デジタルモンスター&東方Project (疾風のナイト)
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~電脳世界の黄金竜と幻想世界の幻想の賢者の対談~

タイトルのとおり、「デジタルモンスター」と「東方Project」のクロスオーバー小説です。
何かの序章っぽい形式にしています。
今回は大物同士の対話という形式にしています。


 全てが穢れなき純白で満たされた空間。そのような空間中において、無数の黄金色の粒子が神々しく煌めいている。

 この空間はありとあらゆるものが電子情報で構築された世界・デジタルワールドにおいて、神聖なる存在のみが立ち入ることが許される特別な空間でもあったのだ。

 そんな神聖な空間の中、1体の巨大なデジモンが佇んでいた。想像上の生物と伝えられている竜を彷彿とさせる容姿、逞しく発達している両の腕、威厳さえ感じられる黄金の身体を持ったデジモン。

 神々しくも力強い姿はまさしく黄金の竜と呼ぶに相応しい。このデジモンの名前はゴッドドラモンと言い、究極体の聖竜型デジモンである。

 そしてまた、このゴッドドラモンこそ、この純白と黄金の粒子で彩られている神聖なる空間の主人であり、さらにはデジタルワールドの守護者として崇められている存在でもあった。

「……」

 黙ったまま何かを眺めているゴッドドラモン。ゴッドドラモンの眺めているもの、それは下界のデジタルワールドの様子であった。

 今日もデジタルワールドの各地では、様々なデジモン達がそれぞれの生活を営んでいる。デジモン同士の多少の衝突こそあるものの、今日もデジタルワールドは一見平和とも言えた。

 だが、時としてデジタルワールドの平和を侵す者がいる。彼等は明確な悪意と邪な力を用いて、デジモン達をさらにはデジタルワールドを支配しようと企んできた。

 遥か昔より、デジタルワールドで激しく繰り返される光と闇の衝突。そうした最中、ゴッドドラモンは自らの意思でデジタルワールドを守ろうとする者達を支援することにより、直接的にではなく間接にこの世界の自由と平和を守ってきた。

 そう、デジタルワールドの平和はそこで暮らすデジモン達の手で守らなければならない。少なくとも、ゴッドドラモンはそうした信念を胸の中に抱いていた。

 まだまだ不安な要素は残っているものの、今日も平和なデジタルワールドの様子に満足しているゴッドドラモン。

 そうした時であった。どこからか、ゴッドドラモンの神聖なる空間に声が響き渡る。色っぽさと妖しさが入り混じった少女の声であった。

「お邪魔しますわ」

 それと同時に純白色の空間に切れ目が生じる。空間の切れ目から見えたもの、無数の禍々しい目玉であった。そして、空間の切れ目から何者かが姿を現した。

 空間の切れ目から現れた者、それは赤いリボンがついた帽子を被った上、気品の漂う紫色の衣装に身を包み、流れるような金色の長い髪が印象的な少女であった。

 だが、そのような外見とは裏腹に突然、ゴッドドラモンの前に現れた少女の周囲からは、形容し難い妖しげな気配が発せられている。

「お前は何者だ?」

 明らかに尋常ではない目の前の少女に対して、静かな口調で質問しているゴッドドラモン。

それと同時にそんなゴッドドラモンには、この空間に突然侵入してきた少女に対する警戒心があった。当然のことである。この空間は人間が立ち入ることは勿論、並大抵のデジモンが立ち入れるような場所ではないのだ。

「あら、失礼、私は八雲紫と申しますわ」

 ゴッドドラモンに向かって、自らを八雲紫と名乗った少女。話している口調こそ丁寧であるが、老獪めいた胡散臭さえ感じられる外見と同様、その言葉の真意を簡単には窺い知ることはできない。

 この時、ゴッドドラモンは察知する。目の前の八雲紫と言う女、一見すると、ただの少女にも見えるが、その正体は人間の姿を借りた別の何かである。

 しかも、このデジタルワールドにおいても、そうそうお目にかかることのない強大な力の持ち主である。

「それで八雲紫とやらこの私に何の用だ」

「今日は貴方に話があってこちらにお邪魔させて頂きました」

 決して警戒心を怠らず紫に尋ねるゴッドドラモン。一方、紫は胡散臭い雰囲気を醸し出したまま話をする。

「……話だと?」

「ええ、そうです」

 ゴッドドラモンの再度の問いに堂々と答える紫。その途端、紫の表情が変わる。それはまさしく真剣そのもので威厳さえ感じられた。

「私は幻想郷……貴方が暮らしているデジタルワールドとは別世界から来ました」

 そして、幻想郷について説明をする紫。紫からの説明によれば、幻想郷とはデジタルワールドは勿論、人間達が暮らしている現実世界とも隔離された世界であり、そこでは妖怪や妖精といった忘れ去られた存在=幻想化した存在が住んでいると言う。

 余談であるが、八雲紫自身もまた妖怪であり、幻想郷で暮らしている妖怪でも最古参の部類に入り、本人曰く境界を操る程度の能力を持っていると言う。そんな紫だからこそ、ゴッドドラモンの空間に立ち入ることができたのだ。

「以上が私達の楽園……幻想郷ですわ」

 そう言って話を終える紫。これまで沈黙を保っていたゴッドドラモン。そして、話が終わると同時にゴッドドラモンはゆっくりと口を開く。

「八雲紫、何故、お前がここに訪れる必要がある?全てが電子情報で構築されたデジタルワールド、忘れ去られた者達の楽園の幻想郷、それぞれの世界の法則が正常に働いていれば何の問題がある。」

 異世界から現れた紫に対して、さらなる説明を求めるゴッドドラモン。本来であれば、このデジタルワールドと幻想郷はそれぞれの営みができるはずだ。それなのに時空を跳躍してまで紫はデジタルワールドに干渉してくるのか。

「うふふふ……御冗談を。本当は貴方も分かっていらっしゃるのでしょう?」

 ゴッドドラモンの言葉に一向に動じない紫。それどころか、不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。だが、そんな紫の瞳は先程にも増して真剣味を帯びている。対するゴッドドラモンもじっと紫のことを見つめている。

「貴方達のデジタルワールドは電子情報で構築された世界……高度に情報ネットワークが進んだ社会では、情報はすぐに古くなって簡単に忘れ去られてしまうもの。その理はデジタルワールドにおいても例外ではない……」

 デジタルワールドの本質的な構造、デジタルワールドの核となる情報の性質、そして情報の哀れな末路を淡々とした調子で語る紫。

「……つまり、デジタルワールドで必要とされなくなった情報が幻想郷に流れ込み、最悪の場合、データの塊であるデジモンそのものが幻想郷に出現する可能性がある……そういうことだな?」

「ええ、そうです。現在はそうした事態にならないよう、博麗大結界の力で防いでいる状態ですが、私達だけの力だけでは限度があります。もしも現状を放置すれば、幻想郷に無数のデジモン達が侵入する可能性も十分にあります」

 人と妖怪が入り混じる幻想郷。そんな幻想郷に戦闘能力に特化したデジモンが出現すればどうなるか。

幻想郷の住民達とデジモンとの間で衝突が起こり、幻想郷全体に混乱が生じることは火を見るよりも明らかであった。

 それだけではなかった。デジタルワールドのデジモンが幻想郷に侵入することによって、両者の次元の境界が曖昧になり、最悪の場合、デジタルワールドと幻想郷の2つの世界が浸食し合う危険性さえあった。幻想郷に侵入したデジモンが強い力の持ち主であればあるほど、そうした危険性はより一層強まることになる。

 事実、強大な力を持ったデジモンが現実世界に出現した事例が何度かあった。幸いにも大事には至らなかったものの、1歩間違えれば現実世界が破滅する危険性さえもあった。

「どうか、お願いです。どうか、幻想郷に害が及ばぬよう、貴方様の力をお貸しください」

 懇願の言葉と共にゴッドドラモンに頭を下げる紫。今の光景を楽園の素敵な巫女と謳われる博麗麗夢、幻想郷の住民達が見れば誰もが驚くであろう。それほどまでに深刻な事態なのだ。

 そんな紫の姿を黙って見つめているゴッドドラモン。もしも、紫が矮小な自尊心の持ち主であれば、このような行為には及ばないだろう。人妖が入り混じる幻想郷の管理者として、幻想郷とその住人達に害が及ばぬよう、目先のプライドを捨てて助力を頼む。本当に誇り高き女性なのだとゴッドドラモンは思った。

 思い返してみてもそうだ。紫は自らこの空間内に足を運び、現状の危険性を説いた上、必死になって助力の懇願をしている。本当に自分の世界=幻想郷を愛していなければ、このようなことはできないだろう。今、ゴッドドラモンは八雲紫に対して大きな敬意を払っていた。

 そうであるならば、今のゴッドドラモンが成すべきこと、それは決まり切っていたことであった。

「分かった。お前の申し出、私も協力しよう」

「有り難うございます」

 淡々とした口調で決断を下すゴッドラモン。そんなゴッドラモンの決断に感謝の意を示す紫。今一度、深々とお辞儀をする紫。そんな紫の姿は紛うことなき誇り高き淑女そのものであった。

「それで具体的にどのようなことをすれば良い?」

 そうした中、ゴッドドラモンは紫に質問をする。紫に協力するにしても、どのような方法で幻想郷を守れば良いのか。

「簡単なことですわ。このデジタルワールドそのものに博麗大結界と同じ性質を持った結界を張れば良いのです」

 協力する方法についてゴッドドラモンに説明する紫。デジタルワールドの周囲に博麗大結界と同様の性質を持った結界を展開することによって、デジタルワールドそのものから情報が漏れ出すこと……デジタルワールドの情報の幻想入りを防ぐのである。

「いいだろう。それから、1つ聞きたいことがある」

「何でしょうか?」

「今、幻想郷は博麗大結界を張ることで外の世界から隔離されている状態と聞く。同様の結界をデジタルワールドに張ること……それは同時に2つの世界の絆も断つということか?」

 これから自分達の行おうとする行為について素朴な質問をするゴッドドラモン。デジタルワールドと幻想郷に結界を張れば、同時にお互いの世界を行き来することができなくなるからだ。

 そんなゴッドドラモンからの確信を突いた問いに対し、逆に紫はにこやかな表情で答えてみせる。

「そんなことはありませんわ。私達の幻想郷の住人の中にもデジタルワールドのことを知る者はおりますわ。その住人はまだ人間だった頃、当時のデジタルワールドに訪れたそうです」

 そう言った後、紫は1人の少女のことを語り始める。そんな紫の脳裏には元々は人間の少女でありながらも、見越入道と行動を共にした結果、入道使いとなった妖怪が思い起こされていた。

「そして現在、彼女はパートナーの見越入道と共に命蓮寺と言う寺で仏教の修行を積んでいますわ」

 さらに紫は言葉を続けている。妖怪となった少女はその後、仲間の妖怪達や師事するべき師匠と出会い、現在では命蓮寺と呼ばれている寺で仏教の修行を行っていることを告げる。

「思い出した……確か名は雲居一輪とか言ったな。」

 神にも等しい力の持ち主であるゴッドドラモンの記憶には、デジタルワールドで起こった出来事が記録されている。

 そのような中において、膨大なゴッドドラモンの記憶の中、紫の証言と一致する少女が該当したのだ。

 少女の名前は雲居一輪。今よりも遥か昔、一輪は相棒の見越入道・雲山とはぐれてしまった挙句、当時のデジタルワールドに迷い込んだ上、この世界を守るために戦ってくれたことがあった。

 確か、雲居一輪は新しい物好きであり、同時によく機転の利く子供であったとゴッドドラモンは記憶している。

 だが、その昔、デジタルワールドで活躍している少女が後に妖怪となり、今となっては幻想郷の住民になっているとは流石のゴッドドラモンも思いもしなかったことである。

「そういうことです。幻想郷とデジタルワールド……両者の絆は遥か昔から存在していたのです。そして、その絆はこれからも続いていくことになりますわ」

 全てを語った上、結論づけるように言う紫。紫の頼もしい一言にゴッドラモンも厳格な表情を僅かに緩ませる。

「ありがとう」

「うふふふ、それでは失礼します」

 そう言って素敵な笑みを浮かべる紫。そして、紫はこの空間内にスキマと呼ばれる空間の裂け目を発生させると、その中に入ることで幻想郷に戻っていった。そんな紫の去り際をゴッドドラモンはいつまでも見送っていた。

 この日を境にして、デジタルワールドから情報が漏れるのを防ぐため、ゴッドドラモンによる結界が張られることになった。お互いに結界で隔絶されたデジタルワールドと幻想郷。だが、これで2つの世界の絆が途切れたわけではない。2つの世界の絆はこれからも続いていくことになるだろう。

 

                                           了

 




補足

名前:ゴッドドラモン
種族:聖竜型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:究極体
必殺技:ゴッドフレイム
黄金色に煌めく身体を持った究極体の聖竜型デジモン。デジタルワールドの神聖デジモンの中でも高位の存在に位置しており、全身からは神々しいオーラが発せられている。左腕と右腕にそれぞれ龍のデジモンを隠し持っている。デジタルワールドから集めた気のエネルギーを一気に炸裂させる「ゴッドフレイム」

お世話になります。疾風のナイトです。
以前、別サイトで投稿したデジモンと東方のクロスオーバー小説です。
デジモンと東方ですが、意外にクロスオーバーが難しく、試行錯誤で創作していました。
それから、八雲紫がやたら献身的ですが、実はこの紫は「ツンデレクイーンが幻想入り」、「ヒュッケバインが幻想入り」に登場する八雲紫と同一人物だったりします。
さらに言えば、「ツンデレクイーンの幻想入り」、「ヒュッケバインが幻想入り」と今作は繋がっていたりします。但し、初見の方でも楽しめるように心がけているつもりです。
今作にはいくつか話がありますので、機会があれば、投稿していきたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いします!


