リリルカ・アーデは裏切らない (ザック23)
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プロローグ

微かな酒の匂いが薫る部屋の中で幼い小人族(パルゥム)の少女は杯を覗き込む。

 

(これが「神酒」(しんしゅ)・・・)

 

【ファミリア】の団員達が追い求め、そして少女の両親が亡くなった原因だ。

 

本来なら少女――リリルカ・アーデ――では決して触れようがない物だったが、新しくこの【ソーマ・ファミリア】団長となったザニスによって、彼女と同じ下級の団員にも振舞われることとなった。彼らを神酒の奴隷に落とすために・・・

 

彼女は、振舞われた「神酒」(しんしゅ)に魅了されながらも小さな恐怖心を抱き、すぐさまに口を付けないでいた。やがては、他の団員達は杯を呷り狂乱の宴が始まった。

 

故に、彼女は自分が唯一安心できる場所。【ソーマ・ファミリア】の主神であるソーマの神室に逃げ出したのだ。

 

しかし、持ち出した杯を満たす輝きは恐怖心を上回るほどに魅力的で、やがては恐る恐る口を付けてしまう。

 

その様をじっと見つめる、静かな神の目に気づかずに・・・

 

一口、舌に付けた瞬間に広がる、圧倒的な多幸感、捻じ曲がる、捻じ曲がる。――幼きリリルカ・アーデには抗いきれぬ、天上がごとき悦楽が彼女をただ「神酒」(しんしゅ)を欲する獣に変えていく・・・

 

しかし、その瞬間に垣間見る、この先の少女が辿る未来を。

 

―――ダンジョンの低層でモンスターを屠り、魔石にむさぼりつく餓鬼

 

―――才無きゆえに、サポーターに転向し、冒険者に搾取される日々

 

―――逃げ出した先で、逃れられぬファミリアの追跡と優しかったあの人たちの拒絶

 

―――得た(まほう)で冒険者たちを嘲笑う、惨めな自分

 

 

―――その先にある、大切な少年との出会いと家族(ファミリア)の絆を

 

心が、酔いがさめる。

 

(あれ、リリの手はこんなにちっちゃかったですっけ?)

 

不思議そうに、小さな手を見つめる。小人族(パルゥム)の身体が小さいとはいえ、自分の身体はもっと成長していたはずだ。今の自分は6歳の誕生日を迎えた直後、あの悪夢の日々の始まりの頃の姿だった。

 

そして辺りを見渡すと、暗い思い出しかないはずのかつてのホームであることを理解する。

 

(今のは夢?リリの寂しさが見せた幻覚?)

 

ありえざる光景を見て悲観的な彼女はそう想った。あれは神酒が見せた幸福な夢であると。しかし・・・

 

「・・・いいえ、いいえ!あれは決して夢なんかじゃありません!!」

 

心が叫んでいる、あの暖かさは偽りなんかじゃないと!

 

「もしかして、過去に戻ってしまったんですか?」

 

そう思考すると、同時に彼女の身体は不調を訴える。

 

胃の中に入り込もうとする、かつての絶望に拒絶反応を示したのだ。

 

「おぇぇえ・・・」

 

恥もなく、外聞もなく胃の中身を吐き出す。そして彼女の幼い体は叩き込まれた記憶と酩酊感のなかで倒れ込む。

 

消え行く意識の中で、慌てて自分を抱え込む誰かの姿を見た。



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リリルカ・アーデは決意する
第一話


「ううん、ここは……」

 

 未来の記憶をその身に宿し、気絶したリリは柔らかな寝具の上で目を覚ます。

 

「ここは、ソーマ様のお部屋ですか」

 

 耳を澄ませば、ゴリゴリと規則正しい乳鉢で植物を混和する音が聞こえてくる。

 

「起きたか、リリルカ・アーデ」

 

 不意に、音が止み。起伏のない静かな声がリリに話しかける。

 

「ソーマ様……」

 

 主神であるソーマは、乳鉢の中身をコップの中の液体と混ぜ合わせると匙で掬い、リリの口元に運ぶ。

 

 リリは先ほどの酩酊感を思い出し、嫌々と抵抗を示す。あの光景を神酒に塗りつぶされることを恐れたゆえに。

 

 その抵抗にソーマは、安心させるようにゆっくりとリリの頭を撫でる。

 

「大丈夫だ、これは神酒ではない、熱さましの薬だ」

 

 穏やかな、ともすれば慈愛すら感じる主神の声にやがては、覚悟を決めて薬を嚥下する。

 

「何故、私なんかに薬を……」

 

 リリルカ・アーデが辿ってきた軌跡の中で、いつか出会う慈愛に満ちた主神(ヘスティア)ならともかく、彼はただただ酒造りにしか興味がなかった。故にこそ、ザニスを止めることなどせずに横暴を許したのだ。

 

 彼は己が眷属の声に、何かを噛みしめるようにした後に、口を開いた。

 

「今は眠り、体を休めなさい。リリルカ・アーデ」

 

 そう言葉少なく呟くと、寝かしつけるように再び頭を撫でる。

 

(ああ、あったかい)

 

 段々と眠りに落ちていく、リリの中に()()()()暖かさが広がる。

 

 これは神酒に塗りつぶされるはずだった思い出、幼い彼女が今まで受けてきた唯一の愛だった。

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 数日後、少女はすっかりと体調を取り戻した後に、死に物狂いでダンジョンに赴く団員(ファミリア)の面々を尻目にオラリオ北西に、ひっそりとたたずむ寂れた教会に訪れていた。

 

「わかっていたことですが、本当に過去なんですね」

 

 扉を開け、埃っぽい中を覗き込む。そこには一切の生活感もなく、ただ静かな空間が広がっていた。

 

 それでも、リリは思い浮かべる。感情豊かに己の髪(ツインテール)を振り回し、騒ぎ立てるあの女神を。そんな女神と張り合うように少年に寄り添う自分を。そして困ったように頬を掻く愛しい少年を。

 

 ここは確かに、短い付き合いであったけど心休まる居場所であったことを噛みしめるように。

 

「これから、どうしましょうか」

 

 記憶の中にしかない情景を今は霧散させ、彼女は考えを巡らせる。

 

「このまま【ソーマ・ファミリア】として所属しながらベル様とヘスティア様を待ちましょうか」

 

 未来の事を知ってるとは言え、リリは非力な小人族(パルゥム)だ。サポーターとして培った知識や経験、【ファミリア】での何よりあの人造迷宮(クノッソス)での指揮経験があるとはいえ、前者は際立った物とは言えないし、後者は弱小ファミリア、それも眷属内で足を引っ張りあうようなところでは無用の長物だ。「改宗」(コンバージョン)を行おうにも何の経歴もない、幼いリリを引き取ってくれるようなファミリアなぞ、この暗黒期で見つかる可能性は極小だ。

 

 なによりも、ベル様の、家族(ファミリア)の未来が変わることが怖い。少年の軌跡は綱渡りの連続、一つ間違えればあっさり命を落としかねない死闘の連鎖だ。少しでも未来が変わり、彼等の運命が変わってしまえばリリは己を激しく苛むだろう。

 

「お優しいベル様なら、あのような事件がなくとも傍で支えることが出来れば信頼関係を結べます」

 

 思い出すは、少年の出会い。冒険者への仕返しと脱退の資金を稼ぐために窃盗を重ね。鴨として傍から見ても危ういぐらいのお人よしの彼に近づいたのだ。

 

 打算で始まった関係、その中でも彼はリリを真っ直ぐに信頼してくれた、それでも、彼から武器(ヘスティア・ナイフ)を盗みだした自分を助け出し、抱きしめてくれた。リリルカ・アーデの灰被り(シンダー・エラ)はそうして拭われたのだ。

