織田信奈の野望 相良では無く加藤が戦国時代に (皐月の王)
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加藤和正 戦国時代へ

ゆっくり見ていってください!


加藤和正、高校一年生はハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべていた。

 

「はぁ?どうなってんだよ、これ……」

 

自分がさっきまで居た自室とは異なる世界が目の前に広がっていた。

 

川沿いの草原に、槍や旗を持って叫んで、押し合いをしている……足軽?

その光景は、テレビやゲーム、漫画などで見たことのある光景だった。

 

「戦国の合戦か!?夢じゃねぇのか……?夢にしても、リアルすぎるつーか……ってて!夢じゃない……!」

 

自分の頬をつねって夢じゃないかを確かめた。目が覚めることはなく、頬の痛みがヒリヒリとする。訳は分からないが、合戦中とならば、旗を見て家紋を確かめる必要があるなと考えたが……そんな余裕は直ぐに無くなった。

 

和正の今の姿は学生服、言わいる学ランだ。その黒い服装。時代に不相応の服装に身を包んでいる和正は両軍の足軽から

 

「なんだぎゃ、あの格好は?」

 

「南蛮人か?」

 

「新手の敵だみゃ!」

 

と双方の足軽から勘違いされ、左右同時に襲いかかってきた。

 

「うお!?危ねぇ!!ちょっと待ってくれよ!俺は兵士じゃないぞ!ただの通りすがりだ!」

 

「みゃああ!!」

 

「だぎゃあああ!!」

 

「容赦ないかよ!仕方ねぇ!一発我慢してくれよ!」

 

突き出された槍を体を捻り避け、右手で槍の柄をつかみ思いっ切り引っ張る。引き寄せて顔面目掛け右拳を振り抜く

 

「んぎゃああ!!」

 

殴られた足軽は引き寄せられる勢いと、殴り抜けれる勢いで、威力を上手く殺すことが出来ず大きく後方に吹っ飛ぶ。その光景に、他の足軽は呆然する。その隙を見逃さず走り出す。人を殴った感触に歯を食いしばりながら。

 

「戦慣れしているおら達が追いつけないぎゃあ!逃げ足が速いみゃあ!!」

 

「速くなかったら困るわ!毎日鍛えて、新しいランニングシューズに変えたっていうにな!」

 

軽装と重装、そして元の足の速さも相まり、距離を離して何とか撒くとことに成功した。

 

「……ッはぁ!なんだって言うんだよ……こんなことがあるのかよ!」

 

苛立ち混じりに、石を蹴る。いきなり命を狙われるハメになるわ、自衛で人を殴るハメになる。和正からすると、最悪なことこの上ない。

 

「とりあえず、何処か安全な所に……」

 

再び歩き出した時。突如後ろから手で突き飛ばされる 。突然のことで何も言うことも出来ず、前のめりに倒れる。

 

「っ……!今度は……なん……だって……」

 

後ろを振り返り、自分を突き飛ばしたであろう人物をみた。目の前には、倒れている小柄な足軽が居た。

 

「お、おい!大丈夫か!?」

 

「……流れ弾に当たったみゃあ……運がなかったみゃあ」

 

「流れ弾って……今あんた俺を突き飛ばして……助けてくれたんじゃないか!」

 

目の前で人が死ぬ。ゲームとかなそう簡単に人は死なない。でも、こんなにあっけなく死ぬのが現実なのかと目の前の光景を見る。和正の顔色は青くなっていく。震えながら、道の脇、地蔵があったので、隣に寝かせる。

 

「そ、そうだ!おっさん名は?命の恩人なんだ。それくらい教えてくれ!」

 

「わ……わしは木下藤吉郎じゃ……さらば坊主……」

 

そして目の前の小柄な足軽の瞼はゆっくりと閉じる。

 

木下藤吉郎……後の羽柴秀吉、豊臣秀吉となる人物にして、加藤清正が仕えた人物だ

 

「死ぬな!おっさんが死んだら、日本の歴史がおかしくなる!だから」

 

慌てて何を言おうが、死んだ人は蘇らない。天下人になる筈の、日本の三英傑の一人、豊臣秀吉になるはずだった木下藤吉郎は無名の足軽のままひっそり死んでしまった。

 

