不遇キャラを救っていった結果…… (naonakki)
しおりを挟む

第1話

 ……あぁ、ここに来てもうすぐ3カ月ほどになるのか。

 

 地平線まで見える平原にて、旅人や商人の往来によって踏み固められたのであろう道をトボトボと歩きながら、ふとそんなことを思った。

 抜けるような青空から陽の光が降り注ぎ、心地の良い風が吹き抜ける中、俺は何とも言えない気持ちで天を仰いだ。この時の俺の表情は周りからどう映っただろうか?

 今の生活をエンジョイしているように見えただろうか? まだ見ぬ未知の世界に期待を膨らませているように見えただろうか?

 

 あるいは……。

 

 俺は隣に視線を移した。

 そこには俺と歩調を合わせ、同様に、しかしどこか幸せそうな雰囲気を漂わせながら、空を見上げる美少女がいた。

 まず目を引くのは、腰まで届いた銀色の艶のある絹のような髪だろう。それが風でなびくたびに太陽光を反射しキラキラと輝くその様は、まるでそれ自体が完成された芸術作品のようだ。

 次に目がいくのは、その真っ赤なパッチリとした瞳だろう。強い魔力を宿す証明でもあるらしいその瞳は宝玉の様に煌めいており、見ているだけで吸い込まれそうになるほどだ。

さらには小さな顔、華奢に見えるその身体を透き通るような真っ白な肌が包んでいる。

 そして胸以外は完璧なプロポーションを誇る肢体を包んでいるのは、真っ白なワンピースだ。その服装はどう見ても旅には不釣り合いで違和感はあるものの、そんなことがどうでもいいと思えるほどの美しさ、華があった。

 その文句のつけようのない美少女は、俺の視線に気付くと、溢れんばかりの笑顔を浮かべこちらを見返してくれる。

 普通の男ならこれだけで、恋の一つや二つに落ちるってものだろう。

 

 しかし

 

 俺には、それがとてもとても……

なるべくその先を考えないようにしようと、微笑みかけてくれる美少女に努めて笑顔を浮かべて見返していると

 

 ズズーン…… ズズ……ン

 

 突如、右の方から地響きが鳴り響いてきた。

 

 !?

 急いで音源に視線を向けると、いつの間に現れたのか、巨大な小山ほどある何かがこちらに近づいて来ていた。

 ……あれは確か、この平原一帯で出現する中で最も強力なモンスターであるドラゴンだ。

 向こうもこちらに気付いたのか、ギョロリとした大きな目玉の焦点をこちらに合わせ、敵意をむき出しにし、こちらに迫ってきた。

 あのドラゴンは羽が無く、飛ぶことはできないものの、分厚い皮で覆われた肉体は刃を通さず、強力なかぎ爪から繰り出される一撃、そして何よりも広範囲に及ぶ強烈なブレスを使えることから、旅人からも危険視されているモンスターの一体だ。しかし足は遅いというのが唯一の救いだ。それ故にドラゴンと遭遇したとき、普通は逃げるのが賢い選択だ。

 

 そう、『普通』はだ。

 

 その瞬間、隣からさきほどまでのほのぼのした雰囲気から一転、ドス黒い負の感情のようなものが漂ってくるのが嫌でもわかった。それは比喩でもなんでもなく、膨大な魔力が漏れ出ているのだ。無論、隣にいる美少女からだ。魔力に耐性のない者ならこれにあたるだけで気を失うだろう。いや、この場合、失神した方が幸せかもしれないが。

 ギギギと、壊れたロボットのようにゆっくりと隣に視線を戻すと、そこには。

 

 「……うふふふ。」

 

 と、何がおかしいのか、透き通るような声で楽しそうに笑いながら、先ほどまでと同様に笑顔を浮かべ、ドラゴンを見据えている美少女の姿があった。ただし、目は全く笑っていない。その突然の豹変ぶりに、正直隣にいるだけでちびりそうなのだが、ぐっと気を引き締め我慢する。

 すると、ゆっくりとその美少女は俺の方にその顔を向けてきた。

 静かな怒りに包まれたその表情を正面から見て、小さく「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまうが、そんなことには気付かなかったのか、美少女は無邪気に笑いながらこう言ってきた。

 

 「あはは、待っててね? 私たちの時間を邪魔するゴミをお掃除してくるからね!」

 

 ぐっと握りこぶしを作り、元気にそう言う仕草自体は大変可愛らしいのだが、セリフとのギャップでむしろ異様さを感じさせ、恐怖の感情が芽生えてくる。

 

 それに対し、俺はガクガクと震える足で自身を必死に支えながら口を開き

 

 「い……いってらっしゃ、い……。」

 

 と、途切れ途切れにそう答えた。それに対し目の前の美少女は、ポッと頬を赤らめ

 

 「うん! 行ってきます!! えへへ、このやりとり何だか新婚さんみたいだね」

 

 向こうは恥ずかしかったのか、照れくさそうにそう言うや否や、ブンと残像を残して目の前から消えた。一応説明しておくと、俺の目では捉えられないほどの速さで移動したのだ。新婚さんってこんな感じなのだろうか?

 

 そして

 

 

 

ドガッ! グチュッッ! ブチチチチッ!  ギャアアアアアアアア!!!???

 

 

 

 平原一帯に肉が千切れ、引き裂かれる音とともにドラゴンの悲痛な絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 そして1分ほどたったとき、

 

 「ごめんなさい! 思ったよりしぶとくて時間がかかっちゃった……。」

 

 まるでゴキブリを倒してきたみたいなノリのセリフをはきながら、またもや目にも止まらぬ速さで移動し、俺の目の前に急に現れる美少女。

 いつも思うが、せめて肉眼でおえるほどの速度で移動してほしいものだ。目の前に突然現れるたびに心臓が止まりそうになるんだよな。

 ちなみにドラゴンは、もはや原型が分からないほど痛めつけられており、絶命していた。

 ドラゴンは手練れの兵士や旅人が10人~20人体制で討伐するのが定石だ。当然、普通の少女が一人で倒せるものではない。本人は、1分もかかり不甲斐ないと思っているのか、シュンと落ち込んでいるが……。

 それをやすやすとやってのけたこの美少女は、勿論ただの美少女ではない。

  

 「で、でも、私達を邪魔する存在をやっつけたよね? ねえ? 偉い? 私偉い??」

 

 と、目の前の美少女は、何かを期待するように俺にズイッとその小さな顔を近づけてくる。 

 ドキドキするかって? 答えはノーだ。というのもその綺麗な顔は、ドラゴンの返り血で半分くらいが真っ赤ときたものだ。そしてその着ているワンピースもだ。真っ白だったが、今の戦闘……いや虐殺か? によって浴びた返り血のせいで現在は真っ赤になっている。真っ白なワンピースを着ていた先ほどまでのこの子はさながら絵画のモデルのような存在感を放っていた。しかし今はどうだ、どう見ても悪魔のそれだ。

 

 だが、それは気にしたら負けなのだ。俺がここですることは一つ。

 

 「……ああ、見てたよ。よくやったな。」

 

 と、心を無にして、なでなでとその小さな頭を撫でてあげるのだ。ちなみに見てたというのは嘘だ。怖くて耳を塞ぎ、目を背けていたからな。

 

 「……あぁ、私、私、もっと頑張るからね!!」

 

俺が撫でるたびに気持ちよさそうに目を細め、とろけたように甘えた声でそう言ってくる彼女はまさに幸せの絶頂にいるそれだった。

 これだけ見ると抱きしめたくなるくらい可愛いのだが……、もうお分かりと思うが欠点が凄いのだ。

 大前提で大問題なのが、あらゆる物事において彼女にとっては俺が第一優先なのだ。俺に少しでも害が及ぶと判断すれば全力でそれを除外しようとする。手段はいとわずに、だ。先ほどのドラゴンの惨状をみれば分かりやすいだろう。

 

 「……私、ずっと、ずっとずっとずっと、かいとと一緒だからね」

 

 と、重めのお言葉を放った彼女は、頬を染め、潤んだ上目遣いで俺を見つめ、最後にはとうとう抱き着きついてきた。

 女性特有の柔らかさとぬくもりが伝わってくると同時に漂ってくるドラゴンの血の匂いによって、俺の全身の血が引いていくのが分かる。

 

 

 

 ああ、どうしてこうなったのか……。

 

  

 

 すべては3カ月前に始まった。

 




勢いで書いた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 俺は、神様と名乗る白髪の爺さんから『魔王を倒せ、さすれば想像もつかない褒美をやろう』というありきたりにもほどがあるお言葉と共に、これまたありきたりだが、転移特典、いわゆるチート能力を与えられ、異世界に転移した。

 ちなみにチート能力が何かを簡単に言うと、天才的魔法のセンスと常人を遥かに圧倒する魔力量というものだった。

 その力が凄いの何の……、まさにチートだったわけだ。

 何はともあれ、俺はそのチート能力を惜しみなく使っていき、転移したその地で破竹の勢いで自身の名を世に広めていったのだ。

 

 一気に有名になったのは転移して1週間ほど経った頃だろう。

 その日、活動拠点である『アマの町』の北にある洞窟の主で討伐ランクAという高難易度に属するキングトロルを多少手間取ったものの、危なげなくソロで見事に討伐したのだ。見た目はゲームとかで見るあの姿そのものだった。人型だが5メートルを超える巨体であり、黄土色に包まれた皮膚、ぶよぶよとした胴体、丸太のような腕と足、そして豚や猪を混ぜ合わせたような醜い顔をもつあれだ。キングトロルは、名前の通りトロルの中の王であり、通常のトロルよりも2回りほども大きいそいつは魔力こそほとんどないものの、その剛腕から繰り出される一撃で樹齢何百年の大木をもなぎ倒すとかなんとか。

 そのキングトロルは、度々配下のトロルたちと共に町に襲い掛かり、食料や金品を強奪していくという厄介な存在として知られていた。

 それを彗星のごとく現れた謎の青年が独力で討伐したといことで、一気に話題の中心となったというわけだ。

 

 正直、最初は何の努力もなしにこんなにいい思いをしていいのかという気持ちにもならなかったわけではない。俺はアニメなどを見ていた方だが、そもそもこういう異世界転移チート能力者が登場する作品を嫌悪していた節さえあるほどだ。

 だってそうだろう? 楽していい思いをしやがってと思うものだろう? 

 だが、等の本人になってみて分かったのだが、こんなに楽しいこともないというものだ。

 街を歩けば、若く綺麗な女性にキャーキャーと黄色い声援を投げかけられ、同じ冒険者である男からは羨望の眼差しを向けられる。

 舞い上がらないわけがなかった。

 結果、今までの平凡な生活では味わえなかった新しい世界を思う存分満喫してしまったのだ。

 

 そんな順風満帆な異世界生活を送っていた俺だったが、それからさらに5日ほど経った頃、運命の日がやってきた。

 

 その日は、ソロで討伐ランクBのクエストを1日で3件もこなすという人間離れした偉業を成し遂げた日だった。

 俺は報奨金がたんまり入った革袋を携え、意気揚々と集会所から寝泊まりしている高級宿屋まで帰っていた。

 日が暮れ、暗くなった町中は賑やかな昼間とは打って変わり人通りが少なくなり、どこか不気味さを感じさせていた。

 そんな雰囲気の中でも冷めぬ高揚感を伴い、レンガ造りの家が立ち並ぶ街道の石畳の上をスキップ気味で歩いている時だった。

 ふと家と家の間の路地に目がいったのだ。理由は特にない。本当になんとなくだった。

 二階建ての家に挟まれた細い空間は、辺りの街灯から漏れ出る僅かな光を遮り、完全な闇と化していた。

 普通はその光景を前にすれば気味が悪いと、そそくさと立ち去ってしまうというものだろう。

 しかし、このときの俺は違った。テンションが上がっていたこともあってか、謎の探求心により、その闇に歩を進めたのだ。方角的に宿屋まで近道できるかもしれないと思ったことも大きかったかもしれない。

 

 かくして俺は、初級の光魔法を用い、辺りを照らしながら歩いていたわけだが、意外と路地は入り組んでおり複雑な迷路のようになっていた。それでも構わずどんどんと進んでいくとある変化があった。

 悪臭が漂ってきたのだ。生ごみが発酵したような不快なものだ。

 これには、違和感を覚えた。

 というのもここ、アマの町は大きな町というわけではないが、治安がよく街並みも綺麗であることが有名らしいのだ。他の町を見ていない為、比較したわけではないが、確かにアマの町の中は清掃が行き届き、清潔さを保っていた。少なくとも俺の地元よりは綺麗だろう。

 余談だが、そんな人気の出そうなアマの町だが、周辺に出現するモンスターが強いせいで、人が集まりにくいと言った悩みはあるそうだ。

 とにかくそういうわけもあり、この路地も例に漏れず綺麗であったのだが、そこに来ての突然の異臭だ。

 流石に先ほどのまでの上がり切った気分もこの状況で少し落ち着いてきた。

 その場に立ち止まり、注意深く奥に目を凝らし、前方を確認すると、その異臭の正体が目に入った。

 それは、薄っぺらく穴だらけの汚らしい毛布のようなものにくるまれた何かだった。

 そしてその中身が何かはすぐに分かった。

 

 『人間』だ。

 

 この魔力は人間のもので間違いなかった。

 だが、その弱々しい魔力からその人間がかなり弱っていることが分かる。

 そしてなぜ臭いかも分かった。

 その人間が纏っている毛布のあちこちに食べかす、ごみ、そして見間違いでなければ動物の糞のようなものさえ付着していたのだ。

 それらは明らかに悪意ある誰かに投げつけられたものだった。自然にそうは絶対ならないだろう。

 そこまで状況を把握したところで、微かな音がこの閉鎖された空間に鳴り響いていることに気付いた。

 

 

 

 「……うぅ、……っ……」

 

 

 

 注意深く聞いてみると、それは今にも消え入りそうなすすり泣く少女の声だった。目の前の毛布にくるまった者から発せられているものだ。

 その声は既に枯れ果てたようにカラカラの声で、悲しみと苦痛に満ちたものだった。

 聞いているこっちまで悲しい気持ちになるような、そんな泣き声だった。

 

 

 

 「……そこにいるのは誰だ?」

 

 

 

 気付けば俺は、その誰かに声をかけていた。

 大声を出したつもりはなかったが、この静かな空間に俺の声は良く響いた。

 声をかけてどうするのかといったことは何も考えていなかったが、この状況を前に何かしなければ、なんて変な正義感にかられたのかもしれない。

 毛布にくるまった少女はこちらの声にビクリと反応し、慌ててしまったのか頭まですっぽり覆っていた毛布を落としてしまった。

 ふわりと落ちていった毛布の下から出てきたのは、まさかの

 

 全裸の少女だった。

 

 白い肌が露出した瞬間、ぎょっとしたものだが、そんなことがどうでもよくなってしまうほどの光景がすぐさま飛び込んできた。

 

 少女の全身が信じられないほど、ガリガリにやせ細っていたのだ。

 

 痩せている、なんてレベルではなかった。

 ボサボサの長い銀色の髪のせいですべては見えなかったが、その身体は、ほとんどが皮と骨だけであり、筋肉がほとんどなかった。年齢は自分より少し下くらいと見たが、正直同じ人間かと疑うレベルであった。

 少女はこちらに背を向ける形で座っていたようで、正面は見えないが、正面も同様に痩せこけているのだろう。

 日本で過ごしてきた俺には縁がなかったが、明らかな栄養失調のそれだった。

 

 その少女は、落ちた毛布を拾おうともせずに、怯えたように震えながらゆっくりと体をこちらに向けてきた。

 こちらに正面に顔を向けてきて、ようやくその少女の顔を見ることができた。

 

 薄暗い空間に浮かぶ、見る者を魅了するような美しい真っ赤な瞳を持つ少女を。

 

 

 

 これが俺『佐藤かいと』と『アリー』との出会いだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

 少女は、やはり酷い状態であった。

 その小さな顔は、頬がこけており、その上にはっきりとした涙の跡が残っていた。

どれだけ泣き続ければそうなるのだろうか……。

 さらに正面から見て気付いたが、そのやせ細った体には、所々に痣のようなものがあり、少女の痛々しさをさらに助長させていた。

 

 あまりに目の前の光景が衝撃的過ぎて、言葉を失い、そこに立ち尽くすことしかできなかった。

 

 予想通り、少女の年齢は自分より少し下くらいで14~16歳くらいに見えた。

 普通なら部活動で仲間と切磋琢磨し合い、友達と遊び尽くし、時には恋愛に身を投じ、青春を謳歌する年頃。

 それが俺にとって、いや俺の生まれ育った地での当たり前のことであり、常識であった。

 ここが異世界だと、元の世界とは別なのだと、改めて突き付けられたようだった。

 

 「お、お見苦しいところを見せてすみません。ど、どうかお許しください…‥‥。」

 

 少女は、こちらの姿を確認するや否や恐怖に目を見開き、素早く、冷たい石畳の上で土下座をして、枯れ切った声で許しを乞うてきたのだ。

 

 目の前で起きていることが理解不能だった。

 ……この子は一体何をしているんだ?

 なぜ謝っているんだ?