 

「アポロンファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)の時にヘスティアファミリアに加われば齟齬はないでしょうし」

 

 ファミリアの脱退、本来なら難しいだろう、今からお金を貯めて行っても以前のように薄ら暗いことをしなければ脱退の資金には届くかはわからない。だけど、リリはあの暖かな主神の手に一筋の希望を見たのだ。誠心誠意お願いすれば、ソーマは「改宗」(コンバージョン)を受け入れてくれると。

 

 故に、何もしないこと、それが最善だと彼女の現実主義(リアリスト)な面がささやく。

 

 だけど、

 

「本当に、それでいいんでしょうか?」

 

 思い浮かべるは、白い光。試練を、逆境を打ち砕く光。時には、愚かと囀られ、見下されながらも憧憬に向かってひた走り続ける少年を。

 

 ただ現状を甘んじることで、リリはあの人の前に胸を張って出会うことは出来るのか。それは、否だ。

 

 もし、少年が自分のように過去に戻れば、ひた走り続けるだろう。真っ直ぐに炎雷の如く。

 

 ならば、ならば少女はここで未来を夢見るだけではいかない、彼のサポーターとして。

 

――自分自身で立てた誓いを

 

――女神(ヘスティア)の慈心を

 

――少年(ベル・クラネル)の信頼を

 

「そう、リリルカ・アーデは決して裏切りません!裏切りたくないんです!!」

 

 決意は定まった、ここに再度誓いを立てよう。

 

 走り出す、その確かな決意と勇気を古びた女神像だけが見守っていた。




リリルカ・アーデ
LV.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性の欠如の際は失敗(ファンブル)
・模倣推奨
・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】
・解呪式【響く十二時のお告げ】
《スキル》
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時における能力補正。
・能力補正は重量に比例。
指揮想呼(コマンド・コール)
・一定以上の叫喚(きょうかん)時における伝播(でんぱ)機能拡張。
・乱戦時のみ、拡張補正は戦闘規模に比例。
・同恩恵を持つ者のみ、遠隔感応可能。最大範囲はレベルに比例。


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第二話

 暗く、狭い通路を小さな影が走っていく。

 

 そして、それを追うように複数の緑色の肌の怪物(モンスター)――ゴブリンが追う。

 

 ゴブリンは迷宮(はは)に産み出されたモンスターの中でも最弱の部類だ。恩恵を受ければ小さな子供でも倒すことは可能だろう。――それが単独であれば。

 

 今の彼らの数は5体、本来ならこの第1階層ではこの数が集まることはないだろう、行きかう冒険者達が蹴散らして行くが故に。されどこの数がある理由は、ここが迷宮の中でも順路から大きく外れた場所にあるからだ。次層への階段からは遠く、価値ある迷宮資源があるわけでもないこの狭い通路で、彼らは倒されることもなく徘徊していたのだ。そこに、少しでも魔石を稼ごうと、欲の張った弱小冒険者が迷い込んだだけの話、アドバイザーがいくら口酸っぱく忠告しても途切れない、ありふれた新米冒険者の末路の一つだ。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に横道に飛び込んだが、無駄だ。この先につながる道はすぐそばの通路から待ち伏せることが出来る。

 

 ゴブリン達は散開し、獲物を追い詰めることにする。

 

 彼は奴の背中を追うことにした、やがては合流地点に辿り着く。歓喜を隠さずに鋭い爪を構えた。

 

 しかし、彼の期待は裏切られることになる。そこには、奴が持っていた武器、ダガーをしげしげと眺める同族がいただけであった。

 

「GOBGOB」

 

 不満を隠さずに、同族に声を掛ける。大方、奴がこの道に到達した時に鉢合わせ殺してしまったに違いない。自分の手で殺せなかったことは残念だったが、侵入者を排除したことを感じ取り新たな獲物を探すべく、背中を向ける。しかしあいつも不甲斐ない、逃げ惑うような奴に、手傷を負うとは。刃に付いた血からそう判断する。

 

その瞬間、自身の首から鮮血が吹き出す。痛みに驚き、振り返ると微かな嘲りを見せる同族の姿があった。

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 解呪式を唱え、少女は己の身体を見渡す。

 

「前は、冒険者を騙すことだけに使ってましたけど、ソロだと戦闘に活用できますね」

 

 自身の変身魔法、【シンダー・エラ】は使用者のイメージに依存し、自在に己の姿を変えることが出来る。それを活用しゴブリン達を奇襲することで手傷を負うことなく片付けることが出来たのであった。

 

「とは言え、このような手段が通用するのはせいぜいゴブリンやコボルド程度。それ以上となるとリリの体躯では変身できません」

 

 パーティーを組んでの戦闘では、誤って味方側の攻撃も受ける可能性が高く、今のような状態でしか通用しない方法であった。

 

「せめてリトル・バリスタがあれば、もう少しまともに戦闘できるのですが」

 

 己の獲物(ダガー)を見て呟く。未来で扱っていた、武器を思い浮かべるが、あれはゴブニュファミリアの品。上層で四苦八苦して稼いでいる今のリリでは、到底届かない品だ。

 

「おっと、考え事はほどほどにして、ちゃちゃっと解体を済ませましょうか」

 

 ダガーを腰に戻し、解体用のナイフを取り出す。そしてゴブリンの遺体に突き立て魔石をテキパキと取り出す。この作業だけなら、大手ファミリアのサポーターにも負けないと10年近くとなる経験から自負する早業だ。

 

「あっ、ゴブリンの爪。今日で3個目、ベル様ほどではないですが、リリにしては幸運です!」 

 

 崩れ落ち、灰に変わるモンスターが魔石以外に稀に残すドロップアイテムに喜色をもらす。

 

「あの日から、1ヶ月。目立った戦果はありませんが今日こそ食いついてもらいたいです」

 

そうこぼすと、彼女は荷物をまとめダンジョンの入り口へと足を向ける。

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 ギルドの受付嬢として働く狼人(ウェアウルフ)の女性、ローズは受け持っている冒険者達を手早く捌いていた。彼女は優秀で、ゆくゆくは受付嬢のまとめ役になることも期待されている才媛だ。

 

 そんな彼女に、同期のソフィが声を掛けてくる。

 

「ローズ、あの子が帰ってきたよ」

 

「そうか、よかった……」

 

 彼女たちの中で話題になるのは、1ヶ月前に冒険者となった彼女だ。

 

 傍から見てもあまりに幼い体躯で、冒険者となったソーマファミリアの小人族(パルゥム)、親が冒険者だったがゆえにファミリアに入る事を義務付けられ、両親が亡くなったがゆえに何の庇護も得られなくなった少女。

 

 彼女たちがわきまえる「冒険者には、情を移さない方がいい」という考え方も、あまりに過酷な境遇の前にはしぼんでしまう。

 

「こんにちは、ローズさん!リリルカ・アーデ。ダンジョンから無事に帰ってきましたよ」

 

 そんな自分たちの前で、彼女――リリは健気に明るく務めている。

 

 だから、彼女は己の考えをまげて小さな少女を出来る限り手助けしてあげようと思ったのだ。故に普段のざっくんばらんな口調を改めて笑みを浮かべ、話しかける。

 

「おかえり、リリちゃん。今日はいつもより機嫌がいいね、良いことが会ったの?」

 

「ええ、今日も1階層を探索していましたが、運よくドロップアイテムがいくつか手に入ったんです!」

 

「そう、よかったわね。換金はもう済ましたの?」

 

「はい、今日の稼ぎはなんと1000ヴァリスです、これで始まりの1ヶ月は黒字ですよ!」

 