学校で学んだ歴史、ゲームで見た歴史とは違う世界が目の前に広がって居る。未だ響く馬蹄の音と種子島の発砲音、足軽の叫び声。夢とは到底思えない現状、和正はどうするべきかを考えようとしていた。

 

何処かの村に紛れて、一生を無難に過ごす方がいいと思ったり、未来の道具を商人に売りつけてそれを元手にし商売人になるのもいいと思った。とりあえず戦場から脱出しないと行けない。

 

「そうか。木下氏が死んだか……南無阿弥陀仏、でござる」

 

「はい?」

 

背後で、幼い少女の声が響いた。振り返ると鎖帷子と忍者服で全身真っ黒の忍びが立っていた。その忍びは子猫のように華奢で、現代なら小学生中高学年くらいだろうか、と和正は思った。

口元はマスクに覆われていたが、目は露出している。瞳は東洋人とは思えないほど赤い瞳だった。

 

「拙者の名前は、蜂須賀五右衛門でござる。これより木下氏にかわり、ご主君におちゅかえするといたちゅ」

 

どうやら木下藤吉郎の仲間だった娘らしい。でも、今言ったのは和正にお仕えするという文言だ。

 

「仕えるのは勝手だけど、俺は無一文で、帰る場所も行く宛もないぞ?」

 

「織田家に士官すれば良いでござるよ。あそこは俸禄の支払いがいい」

 

「俸禄?……給料の事か……」

 

和正はもう他の道がないのかと、俯き考える。織田に士官するということは、足軽になり人を殺す事だ。現代人の加藤和正にとってはくるものがある。

 

「ご主君、名をなんと申す?」

 

ふと名を聞かれ、そう言えば名乗ってなかったなとこれまでの会話を思い返し名乗る。

 

「和正……加藤和正だ」

 

「加藤氏、髪の毛一本いただく」

 

五右衛門は、和正の頭から髪を一本引き抜くと、胸元から取り出した藁人形の中に詰め込み始めた。

 

「んだよそれは?呪うつもりか?」

 

「我が宿主になっていただく契約でござる」

 

「そう言う契約もあるのか……奇妙なだな……」

 

乾いた笑いを浮かべ、藤吉郎の亡骸を見る。自分を庇って死んだ偉大な人物になる筈だった、自分の先祖に関わる重要な人物……藤吉郎という未来の英雄を欠いた織田家のこれからの運命がどうなるかなんて、和正には分からない。和正が知る歴史は変わってしまった。それだけは事実だ。

 

「加藤氏、合戦まだ続いているでござる。織田家の旗竿を持って槍働きするが良い」

 

「……こんな事のために……俺は今まで鍛えてきたわけじゃねぇ」

 

ボソリと呟き、拳を硬く握る。藤吉郎の亡骸から刀を手に取り、ベルトの間に挟む。

 

「けど、五右衛門達を食わして行くには、これしかないか」

 

少し遠くの合戦の声、音を聞きながら静かに覚悟を決める。

 

「五右衛門。これから宜しくな」

 

「勿論でござる。加藤氏ご武運を!」

 

五右衛門は木の葉を巻き上がらせると同時に何処へと消えていた。

 

「たく、とんでもない事になった……でもやるしかない。ふぅ…加藤和正……!行くぞ……!」

 

加藤和正の戦国での戦いが今始まる。

 

 

 

 



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織田の大将と池の迷信

突撃する前に、足軽の亡骸から、旗と槍を貰い受け走り出す。

 

藤吉郎を殺した敵であろうと、憎しみのない敵を殺すことは出来ない。だから、対峙した敵を失神させていく。

 

来る敵を槍で薙ぎ払い、敵が繰り出してくる槍や刀は、紙一重で避けたり、槍の柄で受け流したりして、右拳を顔面に叩き込んでいた。

 

だがいくら鍛えていて卓越した技術を持とうとも、初めての戦場 初めての殺し合いは、精神的に疲労を加速させて行った。それでも歯を食いしばり、敵を殺さずに無力化させて行く。そんなのが小一時間、状況が変化する。戦況が織田軍に有利になったのだ。

 

「はぁ……はぁ……クソ!」

 