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~電脳世界のハイカラ少女~

デジタルモンスターと東方Projectのクロスオーバー小説の第2弾です。
主役はまだ人間だった頃の雲居一輪で雲山と逸れた一輪がデジタルワールドに迷い込んだと言うお話です。話の展開は勧善懲悪風の昔話をイメージして書きました。人間だった頃の一輪であるため、本編とは言動が異なる点があります。恐らく色々な経験を積んで今の一輪に至っていると仮定しています。


 様々な本で埋められた本棚が立ち並ぶ書斎の中、小説家の高石岳は1つの書物と向き合っていた。かつて、幼い男の子は大勢の人々を楽しませる大人に成長していたのである。

 そんな岳が今、向き合っている書物、それは1帖の古びた巻物であった。その巻物には1人の人間の少女を中心に様々な怪物の絵が記されていた。

 岳が巻物の内容を読み込んでいる限り、まるで人間の少女の活躍を描いているようにも見える。

 古文書とも呼べる巻物の内容を黙ったまま眺めている岳。そうした最中、誰かが岳に話しかけてくる。

「岳、何を読んでいるの?」

 親しげな口調で岳に話しかけてきた者、それは大きな耳が四足歩行の哺乳動物の姿が特徴的なデジモンであった。そして、そのデジモンは耳をパタパタと動かすことで宙に浮いている。

 このデジモンの名前はパタモン、成長期のデジモンである。そして、目の前にいるパタモンは岳にとって、長い間、苦楽を共にしたパートナーデジモンでもあった。

「これかい?これは昔のデジタルワールドに関することが記された巻物さ」

 パタモンに巻物の内容について説明する岳。デジタルワールドについて研究している武之内晴彦教授と泉光子郎が同世界で見つけたものであった。

 この巻物はデジタルワールドにおいてもかなり古いものらしく、遥か昔のデジタルワールドを知る貴重な資料と成り得る可能性があった。そうなれば、巻物に描かれている怪物達の正体はデジモンであるということは言うまでもないことであった。

「巻物に描かれている女の子、何だか昔の僕達のようだね」

「……そうだね」

 パタモンの言葉に昔を懐かしむような様子で相槌を打つ岳。今、岳とパタモンの脳裏に昔の記憶が思い起こされる。それはデジタルワールドでの冒険の記憶、そして決して忘れることのできないかけがえのない思い出でもあった。

 果たして巻物の中で描かれている少女、この少女はデジタルワールドでどのような冒険をしてきたのだろう。岳とパタモンの想像力が掻き立てられる。

 だが、長い年月が経過した今では、巻物に描かれた少女とデジモン達について、知る手掛かりはこの巻物だけであった。

「うふふふ……そんなに知りたいのですか?」

 そんな時であった。岳達の背後から女性の声が聞こえてくる。反射的に背後を振り返る岳とパタモン。

 後ろを振り返った岳とパタモンの視界に入ってきた者、それは1人のそれは赤いリボンがついた帽子を被った上、気品の漂う紫色のドレスに身を包み、流れるような金色の長い髪が印象的な少女であった。

 そしてまた、岳とパラモンの目の前に突然、出現した少女であるが、美しい外見とは裏腹に只ならぬオーラを発していた。

「貴方は?」

「い、一体誰なの?」

 目の前の少女を見た瞬間、すぐさま身構える岳とパタモン。そんな彼等は目の前の少女が只者ではないことに気がついていた。

「申し遅れました。私は八雲紫と申します。以後、お見知りおきを」

 自らを八雲紫と名乗った少女。口調こそ丁寧であるものの、紫の真意を窺い知ることはできない。

「どうやってここに来た?それで何が目的だ?」

 単刀直入に紫に質問をする岳。どういう手段でこの書斎に入ってきたのか分からないが、紫がただの人間ではないことは明らかである。だからこそ、早急に紫の目的を知る必要があった。

「そこの巻き物……記されている内容が知りたいんでしょう?」

「何を突然……?」

「私が代わりに教えてあげますわ?」

「えっ……?」

 紫から告げられる一言。思わぬ一言に驚きの声を上げてしまう岳。パートナーと同様、傍にいるパタモンも驚きを隠せなかった。

「それじゃ、お話しましょうか……その巻物に記されている物語を」

 そう言った後、まるで子供に昔話を語るように話し始める紫。紫を完全に信用するわけではないが、巻物の内容を知るため、岳とパタモンはとりあえず紫の話に耳を傾けることにした。

 幻想の賢者・八雲紫の口から語られる物語、それは岳達の先人が古きデジタルワールドで歩んだ旅路の足跡であった。

 

 今より遥か昔の時代、質素な旅装束に身を包んだ少女が旅をしていた。少女の名前は一輪と言い、妖怪である見越入道の雲山と共に各地を転々としていた。

「雲山!雲山!どこにいるの!?」

 相方である雲山の名を呼ぶ一輪。だが、周囲に自身の呼び声が木霊するだけである。それどころか、雲山の気配すらも感じられない。

「はぁ……困ったわ」

 目の前の状況に困惑している一輪。雲山と逸れただけではない。これまで自分は雲山と一緒に山道を歩いていたはずだ。

 だが、今の一輪がいる場所はどうみても平野部である。気がつけば、一輪の視界には平野部が広がっていたのだ。

 一体自分の身に何が起こったのだろうか、いくら考えても答えが見つからない一輪。そのような時であった。何者かが一輪に話しかけてくる。

「ねぇ、どうしたの?」

 突然、話しかけられて反射的に視線を向ける一輪。その視線の先にいた者、全身を煙に包まれた人魂のような化物であった。少なくとも、この世の者ならざる者ではないことは間違いない。

「あ、貴方こそ誰よ?」

 逆に目の前の怪物に尋ね返す一輪。確かに目の前の怪物に対して、一時的に驚きはしたものの、こちらとて、見越入道の雲山と一緒に旅をしている身である。並大抵のことでは腰を抜かす一輪ではなかった。

「僕の名前はモクモン。この世界、デジタルワールドで暮らしているデジモンだよ」

 自身のことをデジモンと名乗るモクモンと言う怪物。そんなモクモンは幼年期のスモーク型デジモンである。

「デジタルワールド?それにデジモン?私には何のことだかさっぱりだわ。詳しく教えてくれない?」

「うん、いいよ」

 そう言った後、モクモンは一輪にデジタルワールドとデジモンについての説明を始める。対する一輪は1つでも多くの情報を得ようとモクモンの話に耳を傾ける。

 モクモンの話によれば、このデジタルワールドは情報が蓄積された結果、誕生した世界であると言う。そして、情報の塊とも呼べるデジタルモンスター(通称デジモン)であった。同時にデジタルワールドは人間達の暮らしている世界とは大きな壁を隔てて存在していると言う。

「デジタルワールドにデジモンかぁ……」

 独り呟くように言う一輪。モクモンの言っていることの全てを理解した訳ではないが、既に事情が事情だけに一輪自身はデジタルワールドの存在、その世界の住民であるデジモンの存在を受容していた。

「せっかくだから、僕の住んでいる場所でゆっくりしていきなよ」

「うん、お願い」

 モクモンの誘いに対して素直に応じる一輪。確かにデジモンは正体不明の存在だが、少なくとも、目の前のデジモンが信用できるかどうか、それを見抜く眼力ぐらいは持ち合わせていた。

 

 モクモンに連れられて一輪が辿り着いた場所。原始の時代の集落を思わせる場所であった。藁で編まれた質素な建物が寄り添うように並んでいる。

 すると、建物の中から1体のデジモンが出てくる。獏のような姿をしたデジモン、このデジモンの名前はバクモン、成長期の聖獣型デジモン。

「モクモン!」

「あ、バクモン。ただいま!」

「今までどこに行ってたんだ?心配したんだぞ?」

「うん、ごめんなさい……それよりもお客さんを連れてきたよ」

 バクモンにそう言った後、モクモンは後方にいる一輪の方に視線を移す。一輪の姿を見た途端、バクモンは一輪に会釈して挨拶をする。

「はじめまして、僕の名前はバクモン。ここの集落の住民です」

「私の名前は一輪、よろしくね」

「来てもらってこんなことは言い辛いのですが、僕達の集落の近くには悪魔が徘徊しています。だから、すぐにここから離れた方が良いですよ」

「悪魔?どういうこと?」

 一輪からの質問を受けて、即座に説明を始めるバクモン。バクモンの話によれば、バクモン達の集落に悪魔のデジモンが訪れては食料を奪って帰ってくるのだと言う。酷い時には集落の建物や畑を荒らす行為にも及ぶらしい。

「それで今日もあの悪魔のデジモンは来るの?」

「ああ、また食料を奪って行くだろう」

 お互いにそんな会話を交わした後、溜め息交じりに肩を落としているモクモンとバクモン。

 せっかくの食料が奪われてしまう。今、モクモンとバクモンはとても暗い表情をしている。そうした時、突然、モクモンとバクモンの周囲に怒鳴り声が響く。

「ちょっと!そんなので良いの?」

 思いもしていなかった怒鳴り声に驚いたため、モクモンとバクモンの2人は慌てて声がする方に視線を向ける。

 そんなモクモンとバクモンの視線の先に立っていた者、そこには握り拳に変えた両手を震わせている一輪の姿があった。

「い、一輪お姉ちゃん」

「急に何ですか?」

 思いもしなかった一輪の一言に驚きを隠せないモクモンとバクモン。だが一輪はそんな彼等に構うことなく言葉を続ける。

「確かに悪魔のデジモンのやってることは許せないけど、何時までも悪魔のデジモンに怯え続けている貴方達もおかしい。このままだと、ずっと良いようにされっぱなしよ」

 そう言った後、呼吸を荒くしている一輪。確かに弱い者いじめをしている悪魔のデジモンも許せなかったが、その影に怯えて言いなりになっているモクモンとバクモンの態度にも一輪は我慢ができなかったのだ。

「で、でも……」

「そうですよ。悪魔のデジモンの力は強大です。私達ではとても敵いません」

 何の事情も知ることもなく、怒りの感情を露わにしている一輪に向かって、必死になって反論しているモクモンとバクモン。

 時折、現れる悪魔のデジモンは恐ろしく強く、バクモンやモクモンの力では到底太刀打ちすることができない。そんな敵にどのようにして立ち向かえというのだ。

「私は何も真正面から戦えとは言っていないわ」

 モクモンとバクモンの反論に真っ向から立ち向かう一輪。確かに強い力を持つ悪魔のデジモンに正攻法で挑んでも勝つことは難しいだろう。

 だが、真正面から生真面目に力比べをするだけが戦いではない。そう、戦う方法はいくらでもあるのだ。

「じゃ、じゃあ……」

「何か方法があるというんですか?」

「勿論よ」

 モクモンとバクモンの問いに自信有り気な表情で答える一輪。こうして、一輪、モクモン、バクモンによる悪魔のデジモンに対する反抗作戦が始まった。

 