 

 少女は、頭を地に擦り付けるように土下座を継続させており、動く気配はない。

 小さな白い背中は恐怖でなのか、ブルブルと震えている。

 

 「……や、やめてくれ!」

 

 あまりに衝撃的なことの連続で頭が追いつかなかったが、やっとのことで、そう声を絞り出した。

 訳は分からないままであったが、とにかく目の前の少女にいち早く土下座をやめてほしかった。

 

 「……っ、も、申し訳ございません。不快な思いをさせ申し訳ありません。」

 

 しかし、少女はこちらの怒りを買ったと勘違いしたのか、さらに謝罪を重ねてくる。

 そして今度は、その額を本当に地面に擦り付けてきたのだ。

 ズリズリと皮膚が擦れる鈍い音が聞こえてきた瞬間、俺は駆けだしていた。

 1歩進めるごとに悪臭が強くなっていったがどうでもよかった。

 少女の元まで駆け寄った俺は、改めて少女の姿を見た。

 一糸まとわぬ姿で土下座を続ける少女は、俺が側まで来たことで何かをされると思ったのだろう、「何卒ご慈悲を……」と消えりそうな声で何度もそう呟いている。

 

 俺は身に付けていた、魔力の強い魔物の毛皮で作られたという無駄に豪勢な真っ黒なローブを外し、その場に片膝をつき、少女の背中にそっとかけてあげた。

 魔法使いだからと雰囲気を出そうと買ったものだ。一応魔法攻撃を和らげるという効果はあるらしいが、風で靡くわ、動きにくいわということで正直鬱陶しいと思っていた代物だ。

 

 「っ!! ……???」

 

 ローブをかけた瞬間、少女はビクッとしたが、しばらくしてただローブをかけられただけだと分かったようで、状況がわからないといった様子だ。

 

 「……あー、こういう時なんて言えばいいか分からないが、俺は君の敵ではないし、危害を加えるつもりもない。だからとりあえず顔をあげてくれないか?」

 

 なるべく言葉を選びながら慎重にそう言うと、少女は、しばしの逡巡の後ゆっくりと顔をあげてくれた。

 

 「あ、あの。これは一体……」

 

 額を赤くした少女は、背中にかけられたローブの端を持ち上げ、そう問いかけてくる。

 

 「……あぁ、調子に乗って買ったんだが、いらないからあげるよ。」

 「えぇ!? そ、そんな……こんないいものを頂けないです。」

 

 ローブをあげると言うと、少女は真っ赤な目を大きく見開き、慌てたようにそう言いながらローブをこちらに返してこようとしてくる。

 

 「いやいやいや、裸になられる方が困るから! いいから、君がもらってくれないなら捨てるつもりだったから。」

 

 と、無理やり押し付ける形で少女にローブを渡した。

少女は最後まで申し訳なさそうにしていたが、俺が「じゃあ捨てる」と一点張りの姿勢を崩さなかったため、最後には折れてローブを羽織ってくれた。

 「あたたかい……」と独り言なのか、思わず漏れた言葉なのかは分からなかったが、少女がポソリとそう言っていたので、俺のローブが役にたてたようでよかった。

 少しブカブカだけど……。

 

 「後、とりあえずこの水を飲むといいよ。まだ口をつけてないから。」

 

 と、俺がクエストに持っていくように買っていた予備用の革袋に入った水を与えると。

 

 「……い、いいのですか? ローブに続いて、貴重な水まで頂いて?」

 「貴重? ……ああ、いいよ。まだ持ってるし。」

 「あ……あぁ、ありがとうございます……。」

 

 俺の答えに、とうとう少女はその瞳から涙をこぼしながら、何度も感謝の言葉を口にした後、ゴク……ゴクとゆっくりと水を飲みだした。よほど喉が渇いていたのか、革袋に入っていた水の半分ほどを飲み干してしまった。

 その様子を見て、ある疑問が浮かんでくる。というのも水はこの町の井戸からいくらでも汲めるはずなのだ。少なくとも飲み水に困るということはないはずだ。

やはり、こんな酷い状態になっていることからも何か事情があるのだろう。

 この短い間のやり取りでも分かるが、この子からは悪意と言ったものはまったく感じない。普通に礼儀正しい良い子というイメージだ。

 

 「……それで、君はここで何をしているの?」

 

 少し落ち着いてきたこともあり、なぜこのような状況になっているかを聞くことにした。

 俺のこの質問に、少女は悲しそうに、しかしどこか諦めたように顔を俯かせながら答えてくれた。

 

 「……何もしていません。ここが私の住処なのです。」

 

 水を飲んだことで喉に潤いがもどり、そこから発せられた綺麗な透き通るような声で帰ってきた回答は、信じられない内容だった。

 

 ……住処?? これが??

 あたりを見渡しても何もない。ただの路地であるここが目の前の少女にとっては住処らしかった。

 

 「……親はいないのかい?」

 「はい、3年前に……。」

 「……そうか。」

 

 今日一番悲しそうに答える彼女の反応を見ると、親は既にこの世にいないことが伝わってきた。

 なぜ亡くなったの? なんてことまでは流石に聞くつもりはなかったが、この年で親がいないというのは、どれほど心細いことだろうか。加えてこのような生活環境。少なくとも俺には耐えられる自信がない。

 

 「……じゃあ、これは一体? 自分からこうしたとは思えないけど。」

 

 ここで俺は、最初に少女が纏っていたボロボロで様々なものが付着した毛布を指して、そう聞いてみる。

 

 「これは……運よく町のゴミ箱に捨ててあったので、これを服代わりにしていたのですが、私のことを疎ましく思う住民のかたから、色々なものを投げつけられてしまい……。」

 「どうしてそんなことを……。」

 「それは……。」

 

 ここで、少女が続きを言うか言うまいか悩みだした。

 何かは分からないが、彼女にとって言いたくないことなのだろう、親の死以上に。

 

 しかし、これではっきりとした。

 理由は分からないが、少女はこの町の住民から嫌がらせ、それも死につながるようなものを受けているのだ。井戸が使えないのも、禄に食事をとっている様子がないのも、そしてまともな衣服をまとっていないのも恐らくそれが原因だろう。

 

 それだけ分かれば十分だ。

 

 「やっぱり訳はいいよ。それより行くよ。」

 「……え? い、行くというのは?」

 

 話すべきかどうかずっと悩んでいた少女にそう声をかけ、俺は立ち上がった。

 少女は俺が何をしたいのか見当がつかず、キョトンとした顔で俺を見上げてくる。

 俺はそんな少女を見て、なるべく安心してもらえるように微笑みかけた後、視線を少女から外し、目を閉じ意識を集中する。

 そのまま体内に眠る魔力の流れをコントロールしていき、ある魔法を発動させる。

 瞬間、この暗い路地に眩い光が満ち、またすぐに光が収まる。

 

 視界に入ってきたのは、先ほどの暗い路地でなく、煌びやかな装飾が施された大きな部屋だった。隅々まで掃除が行き届き、絨毯、ソファ、ベッド、タンスに至るまで全てが名だたる職人によって作られた高級品であり、まるで貴族の部屋である。

 ここは俺の宿泊している宿の部屋だ。

 多少いい部屋に泊まりたいという欲があったとはいえ、正直ここまで高級な部屋じゃなくてもよかったのだが、将来の英雄様にはこちらの部屋がお似合いですと、宿主によって半ば強制的にこの部屋になったのだ。

 ちなみに一瞬でここに来れたのは、瞬間転移魔法を使用したからだ。

 この世界では最高難度に数えられる魔法の一つだが、チート能力を持つ俺が少し練習したら、すぐに使えるようになった。とはいえ、転移ばかり使っていても体がなまるので普段はあまり使わないようにしているが。

 

 そして何も聞かされずに突然ここに連れてこられた少女はというと、何が起きたのか訳が分からないのと、この部屋の豪華さに驚いてなのか、キョロキョロと何度もあたりを見回し、慌てふためいていた。

 その様子はまるで最初にこの部屋に来た時の俺のようで、少し笑ってしまった。

 

 「ぁ……み、みっともないところを見せてしまい申し訳ありません。し、しかしここは一体……?」

 

 笑われていることに気付いた少女は少し恥ずかしそうに、白い肌を僅かに紅潮させ、そう聞いてきた。その様子は、今日初めて見る年相応の反応であり、少し嬉しくなってしまった。

 

 「ここは俺が泊っている宿屋だ。魔法で移動してきたんだよ。」

 

 そう言い、俺は部屋の中央にある無駄に豪華で大きなテーブルに近づき、その上にあったベルを手に取り、チリンチリンと鳴らした。

 

 間もなくして、部屋の扉からコンコンと控えめなノックの後、

 

 「失礼致します。お呼びでしょうか?」

 

 と、メイド服に身を包んだ一人の若い女性が部屋に入ってきた。

 コスプレなどではない、正真正銘のメイドさんだ。

 なんでも宿屋の高級部屋には、世話係がついているのが常識なのだとか。俺も初めて聞いたときはたまげたよ。

 これまで世話係がいる生活などとは無縁だったため、ほとんど何も頼んでこなかったが、今こそ役に立ってもらう時だろう。

 

 「えと、この子は俺の妹なんだけど、ちょっと体がよくなくてね。悪いけど風呂に入れてもらえないだろうか? あと服も用意してもらえると嬉しい。」

 「佐藤様の妹様ですか? なるほど、お兄様によく似てらっしゃいますね。承知致しました。すぐに用意させて頂きます。」

 「はい、お願いします。」

 

 メイドさんはそう言うと、すぐに浴室までいき準備を進めてくれる。

 妹というのは苦肉の策だったが、事情など深く聞いてこない点は助かる。

ちなみにだが、俺と少女は全く似ていない。当たり前だ、俺は純日本人であり、間違っても銀髪でも白い肌でもなく、似ているわけがない。幻術魔法を使い、メイドさんにはあの子が日本の少女に見えるようにしたのだ。町民から嫌がらせを受けていると分かったため一応の対策だ。もっともあのメイドさんが嫌がらせをする姿なんて想像できないが。

 

 「え……お風呂?? あ、あのこれはどういう??? それに妹とは……」

 「いいからいいから、ほらあのメイドさんの入った部屋に行っておいで。」

 「え、で、でも。」

 「ほら、いったいった。」

 「……あ、ちょ……。」

 

 と、オロオロする少女を無理やり浴室に連れていき、俺はそのまま部屋を出ていく。

 とりあえず、ここはメイドさんに任せておけば大丈夫だろう。

 

 

 

 さて、こっちも色々としなきゃな……。

 

 

 

 そう思いながら、俺は部屋を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

 アマの町、その南端に位置するこの場所は居住区から少し離れており、木々が生い茂る自然区域となっている。

 たまに町の子供たちが遊び場にすることがあるくらいで、基本的に人気がないこの場所だが、そこにポツンとたたずむ小さな木造の家があった。

家の周りには伸び切った草が生え、家の壁もところどころ朽ちており、お世辞にも手入れが行き届いているとはいえない。

 しかし、闇と化したこの一帯で、その家の窓から漏れ出る淡い光は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 ……まさか一日に二度もここに来るとは。

 

 宿屋を後にした俺は、まっすぐにこの木造の家にやってきていた。

 目的は言わずもがな、あの子に関することだ。

 とにかく今はあの子に関する情報を集めるべきだ。今のままでは、なぜ町民から煙たがられているのかなど、分からないことが多い。

といっても、あの子の口から全てを聞き出すのは酷だ。

 あの子は今、精神的にも肉体的にも極限に近い状況なのは火を見るよりも明らかだ。

 できるだけ負担をかけたくない。

 ではどうするか?

 簡単だ。

 情報を集めるためには、その道のプロに聞くことが最も簡単で確実だ。

 

 というわけで、俺は木造の扉に軽くノックをし、扉を開いた。

 中に入ると、狭い部屋の中が本やら紙の束で埋め尽くされている空間が目に飛び込んでくる。足の踏み場はほとんどなく、二人以上入ることすら難しいだろう。

 部屋の奥には、木造の装飾が施されたテーブルがあり、その席について本を読んでいる男がいた。

 名前は『ライ』といい、掘りの深い顔を持つ彼の茶色がかった髪はぼさぼさであり、しばらく剃っていないであろう髭、服装もヨレヨレのTシャツときたものだ。30歳くらいらしいが、その見た目のせいでもっと年上に見えてしまう。ちゃんと手入れをしたらさぞかしイケメンだろうに勿体ない。

 しかしこう見えても彼は優秀な情報屋であり、俺がクエストに出かける前には必ずここに立ち寄り、クエストに関するモンスターや地形などの情報を売ってもらっているのだ。

 

 「おーい、ライさん。こんな時間に申し訳ないんだけど、ちょっといいかな?」

 「……ん? おや? これはこれは、佐藤かいとじゃないか。どうしたんだい、こんな時間に?」

 

 低い声で意外と丁寧な口調で応じた彼は、本をパタンと閉じ、興味深そうにこちらを伺ってくる。

 どうも本に集中しているようで、今こちらに気付いたようだ。不用心すぎるだろ……。

 

 「ちょっと、急用ができたんでね。依頼だよ。」

 「……ほう? 君ほどの者が急用とは。なんだね、次は単独でSランククエストにでも挑戦する気かい? いくら君でも無謀だと思うがね。」

 「違うよ、クエストとは別用だ。単刀直入に聞くけど、銀髪の赤目の少女のことについて聞きたいんだ。町の路地を住処にしている子なんだけど。」

 

 俺がそう言うと、彼は意外そうな表情を浮かべ口を開いてくる。

 

 「……アリーのことか。しかし、なぜそんなことを聞きたいんだい? 君とアリーに接点があるとは思えないがね。」

 「アリー……そうか、そういえば名前もまだ聞いてなかったな。……あぁ、いや、ちょっと彼女と出会う機会があってさ。どうして彼女……アリーがあんな酷い目に合っているのかが気になったんだよ。」

 

 少女アリーと自己紹介もしていなかった事実によほど自分が慌てていたのだと気づく。

 ……まあ、あんな姿を見られれば仕方がないか。

 ライさんは、そう答えた俺を少しの間じっと見つめた後、ゆっくりと喋りだした。

 

 「……まあ、仕事だから深堀はしないがね。まず、なぜ彼女が酷い目に遭っているかについてだったね? その答えは簡単だ。アリーが『魔女』の一族の生き残りだからだ。」

 「魔女?」

 「ああ、そうだ。あの銀髪と赤い瞳が何よりの証拠だ。」

 「……ふむ、でもアリーが魔女であることがどうして、嫌がらせを受けることに繋がるんだ?」

 「……君は本当にこの世界のことを知らないんだな。魔女と人間が戦争をしていたのは、まだ歴史的にも浅いことだぞ? 魔女に恨みを持つ人間は多いんだ。」

 

 戦争

 

 まさか、こっちの世界に来てその単語を聞くとは思わなかった。

 異世界にも戦争ってあるんだな……。

 俺も教科書や動画でしか見たことがないが、人同士が殺し合うというのは、想像するだけでも恐ろしい。

 

 「……その戦争はどっちが勝ったんだ?」

 「人間だよ。かなり長い戦争だったがね。その後は、元々数が少なかった魔女側はほとんどが殺された。僅かな生き残りも散り散りになり、世界のどこかでひっそりと生きているとされている。アリーはまだ子どもだから、恐らく生き残りの子孫だろう。」

 「……どうしてそのアリーがこの町にいるのかは知っているか?」

 「さあね、流石にそこまでは分からない。ただ、この町に現れたのは確か3年くらい前だったと記憶している。町の住民は、突如ふらりと現れたアリーが魔女だと分かると、簡単に殺したりせずに、長年の人間の魔女に対する恨みをぶつけるようにじわじわとアリーを追詰めていったんだ。最近では、もう少しで衰弱死するんじゃないかと噂になっていたね、酷な話だとは思うがね。」

 

 ……っ。

 ……なんだそれは。

 何の罪もない、まだ子供であるアリーに、この町の住民の魔女に対する恨みを全てぶつけているということなのか? 

 しかも3年前ということは、アリーの親が死んだ時期と重なる。親が死ぬということがどれほど辛いことか……。そんなアリーにこの町の住民は……。

 

 アリーの最初に出会った時の様子を思い出し、全身から怒りがこみ上げてきた。

 体内の魔力が怒りに呼応して活発になっていく。

 

 「おっと、変な気を起こすなよ? 一応言っておくと、戦争によって人間側にもかなりの被害が出たんだ。この町の住民も半分くらいが魔女によって殺されたんだ。魔女に恨みを持っている住民が大勢いるのが現状なんだ。」

 

 怒りに包まれている俺にライは慌てたようにそう言葉を投げかけてくる。

 不思議とそのライの言葉は俺の中にスッと入り、思考する余裕が少しできた。

 ……ライの言っていることは正しいのだろう。俺もこの町の住民の人が皆いい人だって言うのは、こっちの世界に来てからの毎日の生活で実感している。

 だが、だからといって、アリーへのあの仕打ちを仕方がない、で済ませろというのか。

 

 ……いや、平和な国で育った戦争のせの字も知らない俺が町の住民をとやかく言う資格がないのもまた事実なのかもしれない。

 

 今は、『アリーは何も悪くない』これが知れただけでよしとしよう。

 

 「……分かった、情報ありがとう。金はここに置いておくよ。」

 

 俺は、革袋から金貨を1枚取り出し、机に置き、そのままその場を後にしようとする。

 ライはそんな俺の様子を、険しい表情を浮かべて質問を投げかけてくる。

 

 「……アリーをどうするつもりなんだい?」

 「無実な者を見殺しにする気はない。」

 「……そうか。……なら私は何も言うまい。」

 

 俺はそのまま振り返らず、ライの元を去った。

 

 

 

 途中、寄り道を一つ挟んだ後、歩いて宿屋に戻った俺は、今度はちゃんとした入り口から宿屋に入り、カウンターを素通りし、そのまま自分の部屋に向かう。

 高級宿屋に相応しい清潔感と派手さを兼ね備えたレッドカーペットが敷き詰められた玄関ホールを歩いていると、一人の男が目ざとく俺のことを見つけこちらに近寄ってきた。

 かっちりとしたスーツにその細見の体を包んだ彼はこの宿屋の店主である。50代に差し掛かろうとするその顔には皺が刻み込まれ始めているが、ニコニコとした笑顔を浮かべ喋ってくる彼は、年の老いをまったく感じさせない。

 

 「これはこれは、佐藤様、お帰りなさいませ。出発する前にご指示頂いた夕食の件についてですが、ちょうどできあがってきましたので、すぐにお部屋にお持ち致しますね。」

 「ありがとうございます。すみませんね、突然いつも以上の夕食を用意させてしまい。」

 「いえいえ、佐藤様の妹様の為とあれば当然のことですとも! 他にも困ったことがあれば、いつでもお声をかけてくださいませ。」

 「……はは、まあその時はお願いします。」 

 「ええ、是非!」

 

 そう言い、店主は笑顔を浮かべたまま奥に消えていった。

 何となくあの人苦手なんだよな。常に目がギラギラしているというか……。

 

 その後は、特に何事もなく自分の部屋に辿り着いた。

 一応、軽くノックをしてから中に入る。

 

 すると、なんと扉のすぐそばにアリーが立っていた。ずっと待っていたのだろうか?