「皆の者!勇気を奮い起こせ、あとひと押しだ!」

 

軍馬に乗った鎧武者が、前線に来て味方を鼓舞するように叫びをあげた。

敵前線を崩す絶好の機会と見た、騎馬隊の突撃が始まる。

 

「足軽ども!誰か本陣へ戻り、ご主君をお守りせよ!」

 

他の足軽は、敵の首を一つでも取ろうと夢中で誰も本陣に引き返そうとしない。

 

(俺一人でも戻るしかないな)

 

指示通りに本陣に向かい走り出す。ふと騎馬隊を指揮する武者を仰ぎ見た。立派な鎧兜を身につけていたが、女の子だった

 

(……は?いや待て、何で女の子がこんなところにいるんだよ?)

 

ふと見て気になったが、それを気にしている余裕はない。槍を構えて織田軍の本陣にへと向かう。余程の乱戦だったのだろう、すでに大将を守る近衛兵達も前線に上がっているらしくがら空きだ。

 

さらにそのがら空きの本陣に今川方の決死隊の急襲。織田信長、絶対絶命の危機である。

 

(藤吉郎さんに続いて織田信長まで死んだら洒落にないぞ!間に合ってくれ!)

 

足に込める力を強め、さらに全力で走る。そして間一髪のタイミングで、大将の兜へと飛んできた槍を、自分の槍で叩き落とした。

 

(間一髪……!危ねぇな、でも間に合ったからよし!)

 

大将・信長と顔合わせしている暇なんてない。大将を守るために立ちはだかり叫ぶ。

 

「織田家に仕官するため、素浪人・加藤和正、ここに見参!!」

 

「新手の織田兵だ!」

 

「たった一人だぞ!先にやってしまえ!」

 

大将を討ち取る為には立ちはだかる和正を除かねばならない。今川兵はいっせいに和正に襲いかかる。

 

「来るなら来い!全員相手にしてやる!」

 

槍を構え迎え撃つ。本陣が狭く、敵は多いが、それだけで殺られる和正では無い。突き出される槍を最小で払い、蹴りを入れて一人を仰向けに倒す。

 

「こいつ、強者だ!」

 

「強いぞ!囲むしかないぞ!」

 

四方から突かれたら流石の和正も危ない。その時破裂音を立てながら足元から煙幕が広がる。

 

(五右衛門か!いい援護だ!)

 

五右衛門の仕業だと理解し、その煙幕を利用して敵を気絶させる。煙幕が晴れる頃には、攻めてきた敵は全員気絶して伸びていた。

 

(ふぅ……すっごい疲れたな……)

 

人を傷つけた嫌悪感で思いっきり気分を落として頭を抱える。そんなことをしていると、背後から馬が駆けてくる蹄の音が響いてきた。

 

「ご主君、今川軍は退却をはじめました!ご無事でしたか!」

 

さっき騎馬隊を率いて突撃していた勇ましい女の子武将だった。この時代の女の子はそんなにも勇猛なのかと見ていた和正。

 

「な、なんだ貴様はっ?あ、足軽の分際であたしをジロジロと!?」

 

「あ?あ、ああ。わりぃわりぃ、女の子なのに勇猛果敢に攻め込んでいたからな、何処から力が出てるのかなとな……」

 

「き、気安いぞ!手打ちに!」

 

「やめなさい、六!そいつは私の命を救ったんだから、褒美を挙げなきゃ」

 

「なんと、それはまことですか?」

 

「ええ。槍で刺されそうになったところを助けてもらったわ。槍術も並のものじゃなかったし、私もよく見えなかったけど、そいつは妙な術を使って今川勢をまとめて倒したわ」

 

「……そ、そうでしたか。ぎょ、御意」

 

そんな会話を聞きながら、それは五右衛門のおかげだと言いたいが、面倒くさい事になりそうだと内心に秘めた。後で褒めようと考えているところだ。

 

(取り敢えず士官するしかないよな。ここではいバイバイするわけに行かねえし)

 

「信長さま、ぜひこの俺を足軽として……」

 

言葉は続かなかった。顔を上げる前に、顔面めがけてわらじばきの足の裏が飛んできた。

 

「いっ!」

 