 バクモン達の集落付近。一輪とモクモンとバクモンの3人はそれぞれ、近くにある樹木に隠れて悪魔のデジモンが現れるのを待ち伏せていた。

 すると、1体のデジモンが我が物顔で歩いてくる。一輪、モクモン、バクモンの3人の間に緊張が走る。

 黒い身体、蝙蝠のような羽根、醜悪な顔のデジモン。このデジモンの名前はイビルモン、成熟期の小悪魔型デジモンである。

「あれが僕達の集落を荒らしている悪魔のデジモンですよ」

 小声で一輪に教えるバクモン。目の前のイビルモンこそがバクモン達の集落を荒らしている張本人であった。

「何て醜悪なデジモンなの」

 イビルモンに対して率直な感想を述べる一輪。この時、一輪は西洋で伝わる悪魔の概念を知らなかったが、醜悪なる悪魔の姿を模したイビルモンに強い不快感を覚えていた。

「それじゃあ行くわよ」

「うん」

「分かりました」

 一輪の言葉に頷いて返事をするモクモンとバクモン。こうして、一輪達によるイビルモンへの反抗作戦が開始されたのであった。

 相変わらず我が物顔で歩いているイビルモン。そんな時であった。イビルモンの周囲に異変が起こる。

「ん?何だこれ?」

 突然、イビルモンの前に煙が立ち込めてくる。やがて、煙は時間の経過と同時に濃さを増していき、イビルモンの視界は完全に遮られてしまう。

 急に立ち込めてきた煙に混乱するイビルモン。当然、イビルモンの足並みは乱れてしまう。その時であった。予想もしなかったことが起こる。

「うわあっ!」

 イビルモンが足を踏み入れた地面が陥没し、そのままイビルモンは落下していく。やがて、落下による衝撃がイビルモンを襲う。

「痛てぇっ!」

 思わずそう叫んでしまうイビルモン。どうやら、予め落とし穴が掘られており、落とし穴の罠に嵌ってしまったようだ。恐らくは集落に住むデジモン達の仕業だろう。

「この野郎!」

 怒り心頭のイビルモンは背中の翼を展開させて飛び上がる。何の問題もなく落とし穴から脱出して元の場所に戻る。

「絶対に許さねえ!!」

 完全に頭に血が上っているイビルモン。だが、この時、イビルモンは気がついていなかった。怒りで我を忘れて冷静な判断をすることができない状況となっていた。

「どうやら上手くいったようね」

「うん」

 一輪の呼びかけに対して、頷いて返事をするモクモン。モクモンが発生させた煙で相手の視界を眩ませた上、予め掘っておいた落とし穴に落とす。これが一輪、モクモン、バクモンが立てたイビルモン撃退作戦の第1弾であった。

「でも、これで本当にイビルモンを追い払うことができるんですか?」

 そう言って口を噤むバクモン。果たして本当にイビルモンを追い払うことができるのか、バクモンは心配で仕方がなかったのだ。

「大丈夫、問題ないわ」

 バクモンの懸念に対して我に策ありといった表情で答える一輪。実際に一輪、モクモン、バクモンの立てた撃退作戦はこれだけではなかった。

「うおおおおおおおおお!!」

 苛立ちを発散させるために周囲に怒鳴り散らすイビルモン。そんなイビルモンの目の前にバクモンが現れる。

「てめえ!よくもなめた真似をしやがったな」

 親の仇を見つけたような目つきでバクモンを睨みつけるイビルモン。今にでも襲い掛からんばかりの剣幕である。

「これ以上、お前の好きにはさせない」

 自身の中にある勇気を振り絞り、イビルモンにそう言い切るバクモン。このようにして、イビルモンと真正面から対峙することは初めてのことであった。

「しゃらくせえ!」

 そんな言葉と共にバクモンに襲い掛かろうとするイビルモン。その動きは野獣そのものであった。

「ナイトメアシンドローム」

 イビルモンが攻撃するよりも先にバクモンは必殺技を発動する。そして、バクモンは口から黒い煙のようなものを吐き出す。

「うん……?」

 バクモンの吐き出した黒い煙に包まれるイビルモン。そんなイビルモンの前には様々な幻惑が現れる。だが、イビルモンは幻覚等に耐性を持つデジモンであり、目の前に広がっている光景がバクモンの生み出したものであることを知っていた。

「無駄なんだよ!」

 そう言った途端、目の前の幻惑を打ち破るイビルモン。だが、この時、イビルモンは無防備な状態となっていた。

「痛っ!」

 次の瞬間、何かがイビルモンの顔面に命中する。そんなイビルモンの足元に転がっている物、それは掌に収まるほどの大きさを持つ石であった。そう、誰かがイビルモンに石を投げたのだ。

 だが、イビルモンに対する投石攻撃はこれだけではなかった。気がつけば、石が次々とイビルモンに向かって投げられてくる。

 バクモンが術でイビルモンの動きを止めている間、一輪とモクモンが石を投げて攻撃する。それが第2弾の作戦であった。

 厳しい戦いに対応するため、戦闘能力に特化しているデジモン。だが、デジモンといえども無敵の存在ではない。人間や他の動物達と同じように病気をすることもあれば、負傷することもあった。

「痛い!痛い!痛い!」

 一輪とモクモンの投石に苛まされているイビルモン。いつの間にか、バクモンも一輪達と同じように石を投げてきている。度重なる投石攻撃で徐々にイビルモンの体力が削がれていく。同時にイビルモン自身も惨めな気持ちになっていった。

「やめてくれ!やめてくれよ!!」

 声を大にして悲鳴を上げているイビルモン。そんなイビルモンの眼からは涙が流れていた。既にイビルモンは戦意を失っていた。

 泣いているイビルモンの姿を目の当たりにした途端、手に握り締めていた石を落とす一輪。既に一輪は攻撃することを放棄していた。

「何で止めちゃうの?」

「そうです。今のうちに徹底的にやっつけないと」

 突然、イビルモンへの攻撃を放棄した一輪に疑問を投げかけるモクモンとバクモン。ここで完膚なきまでに叩かなければ、こちら側が再び惨めな思いをすることになる。

「でも、これ以上、攻撃を続ければ、私達はあの悪魔と同じように弱い者いじめをしていることになるわ」

 そう言った後、一輪はイビルモンの方に視線を移す。既にこの戦いの勝敗は決している。これ以上の攻撃は戦いでも何でもない。ただの弱い者いじめだ。

「……」

「……」

 一輪の言葉を聞いて黙り込んでしまうモクモンとバクモン。確かに惨めな思いをするのは嫌であったが、それ以上にイビルモンのように弱い者を平然と踏みにじるような存在にはなりたくなかった。

 一体どうして良いのか分からないモクモンとバクモン。そうした最中、イビルモンの方にゆっくりと歩み寄る一輪。

「ちょっといい?」

「うん?何だよ!?」

 突然、一輪に話しかけられて驚きを隠せないイビルモン。同時にイビルモンは慌てて自身の涙を拭った。

「話は聞いたわ。貴方、今まで悪いことしてきたんだってね。ちゃんと彼等に謝って、もう悪さはしないと約束してくれる?」

 イビルモンに勧告する一輪。これまでの悪事の謝罪、これから悪事をしないという誓約、この2つで全てを終わらせようと考えていた。

「な、何で俺がそんなことしなけりゃいけないんだよ?」

 当然、一輪の勧告を拒否するイビルモン。何故、悪魔のデジモンである自分がこんなことをしなければならないのか。

「貴方が散々、好き勝手したせいで何人のデジモンが泣いたと思っているの!貴方はそれを少しでも顧みたことがあるの!?」

「っ!!?」

 本来であれば、非力な人間に過ぎないのだが、どういうわけか、一輪による一喝の迫力に気圧されるイビルモン。

 これはイビルモンの知らないことであるが、現実世界での一輪は妖怪入道の雲山を従えて各地を旅している少女である。並みの人間の少女とは色んな意味において一線を画していた。

「さあ、彼等に謝って……そして、もう悪さはしないって約束して」

 一輪はこれまでの働いてきた悪事の謝罪、これ以上の悪さをしない誓約をイビルモンに促す。そんなイビルモンの前にはモクモンとバクモンの姿があった。

「……悪かった。今まで迷惑をかけて悪かったよ。それに2度と悪さはしねぇ……」

 そう言った後、頭を下げてモクモンとバクモンに謝罪するイビルモン。それと同時に2度、彼等に迷惑をかけないことを誓う。

「そういうのなら」

「そうですね」

 イビルモンの謝罪と誓約を受容するモクモンとバクモン。これまでの悪さを謝り、誓うというのであれば、これ以上、イビルモンを恐れる理由がなかった。

 そして、一輪とデジモン達の間に穏やかな時間が訪れる。すると突然、一輪の身体が急に粒子化を始める。

「これは……一体どうなっているの?」

「そうか、もうお別れなんだね」

「一輪……今、貴方は元の世界に帰ろうとしているのです」

 驚きを禁じ得ない一輪に対して、事情を説明するモクモンとバクモン。恐らく、一輪の身体と心が元の世界に戻ろうとしているのだ。

「有り難う皆……。短い間だったけど、本当に有り難う」

 最後にデジモン達にお礼を言う一輪。その後、一輪の身体は完全に粒子化してしまう。それと同時に一輪の意識も深い闇の中に落ち込んでいった。

 このようにして、一輪のデジタルワールドにおける短くも刺激的な冒険は静かに幕を閉じたのであった。

 

 ……それから果てしない時間が流れた。

 

 ありとあらゆるものから隔絶され、人間と妖怪が共存している世界・幻想郷。そこに命蓮寺と呼ばれる寺がある。幻想郷の住民達からは、人間も妖怪も仏の前では皆平等であることを理念としている寺として知られていた。

 日の光が優しく差し込む寺の縁側、そこに1人の少女が腰を掛けて物思いに耽っていた。袈裟を着用して頭巾を被った少女、その少女の名前は雲居一輪、仏教を学んでいる妖怪であった。

 流れゆく雲の様子を眺めながら物思いに耽る一輪。すると、そんな一輪に誰かが話しかけてくる。

「あら一輪、こんな所で物思いですか?」

 名前を呼ばれた一輪が咄嗟に顔を向けると、そこには黒い衣に身を包んだ長い髪の女性が立っていた。女性の名前は聖白蓮、この命蓮寺の住職を務める僧侶であり、同時にこの寺で仏教を学んでいる一輪の師匠でもあった。

「貴方が物思いなんて珍しいですね」

 そう言った後、一輪の隣に腰を掛ける白蓮。白蓮は師匠として物思いに耽っている弟子のことが気になったのだ。

「何か悩みごとですか?」

「いえ、そうですではありません。少し昔のことを思い出していました」

「昔のこと……ですか」

「はい」

「もしよければ、私にも話して下さいませんか?」

 白蓮の一言に思わず黙り込んでしまう一輪。あらゆるものが電子情報で構築されたデジタルワールド、電子情報の塊とも呼べる怪物のデジモン、そんな世界でデジモンと一緒に冒険をしたこと、誰がこんな絵空事のような話を信じてくれようか。

「……それがどんな話であっても信じてくれますか?」

 やがて絞り出すように一輪は言う。目の前の師であれば、そして幻想郷であれば、人間だった頃の自分が経験した荒唐無稽な冒険を信じくれるかもしれないと考えたのだ。

「ええ、勿論よ」

 満面の笑みを浮かべて返事をする白蓮。そんな白蓮の姿を見てほっとする一輪。どうやら、一輪の心配は杞憂であったようだ。

「……あれは私が人間だった頃、雲山とはぐれて迷子になってしまった時のことです」

 やがて、ゆっくりと師匠である白蓮に語り始める一輪。それは現実世界、デジタルワールド、そして幻想郷、3つの世界を繋ぐ小さな物語であった。

 

                                  了




補足

名前:パタモン
種族:ホ乳類型デジモン
属性:データ
進化レベル:成長期
必殺技:エアショット
四足歩行の哺乳動物の外見と大きな耳が特徴的な成長期のホ乳型デジモン。大きな耳は翼として機能するため、宙に浮くこともできる。但し、その速度は非常に遅いため、実際には歩いた方が速い。必殺技は空気を吸い込んだ上、一気に吐き出して敵を攻撃する「エアショット」

名前:モクモン
種族:スモーク型デジモン
属性:なし
進化レベル:幼年期
必殺技:目くらましスモーク
全身が煙に覆われている幼年期のスモーク型デジモン。全身を覆っている煙はデジモンの中心核であるデジコアが燃焼することで発生したものである。必殺技は全身のスモークを操って敵の視界を塞ぐ「目くらましスモーク」

名前:バクモン
種族:聖獣型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:成長期
必殺技:ナイトメアシンドローム
想像上の生物の獏を彷彿とさせる姿をした成熟期の聖獣型デジモン。悪い夢やウイルスを取り込んだ上、良いものに変換するという能力を持っている。この神聖なる能力は前足に嵌め込まれたホーリーリングに起因すると言われている。必殺技は取り込んだ悪夢を一気に吐き出して敵を恐怖に陥れる「ナイトメアシンドローム」

名前:イビルモン
種族:小悪魔型デジモン
属性:ウイルス
進化レベル:成熟期
必殺技:ナイトメアショック
伝説や古い伝承で語られる悪魔のような姿をした成熟期の小悪魔型デジモン。悪魔系統のデジモンとしては位が低いため、上級の悪魔系デジモンの使い魔として使役されることが多い。性格がとても悪く同じ位の悪魔系デジモンと一緒に悪事を働くことが多い。必殺技は口から超音波を吐き出す「ナイトメアショック」