 メイドさんがしっかりと体と髪を洗い、お風呂に入れてくれたようで、出会った当初のような不潔さや悪臭は完全になくなっていた。

 それどころか、水気が僅かに残る絹の様に流れるような銀色の髪は美しいとさえ思えた。メイドさんはお風呂から上がった後の髪の手入れもしっかりとしてくれたようだ。

 お風呂から出てまだ時間が経っていないのか、アリーの白い肌は熱によって少し赤くなっていた。

 服装については、普通の服がなかったようで、真新しいバスローブに身を包んでいた。

 

 というか今気づいたけど、アリーって……すごく可愛いのでは?

 今はまだ、筋肉がついておらず不健康な見た目と言わざるを得ないが、それを差しい引いてもかなり可愛い気がする。

 そんなアリーは、俺が入ってきたことを確認すると、目を伏せ、チラチラとこちらを上目遣いで伺いながら、手をモジモジさせ、ポツポツと言葉を発してきた。

 

 「あ……あの、わ、私。お風呂なんて本当に久しぶりで、その、なんとお礼を言えばいいか……。これだけ幸せな時間が過ごせたのは、お父さんとお母さんが生きていた時以来……ぅ……で……その……あ、あれ、な、涙が……ご、ごめん……なさい……。」

 

 途中からポタポタと大粒の涙を床の絨毯にこぼしながら、泣いてしまった。

 必死に両手で涙を拭おうとしているが、それでも涙は次々にあふれ出してきている。

 お風呂に入る、たかがそんなことでこうなってしまう彼女がどれだけ追い詰められていたかが切実に分かる。

 俺は、そんなアリーの肩に手を優しく置き

 

 「ほらほら、泣くな。今から楽しい夕食の時間なんだから。泣いてたら味が分からなくなるぞ?」

 「ひぐ……で、でも……って、ふぇ? ゆ、夕食……?」

 

 ずっと泣き続けていたアリーだったが、夕食という単語聞くと、急に泣き止んだ。というか、びっくりしすぎたって感じだが。

 真っ赤な目を真ん丸に見開き、信じられないことが起きていると言った風にワナワナと震えながら、

 

 「あ、あの、その夕食……というのは?」

 「今から食べるんだよ。俺と君の二人で。あ、ほらちょうど来た。」

 「え……。」

 

 外からノック音が鳴り、数人の使用人によって、確かな腕を持つ料理人によって作られた様々な食事が運び込まれる。

 それをアリーは、口をぽかんと開け、呆然と見つめている。気づいてないのかもしれないが、その口端からは少し涎が垂れている。多分だけど、これは指摘しないほうがいいよな。

 

 その後、手際のよい使用人によって準備が済んだ後、俺たちは席についた。

 

 「……あ、あの本当にいいのでしょうか? こ、こんな豪華な食事を、何かの間違いでは? そうです、間違いですよ、もう一度よく考えてみてはいかがでしょうか?」

  

 そう言いつつも、視線はしっかり食事に固定されており、見ていて笑い出しそうだ。後、なんかやたらと饒舌になっている気がするし。これが素なのだろうか?

 俺はそんなアリーの目を改めて見つめ、言葉を投げかける。

 

 「そうだな、じゃあ一つ教えてくれないか?」

 「教える……何をでしょうか?」

 

 俺の問いにアリーはゴクリと喉をならし、緊張したように見つめ返してくる。

 

 「名前を、ね。君の口から直接聞きたくてね。」

 「……え、そんなことでいいのですか?」

 

 しかし、俺の真剣な眼差しを確認し、何か感じることがあったのだろう、コホンと咳ばらいをした後、まっすぐにこちらを見つめ返し

 

 「……私の名前はアリーです。……お父さんとお母さんがくれた大切な名前です。」

 

 胸に手を当て、そう答えるアリーの目は、過去を懐かしむように、ここではないどこかを見ていた。おおよそ子供には似つかしくないその表情は、しかし不思議ととても画になり、俺も一瞬、その光景に心を奪われた。

 ……その年で、親の死をも完全に受け入れている、なんて強い子なんだろうか。

 

 「そっか……いい名前だな、アリー。俺の名前は佐藤かいとだ、よろしくな。」

 「佐藤かいと……様。」

 

 アリーは、手を組み、キラキラとした目で俺のことを見つめてきて、まさかの様付けときた。

 

 「いやいや、様はよしてくれ。あと敬語もなしだ。」

 「ええっ!? で、では私はどうやって話せば??」

 「普通にタメ口でいいだろう、できないなら夕食は抜きだ。」

 「そ、そんな!?」

 「……冗談だよ、だからその泣きそうな顔はやめてくれ。……でもいずれはタメ口でお願いするよ。じゃあ、いただきます。」

 「……あ、え、えと。い、いただきます。」

 

 アリーは、この後もまた、久しぶりのまともな食事を食べれた感動で泣いてしまったが、その後の食事では、たどたどしくあるものの会話も生まれ、初めてアリーの笑顔を見ることができた。

 

 その笑顔は、疑いようもなく、心からの笑顔だった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

 俺は寝室のベッドに腰掛け、側に備え付けられている窓から吹き込む夜風に当たりながらこれからのことを考えていた。

 隣のもう一つのベッドでは、スウスウと小さな寝息を立てながらぐっすりと熟睡するアリーの姿があった。

 

 夕食後、アリーは、ウトウトと船を漕ぎ始めていたので、寝室に案内し、そのまま寝てもらった。最初こそ食事の時と同様にそこまで世話になるわけにはいかないと抵抗してきものの、フカフカのベッドを見せた瞬間、途端に抵抗が弱まり、そこに後押しするように「ぐっすり眠れるぞ~?」と囁くと、そのまま折れて寝ることを了承してくれた。アリーはベッドに潜り込んだ直後こそフカフカのベッドに凄く興奮していようだが、すぐに眠りに落ちてしまった。よほど疲れが溜まっていたのだろう。

 少々問題があったとすれば、アリーが同じ部屋に泊まることになってしまったことだろうか。元々、アリー用に別の部屋を借りる予定だったが、迷惑でなければ俺と同じ部屋に泊まりたいとアリーの方から言ってきたのだ。

 流石に年の近い男女が一緒の部屋に泊まることに抵抗はあったものの、最終的にアリーの希望通りに同じ部屋に寝泊まりすることにした。

 あんな不安そうな顔で頼まれたら断れないからな……。

 ちなみにアリーは15歳らしい、俺は18歳だから3歳差ということになる。

 

 ……さて、これからどうするかな。

 

 正直、アリーを保護したのは感情に身を任せての行動だった為、その先のことを全く考えていなかった。

 俺は、神様の言う通り、真面目に魔王討伐を目標に毎日を過ごしている。想像もつかない褒美というのも気になるし、何より魔王討伐をして英雄になるなんて男の夢ではないか。

 というわけで、実は俺はチート能力に慢心せず色々と頑張っているのだ。

 例えば、毎日なにかしらのクエストを受け、実践経験を積むようにしている。

 他にも書物を読み、この世界について知る努力もしている。ライさんに「この世界のことを知らなさすぎる」と馬鹿にされっぱなしも癪だしな。

 さらに魔法についての勉強は勿論、肉体も鍛えないといけないと思い、町の戦士系の冒険者の協力も仰ぎながら体づくりだって行っているのだ。

 今でこそアマの町に留まっているが、それはあくまでもこの世界に慣れるための準備期間であり、そろそろ本格的な旅に出かける計画も練っていた。

 しかし、そんな時にアリーと出会ったというわけだ。

 旅にアリーを連れていくことも考えたが、俺にチート能力があるとはいえ魔王討伐を目的とした旅が危険なものになることは必須だろう。旅に同行してもらう場合、それにアリーを巻き込む形になってしまう。

 ……まあ、これについてはアリーの意思も聞きいたうえで判断する必要があるだろう。

 魔女は、かなりの戦闘能力があるらしいから旅に同行できる可能性だっておおいにあるだろうしな。

 

 だが、何よりの問題はアリーが魔女という人間にとっての憎むべき存在であったことだろう。

 俺の旅に同行するしないに関わらず、このままアリーを人間の世界に取り残しておくことはできない。理由は述べる必要もないだろう。

 今は俺の幻術魔法によって、アリーは周りからは日本人風の黒髪の少女に見えているはずだ。よほど魔法に精通した者でもない限り、魔女とばれることはないだろう。

 しかし、俺の魔力量が膨大といっても四六時中魔法をかけ続けるのはかなりしんどい。意外とこの魔法魔力を使うしな……。何より、俺に何かがあり、魔法が解けた場合、全てが終わりだ。

 何かアリーが人間界にいても大丈夫なような対策が必要だな。

 ……まあ、それについては追々考えるとしよう。

 

 とりあえず、明日アリーにどうしたいか聞くところからだな……。

アリーがすんなり俺の手をとってくれることを承諾してくれたらいいけどな……。

 

 俺も今日はクエストを3件もこなしたせいで疲れた、そろそろ寝よう。

 そのままアリーを起こさないように窓を静かに閉じ、ベッドに体を倒しこみ、あっという間に眠りについた。

 

 

 

 

 

 「だ、だめです!これ以上ご迷惑をおかけすることなんて……。」

 

 次の日の朝、早速アリーに一緒に旅についてこないかと提案したのだが、このように強く拒絶されてしまった。アリーは魔女である自分と一緒にいることで俺に迷惑がかかるということを言っているのだろう。

 確かに人間界で魔女であるアリーと共に行動することは危険であるといえる。下手をすれば、俺まで殺害対象にだってなり得るだろう。

 だが、このアリーの言葉は裏を返せば、迷惑でなければ一緒に来たいということなのだろう。

 

 「……アリー、俺はアリーがどうしたいかを聞きたいんだ。迷惑をかける云々は気にしなくてもいい。」

 

 俺のこの問いに、アリーは「え」と言葉に詰まった後、「……うぅ」と唸り声をだしながら、どうするべきなのかと葛藤している。

 その後も、アリーはしばらく考える様子を見せたが、俺はそれをじっと待った。

 

 そして、アリーは、どうするべきか決めたようで、改めてこちらを見つめてくる。

 そのアリーの姿は、これまでのおどおどとした様子ではなく、凛とし完全に覚悟を決めたものだった。

 

 「……正直言いますと、佐藤様に付いていきたいです。ですがそれはできません。……昨日は私にとって本当に夢のような日でした。……本当に感謝のしようがありません。このご恩は一生忘れません。……ですがこれ以上、佐藤様に甘える訳にはいきません。どうか私のことは放っておきますようお願いします。だって私は……」

 

 

 

 『魔女』なのですから

 

 

 

 「黙っていて申し訳ありませんでした。佐藤様にとってだって私は憎い存在であるはずなのに。……でも久しぶりに感じたぬくもりに、佐藤様につい甘えてしまいました。この罪は私の死をもって償う所存です。……元より私はあの路地で死ぬつもりでしたし。」

 

 そう言うアリーの表情は、生きることを完全に諦めているものだった。

 この3年間、町の人に恨みの念を当て続けられてアリーは、‘魔女である’、そのこと自体が罪だと思ってしまっているのだ。それこそ死ぬことが当然だと思ってしまう程度には。

 

 「……一つだけ確認するが、アリーは俺の旅には同行したいんだな?」

 「……え? ……えぇ、それは、そうですが。」

 

 俺の質問に、アリーは呆気にとられたようにそう答える。

 何を言っているんだと言わんばかりの表情で俺を見つめてくる。

 

 「なら問題ない。早速3日後にはこの町を出発しよう。それまでに準備を済ませなくちゃな。」

 

 

 

 「な!?……き、聞いていなかったのですか!!?? 私は、『魔女』なのですよ!!??」

 

 

 

 俺の緊張感のない言葉に、アリーは初めて見せる激怒の表情で声を荒げてそう言い放ってくる。

 昨日までの様子からは想像もできないアリーの変わりようにこちらに一瞬、動揺が走るが、何とかそれを顔に出さず冷静さを装う。

 ……しかし、やはりアリーは優しい子だ。

俺に迷惑をかけまいとするため、こうやって怒れるのだから。誰にだってできることではない。

 

 「アリーが魔女であることは何の関係もない。それにアリーが魔女だということは知っていたよ。」

 「え……知っていたのですか? ……てっきり知らないのかと。で、では、なぜ、このようなことをして頂いて……。」

 

 今度は、アリーが酷く動揺したように、言葉に躓きながらもそう聞いてくる。

 

 「じゃあ逆に聞くが、アリー自身は何か人間に害を与えたことはあるのか?」

 「……それは、で、でも私は魔女ですから。」

 「アリーは何も悪くないんだろう? 魔女なんて関係ないさ。過去の人間と魔女のいざこざの尻ぬぐいをアリーがする必要なんてないだろう。少なくとも俺は、無実な者が死んでいく、それが許せなかった。だからアリーを助けたんだ。」

 

 俺の発言にアリーは信じられないものを見る目で俺を見つめてくる。

 今、何が起きている状況が理解できない、そういった感じに。

 

 「そ、そんな無茶苦茶な。……それに仮に私に罪がないとしても、世の中は決してそれを許しません。そんな私と行動を共にすれば佐藤様にだって危険が及んでしまいます……。」

 

 何とか口を開いたアリーの声は震えており、そう反論してくる。

 確かに、それは正しいのかもしれない。

 しかし、だ

 

 「……アリーは知ってるか? 最近この町にふらりと現れた、強力な魔法使いの存在を。高ランククエストを何件も単独で達成するような、無茶苦茶なやつなんだが。」

 「……確かに町の人たちがそんなことを言って騒いでいるところは見かけました。なんでも、未来の英雄、勇者候補がこの町でも誕生したと。しかしなぜそんなことを? ……え、まさか、佐藤様……」

 

 アリーは、俺が何を言いたいのか何となく察したのだろう、ワナワナと震えながらそう言い、俺に続きを促してくる。

 

 「ああ、それが俺だ。」

 「えぇっ!!??」

 

 アリーは、今日一の驚きを見せてくる。そこまで驚かれると若干傷つくんだが……。

 というか、アリーを説得するためとはいえ、自分で自分の事を強力な魔法使いとか、恥ずかしくて死にそうだ。

 しかし俺は、そんなどうでもいい羞恥を捨て去り、未だ動揺しているアリーの目に自分の目をしっかり合わせ、力強い口調で言葉を続ける。

 

 「……アリー、改めて言う。アリーは何も悪くない。もし、それが許せないと言ってくる連中がいたら、そんなやつらは俺がすべて追い払ってやる。」

 「う……嘘です、そ、そんな……そんなことが……」

 「嘘じゃない。」

 「……。」

 

 アリーは、俺のその言葉に今度こそ反論する言葉を失った。

 俺の目を怯えるように、しかし僅かな期待を含んだ目を合わせてくる。

 

 「……私は、本当にこの世界で生きていてもいいのですか?」

 「ああ、むしろ死ぬことは俺が許さない。」

 「……佐藤様は、私の味方でいてくれるのですか??」

 「ああ。」

 「もし、佐藤様以外の全員が私を敵だと判断しても?」

 「俺が守ってやる。」

 「……この先もずっと、ずっとですか?」

 「ああ、約束する。」

 「……っ」

 

 ツーと、アリーの綺麗な目から一筋の涙が零れ落ち、それを皮切りに大粒の涙が溢れてくる。

 

 「……さ、最後に、聞かせてください。ほ、本当に……本当に佐藤様を信じていいのですか?」

 「ああ、決して裏切らないと誓うよ。」

 

 アリーは俺のその言葉を聞いた瞬間、耐え切れなくなったのか、

 

 

 

 「……う、うわあああああああああああああああああん!!」

 

 

 

 俺の目を気にもせず子供の様にみっともなく、これまで我慢して押さえていた全ての感情をさらけ出すように、大きな声で泣き続けた。

 

 こういう時、俺はどうすればいいのか分からなかったが、俺はアリーが泣き止むまでずっと頭を優しく撫で続けた。理由は特にない、なんとなくそうしたほうがいいと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 「……すみません。みっともないところを見せてしまいました。」

 

 ひとしきり泣き続けたアリーは、腫れた目をこちらに向けて、そう恥じらいながら謝罪をしてくる。

 しかしその表情は、どこか憑き物が落ちたように晴れやかに見えた。

 そのままアリーは、俺の方へしっかりと向き直り、コホンとわざとらしくも可愛い咳払いし、満面の笑みを浮かべ

 

 「……先ほどの旅への同行のお誘いの件ですが、私、アリーは、喜んで佐藤様の旅に同行させて頂きます!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

多くの感想ありがとうございます。
指摘で「///」という表現がおかしいとありましたので修正しました。
(誤字報告してくれた方いたのでそのまま適応しました、ありがとうございますm(__)m)


 「佐藤様! これからどうするのですか?? 私に何かできることはありますでしょうか??」

 

 朝食後、相変わらず高級感溢れる部屋のソファで小休止していると、広いソファに関わらず俺の真横にピタリと座っているアリーが俺を覗き込みながらそう質問を投げかけてくる。

 旅を共にすることが決まってからというものの、アリーはずっとこの調子だ。

 目を輝かせ、曇りのない笑顔で、これからすることの何かもが楽しみで仕方がないといった様子だ。

 好意を向けてくれるのは嬉しいが、距離感が近すぎるので心臓に悪いんだよな。まあ、このアリーの笑顔を前にやめてなんて言える訳もないが。

 

 ……しかし同じシャンプーと石鹸を使ってるはずなのにアリーから凄くいい匂いがするのはなぜなのだろうか? 不思議だ。

 

 「……じゃあ、アリーのことを教えてくれないか?」

 「え? 私のことですか??」

 

 突然の俺の要望に首を傾げ、どういう言意味ですかとアピールをしてくるアリー。

 素だとは思うが、こういう女の子らしい仕草は一々可愛いから困る。

 少し顔が熱くなるのを感じながらも、それがばれないように言葉を続ける。

 

 「そうそう、順を追って説明するよ。さっきも言ったけど俺は魔王討伐を目指している。当然、その旅は危険なものになる。ここまではいい?」

 「はい! 佐藤様と一緒ならばどこまでもお供致します!例えそれが、火の中、水の中でも!」

 

 アリーは、体をぐいっとこちらに乗り出してきながら元気にそう答えるてくる、当然だとばかりに。あまりの勢いにこちらは逆に少し引いてしまったほどだ。

 

 「そ、そうか……。旅では、基本的に俺がアリーを守っていくつもりだが、いざという時の為にアリーがどの程度動けるかを把握しておきたいんだ。……アリーは戦闘の経験とかはある?」