「はあ?誰よ、信長って?私の名前は、織田信奈よ。の・ぶ・な」

 

「は、はああああ!?」

 

「何よ何なのよあんたは? これから仕えようとしている大将の名前を間違えるなんて、バカじゃないの?」

 

和正は言われながら「確かに」と内心思った。事前に五右衛門に聞くと言う事も出来たかもしれない。だが、武将が女の子だなんて普通は思わないし、名前も変わってるなんてもっと思わない。

 

和正は踏まれながらも、大将の顔を見上げる。

 

茶色がかった髪は、でたらめな茶筅に結っていた。甲冑などは、着ていない。頬とおでこは煤で真っ黒。湯帷子を片袖脱ぎにし、腰に巻いたわら縄に、太刀と脇差を差し、火打ち袋とひょうたんをぶら下げ、そして腰と足に覆う袴の上に虎の皮を腰巻きのように巻いていた。

 

左肩にはやたら獰猛そうな鷹、右肩には種子島と言う鉄砲を担いでいた。

 

不良……、この時代だとかぶき者、尾張のうつけ者の衣装そのものだった。それ以上に女の子だ……

 

「わ、悪かった!名前を間違えても……悪かった!」

 

謝罪をして足をどけてもらう。踏まれた顔を袖で拭い一息つく。

 

「で、あんたの名前は?」

 

「加藤……。加藤和正、未来から来たただの高校生だ」

 

「はぁ?未来?こうこうせい?何言ってるのよあんた?」

 

自己紹介してしまったと思う和正だが、まぁ訂正するのが面倒だから聞かないことにしよう。

 

「姫様、この男無礼です。斬りましょう」

 

と軍馬から降りてきた女子武将が信奈に耳打ちした。

 

「六?確かに斬るのは簡単だけど、あいつは私の命を救ったそして腕前もそれなり以上にある。無用な戦で男手が欲しいところだもの」

 

「……ううむ。それもそうですね。確かに、今の姫さまに男手が必要です」

 

「それではこいつを連れて、今すぐ出立よ、六」

 

どうやら、何とかまとまったらしい。和正はこれから先見えない真っ暗さに頭を抱えたい気分だが、そういうわけもいないだろうなぁと思った。

 

信奈は馬に乗り、和正の首には縄がかけられていた

 

「なんだこれ?」

 

嫌な予感を感じながら、信奈の方を見ると同時に馬に乗った信奈に引きずられる

 

「ほら、走りなさい!あんたは走ってついてくるのよ!」

 

「ちょっと待て!何処の世界に首に縄つけて走らせる奴が居るんだ!ぐぐぐ、し、絞まる」

 

「全く口数が多い奴だ、斬りましょう」

 

ンな事で斬られるのは勘弁だ!叫びながら、並走した。人間の火事場の馬鹿力は馬鹿にできないんだなと、走りながら思った和正は案外余裕があるのかもしれない。

 

「今川軍が邪魔したせいで、すっかり遅れてしまったわね。ほらあんた、さっさと池の水汲み上げなさい」

 

「はぁ?」

 

肩で息をしている和正は、空を仰ぎながら呼吸を整えていた。

 

柴田勝家は、池の周辺に足軽を配置していた。村人が信奈に近づかないように警備しているのだろう。

 

「池の水を汲めってどういう事だよ。そのひょうたんにはもう飲水はねぇのかよ」

 

「まだあるわよ!ほら、ひょうたんを持ってみなさい。腰にぶら下げて歩くと、結構重いのよ」

 

「おうっ」

 

矢継ぎ早に顔面めがけて、水の入ったひょうたんを投げつけられた。それを和正は器用に全部受け取る。

 

「それ、一個でもなくしたら首を刎ねるわよ」

 

「俺の命はこのひょうたんより軽いのかよ」

 

ひょうたんを忌々しげに見ながら、信奈の顔を見る。

 

「ほらほら、とっとと水を汲むの!」

 

「汲み上げたら、足軽として雇ってもらうぜ?」

 

「ハイハイ。汲み上げたら、ね」

 

信奈からひしゃくを受け取り、靴と靴下を脱ぎズボンの裾をあげて、水を汲み出す。

 

「どのくらいすればいいんだ?」

 

