りえるか知る』という言葉の意味は二人の中ではリューの思う以上に大きかった。

 

「ただ私達はリオンの理想を正直簡単には受けれられん。【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】と手を取り合う…現実を見れば絵空事なのは誰もが思うことだからな」

 

「特に【フレイヤ・ファミリア】との協力はあたし達的には現実味がないと見るなぁ。連中の一番は迷宮都市(オラリオ)ではなく連中の慕う女神様。闇派閥(イヴィルス)が連中の脅威となるほどの戦力を取り戻さない限り動こうとはしないだろうぜ」

 

「それどころか連中にとっての今の仮想敵はこの小人族(パルゥム)様御贔屓の【ロキ・ファミリア】。そっちの連中も【フレイヤ・ファミリア】の警戒を招くくらいなら闇派閥(イヴィルス)との戦いからは手を引こうと一年も無駄に時を浪費した。正直私は当てにはしたくない。どちらも現状を鑑みれば共に協調するには値しない」

 

「輝夜の嫌味は置いておいてだな…どちらにせよ一方との協調は一方との敵対に繋がる以上軽率な判断は控えたいしよ。かと言って双方との敵対は当然論外で双方との協調は難し過ぎる。…ある意味八方塞がりだよなぁ。知恵を絞ればどうにかなるとはちょっとあたしには思い難いねぇ」

 

「…分かっています。二人の考えは」

 

 リューの理想である【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】との協調。

 

 輝夜もライラもリューの理想を完全に共有することだけはできなかった。

 

 輝夜の見定める現実もライラの頼りにする知恵もその実現への道筋を示さなかったからである。

 

 だがそれでも二人が交渉の場に立つことを決めたのは二人自身の言葉通りの理由であった。

 

「それでも…輝夜とライラは私と同じ理想を掲げ、同じ希望を抱くべく力を尽くしてくださる…そうでしたよね?」

 

「その通りだ。リオンに見える理想を私も共に見てみたいと思った。正直それだけでも連中の相手をする理由は立つ」

 

「同じく。あたしもリオンの理想が実現したら凄いじゃねぇか。ならあたしも力になりたいと思うのが当然だろ?」

 

「輝夜っ!ライラっ!」

 

「まぁ仮想敵の本拠に乗り込んでの敵情偵察は欠かせないしな」

 

「そうそう。どちらの派閥も活動自体が隠密になってるようで情報が掴みにくくてよぉ。交渉を名目に仕入れられる情報は仕入れないとな」

 

「…輝夜。…ライラ」

 

 輝夜とライラのリューの理想を共に信じようという意志のこもった言葉にリューは感極まりそうになる。

 

 …が、早々に輝夜とライラが裏の感情を暴露し始めたためリューは一瞬に冷めた表情に戻る羽目になる。

 

 などという風に色々話し込んでいたが、出発の時間をあまり遅らせてはいけないとリューは思い至る。

 

 そのためリューは話を切り上げるためにも輝夜とライラの前にすっと手を差し出した。

 

「ん?どうした?リオン?」

 

「…いつもはアリーゼが提案していましたが…今はアリーゼがいない。アリーゼは未だ目覚めない。なので…私が代理で」

 

「…そういえば会議の時上座が空いていたな。何気なく私達が使っていたが…」

 

「ええ。あそこはアリーゼの席です。派閥連合結成の際に私は【アストレア・ファミリア】団長であるアリーゼの代理として指導者に就任しましたから」

 

「…そうか。まぁその点はいい。それでリオンは例のあれをやろうと言うのだな?」

 

「…はい。事を成す前には決まってアリーゼが提案して下さった誓いの証を」

 

「…何の話をしてるのかピンとこなかったけど、まさかあの小恥ずかしいあれか?」

 

 輝夜が一瞬話を逸らせて複雑な表情を浮かべるという脱線を挟みつつもリューが提案したのはいつもならアリーゼが提案していた『あれ』。

 

 その『あれ』が何か輝夜とライラはすぐに察し、輝夜は若干の諦め顔を浮かべライラは嫌そうな表情になる。

 

 二人の様子から気が進んでいないのは明らかだが…

 

「…あの日以来誓いとして手を重ねることさえできない日々が続きました。だから…私は再び三人で共に戦えるようになったこの日改めて共に戦うことを誓いたいのです。そして…遠くないうちに希望を取り戻し、アリーゼも加えた四人で誓える日を取り戻す。それが私の願いなのです。なので…」

 

「…分かった。リオンがそこまで言うなら仕方あるまい。ライラ。お前も嫌がらずに大人しくリオンの望みを聞いてやれ」

 

「ったく…仕方ねぇなぁ。リオンのためならこれくらいの恥なんともない、か」

 

 リューの告げた願いを聞き、輝夜はリューの手の上に自らの手を重ね、もう片手でライラの手を自らの手の上へと導く。

 

 三人の手が重なったその時。

 

 今ここにはいないアリーゼに代わってリューが導きの言葉を紡ぎ出す。

 

「…私はアリーゼのように希望を示すことはできません。アリーゼのように頼りがいはないかもしれません。だとしても…私でも大切な仲間と共に戦うことはできます。輝夜。ライラ。共に希望を取り戻すために戦ってくださいますか?」

 

「あぁ。当然だ」

 

「もちろん」

 

 リューの不安交じりの質問に輝夜もライラも短くも力強い言葉で応じる。

 

 その言葉に背中を押され、自身を得たリューはアリーゼがいつもは口にしていた誓いの言葉を紡ぎ出した。

 

 

「使命を果たせ!天秤を正せ!いつか星となるその日まで!正義の剣と翼に誓って!!」

 

「「正義の剣と翼に誓って!!」」

 

 

 リューの言葉に続いて輝夜とライラは唱和する。

 

 ここに星乙女達の希望を取り戻すために戦う誓いが為されたのである。

 

 その初戦は【フレイヤ・ファミリア】との交渉と相成った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…あんな風にリオンに見送ってもらっておいてあれなんだが…あたし達この成果はちょっと…リオンに伝えにくくないか?」

 

「…こうなることは想定済みだったとも言えるし、本拠に入って【猛者】と交渉の場を設けられたという意味では前進はあったとは言え…リオンに顔向けしにくいという気持ちは分からんでもない」

 

 三人の誓いから半日。

 

 輝夜とライラは【フレイヤ・ファミリア】本拠『戦いの野(フォールクヴァング)』の前にいた。

 

 輝夜の言葉通り無事交渉を終えることはできた。

 

 事前の申し入れも抜きで唐突に乗り込んだ輝夜とライラではあったが、武装を解除した上で訪れるという誠意という名の準備は行っていた。この点をリューは見落としていた訳である。

 

 どちらにせよ現状の輝夜とライラでは【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者達どころか下級冒険者にさえ後れを取る恐れがある…そんな厳然たる事実から来る判断でもあるとは言え、この判断は正しかった。

 

【フレイヤ・ファミリア】の警戒を一程度解消することに成功したのである。

 

 そして武装を解除した輝夜とライラはフレイヤではなく団長のオッタルに交渉を持ちかけた。

 

 確かに【フレイヤ・ファミリア】の行動を決定しているのはフレイヤであり、フレイヤに単刀直入に交渉すれば早いというリューの判断は強ち間違ってはいなかった。

 

 だがフレイヤに強烈な崇敬の念を抱く【フレイヤ・ファミリア】の団員達を前にフレイヤに会わせて欲しいと申し出るのは流石に警戒を招き不敬だと取られかねないという点まではリューには理解できなかった。

 

 その反省を生かしてという意味でも二人はオッタルとの交渉に対象を切り替えて挑むことにしたのである。

 

 だが…成果はほとんど何もなかった。

 

『フレイヤ様の御身のため。我々はフレイヤ様の御心に従う』

 

『団員の多くは【ロキ・ファミリア】との決着を望んでいる。…当然俺自身も』

 

【フレイヤ・ファミリア】団長である【猛者】オッタルとの交渉の場で得られた言質を要約すればこれ以上もこれ以下もなかった。

 

 フレイヤの身の安全を守るためなら実力行使を辞さないこと。

 

 フレイヤの命令には絶対的に従うこと。

 

【フレイヤ・ファミリア】の団員達は【ロキ・ファミリア】の決戦に逸っていること。

 

 要は判明した成果はそれだけ。ある意味事前に分かっていた情報以上のものを何一つ得られなかった。

 

【ロキ・ファミリア】の名前を口にしようものなら、オッタルの殺意のこもった視線で睨め付けられ、あの輝夜とライラが怯んで言葉を噤んだほどである。

 

 そんな訳で派閥連合への協力要請どころではなくオッタルは事実上の【フレイヤ・ファミリア】の意向を告げて、もう二度と来るなと言わんばかりに交渉の場…いや、交渉など成立していなかった以上宣告の場と言うべき場を輝夜とライラの意向を聞くこともなく幕切れさせた。

 

 交渉という意味では成果なしである。

 

 せめてものと副次的目標として掲げていた本拠に乗り込んだことで分かったことも【フレイヤ・ファミリア】の団員達は軒並み『洗礼』という名の死闘に明け暮れ、【ロキ・ファミリア】との決戦の日に向けた準備に余念がないということ。

 

 総括するなら成果は【フレイヤ・ファミリア】に一切協調する意志がないということが明確に分かったことのみである。

 

「…あの女神の乳離れもできん餓鬼めが…フレイヤ様フレイヤ様フレイヤ様とそれしか言えんのか!あのような迷宮都市(オラリオ)のことをほとんど考えぬ連中の力を借りねばならん我々の立場が実に忌々しい!!糞猪めがっ!!脳が空っぽな餓鬼なら大人しく女神の乳でもずっと吸っていろっっ!!」

 

「餓鬼と言っても輝夜より年上で実力も輝夜を圧倒してるがな…ともかくそのフレイヤ様の意志が読めねぇのが困るどころじゃねぇ…女神の気まぐれで色々と滅茶苦茶になるなんて勘弁しろよ…その上眷族にも止める気がねぇとか…どう考えても対策を怠る訳にはいかねぇじゃねぇかよ…」