 

 俺のこの質問の意図としては、ある可能性について確認したかったのだ。

 ある可能性とは、アリーが実は凄く強いのではないかということだ。

 俺にとっては髪と目の色以外、人間も魔女の何が違うのかよく分からないが、どうも魔女という存在そのものが人間を遥かに上回る強さを誇る存在らしいのだ。

 というのも人間と魔女の戦争について詳しく知るために、今日の早朝に歴史書を軽く読んだのだが、そこで魔女についての強さの一端を知る機会があったのだ。

 ライさんは人間と魔女の戦争は人間が勝利したと言っていた。

 確かにそれは正しかった、歴史書にもそう書かれていたからだ。

 ただし、その戦争の中身について調べていくと衝撃的事実が分かったのだ。

 人間と魔女の兵力差だ。

 人間側の兵力は各国から集めた精錬された騎士や腕に覚えがある冒険者1万だったが、それに対し魔女側は僅か1千人だったのだ。

つまり単純に計算すれば実に10倍もの戦力差があったわけだ。

 それだけ聞くと結末など誰にでも分かりそうなのだ。

 しかし、いざ戦争が始まると兵力数差をものともしない魔女側の激しい猛攻により、人間側が防戦一方の展開に持ち込まれたのだ。

 といっても、流石の兵力差に魔女側も攻め切ることはできず、戦争は3年以上続き、その激しい戦いは人間側の生活圏をも巻き込み、甚大な被害を及ぼしていった。

 しかし、驚異的な力を誇った魔女側も決して無敵ではなく、人間側の兵力数にモノをいわせた粘り強い抵抗もあり、着実に魔女側の兵力を削っていき、とうとう攻防が逆転し、魔女側が降伏したのだ。

 かくして戦争は終結したわけだが、魔女側の死者数900人に対し、人間側の死者数は、戦争に巻き込まれた一般市民なども含めると実に10万人を超える結果となったのだ。

 勝利はしたものの、その内容を見ると本当に勝利したのか疑わしくなる結果だったわけだ。

 ちなみにその直後、タイミングを合わせたように俺の宿敵でもある魔王軍が疲弊しきった人間側を攻めることになるのだが、まあ、それについて今はいいだろう。

 

 とにかく、この話を聞くと、いかに魔女が規格外な存在かが分かる。

 だからこそ目の前にいるか弱そうな少女アリーも実はとんでもなく強いことがあるかもしれないと考えたのだ。

 

 「……すみません。一応、自己防衛用の術をお父さんとお母さんにほんの少しだけ教えてもらいはしましたが、精々スライムやゴブリンを追い払えるくらいで。」

 

 しかし、帰ってきた答えは意外とそんな言葉だった。

 申し訳なさそうにそう答えるアリーだったが、俺は内心少しホッとしてしまった。

 アリーのような、か弱そうな女の子が実は凄く強かったです、よりは、守ってあげたい存在のままの方が男冥利に尽きるというものだからな。

 まあ、とは言ってもアリーがあまり戦えないとなると何か対策が必要だな、どんな方法が良いだろうか?

 俺が頭の中で色々思考を巡らせていると、アリーは不安そうにこちらを見てきて

 

 「あ、あの……、迷惑をかけてすみません。で、でも、私、強くなるためなら何でもします。厳しい訓練もします。お父さんもお母さんも凄く強かったので、私もある程度は強くなれると思いますし……。」

 

 と、そんなことを小さな声で言ってきた。

 どうも俺が何も答えないから変に不安にさせてしまったらしい。これは失態だ。

 

 「……ごめん、アリー。別にアリーのことを迷惑だなんて思うつもりは毛頭ないんだ。ちょっと考え事をしてたんだ。」

 「そ、そうですか?」

 「ああ、それに言っただろう? アリーは俺が守っていくって。」

 「……そ、そうでしたね。」

 

 ここまで言ってようやくアリーは頬を朱に染め、恥ずかしそうに視線を逸らしながら引き下がってくれた。

 ちなみに俺も臭いセリフを放ったせいで、羞恥心で死にそうだ。

もっと他に言いようがあった気もする。

 

 しかし、先ほどアリーは親が強かったと言っていたが、その強かった親が3年前になぜ死んでしまったのだろうか……。

 

 その時だった。部屋内にノック音が響いた。

 朝食の直後に何だろうと思いながら「どうぞ」と声をかけると、ガチャリと扉が開き、なんとこの宿屋の主人が姿を現した。その姿には、いつもの余裕がなく少し慌てているようだった。

 

 「どうしましたか? 随分慌てているようですが。」

 「佐藤様、それに妹様、おはようございます。ええ、すこしお耳に入れて頂きたいことがありまして。先ほどから少し町が騒がしかったので事情を聞くと、どうもこの町に住みついていた魔女が行方をくらませたようようなのです。いつもの路地にいなかったと。魔女が使っていた毛布のみそこに落ちていたようですが……。」

 

 主人の言葉に、アリーがビクリと体を震わせたのが横目にも分かった。

 しかし、そんな様子のアリーを見た主人はアリーが別の意味で体を震わせたのだと思ったらしく、

 

 「妹様、不安なのもごもっともです。しかし町の者は冒険者の集会所も含めて急いで対策を練っていますのでご安心を。……まあ、すでに死にかけていたらしいので心配はないのかもしれませんが。ただ、魔女は危険な存在です。佐藤様については何も心配しておりませんが、一応連絡をと思い伝えさせて頂きました。急に申し訳ありませんでした。」

 

 主人はそう言ってお辞儀をした後、すぐに部屋から出ていった。

 俺は、主人が扉を閉めたのを確認した後すぐにアリーに向き直る。

 

 「アリー、大丈夫か?」

 「……はい。」

 

 そう答えるアリーだったが、体は震えており、呼吸も少し荒くなっている。

 いくら生きる気力を得たといっても、これまで受け続けた心の傷がすぐに癒えるわけではない。特にアリーにとってこの町の人という存在は何よりも恐ろしい存在のはずだ。

 当然、アリーには魔法によってアリーが魔女と分からないようにしていると説明はしている。

 しかし頭では分かっていても、町の人が自分を探しているという事実は、アリーの精神的によくないことは明白だ。

 

 ……。

 しばしの思考の末、決断する。

 

 「アリー。」

 「は、はい。」

 

 アリーは、俺の様子から何か感じたのか、緊張したように返事し、こちらをじっと見つめてくる。

 

 「すぐにこの町を出よう。」

 「……え、すぐにですか?」

 「ああ、すぐにだ。」

 「……それはもしかして私に気を遣ってもらっているのですか? でしたら大丈夫ですよ! ほ、ほらこの通りです!」

 

 流石のアリーも心配されていると気づき、笑顔を浮かべ、元気そうに振舞ってくるが、どう見ても無理をしている。

 

 「アリーはもう少し人に甘えることを覚えるべきだな。」

 「……う、で、でも。」

 

 無理をしているのがばれたアリーは気まずそうに目を逸らしてくる。

出会って一日しか経ってないから無理ないんだろうけど、こうも気を遣われるとこっちまで調子が狂うな。俺なんかに気を遣う必要ないのに。

 まあ、そこは早く慣れてもらうしかないか。

 

 「はい、というわけですぐに出発だ。ただ、バスローブってわけにもいかないから、これ服ね。サイズが合うといいけど。」

 

 俺はそう言いい、昨日ライさんのところから帰る途中に寄り道をして購入した紙袋に入ったものをアリーに渡す。会った当初、アリーは裸だったから一応服や靴など外に出られる最低限の装備だけ買っておいたのだ。

 

 「え、服ですか!? で、でも昨日佐藤様にもらったローブがありますよ?」

 「いやいや、あれは大きいだろう? まあそれも旅向けってわけじゃないけど……。」

 「そ、それじゃあ開けますね? ……わあ! これはワンピースですね!」

 

顔を輝かせたアリーが手に取ったのは純白のワンピースだ。

 あまり時間がなかったので店に入って勘で決めたものだ。決して俺の趣味ではない。気に入ってもらえているようなのでよかった。

 とはいえ、これはあくまで私服用に買ったもので旅向け用には今日買う予定だったが。

 

 「すまないが、今はそれで我慢してくれ。後は、これに下着とか靴とかも入ってるから洗面所で着替えておいで。」

 

 そう言って、俺は残りの下着や靴などが入った袋をアリーに渡す。一応言っておくが下着は女性店員に決めさせた。

 アリーはそれらを宝物でも見るように、ゆっくりと受け取り、「ありがとうございます!」と歓喜にも似たお礼を言い、そのまま洗面所に小走りで消えていった。

 

 そして、しばらくしてからアリーが戻ってきた。

 

 「……あ、あの、どうですかね?」

 

 俺は言葉を失った。

 

 真っ白なワンピースを纏ったアリーは、この世に舞い降りた天使のようだった。

 後光が見えるようだ。

 恥じらいながら自信なさげに上目遣いで俺を見つめてきているのも、その可愛さを底上げしている。

 

 ……やはり、俺の白のワンピースという選択は正しかったのだ。

 サイズもぴったりだったようで何よりだ。

 ……ただ似合っているのは間違いないんだが、やはりそのやせ細った体はどうしても痛々しく見えてしまうのも事実だ。

 しかし、逆に言えば元の体に戻った時、どうなるのかという楽しみもできた。

 とんでもない美少女になるのは間違いないだろう。

 

 俺がゆっくりと親指を立てるのを見て、アリーは安堵したようにはにかんだ。

 

 

 

 

 

 少々取り乱したが、その後も準備を進めて最低限の出発の準備は整った。

 

 「アリー、まだ身体は回復していないだろうから、疲れたらすぐに言うんだぞ?」

 「はい! あの聞いておきたいんですけどこれからどう動いていくんですか?」

 「とりあえずは、色々な街に行って魔王についての情報を集めようと思う。……後は、仲間探しだな。」

 「……仲間、ですか?」

 「ああ。魔王そのものは勿論、その側近、他にも気になるやつはいるが、流れている情報によると俺一人だけだと厳しそうだからな。」

 

 とはいえ、魔王を相手にできる者なんて限られてくるが……。

 

 そんなことを考えながら瞬間転移魔法を発動させた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

 アマの町から出発した俺とアリーは、次の町『イタの村』を目指していた。

 瞬間転移魔法では、一度行った場所にしか移動できない為、新しい地に行くときはどうしても自らの足で赴くしかないのだ。ただ自らの足で知らぬ土地に行くというのは、いかにも冒険という感じがするので個人的には不満はない。

 

 行く手の遥か先の方には、巨大な山脈が連なっており、あまりの高さに頂上には雪が積もっていることが分かる。その山脈の麓に次の目的地がある。

道の左右には木々が疎らに立っており、適度に視界はあり、狭いというほどでもないが、決して広くないといった中途半端な道を突き進んでいた。

 まだモンスターには遭遇していないものの、空模様が怪しくなってきており、どことなく不穏な雰囲気が立ち込めていた。

 そして隣を歩くアリーもまたそうだ。

 

 「アリー、大丈夫か?」

 「……はい、大丈夫、です。」

 

 口ではそう言っているものの、険しい表情を浮かべ、息遣いも粗くなってきており、余裕はあまりなさそうだ。

 旅に出発してからまだ30分ほどしか経っていなかったが、昨日までのアリーの体調を考えれば今歩けていること自体凄いことだ。

 どうもこれは魔女の特性でもあるらしく、魔女の自然治癒力は人間とは比較にはならないらしい。アリー曰く、やせ細った体も1週間もまともな食事をとれば元に戻るとか。言われてみると昨日よりは肉が多少ついているように見える。

 ……凄いな魔女っていうのは。

とはいってもまだまだ満足に旅をすることはできないだろう。

 

 「いや無理をすることもない。いったん休憩にしよう。」

 「……すみません。」

 

 というわけで、適当な木陰に腰を下ろし休憩をとっていたのだが、俺たちが休憩するのを見計らったのように大粒の雨が降ってきた。

 そこそこ大きな木の下で休憩していたので、たまに水滴が落ちてくる程度で、びしょ濡れになる事態は避けられた。

 とはいっても冷えてはいけないので、火魔法によりバレーボール程度の大きさの炎球を空に浮かばせ、焚火を囲むように暖をとっていた。

 

 ……どうでもいいけど、火を見ているとなぜか落ち着くのってなんでなんだろうな?

 ゴオオと音を立て空中で燃える炎、ザーと降りしきる雨音を聞いていると、何とも言えない趣深さを感じる。

 アリーは革袋に入った水をコクリと飲み、ふー、と一息をついたところでこちらに話しかけてきた。

 

 「……凄い雨ですね。」

 「ああ、これはしばらく動けないな。」

 「……そうですね。」

 

 本当は雨程度なら魔法でどうとでも対策を練れるが、それは口にしない。

 アリーは、そのままじっと俺を見つめてきて、少し迷う様子を見せたが、すぐに意を決したように口を開き

 

 「佐藤様、出発する前に言っていた仲間を集める件ですが、誰を仲間にするか、あてはあるのですか?」

 「……理想は、俺以外の勇者候補と呼ばれている者を仲間にすることだな。」

 

 今、この世には俺を含め3人の勇者候補がいるとされている。

 ネットなんて便利なものがないこの世界では、飛び交う情報がバラバラで他の二人の正確な素性は分からないが、皆がそろえて口にしたことのみを整合していくとこうなる。

 一人は、イリアという見る者全員が思わずため息をこぼすほどの麗しい女性剣士だということ。その見た目からは想像もつかないような神業ともいえる剣技の前にはどんな魔物も切り刻まれるとか。

 さらに彼女は、かつて人間と魔女の戦争後に魔王軍が押し寄せてきた際に、それを抑え込んだとされる正真正銘の英雄様の実の娘とのことだ。

 そんな人間界最強と言われる彼女が仲間になってくれればきっと心強い存在になってくれるだろう。

 もう一人は、回復に特化した魔法使い、いわゆる僧侶だということ。こちらは常にローブをきており、顔もフードで隠しているため誰も素顔を見たことがないらしく名前や性別すらわからないとのこと。しかしその腕は確かで、数十人の冒険者パーティーで挑んだAランククエストを一人の死者も出すことなく達成したとか。

 ちなみに俺は回復魔法が苦手だ。使えないことはないが、簡単な傷を治せる程度だ。というのも他の魔法と違い、回復魔法には信仰心が必要なのだが、神を信仰しない俺には回復魔法をうまく使えないらしい。

 実際にこの世界に来るときに神様に会っているが、どうも信仰する気にはなれない。普通の気の良いおじさんって感じだったしな。

 

 ……しかし改めて考えると、あまりにできすぎな話だと思う。

 この世の勇者候補と呼ばれる存在が、戦士、僧侶、魔法使いときたものだ。全員がそれぞれの得意分野を持ち、集まればバランスの良いパーティーになることだろう。

 これも神様が仕向けたことなのだろうか?

 しかし欲を言えば前線をはれる人員が後一人はほしいところだ。

 それら一連のことをアリーに説明し終わると、アリーは険しい表情を浮かべ、ブツブツと何か独り言をいっている。

 

 「まさか後2人も集めようとしているなんて……しかも一人は確実に女性。……いっそのこと私が全てを補えば……。そうよ、お父さんとお母さんの子の私になら……。」

 

 よく聞こえないが、もしかして仲間にした者が、アリーが魔女であることを受け入れてくれないかもと心配しているのだろうか?

 

 「一応言っておくけど、アリーが魔女であることについては心配しなくてもいい。仲間にする者にはちゃんと説明するつもりだし、仮にも勇者候補と言われているんだ、分かってくれるだろう。もし、なにか揉め事になったとしても何とかしてみせるからな。」

 

 俺が力強くそう説明するもアリーは深く考え事をしているためか、聞こえていない様子だ。

 ちょっとショック……。

 しかし、あんな難しい顔をして、よほど心配なことでもあるのだろうか?

 アリーは急に顔をバッと上げこちらを見て、真剣な表情をうかべ、こちらを見つめてきたと思うと。

 

 「佐藤様。私に魔法を教えてくれませんか?」

 

 とのことだ。

 

 ……なぜこの流れで急に魔法を? 

 しかし、意図は分からないがアリーが何かを考えた末に出した結論だ、無下にもできまい。

 それにアリーから頼み事をしてくれるのは、俺に心を開いてくれている証拠でもあるし、嬉しいことだ。

 

 「一応理由を教えてくれないか?」

 「……私、佐藤様の役に立ちたいんです。勿論守ってもらえるというのはとても嬉しいです。でも私も佐藤様を守れるようになりたいんです!」

 

 力強くそう言い切ってくるアリーに照れ臭くなり、少し顔を背けてしまう。

 そう思ってもらえるのは単純に嬉しいし、ここで断ったら逆にアリーは、俺に守られているだけという罪悪感に包まれることになるだろう。

 なぜこのタイミングだったのかは謎のままだが、まあどうせ暇だし、人にモノを教えることは自分のスキルアップにも繋がるって聞いたこともあるし、いいか。

 

 「……分かった。うまく教えられるかは分からないがそれでもよければ。」

 

 俺の言葉にアリーはパアと顔を輝かせてくるが、そんなアリーに「けど」と言葉をかぶせにいく。

 

 「敬語はやめること。さらに様付けでよぶことも禁止、これが条件だ。」

 「……ぇ。」

 

 先ほどとは一転、アリーの顔はピシッと凍り付いたかのように強張り、どうしたらいいのとばかりに狼狽え始めた。

 

 「で、でも、それは……。」

 「できないなら魔法は教えない。絶対に。」

 「うぅ……。」

 

 困り果てるアリーを見て、ちょっと申し訳ないという気持ちもあったが、こうでもしないと一生アリーに今の感じで喋られる気がしたからな。

 アリーは恥ずかしいのか、それとも単純に申し訳ないと思っているのか、顔を赤くし、プルプル震えながらこちらを見つめてきて、必死に口を開き言葉を発しようとしている。

 

 ……なぜだろう、凄くイケナイことをしている気がしてきたんだが。

 俺、何も悪くないよな?

 

 内から溢れてくる謎の感情に戸惑っていると、とうとう決心がついたのか

 

 

 

 「……か、かいと。私に……魔法を教えてくれない?」

 

 

 

 ……はっ!? 一瞬、意識が飛んだ!?