「全部よ。池の底が見えるまで」

 

「ばっかじゃねぇのか!?こんなもんで汲み上げても終わんねぇよ!バケツ何杯分あると思ってんだよ!」

 

「はぁ?ばけつって何よ?いいからとっととやりなさいよ」

 

「なんの意味があってこれをやるんだよ!こんな無意味な作業させられたら頭がおかしくなるわ!」

 

「ふうん。あんた、本当にこの辺の者じゃないのね」

 

信奈は面白そうなものを見る目で、、椅子に腰をかけてひょうたんに唇をつけながら、説明し出す。

 

「この『おじゃが池』にはね、龍神が住み着いているって噂があるのよ。それで、これまで村人たちが池に人柱として乙女を沈めてきたわけ」

 

その話を聞いた和正は目に見えてその話に眉を顰める

 

「くだらない迷信を信じる村なんだな」

 

「まったくよ、神だの仏などなんているわけないのにね。そんなもの、人間の頭の中に住み着いているだけの気の迷い、要は幻よ」

 

「合理主義者だな」

 

戦国の話、ゲームで聞いて見ていたイメージ通りに思えてくる。

 

「まったく、世の中バカばっかりでイヤになっちゃう。ほら、六の隣に線の細い美少女が立ってるでしょ?あれが今年の生贄、人柱なわけ」

 

信奈の指さす先に、幸薄系ヒロインと言っても差し支え無い美少女が立っていた。和正は手を止めてその少女を見る。

 

「あの子が、今年の犠牲者か……勿体ないな……」

 

「そうよ。だから私が、この村の愚民どもに教えてやるのよ!池の底に龍神なんて棲んでいないってね。でも、そのためには池の水を全部汲み出す必要があるでしょ?けど、今川の連中に邪魔されたせいで、大勢の男手を使って汲みあげられたんだけど……」

 

「仕方ねぇな」

 

「あんたも、一人じゃ無理だろうしね」

 

流石に無理難題と分かっているから、やめるように信奈は声をかけようとした。しかし、和正から帰ってきた言葉は

 

「仕方ねぇから。俺一人でもやるか……」

 

そういい和正は再び手を動かす。

 

「ちょ!何を!」

 

「こんな下らない迷信のために死人が出るなんて馬鹿げてる。そんなの俺が否定してやる!」

 

無謀だが、和正はひしゃくで水を汲み出す。一人の少女が死ななくてもいいようにするため。

 

 

 

 

 



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美濃の蝮

もう二年三年ってマジっすか


作業を開始して何時間が経っただろうか?退屈していた五右衛門は土遁の術と水遁の術を駆使して、池の水の一部を川に流すと言う作業をやってくれたとはいえ、池の水の半ばは和正が己の腕でかきだした。日が落ちて、月が昇る頃、浅瀬と言うに相応しいほどに水はなくなっていた。

 

「すっごいわね……あんた……この根性、只者じゃないわ……」

 

信奈も思わず感心する。それほどの働きをしたのだ。池の水はそこが見えるほど少なくなると、そこに居たのは大きい鯉が数匹いた程度。滝を登れば龍になるかもしれないが、生憎とここは池であり、滝はないので鯉止まりだ。龍神はこの池に存在しないことが証明された。

 

「……はぁ……はぁ……疲れた…もうこんなことしたくねぇ……」

 

仰向けに倒れながらそんな事を呟く和正。意地になったのか、迷信で死ぬのが許せなかったのか、ただ和正はひゃしゃく一本と腕でなんとかしたのだ。

 

「みんな見たかしら?この鯉が、アンタ達が拝んできた龍神の正体よ!人柱なんてくだらない儀式は今後永久に禁止するわ!」

 

村人たちはどよめきながらも、驚いたや信奈様の言う通りだったと言って、それぞれの家に帰った。この試練を気合いだけで乗り越えた和正は

 

「よく頑張ったわね、和正。あんたに救われた娘が、直接お礼を言いたいそうよ。はい。連れてきたわ」

 

「本当にありがとうございました、加藤和正さま」

 

疲れ果て死にかけの和正は、取り敢えず体力回復に努めていた。直接お礼を言いに来たというのを聞き、上体を起こして話を聞く。

 