 

 輝夜が苛立ちを顕にして罵倒を喚き、ライラが頭を抱える。

 

 …輝夜が罵倒を喚いているのが罵倒対象の【フレイヤ・ファミリア】の本拠の前であるという恐ろしい事実は気にしてはいけない。

 

 そして周囲で罵倒を耳にしている【フレイヤ・ファミリア】の団員達は主神であるフレイヤのことになれば別だが、団長であるオッタルが罵倒されることは全く問題ないらしい…という点はともかく。

 

 オッタルに気圧されてしまったという事実に、輝夜は自らの不甲斐なさを自覚せざるを得ず荒ぶる。

 

 ライラの懸念した輝夜の激昂による交渉の妨害はオッタルの気迫によって未然に防がれてしまっていた。そのためオッタルのいないこの場で輝夜は額に青筋を立てて罵倒し地団駄を踏みと荒れに荒れる。

 

 だが今更荒ぶったところで何の成果も生まれない。

 

 そしてこの荒ぶり具合がオッタルの前で発動せずに良かった…という訳にはいかなかった。

 

 ライラもまた碌に知恵を生かした交渉を遂行できなかったことへの後悔が止むことはない。

 

 もちろん生粋の武人である武骨なオッタル相手に知恵を生かして翻弄するという手段は取れないとしても理を説き利を説き弱みを握りと何とか交渉の糸口を掴めないかと尽力するはずが、糸口を掴むための言葉さえほとんど発せなかったのである。

 

 その上交渉終了後呑気に輝夜とライラが本拠内の状況を一程度把握できたこと自体【フレイヤ・ファミリア】の余裕の証。

 

 …それを輝夜は未だ気付いていない雰囲気だが、伝えるとさらに輝夜は荒ぶりライラに八つ当たりまで始めそうなので心に秘めている。

 

 言うまでもなくライラも輝夜と同じ程度にはオッタル達【フレイヤ・ファミリア】に不快感を抱いていた。その取り付く島のなさと余裕を目の当たりにすれば普段は冷静なライラでも不快感を覚えて苛立つ。

 

 だがライラはそんな不快感よりも憂慮が勝った。

 

 フレイヤが如何に動くかも読めず手足となって動く団員達は迷宮都市(オラリオ)のことなどお構いなしにフレイヤの命令に従う。

 

 ただでさえ闇派閥(イヴィルス)への対応だけでも四苦八苦している派閥連合に【フレイヤ・ファミリア】という不穏分子まで加わるのだ。

 

 対処策を練る策士の立場を担うと自らに課したライラからすれば頭を抱えるどころの騒ぎではない。

 

【フレイヤ・ファミリア】による【ロキ・ファミリア】との唐突な抗争の開始などまで踏まえて闇派閥(イヴィルス)への対処策を練る必要に迫られているのである。その上対処策を派閥連合全体に言い含めさせるとなると…

 

 …ライラには二人が【フレイヤ・ファミリア】との交渉の結果を報告した後の会議が紛糾する様子がありありと思い浮かんでしまう。

 

 こうして輝夜もライラも揃ってリューに今回の交渉の結果を伝えるのが気が進まないという訳である。

 

 だが実は輝夜とライラの気掛かりはそれだけでもなかった。

 

 

 その気掛かりとはリューの口から出たアリーゼの名。

 

 

 …輝夜もライラもアリーゼに関するリューが知らない事実を知っている。

 

 アリーゼが目覚めていることもアリーゼが自らの希望を探すべく輝夜達でさえ知らぬ場所で尽力していることも。

 

 にも関わらずリューはそれらの事実を知れずひたすらアリーゼが目覚めるのを一途に待っている。

 

 常にリューの心の中でアリーゼのことを想いながら。

 

 派閥連合の会議の場でアリーゼの席を設け、自らはアリーゼの代理に過ぎず派閥連合の指導者は本来はアリーゼであるという歪さまでも感じる執着を抱きながら。

 

 輝夜もライラもリューの名を聞いた時思わず二人の知るアリーゼに関する事実を伝えたいと揃って思ってしまっていた。

 

 だがそれはできなかった。リューに伝えないことをアリーゼが二人に厳命していたからである。

 

 そのためリューは今もアリーゼの真実を何も知らぬまま。

 

 派閥連合の行く末も不安だが、アリーゼが今何をしているのかという点も輝夜にとってもライラにとっても気掛かりであった。

 

 だが行く末をいくら案じても未来は変わらないし、アリーゼのことを案じた所で何もできないことは輝夜もライラも理解している。

 

 だから輝夜もライラも自らの役割を全うすべく心機一転を図るように呟いた。

 

「…まぁいい。明日は【ロキ・ファミリア】との交渉か。それまでに今日得た情報をできる限りまとめるぞ」

 

「…あぁ。うちの勇者様には期待したい所だけどよ…先のことより今日得た知識を知恵に変える方が優先だな。せっかくおこぼれで頂戴した情報。しっかり生かさせて頂きますかねぇ」

 

 輝夜もライラも【フレイヤ・ファミリア】との交渉の失敗ではなく情報の整理や【ロキ・ファミリア】との交渉へと意識を切り替える。

 

『輝夜。ライラ。あんた達は自分の力で希望を見つけ出しなさい。片腕がなくなっても失明してもできることはあるはず。希望は必ずある。今は希望が見出せていないだけ。私はそう信じている』

 

 そんなアリーゼの伝えた信頼にこたえるかのように。

 

 輝夜とライラは『戦いの野(フォールクヴァング)』に背を向けたまま一歩また一歩と先を急いだ。




お久しぶりと言いつつ今作では初めての【アストレア・ファミリア】の誓いのシーン。
…四人が揃うことはもう少し先になりそうです。

その点はともかく今回は【フレイヤ・ファミリア】に一応は焦点は当ててあります。
が、オッタルと輝夜さんとライラさんが話すシーンが思いのほかイメージできなかったのと何より一発で説得させる気はさらさらないというか…
そもそも原作でも3周年『大抗争』ではまずまずに共闘してましたが、原作で共闘を成立させたのは外伝12巻だけ。あそこまでの異常事態にオラリオは現状到達していない。
…そんな状況下でフレイヤ様が共闘というある意味の束縛に従うのか作者的には甚だ疑問です。
伴侶を見つけるためでも救界に参加であろうともどちらにせよ現状の闇派閥は正直【フレイヤ・ファミリア】の脅威ではない。オラリオの治安を乱すという意味では未だ脅威でもフレイヤ様的には関心を失っている状況でしょうか?
フレイヤ様の意向は原作既読の方はどう描くのかまぁお察しでしょう。
よって輝夜さんとライラさんが向き合うのはオッタルさんの意向ですね。
オッタルさんは現状【ロキ・ファミリア】との決戦に過激派ではなくもやる気は満々。
どう対処するかは今後次第です。

そして誰かがアリーゼさんのことを思い浮かべたら今作お約束(にしたい)アリーゼさん回の導入です。
まぁ流れから誰が登場するかお察しでしょう。


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正花の垣間見る美神事情

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 ライラと輝夜が【フレイヤ・ファミリア】との交渉に臨む裏側で。

 

 アリーゼは引き続き分身達と共に迷宮都市(オラリオ)を見て回り、その目と耳で希望を見出そうと力を尽くしていた。

 

 そんな日々も九日続ける中でアリーゼはとある違和感に対処することに決めた。

 

 その違和感とは誰かの視線を度々感じるということ。

 

 目立つ行いをしている自覚は一応アリーゼにはないし、目立たぬように変装までしているのだから視線を集めることは本来考え難い。

 

 その上その視線は分身にではなくアリーゼ本人にのみ感じられるのである。

 

 …誰かに尾行されている。

 

 そう判断するのにはあまり時間を必要としなかったものの、アリーゼはしばらくその視線の主を放置していた。

 

 情報を集めていると言え当てもなく歩いていることがほとんどなので自らの動向を知られて問題な事柄もなく、直接危害を加える訳でもないため泳がせてもいいと最初は判断したからである。

 

 だがずっと誰かに見られているような感覚が何日も続くのは気分が悪いとしかアリーゼとしても言いようがなく、何か悪意を以て監視しているならば…と懸念も抱くことを視野に入れざるを得なくなれば放置したままにもできず。

 

 自称完璧美少女でむしろ周囲に見て欲しいと騒ぎ出しそうなアリーゼでも耐えかねる。

 

 もしかして完璧美少女だから悪質なファンがいつの間にやら付いてしまったのでは…と本来変装しているからにはアリーゼだとバレてるかも定かではないのに結論付けたアリーゼ。

 

 対処をするにも目立つのはまずいため、路地裏に入って隙らしきタイミングを作り、その視線の主をおびき出すことにした。

 

 そして…

 

 

 アリーゼの目論見通りその視線の主は釣れた。

 

 

「…誰?私を尾行して何かいいことでもあるの?サインならいくらでもあげるけど、他の物は話を聞いてからって感じね?あなたのしてることって神々の言う所の『すとーかー』って奴でしょ?」

 

「…やっぱり気付いてましたか?」

 

「そう言うあなたも私が隙を作ったと知ってて、付いてきたでしょ?違う?」

 

「さて?どうでしょうね?あなたこそ私が意図的に付いてくると気付いて隙を作ったんじゃないですか?」

 

「さぁ?あなたと同じようにはぐらかさせてもらうわ」

 

 アリーゼとその視線の主は目を合わせることなく意味深げな会話を交わす。

 

 二人は会話を成立させた時点でお互いの意図は既に読み切っていた。

 

 アリーゼは相手が意図的に釣られることを読んでいたし、その視線の主もアリーゼが意図的に釣り出しに動くことが分かっていた訳である。

 

