日本国召喚外伝 ―悩まされる人々― (八菱重工)
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AH代替計画

 

中央暦1643年1月10日――

 

 この日、日本国の首都東京にある防衛省の会議室には、防衛装備庁の技官らを中心に大勢の防衛関係者が集まっていた。

 

「それではこれより会議を始めます」

 

 司会役の防衛省幹部が口を開くと同時に会議が始まった。会議参加者らもみな一様に静まり、司会役に注目する。

 

「現在、自衛隊では異世界諸国との技術格差による最新兵器の非効率化が問題視されてます」

 

 4年前、日本は異世界に転移した。

 転移後すぐに地下資源と食料の調達先を確保できたために亡国の危機は免れたが、諸事情によりこの世界の国家と二回も戦争になっている。

 

 日本と敵対した国家――ロウリア王国とパーパルディア皇国は、ワイバーンや魔法のようなイレギュラーを除けば技術力は中世から近代文明程度であった。

 日本よりも遥かに技術力が低かったおかげで、自衛隊は二国との戦争でほぼ被害を出さず両国の軍隊に対して圧倒的勝利を納めてる。

 

 ところがここで問題が発生した。

 異世界諸国の技術水準が日本に対し大幅に劣っているせいで、技術格差による最新兵器の非効率化が問題視されたのである。

 技術格差のせいで、本来効率を重視しているはずの最新兵器が逆に非効率となる――自衛隊はこれの対応を迫られていた。

 

 すでにその対応は始まっていて、自衛隊のP-3C対潜哨戒機を爆撃機にしたBP-3C爆撃機なんかがその良い例である。

 他にも、転移前に結んだ条約により廃棄予定だった面制圧兵器のクラスター爆弾を、廃棄せずむしろ温存までしてた。

 今回の会議はそれら技術格差による最新兵器の非効率化の対応の一環だった。 

 

「ご存知のとおり、先の戦争において自衛隊と敵対した勢力が木造の帆船や戦列艦などの旧時代の船舶で武装してたことがありました」

 

 司会役の部下が冊子状になった資料を会議参加者たちに配る。配られた資料を参加者らが捲ると、そこにはロウリア王国やパーパルディア皇国の木造帆船を撮した写真があった。

 

「このような艦船への攻撃に対艦ミサイルの使用は非効率すぎるとの判断より、航空戦力として陸自の対戦車ヘリコプターが投入されてます」

 

 ロデニウス沖大海戦やエストシラント沖大海戦では、海上自衛隊の護衛艦数隻に対して敵艦船の隻数が数百から数千隻なんてことがザラにあった。

 自衛隊ではそのたびに数的劣勢を補うべく陸上自衛隊のAH-1SやAH-64Dなどの対戦車ヘリコプター=攻撃ヘリコプターを航空戦力として投入してる。

 

「この際に、木造船相手の戦闘では空自の戦闘機に対艦戦闘をさせるよりも、陸自の対戦車ヘリに機関砲とロケット弾で対艦戦闘をさせた方が効率的ということが判明しました」

 

 陸自の攻撃ヘリはそれらの海戦において少数機で敵の木造船舶を多数沈めるという大戦果を上げていた。

 対艦戦闘では対艦ミサイルよりも圧倒的にコスパがよく、さらに対地戦闘にも投入できるので――こちらが本来の仕事ではあるが――、攻撃ヘリは異世界に転移した自衛隊においてもっとも効率的な兵器とまで唄われていた。

 しかし欠点がない訳ではない。

 

「しかし現在の陸自で対戦車ヘリは、数の上で主力となっているAH-1Sが機体寿命を迎えて次々と退役してます」

 

 現在の陸自では50機以上のAH-1Sコブラ対戦車ヘリコプターを運用しており、攻撃ヘリとしてはこれが数の上で主力である。

 しかしすでに自衛隊に配備されてから40年近く経っており、もう間もなく機体の寿命で大半が退役を迫られていた。

 それどころか実戦に投入されて酷使されたことにより、想定よりも早いペースで退役機が出始めている。

 

「さらに比較的新型のAH-64Dもわずか13機の配備で調達中止されてます」

 

 陸自はコブラとは別に、コブラより比較的新型の機体であるAH-64Dアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリコプターを運用してる。

 だがこちらは、主力戦闘機並みの価格というあまりに高いコストからわずか13機で調達が打ち切られている。

 

「つまり圧倒的に数が足りないのです。今回集まっていただいたのは、その問題の解決についてです」

 