お世話になります。疾風のナイトです。
今回の話は一輪を主役にしたお話を投稿させていただきました。
以前から、古い時代の選ばれし子ども達はどんな冒険をしていたのだろうと思うことがありました。
そして、一輪が元々人間だったことを知った時、上手くいけばコラボできるかもと思って創作しました。
雲山に近いイメージとして、モクモンとバクモンに登場してもらいました。
また、敵役には意地悪なイメージのあるイビルモンにお願いしました。イビルモン、本当にゴメン。

これからも皆様に楽しい小説を提供していきたいと思います。


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~電脳世界の大蛇に囚われし巫女~

1人の少女が行方不明になった。一体どこに消えてしまったのか。
一方、デジタルワールドでは太古の眠りから目覚めたデジモンがいた。そのデジモンの名前はオロチモン。
行方不明になった少女を救うため、デジタルワールドを守るため、選ばれし子供達が立ち上がる。


 選ばれし子供達の1人、八神太一は家族と一緒に朝食を食べていた。そうした中、朝のニュース番組にチャンネルが設定されたテレビから新しいニュースが報道される。

「続いて新しいニュースです。昨日、某県在住の女の子が行方不明となりました」

 淡々とした口調で新しいニュースを報道するアナウンサー。さらにアナウンサーは視聴者に事件の詳細を報告する。

「行方不明になった少女の名前は東風谷早苗、年齢は14歳。家族からの証言によれば、彼女は昨夜から行方が分からないとのことです」

 アナウンサーの報道にさらに耳を傾ける太一。普段であれば、この手の報道は特に珍しくとも何ともないため、聞き流しているのだが、今回ばかりはいつもと違っていた。

「(何か嫌な予感がする……)」

 どうしてかは分からない。ただ、何かとてつもなく大きな事件の前触れのように嫌な予感がする。太一はそう感じていたのだ。

「お兄ちゃん、そろそろ急がないと朝練に間に合わなくなるよ」

 思考に耽っていた太一であったが、一緒に食事をしていた妹のヒカリの言葉で現実に戻る。ヒカリの言うとおり、そろそろ朝食を終えて家から出なければ、学校のクラブ活動の朝練習に間に合わなくなる可能性がある。

「ああ、そうだな」

 それだけ言うと急いで朝食を食べ終える太一。そして、太一は学校に登校する準備のために自分の部屋に向かった。

 

 身支度を終えて自宅のマンションを出た太一。太一はアスファルトで舗装された道を駆け抜け、自身の通っているお台場小学校に急ぐ。その時であった。

「太一……八神太一よ……」

 どこからか声が聞こえてくる。耳からというよりはむしろ頭の中に直接語りかけてきていると言っても過言ではない。

 次の瞬間、太一の視界は眩い閃光に包まれる。そのあまりの光量に思わず、目を瞑ってしまう太一。

 やがて、太一の目の前から光が消失する。視界が戻った太一の目の前に広がっていたもの、それは威圧感を漂わせる巨大な神社の社であった。格式のある神社なのだろうか、神社に使用されている木材は随分と年季が入っている。

「この神社……」

 そんな言葉と共に独り呟く太一。太一はこの神社に見覚えがあった。確か今朝のニュースで行方不明になった少女が暮らしていると言う神社だ。

「確か……この神社の名前は……」

「太一!」

「太一さん!」

 太一がそう言いかけた時であった。どこからか太一の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。同時に太一は自分を読んだ声の主のことをよく知っていた。

 声が聞こえてきた方向に顔を向ける太一。すると、そこには太一の方に駆け寄ってくる2人の少年の姿があった。

 1人は太一と同じぐらいの年齢で金髪と碧眼が特徴的な少年であり、もう1人は太一よりも背が低い小柄な少年であった。

「ヤマト!光子郎!」

 2人の少年の名を呼ぶ太一。金髪の少年の方は名前を石田ヤマトと言い、小柄の少年の方は名前を泉光子郎と言った。ヤマトと光子郎、彼等もまた太一と同じく選ばれし子供達の一員であった。

「ヤマト、光子郎、どうして、お前達がここにいるんだ?」

「それが俺にもさっぱり分からないんだ」

「急に声が聞こえたと思ったら、気がつけばここにいました」

 太一の質問にそう答えるヤマトと光子郎。太一と同様、ヤマトと光子郎もまた、それぞれの場所で謎の声が聞こえたかと思うと、いつの間にか神社の前に立っていたのだ。

 まるで狐に包まれた感覚の太一、ヤマト、光子郎。そんな彼等の疑問に答えるように何者かが話しかけてくる。

「どうやら、全員揃ったようだな」

 どこからか聞こえてくる女性の声。声そのものは若々しいものの、その背後には言い様のない威圧感と貫録を感じさせた。同時に太一達は今の声に聞き覚えがあった。

「(今の声は……)」

「(ああ、間違いない)」

「(僕達に語りかけた声)」

 それぞれの心の中でそう思う太一、ヤマト、光子郎。今、太一達を呼んだ声と先程の声、全く同じ声であったのだ。

 そして、太一とヤマトと光子郎の3人の前には、いつの間にか1人の女性が雄々しく立っていた。

 太一達の前に立っていた女性、年齢は18歳~21歳くらいであろうか、美しさの中に武人を思わせる雄々しい雰囲気を漂わせており、背中にはとぐろを巻いた蛇のような縄と大筒を思わせる何本かの金属の柱を背負っていた。

 目の前に出現した女性を前に表情を固くする太一、ヤマト、光子郎。女性の異形な格好は勿論のこと、周囲に漂わせている気配、人間のものでないことを太一達は感じ取っていた。

「ああ、君達、そんなに固くならなくても良いぞ」

 厳かな外見とは裏腹に気さくな態度で語りかけてくる女性。だが、正体が分からない以上、警戒を解くわけにはいかない。まず、手始めにヤマトが女性に挨拶をすることにした。

「俺は石田ヤマトと言います。貴方は?」

「私かい?私は八坂神奈子、この神社に祀られている神様さ」

 神奈子から告げられた言葉に質問をしたヤマト本人を始め、太一と光子郎は大きな衝撃を受ける。デジタルワールドで冒険を経験したことのある彼等であるが、まさか自分達の世界において神様と対面するとは思わなかったからだ。

「それで神様が僕達に何の御用件ですか?」

「実は身内が行方不明になっていてね。早苗って女の子なんだけど」

 光子郎の質問を聞いた途端、それまでの朗らかな表情から一転、険しい表情で神奈子は話を始める。

「まさか……東風谷早苗……」

 呟くように言う太一。確か今日の朝のニュースで行方不明になっていた女の子の名前も同じ早苗だったはずだ。

「太一、あんたが思っているとおりだよ。早苗は私に仕える巫女でね。こともあろうか、早苗を誘拐した不届き者がいるんだ。そこで君達に誘拐された早苗を助け出して欲しいんだ」

 太一達に事情を説明する神奈子。ニュースでは行方不明と報道されていたが、まさか誘拐事件とは思ってもみなかった。

「でも、何故、僕達に早苗さんの救出をお願いするんですか?」

 神奈子に自身が抱いている疑問を投げかける光子郎。神様である神奈子であれば、わざわざ自分達の手を借りずとも誘拐された早苗を救出することも可能だ。それなのに何故、自分達の力を必要としていのか。

「それがそうもいかないんだ。早苗がどこに連れ去られたかは既に分かっている。だけど、連れ去られた場所がちょっと特殊でね。デジタルワールドとか言う異世界にいるんだ」

 神奈子から告げられた一言に絶句する太一、ヤマト、光子郎。今回の誘拐事件にデジタルワールドが関わっているとは思わなかったからだ。

 さらに神奈子の話によれば、神奈子は人間の信仰を力の源としているため、全てが電子情報で構築されたデジタルワールドでは、その絶大な力を思うように出すことができないと言う。

「そこでデジタルワールドの救世主、選ばれし子供達のメンバーであるあんた達の力を借りたいというわけなのさ」

 何もかもお見通しの神奈子の言葉を黙って聞いている太一、ヤマト、光子郎。同時に彼等の中で覚悟が決まる。今回の誘拐事件にデジモンとデジタルワールドが関わっている。デジタルワールドの救世主・選ばれし子供達の一員として、彼等は今回の事件を黙って見過ごすわけにはいかなかった。

「僕達にできることであれば喜んで協力します」

「ああ、そうだとも」

「神様!今回のことは俺達に任せてくれ!」

 それぞれの形で返事をする光子郎、ヤマト、太一。太一達が快く承諾してくれたこともそうだが、何よりも選ばれし子供達の頼もしい姿に神奈子は思わず笑みを浮かべる。

「よく言った。それでこそ、選ばれし子供達じゃ」

 不意に後方から年老いた男性の声が聞こえてくる。太一達が視線を向けると、そこには小柄の糸目の老人が立っていた。そして、太一達は目の前の老人のことをよく知っていた。

 この男の名前はゲンナイ。一見すると、ただの老人にしか見えないが、デジタルワールドを維持するために活動している存在であった。

「今回の誘拐事件、この事件はデジモン、オロチモンの仕業によるものじゃ」

 選ばれし子供達に今回の誘拐事件の事実を告げるゲンナイ。東風谷早苗が誘拐されたのは1体のデジモンの仕業によるものであった。

「何だって?」

「それは本当か?」

「オロチモン?」

「ああ、そうじゃ」

 驚いている太一達に事情を説明するゲンナイ。ゲンナイの説明によれば、長い間、オロチモンと呼ばれる強大な力を持ったデジモンが地の底で眠っていた。そのオロチモンが最近、眠りから覚めて自身の力を蓄えるために現実世界の人間の少女を誘拐し、さらには生贄にしようとしているのだと言う。

「そうだったのか……」

 ゲンナイの説明を受けて納得がいった様子のヤマト。デジタルワールドのデジモンが悪さをしている以上、選ばれし子供達としては事態を放置しておくわけにはいかない。

「まるで伝説の怪物の八岐大蛇ですね」

 ゲンナイからの話を聞いて呟くように言う光子郎。そんなオロチモンの行為は日本の神話に登場する八岐大蛇を彷彿とさせた。

「だけど、どんな理由があろうと、女の子を誘拐するなんて許せるもんか!」

 怒りの感情を露わにしている太一。人一倍正義感の強い太一にとって、オロチモンの行為はとても許せるものではなかった。

「頼んだぞ、選ばれし子供達」

 太一、ヤマト、光子郎に後のことを託すゲンナイ。それと同時にゲンナイは選ばれし子供達の彼等ならば、オロチモンのことを鎮めてくれると信じていた。

「悪いけど早苗を頼んだよ」

 大切な早苗のことを選ばれし子供達に託す神奈子。その姿は我が子を心配する母親のようでもあった。

「おう!任せてくれ!」

「必ず助け出してみせるさ」

「ゲンナイさん、神奈子さん、行ってきます」

 それぞれ返事をする太一、ヤマト、光子郎。こうして、太一達はゲンナイと神奈子の協力の下、オロチモンに捕まっている早苗のいる場所に向かった。

 

 デジタルワールドに存在する某所。草木が好き放題に伸びている野原の中、小規模の古墳が無数に設置されている。ここは遥か昔、デジタルワールドの安定と調和のためにその身を捧げた眠る場所であった。古墳はそんな者達の墓でもあった。

 今、この場所に1人の人間の少女が連れ込まれていた。年に見合わず大人びた雰囲気、艶のある美しい翡翠色の長い髪、そして蛇と蛙の髪飾りが特徴的な少女。

 少女の名前は東風谷早苗。普通の女の子としての生活を営む一方、実家の神社で神に仕える者としての修行に励む少女であった。

 そんな早苗の前に聳え立つように鎮座しているデジモンがいる。それは8本の首を持った蛇のようなデジモンであり、日本神話に登場する怪物・八岐大蛇を彷彿とさせた。

 このデジモンの名前はオロチモン、完全体の魔竜型デジモンである。長い眠りから目が覚めて間がないオロチモン、オロチモンは自身の力を回復させるために早苗を現実世界から誘拐してきたのだ。

「あの……」

「ん?何だい?」

「これから私をどうするつもりなのですか?」

「あんたもよくよく馬鹿だね。決まっているだろう。あんたはこれから私の餌になるのさ」

 おどおどとした口調で質問する早苗に対して、さも、当然のように答えるオロチモン。太古からデジタルワールドの各地を荒らし回ってきたオロチモンにしてみれば、現実世界で神に仕える早苗の存在など都合の良い生贄に過ぎなかったのだ。