 それは命を賭す、冒険者の稼ぎとしてはあまりに少ない金額であったが、ニコニコ笑う彼女の前で指摘するのは野暮だろう。言葉を引っ込め、ローズはかねてから尋ねていたことを再び聞いてみる。

 

「ねえ、リリちゃん。やっぱりソーマファミリアの人たちとはパーティーを組めないかな。ソロのままだと今は大丈夫でも、きっといつか取り返しのつかないことになっちゃうよ」

 

 そう問いかけるも、彼女はうつむき。

 

「弱っちいリリでは、足手まといにしかならないと。そう言われます」

 

「ごめんね、辛いことを聞いてしまって」

 

 本来なら新米の冒険者の面倒を見るべきは、同じファミリアの団員であるべきはずなのに彼女は目を向けられず、孤独な日々を過ごしている。

 

「いえいえ、ローズさんが気にすることではありませんよ」

 

 顔を上げる、リリの顔を明るい笑顔に満ちていた。

 

「いつかきっと、リリとパーティーを組んでくれる方が見つかる。そう信じて、頑張ってステイタスを伸ばしてみます」

 

「うん、がんばってね。リリちゃん」

 

 無力さを噛みしめながら、それでもこの小さな子を応援しようと努めて笑顔を見せる。

 

「リリちゃんは、今日もソーマファミリアの人たちをギルドで待つの?」

 

「はい、いつも帰りが遅い方たちですが、気紛れで早く帰ってくるかもしれないので、待っていますね」

 

 そう告げると、彼女はギルドの端の方に佇む。

 

 ローズは気持ちを切り替え、仕事を再開する、献身的な少女が報われることを祈りながら。

 

 そんな、彼女の耳を素通りするように同僚たちの声が聞こえてくる。

 

「また書類が消えたって。何度目だ?ドジにもほどがあるぞ……」

 

「ええー!私、確かに班長のデスクに置きましたよ!」

 

「だが、実際にはない。それで前はお前の机の隙間からひょっこり出てきたが」

 

「前の時はそこはしっかり探しましたよ!なのにないはずの書類が出てきたんです、きっと幽霊(ゴースト)の仕業ですよ!」

 

「妄言を言ってないで、しっかり探せ」

 

「そんな~」

 

そして、それをじっと見つめる彼女の視線を。

 

「見つけました…」

 



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第三話

執筆中にミスで第二話を第三話で上書きしてしまいました。申し訳ありません。


 【北西】第7区、冒険者通りと呼ばれるギルド近くの大通りに隣接する路地裏に、リリはオラリオ名物ジャガ丸君を片手に佇んでいた。

 

「今日こそ、フェルズ様と接触できれば良いのですが」

 

 そう小さく、呟きながら手元のジャガ丸君で、くぅくぅ鳴くお腹を落ち着ける。

 

 張り込みを行うのは、今日で3回目。初日に空きっ腹を抱えながらも待ち伏せを続けて倒れそうになり、その反省から2回目からはこのように食料を用意しておいたのだ。

 

 ダンジョンに潜る時間を減らしてまで、何故このような事を続けるのか。話は決意を固めた1ヶ月前にさかのぼる。

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 「ふぅ、今日もなんとかなりましたね」

 

 あの決意から1週間後、古びた協会の地下室で、リリは体を休めていた。

 

 決意を固めたとはいえ、今のリリは貧弱極まりないステイタスしかない、故に自己の身の安全を考えて、ソーマ・ファミリアにはステイタスの更新と最低限の装備の置き場そして寝泊まりに利用するだけに留め、実際の休息や装備の管理などにはここを利用することに決めたのだ。幸いにも、今のリリには未来で得た変身魔法がある。これを使って神酒に取り憑かれたように装えば、周りの目にも止まることなく自由に行動出来た。

 

「それにしても、今のリリは本当に恵まれていますね」

 

 何故か、ソーマ様はリリの事を気にかけてくれて、ステイタスの更新を頼めば酒造りに没頭している時でなければ行ってくれて、アドバイザーのローズさんは親身になって接してくれる。それはかつてのリリには決して得られなかったことだ。

 

「……いいえ、きっと神酒に、絶望に取り憑かれて落として行ってしまったのですね」

 

 神酒を欲する獣となったリリは、アドバイザーの言葉など煩わしく切り捨てて、ただただ金だけを求めていた。そんな姿を見て、誰が気にかけてくれるだろうか。そう、かつて取りこぼした主神(ソーマ)の暖かな手を思う。 

 

「っと、感傷に浸っている暇はありません。リリは今度こそは取りこぼすことが無いように、成長するんです!」

 

 ふんす、と気合を入れて更新用紙を見やる。

 

リリルカ・アーデ

LV.1

力:I0→I22

耐久:I0→I5

器用:I0→I42

敏捷:I0→I51

魔力:I0→I58

《魔法》

【シンダー・エラ】

・変身魔法

・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性の欠如の際は失敗(ファンブル)

・模倣推奨

・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》

縁下力持(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備過重時における能力補正。

・能力補正は重量に比例。

指揮想呼(コマンド・コール)

・一定以上の叫喚(きょうかん)時における伝播(でんぱ)機能拡張。

・乱戦時のみ、拡張補正は戦闘規模に比例。

・同恩恵を持つ者のみ、遠隔感応可能。最大範囲はレベルに比例。

 

「はぁ、やっぱりステイタスの伸びは良くありませんね」

 

 わかっていたことだが、落胆は隠せない。ベル・クラネルほどの飛躍を!と高望みをする気はないが、もう少し何とかならないかと落ち込む。冒険者のステイタスの伸びは経験を積み重ねれば、積み重ねるほどに低くなる。逆に言えば、まっさらな状態ならば伸びは高いと言うことだ。

 

 才あるものならば半月程度の期間で得意不得意なく評価Hに到達するであろう。それを考えると、今のリリのステイタスの伸びはどうしても低いと感じざるを得ない。

 

 ベル・クラネルの戦闘スタイルと未来の自分のステイタスを参考に、敏捷(あし)を積極的に使った遊撃と魔法を使った奇襲による一撃必殺を心掛けた戦い方のおかげか器用、敏捷、魔力の三つの伸びはかつての自分に比べて上だ。しかし力、耐久の伸びなど目も当てられぬありさまだ。

 

 未来で9年の月日と、数多の修羅場を乗り越えても評価Gにも到達しなかったのだから当たり前と言えば、当たり前なのだが。やはり、自分には戦闘の才能はないようだ。

 

「ですが、リリには強力な武器があります。いい加減、これの活用方法を考えましょうか」

 

 そう、リリルカ・アーデには強力極まりない――ともすれば劇薬と評するべき――武器がある、未来の知識という絶対的なアドバンテージが。

 

(今のオラリオの状態、暗黒期では、起こった事件の概要しか知りませんが、それだけでも何に変えることも出来ない貴重なものです)

 

 例えば、二年後に起こる悪夢の七日間、それに冒険者が大きな被害を出した理由、火炎石を用いた自決攻撃と都市全域爆破。そして、それを陽動とした数多のファミリアの主神送還という前代未聞の策であること。

 

 例えば、四年後のアストレア・ファミリアの疾風のリオンを除いて全滅した事件。1000年以上続く神時代において起こった前代未聞の怪物(ジャガ―ノート)の誕生を。

 

(そしてヘスティア・ファミリアの中で経験してきた事件)

 

 異端児(ゼノス)、そして彼らを密猟するイケロス・ファミリアとその根城にして闇派閥(イヴィルス)蠢く、奇人ダイダロスの執念の結晶人造迷宮(クノッソス)