 

 あまりのアリーの可愛らしい様子に意識が刈り取られたのだ、恐るべし。

 それにまさか、下の名前で呼んでくるとは……。

 緩みそうになる頬を何とか引き締め、アリーを見つめ返し

 

 「……よし。じゃあ早速魔法を教えていこう。しばらく雨もやみそうにないしな。」

 「うん!!」

 

 

 

 

 

 それからは、アリーに魔法を教えていきながらの旅となった。

 魔法を教えながらになるので、イタの村まで結局予定の倍ほどの2週間ほどかかったが、それまでの間にアリーのやせ細った体の面影もなくなり、健康的な見た目となっていた。

 痩せていたころから片鱗はあったが、今の見た目は、まさに可愛いの一言であり、気を緩めるとずっとアリーのことを見てしまうほどだ。まさに美少女と言うに相応しい。

 白いワンピースもますます似合ってきて、あの時これを買った自分を褒めたたえたい気分だ。

 しかしそのせいで最近はアリーと一緒にいると常に緊張してしまうのが悩みだ。贅沢な悩みだが。

 そして、アリーは魔女のおかげなのか、魔法の才能も相当あったようで、この2週間という短い間に早くも中級魔法まで使えるようになってきた。

 今では単独でEランク相当のモンスターも倒せてしまうほどだ。

 逆にこれまでなぜ、魔法を使えなかったのかと疑問に思ってしまうほどだ。

 ただ、アリーはなぜか回復魔法と身体能力向上魔法に特化して練習しているのだ。

 回復も肉弾戦も全くの俺はどちらもほとんど使わないので今ではその魔法に関して言えばアリーの方が詳しいほどだろう。最近は独学で魔法を練習しているようだし。

 さらには、最近は体も鍛えているようで、この前は蹴りや突きといった、いわゆる肉弾戦を想定した練習をしていた。アリーのような美少女がワンピース姿でそんな練習する様子は違和感しかなかったのは言うまでもない。

 しかし、これについても上達が早いもので日ごとに精錬された動きになっているのが分かる。

 以前アリーに、なぜ特定の魔法と肉弾戦の練習のみをしているか理由を聞いたが、笑顔ではぐらかされてしまった。

 まあ、アリーの好きなようにすればいいと思っているので深堀はしないようにしているが。

 

 とにもかくも、ようやく次の町イタの村が目前に迫ってきた。

 目の前にそびえたつ巨大な山脈と比較するとどうしても、こじんまりとしたというイメージが拭えないここイタの村は貧しいというわけではないが、人数もあまりなく、ザ・田舎というかんじだ。

 

 「そういえば、かいと。イタの村にはどういう目的で来たの? アマの町からもっと近いところに町とか村はあったでしょう?」

 

 しっかり慣れた言葉づかいでアリーがそう聞いてくる。

 こうなるまで1週間かかったんだよな……。今では冗談も言い合える程度には距離もちかくなってきた。

 とてもいい兆候だ。

 ただ、もうあの時のたどたどしく喋るアリーをみれないかと思うと少し残念な気もする。

 

 「ああ、アマの町にいた時にこの村に勇者候補の一人、イリアが現れたってうわさを聞いてな。それで来たんだ。」

 「……は?」

 「……え?」

 

 ……ん? 今、アリー「は?」って言った? 

 いや、流石に違うよな? 聞き間違いだよな? 

 アリーを見ても満面の笑みを浮かべており、とても「は?」などと言ったようには見えない。やはり聞き間違いだろう、うん。疲れているのだろうか?

 アリーは俺が戸惑っている様子を見て、急に我に返り、慌てたように

 

 「……あ! ……えぇと、ごめんね? ちょっと驚いちゃたの。……う~ん、でもまだ勇者候補の方と会うのは早いんじゃないかな?」

 

 なるほど驚いたのか……ならしょうがない。どちらかというと聞き間違えであってほしかったが。

 ……でもどこに驚く要素があったのだろうか?

 

 「どうして?」

 「……え、え~と、その、と、とにかくまだ早いと思うの!」

 

 しかし帰ってきたアリーの答えは何とも要領を得ない内容だった。

 アリーもその自覚があるのか、少しバツが悪そうにしているが、それ以上の言葉は帰ってこなかった。

 その後もアリーは何かとイタの村に行くのはやめようと忠告してきたが、理由を聞いた途端、黙ってしまうというループに陥った。

 結局、じゃあ俺一人でイタの村をサラッと見てくるからと言ったら、「……私も行く」とアリーは折れてしまった。

 

 結局何だったのだろうか?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

誤字修正報告して頂いた方ありがとうございますm(__)m

また指摘ありましたが、転生→転移に修正しました。


 イタの村は、風が吹けば飛びそうな木の柵で囲まれた小さな村である。

 木造の民家が数十立ち並び、他には畑や家畜小屋がところどころにあるだけの何の変哲もないところだ。15分も歩けば村を一周できるだろう。

 いつの日かの様に、どんよりとした厚い雲が天を覆っており、元々活気のない村はさらにさびれているように見えた。

 一応門のつもりなのだろう、木を一生懸命組み合わせて作った鳥居のようにも見える入り口をくぐり、村の中に入っていく。

 門兵? 当然そんなのものはいない。

 後ろからは、相変わらず何が気に食わないのか、ご機嫌斜めなアリーが渋々といった様子で付いてくる。

 アリーは何の意図があってか、片手でちょこんと俺の服の袖をつまんできている。

 むくれながらそうする様子は大変可愛らしいので、俺も特に何も言うことなく黙認している。

 

 ……はたしてここにまだイリアはいるのだろうか?

 イリアがこの村にいる理由というのは、このあたりに現れた強大な魔物を滅ぼさんとする為だと聞いている。それがどんな魔物かまでは分からなかったが。といってもそれはもう2週間以上も前の話だ。人類最強と言われているイリアは、あっという間に魔物を討伐し、この村を去った可能性もあるわけだ。

 まあ、その場合でもイリアが次にどこに行ったのかの情報がもらえれば儲けものだと思っている。

 

 村の中に入ったものの、どこに行けばいいのか分からなかったので、辺りをキョロキョロと見渡していると、違和感を覚えた。

 まったく人が見当たらないのだ。

 それどころかあたり一帯に人の気配はほとんどなく、閑散としている。

 それでも注意深く辺りを観察していると、こじんまりとした家から一人の初老のおじいさんが出てきた。どことなくやつれて、疲れ切っている様子のおじいさんは、こちらに気付いたようで、驚いたような表情を浮かべ、ヨボヨボとした足取りでこちらに近づいてきて、声をかけてきた。

 

 「……まさか旅人ですかな? どうやってここへ? ……まあいい、悪いことは言わん。今この一帯は危険じゃから……って黒髪に平べったい特徴的な顔、何よりこの溢れる魔力、まさか……!?」

 

 おじさんは、俺たちをまじまじと見つめながらその正体に心当たりがあったのか、急に目を見開き、こちらに迫ってきた。ちょっと怖い……。

 ていうか、黒髪はともかく平べったい顔って……まあ、この世界の人から見たら日本人の顔は薄い顔立ちなのかもしれないけどさ……。

 俺が地味にショックを受けていると、おじさんは興奮したように目を血走らせながら、

 

 「あ、あなたは……アマの町で現れたという勇者候補の佐藤様ですかな!?」

 

 と、唾をまき散らしながらそう叫んでくる。汚い。

 

 「ええ、その通りです。佐藤かいとといいます。そしてこっちは俺の妹です。」

 

 と、なんとか不快感を表に出さずに自己紹介を済ませると(ちなみにアリーは終始俺の後ろに隠れていた)、おじいさんは、さらに目を見開き口を開いてくる。

 また唾が飛んでくることは容易に想像できたので、簡単な結界魔法を瞬時に唱え、唾がこちらに直接飛んでこないようにしておいた。

 というか、こんな村でも俺の存在が知れ渡っているとは。

 改めて勇者候補という存在の大きさを思い知らされる。

 

 「……おぉ、おぉ!! 良かった!! これであの悪魔の手から救われる。」

 

 おじさんはまるで地獄で仏に会ったかのように天を仰ぎ、そう喜びに打ちひしがれている。何があったのだろうか? 

 ……それに今聞き捨てならないことを言ったな。悪魔、と。

 それがこの村の近くに現れたという魔物だろうか?

 

 「あの、おじいさん? その悪魔というのは何でしょうか? 魔物でしょうか?」

 

 悪魔というからには、もしかしたら上級の悪魔でも現れたのかもしれない。しかし、その割には、村の様子を見ても魔物の襲撃を受けたという風でもない。そもそもイリアがこの村にいたのだからその魔物は退治されている可能性が高いのだ。

 

 「違いますとも佐藤様! 悪魔とは恐れ多くもあなた様と同じく勇者候補などと言われているイリアのことです!」

 「……え? イリア??」

 

 まさかだった。

 イリアとは、あのイリアのことだろう。まさしく俺が今追い求めている人類最強と言われている剣士である。

 世界中の人間から憧れ、尊重されるべき勇者になり得る存在を悪魔?

 一体どういうことだ?

 しかし、おじいさんの表情は紛れもない怒気に包まれており、それを冗談で言っていることでないのは一目瞭然だ。

 

 「イリアとは、勇者候補のイリアのことですよね? なぜ彼女を悪魔だなんて。むしろ我々人類の救世主的存在ではありませんか?」

 

 俺がそう言うとおじいさんは、怒りの感情からか半ば叫び捨てるように説明してくれた。

 

 曰く、2週間以上前にこの村の近くに突如として強大な力を持つアンデッドモンスターが現れたらしいのだ。直接的な被害はなかったものの、その魔物出現から周囲の下級のアンデッドモンスターまでもが活性化し、いつ村が襲われてもおかしくなかった状況だったそうだ。

 そして何より厄介だったのが、そのアンデッドモンスターがこれまで観測されたことのない新種のモンスターだったのだ。

 その魔物が下級のアンデッドモンスターを従える様子、何より抱える魔力量から推定討伐ランクは高難易度であるAとされたらしい。

 討伐ランクAとは、通常、名の通った冒険者20~30人ほどの大規模パーティーを組んで挑み、犠牲を多数出しながらようやく勝てるといった次元のものだ。

 もちろん、当時この村にそのモンスターに対抗できる勢力があるわけもなく、村中が絶望に陥ってしまったようだ。

 しかし、そこに颯爽と現れたのが世界最強であり、かつての英雄の娘であるイリアだったのだ。

 その存在の登場に村中は歓喜と希望に包まれたようだ。そしてイリアはそれに応えるように、推定討伐ランクAとされたアンデッドモンスターを瞬く間に討伐したようだ。

 驚くべきことに、それはイリアがイタの村に到着し、一時間も経たないうちの出来事だったらしい。

 まさに偉業、世界最強と呼ばれるに相応しい。

 同じ勇者候補である俺でも同じことはできまい。

 

 だが、そのイリアが起こした行動に一つだけ致命的なミスがあった。

 

 アンデッドモンスターを何の対策もなく、討伐してしまったことだ。

 というのもアンデッドモンスターを倒すと、稀に自らの破滅を発動の条件として、呪いをあたりに振りまくモンスターがいるのだ。

 そしてそれは、より強いアンデッドモンスターになればなるほど、その能力を持ちやすく、かつ強力な呪いを振りまく傾向がある。

 そのため、アンデッドモンスターを倒す際には呪いを相殺する信仰系魔法、もしくは呪いを打ち消すアイテムが必須なのだ。

 俺もアンデッドモンスターをいくらか討伐してきたが、信仰系魔法が封じ込まれた魔術の巻物を携帯する形で対策を練っていた。

 しかし、これは別に特別なことではなく割と当たり前のことであり、俺でなくても冒険者なら大抵は何かしらの対策を練っていることだろう。

 

 しかし、なぜかイリアにはその対策がなかった。

 

 強力な呪いを振りまくアンデッドモンスターの最期を前に何もできなかったのだ。

 その呪いはイリア自身には効かなかったようだが、近くにあった村の住人は別だ。

 呪いは霧となり、村を襲った。いくらかの住人は逃げおおせたらしいが、大半の村人は呪いをまともにくらってしまい、決して覚めぬ深い眠りについてしまったのだ。

 今でこそ呪いの霧は晴れたようだが、村人は覚めぬまま。

 さらには、呪いの影響なのか、アンデッドに限らない、辺りの様々なモンスターが活性化してしまったらしい。

 その活性化したモンスターは、イリアが休みなくひたすらに討伐を繰り返しているらしい。

 驚くことに、この2週間ずっと……。

 そのおかげで、まだ村は無傷ということらしい。

 しかし、モンスターは際限なく湧いてきており、イリアが魔物を斬っても斬ってもキリがないらしい。

 村人の何人かを派遣し、周辺の国に救援を出したらしいが、これだけ活性化したモンスターの巣窟に助けが来るまでにはどんなに早くても1カ月はかかるらしい。

 派遣した大部分の村人も途中で魔物に襲われてしまったらしい。

 つまり結局は、イリヤが最後の綱となってしまったわけだ。

 しかしイリアも人類最強と言われているものの結局は人間であり、救援が来るまで持つかどうかも分からない、いや、普通は途中で力尽きるだろう。

 そして呪いから逃れられた僅かな村人は、この状況に対してどうすることもできず、この村に閉じ込めれた状態で天に祈りをささげることしかできない、という状況だったらしい。

 そのため、この村人は、この惨事を招いたイリアのことを悪魔と呼んでいる、ということらしい。

 

 ……まさか、こんな事態になっていたなんて。もっと情報を集めておくべきだった。

 のんびりこちらに向かっている場合ではなかったのだ。

 

 ……しかしイリアは何をしているんだ??

 村人の様に悪魔と呼ぶつもりはないが、無策でアンデッドモンスターを討伐するなんて、軽率にも程が過ぎる行為だ。しかも強力な新種のモンスターに対してだ。

 このおじいさんが言っていることが全て本当なら、悪いが村人が怒り狂うのも頷けてしまう。

 そんな当たり前のことを知らなかったのか? あるいは、それに考えが及ばないほどのなにかがあったのか? 

 そもそも当のイリアはどこだ? 村を守るため、魔物を討伐しているとのことだが姿が見えない。

 それに魔物が討伐され続けている割には、辺りには争った跡も、魔物の亡骸も見えないのはどういうことだろうか?

 様々な疑問が頭を駆け巡っていく。

 

 ……いや、ここでそれを今考えてもしょうがない。とにかくこの状況を何とかしなければ。

 

 「くそ……、なにが人類最強の剣士、英雄様の娘だ……とんだ期待外れだ。そもそも、前いた国でも問題を起こしたと聞いていたし、あいつはやはり悪魔なんだ……。」

 

 目の前のおじいさんは俺に半ば怒鳴る形で散々怒鳴った反動だからだろうか、力なくそう言うと、項垂れてしまった。

 おじいさんが言っていた内容は気になるが、それどころではない事態が起こった。

 

 ズン……ズシン……ズシンッ

 

 地鳴りが響いてきたのだ。巨大な何かが近づいてくる音だ。

 振り向くと、そこには15mを超える全身を岩や土に覆われた人型の巨体がいた。

 その正体はギガントゴーレムだ。

 討伐ランクはCランクに分類されるものの、その耐久力と力はBランクモンスターにも匹敵するモンスターだ。

 この村に来るまでに出会ったモンスターの中では一番強い。

 しかし、見た目と裏腹に割と温厚であることが知られ、遭遇しても何もしてこないというパターンが多い。

 ただ、目の前にいるギガントゴーレムは、アンデッドモンスターの呪いの影響なのかは分からないが、明確な敵意を持ってこちらに近づいてきている。

 おじいさんはギガントゴーレムを確認すると、「あわわ」と狼狽え、腰を抜かし、その場に尻もちをついてしまった。

 そしてアリーですらその圧倒的存在感に恐怖の感情を抱いているようで、俺の手を振るえる手で強く握ってきた。

 

 すぐ側は村だ、おじいさんだっている。あまり激しい戦闘はできない。

 仕留めるなら一撃だ。

 ギガントゴーレムを一撃仕留めるとなると、攻撃の手段はかなり絞られてくる。

 俺は思考を素早く働かせ、すぐさま決断する。

 

 「……安心してください、おじいさん。一瞬で終わらせますので。ほら、アリーもそんなに怖がるなよ。俺が誰か忘れたのか?」

 

 俺はアリーの頭をポンポンと優しく撫でると、すぐさま気持ちを切り替え、体内に巡る膨大な魔力を練り上げていく。アリーもそんな俺の様子を見て、びくつきながらもゆっくりと俺から距離をとった。

 この魔法は魔法においてチート能力を持つ俺でもかなりの集中力を要される。

 意識を集中させ、魔力をどんどんと練り上げ、膨張させていく。

 やがて、あまりの量の魔力の奔流に、俺のまわりには風が吹き荒れ、草木が大きく揺れていく。

 

 アリーは、俺がとんでもない魔法を放とうとしていることが分かったのだろう。

 その目は信じられないものを見るようで、何かに絶望しているようにも見えた。

 まるで決して届かぬ壁が目の前に現れてしまったかのように。

 まあ、そう見えただけだが。

 

 魔法の完成が近づいてきたことから、俺はまっすぐ目の前の敵を見据える。

 こちらに向けられた敵意を何十倍にもして、向き返すように。

 

 ギガントゴーレムは魔法には全く精通していないはずだが、それでも何か感じるものがあったのだろう、じっと構え、やがて来るであろう攻撃に備えている。

 

 魔法には、炎、水といった様々な分類のものが存在する。

 いずれも、魔力量、威力、技量の観点から、初級、中級、上級の3種類によって分けられる。

 だが、確かな才と凄まじい修練の果てに、稀にそれらを超越した魔法を習得できることがあるらしい。

 それは文字通り超級魔法と名付けられ、それを使える人間はこの世でも片手で数えるほどしかいないとか。

 そして、神様からチート能力を授かったこの俺は、その超級魔法を信仰が必要なもの以外の全属性を使いこなすことができる。ちなみに俺がちょくちょく使っている瞬間転移魔法も、技量の点から超級魔法に数えられている。

 俺がこれから放つ魔法は、氷属性の超級魔法。

 その氷は、どんな氷よりも冷たく、どんな物質よりも固く、どんな剣よりも鋭い威力を持ち、術者が魔法を解かぬ限り魔力を込められたその氷は、数十年は解けないとされている。