「(助けて……神奈子様、どうか私を助けて)」

 両手を合わせて祈る早苗。これまで巫女として仕えてきた神奈子。神奈子ならばきっと救いの手を差し伸べてくれるに違いない。早苗はそう確信していた。

「一体何をやってるんだい?こんなことをしても無駄だよ」

 真摯な早苗の祈りを嘲笑するオロチモン。所詮、儚い人間の祈りなど圧倒的な力の前には無力なのだ。

「それはどうかな?」

 その時、オロチモンの言葉に異を唱える者がいた。力強さと凛々しさに満ちた少年の声。

 すると、そこには太一とヤマトと光子郎が立っていた。そして、彼等の傍にはそれぞれのパートナーと思わるデジモンが立っていた。

「あんた達は誰だい?」

 選ばれし子供達とそのデジモン達に質問をするオロチモン。突然の闖入者に自分の企みを邪魔されてオロチモンは苛立ちを隠せないでいた。

「これ以上、お前の好きにはさせない!」

 そんな言葉と共に吠える太一。選ばれし子供達の一員として、太一はオロチモンの暴走を止めようとしていた。

「そうだ!これ以上、お前の好き勝手にはさせないぞ」

 太一の傍らにいるデジモンが言う。黄色の体色とは虫類のような外見が印象的なデジモン、このデジモンの名前はアグモンと言い、成長期のは虫類型デジモンである。

「大人しくその子を解放するんだ」

 オロチモンに勧告するヤマト。一見、冷徹に見えるヤマトの表情であるが、その闘志は太一達に負けないものがあった。

「そうだよ、早くこの女の子を解放するんだ」

 ヤマトの傍らにいるデジモンが言う。頭から伸びた1本の角と全身に被った毛皮が特徴的なデジモン、このデジモンの名前はガブモンと言い、成長期のは虫類型デジモンである。

「いい加減、大人しくして下さい」

 オロチモンを呼びかける光子郎。オロチモンがしようとしている行為は馬鹿げている。光子郎はそう考えていた。

「光子郎はんの言うとおりや。早くやめなはれ」

 光子郎の傍らにいるデジモンが言う。昆虫のテントウムシを彷彿とさせる姿をしたデジモン、このデジモンの名前はテントモンと言い、成長期の昆虫型デジモンである。

「ふん、若造が何を言ってるんだい!」

 選ばれし子供達とそのデジモン達を前にしても全く怯む様子のないオロチモン。その昔、各地で暴れ回ったオロチモンにしてみれば、選ばれし子供達とそのデジモン達など取るに足らない若輩であった。

「いくぜ、アグモン!」

「うん!」

「ガブモン!」

「分かってる!」

「行きますよ、テントモン」

「はいな」

 それぞれお互いに顔を見合わせて戦いへの覚悟を決める太一とアグモン、ヤマトとガブモン、光子郎とテントモン。そんな選ばれし子供達とデジモン達の覚悟に感応して、太一・ヤマト・光子郎のそれぞれが所有するデジヴァイスが光を発する。

「アグモン進化!グレイモン!!」

 太一のデジヴァイスからの神聖なる光を浴びて、成長期のアグモンはオレンジ色の大きな身体と固い角を持った恐竜型のデジモンに進化を遂げる。このデジモンの名前はグレイモン、成熟期の恐竜型デジモンである。

「ガブモン進化……ガルルモン!」

 ヤマトのデジヴァイスからの神聖なる光を浴びて、成長期のガブモンはシルバーブルーの毛皮を纏った狼のような獣型のデジモンに進化を遂げる。このデジモンの名前はガルルモン、成熟期の獣型デジモンである。

「テントモン進化、カブテリモン!!」

 光子郎のデジヴァイスからの神聖なる光を浴びて、成長期のテントモンは頭部が金属化した巨大なカブトムシを彷彿とさせるデジモンに進化を遂げる。このデジモンの名前はカブテリモン、成熟期の昆虫型デジモンである。

 オロチモンの前に立ち塞がるグレイモン、ガルルモン、カブテリモン。選ばれし子供達のデジモン達と太古より目を覚ました魔竜との戦闘が幕を開ける。

 先に動いたのはガルルモンであった。狼の特性を受け継いでいるガルルモンは自慢の機動力を活かしてオロチモンに突進する。

「フォックスファイヤー!」

 敵に可能な限り接近した後、口から青白い炎を吐き出すガルルモン。ガルルモンの炎は確実にオロチモンの首の1つを捉えていた。

「ふん、何だい。今の攻撃は?」

 首の1つを焼かれながらも平然としているオロチモン。ガルルモンの攻撃を受けた首、よくよく見ると火傷どころか煤さえも被ってはいなかった。

「な、何やて!?」

 思わず驚きの声を上げるカブテリモン。全身を蛇の鱗で覆われたオロチモン、その防御力はカブテリモン達が考えているよりも頑丈だったのだ。

「今度はこっちの番だよ」

 攻撃を防ぎ切った後、反撃に転じるオロチモン。オロチモンは巨大な尾を振うことにより、目の前にいるガルルモンを容赦なく打ちつける。

「うわあっ!」

 殴られた衝撃で後方に吹き飛ばされるガルルモン。そのままガルルモンは後方にいるグレイモンと激突してしまう。

「ぐわあっ!」

「うわあっ!」

 悲鳴と共にグレイモンとガルルモンは激しく衝突する。思いもしなかった形でお互いに傷つけ合ってしまうグレイモンとガルルモン。

「グレイモン!」

「ガルルモン!」

 それぞれのパートナーの名前を呼ぶ太一とヤマト。傷そのものは深くないものの、オロチモンの持っている力は相当なものであった。

「まだまだ、これからだよ!」

 そう言った後、カブテリモンに向けて噴霧状のブレスを吐き出すオロチモン。この攻撃は酒ブレスと呼ばれており、ブレスの中には高濃度のアルコールが多量に含まれている。

「ぐうううう!」

 オロチモンの酒ブレスに苦しめられるカブテリモン。ブレスの中に含まれた高濃度のアルコールにより、カブテリモンは自身の感覚を狂わされてしまう。

「カブテリモン、しっかりして下さい」

 パートナーの安否を気遣う光子郎。幸い生命に別条はないが、カブテリモンが正常な感覚を取り戻すまでには少し時間がかかるようだ。

「何て奴なんだ」

「攻撃力に防御力……想像以上だ」

「これが……太古のデジモンの力……」

 徐々に押されている戦況、そしてオロチモンの圧倒的な実力、それらを眼前にして呆然としている太一、ヤマト、光子郎。そんな時であった。

「諦めないで下さい」

 選ばれし子供達とそのデジモン達を応援する激励の声。太一達が声の聞こえた方に視線を向けると、そこには早苗の姿があった。

「貴方達は私を助けにきてくれました。これはきっと神奈子様がおかげだと思っています。ですから、皆さん、最後まで諦めないで!諦めなければ奇跡はきっと!」

 捕らわれの身でありながらも、懸命に太一・ヤマト・光子郎を諭す早苗。心の底から信じれば、行動すれば、奇跡は必ず起こる。早苗はそう信じていた。

「早苗の言うとおりだな」

「そうだ。俺達は」

「僕達の力で奇跡を起こすんです」

 早苗の激励で戦意を取り戻す太一、ヤマト、光子郎。それと同時に彼等の中で闘志の炎が今までにないほどに激しく燃え盛ってくる。そんなパートナー達に触発され、デジモン達の闘志もまた激しく燃え上がる。

「ふん、何を言っているんだかね」

 選ばれし子供達と早苗の主張を世迷言だと切り捨てるオロチモン。屈強な戦闘能力を持ったオロチモンにしてみれば、彼等の言っていることは弱い犬の遠吠えにしか聞こえなかったのだ。

「そんなものやってみなけりゃ分からないだろう!?」

「そうだ勝負はこれからだ!」

「……僕達は負けるわけにはいきません」

 今までにない強い口調で言い放つ太一、ヤマト、光子郎。それは同時にオロチモンに対する選ばれし子供達の勝利宣言でもあった。

「グレイモン!」

「太一!」

 太一の呼びかけに勇ましく応じるグレイモン。太一とグレイモン、彼等は自身の中に秘められた勇気の心を全開にする。そんな彼等の勇気の心に感応して太一のデジヴァイスがオレンジ色の煌めきを発する。

「グレイモン超進化!メタルグレイモン!!」

 デジヴァイスから発せられる太一の勇気の光を浴び、成熟期のグレイモンはさらなる姿に進化する。背中から羽根が伸びている上、身体の半分以上が機械化されたグレイモン。その名前はメタルグレイモン、グレイモンがサイボーグ化されることでパワーアップした完全体のサイボーグ型デジモンである。

「ガルルモン……」

「うん」

 ヤマトの呼びかけに落ち着いた様子で返事をするガルルモン。ヤマトとガルルモン、彼等は2人の間にある友情の心を解放する。そんな彼等の友情の心に感応してヤマトのデジヴァイスが青色の煌めきを発する。

「ガルルモン超進化……ワーガルルモン!」

 デジヴァイスから発せられるヤマトの勇気の光を浴び、成熟期のガルルモンはさらなる姿に進化する。二足歩行が可能となり、獣と人間の特性を併せ持ったガルルモン。その名前はワーガルルモン、ガルルモンが数多くの戦闘を重ねることでパワーアップした完全体の獣人型デジモンである。

「いきますよ」

「勿論でんがな」

 光子郎の呼びかけにいつもの調子で答えるカブテリモン。光子郎とカブテリモン、彼等は2人の間にある英知を1つに結集させる。そんな彼等の探究心に感応して光子郎のデジヴァイスが紫色の煌めきを発する。

「カブテリモン超進化!アトラーカブテリモン!」

 デジヴァイスから発せられる光子郎の知識の光を浴び、成熟期のカブテリモンはさらなる姿に進化する。全身をさらに重厚なる外殻で包み込んだカブテリモン。その名前はアトラーカブテリモン、カブテリモンが過酷な自然環境に適合することでパワーアップした完全体の昆虫型デジモンである。

 さらなる力を手にしてオロチモンの前に立ちはだかるメタルグレイモン、ワーガルルモン、アトラーカブテリモン。それは戦いの第2ラウンドの幕開けでもあった。

「ほう、少しはまともな格好になったじゃないか」

 自信満々な様子のオロチモン。遥か昔、デジタルワールドで大暴れしたことのあるオロチモン、若造のデジモン達に遅れを取るわけがないという自負があった。

「それじゃあ、覚悟は良いかい?」

 そう言った後、自身の尾を鋭い剣のような形状に変えるオロチモン。この技はアメノムラクモと呼ばれており、幾多の屈強のデジモンを葬ってきた得意技である。そして、オロチモンは選ばれし子供達に斬撃を浴びせようとする。

 次の瞬間、オロチモンの攻撃を察知して散開するメタルグレイモン、ワーガルルモン、アトラーカブテリモン。より高次のデジモンに進化したことにより、彼等の反射神経や機動力は今までと比較にならないほどに向上していた。

「何!?」

 自慢の攻撃を避けられて驚愕するオロチモン。オロチモンはメタルグレイモン達を若輩のデジモンだと思い込んで油断していた。だが、その油断が命取りとなった。

「皆、一斉攻撃だ」

「ああ!」

「はいな!」

 メタルグレイモンの呼びかけに力強く返事をするワーガルルモンとアトラーカブテリモン。最大火力による一転集中の攻撃、頑丈な外皮と老獪な戦闘経験を持ったオロチモンを倒すためにはそれしかない。

「ギガデストロイヤー!!」

 次の瞬間、メタルグレイモンの胸部ハッチが展開し、2門の発射口が姿を現したかと思うと、そこから有機体ミサイルが発射される。

「カイザーネイル!」

 両手の爪に自身のエネルギーを集中させるワーガルルモン。そして、ワーガルルモンはエネルギーが集まった両手の爪から強烈な斬撃を浴びせる。

「ホーンバスター!!」

 身体中のエネルギーを頭部の巨大な角に集中させるアトラーカブテリモン。そして、アトラーカブテリモンは角からエネルギー破を発射する。

 メタルグレイモンの有機体ミサイル、ワーガルルモンの斬撃、アトラーカブテリモンのエネルギー破、彼等の攻撃がオロチモンに向かって一斉に襲い掛かってくる。

「ふん、若造の攻撃なんか……」

 3体の完全体デジモンの攻撃を前にしても余裕の表情を崩さないオロチモン。確かにあれだけの攻撃を無傷で凌ぎ切ることは難しいが、この程度の攻撃を防ぐことぐらいわけなかった。

 その時、オロチモンは自身の身体に違和感を覚える。先程から防御の構えを取ろうとしているが、どういうわけか、まるで金縛りにでもあったように身体が動かないのだ。

「……」

 微かに声が聞こえてくる。身体が動かないため、オロチモンは目を向ける。すると、そこには早苗の姿があった。両手を合わせた上、瞳を閉じて何かの呪文を詠唱し続けている早苗。