 

 そして都市の破壊者(エニュオ)を語った、邪神ディオニュソスの計略である『精霊の分身』(デミ・スピリット)による『精霊の六円環』と切り札たるニーズヘッグ。

 

 今もオラリオの闇で身を潜め、胎動する暗い糸をリリルカ・アーデは大まかとは言え把握している。

 

「問題は、これを誰に託すかなんですよね……」

 

 真っ先に思い浮かべるのは、フィン・ディムナ。弱小種族と蔑まれる小人族(パルゥム)の象徴たらんと決意し、オラリオ二大派閥の片割れたるロキファミリアの団長を務める勇者。たぐいまれなる頭脳と直感で神の計略すら超えていった彼こそが、この情報を最も有効活用することが出来るだろうが。

 

「ですが、どうやって接触するかですね……」

 

 馬鹿正直に未来を知っています何て言いながら、彼らの拠点を訪ねても叩き出されるのがオチだろう。運良く、主神であるロキやフィンに接触できれば妄言とは言え動いてもらえるかもしれないが、リスクが高すぎる。神が下界の存在の嘘を暴けるとは言え、心から信じていれば偽りでも真実に映る。確証が取れるまで、闇派閥(イヴィルス)の罠と疑われ、拘束される可能性が高い。

 

 なによりも……

 

異端児(ゼノス)の事が知られるなんて危険すぎます」

 

 今の彼は徹底した現実主義者(リアリスト)だ、自身の汚点となりうるものは排除するだろう。エニュオに対する一手として異端児(ゼノス)と共同したが、それはベル・クラネルの行動を受けて考えを変えたから実現したのだ。

 

「リリが全ての情報を預けても大丈夫だと、信頼出来る人。この時代だと、あの人しかいませんよね」

 

 黒衣を纏った神秘を極めし賢者、ギルドを統べる主神ウラノス唯一の眷属たる愚者(フェルズ)を名乗るあのお方。

 

「問題は、どうやって接触することですが」

 

 (確か、あの方はギルドで噂される幽霊(ゴースト)の正体であるとカサンドラさんが言ってましたね)

 

 恐らくは、ギルド内で危機をいち早く掴む為に網を張っているのだろう。

 

「それを見つけるしかないですね」

 

 か細い糸であるが、やらないよりましだ。幸いにも、この幼い容姿なら警戒されずにギルド内にいる理由をいくらでもでっち上げれる。頬を叩き、休息を終えるとギルドに向かって走り出す。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 せわしなく働くギルド職員を見やり、待つ。そして、その時が訪れた

 

「!(今、あそこの書類が一枚、消えました)」

 

 恐らくは自ら作成した透明衣(ヴェール)を用いての隠密行動を行ったのだ。軽く深呼吸をしながらあらかじめ考えていた作戦通りにギルドを抜け出す。

 

(落ち着いて行動していきましょう。ここからは、時間との勝負です)

 

 第1級冒険者ならば、姿を透明化しても気配を辿りつつ、追跡することも出来るだろう。だが、リリには逆立ちしたって、そんな芸当は出来っこしない。故に、自分が武器にすべきは盗人として過ち続けた時の知恵だ。

 

透明衣(ヴェール)は姿が透明になるだけ、だから人通りの多い大通りを進むことは避けるはず。そして、フェルズ様の思考から通る道を逆算します!)

 

 ギルド一帯の地理、この数日から調査した人の行きかい。それらを頭の中で幾重ものシミュレーションを重ねる。

 

(追跡を続ければ、フェルズ様もこちらの事を把握するはず、そうして私の事を調査するでしょう。なにせ、自分の行動が先回りされているのですから)

 

 しかし、調査を続けてもリリルカ・アーデの情報なんて大したものは出てこないだろう。だから、張り込み続ければ接触してくる可能性は高い。その前に、危険人物として処理される可能性もあるがあの賢者の性格からそれは低いだろうと考える。今のオラリオの状況を思考から外してしまいながら。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「と、意気込んだは良い物も、今日まで成果なしですか」

 

 冷え切ったジャガ丸君を腹に収め、ため息をつく。やはり無謀すぎる作戦だったのか。

 

「いいえ、諦めては行けません、次は魔女の隠れ家も当たってみるべきですか」

 

 そうつぶやいたと同時に、リリの首に圧迫感が襲いかかる。

 

「なるほど、半信半疑であったが。私の事を追っていたのは確かだったか」

 

 男とも女ともしれない声が響き、リリの身体は路地の壁に押さえつけられる。

 

(!?くび、しめられ……)

 

「さあ、素直に目的を吐けば助かるかもしれないぞ」

 

 突如空間に現れた、漆黒の手袋(グローブ)に押さえつけられ、脅しの言葉を叩きつけられる。彼のレベルは4、レベル1のリリでは容易くその首を折られることになるだろう。

 

 酸欠で回らない頭で必死に口を動かす。

 

「ぜ、異端児(ゼノス)……」

 

 その言葉に、黒衣の人物、フェルズは驚愕をあらわにする。

 

「なぜ、君がその言葉を!?答えろ!君は何者だ!」

 

 それは今のオラリオでは、自分と主神であるウラノスしか知りえない言葉だ。少女を押さえつける手をわずかに緩め、再度問いかける。

 

「わ、私はリリルカ・アーデです。なぜ、知っているのかは……」

 

――――私は、未来を知っているからです




今回のフェルズさんオラリオが荒れに荒れている、暗黒期で自分を的確に追跡するLV.1と言うあからさまに怪しい人物を警戒していたらとんでもない爆弾を放り込まれた。なお、それは序の口の模様。


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第四話

 オラリオ西区の一角に存在する裏通り、そこにひっそりと居を構える酒場の扉が開く。中に入って来たのは、目深くフードを被った女だ。ゆったりとしたローブでも隠し切れない豊満な胸を揺らし、グラスを拭く店員に話しかける。

 

「白の3番、それも刺激的な奴を頂戴」

 

 店員はフンと鼻をならし、返事を返す。

 

「あいよ、つまみはどうする」

 

「そうね、チョコがいいわ。ああ、それと連れがくるからいい席も紹介してくれない?」

 

「なら、あそこに座んな」

 

 と、奥まった場所にあるテーブルを指す。彼女はそれに笑みを浮かべ金貨を滑らす。

 

 やがて、運ばれてきたワインに舌鼓をうっていると、正面のテーブルに男が座る。パッと見て特徴を上げられないような、目立たない男は静かに語り出す。

 

「あんたが、客か」

 

 知り合いのはずの男は、初対面のように女に話しかけてくる。

 

「ええ、前置きは結構。品物を見せてくれないかしら」

 

 女は気にしたこともなく、返事を返す。

 

「つれねえなあ、あんたみたいないい女と長く話したいって言う男の機微もわかってくれよ」

 

「そうね、あなたが最高の快楽を味合わせてくれるなら、口も軽くなるかもね」

 

 好きものだねえと、男は笑みを浮かべる。それは辺りに陥没しそうな男の雰囲気にはそぐわない醜悪な笑みだった。

 

「ほらよ、これがご所望の品だ」

 

 男が懐から取り出したのは、いくつかの小さな錠剤。それは、オラリオで禁制とされている麻薬の類であった。女は錠剤を手にし、軽く見分すると満足げに頷く。

 

「ええ、確かに受け取ったわ」

 

 錠剤をしまい込むと、女は金貨が詰まった袋を男に渡す。この酒場は、こういった禁制の品物を取引する仲介所であるのだ。

 

「なあ、あんた俺と寝てみないか?あんたみたいないい女の為なら、そんな奴よりもトベル奴を用意するぜ」

 