 そうしてアリーゼが振り向いたことでようやく二人は視線を真正面から交わすことになった。

 

「初めまして。お嬢さん?私が完璧美少女で迷宮都市(オラリオ)でも人気者なのは知ってたけど、まさか女の子の熱烈なファンに出会うとは思ってなかったわ」

 

「そうでしたか?あなたは男女問わずに人気者だと思いますけど…それより私があなたの正体に気付いていることを前提に話を進めるんですね?アリーゼさん?」

 

「だってそうでしょ?こんなに目立たないように気を使った格好をした私を『すとーかー』して回るだなんて私の正体に気付いてるとしか思えない。それに私を尾行してるのはあなただけではない…正確にはあなたを尾行してるのかしら?たくさん視線を感じるけど、どうにも私に向いてるような気がしない。…あなた…いえ、あなた達は何者?」

 

「流石の洞察力です。アリーゼさん。あなたの正体に気付けたのはそうですね…あなたの雰囲気がとっても輝いているからでしょうか?」

 

「ふっ…それ冗談?」

 

「半分本当で半分冗談…といった所ですかね?少々その輝きがくすみかけているようにも見えますから」

 

「…本当に何者?あなた達?」

 

 互いに冗談と目が笑わぬままの表面上の笑みを織り交ぜて会話するアリーゼとその視線の主であった少女。

 

 だがその少女がアリーゼの心境を恐ろしいほど的確に見抜き、アリーゼの余裕を奪い去る。

 

 そのためアリーゼは目を細め二度目には表面上の笑みまで消してその少女の正体を尋ね直した。

 

 するとその少女は楽しそうに微笑むと自らの正体のヒントを言葉にした。

 

「実は私アリーゼさんと初対面じゃないんですよ?と言ってもこんな風に最後にお会いしたのはそう…『大抗争』の折でしたね。炊き出しで長い長ーい相談に付き合わせて頂きました」

 

「『大抗争』…相談…あっ…まさかあの時の薄鈍色の髪の…確か…そう…シルだったかしら?」

 

「思い出して頂きありがとうございます。そうです。シル・フローヴァです。お久しぶりですね。アリーゼさん」

 

 アリーゼはようやくその風貌と声が記憶と繋がり、少々の驚きで目を見開く。

 

 アリーゼに思い出してもらえたことに素直に喜びをクスリと笑みで表現した少女の名はシル・フローヴァ。

 

 

 実はアリーゼと旧知の仲の人物だったのである。

 

 

 とは言えアリーゼを尾行…それも集団で尾行する理由の説明には何もなっていなかった。

 

「なるほど…あなたがシルだということは思い出したわ。でも私をこのタイミングで尾行する理由が分からない。…さては完璧美少女の私が一人でいる隙に手下のファン達を使ってぼこぼこにして完璧美少女の座を私から奪おうっていうの?ふふーん!残念だけど、そう簡単には完璧美少女の座は渡せないのよね。…色んな意味でどんな相手だろうと、ね?」

 

 アリーゼはそう口にしつつ腰に差していた護身用の剣の柄に手を置く。

 

 その行為が警戒の意味のみを帯びている訳ではないのは言うまでもない。

 

 シルを誘い出す前から魔法も事前に解除してあったアリーゼは今や完全な臨戦態勢。

 

 最初からシル一人で尾行している訳ではないことを気付いていたアリーゼは既に『万が一』に既に備えていたのである。

 

 そして周囲のアリーゼを取り巻いていた視線もアリーゼの微動作に反応するように俄かに殺気を帯び始めるのをアリーゼは感じ取る。

 

 その僅かな動作に対してでも対応する反応の速さ…何よりアリーゼ自身がその存在を認知するのに数日かかったという事実はアリーゼの警戒をより高めさせる。

 

 アリーゼの瞳には既に戦意が映し出されていた。

 

 そんな殺気立ち始めるその場の雰囲気に変わりつつある中シルは微笑みを崩さず宥めるように言う。

 

「そんな警戒なさらないでください。『今は』私はアリーゼさんの完璧美少女の座を奪おうなんて思ってませんよ?もちろん気が変わって、完璧美少女を傷物美少女に変えるーなんてこともあり得ないとは言いませんが」

 

「…それどっちの意味か是非聞きたいんだけど」

 

「ふふっ。どっちでしょうね?アリーゼさんの御想像次第~…という冗談はともかく。私達にはアリーゼさんのことは一切口外するつもりもありませんし、アリーゼさんに危害を加える意志はありません。近くにいる私のちょっと過保護な方々はアリーゼさんが先手を打たない限り何もしないのでご心配なく。私がお約束します」

 

 シルは冗談を交えつつ宣言するようにアリーゼの身の安全を確約する。

 

 もちろんただ単に軽口を叩き合っている訳ではないアリーゼとシル。

 

 アリーゼはシルの言葉を完全に信じ切れず警戒を保ちながらもその言葉の真意を問い返す。

 

「…それで?あなた達は私にどんな目的で近づいてきた訳?」

 

「ちょっとお話をしたいと私が思いまして。そしてお話しして頂きたい方が幾人かいるんですよねーそれでアリーゼさんにも是非私に御同行頂きたいな、と」

 

「その提案に乗らなかったら?」

 

「アリーゼさんは傷物美少女として一生完璧美少女に戻れないかもですね」

 

「…そう。よくあなたの意見はよく分かったわ。ただ私物分かりが悪いから、ちょっと完璧美少女の私が傷物美少女になる未来が見えないのよねぇ。だから…」

 

 シルが婉曲的に何を言おうとしているのか分からぬアリーゼではない。

 

 シルは脅迫をしてでも自らの提案を受け入れさせようとしている。

 

 そしてそれだけのことをアリーゼ相手にする利益がシルにはある。

 

 アリーゼには意図の読めない提案に素直に応じる道理はなかった。

 

 シルの提案には乗り難いと判断したアリーゼは意を決し動こうとする。

 

 だがそんなアリーゼの動きを遮るようにシルは呟いた。

 

 

「【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の現状。団結の可能性。希望の在処」

 

 

「…っ!?」

 

「アリーゼさんは知りたいんじゃないですか?私ならその現状をお伝えするお手伝いができると思います。決してアリーゼさんにとっては損はないと思います。どうです?」

 

 シルの呟きにアリーゼは金縛りにあったように硬直せずにはいられない。

 

 

 シルはものの見事にアリーゼの望みを完全に言い当てたのだ。

 

 

【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の現状は今まさにアリーゼが知りたがっている事柄であるものの、アリー柄の認知度では探ろうにも探れぬ事柄。

 

 その上それらを探った先にある迷宮都市(オラリオ)の団結の可能性をアリーゼが探し求めていることも言い当てた。

 

 さらには自らの希望を見つけられるか否かアリーゼが模索しているということさえも言い当てた。

 

 

 まるで下界の住人の考えを見抜いてしまう神の如くアリーゼの考えは全て見抜かれてしまったのである。

 

 

 加えてその望みを叶えるための手伝いまでもするとシルは言う。

 

 もうアリーゼは寒気を覚えるとか戦慄するとかそんな表現では済ませられないような恐怖を感じずにはいられなかった。

 

 アリーゼは目の前の少女に底知れぬ恐ろしさを覚えずにはいられなかった。

 

 何よりここでシルに従わない利益よりも従う利益の方が大きい。そうアリーゼの直感は告げていた。

 

 そのためアリーゼは目の前の少女の形をした化け物とも言うべき存在に観念して白旗を上げる。

 

 ただ白旗を上げつつも尋ねるべき事柄を尋ねることをアリーゼは忘れない。

 

「…そうね。もう大人しくあなたの言う通りにするわ。確かに私には損がない。私が断る理由も確かにない。でもそれだけの手伝いをするメリットをあなたに感じない。…答えてもらえるとは思えないけど、なぜ私を手伝おうとするのか理由を聞いてもいいかしら?」

 

「理由はただのボランティアですよ?」

 

「ふふ…冗談でしょう?」

 

「いえ、これは本心です。アリーゼさんの魂を救う手伝いをしたい。私はこの点に関しては嘘はつきません」

 

「まっ…そういうことにしておこうかしら。それで?シルは私をどう手伝ってくれるのかしら?」

 

 引き続き冗談めかしく応じるかと思えば真剣そうにアリーゼの心情を慮るようなことを宣うシル。

 

 その読めない反応にこれ以上追及しても翻弄されるだけとアリーゼは話を切り上げる。

 

 そして代わってアリーゼが尋ねたのはシルがアリーゼに何をしてくれるのか。

 

 アリーゼの問いに待ってましたとばかりにほくそ笑みつつシルは言った。

 

 

「私が勤めている酒場『豊穣の女主人』へ。ミアお母さんにまずはお会い頂きたいです」

 

 

『豊穣の女主人』。

 

 ミアお母さん。

 

 その二つのキーワードを耳にしたアリーゼは瞬時にシルの意を察した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あんたもご苦労なことだねぇ…」

 

「ええ。同情されてる辺りあなたも大して変わらない立場なんだろうなぁと察しつつ…あっ…ご馳走様でした!リゾットとっても美味しかったわ!」

 

「…あんな状況の直後に平然とリゾットを平らげるあんたは根性があるのか底なしの馬鹿なのかどっちなのかねぇ…」

 

「腹が減っては戦はできぬ、って奴だわ!さっきまでものすごく緊張してシルと向き合ってたからお腹空いちゃったのよね~」

 

 お腹一杯になって満足そうに笑みを溢すアリーゼと空になった器を片付けつつ複雑な視線でアリーゼを見つめるミア。

 

 場所は変わって『豊穣の女主人』。

 

 シルによってアリーゼは『豊穣の女主人』の酒場の方ではなく離れらしき場所に案内された。

 

 そして到着早々にお腹が空いたとミアにリゾットを所望し、ミアを呆れ返らせた末にごくごく平然とリゾット一人前を平らげてしまったアリーゼ。

 