「(まさか、あの小娘が私の動きを封じているとでもいうのかい?)」

 現状を理解するオロチモン。オロチモンの身体が動かない理由、それは早苗が巫女としての秘術を用いてオロチモンの動きを封じていたのだ。

 成す術もないまま選ばれし子供達のデジモン達の攻撃を正面から受けるオロチモン。その攻撃力は凄まじく、一瞬のうちにオロチモンは戦闘不能に追い込まれてしまう。

「うわああああああ」

 選ばれし子供達のデジモンの攻撃を正面から受けるオロチモン。幸い消滅こそ免れたものの、既にオロチモンには戦闘を継続するだけの力は残っていなかった。

 ゆっくりと歩みを進めるメタルグレイモン、ワーガルルモン、アトラーカブテリモン。ここで確実に倒しておかなければ、オロチモンはまた悪事を働くだろう。

「いけません!!」

 突然、戦場内に響いた叫び声。気がつけば、選ばれし子供達のデジモン達とオロチモンの間には早苗が立っていた。

「これ以上はいけません」

 身体を張ってメタルグレイモン、ワーガルルモン、アトラーカブテリモンを制止する早苗。そんな早苗の姿はオロチモンのことを庇っているようにも見えた。

「どうして止めるんだ?」

 早苗に質問するメタルグレイモン。何故、自分を誘拐した揚句、生贄にしようとした相手を庇うのか。質問をしたメタルグレイモンは勿論、その場にいる誰もがそう思わずにいられなかった。

「確かにオロチモンは私を生贄にするために誘拐しました。ですが、どんな理由があっても生命を奪って良いわけがありません。……それに私はこうして無事でいます。それだけで十分です」

 凛とした表情で自分自身の意見を主張する早苗。その姿はまるで気高い女神か姫君のようでもあり、威厳さえ感じられた。

「……」

 早苗の話を黙って聞いているオロチモン。本当に強い者とは早苗のように決して諦めず、誰かのために困難に立ち向かうことのできる者を言うのだろう。

そんな早苗に比べて自分はどうだろう。自身の欲望のままに力を振い、選ばれし子供達や早苗のことを嘲笑してきた。挙句の果てにはこのザマである。

「やれやれ負けたよ」

 呟くように言うオロチモン。当然、オロチモンの方にその場にいる全員の視線が注がれる。

「選ばれし子供達、東風谷早苗……私の完敗だよ……。そして、お前達に誓おう。もう金輪際、デジタルワールドで悪事を行わない」

 選ばれし子供達、パートナーデジモン達、そして早苗に対して宣言するオロチモン。思いもしなかったオロチモンの一言、その場にいる誰もが驚きを隠せなかった。

「信じて良いのですね?」

 オロチモンに対してそう尋ねる早苗。オロチモンに向けられた真っ直ぐな視線、早苗の表情は真剣そのものであった。

「ああ、信じて良いとも」

 早苗の問いにそう返答するオロチモン。同時にオロチモンは早苗をじっと見据える。そんなオロチモンの視線は真摯なものであった。

「分かりました」

 オロチモンの誓いを素直に受け入れる早苗。彼等の姿を選ばれし子供達とそのデジモン達は黙って見守っていた。

「それじゃ、さらばじゃ」

 そんな言葉と共にオロチモンは地面を掘っていくと同時にその中へと潜っていった。恐らくは今一度、地中の奥深くで長い眠りに就くのだろう。

 今、再び眠りに就いたオロチモン。その様子を選ばれし子供達、そのデジモン達、早苗は黙ったまま見守っていた。

 

 全てが終わり、早苗と対面する選ばれし子供達とそのデジモン達。選ばれし子供達の前には、自分達とそう年齢の変わらない少女が立っていた。

「私を助けに来てくれて本当に有り難うございました」

 そう言った後、お辞儀をして感謝の言葉を述べる早苗。その姿は慎ましくまさに神に仕える巫女と呼ぶに相応しい立ち振る舞いであった。

「まっ、無事で良かったな」

「ホントだね」

 そう言った後、にっこりと笑ってみせる太一とアグモン。早苗を無事に助け出すことができて太一とアグモンは満足していた。

「別に大したことじゃないさ」

「そうそう」

 普段と変わらない調子で返事をするヤマトとガブモン。だが、そんなヤマトとガブモンはどこか照れ臭そうにしていた。

「どういたしまして」

「これぐらいお安御用でっせ」

 それぞれ対照的な返事をする光子郎とテントモン。礼儀正しい早苗の姿に光子郎とテントモンは好感を抱いていた。

 このようにして、太古の荒ぶるデジモンから早苗を救出することに成功した選ばれし子供達とそのデジモン達。これもまた、選ばれし子供達とそのデジモン達の活躍の記録であった。

 

                                  了




補足

名前:アグモン
種族:は虫類型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:成長期
必殺技:ベビーフレイム
黄色い体色が特徴的な成長期のは虫類型デジモン。両手両足が発達しており、二足歩行が可能となっている。元気があり、さらに強いデジモンに進化する素質を持っている。必殺技は口から火の玉を吐き出す「ベビーフレイム」

名前:グレイモン
種族:恐竜型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:成熟期
必殺技:メガフレイム
黄色い恐竜のような姿をした成熟期の恐竜型デジモン。頭の部分が固い殻で覆われており、高い攻撃力と防御力を持っている。その他にも鋭い爪と牙を持っている。また知性も高いため集団戦を行うことも可能である。必殺技は口から高熱の火炎を吐き出して攻撃する「メガフレイム」

名前:メタルグレイモン
種族:サイボーグ型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:完全体
必殺技:ギガデストロイヤー
グレイモンがサイボーグ化された完全体のサイボーグ型デジモン。身体の半分以上が機械化されているため、強大な戦闘力を獲得しており、核弾頭に匹敵するとまで言われている。またグレイモンにはなかった飛翔能力も持っている。必殺技は胸のハッチから有機体系ミサイルを発射する「ギガデストロイヤー」

名前:ガブモン
種族:は虫類型デジモン
属性:データ
進化レベル:成長期
必殺技:プチファイヤー
頭から伸びた角が印象的なは虫類型デジモン。とても恥ずかしがり屋な性格であるらしく、青と白の縞模様の毛皮を全身に被っている。そのため、毛皮を剥ぎ取られそうになると抵抗する一面を見せる。必殺技は口から青白い火を吐き出す「プチファイヤー」

名前:ガルルモン
種族:獣型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル: 成熟期
必殺技:フォックスファイヤー
狼のような姿とシルバーブルーの毛皮が特徴的な成熟期の獣型デジモン。青と白銀模様の毛皮はとても頑丈であり、その硬さは伝説の金属であるミスリルと同等であると言われている。また、両肩から伸びている突起物は刃物のように鋭利である。必殺技は高熱の青い炎で敵を焼き尽くす「フォックスファイヤー」

名前:ワーガルルモン
種族:型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル: 獣人型デジモン
必殺技:カイザーネイル
ガルルモンの進化形である完全体の獣人型デジモン。四足歩行であったガルルモンに対して、獣人型デジモンであるために二足歩行が可能となっており、今まで以上に高い攻撃力と防御力を獲得した。同時に戦術性も習得している。必殺技は両手の鋭い爪から放たれる斬撃で敵を引き裂く「カイザーネイル」

名前:テントモン
種族:昆虫型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル: 成長期
必殺技:プチサンダー
テントウムシのような姿をした成長期の昆虫型デジモン。他の昆虫型デジモンと異なり、のんびり屋で気が優しく、花の匂いを嗅ぐことや木陰で昼寝をすることが好きである。必殺技は背中の羽根で静電気を増幅させて敵に攻撃する「プチサンダー」

名前:カブテリモン
種族:昆虫型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル: 成熟期
必殺技:メガブラスター
カブトムシを彷彿とさせる姿をした成熟期の昆虫型デジモン。身体全体が固い外殻で覆われており、特に頭部は金属化しているために高い防御力を持っている。同時に全身には強いパワーが秘められており、成熟期のデジモンの中でも強大な力を持っている。必殺技はエネルギー弾を生成して発射する「メガブラスター」

名前:アトラーカブテリモン
種族:型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル: 完全体
必殺技:ホーンバスター
カブテリモンの進化形に当たる完全体の昆虫型デジモン。全身がさらに固い外殻に覆われることにより、防御能力が格段に向上している。同時に四肢の付け根に筋肉状の部分が出現したことにより、格闘能力も大幅に上昇している。必殺技は頭部の大きな角を構えた上で敵に突撃をする「ホーンバスター」

名前:オロチモン
種族:魔竜型デジモン
属性:ウイルス
進化レベル:完全体
必殺技:アメノムラクモ
日本神話に登場する八岐大蛇を思わせる姿をした完全体の魔竜型デジモン。8本の頭部が存在するが、そのうち7本はカモフラージュであり、中央の黒い頭部が本体である。誕生は古く、古代に封印された存在である。必殺技は尻尾の先を鋭い剣に転化させて攻撃する「アメノムラクモ」

お世話になります。疾風のナイトです。
今回はデジタルワールドを舞台にして、デジモンと東方を本格コラボさせてみました。
東方からは東風谷早苗に出演してもらいました。一応、時系列的には幻想入りする前を想定しています。
一方、デジモンからは太一とアグモン、ヤマトとガブモン、光子郎とテントモンに出演してもらいました。
囚われたヒロインを救うため、活躍する熱血系、クール系、頭脳系のキャラといった感じにしました。
今回は東映アニメ祭りのイメージしています。話のまとまりを良くするため、登場キャラはあえて絞っています。出演させることができなくてごめんなさい。

最後に皆様に楽しんでいただけるよう、これからも頑張っていきたいと思います!


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~時間と空間に翻弄されし不死鳥~

時空の狭間に出現した謎のデジモン。黄金の不死鳥とも呼ぶべき姿をしたクロスモン。
このデジモンは一体何者なのか。
一方、幻想郷の迷いの竹林で生活する藤原妹紅。そんな妹紅の前に八雲紫が現れる。
幻想と電脳を結ぶ絆の物語がまた1つ語られる。


 全てが天然自然によって構築されている上、自然を基盤に文明を高度に発達させた人間が生活を営んでいる現実世界。そのような現実世界とは対照的にありとあらゆるものが電子情報で構築された世界・デジタルワールドが存在する。

 デジタルワールドのどこかに存在している空間。その最深部に空間の主であるゴッドドラモンは鎮座していた。ゴッドドラモンは今、デジタルワールドの各地域の様子を観察していた。どうやら、今日も問題はなさそうだ。

「ん?」

 この時、自身のいる空間に生じた異変を察知するゴッドドラモン。何者かがゴッドドラモンのいる空間に侵入しようとしているのだ。

 すると突然、黄金の粒子が舞う純白の空間に裂け目が生じる。純白の空間に生じた裂け目、空間の裂け目からは神聖なこの空間に似つかわしくない禍々しい無数の目玉が見えた。

 やがて、この禍々しい空間の裂け目から何者かが姿を現す。神聖なる空間に生じた禍々しい裂け目から現れた者、それは道士服に身を包んだ金色の長い髪の女性であった。

「八雲紫か……ここに何の用だ?」

 不思議な雰囲気を漂わせた女性の出現に対し、やや困惑気味の様子のゴッドドラモン。ゴッドドラモンはこの金色の髪の女性のことを知っていた。女性の名前は八雲紫、一見すると美しい人間の女性に見えるが、その正体は妖怪の賢者と呼ばれるスキマ妖怪である。

 なお、ゴッドドラモンが守護するデジタルワールド、八雲紫が管理している幻想郷、両者の間に相互不干渉を提唱したのも他ならぬ紫である。

「少しばかり、世間話がしたくてお邪魔させていただきました」

 そんな言葉と共に不適に笑ってみせる紫。そんな紫の笑みには胡散臭ささえ漂っていた。本心を見抜かれまいとする紫のいつもの癖である。

「デジタルワールド……しかも、この空間に入ってくるほどのことだ。世間話で済む話ではないだろう」

 前置きを抜きにして話を先に進めようとするゴッドドラモン。本来、不干渉を取り決めている幻想郷からの、しかも、幻想郷の管理者の直々の来訪。余程の事態が起こっていると言っても過言ではなかった。

「え~こほん、それじゃ本題に移らせていただきますわ」

 ゴッドドラモンの問いを聞いて軽く咳払いをする紫。その途端、紫の表情が一変する。いつもの胡散臭さは影を潜め、今までに真剣な表情をしている。そんな紫の姿は妖怪の賢者と呼ぶに相応しかった。

「実は先日、幻想郷周辺の巡視を行っていましたところ、私達で言うところの外の世界でもなければ、デジタルワールドでもない、ましてや我々の幻想郷でもない不思議な空間を見つけましたの」

「不思議な空間?」

「ええ……」

 ゴッドドラモンの質問に対し、不思議な空間についての詳細を説明する紫。紫の話によれば、幻想郷を保護している博麗大結界の巡視を行っていたところ、結界の近辺で謎の空間を発見したのだ。