 つまるところ、数は足りないが、技術格差のある敵軍を攻撃するのに効率のよい攻撃ヘリコプターの不足をどう解決すべきかということだった。

 コブラの一斉退役が迫りつつある現状においては急を要する問題である。

 

「現状上げられている解決策についてはこれより資料を配ります。資料の一枚目を見てください」

 

 また別の資料が会議参加者たちに配られ、参加者たちは表紙をめくり資料に目を通した。

 司会役は口を開き、説明を始める。

 

「まず最初に、OH-1ベースの偵察戦闘ヘリを後継機として導入する案です」

 

 

①OH-1をベースとした偵察戦闘ヘリの開発

・国産のOH-1観測ヘリをベースに、対戦車ミサイルランチャー、ロケット弾ポッド、機関砲などを搭載して武装化し、偵察ヘリも兼ねた戦闘ヘリとする。

・利点として不足しがちな偵察ヘリや観測ヘリの拡充にも使える。

・欠点として一から開発するようなものなので配備まで時間がかかる。そのためコストも比較的かかる。

 

 

「国産のOH-1観測ヘリをベースに武装化して戦闘ヘリとします。コストは多少かかりますが、AH-1ZやAH-64Eなどの海外機の導入が不可能となった現在、純粋な攻撃ヘリとして導入可能な唯一の機体となっています」

 

 司会役の言葉を耳にしつつ会議参加者、特に防衛装備庁の技官らは資料に目を通しつつ話し合う。

 

「これはまた……」

「さすがに厳しくないか? OH-1ってエンジンにも不具合があったんだし……いや、エンジンは流石に換装されるか?」

「OH-1の武装化って一度白紙化されてなかったか?」

「白紙化はされてないが、例の事件で採用される可能性は限りなく低くなったな」

 

 OH-1ベースの重武装型は、前々からAH-1Sの後継機(AH-X)として提案されていた。

 さらに言うと、旧式化しつつあるUH-1多用途ヘリコプターの代替としてOH-1ベースの多用途ヘリ(UH-X)の開発も以前まで決定していたのだ。

 

 が、7年前にUH-Xを巡る談合が発覚し、6年前にはUH-X計画は白紙化され、UH-Xに本機ベースの新型機が採用される可能性は低くなってしまった。

 これによりAH-1S後継に提案されていたOH-1の武装型AH-Xも事実上白紙化され――要するにこの案は一度消えた機体の計画を復活させるようなものなのである。

 

 ちなみに日本の転移に伴ってUH-Xの選定には国産機を導入するしかなくなっており、白紙化されたとはいえOH-1ベースの多用途ヘリが再びUH-Xに採用される可能性もなくはない。

 もちろんAH-1Sの後継機も海外機の導入が不可能となってしまった現状、国産機案しかない。

 ただ転移による諸々のゴタゴタと国内企業が次々に機体を提案したため選定が長引いており、未だ決まってないのだが。

 

 いずれにせよ一度白紙化された機体を再び選定すること、さらにOH-1はエンジン関連で不安を抱えてることなどから、技官らは厳しいのではないか、との判断を下した。

 

「続いて、多用途ヘリ改造の武装ヘリ案です。資料を捲ってください」

 

 ある程度の時間が経ってから司会役が資料を捲るよう促し、参加者らは資料を捲って二枚目のページに目を通す。

 そこには次のように記載されてた。

 

 

②多用途ヘリの改造による武装ヘリ化

・UH-1やUH-60など陸自の多用途ヘリコプターに対戦車ミサイルランチャー、ロケット弾ポッド、機関砲ポッドなどの搭載を行い重武装化する。火器管制装置などはSH-60K哨戒ヘリや在日米軍の武装化可能なUH-60のそれを参考とする。

・利点として既存の機体を改造するだけなので新規に機体を開発するよりも開発にも配備にも時間がかからない。所得コストも安くて済む。さらに武装を外せば本来の多用途ヘリとしての任務も行える。

・欠点として一度に多数の機体を武装化させた場合、多用途ヘリ本来の任務に投入できる機体が減ってしまう。さらに操縦員の訓練の両立も必要となる。

 

 

「UH-1JまたはUH-60JAといった陸自の多用途ヘリを武装化して武装ヘリとします。短期間に数を揃えるのであればおそらく最適でしょう。武装を取り外せば多用途ヘリとして使えることも魅力的です」

 

 再び会議参加者の技官らが、司会役の進行の傍らで集ってお互いに話し始める。

 