 ただもちろんアリーゼは単に『豊穣の女主人』にリゾットを御馳走になりに来たわけではない。

 

 気を使ってかシルはニコニコと魔女の如き笑みをアリーゼに見せたのを最後に席を外し、アリーゼとミア二人のみの空間を作り出すのに寄与していた。

 

 そのためミアがアリーゼの食べ終わった皿の片づけが済めば、アリーゼとミアだけが話す場が残されるという訳であった。

 

「で?うちの馬鹿娘が散々あんたに迷惑かけたようだけど、要件はなんだい?あたしは消息が掴めないと死亡説まで流れてる【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】がここにいるのかさっぱり分からないんだけど」

 

「死亡説って…私的には勝手に殺さないで欲しいんだけど、リオン達が動き回ってるのに私だけ姿が見えないとそうなるかぁ…それはともかくあなたが【小巨人(デミ・ユミル)】…【フレイヤ・ファミリア】元団長ミア・グラントさんということでいいのよね?」

 

「そうあの馬鹿娘から説明を受けてるだろ?じゃああんたはあたしを誰だと思って話してたんだい?」

 

「いや、ちょーっと私のイメージした可憐な美人っていう【小巨人(デミ・ユミル)】のイメージからは程遠いなーと…」

 

「…はぁん?」

 

「あ、何でもないです。可憐で美人な【小巨人(デミ・ユミル)】さんにお話をお聞きしたくてシルに案内してもらいました。そうです。そういうことです」

 

 見事に口を滑らしたアリーゼに突き立てられるミアから放たれた殺気にアリーゼは大慌てで前言を揉み消し、目的を早口に伝える。

 

 そんなアリーゼの態度に若干の苛立ちを見せつつもミアは話を脱線させることなく続けた。

 

「あたしに聞く話ってなんだい?あたしはただの酒場の店主だ…なんて文句は通じないんだろうね?」

 

「はい。申し訳ありませんが、【フレイヤ・ファミリア】の事情をお聞きしたいです。今のあなたの知る範囲だけでもいいので。私は少しでも情報が欲しいんです」

 

「…そんなことだろうと思ったさ。分かった。あんたの聞きたいことを話してあげるよ。ったくあたしを巻き込んで何をしたいって言うんだか…」

 

 普段とは完全に振る舞いを変えたアリーゼらしくないとも言える誠意のこもった口調にミアは何かを諦めたかのようにアリーゼの求めに応じる。

 

 ただ最後に漏れた呟きはアリーゼではない別の者に向けられたのでは…そうアリーゼは勘付いたが詮索せず自らの関心のある内容へと話を移した。

 

「単刀直入にお聞きしますけど…【フレイヤ・ファミリア】は今後どう動くと思いますか?【ロキ・ファミリア】とどう向き合うのか。迷宮都市(オラリオ)の中でどう振舞うのか。【フレイヤ・ファミリア】は…いえ、神フレイヤは迷宮都市(オラリオ)の希望にとって脅威なのか否か…それを私は知りたいです」

 

 アリーゼはありのままに自らの聞き出したいことをミアに伝えた。

 

 相手が【フレイヤ・ファミリア】の元団長だろうと構わなかった。

 

 アリーゼは婉曲になど話は進めず、一直線に自らの知りたい情報を聞き出すべく突き進んだ。

 

 中途半端な躊躇や遠慮は何の役にも立たないと考えたからである。

 

 そんなアリーゼの真っすぐな問いにミアはしばらく間を置いた後静かに告げた。

 

 

「…そんなのあたしが知る訳ないじゃないか」

 

 

「…へ?」

 

 アリーゼは思わず間の抜けた声を漏らす。

 

 まさかとぼける訳でも言葉を濁す訳でもなく本心から知らないとばかりに肩をすくめられるとはアリーゼも思わなかったのである。

 

 その驚きのあまりアリーゼは呆気なく取り繕った態度を脱ぎ捨てることになった。

 

「いやいやいや、あなた【フレイヤ・ファミリア】の元団長でしょう!?何か分かることないの?例えば何かしたいことがあるとか!」

 

「…あの色ボケ女神は伴侶(オーズ)…男とかをずっと探してるねぇ。そういう話が聞きたいのかい?」

 

「じゃあ男のために迷宮都市(オラリオ)は滅茶苦茶になってるってこと!?何その規格外なラブロマンス!巻き込まれる側としてはすっごく迷惑なんだけど!?もうちょっとマシなことは分からないの!もっと対策ができそうなことと言うか何と言うか…」

 

「まずあの女神の考えをあたしらなんかが読めると思ってるのかい?」

 

「それは…まぁ…そうかもだけど…」

 

 アリーゼは勢いでミアに食いつくもミアの指摘が正論過ぎて言葉を詰まらせる。

 

 女神であるフレイヤの考えを下界の住人が読めるはずがない。

 

 神はいつだって気紛れだ。だから読めるはずもない。

 

 その正論にアリーゼでさえも食い下がれなくなる。

 

 ただミアはほんの少しだけ不鮮明ながらもヒントは与えた。

 

「あえて言うとそうだねぇ…あの女神は退屈が嫌いだねぇ」

 

「退屈…刺激を求めて色々余計なことをやる愉快犯の神様と一緒の?」

 

「あんたの言う通りでもあるし、違うのかもしれない。少なくとも言えるのは今の自由を奪われた状況はあの女神にとっても退屈だってことだ」

 

「…っ!?つまり…退屈をなくすために動くこともある…そういうこと?」

 

「可能性がない訳ではない…ねぇ」

 

 渋い表情でそう呟くミアのヒントにアリーゼは背筋を凍りつかせる。

 

 ミアの『今の自由を奪われた状況』というのが【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が冷戦状態に陥り、互いに行動を自制しあっていることにあるのは説明するに及ばぬこと。

 

 そもそもその冷戦状態に突入した原因がフレイヤの失踪にあったことを考えると、その失踪自体退屈を殺すためだったとも考えられる。

 

 にもかかわらずフレイヤの行動は退屈を殺すどころかさらに自由を奪うことに繋がった。

 

 …現状のフレイヤは相当に退屈でストレスが溜まっているというのは想像に難くない。

 

 そしてフレイヤの退屈を打開するために動く…その明確な方法はアリーゼには分からない。

 

 だがその方法の一つにアリーゼは即座に辿り着く。

 

 

【ロキ・ファミリア】との決戦による状況の打開という方法が。

 

 

 迷宮都市(オラリオ)から希望を完全に奪い去ることに繋がりかねない暴挙であった。

 

 アリーゼが最も守りたいと考えているリューの希望を打ち砕きかねない脅威であった。

 

 リューを傷つけかねない脅威は何としてでも取り除かなければならない。

 

 アリーゼは早急に対処すべきだと即断した。

 

 とは言えホイホイ対処法が思い浮かべば苦労はないし、原因もそれだけと断定するのは早計なことくらいアリーゼにも分かる。

 

「…神フレイヤの退屈のお陰で何が起こるか分からない。そしてその退屈の原因は【ロキ・ファミリア】との冷戦状態…いえ、それだけでもないのかもしれない。ただそれだけでも改善すれば何かが変わる?いやでもそんな簡単に改善できるの?んん~分からない!分からないわ!」

 

「さぁ?あたしにはあの女神の真意までは分かる訳ないさ。ただ【ロキ・ファミリア】の連中は関わってるようだねぇ」

 

「…まさか【ロキ・ファミリア】の誰かがここに?確かにシルは私に【ロキ・ファミリア】の状況も教えてくれると言ってたけど…」

 

 対処を即断するも対処法が見えず頭を抱え騒ぎ立てるアリーゼ。

 

 ミアはそれ以上は話せないとばかりに肩をすくめるも、道筋だけはアリーゼにきちんと示してくれた。

 

 

 やはり【ロキ・ファミリア】が鍵だった。

 

 

 シルとミアの言葉からアリーゼは何かしらの手配が既に成されているのではと推察する。

 

 アリーゼの推察にミアはすぐに答えを出してくれた。

 

「あぁ。今酒場の方にガレスがいる。きっとあんたに会わせるためにタイミングを合わせたのじゃないかい?」

 

「えっ…ガレスのおじ様が!?嘘っ…!事情云々置いといて久しぶりに会いたいわ!酒場の方ね!分かったわ!」

 

「はぁ…」

 

 シルが接触の場を設けてくれた相手はアリーゼと以前から親しい交流があった【ロキ・ファミリア】幹部ガレス・ランドロック。

 

 ガレスをおじ様と慕うアリーゼは喜色満面で飛び出すようにガレスがいるという酒場へと向かっていく。

 

 そんなアリーゼに取り残される形になったミアはやかましい馬鹿娘がいなくなって深々と溜息を吐いて見送った。



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正花と重傑

「お久しぶり。おじ様」

 

「…ん?お主…まさか【アストレア・ファミリア】の…」

 

「もぅ…おじ様ったら私を見て幽霊でも見たかのような表情しないでくれる?」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるアリーゼとそんなアリーゼを見て目を丸くするガレス。

 

 ミアを放置してガレスに会うべく『豊穣の女主人』の酒場へと飛んできたアリーゼは早々にガレスとの対面を果たしていた。

 

 ただガレスの反応がいつも以上に芳しくないとアリーゼは感じる。

 

 いつもだとやかましいとか騒がしいとかそういう意味の込められた視線が多いようにアリーゼは感じていたが…

 

 だが今回はそういう視線ではない。

 

 原因は自身にあると察し、アリーゼはガレスに尋ねられる前にその視線に応えた。

 

「…少々私にも事情があるの。おじ様がそんな表情をする理由が分からないとは言わないわ」

 

「…いつものやかましさがないかと思えば、そういうことか」

 

「そうそう。あ、おじ様的にはいつも通り派手に騒いで会いに来た方が良かった?そうよね。お昼から一人でお酒を飲むなんて寂しいものね。やっぱりお酒のお供にはその場を彩る可憐な完璧美少女がいた方が…」