 

 そして俺は、魔法を発動させた。

 

 瞬間、周囲の温度が急激に低下していき、

 15mを超えるギガントゴーレムの巨体は、一瞬のうちに40メートルは優に超える巨大な氷柱によって覆われた。

 その絶対的な氷によってギガントゴーレムは絶命し、終わるはずだった。

 

 しかし

 

 事は魔法の発動と同時に起こった。

 

 

 

 線が、見えた。

 

 

 

 音はなく、定規で引いたような綺麗なずれのないまっすぐな光の線が天を仰ぐほどの氷柱を斜めに引いたのだ。

 その線は正確にギガントゴーレムを捕えていた。

 直後、信じられないことが起きた。

 さきほど見えた線を境界に、氷柱が村の方向に崩れだしたのだ。

 

 斬られた

 

 そう判断するのに数瞬かかった。

 

 あまりの事態に呆気にとられたが、崩れた氷柱をそのままにしておけばとんでもないことになることは明確だ。

 無理やり意識を引き戻し、魔法を解除し氷を消滅させる。

 

 消滅させた氷の残滓である結晶が舞い降りる中にそれはいた。

 

 靡く金髪は、あたりの結晶を反射させキラキラと輝いている。

 純銀の傷一つない鎧に身を包む彼女は、まさしくうわさに聞く、見る者に思わずため息をこぼさせるほど美しく、世界最強である剣士

 

 イリアだった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

 華々しい豪勢な装飾が施された輝く刀剣を静かに腰に付けた鞘に収める彼女の動きには一切の無駄がなく、その動作一つ一つが流れるようで、精錬された舞のようでもあった。

 自身が放った渾身の超級魔法があっさり破られたことも忘れ、思わず目の前の光景に目を奪われた。

 肩の高さで切り揃えられた短めの金色の髪、鮮やかな瑠璃色の目。

 剣士とは思えないほどのほっそりとした身体を包むのは、一目で業物とわかる純銀の鎧だ。鎧以外の部分は白を基調とした衣装に身を纏っており、まさに聖騎士のようだ。

 若々しく、しかし幼さの抜けたその見た目から、年は20歳くらいに見えた。

 

 ……彼女がイリア、世界最強と言われている英雄の実の娘、か。

 

 目的としていた人物が目の前に現れたものの、色々なことが起きているせいで思考が追いつかず、ただ茫然と彼女の姿を見つめることしかできなかった。

 そのイリアは、こちらに気付いたのか顔をこちらに向けてきた。

 一瞬ドキッとした俺だったが、すぐにイリアの様子がおかしいことに気付く。

 

 イリアの目は俺を捕えていなかったのだ。

 

 いや、俺だけでない。

 目の前で起きたことがあまりに驚愕だったのか、その場に尻もちをつき、目を見開いてカタカタと震えているアリーや、すぐ近くで倒れているおじいさんの姿も見ていなかった。

 その深く、すべてを飲み込みそうな深い瞳はどこか虚ろとしており、こちらに焦点が合っていなかった。

 イリアは何かを探しているように見えた。

 では何を見つけようとしているか。

 その答えはイリア自身が口にすることで知ることが出来た。

 

 「……モンスター、モンスターはどこだ……? 倒さねば、私のせいで、私のせいで……。」

 

 と、自分に言い聞かせているのか、あるいは何かを悔いるようにそうブツブツと呟いていた。

 とてもまともな精神状態であるとは思えなかった。あれだけでかい氷柱を斬っておきながら無反応というのもおかしな話だしな。

 ……おじいさんの話が本当ならイリアは既に2週間もぶっ通しで剣を振るっていることになる。むしろ、まともでいられるはずがないか。

 

 しかし、そうなると不可解な点がある。

 イリアの生命力と魔力の両方が充実していることだ。

 俺なんて1日中、戦い続ければ、生命力も魔力もすっからかんになり、ぶっ倒れるだろう。

 

 そう思考を巡らせている時だった。驚くべきことが起きた。

 

 先ほど不幸にも最強の斬撃と超級魔法の同時攻撃を喰らったギガントゴーレムの亡骸の全身が光り輝き始めたのだ。それらは生命力と魔力を帯びた無数の光の粒子へと変化し、イリアが腰に帯びている剣に吸い込まれていった。

 そしてそのまま剣を通じてイリアの身に光の粒子が流れていき、ギガントゴーレムが持っていた生命力と魔力がイリアのものになったのだ。

 

 ……まさか、魔物の生命力と魔力を今の様に吸いつづけながら戦っているのか?

 恐らくあの剣の効果なのだろう。どう見ても聖剣ぽい見た目してるし。

 だが、これで辺りに魔物の亡骸がなかった理由がわかった。全てああやってイリアに吸収されたのだろう。

 

 ……しかし、なんて危険なことを。

 

 魔物の生命力と魔力は人間のそれと少し異なり、人間にとって魔物の生命力と魔力は毒にしかなり得ないのだ。

 A型の人にB型の人の血を輸血することを想像すれば分かりやすいだろうか。血液とかあんまり詳しくないから適当だけど。

 ちなみに、普通人間が魔物の生命力と魔力を取り込むと、瞬間的に限界を超えた凄まじい力を得るが、すぐに想像できないほどの破壊衝動にかられ、頭が狂い、そのまま苦しんで死ぬらしい。

 強い精神力があれば、それに耐え、限界を超えた力を得ることが出来るらしいが……。

 イリアも強い精神力によって耐えているんだろうか?

 あるいは剣の力で魔物の生命力と魔力を人間に無害になるように中和しているのだろうか?

 だとしたらあの武器はチートすぎるな。チート能力しか持っていない俺が言うのもなんだが。

 まあ何にしてもモンスターの魔物の生命力と魔力をとるなんて行為は危険に変わりないだろうから俺は絶対にしないが。強い精神力があるとも思えんし。

 

 そう言えば、なんで俺はモンスターの生命力と魔力が毒だなんてことを知っているんだっけ?

 

 ……ああ、そうか。以前読んだ魔術書にそんな記述があったんだ。 

 

 ……確か

 

 

 

 ちょうど今、アリーにその魔術書を勉強用として貸しているんだったけ?

 

 

 

 まあ、そんなことはいい。今はイリアのことだ。

 いくら体力が尽きていない状況とはいえ、それでも2週間戦い続けられるかといえば、答えはノーだろう。そもそも人間とは体の構造的に寝ずに活動し続けることなんてできない。世界最強と言われいてるイリアだって例外ではないはずだ。

 とっくに限界は超えているはずだ。

 

 「初めまして、イリア。俺は佐藤かいとと言います。」

 

 何はともあれ初めて会うのだから、まずは挨拶からだろうと、なるべく穏やかな口調でそう言いながらイリアに近づいていく。

 しかし、イリアはこちらに気付いた様子もなく、先ほどまでと同様に虚ろな瞳であたりをキョロキョロと見渡している。

 

 ……これは無理やりにでも休ませた方がいいか。

 

 俺とイリアの距離は既に5メートルほどだ。これで気付かないというのは、明らかに異常だ。今のイリアは一刻も早く休む必要がある。

 イリアが正常なら、俺の魔法は避けられるかもしれないが、今のイリアなら睡眠魔法をかけて眠らせることができるかもしれない。

 俺はなるべく、イリアに悟られないように静かに魔力を練り、魔法を徐々に完成させていく。

 そして、イリアがこちらから視線を外したタイミングを見計らって魔法を発動させる。

 

 瞬間

 

 イリアの姿が消えた。

 

 誇張や冗談でなく、まじでイリアの姿が目の前から消えた。

 消える直前、残像が見えた気がしたが、それも定かではない。

 

 どこに行った!?

 辺りを見渡そうとしたその直後

 

 

 

 ゾクッ!?

 

 

 

 感じたことのないほどの強烈な殺気を感じた。

 ……それも真後ろから。

 振り返るまでもない、イリアのそれだろう。

 心臓が鷲掴みされたような感覚に陥り、大量の汗が噴き出してくる。

 後ろは見えないが、いつでも俺を切り裂けるように剣の切っ先がこちらに向けられていることが直感的に分かった。

 ……いつの間に後ろに移動されたんだ? 

 まさか俺の魔法が反応されるとは……

 かなりの速度で放ったつもりだったが。

 しかも目で追えないほどの速さで移動するなんて……、これが世界最強か。

 

 「……貴様、今攻撃を仕掛けてきたな? ……まさかモンスターの手先か?」

 

 イリアの初めて聞く僅かに感情のこもった声は、底冷えするような、殺意の籠ったものだった。

 一般人ならこれだけで気絶するんじゃないだろうか?

 しかし、俺が人間だったからか、いきなり斬ってこない程度には理性が残っていたのは助かる。

 睡眠魔法をかける前に、万が一反撃されてもいいように、自身に最強出力の結界魔法をかけて防御していたのだが杞憂に終わったようだ。

 

 ……さて、どうする。

 

 一応、俺だって勇者候補の一人なのだ。

 この状態からでもイリアに睡眠魔法をぶつける術はいくつかある。

 しかし、いずれもイリアと激しい戦闘に発展する可能性があるし、確実ではない。

 それにいくら俺でも、正気を失っているとはいえ、イリアを相手に村やアリーに流れ弾が行かないように気遣いながら戦うのは不可能だ。

 返り討ちに遭い、殺されてしまう可能性だってある。それだけは避けなければならない。

 そこまで考えたところで俺は決断する。

 

 「……違います。いきなり魔法を撃ったのはすみませんでした。だが、イリア。あなたは、すでに連戦続きだ。無理やりにでも休ませる必要があると思ったんです。さっきの魔法も攻撃ではなく、睡眠魔法です。」

 

 俺はイリアに包み隠さず正直に話した。

 良くも悪くも、イリアは今こちらに意識を向けている。こちらの言葉が届くこの状況なら、説得できるかもしれないと考えたのだ。

 

 しかし

 

 「……休む? ……必要ない、いや、私にはその資格がない。」

 

 イリアは、一応俺を味方と認めてくれたのか、殺気を収めるとそんなことを言ってきた。

 しかしイリアの後半の方は声が震えており、後悔、怒りの念を含ませていた。

 この様子から何かイリアを縛る過去の因縁があることは確実だ。アンデッドモンスターを無策で葬ったことだろうか?

 

 「なぜ資格がないんですか? この村人にかかっている呪いのことを気にしているのですか? それは信仰系の魔法で十分に回復するでしょう? 幸い眠っているだけのようですし。村には傷一つつけていないし、あなたはもう十分頑張ったでしょう。後は俺が引き継ぎますよ。」

 

 そう言う俺だったが、いつの間にか後ろから気配は消えており、振り返るとそこにイリアの姿は見えなかった。おそらくモンスターを討伐しに行ったのだろう。

 

 だめか……。

 

 村人が眠り続け、モンスターが湧き続ける限り、イリアも同様に戦い続けるだろう。

 こうなると解決策は一つだ。

 俺がこの状況を何とか打破するしかあるまい。

 幸い、俺の手元には50年ほど前に大賢者と呼ばれた、マサールだったかハマールだったかの、強力な信仰系魔法の使い手によって作成された呪いに対抗するための魔法が封じ込められた巻物がある。

 正直変な名前だと思ってしまったが、実力は本物だったようで、巻物から漏れ出る魔力から推定するに間違いなく超級レベルの魔法が封じ込められている。魔法使いとしての素質はチート能力を持った俺をも上回るのではないかというほどだ。

 他にも数個、アンデッドモンスター対策用に信仰系魔法が封じ込まれた巻物を持っているがこれだけは別格だ。

 ……まあその分、巻物一つに金貨20枚という法外な価格がついていたが。

 これを使えば、Aクラスモンスターの呪いなんて余裕で消し去ることができるだろう、お釣りがくるほどだ。

 後は、呪いの発生源がどこか分かればいいだけだ。

 

 「おじいさん、例の強力なアンデッドモンスターがどこに現れたか分かりますか?」

 「……ふぁ? あ、ああ、それなら分かるぞ。この村から北東に向かって1キロ離れた辺りじゃ。」

 

 ずっとポカンとしていたおじいさんは急に声をかけられてびっくりしたようだ。悪いことをしたが、これでアンデッドモンスターがいた場所は分かった。近くまで行けば、後は魔力の流れで正確な呪いの発生源も分かるだろう。

 

 ……よし、なら俺がちゃっちゃっと行って片付けますか。

 今回は、いつものように事前の情報収集ができず、不透明な部分が多いところが不安要素だが、そこは気合で何とかするしかないだろう。

 イリアの体調も心配だしな。

 

 ……全てが片付いたら、イリアの身に何があったか調べる必要があるな。

 魔王討伐の為にはイリアの力が必須だろう、今日この目でイリアを見て、改めてその考えが強くなった。

 後は、イリアが抱える問題がなるべく軽いことを祈るだけだ。

 

 そうと決まれば、早く行動に移そう。

 

 俺は、アリーに今からの方針を話そうとしたところでようやくアリーの様子がおかしいことに気付いた。

 相変わらず尻もちをついた状態のアリーだったが、その視線は虚空を彷徨っていた。

 顔を覗きこんでみると、アリーの顔は真っ青だった。

 口が僅かに動いており、注意深く聞いてみると、消え入りそうな声で「まさかここまで差があるなんて……私がいたら足手纏いに……」と呟いている。

 後半は何を言っているのか聞き取れなかったが、ただ事ではなさそうなので、急ぎアリーに声をかける。

 

 「アリー? 大丈夫か? どうしたんだ?」

 

 肩に軽く触れ、そう声をかけると、ビクリと大きく反応を示したアリーはこちらにゆっくり振り向いた。

 

 「……あ、かいと。ご、ごめんね? ちょっと色々起きたせいで動揺してたみたい。」

 

 と、無理をしているようだが、笑顔を浮かべこちらを見返してくれた。

 さっき「差がある」みたいなことを言っていたが、イリアのあの強烈な斬撃やら、超級レベルの攻撃魔法を始めて見たことで色々刺激を受けすぎたのかもしれないな。

 俺もイリアにあっさり超級魔法を破られてちょっとショックだし……。

 

 「アリー、今から俺は呪いの発生源まで行って呪いを打ち消しに行ってくる。1キロくらいしか離れていないらしいから30分もあれば戻れると思う。だからアリーは、この村で待っていてくれ。村には結界魔法をかけて魔物が入ってこれないようにするし、安心してくれ。」

 

 アリーと行動を別にするのは少々怖いが、一緒に不安要素が残る呪いの発生源まで行くよりはマシだろう。その辺を闊歩しているモンスターもまだまだアリーでは対処できないだろうし。 

 そう思っての提案だったが、アリーはなぜかショックを受けたような表情を浮かべ、食い気味にこちらに迫ってくる。

 

 「ど、どうして!? 私も行くよ? わ、私でも力になれることが少しはあるはずだし……。」

 

 だんだんと自信なさげに声が小さくなっていくアリーの姿は、俺には無理をしているように映った。手伝おうとしてくれる気持ちは嬉しいが、やはり危険が付きまとう以上連れていくわけにはいかない。

 

 「いや、アリー。無理をしなくてもいい。今回の件はあのイリアでも手こずるほどだ。万が一のことがあってからじゃ遅いし、アリーは村に残っておいてくれ。その気持ちだけありがたく受け取っておくから。」

 

 頭を優しく撫でながらそう説得するが、アリーはそれでも食い下がってくる。

 そのたびに俺は危険だから村に残るように説得するが、アリーは決して認めようとしなかった。

 なぜ、ここまで付いて来ようとするのか理由を聞くも、明確な回答は帰ってこなかった。イタの村に行きたくないと言っていたあの時の様子が重なる。

 一瞬、ここまで言うのならば連れていこうかなと思わなかったでもないが、やはり不安要素が大きかったため俺は心を鬼にしてこう言った。

 

 「……アリー、厳しいことを言うが、さっきの魔物、ギガントゴーレム如きで怖気づいているようでは一緒には連れていくことはできない。……分かってくれ。」

 

 俺の言葉にアリーは、本当に、本当に心の底からショックを受けたように、顔をくしゃりと歪め、その綺麗な赤い目に、じわぁ、と涙が溜まっていく。

 そのまま顔を伏せたアリーを前に、俺は罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、アリーを危険な目に遭わせないように、その意見を撤回することはしなかった。

 ただ代わりにアリーの小さな頭を優しく撫でながら「ごめん、すぐ戻るから」そう言って俺はすすり泣くアリーを後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

 村から出て北東に向かった俺だったが、すぐに呪いの魔力を掴み、容易に呪いの発生源まで来ることができた。

 元は、木々で囲まれた自然あふれた地であったことが想像されるが、そこには枯れた木々とひび割れた死の大地が広がるのみであった。

 明らかに呪いの影響だった。

 

 ……なんだこれは?

 

 順調にここまで来た俺だったが、予想外の状況に思わず立ち尽くしていた。

 目の前には、すべてを飲み込みそうな深い闇が渦巻いており、そこから呪いがまき散らされていた。体中にヒシヒシと感じる禍々しい魔力は、確かに強力な呪いの力だった。並みの使い手では、この呪いにあてられただけで命を奪われるだろうというほどの強力なものだった。

 しかし、明らかにおかしい点があったのだ。

 

 あまりに呪いの力が強すぎる……。

 

 今回、事前情報では推定討伐ランクAのアンデッドモンスターによる呪いということだった。

 これまでに俺はAランクに該当するモンスターを3体討伐したことがある。

 いずれも例外なく強力な生命力と魔力を持っていた(キングトロルは魔力はほとんどなかったけど)。

 しかし、この呪いの魔力量は明らかにこれまで遭遇したランクAのモンスター以上の力が感じられた。

 高い魔力耐性を持つ俺ですらこの呪いの前では息苦しさを覚えるほどだ。

 そしてそれは、Aランク以上モンスターの力を持った何者かの手が加えられている何よりの証拠でもあった。

 よくよく考えてみると、今回の話は最初から違和感があった。というのもアンデッドモンスターの呪いによって、周囲のモンスターが活性化するなんていう話は聞いたことがない。新種のアンデッドモンスターだから特殊な能力でもあるのかなと思って、そこまで気にしていなかったが、どうもそうではなかったようだ。

 ……まず間違いなく今回の事件には、まだ表に出てきていない真の首謀者がいることは確実だろう。

 Aランクのモンスター以上の力を持っている存在など限られてくる。

 しかも今回、その何者かは勇者候補であるイリアを標的にしていることは明らかだろう。

 あのイリアの精神的に追い詰められている姿をも見れば、そう判断せざるを得ない。

 世界最強と呼ばれ、英雄の子でもある勇者候補を標的にする存在を考えていくと

 

 魔王

 

 その存在が嫌でも脳裏にちらつく。

 もしかしたら魔王までいかなくても、その側近ということも十分に考えられるが。

 いずれにしても人間サイドに友好的な存在でないことは確かだろう。

 だが、首謀者が何者であろうと俺のすることに変わりはない。俺の今の役割はこの呪いをどうにかすることだ。

 

 ……しかしこの呪い。大賢者の魔法の巻物がなかったらアウトだったな。

 

 この呪いを信仰系の魔法で打ち消せる僧侶の存在など、現世では最後の勇者候補の存在くらいなものだろう。

 過去に大金をはたいて大賢者の魔法の巻物を購入した自分を褒める一方で、もしこれがなかったらと、想像してしまい冷や汗が額から流れ落ちる。

 

 ……もしかして、イリアもアンデッドモンスターの呪いに対策がなかったわけでなく、この予想以上の呪いの力に成す術がなかっただけなのか?