「武装ヘリか……悪くないんじゃないか?」

「しかし多用途ヘリが攻撃ヘリの仕事やらないといけなくなるのはな……ウチの国ただでさえ災害派遣で多用途ヘリは仕事が多いんだから」

「転移しても台風とか普通に来るもんなぁ」

「それに多用途ヘリと攻撃ヘリの任務もできるようにパイロットを訓練しないとだから、訓練の両立でも厳しいぞ」

「悪くないとは思ったんだがなぁ」

 

 技官らは、多用途ヘリが本来の仕事に加えて攻撃ヘリの仕事も担わなくてはならなくなることに多少の不安を覚えた。

 なにせ多用途ヘリは人員輸送や物資輸送、画像偵察に連絡、急患輸送だってやる万能機だ。

 その分1機あたりに多数の仕事を任せられてるようなもので、そこに攻撃ヘリとしての任務も含めたらそれはもはや過労であろう。

 

「次の案に行きます。資料を捲って下さい」

 

 進行役に促されて、会議参加者らは再び資料を捲る。だがそこに書かれてた文字列を見て彼らはギョッとしたように目を丸くした。

 そこには次のように書かれてた。

 

 

③軽攻撃機の導入(1)練習機武装化案

・空自のT-7練習機またはT-4練習機をロケット弾や機関砲ポッドで武装した軽攻撃機(COIN機)に改造し、これを攻撃ヘリの代わりに導入する。

・利点として改造するだけなので新規に攻撃ヘリを導入するよりも安価である。また航続距離や速度性、高高度性能などの点においても固定翼機なので攻撃ヘリを遥かに勝る。

・欠点として練習機として使える機体の数が減る。また攻撃ヘリと異なりホバリングが不可能なため継続的な攻撃が不可能。加えて練習機が元となってるので搭載量が限定的。

 

 

「T-4またはT-7練習機を武装化し、軽攻撃機として攻撃ヘリの代わりに導入します。既存機の改造だけなのでコストも安く、攻撃ヘリと比べて利点も多いです。この世界で十分に通用する兵器でしょう」

 

 それは今までの攻撃ヘリコプターの更新案とは異なった、練習機を武装化して軽攻撃機――COIN機化するという案だった。

 軽攻撃機、COIN機とは、おもに輸送機や練習機などを改造して武装化した、限定的な攻撃力を持った攻撃機である。

 

 日本でもT-1練習機やT-2練習機のように武装が可能な練習機がいたので一応保有してたようなものだが、現在の自衛隊はそんなもの一切保有してない。

 というのも安価とはいえ攻撃力の限定された機体よりはF-2戦闘機のような何にでも対応可能な万能かつ高性能で高価な機体の方が日本の防衛事情に適してると判断されたからだ。

 もっとも異世界転移後のこの世界でも同じ事が言えるかはまだ不明だが。

 

 司会役が軽攻撃機案を話す傍ら技官らは一斉に今まででもっとも難しそうな表情を浮かべ、話し始める。

 

「これは無理だろ。練習機が減ったらパイロット育成に機体が回せない、かといって機体を再生産したら余計コストが掛かる」

「そもそも軽攻撃機の運用なんてT-2練習機以来だしノウハウもないようなもんだぞ。それを抜きにしても難しい気がする」

「それに空自の機体だから空自にも認めてもらわんと厳しいな」

「ジェット機のT-4ならともかく、プロペラ機のT-7なら元の機体の値段が2億円程度だしコストは掛からないだろうが……」

「しかしT-7って武装できるのか?」

「T-7原型のT-34練習機に、翼下にハードポイントを四基つけた武装可能なタイプがあった筈だ。T-7も改造すれば出来なくもない」

「T-4の方は?」

「T-4は、量産型ではオミットされたが、試作二号機が胴体下に7.62mm口径の機関砲ポッドを載せたことがあったろ? といっても主翼強度があまりないから主翼下には武装を載せられないし、できる武装なんて機関砲ポッドかロケット弾ポッドを一基だけ胴体下に載せるくらいだろうな」

「少なくともT-4の方を武装化するのは無理だな。コストも掛かるし、やはりここはT-7一択か」

「あとはCOIN機がホントに攻撃ヘリの代わりとして有用かどうか、だな。まぁこの世界なら有用とは思うが」

 

 技官らが勝手に一ヶ所に集まり、何やら議論して決定してるのを傍目にしつつ、司会役は次の案にいくことにする。

 