 

「いや、それはいい。お主の言葉はたまに事情を分かって話しているのかただの冗談なのか分からんくなる時がある…」

 

 ドヤ顔で語られるアリーゼの冗談をきっぱりと否定し流しつつも苦笑いを浮かべるガレス。

 

 ガレスが最初に目を丸くしてアリーゼが現れたことに驚いたのには、アリーゼがひっそりとガレスの隣の席に腰を下ろしたことにあった。

 

 いつものアリーゼだったらガレスの姿を認めた途端大騒ぎして近寄ってきたはずに違いないという訳である。

 

 実際アリーゼ本人も酒場に近づくまではそうなりそうな雰囲気でいた。

 

 だが酒場に入ってからは纏う雰囲気を一変させた。

 

 アリーゼの言葉通り『事情』があったからで、酒場では人目が付く以上その『事情』を考慮した振る舞いが不可欠だったからである。

 

 そしてその『事情』にはガレスも関心を持たないという訳にはいかず、浴びるように飲んでいたドワーフの火酒のジョッキを置いてアリーゼに言った。

 

「…騒がしさがなく変装まである程度しておると案外お主だとバレぬものなのだのう」

 

「そのようね~完璧美少女だと目立つ目立たないのオーラのコントロールも完璧と言うか…」

 

「オーラどころか情報のコントロールまでして、な。お主らしくもない。隠密行動か?何かの策か?一体何を企んでおる?」

 

「まさかぁ。策だなんてそんな大層なことを私が考えてると思う?単に私にも事情がある…それだけよ」

 

 ガレスはアリーゼに単刀直入に何を考えているのか尋ねてくる。

 

 ガレスの問いにアリーゼは最初はおどけつつも本心ありのままで答える。

 

 アリーゼは何か策あって行動している訳でも自ら積極的に情報をコントロールしている訳でもない。

 

 ただ希望を探し求め、迷っている…それが今のアリーゼであった。

 

 するとガレスは加えて尋ねてくる。

 

「事情事情と言うが、その事情は儂も聞いてもいいのか?」

 

「もちろんおじ様なら大丈夫よ!もちろん全て、とはいかないけどね」

 

「ぬぅ…その制限は気になるのう。じゃあまず聞くが…お主達【アストレア・ファミリア】の現状は?」

 

 ガレスがまず触れたのは【アストレア・ファミリア】の現状。

 

 アリーゼは自らの責任を感じずにはいられず心にズキリと痛みを感じながらも間を置かず答えた。

 

「見ての通り私はこうしてピンピンしてるわ!リオンは【ロキ・ファミリア】の元を訪ねてるから知ってるわよね?そして輝夜とライラは…色々あったけど立ち直ろうと頑張ってる。ノインやネーゼ、アスタ、リャーナ、セルティ、イスカ、マリューは…」

 

「…すまん。野暮なことを聞いたのう。フィンから一応聞いてはおったが、実際の確認が取れないのが気になっておったんじゃ。が、実際にお主の口から聞かされ、後進達に先立たれるのは響くものじゃ…大変じゃったのう」

 

「あの子達ほどじゃ…ないわ」

 

 アリーゼの沈痛な声にガレスは目を伏せ気遣いの言葉を手向ける。

 

 その手向けにアリーゼは笑みで応じるもその笑みは強がりにしかならない。

 

 そうして沈み込んでしまった空気を嫌ったアリーゼは空気を一新しようと張り切るように言った。

 

「でも…ね?私にはすっごい良いこともあったの。リオンがね?私のリオンがね?なんとライラの手を取れるようになったのよ!?私としては私だけに触れられるっていう特権も嫌いじゃなかったけど、これはリオンの成長!それが嬉しくて嬉しくて!」

 

「あの…潔癖で触れようとしようものなら打ち払われるでは済まないと言われとるあの如何にもエルフらしく頑固な【疾風】が?」

 

「そう!あの潔癖で頑固者だけどすっごく可愛くてポンコツな私のリオンがよ!流石おじ様!リオンの魅力がよく分かってるわね!そう!そのリオンが何と成長し始めたのよ!」

 

「…儂の言ったことと潔癖と頑固以外何一つ合ってない気がするんじゃが?」

 

 リューの成長を自らのことのように嬉しそうに自慢するアリーゼに付き合わされるガレスは困惑顔。

 

 それでももちろんアリーゼはガレスの困惑などお構いなしにリュー自慢を続けるのだが。

 

「それだけじゃないの!今まで【アストレア・ファミリア】のみんなとシャクティとかアスフィとかごく僅かな友人としか関わろうとしなかったリオンが色んな人達と協力して迷宮都市(オラリオ)のために戦おうとしている!私のリオンがこんなにもカッコよく成長して…アリーゼお姉さんは嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうだわ!」

 

「…儂らもそれなりに情報を集めとるからのう。【疾風】が派閥連合を結成したという話は聞いとる」

 

「でしょ?あー私のリオンの魅力がまた迷宮都市(オラリオ)中に広まってしまう~あ、もちろんそれはそれで嬉しいんだけど?でもリオンの本当の魅力を知ってるのは私だけが良いと言うか~」

 

「【疾風】の魅力云々は儂に言われても困るんじゃが…」

 

「いいえ。おじ様にも聞いてもらうわ。リオンの魅力が…正確にはリオンの理想の魅力をおじ様達にも知って欲しい。だってリオンはおじ様達のこともまた頼りに思い、同じ理想を心に抱いて欲しいと願っているはずだもの。『派閥連合』の派閥におじ様達【ロキ・ファミリア】が入ってないといつ誰が言ったのかしら?」

 

「…となるとお主は儂らの説得に来た…そういうことか?儂らに協力して欲しい、と」

 

 アリーゼのリュー自慢が進む中で辿り着いたのはリューが迷宮都市(オラリオ)の団結という理想を掲げて派閥連合を結成したこと。

 

 それに触れつつアリーゼはリューの理想の中にある【ロキ・ファミリア】との協力に関しても言葉にしていく。

 

 アリーゼが触れた理由を即座に理解したガレスはアリーゼの意を確かめようとするも…

 

 アリーゼはガレスの予想とは違う回答を返した。

 

「違うわ。私は単におじ様の考えが聞きたいだけよ?おじ様を介して【勇者(ブレイバー)】を説得して欲しいとかいう意図はないわ。説得とか派閥連合に関してはリオン達から正式に話が来るんじゃないかしら?」

 

「…なんじゃそれは。まるでお主と【疾風】の間で考えが一致しとらんから別々に話を進めているかのようじゃのう」

 

「だって本当にそうだもの。流石おじ様勘が鋭い!」

 

「…それがお主が行方を晦まし、単独で行動している理由…ということか?」

 

「…そう。私が今ここにいることをリオンも輝夜もライラも知らないわ。だから派閥連合への協力云々は置いておいておじ様の率直な考えを聞きたいの。リオン達は関係なく私自身の考えをまとめるために」

 

「そう言われると聞かずにはいられんが…聞いても良いかの?…お主達一体何があった?」

 

 ガレスは目を細めてアリーゼにそう尋ねる。

 

 アリーゼとリューの別行動。

 

 それは【アストレア・ファミリア】の内部分裂とも解釈できる事態であり、ガレスとしては関心を抱くのも当然。

 

 ガレスの問いにアリーゼは自嘲の意味も含むような笑みを浮かべつつ答えた。

 

「まずさっき言ったリオンの成長…あれは半分は私の判断ミスがリオンに強いてしまった結果起きたこと。確かにリオンのためには良かったと私は思ってる。けれどその成長の原因は私が与えてしまった苦しみのせい。私がリオンを苦しめ、歪めてしまった。…私がそばにいるとこれからさらにリオンに迷惑をかけることになる。そう思ってしまったの」

 

「…そういうものかのう?儂はお主がむしろ【疾風】のそばにおった方が良いような気もするが…」

 

「そうしたいのは山々よ?私がリオンのそばを本来離れたいと思うはずがないじゃない。ほら私リオンのこと大好きだし。リオンも私のこと大好きだし」

 

「…相変わらず何の躊躇いもなく物を言うのう…そう思うなら【疾風】とどうして別行動を取る?」

 

「…だって今の私ではリオンの理想を心の底から信じることができないから。私自身の考え…希望さえも分からない。…そんな私が今前へ前へと進もうとしてるリオンのそばにいたら迷惑だもの。少なくとも…私は【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】とも協力していくというリオンの理想を鵜呑みにして信じることはできないわ」

 

「…ぬぅ」

 

 

「だから教えて?おじ様?私は【ロキ・ファミリア】が今後どうするか…リオンの派閥連合や【フレイヤ・ファミリア】とどう向き合うのか。迷宮都市(オラリオ)のためにどう振舞うのかを知りたいんです。私の考えをまとめ、できることならリオンの理想を共に叶えるために努力するために」

 

 

 アリーゼは真っすぐにガレスの瞳を見つめ、そう頼む。

 

 それに対してガレスは腕を組み考え込むような姿勢になって沈黙を保つことしばらく。

 

 ガレスはアリーゼの求めに応じた。

 

「…お主は恐らくわざと言ったんじゃろうが、儂がこうして昼から酒を飲んでいられるように儂ら【ロキ・ファミリア】はダンジョン探索も控え、闇派閥(イヴィルス)対策への関与もしとらん。知っての通りだと思うが…」

 

「【フレイヤ・ファミリア】との抗争回避のため。知ってるわ~どーして喧嘩は握手してはい仲直りといかないのかしら~そうなればパパっと解決なのに~」

 

「儂らもそうできれば何の文句もないんじゃが…若い連中はかなりいきり立っておってのう…暴走を防ぐので儂もフィンもリヴぇリアも手一杯なのが心苦しい所じゃ。一度は抗争寸前で回避したとは言え…儂らも二度目だけは何としてでも避けねばならん」

 