 

 そんなことを考えながら、俺は大賢者の魔法が封じ込まれた巻物の封を解き、一気に開いた。

 

 その瞬間、感じたことのないほどの魔力量が巻物からあふれ出てくる。

 次に巻物から目も眩むほどのまばゆい光が、呪いに侵されたあたりを浄化するように照らしていく。その光は、膨大な魔力量とは対照的に優しく慈悲深いものだった。

 

 ……っ、なんて魔力だ!?

 巻物から漏れ出る魔力から只者でないことは予想していたが、ここまでとは……。

 大賢者……何者なんだ?

 

 明らかに自分を超える魔法に驚愕する俺をよそに光はあたりを飲み込んでいく。

 あまりのまぶしさに俺は目を閉じる。

 

 全身を温かく包み込む光が収まったのを感じ、俺は閉じていた目を開けた。

 すると目の前には、驚くべき光景があった。

 

 

 

 命が、溢れていたのだ。

 

 

 

 先ほどまでの死の光景とは真逆。

 大地には鮮やかな緑色の絨毯が敷かれ、その上を緩やかな風が吹き抜け、波状にそれが伝播していく。木々の枝から延びる木の葉も同時に揺れ、葉こすれる心地よい音があたりに鳴り響く。

 そしてどういうわけか、さきほどまで空を覆っていた分厚い雲も欠片も残さずなくなっており、太陽が顔をのぞかせ、温かい日の光を地上いっぱいに降り注がせていた。

 

 

 

 蘇生魔法

 

 

 

 間違いなかった。

 信仰系魔法の頂点に君臨する奇跡の魔法。

 ……いや、信仰系に限らず全ての魔法の頂点といってもいいだろう。

 過去に存在した超級魔法の使い手達でさえ、習得不可能とされた魔法だった。

 理論上はその存在が提唱されていたが、これが使える人間はいなかった。

 それもそのはず。他の超級魔法とは比較にならないほど複雑な魔力構成を求められ、しかも扱う魔力量が桁違いのため、机上の魔法と言われた存在だからだ。

 その伝説の魔法は、それに見合うほど強力なものであり、呪いを打ち消した上にその呪いによって奪われた命をも蘇らせた。

 

 ……大賢者、本当に何者なんだ?

 仮に俺が信仰系魔法が使えたとして、同じ魔法が使えただろうか?

 ……。

 

 イリアの斬撃を見たとき以上の衝撃を受けた俺は、しばらく呆然とそこに立ち尽くした。

 

 しかし次の瞬間、身が凍り付くような悍ましい声によって俺の意識はすぐさま現実に引き戻された。

 

 

 

 「……まさか、あの忌々しい女の魔法を隠し持っていたとは。信仰系の魔法が使えないからと油断していた……。」

 

 

 

 姿はなかった。脳に直接響いてい来るような怒りが込められたこの声には、得も言われぬ恐怖心を引き立てさせた。

 

 「佐藤かいと、貴様もイリア共々、まとめて始末してやろうと思っていたが失敗に終わったようだ。……しかし、呪いは消えたが、お前の大事な連れは面白い状態になっているな。……くくく、面白いことを思いついた。」

 

 ……俺の、大事な、連れ? 面白いこと?

 

 この声の主は何者なのか、なぜ自分のことを知っているのか、状況は何一つ理解できなかった。

 しかし放たれたその言葉の意味だけすぐさま俺の頭にすっと入ってきて、ほぼ反射的に瞬間転移魔法を発動させた。無論、行先はアリーの元だ。

 しかし、魔法が発動することはなかった。

 

 ……これは、結界魔法!?

 

 周りを見ると、いつの間にか結界魔法が張り巡らされていた。

 俺が使う結界魔法にも引けを取らないほどの強力なものだ。これでは結界内にいる限り、瞬間転移はできない。

 この状況を前にどうするか考えようとした瞬間、変化が起きた。

 周りの空間が突如、歪み始めたのだ。

 歪みは全部で三つ。その大きさは直径5メートル,10メートル、20メートルと、ばらばらだった。

 なにが起きているかわからず、俺は全神経を集中させ、何が起きても反応できるように目の前を見据えた。

 すると間もなく空間の歪みが引いていき、その代わりにモンスターが現れた。

 

 そのモンスターとは、

 

「ゴッドスライム」、「デーモンロード」、「カオスドラゴン」、

 

 いずれもスライム族、悪魔族、ドラゴン族、その頂点に君臨するモンスターだ。文献で読んだことがあるが、すべて討伐ランクAに該当するモンスターだ。しかもAランクモンスターの中でも特に強いとされているモンスター達だ。

 人間にとってはそのうちの一体が現れただけでも災厄が巻き起こるとさえ言われている。

 それが一気に3体も……。

 あまりにも現実離れした事態に、頭の中が真っ白になり、思考が停止する。

 そんな俺に追い打ちをかけるように

 

 「今の召喚と結界魔法で私の魔力も打ち切りか……。やはり呪いが消されたのは痛かったか。あれがあれば、モンスターの大群でお前たちを蹂躙したというのに。まあいい、お前の連れ、アリーを使えば、まだまだ面白くなりそうだからな。それまでは足止めをさせてもらうぞ。……その前に死んでくれるなよ? ……まあお前がここで殺されれば、それはそれで、あの娘が完全に壊れるところを見れるだろうがな、くく。」

 

 声は、そう言い切るとその気配を消していく。

 待てと叫ぶも、俺の前に3体のモンスターが立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (アリー視点)

 

 どれほど、そこに蹲っていただろうか。

 村のおじいさんが心配そうに声をかけてきた気がしたが、どうでもよかった。

 

 かいとに置いて行かれた。

 その事実もそうだが、何よりの心に重くのしかかるのは、

 

 「ギガントゴーレム如きで怖気づいているようでは一緒には連れていくことはできない」

 

 この言葉だった。

 思い出すたびに、悔しさと悲しみで目から涙が溢れてきた。

 拭っても拭っても、それが止まることはなかった。

 

 そしてその言葉を言われるまでの経緯、それがアリーの心を完全にへし折るに至っていた。

 その経緯とは、かいととあのイリアという女の実力が自分の想像をはるかに超えるものだったことが分かったことだ。

 

 アリーの両親は魔女の中でも優れた魔法使いと戦士であった。母親は、複数の超級魔法を操る魔法使いで、魔女族の中でも5本の指に入る使い手だった。そして魔女の血を受け継ぐ父も、魔力こそなかったもののその力と俊敏性は、他を圧倒し、鍛錬によって鍛え上げられたその拳によって、あらゆる敵を倒しっていった。その力はAランクモンスターですら舌を巻くものだった。

 人間との戦争を経験した二人は、私に戦いを覚えてほしくなかったらしく、結局、直接戦い方を教えてくれる機会はなかった。

 しかし、私には二人の血が流れており、自分もきっと両親のように強くなれるだろうという希望があった。

 そしてその希望は、この短い期間に目まぐるしく成長していく自分を見て、確信へと変わっていった。

 別にアリーは、人間という存在を侮っていたわけではなかった。

 しかし、心のどこかで人間とは魔女よりも本質的に劣る存在なのだと考えていた。

 だからこそ、いつしかアリーはこう思うようになった。

 

 このまま強くなっていけば、やがてかいとの横に堂々とたつことができ、誰にも邪魔されず「二人きり」でかいとの目標である魔王討伐を達成できるだろうと。

 

 しかし

 

 かいとの超級魔法もイリアの斬撃とその動きは、両親のそれを遥かに超えたものだった。

 アリーは事実を突きつけられた。

 

 

 

 このまま努力を続けても、一生かいとの横に並ぶことはできない、と。

 

 

 

 きっと、かいとは私を最後まで守ってくれるのだろう。

 そう約束してくれたのだから、かいとはそれを反故するなんてことはしないだろう。

 

 しかし、未来、かいとの横にいるのは果たして誰だろうか?

 

 かいとは、この旅で仲間を探すといった。

 そのうちの最有力候補の一人は、先ほどのイリアだ。

 女の自分から見ても、思わず見惚れるほどの見た目だ。

 そしてかいとの横に並ぶにふさわしいだけの力も持ち合わせている。

 

 もしイリアが仲間になったら、かいととイリアは共に力を合わせて旅を乗り越えていくのだろう。

 しかし、力のない私はそこにはいない……。今のように安全な場所で留守番だろう。

 そんな状況では、かいととイリア、二人の間に恋が芽生えることだって十分に考えられる。

 そうなったら、私はどんな顔をしてかいとに守られればいいのだろう?

 

 私は、かいとを愛している。

 それは紛れもない事実であり、この気持ちは大人になっても、お婆さんになっても、そして死ぬその時まで変わらない自信がある。

 

 想像してみる。

 自分の目の前で、かいととイリアが仲良くする姿を、抱き合う姿を、キスをする姿を。

 そして二人が暖かな家庭を築き、自分は寄生虫のようにかいとに守られ続ける姿を。

 

 

 

 ……いやだ。

 

 

 

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

 

 

 

 強烈な頭痛と吐き気が襲ってきた。

 体中が拒否反応するようにガタガタと震えているのが分かった。

 そんな未来になるならば、死んでしまったほうがましだと思えるほどに。

 

 ……力が欲しい。

 ……要は、かいとの横に並べるだけの力があればすべて解決するのだ。

 

 そうすれば、イリアなどという邪魔な存在は必要なくなる。

 イリアだけでない。ほかの存在はいらない。私とかいとだけでいいのだ。

 

 悪魔でもなんでもいい……何か力を手に入れる方法がないだろうか?

 

 

 

 そこで、ふと私は思い出す。

 

 

 

 

 そう言えば、最近読んだ魔術書にモンスターを体内に取り込むことによって強くなれるという記述があったような……。

 

 

 

 ……ほう?

 

 そのことを知っているのならば話が早い。

 

 私が手を貸してあげよう。

 

 ……魔女の子よ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

誤字脱字報告して頂いた方ありがとうございます<m(__)m>


 頭部から尾の先まで漆黒の鱗に覆われたカオスドラゴンがその巨大な翼を広げ、大空を舞う様は、まさに昔映画で見た怪獣そのものだ。

 両翼まで加えると、その大きさは実に50メートルを超え、巨大な城が迫ってくるような錯覚を覚える。

 カオスドラゴンは血色の目をこちらに向け、その大きな口を開き、灼熱のブレスを吐きつけてくる。

 天を焼き尽くしながら迫る炎の壁はこの世の終焉を彷彿させた。

 

 俺は魔力を集中させ、神がかり的な速さで超級の水魔法を完成させる。

 魔法の発動とともに目の前に直径20メートルほどの巨大な水柱が生み出され、迫りくる炎を迎えうつ。

 超高温の炎と膨大な魔力が込められた水がぶつかり合ったことによって大量の水蒸気が発生する中、水柱は体積を減らしつつも、その勢いを殺さず、カオスドラゴンに襲いかかる。

 カオスドラゴンは、よもやブレスを打ち消された上に反撃を食らうとは思わなかったのか、空中で大きく態勢を崩し、動揺しているのがわかる。

 これなら攻撃を食らわせれる、そう確信した。

 

 しかし

 

 その瞬間、右方から強烈な衝撃を受け、意識を逸らされたせいで水柱の軌道がずれ、カオスドラゴンに紙一重で避けられてしまった。

 自身の周りに展開させていた結界魔法によりダメージはなかったが、そのあまりの威力に結界魔法の三分の一程度が削られてしまった。

 衝撃を受けた方へ急いで振り向くと、そこには水蒸気を振り払いながらデーモンロードが二度目の攻撃を加えんと、巨大な拳を振り上げている姿が見えた。

 先ほどはどうも純粋に殴られただけのようだ、それであの威力か……。

 頭部には悪魔を象徴するような角が二本左右についており、黄色く光るその瞳は、こちらの命を奪わんと殺気に満ちている。

 人間の数倍の大きさのある人型のデーモンロードは、全身の赤色の皮膚の下に無駄のない隆々とした筋肉が備わっており、その筋肉が武器であり鎧でもあるとでも言わんばかりに装備は最低限であり、ボディービルダーが履くようなブーメランパンツを身に着けているだけである。

 しかし、そのパワーと俊敏性は本物で、こちらの目にもとまらぬ速さで攻撃を加えてくる。さらに厄介なのが、このデーモンロードは見た目にそぐわず、攻撃魔法も得意としており、多彩な攻撃でこちらを翻弄してくるのだ。

 

 デーモンロードの攻撃を回避するために風魔法の突風を利用し、自身を強制的にその場から離脱させ、ついでにあたりの水蒸気を吹き飛ばす。

 だが、こちらの動きを読んでいたように、避けた先にゴッドスライムにより唱えられた超級の炎球魔法が俺を待ち構えていた。

 ドロドロとした液状のモンスターであり、大きさが数十倍以上あること以外は、この世で最も弱いとされるスライムの見た目そのものである。

 しかしその基礎能力はまったく別の生命体そのものであり、超級魔法すら楽々と使いこなすその姿はまさにスライムの神である。

 俺は何とか土魔法を発動させ、大地を盛り上げ、壁にする形で炎球の一部を打ち消す。

 しかし、一瞬のことであり、超級まで至らず上級に留まった土魔法では、摂氏数千度以上を誇る超級の炎球を完全に打ち消すことはできず、大部分の威力を保持したまま直撃を受けてしまう。

 

 そして、その攻撃によって結界魔法が完全に破られてしまった。

 

 さらには、そのタイミングを示し合わせたように体勢を整えたカオスドラゴンの再びの灼熱のブレス、そしてデーモンロードが唱えた雷撃の上級魔法により、二方向から強烈な攻撃が迫ってくる。

 最早避けられるタイミングではなかった。

 せめての抵抗にできるだけ、結界魔法を展開しなおせるところまで展開しなおす。

 

 攻撃が命中した瞬間、あたりに轟音が響き渡る。

 

 ……まじで死ぬかと思った。

 

 火事場の馬鹿力のような原理なのか、あの一瞬でもそれなりの結界魔法を展開できていたらしく、思ったよりダメージは少なかった。

 が、それでもブレスによるものなのか、雷撃によるものなのかはわからないが、全身に鈍い痛みが走る。

 回復アイテムは持っているが、バカバカ無計画に使っているとあという間にアイテムがなくなるだろう。回復魔法が使えないのが本当に痛い。

 ここは何とか痛みを我慢して、追撃を避けるために急いでその場を離脱する。

 

 ……わかっていたけど、これは無理ゲーすぎるだろ。

 3体とも強すぎるんだが……。

 後、周囲に展開されている結界魔法もかなり厄介だ。モンスター側は結界の影響を受けないようだが、こちらはほんの半径10メートルほどの結界内のみの移動しか許されない。10秒もあれば結界を破れるだろうが、あの3体を前にそんな時間を使うのは自殺行為でしかない。

 とにかく今のままでは常にこちらが後手に回ってしまう。

 敵の3体は、常に連携をとってきており、攻撃面、防御面での両方でこちらを上回っており、このまま戦い続けてもこちらの負けは濃厚だろう。

 

 ……仕方ない、時間魔法を使うか。

 

 それは、これまで習得してきた魔法の中では一番習得するのに時間がかかったものである。この目で実際に蘇生魔法を見るまでは、この世で一番難しい魔法と思っていたほどだ。

 この魔法は名の通り時間の流れを操るこの魔法であり、俺の奥の手でもある。

 かなり強力な反面、魔力の消費量がかなり激しいというデメリットがある。

 今の俺では、この魔法だけを使用したとしても15分間が限界だろう。そこから攻撃魔法等も使っていくとなると、実際に使用できる時間は5分くらいしかないだろう。一応魔力回復アイムもあるので多少長期戦になろうが心配はないが、アリーが心配だ。

 相手の強さもなんとなくわかってきたし、あとは短期決戦を目指すだけだ。

 

 ゴッドスライムの風魔法によって生み出された無数のかまいたちを土魔法をうまく使いながら防ぎ、時間魔法を構築し発動させる。

 その瞬間俺自身に流れる時間の速さが変化し、周りの景色が先ほどまでの半分の速さで流れていく。今の俺は思考速度も肉体速度もすべてが倍速の状態になったのだ。

 ……さあて、ここから攻防逆転といこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (アリー視点)

 

 魔女の子

 

 確かにそう言った。

 私には、かいとがかけてくれた幻術魔法で黒髪の女の子に見えているはずだ。

 私も魔法を使えるようになってわかったが、この幻術魔法は普通の者には決して見破られないほどの高等な魔法だ。

 

 それを見破られたとなると……。

 

 バッと立ち上がり、あたりを確かめる。

 すると驚くべきごとに先ほどまで、雲に覆われていた空が晴れ渡っていた。

 そして今気づいたが、村中が歓喜の声で包まれていた。

 これは、かいとがうまく呪いを解除できたということなのだろう。

 しかし分かったのはそこまで。肝心の声の正体は見つからない。

 何が起きているか分からず、警戒しながらその場で身構えていると再び声がした。

 

 「そう警戒するな、魔女の子よ。私はお前の敵ではない。むしろお前の望みをかなえてやろうと言っているのだ。」

 

 ……望み?