「くす、考えてあげてもいいけど、今日はダメよ先約があるの」

 

 錠剤の詰まった袋に軽く唇を滑らせ、女は席を立っていく。

 

「残念だねえ、本当に」

 

 肩をすくめると、闇派閥(イヴィルス)の末端である男は、夜の闇に紛れていく。

 

 その背を追う、小さな影に気づかずに……

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

「フェルズ様、これが例の品の流通ルートです」

 

「ご苦労だった、リリルカ・アーデ。この情報は私の方でガネーシャ・ファミリアに届けておこう」

 

 あのフェルズとの邂逅から数ヶ月、リリは都市を統べるウラノスの手足であるフェルズの耳となる契約を結んでいた。始まりはリリの想定よりも険吞な形であったが、真摯に未来について語ったことで、最低限の信頼を築くことになんとか成功し、受け渡した情報の精査とウラノスとの謁見を経ることで彼との確かな信頼関係を関係結ぶことが出来た。

 

 そういった中で、彼らからの庇護と支援を受ける代償として、極めて多忙なフェルズの代行として、自身の魔法を活かした情報収集を担当することを提案したのだ。

 

 いくら、成熟した精神を持っているとはいえ、幼い自分が危険な仕事を行うことはフェルズは渋ったが。ダンジョンに潜るのとこの仕事を行く事、どちらも危険なことに変わりないと強引に押し切った。

 

「いやはや、初めの内はどうなることやらと不安であったが、無用の長物だったか」

 

「いえ、フェルズ様の魔道具がなければ、ここまでの成果は上げられませんよ」

 

 リリの魔法【シンダー・エラ】は本来ならば、自己の体から大きくかけ離れた姿になれない。月日がたちかつてと同じくらいに成長したリリだが、その身長は110C(セルチ)という小人族(パルゥム)らしい小ささだ、化けれるとしても子供しかなれないだろう。

 

 それを解消したのが、フェルズが作成した上げ底義足(アーテフィカル・シューズ)だ。【シンダー・エラ】はある程度習熟すれば、服装も変えることが出来る、それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。この靴によって変身の対応範囲が大幅に広がったことにより、幅広く情報を集めることが可能になった。

 

 また、装備品としても非常に優れており、普通の足が如く自在に動かせる様は、ナァーザの銀の腕(アガートラム)を思い浮かべるほどだ。

 

(中堅ファミリアであったミアハファミリアが支払いきれないほどの義肢、それも二足っていくらするんでしょう……)

 

 さすがに、あれほどの金額ではないだろうが今のリリには受け付けることができないほどなのは確かだろう。頭をふって、思考を追い出す。

 

 怪訝そうに、フェルズが見つめてくるが許してほしい。

 

 ヘスティア・ファミリアでの数少ない辛い思い出、返せない借金苦が経理係であったリリの胃をキリキリ痛めつけてくるのだ。

 

 その他にも、貸し与えられたいくつもの魔道具を換算するとあのナイフの値段に届いているかもと、遠い目をする。

 

(やめましょう、今のリリはウラノス様の配下つまり冒険者(自由業)ではなく公務員。仕事道具は経費で落ちる!)

 

 あの教会の権利やら、護身用の武具やらの融通を含め返しきれないほどの恩が出来てきてると思うが、もうそれはわきに置くしかない!

 

 そんな思考の迷走を重ね表情をコロコロ変えるリリを見やり、フェルズは心の中で笑みを浮かべる。

 

(こういった時は、子供らしいのだがね)

 

 あの出会いの時、本気で殺意を向けるフェルズに真っ向からの信頼をぶつけ、願いを語った少女は長い時を重ねたフェルズですら、圧するほどの芯を持つ冒険者だった。未来を知っているなどという妄言を戯言だと断ずることが出来ないほどに。

 

 そして、彼女の語る思い出は、フェルズにとっても希望となるほどに鮮烈に刻み込まれた。異端児(ゼノス)を守り、そして手を取りあうなんて言う、自己の諦観を打ち破る未来を。無為に刻まれた魔法が確かな意味があったことを。

 

(オラリオを守る為にも。彼女の願いを、打ち崩さないためにも。手を尽くさなければならないな)

 

 主神の意向により、暗躍者を引きずり出すためにある程度未来の流れに沿う必要があるが、彼女が与えてくれた情報はこの暗黒に包まれたオラリオを導く光だ、その恩に報いるためにはあの程度の出費など安い物だろう。突如大幅に消えた機密費に、ギルド長(ロイマン)が頭を抱えるのは目に見えているが。

 

(さて、この数ヶ月で彼女が信を置ける者だと言うことは確かめられた、そろそろ彼らにもお披露目するべきだな)

 

「リリルカ・アーデ。実は頼みたい冒険者依頼(クエスト)があるのだが」

 

「へ?フェルズ様が私に仕事ではなく冒険者依頼(クエスト)を?」

 

「ああ、依頼内容は私に同行し、ダンジョンに潜って欲しい、行き先は20階層、大樹の迷宮。君のステイタスでは厳しいと思うがどうだろうか?」

 

「20階層?それって、まさか……」

 

「ああ、そろそろ彼らに君を紹介したい」

 

「行きます!行かせてください!」

 

 飛びつく彼女に笑みを向けれないことを、残念に思いながらフェルズは、必要な物資を受け渡す。そして、彼らはダンジョンに足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

と、勢いこんで迷宮に飛び込んだリリであったが、ちょっと、最近の自分の浅慮に頭が痛くなってきた。フェルズに接触した時は、掛け金が何もないゆえの無謀な博打を行ったのであったが、月日もたち今は冷静に考えられる程度には思考も落ち着いてきたと思っていたのだが。

 

(ベル様の病気が移ってしまったのでしょうか)

 

 躊躇なく、危険に突撃したことに現実逃避を行いながら後悔するが、目の前の戦況に対応するために振り払い、必死に立ち向かう。現在、第19階層。フェルズが魔砲手で蜥蜴人(リザードマン)を薙ぎ払っていくのを、時には腕に装着したリトル・バリスタで援護しつつ、たまの打ち漏らしを支給された魔剣で始末する。

 

(ヴェルフ様のものには大幅に劣りますがこの魔剣なら、数体ずつなら対処することは可能みたいです)

 

 本来なら、リリのステイタスでは決して倒せない敵を魔剣の力を用いて、危うげなく倒していく。これは、いくら使っている道具がいいとはいえリリのステイタスでは本来なら不可能なことだ。それを可能とするのは、リザードマンとフェルズの思考を読み取り、最善の次手を打ち続ける。リリに開花した指揮官としての才覚の賜物だろう。

 

 とはいえ、簡単に乗り越えられないのがダンジョンというものだ。群がるモンスターを蹴散らしてもどんどんと後続が迫って来る。

 

怪物の宴(モンスターパーティ)ですか、今のままだと少し厳しいですね」

 

 いくらフェルズが優れた魔導師であっても、彼は後衛であり、モンスターをまとめてなぎ払う事は出来るが、近接されれば上層攻略の最低限のステイタスまで届いていないリリを守り抜くのは厳しいだろう。

 

 こういった状況に対応するための手札は用意しているが、その数も万全とはいかない。このまま進み続ければ、尽きてしまう。

 

「フェルズ様、いったん引きますか?」

 

「いや、問題ない。このまま進み続ける」

 

 フェルズはそう言うが、モンスターはさらに勢いを増して襲いかかって来る。リリは半泣きになりながら、必死に対応するが。焼け石に水だ。用意していた札を切る準備をしながらフェルズに恨み言を飛ばす。

 

「フェルズ様ぁ!?」

 