「私は今宵、婚約しているお方と祝言をあげます。本当にこのご恩は一生忘れません」

 

「祝言をあげるのか、そいつはめでたいな!俺も何とかしたかいがあったものだな」

 

「はい。本当にありがとうございました。織田の姫さまとあなたのおかげです。私、幸せです!今すぐあの方と祝言をあげます!」

 

「ああ、そうしたほうが……いい。掴んだ幸せ、絶対に離すじゃねえぞ!悔いにないように生きろよ!」

 

「はい!あなたが与えてくださった、ただ1度きりの人生、後悔のないように生きます!それでは、失礼します」

 

そう言うと、娘はその場を離れる。和正は祝言をあげると聞いて言葉だけだが、祝った。めでたい話だ、苦労したかいがあったと天を仰いだ。

 

「本当によかったわね!わたし、こんなふうに人に感謝される経験ってあんまりなかったのだけど、良いことしたあとって気分いいわね」

 

和正は内心「いや、あんたは何もしてないだろ……」と言いそうになったが、ぐっと飲み込み

 

「ああ、そうだな。すげー疲れたけど、すげー達成感あるな……」

 

「約束通り、あんたを足軽にしてあげるわ!感謝しなさい!取り敢えず、改めて名前聞くわ、名前は?」

 

「一応未来からきた、加藤和正。これからよろしくな、姫さま」

 

タメ口ではあるが、挨拶をする和正。

 

 

 

 

 

信奈一行は北への街道をゆるゆると行軍していた。

 

「どうしてあたしがお前の面倒を見なければならないんだ」

 

「仕方ねぇだろ?姫さまがそう言ったんだし。しかし、あいつも忙しいなぁ。合戦やって、村の龍神居ない証明してな……」

 

「お、お前なぁ!姫さまを『あいつ』呼ばわりとはなんだ、斬られたいのか?」

 

勝家は器用にも、乗っている馬の足で和正を蹴るが、意に返さない和正。

 

「なあ勝家。これからどこに行くんだよ?龍神退治の次は何を退治するんだよ」

 

「おい。このあたしをこんど呼び捨てにしたらその時は」

 

「うおっ!槍を向けるな!」

 

槍を手馴れた感じに避けていく和正。避けながら馬を引っ張る。それもそうだ、和正は元の時代では日本でも一二を争う槍術の使い手であり、剣術、体術も高い練度を誇っている。武の天才と言われているが、本人は努力もきっちりしてきたから、天才と言われても……という感じだ。

 

勝家はため息をつきながら

 

「まったく、馴れ馴れしい奴だ。われらは今より美濃の蝮に会いに行くんだ」

 

「美濃の蝮……ああ、斎藤道三か。じゃあ正徳寺にでも向かっているのか?」

 

「どうして正徳寺まで分かったんだ!?何処から得たんだ!」

 

勝家は驚き和正を問いただす。和正は興味なさげに答える。

 

「俺は未来から来たからな、歴史でもゲームでも重要な出来事だからな、覚えているんだよ」

 

「未来?また奇妙なことを……」

 

「信じたくないなら信じなくてもいいんだぜ?証明できるもんなんて、こんなもんしかないしな」

 

和正はそう言って、ポケットからiPhoneSEとタッチペン。そしてボールペンをポケットから出す。

 

「南蛮カラクリか?こんな板みたいなもんで何が出来るんだ?」

 

「遠くの奴と会話したり、計算したり、色々な」

 

和正はそう言い、それらをポケットに仕舞う。

 

そのあとも会話は続き、今回の会談の目的は妹を貰い受け、縁戚関係を結ぶこと、戦国時代の口約束は宛にならない、縁戚関係を結ぶことで正式な同盟が成立する。

 

この世界では姫大名というのがあり、第一子が姫であればその姫が家督を継ぐというものである。差異があるものの大体のところは、歴史の勉強やゲームで仕入れた知識と合致している。信奈は昨年亡くなった父親から家督を継いだばかりだと言う。

 

「せめて尾張の内側が信奈さまの下に一つになれば、対抗できるかもしれないけどさ……これがまとまってないんだよなぁ……はぁ」

 