 アリーゼの冗談じみた言葉にガレスは苦笑いしつつも【ロキ・ファミリア】内部の事情を語る。

 

【ロキ・ファミリア】の事情にアリーゼは納得せざるをえない。だが…それでもアリーゼは言った。

 

「…その点も私は重々承知しているわ。それでも…私の知る尊敬する先達の冒険者であるおじ様達なら前へ進むために行動してくれると思ってた」

 

「…返す言葉もない。とは言え儂らは時間でしかこの対立は解決できないと結論付けておる。…若い連中の怒りと憎しみを抑え、【フレイヤ・ファミリア】の誤解と警戒を解くには…な」

 

「時間…そうね。時間だけが解決してくれるものもあるわよね。でも…希望はいくら時間が経っても降ってきたりはしないわ。私達の力で掴み取らないと。リオンも輝夜もライラもみんなが前へ進もうと行動している。その点を考えると…【フレイヤ・ファミリア】との関係を改善しようとしにおじ様達のことは凄く残念だと思う。でも…間違ってはいないのかもしれないと思う自分もいる。動くことで犠牲が生まれてしまうのはあの抗争寸前に至った時点でよく分かってるから」

 

「お主…」

 

 アリーゼはガレスの前で明らかに迷いを見せた。

 

 リュー達のように協力しようと積極的に行動するのが正しいのか。

 

 ガレス達のように時間が解決してくれるのを待つのか。

 

 どちらも正しくどちらも危うい。だからアリーゼは迷っている。

 

 そんなアリーゼが周囲にほとんど見せたことのない能天気に振舞うのではなく真剣に悩む素顔にガレスは目を丸くする。

 

 だがそんな素顔を見せたのはその時だけであった。

 

 

「だから…正直私には分からない!うん!きっとそう簡単には分かるものではないのよ!ということでリオンもおじ様も正しい!そういうこと!」

 

 

「…正直その能天気なお主が本性なのかたまに分からなくなってくるわい…」

 

「何言ってるのおじ様!どんな私も可憐で聡明な完璧美少女なことは変わらないわ!だから私には本性も何もないわ!みんなありのままのアリーゼ・ローヴェルなのよ!思いついたらすぐ行動して悩む時は徹底的に悩んで疲れたらまた行動!これが完璧美少女のやり方よ!」

 

「普通は順序が逆な気もするが…まぁそれがお主らしいわい。お主はいつも暑苦しく走り回って周りを振り回し皆で共に前に進んでいく…そんなイメージがあるからのう。儂らも少しは見習うべきなのじゃろうな」

 

「その通り!どれだけ見習っても私並みの完璧美少女になるのは難しいけど、それでもおじ様も頑張ればいつか完璧美少女になれるわ!」

 

「…待て。なぜ儂が完璧美少女になるという話になっとるんじゃ?見習うとはそういう意味ではないぞ?」

 

 アリーゼのいい加減な言葉と冗談にガレスは呆れ顔を浮かべつつも…小さく笑みを溢す。

 

 そうしてアリーゼはガレスのツッコミをサラリと流しつつ話をまとめるように尋ねた。

 

「それで確認に聞いておくわ。【ロキ・ファミリア】としては【フレイヤ・ファミリア】との抗争の回避が最優先事項。裏を返せばその回避さえできればリオンの理想と共に戦ってくれる…そういうことね?」

 

「無論じゃ。儂らが闇派閥(イヴィルス)やモンスター共と戦えずどれだけ鬱憤が溜まっておることか。時間以外で抗争を回避する方法があるなら、フィンもリヴェリアも当然儂も協力しない理由はない。…儂もフィンにもう一度時間以外で何とか解決できないか再考しようと提案しておく」

 

「ありがと。おじ様。そうしてくれると凄く嬉しいわ。もしリオンが再び協力を求めてきたら、より良い返事をしてくれると私としても嬉しい」

 

「分かった。話し合い次第じゃが、フィンとリヴェリアにはより良い話ができるように考えを詰めておく」

 

 ガレスはアリーゼの確認に力強く頷いて抗争を回避するという条件付きとは言え協力を確約するだけでなく、時間以外の抗争の回避方法がないか模索するとまで明言してくれる。

 

 そんなガレスの言葉にアリーゼは憂いの抜けきった清々しい笑みで礼を述べつつリューに関しての口添えもし、それもまたガレスは快諾した。

 

 ただアリーゼは自らの行動に関しての釘をさすことは忘れなかった。

 

「ちなみに【勇者(ブレイバー)】には私の名前を出さないでおいてね?私の事情を知ってる人はおじ様含めてあんまりいないし、多くの人に知られたくないの。特にリオンには、ね」

 

「相変わらず【疾風】のことにこだわるのう。さっきは平然と大好きだと言いおったし。さては何かお主ら関係を隠してるな?」

 

「え?おじ様?知りたいの?私とリオンがどんなヒ・ミ・ツの関係があるか知りたい?」

 

「…急に知りたくなくなってきたんじゃが、撤回はできんかのう?」

 

「無理ね!フフーン!仕方ないわね~私とリオンの秘密の関係をおじ様に特別に特別に教えてあげるわ!」

 

 思わずノリでニヤリとアリーゼとリュ―の関係に関してツッコんだガレス。

 

 だがアリーゼの自慢げなドヤ顔があまりに鬱陶しかった影響で急速にガレスの聞く気が失せ始める。

 

 と言ってももちろんアリーゼは構うことなく宣った。

 

「実はね?もし迷宮都市(オラリオ)を団結させることができたら私はリオンを好きにしてもいい権利が手に入るの!だからリオンと結婚して、リオンにあんなことやこんなことをして…ぐふふ…ということでおじ様には絶対迷宮都市(オラリオ)や私とリオンの愛のために協力してくれなきゃ困るんだから!」

 

「ガハハハッ!お主らそういう関係だったのか!道理でお主が【疾風】にこだわる訳じゃ。まさかお主ら自分達の結婚のために迷宮都市(オラリオ)を引っ掻き回してるとは言わんよなぁ?」

 

「リオンはともかく私はそのつもりよ!迷宮都市(オラリオ)の団結を実現すれば、私とリオンの愛の深さが迷宮都市(オラリオ)中に証明されるも同然じゃない!リオンが頑張ってくれてるのもきっとそれが理由よ!うん!きっとそう!」

 

「だったら迷宮都市(オラリオ)はとんだ娘達に振り回されることになるんじゃのう!ガッハッハ!」

 

 アリーゼの冗談じみていてリューへの愛情にあふれる言葉にガレスはゲラゲラと笑う。

 

 …ガレスは冗談と受け取っているが、実はアリーゼ的には本気であったりする訳だが。

 

 それはともかくアリーゼの中にそんな想いがあるからこそ自身の希望を見つけ出そうと動いているという事実は、如何にアリーゼの中に若干の不信感が芽生えていようと変わらない。

 

 

 アリーゼはあくまでリューと同じ理想を心に抱きたいのである。

 

 

 だがいつもは楽観的なアリーゼでも楽観的に同じ理想を抱くことは今回ばかりはアリーゼ自身の問題も相合わさって叶わず。

 

 だからアリーゼは積極的に前へ進むべく行動を続ける。

 

 少なくともガレスの言葉を通して【ロキ・ファミリア】が迷宮都市(オラリオ)の団結という理想のために協力を仰げる可能性をアリーゼは見出すことができた。

 

 これは大きな成果である。

 

 こうしてアリーゼは自らの希望を取り戻すための更なる一歩を進めることができたのであった。




Q.『まさかお主ら自分達の結婚のために迷宮都市(オラリオ)を引っ掻き回してるとは言わんよなぁ?』『だったら迷宮都市(オラリオ)はとんだ娘達に振り回されることになるんじゃのう!ガッハッハ!』
A. 残念ガレスさん。今作はほとんどそういうテーマの物語なので。迷宮都市(オラリオ)は色ボケ気味の少女達に振り回される定めなのです…

それはともかく。
今回はガレスさんとアリーゼさんの話でした。
今回は元から親しいガレスさん相手ということもあってアリーゼさんは快活さを前面に押し出し、悩む場面は減らしめにしてあります。
アリーゼさんはあまり悩む姿を周囲に積極的に見せていないようですからね。例外はアストレア様、輝夜さん、ライラさんぐらいですか?今作のアミッドさんは展開と治療師という立場上の完全な例外ですね。
少なくともアリーゼさんは自らの悩む姿を意地でもリューさんには見せようとしないでしょう。その点は確実だと思ってます。

そして私の立場上【フレイヤ・ファミリア】はともかく()【ロキ・ファミリア】は敵に回す必然性はないと思ってました。原作でも闇派閥(イヴィルス)の討伐に真っ先に動いてますから。
ただ【フレイヤ・ファミリア】との対立解消の努力を怠った点は見逃せないということですね。結果的に12巻の緊急事態まで解消できず、定期的に不穏な空気を漂わせていたことは大きな問題点です。
とは言え【ロキ・ファミリア】としては【フレイヤ・ファミリア】との抗争回避の意志はかなり強く見えたので…
如何に都市二大派閥の和解と共闘が難しいかが分かります。

さて【ロキ・ファミリア】の裏事情はお見せしましたので、次は表の事情。
次回はライラさんと輝夜さんの交渉のお時間です。
お相手は…


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狡鼠と勇者

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「良かったのかい?【大和竜胆(やまとりんどう)】に同席を断ってしまって?僕としては彼女とも話をしてみたいと思ってたんだが」

 

「せっかくのあたしとの久しぶりの逢瀬に他の女を同席させようだなんて小人族(パルゥム)の誉れ高き勇者様にしては女性への配慮を欠いてるんじゃないのか?」

 

「ハッハッハ…それは失礼なことをしたね。ただ君達二人の意見を聞いてみたいと思ったのは本心からさ」

 

「ちぇ…あたしよりも輝夜の意見の方が大事だってか?」

 