 まさか、私が力を手に入れたいということを指している?

 警戒しつつも思わず声に耳を傾けてしまう。

 

 「……そうだ。お前は力が欲しいのだろう?」

 

 力は……欲しい。

 かいとに認められるだけの力を。

 本当に……くれるの?

 そう聞かざるを得なかった。

 

 「ふふふ、素直な者は好きだぞ。……あぁ、約束しよう。この力が手に入ればお前の大好きな者にも認められるだけの力を手に入れられるだろう。きっとお前だけを見てくれるだろう。」

 

 私だけを見てくれる……。

 あぁ、それはなんて素敵なことだろう。

 想像するだけで、胸が幸せなな気持ちであふれてくる。

 

 「そうだ、力さえあれば、お前の望む世界を掴めるのだ。……さあ、これを口にすればいいだけだ……。」

 

 いつの間にか、私の目の前には手のひらサイズの黒い球体が浮いていた。

 物凄い量の力を感じる。

 そして分かる。

 

 ……これは、魔物の魔力と生命力だ。

 

 私はそれを手に取る。

 不思議と感触はなく、重さも温度も何も感じなかった。

 

 これを体内に取り込めば……。

 魔術書にも書いてあった。魔物の魔力を取り込めば、莫大な力を手に入れられると……。

 

 ゴクリと、息を吞む。

 

 いつの間にか謎の声の正体に対する警戒心が無くなっていたが、アリー自身それには気づかない。

 アリーの目には、もはやこの妖しい黒い球体しか映っていなかった。

 

 その状態でしばらく動きのない時間が流れる。

 

 アリーは一度、黒い球体から目を離し、空を仰いだ。

 

 

 

 

 

  ……かいと、待っててね

 

 

 

 

 

 アリーは、そのまま視線を戻し、手に持った黒い球体を口に運んだ。

 味はなく、不思議と噛みもしないうちに、それはどろりと体内に吸い込まれるように、胃へと流れていった。

 

 ……これで力が手に入った?

 

 特に変化がなく、訝しげに思った瞬間だった

 

 

 

  

 

 ドクンッ

 

 

 

 

 

 

 私の中で何かが弾けた

 

 「あっ!? あ、あああああああああっ!!??」

 

 取り込んだ魔力が、想像を絶する魔力が、私の中で行き場を求めるように荒れ狂う。

 そのあまりにも破壊的で膨大な量に私の全身が悲鳴を上げている。

 全身が張り裂けるような激痛に襲われ、たまらず絶叫を上げ、その場に倒れ、地面の上をのたうち回る。

 さらにそんな私に追い打ちをかけるように、頭の中に何かが流れ込んでくる。

 

 

 

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 

 

 

 感じたことのないほどの破壊衝動が私の脳内を埋める。

 それ以外の感情を持つことを許さない、そう言われているようだった。

 頭が割れるように痛く、思わず頭を抱えるが破壊衝動は時間とともにどんどんと加速していく。

 しかし、それとともに体内で暴れていた魔力が行き場を見つけたように徐々に私が本来持っていた魔力に溶け込んでくる。

 それに伴い、体の痛みは引いていくが逆にそれが、意識を思考へ向ける余裕を作ってしまい、破壊衝動に飲み込まれるきっかけとなる。

 

 違う、そんなこと私は望んでない!

 ……私を、奪うなっ!

 

 頭を地面に何度も打ち付け、自分を支配せんとするこの破壊欲求を追い出そうとする。打ち付けるうちに傷ができたのだろう、額から大量の血が流れてきているが、構わず打ち付ける。

 しかし、現実は無常で徐々に自分という存在が侵食されていくのがわかる。

 

 

 

 ……かいと

 ……助けて

 

 

 

 

 気づけば私はそんなことを思っていた

 

 

 

 ……自分は何をしているのだろうか?

 力もなければ、欲求に目がくらみ自分を失いかけている。

 挙句の果てには、かいとに助けを乞うなんて……。 

 

 何かが私の中で崩れていくようだった。

 

 

 

 気づけば、私は暗闇の中にいた。

 

 

 

 何を抵抗している?

 お前が望んだ力を与えてやったというのに

 

 

 

 ……これが、望んだ力?

 

 

 

 ほら、ちょうどお前の邪魔者の一人が目の前に現れたぞ?

 早速、その力を振るう時が来たようだぞ?

 

 

 

 ……邪魔、者?

 

 

 

 気づけば、私の目の前から暗闇は無くなっていた。

 頭痛も全身を襲っていた痛みもいつの間にか無くなっていた。

 その変わり、体中からあふれる生命力と魔力が私を包んでいた。

 

 そして私の目の目に立ちはだかる存在が一人

 

 

 

 「……この魔力、貴様、人間に化けたモンスターか? いや、その目を見ればわかる。人々を苦しめるモンスターは私が斬る。」

 

  

 

 英雄の子であり、世界最強の美しい剣士

 そしてかいとが探し求める、勇者候補の一人

 

 イリア

 

 それは光り輝く剣を抜き去り、こちらにその剣先を向けてきていた。

 

 

 

 どうして私があいつに剣を向けられなければいけないの?

 ……やっぱりあいつは、私の邪魔な存在なんだ。

 

 

 

 邪魔なら排除しなくちゃいけないよね?

 

 

 

 そしたら、きっとかいとも褒めてくれるよね?

 

 

 

 見ててね、かいと?

 

 

 

 私強くなったよ?

 

 

 

 それをあいつを使って証明してみせるから……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

 陽の光が静かに照らす大地は、自然溢れる穏やかであった地から、切り刻まれ焼き尽くされたりと破壊の限りを尽くした凄惨なものへと変わり果てていた。

 何も事情を知らない人がこの光景を見れば、大規模な戦争でもあったかと考えるだろう、或いは地獄にでも迷い込んだと錯覚してしまうかもしれない。 

 

 その破壊の中心、魔物の中でも最上位の存在として知られ、人間に災厄として恐れられるデーモンロード、ゴッドスライムの”2体”の死体のすぐそばで仰向けに転がり、荒い息をつく人間がいた。

 

 「……はあっ……はぁっ!」

 

 ……な、なんとか勝てた。

 

 時間魔法という奥の手を使ってAランクモンスター3体に挑んだ俺だったが、予想以上の苦戦を強いられた。

 というのも、魔物側もまだすべての手の内をさらけ出したわけではなかったからだ。

 カオスドラゴンは、それまでよりもさらに一回り上の火力を用いた灼熱のブレスに加え、凍てつく冷気を伴ったブレスを吐きつけてきた。

 デーモンロードは肉体強化魔法により、それまで以上の威力とスピードを伴った攻撃をしかけてきた。

 ゴッドスライムに至っては超級レベルの攻撃魔法はもちろん、回復魔法まで使ってきたりと、倍速となった俺に匹敵するほどの強さを見せつけてきたのだ。

 結果、戦いはこちらの想像を上回るほど長期化し、激戦の末薄氷の勝利を掴んだというわけだ。

 そんな中でも嬉しい誤算もあったが、今はそれはいいだろう。

 

 回復アイテムはほとんどが底を尽き、膨大にあったはずの魔力はほとんどが枯れ果てた。

 魔物によるダメージと魔力切れによる極度の疲労が襲う中、俺は焦りに襲われていた。

 魔物と戦い始めて既に1時間以上は経過してしまった。

 それはこの状況を作り出し、さらにはAランククラスの魔物を召喚することができるほどの何者かがアリーの元へ行って1時間以上が経ったことを意味する。

 

 ……早く戻らないと。

 

 俺は、疲労と魔物からの攻撃によるダメージにより、満身創痍の体にむち打ち、無理やり上体を起こす。

 体力回復アイテムはないが、幸い魔力回復魔法を封じ込めた巻物が一つだけ残っている。俺は、その巻物を解き自身の魔力を回復させる。全快には程遠かったが、いくつかの魔法が使用できる程度には魔力が回復した。

 俺はそれからあたりに張られている結界魔法の解除に取り掛かる。

 魔物や魔法等は透過させ、俺という存在だけを阻むように構築されていたそれを解除するのに当初の見込みでは10秒もあれば十分だと思っていた。

 しかし予想以上に強固な結界だったらしく倍の20秒ほどかかってしまった。

 何者かははっきりわからないが、この結界魔法を使用した何者かは魔法の腕前も相当なものらしい。

 その正体が何かは非常に重要なことではあるが、今はそれを考えるよりもアリーの元へ帰らなければならない。すぐに意識を切り替え、瞬間転移魔法を使用する。

 

 

 

 ……アリー、無事でいてくれよ。

 

 

 

 心の中でそう強く祈りながら、魔法を発動させる。

 自身を中心に光り輝き、一瞬の浮遊感の後、すぐに光が収まる。

 そして目の前に映し出された光景は目を疑うものだった。

 

 

 

 アリーが、今まさにイリアに拳を振り下ろし、その命を奪わんとしていた。

 

 

 

 状況から見てアリーはイリアの剣で切り刻まれたのか、全身に無数の切り傷ができており、そこからとめどなく血が溢れていた。

 白かったワンピースもズダボロで血に染まり真っ赤になっており、足元には血溜まりができている。

 しかし、それだけのダメージを負っているにも関わらず、アリーは倒れることなく、自らの足で大地を踏みしめている。

 もちろん、それも異常な光景だったが真に異常だったのはアリー自身が纏う雰囲気だ。

 アリーの真っ赤な目はまっすぐにイリアを捉え、射殺さんとばかりに殺気に満ちているのだ。

 振り上げた拳は、どれだけの力で握りしめているのか、そこからも血が滴っている。

 

 一方、アリーと比較すると不自然なほどに無傷……いや、頬に僅かなかすり傷を一つつけただけのイリアは両膝を地につけ、胸を両手で抑え、苦悶に歪んだ表情を浮かべている。

 そのイリアは、せめてもの抵抗なのかアリーを睨み返している。

 

 

 

 「あははははははははははははは!」

 

 

 

 突然、狂ったような心の底から馬鹿にしたような不快な笑い声が響き渡る。

 アリーの発したものだった。

 相変わらず、イリアを殺意が込められた瞳で睨みながらもその口端は吊り上げられ、不気味としかいえない表情を浮かべていた。

 アリーは、そのまま振り上げた拳に力を込めて、振り下ろそうとする動きをとった。

 

 

 

 それを見て俺は咄嗟に魔法を唱えていた。

 

 

 

 

 

 (少し前)

 

 

 

 

 

 目の前に現れたイリアを前に、アリーは戦闘態勢をとる。

 アリーは意識を集中させ、肉体強化魔法を構築していく。

 自らを包む膨大な魔力により、見る見る魔法が完成していく。

 その魔法は、これまで習得していなかった上級レベルの領域にまで容易に到達した。

 これまで感じたことのないほどのパワーに、自分自身でさえ、驚きを隠せないが、それ以上にアリーは喜びに包まれていた。

 

 これでイリアを排除できる、と

 

 しかし、一方のイリアはそんなアリーを前に構えをとることもなく、無表情のままじっとアリーの戦闘態勢が整うのを見つめている。

 その余裕の態度はアリーを苛立つかせる。

 

 ……私ごとき、警戒に値しないってこと?

 

 両足に力を込め、怒りをぶつけるように地面が抉れるほどのスピードで地を蹴った。

 超速でイリアの背後に迫ったアリーの姿は、一般の人間からすれば目で追うことすら叶わなかっただろう。

 アリーはそのまま速度を利用した回し蹴りをイリアの後頭部めがけて繰り出す。

 イリアは、それを振り返ることもなく首を僅かに前に傾けることで避ける。

 アリーは、続けざまに二撃目の蹴り、三撃目と攻撃を叩き込んでいく。しかし、いずれもイリアは体を僅かに逸らすといった最小限の動きでそれを躱していく。

 そして四撃目を躱されたところで、イリアが反撃に出た。

 イリアは腰に装着された鞘から光輝く剣を抜刀し、受けていた攻撃を大きく上回るスピードでアリーの心臓へ正確に剣を振るう。

 カウンターを食らう形となったアリーだったが、研ぎ澄まされた動体視力により、ほぼ反射的に体をのけ反らせ、直撃を免れることに成功する。

 しかし、その剣先は、アリーが身にまとう白いワンピース、そして皮膚の浅い部分を切り裂く。

 

 っ!!??

 

 アリーはその場から飛びのき、20メートルほど後ろに着地する。

 顔を蒼くし、ワナワナと震えながら、恐る恐るといった形で自身がたった今切り裂かれた箇所に視線を移す。

 傷が痛かったのではない。

 そんなことはどうでもいい。

 問題は、かいとから貰った宝であるワンピースが斬られてしまったことだ。

 しかも、傷口から出てきた血によって白いワンピースが赤く染まっていく。

 その現実を理解し、体内の魔力がアリーの感情に呼応するように暴れ荒れていく。

 あまりの魔力量にコントロールを失った魔力がそのまま体外に放出され、黒い瘴気のようにアリーの体からゆらゆらと立ち上がる。

 そのあまりの禍々しさと濃度の濃い魔力に、逃げ遅れた村人の一部が気絶していく。

 

 

 

 ユ ル サ ナ イ

 

 

 

 殺意に満ちた目でイリアを睨みつけるアリーと、それを相変わらず何の感情も映さない表情で見つめ返すイリア。

 そのイリアの様子を見てさらに怒りを爆発させていくアリー。怒りに比例するように、どんどんと膨張していく魔力。

 とうとう、アリーを包む肉体強化魔法は上級の領域から超級の領域にまで到達する。

 アリーが再び、足に力を込め一気に駆け出す。その速度は先ほどとは比較にならないもので残像を残しながらイリアまでの距離を一秒にも満たない僅かな時間で詰める。

 今度は後ろに回り込まず、正面から突っ込み、そのまま拳を振るう。

 しかし、イリアはこのアリーの攻撃にも顔色を変えることなく、相変わらず最小限の動きで躱してきた。

 ほとんど理性を失っているアリーだったが、これには流石に驚愕してしまう。

 

 このっ、化け物め……、っ!?

 

 一瞬、こちらの動きが止まったことで、その隙をつかれイリアから反撃を食らう。

 冷ややかな感触が腹を走った直後、腹部に激痛が走り、思わず手で押さえる。

 そこからも血があふれ出てくる。

 そして、またも切り裂かれてしまったワンピースを見て、アリーの中で何かが弾け、反撃されることも恐れずイリアに襲い掛かるアリー。

 

 

 

 

 

 (???)

 

 イタの村から少し離れた丘の上、人気のないそこに立つ存在がいた。

 それは、アリーとイリアが戦いを繰り広げる様子を楽し気に観察していた。

 髪をしっかりと整え、細見だが、がっしりとした肉体をタキシードに包んだそれは、一見人間そのものだ。

 しかし額にある第三の目が、それが魔物であることを証明している。

 その魔物は、嗜虐的な笑みを浮かべながら

 

 「……くくく、あのアリーとかいう魔女、あっさりと’あれ’を口にしよったわ。'昔'から相変わらず魔女というのは単純な奴らだ。あれだけの才能があれば、順当に訓練していれば、十分に勇者候補級の力を手に入れられたであろうに、くくく。」

 

 何がおかしいのか、魔物は腹を抱え、必死に笑いをこらえている。

 この魔物こそが、イリアを策略にはめ、呪いの力を使い、かいともろとも殺そうとした元凶である。

 

 「イリアはかなり弱ってきているな。動きがかなり鈍くなってきている。まあ、それでもあの魔女では勝ち目は薄いだろうが。……ふ、まあいい。どっちが勝っても私には好都合だ。」

 

 元々、イリアを殺すために仕組んだこの状況。

 しかし、この魔物にとって人間の苦しむ姿を見ることは何ものにも代えがたい幸福であり、快感であるのだ。

 イリアの苦しむ姿は、この数か月間さんざん見てきた。殺した方がいいのは間違いないが、今この状況では、魔女がどうなるかについての方が興味の対象になっていた。

 魔女が死んだとき、あの魔法使いはどんな顔をするだろうか?

 逆に魔女がイリアを殺したとき、あの魔法使いはどんな顔をするだろうか?

 それを想像するだけで、涎がたれてきそうだ。

 妄想にふけるのはそれくらいにして、改めて視線をイタの村のほうへ向け、再び観察を開始した。

 その魔物はゆっくりと口を開き、

 

 「ふふふ、もっと頑張れよ魔女? おまえが口にしたのは、この魔王軍幹部『アシュラ』の半身なのだからな。」

 

 

 

 

 

 (遠い北の地) 

 

 窓とカーテンを閉め切った石造の手入れの行き届いた部屋に、ゆっくりと気品を感じさせる足取りで入ってくる者がいた。

 その者が暖炉に向けて手をかざすと、魔法により、薪に火が灯る。

 薄暗い部屋に、ほんのりとした暖かな明かりが行き渡ると、部屋に入ってきた者も光によってその全容が照らされる。

 その者は全身を黒いローブで包み、頭までフードですっぽり覆っていた。

 性別も判断できないその者の見た目は身長165センチくらいの細身だ。

 その者が自身に手をかざし、解除魔法を唱えると、途端に全身が光り輝き、部屋をまばゆい光が埋め尽くす。

 光が収まったそこにいたのは、先ほどより、二回りほど縮んだ高さ140センチほどの何者かだ。

その者は、ぶかぶかになってしまったフードを小さな白い手で、脱ぎ去る。

 

 フードの下から、ふわりとウェーブのかかったの艶のある'黒髪'が流れ出してきた。

 くりっとした尻目のおっとりとした印象を与える彼女は、嬉しそうに微笑みながらその小さな口を開き、

 

 「……今日も皆さんのお役に立つことができました。この調子でほかの勇者候補様のお役にも立たなければいけませんね。」

 

 ここで彼女はその幼い顔を曇らせ

 

 「しかし、イリア様は最近よくない噂を聞きますの心配ですね……。もう一人のサトウカイト様はどんな方でしょうか? 今のイリア様とサトウ様の位置情報とこちらの進行ペースだと会えるのは、二か月後くらいでしょうか? お二人とも優しい方だといいのですが……。」

 

 閉め切った窓のほうへ視線をやり、遠くの地を見るように、期待と不安が入り混じった顔でそう呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。