「勝家。あんまり悩むと、目尻に小皺がよるぞ?」

 

「呼び捨てにするなとさっき言ったろう!あ、あたしは十八だ、目尻に小皺なんかよってないっ!」

 

ぶんぶんと馬上から槍を振り下ろしてくる。和正はそれを華麗に躱して行く。ムキになる勝家だが、ムキになるほど当たらない。

 

「取り敢えず、信奈が置かれている状況がヤバいと言うのが分かった。国内で揉め事しているもんな」

 

「うるさい。どうして姫さまの恥をこんなやつに漏らしてしまったんだ、あたしは………」

 

槍を向けながら両肩を落とす。なら喋らなければいいじゃねぇか、と和正は思った。

 

「そろそろ正徳寺に着くぞ。お前は信奈さまのもとへいけ。片時も目を離すなよっ」

 

勝家に言われた和正は「分かった」と頷き、信奈の方へ歩いていく。

 

「和正やっときたわね。ほら、ひょうたん持ってなさい」

 

「はいよ」

 

ひょうたんを受け取る和正。

 

「……姫さま、道三どのはすでに本堂へと到着されているとの由」

 

小姓らしき小柄な少女が、信奈に拝礼しながら報告した。和正は今日は小さいこと縁があるなぁと空を見上げながらふと思った。

 

「和正、あんたは足軽だから本堂に上がってきてはだめよ。犬千代と一緒に庭で侍ってなさい」

 

犬千代と呼ばれた小姓の少女がこくりと頷いた。

 

(……この女の子が、前田利家なのか……)

 

どう見ても幼女に近い少女である犬千代を見て、和正は頬を引き攣らせる。

 

「犬千代。蝮が妙なことをしようとしたら、即座に斬るのよ!」

 

「・・・・・・御意」

 

「いざと言う時は和正、貴方も道三を斬りなさい」

 

和正と犬千代にそう言った信奈は、犬千代に脱いだわらじを手渡し、本堂へと向かっていった。

 

(いよいよ歴史的にも有名な会談か……やべぇ少し震えてきやがった)

 

本堂では美濃の蝮・斎藤道三が自分の席に腰を下ろしていた。歴戦の戦国大名らしく堂々としている。だが、重大な会見だというのに軽い着流しの服装で現れて扇子をぱちぱちと開いたり閉じたりしているあたり、気の抜けっぷりが見て取れる。

 

それから約一時間が経つころ……

 

「美濃の蝮!待たせたわね!」

 

突然、信奈が本堂に姿を現す。道三は、口にしていたお茶を噴いた。和正は驚いていた。

 

(……へぇ……なんとまぁ)

 

「う……うおおおおおっ?な、な、な……なんていう……美少女っ!?」

 

道三が驚き、唸っている間に、信奈は優雅な足取りで本堂の中に進み、道三の正面へと腰を下ろした。

 

「わたしが織田信奈よ。幼名は吉だけど、あんたに吉と呼ばれたくないわね。美濃の蝮!」

 

「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ……」

 

道三は年甲斐もなく照れてしまい、まともに信奈の顔を見れてない。

 

「デアルカ」

 

女の子らしい声で信奈が言った。ひとしきり慌てた道三をしばし楽しんだ後、信奈の表情が引き締まる。

 

「蝮!今のわたしには、あんたの力が必要なの。わたしに義妹をくれるわね?」

 

始まるは信奈と道三の話し合いを和正は黙って見ている。これから仕えようという信奈の夢を見定める。

 

話は妙な方向に行き始めた。

 

途中までよかったのに、今は開戦するか!みたいな感じになっている。美濃を貰うという話が、美濃を盗ってやるになっていた。

 

「では、開戦か」

 

「望むところだわ」

 

和正は誰にも聞こえないように小さくため息をして。

 

「捻くれるの大概にしたらどうなんだ?斎藤道三ともあろうものが、美濃の未来が分からないわけじゃねぇだろ?」

 

和正がそのような事を口走るとは思ってもいなかったのか、信奈は固まり、道三は目を細める。

 

「和正!黙りなさい!」

 

「座興じゃ、言わせて見ようぞ」

 

信奈が一喝するが、道三がそれを制すし和正に向く。和正は立ち上がり道三に近づく。

 