「だってあの表情明らかに僕への不信感が前面に出ていたじゃないか。そんな彼女の不信感を是非この耳で受け止めておきたいと思ってね」

 

「その輝夜の丸出しの不信感が話の邪魔になると思ったからあたしが輝夜の同席を断ったのに…あたしの配慮は不要でしたか。そうですか。へーへー」

 

【ロキ・ファミリア】本拠『黄昏の館』の団長執務室で向き合って座り、軽口交じりに話し合うライラとフィン。

 

 輝夜とライラは【フレイヤ・ファミリア】との交渉の翌日に予定通り【ロキ・ファミリア】との交渉のため足を運んでいた。

 

 その交渉の求めにフィンは自ら快く応じ、今こうして二人は話し合っているという訳である。

 

 …ちなみに輝夜はライラの要請で他の部屋で待機中である。

 

 ともあれ輝夜が事実上追い出された事情は一先ず脇に置いて、話は本来輝夜が共にいる場で成されるべき事柄へと進んだ。

 

「さて…諸々の話は置いておいて先に君達には伝えておかなければならないね。…君達の無事な姿を見れて良かったと心からそう思ったと伝えておくよ。そして…仲間達のことは残念だった。【疾風】の話によると君達四人しか…」

 

「…あぁ。気遣ってくれてありがとな」

 

「そして君は…」

 

「そう。あたしは失明して冒険者としては活躍できなくなった。けどよ…だからなんだ?あたしはこうしてお前と交渉の場に臨めてる。知恵を生かす機会がある。戦いの場以外ではまだまだ活躍できるって訳だ。だから何一つ諦めてねぇ。ということであたしはお前の嫁の座も、な?」

 

「ハッハッハ。僕のお嫁さん云々はともかくとして君の言う通りだ。失明では支障はあろうとも君が知恵を生かすことを妨げることはできない。そうやって前向きに捉える君の姿勢には感服するよ。君の垣間見えさせてくれる力強い勇気には好感を抱かずにはいられないな」

 

「ま、こう捉えられてるのはあたしだけの力ではないんだけどな。…って好感を抱くならあたしのこと嫁にしても…!」

 

「ハッハッハ」

 

「笑って誤魔化すな!!」

 

 フィンが触れたのは【アストレア・ファミリア】を襲った惨劇。そしてライラ自身を襲った悲劇。

 

 ただ惨劇も悲劇もライラは不敵な笑みで吹き飛ばし、これまで通りの勢いでフィンの伴侶の座への執着を誇示した。

 

 フィンは伴侶の座に関しては軽く受け流しながらも、ライラの勇気を認め褒め称える。

 

 そしてライラがさらに食らいつき、フィンがまた受け流すという展開を経つつ。

 

 ライラは自分達を襲った惨劇と悲劇に囚われず前へと進むという姿勢をフィンの前で見せた。

 

 それはライラのフィンの前で醜態を曝したくないという意地でもあり、立ち止まらず前へ進むことをフィン・ディムナ(ライラの憧れ)の前で誓うための宣言でもあった。

 

 そんなライラの姿勢を汲み取りフィンはその言葉通り彼女の勇気に好感を抱く。…もちろんその好感は必ずしも恋愛感情には繋がっていないのだが。

 

 ともかくフィンはライラの前向きな姿勢を考慮に入れつつ話を進めていった。

 

「それで?今日はどんな用件で僕に会いに来たんだい?君達を襲ったというモンスターに関してかい?残念だが以前も【疾風】に伝えた通りギルドの要請を受けた上でじゃないと僕達は動けない。その点は【疾風】から説明は受けているかな?」

 

「あぁ。もちろん聞いた。お前が動かないことには若干ショックを受けたが…事情は分かってるからある程度仕方ないと思ってる。ただそのモンスターに関しては問題が解決したと聞いてる」

 

「となると、【疾風】を中心に結成したという派閥連合に関してかな?」

 

「ご明察。流石勇者様は耳が早いな」

 

「そうでもないさ。あの周囲との関わりの少ない【疾風】の主導という話には少々疑いがあったが、君達が交渉に来た時点で確信に変わった。【疾風】と言うより【アストレア・ファミリア】主導と言った所かな?これもまた【狡鼠(スライル)】の策かい?もしくは【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の?」

 

「いいや。リオン本人の意志で成されたのであって、あたしもアリーゼもほとんど関わってねーよ。ま、リオンがそんな動きをするわけがないっていう疑いはあたしも分かるけどよ。でも派閥連合の指導者はリオンだ」

 

 ライラとフィンが辿り着いたのはライラにとっての本題であったリューの結成した派閥連合に関して。

 

 フィンは当然のようにまさかリューが先頭に立って動いたとは考えず、ライラかアリーゼの思惑の元進んでいるのではと勘繰る。

 

 だがライラは苦笑いしつつフィンのリューが指導者として振舞えるはずがないという考えを理解せずにはいられない。だがすぐにフィンの考えを否定する。

 

 リューが主導し派閥連合の指導者として振舞っているのは揺るがぬ事実であり、同時にライラをも把握していないアリーゼの裏での活動は伏せる必要があったからである。

 

 要はライラは派閥連合がリューを中心に動いていることを強調しながら話を進めていく必要があると言う訳だった。

 

 なぜなら相手のフィンは『二十七階層の悪夢』以前の派閥連合の指導者として活躍していた。

 

 そのフィンの立場に対して無配慮…という形では交渉もうまくいかないからである。

 

 そしてライラのリューの立場の強調の意味を理解するためか顎に手を当てて思案顔になりつつフィンは続けた。

 

「ふむ…あの【疾風】がね…ということは君は【疾風】の要望で僕達【ロキ・ファミリア】に派閥連合に加入するように求めてきた。そういうことかな?」

 

「あぁ。まさかリオンが指導者なら従えないとか言わないよな?」

 

「ふっ…僕は確かに体面にはそれなりに気を遣うけど、そこまで狭量ではないね。君達の派閥連合の目標が僕達と一致するか否か。そして活躍の場をきちんと与えてもらえるか否か。それらが僕の懸念することかな?」

 

 ライラの挑発的な笑みにフィンは肩をすくめて応じる。

 

 ライラの問いは実利を重んじるフィンにとって愚問でしかなかった。

 

「なら話は早い。知ってるだろうけど、派閥連合の連中はリオン含めてお前や【ロキ・ファミリア】の幹部の実力を知らない訳がねぇ。リオンもいくらは今は指導者だからってそこら辺は弁えるさ。ま、念のため話は通しとくけどな」

 

「その点はどうやら問題はないようだね。となると目標が一致するか否か」

 

 フィンの指揮官としての実力が迷宮都市(オラリオ)随一であることは迷宮都市(オラリオ)においては誰もが知っている事実。

 

 ライラの思考の中では確かに【ロキ・ファミリア】の都市二大派閥の大戦力に期待する所も当然あったが、フィンの指揮官としての才覚を信じ頼る思いが強かった。

 

 実は一方の指導者たるリュ―の中では【ロキ・ファミリア】は迷宮都市(オラリオ)の団結の一要素に過ぎず、フィンの立場云々は一切考慮に入れていないという裏事情があったのだが。

 

 そしてリューの細部への無思慮をライラ自身薄々察しているため、話をリューに通すとフィンに明言したのであった。

 

 そうしてフィン達【ロキ・ファミリア】の立場の保証がある程度済めば、次の話題は事実上の本題である派閥連合の目標に関して。

 

「御託並べるのも面倒だからリオンの考えをそのまま借りて話すぜ。リオンが派閥連合の結成を目指す理由は『大抗争』の頃のような派閥連合を復活することで迷宮都市(オラリオ)の団結を実現すること」

 

「随分と漠然とした目標だね。その団結を成した暁にはその得た力を何に使うんだい?」

 

「もちろん闇派閥(イヴィルス)の撃滅だろう?」

 

「だと思ったよ。その目標に関しては僕達も賛同できる。だが目標として掲げる迷宮都市(オラリオ)の団結をどう成すつもりなんだい?団結の範囲は?」

 

「【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】、ギルド、商会等々…迷宮都市(オラリオ)にいる全ての人々の団結」

 

「…正気かい?【疾風】は?」

 

「それが正気なんだよなーうちのリオンはよ」

 

 ライラの粉飾ないリューの理想の説明にフィンは目を細め正気かと尋ねる。

 

 そんな疑いを示すフィンの問いにライラは肩をすくめつつも頷く。

 

 そう。迷宮都市(オラリオ)にいる全ての人々の団結など『大抗争』の頃の迷宮都市(オラリオ)でさえ実現したことがない夢とも言える事柄。その上現状の迷宮都市(オラリオ)を考えれば夢のまた夢であるのは誰の目からも明白。

 

 それを真剣に唱えるリューの神経を疑うのはある意味当然と言えたかもしれない。

 

 だがそんな夢を実現しようと動く者達がいるのもまた迷宮都市(オラリオ)の現状であり、フィンもまた一定の理解は示す精神的余裕はあった。

 

「…となると僕達との接触は【フレイヤ・ファミリア】との和解に関しても含まれているという理解でいいかな?」

 

「もちろんだ。【ロキ・ファミリア】との交渉を任されてるあたしと輝夜にとっての最優先事項だ」

 

 ライラの説明にフィンは悩むように腕を組んで考え込む。

 

 フィンにとっても【フレイヤ・ファミリア】との関係は非常に難題だったからである。

 

 そうしてしばらくの間を置いた後、フィンは呟いた。

 

「…まず【フレイヤ・ファミリア】関係のことで言うと、君達も知っているだろうけど、不用意に刺激して抗争に至らないように団員達を抑えるので手一杯なのが僕達の現状だ」

 

「あぁ知ってる」

 

「そういう意味で君達の派閥連合との提携は【フレイヤ・ファミリア】との勢力均衡を崩しかねず非常に危険だ。だから派閥連合への加入に関しては元々【フレイヤ・ファミリア】との関係改善の糸口を掴んでからと条件を付けるつもりだった」