「一応、調査は行いましたが、何とも不思議な空間でしたわ」

「それでその空間の何が問題なのだ?」

 単刀直入に空間の問題点を紫に聞くゴッドドラモン。もしも、紫が発見した空間に何の問題もなければ、わざわざ紫がゴッドドラモンのいる場所を訪ねてくるはずがなかった。

「ええ、私が発見した空間で1体の怪物を発見しましたの」

「怪物?」

「はい。しかも、その怪物、私が知っている情報と照合したところ、デジタルワールドのデジモンであることが判明しましたわ」

「何だと!?」

 紫の口から告げられる事実に驚きを隠せないゴッドドラモン。デジタルワールドでもない場所に何故、デジモンが存在しているのだろうか。しかし、紫の話はこれで終わらなかった。

「しかも、そのデジモンは私が見たところゴッドドラモン、貴方に匹敵する実力を持っていると考えられますわ。その上、そのデジモンがいる空間は極めて不安定、いつ破壊されてもおかしくない状況ですわ」

「もしも、そのような事態になれば……」

 神のような知識と演算能力で起こりうる未来事象を予測するゴッドドラモン。強大な力を持ったデジモンが今いる空間を破壊すれば、その余波が現実世界、デジタルワールド、幻想郷にも押し寄せることになるだろう。

 もしも、そんなことになれば、デジタルワールド、幻想郷、2つの世界の基点となっている現実世界、3つの世界に甚大な被害が発生する恐れがあった。

「そこでゴッドドラモン、お願いがあります。これから、我々はその空間に潜むデジモンを討伐しようと考えております。心苦しいですが、どうかお許しのほどを願いたいのです」

「許すも何もこれは非常事態だ。私も力を貸そう」

「いいえ、それには及びません。こちらが派遣するのは屈強の手練ですし、私も現場に立ち会うつもりですわ」

 そう言った後、ゴッドドラモンに深々とお辞儀をする紫。そして、紫は自身の目の前にスキマと呼ばれる空間の裂け目を発生させる。事態はゴッドドラモンが想定している以上に切迫しているようだ。

「もしも、何かあった時、連絡をさせていただきますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、それで構わない。十分に気をつけてくれ」

 ゴッドドラモンから承認を受けた後、自身が展開したスキマの中に入っていく紫。そんな紫の帰っていく様子を後方からゴッドドラモンは見守っていた。

 

 高度な文明を築いた人間が暮らす現実世界とは博麗大結界と呼ばれる強固な結界で隔離された幻想郷。そのような幻想郷はある意味において、デジタルワールドと対極的な世界とも言えた。

 そのような幻想郷に迷いの竹林と呼ばれる場所がある。迷いの竹林とはその名のとおり、人が足を踏み入れれば、方向を把握することができずに迷い込んでしまう竹林である。なお、そのような迷いの竹林には永遠亭と呼ばれる医療施設があると言われている。

 そうした性質を持つ迷いの竹林の中、1軒の古びた家があった。そんな家に1人の少女が住んでいた。

 家の主である少女の名前は藤原妹紅。普段は迷いの竹林で迷い込んだ人間の道案内をしている、そして今、妹紅は居間で昼寝をしていた。

「ふわあぁぁ~!」

 大きな欠伸をして布団の中から起き上がる妹紅。そして、起き上がった妹紅は床に敷いていた布団を片付ける。

 さて、これからどうしたものか、妹紅がそのようなことを考えている時であった。突然、妹紅の前に空間の裂け目が現れる。

「あら、御機嫌よう」

 スキマの中から現れた者、それは幻想郷の管理人である紫であった。

 すると、妹紅の目の前で正座を始める紫。そんな礼儀正しい紫を目の当たりにして、反射的に妹紅もその場で正座をしてしまう。

「貴方、これから何か予定はあるかしら?」

「別にないけれど?それがどうしたっていうのよ?」

 紫の問いに対して素直に答える妹紅。確かに今日は特にこれといって用事はない。

「貴方に頼みたいことがあるの?」

「頼みたいこと?」

「ええ、そう。貴方にある怪物を退治して欲しいの」

 単刀直入に話を切り出す紫。弾幕ごっこが制定される以前、妖怪を退治してきた妹紅であれば、戦闘に特化したデジモンにも対応することができるだろうと考えたのだ。

「このことを博麗の巫女は知っているの?」

「いいえ、知らないわ。そもそも、このことは霊夢が知るべきことではないもの」

「(霊夢に知らせないなんて、どういうつもりなの?)」

 紫の返答に引っかかりを覚える妹紅。博麗の巫女の博麗霊夢と言えば、博麗大結界を管理する重要人物である。大袈裟な言い方をすれば、霊夢は幻想郷においても必要不可欠な存在と呼んでも過言ではなかった。

 そもそも、妖怪退治や怪物退治の類は霊夢、もしくは守矢神社で風祝を務めている東風谷早苗の専門分野であった。しかし、紫は霊夢や早苗ではなく、あえて妹紅に怪物退治を依頼したのだ。

「分かったわ。その依頼、やってみるわ」

 紫からの依頼を受け入れる妹紅。八雲紫が一体何を企んでいるのか、その真意は分からない。だが、妖怪の賢者が直々に頼み込んでくることは余程の理由があるのだろう。紅妹は直感的にそう感じたのだ。

「ふふふ、有り難う。やっぱり、優しいのね」

 妹紅の心意気に感謝の意を述べる紫。立ち振る舞いこそ大仰で胡散臭さを感じさせるものの、感謝の言葉に込められた想いは極めて真摯なものであった。

「あまり時間をかけられないの。今から付いてきてくれる?」

「ええ」

 妹紅の承諾を得た後、紫は自身の片手を素早く掲げる。次の瞬間、紫と妹紅の目の前にはスキマと呼ばれる空間の裂け目が展開される。

「さあ、中に入って頂戴」

「分かったわ」

 紫に続いて妹紅もスキマの中に入る。このようにして、八雲紫と藤原妹紅は謎の怪物を討伐するために出陣するのであった。

 

 紫のスキマの中に入ってからどのぐらいの時間が経過したのだろうか。気がつけば、藤原妹紅の目の前には砂の海が広がっていた。

「見渡す限り砂だらけ……何とも殺風景な光景なの?」

 妹紅は口から目の前の光景に対する率直な第一印象を漏らす。何とも味気なく、無味乾燥の空間が広がっているだけと言っても過言ではなかった。

「ええ、貴方の言うとおりね」

 すぐ近くで聞き覚えのある声が聞こえてくる。気がつけば、妹紅のすぐ傍には紫の姿があった。

「ゆ、紫、どうして?」

 突然の紫の登場に驚きを隠せない妹紅。まさか、紫がここまで同行するとは思っていたからだ。

「私は幻想郷の管理人。そして、ここは幻想郷ではないわ。ここで怪物退治を貴方に依頼する以上、私には最初から最後まで立ち会う義務があるわ」

 意外そうな表情をしている妹紅に対し、母親が娘を諭すようにして語る紫。紫は幻想郷の管理者として、妹紅に依頼した仕事を見守る義務があると考えていたのだ。

「そうなの。でもま、私1人で十分なところを見せてあげるわ」

 紫に対して強気の発言をする妹紅。しかし、憎まれ口とは裏腹に妹紅は頼もしさを感じていた。

 しばらくの間、目の前に広がっている砂の海を行進している紅妹と紫。しかし、歩けど歩けども目の前に広がるものは砂の海である。一体どこまで続いているのだろうか。

「(本当にこんな場所に怪物なんているのかしら?)」

 本当にこんな何もない場所に怪物はいるのだろうか、次第に妹紅はそのような疑念を抱くようになる。そうした時であった。

「うっ!?」

「っ!?」

 突然、強烈な勢いで吹き付けてくる高温の突風、何とかして凌ぎ切る妹紅と紫。だが、並大抵の生物であれば、身体の水分が一気に蒸発してしまうほどの熱量である。

 気がつけば、目の前には1体の怪物の姿があった。妹紅と紫の前に出現した怪物、それは全身を黄金の鎧で身を固めた巨大な鳥であった。

「私の名前はクロスモン、お前達がこの空間に入り込んだ異物か?」

 自らをデジモンのクロスモンと名乗る黄金の巨鳥。このデジモンの名前はクロスモン、成長段階は究極体であり、サイボーグ型デジモンである。

「紫、あれが……?」

「ええ、そうよ」

 妹紅の質問にそう答える紫。どうやら、クロスモンと言う巨大な鳥の怪物を倒すこと、それこそが紫から与えられた自身の役目であることを妹紅は悟る。

「異物だか何だかよく分からないけど、急に攻撃を仕掛けてくるなんて良い度胸してるわ」

 そう言った後、すぐに身構える妹紅。妹紅には既にクロスモンとの戦闘を始める準備ができていた。

「むっ!やる気か……よかろう!来い!!」

 妹紅と同様、クロスモンもまた戦闘態勢を整える。こうして、不思議な空間の中、幻想郷の住人である藤原妹紅、デジタルワールドの怪物であるクロスモンの戦闘が開始されるのであった。

 

 開始された藤原妹紅とクロスモンとの戦闘。お互いに睨み合いによる鍔迫り合いを続けている両者。戦闘を見守っている紫もまた、妹紅とクロスモンの殺気を感じ取っていた。そうした最中、不意に紅妹の方が動いた。

「いくわよ!!」

 そう叫んだ瞬間、掌から無数の炎の弾を発射する妹紅。何も難しく考えることはない。思いっきりの攻撃を敵にぶつけて撃破すれば済むだけの話である。そして、妹紅がクロスモンに向かって発射した無数の炎の弾、それはまさしく華麗で美しく炎の弾幕と呼ぶに相応しかった。

「……」

 妹紅が発動した炎の弾幕を全身に受けるクロスモン。そんなクロスモンの姿はまるで妹紅の攻撃を真正面から受けて立つと言わんばかりの態度であった。

「……」

 黙ったまま様子を見守っている妹紅。妹紅はクロスモンの行動に違和感を覚えていた。クロスモンほどの機動力の持ち主であれば、回避行動を行うことはできたはずだからだ。

 その後、妹紅の炎の弾がクロスモンに着弾した瞬間、大規模な爆発が起こった上、同時に周囲からは煙が発生する。

「この程度か?」

 やがて、爆炎と煙が消失していく中で何者かが現れる。爆炎と煙の中から姿を現した者、それは妹紅の攻撃を耐え抜いたクロスモンであった。しかも、クロスモンの身体は全く無傷の状態であった。

「な、何て奴なの!?」

 炎の弾幕が効かなかったことに驚く妹紅。この時、妹紅は何故、紫が自分を指名した理由を悟った。現在の幻想郷ではスペルカードルールによる弾幕ごっこが定着しており、人と妖の間で争いが生じた際の解決手段として用いられている。

 だが、クロスモンのようなデジモンにはスペルカードルールという概念が存在しない。もし仮にスペルカードルールの感覚で戦えば、逆にこちらがクロスモンに後れを取る可能性さえあった。