「問題ないと言ったはずだよ、リリルカ・アーデ。そら、援軍の到着だ」

 

 その言葉と同時に、上空から降って来た、強大な一撃が蜥蜴人(リザードマン)を吹き散らす。そして舞い上がった、砂煙から飛び出した小柄な影が、その身の丈に合わぬ大斧を持って、モンスターの群れを両断する。戦況の不利を悟ったのか蜥蜴人(リザードマン)はじわりと後退するが、そんな彼らの上から散弾が如く飛ばされた金色の羽が突き刺さり、蜥蜴人(リザードマン)達を物言わぬ骸に変えていく、やがて尽きぬほどに襲いかかって来たモンスターは全滅し、辺りは静かさに包まれる。

 

 そして、リリとフェルズの前に、二つの人影が姿を現す。

 

「要請に従い、参上しましたフェルズ。それで、彼女が?」

 

 身を隠すように、フードとローブを纏う大斧を持つ影が訝しげにリリを見ながら、問いかける。

 

「ああ、リリルカ・アーデ。彼らは…」

 

()()()()()()、レット様、レイ様。助けていただき、ありがとうございました」

 

 フェルズの紹介を切り上げるように言葉を紡ぐ。それに驚きを浮かべる二人に、小さなされど確かにある寂しさを感じつつ。

 

「フェルズから聞かされた時は、とても信じられない話だと思いましたが、どうやら貴方は本当に私達のことを知っているようだ」

 

「ええ、彼女ガ私たちの悲願(ゆめ)を叶エる切除になってくれれバ、嬉しいノですガ」

 

 そう理知あるモンスター、異端児(ゼノス)である赤帽子(レッドキャップ)を被ったゴブリンのレットと、金色の翼をもつ美しい歌人鳥(セイレーン)のレイが声を漏らす。

 

「それでは行きましょうか、同胞たちも待っています」

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 前衛であるレット、空中から巧みに援護を飛ばすレイ、モンスターの魔石を捕食した『強化種』である彼らの潜在能力(ポテンシャル)、そしてフェルズの力は圧倒的でリリが、なにもしなくても20階層を悠々と進んでいくことが出来ていた、初めの内は。

 

「ミス・リリルカ。この先は食糧庫(バントリー)の近くであり、同族(モンスター)の数も膨大だ、警戒を怠らないように」

 

 そう忠告した、レットの言葉通りに相次ぐ襲撃に、だんだんと余裕がなくなってきたのだ。

 

 ダンジョンに生成される天然武器(ネイチャー・ウエポン)を振るう蜥蜴人(リザードマン)を退けながら進むが、速度の遅いリリの歩みに合わせているがゆえに、彼らも疲労が貯まっていっている。

 

 そんな中で、リリたちは最大の危機にさらされていた。

 

 火花を振りまく、レットの大斧と蜥蜴人(リザードマン)の刃、そして大斧が()()()()()

 

「っ!?まさか、……強化種ですか!」

 

 咄嗟に刃を滑らせて、逸らすが驚愕をあらわにする。磨き上げた技巧が、致命の一撃は避けるが自身の潜在能力(ポテンシャル)を上回る相手に冷汗を流す。レイと、フェルズは襲いかかる集団からリリを守るために援護を行うことが出来ない。そんな中でリリは必死に思考を回す。

 

(手持ちの魔剣を使って、一時的にモンスターを寄せ付けないようにする?いいえ、一時しのぎにはなるでしょうが感覚的にそれが出来るほどの出力を出せば魔剣は砕け散る。今の状態はリリがお二人の内漏らしを始末、出来ているが故の均衡。用意していた強臭袋(モルブル)を使う?だめだ、それも一時しのぎにしかならない)

 

 なにか、なにか手はないかと必死に状況を見渡す。そして、気づく。

 

(フェルズ様と、レイ様が時折此方をうかがっている?)

 

(まさか、これはリリに対しての試験?異端児(ゼノス)が私を真に信頼できるかの……)

 

 初めてここを訪れた時を思い出す、彼らはウィーネ(家族)を守ろうとするヘスティア・ファミリアを見極めたのだ。

 

(恐らく、このままレット様とレイ様を信じて戦えば認めてくれるはずです!)

 

 そう考えを浮かべる。

 

(ですが、それだけでは足りません)

 

 今の、リリでは20階層を訪れるのはフェルズに頼らなければ不可能だ。人造迷宮(クノッソス)を使えない以上、異端児(ゼノス)とかつてほどの接触する機会は少ないだろう。長い時間をかければ信頼関係も築くことはできるかもしれない。だが、リリはそれだけでは足りないと思った。

 

 確かに、過去に戻ることで取りこぼしたものは拾えたかも知れない、絶望に浸らなかったかもしれない。だけど、その先にあった未来を絆を失ってしまったのだ。この痛みはいつまでも消えないだろう。だからこそ、つかみ取る機会を逃がしたくないと。リリルカ・アーデを焦燥に包ませたのだ。思い浮かべるはどこまでもお人好しで、それ以上に強欲に繋がりをつかみ取ってきた、少年だった。

 

 だから、だからリリルカ・アーデは走り出した。刃を打ち続けるゴブリンと蜥蜴人(リザードマン)の間に。驚愕の視線がその身を貫く、迫りくる致命の刃にリリが行ったことは、無防備にその首をさらすことだった。

 

 刃が止まる、理知を宿したその瞳は驚愕に目を真ん丸にしていた。その様が少しおかしくて、笑みを浮かべる。

 

「信じられねえ、俺っちの刃に身を晒すなんて、そんな馬鹿なことはフェルズでもしねえぞ」

 

「そういう馬鹿(えいゆう)に誇れる私になりたい、そう思ったんです」

 

 そう、蜥蜴人(リザードマン)異端児(ゼノス)――リド――に笑いかける。

 

 その言葉に、リドは高らかに笑声を上げた。

 

 そして、リリはいつかの彼と同じように手を差し出す。

 

「私は、リリルカ・アーデと申します。貴方たちと手を取り合いに来ました」

 

 ――受け入れてくれるでしょうか?

 

 その返答は、がっしりと掴まれた手であった。

 

 

 

 



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リリルカ・アーデは認めない
第五話


 ダンジョン第7階層、『ルーム』にて群がるモンスターに対して少女は疾走する。

 

 毒の鱗粉をまき散らす、パープル・モスに鏃を放つ。鍛え上げられた器用と新調した《リトル・バリスタ改》により、狙い過たず突き刺さり、一息にその身を散らしていく。そして、ギチギチと歯を鳴らし襲い掛かるキラーアントに対して、背にする武器、身の丈以上の大きさの戦槌(ウォーハンマー)を引き抜き、勢いのままに叩きつける、遠心力を最大限に活かした一撃は、その固い甲殻で守られた頭をあっさりと打ち砕きいた。

 

 勢いをそのままに、自分をはるかに超えた重量をした戦槌を起点に方向を変える。ぶん、ぶんとコマのように回転し、威力を増した戦槌は群がるキラーアントの甲殻で覆われた体を砕いていく、その様はまるで旋風のようだ。しかし、モンスターもさるものながら、その鋭い鉤爪を地面に突き刺し、数体が折り重なることで戦槌を強引に食い止める。大きくたたらを踏み、止まったその背中を、残った集団はその凶爪で引き裂いてしまうだろ。

 

 ――彼女が、一人ならば。

 

()()()()()

 

 その声に応えるように、キラーアントたちの身体は両断されていく。そして、戦槌をキラーアントの身体から引き抜いた彼女――リリ――は再び、モンスターを蹂躙する回転を再開する。今度の風は、ルームに存在するモンスターが全滅するまで途切れることはなかった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、ミス・リリルカ。その武器の扱いも様になってきましたね」