 

「だろうな。目標は共有できても事情が事情で簡単には動けねぇのはあたしも分かってる。だから今回の交渉だけで話がまとまるだなんて虫のいいことは最初から考えてねぇよ」

 

「それはありがたいな。ただそれでも交渉に動いたということは時間を以て対立をゆっくりと収めていくという形以外で解決する方法を模索しようということかい?」

 

 フィンの言うように現状の【ロキ・ファミリア】が【フレイヤ・ファミリア】との対立関係への対処法として採用しているのは行動を慎み時間が解決してくれるのを待つという方針であった。

 

 抗争寸前まで対立関係が悪化してしまった以上交渉を試みるだけでも火に油を注ぐ可能性がある。もし交渉が決裂しでもすれば、【フレイヤ・ファミリア】が抗争へと傾く危険も【ロキ・ファミリア】の団員達が抗争を望む危険もある。

 

 その危険を回避するための時間に解決を任せるというのがフィンの判断。

 

 だがそんな【ロキ・ファミリア】とフィンの判断を察しても尚ライラと輝夜が交渉に動いたということは何かしらの考えがあるのだろうとフィンは読み、そう尋ねたのであった。

 

 そしてライラはフィンの問いに不敵な笑みを以て応じる。

 

「そうだ。お前にしてはらしくない消極的な判断だからこのあたしがお前の尻を蹴り上げてやろうっていう訳だ。少しは感謝して欲しいもんだぜ」

 

「確かに君の言う通り僕らしからぬ消極的過ぎる判断だろう。ただ万が一【フレイヤ・ファミリア】との抗争に発展すればどうなるかを考えれば、万が一は絶対に避けなければならないと僕達は判断していた。それこそ都市二大派閥の抗争がもたらす被害は想像がつかないからね。そしてどんな些細な行動が抗争に繋がるか判断もできない以上僕達は身動きが取れない」

 

「それくらいあたしも分かってるよ。下手しなくても闇派閥(イヴィルス)のもたらす被害を軽く凌駕する上に迷宮都市(オラリオ)の戦力はどちらが勝とうと大きく低下する。闇派閥(イヴィルス)を放置してでも抗争を回避しようと行動を控える【ロキ・ファミリア】の判断は間違ってない。それでもあたしは…いや、あたし達は活路を見出すつもりだ」

 

「なら君はどうやって活路を見出そうというだい?」

 

 フィンは興味ありげにライラに手づまりとも言える【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立関係に活路を見出すか尋ねる。

 

 フィンでも思い浮かばない活路をどうライラが見出したのかという関心と挑戦的な意味を込めて、だ。

 

 するとライラは笑みを崩さぬままフィンの挑戦に応じた。

 

「簡単な話だよ。お前達が直接交渉の場を設けられないって言うなら、あたし達が仲介に入ってお前達の対立関係が解消できるようにしてやる」

 

「それが君達には可能なのかい?」

 

「既に【猛者】とは一度交渉済みだ。フレイヤ様フレイヤ様と言われて正直対応に困ったが、それでもお前達とは違って交渉の場は設けてもらえている。これで十分か?」

 

「あぁ。君の言う通り交渉の場さえ設けられなかった僕達からすれば非常に助かる申し出だ」

 

「後はお前達【ロキ・ファミリア】に【フレイヤ・ファミリア】との和解の意志があるか否かってとこだな」

 

 ライラは最後にそう言って判断の賽をフィンに投げ渡す。

 

 ライラと輝夜が先に【フレイヤ・ファミリア】との交渉に赴いたのにはこのような狙いがあったのだ。

 

【フレイヤ・ファミリア】との交渉の場という材料を持ち込んでフィンの積極的な協力を引き出そうと目論んでいたのである。

 

 そして二人の意図通りフィンは交渉に前向きな姿勢を見せ、しばらく再び考え込む様子を見せるとライラの渡した賽への答えを口にした。

 

「…実は先日ガレスから【フレイヤ・ファミリア】との関係に関して再考しないかと提案があってね。僕達の方でも【フレイヤ・ファミリア】との関係を見直すために話し合うことにしていたんだよ」

 

「これまた【重傑(エルガルム)】がどうして?…っていうのはいい。ということは?交渉にお前達も応じてくれるということか?」

 

「あぁ。君達の協力があるなら、交渉も進めることが可能そうだ。正直僕達としても【フレイヤ・ファミリア】との対立関係の継続はあまり望んでいないからね。君達の協力を是非仰ぎたい。頼む」

 

「一族の勇者様に頭下げさせちゃったよ…これあたし小人族(パルゥム)の同胞に殺されはしねーか?」

 

 フィンの頭まで下げた丁寧な頼みに逆にライラの方が若干慄く様子を見せる。

 

 ただ慄く以上にフィンに頭を下げさせたという事実がライラに若干の優越感を与え、その優越感のままライラはフィンの頼みに応じた。

 

「頭を上げろよ。お前に頭下げられるのはなんか気に入らねぇ。ただ…これは貸し一つってことにしとくぜ?フィン?これだけフィンの力になってやるんだから、嫁の有力候補にくらいしてくれてもいいんじゃないのか?」

 

「ハハハ。…僕のお嫁さんの話はそろそろ脇に置かないか?【狡鼠(スライル)】?」

 

「ほんと頑固だよなぁ。お前も大概だ。どちらにせよ交渉を成功させたら嫌でもあたしの力を認めざるを得なくなる。だからその時お前が『僕をライラさんの婿にしてください。お願いします』と言う日を心待ちにしてるよ」

 

「…交渉の成功は僕的には望ましいんだが、それはちょっと遠慮しておきたいかな?」

 

 ライラの冗談か本気か分からぬ言葉にフィンは頬を引きつらせる。

 

 とは言え話は大筋でまとまった。

 

「まぁこの際お前の要望通り嫁の話は置いておくとして。あたし達が【フレイヤ・ファミリア】との仲介役を果たす代わりに対立関係の解消に成功した暁には派閥連合に合流し、闇派閥(イヴィルス)を一緒にぶっ潰すために協力する。ざっくり言うとそういうことでいいな?」

 

「あぁ。ファミリアで話し合いが必要だから即答は難しいが、より良い回答を君達に伝えられるように善処しよう」

 

「良し!フィンが善処すると言うからには間違いないな。期待して待ってるぜ」

 

 ライラはフィンから現状で得られる最良の回答を受け取ることができ、その事実に満足そうに笑みを溢す。

 

 一方のフィンも自身や【ロキ・ファミリア】にとって一切損がないどころか自分達の閉塞を打ち破り得る可能性を見出せたことで表情を綻ばせる。

 

 そうして交渉が現状進められる交渉を全て完了させたことを受けてライラは最後にフィンに言った。

 

「言うまでもないだろうけどよ。一応言わせてもらうぜ?」

 

「ん?なんだい?」

 

「色々困難はあるだろうけど、お前は迷宮都市(オラリオ)で『勇者』を名乗る者として責任果たせよ?お前が示す希望を待ち望んでる連中も当然いるんだからよ」

 

「…その連中に君は入ってるのかい?」

 

「さぁ?それはお前次第じゃないのか?」

 

「ハッハッハ。ここに来てそんな釣れない反応をするのかい君は。もちろん分かってるさ。君の期待…いや、迷宮都市(オラリオ)の期待に沿えるように力を当然尽くすつもりさ。場合によっては今まで以上に、ね」

 

「その言葉を聞けて安心したぜ。一族の勇者様?」

 

 ライラが言葉にしたのはある意味で激励でありある意味では釘差し。

 

 フィンには二つ名である『勇者』として迷宮都市(オラリオ)に希望をもたらして欲しいというライラの一つの本心を伝えた激励。

 

 そしてこれまで事情があるとしても行動を起こさず【フレイヤ・ファミリア】との関係改善と闇派閥(イヴィルス)対策を結果的に怠ったという事実を改めてフィンに突き付ける釘差し。

 

 その両方の意味をフィンが汲み取れない訳もなく。

 

 フィンは最初は軽口を交えつつも冗談はそこそこに真剣な表情で頷いてライラの言葉に応える意志を示す。

 

 そんなフィンの覚悟を決めた様子にフィン・ディムナ(ライラの憧れ)が戻ってきたと嬉しさを覚えるライラ。

 

 こうして【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立状態を解消する交渉を始めるための素地は何とか整った…そう言える状況に辿り着くことができたのであった。




ライラさんとフィンさんの回でした。(輝夜さんは一人待ちぼうけを食らい今頃苛立ちで部屋の中を歩き回っている模様)

まぁ正直言ってフィンさんが行動を起こさなかった理由は抗争回避のための一点に尽きます。作中でも触れた通り都市二大派閥の抗争による被害は尋常ではないですからね。回避のためには闇派閥の放置も致し方なしという判断も決して間違ってはいない。
そしてどうしてもっと早くに交渉を始めなかったという質問には原作最新刊でも和解に至っていないという状況でしか答えられないというのが本音。
少なくともフィンさんや【ロキ・ファミリア】側には和解の意志があるものの、無理に問題を起こしてまでして解決しなくても支障はないという意識なのでは?と解釈しています。緊急時以外は協力も碌にする気がないようですし、連携に至っては緊急時にもやる気がない。
最初から双方は割り切った関係なのでしょうね。

ただ正義とは選ぶのではなく掴み取るものならば。
都市二大派閥の協力と連携の可能性を掴み取るために動くのはある意味当然でしょう。

その交渉がフィンさんの同意の元事実上これから開始される訳です。

ちなみに言うとライラさんはこっそりと狡猾さを発揮してます。
それは【フレイヤ・ファミリア】との交渉の場を設けることには成功しても交渉の意志が相手にあるか否かは話が別と言う点。オッタルに若干等閑に追い返されたという事実は隠蔽してます。
まぁここら辺も交渉術のうちでしょう、ということで。


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