「今度はこちらから行くぞ!」

 そう宣言した瞬間、両翼を大きく展開するクロスモン。そして、クロスモンはそのまま妹紅に向かって電光石火の勢いで突撃を仕掛ける。

「カイザーフェニックス!!」

 やがて、クロスモンの身体は真紅の炎に包まれる。その姿はまさに不死鳥と呼ぶに相応しかった。そして、真紅の炎に包まれたクロスモンの突撃は妹紅の身体を焼く。

 カイザーフェニックスが決まった後、対戦相手の妹紅の様子を確認するクロスモン。相手の敗北を確認しなければ、戦闘に勝利したとは言えないと考えているからだ。

「やったか……?」

 妹紅の現状を確認して呟くクロスモン。衣服はボロボロに破れ、全身には酷い火傷を負っている。通常の人間であれば、死んでいるか、運が良くでも瀕死の重症だ。

妹紅の絶命を確信した上、今度は紫の方に視線を向けるクロスモン。その時であった。

「や、やってないわよ」

「何っ!?」

 呻き声を上げながらも立ち上がる妹紅。予想外の妹紅の生存に驚きを隠せないクロスモン。

しかも、妹紅の姿をよく見ると、ボロボロに破れていたはずの服は元通りになっており、全身に負った火傷も徐々に塞がっている。

「これは一体?」

「残念だけど、私は不老不死なの?文字どおりね」

 クロスモンの質問にそう答える妹紅。今から何百年以上も前、誤って蓬莱の薬を服用した妹紅。その結果、妹紅は不老不死の肉体を持つ蓬莱人となってしまったのだ。

 蓬莱人となった妹紅は文字どおり、不老不死の肉体を持つことになった。老いもしなければ死ぬこともない。傷を受ければ肉体は再生するようになったのだ。

 但し、不老不死といえども無敵ではない。飢えや渇きも感じる。その辺は普通の人間と何ら変わりがなかった。

「面白い!今度こそ完全に消滅させてやる!!」

「それはこっちの台詞よ!」

 そんな言葉と共にクロスモンと妹紅はそれぞれ闘志を高める。クロスモン、妹紅の両者の間に発生する闘気は高熱の炎となり、大気を揺るがせて大地を焦がしていく。

 それからしばらくの間、紅妹とクロスモンの果てしない戦闘が続く。それはまさしく己の肉体と精神と生命力を削った消耗戦に他ならなかった。

「ふぅふぅ……」

 苦しげな表情と共に呼吸を荒くしている妹紅。不老不死の身体を持っているとはいえ、戦いによる傷が妹紅の身体を苛み、精神力も尽きようとしていた。

「はぁはぁ……」

 長引く戦闘で同じく呼吸を荒くしているクロスモン。強固な防御力を持つ鎧は所々が破損しており、クロスモン自身の体力も限界に近づいていた。

 お互いに対戦相手を見据えている妹紅とクロスモン。次の一撃で全てが決まる。妹紅とクロスモンの両者はそのように判断していた。

「やああああああっ!!」

 自身の身体を紅蓮の炎で包み込み、クロスモンに突進する妹紅。極めて高い機動力と防御力を持ったクロスモンに打ち勝つにはこれしかない。

「おおおおおおおっ!!」

 同じく全質量を乗せた上、妹紅に向かって突撃するクロスモン。勝負を決める算段でいた。

「待ちなさい!!」

 その時であった。これまで戦闘を見守っていた紫による制止の声が響き渡る。突然の制止の言葉により、妹紅とクロスモンの動きはピタリと止まる。

「邪魔しないでよ!」

「邪魔をするな!」

 激しい戦闘で気分が昂ぶっているためか、戦いに水を差された妹紅とクロスモンは紫に怒りの矛先を向ける。だが、紫は動じることはなかった。

「……可哀想な子。時空の流れに翻弄されて居場所を失くしてしまったのね」

 そう言った後、クロスモンの方に視線を向ける紫。クロスモンに対する憐憫の念で一杯であった。

「紫、それはどういうこと?」

「口で説明するよりも実際に見た方が早いわ」

 妹紅の問いに素っ気無く答えた後、自身の能力を発動させる紫。境界を操る程度の能力、それが紫のスキマ妖怪としての固有の能力である。そして、紫は妹紅の視覚の境界を操作することにより、ある映像を妹紅に見せていた。

「こ、これは!?」

 驚きの声を上げる妹紅。今、妹紅の目の前には不思議な映像が映し出されていた。そして、同時に妹紅はこの映像の正体がクロスモンの過去の記憶であることを理解した。

 今から何年も前の話、東京と呼ばれる現実世界の大都市において2体のデジモンが戦闘を繰り広げていた。

 1体目のデジモンについてであるが、派手な体色をしたオウムのような姿をしている。このデジモンの名前はパロットモン、完全体の巨鳥型デジモンである。

 2体目のデジモンについてであるが、外殻に覆われた恐竜のような姿をしている。このデジモンの名前はグレイモン、成熟期の恐竜型デジモンである。

 現実世界の東京の市街地で激しい戦いを展開するグレイモンとパロットモン。やがて、戦いの中で生じた爆発に飲み込まれ、グレイモントとパロットモンの2体のデジモンはその場から消失してしまう。

 余談であるが、デジモン達の戦闘によって生じた被害は爆弾テロによるものとされ、真実を知る人間は極僅かであった。そしてまた、被害の受けた近辺で暮らしていた住人の一部は新興都市のお台場に移住することになった。

 デジモンによって引き起こされた事件、この事件によって新興都市のお台場に人口流入が起こり、経済発展を支える土台が出来上がったことはまさに皮肉としか言い様がなかった。

 故郷であるデジタルワールド、そして現実世界から追放された2体のデジモン。彼等は2体分のデジモンの魂(=デジコア)を結合させることにより、1体のデジモンとして生き残ることを選択した。

パロットモンとグレイモンの2体のデジモンが両者のデータを結合させた結果、世界の狭間で誕生したのが目の前のクロスモンであったのだ。

「酷い……酷過ぎる」

 クロスモンが辿ってきた運命を目の当たりにして、思わずそのような言葉を漏らす妹紅。同時に戦闘意欲も失われていた。

目の前のデジモンもまた自分と同じなのだ。運命の波という抗いようのない存在に翻弄され続けてきたのだ。そんなクロスモンの生い立ちと歩んできた足跡を知り、妹紅は戦う意欲を完全に放棄していた。

「な、何……!?」

 妹紅の動きに引っかかるものを感じ、動きを止めてしまうクロスモン。この時、クロスモンは紅妹から雫が零れ落ちるのを見た。

「(まさか、こいつ……泣いているのか?)」

 自分のために涙を流している妹紅に愕然とするクロスモン。今の今までクロスモンは1人だと思っていた。誰も理解してくれる者などいないと考えていた。

「もう、やめましょう。ずっと1人だったのね……孤独だったのね。そんな貴方と戦うことなんて私にはできないわよ」

 目の前の相手に自身の想いをぶちまける妹紅。真実を知った今、最早、クロスモンと戦う理由などなかった。

「わ、分かった……」

 妹紅の真意を知り、クロスモンもまた矛を収める。妹紅とクロスモンの身を焦がすような戦闘、それはお互いの戦意喪失という形で沈静化したのであった。

「喧嘩はもういいかしら?」

 そうした最中、妹紅とクロスモンの間に割って入る紫。両者の間に割って入った紫はとても満足そうな表情をしている。

「紫、一体何を……?」

「何をするつもりだ?」

 それぞれ紫に質問をする妹紅とクロスモン。これから、紫は一体何をしようとしているのだろうか。

「ゴッドドラモン様、よろしいでしょうか!?」

 紫は宙を仰いだ後、大きな声で誰かに呼びかける。次の瞬間、この不安定な空間の中に黄金の閃光が走る。

 やがて閃光が消失した後、紫・妹紅・クロスモンの前にはゴッドドラモンの姿があった。紫の呼びかけに感応したゴッドドラモンは自身の空間から転移、紫達がいる空間に急いで駆けつけたのであった。

「お前がクロスモンか……」

 一瞬の間で不安定な空間に出現したゴッドドラモン。黄金の巨体、荘厳なる気配、全身から発せられる威光、まさにデジタルワールドの守護者と呼ぶに相応しかった。

「は、はい」

 ゴッドドラモンの問いに対して、今までとは打って変わり、素直に返事をするクロスモン。進化レベルこそ自身と同等であるが、あらゆる面においてゴッドドラモンの方が圧倒的に格が上であった。

「早速だが、デジタルワールドに戻らないか?」

「えっ!?」

 予想もしなかったゴッドドラモンからの誘い。その誘いにクロスモンは驚きを隠せなかった。だが、デジタルワールドへの帰還、それはクロスモンが最も望んでいることであった。

「クロスモン、お前には素質がある。だが、まだまだ未熟で学ぶべきことも多い。だから、しばらくの間、修行をしてデジタルワールドの守護者となって欲しい」

「……」

 ゴッドドラモンの周囲からは今、只ならぬ気配が発せられている。一方、ゴッドドラモンの話を黙って聞いているクロスモン。それほどまでに重要な話であるのだ。

「これはクロスモン、お前だけでなく、デジタルワールド全体にも関わってくることだ。否か応か性根を据えて返事をして欲しい」

「……分かりました。やります。いえ、やらせてください!!」

 ゴッドドラモンの要請に力強い口調で返事をするクロスモン。たった今、クロスモンは数奇な道を辿ってきた過去を振り切り、デジタルワールドの守護者になる道を選択した瞬間であった。

「では、戻るぞ」

「はい」

 すると、ゴッドドラモンとクロスモンの身体から閃光が発せたれたかと思うと、次の瞬間には完全に姿を消してしまっていた。彼等はデジタルワールドに帰還したのだろう。

 デジモン達が自分達の世界に帰還した今、その場には今回の騒動を解決した妹紅と紫が残されていた。

「……これで良かったのよ」

 ゴッドドラモンとクロスモンを見送った後、満足そうな笑みを浮かべている紫。まるで最初からこのような結末を迎えることを予測していたかのようだ。

「ええ、そう思うわ」

 同じように紅妹も満足そうな表情をしていた。結局、紫からの依頼は果たせなかったが、この結末に妹紅は満足していた。

「さあ、帰るわよ。私達の幻想郷へ」

 そう言った後、紫はスキマを展開させると、すぐにその中に入ってしまう。このようにして、妹紅と紫は幻想郷に帰還するのであった。

 余談であるが、クロスモンがいた空間は主であるクロスモンがデジタルワールドに帰還したことで消滅した。そして、残った空間の残滓については、デジタルワールドの守護者の一員となったクロスモンの手で再活用されることになった。

 

「はっ!?」

 気がつけば、幻想郷に戻った妹紅は自宅の居間の中にいた。紫に姿も見当たらない。現実感がまるで伴わなかったこれまでの出来事、今まで白昼夢を見ていたかのようにさえ思える。

「うっ!」

 この時、身体中に痛みを感じる妹紅。クロスモンとの戦闘で生じた傷の痛みだ。夢のような出来事であったが、この痛みが実際に起こった出来事であることを教えてくれていた。そうした中、何者かが妹紅の家を訪ねてくる。

 すぐに玄関に向かう妹紅。すると、そこには1人の女性が立っていた。変わった形の帽子を被り、蒼い衣装に身を包んだ長髪の女性。この女性は上白沢慧音、幻想郷の人里で寺子屋を開いており、妹紅にとっては親友とも呼べる存在であった。

「お邪魔するぞ」

「ええ、上がって」

 そう言った後、慧音を玄関から上がらせて家の居間に案内する妹紅。その時、慧音は妹紅の様子がいつもと違うことに気がついた。

「妹紅、どうかしたのか?様子が変だぞ?」

 心配そうな表情で妹紅に尋ねる慧音。妹紅に何かあったのだろうか、慧音は心配で仕方がなかった、

「あ、いや、別に大したことじゃないんだけど」

「良かったら、私に話してくれないか?」

「……その前にこれから私の話すことを全て信じてくれるかな?そして、私が話したことは全て秘密にしてくれないかな?」

「ああ、勿論だ」

 妹紅の念押しの言葉にニッコリと笑って答えてみせる慧音。友人の妹紅の頼みであれば、慧音は快く受け入れるつもりでいた。

「こほん……さて、どこから話そうかな」

 軽く咳払いした後、自身が経験したことを語り始める妹紅。藤原妹紅が語る経験談、それは幻想の歴史に残すことができないものであった。だが、世界を越えた絆の物語は妹紅の中で確かに存在していた。

 

                                 了




補足

名前:クロスモン
種族:サイボーグ型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:究極体
必殺技:カイザーフェニックス
全身を黄金の鎧に包んだ巨鳥のような姿をした究極体のサイボーグ型デジモン。全身を覆う鎧はクロンデジゾイド製であるため、並大抵の攻撃を無効化してしまうほどの防御力を持っている。このデジモンについては不明な点が多く、デジタルワールドに入り込んだ異物を消去するのが役目とも言われている。必殺技は強靭な身体を活かして突撃する「カイザーフェニックス」

名前:パロットモン
種族:巨鳥型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:完全体
必殺技:ミョルニルサンダー
オウムのような姿をした完全体の巨鳥型デジモン。このデジモンについては不明な点が多く、別の次元から迷い込んだ存在とも言われている。敵を見つけると足の鋭利な爪で容赦のない攻撃を仕掛けてくる。必殺技は敵に強烈な雷を落とす「ミョルニルサンダー」

名前:グレイモン
種族:恐竜型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:成熟期
必殺技:メガフレイム
黄色い恐竜のような姿をした成熟期の恐竜型デジモン。頭の部分が固い殻で覆われており、高い攻撃力と防御力を持っている。その他にも鋭い爪と牙を持っている。また知性も高いため集団戦を行うことも可能である。必殺技は口から高熱の火炎を吐き出して攻撃する「メガフレイム」

名前:ゴッドドラモン
種族:聖竜型デジモン
属性:ワクチン
進化レベル:究極体
必殺技:ゴッドフレイム
黄金色に煌めく身体を持った究極体の聖竜型デジモン。デジタルワールドの神聖デジモンの中でも高位の存在に位置しており、全身からは神々しいオーラが発せられている。左腕と右腕にそれぞれ龍のデジモンを隠し持っている。デジタルワールドから集めた気のエネルギーを一気に炸裂させる「ゴッドフレイム」

お世話になります。疾風のナイトです。
今回の話ですが、劇場版「デジモンアドベンチャー」にグレイモンとパロットモンが登場しました。その後、グレイモンとパロットモンの行方を妄想して、今回の話を創作しました。
今回の話では妹紅が主役を張っていました。色々と理由をこねくり回していますが、同じ不死鳥繋がりというのもあります。

今回の話を読んでいただき、本当にありがとうございました!
これから先、皆様に楽しい作品をお届けできるよう、努力していきたいと思います。


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