 

「ええ、レット様の指導の賜物です」

 

 モンスターの沸きも落ち着き、一息をつくとレットはリリを褒めたてる。ゴブリンの異端児(ゼノス)であるレット、彼は小人族(パルゥム)と同様の体格をしている。そのために、リリは自身の戦い方の指導をお願いしたのだ。

 

 彼の指導の下で、いくつかの武器を試し、自身に適した武器としてスキル(縁下力持)を生かした大型武器を選択した。《縁下力持》は荷重による能力補正を行う、普段のリリはそれを未来のように巨大なバックパックを背負い、持ち帰る戦利品を出来る限り増やすということに使っていた。それを戦うための力として武器による荷重を行うことで、低いステイタスを補うものとしてピタリとハマり9階層までなら通用する程度の力を得ることとなった。

 

「ですが、まだまだ未熟な面も多い。彼らが戦槌を食い止めた時、横に振り払うのではなく掬い上げる様に打ち上げれば、あのような事態には陥ることはなかったはずです。それを見越して私のカバーが間に合う距離にいた判断は素晴らしいですが。まずは、自分のみで打倒できるという自信を身につけなければ」

 

「自信ですか、リリには少し難しい話です」

 

 未来でLV.2になった時は、軽々と倒していたモンスターを倒すのも一苦労に逆戻りしたのだ。築き上げた自信もステイタスと共にリセットされてしまった。

 

「オ疲れさまでス、リリさん」

 

 リリに代わって、バックパックを運んでくれている、レイがポーションを取り出して、()()()労ってくれる。

 

 ダンジョンは下層に行くほど、広大になっていく。異形である彼らは、本来は人目から隠れるために、狭く行動する冒険者数も多い上層域を行動することは避け、中層以降を活動の拠点としている。そんな、彼らが非常に浅い層である、7階層で行動できる理由は、リリがフェルズから提供された魔導書(グリモア)により習得した新たな魔法の力だ。

 

 他者変身魔法【キャロッス・スィトルイユ】、それは【シンダー・エラ】と同様な効果を、他者に発揮でき、これにより人に近い体格の異端児(ゼノス)であるならば、人間に化けることが可能になったのだ。習得した、初めの内は少しの間しかリリの精神力(マインド)が持たなかったが、あの決意の日から1年近くたち、日常生活から、諜報活動まで酷使され鍛え上げられた魔力は、評価Eまで到達し、今では2人に1日程度なら持続するほどとなっていた。さすがに地上には神の眼をごまかすのは至難であるために出ることは出来ないが、ダンジョン内では、彼らと自由に行動できるようになった。

 

 そうして、彼らは折を見て、リリと合流し経験値稼ぎ(レベリング)の手伝いをしてくれるのだ。

 

「レイ様、レット様、リリの手伝いをしてくださり、本当にありがとうございます」

 

 栗毛のヒューマンに変身したレイと、紳士然とした小人族(パルゥム)に変身したレットに礼を言うと彼らは。

 

「いえいえ、ミス・リリルカの力により、この上層で生まれた同胞も見つけやすくなった、我々の方こそ礼をするべきですよ」

 

「ハい、感謝するノは私たチの方です、何よりモ……」

 

 レイは、感慨深げに言葉を切り、リリの小さな体を包み込むように抱きしめる。

 

「貴方ハ、絶対二叶わぬ悲願(ゆめ)を、誰かを抱きしメたイという私ノ願いを叶えてくれました」

 

「レイ様……」

 

 そう言葉を漏らす、レイの瞳にはとても美しい涙が浮かんでいた。

 

「フェルズも神の目を誤魔化す装備を制作すると、意気込んでいます。あなたのおかげで、我らの地上に出るという悲願(ゆめ)も確実に近づいています」

 

「あはは、またフェルズ様のお仕事を増やしてしまいましたね」

 

 ただでさえ、1年後に備えての準備をしているのに。そこにリリが手に入れた情報を信頼できるファミリアに受け渡し後処理に、神の目を誤魔化すような逸品を作成しようというのだ。彼の肉体に疲れは蓄積しないだろうが、精神面ではそうではない。

 

「今度、何かフェルズ様でも楽しめる贈り物でも用意しましょうか」

 

「そノ時は、ぜヒ私も手伝ワせて、くダさいネ」

 

 笑いあう二人はともすれば、姉妹のようで。相容れぬ、人と怪物(モンスター)の確かなる友愛(フィリア)を感じさせるものだった。

 

「さて、レイ、ミス・リリルカ。そろそろ移動しましょうか、まだまだ時間はありますからね」

 

「ええ、頑張っていきます!」

 

そういって、ルームを出て通路を進みだした、リリ達だが、次の獲物(モンスター)を見つけられないでいた。

 

「おかしいですね、いくら上層の沸きが少ないとはいえ。ここまで遭遇しないのは異常です」

 

「何らカの、異常事態(イレギュラー)ガ発生シたのでしょウか」

 

「そうですね、ミス・リリルカどうしますか?判断はおまかせします」

 

 リリは少し考えこみ。

 

「そうですね、お二人のお力があればこの階層では大きな危険はないでしょうし、念のため探ってみましょうか」

 

 そう結論をだし、ダンジョンの探索を開始する。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンを小さな影が疾駆する。その影が過ぎ去った場所では、モンスターがことごとく引き潰され、魔石毎その体を叩き切られ灰となっていく。さながら迷宮に現出した嵐のごとく、モンスターを薙ぎ払うのは一人の少女だ。軽鎧《小人族(パルゥム)のアーマードレス》と《鋼の短剣》という駆け出しに毛が生えた程度の装備をした彼女は、その程度ではありえざる力でモンスターを屠り続ける。その少女の名は、ロキ・ファミリア所属アイズ・ヴァレンシュタインと言う。

 

 彼女は、本来ならダンジョンにはファミリアの護衛がいなければ入ることを禁じられている。だが、彼女はその約束を破って今ここにいる。

 

(強く、強くならないと。もっと、もっと、もっと)

 

 なのに、フィンとリヴェリア、ガレスもどうしてわかってくれないの。

 

 自分の身体を大事にしろ、思い上がるな、ちゃんと休めと口うるさい!

 

 私には、そんなことをしている時間はない!余分はない!どれだけ願っても英雄は現れない!だから、だから強くならないと、私が燃え尽きる前にあの漆黒を打ち滅ぼすために。

 

 熱に侵されるままに、刃を振るいモンスターを薙ぎ払っていく。その二振りの(武器と自分)の悲鳴から耳を逸らして。少女がどれだけ強かろうと、己から目を逸らす愚か者を生かすほど、ダンジョンは甘くない。やがては耐えきれなくなった鋼の短剣は砕け散る。それでも、彼女は素手で交戦を再開するが、酷使された体は意思に追い付かず、一撃を食らい意識を飛ばす。

 

 その時、襲い掛かるモンスターを矢弾が襲う、鞏固な外殻は矢を防ぐが、括り付けられた煙球により彼らは感覚を失う。その隙に、小さな影がアイズを背負い、猛烈な勢いで逃走を開始する。

 

「ああ、もう。なんで、あなたがこんなところで死にかけているんですか!剣姫様!!」

 

 

 

 