「坊主。まことにワシが何を考えているか、わかるのか?」

 

「ああ、ここでの会見は有名な話だからな。覚えているんだよ」

 

「ふむ、しかし、デタラメを抜かせば、小僧であろうと我が小姓・十兵衛がそなたを斬るぞ」

 

「ああ、それでも構わねぇ」

 

「バカっ!詫びなさい!和正!」

 

和正は引く気は無い。ここで引くのなら最初から出張るつもりは無い。ここで道三を素直にさせないと、戦争になれば今の織田家じゃ勝てない。

 

「じゃあ言うぜ?道三、あんたはこのあと家臣達に『ワシの子供たちは、尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになる』てな。違うか?気づいてるんだろ?自分の子供では信奈に敗れて美濃を奪われることは!」

 

「和正!?あんた……あんたなんて言うことを!」

 

信奈の顔色が青くなる。

 

「なんと?」

 

道三の表情も凍りつく。道三が開戦の方向に持っていったのは最後に一戦交えて、有終の美を飾るつもりだったからだ。

 

「こ、小僧!貴様、我が心を読んだかっ? いかなる術を使ったっ?」

 

「術なんか使ってねぇ。ただ知っていただけだ。俺は未来から来た……それ故に知っているだけだ」

 

「未来――――そのようなことが……」

 

道三は黙り込む。和正はそのまま続ける。

 

「アンタは信奈に美濃を譲る。帰ったら『美濃譲り状』をしたためるつもりだ。現段階なら迷っているだろうが、聡明なアンタなら必ず書く」

 

「しかし!美濃の蝮として、信奈どのと潔く一戦交えたいというのも我が本心!」

 

「自らの夢まで捨てて有終の美を飾るつもりか!これまでの人生を無駄にしてまで!ここで譲れなきゃ今までの人生が全部無駄になる!それはアンタが一番分かっているはずだ!その夢も息子では無く、信奈じゃないと引き継げない!だが、ここまで意固地になってんのは……美濃の蝮ともあろうものが、お人好しぶりを見せるのが沽券に関わることを気にしてんだろ。老いたと笑われるから言い出せない。違うか?違うなら反論聞くぜ?」

 

道三はしばらく刀の柄に手を置いてわなないていたが、息を漏らして。

 

「……織田家に侍なしとは、謀られたのう。儂の完全な負けじゃのう」

 

「えっ?蝮?」

 

道三は苦笑しながら和正を見る。

 

「まさか……未来から来た男とはのう……」

 

「ああ、俺も驚いている。今から約460年先だ。そこでは、斎藤道三は戦国時代で名を残す程の人物だ。この時代が好きな奴は大抵アンタのこと知っている」

 

「ほほう、儂は後世まで名を残せたのじゃな。そなた名は?」

 

「加藤和正。今は主君織田信奈に使える足軽の一人だ」

 

「そうか、いい臣下を持っておるようじゃの。小僧!貴様のおかげで、この蝮、最後の最後に素直になることが出来たわい!儂の夢を信奈に……義娘に受け継いでもらう!」

 

信奈は道三と和正の顔を交互に睨みながら、唇をへの字に曲げた。

 

「この場で『譲り状』をしたためよう。儂はそなたに、我が娘に美濃を譲る。娘に美濃を譲るのは父として当然のこと」

 

「デアルカ……」

 

こうして道三は信奈に美濃の譲り状をしたためた。尾張と美濃の同盟はなり、美濃を譲る約束が取り付けられた。和正は外に出て段差に座り大きく息を吐いた。

 

「あ〜〜緊張したぁ……」

 

一歩間違えれば死。それがこの時代、そんな時代に投げ込まれた和正は帰る道を探す。帰る方法はこれから探すにしても、とりあえずは生きるために、信奈の夢に力を貸すかと空を見上げる。口は悪し、暴力的なところもあっていつ死ぬか分からないが、この時代じゃどこも一緒と思い笑う少年がそこには居た。

 

「いい拾い物をしたわね。蝮とも上手く行ったし……相応の手柄考えておかないと」

 

和正に聞こえない程度にそう言葉を漏らす信奈がそこには居た。

 

 

 

 

 



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