「次の案です。資料を捲って下さい」

 

 話が進んだため、技官らは議論を中断して他の会議参加者らと共に資料を捲る。

 次に出てきたのは以下のような内容だった。

 

 

④軽攻撃機の導入(2)LR-1再導入案

・陸自の所有してたLR-1連絡偵察機(三年前に全機退役)を再導入し、これを軽攻撃機(COIN機)に改造、攻撃ヘリの代わりに導入する。

・LR-1の原型となったMU-2はM重工製の国産ビジネス機であり、軍隊への販売も想定して最初から軽攻撃機化が可能なように設計されてる。製造元のM重工はこの世界でもMU-2を販売しようとしており、再生産には乗り気である。ムーでのライセンス生産も予定してる。

・利点として安価なことが挙げられる。航続距離や速度性、高高度性能などの点においても攻撃ヘリに勝る。胴体両側に12.7mm機関銃各1丁を搭載できるので、ガンシップのような運用も可能。最初から軽攻撃機化を想定して設計されてるので練習機改造案よりも優れてると言える。

・欠点として本機は(再生産するとはいえ)一度退役した機体であり、原型機は56年前に初飛行した旧式機である。そのため発展性に乏しい。また高速域で良好な操作性が低速域では悪化するため、低空低速で戦闘する軽攻撃機としては少々扱いずらい。

 

 

「陸自で三年前まで運用されていたLR-1連絡偵察機を再生産し、軽攻撃機として攻撃ヘリの代わりに導入します。原型機のMU-2は前世界で700機以上生産された国産のビジネス機であり、軍隊への販売も想定して最初から軽攻撃機に改造できるよう設計されてます」

 

 技官らは再び集まる。

 

「再生産か……まぁ製造元が改造に乗り気なら良いんじゃないか?」

「しかし一度退役した機体をまた再生産して再導入するってのはなぁ」

「だがLR-1はおそらくこの国が作った航空機でもっともCOIN機化に向いてるぞ。500ポンド爆弾かナパーム弾2発、またはロケット弾ポッド2基と12.7mm機銃2丁を搭載して武装可能。ちゃっかりCOIN機として使用する時のマニュアルまでM重工が用意してる」

「しかも原型のMU-2は米空軍も一応採用した機体だし、アルゼンチンもフォークランド紛争時代に写真偵察機として使ってる」

「問題はCOIN機として運用するのには向かない操縦性能と、あまりにも設計の古い機体ってところだな。ま、練習機のCOIN機化よかこっちの方が良いんじゃねぇか?」

 

 どうやらCOIN機化に関しては、T-4やT-7練習機を改造するよりもこちらのLR-1再導入の方が技官らの受けは良かったらしい。

 

「次の案に行きます」

 

 そんな光景を見つつも司会役は知ったこっちゃないとばかりに次に進め、会議参加者らもまた資料を捲る。だがそこに現れた内容に会議参加者らは唖然とした。

 

 

⑤軽攻撃機の導入(3)『疾風改』輸入案

・ムー国が旧日本軍の四式戦闘機『疾風(ハヤテ)』の設計図を元にして開発してるとされる次世代戦闘機『疾風改』を軽攻撃機として攻撃ヘリの代わりに導入する。

・利点として輸入機なので新規に攻撃ヘリを導入するよりも安価である。航続距離や速度性、高高度性能などの点においても固定翼機なので攻撃ヘリを遥かに上回る。また馬力があるので重量のある武装も可能である。

・欠点として、原型機の『疾風』は当然ながら70年以上前に設計されたLR-1以上の旧式機であり、また機体の設計も空力的に洗練されてない可能性がある。さらにムーではエンジン関連で本機の開発に苦戦しており、また二千馬力級のプロペラ戦闘機用小型エンジンはムーでも現在の日本でも存在しない。

 

 

「……これなんです?」

 

 司会役が説明する前に技官が口を開いた。

 

「見ての通り、ムーが開発中の『疾風改』を導入して軽攻撃機化する案です。エンジンが完成してないそうですが、我が国とムーで協力し合えば完成も見込めて、さらに機体の共通化も出来て――」

 

(((ヤケクソで提案されたんだろなぁ……)))

 

 司会役の説明の傍ら、技官たちのみならず会議参加者全員が同じ事を考えた。

 

「次の案に行きます」

 

 その後も案は出され続けた。まともな案からめちゃくちゃだったりヤケクソな案も出されたが、やはり会議の常というべきか、その日だけでは結論は出なかった。

 

 



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