リリルカ・アーデ
LV.1
力:I22→H162
耐久:I5→I96
器用:I42→F246
敏捷:I51→G189
魔力:I58→E312
《魔法》
《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性の欠如の際は失敗(ファンブル)
・模倣推奨
・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】
・解呪式【響く十二時のお告げ】
【キャロッス・スィトルイユ】
・他者変身魔法
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性の欠如の際は失敗(ファンブル)
・模倣推奨
・詠唱式【魔法をかけたカボチャの馬車で。さあ、灰被り、死出の穴の輩と(未来)の宴に向かいなさい。12時の鐘が鳴る前に王子様と踊りましょう】
・解呪式【私の刻印(きず)は貴方のもの。貴方の刻印(きず)は貴方のもの】
《スキル》
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時における能力補正。
・能力補正は重量に比例。
指揮想呼(コマンド・コール)
・一定以上の叫喚(きょうかん)時における伝播(でんぱ)機能拡張。
・乱戦時のみ、拡張補正は戦闘規模に比例。
・同恩恵を持つ者のみ、遠隔感応可能。最大範囲はレベルに比例。


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第六話

 ダンジョン7階層の一角、幾つか目につけていた休息場所(レストス・ポイント)の一つで、リリは倒れたアイズの手当てを行っていた。

 

「ふぅ、怪我自体は深くないみたいですね。回復薬(ポーション)で十分に癒せる程度です」

 

 それが、7階層のモンスターの攻撃で倒れたのは。

 

「極度の疲労と、栄養失調ですかね……」

 

 やせ細った手足、艶を失った金髪は、本来端正な顔立ちの彼女を幽鬼の如く変貌させてしまっていた。

 

「人形姫、彼女がそう呼ばれていることは噂に聞いてしまいましたが、ここまでとは思ってませんでしたよ」

 

 人形姫、返り血を浴びようとも表情一つ変えず、ただモンスターを狩り続けるロキファミリアの大型新人冒険者(スーパールーキー)に嘲りと称賛を込めて贈られた渾名だ。多くの冒険者と、神々が彼女を次代を担う者とみているだろう。その期待は正しく、彼女は1年と言う世界最速兎(バグ)に超えられる前のランクアップの最速記録(レコード・ホルダー)を樹立することを二人と一柱は知っている。

 

(だけど、さっき見た在り方はあまりに危ういですね)

 

 それこそ、神酒に憑かれたかつてのリリと同レベル。いや、自分の意志のみで行っている分もっと酷い。

 

「いったい、貴方はどうしてそこまで苦しんでいるのですか」

 

 リリの中で、彼女への思いは色々と複雑だ。少年(ベル様)とミノタウロスの死闘の時にリリの求めに応じて救援を行ってくれ、中層への決死の進行を行った時も助けてくれたのはアイズ・ヴァレンシュタインだったらしい。その他にも少年(ベル様)を鍛え上げ、彼の飛躍の一助になったのだ。そういった面もあり、感謝の思いも尽きないが。それでも、少年(ベル様)からスキルに昇華するほどの思いを向けられているのはひどく複雑だ。あの少年(ベル様)の目標、リリが如何に死力を尽かしても届かない先にいるのがアイズだ。背中を支え続ける覚悟は決めているが、少年(ベル様)の視界に入らないことが来ることを怖く思うリリにとってはある意味では認めたくない存在なのだ。

 

 だけど、確かなことは、アイズは少年(ベル様)や自分たちにとっての頼れる先達であったのだ。

 

 そんな彼女は、今はこうして地面に転がっている。地べたを駆けずり回るリリの、遥か高みで輝く星がこうしているのは妙な気持ちになってしまう。

 

 そうこうしているうちに、横になっていたアイズはもぞもぞと身を捩り体を起こしていた 

 

「……ぅうん、ここは?」

 

「あ、お目覚めになりましたか。ここは7階層の小ルームの一角です。ダンジョン内で倒れている貴方をここまで運んだんですよ」

 

「それは、ありがとう、ございます」

 

 そう礼を言うと、アイズは立ち上がり、ルームの外に足を運ぼうとする。

 

「ちょ、どこに行こうとしてるんですか貴方は!気絶してろくに休んでいないんですよ!!」

 

「助けてくれたのは、お礼を、言います。でも、邪魔しないで、私は強くならないと、いけないから」

 

「また倒れたら、今度こそ本当に死にますよ!!いいから!休んでください」

 

 リリは必死に降りついて、アイズを止めようとするがリリを大きく上回る力で簡単に剥がされかけてしまう。そうこう争っていると、突如くぅーっと大きな音がアイズのおなかから聞こえてくる。

 

 さすがに恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてうろたえるアイズにチャンスと見たのかリリはバックパックからお昼に用意していたジャガ丸くんを急いで取り出し問いかけた。

 

「えっと、その食べますか?」

 

 顔をうつ向かせ、耳まで真っ赤にしたアイズはこくんと頷いた。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 はむはむはむ、とアイズは一心不乱にジャガ丸君にかぶりつく。最初の方は、初めて見る食べ物に戸惑っていたようだが、一口食べた瞬間から目を見開き、今は先ほどの様子から考えられないほどにジャガ丸君に夢中になっていた。よっぽどお腹がすいていたのか一つを食べ終えた瞬間にリリが差し出した二つ目を小さく礼してまた猛烈な勢いで食べていく。

 

夢中で食べる様は、先ほどの幽鬼の様な表情からは考えられないほど、可愛らしく。小動物に餌付けするってこんな感じなんでしょうかねえと、先ほどとは違った妙な気持ちをリリに抱かせていた。

 

「レット様とレイ様へのお礼用に多めに用意しておいてよかったです。普段の量だと、リリの分まで食べつくされていましたね……」

 

 そういえば、ベル様が剣姫様の大好物だと話していましたね。とある日の会話を思い返すほどに平和な時間が過ぎていった。

 

「って、ああ。そんなに急いで食べていると喉をつまらせてしまいますよ」

 

 と忠告するが、時すでに遅し。胸を叩いて苦し気にうめいている。

 

「はい、水です。落ち着いて飲んでくださいね」

 

 水筒を渡し、ゆっくりと水を飲むアイズの背中をさする。

 

「あの、その、何から何まで、ありがとうございます」

 

「敬語は結構ですよ、あなたの方が年上でしょうし、何よりもロキ・ファミリアの方に木っ端ファミリア所属のリリが偉そうにするわけにはいきません」

 

「……うん、そうするね。ありがとう、リリルカさん」

 

「あれ?私、名前を言いましたっけ」

 

「ギルドで私より、小さい子が、冒険者をしているって聞いた」

 

「ああ、なるほど」

 

 いくらオラリオが、冒険者になる人物を問わないとはいえ一桁の年齢で冒険者になるのはごくまれだ。その中で、リリはよくギルドに顔を出すし基本ソロで行動しているがゆえに噂になっていたのだろう。

 

「リリさン、ルーム周辺ノ地形ハ粗方壊してキましタ」

 

「これで、暫くはモンスターは現れないでしょう」

 

 そうこうしているうちに、レットとレイが戻ってくる。

 

「あア、よカった目を覚まシたのデすネ。私はレイと申しマす」

 

「私はレットです、レディ、貴方のお名前をお聞かせ願えるでしょうか」

 

 アイズは一瞬どきりと跳ねた心臓を気のせいだと誤魔化しつつ、二人に自己紹介をする。

 

「ロキ・ファミリアの、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタインです」

 

「アイズさんデすか、いイお名前ですネ」

 

「ええ、貴方の可愛らしい容姿にとてもよく似合う」

 

 最近は人形姫と恐れられセクハラ神(ロキ)以外に、真正面から褒めてくる人はいなかったために、無表情なところは変わらないが耳は赤みを増してくる。

 

「お二人も戻ってきたし、お昼ご飯にしましょうか。アイズ様もまだ食べますか?」

 

 アイズは少しの間、頭を悩ませていたがジャガ丸君に心を惹かれたのか最終的にはこくんと頷いた。



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